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文化審議会国語分科会は、2007年2月に「敬語の指針」を答申し、これに丁重語および美化語を含めた5分類を示している。
尊敬語は、動作の主体を高めることで、主体への敬意を表す言い方である。
動詞に「お(ご)〜になる」を付けた形、また、助動詞「(ら)れる」を付けた形などが用いられる。
たとえば、動詞「取る」の尊敬形として、「(先生が)お取りになる」「(先生が)取られる」などが用いられる。
語によっては、特定の尊敬語が対応するものもある。
たとえば、「言う」の尊敬語は「おっしゃる」、「食べる」の尊敬語は「召し上がる」、「行く・来る・いる」の尊敬語は「いらっしゃる」である。
謙譲語は、古代から基本的に動作の客体への敬意を表す言い方であり、現代では「動作の主体を低める」と解釈するほうがよい場合がある。
動詞に「お〜する」「お〜いたします」(謙譲語+丁寧語)をつけた形などが用いられる。
たとえば、「取る」の謙譲形として、「お取りする」などが用いられる。
語によっては、特定の謙譲語が対応するものもある。
たとえば、「言う」の謙譲語は「申し上げる」、「食べる」の謙譲語は「いただく」、「(相手の所に)行く」の謙譲語は「伺う」「参上する」「まいる」である。
なお、「夜も更けてまいりました」の「まいり」など、謙譲表現のようでありながら、誰かを低めているわけではない表現がある。
これは、「夜も更けてきた」という話題を丁重に表現することによって、聞き手への敬意を表すものである。
宮地裕は、この表現に使われる語を、特に「丁重語」と称している。
丁重語にはほかに「いたし(マス)」「申し(マス)」「存じ(マス)」「小生」「小社」「弊社」などがある。
文化審議会の「敬語の指針」でも、「明日から海外へまいります」の「まいり」のように、相手とは関りのない自分側の動作を表現する言い方を丁重語としている。
丁寧語は、文末を丁寧にすることで、聞き手への敬意を表すものである。
動詞・形容詞の終止形で終わる常体に対して、名詞・形容動詞語幹などに「です」を付けた形(「学生です」「きれいです」)や、動詞に「ます」をつけた形(「行きます」「分かりました」)等の丁寧語を用いた文体を敬体という。
一般に、目上の人には丁寧語を用い、同等・目下の人には丁寧語を用いないといわれる。
しかし、実際の言語生活に照らして考えれば、これは事実ではない。
母が子を叱るとき、「お母さんはもう知りませんよ」と丁寧語を用いる場合もある。
丁寧語が用いられる多くの場合は、敬意や謝意の表現とされるが、稀に一歩引いた心理的な距離をとろうとする場合もある。
「お弁当」「ご飯」などの「お」「ご」も、広い意味では丁寧語に含まれるが、宮地裕は特に「美化語」と称して区別する。
相手への丁寧の意を示すというよりは、話し手が自分の言葉遣いに配慮した表現である。
したがって、「お弁当食べようよ。
」のように、丁寧体でない文でも美化語を用いることがある。
文化審議会の「敬語の指針」でも「美化語」を設けている。
日本語で敬意を表現するためには、文法・語彙の敬語要素を知っているだけではなお不十分であり、時や場合など種々の要素に配慮した適切な表現が必要である。
これを敬意表現(敬語表現)ということがある。
たとえば、「課長もコーヒーをお飲みになりたいですか」は、尊敬表現「お飲みになる」を用いているが、敬意表現としては適切でない。
日本語では相手の意向を直接的に聞くことは失礼に当たるからである。
「コーヒーはいかがですか」のように言うのが適切である。
第22期国語審議会(2000年)は、このような敬意表現の重要性を踏まえて、「現代社会における敬意表現」を答申した。
婉曲表現の一部は、敬意表現としても用いられる。
たとえば、相手に窓を開けてほしい場合は、命令表現によらずに、「窓を開けてくれる?」などと問いかけ表現を用いる。
あるいは、「今日は暑いねえ」とだけ言って、窓を開けてほしい気持ちを含意することもある。
日本人が商取引で「考えさせてもらいます」という場合は拒絶の意味であると言われる。
英語でも "Thank you for inviting me."(誘ってくれてありがとう)とは誘いを断る表現である。
また、京都では、京都弁で帰りがけの客にその気がないのに「ぶぶづけ(お茶漬け)でもあがっておいきやす」と愛想を言うとされる(出典は落語「京のぶぶづけ」「京の茶漬け」よるという)。これらは、相手の気分を害さないように工夫した表現という意味では、広義の敬意表現と呼ぶべきものであるが、その呼吸が分からない人との間に誤解を招くおそれもある。
日本語には多様な方言がみられ、それらはいくつかの方言圏にまとめることができる。
どのような方言圏を想定するかは、区画するために用いる指標によって少なからず異なる。
1967年の相互理解可能性の調査より、関東地方出身者に最も理解しにくい方言は(琉球諸語と東北方言を除く)、富山県氷見方言(正解率4.1%)、長野県木曽方言(正解率13.3%)、鹿児島方言(正解率17.6%)、岡山県真庭方言(正解率24.7%)だった。
この調査は、12〜20秒の長さ、135〜244の音素の老人の録音に基づいており、42名若者が聞いて翻訳した。
受験者は関東地方で育った慶應大学の学生であった。
東条操は、全国で話されている言葉を大きく東部方言・西部方言・九州方言および琉球方言に分けている。
またそれらは、北海道・東北・関東・八丈島・東海東山・北陸・近畿・中国・雲伯(出雲・伯耆)・四国・豊日(豊前・豊後・日向)・肥筑(筑紫・肥前・肥後)・薩隅(薩摩・大隅)・奄美群島・沖縄諸島・先島諸島に区画された。
これらの分類は、今日でもなお一般的に用いられる。
なお、このうち奄美・沖縄・先島の言葉は、日本語の一方言(琉球方言)とする立場と、独立言語として琉球語とする立場とがある。
また、金田一春彦は、近畿・四国を主とする内輪方言、関東・中部・中国・九州北部の一部を主とする中輪方言、北海道・東北・九州の大部分を主とする外輪方言、沖縄地方を主とする南島方言に分類した。
この分類は、アクセントや音韻、文法の特徴が畿内を中心に輪を描くことに着目したものである。
このほか、幾人かの研究者により方言区画案が示されている。
一つの方言区画の内部も変化に富んでいる。
たとえば、奈良県は近畿方言の地域に属するが、十津川村や下北山村周辺ではその地域だけ東京式アクセントが使われ、さらに下北山村池原にはまた別体系のアクセントがあって東京式の地域に取り囲まれている。
香川県観音寺市伊吹町(伊吹島)では、平安時代のアクセント体系が残存しているといわれる(異説もある)。これらは特に顕著な特徴を示す例であるが、どのような狭い地域にも、その土地としての言葉の体系がある。
したがって、「どの地点のことばも、等しく記録に価する」ものである。
一般に、方言差が話題になるときには、文法の東西の差異が取り上げられることが多い。
東部方言と西部方言との間には、およそ次のような違いがある。
否定辞に東で「ナイ」、西で「ン」を用いる。
完了形には、東で「テル」を、西で「トル」を用いる。
断定には、東で「ダ」を、西で「ジャ」または「ヤ」を用いる。
アワ行五段活用の動詞連用形は、東では「カッタ(買)」と促音便に、西では「コータ」とウ音便になる。
形容詞連用形は、東では「ハヤク(ナル)」のように非音便形を用いるが、西では「ハヨー(ナル)」のようにウ音便形を用いるなどである。
方言の東西対立の境界は、画然と引けるものではなく、どの特徴を取り上げるかによって少なからず変わってくる。
しかし、おおむね、日本海側は新潟県西端の糸魚川市、太平洋側は静岡県浜名湖が境界線(糸魚川・浜名湖線)とされることが多い。
糸魚川西方には難所親不知があり、その南には日本アルプスが連なって東西の交通を妨げていたことが、東西方言を形成した一因とみられる。
日本語のアクセントは、方言ごとの違いが大きい。
日本語のアクセント体系はいくつかの種類に分けられるが、特に広範囲で話され話者数も多いのは東京式アクセントと京阪式アクセントの2つである。
東京式アクセントは下がり目の位置のみを弁別するが、京阪式アクセントは下がり目の位置に加えて第1拍の高低を弁別する。
一般にはアクセントの違いは日本語の東西の違いとして語られることが多いが、実際の分布は単純な東西対立ではなく、東京式アクセントは概ね北海道、東北地方北部、関東地方西部、甲信越地方、東海地方の大部分、中国地方、四国地方南西部、九州北東部に分布しており、京阪式アクセントは近畿地方・四国地方のそれぞれ大部分と北陸地方の一部に分布している。
すなわち、近畿地方を中心とした地域に京阪式アクセント地帯が広がり、その東西を東京式アクセント地域が挟む形になっている。
日本語の標準語・共通語のアクセントは、東京の山の手言葉のものを基盤にしているため東京式アクセントである。
九州西南部や沖縄の一部には型の種類が2種類になっている二型アクセントが分布し、宮崎県都城市などには型の種類が1種類になっている一型アクセントが分布する。
また、岩手県雫石町や山梨県早川町奈良田などのアクセントは、音の下がり目ではなく上がり目を弁別する。
これら有アクセントの方言に対し、東北地方南部から関東地方北東部にかけての地域や、九州の東京式アクセント地帯と二型アクセント地帯に挟まれた地域などには、話者にアクセントの知覚がなく、どこを高くするという決まりがない無アクセント(崩壊アクセント)の地域がある。
これらのアクセント大区分の中にも様々な変種があり、さらにそれぞれの体系の中間型や別派なども存在する。
「花が」が東京で「低高低」、京都で「高低低」と発音されるように、単語のアクセントは地方によって異なる。
ただし、それぞれの地方のアクセント体系は互いにまったく無関係に成り立っているのではない。
多くの場合において規則的な対応が見られる。
たとえば、「花が」「山が」「池が」を東京ではいずれも「低高低」と発音するが、京都ではいずれも「高低低」と発音し、「水が」「鳥が」「風が」は東京ではいずれも「低高高」と発音するのに対して京都ではいずれも「高高高」と発音する。
また、「松が」「空が」「海が」は東京ではいずれも「高低低」と発音されるのに対し、京都ではいずれも「低低高」と発音される。
このように、ある地方で同じアクセントの型にまとめられる語群(類と呼ぶ)は、他の地方でも同じ型に属することが一般的に観察される。
この事実は、日本の方言アクセントが、過去の同一のアクセント体系から分かれ出たことを意味する。
服部四郎はこれを原始日本語のアクセントと称し、これが分岐し互いに反対の方向に変化して、東京式と京阪式を生じたと考えた。
現在有力な説は、院政期の京阪式アクセント(名義抄式アクセント)が日本語アクセントの祖体系で、現在の諸方言アクセントのほとんどはこれが順次変化を起こした結果生じたとするものである(金田一春彦や奥村三雄)。一方で、地方の無アクセントと中央の京阪式アクセントの接触で諸方言のアクセントが生じたとする説(山口幸洋)もある。
発音の特徴によって本土方言を大きく区分すると、表日本方言、裏日本方言、薩隅(鹿児島)式方言に分けることができる。
表日本方言は共通語に近い音韻体系を持つ。
裏日本式の音韻体系は、東北地方を中心に、北海道沿岸部や新潟県越後北部、関東北東部(茨城県・栃木県)と、とんで島根県出雲地方を中心とした地域に分布する。
その特徴は、イ段とウ段の母音に中舌母音を用いることと、エが狭くイに近いことである。
関東のうち千葉県や埼玉県東部などと、越後中部・佐渡・富山県・石川県能登の方言は裏日本式と表日本式の中間である。
また薩隅式方言は、大量の母音脱落により閉音節を多く持っている点で他方言と対立している。
薩隅方言以外の九州の方言は、薩隅式と表日本式の中間である。
音韻の面では、母音の「う」を、東日本、北陸、出雲付近では中舌寄りで非円唇母音(唇を丸めない)の [ɯ] または [ɯ̈] で、西日本一般では奥舌で円唇母音の [u] で発音する。
また、母音は、東日本や北陸、出雲付近、九州で無声化しやすく、東海、近畿、中国、四国では無声化しにくい。
またこれとは別に、近畿・四国(・北陸)とそれ以外での対立がある。
前者は京阪式アクセントの地域であるが、この地域ではアクセント以外にも、「木」を「きい」、「目」を「めえ」のように一音節語を伸ばして二拍に発音し、また「赤い」→「あけー」のような連母音の融合が起こらないという共通点がある。
また、西日本(九州・山陰・北陸除く)は母音を強く子音を弱く発音し、東日本や九州は子音を強く母音を弱く発音する傾向がある。
母音の数は、奈良時代およびそれ以前には現在よりも多かったと考えられる。
橋本進吉は、江戸時代の上代特殊仮名遣いの研究を再評価し、記紀や『万葉集』などの万葉仮名において「き・ひ・み・け・へ・め・こ・そ・と・の・も・よ・ろ」の表記に2種類の仮名が存在することを指摘した(甲類・乙類と称する。
「も」は『古事記』のみで区別される)。橋本は、これらの仮名の区別は音韻上の区別に基づくもので、特に母音の差によるものと考えた。
橋本の説は、後続の研究者らによって、「母音の数がアイウエオ五つでなく、合計八を数えるもの」という8母音説と受け取られ、定説化した(異説として、服部四郎の6母音説などがある)。8母音の区別は平安時代にはなくなり、現在のように5母音になったとみられる。