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私、逸見エリカには不思議な能力がある。  それはタイムスリップができるということだ。 能力に気づいたのは小学五年生の時だった。ある日、学校から家へ帰る途中に突然周りから音が消え、私はドラ○もんのタイムマシンが通るような時計だらけの空間に立っていた。一緒に帰っていたはずの友達も居らず、わけのわからない場所に来てしまった恐怖で泣きそうになっていると作業服を着たおじさんが近づいてきた。 「ここで何してる?名前は?」 「逸見エリカ、です...」 おじさんは少し考えるような素振りをしたあとにハッとしたように言った。 「ああ、逸見の子か...なら仕方ない」 「仕方ないって何がですか」 「詳しいことは家の人に聞いてくれ。ただ、これからお前とは長い付き合いになるだろう。俺のことは永田と呼べ」 「いったい、どういうことなのよ...」 「とりあえず今は帰れ」 次の瞬間、家の自室にいた。私は少し呆けたあとに居間にいた両親に帰り道での出来事をまくしたてた。両親はただ、「逸見家にはたまにそういった能力を持った人間が産まれることがあり、今回はエリカだ。前回は祖母だった。あとはその永田というのに聞け」と言った。居間から出ると、また時計だらけの空間にいた。 「よう。また会ったな」 「なんなのよ、これは!」 当然のようにいる永田に疑問をぶつけた。 「お前はタイムスリップの能力を受け継いだんだ。過去や未来に自由に行けるようになった」 「しかし勘違いするな。過去や未来を変えるようなことをすればお前の存在は無かったことにされる。ただ、未来や過去を見られるだけだ。なにか干渉するようなことをしてはいけない。わかったな?」 有無を言わせない永田の言葉に無言でうなづいた。この時計だらけの空間はタイムスリップをするための通路のようなものだ、とも言われた。 「質問はあるか?」 「あなたは、なんなんですか...?」 「そうだな。時空のおっさんかな。簡単に言うと管理人だ。お前がタイムスリップする時には俺が記録する決まりになっている」 こうして私はタイムスリップができるようになった。 [newpage]  タイムスリップができるからといって特に使ったことはない。一人になりたいときに時計だらけの空間に行ったり、いきなり永田に飛ばされて話し相手にされたりすることはあったが、タイムスリップ自体はほとんどしたことがなかった。今までは... 「どこ行くんだ?」 「10年前よ」 永田は胸元から取り出したメモのようなものに聞きながら書いていく。本当に記録をするのか。 「お前がどこかに行くのは珍しいな」 「気になることがあるのよ」 「ふーん...」 少し訝しげに見る永田を放って、私は10年前に続く通路を進んだ。  私が10年前に来た理由。それは幼い頃の西住姉妹を一目見ることだ。 先日、隊長の家にお邪魔した時に見せていただいたアルバムの写真に写る小学一年生の隊長とまだ就学前の元副隊長。控えめに言ってめちゃくちゃ可愛かった。これはもう見に行くしかないし、見に行ける能力が私にはある。不純な動機ではあるが、それほどまでに可愛かったから仕方ない。 しばらくして、西住姉妹が遊んでいるのを見つけた。 今はオドオドしてるけどこの頃はちょっとヤンチャなみほや、小さい頃からお姉ちゃんしてるまほ隊長が可愛過ぎる。 なぜ、一眼レフカメラを私は持ってこなかったのか。手持ちのスマホで物陰からパシャパシャと写真を撮りながら後悔した。 「おねーさん、なにしてるの?」 あまりに集中して撮った写真を確認していたためか、後ろに回り込まれたことに気づかなかった。 ヤバい。物陰から見るだけだったはずが接触することになるとは。干渉してはまずいのでは?という疑問は姉妹との 「おねーさん、黒森峰の人?」 「え、ええ。そうよ、私も戦車道をやっているわ」 「すごい!聞いた?おねーちゃん!黒森峰で戦車やってるんだって!」 「うん。すごいね!みほ」 といったやり取りで吹っ飛んだ。制服のままで来て本当によかった。 それにしても...この姉妹はこんな幼い頃から戦車で遊んでいるのか。さすがは西住流。 「お名前はなんですか?」 私に少しおずおずとしながら聞いてくるちっちゃい隊長。食べちゃいたいぐらい可愛いとはこのことだろう。 「逸見エリカよ」 「エリカお姉さん、って呼んでいいですか?」 「みほもエリカおねーさんって呼ぶ!」 「ぜひ!お願いします!」 まさか、隊長と元副隊長からお姉さんと呼ばれる日が来るとは。 生きてきてよかった。 タイムスリップの能力を持っていることに誇りを感じた。 [newpage]  今、私は遊び疲れて寝てしまったみほを背負い、ちっちゃい隊長の手を引いて元の時間に戻る通路を歩いている。 やっていることは誘拐犯のそれではないだろうか。幼い西住姉妹が可愛過ぎて、つい元の時間に連れて帰りたくなったなんて...完全に変質者のようだ。自覚があるだけまだマシだと思いたい。 「エリカお姉さん、この道なんか変わっていますね」 さすがは隊長。小さくても肝が据わってらっしゃる。普通、こんな空間連れて来られたら怖がると思うんだけど... 「もうすぐだからね、隊長...まほちゃん」 うっかりするとちっちゃい隊長にも隊長と言ってしまう。幼くとも威厳があると思う。 「いや、お前何やってんだ」 永田から声をかけられて思い出す。過去や未来へ干渉してはいけないことを。 「珍しくタイムスリップすると思ったら...お前がよく話してる隊長と、元副隊長の誘拐が目的だったのか」 「違うわよ!ついこれは出来心で!」 「普通に犯罪者だぞ、お前。今回だけは見逃してやる。次はないからな」 目を覚ますと寮の自室だった。 あのまま永田に飛ばされたらしい。 いい時間だったからそのまま学校に向かった。 その日の戦車道の訓練中はなんとなく気まずい気分だった。 訓練が終わり、整備をしていると隊長室に呼ばれた。 「な、なんですか...?」 隊長室に入るなり間近で私を見る隊長。 「昨日、みほと電話していてな、小さい頃の話になったんだ」 「一度だけ私たちと遊んでくれた黒森峰の人がいたんだが、その人がエリカに似ていたんだ。みほも黒森峰に入学してエリカを見たときそう思ったらしい」 冷や汗が止まらない。しかし、隊長は続ける。 「その人が寝てしまったみほを背負って私と手をつないで変なところを通っていたところまでは覚えているんだが...気がついたら私とみほは庭で寝ていたんだ」 「フシギナハナシデスネ...」 焦り過ぎて変な言い方になってしまった。 隊長、出来れば忘れてください。 私はもう二度とタイムスリップで軽率な行動をとらないよう心に決めた。
3月10日付の男子に人気ランキングで37位に入りました。<br />ありがとうございます!<br /><br />逸見エリカが時をかける話です。<br /><br />オリキャラのようなのも話の都合上出てきます。<br /><br />楽しんでいただけたら幸いです。
時をかける逸見
https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=6520873#1
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 -大学近くのマ○ドナルド- 「もー、いい加減機嫌直してよー。」 「……はぁ…まったく、あんた一体何がしてえんだよ?勝手にデートをセッティングしたかと思えば、いいとこでひょこっと現れて全部滅茶苦茶にしやがって…」 「えーっ、私はナイスタイミングだったと思うけどな〜。君、あのままいけばめぐりに落とされてたでしょ?」  …否定できねえ…確かにあのままいけば間違いなくめぐりんワールドに取り込まれていたと思うが… 「取り込まれてもいい…そう思わせてしまうんだよね〜めぐりは♪この私ですらあの子には甘くなっちゃうし〜…」  妹にすら甘い顔を見せられない鉄仮面の魔王が絆されちまうとはな…恐るべし、めぐりんワールド。 「…だったら、あのままにしておいた方があんたには都合が良かったんじゃないんすか?俺が先輩に溺れれば、先輩に対して強い影響力を持つあんたの思うがままじゃないですか…」 「まぁ、そうなんだけどねー…でも、長期的に見れば、君に腑抜けになられちゃ困るんだよ…ちゃんと立派なラスボスになってもらわないと。」 「ラスボス、ですか…心配しなくても協力関係が成り立ってる内は、例の二つの要求を果たすつもりですよ、一応。」 「……フフッ、頼もしいね〜…じゃあお姉さんも見限られないよう、せいぜい働いておくかな。」  いや、あんたの場合じっとしててくれんのが一番安心すんだけどな… 「嫌だよ、じっとしてるなんてつまんないじゃん…あっ、因みに今のは心を読んだとかじゃなく普通に口に出てたから、今後気をつけてね♪」 「い、イェスマム…」 「…うーん、でもどうしようかねー。今回は緊急事態に思えたから割って入っちゃったけど、結局次回のデートの約束も出来なかったし…」 「しましたよ、バイト先を聞いて、一応招待もされました。」 「…北条君、本当に言いにくいんだけど、それは……うん、まぁそれしかないか…ところで君、今軍資金はいくらぐらい用意してあるの?」 「即金で一億ぐらいなら用意できますが…カツアゲですか?」 「いやいや、なんでそうなるの…君の参謀として、作戦立案の前に陣容を把握しようと思ってね…」  魔王の策…地雷臭しかしねえが、他に頼れそうな相手は…オールバックが一番モテると思ってる耄碌ジジイと何かと爪の甘い元捜査官、乙女思考全開のボス猫に奥手な不良女子高生…うん、仕方がないね、これは… 「策を聞かせてもらえますか?参謀殿…」 「うん、君、その店買収しちゃいなよ。」 「……はぁ…策なしか…」 「ちょ、ちょっと!ちゃんと説明するから!」  いや、人の金だからって無茶苦茶言ってんじゃねえぞ?  でもまぁ、一億くらい…はっ!?いやいや、俺も三浦のことは言えねえなぁ、完全に感覚が狂ってんわ。 「…ンンッ…普通に恋愛を進める以上、めぐりはかなりの強敵になる。天然でこっちのアプローチに全て反応してくれるって訳じゃないし、好意を持たせても気づいてくれるかも分からない。その上、あちら側の攻撃力が高すぎるから、ことを急いて君が警戒をとけばひとたまりもない…つまり君は、あの子と関わる機会を増やしてそれなりの期間をかけて攻め落とさなければならないわけよ。」 「…なるほど、進学校である総武高校はアルバイトを禁止している。だから…」 「うん、店ごと君のものにしちゃって家のお手伝いってことにしちゃえばいいんだよ。」  教職員にも根回しをしてあるし、今更バイトごときでどうこう言われるとも思わねえが、先輩はあれで元生徒会長だ、校則を犯すことをよしとしねえだろうし、何よりバイト先を調べてそこに勤めるなんざ下心丸見えでキモいことこの上ない… 「多少痛い出費ではあるが、悪くねえ策かも…しれないこともなくもないか…」 「うんうん、なくもないよ、なくもない。ついでに私はあそこの常連だからオーナーになったら年間無料パスをよろしくね♪」 「も、もしかしてその為に…いえ、何でもありません。」 「よろしいっ!それじゃあ買収が完了したら連絡してね、今後の作戦についても出来る限り協力するつもりだから、バイバ〜イ。」  いや、もう協力とかもうホント結構なんで、つーか今日あんたがしたことって自分でセッティングしたデートをぶち壊して、俺に数千万単位の出費を決断させただけだからね?しょーじき接点を作ったこと以外まるで役に立ってないからね?そこんとこ分かってて…言ってんすよね…。 「…ふぅ…梶原、出てきていいぞ。」 シュタ 「はっ…買収の件であれば、既に別の者に手配させてあります。」 「お、おう、手が早いな…あんま買い叩くなよ、店長さんにはその後も雇われとして働いてもらう予定だから。」 「勿論です。しかし、あまり金をやって仕事をブン投げなれても困りますから、必要以上の額を渡さないようにしなくては…」 「当たり前だ。こんなことに余計な出費までかけてられるか…」  さて、買収は梶原達に任せておけば問題ないとして、どうやって現場の協力者を作るか…  店長は操れるといってもやはり事情を知る味方がバイト先に欲しい…かと言って、三浦や川崎は面が割れてるから総武の生徒としてアルバイトはさせられない。  雪ノ下さんに至っては論外だ、あの人ほどアルバイトが似合わねえ人もいねえし、碌なことをしねえに決まってる。  となると、面が割れておらず、店にいてもおかしくない人物……いたなぁ、面が割れてなく、新オーナーの妹で手伝いとして現場に潜り込める優秀な工作員が… 「……ん!?小町のお兄ちゃんアンテナがビンビンに反応してる!これはやっと小町の出番がきた感じかな?」ニヤリ
 しばらく若様シリーズが手付かずになっていたので短いですが投稿させていただきます。
北条八幡の浪費
https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=6521080#1
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ロッカールームのベンチに腰かけて、虎徹は壁の時計と腕時計を交互に見やる。 現在午後2時25分、どちらも同じ時間を指し示している。 今日のトレーニング予定は自分とバーナビー、ともに2時からだった。 待たなくていいと言われていたけれど何となく先に行くのは気が乗らず、虎徹はそこに留まっていた。 事の起こりは早朝だった。 カーテン越しの光にぼんやりと朝を感じながら、虎徹は自宅の寝室で肌掛けにくるまり、気持ちよくまどろんでいたというのに、突然枕元で鳴りわめく携帯電話に叩き起こされた。 恨めしく相手を確かめるとそれはバーナビーからだった。最近本来のヒーロー業以外にも忙しい彼からこちらの都合など関係なく連絡が入ることも珍しくはない。ああまたいつも通りと思いきり不機嫌な声で応答する。呪うべきは容姿に恵まれさらには有能な後輩ではない、その彼を取り巻き動かす周囲の思惑だ。それは重々承知しているけれども虎徹は時々虚しくなる。 年上の相棒が抱く微妙な心情を察したかどうかは定かでないが、ほんの少しだけ躊躇うような間を置いて、おはようございます、といくぶん緊張した若い男の声が聞こえた。 「おう、早いぞ。どうした?」 慌てて先ほどの大人げなさを繕うように、いつもの調子で話す。 そんな相手の様子に構うこともなく、声の主は用件を切り出した。 「今日の予定についてですが、トレーニングルームへ昼過ぎ…2時に集合です。僕は用事があるのであなたは先に行っていてください」こちらが迎えに行く余裕もないようですから、とバーナビーは事務的に告げた。 「了解。もしかして、また芸能人みたいな仕事か?」 忙しいねぇ我らがバニーちゃんはと悪態をつきつつ、虎徹はずるずるとベッドの中から上体を起こした。 「今日は違います。斎藤さんから呼び出されたのでラボに寄ってから向かうだけです」 「え、何?お前だけ呼ばれたの?」 「僕も詳しくは聞かされていません。とにかく今から来るようにとしか」 「まあ斎藤さんのことだから大方スーツの調整だかなんだか…」 「でしょうね。そういう訳なので、2時に間に合えばいいんですが」 「別に出動要請じゃないんだ、じっくりメカ親父の趣味に付き合えよ。とにかく時間が来れば俺は先にやってりゃいいんだろ?」 バニーちゃんの分までさ、と虎徹が笑うと、思ってもないことを言うなと冷たくあしらわれた。 「はいはい。…あーあ、おかげで目が覚めちまったなあ。かわいい相棒からのモーニングコールで」 「何ですかそれ、僕はそんなつもりじゃ」 「ホットだったぜ?バニーちゃん」 俺とお前のホットラインなだけに、とわざと低く囁き付け加えた虎徹にバーナビーは小さく息を吐き、心底呆れたという調子でそうですね携帯ですから直通番号には違いありません、と返してきた。 虎徹は思わず電話を取り落とす勢いでずっこけて、ツッコミどころはそこじゃないだろうが!と心の中で叫んだ。 悲しいかなバーナビーにはこの手の冗談は一切通じないのは分かっているのだが、それでも仕掛ける自分の諦めの悪さも相当で、こうして執着の片鱗を見せてやるものの毎度掠りもしない反応には脱力せざるを得ない。 いっそのこと気持ち悪い奴と嫌がられた方がまだいいのに、とさえ思う。 「ではこれで、用件は伝えました」 一方的に終了を宣言され、あっさりと音声は途切れた。 結局虎徹はバーナビーに指摘された通りに予定を無視して行動している。あとで何か言われてもいつものようにのらりくらりかわすつもりでいた。サボリ常習犯で大いに結構、それよりも斉藤に呼び出されたバーナビーが気になって仕方がないのだ。妙な胸騒ぎとまではいかないが、ある種の予感を無視することは虎徹には出来なかった。 手元に視線を固定したまま、刻み続ける秒針を追っていると、誰かがバタバタと廊下を走る音が聞こえてきた。おや、と耳をそばだてると、靴音は部屋の前でピタリと止まり、同時にかなりの勢いで扉が開いた。後ろ手にバシンと音を立てて扉を閉めた男…バーナビーは余程急いで来たのか肩で息をしている。そのまま、ベンチに座る相棒には目もくれずにつかつかと自分のロッカーへと向かう。 「あ、バニーちゃん・・・」 相手からはそれ以上声を掛けることは憚られる雰囲気が漂っている。 さらに妙なのは、バーナビーはトレーニングの後でもないのにどういう訳か頭からバスタオルを被っていた。 「先に行くように伝えたはずですが?」 まだ整わぬ呼吸とは対照的に口調は冷ややかだった。 ベンチの方を振り返ろうともせずタオルを被ったまま、ジャケットの前を開けトレーニングウェアへ着替え始めた彼に、虎徹はいや行こうとは思ったんだがと言い淀む。 「何のためにあんな時間に連絡したと思ってるんですか。自分の面倒くらい自分で見てくださいよ。それともあれですか、僕の指示が気に入りませんでしたか」 捲し立てるのと同じくらい素早く身支度を済ませ、バーナビーは乱暴にロッカーを閉めた。 「ここで待ってたのは俺の勝手なのは確かだ。けど何をそんなにイライラしてるんだ?俺には事情が全く見えな・・・」 相手が言い終わる前に初めてバーナビーがこちらを振り返った。 ぎらりと光る双眸とかち合い、思わず虎徹は口を噤む。 それはイライラを通り越して激しい怒りを感じさせた。 普段の落ち着き払った彼からはおよそ窺えない感情的な様子に、ただ事ではない何かが待ち構えているのは想像に難くない。 バーナビーは押し殺し震えた声で、分からないのは僕だって同じですと言い、被っていたバスタオルを右手で掴みそのまま後ろへ放り投げた。 布が取り去られた後に虎徹の目に白い何かが映った。いや正確には、彼の頭に…それはどこからどう見てもウサギの耳で、いわゆるバニーガールが着けるような作り物ではなく、遠目にも血が通っている生々しさがある毛皮の耳だった。 虎徹は思わず座ったまま後退りした。 バーナビーが斎藤に呼び出された理由は説明を待たずとも今目にしているもので理解できるのだが、それにしても彼のイメージとはあまりにもミスマッチでどう声を掛けていいのか分からない。 「まさかこんな事になるとは思ってもいませんでした。仕事じゃなければ投げ捨てて帰るところですが、生憎その選択肢は無いようで」 やり場のない感情とともに長い息を吐いて、バーナビーはバスタオルを拾い上げた。 斎藤はスーツの機能向上のための情報収集端末だと説明したらしい。それならなおのこと、日常生活に溶け込むどころか(ある意味で)目のやり場に困る装置でははなく誰にも分からないものにすべきだとバーナビーは抵抗したが、斎藤はアイデアを形にするためには絶対に必要なのだと譲らず、さらになぜウサギの耳を選んだのかをこちらから聞きもしないのに教えてくれた。 「…おじさんが僕を呼ぶのを聞いてピンと来たんだそうです。半分あなたのせいですから、この耳」 耳だけじゃ不満?尻尾もつけようか?と丸い眼鏡を輝かせた斎藤に、バーナビーはそれ以上逆らえなかった。 「本当におじさんといるとろくなことがない…」 苦々しく呟き、バスタオルをきちんと畳んで自分のロッカーに入れると、バーナビーは虎徹の前に立ち不機嫌そのものの表情で言った。「出動に支障はありませんが僕だけこんなのじゃ不公平なので、スーツの性能が上がるならおじさんにもやらせたらどうか交渉してみました、蛇足ながら」 虎徹は虎の耳が付いた自分の姿を想像した。 トレードマークのハンチングの下から現れる黄色と黒。 真っ白なウサギの耳よりはインパクトは薄いものの、娘に見られたら間違いなく1ヶ月は口をきいて貰えないだろうと思うと背筋がゾッとした。勢いのあまりベンチから跳ねるように立ち上がる。 「だっ…蛇足もなにも!お前にゃ悪いがタイガーというよりは…」 「猫?」 「…確かに猫科だな。って俺が腑に落ちてどうする!ワイルドから遠ざかり過ぎだ!」 「耳にワイルドもへったくれもありませんよ。何を本気にしてるんですか…」 バーナビーが斎藤に訴えたのは事実だったが彼の逆襲が叶うことはなかった。 (え?タイガー?ないない!彼には必要ない!むしろ邪魔になる) 詰め寄るバーナビーに斎藤はふんと鼻を鳴らし、繊細さに欠けるタイガーのデータなんぞ面白くない、とバッサリ斬って捨てたのだった。技術者には目的があり、実験台にされたバーナビーにとっては奇抜で屈辱的な方法ではあるが、彼のデータが必要とされた以上協力しないわけにはいかなかった。 かくして、本人の意思とは関係なくバーナビーの頭にはウサギの耳が付けられた。 虎徹とはまた別の種類に属すどこ吹く風の斉藤が、彼の「一生忘れない人間」リストに加えられたことは言うまでもない。 「はー…、しかしあのおっさん、すげえ変態趣味の持ち主だったんだなぁ」 ベンチから立ち上がり、バーナビーの周囲をぐるっと一回りしつつウサギの耳を眺めながら虎徹は言った。 正面まで戻ってきたところで、一体何で出来ているのかどうしても触れてみたい心を押さえられず、虎徹はそれに手を伸ばしたが、ひどく慌てたバーナビーに手首を捕まれた。 「また迂闊な行動を…!これでも一応精密機械なんですよ!」 見た目はふざけているとしか思えないそれは、単なる飾りではない。 恐ろしく高度な技術で出来たものなのだ。 先程までバーナビーが訪れていた斉藤のラボにて。 (この耳はあくまでデータ収集用、だから心配しなくていいよ) 「いや、心配するも何も…まだ詳細を聞いていませんから、斉藤さん」 (ああ、ごめんごめん。じゃ、かいつまんで説明すると、今日から1週間君にはそれをつけて過ごしてもらう。君が能力非発動時にも聴覚でタイガーをサポートできるような機能を追加したいと思ってね。そのためのデータが欲しいんだ。収集したものはすべて暗号化して蓄積されるからね、外部には漏れない。) 「はあ・・・」 (まさかウサギの耳がそんな機能を果たしているとは誰も思わない、よねえ?) 「僕を見た人は驚くでしょうね。…どうかしたんじゃないかと心配される方が先かもしれませんけど」 (あとひとつ、仮の段階だけど機能としてどんなものか体験できるようになってるからそこも頭に入れといて) 「聴覚…要するに増幅装置と理解しましたが。もしかして四六時中周りの音を拾うんですか」 (僕がそんなもの作るわけないじゃない。ただの受信機ならわざわざ君に埋め込んだりなんかしなくて良かったんだから…分かるね?) 「どうもはっきり、とは」 (その耳は君の意識と繋がってる、ってことさ) 心底楽しそうに斉藤はククククっと笑い声を上げた。[newpage]開始時刻は大幅に過ぎてしまったが、スケジュールには従わねばならない。 二人はトレーニングルームへと移動しそれぞれのメニューをこなすことにした。 先に部屋を利用していたのは年長組のヒーローたちだけで、頭に珍妙な物を付けてやってきたバーナビーを見て二人は唖然とし、一人は、おやバーナビー君いったいそれはどうしたんだい?と声を掛けた。 バーナビーは硬い表情で、仕事なんですとだけ言葉を返し、それ以上の質問は断固拒否する雰囲気を漂わせて部屋の一番奥にあるランニングマシンへとまっすぐ向かう。有無を言わせぬ後ろ姿には可憐な白い耳が揺れていた。 「…ワイルド君、彼はあんなに愉快なものを身に着けているのに、なぜか楽しくないようだね…」 頭の上にクエスチョンマークを浮かべて、ヒーローの一人、スカイハイは虎徹に言った。 「あー、うん、そうだな。それについてはあんまり深くツッコまないでやってくれる?」 難しいお年頃なもんで、と虎徹は苦笑いを浮かべた。 ランニングマシンが入り口からは見えない所に設置されていてバーナビーは少しだけほっとした。 さすがの虎徹も他のヒーローたちに軽口をたたいて経緯を披露するような真似はしなかった。 もちろんそんなことをされたら、手が出るよりも早く脚で相手を叩きのめした挙句、数時間は行方をくらまして自己嫌悪に陥るであろう。バーナビーが自分で描く最悪にして唯一のシナリオである。 まるでくたびれたコメディドラマのようで、さらには自分が笑われる側であることが、どうしようもなく恥ずかしかった。いや、それよりも恥ずかしさに震える自分をバーナビーは強烈に意識していた。他人の視線が自分に集まるのは、本当はウサギの耳ではなくそんなたったひとつの変化に揺さぶられている自分を見ているからではないかと、今や彼は得体の知れない気分に支配されていた。 マシンのスイッチを入れて、バーナビーは走り始めた。 軽く目を閉じて呼吸は一定に、一定に……考えるな、今は集中しろ……バーナビーは自分に言い聞かせた。 淡々と、マシンのペースに合わせてランニングを続けていると、次第にピークに向けて息が上がり始め、それを感知したマシンが自動的にペースを変化させた。今までよりベルトの速度が上がり、バーナビーはさらに呼吸を乱さぬよう、体の隅々まで意識を集中する。その時だった、唐突に、まるで頭上から降り注ぐようにささやく人の声が聞こえてきた。 「ちょっとタイガー!何なのアレ?!」 声の主はネイサンだ、ギョッとしたバーナビーは周囲に視線を走らせた、しかし誰の姿もない。 「あの耳は…まあ、色々あって…」 虎徹がもごもごと言葉を濁している。 (何だ、これ…) 自分以外は壁の向こうに居るのは知っている、しかし、普通に喋っているのならともかく、聞こえてくるのはひそひそと、他の人間に聞かれないようにトーンも声量も落として喋っているものなのだ。 それも聞こえるというよりは、頭の中に直接伝わるといった方がしっくり来る感覚で、バーナビーはくらくらした。 「はっきりしないわね。何かの企画?それとも大胆に路線変更?ハンサムならタイトな黒服も似合うわねぇ…セクシーでキュート」 「だっ…!そりゃお前の趣味なだけだろ…!」 ぐわん!と虎徹の大声に頭を殴られたような衝撃が走る。 痛みはないが、とにかく響いてくる声が大きすぎてどうしようもない。 「馬鹿ねっ!大きな声出すんじゃないの。向こうまで聞こえちゃうでしょ!…でもねぇ、ああいうの、アタシの趣味はともかくマニアックな層には…ウケるわよ」 「ネイサン、それ以上は言うな。頼むから」 「あらタイガーったら…想像したわね?」 バーナビーはすぐにでもここから逃げ出したい気分に襲われた。 「それはそうと、あの耳が付いたままテレビの仕事はできるのか?」 お前の相棒いつも大変だな、とロックバイソンが会話に入ってきた。 「おわっビックリした!…えーっと、出動は問題ないみたいだぜ。耳自体も一週間の我慢らしい。俺じゃ役立たずでバニーじゃなきゃダメなんだとさ」 三人は揃って、はあ、という短い溜息をついた。 今すぐマシンを止めて、僕の話は止めてくれと出て行ったなら、あの三人は一体どんな顔をして自分を見るだろうか、頭に一瞬浮かんだ考えにバーナビーは背筋を震わせた。 無論そんな行動を起こすつもりはない。何故ならばウサギの耳が付いた理由を明かさねばならないからだ。更に言えば壁向こうの会話が聞こえていた証明にもなる。 斉藤から口止めされていたわけではないし虎徹にはどういうものか明かしてある。尋ねられれば説明しても構わないが、むやみやたらに喋れば相手の興味を引くのは目に見えている。いくら見られることに慣れている身とはいえ他人からの好奇の視線は気分のいいものではない。現に今、自分にはコントロールしようがない流れが出来つつあるではないか。体を動かしている為だけではない頬の紅潮にバーナビーは奥歯を噛み締めた。 「まあ精々フォローしてやりなさいよ、あんたのバディなんだから」 「言われなくてもそうするって」 「あの様子じゃいろいろ訊かれるのは億劫だろうな…分からんでもないが。じゃ、お先に」 二人分の足音がフェードアウトしていく。 どうやらこれ以上の展開は免れたらしい。 「あーあ…参った」 胸をなでおろしたのもつかの間、虎徹の独り言が聞こえてきた。 「斉藤さんマジでやらかしてくれちゃって…」 あんなカワイイの、反則。 突然動きが止まったベルトの上で、虎徹の言葉に意識を取られていたバーナビーは見事に足を取られてしまい、どおん、という盛大な音を立てて後ろ向きにマシンから転がり落ちた。頭を床にぶつけなかったのは持ち前の反射神経の賜物だが、下半身はかばいようがなかった。尻餅ついでに目に映るのは天井だけ、いったい何が起こったのか自分の状況を把握するのに数秒を要した。 「かわいいって…」 確かに虎徹はウサギの耳を生やした自分のことをかわいいと形容した。それもいつものように、お耳の長い、といかにもこちらの反応を楽しむために囃し立てる調子ではなく戸惑いを滲ませた声で。虎徹の呟きが頭の中をぐるぐると巡る。仰向けのままバーナビーは逡巡した。これはどう反応するべきなのか、僕はウサギじゃない、かわいくもない、ましてや黒服の何とやらでもない。 こんな状態があと一週間、自分は耐えられるだろうか。バーナビーは両手で顔を覆って、もう帰りたい、と誰にも聞かれない言葉を零した。
読みづらかったので一つにまとめて再投稿しました。(ブクマつけてくださった方には申し訳ありません…)一度は書きたいウサミミネタ、というわけで今回は仕事を選べなかった方バーナビーさんです。<br />腐向けタグ入れるほどの話でもなくなってしまいました。うわお。2011年11月27日~2011年12月03日付の小説ルーキーランキング入り、閲覧ありがとうございます。<br />そしてとってもかわいいイメージレスポンスをいただきました…う、嬉しいです!デレバニじゃないです照れバニです!照れバニなんです(大事なので二度言いました)ぺけぽんさんどうもありがとうございます!!
Funny Bunny
https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=652112#1
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 松野チョロ松は参っていた。  上のエラい人たちに「飲みに行くぞ」と言われて拒否権もないまま連れて行かれた割烹料理店(初体験)の個室(初体験)。参っていたというのは、参内つかまつったという意味ではない。参りました俺には無理です、の意味のほうだ。だけどチョロ松を呼び出したエラい人の他にも、サラリーではない給与形態のエラい人まで居たから、そういう意味では参内つかまつってもいた。 (何だこれ……どういうことだ……)  美しい彩りの皿に何かを漉して冷やし固めたものを箸でつつくが、まったく味が分からない。エラい人たちは今日の議題を知っているのだろう、全く緊張した様子もなく和やかに酒を煽っている。チョロ松は流石に飲まなかった。お酌をするのも勤めだろうか、と思ったが、社内のどこにこんな女が居たのだろうと思うほどの美人がそつなく酌をして回っているので放っておくことにする。  あまりの場違いさに、遠慮することも思いつかずにチョロ松が次々皿をからっぽにしていって、日本酒も一人で二合ほどあけた頃。 「なあ松野くん、おそ松アナは最近どうかな?」  唐突に振られた話題に驚き、それからすぐに「ああ、これが本題か」と気付いた。口につけていた猪口の中身を、とと、と流し込んで「順調だと思います」と答える。「おそ松アナ」は、チョロ松の担当する番組のメインキャストだ。アナウンサーながらに個性がやたらと強く、深夜帯の視聴者に非常にウケた。制限の緩い時間帯だったから、チョロ松もおそ松も好き勝手にやった。予算もギリギリまで詰められていたし、これといった期待もない枠。おそ松はそういう環境に強い。おそ松は自分を含めた六人をメインとし「チーム松野」を作った。いま、チョロ松が名乗っている「松野チョロ松」は本名ではない。おそ松と作った制作チームでの通り名が浸透し、 番組内でも使い、おそ松が担当させられているアナウンサーブログでも使い、結果的に 他所のチームからもそう呼ばれるようになっただけだ。だからチョロ松を「松野くん」なんて呼ぶヤツは、チョロ松を「おそ松・その他」のその他として見ている可能性が高い。エラい人に覚えてもらうような己でもないのでそういう意味では嫌な気持ちにはならないものの、警官心は高まっていく。  チョロ松が担当する番組はチーム松野で作っている。番組編成会議でもチーム松野をバラすことが何度も議題に上げられ、その度に「でも美術の、十四松か、あ いつチーム松野じゃないと操縦できないだろ」「横の繋がりもあるのにね、他所のヘルプに入ったときはみんなポンコツなんですよ」「何だそれ、使えるのかよ」「自分たちの番組の数字は馬鹿みたいに良いんだなあ、これ が」と、そんな具合で結局チームのままだ。だから今も、おそ松を看板に深夜番組がふたつと、朝の子供向け番組のコーナーのひとつを担当している。おそ松はそもそもアナウンス部所属であり「顔を売っておけばがっぽり予算が入るだろうし」とアナウンス部の部長と相談してあれこれ出てはいるけれど。  だからプロデューサーでもない一介のディレクターたるチョロ松に「おそ松はどうだ」と質問が来たなら、それはチーム全体の話をされているのだ。おそ松と、 ディレクターの自分、カメラのカラ松、音声の一松、美術の十四松、アシスタントディレクターのトド松。六人で動く癖がつき過ぎているから、チーム松野に特 化してしまったダメ集団。呼び出されるのは大抵いつも、チョロ松だったので慣れてはいる。だけどかつてない場所だし面子なので、これは誰かやらかしたかな、と、ひたひたと緊張が染み出てくるのだった。 「ふん。そうか、順調か」 「……何かありましたか」 「ああ、いや、怖い顔しないでいいんだ。チーム松野を解散させるつもりはない。あの枠はスポンサーからも評判がいいし、何ならちょっと広告料が上がったくらいだ」 「はあ……じゃあ、何が……」  何が、と濁したのは「何があったのか」「何が問題なのか」と迷ったからだ。しでかしたのか、もっと外部の要因か。エラい人たちは意味深に目配せした後、妙に神経に障る表情で「解散させるつもりがないからこそ、気になってなあ」と言う。このもったいつけた言い回しが嫌いだ。用件は簡潔に、って学ばないのか、それとも忘れていくのか。いずれにしても煩わしさでケツ毛燃えるっつーの、とチョロ松は内心で毒づく。  口を開いた本人も、周囲の人間も、皆がチョロ松をじっと見た。 「おそ松アナが独立するって噂があって。松野くんの耳にも入っていると思うけど」 + + + + + 「俺が! そんなこと! 知るか! 噂の出所なんか、どーせ誰かの憶測だろ!」 「あははは、それチョロ松んとこ行ったか〜! 俺んとこ来ねーから意外だなーと思ってたんだけど」  ロケを現地解散にして、おそ松とチョロ松は二人の家の近くの飲み屋に来ていた。昼間から開いている飲み屋を多く知らないので、行きつけの店以外に行くこともあまりない。  おそ松は愉快そうに「そりゃ災難だったねえ、チョロちゃん」と言うしかなかった。面白くないらしいチョロ松が半分ほど残っているおそ松のジョッキを引っ手繰って一気にあおり「死ね!」と叫ぶ。客は二人の他に顔馴染みの爺さんが手酌でちびちびやっているくらいで、店主も他の店員もこれと言ってチョロ松に嫌な顔は向けなかった。 「それで? チョロ松は何つったの?」 「何って、さすがにそりゃ無理じゃないですかねーって」 「無理?」  おしぼりで顔を拭われて初めて、チョロ松は自分の口から酒がだらだら溢れていることに気付いたらしい。ああ、口元も緩くなっている。 「もーだめだなコレ。帰るか、おやっさんスンマセン、お会計!」  俺はまだ飲む、と愚図るチョロ松をなだめすかして、おそ松はさっさと会計をし、いつものようにタクシーを呼ぶ。おそ松自身はチョロ松の深酒も悪酔いも構わなかったが、何せおそ松がアナウンサーとして公人の顔がある以上は醜態を晒しまくるわけにはいかないのだった。   タクシーの中でも、チョロ松はぐだぐだと管を巻く。おそ松が鞄の中に入れていたミネラルウォーターを手渡すと、回らぬ舌で「あけられらい」と悲しい顔をしてボトルをつっ返してくるので、じゃあ俺が開けてあげましょうかねー、と言いながら開栓し再び手渡す。チョロ松の酒癖はただひたすらに素の顔を出してしまうものだ。甘えたいと思えば甘えるし、叫びたいと思えば叫ぶ。水を飲み終えた今は、おそ松が頬をむにゃむにゃ触ってくるのに対抗するように、顔をその手へ押し付ける遊びに夢中になっていた。  チョロ松 の深酒が過ぎると、おそ松のマンションに行くのが通例だった。チョロ松は必ず「まだ飲む」と意地を張り、だから「チョロ松の自宅じゃない場所」へ運ぶため だ。酔いが冷めたら気まずそうなチョロ松から、ごめんと謝られるから、おそ松も「めんどくせーな」と言いながらも笑って世話をする。   今日は特にダメだった。特番のせいでスケジュールが狂いに狂っていつも通りストレスは溜まり、しかもチョロ松が目をかけていた(「いや、一介のファンとし てだけどね?」)女子アイドルがゲストで呼ばれていてファーストポンコツをかまし、更にそのアイドルが喫煙者であることを知ってダメージを受け(「それってアイドルとしての職業意 識に欠けてない!?」)、トドメはADのトド松が彼女とアドレスを交換したという(「職業意識っていうか嫁入り前の女の子としてどうかと思うって部分があるじゃん?」)。チョロ松は面と向かって誰かに文句は言わなかったけれど、自分で「ああ、これダメだ」と思ってしまうほどには疲れていた。理由の半分以上が個人的な感覚からくるものだとしても、だ。だから酒もよく回る、当たり前だった。 「別にね? アイドルとお近づきになろうと思ってこのギョーカイに入った訳じゃないし?」 「ほんとは?」 「ちょっとお話できたらいいなって思ってたぁ!」   毛足の長いラグの上で「うえーん、アバズレだったなんて聞いてないよぉ」と泣き出すチョロ松の服を剥ぎ、ガウンを肩に掛けてやる。臙脂色の柔らかなロング ガウンは アナウンサー好感度ランキング「二十代の部」で三位に入った記念にカラ松がくれたものだ。おそ松は一度も使っていないが、なるほど、愚図る成人男性に取り 敢えず何かを着せようという状況なら活躍する一品だった。何せ、おそ松にはその状況が頻繁に訪れる。 「やだこんなへんなの、きたくない、きたらしぬ」 「まあまあ、風呂が溜まるまでね」 「う、うー……? おまえは? ふろ……?」   風呂が沸いたら、ガウンを引っ剥がしてチョロ松をそこへ投げ入れる。その間に寝床を整えて、自分とチョロ松の出勤時間を確認して目覚ましをセットする。大抵は先に行くはずのおそ松に合わせて、チョロ松が「俺も出る」と眠い目を擦って一緒にタクシー乗るのだった。チョロ松として終電を気にするのも面倒だとか、出社した方が食べ物にありつけるだとか、そんな理由だろうけども、それでも良かった。おそ松は、この気の置けない相棒といる時間が何より楽しい。時間が合えばアナウンス部の会議室で二人で飯を食うこともあるし、なければおそ松が制作部のチョロ松のデスクの隣で仕事を広げながら簡単なものを食べる。そういう毎日だ。 「おそまーつ」   風呂場から幾分目の醒めたらしいチョロ松の声がしたので、おそ松はついでにとばかり洗濯乾燥機から取り出したタオルを持って顔を出す。単身者向けのマンションにしては広めの風呂は、チョロ松も気に入っていた(チョロ松のアパートは築四十年、隙間風と押し入れの湿度が悩みどころだとか)。 「どうしたチョロ松」 「アイス食べたい」 「……酔ってんのかお前」 「酔ってなーい! いいからアイス持ってこーい!」  どこでスイッチが切り替わったのか、すっかり上機嫌になったらしいチョロ松が湯船の水面をバシャバシャ叩くので、おそ松も上から下までびしゃびしゃになった。 「えっお前、これで酔ってねーのかよ」 「酔ってねーよ? げっ、お前そんな濡らしたなら脱げよ、風邪引くぞ」  確かに今日のチョロ松は疲れていたし、それを抑え込んでいたのは可哀想だったし、自分はこの管巻き酔いどれを介抱することを半ば趣味みたいにしているところはあるけれど。お前だけ箍を外して楽しんでんじゃねーぞ、という気持ちが起きないわけじゃない。特番で生活リズムがしっちゃかめっちゃかになっているのはお互い様なのだ。 「じゃあお言葉に甘えて」  ポイポイ、と目の前で濡れた服を脱いで、半身をひねってそのシャツを洗濯機の中へ放る。 「えっ」 「えっ、じゃねーよ、チョロ松はバカだな〜」  それから掛け湯なんて真似もせず湯船にどぼんと浸かった。溢れる湯が壮快だ。  ワー、と間の抜けた悲鳴を上げながらもチョロ松は笑っていて、それに少し安心した。おそ松は、この視界の狭く不器用な相棒が好きだった。仕事に支障がないならうんと飲ませて丸め込んでやっちまおうかなという程度には好きだったけど、そんなに考えなくとも分かる、チョロ松は絶対に仕事に支障を来す。絶対にだ。 「はい、ちょっとそっち寄ってねー、手はこっち、足伸ばして、あー風呂サイコー」  ぽかんとしているチョロ松の体を浮力をものにして操り、後ろから抱くような格好で収まる。チョロ松の肩に顎を乗せ「酒くせー」と笑うと、チョロ松も陽気さを取り戻してキスも出来そうな至近距離で、はあ、と息を吐き出した。酒臭い。 「そーいや、局のエラい人に何て言われたのさチョロ松」 「何って?」 「チョロ松が無理だって思うような何か、言われたんじゃねーの?」  ややあって、チョロ松が口を開く。 「この業界、変な人いっぱいいるから大丈夫だよ、って」 「は?」 「お前が抱え込んでる奴ら全員、お前のお手つきかもなって噂があんだってさ」  お手つき。そんなこと、たかが局アナが出来る訳がない。好感度が多少上がったところで、それはネット投票が強い層とおそ松の支持層が合致した部分が大きいと知っているし、何よりおそ松はそこまで上層部のウケが良い訳じゃない。 何より、今命を懸けてる仕事とチーム松野を侮辱された事実の方が腹立たしい。 「……それで?」  声が低まったことにチョロ松は気付かなかった。ぶくぶく、と顔を半分沈めてから、おそ松の腕を掴んで自分の体を引き上げて、ぐるんと向き直る。素っ裸の成人男性が二人狭いバスタブで何をしているのかというと仕事の話。上層部にも分かって欲しい、甘やかしてやる程度ではお手つきなんて言われる筋合いはない。 「何してもいいから、松野おそ松をつなぎ止めろって」 「はー……何をしても、なあ。普通に給料上げてくれりゃいいのに」  そこにこめられた、枕営業的なものにチョロ松も気付けたのだろう。眉を顰める顔は中々好みだったけれど、この潔癖性の男に何てことを吹き込んでくれるんだ、と、面白くはない。 「ほんとだよ。自分でできねーこと他人にさせんなっつーの、ケツ毛燃えろハゲ豚」 「あはっ、ハゲ居た?」 「居た〜」 「豚も?」 「居たね〜」  ああいうのは自己管理がなっちゃいないんだ、とぶつぶつ続けるチョロ松を抱き起こして湯船から出た。今更おそ松の精神力が試されるようなこともないけれど、素っ裸で触れてるのに性的な話を持ち出すのはちょっとなあ、と、思ったのだった。  お気に入りには違いない。同年代の男をこうして囲うみたいに連れ回して家に引きずり込んで、風呂に入れて寝床に押し込む。性的なことは何一つしていないけれど、もし誰かがこの日常を知っていたら間違いなくゲイだと言われるはずだ。  家に帰っても風呂と寝るくらいしかやることのないおそ松なので、家さがしの際は風呂もベッドも広めにとった。その代わり他のスペースは適当になっていて、アルコールの抜けたチョロ松には何度か「バランス悪いな」と呆れられている。いいんだよ、どうせお前も寄ってる時は風呂とベッドしか用がないんだから……とは言わない。  広いベッドには枕が二つ。硬さが違うものを二つ置いておく使い勝手の良さからそうしているが、チョロ松はいつでも勝手に固い方の枕を使ってしまう。 「おそ松さあ」 「うーん?」  もう寝るかと思いきや、張りつめた神経のままじゃ入眠できないのかもしれない。神経質な男は可哀想だね、と同情して、おそ松は隣に横たえたチョロ松の目に手のひらをあててやった。やわらかに作る暗闇と熱は、いつでもチョロ松を簡単に寝かしつける。 「わ、お前やめろ」 「えー? なんで」 「今話したいのに」 「何を……てゆーか、俺も眠いんだけど」 「寝る前に、なあ」  いつになく食い下がるチョロ松が可笑しくて、手をのけてやった。少し湿った髪は、起きたらすぐにセットされてしまう。こう崩れているのもベッドの中だけだ。セックスの事実もないのにそんなことを知っている。 「今日はしつこいね、チョロ松」 「しつこいって言うなバカ……お前、彼女とか作らないの」 「スキャンダル厳禁の人気商売の人間にとんでもないこと言うね」 「いや、だってお前、さびしんぼうじゃん」  構いたがりめ、とチョロ松に言われたのはいつだったっけ。構いたがりで、構われたがり。自覚はあったが同年代にそれを指摘されると無神経と言われ続けたおそ松もさすがに恥ずかしく、誤魔化すために「そうだよー、だからチョロ松、構ってよ」とまとわりついたのを覚えている。あの時、面倒くさそうにして見せたチョロ松の手は優しくおそ松の背を撫ぜた。そんな簡単なことでおそ松は落ちたのだ。おそ松の無茶を「ふざけんな、死ね」「暴君もいい加減にしろよ」と文句を遠慮なく吐きつけながらもディレクターとして形にし、上に掛け合い下をまとめガンガン作っていってくれる。本当は面倒なのは好きじゃないくせに、おそ松の真剣さに取りあわない事がなかった。そのチョロ松からにじみ出た優しさを、どうして見過ごせようか。 「さびしんぼうだけど、いーの。チョロ松がいるだろ」 「……俺は、お前を慰めてやれない」  酒で意識がふやけている人間の声ではなかった。体を温めて、さあ寝るぞという気分になっていたおそ松は、急にひやりと冷たいものを背中に流し込まれたような心地になる。 「慰めぇ?」  バカにしたような声が、ちゃんと出ていただろうか、とおそ松は急に張りつめた神経を解かずにチョロ松の反応を窺う。すぐそこにある顔は、まっすぐ天井を睨んでいた。 「だって今、おそ松、怒ってるし悲しいんだろ。チーム松野をバカにされて。俺は、お前がその評価を変えるっていうなら一緒に戦うし、局内のことなんかどうでもいって言うなら聞かなかったことにして仕事に打ち込むよ。でもお前が寂しいとか悔しいとか、そう思ったものを吐き出す相手になれるか分かんないから」  するすると出てくる言葉は、昨日今日の思い付きではないようだった。食事会に呼ばれた後に考え始めたのでもないのだろう。 「……見透かしてくれるねぇ、チョロ松」 「嫌だったら謝る」 「んーん……そこまで分かってて、どうして俺の彼女になってやろうって気にはならないのかなって不思議で」  ころん、と寝返りを打っておそ松に向き合ったチョロ松の、下がった眉。困っているではなく、力が抜けているだけの、彼の表情が好きだ。限界まで狭くなった視野で一点突破する機動力も、おそ松の何から何まで見通してやろうと動く目も、すべておそ松になくてはならないものだ。もちろんチーム松野はすべて大事だけど。もしも最小の最小の最小で動けと言われたら、取りあえずチョロ松の腕を取る。リソースを確保するだけの金なり時間なりが得られたら次いで他の面々を取る。そうやって仕事をしてきたのだ。  だから、何が必要かと問われれば、まずチョロ松が必要なのに、お前はそれを誰かに譲ろうっていうのか……なんて、そういう事を言われているのではないと知っていて少し腹立たしい。 「よく言う、女好きのくせに」 「アイドル好きのディレクターには言われたくねーよ、……まあ彼女云々はともかく、俺あんまり気持ちを預けるのは好きじゃないから、このくらいでいいよ。もっと人間的に寂しいのとかは、こうしてチョロ松に埋めてもらってるし? まあ本気で枕営業しようっつーなら喜んで乗るけど」 「喜ぶのかよ」 「そりゃね、女日照りもいいとこだかんね。まあやんなくても俺はフリーの道は考えてないよ」  どうやら枕営業の話に結び付けて正解だったらしい。体でつなぎとめるというより、チョロ松はおそ松の情を考えていたようだけど。そういうこと言っちゃう夢見がちなところがたまんないって思わせてるの分からないのかな、と内心で笑う。そういうところが好きだな、と笑う。 「やったらどうなるの?」 「んー? 喜んでお前のその貧弱て薄っぺらくて不健康な体をガツガツに犯して抱いて、そんでちょっと失恋気分になるね」  しつれん、とチョロ松は鸚鵡返しにし、それから口をへの字に曲げて押し黙る。 「やだよー、仕事仲間を引き止めるために足開くチョロ松なんか」  おそ松にとってのチョロ松は、もう恋かどうかも分からない。ただ必要で、自分の隣に在るべきだった。チームでモノを作るのは楽しい。それを総括しているチョロ松が、満足そうに小鼻を膨らませて、ふん、と息を吐き切るのを見ると「俺があの顔をさせてるんだ」と誇らしくなる。おそ松の評価が上がるにつれて仕事がやり辛くなっているだろうに、単純に喜んで見せる。おそ松について来られるのだからそれなりに非常識なくせに、自分が一番の常識人だと思い込んでいるのも良い。それがチョロ松の理性の在り処だと分かるのが良い。  だから恋かどうかも分からないのに失恋だって言うのは変だけど。 「……チョロ松、寝た……?」 「…………おそ松」 「うん」 「あのさあ、俺とお前が寝たとして、それ、枕営業になるかは別にして、」 「えっ、それ別に出来るの、チョロちゃんや」 「チョロちゃんじゃねーよ、……あの、思うんだけど、それ……好きな人ならいいんじゃないの?」  すきなひと?  意味が分からず、チョロ松を凝視する。掛布団の縁を握って口元まで引き上げて表情を隠そうという魂胆なのはおそ松にも分かるが、それはちょっと幼すぎやしないか。さっきの今だから、性懲りもなくときめきそうで怖い、とおそ松は知らずのうちにつばを飲み込んだ。 「……誰が誰を好きなの」 「えっ、お前、俺のこと好きじゃないの……?」  どうして当たり前のように言われてるのか分からない。眠気などとうにどこかへ飛んでいってしまったおそ松は、仕方なく起き上がりチョロ松の体も引き起こす。向かい合って座る、どちらも部屋着のシャツとパンツ一枚。 「……俺ってチョロ松が好きなように見えるの」 「ていうか普通、男同士でこんなことしなくない? さすがに酔ってたって何度も何度も同じことするんだから、下心あるのかなーって思うよね」  よね、って言われましても。おそ松の血がさあっと下がり、それからチョロ松の頬が、耳が赤いのを見つけてざあっと上がる。 「……あ、え?」 「や、何度も、俺も、こうしているわけだし」  分かれよ鈍感、と口を尖らせたチョロ松は、けれど怒っているようではなかった。羞恥に耐えて、それでも逃げ出さずに視線をうろつかせ、おそ松の返事を待っている。  五時間後には家を出なければいけない。  ケータイのアラームはかけた。眠ってしまってもチョロ松がたたき起こしてくれるいつものやりとり。  やりたいこともやらなきゃいけないことも山のようにあって、そうだ新しくラジオ番組を持たせてもらう話をチョロ松にしようと思っていて、ブログに十四松との昼飯の写真をアップして、視聴者プレゼント用にトド松のカンペを使う算段を付けてもらって、それから、それから。  短い間にフルスピードで色んなものが掛けていくが、おそ松がようやく口に出来たのはたった一言。 「す、きだから、俺と寝て、寝よう、チョロ松」  今夜の生放送、俺は仕事に支障を来たさずにいられるのか。やってやる。だからヤらせてくれ!
なななコラボが可愛かったので!可愛かったので!!てれとうの事よく分からないまま!アナウンサー×プロデューサーです!ばっちこーい浜松町!タイトル意味分からない付け方してしまいましたがまあそういうことです、浜松町です。<br />また他人設定にしましたが(おそ松が名付けっていいかなと思ったので…)これ兄弟でも良かったかもですね……設定ふわっふわだし仕事してなくてアレですがそのうち書ければ書きたいです。おそ松のために死ぬほど頑張らされるチョロ松、が大好きです。<br /><br />チョロ松はプロデューサーかなーとも思ったんですが、チーム単位で動くのバリカワなのでディレクターにしました。一番睡眠時間が少ないのがトド松、次いでおそ松。<br />偶数松はちゃんと寝れてそう~だけど色松はロケではちゃめちゃ大変な目に遭ってるので寝れてない組に悪いな~と思う事は一切なさそうです。十四松は悪いな~って思うのでケータリング的なことをしようとはしてくれるけど鍋ごとぶん投げてよこしたりしそう~!<br /><br />前作へ反応、感想もありがとうございました!はるこみ後くらいにお返事できたらなーと思います!感想乞食だからはちゃめちゃ嬉しい。です。
某日、浜松町から。
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先ずソラウをイギリスへ帰還させた。ランサーとの魔術回路が繋がっていない今の状況では彼女を冬木の地に留まらせても危険が増すだけであるからだ。断じてこれ以上彼女がランサーにだけ向ける熱の篭った表情を直視したくないからでも、日に日に自分に対する言動が冷たくなっていくことに耐えられなくなったからでもない。彼女は私の婚約者だ。まさか遥か昔に死んでいる、肉を持たない者に本気で懸想するはずがない、はずだ。 数日前、どうしても納得しようとしない彼女をなんとか宥めすかし(やむを得ずランサーの協力も得て)空港まで見送りに行った時の会話を思い出す。 「では、気をつけて」 「それはあなたではなくて?マスターの役割を分割するイニシアチブを失ったのだから」 「…そうだね。わかっているよ」 「これからは貴方がランサーに魔力供給、するのね」 「…」 彼女はその後何も言わず飛行機に乗り込んだが、その双眸が雄弁に何かを物語っていたような気がしてならない。どこか、そう、道端の汚物を見るかのような―――いや、そんなわけがない。恐らく疲れていたのだろう。彼女も私も。目頭がじんわり温かくなったのも気のせいだ。そのはずだ。 とにかく最初の難関はクリアした。だが次の問題はさらに厳しい。よりにもよって何故、このようなふざけたルール変更がなされたのかは知らないが、この程度の障害で聖杯戦争から降り負け犬の謗りを受け、我がアーチボルト家の名に泥を塗るわけにはいかないのだ。だから、なんとしてでも何か方法を考える必要があった。 選択肢はあまり無い。まずは血液。これは出来れば避けたいところだ。魔力と同時に体力まで損なうのではデメリットが大きい。では汗と涙。少量づつしか摂取できない。非公効率的過ぎる。あとは、…せ……、いや、無い。それだけは無い。 だとすれば答えは一つしかないのだが直接与えるのは絶対に嫌だった。私が、ランサーに、など考えただけでも怖気が走る。さてどうしたものか。上手くいくかどうかはわからないが、試験管にでも溜めて見えないところで飲ませるか――自分で想像して鳥肌が立った。私の唾液を啜るランサー。気色悪い事この上ない。 「主」 己の思考に没頭していたところに急に声をかけられ意識を浮上させると、そこには静かに佇むランサーの姿があった。相変わらずこちらの様子を窺うような様が虫酸が走るのだが、なんだかいつもより目が輝いて見えるのは気のせいなのだろうか。 「用が無い時は霊体化していろと言ったはずだが?」 それでなくても今は魔力を無駄に消費出来ないのだ。苛立ちながら答えを待つと、畏まったようにランサーはその場に跪く。 「恐れながら主、魔力供給の件なのですが…」 「それなら今考えている。貴様も男同士直接触れ合いたくもあるまい」 少し迷うような素振りを見せた後、意を決したように今までの遠慮がちな態度を脱ぎ捨て真っ直ぐこちらを見上げる。 「主よ、あなたは勘違いしておられる」 真っ向から意を唱えられたのは初めてだった。驚き見下ろすと更にランサーは言葉を紡ぐ。 「この度のルール変更はあくまでも粘膜を媒体とした体液交換。直接触れねば効果は望めないかと」 「…わかっている。だが試してみる価値は…」 「こうしている間にも他のサーヴァントとマスターは事を先に進めているかもしれません」 葛藤など捨てろと言いたいのか。いや、だがしかし、そもそも男同士である以前にソラウ以外とそういった行為をするなどということ自体が自分には受け入れがたいのだ。他のマスターとサーヴァントとは言うが、皆このような行為をたやすく行えるというのだろうか? どうにも信じがたい。 「…ランサー」 「はい」 「可能性がゼロではない限りは試すべきだと私は思う」 「…わかりました」 一瞬、何故か残念そうに目を伏せたランサーがまたこちらを見上げ口を開いた。 数秒の静寂が室内を満たす。何故口を開けたのか理解出来ないまま呆気にとられて見下ろすが、当のランサーは曇りなき眼で見上げるばかり。己の行動の正当性に些かの疑念も挟む余地は無い、といった様子である。 「…何のつもりだ」 「直接垂らしてください。その方がまだ可能性は高いかと」 「なっ…?!」 沈黙に耐え兼ね問い掛けるとまったく真摯な表情を崩さずとんでもないことを言い放ったサーヴァントに動揺してしまったのは致し方ないことではないか。想定外の事態に言葉が出てこない。この男は今なんと言った?つまりは私が垂らした唾液を直接受けて飲むと、そう言ったのか? 「ば、馬鹿なことを…!!貴様よくもそんなことを平気な顔で言えるものだな!!」 「結果に変わりはありません。私があなたの体液を…」 「口にするな汚らわしい!」 「しかし、事実です」 「ぐっ…」 はたしてそれは忠義で済ませられる範囲なのか。何故拒否しない? 「ご決断を」 「…」 だがこの男の心中など考慮するべき問題ではない。サーヴァントは戦争のための道具だ。何を考えていようが、知ったことではないではないか。思うように動けばそれで良い。例え裏で何を目論んでいようと、忠義の殻を被っている限り利用してやればいいのだ。そう結論づけ、無理矢理嫌悪感を押さえ付けた。 「目を閉じろ」 顔を見られたくなかったのでそう言うと、言われた通りに瞼を伏せた顔をしげしげと眺める。これほど近くで観察したのは初めてかもしれない。整い過ぎた顔はまるで作りもののようでいっそ不気味だと思うのは僻みなのだろうか。位置を調節するためにやや前屈みになり、体を支えるためランサーの両肩に手を置く。逞しい筋肉の感触は研究にばかり没頭してきた自分とは比べるべくもない。背丈は数センチしか変わらないというのに体重は20kg近く違うなど、男にとって屈辱以外の何ものでもなかった。 しかしこう改めてことに及ぼうとすると緊張で口内が渇いてくる。ただ唾液を分泌させて垂らすだけのこと。だが何をいつまでも躊躇しているのだと自分に言い聞かせても抵抗感は拭い去れない。だって汚い。あと気持ち悪い。目の前の目を閉じて心なしか頬を上気させている男が。 「…主」 催促され覚悟を決める。口内に溜めた唾液を舌を出し伝わせて垂らす。だがそれが辿り着く前に、あろうことか目を開いたランサーに罵声を浴びせようとして驚愕に言葉が詰まる。ランサーが自ら舌を伸ばして唾液を受け取り始めたからだ。その表情はあたかも極上の美酒を含んでいるかのような恍惚を浮かべており、後退りそうになったがそれは敵わなかった。力強い腕に阻まれたためだ。他でもない、ランサーの。 「貴様っ…」 「やはり足りません、主」 引き寄せられ前につんのめった。罵倒する余裕もなかった。ぬるりと熱を帯びたものが口内に侵入してきたことに完全なパニック状態になる。それを押しのけようとする腕は相変わらず押さえ付けられている上にこの態勢では力が入らない。まるで芋虫か何かのようにうごめくそれに吐き気が込み上げ視界が滲む。 「ふ、…っ、ぅ…」 いつの間にか抵抗すら出来ず、ただ嵐が去るのを待つように身を固くしていた。 「…はっ…ぁ……っ主の許可も無く、貴様…!」 やっと解放された頃には息も切れ切れで、怒鳴りたいところだがなんとか悪態を吐くのがやっとの状態になっていた。放されたとはいっても、ランサーの顔は以前として焦点も会わない程近くにあり、ほんの少し距離を詰めればまたたやすく触れ合ってしまうだろう。 「申し訳ありません、つい………もしや主は、あまりこういった経験が無いのですか」 何を言い出すのかこいつは。まったく論点のずれた問いに酸欠もあって目眩がする。確かに自分はこの方面に疎いという自覚はあったが、それとこれと何の関係があるというのか。 「だったら何だこの馬鹿サーヴァントが!!」 我ながら語彙の貧弱な罵声だとどこか冷静な部分が客観的な感想を告げる。 熱に浮かされたような表情をしているランサーは叱責を受けたにもかかわらず、蕩けるように微笑んだ。 「いえ、そうなら嬉しいと思っただけです。我が主よ」 もはや理解しようという努力すら起こらない発言に気が遠くなりそうだ。もういい消えろと命じればいつの間にか握り締められていた右手の甲に恭しく口づけしてから霊体化するサーヴァントの行動にも反応する気力さえ湧かない。 この茶番は一体いつまで続くのか。痛みだしたこめかみに顔を引きつらせながら席を立つ。 兎に角、口内を洗浄することが現時点での最優先事項だった。
ご都合主義な上に二番煎じどころではないネタで申し訳ないんですがアニメ9話の泣き顔に燃え滾った脳内妄想という名の塵屑を吐き出してしまわねば爆発するので投下。なんだろうちのディルムッドすごく気持ち悪い。ディルムッドはケイネスに嫌われれば嫌われる程おいしいと思ってます!現時点でアニメとネットで拾った多少の知識しか無いので矛盾があると思いますが目を瞑っていただきたく…!気が向いたら続きます。■(12/20)うああ素敵タグつけていただきながらなんという改行ミス見難いにも程があるorz直しました申し訳ない…ただ今続き製作中です。
もしも魔力供給が途中から体液交換だけになったら【ディルケイ】
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【注意・必読】 「創作刀剣男士」ネタです。 しんだら刀剣に転生しちゃったよ!という話です。捏造しかありません。ほんとうに捏造でしかありません。私だけが楽しい設定で書いていますのでわかりにくいところが多々あるかと思います。 今後続くとしたら「腐向け」「グロ表現」「R18表現」「勘違い」「ブラック本丸」などが含まれる場合があります。 あと当然のように「ご都合主義」「捏造」が多分に含まれています。 実在する全てのものとかかわりはありません。 少しでも嫌悪感や地雷を察知した方は速やかにブラウザバックしてください。 地雷なんてないぜ何でもおいしく頂けるぜという方のみ次のページにおすすみくださいませ。 3ページ目はなんとなくな設定です。見なくても問題ないです。 [newpage] 死にかけの自分が見た最期の光景は、赤い閃光と、錆びた鉄。 身体を貫く刃物が乱暴に引き抜かれ、まるでスローモーションでも見ているかのように血液がゆっくりと流れ出ていく。痛いとか熱いとか苦しいとか、思うことは沢山あるけれど、五感全てが次第に機能しなくなって、やがて僕の意識は途切れていった。 そうして次に目覚めた時、僕は刀になっていた。 おかしいな、無機物になったことなんて今迄一度もなかったのに。輪廻転生って恐ろしい。 僕は何度か輪廻転生を繰り返していて、前世の記憶も残っている。ある時は猫となって人と寄り添い、ある時は花となって床の間に飾られ、ある時は兎となって捕食され、またあるときは果実となって献上された。もちろん人間だったこともあるが、特筆して語るべきことはない。みんな違ってみんな良い。どれも短い生涯だったが、その時を精一杯生きていたのだ。色々とトラウマが出来たけれども。 そして今生は刀となって意識を持った。なんて不思議な感覚なんだろう。何にもできないって、すごく退屈だな。ああでも、視ることと聞くことはできる。傍観するのは得意なんだ。 どうもこの家は刀匠らしい。僕を拵えたのは五条国永という人間で、僕が置かれている部屋には既にもう一つ刀があった。五条国永氏、僕を生み出した所謂とと様は、その刀の隣に僕を置き、満足そうに微笑んでから部屋を出ていった。 今迄色んなものに転生してきたわけだけれど、刀同士って意思疎通は可能なんだろうか。花だったころは自分のお隣に咲くきれいな竜胆さんとよくお喋りしてたし、果実だったころは果実同士ならお喋りできたけれど。 なんとなくテレパシーじみたものを送ってみるけど応答がない。なるほど、意思疎通は不可か。無機物難しい。いやぁそれにしても暇だねお互い、何にもすることがない。これでは退屈でしんでしまいそうだ。とと様も暫くはこの部屋を訪れてはくれなさそうだし、さて、一体なにで僕は暇を潰そうか。 とと様は今日も仕事に精を出している模様。今も耳を劈かんばかりに鋼を打つ甲高い音が聞こえてくる。とと様、たまには僕に構って下さいよ。もう何もすることがないんです。せめてお話くらいしてって下さい。そろそろ寂しくて死んでしまいますよ。お隣さんだってきっと同じ事思ってる筈です。未だに意思疎通できてませんけど。 この部屋にきてから日が昇って落ちてまた昇ってくるまでの間に数回はテレパシー送ってみてるけど一回も返ってきたことはない。せめてテレビ欲しいな。そうしたら一日中ずっと眺めて時間が潰せるのに。一人は寂しいな。 それから一ヶ月ほど経った頃、突然お隣さんが人間になった。 何を言ってるのかわからないと思うが僕も何を言っているのかわからない。けれど突然お隣さんが、とと様と出先から帰って来たお隣さんが人間の子供(推定6歳くらい)になってとと様のそばに侍ってた。 一体どういうことなんだ。なんてファンタジーなんだ。刀っていつの時代から人間になれたの?超魔法かなにかなの?もう僕なんにも信じられない。あ、そうだった、僕の存在自体がファンタジー以外の何者でもなかった。ならこれもありえることなんだろうか。無機物恐ろしい。 「よっ!俺は鶴丸国永だ!いきなり俺が現れたんできみもさぞ驚いていることだろう!?」 ええ、ええ驚かせてもらいましたとも。お隣さんは鶴丸国永って名前なんですね。初めて知りました。 「いつも俺に話しかけてくれてありがとう。常々応えてやりたいとは思っていたんだが、いかんせん俺には応えるだけの力がなくてな。申し訳ないと思いながらも、いつもきみのことを視てたんだぜ?」 なんと。本当ですか。それは数々のあれやこれやの無様かつ無礼なところをお見せしてしまったのでは……!? 「とんでもない。俺はきみより先にあの部屋に居たがその間ずっと一人で暇を持て余してたんだ。それこそ退屈で死んでしまいそうだったぞ。それがきみが来てからというもの、毎日が賑やかで楽しかった。きみのおかげだ。ありがとう」 いやいや、こちらこそ毎日うるさくしてしてしまってすみません。ああでもこれからは貴方とお喋りできるんですね。虚空に向かって寂しく独り言を呟くこともなくなるわけですね。誠に嬉しい限りです。それにしても鶴丸さん、なんで人間になってるんですか? 「ああ、俺がこの姿になれたのは付喪神になったからだな。人型を取ってはいるが人間ではないな。現にとと様には触れれないし視えてもいない」 そう言った鶴丸さんはとと様の進行方向に立ちふさがってみたが、見事にとと様は鶴丸さんをすり抜けてしまった。幽霊みたいなもんなのかな。あの身体。 とと様は鶴丸さんの本体を僕のとなりにおいて今日何をしたかを僕に聞かせてくれた。とと様の師匠に当たる三条宗近氏の屋敷に足を運び、鶴丸さんを見せに行ったのだという。三条さんも褒めて下さる出来だったとか。さすがとと様。さすが鶴丸さん。誇らしげに語るとと様の様子にこっちまで嬉しくなってしまう。 「それでな、三条氏の屋敷には付喪神がたくさんいたんだ。三条氏には視えてなかったが、彼らには俺が視えたみたいでな、弟分だなんだと持て囃し力を分け与えられて、俺は付喪神としての姿を得たというわけなんだ」 とと様が仕事場に戻ってから、鶴丸さんはずっと三条さんの家でのことを僕に話してくれた。はじめて見た外の景色や同じ存在の彼らのことを話してくれる鶴丸さんはすごく嬉しそうでこっちまで楽しくなってくる。 いいですね。僕もいつか会ってみたいです。そうしたら僕も兄様のように付喪神として人の形を取れるようになるんですかね。 「そのうち会えると思うぞ。今度こっちに来ると言っていたからな」 あれから少しあって、僕は鶴丸さんを兄様と呼ぶことになった。俺の方が先に打たれたし付喪神として先に覚醒したんだから俺の方が兄だろうと鶴丸さんがいってきかなかったからだ。刀としての生まれは鶴丸さんの方が先かもしれないが僕は輪廻転生の記憶があるから人生経験は僕のほうがはるかに上なんだよね。けれどまぁ、兄と呼ぶことで鶴丸さんがこれ以上ないくらいに喜んでくれるのだから、僕はこれから彼を兄と呼び慕うことにする。兄様可愛い。 そうですか。それは楽しみですね。早く僕も動き回れるようになりたいです。 兄様は浮遊霊の如く宙に漂ったり壁をすり抜けたりする。物体には触れないけれど、それなりに付喪神として楽しそうにしていた。花が綺麗だといったり天気がいいといったり、動けない僕に外の色んな話をしてくれる。いつか一緒に見ようと微笑んで兄様が言うものだから、僕は約束ですよと返した。 それから暫くして三条宗近氏が五条の屋敷を訪れた。とと様は三条さんとお話があるだとかで別室に行ってしまわれた。兄様は三条さんとともにやって来た付喪神さまに屋敷を案内するとかで今はいない。後で来ると言っていたが――と、どうやらここまできたらしい。兄様の声がする。 「……――それでな、俺の弟がここにいるんだ。いつも俺の話し相手になってくれているんだが、俺の力だけじゃ付喪神の姿にしてやれなくてな。どうにか協力を仰ぎたい」 兄様はド直球におねだりしている。しかしながらその表情や仕草は庇護欲をそそるものであざとく可愛いものだ。兄様、いつの間に世渡り上手になられたのですか。 「おお、雛鶴に弟とな。それはさぞかし美しく愛らしいのだろうな。よいぞよいぞ、我ら三条が刀も力を貸す。存分に愛でてやろう」 そう言いながら部屋に足を踏み入れた青い服のお兄さん。この科白だけ聞くとものすごくいかがわしいんだけど大丈夫なの?兄様騙されてない?兄様は純粋無垢だから僕ちょっと心配です。 パトロンかな?事案かな?どっちにせよ兄様に害なすものは斬っちゃうよ、僕。兄様のためなら貴方のその美しいご尊顔、ぐちゃぐちゃにしちゃうんですからね。 「あなや、物騒な子だのう。心配せずとも取って食いはせぬよ。安心するがいい」 平安貴族みたいに口元を覆い鷹揚に話す青いお兄さん。雅だ!雅すぎる!これが付喪神ってやつか! 「さぁ、大人しくしておくれ。ゆっくりと力を流すゆえ、それほどの負荷はかからぬと思うが、ちと辛抱されよ」 そう言って僕に手を翳す青いお兄さん。まぁいくら怪しんで警戒したところで僕は微動だにできないから抵抗もできないんだけど。はいはい大人しくしておきますって。 程なくして、翳された掌からじんわりと何かがこちらに流れてくるのがわかる。おお、なんか身体が熱くなってきた? 「わっ!?」 瞬間、何にも視えなくなって短い悲鳴を上げてしまった。大抵のことじゃもう驚かないんだけど、ちょっとびっくりしちゃったよ。恥ずかしい。今顔赤くなってるかも……なんて閉じた瞳を開いて周りをみたら兄様と青いお兄さんがポカンとした顔してた。でも悲しいかな、二人とも美人さんだからポカン顔晒してても可愛いだけなんだよね。 「……僕、ちゃんと人の姿取れてますか?」 苦笑して問いかければ、兄様が満開の笑顔で、熱い抱擁をかまされた。 「会いたかったぞ可愛い弟よ!」 「僕も兄様に会いたかったです」 苦しいくらいの抱擁に、僕も全力で抱きしめ返した。自然と顔も綻ぶ。うん、なんか感動だな。付喪神ってなんだかよくわからないけれど付喪神同士は触れ合えるんだね。兄様のほっぺむちむちつるつるだ。 「よきかな、よきかな」 小さな兄様と小さな僕がくっついてるのをみて微笑ましいなと呟く青いお兄さん。ショタコンじゃなかろうなと警戒していたけれど、話してみれば案外いいお兄さんだった。 青いお兄さんは三日月宗近ってお名前らしい。お名前まで雅なんですね。流石です。 あれから三日月さんは何度も五条の屋敷に遊びにきてくれる。今剣さんや石切丸さんとか岩融さんにもお会いしました。今剣さんは活発で元気いっぱい。僕は全然付いていけないや。兄様は楽しそうに相手してもらってるけどね。岩融さんの高い高いは本当に恐怖でしかなかった。もう二度としてもらわない。僕は専ら石切丸さんや三日月さんと休憩してる。身体を動かすのが苦手みたいで最初生まれたての小鹿みたいにぷるぷる震えてまともに歩けなかったんだけど、兄様が色んなところに引っ張り出そうとする所為か、のんびりとではあるが自立歩行が可能になった。といっても石切丸さんと同じペースくらいだけどね。 「小鶴はのんびり屋さんだね」 「僕はゆったり過ごすのが性に合ってるみたいです」 兄様と分けるために三条のみなさんは兄様を雛鶴、僕を小鶴と呼ぶ。兄様より僕のほうが少し背が低いかららしい。 元が無機物な所為か、この身体は五感が人間の時よりもはるかに鈍い。浮遊感も相俟って地面に足をつけて歩く感覚が掴みにくい。力の入れ方とかも人間の時と違っているようで、中々思い通りにいかない身体である。よくぶつかったり転んだりするから、常に誰かが手を引いて介助してくれてる。うん、僕、おじいさんになったみたい。 「あなや、雛鶴はあんなにも落ち着きなく暴れておるというのになぁ。これではどちらが兄かわからぬのう」 「兄様が元気なようで僕は嬉しいです」 「がはは!お主は小さいがいずれ大物になりそうだな!」 「僕と兄様はまだ成長期ですよ。もっともっと大きくなります」 代わる代わる僕の頭を撫でていく三条の刀たち。うん、撫でられるのはすきなだからもっとしてもいいんですよ。大人に甘えるのは子供の特権ですからね。今のうちに撫でられておきます。そういえば猫だった頃も撫でられるのすきだったなぁ。あの魅惑のゴットハンドが懐かしい。 「ふふふ、……もっと撫でてもいいんですよ?」 三日月さんはなんとなく、猫だった頃の飼い主さんに似てるんだよなぁ。 そんなこんなで僕もいよいよこの屋敷を離れることが決定しました。いずれはと覚悟はしていたけれど、寂しい限りです。まぁ戦乱の世だからね。仕方ないことではある。前世ではたしか斬られて死んだ気がするけれど今度は僕が人を斬る番か。ふむ、何の因果かな。 「とと様!とと様の名に恥じぬよう勤めを果たしてくるぞ!」 「とと様、今迄大事にしてもらいありがとうございました。僕たちはこれから刀として、立派に本懐を遂げようと思います。それでは行って参ります」 そして僕と兄様は一対としてセットで同じ人の手に渡っていった。理由とかは知らないけれどまぁ僕は兄様と一緒ならいいかな、なんて甘えたことを思ってた。だって一人ってなんだか寂しいし。兄様いれば心強いし。輪廻転生を繰り返してても無機物になったのなんて初めてだからなんか怖いし。 二人で手を握り合って五条の屋敷を後にした。あれから僕たちも少しずつ成長して兄様は推定14歳くらいに、僕は10歳くらいの身体になった。同じ時期に生まれたのにこの体格さは酷くないか神様。おかげで兄様の過保護加減が半端じゃないぞ。ああでもそんな兄様も可愛いしすき。すごく頼りにしてます。未だに歩くのが遅い僕の手をしっかりと握り先導してくれる兄様に嬉しいと思いながらも同時に申し訳なく思う。 「頑張ろうな!」 「はい」 やる気満々の兄様に複雑な思いを抱きながら、僕たちは最初の主さんの元へと歩を進めた。 いやそれにしても僕って本当に刀としてやっていけるんですかね。役に立つ気がしない。兄様のお荷物にしかならなそうだな。まぁ僕が直接刀を振るうわけではないんだけれども。 そんなこんなでやってきました戦場!きゃー!砂埃がすごく煙たい! でも兄様との初出陣だからね!僕も足を引っ張らないように頑張るよー! と、息巻いていた時期が僕にもありました。結果、僕の出る幕はありませんでした。まる。 いやね、兄様が全部掻っ攫ってちゃったんですよ。さすが兄様、戦う姿は勇ましくも美しいです。 「弟の前で格好悪いところは見せられんからな!」 きゃあ素敵兄様格好良い!もう一生ついていきます! なんてことが出来ればよかったんだけどね。まぁそうそう上手く行くわけないって知ってた!知ってたよ嫌と言うほど前世で知ってた!うん!想定内だったけどつらいよ兄様! 「兄様怒ってないといいなぁ……」 主さんが亡くなって僕と兄様は揃ってお墓に入ることになった。兄様と一緒なら黄泉路も安心だね主さん!きちんと黄泉の国に送り届けてあげるからね!と意気込んでいたらなんと、兄様は墓盗人に連れ去られてしまった。 きゃー兄様が誘拐されちゃった!すごく助けたいけど墓盗人は僕に見向きもせずに兄様を骸の主さんの腕から取り上げて去っていってしまった。 うわぁどうしよ。僕一人で主さんの黄泉路を守れるかなぁ。でもまぁ、なるようになるか。先の戦場でも全然活躍できなかったしね、よーし兄様の分まで僕頑張っちゃうよ! なんてことが出来ればよかったんですけどね!わかってた!僕じゃ力量不足だってわかってたけどさ!主さんが存命の時に一回も振るわれたことないしさ!僕ってもしかしたら鈍らなんじゃないかって思ったりもしたけどさ!これはない!これはないよ! 折角刀になったんだから主さんの手自らで振るってもらいたいじゃん!?ブンブン振り回してほしいじゃん!?なのに!なんで!ここの化け物たちはこんな友好的な子ばっかりなの!? え?おかしくない?確かに良い魂もこの路を通るけどさ、邪な魂とかよくわかんない有象無象とか怪しいなにかとか口に出すのもおぞましい黒光りしたミスターGだって死んだらこの路通るんだよ?一体僕が何回この路通ったと思ってるの?死んで尚幾度危ない目にあってきたと思ってるの!?いつでも命からがら生き延びてるんだからね!(?) そんなこんなで黄泉の国の入り口まで無事に主さんを送り届けられました。黄泉路だと主さんでも僕の姿が認識できるみたい。最初はお互い吃驚し通しだったけど、僕はこの刀の付喪神なんですよーって言ったら何故かすんなりと納得してもらえちゃって。色んなお話しながら辿ってきたからわりとすぐ着いちゃった。 主さんここでお別れだね。転生したらね、今度は長生きしてほしいな。主さんに僕を振るってもらうことは結局なかったけど、それでも主さんは僕の最初の主さんだからね。主さんは死ぬには少し早すぎたからさ、来世が少しでも幸せで溢れてることを切に願っているよ!きっと色んな驚きが待っているよ!だからそんな泣きそうな顔しないで。何にも心配要らないよ。 んん?なになに主さん?え、最期に僕に名前くれるの?ここまでお供してくれたお礼に?え、いいの?わーいやった!僕実は今迄正式な名前なかったんだよね!三日月さんとかには小鶴って呼ばれたけどそれは渾名みたいなものだからね。やっと人に名乗れる名を貰えたんだから大事にするよ!ありがとう!次に兄様にあったらちゃんとその名を名乗るね!もしかしたらもう会うこともないかもしれないけれど会えたらこの名を自慢するよ!うん、主さんも僕と兄様が再会できるように願っててね! それじゃ、お元気で! 黄泉の国の入り口で主さんと別れて黄泉路を戻る。路に迷ったりはしないけど時間が結構かかった。流石の僕でも黄泉路から帰って来たことなんてないからね。行くのは慣れてるけど。 やっとの思いで現世に戻ってきたら、僕はお墓の中ではなくどこぞの侍の腰にぶら下がってた。解せぬ。 どうもこの人は主さんの身内さんらしくて、主さんのお墓が暴かれたのを知って様子を見にきてくれたらしい。既に兄様が持ち去られていて憤慨したものの、僕が置かれたままになっているのを見て骸の主さんから引き上げたらしい。そしてこれ以上主さんのお墓が荒らされないようにきちんと埋葬してくれたんだって。 そして僕は主さんの身内の侍にそのまま引き取られて後生大事に扱われた。ただ、ここでも実戦では全く使ってもらえなかったので僕は本格的に鈍らなのかもしれないと思い始める。刃生ってやつも世知辛いんだね。俄然能力主義。お金にだって困ってたはずなんだけど何故か僕を売ることはしなかった侍さん。馬鹿だなぁ。鈍らなこんな僕だけど、売ったら多少の路銀にはなるだろうに。 そんな侍さんも無理がたたって志半ばに亡くなっちゃったので僕は黄泉路の共をする。大丈夫、無事に黄泉の国まで届けてあげるからね! そんで譲られたり拾われたり盗まれたりを繰り返して僕はどんどん人手に渡っていった。僕の持ち主たちは老若男女色んな人がいたけどみんながみんな僕を大事にしてくれた。そのお礼に彼らが此の世を旅立つ時には僕が黄泉路の共をしてその御霊を加護してあげた。来世でも元気でね!って送り出してあげるとみんなそれぞれに感謝の気持ちをくれた。うん、言葉を交わせるって素晴らしいね。僕の持ち主が死んだ後でないとお話しできないってのはちょっと問題だけど、まぁ僕無機物ですし。 そんなこんなで黄泉路を行き来してるものだから黄泉の国の方らと顔馴染みになってしまった。 よお、お前また来たのか。なんて言葉をかけてくれるほどに打ち解けてしまった黄泉の国の門番さん。実は相当偉い方だったりするのだが、とても気さくで人当たり(?)のいい方なのだ。一部では稀代の変わり者として認識されているらしい。それもそうだろうなと思う。一介の刀に宿る僕なんかにも戯れでも挨拶して下さるしね。いわゆるお喋り仲間だ。門番するのも案外暇らしい。 本来、黄泉の国の方に気に入られるのは現世に身を置く僕ら的にはあまり好ましくはないらしい。なんでも境界があやふやになるのだとか。詳しい事はよく知らない。 主さんを宜しくお願いしますと頭を垂れると門番さんは任せときなー、と主さんの御霊の行く先について多少の口利きをしてくれる。一体どういう仕組みなのか僕にはよくわからないけど、なんかいい感じにしてくれるらしい。非常にありがたい。 口利きのお礼として僕は現世から何かしらの土産を持参する。今回は酒だ。黄泉の国にももちろん酒はあるが、現世の品とは味が全然違うらしい。まぁ物理的に重くてあまりたくさんは持てないのだけれど。 次も何卒宜しくお願いしますと挨拶して僕は現世に舞い戻った。何だかんだ僕が他の誰かとお喋りできるのは黄泉の国まで主さんのお供する時だけなので知り合いがいるってのは嬉しいものだ。現世にはお喋り相手誰もいないからね。また物言わぬ無機物生活の始まりだ。 さて黄泉路から無事帰還すると今度は誰かのお家の蔵の中。それから僕は暫く穏やかで退屈な日々を過ごす事になった。いや前世で花や果実だったこともあるから動けないのには慣れてるけどね、何だかんだ刀の生活も長いし。けど話し相手もいないし外の風景とかも全く視れないんじゃあ流石の僕でも暇だなぁって思っちゃうわけでして。時々家人が蔵の中を出入りしているみたいだけど、頻度が限りなく少ない。この蔵は家人の生活圏からも離れてるみたいで話し声もなにも聞こえないしで、もう僕なんだか眠たくなってきちゃってさ。何か言われてる気がしたんだけどよく聞こえないや。あーあ、兄様元気にやってるかなぁ。あれから一度たりとも会っていない兄様。主さんから貰った名前を自慢したかったけど、こればっかりは仕方ないよね。そういえば三日月さんたちは今どうしているんだろう。うーん気になるけど、何だかんだ上手い事やってそうだなぁ彼らは。 そうして暫く眠っていて、なんだか騒がしいなーと思い目を覚ますと僕はたくさんの人に土下座されていた。んん!?どういうこと!? なんでも歴史改変主義者ってのと戦ってほしいらしく僕に力を貸してくれないかって頼みに来たらしい。付喪神として意識が覚醒している刀剣なら無名有名問わずに声をかけてるらしい。そういう刀事態が少ないんだって。いやでもだからって何も僕じゃなくても、ね?僕今動くのも億劫なのに。 それに僕、実戦経験皆無なんですよ?鈍らすぎて歴代の主さんたちには一度も振るわれてこなかったし、そんな大事な戦いで役に立てるとは到底思えないんですけど……その辺大丈夫なんですかね?雑魚っちくてすぐ折られちゃいそうなんですけど……? んん?戦場に行くのは僕自身じゃなくて分霊ってのを作ってその子に行ってもらうの?いやでも僕の分身みたいなものでしょその子。ステータス値がたぶんすごくやばいんじゃないかと思うのですが。 ええー、物は試しって……うーん。まぁでも僕や僕の主さんたちがが辿ってきた歴史を誰かの都合がいいように好き勝手に改変されちゃうのは嫌だからなぁ……じゃあ一回だけね。きっと君たちもその分霊みれば僕がいかに雑魚中の雑魚で全く戦力にならないかってことを実感するはずだから。 そんなこんなで分霊の完成です。 あとはどこか本丸の下に降りればいいんだって。うーんどこにしようかな。 [newpage] ・主人公 過去の前世の記憶を持つ。 以前は猫や花や果実や兎なんかになってた。人間の時もあったよ。(男女とも経験済み) 有機物と無機物の違いに戸惑う。 しかしながら今迄色んな人生を経験してきているので達観してるというか諦観してるというか時の流れに身を任せるタイプなので何事にもあんまり動じない。 究極のマイペース。 多分続くとしたらブラック本丸に顕現しちゃって色々大変な目にあうけど本人的にはそうでもない。 「だって前世のあれのときのほうが今よりずっと辛かったんだもん」 ・鶴丸 主人公の兄的立場。めっちゃ主人公を可愛がる。 墓で別れた主人公とはそれ以来会っていない。のでめっちゃ心配してる。 ・三日月 主人公を気に入ってる。 ・最初の主さん 今作では安/達/貞/泰さんの体でお送りしております。 鶴丸欲しさに墓を暴かれた~、の件が使いたかったためです。信憑性はありません。 ・黄泉の国の門番さん ご都合主義 いろいろ妄想するのが楽しいんですよ!さわりだけ書いて設定考えるまでが一番たのしいんです!こんなのばっか増やしてしまい誠に申し訳ございません! 書きたいところまだかけてないので続くかもしれませんが、続かない場合もあります。 ここまで読んでくださりましてありがとうございました。
鉄は熱いうちに打てってばっちゃが言ってた(白目)。創作刀剣男士の話です。ごめんなさい。ネタが浮かんじゃうとどうしてもそっちのほうにいっちゃう性分なんです。でもちょっと書いたら満足する性質なので続かないんです。未完のものを書けるように頑張りたいと思います。はい。<br /><br />皆さん不動くん手に入りましたか?私は今までのイベの中で一番頑張ったんですけど出ませんでした。不動難民になりました。不動難民になりました。ボスマスは約270周、それたのを含めると超難を約400周したんですよ。今まで数えた事無かったんですけど今回初めて数えてみたんです。手伝い札もね、200枚くらい吹き飛びまして。戦力拡充?はっ、今現在私の本丸は経営難に陥ってます。本丸危機です。どうしてくれるんですか。今後不動くんくるんですか。いつですか。いつくるんですか。なんで大阪城とかにしてくれないんですか。玉集めでもなんでもします。ボスマス稀ドロとかほんとやめてください。それにするならボスルート確定とかにしてください。高速槍、てめぇはいらねぇ。消えろ。脳死プレイしすぎて溶かさなくてもいいレア刀剣とかしちゃって「うわぁぁぁあああ!!?」ってなったじゃないか。レア4と小狐とけちゃったじゃんか。途中からボスドロビンゴしてたけど一向にビンゴにならない。なんでだ、ぜんぜん揃わない。もうね、私の出陣メンバーにまんばちゃんがいてね、ボスドロでまんばちゃんが堀川くんとかカカカをドロップさせるたびに「あはは~もうこの仲良し兄弟さんめ♪」とか縁ある刀剣男士ドロップするたびに頭が沸いてました。そんなイベントでした。報われないというのはほんとうにつらいですね。不動くんの本実装、心よりお待ちしております。<br /><br />(3/13追記)<br />3/10付けデイリーランキング89位入りました!女子に人気ランキング57位入りました!ありがとうございます!<br />3/11付けデイリーランキング32位入りました!女子に人気ランキング100位入りました!ひょええほんとうにありがとうございます!<br />重傷待機タグだと・・・!?気長に・・・お待ちくださいませ・・・!<br />私は!世界中の不動難民が救われることを!!心の底から願っております!!!
今度は刀になっちゃった僕の話
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誤字脱字は見逃して。 あてんそん!!!  ・本科山姥切転生成り代わり  ・成り代わりの際、女性から男性への性転換表記があります  ・実装されていない刀剣男士が存在します  ・刀剣の経歴を妄想で補っています  ・刀剣男士の口調はゲーム中のセリフから妄想  ・作者の知識はさくっと漁ったざっくり知識  ・妄想捏造ばっちこーい☆地雷なし、なんでもモグモグおいしいわという方向け 以上、あかんわーと思ったらそっとブラウザバックプリーズ。 苦情は受け付けておりません。 初心者故、お手柔らかにお願い致します。 タグ付けもこっちの方がいいよというのがあればご教授ください。 戦いは、避けられませんか・・・・・・。 そうだね、避けられないね。 さぁ、出陣だ。 [newpage] 小田原征伐は現実のものとなり、北条家も取り潰し。 家臣たちは浪人の身となり、散り散りとなる。 あぁ、くそっ!どうして俺には自由に歩ける足がないんだろう? 国広と共にいられるだけで、たったそれだけでいいんだけどなあ。 血で汚れた二百年もそれだけで報われる気がするのに。 「忘れないでほしい。俺がお前を誇りに思っていることを。  お前の行く先が実りの多いものであるように、いついかなる時もお前の幸福を願っていることを」 初めて会ったあの時のように膝をつき目線を合わせる。 涙に濡れる翠玉をやはりきれいだと言ったらお前は怒るかな。 「やまんばぎり・・・」 「約束だ、また会おう」 絡めた小指に確かな絆があると信じたい。 水の膜が邪魔をして国広が滲んで見える。まだまだ一緒にいたかったなぁ。 後から後から透明の滴に引かれるように目元に口付ける。しょっぱい。 真似てか俺の首に怪獣の歯形を残していった国広はちょっとアグレッシブでした。ひりひりするぜ。 思わぬ結果に笑顔でお別れできたのは、きっといつかの約束があるからだ。 なんてかっこつけたけど、顕長様本体持ってっちゃうなんて、俺だけなんて、行く先は質屋なんでしょう!うわぁあああああああ!!!いやだぁあああああああああ!!!俺売られちまうんだ!知ってた! 負ければ基本戦利品扱いなんだが、俺は真っ当な方だったよう。浪人になった顕長様に持ち出され、しばらく共にいたものの、ヒトが食うにも金が要る。ということで、俺を売ることにしたらしい。使って折れるのは怖くても、売るのは平気なんだな。この辺の感覚がよくわからない。 問屋のおっちゃんがごっそりと取り出したるは金子、要するにお金である。 おひょ・・・?! おっと変な声出た。これが黄金の魔力よ。これだけの金塊ともなれば結構な額じゃなかろうか。俺も捨てたもんじゃないな。 御役に立てるなら本望・・・うっ、くにひろぉ。遠のく白い霊布をかぶった小さな姿に涙が零れそうだ。 心配で此処まで着いてきてしまったが、随分本体から離れてしまったからな。さすがにこれ以上は見送れないか。立派にやれよ・・・べそべそ。小さくても刀だもんな。主を守って敵を屠る。それが俺たちに課された使命だ。わかってる。遠い未来のその先で立派になったお前を一目見ることができるのなら、その日を夢見て俺は待つとしよう。 先の世で写しコンプレックスを拗らせた国広に嫌われていなければいいんだが。 ・・・嫌いに、ならないよな?うっ。うっぅうぅう~、くにひろぉ・・・離れたくないよぉおおおおおお。 二百年も戦場でどうやってすごしてたのかわからないくらい、お前との日々が本当に楽しかったんだ。 さ み し い よ、 く に ひ ろ 。 [newpage] さて、この時から俺のニー刀生活の幕開けである。 質屋で安置されてる間に関ケ原を通り過ぎ、豊臣から徳川の世になり、振るわれることもなく世は過ぎた。天下の分け目の大舞台を寝過ごすあたり俺も隠居だな。 殿様の差料に買われてからは、参勤交代での外出や厄除け験担ぎに飾られる以外は蔵でのんびりと過ごす。隠居隠居言う割に宝物庫の連中よか余程使われてるこの事実。普通の奴なら喜び勇むところだろう。ニー刀予定の俺としては少々当てが外れたが。 殿様に侍るということは、品格を損なわず、見栄えがし、飾るに足る刀ということ。結構いい値段で取引されたようだし、そこそこ俺も評価されるに値するようだ。 昔のようにやんちゃすることもなく、安穏とした暮らしは徳川の治世と似ている。 参勤交代で尾張から江戸まで出歩くし、本体から離れてあっちこっちふらふら。 徳川有する宝物殿に住まう他の付喪神や小さきものらと話をしたり、やれ花見だ、雪見だと季節を楽しんだり、ニー刀満喫中なう。万が一国広に逢えれば、なんて下心は叶えられないままだが。 参勤交代組にいるはずなんだが、召し上げられなかったし、ニアミスしてるのか?国広・・・元気でやってるよな? 初めは国広を護るために用意したこの分霊刀は結構使い勝手がいい。こっそり善くないものを斬れる。これでも小田原の頃より随分と斬らなくなったんだ。少しくらい目こぼししてくれ。自分の住処が荒らされるのは誰だって面白くないものだろう。 時間遡行軍の骨武者も斬って捨てたような気がしないでもないが、気のせいだと思いたい。・・・気のせい、だよな?暗闇でよくわからんかった、斬ったのはただの髑髏型妖、そういうことにしておこう。 鯰尾藤四郎、物吉貞宗とは尾張徳川からの腐れ縁だ。 結局六百年以上の先の世まで一緒なのだから馴染み顔というやつだ。他にも多くの宝物が寄合場所となっている。一期一振とも知り合って長かった。皇室に献上されるまで二百年以上、ふらふらして幽霊騒ぎを起こしては俺をとっ捕まえて座らせ、鯰尾や後藤と悪戯を考えて御覚悟!と説教され、正直すまんかった。悪気はなかったのだ。許してほしい。 そうそう。彼らはすでに記憶にある姿だった。俺が磨上前と姿が違うように、磨上や再刃前は違う容姿だったのだろうか。今よりもっと背が高かったり、髪型が違ったりしたんだろうか。城にいたのなら、すれ違っていたかもしれない。そこまで意識してなかったな。いろんな付喪神や神霊が声を掛けてくるから退屈する暇もない。 だが、江戸を城さえ焼いたあの大火は口に出すにはいささか衝撃が強すぎた。炎の迫る気配にヒトだけでなく、多くの九十九たちも恐れおののいた。鋼の体を持つ俺たちでさえそうだったのだから紙や布などのものたちなどひとたまりもない。 あの日も俺は出歩いていて、火の手に気づいた時にはもう手遅れだった。本体さえ無事ならと俺は燃える屋敷を駆けた。伸ばされた手を片っ端から掴み神域へ取り込んでいって炎にのまれたところで記憶は途切れている。殿の腰に下げられた本体は何事もなくそこに鎮座していた。飛び起きたときには数年が過ぎていた。無我夢中だったが無茶をしたのかもしれない。神域の連中は・・・焼失したことにしておいてくれ。誰がいるかなんて秘密に決まっているだろう。 いくつかの付喪神も炎に巻かれる前の記憶はあやふやだというし、過去のことは聞かない。俺だって山姥の話がしたいわけじゃあないしな。だからといって思い出話に花が咲かないわけじゃない。国広の話ならいつでも大歓迎だぞ。 なんだ、鯰尾遠慮することなんてない。俺の写しが如何に素晴らしいか・・・あ、逃げられた。脇差は足が速い。 顔見知りが増えると遠い記憶も刺激されるのか、ふとその終わりを思い出すことがある。 大火や大地震などの災害による消失だ。残念なことに俺のKY(危険予知能力)はKY(空気読めない)系だ。揺れたか?と思う程度の地震から大災害の大地震まで地震だよ!というアラーム一つで終わらせやがる。おかげで大地震や大火などが起こる度、何もできないことにしょっぱい思いをさせられるが、これも今生の俺が俺たる定めなんだろう、と最近ようやく飲み込めそうな、そうでないような・・・。 まぁ、簡単には割り切れないんだろうさ。 いつの頃からかその名が知れるようになった天下五剣と名高い三日月宗近とも言葉を交わしたし、参勤交代で江戸へ来ていた刀剣達、燭台切光忠や御手杵にも会った。みな気さくでいい刀だ。戦場じゃこうはいかないな。 宗三左文字には主の傍を離れるなど佩刀される意識が足らないとじっとり遠まわしな嫌味を言われた。お前みたいにじっとしてるとか何が面白いんだと言い返しておいたが、籠の鳥に言い過ぎたかもしれない。兄はあんなに穏やかなのにお前ときたら辛辣にもほどがある、うぅっ。あんな嫌味満載で言われたら温厚な俺だって頭にくるんだ・・・気にしてない・・・・・・気にしてないぞ。俺に和睦の能力はない。 こうして多くの刀剣に出会いながらも結局国広には会えず仕舞いだ。 一番逢いたいお前に逢えない、なんてな。なんとも皮肉なものだな。 世は移ろい、二度の大戦を経て急速に近代化を進めて、二十世紀を駆け抜け、人が切り結んだ時代が終わり、銃砲の時代が明け、多くの刀剣が廃され、姿を残したものは飾られ祀られるようになった。 俺も美術館で展示されたりしながら、相変わらず暢気に今生を過ごしている。 国広、今お前はどうしてる? [newpage] あとがきという名の雑談 徘徊爺以上の放蕩っぷりを見せつける山姥切に驚きを隠せないのは私自身である。 いつの間にそんなアクティブになってるんだ。そんな設定なかったじゃないか。 どういうことなの。 びっくり爺と気の合いそうなそんな子を育てたつもりはなかったのよ? 需要のあった別刀剣視点アンケート初挑戦してみましたので、 よろしければポチりとボタンを押していただけると嬉しいです。 誰視点の話がいいかリクエスト ・江雪左文字の邂逅 ・ちびひろ布助の話 ・徳川将軍家の三日月との雑談 ・御覚悟!一期  ・宗三とキャッツファイト 人気が高くて書けそうだったら書く。 Next展示会。 これもキャラクター多いんですよね。 絡みを入れると全然進まないから 最近隊長格で比較的よくしゃべる子を選んでいます。 需要と言ってもらえる本文になっていますように! 閲覧ありがとうございました。 ※ 2016.07.16 追記 ※ キャプション、タグ等を見直しました。 本文も誤字等を歴史修正しましたが、流れに変更はありません。
徳川時代、参勤交代で江戸へあちらこちらから参内したので妄想。<br />本当に彼らが差料されたのかまでは調べてない。捏造ぷまい。<br /><br />でも山.姥.切.国.広が参勤交代に参加はしていたみたい。<br />殿様に目を付けられずに済んだから今個人蔵所有で<br />庶民箱入りとか言われてるのをどこかで見た。<br />他の兄弟合わせて個人蔵か消失かで庶民派国広だったらかわいい。<br /><br />でも尾張徳川の殿様は将軍家に連なる御三家トップだったから<br />江戸城中でも刀を持ち歩けたけど、他の藩主は無理だった模様。<br />ってことはニアミスしたかもしれないってことだよね。<br />というところまでを妄想した。<br /><br />2016年03月10日(木)<br />大火の場所を江戸城と大阪城で勘違いしていたので、軌道修正しました。<br /><br />池田屋二階をクリアしたら、三条大橋の明石捜索隊を組むんだ。<br /><br />★☆★☆★アテンション★☆★☆★<br /><br />・成り代わり、転生、女→男、キャラ捏造<br />・ネットでさくっと漁っただけのざっくり知識<br />・経歴捏造妄想ばっちこーい☆<br /><br />あかんわーと思われた方はそっとブラウザバックプリーズ。<br />地雷なし、なんでもモグモグおいしいわーという方向け。<br /><br />準備はよろしいですかな?<br />苦情はなしでよろしくお願いします。<br /><br />初心者なのでタグに不足があれば付け足してくださるとありがたいです。
うちの本科・山姥切になって愛しの写しと別離する迄
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~学校・廊下F~ 沙希「遅い……」 沙希「まさか何かあったとか……」 沙希(でも下手にここを動くわけにもいかない。まずは連絡を……)スッ ピッ ピッピッ 沙希「……ん? これは……」 ピッピッ 沙希「………」 沙希「………」 沙希「………あ」 沙希「ああああああっ!!」 ~廊下E~ 雪ノ下母「ふふふ」 雪乃「………」 いろは「むむ……!」 八幡「やばいな……」 戸塚「完全に挟まれちゃったね……ごめんね、八幡。ぼくがもっと慎重に行動してればこんなことには……」 八幡「……なーに言ってんだ、戸塚が謝る必要なんてまったくこれっぽっちもねぇよ」 戸塚「で、でも」 八幡「でもじゃない。ここまで無事でいられたのは戸塚のお陰だ……あ、いや、それと川崎もな。二人には感謝しかないよ」 戸塚「八幡……」 八幡「この状況は……うん、もうしょうがないだろ。こうなっちゃったんだから、受け入れるしかない。受け入れた上でどうするか、だが……」 雪ノ下母「八幡くん、来ちゃった」 雪乃「………はぁ」 いろは「むむむむ! せっかくせんぱいを独り占め出来ると思ったのに……!」 八幡「どうやら、迷ってる暇もなさそうだ。……どうにかして切り抜けるぞ、戸塚」 戸塚「う、うん……! わかったよ、八幡!」 八幡「よし……! じゃあ、一色は無視して雪ノ下の方に行く」 戸塚「え? 向こうは二人いるよ?」 八幡「ああ、分かってる。でもな……雪ノ下の目を見てみろ」 戸塚「目?」 八幡「ああ。最後にあいつと会ったときは目付きが本当にやばかった。生気がまったく感じられなかったんだ……でも今は」 戸塚「なるほど……」 八幡「あとの二人はスルーして、雪ノ下の方に突破口を開く……これしかない」 戸塚「うん、分かった……でも八幡、いくら雪ノ下さんが正気に戻ってるって言っても、簡単には通れそうにないよ?」 八幡「そうだな……明乃さんに協力してる可能性もあるし……『通して』『どうぞ』ってわけにもいかないだろう……」 戸塚「そもそも一緒に行動してるのが怪しいしね……」 八幡「ああ……突破口を開くには雪ノ下のとこしかない……これは揺るがないが……むぅ」 戸塚「………」 八幡(どうする? どうする? これ以上距離を詰められてしまう前に決断しないと……!) 戸塚「………」 八幡「可能性が一番高いことに変わりはないんだ……こうなったら強行――」 戸塚「八幡」 八幡「……ん? なんだ、戸塚」 戸塚「ぼくにいい案がある」 八幡「本当か!?」 戸塚「うん……でも、こんなやり方、八幡は嫌がるかもしれない……」 八幡「好き嫌いなんて言ってられるか! このままじゃ色んな意味で喰われちまう! 聞かせてくれ戸塚!!」 戸塚「わかった……八幡、ぼくを信じて。この方法ならきっと上手くいく……!」 八幡「ああ!」 戸塚「まず――」 ~廊下D~ タタタタタタタッ 沙希「間に合え! 間に合え!」 タタタタタタタタッ 沙希(こうなれば、もう脱出ルートとか関係ない! あいつらを止められる!) 沙希「というか自分たちで気付いてもう止まっててほしい!!」 タタタタタタタタッ 沙希(でもあの暴走具合から考えれば、気付いてない可能性はある……) 沙希(というか気付いてない可能性の方が高い!!) タタタタタタタタタッ 沙希「ああもう!! 間に合えっ!!」 ~廊下E~ 八幡「準備はいいか戸塚……」 戸塚「うん! 八幡も大丈夫?」 八幡「勿論だ」 雪ノ下母(何を企んでるのかしら……?) いろは「???」 雪乃「………」 戸塚「さっきの打ち合わせ通り……ぼくが他の二人の気を逸らすから、八幡はその隙に」 八幡「おう……!」 戸塚「よし、じゃあ……よーい……」 八幡「………」チラッ 雪乃「……?」 八幡・戸塚「「どんっ!!!!!!」」 雪乃「えっ!?」 ダダダダダダダダダ 八幡(戸塚のことは気にするな、俺は雪ノ下だけに集中! 集中!) ダダダダダダダダダダダダッ 雪乃「なな、なに!?!?」 八幡「雪ノ下っ……!」ダキッ 雪乃「えっ? えっ? えっ?」 八幡「雪ノ下……」ギュゥゥ 雪乃「えっ? な、なんで抱きしめ……えっ!?」 八幡(こんなんで本当に効くのか分からんけど……やるしか……) 雪乃「ちょ、ちょっと比企谷くん……!?」 八幡「雪ノ下……やっと捕まえた」 雪乃「!?」 八幡「ずっとお前にこうしたかったんだ……」 雪乃「っ……!」 八幡「雪ノ下――」 雪乃「ぅ…?」 八幡「もっともっとお前とこうしていたい……だけど、今日はもう帰らなきゃならないんだ。だから、な。ここ、通ってもいいよな?」 雪乃「ぇ、ぇ……」 八幡「お前にも色々事情があると思う……でもお願いだ。今日は俺のわがままを聞いてくれないか」 雪乃「ぅ、あ……」コクコク 八幡「そうか、ありがとう。じゃ、行かせてもらうな」 雪乃「ぁ、ひ、比企谷く……」 八幡「……ええと、続きはまた今度ということで!」 八幡「よし! いいぞ、戸塚!! 今だ!!!」 戸塚「了解!!!」 ダダダダダダダダダダダダダダダダッ 雪乃「………」 雪ノ下母「やっぱりこういうことだったのね」ピッ prrrrrr prrrrrr ピッ 都築『――こちら都築』 雪ノ下母「もしもし? 私よ、今、八幡くんがそっちに行ったわ」 都築『いかがなさいますか?』 雪ノ下母「そうね……今回はこのくらいにしておきましょうか。引き際は大事よ。それにあちらもどうやら終わったみたいだし」 都築『かしこまりました。では車をまわします』 雪ノ下母「お願いね」ピッ 雪ノ下母「……それにしても、あの戸塚って子もなかなか可愛かったわ。八幡くんには負けるけど」 雪ノ下母「さて、帰りましょうか。いつまでも部外者がこうしてるわけにもいかないわ。……雪乃ちゃん?」 雪乃「………」 雪ノ下母「もう、いつまでそうしてるの? 一緒に帰るわよ」 雪乃「………」フラッ 雪ノ下母「あら?」 バタンッ 雪ノ下母「あらら、思ってたより重症みたいね。まったく手のかかる子なんだから」ピッ 雪ノ下母「都築、確か雪乃ちゃんの専属の子も来てるのよね? こっちに迎えに来させて頂戴、雪乃ちゃんが大変」 雪乃「………比企谷くん……」 いろは「つまり……どういうこと??」 ~廊下G~ タタタタタタタタッ 沙希「……あれ、向こうから来るのって」 タタタタタタタタッ 八幡「川崎!」 沙希「……比企谷!!」 戸塚「よ、よかったぁ~……やっと合流できたぁ……」 沙希「あんたたち無事だったんだね……よかった……」ホッ 八幡「おう……戸塚と……お前のお陰でな、川崎」 沙希「えっ? い、いや、あたしは別に……」 八幡「戸塚から全部聞いたぞ」 沙希「うっ」 八幡「いや、本当に助かった……一時はどうなることかと……」ハァ 沙希「……ほんとに大変だったみたいだね」 八幡「ああ……戸塚が来てくれたときは、マジで天使に見えた。いや、いつも天使だけど」 戸塚「?」 沙希「相変わらずだねあんたも……まぁ、軽口を叩けるくらい元気で――」 八幡「お前もな、川崎」 沙希「え?」 八幡「お前も天使だわ、俺の」 沙希「………………」 沙希「え?」 ~学校・どこかの教室~ 結衣「ヒッキー……どこー……どこー……」ヨロヨロ 優美子「どこ、だし……どこ……」フラフラ 静「あー、うー……」ズルズル ピピッ ピピッ 優美子「……? 結衣ー、携帯鳴ってない……?」 結衣「えー……? 優美子のじゃないの……? そんなことよりヒッキーを……」 静「うー、あー……」ズルズル ピピッ ピピッ ピ―― ピコン♪ 【『ヒネカレ!』メンテナンス&バージョンアップデート2.0終了のお知らせ】 つづく (今回でメンテナンス編はおわりです。次回からはURのお話になる予定です)
メンテナンス編、ラストです。<br /><br />※キャラ崩壊がありますのでご注意ください。<br /><br />皆さま、コメントや評価、ブックマークなどいつもありがとうございます。<br />今回でメンテナンス編はおわりになります。
八幡「雪ノ下、やっと捕まえた……」雪乃「!?」
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 例年に比べて遅くなると予測された冬の訪れは年末になっても列島に雪を運ぶ気配がなく、衣替えのタイミングもズレ込んだ。気温の振れ幅が大きくなり、コートの下に着込む枚数を昨日と今日で変えなければならない日々が続いた。こういう気候は高齢者や幼児に影響を与えやすい、なんて事が昨日の新聞に載っていた気がする。  みほは高齢でも年少でもないけど、どうやら連日の不安定な気候の被害者となったようだ。今朝になってから身体が重いと訴えるので熱を測ってやると表示された数字は平熱より若干高い。おまけにティッシュで鼻をかんだ形跡も見られた。  今日は休めと諭すのも聞かずに活動を開始しようとするのでちょっと口論になりかけたけど、最終的に私が折れる形に。  こういう変なところで頑固なのはやっぱり姉妹だ。  二ヶ月前、西住隊長にとって大学最期の公式試合が終わった。  見事な勝利で幕を閉じた結果に反してみほの表情は暗く、何故そんな顔をするのかと問えば「これでお姉ちゃんは引退しちゃうんだなって」、と返してきた。  無論私自身も解っていた事だが、彼女のそれと抱えている心情との相違を察して「そうね」の一言で済ませることしかできなかった。  少し前、例えば高校時代の自分なら嫌みの一つでも言ってやったに違いない。かつては考え付かないような思考のロジックを辿った事に私自身少々驚いた。  試合後のデブリーフィングを終えた後、隊長から戦車部隊隊長として、引退を控えた最上級生の一人として行った挨拶に私達下級生は敬礼で応えた。中には感極まる様子の子もいたが誰一人として涙を流さない毅然とした態度で上級生達を見送っていた。戦車乗りとしてあるべき別れのカタチだった。  それから二月後の今夜、引退式が執り行われる。あの格式取った送別を表とするなら、これから向かうのは裏の送別会。  『引退式』と言えばと聞こえはいいが、実質は宴会とほぼ変わらない。礼節整った別れが済んだなら、今夜は酒と肴を片手にもっとフランクな形で見送ろうというのが我が校の伝統らしく、あの日溜め込んだ皆の涙や言葉はこの場で発散される。こういう建前と本音を使い分ける姿勢は日本人らしいなと勝手に思う。  私とみほも漏れずに参加する予定だっだが、当日の朝からみほはこの有様。本人は頑なに出席すると言うので連れてきたが、こんな状態のこの子を騒がしい場へと連れて行くのは罪悪感の方が強い。  すべき挨拶を済ませたら早めに失礼する事としよう。みほ本人は最後まで残りたがるだろうが知った事か。大学に入って直ぐ、西住隊長から「みほの面倒を看てやってくれ」と仰せつかっているのだ。  みほを助手席に乗せて下宿先を出発したはいいものの、信号で車が停車する度に「ふぅ」とか「はぁ」とか隣で息をつかれるこっちの身にもなって欲しい。 「なんでよりによって今日そうなるの」 「ごめんなさい・・・」 「私に謝ったってしょうがないでしょ」  日が落ちて一気に冷え込んだせいか車内の温度がなかなか上がってこない。多めに着込むよう言いつけておいて良かった。 「あと20分くらいで着くから、それまでに鼻水引っ込めなさい」  青信号でも動こうとしない前走車に鳴らしたクラクションと、みほが鼻をかむ音が重る。このシーズンは人も車も行きかう量が増すからあまり好きじゃない。普段戦車ばかり乗っているせいか、車体をスムーズに動かせない状況に多少の苛立ちを感じてしまう。  チラリと助手席の方を見ると、鼻を赤くしたみほの顔が車窓に映っていた。大学に入ってから少し伸ばした髪型に隠れて表情は読み取れなかったが、何を考えているかなんて私には大抵想像がつく。繊細なようで案外単純なこの子の感情図と、眼前のネオンライトの群れを重ねがら、伸ばした左手で白い頬を抓ってやった。 「え、えりふぁふぁんいふぁいでふ、ないすうんでふふぁ」  暫くしてから手を放してやると、みほは頬をさすりながら睨んでくる。 「エリカさん、最近暴力的です」 「こんなのまだカワイイ方よ」 「なにかにつけてデコピンしてくるし」 「嫌ならもっとシャキっとしなさい」 「・・・・・・ブロッコリー残すクセに」 「あんたねぇ」    さっきの口論をまだ引きずるのか。ていうかそれ今関係ある?あの縮小された森(?)嫌いなのよ悪かったわね。そういえば、ここのところのみほの私に対する罵りのレパートリーが増えてきた気がする。同棲したての頃は私から一歩的に言われ続けていたのが、口喧嘩を繰り返すうちに反撃してくるようになった。いったい誰のせいだ。私か。 「あんたがそんな状態じゃ、隊長も気持ち良く引退できないわよ」  これもさっき言った気がする。  助手席から反撃がなかったので再度確認すると、頬を抓る前の態勢に戻っている。車内の気温は徐々に暖かくなるのに対して、湿度は下がっていくのを感じた。  互いに黙り込んでから数分して『引退式』の会場となっているレストランに到着。既に大半が来ているらしく、見覚えのある車が何台も駐車場に停まっていた。レストラン入口寄りに一番近い場所へ駐車し、車を降りる。歩き出したみほの横へ並び「気分はどうだ」と声をかけた。 「おかげで少し楽になりました。ありがとうございます」 「勧められても、出来る限り控えなさいよ」 「エリカさんが送ってくれるなら大丈夫です」  そういう事じゃないでしょうと不安にはなったが、ここまで来て引き返す気もないだろう。木製のドアを開けてみほを促すと、続けて私も入店した。  乾杯を済ませてからひっきりなしに席を移動するみほを常に視界に留めながら、ノンアルコールのビールを喉へ流し込む。  類まれな戦車道の才能からは考えられない普段のみほの言動は、幸いにも周りの人間からは好意的に受け取られた。内気な性格と、あの西住まほの妹という事も手伝い入学当初は本人もおっかなびっくりしていたものだ。気付けば先輩から可愛がられ、後輩からは羨望されるようになったみほを見ていて、私自身どこかホッとしたのを覚えている。  ホッとした、というのは多分私のエゴ。同じような始まりと、全く異る結果を迎えた過去を私は知っているから。 「まるでみほが主役になったようだな」  宴会の席には場違いな、凛と張った声が聞こえた。 「隊長」  佇まいを直そうと立ち上がるのを、右手で制される。 「無礼講というやつだ」  隊長はそのまま空いている椅子に座ると、左手に持っていたワイングラスを琥珀色で満たしていく。  彼女の飲酒する光景をほとんど目にした事が無かったので少々見入っていると、無言でグラスを向けられた事に遅れて気付き、慌てて自分のビールグラスを軽く当てた。 「無事、引退おめでとうございます」 「ありがとう。ようやく身の振り方も決まって安心しているよ」  隊長が卒業後の進路を決めたのはつい最近らしい。戦車道を続けるにも、実業団かプロチームに行くかで長らく迷っていらしたのをみほから聞いていた。結果的には西住流が抱える企業への就職を決断されたようだ。勿論ゆくゆくはプロへ、という道を辿るらしいが。 「隊長はプロを選ばれなかったのですね」 「うむ」  多少億劫な問いかけではあったが、二月振りの隊長との会話に口が緩む。 「最近は戦車道の肩身も狭いようでな」 「存じてます」 「背広の連中がひっきりなしに尋ねてくる気持ちが分からんでもなかったよ。母のあんな表情が、みほではなく私に向けられる日が来るとは」  それはそうだろう。元黒森峰エース、インカレ4連覇を成し遂げた戦車長にして西住流の次期家元が満を期してのプロデビューかと、新聞でも騒がれていた。 「エリカあなた、小切手書いたことある?」 「いえ、経験はありません」 「ドラマとか小説でよくあるでしょう、好きな額を書きたまえってやつ。あれって実在するのね」  琥珀色を喉に流し込み、ジョークを話すように言うものだから私はリアクションをとりかねた。「ハハハ」と乾いた笑いを出すのが精いっぱい。  隊長は口元を綻ばせながら、グラスに張られた水面を見つめている。 「あんなに周囲が騒がしくなるのは後にも先にも無いだろうな」 「みほは、なんと言ったのですが」  そう言った私を一瞥するも、直ぐにグラスへ向き直りワインを飲み干して答えた。 「お姉ちゃんの進んだ道が、そのままお姉ちゃんの戦車道になるんだよ」  「みほらしいですね」と返す傍ら、隊長のグラスに今度は違う色の液体が注がれていく。私の勘違いでなければ結構なペースではないだろうか。 「アルコールを嗜まれていたなんて、知りませんでした」 「ん?あぁ、エリカ達の前では初めてかもな」  グラスが傾けられ、紅い色ががあっという間に透明に戻っていく。 「戦車に乗る予定が無い日は、こっそり酒蔵から拝借していたっけ」 「そ、それは大学に入ってからの話でしょうか」  まるで随分前からそうだったように語るので思わず聞いてしまう。 「ふふ。どうだったかな」  何てことだ。皆、ここに不良少女がいらっしゃる。「内緒だぞ」なんて可愛らしく唇に指を当てているのが憎らしい。酔っているのかこの人は。 「今日はエリカが送ってくれたんだな。世話をかける」  幾ばくか失礼な事を考えていたのを振り払って意識を戻すと、隊長が私を見据えていた。 「もうみほと話をされたんですか」 「いや。どうにも予約が空かないらしくてな」  ちょうど遠くの方から、先輩に泣きつかれたみほがつられる様に声をあげているのが聞こえた。不思議に思っていると、先程自分が空にしたノンアルコールビールの瓶が目に入る。なるほどと納得して、ふと高校時代を思い返す。  あの頃の私は西住隊長に追い付きたくて、自分の能力を上げようと必死だった。本来副隊長になるべきだった人物との、自分でも理解できてしまう程の力量の差を何とか埋めるために。それが手段から目的に変わってしまうくらい。 (だから戦車に関しようがしまいが、隊長との会話中は必死に頭を働かせていたっけ)  淡い記憶から思い出が這い出して来る。自身とプライド、挫折と悔しさ、努力と結果、別れと再会、そしてあの全国大会。  どれも今までしまいこんでいたものだ。なぜしまう必要がある。  わたしは黒森峰の記憶を、持て余そうとしている。 「エリカらしいわね」  隊長が呟いた。独り言なのか、私に向けたのか。言葉の意図をも掴みかねてポカンとしていた私を、茶化すような視線で見つめてくる。そうかと思えばクツクツと笑い始めてしまうので、本格的に焦らざるをえない。  なんだか、今日の隊長は別人のようだ。 「エリカ、少し付き合いなさい」  辟易している私を置いて立ち上がると、スタスタと歩き出してしまった。一瞬どうしたものかと思いみほを確認する。よし、あの人だかりに囲まれているうちは暫く問題なさそうだ。  バルコニーへ向かった隊長を追って外に出る。冬の夜は私の身体を縮こまらせたが、人口密度の高い場所から解放されたせいかむしろ心地いい。隊長もそれは同じなのか、石造りの塀に腰を乗せながら目を閉じ、夜風を受けていた。  側まで歩いていき対面するように立つ。私の姿を見ると、先程の微笑を思い出したように再開する。 「だから言ってるでしょう。無礼講だって」  私が不思議そうにしていると口元の笑みを崩さずに告げた。 「崩しなさいエリカ」  言われて気付いた。無意識のうちに背筋を張り手を後ろに組んでいたのだ。慌てて取り直すも、どういう姿勢をとるべきなのか。 「かけて」  そう言って、自分の腰掛けている塀を指さした。少し憚られた感情をグッと押し込んで「失礼します」と宛がわれた場所に背中を預ける。私が隊長を少し見上げる格好となった。 「ここは静かだな」  空を見上げながら発せられた言葉の声量は、思いのほか大きかった。つられて見上げれば都会らしからぬ数の星が散りばめられているのに息を呑む。 「黒森峰の野営訓練を思い出すわね」 「えぇ、確かに」 けど、あの時はもっと星の数が多かった気がする。隣にいたのも隊長でななくみほだった。まだ入学間もなくて、クジで決まった即席の班にあの子はいた。テントを張ってさあ寝ようという時に夜空を見上げたみほが突然言ったのだ。 『星がこんなに近いですよ!』 「星がこんなに近いな」  心の奥を見透かされた気がして隊長を仰ぎ見る。まるで私がそうする事を分かっていたように、隊長もこちらを見ていた。 「どうした?そんな顔をして」  赤ワインのせいだろうか、笑みを象った唇がいやに紅い。  隊長の背中越しに、雲に隠れていた月が顔を出し始た。 「私はなエリカ、最近黒森峰の事を考えるんだ」   きっと飲み過ぎたんです、今日ほど饒舌で表情を変える貴女を見た事がありません。 「忘れていた事もどんどん思い出してしまう」  月に照らされたその姿は暗闇の中でもはっきりと輪郭を保っている。なのにどうだろう。表情だけは髪に隠れて捉えられない。 (一体いつからですか。あなたも髪を伸ばし始めたのは。) 「お前はどうだ。あの頃を思い出す事はあるか?それとも」  何故そんなことを聞くのですか。 「忘れちゃった?」  一瞬だけ目元が露わになった。あなたのそんなカオは始めてみます。 「エリカ、私には好きな人がいたのよ」  あなたは本当に隊長なんですか。 「ずっと誰にも言わなかったけど、片思いをしてたの」  隊長は、西住まほはそんな人ではなかったはずです。 「結局最後まで思いは告げなかったけど」  いつの間にか私の耳元まで屈んだ彼女は、囁くように喋り続ける。 「それも今日でおしまい」  もはや私の視界に写るのは夜空に浮かぶ月だけだった。  いつからだろう、人が月に行く事を夢見だしたのは。この星と月の距離が思っていたよりも近いと判明したのは。 「エリカ」 もう私と月を隔てるものは何もなかった。 「みほを頼んだぞ」  私は走り出し広間に居たみほの手をほとんど引っ張るように掴み、店を出て車に乗り込みキーをエンジンに挿しこんでいた。  呼吸が定まらない。脳の奥の方からドクンドクンと音が聞こえる。今揺れているのは車体なのか私自身なのか判別がつかない。 「エリカさん!」  みほの声。暗闇だった景色が、うっすら色のある世界に戻っていく。どこから目をつぶっていたの。 「突然どうしたんですか」 「みほ」  助手席から身を乗り出して私の肩を掴んでいる。強い口調とは裏腹に心配そうな表情を向けている。 「あっ!もしかして」 口を開けながら手を上下するみほのジェスチャー。 「リバースでしたか!?」 「っ、はぁ~~」  糸が切れたように身体の強張りが解ける。シートの座席に身体を預けると、どっと汗が噴き出した。車のエンジン音がやけに近く感じる。 「そうね、ちょっと」 「急に引っ張られるから・・・」 身体と思考が落ち着いてきて、みほの手を握ったままだったのに気付いた。 「驚かせたわね、ごめん」  その手を放そうとしても、身体中でその部分だけ固まったように動かない。車内の気温は外の冷気とほぼ同じになっていた。背中を伝ったのは汗なのか。 「・・・エリカさん?」 一度深呼吸をして改めて手の筋肉に命令を下す。徐々にみほの手を離していく。 「今日はもう帰りますか?」 私は頷くしかなかった。  時刻が23時に近づくと、夕方の混雑が嘘のように車は走行し続けた。等間隔に設置された街灯の明かりと、思い出したようにすれ違う対向車の光以外に動くものはない。ラジオからは聞き古された歌謡曲が流れている。 「皆さんに心配しないよう伝えておきました」  携帯をしまいながら告げるみほに一言感謝しながら、私も後でメールを入れるよう決めた。動転していたとはいえあまりに無礼が過ぎた。引退式を無言で走り去っていくなんて前代未聞かもしれない。 「そういえば風邪はどうなったの」 「へ?」  行きの車内と打って変わりピンピンしているみほの様子を見ると、そんなもの吹っ飛んでしまったようだけど。 「なんだか皆さんに挨拶してたら元気になっちゃいました」 「どんだけ単純なのあんた」  そうゆうところは心底羨ましい。この性格のせいか、私は嫌な事があると直ぐに体調に表れてしまう。 「先輩全員にしっかりお別れが言えてよかったです」 「・・・隊長にはしたの」 「お姉ちゃん?もちろん」  あの人に嘘をつかれた事よりも先程の出来事を思い出してしまうのが私は辛かった。  冷たい夜風、星空、月、あの人の声。フラッシュバックする記憶に身体が震えそうになるのをなんとか堪える。 (なんであんな事をしたんだ)  浮かんだ単純な疑問に私が答えを見出せるはずもなく、ごまかすようにアクセルペダルを踏み込む。あの人は、西住隊長は私になにを言いたかったんだろう。酔った勢いだろうか。なぜみほと話していないなんて嘘をついたんだ。いまさら黒森峰の話なんて。好きな人がいたと言っていた。片思い。もう終わり? 「エリカさん、踏切です!」 「えっ」  言われてからようやく気付く。慌ててブレーキをかけて、半ば急ブレーキになりかけたため身体が前のめりになってしまった。あと10メートル遅かったら間に合わなかったかもしれない。 「ご、ごめんなさい」 「ホントに大丈夫なんですか・・・?」  何をやっているんだ私は。これじゃあ行きの車内と立場が逆じゃない。  車体が止まったのを確認して、ラジオを切り窓を開ける。車内に流れ込んできた警報器の音と冷たい空気で、雑念を払おうと試みた。少しはましになった気がするが、一度ぶり返してしまった思考を止めるのは容易ではなかった。否応にも中断していた記憶の再生が止まらない。  隊長に謝るべきか。なぜいまさら黒森峰。あの人の声がまだ耳元に残っている。電車はまだなの。思い出したくないのに思い出す。まだ来ないの。何を忘れたんだっけか。早く来なさいよ。そんな事思い出してどうする。遮断機が降りていない。忘れた理由があるんじゃないの。電車は来ないの。理由があるなら尚更駄目よ。これだけ待ってるのに来ないじゃない。いけない、これ以上考えちゃ。来ないなら通ってもいいでしょ。 「エリカさん」  みほ、聞いて遮断機が下りていないわ 「今日の引退式で」  警報器が鳴っているのに電車が来ないの 「誰かと話をしましたか?」 「隊長としたわ」 「お姉ちゃんと?」 「えぇ」  不意に見上げた夜空は雲ひとつなく澄んでいて、大きくて綺麗な月だけが浮かんでいる。  私はおもむろにブレーキから足を離した。ゆっくりと車体が前進する。 「エリカさん、電車が来ますよ」  みほがそんな事を言うので、またブレーキ踏む。 「大丈夫よ来ないわ」 「でも、危ないです」  さっきまでの心配そうだったみほの口調が、聞き覚えのある、しかし滅多に聞く事が無いようなものに変わっていた。 「でも電車は来ない」 「来ないわけありません」 「さっきから全然来ないじゃない」 「直ぐに来ます」 私は何かに突き動かされているような自分と、それを俯瞰している自分を同時に感じていた。 「来ないわよ」 「来ます」 「来ない」 「来るはずです」 「来るわけない。何を根拠に言ってるの」 「根拠はありません」 「ふざけないで」  ふざけているのはどっちだ。私は何をムキになっているんだ。警報が鳴り響いている。単調な音のリズムが脳内の思考をシンプルにしていく 「私は早く渡りたいの。あそこへ行きたい。今行けば間に合うわ。」  もうたくさんだ。邪魔しないで。 「じゃあ私を置いていってください」  視線がみほのそれとぶつかった。 「エリカさんがどうしてもと言うなら、私はそれを止めません。けど、わたしは行けません」 「いやよ。一緒に来て」 「駄目です」 「みほ」  みほの瞳は私を捉えたまま決して離れず、暖かな手の平はギアに乗せていた私の手を覆っている。 「エリカさんの進む道です。私の進む道ではありません」  じゃあどうして手を放さないの。どうして瞳の中から逃がしてくれないの。 「選ぶのはエリカさんですよ」  あなたはそんなに意地っ張りだったかしら。そんなに迷いの無い子だった? 「わたしは、もう選びました」  違う、迷いが無いわけじゃない。既に済ませていたんだ。私が出来ないでいる事をとっくの昔に。  弱虫で臆病な私とは大違い。 「こんなに怖いのは生まれて初めてよ。とても怖い」  そうこぼした返事だろうか。握った手をより強く、瞳はより鮮明に私を捉えた。  嗚呼、今のあなた戦車に乗っている時そのものね。    いつしか止んだ警報の代わりに、電車の通過する力強い音だけが木霊していた。
◆ガールズ元副隊長ラブ的表現があります。<br />◆大学生と化したガールズです。<br />◆参考資料<a href="/jump.php?https%3A%2F%2Fyoutu.be%2Fvg2cGSPb-mw" target="_blank">https://youtu.be/vg2cGSPb-mw</a><br /><br />拙い作品をご覧頂き、誠にありがとうございました。ブクマ、評価も感謝です。
いつかさよなら
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奥村雪男25歳、突然ですが悪魔の子を拾いました。 正確にはちょっと脅されたんです、その幼子の傍に居た奇妙な白い犬に…。 朝の眩い日差しに照らされながら夜勤明けの疲れから閉じそうになる目を必死に開けて雪男は家への帰りを急いでいた。 早く帰って眠りにつきたい。昔から予定をすし詰めにすることは多々あったが、今回はやり過ぎた。 後悔して何時もは通らないちょっとした近道を通ったら、ふと足元から子供が喜んであげるような可愛らしい声が聞こえて声につられて雪男が振り向くと、まだ歩くのもやっとであろう小さな子供が寄り添っている白い犬のピンクと白の水玉模様のスカーフを引っ張って遊んでいるではないか。 しかも子供の首には『拾って下さい』とご丁寧に札を下げて。 雪男は目を擦って一回深呼吸をしながら「嗚呼…、もちろん犬の事だよな」と解釈する。 しかし、小さな幼子と犬。 犬は野良犬かも知れないが幼子は迷子かもしれない。 医者であり、善良市民である雪男は放っておくことが出来なかった。このままこんな所にいればそのうち病気になる。 疲れをなんとか吹っ飛ばして未だきゃっきゃっ!と声をあげている幼子に近寄った。 「迷子になっちゃったの?」 「うー?」 話し掛けられて幼子は首を傾げる。まあ、最初から話が通じるとは思っていなかったが…。取りあえず地べたでは何かと不衛生なので雪男は幼子を抱き上げてまじまじと顔を見る。 青と黒が混ざった髪に真ん中に赤が窺える綺麗な青い瞳。 将来有望だな、なんて抱いたまま惚けていると突然なんとも言えない奇妙な声がした。 「決まりですね。」 「はっ…?」 ここには自分と抱き上げている幼子しかいない。幼子はまだ喋れないのにこの悠長な声はどこから?きょろきょろ視線を巡らせている雪男をよそに返ってくる言葉は下から…、信じたくなかったが犬からだった。 「貴方、拾ったでしょ私達を。」 「…いや拾った覚えは」 「なんですか、こんなにか弱い赤子と可愛らしい犬を小汚い路地に置き去りにする気ですか?それに書いてあったでしょ、拾って下さいって。」 自分で可愛らしいって… それよりも犬と会話してる雪男は端から見れば危ない人になりかねない。 大体、私達って…。犬が拾って下さいと書かれたダンボールに入っていることはテレビとかで良くあるが子供は無いだろ。犬はともかく幼子だけでも警察に連れて行こう、そして今のことを忘れよう。うん、それが正しい判断だ。 走り出そうとする雪男に犬はなおも続ける。 「行くところが無いのです、その子も私も。今、貴方に見捨てられてしまったら死んでしまいます。…それでもいいんですか?」 医者として。 ニヤリと犬が笑う。 脅しだ、これは脅しだ。そう思いつつも逆らう術も無く雪男は渋々幼子と喋る自称可愛らしい犬を家へと連れて帰った。[newpage]幼子は燐と言い、犬はメフィストと名乗った。 可愛らしくメッフィーって呼んでくれても構いませんよ。ウインクされて言われたが誰が呼ぶものか、雪男は軽く眉間に皺が出来そうになるのを上手く堪えた。 本当ならば寝るはずだったベッドに燐を脚の間に挟む様にして雪男は座る。横ではメフィストが伏せをして白い尻尾を揺らして、同じように目の前で黒い尻尾が揺れていた。 「それよりこれは…」 「ぴゃっ!…ふぎゃああぁー!!」 「尻尾ですよ、悪魔ですからね。」 少しその尻尾を握る力を入れ過ぎて痛かったのか燐がわんわんと泣き出した。あやすべく雪男はごめんね、と謝りながら燐を自分の胸に引き寄せ背中を叩く。 悪魔だと、そんなこと聞いていない。赤ん坊を育てる事だって大変なのにその上、悪魔ときた。もっと早く言えよとばかりに雪男がメフィストを睨みつければ「貴方、最初に言っていたら放って帰ったでしょ。」 はん、っと嘲笑うかのように犬の鼻が動いた。 なんか凄くムカつくが雪男は平常心を保ち、相変わらず燐の背中を叩き続ける。 しかし、なかなか泣き止む様子を見せない燐にメフィストが呆れたようにやっと雪男に助け舟を出した。 それはたった一言 好物はすき焼きです。 赤ん坊にすき焼きって…。 疑問を抱きつつも雪男は言われるがままに燐の好物を口にする。 「ほら燐、すき焼き食べる?」 「…」 ピタッと泣き声が止まる。 「しゅきぃー!」 嬉しそうに崩れる顔に、父親も悪くないかも…と奥村雪男、25歳は思った。 「僕は雪男、わかる?」 「しゅき…?」 「すき焼きじゃなくて、ゆきお。」 「むーう、ゆ…き、」 時間を掛けて名前を教えても始めのうちは「しゅき」とか「にゅきぃー」しか言えなかった。ようやく普通に言える頃には夕方になっていて、わかった事と言えば、どうやら燐はおつむが弱いらしい。 と言うことと、メフィスト曰わく、元は100年近く生きている悪魔だったが力が弱ってこの姿になったんだということ。 拾った時が2、3歳位の見た目で良かったと内心雪男はホッとする。 悪魔なんて聞いただけでとって食われそうではないか。よちよちと壁に掴まって歩く姿は愛くるしくとても悪魔とは思えないが。 「ゆぅきー!」 手でバランスをとって燐は雪男の方へと歩いてくる。 「燐、危ないから」 和む、癒やしだ。目に入れても痛くない、どこの子供よりも燐の方が絶対可愛い…! 「ゆきぃ、しゅきー?」 「んっ?」 「りんたんのきょとしゅきぃ?」 こてんと傾がる首と真ん丸な青い眼。ゆらゆら動く人間の子供には無い尻尾。 だが、可愛いのだ。ぷにぷにのほっぺや動きが、呂律の回らない喋り方が。 「うん、好きだよ。」 「りんたんもー!!ゆきぃーのきょとしゅき!」 奥村雪男、医者。 悪魔の子と出会って早数時間、すっかり虜になりました。
またもやn番煎じな予感。続くか続かないか分からないものです…。25歳、医者雪男と2、3歳児燐たんでお送りします。一応雪燐になる予定だったので雪燐タグつけときます。ちなみにnot双子です■12/3付けデイリーランキング67位…、ふおおぉー!!ありがとうございます!!たくさんのブックマ、評価、タグありがとうございました!嬉し過ぎてジャンプステージ外れたショックが吹き飛びました^^続き書いても…!?お言葉に甘えさせていただいて続きできました…(<strong><a href="https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=660473">novel/660473</a></strong>)
突然ですが奥村雪男25歳、悪魔の子を拾いました。
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結婚して恋人同士からガラリと変わった関係は、ふたりに多大なる変化をもたらした。ただでさえ上官と部下という関係なのだから、恋人同士では我慢したけど夫婦になって同じ部屋にずっとべったり居るようになっても遠慮がちとかなんだよそれ、と少々拗ね気味に恋人もとい旦那様に訴えられ、なにそれ可愛すぎると密かに妻が足りないと自他共に確信している脳髄に焼き付けたのは結婚式を終えてまもなくの事。漸く郁が「篤さん」呼びに慣れてきた頃である。 堂上は笑うようになったし、歳上だからと気を張る事がなくなった。勿論気が利くのは元来の性格故で、気の回らない郁をフォローするのは最早鉄板を通り越して超合金だ。 だから、おのずと問題も出てくる。 「郁、風呂」 「…」 ちなみにこれは亭主関白が成せる台詞ではない。 「嫌です」 「なんで」 「篤さんとのお風呂はリラックスではなくてスポーツだからです!」 一気に寄る皺なんか部下だった時にはおどおど窺っていたが、もう気にしない! ギリギリと睨み合う姿は最早夫婦の姿ではなく、蛇とマングース、熊と虎、鮫と鯱である。 「阿呆か!なんでやっと夫婦になったって言うのに一緒に風呂に入らん!」 「馬鹿ですか!?夫婦でもプライバシーの権利はあります!」 「夫婦揃ったら一緒に風呂入る!選ぶ必要なんかない!一択だろ!」 「十択くらい下さいよ!」 ふー、ふー、と鼻息荒く睨み合うのは、もう一度告げておく。まだ新婚もほやほや過ぎて、近くを歩こうものなら足の裏を床の熱伝導で火傷するくらい熱々である筈の新婚夫婦である。 じりじり…と間を測りながらも郁が鍵の掛かる部屋に飛び込む算段なのは、堂上には簡単にお見通しである。 それでも肉食の如く目をぎらつかせる旦那から逃げなければ、明日の公休はもう絶望的だ。明日は久し振りに主婦らしく家事して柴崎誘ってランチして夕食に腕を振るおうと(希望)しているのに! きっとこのままでは旦那が主夫らしく朝から朝食を作り洗濯物を干して艶々の頬っぺたをして意気揚々と隊長から振られた休日出勤に出てしまうのだ。 そして陽が傾くまで寝てしまう自分が想像出来るとは何事だ。 ―――そう、結婚してからというもの堂上から遠慮という文字は無くなった。今迄抑えていた妄想というか願望というか、郁に関する全ての男の夢を叶えていこうと決めたのである。 恋人だと逃げられるのが怖い。しかし結婚してしまえばそうそう簡単には逃げられないという打算的な考え故である。 阿呆か。と旦那の決め台詞をそのまま突っ返してやる。 先に動いたのは郁だった。 いきなり回し蹴りが出た。難なく受け止める堂上に郁はそのまま動きを止めなかった。捕まった右足を軸に堂上の身体を駆け上がる。「おわっ!?」と戸惑う堂上に郁の踵が顎に炸裂した。 「くらえっ!スペシャルヒールクラッシュ!」 「ガッ!」 要はただのバク転を堂上の顎にクリーンヒットさせた郁は、くるりと着地し受け身を取れずに倒れ込んだ堂上を上から見下ろした。こちらも容赦無くなった。恋人同士の頃は上官と部下、五つの歳の差、憧れの人という三拍子揃った堂上篤という男性に、郁の方は遠慮がちに一歩引いていた。しかし結婚式の前に堂上が告げたのである。 この家の中では対等だ。 きょとんとする郁と約束する。 この家の中では堂上は「貴様」と言わない。 対して郁は「教官」と呼ばない。 堂上が破った場合には郁が親友の元へ三泊の里帰りを許可する。 郁が破った場合には彼女から夜のお誘いをする。 これに対しては「なんで三泊も!もう離婚か!?って弄られるの必至じゃねえか!」「あたしの方がハードル高いじゃないですか!」と喧喧囂囂の言い争いに発展したのだが、 お互い引っ込める事なく条件は確定した。 そんなこんなもあって、郁も全力投球で堂上に対する事になったのである。 もう一度告げておく。二人はまだ誓いのキスをして二週間経っていないし、出掛ける時と帰ってきた時には妻がわからない程度に屈み額・鼻先・唇とキスを受け、いちゃいちゃと手を繋ぎながら会話し合う新婚夫婦なのである。 「っ、き…お前!」 「あ!今貴様って言おうとした!」 「言っとらん!言っとらんぞ!」 顎を押さえながら膝を付いていつもより上の方に見える妻の顔を睨み付ける。 しかし明らかに状況は悪化の一途を辿っている。郁は素早く身を翻し手近な部屋へと飛び込んだ。一応郁の逃げ足の速さと堂上のスタミナの高さから外へ逃げるのは御法度となっている。つまりこの二人が本気の追いかけっこをし始めたら、きっと一夜走り回っても決着は着くまいという夫の見解故である。 さて、そこへ飛び込んだ妻は更に中の扉へ飛び込み、もうもうと湯気の立つ場所に入って鍵を掛けた。漸くため息をつく。ちゃちなスライドの鍵だがまさか壊す事はないだろう。ちなみに官舎の何処かを壊したら、堂上はビールを半年間禁止し、第三のビールを公休前のみに一缶だけ可。郁は食後のデザート半年間禁止である。一応お情けとして仕事中のおやつだけは許可されている。 堂上とて郁が鍵を掛けたのは百も承知だろう。追ってくる気配はない。それでも暫し外の様子を気配を潜めて窺っていた郁は、数分してやっと肩の力を抜いた。 ふ、と壁に備え付けられている棚に目を遣る。四角いアルミパックの風呂水洗浄剤の中にひとつだけ違う色の物を見つけてつまみ上げ、ため息をつく。 前回はこれにしてやられたのだ。 夫は隙あらばそういう行為に持ち込もうとする。いや、郁とてそういう行為が嫌いな訳ではない。しかし今迄はお互い寮住まい。外泊は月にあっても三回か四回。班長としての仕事や、女性の都合でもっと少ない月もある。それに一晩一緒に居たからと言って、ずっと出来る訳はない。一晩イコール一回ないし二回と何故か思い込んでいる郁に、逃げられるのは怖いとばかりに歳上の余裕をなんとか装って結婚まで我慢していたのだ。 だから結婚した今、それは既に彼の中では解禁だった。 まさか風呂でそういう行為をするとは知らなかった郁は、身体を洗っている無防備な背後から襲われた。しかも裸で入ってきたのに、何処から出した!と思わず叫んだ避妊具を途中できちんと装着して。 まさかエコな節水がエコとは縁遠い行為を誘発するとは。(何故ならばシャワーが出しっぱなしで致されたからである。) 意外と倹約家の郁としては、将来の事も含め、色々な面で節約していかねばならない。なのでアレの最中の多数必需品もそれなりに節約したいのだ。つまりは、回数を減らせば節約になる。 我ながらナイスアイデアだと頷きながら郁は入浴する事にした。景気よくパパッと脱ぎ捨てたものの…さて、洗濯籠は外である。このまま服を風呂場の隅に置いて入浴すれば絶対濡れる。いずれは洗濯の為にびしょびしょになるのだから問題はないのだが、なんとなく嫌で郁は外の気配を再度窺う。うん、気配はない。大丈夫だ。 そうろりと鍵を外してパパッと洗濯籠に入れてしまおうとドアを開け、服を放り投げようとした時。 腕を掴まれた。 「ぎ、ゃああああッ!」 「いーい心がけだなぁ。郁」 ふぅっと耳に息を吹き掛けられ、産毛が総毛立つ。 「服まで脱いでスタンバってくれてたとは夫冥利に尽きるな」 「ち、違います!普通にお風呂入ろうと…ッ!」 「よしじゃあ入るぞ」 「ってなんでマッパなんですか!つうか前隠して!」 「速攻攻撃出来るようにだ」 何処を攻撃とか絶対聞いてはいけない。自分の身の安全の為に。 「もうどうしてお風呂なんですか!ベッドでいいじゃないですか!」 とうとうぶちギレた郁に、さらりと言い放つ堂上。 「あ?勿論そこに郁がいるからだろって当たり前だろ俺がどんだけ我慢してたと思ってんだあの本屋で会った時からずっと我慢してたんだぞ?つうか惚れてる女が目の前にいたらどんな時でもヤりたいと思うのは男のサガだろうが!職場の休憩時間に襲いたいのも山々だがどうしてもお前は顔に出るからバレバレだろ?まあ残業につけこんで閉架図書とか倉庫でヤってもいいんだがそれはまだお前にハードル高いからいずれなってああどうして風呂でヤるか?声は響いて艶っぽいし湯気であったまって肌がピンク色でかぶり付きたくなるし何より明るくて丸見えだってーのがいいんだよ!あと汚しても洗えるしなってなんだもしかしてゴム無しが良かったかそうか風呂なら汚しても大丈夫だしな」 思いっきり良い笑顔で言われても嬉しくもなんともない。っつうかそんなに歯を見せて笑いたいなら歯みがき粉のCMに出やがれ畜生。 狭い中では蹴りも繰り出せない。すかさず繰り出した拳はやすやすと受け止められてしまった。こんな時ばかりはいつもは尊敬する上官も、ただのスケベで阿呆な旦那だ。それに体力馬鹿ときた。 「い・や・で・す!」 歯を剥き出しに威嚇したのににやにやするのが憎たらしくて、思わず指で目潰し。それも軽く避けられる。くそっ、身体能力があたしより上の男ってなんて扱いにくい!まあ特殊部隊の皆は大体あたしより体力あるんだけど! …こうなったら。 「…篤さん」 眉を困ったように下げて見せる。と、途端に堂上の顔が和らぐ。堂上はただの上官の時から郁に弱い。 「郁?」 「…あのね、」 もじもじと備え付けの棚からバスタオルを取り出し、身体に巻き付ける。邪魔くさいそれを剥ぎ取りたくてたまらない。…が、結婚してもなお裸を見て頬を赤らめている妻は超絶可愛 ばっちーーーん! 「痛ってぇーッ!!!」 「馬鹿ぁッ!」 隙をみて郁が再び風呂に駆け込んで鍵を閉める。 「郁!きさ「柴崎んところ帰らせていただきますよ!?」 ぐっ、と堪え、それでも諦めきれないのか風呂場のドアを震える手でガタガタさせると途端に「ビール無しですよ!?」と声が飛ぶ。 ギリギリ…と歯軋りしながらそれ以上行動に起こす事なく出ていったようである。 ほっと息をつきながらもこのあとの運命に十字を切るしか、郁に残された道は無かった。 案の定その夜は予想を遥かに超えたかなりハードなものとなり、郁の白い肌には無数の徴がついて予定は灰…というよりも塵に等しい程に記憶がない時間と化してしまったのだ。 [newpage] が。 「ぶッ!」 翌々日、訓練後でごった返す特殊部隊の男子シャワー室で不意に沸いた笑い声に、憮然としながら堂上は腰にタオルを巻く。濡れた床に這いつくばる親友は最早スルーしかない。それしかないに決まっている。しかしその声にわらわら寄ってきた集団に、堂上が担ぎ上げられるのは時間の問題で。堂上の尻を見て大爆笑で庁舎が揺れるのも時間の問題だった。 「なんか面白い事したんだってー?」 旦那の残業にかこつけて女子寮に転がり込んだ郁は、親友のベッドにダイブしながらだあってぇー!と泣きわめく。 「ちょおっとおー。鼻水つけないでよー?」 「友達甲斐がない!」 「そりゃあ冷たくもなるでしょうよ。ただの馬鹿夫婦の痴話喧嘩じゃない」 「馬鹿って言うなぁ…」 「嫌いじゃないんでしょ?」 「…そりゃあ…」 好きだから結婚した。それは間違いないと断言出来る。 「だけど」 「だけどー?」 「篤さんがあんなにえっちぃだなんて…!」 わああん!と泣き叫ぶ郁に柴崎は冷ややかだ。 「男の脳味噌の中身なんてエロい事ばかりに決まってるでしょう?あんただって婚前交渉したんだし、わかってるでしょうに」 「た、確かに…だけど一回の外泊で二回を超える事なんてなかったんだもん!」 「そりゃああんたに逃げられるの怖くて我慢に我慢を重ねてたんだからねぇ、まったく少しくらい」 「少しじゃないもん!」 見てよ!と景気良くぱぱっと服を脱ぎ捨てた郁はスポブラとパンツ一枚だ。 しかしそれは同室だった彼女にはいつもの事。「なにしてんの!?」と驚愕したのはそこではない。 郁の陽に焼けていない部分に隙間なく変色した痣があるのだ。打ち身にしてはまばらな形に。 「あんた…それ、まさか…」 「まさかもまさかだよー!」 うわあん!と泣き叫びながら伏せてしまったその背中にも。 もうどんだけやりたい放題なんですか、堂上教官。 「…まあ女子寮は出たし、特殊部隊も女子はあんた一人だから、溜め尽くしたのはわかるけど」 二十代のヤりたい盛りを禁欲数年一人に捧げるとこうもなるのか。寧ろ憐れだ。 あの時の弄りめいた告白が真面目に取られなくて良かったとすら思えてしまう。郁だからこの程度で済むのか…もしくは郁だから、なのか。 ふ、と脳裏に同期の朴念仁が浮かぶ。あいつももしかしたら―――… 「柴崎ぃ…?」 はっ、と我に返る。やだあたしとした事が!こほん、とわざとらしく咳払いして急に浮かんだ考えを消す。この柴崎麻子様は高いのよ! 「で?堂上旦那のお尻に手形つけたって?」 「うん!思いっきり!両尻に!」 いい笑顔で言うことでもないでしょうが、と思わなくもないが、付き合っている時にはあれほど堂上の顔色ばかり窺っていたのだから、たいした進歩だ。 「小牧教官から聞いたけど、びっくりする程はっきりと黒くなってきたそうよ?」 「え!?本当!?」 やったー!ともろ手を挙げて旦那の不幸を喜ぶ嫁もどうなのかと思わなくもないが、まあ当の本人も本人なのだから、お互い様か。 「びっくりしすぎてひきつけ起こして過呼吸一歩手前だって」 「………」 ちょっとやりすぎたか、と少し後悔しなくもないが、これは八割がた堂上のせいだ絶対。まだ怒ってるんだから!と頬を膨らます。 ぴろりん♪ 可愛らしい音と共にぶるぶるっと震えた携帯を郁が何気なく開くと、そのままべたり!とこたつの天板に俯せてしまった。 ぽいっと投げ出された画面をチラ見して思わず噴き出す。本当、この二人は結婚してもどうしようもなく面白いんだから! 「もう!笑い事じゃないんだから!」 そりゃあ本人達にしたら切実だろう。だが周りから見たら笑い死にの方が切実なる問題だ。 「ほら、出頭命令よ」 「し~ば~さ~き~ぃ…」 ひいいん!と情けない声をあげる郁を柴崎はぐいぐいと郁を部屋から引っ張り出す。 「あんたのうちはもうここじゃないでしょ?」 「…うん…」 しょぼくれながら迷子の子供みたいに柴崎に手を引かれて共有スペースに現れた郁を、堂上は何となく困ったような顔で迎えた。 「…」 「…」 新婚生活をスタートさせたばかりの二人が、何故か独身寮に揃って相対している光景はあまりにも目立ち過ぎた。ちらちら窺いながら通り過ぎる。この図書隊名物夫婦を知らない者はモグリか良化隊だ。 「…ごめ「すまん」 被せるように堂上が呟き、その先を郁には言わせなかった。 郁が上目遣いに見上げると、堂上は困ったような顔をしつつも照れているのに気付いて首を傾げる。 「浮かれてた」 お前と結婚出来て、お前と毎日一日中一緒に居れて。 堂上が手を差し出すと、郁がおずおずと手を重ねる。細い手を握り潰さないように優しく包むと軽く引き寄せる。 「…訓練の前日はしない」 「…お風呂場でもしないでください」 「………善処する」 「………善処だけですか。なら柴崎ん所「わかった、せめて外泊なら許可してくれ」 「…考慮します」 小さく笑うと、堂上も苦笑気味に笑う。 「帰るか」 「はあい」 「はいはい。独身寮では目の毒よー」 「「しば、ッ!」」 パンパン!と手を叩いて柴崎が割り入る。 「夫婦のすり合わせは事前にね♪」 「「…了解…」」 照れくさそうに、それでも繋がれた手は離れない。 「すまなかったな」 「ありがと!柴崎ぃ」 「いいからいいから、さっさと愛の巣へお帰り。教官、外泊予定立てて差しあげましょうか?」 「ッ!阿呆か貴様!」 「あー!貴様って言った!今度柴崎の所に泊まり来ようっと」 「馬鹿!ここは家じゃないだろ!それにさっきのはお前じゃなくて柴崎に、」 「だって教官が言ったんじゃないですか!」 「お前も今教官呼びしたぞ!」 「ギャーッ!今のなし!ここ寮だから!」 慌てて首を振る郁に堂上はわかってる、と頭をぽんぽん叩く。その顔は目尻が下がって、口の端がほんの少し上がって、瞳が柔らかく凪いで。 誰にも見せたくない大好きな旦那様の顔。 「帰るぞ」 「はい!」 「飯食いに行くか」 「じゃあイタリアンがいい!」 「仕事の後は米だろ、米」 「パエリアでも食べたらいいじゃん!」 「白米一択だ!」 「えー?ならステーキ!」 「…言うようになったな、お前」 「い、いひゃい!いひゃいよあふひはん!」 「…サラダバー食い放題にするからな」 「勿論!ファミレスで充分です!」 「仕方ないからデザートは許可する」 「わあい!」 すわ早速夫婦喧嘩か!?と寄ってきたギャラリーは、なぁんだ痴話喧嘩かと早々に散っていく。しかしその中でも堂上と郁の新たな一面に見惚れたまま立ち止まる人間数名。 あらあら、虫除けも必要不可欠かしら。 「今回の騒動は」 「堂上の暴走、かな?」 いつの間にか横に並んだ副会長を、郁を見上げる時より更に上の目線で見上げる。 「一応のゴールは見たけど」 「見守る会はまだまだ継続だよね」 二人に危機など訪れないだろうが、こんな些細なトラブルは日常茶飯だろう。 まだまだ二人を巡るお遊びは続く。
■どうか閲覧後の批判苦情等のコメントは御容赦願います。<br /><br />1ヶ月以上ぶりですが、お久しぶりですの方も初めましての方もこんにちは。<br />1月末から家族皆でインフルエンザにかかり、病院のお世話になりながら家の雰囲気は絶悪。今だ一人家庭内冷戦状態で書くのもなかなか上手くいかなかったりで、こちらからは少し遠退いておりました。<br /><br />その間にTwitterでお世話になっているフォロワーさんから素敵なバレンタイン堂郁がまわってきまして!遅筆ながら進呈したものがここ1ヶ月の成果です。こちらには当分載せる予定はありませんので、もし「ちょ!何それ聞いてない!読みたい!」と嬉しくもおっしゃる紳士淑女の皆様がいらっしゃいましたら、Twitterの私のTLを遡っていただけるとフォロワーさんのお宅の場所が載っています。來々琉宅ではありませんので、どうか失礼のないよう宜しくお願いします!<br /><br />さて、今回は突発。お風呂のアレってアレに似てない?というちょっとしたネタから。直接的な表現はありませんが、少々堂上家の夫婦生活が書かれています。結婚してまもなく、の二人のすり合わせは?
夫婦遊戯
https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=6521845#1
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 恋愛なんて、俺にはまだまだ先のことだと思ってた。そういうこと考えるより野球してた方が楽しいし、何よりエースになるためには余所見なんてしてられねーしな。 漫画を読んでその中の登場人物に感情移入し思いを膨らませたりして、それだけで充分だった。 人を好きになるってどんなだろ?楽しくてワクワクすんのかな?時には悲しくて泣いたり… いつか、そんな風に俺もだれかに恋をするんだろうか? その“いつか”が、すぐそこまで来てるだなんて…この時の俺は思いもしていなかった。  選抜を終え寮に戻って数日が経った。 あそこでの経験は、俺に様々なものを与えてくれた。悔しかった気持ちも次への大事なステップだ。新たに気合いを入れ直し、練習にも熱が入っている。  それに。熱が入っている理由がもうひとつ。 「沢村、最近ご機嫌だね」 「おおっ!わかっていただけるか東条!なんか春ってワクワクしねぇ?」 もうすぐ新学期。クラス替え。新しい出会い。俺もいよいよセンパイになるのだ。 うお~!!なんかテンション上がる!! 夕食を終え、自主連前に同学年メンバーで話していた。 「確かに。春は新しいことづくめだよね 」 「そうそう。俺はクラス替えが楽しみで仕方ねぇな」 「カネマールはまた俺と同じになりたい、ってことだな」 「んなわけねーだろ!頼むから次は安らかに学生生活を過ごさせてくれ」 「クラス替えっていえば、新しい出会いだよね」 「新しい出会いといや、恋、だよな」 俺らの言葉が聞こえたようで、麻生センパイ達が話に加わってきた。 「恋、すか?」 「なんたって、俺ら選抜出場選手だからな」 「女の子の方から声かけてくるかもな、な?」 「麻生センパイについに彼女がっ?!」 「沢村。落ち着け。まだ出会ってもないのに興奮するな」 そこから何故か麻生センパイの好みのタイプを聞かされ、そういや恋バナなんてここに来て初めてじゃねーかと思い至り、是非とも色々語りたい!と、近くにいた金丸に話を振る。 「なぁ、カネマールはどんなのがタイプ?」 「あ?う~ん、まぁ、馬鹿で煩くなければいいかな」 「なんだそれっ!」 「うるせぇな!そう言うお前はどうなんだ!」 金丸の反撃に、そういやあんま考えたことなかったかもと気付く。ってゆーか、俺って実際初恋もまだなんだった! 「す、好きになった人がタイプで!」 「は?つまんねー、やり直しっ!」 「なんでやり直し?!じゃ、じゃあ、無難に優しい人…とか?」 「面白そうな話してんじゃねーか」 「うおっ!」 主将副主将ミーティングを終えたらしい倉持センパイが、突然肩を組んできて驚いた。 「にしても、優しい人がタイプとかベタすぎ」 「そりゃ、優しい方がいいでょう!意地悪してくる人を好きになるわけないじゃないすか!」 ガタンッ! 音のした方を見ると、御幸センパイが椅子を倒して何故か呆然としていた。 「大丈夫すか?」 「あ?…あぁ、お前の好みのタイプが有りがちすぎて思わず転けそうになったわ」 「はぁあ?」 「まぁ、まだ恋も知らないお子様だからしゃーねーわな」 「なにおうっ!」 「はっはっはっ」 「俺だって初恋の1つや2つや3つ!」 「初恋は1回しかねーだろ、相変わらずバカだな、お前」 「くっ…!!あんた、好きな人にはそういう一面隠した方が身のためっすよ!」 俺の言葉に、しん、と静まりかえる周囲。 言われた張本人の御幸センパイも、いつもなら言い返してくるくせに無言で固まっている。 あれ?変なこと言ったかな? いつもと同じ様なやり取りだったよな? 「お前!なんてこと言うんだ!」 金丸が突然青ざめた顔で、俺に対して怒鳴ってきた。 な、なんだ?突然どうした? 東条に目線を向ければ、 「沢村…取り合えず謝ったらどうかな? 」 諭すように言われ、 わけがわからず次に春っちに救いを求めれば、 「栄純君、言っていいことと悪いことがあるよ」 じゃ、じゃあ降谷だ! …寝てやがるー!!! 麻生センパイはいつの間にか携帯ゲームに夢中だし、 倉持センパイに到っては、微妙な顔して目すら合わせてくれない。 仕方なく御幸センパイを見ると、 「忠告有り難くちょーだいするわ」 と言って、出て行ってしまった。 「え?え?俺、マズイこと言った?」 「まぁ、ある意味、沢村のその鈍感さが救いになってるとこあるし、ね」 「まぁ、御幸先輩に何も言われなかっただけ良しとしとけ」 東条と金丸のフォローのようなよくわからない言葉に、益々混乱する。  その後、何となく空気がおかしくなってそれぞれ自主連へと向かった。 いつものように汗を流しても、なんかスッキリしない。みんなに聞いてもはぐらかすし。  5号室に帰り、寝ようとしていた倉持センパイに聞いても、 「俺は何も知らねー。いいか?巻き込むんじゃねーぞ」 と言われただけだった。だから!巻き込むな!って何に?!聞きたかったけど、倉持センパイの顔面があまりに凶悪で何も言えなかった。  翌朝。 ぐっすり眠ったら昨夜の出来事はすっかり頭から抜け落ちていた。 いつも通り朝練が終わり、いつも通り朝食を食べていたら、隣になんと御幸センパイがやって来た。 いつも通りじゃない御幸センパイの行動に、一瞬にして昨日の出来事を思い出した。 何だか気まずい。 ってか何で隣?!何か話し掛けるべきか?でも何を?あー、居心地わりぃ! 「お前さ、箸の持ち方綺麗だよな」 「はい?」 ぐるぐると考えていたら突然御幸先輩に話し掛けられ、理解できず言葉が右から左へ流れていってしまった。 「だから、箸の持ち方、綺麗だなって」 「はあ。あざっす!栄徳の指導の賜物です!」 いきなりで多少驚いたが、褒められて悪い気はしない。 「栄徳?」 「じいちゃんっす!食事には厳しかったんで。乱すな、残すな、感謝しろ。って。守れないと、こうビンタが飛んできて」 と、ビンタの素振りをして御幸センパイを見たら、 「ははっ、お前んち楽しそうな」 と、それはもう穏やかな笑顔を晒していた。 あんた誰だ…?! 思わず、 「御幸一也ですか?」 と聞いてしまった。 「あ?お前まだ寝惚けてんのか?」 あ、いつものセンパイだ。 「沢村くんはお祖父ちゃんのビンタがないとスッキリお目覚めできないか」 「あんたは紛うことなき御幸一也です!嫌味眼鏡センパイです!」 「はっはっはっ」 俺の怒号に笑う御幸センパイ。沢村うるせー、と周囲からは野次が飛んできた。 何だよ、くそう、御幸センパイのせいだ! 「あ、」 と隣から、やっちまった…。と小さく呟いたのが聞こえ、どうしたのか聞こうとしたら、 「栄純君、時間時間!」 春っちに言われ時計を見て焦る。春休みだからって、部活は休みじゃない。急いで飯を掻き込んだ。  その日から、寮での食事は御幸センパイが隣に座ることが多くなった。 「沢村納豆嫌いなんだろ?食ってやろーか?」 「え?俺が納豆嫌いってよく知ってましたね!」 「ああ…まあ、な」 「さすが!キャップ!」 部員の食の好みまで把握しているとは!ちょっと見直した! 「代わりにこれ、やる」 「おぉっ!マジっすか?!」 「甘いの苦手なんだよ」 そう言って、俺の納豆とデザートのゼリーを交換してくれる。 「あざーっす!よっ!色男!」 俺の誉め言葉に、ぶっ!とセンパイが飲んでいた味噌汁を吹いた。 「大丈夫すか!汚ねー!!」 慌てて近くにあったティッシュを差し出した。 「わりっ…」 と受け取った顔が少し赤い。噎せて苦しいんだろうと背中を擦ったら、何故か勢いよく立ち上がる御幸センパイ。 「だ、大丈夫だから!」 と言って着席すると黙々と食事を再開したので、変なの、と思いつつ俺もそれに倣った。   「う~ん」 倉持センパイとのゲームに惨敗した俺は、只今コンビニの菓子類の棚を前に真剣に悩み中だ。 チョコ菓子の新商品が出ていたのだ。サクサク食感と煽りの付いたそれは、かなり魅力的に見える。でも元々プリンって思って口の中がプリンを期待してるしなぁ。両方買うだけの金もねーし。 「なに、まだ迷ってんのか?」 何故かパシりについてきた御幸センパイが呆れたように言ってきた。 「いやぁ、プリン買うつもりだったんすけど、チョコの新作が出てて。うー、やっぱりプリン!」 「そんなに欲しそうなのにプリンにして後悔すんじゃね?」 ニヤニヤと意地悪く言われ、後悔なんかするか!と、よりプリンの気持ちが強くなる。 「やなこと言わんでください!だって、プリンは同じくらいの値段で3つ入ってるんですよっ!3日楽しめる!どう考えてもお得でしょう!」 どうだっ!俺だってきちんと考えてんだぞっ!ふんっと鼻を鳴らしてやれば、 「ははっ、小学生かよ」 いつもの嫌味が返ってきて、反論しようと口を開いて止まった。 何だよ、何でそんな優しい目してるんだ、この人は! 見馴れない表情を見せられて、とくとくと鼓動が速くなる。 「小学生じゃねー!」 何とかそれだけ言い返してプリンの棚へ向かった。 会計を終え、先に外にいた御幸センパイの隣に並び歩き出す。 「沢村、コレ」 「あっ!そのチョコはっ!!」 御幸センパイが左手に持っていたコンビニの袋から取り出したのは、さっき俺が悩みに悩んで泣く泣く断念した新作のチョコだった。 「お前がすげー悩んでるから食ってみたくなった」 この人、俺の前で見せびらかしながら食う気だなっ! 「くっそー、羨ましくなんかないからな、御幸一也め~!」 「なーんだ、せっかく一緒に食うかって言おうと思ってたのに」 「えっ!マジすか?!食います食いたいです!!」 ころっと態度を変えた俺にくくっと笑った御幸先輩は、 「じゃ、ちょっとそこ座って食ってこーぜ」 とさっさと土手の方へ歩いて行く。歩きながら食うんじゃねーの? 「ちょ、早く帰らないと倉持センパイにシメられる!」 と焦って追い掛ければ、 「少しくらいへーきへーき」 と呑気な答えが返ってきた。シメられるのは俺なんだぞ!先に帰ってやろうかと一瞬考えたがチョコの誘惑には勝てず、結局御幸センパイについていった。 「まぁ、旨いな」 「そうでしょうそうでしょう!」 二人で土手に並んで座り、チョコを食べる。 「何でお前が偉そうなんだよ」 「この沢村が選んだチョコですからね!」 「買ったの俺ね」 「御相伴にあずかり大変感謝しております!」 ははっ、と笑うセンパイの顔がまた優しくて何故だか嬉しくなる。 「センパイもそんな優しい顔するんすね」 「は?」 「こうやってチョコくれたり、優しい面もあるんだって見直しましたよ!」 「優しい?俺、優しい?」 優しいと言われたのがよっぽど意外だったのか、眼鏡の奥の目を見開いて驚きながら御幸センパイが詰め寄ってきた。 な、なんだ?すげぇ食いつくな! 「だから、優しいって言ってるでしょーが!」 「そっか、ほら、もっと食え」 「あざっす!」 ご機嫌に残りのチョコを渡され、有り難く受け取る。 優しいって言われてそんなに嬉しいんだろうか。言われ慣れてなさそうだもんな。もしかして、キャプテンとしての目標だったりすんのかな。  新学年になって数日後、御幸センパイが自主連に付き合ってくれた。 気持ちよく投げ終え、やっぱりこの人のミットは特別だな、なんて思ってご機嫌に後片付けをする。 遅くなっちゃったな。俺たちが最後か。 御幸センパイが来る前にネットに向かって投げていたボールがそのままだったので、それをさっさと籠に入れていった。 「あのさ、沢村」 「へい、なんでしょう?」 「あー、えっと、お前さ」 「なんすか?」 片付けを任せて先に戻るもんだとばかり思っていた御幸センパイは、何故だか立ち去らず俺がボールを拾い集めているのを見ていた。 帰らないのか不思議に思っていたら、声を掛けてきたくせに何かを言い淀んでいる。 なんだ?こんなに話し辛そうにしてる御幸一也は初めてだ。 まさか、俺のピッチングに問題でも!? いや、それならハッキリ言うだろ。 じゃあ、なんだ?ハッ!!ま、まさかまた怪我を?! 「御幸センパイ!!」 持っていたボールの籠をドンッと下ろし、もごもごと口を動かしている御幸センパイに詰め寄った。 「な、なに?!」 「怪我ならちゃんと言って!ちゃんと周りを頼って!」 「は?ちげぇって!」 「いくら隠し事が好きだからって、俺の目は誤魔化せませんよ!」 「違うっつってんだろ!つーかお前、最後まで気付かなかったくせによく言うな?」 「ぐぬぅ…!じゃあ、なんすか?!」 「昼飯!」 「は?昼飯?」 「い、一緒に食わねー?ってことをだな、言おうとしてた…」 「は?」 あぁ、くそっ!と頭をガシガシと乱暴にかいて、居心地悪そうにしている。 ひ、昼飯だと?! 昼飯誘うのにどんだけテンパってんのこの人?! 思わず笑ってしまったら、 「笑うな」 と小さい声で言うから、何だか可愛く思えてしまう。 「いいっすよ、一緒に食いましょう」 「えっ」 「この沢村にお任せあれ!楽しい昼休みを約束いたしましょう!金丸や降谷も誘っときます!御幸センパイは倉持センパイと来ますよね?」 ボッチで寂しいセンパイの為にこの沢村が一肌脱ごうじゃないか! 「なんか、すげぇ失礼なこと考えてねーか?…でもまぁ、よろしくな」 ほっとしたような笑顔で言われ、楽しい昼飯にしなければと気合いが入った。  翌日。金丸、降谷にセンパイ達と一緒に昼飯食うぞと誘うと、 「はあ?何でだよ?お前だけで行けよ。その方が絶対にいい」 と金丸が拒否してきやがった。なんてことだ!御幸センパイは仲間との賑やかな食事を楽しみたいのに! 「何を薄情なことを言ってるんだ!きっとセンパイ方はボッチで寂しいんだ!金丸や降谷も誘うと約束したから、楽しみにしてるはずだ!」 「マジかよ…。何勝手に決めてんだよ」 「僕は別にいいけど」 「降谷!やっぱりお前は話のわかる男だぜ!さぁ!カネマール!男を見せるときだ!」 「…わーかったよ、行きゃいーんだろ、行きゃ!」  そんなこんなで皆で一緒に食べた昼食はなかなか楽しかったと思う。おかず交換したりして、御幸センパイも笑顔が多かったしな。  最近何だか優しくなった御幸センパイ。 自主連付き合ってくれるし、終わるとジュース奢ってくれたり。 でも、さすがに3日連続で奢ってくれるなんておかしくないか?! 「なんか企んでるな!」 「企んでねーよ!人の厚意は素直に受け取りなさい」 「だって、御幸一也だし」 「おいっ!」 また奢ろうとした御幸センパイだけど、こう毎日じゃこちらもセンパイの懐事情が心配になってしまう。 「まぁでも、貢ぐってのは何か違う気がしてたよ」 首の後ろを擦りながらながら気まずそうに言った後、ポツリと呟いた。 「優しくって、難しいな」 「優しくしたくて奢ってくれてたんすか?」 なんだ。悪巧みじゃなく、純粋な厚意だったわけか。疑って悪かったかも。 「あ、いや…」 思わず口に出してしまったかのような言葉を俺が聞き返したからか、視線をさ迷わせ口ごもっている。 「最近御幸センパイが優しくなったのは感じてるから、わざわざ金使ってくんなくて大丈夫っすよ!」 そう励ますと、 「そっか…良かった」 とちょっと照れたように笑うから、何だか胸がくすぐったいような感覚になる。ドキドキと鼓動まで速くなった気がして居たたまれない。 「球受けてくれるときが1番優しいって感じますので、是非明日も!」 「ははっ、調子乗んなよ?」 そんな気持ちを消し去りたくて言うと、センパイが軽く俺の頭を小突いて笑った。いつもの空気に戻ってホッとする。 そんな自分が不思議だった。 「お前、最近そればっか食ってんな」 部屋で課題をやっつけつつチョコを摘まんでいたら倉持センパイに指摘された。 御幸センパイと食ったチョコにすっかりハマり、コンビニへ行く度に買ってしまっている。旨いのももちろんだけど、これを食うと幸せな気分になれるから、ついつい手が伸びてしまう。 コンコンとノックが聞こえ、 「倉持、居るか?」 と御幸センパイが入ってきた。 明日のメニューだけど。と確認している。 主将って大変そーだよな。何かセンパイちょっと疲れてねぇか? 「御幸センパイ、チョコ食いません?」 疲れには甘いもん!と思い、用件が済んで丁度こちらを見た御幸センパイと目が合ったので声を掛けた。 「これって…」 「前に一緒に食ったやつです!あれから俺のお気に入り!」 「じゃあ、1個いただくわ」 「どーぞどーぞ、幸せのおすそ分けです!」 「安い幸せだな」 「安くて結構!何かこのチョコ食うと幸せ感じるんすよ」 「…まぁ、確かに。ごっそーさん」 チョコを口に入れ柔らかく笑いながらそう言い、御幸センパイが出ていった。今の顔から察するに、やはりこのチョコには人をハッピーにする力があるのかもしれない。 そう考えていたら、倉持センパイが 「御幸がチョコ食うなんてな、初めて見たわ」 と呟いた。 そう言えば甘いの苦手って言ってた。 …ん?じゃあ何で食ってくれたんだ? 「最近、御幸センパイ優しいっすよね」 「はぁあ?」 倉持センパイにもチョコを勧めながら聞くと、1つ口に放り眉間に濃い皺を作って頓狂な声を出した。 あれ?倉持センパイ今チョコ食ったのに幸せそうじゃねーな??? 「えっ、優しい主将を目指してるんじゃ?」 「知らねーよ、つか、特に以前と変化ねーよ」 「えっ?!全然違いますよ、最近!」 「…そりゃ、おめぇだけにじゃねーのか?」 「へ?俺だけ?」 「…おめぇは、何か感じねーのかよ、その、特別扱いされてる的な…」 「…とくべつ…?」 珍しく歯切れの悪い物言いの倉持センパイの言葉を、頭の中で繰り返すも、よくわからない。 「今まで特別意地悪だったから優しく感じるということでしょうかね…?」 「…そーくるか」 「倉持センパイも!俺に優しくしてくれていいんすよ!」 「ほー、そんじゃ優しい先輩が技の伝授でもしてやろーじゃねーか」 「慎んでお断り致します!」 「遠慮すんな、優しい先輩の厚意だぞ」 「うぎゃあぁぁぁぁぁ!!」  その夜布団の中で、特別って言葉が頭を何度も過り、どうしても緩んでしまう頬をそのままに、嬉しい気持ちで眠りについた。  ぐずっ、と鼻をすすり、滲んでいた涙を服の袖で拭う。俺はまたひとつ名作と出会ってしまった!クラスの友人に借りた漫画を読み終わり、部屋で一人ベッド背に感動に浸っていた。 ヒロインの一途な想いに、読んでいるこちらも胸が締め付けらる。片思いの相手の恋を応援し、自分の気持ちを圧し殺してそいつが告白するよう後押しするシーンは涙なしでは読めない。そこを読み返し、切ねー!と再び涙が滲んでくる。 そのとき、ノックの音がして御幸センパイが顔を覗かせた。 「お前…」 と俺の泣き顔を見てピシリと固まる御幸センパイ。 「あっ、漫画!!漫画読んでたんす!」 俺の言葉に、ほっとしたような表情を浮かべると、靴を脱ぎ部屋へ上がってきた。 「お前、よく漫画で泣けるな」 「漫画を侮っちゃいけねーっすよ!これ、マジで切なくて!胸キュンっす胸キュン!」 「へー、お前の胸にもキュンキュンする部分あんのね」 「失礼な!俺はどっかの意地悪眼鏡センパイとは違います!」 「俺だってあるぜ」 「御幸センパイが?またまたぁ」 意外な言葉に笑っていると、急にセンパイの表情が真剣なものになり、ドキリとする。 「沢村、知ってるか?恋ってキュンキュンするだけじゃねーんだぜ。 胸が締め付けられて苦しくて、痛くて痛くて呼吸すらままならないときがあって。だからってやめたくてもやめられねぇ。キラキラして楽しいばっかじゃねーよ」 射抜くような、痛いくらいの視線を向けられ身体が指1本動かせない。 …いるんだ、御幸センパイは。好きな人が。 「これ、倉持に渡しといて」 放心状態の俺の手にノートを押し付け、御幸センパイは出ていった。 御幸センパイが恋…。 なんか、意外っつーか…しかも片思いっぽい感じだったよな? 誰なんだろ?モテる御幸センパイにあんな顔であんなことを言わせる相手。 頭の中で描いたのは、御幸センパイとお似合いの、知的そうな美人の女生徒。 二人が幸せそうに見つめ合う姿を想像し、胸の奥がツキリとトゲに刺されたように痛んだ。  翌日、俺は御幸センパイを観察した。といっても、学内で側にいるのは習慣になったランチのときぐらいだ。いつものように隣に座ったセンパイをチラチラと窺う。 もしかして片思いの相手がこの中にいるかも?漫画によれば、ついつい視線が追うらしい。御幸センパイが誰かを目で追っていないか観察するも、収穫なし。 わっかんねーなー。ここにはいねーのかな。 「なに?」 「え?」 俺の視線に気付いたらしい御幸センパイが、ちょっと赤くなって聞いてきた。もしかして俺が見すぎて照れてる?レアな顔だ! 「そんな見つめられると居心地悪ぃんだけど」 「イケメンが何言ってんすか!女子は好きっすよその顔!」 そう。きっと、片思いの相手だって。 「お前は?この顔」 「へ?」 「好き?」 「や、別に嫌いじゃねーですけど」 今度はこっちが居心地悪い。端正な顔に見つめられ顔が熱くなってきた。 「沢村赤くなってね?」 「な、なってない!またからかったな!」 「からかってねーよ、真面目に聞いてる」 「真面目に聞くようなことですか?!」 少しずつ近づいてくる整った顔にワタワタしていたら、 「てめぇら、いい加減にしろよ」 地を這うような低音が響いた。声の方を見ると、倉持センパイが般若になってこちらを睨んでいる。 「ひっ!」 なんで俺も?!悪いのは御幸一也だろ! そう思って元凶を睨めば、 「んな怒んなって、これやるから」 カツを1切れくれた。 「おっ、やった!あざーっす」 御幸センパイがカツを食べてるのを見て実はちょっといいなって思っていたのだ。 途端にご機嫌になった俺を見て、御幸センパイがクスッと笑いながら、 「どーいたしまして」 と言ってきた。 ちょっと笑ってんのが気になるが、早速口に入れたカツがサクッとしとて旨かったから、それに免じてスルーしてやろうではないか。  その夜、御幸センパイに部屋へ来るよう言われた。ゲーム大会か?とワクワクでお邪魔するも、センパイ以外誰もいない。 「あれ?誰もいないっすね」 「何?俺と二人じゃ不服?」 「や、別にそーゆーわけじゃねーっすけど!ってか近っ!!」 何故か顔を近付けてくる御幸センパイを押し退ける。 そんな近いと心臓に悪いじゃねーか! 「いや、活用できるもんはしねーと。この顔、嫌いじゃねーんだろ?」 「…はあ?」 「まぁ気にすんな。ほら。手、見せろ」 と、意味がよくわからないまま爪のチェックとハンドケアが始まった。 「センパイ、プロ並みっすね!」 と丁寧にマッサージしてくれるセンパイを褒めれば、 「お前プロにやってもらったことねーだろ」 と笑われる。 この人と二人は意外と悪くない。 というか、こうして二人でいる空気は結構好きだ。 何気に優しいし、面倒見もいい。強豪野球部キャプテン正捕手で4番。イケメンだし、モテるのもわかる気がする。 その時ふいに、“特別”って言葉が蘇り体温がぐわっと上がった。いや、倉持センパイは深い意味で言ったんじゃねーんだろうけど! でも、特別ってなんだ?特別と好きって、どっちが上なんだろ。 …好きのが上に決まってるよな、くそう… ってなに考えてんだ俺は! ……好きな人、か。 「告白しねーのかな」 「へ?告白?」 やべっ、声に出してたらしく、バッチリ聞かれてしまった。 それなら。と開き直って聞いてみる。 「御幸センパイ、好きな人いますよね?」 「…まあな」 否定したり誤魔化したりしないことに少し驚きつつ、先程気になったことを口にした。 「告白、しないんすか?」 「しねーよ」 「なんで?」 「困らせたくねーからな。それに、今の関係も悪くねーなって最近思い始めたし」 「御幸センパイに告られて困る女子なんかいんの?」 「え」 「あっ、えっと、何気にイケメンですし?内面の腹黒さも最近は優しさでカバーされて…って、調子に乗るなよ御幸一也ぁ!」 「乗んねーよ!何勝手に誉めて勝手に怒ってんだよ」 少し呆れたように笑いながら、ハンドケアを続けてくれる。 「いや、でもさぞ女子におモテになるでしょうに」 「女子に…か」 「え?」 「いや。でもまぁ、告白ね。検討してみるか」 「…そっすか」 嫌だな、と思ってしまった。センパイが誰かに好きって言うなんて嫌だ。 昨日想像した知的美人と笑い合う御幸センパイが頭の中に登場して、また胸にチクンとトゲが刺さった。 慌てて首を振り追い払う。それでも心は晴れなかった。  その日、俺はイライラしていた。風呂を終え自販機に小銭を投入し、コーラのボタンを押す。こういう気分の時には炭酸だ。シュワシュワでリフレッシュしてやる! 自販機からコーラを取り出していたら、後ろから声を掛けられた。 「沢村」 聞こえた声に振り向くと、悲壮な顔つきをした御幸センパイがいた。 「お前さ、告られたの?」 その初めて見る表情に驚いていると、今日周囲から散々からかわれたのと同じことを言われ、ムカッとなる。 「あんたもか!あれは降谷へのラブレターを預かっただけ!」 「あー、…なんだ、そっか」 誰かが手紙の受け渡しを目撃してたらしく、今日一日そのことでみんなに色々言われ、俺はうんざりしていた。やっぱりお前が告られるはずねぇな、とか。恋のエースも降谷で決まりだな、とか。どいつもこいつもうるせー!何より、こんなに話題になってしまって、ラブレターを書いた子が気の毒だ。 「俺は野球第一ですからね!あいつが告られ舞い上がってる間に精進してやりますよ!」 「あいつ舞い上がってんの?」 「それが、ラブレター貰っても表情一つ変えず、ふーん、と言っただけなんす!腹立ちません?!」 「いや、別に」 「あっ!そーだった!あんたも腐るほどもらってるタイプだった!共感求めた俺がバカだったぁ!」 「取り敢えず、お前は告られてねーんだな」 「だから!そう言ってんでしょうが!」 再確認するよう聞かれ、しつこいな、と憤慨して返答すると、明らさまにホッと、気の抜けたような表情をする御幸センパイ。 おぉ!この表情も初めて見た!! 「何ホッとしてんすか!心配しなくとも、俺は何があっても部活の手を抜いたりしませんから!」 「は?あ、ああ。そうだな、部活な、うん、部活が第一だよな」 次は慌てたような顔をするから、コロコロ変わる表情が珍しいし面白しで、ニマニマと頬が緩んでしまう。 「…なんだよ?」 あ、今度は拗ねた! 「いや、なんつーか、最近新しい御幸センパイをたくさん見れて何だか嬉しいっす」 だって、心を許してもらえているみたいだ。 「は?」 目を瞠った後視線を下げ、…そうか、と言って片手で顔を覆ったセンパイの耳が何故か赤かった。 「そうだ!センパイ、何か飲みます?」 「え」 「奢られっぱなしで黙ってる沢村じゃありやせんよ!」 「…さんきゅ」 柔らかく微笑まれ、胸がきゅんと鳴いた。 あれ?これって…。 ドキドキと鼓動を刻む胸。フワフワと落ち着かない思考。 ぎゅっと左手で、煩く騒いでいる胸の辺りを掴み、御幸センパイを見る。 「どうした?」 動きを止めた俺を不思議そうに見てくるセンパイと目が合い、ドクンッと胸が高鳴った。ぶわぁ~っと一気に体温が急上昇し、今自分が耳まで真っ赤であろうことが想像出来る。 「あ、いやぁ、じゃあ、俺先に戻るんで!好きなの飲んでくだしゃい!」 言葉を噛みつつ、震える手で何とか百円玉を二枚自販機に投入し、お疲れさまっしたぁ!とそそくさとその場を去った。 「あ、おい、沢村!」 と呼び止められたけど、今は無理!こんな顔見せられない! 五号室に着き、ベッドへ一直線。 バタンッと大きな音を立てて閉まったドアに、浅田とゲームをしていた倉持センパイから 「てめぇはちったぁ静かに出来ねぇのかっ!」 と叱られたけど、 「さーせんっ!お先っす!」 とだけ答えて頭まですっぽりと布団にくるまる。 俺の様子がおかしいと気付いたのか、それ以上追求しない倉持センパイに感謝しつつ瞼を閉じた。 すると、そこにさっきの御幸センパイが現れるではないかっ!柔らかい笑顔に、またドキンッと胸が激しく波打ち始める。 うわ、これって、もしかして… 瞼の裏には、次々と色んな表情をした御幸センパイが出てきてドクドクと心臓が煩い。 もしかして、最近御幸センパイが変わったと思ってたのは間違いで、俺の見方が変わっただけ? ――俺、御幸センパイが好きなんだ。 うわっ、そうだ、好きだ、御幸センパイのことが。 うわ~!!!マジかよ?! 最近の自分を思い返しても、答えはひとつ。 うん、好きだ。どうしよ、好きだ。好きなんだ…。 恋に気づいた夜。心が甘く疼いてなかなか眠れなかった。  翌朝、寝不足のはずなのにスッキリと目覚めた。 あれ?なんだろ?いつもより視界が開けて、色付いて見える。 これから朝練で御幸センパイに会えると思うと胸がキュンとなり、ワクワクしてやる気に満ち溢れた。 こ、これが恋なのか! 「おはようございます!倉持センパイ!俺、いつもと違いません?!」 「あ゛?」 練習着の袖に腕を通しながら、今起きてきたばかりの倉持センパイに声を掛ける。 「俺、少し大人になったといいますか、新しい自分に生まれ変わった、みたいな?ニュー沢村誕生っす!」 「…ついに頭沸いたか」 そんな暴言も今の俺は許せてしまう。なんせニュー沢村だからな!  ふわふわして心踊るまま、朝練へと向かう。 あ、御幸センパイだ! 前方に想い人を見つけ、ドキドキと胸が甘く鼓動を刻み始めた。 「おはようございます!」 と、平静を装って挨拶をしながら横に並ぶ。 「はよ。お前は朝から元気な」 「はいっ!それが取り柄ですからね!」 「ははっ、昨日はごっそーさん」 あ、そういや自販機に金入れてそのまま逃げたんだった! 「ど、どーいたしまして!」 何か追求されるかと少し身構えたけど、特に何も聞かれずホッと胸を撫で下ろした。 チラッと盗み見た御幸センパイは、昨日までと変わらないはずなのに更にキラキラとかっこ良くなった気がして、益々ドキドキのスピードが上がる。 こうやって並んで歩けるだけで幸せを感じるなんて、俺ってかなりセンパイのこと好きじゃないか。どうして今まで気づかなかったんだろ?  その日の昼食時、学食で隣に座った御幸センパイが 「そういや、昨日のお釣」 と言って俺の左手を取り、その上に小銭を置いた。 急な触れ合いに驚いてぐわっと一気に体温が上がる。心臓も跳ねに跳ねて、一瞬思考が停止した。触れた手が熱い。顔が熱い。 「どうした?」 「い、いや~、何か暑くて!」 ワハハと笑い、さぁ!飯だ飯!と誤魔化しながらご飯を掻き込んだ。 手が触れるくらい、昨日まで全然平気だったのに。 不思議だ。好きって気が付いただけで、今まで何でもなかったこと全部が特別に感じる。 今だって肘が触れそうで息苦しい程緊張するし、だからって不快なわけじゃなくこの時間が少しでも長く続けばいいな、なんて思った。  恋ってすげぇ。すげぇ心臓うるせぇし、身体もいつもより熱い気がするけど、楽しい! 御幸センパイのこと考えてるだけで、幸せになれる。授業もあっという間に終わるし、色々なことを頑張る力が沸いてくる。世界がキラキラ輝いて見えて、世の中全てにありがとうって言いたくなる。  投球も調子が良く、新しい球種のマスターも目の前だ。 学業だって良い感じで、課題をしっかり提出し授業中も全く寝ない俺に、金丸は驚いているようだった。  御幸センパイの側に居たくて、ランチや部活が待ち遠しくて仕方ない。 会えたら、今までよりも数倍かっこよく見えるし、自分の頭の中にいるセンパイの比じゃないくらいドキドキキュンキュンさせられる。 そんな俺に 「何お前、テンション高ぇな」 って笑って頭を撫でてくれるから、もっと好きになっていった。  まぁ。そんな幸せな時間は3日で終わったけどな…。 「御幸センパイって彼女居るの?」 少し頬を染めながら尋ねてきたクラスメイトに 「いないと思うぜ。でも」 と、言葉を続けようとして固まった。 ―好きな人はいるみたいだ。 って言葉が口に出せなかった。 「でも、なに?」 「いや、なんでもねー」 急に目の前が真っ暗になる。 今まで俺は何を浮かれてたんだ?何を期待してた? 御幸センパイとどうこうなりたかった? いや、まだそこまで深く考えてなかった。 ただ好きで、恋出来たことが嬉しくて、舞い上がってた。 現実を突き付けられ今までキラキラと色付いていた世界が、急に色褪せて見える。 御幸センパイの気持ちなんてまるで考えてなかった。 でも、考えたところでどっちにしろ失恋決定じゃねーか。 告白するかもって言ってたよな。どうなったんだろ? どうなっても俺には関係ねーんだけどさ。 御幸センパイに彼女が出来ても、失恋しても、只の後輩の俺には関係ない。 それに、例えセンパイに好きな人が居なくたって、煩くてバカで、ましてや男の俺がセンパイの隣に並べるはずかねーじゃねーか。 御幸センパイに恋心を抱いている女子なんてたくさんいる。 俺なんて…… 「沢村!飯行くぞ!」 金丸の声に、ハッと我に返る。あれ?いつの間にこんな時間に? 今からランチか…。昨日までの俺が待ち遠しかった時間。御幸センパイと学内で会える貴重な時間。 でも… 「金丸、降谷、わりぃ!俺、腹下してるからトイレ行く!俺は学食行けねぇってセンパイ達に謝っといてくれ!」 会いたくない。センパイの顔を見たくない。 その一心で嘘を吐いてしまった。 金丸にすげぇ心配されたけど、トイレに篭り時間を潰す。その後購買で買ったパンで腹を満たした。  午後練前に、御幸センパイに腹の具合を聞かれたけど、出すもん出して治りました!と必死に笑顔を作って答えた。 何が悲しくて片思い相手に下の事情を話さねばならん!と思ったけど、自分が吐いた嘘のせいだと気付き、内心で更にヘコむ。  ちゃんと、いつもの俺に見えたかな。こんな想いは迷惑にしかならねー。絶対に気付かれちゃいけねーぞ。 そう思えば思うほど、上手に笑えてる気がしなくて、御幸センパイを避けるようになってしまった。 「沢村、今日自主連付き合ってやろうか?」 と、せっかく誘ってもらえたのに、 「有り難いお言葉!がしかし!今日は狩場と先約がありまして!すんません!」 と嘘を吐いた。  また、ランチもしばらく行けないと言ってしまった。金丸に勉強を教わりたいから教室で食べるなんて、これまた見え透いた嘘だ。  パシりについて来そうになれば、 「キャップがわざわざ行かなくても!私目が買って参りましょう!ほら、降谷行こうぜ!」 と二人きりにならないようにした。   「沢村、手のケアやってやるから部屋来い」 って言われても予め考えていた言葉を口にしてやり過ごした。 「いやぁ、最近、自分でやれるようにならないと!って練習中なんす。東条に教わってるのでご心配なく!」 こうやって、なるべく御幸センパイと関わらないようにした。 今まで楽しくて待ち遠しかった時間なのに。 近くにいるのが辛かった。好きが溢れて苦しかった。それなのに笑って元気な俺でいなくちゃならなくて、心が切り裂かれるように痛い。 今までどんな風に接してた?どんな会話をして、どうやって笑ってた? わからない。 どうしていいのかわからない。 御幸センパイの顔すらまともに見られなくなっていた俺は、俺が断る度にセンパイがどんな顔をしてたかなんて、気付きもしなかった。 自分の気持ちでいっぱいいっぱいだったんだ。  まるで負のスパイラルに陥ったように、学校では忘れ物が増え、授業中にぼぉっとしすぎで注意を受け、果ては投球にまで影響が出てきてしまった。 今日はもう投げるなとボスに言われ、皆が自主連している時間に俺は一人部屋で膝を抱えていた。 自分が情けなくて涙が止まらない。 …いや、そうじゃねーな。 好きで、それなのに実るわけがないことが悲しくて泣いてるんだ、俺。 行き場のない想いが、どんどん涙となって零れ落ちた。 だけど、どんなに涙を流したって、センパイへの想いは消えることはない。  好きな人を思うと切なくて涙が出るって、少女漫画でよくあるシーン。 憧れていた。いつか自分も、そんな綺麗な涙を流してみたいって。 でも。俺の涙は全然綺麗じゃない。自分勝手な汚い感情。胸が苦しい。苦しくて苦しくて張り裂けそうだ。 『楽しいばっかじゃねーよ』 頭の中で、御幸センパイが言う。 そうだ、センパイもこんくらい好きなんだな、その人のこと。 そう思うと、ますます苦しくなって、ますます泣けた。 こんなに苦しいなら、知りたくなかった。恋なんて、漫画を読んで憧れているだけでよかった。 こんなときには、あのチョコで幸せと元気を!と思い、一つ口に放る。 でも。土手で初めて食べたときの御幸センパイの笑顔を思い出してしまい、いつもより苦く感じた。やっぱり涙は止まらなかった。  そんな毎日を空元気でどうにかやり過ごした。 俺が悩んでいたって時間は待っちゃくれない。 やるべきことをやって、必死に身体を動かす。考えたくない。今は、自分の気持ちと向き合いたくない。 「お前、御幸と何かあっただろ?」 風呂へ向かおうと準備をしていたら倉持センパイが唐突に聞いてきた。 聡い人だ、何かを気付いてるのかもしれない。でも、何て言えばいい? 御幸センパイが好きで苦しいです、なんて言えるわけねぇ。 「何があったか知らねーが、きっちり話しろよ」 と俺が何も言えないでいると、さっさと風呂行けと部屋を追い出された。  話を…って言われても…。考えながらシャワーを捻ると、水が出てきて驚いた。 「うっわっ!冷てぇ!」 と騒ぐ俺に笑い混じりの野次が飛ぶ。ちょ、心配してくれる奴はいねーのかよ! でもお陰で少し頭が冷えた。 しっかり考えよう。 倉持センパイは俺の変化に気付いているわけだし、話を聞いて貰ったりできないだろうか? …いや、無理だな。やっぱ言えねぇ。 倉持センパイに心配掛けないように、何とか御幸センパイと今まで通りに接しなければ!つっても今まで通りってのがすげぇ難しいんだよなぁ。 うんうん唸って考えるも、堂々巡り。 結局何も解決策が浮かばぬまま浴槽を後にした。  風呂から戻りドアを開けると、なんと部屋の中で御幸センパイが座っていた。 「まちがえました!」 心臓が口から飛び出そうになり、咄嗟にドアを閉めて部屋を確認すると、そこはちゃんと五号室で。 「ちょっと待て沢村!」 部屋から慌てて出てきた御幸センパイに捕まった。 そのまま中へと引っ張られる。 掴まれた腕が熱い。 そこから身体中に熱が伝染し、風呂上がりなのを差し引いても異常な程体温が上がっている。鼓動も尋常じゃないくらい早い。 「沢村頼む。話を聞いてくれ」 部屋の中心で俺の腕を離すと、センパイは喉から絞り出すような声で言った。その余裕のない様子に思わず顔を上げる。久しぶりに見た御幸センパイは、憔悴しきったような表情をしていて息を呑んだ。 「お前が俺をどう思ってようと構わない。せめて避けないでくれ」 眉間に眉を寄せ懇願するように言われ、もしかしなくても最近の俺の態度に御幸センパイが傷付いていたのかも…と申し訳なくなる。 と、同時に、『どう思ってようと』ということは、とっくに自分の気持ちはバレてた?と思い、腹を括った。 フラれても、今まで通り接してくれるよう頼もう、せめて部活の間だけでも。どうやら気持ち悪がられてはないみたいだし。 覚悟を決め、口を開く。 「…どう思っててもいいんすか?」 「あぁ。見返りを求めて好きになったんじゃねーよ」 「は?好きになったってなんすか?」 「あ?え、お前、気付いて避けてたんじゃねーの?」 「避けてたのは、俺の気持ちがあんたにバレないようにって。好きなんてバレたら引かれると思ったんだよ!」 「は?好き?誰を?」 「それ!さっき俺が聞いたやつ!!」 んん?何やら話が噛み合ってないような…? よくわからず御幸センパイを見ると、片手を口元に当て、下の方を睨みながら何かを考えているようだ。 そして、こちらを見て目が合った。 途端、センパイの顔が真っ赤に染め上がる。 「えー…、マジで…」 なにが? ってか、なんで真っ赤?? 「マジか…だってまさか…」 ブツブツと一人で、マジかマジでと繰り返している。 そんなに意外ですかね!俺があんたを好きって! 「御幸センパイ!勿体振らずサックリ振って貰った方が楽なんですが!」 「あー…っと、沢村。付き合うか」 「…はぁあ?」 何言ってんだ?この人。真っ赤な顔で嬉しそうに笑う御幸センパイをポカンと見つめる。 付き合う?何で?誰が? 「好きです、沢村が」 「えっ?!!ええっ?!!!」 「だから付き合って」 思わぬ方向に事態が展開し頭が付いていけない。 ドクドクと動悸が激しくて、よく考えられない。 「えっ、で、でも、知的で美人な片思いの相手は?!」 「は?なにそれ」 「はっ!しまった、妄想だった!」 慌てて手で口を覆ったけどもう遅い。御幸センパイにしっかり聞かれてしまった。 「妄想って…。お前さ、全然気付いてなかったのか?」 「な、なにをでしょうか…?」 なんか怖ぇ。今って気持ちが通じ合った感動的場面じゃねーの?何で俺睨まれてんの??? 「俺が、毎朝隣で飯食ってたのも、飲み物奢ったり、苦手なチョコ菓子買ったり、昼飯誘ったり、手のケアしたり、全部全部、何だと思ってたわけ?」 「何だと、って。えぇっと…」 「お前が、優しい人がタイプだって言ってただろーが」 「い、言いました…かね?」 「まさか、覚えてねーの?」 御幸センパイが信じられない、とばかりに眼鏡の奥の目を見開いて俺を見る。 そんな顔されても…と焦っていたら、春休み中に食堂で話してただろ、と言われ何となく思い出した。 「…言いましたね、確か」 「何だよ、忘れてたのかよ。それ鵜呑みにして頑張ってた俺ってなに」 はぁ~、と深い溜め息を吐いて座り込み、項垂れてしまった御幸センパイ。どうしていいかわからず、とりあえず隣に正座し背中を擦ってやった。 「御幸センパイ、ド、ドントマイドっすよ!」 「お前な!…まぁ、でも結果オーライか」 顔を上げたセンパイはそう言ってニヤリと笑った。 ―あ、この悪い笑顔久々。 なんて思っていたら、腕を引っ張られ気付いたら、センパイの温もりに包まれていた。 だ、だだだ抱き締められてるーーー?!?! ちょ、え、待って、え、なにこれ、御幸センパイの匂いがーーー!!! 「コラコラ、暴れんな」 パニックになってバタバタする俺に構わず、御幸センパイは抱き締めたまま、頭を優しく撫でてきた。 センパイの手の感触で少し落ち着いたけど、心臓が物凄く有り得ないスピードでドクドクしてる。 「お、やっと大人しくなった」 そう聞こえ、俺を拘束していた腕の力が緩む。 その瞬間、今がチャンス!と腕から逃れ、這って距離をとった。だってあのままじゃ心臓が壊れる!ドキドキし過ぎて死んじゃう!死因は急性御幸一也中毒だ。 何だか悔しい気持ちになって御幸センパイを睨むと、目尻を下げ口角がゆるゆるの真っ赤な顔を晒していた。 「なんすか、そのダラシナイ顔」 ちょっとは反撃したいとその表情について突っ込んでやる。 「いや、だって、なぁ?」 何がなぁ?なのか!あぁ、くそっ!そんな顔もイケメンとかずりぃ! 「お前も相当真っ赤だからな」 「誰のせいですか!誰の!」 「俺だろ」 どや顔で言いやがった!こんにゃろ、ムカつくな! 「沢村さ、わかってる?」 「何がっすか!」 「今、想いが通じ合った感動的場面な」 そっちが先に怖い顔して雰囲気壊したくせに! 「さわむら」 何だか、俺を呼ぶ声まで甘く感じてしまう。 「そんな猫目で威嚇すんなよ。…おいで」 優しい表情で言われ、胡座をかいて手を差し伸べるセンパイに少し近付く。結局、この人には逆らえないんだ。 「まだ遠いって」 笑いながら言われるも、心臓が限界を訴えている。 「い、今はこれでご勘弁を…」 差し出された右手に、何とか自分の左手の指先をちょこんと乗せた。 「うん、ゆっくり慣れてこうな」 絶対笑われると思ったのに、思いの外優しい…。 「沢村、好きだよ」 指先をぎゅっと握り込みながら言われ、またきゅうぅっと胸が甘く音を立てる。 「…俺も、です」 「うん、すげぇ幸せ」 俺のやっと絞り出した言葉に、御幸センパイが目を細め溶けそうな笑顔を見せるから、更に好きって気持ちが湧き上がった。  漫画みたいな恋を、いつかするんだと思っていた。 その“いつか”は、まだまだ先のことだと思っていた。 でも、予想外に恋はすぐ近くに落ちていた。 幸せで、甘く胸を締め付けられて、ドキドキして、苦しくて、でもそれが心地好くて。 御幸センパイのことが物凄く愛おしい。 すげぇ好きだって伝えたいのに、胸がいっぱいで声にならない。 幸せそうに俺を見て微笑むセンパイの手をぎゅっと握り返し、繋いだ指先からどんだけ好きか俺の気持ちが伝わりますように、と願った。 おわり
沢村視点の御→沢です。<br /><br />イケメンで強豪野球部の主将で正捕手で4番、そんな高スペックな御幸が、沢村に対して不器用に一生懸命恋してたら可愛いなと思い書きました
優しい先輩は好きですか?
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放課後、部室で一人考える。 平塚先生は俺のことを、俺たちのグループを薄っぺらいと評した。比企谷も同様に評した。高校入学直後にちょっと話をしただけであからさまな嫌悪感をみせた雪ノ下さんも、盗み聞きの内容から察するに同様の評価を下すのだろう。 鶴見先生はヒントだと言った。俺のことを、俺の在り方を有害だと断言した。その時に家庭科室に居たのは話し声から比企谷、結衣、雪ノ下さんの3人だけだと思われる。鶴見先生から見れば、その3人にとって俺は有害らしい。 比企谷達3人のことも気になる。あからさまなのは比企谷だ。教室と家庭科室で違い過ぎる。結衣もまた、まわりの顔色を伺うような教室と、他の2人に遠慮していない家庭科室で違う。別のクラスの雪ノ下さんにしても、噂で耳にする普段の様子と家庭科室での様子では耳を疑うレベルの違いがある。 わからないことばかりだ。そしてそれは自分にも当てはまる。何故あの時とっさに結衣をかばうような嘘を吐いた?普段の俺ならあんな時どういう対応をとっていた? 考えていると最終下校時刻になる。 ふと気付いた。これ程じっくり考え事が出来たのはいつ以来だろう?いつも誰かが側で話しかけてくるのに邪魔され、やむなく相づちをうっているうちに考え事もおざなりになってしまっていたのではないだろうか?偶には一人で考え事をするのも悪くない。その点においては平塚先生に感謝すべきかもしれない。 結衣が優美子と話をしたようだった。あの時結衣に「後で話してくれ」と言ったのは間違いではなかったのだろう。少し時間をおくことで優美子には結衣の話しを聞く余裕ができ、そのおかげで結衣も言いたいことが言えたらしい。『言いたいことを言うのが友達』か……。俺は自分が言いたいことを言えてるのだろうか? [newpage] 体育の授業が変わった。 比企谷は先月は材木座くんとペアだったのだが、今月はペアがいないらしい。いや違うな。最初から誰とも組むつもりはなかったのだろう。さっさと一人で壁打ちを始めてしまった。 俺はというと、真っ先に戸部に声を掛けられてそのままペアになった。比企谷と話をするキッカケにできないかと考えていたが無理だったようだ。 授業中の比企谷の様子を見るとひたすら壁打ちを続けている。時折左右にふりながらも安定して打ち続けているのは上手いとしか言いようもない。戸部がミスして比企谷の所へ行ってしまったボールを取ってもらう時、比企谷のことを「ヒキタニ」と呼んだ。正直失礼なのだが教師もそう呼んでいるし、本人も面倒なのか否定しない。俺もそう呼ばせてもらおう。 珍しい。比企谷が壁打ちをしていない。人数の都合で半面しか使えないコートでラリーをしている。そして相手は戸塚くんか……。戸塚くんと比企谷が話しているのは初めて見る。そうか、話しかけても応えないわけではないらしい。 家庭科室にて 由「やっはろー。彩ちゃんがなんか相談があるっていうから連れて来ちゃった。」 雪「ここは料理研究会でお悩み相談の場ではないのだけれど。」 比「まったくだ。お悩み相談なら平塚先生のトコの方が適任じゃねぇの?」 由「それなんだけどさ…。」 彩「ぼくが相談したいのは比企谷くんなんだ。」 比「にしてもなんでココで?」 由「ヨソだとイヤがるけどココでならヒッキーってフツーにおしゃべりしてくれるじゃん。」 鶴「いいんじゃない?話してみれば。」 彩「お昼休みにテニスの練習に付き合ってくれないかな?」 比「なんで俺に?体育の時間以外でテニスなんてやったことないぞ。」 彩「それにしてはフォームがきれいでラリーも続くよね。」 比「フォームのことは自分じゃわからん。ラリーって言ってもコート1面をペア2組で使うなら手が届かないってコトもそう無いだろ。さらに言えば、隣のペアに迷惑にならないようにするなら返せる範囲は自然と戸塚のそばに限られる。」 彩「………由比ヶ浜さんが言ってたとおり、ココだとふつうにお話ししてくれるんだね。なんで?」 比「ココは雪ノ下がいる。お互い会話が少ない方だし俺は教えてもらう立場だが、一年一緒にやってればそれなりにお互い通じるものもあるだろう。そうやって慣れただけだ。でもクラスじゃ無理だな。一年間だけの関係なのに排除される。クラスメイトが入れ代わっても俺が周りに排除されることは変わらない。どうせ排除されるなら目立ちたくないだけだ。周りに迷惑もかけたくない。とはいえ周りから見れば俺はそこに居るだけで迷惑な存在らしいがな。だから教室では俺に話しかけない方がいいぞ。」 彩「ぼくは比企谷くんのこと迷惑だなんて思ってない。」 比「そうはいかないだろ。席替えの度に隣になった女子にイヤな顔される。それを見て男子は『コイツに関わると女子に嫌われる』と俺に関わるのを避ける。今までずっとそうだった。どうせこれから先もそうなるのは間違いない。そんな俺に話しかけるやつがいればソイツまで変な顔で見られることになる。だから…」 鶴「そこまでにしておきなさい。話が始まらないわ。で、テニス部の戸塚くんはテニス部じゃない比企谷くんに練習に付き合ってほしいのよね。理由を教えてくれないかしら?」 彩「今のテニス部って、3年が引退すると弱小っていう感じになっちゃうんだ。ぼくは次の部長候補らしいから少しでもレベルアップしたいんだけど、他の部員はそこまで一生懸命じゃないみたいで…だからぼくががんばればみんなも一生懸命になってくれるかもしれない。そう思って昼休みに一人で練習してるんだけど、相手がいないとわからないコトもあるし…。そしたら去年も同じクラスだった比企谷くんがテニス上手かったんだ。二年続けて同じクラスなのにお話ししたコトもないのは寂しいから比企谷くんにお願いしたいんだ。」 比「戸塚が言う『寂しい』ってのはよくわからんが、テニスをがんばりたいってのはわかった。ただ、さっきも言ったように俺は目立ちたくない。」 鶴「って言ってるんだけど実際のところ、クラスじゃどうなの?」 彩「パッと見じゃわかりにくいけど、目立つっていうか……。」 由「めっちゃ目立ってんじゃん。みんな騒いでるときにヒッキーだけ静かにポツーンってしてたらすっごく変だし。」 鶴「だそうよ。せっかくだから練習に付き合ってあげたら?クラスでも話し相手が居る方が目立たないみたいだしね。」 比「………わかりました。」 [newpage] 三「ね〜、あーしらもここで遊んでもいい?」 彩「ぼくらがやってるのは練習だから……。」 三「でも部外者混じってんじゃん。」 雪「私たちは戸塚くんのテニスの練習に付き合う条件で許可をもらってここにいるの。そうやって威圧するのは自分の縄張りだけにしておきなさい、お山の大将さん。」 葉「そうやってケンカ腰にならないで、みんなで仲良くやればいいんじゃないかな?」 比「ふ〜ん、そういう奴か。」 葉「どういう意味だい?」 比「相手が正しくても発言力の強い方や多数派に味方して少数派に妥協を強要する。そのくせ自分の意見は言わずに『みんな』という不特定多数を巻き込んで自分の言動の責任を分散・軽減させる卑怯者ってことだ。」 雪「そういうところがあるのは昔と変わらないわよね、葉山隼人くん。」 葉「…………。」 三「で、どうすんの〜、あーしさっさと始めたいんだけど〜。」 比「葉山、三浦はあんな風に言ってるが大方経験者でお前にいいカッコ見せたいだけだろう。 で、お前はどうするんだ?」 葉「………すまない、邪魔をした。」 比「相手が違うだろ。」 葉「戸塚くん、邪魔をしてすまなかった。」 彩「わかってもらえたからいいよ。」 三「あれ〜、隼人やんないの〜。それじゃつまんないからあーしも行こっと。邪魔してゴメンね〜。」 雪「誠意のない謝罪をするくらいなら最初からしなければいいのに。却って不愉快だわ。」 比「どうせその程度の連中だ。相手にするだけ時間の無駄だろう。邪魔が入ったが練習再開するぞ。戸塚大丈夫か?」 彩「大丈夫だよ。さっきはありがとう。」 放課後 卑怯者か……。あんなにはっきりと言われたのは初めてだった。比企谷と雪ノ下さんには俺はそんな風に見えるんだな……。 『みんな仲よく』が悪いとは思えない。でもあの時は彼らが正しく、俺たちのグループは遊びのつもりで乱入しようとしていた。それでも『みんなで』を主張するなら比企谷の言う通りに戸塚くんに妥協を強要することになる。さらに、遊びのつもりでグループの誰かがケガをすれば、戸塚くんのコート使用許可すら取消される可能性すらある。その場合最大の被害者は戸塚くんであり、『みんなで』を主張した俺はほとんど被害はない。それこそ比企谷の言う『卑怯者』じゃないか。そう考えると引き下がる以外の選択肢はなかった。 問題はそれだけじゃない。俺の言動の影響力の大きさだ。実際、俺が一人でコートを離れると優美子を筆頭にグループ全員が慌ててついて来た程だ。優美子が「テニスしたい」と提案した時、「いいんじゃないかな」とぼかした賛成をしていなければ、そもそもあんなことはなかったかもしれない。みんなでと言いながらも結局のところ、俺の意見だけで周りが動くようなものだ。そう考えるとコートを離れる際に感じた雪ノ下さんの冷たい視線にも納得がいく。 なるほど、鶴見先生が言っていた有害とはこういうことかもしれない。自分の影響力を使い多数を味方につけ、少数派に犠牲を強いる。問題が起きても自身は『みんな』の陰に紛れ被害はない。俺はそんな卑怯者だと……。 だが『みんなで仲良く』というのは不可能なことなのだろうか?
前回投稿からかなり空きました。展開や表現に悩んだりリアルの都合だったり申し訳ありません。<br />アンチにはしたくないですが葉山くんにはとことん悩んでもらうつもりですw<br />ブクマ・コメント・フォローありがとうございます。次回も遅くなるでしょうが気長にお待ちください。
みんなで仲良く①
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※あてんしょんぷりーず※ ・カラ松愛され中心転生ネタ ・軽い死ネタ表現有り。軽いか?(自問自答 ・軽いDV表現有り。本当に軽い。 ・色々と捏造有り。 ・カラ松以外がショタ ・カラ松が痛くない(と、思う ・兄弟みんな性格違うけど、後から一緒にします! 多分!← ・カラ松の格好は完全なる趣味だ!!! ・筆者が腐の住人かつ次回BLネタのための伏線をばらまいているので、そういう表現がチラッとあるかもしれません。 ・チラッとカラ松事変ネタもあり。 ・筆者は軽いトラウマのせいでアニメ殆ど未視聴です ・↑けどネタバレや少しは知ってる程度 ・↑松ファンとしてあるまじきだ! 失せろ!! という方はバックザプリーズ。 ・それでも良いよ、という心の広い方は先へお進みください。 それでは、これは巡り合う物語。どうぞご覧ください。 [newpage]  Side:青々茂る松の名を持つ者  彼らを見つけたのは本当に偶然だった。探していたのは探していたが、よもや親戚内だったとは盲点であった。父方の家の遠い遠い血縁。正直言えば血族のどこにも属さないぐらいに遠い。だけど、俺は見つけた。ずっと探し求めていた存在達に。  彼らを探すために、見つけるために生きて来た。そのために震える足に活を入れて立ち上がり、友人のコネを使って今の仕事までしてお金を集めたまでだ。でなければ、働くことが嫌いな俺がここまでするわけがない。  初めは彼らが幸せならそれで構わなかった。何故なら俺はもう異端者。彼らの中にはいられないはじき出された存在だから。だが、彼らが笑えなくなるなら、幸せじゃないなら、俺にも考えはある。  俺は最も信頼する友人達を頼り、俺の計画を話した。無謀だと怒鳴られた。だが、それも“また”彼らを失うぐらいなら、無謀も無茶もクソ食らえとばかりに、俺の決意は揺るがなかった。一度言い出したら聞かない。こうだと思ったことに俺は決してその信念を曲げることはしない。かつての参謀様を舐めるなよ。友人達もそれが分かっているのか、最終的には手を貸してくれることになった。本当に、持つべきものは幼馴染と腐れ縁である。  俺は足が不自由だ。長時間の立ちっぱなしと歩くことは出来ない、走るなんてもっての他であり、対した力が足に込められないのだ。医者からはそう宣告された。その理由は……俺のただの自業自得である、とだけ言っておく。おかげで、長距離の移動には車椅子が欠かせなくなってしまった。手術すれば治るらしいが、これは自業自得で俺が受けるべき罰なので、俺は治すつもりは皆無である。ちなみに和服を好んで着るようになったのはその宣告を受けてからだ。着替えが楽というのと、どうしても着たくない『色』が出てきたから。  そんな俺の移動を買ってくれたのが、魚屋を実家に持つ友人夫妻である。アイドルの妻である女性と俺は幼馴染であり、彼女の旦那は俺の境遇を知っている。快く、車を貸してくれた。  彼らと接触するために協力を得たのは、これまた幼馴染である、とある会社の社長だ。社長と言うだけあって各方面に著名な知り合いがいる。もちろん、俺の交友関係にも全部働きをかけた。俺にも実は業界の知り合いはいる。有名人の知り合いなんてざらだったから。もっとも、彼には俺が行動を起こす前から、彼らを見つけた時から様子を教えてもらっていたし、何よりも友人想いのためか、すぐに動いてくれた。  彼らがいる施設との接触は上記の社長に殆どまかせっきりだった。実際の接触は俺自身が行った。俺が行かなければ話にならないから。そして、行方を眩ませていた彼らの母親の所在は、全国におでんチェーン店を持つ友人が教えてくれた。料理業界の情報網もシャレにならない。ことに彼は情に厚い。昔は俺の愚痴をよく聞いてくれて、あれこれ言いながらも金の無かった俺達におでんを食わせてもらっていたぐらいだ。その節は本当にすまなかったと思っている。  彼らの母親――面倒だから女にする。女と接触。その時に力を借りたのは、互いに利用し合う中でだった腐れ縁である。犯罪スレスレなこともしているおかげか、無駄に法律関係に詳しい。そして俺は無駄に早い頭の回転と培った話術を巧みに駆使して、彼らの親権を得た。もう二度と彼らに関わらないことを、それでも彼らが望めば会ってくれることを約束し、厄介払いが出来たと嬉しそうに言う女に一瞥をくれて、俺は次の作戦へと乗り出した。  ところで家庭内暴力、というのは何も肉体的にされる暴力だけではない、言葉の暴力もそれなのだ。そして言葉の暴力というのは実に、本当にタチが悪い。これは俺も経験があるから分かるが、一度傷ついた心というのは、身体的な外傷と違って治りにくいのだ。それは心が成熟した大人ですら耐えがたいことなのに、生まれて間もなく、自我の形成もされていない真っ白な子供が受けることは、まさに死にも直結するような出来事である。  彼らの境遇は社長伝いに聞いていた。如何せん俺は遠すぎる親戚で、面識もなければ名前すらも知らないだろう。だが幸いだったのは、彼らの両親が家出同然で結婚していたことである。つまりは孤立無縁。しかも1人や2人でなく、5人もの子供を引き取るような家など存在しなかった。バラバラなら有り得たが、彼らは絶対に離れたがるようなことはしない。それだけは確信があった。  その点俺自身は同じく天涯孤独で身体が不自由、という点はあるものの、そこそこの稼ぎがあり、庭付き一戸建ての一軒家の主であり、それも子供を養えるぐらいの技量は持ち合わせているつもりである。こう見えても子守は得意だ。昔はよく子供達と遊んでいたほどである。素敵なマダムorレディからも評判は良かった。名乗り上げれば、諸手を振って彼らを俺に押し付けようとすることぐらい見えきっていた。  父親の男性を失くし、支えを失った女は言葉の暴力で彼らを傷つけた。父親の男はともかく、女の方は本気で許さん。まぁ、俺は紳士ですから。彼らの親権を奪うまでにとどめることにした。商談に使った金は社長の好意である。本気で頭が上がらない。  そして俺が最後に頼ったのは、何かと怪しげなモノばかりつくっている博士。博士と言われているが、実は医者でもあり、各方面においてはかなりの有名人でもあった。俺らはそんな人から無償で薬を貰っていたのか。そしてその人は精神科医でもあった。餅は餅屋。傷ついた子供の心のケアを、博士から直伝でずっと教わっていたのだ。  もちろん本格的な専門医に任せた方が確実だろう。だが、彼らは世にも珍しい『五つ子』である。一人ないし双子ならまだしも、精神的な繋がりの多い多生児を、並の医者が扱えるとは到底思えなかった。  かつて『六つ子』だった俺だから、そして彼らを知る俺だから出来ることだあると思った。  すべての準備が整って、俺は友人夫婦と共に施設へ向かった。話は通してある。例え頷いてくれなくても、根気よく口説き落すつもりでいたのだ。飽きっぽい性格ではあるが、もう一度だけ言う。一度こうだと決めたことに対して、俺は自分の考えを決して曲げない。自分が本当にやりたいと思ったことにのみ、俺の持久力は発揮されるのだ。  さて、予想に反して初めての接触に関わらず、彼らは頷いてくれた。かつて部活で培った演技力にものを言わせて、今にも舞い上がりそうな心と感情をポーカーフェイスで押しとどめて、俺は微笑んだ。さぁ、これからが正念場だ。彼らの信頼を得るための根気のいる勝負。悪いが、参謀モードに入っている俺は負けることを決して良しとしない。俺の心の平穏のために、絶対に彼らの信頼を勝ち取る。それだけだった。  さぁ、舞台は幕開けた。幸福をテーマとしたこの物語。演じろ、松野カラ松。あの日に『次男・松野カラ松』は死んだのだから。  様々な人達に支えられ、助けられ、そして協力を受けて、俺は着々と彼らとの信頼を築き上げていた。養父らしく、大人らしく『私』と言ってみたり、大人の余裕を見せたりもした。しかし自慢じゃないが、元来俺のメンタルは滅茶苦茶薄っぺらいガラスのようなものだ。強度はスライム並だがな。へこんでも元に戻る。だからスライム。ただし変形しやすく壊れやすい。つまるところ、メンタルは超絶ヘタレである。  元々の俺を知っている人間からは心無いことを言われたり、そしてどこで聞いたか子供達のことを悪く言われたりもした。子供の頃の短気な性格は今なお健在らしいが、それを沈静化させる術はとうの大昔に身につけていた。誰が奥さんに逃げられただ。生まれてこの方彼女なんていたこもないわ(涙)。まぁ、作る気もなかったけど。  そんなことを言われ続ければ、俺だって凹む。メンタルに非常に響く。だが、弱みを見せるわけにはいかなかった。ある程度の収入があり、実は頭の運動で株もやっているためか、お金にはそんなに困ってはいない。が、やはり体が不自由という点かつ、身寄りのない子供を引き取った可愛そうな独り身の男という構図はどうあがいても払拭できないわけで、同情の嵐である。そこに弱みの一つでも見せて見ろ。付け込まれるに決まっているだろう。もちろん全員がそうとは言わないが、それでも元々の性格上、俺は他者に自分の弱った姿を見せることを決して良しとはしなかった。家族と兄弟にすら見せなかったんだ。赤の他人に見せるわけないだろう。  そんな時、どうしても我慢できなくなった時、俺はある場所へ駆け込む。庭にある物置。そこには、彼らと出会う前の俺がいる。彼らがいる場所。  ただし、中はある程度整理しているとはいえ雑多に色々な物が置かれている。俺はその空間を隠すべく、そして建前として危ないからを名目に子供達を避けさせた。いつまでも隠しておけるとは思っていない。それまでに俺も吹っ切れなければならない、という気持ちと、いずれかは彼らを引き取ったという表向きの理由も用意して話さなければならないとも考えていた。  不思議な話であるが、かつて『次男』だった松野カラ松はとうの大昔に死んでいる。なのに、時々ふとした拍子でひょっこりと顔を出すのだ。死んだはずのモノが奥底から這い上がってくる感覚は、夢の中で悍ましい何かに追いかけられるようなあの感覚に似ている。つまり、死んだはずの『次男』が俺を追いやろうと、覆い尽くして成り代わってやろうとするのだ。それだけは勘弁願いたい。  もうあの日に、『次男・松野カラ松』は死んだんだ。今更『私』の舞台に這い上がってこないでもらいたい。  だから今は、今はどうか彼らと過ごす日々を許してほしい。たとえ最終的に見限られても、嫌われても構わない。ただ今は、俺の心の平穏のためだけに、彼らの先の幸せのためだけに、彼らと共に過ごせるわずかな時間を許してもらいたい。  何よりも大事で大切な、愛しい子供達。  この言葉に嘘偽りはない。彼らが幸せであれば、笑ってくれているのであれば、俺はそれで構わない。この愛おしい日々を糧に、今の俺は生きているのだから。  だから、油断していたのだ。浮かれすぎると碌なことがないのは昔から変わらないし、俺も学んでいない。 *  それは、彼らと暮らし始めて5年経った、とある夏の日だった。俺は仕事の原稿を出版社に送るべく郵便局へ向かった。子供達は家で留守番してくれている。リハビリも兼ねた徒歩での移動は、一般の人々に比べれば極端に歩くのが遅い。家から郵便局まで、通常よりも遅い速度で俺は歩くしかない。  確か冷蔵庫に貰い物の大玉スイカがあるから、おやつにでも出そうかと呑気なことを考えながら家につけば、予想より家の中が静かであることに気が付いた。全員遊びに出ているのかと思い、玄関に入れば案の定靴が無い。子供達も10歳になったとは言え、少し背伸びがしたい年頃で遊びたい盛りだろう。まして今は夏休み。どこか休みでもとって、取材旅行がてら遠出をしてみるのも悪くないかと考えていれば、足元でえーニャンがちょいちょいとちょっかいをかけてきた。 「えーニャン? どうした?」  何かを訴えてきている。ゾワリとした悪寒が背筋を走った。背中に小さな氷を入れられた時のようなその感覚に、俺は久々にあの感覚を思い出していた。完全に繋がりは絶たれたと思っていたが、そうではないらしい。心臓が早鐘を打ち付け、自然と呼吸が荒くなる。太陽光と気温で熱いはずなのに、何故だか身体中が凍えるように寒く、全身に鳥肌が浮かび上がる。  まさか、と思った瞬間には、支えの効かない足に構うことなく走り出し、俺は物置へと向かっていた。  予想通り、物置の鍵が開いている。あれの鍵の在処は子供達には教えていない。まさか、まさかという恐怖が襲い掛かり、俺は何も考えずに、ただ脳内で警報を鳴らしまくる衝動に抗うことなく、物置の扉を開け放った。 「おそ松! チョロ松! 一松! 十四松! トド松!」  こんな真夏日に、殆ど風も通らない物置の中で、扉をしめ切って何かをすれば熱中症になってもおかしくはない!!  さほど大きくも無い物置の中は灯りが付いており、そして地面には愛しい5つの存在達が思い思いに倒れ込んでいる。 「おい! しっかりしろ!! みんな!!」  急いで救急車だけを呼び、息も絶え絶えな子供達をとにかく外へ連れ出した。  押し寄せる後悔と罪悪感。管理不届きと言われてしまえばそれまでだが、俺はそれ以上の恐怖に苛まれている。  また、失う恐怖。  また、残される恐怖。  同じ過ち、同じ光景。今でも鮮明に思い出されるあの惨劇。  無我夢中で応急処置を施し、俺は駆け込んできた救急隊員達に、藁にもすがる思いで叫んだ。 「助けて! みんなを、俺の家族を、助けてください!!」  まったく同じセリフを、ほぼ似たシチュエーションで、俺は叫んだ。  あの日の、12年前の惨劇を、俺は未だに引きずっている。 [newpage]  予想通り、子供達は熱中症だった。早めの対応と的確な処置のおかげで、命に別状はないということを医者から説明されて、カラ松はホッと胸を撫で下ろした。まさか隠していた物置の鍵を見つけ出して中を散策されるとはと思いはしたが、相手は好奇心旺盛な子供である。カラ松本人も、自身が10歳の頃を思い出して苦笑いをするしかなかった。  さて、問題はすやすやと眠る子供達である。あれほど物置には近づくなと釘を目一杯刺したはずなのだが、約束を破ってまでなにをしたかったのか。この5年間の間に、子供達は子供達なりにカラ松のことを理解しようとしてくれたことも知っている。自身が本当に嫌がることをしない子達であることも、カラ松は十分に分かっていた。  なのに、その想いを覆してまで、彼らは何を知りたかったのか。  カラ松自身は怒るつもりは殆どない。だけれども、時折悲しそうに物置を見つめる子供達に疑問を覚えたことはあった。ひょっとしたら、という気持ちはあったのだが、カラ松はそれを避けていた。  とにかく、話を聞いてみるほかはない。たった5年とはいえ、カラ松が彼らと紡いだ絆を信じてみたい。そう考えている最中だった。 「っ……う…………」 「!」  かすかなうめき声。カラ松はその声の主の傍に寄り――急いでいたために車椅子は家に置いてきてしまい、今は病院から借りているそれを転がして、その子の傍へ寄った。 「おそ松……!」 「カ……ラ……っ」 「よかっ、た…………。目が覚めてくれて……」  どこか具合が悪いところはないかと声をかければ、周囲の4つのベッドからも小さなうめき声が聞こえて来た。さすがは五つ子。一人目覚めればシンクロ並の揃った目覚めである。今はカラ松にも繋がる感覚はないが、なんとなくどこか大丈夫であるという感覚があり、一気に肩の荷が下りた。 「チョロ松っ、一松っ、十四松にトド松も……っ。待っていろ、今お医者さんを……」  今にも泣きそうなカラ松は、着物の袖でグシグシと目元を拭いながら、ナースコールを押そうと手を伸ばした。だが、その手をおそ松が掴んだ。 「おそ松……?」  カラ松よりもずっと小さな手が、手首を掴んでいる。振り払うことは簡単だが、ただでさえ激甘なカラ松はその手を振り払うことが出来ない。が、それ以前に、そのおそ松の行動の意味が理解できなくて咄嗟に固まってしまった。 「おそ松、どうした? お前の兄弟もいる。大丈夫だぞ?」  いつものように、安心させるように声をかける。だが、おそ松は俯いたまま、ゴソゴソと起き上がって、手首を掴む手の力をわずかに強めた。 「っ……って」 「え?」  なんて言ったのか、よく聞き取れない。そして微かな物音に、よく見れば、他の四人も起き上がろうとしていた。 「お、お前達っ、まだ寝ていないと……」 「ま、って……。待て、よ」  小さく呟いて聞こえなかった声。おそ松は「待って」と言っていた。カラ松は一か所に彼らを集めるべきだろうかと考えていたが、おそ松の次の一言で、一気に血の気が引いた。 「カラ松…………っ!」  たとえるなら、首筋にスタンガンを当てられた時と似ている。一般人はそんなことないだろうが、残念ながらカラ松は経験しているためその表現が正しいと思った。いわば、脳髄を貫くような強い、痛いほどの衝撃。目の前がチカチカとスパークしたように、白と黒が視界を悪くする。だが、こんなところで動揺してはいけない。カラ松は奥歯を噛みしめて、一瞬だけ止まってしまった脳を動かすように、本当に、“いつものように”微笑みかけた。 「どうしたぁ、おそ松。私はここにいるぞ? みんなも、お前の弟達は、ここにいる……」 「ち、げぇ……よ……、その、気持ち悪ぃ笑顔、やめや、がれ……っ!」 「俺の前で、そんな格好付けは、許さねぇって……言っただろ、クソ次男……っ!!」  圧倒される。正しくもその表現である。僅か10歳の子供に、何を恐れているのだ。彼は『松野おそ松』。松野カラ松の大切な子供の1人だ。なのに何故、何故この子から“あの人”を感じる。  絶対的な、カラ松“達”の頂点。声変わりもしていない子供特有の高い声。にも関わらず発せられたものは大の大人が委縮するほどの『怒り』。  覆う。覆い包まれる。違う、アイツはもういない。あの日あの時死んだんだ。だから亡者にこの身体(役)を明け渡すなんて出来ない。出来やしない!  違う。この子は彼じゃない。違うんだとカラ松は一生懸命暗示をかける。だが、元来突発的なことに対する対応を苦手としている彼は、次なる爆撃に備えも何もなく、その身に受けることになってしまった。 「カラ……ーさ……っ」 「!」 「カラ……つ、……ん……」 「トド松……十四、松……っ」  いつの間に傍に来ていたのだろう十四松とトド松が、カラ松の左側の着物の袖を握っていた。起きたばかりで、そして声はやや涙声である。おたおたと、どうにかしなければとカラ松は考える間もなく、投下された爆撃を受けてしまう。 「カラまっ……にー、さ……ん……」 「カラ松……にい、さ……」 「「カラ松、兄さん……っ!」」  聞き間違いじゃない。聞き間違いであってほしかった。2人の声が重なり、重なった音は確かにカラ松を『兄』と呼んだのだ。血縁関係の無いカラ松を、確かに『兄さん』と呼んだのだ! 「な……、ん、で……っ。2人、とも、お前達の『兄さん』はこっちに……」 「だ、まれ……ク……松、が……っ」  続いては右腕である。左腕を潰さんとする勢いでホールドするのは一松だった。 「一、松……」 「クソ……松がぁ……っ。なんで、は、こっちの……台詞だよ……バ、カラまつ……っ」 「っ!!?」  悪口でしかない呼び名。それを呼ぶ者はもうこの世にはいない。唯一の悪意ある愛称を呼ぶ者は彼以外いないのに、この子はそれを口にしている。認めたくないまさかが現実に起ころうとしている。  確かに願った。けれど、何もこんな時に起きなくてもと思う。前例があったとはいえ、殆ど眠った時に見る程度の夢物語だと信じて疑わなかった。心臓を鷲掴みにされたような心の痛さ。何度も何度も忘れようとして、何度も何度も思い出して、幾度も幾度も忘れることの出来なかった、カラ松にとって最も大切なモノ達。 「う、そ……だ……そんな、まさ、か…………っ」  車椅子に座っていることが幸いして、その場にうずくまる、倒れる、なんてこは起きなかったが、全身に力は入らない。右手はおそ松に捕まれ、右腕は十四松とトド松が、左腕は一松が力強く握りしめている。そして、最後に後ろから首を覆うように抱きしめてくるのは 「やっと……やっと、見つけた……」 「チョロ……松……っ」  いつだって、自分が暴走しようとした時に後ろから羽交い絞めの容量で抱きしめていたのは彼だ。それをこの子は知っているわけがない。知るはずもないのに! 「ずっと……何かが……足りなかっ、た……やっと…………わか、った……カラ松…………」  不自然と足りなかったと彼らは言う。完璧に揃っているはずの歯車がぎこちない音を立てて回っていることに違和感しか感じなかった。だが、だがしかし見つけた。足りなかった歯車の欠片。  完全な形ではなかった。違和感なくくり抜かれていただけの歯車は最後の欠片を見つけて、カチリと綺麗に合わさった。 「遅くなってごめん、カラ松兄さん」 「見つけてくれてありがとう、カラ松にーさん」 「……助けようとしてくれてありがとう……カラ松」 「助けてくれて、ありがとうね……カラ松」 「一人にして、ごめんな……カラ松 」  覆う。覆い隠す。 「あ……あぁ……っ」  真っ黒い手が、目の前に差し掛かる。黒に、覆い包まれる。 「「「「「12年間も、一人にしてごめん、カラ松」」」」」  息も絶え絶えな、焦点の合っていない目をした『次男』が『私』を飲みこもうと、真っ黒なドロドロの手を伸ばす! 「あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙ぁ゙ぁ゙ぁ゙ぁ゙ぁ゙ぁ゙ぁ゙ぁ゙ぁ゙ぁ゙ぁ゙ぁ゙ぁ゙ぁ゙ぁ゙ぁ゙ぁ゙ぁ゙ぁ゙ぁ゙ぁ゙っ!!!!!!!!!」  カラ松は、病院の中であることを忘れて、泣き叫んでいた。そして思い出していた。  12年前の惨劇を……全てに絶望した、あの日のことを。カラ松は思い出していた……。 * * * * *  一体何が原因だったのかは分からない。  四男と五男が宝くじを当てたことか。  長男と六男がソレを食べてみたいと言ったことか。  次男と三男があるか無いかの親孝行をしようと言ったことか。  奴を調理した、調理師が原因だったのか。  12年前の冬のこと。松野一家は全滅した。フグによって。  次男、松野カラ松その人以外。  きっかけは四男と五男の当てた宝くじだった。金額はさほど高くも無いが、低くも無い。無論、当時クズ街道まっしぐらだった松野家の六つ子達は、その当たった金を秘密に処理をしようと画策していたわけであるが、やはりというべきか、金にがめつい長男を筆頭にバレた。芋づる式に両親にもバレた。そうなれば、一家揃って何か普段食べなれないものを食べようという話にもなってくる。次男と三男は普段から脛をかじってばかりいる子供達から、親へ出来る数少ない親孝行だと言い、宝くじを当てた張本人達もそれを受け入れ、残りの2人もまた渋々とそれに従った。それはともかく残りの2人、浮かれていた長男と六男は家族に提案した。フグ料理が食べてみたい、と。それはもう、全員で諸手を上げて喜んだまでだ。  それが悲劇だった。  大前提として、フグというのは別に調理免許が無くても捌ける。そして料理の提供も出来る。悪い言い方をすればすでに捌いてもらっているところからフグを買えば良いだけの話でもある。免許が無くてもフグ料理は扱えるのだ。捌いても良いのだ。しかしながら、フグの水揚げ量日本一と名高い山口県よりも、東京都の方が実はフグの調理免許取得は非常に難しく高難易度を誇ると言われている。それだけ、客と店との信頼が関わっているのだから。  だがしかし、当たり前ながら調理を失敗すれば、それを食ろうた者は死ぬ。例外はあれど死ぬ。石川県にどういう原理なのか知らないが、フグの卵巣の塩漬けなるものがあるように、毒さえなければフグというのは実に美味なるものであるが、ごく一般的な調理失敗のフグは、食べれば例外あれども死ぬ。  家庭で捌く分には自己責任だ。それに関して問われることはない。  店側が行ってはならないのは、『調理免許の開示無しにフグ料理を提供してはいけない』だけである。フグの寿司を提供するお店でも、そのフグ刺し自体は卸業者から買い取っているものもあるらしい。その方が安全は安全である。  聞きかじりの知識では、たとえフグが毒にまみれていようが、味は毒無しと同じらしい。つまり、食えば旨いことは旨いのだ。毒の有無関係なく。毒キノコで有名なベニテングタケ。あれはうまみ成分が毒であるが、それとはまた種類が違う。  よくもまぁ、厳しい審査を潜り抜けて、免許の開示をいていない店があったものだと本気で感心する。  まぁ、つまるところ、松野一家は運の悪いことに、調理免許を所持せず開示もしていなかった店で、松野家の母、松野松代が買って来たフグが、大外れだった。それだけである。  さて、ここで結果的に生き残ってしまった松野家次男、松野カラ松はその時のことを、10年以上経った現在でも覚えている。  初めに感じたものは指先の痺れだった。食ろうてから30分も経っていない。指先の痺れから始まり、口唇部、舌さきに痺れを覚え始めた。そこからはジェットコースターが急激に下るように、怒涛だったように思う。強い嘔吐と呼吸困難。カラ松が周囲を見渡せば、それが起きていたのは自分だけでなく、兄弟も、親も全員であった。  ただ、決定的に違うのは、自分は意識があったこと。だからカラ松は這いつくばるように、玄関先に供えられた黒電話に直行した。動ける。ならば迷っている暇はない。普段の空っぽな頭は、常ならば思考停止もやむ得ない状況下であるものの問題なく機能していた。  すぐさま救急車を呼び、カラ松は叫んだ。 『助けて! みんなを、俺の家族を、助けてください!!』  カラ松は意識がある限り叫んだ。助けて、苦しい。みんなが、苦しんでいる、と。居間へ戻り、僅かに意識の残るみんなに救急車が来ることを息も絶え絶えに叫んだ。だから大丈夫絶対に助かるから、と。だが一人、また一人と動かなくなる。カラ松もまた徐々に落ちていく意識に抗えず、そしてそのまま遠くに鳴り響くサイレンをBGMに、意識を手放した。  次に視界に飛び込んで来たのは病院の一室だった。簡潔に言おう。フグ毒というのは確実に死ねる神経毒である。しかし、部位によって、食べた量によって生存率というのは変動していく。そしてこの毒は致死量1-2㎎である。にも関わらず、この毒の厄介(幸い?)なのは、乗り越えさえすれば後遺症も全く残らない潔く綺麗に無くなる毒であった。その乗り越えられる時間は、平均して約8時間。  つまり、カラ松は耐えてしまったのだ。8時間。長年居座り続けた松野家ヒエラルキー最底辺だったばかりに、対した量を食べることもせずに致死量を僅かに下回る程度しかフグを食べなかったばっかりに、彼は、ただ一人、生き残ってしまったわけである。  それから12年間、カラ松は孤独を生きていた。見出した希望と出会うまで、生きる希望を失っていたのだった。 * * * * *  五つ子は思い出した。かつて自分達は世にも珍しい六つ子であったこと。  悪戯に明け暮れた幼少期、喧嘩とそれなりの青春を謳歌した学生時代、ニートを貫いた時代。  そして、フグによって全滅したあの日のことを。  あの日、全員が死んだものだと思っていた。あれだけ苦しくて、あれだけ苦しんで、ふ、と気が付いた時には意識の全てが暗闇に覆われていた。誰かが――兄弟の中で誰よりも優しくて、誰よりも頑丈で、誰よりも愛を伝えることに真っ直ぐな、クールでナルシストなサイコパス――のフリをした誰よりも心優しい次男が、気を失う最後の最後まで、声をかけていたことも、全部、思い出していた。 「あの日から……12年も経っていたんだな……」  ポツリ、とおそ松は呟いた。先日、所謂『前世』の記憶というものを思い出した五つ子改め“元”六つ子は、今となっては懐かしい松野家に帰ってきていた。  病院で怒涛すぎる再会劇を果たし、そしてカラ松の発狂に慌てたのは、他ならない病院の医者であった。何しろカラ松はあの事件の生き残りである。そして何度も家族の後を追おうとした前科もあった。今回もそれだと思われていたらしい。それに関してはいつか問いただす。  正気を取り戻したカラ松は、発狂した事実をそのままに、1日だけ子供達の入院に合わせた検査入院という形で事なきを得て、病院から車椅子を借りたまま、家へと帰ってきたわけである。  ようやく落ち着いて、さぁ今から話すぞ、と言う時に、カラ松は倒れた。それはもう盛大に。家の中で地震が起きたのかという揺れを携えて、清々しい物音を立てて倒れた。家に帰ったきたことによる安心感か、20代の全盛期に比べてガタ落ちした体力の限界か、とにかくカラ松は倒れ込んだのだ。  医者から連絡でも言っていたのか、数時間としないうちに何度も家に遊びに来ていたカラ松の友人――そして思い出した元六つ子達も良く知る、チビ太とトト子が、看病に駆けつけてくれていた。 「チビ太! 助けて! カラ松が!!」 「カラ松が動かない!! お願い、助けて……っ!」 「このままじゃ、カラ松が……トト子ちゃん、頼む……っ」  今までと違う呼ばれ方。それにチビ太もトト子も驚いた。そして確信した。思い出したのだ、と。12年前にこの世から去った嵐の中心部達が、再び蘇ったのだと。しかし、それを追求するのは後だ。  結果だけ言えば、カラ松はキャパオーバーの知恵熱で倒れたのだ。元来突然の出来事に対応することに不慣れなカラ松が、全ての物事に置いて冷静に判断出来たのは『参謀モード』という頭の回転をフルに使用する、実に燃費の悪い低血糖をも引き起こしかねない自殺行為を行っていることにある。  そして、今回はさすがのカラ松も自らの許容量が爆発したのだろう。チビ太もトト子も、そしてここにいない、カラ松の協力者達――イヤミやデカパン、ハタ坊達を巻き込んだ時からずっと、カラ松は演技をし続けていたのだ。それがどれだけ、自分自身を追い詰める行為であることかを分かっておりながら。  彼らは聞きたかった。カラ松だけが生き残ってしまった理由を。そして一人だけの期間のことを。しかし、チビ太もトト子も口をつぐんだ。 「バーロォ……それは俺らが言うことじゃねぇよ」 「それは、カラ松くんから聞いた方が良いわ……。私達は、何も出来なかったもの」  そう言って、2人は何も語ろうとはしなかった。すべてはカラ松しか知らないことだったから。カラ松の口からそれを語らせるのは、彼らの手腕による、とも。  それから彼らは、倒れたカラ松の看病にあたった。記憶を取り戻した今、彼らの頭脳は成人済みである。買い物も、何をすべきかも全て分かっている。10歳の、小学5年生の子供とはわけが違う。精々困ることといえば、身長差だけである。  3日目、カラ松はようやく目を覚ました。いわゆる『参謀モード』が切れるとカラ松は眠る。以前までならば、その後で、あのイタいカラ松に戻っていたわけであるが、今回は違うらしい。目を覚ましたカラ松は、心配そうに覗き込む5人を見て、壊れた蛇口のように涙をあふれさせたのだった。泣き虫は直ってなかったのかと思う。  そして、ようやく落ち着いたところで、カラ松はあの事件で耐え抜いてしまったことを話し終わったわけである。 「本気で驚いた……まさか記憶が戻るだなんて思いもしなかったぞ……」 「あの物置……かつての俺らを見たから、だと思う。倒れたのは何も、熱中症だけじゃねぇよな……」  カラ松が決して入るなと言い聞かせていた物置は、カラ松が『六つ子のカラ松』として生きていた頃をそのまま閉じ込めた空間だった。何故それを子供達の目から離したかと言えば、カラ松が何も知らない子供達に、かつての兄弟の面影を重ねていることを知られたくなかったことと、それをきっかけに、子供達の変化を恐れたからである。 「ねぇ、カラ松兄さん……」 「どうして、お前達を見つけられたか、だろう? 普通に考えれば……有り得ないもんな。生まれ変わり、だなんて」  トド松の言いたいことを察していたカラ松は、薄紫色をした孔雀の刺繍の入った紺色の着流しの袖口で、口元を覆い隠した。固く目を閉じて、何度も深い呼吸を繰り返す。 「か、カラ松、話したくなかったら別に良いよ? お前だってまだ混乱しているだろうし……」 「大丈夫だ、チョロ松……。思い出したなら、いずれ話さなければと思っていたからな……」  逆に、思い出すことも無ければ、一生話すつもりもなかったということになる。 「ただ、俺にとってあの12年前のことは、カラ松事変と呼ばれたあの出来事以上にトラウマなんだ。目が覚めたら誰もいない。書類上でお前達の痕跡を消していく作業……生きているのか、死んでいるのかも分からない日常に、うんざりしていた……。…………生きる理由が、無かったんだ……」  想像だに難しくはない。もし自分がカラ松の立場だったらと考えるだけで、地面が無くなるような絶望感が押し寄せてきていた。いつだって6人一緒だったのだ。この広くも狭くも無い家で、8人で暮らしていたはずが突然1人になってしまったのだ。家族を、兄弟を愛するこの次男が、そんな世界に耐えられる訳がない。 「俺だけ八時間耐えて、生き残って……誰もいない世界で生きるのが、本当に辛かったんだ。死のうともした。だけど、全部失敗に終わった……一時期は病院のベッドに拘束されるぐらい、目覚めたばかりの俺は荒れていたんだ……」  生きる理由を失って、それでも耐え抜いてしまったがために毒の後遺症もなく、元来の頑丈さも相まって、回復は早かった。ただ、生きる理由がなかっただけ。  カラ松の足元にはえーニャン――エスパーにゃんこと呼ばれていた、あの猫がすり寄っていた。カラ松いわく、いつの間にか家に居ついていたらしい。かつて一松が可愛がっていた猫が、家に遊びにくるようにもなっていた。何もしないわけにもいかず、餌を上げていくうちに、懐かれてしまったのだという。それでも、当時のカラ松はとにかく虚無の世界を漂っているようなものだった。  何度も自殺未遂を繰り返しながら、やがてカラ松は半強制的に仕事をすることになった。生きる理由を見つけるためと、カラ松を生かすために、お人好しなカラ松の友人達が半ば押し付けたようなものだった。それが、脚本家であった。  脅しにも近いものだった。カッターが、ロープが、睡眠薬が、包丁が欲しければ書け、外に1人で外出したければ書けと、カラ松のかつての演劇部の友人達は、カラ松に様々な話を書かせたのだった。そうやって半強制的な労働で、カラ松は死を選ぶために生き続けた。  遺品の整理は出来なかった。でも、彼らの痕跡を見ることも出来なかった。生きているんだか死んでいるんだかの間、カラ松は私服の一切を捨て去り今の和服中心の着衣へと変え、六つ子の証だったお揃いの衣服がどれも着れなくなっていた。  進んで青色のものを着ることは少なくなった。集めるようになった着物は赤、緑、紫、黄、桃色系のものが増えていった。そうすることで、いなくなった彼らを感じたかったのかもしれない。 「そんな時……2年、かな。ある希望を見つけた」  それを聞いた時、カラ松はそれまでの死んだも同然の生活を一変に改めた。 「さすがは空っぽな俺だと思った。衰え過ぎていた体力回復のために食って、少しでも歩けるようにとリハビリを繰り返して、1人でも立っていられるほどの気力と精神力を取り戻した。友人のコネというか、俺を生かすために押し付けられた演劇の脚本作家のほかに、今のフリーライターの仕事を見つけて、在宅ワーカーとして確立させていった」  そして4年目に、カラ松は見つけた。 「父方……松野松造の親戚筋。遠い遠い血の繋がりもあるのか疑わしいほどに遠い親戚で、五つ子の話を聞いた。家出同然の両親の元で暮らす、元気溢れる子供達のことを……」  間違いない、と思った。カラ松はハタ坊協力の元、一度だけ子供達の様子を見にいったことがあったのだ。 「おそ松だ……チョロ松だ……一松、十四松だ……トド松だと、思った。もう俺にはかつての六つ子の感覚や繋がりは無かった。楽しそうに駆けまわる子供達を見て、俺は……あいつらが幸せなら、それで良いと思った」  見たところ記憶はないようだった。ならば、新しい人生を彼らなりに過ごしてほしいと思い、そして願うようになった。それでも気になりはしていたので、時折ハタ坊に近況の報告を願い、頃合いを見て接触を図ろうかと画策していたのだ。  だが 「そのあとは知っての通りだ。お前達も思い出したくないだろう出来事……。俺…………私はすぐに、トト子ちゃん、チビ太、ハタ坊、デカパン、そしてイヤミに協力を仰いで、お前達を引き取るという計画を実行した」  それが5年目。五つ子とカラ松の事実上のファーストコンタクトであった。  すぐに養子縁組みをして、松野の籍に入ってもらい、カラ松の養子ということで彼らを受け入れた。結婚こそしていないが、もう子供がいても可笑しくない歳でもあったから。 「初めこそは、身体が不自由だということもあり、俺の収入の不安定さから全員から反対されたが……それでも、俺はそれを貫き通した」 「お前、参謀モードに入った時の我の強さは誰よりも強かったもんな……」 「とにかく、あの劣悪な環境からお前達を連れ出したかったんだ。どんな結果であれ、俺にとって、生き写しのようなあの子供達が笑えていないことの方が苦痛だったから」  結果的に、カラ松は子供達の信頼を得ることが出来た。かつての兄弟としてではなく、養父と養子として、カラ松は子供達を受け入れたのだ。 「お前達に記憶があろうがなかろうが、俺には関係なかった。また、五人がいる……それだけで、よかった。それだけで……俺は心が安らいだ。  一人は……この家、寂しいんだよ……」 「っ……」  それまでは8人で暮らしていたのだ。男ばかりで静かだった時が絶対になかった松野家。そして六つ子として生を受けたカラ松は、一度として兄弟達の誰からも離れたことがなかったまでだ。  それが突然1人になった。キャラ作りのために静寂と孤独を愛するなんとやらと言っていたカラ松ではあったが、本心からではないは誰もが知っている。もっと言えば、カラ松は下手をすれば構ってちゃんであるおそ松以上の寂しがり屋なのだ。  とんでもなくドライな時もあるが、それ以上に兄弟を愛しているカラ松に、突然の1人暮らしは精神衛生上、とてもよろしくなかったことだろう。 「お前達を引きっとった理由。俺がお前達を必要としていた。お前達を苦しめたくない。それに嘘偽りはない」 ただ 「俺が、この世界で呼吸をするために、1人の寂しさを埋めるために、俺の心の平穏のために……お前達を引き取ったんだ」  5人だけの世界に無理やり入り込んだのはカラ松だ。それは新たな生を受けた彼らの世界を壊すということ。すべては自分自身のエゴのために。彼らをあの環境から救い出したかったというのも紛れもない本音である。何度も言うように、彼ら5人の幸せが、カラ松の幸せで、虚無しか残っていないカラ松の生きる理由だったから。 「……もし、俺らの記憶が戻らなくて……ずっと、アンタを『カラ松さん』だなんて言って慕ったまま、成長したら……アンタは、なんて答えるつもりだったの」  記憶が戻ったことで、死ぬ直前の性格に戻った一松が問いかける。そう。カラ松は彼らが大人になったら、彼らを引き取った理由を話すと言っていた。先ほどの答えのとおりならば、カラ松が一人の理由から話すことになるのだろう。でなければ話が繋がらない。 「そこんトコロ、どうお考えだったのですが。カラ松さん」 「……………………ノープランだっ!!」  ズコーッ、という昭和染みた効果音と共に彼らはすっ転んだ。 「今の溜めはなんだ!! 今までのシリアス吹っ飛んだぞ!? そして久々だな! その格好付けの痛さ!! アバラ折れるぞ!!」 「おぉっ、久々のチョロちゃんの怒涛なるツッコミ」 「チョロちゃん言うな馬鹿長男!!」 「てめぇクソ松……人がせっかく声かけたってーのに、なんだそのふざけた返答はよぉ~?」 「一松にーさんスト――ップ! カラ松にーさん、今はおっちゃんだからね!」 「そうだよ! 手加減無しに殴ったらカラ松兄さん、死んじゃうからね!?」 「ちぃっ!!」 「……盛大な舌打ちをありがとう。だが、冗談でもなく、本音だよ。何もまだ考えていなかったんだ」  何度でも言う。まさか記憶が蘇るとは考えてもいなかったのだ。 「前例があるから思い出す可能性も視野には入れていたが、こんなすぐだとは思ってもいなかった……。戻らなければもちろん、正直には話さないつもりだった。前世だとか、さすがに俺でも信じられる話ではないしな」  ただでさえ悲惨な過去を受けた子供達。どれだけ愛情を注いでも、それが本心からだとしても、かつての兄弟達の変わりだなんて印象を与えてしまえば、それまで築き上げた信頼が一気に崩れ落ちることなど目に見えている。それはカラ松にとって死をも意味している。 「言えないさ。俺はかつての日々を、何も知らない子供達に身代わりとしての日々を押し付けているようなものだ。もちろん、分別はつけていたさ。何も知らないお前達は、私を存分に利用すれば良いともな」  そう。どれだけ重ねても、結局今のカラ松は赤の他人なのだ。ならばカラ松はもとよりある自分自身のエゴのために、愛すべき子供達の幸せを願い、その幸せのために惜しみない愛情を注ぎ、力を貸し与えるつもりだったのだ。  今でも、その考え事態は変わらない。 「……俺達が子供だから」 「世間体的に、私にはお前達を守る義務があるし、俺がもう失いたくないと思ったんだ」  事実、熱中症で倒れた姿を見た時は血の気が引いた。久々に感じた六つ子のカンやら精神的な繋がりが無ければ、発見だって遅れていたかもしれない。あの時のカラ松は失う恐怖心――いわばトラウマと絶賛ご対面中だったのだから。 「多分、俺のことだからちゃんと上手く伝える努力はする気だっただろう。やはり、今と以前じゃ、違い過ぎるからな」 「あ……」 「でも、私はそれでも構わない。記憶があろうがなかろうが、私にとってはお前達五人がすべてだ。それは以前から変わらない」  何よりも大切な兄弟だったのが、何よりも大切な子供達に変わった、それだけだとカラ松は言う。 「……良いのかよ……そんな……」 「良いんだ、一松。少し、ズレてしまっただけだ。もうお前達の6分の1にはなれないが、家族にはならせておくれ。俺に……お前達を守らせておくれ。愛しの子供達」 「……お前、結局未婚だろーが」 「言ってくれるなおそ松。未婚でも、シングルファザーとしてやっているだけさ。立場上は養父なんだからな。一応遠い親戚筋に当たるんだから、血の繋がりは若干あるんだぞ」 「…………誰か、支えてくれる人がいて欲しいとか、思わなかったの……?」  そう。カラ松は未婚であり、この5年の間で分かったが、今の性格ならば彼を支えたいという女性だっていただろう。にも関わらず、カラ松は独り身を貫いている。 「……トド松。支えられたよ……。たくさん……目一杯、な。でなければ、今頃俺は、まだ病院の中だよ」  こうして1人で立ち直れたのは、カラ松の努力の賜物ではあるが、やはり、たくさんの協力があってこそだ。 「親戚達に、トト子ちゃんに、弱井家に、チビ太に、イヤミに、デカパンに、ハタ坊に、近所の人達に、演劇部時代の人達に、友人達に……いっぱい、いーっぱい支えられていた……。お前達を引き取った後も、な」  足の不自由なカラ松のために車を出してくれたトト子達。生きる目的を失っていたカラ松を生かしていた元演劇部員達。放心状態で生きることに執着が無くなったカラ松を留めていたのはご近所さんと親戚達である。生まれ変わった兄弟達を見つけてくれたハタ坊に、彼らを引き取るために手を貸してくれたチビ太にイヤミ。傷ついた子供達を癒す術を教えてくれたのはデカパンである。 「当時の俺は、その思い全部蹴っ飛ばして、死ぬことしか考えていなかったけどな」 「なっ……」 「今はもう、そんなこと露ほども考えていないから安心しておくれ。これでも少しは立ち直ってきているんだ」  それでも辛いことは腐るほどある。その時は、かつての『六つ子』だった空間に逃げ込んでいた。未練タラタラも良い所である。 「これは、俺の我儘だ。お前達と暮らせる時間が愛おしい。せめて、お前達が自立をするその時までは……共にいさせてほしい」 「自立って……」 「俺は松代と松造ほど甘くはないぞ。お前達がなりたいものになればいい……。けど、くどいようだが、私は赤の他人だ。いつでも……この家を出ていける権利がお前達にはある。同時に、私にも、な」  遠い親戚であることには間違いはない。いくら非現実的な前世という縛りがあろうとも、おそ松達の本来の家の筋はそれを許してはくれないだろう。  育てるのが大変あ五つ子でも、成長してしまえば亭の良い跡継ぎである。きっと、心無い大人はこう言うだろう。 「『5人もいるんだから』とな」  絶句するしかなかった。いくら養子縁組をしたからとはいえ、血筋の問題は避けられないのだ。 「だから……5年前にも言っただろう。お前達が行きたいところがあれば、私はお前達の幸せのために送りだそう。お前達の幸せが、私の幸せなのだから」  そして5年前、子供達はカラ松といることを選んだ。記憶を思い出した今、彼らにはまた選択肢が投げられているのだ。身体は子供でも、頭は大人になってしまったのだ。なまじ世間を知っていて、綺麗なだけの子供の世界は殆ど意味を成さないことも知っている。  12年前から唯一、時が止まることなく進み続けるこの次男は、よりもっと深い世界を知ってしまったのだろう。 「選べ。精神論か、目の前の現実かを。幸いなのはお前達がまだ義務教育が終わっていないということだ。それまでは……私の加護の元に居られる権利を、お前達は持っている。  私の勝手な判断で、お前達をまた松野に縛りつけたようなものでもある。選ばせる余裕もなく、震える5人だけの世界を強制的に、私は『松野』に縛り付けたんだからな」 「え……っ。で、でも」  十四松の声を無理やり遮って、カラ松は先の話を進める。未来に話すことがだいぶ早まっただけだ。彼らの頭はもう大人なのだから心配はないはずだと信じる。最良の選択を選ぶことを、カラ松は信じている。 「それに、見ての通り身体も不自由で、しかも自由業だから収入も不安定だ。まぁ株やっているから、お前達を路頭に迷わせるようなことは絶対にさせない。  きっと、これから先も、苦労をかける。  だから、すまない……今だけは。お前達が子供である今のうちだけは、私と共にいてほしい……」  いつの間にか、兄弟で次男のカラ松ではなく、養父のカラ松としての話になっていた。この養父は優しい。優しすぎるがゆえに残酷だ。子供達の気持ちを知っておきながら、最良のルートを必ず用意していることを。その結果、双方が傷つくことも承知のうえで、本当に、子供達の未来のためにだけに無駄に回転の早い頭を使っていることを。  これはエゴだ。カラ松の選んだエゴなのだと彼は言い聞かせる。そうしなければ、今までの決意がすべてなくなってしまうから。頼む、とばかりにカラ松は目を閉じる。まるで処刑の時を待つ罪人のようだと思う。彼らの幸せを願っておきながら、同時に自身の幸福を願うだなんて罰当たりなことを祈るのだから、罪人も罪人だろう。  一度死に別れた者達と今一度出会えたのだ。それも記憶まで蘇ったのだ。これ以上、何を望めというのか。これ以上を願うのはその身に余る幸福というものだろう。それではいけない。  この舞台のテーマは幸福。新たな生を受けた愛しき子供達の幸福を願う舞台。その脚本、演出は全てカラ松が担っている。故に、カラ松は登場人物ではない。せいぜい『養父役:松野カラ松』がいるぐらいで、『次男:松野カラ松』は全て裏方である。裏方が舞台に上がってはいけない。ただそれだけである。  認めてほしい。カラ松はもう、彼らの輪の中に居られないことを、認めてほしい。 [newpage] 「ばっかじゃねぇの」 「おそ松……?」  だが、罪人は切れ味の悪い刃物に当ってしまったようだった。  一思いに殺してくれれば、とても楽だったのに。突き付けられた刃は凄まじく切れ味が悪く、斬られる前に皮の前で止まってしまった。 「その気色悪い仮面を取り払え! 俺らの前で演技をするなって、何度言えば分かるんだこのバカラ松が!!  結局お前はどうしたの? 俺達に何を求めているの? 小難しい言葉ばっか並べて、結局はお前の描いた筋書き通りに俺らが進むよう誘導してるだけじゃねぇか! ふざけんじゃねぇぞ!!」  おそ松はカラ松の着物の首元を掴み上げた。そこでようやく、カラ松は目を開けた鬼のような形相で怒るおそ松が目の前にいて、奥では同じように怒りの表情を浮かべた他の4人が、カラ松を見つめていた。 「確かにお前の立てた作戦は、いつも最良で正しいよ! 俺達が今後のために、義務教育が終わるその時までお前を利用して、それから先は好き勝手の人生が送れるそれなんて最高だろうね! ざけんじゃねぇぞ!! てめぇはどうしたいんだ!!!」 「だ、だから、俺は……」 「お前が幸せでなきゃ、俺らだって幸せじゃねぇんだぞゴルアァッ!!!  今は養父カラ松さんの話を聞いているんじゃねぇ。俺らの6分の1、松野カラ松の話を聞いているんだ!! 松野家に生まれし次男、松野カラ松を見せろ!! なんで本来なら感動の再会になるはずのシチュがお通夜よろしくクソ暗いんだよ!! お前は俺らに会えてどう思った! 俺らの記憶が戻ってどう思った! この先、お前は俺らとどんな関係でいたいんだ!!  優しい養父の仮面なんかいらねぇ。カラ松! てめぇの言葉で全部吐き出せぇ!!!」  参った。記憶が戻った途端にこれだとカラ松は思う。かつての松野家兄弟絶対的な帝王、松野おそ松。彼に逆らえるものは基本いない。何故ならおそ松は誰よりも兄弟を見ていたからだ。カラ松とは別ベクトルで兄弟を愛していたからだ。12年前から止まることなく進み続けるカラ松の時間は、そのかつての面影を見せるだけで絶大的な効果を見せる。 自身にとっての、唯一の兄、おそ松。重ねまいとしていたかつての姿に、カラ松は喉元まででかかった言葉を無理やり押し込める。  だが、容赦なく、彼らはカラ松を引き上げようとする。 「カラ松。お前年食っても馬鹿なの? 馬鹿だったね。知ってた。馬鹿だ」 「クソ松が……てめぇが拾ったんだろ。最後まで面倒見ろや」 「カラ松にーさん、おれらのこと、嫌いになった……? 嫌だ、おれ、もう、離れたくない!」 「苦労をかける? 馬鹿! かけろよ! 僕らにも迷惑かけてよ!!」  おそ松だけじゃない。チョロ松は厳しい言葉でカラ松を引っ張る。一松は傍に居続けてカラ松を絆す。十四松は明るく声をかけてカラ松を掬い上げる。トド松はさりげなく隣りを陣取ってカラ松を肯定する。  かつて、それが分かったからカラ松は自身の存在を『必要ない』『いらない』と認識していたことを改めたのだ。それによって兄弟達から愛されているということを認識しなおしたのだ。  だが、今は違う。何をどう足掻こうが、血筋が違うのだ。もうカラ松は、彼らと同じ遺伝子ではないのだ。 「血筋だ遺伝子が、ンなもん関係ねぇ。魂が同じなら、俺らはいつだって『六つ子』なんだよ」 「言っておくけどカラ松……今の僕達、もうすでにお前を含めて6分の1を名乗ってもいるんだからな」 「え……?」  確かにおそ松達は今は『五つ子』である。だが、彼らはすでにカラ松に依存してしまっている。彼がいないということが考えられないほどに、『五つ子』という枠に違和感を持つぐらいには感じているのだ。 「俺達、カラ松さんのこと『父親のよう』とは思っても『父親』とは思っていないんだ」 「でも、家族だとは思っているんだよ? だって、カラ松さんは僕らを『家族』として迎え入れてくれたじゃないか!」  記憶が戻った熱中症カラ松倒れたなどで有耶無耶になっていたが、彼らはカラ松との約束を破って、カラ松の期待を裏切って、カラ松の秘密を暴こうとしたのだ。そこには、カラ松に失望されるだろう恐怖を孕んでいた。 「カラ松兄さんが、自分を必要ないっていっていたあの頃……僕らは、カラ松兄さんから期待されなくなったと思った。それだけで……絶望ものだったよ」 「だからおれらは、みんなで反省して……カラ松にーさんに、カラ松にーさんが必要だよってことを精一杯伝えたんだ」  今回の件は、その時のことによく酷似していた。否、意味合いだけなら全く同じなのだ。カラ松からの信頼を失うことが、彼らにとっては奈落に落とされたようなものだからだ。  それは兄であろうと養父であろうと変わりはない。 「僕らだって、同じだよ。もう二度と、カラ松からの信頼を失いたくはないし、信頼してほしいって思っている。……物置に入ったことは、本当に悪いって思っているから、反省もしている……ごめんなさい」 「でも、だからと言って俺らの本当の気持ち気が付いているのに無視して、俺らのためなんて大義名分掲げて自分を殺すお前が、本当にムカつく。おそ松兄さんのように、言ってしまえよ。5年前に、おそ松兄さんの気持ち引っ張り出したように、お前も、松野カラ松として、全部吐き出してしまえよ!!」 「寂しかったに決まってるだろ!!!」  一松の怒鳴り声にかぶせるように、カラ松は怒鳴った。駄目だ、決壊したダムの水の如く、カラ松の言葉は止まらない。 「何度でも言う。俺にとってはお前達がすべてだ! おそ松、チョロ松、一松、十四松、トド松が、俺、松野カラ松の存在理由だよ! それが突然いなくなったんだ! 俺の生きる理由、存在理由が突然消えたんだ!! お前達が転生したことを知って、どれだけ喜んだと思う。たとえ6分の1に戻れなくても、お前達が俺のことを忘れていても、生きて、そこにいる。それだけで十分なんだよ!!  でも! 寂しいに決まっているだろ!! 一緒に生きていきたいに決まっているだろうが!! だけど望んじゃいけねぇことぐらい俺だってわかっているわ!! 俺のエゴで、お前達をこれ以上縛るだなんて出来ない! もう、俺は、俺達は生きる時間軸が違うんだよ!!!」 「「「「「だから縛れば良いだろうがぁっ!!!!!」」」」」  声の威力が全盛期に比べて落ちたカラ松よりも、子供である5人の声の方が何倍も大きい。一瞬だけ、カラ松は気圧される。この勢いに負ければ、自分の信念が覆されることになる。本当はその方が良いことも分かっている。けれど、それを選ぶわけにはいかないことも分かっているのだ。 「カラ松。耳の穴かっぽじってよーく聞け。俺達はもうお前を6つの欠片の一つとして認識している。つまり……抜け駆け禁止の輪から外れること絶許の『六つ子』の世界が開幕だってことだぜ?」 「なっ……だ、だが、それは……っ」 「良いから聞けぇっ!!!」  この時ばかりは足が不自由な自分が本気で恨めしい。どうあがいても逃げられないのだ。自分で望んだからとはいえ、後ろに引くことも出来ない。 「今の俺達は子供だけど、何も出来ねぇわけじゃねぇんだぞ!! むしろ思い出したんだから、普通の子供よりもたくさんのことが出来るし!! このカリスマレジェンドなめんじゃねぇぞぉっ!!!」 「お前のことは僕が養うっつっただろ!! 見てろよ! お前がびっくりするような大学入って、将来よぼっよぼのジジイになったカラ松を、僕が養ってやるからな!!」 「時間軸が違うとか、ンなもんどうでも良い!! アンタが俺らの記憶の有無を考えてないように、俺らだって、アンタの時間軸のことはなんも考えてねぇんだよクソがぁ!!」 「おれらはカラ松にーさんと一緒にいたい! カラ松さんと一緒にいたいのに、なんでそれを望んじゃいけないの!? カラ松にーさんだって、僕らと一緒にいたいなら、それで良いでしょ!?」 「むしろ僕らは幸福な方だ! もう一度やり直しが出来るんだ! だったら、僕らはアンタのために、僕らの人生をやり直す! カラ松兄さんと一緒に、カラ松兄さんの幸福を考えたい!!」  カラ松が彼らを助けたように、今度は彼らがカラ松を助ける番。1人置いて行ってしまった欠片の一つを、もう一度だけやり直すために、彼らは救い上げる。 「だから諦めろよ、カラ松。俺らが一緒に生きる未来のために、お前の力も貸してくれよ」 「悪魔の六つ子が復活したんだ。そして僕らに足りなかった頭脳が加わった」 「僕らは、6人で1つ……ねぇ、今度こそこの世界を守りたい」 「おれらを守ってくれたカラ松にーさん。今度は、俺らがカラ松にーさんの世界を守る番!」 「乗り越えようよ。僕ら6人揃えばなんだって出来ちゃうんだからさっ!」  開いた口が塞がらないとはこのことを言うのだろう。実際、今のカラ松の顔はいわゆる阿呆面である。もうさすがに良い歳だ。お前達は若返ったから良いかもしれないが、こっちはもう良い歳したおっさんなんだぞと叫びたい。なのに、なのに期待をしている自分がいる。もう二度と味わえないだろうと思っていたゾクゾクとした罪悪感。何かを仕出かす前のワクワクとした背徳感。  幼い頃に悪童の名を馳せたかつての自分。10年も前に6人揃って馬鹿ばかりをやっていたニート時代。そんな夢物語をこれから起きうるだろう嵐の数々を期待している自分がいることに、何とも言えない敗北感を感じざるをえない。  どうあがいても、自身も『悪魔の六つ子』なのだ。けれども、もうそんな夢物語を追いかけていられるほど子供でも大人未満でもない。だから 「…………それでも俺は、お前達の幸せを願う」  譲れないものは、譲れない。 「でも……その言葉だけで、俺は凄く、すごく嬉しい。…………もう一度だけ……」  隣りを、歩いても良いのか?  5人はお互いの顔を見合わせる。そしてすぐさま「当たり前じゃん」という答えが返って来た。  車椅子だからすっげぇゆっくりだな  良いじゃん。ゆっくり一緒に行こうよ  今度は後ろじゃなくて、前歩けば  もう置いてなんか行かないからね!  だから兄さんも置いていかないでね  まだまだ頑なな青い心。薄くてすぐに割れそうだけで伸縮自在ですぐさま元の形に戻る、ガラスのような、スライムのような青い心。周囲を覆う、彼の嫌いだという青に扮した透明なケースは、まるで孤独に染まった彼の様。  次はそのケースを砕いてみせる。そしてむき出しになった心に、目一杯の愛を返そうと思う。無償で愛してくれる養父のために、際限なく愛を与えてくれる次男のために。  次は、俺が、僕が、俺が、おれが、僕が、彼を救う番。  待ってろ  待ってて  必ず  助ける  救うから  どうか、俺達を見て下さい。  The end……. →後書き(と言う名の解説(いる? →ラストは設定+α [newpage]  なっげぇわクソ野郎。  はい、松小説第一段となってしまいました。初めましての方は初めまして。そうでない方はおはこんばんちわ。  普段はマイナーな作品やらちょっと大きめのジャンルのマイナーCPで活動している風薙と申します。いつもの垢は色んな意味でジャンルオーバーになりつつあったので、新規垢かつ、今後無駄に長編ばかり書いていきそうな予感がしてならない松ジャンルのために、こちらのアカウントで投稿する運びとなりました。  未熟な面がありますが、どうぞよろしくお願いいたしますm(_ _)m と、言うわけで後書き。いつもこんなテンションさぁ←  カラ松の和服は趣味だ! 和服美人よくね!? イメージは×××ホリックの新店の主様←  もちろん伏線でもあるのですがね。  件のフグ毒事件日が3月6日ということを、その日の夜に知りまして……それまでもチマチマこいつを書いていたわけですが、案の定この日付だよ!! 俺明日引っ越しなのにね!?  初めは和服で車椅子な儚げカラ松が書きたい、から入りました。趣味全開サーセンwww  そしたらお父さんしてるカラ松が見たくなって……気がついたらこんなことになってました。そして次回は一カラです。何故なら筆者が一カラドンピシャだから。  今回の目的はなるべく「カラ松以外が転生している事実」を終盤まで隠し続けることでした。読み方によっては「カラ松だけだ先に転生して、後から残りの5人が転生した」という見方が出来たら良いなぁと思いましたので。それでも文章の中ところどころに兄弟達は前世を思い出しかけているような描写を入れているつもりなので、隠せてないような気もしています。勢いで書くと駄目ですね。  そんな感じで一応はハピエンで終わらせました。一応続編がBL予定なので、これ単体でも読める様にはしています。中心はカラ松愛され。とにかくカラ松が愛されていれば自分は幸せでごぜーやす。  それでは、長々とした乱文散文でありましたが、そしてこんな後書きまで読んで下さるような方がおられるのか些か不明ではありますが、閲覧、ありがとうございました!! →設定+α(BL注意 [newpage] おまけ(と言う名の伏線 一「あぁ、そうだ。クソ松」 カ「うん? なんだ、一松」 一「カラ松、俺のお嫁さんにするから、ちょっと待っててね」 カ「へ?」 お「ん?」 チ「は?」 十「ほ?」 ト「む?」 一「せっかく思い出したし、もう良い。ふっきれた。覚悟しててよ。絶対に口説き落す。僕のモノになってよ。カラ松さん」 ⇒NEXT カラ松救済編  To be continue・・・・・・. 設★定 カラ松(35)  12年前のフグ事件の生き残り。足に大きな怪我を負い長時間の歩行などが困難なため普段は車椅子使用している。自業自得なので治すつもりは皆無。  フリーライターであると同時に、演劇部時代のツテで脚本家もやっている。昔ほど声は出ない。  時々頭の運動程度に株をやっているため、そこそこ収入はある。  5年前にかつての兄弟そっくりな五つ子を引き取り、養子にした。  五人が記憶を思い出す前は大人として接し、時々かつての兄弟と無自覚に重ねていた。大人として、守るべき大切な子供達としてしいていた。  記憶が戻ってからは、やはり守るべき大切な子供達として見ているが、かつての兄弟達のように扱うことも増えて、少しずつ元気になってきている。  普段の一人称は『俺』だが、自分を偽っている時と仕事の時は『私』になる。 おそ松(10)  五つ子の長男。悪童でイタズラ好きだが、カラ松に引き取られたということもあってか、やや大人しい。時々寂しそうな目をするカラ松が気になり、慰めたいと思っているが、いざしようとするとカラ松が隠すのでもどかしい。引き取られた当初は無条件で信じてしまったカラ松に対してあえて反抗していたが、結局ほだされた。  記憶が戻ってからは、かつての長男力を駆使して、カラ松のガス抜きを行っている。 チョロ松(10)  五つ子の次男。おそ松と手を組む悪童であるが、時々理性が勝つのか暴走する長男を殴って止めるストッパーでもある。時々ぼんミスを犯すカラ松を見て、何故だか「俺がしっかりしないと」と思っているが、なぜそう思うのかが不明。  記憶が戻ってからは、生前言った養う発言を実行すべく、猛勉強するようになる。将来はカラ松を絶対に養う。 一松(10)  五つ子の三男。真面目で全体的にストッパーであるものの、時々ネガティブに陥るので、精神常に不安定である。猫とカラ松がいると安定する。基本的にカラ松の傍から離れようとしない。時々カラ松が隠し事するとムカつく。  記憶が戻ってからは、早すぎる反抗期到来により、少しカラ松に当たりが強くなるが、生前から性的な意味で好きだったこともあり、吹っ切れた。年齢差25才? 関係ないね。 十四松(10)  五つ子の四男。少し泣き虫で優しい性格。が、体力馬鹿なので常に全力で遊ぶ。兄弟と遊ぶのは好きだが、カラ松とも遊ぶのも好き。が、カラ松の身体を考えていつも手加減している。カラ松の歌を聴くのが好き。  記憶が戻ってからは、真っ先にカラ松の精神状態を察するようになり、率先してお手伝いするようになった。野球も好きだが、カラ松と一緒に歌うことがもっと好き。 トド松(10)  五つ子の五男。甘えん坊でのんびりや。何故か女の子の友達が多く、可愛いものが大好き。一番カラ松になついており、よく引っ付いている。そしてよく、一松と取り合いをしている。十四松同様、カラ松の声が好きで、よく読み聞かせをしてもらっている。  記憶が戻ってからは、甘えていた自分を殴りたい衝動に駆られているが、カラ松の本が好きなこともあり、時々本を読んでのもらっている。 .
 カラ松愛され転生松、次に一カラ落ちのハピエン(予定)物語。タイトルは超適当←<br /> 転生ネタなので軽い死ネタでもあります。詳しくは1ページ目に。<br /><br />前編はコレ(<strong><a href="https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=6522053">novel/6522053</a></strong>)<br /><br /> とりあえずカラ松が愛されればいいなと想い書き始めたもの。今あるストック全部がそれだよorz あぁあああぁぁぁぁぁもうなんでアイツあんな尊いんだよおおおおおぉぉぉぉぉぉぉっ!!!!!(お目汚し失礼いたしました。<br /><br />追記:ブクマ閲覧評価及びコメントありがとうございます!! コメント返信致しました。<br />しばらく見ないうちにコメントにスタンプなんて出来てて驚いてる人です((((;゜Д゜)))<br />追記2:2016年03月05日~2016年03月11日付の[小説] ルーキーランキング 81 位に入りました<br />ありがとうございます!!!やべぇなんかめっちゃ嬉しい!!<br />追記3:コメント返信いたしました!
【おそ】求める幸福のために【松】:後編
https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=6522267#1
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キーンコーンカーンコーン。 世間一般に広く知られるチャイム音が、教室を越え、学校周辺まで鳴り響く。 「はい、1時限目はここまで。——雪ノ下。ゴミ箱の移動頼んだぞ」 授業終了の号令の後、俺は雪ノ下の耳に届く程度の声で言う。 ほとんどの生徒は、開放感からか無駄に騒ついている。 もうみんな、ゴミ箱の事なんて頭からすっかり消え去っているのだろう。 そしてそれは、イジメの犯人も然りだ。 「……はい、分かりました」 雪ノ下はサッと椅子を引き、腰を上げた。 俺はそれを確認すると、教卓に置かれている教材を手に抱え、重い足取りで教室を出た。 ……ってか、次も俺の授業なんだよな。……働きたくねぇ。 * * * 「どうでしたか? 6年1組は」 職員室に戻った俺が安物のインスタントコーヒーに大量の砂糖を放り込み、それを口の中に注ごうとしていた時、校長先生が俺に話し掛けてきた。 自分の席に座っていた俺はカップを机に戻し、その場に立とうとした。 「あー、いいよいいよ。休憩時間なんだから比企谷先生はそのままで」 校長先生は両手で俺の肩を掴み、それを制止した。 そして、隣の席から椅子を転がしてきて俺の隣に腰掛けた。 「まぁ、授業を進める上では問題ないと思います」 当たり障りのない返答。 でもきっと、これが目の前の人物が求めている言葉だろう。 6年生は、来年には卒業するのだ。 卒業さえしてくれればイジメの事も他人事になる。 この学校が俺に求めているのは『只々、授業を進める』ということだ。 「それは何よりだね。比企谷先生には感謝をしています。——では、頑張って下さい」 俺のことを、卒業をさせるための当て馬としか思ってないくせによく言う。 「はい、ありがとうございます」 俺はその内面を隠すように頭を下げ、校長先生を見送った。 * * * 5時限目を終え、帰りの会を経てやっと放課後。 小学校の担任の先生というのは、音楽や図画工作などの専門教科以外の教科を受け持っている。 そして、今日あった専門教科は体育の1つだけで、それは例外の教科。つまり、1〜5時限目まで全て俺の授業で休む暇がなかった。 そういう訳で俺は、1日の疲労感をギシギシとこの身に感じながら、生徒が全員帰って行くのを待っていた。 最後まで教室に残っていたのは雪ノ下雪乃だった。 雪ノ下は教科書だけでなく、リコーダーやエプロンなど自分の持ち物のほとんどを持ち帰ろうとしていた。 「いや、雪ノ下。重いだろ?」 当然、それらは雪ノ下の赤いランドセルに収まり切るものではなく、雪ノ下の両手は溢れた荷物でふさがっていた。 すると、俺に話し掛けられた雪ノ下は一旦荷物を床に降ろし、ランドセルの中から1枚のプリントを取り出した。 「これ、返します。教科書は見つかったので。——さようなら」 雪ノ下は強引にそれを引き渡すと、再び荷物を抱えて足早に教室を出て行った。 別にわざわざ返さなくてもいいのに。と思いながら雪ノ下を見送った俺は、ふと、そのプリントに雪ノ下からのメッセージが書かれていることに気付いた。 『余計なことはしないで』 ……俺は思わず笑ってしまった。 その文字の下には鉛筆の消し跡が薄っすらと残ってあった。 『ありがとう』 俺は教室の明かりを消し、戸締りをする。 そして、職員室に向かう途中の下駄箱にその生徒はいた。 自分の下駄箱の中を見ながら、ただ立ち尽くしていた。 ……全く、前途多難だな。
ブクマ・コメント・フォローをしてくれた方々、本当に感謝ですm(._.)m<br /><br />さて、今回は第2話。<br />雪乃は新任の比企谷先生をどう思うのか? かたや、比企谷先生は蔓延るイジメをどう捉えるのか?
比企谷先生(小学校教諭編) 2
https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=6522722#1
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この高校に入って驚いたことがある、屋上が解放されていることだ。 普通の高校だと危険だとか清掃云々とかで解放されてないことが多いと思ったんだが… まぁ、こちらとしては好都合だけど。 屋上のベンチに座り弁当を広げる、一年生の間はここに使おうかな… ベストプレイスと呼べそうな場所も見つけたが人が使っていたので私がそこに行くことが出来なかった まぁ、三年生だったから来年には使えるかな。来年からはあそこが私のベストプレイスだ。 そんなことを思いながらいつも通り小町の分も作った自分のお弁当を食べはじめる。うん、今日のはうまく出来た。 そうしていると屋上の貯水槽のある…確か…塔屋だったか?そこの上から一人下りてくる 少し長めの青みがかった銀髪を首後ろでくくり、制服を軽く改造している男子生徒だ。 名前は川崎樹希、通称『屋上の主』 初めてあったのは私が教室で弁当を食べるのが辛くなり屋上の扉を開いた時である 最初は不良がいると恐怖したものだがどうやら私と同じだったらしく今では互いの弁当の卵焼きを交換したりする仲である 別に恋人や友人ってわけでもないけど 「ん」 「うん」 いつも通り会話も少なくお互いの卵焼きを交換する 男なのにかなり家庭的なやつだ。 妹がまだ小さいからか少し甘めの卵焼き、私は甘党だが卵焼きにそんなに砂糖を使わないので変わった印象を持つ カレーと同じで家庭ごとに差異が出るのかな?友人の家のカレーとか食べたことないけど、むしろ友人の家に行ってないまである 「今日のは美味いな」 「いつもはまずいみたいな言い方やめてよ」 「悪い」 そんな軽口のようなものを言いながら弁当を食べる くそっ、なんでこんなにこいつ料理がうまいんだ…私もそこそこだとは思うんだが… そんなことを思いながら軽く睨みつけてやろうかと川崎の方を見ると私の弁当箱に視線を向けていた 注目してみると朝に作りすぎたせいで仕方ないからと弁当へ多めにぶち込んだ唐揚げを見ていた そして川崎の弁当箱に視線を向けてみると野菜などが多く、主菜と思われるものも小さな魚の切り身だけだ 「・・・どうかしたのか?」 普段は出来るだけ女口調で喋っているが川崎の前では普通のちょっと男口調が混ざった口調で話す。川崎なら別に人に言いふらしたりしないだろうし 「あー、いや。唐揚げうまそうだなって思ってな」 「・・・そういえば弁当も野菜中心だな。何かあったのか?」 「・・・昨日買い物行く暇がなくてな。おかげでこんな感じだ」 そうなのか…妹の迎えや家事などもやっているから時間がないのは当然だろう うちにも妹がいるから分かる、もう中学二年生だから迎えとかはないけど。 うーん、手伝った方がいいかな。この前助けてもらったし買い物ぐらいなら付き合えるかな 「なら一ついる?」 「・・・いいのか?」 「実は朝に多く作りすぎて弁当に詰めたから一つぐらいいいよ。はい、あーん」 そういって私は唐揚げの一つを取り川崎の方に向ける すると川崎はこっちを向いたまま固まってしまった、少し顔も赤い気がする。風邪だろうか 「・・・ッ!?」 「・・・?」 ・・・なんで食べないんだろうか?もういいや。この体勢意外と疲れるから突っ込んじゃおう 「えい」 「むぐっ」 「・・・どう?固まってたけど」 「・・・美味い」 「それならよかった」 そういうと自分の弁当を再度食べ始める。それにしてもなんで固まってたんだろう なんか箸を見ていたような… そこで私は中途半端に回転する頭で気が付いてしまった。さっきのはリア充がやるような通称「あーん(はぁと)」であるということに しかも私の箸を使ったからか…間接キ… ちらりと川崎の方を見ると先ほどと変わらぬ無表情…くっ…クール系イケメンはこんなことされても無表情を保つというのか…! 私はなぜか川崎に対抗し表情筋をフルに使い気づかれないように平静を保つ オーケーオーケー、KOLLになれ。いや、それだとダメじゃん この時二人は互いに気づかなかったが。どちらも表情筋をフルに使い平静を装っていた 二人とも内心顔真っかであり、第三者から見ればとても甘酸っぱい雰囲気を感じることが出来るだろう そんな昼食を終え、弁当箱を仕舞うと川崎に手をあげ屋上を去ろうとする、川崎も手をあげベンチに寝転ぶ うーん、最近寝不足のようでいつも寝てるけど頭痛くないんだろうか。枕とかいらないんだろうか。膝枕とか…は、流石にひかれるな それにさっきの例があるもし気持ち悪いと思われたらもう屋上に来れない。やばい そんな風に思いながら自動販売機に向かってMAXCOFFEEを購入する。 小町から「それ飲んで太らないの?」とよくやめるように言われるが愛飲して長いのにあんまり体重が変わらない。どうやら私は太りにくい体質らしい という話を小町にしたら拗ねられた。ごめんね、ちょっと変わった体質で。バストなら何か増えたよ、と言ったら脛を蹴られた。痛い いつものように猫背になりながらそろそろ人がいなくなったであろうベストプレイスへ向かう 人がいなくなったベストプレイスのベンチに座り、少しボーっとしているとこちらにボールが転がってくる。どうやらテニスボールのようだ すると奥からテニスラケットを持った学校指定ジャージを着た可愛い子がこちらに走ってくる。どうやら彼女がこのテニスボールの持ち主のようだ すみませーんとこちらに駆け寄ってくる姿は非常に愛くるしい。私が男だったら即告白して振られるまである、振られちゃうのかよ 「すいません、ボールそっちに転がしちゃって」 「・・・大丈夫ですよ、こっちも怪我はしてないので」 あ、この子すごい。私は普段この腐った眼を見られないために前髪を伸ばして目を見られないようにしている そのせいで暗い子と思われているのもあるがこの子は真っすぐとこちらの目を見ているのに視線をそらそうとしない。すごい子だ 私は足元のボールを拾い、相手の同じ一年生と思われる子に渡そうとする。 そしてその子の視線がボールに向けられた時、風が吹いた あとで分かったのだがこの場所の風は変わった吹き方をするらしく。端的に言うと下から上に向かって風が吹くのだ…つまり 何にも考えずにボールを持っていた私のスカートが思いっきりまくれあがってしまい、ボールに視線を映していた彼女の目には思いっきり私の下着が 下着は別にくまさんとかアダルトな下着というわけでもなく普通の下着だがそれでも大衆の面前に晒すどころか同性にも見せるのは流石に恥ずかしい 「ひゃう!」 どこからそんな可愛らしい声が出たのかと自問自答しながら私は持っているボールを落とし両手でスカートを抑える。視線を向けると真っ赤な顔をしている彼女の姿があった 彼女はジャージだからかそのような悲劇は起きなかったが見られてしまったのは明白だろう、恥ずかしい…普通に恥ずかしい それで真っ赤になっている私と彼女。すると彼女はか細くだが声を出す 「ご…ごめん…みちゃって…」 まるで初心な男の子のような反応、恥ずかしさでさらに顔が熱くなる その反応やめてくれよ、男の子に見られたみたいですっごい恥ずかしい 「あ…いや…うん、気にしなくていいよ。ほらっ、女の子同士だからノーカンだよ」 いったい何がノーカンなのかと思いたいが無理やり押し切る それにしても本当に私達二人だけでよかった、材木座とかに見られてたら顔面陥没するまで蹴ったかもしれない すると目の前にいる女の子は顔をさらに俯かせ、申し訳なさそうに答える 「ご、ごめん…僕、男なんだ…」 ・・・へ?オトコ? オトコって…男!?こんな可愛い子が!? 「え…え?」 軽く混乱している私に彼女…いや、彼は生徒手帳を私に渡してくる 戸塚彩加、クラスは隣、性別が…男!? 彼の顔を確認する。うん、可愛い。女であり、そこそこ整ってると思っている私ですら絶対に叶わないと思うぐらい可愛い 「あの…そんなに見られると…恥ずかしいな…」 あ、天使だ。小町に並ぶほどの天使だ、あっち片方の翼黒くなってるけど と一瞬冷静?になったが先ほどパンツを見られたことを思い出すと恥ずかしくなってくる、ダメだ。逃げよう 「ご、ごめん…さっきの気にしなくてもいいから…じゃ、じゃあね!!」 こうごうは にげだした! 「あっ!まっ…」 戸塚の声が聞こえてきたが恥ずかしくてそれどこではない、もう少しで昼休み終わるしこのまま教室に入ればちょうどいい時間になるだろう その前にトイレに行って身なりを正して行こう、顔真っ赤で教室に戻ったらなんて思われるか分からない 顔色は無理やり戻して戻ったが五限目の途中にまた思い出してしまい、顔を真っ赤にしてモジモジしながら「くぅ…」「うぅ…」とか言ってしまった 何とか顔は隠していたが隣の男子生徒には聞こえてしまったらしく顔を真っ赤にしていた。ごめんね迷惑かけて 廊下側の角でよかったと思った、隣のえーっと…相模だっけ…?本当にごめんね、隣にこんな恥ずかしいやつがいて そんなこんなでやっと終わり、帰りのHRも終わって帰ろうとした時、教室にジャージ姿の可愛らしい子が入ってきた…って 戸塚じゃん…!戸塚は教室内をきょろきょろして私を見つけるとトテトテとこちらに駆け寄ってくる 非常に愛くるしいが今捕まるとやばい…!って座ってるから立ち上がれな… 「比企谷さん!」 あれ?なんで私の名前知ってるの?教えてないよね? 「これ、落としてたよ」 と言って差し出されるのは私の生徒手帳、なるほど。これで私のいる場所が分かったのか 休み時間はすぐにトイレに駆け込んでたしこの時間ならいると思ったのかな。よかった…私が危惧していたようなことが起きなくt 「あと、あの時下着見ちゃってごめん!」 戸塚が大きな声で私に謝罪をし、頭を90度以上下げる シン…と少しざわざわしていた教室内が静まり返る。 誰もが驚愕と言った表情でこちらを見て、少しひそひそ話が始まる あぁ、本当にごめんね相模君。友人とお話し中にこんな至近距離でこんな話聞かせちゃって 「お詫びになんでも言うことを聞くから!本当にごめん!」 ダレカタスケテ・・・ [newpage] あの後何とか周りの人に分かるように風が吹いただけだからと事情を分かるように説明し 戸塚には気にしなくてもいいと言ったが彼は一歩も引かず、帰りに何かおごってもらうという話で終わらせた あぁ…戸部にも聞かれちゃったよ…べーべー言ってたけど。でもあの葉山ですら鳩が豆鉄砲を食らったような顔していたのは少し笑った、こっちはそれどころじゃなかったけど 戸塚が変態とか言われるかもしれないと危惧したけど 女子は女子のノリで「次からは気を付けるんだよー」と笑ったり、男子は「羨ましいなぁおい」みたいなノリで戸塚に絡んでいた 変態みたいだけど戸部にも羨ましいとかそういうこと言われてちょっと嬉しかったのは内緒だ…本当に変態みたいだ… 奢ってもらうところはサイゼにした、戸塚はちょっとお高いケーキがある喫茶店に行こうとしていたが流石にそこまでしてもらうわけにはいかなかったから 席に着くと出来るだけ安いケーキを頼もうとしたら遠慮しないでと強い目で言われたので普段頼まないような少しお高いケーキセットを頼む 戸塚はもしかしたら頑固なのかもしれない その後、ケーキが届き食べながら「本当にごめんね」「いや、いいって…」みたいな話を続けていた 「…あれ?お姉ちゃん?」 「…ん?」 声をした方を向くと我が最愛の妹比企谷小町がいた どうやら友人と一緒にいたようでその友人と別れるとこちらに来る 小町は戸塚を見て驚くと私の耳にささやいてくる。耳弱いからやめてって言ってるのに… 「お姉ちゃんお姉ちゃん…!この可愛い女の人誰…!?こんな可愛い人と友達になったの!?」 「小町うるさい…あと戸塚は男だよ」 「…へ?」 小町は戸塚と私を交互に見まくる。うん、私もそんな感じだった 「あはは…僕は男だよ…妹さん?」 「う、あ、はい!妹の比企谷小町です!」 小町が手を挙げて宣言する。他の方に迷惑だから止めなさい 戸塚はそんな小町の姿に苦笑する。やだ、天使が二人 「自己紹介をしておくね、僕は戸塚彩加。比企谷さんの同級生だよ、クラスは違うけど」 「これはどうも…そういえば二人はどうやって知り合ったんですか?」 その質問に二人は顔を赤くして顔をそむける いや、出会ったのは転がってきたボールを見つけてっていうのがあるんだけど… 私達の空気を察したのか小町はにやにやしながら自分の荷物を手に持つ 「ほうほう、とうとう義兄さん候補が現れたようで小町さんは嬉しいですよ。じゃあ小町は友達の元に戻るねー」 小町は去っていったが小町ショックが抜けきらない私達はケーキが届いた後でも 「あ…」「うん…」などという曖昧な返答しかできなかった。何この甘酸っぱい感じ 帰宅した後翌朝の朝食時までからかわれました [newpage] タイトル詐欺感溢れるこの内容 そんなこんなで人物紹介、まずは主人公比企谷皇后から 名前:比企谷(ひきがや)皇后(こうごう) 年齢:16歳 身長:162㎝ 体重:50㎏弱 血液:A型 趣味:読書、料理、人間観察(最近は戸部多し) 好き:MAXCOFFEE、甘いもの、文学、…戸部(ボソッ) 苦手:馴れ馴れしい人(葉山とか)、苦いもの、熱いもの、会話、理数 弱点:寒さ、耳 サイズ:85-54-82 性格:原作の八幡よりも少し丸いというかそこまで世間に対して強く当たってない。恋愛や性的なことになるとすぐに顔が真っ赤になる トラウマに触れた時の目つきは思わず葉山ですら後退するレベル、無駄にいいスタイルを少しうっとおしいと思っている(そして小町に拗ねられる) 容姿:目元を軽く隠すような前髪と腰まで伸びた黒髪。イメージ的にはデレマスの鷺沢文香 そこそこいい顔も前髪で暗い子に見せ、無駄いいと思っているスタイルも猫背で隠しているので クラスの印象は「誰だっけ?」「あ、ほら。あのちょっと暗い子」、だがしっかり見ると「あれ?超可愛くね?」って感じ 顔やスタイルの良さを知っているのは材木座、戸塚、川崎、戸部(変装時)のみ、もしかしたら葉山と相模も気づいているかもしれない 笑顔はかなり可愛く、もしそれを見たら恋に落ちるかもしれないが笑顔を見たのは今のところ家族と一人のみ 備考:眠い時と体調を崩している時は甘え癖があり、近くに人が来ると抱き着いて顔をうずめる。 そして次に戸部 名前:戸部(とべ)翔(かける) 性格:ムードメーカー 備考:皇后と同じクラス、中学時代は『ヤンキー狩りの戸部』という異名を持っていたが 高校生になる少し前に親に迷惑かけるのはそろそろやめるか…と決心し、勉強を始め総武へ入学する 卒業式前に比企谷を救出した後すっぱりと喧嘩を止め、サッカーを始めだす 元々喧嘩により体力と足技には自信があり、ムードメーカでもあったためサッカー部の評価も中々高い こう見えて陰で努力をするタイプであり夜に家近くの公園でサッカーの練習をしていたりする 喧嘩はすっぱりとやめたが人助けはするようで絡まれている人を見るとすぐに助けに行ったりするのは変わらないようだ 海老名に好意に近いものを寄せているがその度に最後の喧嘩であった少女(比企谷)を思い出し、また会えないかなと思っている 比企谷への印象は「もしかしたら可愛いんじゃね?そうだったらまじっべーわー」って感じ そして材木座 名前:材木座(ざいもくざ)輝夜(かぐや) 身長:160㎝ 体重:約50㎏ 趣味:執筆、ゲーセン巡り、可愛い服を着る 好き:ラノベ、甘いもの、比企谷との時間 苦手:男、距離が近い人、集団 サイズ:91-58-90 容姿:前髪ぱっつんの黒髪ロングに女性でも惚れ惚れするようなスタイル。 姫様のような佇まいでもすればどこぞのお嬢様のように見えるだろう だが表情はコロコロと変わり泣き顔も多い、そしてドヤ顔も多い イメージ的には東方projectの輝夜 性格:ゲームやラノベが好きな普通の少女、だが昔から男性に絡まれることが多く男性恐怖症に 人と関わりたくないと思っていたが比企谷と出会いその考えも吹っ飛んだ。 邪険にされても比企谷に関わろうと思っている。何気に過去が重い そして最後に川崎 名前:川崎(かわさき)樹希(いつき) 身長:174㎝ 体重:62㎏ 趣味:料理、家事、裁縫、読書(比企谷の影響) 好き:和食、誠実な奴、比企谷と屋上で過ごす時間 苦手:馴れ馴れしい人、騒音、睡眠の邪魔をする奴 容姿:青みがかった髪を適当に後ろでまとめ、軽く着崩した制服を着ている よく見ると意外と筋肉がついている細マッチョであり、比企谷ぐらいなら簡単に持ち上げられる 性格:少しぶっきらぼうな雰囲気のあるクール系イケメン、泣きぼくろのせいか色気があるとまで言われており中々の人気があるが 見た目が怖いのでそんなに人は来ない、だが本人はただ眠いのと人と話すのが苦手なだけである 良くも悪くもいいお兄ちゃんであり、比企谷は時々注意されてお兄ちゃんと呟いたことがある 時々笑うことがあるがまるで王子様みたいでまぶしかったらしい(皇后談)これも人気の一つかもしれない 最近キスしやすい身長差が12㎝とテレビで知ってしまい。比企谷との差がちょうど12㎝なのでちょっとドキドキしている ごめんね、川崎さんが相手役みたいで。川崎さん大好きなんですよ、戸部くん並みに
タイトル詐欺感あふれますがどうぞよろしくです<br /><br />由比ヶ浜参戦をどうするかとか一年生どこで区切ろうとか考えていたら<br />時間がかかってしまった…<br />アンケートもあるのでよければ
比企谷さんと戸部くん 2
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「よぉーし、バレー練習するよ!」 『はいっキャプテン!』 雲ひとつなく日差しが強いこの日は戦車の洗車に最適な日 「座布団いちまーい」 …ありがとうございます 各チーム事に自分らの戦車を洗っている 「アヒルさんチームたちはもう洗車終わったんですね」 「アヒルさんチームの戦車小さいからじゃない?」 アヒルチームの89式の隣でIV号戦車をあんこうチームが洗車している 「本当にバレーが好きなんですね」 「そうだね」 隣でもう終わってバレーを楽しんでいるバレー部を見ながらあんこうチームがそう会話をする 「おーアヒルチームはもう終わったんだねぇ」 あんこうチームが話しているとその前を杏が干し芋を食べながら横切る 相変わらず杏は見守るだけで洗車を手伝う気はないようだ 「…(会長、あいかわらず干し芋食べてるなぁ)」 そんな杏をみほはIV号の上から熱い視線を送る 「ん…(西住ちゃんの熱い視線を感じる)」 視線を感じてIV号上にいるみほに目を向ける 「…(熱い視線ありがとう)」 と言う意味を込めた笑顔をみほにする 「っ…(あぁ、今日の会長、凄く可愛い)」 するとみほの顔はみるみるうちに赤くなる 「私達も早く終わらせてアイス食べに行こ!」 「アイス…!」 沙織がアヒルチームに負けん気とそう言うと、やる気0だった麻子の目がランランと輝き出した 「麻子そういう時にだけやる気出さないでよ。ほら、みぽりんもぼーっとしてないで手を動かして」 「はわわ、ごめんなさい」 沙織に注意され即座に手に持っている雑巾を左右に動かす 「会長も少しは手伝ってくださいよぉ」 杏がヘッツァーの所に行くと1人で一生懸命洗車してる柚子が情けなさそうな声で杏に叫ぶ 「今度ねぇ」 杏は柚子の言葉に軽く返事をして、また1つ干し芋をかじる 「こらバレー部!終わったなら他の戦車の洗車を手伝え!」 杏の隣で桃がバレー部に怒鳴りかける 「まーまー、そう怒鳴らなーい。自分の戦車掃除したんだからいいじゃない」 ドウドウと馬を落ち着かせるかのように桃に言い聞かせる 「ですが会長…」 「会長の言う通り、私達はきちんと自分らの戦車を洗車しました、よ!」 と、典子は話をしながらボールを妙子にアンダートスをする 「はいっ、小さい分皆さんより先に終わったんです、よ」 次は妙子が忍にオーバートスを上げる 「そんで、私達っ言ったら、バレー!」 そして忍が助走をつけて高らかにジャンプしてあけびに向かってスパイクを打つ 「はいっ…あれっ」 「おわっ!?」 スパイクをアンダーで取ろうとしたが、勢いが強くて弾いてしまった そのボールは勢いよく桃に飛んでき、ぶつかる 「っと、セーフ」 …かと思いきや、隣にいた杏が左手を出してボールを弾いて桃を守った 「すいません、河嶋先輩、会長!」 アヒルさんチームは大慌てで2人の所に走ってくる 「(こりゃ薬指イカれたな)…大丈夫大丈夫。けど、バレーするなら人がいない所でやんなよぉ」 『すいませんでした!』 咄嗟に手を出しせいで薬指を突き指してしまったがそれを表に出さず、バレー部に軽く注意をし、バレー部の4人は深々と杏と桃に謝罪をした 「会長!お怪我は!?」 「大丈夫だよ。かーしまも怪我はない?」 桃にも突き指の事を話さず、ただ心配させまいと軽く微笑んでみせる 「はいっ、会長のおかけで怪我はありません!」 「よぉし、じゃ、かーしま。小山の手伝いをしろー」 「はっ、承知しました!」 杏の言われた通り、桃はせっせとヘッツァーに上って洗車をし始めた 「おー、会長すごいですね」 「まさか会長にあんな瞬発力があるなんて…人は見かけによらないんだね」 「沙織さん、それは失礼ですよ」 先ほどの出来事をあんこうチームは見ていたようで、杏の意外な一面を見て感心している 「…」 しかし、みほだけは険しい顔をして杏を見ている 「みぽりんどうしたの?」 眉間にシワを寄せてIV号から降りるみほに沙織が声をかけるが、みほは立ち止まらず杏の所へ足を進める 「ん…に、西住ちゃんどったの?」 向かってくる足音に顔を向けると普段は見せないような顔をしてみほは杏の前に立った 眉間にシワを寄せて目の前に立つもんだから杏は思わず一歩後ずさる 「会長こっちへ」 「え、ちょっ西住ちゃん?」 短く言葉を発して杏の右手首を掴んで歩き出す 「西住殿、どちらへ!?」 「すみませんが、戦車の掃除お願いします」 みほはあんこうチームにそれだけを言って、杏を校舎の方へと引っ張り歩いた 「…みほさん、怒っていませんでしたか?」 「そう見えたな」 「…まさか、会長怪我してたんじゃないの?」 「…なるほど、怪我を隠した会長に西住殿が怒ったってことですか?」 「さぁな。戻ってきたら聞けばいいだろ」 ~・~ 「あー、気付いてた?」 みほに引っ張られて連れたこられた場所は保健室だった みほの行動に杏は主語を言わず問いかける 「他の人達に隠せても私はお見通しですよ」 そう言って椅子を2脚を向かい合わせに設置して片方を杏に座らせる 「あはは、こりゃぁ西住ちゃんには隠し事出来ないねぇ」 「隠し事しないでください。どの指ですか?」 笑い混じりにみほに話しかけるが、みほは淡々と返事を返して杏の左手を割れ物を扱うかのようにそっと持ち上げる 「えっと、薬指」 「分かりました。少々痛むかもしれませんが我慢しててください」 そう忠告をしてみほは手際よく処置を始める 「おー、手際いいねぇ…痛っ」 薬指に合わせて切った湿布を貼ろうと指に触れると杏は小さく悲鳴を上げた 「痛いなら隠さないでくださいよ」 「あー…癖なのかなぁ」 過去に戦車道の大会で優勝しないと学園が無くなるという事を秘密にしていたり、後はみんなに隠れて学園を廃校を阻止するため大学選抜チームとの試合を取り繕ったりと…他にもまだあるだろうけど、自分の内に留まらせるのが知らないうちに癖になったのだろうか 「もう…少なくとも私には隠し事しないで下さい」 先ほどまで眉間にシワを寄せていたみほは、今度は悲しそうな顔をして杏の手当てをする 「…(そんな顔しないでって)」 心配かけて申し訳ない気持ちになる、が杏はみほの顔と距離を詰めてキスをした 「ふぇ…!?」 当然みほは驚くわけで顔が赤くなっていく 「チューしたくなった」 ニシシッと無邪気な笑顔をみほに向ける 「…もう、私は怒ってるんですよ?」 「ごめんごめん。でも、滅多に怒らない西住ちゃんが私のために心配して、そんで怒ってくれてるのが嬉しくて、つい」 「もう…相変わらず会長は干し芋の味がします」 「えー、干し芋美味しいじゃん。もしかして西住ちゃん干し芋嫌い?」 「いえ、好きですけど…はい終わりました」 話しながら指の処置が難なく終わった 「ありがとう…じゃあさ、私と干し芋どっちが好き?」 いきなり、どこか聞いたことのある質問をみほにする 「…それ、私に聞きますか?」 聞かなくても分かるでしょ?的な口調で質問を質問で返す 「聞かれっぱなしは商に合わないからさー、で?」 どうやらみほの口から聞きたいようで催促をする 「それはもちろん…杏さんです」 「なっ…」 みほの返事に杏は不覚にも顔を赤くさせた 杏はもちろん、みほは自分を選ぶ事は分かっていた、しかし 「(いきなり下の名前で呼ぶとか…反則だ)」 そう、普段は“会長”と呼んでいるのにここぞとばかりに“杏”と呼ばれてドキッとしてしまったのだ 「…(あ、会長照れてる。可愛い…そうだ)」 杏の予想外な反応に何やら閃いた様子 「…杏さん」 「な、なに?」 少し、距離を縮めると杏は目を逸らして身を後ろに引く 「杏さん」 「い、いきなり名前呼びとかズルイ、ぞ…」 今度は顔を隠すように下を向く 「あーんずさん…(可愛い)」 「っ!」 みほは杏の右手に手を伸ばして指を絡ませる 「キス、していいですか?」 「~っ」 杏の照れてる顔を見たいがために下からのぞき込んでキスを要求する 普段は142cmという低身長でみんなを見上げる事が多いせいか、見下ろすのに慣れてなくてまたまたドキッとされらる 「嫌だ、って言ったら?」 やられっぱなしは嫌だと思ったのか小さな抵抗をしてみる 「私とキスするの嫌、ですか?」 「西住ちゃん、質問してるのは私だ…ん」 「焦れったいからしちゃいました」 待ちきれなかったようで、杏が話してる途中にキスをした 「っ…にーしーずーみーちゃーん」 「ふぇっ、かいろーいたいれす(会長痛いです)」 みほのペースに乗せられて気に食わなかったようで、左手でみほの頬を抓る(右手はみほと繋いだままである) 「年上をからかうんじゃない」 「ごめんらさーい(ごめんなさーい)」 「全く…じゃ、戻るよ西住ちゃん」 気が済んだみたいで戦車倉庫に戻ろうと立ち上がる(手は繋いだまま) 「いたた…はい」 抓られた頬を右手でさすりながらみほも立ち上がる(左手は杏と繋いだまま) 「西住ちゃんに婚約指輪つけてもらったし、みんなに見せびらかせてやろー」 「な、何言ってるんですか、ただの包帯ですよそれ」 左手を高らかに上げてわざと大きな声を出して言うと当然、みほは突っ込みをする 「じゃー、今度はちゃんと指輪はめてくれる?」 「…はい、その日が来たらはめさせていただきます」 「うん、待ってるね」 2人は手を離すことなく仲良く戦車倉庫へと戻りました。
リクエストしていただいたみほ杏を書きました<br /><br />会長はみんなから会長会長って呼ばれてるから不意に下の名前を言ったら絶対照れそう<br /><br />あと他にリクエストしていただいたみほ梓とエリみほも随時更新しようと思います<br /><br />ただ一つだけ…エリみほ書く難しいいいい<br /><br />私だけなのかエリみほが上手く妄想出来ないのは!?<br /><br />ちょっとエリみほは遅くなるかと思いますほんますいません<br /><br />まだまだネタ募集中です!<br /><br />ガルパン以外のアニメ漫画でもけっこうですので何卒よろしくお願いします<br /><br />~追記~<br /><br />3/11付けで[小説] 男子に人気ランキング 83 位入りしました!<br /><br />ありがとうございます!<br /><br />たくさんの方々にご愛読いただき嬉しく思います<br /><br />これからもよろしくお願いします
年上をからかうもんじゃない
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「また、旅に出ようと思う」 そう彼が私に告げてきたのは、“己の罪と向き合い、そして見落としていた世界を見てみたい”そう告げて旅立った贖罪の旅から帰省してから半年後のことだった。 朝方と夕方になると肌寒く、カーディガンが欠かせなくなるこの時期。彼の言葉を聞きながら背景に浮かぶ夕日が綺麗だと思う。 なんとなく、予想はしていた。 病院勤務を終えたら近くの公園まで来て欲しい、気まずそうに視線を合わせようとしない彼に、良い話ではないと察した。 公園に着くと既にベンチに座っていた彼の頬に後ろからホットの缶コーヒーをペトリと当て、振り返ったその綺麗な顔に小さく笑みを零す。「すまないな」そう言ってフタを開ける彼を横目で見つめ、私もココアの缶のフタを外した。いつもなら途端に感じる甘い匂いが、今は鼻腔に入ってこない。その代わりだというように、何故か鼻の奥がツンと痛くなった。 「…いつ、いくの」 「あと、二週間ほどで」 「長くなるの?」 「……わからない」 決して目線を合わせようとしない彼に不安が募る。それはまるで、私が今から言おうとしてることが分かっていて、その上で肯定出来ないという顔だから。 だが意を決してサスケくんのほうに顔を向ける。 「今度は、私も…」 「お前には医療現場での立場、夢があるだろう。いつ帰ってこれるかも分からない旅だ。そんなもののために自分を犠牲にするな、サクラ」 サスケくんと想いが通じ合って、まだ二ヶ月も経っていない。手だってまだ繋いでいない。約束した甘美処だってまだ連れてってくれてないじゃない。 旅に行くなら今度こそついていくって決めてた。また今度なって言ったよね、サスケくん。 …サスケくんとの旅は、“そんなもの”じゃないよ。 胸の中を支配するのはどれも彼を困らせる言葉ばかり。それを吐き出したい衝動に駆られるが、彼の困った顔は自分の傷を抉るように痛めつける。 だから私は聞き分けの良い子を演じてきた。そして、今も。 だがそれはただ”演じたつもり“でしかなかった。 「…そんな顔をさせてばかりだな」 そんな顔ってどんな顔よ。自分の顔が見れないのが惜しいと思うが、視界が歪んでサスケくんの顔が二重に見える。自分の顔どころか、サスケくんの顔も見えないわ。 少しして頬を流れる液体に驚いた。顎まで伝うそれに、何故今まで気付かなかったのかと不思議に思うが、流れる涙とは裏腹に心中は驚くほど冷静だった。 「…冷えてきたな。そろそろ行くぞ」 やや強引に私の手を掴んだ彼の手は、私達を纏うこの空気の温度とはかけ離れて暖かくて、胸がぎゅうと苦しくなった。 (…付き合って初めて手繋ぐなぁ) 沈んでいく夕日を見ながら、こんな気持ちじゃない時に繋ぎたかった、なんて思う自分がどんどん面倒臭い女になっていく。 ちらりと隣を歩くサスケを見ると、いつもと変わらない涼しげな顔で前を見据えていた。 引っ込んだ涙が、また溢れそうになるのを必死に堪える。 付き合うようになってから穏やかに微笑む顔。  一人だとスタスタと無駄のない早歩きのくせに、こうして私が隣にいるとゆっくりと歩調に合わせてくれること。 「ごめんなさい」「ありがとう」当たり前のようでサスケくんには難しかったそれが最近は照れながらも伝えられるようになったこと。 他人に甘えるということを学んで、少しは周りを頼りにするようになったこと。 そのどれもが奇跡のようで、綺麗で、儚くて。 『サクラちゃんと付き合い始めて、サスケなんか変わったよな!』 いつか居酒屋でナルトが大声で嬉しそうに発した言葉をふと思い出した。 『なにそれ、どっちの意味で?』 突然のことに動揺しながら聞き返すと、ナルトはニシシといつものように笑った。 『もちろんいい方向に決まってるってばよ!』 『うるせぇウスラトンカチ』 『口の悪さは変わんないけどな!』 ゲラゲラと笑うナルトを適当にあしらいつつ、それでもどこか嬉しそうにするサスケくんを見て、それよりもっと私が幸せになった。 なんでこんな時にこんなこと思い出しちゃうんだろう。 泣き顔を見られたらまた心配させちゃう、そう思い俯いて唇を噛んだ。サスケが、ずっとサクラを見ているのにも気付かずに。 - 翌日、任務の詳細を聞く為に火影塔の執務室に入る。 そこには見慣れた銀髪の恩師の姿はなく、唯一無二の親友うずまきナルトと、火影補佐の奈良シカマルがいた。 「おう!サスケ!おはよう!」 「サスケ、お前一応火影の部屋なんだからノックくらいしろよ…」 そのどれもに答えずカカシの居場所を問うと「返事しろや」という二人のツッコミが入るが、それも無視する。 先を促すようにシカマルに視線を送ると、溜め息混じりに返事が帰ってきた。 「六代目はサクラのとこにいったよ」 「は?」 「サクラ、今朝過労で倒れたんだ」 その言葉を聞いた瞬間、窓からサクラの家へ行くため飛び出そうとする。もはや輪廻眼を使いたい気分だ。 だが、それは執務室の扉が開いたことによって遮られた。 「は、はぁああ!?ちょ、先生!なにやってんだってばよ!!」 一番最初に声を発したのはナルトだった。そしてサスケは目の前に起きている光景に息を飲んだ。 執務室に入ってきたのは自らの恩師でもあるはたけカカシ、そして過労で倒れていたはずの恋人、春野サクラだ。…確かに少し顔色が悪い気がする。 だがサスケの視線は顔に留まることなく、腕へと降り注いだ。 「…六代目、なんでサクラと腕組んでんですか」 満面の笑みでカカシを見つめながら微笑むサクラ。そしてそれにさほど抵抗を見せないカカシ。 「…カカシ、どういうことだ」 地を這うようなサスケの低い声に、分かりやすくなったもんだな、とカカシは苦笑いする。だが表面ではやれやれと説明を始めた。 「惚れ薬と解熱剤を間違えたぁ!?」 「そ。疲れから高熱が出てたから解熱剤を飲ませようと思ってサクラに場所を聞いて飲ませたら、試作品の惚れ薬と間違えて飲ませちゃったってわけ」 ナルトが口を大きく開けて呆然としている。シカマルは最早苦笑いしか出来ない。 「ねぇねぇ先生、惚れ薬ってなんのこと?」カカシが説明する間にもサクラはカカシの腕を絡み合わせ、甘えまくっている。サスケはサクラに聞こえるように盛大に舌打ちしても、「サスケくんどうしたの?」なんて聞いてくる始末だ。 「…その惚れ薬の効果を無くすには、どうするんだ」 「うーん、いのに聞いてみたら、サクラに跡を付ければいいみたいよ」 「…跡?」 「うん。傷跡でもキスマークでも何でもいいからサクラの体に跡を残して、それをサクラに認識させればいいみたい」 「キスマーク…!?」 聞きなれない単語に思わず汗が流れた。もう二人は恋仲なのだからそのようなことがあってもおかしくはないのだが、この反応からだとまだないな、とカカシは教え子の純粋さに小さく微笑んだ。 すると今まで黙っていたサクラがとうとう暇になったのか、カカシの手を弄りだし、聞いたことのないような甘えた声を発した。 “サクラはサスケが好き”それが周知の事実だっただけに、この状況は全て違和感で構成されているようだった。 「ねぇ、カカシせんせ。そろそろ帰ろ?私眠くなっちゃったぁ」 「いや、まだ先生は仕事があるから。今日はサスケに送ってもらって帰って寝なさい」 「えぇ〜やだぁ〜先生がいい〜」 その言葉が耳に入って頭で理解した瞬間、サスケのこめかみに青筋が立った。 元来うちはサスケという男は沸点が低い男で同期の中では有名である。カカシとサクラが腕を組んで入ってきた時に跳びかからなかっただけ成長したといえるほどに。 新婚のような二人を目の前に、ただただナルトとシカマルは驚き、焦り、サスケはイラつきを隠せない。 「サクラ行くぞ」 サスケはサクラの手首を強引に掴む。だがサクラはカカシと離れたくないと暴れ、そしてついには涙目になってしまった。サクラの涙を見て、思わず手を離してしまう。 「…おい、サクラ」 「なによ、サスケくんのバカ!私はカカシ先生と帰りたいの!」 ここまでサスケを拒否するサクラは始めてで、サスケもどう対応したらよいのか分からない。 ただサクラを離した手が行き場を失い不恰好で、軽く舌打ちをした。 サクラのくっつき具合とサスケの落ち込み具合にさすがのカカシも焦りの色を見せているが、惚れ薬の効果は思ったより強力であった。 ひっついてくるサクラの腕はカカシであれば振り払おうと思えば出来ないことはないが、それをしたら感情に素直な今のサクラは泣き出してしまうだろう。 第七班の男は、春野サクラの涙に弱いのだ。 そして仕方ないかと小さく呟き、出来るだけ優しい微笑みをサクラへ向けた。 「ほら、サクラ。これ以上先生に心配をかけないでちょーだいよ。夜に家寄るから今はサスケに送ってもらって」 二人のやり取りに腹が煮えくり返るような気分になるが、そうでも言わないとサクラが納得しないとカカシは踏んだんだろう。 ぎゅっと拳を握りしめて我慢した。 「うーん、わかった…。じゃあ家で待ってるね。サスケくん、家までお願いしてもいい?」 「…あぁ」 サクラの自宅まで送り届ける間、昨日はあんなに近い距離で歩いていたというのに何故か今日はサクラが遠く感じる。 手を伸ばせば届く距離にいるというのに、それをしたらサクラはきっと自分を拒絶するだろう。 それが怖くて行動出来ない。 散々サクラにしてきたそれがいかに人の気持ちを壊すことを知った。 道中何も話さないサスケを気遣ってなのか、いつものように無邪気に話しかけるサクラを素直に可愛いと思う。 だがその表情にいつも見せる照れはなく、本当にただの友人と話しているという態度だった。ナルトやサイと話している時と変わらないサクラの対応に、イラつきが募る。 「…サクラ、お前はカカシのどこが好きなんだ」 「えぇ?うーん…どこって言われてもなぁ…」 そういって考え出したサクラの顔は昨日まで己に向けていた顔で、切なさがこみ上げた。 こんな顔をサクラがカカシに向けていると考えただけで気が狂いそうになる。 そしてそのまま気持ちは収まることなく、健気に考え続けるサクラの顎を指ですくい、顔を近づけ唇を重ねた。 「〜〜〜っ!?」 そのまま首へでも跡を付ければサクラは元に戻るだろうと頭の中で算段を立てて暴れるサクラを抱きとめ動きを制す。 初めて重ねるそれは見た目よりも艶やかで、暖かくて、すべてを包み込んでくれるようでいて己を甘く壊していくような複雑なものだった。 「…ん、ふっ、サス、っくん…っ」 声も、温度も、すべてが愛おしくて胸が苦しくなる。 その暖かさから離れたくなくて、理性を失ったように何度も角度を変えサクラの唇を貪った。 そして唇を首へ移そうと一旦サクラから離れた瞬間。 パシン、と乾いた音が耳に入り、やがて左頬がじんじんと痛み始めた。 サクラの綺麗な翡翠が涙でゆらゆらと揺れて更に綺麗だ、とその場に似つかわしくないことを考える。そしてサクラにぶたれたんだと気付くのにそう時間はかからなかった。 「な、なに、すんのっ…」 「…サクラ、」 「きらいっ…!サスケくんなんて大嫌い!」 顔を真っ赤に染め上げ怒りを露わにして走り去るサクラを呆然と見つめる。 そしてその数秒後には激しい自己嫌悪が襲ってきて、その場にへなへなと座り込んだ。 (…絶対、嫌われた。きらい、はキツイな…) 己のごわごわとした髪を掻き上げ、ため息をつく。 そして覚束ない足取りで帰路へと着くのであった。 - その日は一睡も寝られなかった。 強引にあんなことをしてしまった自分への嫌悪と、これからどうしていけばいいかの不安で押し潰されそうになり、目を閉じても眠気は訪れなかった。 ただもういっそのこと惚れ薬を飲ませたままサクラはカカシに幸せにしてもらえばいい、と思ってもいないことを考えていた。 里に定住しない待たせるばかりの男より、里長で人望の厚いカカシと過ごしたほうが幸せに決まっている。 旅には連れていけないと告げた時のサクラの涙と悲しそうな表情を思い出し、それが一番良い道だとズキズキ痛む胸を押さえつけ、自嘲気味に笑った。 眠気の代わりに、早朝に窓をコンコンと叩く音がしてその気配の主に眉を顰めながらも、勢いよくカーテンを開けた。 「サスケ、おはよう」 「…なんの用だ、こんな朝から」 「いやぁ、お前にちょっと話があってね。今から着替えて火影塔に来てちょーだい」 「…は?用件ならここで今話せ」 「お前ねぇ、俺の立場分かってる?今こうやってお前の家に来るのも一苦労だったんだから。とにかく、早く来いよ」 相変わらず威厳のない銀髪の男はそれだけ言い残すと屋根伝いに火影塔へと向かっていった。 嫌な予感がして行くのを躊躇うが、聞いておかねばならぬ気がした。 怠い体に鞭をうち、そのままもそもそと準備を始めるのだった。 「サクラのことなんだけど、昨日なにがあったの」 執務室に入って早々、思い出したくないことを言わせようとするカカシに、やはり来るんじゃなかったと後悔した。 「…べつに、なにも」 「昨日サクラが泣きながら俺のとこ来たよ。そんで今日俺がお前の家に行く直前、目すごい腫らして今日話があるって言ってきた」 「…サクラが、カカシに?」 あの出来事の直後にサクラがカカシにする話とはなんだろうか。いくら考えたところで答えは出ない。 「なぁ、昨日サクラが俺のとこきて、俺はどうしたと思う?」 「…は?」 その言葉の意味を想像させるような言い方に、体中の血液が沸騰するような感覚に陥る。 どうしたと思う、だと?サクラに指一本でも触れてみろ、燃やしてやる。 言おうとしたそれは喉を出る直前に引っ込められた。 そうだ、このままサクラはなにも知らずカカシと幸せになればいい。 見透かすようなカカシの視線から目をそらし、憤りを抑えて静かに口を開いた。 「…べつに、あんたがサクラとどうなろうがどうでもいい」 「おまえ本気で言ってるのか、それ」 「冗談でこんなこと言うと思うか」 「…結局お前は、サクラからの好意がないとそうやって目を背けるのか」 先ほどまでこちらを観察するような目つきだったそれが、一気に鋭くなるのが感じられた。 だがこちらとてここで怯むわけにはいかない。 「待たせるばかりの俺より、サクラを幸せに出来るのはあんただろう」 「…いいんだな?」 「………あぁ、好きにしろ」 そのサスケの言葉にカカシはくつくつと笑った。それを見てサスケは我慢出来ず、勢い良くカカシの胸ぐらを掴み、凄んだ。 だが、カカシは怯むどころかサスケの胸ぐらをより強い力で引っ張る。 「本当にそれでいいと思うなら、そんな顔しないでしょ」 「………」 「表情と言葉が合ってないぞ、サスケ」 人がカカシを語るときによく使われる”余裕のある大人“。 それが今のカカシから滲み出ていた。 しばらく二人は何も言葉を発さず睨み合う。 「…俺は、」 サスケが何かを言おうと口を開きかけたとき、執務室の扉のノック音が響いた。 その音に反応し、カカシがサスケの胸元から手を離す。それに呼応してサスケも手を離し、服を整えた。 「どうぞ〜」 先ほどとは打って変わってのんびりとした口調のそれに、おずおずと控えめに扉が開いた。 そして目に入った桃色に、胸がドクンと鳴る。 「あれ、サクラ。随分早かったね」 「今日は今じゃないと、時間取れなくて…」 サクラはサスケと視線が合うと、ぱっと何も見ていないという風に目をそらした。 その行為に、チクリと胸が痛む。 「それで、話ってなぁに?サクラ」 「…え、えっと………」 チラチラとサスケを見るサクラに、あぁ俺は邪魔か、と悪態をついてカカシに「また来る」とだけ言い残し部屋を出ようとした。 が、それはカカシが許さなかった。 「いや、サスケもいていいでしょ?サクラ」 「え?いや、ちょっと……」 サクラは言葉には出さないが確実に否定をしている。サクラが戸惑うたびに容赦なく心に刃物を刺されたような痛みが走った。 一刻も早くこの場から抜け出したい。だが二人きりにもさせたくない。矛盾した感情に溺れかける。 「よし、俺も時間ないし。話して?サクラ」 「えっと、…」 結局、サクラの話が気になってしまい、サクラに背を向けて扉の前から動けずに立ち止まった状態でサクラの言葉を待った。 「カカシ、先生に、謝らなきゃいけないことがあって…」 「うん?俺に?なぁに?」 「……私と、お別れしてください!」 張り詰めたような声で懇願のように言うサクラの発言に、思わず振り返る。 サクラの華奢な後ろ姿はカタカタと小さく震えており、サスケは動揺を隠せなかった。 「…え、うん。いきなりどうしたの?」 「えと、その…、カカシ先生のことは好き、なんだけど…」 「ん?」 「ほ、ほかのひとのことが頭から離れなくてっ…」 そこまで言ってサクラの声が震え、嗚咽も混ざる。 「…それって、サスケ?」 穏やかなカカシの声に、サクラの肩がびくっと大きく揺れた。 そしてサスケも目を大きく見開く。 「………ぅ、ん」 こくりと小さく頷いたサクラは、そのままぎゅっと身を縮めてしまった。 柔らかそうな髪の隙間から覗く耳まで真っ赤に染め上げ、小さな震えは未だ収まっていない。 そしてそんなサクラに、サスケの胸はこれでもかというほど締め付けられた。 今すぐ抱き締めたい。今サクラに触れたらきっと潰れるくらいに抱きしめてしまうだろう。いや、それでも足りない。 愛おしすぎるその存在に、鼻の奥がツンと痛くなった。 最初から、離れるなんて無理なのだ。サクラが他の誰かと手を取り幸せそうに微笑む姿などを見ようものなら、きっと嫉妬に狂ってしまう。 「だってさ、サスケ」 急に己に話が振られたことに驚き、そしてどこに目線をやれば良いのか分からずウロウロと目を泳がせた。 「…俺はさっき言った通り……」 「サクラは」 一段と大きく、そして鋭さを増したカカシの声色がサスケを貫く。 「どんな状況にあっても、結局はお前のことを好きになるんだ」 痛いほど真っ直ぐなカカシの目線に、勝てるはずがない、と諦めた。 ぐっ、とこみ上げる気持ちを必死に堪える。このままだと涙が溢れ出してしまいそうで、サクラの健気な気持ちが死ぬほど嬉しくて、俯いて迫りくる感情に耐えた。 「お前はサクラが幸せになって自分だけ我慢すればそれでいいと思ってるんだろうが、それは強さでも優しさでも何でもない」 容赦ないカカシの言葉に、サクラが涙ながらにサスケとカカシを交互に見つめ戸惑う。 「ただサクラを傷付け、周りを巻き込む。お前が良かれと思って独断する行動は大体真逆を行くんだ、いつも。…ここまで言って、まだこの先を言わなきゃいけないか?」 「…いや、もういい」 部屋に入ってきたときとは明らかに変化したサスケの雰囲気に、カカシは漸く安堵した。 「世話になったな」 その言葉と共にサクラを抱え、一瞬にして部屋から消えたサスケとサクラに、カカシはやれやれと窓の外を見つめた。 「…あと一日遅かったら本気で奪ってたぞ、サスケ」 静かに呟かれたそれは誰の耳に入ることもなく、心地よい朝の風に溶けるように流れていった。 - 「ちょ、ねぇ!サスケくん!まって!」 わざわざ瞳力まで使いサスケはサクラを抱え、サスケの自宅へと連れ込んでそのままサクラを組み敷いた。 当然サクラは驚きを隠せず、手の動きを止めないサスケに涙目で抵抗する。 「触らせてくれ」 「なっ…!?」 とんでもないことを言い出したサスケにサクラは大きな目を更に見開き、困惑の色を見せる。 サスケへの気持ちを自覚してしまいカカシには自分勝手な別れ方を迫ってしまった直後ゆえ、そんなことをする気分ではないのだ。 それでも止まることを知らないサスケの手は、脇を通り胸元へと近付く。 「ゃ、やだっ…」 初めての感覚に恐怖を覚えたサクラはサスケの手を掴み動きを制するが、逆にサスケは器用に片手でサクラの両手首を固定した。 「…頼む」 「え?」 「お前は俺のものだと、実感したい」 切羽詰まったような余裕のないサスケの声と表情に、胸は情けなく高鳴る。 こんなことで許してしまう自分が浅ましいと思うが、それはサスケの手によって溶かされ、次第に薄れていった。 「ぁ、はぁ、…んっ」 「サクラ、サクラ…」 うわ言のようにサクラを呼ぶサスケに理性や余裕などは一切無く、サクラの口内を遠慮無く貪る。 歯列をなぞり上顎を舌先で摩ってやると面白いくらいに肩を跳ねさせるサクラに気分を良くし、それを繰り返す。 もっと見たい、もっと声が聞きたい、もっとサクラのぬくもりを感じたい。 産まれながらのプライドが邪魔をして口には出せないが、それでも心中はサクラを求め叫ぶ声で埋め尽くされていた。 そして満足のいくまでサクラの口内を堪能し、手は柔らかい膨らみへと移動する。 服の上からでも十分に分かる柔らかさに、サクラは女だとまざまざと思い知らされる。 か細く鳴くサクラの喘ぎ声に脳髄が蕩けるような錯覚に陥るが、それでも手は止まらずにむしろもっと触れたいと動いた。 サクラの柔らかい唇から己の口を離し、二人の間に出来た銀色の糸を見てカッと身体が熱くなる。 そのまま唇を首筋に移動し、べろ、と舐め上げると、「ひゃぁっ」とサクラが高い声を上げた。 その甘い声に翻弄されながら首筋をじゅ、と強く吸う。サクラは、俺のだ。誰にもやらない。どうかしていると感じるほどの独占欲に、自分で嫌気がさす。 その音に驚いてサクラは困惑しているが、今更止められそうにもなかった。 柔らかい胸を形を変えるように揉んだまま、唇も下降させる。 胸元にもいくつか紅く華を咲かせ、そのたびにサクラは可愛らしく喘いだ。 「サ、サスケくん…っ。なにして…」 「お前は俺のだっていう、証だ」 ニヤリとサスケが笑みを浮かべ、サクラが胸元に視線をやり紅く咲く華を見た。瞬間ーーー 「…え、サスケ、くん…?」 先ほどの情熱的な目線と荒い息はそのままだが、いかんせん雰囲気がさっきとは別人かと思うほど違う。違いすぎる。 急に感じた違和感に戸惑うが、その直後、惚れ薬の効果が切れたのだと気付き、サスケは頭を抱えることになった。 ーー忘れていた。こいつは惚れ薬を飲んでいたんだ。サクラを食らうのに夢中になりすぎていたし、サクラがまた自分を好きになってくれたという嬉々たる事実に、惚れ薬の存在などすっかり忘れていたのだ。 「…え?まって、これ、え?どういうこと…?」 惚れ薬を飲む前のサクラとはキスどころか手を繋ぐのもやっとだった二人だ。肌を露出させサスケの手はサクラの胸にあり、サスケに組み敷かれているこの状況にサクラの頭が追いつかないのも無理はないだろう。 「…それは追々話す」 「いやいや、まって。納得できないから!」 サクラの気持ちを考えたらサスケもこれまでのことを説明してやりたいが、生憎今のサスケにそんな余裕はない。 「サクラ、次の旅は一ヶ月後に伸ばす」 「…え?は?」 「それまでに仕事の引き継ぎを済ませろ」 「…それって、どういう……」 「…察しろ」 サクラはわけがわからない気持ちと、もしかしたらという期待の狭間で激しく揺れた。 さっきまであんなに自分を見つめていたくせに、今はふいと目を逸らしほんのりと頬を染めるサスケに、涙がこみ上げる。 「…わたしも、行ってもいいの……?」 「……」 「だ、だって、あんなに反対して…っ」 「……色々あったんだ」 「ほ、ほんとに?嘘じゃない?わたしも、行っていいの…?」 「引き継ぎ、できたらな」 どこまでも素直ではない彼は、簡単にいいよとは言ってくれない。 だがそれも全て愛しくてたまらなかった。 突然起きたわけのわからない状況の中で、サクラは幸せに埋もれる。 「ってわけだから、とりあえず今は俺の好きにさせろ」 「…え?いや、まって、話がつかめな…」 「だからそれは追々話すといっただろう」 「え?なにを?って、いやぁああ!」 サクラの悲鳴はサスケにしか聞こえることはなく、そのままサスケの言った通りサクラはサスケに好き勝手されたのは言うまでもない。
惚れ薬をサクラちゃんが飲んでしまったお話です。最後は力尽きました……<br />既出ネタだったらごめんなさい(;_;)<br />少しのカカサク表現と、R15なのでお気をつけください!<br />3/11ルーキーランキング7位ありがとうございました(´;ω;`)♡
それでもやっぱり君がいい
https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=6523048#1
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[chapter:私立婆娑羅學園高校 現パロ・チカナリ  夏の島その3]  元就は、元親の手首を掴んで坂道を下っていった。  真夜中の静けさに、ざりざりと靴底が砂を摺る音が耳に突く。  8分も歩けば、そこには誰もいない砂浜が拡がっていた。灯り一つ無い真っ暗な砂浜。そこで元就は手を離し、スニーカーを脱いだ。  パジャマの裾を膝付近まで折り曲げて、さくりさくりと砂を踏み、波の聞こえる方へと歩いていく。  「元就?」  弱々しい問いかけには答えず、寄せては返す波へと足を踏み入れた。  そのまままっすぐ歩いていく元就に、慌てて元親が声を上げる。  「元就!」  「元親」  振り返らずに、そう呼べば、元親が足を止める。  「我を殺したくば、簡単よ。我をその手で突き倒せば良いわ。夏に浮かれた男子高校生が一人、はしゃいで夜の海に出て行き溺死……ありがちな話ぞ。大谷がおるゆえ巧く話を作ってくれようし、伊達も昼間、皆が我らの味方と言うた。貴様を殺人犯とはせぬよう全力を尽くしてくれようぞ」  「馬鹿言え!」  ばしゃばしゃと波を蹴立てて元親が駆け寄った。それ以上進めないよう、力一杯抱き竦められる。  「殺したい、というのは、そういうことだ。殺したい、というのは、相手の消滅を望むことだ。長曾我部元親。貴様が望は毛利元就の消失か」  『長曾我部』が『毛利』を殺したいと思っているから、自分は元就に近づけない。そんな風に思い込んでいる馬鹿に、問いを投げかける。  寝ている間に首を絞め、有無を言わさず殺すのが本当の望みか。  足の裏を、砂が何度も行きては返す。次第に埋まって指が沈む頃、ようやく元親が答えた。  「違う。いなくなればいい、なんて、そんなんじゃねぇ」  「では、そなたの望みは何ぞ」   考えよ。   考えよ。   本当の望みは何か。   殺したいのでは無く。  空にはうすらなぼやけた月。身に回された腕を掴み、元就は唇を吊り上げる。  「俺の、望み」  「そう、そなたの望み。長曾我部の望み。チカの望み。元親の望み。すべからく…そなたの望み」  暑苦しい腕に這わせた指に力を込めると、離さない、というように更に強く抱き締められた。少し項垂れる形になった首筋に、そういう意図があったかどうかは別として元親の唇が触れる。急所に当てられた熱い感触に、思わず身を震わせて声を上げれば、今度ははっきりとした意志を持ってそこを吸い上げられた。  舌が這い、歯が立てられる。  不意打ちでなければ、声は殺せる。けれど、筋肉のうねりまでは消せない。  戒められたままに身じろぐ元就を押さえつけていた元親の動きが止まったかと思うと、唸り声と共に抱き上げられた。  抱き上げられた、と言っても力尽くで腕の辺りを抱き竦められて持ち上げられているので、それなりに痛い。  不満を乗せて「元親」と呼ぶと、くるりと180度回転させられて浜辺へと押しやられた。  ひょっとしてこのまま浜辺に押し倒されるのだろうか、両腕を戒められたままでは顔から突っ込む羽目になりそうだが、と思ったところで、またくるりと一回転。  今度は風景が縦方向に動いて、瞬き一つの間に天を仰ぐ体勢になっていた。  どうやら元親は浜辺に寝転がり、自分はその上にいるらしい。  何であの状況で押し倒さずにこれなのか。  腰に当たる感触から言って、望みはかなりあからさまだというのに。  元就の体重に押し潰されて萎えるどころか更に猛るそれを感じながら、元就は真上を見上げる。  毛利の家紋は見えない。  今見えても微妙な気分になれただろうから、いらないけれど。  「元就が欲しい」  普通、そういうのは顔を合わせて言うものではなかろうか。  「夏休み。二人きり。浜辺。星の綺麗な夜。…材料だけならそなた好みよな」  チカが望んでいた愛の告白というのは、こういうロマンチックなものだった。何度も聞いた、『夢』のような幸せな情景。そうして、二人は幸せに暮らしました。めでたしめでたし。  「元就が欲しい。突っ込んで泣かせて俺で一杯にして他の誰にも盗られないように全部全部俺のものにしてぇんだ。いいか?チカが考えてたみたいな可愛いもんじゃねぇんだぜ?あんた殺して喰っちまいくらぇなんだよ」  言葉だけなら酷いものだが、聞こえる声はまるで泣いているかの如くに哀切で、己に絶望していることが聞いて取れた。  元就は溜め息を吐いて、体を揺すった。  少し緩んだ腕の中、くるりと体を反転させる。  Tシャツに包まれた厚い胸に頬を寄せ、目を閉じる。  「まこと、貴様は痴れ者よ。相も変わらず己のことしか考えておらぬ。愚かで自分勝手で子供のような男ぞ」  「あ、あんたのことしか考えてねぇよ!あんたのことで頭が一杯だから、あんた壊すことしか考えられなくなって困ってんだろうが!」  元親の手が、尻に触れた。  薄い尻の肉を鷲掴みにして、猛る下半身を押しつける。  「それで?我のことを考えた、と言うのなら、そう言われた我がどのように感じるかについても考慮しておるのであろうな?」  ぴた、と元親の動きが止まった。  波が寄せては返す音をぼんやり聞いて数十秒。  「えーと。……俺なら、すっげぇ、嫌……だけど」  ぼそりと言われた言葉は、こちらの反応を窺うように不安を露わにしていて、まったくもって元就の意図を汲んでいないことが知れる。  「だから。それは結局、元親がどう感じるか、であろうが。我が言っているのは、我の立場ならどう感じるか、考えたことがあるのか、だ。いいか?何も見も知らぬサンショウウオの気持ちになって考えよ、などと言っておらぬのだぞ?十と一年、共に過ごしてきた幼馴染みの考え方ぞ?些少は推測も出来よう?」  というか、それで「いいえ、さっぱり分かりません」等と言うようなら幼馴染みの縁を切りたい。これまで同じ物を見て笑い合ってきたことが、何の経験にもなっていないのか。  しかし、頭の上で元親は、えーだのうーだの意味のない呻きを漏らしていて、本気で分かっていないようだった。  こうなってくるともう、本当に頭の造りが違うのだと思うしか無い。  「信じられぬ……これだけ共にいて、我の思考の欠片も類推出来ぬなど……いかん、泣けてきたわ」  深く溜め息を吐くと、元親が慌てて尻から手を離して頭を撫でてきた。元就が本気で情けなく思ったことは感じ取って慰めることは出来る癖に、何で元就の思考が分からないのか。  「良いか。我はそなたにずっと嫁と言われて育ち、意識の上のみとはいえAV女優の真似事をさせられてきたのだぞ?」  「実はそこから分からねぇ。当時は完璧聞き流してるせいだと思ってたが、どうもあんたはちゃんと認識してたようだ。……何で、嫌がらねぇんだよ。男に犯される夢見られてんだぜ?夢だけじゃなく本気で突っ込みてぇって言われてんだぜ?何で嫌がらねぇのか、俺に分かるわけねぇだろ!」  阿呆だな、と元就はまた溜め息を吐く。  たった今、自分で答えを言っているでは無いか。  何故、嫌がらないのか?  そう、嫌がっていないのだ、元就は。  嫁と言われようが。  妄想のおかずにされようが。  尻を掴まれてナニを押しつけられようが。  一欠片も、それ自体を嫌がった覚えは無いのだ。  隠した覚えもないその事実に、何故元親が気付かないのか、こちらの方こそ分からない。  「…で、貴様は嫌がって欲しいのか。我が怯えて逃げることを期待しているのか。あぁなるほど、逃げるところを捕まえて無理矢理、というのが好みか」  「ちちちちちちゃちゃちゃうちゃう違うわ!そういう夢は見てるがそれが好みってんじゃねぇ!……と思う!たぶん」  最後はちょっと自信が無さそうだった。  「に、逃げて欲しいってのは、決して捕まえたいとか追い詰めたいとかじゃなく!……ホントに、逃げて欲しいんだよ、俺は。だって、ナリは大切なんだぜ?大事な大事な可愛い幼馴染みなんだぜ?大事にしてぇんだよ、本当に」  大事にしたいのならば、雛壇にでも飾って置け。  そのお飾りにされた元就がどう思うかについては一切考えていないのだ、此奴は。  阿呆だ、馬鹿だ、愚か者だ、痴れ者だ、愚図のへたれのこんこんちきの長久命の長助だ、と何か罵りか落語かよく分からないことになりつつも、元就は不機嫌にそれを指摘する。  「で、要するに、貴様はおのれの欲望のままに突っ走った場合の『己』嫌さに逃げ惑っているわけだ。ほんっっっとうに!貴様、自分のことしか考えられぬのだな!」  「へ?い、いや、そうじゃねぇ、と思うんだが…え?あれ?…いや、確かに自分の中の『長曾我部』は嫌な感じだなとは思うがそれが嫌でじゃなくてお前を大事にしたくて…あれ?」  元就を片手で支えて、元親はぶつぶつと呟きつつ混乱のままにもう片方の手で自分の髪を掻き回す。  「俺の中には『海賊』で『獣』な長曾我部がいてそれに引きずられんの嫌なんだけど……いや、でも、嫌なのは俺なんだけど、でもそうなったらお前を痛めつけることになるから嫌だと思うんだから、自分のことしか考えて無いって言われんの心外だと……」  コレは駄目だ、と元就はがっくりと元親の胸に突っ伏した。  「……よぉく分かった……貴様に、己の頭で考えろ、ということが如何に無理難題なのかということが、実に身に染みた……」  「うわ、ひでぇ」  「そうだな、無理なものを期待した我が馬鹿だったのだ…一縷の望みを抱くとは、我もまだまだ甘い。尻尾を持たぬ者に尻尾を振れと言うたも同然であったわ」  「え、そこまで?なにそれひどい」  「仕方があるまい。もう貴様に考えよ、とは言わぬ。あれぞ、考えるな、感じろ。もうそれでよいわ」  「やめて!勝手に失望して勝手に完結するのはやめて!」      「…家康。家康!」  家康は肩を揺すぶられ、切羽詰まった声で意識を覚醒させられた。  「んー……何だ、三成、夜這いか…?」  細い肩を抱き寄せて、そのまま眠ってしまおうと目を閉じたところで、頬を思い切り抓まれた痛みで目蓋を痙攣させた。  「この馬鹿が!毛利と長曾我部が、もう1時間になるのに帰ってきておらぬのだ!」  「ん……あいつらなら大丈夫だろうが……」  それでも三成が眉を寄せて本気で心配しているようなので、家康はゆるりと上半身を起こし、目を擦った。  枕元の腕時計を取り上げて確認する。  4時過ぎ。  真夏なのでうっすらと外が白みがかっているが、まだまだ起きるには早い時刻。  そういえば3時過ぎに二人は外へ散歩に出かけたのだったっけ。  理由はと言えば、元親が家康の首を絞めたから。で、それはおそらく隣に寝る家康を元就だと誤認したため。  正直、元親が「このままでは元就を殺しちまう」と言っていたのは比喩表現か何かであろうと高をくくっていたので、まさか本気で寝ている相手の首を絞めるとは思ってもいなかった。  とはいえ、完全に覚醒した状態で元親が首締めに走るとは思わないため、少々放置しても大丈夫だろうというのが家康の見解だ。  そして、更に言えば、散歩に出て1時間。  ひょっとしたら、万が一だが、首締めじゃない何かやり取りが行われている可能性もあるわけで。夏の浜辺で一夏の経験値を積んでいる最中だった場合、そういうところにノコノコと邪魔しに行くのは、友人としてどうか、と思う。  「貴様!何を暢気に!…えぇい、構わぬ、貴様が行かぬと言うのなら私一人で探しに行く!」  他の者を起こさない配慮だろう、いつもよりも声は抑えられてはいるが確かに激昂した調子で三成は立ち上がる。  「いや、待て待て。この島の地理はワシの方が詳しいからな!」  すまん、元親。  家康は心の中で謝った。   ナニかを邪魔しない友情<<<三成と夜のランデブー(プライスレス)  そうして、二人はこっそりと外へと出かけていった。  家康がその気になれば、それっぽいけど二人はいない確率の高い場所へと三成を引き回すことも可能だったが、さすがに家康自身もだんだん二人の身が心配になってきたため、最初家の周囲を探した後に浜辺へと降りていった。  白んできたとはいえまだまだ暗い中、それを先に見つけたのは家康だった。  浜辺に横たわる人影×2。しかも、重なっている。  ひょっとして本当にマズイ?このまま素知らぬフリをして三成を違う場所へと誘った方がいいのでは?と冷や汗を流したところで、それがぴくりとも動いていないのにも気付いた。  いやいや、艶めかしく律動していたらどうにかして三成を引き剥がしたところだが、全く動かないというのはそれはそれで心配だ。  そちらに向かうと三成も気付いたのか先にそちらへ駆けていった。砂浜に足を取られて思うように走れないが、家康もそれを追う。  「……浜に打ち上げられた戦死者を思い出した」  「そうか。ワシはあれだ、昭和の映画に出てくる心中者を連想したぞ」  何がどうなったのか、元親は上を向いて大の字で、元就はその体の上で俯せになっていて、二人安らかに寝息を立てていた。  家康がさらりと見たところ、元就のズボンの裾が折られて脹ら脛が露わになっている以外の着衣の乱れは無い。  首締めがどうの殺してしまうから離れるのどうのと言っておきながら、どう見ても仲良く寝ている幼馴染みだ。  ただ、潮が満ちてきて二人の足が波に濡れているのが、打ち上げられた溺死体か心中者を連想させるのだ。  「おぉい、二人とも、起きろ。潮が満ちていくぞ」  「毛利!長曾我部!貴様ら、何を暢気に寝ているのだ!」  その声に先に反応したのは元就だ。元親の胸の上で身じろいで、のそのそと起き上がる。もっとも、起き上がると言っても元親の腹に座る当たりが歪みない。もっとも、本人としてはパジャマを極力汚したくないというだけの理由であったが。  「この浜辺は西向きであったか?」  「はぁ?」  「うむ、西日が眩しいからな」  「では日の出は拝めぬか」  残念そうに言って、元就は立ち上がった。下肢の砂を軽く払い、元親の脇を蹴りかけて……足がそのまま下腹部の中心へと当てられたので、家康はぎょっとする。  「起きよ、元親」  どこを起こそうとしているのだ、元就公、と心の中だけで突っ込む。  ぐにぐにと踏まれて元親が呻く。  「元親!寝るのなら帰って寝よう!」  家康の声に、元親がびくっと跳ねて、元就の足を掴みかけていた手を下ろした。  がばっと身を起こした時には、元就は既に置いた靴を取りに向かっていて、元親は砂まみれの髪を振って、呆けた顔で家康と三成を交互に見た。  「我らの帰りが遅いので迎えに来たのであろう。……もっとも、なにゆえこの取り合わせなのかは知らぬが」  スニーカーを履いた元就がこちらに戻ってきて、元親の腕を掴んで引き起こす。  「私はただ、貴様らがこの暗い中で迷ってでもいるのではないかと!」  「ほう、発案者は石田か。それで同行者に徳川を選ぶとはな」  「ち、ちが……私は!この島に不案内であるから!」  元就が、淡々と三成を突いているのを聞きながら、家康は元親の様子を見た。  夕べほど思い詰めた様子は無いが、それでもすっきり晴れやかというのでも無い。  「元親。本当に夕べのことは、ワシに関しては気にしなくていい。話に聞いていたのに無警戒だったからな、ワシも」  「……あぁ、すまねぇ」  大柄な体を縮めるようにして元親がまた頭を下げる。  そのままの姿勢でぽつりと言った。  「…あのよぉ、家康」  「何だ?」  「俺って、すっげぇ自己中心的で馬鹿な男か?」  悄げた様子からするに、どうも元就にそう言ってフラれた……かどうかは知らないが、ともかくそう言われたのだろう。  はて、と家康は腕を組む。  自己中心的か、と言われれば……まあ、三成や元就に比べれば、そう、だと言えるだろう。  馬鹿か、と言われてもよく分からないが、おそらく元就に比べれば誰だって馬鹿だろう。  「うむ、元就公と比べればたいていの男は自己中心的で馬鹿という判定になると思うぞ」  率直に言ったのは、それは家康も含んで世の中の人間の約9割は当てはまると思ったからだが、元親はがっくりと肩を落とした。  「そうか…俺はそんなに馬鹿か……」  「話を聞いているか?元親」  「考えるな感じろって何。俺は考えなくていいってか?感じたままに行動したらそりゃあタダの獣じゃねぇかよ、それでいいってのかよ、喰い殺すぞ、クソ」  「…それは是非、元就公限定にしておいてくれ。それなら文句は言わんし応援するぞ」  宥めながら歩いていくと、すぐに家へと帰り着いた。  縁側から上がり、三成と元就はすぐに布団へ向かったが、砂まみれの元親は布団に入るのは悪い、というので縁側でタオルケットだけ掛けて寝ることになった。  己は布団に入りつつ家康は思う。  三成が自分を選んで起こしたことについては、少々自惚れても良いのではないか。  夜中の誓いといい、三成に自覚は無いだろうが家康に執着しているのは間違いない。  それが憎しみだけではなく、共にいられることにも意味を感じてくれるようになったらいい。  今の時点で、彼らはそういう間柄だった。  怒鳴り合わずに会話が出来るだけ進歩。  こうして同じ部屋に休んでいても、共に寝るなどまだまだ出来そうにもない。  それに比べて、あれだけぎくしゃくしている癖に重なって眠れるなんて、元親と元就の何と絆の深いことか。  どう転んだって痴話喧嘩の域を超えていないのでは無かろうか。  だから大丈夫なのだ。口出しせずとも。  というか、口出しするだけ馬鹿を見そうだ。  元親はそろそろ暴発しそうだが、挑発している元就公も元就公だ。  ……三成も、ワシのを踏んでくれんかなぁ。元就公がやってたみたいに、ぎゅーっではなく、きゅっという感じで。  あれは実に羨ましかった。  そりゃああんなことをやってくれるのなら、少々馬鹿と罵られてもいいだろう。  まったく元親は果報者だ。    徳川の爺婆は暢気なことに、「夕べはみんな遅くまで起きてたみたいだねぇ」などとニコニコしながら朝食を作ってくれた。  確かに、夜中に一度起きたせいか、皆、眠たそうな顔をしている。  さすがに元就も日輪を拝むことなく、7時過ぎまで寝てしまった。  すっかり外は明るく、そして暑い。  絶好の海水浴日和だ。  だらだらと朝食を取り、洗い物組と布団片付け組に別れ、用事を済ませたところで、いざ海へ、と歩いて5分の浜辺に降りていく。  海水浴場になっているわけでもないので、そこには誰もいなかった。ちょっとしたプライベートビーチだ。  パラソルなんて粋なものもなく、ただビニールシートを敷いて皆の荷物を置いた。  「イオン飲料と茶は置いておくからな!各自、脱水にならぬようしっかり飲むんだぞ!」  傷だらけのクーラーボックスを示して、徳川はさっさとパーカーを脱ぎ始める。  元就はスポーツバッグを開けて、中からチューブを取りだした。  「石田!元親!そなたらは肌が白いのだからしっかり日焼け止めを塗れ!」  「私はそんなものを塗ったことは無いが」  女性でもあるまいし、と石田が怪訝そうに返すのを、元就は手招きした。  「日に焼けて赤くなるタイプでは無いのか?ひどくなれば火傷のようになるのだぞ」  顔だけチューブの日焼け止めを塗り、肩から下はスプレーを吹き付けてやる。どうせ海に入れば取れるが、それでもやらないよりはマシだ。  礼は言わないが文句も言わず、奇妙な顔で己の顔を触りながら石田が去った後は、やはり奇妙な表情の元親だ。こっちは慣れているはずなのだが、元就に触られるのに抵抗があるらしい。  「自分で自分の顔が見られるのなら自分でやってもよいが」  そう言うと、大人しくチューブを返したので、手早く顔に塗ってやる。ぺたぺたと顔を撫でられるのに反応しているのは知っているが、気付いていないフリをしてやった。  石田と同じようにスプレーを吹きかけて、最後に自分の顔にも日焼け止めを塗る。  さて、と元就は素足で浜辺を踏みしめた。  熱いが焼けるほどでは無い。  手に残るクリームのべたつきを砂を掴むことで取り、バッグの中から折りたたみ傘を取り出す。  所在なげに立っていた元親に、それを突きつける。  「我が名は毛利元就。一手、お手合わせ願おうか」  上半身裸で、紫のサイケな柄のサーフパンツを履いた元親が、どろりとした目を向けて。  何度か瞬くうちに、その目にぎらつく光が宿るのを見守る。  「そいつぁ俺が作った武器だぜ?性能も仕掛けも知ってんだがよぉ」  「我が輪刀の性能を知っていたとて何か貴様に有利なことでもあったか?」  「ははっ、違いねぇ。…長曾我部元親。その勝負、受けたぁ!」  周囲の驚きの声は無視して、二人広い浜辺へと走る。  先に波打ち際に来ていた伊達と真田が、慌てて彼らの進行方向から駆け去った。  乾いた砂より、少し湿った波打ち際の方が足場が良い。  「手加減はしねぇぜ、毛利元就ぃ!」  言葉通り、思い切り体重を乗せた拳が飛んでくるが、腕と傘とでそれを受ける。  「手加減、できるものならしてみせよ!」  ぶん、と回転を乗せて回し蹴りを放ったが、同じく元親の腕にブロックされた。  互いに、一撃ずつ避けもせずに受けたのは、おそらく同じ想いからだろう。  哄笑はどちらの口から漏れたものか分からない。  二人、お互いの目だけを見て、打ち合っていく。  「うおおおおおおお!滾るうううぁあああああ!」  「はいはい、旦那、落ち着いて」  二人が浜辺をくるくると駆けながら打ち合っているのを見ているうちに、真田の心に炎が宿ったようだ。  「政宗殿おおお!某と立ち会いをおお!」  「Coolに行こうぜ、真田幸村ぁ。…とはいえ…確かに、Burning Soulだぜ、こりゃあ」  伊達も唸りながらその光景を見る。  幼馴染みのじゃれ合いではない、本気の果たし合いだ。もっとも、武器が無いので、死に至るようなことにはなるまいが。  「今生でも元就殿の戦い方は美しゅう御座るな!あの身の軽さ、まるで舞うようではないか!」  「Hum?ま、軽いっちゃ軽いが…その分、攻撃も軽い」  元親の攻撃をかるくいなし、時にはその拳の勢いに乗せて空中へと飛び上がり蹴りを放っている。移動だけで言えば元親の3倍は動いているだろう。余程のスタミナがあれば良いが、先に疲れそうな戦い方だ。  「いや、元就公は膝や肘といった人体でも硬い部分を使っている上に、遠心力をうまく使っている。ああ見えて、一撃は鋭いぞ」  「しかし一撃の重さでいえば長曾我部の勝ちだ。一発でも入れば大ダメージ、というのは精神的にも重いものだ」  大柄な体躯と膂力から繰り出す長曾我部の攻撃は、元就のような技巧は無くてもそれだけで脅威だ。しかも、決して鈍重な阿呆の攻撃では無いのだ。  「賭けるか?」  伊達はにやりと笑って他の面々を見やった。  しかし、真田は足をばたつかせ、平然と答えた。  「無理で御座ろう。おそらく試合は元就殿が長曾我部殿に勝ちを譲り、勝負そのものは元就殿の勝ち。おそらく余人には真の勝者が分からぬような決着と相成ることと思いますれば」  「旦那は毛利の旦那を買ってるねぇ」  「おもしれぇ。誰か元親の勝ちに賭けるって奴はいねぇのか?」  「はは、試合ならともかく、勝負そのものにまで踏み込めば、真田の言う通り勝敗の問題では無くなるぞ」  彼らが行っているのは、殺し合いでは無い。  それでも真剣勝負である。  しかし、生命に直結するような鎬の削り合いは、どこか交歓にも似ていた。  ついに傘の柄が歪んだので、元就は舌打ちしてそれをシートの方へと投げた。  身一つになったとて、不利になったとは思わない。そもそもそれで対等だと言える。  元就の息も上がっているが、元親の動きも少し翳りが出て来た。  そろそろ仕上げだろう。  「『毛利』の!望みは、何か!」  「中国と毛利の安寧だろ!」  「では、『ナリ』の、望みは!?」  「『チカ』の幸せだったんだろ!?」  打ち合いながら、言葉を交わす。  喉が渇く。  少しだけ、間合いを取った。  「それでは。我の望みは分かったか?」  元親が大きく息を吸う。あちらも息を整えるため、幾度か肩を揺らせた。  「分かんねぇよ!お前の考えてることなんざ、俺にはちっとも分かりやしねぇ!分かんのは!」  放たれた蹴りをかわし、飛び退った己の足が、一瞬もつれたのに眉を顰める。呼吸機能だけでなく筋肉的にもどうやらそろそろ限界が近い。  「俺はお前とこうしてんのは楽しいし、お前もこれを楽しんでるってだけだ!」  元就はにやりと唇を吊り上げた。  そうとも、こうしているのは楽しい。  『目覚めて』最初に思い出したのはそれだった。  軍略の類しか覚えていない元就の記憶で、数少ない『データでは無い』もの。  瀬戸内の潮の香。  それから、長曾我部。   戦いたい。   戦いたい。    また、戦える。  あの入学式の時、思い出して二人顔を見交わして。  湧き上がった想いは純粋に。  元親の突きだした腕を掴み、体を浮かせる。  「はっ!」  喉元へと伸びた踵を避けるように元親が仰け反り、たまらず地面へと仰向けに倒れた。  すかさず両肩に飛び乗り、膝で押さえつけた。  見下ろして、叫ぶ。  「今の我の望みは!貴様そのものだ、長曾我部元親!」  元親の腕がじたばたするのを更に力を込めて押さえつける。  「貴様の愛情も!欲情も!憎しみも!殺意も!その眼差しの一片ですら全てを我が手に!」  一瞬力を抜いた元親が、腹筋を使って元就ごと上半身を起こした。  姿勢を崩された元就は、元親の胸を蹴ってくるりと身を翻し、砂浜へと降り立つ。  「まるで熱烈な愛の告白じゃねぇか、毛利元就!」  浜に四つ這いとなり獲物を狙う獣の姿勢で、呵々と笑う元親を睨め上げた元就は、にぃっとその牙を剥いた。  「その通り。我は今、愛を告げているつもりぞ」  「おいおいおいおいおい!」  がりがりと元親が頭を掻く。  喉笛を噛み切ってやろうと虎視眈々と狙う獣の前で、無防備にあーうー呻いている。  どちらが獣か。  食い千切って骨の一片までも腹に収めたいのは、どちらも同じ。  どすっと元親が腰を落として砂浜にあぐらをかいた。  「あーーーもう!俺の負け!無理!そんなん聞いて戦ってられっか!」  ふて腐れたように大声で叫ぶのに、じわりと様子を窺いながら近寄った。  「まったくよぉ、大事にしたかったのに!」  「大事にされる謂われは無いわ」  「絶対怖がられて嫌がられて逃げられると思って我慢してたのによぉ!」  「逃げているのは貴様の方だ、この痴れ者が」  「殺しちまったらどうしようってホントに恐かったってのに!」  「貴様如きに殺されるほど落ちぶれてはおらぬわ」  距離を詰めると腕を掴まれ、ぐいっと膝の上に抱き上げられた。  そのまま、覆い被さるように口づけられる。  汗の匂いと味がした。  触れ合うだけのものではなく、すぐに内側の粘膜を擦り合わせるものへと変わる。  「元親」  差し込まれた舌をゆるく噛んでから、すぐ近くの一つ目を見つめながら囁く。  「貴様の獣欲も殺意も、もちろん重苦しい愛情も、全て我が身で受け止めてくれようぞ。お前はお前の思うように動けば良い。我がその結果どうなるか、など、我が考えれば済むことよ」  「……えええ、それはやっぱり俺が阿呆だから考えなくて良いって言ってんのかよ」  「うむ。考えるは我の仕事よ。ちなみにサービスで付け加えておくと、これはお前を馬鹿にしてのことではなく、我のワガママに過ぎぬ」  んー、と元親が考え込む表情で首を傾げる。  ちらりと別方向へと目をやって、元就の脇の下を抱えながら立ち上がった。  「つまり、俺は俺で勝手にやれ、……ってことか?」  「生憎、自由では無いがな。我の張った巣の内部に限ってのこと」  いくら思うように動けと言っても、浮気までは許容しない。  他人に目移りなどしてみろ、喰い殺してくれる。  「おーおー、俺の嫁は恐ぇなぁ。ま、『鬼の嫁』なんだからそのっくれぇでちょうどいいんだろうがよ」  元親が、くくくと笑いながら身を屈めて、元就の唇にちょんと小さくキスをした。  そのまま、小さく呟く。  「……してぇ」  「帰ってから、ぞ」  的確に意図を読み取った元就は、素っ気なく返してビニールシートへと向かった。元親も舌を鳴らしながら付いてくる。  まあ、分かってて言ったのだろう。さすがに他人の実家で総勢8人のお泊まり中にやらかすほど彼らは傍若無人ではない。  放り投げた折りたたみ傘を拾い上げる。かこかこと伸び縮みさせてみて、やはり骨が歪んでいると溜め息を吐く。  「元親。帰ったら整備せよ」  とりあえず砂を払って、出来る限り縮めておく。  「へいへい。気に入ってくれてるようで何よりだ」  「無論。ただの替えの利く武具であった輪刀と違い、これは我が最愛の男が我のために作り上げたものなれば」  赤い舌を出し、傘の柄をちろりと舐めてやれば、がくぅっと元親が突っ伏した。  「も、元就…!汚ぇ!さすが智将、汚ぇ!」  その場から身動きできなくなった元親を後目に、傘はスポーツバッグにしまい、クーラーボックスからイオン飲料を取り出して喉の渇きを潤した。  浜辺では、伊達と真田の対決が始まったようだ。  猿飛はそれを見守っているが、徳川と石田、大谷は海へと入っていっている。  さて、我も泳ぐか、と元就はイオン飲料をしまい、立ち上がって上着を脱いだ。  まだ蹲っている元親の、背中から抱きついて、耳元に囁く。  「それ、も帰ってから、してくれるわ」  「いやだから!煽んな!ますます歩けねぇだろうが!」  もちろん、故意だ。  くすくすと上機嫌に笑いながら、元就は浜辺を降りていく。  背後からの「元就ぃ!帰ったら覚えてろよぉ!」という鬼の叫びを心地よく聞き流しながら。
現代パロで高校生ものです。このシリーズにおける個人的所感:三成:ギレデレ。元就:デレギレ。こう評すると、普段デレてるナリさまなんて毛利じゃない、という気がしますが。ところで、書いてて思うのですが、この流れはどう見てもアレなんですが、私は『負けと分かっていて攻撃(下手なエロ)』ではなく『栄誉ある撤退(朝チュン)』を選んでも許されるのでしょうか。  ■■  皆様、無事にザビっているようで何よりです(ザビった笑顔)。
私立婆娑羅學園高校 現パロ・チカナリ 夏の島その3
https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=652309#1
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俺の名前は松野カラ松。 辛松でも唐松でもない、カタカナでカラ松が正解。 松野カラ松は俺の正しい名前。 だけれど。 本当はもうちょっと、この『俺』自身を表現するには、もうちょっとだけ正しい言い方がある。 俺の名前は松野カラ松B。 本当はこれが一番正しくて正解。 ========================================= 松野家には大きなと言うわけではないが割と立派な庭がある。 母親の家庭菜園という名の少しでも食費を浮かそうとする努力であったり、父親の趣味の盆栽であったり(三日で飽きたおかげで今はワイルドに育っているが)、いろいろと自然豊かに置いてある。 その一角、和風の松野家に似つかわしくないバラの花壇がある。 6株あるそれは時期になると結構壮観なもので、トド松はもちろん、おそ松やチョロ松まで写真に取っている。 時々十四松も撮っては友達に送ったりしているらしい。 世話が難しいとされているバラだけれど、松野家では毎年毎年ちゃんと花をつける。 一体誰が面倒を見ているのかと言えば、 「カラ松ー、お前植物園とかに就職したら」 「ふっ…、何を言うおそ松兄さん。こういうのは趣味だからいいんだろうが」 次男、松野カラ松であった。 庭に出てせっせとバラの世話を焼くカラ松の後ろでは、おそ松が縁側でだるそうに転がりながらその背中を眺めている。 「そういや、いつだったっけか?お前がバラ育て始めたの」 「え?」 「最初は1つだけだったのに、今じゃもうそんなに増えてんだな」 「あ…、まぁ、一つだけじゃ寂しいだろう?」 「しっかし、何でそんなもんやり始めたんだっけ?飽き性のお前が、よくまぁそこまで持ってられるよな」 「ふっ…、俺ほどバラの似合う男はいないからな。花屋の前を歩いていると、バラの方から語り掛けてくるのさ、俺に育てて欲しいと」 「イタタタタッ、あ、ごめ、もういいわ」 「え!ど、どうしたおそ松兄さん!」 突然痛がり始めた兄を心配し、軍手を外して駆け寄った。 あばらが、あばらがと唸る兄の顔を覗き込むと、ハァ、とおそ松が溜息を吐いて胸を押さえていた手をパタリと落とす。 「おそ松兄さん?」 「で、真面目な話、お前あれいつまで育てんの?」 その物良いに、あれ?とカラ松は内心で首を傾げた。 何となく、おそ松の言葉にとげのようなものを感じたのだ。 なんだか悪いことをしているのを、いつまで続けるつもりなのかと咎めているかのような。 「バラ自体はすげぇと思うよ、実際キレイだし。でもさ、なーんか気持ち悪いんだよ。花とかガラじゃねぇじゃん。十四松だって言ってるぜ?花世話してる時のお前はなんか怖いって」 「そっ、そんな…」 「まぁ、そこまで立派に育ってるもんを引っこ抜いて捨てるとかはしねぇけどー、でもうちには不釣り合いだろ。なんか変」 「そ、そうか」 「そうよ」 ずけずけと言われる言葉にカラ松の気持ちはどんどん萎れていく。 何と答えたらいいのかが分からなくなってきて黙ってしまうと、またしても、おそ松の溜息が聞こえた。 ドキンと心臓が大きくなる。 沈黙での溜息は大嫌いだ。 けれどもそれを口に出すことは出来ず、カラ松は出来るだけゆっくり、何でもないように装って立ち上がった。 「ブラザー達にバラの魅力はちょっと難しかったかな」 高らかに笑っておそ松へと背を向けた。 イッタイの、とおそ松が零す言葉を聞きながら、しかし聞こえなかったふりをしてまたバラの元へと向かった。 改めて軍手をつけて、スコップやバケツ、肥料を手にしてバラへと向きなおる。 時期ではないそれは葉っぱしかないけれど、あと数か月もしたら見事な大輪を見せてくれるだろう。 (そういえば、『俺』は知らないな、どうして俺がバラを育て始めたのか) 背後からの視線を感じつつ、カラ松はぼんやりとそう思った。 バラの世話も終えて、痛む腰をうんと伸ばして居間へと入る。 皆出払っているのかそこには誰も居ない。 丁度いい。 カラ松はそう思い、鏡を手にした。 折角だから聞いてみよう、どうして自分があのバラを育て始めたのか。 鏡を覗き込むとそこに映るのは当然ながら自分の顔だ。 そのまましばらく覗き込んでいたカラ松は、ふと何かに気付いたように顔を緩めた。 そして言う。 「昼時なのに悪いな、カラ松A」 語り掛ければ、肩身の中の自分は口を開く。 『いいさ。どうせ3日目だ。今夜交代だろう?カラ松B』 そこにいる自分は、自分の起こす行動など分かり切っているかのように笑みを浮かべる。 『それで、何の用なんだ?カラ松B』 「あぁ、実は。庭のバラがあるだろう?あれ、どうして植え始めたんだろうか。俺は知らなくて。なんでだって言われたとき、答えることが出来なかったんだ」 『おいおい。ちゃんと日誌は読んでおけと言ったろう?まぁ明日から3日間は休みなんだ、きっちり読んでおいてくれ』 「悪い」 『けど、俺も、お前も、カラ松だ。お前が何かを答えたならば、それがカラ松がバラを育てる理由になる。それで十分じゃないか』 「それは確かにそうだが…」 『世話は怠るなよ。あれはカラ松にとって大事な大事なバラなんだから』 「あぁ。あれは大事なバラだ。俺もカラ松だから分かるよ」 『じゃあ、今日起こった出来事はちゃんと日誌には書いといてくれよ?あとでちぐはぐになっても困るからな』 「わかった」 『さて、俺はあとわずかの休みを楽しむよしよう。また夜に会おう、カラ松B』 「そうだな。じゃあまた夜に。カラ松A』 パタン、と鏡を伏せて卓袱台に置いた。 結局どうして育てているのか教えてはもらえなかったが、今すぐに教えてくれないということは、特別知ってなければいけない理由と言うわけでもないのだろう。 今でこそあんなに立派だが、自分のことだ、きっと最初はきれいだからとか、それこそ先ほど自分自身が言ったようにバラの魅力にひかれたくらいが正解かもしれない。 「あとで調べればいいことだな」 頷いて、カラ松は時計を見る。 時刻は午後4時過ぎ。 カラ松は、ごーろくななはち、と指をおって数えていき、やがて12まで数え終わって顔を上げて呟いた。 「あと8時間でお休みだ」 カラ松は、正式に言うと先ほどおそ松とバラの話をしたカラ松は、正しく彼の名前を表現しようすると、カラ松Bである。 彼が生まれたのはおよそ1年ほど前。 ふと突然自我に目覚めた。 『初めまして、松野カラ松。俺の名前は松野カラ松だ』 目覚めてまず言われた言葉。 カラ松は焦るでも慌てるでもなく、ただ全てを悟った。 だって彼はカラ松だから、カラ松の言うこと、考えることが分かるのはと当然だ。 『同じ名前だと呼びにくいから、俺のことはカラ松Aと呼んでくれ。これからよろしく、カラ松B』 出会って10秒。あぁよろしくとあいさつして握手を交わした。 カラ松は生まれるなり悟っていた、自分が生まれた理由。 それは、カラ松が非常に鈍くさい性格をしているということにあった。 人よりも豆腐メンタルで傷つきやすいくせして、人よりも感情の処理速度がずっとずっと遅い。 嬉しいこと、楽しいこと、悲しいこと、辛いこと。 それらを噛み砕いて処理をするのに恐ろしく時間がかかってしまうのだ。 しかしながら兄弟との生活はまるでジェットコースターにでも乗っているが如くとんでもないスピードで進んでいく。 あっという間に目の前を過ぎていくことを、カラ松はちゃんと自分のものにしたいのに、けれどもどんどん次から次へと舞い込んできてしまって、とうとう処理が間に合わずに古いものから廃棄、つまり忘れなければならない状態となってきてしまったのだ。 しかしそのゴミ箱を整理したくてもそこを処理する時間もままならず、このままでは爆発してしまうと危惧して。 そうして生まれたのが、カラ松Bだ。 カラ松Aが3日間表に出ている間は、カラ松Bは裏へと篭ってじっくりじっくり、自分の感情を整理する。 そうして3日後、カラ松Aと交代するのだ。 「さぁ、交代の時間だ。カラ松A。準備はいいか?」 「あぁ。日誌もちゃんと読んだ。バラのこと、おそ松兄さんに聞かれたんだな」 「そうだ。答えたのは、日誌に書いた通り」 「分かった。そのほか、特筆すべき連絡事項はあるか?」 「いや、特にないな。いつもと同じ感じだ」 「そうか。あぁそうだカラ松B。休むのも結構だが、ちゃんと過去の日誌も読んでおいてくれよ?お前はまだ、直近5年くらいの記憶しかないだろう?」 「分かってる」 「じゃあ、3日後に」 「あぁ、また3日後」 どういうわけか、同じカラ松であるはずなのに、カラ松Aとカラ松Bの間では記憶の共有が出来なかった。 生まれたばかりのときはまず1週間ほどかかって直近1年くらいの記憶を叩き込んだ。 出されたのは大量の日誌で、所謂、カラ松の歴史、カラ松の記憶である。 大量の日誌ではあったが、しかしそれを勉強するのはさほど辛いことではなかった。 何故ならカラ松Bもカラ松だから、その記憶を飲み込むのは容易であった。 ただ少し、大量の日誌を見ると悲しくはなる。 何しろそれは、いつかカラ松Bと言う存在が生まれることを予測していたかのようなそんな周到さで用意されているのだから。 自分1人では自分のことを処理しきれないと、果たしてカラ松Aはいつから感じていたのだろうか。 「しかし、バランスがおかしいな」 カラ松は日誌を捲りながら思う。 幼少時代の日誌は本当にわずかしかない。 子供のころの記憶となるとこんなものなんだろうかと首を傾げる。 さすがに幼稚園の頃や小学校低学年は覚えてなくても良いと思うが、小学校高学年や中学の記録も、思ったよりも少ない。 そしてある時から、正確に言えば高校に上がったその瞬間から一気に日誌の量が増え、そして詳細になった。 もしかしてこの辺りからカラ松Bを生み出すことを考え始めていたからだろうかと思いながら、カラ松はページを捲る。 読むのは少し大変だが、カラ松自身のことなので読むたび一喜一憂してしまう。 そうしてまさに自分が体験した話のようにカラ松の中になじむのであった。 2人が交代するのは、いつも深夜の12時。 これが決まりである。 ただバトンタッチのように一瞬のうちに通り過ぎるのではなく、そのまま朝起きるまでのしばらくは互いに情報交換をして現実の生活にブレのないように調整をする。 「なぁカラ松A」 「どうしたカラ松B」 「唐突なんだが、カラ松Aはおそ松兄さんのことが好きなのか?」 「はぇ!?」 2人きりの空間の中問えば、カラ松Aはそれはそれは非常に分かりやすく、顔を真っ赤にした。 「やっぱりそうなのか」 「えっ、え、なんで」 「だってカラ松Aの日誌はいつもおそ松兄さんのことばかりじゃないか」 カラ松が恥ずかしくなってしまうくらい、カラ松Aの日誌は兄、おそ松のことで溢れていた。 それも相当前からだ。 ただ時々我に返るのだろうか、兄のことばかりが書いてあるかと思えば、途端普通の日誌に戻り、けれども結局書かずにはいられないようで、また書いてしまう。 そんなことの繰り返しだった。 自分のことなのに、まるで初々しい中学生でも見てるような気分になる。 カラ松Aはしばらく恥ずかしそうに口を閉じていたが、やがてポソポソと呟いた。 「お前もきっと、好きになる。だってお前はカラ松だから」 そうだろうか。 否定をするつもりはないが、肯定も出来ない。 カラ松はおそ松のことを好きだし、尊敬しているし、愛している。 だがそれはカラ松Aがおそ松へと持つ気持ちとは明らかに異なっている。 ただあの日誌を読み続けていたら、もしかしたらそうなるかもしれないな、と思う気持ちもあった。 「あと、カラ松A。どうしてお前はカラ松Aなんだ」 「…?どういうことだ?」 「俺は確かにカラ松Bだが、お前までAを振ることはないだろう?お前はカラ松オリジナル、ただのカラ松で良いじゃないか」 「……………」 言うと、カラ松Aはポカンとした表情を浮かべて、それから苦笑いのような表情を浮かべた。 「考えもつかなかった」 そんなカラ松Aを見ながら、まぁカラ松だしな、とカラ松は納得した。 ある日のことである。 カラ松は非常に困っていた。 「カラ松A!いつまでそうしているつもりだ。もう1週間だぞ。そろそろ俺は限界だ」 布団から出てこないカラ松Aをゆさぶりながら、カラ松は叫ぶ。 いつもは3日交代で表に出ていたのに、ある日突然カラ松Aが布団から出てこなくなってしまったのだ。 起きているのは分かる。 怒っているかのような、拗ねているような、悲しんでいるような。 そんな表情を浮かべて、カラ松Aは一向に動かない。 「カラ松A、頼む。ただでさえ体中が痛いんだ。そこら中怪我だらけだし、骨折はしてるし、頭が痛いし、辛いのは分かる。だが俺もそろそろ引っ込まないと整理が出来ない。なぁ、これ以上入れ替え期間を長くしてしまうと、調整が難しくなってしまう」 切実に訴えるが、しかしカラ松Aは動かない。 1週間前、カラ松は日誌を呼んだ。 日誌には完結に、ちび太に誘拐されてそのあと兄弟の睡眠を邪魔したことで手ひどく怒られてしまったことが書かれていた。 それからだ、カラ松Aは布団から出てこない。 「なぁ、そんなに拗ねるな。いつものことじゃないか。貧乏くじを引くのも、兄弟たちから攻撃されるのも、いつもの俺だろう?」 「……………………」 「カラ松A、頼む。俺、情報がたまりすぎて兄弟たちに対してのレスポンスが遅くなってきてる。このままじゃ、」 「カラ松B」 「うん?」 ゆっくりカラ松Aが体を起こした。 1週間も休んでいるのに、疲れ切って虚ろな様子だ。 見た目からして良くないのは分かるが、カラ松もこの1週間で情報が溜まってきてしまっている。 何とか整理をしたかった。 「日誌、読んだか?」 溜息のように、カラ松Aが言った。 「日誌か?あぁ、読んだぞ」 「全部?」 「全部だ。ちゃんと、1冊目から今に至るまで全部。今じゃお前の方が読んでないくらいだぞ。俺のこの1週間、全然読んでないだろう?見てくれあの量を。あれだけのことが起こってる、俺もそろそろ気持ちの整理をつけたい」 「……………………」 カラ松Aは緩慢な動作で布団から出ると、大量におかれた日誌へと近づいた。 ぼんやりと眺めて、それから同じくゆっくりカラ松へと振り返る。 「2日」 「え?」 「今回は、2日間だけにしてくれないか?入れ替え期間」 「…あぁ、分かった。辛そうなお前を前に出すのは悪いとは思ってる。でも、俺も休みたくて…」 「分かってる。分かってるよ。だってお前も俺だもの」 「すまない、カラ松A」 「良いんだ、カラ松B。じゃあ、早速入れ替わろう」 「えっ、日誌は。読めるのか、この量を」 心配そうに声をかければ、カラ松Aは苦しそうに笑う。 あぁこれダメだな、とカラ松は思うけれど、しかしカラ松が甘えることの出来る人間は、カラ松しかいない。 カラ松Aが辛そうだと分かっていても、今の自分も大変さを優先したかったのだ。 「ありがとう、カラ松A」 「じゃあ、良いよ、休んで」 「助かる」 カラ松はカラ松Aに再度お礼を言ってその場を後にした。 時間は2日間しかない。 その間にきっちり気持ちに整理をつけて、また2日後に表に出れるようにしないといけない。 自分の休憩場所へと向かうカラ松の背中を、カラ松Aが見つめていた。 カラ松Aが、ポツリと呟く。 「約束、守れなかった。ごめんな。カラ松A」 ザク、と土にシャベルを入れる。 肥料を混ぜて、土を柔らかくして、それからカラ松は買ってきたばかりの新しいバラを1株、地面へと埋める。 あれから2日後、入れ替わろうといつもの待ち合わせ場所に言ったカラ松が見たものは、灰と化したカラ松Aの姿であった。 触ったと途端にあっという間に消えてしまって、カラ松の中にカラ松は1人しかいなくなってしまった。 (…バラの意味、やっと分かった) 既に6株埋まっているそれを見ながら、カラ松は眉を寄せた。 このバラには、そういう意味があったのだ。 ようやくカラ松は分かった。 どうしてカラ松Aが自分にもAを割り振ったのか。 おそ松のことが大好きな日誌ととそうじゃない日誌が交互に続いていたのか。 「お前は6番目のカラ松Bだったのか」 多分、最初にバラを植えたカラ松Aとなったカラ松Bは、きっと自分が消えてしまうことを何となく分かっていたんだ。 だからオリジナルカラ松の消失に対して、手向けたのがバラ。 そうすればきっと、次のカラ松が自分が消失したときにまたバラを手向けてくれるだろうから。 どうしてバラなのかが良く分かる。 だってカラ松は臆病で、泣き虫で、そして寂しがり屋だ。 バラは世話をしないとすぐに駄目になってしまう植物だ。 いつだってかまってやらないと駄目で、だからきっと、最初のカラ松Bはバラを選んだ。 「だけど、もう植えない」 カラ松は決意する。 カラ松は自分のことが大好きだ。 だから、こんなに辛くて寂しい別れを他のカラ松にさせるだなんてしたくない。 「俺は、俺にとってのカラ松Bは作らない」 植えたばかりのバラに、決意表明をするように言葉を紡ぐ。 「こんな悲しいサイクルは、俺で終わりにして見せる。約束だ。見ててくれ、カラ松A」 ある日。 おそ松が庭へと出ると、カラ松がせっせと庭でバラの世話を焼いていた。 いつしかすっかり増えたそれ。 始まりはいつだったらどうか、確かまだ学生服を着ていたころだったのは確かである。 あれから少しずつ増えて行って、今ではもう。 「なぁ、それ何株あんの?」 おそ松が尋ねると。 「これで、9株目だな」 おそ松に振り替えることなく、カラ松は地面を向いたまませっせと新しい株を植えていた。 「どこまで増やすの」 背後から尋ねると、カラ松の手が僅かに止まる。 おそ松にはよく見えなかったが、カラ松の手は一度強く握り拳を作った。 まるで何かに耐えるかのように。 「もう、増やさない」 カラ松が言う。 「もう、増えるのはこれで終わりだ」 迷いなく言ったカラ松の後ろで、おそ松が呟いた。 「それ聞いたの、4回目だ」 終わり。
カラ松の中にカラ松が2人いる話。ただカラ松って単語がいっぱい打ちたかったから書いた話。しつこいくらいにカラ松カラ松言ってます。おそ←カラです。でもそういう描写はほとんどない。
手向けの花
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 その下に彼の遺した骨があるわけではないけれど、形だけと建てられた墓石の前で小南と迅は手を合わせた。風に乗って、線香の煙がゆらりゆらりと空に向かう。  小南は一足先に目を開けて、隣に居る迅の腰に鎮座しているそれをするりと撫でた。遺した骨はないけれど、遺したモノは、そこにある。迅が後輩のため、未来のためにと手離したそれは、巡り巡って今再び迅のもとへと帰ってきていた。 「最上さんが生きてたら、どんな反応すると思う?」  いつの間にか目を開けていたらしい迅が、風刃をなぞっていた小南の手を取りながら、そう尋ねる。彼の大きな手に包まれた右手を一瞥して、小南は迅と視線を交差させた。そして墓石へと目を向けながら、ふんと鼻を鳴らして笑う。迅と繋いでいない左の方の手でスルリと自分のお腹を撫でた。 「嬉しすぎて号泣してたわね、きっと」  迅は誇らしげに言う小南の横顔を見つめた後、ふっと溢れるように笑う。確かに、と内心で小南の言葉に同意しながら、迅も墓石へと目を向けた。最上宗一と彫られたそれを視界にうつし、小南の華奢で女性らしい手に少し力を込める。 「もし男の子だったらさ、最上さんの名前、もらってもいいかな?」 「それこそ嬉しすぎて咽び泣くんじゃないかしら」  もう彼の声を忘れてしまったけれど、きっと、そうかそうかと泣きながら2人の頭を撫でたに違いない。顔をぐちゃぐちゃにしながら、嬉しい嬉しいと泣いたに違いない。そんな彼の様子が安易に想像できて、小南と迅は2人して墓石の前で笑い合った。 「…楽しみだなぁ、これからの未来」  心底嬉しそうにそう呟く迅を見て、小南はもう一度、そっとお腹を撫でた。 [newpage] 「宗!走ったら転ぶわよ!ちゃんと太刀川とお手て繋ぎなさい!」 「はぁい。たちかわさん、おてて」  小さな手が太刀川に差し出されるのを、後方から迅と並んで眺めながら、小南は小さくため息を吐いた。陽太郎の時も思ったけれど、子どもというのはどうしてこんなに危なっかしいのか。それが可愛いところではあるのだけれど、親としては子どもが怪我をするところなど出来れば見たくないものだ。 「心配しなくても、怪我はしないよ」 「うるさいわね。それでも心配なのよ」  心配し過ぎだと言わんばかりの呆れたような迅の瞳に小南は眉根を寄せて、睨み付けるような視線をやる。ブサイクな顔になってる、なんて言うもんだからバシンッと思い切り背中を叩いてやった。いてて、と痛がる迅に満足していた時、「うぇーい太刀川さんが肩車してやるぞー」という声が聞こえてくる。小南はのろのろ歩く迅の手を引っ張って太刀川とその肩に乗る宗一の隣に並んだ。  一気に高くなった目線に宗一の瞳はキラキラと輝く。そんな我が子の楽しそうな顔を見て小南は頬を緩めた。 「宗はホントに太刀川さんが好きだよな~」 「誰に似たのかしら」  そう言いながらも、確信しているように小南はニヤニヤしながら迅を見る。  そんな小南の瞳を受けて、迅はコツンと小南の頭を小突いた。 「俺は別に太刀川さんのこと好きじゃないから。小南だろ」 「あたしが太刀川のこと好きなわけないでしょ。迅に決まってるわ」 「おい、本人が隣にいるんだが。好きじゃない好きじゃないって失礼だろお前ら」 「「だって本当のことだし」」  酷いぜこの夫婦!!と泣き真似をする太刀川の頭を宗一がよしよしと撫でる。何故太刀川が嘆いているのか分からないながらも、慰めようとする子どもの姿は実に可愛らしい。お前は本当に可愛いな~、と優しく笑う太刀川以上に宗一の両親は破顔していた。  迅夫婦とその子ども、そして太刀川の4人。元々は家族3人だけで近場のファミレスへと向かう予定だったのだが、途中暇そうに街中をぶらりぶらりしている太刀川に会い、彼を食事へと誘ったのである。もちろん流石の太刀川でも家族水入らずのところを邪魔するような無粋な真似は出来ないと断ったのだが、「そういうのいいから」「何遠慮してんのよ!」と押しに押され、「たちかわさんとごはん!!」と期待に満ちた瞳を向けられたら折れずにはいられなかった。 「着いたぞ~」  そう言って太刀川が宗一を肩からおろしてから4人はファミレスの中へと入る。ちょうど夕食時だからか、少し店内は混み合っていたものの運良く席が空いていたので直ぐに座ることが出来た。  壁側の奥に小南が座ってその隣に迅。小南の正面が宗一でその隣に太刀川が座る。それぞれ好きなものを注文して、あとは料理が来るのを待つだけだ。 「そういや、今日はなんで外食なんだ?」 「きょうね、とりまるさんいないんだ!」  玉狛では毎日当番制で食事が作られるということを知っていた太刀川のその疑問に真っ先に声をあげたのは宗一だった。 「食事当番が京介だったんだけど、珍しく風邪で寝込んじゃったらしくて、今日の夕飯は各自でとることになってるんだよ」 「へー、まじか」  自分から聞いたくせに大して興味なさそうな声でそう漏らす太刀川とは反対に、小南は唇を尖らせて眉根を寄せる。 「とりまる大丈夫かしら」 「ママしんぱい?」 「当たり前じゃない」  息子の質問に、素直にそう答えた小南。小南が素直なんて珍しいと瞠目する太刀川。それとも小南は息子にはいつも素直なのだろうか。 「京介なら明日には元気になるよ」 「それでも心配なのよ。あいつ直ぐに無理するんだから」 「小南は心配し過ぎなんじゃない?昼も京介にメールしてたでしょ」  若干トゲの感じる物言いに小南の眉がクイっと上がった。 「だってあれは修と陽太郎が心配だ心配だって騒ぐから。あたしまで不安になっただけよ」 「まあまあ痴話喧嘩はやめろって、なぁ宗?お前も父ちゃんと母ちゃんに何か言ってやれ」 「パパ、しっとはメッだよ!」 「な、嫉妬って…!」  どこで覚えてきたんだそんな言葉!と嘆きながらも頬を赤く染める迅。隣に座る小南はニヤリと勝ち誇るような笑みを見せながら彼の横顔を見つめている。  付き合いは長いものの、迅が嫉妬したり照れたりする姿などほぼ見たことがない太刀川は何だかむず痒い感じがして少し強めに腕を摩った。  暫くそんなくだらない遣り取りをしていると漸く注文したものが運ばれてきた。  ポロポロと零しながら食べる宗一を小南がサポートしたり、宗一の嫌いな食べ物を迅が「パパはこれを食べて強くなったんだぞ」と言って食べさせたりと微笑ましい家族の姿を間近で眺めながら、太刀川は己が注文したコロッケ定食を完食する。 「あ、そう言えばお前らさぁ」  太刀川の声に2人は宗一から太刀川へと目を向けた。その動きが全く一緒で思わず笑ってしまいそうになるのをぐっと堪えながら、宗一の頭を撫でる。以前宗一が遊園地って何?動物園って何?と尋ねてきたのを今思い出した。 「宗を遊園地とか動物園とかに連れて行ってやらねぇの?」  そう太刀川が言った瞬間、パァっと花が咲いたように笑った宗一が両親の顔を交互に見た。 「そう言えば、行ったことないわね」 「今度パパとママの非番が重なったときに行こうか。な、宗!」 「いく!ぼく、どうぶつえんいきたい!」  楽しみだとはしゃぐ宗一を見て、迅も小南も、そして太刀川も幸せそうに微笑んだ。  会計を済ませ、ファミレスを出てからは4人一緒に本部へと向かった。途中で夜間の防衛任務だという太刀川とは別れ、3人、宗一を真ん中にして手を繋ぎながら本部内へと足を踏み入れる。 「ママ、だっこ」 「ごめんね宗。ママ今抱っこできないのよ。パパにお願いしてくれる?」 「イヤ!ママがいい」  口をへの字にして目をパシパシと瞬かせる宗一は、眠たいのが一目瞭然だった。 「宗、ママ腰痛めてるんだってさ。パパで我慢してくれる?」 「パパもイヤじゃないけど、ママがいい…」  宗一の体重が増えたためか抱っこをするたびに腰に負担が掛かって遂に腰を痛めてしまっていた小南。最近は抱っこをすることを控え、迅に任せていたのだが、宗一はそろそろ母親に甘えたい気分のようだ。  悲願してくるような宗一の声に甘やかし過ぎるのは良くないと思いつつも、仕方がないわねと結局は許してしまう。 「大丈夫?」  抱っこ、と手を差し出してくる宗一を抱き上げた小南の隣から迅の心配そうな声が上がる。 「大分よくなってきたら大丈夫よ。最近あんたにばっかり任せちゃってたからね」 「それはいいんだけど。辛くなったら言えよ」 「ありがと」  そんな会話をしているうちに宗一は小南の肩に頭を預けて心地良さそうに夢の中へと旅立とうとしていた。 「と、いうわけなんですけど。一応三門市離れることになるから許可取りにきたってわけ」  城戸司令の前に立って事の説明をする迅。城戸の横には風間がいて、彼も迅の用事を一緒に聞いていた。  小南は宗一を抱き上げたまま椅子に腰掛けて、スヤスヤと眠る宗一の背を優しく撫でる。そんな小南の傍らには忍田と三輪がいた。忍田は目を細めて笑いながら母子を見つめ、三輪は眠る宗一の頬を珍しそうに人差し指でつつく。子どものモチモチ肌に感動しているのか、執拗につついている。 「おれと小南の休みが重なるのが来週の水曜日だから。まあ、おれの予知では今のところ何の問題もないよ」 「わかった。だが、林藤にはもう許可はもらったのか?」 「電話しました。帰ってからもちゃんと言う予定」 「ボス、楽しんで来いって言ってたわよ。しかもお土産要求された!城戸さんにもお土産買ってくるわね!」  気を遣わなくてもいい、と城戸が手を払ったとき小南の腕の中にいた宗一が薄っすらと目蓋を持ち上げた。ビクッと肩を跳ね上げる三輪を見て忍田が苦笑いをこぼす。 「ん、ママぁ?」 「あら、起きたの?」 「す、すまない。俺が起こしたかもしれない」  珍しく慌てた様子の三輪に迅が笑い声を上げた。 「そんなに慌てなくてもいいよ秀次」 「しゅーじくん?ママ、ここどこ」 「城戸さんのとこよ」 「きどさん…?」  寝起きでまだ頭がボッーとしているのか、宗一は小南の肩にぐりぐりと額を擦り付け、ぽやぽやしたまま辺りを見渡す。その宗一の瞳が城戸を捕らえた瞬間、パァっと一気に目が冴えたように見えた。 「じぃじ!!」  素早い動きで小南の膝からおりた宗一は、じぃじ!じぃじ!と言いながら城戸のもとへ走る。どこかで誰かがブフォッと噴き出した。  城戸自身は、じぃじと呼ばれることに気にしていないのか慣れたのか、真顔でこちらに駆けてきた宗一を迎え入れる。  両手を伸ばして抱っこのポーズをする宗一を膝の上へと抱き上げ、あのねあのねと何かを話したそうにする宗一に「どうした?」と普段中々聞けないような優しい声で尋ねた。 「あのね、パパとママがね、どうぶつえんにつれてってくれるんだって!」 「そうか。良かったな、宗一」 「うん!」  優しそうに目を細めて、愛しそうに子どもの名を呼ぶ城戸。小南は忍田と迅と目を合わせて、フッと溢れるように微笑んだ。 [newpage] 「もう寝た?」  子ども部屋から出てきた小南に向かって、ベッドに寝そべりながら迅が尋ねた。  後ろ手で子ども部屋の扉を閉めながら、眠る我が子を一瞥し、迅の方へと視線を移す。間接照明のおかげで彼の気遣うような優しい表情がぼんやりと明るく見えた。 「えぇ。ぐっすりよ」  今日はいつもより沢山はしゃいだからか、玉狛に帰った宗一はいつもより早く眠りについた。きっと今頃動物園に行く夢でも見ているところだろう。  小南はダブルベットに歩み寄り、迅の隣に入った。  迅たち家族の家は玉狛支部だ。元々の迅の部屋と小南の部屋、そして誰も使っていなかった部屋をぶち抜いて新たに玉狛内に迅達の部屋が作られた。玉狛に近いところに家を建てようかという話にもなったのだが、迅小南共に今でもボーダーの主戦力であり多忙な身であるため、家にひとり宗一を残すよりは、いつも誰かがいる玉狛に居た方がいい。玉狛のメンバーは家族も同然だし、という理由で支部内に留まることにしたのだ。  宗一にとっての一番好きな料理が木崎の料理で、小南が拗ねてしまったり、烏丸と遊真が「パパだぞー」と宗一に教え込み、迅が拗ねたりと障害といえない障害があるものの、玉狛メンバーには大変世話になっている迅夫婦。 「動物園ぐらいであんなにはしゃぐなら、もっと早く連れて行ってあげれば良かったわね」 「動物園ねぇ~…。動物園ってデートで行く場所って勝手なイメージがあったからなぁ」 「そう?…でも、あたし達2人だけで動物園って行ったことないわよね」  小南は上半身を起こし、迅の顔を覗き込んだ。唇を尖らせて少し不機嫌そうな雰囲気を醸し出すと、彼は気まずそうに視線を逸らし、頬をかく。 「っていうか、そもそもあたし達ってデートすらしたことないわよ!」  追い打ちをかけるようにそう言うと2人の間に沈黙が流れ、迅が小南を見上げながら片眉をクイっと上げた。何言ってんだ、と言わんばかりのその表情に小南は眉間に皺を寄せる。自分の頭にはデートした記憶など存在しないぞ、と。 「えぇー…。2人でご飯食べに行ったり買い物に付き合ったりしただろ」 「えっ、あれデートだったの!?あれをデートにカウントするなら、あたしあんた以外ともデートしてるわよ?」 「えっ…。それ浮気じゃん!!」  いきなり迅が飛び起きるもんだがら、危うく額がぶつかりそうになった。間一髪のところで避けることができたが。  ずるりと掛け布団が下がったのも気にせず、上半身を起こして何とも言えないような感情の分からない顔を見せる迅。そしてそのまま小さくため息を吐いた後、力が抜けたように起こした半身をベッドへと倒す。ボスンという音と共に枕が沈んだ。 「まあ、それって結婚する前の話だろ?」 「えっ……」  小南は迅を見下ろしながら小さく声を上げる。 「…嵐山と玉狛の人なら許す」 「まぁ、それは……」  迅だって宇佐美や千佳と2人きりで買い出しに行くことだってないとは言えないだろう。流石にそこまで駄目だと言われる筋合いはない。 「あっ、太刀川さんはアウトだから」 「………」 「浮気相手太刀川さんかよ!!」 「いいじゃない、太刀川なんかセーフでしょ!浮気にならないわよ!」  眉根を寄せて眉間に皺を作っている迅の腕に甘えるように頭を乗せる。普段こんなに甘えることなんてない、貴重な小南のデレなのに彼はそんな小南の頬を手の平で押し返して、邪魔だと押しやる。仕方がないので、ムッと不満げな顔をしながら上半身を起こした。 「アウトだよアウト!あー最悪ぅー桐絵に浮気されたー。おれの未来視を掻い潜って太刀川さんと2人っきりで会ってたなんて知らなかったー」  2人っきりの部分を強調して泣き言を言う迅に小南は最初は呆れるだけだったが、途中からイライラし始めた。いじけたように唇を尖らせて横向きになって背を向ける迅。子供か。  小南はため息を吐いて、迅の肩をグイッと押し仰向けにさせた。合った目を逸らさずに口を開く。 「だったらあんたのあれも浮気にカウントするから」 「………あれって?」 「女のお尻さわるやつ」 「あれはおれなりのコミュニケーションだし」 「そんなコミュニケーションあってたまるもんですか!」  大声で叫びたい気持ちをぐっと抑え、むかつく!!と隣の部屋で眠る宗一を起こさないように小声で叫んだ。迅の頬を両手でむにーっと抓るように引っ張れば、間抜けな顔がさらに間抜けになる。痛い痛いと足をバタつかせるが、小南はそれを無視し続けた。 「すみましぇん」  もう二度としないので離してください、と目尻に涙を浮かべながら頼む彼に満足してパッと手を頬から離した。  いてて、と両頬を摩りながら「腫れてない?」と問うてくるので「男前になったわよ」と返してやる。 「おれは元から男前だよ。なんてったって実力派エリートパパ迅悠一ですから」 「実力派エリートパパって何?ますますダサくなってるわよ。ってか鏡見てから出直しなさい」  ひどいなーとケラケラ笑う迅を無視してベッドに上半身を沈め、目を閉じた。完全に寝る体勢に入る。それなのに、「でもさぁ」と急に真面目な声になった彼のせいで目を開けざるを得なくなった。  体を横向きにして迅の方を見たのに、彼は仰向けのまま表情が見えないように向こうを向いている。何だこいつ、真面目な話をするときぐらいは相手の顔を見なさいよ、と頬を膨らませた。  迅はそのまま話し始めた。 「男と2人きりで会うときはおれに報告してよ」  あぁ、照れてるのね。  小南は少し上半身を浮かせて迅の胸辺りに手を置いて彼の顔を覗き込んだ。長い髪がたらりと彼の頬を掠める。案の定、そこには薄っすら頬を染めて唇を尖らせる彼の表情。フッと思わず笑いが溢れた。 「結婚してから知ったんだけど、あんたって意外と束縛するのね」  可笑しくなってクスクスと笑い出す小南に、迅は額に青筋を浮かべる。  迅が小南の腕を掴んでガバッと上半身を起こしたもんだから、彼の体に押されるように釣られて小南まで上半身を起こした。 「好きだからだろ」 「?」  すっとぼける小南に迅は眉を下げて泣きそうな顔をする。掴まれた腕に、更に力が込められた気がした。 「おまえのこと、好きだから。他の男のとこに行ってほしくない。おれの側にいて、おれだけを愛して。おれだけを──」 「悠一」 「……」 「あんた、何でそんなに不安そうな顔してんの?」  迅の頬を優しく撫でてあげると、彼は少し肩を落とした。 「だってさ、よく考えたら桐絵っておれのこと好きだから結婚したわけじゃないでしょ。付き合ってもないし、満足できたデートだってなかったみたいだし。桐絵は、子どもができたから結婚してくれたんでしょ」  呆れ過ぎて途中で全部聞き流した。こいつはたまに、本当にたまにだけれど子供っぽいところがある。結婚してから垣間見えるようになった。昔は同年代の人より大人びたこいつに子供っぽいと感じることなんてなかったのに。 「全く….。あんたあたしのこと、好きでもないやつに身体許すような女だとでも思ってるの?」 「そうじゃないけど…」 「本当に嫌だったらトリオン体になってでもあんたを蹴っ飛ばしたわよ」 「…じゃあ、桐絵もおれのこと好き?」  不安定に揺れる迅の瞳。小南は目を細めて彼の目元に小さくキスを落とした。 「もちろん好きよ。愛してる、悠一」 「桐絵、」  顔を近付けてキスをしようとする迅の唇に人差し指を当てる。 「ただし、おれだけを愛しては撤回しなさい!我が子を愛せない親にはなりたくないわ」  一瞬キョトンとした迅だが、その後笑いながら「確かに!」と。  そろそろ眠くなってきた小南は再びベッドに体を沈めて目を閉じながら言った。 「あー、あとあたし明日飲み会行ってくる。2人きりとかではないけど一応報告したからね。宗のことよろしく」 「え、待って。男がいる飲み会ってことか??」  答えるのが面倒臭くて言った「サイドエフェクト使えば分かるでしょ」というセリフは聞こえなかったみたいで、「誰?危険人物がいるかもしれないだろ!」と眠りかけている小南の体を揺すってくる。これはうざい。 「ん~。まだ誰が来るかは知らないけど、米屋出水三輪あたし栞…は確定ね」  仕方ないので少し目蓋を開け、こちらを覗き込んでいる迅にそう言った。もう寝て欲しいし、こちらも眠い。それなのに迅は話し掛けることをやめない。これはうざい。 「あーそういえば宇佐美が同級生で飲み会企画するとかなんとか言ってたな…秀次は安全だとして」  ブツブツと何かを言っている迅の方に腕を伸ばして首筋をグイッと引き寄せた。早く寝ろという意味も込めて、薄く開いた彼の唇に触れるだけのキスをする。目を見開く迅。  パッとすぐに腕を戻して掛け布団を引っ張り、顔を隠した。 「え、ちょ、桐絵!?おまえ自分でやっといて何照れてんの??」 「うるさい!早く寝ろ!!」 [newpage] 「宗、行ってくるわね」 「また明日ね宗くん。そんじゃ、いってきまーす」 「ママもしおりちゃんもいってらっしゃい」  少し寂しそうにする宗一の頭を撫でて、男メンバーと千佳に手を振ってから小南と宇佐美は玉狛支部から歩いて今日の飲み会の場所である居酒屋へと向かう。  到着すれば既にそこには今日参加するメンバーが勢揃いしていた。米屋、出水、三輪、奈良坂、仁礼、熊谷、小佐野。これに加え宇佐美と小南が今日の飲み会メンバーだ。他の人たちは仕事が入ってたり私用があったりして欠席。まあこれでも集まった方だろう。  小南と同級生だった人達は大体がボーダーに就職した。未だ前線に立ち続けている者、幹部候補になっている者、後輩の育成を主に行っている者、ボーダーの一般職に回ったもの、様々いるがたまにこうして集まってダラダラと話しているのだ。 「あれ?小南、チビはどうした?」 「こんな煙たいとこに連れてくるわけないでしょ」  今日の幹事である米屋の質問に答えながら、先頭に立ち意気揚々と居酒屋へ入っていく仁礼に続く。 「今頃迅さんが寝かせつけてるんじゃないかな?」 「そうね」  元々予約していたので、すんなりと座敷へと案内された。入った順に適当な席へと座ったため、仁礼の隣に小南。その隣に出水宇佐美が並んで、仁礼の正面に三輪、その隣に奈良坂熊谷小佐野が並んだ。幹事の米屋は仁礼と三輪の真ん中、所謂誕生日席へと自ら腰掛ける。 「今度チビ本部に連れて来いよ~」  小南の隣に座った出水が全員分の生を店員に注文してからそう言うと、思い出したように三輪が口を開いた。 「昨日連れて来てたぞ。城戸司令にむかってじぃじって言ってた。風間さんが真顔で噴き出していた」 「「なんだそれ!」」  腹を抱えて笑う米屋と出水。 「なんだよそれ!見たかった!ちょー羨ましいな三輪ァ!!」  小南の左隣りにいる仁礼がそう声を上げる。  とんでもない喧しい席に座ってしまったな、と少々後悔した。正面の奈良坂だけが唯一の救いだが、彼も真顔で「くそワロ」と呟いていたのでこいつも駄目だ。というか今日は大人しい組がほぼ欠席している。酔っ払ったら益々騒がしくなるに違いない。 「ていうかさ~いい歳して小南以外結婚してないとかやばくな~~い?誰か早く小南に続いたら~?」  小佐野の言葉に小南以外全員が一瞬固まる。よくも爆弾を落としてくれたな、と恨みがましい視線が小佐野に集まった。主に女性陣からだが。 「いやいや、いい歳って言ってもあたしらまだ20代だから。小南が早かったんだよ」  今は婚期も遅くなってるし、と熊谷が反論すると宇佐美もうんうんと頷いて加勢する。 「まあこなみは大学卒業して少ししてから結婚したからねー。妊娠発覚と同時に結婚だもんね」 「それって学生のときから妊娠してたってことか?」 「ギリギリ違うわよ」  仁礼の質問に小南が軽くそう答えた時ちょうど頼んだ生ビールが運ばれてきた。  幹事である米屋の挨拶で乾杯とカチンッとジョッキがぶつかる音が響く。冷たいビールが喉を刺激する感覚がたまらない。 「食いもん適当に頼もうぜ」 「チョコ菓子」 「あるわけないじゃない。…あたしとりあえず枝豆だけでいいや」 「んじゃ枝豆な~。おい出水、そっちはそっちで頼んでくんね?オレはこっち側のやつらの注文すっから」 「おっけー。宇佐美、熊谷、小佐野何食べたい?」  ひとり一、二品食べたいものを注文して料理が運ばれてくるまでお通しを肴にビールを飲んでいく。 「そういえば小南~。あんたの旦那どうにかしてよ。あたしまたセクハラされたんだけど」  ドンっとテーブルを叩いて抗議するのは昔から沢村と共に結構な頻度で迅のセクハラ被害を受けている熊谷だ。 「あれ迅なりのコミュニケーションらしいわよ」 「そんなコミュニケーションあってたまるか!」  自分も全く同じことを言った、と笑ってから熊谷に一応謝罪をしておく。もう二度としないと約束させたことも伝える。 「小南と迅さんって喧嘩すんの?」  運ばれてきた料理を摘みながらそう尋ねてきた出水。しかしその質問に答えたのは小南ではなく宇佐美だった。 「喧嘩っていうか言い合いみたいなのはしょっちゅうだよね。大体迅さんが折れてるけど」 「やっぱ迅さんが尻に敷かれてんのかよ」  ケラケラと笑う出水の声が響く。けれど迅が小南の尻に敷かれていることは大体みんなの想像通りだったらしい。小南自身、尻に敷いてるつもりはないのだが。  そんなくだらない話をして、だんだんお酒が進む頃になると席が近いもの同士で盛り上がっていった。奈良坂と熊谷が近況報告をしたり、小佐野宇佐美出水が恋愛話に花を咲かせたり、馬鹿な発言が目立つ米屋と仁礼に三輪と小南がつっこんだり。  小南の騙されエピソードに米屋と仁礼が大笑いし、三輪が呆れたようにため息を吐いた時、小南のバッグから着信音が響く。バッグからそれを取り出して画面を確認すると、相手は迅だった。席を外すのも面倒だし、気を遣う必要のないメンバーだったのでその場で通話ボタンをタップする。 「もしもし?」 『あ、盛り上がってるとこ悪いな』 「大丈夫だけど、どうかしたの?」 『いや、宗がなかなか寝付かなくて。おまえが恋しいみたいでさ』 「珍しいわね。テレビ電話する?」 『うん。お願い』 「ほら、あんたら今からテレビ電話で宗と繋がるわよ」  みんなにそう言うと「おお!」と一斉に小南の方へ視線が集まった。隣にいる仁礼と出水が小南と一緒に携帯の画面を覗き込む。するとそこにいつもの見慣れた姿の迅と、彼の膝の上に座るパジャマ姿の宗一が映った。 『ママーー!』 「宗!」 「まったくおまえはほんとに可愛いなー!」 「よっ、チビ!おれのこと分かる?」 『ヒカリちゃんといずみくんがいる!パパ、ヒカリちゃんといずみくんもいるよ!』 『そうだなぁ。やっほー出水、太刀川さんに今度覚悟しといてって言っといて』 「げっ、太刀川さんまた何かやらかしたんすか?」  十中八九昨日話した太刀川と2人きりで会った件だろうな、と思ったが小南は黙っておいた。太刀川がどうなろうが興味ない。これこそ大体想像できる。訳が分からないまま迅に模擬戦を吹っかけられ、ご満悦で応戦するに違いない。2人がライバル関係なのはいつまで経っても変わらないようだ。  小南は立ち上がって、今日集まっているメンバー全員が見えるように腕を伸ばした。 『わ!ならさんもいる!』 「ならさん誰~~?」 「奈良坂のことよ。この子、奈良坂が言えないのよね」 「ならさんだぞー」  そう言いながら奈良坂が画面に向かって両手を振るなんてキャラじゃないことをするもんだから、画面の向こうの迅も、こっちのメンバーもブフッと噴き出してしまった。米屋と出水は腹を抱えて笑っている。 『奈良坂やめて!お腹痛い!!』 『パパなんでわらってるの?』 「宗、パパのことは無視していいわよ。それより、眠れる?」 『うん。ママのおかおみたから!』 「そう。じゃあパパと一緒にお寝んねしなさい」  小南がそう声を掛けると宗一の目蓋がスーッと重たそうになって、もうすぐ眠ってしまいそうな顔になった。 『ママぁおやすみ』 「おやすみなさい」  迅の腕の中でむにゃむにゃとする姿が可愛くて、思わず笑みが溢れる。宇佐美達も微笑ましそうにその光景を眺める。 「じゃあ、後は頼んだわよ」 『うん。そっちも楽しめよ』  そう言ってテレビ電話を切った。  みんなに可愛い可愛いと宗一を褒められ少し気分が良くなった小南はお酒を追加注文して、「さぁ、飲むわよ!」と声を上げる。  それからまた大いに盛り上がって、そろそろ解散しようと居酒屋を出た時には数人がそこそこ出来上がっていた。 「おら、送ってやるからしっかり立てよ小南ー」 「ん~」  出水が小南の腕を取り、支えてあげた時。その腕を掠め取るように誰かの手が伸びてきた。ビックリして出水が顔を上げると、飄々とした顔に似合わない鋭い色を宿したブルーの瞳と目が合う。 「迅さん…」 「おっ?じんさーん!ナイスタイミングですな~」  宇佐美が米屋に支えられながらブンブンと手を振る。迅は呆れたように笑いながら宇佐美に手を振り返した。そして、酔いのせいでぽやぽやしてる小南の腰に手を添え、支えながら出水の方を向く。 「さんきゅーな出水。おれのサイドエフェクトが迎えに行けと言ってたもんで」  そこには先程一瞬だけ見えたあのこちらを威圧するような瞳などなく、いつものヘラヘラした彼の顔。ヒクつく口角を隠す術なく「ど、どうも」とだけ返す。一気に酔いが醒めてしまった。 「ん。ゆーいち?」 「はいはい、おまえの愛しの旦那さまだよー」 「きもー」 「置いて帰るぞクソ嫁」 「いや。いっしょにかえる」 「へいへい」  愛おしそうに小南を見つめる迅に、なんだかんだむず痒くなって強めに腕を摩った出水。 「宇佐美はどうする?」 「いえ、アタシは自宅なんで」  迅がそう尋ねると、先程まで米屋に支えられていた筈の宇佐美がピンと自分の足で立ち顔の前で手の平を翳して断固拒否。 「ゆーいち、ちゅーしてー」 「帰ったらな」  そんな甘ったるい会話をして暗闇へと消えて行く2人を全員が黙って見守っていた。チカチカと光る街灯の向こうで迅の顔が小南の頬に近付いたのがはっきり見える。  暫しの沈黙が辺りを支配した後、グワッと宇佐美が顔を両手で覆って唸る。 「身内のラブシーンなんて見たくなかった!」 「酔いが醒めた」  眉間に皺を複数作って顔を歪めるのは三輪だ。 「全国の夫婦をハチの巣にしてぇ気分」 「迅さんのあんな顔初めてみたかも」 「小南ってあんな風に迅さんに甘えんだね~」 「普段は迅さんのこと悠一って呼んでるんだな」 「2人っきりのときはね…」 「っしゃ、もう一軒行くか!」 「さんせーい!」  仁礼が拳を突き上げてそう言った一言に米屋が続いて全員がそうしようそうしようと頷いた。  小南を支えながら玉狛の扉を開けた迅。 「たっだいまー!」 「こら桐絵、もうみんな寝てるから静かにしろ」  迅が呆れながらそう注意するが、酔っ払った小南には聞こえていないのかそれとも敢えて聞こえていないふりをしているのか。騒ぐことをやめない。相当上機嫌なようだ。 「ボスー!ボスーーー!」 「ボスも寝てるから!シーッ」 「おさむーー!ちかーー!」 「メガネくんと千佳ちゃんは帰ったよ。っていうか陽太郎達が起きちゃうからほんと黙れ酔っ払い」  迅がやれやれと小南を一旦玄関の段差に座らせる。 「あたしのいとしのゆうまーー!」 「遊真はお前のじゃないし、愛しのとかやめて。お前の愛しの人はおれだろ」 「何言ってんの悠一気持ち悪いわよ」 「めちゃくちゃ流暢!実はお前酔ってないだろ!」  結局迅も小南と一緒になってギャーギャー騒いでいたら「うるさいぞ、バカ夫婦」と起きてきた木崎に怒られてしまった。 「「ごめんなさい」」 [newpage]  天気は良好。頭の上で輝く太陽が眩しいくらいだ。 「来たわね!動物園!!」 「どうふつえん!!」  テンション上がる!と動物園の入場口の前で宗一と一緒に目を輝かせていたら隣の迅に「いや、お前がはしゃいでどうする」という言葉と共に馬鹿にしたような視線を向けられた。そんな迅の視線を受けて小南はやれやれと肩を竦める。こいつは分かってないんだから。 「何言ってんの。こういうのは親子一緒に楽しむものよ!ね、宗!」 「うん!パパもたのしも!」  宗一にぐいぐい手を引かれながらキラキラした笑顔を見せられたら迅だって頷くしかないだろう。分かったよ、と笑う迅の横顔を見て小南も満足そうに微笑んだ。 「でもあんまはしゃぐなよ桐絵。お前が迷子になる未来もあるからな」 「ばっ、馬鹿ね!この歳で迷子になるなんてそんなことあるわけ──」 「ママいくよー」 「いくぞー桐絵ー」 「あっ、ちょっと待って!置いていかないでよ!迷子になったらあんた達のせいだからね!」  盛大なフラグを立てたことに気付かない小南は先行く2人を慌てて追って、宗一の小さな手を取る。親子3人、宗一を真ん中にして仲良く手を繋いで入園する。  目の前に広がる光景に、おお!と知らず知らず3人共目を輝かせていた。よく考えたら小さい頃からずっと戦ってきた小南も迅も動物園に来たことなどなかったのだ。 「ねぇ見て、迅!」 「いや、おまえも迅だから」  周りに仲間がいるわけでもないのに、興奮して思わずそう呼んだ小南に直ぐさま迅が指摘する。間違えた、と口を覆う小南だがその表情は目の前に見える動物のせいでキラキラと輝いていた。 「ママ!パパ!みて、パンダだよ!」 「きゃー!パンダ!!宗、見てあのパンダ!かわいいわね~!」 「はっはっは。お前らはしゃぎ過ぎ」  そう言いながらも迅だって相当はしゃいでいることに小南は気付く。メガネくん達にも見せてやろう、と宗一とパンダを写メる姿を見て小南はニヤニヤと口角を上げた。  パンダを見てかわいいかわいいとテンションを上げた親子が次に見たのはゾウだ。嘘つくとゾウみたいに鼻が長くなるんだぜ、と言う迅の言葉に簡単に騙される小南と宗一。小南の騙されやすさを宗一は受け継いでしまったようだ。 「うわぁーらいじんまるだー!」 「雷神丸は犬だから違うわよ。これはねカピバラっていう動物なの」 「そっかーー!」  得意げに話す小南のそばで迅が口を覆いながら肩を震わせて笑っているのが見えた。何がそんなに可笑しかったのか分からない。首を傾げ頭に疑問符を浮かべる小南に、迅は何でもないと顔の前で手を振る。  その後、クマを見たり鶴やフクロウやサルを見て回った。ゴリラを見たときに宗一が「レイジさんみたいだね!」と言ったのには夫婦揃って大笑いした。宗一的には木崎のように強そうだね、という意味だったようだが。帰って早速笑いのネタにできるぞこれは、と悪巧みする夫婦であった。 「宗、歩くの疲れたか?」 「…うん」  小さくコクリと頷いた宗一の頭を迅が優しく撫でて、その小さな身体を持ち上げる。 「わぁ!」 「良かったわね、宗。パパの肩車久しぶりなんじゃない?」 「うん!おさるさんがよくみえる!」  小南は宗一を支える迅の片腕をそっと掴んで、そのまま歩いた。端からみたら大変仲睦まじい家族に見えるだろう。  迅がチラリと小南の横顔を見て頬を緩めたことに小南は気が付かなかった。 「あっ、見て見てキリンよ!」 「あ、こら桐絵。おれから手離すな。お前が迷子になるっておれのサイドエフェクトが言ってる」 「だからこの歳で迷子になるわけないじゃない!」  と威勢を張っていたのが5分前。少し夢中になって動物を見ていて、気付いた時には2人は側にいなかった。小南は腰に手を当て仁王立ちし、あたしは迷子じゃない!と言い聞かせる。普通こういうのって子どもが迷子になるのではないだろうか。何故こんないい歳した大人が迷子に。携帯で電話しても迅は出ないし。  いい歳した大人が仏頂面で辺りをキョロキョロと見渡していると、捜していた人達はあっさりと見つかった。2人で手を繋いでニコニコ話しながらこちらに向かって来ている。 「ごめん、待たせ──」 「迷子になんかなってないからね!」 「はい?」 「だ、だから!別に迷子になったわけじゃないわよ!」  キョトンとする迅と宗一を置いて、一人顔を恥ずかしさで赤くさせながら迷子じゃないからと主張する。 「いやいや、おれらトイレ行くって一応声掛けたんだけど」 「へ?」 「ママ、きこえてなかった?」 「夢中になって見てたからね~」 「な、何よ!もっと大きな声で言いなさいよね!迷子になったかと思ったじゃない!」  正直に白状したら2人にケラケラと笑われた。ムーッと不満そうな顔をする小南だったが、迅の「そろそろ昼食にしようか」という言葉にパァと表情を変える。 「レイジさんと一緒にお弁当作ったのよ!休憩所が近くにあったから、そこで食べましょ」 「ママとレイジさんのおべんと!」  木崎と協力して作ったお弁当は文句なしに美味しかった。子どもが出来てから料理を本格的に頑張った甲斐がある。迅は、お前の手料理が一番だと言ってくれるが、こいつはどうでもいい。いつか宗一にママの手料理が一番だと言ってもらうのが小南の目標だ。  昼食後はふれあい広場に行った。うさぎやモルモットと触れ合えるという場所で、宗一は大いに喜んだ。動物に囲まれる宗一と小南に対して、迅には全然動物が寄って来なくて面白かった。  そしてペンギンやシロクマ、シマウマやカバを見て回って、最後はライオンを見た。 「楽しかったか?宗」 「うん!」 「あ、お土産買ってから帰りましょ」 「じぃじとボスにかう!」 「そうね。あと太刀川にも一応買ってあげなきゃね」 「一応太刀川さんのおかげだもんな」  お土産屋さんに入って、楽しそうにお土産を選ぶ宗一を眺めていたら迅に肩を叩かれた。どうしたの、と問えば若干疲れた顔をした彼はお店の外を指差して「あそこのベンチで座ってていい?」と。  小南は即座に頷いた。いろんな人の未来が視える彼にしてみれば、こんなに人が多い動物園は少しキツかったのかもしれない。宗一のためにも、そして小南のためにもそのキツさを顧みず一緒に楽しんでくれたことに感謝しなければいけないな、と思った。  思った、のに。お土産を買ってベンチへ向かおうと彼の方を見ると、知らない女性に声を掛けられてヘラヘラ笑う迅の姿がそこにあった。手を振って去っていた女性の背中を睨み付けて、小南は宗一の手を引いて迅のところへ向かう。 「お土産買えた?」 「うん!パパ、ぼくねむくなっちゃった」  迅が宗一を抱き上げると、宗一はその肩に頭を乗せスーッと目蓋を落とした。歩き回ったし、沢山はしゃいで疲れたようだ。 「じゃあ、帰ろっか。っておまえ何でそんなふくれっ面してんの?」 「…誰よ、さっきの女」 「あー。なんかこの前おれが助けた人らしい」 「…ふーん?」 「あれ?嫉妬しちゃった?」 「べっつに!!」  小南は滅多に嫉妬しない。迅がボーダーの人にセクハラしようが、仲良く話してようが嫉妬はしない。しかし、それがボーダーとは無関係の人となれば話が違う。迅ばかりが嫉妬するかと思っていたのだが、なんだかんだ言いながらお互い相手のことが好きらしい。 「こらこら、拗ねんなって」 「拗ねてない!」  ふん、とそっぽを向く小南に迅は小さくため息を吐いた。そのため息が聞こえたらしく、怒ったのか、とこっそり上目遣いで見てくる小南に迅は内心クスリと笑う。 「ほら、帰るぞ」  宗一を片手で抱っこした迅がもう片方の手を小南にのばした。一瞬戸惑った小南だったが、ゆっくりその手に自分の手を重ねる。その瞬間しっかりと握られた手に安堵した。 「迅」 「だから、お前も迅だって」 「ふふっ。悠一、今日はありがとね。おつかれさま!」 「うん。おれも楽しかった。3人で来れて良かったよ」  繋いだ手にどちらからともなく力をこめた。 [newpage]  風に乗って、線香の煙がゆらりゆらりと空に向かう。 「これだれのおはか?」 「パパとママの大切な人よ」 「最上さんっていう人で、パパの師匠なんだ」 「ししょー?ママとゆーまみたいな?」 「そうよ」 「本当はこれなんだけどね」  そう言って迅は自分の腰にあった風刃を宗一の両手の上に乗せた。小さな手はそれをそっと包むように握って、そして目を瞑る。 「もがみさん、ぼくはきのうどうぶつえんに行きました。えっとね、うさぎとカピバラとぞうときりんと…いっぱいいました。ママはパンダをみて、目をキラキラさせながら、かわいいかわいいって言ってました。ママのほうがかわいかったです」 「あたしたちの子、天使でしょ最上さん!」  小南は顔を両手で覆って悶えた。それを迅が隣で呆れたように眺める。 「パパはライオンをみてかっこいいな~って言ってました。パパのほうがかっこいいよねってママに言ったら、ママはあたりまえでしょって言ってました」 「おれの奥さんと子ども天使でしょ最上さん!」  両手で顔を覆ったまま顔を赤くする小南と、両手で顔を覆って悶える迅。そんな二人を見て宗一は顔をキョトンとさせた。  そんな3人を見たら、きっと、最上宗一は笑うだろう。 「おれ幸せだよ、最上さん」  良かったなぁ悠一、と言って嬉しそう笑うに決まってる。 END
迅と小南とその子どもの話。未来設定。<br /><br />こな迅に見えるところもあります。年齢操作してますが17歳組や太刀川も少し登場。<br />迅さんと小南が恋人同士になってるのは想像できなかったので、家族(夫婦)にしたら予想以上にイチャイチャしだして自分でもびっくりしました。
きみと手をつなぐ
https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=6523186#1
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※あてんしょんぷりーず※ ・カラ松愛され中心転生ネタ ・軽い死ネタ表現有り。軽いか?(自問自答 ・色々と捏造有り。 ・カラ松43歳で他5人が18歳な時間軸。 ・カラ松が痛くない(と、思う ・一松も辛辣じゃない(と、思う ・一松の一人称はとっても不安定。 ・カラ松の格好は完全なる趣味だ!!! ・一松(18)×カラ松(43)の(とんでもない)年齢差。25歳差ですよ。 ・筆者は軽いトラウマのせいでアニメ殆ど未視聴です ・↑けどネタバレや少しは知ってる程度 ・↑松ファンとしてあるまじきだ! 失せろ!! という方はバックザプリーズ。 ・それでも良いよ、という心の広い方は先へお進みください。  それでは、これは繋がる物語。どうぞご覧ください。 [newpage] 大前提となる設定 カラ松(43)  20年前のフグ事件の生き残り。足に大きな怪我を負い長時間の歩行などが困難なため普段は車椅子使用している。自業自得なので治すつもりは皆無。  フリーライターであると同時に、演劇部時代のツテで脚本家もやっている。昔ほど声は出ない。  時々頭の運動程度に株をやっているため、そこそこ収入はある。  13年前にかつての兄弟そっくりな五つ子を引き取り、養子にした。  五人が記憶を思い出す前は大人として接し、時々かつての兄弟と無自覚に重ねていた。大人として、守るべき大切な子供達としてしいていた。  記憶が戻ってからは、やはり守るべき大切な子供達として見ているが、かつての兄弟達のように扱うことも増えて、少しずつ元気になってきている。  普段の一人称は『俺』だが、自分を偽っている時と仕事の時は『私』になる。 おそ松(18)  五つ子の長男。悪童でイタズラ好きだが、カラ松に引き取られたということもあってか、やや大人しい。時々寂しそうな目をするカラ松が気になり、慰めたいと思っているが、いざしようとするとカラ松が隠すのでもどかしい。引き取られた当初は無条件で信じてしまったカラ松に対してあえて反抗していたが、結局ほだされた。  記憶が戻ってからは、かつての長男力を駆使して、カラ松のガス抜きを行っている。 チョロ松(18)  五つ子の次男。おそ松と手を組む悪童であるが、時々理性が勝つのか暴走する長男を殴って止めるストッパーでもある。時々ぼんミスを犯すカラ松を見て、何故だか「俺がしっかりしないと」と思っているが、なぜそう思うのかが不明。  記憶が戻ってからは、生前言った養う発言を実行すべく、猛勉強するようになる。将来はカラ松を絶対に養う。 一松(18)  五つ子の三男。真面目で全体的にストッパーであるものの、時々ネガティブに陥るので、精神常に不安定である。猫とカラ松がいると安定する。基本的にカラ松の傍から離れようとしない。時々カラ松が隠し事するとムカつく。  記憶が戻ってからは、早すぎる反抗期到来により、少しカラ松に当たりが強くなるが、生前から性的な意味で好きだったこともあり、吹っ切れた。年齢差25才? 関係ないね。 十四松(18)  五つ子の四男。少し泣き虫で優しい性格。が、体力馬鹿なので常に全力で遊ぶ。兄弟と遊ぶのは好きだが、カラ松とも遊ぶのが好きであるが、カラ松の身体を考えていつも手加減している、カラ松の歌を聴くのが好き。  記憶が戻ってからは、真っ先にカラ松の精神状態を察するようになり、率先してお手伝いするようになった。野球も好きだが、カラ松と一緒に歌うことがもっと好き。 トド松(18) 五つ子の五男。甘えん坊でのんびりや。何故か女の子の友達が多く、可愛いものが大好き。一番カラ松になついており、よく引っ付いている。そしてよく、一松と取り合いをしている。十四松同様、カラ松の声が好きで、よく読み聞かせをしてもらっている。  記憶が戻ってからは、甘えていた自分を殴りたい衝動に駆られているが、カラ松の本が好きなこともあり、時々本を読んでのもらっている。  それでは、次から本編でございます。 [newpage]  俺達が23の時、フグ毒で息も絶え絶えで意識が暗闇に落ちる直前に聞こえた、カラ松の救急車を呼ぶ声。そう言えば、カラ松は殆ど食べていなかったなぁんて場違いなことを考えていた。だけど、大丈夫だと叫ぶ彼の顔色は俺達と同じでとても青い。きっと、俺達家族を助けたいがために毒に侵されようとしている身体にムチ打って動いているのだ。  けれど、ごめん。カラ松。もう、無理だ。  名を呼ばれる。心地の良いテノールが、物凄い剣幕で俺の名を呼んでいる。俺はその声、大好きだったよ。声だけじゃない。同じ顔だけで違う。凛々しい眉も、青みがかった瞳も、聖母みたいな優しさも、俺達のためだけにしか使わない無駄に早い頭も、鍛えられた腕も、全部、全部が大好きだった。  けれど、俺は素直じゃないから、皮肉と卑屈、罵倒に本音を隠していつもソレを言わなかった。滅茶苦茶後悔している。  好きだよ。カラ松。好きになってごめん……もし、また会えたなら、今度こそは……俺の言葉で、俺の声で、俺の本心を伝えたい。  Side:石畳の名を冠する紫色  どうもみなさん、松野一松でごぜぇやす。よくまぁこんな辺鄙なところに来られなすったねぇ。どこにでもあるような平凡(時々嵐)な一般家庭の日常をわざわざ見に来ていただきってところかね。ヒヒッ、まぁ、俺みたいなゴミクズが言ったところで、お礼にもならないでしょうけどね。  現在の俺は18歳。自分の家族、松野カラ松に一方通行の恋をして、空白期間合わせて今年でもれなく29年目となる。え? 計算が合わない? だって、もし俺らも『生きていたら』今のカラ松と同じ歳の43歳になるはずだったんだよ? つまり俺の初恋もといカラ松片恋は15歳からとなる。我ながら一途すぎるだろ。  僕達はいわゆる『前世』なるものの記憶を持っている。つまり、俺らは一度死んでいるわけである。今の時間軸から20年前に。カラ松が23歳つまりは六つ子であった僕らが23歳の時に、運の巡り合わせの悪さから、フグ毒中毒でこの世をポックリとおさらばしたわけである。  しかし、俺らは没年した2年後に新たな生を受けた。今の『松野姓』はカラ松に引き取られて、養子となったことで得た名字だ。今世の名字はどうでも良い。僕も忘れた。  記憶を思い出すまでに色々あったが、そこは割愛させてもらう。思い出したあともまぁ、色々あったわけだが、そこも割愛させてほしい。せいぜいカラ松への想いを自覚しなおした俺がちょっと早めの反抗期を迎えたこととか、クズ長男がギャンブルに目覚めそうになったとか、アイドルから激震した歌手にお熱をあげだした三男とか、カラ松モンペになりつつある五男と六男とか、俺らが生きていた頃の知り合い達からもみくちゃにされかけたとか、実は同じように転生している実の両親達と再会を果たしたとか、軽いところでそんなところ。  さて問題はカラ松だ。俺達を助けるためとはいえ、養子縁組までして俺達5人を引き取った最上級お人よしな養父兼元兄弟の彼は、俺達の記憶が戻ったことで『役名:養父』の仮面の殆ど取り去り、素のカラ松を見せてくれるようになった。  さすがに年齢のせいか、あのクソみたいな痛いキャラや趣味やセンスはやめたようであるが、今好んで着ている和服の絵柄や色合いを見る限り、元々派手なのは好きなのかもしれない。妖艶っつーかエロいんだよ。誘ってんのか。中年の色気パネェぞ逆に死ねよ。  記憶が戻ってから、そして現状のカラ松について分かったことを整理しなおした。 ・年齢は43歳(俺らが18歳の現在)。 ・仕事はフリーライター兼脚本家。そこそこ有名なライターでもある。あげく株をやっているらしく、それなりに稼ぎはある模様。 ・洋服は最近は着ていない。和服が楽なんだと。でも昔に比べて青色が増えた。 ・とんでもなく優しい。お人よし。時々天然。 ・自然に格好良くなった。無理に格好付けなくはなったが、未だに養父として接する時がある。それはムカつく。 ・親戚とは疎遠。というか、一部の付き合いだけをしている。 ・家族は俺達と飼い猫のえーニャン(元エスパーにゃんこ)。 ・足が不自由なのは自業自得らしい。理由は未だに教えてくれない。 ・未婚。付き合っている人もいないとのこと。いたら呪う。 ・フグが嫌悪のレベルで嫌いであること。正確に言えばそれを調理した人は恨んでいるらしいが、フグはトラウマで食えないらしい。俺らも同感である。 ・生年月日を不明にしていたのは、同じ月日だということを隠したかったらしい。だよな。今は思い出したから問題ない。  更に昔は『ストレスが溜まりやすく、溜め込みやすい』が項目としてあったと思うが、今では本来の性格で接していることと、色々経験を積んだからなのか笑って過ごすことの方が多くなった。それでも、溜め込みやすいのは20代どころか子供時代からなので、そこは変わっていない。その解消法もさして変わっていない。俺達にかなり構うってことぐらいだ。  話を戻そうと思う。現在18歳である俺達は高校生活も最後の年となっている。カラ松は律儀に俺達全員を高校まで行かせてくれたのだ。そして、卒業までもカウントダウン。そうなると気になってくるのは、やはり進路の話だろう。  如何せん、前世の俺らは6人揃ってニートだった。親の脛を齧ってぬるま湯のモラトリアムの中で過ごした人間の最底辺をゆるゆる歩いていたのである。  今世では違った。一部を省いて。カラ松は律儀に俺達にお小遣いは渡してくれていた。かつての兄弟からと思うと色々複雑であるが、カラ松なりに養父としての役目を真っ当してくれていたわけである。しかし、本人から「20歳過ぎて成人したら、お小遣いは月1万。足りない分は自分で補え」と宣言されている。無論、今後の身の振り方で変わるらしい。  ただ、今のカラ松は20年前と違い、かなり体力的に衰えている。在宅ワーカーなのも足が不自由だからだ。トト子ちゃんやハタ坊に聞いたところ、手術をすれば歩けるようになるそうなのだが、カラ松は頑なにそれを拒んでいるらしい。いつか絶対に手術を受けさせるのが、俺らの目下の目標。  つまり、そんな手術費を稼ぐことと、カラ松の介護(爆)のために、俺達は働くことを選んだのだ。一部を除いて。  てっとり早いところなら、トド松。奴は専門大学に行くことにしたらしい。カラ松の和服を見て、着物や洋服のコーディネーターになりたいと思ったらしい。確かにカラ松の和服のセンスは高い。女性的な妖艶な模様やら色合い。どうしてそのセンスを20年前に発揮しなかったというぐらいには完璧である。今でも飲食店でバイトをしながら、コツコツと貯金をしているらしい。なので、おそらく成人過ぎてもトド松はお金にさして困らないだろう。学費はカラ松が出してくれるようだし。  学費はカラ松が持つ。つまりは10年前、いい大学に入って将来カラ松を養う宣言したチョロ松兄さんも例外ではない。チョロ松兄さんは宣言通り、法律関係の仕事を目指すためにその道の大学へ進むことが決まった。家からも電車2つ分で十分通える距離。カラ松は家から出るなら、学生時代分の家賃も払うと言っていたが、チョロ松兄さんは家から通うことを選んだ。当たり前だ。今の俺達にカラ松から離れるという選択肢はない。  予想外なのは十四松だろう。十四松は記憶が戻る前からカラ松の家事手伝いを行っていた。今では仕事に没頭することが増えたカラ松に変わって、家事一切を引き受けてくれることもある。中でも料理は元々才能があったらしく旨い。カラ松には敵わないが。そんな十四松が選んだのは料理人の道だった。今でもちょくちょくバイトをしている。料理学校を視野に入れて、調理師免許を取るのだと張り切っていたのも記憶に新しい。  だいぶ前から一部除いて、一部除いて、とばかり言っていたのだが、やはりと言うべきかそれはおそ松兄さんである。おそ松兄さんは就職も進学もどっちつかずとフラフラな姿勢を変えておらず、学校ではいつぞやかの次男が如く「一生実家から離れないぜぇ~」とほざいたほどだ。いや、確かに元次男、実家に今も離れずいるけど。いるけど! ただ、元六つ子のカンとして、おそ松兄さんも隠れて何かやっているらしいことはそれとなく分かっていた。昔からこの赤色と青色は、自分のことに関する隠し事が非常に上手いのだ。悔しいほどに。  さて、残るは兄弟達の中でも最も人格的にも悲惨である俺こと松野一松。一応俺も進学組だ。カラ松のためっていう大義名分があるので、卑屈街道まっしぐらでも真面目に勉強したのである。自分でいうのもナンですが、本来の俺の性格は真面目である。勉強は嫌いだけど、やった分だけ成果が帰ってくるので、下手な人間関係よりはずっとシンプルで分かりやすい。そんな俺の進学先は、チョロ松兄さんと同じ大学の医学部である。主に介護中心の。  意外と思った奴、表出ろ。俺も思うわ。元々動物系に関してカンストした俺のステータス。動物テラピーなるものに興味を示したのだ。初めは外科医と悩んだが、猫を中心に動物のことなら卑屈な俺でも誰にも負けない自信がある。それを医療に取り入れてみたいと思ったわけなのです。コミュ障になんて鬼畜なルートを。忘れてはならない。俺はドMである。逆に困難であればそれだけ燃える質でもある。厄介だよ。  そんなわけで、約1名不明な奴もいるが、俺達は全員進路が決まっているわけである。それを聞いて、カラ松は涙ながらに喜び、そしてかつての両親にそのことを報告したまでである。向こうでもむせび泣かれた。その節は本当に悪かったよ。  そして、カラ松が危惧していたお家問題のことであるが、案の定チラホラと俺達の今世の親戚一同から、やはりこぞって「一人ぐらい本家に返せ」という連絡が逐一着ているらしい。が、俺達は全員松野から離れる気はないし、カラ松もそれが子供達の意志だと言って、応じるつもりはないらしい。よかった。チョロ松兄さんが法律関係の仕事を選ぼうとしているのは、そこの背景があるのだろう。そもそも、一番大変な時期に引き取ろうともせず、全部カラ松が引き受けたからって押し付けて、楽になったところで返せは無いと思う。それに関してはハタ坊が力添えをしてくれているらしい。本当……俺達が子供時代やりなおしている間に、周りはどんどんと変わっていったんだなぁと柄にもなくセンチメンタルな気分になる。  つまり、ここでこの話の本筋に戻ろうとおもう。 「カラ松が大人すぎて超格好いい」 「オイコラさっきまでのシリアスはどこ行った」 「お前反抗期が終わってからカラ松に対するデレが半端ねぇな」  ある日の晩。俺はおそ松兄さんとチョロ松兄さんと一緒に居間で他愛のない会話をしていた。末弟コンビ? あいつらはカラ松にくっついて夕飯のお手伝いをしている。天使か。俺達は家事のことに関してはほぼ壊滅的なので、参加しないことになっているのである。やろうと思えば出来る。ただ主婦レベルが2人いる時点で察してほしい。 「やっぱり、ふとしたことで年齢差感じるよなぁ……カラ松がおっさんだぞ? あの作っていたとはいえ、クソ痛いサイコナルシストが色気たっぷりの中年だぞ? 俺らもそうなっていたのかな!?」 「カラ松の色気とお前のクズさを一緒にするなよ。お前は松造と一緒でビール腹の中年太りした小汚いおっさんだったよ」 「なんでチョロちゃん、俺にはそんな辛辣なの? あと何気に松造に飛び火してね? 罵るなら一松罵ればいいじゃん」 「とっても魅力的だけど、俺は適度に猫と遊んでたから。お酒もそんな飲む方じゃないし」 「あぁ、そう言えばカラ松、今はもうお酒もタバコもやっていないみたいだね。だから健康体なのかも……」 「ただ……車椅子で移動するの見る度、ちょっと不憫には思う」  本人は自分の自業自得だから、としか言わないが、これから先は適度に運動した方が健康には良いと思うというのが、俺達全員の見解である。まったく歩けないわけではないので、近い距離なら歩いているようではあるが。 「それで、片恋歴29年の一松くん。どうするの?」 「別に僕ら、前世からお前の想いは知っていたし、もう今更偏見する気も何もないけど……年齢差25歳だよ? どうするの?」  そう。以前なら同い年の兄弟という括りではあったが、とにかく近かったのだ。俺とカラ松の距離は。だが今は違う。遠い血縁関係だとしても、その繋がりは本当に薄い。きわめて親子ほどもある年齢差。これはかなり大きな溝であるが 「そんなの、関係ないし」  俺はそこに関してはすでに吹っ切れていた。ただ時折みせる大人の余裕にたじろいでいるだけだ。それ以外はカラ松はカラ松で何も変わっていないので、特に問題視はしていない。 「目標ならあるよ? カラ松の処女もらうこと」 「お前ほんっと記憶戻ってからフルオープンだよな」 「年齢差25だよ? 今カラ松いくつだと思っているの。もう45間近だよ? 完全に親と子ぐらい離れてるからね。実際養子縁組してるから親と子だけど!」 「大丈夫。18歳になった時にもうプロポーズはしたから」 「いつしたの!? 大丈夫な要素は!? カラ松応えたの!? まだ躱され続けているよね!?」 「年とっても可愛いとか訳がわからないよ。逆に死ね」 「45とか、脂のってて良い頃合いだよなぁ~」 「おいそこのクソ長男! 一松、お前本気なの?」 「は? 僕の片思い歴舐めてない?」  さらっとチョロ松兄さんに言われてしまったが、実際は俺自身、何度もカラ松にアタックやアプローチはしていたのだ。それこそちょっと早めの反抗期が終わって、改めて自覚して吹っ切れた時に、将来お嫁さんにする宣言をした時からずっと。  しかし、カラ松も俺の本気を知っているはずなのに、今の今まで知らぬ存ぜぬ突き通して躱し続けているのだ。 「ちなみにアプローチ内容とプロポーズの言葉、聞いても良い?」  チョロ松兄さんにそう聞かれ、俺は素直に答える。大方、俺が変なアプローチをしていないかが不安なのだろう。末弟コンビほどではないが、チョロ松兄さんもまたカラ松セコムである。 「好きだよの告白から始まり、抱きしめたい撫でられたい撫でたい愛でたい可愛がりたい抱きたいセッ○スしたいといった欲望素直にぶつけてみたり、カラ松の好きそうなもの貢いだり(お返しもあり)、手を握ってみたり、口以外のところキスしてみたり泣き落としてみたり甘えてみたり脅してみたり、それから一緒に出掛けてみたりご飯食べに行ったり(お金は自分が出している、がその分返ってくる)、セクハラしてみたり一緒に昼寝したり猫触ったり風呂入ったり眠ったり 「待って、終盤それただの日常。あと思いの外まともだと思ったら所々がやっぱり一松だったってかそこまでやってカラ松靡かないの? あいつ何? 仙人?」 「僕も割かしそう思えてくる。こっち臨戦態勢ビンビンなのに」 「もう年なんじゃね?」 「殴るよ」 「うぃ」 「で、プロポーズって何言ったの?」  これだけ色々やったにも関わらず、カラ松は絶対に元兄弟、もしくは養父としての姿勢を崩さなかった。俺達全員を平等に愛した。兄弟として、養父として。だけど、俺はそれが耐えられない。あいつの特別になりたい特別でありたいとずっと願い、想い、そして行動した。前世ではかなり反省している。嫌悪という目で特別が欲しかったから。  だから、俺は結婚が出来る歳になって、面と向かってカラ松に言ったのだ。 「『俺と、一緒に生きて。死が二人を別っても、死を得ても、一緒に乗り越えて、一緒に居よう』」  こうして俺が、俺達がもう一度生を受けられたのは、やり直すためのチャンスだと思っている。前世では散々な扱いばかりして、一度は切り捨てかけてしまった6分の1を、もう一度ちゃんと向き合って、愛するために俺達はここにいるのだと思っている。時々かつての片鱗を見せて格好付ける時もあるカラ松に、俺達はこぞって反応はした。無視だけは今の今まで一度もしたことはない。  かつての俺達は六つ子であること、『俺はお前で、お前は俺』というありもしない精神論にかまけて、お互いに何も話し合わなかったのだ。同じ兄弟のはずなのに、自分のことを話さず、お互いを知ろうともしなかった。圧倒的に言葉が足りなさ過ぎたのだ。  だから今世ではちゃんと言いたいことを言い合い、悪いと思ったら素直に謝る。隠し事はするが、重要なことや1人で抱え込めないことはきちんと相談するということを徹底した。  しかし、やはりと言うべきかカラ松だけは、1人だけ時間が進んでいるカラ松だけは、未だに平然と隠し事もするし、自分自身のことは語らない。それは俺達が守るべき『子供』だからだろう。前述しためんどくさいお家問題ですらも、俺らには一切何も教えてくれないのだ。カラ松だけで、カラ松中心のコミュニティで解決しようとしている。  あの世界で、僕達5人は、完璧に『守られている』存在になってしまっていたのだ。  このプロポーズをした時、カラ松は一瞬だけ瞳を歪ませた。しかし、すぐに演技スイッチが入って、盛大にはぐらかされたのだ。その時の俺の荒れっぷりは自分で客観的に見ても目を当てられない。カラ松も始終、申し訳ないと謝っていたのだ。  それでも、俺は諦めずに誕生日を迎えた5月から今現在の10月までの約半年間、未だに口説き落そうとしている。諦めが悪いとか言うな。諦められないし、諦められるだけの要因がないのだ。  初めこそは男同士、元兄弟、世間体、疑似親子などの理由が挙げられたが、んなもん六つ子の頃にとっくに吹っ切れている。疑似親子って言ったって、記憶を取り戻す前から俺はカラ松を父親とは思っていなかったし、今なんて論外だ。素直なカラ松が俺を嫌えるわけもなく、俺がカラ松を嫌いになる要因もないままに、俺はアイツを諦められないでいる。  一時期は無理やり、俺の嫌いなカラ松の作った演技ばかりされていたこともあったが、俺はそれを全部まるっと受け止め、そして演技の仮面をはぎ取って論破した。嫌いだけど客観的に見れば普通に好きである。ただ、俺に対して対等で見ないということが嫌いなだけだから。  年齢差を言われたこともあった。だが無問題。歳を追うごとに可愛く見えるフィルターのせいで、俺は今のカラ松でも十分欲情する。精通してから何回ヌいたかもわからない。  決定的にカラ松を諦められる理由がないのだ。俺だって何度も諦めようとしたが、くどいようだが片恋29年間。諦められないでいるのだから察してもらいたい。  逆にここまでくると、どうしてそこまで頑なに受け入れてもらえないのかが気になってくる。だってカラ松は未婚だ。あのイタイ演技を止めれば兄弟内で一番の常識人でまともな分類で、それこそ学生時代は本人の知らないところでファンクラブが結成されるほどモテモテだったのだ。男女平等に。まして女性に優しく大抵のことなら受け止めて、本人がやる気さえ出せばなんだって出来るほどにはポテンシャルも高い。スタイルも良くて、時折見せるポンコツ具合や天然は母性本能を刺激されるらしい(by高校女子連中)。ただ全てはあの作ったキャラが全部を駄目にしていたのだ。  つまるところ、俺達家族を失ったカラ松は、その演技をする必要も余裕もなくなり、すっぱりとそれを止めてしまっていた。あげく家族を失った可愛そうな男性として同情もされていたことだろう。チビ太達に聞いたが、良い寄る女性男性も少なくは無かったらしい。だが、カラ松はそれをすべて断っていた。あれだけモテたいだの騒いでいたカラ松がだ。もっともあれもキャラ作りの可能性があるが、普通の恋愛願望ぐらいはあってもおかしくはない。俺達5人を養うにしても、生涯の伴侶や支えてくれるパートナーがいた方がそれも良いはずなのに。  まぁ、カラ松のことだから俺達5人の世界に自分と、一部の交友関係以外の異物を入れたくなかったから、が一番の理由だろうと思う。  しかし、俺達も良い年齢になった。それぞれ未来に向けて歩こうとしている。世の一般家庭ならば、そろそろ親が子供の門出を祝い、ようやく自分の自由な時間を手に入れられる時であろう。なのに、カラ松はもう良い歳だからを理由に人を探そうともしないし、出会いを求めるようなこともしない。  まるで初めから、誰とも結婚するつもりがありませんと言っているようにも見えた。  酒を飲まなくなったカラ松。そのため我が家には料理酒以外の酒はない。時折頂いてくることもあるようだが、全部そのままチビ太なりトト子ちゃん達なりに渡している。あと2年もすればおそ松兄さん辺りが買ってくるようにはなるが、それでもきっと、カラ松は酒を飲まないだろう。元々強くもないのだ。格好付けず、自然体でいるようになったカラ松が進んで酒を飲むことはしないだろう。つまりは、酔わせてゲロらせることも出来ないわけである。  我が家の飼い猫、えーニャンことエスパーにゃんこも、もう薬の作用はない。デカパン博士のキモチ薬も、俺はもう頼らないと決めている。そろそろその決意も折れそうだけど。けど、やるなら自分の力でカラ松の本音を引っ張りだしたい。俺達の記憶が戻った8年前のように、カラ松の言葉でカラ松の心が知りたいのだ。  元々俺自身、待つことに関してはそんなに苦ではない。だから、どれだけ時間がかかっても、カラ松がカラ松ならば、俺はカラ松の本音を聞くために、ずっと行動を起こしながら待ち続けるのだ。 「飯出来たぞー」 「兄さん達手伝ってよねー」 「今日はロールキャベツだっぺー!」 「十四松とトド松がキャベツ巻いたんだよなー」 「俺っ、料理学校目指してるから! みんなや、カラ松にーさんに「美味しいっ」て言ってもらえるご飯、作れるようになりたいっす!」 「そうか! ありがとうなぁ(へにゃり)」 「……ねぇ、そこの赤緑紫。気持ちは分かるけど、悶える前に手伝って。食べないなら僕と十四松兄さんで全部食べるよ」  数刻後に、大量のロールキャベツを積んだ土鍋を持ってきたカラ松と十四松、トド松が現れて、夕飯争奪戦が開始のゴングを上げる。上げたが、あまりにもカラ松と十四松のコンビが天使すぎて、耐性のあるトド松以外がノックアウトすることとなるのだが、意地でも天使組のロールキャベツが食いたいから復活する。食べ盛りの男子高校生舐めるな。腹ペコだごるあぁ。 [newpage]  木枯らしが冷たくなってきた夕暮れのこと。その日、俺は学校で特に何かを言われることもなく、比較的平穏に帰路につくことが出来た。いつもなら委員会だのおそ松の構って攻撃だのが付随してくるのだが、今日はそうでもない。  早く帰れば猫と戯れるカラ松や、昼寝をしているカラ松や、おかえりと出迎えてくれるカラ松と二人っきりで過ごせるのだ。今気色悪いって思った奴。仕方ないだろう。拗らせ男子一松くん。僕は立派なカラ松ボーイです。  家に帰ってきて、玄関を開ける。夕方から夜ぐらいにかけて俺達が帰ってくることを知っているカラ松は基本的に玄関のドアを開けておくが、そろそろ不用心なので俺ら全員鍵を持った方が良いのではと考えてもいる。本気、昔ならともかく今のカラ松はさほど強くも無い。万が一があったら俺も立ち直れる自信がないので、もう少し自衛をしてもらいたいと本気で思う日々である。  扉を開けて、ただいまと言えば、遠くでその声に反応してお帰りと返って来た。 「あれ……カラ松……?」 「ん? おかえり、一松。早いな」  俺が帰ってくると、ちょうどカラ松か階段に備え付けられた移動用の椅子に座ろうとしていた。俺は適当に鞄を置いて、カラ松の傍に寄る。 「ただいま。今日は特に捕まる用事も無かったから。あとの四人も早めに帰るんじゃないかな」 「そうか。だとしたら、夕飯の下拵えをしなくてはな。まだまだ食べ盛りだもんなぁ」  車椅子を動かそうとしていた手を止める。二階に行きたかったのかと尋ねれば、戸惑ったように微笑まれた。 「飯の準備、手伝うから」 「だ、だが……うわっ」  有無を言わさず、俺はカラ松を横にして抱え上げた。相変わらず階段を上るのは苦手のようだった。幼い頃はただ見ているしか出来なかったが、今では抱え上げられるぐらいには成長いたしました。 「い、一松っ、俺は大丈夫だから……」 「こっちの方が早い」  そのまま階段を昇る。健全な十代最後の若者舐めるなよ? 筋力的にも衰えた四十代のおっさんぐらい、軽々持つことぐらい出来るし。今世では俺も真面目に身体それなりに鍛えていますから。 「ははっ、まさか一松に抱えあげられる日が来るなんてな……。お前、こんな力あったのか」 「今回は真面目に適度に運動してますから。いつかアンタを抱えあげたり出来るようにってね」 「え? なんで? あ、介護?」 「おい」  俺がアンタをどういう目で見ているか知っているだろうがこのポンコツが。好きな人を抱きしめたいのと、抱え上げたいのは男のロマンでしょーが。  二階について部屋を通っても、俺はカラ松を下ろさなかった。勿体ないから。初めはそれに狼狽えていたカラ松だったが、俺が降ろす気はないと分かるやいなや、窓際で降ろしてほしいと言って来た。本当はもう少しカラ松の体温と重みを感じていたかったが、ずっと抱えたままもいられないので、言われた通り窓際に下ろす。 「ここで良いの?」 「あぁ。……ありがとう」  今日のカラ松の格好は寒くなってきたからか、黄色で縁取りした黒の詰襟を下に着込み、上には青いさざ波模様の入った薄い青灰色の着流しと紫紺の帯をしている。トレンチコートの時も思ったが、やっぱりコイツはスタイルが良い。襦袢も着ているためか、着物の裾からカラ松の足が見えることはないが、それでも妖艶だと思うのは何も惚れた欲目だけではない。  そんな姿をしたカラ松は、慣れたように窓を開け放ち、その縁に座る。足を組んで縁に手を置いて、静かに外を眺めるのだ。この光景は20年前から変わっていない。 「何か、見えるの?」 「夕日を、見ていたんだ……。いつも、お前達が帰ってくるまで、ここでこうやって眺めていた……」  窓の外には徐々に沈んで行こうとするオレンジの塊があった。遠くではカラスがカァカァと鳴いて、空は物言わずに紺色へと染まろうとしている。あ、一番星見っけ。 「カラ松……夕日、好きだっけ?」 「…………どちらかと言えば、好きかもしれないな」 「なに、その半端な答え」  ふふっとカラ松は笑う。素の表情。素の笑顔。ここまで穏やかな会話が出来るだなんて、20年前ではとうてい考えられない。 「昔見た光景に、とてもとても美しい光景があったんだ。それが、今でも忘れられなくてな……。おそらく、もう2度と見られないだろうが」 「どんなの?」 「…………秘密だ」 「そこまで言って勿体ぶるなよ」  うっとりとした視線の先には、そのかつて見たという夕焼けの光景が映っているのだろう。カラ松は過去の何かを思い出す時、それも自身が美しいと思ったものに対しては恍惚とした表情を浮かべる時がある。正直いって目の保養であると同時に目に毒である。そんな下い話ではなく、その姿は純粋に綺麗だと俺は思う。 「俺らも、見たことある?」 「いや、ない」  きっぱりと返されてしまった。 「風景というのはその時の心にもよるものだ。いつも見ている景色でも、気分が高揚している時と、ブルーな気持ちの時に見るとでは、また違って見えるというものだ。たとえばだ一松。この夕焼け。何も思わず、一般的な目線で見ればプラスかマイナスか?」  夕焼け、夕暮れ、黄昏刻。一般的な目線からすればマイナス寄り――つまりは、何かもの悲しさや、何かに連れていかれそうな不気味なモノとして扱われることの方が多い。まして夕刻とは日が落ちて、夜を迎えるための一日最後の時間である。太陽が沈むということは、安心を促す光が無くなるということ。それは感じ方次第ではあるものの、まぁ悲しいや淋しいという表現が似合うだろう。 「そうだ。だが俺が今見ているこの夕焼け、実はそこまで綺麗なものだと認識はしていない」 「そうなの?」 「何しろ俺は今、幸せだからな」  失意のどん底に落ちた時ほど、その絶望に快楽を得る者もいる。それにより、絶望を糧に作品を生み出す芸術家がいるほどだ。 「俺がその夕日を見た時、俺は失意のどん底にいた。絶望したのは20年前のあの時だったが、あれほど綺麗な夕日を見たのは、後にも先にもあの時一回だけだ。それは俺が失望し、諦め、悲しみ、そして見てしまった美しさに一種の快楽を得たからさ。だから、現在進行形で幸せを噛みしめていて、きっと同じように幸福を得てくれていると思っているお前達が、あの夕焼けを見ることは一生無いだろうと思う」 「……見てみたいって、思う?」 「…………いいや。出来ることならもう二度と見たくはない。見る時が来たら、その時は俺が死ぬときだな」  無意識に、それは良かったと安堵する。つまり、カラ松が見たその夕焼けはカラ松の心が酷く傷ついている時に見たものだからだ。俺はもう二度とこいつを傷つけないと誓っている。悲しませたくないからこそ、もし夕日を見たいと言われた時には怒っていたかもしれない。 「すまないな。こんな話をして。純粋に景色を眺めるのは好きだ」 「良いよ。アンタが自分のことを話すのって滅多にないし、俺も聞けて……その、嬉しいから」  カラ松のことはずっと見ていたつもりだった。だが、記憶が無い頃の10年間に空白の2年間。その間の頃は、俺どころか兄弟は誰も知らない。20年前のフグ毒事件のことも、実は殆ど聞いていない。カラ松が話したくないようだから。だが、深く傷ついていたのは確かだ。  かつて俺達が着ていた色違いお揃いの松パーカーと呼ばれるもの――8年前に、俺達が忍び込んだ物置で発見したかつての痕跡達。実あれ、未だにあそこで眠っている。  記憶を思い出し、俺達は前世の頃に近い性格になった。元々それぞれの色に興味を持ち始めていた頃であり、思い出したことでそれが顕著に表れた頃から、俺達は積極的に色を求め始めた。  俺は私物の殆どが紫色になり、自他共に認めるイメージカラーも紫になった。だがあのパーカーと色違いのグレーのパーカー、そして繋ぎは着ていない。否、着られない。  理由は二つ。一つはカラ松がもう着られないからだ。今でこそそれなりに青色系の和服を着るようになったカラ松であるが、それまでは避けているのかというほど、青色をまったくあいつは身に付けなかったのだ。だが当たり前だ。六つ子の証でもある色違いの何かを、兄弟大好きなあいつが、1人でそれを着られるわけがない。  もう一つはあれらは『松野一松』の私物であるからだ。  俺だって松野一松であるが、松野家四男・松野一松は20年前にすでに死んでいる。俺の松野姓はカラ松の養子としての名字であり、ただの同名の他人の空似なのだ。もちろん、自分があの松野一松であるという自覚はあるが、そういう精神論の問題ではない。あの紫色の箱のモノは、前世の一松のもので、今世の俺のものではない。故に、俺達は弔いの意味を込めて、あの物置のものは使わないことにしているのだ。 「どうにも、俺は昔から一歩引いたところから見るクセが付いてしまっているようでな」 「なのに演劇では才能開花させてから、常に主役だったよね」 「演技と本性は違うだろ?」  平然と言ってくれるが、それをものの見事に使い分けているのはどこぞの松だ。嘘は付けないし嘘を付くのは下手だけど隠し事は物凄く上手い。堂々と隠していると宣言しているのに悟らせない探らせない何かをこいつは持っていた。 「……いつまで後ろから見ているの?」 「性分さ。お前も知っているだろう? 俺は基本、面倒くさがり屋だ」  一歩後ろから引いているということはそれだけ視野が広いことにもなる。かつて兄弟達が何か落ち込んでいようものなら、カラ松はベストタイミングで、しかも誰にも知られることなくフォローに回っていた。悔しいことにそれを知っているのはおそ松兄さんだけだ。俺はそれを偶然知ったにすぎない。だが、その根底にはカラ松自身の『意志』が存在しないことと道理。  常に前を歩く存在がいるから、その前を歩く存在達が先に物事を決めてしまうから、後ろを歩き見守るカラ松はそれに従って決して逆らわない。  決して、自分の意見というものをカラ松は出さないのだ。 「『参謀モード』の時は前に出るのに……」 「演技と本性は違うだろ?」  一言一句違わない返答。いつだったかどれがカラ松の本当の性格だという話になったことがあったが、結局は分からないままとなった。  基本的に根底にあるのは『泣き虫』『短気』『喧嘩っ早い』だろうとは思う。成人してからは一切見られなくなった姿だけに、性格的に十四松あたりと入れ替わったのかと思うほど、子供時代のカラ松はナリを潜めている。  この俺ですら、子供時代の『真面目』という性格を少しでも引きずっているぐらいなのだ。性格からガラりと変わるだんなんて、それこそ演技でもしない限り有り得ない。  つまりは、俺も含めて誰もが、カラ松の本性というものを拝めていないのだ。優しい? お人よし? 天然ポンコツサイコパス? 発想と発言が宇宙飛び越してビッグバン起こして誰にも理解できないほど? そんな難しく考える必要はない。  松野カラ松は空っぽなんだから。  空っぽだから何でも取り込んで  空っぽだから何でも受け入れて  空っぽだから何でも虚無にして  空っぽだから何でも受け入れなくて  空っぽだから後先のことを考えない。  俺らが呼ぶ、所謂『参謀モード』は空っぽなりにゴチャゴチャした思考を本気で空っぽにして、改めて中身を構築していく、人格を作り直していくというただそれだけである。故にカラ松は自分を見失いやすい。それでも見失わないのは、カラ松本人が自称するように『カラカラ空っぽカラ松』をいうことを覚えているからだ。  それを覚えているから、カラ松はいくつもの仮面を被っていても、カラ松にしか分からない松野カラ松という虚空みたいな人物像を保っていられるわけである。  だから、俺の中では演技している姿も仮面の姿も参謀モードも、全部が全部松野カラ松であるという位置づけにしている。それに一番早く見切りをつけたのが、おそ松兄さんなだけなのだが……悔しいに決まってるだろ。  俺達兄弟が一貫してカラ松の嫌いな部分は、カラ松が自分自身を隠すためと、俺達に嫌われるための演技をする時である。その2つの事が、俺らの地雷を綺麗に踏み抜いてくれるわけである。  そして今、カラ松は『自分自身を隠す演技』を俺達の記憶が戻った後もず――――――っとし続けている。低血糖で倒れても知らねぇぞ嘘ちゃんと看病する。知らないと思っているのか知らないが、定期的に甘い物大量に食っている時があることを俺達は全員知っている。だからさっさとその仮面をはぎ取りたいのだ。  嬉しいことに、その役目は俺に一任されている。だからこそ、俺はカラ松を口説き落したいのだ。 「カラ松、そろそろ冷えこんできた」 「ん? あぁ。そうだな……。さて、今日は何を作ろうかっと」  さて、意外に思われるだろうが、俺のカラ松への反応。とっても普通でしょ? 少なくとももう20年前のようにキツくは当たらないよ。殴るなんてもってのほか。殴った瞬間に骨折れそうだし、もう絶対に傷つけないって誓ったから。それプラスことの、本当にカラ松のことが好きなのって反応してるでしょ?  アプローチしすぎてネタがないわけではありません。ただ、先の傷つけない宣言をしている以上、そしてまだ受け入れてもらえない以上、下手に手出しが出来ないだけである。これでも口だけにはキスしたことないの! ちゃんと想い通じてからしたいって思うじゃん!! 頬とか額とか手の甲とか目尻とかならいくらでもあるよ!? 実はカラ松と一緒に居られるだけで俺幸せ絶頂期ですからね!? あんだけチョロ松兄さんのことチェリー松シコ松だのカラ松にイタいロマンチストだの色々言っていたけど、俺だって相当だからね!? 童貞拗らせてなおかつロマンチストなところあるよ!? 人の事まったく言えないね!! クソがぁ!!  閑話休題  これでも滅茶苦茶意識はしているのだ。だがここまで躱され続けると逆に悟りまで開けてくるようになってね。いや、今でもタつ。しようと思えば簡単に欲情は出来るぐらいに心臓バックバクなのだが、身体は18歳でも精神年齢はカラ松の実年齢とどっこいどっこいなのだ。それなりに自分を抑え込む術はある。  だが、哀しきかな身体は若気溢れる十代男子高校生。そして俺は寝っからの家族大好き人間で目の前には恋して好きでやまない人がいる。  そんな人が、立ち上がろうとした瞬間、夕闇に包まれかけた空に、溶け込むような優しい視線を向ければ、溶け込んでいなくなってしまうって錯覚してもおかしくない状況を見れば 「い、ちまつ?」 「っ……」  腕を引っ張り、殆ど同じぐらいの背丈を抱きしめる。絶対に心臓がうるさい。二つの意味で。  この人に引き取られてから、初めて会ったばかりの養父の第一印象は『儚い』だったのだ。今すぐにでも消えてしまいそうで、それを僕らが繋ぎ止めていると思った。養父は正しくも僕らのためだけにいてくれていて、それが存在意義だと言わんばかりに目一杯の愛情を注いでくれた。小さい頃の僕はそれが恐くて、気が付けばいつも養父の傍にいてくっついていた。掴んでおかないと、養父はすぐにどこかへ溶けて消えてしまいそうだと思ったからだ。  記憶と取り戻してからも、その印象は変わらなかった。20年前よりも衰えた筋肉。車椅子を使わなければならないほど弱った足腰。和服効果のせいかより細く見える身体に、昔ほどの豪快さや大胆さ、自信たっぷりだったあの姿が無くなっていて、本当にあのクソ松と同一人物なのかと思ったまでだ。  目を離したら、どこかへ消えてしまう。20年前から変わらない印象。あの頃は物理的にどこかへ行きそうな感じではあったが、今は手を伸ばさないと心がどこかへ行きそうだと思った。それだけ、カラ松は1人の時を歩んでいたのだとも。 「い、いちま、つ? 一松?」  肩口に頭をうずめる。同じ石鹸を使っているはずなのに、まったく違う香りがダイレクトに刺激する。けれど、思い出した記憶と同じ、変わらないカラ松の匂い。正しくも好きな人の香り。胸一杯に吸い込んでやりたい衝動を我慢して、それでも一度抱きしめてしまった腕をほどくことが出来なくて、見た目通り細い体を抱きしめていた。 「一松」 「ん、なに……」  チラと視線だけ肩口から上げれば、カラ松は右手を口元へ持って行き、そのまま俺の額に押し付けるように軽く突いた。  親指と中指、薬指をくっつけて、人差し指と薬指をピンッと立てた、いわゆる犬だか狐だかの形。小さい頃から、時々やってくれた仕草。まるで小さくキスをするように額にコツンとぶつけられるソレは、僕らにとってとても特別なものだった。褒められた時、哀しい時、慰めようとしてくれた時、その度に、カラ松は額にコツンと指を突いてくる。  だが、今したのはなんだ。今まで見たこともなかった仕草だ。指先をカラ松自身の唇に押し当て、そのまま俺の額へ軽くぶつける。え? なに? 間接キス? え? 「カラま……」 「さて、手伝ってくれな、一松」  怯んだ俺の腕をどかすように、カラ松はさりげなく俺の拘束を解く。そして戻った、何かを隠した仮面と、大人の余裕を醸し出す仮面。そうやって、こいつはまた躱す。本気、ここまでスルー染みたことばかりされると、こっちもいい加減にしろと怒鳴りたくなる。  さっきみたいに、顔を出せよ。アンタは弱音吐くことが大っ嫌いだろうけど、俺はそれが聞きたいんだ。それをひっくるめて全部を愛したいんだ。 [newpage]  前述、俺は待つことは苦ではないと言ったが、前言撤回。それも本音だが、そんな悠長なことをしていたら、こいつは消えてしまう。だから 「ねぇ。なんでいつもはぐらかすの? 俺、かなり本気なんだけど」 「……」  離れようとする腕を掴み、力にものをいわせて窓際に引っ張って、そのまま畳に座らせる。力ではもうこっちが勝っている。抵抗なんかさせやしない。 「何が理由なの? 兄弟だから? 元兄弟だから? 男同士だから? 年齢差? まだ今の俺が若者だから? 道を間違えたと思ってるから?」 「そ、れは……」 「諦めさせたいなら、もっともらしい言い訳してよ。でないと諦められないし、カラ松以外を好きになることなんて出来ない。片思い歴何年だと思ってるの? 生前から今までずっとだよ。記憶が無い間ですら僕はお前に惹かれていたんだ」  何度も何度も躱された。はぐらかされて、それでも諦められず、こうやって何度も何度もアプローチをかける。でも、諦められない最大の理由。それは、カラ松本人が一切の否定をしないことだった。  元々好き嫌いをはっきりさせない人だった。むしろ何が好きなのかは比較的言ってくれるのに、何が嫌いか、何が苦手か、何が辛いか、何が嫌なのかは絶対に教えてくれない人だった。カラ松がはっきりと嫌いだと公言した回数はとにかく少ない。8年前なら『喧嘩』『青』『フグ』の3つを唯一嫌いだと公言したものだった。  精々カラ松が示す表現は『好き』『好きじゃない』『苦手じゃない』『嫌いじゃない』の4種類だけなのだ。唯一の否定が『好きじゃない』だけ。それだけで何が苦手で何が嫌いなのかを判断しろと言われても滅茶苦茶難易度が高い。  つまりカラ松は、よほどのものじゃないかぎり、嫌いなモノですらも受け入れてしまうのだ。  そのカラ松がはっきりと『嫌い』とも『好きじゃない』とも言わない。一度だけ俺のこと嫌いなのか、とか、こういう事(セクハラや告白)はダメとか聞いてみたが、カラ松から答えが返ってきたことは一切無いのだ。  そんな中途半端な態度を取られまくっている俺は、それを一縷の希望と思い込んで、諦められないでいるのだ。カラ松からしたら、俺から離れていくことを期待しているのかもしれないが、そうは問屋がおろさない。絶対に諦めてなんかやらない。これは俺とカラ松による持久戦なのだ。 「好きだよ。カラ松。お前がおじさんだろうが、なんだろうが構わない。ずっとずっと好きだった。愛してる」  だから応えてよ。好きでも、嫌だでも、なんでもいいから。俺はもうアンタを無視したりしない。これが前世からの仕返しなら俺は甘んじてそれを受け入れる。だから突き放すなら突き放して。それでも俺は諦められないから、何度だってアンタに愛を伝える。空っぽなカラ松を満たすために、俺は何度だって言ってやる。 「好きだ。好きなんだよ、カラ松。たとえお前に嫌われても、俺はずっとカラ松だけが好きで、愛しくて、愛してる」 「ち、ちがうっ、俺は……」 「教えてよ……カラ松。俺を拒む理由。俺を好きになれない理由。でないと、俺…………っ」 「俺は……」  絶対にはぐらかさせない。泣き落としも効かないことはわかっている。でも、感情に任せた方がカラ松はまだ話を聞いてくれる。 「お、れは…………っ。………………俺は……青色が『嫌い』だ」 「え……?」  思わず拍子抜けた声を出してしまう。だって、今俺、めちゃくちゃ情熱的な告白したよ? でも返ってきたのがそれって……いや、カラ松が意味のないことを言うことは絶対にない。いくら思考がぶっ飛んでいても、カラ松の中ではそれが答えなのだ。 「青色が、俺は嫌いだ。海も空も、青い。けど、本当はどちらも透明で、形も色もない、何も無いただの無機物。水も、空気も、目には絶対に見えない。だから、俺は、青色が、嫌い」  それは昔、子供の頃に聞いたことだった。なんの拍子かチョロ松兄さんとそれを聞いて、でもあの頃の俺達はそれを完全に理解はしていなかった。  海の水は青い。だけど、手の平で、バケツで掬ったところでその青い色が掬えるわけじゃない。無色透明――それが水。 「夕日は、好きかもしれない。でも、とても暗くて、哀しいもの」  グルグルと悩む俺に、カラ松は次のヒントを与えてくれようとしている。 「俺が見た、あの夕日はとても美しかった。視界一杯に広がる橙色に、吸い込まれていくように伸びる影。赤い景色に散らばる色の中に、青色は必要なかった」 「っ!!!」 「俺が見たあの夕日……夕日をバックに並ぶ、赤、緑、紫、黄、桃。完成された一枚の絵。赤色の中に青色は似合わない」  どうして今のいままで忘れていた。それがあったから、カラ松は一度俺達を見限ろうとしたのに。自分を卑下して『必要ない』『いらない』ものとして、俺達の前から消えようとしていたのに。  繋がった。繋がったと同時に思い出した。カラ松は自分の言葉を語らない。語れないことを。  俺が皮肉や罵倒に言葉を覆い隠したように、カラ松は過剰な装飾で言葉を覆い隠した。  俺が言葉を覆い隠したのは、伝えられない想いを抱え込んだから。実の兄に恋慕を抱き、許されない背徳的な恋に溺れたからだ。ならば、カラ松は?  本当の言葉、本当に隠したいことを言う時、カラ松は過剰な装飾を言葉につける。そうすれば20年前は誰も聞かなかった。そうすることで、カラ松の本心は誰に悟られることなく隠され続けてきたのだ。嘘は付いていない、誰も聞かなかった。誰も聞いていないから、カラ松は嘘をかずに本音を隠せる。  カラ松の人生、43年間。誰にも悟らせることなく、それを実行してきた。無理やりにでも暴かない限り、カラ松は自分から絶対に語ることはしない。カラ松はいつから、その言葉の装飾を使うようになった。何を隠してきていた。何を伝えようとしていた。  そして繋がった。たった一言いえば良いことを、こんな遠回しで伝えて……だからサイコパスだなんて言われるんだ。 「カラ松、お前…………」 「気が付いたのなら、そのまま放ってくれると俺はとても嬉しい」  どちらに向けて放たれた言葉なのかは分からないが、これは十中八九、言葉に隠された意味のことを言っているのだろう。確かに、カラ松のことを考えれば放置した方が良い答えた。だけど、俺達のことを思えば放置はできない答えである。すでに決意して、割り切っているカラ松を悲しませる、最低最悪な答えなのだ。 「無理。放置なんて出来ない。誰が一人になんかさせるかよ」 「っ……」  青色は、松野カラ松のイメージカラーである。その青色をカラ松は嫌いだと言った。透明な青色を嫌いだと、誰の目にも止まらない青色=存在を無い物とされる自分自身が嫌いだと、コイツは言っていたのだ。誰の目にも留まらない孤独感を、カラ松は嫌いだと言っていたのだ。  わかるか。  そして夕日の件。これは言うまでもなく、カラ松が一番傷ついた20年前の誘拐事件だ。これに関しては長く語る必要はないだろうから割愛するが、カラ松は見ていたのだ。夕日の中、俺達5人が仲直りして家路につく光景を、何度も見守ってきていた後ろから、それを見ていたのだ。  そうだよ。コイツは誰よりも孤独と静寂を愛していながら、誰よりも孤独と静寂を嫌う天邪鬼な人間だった。そしてこの日に至るまでの境遇を考えれば、すぐに分かる答えだったのだ。 「1人が嫌いだから、孤独になることが嫌いだから……いつか、俺を取り残すことになるから、俺の気持ちには答えられない。そういうことだよね」  カラ松の息を飲む音が聞こえた。正解らしい。  わかるかあああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!!!!!!!  俺も大概だけど、分かりづらいわ!!! 遠回りすぎれ地球一周してんじゃねか!? 何をどうすればたった一言『1人が嫌だ』という言葉が、あんなわけのわかんねぇ言葉の羅列になんだよ!! わっけわかんねぇわ!! むしろここまで答えを導き出せた俺自身を褒め称えたいわ!!  カラ松はすでに、見切りをつけていたのだ。先を進んでしまっている自身の残り時間を。明らかに自分の方が早く逝ってしまう可能性をすでに見ていて、だからこそ、絶対に特別を作らないことに徹していたのだろう。なんてったって、良く言えば博愛主義の次男カラ松。誰かを悲しませないという目的を作れば、とんでもない方向に頭を無駄にフル回転させるのだから。  それが、カラ松が俺達と生きることへの決意。俺がやろうとしていることは、その決意を踏みにじることに直結する。 「それでも、俺は諦められない」 「一松……っ、だ、けど」  それに、俺が気が付いたもう一つの可能性も捨てきれない。滅多にないことだが、カラ松は自分の作り上げた脚本――もとい作戦を覆されることを最も嫌っている。アドリブやイレギュラーで変更が起こることはままある。むしろ、カラ松にとってはそれすらも予測の範囲内だといわんばかりの時があるから、参謀モードは無敵に近いのだ。  しかし、本当に稀に、その参謀モードを覆せるほどの穴がある時、カラ松はそのモードが強制的に解除される。つまり、押せば弱気になる、素のカラ松になっていくのである。  カラ松の中の脚本を覆す、またとないチャンスを、カラ松は自分から与えたのだ。これは捨てきれない可能性に賭けてみて良いのかもしれない! 「カラ松。お前、本当は……」 「ち……」 「ち?」 「違う……ん、だ……っ。違うんだよ……っ」 「何が」 「なんで……俺、なんだ……っ。何度も……諦め、ようと……した、のに……っ。なんで……お前は…………っ」  崩れてきている。絶対的な脚本家の脚本が。参謀の立てた作戦が覆されようとしている。それも、一番崩してほしくない俺によって。そして今ので確信が出来た。カラ松は、本当は 「言葉の装飾……俺が罵倒と皮肉で覆い隠したように、アンタも、過剰な装飾を纏った……あれは、何を守るためなんだ」 「っ……あ、れは……」  言えない言葉に苦しむ気持ちは嫌でも分かる。僕はこの想いに自覚した時から言えなくなったのだ。ならば、カラ松はいつから? おそらく、僕と同時期だったように思う。 「言って。カラ松。お前の言葉で、お前の声で、お前の本当の気持ち。アンタが言葉の装飾で俺を受け入れてくれたように、今度は俺がカラ松を受け入れる」  カタカタと震える姿に罪悪感が無いと言えばウソになる。口元に手を当てて、必死に出て来ようとする言葉を抑え込もうとしている。俺はその手を握りしめ、軽く口元から引き離した。でも、すぐに解けるほどの力で。  聞かせてほしい。どんな言葉でも、俺は受け入れるから。 [newpage]  軽くカラ松の腕を掴み、身体を壁際に追い詰めて拘束してからどれぐらいの時間が経ったのだろうか。そんなに長い時間は経っていないだろう。夕闇はまだ明るい。震えていたカラ松は僅かに落ち着きを見せており、何度か深い呼吸を繰り返していた。  俺は待った。カラ松が話してくれることを。きっと、おそらく推測は当たっている。でも、言葉でないと意味がないのだ。かつての俺のように、後悔してからでは遅すぎるのだ。20年前のように、言えなかった後悔に苛まれて死んでいくことはもうしたくない。 「…………ずっと……」  静寂を保っていた水面に一滴落ちるような音が響き渡る。ぽつりと呟かれたテノールが水音のように弾けた。 「ずっと、後悔していた……っ。20年前……ずっと…………っ。言えなかった……こと、が……。同じ時を過ごして……いたのに、俺、は……っ」  それはまるで、懺悔を聞いているかのようだった。祈るように目を閉じて、自らの罪を一つ一つ告白していくような、そんな後悔。だけど、俺はそれに答えることはしない。語りだした心地の良いカラ松の声を、遮る資格を俺は持ち合わせていないから。 「……き……った……」  緩く拘束した手の平をぎゅっと握りしめる。爪の痕が刺さると言いたいが、絞り出した声を拾うことの方が今は重要である。 「俺は……自分と同じ顔をした、自分の、2つ下の弟が、ずっと、好きだった……っ」  驚き半分、納得半分。やっぱり、こいつも同じだったのかという安堵感。だけれども、カラ松の懺悔は続いた。 「けど! 俺達は兄弟で、いずれは離れるだろうとも思っていた! 働かない人生? そんな夢物語が続くと思うほど子供じゃない!  どうしたらこの気持ちを捨てられる? どうしたら弟を一人の人間として見なくてすむ? そればかり考えていた。けど、想いは強く、なるばかり……言えなかった……っ」  過剰な装飾を付けなければ、この醜い本音がバレる。耳障りな装飾を付けてさえいれば、誰もそれを聞こうとも、見ようともしなくなる。カラ松自身のための自己防衛。次第にそれが自らの首を絞めつけていたことに気が付くこともなく、カラ松も、そして俺も本音を覆い隠した冷たい言葉を吐き続けていた。 「20年前、フグに当たって……みんなが倒れていくなか、俺はソイツだけを見た。苦しくて、苦しくて、もがいてどうしたら良いか。あぁ、死ぬなって思った。こんなことなら、言えばよかったとも……。死んだら、何も出来ないのになって、後悔ばかりだった……」 「お前、僕と同じことを……っ」 「でも……反面、嬉しくも……思った……。産まれた時からずっと一緒で……でも、だからって死ぬ時は絶対に、心中でもしない限り一緒には死ねない。こんな時まで……俺達は六人一緒なんだって……嬉しくもあったんだよ…………」  6人だけの、モラトリアムの世界。その終止符はきっと、誰もが打てなかっただろう。打つタイミングがわからなくて、バラバラになることを恐れていた俺達は、先の見えない終幕ですらも見ようとはせず、見え始めた時に初めて後悔ばかり繰り返していた。誰よりも孤独が嫌いだと判明したこの男は、見えた終幕に、かすかながらに嬉しさを持っていたのだった。  なのに 「なのに」  俺の心情に重なるように、カラ松の怨念めいた声が重なる。そう。こいつは。こいつだけは……。 「なのに! なのに!! なのに!!! 俺だけが、俺だけが! 生き残った!! あの絶望感は今でも悪夢で俺を追い詰める!!  お前に分かるか……? もう死んだものだと諦めて、目を開けたら、病院の集中治療室……。でも! そこに、そこに、俺の愛した家族は誰もいない!! 誰もいないんだ!!  父さんも、母さんも、おそ松、チョロ松、一松、十四松、トド松も、誰も、どこにもいない!!!  理解したくなかった。理解した瞬間……俺は暴れた。本当に生死の境をさ迷った人間なのかってほど」  これも、人伝いに聞いたこと。目を覚ましてしまったカラ松は、本人が言うように暴れたのだ。何度も叫び、嘆き、自身を殺せと、もういない俺達に置いていくなと、喉が切れて血反吐を吐くまで、叫んでいたらしい。 「寂しかった。絶望した。でも、それ以上に後悔しかなかった。  両親にお礼も言えず、兄弟達に何も言えず……っ、お前に……一松に、好きだなんてことも、言えなくて……っ」  ボロボロと伝い堕ちる涙を、条件反射のように指で掬いとる。それで間に合わないぐらい、カラ松はかつての情景を思い出して、苦しそうに泣いていた。苦しめないと決めたはずなのに、このざまである。それでも、吐き出させないといけなかったから、俺はカラ松の懺悔を止めなかった。 「本気で、あの時は死にたかった。一人だけは嫌だった。みんなのところに……逝きたかった…………っ」  きっと、カラ松じゃなくても俺達の内誰かであっても、同じ結論にたどり着いた自信しかない。何故なら、絶対的な心の支えを失ったんだ。生半可な覚悟では立ち直れない。たとえどれだけ周囲が元気づけようとしても、生まれた時からずっと傍に居続けて、いなくても良いけどいないと違和感しかない存在達が、いきなり消えたのだ。  カラ松が味わったこの絶望は、きっと俺達の誰もが耐えられない。そして想像だに難しくないが、結局は想像と推測でしか、カラ松に同情が出来ない。実際に味わったカラ松にしか、その絶望感は分からないのだ。  けれどカラ松は立ちあがった。無理やり立ち上がらせたのがきっかけにしても、はっきりと立ち上がる意思を見せつけたのは、他でもないカラ松本人なのだから。 「けど、お前達が生まれ変わって……こうして一緒に住めるようになって、少しだけ……心が軽くなったんだ。記憶の有無は関係ない。お前達がいる……それだけで……満たされたんだ……」 「……でも、時々、あんたは俺達に、かつての兄弟としての面影も……重ねていた、よね」 「あぁ……殆ど無意識で……それに気が付いたのは、みんなが思春期を迎える頃だったかな……」  それは8年前のカミングアウトで分かったことだった。しかし、記憶が戻った後ですらもそんなことを考えていたとはね。 「その時、俺はまた自分の失態に気が付いた。一松の好意を、受け取ろうとしていることに」 「!!!」 「お前はもう、あの松野一松じゃない。なのに、私はあの一松とお前を重ねていたんだ。養父として失格だよ。  もちろん、まったく違うとも思ってはいない。が、まったく同じとも思っていない。私だけが、結局は置いてきぼりなんだよ……」  物理的に置いていかれて、新たに俺達が生を受けたとしても、カラ松だけが結局は先へ進んでいて別世界で生きている。俺達が必死こいて追いかけているにも関わらず、カラ松はそれでも孤独感を嘆いていた。立ち止まることも出来ない時間で、先に進むしかない場所で、俺達を見ることしかできないことに。 「それにな、怖いんだ。怖いんだよ……」 「……なに、が」 「お前は、まだ18だ。比べて私はもう40も越えたおじさんだよ。一松。お前にはまだまだ可能性があるんだ」 「だから、そんなの理由にならないっつってんだろ……っ」 「怖いんだ。今度は、お前を置いていくことに」  ここに繋がるのか。誰よりも孤独を嫌う男が、その想いを押しつぶしてまで隠し続けた本音に。 「もし、何事もなければ私の方が先に逝くことは確実だろう……。兄弟の頃は、一緒の時間を過ごせた。それは当たり前だったけど、こうなった今ならわかる。それはとてもとても、暖かい奇跡だったんだよ……」  一緒にいられることが当たり前じゃない。一分一秒先に何が待っているかなんて、誰にも分りはしないのだから。だから、カラ松はその一分一秒が奇跡だという。 「だが、今は違う。25も年齢差があって、もう俺に残された時は数少ない……。そんな少ない時間に、まだ未来あるお前を、巻き込むわけにはいかないんだ」 「なっ……」 「置いていかれる悲しさを、寂しさを、一松……お前だけには味わってほしくないんだ……。  だから、私はお前の想いに答えることは、出来ない……っ。これ以上……愛しく思えば、もう…………っ」 「ばっかじゃねーの!!」  気が付けば俺はまた叫んでいた。カラ松の懺悔はきっとこれで終わりだ。ならばその罪、俺が裁いてやる。  今までは緩く掴んでいた手――いつでも逃げられるようにという、俺の最後の良心だ。だが、カラ松は逃げなかった。ならば逃がさない。掴んだ手を握りしめて、そのまま壁に押し付ける。こいつの手、こんなにも細かったのかと自覚せざるをえないぐらい、今のカラ松は弱々しい。 「そんなこと、お前がおっさんで年齢差自覚した時に真っ先に覚悟したことだよ!! むしろ今は両想いだったことに喜び隠せてねーよ!!」 「い、いちまっ……」 「だぁってろクソ松!!」  賭けた可能性は見事に大当たりだった。ならばこちらも容赦はしない。ここまで分かっているのに、みすみす手放す馬鹿はいないと思う。  一緒にいられる時間が短い? んなこたぁどうでも良いんだよ! だったら少ない時間をどれだけ一緒にいられるかってことの方が重要だろうが!! お前はその一心で、演劇の道を諦め、俺達兄弟といることを選んだんだ!! ムカつくことに、自分を押しつぶしてまで兄弟達と居られるモラトリアムの時間を選んだんだろうが!! 「違うか!!?」 「!! な、何故それを……っ」 「自分でも退くぐらい、俺、あんたに関してストーカー気質だったからね。んなことはどうでも良い。 俺は、そんな年齢差とか気にならないぐらい、あんたを愛したいし、もう嫌だって思われるぐらい傍にいたい。 将来、カラ松がヨボヨボのおじいちゃんになっても、俺は傍に居続けて、その最期の一瞬まで片時も離れたくないってぐらいにはカラ松が好きなんだよ」 「っ……」 「介護だろうがなんだろうがやってやる。働くのが嫌いなあんたのためなら、俺が養うし、そこに関してはチョロ松兄さんにも絶対に譲りたくない。  だから」  手首を掴んでいた手を滑らせて、少し細くなったカラ松の手の平に滑らせる。指同士を絡めて、そのまま軽く握りしめた。20年前はきっと同じぐらいの大きさだった。触れたことがないから分からないけど。引き取られたばかりの13年前と自覚しなおした10年前。その頃に比べたらやっと、手の大きさが追いついたと少し嬉しくなる。  まだ少しだけ時間はかかるが、この手で今度はカラ松を守る。今まで守ってくれていた分、今度は俺の番。 「何も怖がらないで。もうカラ松を一人になんか絶対にしないから。たとえカラ松が先に死んでも、俺が先に死んでも、一緒にいて良かったって思えることを、目一杯やりたい」  俺に守らせて、俺に守られて。 「普段素直にならない俺が、出血大サービスの大バーゲンセールで言っているんだよ。カラ松も……建前とかの仮面取って、全部、全部見せてよ」 「っ……お、れ、は……っ、おれは…………っ」  もう答えは見えている。そして俺も踏み出した。ずっと踏み出しているんだ。だから、今度はアンタが踏み出す番だ。半歩だけで良い。その距離まで俺は来ている。もう二度と後悔したくないという気持ちがアンタの中に少しでも残っているのなら、俺に全部、曝け出してほしい。  開いたままだったカラ松の手が、ゆっくりと、そしてやんわりと握りしめられる。それが、カラ松の中でせき止められていた、装飾のない本音の始まりだった。 「好きだった! ずっとずっと、一松のことが、一人の人間として、ずっと好きだった!」  やっと、聞けた……。 「怖かったんだよ! また置いていかれることが! 置いていくことが! なんで、なんでそんなことを平気でポンポン言えるんだよぉ……っ。どれだけ、俺が、我慢していたと……っ」 「うん」 「俺だって、兄弟とか、男同士だとか、そんなの、些細なことだった……っ。でも! 俺は、養父としての責任があったから……っ」 「うん」 「諦め……たかった、のに……っ。なのに、お前は……ずんずんと、俺の心に入ってきて……っ。俺を、期待……させる、ようなこと、ばっかり……っ」 「うん。期待して欲しかったから」  カラ松は誰にも期待はしない。裏切られた時に傷つかないための自己防衛。だけど、頑なに、そんなカラ松は頑なに俺の事だけは「信じてる」と抜かしていた。一体いつから俺のことを特別視していたのかは分からないが、カラ松の唯一素直な物言いだったのだろう。  そして、20年経って、ようやくカラ松は信じようとしていた。俺のことを、家族のことを、今まで傷つくことを恐れ続けた結果、分厚過ぎる仮面をはめて演技をするしかなかった男が、今、ようやく捨て去ろうとしていることが手に取るようにわかった。  あんだけ色々やってきたのに、期待してほしいとは自分勝手にもほどがある。自分勝手で結構。自業自得として割り切って、チャンスを与えてくれたのならそのチャンスを掴み取るのみ。そして俺は、掴み取った。でもそこで終わりになんかはさせない。  クソほど重たい期待を向けられた。あれだけ嫌悪していたのにも関わらず、俺は敢えて自分からそれを飲みこんだのだ。だったら、応えてやろうって気概にもなる。 「っ……ばかぁ……っ、一松の、ばかあああぁぁぁぁ……っ」 「カラ松……」 「一松……っ、いち、まつ……っ、もう……っ一人は、嫌だ……嫌だよぉ…………」 「うん。一人にしてごめんね。カラ松。もう、離さないし、離れないから。だから」  目も当てられないぐらいボロボロと泣くカラ松を俺は抱きしめる。頭を自分の肩口に押し付けるように手を添えて、左手だけは指を絡めて繋いだまま。カラ松もそんな俺に恐る恐る腕を廻して、衣服をギュッと掴む。  本当はコイツの好きそうなシチュエーションで指輪とかバラの花束とか用意したかったが、如何せんまだ学生で扶養されている身である。もう少しだけ待ってて、カラ松。けど、その前に俺が待てない。だから、もう一度だけ言わせてほしい。 「カラ松。俺と、一緒に生きて。死が二人を別っても、死を得ても、一緒に乗り越えて、一緒に居よう」 「うん……っ。うん…………っ」  半年前は受け入れてもらえなかった、俺のプロポーズ。もう二度と一人になんかさせない。どちらかが一人になっても、追いかける、追いつく、待つ、待っている。本当は半年前のあの時、カラ松はこのプロポーズの意味を理解していたのだ。けれど、過剰な期待をしないことと、俺を一人にするかもしれない恐怖から頷けなかったのだ。 「カラ松……キス、したい。していい?」  瞬間、ボフンッという音が響きそうなほど湯気を立てるカラ松に思わずクスリと笑う。今までも額やら頬やらにはいくらでもしていたが、唇だけは避けていた。想いが通じ合った今、至極もっともな欲求だろうと思う。 「だめ?」  すると、小さく頭をフルフルと振った。嫌ではないらしい。 「その……お、れも……したい、から……えっと……」  この人本当に40過ぎたおっさんかよ。可愛すぎだろ吐くぞ。人生経験豊富でも恋愛経験は皆無でしたね。俺もだよ! でも、長年想ってふっきれて10年近くもアプローチしていれば、俺の方がいくらか余裕は出てくる。  少しだけカラ松を引き離して、額に口づける。ちょっとだけ寂しそうな顔をしたのを見逃さずに、すかさず触れるだけのキスを唇に落とせば、案の定真っ赤になって声にならない叫び声をあげた。 「真っ赤だな」 「い、一松だって……顔、赤い、ぞ」  そりゃあ、こちらも絶賛幸せ絶頂期でなおかつ拗らせた童貞ですから。本当は今すぐにでもがっついて貪って犯して抱いて愛してデロッデロに甘やかせてドロドロに溶かしたい。けど、残念ながら夕焼けはすでに落ちていて暗闇が空を覆っている。  そして、最も忘れてはならない連中がいることもある。だから、今は我慢しようと思う。 「好きだよ、カラ松……」 「おれ、も……っ、大好き、だ……っ、一松……っ」  これ以上泣いたら目玉が蕩けるのではと言うほど、カラ松は綺麗な涙をポロポロとこぼす。でも、俺も多分人のことは言えない。嬉しすぎて視界が僅かに霞んでいるのだ。目元が腫れるだろうから後で冷やさないとなと考えながら、俺はカラ松が泣き止むまで再度抱きしめて、その背中をポンポンと叩く。  これではどちらが子供なのか分かったものじゃない。が、こうやって甘えてくれるようになってくれさえすれば、そんなことは本当にどうでも良い。  俺は、カラ松が泣きつかれて静かな吐息が聞こえてくるまで、ゆっくりとあやしたのだった。 [newpage]  カラ松が眠ったのを確認して、しばらく愛おしく眺めていたが、そろそろ限界らしい。手は握ったままで、俺は膝を貸してカラ松を眠らせる。そして 「もう、入ってきたら」  一瞬だけ襖がガタッと揺れる。出入り口の影から赤、緑、黄、桃が順番に顔を出していた。いつからいたとか野暮なことは聞かない。けど、カラ松の告白の大部分は聞いていただろう。 「カラ松……やっと本音、言ってくれたね……。でも、なんか悔しいなぁ」 「あんまり大きい声出さないでよ。カラ松起きるから」 「デレッデレだな」  なるべく音を立てずに、愉快な兄弟達はぞろぞろと部屋に入ってくる。チョロ松兄さんの手には冷やしたおしぼりがあり、それは俺に手渡された。そのままカラ松の目元を覆うようにかぶせれば、冷たかったのか少しだけ身じろいだが、起きる気配はなさそうだった。よかった。 「そりゃあね。何年越しの片思いがようやく実ったんだもん。……まさか、カラ松も僕のことが好きだったなんて、思いもしなかったけど」 「カラ松って、自分の感情隠すのだけは上手かったからなぁ」  あんたが言うな、とケラケラと笑うおそ松兄さんに総ツッコミが入る。ただし、この長男はカラ松と違って平然と嘘を付いて隠すから、正しい意味で騙されて分かりづらい。 「そんなところで、演劇スキル出さなくても良いのにね~。本当、イッタイよね~……」 「でも、カラ松にーさん、とっても、幸せそうっす!」 「こんな無防備晒しちゃって~。40過ぎたおっさんのはずなのに、可愛いじゃないの」  トド松も十四松も、安心したとばかりに俺とカラ松を見てくる。思えば俺の恋心自覚の時、一番相談やら焚き付けを行っていたのはこの2人である。俺も弟には甘いのだ。そしてクズ長男。ニヤニヤしながらカラ松の頬に触ろうとすんじゃねぇ。その指折るぞ。 「あげない」 「え、ケチ」 「だめ。絶対にダメ。もうカラ松は僕のだもの。今はカラ松のために、出血大サービスで寝顔と泣き顔見せてるだけだから」  カラ松が安心しきった姿を見せる。ようやくカラ松の中にあるわだかまりが解消できたのだ。俺以外にも、こんなにもカラ松を想っているんだってことを、証明させるために。 「ま、俺らももう、カラ松を一人にする気はないしなぁ」 「結局、僕らはこの家に帰ってくるんだもんね……カラ松の待つ、この家に」 「デロッデロにカラ松兄さん甘やかせたいなぁ。今までは僕らの子育てに追われていたわけだし」 「おれらで、カラ松にーさん養う! カラ松にーさんと一緒に生きる!」 「その筆頭が一松になったってだけで、それ以外はなぁんも変わらないってこったよなー」  まだ問題は残っているけど、きっとカラ松はこれから俺達にも相談してくれるだろう。急激な変化はないだろうが、少しだけ優位に立つことが出来た今、もう俺はカラ松だけを苦しめることはしない。  もうこの家は、俺達の返ってくる場所なのだ。今も昔も変わらない。唯一の居場所。 「……でも、少し優越感」 「え?」  だって、俺はどうあがいてもカラ松の『特別』には慣れなかったのだ。 「俺は、おそ松兄さんみたいに、唯一の兄じゃない。  チョロ松兄さんみたいに、カラ松の半身として理解することも出来ない。  十四松のように、カラ松と一緒に歌うことも、笑うこともできない。  トド松のように、相棒として以心伝心みたいなこともできない」  いつだって、俺に出来たことは罵倒だけだった。自らの心を隠して、それでも特別が欲しくてカラ松に嫌われるようなことばかりをして、それでも無関心を貫き通すアイツに苛立ってまた殴って。そんな負のスパイラルを繰り返していた。 「でも、カラ松は兄でもない、半身でもない、相棒でもない、弟の内の一人を、僕を選んでくれた。こうして、少し強引だったけど、カラ松の抱えた弱さや本音を、ぶちまけてくれた……それが、とても、嬉しい……っ」  きっと俺の顔は幸せでたまりませんって表情をしているのだろう。俺を見る兄弟達の目が驚きでひん剥かれているから。俺だって驚いてるわ。こんな穏やかにこいつを見ることが出来るだなんて思ってもいなかったんだから。 「あぁ~……お前、本気でカラ松大好きなんだな」 「当然でしょ? カラ松がおじいちゃんになっても、ずっと好きでいられる自信しかないよ」 「うん、知ってた。いつだって一松はカラ松の傍にいてくれたから」 「え……?」  兄も、半身も、弟も、相棒も、いつだってカラ松の傍にいたはずだ。俺はアイツを傷つけるだけしか出来なかったはずなのに。 「一松がカラ松の心にいつも寄り添ってくれていたから、僕らはそれぞれの立ち位置にいられたんだ」 「ひょっとして一松兄さん無自覚? いつもカラ松兄さんの隠し事暴いていたのって、一松兄さんじゃん」 「カラ松にーさんが、『カラ松』をやってこられたのって、カラ松にーさんをどんな形であれ『認めていた』一松にーさんがいたからっすよー?」  カラ松という個を、俺が保たせていた。どれだけ酷い言葉を浴びせても、根本にはる生来の優しさや兄弟大好きの依存により、カラ松ほどきっちりと切り捨てられていなかったと他の兄弟達は言う。  かつての誘拐事件を持って、期待することを諦めたカラ松はきっぱりと俺達を捨てようとした。それは俺も含め、残りの兄弟達誰にも決して出来ないことだった。  0か100かの考えしかもたないカラ松を、中途半端に留め続けていたのは他でもない、俺なのだと彼らは言う。  マジかよ。  え? つまりアレか? カラ松が演技に没頭出来たのも、自分か『カラ松』であるという個を保っていられたのも……。 「一松がカラ松を繋いでいたからだよ。  だって一松はどれだけカラ松が何かしても、必ず反応していたし、その方法は本当にアレだったけど、無反応を突き通そうとしていた俺達よりは、ほぼ高い確率でカラ松に絡みに行ってたじゃん」 「嘘……え、マジ……俺、全然そんなつもり……」 「だから無自覚なんでしょー? カラ松兄さんもイタかったけど、一松兄さんだって十分イッッッッッタイよねぇ――――っ!!!」  久々に聞いたトド松のイタイ発言。うん、本当にイタイ。だって、そんなこと一切考えて、ない。ただ嫌悪でも良いから俺を見てほしくて、でもイタイ演技をするあいつがムカついてイラついて腹立っていたから、平気で殴ったり罵倒したりバズーカ放ったりしていたのに、俺は……正しくも、カラ松からその反応を貰い、カラ松の中で俺が唯一絡む人間であると認識させていたのだ。  どれだけ演技をしようとも、引っ張り出そう、引き留めよう、留めようとする俺がいるから、安心してキャラを演技していたのだと。 「は……は、ははっ……マジ……かよ……」 「だからな、一松。これだけは言わせてくれよ?」  瞬間的に張り詰めた空気になる。見やればおそ松兄さんだけでなく、チョロ松兄さんも十四松も、トド松も真剣な目を俺に向けていた。 「カラ松の唯一の兄として一言。  カラ松の弱音をしっかり受け止めてやること。知ってのとおり、溜め込みすぎるとマズイからな、アイツ」  前世、カラ松がいつも相談をしていたのはこの兄だ。カラ松にとっての唯一の兄。今でも時々ガス抜きさせていることを知っている。 「じゃ、僕も」  続いて口を開いたのはチョロ松兄さんだった。 「カラ松の半身として一言。  カラ松の複雑な思考、全部は理解出来ないだろうけど、しっかりと受け入れてあげてね」 「カラ松の弟として一言!  カラ松にーさんの話、ちゃんと聞いてあげること! ずっごく、嬉しそうだから! ちゃんとまっすぐに聞いてあげることだよ!」 「カラ松の相棒として一言。  隣にいてあげてね。カラ松兄さんは常に対等を求めているから。一松兄さんにしか分からないカラ松兄さんを、任せたよ」  十四松が、トド松が続く。各々の立場を持って、彼らはカラ松と接していた。言われるまで気が付かなかった、十四松と同じ『弟』という立場だった自分が出来た役目と同じように、この兄弟達もまた、カラ松を個として認めていたのだ。 「「「「カラ松を泣かせたら、絶対に許さないからな。カラ松の特別」」」」 「…………クヒッ。じゃあ、俺も。  カラ松の特別から一言。  上等だよ。元より、嬉し涙以外を流させない。苛めて泣かせるかもだけど、それを上回るぐらい、愛してあげる」  元々好きな子は虐めたいな小学生メンタルな自分である。けれども、先の反省もあるし、1人先行く時間を歩くカラ松を不安にさせないためには、彼からもらった愛情をカウンターで返せる以上の大きなものを与えたいと思う。  幸せそうに俺の手を握るカラ松に言いようのない愛しさがこみ上げる。一分一秒の先が分からない世界だからこそ、俺はこいつと歩いていきたい。 「んじゃ、一松はカラ松起きるまで見ててねー」 「今日の夕飯、おれが作りマッスル!」 「あ、僕も手伝うよ。何作るの?」 「カラ松にーさんの好きな唐揚げ! 塩!」 「あぁ~そろそろ油分とか気を付けないとね~……」  やはり音を立てないように、パタパタと部屋から出ていく兄弟達。どうやら俺の返答に満足してくれたようだ。だが、おそ松兄さんが言ったように、きっとみんなしてこのポンコツを愛するのだろう。その筆頭が俺になっただけ。  20年前に返せなかった愛情を、今まで13年間かけて与えてくれた愛情を、今から、一生懸命返していこう。空っぽなカラ松。満たされなくても良い。満たされないなら満たせるように頑張るだけだから。いや、頑張る、ではない。満たせるのを常としたいのだ。 「聞こえる? カラ松。あんたは幸せ者だよ。こんなにも、みんなから愛されている」  まだまだ問題は山積みだ。こうして繋がって、結ばれたと言っても世間では絶対に許されない恋愛である。けれども、祝福してくれた兄弟達がいる。それだけでも嬉しいものだ。きっと、カラ松もそれを受け入れてくれる。 「もう、死のうとか考えるなよ……。俺達は、ずっと六人一緒で……俺は、ずっとカラ松の隣に居続けるから……」  もうかつての幻影に惑わされないでほしい。孤独の悪魔が囁くなら、そんな声が聞こえないぐらいに俺の声を聴いてほしい。俺達の声を聴いて、姿を見て、そして笑っていてほしい。  結局、俺達はどれだけの時を得ても、カラ松が笑ってくれればいいのだ。それはカラ松が願った、「俺達が元気で笑っていてくれさえすれば良い」というものと同等のものだ。なら、カラ松が俺達に幸福を願うなら、カラ松も幸せになってもらわなければならない。  幸福のために演じ続けた養父(兄)。  笑顔を仮面を壊すために動いた子供達(兄弟達)。  巡りあって、繋がって、そして先に残るは希望か、絶望か。  何もかもが元通りにはならないだろう。でも、改めて築き上げることは出来る。アンタがそれをしてきたように。  これからは、俺達も築き上げていく。一緒に、死が俺達を別っても、その先も、永遠に――……。 ⇒NEXT後書き(という名の懺悔 [newpage]  一松にカラ松をお姫様抱っこさせたいがために足を不自由にしたとかそんな理由じゃない(ドーン  別に腐向けにする必要は無かっただろうね! だが残念! 俺は生粋の腐女子だ!!!  そしてこんなパラレルにする必要もまったく無かったと思うよ! だが! 気が付いたらキーを打っていたんだ……何を言っているか分からないと思うが(ry  自分の中でのカラ松のイメージはだいたいこんな感じです。長いよね、ごめん。でも多分、話によって変わっていくと思う。ご都合主義万歳。  あとは小ネタがいくつかあるので、自己満足でよろしければ垂れ流したいなぁと思っております。もう伏線も何も関係ない、ただの小ネタ。  本当にこんな乱文のお目汚し失礼いたしました。ですが読んでいただけて嬉しく思います。こんな後書きまで目を通して下さるかたがいるか不明ではありますが、この場をお借りして、お礼申し上げます。  それでは、閲覧ありがとうございました!
『ぶち壊せ』<br />カラ松愛させ転生松一カラ落ちの、一カラ部分。前回のコレ(<strong><a href="https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=6522053">novel/6522053</a></strong>)とコレ(<strong><a href="https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=6522267">novel/6522267</a></strong>)の続き。前後編に分かれるだなんて思いもしなかったよ……この話と合わせて総数約8万字だぜ? まだ少ない方か←<br />出すぜ本性。俺は腐の民よ←<br /><br />前回からの続きとなりますが、こちらは表記の通りBLなので、続編という名の単体物と見て頂ければ幸いです。あ、年齢差パラレルともいう。<br /><br />一カラまじスゲェよ。自分の好みドンピシャなのよ。自分が腐に落ちた原因CPとほぼ似ててね……ハマった当初は自分でも気持ち悪いぐらいニヤついていた(笑)<br /><br />至極どうでも良い余談。これと前作書いている間、エアコンが壊れたらしく勝手に電源が入ったり切れたりして、その度にピピッて音がして滅茶苦茶うるさいの。勝手に冷風だから地味に寒いんだぜ……住み家が現在かごんまで良かったよ。北国なら泣くぞ。コンセント抜いたら大人しくなった。当たり前である。<br /><br />追記:ブクマ閲覧評価及びコメントありがとうございます!! コメント返信致しました。<br />そしてタグありがとうございます!評価タグ!!嬉しい!!うわああぁぁぁぁありがとうございますうううううぅぅぅぅぅ!!!<br />追記2:2016年03月05日~2016年03月11日付の[小説] ルーキーランキング 45 位に入りました<br />マジかよマジ!!?<br />スタンプとタグもありがとうございますうううぅぅぅぅ!!憧れのタグ2ついただきました!!!<br />追記3:コメント返信いたしました!
【腐】その笑顔の仮面を【一カラ】
https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=6523230#1
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「かんぱーーーい!」 珍しく、月島は烏野高校のメンバーと地元、宮城での飲み会に参加していた。 東京に在住し仕事をしているため、あまり帰省の機会がない。 機会があっても、飲み会に参加しない月島のために今回、当時の先輩たちが月島の帰省に合わせて飲み会を開催してくれると言うのだから、出席しないわけにいかなかったのだ。 自然に、学年ごとに固まってしまう。 話は最近の近況や、年齢的なせいか結婚の話になっていた。 烏野メンバーでは、 東峰 旭だけが既婚者で子持ち。 本日はお子さんが熱を出したとかで欠席だ。 当時の2年生メンバーも、彼女がどーのとこーのと騒いでいる。 高校の頃の、バレー一色だった頃とは大違いだ。 「え!まだ付き合ってんの?すげーな。」 日向が騒いでいたのは、月島と黒尾のことだ。 「うるさいな。君に関係ないでしょ?」 二人の付き合いは周りには既に周知のことなのだが、あまり突っ込まれたくない話題なので、月島は不愉快な表情になる。 「だって、高校からだろ?長いよな。」 「すごいね、ツッキー!」 当時の3年生が卒業してからもう10年になる。 「まぁ、長いだけだよ。」 そう言ってビールを飲む月島は、 『もうこの話は終わり』 というオーラをアピールしてるのに、 周りは気にせずに話を続ける。 「なぁ、連休だけど黒尾さんは?」 空気を読まない影山に月島はため息をつく。 「家」 日向は 「なんだ、東京かよ。せっかくの連休なんだから、一緒に宮城に来ればよかったのに。研磨とかリエーフの話、聞きたかったなぁー」 と騒いだ。 "黒尾さんにも会いたかったなぁー" なんて言葉にちょっぴり嬉しかった月島は思わず 「だから、家だよ。僕の実家。」 と言ってしまった。 山口が 「ツッキー!それ、言わない方が……」 と言った時には既に遅く、 「え!来てるのか、黒尾さん。」 という影山の言葉を聞いて、すぐに 「澤村さーーーん!音駒の黒尾さん、宮城に来てるって!」 と、日向が叫んだ。 「ちょ、ちょっと!!」 月島が慌てて日向の口を塞いだが、遅かった。 「え?黒尾、来てんの?なんだよ、呼べよ!」 「オー久しぶりだよな。呼べ!呼べ!」 と、澤村と菅原が騒ぎ出す。 「え、いや、いいですよ。」 月島が断るが、澤村は気にせずに 「遠慮するなよな、じゃあ俺が電話するよ!」 と携帯を出した。 「え、嘘でショ?!」 嫌がった所で聞く人達ではないことを知っている山口は 「ツッキー…だから、言ったのに。」 と、憐れみの目で月島を見る。 澤村は本当に、黒尾に電話を掛けていた。 「あ、黒尾?なに、宮城にいるんだって?」 『おー、久しぶり。そうそう、こっち来てた。なんだよ、飲み会じゃなかったのか?月島、行ってるだろ?』 「みんなで飲んでるんだけどさ、せっかく宮城にいるんだから、お前も来ないか?」 『えーー?いや、いいよ。烏野で集まってるのに、なんか悪いし。それにさ月島も嫌がるよ。』 「大丈夫だよ、みんなお前に会いたがってるし。月島もいいよな?」 そう言って澤村は月島に問いかける。 「え、嫌ですケド」 月島はそう返事をしたが 「主将の命令だ。黒尾を呼ぶぞ!」 と一喝した。 澤村も少し、酔ってるのかもしれない。 こうなっては、逆らっても無駄だ。 「はぁ…まぁ、いいですけど。」 嫌だけど、こう答えるしかない。 「月島、いいってさ。許可出たから来いよ。」 『えーほんとに?だって俺、どこに店があるかわかんねーもん。…… "え?はい、あ、ほんとですか??" なんか、お父さんが車で送ってくれるってさ。』 「あ、月島のお父さんに送ってもらえんの?んじゃすぐに来れるな。待ってるからなー。」 (ほんとに来るの?しかも父さんの送迎で??) 月島は、頭を抱える。 みんなの前で 恋人として黒尾と会うなんて初めてだ。 (なんか、変なことになってきた……) 10分ほど経つと 「ちーっす!」 黒尾が現れた。 「おー!ほんとに来た!」 そう言って笑う菅原に 「なんだよ、呼んでおいて。」 と嬉しそうに黒尾も笑う。 黒尾は入り口に固まっていた3年生チームの席に座った。 座敷の奥に月島を見つけて、 黒尾は軽く手を挙げる。 それを見て月島は、ペコリとお辞儀をする。 「あれ?近くに行かなくていいのかよ、月島。」 言葉を交わさない二人を見て日向が言うが 「別にー。今日は烏野の飲み会だからね。あっちはあっちで盛り上がると思うよ。」 と月島が言う。 "恥ずかしい" そう思っている月島に、黒尾は気づいててわざと遠くに座ったのだろう。 側に来ない黒尾に 少し寂しいし、残念な気もするけど仕方ない。 「なんだ。せっかく黒尾さんが来たのに。あんまり恋人っぽくないのな。」 日向は少しつまらなさそうに言う。 「うるさいチビ。」 それはこちらも同じ。 「いいのか、黒尾、月島の方に行かなくて。」 澤村の問いに 「いいのいいの。今日は同級生で語ろうぜー」と黒尾。 本当は横に座りたいけど、 きっと月島は、居心地が悪くなるだろう。 我慢我慢。 ~♪ 「あ。悪い、電話だ。もしもーし、え?あ、ちょっと待って。」 黒尾はそう言うと 「け……月島!鍵って持ってきたか?ってお母さんから電話。」 と、奥にいた月島に叫んだ。 月島は、鞄にゴソゴソと手を突っ込み鍵を探す。 「えっと、あ、あった。持ってきてる。」 それを聞くと黒尾は電話に向かって 「鍵、あるって。え?牛乳?1本でいいの?わかった。はーい。」 と電話を来る。 電話は月島の母親からだったようだ。 「なんで黒尾さんの方に電話するのさ。」 と月島は、不服そうだ。 「月島に電話したけど出なかった。って言ってたぞ。」 そう聞いて月島はスマホの画面を見る。 確かに。 いつのまにかマナーモードになっていたようだ。 「帰りにコンビニで牛乳を買ってきてだってさ。」 「何、そのお使い……」 そんなやり取りの後、 二人はまたお互いの席に戻った。 そんな二人を見て 周りが赤面してしまう。 (ほんとにカップルだ!) (夫婦かよ!) 澤村も 「なんか、すっかり嫁だな、黒尾。」 呆れたような顔をする。 「嫁?!俺が?」 そう言って黒尾は笑う。 「月島の親と普通に仲いいんだなー」 菅原も意外そうだ。 「まぁ、普通かなぁ。向こうが普通にしてくれるっていうのもあるかな。付き合いも長いしね。月島もうちの親とうまくやってくれてるよ。」 東京に住んでる分、東京が地元の黒尾の実家とのやり取りの方がどうしても多くなる。 月島は、意外にも黒尾の親とそれなりに仲良くしてくれる。 「ねぇねぇ、お前たちってさ、いつから付き合ってんの?」 大体、あの辺りだろう。というのは分かるけど、詳しく聞いたことがない菅原は前から気になっていた。 「え?えーっと、俺が高3の……夏…いや、秋ぐらいかな。」 もう10年以上前になる。 「ってことは月島は、高1かよ!」 「お前!ついこの間まで中学生だった月島を!」 「合宿でってこと?おいおいおいおい。」 烏野の先輩二人は後輩可愛さに黒尾を攻め立てる。 「いや、俺もその時、高校生だからね!」 二人の怒りオーラに驚き慌てて言い訳をする黒尾。 「こんなこと聞いたらあれだけどさ、元々、恋愛対象が男性なの?」 菅原も酔っているのか、人からそんなことを聞かれるのは初めてだ。 相手が菅原だからか。 興味本意で聞いているわけではないと分かるから、嫌な気持ちにはならない。 逆に、知り合いに月島との付き合いのことを聞かれるのは新鮮だった。 「いや?俺も月島も彼女がいたことあるし、変な話、女性とそういうことも経験したことあったし。それに、他の野郎を見ても恋愛とか考えたこともないから…違うなぁ。」 実際に月島に出会った当時、黒尾には彼女がいたと言う。 月島と初めて会ったのはGWに行われた遠征先の宮城だ。 その時から気になっていた。 見た目はもちろん、その雰囲気に目を奪われた。 何か話しかけたい!と思い、勇気を出して会話を交わしたことを、付き合ってから月島に聞いたら月島も覚えていてくれた。 「そんな最初からお互いに意識してたのかよ。」 当時の先輩たちは二人がそんな風だったなんて全然気づかなかったと言う。 「え、告白したのはどっち?」 「告白は……俺……いや、月島かな。」 夏休みの間にあった長期の遠征で、月島への想いが大きくなりすぎて、気持ちを伝えた。 言った瞬間に、 絶対に拒否される! この後の合宿が気まずくなる! と後悔した。 けれど月島は真剣な顔をして、黒尾の言葉を受けとめ、少し考える時間が欲しい。と言うので、その話は一端保留になった。 同性同士だ。それに遠距離。 簡単に判断できないと言う月島の気持ちは、黒尾も理解できた。 「そんでさ月島に返事を貰う間に、時間が出来たせいか、今度は俺が不安になって考え込んじゃってさー。月島に悪いことをしたんじゃないかって……勢いで気持ちを伝えたけど、伝えない方が月島のためにも良かったんじゃないかな。とかさ。」 けれど月島は逃げずに黒尾と向き合って、 自分の気持ちを伝えてくれた。 「黒尾さんのことが恋愛対象として好きです。付き合ってください。」 自分から思いを伝えたくせに、黒尾は月島の告白にすぐき返事が出来なかった。 けれども、月島は、もし黒尾が躊躇しているなら、気持ちが落ち着くまで、いつまでも待つ。とまで言ってくれた。 「親は?お互いの親に話した時はさ、なんで話そうと思ったの?」 今日はすごく突っ込んでくる菅原に 「つーか、こんなとこでこんな話してたら怒られるって、俺。」 と黒尾が小声で囁く。 月島とは席が離れているが、先輩に自分たちのそんなことを話していることが聞こえたら、彼はきっと怒る。 「大丈夫大丈夫、聞こえてないって。」 澤村は笑いながらそう言うが、これはきっと酔っぱらいの戯言だ。 現に声がでかい。 (聞こえてるから!) 全てではないにしろ、先輩と黒尾のやり取りが月島の席にも聞こえていた。 「いや、親に挨拶とかって結婚と同じだべ?実はさ、俺さ、今、結婚に迷っててさ、そういう話が聞きたかったんだよな……」 そう言い出したのは菅原だった。 菅原には付き合って1年の彼女がいる。 年齢的にも、最近、彼女の周りでは結婚シーズンとなり、そのことで彼女が"結婚"に焦っているように見えるだ。 「彼女の気持ちもわかるけどさ、『周りが結婚したから自分たちも!』って、そんなことで決めることじゃないだろー?って俺は思うんだ。」 恋愛と結婚との違い。 結婚へのキッカケが見いだせない菅原は、彼女との関係にも悩んでいた。 「えっと、烏野はみんな独身か。」 「旭が結婚してるけど、出来ちゃった結婚なんだ。まぁ、それもキッカケだと思うけど。」 菅原にとって、『結婚』とはまだ未知なるものだ。 「黒尾はさ、どうして、お互いの親に挨拶しようと思ったんだ?」 澤村も真剣な顔で聞いてくる。 そういえば、澤村は彼女と別れたばかりだと言っていた。 「俺は……んー、そうだなぁ。これからも二人でずっと一緒にいるにはどうしたらいいか?って考えた時の第一歩が、親への報告だったのかなぁー」 もし、同性同士にも法的に手続きがあるとしたら、すぐにでも手続きをするだろう。 それぐらい、黒尾にとって月島は大切な唯一無二の存在だ。 「ケンカとかさ別れ話とかしたことないの?」 菅原はしょっちゅう彼女と揉めると言う。 「あるよー!ケンカするよ。ケンカの時のアイツの口調、えげつないからね!黒尾さん、泣きそうだよ!」 それでなくても、普段の月島も口調は冷たい方だ。 「こわっ!月島怖い!」 いつも以上だというケンカ中の月島を想像すると、先輩と言えど身震いがする。 そんな先輩たちの話が聞こえた日向は 「黒尾さんとケンカしたら勝つの?」 と月島に聞いた。 「……あの人、怒るとめちゃくちゃ怖いから。」 と月島の表情が曇る。 いつもは、月島の態度が悪くなり、黒尾がなんとか月島の機嫌を取って謝って許してもらう。 けれど一度だけ、 月島が心にもないことを言ってしまったことがあった。 今となってはよく覚えてないが 「自分に飽きたんだろう」と言うようなことだったと思う。 見る間に黒尾の表情が怒りで強ばり、 部屋の温度が下がったような気がした。 聞いたこともないような低い声で 「お前、本気で言ってるのか?」 と呟いた。 月島は、そんな黒尾が怖くなり返事が出来なかった。 その後、 これはさすがの月島もヤバいと思い、 初めて、黒尾に「ごめんなさい」と謝った。 正直もう思い出したくもない。 「二人暮らしって窮屈にならないか?」 澤村は元彼女と同棲したがうまくいかなかったと言う。 一緒に住むまでは仲良くしていたのに、同棲した事で揉め事が多くなり別れることになったそうだ。 「窮屈?いや?どっちかって言うとさ、ますます離れたくないとか思うけど。もう会いたいなとか、家に帰りたいよーとか、早くヤリたいなーとかばっかり考えちゃ…」 バシッ!! 「いってぇー!」 そこにはメニューを振り上げた月島がいた。 「ちょっと!いい加減にしてよ、なんてこと言ってんのさ。」 「おっまえ、今、メニューの角で叩いただろー、角で!いってぇよ!」 「お。旦那の登場だ!座れ、月島。」 澤村がふざけて月島を呼ぶ。 「…旦那?」 月島は、その呼び名に変な顔をした。 「いや、スガ君がさ結婚について聞きたいって言うからさ。あーいてて。」 黒尾のその言葉に 「この人、結婚してないですよ?」 と月島は不思議そうに答える。 「くくく、そりゃそうだ。」 黒尾は面白そうに笑う。 「ほら、座れよ。」 という澤村の言葉で、月島は、素直に黒尾の隣に座った。 澤村に言われて座ったように見えるが、本当は黒尾の近くに来たかったのだろう。 だって、黒尾も月島の側に行きたかったのだから。 先に我慢できなくなったのが月島というわけだ。 床についた手の先……黒尾と月島の指が少しだけ触れている。 きっと月島も気づいている。 触れあっている指先に意識が集中してしまう。 付き合って10年。 こんなに一緒にいるのに 指先が触れあうだけで胸が苦しくなる。 月島は、きっとわざとやっているのだろう。 そういうところが可愛いと黒尾は思う。 この可愛さは自分にしか分からないのかもしれない。 「二次会、行く人ぉー!」 「はーい!」 「俺も行く!」 寒空の中、ほとんどの人が二次会に流れるようだ。 「黒尾たちは?どーする?」 そう聞かれたが 「俺たちは失礼するよ。」 「お先します。」 と二人は帰り支度をする。 月島の実家だし、あまり遅くに帰るのは悪いだろうから。 と黒尾が言った。 「そっか。じゃあまたな!」 澤村が黒尾と握手をする。 「今日は色々聞いて悪かったな。でも、考えさせられたよ。ありがとうな。」 と菅原。 「月島ー!黒尾さんと仲良くしろよー」 「今度、東京に会いに行くね、ツッキー!」 酔っぱらって騒いでいるみんなに手を振り、月島は黒尾と帰路につく。 こんな風に、みんなの前で自然と黒尾と一緒に過ごして、 二人のことを聞かれたり話したりする日が来るなんて思ってもみなかった。 "二人でいれたら、それだけでいい。" そう思っていた時もあったけど、 今、みんなとこういう付き合い方が出来て、それはとても幸せな事だと思った。 「さ、帰ろうぜ。さすが宮城、さみー!」 「はい。」 月島は返事をして、黒尾の手を握ってみる。 黒尾は一瞬、動きを止めたが 「どーしたの、蛍ちゃん。酔ってるの?」 と手を握り返してくれる。 「そうかも。」 月島は、そう言って前を向いて歩く。 自分達は恵まれている。 理解のある友や家族がいる。 そして、好きな人と一緒に過ごしていける。 「黒尾さん。」 思わず名前を呼ぶ。 「ん?」 「来てくれてありがとう。」 そう言うと 黒尾は少し驚いた顔をして 「いいえ。呼んでくれてありがとう。」 と、言った。 「ちょっと、蛍!起きなさい!」 月島の母親の声がする。 よかった。呼ばれたのは俺じゃない。 さすがに、午前様で朝の6時半に起こされるのは辛い。 「……なに?眠いんだけど」 月島は布団から顔だけ出して返事をしている。目はほとんど開いてない。 「牛乳!買ってきてって言ったでしょ?」 あ!! 「……僕、知らない。黒尾さんじゃない?」 そう言うと月島はまた布団に潜り込んだ。 (蛍~ズルい。) 俺も寝たふりを決め込むが、 「鉄ちゃん!牛乳!コンビニ行ってきてよー」 月島のお母さんは諦めない。 「うわぁー、ねみぃー!」 仕方なく起きる俺を見て 「いってらっしゃい。」 と、顔も見せずに月島が呟く。 くっそー! 「お父さん、車の鍵、貸して~」 しっかし、コンビニまで遠いだよ、宮城!! 鍵を渡しながら、 "ついでにガソリン入れてきて。"とか言ってるよ、お父さん。 俺は 『月島』と、名の付く人に弱い。
クロ月カップルです。<br /><br />ツッキーが地元で、烏野のメンバーと飲み会をしています。<br />メンバーにはクロ月カップル公認です。<br /><br />黒尾さんも途中参加することになり、ツッキーとのあれこれを聞かれたりするお話。<br /><br />3年生では、大地さんとスガさんが参加してます。お二人の恋愛話があります。<br /><br />2年生は、参加してますが登場はしません。<br /><br />1年生はちょこっとツッキーに絡む程度。<br /><br />よく分かんないけど<br /><br />あなたの作品が2016年03月04日~2016年03月10日付の[小説] ルーキーランキング 2 位に入りました!<br />ってお知らせが来ました!<br />なんだこれ?!
飲み会への参加をお待ちしております。
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 ヒーローを辞めて田舎へ帰ると言うので、僕は1カ月の約束で、オジサンをさらった。 「でえ? ドコ行くんだよ」 「冬ですからね。まずはゲレンデでしょう」  僕らはアルプスの山小屋を3日間借りて、毎日スキーとスノボで遊んだ。氷結湖に穴を空け、小さな魚をいっぱい釣った。教会で聖歌隊の合唱を聴いて、赤ちゃんに洗礼をする神父様の後ろ姿を見守った。クリスマスシュトーレンを二人で焼いて、ワインを空けて歌いまくった。 「空が重! 俺ちょっと、雪山は嫌になってきた」 「じゃあ海ですか。定番ですね」  僕らは地中海の海辺のホテルに居を構え、サーフボードにクルーザー、ヨットに乗って真っ黒になった。イルカタッチに貝殻拾い、ビーチコーミングでツリーを作った。ダイビングした珊瑚の森は、真っ白な神話の世界みたいだった。海岸で二人でシシカバブを焼いて、ギリシャビールを浴びるほど飲んだ。 「うわー、俺の脱皮スゴっ! 泳ぐのも疲れたー」 「次はお日様の優しいところで休みましょうか」  僕らはフィヨルドの入り江でホームステイした。毎晩おばあちゃんのキルトにくるまり眠りをむさぼり、水汲みをして羊を追った。サーミ人の集落で犬ぞりに乗り、甘いアザラシの脂肪を食べた。白夜の明るい夜になると、村の人の造ったきっつい蜂蜜酒を、朝がこないからぶっ倒れるまで飲み続けた。 「うう。もう俺、酒いらね」 「僕もです。内陸の街なんてどうですか」  僕らはシルクロードの白い街で、こぢんまりした宿を取った。遊牧民と砂漠を歩いて、土レンガの遺跡に触った。孫悟空の故郷に登り、山脈の上を旅する鳥の群れを見た。みずみずしいおっきなハミウリを食べて、ひんやりしたカレーズを歩いた。いらないはずの馬乳酒を飲んで、二日酔いに苦しんだ。 「駄目だ。このままじゃ肝臓が持たねー」 「次はストイックなところがいいですね」  僕らはバチカンの近くに下宿して、大家のおばちゃんと仲良くなった。巨大な美術館みたいな道を行き、スイス・ガードを写真に撮った。石作りの泉にお金を投げて、古い女優のポーズで気取った。教皇の姿を遠目に眺め、たくさんの花を祭壇に供えた。  そして、酒は飲まなかった。今日が30日目だった。  ※   ※   ※   ※  虎徹は短パン一枚でベッドに寝転び、枕に置いた雑誌を広げて捲っている。  バーナビーはツインのベッドに腰かけて、テレビでサッカーの中継を見ている。 「なあバニー。あしたの予定、どうなってんの?」 「9時にチェックアウトですよ。11時の飛行機が取ってあります」 「飛行機って、ドコ行き?」 「あなたのチケットはオリエンタルタウンへ行きます。僕のはどこでもいいでしょう」 「ふーん」  サッカーの画面がニュースに代わり、ポップスの歌謡番組になった。 「感謝します。虎徹さん。1カ月も僕に付き合ってくれて。すごく、楽しかった」 「なあ、これってどんな趣旨だったわけ? 俺に1カ月も、全然金の心配のない豪華旅行、させただけ? 俺ばっかおいしくて、いいのかよ」 「いいんです。僕は1カ月で一生分の思い出を作れました。一生ずっと、あなたと友達づきあいをしているつもりになれた。とても、満足です」  虎徹は雑誌を閉じて寝転んだままバーナビーの背中を見て、枕の上に組んだ腕に顎を載せた。 「なあ、俺のこと、好きだからこんなことしたんだろ?」 「……ええ。気が狂いそうになるほど、好きです」 「じゃあなんで、俺たちこんなことしてんの。さらったくせに。えっちとか、したくないのかよ」 「……」 「なあバニー」 「……したいです。でも、したら、きっと僕は明日から、朝から晩まで毎日毎日、そのことを思い出して生きなきゃなりません。それって廃人じゃないですか。人間的に終わりですよ。そんなのやってられませんよ。いい思い出はいっぱいできたから、僕はそっちで満足します。だいたいなんで、そんなこと聞くんです。僕の気持ち、分かってたなら、なんで帰るなんて言うんです。僕、振られたってことじゃないですか。なんでいまさら、そんなこと言うんですか」 「……」 「さよなら虎徹さん。明日はもう、まともに挨拶できないかもしれません。あなたから初日に没収した携帯やパスポートは、手荷物の中に入れてあります。だから今のうちに言っておきます。さようなら」  バーナビーがテレビを切った。天井のライトも落とし、もそもそとベッドに入る。静かになった寝室で、しばらくは抑えた二人の息づかいが聞こえていた。  そのうち、バーナビーの耳に、くすんと鼻をすする音が聞こえた。ひっくと、しゃくり上げる音が続く。 「……ふぇ」  バーナビーは頭に血が昇り、いきり立って毛布をはねのけた。 「ちょっと! どういうつもりですか! なに泣いてんですか。泣きたいのはこっちでしょうが! なんでなんでなんであなたは!」  部屋の灯りをつけて、バーナビーはギクリとした。  虎徹は、寝る前に見たのとまるで同じ、短パン一枚でベッドに俯せになり、両腕に顎を載せていた。その目から、だらだらと涙が枕に流れ落ちていた。 「……俺、こまる」  硬直してベッドの上に立ちすくむバーナビーに構わず、虎徹はしゃくり上げながら、困る、を繰り返した。 「俺、ヒコーキ乗れない。行くとこない。こまる……」 「な……」  涙も鼻水もぐしゃぐしゃになった虎徹はドキドキするほど可愛らしかったが、意味が分からない。 「なんであなたに、帰るとこがないんですか。僕じゃあるまいし」  いつまでもぐずぐず泣き続けるオッサンから、答えを引き出すのは苦労した。 「お、俺、初日の朝、お前に携帯取られる前に、メールした。兄貴とアントニオに。これからバニーにさらわれるって。だからみんな、きっと、俺がお前と駆け落ちしたって思ってる。だから、帰れない。お前に捨てられたら、行くとこない……」  バーナビーの顔面に、Oの字の穴が空いた。 「そ、そのうちお前、手ぇ、出してくれると思ってたのに、全然駄目だし……。俺、もう、死にたい」  ついに虎徹は濡れた顔を腕の中に埋めた。ひっくひっくと背中を震わせる。  バーナビーは真面目に気が遠くなるのを感じた。膝の力が抜けて、へにゃへにゃとベッドに座り込む。  —なんてこった。  そうとしか、言いようがない。バーナビーはしばらく呆然として泣き続ける虎徹の背中を見ていたが、そのうち、1カ月分の深い深いため息をついた。  バーナビーはベッドの上を這って隣に移り、鼻をすする虎徹の背中に身を被せた。泣いたせいで、身体全体が熱をもっている。バーナビーはその背中に頬を当てる。 「もともと意地悪されたのは、僕の方なんですが、泣いたあなたに免じて許します。もう泣かないで下さい。あなたを捨てたりなんかしません。嘘ですよ。駆け落ちの続き、しましょうよ」  熱い背中は、まだバーナビーの胸の中で何度も衝撃を繰り返す。  その熱で、バーナビーの胸に刺さっていた氷の棘が、あっという間に溶けていく。  ああもったいない。バーナビーは心底そう思った。虎徹が新婚気分だったなら、こっちももっと純粋に旅を楽しめば良かった。もちろんそれは、これからいくらでも取り戻せるけれど。  少し静かになった虎徹の背骨に、バーナビーは音を立ててキスをした。虎徹がぴくりと反応する。 「明日、僕もオリエンタルタウン行きの飛行機に乗ります。一緒にきちんとご家族に、ご挨拶に行きましょう」  正直に話して、祝福してもらって、その後は、ずっとずっと一緒です。  しかし虎徹は顔を隠したままで、何の反応もない。  バーナビーがいいかげん焦れて、その顔をこちらへ向けさせようとしたとき、いやだ、と呟くのが聞こえた。  え、とバーナビーが固まった。  —1カ月は31日だから、もう一日、俺、お前とここにいる。人さらいのお前と。  バーナビーは虎徹を思い切り抱きすくめ、汚れた顔を上げさせそこら中にキスをした。  ずっと触れたかった肌に触れ、ただただ気持ちいいことを教えてやった。   正しき誘拐犯にあるまじき、優しい愛をくれたとさ。 (完)
超バカップル話。なんだかたくさんの人が炎上して読んでくれてるみたいでベリ幸せ。これ、前作書き上げた2時間後に、余波というか、勢いですんげー短時間でてきとーに、しかしノリにノって書いたもんなのです。それが功名したのかな? 兎虎子女の幸せサガシタイセンサーにビンビン反応してしまったようですな! 本懐遂げました! せんきゅう! いつもうふふなタグを考えてくださる方々、ブクメでこっそり感想を言ってくださる方々、常連さん、本当に嬉しいです。ありがとう。 ありゃ、コメント頂きました。ん? 30日がコミケのタイバニデーですと? いかーん。このタイトル見て、誤解して読みに来られた方もいる? お詫び申し上げます。でもいーなー。コミケ行きたいなー。
30日か、どうなのか
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 頭の中に浮かぶのは、丸いしゃぼん玉みたいな考え。  ふとした拍子でぱちんと弾けて忘れちゃうような、ちょっとした考え。  膨らましているのは私なはずなのだけど、いざ形になってしまうと「わあ!」と声を上げて急げ急げとそれを捕まえようとする。  それを何度も繰り返して、やっとの思いで捕まえたそれを更に膨らませていく。何度か失敗して穴が空いてしまっても、その穴を塞いでまだまだと膨らませて、 「……あー!! やっぱり不格好!!」 「またうまくいかないの?」 「ぅわ!?」  音もなく背後に忍び寄ってきた影。  私の手元の原稿用紙を覗き見て、上から声をかけてきたのは、 「ぅ絵里ちゃん!」 「学校では先生、ね」 「絵里ちゃん先生!」 「……まあ、まあ……」  ついこの間、捕まえたばかりのお姉さんこと絢瀬絵里先生だった。  あの、真っ白な保健室で絵里ちゃんを捕まえたあの日から、私達の関係は少し歪ではあるものの良好な関係を築いていた。  ――ひまわりは、穂乃果は麻薬なのよ。  真っ白なシーツを頭からすっぽりと被って、すんと小さく鼻をすすりながら言われた言葉の意味を、私はまだ理解できていないけれど。  ――離れたくても、離れられなくて。というか、追いかけてくるし。捕まえられるし。包まれるし。  でも、  ――だから、好きよ。  そのたった二文字の言葉の意味なら、私でも理解できた。  教師と生徒だから。穂乃果はまだ高校生でしょう。  そんな言葉で恋人という確約された関係になることは出来なかったけれど、でも言質は取った。  ――あなたが、高坂穂乃果が、高校を卒業した時まだ両想いだったら、恋人になりましょう。  忘れたなんて言わせない。元から、忘れたなんて言う絵里ちゃんだとは思っていないけれど。 「で、高坂さんは一体どこで躓いているんですか?」 「はぁい先生! 全部です!」 「それは大変ね」 「大変でしょ?」  ガタリと私の向かいに座ると、絵里ちゃんは机の上に散らばるぐしゃぐしゃに丸まった原稿用紙を綺麗に広げていく。ビリビリに破いた原稿用紙を、パズルみたいにささっと並べて私の文字に目を通していく。 「……どう?」 「まだ、読みきってないわ」 「うっ……」  ちくたくと時計の針の音が響く、私と絵里ちゃんしかいない教室。  空色の綺麗な瞳が紙の上の文字をなぞるのを見るたび、くすぐったいのが止まらなくて。 「……はい、読ませていただきました」 「うぅ……何度やっても慣れないよぉ」 「あら、てっきり私以外で慣れてると思ってたわ」 「絵里ちゃんに読まれるから、慣れないの」 「ふ、ぅん……こほっ、ごほっ! んんっ」 「大丈夫? 何で咽てるの?」 「……なんでもないわ」  薄っすらと頬を赤く染めながらそっぽを向く絵里ちゃん。  だけど、それもすぐに終わる。こほんと小さく咳払いをして口を開けば、 「まず構成が全部ダメね」 「うちの編集さんよりも厳しい!!」 「はい、口答えしないで最後まで話を聞きなさい」  立派な辛口編集さんに変身だ。  本人曰く『書く才能は無かったけど、お手伝いする才能ならあったのね』との事だったけど、私としてはひとたまりもない。私の編集さんが「これで大丈夫です」と言ったものですら、絵里ちゃんは「ここ、分かりにくいわ。あと綺麗にまとめ過ぎ。というか話の内容事態ありきたり過ぎ。登場人物設定からやり直しよ」なんて辛辣な評価をしてくる。  しかも、実際言われたとおりに一から書いたものの方が評価が高いのだから、ぐうの音も出ないのだ。 「――この部分を前に持ってきて、ここを全部書きなおせば良いと思う……って、穂乃果? 話聞いてる?」 「みーみーにーいーたーいー!!」 「そんな事言ってる暇があるなら、筆を執りなさい! 締め切りはいつなのかしら?」 「うぅっ、鬼だぁ……」  オレンジ色のフレームのシャーペンを手に、渋々まっさらな原稿用紙に向かう。えぇっと、まずは構成を練りなおして、だったっけ。  絵里ちゃんの手によって繋げられたビリビリの原稿用紙と、しわくちゃの原稿用紙の中身を確認。これを前に持ってきて、ここを書き直すんだったら……よし。  カリカリとひとマスずつ丁寧に文字を書いていく音に安心したのか、絵里ちゃんは手に持っていた本に視線を落とす。本の間に見えるオレンジ色のリボンに、少し頬が緩むのは……うん。仕方ない。  あの図書館のようにクーラーがあるわけじゃなくて、居心地が特別良いというわけでもない教室。  それでも開けた窓から聞こえてくる部活動に勤しむ生徒達の声や、吹奏楽部が各自で自主練を始めた不規則な金管楽器たちの音色が、なぜだかこんなにも心地よくて。  ころんと机に転がされた個包装の小さなチョコを一つ頬張れば、図書館の時のように秘密を共有している気持ちになれた。 「――できたっ!」 「終わったの? お疲れ様」  完成したのは、完全下校時間の三十分前。  当初の予定とはだいぶ違って、ページ数が増えてしまった。予定ページ数より十数ページほど。  私の担当さんなら、「ページ数が増えた!! ありがとうございます!!!」なんて言ってくれるけど、果たして絵里ちゃんが担当だったらどうなっていたことか。 「それじゃあ最後に目を通しましょうか」 「えっ!?」 「ほら、早く」 「うっ……は、はい。お願いします……」  恐る恐る原稿を渡して、その瞬間から何だか落ち着かない。 「……、婚約まで行くのね」 「穂乃果は、経験した事をお話にするからね……」 「…………その事、誰にも言ってないわよね?」 「い、言ってないよ。それに、言ったとしても信じてもらえ無さそうだし」  ジト目で睨む絵里ちゃんも可愛いけど、今は少し怖い。  それなら良いわと再び原稿用紙に目を落とすのを見てからほっと息をついて、手持ち無沙汰を解消するためにくしゃくしゃになった原稿用紙を手にした。  いらない部分はビリビリ破って、正方形にする。  ここを合わせて、折り込んで。繰り返していけば、皺くちゃな紙でも立派な鶴の完成だ。 「……はい、読み終わったわよ……って、鶴?」 「あ、えっと……えへへ、暇だったから、つい」 「ふぅん……あ、そうそう。それで、作品の評価よね」 「あっ、はい」  ぴしっと無意識のうちに姿勢を正す。 「まず、話の流れは全体的に良くなったわ」  ぺらりと一枚、絵里ちゃんは原稿用紙を手に持った。 「テンポも良くて読みやすいし、かと言って内容が薄いわけでもなくて読み応えもあるし」  山折り、谷折り、折り込み。 「台詞も地の文も、満点ね。ただ、一つだけ問題点があるわね」 「へ、問題点?」  突然立ち上がって、絵里ちゃんは私に近づいた。  ふわりと香る絵里ちゃんの甘い匂いと、  唇に感じた、感触。 「経験した事しか書けないって、本当ね」  頭が、まっしろになる。 「今回は、告白じゃなくて――婚約のお話よ?」  するりと左手を奪い取られて、薬指に嵌められたのは緑色の罫線の入った紙の指輪。 「本物は、まだお預けね」  顔が一瞬で赤くなるのが分かった。  熱くて、胸がきゅっと苦しくなって、思わず涙が溢れそうになる。  まだ紙の指輪よ? ほら、泣かないの。  そんな事を言う絵里ちゃんは、どこかしてやったり顔で。  卒業したら絶対にやり返してやると意気込んで、わざわざ指輪まで購入してきた私に、絵里ちゃんがしゃがみこんで泣いてしまう日まで、あと――――。
さよなら、ちいさなわたしだけのせかい。<br />こんにちは、わたしたちのせかい。<br /><br />これからひろがっていく、わたしたちのせかい。<br /><br /><span style="color:#bfbfbf;">書きかけss集を投稿する前に、書けちゃったので。相も変わらずごまかしてる感じが拭えないーーー!!!<br />それはそうと、今「高坂穂乃果を主人公とした、μ&#39;sメンバーを攻略するゲーム」をノリと勢いとその他諸々で作ってるんですけど、意外と大変ですね(白目)<br />興味がある人はTwitterとか覗いてリプ飛ばしてやって下さい。元気でます。<br /><br />◇追記◇<br />2016年03月11日付の[小説] 男子に人気ランキング 61 位に入りました!</span>
わたしたちのせかい
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 就寝前、暗い暗い夜。天気は大荒れ、海は大時化。  同僚の時雨は「いい雨だね」なんて言ってるけれど、あたしはそうは思わない。  雨にも荒海にも、いい思い出がない。  大時化の中ひとり、広い海で迷子になったこと。  守るべき人を守れなかったこと。  こんな日は、そんな昔のことを思い出してしまって眠れない。それに―― 「――ひっ!?」  ピカッと輝く稲光、遅れて遠くで響く轟音。  ――単純に、こわい。  布団の中に潜り込んで、目を閉じる。こうしてれば寝れる……はず、いつか。  そして、どれくらいが経っただろう。"それ”はやってきた。  ――おしっこ、したい。  もぞり、と布団から身を起こす。外は相変わらずの大雨。  ぺたり、裸足でベッドを降りる。床が冷たい。  そのまま部屋をぐるりと見渡す、何かいるはずなんてないのに。  暗い、こわい、広い。  提督にわがままを言って一人部屋にしてもらったことを、今になって後悔した。  しかしトイレに行かなければ、ここにいても待っているのは破滅しかない。  そろり、そろり、足音を立てないように、ゆっくりと移動。雨が窓を叩く音と、自分の心臓の鼓動がはっきりと聞こえる。  開けた瞬間に、どこか別の次元に吸い込まれたりしないだろうか、なんて余計な心配しながらドアノブに手をかけた。  がちゃり。  乱れる呼吸をそのままに、ドアを押す。ぎぃぃ、と音が鳴る。 「あぁぁああぁあぁ……!」  やだ、なんか、こわい。音でるの、やだ。  乱れる呼吸。落ち着け、落ち着け、深呼吸して息をととのえる。  部屋の外はまっくら。吸い込まれそうな闇。まるでいなくなった人たちが手招きしてるみたい。そんな事ないって、わかってるはずなのに。  大丈夫かな、ちゃんと部屋まで戻ってこれるかな――はじめて海に出た時と同じ気持ちを抱きながら部屋から一歩踏み出す。  トイレは廊下の突き当り、近くもないし遠くもない、そんな距離。だけど今はずっとずっと遠くにあるように感じられて。 「――っ……」  ぶるっと身体が震える。おしっこしたい。  横殴りの風雨が窓を叩く音と、自分の呼吸だけが響く丑三つ時の廊下。  自分以外は何もない、誰もいない、はず。  でも、だけど。  あの向こうからなにか怖ろしいものがこっちに来てるかもしれない。  そして稲光に照らされて、グロテスクな姿が―― 「っひぃっ!」  慌てて部屋に飛び込んで、ドアを閉めて、布団に潜り込んだ。 「あ……」  ――ばか。  勝手に想像力を働かせて、何やってんだあたし。  トイレ、いきたいのに。いかなきゃいけないのに。  再度ドアノブに手をかけようとして、ためらう。  やっぱりこわいよ、やだよ。  朝まで我慢、できないかな――そんな私の考えは、おなかの下のほうから来る、じくじくとした感覚で否定された。 「んっ……ふっ……ぅぁ」  無理。朝までは絶対持たない。  じんとした、痛みにも似た感覚が、おなかの下から突き抜けようとする。これを通したら負けだ。  じゃあ勝つにはどうすればいい?  簡単だ、トイレに行って、パジャマのズボンを下ろして……あと、ぱんつも。  でもいまのあたしにはそれができない。  なんて情けないんだろう。  普通の子ならできて当たり前のことなのに、あたしにはそれができない。  ――あたし、わるいこだ。  あの時のことも、その時のことも、そしてこのことも、全部あたしのせい。  ――あたしが、わるいこだから。 「あぐっ……ふぅ……」  ひとりじゃトイレも行けない、できそこないのわるいこ。  じわじわと迫るそれに、あたしはどうすることもできない。もう立ち上がって歩くことだって絶望的だった。  光とほぼ一緒に轟音、近くに落ちた。 「うぅ……っ、えぁっ……ふっ、ぐぅっ……」  おしっこの前に、嗚咽と涙が漏れた。  こわくて、なさけなくて、はずかしくて、さみしくて。  だれか、たすけて。  てーとく、たすけて。  クソって言ってごめんなさい、いつも生意気でごめんなさい。  がくがくと下半身が震える。でちゃう。  しゅるっ。  下着に少しだけ温かい感覚。遅れてじとっと湿った感覚。  ちょっとだけ、でちゃった。 「あぁぁ……っ……んゅ……っんぐ」  もうだめ、むり。でちゃう、おしっこ、でちゃう。 「あ、あ、あ」  しゅいっ、ぢゅ、ぢゅぢゅっ、しゅちぃっ。 「ごめ……なさ……っ」  心が折れた。  じゅ、じゅじょっ、じゅううううううううううううううううううううううう、しゅいいいいいいいいいいいいいいいいいい。  股間に温かいのが広がって、太ももを伝ってベッドへと染みこんでいく。 「は……ぁっ、いっ、ふぁ……」  でちゃった。おしっこ、でちゃった。 「あぁ……ぃ」  だめなことなのに、いけないことなのに、でも、なんだか。 「きもちい……」  うっとりとした感覚と一緒に、あたしは意識を手放した。[newpage]  朝。  じっとりとした不快感に、あたしはベッドから身を起こす。 「あ、あぁ……」  濡れてる。お布団、濡れてる。 「う……う、そ……」  触って、鼻に近づけて、確かめる。それは確かに。 「おしっこだ……」  昨晩のことはうろ覚えで、どこからどこまでが夢でどこからどこまでが現実なのかよくわからない。  ただ確かなことは、あたしがおねしょをしてしまったということだ。  どうしよう、どうすればいいんだろう。  シーツに広がる大きなシミを見て途方に暮れる。パジャマもおなかのあたりまでしっかり濡れていた。  どうしよう、どうしよう、どうしよう。  時計を見る。起床時刻すこし過ぎ、もうみんな起きてる時間。 「どうしよう」  隠れて処理するのなんて無理だ、でもそのままにしておくこともできない。  半泣きでおろおろしていると、部屋のドアがノックされた。 「おーい、曙ぉー。曙くぅーん、朝だぞぉー」  提督の声だ。  どうしよう。  返事が、できなかった。 「なんだ? まだ寝てるのか君はぁー? おぉーい?」  だめ、やめて、こないで。 「まったくしょうがないやつだな、入るぞぉー!?」  だめだって、言おうと思ったのに声が出せなかった。  ドアノブが回って、扉が開く。おしっこのにおいが充満する布団の中で息を潜める。  足音、近づいてくる。比例してあたしの心臓も激しく鳴った。  どうしよう。においでバレちゃったりしないかな、大丈夫かな。 「あけぼのぉー」  なまえ、呼ばれた。どうしよう、どうしよう。  バレちゃったら叱られるかな、こんなできそこないいらないって解体されちゃうかな。  おねしょしました、って素直に言えばゆるしてくれるかな。  色々考えて、なんとか絞り出した声は、 「く、んな、クソ提督……!」 「また頭まで布団被ってどうしたんだ君は、調子でも悪いのか? ん?」 「うっさい! 来ないでよ!」 「朝からとげっちいなぁ君は。よーしわかった、こうなったらこっちにも考えがあるぞ」  掛け布団を掴まれて、そして。 「あ……っ」  ツンとした、おしっこのにおいが解き放たれた。  どうしよう、提督、おこってる? あきれてる? 怖くって顔が見れない。  どうしよう、どうしよう、どうしよう。 「そっ、その、あの……あた、あた、し……」  見捨てないで。 「曙」 「ひぁっ」  情けない声が漏れる。ごめんなさい、ごめんなさい。  提督はあたしの頭にぽん、と手を乗せて、言った。 「気にすんな、そういう日もある」  優しい声で、そう言った。  胸の奥がぎゅっと締め付けられるような感覚。 「……っぐ、っえっ」 「おいおい泣くなよ君ぃ」 「な、なぐさめ、ないで、よぉ……! クソ、提督……!」  怒られるかと思ったのに。  捨てられちゃうかと思ったのに。  あたし、わるいこ、なのに。 「じゃあどうすればよかったんだ? おしりペンペンか?」 「ちが、うもん……! ばかぁ!」  泣きじゃくるあたしを、提督はそっと抱きしめてくれた。  だめだよ、てーとく、服、よごれちゃう。  思うけど、喉からは嗚咽しか出なくって。  そんなあたしを、提督は黙って見守ってくれた。[newpage]  そして、しばらくして。 「――なるほど、つまり君は夜怖くてひとりでトイレに行けなかったと」  提督の確認に、あたしは無言で頷いた。悔しいけど、恥ずかしいけど、事実だ。 「君ははねっかえりな割にけっこービビリだよなぁ」 「……うっさい」  提督、爆笑。恥ずかしくってあたしは目をそらす。 「よしわかった、じゃあ僕にいい考えがある」 「なに」 「同じ部屋で寝よう」 「え?」  予想外の出来事に、思わず素っ頓狂な声をあげてしまった。 「だから同じ部屋で寝ようって言ってんだ。そしたら怖くないだろ?」  それは、たしかに、こわくない、けど……。  ちょっと、恥ずかしい。  でも、とっても、嬉しい。 「クソ提督じゃ頼りにならないから、かえって心配」  そんな思考とは裏腹に、つい生意気なことを口走ってしまう。  ごめんなさい、やっぱりあたしはわるいこです。 「なんだぁ君は!? じゃあなんだい、君はまた夜中に恐怖に震えてベッドの中でオシッコをするのかい!?」 「うっさい! 大きい声で言うなクソ提督!」 おしまい
 曙かわいいよ曙。
曙 -あらしのよるに-
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「おはようございます。飛鳥さん」 「やぁ。キミか。ちょうど良かった。いま、コーヒーを入れてるところなんだ。キミも飲むだろ? 」 「はい。いただきます」 二宮飛鳥は、最近になって企画されたカバーアルバムの収録のために一時的にプロジェクトクローネに籍を置いている。備え付けのコーヒーメーカーを使って慣れた手つきで豆を挽くところからひとつひとつ作業を進めていく姿は、まるで最初からこの部屋の住人だったようにさえ思えてくる。クールな佇まいや彼女の目指す世界観を思えば、あるいはこのまま正式なメンバーとなってもおかしくないのかもしれない。 そこでありすは、はたと思い出したことがあってコーヒーを注ごうとする飛鳥の背中にあわてて声をかけた。 「あっ。あの、私の分はブラックでお願いします。砂糖もミルクも結構です」 本当はブラックコーヒーなど飲みたくない、ただ、自分も少しは大人に近づく努力をしないといけないとありすは考えていた。これは、小さくとも大いなる一歩だ。いつまでも一口、二口飲んだだけで音を上げて入られない。 ありすの注文を受けた飛鳥は、片眉をあげるとニヤリと笑った。 「そうか。しかし、キミは知っているだろうか? コーヒーは砂糖やミルクを少し入れたほうがおいしいんだ。ここはボクに付き合うと思って、キミにも味わってもらいたい。この、甘美な陶酔というやつの味を、ね」 余計なことはしないでほしいと思いながらも、ありすは心の底ではホッとしていた。あの胃が引き攣るような苦味を思い出すだけで、ぞっとするような心地がする。 二人分のマグカップを運ぼうとする飛鳥から自分の分を受け取って、ソファーに向かい合って腰掛けて一口をすする。飛鳥のコーヒーは絶妙にミルクが苦さを抑えていて、優しい甘さをしていた。 「ふふっ。どうだい? この味もなかなか悪くないだろ」 「そうですね。良いと思います。たまになら、これも」 本当はブラックに挑戦したのはついこの前であるし、ありすは市販のコーヒーミルクのようにもっと甘いものばかり飲んでいたのだけれど。 コーヒーの水面から顔を上げたところで、飛鳥の読みかけらしい本がひとつポンと置かれていることに気づく。タイトルさえ読めない異国の文字で綴られていた。ありすはそのことに、とても興味がそそられた。 「飛鳥さんは、今はなにを読んでいるんですか? 」 「これかい? これはね、ダンテの神曲さ。原語のままのを取り寄せたんだ」 「すごい! 読めるんですか!? 」 神曲ならこれはイタリア語で書かれているのかとありすは考える。いずれにしても、日本語や英語以外の言語を習得してるというのはありすにとって驚嘆すべきことだった。思わず、尊敬の念を込めて飛鳥を見つめてしまう。 「いいや。全然。でも、読むことはできなくとも、感じることはできるさ」 「はぁ」 急に話の雲行きが怪しくなってきた。ありすは尊敬のまなざしを、彼女はなにを言っているんだろうという疑いの目に変える。 「キミならわかってくれると思ったんだけどな。例えば、この本に込められた書いた者の思いや、紙に触れることで伝わる感覚というものがある。これらは、言葉になんて頼らなくとも感じられるはずのものなんだ。……感覚を研ぎ澄ませば、ね」 「それなら、なんとなくわかります。文香さんも、同じようなことを言っていました」 ありすは飛鳥の言っていることを、いわゆる行間を読むということだろうと解釈した。 しかし、残念ながらそれは間違いだろう。行間を読む、とは直接的には表現されていないものを読み取る作業を指す言葉である。物語に書かれていることすらわからないのに、文章には書かれていない真意を汲み取るなど不可能だ。 微妙なところですれ違っている解釈は、結果から言えば二人の会話を円滑に進めた。 「なるほど。キミには素質があると思っていたけれど、彼女も正しき瞳を持つものだったとは驚きだ。ふふっ。まさかこんなところで出会えるなんてね。今度、彼女ともじっくり語り合うとしよう」 さて、文香はどう答えるのだろう。翻訳するわけでもなく、読めない本を読めないままに読むという彼女からすれば前代未聞の読書法について感心するのだろうか、それともやんわりと普通に読んだ方が有益だと伝えるのだろうか。少なくともやさしい彼女のことだから、呆れたり冷たくすることはないだろう。が、とにかくそれはまた、未来の話となる。 話を二人に戻すと、飛鳥がありすの言葉を受けて開いた本の一ページを彼女の鼻先に突きつけたところだった。 「さぁ。キミはここから何を読み取るだろうか。ボクに聞かせてくれ」 ありすは読み方もどこで区切られるのかもさっぱりわからない文字の上を滑る目を、無理に凝らしてじっと何かを感じようとしてみる。 しかし、無駄な努力だった。何もわからない。 「すみません。私にはまだ、難しいみたいです……」 自身の未熟さを痛感してくちびるを噛むありすに対して、飛鳥はやんわり優しい笑顔で首を振る。 「焦ることはないさ。これから少しずつわかるようになればいい。ボクは言ったはずだ。キミには素質がある、とね」 飛鳥の心強い言葉に、ありすの瞳が徐々に熱を帯びる。今度こそ、明確な畏敬の念を持って彼女を見つめた。ありすは今まで彼女のことを半信半疑で、時にはまた妙なことを言ってるなどと冷ややかに見ていたことを恥じた。 飛鳥は自分にはないものを持っている。ありすはそのことを認めた。 「もっと、私に教えてください! その、感覚を研ぎ澄ませる方法というのを」 「ふふっ。良いだろう。君が望むなら、共に往こうか。次の世界への鍵を、回すとしよう」 「はい! お願いします」 一連のやりとりをじっと隅から観察していた奏では、二人が仲良くなったのならそれで良いだろうと判断して、何も口を挟まなかった。ありすがあまり飛鳥に影響を受けすぎなければいいと願いながら。
あすあり、どうでしょう。
蒼の時間
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   あー、疲れたなぁ。  ぽつりと、何気なく胸に落ちた言葉のはずだったそれはじわじわと侵食していく。まるで透明な水に墨汁を垂らされたみたいに、ぽとんぽとんと形容し難い感情に食われていく。なんて、ポエムみたいにこっ恥ずかしいことを思う。普通に考えて赤面ものだ。厨二はとっくに過ぎたはずなんだけどなあと眼下に広がる光景を見下ろす。  空はとっくに夜の帳が落ち、物の怪や幽霊が闊歩するという丑三つ時。ホラー映画を見るには一番いい時間帯だなあ。まあ、もう見ることはないんだろうけど、と一歩足を踏み出せば届いてしまう絶望的な暗闇に薄く笑みを浮かべた。遙か下にぽつりぽつりと明かりが見えるだけの真っ暗闇を見下ろせる場所に私はいる。  突然だが私は今から死のうと思う。  他者や病ではなく、自らこの命に終わりを下そうとしているのだ。  自殺願望者のただの言い訳だが、私の親は控えめに言っても屑だ。  親といっても父の方。母は生まれてすぐ死んでしまったので記憶には無い。その父は私の生まれてから二十年の記憶の中で常に屑の糞野郎だった。聞いたところによると私の母は大層美しい人だったが身体が弱く、私を産むのと引き換えにその命を奪われてしまったらしい。父は母のことを深く愛していた。だから医者に子供を産むのは難しいと言われても、諦めなかった母に良い顔をしなかったが、大丈夫よ、大丈夫とそう笑う母に止めることが出来なかった。まあ、現実としては奇跡はそう簡単には起こらなかったようだが。  母の死をきっかけに父は変わってしまったのだと親戚の誰かが言っていたが、残念ながら記憶の中にある父は既に屑に成り下がった後だからどうでもいい。屑は屑、前がなんだとしても変わらない。その父だが私を見るたびにそれはもう憎々し気に顔を歪めていた。父にとって私は愛した妻の命を奪ったナニカ、という存在でしかなかったのだろう。家を長期間空けるが一応餓死しないように僅かな金だけは置いていった。そもそもろくに教育もされていない幼子が一人で買い物なんか出来る筈はないのだが屑には関係なかったようだ。幼い頃から父は私を視界に入れたがらなかった。目が合おうものなら舌打ち当たり前、物が飛んでくるのだって高確率。小学生に上がる頃にはそこに暴力がプラスされていた。早い話が所謂、虐待だったのだ。  腹の立つことに狡賢いのか私の顔だけは絶対に傷付けなかった。外部に発覚させないためだろう、しかし服で隠れる範囲はいつもどこかしら痣を作り傷が絶えなかった。先生から怪しまれたことも何度かあったけど、少しでも父の耳にそういった情報が届くと激昂して常よりも酷い暴力に曝される羽目になるから私も必死に取り繕った。今にしてみれば父を助長するだけの愚かな行為だったが当時の私は必死だった。父を庇うわけじゃなく、どうにか痛みから逃げたかったのだ。    中学に上がって父はより一層家に寄り付かなくなった。その頃には身の回りのことは一通り出来たし私としてはいないほうがかえって良かったがたまに戻ってくると暴力振るう。この時から幼い頃には無かった反抗心が湧いて心の中で「死ね」と何度も呟いた。残念ながら死ななかったけど。高校に上がると父は私の顔を見ては「お前なんかあいつの子供じゃない。あいつの子供ならなんで顔が似ていないんだ」と喚き立てた。私を通して母の面影を探すようになったらしい。怒鳴る父は心底気持ち悪かった。  そんなある日、私は父に押し倒された。  バイトから帰ってきて、リビングの扉を開けたらいる筈のない父に腕を掴まれて放り投げられたのだ。何が起きたかわからず目を白黒させていると父は包丁を構えて笑っていた。 「お前がいなくなれば、あいつは戻ってくる」 「歴史が変わる」 「もうすぐ、もうすぐあえるぞ○○○」 「俺たちを引き離したバケモノは、もういなくなるからな」  ゾッとした。  狂人に成り果てた父の姿に。振り下ろそうとする凶器に。意味不明な言葉に。  心底愛おしそうに母の名を呼ぶ、ナニカに、恐怖した。  父のことは大嫌いだった。嫌いで嫌いで早く死んでほしいといつも願っていた。けれど、ほんの少しだけ親から与えられる筈の愛情を求めていたのも認めたくは無いけど確かにあった。────この瞬間、までは。  辛うじて保っていた私の心が砕けた音が聞こえた。父は、本当に私を殺そうとしている。最早憎い仇ではなく、化け物として私を見ている。振り下ろされた包丁をどうにか避け、必死に抵抗した。がむしゃらに父だったナニカを蹴り、殴った。だが所詮女の身体では無理があったようで腕を掴まれて折られてしまった。ぼきん、と身体から響く音と激痛に悲鳴を上げた。だが、その悲鳴が功を奏したのか玄関から誰かが入って来てナニカを取り押さえていた。押さえられながらあいつを殺さなければ、と叫ぶナニカを最後に私の意識はそこで一旦途切れた。  次に目が覚めたのは病院だった。仄かに漂う薬品の臭いを嗅ぎながら私はわけのわからないまま警察に事情聴取をされていた。ただ事ではない気配を感じていた近所の人が悲鳴を聞いて飛び込んでみれば娘を殺害しようとしている父親の姿。証言もあり、父だったナニカはすぐに刑務所行きが決定したという。さらに私の身体から虐待の痕跡が露呈し殺人未遂の他にも罪状が増えたとかなんとか。呆然とする私に警察の言葉が右から左へ流れる。  それら全てが、正直どうでもよかった。  アレが刑務所に入った?  もうあなたを傷付けるものはない?  辛かったでしょう?  もう安心ですよ?  ────吐き気がした。  今まで私が溜め込んでいたものがどろりと胸の裡に溢れ返る。何度周囲に助けを呼んだか、何度手を伸ばしたか。けれど教師も警察もなにかと言い訳をこじつけて一度も私を助けてはくれなかったじゃないか。ばれたらいつもよりも痛くて痛くて、いつしかその手を伸ばすことすら出来なくなったというのに。それが、こんなになってようやく向けられた言葉に嫌悪感しか感じなかった。ああ、嫌いだ。あのナニカも警察も、人間全てが嫌悪の対象になった。全員が悪くないことなど頭では解っている。けれど心は解りたくないと拒絶していた。  それからというもの人間不信になってしまい、私の世界はとても生き辛いものになった。常に息苦しく大勢の人間の中に紛れると不安で仕様が無くて、自然と家に引き籠りがちになってしまった。一応最低限の金を稼ぐためにバイトはしていたが苦痛であることに変わりは無かった。日に日に虚ろになっていく自分の心を感じながら、ある日ふと思ったのが、冒頭の言葉だった。  片親が屑で、人も信じられなくなって、心を許せる相手も作れなかった。  そうして一週間ほど考えて私が出した答えがこの生を終わらせようというものである。むしろなぜもっと早くこの考えに行きつかなかったのか疑問だったが、今となってはもう遅い。私は死ぬんだ。死んだらまた新しい人生を歩みたい。出来れば普通の家庭で普通に過ごしていきたいと願うことぐらい、許してほしい。そう決めた私の行動は早く、バイトを辞め、身の回りの整理をし始めた。せめて他人に迷惑が掛からないように、悪くても最小限で済むように。もう何年も無人の廃墟ビルを見上げ、ここにしようと決めた。無人のそこは周りの人通りも少ない。住宅街からも離れているし、元々ここら一帯は普段から人が寄り付かない。このビルが心霊スポットって謂われているのが一番の理由だろうけど、私には好都合だった。今から死ぬ私には幽霊なんてどうってことない。遭遇したら私も今からそっちにいくんですよと挨拶してやりたいぐらいだ。  地上二十何メートルとかそのぐらいの高さはあるので余程のことが無ければ一発であの世行きだろう。そう考えるとドキドキしてきた。転落防止のフェンスを乗り越えると下から、ひゅうと風が前髪を撫ぜる。まるで早くおいでと言われているみたいで、自分の痛さに笑ってしまう。暫く見下ろしていた顔を一度正面に向ける。 「…………つかれたなあ」  ぽつんと落ちた言葉を聞く人はいない。  ああ、疲れた。私疲れたよ。出来るなら、次は痛くないのがいいなあ。 「じゃ、もういっか」  目を閉じて、身体を重力に任せる。ふわりと足元から地面が離れていくのと同時に下に下に引っ張られる感覚が強くなる。ああ、ほんとに死ぬんだ私。死ねるんだ。やっと解放されるんだ。嬉しくてうれしくて、落ちているというのに口元には笑みが浮かぶ。  そして、私の身体は終わりに向かった。        ぐしゃっ   [newpage] 「…………えーっと、」  どこ、ここ。  死んだと思ったのに、目を開けたら何故か異空間にいた。そう、異空間だ。上は真っ黒な空、下はこれまた真っ黒な水面。更に言えば私はその水面の上に立っている。うん、"立って"るんだ。それでこの世の場所ではないことは分かった。どこもかしこも真っ黒の空間に唯一、血のように真っ赤な彼岸花が幾つも水面から顔を覗かせ空を仰いでいる。赤々と咲き誇る花は禍々しくもあり、とても美しくもあった。妖しさがある、といえばいいのだろうか。  ぐるりと見渡すがどこまでも終わりの見えない地平線に困った。まさか死後の世界がこんな光景だとは夢にも思わなかった。 「まあ、随分と素敵な地獄だことで」 『あはは、地獄だなんて面白いね』 「…………え?」  一人きりの筈の空間に落ちた声に勢いよく後ろを振り返る。そこにはさっきは気付かなかったが誰かが私と同じように水面に足を着いて立っていた。その誰かはまるで暗闇に溶け込むように、首から下は辛うじて見えるが顔は解らない。声が女性にしては低いので男性かもしれない。あの世の住人なのかとも思ったが、足元を見ればヒールの高いブーツ。更には服もあの真っ白な死装束ではなく、正反対の黒いのロングコートに金の装飾が施されている。え、今の仏さんって随分ハイカラなんですね。 「……幽霊さん、で合ってます?」 『んー? 幽霊ねぇ。まあ付喪神もある意味そうなのかもね』 「はあ……?」  だめだ会話が出来ない。付喪神?ちょっと理解不能です。翻訳機ください。  そのまま顔に出ているであろう私を見て、彼(たぶん)が笑っていたのがなんとなくわかった。大声でもなく馬鹿にしてる風でもなく、どちらかといえば苦笑の部類だろう。 『それに、幽霊なら俺じゃなくて君のほうだと思うよ』  そう言って、指を差されたのは私の足元────いや、正確に言うなら消えかかった、足がある筈の場所を。  ただそれに対し私は「そういや私死んだわ。幽霊に足が無いってほんとだったんだなあ」ぐらいにしか思わなかったのだが彼は何故か申し訳なさそうに、ごめんねと言う。 『無理矢理こっちに引っ張ってきちゃったから、少し魂が欠けちゃったんだ。』  なんかすごく物騒なこと言われた。  欠けた?魂が?足がないのは幽霊だからでしょ?そうだと言ってくれ。というのを口に出して言ってみたが彼はやはり苦笑を漏らしていた。私は固まった。 『欠けた魂はもう消滅しちゃって取り戻せないけど代わりに俺の神気を君の中に移したから、まあ大丈夫じゃないかな』 「言葉だけ聞けば安心する要素が一つもないんですが」  そもそもシンキとはなんぞやである。圧倒的説明不足に困惑でいっぱいだ。だがそんな私に彼は容赦しない。まあ口で説明するより、見てもらった方がはやいよなと言うなり黒い水面に波紋を描いて私に近付き額に人差し指をこつ、と当てた。あ、この人ネイルしてるんだなあと爪を彩る赤に目を奪われたのも束の間、頭の中で急に映像が流れ始めた。    真っ黒の空を見上げる形で物言わぬ肉の塊になっている────あれは、私?  あらぬ方に曲がった手足と飛び散った赤に身を沈める、いくら自分だったものでもグロテスク過ぎて顔が歪む。虚空を眺める光の無い目は死んでいることを如実に語っていて不気味だった。  次に流れてきたのは見知らぬ屋敷だった。  誰かの目から見てるような映像に映る屋敷の中は造りは立派なのに妙に薄汚れていて、同じに立派だったであろう庭の草木も見事に枯れ果てている。障子は所々破れ、骨組みだけが寂しく晒されていて、まるで廃墟のよう。  映像がまた切り替わりどこかの部屋を映した。何故か顔が見えない誰かがこちらに向かって怒鳴っている。何を言っているのかよくわからないがきっと良いものではないことだけは明らかで、誰かはこちらを殴った。二度、三度と殴って怒鳴っている。ああ、やだ、痛い、痛い。痛みは感じない筈なのに、あいつにやられた時の記憶が重なって痛くて堪らない。それを同じ部屋にいた水色の羽織を着た誰かが止めに入る。けれどその手を振り払い、逆上したように誰かは今度は羽織の人に暴力を振るい始めた。倒れるその人に映像がぶれる。やめて、やめて。こちらが掴みかかろうとしたが再び殴り倒され、薄汚い天井と顔のよく見えない誰かの汚い笑みが見えた。その手には鈍く輝く刀が握られていて、羽織の人が必死に手を伸ばして叫んでいるけれど無情にもこちらに振りかぶり切っ先がおろされ、────映像はそこで途絶えた。 「っぅ、ぇ……!」  咄嗟に口元を抑えて俯いた。凄まじい吐き気が襲うが魂だけだからかせり上がってくるものはない。  なに、なにあれ。音の無い映像は絶望に塗れていて、私のことじゃないのに心臓が痛くて、裂けてしまいそうだった。知らず知らずの内にはらはらと落ちた涙を彼は手を伸ばして拭う。  『ごめんね』  申し訳なさそうな声に、私は何も言うことは出来なかった。生温かい滴が彼の指を濡らしても彼は厭うことなく、拭い続けた。 『君は優しい人間だね』  あれと違って。  その言葉に顔を上げれば彼はしゃがんで私の頬を包んだ。 『でも、俺は君の優しさを踏みにじる選択をしようとしてる』 「せ、んたく……?」 『そう。俺を恨んで。憎んで。君を利用しようとしてる俺を、呪って』  ずぶずぶと身体が水の中に引きずり込まれていく。咄嗟に手を伸ばそうとしてもその手は空を切るばかりでとうとう胸まで沈んだ。 『君の魂を俺に貸してほしい』 『俺じゃ契約に縛られてあれには届かないから』 『あいつはもう折られちゃったけど、他の奴等ならまだ間に合うから』 『だから、お願い────、』  はくはくと動く口から紡がれたそれに目を見開く。言い返そうとして口を開こうにも、ごぽりと空気の泡だけが零れる。とうとう目も飲まれようというとき、ふと見えなかった筈の彼の顔が見えて、 「 あ、 」  ****  音が、聴こえる。誰かの泣いている声。怒りを押し殺した唸り声。遠くに聴こえた音をぼんやりと耳に入れていると、ふいに意識が浮上して重い瞼をゆっくりと開いた。ゆらゆらと揺れる視界に映ったのは木目の天井。だが掃除を怠っているのかなにやら蜘蛛の巣が張ってあったり薄汚れている。仰向けになっていた重い身体になんとか上半身を起こすが意識がはっきりとしない。どうやら屋内にいるようだが、どうにも汚れている。床に散らばる、刃物の破片だろうか、それが大小とそこらへんに転がっている。僅かに開いた扉から漏れる光を受けきらきらと輝く姿は、綺麗というよりも不気味だった。 「ここは……っ、?!」  咄嗟に喉を押さえた。自分の声じゃない、低い声はどこかで聞いたことのあるものだった。────そう、まるであの夢の中の彼のような。  違うと否定したい心を笑うように今度は喉を押さえていた両の手が。縺れた足が履いていたヒールの高いブーツが。身にまとっていた黒のロングコートが。首に巻かれている赤い襟巻が。そして散らばった破片に、最後に見た彼の姿が映っていた。 「う、そ、」  ぺたりと、自分である筈の顔を触る。滑らかな頬に形の良い鼻、額にかかる艶のある黒髪。どれも自分では無く、彼のものだった。理解不能な状況に頭を痛めるがそれよりも。 (なんで、あの人が母と同じ顔をしてるの……?)  最後に水の中から見えた彼の顔。そして今の自分の顔は、昔一度だけ見た写真の中の母親の顔にそっくりだったのだ。いや、よく見れば違うところは少しずつある。けれどこの顔は母にとてもよく似ていた。  ────娘の私は、ちっとも顔が似てなかったのに。  心が黒いもので掻き回されて気持ち悪い。指先がじくじくと痛んだので見れば、いつの間にか床に爪を強く立てていたらしく赤い爪紅が所々剥がれて血が滲んでいた。ふと、その近くに転がっていたものに気付いた。破片ばかりの部屋の中で唯一形を成していた一振りの日本刀。今の日本では一般家庭では滅多にない筈のものなのに何故ここに、と怪訝に思うも頭のどこかではその刀があるのは当たり前だと肯定している。不気味な存在に、何故か私の意思とは無関係に手を伸ばしてしまう。紅色の鞘に納められた刀に指先が触れた、途端。  ─────やめて主!俺が嫌いならいくらでも折ればいい!だけどッ、××には手を出さないでっっ!!!  頭に激流の如く流れ込んでくる、悲鳴と凄惨な絶望の塊。比喩ではなく、本当に脳味噌をぐちゃぐちゃに引っ掻き回されている。  ある時は、顕現した瞬間に刀を叩き折られた。  ある時は、重傷のままあえて単騎で戦場に投げ入れられた。  ある時は、近しい仲間の刀で切り付けられた。  ある時は、顔をずたずたに引き裂かれた。  ある時は、近侍にして折れるまでひたすら暴行を加えられた。  ある時は、その顔が気に入らないと吐き捨てられ言霊で縛り自ら折れることを強要された。  ああ、嗚呼。嫌だ、嫌だ、嫌だ!  ″沢山の彼″が悲鳴を上げている。"沢山の彼"の断末魔が頭に響いては消えてまた鳴り響く。どれほど時間が経ったのか、もしくは一瞬だったのかもしれない時間が経ち、"私"はゆっくりと目を見開いて、理解をした。 「……これは、あなた達の記憶なんだね」  地獄の不協和音は彼等の記憶。その記憶が、全てを私に囁き、嘆きを告げていた。  この世界の現状。審神者と刀剣男士。歴史修正主義者。彼がこの世界に呼び出された本来の役目。そして呼び出した審神者にされた、屈辱の日々。  最初に折られたのは、初期刀の彼だった。それからは戦場で拾われたものも鍛刀されたものも、等しく全ての"加州清光"という刀は本来の役目を全うすることなく折られた。その数は両の手、両の足の指でもまだ足りない。刀の付喪神である刀剣男士は主を守り、戦場で折れることこそ誉だというのに。この審神者は一振りの刀の矜持を嘲笑し魂(こころ)を嬲って闇に堕とし続けた。  彼が夢の別れ際に残した願いの意味。それを私は叶えなくてはいけないような気がした。僅かな光に照らされた彼等の残骸の一つを一撫でし、目礼して立ち上がる。 「じゃあ、いってきます」  今の今までいたその部屋は、嘗て無念に散るしかなかった加州清光達の墓場。ならば、手向けの花の一つでも添えてやらねば彼等も浮かばれないだろう。 [newpage]  部屋の外は夜だったが分厚い雲が月を覆い隠してしまっている。もう何年もここの空は晴れていないらしい。見た覚えの無い屋敷内なのに身体は迷うことなく歩いていく。  どこからかすすり泣く声が聞こえて横を見れば、そこは粟田口の彼等が使っている部屋だった。ここでは短刀はいつも傷が絶えずにいて、痛い痛いと涙を流している。確かそれ慰めるのは大体が脇差や兄貴風を吹かせる短刀だったように思う。自身等も痛いだろうに、弟たちの心配ばかりをしていた。彼等には太刀の長兄がいるそうだがこの本丸には未だ姿を現したことはない。あの審神者は重度のレア刀難民であるため、鍛刀で思い通りにいかないと大抵粟田口兄弟に当たり散らしていた。その度にまだ見ぬ長兄に助けを求める声を漏らしていたのが痛ましい。しかし、この本丸にいる唯一のレアと呼ばれる太刀の扱いを見るにその長兄はここに現れなくて正解だったろう。      ある部屋の前に立てば中から異質な音が聴こえた。  怒鳴り散らす声と、何かが倒れた鈍い音。ああ聴いているだけで腹の底から込み上げてくる。その障子を開けるのすら嫌になって、腰からこの身体の本体ともいえる刀を引き抜いた。暗闇の中でも薄っすらと鈍く光る刀身を障子に向かって二度三度と振るえばそれらは役目を果たせなくなり崩れ落ちた。平和な日本で扱ったことも、ましてや触れたことも無い刀なのにこの手にしっくりと収まり、どうすればいいか身体が勝手に理解している。流石は刀剣男士、刀の付喪神様の身体。  色の黄ばんだ畳の上をブーツのまま歩いていく。室内を土足で歩くのは変な感覚だった。そして、目的の部屋の襖を見据えて今度は自身の手で横に引いた。中にいたのは、白い姿と審神者の姿。白い彼はこの本丸で唯一のレア太刀である、鶴丸国永だろう。金色の瞳が見開かれこちらを見る。その顔には殴られでもしたのか打撲跡がついている。怒りの感情が腹の底に沈むが、そこにいた審神者の顔を見た途端、今度は私の方が瞠目していた。  (……なんで、)  いるべきはずの無いその姿。違う、いてはいけないんだ、絶対に。  ──────そこにいたのは、私の嘗ての父だった人の姿。  加州清光の記憶の中に審神者の顔は何故か見えなかった。けれど、彼はこの父だったものこそが元凶の審神者だと叫んでいる。でも、彼は現世の刑務所にいる筈だった。私を殺そうとした罪で、檻の向こう側にいるべき筈だったのに。何故、何故、何故!!!  けれど同時に、その姿を見て理解してしまう。何故ここの審神者が執拗に加州清光を折るのか。あれは私が母の顔に似ていないことに酷い嫌悪を抱いていた。ならば全くの赤の他人、それも男の姿の付喪神が愛した女の顔をしていたとなればあれの癇に障ることだろう。そんな下らない理由で彼らは踏みにじられたのだ。そんな下らない願望のせいで、私はずっと……。  私の中でどろりとした感情が徐々に胸に広がっていく。こちらを見たあれは私の記憶の中よりも多少老けていて、その顔が驚愕の色に染まっていく。何故、とそれは口を戦慄かせた。それはそうだろう。あれが最後に呼び出した加州清光はあれ自身が手酷く折ってあの部屋に放り込んだのだから。もう一振りだって加州清光はいない筈なのに何故いるのか、何故勝手に顕現をしているのか、そんなことを考えているのだろう。まさか今ここにいるのが殺し損ねた私だなんて、夢にも思わないんだろうな。  ゆっくりと私はあれに向かって歩を進めた。あれは一瞬恐怖の色を現したがすぐさま余裕を取り戻したように叫んだ。 「止まれ、"加州清光"!」  放たれたのは言霊だ。主となる審神者に呼び出された刀剣男士が絶対に逆らうことの出来ない命令。これがあるから彼等は逆らえなかった。どんなに憎悪を抱こうと審神者に傷一つ作ることが出来ない忌々しい主従の契り。  けれど私には関係ないものだ。だって私はこの男に呼び出されたわけではないのだから。  普通であれば目に映らないだろう、身体に絡み付こうとする薄い糸を無視してまた一歩と踏み出す。今度こそあれは恐怖の声を上げた。その姿に初めて愉快めいた感情が生まれる。末席ではあるが彼等は神様。神格は低いとはいえ主ですらない人間なんて神様の気分一つで赤子の手をひねるよりも簡単にその命を奪えるということを、己の本来の立ち位置を忘れ驕った卑しい人間には、必ず罰が下るというのに。 「あ、あいつを殺せ鶴丸国永ぁ!」  震えるあれが今度は鶴丸に言霊を放った。ビクン、と彼の身体が震える。その手が彼自身の刀を掴もうとするが彼の表情は青を通り越して可哀そうなぐらい白い。やめてくれ主、と泣きそうな声で懇願するも止まってはくれない。恐らく鶴丸の練度で攻撃されれば私などぽきりと折れてしまうだろう。  私は持っていた刀をある場所に向かって滑らせた。何もない、その場所に。当然刀は空気を切る音を鳴らしただけで、傍から見れば気が狂ったかと思うだろう。実際あれはそう思ったらしい。汚く笑おうとして、しかし出来なかった。─────鶴丸の顕現が突然解かれたからだ。  物言わぬ刀になった彼はカシャンと音を立てて地に転がる。私が切ったのは彼を縛る主従の糸だ。神格の高い刀ならもしや可能かもしれないが普通の刀剣男士なら出来ない芸当だろう。正直なところ何故私に出来たのか分からないが、人間には見えない縁は断ち切られたため彼はあれの刀ではなくなり、顕現した姿が保てなくなったのだろう。鶴丸に向かって汚く怒鳴り散らす姿にいっそのこと哀れだと頭の隅で思うが、その足を止めることはない。  あれとの距離が僅かになり、ひぃと悲鳴が上がるのを私は不思議な気持ちで見ていた。嘗て私の絶対的な恐怖が、私を見て震え上がっているのだ。自然と口角が上がり薄く笑みを形作る。だが胸の中は晴れるどころか暗く淀んだまま私の感情と、この身体に残った彼等の憎悪の感情が混じり合う。  何故お前がいるんだ、あいつにちっとも似ていないじゃないかこの不出来めと唾棄された、私。  鉄屑の分際で何故その顔をしているんだと不条理に破壊され続けた、彼等。  手に持つ刀を振り上げる。あれの顔が汚く歪んで怯えている。鼻を掠めた臭いに失禁でもしたらしい。不快な気分だったが私は笑んだまま、この男に嘗て一度も口にしたことの無かった言葉を告げる。 「 さよーなら、 おとうさん 」      笑って、刀を首に滑らせた。  ごとりと落ちたその首と崩れ落ちた体。切り口からは遅れて鮮血が噴き出すそのすべてを私は瞬きすらせずに見届けた。  私がした救済を。  私が犯した罪を。  やがて死体が痙攣すらしなくなった頃、部屋の中は噎せ返るほど血の臭いに満たされていた。鞘に納めることもせずにだらりと腕に持ったままの刀身が血を滴らせているのに気付いて刀を振って払う。手近に懐紙がないので落ちていた布で血脂を拭うと気のせいかさっきよりも薄っすら黒ずんで見えた。だがそれを気にしている余裕はなくて碌に確かめもせず鞘に納める。  血塗れの部屋のもう一つ奥の執務室。こざっぱりした無機質とすら感じる部屋はまるで生活感が無い。彼等の記憶の中を引っ掻き回していた中で思い出したものがここにあるはずと、部屋の隅にある畳の一枚を引き剥がす。剥がされたその下にあったのは床の一部が切り取られて再びそこを蓋し嵌め込んだような切れ目。見た限りこじ開けるのは無理そうだ。もう一度鞘から刀を引き抜いて、その床を切りつけるとうまい感じにくり抜かれた床が二つに別れたので片方を下に押し込むとガコンと抜けた。腕を伸ばせば空洞になった床下にはそこそこの大きさの木箱が札を貼られて鎮座していた。十中八九封印の類だろう札を躊躇いもせず一気に引き剥がすと瞬間、札から放たれた呪詛によって腕が無残にも切り裂かれた。ぼたぼたと血が滴り肘から下が機能しなくなったが、構わず箱の中で眠っていた存在を綺麗な方の手で揺り動かす。 「起きて、こんのすけ」  声に反応して眠っていた狐の姿をした式神のこんのすけは寝惚けたように眼を瞬かせるがすぐにはっとしたように立ち上がった。 「わ、私は今まで何を……そこにおられるのは加州清光様ですか? いやそれよりもその腕は?! それにこの本丸の淀んだ空気はいったい……」 「こんのすけ、起き掛けで悪いけどすぐ政府に本丸で起きた審神者の悪行と、この本丸内の現状を知らせて」 「なんとっ?! ……そうです、確かこんのすけは審神者様に異議を申し立てようとして、封じられて……。こうしてはいられません、今すぐにこの本丸を審神者により不当に虐げられた黒本丸と認定し政府の方に報せてまいります! こんのすけが戻るまで申し訳ありませんが加州様は審神者様にこのことを察知されないように十分気を付けてくださいませ!」 「いや、それなら必要ないよ。……あいつは殺したから。こんのすけ、もう、終わったんだ」  こんのすけの大きな眼が限界まで見開かれる。信じられないと、その体で表現しているのが可笑しくてそっと頭を撫でてやった。 「さ、もう行きな」  今度こそドロンと煙に紛れて消えたこんのすけに漸く安堵の息を吐いた。しかし、ずきずきと痛む腕と別に身体の奥がどろりと淀んでいく感覚に身震いをして自嘲する。どうやら杞憂では終わってくれなかったみたいだ。   「……んじゃあ、もうひとがんばりしますか」  のろのろと先程の審神者が死体が転がる部屋に足を踏み入れるとそこはもう、うっすらと瘴気を垂れ流す危険地帯になりかけていて気分が悪い。まったく、あれは死んでも迷惑しかかけられないのか。  血飛沫が掛からない距離に落ちていた刀姿の鶴丸を持とうとして、一瞬悩んで自身の脱いだコートに彼を包んで抱えた。意味は無いかもしれないが直よりは幾分ましだろう。その間も淀みが身体の中をぬちゃりと這うのに、歯を食い縛って耐えながら部屋から出た。 「悪いね、あんたにはきついかもしんないけどもう少しだから」  確か彼は御神刀の類だったはず。神聖なものほど穢れを嫌うため、あの部屋に僅かな時間でも置いていたこととこうして抱えていることに罪悪感を感じるが仕様が無い。  伊達組がよく使っている部屋の扉を開ければ、一瞬こちらに警戒心を剥き出した眼帯の男────燭台切光忠がすぐに先程の鶴丸と同じ幽霊でも見たような目をしていた。その傍にいた竜の刺青が腕に彫られている男、大倶利伽羅が腹には大きな刀傷と身体中に浅くない傷があるあたり重傷に近い中傷を負っているのだろう。時折苦しそうに呻き、意識もあまり無いようにみえた。 「か、しゅう、くん……?」  震える声は「何故」と問うてるがそれを返してやれるほど今の私には余裕が無い。燭台切にコートで包んでいた鶴丸本体を有無を言わさずに突き付けて踵を返すと後ろで彼が何か言っていたが私は足を止めることは無かった。  主を失ったことで本丸に漂う霊力が薄くなり、同時に元からあまりよくなかった空気に瘴気が少し混じり始めたのをなんとなく感じる。それは他の刀剣も同じなのか本丸の所々で騒めきが起きていた。 「は、あ……あ、ぅぐっ……」  胸のところにヘドロでも溜まっているみたいに重くて気持ち悪い。視界も段々ぼやけてきて、意識も曖昧になり始めていた。どうにかある部屋の扉を開けたものの数歩も歩かないうちに今度は歩行困難になってきて倒れ込んでしまう。  頭の中を幾千の蛇が這いずっているかのような悪寒と内臓全てをぐちゃぐちゃに掻き回されているみたいな苦痛に悲鳴を上げそうになっていると視界に鈍い銀色の輝きが落ちてきた。  ──────そこは加州清光達の亡骸が無数に転がる、最初の部屋。  四肢はもう動かない。肉の身体から、そして本体の鉄の身体も軋む音が聴こえる。持ち主である主をその手で殺めることの意味はなんとなくわかってはいたが、それでも止めることは出来なかった。もう一回死んだら今度はどこにいくんだろうなと薄っすら笑って、指先が黒いもので汚染されていくのを私はむしろ晴れやかな気分で見送っていた。 「これで、少しは……報われてくれる、かな……」  パ、キン [newpage]  ガラスが砕けたような小気味のいい音を最後に意識が無くなって、再び目を開くとそこはあの真っ暗な空間だった。だけど空が少し明るくなって灰色ぐらいにはなっていた。曇天みたいな空を見上げながら私はぷかぷかと真っ黒な水面に浮かんでいた。 『起きた?』  声の聴こえた方を見れば、私のすぐ近く。今度は彼の顔がちゃんと見えた。というよりも今気付いたが私はどうやら彼に膝枕されていたみたいだ。彼の手に何故か頭を撫でられている。モノクロの世界で周りに咲き誇る彼岸花と彼だけが色付いていてとても綺麗だった。 「……私、死んだ?」 『いや、まだ折れてない。けどすぐに堕ちるか折れるかな……ああ、君の魂はもうあの中には入って無いから関係ないけどね』 「堕ちるって、祟り神みたいになるの?」 『似たようなもんかな。堕ちれば俺達はもう刀剣男士という神じゃなくなる。穢れに耐え切れずに折れるか、害悪とみなされて消されるか』 「……どっちにしろ折れちゃうんだね」 『うん、そう。俺達にとって"主"を殺すのはどんな罪よりも重いものなんだよ。神って云っても所詮戦道具の付喪神だからさ、自分の持ち手は一等に特別な存在なんだ。……持ち手を選べなくてもね』  彼は道具だから選べなかったのだ。自身の末路も、仲間の苦しみも。道具だったから、選ぶことが出来なかったのだと。 『悪かったね、こんなことやらせちゃって。でも俺は君に感謝はしても、後悔はしてないんだ。酷いだろ?』 「まあ、神様って残酷ってよく言いますもんね」  とは言いながら、私は彼をちっとも酷いだなんて思ってなかった。私の頭を撫でる掌が優しすぎたからかもしれない。頭を撫でてもらったこと自体初めてでちょっと嬉しかったのは言わないでおいた。 『でも、俺が君にさせたことは人殺しで────親殺しだ』  そう、彼は、加州清光は最初から私を生贄にしようとしていた。吐き出される言葉にただそっと耳を傾けた。   『君を連れ込んだのは偶然じゃない。俺は君をあいつの子供だってわかってて厄介事を押し付けた』 『あいつに子供がいるって知ってさ、嬉しくなった』 『あいつの子供を俺達と同じ目に合わせてやったらどうなるんだろうって考えた』 『折られて分霊体の一つになった俺は、子供の元に向かったんだ。親の尻拭いをさせようと思った』 『…………でも、そこで君を見て……どうしていいかわかんなくなってさ』 『あいつが大切にしてたものを壊してやろうとしてたのに、君はとっくに壊れちゃっててさ』 『ほんとに酷い話だよね』 「…………だから、恨んでいいって言ったんだね」  恨んでいいと、憎んでくれと加州は最初に言っていた。  それは人殺しをさせようとしていることではなく、与り知らぬところで呪おうとした上に自らの親をその手で殺させてしまうことについてだったのだろう。不穏な話なのにこの空間は穏やかなままで、心地好さすら感じる。 「私はこれからどうなるの」 『君はこのまま人の輪廻に戻るよ。俺の神気が交じっちゃったから、少し時間はかかるけどね』 「あなたは?」 『うん?』 「あなたはどうなるの?」 『……さあ、どうなるのか、俺にもよくわかんないな。たぶんこのまま消えると思うけどね』  消えるとはなんとも物騒な言葉じゃないか。ぎょっとするが加州にとってはそうたいしたことではなかったのか、またぽつぽつ言葉を落としていく。 『ここは俺の神域だから穢れも影響しないけど、あの器に溜まった穢れ自体は無かったものには出来ないから』 「ここにずっといるんじゃだめなの?」 『それは無理。ここにいれるのもあの器がまだ穢れ切ってないだけで、いつかは器を通して俺も穢れる。あそこまでいったら御神刀じゃない俺には穢れを浄化させるのは出来ないよ。……まあ、君に嫌な役を押し付けちゃったからこれぐらいはしなきゃね。 君は次の輪廻を待ってればいい。後始末は俺の役目だ。君に移った穢れも全部俺が持っていくから、もう眠りな』  掌が私の目元を覆うと途端に眠気が襲う。このまま意識を失えば何も知らないまま次の人生が始まるんだろう。────だけど私は、その手を掴んだ。 「ねえ、加州。私あなたをこれっぽっちも恨んでないよ。ううん、恨めない。だって私、」  ──────あいつをこの手で殺せてよかったって、心から思ってるから。  加州は瞠目してその赤い目を揺らしている。どうして、と唇が震えた。 「生きてるときは本当に殺してやりたいなんて、思わなかった。でも心の中ではいつもずっとずっと殺してやりたかった」  刑務所に入ってから行方すら知らなかった、死んだ女に囚われた愚かな屑。それが神様達を虐げていたことを記憶の中で知って、私は怒りを感じた。けれど同時に仄暗い喜びに笑みを浮かべてしまった。 「チャンスだって思っちゃったんだ」  この手であいつを殺せるのだと歓喜した。人殺しでも親殺しでも罪状はなんでも構わない、あれの息の根を止めてやりたかった。 「あとね、あなたを見て……ごめんね、ちょっとうれしかった」  私と同じ存在がいたんだ、って。  彼には傍迷惑な話だろうが、ずっと孤独だった私には少し嬉しかったのだ。同情という陳腐な思いが、同じ被害者だということに心が震え寄り添ってみたくなった。本当に酷いのは私だ。加州の優しさを無下にしようとしているのだから。だけど私がしたいのは彼のことを想ってなのか、それとも傷の舐めあいがしたいだけなのか、よくわからない。   「私は還らない。あなたのあの身体の中でこの二度目の生を終えたいの」  加州の記憶に触れた時に一緒に流れ込んできた彼等の想い。  ────ほんとうはもっと戦っていたかった。主に大切にしてもらいたかった。このまま消えたくない。寂しい、さびしい。 「ねえ、本当はもっと生きていたかったんだよね? でもこのままじゃあなたは本霊にも戻れないまま、無かったことになっちゃう。なら、私があの身体で生きていればあなたは消えない。 穢れた身体なら、私にある霊力で浄化する。審神者ほどの力はなくてもあなた達よりは穢れに強いから」 『…………ばっかじゃないの』  泣きそうな声に私はうん、と笑った。 『君は今、魂の姿で俺の神気に当たり続けてるんだ。これ以上は魂が侵食されてもう人じゃいられなくなる。俺達と同類の存在になるんだよ』 「うん」 『違う存在になった魂はもう人の輪廻には戻れない……あの身体が折れた(しんだ)とき、たぶん君の魂は消えちゃうよ』 「うん」 『せっかく、俺が人に戻そうとしてんのに』 「うん。ごめん」 『……君は変だ』 「うん。それでも、私はあなたがいいの」 『……ね、呼んで。俺の名前』 「加州。加州清光。優しくて残酷な私の神様。お願い、私を加州の分まで生かせて。加州が満たされるまで戦って、今度は主をちゃんと守れる存在になるよ」  身体を起こして、加州と目を合わせた。血みたいに赤い綺麗な瞳が私を見ている。加州は私を抱き締めて、私はその背に腕を回した。男女のようなそれではなく、例えるなら親と子供のような、兄弟同士のようなそんな感じだった。ある筈の無い心臓がとくとくと脈を伝えてくるのが不思議で温かい。 『あの穢れに直接触れれば君はすぐに堕ちる。だから俺が君に加護を与えて堕ちないようにするよ。その霊力ならきっと浄化できると思うけど、無理矢理抑え込むからあの身体にどんな影響が起きるか……わからない』 「頑張るよ。加州の身体だもん、絶対に壊させたりしないから」  互いの額をくっ付けて、手を重ね合う。触れた肌から互いの存在が溶け合ってくような錯覚に私も加州も笑った。   「私はあなただ」 『俺は君だ』  魂が彼の神気に包まれていく。そして彼の姿が薄れていくのを私はじっと見ていた。 『俺はもう、少しの力しかないからこの姿を保てない。でも君の傍にいるよ。君の中で眠ってる』 「私は加州の代わりにあの身体で生きる。あなたがやりたかったこときっと私が叶えるから、見てて」  ──────だから少しの間、おやすみなさい。 [newpage] 「ここが例のブラック本丸か」  数人の男女が物々しい雰囲気で、ある屋敷の前に立っていた。空は厚い雲に遮られ、木々は枯れ果て池は濁り魚の死骸が浮いている。空気は瘴気を漂わせ、門の前であるというのに体が蝕まれそうだった。彼等は数時間前にこの本丸のこんのすけから通報を受け収集された別本丸の審神者達。一人一人の傍には御神刀と云われる彼等の刀剣達が佇んでいる。ピリピリとした雰囲気の中、中年の男が他の審神者達を見渡した。 「こんのすけの報告から、ここの審神者は刀剣達に無理な進軍を強い、日常的に暴行を加えていたと伝えられている。残念だが中には折られた刀剣もいるそうだ。……だが、その審神者は死んだ。刀剣に殺されたらしい」  物騒な話にも審神者達の間でどよめきが起きることも無かった。皆腹が座っている強者達ばかりなのは、同時にこの本丸の危険度を示している。 「殺害した刀剣は加州清光。こんのすけの話では加州自らがそう証言して、封じられていたこんのすけを解き放って通報させたという」 「彼はまだ、堕ちてはいないかったの?」 「少なくともその時は、と。だがこの酷い瘴気だ。もしかしたらもう既に、ということも十分ある」  やむをえないとはいえ、主をその手で殺めた刀剣男士の行末を幾度か見届けてきた彼等は皆一様に顔を顰めた。  堕ち神になれば妖怪の類いへと変貌し、自身がなんなのかわからなくなる。狂って狂って絶望に笑って穢れを撒き散らすその姿は何度見ても慣れることは無い。 「これより、ブラック本丸内に入る。襲い掛かってくるものは呪縛の札で取り押さえろ。いいか、一振りたりとも折るなよ。────だがもし堕ちたものがいた場合、捕縛はするな。必ず複数人で囲み、破壊しろ」  誰一人として声を上げることも無く、だが覚悟を目に宿して本丸内に走っていく。ブラック本丸では人間不信に陥った彼等に斬りかかられることも珍しくは無く、故に警戒して一つ一つの部屋を見ていくが。 「……静かだ」  刀を弾く音も、悲鳴も聞こえない。静かすぎて不気味さすら感じる様子に知らず知らず喉を鳴らした。やがて発見した刀剣男士も、男に襲い掛かるどころか諦めたように目を伏せているだけの者達ばかり。それは他の審神者達も同じだったらしく皆一様に困惑していた。刃を交えないで終えられるならそれに越したことはないのに、何故か引っかかるものがある。  そして一振りまた一振りと見付かっていくがそこには審神者を殺害したという刀剣の姿は無く、男は審神者の執務室があるはずの場所に足を向けようとすると、傍にいた石切丸が声を掛けた。 「あちらのほうに、なにかいるね」 「堕ちているか?」 「いや……それはないと思う。ただ、なんというんだろうね。不思議な気配を感じるんだ」  そう言って向かった場所は本丸内でも隅の方の部屋。その扉の前に立っても穢れた気配はしなかったが、気を張ったまま男は扉に手を掛けた。 「これ、は……」  そこにいたのは無数の刀剣の亡骸。既に物言わぬ鋼の姿で破片となり散らばっている光景は、刀剣男士を仲間であり家族でもあると思っているものからすれば正気の沙汰と思えない数だった。物悲しく鈍く光る欠片は悲しみを伝えているようで男は唇を噛み締める。すると、隣の石切丸が柄に手を掛けてなにかいる、と警戒心を滲ませた。男も身を構えて暗闇の中で必死に目を凝らすと、目が慣れてきたのか徐々に一人の姿が浮かび上がってきた。割と小柄な背格好に、身に着けていたコートらしき服に、彼が件の加州かと男は呪縛の札に手を伸ばそうとして────見えたその姿に目を見開いた。  そこにいたのは間違いなく加州清光だった。  だが、その右の眼は本来の赤ではなく、闇夜の如き黒の色をしていたのだ。 「……なあに、そんなに怖い顔してさ」  加州は、笑っている。  傷だらけのその姿は痛ましかったが彼は狂ってはいなかった。ただ困ったように笑みを浮かべて、異色の瞳で男を映すばかりだったのだ。
アイェエエエエナンデェエエエ成り代わりナンデエエエエエ<br /><br />要約するとこんな感じ。<br />とうらぶ初投稿なため、口調など色々至らない点がいっぱいあると思いますがご了承ください。文字数多いくせに中身ぺらっぺらの驚く薄さなのはいつものこと。<br /><br />シリアスは体かゆくなりますね!あああかんゆいいいいい<br />タグはよくわかりません!間違ってたらすいません!<br /><br />私の初期刀が!今日も!!くそかわいいっ!!!<br /><br />※加州清光(刀剣乱舞)のタグが不適切だとご指摘を受けましたので削除しました。申し訳ありませんでした。<br /><br />◆ウィークリーランキング7位……?おっふ(吐血)<br />ありがとうございました!
自殺願望者は愛されたがりにシフトチェンジしました
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[chapter:11.水着選びとか言うリア充イベント。] 街中にあるデパートの特設会場。色とりどりの水着がディスプレイされ、平日の昼時に関わらず、それなりに人がいる。店内のBGMは流行りの曲が流れ、マネキンの後ろに置かれたラジカセからは波の音が聞こえてくるくらいまであった。 あちらこちらで、黄色い声が飛び交い、何とも幸せそうなオーラが垣間見える不思議な空間。見れば、やはりというべきか ...かなり高いカップル率で、たしかに若い人もいるにはいるが、学生という感じはしない。きっと平日休みの社会人だろう ...。皆、お疲れ様、って感じだ。 そんな疲れてる中ででも、彼女が選ぶ水着を見ては一言ないし二言くらいのコメントを求められる。それはどこのカップルも同じみたいで、なんだそれ?ただのリア充イベントだろ?とも、昔は思っていたが、実際に、言う立場に立たされれば、それはそれで ...なかなか大変だったりするのだ ...。 ちなみに、ここまで目的が限定されていると、男子が1人で入り込む余地すらないのだろう。プリクラの女子専用ゾーンなんかよりも余程高い防護力で、既に見えないバリアで全体が覆われている。女子同士、女子1人、というのもチラホラいるけれども、男子1人ってのは ...さすがにいなかった。一応は男性用の水着コーナーもあるにはあるが、そこはあえて、カップル限定と書いておくべきじゃないの?などと、いらぬ親切心が顔を出す。いや、まあ、材木座先生とかいたら、完璧通報されちゃうレベルですからね。そう考えれば、ここはリア充じゃなければ立ち入ることすら不可能な、ある意味では不可侵領域なのかもしれないが ...。 そんな現実逃避をしつつ、俺は、その水着売り場の外に隣接する自販機横のベンチに座り、烏龍茶のペットボトルを片手に一休み中だ。と、視線を感じ顔を上げると、その遥か先には、ジトッ、と、こちらを見る雪乃がいた。 その目は ...いつまで一人にさせるのかしら?と言っているようで、彼女は、クイクイッ、と顔を動かして、こちらに来なさい、と告げてくる。そろそろ怒らしちゃうかな?やばいな、それ。とするならば ...さて、ぼちぼち行った方が良さそうだ。 「ふぅ、へいへい。」 俺は、誰ともなく呟くと、重い腰をベンチから上げて、彼女の荷物を持ちつつ売り場の中へと入って行った。数人の、赤ちゃんを抱えながら水着選びよりは話に花を咲かす若いママ集団の横を通る時に、キャピキャピと会話をしている内容がちらっと聞こえる。 「あの人、ちょーキレイなんですけど。なに、あの細さ。てか、何歳くらいなのかな?」 「30歳前半くらい?でも、気持ち、お腹大きいよね?初産かな?」 ん?ああ、雪乃の事か ...。 そのグルーピーの会話と視線の矛先は、どうやら俺の嫁さんの事を向いているらしかった。ついつい、改めて雪乃を見る俺がいる。 水着を一生懸命に選んでいる彼女は、薄緑に白い水玉が可愛いフェミニンなワンピースを来て、サイドテールで髪を肩へと流している。この間、それ可愛いな、って俺が言ってから、やたらとするようになったサイドテール ...いや、マジ半端なく可愛いですからね。ついつい、彼女たちに教えたくなる俺がいた。実はもう40歳で、さらに赤ちゃんは4人目なんですのよ、ほほほ、って。ま、あの井戸端の中には、雪乃の魅力に勝てる女なんて誰の一人もいりゃあしませんがね。それこそ、ほほほ、くらいのものだ。 そんな事を思いながら、一生懸命に水着を選んでいる、彼女の隣に並んだ。 「雪乃。なんだ?どうした?」 「はぁ ...なんだ、じゃないでしょ?八幡こそ、どうして、私から離れて休憩してるのかしら?」 声を掛けるも、いきなり叱られる俺。どうして?って、それは、そんなの ...恥ずかしいからに決まってるだろうが ...。察して欲しいもんだが。もう、男心が分からないんだから。 ちなみに、今日は2人で平日の休みを合わせて、忙しくてなかなか行けずにいた、産院の助産婦検診を終わらせてきた。順調に育っているお腹の中の6ヶ月目の赤ちゃんを確認し、新しい担当助産婦の諸井さんとも、楽しげに交流を深める事もできたし ...。あと、あれだ。来週の北海道への旅行も問題無し、って言われて、何だかホッとする俺がいた。雪乃も、どうやら、その検診が余程楽しかったらしく、その帰り道にランチを食べにレストランに寄った際、彼女はとても上機嫌で嬉しそうに、そのピザとパスタを口にしながら、ずっと笑顔で話をしてくれていた。そんな彼女を見れると、俺もとても嬉しい。 そして、今はここで雪乃の水着を探している。妊娠時の運動不足解消も兼ねて、八起とプールに行く約束をしたので、新しい水着が必要になったらしい。時期も時期だけに、デパートの特設会場は、かなりのスペースを水着売場に使っていて、ここらでは一番の品揃えだろう。それもあってか、マタニティ用の水着も、かなり沢山の種類があるらしく、彼女はその中から熱心にお目当てのものを探しているのだ。 ハンガーに掛かった、そのカラフルな水着を1枚1枚目の前に出しては、また元に戻していく。そんな繰り返しを、真剣にこなす雪乃がいた。腕には、うち何枚かの候補があり、雪乃は、ふと、それを俺に押し付けてくる。 「はい。八幡。これを持っていてね。最後に試着するのだから、落とさないように気を付けて。」 「え?はあ ...なあ、ダメか?あそこで座ってたら?」 「あら、まだ、この期に及んでそんな事を言うのかしら?」 水着に向けていた視線を、振り返って俺に向けてくる。サイドテールがその頭の動きに合わせて、フワリフワリと着いてくる動きに、少しそそられてドキッとした。 「いや、その、なんだ ...恥ずかしいんだって。カップルで水着を見るなんて、それなりにハードル高いだろうが ...。」 「ふふ、何を今さら ...そんな事を恥ずかしがる歳では無いでしょう?高校時代の八幡じゃあるまいし。もしかして、あれなのかしら?私の傍から離れないで、って、わざわざ、お願いしなきゃダメなの?」 そう言って、雪乃はイタズラっぽい笑顔を俺に見せて、そのまま首を少しだけ傾げてくる。それは、俺が一瞬で素直になってしまうくらい、透明で柔らかくて、天使みたいで、ふやけちゃうくらい素敵な仕草だ。まったく ...ズルいよな ...。 「はぁ ...分かった ...。一緒にいる、って ...。その代わり、あまり構うな。ソッとしとけ。」 「あら、そう?ソッとできるかどうかは分からないけれど、とりあえずは ...ふふ、ありがとう、八幡。」 俺の名前を言う時に、少しだけ、その美しい顔の口許の口角が、キュッと上がり、そんな微笑みだけで、どうやら俺の答えが間違っていないことを教えてくれる。 俺は、何気なく自分が手に持つ水着を見た。黒いシンプルなビキニと、少しだけ光沢のあるスカイブルーのビキニ。それに、淵が白でベースがブラウンのビキニ ...って、全部ビキニか、おい。俺は、へっ?と、呟いて、雪乃を見遣った。 「どうかしたの?顔が変よ。いえ、目かしら?それとも ...。」 「いや、その、いつものお決まりのは良いから ...。どうせ、意地も性格も、あと、あれだ、どうせ諸々、変だって。でな、そんなのはどうでも良い。なんだ?なぜゆえ、全部ビキニなんだ?」 「あら、いけないのかしら?」 「ダメだ。ビキニはダメ。他のにしろ。ええと、あるだろ?お腹全体を覆うタイプの。ほら、そっちの、な?」 俺は、過去の記憶から、雪乃の水着姿を思い返していた。古くは高校の千葉村まであるが、子供が出来て割りとプールやリゾートなんかにも行くので、それなりに雪乃のビキニ姿を見る機会はある。そこまでセクシーだったりもせずに、どちらかと言うと単色の清楚な感じのビキニをチョイスする傾向が強いが、それは男の邪心を刺激するには十分すぎるくらい美しいのだ。なので、海外のビーチは良いとしても、国内だとそうもいかない。彼女がビキニ姿で歩けば、その度に、雪乃を舐め回すように見てくる腐れ外道どもがいて、俺はそいつらの目にレーザーポインターを当てるのに大忙しだ。何より、腹が立つし、胸糞悪いことこの上ない。ゆえに、俺の中ではビキニはダメなのだ。 勿論、それは、雪乃がスレンダーでスタイルが良くて、何よりも美しいからゆえだ。だから、俺が1人で楽しむ分にはアリと言うか、家の中なら存分に楽しみたいと言うか、触りたいと言うか、もしそれが紐パンだったりしたら、その紐を解いてウキャキャウフフしたいくらいはあるが、それはそれで別のお話。って、それ、良いな ...頼んでみようかな ...。 「八幡?何がそんなにビキニはダメなのかしら?私にはさっぱり分からないわ。」 「お腹に赤ちゃんいるんだぞ。ビキニなんて着たら、お腹冷えるだろ?それに、転んだら危ないし。ダメだダメ。絶対に不許可だ。」 「ふ、不許可って ...着るのは私なのだけれど。八幡に何の権利があって ...。」 「権利もへったくれもない。ダメなものはダメ。」 俺は、その三枚のビキニを、近くのハンガーに掛けると、少しだけ膨れっ面になった彼女の手を取り、反対側のハンガーの方へと移動した。そこには、ワンピースタイプのマタニティ用の水着があり、さらに隣のハンガーには、スパッツのような丈の長さのトレーニング用のスイムウエアが掛かっている。 全体的にはビキニの在庫の割合が多く見てとれるが、ことマタニティ用としては、この布地の面積が多いタイプの、こちらのコーナーが主流のようで、向かいにある、その布地の面積が少なめな水着コーナーよりも、品数は3倍くらいあって、何とも選び甲斐はありそうな雰囲気だ。 「雪乃。ほら、こういうのなら良い。むしろ、推奨ぐらいあるな。」 「推奨 ...って。わ、私は ...その ...ビキニが良いのだけれど ...。」 俺は、そう言いながら、少しだけ恥ずかしそうに、首を竦めながらビキニコーナーに視線を送る雪乃を、あえて見ない振りをした。その傍らで、自分なりのチョイスを彼女に伝える俺。ハンガーの端から、何枚かのワンピースの水着を摘まみ取り、彼女に見せながら話掛けていく。 「この薄いピンクのは?可愛いな。どうだ?お、俺は、好き、かな?ん?こ、これも良いんじゃないか?この、グレーと白のボーダーの。なんかヒラヒラしたのが付いてて、そ、その ...可愛いだろ。」 最初は訝しげな視線を送ってきていた雪乃も、俺がそれなりに真剣に選ぶのを見て、少しだけ楽しくなってきたようで、え?それはちょっと ...、とか、あら良いわね?などと、話に乗ってくるようになっていた。そんな事を何回も続けていると、雪乃も気に入った水着が数枚あって、それが俺の腕に重ね置かれていく。今で ...4枚目かな? 端から端まで順番に見ていくと、思ったよりも時間が掛かり、やっと一通りのワンピースを見終わった。何となく徒労感が付き纏う俺がいて、雪乃を見ると、彼女は俺が一緒に水着を選んでくれている今の状況を、予想以上に喜んでいるようだった。これも素敵 ...とかなんとか、そんな事を言いながら、その横顔はとても幸せそうだ。俺も、何だか良いことをできたみたいで、嬉しく思える。結果的には、良かったんじゃね? しかし、それに気を良くして、油断をしてしまう俺もいた。何気ない一言は彼女に誤解を与え、楽しい一時はすれ違いへと向かっていく。それは、ワンピースから、その、あまり色気を感じさせない、スイムウエアのコーナーへと移った時だった。 「ああ、雪乃。あれだな ...こういう方が良いかもしれないな。体のラインが目立たなくて ...。」 それは、勿論、俺にとっては、あまり周りの視線を集めなくても良いから安心できる、と言う、そんな意味合いのつもりだった。あくまで、俺は、彼女の白い肌が露出しない方が ...周りに見えない方が ...きっと良いのだ、と思っていたのだから。 でも、雪乃には、そうは伝わらなかった。 「どういう ...意味かしら?」 静かな呟きは、かなりの冷たさを含んでいた。水着に目をやっていた俺も、その声で、彼女の雰囲気が変わってしまった事を、瞬時に感じ取る。 「え?どうかしたか?」 「八幡。今のはどういう意味かしら?体のラインがなんとか、って ...。」 「は?それは ...。」 俺は、彼女に、その言葉の続きを伝えようとしたが、それと同時に彼女は、俺の腕に掛かる水着を乱暴に掴み取ると、カチャカチャカチャ、と慌ただしくハンガーに戻して、唇をキッ!と噛んで俺を睨み付てきた。と、後ろを振り向いて、ツカツカと歩き始めて水着売り場を出ていくのだった。その後ろ姿は、怒りに溢れていて、その歩く勢いは尖っているように見える。カッカッカッカッ、と段々と遠ざかるミュールの音が、さらにその怒りを俺へと刻み付けてくる。 しばらく ...と言っても、ほんの数秒だろうが、俺はそんな雪乃を、ボーっと見て、それから、ハッと我に帰り、慌てて彼女を追いかけ始めた。 「雪乃?どうした?おい、雪乃?」 後ろから、周りを気にかけて、控え目に彼女を呼んでみた。だが、ワザと聞こえないフリをしているのか、それとも本当に聞こえていないのか、彼女は振り向かず、もっと言えば立ち止まりすらもしない。やっと小さかった背中に追い付き、彼女の肩に触れる、という、その時、雪乃は向きを変えて、フワリと下りのエスカレーターへと乗り込んで行く。宙を切った俺の右手はだらりと、重力のままに下へとふり下ろされるが、バランスを何とか保ちながら、俺も慌ててエスカレーターへと乗り込んだ。そのまま、ステップを踏みながら彼女へと近づいていく。 ようやく、彼女の肩へと、俺の手を乗せる、と、はらり、と彼女は俺の手を、彼女自身の手でその肩口からよけた。それは、ちょっとした拒絶のようにすら感じられて、とても虚しく寂しいもののように思えてならなかった。正直言えば、かなりのショックだ。そうこうしている間に、その1つ下の階で彼女は降り、俺も後に続く。そして、しばらく歩いた後、化粧室前のあまり人気の無い廊下で彼女の右手を掴んで、俺は2人の歩みを止めた。 普段なら黒髪が隠しているだろう、そんな、うなじや耳が、サイドテールのおかげで俺にも良く見える。少しだけ、赤くなっているように見えるが、それはどうやら怒りがそうさせているのだろう。上気してるとか、照れているとか、そういう類いで無いのだけは間違いない。 「雪乃。どうしたんだ?なんだ?教えろって。なぜに怒ってるんだ?」 そう話し掛けると、クルっ!と勢い良くこちらを向いて、彼女は俺の胸元目掛けて、軽く握った両手で、交互にドンドン、とそこを叩いてくる。その時に、俺は雪乃の顔を見て、はっ、とした。 彼女は、うっすらと涙を溜めて、唇を微かに震わせながら ...少しだけ泣いていたのだ。 「あ ...どうした?なんでだ?なぜに泣いてる?」 「た、楽しかったのよ。八幡 ...バカ ...。もう ...さっきは ...あんなに ...あんなに、一緒に水着を選べて、とても楽しかったのに ...。それなのに ...。」 そう言うと、雪乃は、その両手で顔を覆って、声を抑えながら、静かに静かに泣き始めるのだった。そして、泣きながら、言葉を紡いでくる。 「はっきり言うべきよ!た、確かに ...私は、あまり胸は大きく無いかも知れないけれど、だからって ...そんな、遠回しに、嫌みのように言われるなんて ...。スタイルが良くないからビキニは似合わないって、そう思ってるなら、そう言えば良いのよ!」 「へ?」 グジュグジュ言いながら、彼女は泣き続けるのだ。俺は、そんな雪乃を見て、事の発端を思い出す。体のラインが目立たなくて ...あ?ああ、そうか、そう言うことか ...。 俺は、他の男の目に晒したくない一心で言ったつもりが、彼女には、別の意味で伝わってしまったのだろう ...その、胸が小さいのだから体のラインを隠せる方が良いな、と。俺は、そんな誤解をして泣いてしまう雪乃がとても可愛くて愛おしくて、周りの目も憚らずに、一歩だけ前に出ると、ギュウッ、と、両腕で彼女を抱き締めた。 彼女の頭を胸元に迎えて、俺はサイドテールに触れてから、優しく、そっと優しく、その頭を撫でる。すると、雪乃も ...まだ泣いてはいたけれど、俺の背中に、そのか細くて白い腕を回してきて、ちょうど真後ろの辺りで、両手をキュッ、と結んできた。それが何だかものすごく幸せで、さらに雪乃を抱き締めたくなる。 と、そんな中で、雪乃の奥の方から低い女性の声がした。 「あんたたち、すいませんがね、ちょっと通してくれるかい?」 「「ひゃいっ!」」 いきなり話し掛けられた俺と雪乃は、思わず変な声を上げ、その声の方向を向くと、そこには淡谷のり子ばりに紫の色付き眼鏡をして、髪の毛までもが紫色な背の低い老婦人が立っていた。ついでに、その右手に持つ杖を左右に振りながら、ほらほら避けなさい、と大袈裟に言っていた。 「す、すいません。ど、どうぞ。」 俺がそう言うと、あらどうも、と軽く頭を下げてきて横をゆっくりと掠め歩いていく。と、こちらを振り返ってくる老女。 「女を泣かすなんて最低だね。本当に男ってのは ...。」 そう言いながら俺を一瞥して、淡谷のり子はその場から立ち去っていく。俺が呆気に取られていると、胸元からは、ププッと、笑う雪乃の声が聞こえた。 「は、八幡 ...知らない人にまで ...ククッ ...ププッ ...は、はあ ...面白かったわ。さすがね、八幡。」 「何だ?どこら辺がさすがなんだ?まったく ...。」 目尻に、その細くて繊細な人指し指をそっと添えて涙を拭く雪乃。その顔は、さっきまでの泣き顔を追い出して、すっかり笑顔になってさえいた。 俺は、そんな雪乃をもう一度だけ、ふんわりと抱き締めた。そして、その誤解を解きに行く。 「雪乃。すまなかった ...さっきはわりぃ。」 「ええ、本当にね。失礼にも程があるわ。」 「でもな、違う。全然違う。そうじゃない。」 雪乃の頭に置いていた俺の顔を、黒髪に1つだけキスをして、彼女の耳元にやる。その時に出た息を、彼女はその小さくてキレイな耳で受け止めてしまい、ピクリと一瞬だけ体が反応した。 「あの ...そのな ...ビキニが嫌だったのは ...あれなんだ ...雪乃がビキニを着ると、な ...ま、周りの男たちが、みんな雪乃をイヤらしい目で見るんだ ...そ、それが嫌で ...。それに、俺は ...雪乃のスタイルが悪いなんて ...一度も、その欠片も思ったことなんて無い。いつも ...キレイだな、って思ってるくらいのもんだ。あ、愛してるもの ...当たり前だろ ...。」 そう言うと、雪乃も、また俺を抱き締めてくれる。それも、さっきよりもだいぶ強く ...。それから、体を少し離すと、胸元から上目遣いで俺を見てきた。その顔は少し緩んでいて、口許はすっかり笑っていた。 「ふふ、馬鹿な理由ね。良いじゃない ...減るものでもあるまいし ...前に自分で言っていたでしょ?私に触れられるのは俺だけなんだな、って ...実際にそうなんだから ...。何も憂いは無いはずよ。困った人ね。困るを通りすぎて、もう呆れてしまうわ。」 そのまま、クスクスと笑いながら、体を離して、彼女は歩き始める。と、こちらを振り返り、満面の笑みで俺を見入ってきた。さっきまでの尖ったものは全て消え去り、そこにはいつもの柔らかな透き通った雪乃だけがいる。 「ふふ、良かったわ。八幡がそんな風に思っていてくれて。そうね、私が誤解してたのね。八幡、ごめんなさい。さ、ほら、行きましょう。」 「は?行くって、どこへだ?」 そう尋ねると、彼女は、たゆたゆと微笑みで満たしながら、もう一度水着を見に行きましょう、と俺の手を取り、その、さっき下りてきたのとは反対側の、上りのエスカレーターを目指して先を歩き始める。 「八幡。あのね ...水着なんて、そんなに、いつもいつも買うものではないから ...ビキニなら、出産してからも着れるかしら?って。あと、それに ...。」 「ん?それに?」 「ビキニを着た時に、ポコンって、赤ちゃんのいるお腹が見えたら可愛いでしょ?それで ...八幡に撫でてもらって、キス ...してもらって ...そうしたら、なんかとっても幸せそうかも?って ...そう思っていたの。」 エスカレーターで、前の方を見ながら、俺の方を見ずに、そう呟く雪乃がいて、それを言うのは恥ずかしかったらしく、いつもの癖で無意識に耳に長い黒髪を掛けようとしていた。けれど、サイドに纏まっているのもあって、そこに髪はなく、ほんのり桜色に染まる、その耳だけが印象に残るのだ。 そうか ...そうなのか ...。 エスカレーターを降りると、俺は、雪乃よりも前に回り込んで、そっと彼女の手を取り、そのまま、さっきのビキニのあるコーナーを目指してゆっくりと歩く。そして、その色とりどりの小さ目の布を前にして、雪乃は気付いてくれたようだった。 俺は、何だかとても恥ずかしくて、きっと真っ赤になっているのだろう ...一緒に水着コーナーにいるだけでも恥ずかしいと思っていたのに。それでも、さっきの罪滅ぼしと、雪乃を喜ばせたい一心で、そこのマタニティ用のビキニの中から、その ...良さげな水着を選んでいた。 と、ちょっと気に入ったのがあった。そのハンガーの中から1枚だけ取って、手を止めた。白いビキニに、白いチュールレースがパレオのように付いているビキニ。 「あら、それ、良いわね。へえ、トップスの下からレースが ...パレオみたいで、しかも取り外しできるのね。」 「ああ、どうだ?」 「ふふ。良いわよ。ただ ...真っ白なのは ...八幡って、そういう、清楚とか清純とか、そういうのが好きよね。」 「アホか。そう言うのが雪乃に良く似合うから、自然とそういうのを選ぶんだろ。」 「 .........そ、そう。」 真っ赤になって石化する雪乃がいた。ちょっと、自分で振っておいて、ここでデレルのかよ ...そんなの ...か、可愛すぎるだろ ...。 「は、八幡。も、もう、私も良い歳なのよ ...そ、その ...隣の、それじゃダメかしら?その、ネイビーと白のボーダー柄 ...形とかは同じだし。」 「え?は?へ?お、おう ...い、良いぞ。うん。良いんじゃないか?どうだ?」 俺は、その水着をハンガーから取ると、雪乃に渡してやった。彼女は、俺の手からそれを受け取ると、俺に手を繋いできて、それからゆっくりと歩き始め、レジ横の、少しだけ中に入る場所にある試着室へと向かう。そこは意外と混んでいて、四つ並んだブースは、一番左側以外は全て埋まっていて、その前には手持ち無沙汰に、彼女の着替えを待っている彼氏らしき若い男が一人立っていた。 俺は、伊達メガネの奥から、その男をじっと見ると、暗に避けろ、と伝える。それを察してか、その男は彼女がいるらしきブースの前にピタッと張り付く。うんうん、それで良し。これから、雪乃が着替えるんだ ...こっちへ近づくんじゃない。 「八幡。はい。ここで、少しだけ待っていてね。勝手にどこかにいったりはしないで。大丈夫かしら?」 「は?そんなもの ...大丈夫だ。ここで、変な男が近づいてこないか見張ってる。」 「ふふ。気づいてるかしら?その発言がかなり危ないってことを。そもそも、あなたがその変な人なのかもしれないけれど ...。ね、八幡。」 そうやって笑いながら、靴を脱いで、そして、ニコッと笑ってから、そのブースへと入っていった。小さく手を振るまである。うん、マジ天使。 ブースの中からは、ハラリ、ハラリ、と生地が擦れる音がして、雪乃がワンピースを脱いで水着に着替えていくのが分かる。どんな感じかな?と、脳内で想像する雪乃は髪を全て下ろしている彼女で、あ、そう言えばサイドテールだったっけ、っと、思わず一人で笑ってしまう。ああ、それ、傍目には相当キモいだろうな ...。ヤベエな、おい。 「は、八幡。ね、ねえ、八幡?そこにいるのかしら?」 「なんだ?俺の存在を揶揄してるつもりか?」 「ふふ、昔ならいざ知らず ...着替えたわよ。どうかしら?」 ドア越しに聞こえる声に従い、ゆっくりとその扉を開き、さらにカーテンの隙間に顔を入れる。 そこには、その紫掛かった紺と白のボーダー柄のビキニが良く似合う雪乃が立っていて、少しだけ大きくなったお腹が、黒のレース越しにキレイに見えていた。そのなだらかな曲線は、とても ...本当にとても美しく思えた。クルリと回りながら、体の正面を俺の方に向けると、雪乃は後ろを振り返り、鏡を見て、そのヒップにフィットしたショーツのシワを、クイ ...パチン、と、左手の中指で直す。その仕草、ちょっと、超エロいんですけど。うわ、やばい。少しだけ理性崩壊しそうになる俺がいた。 すると、鏡越しに目が合う。どう?と雪乃は、その目で聞いてくる。 「とっても良く似合う。可愛い。すごく ...可愛い。」 じゃあ、これは?と、彼女はおもむろに、サイドテールを解いて、頭を振って黒髪を拡げ出した。あまりの唐突なことで、ドキドキする俺がいた。 「どう?」 「あ ...ああ、可愛い。ものすごく ...女神みたいに可愛いさ。やっぱり下ろしているのが ...一番可愛いかな。」 すると、雪乃は俺の耳元に顔を近づけてきて、とても小さく囁いてくる。隣のブースに聞こえないように、そっと、優しく、小さな声で。 「では、これにしましょう。それで ...早く帰りましょう。急いで ...ね?」 「へ?」 「そ、その ...い、今帰れば ...子供たちが帰ってくるまで ...まだ、大分時間があるでしょ ...。」 「はあ ...。」 「そうしたら ...もう一度、家で ...これ、着てあげるわ。どうかしら?」 ドキン!として、俺は自分が石化してしまった。それはそれは、きっと体中が真っ赤になっているに違いない。顔から火を吹き出しそうだった。いや、もう ...吹き出していた。あまりの恥ずかしさに、雪乃の顔すら見れない自分がいた。え?なんで?俺の企み、なんでバレてるの?本当に ...雪乃には敵わない。俺はカーテンの隙間から右手を差し入れて彼女に触れる。それはたまたまショーツ越しのヒップに触れてしまったようで、サラサラとした布越しの柔らかさに蕩けてしまいそうだった ...。 その感触を楽しむ俺の手を、雪乃は静かに、その優しい手 ...いつもの暖かいけどちょっぴりとひんやりする手で掴んできて、そして、恋人繋ぎにかえるのだ。 それから、耳元で、艶っぽく ...呟いてくる。 「もう ...八幡 ... 困った人...。えっち。」 ぐはあ!なんだそれ!ちょ!か、可愛すぎるにも程があるだろうが! うん、帰ろう。今すぐ帰ろう。俺、何でも言うこと聞くから ...まずは、今日の晩ご飯用意は俺がしてやるからな。 そう言おうと思った矢先に、先手を取られる。 「そうね。晩ご飯は ...お好み焼き ...なんか、どうかしら?」 「は?ふ ...ああ、勿論良いさ。よし、じゃあ、美味しいお好み焼き、俺が作ってやるから。」 なんで!どうして分かっちゃうの!もう ...。愛してる。 見ると、雪乃は、ニコニコとして俺を見ている。俺も、ニコッとしてから、彼女を見る。すると ...もっと ...ニコニコとする雪乃がいるのだった。 そんな彼女を見て、俺はまた1つだけ、永遠の誓いをする。 雪乃 ...。 その笑顔 ...俺が、ずっと守ってるやるからな ...。 ずっとずっと ...ずっと、くらいなもんだ。 [newpage] [chapter:12.小町が事務局にやって来た。] ルーム2、と書かれたミーティング部屋。ちなみに、1は小さくて、2は中くらい。事務局のみの打ち合わせなら、ルーム2で事足りるが、それ以上となると雪ノ下ビル14階の会議室を借りる事になる。 その中くらいの方で、今はまさに打ち合わせ中だった。月に2回の定例全体ミーティング。電話番の大谷さんとパートさん以外は全員が出席している。陽乃さん、俺を筆頭に、秘書課、総務課、経理課、選挙経理課、広報課。まあ、結構、パートさんだからアレだけど、総勢で14名いるうちの9人。人気があり、後援会会員の人数がそこそこいて、尚且、大口の協力企業がいるからこそ成り立つ人数だ。はっきり言って、陽乃さんじゃなきゃ無理だろう。まあ ...yukinositaホールディングスが後ろ楯してるから、ってのがもっとも大きいが。普通に考えて、事務局風情が儲かる訳が無いのである。 そのルーム2に、ライトイエローのミニスカスーツを着た陽乃さんの声が響き渡る。俺は、その陽乃さんの隣に座っていて、広報課からの先月の後援会会員人数の出納報告を受けて、バシバシと背中を叩かれていた。 「さすがね~。八幡、すごいじゃないの ...一気に、たったひと月で37人も会員獲得なんて。大したもんだわ。」 「たまたまですよ、たまたま。陽乃さんが、雑誌取材でやった企画 ...婚活クッキングが評判良かったから。会場提供してくれたCBCクッキングスクールが喜んでくれて、社員さんやら生徒さんやらが、社長の先導でまとめて入ってくれただけです。それに、会員って言っても ...正会員じゃなくて、準会員ですから。金額ではそんなに。」 そんなの良いの良いの!と大袈裟に手を振る陽乃さんがいる。その目は、ちょっと不敵な目だ。 「後援会の準会員なんてのは、人数集めの為だもの。だから、金額なんてどうでも良いのよ。そっちは、アレよ、正会員でドン!と、企業を引っ張ってくれば、すぐに数字は跳ね上がるんだから。ね?いろはちゃん~。」 「そうですね。その通りです。先生。ま、そもそも、クッキングスクールの件も、私のアイデアだったんですけどね。パテント取っても良いくらいです。」 「一色、そう言う事を言わなきゃ、お前って本当にデキル女なのにな。まったく。」 まあ、確かに、その話は一色との会話の中で出てきたものであるが、こう言う時くらい広報の手柄にしてやっても良いと思う訳で ...事務局としての士気をコントロールするのだって、俺らの仕事だと思うんだがな。聞こえないように、小さな溜め息をつく俺だった。 「ところでさ、ねえ、八幡。やっぱり、私の会員を、知事の後援会にも回すことって無理なのかな?最近、あっちはなかなか延び代無いみたいで。なんか上手い方法無いのかな?」 また、その話ですか ...しかも、なぜ故に、事務局の定例全体ミーティングで聞いてくるのかな ...いつも、俺がはぐらかしてばかりだからか?きっと、そうなんだろうな ...。 「いや、陽乃さん。それは無理ですって。案内はできますよ。ってか、現状、広報できっちり案内していますから。それ以上は、お金の絡みが出てくるからダメです。あくまで、独立した別々の事務所なんですから。少しでも、互いに干渉しあう場面にお金の出し入れなんかがあれば、何かあった時に、そこから崩れます。千丈の堤も蟻の一穴から、ってやつです。だから、そういうのはやらない方が絶対に賢明ですって。」 「でもさ、中元とお歳暮の共同配送とか、後援会誌の共同発送とか、そういうのはやってるじゃないの。会員の申し込みを一緒にしたりはできないかな?私の後援会に入る時に、同時申し込みすると、一定額の割り引きになる ...とか。本当は出来るんでしょ?ねえねえ、八幡。ウリウリ。」 いやいや、そんな単純なものじゃないんです。確かに一見すると、簡単にしてるように思うかもしれないけど、それなりに色々と工夫してるんですから。それに、DOCOMOやauの家族割じゃないって言うの。もう、本当に困った人だ ...。 「岩田。先生に説明してあげてくれ。」 「え?はい。先生、あのですね。歳暮も、後援会誌も、その送付自体の依頼は、うちも知事事務局も別々に頼んでいて、そこの委託先が、送り先が同じ場合の時に、まとめて配送して、その分の請求額を減額してくれてるんです。あくまで、たまたま配送先が同じなので、その場合は安くしておきますからね、と言う、その委託先発信の話と言うのが表向きなんです。これ、すんごくメンドクサイですけど、その分で浮くのは、なかなか良い金額になるんです。」 「へえ、あ、そう言うカラクリなんだ。初めて知ったかも。何これ、八幡が考えたの?」 前を向いて、岩田さんの話にうんうん、と頷いていたと思うと、急にこちらを見てくる。目を細めて、俺を見入っているが、それは、良くもまあ ...と、そんな感じだろうか。ふと視線を感じ、その陽乃さんの斜め向かいを見ると、岩井さんと一色が、チラチラと壁に掛けた時計に目配せしながら、こちらを見てきていた。そうか、もう10時過ぎ。昼から議会だものな ...そろそろ終わらせろ、って所だろ。まあな ...陽乃さんは、放っておけば、納得するまで話をするからな。 「え?はあ、まあ。田所統括と俺です。陽乃さん、さあ、そろそろお開きにしましょう。」 「ええ~、で?結論は?知事には回せない?」 そう優しく聞いて来ているが、目は笑っていない。うやむやには終わらせないわ。と、そう言ってきているようだ。俺だけじゃない、事務局を巻き込んで、何かを考えなさい、と言う事か。いつまでも、俺一人に言っていても埒が開かないからな。しゃあねえか ...。 「そんなに、お父さんへの手土産が欲しいですか?」 「え?う~ん。手土産じゃないなあ。」 「は?手土産でしょ?たまには、陽乃さんも、お父さんの事をきちんと気に掛けてます、って。」 「あちゃ。残念。そこ読み違ってるわ。あのね、私が欲しいのは、貢ぎ物。少なくとも、私はお父さん、では無くて、知事先生へ献上したいの。そんな甘ったれた考え持ってないから。八幡も ...そういうのは、考えを改めてね。あ、ちなみに、私はお金よりも、なんて言うかな ...私ならではの ...だからさ、若い後援会員が知事の後援会にも入ってくれたりすれば良いなあ、って。」 そう言われて、ゾクゾクと背筋を凍らせる俺。そうか、確かに、俺が一番甘いのかもしれんな。陽乃さんを、所詮は知事の娘、何かあっても守ってもらえる、と。確かに、心の奥底では、そう思っているのだから。 「分かりました。少し ...考えてみます。よし、それでは、各課で、雪ノ下陽乃後援会なりにできる、知事後援会の会員獲得策を ...考えてみてくれ。週内に、1度報告頼む。それで良いすか?陽乃さん?」 「ええ、良いわよ。と言うか、そうね。いつもと同じで、プロセスは任せるわ。私にはリザルトを。さあて、終わりましょう~。」 「御意。須藤。良いぞ。」 と、俺の隣に座る須藤さんに視線を送り、そう伝える。仕事に堅く、各課の信頼も厚い須藤さんは、今は副事務局長的なポジションにいる。なので、基本、会議では議長役等を任される事が多いのだ。それに、背筋が伸びる須藤さんは、姿勢が良くて、常に雰囲気が凛としているのもあるから、と言うのも、その理由の1つだろう。 「全体通して、何かありますか?無ければ、以上で、定例全体ミーティングを終ります。お疲れ様でした。」 一斉に、お疲れ様でした。と頭を下げて、その打ち合わせは終わる。ぞろぞろと、ルーム2から皆が出て行く。気付けば、陽乃さんと一色と俺だけが残っていた。あれ?岩井さんは?と、その姿を探すと、ドアの向こうで、須藤さんと何やらイチャイチャしていた。って、おい!仕事はどうした!仕事は!...困ったな、はあ。視線を戻すと、目の前には、陽乃さんが笑いながら立っている。俺も、席を立ち、陽乃さんに向かい合った。 「八幡。後援会員の中から40人。出来れば、若い女性中心で、あっちの事務局の会員に登録してくれそうな人を選んでおいて。後援会費は、なんなら、うちから出しても良いから。でも、帳簿上には載らないようにね。」 「は?ったく。完全にサクラでしょ?ちなみに、それ準会員でも良いんですか?」 「うん。それでOK。言ったでしょ。お金じゃなくて、人が欲しいの。人気取り出来ればね。」 「簡単に言ってくれますね。どうしたもんかな?はあ ...。」 腕を真っ直ぐ上に挙げると、そのまま俺は、うーんっ、と背伸びをした。陽乃さんに並んでいる一色が、はは、と笑いながら俺に話をしてくる。 「事務局長?そんなに難しく考えないで、小さなグループ単位で抽出した方が良いと思いますよ。5人ぐらいの企業やサークル単位で、それが8グループあれば目標達成ですから。どうですか?それ?割りと探しやすいかと思うんですよね。なんなら、その条件決めとか、一緒に知恵出しますけど。」 「まあな ...とりあえず、一色。後で打ち合わせだ。早くしないと、議会に遅れる。陽乃さん、分かりました。何とかします。自信ねえけど。」 「うんうん!八幡はそうじゃなくちゃね。」 背中をバシバシ、と、また叩いてくる。痛い痛い!とか思っていると、急にトーンを低めに、真剣に話をし出した陽乃さんがいた。俺も一色も、その雰囲気に一辺に呑み込まれる。そのオーラは、やはりすごい。何だかんだ言って、陽乃さんは人心掌握に長けている。議員になったのは伊達じゃないさ。心底、そう思う。 「八幡。知事は、もう良い歳だから。このタイミングじゃ、国政なんて無理だよね、きっと。それはお母さんも気付いてるし、考えを改めようとしてるから。ま、そもそも、知事本人が知事で終わりたい、って思ってるしね。だから、私が国会議員になるの。その為には、最低でも、あと2期は知事で居てもらわないと。5期連続が関の山かな?だから、私が国会議員になる為に、私たちが知事の票田も考えなきゃいけないのよ。ここ重要ね。あくまで、私たちの為だから。」 「は?はあ ...初めて聞きました。陽乃さんの口から直接。まあ、やれるだけはやるように、色々と考えます。一色じゃないけど知恵は絞ります。って、絞れるかな?ったく。」 あ、先生 ...もうタイムリミットです。そう、一色が伝えると、そのショートボブの髪を靡かせて、我らが先生は颯爽と部屋を出ていく。 「じゃあ、行って来るから。あとは、よろしくね~。では、雪ノ下事務局長様。」 軽く手をあげて、俺に愛想を振りながら、陽乃さんはいなくなった。後ろを着いていく一色が、ふと立ち止まり、俺を振り返ってくる。 「先輩の読み通りですね。良かったじゃないですか?」 「ん?良かったかな?どうだか ...。」 「良かったんです。少なくとも、陽乃先生の言う、私たち、には、先輩も私も、入ってます。先輩。とことん、やるんですよね?」 ん?と、俺は、一色を見返した。そこには、良い顔で笑う一色いろは、が立っている。何とも頭の良さげな、デキル女がいた。 「ああ、そうだな。とことん、やるんだからな。」 「そうですよ。それでこそ、先輩です。それでは、行ってきます。ああ、そうだ、先輩?」 「何だ?どうした?」 「早く、運転手見つけてくださいね。私、アルファード運転するの、嫌なんですから。せめて、パナメーラくらいにして欲しいなあ。」 「はいはい。運転手、探してますから ...引き続き、大人しく運転してて下さい。いってらっしゃい。」 はあい、と、一色もいなくなる。その亜麻色の髪をユサユサと揺らしながら、彼女は慌ただしく消えていった。壁掛けの時計を見ると、もう10時半だ。さあて、仕事するかな ...。 「うわあ!久々だね!小町ちゃん!」 「いろは先輩だ!懐かしい!元気ですか?」 「うん!元気元気!あ、またね!」 「あ!先輩!またぁ!」 あん?何だ?随分と外が騒がしいなあ、って、おい!今、小町ちゃん、とか言わなかったか?確かに、今日はランチを一緒にする約束はしているが、まだ10時半だろ?小町、あいつ ...。あん?一色と面識 ...ああ、そうだよな、一色と一緒に生徒会役員してるもんな。と、そんな事を思い出しながら、部屋を出ようとすると、バタバタと走ってくる足音がした。それは岩田さんと大谷さんだ。そして、いきなり、岩田さんが俺に斬り込んでくる、 「あ!局長!誰ですか?あの人!」 「は?誰が?」 「だ、だから、小町って人です!大谷ちゃん、いつ来たの、あの人!」 その小柄で顔も小さい大谷さんに、岩田さんは責め立てるように聞き出した。おいおい、それじゃあ、聴取だろ、聴取。それに、体を震わせながら答える大谷さんがいる。か、可哀想に ...。 「え?ええと、ええと ...30分くらい前に、事務局長いますか?って。小町って言えば分かるから、って。わ、私は、 ...その、てっきり、飲み屋のホステスさんが集金に来たのか ...と思って。」 「いや、大谷。今まで、俺のところに、そんな集金来たことないからね。岩田、あんまし大谷をいじめるな。関係ないだろ?」 「じゃあ、あれは誰ですか?あの小町って人は!」 「妹だ。」 は?と、2人して目が点になるのが分かる。口がアワアワと動く、総務かしまし娘のうち2人。少し正気が戻ったみたいで、岩田さんがまた質問をして来た。 「 ...すいません。局長、良く聞こえませんでした。」 「は?はあ ...だから、妹。俺の妹!」 「え?妹?って、ものすごい美人でしたよ。しかも、目もキレイでした。」 「馬鹿にしてるのか?そもそも、目で肉親判定するのは止めろ。うちの家族で、この目は俺だけだ。ったく。ほら、行くぞ。小町のやつも、そもそも、なぜゆえにこんな早く ...。」 トントン、と、その開かれているドアをノックされる。見ると、須藤さんが立っていて、後ろに、年甲斐もなく、青いショートパンツにボーダーのトップスを着た小町が立っていた。頭には、ベレー帽みたいなのが載っかっている。 「局長。お客様をご案内しました。あ、あの、妹さんなんでしょうか?」 「え?ああ、須藤。その通り。俺の妹だ。」 すると、元気の良い声が、部屋にこだまする。 「あっ、お兄ちゃん、見つけた!もう、小町は待ちくたびれちゃったよ。大町、お母さんに預けてきて大正解だったわ。あはは、久々だね、ゴミいちゃん!あ、これ、お土産。北菓楼の北海あられ。」 「いや、ほんの4日前に北海道で会ってるし。って、お土産、何だか有り難み薄っ!ほら、挨拶しろ、挨拶。」 そう促すと、くるん!と、後ろを向いて、ペコリと頭を下げる小町。 「五十嵐小町です。旧姓は比企谷小町。正真正銘、雪ノ下八幡の妹です。どうぞよろしくお願いします!」 元気良く挨拶をするも、その部屋は、水を打ったように、シーン、としていた。気付けば、事務局の人間のほとんどが、そこに集まっていて、なぜか小町へ一身に注目している。ソロリソロリと、岩田さんが遠慮しながら手を挙げた。 「はあい!そこのあなた!何ですか?小町は、何でも教えてあげますよ~!」 って、おいおい!ようこそ先輩じゃねえぞ!何を勝手に質問タイム作ってるんだ!しかも、岩田さんも聞くんじゃない。あなたたち、いったい何してるの?働かないの?仕事は?ねえ、仕事して! 「あの、小町さん?ゴミいちゃん?って、いつもそう呼んでいるのですか?」 「そうですね、割りと。まあ、仕事は真面目にしてるみたいですけど、家にいると、本当にゴミみたいで。あ、しかも、性格とか性根とか目とか、もろもろ腐ってるから、生ゴミなんです!」 「小町!余計な事は話さなくて良い。ほらほら、事務局を出ろ。行くぞ!」 「他に質問は?ありますか?約束します。じゃんじゃん答えてあげますよ!」 「こらこら!勝手に質問を募集するな ...そもそもな ...。」 プルルルプルルル、と胸ポケットから電話が鳴る。見ると、雪ノ下ホットライン ...相手は、お母さんだ。一旦、部屋を出て、自分の机に戻る俺。調子に乗った小町と、はい!はい!はい!と挙手する部下が見える。早く戻らないとやばいな ...。 「八幡です。」 「はあ ...随分と遅かったわね。」 「申し訳ありません。お母さん、何かありましたか?」 「あら、随分なご挨拶だわね。どうかしたの?」 「あ?い、いえ ...ちょうど今、妹が来てまして。」 「小町さんが?確か北海道にいるって ...。」 「どうやら、旦那の転勤で戻ってくるみたいで。それで、近くに来たから顔を出したみたいです。」 「へえ、そうなの。あ、それでね、美味しい京都和牛を頂いたから、今晩は雪乃を連れて、晩ご飯を食べにいらっしゃい。子供たちは、習い物に行った帰りに、そのまま、本宅に残しますから。それだけよ。」 「分かりました。雪乃に伝えます。」 「ええ、それじゃあね。あ、なんなら小町さんも ...。」 「いいえ。お母さん、それには至りません。お気持ちだけ頂いておきます。ありがとうございます。」 「そう。それじゃあね。」 静かに電話は切られた。奥のルーム2からは、賑やかな笑い声が聞こえてくる。くそっ!ダメだ!事務局に置いておいてはいけない。慌てて、俺は雪乃へと電話をした。少しの間、呼び出し音が聞こえる。と、もしもし、と透き通るキレイな声が聞こえてくるのだった。 「あ、俺だ。八幡。」 「珍しいわね、雪ノ下ホットラインで。まだランチには、大分早いわよ。」 「それがな ...小町のやつが、もう来てるんだ。抜け出せないか?」 「え?もう来てるの?それに、い、今からかしら?そ、そうね ...抜け出せないことも無いけれど ...はあ ...分かったわ。待ってなさい。今行くから。」 「すまん。待ってる。あ、あと ...。」 「何?」 「お、怒るな、って。」 「忙しいの。早くして。」 「お母さんが、美味しい京都和牛が手に入ったから、今晩遊びに来いってさ。」 「ふふ、分かったわ。お母さんも、不思議ね。なぜ実の娘じゃなくて、その婿様に連絡を入れるのかしら ...。まあ、良いわ。北海道のお土産も渡さなくてはいけなかったから。じゃあね、八幡。」 その電話を終えると、俺は机からGSFの鍵を取り、小町を連れ出しに行く。ルーム2に入ると、すっかり車座になり、小町と仲良くなっている皆がいた。 「あ!お兄ちゃん!待ってたよ!」 「局長!働かないって、作文に書いて叱られてたって本当ですか?」 「局長!犬を助けるのに車に轢かれたって本当ですか?」 「局長!ずっとボッチだったって本当ですか?」 くう~!局長局長局長って、う、うるせえな!こ、小町のやつめ!一体何をペラペラと! 「お、おい ...良い加減に ...。」 と言い掛けた、その時に、皆の視線が、俺を通り越して、その後ろへと注がれた。 「これは何の騒ぎなの!」 俺が叱ろうとした出し抜けに、後ろからブリザードのごとき一刀が振り下ろされる。それは、一瞬にして、その暴動を沈め、部屋ごと、その腑抜けた空気を氷点下の世界へと引き連れて行った。 「へ?」 後ろを振り向けば、案の定の雪乃の登場だ。珍しく薄いピンクのようなパンツスーツで、髪だけは通常営業のポニーテールだ。しかし、覿面だったのは、俺ではなく、俺の部下たちだ。岩田さんと須藤さんの、真っ青になり、ガタガタと体を震え縮こませて、怯える様。 「ゆ、雪ノ下監査室長だ ...。」 「か、監査室長だ ...。」 「地獄の番犬 ...か、監査室長だ ...。」 は?ケルベロス?なに、そのあだ名。そう皆が口々に話し出す。ザワザワとしているが、決して騒がしくはない。何となく ...怯えているくらいある。 「あなた達!ここはオフィスです!居酒屋ではありません!はしゃぎたければ、仕事をしてからにしなさい!」 「「「「「「はいっ!」」」」」」 全員が一斉に返事をする。そのキレイに揃った様は ...まるで軍隊の如く。良く訓練された兵士のようでさえあった。なんだ?それ?相も変わらずの統率力だな ...すげえな、雪乃。 あんなに賑わっていた部屋は、塩が引くように皆がいなくなり、そこには、俺と小町と、鬼のように怒り狂った雪乃が残される。 「八幡 ...まずは車に乗りましょう。月星に行くわよ。」 そう言いながら、雪乃は無理矢理微笑みを作り、首を傾げてきた。でも、目は笑っていない。全然笑っていない。俺は、隣にいる小町を見た。恨めしさを全開して見たのだが ...なんと小町は目から生気を失い、今にも失神するんじゃないか?くらいあった。 そりゃそうだろうな ...雪乃の怒りモードを見たこと無ければな ...ちなみに、あれで5割も怒ってませんから。あなた、MAXで怒られたら、一撃で倒されてますからね。 とりあえず、俺は、そんな小町と雪乃を連れて、月星に向かうのであった。 ........................ 月星の座敷に、俺と雪乃が並んで座り、小町は向かいに座っている。そして、雪乃は絶賛説教中だ。え?誰を?それは、あれだ ...俺を。 「そもそも、八幡がしっかり事務局を統率できていないから、ああ言うことが起きるのよ。一体普段からどういう教育をしているの?威厳と言うものが無いのかしら?少なくとも、あそこでは、八幡がトップなのよ?それを、全員がどれだけ理解しているのかしら?それに ...。」 いやもう、車の中からずっと言われてるから、さすがに疲れてきたぞ。そもそも、小町を叱れないからって、その矛先を俺に向けているのはどうなのかな?それってズルっこだろ!はあ、もう、どうでも良いから ...解放して。 「まあまあ、雪姉も。お兄ちゃんも反省してるから、そこら辺で。小町に免じて!これ、この通り!」 そう言って、小町は、自分の顔の前で、お釈迦様にするように手を合わす。てか!お前のせいだろ!お前の!誰が反省してるから、だ!どんだけ厚いの?そのお面?大したもんだな、おい。 「そ、そう?し、仕方がないわね。まあ、小町ちゃんが、そこまで言うなら ...。」 って、おい!なんだそれ!簡単に、小町の提案を受けるやつが ...いや、いいや。もう叱られないなら、それで良い。やってないのに、やった、って自供する犯人の気持ちも分からんではないな。その苦しみから逃げられるなら、何でもする、と言ってしまいそうな自分がいた。 「あ、小町ちゃん。先週の旅行では、本当にお世話になって。色々ありがとうね。」 「ううん!雪姉こそ、何だかホテル代とか出してもらって ...ありがとうございました。」 そうなのだ。先週の木曜日から日曜日までの、3泊4日で、俺たちは、小町のいる北海道に旅行に行ってきた。旭川空港から北海道入りして、美瑛と富良野を楽しんで富良野に1泊、それから南下して札幌経由で洞爺湖に1泊、さらに南下して函館を満喫して1泊。それで、八起がどうしても、と言うので青函トンネルを抜けて、青森空港から飛行機に乗り帰ってきた。なかなか盛り沢山で、とても楽しい旅行ではあったが ...その直後に会う小町は、何だかあまりに普通だ。チラッと、見ると、雪乃と小町は、仲良く会話を楽しんでいる。そうなんだよね。とても仲良いから。何だか、妹を取られたみたいで、ちょっと淋しい ...。 「八幡と話していたの。もっと小町ちゃんがいる間に、北海道に行けば良かったわね、って。今さら後悔しても遅いわよね。ふふ。あ、そう言えば ...ねえ、こちらで住む新しい部屋は決めたのかしら?」 「うん。今日、決めてきたよ。大輝に任せられてるからね。実家にも近くて、良い場所なんだ。」 「あら ...そう。今、うちのマンションの向かいの最上階が売りに出てたから。八幡と、小町ちゃんにどうかしら?って。」 それは本当にそうだ。ツインタワーマンションα棟の36階。我が家と同じ間取りで、たしか5600万だったはず。大分値落ちしたな ...。それでも、近くに住んだら、雪乃も嬉し楽しそうで、どうだろうか?なんて、話をしていたのだった。 「へえ!そうだったんだ!ああ、うん、でも、遠慮しておこうかな?」 「あら、そう。残念ね。ツインタワーの間にロープを渡せば、八幡がそこを綱渡りで ...。」 「行くはずねえだろ。殺す気か?」 「ふふふ。冗談よ。面白いわね、八幡ったら。」 いやいや、とても冗談に聞こえませんでしたよ。でもまあ、糸電話くらいなら、確かにしたかもな?もしもし小町ちゃんですか?てな具合で。ああ、ただ、あれだな。きっと小町は、答えてくれないような気がするけど ...。ずうっと、1人で糸電話する俺。せ、切なすぎる ...。 「あのね、雪姉。この間、お父さんに、私に、あの実家を譲るって言われたの。」 「え!」 「は?」 「お兄ちゃんは、立派なマンションがあるし、雪ノ下の遺産を継ぐだろうから、って。だから、家と土地は私にくれるって。だから、当面はアパート暮らしで、近い将来、同居すると思うんだ。あはは。」 雪乃は、それを聞いて、胸の前で、両手を合わせてパチン!と叩いた。それはそれは、とても嬉しそうな所作だった。見ると、顔を綻ばせて、心から喜んでいる様が良く分かる。 「そうなの!良かったわね、小町ちゃん!それはとっても良いと思うわ。ね?八幡?」 「は?良くねえだろ?どう考えても、長男は俺だぞ?にも関わらず、勝手に話を ...痛った!」 雪乃が俺の足を抓ってきた。痛いよ!マジで!本気抓りしやがって ...もう一体なんなの!ジロッと見ると、良いから黙ってなさい、と、その野生の目が俺を従わせる。はい、分かりました ...。 トントン。と、その障子がノックされ、スウッと開いていく。そこから、女将が、少し大きめの四角い1段重を人数分持ってきて、それぞれの目の前に、コトリコトリと、静かに置いた。 「お待たせしました。季節の月星御膳になります。お吸い物とご飯は今よそいますので、お待ちください。あらあら、可愛いお嬢さんで。八幡さんの妹さんなんですってね。いつもお兄様には本当に良くして頂いて ...。」 「いえいえ、とんでもありません。こちらこそ、兄がお世話になって。きっと、迷惑ばかりですよね。本当にありがとうございます。」 「まあ、なんて素敵な妹さん。愚兄賢妹を地で行ってらっしゃるのね。」 「ちょっと!女将さん。今、愚兄って言いましたけど ...。」 「あらやだ!八幡さんったら!言葉のあやですのよ。ほんの少しの。ほほほ。」 「本当に、兄はすぐそういう小さい事を気にするので、いつも困ってるんです。ねえ、小さい器で ...昔からこうなんですよ。ほほほ。」 「ほほほ ...はぁ ...ああ、面白い方ですね。良い妹さんで、羨ましいですわ。さて、ご飯とお吸い物の用意もできました。それでは、ごゆっくり。」 頭を下げて出ていく女将さん。何だろう ...この女将さんは、実はちょっと危険な香りがする。雪乃と良い、小町と良い、すっかり打ち解けてしまっている。人の心を解すのが本当に上手と言おうか、懐柔するのが得意と言うべきか ...。3人揃って、箸を手に持ち、いただきます、を言ってから、そのお重の蓋を開いた。中には、色のバランスまでをも考えた小懐石が入っていて、雪乃の大好物ばかりだった。俺は食べる前に、箸で伊勢海老のお造りを摘まみ、彼女のお重へと入れてやる。あら、ふふ。と楽しそうに微笑んでいる雪乃が見える。 しばらくは、その京の季節の味を、ゆっくりと堪能していた。どれも、とても美しく、そして美味しくて。やはり、料亭は違うね~、と小町は大喜びだ。本当は湯葉もあれば最高だけど ...。頼もうかな、どうしようかな?と、悩んでいると、小町が、楽しそうに何かを思い出した。 「あ!そうだ!アルバム!お兄ちゃん!アルバム作ったの。見てみて!」 「え?アルバム?何のアルバムだ?」 「先週のに決まってるでしょう ...はい!ジャジャーン!小町特製思い出アルバム!」 じゃ、ジャジャーンって ...このノリが時々昭和臭いのよね、この子。なんでだろ?そんな事を考えながら、おお、どれどれ、と、その小さな小冊子を受け取る。全体的に薄いブルーで、その表紙には、みんなの思い出、と書かれて、その下には、北海道の形が描かれていた。 「あら、凝ってるわね。小町ちゃんが作ったのかしら?」 「えへへ。ええと、大輝と2人でね。結構自信作だよ。雪姉も喜んでくれると思うんだ。」 雪乃も、へえ、と俺の方に顔を覗き込ませてくる。まず、その表紙を捲ると、工程表と、その移動した軌跡が地図へと書き込まれていた。へえ、こうして見ると、なかなか移動しているな。基本、ハイエース1台に全員で乗って、高速道路で移動してたからな ...まあ、その高架の道路上からでも、十分に北海道の雄大さは満喫できたけど。 次に、ラベンダー畑での写真があった。見事な紫の中を、のんびりと散策したっけな。とても良い香りで ...白いワンピース姿の雪乃が可愛くて ...。と、さらに捲ると、お、おい!ちょっと! 「なんだ!この、俺が雪乃をお姫様抱っこしてる写真!いつ撮ったんだ!」 「こ、小町ちゃん ...よ、良く撮ったわね。こんな一瞬。」 「ええ?そりゃ、あんだけイチャイチャしてれば ...それに、はぁ ...大変だったんだよ。雪華ちゃんが撮って撮って、ってうるさくて。何でも、あとで証拠として提出するとかなんとか。意味は分からなかったけれど。」 「小町。安心しろ。そこに意味はないから。だから、忘れて大丈夫だ。」 ふぅ~、また雪華か ...帰ったらお仕置きだぞ。ったく。あの耳年増が。段々酷くなる一方だからな 妙に静かなのが気になり、横をチラリと見ると、雪乃が、顔を真っ赤にして、ページを捲る。って、デレノ下でしょ!完全に ...最近は、スイッチが簡単に入るのな。 「あ、富良野のホテルの ...あ、あれ、何だったかしら?」 「ん?ニングルテラスか?」 「そうそう。あそこ、楽しかったわ。あ、これは?親子の木!」 「これ、良い写真だな。家族全員で写ってて。しかも、家族の木がキレイに入ってる。」 「えへへ!小町、良い腕してるでしょ?」 「ええ、本当に。素敵な写真ね。大切にするわ。さて、次は ...あら、ガタタンラーメン。私は好きだったわ。少し熱かったけれど ...。」 「確かにな。雪穂が泣いてな。熱くて食べられない、って。はは。」 「いや、お兄ちゃん。あれは酷かったよ。笑ってないでフーフーしてあげて欲しかったよ。」 「ば、ばっか!きちんとしたって!フーフー、って!」 その後も、食事をそっちのけで、そのアルバムに見入る、俺と雪乃。もちろん、俺たちも沢山の写真やビデオを撮ったが、忙しさにかまけてしまい、それらはまだ整理されていない。そんな事もあって、何だかとても楽しい気持ちになるのだった。 時計台に、羊ヶ丘展望台。藻岩山に、札幌ラーメンを食べる俺。札幌もそれなりに楽しかったが、何度か行ったことがあるのもあって、そこまでの新鮮味は感じなかったかもしれない。雪祭りの季節には、ぜひとも行ってみたいかもしれないが ...。 「あ ...八幡。これ、洞爺湖のウインザーホテル ...良かったわね。さすがにサミットを開いたホテルだけあったわ。私は、今度ウインザーホテルだけ泊まりに行っても良いわよ。」 「いや、だからって、小町。なぜゆえ、朝食のベーコンの写真が ...。」 「それはね、お兄ちゃん。びっくりするくらいに、美味しかったんだもん。あの後、大輝とお店に買いに行ったら、味同様に、値段も、びっくりするくらいに、高くて驚いたよ。」 「でも、小町ちゃんの気持ちも分かるわ。本当に美味しかったものね。ふふ、また行きましょうね。さあ、八幡。次は?早く捲ってくれないかしら?」 「へいへい。ああ、函館だな。北島三郎記念館か。あのロボットサブちゃんは圧巻だった。あ、これ、あの最後のお話サブちゃんと握手できるやつ。雪乃、なんか顔赤いんだけど。」 「ちょ、ちょっと!何となく、人形と握手するのが ...は、恥ずかしかったのよ。」 「お、雪乃。この公会堂のドレスに着替えた写真。なんか雑誌みたいだな。確かに、雪乃に小町に、あと雪華と雪穂も、みんな鹿鳴館ばりのドレスに着替えてな。知らない人が、何かの撮影だと思ってたらしいからな。」 「え?そ、そうだったの ...し、知らなかったわ。」 「あ、雪姉。次は、夜景の写真。これは、さすがに、あのプロのカメラマンに撮ってもらった写真を入れ込んだの。」 「ふふ。小町ちゃん。夜景、キレイだったわよね。あんなにステキだなんて知らなくて。初めて行ったけど、函館はとても好きになったわ。」 「あ、雪姉さ。そう言えば、ハートの話 ...面白かったね。あの焦る雪姉がとっても可愛かったの!見つからない見つからない!って!」 「あ?ああ、あったな、それ。夜景の町の明かりの中にある、ハート、ってのを見つけたら幸せになれるやつ。」 「そ、その話は止めて。もう良いでしょ?散々、馬鹿にしてたんですから。」 「だって、雪姉、一生懸命に、ハートマーク探してるんだもん!ハート、ってカタカナの文字なのに。プププ。」 「こ、小町ちゃん!」 「はは、そうだったな。いつまでもたっても見つけられないから、最後の方は ...って!痛って!だ、だから、抓るのは止めろ!くぅ、痛いってば ...。」 「は、八幡がイジワルするからよ。っもう。ほら、次を捲って頂戴!」 「ええと、これは、あれだ。赤森赤レンガ倉庫だ。お菓子屋さん、美味しかったな、って!おい!だから!時々ある、この盗撮っぽい写真はなんだ?雪乃と俺が腕組んで歩いてるけど。」 「だから!お兄ちゃん!雪華ちゃんが ...。」 「こら、小町。雪華のせいにしてるけど、完全、お前も楽しんでるだろ!」 「はあ ...じゃあ、言わしてもらいますけどね。全部で400枚くらい写真があって、お兄ちゃんと雪姉が手を繋いでる写真が30枚、腕を組んでるのが10枚、お姫様抱っこしてるのが2枚、雪姉を後ろから抱き締めてるのが2枚、雪姉の頭を撫でている写真が2枚、肩と肩を寄せあっている写真が1枚、そして極めつけ ...キスをしてる写真が1枚。って、どんだけイチャイチャしてるの!思わず、大輝と夜中に2時間もかけて調査しちゃったんだから!」 「べ、別に、頼んでねえだろ!って、へ?なんだ?キスしてる写真って!いくらなんでも ...小町の前で ...。」 すると、小町は、ニヤッと笑いながら、その最後のページを捲る。そこには、ホテルのバーで、俺と雪乃が仲睦まじくする姿が写っていた。夜景を見ながら、俺の肩に頭を乗せる雪乃の後ろ姿が写る写真と、真横から撮られた、俺と雪乃が目を瞑りキスをする写真の2枚だ。 「はっ!」 「へっ!」 思わず、変な声が出る2人がいて、俺は小町をジトッと見つめる。と、視線をずらす俺の悪い妹がいる。 「いやあ、あのね。お兄ちゃんと雪姉が、ホテルのバーに、わざわざ夜景が見える席を予約して行った、って情報が、ある筋から流れてきてね。」 「どう考えても雪華だろ、それ。ったく。だから、わざわざカメラ持って、後をつけたのか?」 「ええと、お兄ちゃんの言う通りかな?えへへ。」 「だからって、何も、わざわざキスしてるところを、アルバムに乗せなくても ...。なあ、雪乃?」 俺は同意を求めるつもりで、隣を見ると、雪乃は、ニコニコしながら、その写真を見ていた。え?もしかして?気に入ってるのか? 「ゆ、雪乃?どうした?」 「え!ええ、そうね。わ、悪くないかしら。き、キレイに写ってるし。も、もう、小町ちゃんにも雪華にも困ったものね。」 そう言いながら、デレデレになっている雪乃がいた。はあ ...そうですか ...まあ、雪乃が良いなら ...俺は ...。と、何気なく、最後のページを捲る。 と、そこにある写真を見て、思わず、俺が真っ赤になって、照れてしまいそうな写真があった。 ラベンダー畑の看板の前で、小町を真ん中に、俺と雪乃の、3人で写る写真。そこにだけ、ピンクのポスカか何かによって手書きでメッセージが書いてある。 (ずーっと、仲良し!お兄ちゃん!お姉ちゃん!大好きだよ!) 「こ、小町 ...あ、ありがとな。」 「え?あら、ふふ。小町ちゃん、嬉しいわね。ええ、ありがとう。」 「いえいえ~、こちらこそ、ありがとうです。えへへ。」 ったく、最後に最後に、気の効いた事してくるよな。大したもんだ。やっぱり、小町にも、敵わないな、俺。 「ところでさ、お兄ちゃん。」 「ん?なんだ?小町。」 「やっぱり、バーで、夜景を見ながら、愛してる、とかって何度も言ったの?」 「ばっか!何度も言うか!1回しか言ってない。」 「うわあ ...やっぱり言ったんだ。」 「お前、聞いておいて、うわあ、って何だ ...失礼だな ...。」 「小町ちゃんも、八幡も、そういう会話は止めて ...。」 そんな真っ赤な雪乃を見て、思わず、こっちが恥ずかしくなる、俺と小町だった。結論としては、やっぱり雪乃は可愛いのだ。 そうして、過ぎていく、楽しいランチタイムの一時。雪乃も小町も ...本当、大切にしてやらないとな ...。 [newpage] [chapter:13.甘いは甘いでもスイーツ的なヤツな。] その外観も内装も、ともに格調高きとあるディーラー。そこの2階奥にある応接室に俺たちはいた。 見渡すと20畳ほどの広めの部屋には、ソファからテーブルまで、一級品の調度品が揃えられていて、嫌が応にも目に留まる。壁には、そのメーカーの創業者やら歴史的な名車の写真が飾られていて、Mercedesの大きなレリーフが掲げられていた。ガラスの戸棚には、数々のミニチュアカーがあり、今は飽きてしまったみたいだが、ついさっきまで、八起はジッと車たちを見つめていたのだった。 「あら、美味しい。」 「あん?ああ、紅茶か?」 「ええ、外で飲んで、こんなに美味しいと思うのも珍しいわね。レクサスよりも本格的かしら?」 そう、思わず唸るくらいな雪乃。確かに、そこまで誉めるのも珍しいな、と思った。どれ、と俺も一口啜ると ...なるほど、確かに美味いかも。レクサスもそれなりに本物っぽいけどな。どうやら、また色んな面で違うっぽい、やっぱりな。 その応接セットのソファには、俺と雪乃が並び、横には雪穂と八起が遊びながら座っていた。雪華は、そこから少し離れた後ろにある、一人用の肘掛け椅子に座ってタブレットを見ている。そして、俺の目の前には、全てに糊が効いてるんじゃないのか、と思うほどパリッとしたスーツを着こなす、長身で、いかにも仕事に堅そうな、七三分けに細いフレームの眼鏡の男が1人座っていた。手元の名刺には、メルセデスジャパン千葉支店長と書いてあり、越地さんという名前が乗っている。歳は俺より、少し位は上だろう。 「どうでしたでしょうか?試乗なされたご感想は?奥さまには、とても好印象を持って頂けたかと思いますが?いかがでしょう?」 「ええ、乗りやすかったと思います。乗り心地は少し固かったかしら?でも、高速道路なんかを走ると、丁度良いのでしょうね。ハイエースはフワフワしてて...少し怖かったものね、八幡。」 「ふう、確かにな。これで4MATICと2.5LのBlueTECが選べて、サンルーフも装着できれば ...言うことないんだが。」 「旦那様 ...。申し訳ありませんが ...その仕様は ...本国でも、ほぼ出ない車両ですので ...。」 先日の北海道旅行でハイエースに長く乗っていた事もあり、すっかりスライドドアのミニバンが気に入ってしまった挙げ句の果て、欲しくて欲しくて仕方がなくなってしまった雪乃。今日は、彼女ご執心のメルセデスベンツのVクラスを見にディーラーへ来ていた。 ジョーにその事を話すと、業界友達の越地さんを紹介してくれて、とてもスムーズに話が進んでいる。色々と話を聞いて、試乗も終わらせて、間もなく帰ろうかと、いったところだった。ブルーのオックスフォードシャツと、スリムジーンズという、シンプルだけど清楚な雰囲気の彼女は、とてもメルセデスに似合っていた。 「奥さま。ちなみに、今回は旦那様からのご要望で、ロング仕様とエクストラロング仕様、それぞれ試乗車を用意させて頂きましたが、その、長さはどうでした?ご希望はエクストラロングとの事ですが、運転は苦にならなさそうでしょうか?ロングがアルファードとほぼ同等で、エクストラロングはハイエースのスーパーロングと同等の長さとなっておりますが ...その、取り回しを考えると、やはりロングでは無いかと ...。」 「いえ、私は ...エクストラロングでも大丈夫です。普段から大きな車には乗り慣れてますし ...。それに、6人が日常的に乗車して荷物を沢山乗せられる、と言うのが希望ですから ...ですので、エクストラロングで問題ありません。」 かしこまりました、と、越地さんが頭を下げてきた。本当に、一つ一つが丁寧で ...これが、ジョーなら、はいよ!の1つで終わらしちゃうんだから。それに、俺が軽く言ったお願いだけで、わざわざ本社からエクストラロングの広報車まで借りてきてくれる。何だか、この人は信頼できそうな気がした。 「雪ノ下様。諸条件にはこれから、色々とご相談に乗らせて頂きます。ですので、ぜひ ...。」 「ええ、そうですね ...。帰ってから、夫と話をしてみますから。越地さんには、色々と頑張って頂ければ ...また連絡します。」 「分かりました。ぜひよろしくお願いします。」 そう互いに頭を下げると、俺たちは席を立ち、その部屋を出る。帰り際には、どうぞお土産です ...と、細長いネックレスケースのようなものを手渡しくれて、中を開けると、メルセデスのロゴ入りの立派なブックチャームだった。何とも嬉しそうな雪乃がいて、もう十中八九、買ったも同然だろう。やるな、越地さん。 「雪ノ下様なら、とてもお似合いになると思いますし、雪ノ下様にこそ、ぜひメルセデスにお乗り頂きたいですね。最善か無か ...そのフィロソフィーを感じ取って頂ければと ...。」 階段を降りながらも、越地さんはずっとメルセデス哲学を熱く語ってくれている。まあ、お客の立場からすれば、自分達の売り物にプライドがあるというのは、決して悪い事では無いだろうが。 1Fの仕切られたブースに、見た顔があった。陽乃さんの後援会の会員で、小さな医療グループの会長さんだ。小さいとは言えそれなりの年商 ...確かSクラスのAMGを持っていたはずだけど、そんな人でも、あそこなのか ...俺は、上を仰ぎ見て、あの応接室を思い出した。ドアにはVIPルームと書かれていた、あの部屋を。 今回は、越地さんとは飲み仲間だというジョーの力もあるし、上城さんとも知り合いである事が事前に知られていたようで、だからこその厚待遇なのかもしれないが、上客の常連を獲得したい、と言う支店長の気持ちはひしひしと伝わってきている。雪乃のお母さんがメルセデスをベンツと呼び、あまり良い顔をしないのは、やはりこの独特の世界観に関係があるのだろう。 確かに、金持ち層の序列など世間一般的な感覚とは、微妙に相容れない何かが、そこにはあるようだ。決して、年収の差や乗っている車のクラスだけではなく、その裏にあるものまでをも、ここではきちんと汲み取ろうと、それを読みに来ているようにすら、そう感じる。それは、きっと間違いないだろう。どんなにお金があっても、あの部屋には入れない。片や、名前と人脈だけで、いとも簡単に子連れで入れてしまった我が家。何だか、とても不思議な気がした。 玄関を出ると、下取り査定をしてもらっただけなのに、洗車までされているLXが真ん前に止まっていた。 と、俺は、その先の、中古車と思われる車が置いてある、そんなコーナーの一角にひっそりと駐まるシルバーのセダンに心奪われる。EクラスのAMG、E63のセダン。V8の5.5Lツインターボ ...個人的に好きなデザインスタイルだ。ま、現行と言っても、既に本国では新型デビューしてるから、先代っちゃ先代だけど。カクカクパリパリとした張りのあるボディデザイン。気づけば、ついつい傍へと歩いていた。 室内を見ると、あまりお目にかかれない右ハンドルで、しかも距離15000km ...って、全然乗っていないのな。サイドガラスには、控えめな大きさで見積もりが掲示され、6年落ちでプライスタグは720万円になっていた。確か、家にカタログあったよな ...。それこそ、今のレクサスLXを買う時に、1度Vクラスを見に来て、その時に、ついでにもらったはずだ。 「雪ノ下様。竜崎会長から聞いています。何でも、雪ノ下様はこの手のセダンがお好きだとか ...以前はM3を所有なされていて、今は確かGSFにお乗りと伺っていますが ...。」 「え?はあ ...まあ、そうですね。確かに好きっちゃ、好きかな?良いすね、これ。」 「きっとお似合いになると思います。ショールームでもC63を熱心にご覧になってましたね。如何ですか?もしよろしければ、今度GSFの査定も、ぜひさせて頂ければ ...。多分、こちらの認定中古 ...サーティファイドカーと当社では呼んでおりますが、ほぼ追い金無しで乗り換えできるかと思いますが。」 俺は、そう言う越地さんに向かって、いえいえ、と手を左右に振る。その越地さんの後ろには、少しニヤニヤして俺を見てくる雪乃がいた。 「あら、八幡。欲しそうな顔してるわよ。ふふ、珍しいわね。」 「へ?そうか?確かに ...このE63は割りと好きだけど。まあ、別にな ...。」 「そう言えば、あのショールームの中にあるのは?さっき、随分と熱心に見てたじゃない?あれは何になるのかしら?」 近づいてきて俺に並ぶと、雪乃は風でフワッと靡いた黒髪を押さえながら、後ろを振り返りショールームの方を見た。 「さっきのは、C63って言って、このE63よりもコンパクトなサイズに、同じエンジンを積んでるタイプだな。」 「あら、そうなの?へえ、小さいけれど、エンジンは大きいもの ...と言うことは、前のM3みたいな感じかしら?」 「ああ、正解だ。そうだな、その通り。」 「ふふ、そう。」 すると、指を指してきて、あれは?と、そのガラス越しに見える黒の小さなセダンを聞いてくる。見ると、C63よりも一回り小さい、CLAを指していた。 「あれなんてどうかしら?私は好きよ。値段も、700万だったから、かなり現実味があるわ。」 「あ?ああCLAか?確かにCLA45には右ハンドルの4MATICあるが ...直4って。何となく ...。」 「本当を言えば、あのミニバンを買うと、我が家から四駆が消えてしまうのよね ...ともすれば、八幡には車高の高い大きな車に乗って欲しいのだけれど ...どうせ、セダンが良いのでしょ?それなら、せめて四駆にはして欲しいわ ...。」 「そうだな。乗っても、ステーションワゴンだろうな ...。4MATICは、そりゃ、俺も欲しいが ...右ハンドルがな、無いんだよ ...。ほとんど左ハンドルだから。」 「そうなの ...難しいわね。って、あ、八幡、時間よ。帰りにサキちゃんの家に寄る用事があるのだから ...さ、帰りましょ?」 そうして、俺たちはLXに乗り込み、そのディーラーを後にする。玄関前には、慌てて出てきた、その店のほとんどの社員が並び、一斉に頭を下げてくる。俺と雪乃も、それに合わせて頭を下げて、そしてLXを店の敷地から出すのだった。 その時に、先程試乗したばかりのV220が視界に入る。も、俺は、その反対側のシルバーのE63を、その隅で捉えていた。追い金無しで ...か。そうか ...。 そんな事を思いながら、俺は家路に着く。 .............................. 夕食を終わらせた我が家では、リビングに全員が集まっていて、雪乃と雪穂で作った、デザートのティラミスを食べていた。机の上には、今日試乗をしたVクラスのカタログや見積もりが置かれて、それこそ家族会議の開催中だ。 「お、うめえな、このティラミス。雪穂が手伝ったからかな?」 「お父さん、美味しいですか?お母さんと一生懸命作ったんです。美味しいでしょ?だって、すごく時間かかって大変でした!」 雪穂が、照れくさそうな顔をして、ねえ、お母さん?と、雪乃に同意を求めている。そんな愛娘の頭を撫でて、ええそうね、と答えるブルーなシャツの雪乃。俺と1人分程間隔を明けて右側に座る彼女を見れば、ニクスも雪乃の足元に来ていて、小さくニャアニャア鳴いて甘えていた。そちらはそちらで、彼女は、足を細かく動かしてニクスの相手をしてあげている。雪穂にニクスに、一辺に愛でるのは何とも大変そうだった。 「それで?雪乃。どうする?もう、決めてるんだろ?」 「ふふ、そうね。私は買うつもりでいるけれど ...。赤ちゃんが生まれたら、常に6人で乗って移動する訳だし。かと言って、LXやアルファードでは、荷物が積めないのよね。八幡、大丈夫?LXを下取りに出して?トレーラーは、このV220で牽けるのでしょ?」 「ああ、それは大丈夫だ。だから、まあ、そうだな。LXを下取りに入れるのが間違いないだろう。」 「ええ、そうね。とすると、買うなら、この一番長いエクストラロングで、ナッパレザーのエクスクルーシブパッケージと、あ、そうそう、八幡?この、タイヤはいるのかしら?」 そう言いながら、カタログの見開きページを俺に向けてくる彼女。見ると、19インチの5本スポークのホイールのオプションらしい。 「あ?そうだな ...まあ、割りと嫌いじゃないから、選んでおこうか ...って、あ、これロング専用だからエクストラロングには設定無いな。」 あら、じゃあ、これは見積もりには追加不要 ...と、前に垂れてきた黒髪を耳の後ろに纏めながら、今日の商談した仮見積もりに手書きで書き込みをしていく。見れば、色々と、ごちゃごちゃと書き込まれていて、必要?とか、カット希望とか、次回の商談に確認するのに書き留めているのだろう事が良く分かる。決してケチではないが、きちんと納得がいく買い物を信条にしている雪乃らしくて、何とも微笑ましくさえなる俺がいた。 「雪乃。あとルーフレールいるな。スーリーのジェットバッグを積むのに。色は?どうする?黒で良いのか?」 「あら、どうせそうするのでしょ?八幡の車選びで、黒以外の選択肢なんて無いんだと思ってたけれど。どうかしら?」 「は?いやいや、それはオフィシャルな場面にも乗り付けられるように、黒にしてるだけで...。」 すると、はいはいはーい!と、お代わりをしたティラミスを口一杯に頬張って、口の周りが、そのカカオパウダーだらけの雪華が、元気良く ...そして、少し大袈裟に左右に振りながら手を上げてくる。 「私は、これが良い!この、ジュピターレッド、とか言う、赤!うちの白いトレーラーには、赤の車が似合うと思うなあ。それに、お母さんにも似合いそうだもん。赤が良い!赤に一票。あ、そうだ、あとさ、テレビ!後ろの席に大きなテレビ付けて!アルファードにあるやつ!」 ふうん、そうかしら?と、雪華に聞く雪乃。でも、彼女自身はあまり乗り気ではないみたいだ。 「赤って ...なんか、女だから赤、みたいで、私はちょっと。それよりは、この白 ...ロッククリスタルホワイト?だったかしら?これが良いわよ。20万円もするけれど ...。あ、テレビね、そうね、テレビは欲しいわね。」 「テレビ、やった!ええ、色は、赤が良いよ~。赤!ね、雪穂?」 いきなり話を振られた雪穂は、え?赤?雪穂は ...と、チラチラと雪乃の表情を伺いつつ、その答えを考えているようだった。 「良いのよ。好きな色を言ってごらんなさい。雪穂は、何色が好きなの?」 「お母さん、ええとね ...雪穂も、赤かな?赤が良いです。」 そんな答えに、満足そうな雪華がいて、八起はマイペースに青!青!と騒いでいた。すると、雪穂が、雪乃の少し大きなお腹に口をつけて、赤ちゃんは何色が良いですかあ?と聞いてあげている。そんな姿を見て、俺と雪乃は、微笑みながら目を合わす。返事を聞くのに、今度は耳をお腹に当てる雪穂。 「雪穂。どうだ、お母さんのお腹、なんか聞こえたか?」 「うーん、分かんないです。でも、あったかいです。」 その言葉と、雪乃の背中に手を回して、小さな顔をお腹に押し付ける雪穂に、雪乃は優しく口許を綻ばせて笑い、その、小さな自分そっくりな少し短い黒髪を何度も撫で鋤いていくのだった。 そんな楽しい一時で、俺はふと思い出す。もう、車を入れ換える方向で、完全に話を進めているが、考えれば、まだ大きなハードルはクリアしてないではないか ...。 「雪乃。なんだ、お母さん。そっちは、良いって言ったのか?許可、貰ったのか?」 雪穂と八起と戯れる雪乃が、一瞬、体をビクリとさせたのが分かった。ははあ、どうやら、まだみたいだな。彼女は、ゆっくりと俺を見てくると、ジトッと、そのまま見詰めてきた。 「こ、これから ...貰うのよ。今、電話するわ。」 そう言うと、テーブルの上のスマホを掴み、電話を掛け始める。きっと、その先はお母さんだ。 「あ、もしもし ...お母さん?私、雪乃よ。ええと、相談があって ...く、車を買おうと思うの。それで...え?お金?いいえ、お金は大丈夫よ。そうではなくて、は?駐車場?それも大丈夫。実は ...。」 彼女は、一瞬だけ間を溜めると、はぁ、と聞こえない小さな溜め息をもらして、それから、確信へと話を進める。 「メルセデスの大きなミニバンにしようかな?って。メルセデスよ、メルセデス ...え?そ、そうね、ベンツよ、ベンツ。」 と、雪乃のキレイな顔が歪み始める。その顔は、明らかにメンドクサイ、という顔になり、彼女は、嫌そうな顔で、ついにそのスマホを自分の耳から離す始末だ。はっきりとは聞こえはしないが、その宙に止めたスマホからは確かに何やらガヤガヤと聞こえてくる。それは、きっとお母さんの小言の塊だろう。それを見て、何だかすごく面白くて、ついつい笑ってしまった。 すると雪乃は、俺が笑ったことが、何だかとても気に入らなかったらしく、眉間にシワを寄せて俺を睨んできた。そして、おもむろに、そのスマホを俺に差し出して来る。 「ん!八幡!出て!」 「え?何でだ?何故ゆえに俺が?」 「良いから、早く!」 そう、語気は荒いが、小さな声で、雪乃はその電話をバトンタッチして来た。仕方がないか ...とほほほ。 「ああ、ええと、お母さん?俺です。八幡です。」 「あら、雪乃は?全く ...あなた、本当に雪乃に甘いわね ...困ったものだわ。」 「はあ、すいません。」 その電話の向こうでは、あからさまな程に大きな溜め息をつかれ、困ったものだわ ...と、小さな声で何度も繰り返す独り言まで聞こえる始末だ。 「八幡。ダメなの?その、ベンツの車じゃないと。アルなんだかでは?」 「まあ、色々とありまして ...で、ベンツが欲しい、と言うよりはですね、その、消去法で、ベンツになった訳で。」 「そうは言っても、ベンツに乗ると言うのは、社会的にはそれなりの意味があるのよ。良い意味と言うよりは、どちらかと言うと、悪い意味の方が多いわね。何だか成金臭くて好きではないし、うちは人気取りの家業だもの。あまりベンツには乗って欲しくないのよ。陰で何を言われるか分かったものではないわ。それでも、その車が良いの?」 「はあ ...まあ、そうですね。お母さんの許可が無い限りは、買うつもりはありませんが ...。」 しばらくは無言が続く。もしかして、電話切れてるんじゃないの?と不安になるが、かと言って、お母さん相手に、もしもしもしもし、とか言うのは気が引けるくらいある。なので、じっとして、その声を待つ。と、唐突にまた話が始まった。 「そう ...そんなに欲しいの。まあ、八幡と雪乃は直接議員ではないし、公に出る機会も少ないでしょうからね ...仕事で移動する時は、きちんと会社の車を使うのよ。あとは ...そうね ...色よ、色。黒はダメ。お止めなさい。何だか、暴力団みたいだから ...。」 そう言われると、確かに上城さんの前のベンツも真っ黒だったな。今は白のロールスだけれど、と、全く関係の無いことを考えつつ、お母さんの話を聞いていた。 「銀色にしなさい。銀色。なら、良いわ。あなた達は、あまり自己顕示欲とか無いでしょうから ...決して変な気持ちで乗るのはお止めなさい。たまたま、欲しい車がベンツだったのよね?そう言うことよね?」 「はあ、そう、ですね。」 「八幡、陽乃がうるさいわよ、きっと。あの子も、本当は外車に乗りたい口なんだから ...あの、丸い輪っかが重なってる車 ...何でしたっけ?」 丸い輪っか、って ...それが面白くて、危うく吹き出しそうになったが、せっかく良い方向で話が進んでいるのを台無しにする訳にはいかないので、俺はそれをぐっ、とこらえる。視線を感じて、ふと見ると、雪乃がソファの背凭れにもたれ掛かりながら、人差し指を下唇に付けて、ニヤリと笑いながら、俺の交渉の先を見守っている。 「アウディ、ですかね?」 「あ、それ、それよ。アウディ。お父さんの手前、国産車しか乗れませんからね ...。きっと、グジグジと言ってくるわよ?覚悟は良い?」 「はあ ...そうですね。まあ、仕方がないです、ね。」 「何だか、はっきりしない答えだわね。まあ、良いわ。じゃあ、そのベンツにして良いから ...。あの人には、私から言っておきますから。はあ ...私も甘いわね。八幡には ...。」 「は?お母さんが?俺に?ですか?」 そう聞き返すと、ふふふ、と電話口で不敵な笑いを口にするお母さんがいた。うわあ、何それ?怖っ!背中がゾクゾクして震えてしまう勢いだ。 「ええ、甘いですとも。そうね、男の子も確かに欲しかったし。それに、あれね。出来の悪い子ほど可愛いって言うじゃない。ふふ。」 「はあ ...やっぱり悪いですかね?」 「ええ、かなりね。あら?自覚は無かったの?とんだお目出度さね。ところで、その車、いくらするの?」 「ええと、確か ...400万円くらい、だったはず ...です、追金で ...。」 あら、そんなもの?へえ ...。だって。そんなもの?って、普通に400万円、って、それなりではあると思うが ...本当にお母さんには困ったものだ。一般家庭の金銭感覚とは全くもって相容れないからな。まあ、そこは致し方がない所ではあるが ...。 「八幡。そのお金、出してあげましょうか?」 「は?」 「この間、隼人が新しい車を買ったじゃない?あれ、半分出してあげたのよ。だから、八幡にも出してあげても良いのよ?」 確かに、先日、雪ノ下ビルの地下駐車場には、真っ赤なレクサスRCFがあった。雪ノ下先生のものだとも、噂では聞いていたが ...そうか、半分出して貰ったのか ...って!あれ、1200万円くらいするだろ?全く、久しく大人しくしていたと思ったのに ...隼人のやつってば、もう! 「お、お母さん!ちょ、ちょっと、お待ちを。今、雪乃に変わりますから ...。そういう話しは、俺じゃ困ります。待って下さい。」 そう伝えて、スマホの電話口を押さえて、雪乃へと渡す素振りをする。ほら、ほら、と言う感じで。 「早く出ろ。お母さんを待たすな。」 「あら、どうなったの?買っても良いって?」 「は?ああ、良いってさ。ただ色はシルバーに指定されたけどな。」 「え?良いの?呆れた ...お母さんったら、どこまで八幡に甘いのかしら?大概にして欲しいわ ...。」 「で、あと、お金出してくれる。って。」 それを伝えた時の雪乃の顔と来たら、そりゃあもう、ビックリして驚いて、まさにあれだ ...開いた口が塞がらない、ってやつだった。そして、俺からスマホを取り上げると、あ、私です。と、電話にまた出る彼女。 スマホを介して、色々と話を詰めていっている。その横で、Cクラスのカタログを読み耽る俺がいた。C63も良いけれど、C450AMG4MATICって言う選択もありか?とか、1人で妄想を楽しんでしまう。それなら、900万円くらいで新車でも、まあ届かなくは無いだろう。ただ、ハンドル、左のみなんだ ...そっかあ ...やっぱり右の方が良いと思うんだよな。俺、経験無いし。すると、雪穂が、俺の横に潜り込んでくる。小さくてもしっとりと柔らかくて、八起とは明らかに違う感触。すでに、角材と豆腐くらいの差があるようにすら感じる。優しく彼女の顔を撫でる。子猫と遊んでいるのかと錯覚するように、俺にじゃれてきて、それに構うと、お父さん、止めて~、とか言う、そんな雪穂が可愛くて仕方がなかった。 「ええ、分かったわ。お母さん、ありがとう。おやすみなさい。」 どうやら、お母さんとの電話は終わったみたいで、チラッと雪乃を見ると、さっきと同様に呆れた顔で俺を見遣ってくる。その口許は、今にも笑いそうで、全体的に何だかとても楽しそうではあった。 「八幡。すごいわね。お母さんを納得させるどころか、お金まで出させてしまうなんて。驚きよ。本当に甘やかし過ぎだわ、ふふ。」 「こらこら、目的は果たした。誉めるか貶すか、どっちかにしろ。」 「あら。誉めてるのよ。絶賛してるわ。絶賛も絶賛、大絶賛。でも、八幡への甘さなら、私だって、負けてないもの。ね?」 ね?って、そんな、はにかんだ笑顔で首を傾げながら聞かれても ...可愛すぎるだろ。そんなの照れくさくて、雪乃の顔すら見れなくなる。と、俺の持っていたカタログを、彼女は自分の方へと摘まみ取り、それを捲りながら、少し離して座っていた体を、ばふっ、と隣に座らせてきて、体を密着させ俺に甘く囁いてきた。耳に彼女の吐息がかかり、思わず変な声が出そうになる。ちょっと、感じちゃうでしょうに ...。 「そうね。ねえ、八幡?」 「あ?なんだ?」 「私の車はお金、ほとんど払ってもらえるから ...なら、八幡。あなたの車、買い換えても良いわよ。」 「は?今、何と仰いました?」 「ふふ、だから、欲しい車、買えば?って言ったの。誕生日プレゼントも兼ねて、ね。」 「は?え?良いのか?そんな事して?マジか?」 ふふふ、と笑いながら、ええ、どうかしら?と、聞いてくるが、俺はイマイチ実感が沸かずに、曖昧な返事をしてしまった。今ここで、欲しいと言えば、もしかしたら本当に買ってもらえるかもしれない訳で。ただ、本気だからこそ、こういう時は怯んでしまうのだ。うわあ、それ、へたれだな、俺。 「おう、そ、そ、そうか ...でも、い、良いのか?だって、あれだろ?魚の取り方を教えずに、魚を俺に寄越したりして。昔の雪乃なら、もの凄い勢いで全否定するくらいあるぞ。ポリシーに反するだろ?」 「あら、大丈夫よ。だって、これは、釣った魚に餌を ...の方だもの。」 おお!なるほど!そう言う事ね!確かにそれなら筋は通ってる ...ん?通ってる? 「は?それ、ひでえな。釣られちゃってるのか?」 「ええ、そうね。その通りよ。ね?甘いでしょ?」 甘い?そうだな、確かに甘いかもな。でも、その甘さは、お母さんなんかとの甘さとは、根本的に違う。それは、あれだろ? もう、そもそも、雪乃自身が、俺には甘い。そして、それは、いわゆるスイーツ的に甘いのであって。そう思うと、とても楽しくて幸せな気分になってくるのだ。 そこで、俺は、ついでにもう一甘えしてみた。 「なあ、E63の新車だったらどうかな?」 「それは ...勿論、新車の方が良いとは思うけど、ちなみにいくらするの?」 「1700万くらいかな?」 「ふざけないで ...。調子に乗り過ぎ。」 はい、と呟くと、俺と雪乃は、自然と目を合わせて、ふふふ、ははは、と笑いだすのだった。 そうだな、そんな時間が既に甘いよな。 甘いも甘いも甘い。激甘だよ、まったくな。 「八幡、これは?この、C450?AMG4MATIC ...って、四駆でしょ?これのステーションワゴンなんて、どうかしら?追金で400万円くらい?」 「それな。俺も、良いなあ、って思った。けれど、左ハンドルしか無いんだ ...。」 「あら、そうなの。ねえ、大人しく、そのCLA45にしたら?これのステーションワゴン ...シューティングブレーク ...って、何が違うのかしら?ともかく、割りとカッコ良くて良いんじゃないのかしら?これなら、追金もほとんど無いし。200万円くらいのものでしょ?」 「いや、それなら、あの、今日見た、な?E63のセダンが良いかな?シルバーだし、お母さんも納得するだろ?」 「ねえ?ちなみに、そのE63には四駆は無いのかしら?」 「今の一番新しいのにはある。ただ、左ハンドルだけだ。しかも、チョー高い。」 「そうね ...新車で1500万を超える車は ...さすがに無理ね。とりあえず、ゆっくり考えましょ?何なら、また行っても良いわよ。あのお店。紅茶が美味しいのは信用に足るわ。」 「そ、そうか ...。なあ、どう頑張っても、E63の新車は ...。」 「八幡。くどいわよ。」 そんな感じで、他愛もなく会話をする2人がいて、俺はとても楽しい一時でした。なんか、嬉しいよな、そういうの ...。 [newpage] [chapter:14.ニクスを抱いて。] 土曜日の昼下がり。我が家は家族全員で、ツインタワーマンションに挟まれた、真ん中にある公園に散歩がてらやって来て、朝から雪乃と雪華と雪穂 ...その3人で作った、特製のお弁当を食べている。 外は快晴でジリジリとした暑さだが、緑の蔦で覆われた、その庇のある休憩場所で、俺たちはのんびりと過ごしていた。備え付けられた小さな木製テーブルにランチョンマットを敷いて、その上にはサンドイッチとおにぎり、それにフルーツの盛り合わせを収めたジップロックがあり、さらにバスケットの中には、紅茶の入ったポットとカップがある。それを囲むようにして、ベンチに座っていた。 俺の向かいに並んで座る、雪華と雪穂は、川崎のお店であるSaki-Saki謹製、お揃いのワンピースを着ていて、その白地に薄い青の細かなストライプが入った服は、とても清楚な感じで、見ているだけで可愛かった。そのおかげか、お嬢様にしか見えないし、長さは違えど、共にキレイな黒髪で ...それが益々 ...くらいのものだ。 「あ?お父さん?何?そんなに私、可愛い?」 「は?ああ、だな。確かに可愛い。喋らなきゃ、もっと ...。」 「酷い!傷つくから!お父さんはそう言うけど、沢山お喋りする私が好きって人もいるからね。」 「は?物好きだよな、まったく ...。」 「う、うるさい!良いから食べてよ!私が作った玉子サンド。美味しいでしょ?ね?どう?とう?」 確かに、雪華の作った玉子サンドは、すごく美味しかった。もう見た目からして売り物にしか見えないし、大したもんだよな。何でも人並み以上にこなせるんだから。 ふと雪華の横を見ると、何だか面白くなさそうにして、顔をぷぅ、と膨らませる雪穂がいる。は?なんだ?はて ...。 「どうした?雪穂?雪華姉ちゃんにいじめられたのか?」 「ちょ、ちょっと!お父さん!こんなに雪穂の事を大事にしているお姉ちゃん、世界中探してもいないから!」 確かに、それは本当だ。陽乃さんと雪乃の関係に所謂姉妹な関係を見い出していた身からすると、雪華と雪穂の関係はとても良好で、本当にこんなに良いお姉ちゃんもいないかな?と思えてくる。はて、なら、一体どうしたのか? 「ん?雪穂、具合悪いのか?なんだ?」 「違います!それはお父さんが ...。」 「え?何?」 「お父さんが、雪華お姉ちゃんばっかり、可愛いって言うから!雪穂も同じ服なのに!」 え?そんな事で?と、昔は良く思ったもんだが、確かに女の子は繊細で、予想以上に手間がかかる。軽くからかい半分で冗談で言ったことでも真に受けて泣き出す、なんてのはしょっちゅうだ。まあ、それでも、俺の可愛いお姫様には、変わりはしないんだけどな。 「雪穂?可愛いに決まってるだろ?どちらかというと、雪穂の方が可愛いな。ああ、間違いない。だから、怒らないでくれ。雪穂、すごく可愛いんだから。お父さんの宝物だぞ、マジで。」 「はあ、出たよ、これ。どちらかと言うと、お姉ちゃんの方がお父さんにいじめられますけどね。」 「ばあか。例えそれが事実でも ...そんな事には屈しないだろうが ...。」 「え?まあね。そこら辺のメンタルは、おばあちゃんにも、お母さんにも、ビシバシと鍛えられているから ...でも、お父さんには敵わないけど。」 「は?俺?」 その言葉は、ちょっと意外な気がした。すっかり、俺を超え始めてると思っていたが故に、雪華が俺にそんな事を言うのは ...不思議な気持ちすらあったのだ。へえ、そうなんだ ...。 「お母さんが、一番強いのはお父さんだって、前に言ってた。そのお父さんに、お母さんは何度も救われたんだって。弱さを知って受け入れるから、お父さんには敵わないってさ。でも、その弱さ云々って部分は ...まだ意味が良く分からないかな?きっと、大人になれば分かるんだろうけど。」 「そうか ...でもな、結局は ...弱っちいままなんだな、これが。そうやって言えるお母さんが ...結果的には一番強いだ、って思うんだけどなあ。」 目の前には、少し不格好なおにぎりが差し出されてきた。それは雪穂が一生懸命に作ったやつだ。 「はい、お父さん。中味はツナマヨです。あ?ウメの方が良いですか?」 「ん?いいや、両方食べるから大丈夫だ。美味しそうだもんな。」 「お父さんの為に一生懸命作ったのです。はい、どうぞ。」 俺は、そのおにぎりを、むしゃむしゃと食べて行く。少し塩が足りないかな?などと思いながらも、その愛娘が作ってくれたおにぎりが、美味しくないはずなどない。見ると、雪華がニヤニヤとした顔で、こちらを見て来ていた。何か言いたそうな表情 ...それは、とても雪乃に似ている。親子ってのは ...本当にスゴいよな。 「何だ?どうした?雪華?」 「え?ううん。何でもない。何でもないけど、まあ、それなりに優しい良いお父さんだな、って。目付きが悪いけどね。」 「お前、そんなところまでお母さんに似なくて良い。誉めるか貶すか、どっちかにしろ。」 「はあい。あ、お父さんの宝物ナンバー1さんが帰ってきたよ。」 そう言うと、雪華は俺の肩越しに何かを見つける。雪穂が、あ、お母さん、帰ってきました。と、身を乗り出して見ている。 俺は振り返ると、そこには、まだ遠くで小さく見えるけど、八起と手を繋いで歩く、雪乃が見えた。薄いブルーのマタニティワンピースを着て、お腹を擦りながら歩いている ...ん?擦る?俺は、それが気になって、ベンチを立った。 「お父さん?え?どうしたの?」 「いや、何でもない ...何となく ...だ。ちょっと、お母さんの所に行ってくる。」 そう雪華へ伝えると、小走りに雪乃の傍に寄る。少し息を荒くする俺がいて、そんな俺をキョトンとした顔で見てくる雪乃。八起は、俺と入れ替わりにダッシュで、おねえちゃんとこにいってくる!と走って行った。 「八幡、どうしたの?そんな慌てて ...。」 「いや、あれだ、雪乃がお腹を ...擦ってるから ...何かあったかと思って ...。」 体を前に倒して、膝に手をつく。合間合間に、ゼエゼエと息をした。かあ、運動不足だな、俺 ...。 「え?あ、これ?確かに少しだけお腹が張ったけど、別に心配するほどの事では無いわ ...。それに、本当に何かあれば、携帯もあるのだから電話をするでしょうし ...違うかしら?」 「ん?ああ、確かに言われれば ...そうかもな。」 本当に心配性ね ...そう呟くと、雪乃は俺に腕を回して、クイッと前に引っ張る。それを合図に、俺たちはゆっくりと歩き始めた。 雪乃のお腹も少しずつ大きくなってきたので、なるべく歩いたりして運動をするように、とは思っているのだが ...上の子達が大きくなってきた今は、なかなか時間を取れないのも事実だった。だから、こうやって、一緒に歩く事が出来れば、それが一番なのだ ...。チラッと、横を見ると、微笑んでいる雪乃の顔が見えた。と、互いの目が合う。ギュッと、組んでいる腕に力が入ったのが分かった。 「少し歩き過ぎたかしら ...何だか疲れてしまったわ。」 「ただでさえ体力ねえからな ...。」 「そうね。それは数少ない私のウイークポイントだもの。ね?」 「ああ、まったくだ。でも、まあ ...。」 「え?何?聞こえないわよ。」 「 ...可愛いから帳消しだろ。プラマイゼロってやつだ。」 「ふふ、何?どうしたの?もしかして、口説いてるのかしら?」 「あん?はは、さあな。」 2人で笑いながら、ゆっくりと道を進めば、向こうから、おかあさ~ん、と八起の呼ぶ声がする。顔をあげれば、子供たちが手を振って俺たちを待っている。それを見た時の雪乃の幸せそうな顔。小さく手を振り返す彼女は、きっと幸福の真っ只中だ。 そして、お腹を触る。それを見て、俺もお腹に触れた。2人で顔を見合わせて、ニコリ、と一緒にする。ふと、雪乃が空を見上げ出した。 真っ青な空に、モクモクとした大きな入道雲が浮かんでいる。俺も額の汗を拭いながら、その空を見た。 「夏が来たわね。」 眩しさから目を細めて、そう呟く雪乃。 その姿は ...とても、清々しくて、すごく ...キレイだった。 ..................... 外から帰ってきて、汗を流そうと、子供たちをシャワーに入れていた。雪華と雪乃は一緒に先に入り、雪穂はちょっと前に俺が終わらせて、今は八起の番。 「おとうさん、いきなりあたまからジャーってかけるからなあ。ゆっくりして!いいよ!」 「ん?そっか?分かった。」 と言いながら、やっぱりいきなり頭からかける俺がいる。ま、かなり温めのほぼ水に近いくらいなので、そこまで驚きはしないと思うが ...。ギャー、って、叫ぶ八起がいて、それでも、頭をフルフルしながら修行中の滝打ちみたいに、そのシャワーを浴びていた。 「ほい。終わりだ。八起、髪の毛長くなったな、少し切らないとなあ。」 「ええ!とこやさんはイヤだ。おかあさんがいい。」 その、相も変わらずのお母さん大好きぶりに、思わず笑ってしまう。風呂場から出すのに、ドアを開けると、そこにはちょうど、サニタリールームに戻ってきた雪乃がいた。 「あら、ちょうどあがったの?八起、体を拭いて。はい、タオル。」 「はあい。」 渡された真っ白なタオルで、濡れた髪を拭き始める八起。雪乃が、ほら髪の毛ちゃんと拭いて、まだ濡れてるわよ、と横から優しい微笑みで手伝っていた。 「お父さん、サッカーしようよ。」 「え?帰ってきたばかりだろ。そうだな、少し休んだらな。」 「いえーい!やった!」 はい、おかあさん!と、その濡れたタオルを渡すと、出された着替えを持ってリビングへと走って行った。雪乃は、こちらを見て笑い、その後をため息をつきながら歩いていく。でも、なんだろうか?そのため息は ...決して、悪い感じはしなかった。見ると、足元にはニクスがじゃれている。確か、さっき家に帰ってきてから、随分と甘えていたニクスがいたのを思い返す。ここまで雪乃にべったりなのも ...久々だな。そういうのもあってか、雪乃は随分と機嫌が良いのだろう。 バスタオルで頭を拭きながら、俺はリビングに出た。雪華と雪穂は、キッチンで何やらデザートらしきをものを作っている。雪乃と八起は、どうやら子供部屋に行ったらしい。何だかを片付けなさい、と彼女の声がする。はは、と思わず笑ってしまう俺がいて、誰も座っていないソファを陣取り、大の字で、ふぅ、と、疲れを息と共に吐き出しながら座った。目の前に置いてある阿部昭全集の第3巻を手に取る。 「やっぱ。夏は阿部昭だな ...。」 後ろから、ヒヤッとした手が俺の首筋を撫でる。ひゃっ、と思わず小さな声が出た。ふふ、と笑われると、その細くて長い腕を俺の首から肩へと絡み付けて回してくる。耳元に雪乃の顔があるのが分かる。フワッとした、シャワーに入り立てのサボンの匂いが散らばっていて、何だかとても良い気分になる。 「何を読んでいるのかしら?遠藤周作?」 「あ?いいや、阿部昭。」 「あら、海と毒薬じゃないのね。」 「もうとっくに読んだって。」 「そう。読み終わったら私も読もうかと思っていたのに。残念ね。」 「海と毒薬なんて、妊婦に読ませるかよ ...。絶対に読ません。禁書の勢いだ。」 「ふふ、そうね ...確かに内容が ...ね。八幡、何か飲むかしら?コーラ?ジンジャエール?アイスティー?」 「そうだな。アイスティーは?雪乃お手製のか?」 「え?ふふ、ええ、ご用命とあれば ...出来合いもあるわよ。リプトンの。」 「へえ、珍しいな ...でも、まあ、なんだ ...雪乃のアイスティーが ...良いかな?」 「そう。そこまで言われると ...では、お時間10分少々頂きます ...。そのまま、待っていなさい。」 「あ?八起は?」 「え?ふふ。部屋を片付けながら寝ちゃったわ。」 とても嬉しそうに、その青いワンピースと長い黒髪を翻して、雪乃はキッチンへと向かった。足元には、ススススス、とニクスの気配がする。そんな雪乃から視線を前に戻すと、雪穂が透明なアイスクリームグラスに、プルプルとした何か ...あ、フルーチェかな?を入れて持ってきてくれていた。 「はい、お父さん。フルーチェ、お姉ちゃんと一緒に作ったのです。どうぞ、召し上がれ。」 「ああ、そうか、フルーチェ作ってたのか。どれ、頂きます。」 そのイチゴ味らしい、ピンクに赤いツブツブが見えるプルンプルンと揺れるデザートを口に運ぶ。冷たい喉ごしがとっても気持ち良くて、すごく美味しい。 「あ、おお、旨いな。フルーチェ、気持ち良いなあ。雪穂、ありがとう。」 と、雪穂に話しかけた時だった。 「キャッ!」 リビングから、雪乃の声が聞こえた。それも、叫び声に近い、そんな声。俺も、雪穂も、体をビクン!とさせ、キッチンの方を見る。そこに、雪乃の姿はなく、口許を両手で覆い、焦燥する雪華の姿が見える。 「ニクス?え?ニクス!どうしたの!八幡!来て!ニクスが ...ニクスが変なの!八幡、早く!」 は?ニクスが?俺は、ソファを立ち上がると、急ぎ足でキッチンへと向かう。ダイニング横を通り、そのアイランドキッチンに回ると、そこには体をピクンピクンと痙攣させ、口をダラリと開けた愛猫が横になっていた。 「はっ?なんだ!おい!ニクス!」 雪華の前に入り、あわてふためいて身を屈ませると、床に座る雪乃の横に並んでニクスに触れる。俺の後には雪穂も着いてきている。 「どうしたんだ?どんな感じだった?」 「キッチンに立っていたら、最初はずっと私の足に頭を摺り摺りしていて、そしたら、コトンって言うから下を向いたの。見たら、いきなり痙攣していて ...八幡、どうしたら ...ニクスが、ニクスが ...。」 「分かった。大丈夫だ ...な、今はダメだ。泣くな。雪乃?」 そう話ながら、俺は頭の中でどうするか対応を考える。今の雪乃では、あのいつもの冷静沈着ぶりは望めない。ニクスは、少しずつだが、明らかに冷たくなってきている。呼吸が早くて荒い。嫌な前兆だ ...。これは、あれだな。俺が ...しっかりしなくては、だな。後ろを振り返り、雪華と雪穂にお願いをする事にした。 「雪華、ニクスの部屋から、ニクスの好きな毛布。あれ、持ってこい。雪穂、雪穂ちゃん?そこのカウンターからお父さんのスマホ、持ってきてくれ。」 2人とも、はい!とすぐに動き出す。まず、ぱっ、と雪穂がスマホを渡してくれた。 「雪穂、サンキュウな。それで、お母さんに椅子を持って行って、そこに座らせて、それでずっと手を握っててくれ。な?出来るだろ?」 「うん。出来ます。雪穂、お母さんと一緒にいるから。」 バタバタ、と雪華が走ってくる。そのピンクのボロボロの毛布を両手に持ち、持ってきたよ!と言ってきた。俺は、その毛布を拡げて、ニクスをゆっくりとその上に掬い上げる。いつもなら必ずするであろう、ニャン、の一鳴きもなかった。さすがに、それには俺も焦り出す。視界の隅では、雪乃が雪穂に手を差し出されて立ち上がるのが見えた。緊張した面持ちでニクスを見つめる、そんな雪乃の体は、明らかに震えている。それは、間違いない ...ニクスの死への恐怖から来るものだろう。 向かい側に、雪華が屈んできた。とても不安そうな顔で、ニクスを見て、そして優しく撫でてくる。スマホを持つと、いつもお世話になっている動物病院の先生に電話をした。土曜日の診察は終わっているが ...緊急の場合は、ここに電話をしてください、と教えられている番号がある。そこに発信をする ...と、見ると、俺も指先が震えていた。なんだ ...俺もかよ。ふう、とため息をつくと、数回のコールの後に、その先生の声が聞こえてきた。 「はい、西根です。」 「あ、雪ノ下です。あの、いつもお世話になっています。実は、ニクスが倒れまして。」 「あ、雪ノ下さん ...ニクスが?症状は?」 「え?ええと ...ええと ...。」 「落ち着いて。雪ノ下さん。今は落ち着く時です。でないと、後で一生後悔します。」 「え ...そうです、ね。はあ~ふう~ ...。すいません ...今は、少し冷たくて体が小刻みに痙攣?いや、震えかな?あとはダラリとしています。」 「呼吸は?息はどうですか?」 「あ、そうだ、呼吸、呼吸。荒いです。かなり荒くて早い。」 「なるほど ...それはかなり危ないです。温かくして、すぐにこちらへ。待っています。安全運転で、確実に ...まだ間に合います。良いですか?」 まだ間に合う ...その言葉がどんなに心強いか。俺は、少しだけ涙が滲んだ。諦めるには、まだ早い。助けてくれる人がいる。分かりました、とだけ答え、俺は電話を切った。 その電話の行方を家族が見守っている。八起は寝てしまったが、雪乃と雪穂、そして目の前には雪華がいる。 すくっ、と立ち上がり、カウンターボードへ行くと、財布と車の鍵、それに、携帯電話を持つ。スマホはシャツの胸ポケットに入れた。そして、キッチンに戻ると、皆に話を告げる。 「まだ間に合うらしい。病院、行ってくる。雪乃は家にいてくれ。雪華、一緒に行 ...。」 「嫌 ...絶対に嫌よ ...。わ、私も行くわ。」 「は?子供たちは?大丈夫だから、な?」 「いいえ、絶対に行く。私も行くの ...お願いだから、八幡 ...。」 瞳を潤しながら、雪乃はそう懇願してくる。そうか、そこまでか ...悩む俺がいる。だが、悩んではいられない。そんな時間はないのだ。 「雪華?」 「え?はい!」 「留守番頼めるか?雪穂と八起、見ててもらえるか?」 「うん。大丈夫。」 「よし。じゃあ、頼んだ。ほら、雪乃、用意しろ。」 そう言うと、雪乃はパタパタと走って行く。俺は、キッチンの床へ膝をつくと、ゲージには入れられないであろうニクスを、その毛布ごと抱えて立ち上がる。そして、足早に玄関へと向かった。雪乃が同じタイミングでクローゼット部屋から出てくる。 靴を履き、後ろを振り返ると、そこにはしっかりとした面持ちで立つ雪華がいる。雪乃はエレベーターを呼びに行った。うっすらと涙を浮かべ、雪華は、これからの事を理解をしたのだろう。もしかすると、ニクスとはこれが最期かもしれない、と。そうして、ニクスへと ...ゆっくり手を延ばす。 「ニクス、頑張って。お家で ...待ってるから。」 歯を食い縛り、頑張って泣きもせずに、雪華はそう伝えてきた。 「雪華、留守番頼むな。誰も入れるな。来客予定はない。荷物も宅配ボックスに入れてもらえ。分かったな?」 と、エレベーターが来たわ、と雪乃が玄関に戻ってくる。その細い手で、雪華の頭を撫で、そして、ゆっくりと抱き締めた。 「雪華 ...雪穂と八起、お願いね。」 横では、雪穂が泣いている。もう我慢しきれないのであろう。雪華の体に顔を、押し付けて泣いている。でも、今は泣いてはダメだと、分かってはいるのだ。だから、大っぴらには泣かないと、そうしているのが良く分かる。 「お父さん?ニクス、死んじゃうの?死んだらイヤだよ ...雪穂、ニクス、死ぬのイヤだよ ...。」 その言葉に雪華が我慢しきれなくなりそうだった。大丈夫だよ、雪穂 ...そう言いながら、妹の頭を撫でる姉の姿 ...こっちが ...泣きそうだよ。 「お父さん!早く!ニクス!助けてあげてね...。」 雪華が語気を強めに言ってくる。俺と雪乃は、それに頷いて、玄関を出た。エレベーターが地下へ降りるのさえ、とても ...もどかしく感じた。駐車場に降りると、GSFの助手席ドアを開け、雪乃を座らせる。ニクスを渡そうとすると、ちょっと待って、と手で俺を制止してきた。 ポケットから、水色のシュシュを出して、雪乃はその黒髪を纏めてポニーテールにした。それは、きっと彼女なりの覚悟だ。雪乃は雪乃で、いつもの雪乃に戻ろうとしてはいる。そして、胸元で一度、キュッ、と手を握ると、その腕を開いてニクスを迎える準備を整える。俺がニクスを渡すと、コクりと頷いて、ギュッとニクスをかかえながら抱き締めた。 そんな雪乃とニクスを確認すると、運転席に乗り込み、車を出す。焦っても仕方がないと分かっていても、アクセルの踏み代はいつもより少しだけ強くなる。だが、ニクスを思えばこそ、そこは少し緩めるべきだろう。そんな事を思うと、冷静さを取り戻す俺がいて、片手でスマホの発信履歴を見た。発信はつい5分ほど前の事。倒れてすぐに電話をしたはずだ。ここから10分ほどの動物病院。混雑もなく、道はスムーズに進むも、助手席を見ると、小刻みに体を震わせて、静かに涙を浮かべる雪乃がいた。 我慢しても我慢しても、やっぱり、そんな簡単には ...いかないだろう。そりゃそうだ。俺は、ニクスを抱き締める、彼女の手に、そっと、左手を重ねた。 「大丈夫だ。落ち着けって。」 「そんなの ...分かってるわ。だとしても ...無理よ。もしかしたら、ニクスが ...どうしたら ...。」 「まだ決まった訳じゃない。まだ、早えって。先生に診てもらってからでも決して遅くない。間に合うって言ってくれている。息はあるし、温めたら、ニクスも ...ほら、な?大分、良くはなってきただろ?」 宝物を抱えるように、背中を丸めていた雪乃が、そっと体を仰け反らせて、その胸にあるニクスを見つめる。悲しそうな顔で、少しだけ口許を緩めて、その、大切な猫を見遣った。 「ええ、確かに ...確かにそうね ...それでも、心配で心配で ...私、気がおかしくなりそう。」 彼女の胸の前で、ニクスを抱くのにクロスする手。そして、その腕を、やさしく包み込むようにして、俺は撫でてやった。 「雪乃。大丈夫だ。雪乃がそんなんなら、ニクスだって ...余計に具合悪くなるだろ?しっかりしろ。雪乃なら ...出来る。いつもの雪乃なら。」 雪乃の頬を伝う涙を、そのまま拭いに向かうと、彼女は、首を傾けて、俺の手を、その頬と、そのか細い肩の間に挟んできた。すると、ほんの少しだけ、落ち着いたように感じる。 西根動物病院、の看板が見えてくる。小さい割りに、しっかりと作り込まれたログハウス風の住宅兼病院の前には、気取らずに、古いレンジローバーが止まっていて、それが西根先生のものだ。それを見て、俺も大分ホッとした。どうやら、きちんとそこにいるようだ。 病院に着き、助手席のドアから雪乃を下ろすのに、ニクスを預かろうとすると、彼女は大丈夫よ、と、そのまま立ち上がる。車から飛び出すように降りると、その入り口でドアベルを鳴らす。カチャリと、ドアが開き、ショートボブの女性が顔を出した。 「あ、雪ノ下さん。お待ちしてました。さ、まずは入って。ニクスを預かります。先生は処置室で待っていますから。」 確か、小泉さんと言う、この人も先生で、ここの半同棲人らしい。雪乃からニクスを大切そうにして受け取ると、タッタッ、と、小走りで、その廊下の奥の処置室に入って行った。俺たちも後を追うと、辿り着いた時に、その引き戸から小泉さんが出てくる。雪乃が、すがるように近付いた。 「あ、あの ...大丈夫でしょうか?」 「雪ノ下さん。正直言えば、まだ分かりません。ただ ...ただ、ハムテル、あっ!ごめんなさい ...。に、西根先生はある程度のあたりはつけて治療に入ってますし、処置に入る時間が早かったから ...望みはあります。だから、信じて ...ただただ祈りましょう。」 その部屋は、窓がなく、中がどうなっているかは外からは伺い知れない。フラフラとする雪乃を、廊下のスツールに腰掛けさせて、俺たちは待つしかなかった。雪乃が、脇に立つ俺の腰辺りに、その頭を凭れ掛けてきていて、俺は、その頭を、優しく何回も触って落ち着かせる事に専念した。 ガラガラ、と、処置室に入ってから30分以上経って、ようやく、西根先生が出てきた。長身に細身の体で、整った優しげな表情 ...青い手術着のようなものに、キャップを被りマスクをしている。おもむろにその2つを取ると、あちらへ ...と、隣の診察室を指差した。 先生の後に続き、そのキレイで整理整頓された部屋に入る。足元には、先生の愛犬のシベリアンハスキーがいて、戸棚の上には三毛猫がいた。普段はいないはずだが ...もう休診してるからだろう。先生のデスクの前にある丸椅子。小泉さんが後から入ってきて、それを2つ並べてくれた。そこに、雪乃をゆっくりと座らせて、俺も横に座る。彼女の体は、カチカチに強張っていた。何を言われても大丈夫なように ...そんな覚悟が俺にも伝わってくる。 先生がカチャカチャと、その手元のiPadに、タッチペンで何やら書き込んでいる。目の前のモニターには、突発性心筋症、の文字が出てきた。 「雪ノ下さん。まずは安心して良いですからね。山は越えてます。小康状態、いや、もう安心して大丈夫だと思います。運が良かった 。本当にそれに尽きます。」 それを聞いて、一気に肩の力が抜ける雪乃。このまま崩れ落ちるのかと、慌てて体を支えに行くが、その瞬間に気持ちを切り替えて、大丈夫よ、と持ち直した。2人は真剣な面持ちで、その先の話を聞きに行く。 「今は、酸素吸入と、あと薬を飲んで、とても落ち着いています。早期発見で30分以内に病院に来れたのが良かったですね。」 俺も、雪乃も、うっすらと浮かぶ涙を指で拭い、一瞬顔を見合わすと、少しだけ微笑み合った。そして、俺が先生に質問をする。何が原因なのか、早く知りたい気持ちを抑えきれない自分がいた。 「先生。ええと ...今回は、その ...何が原因ですか?やっぱり、何かの病気でしょうか?」 「そうですね。突発性の心筋症で、中でも拡張型心筋症というものです。まあ、老衰と言うのが一番大きい原因だ、とは思いますが、ただ、幸いな事に、この拡張型で良かった ...。他のタイプだと ...どんなに早くても望みは薄いんです。だから、運が良かったのです。さらに発見が早かったので、大事には至りませんでした。血栓もなく、一安心 ...。脱水症状はあったけど、そちらも大丈夫。拡張型はタウリンの不足が主な原因なので、今回は薬を出します。」 「そうですか ...ちなみに、俺たちと一緒に ...あの、帰れますか?」 「もうしばらく安静にした方が良いでしょう...まずは3時間、しっかりと様子を見ましょう。それで、経過が何もなければ、家に連れて帰っても良いです。ともかく発見が早くて ...それに尽きますね。電話をくれて、私も、命を救えて、嬉しいです ...。」 俺は、しっかりと頭を下げる。涙が ...流れる。 「先生。先生のおかげです ...今が落ち着く時だ、って、あの言葉。本当にありがとうございます。恩に着ます。」 雪乃も、つうっ、と一筋の涙を流して、ありがとうございます、と涙声で答え頭を下げた。 プルルル、と院内の電話が鳴り、横にいる小泉さんが、はい、と出ると、うるしばら先生からお電話です、と西根先生に子機を渡した。 「まったく、あの先生ときたら ...雪ノ下さん、ちょっと失礼します。隣の部屋でニクス、様子を見ても良いですから。」 そう言いながら、席を立つ先生を見送り、2人で処置室に行き、眠るニクスを見た。口には酸素マスクが着けられて、穏やかに眠っている。背中の真ん中に点滴の管があり、痛々しさはあったが、それでも生きていてくれるだけで ...俺たちは嬉しかった。 「とりあえずは ...一安心、だ...。どうする?一度、帰るか?」 雪乃は、いいえ、と首を振り、そこから離れたくない、と言ってくる。とりあえず、ずっと処置室にもいられないだろう。一先ずは、彼女を連れてロビーへと出た。 それほど、広くはない、玄関横のロビー。木の温もりのある床が、気持ち良いとさえ感じられた。ファブリックのざっくりした感触のベンチに並んで座る。右隣に座る雪乃の距離は、もう体がぴったり、とくっつくほどの近さだ。やっと ...一息着けた ...そんな感じがした。 「どうするんだ?3時間、待つのか?」 「ええ、ここに ...いるわ。何かあったら嫌ですもの ...。ダメかしら ...。」 「そうか ...分かった。ダメなもんか ...雪乃の気持ち。俺だって、分かるさ。」 そうして、スマホを取り出すと、雪華に電話する。きっと、俺たちと同じように、家でずっと心配をしているだろう。 「もしもし。ああ、そうだ。病院。ニクスな、大丈夫だ。心臓の病気だったが、まずは助かった。帰りは18時くらいかな?多分。遅いけれど、ご飯は待っててくれ。何か買って帰るか、それかピザでも取ろう。寿司でも良いし。雪穂たち、頼むな。何かあればすぐに電話をくれ。ああ、ありがとう。じゃあな。」 そう、話をして切ると、雪華、何だって?と聞いてくる。 「ん?帰る時に電話くれって。あと、泣いてた。」 そう伝えると、優しくて良い子ね ...本当に良かったわ ...と、一人で頷く彼女。 さてと、と一人呟き、ロビーの自販機で緑茶を買った。その隣の隣にジャワティーがあったので、それも買って雪乃に渡す。あら ...ありがとう ...、そう静かに呟くと、両手でそれを持ち、項垂れて、そのペットボトルをペコペコとさせながら、キャップの辺りをジッと見ていた。その目には涙が溜まり、彼女はただただ、泣くのを我慢している。 雪乃、と、俺は名前を呼んで、彼女を片腕で抱いた。そして、頭を肩に迎えて、そのまま右手はポニーテールを優しく撫でる。左手は背中をトントン、と軽く叩いてやった。 「良かったな ...。泣いても良いぞ。大丈夫だから。ニクスは ...助かったんだから。」 そう言うと、静々と泣き出す雪乃がいて、その涙は止め止めなく流れ始めた。俺の肩が、しっとりと濡れ始めるのが良く分かる。それでも、彼女を心落ち着くまで、泣かしてやりたかった ...。しばらくすると、グジュグジュヒクヒク、とその嗚咽混じりの声で、少しずつ ...気持ちを吐露し始めた。 「その ...考えてはいけないって、思っていたのよ。もう ...ダメかと思ったわ。もう ...お別れなんだって。ニクスが死んだら ...私、どうしたらいいのかしら ...そう思うと、不安で不安で仕方がなかったの ...。どうして良いのか、私には ...分からないのだもの ...。怖いわ、八幡 ...怖いのよ、ニクスが ...いなくなるのが ...。」 「でも、死ななかった。今回は、雪乃が苦しんでいたニクスをすぐに見つけてくれた。だから助かったんだ。雪乃のおかげだ。先生もそう言っていた。命を救えて良かった、って。だろ?なら、生き延び長らえた大切な命だ ...泣いてる暇なんてないさ。今までよりも、もっと ...もっと愛してやろうな。それで、良い ...。きっと、それで、間違っちゃいない。」 ダラリとしていた両腕を、ゆっくりと俺に回して、キツく抱き締めてきた。それから、コクりコクりと頷くと、彼女は ...まだまだ、ずっと泣いていた。そして、しばらくして、泣き疲れてしまったようで、そのまま寝てしまう雪乃だった。 その頭を、俺の膝に乗せてやり ...彼女が起きるまで、俺は呆けたように宙を見つめて、黒髪を撫でて過ごしていた。いつもなら、足が痺れたりトイレに行きたくなったりするものなのに、今日は不思議と ...あっという間に、その3時間が経っていった。 ........................ 時間は18時半だ。フロントガラス越しに、マジックアワーが少しずつ始まろうとしているのが、その高い空からは見てとれる。 ニクスは良い方向へ回復できて、先生からも、大丈夫です ...それに、きっと住み慣れた家の方が落ち着くでしょうし。と、そのまま、一緒に家へと帰る事を許してくれた。ただし、病院を去り際には、はっきりと、こうも言われる。 「雪ノ下さん。次も助かる保証はありません。心筋症は、一度発症すると、何度も再発します。その時は ...覚悟は必要です。辛いですが ...事実は伝えておかなければ ...その時の事、しっかりと考えて行きましょう ...。彼は ...もう充分、幸せに生きましたよ、きっと ...。」 その言葉は、今の2人には、ズシリと重く伸し掛かる。何も今このタイミングで ...と思いつつも、それは西根先生の優しさなのだろう。数えきれないほど、同じ場面に遭遇しているからこそ、きちんと考えておいて欲しい、そういうメッセージなのだ、と、俺たちは思うことにした。 信号で止まり、ふと助手席を見ると、ニクスを抱き締める雪乃がいる。彼女は、ずっと、ニクスを見ていた。そして、きっと何かを考えている。車に乗ってからは、ほとんど話をしなかった。互いに、口数が少ない帰り道だ。と、小さな声で、彼女が話始めた。 「悲しみを声に立てなさい。とは、良く言ったものね ...。」 「は?どうした?いきなり ...シェイクスピアって?柄じゃないだろ?ええと ...確か、口に出さない悲しみは重たい心臓に突き刺さる、とか何とか ...。」 「え?そうね ...シェイクスピアなんて、そんな好きでもないもの。ちなみに、違うわよ。口に出さない悲しみは荷の勝った心臓に囁きて、それを破裂させるだろう ...よ。」 「はあ ...で、それが?何だって?」 「ただ、何となく ...そんな事を思ったの。」 ニクスから目を離すと、一度サイドウインドウに目をやって、その茜色の空を見ていた。そして、ゆっくりと振り返り、少し無理した微笑みを俺に見せてくる。 「今日は、八幡が私を ...優しく泣かせてくれたから ...本当に良かったわ ...。いつも、不安で不安で ...でも決して口にしてはいけない、って、ずっと思っていたの。口にすれば。きっと現実のものになってしまう。そうやって ...それが ...いきなり、実際に目の前で起きようとしていて、怖くて怖くて ...そこから逃げ出したくて仕方が無かった ...。でも、泣いてすっきりしたわ。そう、八幡や先生が言う通り ...そうなのよね。ええ、もっと ...愛してあげましょう ...ニクスは、充分過ぎる程に、沢山のものを ...私たちに分けてくれたのだから。」 「ああ ...そうだな。確かに ...そうだ。それで、間違いない ...。」 しばらくは沈黙が、続いた。ニクスをずっと撫でている。とても、優しい目をした彼女がいる。 すると、元気になったのか、ニャンと、時折、か弱く鳴くようになってきた。 ふふ、と鼻をグズっとさせ、大粒の涙を流しながら、ニクスを見遣る雪乃。 「ニャー ...ニャー ...。ふふ、ニクスったら ...可愛いわね。私の大切な ...とても、大切なニクス。良い子ね、本当に ...。」 雪乃は、ニクスの頭に1つだけキスをすると、顔をそこにつけて、何度も、好きよ、と呟いていた。 「命は、儚いからこそ、 尊くて厳かで美しい ...か。無くなってしまうからこそ、美しくて尊い、ってのは ...何とも退廃的で切ないけどな ...。」 「あら、なあに?八幡はトーマス・マンなの?」 「は?文学部でもないのに良く知ってるな ...って、なぜここで、アメリカのノーベル賞作家の名前が出る?」 「あら、八幡。トーマス・マンはドイツ人よ。しかも、その紋々は、トーマス・マンの言葉ですもの。知らないの?」 「は?そうなのか?ま、専攻は日本近代文学史なので ...。」 「あら、知らないで言っていたのね。それは有名だもの。一般常識よ。」 俺は、左手をヒラヒラと振る。 「いや、まあ、出典云々は良いけどな。ともかく、そう言うことだ。割り切れない ...いや、むしろ、遣りきれない、かな?それでも、いつか、その日はやって来て ...そこで、初めて分かることがあるんだろ?って話だ。」 そうね、と、一言だけ呟くと、彼女は、俺が見て分かるくらいに、ニクスを抱き締めた。それが、ニクスにも苦しかったのか ...ニャン、と一鳴きだけする。そして、その愛猫をしっかりと見つめながら、雪乃は俺に話をする。 「ねえ、八幡。もし、その日がやってきたら、必ずニクスに付いていてあげましょうね。絶対に、この子を、一人だけでは逝かせたくないの ...だから、約束しましょう。」 「ん?そうだな ...ああ、分かった。約束する。」 俺が、前を見ながら答え、その手を彼女の手に重ねる。それに満足したようで、2回、コクリコクリ、そう頷いて、良かった ...と、小さな声で呟いていた。 「そうね ...仕事に行く時には、本宅に預けていきましょう。それが無理なら会社に連れて行くわ。八幡のお母さんには ...さすがに預けられないもの ...。」 「ま、そうだな。カマクラの時の落ち込み具合を見ると、看取りだけをさせる訳には ...な。ただな ...職場に、ってのも。はあ ...それなら、俺が連れて行く。雪乃じゃなくて、俺が事務局に連れていくから。非常識だけど仕方がないさ。お母さんに頼んで、陽乃さんに話をしてもらおう。」 「本当に?ありがとう ...。ねえ、八幡 ...ありがとう ...。そこまでしてくれて ...私、すごく嬉しいわ。」 「そりゃ、俺らの ...本当の長男だもの。違うか?」 「そうね、ふふ、そう言ってもらえると、ますます嬉しいわ。ね、ニクス ...。」 そう言って柔らかな微笑みでニクスを見つめ出した。その表情は、とても幸せに満ちているように見える。その瞬間だけでも、切り取って小箱にしまっておきたいくらいに、彼女は幸せそうな笑顔で、自分の小さな息子を見ていた。 家に帰ると、リビングで、雪華が雪穂と八起の勉強を見てあげていた。ここはこうなんだよ、とかなんとか言いながら、雪穂が、うんうん、と頷いて、一生懸命に、消しては書いて消しては書いて、を繰り返している。そんなのを見ると、雪華って、結構、先生とか向いてそうだけどな。むしろ、それじゃ、勿体無いくらいのものだろうかな ...。 しばらくの間、2人で廊下に佇みながら、その子供たちの様子を見ていた。それに満足したのか、雪乃が、ただいまみんな、と声をかける。 「わあ!ニクスが帰ってきました!お帰りなさい、ニクス!良かったです!」 雪穂が、小躍りしながら、ニクスの帰りを喜んでいる。八起は、事情がよくわからないのもあってか、キョトンとした顔でいるのが見て取れた。 雪華が、そっと、俺の隣へ並んでくる。俺は、静かに、その彼女の頭に手をのせた。 「ありがとうな、雪華。助かったよ。本当にな ...。」 「ううん。皆、大人しかったから何にもなかったもん。それより ...ニクスが帰ってこれて良かった。お母さんの泣き顔、見たくなかったし。」 「ああ ...俺も、そう思う。でも、今回は運が良かったんだ。雪華、次は多分無いだろうな ...。もう、次は ...。」 雪乃が、リビング続きの客間に、ニクスお気に入りのクッションを置いて、その上にゆっくりと愛猫を寝かせてあげていた。ニャー、と鳴きながら、前足を何度も雪乃に擦り付けている。それを雪乃は手に取って、はい握手握手、ふふ、などと戯けて笑って見せている。俺は、そのまま、ソファに座り、雪乃とニクスを見ていた。 子供たちが、次々と、ニクスの周りに集まってくる。 「ニクス、大丈夫?ニャンとか言いなさいよ。」 「ニクス、帰ってこれて良かったです。」 皆が、ニクスを優しく撫でている。ただ、八起だけは、結構ワイルドに撫でるので、雪乃に、あっ!こらっ!と叱られていた。雪乃が大きな声を出して、みんなに注意を始めた。そんな姿を見て、元気が出てきたことに安心する俺。 「ちょ、ちょっと!良い?ニクスは病気なんだから、あまり構わないで ...。分かったかしら?」 はあい、と一斉に皆が返事をするも、相も変わらず、ニクスから離れる者は誰もいなかった。でも、それだけ、皆がニクスを心配しているのだ。砂糖水をスポイトであげて薬を飲ませると、雪乃が、ふぅ、とため息をつきながらリビングに来て、ソファの俺の隣に座ってきた。そして、ちょうど、互いに対になるように、後ろを振り返り、その客間を見ていた。 2人で、ニクスの周りに集う、可愛い子供たちを見て、幸せそうに笑い合う。何だか、とても嬉しくて、優しい気持ちになる俺と雪乃。 「ニクスがいるから、この子達はこんなに優しくなったのね、 ...きっと。」 母親の眼差しで、優しく見守る雪乃は、その存在自体が、優しくて柔らかくて、とても尊いものに思えた。前を向き直して、その白くて細い手で、お腹の子を優しく擦ると、彼女はソファの上に体育座りをする。そして、ゆっくりと膝を折ると、そこに頭をつけ、ポニーテールを解いた。その黒髪がそこに散らされて、張り詰めていた空気が、ゆっくりと抜けていくのが見て取れるのだった。 それから、微笑みながら俺の方を見てきた。 「ねえ、八幡。どうしたらいいのかしら?」 「は?なにがだ?」 「こんなに幸せで。」 「はあ...別にどうもしなくて良いだろ?」 「ふふ、そうね。」 「ただ、感じれば良いんじゃないのか?知らんけど。」 「今日は途中から大変だったけれど ...それでも、ニクスはまだ傍にいてくれて、愛する家族に囲まれて ...幸せすぎるわね、私。」 「なら、幸せだって。それだけで ...後は何も要らんだろ。分からんけど。」 「どうしたの?恥ずかしいの?ええ。分かりました。ふふ。」 俺は確かに少し照れていた。その雪乃の顔が、あまりに幸せそうで眩しすぎて ...俺こそ、どうして良いか分からなかったのだから ...。蕩けてしまうだろうが ...。 と、突然、腕を組まれる。笑顔は溢れ落ちそうだ。 「ねえ、幸せだ、って、言って。」 「は?」 「良いから。」 「はあ ...まったく ...し、幸せだ。な?」 ふふ、と、その微笑みを一杯にして、雪乃は言った。 「そうね。八幡と結婚して...とっても幸せ。」 な、な、な、なんすか!いきなり! ドキン!として、体中の血液が沸騰した。きっと、全身真っ赤だろう。そして、俺は、そのまま、空気が抜けていくのだった。 は、反則だって、い、今のは。ぷしゅう ...。 [newpage] [chapter:15.雪華とのデートは曇りのち晴れ。] 斜め掛けのポーターバッグに、携帯やら財布やらを詰めると、俺は玄関に向かった。壁掛けのアナログ時計は、AM7時を指している。 「雪華、エントランスに、車、回して待ってるから。」 「はあい。すぐに行くから。待っててえ。」 リビングに程近い、雪華の自室から、その返事は聞こえてきた。チラッと見ると、その長い黒髪をツインテールにするのに忙しいみたいだ。その髪型を見ると、何だかとても懐かしい感じがした。高校時代の雪乃 ...いや、雪ノ下か ...よく休みの日なんかに同じツインテールをしていたように思う。ちなみに、雪穂と八起はまだ寝ている。夏休みに入って、すっかりお寝坊さんの2人。困ったもんだ。 靴を履くのに、その玄関に備え付けのベンチに座ると、音もなく、この間の発作から少しだけ元気になったニクスが太ももに体を擦り寄せてくる。ということは、その愛猫が傅く主が、多分一緒にいるのだろう。顔をあげると、案の定、そこには雪乃の姿があった。壁にもたれ掛かり、手を後ろで結び静かに佇む彼女。斜め下を見つめて、気持ち、口をツン、と尖らせている。だが、黒髪が顔に掛り、その表情のすべては見えない。 「なんだ?まだ拗ねてんのか?」 「す ...拗ねてなんて無いわよ ...。変な言い掛かりは ...やめて欲しいわね。」 最後の方の言葉は、プイッ!としながら上向きに天井を相手に話すので、とても小さく、少し聞き取れないくらいのものだった。彼女はそう否定するが、それでもやっぱり拗ねているのだろう。そんな雪乃が、とても珍しく思える。 「そうか。なら、まあ ...良いか。それじゃ、行ってくるわ。」 「 ...行って ...らっしゃい。」 立ち上がり、後ろを振り返って様子を見るも、雪乃は相も変わらず視線を外して、少し面白くなさそうにそっぽを向いていた。もちろん、ハグやキスなんて有り得ないだろう。本当は、こう言うのは好きじゃないんだがな ...まあ、仕方がないか ...。 そのまま、ドアを開けると、じゃあな、と、もう一度だけ雪乃を見て、手を振った。すると、彼女は、小さく ...本当に驚くほど小さくだが、俺を見ないで、右手だけをこちらに向けて左右に動かした。それを見て、安心する俺がいる。確かに拗ねてはいるみたいだけれど、きちんと見送ってくれる雪乃。そんな彼女がとても愛おしく思えたのだった。 エレベーターで駐車場に下がり、LXに乗り込む。本当は、GSFで良いのだけれど、最近コトコトと変な音がするから乗ってみて欲しいのよ、と雪乃に言われたので、今日はLXで行く事にした。その大柄なボディをエントランス前の車寄せに回すと、タイミング良く、雪華がエレベーターから出てくるのが見える。 白のふんわりとしたロングワンピースの上に、薄いピンクのカーディガンを羽織、小さめのPRADAのバッグを両手で持っている雪華。ツインテールにしても、その長い黒髪は変わらずに存在感があり、清楚な服装にとても映えていた。何だか、その佇まいは雪乃に似ていて、色々な思い出を甦らせる。 エントランスを潜り、助手席に乗り込んでくる。白くて細い可愛い感じのミュールは、この車高の高い車に乗るのには大変なみたいで、少し苦労して乗り込み、手を伸ばして ...クッ、と小さく呻きながら、やっと届いた大きなドアを、ボフッと閉めた。と、顔を見ると、俺を呆れたように見入ってきて、はぁ、と小さな溜め息をついてきた。 「お父さん ...何だか、出掛けにチクチク言われたんですけど。」 「は?何をだ?」 「お母さん ...絶対に一緒に行きたがってたのに、どうして誘ってあげなかったの?」 「は?ばっか!俺だって、誘ってやりたかったって。でも、誘って良かったのか?今回は、雪華とのデートなんだぞ?」 そうなのだ、今日は8月のとある土曜日。夏休み最中の、朝から暑くて暑くて、そんな憂鬱な1日だった。天気も厚い雲が立ち込めて曇りに曇っている。にも関わらず、俺は雪華と2人で、水族園に行こうとしていた。例のデート券を使っての親子デートなのである。そろそろ期限が切れそうだったから。俺って、律儀だな。 「そっ、そっか ...ありがとう、お父さん。」 とても嬉しそうな顔で、そう答える雪華。少し照れくさかったみたいで、ポリポリと、その横顔を人差し指で掻いていた。 「ん?まあ、な。相手してもらえるうちに、相手してもらわないと。」 「でもさあ、それで大丈夫かな。お母さんが、あんなに拗ねてるのって、そうそう無いと思うけど。」 「とは言えな ...お母さんだって、良い大人だ。気持ちは分かってくれてるはずだ。」 「そうだけど ...それは、普段のお母さんならね。でも、お父さんが絡むと、結構見境無くすタイプだから ...要注意だよ ...。」 雪華の言う通りだと思った。雪乃は普段はしっかり者のように見えて、嫉妬なんかをした際には驚くほど人が変わるのを何度も目の当たりにしている ...冷静沈着から大胆不敵くらいの変わりようだ。今朝も、本当は、俺と雪華の2人でデートに行くのを、見るからに面白くない、と素振りで見せていた。本当は一緒に行きたいけれど、自分の口からは言いづらい。それは手に取るように分かっていたのだが、今回は、ある意味、雪華からの父の日プレゼントへのお返しだし、何より、雪乃とは2人きりでディスティニーランドへ行っているのだから ...。 頭の中で、ごちゃごちゃと考えていると、お腹が空いていた事に気付く。朝御飯は2人で食べようと思い、それで少し早めに出たのである。 「雪華、朝飯、食べよう。」 「うん!私もお腹空いた。」 「じゃあ、そこの吉野家で朝定食を ...。」 「え!ムード台無し ...じゃあ、ときどき、皆でパンを買いに行く、あの坂の上のパン屋さんに行こうよ、お父さん。」 「モーニングなんてあるのか?あそこ?」 「ううん。モーニングは無いけれど、2Fに食べる場所があって、ジャム付け放題の、コーヒーとかジュースが無料だったはず。しかも、朝6時くらいから開いてるらしいよ。」 「へえ、それは良いな。じゃあ、そうしよう。」 シフトノブをDへ入れ、車を発進させると、水族園とは逆の方向の、そのお店を目指してウインカーをあげる。 頭の中では、ずっと俯き顔の寂しげな雪乃を思っていた。やっぱり ...誘ってやれば ...そんな後悔をする俺がいた ...。 ........................... 土曜日、まして、夏休み。ある程度の混雑は覚悟はしていたので、その水族園の人の少なさは、ちょっと意外だった。勿論、人が多い事には間違いないが、それほどじゃない。少なくとも、周囲にはある程度の余裕があって、押し合い圧し合いじゃないだけ、とても楽だと思える。 「うわあ、天気良くなって良かったあ!お父さん、上見て、上!キレイ~!」 雪華に促されて、上を見上げると、その大きなドームのガラスの向こうには、とてもキレイな青空が見える。あんなに家の周りは曇っていたのに ...そのせいもあってか、確かに、物凄く気持ちが良い。最初はディスティニーランドにしようかと思っていたが、雪華の言う通りに、水族園にして正解だったみたいだ。 「早く!早く行こうよ、お父さん!」 手を引かれて、エスカレーターを目指す。そう言えば、雪華と手を繋ぐのも久々だなあ、と気付いた。昔は、いつも繋いでいたっけ ...いつの間にか、こんなに大きくなって ...。と、そんな事を考える自分が、あまりにテンプレ過ぎて、ちょっと笑う。 エスカレーターを降りながら、鮫の水槽が見えてきた。テンションが上がってきて、フロアに降りると俺はその水槽に近づこうとする ...が、雪華がそっちとは真逆の方向に、俺を連れて行こうとしていた。 「おい、おいって!雪華、そっちは順路じゃねえだろ。」 「良いの良いの!先にお土産屋さんに行きたいから。いつも混んでるから、今日は開店したてでガラガラの今のうちに、ね!」 はあ、まあ、良いですけど ...雪華っぽい言葉で言えば、せっかくのムードが台無し、って言うか、いきなりおねだりされて興醒め、って言うか、はっ!鮫ゆえに興醒め、って、全然面白くもないな ...面映ゆいまであるぞ ...。 暗い場所から、いきなり目映いばかりのギフトショップに入ると、その明るさでクラクラする俺がいて、ちょっとびっくりした。しかし、意外なことに、その場所は雪華と同じことを考える人が多いらしく、それなりにお客さんが入っている。雪華は、目当ての物があるみたいで、俺から離れて行きウロウロとしているのが、遠巻きに見えた。 俺は俺で、1人でブラブラしながら、その店内を巡っていた。ペンギンとマグロ推しのラインナップが面白くて、良くそんなものにまで ...などと、楽しく突っ込みを入れて歩くと、予想以上に面白い。ふと、薄い青地に小さなマグロが沢山描かれたシュシュを見つける。ふうん、と何となしに思っていたが、雪乃に買ってやることにして、それをレジに持っていく。マグロのシュシュ、って面白いだろ、それ。 ちょうど会計が終わった頃に、雪華が、大きなマグロのぬいぐるみと、マグロカレーせんべいを両手に抱えて、こちらへとやってくる。超絶美少女が大きなマグロのぬいぐるみを持っているだけで、それは何とも奇異な絵に見える。周りも自然と注目してしまうだろうな、それは。と、そんな周囲の視線を引き摺りながら ...あ、こ、こら ...こっちへくるんじゃない!と、一直線にズンズンとやってくる雪華。 「お父さん!はい!これ!」 いや、そんなに大きな声で、お父さん、って呼ばなくても良いからね。おかげで、ああ、あの可愛いけどちょっと変わってる子のお父さんは、あの目が死んだ魚みたいな人なんだってバレちゃいましたから ...。 「ゆ、雪華 ...そんな大きな物は、最後に買え、最後に。」 「良いの。欲しい時に買わないと、意外と後回しにして、やっぱり良いや、って思っていたら、家に帰ってから猛烈後悔とか、なかなかありえるからさ。だから、これ買ってね!」 「はあ、分かった。その代わり、自分で持てよ。」 レジに並び、クレジットを切る。その機械のディスプレイを見れば、それなりの価格だった。お土産って、まあ、確かにそんなものだけどな。と、背中にあるポーターの中で、プルルルプルルル、と携帯が鳴った。ススッ、と鞄を前に回して取り出すと、それは雪ノ下ホットラインで、都築さんからだった。ん?何だ?土曜の休みに電話なんて ...。 「はい。もしもし。八幡です。」 「ああ、都築です。」 「お疲れ様です。どうしたんですか?休みに。あれ?もしかして、出番ですか?」 「え?私は、はい、旦那様のご用事で本宅に出ていたのですが ...あの、雪乃お嬢様なんですが ...。」 俺は、その名前を聞いて、ドキリとする。ん?雪乃が?どうしたんだ?は?それは、焦燥と言っても過言じゃない。そのくらいはあった。 「え?雪乃は自宅にいると思いますが ...。」 「ああ ...やはりご存じないのですね。あの、雪乃お嬢様にお願いされまして、先程、隣町の水族園にお送りしてきました。」 は?水族園?はあ ...なるほど、そう言うことか ...我慢できなくて、さては後を付いてきたな?雪乃にも ...困ったもんだ。 「八幡さん?八幡さん?」 「あ、す、すいません ...。ちょっとボーッとして。」 「あ、いえ。雪穂お嬢様たちもお連れになって、お腹も大きいのに ...お迎えは如何しますか、と聞くと、電車で帰るから、と言っておりましたが、ただでさえ方向音痴 ...あ、し、失礼しました ...ええと、方向や方角を見極めるのが苦手な方なのですので ...心配で心配で ...。」 別に方向音痴って言っても良いのに ...などと明後日な事を思う俺がいたが、しばらくして、ことの重大さに気付く。なるほど、確かにそうだ。ヤンチャ盛りの子供を2人も連れて身重な方向音痴な奥さまが、この人混みの中に1人でいると言うのは、それなりに大変だろう。しかも、ただでさえ体力の無い人間なのに ...一体何重苦だよ、それ。とりあえず、あとは俺が引き受けることにした。 「都築さん、分かりました。ありがとうございます。あとは俺の方で対応しますから ...むしろ、色々ありがとうございます。」 それでは、と言いながら、その電話は切られる。俺はしばらく、そのガラケーの画面を見て、考えてしまうのだった。そこに、大きな買い物袋をぶら下げた雪華がやって来る。パチン、とそのガラゲーをたたむのを合図に、俺は雪華を真っ正面に見た。 「どうしたの?お父さん?何か、ボーッと?いや、ヌボーッ、かな?」 「あ?ヌボーでも、ヌバーでも、どっちでも良いな。あれだ、雪華。雪乃だ。お母さんがどこかにいる。」 そう伝えると、目をパチクリさせて、ん?何?と口を動かす彼女がいて、お父さん、どう言うこと?と聞いてきた。 「今、都築さんから連絡があって、水族園に車で送ったって。」 「え?お母さんを?じゃあ、雪穂と八起は?」 「一緒だ。はあ、困ったやつだ ...。」 あっ、と小さな声を上げる雪華。そして、にやりと笑うと、その作戦を俺に伝えてきた。 「ねえ、お父さん。お母さんさ、お父さんに連絡をしてこないって事は、きっと偶然に出会って、あらビックリね、とかいう作戦なんだと思う。」 「あ?ああ、確かにな ...何の連絡も無いからな。」 「だったらさ、こっちから先に見つけて、しばらく後ろからそれを眺めるって言うのは?どうかな?なんか、それ、チョー楽しそ!」 「いや、確かに面白そうだけど ...趣味悪りいな。」 は?と、途端に不機嫌そうな顔をする雪華。口を尖らせて、少し語気強めに俺に屁理屈を言い放ってくる。 「せっかくのデートを邪魔されるんだよ!それくらいの事、良いじゃん!私との約束は?どうなるの?ねえ、お父さん!なら、私のお願い聞いてよ、ね?ね?そうすれば、探偵ごっこみたいな楽しいデートの続きができるよ、きっと!」 「え?そ、そうか ...はあ、ったく。分かった。じゃあ、とりあえず ...どうするかな?」 雪乃たちは、公園の中にいることは確実だろう。とすると、もう水族園に入っているのか?それとも、まだ外の公園か?それによって、俺たちの作戦行動も変わるが ...さあて ...どうするかな ...。と、スマホを見て、ふと気づく。あ、ああ ...そうか ...それな。使えるんじゃないか? 「お父さん 。何か閃いたの?」 「ん?なんでだ?」 「だって、今、悪い顔したから。」 「わ、悪い顔って ...酷いな、それ。まあ、とりあえず、雪穂のキッズケータイのイマドコサーチを使おう。」 「おお!なるほど!あったま良い!」 スマホを取り出して、その操作をする。今すぐ検索を選択すると、しばらくして返答が来る。その地図を見ると、正門の前の辺りに、ユキホ、と書かれた点があった。俺はニヤリとしてしまい、そのまま雪華に呟いた。 「あれだな。文明の利器は使ってナンボだな。ビンゴだ。これから、ちょうど水族園に入る所。よし、それじゃあ ...エスカレーター下で待ってようか、な?」 「うん!何だろう ...ちょっとワクワクしてきたかも。」 「そ、そうか?俺は ...どっちかと言うと、バクバクもんだがな ...。」 正門からチケットを買ってガラスドームまで歩いてくる。それが2人の子連れとなると、それなりに時間がかかるだろう ...まして、お腹も大きくなってきて、大変なのに ...どうして、そんな心配をかけるのか ...そう思うと、少しだけイラッとした気分にもなってくる自分がいた。反面、そうまでしても一緒に行きたかったのか ...と、なぜに誘ってやらなかったのだろうか、と自分自身に腹が立つ自分もいた。 鮫の水槽前の端っこも端っこ。周りは暗いのもあって、相当注意していても気付くことは無いだろう。そんな場所におれと雪華は身を置いた。時折、振り返って見ると、色々な鮫たちが悠々と泳いでいるのが見える。ちょっと圧巻だ。クイクイ、っと、俺のジャケットの袖口が引かれる。雪華が小さな声で囁いてきた。体を屈め、耳を近づける俺。 「来た。お父さん。来たよ。あれ。」 雪華の指差す方向。そのエスカレーターを見ると、一目で雪乃が来たのが見えた。降りてくる瞬間に、チラッと白の細いボトムスを履いてるのが見える。それに、紺のノースリーブのトップス。黒くキレイな長い髪もはっきりと分かった ...シンプルだが、その1つ1つが調っていて、薄暗い中でも、とても人目を惹く。淡い水色のバーキンのバッグも、細い腕にあるピンクのスントも ...とても似合っていた。すると、エスカレーターを降りると、そこから頭しか見えなかった雪穂と八起も見える。こう見ると、雪穂は本当に雪乃そっくりだよな。セミロングの髪をサラサラと靡かせて、ピンクのショートパンツに白のパーカーの似合う事 ...。 「お父さん?お父さん!ねえ!」 「は、はいっ!」 「どうしたの?何か変な顔だよ。」 「う、うるさいな ...なあ、雪華?お母さんって、やっぱり可愛いなあ。」 「あのね、お父さん。デートしてる相手に、見かけた女性の事を、可愛いな、って言うのは、相当失礼だよ。」 「え?いや、ほら、お母さんだぞ?」 「それでも、ダメ。」 雪華に叱られて、シュンとなる。しかし、雪乃たちは待ってはくれない。その姿を追うと、雪乃はキョロキョロと見回しながら、パンフレットを手にして、まずは鮫の水槽を見ることにしたらしい。雪穂と八起を前に連れて行き、そのサメたちを見せてあげている。でも、雪乃は、そんな時でも、周りを見て、何かを探しているようだった ...と言うか、きっと、俺たちを探しているのだろう。 それから少し経つと、どうやら子供たちは満足したようで、雪乃の腕を引っ張って1階を目指し始めた。道は1本、順路も書いてある。それでも、様子を伺い、オドオドとしている。どんだけ不安なんだよ ...もう。見てるこっちが不安になるだろうが。 今すぐ、駆け寄って、手を繋いでやりたかった。が、雪華が、それは許しませんからね、と俺を見入ってきている。いやあ、もう、あなたも面倒くさい娘ですよね、っもう。 そこから、少し離れて、俺たちも、その人の流れに乗る。1階に到着し、太平洋やらインドやら、の世界の海のコーナーを、八起がきちんと1つ1つ見ていくので、思ったよりも時間が過ぎていく。と言うか、俺と雪華は、全然魚を見ていなかった。なんだ、それ、本末転倒だな、おい。 「雪華、あれだな。俺たち、魚を見なきゃダメだろ?」 「お、確かに ...良いところに気がつきましたね。お父さん。」 「はあ ...今日は一体何なんだろ?これ。」 その、カリブ海の水槽辺りから、人の歩みがゆっくりとなってくる。水族園目玉の、マグロが回游するドーナツ水槽が近付いてきてるからだろう。一時期大量死が取り沙汰されていたけど、今は元に戻り、驚くほど、マグロが泳ぐ、その水槽が遠くに見える。雪乃は、俺の大分前にいるが、その姿は見えていて、焦りはしなかった。こう見る限りでは、雪穂も八起も、きちんと言うことを聞いているようで、雪乃もそこまで困ったことは無いみたいだ。なんだかホッとする。 その人の流れを追い越すように1人の若い男が前へ前へと歩いていく。ん?なんだ?と、見ると、いきなり雪乃の肩を叩き出した。 「あっ?なんだあいつ?」 「え?誰?」 「いや、あの男だ。馴れ馴れしく話し掛けて。ちょっと、行ってく ...。」 「お、お父さん!慌てないで!落とし物、ほら!」 「は?」 良く見ると、その男は、八起の帽子を片手に持っていて、雪乃に何やら話した末に、それを手渡した。雪乃は何度も頭を下げている。こちらに戻ってくる際に、すれ違い様に、思わず、すいません、と俺も頭を下げた。 「ちょっと!お父さん!いきなり謝ってもちんぷんかんぷんだよ!」 「は!た、確かに!」 振り返ると、その、遠ざかりながらも、俺の方をチラチラと見てきている若い男の姿があった。頭からは沢山のクエスチョンマークが浮かんでいるのが見える。俺のバカバカ! 「はあ ...お父さんもさ、気を付けた方が良いよ。お母さんが絡むと、てんでダメになるじゃん。結局さ、お母さんもお父さんも一緒。あの時に私が止めなかったら、いきなりイチャモン付けに登場するだけで ...下手したら、喧嘩弱いのにいきなり手を出すぐらいありそうで、見てて怖い。」 「す、すまん。」 「あ!八起!」 その雪華の声で、水槽の方を見ると、こちらへ八起が走ってくるのが見えた。雪乃が、あ!と言った表情で手を伸ばすも、残念ながら捕まえられなかったようだ。 タタタタタッ、とこちらへ近づいてきた八起を、雪華が反射的に体ごと掴んで、くるん!と方向を変えた。 「こら!お母さんの所にいて!」 あ、それ、八起にお姉ちゃんがいる、ってバレるだろ?と、思いながら雪華を見ると、彼女もまた、しまった!と言う顔をしている。ああ、どうやら分かっているらしいな。 そんな事を思いながらも、方向を変えた八起は、何の疑問持たずに、そのまま雪乃の元へと走って行き、彼女に何かを聞かれ報告している ...と、雪乃が背伸びをして、こちらを見てきた。 「おっと!雪華!屈め!」 「え!う、うん。」 2人して、少しだけ屈み、前に並ぶ人の背中に隠れる。何となく後ろから視線を感じて、チラ見すれば、俺たちの次に並ぶ、高校生くらいのカップルが訝しめな視線を送ってきていた。小声で、何?親子?てか、娘、めちゃ可愛い、とかって ...聞こえてる聞こえてる。小声の方が余計に聞こえるから。そこ、注意な。 「って、お父さん。別に隠れる必要は ...。」 「は?探偵デートを希望したのはどなたかな?なあ、雪華さんよう。」 「あ、そう言うことね。なんだ、お父さんも、意外とノリノリじゃん。良かった!」 「ばあか。こう見えても、心はチクチクと痛んでる。」 こちらを見ていた雪乃たちは、その大きな水槽を大分近くで見れるようになっていて、3人並んで、その美しい水中の景色を見入っている。雪穂は、小刻みにジャンプしながら、何かを指差して、雪乃に話し掛けている。八起は八起で、泳ぐ魚たちを指差しては、今にも駆け出してしまいそうに見える。肝心の雪乃は、少し疲れているのが見て取れた。表情は見えないけれど、長い付き合いだ、それくらいは ...俺だって分かる。それから、そのまま、アクアシアターへと入って行く3人 ...あともう少しで、水槽の真ん前という所まで来ている。 そろそろ ...傍に行ってやりたいな。時間が経過して、そう思えるようになっていた。あんなに、頑張ってるんだ。やはり、傍で助けてやりたい。そんな風に思うのだ。 より近くなった水槽の青い光越しのシルエットで、少しだけお腹を擦る雪乃が見えた。赤ちゃん、大丈夫か ...。と、彼女は、そこでキョロキョロと辺りを見回すと、雪穂と八起を水槽の真ん前に残して、後ろの階段上のベンチを目指して歩き始めた。ちょうど中間くらいの、通路側に座るのが見えた。頭を項垂れさせて、それでも視線は子供たちを向いているはずだ。 「雪華。すまん。もう、迎えに行こう。お父さん、お母さんが心配だ。」 「だよね。もうそろそろ、きっとそう言うだろうなあ、って思ってたんだ。それでこそ、お父さんだもの。」 その時に、スマホが、ブルッ、とした。見ると、雪乃からの着信だ。どうやら、ワンコールをして来たらしい ...いや、違うな、きっと。そのベンチを見ると、仄かに光るスマホを、両手で持ち、その明かりでしっとりと顔が照らし出される雪乃が見えた。きっと、我慢しきれずに1度電話を掛けたのだろう。そして、すぐに切ったのだ。まだ素直になれないのか ...その着信を伝える画面が、今の俺と雪乃には、とても切なく思えた。 「雪華 ...このデートの穴埋めは、いつか必ずするから。さ、行くぞ。雪華は、雪穂たちの事、頼んだぞ。」 「本当にお母さんに甘いんだから ...そもそも、お母さんだって、もっと素直に ...。」 俺は、雪華の前に体を屈めて、彼女の視線と同じ高さになる。そして、シーッと、自分の口に人差し指を立てた。 「雪華。言いたいことは分かるぞ。でもな、大人になればなるほど ...人ってのは素直になれねえんだ。きっといつか、それが分かる。だから、ごめんな。」 「本当にさ ...大人って、面倒臭いね。」 「あん?それが分かれば、雪華?もうお前も十分大人って事だ。」 そう言うと、雪華は、はぁ、と1つ溜め息をついてから、分かったよ、とニコリと笑い、雪穂と八起のところへと駆け寄っていく。俺は、その後を追うと、雪乃の座るベンチの横に、通路側から並んだ。水槽の前で、雪華が雪穂を後ろから抱き締めると、それを見ていた雪乃が、体をピクリ、と動かして立ち上がろうとする、も ...どうやら雪華だと気づいて、全てを理解したらしい。ゆっくりと、またベンチに座った。その時の顔は、暗くて良くは見えないが、多分微笑んでいる。それでも、どうやら俺には気づいていないらしい。 俺は右手で、優しく雪乃の頭に触れて、そして、その黒髪を撫でながら、ゆっくりと肩を抱いた。最初は、ビクン!と体を震わせたが、それから、彼女は、その左手で、肩にある俺の右手を掴んでくる。その彼女の手は、何度も何度も、俺の手を確認するみたいに触ってきて、最後に指と指を絡めてきた。俺は、その通路沿いの鉄の手すりに体を預けて、水槽を見ている雪乃に話し掛けた。 「一緒に帰るぞ。」 「ばか ...。」 「強情っぱり。」 「ばかばか ...。」 「頑固者。」 「いじわる ...でも、愛してるんだから ...。」 「ん?そんなの ...知ってるって。」 やっぱり暗くて、その表情は見えないけど、雪乃は、ちょっと泣いていた。頬を伝う一筋の線を、その青い光がキラリとして見せていた。左手で、頬に触れながら、その滴を拭う。と、今度は、その手も、彼女の右手に掴まれる。 「いてて!お、おい!手すり!手すりがあるだろ!関節が変な方向に ...。痛っ!」 そんな俺を見て、クスクスと笑う雪乃。 「なあ、雪乃。まだ拗ねてるのか?」 「ふふ、そうね。まだ拗ねてるわよ。誘ってくれなかったんですもの ...でも、こうやって、迎えに来てくれたから ...もう止めようかしら?」 「そうだな、そうした方が良いな。そう言えば、お腹、大丈夫か?擦ってたろ?」 「え?ええ、そうね。なあに?見てたの?」 「あ?ああ、さっきな。チラッと。」 「そう。ふふ。でも、今はもう大丈夫。何でもないわ。ねえ、いつから、見ていたのかしら?」 「ええと、それは ...あれだ。入館した時から ...かな?」 「あ、呆れた ...では、ずっと、後ろにいたのね。それじゃ、やっぱりさっきの八起が脱走したのを、こっちへ戻してくれたのは雪華だったんだわ。八起が、雪華お姉ちゃんがいたとか、何とかって ...。」 「まあ、そうだな。そう言う事だ。」 「はあ ...何がそう言う事なのかしらね。まあ、良いわ。ねえ、なんか、ホッとしたら、お腹が空いてきたのだけれど ...。しおだまりで、八起を遊ばせたら、皆でご飯にしましょう?どうかしら?」 「ああ、それで、構わない。」 「私、マグロカツカレーにしようかしら?あれ、地味に美味しいのよね。ふふ。」 そんな会話をしながら、ベンチから立ち上がり、雪乃は水槽前の子供たちを呼びに行く。しおだまりで、遊びましょうね、と言うと、わあい!と、大きな荷物を手に持ったままの雪華を先頭に、3人は人の間を縫うようにして走り出した。 「あ、こら!」 「おい!こら!って、行っちまった。とりあえずは、雪華がいるから。あと ...ほら。」 俺は、その人混みの中で、割りと混雑していない場所を見つけて、そこで立ち止まると、その小さな紙袋を彼女に渡す。 「全く、お土産の意味が無くなっちまったな。」 「え?あら、なあに?これ?」 そこから、雪乃は、その青いシュシュの入った小さなビニール袋を摘まみ出した。それを水槽の光に翳すと、あら可愛いわね、と微笑みながら、そう俺に言ってくれる。カサカサと音を立て、そのビニール袋からシュシュを出す。バッグを俺に預けてくると、その場で、馴れた手先を使い、そのシュシュでサイドテールを纏めて作り上げて行く。それは、見ていると、ちょっとドキドキして、思わず見惚れてしまうくらいに可愛い仕草だった。 「どうかしら?」 「え?ど、どう?って ...可愛い。めちゃめちゃ可愛い。」 「そ、そう ...。」 雪乃は、照れてしまったみたいで、俺から鞄を引ったくるように取ると、そのままスタスタ、と俺の前を歩き始めた。 だが、俺は、そんな雪乃を呼び止める。 「雪乃!」 彼女は、スッ、と立ち止まり、こちらをゆっくりと振り返ってくる。戯けた感じで、バッグを両手で持ってストンと下にぶら下げている。そして、少しだけ首を傾げている。すると、サイドテールがキレイに肩へと流れるのだ。 本当に、とっても可愛いかった。 「え?八幡、どうしたの?」 「そっち、壁。」 「ば、ばか!そう言うことは、もっと早く言いなさいよ!」 そう言うと、プイッ!と体を翻して、ぷりぷりと怒りながら、こちらの方へと戻って来る。すぐに迷子になるんだから ...困ったもんだな。まあ、それならそれで ...俺が案内してやるしかないのだけれど。 すれ違い様に、話し掛けながら、俺に手を繋いできた。 「さあ、八幡。」 「え?なんだ?」 「は、早く ...連れていきなさい。」 「あ?ああ ...ふう。ったく、しゃあねえな ...。」 「ふふ。」 この先、一生、道先案内を引き受けてやらねばな ...。まったくもう ...。困った迷子さんだ。 「そう言えば、車 ...変な音なんてしなかったぞ。」 「え?ふふ。そうね。もともと、そんな音してなかったもの。」 「は?なんだそれ?」 「だって ...水族園の帰りは、広い車の方が良いな、って。」 あ?あ、ああ!そう言う事か!そんな前から、既に一緒に帰る事を計画してた訳?本当に。大したもんだ。 「はぁ ...敵わんな、雪乃には。負けた負けた、俺の負け。」 「あら、随分と、あっさり引き下がるわね。どうしたの?」 「ん?そうだな。こんな美人と見て回れるんだから、役得くらいに思わないとな、って。」 「び、美人だなんて ...。いきなり何を言うのかしら ...は、恥ずかしいわね。そんなお世辞を言われても、許さないわよ。ええ、許しませんとも。」 「そうか?でもな、本当に ...端から見たら、ものすごくキレイで ...惚れ直した。俺は、正直、やっぱり ...タイプって言うか ...。」 そこまで言うと、さすがの雪乃も、デレデレになってしまったみたいで、二の句が継げないのか、黙りこくってしまった。すると、袖口をクイクイッ、と引っ張ってきて、俺に身を屈ませるように求めてくる。そんな彼女の要求のままにすると、雪乃が、俺の耳元で、そっと囁いてきた。 「今日は、許してあげるわ。」 そう言うと、頬に軽いキスをくれる。えっ?と、その顔を見ると、暗いのに真っ赤なのが不思議と見てとれたのだ。それは、何だかとても不思議な気持ちだった。と、照れ隠しからか腕組をしてきて、いきなり歩き始める雪乃。 俺はバランスを崩し、横を通り過ぎる人に肩を掠めてしまう。あ、すいません、と見ると、大分前に見たことのある高校生カップルだった。 「え?お母さん?やばいくらい美人じゃん。」 通りすぎてから、そう話しているのが聞こえた。だから!聞こえてるって!とは言え、悪い気はしなかった。ただし、雪乃は、そう言われて、なぜか戸惑っている。 「し、失礼よね。いきなり、知らない人に対して ...。」 「そうか?良いんじゃないか?美人なんだから。」 「え?」 「いや、だから。美人なんだから、美人って言われても、良いんじゃないか?って。」 腕を組む力が、ちょっぴり、キュッ、となる。 「ねえ?今日の八幡は、何だかとっても優しいのね。ふふ。楽しいわ、水族園。」 まあ、あんだけ拗ねさせたからな ...悪いと思ってるし。だから、今日はこれから ...もっと優しく、言うことも聞いて、楽しい1日にしてやるさ。 「さあて、雪華たちを探そうか?」 「そうね。そして、早くレストランに行きましょう。お腹が空いて、もうペコペコよ。」 人混みの中を、2人で並んで歩く。あと少しで、外に出る。そこからは明るい光が差し込んでいた。その光を浴びて、可愛い雪乃の笑顔が見えるのだった。 曇った天気も、俺の気持ちも、パアッ、と、よく晴れ渡ってくれた、そんな清々しい1日だった。 [newpage] [chapter:16.やりすぎ嫉妬ノ下さん。] そろそろ、月末、と言うタイミング。色々と細かな仕事が残っていて、なんやかやと忙しい事務局。 やらなきゃいけない仕事は沢山ある。にも関わらず、俺は 毎日毎日、一色の相手で疲れていた。子守か?子守なのか?子守だろ?朝の時間はとても貴重 ...にも関わらず、今だって、そうだ。本当に、この子、意外と出来ちゃうから、結構大変なのよね。 俺が座る机の前には、亜麻色の髪を揺らしながら、淡いピンクのミニスカートのスーツを着て、俺にクレームを入れてきている一色いろはがいる。ちなみに、ミニスカートを履いてる日は、県庁へ行く日だ。使えるものは全て使う。それが、一色の哲学であり美学である。可愛さを武器にできるのは可愛い人だけですから、って、さらりと言えちゃうからな。仕舞いには、せっかくの美貌を仕事に役立て無い雪ノ下先輩は、何も分かってないし勿体無いです、だって。ふん、余計なお世話だ。片腹痛い。 「何度も言わすな。こんなの、俺が認めん。」 「は?どうしてですか?必要だから、月星使ったんです。それがどうしてダメなんですか?」 「当たり前だ。ものには価値があるだろ?月星には月星の価値がある。たかが、県庁の小役人を手懐ける程度の事に月星を使うな。ハードルを下げれば価値は下がる。大衆化イコール価値の下落だ。はっきり言って、そんな程度の取引の為に月星は使わせない。びっくりドンキー ...いや、ビッグボーイで十分だ。この話をこれ以上すると、しまいにゃマックまで下げるぞ。良いのか?それでも?」 「はあ?全くもって納得してませんけど。良いですか、先輩。その小役人が将来の副知事になるんです。行政畑のエキスパートを味方につけないで、議員上がりの知事がどこまでできると思います?だからこそ、ですよ。違います?ねえ、先輩。」 「ああ、違うな。では、こう聞こうか?小役人のうちから料亭に通う。じゃあ、局長になったら?副知事になったら?そんな階級毎に、イチイチ料亭のランクまで変えられねえだろうが。見方を変えろ。良いか?一色?お前が連れて行くんだ。その可愛さと美貌と、エスプリの効いた知的な会話も可能なお前が、だぞ。そうすりゃ、どんな所も桃源郷だろ?違うか?飯を食うところのランクなんて気にするな。岩井さんはともかく、一色は、飯に誘うだけでも十分、みんな喜ぶだろうよ。だから、モスバーガーにしろ。月星は使うな。はい、おしまい。今日のご利用ありがとうございました、てなもんだ。」 その言葉で、俺はこの話を終わらせた。見ると、一色は、なぜか顔を赤らめて、デレた顔をして俺を見てきていた。 「は?なんだ?具合悪りいのか?」 「え!い、いえ ...も、もしかして、先輩、今、私の事、誉めてました?」 「あん?まあ、そうだな。貶しちゃいねえな。」 「 そ、そうですか......はっ!今、もしかして、私を叱ってしょんぼりさせたように見せかけて、実は私の事を誉めてくれて、何だかんだ言ってお前の事を良く見てるぞ俺アピールして、私に意識させたのち口説くつもりでしたか? その作戦には見習うところが多くて今度使わせてもらおうと思いますけど、今先輩と不倫しちゃうと色々面倒くさくて大変なので無理ですごめんなさい。」 「なんだそれ ...長くてウザイくらいある。あ、そうだ。お前、また、先輩って呼んだぞ。しかも、3回?いや、4回な。ほら、これに金入れろ。」 俺は、机の引き出しから小さな貯金箱を出す。そこには、一色が、人前で俺を先輩と呼ぶ度に100円が入れられて行くのだった。本当に、直らねえな、それ。 チャリンチャリンチャリンチャリン、と律儀に、100円を入れる一色。もう!と、呟くと、あざとく頬を膨らませている。その一色の肩越しに、事務局のドアが開くのが見えた。陽乃さんと秘書の岩井さんが、井上首席秘書との打ち合わせを終わらせて戻ってきたみたいだ。すると、岩井さんが一色を呼んできた。 「おーい、一色。何してたんだよ。待ってたのに。ほら、打ち合わせするから、ルーム1に来い。」 そう言いながら、そのノリスケさんは、自分の愛しのワイフ ...そう、美人巨乳看板娘の須藤さんへ、小さく手を振ると、彼女もまた、小さく手を振り返していた。ったく。ラブラブにも限度が ...って、あまり人の事を言える口では無いか ...。 「岩井さん!聞いてくださいよ!先輩 ...じゃないや、事務局長が私の事を苛めてくるんですよ!」 「おい!お前、良い加減な事言うな!」 はいはい、と手をヒラヒラさせながら受付の前を素通りしていく岩井さん。に対して、ニヤニヤして、こちらを見てくる雪ノ下先生こと、陽乃さん。立ち止まると、腕組みして、案の定いらん事を言ってくるお姉さんだ。 「あらあら~!ねえ、八幡。そんな夫婦漫才的な事ばっかりしてたら、そろそろ雪乃ちゃんに刺されるわよ。知ってる?壁に耳あり、障子に目あり、ってね。」 障子にメアリー ...何だか金髪ブロンドの家政婦さんが覗き見している絵を想像する俺がいた。と、その言葉に、ピクン!と体を反応させる人間が見える。岩田さんと須藤さん。その雪乃の忠実なる諜報部隊のお2人さんだ。なるほど、自覚はある訳だ ...ふうん。それを見て何となく面白くなる俺がいた。 「大丈夫です。俺は雪乃以外に興味ありませんからご安心を ...。ほら、一色、早く行け。」 シッシッ、と彼女を追い払うと、そのミニスカートの裾をヒラヒラと揺らしながら、陽乃先生、お疲れ様です!と、駆け寄る一色。その後ろ姿を目で追いつつ、やっと自分の仕事に戻れる事に安堵する。ふう、何時だ?は?もう10時半って ...。 「局長!聞いてますか?私の話!」 眼鏡を取り、鼻の上の辺りをギュッギュッ、と摘んでいると、一色と入れ替わりで、岩田さんが机の前には立っていた。 「あ、すまん。ちょっと心が遠くに行っていた。」 「局長、大丈夫ですか?一色さんが来てから、何だか疲れてるように見えますけど。と言うか、あの、一色さんの、もしかして、から、ごめんなさい、のやり取りは何なんですかね?毎回必ずあるので、少しウンザリなんですよね。」 「ああ、あれな ...なんだ、その、一色のお遊びみたいなもんだ。高校時代から必ず言わてれるからな ...。俺はあいつに何千回と一方的にフラれている。」 はあ ...と、半ば呆れ顔で俺をジトッと見てくる岩田さん。気づけば、須藤さんまでもが、こちらを振り返って見てきていて、新入社員の大谷さんは微妙に聞き耳を立てていた。ちょっと、あなたたち、仕事しなさい、仕事。 「完全に遊ばれてますね、間違いなく。局長が毅然とした態度で接しないからダメなんですよ!局長が悪いんですからね!」 「そ、そうか。す、すまん。で、なんだ?どうした?判子か?ほらほら、死ぬほど捺してやるぞ。」 「違いますよ。ええと、専務がお呼びです。役員室に来てくれとの事でした。」 「え?専務が?なんだ?なぜゆえ携帯に ...。」 と、ホットラインのガラケーをスーツの内ポケットから探り取る。見ると、着信のお知らせランプが光っていて、開けば着信が7件だ。やばっ ...うわあ、全部お母さんだ ...。どうやらサイレントマナーモードになっていて気づかなかったみたい。 「くっ、電話来てた ...ちょ、ちょっと行ってくる。」 「いってらっしゃいませ。局長 ...ご無事で。」 そう頭を下げてくる岩田さんと須藤さん。俺は席から立つと、ホワイトボードに役員室、と記入して事務局を出た。ふと、岩田さんの言葉を反芻する。ご無事で ...。ん?ご無事で、って、なんだそれ?最前線に送り出される兵士じゃあるまいし ...。 後ろを振り返り、閉まろうとしているドアの隙間から事務局を見ると、ニヤニヤと笑う総務3人娘が見える。その光景に、何だか胸騒ぎを覚えるのだった。 ........................ 14階の役員室。その社長室と同じ、大きなオークウッドのドアを、セキュリティを解除して入ると、中は、真ん中の通路を挟んで2つずつの小部屋になっていて、全部で4室ある。その、一番奥の左側の部屋が専務の部屋で、手っ取り早く言えば、お母さんの執務室だ。ちなみに、そこだけ、社長室とは、もう1つのドアで繋がっていて、そのセキュリティコードはお母さんとお父さんしか知らない。 俺は、そのドアの前まで来て、ノックをしようとすると、何やら中からは口論めいた雰囲気がする。勿論、そこは防音がしっかりしているので、その音はほとんど聞こえない。ただ、何となく、その気配のようなものがあった。ん?と、思いながらも、トントンとノックして、セキュリティコードを入力して、その部屋に入る。 「遅くなってすいません。失礼しま ...。は?」 その10畳ほどの部屋の中に、頭を下げつつ半身を入れると、そこには、黒に薄いグレーのストライプが入ったパンツスーツを着こなし、いつものポニーテールな雪乃がいて、彼女は、立派な机に座り、仕事をこなしていただろう、そのお母さんの前に突っ立っている。 「ほら、来たわよ。あなたの愛しの旦那様が ...八幡、早くお入りなさい。そして、そこに座って。」 ベージュのスーツに、珍しく、長くて真っ直ぐな黒髪を全て下ろしているお母さんが、俺に、すぐ手前のミーティング用の机を指差してくる。 「お母さん、どうかしましたか?と言うか、雪乃は?なんだ?」 俺は、頭の中が疑問だらけだった。聞きたいことは山ほどあったが、まあ、とりあえずはお母さんの言う通りにしておこう。そう思うや否や、スッ、と、その椅子を引いて、そこに座ることにした。それを見届け、お母さんが俺へと話し掛けてくる。そして、雪乃は、お母さんと同じ向きで、その机の手前の椅子に座り、俺の事を睨んで見てきている。 「八幡。なぜ呼ばれたか分かる?心当たりは?」 「え?心当たり ...ですか?さあ ...特に無いかと ...。」 そう言うと、ふふ、と笑い、ですって、と雪乃に話を振った。 「お母さん!だから、八幡は自覚が無いって、さっき言ったでしょ!もう ...そこを何とかして欲しいのよ ...。」 「雪乃 ...あなたたちの痴話喧嘩に付き合ってる程、私は暇じゃないのよ。早く帰って欲しいわね。」 「あの ...お母さんも雪乃も ...話が全然見えないのですが ...。」 はあ、八幡も八幡ね。そう、溜め息と一緒に呟く。そして、やってられないわ、と言わんばかりに、その核心を話してきた。 「あのね、八幡。雪乃が、八幡の事を好き過ぎて、いろはとあなたが、同じ事務局にいるのが我慢できないそうなのよ。だから、何とかして欲しいって ...それはそれは、えらい剣幕で。いやあね、もう。」 「お、お母さん!は、八幡の前で、そ、そんな風に言わなくても!」 「あら?違うの?そういう事でしょ?」 ま、まあ ...確かに、そうだけれども ...。と、顔を俯かせると、顔を真っ赤にしてモジモジし出す彼女がいた。だが、雪乃は、すぐに何かを思い出したらしく、唇をキュッ!と噛んで、また、その話を始めた。 「で、でも!最近の一色さんは、八幡にベタベタし過ぎなのよ!色々な人の話を聞くと、事務局での2人は、かなり度を越していますから!お互いに触れ合えるくらいに近付いて、仲良さげにずっと話をしている、って!有名な話なのよ!」 「あら、雪乃。それなら、八幡だって悪いじゃないの。違う?」 「は、八幡も ...た、確かに悪いわ。で、でも、それ以上に、一色さんが八幡に色目を使っているのが問題なの!お母さん ...お願いだから、何とかして下さい。ね、お願いよ。」 ええと ...なんすかね?これ。嫉妬ノ下さんがスクランブル発動してますけど、はて、何でだ?言う程、一色とは何も無いが ...気になるのはあれだな。色々な人、って所だ。それは、間違いなく、あの2人だろう。そう、雪乃の腹心の、あの2人。あいつらの一色嫌いにもほとほと困っちゃうな、もう ...。 ジトッと、こちらを見射ってくるお母さん。その目が怖い。俺、やってなくても、やった、って自供しちゃいそうくらいあるぞ ...。無意識に、はぁ、と溜め息が出てしまう。 「はぁ、って、八幡。溜め息ついてる場合じゃなくてよ。ねえ、雪乃。私は、聞いたわよね?いろは、を陽乃の秘書に、お試しで着けて良いか?って。そうしたら、大丈夫よ、って、あなた、自分で答えたのよ?それを今さら ...契約書があれば契約不履行じゃないの。違う?」 「そ、それは ...確かにそうだけれど ...。」 「困った子ね。あなたはどうして八幡が絡むと ...と言うか、八幡?雪乃の言っていることは?心当たりあるの?本当の事を仰い。」 しばらく放置されていたので、何も考えずに、ヌボウッと、その2人のやり取りを見ていた俺。急に話を振られて、ちょっとばかり、あたふた、としてしまった。それがまた悪循環を生むのだ。 「は?へ?お、俺、ですか?心当たり ...い、いえ、無いですね。全くありませんね。ええ、微塵も。」 「雪乃。八幡は、ああ言ってますけど?まあ、確かに少しオドオドしているのが気になるけど。」 「そうでしょ!お母さん!やっぱり、八幡も何だか怪しいわ。それに、この間、用事があって事務局に行ったら、2人、隙間が無いくらいにピタッ、て体を寄せて、わざわざ八幡の机でノートPC並べて仕事をしているのよ ...もう私、そういうの耐えられないの ...。」 「お、おいおい!雪乃!それはあれだ。一色が、県内の学力テスト結果のデータを作るのに、検索基準が多すぎるからaccessでデータを加工する相談に乗っていただけだ。って、ねえ、聞いてるの?」 そう真実を届けたつもりでも、残念ながら ...いや、案の定と言うべきか、雪乃は顔を真っ赤にして怒っている。ああ、これ、あれだな ...あと少ししたら泣き出すパターンだ。俺は目を細めて、雪乃を見てみる。すると、やはり、うっすらと目には泪が溜まり始めていた。や、やばいぞ、これ。と、どうしようか、と悩んでいる矢先、お母さんが、いきなり斬り込んできて、この話に王手を掛け始めるのだ。 「そうね。何か、証拠があれば ...分かったわ。雪乃?今度私が、事務局で八幡といろはの様子を ...。」 「お母さん。証拠なら ...あります。」 「は?」 「へ?」 目をキョトンとさせて、俺とお母さんは、互いに目を合わすと、パチクリパチクリとさせる。 「あら、ふふ、どんな証拠なの?面白いわね。見てみようかしら?」 すると、雪乃は、机の上に置いてあった自分のノートPCと、その部屋の壁際にある液晶テレビを、ケーブルで繋ぎ、その影像を流し始めた。画面には、俺と俺の座る机が見え、そこには淡いブルーのパンツスーツの一色も映る。ん?何だ?なんでこんな映像が?ううん ...は!この角度からすると ...す、須藤さんのデスクトップPCだ。た、確かに彼女のPCには、小さいカメラが付いていたような気がする。つい最近それに気付いたが、大分前に依頼をしたSkypeで使うwebカメラのテストだと思っていた ...。いや、ほら、陽乃さんが、気軽に全国の議員とテレビ会議的な事をしたいとか何とかって言うから。クッ!まさか、盗撮までするとは!いくらなんでも、やり過ぎだろう! 俺は、さすがに怒り心頭で、今にも堪忍袋の紐を緩めそうになっていた。ちなみに、いつのだ?あれ?この俺のスーツ、昨日だな。しかも、右下の表示されている時間を見ると、19:45。あ、ちょっと残って仕事してたら、一色も残ってて、ちょうど事務局に2人きりになった時のだ、きっと ...。俺は、意を決して、雪乃を叱ろうと思い、立ち上がろうとすると ...先に、お母さんが口を開いた。 「あなた、まさか、これ、盗撮じゃないの?」 おお!そうです!そうです!お母さん!それは、さすがにまずいでしょ!ガツンと言ってやって下さい!ガツンと! 「雪乃!あなた、いつからこんな卑怯な事を ...。」 「ひ、卑怯って ...お、お母さん。わ、私は、その ...ご、ごめんなさ ...。」 「良いわね。こういうやり方、私は嫌いじゃないわ。雪乃 ...あなたも大分狡猾になってきたわね。良いわ、良いわよ。成長してきた、って事ね。ほら、見てみましょう。ふふ、楽しみね。ねえ、八幡?あなたの素の態度、しっかり見せてもらいますからね。」 って、おい!絶賛かよ!大絶賛かよ!全く ...とんでもない親子だ。ちなみに、雪乃は、誉められたのが嬉しかったみたいで、ふふ、と笑いながらデレている。いや、あなた、そこ、デレポイントじゃありませんから。普通に犯罪です、犯罪。 画面には、相も変わらずの2人のやり取りの姿が映し出されていて、雪乃はテレビのボリュームを上げる。しばらくは何も ...その期待するイベントが無いので、早送りされる、その盗撮映像。って、どうやら、雪乃も初めて見るみたいで、特に何も無いわね、と苛立ちながら呟いた。は?雪乃はどうしたいの?無きゃ無いで、それだし ...あったらあったで、俺、この部屋を生きては帰れないでしょ? そんな中、テレビの中の一色が、俺の隣に椅子を持ってきて並べると、体をくっ付けて会話をスタートしたみたいだ。髪を揺らして、えへへ、と笑いながら近づいていく一色の姿が鮮明に映っている。え?ん?会話?何それ!マイク!マイクも設置済みか!しかも、クリアな音質で聞き取りやすいね、って!どんだけ高性能のやつ!雪乃 ...半端なく怖いんですけど。それ、既にヤンデレの域じゃねえのか? (先輩~!この間頼んだ、新しいiPadプロ、いつ買ってくれるんですか?) (買わん買わん。自分で買え。) (え!ええ!えええええ!) (う、うるせえな。お前、良い給料貰ってるだろ?知ってるぞ、お母さんから別に給料貰ってるの。しかも、普通に弁護士事務所の役員してるじゃねえか。岩井さんよりも何倍と年収良いんだぞ。だから自分で買え!) (ええ~。そんな~。車買ったからお金無いんですよ。) (は?去年買ったばかりだろ?911の4Sタルガ。) (はい。それはそれで。今回は、お買い物用にマカンを買ったんです。) (買ったんですって ...いらんだろ?) (ああ、あと、房総に別荘買ったじゃないですか!マカンの方が似合うかな?って。えへへ。) (は?別荘も買った?それも知らん。マンションもあって別荘も買って、随分と高額納税者だな。大したもんだ、一色さん。) (あ?別荘に興味あります?先輩?) (いかんいかん。) (は?誰も誘ってませんけど。) ああ、このやり取り、覚えてるわ。昨日だものな ...。そんな事を思いながら見ていると、その一色が、急に俺の顔の真ん前に、その顔を差し込んでくる。確か、眼鏡が汚れてますよ、と指摘してきたはずだ。しかし、あれだな ...この方向から見ると、何だか ...俺と一色がキスしてるみたいに見える。テレビの中の事務局では、一色の亜麻色の後頭部だけが見えていて、しばらく微動だにしない。しかも、一色の吐息が ...あれだ ...小さく、ふぅふぅと聞こえてきて ...何だか、キス、してるみたいに ...。 ピッ!と、静止コマンドが指示されて、テレビの中では永遠に止まる、この映像。 「ほっ、ほらっ!キスしてるじゃないの!」 「ば、ばっか!するはずねえだろうが!」 「で、でも!」 俺は、椅子から立ち上がると、そのノートPCを俺の方に向け、パッドを操作して映像の続きを再生した。 「良いか?よく聞け。真実が分かるはずだから。耳をすませよ。」 (先輩~。眼鏡が超汚いんですけど。昼寝でもしました?) (はあ ...あのな、忙がしいんだ。するはず無いだろうが、ったく。) その会話部分を確認して、俺は雪乃を見た。すると、彼女は目があった瞬間に、プイッ、と横を向いて、俺の話は基本聞きませんから、みたいなオーラを出してくる。 雪乃が、自分のノートPCを、また彼女の方へ向けると、声が聞こえるように倍速再生をしだした。チャップリンのトーキー映画のように、小まめにリズミカルに動く2人がいて、早口で良くは聞こえないが仕事の話をしている事は何となく分かる。雪乃は、その会話に意識を集中させて、何か良からぬ事は起きていないか?をチェックしていた。そんな彼女の肩越しには、ニヤニヤしているお母さんがいて、何か起きやしないか?と、どう見ても期待しているようにしか見えなかった。 ふと思い、俺は昨日の会話を思い出していた。誤解を生むような事は話していないはずだ。一色と男女の関係にあるような事も、お母さんたちや雪ノ下家や雪ノ下グループの事も。体制を批判するような話も一切していない。なんだ、大丈夫みたいだな。と、少し安心する俺がいた。 「あっ!今の会話!おかしくないかしら!」 「え?今の?何?何なの?怖いんですけど、俺。」 慌てて、巻き戻す雪乃がいて、俺は不安になって、少し体を前のめりにした。お母さんは ...ちょっと、ワクワクし過ぎでしょ!目がキランキランしてますけど! 「ほ、ほら、ここ!良い?八幡!良く聞いてなさい!」 相も変わらず、俺の隣に並んで座っている一色が、いきなり俺の方を向いて、その質問をする。 (先輩?今、私たちって、ここで2人きりです。) (そうだな。だからどうした?) (私のこと、襲ったりしようとか、思いませんか?) (お前、実はバカなのか?無いな。全く無い。) (ほらほら!この、ちょっと大きめで柔らかそうなおっぱいに触りたいとか、ありません?) (無い。良い加減にしないと、セクハラホットラインに電話するぞ?良いから黙ってろ。) (痩せ我慢は体に良くないですよ ...って、せ、先輩!何で耳栓、机から出してるんですか!) (いや、あまりに一色が煩いので ...それと、俺、今は巨乳とか興味ねえから。) (は?今は?じゃ、じゃあ、昔は ...私をそういう目で!さすがに気持ち悪いのでごめんなさい。) (いや、見てませんからね。) は?こんな会話 ...したんだな、きっと。仕事に集中して上の空で話してたから、多分無意識だったんだろうけど、まあ断ってるから問題ないだろ。そう楽観して雪乃を見ると、顔を真っ赤にして、息を荒く、俺を見てきていた。その目は怒りに燃えて、俺を突き刺すように睨んできている。半端ないぞ。殺されるくらいの勢いだ。 「あ?え?ゆ、雪乃さん?どうかしましたか?特に問題はありませんが ...。」 「ど、どこが!も、問題だらけよ!完全に口説かれてるじゃないの!」 「だ、だが、きちんと断った ...。」 「今回は断っていても、毎日言われてたら、いつか、八幡が一色さんを襲う可能性が無い訳では無いわ ...もう嫌よ ...こんなの見たら心配で ...もう嫌ったら嫌なの!」 そう叫ぶと、机に突っ伏して泣き始める彼女がいて、俺は席を立って、そんな彼女の傍に行く。すると、お母さんが後ろから静かに話しかけてきた。振り返ってお母さんを見ると、呆れた顔で、机に肘をついて立て、そこに、その小さな顔を乗せている。 「はあ ...どうせ、八幡の事だから、何もないのでしょ?そんなに心配しなくても大丈夫よ。雪乃ったら ...。いちいちオーバーなのだから ...。」 そう言うと、目で、ほら、あなた何とかなさい、と、ちらりと雪乃を見る素振りをして、その後始末を俺に託してきた。画面を見ると、その俺と一色は一切会話をせずに、ただただ尺だけが回っていく。それを見て、俺は思い出した。 「あ ...ん!」 そう思わず声に出してしまうが、泣いている雪乃には聞こえてはいまい。慌てて、そのノートPCに触り、停止を指示しようとすると、ガシッ!と、その右手が掴まれた。その、細くて柔らかくて、ほんのり冷たい手 ...雪乃の手だった。 「あら、どうしたのかしら?何だか急に慌てふためいたみたいだけれども ...。」 「な、何でもない。それより、泣いていたんじゃないのか?ほら、もう良いだろ?止めろ、それ。」 顎でしゃくり、そのテレビの画面を指すと、ふふ、何やら怪しいわね、いいえ、続けましょう。と、上から目線で俺にそう伝えてくる。 しばらくすると、一色がまた会話をスタートさせる。それは、正直 ...雪乃とお母さんには聞かれたくない。なので、最後の抵抗を試みる俺。 「あ!お!な、なんだ!ノートPCの調子が!」 大きな声を上げながら、そのノートPCを持ち上げ前後左右に振り振りしてエラーを起こそうと頑張る俺。 バシンッ!雪乃が俺の頭を平手で打ってきた。痛っ!痛っ!だから、それ、痛いんだってば! 「こ、壊れちゃうじゃないの!何をするつもりかしら?何?そこまでして見せたくないの?ま、まさか、八幡 ...こ、これは意地でも見なくてはいけないようね。」 「あ ...ああ、とほほ。」 ガックリと肩を落とし、その雪乃の隣の椅子に腰を下ろす俺がいて、画面を目を細めて食い入るように見る雪乃。後ろからはお母さんの冷ややかな視線も感じる。そして、ついに、その声は聞こえてきた。 (先輩って、雪ノ下先輩のどこが好きなんですか?) (はあ ...仕事させろ。うるさいぞ。) (教えてくれたら静かにします、って。ね、せーんぱい。) (ったく。そうだな、世界一可愛いところ。) (はあ ...まあ、確かに可愛いのは認めますけど。でも、可愛いなら、私とか由比ヶ浜先輩とかだって。) (俺はな、あの細くてスレンダーなのが良い。超キレイな長い黒髪とか。あとは頭が良くて、考え方に共感が持てるところ。もう良いだろ?) (あと、あれです。性格はツンデレが良いんですかね?) (雪乃は全然ツンデレじゃない。2人の時はとても穏やかで優しいくらいのもんだ。なあ、一色。俺、雪乃の好きなところ、100個言えって言われたら100個言えるから。いや、108個は言えるな。そう言うことで。はい終わり、な。) (は?108個?煩悩?てか、キモッ。) 一色は、呆れた顔で、俺を見ながら、最後にそんな抵抗を伝えてくる。ああ、ここ、恥ずかしくて雪乃には聞かせたくなかったな ...完全、ただの愛の告白だろ ...。と、チラッ、と横を見る。 あれ?どうしたの?なんすか?それ。 さっきまで泣いていたはずが、気づけば、すすすっ、と椅子を動かして、こ、こほん、と咳払いをしながら、俺に体を密着させて来る。そして、体中を真っ赤にさせて、気持ち、顔をニヤつかせて俯いていた。俺と目を合わせられないらしく、視線は俺の反対側の床へとずらしている。完全にデレノ下さんだ。それもデレデレデレデレノ下さんくらいの勢いだった。 「は、八幡ったら ...そんなに私のこと、好きなのかしら?」 「え?は、はい。そうですが ...い、いつも、そう言ってるだろうが ...。」 「八幡 ...あ、愛してる。」 そうしてゆっくりと腕を組んできて、体をこちらへと傾けさせると、静かに俺の頬へと熱いキスをしてくるのだ。だが、後ろにはお母さんがいる。すっかり、それを忘れている雪乃がいた。八幡、八幡、八幡、好き、好き、好き、私 ...八幡の事、大好きよ、と、ずっと呟きながら、最後の方には俺の首に両腕を回して抱き付いてきて、離そうとしない雪乃。ちょ、ちょっと、それ、反則だぞ。か、可愛いだろうが ...。 「こ、こら!や、止めろ!お母さん。お母さんがいるんだぞ!」 「あっ!」 その言葉で我に帰り、俺と一緒に後ろを振り返ると、そこには怒りの形相のお母さんがいて、もう完全にブチキレモードに突入していた。や、やばい、殺される。本当に殺される。 「雪乃!あなたは一体!結局最後にイチャイチャするくらいなら、私のところに来る必要など無いじゃありませんか!良い加減にしなさい!」 「はいっ!」 「ひゃい!」 机こそ叩かなかったが、かなりの怒りがお母さんを支配していた。もう、俺にも雪乃にも勝ち目は無い。白いガンダルフも来てはくれないだろう。 「八幡!あなたもです!良いですか?そもそ ...。」 と、またテレビから会話が聞こえてきた。俺を叱りかけたお母さんも止まり、その画面を見る。 (先輩。可愛いで思い出しましたけど、雪ノ下先輩って、奥さまに本当にそっくりですよね。) (ん?そうだな。本当にその通りだ。) (未来の雪ノ下先輩は、きっと奥さまみたいに、美人なんでしょうね。) (お母さんは、昔は雪乃並みか雪乃以上に美人だったはずだ。お父さんが一目惚れするのも分かるよな。もし、俺もお母さんと同級生とかだったら、きっと惚れていただろうし。) (え?先生って、奥さまに一目惚れなんですか?) (ああ、そうみたいだな。あのキレイなお母さんだものな。そりゃ無理もないさ。俺も、お父さんの気持ち分かる気がする。本当にお母さん、美人だからな ...。) シーン、と静まり返る、その役員室。さすがの俺も、お母さんの前で、美人だとかキレイだとか言ったことは無い。果たして、これからどうなるのか?それは、俺だけではなく、雪乃も同じようで、彼女はゆっくりと視線を上げると、お母さんの方へと顔を動かして行った。俺もつられて、そちらを向く。 すると、そこには、いつもとは明らかに違うお母さんの姿があった。 なんと ...お、お母さんがデレているでは無いか!ほんのり顔を赤くして、その長い髪を前に垂らしながら、目がキョロキョロとしていた。それは、何とも雪乃そっくりで、そうか、歳を取っても、デレ顔は可愛いのか、と変な納得をしていた。お母さんの唇が、プルプルと震え、時折、何かを話始めようと、口を少し開くが、またすぐに閉じてしまう。そして、その口が言葉を紡ぎ始めた。 「にゃ、にゃにを言う ...。」 へ?今、にゃ、って言いました?なんですか?猫ノ下さんになってしまったの?ねえ、お母さん? コホン、と一度咳払いをすると、顔をいつもの表情に戻して、もう一度、話を始める。 「は、八幡。あなたは何を言うのですか ...確かに私は美人でしたから。みっちゃんも、ゆかちゃんも、あの人の事を狙っていたのよ。2人ともそれなりには美人。ええ、まあまあの美人ではありましたけどね。ただ、ちょっと美人な程度で、いつもあの人をデートに誘うことばかり考えていて、でも、私は違ったわ。立ち上げたばかりの会社を手伝い、簿記会計の勉強も徹夜でして、お弁当も作ってあげて、家に帰ってくれば眠るまで抱き締めてあげて、心の支えになりたいと頑張ったものです。そこら辺の顔だけの女とは一緒にして欲しくはないわね。どれだけ私が甲斐甲斐しく献身的にあの人を支えていたか。だから、八幡、あなたが私の美人さだけを誉めそやすのはまちがっているわ。ええ、間違っていますとも。どちらかと言えば、その部分ではなくて ...。」 お母さんはずっと話をして来ていた。って、これ完全に照れてるんですよね?急に饒舌になりましたけど、ようは照れてるんですよね?違う?ねえ、違うの?だって、同じような照れ方の人を、俺は良く知ってますから。 雪乃を見ると、どうやら、こんなお母さんを見るのが初めてらしく、口をポカンとさせて見ている。そんな彼女の右腕をツンツン、とつつく。え?と振り返って見てくる雪乃がいて、俺は目で、これどうしたらいい?と聞くも、そんな事分からないわ、ってケンモホロロに、その彼女のキレイな目であしらわれてしまった。 しばらく、ジッとしてその話を聞いていると、お母さんもどうやら気づいたらしく、顔を真っ赤にしてあたふたし出した。 「は、八幡!い、いったい何なの?わ、私に何を言わせる気なのですか?まったく ...油断も隙もないわね。大したものだわ ...。」 「はあ ...。いえ、俺は別に ...。」 「と、ともかく!雪乃も安心したのでしょ?だから、問題は無いのよね?それで良い?」 はい、大丈夫です、と小さく呟くと、雪乃は、頭を俺の腕へと刷り寄せてくる。椅子に座ったまま、俺は雪乃の体に手を回して、そっ、と抱き締めるのだ。 「はぁ ...八幡も雪乃も、結局は最後はこうなるのよ。もう良い加減にして頂戴。さて、もう良い時間よ。ランチでも食べに行きましょう。何か美味しいものを ...たまにご馳走してあげますから。八幡、正面に車を回して。」 「え?あ、そうですか ...では、お言葉に甘えます。」 俺は、1人席を立ち、部屋を出ると、後ろからパタンとドアの閉まる音がして、見ると、雪乃が小走りで着いてきていた。何も言わずに、そっと俺の横に並び、2人で待つエレベーター。 「こら、危ないから走ったりするな。転んだらどうする。ったく ...。」 「ふふ、心配性ね。大丈夫よ。」 目の前の扉が静かに開くと、そそっ、とその空間へと入る。珍しく、特に手を繋ぐ訳でもなく、腕を組む訳でもなく、静かに地下の駐車場を目指していた。俺の目の前には、雪乃が立っている。その細くて美しい体、後ろからそっ、と抱き締めたくなったが、ちょうどエレベーターは到着して、勝手にドアが開いた。 雪乃は、俺を振り返らずに、そのまま真っ直ぐに前へ出て歩き始めた。俺は、少しだけ大股で歩いて、その彼女の隣に並んだ。と、横顔を微笑まして、彼女は小さく笑うのだ。 「ふふ。」 「なんだ?」 「え?ふふ、そうね。」 「あ?」 「何でもないわ。」 「は?」 「ふふふ、ええ、何でもないのよ。」 すると、ゆっくりと立ち止まり、雪乃は、そっと俺の手を繋いできた。その時の表情は、はにかんだ顔で照れくさそうに微笑んで、それから、ニコリと笑うと、俺の顔を、首をかしげながら、クスクス笑いながら覗き込んで来る。 「だから、何だ?どうした?」 「ううん、何でもないの。」 そう言うと、ゆっくりと前を向き直し、少しだけ上を向いた。それは、とても幸せそうで、穏やかな所作だ。 「そうか。何でもないか。なら、まあ ...良いか。」 手を繋いで歩き、俺の車に近づくと、彼女を乗せるのに、助手席のドアノブに手をかける。 「さて、雪乃。お昼は何をねだろうか?」 「そうね、鰻なんかは?どうかしら?」 「おい、そんなに生をつけさせて、どうする気だ?」 「ば、はか!変な意味じゃないわよ!ど、どうしてすぐに八幡は ...へ、変態じゃないの!」 「おい!俺もそんな意味でなんか ...。」 そんな、時たま見せる、明後日の方向にデレる雪乃も可愛くて仕方がない俺だった。 そして、ふと思い出す。あ!あのカメラとマイク ...没収しなきゃな。そして、2人におしおきだ 。死ぬほど報告書を作らせて、死ぬほど残業させて、死ぬほど働かせてやる。 今に見てろ ...岩田と須藤め ...。 [newpage] [chapter:17.恋咲く花火大会。] 俺は、リビングのソファで本を読みながら、ゴロンとして、その後ろの方から聞こえる雪華と雪乃の会話に耳を傾けていた。お腹の上にはニクスが乗っていて、何だかとてもリラックスして寝込みを決めている。 「お母さん!もう迎えに来たって!都築さん、玄関で待ってるみたい!急がなくちゃ!」 「あら?もう?随分と早いわね ...待ちきれないのかしら?その分だと、陽人も楽しみにしてるのね。ふふ。」 「え?そ、そうなのかな ...。」 今日は、土曜日で、花火大会な1日。とは言え、今はまだ15時だ。なるほど、確かにお迎えには少し早いな。外は、目映いほどの快晴で、まさに夏を感じさせる大きな青空に白い雲が、ゆったりとして見える。 雪乃は、雪華の浴衣を着付けしてやりながら、楽しそうに、その若い2人の恋路を見守っている。未だに、特に進展は無いようで、何となくボンヤリとしている雪華と陽人の関係。今日は陽人から花火を見に行こうと誘ってきたそうで、何とも楽しそうな雪華がいた。反面、竜崎の長男坊からも誘われたらしいが、ほんのタッチの差で、陽人の方が誘うのは早かったらしい。 「ええ、きっとそうよ。陽人は陽人で、楽しみにしてるでしょうね。はい、出来たわ。浴衣も良く似合ってる。可愛いわよ。あ、この翡翠玉の玉簪だけは絶対に無くさないで。これ、お父さんがお母さんに買ってくれたものだから ...それと、もし何かあっても、やたらと暴力は振るわない事。どうせ、合気道を習ってる雪華の方が強いのだから、正当防衛も行きすぎると犯罪よ。分かったかしら?」 「うん。分かった。じゃあ、行ってきます!」 そう言うと、雪華はバタバタと走って玄関へ向かって行った。俺は、体を起こして、チラリとその姿を見る。ニクスが迷惑そうに一鳴きしてきた。白地に紫色や桜色の花柄が入ったキレイな浴衣、そこにピンクの帯が映えていた。髪はアップにしてお団子を1つ作っていて、朱色な玉簪が見える。いつだか真冬の金沢に行った時に、雪乃に買ってやった簪だ。手に持つ巾着がユサユサと楽しげに揺れていて、それが雪華の焦る気持ちを表しているようだった。彼女が廊下の向こうへ走って行くのを見届けると、俺はまた、ゴロンとソファの定位置に戻る。 そこに、雪乃が長い黒髪を俺に垂らして、背凭れの向こう側から顔を覗き込ませてきた。俺の上で寝ているニクスを撫でながら、あら ...ニクスったら可愛いわね、と呟いている。 「ふふ。何だか、とってもつまらなさそうな顔をしているわね。」 「は?そんな事 ...。」 「隠しても無駄よ。顔に書いてあるもの。俺に行ってきますの一言も言わないで、って ...。」 なんだ、もうとっくに見透かされてるのな ...。さすがの雪乃さんだ、まったく。 「はあ ...そうだな。せめて、顔くらい、見せてから行って欲しかったかもな ...。」 「仕方がないでしょ?少しばたついていたもの。大丈夫よ。雪華は、八幡の事、大好きだから。」 そう言いながら、雪乃はソファの背凭れに体を預けたまま、俺の顔を触ってくる。とても細い指で、ツツツ、となぞって来るのだった。それが、ちょっぴりこそばゆい。 「で、俺たちは?どうする?ここから見るのか?それとも、会場に行くのか?」 そう聞くのには訳がある。それは、うちのマンションから花火が見えるからだ。そこまで会場に近くはないが、割りと花火自体は大きく見えるし、高さ的にも丁度良い。しかも、有り難いことに我が家のマンション棟の真っ正面に見えるから、結構気に入ったりしている。入居するまで全く想像もしていなかったので、それはちょっと得した気分で悪い気はしなかった。 「ええと、そうね。今年はお父さんとお母さん、会場で見るって行ってたから、特に行く必要も無いのよね。」 「じゃあ、ベランダから見るか ...お腹の赤ちゃんの事を考えると、わざわざ人混みに行くのも ...な?考えものだろ?」 そうね、それ一理あるわ、と呟きながら、雪乃はソファの前に回り込んで、俺の前に来て床に正座すると、その少しだけ大きくなって目立ち始めたお腹の上に、彼女のキレイな手を置いた。ふんわりとした青い麻生地のワンピースにレギンスというリラックスした格好の可愛い雪乃。そんな彼女の優しげな手に誘われて、俺もその手の上に、ついつい自分の手を置いてしまう。その俺の手の上に、雪乃はさらに手を重ねて、はにかんだ笑顔を見せてくれるのだ。 うーん、と背伸びをしながら体を起こすと、ニクスは驚きながら飛び降りていなくなり、俺はゆっくりと彼女を抱き締めて、そして、優しいキスをした。雪穂と八起は、俺が昼御飯を食べてから、近くの公園に連れて行って鬼ごっこをして駆け回ったせいもあってか、ぐっすりと昼寝をしている。なので、雪華がいない今は、2人にとってはとても甘い時間だった。 照れながら、その感触を味わうように、優しく浅いキスを楽しむ2人。 「ふふ。優しいわね。でも、こういうキス、私は好きよ。ええ、大好き。」 「それは ...俺だって ...。」 そう言いながら、またキスをしようと唇を近づけると、キッチンから雪乃のスマホが鳴っているのが聞こえた。もう ...良いところなのに ...と、小さく呟きながら、立ち上がる雪乃。自然とお腹に手をやりながら、その赤ちゃんを守るように歩き出す彼女。そんなのを見ていると、母性本能という言葉の奥深さを思うのだ。きっと、それは無意識にする所作なのだろう。愛する我が子を慈しむ気持ち ...って、ところだろうか? キッチン脇に立ったまま、スマホを手に取ると、ふふ、と微笑む姿があった。 「姉さんだわ。」 そう言うと、俺の方をチラッと見てから、電話に出るのが見えた。俺は、時計を見て、まだ花火大会まで時間があるのを確認すると、しばし昼寝でもしようか、と、またゴロンとする。 「もしもし、どうしたの?え?雪華なら、さっき出たわよ。ええ。楽しそうにして行ったわ。陽人は?ふふ、やっぱりそういうのは女の子の方が大人なのね。」 そんな他愛もない会話をする姉妹がいて、俺はそれを聞きながら、うつらうつら、とし始める。ああ、気持ちいいなあ ...このまま ...。と、思った矢先に、スマホを持って陽乃さんと話ながら、雪乃が目の前にやって来る。 「ええ、それは良いけれど ...待って、八幡に聞いてみるから。え?必要ない?あのね、姉さん、八幡は家長ですからね、我が家の ...。」 そう言うと、スマホから顔を離して、俺に話しかけてくる雪乃。 「姉さんが、雪華、今日、姉さんの家に泊めて良いかしら?って。」 「へ?陽乃さんの家に?着替えとかは?無いんじゃないのか?あいつ、浴衣だし。」 「それは本宅にあるから、大丈夫だけれど ...夜に陽人を迎えに行くから、そのまま泊まっていけば良いんじゃない?って。どうかしら?」 「まあ、別に良いぞ。好きにして良いって。あとは、喧嘩しなきゃ良いけれどな、陽乃さんと。大丈夫か?」 そう言うと、目で笑いながら、大丈夫よ、ありがとう、と答えてくる。そして、陽乃さんに電話口で、ええ、良いそうよ ...と、キッチンに歩いて行きながら返事をする妻がいた。しばらくすると、電話を終えた雪乃が戻ってくる。何だか少し疲れた顔をして、俺の前に立っている。きっと陽乃さんの毒気にやられたのだろう。 「今夜は雪華がいないのね。何だか、ちょっと寂しいわ。ねえ、八幡。花火はベランダから見ましょう。虫に刺されたくないから、ベランダの方が良いわ。あと、浴衣は?どうするの?着るのかしら?」 「あん?そうだな ...俺と八起はそのままで良いけれど ...あれだな、その ...。」 俺は、そう言いかけると、少し恥ずかしくなり、思わず口ごもる。すると、雪乃は、俺の前にペタンと女の子座りをすると、ソファに両肘を付いて、そのチューリップのように開いて並べた掌の上に小さな顔を置いて、こちらを見詰めてくる。どうやら俺の言葉の続きを、首を傾げて、何とも楽しそうにして待っているようだ。 俺は、それが益々恥ずかしくて、体を背凭れの方に向け、それから、モゴモゴと喋り始めた。 「あれだ。雪乃の浴衣は ...見たいかもな。あと、雪穂も、な ...。」 「ふふ、素直で宜しい。それでは、浴衣 ...着てあげるわ。楽しみにしていてね。」 雪乃が俺の背中に顔を埋めて来るのがはっきりと分かる。そうか、浴衣着てくれるのか ...何だか、楽しくなってきたな ...。きっと、雪乃も雪穂も、可愛いに決まってるのだから ...。そう思うと、不思議と元気が出てくる。 「さあて、それじゃ、晩ご飯の用意でもするか ...天気も良いし、風も穏やかだし ...外でBBQでも ...するか ...なあ、どうだ?」 背凭れを向いていた体を、そう話ながら、また正面へと戻すと、予想外に、雪乃の顔が俺の顔の目の前にあって、俺は正直ドキリとして、そして恥ずかしくて照れてしまった。 そんな俺を見て、彼女はクスクスと笑い、そして、1つだけ優しいキスをくれた。 「そうね。それで良いわ。では、そちらの準備はお任せするわね。私は ...浴衣の用意してくるから。ふふ。」 ふふ、って、あなた ...ちょっと、可愛すぎます。困ったもんだな、その可愛さレベル。 .............................. あの後、1人でスーパーに買い出しに行き、ベランダで火を起こしている。と言っても、今はファイアスターターとか便利なものが沢山あるから、そんなに苦にもならないし、何より八起が手伝ってくれる。こういう時は、やっぱり男の子って良いもんだな、と思えてならない自分がいて、ちょっとジーンとしたりするのだ。 「おとうさん、もういいの?きょうはうちわでパタパタしたりしないの?」 「あ?待て待て。それはこれからだから ...今、ここに起こした火の点いた炭を入れるからな。そうしたら、パタパタしてくれな。」 「うん。わかった!」 グリルのBOXを開くと、そこに炭を移す。いいぞ!と合図をすると、そりゃあ~!と一生懸命にパタパタと団扇を扇ぎ出す八起がいて、そんなのを見てるだけで、何だかとても楽しくなる俺。 「おお!上手だぞ!八起!頑張れ頑張れ!」 「うん!う~ん!お、おとうさん~そろそろ ...て、いたいよ。」 そっか?良し、じゃあ交替しよ、と言うと、うん、と頷いて、俺にその団扇を託してくる。 「良いか?団扇を扇ぐ時は、こうやって、手首を上手く使うのがコツなんだ。良く見ておけ。」 そう言って、パタパタと、小さな力でしなやかに扇いで見せる。おとうさん、じょうずだね。すごい!と、褒めてくれる、我が息子。不思議だなあ ...まだ小学1年生なのに、お母さんに誉められるより、よっぽど嬉しい ...。って、俺ってば重症じゃないか。しかも、かなりのな ...。 部屋の中はエアコンで丁度良い室温だが、さすがに外は夕方でも暑い。幾分湿気が和らいではいるが、ジトッとした汗が時たま出てくるのが分かる。 焼き鳥や焼肉なんかの食材は、全てグリルの傍にあるクーラーBOXに入っていて、あとは、雪乃と雪穂が来れば、いつでも始められる。俺は、ベンチに座ったまま、グラスに氷を入れて、そのクーラーからジンジャーエールを取り出すと、1人で注ぎ始めた。八起にはリンゴジュースを入れてテーブルに置いてやった。ま、そんなのに脇目も触れずに走り回っているが。ふと、腕にあるスントを見ると、ちょうど19時を過ぎたところだ。そろそろ、かな?先に何本か、焼き鳥を焼いておこう ...そう思って、クーラーから10本ほど肉の付いた串を取り、まだ少し炎が赤い炭の上に並べた。 タイミング良く、カラカラカラカラ ...と、後ろの方から、その大きな窓が開く音がする。 ん?と、振り返り、そちらを見遣ると、そこから、紺地にピンクや青の朝顔が沢山描かれて、とても赤の帯が良く似合う雪穂が出てきた。それは、懐かしい ...雪華のお下がりの浴衣だ。 「お父さん。雪穂の浴衣、可愛いですか?」 雪穂が、下駄の音を、カランカランと鳴らしながら、セミロングの真っ直ぐな黒髪を揺らし、俺にニコニコと近付いてきて、そう聞いてくる。 「ああ、雪穂。可愛いなあ。とっても可愛いぞ。おいで、抱っこしてあげるから。」 はあい、と言いながら、俺の膝に乗ってきた。 「雪穂は、お母さんにどんどん似ていくな。見た目、そっくりだよ。お姉ちゃんも可愛かったけど、雪穂も可愛い。お父さんの宝物だ。」 「宝物ですか?でも、お父さん、お母さんにもお姉ちゃんにも、八起にも、いつも宝物って言ってます。」 「そりゃ、みんな宝物だもの。でも、今は雪穂が一番の宝物だ。」 えへへ ...一番?えへへ。と、デレ始める雪穂は、デレる雪乃に似ていて、そんなのが本当に可愛くて仕方がなかった。なにこれマジ可愛い ...小さい時の雪乃もきっと可愛かったんだろうな ...。 「あ、おかあさんきた!おかあさん!」 八起が、ベランダで駆け回っていたのに、パタッと動きを止めて、そう言うと一目散に窓の方へと駆け寄って行った。俺も続いて、後ろを振り向くと、そこには、雪穂と同じ柄の浴衣を着て、お淑やかに歩いてくる雪乃がいる。着崩さずにきちんと浴衣を纏い、背筋を伸ばして、こちらへと近づいてくる彼女。俺はその姿を惚けるように見とれていた。カランコロンカランコロン、と下駄が涼やかに鳴っている。手には和紙地の藤色の団扇を持ち、柄を摘まんでクルクルとそれを回しているのが、ちょっと可愛い仕草。 テーブルの傍まで来ると、八起は雪乃が座ることすら待てずに話を始める。お母さんが好き過ぎて、その気持ちが全身から溢れている八起がいて、雪乃はそれを、いつだって嬉しそうに受け取っている。やはり男の子は雪乃にとっても特別だ。いつもそれを強く意識するのは ...きっと八起がちょっと羨ましいからかもしれない。 「おかあさん、ぼくね、おとうさんのおてつだいしたよ。」 「あら、本当に?すごいわね、八起。」 そう言って、八起の頭を、良い子良い子と、撫でてあげながら、雪乃はゆっくりと俺の隣に座ってきた。 傍に来るだけで良い香りがして、その柔らかそうな雰囲気にふやけてしまう。いつものサボンの香りに浴衣の防虫剤か何かのフローラルのような香りが重なる。チラリと横顔を ...と言うか、まあ堂々と見れば良いのに、何となく気恥ずかしくて、チラチラと盗み見ると、今日の雪乃は、髪をアップにして上で巻いているので、うなじがキレイに見える。それって何とも美しい ...やっぱ、浴衣 ...良いよね。 あ、そう言えば ...と思い、俺は彼女に優しく聞き始めた。 「その、大丈夫か?お腹?」 「え?あ ...もしかして、帯の事かしら?ええ、大丈夫よ。少し緩めにしてあるから。」 「そうか、それなら良いが ...あれだな。雪穂、どんどん雪乃に似てくるな。可愛くて仕方がない。なあ、雪穂?」 雪穂を片手で抱き締めて、もう片手で、優しく頭を撫でる俺。相も変わらず、えへへ、と笑いながら、お父さんの宝物だもん、と楽しそうにして、笑っている雪穂。 「あら、その言い方だと、遠回しに、私も可愛くて仕方がない、って言う意味にも捉えられるけれど ...。」 「あん?そうだな。その通りだ。可愛い。本当に可愛いさ。浴衣、似合いすぎだろ。」 そう言いながら、俺は照れ臭くて、焼き鳥を焼き始めるのだった。そして、そんな俺に腕組みをしてくる彼女も、雪穂と同じ顔でデレデレしていて、うふふ、と上品に笑っていた。 ふと、俺はさっき思ったことを口にしてみる。 「雪乃。きっと、小さい頃の雪乃は、ものすごく可愛かったんだろうな ...。そんな時の雪乃にも、会ってみたかったな ...。」 「どう言う風の吹き回しから?八幡がそんな事言うなんて。」 クスッ、と笑うと、雪乃は俺との距離を詰めてきて、体と体を密着させてくる。そんな彼女の腰に手を回すと、ざっくりした浴衣の生地越しに、とても柔らかな感触があった。 「別に ...何でも無いさ。ただ ...雪穂を見てると、きっと可愛かったろうな、って思っただけだ。ほら、焼き鳥、焼けたぞ。雪穂も八起も、焼き鳥食べろ。」 八起は、はあい、と豪快に串を手で持って齧り付くように食べ始めるが、猫舌の雪穂はそうはいかない。ハフハフフーフーハフハフフーフー ...と、チョビチョビと食べていて、それの繰り返しだ。つい見かねて、少し冷ました焼き鳥を作ってやりたくなる。 「雪穂。ここに、冷ましたの置いておくから。こっちから食べてみな。火傷したら、舌がヒリヒリするから、気を付けてな。」 「はい。お父さん、ありがとうございます。」 「ん?雪穂はあれだな。きちんと、ありがとう、を言えて偉い。大したもんだ。やっぱりお父さんの宝物だな。」 ぱんぱん ...ぱんぱんぱんぱん! ひゅるひゅるひゅーーーっどーーん!! ぱらぱらぱら ...。 音の方を向くと、花火大会が始まったようだった。 「あら、始まったわね。花火 ...。」 「ああ。そうみたいだな。どれ ...。」 俺は、グリルに焼き物を乗せながら、花火を見た。その、花火の色が、隣に座る雪乃の白い顔をうっすらと色づける。それが、とてもキレイに思えるのだ。 「お父さん、花火、キレイですね。」 「そうだな。雪穂も花火好きだものな。」 「うん。好き。でも、音が怖いです。」 ひゅるひゅるひゅーーーひゅるひゅるひゅーーーっどーーん!!どーーん!!ぱらぱらぱら。 ぽんぽんぽんぽん! だーん!!どーーーん! その大きな音たちは、マンションに跳ね返り、さらにもっと大きさへと増す。確かに雪穂が怖いと言うのも分からないでも無い。そもそも、俺にピタリと張り付いて離れない雪乃でさえ、時々体をピクン!とさせるのだから。 「雪乃。赤ちゃん、大丈夫か?」 「そうね ...これくらいの音は大丈夫よ。安心して。あまり近いのは、さすがに心配だけど、今日は大丈夫。八幡、今回の妊娠には随分と心配性よね。本当に嬉しいのね。」 そう言いながら、頬をツンツンと突いてきて、終始、楽しそうにして笑っている。ふと、その雪乃の奥に座る八起を見ると、一心不乱に何かを数えていた。しばらくその姿を見ていると、どうやら、それは花火が何発上がっているか、その数を数えているようだ。とは言え、既にグダグダになっているが、それでも諦めない姿勢なんかは大したもんだ。あれだな、八起は研究者とかになりそうな気がする。完全に理数脳っぽいし、芸術家肌だし ...楽しみなんだよな、本当に。 と、一瞬、花火が上がらなくなる。どうやら、仕掛け花火に移ったらしい。しばしの休憩だ。俺は殻ごと焼いて、バター醤油で味付けをしたホタテを美味しく食べ、雪乃の取り皿にお肉を入れてやる。あら、私もホタテ食べたいわ、と言うので、焼きたてのを殻から外してウロも取ってから渡してやった。雪穂と八起には、少し冷ましたウインナーをお皿にのせて、ワイワイと皆で楽しい夕食を楽しんでいた。 ここに雪華がいないのは、ちょっと寂しい感じがする。いつもなら、とっくに、イチャイチャしない!と、俺たちにツッコミを入れてるくらいのものだろうなあ ...。 「今頃、雪華のやつ、どうしてるかな?」 「そうね、多分、貴賓席で赤い毛氈の上にでも座って、陽人と花火を見ているわよ。」 「手くらいは握ってるかな?」 「え?何なの?やあね、父親って。そうね、手くらいは握ってるんじゃないのかしら?ふふ、何?気になるの?」 「そ、そりゃ ...まあ、気になるだろ。ムードに流されてキスとかしてなきゃ良いが ...。」 と、いきなり、雪乃が、俺の太ももを力一杯、抓ってきた。それも、かなり本気だ。 「痛っえ!痛っええ!痛ってえええだろうが!な、何だよ!マジで痛かったんですけど ...びっくりするわ。」 「お父さん!どうしたんですか?大丈夫ですか?」 「あ、ああ ...雪穂。ごめんな。びっくりしたろ?今な、お母さんが急にお父さんの太ももを ...って、はっ!痛っええええ!」 また、一抓りされる俺 ...だから、一体、何なのよ?頭の中が、痛さで一杯になる。 「だ、だから、何だよ!くぅ ...痛いって。」 「わ、わざわざ、そんな事、雪穂に言わなくても良いでしょう!そ、それに、は、八幡が悪いのよ ...。」 「は?俺、何かしたか?別に何もしてないだろ?」 モジモジと下を向いて、何かをゴニョゴニョと言う雪乃。は?聞こえませんけど?何?何だって? 「も、もう ...だから!は、八幡。その ...私とは花火大会、見に行かなかったわよね、って ...そう言ったの ...。」 「は?いや、行ってるだろ?」 「ええと、その ...こ、高校の時、よ ...。付き合ってからは行ったけれど、高校時代には由比ヶ浜さんとは行ったのに ...何?もしかして、八幡もムードに流されて、手を握ったりキス ...を、その、したの .........?」 ごくり、と小さな喉仏が、さらに小さく動くのが見えた。下を向いたまま、雪乃はそんな古い話を聞いてくる。雪乃の手が、俺の太ももに重なり、ジーンズ越しに何度も何度も優しく撫でて来ていた。俺は、ちょっとだけ呆れて何も言えなかったが ...それでも、その手を、そっと掴まえて、優しく繋いだ。 「あのな ...由比ヶ浜とは、手も繋いでないし、キスもしてない、って ...。俺は ...そんな事、何一つ期待すらしてなかったし ...むしろ、ずっと雪乃の事、考えてたな ...それ、嘘ひとつ無く ...本当に。ったく、一体、いつの話に嫉妬してるんだか ...。」 「で、でも、事実でしょ?違うかしら?私とは行ってないけれど、由比ヶ浜さんとは花火デートをしているのよ。そ、それに ...わ、私は ...高3の時には、さすがに誘ってもらえるかと思って、待ってたのよ ...。」 「ば、ばっか!高3の時は、2人とも予備校の全国模試の前の日だったろうが!そもそも、しばらくは連絡も取れないと思うわ、ええ無理でしょうね花火大会なんて、とかなんとか、って、何度も何度も、しつこいくらいに俺に言ってきたのは雪乃だろ?」 「そ、そうだったかしら ...よ、良く覚えてるわね ...そんな昔の事。と言うか、その、私の台詞のところで、声真似を入れるのは止めてくれないかしら ...似てないわ。」 「そ、そっか ...すまん。まあ、あれだ ...そ、そりゃ、覚えてるって ...誘おうと思って、スマホ片手に、布団の中で悶絶自問自答 ...してたんだから。本当は ...誘いたかったんだって。ただ、あれだ ...ヘタレだったからな、俺。」 「そ、そうだったの ...ふふ。そうなのね。」 そう言うと、何だか少し落ち着いた雪乃がいた。嬉しそうな表情をして、顔をあげて俺を見て来ている。LEDランタンの白い明かりが顔にあたると、そこには蕩けてしまいそうなくらいにハニカミ笑顔の、可愛いキレイな彼女がいた。 「なあ、雪乃。昔は昔だ ...俺がどんなに小さな時の雪乃に会いたくても、それは叶わない夢で、それと同じだ。もう、あの奉仕部の高校時代には戻れない ...。これから死ぬまで毎年...花火を見に連れて行ってやるから、な?ついでに、死んでも、位牌と遺影を持って行ってやるまである。」 「あら、それじゃ、まるで、私が先に死んでしまうみたいね。」 「ん?そうだな ...約束したからな ...俺は ...もう、雪乃を一人にさせない、って。だから、花火大会も、必ず一緒に行ってやるから ...。」 そう言うと、コクリコクリと、組んだ腕に頭を擦り付けてくる雪乃がいた。 「俺は、雪乃と結婚した。俺は ...雪ノ下が ...好きだった。決して、由比ヶ浜じゃない。な?それだけで良いだろ?ダメか?」 「え、ええ。それで ...良いわ。ええと、その ...ふふ。そうね、なんだか、とっても ...良い気分よ。」 そうやって、何かに納得して話終えると、クイクイ、っと、雪乃に袖口を引っ張られた。ん?と、横を見ると、彼女は、静かに、嬉しそうに、呟いてくる。 「八幡 ...ありがとう。」 その感謝の気持ちに、俺は何だかとても照れ臭くて、恥ずかしくて、ごまかそうとしてキスをしに行く。と、雪乃は俺の唇に人指し指を当てて止めに来た。そして、小さく耳元へ囁いてくるのだ。その時に、少し体重が俺に寄り掛かって、そのざっくりした浴衣の奥にある彼女の体が、俺にゆっくりと伝わってくる。な、なんて ...気持ち良く柔らかいんだ ...。 「キスは ...ダメ。雪穂が見てるから。」 え?と、雪穂の方を見てみると、そのミニゆきのんが、俺をじっと見ていた。と、ニコッとして話しかけてくる。 「お父さん、お母さんとイチャイチャしたらダメですよ。」 「「はっ!」」 「って言えば、お父さんとお母さんが喜ぶから、ってお姉ちゃんが教えてくれました。えへへ。」 「「雪華!!」」 か、帰ってきたら、お仕置きしてやる!絶対!わざわざ留守の間の為に、雪穂にまで、そんな事を仕込んでくれちゃって、困った娘だ!まったく ...はぁ。 ひゅるひゅるひゅるひゅるーーど、どーん! ひゅるひゅるひゅるひゅるーーど、どーん! ぱーーんぱーーーん!ぱふぱふ!ぱらぱら! ひゅるひゅるひゅるひゅるーー!ばしゃん! また花火が沢山上がり始めた。どうやら、最後の花火みたいで、一斉に沢山の大輪の花火が咲き乱れる。それは、息を呑むくらいに勢いがあって、圧倒される迫力だ。音もすごくて、雪乃も雪穂も、ビクンとなってから、俺にしがみついてくる。 と、俺の耳に吐息がかかり、思わず反応してしまう俺。そこに、ふふふ、と雪乃の微笑みを感じる。 「ねえ、八幡 ...今日は雪華がいないから ...早く2人とも寝かせて、あとで沢山キスしましょう。どうかしら?」 「へ?」 俺は、思わず、雪乃の方に振り返った。すると、雪乃は、その微笑みを絶やさずに、照れ隠しなのもあってか、八起を抱き上げて膝に乗せると、一緒に花火を見始めていた。ほんのりと、顔が赤く見える。でも、それは花火のせいなのかもしれないが ...俺には分からない。 モソモソと、俺の反対側にいた雪穂が、間に入ってくる。花火の明かりは、今度は3人の横顔をキレイに映し出してくる。そんな愛する家族を見てるだけで、何だかとても幸せになれた。 ベンチの上に置かれている、雪乃の手の先と、俺の手の先が、たまたま触れ合った。そんな事で彼女の体が、ピクン、となるのが見える。俺は、ゆっくりと、その手のひらと、ベンチの間に、自分の手を差し込むと、彼女の指を絡め取って、恋人繋ぎをした。 雪乃は、唇を、はむはむさせながら、はにかんだ微笑みをして、視線を斜め下へとずらす。時たま、チラッとこちらを見ると、ふふ、と笑ってくれた。 恋人同士みたい。 そんな風に、その目が答えていた。 いつだって、俺たちは恋人みたいなものだ。そんな事を思った、何とも、幸せ溢れる ...花火大会の一夜 ...。 [newpage] [chapter:18.どこからどう見ても猫にしか見えない。] その納車になったばかりの大柄のブリリアントシルバーのミニバン。新車の香りとナッパレザーの香りが一杯の中を、雪乃が運転をして、助手席には俺がいる。子供達は後ろのシートだが、そこにはお母さんの姿もあった。今俺たちは、家具屋さんに向かっている最中だ。時計は11時近くを指していた。 当初の話では、納車には相当時間が掛かる、と言う話だったが、希望の仕様の在庫が運良く一台あって、おかげで1ヶ月ちょっとのインターバルで納車になった。ちなみに、俺は ...雪乃と話し合いをし続けた結果、GLE63Sの4MATICを購入した。こちらも色はシルバーで、現在納車待ちだ。 本当はセダンが良かったが、雪乃がどうしても1台は車高の高い四駆を持っていたいと言うので ...あまりにE63の話をし過ぎたら、GLEにするなら予算オーバーでも、AMGにしてくあげるわ、と交換条件を出してきたのだ。それに、習い物で荷物も増えたりするだろうから ...どちらにしても、セダンは買って貰えなかっただろう。 その話を、電話で越地さんに相談した所、たまたまキャンセルの入った、同色車が他県にあったらしく ...破格の値段を提示されたので、雪乃が、あ、それ買います。と、その話の中で即答したのだった。俺は、それを帰宅してから、あ、車買ったから、と軽く言われて知った。驚いたのなんの ...。 雪乃、八幡、と、後ろからお母さんの呼ぶ声が聞こえる。 「本当にこの車が良かったの?真ん中のシートはアルなんだか ...そう、そのアルファードの方が余程乗り心地が良いように思えるけれども ...まあ、良いわ。広さはこの車の方が大きいわね。幅があって ...今度どこかに行く時は、試しにこれで行ってみましょう。ね、雪華?」 「うん、おばあちゃん。お父さんに運転してもらおう、っと。軽井沢でも良いし。どっか行きたいなあ。京都とかは?」 「へえ、京都へ行きたいの?私も、京都は大好きよ。あら、じゃあ、今度2人で新幹線に乗って行きましょう。楽しみだわ。」 リアシートからは、そんな楽しそうな会話が聞こえる。チラリと運転席を見ると、小さな溜め息をついてから、俺を見てくる雪乃がいて、その顔には、お母さんの雪華贔屓にはうんざりだわ ...と書かれているのが分かる。はは、確かにな、分かるさ、その気持ち。そう思いながら、コクリコクリと2回ほど頷くと、どうやら伝わったらしく、ふふ、と笑いながら、俺たちは目で会話をするのだ。と、気づけば、その大きな家具屋の駐車場に、車は到着していた。少しだけ遅れて、カーナビが目的地への到着を知らせてくれていた。 車から降りると、デニムのサロペットスカートの青いワンピースに、グレーのレギンス姿でポニーテールな雪乃がいて、片や、珍しくデニムパンツにシンプルな白シャツと言う組み合わせのお母さん。しかも、示し合わしたかのように、こちらもポニーテールで、2人が並んで歩く様は、もう間違えることなど無いくらいの美人親子である。つくづく思うが ...雪乃は本当にお母さん似なのだ。驚くくらいにそっくりで、だから、今のお母さんは未来の雪乃。 さらに、そこに黒のショーパンにグレーのパーカーを着込む雪華がいて、お嬢様っぽい白いフワフワしたワンピースの雪穂がいる。2人とも、これまたポニーテールで ...何なんだ?美人ポニーテール4人衆の出来上がりか?ポニーテールエンジェル?あ、複数系だからエンジェルス?ま、どうでも良いが。そこから疎外されて、男チームの俺と八起がいた。 地場の家具屋さんにしては、割かし大きな店構えのインテリア宮本。基本的には、家の家具はここから買っている。もっと言えば、事務局や雪ノ下関連の会社でも、それなりに利用しているだろう。宮本さんにすれば、かなりのお得意さんのはずだ。それに、地場と言っても、国内の有名ブランドはほぼ揃うし、地味に輸入家具も多く、ある意味、ニトリやIKEAなんかよりも、余程の高級店と言える。ちなみに、今回は、雪穂と八起のチェストを買いに来たのだが、雪乃がお母さんを誘ったら、珍しく暇だったみたいで、ランチがてらに行こうかしらね、と言うので、一緒に連れて来たのであった。 玄関まで来ると、慌てて数人の社員が飛んできた。筆頭にいるのは、オレンジのジャンバーを着た中背中肉に頭が薄い、いかにも日本の社長、と言う装いの宮本社長だった。その顔は血相を変えて、と言うのに相応しかったが。 その慌ただしさを見て、俺は気づくのだった。ああ、そうか ...お母さんを連れて行くって言ってなかったからな ...。 きっと、俺と雪乃の家族だけだろう、と予想していたら、駐車場からお母さんがいる事を確認して、誰かが慌てて教えたのであろう。お母さんの影響力 ...さすがである。 「いらっしゃいませ!いやあ、奥様もご一緒とは。いつも大変お世話になっております。事務局長も人が悪い!」 「あら、良いわよ。宮本さん、今日はただ娘夫婦にくっついて歩いているだけだから。何も気にしないで、構わなくて良いから。」 「いえいえ!そんな訳には参りませんから。」 「雪乃、八幡。ほら、選ぶものを選んで、早くランチにするわよ。」 「お母さん、大丈夫よ。すぐ終わるから。宮本さん、あの去年購入した、子供机とベッドがありましたよね?あれと同じ色合いのチェストが欲しいのですが ...ありますか?」 雪乃がそう言うと、あ、さいですか ...と、横にいる部下の女の子に、おい、去年の注文書持って来い、と指示を出していた。タタタッ、と静かに駆け出すその社員。へえ、なかなかしっかり教育されてるなあ。宮本社長、大したものだよ。 その去年に買った子供用の勉強机は、色々と悩んで、飛弾木工の天然ナラ無垢材の頑丈そうなものを選んだ。それで、最近は洋服も増えて、クローゼットだけでは整理しにくくなったので、並べておけるチェストが欲しくなった訳である。 2階の国内製木工家具コーナーに向かうと、丁度そこに到着したタイミングで、去年の注文書とやらをコピーしてきた社員が合流する。ふんふん、飛弾工業のな ...色がOF色のオイル仕上げか、などとブツブツ言いながら、カタログを見出す社長がいた。俺と雪乃は、ジッとその姿を見て待っている。お母さんは、下の階で、子供たちを従わせながら、ソファを物色しているらしい。 「あ、雪乃お嬢様。ありますね、はい。同じ色で同じシリーズのチェスト。」 「あ、良かったわ。それなら、それを2つ、お願いします。同じ色ならベッドに並べても違和感無いわね。良かったわ。」 ホッと一安心したようで、柔らかな表情になる雪乃。良かったな、と言いながら、俺は雪乃の手を取る。ふふ、ええ、本当に良かったわ。そんなふうに、呟く彼女がとても可愛らしかった。 「雪乃お嬢様、他には何かご入り用ですか?無ければ、一旦見積りを作ってきますから、それまでお待ち頂ければ有り難いのですが ...。」 ええ、大丈夫です。分かりました。と答えて、俺たちは手を繋いだまま、1階へと向かう。 と、その途中。階段の広い踊り場で、雪乃は立ち止まった。そこには、数々のリラックスチェアが置いてあり、彼女はその中の1つに心奪われたようで、しばらくの間、惚けるようにして、その椅子を見詰めていた。 それは、ラタンの ...つまり藤の編み上げで作られているパラボラチェアで、大きな丸形の、まさにパラボラアンテナのような大きな受け皿の上に、フッカフカの薄いグリーンのファブリック生地のシリコンビーズのクッションが敷かれている、言わば、ちょっとしたお昼寝用のリラックスチェアの類いのものだ。受け皿と台座は別々で、その上のお皿だけ、角度を自由に変えられる仕組みだ。ただ、雪乃が見ているのは、少しだけ、そこら辺にあるパラボラチェアとは様子が違う。何がって ...デカいのだ。 直径で軽く1m半くらいはあるだろうか。雪乃なら、少し背を丸めるだけで全身が苦もなく収まり、さらに赤ん坊を横に並べても有り余るくらい広い。どうやら、彼女は、そのパラボラチェアが、気になって仕方がないようだった。 「雪乃、欲しいのか?これ?」 「え!え、ええ ...そ、そうね。何だかお昼寝したら気持ち良さそうで ...。」 「置けるか?リビングにだろ?」 「置けるわよ、きっと。ソファを少しずらして、ベランダ側の窓の方に ...良いわね。どうしようかしら ...八幡、私、とっても欲しいのだけれど。」 唇をハムハムさせて、そのチェアへ指を指して、そう俺に聞いてくる。ははん、背中を押して欲しいみたいだな。チラッと値札を見る。は?13万円?この椅子が?た、高っ!とは言え、雪乃はもう買う気だろうがな。 ちょうどそこに、見積りが出来たらしく、階段下から俺たちを呼んでる声がした。俺は、社長~、と、宮本社長を呼んで、そのパラボラチェアの事を聞いてみる事にする。 はあはあ、言いながら階段を上ってきた社長。見積り、出来て、ます、よ、はあはあ、と息も絶え絶えだ。少し落ち着いたのを見計らって、いいすか?と、聞いてみる俺がいた。 「このパラボラチェア、高いんですけど、こんなもんですか?」 「あ?ああ、これね。この超巨大パラボラチェアね。これ、バリのメーカーが試しに作ったって言うんで、どんなものかな?って仕入れてみたんですけど、何が困るってデカ過ぎて売れないんです。しかも、輸入する時も通常の梱包でコンテナ入らないから、結局また別ルート使ったりして、それもあって高くて余計に。もう2度と仕入れないでしょうね。」 「それじゃ、勉強してくれるのかな?」 「え?事務局長、お買いになるんですか?」 「ええ、値段次第では ...。」 え?本当に?と、宮本社長は驚くと同時に、その踊り場から数段だけ下がった辺りまで歩いて行った。そして、誰かに電話をする社長。どうやら、仕切りを確認しているらしい。すると、了解、と答えて電話を切ってから、苦虫を潰したかのように、くぅー、っと笑いながら戻ってくる。 「はあ、悩み所ではありますが ...ようがす。半額の7万円でどうですか?」 「あら、宮本さん。半額なら6万5千円でしょ?違う?」 「雪乃お嬢様 ...消費税ですよ ...。勘弁してつかあさい ...。消費税込7万円。端数切りますから、ね?何とか7万円でお願いしますよ。」 「ふふ、冗談です。ええ、それでは、こちらのパラボラチェアも一緒に買います。ちなみに、このチェアだけ、今日中に運んでもらえますか?」 「今日中ですか?分かりました!承りますよ。ぜひお任せください!おい、誰か!このパラボラチェア、下に下ろしてくれ!」 その言葉を聞くと、ぱあ!と明るくなって、もう家に到着するのが待ちきれない、と言った感じで、幸せ一杯の顔になる。そんな雪乃が可愛くて、では参りましょう、と、前を歩いて階段を降りる宮本さんの目を盗み、俺は、彼女の横の首筋にキスをした。その突然のキスに、一瞬、あんっ、と思わず、体を捩りながら甘い声を出しそうになってしまい、慌てて口を両手で押さえる雪乃。周りをキョロキョロと見ると、プンプン怒りながら、俺を軽く叩いてくる。 「ば、ばか!不意にそんなキスして ...そ、その、変な声が宮本さんに聞こえたらどうするのよ!」 「ん?そうだったな ...妊娠してて敏感になってるの、すっかり忘れてた ...すまん。悪かったって。でも、雪乃が、その、なんだ ...なんかすげえ可愛いくて、つい ...な?」 ポンッ!と顔を真っ赤にする雪乃。顔を俯かせていたかと思うと、俺の身体に彼女の肢体を預けてきて、耳元に少しだけ背伸びをすると、吐息と一緒に囁いてくる。 「もう ...どうして ...そう節操が無いのかしら ...困った人だわ。」 そう言って、俺から体を話す時に、クスリ、と笑う雪乃。口許が、ね、八幡、と動いて、ニコッとする。 ボンっ!と、次は俺が真っ赤になっただろう。見事に彼女の術中にはまっていく俺がいて、雪乃はふふふ、と小悪魔っぽく笑っているのだった。 その時に、不意に敵の奇襲を受ける。 「ちょっと!八幡!雪乃!そんなところでイチャイチャしないで良いから早く降りてきなさい!」 「はいっ!!」 「ひゃいっ!」 2人して、その階段下を見ると、そこには腕組みして仁王立ちするお母さんがいて、その後ろから、ニヤニヤと、俺たちを隠れ見る雪華の姿があった。と、雪穂と八起が、パタパタと階段を上ってきて、俺と雪乃の手を、それぞれ掴んでくる。 「お父さん?雪穂、お腹が空きました。おばあちゃんが早く食べに行きましょう、って言っています。だから、下に来てください。」 俺は返事をする前に、よいしょ、と雪穂を抱っこする。隣を見ると、八起が雪乃と手を繋いで、おかあさん、あかちゃんいるからかいだんゆっくりね、と心を遣わせていた。 2人の目が合う。どちらからともなく、微笑む2人。それは、とっても幸せな証だ。 ........................ あれからランチを食べて、チェアの配達時間のこともあり、雪乃と雪穂と八起は、一度マンションへと送ってきた。あとは、お母さんを送るだけだから、雪華も来なくて良いぞ、と言ったのだが、一緒に行くよ、と、着いてくる。しかし、どうやら、そこには何かの企みがあったらしく、本宅へ行くと、雪華は何やら大きな紙包みを持って、その立派な屋敷の玄関から出てきた。 「雪華、なんだ、それ?」 「えへ。あのね、デジカメ。」 「は?何でだ?」 「ほら、この間の模試、一応は全国100位には入ったから。そしたら、おばあちゃんがご褒美にくれたの。」 「ふうん、そうなんだ。」 相も変わらず雪華は頭の出来が大変よろしいので、私立中学受験の為の模試を受けているが、全国ランキングに、良くまあ入るのだ。とは言え、今の私立も、そこそこ悪くないので、今回はそのままエスカレーターで中等部へ上がる。もしかしたらアメリカ留学か?という可能性もあったが、雪乃の時の失敗でお母さんも懲りたのか、今回は特に何も言ってこなかった。 ガサガサと、袋からデジカメを出すと、流行りのミラーレス一眼で、とても可愛らしいデザインのタイプだ。革のケースも女の子が持つにはピッタリのデザインで何とも楽しげだった。オリンパスのpen?ああ、確か一時期大流行してたやつだな。 「なあ、それ、お母さん知ってるのか?」 「え?知ってるよ。」 「そうか、なら良いな。なあ、雪華?」 え?と、そのカメラを弄くり回す手を止めて、雪華はこちらを見てきた。どうしたの?と、その続きを待っているようだった。 「雪華が、おばあちゃんと仲良くするのは、全然構わない。むしろ、もっと仲良くしても良いまである。でも、気を付けろ。お母さんを、ないがしろにするのだけは絶対にダメだぞ?分かったか?」 「んもう。そんなの分かってるよ。本当にお母さん好き好き人間なんだから ...ようは、あれでしょ?お母さんには、嫉妬心を抱かせず、不信感を与えず、常に序列を意識しろ、って事でしょ?」 「なんだろうな。確かにその通りだが、小6に言われる台詞じゃないな ...。かなり、イラッとする。」 「はあ。そんな事言われても ...でも、言ってることは正解でしょ?ね、お父さん?」 ふふ、と笑う雪華は、どこか大人びていて ...いや、もう大人で、何もかもを見透かしているように思えてくる。まあな、あのお母さんに、雪乃の血を持つのだもの ...ハイスペック上等か ...こりゃ、いつか俺も敵わなくなるだろうな。 「どれ、雪華。そろそろ、3時のおやつだ。なんか買って行こうか?食べたいものあるか?」 「ええと、そうだなあ。何だろ?ケーキ?クレープ?あ!分かった!お父さん、たい焼き!たい焼き、買って行こうよ!中身は、こし餡とクリームのね。」 「ふ、クリームのたい焼きなんて、邪道だな。」 「はいはい。邪道でも何でも良いから、お父さん、たい焼きさんに寄って。」 .................. その雪華が大好きなたい焼き屋さんの真ん前に車を駐めて、カリカリの焼きたてホカホカのたい焼きを注文した。 「あら、いつもの男の子はどうしたの?」 とか言う、たい焼き屋のおばさんの発言が気になるが、多分それは陽人の事だろ。さては、都築さんにわざわざお願いして、2人で寄り道して食べてるな ...都築さんに確認しても良いが、きっと雪華の事だ。都築さん自身をたい焼きで買収している可能性もあるから ...ま、そもそも、あの人は簡単に口割らなそうだけど。 マンションに到着すると、たい焼きの入った袋を振り回す雪華を先導に、俺たちはオートロックを解除してエレベーターに乗り込んだ。止めて!振り回すのは止めて! 「ただいま。」 「たっだいま~!」 玄関に入って、帰宅の挨拶をするも、誰のお迎えもなく、リビングからは何やらテレビの音が聞こえてくるだけだ。 と、雪華の髪が、ピンっ!と立ったような気がする。何かを理解、いや察っしたらしい。彼女は俺の方を振り返ると、ニヤリと笑い、静かに静かに潜航してリビングへと歩いて行った。俺も、靴を脱ぐと、その航跡を静かに後を追う。 そっと、顔だけをリビングに入れると、ビエラには世界ネコ歩きのメルボルン編が流れていた。山田孝之がナレーションをした珍しい回で、雪乃のお気に入りのやつだ。 スススッ、と雪華がこちらへと走ってくる。何それ?あなた、もしかして忍なの?彼女は、ニコニコして、少し興奮気味だ。そして、俺の横に来ると、楽しそうに話をし出してきた。 「お、お父さん!や、ヤバイよ!何?あの40歳!もう猫みたいに寝てるの!超カワイイ!」 そう言い残し、待ってて!と、謎の言葉を呟きながら、自室へと走っていく雪華。 俺は、ソロリソロリと、その新しく運び込まれたラタンのパラボラチェアへと近付く。ちょうど、我が家のL字に配置されたカリモクのソファの、そのL字の空いていた部分の空間にキレイにフィットするように置かれた、そのチェア。 そのライトグリーンのクッションの上には、グレーのワンピースパーカー ...丈がものすごく長くてミディアムスカートくらいあるように見える、そんな部屋着を着て、ニーハイを履く雪乃が背中を丸くして、コロン、と寝転がっている。長い黒髪が顔の上で乱れ、そのクッションにも拡がっていた。その前に置かれる手が、胸の前で小さくキレイに揃えて畳まれて、まるで猫の前足のようになっている。それだけでも、もう十分すぎるくらいに可愛いのに、お腹のところには同じようなポーズで寝る雪穂がいて、背中にはニクスがいて、八起は ...あれ?八起 ...と探すと、隣のソファで寝ているのを見つける。 「こ、これは ...可愛すぎるだろ ...確かに、ヤバイ。紛れもない天使だ。いや、女神か?か、買って良かったかも ...。」 トン、っと、背中を叩かれて、ん?と振り返ると、手にはハロウィンで使った猫耳カチューシャを2つ持ち、首から下ろし立てのカメラをぶら下げる雪華が立っていた。 ニヤニヤした面持ちで、雪乃と雪穂に、ささっ、と猫耳を装着すると ...うわおぉぉぉ!やべっ!やべっ!やべっ!マジで、やっばいくらいに可愛い、俺の嫁と娘。 「か、可愛すぎて、気が遠くなってきた ...。」 カシャッカシャッカシャッ! カシャッカシャッカシャッカシャッ! カシャッカシャッカシャッカシャッカシャッ! フラフラする俺の横では、遠ざかったり、近づいたり、と、プロのカメラマンのように、慌ただしく写真を撮る雪華。 あ、そうだ ...俺も負けていられないぞ。スマホで写真を撮って、壁紙にしなくちゃ。と、慌てて、何枚も写真を撮り始める。多分50枚くらいは撮っただろう。と、アップで雪乃の顔を撮ろうとした時に、ミャー、と雪乃が鳴いたので、うおお!と一人勝手に驚いてしまう。ま、なんの事はない、ニクスが鳴いただけなのだが。落ち着けって、俺 ...。 雪華と2人で、騒ぎ過ぎたせいもあり、しばらくすると、雪乃は目を覚ました。 「ふぅ ...んん、良く寝たわぁ。ふわあ~。あら?帰っていたのね。お帰りなさい。ああ、疲れが取れたわね。このチェアは買って大正解。気持ち良いわ。う~ん。」 背伸びをしながら欠伸をして、半身を起こすと、雪穂とニクスを優しく微笑んで見遣ってから、交互に頭を撫で始めた。ニクスは起きて、タタンッ、とチェアから降りて行ったが、雪穂は、まだまだソファの上の眠り姫だった。 「ふふ、可愛いわね。って、あら、この猫耳、なに?って、え?あ!いつのまに!私まで着いてる!」 「あ!それね、お父さんが、可愛いから着けろ、って。」 「は?ば、ばっか!そんな事を言った覚えは無い!勝手に着けたのは、雪華だろ!お、俺は ...何もしてない。」 「へえ。お父さん、可愛い可愛い、って、ずっとニヤニヤして言ってたのに?今さら、共犯じゃないって言ってもね ...。」 「あ、あなたたち!どちらがどちらでも良いわ!ほら!そこに2人とも座りなさい!」 「「はい ...。」」 すると、ほれほれ、出しなさい?と、手のひらを、俺と雪華の前で、ヒラヒラさせながら、チェアから降りてくる雪乃。はあ、と溜め息をついて、俺はスマホを渡す。それを見た雪華も観念したように、そのデジカメを渡した。 雪穂はまだまだ眠っている。そして、その没収品を手に持ち、雪乃はまたチェアへと戻っていく。 「あら、このデジカメ、あれかしら?お母さんがご褒美に買ってくれたやつかしら?」 「うん。そうだよ、お母さん。」 「へえ、お洒落で良いわね。あ、ふふふ、本当に可愛いわ。良い写真が沢山あるわね。雪華、取って置きの1枚を選んで、お母さんに頂戴ね。会社のノートPCの待受にするから。あ、お父さんのにも入れてあげましょうね。事務局で、姉さんが見たら大騒ぎしそうだけど。それはそれで良いザマね。」 「ちょっと!今の酷くない?なあ、雪乃。」 そう言うと、クスクス笑いながら、こちらをチラ見してくる彼女。とりあえず、そのカメラの検閲は終わったらしく、無事に雪華へと返されていった。次は俺のスマホの番らしい。 俺は、ジトッとした汗を掻き出していた。実は、本の数枚だけ、いや、本当に2枚か3枚なんだが、ちょっとエッチっぽい、そう、あくまで、っぽい、写真を撮ったのだ。それが見つかったら ...。 ボフッ!と、クッションが投げられて、俺に当たった。あ、はい、見つかりましたね。 その様子を見て、何かを悟った雪華は、急にパッ!と立ち上がる。 「お、おお!そうだった~!友達に借りてた本を返さなきゃいけないんだ!ええと、ちょっと出掛けてくるから~!晩御飯前には帰るからね~!バイバイ!」 そう言って、バタバタしながら自室へ行き、そのうちに、パタン、と玄関のドアの開閉音が聞こえる。なにそれ?そのスキルは何とも小町っぽいぞ。さては、この間の旅行で、なんかスキルを授かったな?まったくもう、小町ちゃんったら! と、前を見ると、雪乃は、プルプル震えている。あら、やだ、これって ...ヤバイ! 「八幡!ば、ばか!なんてものを撮ってるの!ちょっ、ちょっと!さすがに、これは犯罪よ!セクハラ相談室に電話しなきゃ ...。」 「お、おい、待て!そ、そんなにヤバイのは撮ってないだろうが!」 「よ、良くそんな事を言えるわね!こ、この写真なんて、私のショーツ写ってるじゃないのかしら?八幡のその目は、節穴?それとももっと悪い ...。」 「い、いや、それはだな ...そのワンピースパーカーが、何ともエロくてだ ...ついつい。そ、それに、そのライトグリーンのショーツ、チェアのクッションとお揃いで、なにこれ可愛い!くらいのものだろ?な?」 「こ、この男は、最低なことを言っているという自覚があるのかしら?しかも、自分が、今進んで罪を認めたことに気付いていないようね ...エロいと言った上に、ショーツの色まで確認してるじゃないの!し、しかも、何なの?この、太ももばっかり撮った写真は!」 「いや、それはだな ...その、絶対領域の美学、ってやつだ。ああ、そうだ、別に、いやらしい気持ちで撮ってる訳では ...。」 「ばか!変態!八幡!もう知らない!」 そうスマホを、俺にすっ飛ばして来ると、彼女は、パタパタと自室へと走って行ってしまった。 ふう、やれやれ ...と、独り言を呟きながら、俺は、床に落ちたスマホを拾うと、眠っている雪穂と八起に、ブランケットを掛けてから寝室へと向かう。 ドアノブを押してドアを開くと、そこには、上気した顔の、猫耳を着けたままの雪乃が立っていて、そのパーカーのファスナーは、既に胸元まで下ろされている。キレイな胸の谷間が全て見えていて、汗で少しだけ光っていた。 「ああ ...八幡 ...ねえ、子供たちは?」 「ん?仲直りするまでは、きっとまだ眠ってそうだけどな。」 「ふふ、じゃあ ...仲直りしましょうか?」 「ん?そうだな ...。」 「あ、でも、キスだけね。そこから先は ...さすがに ...また今度。」 俺は後ろ手で鍵をかけると、彼女を抱き締めて、そして首筋にキスをした。 「あ、ああ ...は、はん ...八幡 ...好きよ、大好き。あの、変な写真は必ず消してね。見たければ、いつでも見れるでしょ?」 「ん?ま、そうだな。」 「そうよ。それで ...あの、普通に撮ったのは、とっても可愛かったから ...待受の壁紙にしてね。」 「う、うん。分かった。え、ええと、雪乃、愛してるから。」 「え?ふふ、ニャ ...ニャ、ニャー。」 はい?なんすか、それ?思わず、キスしていた唇を、雪乃の肌から離す俺だった。頭の上には、まだ猫耳がある。あ、そうだ、それ、まだ取ってなかったんだっけ。そうか、だから、猫ノ下さんになってる訳か ...。 「ちょ、ちょっと、は、恥ずかしいんだから ...と、止まらないでよ ...。」 「い、いや、それ ...可愛すぎて ...なんか惚けてしまうんだけど ...。す、すまん。」 「え?え?そ、そう ...ふふ、じゃあ、おかわりね。ニャー、ニャー、ニャー ...。八幡。愛してる。ニャンニャン。」 「ダメだ!それ、ダメだ!止めてくれ。そ、そんなに可愛かったら ...ダメだろ?我慢できなくなる。また今度なんて無理だ、って!」 「そ、そんな事を聞いたら ...ますます、よね。ふふ。ニャーニャーニャーニャーニャーニャー ...。」 「だから ...もう、困った ...こ、こ、こ子猫ちゃんだ ...。分かったから!ほら、たっぷり猫可愛がりしてやるから。な?」 「ニャン!ニャンニャン。ニャー。か、可愛いかしら?私 ...。」 「あ?そうだな。そりゃ、可愛いさ。とってもな。」 「アラフォーでも?」 「はあ?40歳になって ...ますます ...良い女、に ...なったじゃあねえか ...。」 「そ、そう ...。ふふ。ニャンニャンニャ!」 と言う事で、我が家のもう一匹の猫は、もう本当に真底、猫になってしまいました。なんだそれ!可愛い過ぎ!く、癖になりそうなんだけど ...これ ...。 [newpage] [chapter:19.え?戸塚結衣さんが帰ってくるって?] とある火曜日の夕方近く。事務局の応接室で、俺は、1人の男性を面接中だ。テーブルを挟んで向かい側には、都築さんと、その息子さんが座っている。几帳面さが伝わるキレイな字で書かれた履歴書には、都築剛と書かれていて ...その経歴はとても興味深くて面白いものがあった。目の前には、深々と頭を下げて、お願いをして来る都築さんがいる。 「八幡さん、どうか、よろしくお願い致します。親子二代で雪ノ下家に仕えることができて、私は ...とても嬉しいです。」 「都築さん ...仕えるだなんて。こちらこそ、よろしくお願いします。私としても、とても頼りになりますし、有り難い事です。」 その30歳の青年は、ガッチリとした体格でいながら、かなりの長身な事もあって、不思議とスラリと細い印象を持っていた。都築さんに似た優しい面持ちで、なかなかの美男子と言える。親子揃って、フィリピン柔術のカリを嗜んでいて、その教室で講師を勤める傍ら、民間ボディガード会社に登録して、俳優や歌手などの身辺警護などをする仕事をしてきたそうだ。 今回、その彼が都築さんの紹介で、その父親同様に、雪ノ下家の車両管理の仕事をする事になった。一応は面接とはなってはいるが、都築さん自身が身元引き受け人となり、退職するまでにきっちり仕事を教え込む、と約束してくれたので、この採用はほぼ決まっていたのである。 「剛さん。それでは、来月からよろしくお願いします。お父さんは、知事の事務局所属ですが、剛さんには陽乃さんの事務局に所属してもらいますから。あ、ちょっと待ってくださいね。」 俺は、応接室のソファから立ち上がり、ドアを開いて岩田さんを呼んだ。ちょっと来てくれ、と手招きをすると、はあい、と、そのセミロングの髪を揺らしながら歩いてくる岩田さん。 「はい、局長、何か御用で ...しょうか ...。」 岩田さんは、その青年を見て、顔を赤くすると、そのまま静止して、言葉を止める。 「お、悪いな。岩田、こちら来月から、車両管理と運転手として働いてもらう、都築剛さん。」 そう紹介すると、彼は、すくっ、と立ち上がり、岩田さんにお辞儀をした。 「初めまして。都築剛と申します。どうぞよろしくお願いします。」 「剛さん。詳しい話は、この後、岩田としてください。あ、都築さんは、確か、これから県庁ですよね?16時でしたか?」 「ええ、そうです。もう時間ですね。では、お先に失礼します。剛、八幡さんの言うこと、きちんと聞くんだぞ。では。」 分かってるから、と、息子が言うと、また俺に頭を下げて、都築さんは応接室を出ていった。ふと見ると、いつも元気一杯の岩田さんが、未だに剛さんを見つめて動きを止めていた。 「岩田?おい、岩田?どうした?」 「は、はいっ!す、すいません。何だか、ちょっと ...。」 「大丈夫か?体調悪いなら無理するな。そうしたら、総務で契約とか云々の話を進めてくれ。これ、書類一式な。あ、ここ ...応接室、使って良いぞ。じゃあ、剛さん、よろしくお願いします。」 今度は俺が頭を下げて、その部屋を出る。深々と頭を下げてくる、その息子さん。あとよろしくな、と、岩田に片手を振ると、何だかぎこちなく、コクリとして、わ、分かりました、と返事をして来るのだった。見ると、ほんのりと頬が赤い。思わず立ち止まり、岩田さんに聞いてみる。 「岩田、顔赤いぞ。もしかして風邪 ...。」 「きょ、局長!赤くなんてありません!全然赤くないです!そ、そんな事 ...。」 「そ、そうか ...いや、熱とか無いか心配なだけで ...。なら、良いさ。じゃあ、頼んだからな。」 パタン、とドアを閉め、ふぅ、と溜め息を吐きながら、俺は自分の机に戻ってきた。1つだけ背伸びをしてから座ると、須藤さんが、すっと、目の前の椅子から立ち上がり、ニヤニヤしながらこちらへと近付いて来る。 「局長?あの人 ...都築さんの息子さん。採用するんですか?」 「おお、決めたぞ。来月からな。今、岩田が手続きしてる。」 「本当ですか?良かった!ちなみに、結婚してますか?彼女はいるって言ってましたか?」 須藤さんは、何とも楽しそうに俺に聞いてくる。それは、ちょっと女子高生みたいな会話で、お互いに少し気恥ずかしいまである。 「ん?なんだ?お前、岩井さんいるだろうが ...。」 「ち、違いますよ!岩ちゃん ...あ、すいません。岩田さんですよ、岩田さん。あの息子さん、岩田さんの超タイプなんですよ。さっきからソワソワしてて ...。」 あ、そうか、だからか。いつもの岩田さんらしくないなあ、とは思っていたが、それであんな感じだったのな。 「なるほどな。ちなみに、結婚はしていない。彼女もいないみたいだぞ。あ、そっちは都築さんが言ってた。女の子が寄り付かない、とかなんとか、って。」 「ええ?そんな事 ...絶対に無いと思うなあ。あんなに格好良いんだから ...。」 「何なら、須藤。お前も乗り換えるか?」 「え?わ、私ですか?局長 ...冗談は止めてください。岩井さん、私の事 ...ものすっごく大切にしてくれますから ...幸せですよ。」 「そ、そうか ...なら、まあ、なんだ ...ご、ご馳走様。」 なぜか、互いに顔から火を吹く、俺と須藤さんだった。俺も割りと雪乃の事を大切にしている方だとは思うが、そうもデレデレしながら言われると、かなり恥ずかしくなる。あっ、電話!と、照れ隠しなのか、事務局に掛かってきた電話を慌てて取るのに、また机へと戻っていく須藤さんを見て、俺はそこから逃げ出すように、大谷さんに15階のカフェに一休みに行ってくる、と伝え事務局を出た。 腕にあるグランドセイコーを見ると、ちょうど15時半。休憩の時間を過ぎているのもあってか、そのカフェテリアの人は疎らだった。こんなので商売が成り立つのか?不安になる時もあるが、一応は雪ノ下グループの直営なので、赤字でも潰れる事はないし、何より、実はそれなりには儲かっているらしいので、まずは一安心と言う所だと聞いた。 「あ、雪ノ下事務局長、お疲れ様です。」 そこの20歳ちょっとの若いバイトさんが、そう優しく挨拶してくれる。 「ああ、お疲れさん。さて、と ...ええと、まずアイスカフェオレを。あとは、そうだな、そのチェリーパイを、もらおうかな?」 「ありがとうございます。ちなみに、チェリーパイ、これでラストなので、いつもお世話になってますから、このサイズのままサービスしますね。」 そう言うと、4分の1サイズのまま、お皿に乗せてくれるのだった。まあ、有り難いと言えば有り難いが ...そんなにいらない、という気持ちも無きにしもあらず。とは言え、折角の好意を無駄にさせない為にも、俺は満面の笑みで、ありがとうございます、とお礼を言うのだった。 トレーを持って、大きな1枚ガラスな窓際の、二人がけの席へと座る。いただきます、と小さく1人呟き、カフェオレを一口飲むと、雪ノ下ホットラインが鳴った。ん?誰だ?と、その小さな液晶ディスプレイを見ると、珍しく、そこには雪ノ下雪乃の名前が見える。スマホじゃなくて、ホットラインの方とは珍しい。 「もしもし。どうした?何か用か?」 「あら、随分ね。用があるから電話をしてるのだけれど。」 「そうか、すまんな。悪かった。で?何だ?」 「ところで、八幡、今どこにいるの?随分と後ろが静かだけれど ...。」 「ん?15階のカフェテリアだが。」 「あ、そうなの?ふふ、そうやって仕事をサボって ...いけない人ね ...。待っていて ...私も行くわ。」 そして、そのホットラインが切れると、俺は、ふむ、と思って後ろを振り返り、さっきのバイトの子に、ホットのストレートティーを追加で注文する。 電話から大した時間を待たず、グレーのスーツにポニーテールの雪乃はカフェテリアへとやって来た。お待たせ、と言いながら、そのテーブルのもう1つの椅子を引いて座る。タイミング良く、同時に、雪乃の前に紅茶が置かれた。 「あら、頼んでおいてくれたのかしら?しかも、何?そのパイ。チェリーパリ?もしかして、私の分も?」 「うん?あ、ああ、まあな。ほら、食べたいなら食べて良いぞ。」 「そう?なら、頂こうかしら。ありがとう、八幡。」 その小さなフォークで、キレイにパイを切り取ると、ゆっくりと味わうように口許へと運んでいく。俺は、それに見惚れていた。さすがに社内だ。公にイチャイチャは出来ないが、雪乃は俺の太ももに、彼女の太ももを優しく擦り寄せてくる。ついつい、その彼女の太ももに、手を置いて、さわさわと感触を楽しむ ...が、ちょ、ちょっと ...と、その俺の手は、雪乃の柔らかな手によって、机の上へと連行されて行くのだった。と、そこで、俺は思い出した。 「あん?何か用事あるんじゃなかったのか?」 「あ、そうよ、そう。八幡、私、早退して先に家へ帰るわ。」 「え ...ど、どうした?熱あるとか、か?」 「いいえ。体調は大丈夫なのよ。じ、実は、さっき連絡が来て、由比ヶ浜さん、こっちに帰ってきてるんですって。実家にいるそうよ。それで、今夜、うちに泊まりたい、って言うから ...。」 「ああ、なるほどな。準備とかあるものな。」 「そうなのよね。色々と ...。そう言う事でよろしく。今日は1台で来てるから、帰りは?どうするのかしら?」 「ん?まあ、何とかなる。いざとなれば、会社の車で帰るから大丈夫だ。雪乃こそ、気を付けてな。」 コクリと頷くと、ポニーテールがフサフサと揺れて、彼女はまたチェリーパリを食べ始めた。 「ふふ。美味しい。八幡に電話して良かったわ。」 「良かった ...わ、か。そうだな。俺も、思いがけずに、こうやって雪乃とお茶出来て良かった。」 「え?そ、そう ...そんなに言われると...て、照れちゃうわね。ふふ。嬉しい。あら、時間 ...それじゃあ、お先にね。」 ゆっくりと立ち上がる時に、その膨らみ始めたお腹に触れる。その手に、彼女は自分のキレイな両手を重ねてから、小さく片手を振ってきた。そして、俺の右耳に、軽いキスをして、雪乃はいなくなるのだ。と、途端に寂しくなる俺がいて、思わず、その右耳に軽く触れてみた。何となく、まだ温もりがあるような感じがしたから ...。 さてと、そろそろ戻るとするか ...お皿の上には、ほとんど一口サイズ分しか残っていない、チェリーパイ。それを手で摘まんで、口の中に放り込むと、程よい甘さと酸味があり、その美味しいパイの味が口一杯に広がった。 「甘いな。本当に ...雪乃も、由比ヶ浜には本当に甘い。」 由比ヶ浜が帰ってくるというだけで、あの堅い雪乃が仕事を早退する。そんな、彼女の嬉しそうな笑顔と、あまり他の人には見せることのない甘さ加減に、俺は何だかとても面白くて、少し嬉しくなる。 うーん、と背伸びをして、仕事へと気持ちを切り替えた。 あ、そうだ ...戸塚は?一緒なのだろうか ...き、気になるな ...。 ..................... 事務局のプリウスPHEVを、マンションの地下駐車場の充電スペースに駐める。ケーブルを接続して、給電カードを翳すと、俺は頼まれたケーキの箱と、アタッシュケースを持って自宅へと向かった。 「ただいま。」 玄関に入り、そう呟くと、のそのそ、とニクスが歩いてくる。この間の発作以来、目に見えて衰えていく愛猫。わざわざ出迎えてくれる事さえ、もう良いから休んでろ、と伝えたい気持ちで一杯になった。 「ニクス、調子はどうだ?疲れたのか?」 靴を脱ぐのに、玄関に腰を下ろすと、その太ももに、体を擦り付けてきた。何とも愛おしくなる。 リビングからは、ヴァイオリンの音色が聞こえてくる。とても上手で、最初はCDか何か、かと思ったが、どうやら違うようだ。曲は、パイレーツ・オブ・カリビアンの、あのテーマ曲。伴奏にピアノがついていて、こちらは雪華だとすぐに分かった。とするならば、ヴァイオリンは?誰だ?まさか由比ヶ浜なのかな?玄関先にある可愛らしいピンクのスニーカーを見て、俺はその昔からの友人の来客を確認するのだ。由比ヶ浜がヴァイオリン ...それは無いだろ、と、自分で笑いながら突っ込みを入れた。 リビングに入ると、ピアノの前には、小学校低学年くらいの、とてもキレイな顔立ちの男の子が立っていて、鷹揚豊かに、その小さなヴァイオリンを弾いている。その顔は、どこかで見たことのある顔で、戸塚と由比ヶ浜の子だと一目で分かる。父親に似て中性的な魅力に溢れていて、カッコいい、と言うよりは、間違いなく、キレイ、と言う言葉がしっくりとくる。 その男の子が、俺に気付いたらしく、演奏をしながらウインクをしてくる。なっ!なんだそれ!お前 ...アメリカ人か?あ、そうか ...アメリカ暮らしだものな。そう思うと、以前に雪乃が話していた事を思い出した。小さい頃からバイオリンを始めて、今は世界的に有名な演奏家の元で勉強している結人。既に、何度か舞台にも立ったことがあるとか ...すごいな、それ。前に見た時には大分小さかったからな ...立派になったもんだ。 「あ!ヒッキー!Yeah halo!」 「は?」 懐かしい少しオレンジがかる茶色の髪 ...とは言え、長さはかなり長い。ショートボブだった高校時代に比べれば、今はセミロングくらいはある。デニムのパンツに、白いニットのトップスを着る、その高校時代からの友人、由比ヶ浜 ...あ、今は戸塚結衣か ...彼女がソファから立ち上がり、俺に手を振って挨拶をして来るも、そのやっはろー、があまりにも適当すぎて、返り討ちにしてやらなければ気が済まない自分がいた。 「ちょっと、ヒッキー。は?って、今の何? ...4年振りなんだよ?なんか他に無いの?どう?例えば、うわー、元気だった?とか、さ。」 「いやいや、由比ヶ浜、良いか?さっきのは、いやーはろー、であって、決して、やっはろー、では無いぞ。」 「え?こ、細か ...ちょっと良く聞いてて。Yeah halo!って、ほら、やっはろー、に聞こえるでしょ?」 「言い方だろ!言い方!お、お前、まさか、向こうで使ってるのか?」 「うん。使ってるよ。みんな、普通に挨拶してくれるし。」 「それは、あれだな ...ちょっと、この子、薬やってる危ない子なのかな?とりあえず、挨拶しておこうかな?の挨拶だな。」 「え?ちょっと、失礼だってば!ゆきのん。何とかしてよ!」 雪乃は、俺がリビングに入った時から、スーツの上着と荷物を受け取り、ダイニングの椅子へと置きに行っていた。と、その由比ヶ浜の声で、こちらを、その黒髪を靡かせながら振り返ってくる。お気に入りの麻地の青いマタニティワンピースがサラサラと音を立てて裾が動く。 「ふふ、八幡。そんな事ばかり言っていないで、久々に会ったのよ。たまには良いじゃないの。」 「ん?ま、そうだな。由比ヶ浜、久々だな。お帰り ...で、その子が結人か?」 「そう、結人だよ。何回も会ってるじゃん。忘れたの?」 「いや、大きくなってて、驚いた。しかも、キレイなんで、尚更 ...な?」 すると、演奏を止めて、こちらへと近付いてきて、ヴァイオリンを片方の手で持ちながら、もう片手を差し出して挨拶をして来る結人がいた。 「Hello Mr. yukinosita. It's a pleasure to meet you sir.」 「Make yourself at home.please call me Hachiman.What should I call you? 」 「uh huh call me Yuito ...。」 あはーん、てか。お前随分と上からじゃねえか。しかも、初めてじゃないよ。まあ、物心ついて ...んん、初めてみたいなもんか。などと、結人と握手をしながら思っていると、後ろでクスクス笑う雪乃に気付く。 「何だよ。」 「ふふ、え?いえ、何か堅苦しい英語ね、って。」 悪かったな ...どうせ、英会話教室で習った英語だ ...。それでも、少しはネイティブっぽく話そうって、努力してるんだがな ...。 「あ、ヒッキー。結人の為にも、英語じゃなくて、きちんと日本語で会話してあげてね。まだ日本語、不得意だから。でも、ゆきのんもヒッキーも、雪華ちゃんも、普通に話せるんだもんね。それはそれで面白いかも。」 「え、そ、そうね ...一応は嗜みくらいは ...ね、ふふ、八幡?」 見ると、ニヤニヤした顔で、こちらを見入ってくる雪乃。 「は?さては、雪乃、馬鹿にしてるだろ。」 「冗談よ、冗談。基礎語学力はあるのだから、それこそ1ヵ月も向こうで暮らせば、きっと何の憂いもなくなると思うけれど。どうかしら?」 「まさか ...俺は死ぬまで千葉で暮らすから遠慮しておく。」 右手で、ネクタイを緩めながら、もう一度日本語で挨拶をしに、結人と向き合った。正面から見ると、ますます戸塚に似ていると感じる。肌は透き通るように白くて、由比ヶ浜の血が、更に顔を整えているようだった。きっと、ヴァイオリンでも何でも、ステージに立てば、映えるであろう、その顔立ち。根っからのスター性って、こういうものなんだろうな、きっと。 「改めまして、結人、本日は来日して頂き、心から感謝します。元気か?」 「ええ、と ...あらためまして?ほんじつ?らいにち?かんしゃ?げんき?あ、元気!か ...は、はい、元気です。」 ゴフッ! いきなり裏拳を入れられる俺。 「ヒッキー!いきなり難しい言葉使わないでくれる!結人が混乱してるし!もう!」 「だ、だからって、いきなり裏拳入れるやつがあるか!お前、さては、過保護だな!」 「は?過保護?そんなの、ヒッキーに言われたくないし!ヒッキーだって、過保護じゃん!」 「は?俺が?誰に?」 「ゆきのんに!」 「おま!ちょ、ちょっと、待て!俺は断じて、過保護じゃない!」 「過保護だから!ゆきのんの事、大事にしすぎ!どんだけ愛情かけてるの!てか、妊娠したの知らなかったし!信じられない!何人作るの?キモッ!」 「キ、キモッ、って!ん?何?なんだって?え?し、知らなかったの?」 俺は、その勢いのまま、由比ヶ浜の隣に並ぶ、真っ赤な顔の雪乃を見る。すると、コクリコクリと、2度ほど頷いて、しどろもどろになる彼女。気持ち、あたふたする所を見ると、きっと俺が帰ってくる前にも、その同じやり取りがあって、色々と問い詰められたのだろう。 「だから、由比ヶ浜さん ...謝ったでしょ。性別がはっきりしたら、って思ってたのよ。ごめんなさい。」 「ああ、雪乃、そう言うことか。なあ、由比ヶ浜、良いだろ?な?」 「ううん ...なんか、もっと早く知りたかったんだもん。そうしたら、プレゼントも買ってこれたし。なんか、モサモサして、フニャフニャした感じのチョー可愛い、Wow!な感じの大きなヌイグルミとかさ!もう、部屋一杯になるくらい買ってきたかったのになあ!もう、ドサーッ!って!」 「由比ヶ浜さん、き、気持ちだけ ...ええ、その気持ちだけ、受け取っておくわ。ねえ、八幡?」 「そ、そうだな。あ、ありがとな、由比ヶ浜。」 「どうしたの?なんか2人とも ...。良いなあ。赤ちゃん、欲しいなあ~。あ!ゆきのん、その産婦人科を紹介して!あたしも、もう一人 ...作ろうかな?えへへへへ。えへえへ。」 「由比ヶ浜。赤裸々に、家族計画に関わることを発言するのはやめろ。」 「そ、そうね ...その話は2人の時にしましょう。せめて、その、八幡がいない時に ...あ、由比ヶ浜さん、ケーキ、食べましょ。八幡が買ってきてくれたから。美味しいのよ、ここのフルーツタルト。」 そう言うと、雪乃はキッチンへとお皿の用意をしに行く。雪華も後を着いていって、その手伝いを始めたが、ソファにいる雪穂は、なぜだか赤い顔をして、ずっとボーッとしているようだった。考えてみれば、いつも家に帰ると、俺に駆け寄ってきて、お帰りなさい、と言ってくれるはずなのに。今日は、それが無かったことに今さら気付く。 その雪穂の視線の先には、八起と楽しそうに遊ぶ結人がいた。きっと、久々に同い年の子供が遊びに来て、はしゃぎすぎて疲れたのだろう。そう思うと、何だかとても、子供らしくて可愛く思えてくる。 ソファに座り直した由比ヶ浜の所へ行き、俺もその近くに座った。雪華が、トレーに載せたケーキの乗ったお皿を運んでくる。フォークやらティーセットのお砂糖やミルクも見える。きっと、雪乃が美味しい紅茶を入れてくれるのだろう。 「今日、泊まってくんだろ?」 「うん。ゆきのんに聞いたら良いよ、って言ってくれたから。わざわざ休みも取ってくれたし。」 「そうか。しかし、あれだな ...結人、ヴァイオリン、上手だな ...。」 「でしょ!すごいよね。えへへ。何となくはじめたのに、気付けば、もうステージデビューしてるんだから!あ、でもコンクール経験は無いんだ。」 「へ?そうなの?そういうのもアリなの?」 「うん。日本じゃあまり聞かないかもね ...日本だと受賞歴や留学経験なんかで箔?をつけるのが必要みたい。向こうは、チャンスがあれば何かグイグイ行くから。」 「大したもんだ。何より、キレイだから絵になる、って言うのか?オーラがあるよな。」 「うんうん!そうそう!やっぱりサイちゃん似だから、顔が整ってるよね。えへへ。」 「本当にな ...戸塚と由比ヶ浜が、満遍なく合わさっていて、最高の出来だな ...。良く生まれたな?由比ヶ浜から ...。」 「ヒッキー、なんか、それ ...酷くない、って、まあ良いや。でも、雪華ちゃんはチョー美人だし、八起くんだって絶対にカッコ良くなるし、それに何より、雪穂ちゃんなんて、まんま、ゆきのんじゃん!聞いたよ!ヒッキー、雪穂ちゃんにデレデレなんでしょ?でも、気持ち分かるかも。ゆきのんだもん、絶対!」 「ちょ、ちょっと、由比ヶ浜さん。恥ずかしいから止めてくれるかしら?あまり、変なことを言わないで。」 「あ、ゆきのん。照れてる!可愛いね。えへへ。」 ティーポットとカップを持って来た雪乃が途中から話に加わって来た。大きくなりかけのお腹を庇いながら床に座り、ポットを傾ける雪乃に、俺の隣に座っている雪華が、音を立てずに、そっと、カップをソーサーに乗せて、その紅茶を注げるように手伝って行く。俺は、そんな雪華を満足して眺めてから、チラッと、同じソファでも、少し離れた場所にいて、何となく呆けているような感じの雪穂を見た。 「な、雪乃。雪穂、どうしたんだ?」 「あら、分からないの?ふふ、八幡ったら ...。」 「お父さん、そっか。そうなんだ~。ゆいゆい、お父さんには分からないよね。」 「だよね。ヒッキーは、僕何人?だから、あれ?僕人参?ええと、何かそんな感じ?」 「いや、何だそれ?自分の国籍とか、てか、すでに人でも無いし ...あん?あれか、朴念仁か?」 「ヒッキー、それ!」 なるほど、そうか ...そう言うことなのか ...。そうだよな、雪穂と結人は同い年だものな。それなら、決してあり得ない話じゃないな。雪穂が恋か ...きっと、初恋、なのかな?なんだそれ、なんか、ちょっと凹むな、俺。 コポコポ、と紅茶を注ぎ終わると、はいどうぞ、と雪乃が紅茶を渡してくれる。由比ヶ浜は、うわあ、久々、ゆきのんの紅茶!と、喜んで口にすると、雪乃は、下を向いて紅茶を注ぐことに専念しながら、恥ずかしそうに、はにかんでいた。きっと、そう言われて嬉しいのだと思う。あの部室で、いつも美味しそうに飲んでいた、当時の姿のまま、由比ヶ浜はとても幸せそうに紅茶を飲んでいた。 「由比ヶ浜さん。いつまで日本にいるの?」 「うん。しばらくいるよ。」 「「えっ!」」 ガチャン! 「うお!熱っ!熱っ!雪乃!熱い!あ、足!てか、雪乃は大丈夫か?」 「あ、あ、ご、ごめんなさい!雪華、大丈夫?」 「こら!なんでだ?俺も ...心配しろ。」 「は、八幡は ...そんな事でどうこうしないでしょ?雪華は、顔に火傷なんかしたら大問題よ。」 あまりに驚いてしまい、雪乃がティーポットを落としたおかげで、俺の足にも飛沫が少しだけかかる。まったく、ちょっとした小競り合いだ。幸い、中身は空に近くて ...良かったよ、本当に ...はあ、まったく、いきなり驚かすなよ、由比ヶ浜も。 「ゆ、由比ヶ浜さん?ど、どうしたの?アメリカには戻らないの?あなた、国籍もアメリカへ移したでしょ?と、戸塚くんと、何かあったの?」 「え?サイちゃんと?何にもないよ?ゆきのん、何で?」 「だ、だって、アメリカに帰らない、って、あなたが...。」 あ、そっか、えへへ、と笑い出す由比ヶ浜。そうして、またいつもの癖で、頭をポンポンと触りながら話を始める。俺は雪乃の紅茶を飲みながら、そんな光景を見て、何となくデジャビュを見ているかのような不思議な気持ちになるのだった。それは、昔に戻ったみたいな ...言わば、そんな感じだ。 「ゆきのん、ごめん。なんかあった訳じゃなくて、あのね、サイちゃんと決めたの。結人の事を考えて、中学卒業までは日本で暮らす、って。国籍の事は色々考えてるけど、とりあえず、長期滞在ビザを取って、外国人登録するつもりなんだ。3年住めば、日本国籍に帰化もできるし ...。あとは ...その時に考えるの。」 「あん?由比ヶ浜?戸塚は?戻ってくるのか?」 「あ、サイちゃん?ううん。サイちゃんは、あっちに個人事務所持ってるし、専属トレーナー契約してるから、向こうで仕事は続けて、日本と行ったり来たりかな?今回、まずは家を探して、日本でもスタッフを雇って、個人事務所の日本支店?みたいなのを作る準備もするの!あたしだって、色々資格あるから!本場仕込みのペットトレーナー、しかも超美人!って、売れそうじゃない?」 「おお、そうだな。少しアホっぽいけどな。」 「は?ヒッキー!さっきから、酷くない!ちょっと!ゆきのん!ヒッキーの事、怒ってよ!」 そう笑いながら、由比ヶ浜が雪乃に話し掛けるも、なぜか彼女は反応をせずに、何かを考えていた。雪華までもが不思議に思ったみたいで、ねえ、お母さん?と言葉を掛ける。気付けば、結人と八起は、子供部屋に行ったみたいで、雪穂は雪乃にくっついて座っていた。雪乃の手がさわさわと、雪穂の黒髪を鋤いている。ただ、やはり上の空だ。 「雪乃?どうした?」 「は!あ、ごめんなさい ...ちょっと考え事を ...。」 「あ?なんだ?何考えてたんだ?」 「そ、その ...ねえ、由比ヶ浜さん?」 「え?あたし?ゆきのん、どうしたの?」 「あ、あの ...その ...家は?どこに買うのかしら?東京?」 「え?うんとね、千葉。実家に近い方が良いし。」 「そ、そう ...。」 そうすると、雪乃はまた黙ってしまい。何となく、モジモジとしていて、唇はハムハムと動いていた。何かを言いたそうで、何となく迷っている。そんな感じだろうか?と、意を決したらしく、あのね、と、口を開きだした雪乃。 「ええと、由比ヶ浜さん。実は、向かいのマンションの、一番上の部屋 ...その、つまり、ここと同じ間取りなのだけれど。それが売りに出てるのよ。もし良ければ、父に便宜を図ってもらえるように ...た、頼んでみるけれども ...。」 あ?ああ、そう言うこと!なるほど、そりゃ、向かいに由比ヶ浜たちが住んだら、雪乃、楽しいだろうなあ。小町にも薦めていたけど、確かにまだ売れてないし。どれ、俺も少しくらい後押ししてやろうか、と思ったが、どうやらそんな必要はないみたいだ。 「え!ゆきのん!そうなの!それ、良いかも!」 「いや、由比ヶ浜。確かに良いと思うが、金額も良いぞ。」 「由比ヶ浜さん。八幡が言う通り、確かに高いのよね。売値は ...安くはなったのだけれど。」 「え?ゆきのん、いくらくらい ...なのかな?」 「ええと、確か5600万だったかしら。今はもう少し下がってるかも ...。」 「あ、それくらいなら。一括でも大丈夫だよ。なんだ、良かったあ。2人して脅かしてくるから、ドキドキしちゃった ...。えへへ。」 は?なんだ?そうか!そうだった、忘れてたよ ...こいつら、今メチャメチャ金あるんだった。もしかして、竜崎家より年収あるんじゃないのかな?怖くて聞けないけど ...。 「そ、そう ...そうしたら、明日、連絡を取ってあげるわ。決めるなら、早い方が良いでしょうから ...。」 「ゆきのん、ありがとう!家が決まったら、家具とか他にも色々。こっちで使う車も買わないといけないしね。あたしもゆきのんと同じ車にしようかな?」 「由比ヶ浜の家は、向こうで何乗ってるんだ?車。」 「ええとね。私はボルボの背の高い四駆のやつで、サイちゃんは普段はキャディラックのセダンで、特別な時は、フェラーリ乗ってるよ。真っ赤でチョー平べったいの。スゴいカッコいいんだ。似合ってるし。」 「「「へ、へえ ...。」」」 思わず、目が点になる俺と雪乃と雪華だった。 「あ、ゆきのん、待ってね!サイちゃんにも聞いてみるから!」 「あら?良いのかしら?フロリダだから ...今、日本が20時だから朝の6時じゃないのかしら?」 「ちょうどサマータイムだから朝の7時だよ。もう、とっくに起きて働いてるもん。」 スマホを持って戸塚に電話をする由比ヶ浜。 「あ、Yeah halo!おはよう~、サイちゃん。え?結人?楽しそうに遊んでるよ。うん、今 ...そう、ゆきのんの家。でね、ゆきのんが住んでるマンションあるでしょ?そこの向かいのマンションの同じ階の同じ間取りの部屋が空いてるんだって!サイちゃん、こっちで住む家、それにしても良い?うん、うん、分かった。うん!え?ええとね、5600万だから ...多分、50万ドルくらいじゃないかな?今日の為替見てないから。えへへ。」 そんな事を話している由比ヶ浜を見ていると、あのアホの子はどこにいったのだろうかと、なんかついつい探してみたくなる。何だか、きちんと生活してるんだなあ、と思えてきて泣けるくらいある。大したもんだ、戸塚も由比ヶ浜も。 うん。じゃあね。バイバイ!と、そのアメリカにいる旦那さんとの電話を終わらせると、鞄の中から女の子っぽい手帳を出して、何やら色々とメモをし出した。そして、そのオレンジっぽい髪の毛を揺らしながら、ふんふん、と頷く由比ヶ浜。 「ゆきのん、マンション買って、良いって!サイちゃんが、良かったね~!だって!あたしも嬉しいなあ。ゆきのんの近所に住めて!ありがとう、ゆきのん。」 「わ、私は、べ、べ、別に、た、ただ隣が空いていたから ...。」 って、ちょっと、必要以上にデレてますけど!ゆきのん、デレのん、大丈夫なのん? 「ねえ、それなら、由比ヶ浜さん。良かったら、もう一泊していったら?ね?もしマンション契約するならするで、色々とやる事も増えるでしょうし。ね?」 「え?でも、ゆきのん、仕事は?忙しいんでしょ?」 「あら、大丈夫よ。明後日も休むから。」 「雪乃!ちょ、ちょっと待て!ゆ、由比ヶ浜に甘いのにも限度があるだろうが!どうせ、実家にいるんだから、何もワザワザ ...。それに、仕事だって、そんなに、ホイホイと休んだら ...。」 「あ!ヒッキー、明後日、サイちゃん来るよ!」 「よし。俺も休もう。」 「ば、ばか!八幡はどうして、そんなに戸塚くんに甘いのかしら?」 「ゆ、雪乃に言われたくねえな ...。」 そんな話をしながら、幸せそうな雪乃を、そっと見てみる。優しそうな笑顔を絶やさぬまま、雪乃は由比ヶ浜と楽しそうに話をし続ける。親友だもんな。そりゃ、嬉しいよな。そんな2人を見て、何だか俺までポカポカと暖かくなってくるのだ。それくらい、雪乃が笑うと、俺まで嬉しくなる。 .................. 時計の針は23時過ぎを指している。ケーキを食べてから、しばらく談笑して、お風呂に入り、子供たちを寝かしつけてからのこの時間だ。さすがに眠たくなってきた。歳を取ると、これだから困る ...。 「ゆきのん!一緒に寝ようか?」 ピンクのパジャマに着替えて、由比ヶ浜が雪乃を、そうやって誘う。それが俺は面白くなくて、少し邪魔をするのだ。 「安心しろ。雪乃は俺と寝るんだ。」 「へ、変態!キモッ!キモキモッ!」 「何とでも言え。雪乃の全ては俺のものだ。」 「ひゃ!ひゃちまん!あ、こ、コホン。八幡、変なことを言うのは止めてくれるかしら?」 「あ!ゆきのん!その台詞、今日2回目!変なことを言うのは止めてくれるかしら?って!」 「ゆ、由比ヶ浜さん。な、なにも声真似までしなくても ...。似てないわ。」 「そうだな、俺の方が似てる。変なことを言うのは止めてくれるかしら。」 「「うわあ ...。」」 雪乃は、足元に纏わりつくニクスを床から掬い上げて抱えると、お腹の事もあるし、大丈夫、八幡と寝るわ、と由比ヶ浜にそう告げて、そのニクスを俺に渡してくる。 「うん、分かった。じゃあ、おやすみ!」 そう元気に挨拶をして、俺たちと由比ヶ浜はリビングの前で別れる。と、由比ヶ浜が、最後にこちらをもう1度だけ振り返ってきた。 同じくピンクのパジャマに、黒髪はそのまま下ろす雪乃が、あら?どうかした?由比ヶ浜さん?と、数度に分けて聞くと、由比ヶ浜は静かに、それを俺たちに確めて来るのだった。 「ねえ、ヒッキー。今、幸せ?」 「あ?ああ、そうだな。幸せだ。チョーが100個くらいつくほど、チョーチョーチョーチョーチョーチョーチョー幸せだ。」 「うん。本当に幸せそう。」 「お、おお ...。じゃあ、由比ヶ浜は?幸せじゃないのか?」 「え?あたし?うんとね、えへへ。チョーが10000個くらい付くくらい、幸せだよ!」 「あ、あなたたち、その不毛な会話は何とかならないのかしら?はあ、まったく ...。」 「じゃ、じゃあ、ゆきのんは?幸せ?」 「ええと ...そうね。」 そう呟くと、下唇に、そっ、と人差し指を当てて考え始めた。そんな雪乃の姿は ...本当にとってもキレイで、俺の中では、好きな仕草の1つだった。しばらくすると、気持ち、クスリと笑ったような気がする。きっと、答えを出したのだろう。 「そうね、由比ヶ浜さん。幸せよ、ええ、幸せですとも。頭に、ちょ、チョーが ...億?兆?京?いいえ、どれも足りないわね。だから、私の幸せは無限大、かしら?」 そうやって、身体を真っ赤にさせながら、話し切る雪乃を見て、由比ヶ浜は何とも優しげなふんわりとした笑顔を見せる。きっと、心の奥から、その言葉が嬉しかったのだと思えた。 「ゆきのん、良かったね ...。うん、本当に良かった。よし!じゃあ、寝よ、っか?おやすみなさい!」 パタパタと、リビングの続きの客間へと走って行き、障子をすっと開けると、その部屋の中へと入っていく。しばらくすると、その障子が閉まる音も聞こえた。 俺たちが寝室に入る。 「どれ、寝るとするか?」 「そうね。あら?いつもみたいに、お腹にキスはしてくれないのかしら?」 「は?良いのか?由比ヶ浜に聞こえるぞ?その ...雪乃の声。」 「ば、ばか!そんな声を出させるのが悪いのよ。まったく ...軽いキスで良いわよ ...って、あ、こら!あん!あ ...ば、ばかばかばか!き、聞こえてたらどうするの?もう ...変態。」 布団の上に転がって、俺にパジャマの上着を肌蹴させられている雪乃。そう言うと、いそいそと、そのボタンを閉めていく。俺も手伝おうと言うが、大丈夫よ、と笑いながら手を小さく振ってきた。 「トントン。」 は?誰だ?由比ヶ浜か?慌てて、そのボタンを2人掛かりで、元に戻していく事にする。そうしている間にも、またトントンとノックがされた。 「はあい。誰かしら?」 「お母さん?雪穂です。開けてください ...。」 ん?雪穂?俺は、その雪乃のパジャマをチラリと確認すると、ドアへと歩み寄り鍵を開ける。そして、小さく、それを開くと、そこには雪穂がパンさんのヌイグルミを持って立っていた。良く見るとパジャマも白いパンさんのパジャマだった。 俺は雪穂を、よいしょ、と抱っこすると、ん?どうかしたのか?と、聞いている。 「あのね、雪穂、なんか眠れないのです。だから、一緒に寝て欲しいのです。」 「ん?そうか、どれ、じゃあ、一緒に寝ようか?」 そう言うと、うん!と、顔中を笑顔にして、俺に話しかけてくる。そして、雪穂を、俺と雪乃の間に置いた。それから、リモコンで照明の照度を落として、静かにフンワリ優しくふとんを掛ける。 「どう、眠れそうかしら?雪穂は甘えん坊さんね。」 「うん。 ...ねえ、お母さん。雪穂、ヴァイオリンと英語、習いたいです ...。」 「あら?そうなの?ふふ。他にも色々やっているのに ...大丈夫?」 「うん。大丈夫です。雪穂 ...ヴァイオリンと英語、頑張ります!」 「そう ...ええ、分かったわ。お母さん、調べておいてあげる。約束するから。ね?だから、今日はもう寝ましょうね。はい。おやすみなさい。」 おまじないをかけるように、雪乃が1つずつ1つずつ、確認をして行くと ...気付けば、もうすっかり眠っていて、その様子は、まさにぐっすりだ。 「八幡。見てよ ...雪穂ったら ...。もう眠ってしまったわ。でも、雪穂から、何かをやりたいって、言ってきたのは、初めてね。すごいわね、恋の力って。」 「ああ?そうだな。確かにそうかもしれない。」 「ふふ、可愛いわ。本当に可愛い。」 ベッドの上には、俺がいて、雪穂がいて、雪乃がいる。スピスピと寝息を立てる雪穂越しに、キレイな雪乃の顔が、うっすらと見えた。 「初恋、ね ...もう、そんなの忘れてしまったわ。」 「は?なら、もういいさ。思い出す必要もない。」 雪乃は、なぜか唐突にそんな話をし出してくる。しかし、俺はそんな話は聞きたく無かった。どうせ、あれだ、何がどうなっても、隼人の名前が出てくるのだから。 「私や姉さんの初恋は、お母さんたちにはどう映っていたのかしらね?今の雪穂たちを見るみたいに、微笑ましく、優しく、見守ってくれていたのかしら?」 「知らん知らん。ほら、もう、その初恋の話は良いから寝るぞ。」 俺は、自分でも驚くくらいに、その話を拒んでいた。したくなかった。分かっていても、真底、雪乃から隼人の名前を聞きたくなかった。分かっている。そんな昔 ...ましてや小学生の話など、嫉妬する価値すら無いことも。それでも、それくらい、俺は雪乃が好きで大切だった。だから、例え ...例え、初恋の話とは言え、嫌だったのだ。 「あら?どうしたの?そんなつっけんどんな態度で?なあに?嫉妬してるの?ねえ、八幡?」 「うるさいな。ほら、寝るぞ。」 「ねえ、私の初恋の話、聞きたくないの?誰の事だとか?ふふ、八幡ったら ...。」 俺は、正直かなりイラッとして、ベッドから体を起こして出る。 「え?は、八幡?どこに ...あっ ...ちょ、ちょっと ...。」 そのまま、雪乃の横に体を並べると、その勢いのまま、彼女にキスをした。それは、自分勝手な、押し付けで不躾なキスだった。一方的に舌を入れて ...でも、雪乃は優しく受け止めてくれる。唇を離す時には、ツツーっと、その蜜が延びていくのが見えて、それを壊さない為に、また再び唇を合わせる2人がいた。 「は、八幡 ...ど、どうしたの?」 雪乃は、俺らしくない、そんなキスを不思議に思ったのだろう。素で探るように聞いてくる。そして、俺の気持ちを ...きちんと言葉にする自分がいる。 「あ、あのな ...聞きたくない。雪乃の初恋の相手なんか ...すまん。俺、嫉妬してるだな。」 「は、八幡 ...ふふ、嬉しい ...とっても嬉しい。いつも私が嫉妬してばかりだもの。たまに、そうやって八幡が嫉妬してくれるのは ...ええ、とても嬉しい。だから謝らないで。」 そう言うと、雪乃は、俺に両手を回して、優しく抱き締めてくれた。彼女の柔らかな乳房の上に、俺の頭を迎えてくれて、ゆっくり、優しく、包み込まれていく。そんな風に抱き締められる事なんて、それこそ、子供の時くらいしかなかったろうな ...そう思うと、俺に取っての唯一の安息できる場所は雪乃の腕の中しか無いのかも知れない ...。 「なあ、雪乃。最近、雪穂が俺のお嫁さんになる、って言わなくなってきたんだが ...。」 雪乃の柔らかな体越しに、雪穂の黒髪を撫でて、その小さな雪乃を可愛がる。もちろん雪華も可愛いが ...女の子っぽい可愛さ、と言うか、俺の好きなタイプで言えば、どちらかと言えば、やはり雪穂だろうな。雪華には勝てそうもないしな。思わず、笑ってしまう俺。 「あら、もう旦那さん候補から落ちたのかしら?仕方がないわね。良いじゃない。私がいるんだから ...ね?八幡?」 「こらこら。誰が悪いって、結人じゃなくて、雪乃だろ?どこの世界に、子供の言葉に本気になって応戦する親がいるんだよ。雪穂に、あなたはお父さんとは結婚はできないのよ、とか、お父さんのお嫁さんはお母さんしかいないのよ、とか ...色々言ったんだろ?この間、風呂場で泣いてたぞ。」 「はあ ...雪穂もなかなかの演技派ね。女の涙は最後の武器なのに ...きちんと教えてあげないと、その使い方と使い所を、ね。」 「良く言うな ...すぐにメソメソするくせに ...。」 「あら、気付いてないの?私をこんな泣き虫さんにしたのは、誰だったかしらね?昔の私は、泣いたりなんかしなかったわ。八幡が ...傍に居てくれるから、泣いてしまうのよ。泣ける相手がいるから ...。あなたと出会った時には、メソメソする相手も、メソメソする場所も、私には無かったのだから。それに ...そもそも、メロメロでしょ?私に?違う?」 「え?い、いや ...違いはしないが ...。そうだな。違いないな。」 ふふふ、と笑いながら、雪乃は、体を俺に押し付けて、そうして優しいキスを、額にしてくれる。そのキスが、体の自由を奪ってしまうくらいに ...蕩けそうな甘さを俺にくれる。 そうだな ...蕩けるくらいに ...俺、メロメロだ。 [newpage] [chapter:20.なし崩し的に家族会議。] 腕にある機械巻きのグランドセイコーをYシャツの袖を捲って見ていた。時刻は16時を本の少し過ぎている。 産院の診察ベッドに、グレーのスーツ姿の雪乃が横たわっている。長いポニーテールがベッドから垂れ下がっていて、それを俺が拾ってやった。お腹にエコーをあてる中川副院長が、何やら難しそうな顔をしていた。俺は、雪乃の横の丸椅子に座り、その2人をずっと見ている。 「ううん ...女の子かな。いや、でも、何か ...男の子っぽいような気も。この子は、なかなかの頑固者だね。股を、ピタッ、と閉じて隙がないもの。」 笑いながら、そう答えてくる先生。俺も雪乃も、ええ?そうなんですか?と、それを聞いて声をあげて笑った。諦めずに、先生は色んな角度からエコーをあてる。端から端まで、丹念にゆっくりと調べていくが、それでも、ちょうど大事なところが見えないらしい。 金曜日の今日は、仕事を少しだけ早退して、定期の検診に来ている。本来なら、とっくに8月中旬くらいに分かっていても良いはずの性別が、9月の中を過ぎても未だに分からないのだった。俺たちもソワソワしているが、子供たちはもっとソワソワしている。我が家は、今やこの話題で持ちきりなのだから ...。さすがに、今日の検診で分かるだろうくらいに思っていたが ...どうやら空振りのようだ。 「雪ノ下さん。重さは1220g。腹囲は83cm。うん、順調順調。今までの赤ちゃんの中で、一番大きいんじゃないのかな?どう?胎動とかは?やっぱり違うでしょ?」 「え?ええ ...そうですね。ただ、元気が良いと言うよりは、ヌボウ、と動くと言うか、ヌメッ、と動くと言うか ...あと、四六時中いつも寝てる感じがします。」 「ええ?そうなの?なんか、その話、雪ノ下さん、面白いわね。ヌボウとかヌメッとか ...どんな性格の子なのかな?楽しみが増えたんじゃないのかな?さあ、そろそろ、お終いにしましょう。」 エコーをお腹から離して、たっぷり塗られたジェルを拭き取る、のかと思いきや ...。 「と見せ掛けて、再チャレンジ!んんん~どうかな?こっちからは?おっ!あっ!ははは、分かっちゃったわ。私の作戦勝ちね。」 ニコッと笑う中川副院長。タッ、タッ、と、そのエコーの繋がる機械を操作すると、目の前の大きな液晶モニターには、静止画が数枚現れた。2人して、それを食い入るように見るも、その答えは素人目の俺たちにも明らかだった。そこには、その目印が見て取れる。しかも、かなりはっきりとしていた。 「雪ノ下さん。はい、ここ。おちんちん、ありますよ。と言うことで、男の子でした。やっぱりね。そんな気がしていたもの ...勘って大切よね。」 俺と雪乃は、互いに顔を見合わした。雪乃は、もう喜びが溢れっちゃって、はっきり言って、駄々漏れしてる、くらいの笑顔だった。ふふ、やったわ。と、小さくガッツポーズをしている姿を見て、俺は楽しくて笑ってしまう。どちらでも良いわって、いつも話をしていた割りには、何だよ ...やっぱり男の子 ...欲しかったんじゃないか ...。 「雪乃、男の子、だって。良かったな。」 「ふふ、男の子。また、言うこと聞かないのね、きっと。大変だわ。でも ...その分、とても可愛いけれど。何だかとっても...嬉しいもの。」 副院長が自ら、その雪乃のキレイにポコン、となっているお腹を丁寧に拭いてくれる。すると、あっ、と雪乃が小さく声をあげた。 「は、八幡!ほ、ほら見て、これ!動いてるわよ、ニュルニュル、って。あ、今は ...そうね、ヌボウ?かしら ...何だか、誰かに似ているような ...。」 「俺しかいないだろうが。ヌボウ、って。そうか ...もしかして、この子、俺に激似なのか?」 「あら、そう言えば、今のところは ...八幡にそっくりな子はいないものね。そうね ...期待できるかもしれないわ。どうかしら?」 そう、クスクスと、口許を片手で隠しながら、イタズラな笑みを浮かべて、俺を誂ってくる雪乃。 「いや、別に期待はしていないが ...あまり似ない方が良いだろ?」 「あら、そんな事 ...お母さんとか、ものすごく可愛がりそうじゃない?違うかしら?」 俺は、自分の手を、無い無い、と言う意味で、雪乃の目の前で横に大きく振った。そんなやり取りを見て、中川副院長が、はあい、良いですか?と会話に頃合いを見て入って来る。 「雪ノ下さん。さあ、今日の検診は終わりにしましょう。で、次の検診は ...って、雪ノ下さんの家は、これがなかなか決まらないのよね ...。」 その言葉に、ジトッとした汗をかきながら、2人して俯いてしまう。確かに、本当に決まらないのよね、このスケジュール。チラッと、横を見ると、雪乃も俺を見てきていた。目が合うと、自然と微笑んでしまい、雪乃は、小さく舌を出して、テヘッ、みたいに笑った。 だからさ ...そう言うの ...可愛すぎるだろ、って。 ........................ 自宅に帰り、2人でキッチンに並んでいる。子供たちはまだ帰ってきていない。雪華と雪穂はピアノだし、八起はソロバンに行っていて、まとめて都築さんの送迎で帰ってくる。 壁に掛かる時計を見ると、17時半。まあ、あともう少しかな?それなりに広いリビングが、さらに一層広く感じた。足元には、ニクスが俺と雪乃の足に交互に絡みながら行ったり来たりだ。 今夜のメニューは、トマトソースの煮込みハンバーグ。カイワレ大根とちくわのサラダ。大豆と野菜たっぷりのコンソメスープ。そんな組み合わせにした。俺は、今、ハンバーグを一生懸命に捏ねている。しっかりと空気が抜けるように、ゆっくり丁寧にかき混ぜるのだ。その作業は、しっかり緻密にやればやるだけ、肉汁が閉じこめられて ...どんどん美味しくなるのだから。 雪乃は、俺の隣のIHの前で、スープをグルグルと掻き回している。 「煮込んでしまえば 形もなくなる もうすぐできあがり あなたのために チャイニーズスープ ♪」 いや、雪乃さん。それ、チャイニーズスープでしょ?ユーミンの。あなたが作ってるのは、コンソメスープだけどね。 なんて脳内突っ込みを入れていると、最後まで気持ち良く歌いきった雪乃が、俺の方へ近付いてきて、体をくっ付けてくる。そのタイトスカート越しのキレイな形のヒップで、フニフニ、と俺を押してくるまである。サラサラとした生地越しに感じる柔らかな感触 ...俺の顔には彼女のポニーテールがちょうど良くサワサワと当り、くすぐったいけれど、そこら一杯が雪乃の薫りで満たされるのだった。 「なんだ?」 「ふふ、男の子。楽しみね。」 「ん?だな。可愛いぞ、きっと。俺に似て。」 「え?ふふ。そうね。八幡に似て ...きっと、色々と変な子なんでしょうね。先が思いやられるわ。」 「いやいや、待て。まだ生まれてもいないのに、そりゃないだろ?」 「そうね。確かに、そうかもね。ふふ。」 挽き肉だらけでベトベトの手なので、俺は雪乃には触れないが、俺に体を猫みたいに擦り付けてくる彼女がとても可愛くて、本当はとっても抱き締めたかった。と、不意に、ダイニングテーブルの上にある雪乃の雪ノ下ホットラインが鳴りはじめた。あ、帰ってくるわね。そう呟くと、雪乃はタオルで手を拭いて、俺から離れてそちらへ歩いて行き、ガラケーを摘まみ取ってから、着信ボタンを押した。 「はい、雪乃です。ええ、もう自宅です。はい、分かりました。都築さん、いつもありがとうございます。え?ええ、良いですよ。そのまま、3人とも降ろしてしまって大丈夫です。はい。よろしくお願いします。お疲れ様でした。」 そう電話を切ると、こちらに戻って来て、彼女は俺の背中に抱きついてくる。両手を俺の体に回して、頭を擦り付けてくるのだ。その赤ちゃんがいる、大きくなってきたお腹が背中越しにはっきりと分かった。 「子供たち、あと5分くらいで帰ってくるそうよ。ねえ、八幡?」 「ん?」 そう俺に話しかけて、雪乃は背中から、俺の前へとスルリ、と入り込んできた。キッチンカウンターと俺の体の間に、彼女の細い体が入り、さらに細い腕で俺をギュッとしてきた。とは言え、その大きなお腹があるから、抱き締めても、密着するとまではいかないが ...それにそもそも俺は手がネチャネチャしたお肉やら玉葱やらで覆われているから、雪乃を抱き締める事すら出来ない。胸の当りにある雪乃を見ると、上目遣いで彼女はこちらを見つめてくる。その顔は、ほんのりとピンクで、ちょっと惚れる。 「ほら、早く ...キスしましょう。」 「はい?いや、俺、手が ...。察しろ。」 「だから、はい。」 すると、雪乃は目を瞑り、顔を少しだけ俺の方に上へ向けてきた。唇が、キュッ、と結ばさって、キスをせがんできている。 「ったく ...。分かった ...。ほら。」 俺は、ボールを持ったまま、身を屈めて、雪乃の唇を、自分の唇で迎えに行く。が、微妙に近すぎて少し届かない。顔を斜めにして、あと少しで ...という所で、彼女がちょっとだけ背伸びをした。 重なりあう、俺と雪乃の唇。とても、柔らかくて暖かくて、そして潤っている。届いてしまうと、ついつい夢中になる2人がいて、ライトなキスを思いながらも、顔と顔を近づけるだけで、ほかは一切に体に触れず、それを何度も何度も繰り返していた。その、水っぽい音が ...さらに気持ちを昂らせて、終わりがないようにさえ感じるほど ...俺たちは優しいキスを、何度もした。 ピンポーン、と、ファンクションパネルから音がする。どうやら、帰ってきたようだ。廊下のそこから、お母さん開けて、と雪華の声が聞こえてくる。 すると、雪乃は、唇を一旦離してから、俺の両頬に、彼女の両手を這わしてきた。 「ふふ。帰ってきたわね。では、これが最後。」 そう、ニコッと、俺を見つめて呟くと、俺の顔をしっかりと手で包み込み、ゆっくりと、深いキスをくれる。彼女の舌を、俺は名残惜しく唇で楽しんでから、雪乃の額にお返しのキスをした。それから、また、スルリと抜け出して、廊下へと歩いていく。 はあい、と、彼女が答えて、オートロックを解除してしばらく。玄関ドアが開き、雪乃の、おかえりなさい、の声と同時くらいに、賑やかな声が一斉に聞こえてくるのだった。口々に、ただいま、を言っている。そして、そのまま、リビングへと流れ込んできた。 「お父さん、ただいま。」 「ただいま、です。」 「おかえり。ピアノ、どうだった?てか、手洗って着替えてこい。」 俺がハンバーグを焼きながら雪華と雪穂に伝えるも、雪華が反撃してくる。まったく、うちの長女は困ったもんだ。白いパーカーにデニムパンツの彼女は、見た目はもう中学生と言われてもまったく違和感は無いだろう。そんな雪華が大袈裟に俺を指してきて、お父さんだってスーツじゃん!だって。ん?なるほど、確かに、一理ある。 「分かった。父さんも着替えてくるから。そうしたら、雪華も着替えれ。」 「はいはい~。」 「おい、返事は1回で良い。」 「へい。」 「こら。はい、だろ、はい。」 逃げるように、ソファの向こう側へとジャンプ&ダイブしていった。雪乃と同じく1本に纏めてある髪が、時間差でソファの向こうへと落ちるのが見える。さらに、それを追って、ニクスもジャンプして後を着いていった。ったく ...。 廊下に目をやると、ちょうど八起がリビングへと入ってきた。八起はなぜかシャツとパンツになっている。すると、雪乃がランドセルやら上着やらズボンやらを腕に掛けながら歩いてきて、そして、たった今、靴下を拾う所だ。なんだ、脱ぎながら歩いてるのか ...それを見て、とても面白くなる。思わず、笑ってしまった。 そんな雪乃を見ていると、ピンクのワンピースを着たプリンセス雪穂が、雪乃に近づいていき、そのスーツのスカートをクイクイっ、と引っ張る。そして、小さな声で、尋ね始めた。 「お、お母さん、赤ちゃん、分かりましたか?」 どうやら、妹か弟か、どちらか分かったのか、と聞いているらしい。それを聞いて、雪華がソファから仰け反って顔を出した。 「あ!そうだった!今日病院だったもんね。お母さん、どっちだったの?」 「え?どうしようかしら?まだ内緒にしても ...。ねえ?八幡?ふふ。」 俺の方を、ニコニコしながら振り返り、そう聞いてくるも、体からは、今すぐ教えたくてしかたがない、というオーラで一杯だった。 「勿体ぶらないで、教えてよ!お母さん!ねえ、雪穂も知りたいよね?」 雪華がそういうと、雪穂はウンウン、と首を縦に振り、教えてください!と、雪乃に抱き付いていった。 チラッと、こっちをまた見てくる雪乃。教えても良い?と、目で聞いてくる。俺は、コクリと頷くと ...ニコリとして、子供たちへ向き直した。リビングの床に、スッと座ると、立っている雪穂の肩に手を置いて、ゆっくりと話を始めた。 「ええと、ね。赤ちゃんは男の子でした。だから、弟です。」 イヤッタァ!と、大声で喜ぶのは八起だ。おとこ、おとこ、と騒ぎながら走り回り出した。こら、走ったらダメよ、と雪乃に、いつも通りに叱られる長男。そんなに嬉しいのか?もう舞い上がってるくらいの喜びようだった。雪乃はそんな八起が可愛くてしかたがない。男の子かあ ...雪乃はまだしばらく子育てをする幸せを噛み締められる訳だな ...。 「え?お母さん?男の子なの?やっぱり?何となくそう思ってたんだ!もしかして ...私って、その見分け能力があるのかな?お父さん、私ってば、すごくない?これ、仕事に出来るかも!」 「は?無い無い。それに、何の役にも立たんだろ?」 「お父さんは分かってないなあ。どこに需要があるかなんて、今の世の中、分からないんだよ。そこを見極める能力が経営者には必要だもん。ダメだなあ。」 「いや、例えそうだとしても、もう少し小6っぽい発言をしてくれ。心底、そう思うぞ。」 雪華と軽口の応戦をしあっていると、ふと、リビングの様子がおかしい事に気付く。その声の先を目で探る。 グジュングジュン ...ヒクヒクッ ...ウウ ...。 見ると、雪穂が泣いていた。雪乃の膝に、顔を埋めて、静かに嗚咽混じりに泣いている雪穂。俺は、手を洗い、キッチンからそっちへと出ていった。 「どうした、雪乃?雪穂泣いてるのか?」 雪穂の頭を優しく撫で続ける雪乃に、俺はそう聞いた。 「それが ...雪穂は、妹が欲しかったんですって。そうね。そう言えば、前にもそうやって言ってたわね。よしよし。」 「妹か ...さすがに、こればっかりはな ...。」 俺は泣いている雪穂を、ゆっくりと抱き上げて、その腕ですっぽりと包んでやった。多少は我慢しているようだが、それでも涙は止まらない。 「雪穂。妹が良かったのか?弟じゃダメか?」 「うん。妹が ...良かった ...のです。沢山 ...お世話して ...上げたかった ...のです。」 「そうか。でも、弟だって、沢山お世話して欲しいんだけどな。それに、お父さんは、男の子で良かったかな?って思ってるんだぞ。」 「なんで ...ですか?どうして ...お父さんは ...そう思うんですか?」 「だって、雪穂以上に可愛い女の子なんていないだろ?だから、お父さんは、女の子は、もう雪穂がいれば良いんだ、って思ってたから。」 そう話すと、え?そうなの?そうなのかな?えへへ、みたいな顔をしてきて、雪穂がいれば妹いらないですか?と聞いてくる。ああ、いらないさ、と答えてやると、ワンピースの袖で涙をごしごしと拭いて、お父さん ...大好きです、としっとりと抱きついてきた。 雪穂の背中を、トントンしながら、クルリクルリとリビングをウロウロして歩く。ふと、視線を感じて雪乃と雪華を見た。すると、2人とも口をあんぐりと開けて、ジトーッ、とした目付きで俺を見てくる。 「なんだ?」 「本当に雪穂に甘いわね、八幡は。甘過ぎるわ。」 「うん。お父さん、雪穂に甘過ぎ。」 「うるさい。ほっとけ。」 雪穂が、俺のスーツを、さらにギュッと掴んでくる。そういうのが可愛くて、頭を優しく撫でてやるのだった。 「あ!そうだ!お母さん!名前!名前、決めなきゃ!」 「え?ええ、大丈夫よ。名前は、大体の ...。」 「はいはい!私、1つあるの!」 ソファから身を乗り出して、手をピンッ!と伸ばしながらアピールをしてくる雪華。俺と雪乃は、困ったわね ...というアイコンタクトを互いに交わす。まあ、聞くだけなら ...と、雪乃がそう答えてきていた。 「あん?どれ?聞いてやろう。」 「ええと、雪ノ下ふぶき。」 え?何?ふぶき?と、俺が戸惑っていると、間髪入れずに雪乃が答えた。 「脚下。」 「え?お母さん?なんで?カッコいいでしょ?」 「そんなの、ダメよ。類語辞典じゃあるまいし。」 おい、それ、どっかで聞き覚え ...いや、言い覚えか?ともかく、雪乃がどうこう言える立場でもなさそうだけどな。 「まだ、あるよ。」 そう言いながら、ついにソファから、こちらへやって来て、雪乃の隣に女の子座りをしてくる雪華。 「雪ノ下みぞれ。」 「ふざけろよ、こら。ただのネタだろ?」 「し、真剣だってば!」 「お、おい。もしかして、そういうセンス、雪華って無いんじゃないのか?何でもそつなくこなす癖に ...。」 「お、お父さん!言い過ぎだから!そ、そんな事無いから!さっきのは、ね、ネタなんだから!」 そういう雪華は、顔を真っ赤にして否定はしていたが、俺は確信をした ...これは雪華の全力だと。まあな、雪乃も、そういうセンスはあまり無いしな。さらに言えば、俺なんて見たことすらない。どんな形や色なんだろ?それ?そんなセンスとやらに、ぜひお目に掛かりたいもんだ。 「じゃ、じゃあ、雪穂は?なんか付けたい名前とか無いの?」 「あら、雪華。さすがに雪穂にはまだ早い ...。」 「ええとね、はつほ。」 「「え!」」 俺と雪乃は、思わず、雪穂を2度見した。それは、俺たちが考えていた名前だったからだ。雪乃は、微笑みながら、雪穂に聞いていく。 「雪穂、どうしたの?はつほ、なんて ...誰が考えたの?」 「雪穂なのです。男の子だから、はつきの、はつ、に、ゆきほの、ほ、をあげたのです。だから、はつほ、です。」 「ふふ、そうなの。雪穂、一生懸命に考えたのね ...そう、はつほ、ね。」 雪乃が立ち上がって、俺に抱かさる雪穂の頭を撫でに来た。雪穂は、とても満足そうにして、はつほが良いです。と、また呟いた。 「そうね。残念ながら妹ではなかったけど、名前は雪穂が考えた、はつほ、にしましょう。ねえ、八幡も、それで ...。」 「ああ、良いな。それで、良い。」 「え!お母さんまで!2人揃って、雪穂に甘いってば!」 「ふふ、雪華。たまには良いでしょ?大体、いつもは、雪華の言うこと、聞いているでしょ ...ね?」 「はぁ ...ま、そうだね ...うん!良いよ、それで。雪穂、良かったね。」 雪穂を俺は床に降ろすと、雪華の方へと走っていく。バフッ、と、そのお姉ちゃんに抱き付くと、少し涙声で、お姉ちゃん大好き ...と、雪穂が言うのが聞こえた。 「雪穂。可愛いなあ~。よしよし。はつほ、って良い名前だね。雪穂はすごいや!」 「お姉ちゃん~。」 って、雪華も、十分に雪穂に甘いだろ。と、思うと、それが通じたのか、こちらをギロッと、見てくる。少しだけ顔が赤いところを見ると、自分でも自覚があるのだろう。プイッと、そっぽを向く雪華だった。 その時に、グゥ~、と俺のお腹が鳴った。 「ちょ、ちょっと!お腹なんか鳴らして ...。」 「は?仕方がないだろ ...お腹空いたんだから。」 「じゃあ、ご飯にしましょう。雪華、雪穂、あら?八起は?」 キョロキョロと周りを見回す雪乃。俺も一緒に探すが、どこにも姿がない。キッチンの方か?と覗き込んでも見えないし、客間にもいない ...ん?客間のテーブルの下に、何やら足が見える。 「雪乃、あれは?」 「え?どこ?」 「それ?その、客間の ...。」 「ああ、そうね。間違いないわ。」 2人で、客間に行き、そのテーブルを、よいしょ、とずらす。 「って、寝てるんかい。」 「すごいわよね。この、どこでもいつでも寝れる能力 ...私にも分けてくれないかしら?」 「雪乃、良かったな。こんなのが、もう1人生まれるんだから ...。」 「ええ ...そうね。退屈しない人生で ...本当に ...先が思いやられるわね ...。」 そう言うと、柔らかな微笑みで、八起を見る雪乃がいた。それは母親の優しい微笑み、そのものだった。 ........................ 浴室の白い天井が見える。広い浴槽にはたっぷりとお湯が張られ、チャプチャプと揺れてさえいる。その音がとても気持ち良い。 「ふぅ ...。」 子供たちを寝かせてから、久々にゆっくりと風呂に入る俺。ついさっき時計を見た時には、もう間もなく翌日、と言ったところ。だが、明日は土曜日で休みだから、少しくらいの夜更かしは全然問題無いだろう ...。むしろ、たまには良いくらいだ。 カタカタサササ、とサニタリールームから音が聞こえてきた。ん?誰だろう ...。 「雪乃か?」 「ええ、そうよ。八幡のパジャマ、置いておくわ。」 「子供たちと寝たのかと思ってた。ありがとう ...サンキュ、な。」 「え?そうね、一度は寝たけど、さっき起きてしまったのよ。」 「なら、どうだ?一緒に入らないか?あったかくて ...とても気持ちが良い。」 カチャリ、と、その浴室の折れ戸が開かれて、細い隙間から雪乃が顔を出してきた。その顔は、ちょっと照れている。 「ふふ。どうしたのかしら?」 「べ、別に。一緒に入りたかっただけだ。」 「へえ ...そう。良いわよ。では ...目を瞑ってて。」 ん?ああ ...とだけ答えて、俺は目を閉じる。耳をすませば、ハラリハラリとバジャマを脱ぎ落とす音が聞こえ、サラサラとポニーテールの髪の毛を一旦解いて、アップにしているのだろう、そんな音が聞こえた。 「入るわ。良いかしら?」 「良いぞ。大丈夫だ。」 チャプンチャプンと、俺の体の前に、俺と同じ方向を向いて、雪乃は浴槽へと入ってきた。静かに目を開けると、キレイに見えるうなじや耳が俺の欲望を駆り立てる。気づけば、その首もとへ唇を這わして、両手は彼女のキレイな形をしたバストを優しく包み込んで揉みし抱く。 「あ、ああ ...はあ ...はああ ...だ、だめよ ...はあん、あ、あん!こら!や、止めないと、あ、上がるわよ!」 「すまん。止める。もう、止めた。」 「まったく八幡は ...。胸はダメよ。子宮がキュウッ、て収縮するでしょ。何回言ってもダメね。あなた、もしかして、お猿さんなのかしら?」 行き先を失った俺の手が、彼女の手に行き着き、ゆっくりと繋ぐ。細くて、とても上品な手。俺は ...この手が大好きだ。 「八幡。良かったわね。」 「ん?名前の事か?」 「ええ、そう。雪穂がまさかの、はつほ、推しだなんて思いもしなかったわ。」 「全くだ。それでも、落ち込んでいた雪穂が喜んでるのは可愛いな。」 「ふふ。雪穂にはとことん甘いわね。八幡ったら。」 お風呂にある小さなサイズの水で書くホワイトボード。八起の勉強用に置いてあるやつだ。雪乃が、おもむろにそのペンを取ると、八峰、と書いた。 「良い名前よね。八峰。富士山の八神峰から取ったなんて ...なかなかカッコいいじゃない。ね、八幡?八起の名前もそうだけれど、なかなか名付けの才能があるんじゃないのかしら?」 「俺が?まさか ...笑っちゃうくらいある。」 「ふふ。照れ隠しなのかしら?」 「いいや。本心だって。」 雪乃は、またそのホワイトボードに色々と書き込んでいった。 雪華 雪穂 八起 八峰 子供たちの名前を、並べて書いてみる彼女。俺には、それが何でか分かりはしないが、彼女は何だかとても嬉しそうに、その白い板を見つめていた。と、今度は、俺と雪乃の名前を書き足す。 八幡 雪乃 雪華 雪穂 八起 八峰 それを見て、さらに幸せそうな微笑みを増していく彼女。 「雪乃、どうしたんだ?随分と、楽しそうだな?」 「え?ふふ、だって見てみてよ。私たちがいるから、この子達は生まれてきたのよ。それって ...すごい事だと思わない?」 「あ?そうだな。確かにそうかもな ...。俺たちが結婚してなければ ...この子達は、誰1人、生まれはしなかったんだな ...。」 「そうなのよね。そう思うと ...何だかとっても不思議な気分だわ ...。」 「さて、と ...どれ、そろそろ、上がろうか?」 「え?もう上がってしまうの?そう ...何だか ...少し寂しいかしら?」 「ん?なら、上がってから、リビングで少し夜更かししよう。飲み物片手にな?どうだ?」 「あら ...それは ...案外、悪くない提案ね。ええ、良いわよ。」 「よし、じゃあ、決まりだな。美味しい紅茶...ノンカフェインので良いから ...入れてくれよな。」 え?ふふ、良いわよ?とだけ返事をすると、雪乃が浴槽からゆっくりと立ち上がって、俺を振り返る。目の前には、ちょうど彼女の大きなお腹があった。俺は、優しく両手で触れると、そこに口をつけて、おおい八峰、と声をかける。 「あ!動いたわ。」 「ん?本当か?どれ ...あ、おお、本当だ、ニュル~ニュル~って動いている。ってことは、あれだな?」 「え?何?」 「八峰、って名前は気に入ったんだな?きっと。」 「ふふ、そう言うことね。ええ、きっと、八峰って、名前 ...気に入ってくれたんだと思う。」 「なら ...良かった。」 ゆっくりと、雪乃のお腹にキスをする俺。雪乃は、そんな俺の顔を、ペタペタと触ってくる。 互いに口には出さなかったけれども ...これ以上無いくらいに ...幸せな時間だった。これだから、歳を取っても、2人は仲良しなんだ。 [newpage] [chapter:番外編ショート1.雪華は本気で悔しがる。] フロントガラス越しには、帰宅ラッシュの車のテールランプが沢山並んで見えている。珍しく18時過ぎと、早めに会社を出たのだが、なぜか、俺は仕事を引きずりながら帰っているのだった。曜日は木曜日、疲れがピークになる、そんな夕方だ。 「あの~、もしもし~。先輩、聞いてますか?」 GSFのスピーカーを通して、一色の声が車内に響き渡る。Bluetoothで接続されたスマホ ...ホットラインも事務局携帯も無視したのだが、スマホまで押し掛けて来た。それは自動着信で勝手に繋がってしまった。まあ、あれだ ...設定ミスだ、俺の ...。もう、本当に困った子だわ、一色さん。 「あん?あ、聞いてる。」 「それで~、そんなの無理ですよ、って、陽乃先生に言ったんですけど、良いからまずは調べなさい、って!もう、無駄な仕事はしたくないんですけど。先輩、助けてくださいよ~。」 「そうだな。どう考えても、無理だろ。子供3人以上産んだら、家族全員分のディスニティーランドの年パスを成人するまで支給し続けるなんて ...3年おきに3人生んだとして ...ええと、子供が60000円、大人が90000円。で、だな、計算すると ...ああ、分からん ...。事故ったら困るから、考えるの止めた。」 「ああ、先輩、理数は全然頭悪いですものね。多分ざっと、1家族300万円くらいかかりますね。」 「一色。切っても良いか?」 そんな一色いろは、が陽乃さんの秘書になって、数ヵ月経つが意外な事に彼女は振り回されっぱなしである。もしかして陽乃さんの手綱を握れるんじゃないの?なんて、軽く期待していた俺もいたが、まさか、ここまで苦戦するとは思いもしなかった。そして、彼女が振り回されていると言うことは ...俺はさらに振り回されているのである。一色になってから、明らかに仕事が増えたし、陽乃さんの傍若無人ぶりを痛感している。そして、俺は1つの真実を認めざる負えないのだ。 「あれだな。一色。城廻さんの存在価値は、ここだったんだな。」 「は?いきなり何ですか?」 「俺はようやく気付かされた。きっと、今までも、色々と無理難題や無茶ぶりを、陽乃さんは岩井さんや城廻さん ...特に城廻さんには散々言ってきたはずだ。常に一緒だったからな。それに、秘書が一色になったからって、急に変わるはずがない。ただ、圧倒的に違うのは、一色はデキルゆえに、それを真剣に聞いて対応しようとする、って事だ。反面、城廻さんは、そこまでの処理能力は無いだろ。しかし、それを上手に受け流して、陽乃さんの思い付きを沈静化させる事には長けていた。だから、陽乃さんには城廻さんが必要なんだろうな、きっと。」 「はあ?じゃあ、いつまで経っても、何も前に進まないじゃないですか?違いますか?陽乃先生が考えたことを表に出さないで終わるなら意味無いですよ!確かに無茶ぶりもあるけれど、先生は先生なりに考えてます。良いアイデアも沢山あります。先輩!」 その彼女の声が、割れんばかりに聞こえてくる。ったく、そんなに大きな声を出すな、って ...。 意外なことに、今度は陽乃さんの擁護に走る一色がいて、なるほどな ...一色も陽乃先生には傾倒し始めてるって訳だな。へえ、意外かも。 「喚くなって。それゆえに、お母さんは、一色と城廻さんを陽乃さんに付けたいのかもしれん。秘書のバランスを正常化させる事で、陽乃さんを高みに連れていく、と。お父さんに井之上さんがいるように。そんなシナリオかもな ...。」 「はあ ...そんな事はどうでも良いんですけどね。何だか疲れてきたので、もう良いです。とりあえず、先輩、明日、陽乃先生と打合せする時に同席して下さい。頼みます~。では、また明日~。」 プツッ、と切れる、その電話。ったく、どんだけ勝手なんだか ...。でもなあ、本当にそうなのだろうな。城廻さんが毒消しをするから、陽乃さんは自由に立ち回れるんだ。柳川鍋のドジョウとゴボウみたいなもんなんだろうな、きっと。陽乃さんがドジョウか ...一見華やかだけど、やる事は泥臭い事も顧みないならな ...ああ、一色も一緒か ...ならば、2人にはゴボウが必要、って事なんだろうな ...。 「だとすると、ゴボウは ...城廻さんと俺、か ...。」 前の車線が開き、俺はGSFのスロットルを本の少しだけ開く。と、V8のシュルシュルとした音ともに、車がフワリと軽くなる。シートに体がグッと沈み込む感触があった。何だか外の風を浴びたくなり、ムーンルーフを開ける。 彼方に、我が家のあるツインのタワーマンションが見えてきた。雪乃は、もう産休に入っているから家にいる。俺は、センターコンソールにあるリモートタッチに触れて、雪乃へと電話を発信した。 あともう少しで着く。そう言ったら、きっと、彼女の事だ ...。ええ、分かったわ。気を付けて。と言ってくれるはずだ。 数回のコールで、その電話は繋がった。 「あ、もしもし、俺だ。八幡。」 「あら、何時に帰ってくるのかしら?」 「ん?もう、あと5分くらいで着く。」 「え?そう。ふふ。今日は早いのね。ええ、分かったわ。気を付けてね。あ、そうだわ。コールスローのドレッシングが切れてて、コンビニで買ってきてくれるかしら?お願いしても ...ね?」 おっと、最後のお使いまでは、さすがに読み切れなかった。それでも、ああ良いさ、と返事をする俺がいた。 全然、それくらい、造作もない ...。彼女の、ね?は、魔法の呪文みたいなもんだから。 ..................... アタッシュケースに、そのコンビニの袋をぶら下げて、玄関をくぐる。 ただいま ...と、声を出そうとすると、パタパタと、雪乃が歩いてきた。そして、シー、っと、人差し指を唇の前に立てる。ん?と、顔を上げる。 「八幡、お帰りなさい。今、みんな勉強中だから。」 グレーのワンピースの上に、最近新調したブルーに猫がワンポイントで入るエプロンを着ている。足元はストッキングを履いていた。そんな出で立ちが、とてもキレイに見える雪乃。 「あ、ドレッシング、ごめんなさい。助かったわ。」 「ああ、大丈夫だ。気にすんな。子供たちのご飯は?」 「ええ。さっき食べ終わったところよ。ちょうど勉強の時間になったの。あっ ...ねえ、八幡。ふふ、はい ...。」 「へ?何だ?」 靴を脱ぎ、廊下に進むと、そのドレッシングを渡す。すると、雪乃は廊下の向こうをチラチラと、気にしてから、その右頬を、俺に差し出してきた。昔は、毎日欠かさずしていた、行ってきますと、ただいまのキス。子供の目を気にして、確かに最近は、少なくなってる、その約束のキスをせがんで来ている。 「もう ...ばか。分かってるくせに ...ただいまのキスは?」 「ん?そうだな。最近はついな ...。ただいま、雪乃。」 俺は、左手で、そのキレイなサラサラとした長いすべてを下ろしたままの髪を優しく避けて、軽いキスをしてあげた。すると、お帰りなさい ...と言いながら、もたれ掛かるようにして俺を抱き締めてくれるのだった。 「こら、危ない。転んだらどうすんだ。何の為に、早めに産休を取ったのか分からなくなるだろうが。」 「もう ...なあに?もしかして、照れてるの?か、可愛い。撫で撫でしてあげましょうか?」 「いらんいらん。ああ、お腹空いた。今日は?何だ?」 「オムライスよ。あと、ジャガイモのニョッキで作ったグラタンね。」 「おお、どっちも美味いやつだ。」 リビングへの道すがら、子供部屋を覗く。雪穂と八起は、確かに勉強をしているようだ。静かにドアを閉める。雪華も、きっとそんな感じだろう。俺はそのまま、その部屋の前を通り過ぎた。 「先に食べるのかしら?それとも、お風呂?」 「そうだな。もうペコペコだから、先に食べようかな?」 「そう。なら、今オムライス作るわね。」 ダイニングに座る前に、俺はキッチンに寄り、ウォーターサーバーから水をコップにつぐ。途中、そのコップを一旦置いてから、キッチンに立つ雪乃を抱き締めた。そして、優しくお腹を両手で触れるのだ。 「八峰は?元気か?」 「そうね。相も変わらず、ヌボウ、って動くけれど。でも、元気よ。なあに?気になるの?」 「ん?そりゃあな。元気なら良いけれど。」 「ふふ。なぜかしら?八幡がお腹の赤ちゃんを気に掛けてくれるだけで、私はとっても幸せな気分になるのよね。」 そのまま、雪乃の頭にキスをして、コップを摘まんでダイニングに座った。ふう、と一息をついて、ネクタイを緩める。パタン、と廊下の方からドアの音が聞こえて、雪華が自室から出てくる。 「あ!お父さんだ!お帰りなさい!いつ帰ってきたの?」 「ああ、今さっきだ。なあ、それよか、その格好。」 見ると、雪華は黒のタンクトップに、ピンクの薄いショートパンツ、それにサイハイ、という姿だ。さすがに、そりゃないだろう、と、父親らしく叱る俺。そして、雪華は、そのまま、ダイニングの、俺の向かいの席に座った。 「え?どうしたの?」 「どうしたのじゃ、ねえだろうが。油断しすぎだろ。少しは恥じらいを持て。しかも、体、冷やすぞ。」 「良いじゃん。冷えるかな?サイハイは履いてるけど。恥じらいか ...どうせ ...おっぱいも小さいままだし。私は、きっとこのまま、小さい胸のままなんだから ...。ブラだって着けてないようなもんだよ ...お母さんみたいに。」 「ブホッ!ゆ、雪華!ゴホッゴホッ!ゴホゴホゴホゴホゴホゴホ!お、お前は ...あ、ああ。死ぬ、死ぬ ...はあはあ。」 思わず水を吹く俺。噎せて噎せて、呼吸が出来ずに危うかったまである。スーツがビシャビシャだ。良かった水で ...これで、牛乳とかだったら、目も当てられん。と言うよりも、そうか ...ついにその話が出たか ...どちらかと言うと、それに覚悟を決めたのだった。 「お、お父さん ...汚いってば。うわあ。」 「うわあ、って。げ、原因はお前だろうが!変なこと言うからだろう ...ったく。で、なんで、いきなりそんな話になる。」 「それがさあ、今日、おばあちゃんの家で陽乃おばさんに会ってさ。」 「あ?陽乃さん?ああ、そうだな。今日、珍しく予定入れてなかったからな。それで?何だ?」 「その、あのね ...私の胸を見て、笑ってきたの。雪乃ちゃんの時と同じね、って。」 はあ ...陽乃さん、なんで、そんな事をわざわざ ...ったく ...火種を作るな。火種を。 「そんなもの無視すれ。構うな、構うな。」 「だ、だって!親子揃って、馬鹿にされたんだよ!」 ガシャン! は! 俺は、その音の方に向けて慌てて顔を上げた。ああ、なんたる事だ ...。そこには、出来たばかりのオムライスが乗ったお盆があり、雪乃が、怒りに任せてだろう ...強くテーブルに打ち付けるように置いたおかげで、その、せっかく雪乃が書いてくれたLOVEの文字が ...って、いや、さすがにLOVEは恥ずかしいなあ、などと、そんな突っ込みもできないくらいに、ヤバイな ...雪乃が ...チョー怒ってる。はぁ ...。どうしたもんか ...。 「姉さんが?雪華。その話、詳しく聞かせなさい。」 「聞かせなさいって、お母さんのせいなんだからね。陽乃おばさん、小学6年生でCはあったって。高校時代にはEだって。だけど、お母さんはずっとAAだったんでしょ?おばさん、あらあら可哀想に ...って。遺伝子の仕業だから仕方がないけどね、だって!もう、本当に悔しい!ねえ、どうして?陽乃おばさんとお母さん、なんで、そんなに差があるの?同じ姉妹なのに。」 「そ、そんな事を雪華に言われる筋合いは無いわ。姉さんったら、雪華にまでわざわざ ...もう、本当に困った人ね。それに、言わせてもらいますけれども、高校時代にはAはあったわ。それに、大学の時にはCまでなってますからね。そこまで行けば、寄せて上げれば、そうね、ぎりぎり、Dよ。更に言えば、雪華を産んだ時には、母乳でEまで行きましたからね。決して、ずっとAでは無いわ。」 「そうじゃないってば。そう言う事じゃないんだよ。お母さん、私は ...普通で良いから ...中学、高校と、Cくらいあれば良いの。でも、陽乃おばさんが無理だって ...。こればっかりはどんなに努力しても ...本当に悔しい。勉強とかみたいに、頑張ればどうにかなるものじゃ無いんだもん!どうしたら良いのかな?」 あの、すいませんけど、そういう話は俺のいない所でしてもらえませんかね?正直、居場所無いし、腹減ったし、もう本当に勘弁して欲しいんですけど ...疲れてきた、マジで。土下座するから許してください ...。 雪華は、真剣な眼差しで、雪乃を見ていた。2人とも、一気呵成に話をしているせいもあってか、顔が赤い。いや、そもそも、俺が赤くなってる。いやん!恥ずかしい!おっぱいの話は ...男の子には刺激が ...。そして、決めたのだ。俺は ...貝になると。喋らない、一言も話さんから。いや、猿か?見ざる言わざる聞かざる ...精神の方が良かったかな? 「良いかしら?雪華 ...女性の価値は、胸の大きさで決まる訳では ...。」 「分かってる!分かってるってば!でも、だって、悔しいんだもん。これでパーフェクトボディが手に入れば、天下取りも夢じゃないよ!」 「天下取りって ...。そ、それは、さすがに ...。あなた、何がしたいのかしら ...。」 すると、いきなり、雪乃が俺を指差してきた。は?何だ?どうしたんだ?俺は、知らん。知らんぞ。何も力になれんぞ。と、良く見ると、その指先はプルプルと震えている。 「雪華?良い?良く聞きなさい。胸が大きくなくても、お父さんみたいに、その ...人を外見ではなく、中身で見てくれる人だっているのよ。だから、別に困ることなんてありません。由比ヶ浜さんも、姉さんも、中途半端に、わざとらしく、あの大きな胸を強調して、お父さんにちょっかいを出してきたけど、お父さんはいつもお母さんを見ててくれたわ ...って、八幡、見ててくれてたわよね?」 はあ、見ててくれたわよね、って、今このタイミングで、一体どれだけの答えの選択肢があるんだ?どうせ1つだろうが ...。 「見てた見てた。雪乃を見てた。どんなに温かくても柔らかくても、な。」 「何だか、喉の奥に魚の骨でも引っ掛かっているような答えだけど、まあ良いわ。ほら、雪華、分かったかしら?」 「え!陽乃おばさんも、お父さんの事、狙ってたの?ゆいゆいは、何となく分かってたけど。お父さんって、何?昔、モテモテだったの?ラノベの主人公?神聖モテモテ王国?」 「お父さんは、中途半端に皆に優しいから誤解させるのよ。それに、姉さんは人の物は欲しがるし、私の持ってるものは、とりあえず気になって仕方が無い人だから。」 おいおい。随分な言い様だな。まあ、外れてはいないとしても ...もう少し大切にしてくれないか?一応はこれでも、一家の主なんだが ...。とほほほ。 「陽乃おばさんにも、困ったもんだね ...。だとすれば、まあ、お父さんは、陽乃おばさんの巨乳に騙されずに、真に大切なお姫様を見出だしたパーフェクトソルジャーって訳だ。なるほど、だから、お母さんとお父さんは、いまだにイチャラブが酷いんだね。良く分かった気がする。」 「ゆ、雪華 ...私とお父さんの話は、もう良いから ...ともかく、胸の大きさよりも、雪華の内面で見てくれる素敵な人がいるから。だから、大丈夫。何も憂いは無いわ。」 「お母さん ...。きっと、お父さんみたいな例は希だよ。ロリコンじゃないのに、胸が小さくても良い人なんて、かなりの確率の低さだよ。お母さんは、宝くじを当てたようなもんだってば!」 「そうね ...その理屈は、なかなか整合性があるわね。まあ、確かにロリコンでは無かったし ...。」 「でしょう?そんなの、本当にごく僅かだよ ...。」 は?何だ?と、いきなり、互いに冷静になり始めたぞ。結局、この話はどうなるんだ?どういう結末になるのだ?終わりが ...見えん。腹減った。早くオムライス食べたい。そろりそろり、と、そのお盆に手を伸ばすと、キリッ!と雪乃に睨まれてしまった。雪華は、俯いたまま、まだ話を続けてきている。その話を終わらせる気はないらしい。 「陽人は巨乳好きそうだな ...。陽乃おばさんのおっぱいで育ってるんだもん。きっと、私の胸じゃ ...物足りないだろうな。」 「ちょ、ちょっと!雪華、何て事を!はしたないわよ!でも、まあ ...否定は出来ないわね。」 「お父さん?お父さんは、お母さんの胸のどういうところが好きなの?」 俺は ...呆れて、何も言えなかった ...お前、本気でそれを言わせようとしているのか?雪華の隣を見ると、雪乃が口をハムハムしながら俺を見ていた。いや、さすがに言いません。俺は貝に ...。 「は、八幡。どうなのかしら?」 って、おい!なんで、雪乃まで聞いてくるんだ!どうなってるんだ?この親子は ...。俺、頭痛い ...。 「はぁ ...ったく。それを知ってどうする?なあ、雪華?」 「そうだなあ。陽人に、小さな胸の良さを今から吹き込んで洗脳させるの。そうすれば、私に夢中になると思うし!」 「ばっか!お前、頭沸いたのか?大丈夫か?言わん。絶対に言わん!」 「は、八幡 ...私の胸 ...あんなに好きだって言っていたのに ...今はもう ...そうなのね。」 「あほか!今でも好きだって!めちゃめちゃ好きだって。そうじゃなかったら、毎日触らんだろうが!はっ!」 思わず、勢いで、そう言ってしまうと、雪華が、ジトッとした目で俺を見てきた。何なんだ、一体、ここはどうすれと言うのだ。 「お父さん!好きなら言えるでしょ!」 「八幡!言って、お願いだから、きちんと、言葉で伝えて欲しいわ ...。」 「あのな、ちょっと、2人とも落ち着け。」 「「落ち着いてるから!」」 「って!もう既に、それが落ち着いていないだろうが。とりあえず、深呼吸しろ。ほら、俺と一緒に。スーハースーハー ...。」 見ると、スーハースーハー、と深呼吸をする2人がいる。うんうん。素直で良いな。それから、そのスーハーをまだ2回ほど繰返し、それで、大分落ち着きを取り戻したようだ。 「さて、それでは、雪乃の胸の良さを ...。」 「は、八幡。も、もう結構よ。」 「ええと、まず、その手にすっぽりとだな収まって、すると、ちょうど良い場所に、その小さなツン、とした ...。」 「八幡!あなた、それ、わざとやってるでしょ?違うかしら?」 「ん?分かったか?なら、良い。雪乃、雪華、きちんと色々と調べて、その、なんだ、胸を大きくする方法を実践してみろ。な?あと、誰かに聞いてみたらどうだ?」 「ええ?うん、確かに ...経験者の話は聞く価値あるかな。じゃあ、陽乃おばさんは?」 「え?姉さんは ...ダメよ。気付いたら、もう、そこにあったもの。あ、由比ヶ浜さん ...も、何も考えてないでしょうから、きっと聞くだけ無意味ね。」 「あ?一色は?確か、努力したとか何とか ...。」 「八幡。なぜ、そんな話を知っているのかしら?もしかして、ねえ、八幡 ...。」 「無い無い。何も無い。安心しろ。」 と、ここで雪華が、いきなり斬り込んで来たのだった。まさか、話の矛先が、いきなりこっちへ向くとは、それには本当に驚いてしまった。しかも、それ、無意識にだからな ...はあ、雪華ってば。 「あ、ねえ?お母さんは、大学に入って、何でいきなりCになったの?そこに、ヒントがあるんじゃないのかな?教えて、お母さん。」 はあ、それ?聞いちゃうのか ...雪乃、さて、どう、はぐらかす?頼むから上手く躱してくれ ...。 「ええと、それは、お父さんと付き合い始めたから ...はっ!」 宙を見ながら、そう言った後に、どうやら事の重大さに気付いた雪乃は、俺の方をゆっくりと見てきた。その目は ...私、失敗したのかしら?と言う目だ。ああ、そうだな、導入部分として、もう失敗だ。 「え?付き合ったら?付き合って、どうして胸が大きくなったの?ねえ?なんで?どんな因果関係があるの?」 「そ、それは、何となくよ。ね?八幡?」 「お、おい!俺に振るな!そ、そうだな。あれだ、幸せな気持ちになると、そういう女性ホルモンが出てきてだな ...。」 「お父さんも、お母さんも、何か変 ...ん?変?あっ ...そ、そうか ...そう言う事か ...。」 「何だ?雪華?何がそう言う事なんだ?」 「お父さん ...お母さんのおっぱい、沢山揉んだんでしょ?」 「ばばばばばば、ばば、ば、馬鹿な事を ...い、言うんじゃない!」 「そ、そうよ ...べ、別に、そんな四六時中揉まれてなんて無かったわ。寝る時くらいだったもの。そ、それに ...揉まれたくらいじゃ ...むしろ、初めて、その ...してからの方が ...。」 「あっ!雪乃!何言ってるんだ!」 「え?お母さん?初めてしたって、何をしたの?」 「え?」 「ん?あれだ、な?雪乃?お、おっぱいマッサージだよな?」 「なんだ、お父さん ...結局、揉んでるんじゃん。」 はあ ...危ない危ない。いきなり変なこと言って、雪華がただのビッチになったら困るからな。そう思いながら、雪乃を見ると、目が同じことを語っていた。胸を大きくしたい一心で、陽人に身を捧げられたりしたら堪ったもんじゃない。 雪華は、うんうん、言いながら、頭から煙を出している。こいつはこいつで、真剣に悩んでいるのだろう。大概のことはできるけど、それでも解決できないことがある。むしろ、それを受け止められないことが大きいのかもしれない。 雪乃も、溜め息混じりに困っている。そんな雪華をどうしてあげれば良いのか、を。それは、昔の自分を見るように、何とも切ない気持ちなのかもしれない。 そろそろ、この話を終わらせてやらなくてはダメみたいだな。すると、その時に、雪乃が、ポツリポツリと話し出す。 「牛乳もたくさん飲んだわ。ブラ選びにも気を配った。お肉を集めてから、きちんと着けるようにもしてた。お風呂に入ればマッサージだってしてね。特に ...高2で、あの千葉村に行ってからは ...八幡が由比ヶ浜さんの大きな胸ばかり見てたから ...。」 「雪乃さん、ちょっと?」 「あら、私だって ...かなり気にしていたのよ。今の雪華と同じ。努力でどうにかなるなら、って、隠れて、色々と試したりしたもの。ただ、あまり効果は無かったかしら ...。でも、大学で、八幡と付き合いだして ...そうしたら、八幡が、私の胸がとても ...そ、その、す、好きだって ...キレイだって。言ってくれて、本当に、心から嬉しかったわ。そうしたら、それから、いきなり大きくなったのよね。だから、気にしていても、気にしすぎてる時には、ダメなものはダメなのよ。」 「雪乃 ...そうだな、それはあるかもな ...なあ、雪華?確かに、世の中、胸しか見てない男もいるが、ほとんどの男は、それだけじゃない。それに、好きになれば、その愛する女の子のものが ...何より一番好きになる。だから、あれだ ...気にすんな。」 な?と、雪華に語りかけると、雪華はコクリコクリと頷いた。少しは合点、納得したみたいだ。うんうん、と言いながら、その結論を話す彼女。 「分かった。取りあえずは、何かやれる事が無いか調べてみる。ねえ、お母さん?」 「なあに?どうしたの?」 「あのね、とりあえず、育乳ブラ ...欲しいんだけど。」 「そうね ...それはお母さんも、考えていたのよね。でも、雪華はあまり気にしてなさそうだったから ...ごめんなさいね。お母さんがもっと気を使って上げれば良かったわ。」 「じゃあ、買ってくれる?」 「ええ、週末、買いに行きましょう。ね?八幡?」 だから、なんで俺に聞くんだよ ...そんな女子会的な話は、2人でしてくれれば良いのに。ったく ...。良いぞ、分かった、と相づちを打つ俺。 「ああ、なんか一杯話したらスッキリした!お風呂入れて来よ!」 そう言い放ってから、席を立ちバタバタと走っていく雪華がいた。何、一人だけスッキリしてるんだか ...。こっちはおかげで ...お腹空いた。クスン。 「さあて、雪乃。ご飯を ...。」 そう言いかけると、雪乃は俺の隣の席に座り、目をトロンとさせて、手を握ってきた。 「ねえ ...八幡 ...。」 「はあ ...どうした?何だ?」 「今でも、私の胸、好き?」 「なんだそれ ...いきなりどうした?」 「早く ...答えて ...。」 「ば、ばっか ...す、好きに決まってるだろ。さっきも ...言ったろ。好きじゃなきゃ ...毎日触らん。」 「も、もう ...えっち。」 そう言うと、ねっとりしたキスをしてくる雪乃。これ、あれだ ...もう、ヤバイだろう ...。水分多目のキスをゆっくりと、粘膜を感じ合うようにすると、それはさらに気持ちを昂らせてしまう。と、互いに唇を離すと、蜜の橋、というよりも、単純に唾液が少しだけ溢れてしまうのだった。 「は、八幡 ...。」 「ゆ、雪乃 ...そ、その、なんだ ...あ!ご飯!ご飯!食べよう、な?」 「ふふ。なあに?恥ずかしいの?ねえ ...今夜からしてね。ゆっくりたっぷりと ...。」 「し、して?って、何だ?何をだ?」 「え?ふふ。ええとね ...。」 そう言うと、彼女は、俺の耳元に口許を近付けてきて、小さな声で囁くのだった。 「おっぱいマッサージを ...そろそろ、ね。母乳の事 ...考えなくてはいけないから ...。」 俺から顔を離すと、真っ赤にしながら、ニコッと、首を傾げながら笑う。片手では、その垂れた黒髪を ...耳の後ろに纏めて掛けていった。俺は、その仕草を見て、スイッチが入ってしまった。 席から立ち上がり、雪乃を立たせると、俺は雪乃を連れて廊下を歩いて行く。 「ちょ、ちょっと?どこに行くの?」 「え?ええと ...寝室。」 「ばか!な、何考えてるのよ ...。もう。で、でも、そ、そうね、ちょうど、着替えたかったかも ...そ、それに八幡も ...着替えるでしょ?」 と、何だか、意外にノリノリじゃん。これは、ウキャウキャウフフの、1つでも ...と思った矢先。 カチャリ、と、子供部屋のドアが開き、そこから、雪穂と八起が出てきた。うおっ!忘れてたよ、その存在 ...雪乃のおっぱいの事しか考えてなかった。それは口が裂けても言えないけど。ちなみに、雪乃は雪乃で、あっ、と小さな声をあげた。多分、気持ちは同じかな?でもまあ、可愛い子供たち。 「お母さん、勉強終わりました。あっ!お父さん、お帰りなさい!雪穂、今日、学校で ...。」 俺の足に、ボフッ!と抱きついてきて、学校の生報告を早速始める雪穂。俺は、横に並ぶ雪乃を見る。すると、八起を抱き締めながら、優しい微笑みで、俺にその笑顔を眩いばかりに見せてくれるのだ。 「ふふ。八幡。やっぱりご飯、食べましょう?オムライス、作り直してあげるから。ね?」 「ん?そうだな ...お腹、空いてるしな。あ、だけど、あれだ ...LOVE、ってケチャップで書かれるのは ...。」 「ふふ、じゃあ ...。」 隣にいたはずの雪乃が、俺を後ろから抱き締めて来る。吐息が耳に掛かる。あ、こら、俺 ...耳弱いんだから ...。そして、小さく優しく呟いてくるのだ。 「好き、って ...書いてあげるわ。」 え?と、後ろを見ると、顔を赤くして、後ろで手を組み、体を横に少しだけ傾ける彼女。ねえ?どう?って、そんな仕草で聞かれたら ...何!それ!ズキュン!だろ、ズキュン!その可愛さは、反則です! 「わ、悪くねえな ...い、良いな、それ。」 前を向いて、そう言うのが精一杯だった。たたっ、と駆けてきて、腕を組まれる。 「ふふ、照れてるの?照れてるの?ねえ?」 「う、うっせえな ...。て、照れてる。ほら、行くぞ。お腹空いたんだから ...。」 またも、ハートを射抜かれる、俺だった。ふう、雪乃、可愛すぎ。って、俺 ...幸せすぎる。 [newpage] [chapter:番外編ショート2.膝枕の夜。] 金曜日の22時過ぎ。 明日と明後日は連休だ。特に予定も無い。キャンプに行こうかと思っていたが、天気があまり良くないし、雪乃の出産も近づいてきたから、無理はしない事にした。と、すると、のんびり過ごせるお休みだ。それを思うと、何だか楽しくなるくらいある。 ソファに座り、テレビの電源を入れ、録画してあるドラマを見ることにした。今日はちなみにダウントンアビーのシーズン4。結構好きで、欠かさず見ている。ちなみに、CSでも入っているが、俺はNHKのを見ている。あと2シーズンで終わりか ...。 テーブルの上には、雪乃が入れてくれたコーラと、産休だから ...と手作りのチョコブラウニーがある。これが、また美味いのなんの。俺って、幸せだよな ...。 さささ、と後ろで気配がある。ニクスだろうか? 「あら、まだ寝ないのかしら?」 不意に、廊下から声がした。ん?と、後ろを振り帰ると、オレンジのマタニティパジャマを着る雪乃が立っていた。 「あ?寝たんじゃないのか?」 「ええ、雪穂と一緒にね。でも、何だか眠れなくて。」 「そっか。あれだな?そのオレンジのパジャマ、長いよな。雪華の時に買ったやつだろ?」 「あら、良く覚えてるわね。シルクですもの。長持ちするのよ。ふふ、なんか嬉しい。」 そう言うと、俺の隣に座ってくる。俺は、ススッ、と体を少し離してから、体を起こすとゆっくりと倒して、その膝の上に頭を置いた。サラサラとした絹の生地越しに柔らかな太ももの感触があり暖かくて気持ちが良い。 「チョコブラウニー、美味いな。」 「そう?いつもと同じ出来だと思うけれど。」 「ばっか。いつも、美味いんだって。」 「そ、そう ...ふふ。ありがとう。作った甲斐があるわね ...。」 雪乃が、ペタペタと俺の顔を、手で触ってくる。少しだけひんやりしていて、そんなのがまた、さらにとても気持ちが良いのだ。 「そう言えば、HDDに入ってたシャーロック、知らないか?消したか?」 「シャーロックはブルーレイに落としたわ。私も好きだもの。イギリス物は大体良いわよね。」 「そうか。サンキュウな。あと、ダメな私に恋してください、は?録画してあったの、無いんだが ...。」 「あれは消したわ。」 は?今なんて仰いました?結構好きだったんですけど ...展開がベタで。てか、主任格好良すぎ。 「え?なんでだ?面白かったのに。」 「自分の胸に手を当てて考えてみなさい。」 そう言われて、心臓の辺りに両手を当てて見たけど、全然分かりませんが ...なんだろ? 「分からん。どうしてだ?」 「八幡が深田恭子を見ながら、鼻の下を伸ばしていたからでしょ?深キョン目当てで見てたの、私、知ってるのよ。」 へ?俺が?深キョン目当て?いや、全然無いんですけど、それ。思わず、口を開けてポカンとしてしまった。まあ、確かに黒髪ロングで、美人だし、嫌いじゃないが ...そこまで入れ込むほど ...いや、余程、雪乃の方が美人だろ。 「八幡?八幡?」 「あ、おお、どうした?」 「何だか、ボーッと、してるけれども、どうしたのかしら?」 「いや、別に ...と言うか、俺、深キョンファンじゃないんだけど。」 「え?そうなの?では、どうして、あんなに、あのドラマに、はまってたのかしら?」 「いや、普通に面白くて ...俺、あまり、そういうの ...無いんだが。女優とかアイドルで、誰が好きとか、ファンだとか ...知ってるだろ?」 「え、ええ。だ、だから珍しいなあ ...って。」 「は?それじゃ、それが面白くなくて、消したのか?」 俺は、膝枕をされながら、体の向きを変えて、雪乃の顔を見て話をする。雪乃は、俺から視線をずらしながらも、顔を俯かせていて、その髪が俺の顔に時々掛かっていた。しばらくすると、コクりと1つ頷く。 「そ、そうね ...てっきり ...。」 「はあ ...。そっか。困ったもんだ。」 「お、怒ってるのかしら?」 「ん?怒ってる?か ...いや、別に。怒ってない。雪乃が、可愛いなあ、って。 「そ、そう ...。」 顔が赤い。照れている雪乃。うん、益々可愛い。 それから、しばらく、特に会話もせずに、その英国貴族と使用人の話を2人で見ていた。アンナとベイツも、いつまでも大変だな、とか思いながら。 すると、その咳払いが聞こえてくる。 「う、ううん。」 「は?」 「う、ううん。」 「はい?」 「う、ううん。う、ううん!」 「何だよ?どうした?」 「そ、そろそろ、交替して欲しいのだけれど。」 「え?何をだ?」 「ひ、膝枕 ...を ...。」 顔を真っ赤にしながら、そう言ってくる雪乃。なんだ、それ?可愛いじゃないか ...よし、変わろう。今すぐ、変わろう。 「お?おお。そんな事くらい ...ほれ、良いぞ。」 俺は、体を起こすと、雪乃の奥に座った。彼女は、間合いをとるようにお尻を移動して、そのまま俺の膝に頭を乗せてくる。雪乃は、俺の膝小僧を片手で触りながら、ふふ、と満足そうにしていた。 何度も、頭を撫でて、髪を梳いていく俺。それは、時を忘れさせて、ずっと続けていても苦にはならないであろう。 あともう少しでドラマも終わる、というところで、気づけば雪乃は眠ってしまっていた。すーすー、と軽やかな寝息を立てている。そういうのも、また、可愛くて仕方がなかった。 時計を見ると、まだ零時前。そうだな、せっかくだし、もう少し、このままで、何か見るかな?そう思って、HDDの中を探すと、言の葉の庭があった。 「そう言えば ...主人公は雪野だったっけ。名字だけど。」 どれ、そうするか、と思い、グラスを持つと、中身は空だった。再生する前に、それを取りに行こうと思い、一瞬腰を浮かそうとする。 膝に迎える雪乃が寝返りを打って、こちらを向いた。 散らかる黒髪を丁寧に寄せて、ほとんどを耳にかけてやった。キレイな顔が見えてくる。穏やかなその寝顔を見ていると ...今この幸せを壊すのがとても勿体無く思える俺だった。ソロリソロリと、彼女の唇に、俺の人差し指を這わす。ツン、と唇が尖り、それは無意識にキスをして来たみたいだった。 そんな雪乃を見ていると、俺は雪乃の美しさに惚けてしまう。思わず喉が乾いた事を忘れるくらいに ...。 リモコンの再生ボタンを押した。 テレビの中には、雨の音が聞こえている。その新海誠の緻密なまでの背景描写に入り込み始めた。さて、ゆっくりと見ようかな?最後のエンディングの曲 ...rain、だったはず。何となく、それを、無性に聞きたいと思うのだった。 ふと、雪乃が、虚ろ虚ろに目をうっすらと開く。 「あら ...新海誠 ...見てるのね ...猫好きよね、新海誠って ...。」 そう言うと、また、ゆっくりと瞼を閉じ、寝てしまった。 ったく、彼女と彼女の猫、久々に見たくなったじゃねえか ...。 夜更かし、しようかな ...。 それは、ただ映画を見たいのではなくて、無防備に、心も体も、一心に俺の膝に預けてきている、そんな雪乃に、優しく触れて、その、自分の幸せを感じていたい。そう思ったからだろう。 ただ、それが、ずっと続けば良いな、と思う。 その気持ちだけが、俺を宵っ張りへと誘うのだった。 彼女の黒髪に触れる手が蕩けてしまう。このまま、彼女に触れ続けていれば、俺は、その甘さで ...溶けてしまうかもしれない ...そんな肘枕の夜だった。
新シリーズの2作目を投稿させて頂きます。<br /><br />前回の作品は、驚くほどのペースで沢山の方に読んで頂きまして、コメント、並びにメッセージもビックリするくらい一杯頂けました。コメントは私の返信含めてではありますが150件を超えて、メッセは先程数えてみたら30人近くの方から頂きまして、本当に嬉しかったです。<br /><br />2日連続でデイリーにも入れて頂きまして ...もう何と言って良いのやら ...感謝感謝です。<br /><br />前回から約2ヶ月ぶりの投稿なので、もうお忘れになってる方もいるかもしれませんが、もし良ければ読んで頂ければとても有り難いです。<br /><br />なお、この2ヶ月の期間に、嬉しいことが3つありました。<br /><br />まずは、無事に資格に合格できた事。<br /><br />次に、フォロワーさんが750人を超えた事。まさか、前作1作で50人近くの方にフォローして頂けるとは ...嬉しくて涙が出ます。<br /><br />最後に、婿入りからこっこまでの、外伝的な事務局長の事件簿を除いての日常編において、全作品に100人以上の方にブクマをつけて頂きました。また、たまごクラブも閲覧数が20000回を越え、あと少しで通しで10000回以上の閲覧数になりそうです。何回も繰り返し読んでいます、とのお言葉 ...強く実感しています。本当に、ただただ驚くばかりです。<br /><br />雪華は小学校6年生で、雪穂は2年生。そして、八起は1年生。雪乃と八幡も40歳になりました。そんな家族の日常はどんな感じか?それを垣間見て頂ければ幸いです。<br /><br />もし、良ければ、短くて構いませんので、感想などコメントやメッセージで頂ければ嬉しいです。<br /><br />今回は、約15万文字で単品としてはまたもや最長ですね。無駄に長いですが、休みの日にでものんびりと読んで下さい。次作は通常の6話で、8万文字くらいの予定でいるのですが ...。<br /><br />ブクマ、ポイント、コメント、メッセージ、フォロワー数、全てが糧になっています。<br /><br />ただ、大事なのは、私の作品を好きと言ってくれる方が1人でもいる限りは、しっかりと作品を作って行くことだと、そう思う毎日です。決して傲らずに、皆さんに共感してもらえるような、自分が書きたい話を書いていけたら、と思っています。<br /><br />本当にありがとうございます!そして、これからもよろしくお願い致します!<br /><br />婿入りプロポーズシリーズにて、素敵なイラストを使用させて頂いています。<br /><br />イラスト制作者は タダノタケムラさま です。<br /><strong><a href="https://www.pixiv.net/users/1350530">user/1350530</a></strong><br /><br />表紙として使用させて頂いているイラストについてです。<br /><br />タイトル 俺ガイルまとめ3<br /><strong><a href="https://www.pixiv.net/artworks/63850675">illust/63850675</a></strong><br /><br />タダノタケムラさんには、いつも素敵なイラストを本当にありがとうございます!自分には勿体無いぐらいのイラスト ...本当にありがとうございます。
やはり俺のこっこクラブは間違っていない。【7月~9月編】
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【キス】 「凛ちゃん……」 ソファーに座って携帯で奈緒とメッセージのやりとりをしていると隣に座る卯月が、不満気に呟いて、肩にもたれかかってきた。 「どうしたの?」 「凛ちゃんの恋人は携帯なんですか?」 「ごめん」 携帯を脇に放って卯月の頭を撫でると、眩しい笑顔を向けてくれた。それがあまりにも近くて、トクンと心臓の鼓動が早くなる。 一瞬の沈黙の後、卯月の鮮やかで柔らかい唇に口付けた。 卯月は、いつもキスするとき、きゅって目をつむる。 薄目を開けて見る、その蕩けた、上気した表情は綺麗で、世界で私だけがこんなに可愛い卯月を独占できる嬉しさに胸がはちきれそうになる。 「りんちゃん……」 頬を紅く染めた卯月が私の名前を呼ぶ。それだけで愛おしい。 「愛してる」 一言、そう告げる、それだけで充分だった。 それだけが、私の全てだから。 [newpage] 【浮気】 「凛ちゃん、もし私が浮気したら……どうしますか?」 二人で選んだソファーに座っている私が、隣に座る凛ちゃんにそう聞いたのは、この前読んだ雑誌に、恋人の愛を確かめる質問、なんて紹介文と共に書いてあったから。 凛ちゃんはピクリと反応して、さっきから、ずっと続けていた私の頭を撫でるのを止めて、私の顔を覗き込んだ。その綺麗な翠色の瞳はグラグラと揺れている。 「……卯月……どうして……そんなこと聞くの?」 震える声でそう言ったとき、私の目をまっすぐと見つめる瞳は、潤んでいた。 「凛ちゃん!?」 「卯月! ……教えて」 そう言い放った凛ちゃんはずいぶんと切羽詰まった様子だった。 「わっ、わたしっ、ただ、ちょっと聞いてみたくなっちゃって……」 予想外の反応に、しどろもどろになりながらも、そう答えた。 「なんで……なんで、そんなこと聞くの……」 掠れた声で呟いた凛ちゃんの瞳から涙が溢れ落ちた。 「ごめんなさい……雑誌に書いてあったんです……愛を確かめられるって……」 「もう、そんなこと、言わないで、冗談でも……浮気する、なんて言わないで……」 「ごめんなさい」 「うづき……」 凛ちゃんは私の胸に飛び込んだ。背中に回された手には、ギュッて強い力が込められている。 どうしたら良いのか分からずにいると胸元から、すすり泣く声がきこえてきた。 「浮気なんて、しませんよ、凛ちゃんのこと、愛してますから……」 そう言って、凛ちゃんの頭を優しく撫でた。 「卯月! あんなこと聞いたのは、私の愛が伝わってなかったから、だよね」 しばらく私の胸の中で泣いた凛ちゃんが不意に顔を上げて、そう言った。 「そっ、そんなことないですよ〜」 「ううん、伝わってない」 首を振ってそう言うと、凛ちゃんは私をソファーに押し倒す。 「今日は、たっぷり教えてあげるよ」 ギラギラとした瞳をまっすぐ向けて、私にまたがった。 そのあとの凛ちゃんがいつもより激しかったのは、言うまでもない。 [newpage] 【シルシ】 すこし酸っぱい味がした。 「りっ、凛ちゃん!?」 口に含んだ卯月の指が驚きからか逃げるように動いた。だから、少しだけ歯を立てる。 だって、卯月が悪いんだ……テレビでやってた指輪の特集を食い入るようにみた後で、視線を寂しそうに左手に落とすから。ついソファーの隣に座る卯月の手を口に含んでしまった。 驚いた顔も可愛いよ、なんてこの状態じゃいえないのにね。 クッてちょっぴり噛む力を強くする。 それでも卯月は怯えているようにも、期待しているようにもとれる表情で、私のことを見つめたまま、ピクリとも動かなかった。 「……っ、卯月……見て」 口を離した指には、くっきりと歯型がついていた。 呆然とした様子で自分の左手を見つめたあとで、卯月は笑った。特別な笑顔ーー友達や同僚、ファンの人たちにはみせない、私と二人きりの時にだけ浮かべる憂いを含んだ笑顔だった。 「あと……凛ちゃんのあと、ついちゃいました……」 そう言った卯月は、困ったような、それでいて嬉しそうな表情で私のことを、じっと見つめていた。 「うん……」 もっと伝えたいことが沢山、たくさんあったはずなのに、たったそれだけしか、口にすることができなかった。 「私、もう傷ものです、だから……だから凛ちゃん、責任……とってくださいね」 儚いようで美しい卯月の笑顔に思わず見惚れてしまった。 「…………うん、卯月、責任とる、私ずっと卯月と一緒にいたい…………指輪……今度のお休みに一緒に買いに行こう」 「はい」 一言、そう言って、シルシのついた左手を私の右手に絡めた。 [newpage] 【指輪】 満たされている。 左手の薬指も心も、プラチナリングといっぱいの愛でもう空きがないのだ。 「凛ちゃん……」 帰りの遅い彼女は今はここにいないけれど繋がってる。同じ指輪と同じ愛で縛られてる。 きっと、繋がっていたのは、指輪を貰う前からずっとだったのだろう。でも、それが確かな形で目に見えるのが嬉しくてたまらない。 二人で指輪を買いに行った日の夜、跪いて『これから、ずっと、一生、一緒にいてください』って震えた声で言ってくれた、かっこいい凛ちゃんの姿、一生忘れない。あの時感じた胸の高鳴りも、じわって胸いっぱいに広がった感動も溢れ出した涙も、きっと忘れない。 これからずっと、一緒の道を歩んでいきたい。そう思ったひとが同じ気持ちだったこと、普通なんかじゃない幸せだから。 幸せを噛み締めて、二人で生きてゆきたい。 お夕飯を作りながら、ふとそんなことを思った、平凡な、でも当たり前なんかじゃない夜。
同棲うづりんまとめ。<br />1Pキス<br />2P浮気<br />3Pシルシ<br />4P指輪<br />というタイトルになってます。
あなたとふたり
https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=6524341#1
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I'll be yours and you'll be mine (私はあなたのもので、あなたは私のもの) 『一晩だけでいいって言われてもさ、僕にはハルキがいるからね』 笑って、若いって怖いよねと言えば、四宮が僅かに色をなくしたのが分かった。 ジョンが帰国してようやく平穏が訪れ、二人の時間が取れた頃に、四宮が話を切り出した。 ずっと気にしていたのだろう事は、言動の端々に滲んでいて。 ゆっくりと夕食を共に出来た夜、伺うように話を振られた。 『ハルキが心配するような事は、そんなになかったよ』 『そんなにって事は、少しはあったってわけか』 『……まぁ、ちょっと抱きつかれたり、口説かれたり?』 『……例えば?』 じっと見上げてくる瞳が据わっている。 けれど不安の色も揺れて見えて、鴻鳥は顔に出さずに苦笑した。 そして反面、この可愛い恋人を心配させた自分の不甲斐なさに、やるせない思いが浮かぶ。 仕事とはいえ、もっとフォロー出来たのではないか。 いつも後手後手の対処に甘んじているようでは、今後の関係に波紋が生じるのではないか。 『一生付き合っていきたい奴の一人は作れよ』 加瀬の言葉が脳裏に蘇る。 あの時自分は、四宮を思い浮かべた。 そして、お前がいいと四宮に伝えた。 文脈を踏まえて読み取れば、一生を共にするなら四宮がいいと言ったのは分かるだろう。 けれどそれをきちんと言葉にした事は、それ以来なくて。 薔薇の色と本数で伝えた想い。 エンゲージリングの代わりにと送った、ダイヤモンドを埋め込んだ揃いのキーリング。 他にも色々と行動はしたが、生涯を共に生きたいと、はっきりとは口にしていない。 法の下には誓えないけれど、四宮に誓いたい。 そう、決めたから。 その後、水を向けられるままに、包み隠さずジョンとの間にあった事を話した。 なるべく暗くならないようにと、努めて明るく声にして。 けれど、やはりと言うか当然と言うか、四宮の表情は硬く暗く。 感情を必死に押し込めているのが痛い程に分かった。 『…ハルーー』 『大丈夫だから。お前の事、信頼してるし』 一々目くじら立てるような相手でもない。 そう言った四宮の視線は僅かに外されていて。 その数センチが酷く心に突き刺さった。 「ベイビー、もうすぐ時間です」 滝のその声にはっとして視線を向ける。 そこには一輪のラッピングをされた薔薇を持った彼が、首を傾げて立っていた。 「どうしました?調子、悪いですか?」 「いや…大丈夫、問題ないよ。それより、その手に持っているものは?」 「ああ、これですか?ホールスタッフが、お客からベイビーに渡してくれと頼まれたらしくて。出来れば開演前にって」 珍しいですよね。 そう言って渡されたそれを受け取れば、七分咲きの深紅の薔薇がふわりと香った。 大抵のプレゼントは、ライブ後に渡される。 イベント日などは稀に前後関係なくこうして届けられる事もあるが、開演前を指定してというのは初めてではないだろうか。 薔薇を引き立たせるシンプルなラッピングは、透明のフィルムにサテンの白いリボンのみ。 そして、真白いカードが添えられていた。 「カードって事はいつもの人ですかね?それこそ珍しいな」 「………いや、別の人みたい」 くすりと笑う鴻鳥に滝は首を傾げるが、本番前だという事を思い出し、時計を確認すると慌てて言った。 「もう時間です!お願いします!」 「ちょっと待って」 何やら工作を始めた鴻鳥に、滝は冷や汗をかいた。 【The Love Is You】を含め、恋愛系のバラードで組まれた今夜のセットリストは、いつになく甘い雰囲気で会場を包み込んだ。 恋人と来ているのにも限らず、ぽうっとベイビーに見惚れてしまう女性がちらほらといるのに、滝はステージ袖から苦笑して見ていた。 男の自分から見ても、メイクをしているとはいえ、自分の演奏に入り込んでいる鴻鳥の表情は、婉然としていてぞくりとくるものがある。 曲によってこうも変わるものなのかと感心するが、年々艶めいてくるのはどうしてか。 先日のジョン・コックスも、この色気にやられたのではと思うと、男たらしなのは鴻鳥の方なのかもしれない。 そんな風に考えていたら、見知った顔が客席にいるのに気付いた。 曲目を全て終え、一度袖に下がる。 ミネラルウォーターのボトルを片手に近付いてきた滝に、鴻鳥はマイクの手配を頼んだ。 予定にないそれに一瞬戸惑うが、以前弾き語りをした時に大反響をもたらした事を思い出し、急いでピアノ用のスタンドマイクを取りに走った。 「今日はスペシャルな夜なので、アンコールは少し歌わせて下さい」 その一言に客席がわっと沸き立つ。 黄色い悲鳴も混じる中、鴻鳥は右手を胸に遣りお辞儀をした。 その胸元のフラワーホールには、開演前に届けられた薔薇が、ラッピングに使用されていたリボンに結ばれて刺されていて。 長い指に触れたリボンがさらりと揺れる。 「パティ・オースティンの【Say You Love Me】」 Say you love me, you know that it could be nice (愛してると言って それは素敵な事でしょう) 男性キーに落としてはあるが、ところどころでヘッドボイスが混ざる。 プロではないため少し掠れるが、そこがまた切なく心を揺さぶった。 Please love me, I'll be yours and you'll be mine (愛して下さい 私はあなたのもので あなたは私のもの) If you'd only say you love me, baby, things would really work out fine (好きだとさえ言ってくれるのなら すべてがきっとうまくいくでしょう) まるで恋人のために一生懸命に歌っているような、そんな気分にさせて。 滝は密かに、次のアルバムにベイビーの歌声を入れられないかと考え始めた。 「ベイビー、お疲れ様です」 ノックの音と共に滝が楽屋へやってくる。 鴻鳥はまだベイビーの変装のままで、先程の白いカードを弄んでいた。 「いつものファンからのプレゼントと、今日はお客さんです」 鴻鳥は分かっていたとでもいうような顔で、通された四宮を笑顔で迎えた。 「お疲れ」 「お前もな」 それじゃあ失礼します、と四宮に言って滝が下がるのを見届けて、鴻鳥は言った。 「これ、ありがとう。折角だから飾らせて貰ったよ」 胸元の薔薇に手をやりながら近付いてくる鴻鳥に、四宮は思わずたじろぐ。 普段なら何とも思わない距離なのに、今夜はやけに妖艶に見えて。 大きな瞳や、長い睫毛。 黒髪を隠すウィッグに、誘うようなルージュ。 喉元を大きく晒すシャツにタイトなスーツ。 全てが艶美で、四宮の瞳を惑わせる。 「どうしたのハルキ?」 顔赤いよ? そう言って四宮の頬に指を沿わせれば、面白いくらいにびくりとした。 どうやら四宮は、ベイビーのこの姿がある意味苦手なようで。 鴻鳥はそれを分かっていて、知らないふりをして悪戯をする。 「……何で俺からだと分かった?」 まだステージに立つ前だっただろう、と四宮が続ければ、鴻鳥が苦笑して言った。 「いくら電子カルテ化して長いからって、ハルキの文字を違えるわけないよ」 「チッ……やっぱり手書きじゃなければよかった」 「それでも分かったと思うよ?だって、いつもの人も手書きだもの」 ほら、と言っていくつかある花束の中からそれを取り出して見せれば、そこにはいつも通り“For you”と書かれていた。 今夜の薔薇はレッドクイーンと言うそうで、気高く美しい。 あぁ、まるで四宮のようだ。 うっとりとその花弁に指を這わせていたら、ツンデレ機能の発動した四宮が言った。 「もう二度とこんな真似はやらん」 「えー、それはやだ!」 「いい歳した男がやだとか言うな、気持ち悪い」 冷めた瞳に、鴻鳥は一瞬泣きたくなる。 この恋人は時々、本当に容赦がない。 けれどその冷たさが好きな自分もいて。 Mの気質はない筈なのにと、鴻鳥は唸った。 「この薔薇はレッドクイーンって名前だけど、ハルキのは熱情なんだね。これは、意味を持たせて選んだって受け取ってもいいのかな?」 熱情。 意味は、燃え上がるような激しい感情。 それを自分に持ってくれているのだろうか? 一層顔を近付けて、そっと口付ける。 うっすらと紅く色が移って、とても美味しそうに見えた。 「……そんな激情を持つような年齢じゃないだろ」 「どうして?僕は感情を剥き出しにしてくれた方がいい。隠して、なかった事になんてされるのは嫌だよ。それが僕の事なら尚更だ」 眼鏡を外して額を合わせる。 視界に四宮しかない状態で、そっと言葉を続けた。 「僕は、ハルキが好き。ハルキを愛してる。ハルキの側にいたい。ハルキと……一生、一緒に生きてゆきたい」 「サク…ラ……」 「これが、僕の願い。僕の全部をハルキにあげる」 だから、お前の全てを僕に頂戴。 四宮は馬鹿とだけ呟くと、鴻鳥の胸倉を掴んで強引にキスをした。
サクヒローさんのついったで見惚れたベイビーを美味しく料理させて頂きました。もうね、すっごく美麗だったんですよ!美女か!?ってくらいに!<br />というわけで、サクヒローさんに捧げます*(\´∀`\)*:<br />追記:麗しのベイビーはコチラ→コウノドr⑥【鴻四】 | サクヒロー [pixiv] <strong><a href="https://www.pixiv.net/artworks/55877568">illust/55877568</a></strong><br />追記:コウノドリ〜タグ感謝!
愛してると言って
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注意書き ・オリキャラが創作刀剣男士に転生します ・孤狼丸については創作した実在しない刀です ・例によって捏造設定が多いです ・刀剣男士よりもオリキャラが話の中心となります ・刀剣男士の口調や互いの呼び方については想像で補っている部分が多々あります ・刀工(三条宗近ら)がオリキャラとして出てきます ・史実とかなり矛盾している点が多々ありますがフィクションという事で温かい心で見逃してください [newpage] 父が倒れた、と。 その知らせを持ってきたのは鶴丸の生みの親である五条国永だった。 孤狼丸と小狐丸の父である三条宗近はすっかり床に寝つき、既に外に出ることもままならないという。 いずれ受け入れなければならない事だとは分かっていたが、実際にその事実を目の前に突き付けられた孤狼丸の衝撃は相当なものだった。 「ととさまに…もう、会えない?」 言葉に出すと耐えられなくなって、孤狼丸のめからぽろぽろと涙が落ちた。隣に寄り添うように座っていた小狐丸が、慰めるように孤狼丸の背中を撫でる。 「孤狼丸。そんな風に泣いては父が心配してしまいますよ」 兄の言いたいことは孤狼丸にもわかる。 父はいつも孤狼丸たちのことを気にかけてくれていた。厳しい面もありながらも、わが子同然と常々言っていた刀たちに対しては、その言葉どおり親子のような愛情を向け続けてくれてきた。 ならば孤狼丸は、その思いに報い父を少しでも安心させられるよう、もっとしっかりしなければならないというのに、頭でわかっていることと感情はまるで別物だった。 治まらぬ涙を小さな手で懸命に拭っている孤狼丸を五条国永は痛ましげに見つめ、更に言いづらそうに口を開く。 「併せて、三日月と鶴丸も人の手に渡る事になりました。鶴丸は明日、こちらに連れてきます。ですが、三日月は……」 五条国永は明らかに衝撃を受けている様子の孤狼丸を見て、最後まで言葉を続けることはできなかった。 だがこれでも、彼らと孤狼丸の別れは随分と引き延ばされてきたのだ。 三日月は三条宗近の刀の中でも名だたる名刀。彼の刀を手に入れたいという申し出は随分前からあった。 だが三条宗近は軒並みそれを断っていた。お上の圧力がかかることもあったようだが、訳あって己の命がある内は手放せぬ、と自ら頭を下げて回っていたこともあった。 中々納得いかない者も中にはいたが、三条宗近程の名工がそこまで言うのならば、とその固い意志を汲んで今の今まで猶予期間を与えられてきたのだ。 そして鶴丸についても、同様に三条宗近の口添えあって人の手に渡ることなく側に置けていた。 三条宗近がそうまでして三日月たちを側に置いていたのは、一重に孤狼丸のためだった。 孤狼丸が一等頼りにしているのは対の刀である小狐丸だが、同じ三条の刀である三日月や五条の刀である鶴丸にも大層懐いてくれていた。 その刀たちを、自分が生きている間だけでも孤狼丸と共に居させてやりたいという、三条宗近のせめてもの親心だった。 だが今となっては、その気遣いは果たして正しかったのだろうか、と五条国永は孤狼丸を見ながら迷いを抱かずにはいられなかった。 ただでさえ、父と慕った三条宗近の死を前に打ちひしがれている孤狼丸に、ずっと慕っていた刀との別れを受け入れる余力があるようには見えない。 孤狼丸の世界は酷く狭いものだ。その半分以上が一度に失われるという事実に、この幼げな刀が耐えられるのだろうか、と。 せめて誰か一人ずつであれば受け止める衝撃も少しは和らいだのではないかと、今更どうしようもないこと五条国永は思った。 言葉もなくただほろほろと泣く孤狼丸を小狐丸が己の膝に抱きあげる。 震える背中を大きな手が撫でると、孤狼丸は顔を小狐丸に押し付け、小さな手でその着物をきつく握った。 その姿は例え孤狼丸の本質が刀であると理解していても胸に迫るものがある。 嗚咽を漏らす孤狼丸を五条国永は切ない気持で見つめながら、己にできる事はもうないと静かにその場を辞した。 翌日、五条国永は言葉のとおり鶴丸を連れてやってきた。 どうやら孤狼丸たちに会わせた後そのまま次の持主へ届けられるらしく、五条国永はあまり時間が取れなくて申し訳ないとすまなそうにしていた。 そしてその言葉のとおり、鶴丸との別れは酷く短く、あっさりとしたものだった。 顔を会わせる前から泣きそうな顔をしている孤狼丸とは対照的に、鶴丸はいたって普段どおりだった。 むしろ孤狼丸がどうしてそこまで悲しんでいるのかよく理解できないようで、涙ぐんでいる孤狼丸を小狐丸から受取ると、膝の上に乗せて視線を合わせながら笑いかけた。 「そんな顔をするな、孤狼丸。俺たちは刀。折れぬ限りは、いつかまたどこかで会えるさ」 「……いつか?」 「そうだ。何年先、何十年、あるいはもっと先かもしれないが、何せ俺たちの時間は飽きるほどある。人間とは比べ物にならないほど長い時間を過ごすんだ、別れることもあれば、また出会うこともあるだろうさ」 鶴丸の言葉は限りなく根拠の無いものだったが、孤狼丸はただ頷くしかなかった。 例えここで孤狼丸が嫌だと駄々をこねようと、鶴丸との別れを止められるわけではないのだ。 いくら付喪神とは言えど、人間にとって孤狼丸はただ一振りの刀に過ぎない。 父や五条国永たちがたまたま孤狼丸たちの姿が見え、特別孤狼丸たちに親切だっただけで、付喪神の姿さえ見えない他の人間たちにとっては物以上の価値はないのだ。 それ思えば、こうして別れの言葉を交わせるだけで本来幸せなはずだった。 今日鶴丸を孤狼丸のもとへ連れて来てくれたことも、五条国永の心遣いがあってのことだろう。 だがいくら自分にそう言い聞かせても、寂しいと思う気持ちは抑えられない。 「また、会える?」 涙声で尋ねる孤狼丸に、鶴丸はああ、と笑いながら頷く。 「きっと会えるさ。だからそれまで、しばしさよならだ」 そう言って自分を撫でてくれる鶴丸の笑顔に、孤狼丸はくしゃりと泣き笑いのような表情を浮かべて、うん、と頷いた。 別れの挨拶が終わった後、五条国永は鶴丸の本体を綺麗な布で丁寧に包み、孤狼丸たちに深々と頭を下げてから去って行った。 別れ際に五条国永が言ったのは、これからは自分も今までのように孤狼丸たちの元へはやって来られないとのことだった。 まあそれも道理で、五条国永は元々三条宗近の手伝いということでやって来ていたのだ。 今後は孤狼丸たちの手入れは別の者に任され、五条国永が朝廷を訪れる理由も無くなる。 今回は三条宗近の願いと言うことで特別に立ち入りを許可されたということもあり、実質これが最後の訪問となった。 あっという間に孤狼丸は、兄とただ二人きりになった。 父や三日月とは別れの言葉すら交わせなかった。なにより、父とはもう二度と会える事はない。 その事実を認識した孤狼丸は、寂しさで胸が押しつぶされそうだった。 かつて孤狼丸が人間だったころ、本当に一人きり取り残された日々の中でも、これほどまでに寂しいと思う事はなかった。 人間であった時は自分が一人であることに寂しさを感じても、家族と会えなくなること自体をこんなにも嘆きはしなかった。 その痛みの理由はきっと、孤狼丸が人間である時にはついぞ得られなかった“家族”というものを、人ならざる身になって初めて手に入れたのだということなのだろう。 それはとても喜ばしいことであるはずなのに、今はただ悲しくて、孤狼丸は自分を抱きしめてくれる兄の腕の中でひたすら泣いていた。 そうやって、孤狼丸が泣き疲れて眠るまで、兄はずっと孤狼丸を抱きしめてくれていた。 [newpage] 小狐丸は眠る弟を膝の上に抱いていた。 父と慕った三条宗近や三日月たちと別れてから、孤狼丸の眠りは深くなった。 小狐丸は眠る弟の小さな体を抱きしめながら、孤狼丸の柔らかな髪をそっと撫でる。 孤狼丸が目覚めている時間が短くなった理由が、小狐丸にははっきりとわかっていた。 神として生まれたはずの孤狼丸の魂はもともと酷く不安定だった。 だがそんな魂も小狐丸や父、三日月たちの側で過ごす中で少しずつ安定を得ているかのように見えた。 だが父を失い、再び孤狼丸の魂は欠けた。 ほつれた糸が解けていくように、氷のひび割れが広がっていくように、孤狼丸の魂は深く傷つき己を保つことが難しくなっていた。 もし小狐丸や、孤狼丸を守るように寄り添う山神が側にいなければ、とうの昔に孤狼丸の魂は砕け散っていただろう。 本来小狐丸たちのような付喪神は、本体さえ無事ならば早々己を失ったりはしないはずだった。 物質である本体は傷つけようと思えばいくらでも方法はあるが、人の思いによって生まれた形無き魂は、そこに込められた思いが完全に消えぬ限り何度でも元通りになる。 だがきっと、孤狼丸は一度砕ければ二度と元通りにはならないだろう。弟を抱く小狐丸には漠然とその事がわかっていた。 小狐丸は自身が付喪神であるからこそ、弟が自分とは“何か”が違っているということがわかる。 人間であった三条宗近も、その何かを人の身ながら感じていたからこそ、最後まで孤狼丸の事を気にかけていたのだろう。 きっと弟は刀として生まれない方が幸せだったに違いない、と小狐丸は眠る弟を抱きながら思っていた。 その魂に課せられた悠久の時を、幾度の出会いと別れを繰り返しながら生きるには孤狼丸は脆く優し過ぎるのだ。 それは小狐丸たち他の刀には無い“人間らしさ”であり、弱さであった。 弟のそんな所が小狐丸は哀れであり、少しだけ羨ましくもあった。 自分たちは人に使われ、その手を渡り歩く運命にある。いつ訪れるとも知れぬ物としての寿命が尽きるその時まで、一度として自らの生き方を選ぶことはできない。 それが刀として生まれた定めであるからだ。 その運命に耐えきれないならば、孤狼丸は刀としての生き方を全うする前に消えるしかない。 それがこの世の道理であり、摂理なのだ。小狐丸は孤狼丸という弟を得るまでその事に疑問を抱いたこともないし、今も当然のことと思っている。 だが小狐丸はその事を頭の中では理解しながら、相反するようにその日が来ることが無いようにと日々願っていた。 その感情はきっと愛情であり、執着だ。 人間が子や親を愛するように、孤狼丸が小狐丸を慕うように、小狐丸も孤狼丸を思っていた。 その思いは刀には必要の無いもので、抱くはずの無いものだっただろう。 本来あるはずのないものが自分の中ある。それがいつ生まれたのか、いつ自覚したのかは自分でもわからないが、刀らしからぬその感情は小狐丸にとってもいつしか失い難い物になっていた。 だからこの小さな弟が消えてしまわぬように、小狐丸は大事に大事にその体を抱きしめる。 そしてこの歪で寂しがりな魂が少しでも癒えるように、少しでも長く自分の側にあるようにと、刀らしからぬ祈りを胸に抱いた。 孤狼丸は半分眠った意識のまま、ぼんやりとまどろみ、そこに兄がいてくれることに安堵してまた眠る。 桜を見ながら眠りにつき、目覚めても桜が咲いていたのでそれほど時間が立っていないかと思えば、既に一巡季節が巡っていたということもある。 眠っても眠っても寝足りなくて、その理由は孤狼丸にはわからなかったが、好きなだけ眠ればいい、と兄が言ってくれるだけで何の不安もなかった。 時折ふと、大好きだった父はもういないのだと、三日月や鶴丸たちとももう会えないのかもしれないと、そう思うと胸が痛む時もあった。 だが兄の着物をきつく握りしめながら、優しく撫でてくれる手の中でまどろむ間は孤狼丸も寂しさを忘れられた。 思えば孤狼丸は元々は一人だったのだ。 それを考えれば、兄が側に居てくれるだけでも幸福すぎるではないか。己の分身のような狼もいつも一緒に居てくれる。 孤狼丸はこの世界に生まれて初めて本当の家族を得た。それ以上を望むのは、孤狼丸には過ぎた願いだった。 どれくらいの時をそうして過ごしたのかはわからないが、時は着実に流れ孤狼丸と小狐丸は何人もの人間の手を渡った。 その時にもし兄と離れ離れになることがあったら、と思うと怖かったが、いつも孤狼丸が眠っている間に事は終わっていた。 いくら小狐丸と孤狼丸が対の刀とはいえ、必ずしも同じ人間の元へ行けるとは限らない事は孤狼丸も理解していた。 それでも一緒に譲渡されてきたのは幸運の重なりかと思っていたが、どうやらそういうわけでもないらしいと孤狼丸はある時知った。 孤狼丸は自分でも知らぬうちにいつしか妖刀と呼ばれるようになっていた。 曰く、狼に喰い殺された人間がいる。曰く、夜中に獣に襲われほうほうの体で逃げ出した者がいる。 他にも大小いろいろな話があり、その噂がどこまで真実かは眠っていた孤狼丸自身も知らないが、そう言われるようになった心当たりは少なからずある。 孤狼丸の側には常に狼が寄り添っていた。立ち上がれば孤狼丸よりも大きいかもしれない、という狼は何もわからぬ人間からしてみれば確かに恐ろしいものだろう。 かつては山神と尊ばれていた狼も、人間はいつしかその存在を忘れ、[[rb:妖 > あやかし]]と同等程度にしか認識できなくなったのかもしれない。 そして噂にはまだ続きがあった。 曰く、妖刀たる孤狼丸を鎮めておく方法はただ一つ、兄弟刀である小狐丸の側に置いておくこと。 小狐丸は神が相槌を打った刀、その力で孤狼丸を鎮めることができるのだ、と人間の間では実しやかに言われていた。 事実、孤狼丸と小狐丸が共にある時は持主は災禍に見舞われることなく、むしろ悪しきものが近づかぬほどであったという。 逆に、孤狼丸のみを手に入れた者には災いがあり、知らぬ間に忽然と消えた孤狼丸がいつの間にか小狐丸の側に落ちていたこともあったという話だった。 自分が寝ている間の事を何も知らない孤狼丸は、本当にそんなことがあるのだろうかと首を傾げたが、何も気にすることはない、と兄が言うので素直にそれに頷いた。 もし単なる噂だとしても、それを人が信じてくれている間は自分と兄は離されることはないのだ。 ならば、自分がいくら悪く言われたとしても孤狼丸は気にならなかった。 大好きな兄が側に居てくれる。それだけが孤狼丸にとって大切なことだった。 ずっと側に居てくれるかと、そう孤狼丸が問いかけると兄はいつももちろんだと頷いてくれた。 根拠の無い約束だが、兄が言ってくれるならば、それも真実になるような気がしていた。 だが、願いも虚しく、そんな幸福な時間もやがて過ぎ去る。 ある時目覚めると、兄の姿が消えていた。兄どころか人の気配もない暗い森の中、孤狼丸は置き去りにされていた。 ただ片割れの狼だけが孤狼丸の側に居た。 ああ、とうとう夢が終わってしまったのだ、と孤狼丸は思った。 寂しいと泣いても、懸命に呼んでも兄が孤狼丸のもとへ来てくれる事はなかった。 狼と身を寄せ合いながら泣き疲れては眠り、また起きては泣いた。 とうとう誰もいなくなってしまった。今までが幸せすぎただけで、きっと最初から自分はこうなる運命だったのかもしれないとも思った。 だがそう思いながらも、孤狼丸は兄が迎えに来てくれるのではないかと心のどこかで期待していた。 だって、ずっと側に居ると言ってくれたのだ。 兄が孤狼丸に嘘をついたことなど一度もなかった。だからきっといつか、迎えに来てくれるのではないか、と。 酷く痛む胸を押さえながら、孤狼丸は自分に寄り添う狼に体を預ける。 その痛みは、かつての孤狼丸が死に際に経験した痛みに似ているような気がした。 苦しくて、怖くて、声も出ないほどの痛み。助けてと、そう叫びたくても誰かにそれを伝えることすら叶わない。 だから孤狼丸はいつかの自分のように蹲り、一人きりでその痛みに耐えた。 本当は兄を捜しに行きたかったけれど、孤狼丸にはそんな力は残されていなかったし、そもそも刀である孤狼丸は自分でどこかへ行くことすらできない。 だから孤狼丸は、一人きりで眠ることにした。 兄が撫でてくれた手を思い出しながら、もしかしたら夢で逢えるかもしれないと、そんな願いを抱きながら眠った。 [newpage] “彼”は小さな光を見ていた。 彼は――いや、性別などの概念の無い彼を本来“彼”と称するのは正確ではないが、便宜上そう呼ぶ事にする。 その彼の視線の先にあるのは、ひび割れ、消えかけの小さな光だった。 どこから迷い込んだか、どこへ行くつもりなのかはわからない。 本来彼が干渉する必要もないような、最早いつ消えてもおかしくないほんの小さな欠片だった。 だが己の元へ迷い込んだのもまた運命かと、彼はその光を見つめ、己の胸に抱き込んで眠った。 その光を連れて人の地に降りたのはほんの気まぐれだった。 特に救ってやろうだとか、そんな事を考えていたわけではない。 だが消えるまでと思い胸に抱いていた魂があまりに寂しがるから、共に居るうちにほんの少し親心のような気持ちが芽生えていたのかもしれない。 昔気まぐれに力を貸した人間に再び呼ばれた気がして、ちょうど良いとその光を連れて行った。 孤狼丸という刀が生まれるほんの少し前の出来事だった。 刀の一部として新たに生まれた彼にとって、孤狼丸は自分自身であり、わが子であり、親でもあった。 泣けばあやし、寂しいと言えば側に寄り添い、傷つける者があれば牙をむいた。その光に寄ってくる悪いものも彼が全て追い払った。 そんな彼の片割れの側にはいつも別の刀がいた。孤狼丸がその刀を好むから、彼もその刀が好きだった。 その刀がいる間は孤狼丸は泣かずにいた。彼があれほど寄り添っても泣きやまなかったというのに。 少しだけ気に食わないような気もあったが、孤狼丸が笑っているならそれでも良いかと思った。 最初からひび割れていた孤狼丸の魂は、少しずつ癒えていったかのように見えた。 彼にとってはほんの短い時間だが、その間ずっと側に寄り添っていた彼はその事に満足していた。 孤狼丸は自分自身であり、自分ではない別の光だった。その光が失われぬよう見守ることが彼の役目であり、存在意義だ。 彼には親や子という概念はなかったが、孤狼丸に向ける感情をもし例えるなら、子を見守る親の気持ちに近かったかもしれない。 だが孤狼丸の魂は再びひび割れた。 だが傷ついてなお孤狼丸の魂は輝いていた。それは何と脆く、儚い光だったろう。 ああ、この小さな光が消えぬよう側にいなければ、と。そう思った。 それこそが彼がこの地に生まれた意味だった。 傷ついた孤狼丸は己の魂を癒すようにまどろんだ。 その間彼はずっと孤狼丸の側に居た。そして孤狼丸が好いた刀も、いつもその側で眠る孤狼丸を抱いていた。 彼は自分が孤狼丸の側に居ればそれで良かったが、その刀が離れると途端に泣くので、彼は孤狼丸がその刀の側に居られるよう度々手を貸した。 孤狼丸を気に行った人間が別の場所へ連れて行けば、夜中にその人間の元へ行って孤狼丸を返すよう言った。 まあ彼は人間の言葉を話さないので“言った”というのは正確ではないが、大抵通じたようで孤狼丸はあの刀の側へ返された。 彼は時には孤狼丸の本体を直接運びもした。本来彼のような存在は形あるものに直接干渉はできないものだが、かつては力ある神だった彼にはそれができた。 まあ可能なのは短い距離だけではあるが、孤狼丸が早く泣きやむなら多少大変でもやる価値はあった。 そんなことを繰り返しているうちに、いつしか人間は孤狼丸を例の刀の側から離さなくなった。 彼は満足した。 孤狼丸が穏やかに眠っている間は、彼も気が安らいだ。時折起きて、孤狼丸が彼を撫でてくれる時間が彼は一番好きだった。 そんな平穏な日々を過ごし、このままそんな日々がずっと続くかに思われた。 だがある日、孤狼丸ともう一つの刀は盗み出された。 そしてあろうことか、孤狼丸は不吉な刀だからともう一つの刀のみ手元に置き、孤狼丸をどこかへ売払おうとした。 彼は当然ながら怒った。久方ぶりに人間に対して直接その姿を見せた。 だが以前は上手くいっていたそれも、今回ばかりは悪い方向へ働いてしまった。 彼を大層恐れた人間は、孤狼丸たちを元の場所へ返すどころか、孤狼丸をずた袋に入れたまま川に投げ捨てたのだ。 小さな孤狼丸は強い川の流れに攫われ、そのまま流されてしまった。 全て孤狼丸が眠っている間に起きた出来事だった。 目覚めて、あの刀が側に居ない事に気づいた孤狼丸は酷く泣いた。 寂しい、寂しいと泣く孤狼丸を見ていると彼も酷く悲しい気持ちになった。彼は涙がこぼれる頬を舐め、毛にしがみつく孤狼丸を大きな体で抱きこんだ。 一人きりになった孤狼丸は壊れる寸前までひび割れた。 彼は流された孤狼丸を何とか川から引き上げたが、孤狼丸の本体を咥えてあの刀の元へ戻るほどの力は残されていなかった。 孤狼丸と彼は同じ存在。孤狼丸が弱れば彼も同様に弱った。 弱った彼にできる事は、泣く孤狼丸の側に寄り添い続けることのみ。 もしこれで孤狼丸が壊れてしまうのなら、彼の役目もここで終わりだ。だからその最後の時までは側に居ようと、そう思った。 しかし彼の予想に反し、孤狼丸はぎりぎりの所で壊れなかった。 昔の孤狼丸ならばとうに壊れてしまっていただろうに、と彼は不思議に思った。 何故だろうか、と孤狼丸を見ていた彼は、その小さな魂の中にさらに小さな光を見つけた。 それは彼がかつて見た光によく似ていて、けれど異なるものだった。 ああそうか、と彼は思った。これが孤狼丸をこの世に引き止めているのかと。 その光の呼び名を彼は知らなかったが、もし人間が目にしていたら、絆だとか、[[rb:縁 > えにし]]だとか、愛だとか、そう例えたかもしれない。 彼は最後の力を使い、深く眠る孤狼丸を近くの岩場まで運んだ。 小さな愛し子がせめて雨風はしのげるようにと、孤狼丸を隠し、守るようにその前に身を横たえた。 これで良い。孤狼丸がまだ生きる道を望むなら、彼はいつまでもそれにつき合おう。 いつか本当に壊れて無くなるその時まで、この小さな光に寄り添うことこそが彼の役目なのだ。 だがもし願いをかけることが自分にもできるなら、次に目覚めるときは孤狼丸が泣いていなければ良い、と。そう思いながら彼も目を閉じた。 小狐丸は弟を探していた。 遠い昔に、浅ましい人の欲によって盗まれ、離れ離れになった。 小さくて、寂しがりで、泣き虫な弟。それでも小狐丸が側に居ると嬉しそうに笑っていた。 刀である自分たちは、その身の行き先など自由にならない事は初めからわかっていた。 だがそうだとわかっていても、ずっと側に居てやりたいと、そう思う心は小狐丸の中にもあったのだ。 幾百という時を過ごし、弟と離れ離れになった後も小狐丸は様々な人間の手に渡った。 その中では己と同じように神を宿す刀と出会うこともあった。だがその誰に聞いても、弟の行方を知る者はいなかった。 小狐丸は自分の自由になる範囲で人間の話を集めたり、書物を盗み見たりしたが、盗まれた当時から行方知れずという事しかわからなかった。 それからいったいどれほどの時が流れただろう。 弟は今も一人で泣いているのだろうか。寂しい寂しいと、孤独に怯える弟を抱きしめ、安心させてやるのは小狐丸の役目だったというのに。 早く見つけてやらねばと、どれだけの時間が経とうともその思いだけは忘れずに抱き続けた。 ある時、人間が小狐丸のもとを訪ねてきた。 自分の姿が見える人間は珍しい。それでも昔はもう少したくさんいた気がしたが、時代が移ろうにつれて減っていったように思った。 それが良いか悪いかは小狐丸にはわからないが、もっと多ければ弟を探しやすいかもしれぬのに、と思った事はある。 人間たちは小狐丸に、自分たちの戦いに協力してほしいと願い出た。 まあ自分は人間の手により生まれた神。刀として使われなくなって久しい今、再び人間と共に戦場に出る事に否やは無かった。 だが小狐丸は、協力にあたって一つだけ条件を出した。 人のために、この身を戦場に投じよう。 だがその代わり、かつて人の手によって連れ去られた弟を探し出す手伝いをしてほしい、と。 自分で動く足を持たなかった小狐丸は、人の協力により国の各地を巡った。 伝承をたどり、少しでも怪しい噂があれば船にも乗ったし、驚くことに鉄の塊に乗って空も飛んだりした。 そしてある時小狐丸は、人里離れた山奥に巨大な狼が住みつく地があると聞き、またすぐにそこに向かった。 全面的に小狐丸に協力する、と告げた言葉通り彼らは文句ひとつ言わずに小狐丸をその地に連れて行った。 地元の人間すらほとんど踏み入れないという山には道らしい道は無かった。 スーツという窮屈そうな服を着ている人間は、小狐丸の本体を抱えながら道と言うのもおこがましい様な獣道を進むことになった。 ざくざくと、落ち葉を踏みしめながら進む山道は奥に行くにつれ空気が澄んでいくのを感じた。 間違いなく何れかの神の神域に近づいている。どこか懐かしいその空気に小狐丸の心が逸った。 そしてついに、小狐丸は見つけた。 岩場が崩れたそこは、人の手など入っていないはずなのに祠のようにうまく石が積み重なっていた。 その岩場に一匹の狼が伏せている。人間の子どもと同じくらいはあろうかというその大きな狼が、ただの獣などではないという事は一目でわかった。 狼は閉じていた目をゆっくり開くと小狐丸の本体を持つ人間をじろりと見て、次いで小狐丸に視線を移す。 そして不機嫌そうに尻尾を一振りし、ふんと鼻息を吐きだしながらのそりと立ち上がって祠の前からどいた。 小狐丸は動けないでいる人間をその場に置いて祠に近づき、身を屈めてそこを覗き込んだ。 岩場の穴同然の小さな祠は、小狐丸の上半身が入るかどうかという狭さだった。 薄暗く苔むしたそこに目を凝らし、小狐丸は吐息のような声をもらす。 ようやく、ようやく見つけたのだ。 ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ 「…ああ、ようやっと見つけた」 「この刀が?」 「間違えありませぬ。この私が、どうして弟を間違えようか」 兄の声が聞こえた気がした。 きっとこれは、いつものように優しい夢なのだ。だが幻とわかっていても、兄の声が聞けて孤狼丸は嬉しかった。 さあ、良い夢を見ているうちに、もっともっと深く眠ろう。 自分が一人きりであると気づいて、寂しさに心が泣きださないうちに。胸の痛みを思い出さないうちに。 「ほんにお前は、寂しがりだ」 大きな手が孤狼丸の体を抱き上げる。 懐かしい感触に本当に兄がそこに居てくれているような心地がして、閉じたままの孤狼丸の目から涙が零れた。 「さあ、共に帰りましょう、孤狼丸」 ――これからはずっと、兄が側におりますよ [newpage] ――通達―― 新たな刀剣男士の実装が確認されました。 詳細については下記を参照ください。 なお、現在調査中の項目があるため、 顕現に成功した審神者においては政府へ一報願います。 【孤狼丸】  種類   :短刀  刀派   :三条  範囲   :狭  レア度  :1  刀装装備数:1  初期値  :調査中  ※本刀剣男士は鍛刀によってのみ入手できます  ※小狐丸を近侍とし鍛刀を行うと入手率が上昇します
病死した男子高校生が三条の弟になって幸せになるお話し。<br />創作刀剣男士に現代人が転生する設定です。<br />また、過去や刀剣について捏造過多ですので苦手な方はご注意ください。<br /><br />「孤独な狼は狐と眠る夢を見る」についてはこの四話で一旦一区切りとなります。<br />これまでたくさんの閲覧やスタンプ、コメント等本当にありがとうございました。<br />ランキング入りなども初めてでしたが、とても嬉しかったです。<br /><br />今後の話については現在のところ未定ですが、また何か思いついた時に続きを書けたらとは思っています。<br />続きについてはもしこんな話が読んでみたい、というものがありましたらコメント等で気軽にご意見いただければ幸いです。<br />実際に書けるかどうかはわかりませんが、参考にさせていただきます。
孤独な狼は狐と眠る夢を見る【四】
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ふーっと肺を満たしたタバコの煙を吐きたす。 最近は喫煙エリアが少ないといえど、こんな楽しみのないブラックな工場ではタバコなんて室外なら吸い放題だ。 工場長に呼び出されて、昼ごはんは取り損ねたが、タバコ休憩位は許されるだろう。 一松は1人そう結論付けてぼけっと空に消えてゆく紫煙を眺めた。 一松の生い立ちは、あまり明るい物ではない。 幼少の頃に親の借金のカタに売られ、この工場に来るまでAV男優として働いていた。同じ年の人間がおおよそ経験した生活は送っておらず、いわゆる裏の社会を見て育ってきた人間である。 しかし一松にとってそれはごく普通の事であって、自分の世話をしてくれない親の下で、飼い殺されるよりは、SEXして少ないながらもお金を貰うという方がよほど人間的な生活だったと思っているし、学校へは行けなかったが、正直な所勉強しなくて良くてラッキー!位の感情しか湧かなかった。 そしてなにより一松はSEXが嫌いじゃ無かった。 一松の出演作品はSMとか羞恥プレイとかレイプとか、そう言ったシチュエーションが人気で、結構ハードなプレイもやって来たが、それは一松の性癖にもあっていた。 一松は痛いのも、気持ちが良いのも好きだし、何より自分で価値が見出せない自身の体に、ちんこおっ勃てて、興奮してる輩がいる事に(DVDが結構売れたとい事は知っている)、何かが満たされてゾクゾクした。 今考えれば、もうちょっと続けても良かった位だ。 そんなこんなでタバコを吸いながら気まぐれに自分の半生を振り返ってみた所、一松の心に残っているのはネコかSEXくらいだった。 ネコがいて良かったー。そう思いながら近くにあった空き缶にタバコの灰を落とす。 「あ」 しかし、そこで最近もう1つ興味を持つものをみつけた事を思い出した。 それは、これまでの人生でネコくらいしか興味が無かった一松にとっては結構衝撃的な事件であった。 一松が借金の方に売られた後に所属していたAVレーベルは、ヤクザの所有するものであった。 (よく考えたら、未成年が出ている違法なAVなんて扱っているのだから、その可能性は十分考えられるはずである。当時の一松は全く知らなかったが...) 給料は安く、仕事はハード。黒い噂も時々耳に入るような場所である。 しかし、一松がAV男優を辞めた切っ掛けは、任侠事とは全く関係なく、どんなプレイでも嫌がらない一松に調子に乗った監督が、撮影所の裏からネコを拾ってきて、「次は獣姦物とかどう?!」と言ってきた事であった。 100歩譲ってドコかから連れてきた犬であれば、安全さえ確認できれば一松は何も考えずに従ったかもしれない。しかし、幸か不幸かなんとそのネコは、一松の唯一の親友だったのだ。イヤイヤ、親友(ネコ)にこんなゴミクズとSEXさせるとか本当可哀想!無理だから!!と、一松はそれを機にAV男優を辞める決意をした。 辞めると決めた一松の行動は早く、レーベルの偉そうな人に菓子折りを持って辞めますと伝えると、親友を連れて家に帰り、通帳と財布とケータイ、そしてパンツ2枚を持って大家の爺さんに家を出る事を伝えた。 後のものは処分しといてと言って、諭吉を5枚ほど渡すと大家は快く了承してくれた。 大家は少し心配そうな顔で「これからどうするんだい?」と聞いてきたので、一松は「わかんない」と答えて10年近く住んだ部屋を出た。 仕事でも無く、自分の意思で家を出る。その瞬間人生で始めて、自分の次の予定が何1つ無い事に気づいた。 右に行こうと左に行こうと、どっちでも良いんだという感覚に、一松は世界が一気に広く感じ、恐怖と高揚感に満たされた。自由だ。 お金は使わなかったから多少はある。 心は捻じ曲がってるけど体は健康。 それだけ確認すると、一松は傍に佇む親友を、ニコリと微笑んで抱き抱え、よし、もう少し人間的な生活をしよう!と心に決めた。 「どうもー!」 ....と、その声が聞こえるまでは。 振り返るとそこには、高級そうな黒いスーツを気だるげに着崩した男が立っていた。そう、一松は自分の立場を忘れていたのだ。一松は借金の形にヤクザに売られ、ヤクザの所有するレーベルで働いて、ヤクザの所有するアパートに住んでいた。 爺さんが心配していたのはこっちか!と、気づいた時にはもう遅く、男にがっちりと肩を組まれてていた。 「あ、あんた、ヤクザ...?!」 「さ、ノイチ君。次のお仕事先に行こうか!」 ちなみにノイチ君とは、一松の芸名である。 次に気づけば一松はそこそこ栄えた赤塚のおんぼろ工場で、缶詰め詰めていた。解せぬ。 まあ結果的に、そこでの仕事は悪くなかった。 毎日SEXして、SEXするしかなかった生活よりは、一松が思い描いていた人間っぽい生活だった。 従業員のおじちゃんたちも、最初は『何だこの生意気な若造が』といった冷たい態度であったが、そこそこ飲みに付き合って、生い立ちを話したら、意外と真面目な勤務態度と相まって、次第と周りに可愛がられるようになった。 それからは、毎日缶詰め作って寝て、缶詰め作ってとその繰り返しである。 結構ブラックな勤務体制だが、ホワイトな場所を知らない一松は、人間っぽい生活って大変だなと、親友にこぼしながらその生活に慣れていった。 そんな、一松の平和な毎日に突然現れたのが、強烈な印象の変態サイコパスであった。 仕事に慣れて、缶詰を詰める作業から、缶詰を詰める人間を管理する人間になった一松は、キャタピラの調子が悪い旨を報告すべく、工場長室に向かった。 ノック3回で (2回は、トイレのノックだということを一松は最近知った)、意外と気さくな工場長なので、勝手知ったると返事を待たずに入ると、あいにくの来客中であった。 よせば良いのに来客を眺めると、そこには、おんぼろ工場には場違いなピシッとした黒いスーツを着たサングラスの男が来客ソファに腰掛けて、何故かぽかんと口を開けて一松を見てた。 一松は、あんまり関わりたくないなと、帽子を目深にかぶり直し「お取り込み中失礼しました。」と引き返すが、それは未遂となった。 「はァ?!」 おもわず大きな声が出たのは仕方がないだろう。明らかに堅気ではない男が、いきなり一松を後ろから抱きしめたのだ。 AVでもなかろうし、現実でこんな奇怪な行動をする相手を一松は始めて見た。しかし、男は一松の動揺を気にする事なく、まるで100年恋する相手に言うような甘い声で囁き出したのだ。 控えめに言ってもメンタル強すぎである。 「神よ、俺はこの瞬間まで、あなたの事を恨んでいた。いや存在すら否定していた。しかし今は感謝します。これまでの俺の人生は言わば試練...愛の試練だったのですね!!!セラヴィ!!!俺はこの運命の相手を、病める時も健やかな時も、生涯守り、愛し生きていく事を誓いまs...」 「「ギャーー!!!!!!!!」」 これには、一松も耐えられず大声を出して暴れる。しかし拘束が思ったよりも強く、いくらもがいても離れない男に思わず生きてきた中で1番大きいかも...というような声が出た。 しかし、男はそんな声も一切気にせず。一松の手を取ると(力強くて振り解けない)、跪き、 「俺と結婚してくれ」 と、一松の手の甲に唇を落とした。 これが一松と、変態サイコホモヤクザ...松野カラ松の出会いである。 思い出したその光景に一松は脱力した。無意識に口から煙では無い呆れを含んだため息が漏れる。 ...いやいやいや、あいつの行動に慣れてきた今思い返してもあれは無い。ファーストコンタクトとしては最低の部類に入るだろう。痴漢は犯罪です。 どさくさまぎれに頂いたプロポーズは、思わず飛び出た頭突きと一緒に丁重にお返ししたが、ヤクザに有無を言わさず拘束されて愛を囁かれるなんて、下手したらトラウマものだ。しかもその男は、あれから視察のたびに絡んできては、告白まがいのセリフを残していくのだ。 「変態サイコ童貞ホモ野郎め...」 思わず毒付く。 しかし、そんな事を思いながらも気づけば口許は笑っていた。 一松は照れ隠しのように持っていた短いタバコを空き缶に押しつけて火を消し、ずらしていたマスクをつけ直す。 時間を見ようとケータイを確認すると、メールが入っていて、今日は4時から工場視察が入っていたことを思い出した。 仕方ない、そろそろ戻るかと重い腰を上げる。 工場視察面倒くさいな、なんて思いながらも、仕事に戻る一松の足取りは軽かった。 Thank you for your time ! (次のページは付き合いだしたカラ一小ネタです) [newpage] ココから会話のみです。 前ページ設定の付き合ってるカラ一。 始めての♡♡ 「コスプレ」 「普通じゃね?」 「アナル」 「基本」 「スパンキング」 「良いよね」 「首絞め」 「好き」 「潮吹き」 「得意」 「スカトロ」 「まぁまぁかな」 「青姦」 「それはこの時期まだ寒いんじゃない?」 「....」 「何?文句あるなら.....」 「俺は全部始めてなのに、一松は全部経験済みなのが悔しい」 「え?」 「....ごめん、ただの嫉妬だ」 「『この、誰にでも股を開くガバマンクソビッチが!!』...って事じゃなくて??」 「一言も言ってないよな?!?!」 「僕がお前と会うまでにヤッた男に嫉妬してるの?」 「そうだ...」 「それ見てシコってたのに??」 「う...でも、本心だ」 「ふーん?(キュン♡)」 「俺も、一松の始めてが欲しい」 「へー(キュンキュン♡)」 「一松の初めてを奪った男が恨めしい」 「ふへへ...どの位?(キュンキュンキュン♡)」 「そうだな.....もし、一松の始めての男なんて知ってしまったら、俺はそいつの痛覚を残して脊髄を粉砕し、自分では死ねない体にした後に、足の指先からゆっくり一週間かけておろし金ですりおろしていきたい欲求と戦わなくてはならない(真顔)」 「ヒッ...」 「ちなみに一週間飲まず食わずだったらきっと先に死ぬから、俺の気の済むまでの間は、すりおろしたそいつの肉で作ったハンバーグと本人の血を食わせて生き長らえせてやる(真顔)」 「やめて!細かい設定とかいらないから!」 「悪い。想像したら殺意しかわかなくて...」 「(マジのサイコパスだ...)」 「...その、格好悪い事いって..ごめん(シュン)」 「....(キュン)」 「....(しょんぼり)」 「...はぁ....始めてだよ?」 「え?」 「僕、人間の名前ちゃんと覚えたのカラ松が始めて」 「え?」 「人を好きになったのも始めて」 「え?え?」 「カメラ回ってない所でSEXするのも、実はお前が始めて」 「ほ、ほんとか?!」 「ホント...だから、演技じゃない僕のイキ顔見れるの、お前だけだよ?」 「っせ、セラヴィ!!!!ああああ俺の一松が!!!!こんなに!!!!!可愛いいいいい!!!!!」 この後SM上級者だけどラブラブエッチ初心者な事に気付かれて、童貞カラピッピに心と体をとろんとろんにされちゃう素人童貞処女イッチなのであった。 続、始めての... 「おーい!おーいカラ松?あ、こんな所いたの?」 「おお!俺の兄で、俺と一緒に組の赤塚支部を任されているおそ松!!丁度いい所に!紹介するぞマイハニーの一松だ!」 「説明どうも。てか、え?!噂のカラ松BOY?!どうもー....って「あ。」」 「ん?どうした?」 「.......ど、どどどうもはじめまして、一松です」 「...大丈夫か一松?!」 「なんだ、カラ松が言ってたハニーちゃんってノイチ君のことだったのー?!世間は狭いね!」 「え?」 「も、もしかして、AV見てくれたんですかー?そうなんですー、ぼくノイチって名前でゲイビ出てたんですー!初めましてー!!!!」 「痛いいたい!ノイチ君手痛いから!コレ握手の握力じゃないから?!」 「どうしたんだ一松?!こいつが何かしたか?!」 「何もしてないよ!大事なカラ松のお兄さんだから初めましてを熱烈に伝えたかったんだよ!初めましてこのボケがぁ!」 「何!?いつからそんな熱烈キャラになったのノイチ君?!」 「わーわーわー!!!黙れこのクソパーカー野郎!!!カラ松が本物のマジキチサイコパスになったらどうするんだよ?!足の先からすりおろされたいのかてめえ?!あ"あん?!....あ」 「何それ怖い?!」 「.....ほぉ、その話詳しく聞かせてもらおうか?(笑顔)」 一松の処女は、昔撮影所に出入りしていたおそ松がカメラテストの時に奪っていったのであった(合掌)。 おそまつさまでした!
初めましてこんにちは。<br /><br />前回の作品に評価やら、タグやら本当にありがとうございました!<br />ランキングにも入れていただいたようで、メールが来てびっくりしました!<br /><br />そして、全裸待機タグが嬉しくて調子に乗って続きらしきものができました!<br /><br />前回に引き続き流行りのマフィ班妄想だったはずが、今回ついにマフィアの<br />マの字も出てきません。班長のはの字も出てきません。<br /><br />一松サイドになります。<br /><br />今回も中途半端ですが、よろしければどうぞ....<br /><br />続きかけるかわからないので(おセッセ書けない...)思いついたその後の小ネタもオマケにつけときます。<br />お楽しみいただければ幸いです。<br /><br />☆注意事項☆<br />いっちが非童貞非処女でカラぴっぴが童貞シコ松設定です。あと、オマケにおそ一要素もちょこっとありますにで地雷の方ご注意ください。<br /><br />自己責任作品ですので、何を見せられても気にしないわ...!と言う広い心の方だけご覧くださいね!!
童貞マフィアカラ松×元AV男優なお色気班長一松 2
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「すわさん、具合でもわるいの?さいきんなんか顔色よくないよ」  オペレーターの小佐野に声をかけられて、誤魔化すのもここまでか、と最近なんかダルいんだよな、とせいぜい軽く聞こえるように返した。もっとも、勘のするどい小佐野のことだからそれが諏訪の見栄であると見抜いてるだろうが。 「……また風間さんたちと飲み会でもしたんですか?」  大方の原因の目星が付いている副官はさすがに含みがあるが高校生には晒したくない事情をおおっぴらにしないでいてくれるだけ手心を加えてもらっている。普段から彼らとの付き合いでたびたび死んだように床について一日中寝こけている日があるのは本当のことである。  しかし今回ばかりはそれが原因ではない。というのも前回そんな様相を呈してからもうすでに一月以上経っているからだった。不調とはいえ、食欲がなくて身体がだるい程度のものだったのでこのときはまだあまり深刻に捉えてはいなかった。  諏訪の予想とは裏腹に、じわじわと体調不良は悪化していった。周りにもそろそろ隠し通すのは難しい。一応ボーダー提携の病院には行ってみたものの原因はわからずじまいだった。ため息のひとつでも吐きたくなるころ、たまたま本部で逢った玉狛の白いチビが少し考え込んで俺を見上げて言った。 「スワさんは、カザマさんと仲良しだよな?」 「どこがだよ腐れ縁なだけだっつーの」 「たぶんだけど、それミテラ風邪じゃないのか」 「……ミテラ風邪?」 「うーん。おれはがいこく育ち?というやつなんだけど、そっちでよくあったんだ。諏訪さんの今のしょうじょうとおなじだとおもうぞ」 空閑の言葉を聞いた三雲がなにやら険しい顔になっている 「こっちにはない病気なのか?」 「だいたい命にベツジョウはないはずだぞ。っていうか人によって出方がけっこう違うんだ。諏訪さんみたくなる人の方が珍しくて」 三雲はやはり難しい表情のまま考え込むと空閑となにやら問答を始め、区切りがついたあたりで真剣な瞳でこちらをみた。 「このまま、検査をしにいきましょう。空閑のことについても、ちゃんとお話しますから」  そうして、もしかしたら大きな問題になるかもしれないから、と上層部の人間まで顔を出してきたりするのに内心びくびくしながら診断を待っていてようやく聞いたのが。  青年というくくりからようやく脱したであろう年齢の若い医師は口ごもりながら言った。 「言いにくいことですが、その、……おめでたですね」 「ざっけんなエロ小説じゃねーか!!」 一息で怒鳴ったのは俺のせいではないだろう。  空閑は海外育ちというのは前に聞いていたがそれが近界だってのにも驚いたし納得する部分もかった。あの実力はそういうことかってな。そんでその近界産のなんだかわけわからん病気について聞き出すと、空閑もあまり詳しいことはわからないらしい。 「ほとんどの人は感染してもとくに体調には関わんないでおわるだけなんだよ。ふけんぜん?かんせん?って親父が言ってた。体質とかでたまに諏訪さんみたく風邪みたいな症状が出る。で、そのときは生身よりもトリオンに影響してトリオン体に変化を起こすんだ。目に見えない臓器を作る。トリオン器官みたいなもんだな簡単に言うと男でも子供が産めるようになる」  あまりのことにごほごほと噎せる俺を置いてけぼりに淡々と空閑は続ける。  たぶん遠征帰りの風間あたりから移されたのだろうと。 諏訪さんは移されてからだれかと性交したんだろ?そいつとの子供じゃないのか、って。日に日に悪化しているのは病気そのもじゃなくて単に妊娠してつわりがひどいっつーことじゃないかと。 「向こうじゃ人口が少なくて困ってるとこも多いから、ミテラ風邪の人がいるってきいたら、わざわざかかりにいったりもするよ。男も産めるならそれだけ人を増やすチャンスだし。そういう国はけっこうしっかり調べてるんだろうけど、おれはあんまり気にしてなかったから、スワさんの力になれるようなことはわからないんだ」  空閑の証言によって、急遽予防方法だのなんだのの対策会議が行われたらしい。 「このことを知らされたのってどこまでなんすかね」 見舞いにきてくれた忍田さんに尋ねると、プライバシーもあるから最低限にとどめはしたが、接触が多かったうちの隊や、実際に遠征に出たことのある隊の人間、また各隊長には伝えてあるらしい。  もちろん名前はボカしたそうだが、最近俺が調子を崩していたことなんて大概のやつは知っている。 つーかそのメンツ、隠しておきたいリストの人間が漏れなく含まれているんだが。詰んだ。ヤバいヤバいと、壊れたラジオのように同じ言葉しか出てこない。正直ラービットに食われたときよりヤバい。 「それで、言いにくいことを聞くんだが、おなかの子の父親は……」  やっぱりきた、きやがったこの質問、想定内だぜ。それについては触れてほしくなかった。 「心当たりはいますが、ちょっと特定は、出来なくてですね」 「お付き合いしているんだろう?」 忍田さんの純粋な目が痛いことこの上ない。 「……お付き合いしている人だけじゃなくて身体の関係のある奴が、いて、やっ、あの、それはその人も公認しているっていうか。それがある上で付き合ってるって言うか」  なんでこんな屑みたいなことを言う羽目になってんだろうナァとうっかり遠い目になる。  そのとき、廊下からなんだか騒がしい気配が近づいて――。  勢いよく開いた扉の向こうで、風間がドヤ顔をしていた。 「聞いたぞ。俺の子だな?」 忍田本部長の顔が驚愕に染まるのを見ながら胸中で毒づいた。 ややこしくしやがってこのやろう!  俺と風間ともうひとり同い年の木崎の関係に恋愛感情というものは含まれていない。が、セックスはする。いわゆるセフレっていうやつなんだろうが、その言葉で当てはめるにはいささか重たくて湿っぽくて面倒さのある関係だった。しいて言うなら情がある。  遠征を経験して帰ってきて抱かれたのが始まりだった。必死で熱を乞う手をふりほどけなくて。精神安定剤ならばそれでいいとも思った。今思えば浅はかな同情だ。それが日常の一部になったとき、俺は恋人だの結婚だののいっさいを諦めた。恋はない。けれども、もし彼女が出来ても遠征から帰ったのメール一つで身体を明け渡すだろうことがわかっていたから。俺はこいつらを切り捨てられないだろう、って。相手を一番にしてやれないなんてフェアではない。 だから恋人は作らない。 そんなふうに決意を固めていた俺に、声をかけてきたのが今の恋人だった。逆に言えばそこさえクリアできれば恋人になることは出来るんだな、って。 「お前の友愛に文句はつけたりしないよ」  そういって、その人――東春秋は笑ったのだった。一年ほどの葛藤の末に、じわじわと口説き落とされて付き合うに至っている。風間と木崎に報告をするときはさすがに緊張したし、奴らも不機嫌もいいところだった。木崎がぽつりと、この方がいいのかもしれないな、と言ったのを覚えている。俺はお前たちとの関係はこのまままったく変わらないからとだけ必死で言い募った記憶がある。  そうして始まった三人との歪さのある関係を堤なんかは爛れているだの、諏訪さんのハーレムだのと皮肉めいた名前で呼ばれたりはしたが、麻痺している気はしないでもないが上手くいっていたのだと思う。  こんな爆弾が降ってくるとは思わなかった。この場合風間や木崎が父親だったらどうすべきなんだ?安静にしてくださいと押し込まれた自宅で、憂鬱になって布団にくるまってうんうん唸っている。    さすがの忍田さんも最初は固まっていたが、やっぱり切り替えがはやい。他の上層部も、父親候補のメンツを見て優秀な子供が手にはいるかもしれないという打算が動いているような気がしている。いまどき優生学なんて流行るもんでもないだろうにくそったれ、カルトが欲しがるのはまっさらな子供ってのは本当だったなあ!!と半ば切れ気味に思っている。  諏訪さんマタニティーブルーなの?だいじょぶだよ、みんな諏訪さんのこと好きだし、と見舞いに来た小佐野に慰められる始末である。っていうかうちの隊、順応性早すぎだろ。まあ諏訪さんのことですし、対応力あるのが強みじゃないですか諏訪隊、と堤に言われて、ああうん俺すわたいだいすき……と力なく返すぐらいには弱っていた。  堤を始め、それとなく察した面々が、妊婦にストレスは大敵なんですからねと例の三人を足止めしていてくれたらしい。  結局一週間ほど音沙汰はなかった。ようやく来たかと思ったら三人雁首そろえてのご登場である。 「結論から言う。誰の子だったとしても不服はとなえん。とりあえず平等におとうさんだ」  推定14歳の童顔野郎による、おとうさんという言葉の響きのシュールさに麻痺した頭でやっべえそのうち子供のが年上に見えてくる日が来る気がする……。しごくどうでもいいことが頭の中を旋回していった。 「空閑から聞いた情報だと、お前の病気はインフルみたいに流行によって微妙に型が変わるらしい。免疫がつかないんだ。次もあるってことだ。子供が増えても育ててくくらいの甲斐性はあるつもりだしな」 「金ならあるし。なんなら次も論功行賞狙ってこう」 さらりと怖いことを言ってる気がする。 「そもそも友愛の延長だの寝言は寝ていえ。俺はふつうにお前が好きだし、ムラムラする」 「俺もだ。風間と共有していくことについては話し合って決めていたし、ほだしていくつもりだったんだが見事にかっさらわれてな」 木崎はそこでまあ甘い考えだよな、と笑う東を見やる。俺にはチャンスだったけどな、なんて。 「今更、手放すと思うなよ」 思わず悲鳴めいた叫びが上がったのは無理がない。 これはもう逃げ場がないと本能が告げている。幸いなのか諏訪はまだ知る由もないが、ボーダー内の幸せ家族計画はまだまだ始まったばかりであった。 終わる
無配にと書いていたのですが、いろいろ難しくなったのでこちらに上げました。春コミがリリカルなものだったので正反対のものが書きたくなって……<br />諏訪さんnot女体の妊娠ネタという人を選ぶ仕様ですのでお気を付けください。山も落ちもない。<br />ちなみに作中で使ったミテラはギリシャ語の母をググっただけのネーミングです。
幸せ家族計画
https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=6524684#1
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みんなはドッキリをやりたいと思ったことは無いだろうか? ドッキリは人の本心を確かめる良い方法だと思う。鎮守府の提督をしている俺、桜真健太も今絶賛ドッキリを艦娘に仕掛けているところだ。みんな、俺にそれなりに好意を抱いてくれていると思う。そこで、もし俺が提督を辞めて突然いなくなったら艦娘たちはどんな反応をするか、というドッキリをして彼女たちの反応を楽しむ企画だ。思いたったが吉日、てなわけで俺は早速置き手紙を書き、机の上に置いて一泊二日の旅行にでた。しかし、後で自分の存在が彼女たちにとってどれだけ大切なものなのか思い知ることになる。 それから三日後。 「さて、みんなどんな反応してるかな」 「あ!提督さん。ここ二、三日艦娘の子達を見てないんだけど、何かあったのかい?」 「え、い、いえ、特に何もないですよ」 「そうかい、それなら良いんだけどねぇ」 「それじゃあ、漁師さん、僕はこれで」 「おう、また店にも顔だしてくれよ!」 これ案外ヤバイことになってない?とにかく急いで帰ろう。 [newpage] 鎮守府 「えーと、ここ本当に鎮守府か?」 俺は今鎮守府の前にいるのだが、旅行に行く前と後では雰囲気が明らかに違う。まるで墓場のような、死霊がうろついていてもおかしくない雰囲気だ。 「とにかく入るか... 」 まずは荷物をおくために執務室に向かった。 ガチャ 「あ、提督。お帰りなさい」 「ん?大淀?おい... おまえ... 」 大淀の顔はひどかった。目の下に隈ができていて、頬は痩せ細っている。そして目に生気がない。 「大淀...どう...したんだ? 」 「どうしたって何がですか?」 「その... 顔だよ。隈ができてるし、頬が痩せ細っているじゃないか」 「ああ。最近寝れなかったんですよ。寝ると悪夢を見てしまうので... 」 「悪夢?どんな夢なんだ?」 「それが、提督が私たちを見捨ててどこかに行ってしまう夢なんです。そんなことあり得ないのに...本当にたちの悪い夢です。そう思いませんか?」 「あ、ああ。そうだな」 「それより提督。会議の方はどうでしたか?」 「会議って... 何言ってるんだよ?手紙見てないのか? 」 「手紙?そんなものありませんでしたよ」 「いや、でも確かに「無いものは無いんですよ!!」大淀?」 「提督。提督が辞めるなんて書いてある手紙なんてあるわけないじゃないですか... 」 「そ、そうか... 」 「それより提督、他の子達が提督がいなくて寂しそうでしたので、会いに行ってあげてください」 「わかった。ちょっと行ってくるよ」 「必ず... 帰ってきてくださいね」 「お、おう」 大淀があれなら、他の娘たちもヤバイことになっているだろう。 「あー、自業自得とはいえ胃が痛い」 「あー!やっぱり提督さんだー!」 「ふぇ?」 「提督さーーーーん!!!」 「え?夕だグフェ!」 「やっぱり生の匂いはいいっぽい~」クンカクンカ 「こら。夕立やめなさい」 「ッ!ご、ごめんなさい!」 「お、おう」 なんだ?いつもなら言ってもやめないのに... やっぱり夕立も、なんだよな。 「提督さん。お帰りなさい!」 「ただいま夕立」 「夕立ね、ちゃんと良い子にしてたっぽい!なでてなでて!」 「おー。さすが夕立。偉いぞ!」 「えへへ。提督さんに撫でられるの気持ちいいっぽい」 いや~。俺も撫でるの気持ちいいわ~って何考えてるんだよ俺! 「あはは... それより夕立、その腕の包帯どうしたんだ?」 ゾクッ え?何だ?急に雰囲気が変わったような。 「提督さんは、夕立が悪い子だからいなくなったんだよね?」 「え、いや、そういうわけじゃ... 」 「気を使わなくていいっぽい。夕立が悪い子だから提督さんはいなくなった。そうじゃないとあの提督さんが夕立たちを見捨てていなくなるなんてあるはずがないっぽい!」 「だから、話をだな... 」 「だからね、夕立、自分に罰を与えたっぽい」 夕立は腕に巻いてあった包帯を外した。 「なんだよ... これ」 そこにあったのはきれいな腕ではなく切り傷。傷の中には骨が見えるほど深く切ったものもあった。 「提督さん。夕立ちゃんと反省したから、嫌いにならないでほしいっぽい。提督さんが直してほしいところはちゃんと直すっぽい。だからお願い!夕立を見捨てないで!」 「大丈夫だ!俺は夕立たちを置いて何処かに行ったりなんかしないよ」 「... 本当に?」 「ああ。本当だ。ずっと一緒にいるから」 「じゃあ、夕立と約束してほしいっぽい」 「なにを?」 「夕立たちに黙って鎮守府の外に出ないって約束してほしいっぽい」 「いや、さすがにそれは... 」 「できないの?何で?提督さんはやっぱり夕立を置いて何処かに行くっぽい?提督さんがいなくなる?あぁ... ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」 「わかった!する!約束するから落ち着いてくれ!」 「うん。わかってくれて嬉しいっぽい!」 「そ、それより時雨は?今日はいないのか?」 「あ!そうだった、提督さん。時雨ちゃんにも会ってほしいっぽい」 「時雨は今どこにいるんだ?」 「部屋にいるっぽい」 「わかった。ちょっと行ってくるよ」 「うん!行ってらっしゃい!時雨ちゃんを元気付けてあげてほしいっぽい!」 「おう!」 俺って結構好かれてたんだな... やばい、心がとても痛い。でも、みんなはこんなもんじゃないんだよな... [newpage] 艦娘寮 「時雨?俺だけど、居るか?」 「提督?提督なのかい?よかった。もう会えないかと思ったよ... とりあえず入ってよ」 「ああ。お邪魔しますっと 」 「とりあえずそこ座ってて。お茶出すから」 「あ、おかまいなく」 あれ?時雨は普通だな。二人みたいになってると思ったけど大丈夫そうだな。よかった。 「お待たせ。提督」 「おう、サンキュ」 「提督、僕は怒っているよ」 「ああ。ごめん。本当に悪いと思っている」 「そうだよ、妻である僕を置いて行くなんて、酷いじゃないか」 「え?今なんて... 」 「妻である僕を置いて行くなんてって言ったんだよ?」 おまえもか... 時雨。 「妻?時雨、俺たち結婚してないよな?俺が結婚してるのは榛名であって時雨とは「違う!」」 「僕は提督と結婚しているんだ!提督はいつも僕に笑いかけてくれた。いつも優しくしてくれた。いつも話しかけてくれた。提督はいつも、いつも、いつも... 」 「ごめんな時雨。本当にごめん!」ギュッ 「てい... とく」 俺は時雨を抱き締めてやることしかできなかった。そして一時間時雨はなき続けた。 「提督、僕はもう大丈夫だよ」 「そうか。よかった」 「僕、提督が居なくなってから凄く寂しかったんだ。本当に。今にも壊れそうなくらい。だから夢のなかで提督と幸せになることで、現実から目を背けてたんだ」 「... ごめんなさい」 「もう、僕の前からいなくなるなんて言わないでね」 「ああ。今回のことですごい懲りた」 「わかればいいよ」 「うん。じゃあ、そろそろ他の娘の所に行ってくるよ」 「それじゃあ、川内さんの所に行ってあげて。凄く酷いらしいから」 「わかった。じゃあ、また来るな」 「うん!」 次は川内か... いつもは夜戦させろとうるあいつがなぁ、もしかしたらただ体調が悪いだけかもな。できたらそうであってほしい。 「川内!俺だけど、居たら開けてくれ」 「... 」 返事がないただのしかb... じゃなくて。 「いないのか?」 ガチャ 鍵が開いた音だ。入ってこいってことか? 「入るぞ」 ガチャン 「え?うわっ!」 「提督... 捕まえた」 俺は部屋に入った瞬間急に扉が閉じ、押し倒された。 「さあ提督、私と夜戦しよ?」 「は?夜戦?待て、そんなことしたら俺が死ぬ!」 「提督何行ってるの?」 「え?夜戦だろ?今から勝負するんだろ?」 「あはは!違うよ。私が言ってるのは夜戦(意味深)の方だよ」 「もっとたち悪いわ!!!」 「じゃあ、いくよ?」 「まて!話せばわかる!何でこんなことするんだ!」 ゾクッ まただ。川内も雰囲気が変わった。暗くて表情はよく見えないけど、さっきと違うのはなんとなくわかる。 「提督が悪いんだよ?」 「どういうことだ?」 「私は、ずっと提督のことが好きだったのに提督は私より後に着任した榛名と結婚した。あのときどれだけ榛名を消そうと思ったか... でも、提督が悲しむことはしたくないからね。我慢したんだよ。提督に愛されなくてもせめてそばにいれたら良いって、そう思った。なのに、何でいなくなったの?」 「... すまない」 「でも、いいの。これから提督は私のものになるんだから」 「やめろ!それだけはダメだ!」 「ダーメ♪」 クソッ!やっぱり艦娘の力には敵わない。どれだけ俺が暴れても押さえ込まれてしまう。 「提督、諦めなよ。艦娘と人間じゃ力の差があるんだからさ」 暗闇のように濁った目をした川内の顔がどんどん近づいてきて、唇がくっつきそうなところで、 ドーン!!! 「キャァァァァァァァッ!?」 「勝手は... 榛名が!許しません!」 榛名が砲弾を撃ち込んできた。その砲弾は壁を貫通して、川内に直撃する。 「チッ、また... 私の... 邪魔をする... の?」 「邪魔?おかしなことを言いますね。提督は榛名の旦那様ですよ?その汚い手で提督に触れないでください」 「いや... だ。提督は... 渡さない... !」 「大破寸前の癖にうざいんですよ!さっさとくたばってください!」 ドガッバギガギッ 榛名が川内を踏みつける。踏みつけて、踏みつけて、川内は動かなくなった。 「川内!」 「提督?何でその女の名前を呼ぶのですか?」 「榛名!何で...!? ここまでやらなくてもよかっただろ!!」 「提督のためですよ... それより提督、何で最初に榛名のところに来てくれなかったのですか?何で他の女と仲良くしていたんですか?何で榛名の前からいなくなったんですか?何で?なんで?答えてくださいよ。答えろ!!」 「はる... な?」 今の榛名は他の子達よりも怖い。雰囲気もやることも。そして何より怖いのが目だ。あの何も写してないような黒く濁りきった目は本当に怖い。 「あ!いいこと思い付きました」 ガシャン! 「え?」 榛名はどこから取り出したのか俺の腕に鎖つきの手枷をつける。 「最初からこうしておけばよかったんです。こうすれば提督は何処にも行かないし、榛名以外を見ることもありません」 「やめろ榛名!今すぐこれをはずせ!」 「提督は嫌がるのですか?でも、榛名は大丈夫です!これから提督の体にたっぷり榛名のよさを教え込んでいきますから」 「これからは永遠にイッショデスヨ?」 俺は榛名に引きずられて行く途中、ドッキリなんかしたことを激しく後悔し、これから起こることに絶望した。 終わり
一度やってみたかったドッキリものです。夕立の口調難しいっぽい~!
気軽なドッキリのはずが
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1 ななしのさにわ 世間知らずの純粋培養童貞を拗らせていたせいで政府の特別監査を受けました 無罪放免でしたが ちょっと自分が馬鹿すぎて記念晒しする 2 ななしのさにわ よう馬鹿 なにやってんだ馬鹿 3 ななしのさにわ 風雲セックス本丸wwwwwwww 4 ななしのさにわ 無罪放免ってことは純愛セックス本丸だったの? 5 ななしのさにわ 監査はいるってことは通報されてたんだろ どんな風に生きたらそんなことになるんだよ 6 ななしのさにわ 長谷部に首輪でも付けてた? ちなこれ俺が通報された案件な プレイとかではなく 愛犬を愛しすぎたせいで「そんな奴より俺の方が優秀です!」とわんころアピール始めたあいつのせい 7 ななしのさにわ お前のところの長谷部は頭が可愛いの? 8 ななしのさにわ 優しく言ってくれてありがとう 俺の長谷部は馬鹿だよ 9 ななしのさにわ 平和だ 10 童貞丸 コテハン付けたから見てほしい 風雲も純愛もない 俺の身体は潔白だ 11 ななしのさにわ イカくせえ名前しやがって 12 ななしのさにわ 本題に入れ童貞丸 13 ななしのさにわ 酷い名前だ 14 ななしのさにわ 童貞が許されるのは小学生までよねー 15 童貞丸 まって ちょっと泣いてるから愛染に慰めてもらいに行く 16 ななしのさにわ こいつメンタルよええぞ!! 17 ななしのさにわ 短刀に慰めてもらうって情けないなこいつ 18 ななしのさにわ いや 愛染くんの力を舐めてはいけない 私も昔孤独感で泣いてたら「あるじさん元気出せ!神輿してやるぜ!神輿!」って抱き上げられてわっしょいわっしょいしてくれたから なんかもう訳わかんないけど悩み事ふっとぶわっしょいだから 19 ななしのさにわ なんだそれこわい 20 ななしのさにわ あの小さい愛染くんがわっしょいわっしょいを…? 21 ななしのさにわ 神輿してやるという斬新な日本語 22 童貞丸 わっしょいしてもらってきた じゃあ書く 23 ななしのさにわ なんなんだわっしょい… 24 ななしのさにわ (今度やってもらお) 25 童貞丸 半年くらい前の審神者会議でしこたま酔った俺は 近侍の愛染にうざがらみをした挙句に 「他所の子と間違えないように~」とほざいて シャツをまくってお腹に「おれのあいぜん♡」と書いたらしい 酔うと記憶が飛ぶからここらへんは愛染本人に聞いた なんだかわからないが 刀剣男士にとっては最高に名誉な事だったらしい 『じぶんのもちものにはなまえをかきましょう』的な感覚かな 「俺はあるじさんの愛染国俊だー!」と本丸に着いた途端にシャツを脱ぎ捨てて自慢しまくったらしい あのお気に入りのシャツをポイするくらいだから相当なもんだろ 26 童貞丸 当然 一番自慢された蛍丸も「俺も!俺も書いて」と言ってきたが 俺は酔い過ぎて八割死体となっていた 2回ぐらい吐いたらしい 食べたアンコウ鍋の中身は糧にならずに消えた アンコウは無駄死にしたんだ 「見ろよこれ!あるじさんが書いてくれたんだぜ!」 「なにそれ、ずるい!起きて!主!俺にも書いてよ!」 「んあああー?」 「んあーじゃないでしょ、起きてよ!国俊ばかりずるいー!」 「あした、あしたな…」 「あしたね、じゃあわかった…」 「へへ、俺だけ悪ぃな蛍!」 「国俊ばかりぃ…」 こんな会話をしたあと 俺の意識は消失した 27 童貞丸 頭も痛いし具合も悪いし死にそうな気分で朝を迎えた俺に 無慈悲に襲い掛かる大太刀 腹に何も入っていなかったことを感謝してほしい 何か入ってたらでてた 寝っ転がってる自分を跨って揺さぶってくる蛍丸が「おーきーてー!朝だよー!あったらしーいあーさがきたよー!約束守ってー」と腹をペロンと出してアピールしてくる 意味が分からない この時点で俺は前日の記憶を吹っ飛ばしていた なんかよくわからないまま「やくそく!名前書いてよ」と言われる俺 (°ω°)? とりあえず『蛍丸』と書いたらめちゃくちゃキレられた 「そうじゃない!!国俊に書いたみたいに!ちゃんと『俺の』ってつけて!!」 「え、あ、はい」 『俺の蛍丸』 (°ω°)? 「はあとも!!」 「はい」 『俺の蛍丸♡』(°ω°)? 全く意味がわからなかった 28 ななしのさにわ ほたるきゅんのやわぷにのおなかに『俺の蛍丸♡』だと…? 29 ななしのさにわ 通報理由わかりましたわ 30 ななしのさにわ お前…やばいと気づけよ… 31 ななしのさにわ ぼくしってゆ!こういうえっちなほんみたよ! 32 ななしのさにわ 童貞丸いい加減にしろ 33 童貞丸 ほんといい加減にするべきだよな でも俺はこのとき この意味がわかっていなかった なんだか刀剣男士がざわついてるなと感じつつ それでも平和だった 夕食後に一日の戦果を第一部隊隊長の太郎太刀が報告に来たんだ うちの本丸はその日の功労者に褒美を出すことにしている と言っても 小さなご褒美だ 次の手入れの時にいつもより良い丁子油を使うとか月見酒を一緒にするとか その日の功労者は太郎太刀だった 34 童貞丸 「褒美は何が欲しい?」 そう聞いた俺を前に 太郎太刀は「…願いを、一つ…」とおもむろに帯をといた 突然の破廉恥展開にさすがの童貞もキョトン(°ω°)? 薄暗い灯に照らされる約2mの大太刀の半裸を前に 突然叩かれた犬のような顔になる俺 「私にも、名を刻んで頂けませんか」 困惑しながら言われるがままに『俺の太郎太刀♡』と書いたその日から 本丸は戦国の世と化した 35 ななしのさにわ くっそwwwwwwwwwwww 36 ななしのさにわ それってそんなにうれしいご褒美なのかよwwwwwwww 37 ななしのさにわ 刀剣男士もモノではあるからな… 所有者のしるしが入っているとうれしいんじゃないか? 38 ななしのさにわ でもそれペンでしょ 洗ったら落ちないの? 39 童貞丸 俺(審神者)が書いたものだから 俺が望まない限り勝手に消えないらしい 都合がよかったというか 悪かったというか… 40 ななしのさにわ こんど誰かにやってみようかな 41 ななしのさにわ 腹には書くなよ 太ももにしろ 42 ななしのさにわ ふざけんなwwwwwwww 43 童貞丸 誉って平等にとれるもんじゃないだろ とりやすい奴は必ずいる 大太刀とかな 太郎太刀二回目のご褒美の時も 太郎太刀は帯をといて腹を見せてきた あのあまり表情の変わらない太郎太刀がワクテカワクテカと期待を込めた眼で しかし既に『俺の太郎太刀♡』と書いている… いったい何をかけば… そして俺はここで最大の間違いをおかした 44 童貞丸 「功労者になった数をカウントしよう!正の字で書いていけばわかりやすいだろ」 「ああ、いいですね」 そして最終的に『俺の太郎太刀♡ 正正正正正一』が完成したのであった 45 ななしのさにわ 46 ななしのさにわ 47 ななしのさにわ 48 ななしのさにわ 49 ななしのさにわ 50 ななしのさにわ 51 ななしのさにわ 52 ななしのさにわ それは…なんというか… 53 ななしのさにわ あ(察し)ってなるな 54 ななしのさにわ 太郎太刀って誉泥棒だもんね(震え声) 55 童貞丸 俺は勤勉な審神者なので演練にもよく通っていた なあ なんで刀剣男士って真剣必殺でぬぐの…? 片肌脱いだ時の太郎太刀を見た演練相手の審神者が 俺と太郎太刀を交互に八度見ぐらいしてた その意味を知りたくなかった 56 ななしのさにわ wwwwwwwwwwwww 57 ななしのさにわ バカwwwwwwwwwwww 58 ななしのさにわ お前ばっかほんと馬鹿wwwwwwwwwwww 59 ななしのさにわ ごめんな童貞丸 たぶん俺もお前の事通報したわ 『俺のはちすか♡正正正正』って腹に書かれてる蜂須賀と『俺のうらしま♡正正』って書かれてる浦島が 「蜂須賀兄ちゃん凄いなあ。俺も早く主さんにいっぱい書いてもらえるようになるんだ!」「ああ、きっとお前ならできるよ。一緒に頑張ろう」とか真剣必殺後の防御力3の格好で話してるの見たら通報せずにいられなかった 反省はしていないし後悔もしていない 60 童貞丸 完全にうちの子たちです本当にありがとうございました こうして俺は目出たくも風雲セックス本丸の主として監査を受ける事になったのであった 61 ななしのさにわ みんな名前にハートに正の字を受け入れたのか? 62 ななしのさにわ 同田貫とか大倶利伽羅がやってたら事件だろwwwwww えっ まさか… まさかね…? 63 ななしのさにわ 左文字兄弟はどうなんですか?!そこのところはっきり言って下さらないと!! 64 ななしのさにわ 薬研ニキのおなかに『俺の薬研♡ 正正』とか書かれてるの? 罪深い 早く画像出せ 65 ななしのさにわ 秋田きゅんのぽんぽん見せて! 66 ななしのさにわ 信じられない こんな風雲セックス本丸があっていいはずがない この目で確かめてやるから乱きゅんが腹だしてダブルピースしている写真をなにとぞよろしくお願いします 67 童貞丸 風雲セックス本丸じゃないっつってんだろ目玉に爆竹突っ込むぞ   , 。    ( 々゚)  お?喧嘩すっか?お?  し  J    u--u 68 ななしのさにわ こっわ 69 ななしのさにわ 化け物かよ 70 童貞丸 俺も刀剣もソレがやばいやつだったなんて知らなかったんだよ だから風呂場では皆が己の腹にかかれた正の字を自慢し合っていた 俺はそれをほほえましく見ていた 同田貫だって風呂上りにふんどしいっちょで牛乳飲みながら正の字をアピールしてドヤ顔してたし 大倶利伽羅も今までは「興味ないね」って顔してどっか行ってたのに誉とったぞアピールしてくるようになった 手入れがスムーズにできるようになって良いなあって いいなあって思ってたんだ 71 童貞丸 腹にサインと正の字を書いてたから 皆ことあるごとに腹チラさせてた 本丸ではさりげない腹チラファッションが流行り 俺の起床時に合わせ粟田口は上半身裸で乾布摩擦をしはじめた 「ねえ主さん!みてみて、5個もたまったんだよ!えへへ」と正の字を自慢する乱 「僕も皆さんを見習って精進します!」と気合を入れる前田 「主殿、粟田口の働きをこれからも見守ってください」と微笑む『俺のいちご♡ 正正正正』が燦然と輝く一期一振 俺はそれをほほえましいなあって ほほえましいなあってみてた エロいことなど何一つ思わず ただ純粋にそう思っていた 72 ななしのさにわ 童貞は拗らせると周囲に不幸を招く 73 ななしのさにわ 何も知らなかったら地獄本丸だな 74 ななしのさにわ 綺麗すぎる水だと魚も死ぬ 純粋童貞はそれ自体が毒だと言うのか… 75 ななしのさにわ じゅんすいどうてい(地獄の字面) 76 ななしのさにわ 童貞は罪じゃないでしょおおおおお!!? 巻き込み事故で死にそうだからやめてねえええええ!? 77 ななしのさにわ ≫76 どんまい 78 ななしのさにわ ≫76 来世に期待 79 ななしのさにわ ≫76 わっしょいわっしょい 80 童貞丸 聞きたい事あったら言う ≫85 ≫90 ≫92 ≫96 81 ななしのさにわ ちけえし突然だしランダムだし!! 82 ななしのさにわ なんでそこまで童貞を拗らせたんだ? 83 ななしのさにわ 本丸にいる刀といない刀 84 ななしのさにわ 大倶利伽羅が「サインお願いします♡(腹をめくりながら)」と来た時のことを! 85 ななしのさにわ 好きな食べ物はなんですか 86 ななしのさにわ 宗三はいったいどうやって名前を書いてもらいに来たの あの高飛車がいったいどうやって  87 ななしのさにわ 一番正の字を書かれているのは誰? 88 ななしのさにわ 腹チラファッションって詳しくはどんなかんじだ 89 ななしのさにわ その頃の写真あったらうぷ!うぷ! 90 ななしのさにわ 初恋の人の名前 91 ななしのさにわ 専用のペンとかで書いてたのか? 92 ななしのさにわ 目玉焼きには醤油派? 93 ななしのさにわ 審神者に名前を書かれるってどんな感覚か今日の近侍に聞いてきて 94 ななしのさにわ 初期刀は誰?初期刀はなにか言ってた? 95 ななしのさにわ 風雲セックス本丸ではないにしても 恋愛感情とかもないの? 96 ななしのさにわ       /´・ヽ       ノ^'ァ,ハ     `Zア' /        ,! 〈       /   ヽ、_     l       `ヽ、     ヽ       ヾツ        \        /          ヽ rーヽ ノ          __||、 __||、        ゴルダック 97 ななしのさにわ 誉とれなかった子っているか? 98 ななしのさにわ 秋田きゅんの正の字は何個ですか! 99 ななしのさにわ おい     おい 100 童貞丸 OK書きだめてたやつみんな捨てたわ 3分待っててくれ ≫85 好きな食べ物はなんですか ≫90 初恋の人の名前 ≫92 目玉焼きには醤油派? ≫96       /´・ヽ       ノ^'ァ,ハ     `Zア' /        ,! 〈       /   ヽ、_     l       `ヽ、     ヽ       ヾツ        \        /          ヽ rーヽ ノ          __||、 __||、        ゴルダック 101 ななしのさにわ スナイパアアアアアアアアアアア!!! 102 ななしのさにわ てめええええ誰だ出てこいこの貴重な安価ををを!!! 103 ななしのさにわ ゴルダックには失望しました ヤドキングに鞍替えします 104 ななしのさにわ ふざけんなよ!秋田きゅんで安価とる予定だったんだぞ! 105 ななしのさにわ ぶっころちてやる 106 童貞丸 ≫85 好きな食べ物はなんですか A.グラタン ≫90 初恋の人の名前 A.幼稚園のささきせんせい ≫92 目玉焼きには醤油派? A.醤油 ≫96       /´・ヽ       ノ^'ァ,ハ     `Zア' /        ,! 〈       /   ヽ、_     l       `ヽ、     ヽ       ヾツ        \        /          ヽ rーヽ ノ          __||、 __||、        ゴルダック A.それはアヒルです 107 ななしのさにわ 俺の人生に必要のない情報が増えてしまった 108 ななしのさにわ ぐらたんおいしいお 109 ななしのさにわ スナイパーがスレッドを殺す 110 ななしのさにわ ―クソスレ終了― 111 童貞丸 一個ずつずらして答えるか 112 ななしのさにわ ―良スレ再開― 113 童貞丸 ≫86 宗三はいったいどうやって名前を書いてもらいに来たの あの高飛車がいったいどうやって  ≫91 専用のペンとかで書いてたのか? ≫93 審神者に名前を書かれるってどんな感覚か今日の近侍に聞いてきて ≫97 誉とれなかった子っているか? 簡単にまとめる 114 童貞丸 ≫86 宗三に名前を書いたとき A.俺の部屋へ訪室と同時に帯を脱ぎ捨てて袈裟+褌になりながら「貴方も僕に名を刻みたいのでしょう?ええ、ええ、わかっていますよ。僕に拒否権はないのです。さあどうぞご自由に、横になった方が書きやすいですか?座ったままでいい。そうですか。はあとは大きめに書いてください。そんな端っこだと誉が増えた時背中に回ってしまいますよ!まったく、ちゃんとしてください。僕は表面積が少ないんですからね」と捲し立ててきた こわかった 異様に記憶に残るぐらいこわかった ≫91 専用のペン A.ない。持ってきてもらうのが多い。 ≫97 誉とれなかった子 A.参入が遅かった膝丸がなかなか取れなかったけどギリギリで名前はかけた ≫93 は今から聞いてくる 髭切だからふんわかぱっぱとした答えになりそう 115 ななしのさにわ 近侍は兄者か どうこたえるんだ? 116 ななしのさにわ 主観に基づいたふわふわした答えが返ってくるだろうな 117 ななしのさにわ 弟者の翻訳が必要 118 ななしのさにわ 兄者「肉団子にどろどろの赤黒い液体をかけたアレ、おいしかったよ」 俺「(なにそれこわい)」 弟者「兄者それは…はんばあぐ、だな」 119 ななしのさにわ あるあるwwwwwwwwwwww 120 ななしのさにわ デミグラスソースwwwwwwww 121 ななしのさにわ 兄者「この畜生はよいこだね、草食べるかな」 お供の狐「畜生ではございませんよぅ!草も食べません!」 鳴狐「あぶらあげを食べるよ」 弟者「兄者、あぶらあげだ。やるといい」 122 ななしのさにわ 畜生って言うなwwwwwwww 123 ななしのさにわ 生まれついての王者なのかな(困惑) 124 ななしのさにわ (兄´∀`)つ「ほら畜生、たんとおたべ」 (弟`・ω・´)「残さず喰らえよ、畜生」 125 ななしのさにわ やだ…この兄弟っょぃ。。。かてなぃ。。。。 126 ななしのさにわ 兄者のことを兄者と呼んでいたら弟者に「俺の兄者だ」と拗ねられる案件 127 ななしのさにわ もう兄者がゲシュタルト崩壊なんですがそれは 128 ななしのさにわ 弟者の弟みがかわいいんじゃ~~~ 129 ななしのさにわ Ah^~ My heart will be hopping^~ 130 ななしのさにわ あな^~、我が心はねまわりはべり^~ 131 童貞丸 兄者「所有のしるしを刻まれるのは気持ちいいよ。人間だってそうじゃないの?特別ってうれしいでしょう。僕らは元が刀だから、君が愛してくれた象徴みたいで好きだなあ」 なんやかんや知ってしまっている俺「ありがとう絶対に他所で言わないでね」 ここで理解してもらいたいのは髭切の言う『愛してくれた象徴』とはあくまでも「無くしちゃいけない大事なモノにはしるしをつけましょう」的な意味だということだ 何も知らない純粋な兄者の言葉からえろいものを感じ取った奴は心が汚れているんだ 俺のせいじゃない 132 ななしのさにわ お前のせいだよ 133 ななしのさにわ お前のせいだ 134 ななしのさにわ 兄者に何言わせてんだ 135 ななしのさにわ 弟者セコムくるぞ 136 ななしのさにわ 私の心が汚れているんじゃなくて童貞丸が童貞丸なせい 137 童貞丸 弟者「ああ、兄者の言うとおりだ。愛されている実感ができて本当にうれしい。数が刻まれるところなど、見るたびにやる気が湧いてくるな」 罪の意識に震える俺「ありがとうほんと他所では言わないでね」 138 ななしのさにわ おとじゃーーー! 139 ななしのさにわ クソっ弟者まで! 140 ななしのさにわ これだから風雲セックス本丸は!! 141 童貞丸 これがえっちなものだなんてしらなかったんだよ… 手と手をつなぎ合って目と目で見つめ合うかんじの純愛ものが好きなんだ…性癖の対象外だったんだ… 普通に生きてて正の字にすけべな意図を感じることってあるか?! 本当に俺だけが悪いのか? 正しいという文字に卑猥な意味を持たせたドスケベ共にはなんの罪もないと! ただの純粋培養された童貞に咎があると!そうおっしゃるか! 142 ななしのさにわ ギルティ 143 ななしのさにわ ギルティ 144 ななしのさにわ ギルティ 145 ななしのさにわ ギルティ 146 ななしのさにわ ギルティ 147 ななしのさにわ ギルティ 148 ななしのさにわ ギルティ 149 ななしのさにわ ギルティ 150 童貞丸 ばーか!しね! 151 ななしのさにわ 童貞丸の語彙力が3になった 152 ななしのさにわ これでよく誤解がとかれたなあ 153 ななしのさにわ えらいひと「おなかのもじはなにかな?」 とうけん「あるじがおれをあいしてくれたあかしです!」 154 ななしのさにわ アウトwwwwwwwwwww 155 ななしのさにわ 情状酌量の余地ねーなwwwwwwwww 156 童貞丸 担当さん「明日お話したい事がありますので午後は開けておいてください。複数人で参ります(かぼそいこえ)」 俺「はーい」 そして予告通りに来た担当さんはなんか強そうな黒服の人に囲まれ なんか強そうな知らない審神者を案内しながらきた 監査って政府役人だけじゃなくて違う国の優秀な審神者も入る これ豆知識な 疑惑の審神者への詰問はその他所の審神者がやる (さ ゚Д゚)「刀剣男士の腹部にかかれている文字について説明をお願いします」 (俺 °ω°)「何かおかしなところでもありました?ねだられるから書いたのですが…」 (さ ゚Д゚)「…名の横にある正の字は一体何のカウントですか」 (俺 °ω°)「正の字…ですか?誉の回数です。風呂場で自慢しあってるみたいですよ」 (さ ゚Д゚)「」 (さ ゚Д゚)「え、ちょ、あ、ああ―――そういう―――」 (俺 °ω°)「?」 (さ ゚Д゚)「………ちょっと来てもらっていいかな」 そして俺はその審神者さんがその場で速達通販を使い購入したモブレ系凌辱エロ本を見て全てを悟ってしまったのであった 157 童貞丸 (さ ゚Д゚)「風雲セックス本丸にしては空気がきれいでおかしいと思ってたんだ」 (さ ゚Д゚)「君の刀剣達についてるサイン、これだと思われてるから」 (俺 °ω°)「えっ」 (さ ゚Д゚)「君が全員手篭めにしてると思われてるから」 (俺 °ω°)「えっ」 (さ ゚Д゚)「たぶん君が演練場で出会った審神者全員そう思ってるから」 (俺 °ω°)「えっ」 158 ななしのさにわ わざわざ遠出してきた優秀な審神者かわいそう 159 ななしのさにわ 男は好き嫌いせずどんなエロでも一通り嗜まなければならないという事が立証されたな 160 ななしのさにわ 童貞丸は見かけ的に絶倫審神者おじさんじゃなかったんだな 161 ななしのさにわ 「まさかこいつが…」系か そりゃ八度見ぐらいされるな 162 ななしのさにわ 実際やってねえしwwwwwwwwwwww 163 童貞丸 恥ずか死しそうになったし 巻き込み事故で疑われてしまった担当さんは残機が3減っていた それからが 大変だった 164 ななしのさにわ おっ 新章突入か 165 ななしのさにわ これ以上どう大変になるんですかねえ… 166 ななしのさにわ もうこれ以下のことは無さそうだけどな 167 童貞丸 正の字を消したい俺vsなんで!なんで消すの?ひどいよ!おれたちわるいことした?いじわるしないで!刀剣ズの戦いのはじまりである (俺 °ω°)「かくかくしかじかで正の字だけでいいから消させて」 Vs江雪 「私は、扱いにくい刀です。刀の癖に戦場を厭うなど…疎まれても仕方ありません…。誉、など…私には、勿体ないもの、でしたね…」 _人人人人人人人人人_ > 小夜左文字乱入 <  ̄Y^Y^Y^Y^Y^Y^Y^Y ̄ 「待って!江雪にいさまは、貴方からもらった誉を大事にしていたんだ…。どうか誤解しないで、僕の誉を返すから、江雪にいさまを嫌わないで…」 _人人人人人人人人人_ > 宗三左文字乱入 <  ̄Y^Y^Y^Y^Y^Y^Y^Y ̄ 「聞き捨てなりせんね、兄弟の中では僕が一番誉をいただいています。返しますよ、返してほしいのでしょう。こんなもの、はじめから欲しくなんてありませんでしたからね。だから僕から回収してください」 (俺 ;ω;)「やーめーろーよー!お前らのこと好きだよー!でも風雲セックス本丸がねええ??」 左文字兄弟がメンタル削ってくるほんとやだ 168 ななしのさにわ はじめから欲しくなかったなんて嘘つきやがって… 169 ななしのさにわ やめろ!やめてくれ! 170 ななしのさにわ かわいそうだろやめてやれよ! 171 ななしのさにわ くそ童貞丸!左文字をいじめるな! 172 ななしのさにわ てのひらくるっくるである 173 童貞丸 Vs御手杵 「……ヤダ(腹を庇いながら)。俺がもらったご褒美だから返さない。やだ」 でっかい御手杵が身体を小さく丸めて抵抗である 俺は負けた Vs一期 「どうしても、どうしてもですか?…はい、では……お返し、いたしますね」 俯いてぽたぽたと静かに涙を畳の上に落としながら 俺は負けた Vs髭切&膝丸 「あはは、やーだ。ほら膝丸おいで、逃げるよ」 「兄者が俺の名を!わかった逃げよう!」 二度と言わないと宣言するまでガチで逃げられた 俺は負けた Vs歌仙 「……君を、困らせるのは本意ではない。だけど僕は、君に名を、誉を刻まれて…本当に嬉しかったんだよ」 いつも厳しい初期刀サマが儚く微笑み俺は負けた Vs秋田 「主君!主君は、僕の事を、嫌いになってしまいましたかっ、僕は、僕は主君のことがだいすきです!たとえ主君が僕を嫌いになっても、僕は勝手に主君のことが好きなままでいますっ」 しゅくんもあきたのことすきいいいいいいいいい!!!俺は負けた 174 ななしのさにわ . .: : : : : : : : :: :::: :: :: : :::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::     . . : : : :: : : :: : ::: :: : :::: :: ::: ::: ::::::::::::::::::::::::::::::::::::::    . . .... ..: : :: :: ::: :::::: :::::::::::: : :::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::         Λ_Λ . . . .: : : ::: : :: ::::::::: :::::::::::::::::::::::::::::        /:彡ミ゛ヽ;)ー、 . . .: : : :::::: :::::::::::::::::::::::::::::::::       / :::/:: ヽ、ヽ、 ::i . .:: :.: ::: . :::::::::::::::::::::::::::::::::::::::       / :::/;;:   ヽ ヽ ::l . :. :. .:: : :: :: :::::::: : ::::::::::::::::::  ̄ ̄ ̄(_,ノ  ̄ ̄ ̄ヽ、_ノ ̄ ̄ ̄ ̄ これもうどうするんだよ… 175 ななしのさにわ . .: : : : : : : : :: :::: :: :: : :::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::     . . : : : :: : : :: : ::: :: : :::: :: ::: ::: ::::::::::::::::::::::::::::::::::::::    . . .... ..: : :: :: ::: :::::: :::::::::::: : :::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::         Λ_Λ . . . .: : : ::: : :: ::::::::: :::::::::::::::::::::::::::::        /:彡ミ゛ヽ;)ー、 . . .: : : :::::: :::::::::::::::::::::::::::::::::       / :::/:: ヽ、ヽ、 ::i . .:: :.: ::: . :::::::::::::::::::::::::::::::::::::::       / :::/;;:   ヽ ヽ ::l . :. :. .:: : :: :: :::::::: : ::::::::::::::::::  ̄ ̄ ̄(_,ノ  ̄ ̄ ̄ヽ、_ノ ̄ ̄ ̄ ̄ 秋田キュン… 176 ななしのさにわ 心が痛いですわ… 177 ななしのさにわ 一度あげたものを返せっていうのは酷だな… 理屈は通っても… 178 ななしのさにわ まさかモブレ系エロ本で御用達の正の字カウントがこんなことになるなんて 179 童貞丸 俺も悩んだ 悩んで悩んで思いついた \  __  / _ (m) _  ピコーン    |ミ| / `´  \   ( ゚∀゚)  ノヽノ |   < < カウント方法を変えよう!そうだ 元から名前のあとにハートを描いてる! ハートでカウントしよう!と そして五誉で1❤の『俺のはせべ♡ ❤❤❤❤』が爆誕した 180 ななしのさにわ 181 ななしのさにわ 182 ななしのさにわ 183 ななしのさにわ 184 ななしのさにわ 185 ななしのさにわ 186 童貞丸 (俺 °ω°)「なんとか皆を説得して正の字を消すことが出来ました!」 (さ ゚Д゚)「やったな!」 (俺 °ω°)「正の字の代わりにハートで代用することに決まりました!五誉で1❤です!」 (さ ゚Д゚)「」 (さ ゚Д゚)「んんんんんんん今から本送るから確認してくれ」 そして俺は淫紋という文化を知った どうしよう 187 ななしのさにわ もう風雲セックス本丸ってことでいいだろ(はなほじ) 188 ななしのさにわ 諦めろ 政府からの疑いは晴れてるんだ 問題ない(はなほじ) 189 ななしのさにわ お前が絶倫審神者だと思われるだけで刀剣には影響がないようなので問題はないなあって思いました(日記) 190 ななしのさにわ やーい おまえんち風雲セックス本丸―! 191 ななしのさにわ ばーか 192 童貞丸 タスケテ…タスケテ… 193 ななしのさにわ 助けなんて来ないんだよお!? 194 童貞丸 しにそう
<span style="color:#fe3a20;">*タイトルの通り風雲セックス本丸を連呼しています。軽度の性的な表現有り。<br />*主刀要素軽度<br />*チャンネル形式注意<br />*審神者は童貞<br />*友人の小説の脇キャラ(主人公の兄)をお借りしていますが知らなくても問題なし。知ってる人が見たらちょっと楽しいかな感<br /></span><br />ふんわりとしたあらすじ<br />純粋培養された無知な童貞と刀剣男士が合わさりビックバンを起こした結果、通報されまくって監査がはいりました。だって!自分のモノには名前を書きましょうって!幼稚園の頃ささきせんせいがゆってた!!
【風雲セックス本丸】知らない間に通報されてた【ではない】
https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=6524737#1
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――みほと共に過ごすようになってから数ヶ月の時が流れた。    その中でまずわかったのはやはり、と言うべきか、みほは戦車道においては規格外の実力と才覚を持っているという事だった。  確かに西住流としては――黒森峰が志す王者の戦いとして見た場合は姉である西住隊長には及ばないだろう。  実際学校内の練習試合で追い詰められ少数対多数のような劣勢な状況に陥った際にみほが見せる作戦――こそこそ作戦なんていう非常に情けない名前だったりするのだが――は確かに西住流としてはあるまじき、邪道の戦い方と言える。  しかしその効果や戦果は凄まじく、一気に戦況をひっくり返して勝利に導くことも幾度と無くあったのを付け加えておく。 ――勿論その戦い方は西住流こそ正道であり王道とするこの黒森峰では批判的に受け取っている者も多い。  まぁその中にはまだ一年生であり、西住隊長の妹であるみほが副隊長に着いた事を良く思わない、或いは嫉妬しているような者が多いのだが。  しかし私はみほの戦い方を――西住みほ流とでも言おうか――勝利を尊ぶ西住流の考えに完全にそぐわない訳ではないと思うし、みほを批判するだけの上級生が立てた作戦よりも勝利に導いてくれる彼女の作戦の方がマシだと思っている。  はっきり言ってしまえば私は彼女達のような存在が気に入らないのだ。  自身の実力の無さから来る失態や失敗を、やれみほが副隊長になれたのは家柄のおかげだ。やれ隊長の妹だからだ。などと言って転嫁している彼女達が。   ――まぁその原因の一端はみほにもあると思うのだが。  みほは優しいと言えば聞こえはいいが、その性格故に一言で言えば舐められているのだ。  他人に一切の隙や弱みを見せない西住隊長と違い、彼女は言ってしまえば『文句や陰口を言いやすい』人間なのだろう。    人間の多くは常に不満やストレスの捌け口を求めている。  残念ながらみほはその捌け口に非常に選ばれやすい性格と雰囲気を持っている。    ……確かな実力があるのだから、もっと毅然としていればいいのに。  余計なお世話だとはわかっていても、やはり私はそんな事を考えてしまう。   「――さん――リカ――ん――エリカさんっ!」  不意に耳に届いた私を呼ぶ声により、思考の海へと潜っていた意識が呼び戻される。  ゆっくりと顔をあげるとそこにはこちらを不思議そうに覗き込んでいるみほの顔があった。 「っ!? な、なによ。いきなり……」 「……ずっと呼んでたんだけど」 「うっ……悪かったわね」  どうやらみほの声が聴こえない程に思考を集中してしまっていたようだ。  そんな私に対しみほが少しだけ不満そうにジト目でこちらを見てきたため、素直に謝罪をしておく。    実は前に一度みほを怒らせてしまった事があったのだが、これが中々にめんどくさかったのだ。意外と。    幼い子供のようにツーンと口を尖らせながら怒るみほの機嫌を治すのにはそれなりの時間を擁してしまった。  結局あの時はボコられグマのボコ、と呼ばれるキャラクターのぬいぐるみをプレゼントする事で機嫌をとったのだ。    私はチラッと横目でその――相変わらず何がいいかわからないが、耳と腕に包帯をグルグルと巻いたボコのぬいぐるみに視線を向ける。 [newpage] 「……ねぇ、みほ」 「なに、エリカさん?」 ――これはみほと同室での生活が始まって、一ヶ月程の時が流れた頃だったと思う。  この時の私はとある一つの案件に頭を悩ませていた。それは―― 「その……日に日に増えていく不気味なぬいぐるみは一体何なの……?」  そう、荷解きが進む、或いは何処かに買い物に行くと共に徐々に部屋に増えていく不気味なぬいぐるみ――全身の様々な箇所に包帯や手術痕のような刺繍が施されたもの――が増えていく事だ。  ぬいぐるみの顔立ちだけを見れば可愛らしい、何処にでもあるようなごくごく普通のものなのだが、如何せんその包帯がダメすぎた。  ファンタジーな外見に生々しい包帯といった組み合わせが言い様のないアンバランスさ、ひいては不気味さを醸し出しているのだ。  有り体に言ってしまえば気持ち悪い。 「あっ、もしかしてエリカさん興味があるのっ!?」 「いや、私は――」 「うふふふ、これはね~♪」 (みほのこんな笑顔と元気な声、初めて聞いたわ……)  興味があるなんて一言も言っていないのに、みほは喜々としてぬいぐるみに関しての説明を開始しようとしていた。 「ボコられグマのボコって言って、すっっっっごく可愛くて魅力的なキャラなんだよっ!」 「えぇ……」  私はそう言ってみほが抱き上げた――寝る時にもいつも抱きしめている、特にお気に入りであろう――ボコというぬいぐるみに視線を向ける。  しかし、やはりと言うべきか、私の目にはどう見てもそれが魅力的なキャラには思えなかった。  そのため私は彼女に自身の正直な感想を伝える事にした。 「正直に言うけど、こんな不気味なぬいぐるみの何処がいいのよ……」 「……ボコが……不気味……?」 「ええ。なんかこの包帯とか物凄くミスマッチだし、気持ち悪いぐらいよ」 「気持ち……悪い……?」 「そうよ。みほはこんなのキャラの何処がいいのよ?」  回りくどいのは性に合わないので、私は正直にボコに関して感じた事をみほに伝えた。 ――もしここでみほの瞳から光が消え、言葉の節々が完全に冷えきっている事に気づいていればまた事態は違ったのだろう。 「…………おやすみ」  その結果、みほは私の質問に答える事は無く、そそくさと布団に潜り込んで眠ってしまったのだった。 「ちょっと待ちなさ…………もうっ。いきなり寝ちゃって……なんなのよ、一体」   ――これが悲劇の始まりだった。 [newpage] ――ドォォォン!  耳をつんざく程の爆発音と、衝撃が車輛を襲う。   「――り、履帯が破壊されましたっ!」 「きゃあっ! 主砲破損っ! 反撃不能ですっ!」 「直撃弾っ! 右の履帯も破壊されましたっ!」 「な……なんなのよこれは……」   ――次の日。いつものようにチームを分けて練習試合を行った。  試合内容は四対四の紅白戦。  私が所属する紅チームのリーダーは経験豊富な三年生、白チームのリーダーはみほとなっていた。  両チームの総合的な力量は拮抗しており、今回は不参加の西住隊長も『これはきっといい勝負になるな』なんて事を事前に言っていたのを覚えている。    だが、いざ始まってみれば試合の結果はあまりにも圧倒的だった。    試合開始から三分。たった三分だ。その間に私の車輌を除いた三輌が瞬く間に撃破された。  撃破したのは全てみほ車であり、その時のみほはよもや島田流とでも言うべき変幻自在で一騎当千の動きをしていた。 ――と、後にその戦いを終えた者達は語っていた。  余談だが、その時のみほ車の乗員は『あんなみほさんとは二度と同じ車輌には乗りたくありません』とか『優しかった頃のみほさんを返してっ!』なんて事を恐怖に震えながら言っていたとか。    そして全ての車輛を撃破した後にこの地点に辿り着いたみほは、私の車輌を徹底的にボコボコにしてくれたのだ。  本来なら一撃で白旗判定を出せたはずなのに、時間をかけてじっくりと、それはもうボコボコに。  反撃も移動も不可能にされ、しばしの間砲撃を受け続けた後にようやく白旗判定が車輌の上部に展開され、私はキューポラから身を乗り出した。    その理由は当然みほに文句を言うためだ。『何故こんな真似をしたのか』と。 ――だが 「――ひっ」 「…………」  同じようにキューポラから顔を覗かせ、ただひたすら無言でこちらをニコニコと見つめているみほと目が合った瞬間、そんな意気込みは何処かへと霧散してしまった。  気のせいだと思いたい。  だけどその時私は確かにみほの背後に巨大な鬼のような何かを目撃したのだった。 ――ガチャ 「み、みほ……ただいま」 ――シーン  練習試合の大敗による反省会を終えた私は、日付が変わる直前に寮へと帰った。  まぁ、それ事態はみほと比べると反省点や勝率の低さから、こういった事でみほより帰りが遅い日もたまにあったのだが、これ程までの大敗は珍しいので普段はもっと帰りは早いのだが。  そしてそんな訳でみほより帰りが遅い日はいつも玄関で自身の帰宅を告げるのだが――返事がない。  いつもなら――  『あっ、おかえりなさい。エリカさんっ』  なんて言いながら、主人が帰宅した子犬のように笑顔で玄関に来て出迎えに来るのに、だ。 ――ツーン 「…………」  もしかしたらみほは何処かに出かけていて、部屋に居ないではないか?  そんな可能性を考慮しながら室内に入った私が目にしたのは、頬を僅かに紅潮させプイッと可愛らしくドアから顔を背け、昨日私が馬鹿にしたボコのぬいぐるみを抱きしめているみほの姿だった。  ここまで来れば流石の私でもわかる。  そう、みほは怒っているのだ。  恐らく――いや、間違いなく私が昨日ボコを馬鹿にした事に。   「み、みほ……あの……その……」 「…………」  謝るべきなのだろう。  ボコとは、私の想像以上にみほにとっては大事な存在だったのだから。  大好きなモノを気持ち悪いなんて言われたら誰だって怒るだろう。  だから私は謝罪をすべく、大きく一度息を吸い込んで―― 「――きょ、今日の晩ごはんは何かしら? と、当番は貴方よね?」 ――そんな謝罪からは程遠い言葉が私の口から語られていた。 (馬鹿っ……今言うべきなのはこんな事じゃないでしょうっ!?)  思わず心の中で素直に謝れない自分自身に激しい嫌悪を覚えてしまう。 ――スッ 「…………」 「……え?」  そんな私を他所に無言でみほが机に顔を向ける。  するとそこにあったのは―― 「イッツ・ア・ボコヌードル……?」 ――カップ麺だった。しかもよりにもよってボコの絵柄が描かれた。  完全に当て付けだろう。 ――もぞもぞ 「…………」  私がそれを手に取り唖然としていると、不意に布が擦れる音がしたため振り返る。  すると既にみほはベッドの中に入っていた。  どうやら私の想定以上にみほはご立腹らしい。  結局その日は、みほと一言も口を聞く事は無かった。 ――次の日  「み、みほぉ……良かったら今日のランチ一緒に食べない……? わ、私のハンバーグセット、半分分けてあげるから――」 ――ガタッ 「…………」 「み、みほ……」  その日もみほと口を聞けなかった。  ちなみに赤星小梅がどさくさに紛れてハンバーグ定食を半分奪いに来たので、逆に彼女のソーセージセットを拝借した。  小梅は少しだけ涙目になっていた。ざまあみろ。  ――次の日 「みほぉ……いえ、みほさん。良かったら放課後一緒にアイスでも食べに――」 ――ガタッ 「…………」 「み、みほ……」  この日もみほさん……みほと口を聞けなかった。 「……エリカさん、みほさんと何かあったの?」 「な、なんでもないわよっ!」  そんな様子を見てきた小梅がイタズラっぽい笑みを浮かべながら問いかけてきたので、慌てて追い払った。  まぁ明日にはみほは機嫌を直してくれているだろう。  多分。 ――次の日 「みほさん……いえ、みほ様……良かったらこの後――」 ――ガタッ 「…………」 「みほぉ……」  このひも みほと くちを きけなかった。  あと せんしゃどう でボコボコに されました。 ――次の日 「みほさ――」 ――ガタッ 「…………」 「み……ほ……」        ぼこになりたい   ――次の日 「…………はぁ」 「エリカさん、なんかここ数日で一気にやつれたよね……」  放課後、一人で机に突っ伏していると、いつの間にか隣に小梅が居た。  どうやらそれに気づけないくらい私は弱っているらしい。 「き……気のせいじゃない……?はぁ……」 「……どう見ても気のせいじゃないよね。……もしかしてみほさんと喧嘩でもしたの?」 「うっ……」  核心を突かれた事で、ズキッと私の胸が痛む。  「なんでわかるのよ……?」  だが小梅に隠しきれる気がしなかったので、私はそれを認める事にした。 「ふふっ、ここ一ヶ月くらいの二人って凄く仲が良かったのに、ここ数日は会話している所をほとんど見ないし、二人の事を知っている人が見ればすぐわかるよ」 「べ、べべ別にみほと仲良くなんて――」 「二人共同じ部屋なんだし、喧嘩の原因とかはよくわからないけど、謝った方がいいと思うよー?」  小梅が全てを見透かしたような笑みを浮かべながら、私の言葉を遮ってくる。    「う、うるさいわね……。というかなんで私が謝る側だって決めつけてるのよ」 「だってみほさんがそういう事するって思えないもん♪」 「うぐっ……」  おっとりとしていて、ほんわかな雰囲気を醸し出しながら笑顔で意外とドギツイ事を言ってくる。  赤星小梅はそんな子だった。 [newpage] ――ガチャッ 「た、ただいま……」 ――ツーン 「…………」 「……コホン。あ、あのね……実は前にみほが行きたいって言ってたお店のマカロンを買ってきたから……その……良かったら一緒に食べない……?」  小梅と別れた後、私はみほに謝罪をする決心と共に、みほが以前行きたがっていたお店で彼女の好物であるマカロンを購入してきたのだ。  だが、私はどうしてもそこから謝罪へと続ける事が出来ずにみほの横でもじもじとしていると――  ――フッ 「…………ありがとう、エリカさんっ」 「み、みほぉ……!?」  不意に場の空気が緩み、みほが静かに顔をあげながら私に微笑みかけた。 「その……エリカさんがずっと仲直ししてくれようとしているのに、意地を張るなんて子供っぽくてダメだよね……。この数日間、ごめんね、エリカさん」  そう言ってみほは立ち上がるとペコリと私に頭を下げてきた。  その瞬間私は自身の胸や顔が熱くなるのをはっきりと感じ取った。 「そ、そんな悪いのは私で……その……ごめんなさい。貴方の好きなボコを馬鹿にしちゃって……!」  私は勢い良く頭を下げて、みほに謝罪を伝えた。 ――ポンッ 「ふふっ、もう大丈夫だよ、エリカさん。マカロンまで買ってもらっちゃってありがとうね」  そんな私の肩に優しくみほの手が置かれた。      「せっかく買ってきてもらったんだし、美味しいうちに食べようか? お茶、いれるね」 「――ええ、そうしましょうっ!」  私は喜び故か、それとも安心感故か。  目尻に微かに浮かんでいた熱い雫を袖で拭うと、顔をあげてみほに微笑みかけた。 ――こうして私はみほと無事に仲直りする事に成功したのだった。 [newpage] 「――ちょっと考え事をしてたわ。」  自分が悪いと思った事をしたらすぐに謝る。  あと、みほの前で迂闊にボコの悪口を言ってはいけない。  それが私があの事件から学んだ事だった。   ――それからしばしの時間は流れ……これは私とみほが高等部に入学した日の事だ。  その日の夜、何故かは不明だが私はみほに遅れて帰ってくるように言われていたので、来週の聖グロリアーナ女学園との試合の簡易的な作戦を立ててから寮へと帰っていた。  これは中等部で私とみほは多大な戦果をあげた事で、高等部でも一年生からレギュラーとして取り立てられていた事に起因する。  ちなみにみほはまるで三年前の焼き直しのように、入学の初日に副隊長を命じられていたりする。  まぁ、それはともかく部屋の前に到着した私は最早慣れ親しんだ動きでドアを開き中に入った。 ――ガチャ 「ただいま、みほ」 ――トタトタ 「あっ、おかえりなさい、エリカさんっ」  するといつものように居間からみほが現れた。  ちなみに今日の料理当番はみほのためエプロン姿である。  これもこの三年間で見慣れた光景だった。 「あら……この匂いって……」  そこで私は微かに鼻腔を擽る良い香りに気づいた。  間違えるはずもない。この香ばしさの中にも確かに漂う芳醇な肉の香りは―― 「ふふっ、やっぱりわかっちゃった?」  はしたなく鼻をくんくんとしている私を見ながらみほはちょろっとイタズラっぽく舌を覗かせていた。  「――やっぱり、ハンバーグだったのね」 「あははっ、流石エリカさんだね。匂いだけでわかっちゃうなんて」  みほが用意していた皿に美味しそうなサラダを取り分けながら口を開く。  ちなみに現在食卓に並んでいるのはご飯とハンバーグ。それに前述のサラダとコーンスープだ。    何故かエプロンをしながらそういった行動をされると、まるで自分が仕事から帰ってきた夫で、みほがその帰りを待っていた妻に見えたりしたが、軽く頭を振ってそんな妄想を振り払う。    みほと夫婦のような生活なんて有り得な……いや、満更でもない。  なんて事を思ってしまった自分がいたが忘れる事にする。 「……ふん。というか貴方、三年経っても相変わらず料理は苦手なのに、よくハンバーグなんて作れたわね」 「もうっ、エリカさん酷いよ。これでも私は前よりは大分上手くなったんだよ?」  そう言ってみほがぷくーっと子供っぽく口を膨らませる。  そんなみほを見ながら一緒に住み始めた頃の事を思い出す。  あの頃のみほは本当に料理が下手で、料理をさせると逆に私の仕事が増える日もあったくらいだ。  それでも最近は簡単な料理なら熟せるようになってきたので、密かに成長を感じていたりはしたのだが、ハンバーグを作れる程になっていたのは予想外だ。 「はいはい。知ってるわよ、それくらい。――まぁ形は歪だけどねっ」 「むー……エリカさんはいつも一言余計だよ……」  みほがジト目でこちらを見詰めてくる。  これはこれ以上からかうとみほが怒ってしまいかねないサインなので、私は大人しくハンバーグに手を付ける事にした。 「ふふっ、悪かったわね。それじゃあせっかくみほが作ってくれたハンバーグだし、冷めない内にいただきましょうか」 「うんっ♪」 「「いただきます」」 ――パクッ 「んっ……」  早速ハンバーグを口に入れた瞬間、私の背筋を一筋の電撃が走り抜ける。  下味がしっかりと付けられた玉ねぎや挽肉の旨味や香辛料の風味が口いっぱいに広がり、次いで濃厚な肉の味が口内を満たしていく。  それはここが寮の自室ではなく、まるでドイツの一流の料理店に訪れているではないかと錯覚してしまう程だ。    簡単に言えば美味しいのだ。しかもかなり。  それにこの味には覚えがあった。そう、確かこの味は―― 「どう……かな……?」  みほが不安そうな表情を浮かべながら、上目遣いでこちらを見詰めてくる。  恐らく、いや間違いなく味が不安なのだろう。  ならここは―― 「美味しいわよ。すごく、ね」 ――はっきりと感想を伝えるべきだろう。 「ほんとうっ!?」 「ちょっ、いきなり身を乗り出さないでちょうだい。はしたないわよ?」 「わわっ、ごめんなさい。……だけど、エリカさんに美味しいって言われたのが嬉しくて……」  みほが頬を紅潮させながら満面の笑みを浮かべる。  その瞬間何故か一瞬だけ私の心臓が高鳴った気がしたが……気のせいという事にしておく。 「美味しいのは事実よ。ハンバーグに関して私は嘘をつかないわ」 「良かった……」  みほがほっと胸を撫でおろす。 「だけどこれ……あの時私とみほが初めて一緒に行ったお店の味に近いような……」  そう。この味は入学した日にみほと共に行き、ハンバーグカレーを食べた店の味にとても近かったのだ。 「ホントっ!? 実はそこにバイトをしている子がクラスに居て、レシピ……とまでは流石にいかなかったけど、簡単な味付けとか、調理のコツを教えてもらったんだよねー」 「へぇー、あんたにしては…………っ」    そこで私は一つの変化に気づいた。それはみほの手だ。  今朝、そして戦車道の授業を終えた時に見た際には無かったはずの傷や包帯が手や指の至る所に巻かれている。    これはつまり、その後――恐らくはこのハンバーグの調理中に付いてしまった傷の可能性が高い。  そして考えてみれば今でも小梅や私のように親しい人間以外には人見知りがちなみほが、そのクラスメイトとやらにハンバーグのコツを教わるまでにどれだけの勇気が必要だったのだろうか。  この子――みほは戦車を降りたら大体おどおどしてるくせに、時々こういう面を日常でも見せてくれるのだ。 ――こんなのを見せられたら私は――   「ど、どうしたのエリカさん……?」  気づけば食べる手をすっかり止めてしまっていた私の様子を訝しげに思ったみほが、こちらを覗き込んでいた。 「もしかして……やっぱり美味しくなかった……?」  すると私が手を止めたのが味が美味しくなかったせいだと思ったらしく、みほが今にも泣きそうな顔をし始めた。   「ふんっ、そんな訳ないでしょ」 ――ぱくぱくっ 「わわっ、エリカさんっ! そんなに勢い良く食べたら……!」 「もぐもぐ……んっ、大丈夫。ほら見なさい。完食したわよ」 「す、すごい早食い……」 「い、一度しか言わないからよく聞きなさい、みほ」 「は、はいっ」 「……ありがとう、みほ。それと、もしこのハンバーグを美味しくないなんて言う奴が居たら私が主砲でぶっ飛ばしてあげるから安心しなさい」 「エリカさんっ……!」 「ふふっ、私ならこんな美味しいハンバーグ毎日でも食べたいくらいよ」 「ま、毎日……?」  みほを安心させるために敢えて自信満々にそう言うと、何故かみほが顔を真赤に染めてしまう。 ――そういえば、結婚したい意を伝える際に『毎日、味噌汁を作ってくれませんか』なんて言葉があった事に私は思い至る。  恐らくみほは私の言葉の意味をそう取り違えているのだろう。  そう考えるとこちらもなんだか無性に恥ずかしくなってきてしまうではないか。 「まったく……みほのくせに生意気よ」  私は一人、そうベッドの中で静かに口ごもった。   ――結局この日はお互いろくに顔を見る事も、口も聞く事も出来なかった。  だけど、この時私とみほの間にあった無言の空間は、以前の気まずいものとは全く異なっていたであろうという確信があったのだった。
前作<strong><a href="https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=6492749">novel/6492749</a></strong>の続きになります。<br />前作を読まなくても一応大丈夫な仕様にはしていますが、読んだほうが色々と楽しめると思います(逸見の心境の変化とか)<br /><br />大洗に旅行に行ったりしていたので投下がすっかり遅くなってしまい申し訳ありません(大洗は最高でした)
私のために毎日ハンバーグを作ってくれませんか?
https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=6524757#1
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郁の戦闘職種はどこからバレたのか。 その疑問はすぐに解消された。 寿子が怒鳴りこんできた日の夜、一時的に郁と同室している野々宮から「笠原さん、お話があります。ちょっと待っていて貰えますか」そう切り出された。 しばらくすると野々宮と、本来ならば野々宮と同室の防衛部井上が、おざおずと郁の部屋に入ってきた。 井上は野々宮に肩を抱かれており、俯いて肩を震わせている。 野々宮に促され、郁が座っているテーブルの前まで来ると、耐えきれなくなったようにガバッと頭を床に擦り付けた。 「笠原さん!っす、すみま…んでした!あたし…っ」 「すみません。許してあげてくださいなんて、私から言えた話じゃないんですけど……」 井上の肩を支えたまま、野々宮が口を添える。 井上の話によると事の次第はこうだ。 業務の連中に井上が吊し上げられ、郁の弱味を吐けと脅された。 親に内緒で特殊部隊に入ったらしいこと、郁の出身高を言わされた。 その後郁と同じ出身高の子が実家の電話番号を調べ上げ、井上はその番号に掛けさせられ、そして郁が戦闘職種であることを郁の母に伝えた。 井上にとっては電話を掛ける間も両脇からガッチリと押さえられ身動きが取れなくて怖かったが、それよりも何よりも、話している郁の母の声がどんどん色を変えていくのが怖かった。 聞くだけでわかるほど明らかに怒りを孕ませた声色なのに、「教えてくださってありがとう」と表面上取り繕うとするその声に、郁が理解されずに苦労して来た旨が伺い知れた。 自分だって女子防衛員だ。最初は業務部希望だったが、応募者多数の為に体力のあった自分は防衛部に回された。 それを話した時の両親の反応は今でも顔を顰めたくなる。 慌てて「女子は最前線には立たされないの。安全な所で怪我人を処置したりするだけだって」そう話した時の両親のあからさまにホッとした顔。 比較的戦闘の軽い女子防衛員の親でさえこれなのだ。 世間では図書隊に興味がなければ、防衛員がどういう風に戦ってるかを知らない人が大多数。 ましてや郁は防衛員の中の精鋭部隊、タスクフォースに身を置き、他の女子とは違い男子との区別なく日々危険と対峙している。 それを親に内緒にしているということは… お世話になっている郁に、こんなに朗らかで素敵な郁に大変なことをしてしまったんだと実感した。 恩を仇で返す。 まさに自分のことじゃないか。 泣きじゃくる井上の肩を郁は優しく叩いた。 「井上ちゃん、顔上げて。どうして母がいきなり怒鳴り込んできたのか分かったから納得いった。問題も解決したし、そいつらが期待するような面倒くさいことにはなってないから大丈夫だよ。 そもそもこの問題を先送りにしていたあたしに責任がある。 そして、あたしに覚悟と配慮が足りなすぎた。こういうことをするやつがココにはいるんだって思い至れなかった。 井上ちゃんが吊し上げられても何の情報も出ないようにしなくちゃならなかったのに、はしゃいでしゃべっちゃったあたしが悪い」 郁の顔は晴れ晴れとしていて、泣いていた井上も、井上を案じていた野々宮も驚いた顔で郁を見つめた。 「笠原さんは悪くないですっあたしが!弱いから…っ」 「でもね、あたしの上官はきっとそう言って怒るの。お前が迂闊なせいでここの防衛員に迷惑かけたんだぞって。 そんでもって、あたしはそんな風に叱る上官を心底尊敬してるの。だから気にしないで」 ニカッと笑った郁が眩しい。 ──笠原さん…綺麗。その上官さんのこと……好きなのかな? 井上に真実を告げられてから野々宮も郁と話すまでズブズブと気持ちが沈んでいくようだった。 ここのヒエラルキーで毎日晒されている理不尽とはまた違う、こんなことに郁を巻き込んでしまったことへの贖罪の気持ち。 それをいとも簡単に引き上げてくれる郁。 図書隊員としても、同じ女性としても、とてつもなく眩しい存在だと思った。 [newpage] 次の日の朝。 食堂に少し早めに訪れた郁。 勿論ワザとだ。混雑した時間を狙った。 業務部員の「あいつ何こんな時間から来ちゃってんの」という言葉には耳を傾けずにシレッと朝定食のトレーを取ると、そのトレーを持って食堂の一番真ん中のテーブルに置いた。 そして、 バンッ わざと大きく音を立ててテーブルに手を置く。 途端に集まる視線。良くも悪くも注目度は元々高い郁だ。 その視線が大体集まりきったのを感じると郁は顔を上げ、声を張った。 鍛え上げられた腹から出る郁の声は食堂を突き抜ける。 「ちょっと聞いてもらえるかな。誰に、とは言わないけど宣言させてもらう」 郁の話が始まった途端、食堂のざわめきは静まり返った。 「昨日あたしのことで発生したゴタゴタ、誰がやらされたかあたしはもう分かってるから。分かった上でその子と和解したから。 だからこのことはもうその子の弱みじゃないわ」 静まり返った食堂のそこかしこから今度はヒソヒソとお互いを探り合うような声が波のように広がり始めた。 そんなざわめきにも負けない声で郁は続けた。 「この上、ここの防衛員に何かあったらあたしは関東図書基地に帰還して全てをありのままに報告書に書く! ここの防衛員はここの本を守る為に存在していて、皆の自由を良化隊に奪われない為に存在していて、あんた達の日頃の捌け口の為に存在してるわけじゃないのよね。 そんでもって関東の隊員の査定評価は最終的に全部関東図書基地に集まるって勿論知ってるわよね?忘れていたなら思い出してちょうだい。 あたしの制服に水かけた奴も、昨日の揉め事仕掛けた奴も、今なら些細ないがみ合いってことで済ますけど………ここがデッドラインよ!」 バァンッ! 郁は先程よりも強くテーブルを叩いた。 いまこの食堂内にいる全員の心に刺さるように。 ビクッその音に肩を跳ねさせたのは居合わせたほとんど。 実行犯が何人いるかは知らない。 でも、実行犯じゃなくても見て見ぬふり、関わらなければいいと思ってる奴らもたくさんいるはず。 そんなやつらだってずっと防衛員を見下して過ごしてきた共犯者だ。 「これ以上は県展警備に対する部内者からの重大な妨害として報告させてもらう…それでもくだらない嫌がらせしたくて仕方ないって奴は、その首かけてあたしにかかってこい!! あ、ちなみにあたしがタスクフォースだってわかってたとは思うけど、改めまして覚えておいてね。 あたし……そこらの男より百倍強いから♡」 郁は徐ろにテーブルに置いてある割り箸を掴めるだけ十何膳ほど掴むとそれをいとも簡単にベキッとへし折った。 パラパラとそれを放り、 「おばちゃーんごめんね、あとでお金払う〜」 にこやかに食堂のおばちゃんに声をかけるとおばちゃんからも「オマケしとくよー」と朗らかに返る。 そしてスチャっと椅子に座ってまるで何事もなかったかのように「いただきまーす♪」とそれはそれは美味しそうに食べ始めたのである。 郁の一連の行動を見てご飯を残してそそくさと去る人数はかなり多かったが、それも全く気にしてないといった風だ。 食事中、何人かが郁のテーブルに近づこうとしては遠ざかった。 微妙な距離を開けて向けられる視線に、郁はこれ以上出来ないというくらい冷たく笑った。そう柴崎のように、を心掛けて。手には先程折った割り箸をクルクルとペンのように回している。 「なぁに?あたしとセメントでもする気になった?」 負けないわよ、と郁が言うのも聞かずにバタバタと走り去ったのは業務部らしき女二人。 でもその二人を見たその他大勢にも多少効き目があっただろう。 その後野々宮が郁のことを心配してくれたが、郁はむしろ「これだけ言ってかかってくる奴がいればむしろ尊敬する。敬意を持って潰すわ」と答えた。 これであたしがいなくなってからも、この寮の雰囲気は変わってくれるはずだ。 今度は防衛員側が同じことを仕返そうなどと思わなければ。野々宮達ならば大丈夫だろう、そう思った。 もうすぐヒエラルキーは必ずなくなる。 その日、郁はコインランドリーではなく寮の洗濯機で洗濯してみると堂上に話した。 そしてそれを干し終わった後。 なんとなくポケットのあのストラップを触っていると、カミツレのアロマの匂いが夜空に微かに漂う。 ──ここは、茨城なんだな…。 改めて思う。 基地外に出る時はバレないようにと気を張ってばかりいたが、もうバレてしまえばそんな心配も不要だ。 郁は電話を取って発信履歴の一番最初にある名前を押した。 [newpage] 寮のロビーで待っていると、待ち人は数分も掛からずにやってきた。 「どうした」 待ち人の眉間には軽く皺が寄っている。 「たまには夜の散歩いかがですか?もう親にバレる心配も、洗濯の心配もしなくていいし、せっかく茨城来てるからあたしちょっと案内しますよ! って言っても近所歩くだけですけど!」 ワザとらしく明るく話す郁の頭に、堂上は全てを分かっているように手を弾ませた。 そのクシャっとされた髪の毛を押さえると、郁は一瞬泣きそうな顔になりながら笑い、先導するように寮を出た。 今日は郁が堂上の少し前を歩く。 時々後ろ向きに歩きながら、堂上にニコニコと話す姿はとても楽しそうで、堂上もなんだか嬉しかった。 「そういえば男子寮でも話題になってたぞ、お前の啖呵。しっかし、割り箸は…折らんでも良かったんじゃないか?」 ククッと可笑しそうに笑う堂上に、 「そうですかぁ?あたしは喧嘩上手な人に囲まれてますからね〜♪」 と笑って返した。 「おい、その喧嘩上手な人ってのは例えば誰だ?」 眉を顰める堂上の顔は見ないように郁はまた体を前に向けると、夜空を見上げ、指を一本ずつ折りながら数える。 「えーっと、まずは玄田隊長でしょー、堂上教官でしょ、それから小牧教官に、柴崎っ!」 ニパッと笑って振り向くと、盛大に不機嫌な顔がそこにあった。 「ちょっと待て!なんで俺が二番目に入ってるんだ!? お前は俺がいつもどれだけ苦労して隊長を抑えてるか見とらんのか!」 「えー!まさか自覚なしですか!?」 「きーさーまー!」 堂上の手が郁を掴みそうになったので、慌てて「キャーッごめんなさーい!」と逃げようとすると、時すでに遅し。肩をガシっと掴まれた。 ──拳骨だっ 慌てて首を竦めた郁に降ってきたのは予想に反して優しい声だった。 「……でも、一人でよく頑張ったな」 そろーりと目を開けると、先ほどの眉間の皺は綺麗になくなり、郁に笑いかける堂上がいる。 「……はいっ!」 ピシッと敬礼する郁に、「外で敬礼すんな阿呆」結局拳骨が降ってきた。おおよそ軽いものだったが。 ──ちぇっせっかく良い雰囲気だったのにぃ 郁が唇を尖らせ、頭を擦りながら向かった先は…… いや、道すがら堂上も何となく気づいてはいた。 そう、ここは…… 二人の出逢いの場所。 ──もしかしたらとは思っていたが、やはりここか。俺は何も知らない顔を装えているだろうか? ──堂上教官には、あたしが王子様を知ってるってことバレてないよね?でも、せっかく茨城にいるんだから、ちょっとくらい…良いよね。 スゥっと息を吸うと、郁はさっきみたいにニパッと笑う。 「ここです!あたしよくこの書店に来てて。高校が近くだったから。王子様と出逢ったのもココなんです」 そう言うと、堂上の顔色が変わった。 「お前、もう卒業するって!言ってただろうが…」 「卒業しましたよ、王子様から。 ただ、ここがあたしの図書隊員としての原点なんだなって思うと、今だけはその呼称を出してもいいかなって思って。 あたしは、その時の三正じゃなくて、悩んだり苦しんだりしながら今は二正だか一正だかになっているありのままのその人を好きになりたいので。 ここは思い出の場所として一生忘れられないし大切だけど、今一番大切なのは、関東図書基地図書特殊部隊堂上班所属の笠原郁っていう居場所なんです。わかりますか?堂上教官」 「ん?」 軽く眉間に皺を寄らせた堂上は顎に手をあてて「むぅ…」と考え込む。 「ぷっ!アハハハッ!」 「な、なんで笑うんだよ!」 「いや、やっぱり朴念仁だなと思いまして…クククッ!」 腹を抱えて本格的に笑い始めた郁に堂上は顔を赤くしながら「笑うなっ」と言うのが精一杯だった。 ひとしきり笑った郁は「さて帰りましょうか」と言うと、今はもう閉まっている書店の方に向け敬礼をした。 「あの時は、あたしの大切な本をあたしに届けてくれてありがとうございました!一生の宝物です! これからは、あたしも一緒に皆の大切を守っていきます!」 敬礼を解いた郁にふわりと堂上の手が乗る。 えへへと笑った郁は、 「あたしは堂上教官の伝令ですからね〜」 嬉しそうに笑った。 この朴念仁に真意は伝わってないだろうが今はそれでいい。 「あたし、立派に堂上教官の伝令を果たしてみせます!」 「あぁ期待している」 「教官!はい!」 郁が出してきたのはあのストラップ。 実は堂上のジャージのポケットにもストラップが入れてあった。 それを出すと、久しぶりに 「ターッチ!えへへっ」 と郁が満足げに笑うので、堂上の心も抗争前の緊張から少し解れた。 「くれぐれも、変身には気を付けろよ」 「大丈夫ですよー。変身すべき時はキチンと弁えます!」 ぶぅと膨れる郁の頬を片手で鷲掴んでぷしゅぅと空気を抜き、 「ほぅ、ついこないだタスクの皆の前でその変身かましてくれたのはこの口か?え?」 と責めると、タコのような口で 「しゅみましぇん、もうしましぇんかりゃー」 郁が言うのが面白くて不覚にも笑った。小牧の如く笑った。 帰り道、不貞腐れる郁にハーゲンダッツを買ってやったが、そんなもんでいいならいくらでも買ってやる。 ──お前が無事でこうして横で笑っててくれるならな。これからも、何個でも。 数日後、茨城県知事の記者会見により、抗争は一回のみ。 しかも初日開催時刻前までと限定された。 記者会見の仕掛け人、玄田はニカリと笑ってその様子を見ていた。 そして県展初日、午前五時五十分。 「本当に始まるのかな…」 ソワソワと浮足立つのは水戸の防衛員達だ。 検閲代執行通告の時間まで後十分。 朝の静寂の中に不穏な空気が入り混じる。 郁は堂上の隣で大型の無線機を斜めがけにし、抗争開始の一発目を見逃すまいと目を凝らしていた。 つづく
皆様お久しぶりでゲス。<br />いや、そんなに久しくはないのですが、私の中でpixivに投稿出来ない日数記録を樹立した気がしました(笑)<br /><br />お待たせしました!待ってなくてもお待たせしました!<br />郁猫シリーズでーす(* ´ ▽ ` *)<br />な・の・に!<br /><br />すみません、郁ちゃんの変身シーンは出てきません。今回はどうしても捩じ込める隙がなかった。<br />お待たせとか言ったくせに郁猫出てこないんじゃどうしようもねーだろコラー!<br />ってなご意見は真摯に受け止めまして、次作には必ず!そして今日中に次作もUP出来ると思います。あとは少々修正するだけ( ・∇・)<br /><br />でもね、ちゃんとね、郁猫シリーズなりの甘さは今回も入れたつもりですよっと(*´・∀・)ノ<br /><br />そんでもって、前作はドキドキして出したら意外と多数コメント頂けてビックリ!<br />皆様色々ありますよね、そして優しい言葉もたくさんありがとうございました♡<br /><br />さて、実は一昨日は一日高熱でひたすら寝ておりました。<br />日曜→微熱<br />月曜→下がる。風邪診断。子ども保育園に迎え行くと二人とも微熱。<br />火曜→子ども休ませて病院連れてったりなんだりしてたら夜から微熱再来。<br />水曜→子ども熱ないので保育園行かせてもらう。私、最高38.9℃をマーク。<br />木曜→下がる。インフル陰性。CRP上昇。何かの菌に複数感染して合併症になってますよ、と。家帰ると病院から電話来て、「時間経ったらインフルBが陽性出ました。明日また正確に調べた方がいいから来てくれますか」と。<br /><br />うへー。また病院(ToT)<br />そして、旦那は日曜から毎夜39℃近い熱を出し、昨日ようやく軽い肺炎の診断が出ました。<br /><br />てことで、皆様の作品、復活してから軽く読んだりはしてましたが、いかんせん頭があんぽんたんになっててコメント出来ずに失礼しましたm(_ _)m<br />コメ返なども徐々にやっていきますのでお待ちください☆<br /><br />投稿してない間もマイピク申請やフォロー、コメントなどありがとうございました♡<br /><br />表紙を素敵絵師かおにゃんこさん<strong><a href="https://www.pixiv.net/users/17001202">user/17001202</a></strong>に描いてもらいました♡素敵~!!(2016/5/10)<br /><br />2016年03月11日付の[小説] 女子に人気ランキング 57 位入りありがとうございます!
笠原郁…時々“いく„ その17
https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=6524847#1
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時期は跡部の誕生日と越前の誕生日の間ぐらいです。10月半ばから10月後半ぐらい・・・ 前作の話で結婚してなかった人が結婚していたりします。 それでも大丈夫だとおっしゃる方は次のページへ [newpage] [chapter:【お相手は】越前リョーマが結婚&引退を表明!!!【あの王様!】] 1:名無しのテニヌプレイヤー 先日女子テニス世界ランク1位に上り詰めた越前リョーマ(25)が跡部ホールディングス次期社長の跡部景吾(28)と結婚することを自身のブログで発表。それと同時に今年いっぱいで現役も引退するという意思も表明した。中学から13年越しのゴールインと、引退についてスポンサーをしている跡部ホールディングスの会社のブログで発表し、各方面の著名人からもお祝いのコメントが送られている。 (中略) なお、越前選手の引退試合を学生時代から一度も勝てたことがない唯一の人物にお願いすると自身のツイッターで告知されたが、それがどの人物なのかはまだ明かされていない。3日後の午後に開かれる緊急記者会見で詳細が発表されるだろう。 ――Ya〇ooニュースより抜粋―― 2:名無しのテニヌプレイヤー 題名:報告 本文:先日、結構前から付き合っている跡部景吾という人と入籍しました。 (中略) あと、次の方が大事かもしれないんすけど、俺今年いっぱいでテニスプレイヤーを引退することになりました。本当はまだまだテニスをしていたいし、今学生でのちのちプロとかになってくるような人と試合もしてみたいけど、結婚しても跡部さんと年に数回しか会えないとか絶対に嫌なんで。昔は自分の中でテニスが1番で、恋人とか二の次、三の次。自分はテニスが出来ていれば幸せなんだって思ってたんすけど、いつの間にか自分の中で順位が変わってて・・・今では大好きなテニスをやめてでも跡部さんと一緒にいたいって思うようになってしまったっす・・これが俗に言う洗脳ってやつなんすかね・・・だから、今年いっぱい精一杯テニスをし、思い残しがない様にしようと思います。報告は以上! ――越前リョーマ公式ブログから抜粋―― 3:名無しのテニヌプレイヤー 題名:ご報告 本文:この度、弊社がスポンサーをしているプロテニスプレイヤーの越前リョーマが結婚を機にプロを引退する運びとなりました。結婚相手は弊社の次期社長である跡部景吾です。2人は中学時代から13年の交際を経てめでたく結婚という形になりました。 (中略) 3日後、弊社の会議室で行う予定の記者会見にて、詳細を発表と思っております。今後も若い2人の活躍を見守っていただければと思います。 ――跡部ホールディングスオフィシャルホームページから抜粋―― 4:名無しのテニヌプレイヤー >>1-3乙 5:名無しのテニヌプレイヤー >>1.2.3おつ! 6:名無しのテニヌプレイヤー >>1に付け加え! 越前リョーマ@ryo_ma1224 引退試合を俺が唯一勝てたことがない人にお願いする予定っす。まだ受けてくれるかわかんないっすけど・・もし、受けてくれたら今度こそ絶対に勝つっス! ――越前リョーマのツイッター―― 7:名無しのテニヌプレイヤー おぉ!!越前選手めちゃくちゃ玉の輿にのったな! 8:名無しのテニヌプレイヤー バーか!越前選手獲得賞金いくらあると思ってんだよ。一生遊んで暮らせるぐらいはあるだろ 9:名無しのテニヌプレイヤー でもそっかぁ・・・プロ辞めちまうのか・・・日本を代表するスポーツ選手なのに 10:名無しのテニヌプレイヤー 今のテニスブームの火付け役の1人だからな。あと手塚選手と幸村選手と遠山選手 11:名無しのテニヌプレイヤー 全員跡部ホールディングスがスポンサーについてるんだっけ? 12:名無しのテニヌプレイヤー >>11そう。跡部景吾が手塚選手とライバル関係だったらしく、自分はテニスをやめるからせめてプロになるお前たちの後押しをさせろ。って言ったって何かで見た 13:名無しのテニヌプレイヤー 越前選手が引退って寂しいな・・・でも、ブログ見たら相当跡部景吾の事好きなんだなぁって思った 14:名無しのテニヌプレイヤー >>13おまおれ 普通あそこまで言えないよな?順位が変わったとか、大好きなテニスをやめても一緒にいたいとか・・・すげぇ大好きなんだなぁ 15:名無しのテニヌプレイヤー 3日後の記者会見楽しみだなぁ!何言うんだろ・・てか2人で登場かな?? 16:名無しのテニヌプレイヤー そりゃ2人で来るだろ!2人とも有名人だし。越前選手はもちろんテニスで、跡部景吾は経済紙とかで超やり手イケメンとかでよく特集組まれてるしな 17:名無しのテニヌプレイヤー 跡部景吾めちゃくちゃイケメンだよな!アイドルでもねぇのにファンが多過ぎだろ 18:名無しのテニヌプレイヤー って!!!記者会見3日後の午後って俺会社で見れねぇじゃん! 19:名無しのテニヌプレイヤー 俺も仕事だ・・・てか普通会社だろ!なんで昼にするんだよぉ!! 20:名無しのテニヌプレイヤー ぷぷっwwwどんまいwww 俺自宅警備員だから余裕で見れる~ 21:名無しのテニヌプレイヤー >>20それ自慢じゃねぇよwwww羨ましいがな! 22:名無しのテニヌプレイヤー 俺学生だから見れるぜっ! 3日後は1現だけで終わりだからな 23:名無しのテニヌプレイヤー 誰か!!!仕事の俺に天のお恵みを!! 24:名無しのテニヌプレイヤー 俺も頼む!誰か実況してくれ! 25:名無しのテニヌプレイヤー 仕方ねぇなぁ。俺が実況してやるよ。どうせ暇だし 26:名無しのテニヌプレイヤー ありがとうございます!!!! 27:名無しのテニヌプレイヤー 楽しみにしてるっす!! 28:名無しのテニヌプレイヤー 1人じゃ大変だろうから俺もやるよ 29:名無しのテニヌプレイヤー このスレはやさしい人が多いな 30:名無しのテニヌプレイヤー テニス好きに悪いやつはいねぇんだよ! 31:名無しのテニヌプレイヤー >>30それな 32:名無しのテニヌプレイヤー まじ助かったぁ!実況楽しみにしてる! 33:名無しのテニヌプレイヤー これで安心して仕事できる! 34:名無しのテニヌプレイヤー 記者会見どんなこと言うんだろうなぁ 35:名無しのテニヌプレイヤー そういえば越前選手って手塚選手と付き合ってるんじゃなかったか?? 36:名無しのテニヌプレイヤー 幸村選手じゃねぇの?? 37:名無しのテニヌプレイヤー 遠山選手もだろ。いつもコシマエ好きヤー!!って言ってたし 38:名無しのテニヌプレイヤー >>35手塚選手はちげぇだろ。もう結婚してるし・・それにあのツイッター事件があったしな 39:名無しのテニヌプレイヤー >>38ツイッター事件? 40:名無しのテニヌプレイヤー 知らねぇの??あの事件wwww 41:名無しのテニヌプレイヤー 手塚選手どれだけ天然なんだよって思ったwwwww まぁ、最初にばらしたのは越前選手だったけどなwww 42:名無しのテニヌプレイヤー え?なになに?俺知らねぇんだけど!!何があったの? 43:名無しのテニヌプレイヤー 俺そん時のツイッターのスクショ持ってるぞ! これだwwww 越前リョーマ@ryo_ma1224 手塚部長が俺と付き合ってるらしいっす。いつからなんすかね(笑)それにいつのまに彼女と別れたんすか? 手塚国光@tezuka_kunimitu @ryo_ma1224む?俺は不二と別れたつもりはないぞ。それに越前に対してもテニスでライバル以上の感情を抱いたことはない。 越前リョーマ@ryo_ma1224 @tezuka_kunimitu告白してないのに振られた気分っす。てか、不二先輩の名前出したらダメでしょ。これ全世界に流れるんすよww不二先輩かわいそうwww 幸村精市@se_ichi_yukimura @ryo_ma1224君も名前出しちゃってるよwww 手塚国光には【不二】という恋人がいることが判明!! 去年、有名カメラマンの不二周助と結婚して、当時から付き合っていた事が判明!越前選手たちと同じく中学時代からの付き合いらしいぞ 44:名無しのテニヌプレイヤー 手塚選手天然すぎwwww 45:名無しのテニヌプレイヤー あの無表情からは想像できないほどの天然だよなwww 46:名無しのテニヌプレイヤー 手塚選手はありえねぇよな・・でも幸村選手と遠山選手は? 47:名無しのテニヌプレイヤー 2人もありえないんじゃないか? だって・・・今だってツイッターでこんなやる取りあってたぞ 幸村精市@se_ichi_yukimura @k_5_aTobe@ryo_ma_1224結婚おめでとう!やっとって感じだね。あれ?でもおかしいな。お嬢ちゃんは僕と付き合ってるんじゃないかったの?www 越前リョーマ@ryo_ma_1224 @se_ichi_yukimura俺が幸村さんと付き合うとか、俺がファンタを飲まなくなるってぐらいありえないことっス。結婚祝い期待してるんで! とーやまきんたろー@touyamakintarou @k_5_aTobe@ryo_ma_1224こしまえぇぇぇぇぇぇ!!!!!!けっこんおめでとー!!!!!!だいすきなコシマエがしあわせならワイうれしいで!!!!せやけどなんでテニスやめんねん!!!それはいやや!!もっとコシマエとテニスしたい!!!!! 越前リョーマ@ryo_ma_1224 @touyamakintarouツイッターでもうるさすぎ・・・。テニス以上の物が出来ちゃっただから仕方ないじゃん。それに俺とテニスしたいならストテニとかでもいいんじゃない?俺だってたまには思いっきりテニスしたいし。相手になってよ 本当に付き合ってたらこんなこと言えねぇよな 48:名無しのテニヌプレイヤー これは完全に白だな。越前選手がファンタを飲まなくなるなんて一生ありえねぇだろwwww 49:名無しのテニヌプレイヤー 遠山選手平気で大好きとか言ってるしwwwでも、それはテニス仲間としてなんだろうな 50:名無しのテニヌプレイヤー はやく2人の記者会見みたいなぁ。今からドキドキでやばい! 103:名無しのテニヌプレイヤー 〇BSで記者会見の中継生放送だってよ! 104:名無しのテニヌプレイヤー ばっちり見てるぜ!すごい数に記者だな 105:名無しのテニヌプレイヤー 早く始まらねぇかな・・13時からだったよな? 106:名無しのテニヌプレイヤー あと3分! 107:名無しのテニヌプレイヤー 実況おねがいします! 108:名無しのテニヌプレイヤー 任せろ! 109:名無しのテニヌプレイヤー 実況は実況て書いた方がわかりやすくないか? 110:名無しのテニヌプレイヤー うん。探すの大変だな 111:実況 だな!だったらコレで行く! 112:名無しのテニヌプレイヤー 頼りにしてるぞ! 113:名無しのテニヌプレイヤー すげぇ綺麗な会議室だなぁ。これが会社ってすごすぎだろ 114:名無しのテニヌプレイヤー これだけの記者が入る会議室ってのもやばいな 115:名無しのテニヌプレイヤー おぉぉぉ!!!!2人が入ってきたぁぁ!!!!越前選手ジャージじゃないwww 116:名無しのテニヌプレイヤー 当たり前だwww 越前選手足がプルプルしてるwww高いヒールなんて履きなれてないんだろうなぁ。跡部景吾の腕がっしり掴んでるwww 117:実況 越前選手が白のワンピースに結構高めのヒールを履いて、足をプルプルさせながら跡部景吾の腕をがっしりつかんで(多分こけないようにwww)2人で入ってきた 跡「この度は私跡部景吾と、越前リョーマの結婚発表の場に集まっていただきありがとうございます」 越「ありがとうございます」 司「本日は私がこの場の司会を務めさせていただきます。お2人はお席にお座りください」 会社の人?が司会で2人が席に座る。立ってた時は身長差がはんぱなかった!越前選手ヒール履いてるのに小さい! 司「では、質問のある方からどうぞ」 1「質問いいですか。お2人は中学時代からのお付き合いと聞いたのですが、出会ったきっかけは」 跡「きっかけは2人ともテニス部だったから東京都大会で」 越「違うっすよ。初めて会ったのは都大会前のあのストテニっすよ。跡部さん他の学校の女子にちょっかい出してナンパしてたじゃないっすか」 跡「あーん?・・あれは・・・ちげぇだろ」 越「初めて会ったのはそれっすよ。猿山の大将って俺その時思ったんすから」 1問目から意見が食い違ってるwwww てか跡部景吾ナンパしてたのかwwww 118:名無しのテニヌプレイヤー 出会いがナンパwwwww しかも別の子www 119:名無しのテニヌプレイヤー 若気の至りとは怖いなwww 120:名無しのテニヌプレイヤー 質問されるのわかってるんだから打ち合わせして来いよwwww 121:名無しのテニヌプレイヤー 見てる方にはこっちの方が面白いけどな 122:実況 2「え、えっとそれでは、お付き合いだしたきっかけは」 跡「それは俺が中三、リョーマが中一の時の全国大会が終わった直後だな」 越「それは正解っすね」 クイズやってんじゃねぇwwww 3「随分長く遠距離恋愛が続いたんですか?」 跡「付き合ってからほぼずっと遠距離だな。高校も別だったし、リョーマは高校を卒業するとすぐにプロに転身して世界中を飛び回ってたし」 越「でも俺が全英オープンの時は一緒だったっすよね。跡部さんイギリスの大学に行ってから」 跡「そうだな。そういってもほんの数週間だがな」 123:名無しのテニヌプレイヤー クイズ大会www 124:名無しのテニヌプレイヤー 正解ってwwでもずっと遠距離ってきついな・・付き合ってから一度も一緒の学校とか職場とか経験してないんだな 125:名無しのテニヌプレイヤー 一緒にいれるのが数週間・・・あとは年に数回なんだろ? 126:名無しのテニヌプレイヤー よくこんなに長く続いて結婚まで来れたなぁ 127:実況 4「結婚を決めたタイミングとかは?あとプロポーズのタイミングも教えてください」 跡「結婚を決めたのはもう付き合いだした瞬間から。俺をこれだけ惚れさせたんだから絶対に結婚するって決めていた。プロポーズはリョーマが18歳の時、プロになって初めて優勝した時に指輪を渡してプロポーズしました。返事はいらないと言って」 4「返事はいらない?」 跡「リョーマがテニスをしたいって思ってたことはわかっていたし、結婚したら会社の人間がすぐに跡取りを・・とか、パーティーは夫婦そろうのが当たり前だと行ってきそうで・・そんな状態ではリョーマが楽しくテニスできない。そう考えて、そういうのを全部伝えて、俺との結婚の覚悟が決まったら指輪をはめないで俺に渡せって言っておきました」 越「7年?8年?ぐらい、ずっと俺が指輪を保管してたっす。海外での試合には絶対に持って行ってたし、一種のお守りみたいな感じで」 跡「そしてこの間、俺の誕生日にリョーマが指輪を渡してきて、もう一度プロポーズしてくださいって」 越「そんな言ってないっす!受け取る覚悟できたっすって言ったんすよ!」 跡「あーん?それはもう一回プロポーズしろって意味だろ」 越「頭都合よく出来過ぎ!そんな事思ってないし」 4「け、喧嘩する程中がいいということでしょうか」 記者に気使われてるwww 128:名無しのテニヌプレイヤー 生放送で喧嘩するなwww 129:名無しのテニヌプレイヤー でもすごい仲良さそうに見えるから不思議だな 130:名無しのテニヌプレイヤー これが俗に言う痴話げんかか 131:名無しのテニヌプレイヤー 5「越前選手、結婚に対して覚悟が決まったきっかけなどはあるんですか?」 越「そうっすね・いくつかあるんすけど、あの無表情の手塚部長が幸せそうに指輪を眺めてるのを見て羨ましいって思ったり、よくLINEする結婚してる先輩が好きな人にお帰りとか、いってらっしゃいとか、そういうのが言えるのがうれしいとか・・・そういうのが全部羨ましくなって・・でも、絶対にテニスを中途半端でやめたくなくて、世界ランク1位になるまでは絶対に結婚しないって思ってたけど、この間なったから、今かなって思って・・指輪渡したっす」 跡「あの手塚が幸せそうな顔・・想像できねぇな」 越「あとで写メ見せるっすよ。不二先輩に送るように撮ってるっすからwww」 跡「手塚をからかうネタができたな」 越「俺もうからかってるっすwww」 この夫婦wwwww 132:名無しのテニヌプレイヤー 似た者夫婦www 手塚選手大好きか!www 133:名無しのテニヌプレイヤー さっきまで喧嘩してたんじゃないのかwww 134:実況 6「お互いに相手のどこが好きかを教えてください」 跡「リョーマの・・・・全てか?」 越「なっ!バカじゃないのっ!そんなこと真顔で言うところ嫌いっす!」 跡「アーン?本当の事言って何だ悪いんだ。で?お前は俺のどこが好きなんだよ」 越「・・・・・ぶ・・・・」 跡「あーん?」 越「俺だって全部っすよ!じゃないと結婚しないし!バカじゃないのっ!」 跡「はっはっは。満足だ」 6「えっと・・お互い全部が好きってことですね」 照れてる越前選手めちゃくちゃ可愛いな! 顔を赤くしてるし、隣の跡部景吾をポコポコ叩いてるwww 135:名無しのテニヌプレイヤー ノロケすぎなのに全然爆発しろって思えねぇな! 幸せそうでなんだかこっちもうれしい! 136:名無しのテニヌプレイヤー 越前選手って国民の妹キャラになってるからな。生意気な妹が女の子らしくなった感じ? なんか変な感動がある 137:名無しのテニヌプレイヤー 幸せそうで何より! 138:名無しのテニヌプレイヤー 記者会見ってくらいニュースばっかりだから、こういうのいいな! 139:実況 7「次いいですか?越前選手は何かと同じ日本人プレイヤーの方と噂になっていましたけど、跡部さんはどう思っていたんですか?」 跡「あぁ、またかって感じだった。リョーマが浮気とかそういうのは絶対にする人間じゃないってのはわかってたから疑う余地もなかったし、それよりも俺が年に数回しか会えないのにすぐに会えて記者とかに写真を撮られるってことがずるいって思ってたな。そういう意味での怒りは噂になった男たちにあったと思います」 越「てか大体俺そんなにモテないし、心配する必要ないでしょ・・・告白されたのだって人生で跡部さんだけだし・・大体こんな生意気な女好きになる物好きなんて跡部さんだけでしょ」 跡「あーん?・・・・てめぇが自分を悪口言うのは勝手だがな、俺が惚れてる女の悪口言ってんじゃねぇよ」 ポンポンと越前選手の頭を軽くたたく跡部景吾 越「っっぅ・・そういうところホント嫌いっ!!大勢の前でバカじゃないんすかっ!」 跡「思った事言っただけだ。それからお前は危機感がなさすぎなんだよ!てめぇ今まで何人の男に言い寄られてると思ってやがんだ!俺が知ってるだけでも10人以上だぞ!よく外国の選手に飯とか誘われてるだろ!普通そういうのは下心があんだよ!」 越「はぁ!?そんなわけないじゃん。テニスの話したいって言ってたし!」 跡「それが間違いなんだよ!手塚や幸村に頼んで試合後は別の選手と飯とか行かせないように頼んでたっておめぇ知らねぇだろ!」 越「え・・・だから毎回どっちかが一緒にご飯行こうって言って来てたんだ・・・おかしいと思ってたんす。毎回そんなにする話ないって・・・って!んじゃ俺があんなに手塚部長や幸村さんと熱愛報道が出たのってあんたのせいだったの!?」 跡「まあな。鈍感すぎんだよ」 7「え、えっと・・今の話をまとめますと・・・・今まで噂になった選手のみなさんと越前選手の写真が撮られているのは跡部さんがそうするように頼んだ・・ということでしょうか・・・?」 跡「・・まぁ結論そんな感じだな。遠山は知らないが」 えぇぇ!!!あの熱愛報道って熱愛じゃなくて跡部景吾が頼んだことだったの!?!? 140:名無しのテニヌプレイヤー なるほどなぁ。周りを取り込めば浮気の心配ないってことか! 141:名無しのテニヌプレイヤー 記者も俺達も完全に跡部景吾の策略に引っかかってたのか!! 142:名無しのテニヌプレイヤー だよな!!おかしいよな!!いつもレストランとかから出てくるしな! 143:名無しのテニヌプレイヤー 遠山選手は普通に越前と飯食ったりテニスしたかっただけなんだろうなぁ 144:実況 8「喧嘩とかはありますか?」 跡「しょっちゅうだな」 越「でも1分ぐらいで普通に戻るっす。だて普段から会う時間あんまりないのに喧嘩なんてもったいないし・・・だから、いいたいこと言い合って、お互い怒って、それでおわりって感じっす」 跡「俺もリョーマもあんまり引きずるタイプじゃねぇからな」 8「今までで一番大きな喧嘩は?」 越「アレじゃないっすか、跡部さんがフランスであった試合見に来た時に、会うの2か月振りぐらいだったのにあんた俺とじゃなくて手塚部長とばっかりしゃべってて、俺が怒って勝手にアメリカに行ったやつ」 跡「あー・・そういえばそういうことあったな。気付いたらてめぇいなくなってるし、秘書に確認させたらさっきの便でアメリカに行きましたって言われてすぐに俺もアメリカにとんだことか」 越「あんた手塚部長好きすぎなんすよ。本当はホモじゃないんすか?んで、手塚部長には彼女いたから俺にしたとか」 跡「そんなわけねぇだろ!男には興味ねぇよ!」 越「・・・・」 跡「その疑いの目やめろ」 嫁にホモと思われる跡部景吾wwwwww 145:名無しのテニヌプレイヤー 喧嘩の規模がでかすぎるwww 146:名無しのテニヌプレイヤー 喧嘩でフランスからアメリカに行くってwww越前選手やばすぎるwwwww 147:名無しのテニヌプレイヤー 跡部景吾、手塚選手好きなんだな! 148:名無しのテニヌプレイヤー 今かこのツイッター見てきたら3回に1回は手塚選手の名前があるwwww 149:名無しのテニヌプレイヤー どんだけだよww 150:実況 9「次の質問いいですか?やっと世界ランク1位になれたのに引退する心境を教えてください!」 越「んー・・ブログでも書いたっすけど、もっとテニスしたいけど、それよりも跡部さんと一緒にいたいって思っちゃったし・・それに、別に世界の舞台にいなくてもテニスだったらいつでもだれとでもできるし・・中途半端が大っ嫌いだからせめて1位には絶対なるって決めてて、それが叶ったからもういいかなって・・・それに手塚部長とか幸村さんとか、遠山とか・・あと他の国の選手とか、いろんな人の連絡先は知ってるからいつでもテニスできるかなって思ったんで」 9「心残りはないですか?」 越「ないっす。これでもプロになって・・・8年経つんすけど、自分なりに結構頑張ってきたし、いろんな強い人と戦えて楽しかったっすから」 跡「・・・」 越前選手の話聞いてなんか跡部景吾が暗くなってる 越「・・・言っとくっすけど、跡部さんとの結婚が原因で引退するんじゃないっすよ。跡部さんは自分の地位とか立場いつも気にしてるみたいっすけど、俺はそうじゃなくて自分が結婚してまで離れるのが嫌だから引退するんす。結構寂しかったんすよ・・・行ってらっしゃいとか言われて空港で離れるの・・だから、別に跡部さんが気にする必要ないし、周りの人間に結婚したからやめるんだって言われる筋合いもないっす」 跡「リョーマ・・」 やっぱり跡部景吾も気にしてたんだな・・ 151:名無しのテニヌプレイヤー そうだよな・・だって社長とかじゃなくてもっと普通の人間と結婚すれば試合について行って・・なんて事もできるだろうしな 152:名無しのテニヌプレイヤー 越前選手急に男前になったりするから困る 153:名無しのテニヌプレイヤー 大好きなんだな。跡部景吾の事 154:名無しのテニヌプレイヤー くぅぅ!!なんだか胸がキュンキュンする! 155:名無しのテニヌプレイヤー 笑ったり驚いたり感動したり! この会見忙しすぎる!!!! 156:名無しのテニヌプレイヤー 2人にはずっと幸せでいてほしいって思えるな! 157:実況 司「そろそろお時間ですので、最後の質問にさせていだきます。どなたかいらっしゃいますか」 10「いいですか?先日越前選手が引退試合をお願いするとツイッターで告知されていたのですが、それはどなたなのですか?もう詳細などは決まっているのでしょうか」 越「決まったすよ。お願いしたらすぐにOKもらえたッス・・対戦相手の人にもOKもらったっす」 10「そのお相手とは?」 越「さっきから何回も話に出てる、跡部さんの思い人、手塚部長っす」 跡「思い人じゃねぇよ!!!」 越「冗談っすよ。焦るところが怪しいっすね」 跡「てめぇ・・・まぁ、手塚とリョーマの試合をセッティングし、11月半ば、日本で最後の試合をする準備をしている」 越「中学時代に本気で戦って負けて・・・唯一負けた人物っす。そのあとは戦う機会もなくて、まだ一度も勝った事がない人物・・最後、手塚部長に勝って有終の美を飾ろうと思ってます。まぁ、勝てるかどうかはわかんないんすけど・・・」 跡「今からそんな弱気でどうする」 10「!!生放送などは!?」 跡「あ?まだ何も予定ねぇな・・・」 越「てか俺の引退試合とかテレビで放送する価値あるんすか?」 10「ありますよ!!」 あるに決まってるじゃないか!!!!是非見たい!!!手塚選手と越前選手の試合!!! 158:名無しのテニヌプレイヤー 見たいに決まってる!是非放送してくれ!! 159:名無しのテニヌプレイヤー どっちが勝つんだろ!!男と女だから公式戦では絶対に当たらないもんな! 160:名無しのテニヌプレイヤー やべぇ!会場とか決まってるのかな。会場に行ってみてぇ!! 161:名無しのテニヌプレイヤー これもし放送するってなったらテレビ局は争うだろうな。視聴率やばそう 162:名無しのテニヌプレイヤー 絶対見たい!!頼む!放送してくれ!! 163:実況 11「最後にもう一つ!!!!式の予定などは!!」 跡「12月24日、リョーマの誕生日に海外の方でって予定を組んでます。その式は本当に親しい友人、そして互いの両親だけっていう感じで・・そして年明けぐらいに今度は会社の人間とか相手にする予定です」 越「クリスマスイブだし、あんまり来てくれないかもって思ってたんすけど、招待状出した人は全員来てくれるって言ってくれたし・・まじみんないい人っすね」 跡「せっかくのクリスマスをもらっちまうんだから、最高のおもてなしをできるようにとは思っているけどな。」 司「質問は以上になります」 12「お2人の立った写真を撮らせてください!」 13「是非指輪もお願いします!!」 跡「ああ。リョーマ立てるか」 越「ちょっと待って。今靴はくっす」 跡「あーん!?靴ぬいでたのか!?」 越「だってこんなヒールが高いのはいたことないから落ち着かなかったんすもんちょっと待って」 越前選手机の中にしゃがんで靴はきだしたwwwww 164:名無しのテニヌプレイヤー 脱いでいたのかwwww 165:名無しのテニヌプレイヤー クリスマスイブに海外で式かぁ。ロマンチックだけどよく友達来てくれるな! 166:名無しのテニヌプレイヤー あぁ。どんなに仲がいい友達でも躊躇うよなぁ 167:名無しのテニヌプレイヤー それだけ2人がいい友人に巡り合えたってことだろ 168:名無しのテニヌプレイヤー それに海外で式ってことは全額2人が出すんだろ??タダでクリスマス海外で過ごせるって思えば超ラッキーじゃん! 169:名無しのテニヌプレイヤー 結婚式2回するってこともすごいな。まぁ、全部一緒にしたらややこしくなりそうだしな 170:実況 「こっち目線お願いします」 「こっちもお願いします!」 「もう少しくっついてください」 すげぇ数の記者がバシャバシャ写真撮ってる! 越「まぶしい・・」 跡「こういうの慣れてるだろ。インタビューとかで」 越「慣れないっすよ」 越前選手の指にはまってる指輪すごい!!めちゃくちゃでかい宝石ついてるんだけど!! 171:名無しのテニヌプレイヤー なんだあの指輪!!ダイヤモンドだよな!?まぶしいぐらい光ってる! 172:名無しのテニヌプレイヤー 超高級なんだろうなぁ。すげぇ 173:名無しのテニヌプレイヤー 文句言いながらも2人ともめっちゃ幸せそう! 174:名無しのテニヌプレイヤー 人の幸せ見てこっちもうれしいの初めてだ 175:名無しのテニヌプレイヤー いいなぁ。すげぇ羨ましい。結婚したくなってきた 176:名無しのテニヌプレイヤー てかテニスの放送あるよな!?絶対あるよな!? 177:名無しのテニヌプレイヤー なとかないだろぉ。だって日本を代表する2人の試合だぞ!?大注目じゃん! 178:名無しのテニヌプレイヤー 早くその試合見てぇ! 179:名無しのテニヌプレイヤー どっちが勝つか楽しみだなぁ 180:名無しのテニヌプレイヤー あ、放送終わった。すげぇいい会見だった!!越前選手、跡部景吾結婚オメデトー!!!!! 《終》 ―――――――――――――― 最後までお読みいただきありがとうございました。 すごく中途半端な感じで終わってしまいましたが、ここで力尽きました。 2人の結婚を祝う2ちゃんの人たちを書いてみたのですがどうだったでしょうか・・・ もっとチャンネル風の小説の書き方がうまくならないかなぁと思っています。 最後までお読みいただきありがとうございました。
前回の作品でお知らせしたとおり、今回は跡リョでテニスちゃんねる風です。<br /><br />前作【複数】テニプリCPの受けのにLINEをやらせて見た 番外 3【<strong><a href="https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=6499245">novel/6499245</a></strong>】<br />の少しあとぐらいになります。<br /><br />気に入っていただけると嬉しいです。<br /><br />2016年3月12日追記――――――<br /><br />なんとっ!なんとっ!!なんとっ!!!<br />今回この作品が<span style="color:#fe3a20;">2016年03月05日~2016年03月11日付の[小説] ルーキーランキング 71 位に入りました!<br /></span><br />はじめてのことで、うれしすぎて天にも昇る気持ちです!!!!!!<br /><br />みなさんの応援あってこその結果だと思っています!!ありがとうございます!<br />これからはもっと上位に入れるように頑張っていきます。<br /><br />これからの作品もよろしくお願いします!!いつも応援ありがとうございます!!
【跡リョ】越前選手が結婚を発表した!!
https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=6524918#1
true
あらすじ 魔王を倒した後も裏ボスを倒すためにレベル上げをしていた。(嘘) 5月も終わりに近づいていた。 そんな時に俺は体調を崩した……。 だが一日でも怠けてたら堕落するかもしれん…… いつものように学校に行こう。一応マスクをしとくか……。 結構つらいが、今まで体を鍛えて体力をつけていたので何とかなった。 いつも通りの学校生活…… いつも通りに部室に行った。 「どうしたんですか比企谷先輩?」 「どうしたって?」 「具合が悪そうですよ」 「ああ…だがこれくらいで休むわけにはいかんからな」 「なに言ってるんですか!とりあえずおでこ触りますよ」 そう言って藤沢は俺の額に触れた。 ひんやりしているな……。 「あつい……とりあえず保健室で体温を計ります」 「いやそこまでしなくても……」 「行きますよ!」 「はい……」 俺は保健室に連れられ体温計で計った。 38度だったよ。 「これは休んだほうがいいね。お家の人に迎えに来てもらうか?」 「共働きでいません。一人で帰れるので大丈夫です」 「しかしねえ……」 「私が送ります」 「いいのかい?」 「はい」 こうして藤沢に送ってもらうことになり、今は帰宅の準備をしていた。 また藤沢は俺を家に送ることになるので、そのことを副会長とかに連絡していた。 こうして準備を終えて俺たちは家に帰った。 「どうして学校に……」 「怠けるわけにはいかんからな……」 「一日ぐらい平気ですよ」 「いや…そういうわけには……あっ着いたな」 「……私はこれで……」 「送ってくれてありがとう……」 「いえ……それより安静にしてくださいね。では…さよなら」 「またな……」 俺は自分の部屋に入って勉強した。 一応冷えピタを貼っといた。 [newpage] 次の日 体調は良くならなかった。それどころか昨日よりしんどい気がする。 だが俺は、この程度で休むわけにはいかないのだ。 インフルとかの感染力が高いのなら兎も角、熱を出した程度の生徒が学校に行ってはいけない、なんて決まりはない。学校に行くか……。 で、学校に行ったんだが、朝のLHRの時だった。担任が…… 「おい、比企谷……保健の先生から、比企谷は具合が悪いと聞いているんだが、大丈夫なのか?」 「ええ……眠ったら回復しましたよ」 「念のために今日も休んだ方が良いんじゃないのか?」 「本当に大丈夫ですよ。マスクは一応です」 「そうか」 ふう……なんとか誤魔化すことができた。 LHRが終わり、俺はいつも通りに授業をこなした。体育はきつかったが…… 昼休みに入ると、俺はすぐ昼食を平らげ図書室で過ごした。 そして教室に戻る途中で藤沢と遭遇してしまった。 「比企谷先輩……大丈夫なんですか?」 「ああ、平気だ」 「そうですか……」 どうやら藤沢は怪しんでいるようだった。 そんなことを考えていたら藤沢は不意に俺の額を触った。 「治ってないじゃないですか……」 「いや…大丈夫」 「大丈夫なわけないでしょ!さすがに比企谷先輩でも怒りますよ!」 こうしてまた…藤沢によって保健室に連行された。先生は不在だった。 「先生を呼んできます」 「いや藤沢……先生が来るまで待つから必要ない。もうすぐ授業だから教室に戻れ」 「そんなこと言って……私が戻った後に比企谷先輩も戻るかもしれないので…呼んできますよ」 藤沢はそう言い残して先生を呼びに行った。 [newpage] 残った俺は保健室のベットで堕落しないか不安になっていた。 とりあえず本が無いか周りを見たら、保健体育の教科書があったのでそれを手に取って読んでいた。 しばらくして先生がやってきて、また体温を計った。昨日より1度上がっていた。 「なんで学校に来たんだ?」 「勉強ですよ……いいじゃないですか。ただの熱なんだから学校に来ても……誰にも迷惑かけるわけじゃないですし……」 「迷惑かけているじゃないか。私を呼びに行った生徒は5時限目に遅れた」 「……………」 「それにもし君が倒れたらどうなる?休ませなかった私や君の担任に責任が及ぶ」 「すみませんでした……俺の行動は軽はずみで自分勝手でした……」 「わかったか……まあ、とりあえず君の担任を呼んどいたよ」 こうして担任もやって来た。 「まさか熱出しても学校に来るとはなあ……」 「すみませんでした……」 「いやぁ……気づかなかった俺も悪かったよ」 「先生は悪くありません……騙していた俺が悪いんです」 「次からこういうことはやめてくれよ?」 「はい」 「じゃあ、比企谷…俺の車で送るよ」 こうして俺は早退した。 終わり [newpage] あとがき 養護教諭の人は腐った目に関するやりとりが印象に残ってますが、どういう人かわからないのでオリキャラにしました。たぶん担任と共に出番はここだけだと思います。 平塚先生の暴力ですが、私はギャク的な表現だと思ってます。正直言ってフィクションのギャグに現実的なツッコミをするのはどうかと思っていましたが、先生の暴行が問題になるというのをやってみたかったので前回の話に入れました。 11話で、八幡は第二のはるさんや魔王になるのか?というコメントがありましたが、基本的に比企谷くんは陽乃さんのように滅茶苦茶にしたり、他人に突っかかったりはしません。あちらが何もしなければ、こちらも何もしないという感じです。例外的にはるさん先輩には威力偵察ということで声をかけることがあります。声をかけるだけで深追いはしません。 読み返してみたら威力偵察で倒された魔王ェ……
マグロ谷君が風邪をひきました。八幡の異常がわかりやすい話です。
別の選択肢13話
https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=6525163#1
true
「うっひゃははっっ♪ 今夜はさいこー♪♪」 「ちょっと、はしゃぎすぎだよ、兄さん……」 いつもの居酒屋。 騒いでいるのは僕たち常連、松野家の六つ子たちだ。 誰よりもはしゃいでいる長男、おそ松を宥めているのはまだあまり飲んでいない三男、チョロ松だ。 そんな風に諌めているお前が酔いつぶれると一番面倒くさいことを、僕、一松は良く知っている。 「ふっ……そう言うな。この人生の岐路に立たされた俺たちの唯一の癒しの時間。そう。今まさにこの時間は……オアシs」 「すみませーん、たこわさひとーつ!!」 「えっ」 (めんどくさ) 酔いどれ兄松に絡まれないように、ひっそりとグラスに注がれたぬるくなったビールに口を付けた。 今日も今日とて、長男大好き次男三男はがっちり両隣をキープしている。 まあ、僕たち弟松も正々堂々真っ正面からおそ松兄さんのほろ酔い顔を眺めているわけだけれど。 あー、頬染め長男可愛いな、オイ。無理矢理突っ込んでハァハァ泣かせてやりたい。 隣では末弟が連写機能を使って、おそ松兄さんを隠し撮り(?)しまくってる。 ……あ、その写真イイな。後で貰おう。 また反対隣では、五男の五男がタッティだ。 「ぜんぜんおさまんなーい!」 怖いな、コイツ……。 ……まあ、そんな感じで周囲の迷惑顧みず騒ぎまくる僕たちだけれど。 今日の飲みは「とある集団」の所為で、とんでもない騒動を生み出してしまった……。 「おーっ! なかなかイイ雰囲気じゃんかぁー!」 「今日はゆっくり楽しもうぜぇ~!」 数人の男たちが暖簾を潜って店の中に入ってくる。 何このキラッキラの一軍集団。 僕は苦手とするその男たち……男塊に目を背けた。 「あ゛っ!? アツシくん!?」 「あれ? トド松くん? 久しぶりだね」 しかし、その中の一人の男が、声をかけてきた。 マジかよ! やめてくれよ! 近づくな! そのキラキラなオーラを俺に近づけてんじゃねえ! 脱糞してやるぞクソが!! 「なになに~? トド松、こんな知り合いいたの~?」 「ちょっ、おそ松兄さん引っ込んでて」 「え? なんでぇ~?」 「……トド松くんのお兄さんたちですか?」 アツシ、と呼ばれた男が、人好きのする笑みを浮かべた。 第一印象のせいだろうか。この笑みの裏に何かを感じるのは。 「そーそー! 俺、長男! 松野おそ松でぇーす」 「へえ……」 空気が変わるのを感じる。 それは僕たち兄弟、同じのようだ。 「……」 何も言わずとも、次男と三男は悟ったようだ。 たぶん「こいつ」は危険な奴なんだ。 チョロ松兄さんとクソ松が前に出る。 そして、僕と十四松、トド松が脇を締める。 これが松野家長男親衛隊「長男自警団新品ブラザーズ」のお決まりにして最強のフォーメーションだ。 「……ねえ、こいつ、何」 警戒心を強めるトド松にぼそりと聞く。 「アツシくん。一応、僕の友達。こいつはさ。気に入ったものはぜぇーったいに自分のものにしないと気が済まないタチなんだよね。僕も昔ヒドイ目に……って、この話はイイや。制裁は済ませたから」 制裁……。こいつが言うと末恐ろしいな。末っ子だけに。 「要はね、アツシくんは僕みたいな顔がタイプ。んでもって、ワガママで言うこときかなそーな強気タイプを蹂躙することに興奮する変態。ここまでOK?」 「……了解。悟った」 とどのつまり、コイツは僕たち兄弟の敵、ってことだ。 リア充所属の一軍選手。キラキラオーラ全開。綺麗にスーツも着こなして、僕仕事できますってか? 完全に僕らとは対照の位置にある人間だ。気に食わない。反吐が出る。 「ええー? なになに? アツシ、こいつら知り合い? ってか全員おんなじ顔じゃんww」 「なんか俺ら睨まれてね?」 「一松、トド松。ここはいいから、おそ松を連れて先に帰ってくれるか」 我が家の長男セコム、最強の次男の声が低い。 本当。こういうときだけは頼りになる。 「あー? なんでぇ。せっかく楽しくなってきたとこなのにー」 「おそ松兄さん。クソ松が全額奢ってくれるって言ってるうちに帰ろ」 「よーし! 直帰だ直帰ー!!」 長男がクズで良かったーーーーーー!!!!!!! 「待ってよ。僕さー、色々調べさせてもらったんだよねえ。君たち松野家のコト」 「はぁ?」 制止をかけたアツシの声に、トド松が低い声を漏らす。 アツシとやらの視線はおそ松兄さんにのみ注がれている。 俺たちなど、見てもいない。 「トド松くんは僕のものになってくれなかったからさ。トド松くんがだーい好きなお兄ちゃんを僕のものにしたいんだ」 「何言ってんの? 意味不なんだけど」 「え? あれだけ拒否ってくれたじゃないか。その上あの仕打ち。ぼくは海よりも深ぁく傷ついた」 何をした。何をしたんだ、トド松!! 「だから、僕は君の最愛の兄、おそ松くんを手に入れようと思ってさ★」 もう一回言った!! 大事なことか、それ! しかもおそ松くんとか……昔の呼び名持ってきやがって……ギリィ ああ、でもさ、それってトド松がアツシくんのものになればオールオッケーってことか? 「「それはできない」」 「!」 次男三男の目つきが変わる。 「俺の可愛い弟も、唯一の兄貴も。お前のような下衆に一瞬でも渡す気はない」 「僕さぁ、君みたいな奴大っ嫌いだな。人のことモノ扱いか? 死ねよ」 おお……! 普段なら一軍選手を避けるチョロ松兄さんですら、アツシに凄んでいる……!! 俺たちの兄さんマジカッケェ……!! 「にーさーん! やっちゃう? やっちゃいますかー?」 「そうだな……」 「もう僕ガチギレしそうなんだけど」 いやいや、もうキレてますから、チョロ松兄さん。見た目にわかるよ。 「あー、お前ら、すとぉっぷ!!!」 これはまさに鶴の一声。 おそ松兄さんの声一つで、場の空気が収まってしまう。 酔いはすっかり醒めたのか、おそ松兄さんは兄弟の誰よりも前に立って、アツシの前に立ちはだかった。 「えっとー、君なんだっけ? サトシくん?」 「アツシです」 「なんでもいいやー」 いいのかよ。 アツシは顔色一つ変えず、笑みの形を崩さない。 「俺さ、俺が楽しければ誰のものになろーが別に気にしないんだけどさぁ」 ある一定のトーンを保つ声色に、兄弟全員が息を呑む。 これは、おそ松兄さんが静かにキレたときの声だ。 僕たち兄弟は、そんなときのおそ松兄さんに反抗する術を持たない。 「俺の兄弟をモノ扱いしたり、いじめたりする奴に媚びるよーな真似は絶対にしねーよ??」 か、かっ、かっけぇぇぇぇぇぇっっ!!!! もう、僕たちのおそ松兄さんマジ兄さん!! カッコ良すぎ! 控えめに言って最高! 今夜も最高! 逆に抱いて!!! 「……僕は欲しいモノは絶対に手に入れたい。ますます気に入ったよ。松野おそ松。絶対に僕のものにしてみせる」 「やってみろよ?」 挑発的に笑うおそ松兄さんと、アツシの間に火花が見える。 すると、アツシは人差し指をまっすぐにおそ松兄さんに向けた。 「予言しよう。1週間以内に君の方から僕の元に来ることになることを」 「……」 全員が息を呑んだ。 そんな未来はまずありえない。 僕は何を言っているんだこいつはと思った。全員がそう思ったに違いない。 ……おそ松兄さん以外は。 それだけを言い放ち、アツシはスーツの裾を翻し、店を出ていった。 取り巻きらしい男たちもそれを追うように慌てて出ていく。 茫然と立ち尽くしていたのは、俺たちだけだった。 「……お前ら、しばらく一人で行動すんなよ」 「え……? なんで」 「いいから。長男命令だ」 ……強い口調に口を噤む。 おそ松兄さんの顔色が良くない。 ……何か嫌なことが起こらなければいいけれど。 * 「あーもしもし。ミスターフラッグ? ……ああ。はい、僕です。アツシです」 「ご進言通り、見つけました。松野おそ松。……はい。それではそちらの件はお任せいたします」 「……はい。じゃあ僕はこのまま数十名を使い、彼ら兄弟を……」 ぴっ。 電話を切って、空を見上げる。 良い夜だ。 こんな夜には、悔しさに歪んだ顔と、涙が似合うだろう。
勢いのまま書いちゃったので、色々破滅してます……<br />水陸セコムとあつしくんが書きたかっただけです……<br /><br />あつ→トド・おそ、ハタ→おそ要素含みます
【あつしくん】松野セコムに守られた長男が欲しい【おそ兄総受】
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 その本丸にもかつては平和な時があったのだという。  審神者として『ブラック本丸』と呼ばれたそこに無理矢理放り込まれた青年は、明るい日差しに照らされた庭を眺めて目を細める。  青年が着任した時、本丸は正しくおどろおどろしい祟り場となりかけていた。  かつてここにいた審神者は女性だったそうだ。ある日、政府に呼び出されて本丸を留守にするまではとても優しく穏やかな女性だったそうだ。  それが、政府から戻ってきたら人が変わったようになってしまったのだという。  それまで与えられていた食事を与えられず、寝る暇も無く出陣と遠征を繰り返し、手入れもされずに放置され、心安らぐ時はなかったという。  見目麗しいものは夜伽を強制され、断れば縁のある者達が虐げられた。  綿密に組み上げられていた戦術は無視され、それなりに育てられていた短刀たちは度重なる夜戦で呆気なく折れていったのだという。  ただ一人、初鍛刀として高い練度を誇っていた小夜左文字を遺して。  短刀たちが居なくなれば、次は打刀がその標的にされたという。  しかし、それまでの間に鍛え上げられていた打刀はそうそうたやすく折れることはなく、長く地獄を見ることになった。  折れてしまったのは、たった一振り。遅れて本丸にやって来た兄弟たちと共に練度を上げていきたいと自ら希望していた蜂須賀虎徹だけだったという。  暗く澱んだ生活が終わったのは、前任である女が同じ審神者に告発されたからであった。  彼らには刀解されるか、次の主を持つかの選択権が与えられた。  疲れ果てていた多くの刀剣男士たちは刀解を望んでいたという。苦しいばかりの記憶を洗い流し、まっさらな分霊として他の主の元に折りたいと望んでいた。  しかし、最終的に決定権を委ねられた初期刀が『次の主を』と望んだ。  彼が何を考えてそんな答えを出したのかは、誰にも語らなかった。  愕然とする仲間たちに注視されながら、それでも彼は答えを翻すことはなかったという。  そして、仲間を地獄に留め置いた彼はあっさりと次に来た審神者を『主』と呼び、本丸を後にしたのだとという。  2番目の審神者に付いていったのは初期刀の彼だけではなかった。唯一残った古参の短刀である小夜左文字も兄たちの制止を振り払って、その審神者について行ってしまった。  他にも数振りの刀剣が2番目の審神者と共に行ってしまった。  ボロボロになりながらも短刀たちを何とか傷付けまいとしていたにっかり青江や平和な頃は写真を撮って回るのが好きだったという骨喰藤四郎と鯰尾藤四郎。  人が変わった後の前任には頑として従わなかった大倶利伽羅や戦わせてくれるならそれで良いと言い切った同田貫正国、お供を虐待されていた鳴狐。  大きな背中で仲間を守っていた山伏国広と明るい笑顔で皆を励まし続けていた獅子王。  その機動の低さから戦場から引き離されて冷遇された石切丸、逆にその能力の高さから使い潰され掛けていた蛍丸。ボロボロのまま放置されて長らく意識すら戻らなかった太郎太刀と突然疎まれた次郎太刀。  ずっと遠征に出されていた御手杵と折れてしまった今剣を後生大事に胸に抱え込んでいた岩融。  彼らは仲間の制止を振り切り、あっさりと2番目の審神者に付き従ったと言う。  残された彼らは二度と審神者に仲間を奪われてなるものかと団結していた。  青年が彼らに心を許してもらえるようになるまで、どれだけの時間が必要だったことか。  彼らを束ねていた三日月宗近の協力がなければ、とてもではないが無理だっただろう。 「審神者よ、よいか?」  腕に残った傷を撫でながら、平和な風景にまどろんでいた青年は声を掛けられて飛び起きる。  以前の本丸では、無防備にまどろんで居ようものならばたちまち斬りかかられたものだが、今は気を緩めても大丈夫になった。  平和だなぁと心の中で呟きながら、青年は声を掛けてきた刀剣男士に視線を向ける。  そこに立っていたのは、青い狩衣を着こなした三日月宗近だった。  かつてのような荒んだ気配はなく、穏やかに微笑んだその姿は美しいの一言に尽きた。 「どうした、三日月」 「うむ、そなたに少し話があるのだ」  促せば素直に腰を下ろした三日月宗近に、青年は首を傾げる。  何か話すようなことはあっただろうか。 「話って?」 「この本丸も随分と穏やかになったものだとは思わぬか?」 「ああ、そうだな。ようやく、あいつらも笑ってくれるようになった」  失われた刀剣男士は青年が鍛刀して、少しずつ戻ってきている。  かつての彼らではないが、仲間たちが揃ってくることに本丸に残っていた刀剣たちも嬉しそうにしていた。  特に、弟を奪われ続けていた一期一振は。 「うむ……この本丸に残った者達ももう大丈夫であろう。だからなぁ、俺も主の元に帰りたいと思っているのだ」  おっとりと微笑んで告げられた言葉を理解するのに、しばらく時間がかかった。  三日月宗近は青年を『審神者』と呼ぶ。  それは初めからそうだったし、主と呼んでくれるまで待つつもりだった。  いつかは呼んでくれると思っていた。  だって、彼は最初から協力的だったから……。 「総隊長はなぁ、あれは、主を待つと自ら告げてしまったから少なからず不服を持たれ、残った者達をまとめ上げることは出来なかったのだ。小夜もずぅっとあの暴虐の日々に堪え忍んでいたのだから、早く主の元へ返してやりたかった。他の者達も、まあ同じような理由だな。俺はこれでもあの女に執着されていたから同情もされていたし、はっきりと意思表明したわけでもないからなぁ。あやつらをまとめ上げるには絶好の位置に居たのよ」 「み、三日月……?」  微笑みはいつも通り穏やかなのに、ゆったりと語られる話の内容がよく理解できない。  ここに居るのは本当に自分に力を貸してくれていた、仲間の平穏を願っていた三日月宗近なのだろうか。 「主は当然残る俺を心配してくれた。けれどもなぁ、仲間を守ろうとするあまりに主のことすら分からなくなってしまったあやつらが幸せになる姿を見届けずして、どうして主について行くことが出来ようか。主もあやつらの行く末をとても案じていた。自分のことすら分からぬのならば、せめてこの手で本霊のところに返してやりたいとすら言ってくれたのだ」 「三日月。待ってくれ、三日月!」 「うん? どうした?」  ゆったりと首を傾げる仕草さえ美しい三日月宗近は、曇り一つ無い瞳で不思議そうに青年を見つめる。  三日月の浮かぶ瞳には青年のみを案じる労りの意思が浮かんでいるのに、何一つ理解できないまま青年は口を開いた。 「お前が言っている『主』って、他の奴らを連れて行ったって言う審神者のことか?」 「ああ、そうだぞ?」 「っ!! なんで! 何でそんな、仲間を引き離した奴を主なんて!!?」  青年は信じていたのにと嘆く刀剣男士たちを知っている。  楽になりたいという思いすら裏切られ、あっさり他の審神者に付き従った姿を裏切りと嘆く彼らを知っている。  共に地獄のような日々を乗り越えたのに、あっさりと仲間よりも新たな審神者を求めた仲間たちの姿に絶望感を覚えた刀剣男士の嘆きを知っている。  だから、予想すらしていなかった。  彼らの『仲間』であるはずの三日月宗近が、彼らを裏切った『仲間』と同じ裏切りをしようとするなんて。 「何故……と言われてもなぁ。あの者こそが、俺たちを顕現した審神者……そなたらの言うところの前任者であるからなぁ」 「……は?」  おっとりと笑って応える三日月宗近に、ついに青年の思考は停止した。 [newpage]  三日月宗近はその女性の姿を見つけると嬉しそうに微笑んで、早足に女性の元へと歩み寄った。 「主、戻ったぞ」  ボロ布を被った刀剣男士を連れていたその女性は、嬉しそうに笑う三日月宗近を見上げてどこかほっとしたように微笑み返した。 「総隊長も久しぶりだな。元気にしていたか?」 「まあ、な」  ボロ布の影から翡翠の瞳を真っ直ぐに三日月宗近に向けて頷いたのは、山姥切国広であった。  仲間である三日月宗近と言葉を交わしていても、周囲への警戒を怠らないその姿は平和に慣れきっていた人々の目には異様に映ることだろう。  だが、それも仕方ないだろうと女性の担当役人は思う。  彼女に降りかかった凶事を思えば、彼らの警戒心は尤もである。  三日月宗近を引き渡すために付き添いで来ていた青年は、嬉しそうに言葉を交わす女性たちを見て辛そうに眉をしかめる。  その隣に並ぶ刀剣男士は呆然とした様子で女性を見つめている。 「三日月さん……なんで……だって、あれ……」  女性に怪我の具合を尋ねていた三日月宗近が安心させるように微笑む審神者に喜んだ様子を見て、山姥切国広が『天下五剣が子供のようにはしゃぐな』と声量を下げるよう注意する。  そこで、女性はようやく青年に視線を向けた。  女性が山姥切国広に声を掛け、三人で連れ立って青年に歩み寄ってくる。  青年はその場に留まって、女性を迎え撃つつもりで立っていたが、傍らに並んだ刀剣男士は一歩後ろに下がった。 「あなたが、あの本丸を引き継いでくださる審神者さん……ですか?」  おっとりと微笑む女性を前に、こうしてみると同じ顔でも全然印象が違うものだなと青年は心の中で呟く。  写真でしか見たことのない醜悪な彼らを虐げた女と同じ顔をした女性は、どこまでも慈愛の溢れる瞳を一瞬だけ傍らに立つ刀剣男士に向けた。 「ええ、まぁ」 「この度は、私の失態のせいであなたを巻き込んでしまい、申し訳ありませんでした」  両手を前で揃えて頭を下げる女性の右手に巻かれた包帯が痛々しい。  青年が本丸を引き継いでからも十分な時間が経過しているのに、穢れと恨みを込めて振るわれた刀の傷はきっと今も癒えきっていないのだろう。  優しげな容貌の彼女こそ、本来『前任』と呼ばれるべき審神者であった。  あの後、三日月宗近が青年に語ったのは、ドラマのような話だった。  かつて本丸で暮らしていた審神者は、優しいとは言い切れないまでも良い人間であった。  彼女は『もしも』の世界を見たいが為に、懸命に歴史の波に抗いながら現代の礎を築き上げてきた人々の努力を否定する歴史修正主義者との戦いに覚悟を持って審神者となったのだという。  歴史を守るために戦ってくれる刀剣男士を決して否定することはしない人だったと三日月宗近は言う。  彼らが元主を偲ぶことを否定せず、心から『主』と呼べないことも批難せず、危うい彼らの手綱をしっかりと握る良い審神者だった。  それが悪いことだとは、誰も思ってはいなかった。  刀剣男士もこんのすけも、審神者でさえもそれで良いと思っていた。  しかし、彼女に襲いかかった凶事がそれを揺るがした。  ある時、時の政府より担当を介さず直接連絡が来た。  定期検診で受診忘れがあったから、急ぎその分を受診して欲しいという何の変哲も無い業務連絡のように思えた。  彼女は首を傾げながらも、すぐに戻るからと近侍を勤める初期刀を本丸に残し、その日懐刀であった今剣を一振りだけ連れてゲートをくぐった。  そして戻ってきたのは、文字通り『人が違った』女だった。  出迎えた初期刀は、それが主ではないとすぐに悟ったらしい。  出ていく前と同じ装いで、同じように今剣を引き連れ、同じ顔で『ただいま』と笑ったそれは彼らの主ではなかった。  女性には、まったく同じ顔をした双子の妹が居た。  同じ日に生まれ、同じ親の元で育ち、同じ学校に通っていた双子の姉妹はしかし、その性格は真逆であった。  姉である女性は真面目な優等生であった。幼い頃から両親の仕事の関係で大人に囲まれて育った影響なのか、同年の者よりも大人びて聞き分けの良い子供であった。  妹である女は享楽的な所謂問題児であった。娘の身を案じる両親の言いつけを鬱陶しいと耳を貸さず、勝手に出掛けては友達の家を遊び歩いていた。学生になると、教師を困らせる問題児であった。  姉である女性は共働きで忙しく、少しばかり心配性な両親を安心させようと何度も妹を注意したが、妹は姉の言葉を聞き入れず、それどころか大人に媚びを売るイヤな奴だと周囲に言いふらした。  子供は大人の干渉を嫌がるもので、姉である女性は大人に媚びを売るイヤな奴として同年代の子供たちから嫌われて幼少期を過ごした。  しかしながら、真逆であっても双子だからか。  姉である女性と妹である女は、ほぼ同時に審神者としての適性が見つかった。  姉である女性は歴史を守るため、先祖たちが命をかけて築き上げてきた『日本』の歴史を守るための戦いに身を投じる覚悟を持って了承の意を告げた。  妹である女は重要な部分を聞き流し、断りの言葉を投げつけようとした矢先に刀剣男士たちの写真を見せられて『イケメンを従えて、戦う彼らを鼓舞する』という聞き心地の良い部分だけを聞いて了承した。  姉である女性は研修も真面目に受講し、初期刀の様々な特徴を聞いて山姥切国広を選んだ。  他の刀剣は……選ばなかった理由は様々だが、最大の理由は刀としてあった時代の長さであった。  初期刀として用意された五振りの中で、山姥切国広と歌仙兼定以外は江戸時代に打たれた刀であった。それはつまり、兵を指揮する戦場を知らないと言うことで。  研修内容に戦陣が組み込まれていたことから、それらを実際に体験した刀が良いと彼女は判断した。  その上で、歌仙兼定を選ばなかったのは、他との確執を危惧してであった。  歌仙兼定は細川に所縁ある刀である。  そして、刀剣男士の中には黒田に所縁ある国宝がいた。彼を織田信長から拝領した軍師の息子と細川家の確執はあまりに有名な話である。  いや、まあ確かに『これは酷い』と女性も思ったが。  一方の山姥切国広は、写しと言う生まれを気にはしていても他に確執らしい物はなく、その卑屈の根源となっている本作のことも嫌っているかと思えばそうでもない。彼の卑屈はあくまで写しの身で有りながら、本作と比較され続けたことに対するもので、己自身にのみ向けられている。  他を拒絶しないのならば、無用の対立を生むこともないだろうと女性は山姥切国広を初期刀に選んだ。  妹である女は研修をサボり、居眠りし、深く考えることもなく見た目だけで蜂須賀虎徹を初期刀に選んだ。  加州清光を『主より自分が可愛いとか何様?』と否定し、山姥切国広を『ばっちい』と拒絶し、歌仙兼定とは顔を合わせた瞬間に『フーリューとか古臭い』と小馬鹿にし、陸奥守吉行を『タイプじゃない』と拒否した。  当然、真っ当な政府役人には好かれず、担当も何度も変わったという。  妹である女は真っ先に蜂須賀虎徹を寝所に連れ込んだ。  人の身に慣れない彼に無理矢理夜伽をさせ、自分を大事にするならば手入れをしてやると彼らを脅したらしい。  そして、自分を一番に扱えと彼らに命じた。  彼ら自身のアイデンティティを否定し、ただ自分を持て囃すためだけの見目麗しいホストのように彼らを仕込もうとしたと聞いている。  そんな彼女の元に『レア』と呼ばれる刀剣男士は一振りも顕現しなかったらしい。  日課をこなさないと偉いヒトに怒られるからと、打刀は刀装を持たされないまま圧樫山に放り込まれた。  太刀狙いのレシピを回せば高い確率で顕現する彼らは、妹である女にさほど大事にされなかったらしい。  太刀の中で一番に被害を被ったのは山伏国広であろう。彼は妹である女の好みではなく、圧樫山のボスドロップで大量に手に入るために特に冷遇されていた。  幾振りも顕現させられる彼は妹である女の癇癪を静かに受け入れ、それが他の者に飛び火しないよう仲間と言葉を交わすことすら消極的だったと聞いている。  そんな運営をしていれば、刀剣男士にも愛想を尽かされるというもので。  女は刀剣男士から契約を破棄され、本丸を追い出された。  本丸を追われた女は現世にいる愛人を頼った。  時の政府の中でもそれなりに地位の高いその愛人は、姉である女性を偽の連絡でおびき出すとそこで女性を亡き者にして、女に姉の本丸を与える心づもりであったらしい。  そうして襲われた女性は、懐刀である今剣のおかげで救援が来るまで何とか命だけは奪われずにすんだ。  その間に新たに鍛刀した今剣を連れた女はまんまと女性の本丸を乗っ取ったというわけである。  女性は最初に腹部を刺され、一命は取り留めた者の出血多量で意識を失っていた。  政府役員が女性に送られた偽の連絡に気付き、助けに来たのを見届けると今剣は刀に戻り、その後女性の意識が戻るまで再顕現されなかった。  女性の担当役人は、自分の担当する審神者が襲われたと聞かされて、慌ただしく手続きを行っている間に担当を外され、本丸に連絡を入れることすら出来なかった。  戻ってきたのが主ではないと気付いた刀剣たちの訴えは新しく担当となった女の愛人の息がかかった役人によって握りつぶされた。  そうして、女性の本丸は乗っ取られてしまったのである。  女性は意識が戻ると、今剣を再顕現して女を審神者保護法違反で訴えた。  被害者が声を大きくして訴えを上げれば、流石に女の愛人もその全てをもみ消すことなど出来ない。  司法機関を巻き込んで、ようやく女性の刀剣男士たちは助け出されたのであった。  女が逮捕された後、本丸に戻った彼女を待っていたのは二つに割れた自分の刀剣男士たちだった。  それまで、戦いに余計な軋轢が生まれないよう配慮していたのが悪影響をもたらしたのか、片方の刀剣男士たちは女性と女の見分けが付いていないようだった。  本当の主が戻ってきたと喜んだもう片方の刀剣男士たちは、女性を罵声の飛び交う本丸から何とか逃がそうと言葉を尽くした。  大事に思うかつての主を偲ぶことを否定しない優しい女性に甘えきり、自分が仕えている主すら見分けることの出来ない彼らを苦々しく思っていた。  審神者であれば、誰でも同じだと言い切る仲間が彼らは恐ろしかった。  女性は決して優しいだけの人間ではない。  人の好き嫌いはあるし、ほんの少し見栄を張りたがるし、外面だって使い分ける。  なによりも、自分の内に入れた存在とそれ以外を明確に区別する人間であった。  女性だって、傷付かなかったわけじゃない。  それまで良好な関係を築けていたと信じていた刀剣男士が、見た目はまったく同じでも性根のまるで異なる妹を女性と混同することに傷付いていた。  所詮彼らにとって自分はその程度の人間だったのかと、傷付いたのだ。  だけど、彼らも迎え入れてくれた刀剣男士と同じく女性が自ら顕現させて、人の器での暮らし方を教え、長らく共に戦ってきた仲間たち。  辛すぎる記憶を忘れるために刀解を望むのであれば、それを叶えてやりたいと思っていた。  そうして、返されたのは『また我々から仲間を奪うのか!!!』という理不尽な怒りでしかなかったけれども。  小夜左文字が庇ってくれなければ、腕が落ちていたかも知れない。  それほどに、鋭い一撃だった。  この身で受けるとは思ってすらいない一撃だった。  女性を連れて政府に撤退したのは初期刀・山姥切国広の判断だった。  血を流す主にこれ以上説得しても彼らは聞き入れてはくれないと見切りを付けた山姥切国広は、仲間たちに根回しを行って本丸を後にした。  その時に、三日月宗近は女性を『主』と呼ぶ刀剣男士の中でただ一人残ると言った。 『ここで手を放してしまうのは簡単だが、それでは主が気に病むだろう。皆が刀解の道を選んだら……あるいは新たな審神者を受け入れたならば必ず主の元へ帰ろう』  だから、主のことを頼んだと告げた三日月宗近に、必ず迎えにいくと山姥切国広たちは約束をした。  そして、約束通り迎えに来たのだった。 「あんたが……謝ることでもないんじゃないですか?」 「私の油断が招いた事、ですから。あんな子でも、私の双子の妹ですし」  まだ傷が痛むのか、それとも他に理由があるのか。青白い顔をした女性がきゅっと握り締めたほんの少し荒れた手は力の入れすぎで白くなっている。  眉を下げて悲しげに微笑む女性は青年を見ているようで、青年の横に立っている刀剣男士を見つめていた。 「あ、ある……!」 「私が残してきてしまった子たちを、どうかよろしくお願いします」  呼びかけようとした刀剣男士の言葉を遮るようにして、女性は深々と頭を下げた。  彼女は本丸を去った後、再び入院して居たという。  経過は悪いが、それでも何とか自宅療養の許可をもらって今は他の本丸で新しく本丸を構えたらしい。  女性は自身の身を理不尽な理由で害されてもなお、戦うために戻ってきた。  自分に付き従うと言ってくれた仲間たちのために、戦場に戻ったのである。  そこに、残された刀剣男士は入ってはいけないのだと突きつけられたような気持ちだった。 「……どんなに言葉を取り繕っても、あんたはこいつらを捨てたってことに変わりは無いって自覚、あります?」  意識したわけではない、冷たい声が青年の口をついた。  だが、それは紛れもなく青年の本心だ。  そんな顔をするくらいに想っているというならば、もっと命をかけて彼らに向き合えば良かったではないか。  だって彼らは傷付いていた。  そんな恨み言は、ボロ布を翻して女性の前に出てきた山姥切国広に遮られた。  翡翠の鋭い視線が青年を真っ直ぐに見つめていた。 「あんたに分かるのか? 大事にしていた者を失う辛さが」  低く、山姥切国広が問いかけた。  青年は彼と直接対峙したことはない。  ただ、仲間を裏切った初期刀だと言う印象しか持ち合わせていなかった。 「短刀たちは、多くが主以外の人間からの命令と知りながら戦場で破壊されていった。自分たちが大人しく従ってさえいれば、何とか命をつなぎ止めている主を害されることは少ないだろうと恐怖に堪え忍びながら、破壊されていった。何とか主が戻るまで、本丸を守るのだと言って仲間を守ろうとして蜂須賀は破壊されていった。その思いを踏みにじった兄弟が、あいつにどんな顔を向けろと言うんだ」  鋭い眼差しで青年を見据える山姥切国広は、ボロ布の奥でどこまでも強い意志の光を輝かせていた。 「やめなさい、山姥切国広」 「いいや、あんたは切り捨てる強さを持つべきだ。あんたは言ったな? 自分に踏み込む勇気があれば、彼らは自分を信じてくれただろうか……と。もっとあいつらと向き合っていれば、妹に騙されることもなかっただろうか……と」  制止する女性を振り返って、山姥切国広は溜め息交じりに首を横に振った。  女性の後ろに立っている三日月宗近も山姥切国広の意見に賛成しているのか、おっとり微笑みながらも止める様子はない。 「確かにあんたは俺たちの中に深く踏み込んでは来なかった。俺たちの過去の主たちと同じ位置に立とうなんてしなかった。……けれど、それでもあんたを深く受け入れてくれた奴らだっていただろう。この身が砕けるまであんたの元で戦いたいといった奴らが居ただろう。あんたが自分のあり方を否定するのは、そいつらを否定することだ」  強い視線がふっと和らぐ。  ボロ布から見える口元が、ほんのわずかに笑みの形を作っているのが女性には見えた。 「俺のような写しの言葉では信じ切ることは出来ないかもしれないが、頼むからあんたをこの身を従えるに相応しい主だと告げる奴らを否定しないでやってくれ」 「切国……」 「そうさなぁ、主よ。そなたには確かに踏み込む勇気が足りなかったのかも知れん。かつての主は主として大事にして構わないが、今の主は自分だと言い切る強さが足りなかったのであろうな。だが、あやつらの幸せを願っていたのは本当だろう?」  ゆったりと三日月宗近が女性に告げる。 「そなたの寛容さは美徳だ。けれども、それはある種の拒絶だと俺は思うぞ」 「三日月……」 「だからといって、あるじをみわけることすらできないのはどうかとおもいますけど?」  突然、舌っ足らずな高い声が響いた。  いつの間にか、女性の横に今剣が立っている。 「うけいれられているからと、あるじさまのやさしさに あまえきっていたのは かれらのほうでしょう? ふみこんでこなかったのは、かれらもおなじ。なのに、あるじさまばかり どうしてせめられねばならないんですか?」 「い、今剣……?」 「岩融はあのおんながつれていったぼくが『ぼく』ではないと みやぶってくれましたよ! それで、じぶんがあるじにあまえて しっかりとむきあっていなかったのだとじかくしたと。たんとうたちのなかにも、岩融とおなじようにぼくをけいゆして、きづいたものもいたというのに」  真っ直ぐに向けられる紅玉の瞳には、残った刀剣男士たちへの批難の意思が籠もっている。  青年の傍らにいる刀剣男士は青ざめ、俯いてしまっている。 「じぶんのことばかり、かつてのあるじのことばかりだから、めがくもってしまうんですよ! ぼくも義経公のことをだいじにおもっています。できるなら、あにぎみさまにおわれてのさいごなんて かえてさしあげたい。けど、それは義経公へのぶじょくです。ぼくは義経公の最期までおともしたたんとう。ぼくが義経公のほこりをまもるんです。あるじさまといっしょに!」  女性を見上げてにっこりと満面の笑顔を浮かべる今剣の顔には、微塵も憂いが感じられない。  女性もまた、ふっと張り詰めていた表情を緩めて今剣の頭を優しく撫でた。 「それに、あるじさまはもう ひきとりたくても、かれらをひきとることはできないんですよ」 「……は?」  今剣が告げた言葉に、青年は首を傾げる。  そんな決まりがあっただろうか? 自分を主と呼ぶと告げてしまったから、だろうか?  そんな疑問が顔に出ていたのか、女性は眉尻を下げて微笑んだ。 「審神者保護法はご存じでしょう? その中に、『特例を除き、主に刀を向けた刀剣男士は破壊処分とする』という条項があるのは知っていますよね」 「たしか、刀剣男士側に過失がなく、審神者が過度な進軍・手入れの拒否など審神者としての勤めを放棄した場合のみ特例とするって条項……ですよね?」 「……本丸に残していった彼らには、その条項が適用されるんです。彼らは、主である私に刃を向けてしまったから。私が引き取れば、彼らは破壊されてしまうんです」  ひゅっと青年が息をのんだ。  そうだ。彼女が残された刀剣男士を顕現させた主だというのなら、過失の無い彼女に刃を向け、あまつさえ斬り付けた刀剣男士は保護法の下に処分される。  女性は刀剣男士を虐げていない。  特例は適用されない。 「あの子たちはあなたを新しい主に選んで、再び戦う意思を固めた。それなら、それで良いと思っています。どうか、私の大事な刀剣男士たちをよろしくお願いいたします」  再び深々と頭を下げた女性に、青年はもはや何も言うことは出来なかった。 [newpage] <後書き> ここからは後書きになります。 今回、他意はまったくありませんとだけお伝えしたいです。 ヘイトとかのつもりはまったくありません。 『女性』と『女』を見分けた刀剣男士にはちょっとした共通点があります。 と言っても、女性の本丸にも全員実装されていたわけではないのでちょっと漏れはあるかも知れませんが、そこはご了承いただければ……と。 あと、ネットからの情報が殆どなので、設定ミスってたらすみません。 今回、二つに分かれたのは、ずばり『過去の主への固執』です。 この時点で今剣ちゃんをどっちにするか大分悩んだんですが、彼は短刀たちのラスボスだと思ってるので『女性』の味方になってもらいました。 今剣ちゃんが多分短刀たちの中で一番老獪だと思ってます。 薬研ニキも候補には挙がっていたんですけど、薬研ニキだとこう……裏で画策するよりもすぱーんと真っ正面から対峙しそうだなと思って。 なので、こうなりますよね 「新しい主なんていらない!!」 「旦那方、ちょいと落ち着けって。このお方が誰かホントに分からねぇってのか? だったらちょいと荒療治だが、一発殴って正気に戻ってもらうぜ!!」 説得(物理) 「また仲間を奪うつもりか!?」 「大将の気遣いを無駄にするもんじゃねぇって。それとも何か? 一発柄まで通して正気に戻してやらねぇとこのお方が誰かわかんないってか? よし、大将。いっちょ俺っちに任せとけ!」 説得(物理) やだ、戦場育ちの薬研ニキ頼もしい。 薬研ニキが仲間の場合、男前度がカンストしてて青年の出番自体がなかったと思うので没になりました。 薬研ニキルートも良かったかもな。そうなると大団円になってたかも? 別に残された側の彼らを信じていないってわけじゃないんですが……長谷部とか加洲とか大和守とかについて考えてると、審神者はあくまで彼らの望みを叶えるための記号としての『主』であって、彼らが本当に待っていたいのは、可愛いって言って欲しいのは、一番に愛して欲しいのは、かつての主なんじゃないかなぁって思うんですよ。 審神者は彼らにとって、『主』という張りぼての存在で彼ら自身が望んで叶わなかった願望を慰めるための装置なんじゃないかって。 どんなに審神者が彼らを大事にしても、転生審神者とか出てきたらあっさり審神者を捨てて彼らの元に行ってしまうんじゃないかって。 堀川が今回残ったのは、彼の存在証明が『和泉守兼定の相棒である』ことだからです。彼にとって一番大切なのは和泉守で、審神者や仲間たちは二の次三の次くらいなんじゃないかなと思って、残ってもらいました。 蜂須賀は……真面目にごめんなさい。ハッチーは迷いに迷って決められず、退場してもらいました。蜂須賀家伝来の虎徹の真作は、多分主を見間違えたりしないんじゃないかなって思うんですよ。でも、ハッチーが居ると虎徹兄弟泥沼劇場が開かれる予感しかしなかったので……。 長曽根は間違いなく、残る側なので多分……確実に一悶着ありますよね。浦島が除外されたのは、兄弟の真贋問題に固執して主を見ていないからです。 燭台切は……あの人、伊達色強すぎませんかね? 実際に伊達家にいた期間めっちゃ短くて、水戸にいた期間の方が長いらしいのに何であんなに伊達男なんでしょう?って考えたらいつの間にか残る側に組み込んでました。 彼はきっとどこまでも『伊達政宗の刀』でありたいと思ってるんじゃないかなって思ってます。 普段は格好いいから良いんですが、どちらかに分けるならこっちかなって。 鶴丸は……いろんなところでもネタにされてますけど、彼が認めている本当の主は一緒に埋められたという墓の主じゃないかなと思いまして。 彼にとって審神者もそれ以降の持ち主たちも、皆墓を暴いて自分を盗み出した奴と同じような者で、刀としての忠義は全て共に墓に入った主と黄泉に渡った。現世に残された器くらい、勝手にしろよって思ってたら悲しいなと思ってます。 彼にとっても『主』は自分を使う人間って言う記号でしかないのかなぁって。 それでも、刀として同胞を思う気持ちは残っているので、墓の主≧仲間>>>>>>審神者かなって。 なので、残る側になりました。 付いていった側の刀剣男士は……固執してるって言うか、元の主を誇りに思ってるかあるいは主ではないことに固執してる勢ですかね? 大倶利伽羅あたりは元の主を誇りに思ってるガチ勢だと思ってます。 なれ合いを好まないってのは、多分燭台切たちとの離別が引っかかってるんだと思ってるんですが、適度な距離感を保っていればそのうち懐いてくれるんじゃないかなって。構いまくって毛を逆立てられるのもそれはそれで良いですけどね!(イイ笑顔) 大倶利伽羅って人に懐かない黒猫チックなところありますよね。 大太刀組が皆付いていったのは、それぞれ御神刀だったからですかね? 石切丸とか太郎太刀とかが主を見誤ることってそうそう無い気がします。なんというか、ちゃんと見ていてくれる安心感。 蛍丸は大太刀のラスボスだと思ってます。うっそりと目を細めて笑う蛍丸を想像してください。『あ、勝てないわ』って思いますよね? 次郎太刀はお酒が美味しく飲めれば良いって風体を装って、しっかり人を観察してる気がします。大太刀の中で一番鋭そう。 山伏が付いていったのは、あんなに快活に笑って脳筋に見えますが、実は思慮深いんじゃないかなって思ってるからです。打刀に主流が移り変わりつつある時代にわざわざ太刀として打ち上げられた実戦を知らない美術刀でありながら、人々の平穏を願って修行を行ってる山伏は懐深く周りをよく見ているんじゃないかなって。 獅子王はもうじっちゃんを誇りに思ってるガチ勢ですよね。普段は孫のように可愛いけれど、いざって時にはすごく頼りになると思っています。彼の場合はじっちゃんが駆け抜けた歴史を後からあーだこーだ言わせるかよって感じかなって思ってるんで実は最後までどっちに付けるか迷ってました。 鶯丸は未実装です。 蜻蛉切さんも未実装です。 私の初期刀はまんばですが、選んだのは単純に見た目と性格が好みだったからです。 自分に自信が無い卑屈っ子は甘やかして大事にして、適度に卑屈が残っても大事にされてるんだって自覚が出来る程度には吹っ切れるくらい甘やかしたい勢です。世界を救う赤毛の七歳児も大好きだったので、はまるつもりのなかった刀剣乱舞(擬人化系)にダイビングするくらいには好みでした。 刀剣乱舞はまんば(初期刀でも可?)を愛で可愛がって育成するゲームですって思ってれば、おじいちゃんは来ますよ(良い笑顔)(まあ、ポケットで来ることは確定になりましたが) まんばちゃんに助言を求めて、それが上手くいったら褒めてあげたい。 「俺なんかの助言より、他にも名だたる名剣名刀が揃っているというのに……あんたも物好きだな。けど、まぁ……あんたのためになったんなら良いけどな」 って言うデレをもらえたらそれだけで一日幸せな気分になれる自信があります。 微笑み付きだったりしたら、一週間くらい幸せな気分になれる。(断言) きっと本人に面と向かっていったら恥ずかしがって布まんじゅうになってしまうから、兼さんを引きずり込んで『まんばが! 今日も! 可愛い!!!』って叫んでげんなりされたい。 何故兼さんかって言うと、うちの初(元)太刀だからですね! そういえば、連隊戦の時期に三振り目の三日月が来ました。 明石狙いだったんですが、オール950の松札で4時間出まして。 うちのまんばちゃんがレアほいほい過ぎる……。 ちなみに、同じレシピと札でもう一回鍛刀したら山姥切国広でした。運命だと思って3振り目育成のために鍵掛けました。レアって刀解も連結もしにくい。
とあるブラック本丸で審神者が告発された。その本丸に送り込まれた新人は、残された刀剣男士と和解を果たす。<br />そのあとに、彼らが知ることになった審神者変貌の真実。<br /><br />私は転生審神者系の小説も嫌いではありません。<br />かつての主のことを心の奥底では引きずっている刀剣男士たちも、嫌いではありません。<br />人には踏み込んでいくべき領域と、踏み込んではならない聖域が存在してるとは思っています。<br />キャラヘイトするつもりは、微塵もありません。<br /><br />登場する刀剣男士は好みで選んでおります。<br /><br />そのことを踏まえて、ご覧ください。<br /><br />誤字脱字等ございましたら、コメントなどで教えていただければ嬉しいです。
人が違ったように変貌した審神者
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こんにちは、坂下です。 本日は京都府山合いの現場に捜査に来ています。 まだ2月ですが、先日寒さも緩んで喜んだのに、また寒波が来て体調管理も大変です。現場周辺は膝下ほども雪が積もっています。京都市内生まれの市内育ち、大学も東京の僕には、この積雪量は不慣れです。 捜査一課の中では一番下っ端の僕がハンドルを握ることは多いのですが、こういう時ばかりは役に立ちません。みそっかす感満載ですが、現場に着いたら頑張ります。 火村先生と有栖川さんが到着されました。 「遠いところまでありがとうございました火村先生、有栖川さん」 お二人を現場建物内へご案内し、現場検証と捜査方法を学ばせていただきます。 今回は雪の残る山合のお宅で起きた殺人事件で、雪の止んだ後が犯行時刻と思われます。つまりよく推理小説である「雪の上の足跡」がキーポイントになりそうなのです。 いつもちょっとずれた推理を繰り出すこともある有栖川さんですが、本業です。やはり今日は勇姿を見られそうな気がします。 一通り建物内の捜査を終え、屋根に上ることになりました。が、火村先生と有栖川さんがなんか押し問答してます。 「お前は屋根から落ちるから駄目だ」 「む~~、いつまでもネタにしよって~~」 「ネタじゃなくて事実だ。傾斜のある屋根には上がらせない」 「そやけど~」 「また俺を殺す気か」 「わかったっ、大人しくしてます~」 「いい子だ」 火村先生超笑顔。たいてい無表情なのに言葉と顔が合ってます。そして頭はやっぱり撫でるんだ!? うん、姉ちゃんわかってる。上下関係の無い男同士で頭なんかそうそう撫でないよね。 「有栖川さん屋根から落ちるって危なかったですね!大丈夫だったんですか?」 「お、落ちそうになったことがあるだけやし!」 「窓から腕掴んでもらえなかったら屋根から落ちて死んでたかもしれないあれがか!?」 うわ、火村先生怒ってる。有栖川さんしゅーんとしちゃった。 「大変なことだったんですねぇ」 そりゃぁ死にかけた前科があるんじゃぁ禁止されますよね。捜査は危険なところも行いますから。 ん?んん??あ、有栖川さん、火村先生のコートなにつんつん引っ張ってるんですか!? なんですか?甘えてるんですか!? そんで火村先生また頭撫でるんだ!なんだろう、先生たち、最近僕の目とか気にしなくなってきてませんか!?僕空気? 屋根の捜査は僕もはずされ、有栖川さんと見てるだけになりました。 でも、家の外の捜査なら参加できます。事件家屋の周辺調査に行きます! 「お前、靴の中カイロ入れてんだろうな。しもやけになったっつってもしらねぇぞ」 「ヒムラセンセイありがとうございますぅ~。しもやけはお前もやろ、よくなるくせに」 「防水用でもない靴で来た時にはどうしてやろうかと思ったんだが?」 「出発前に気づいていただき大変感謝しておりますぅ~。ブーツまで貸していただいて光栄です~。ご迷惑をおかけしましたぁ~。 ・・・・やって平野には雪降らんもん。雪国へ旅行に行った時しか履いたことないしー」 有栖川さん・・・気持ちわかります~。僕も研修で習ってなければ思いつきませんでした・・・。せいぜい靴底が滑り止めになってる靴くらいで、雪道用の防水靴なんてものスノボ用しか持ってませんでした。 でも・・・靴、火村先生のなんだ。火村先生足大きいもんなぁ。足首で締めれば履けるもんなぁ。 「彼靴かぁ・・・。わっ、火村先生、有栖川さん、な、なんですか、怖い顔して」 「いいや、よく言う口になったなぁと思ってな」 いひゃい、いひゃいです火村先生ほっぺたつねらないでください。 「坂下君、変な事言うてると冷たい手を首筋から忍び込ませる刑、執行すんで!」 有栖川さん、何気にかわいいです、それ。 でも、火村先生、ちゃんと有栖川さんの服装チェックをしてから現場に急行いただいたんですね。 革靴なんかで来たら参戦すらできないとはいえ・・・。 しもやけまで心配するんだ。けっこう世話焼きなんだな~。 「ちょっと待てアリス!止まれ!どこ行く気だ!」 「へ?なに?」 「戻れ!坂下君も!」 火村先生が怒鳴って有栖川さんに手を差し伸べています。よくわかりませんが来た道を戻りました。 「お前は、俺の通った後ろしか歩くな!どこか見たかったら動く前に先に言え!」 「う?うん?」 火村先生は何を怒ってらっしゃるんでしょう。火村先生は有栖川さんの両肩を掴み、今まで僕達のいたところを振り向かせました。 「お前、何が見たかったんだ」 「へ?外から家の中の様子がどんなふうに見えるかとか・・・?」 「ほう。特段足跡もない所へ新たに踏み出して見てみたいものがそれか」 火村先生ご立腹です。 「見てみろ、お前が足を踏み入れたあたりの上を」 「上?」 「軒下に近づくなんてバカだろう!屋根から雪が落ちてきたらどうする気だ!ちょっと樹を揺らして落ちてくる量とは違うんだぞ。」 「・・・けっこう屋根にも雪積もっとるんやね」 うわ、有栖川さんの後ろを何も考えずについて行ってしまいました。危ないところに自分から行ってしまっていたんですね。 「それから、お前はこの家の周辺に側溝や水路がどこにあるか知ってるのか」 「へ?」 「雪で見えない下が水路である可能性についてか・ん・が・え・て、足を踏み出しま・し・た・か」 火村先生は雪をひと掬いして有栖川さんの頭にかけました。 「わっ、もう、ん~~わかった、すまんて」 ・・・・雪を掛けたのは火村先生ですが、雪を払ってもあげるんですね・・・。 彼女に雪を掛けていちゃつくカップルに見えるのはもう僕のせいじゃないと思います。 「坂下君、当然この家の配置図は持ってるんだろうね」 ギラリと睨まれました。 「すっすいません!もらってきますっ」 ひー恐いっ 「あ、坂下君走ったら危ないで・・・っ!」 ・・・・・・・・・転びました。盛大に。 雪の下が氷になってたみたいです。滑って転びました。痛い。濡れた。冷たい。 あ、滑った時腕掴んでくれてた有栖川さんまで巻き込んだ!?急いで振り向きました。 ・・・が、杞憂でした。 デスヨネー。 有栖川さんはきっちり火村先生に抱きかかえられてました。腰をがっしりと。 「さっき火村言うてたやん、ここ滑りやすくて危ないて。聞こえてへんかった?」 「すみません~~」 たぶん有栖川さんまでしかその声届いてなかったです~。 ううう、冷たい。心も冷たい。火村先生かっこよすぎだなぁ、本当。有栖川さんだけはばっちり守るんだ・・・。 おかしいなぁ、先日火村先生をリスペクトしてスパダリの道へ!って意気込んだはずだったのに。 なんか今日はあてられて惚気られて終わった気がします・・・。 「なにやっとるんや、坂下ぁ~~」 「は、はい~~~」 鍋島警部に怒られました。足元に気をつけて捜査に励みます。
また坂下君しかいないと思って堂々とイチャイチャする火アリです。<br />雪無し県民の私からすると本当に未知の世界で突っ込みどころ満載かと思いますが温かい目でおねがいします・・・。<br />いろいろ教えて下さったフォロワーさまありがとうございます!<br />火アリは冬に寝る時は足先をお互いに差し込みながらぎゃーぎゃー言って寝ると思います。<br /><br />3月11日小説デイリー33位、女子16位ありがとうございます~。<br />3月12日小説デイリー41位、女子86位ありがとうございます~。<br />ウイークリー50位ありがとうございます!
【火アリ】冬の捜査の注意事項
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僕は、きょうだいたちに助けてもらってばっかりだ。 彼らもいつの間にか、大人になっていたんだ。 恋心をこじらせ泣き喚く子どものような、僕と違って。 [newpage] その花の意味を知る [newpage] どうやら僕たちのいた廊下は、演劇部の部室の前だったらしい。 居合わせた、きょうだい4人。最初に言葉を発したのは、カラ松だった。 「なんだ、お前たちか。こんなところに3人でいるなんて珍しい。…フッ、さてはオレのHollywood俳優並みの名演技を見にきたんだな。だが生憎まだ練習段階…中途半端なものを客に見せることは、プロとしてあってはならないからな…今はまだダメなんだ。悪く思わないでくれ!」 相変わらずイタイやつである。が、この時ばかりは、心が救われる思いだった。 「と、話が逸れたな。丁度いい、頼みがある。今日、オレが夕飯の買い出し担当なんだが…ちょっと部活を抜け出せそうになくてな。もう帰るなら十四松、買い出しを代わってくれないか?それから、早く帰れるなら、久しぶりにマミーの手伝いをして欲しい。お前は部活が忙しくてなかなか家にいないからな、マミーも喜ぶ」 そう言って彼は、ポケットから買い物メモをとりだし、十四松に渡した。 「オレが買い出しの時は、結構重いものが多いんだ。だから、おそ松も手伝ってくれ。…あぁ、チョロ松はオレに用があるんだ。オレが呼びつけてしまっている。帰りは遅くなるかもしれないが、一緒に帰るとマミーに伝えてくれ」 誰の返事も何も聞かないまま、カラ松は一気にまくしたてた。 「買い出し、りょーかいっす!!」 「頼んだぜ、マイブラザー」 ウィンクしてそう言うと、カラ松は僕の手をとり、部室の中へ入っていく。僕はされるがままだったが、おかげでおそ松兄さんの顔を見ずに、自分の顔を見られずに済んだ。 閉められた部室の扉の外では、買い出ショートバウンド!!という十四松の叫び声と、廊下を走り抜ける足音がした。 [newpage] 突然の出来事が続いてだいぶ焦っていた僕だったが、ひとまず、おそ松兄さんから離れられたことには安堵していた。だか、突然引き込まれた演劇部の部室で、僕はいたたまれなくなっている。 「部長、突然すみません。ちょっと妹の体調が悪いみたいで…休ませて様子を見てやりたいので、隣の道具部屋を少しお借りしてもいいでしょうか?部活に迷惑はかけません」 「おう、使え使え。ただ、そんなに体調悪いなら早く帰してやれよ。お前も帰っていいから」 「すみません、ありがとうございます」 カラ松と部長さんの会話を聞きながら、こいつちゃんと真面目な会話できるんじゃないか、なんて明後日の方向を向いたことを僕は思った。 案内された道具部屋で、僕はカラ松が用意してくれたパイプ椅子に腰かけた。座ると、大きなため息が出た。 それは、あの場所から逃れられたことに対する安堵の。 見たくないものを、見てしまったがための。 「チョロ松」 俯く僕の頭の上から、声がする。 「どうしたんだ」 「…別に何も。ちょっと、いろいろあって、疲れてて」 それだけ。そう言って僕は話題を変えようとするのだが、カラ松にしては珍しく、しつこかった。 「ちょっと言うわりには、ひどい顔だぞ。何があった」 わかってる。でも、お願いだから、ほおっておいて。 「…だから、いろいろあったんだ」 これ以上、思い出させないで。 「…おそ松と、何かあったのか」 おそ松兄さん。 また、フラッシュバックする、あの光景。 視界が、歪んだ。 僕の目には、涙の膜がはっていたようで、それは、今にも決壊しそうだった。 もう、限界だった。 自分の溢れ続ける気持ちと、あんなものを見たこととで、僕の心の中はぐちゃぐちゃだった。 吐き出してしまえば、楽になれるだろうか。 愚かな僕の、愚かな恋心を。 [newpage] こんな懺悔をする僕を、許してほしい。 「…僕、ね。好きな人が、いるんだ」 それは、おそ松兄さんなんだ、とは言わなかったけど。 「でも、その人と両思いには、なれない。なっちゃいけない。そもそも、好きになっちゃいけない人だったんだ」 カラ松は、腕を組んで話を聞いている。 「だから、諦めようと思った…何度も何度も何度も何度も。他に好きな人を作ろうとも思った…何度も…っ何度もっ」 瞼のダムは、決壊してしまった。 落ちる涙のせいで、スカートの緑色が濃くなっていく。 「でも、ダメなんだ。好きで、好きで、どうしようもなくてっ…そのうえ、その人にも、僕のことを見て欲しいって、思うことすらあって。そんなの、ダメなのに。無理に決まってるのに。…あり得るわけ、ないのに」 涙のしみが、広がっていく。 「それに、その人には、両想いの人がいる…。もう、つらいんだ。…だから、今日で、終わり。…ぜんぶ」 兄を祝福できなかった、愚かな妹の恋に、終止符を。 [newpage] そこまで黙って話を聞いていたカラ松が、口を開いた。 「オレは恋というものをしたことがないから…、それで味わう気持ちがどんなものなのかは、残念ながらこの台本のようなものを通じてしか知りえない。そのうえで思うことだが…チョロ松、お前は『好きになってはいけない』と言うが、ひとを好きになるのに、何か決まりでもあるのか?」 「…は?」 「付き合うとか、結婚するとか、二人で何かをしていくというのなら、それは自分だけでなく相手も関わることだから、何かしらの決め事や決まり事はあるだろう。…でも、別に好きでいることに、許可も何もいらないんじゃないのか?」 手元の台本を机に置きながら、彼は言う。 「好きでいたければ、好きでいればいい。好きでいるのが辛いなら、やめればいい。自由にすればいいと思う。ただオレは、お前が『好きになってはいけない』などと言って、諦める理由を自分でないところに置くことが、お前が自分自身に言い訳しているような気がしてな」 言い訳。 ずっと僕は、「きょうだい」であることを理由にしてきた。 「きょうだい」に抱いてはいけない感情だと。 「きょうだい」ならば、結ばれることはないから不毛だと。 「ひとを好きになると、辛いこともたくさんあるんだろう。でも、それ以上に嬉しいことや幸せなことも、あったんじゃないのか?」 僕は思い出す。 ニッと笑う、あの、赤いパーカーの兄。 与えられた、優しく、あたたかな気持ち。 その笑顔を見るだけで。 頼りにされるだけで。 頭を撫でてもらえるだけで。 心配されるだけで。 ああ、こんなにも僕は、お前のことばかり想っている。 あんな辛い思いをしたばっかりなのに。 それでも僕は、まだお前のことが好きで好きでたまらない。 きょうだいであっても、兄であっても。 やっぱり、僕は。 また、涙が流れる。 お前のことが、ただひたすら、いとおしいと思う。 「…僕は、好きでいて、いいのかな」 「オレが決めることではないが…お前がそうしたいなら、すればいい」 カラ松は、ハンカチと一緒に、何故か青いバラを差し出してきた。 「…なに、これ」 「青いバラだ、小道具の造花だがな。花言葉は『奇跡・夢叶う』…お前の恋がうまくいくことを、祈ってるよ」 そう言って、彼は優しく笑った。 好きでいることで、与えられる幸せと辛さ。 どんなに辛くても、それでも僕は。 お前から与えられる幸せで、喜び続けたい。 それがただの自己満足だと言われても。 音が聞こえるほど降っていた雨は、上がっていた。 [newpage] 最後に僕は、カラ松にお願いをした。 「僕に好きな人がいるって話…、みんなには言わないでほしいんだけど」 秘密をバラしたうえでの隠蔽…きょうだいには心苦しいけど、今はあまり弄られたくなかった。 「構わないさ。好きな人がいるという話は、きょうだいの誰も話さないからな。チョロ松の話だけをするのは不公平だ。それに、お前とオレだけの秘密…フッ、きょうだいが知ればさぞ羨ましがるに違いない!」 「…それって、みんなにも好きな人がいるってこと?」 おそ松兄さんにも? 「オレにはもちろんいる!!オレの愛すべてを伝えたい唯一のひと、それは…お前さマイシ「雨止んだし、僕もう帰るね」 妹さんを送っていってやれと部長さんに言われ、カラ松も僕と一緒に帰った。 好きでい続けたい。 きょうだいでも、兄でも。 僕が、男の子として好きなのは、おそ松兄さんだけ。 この気持ちを、伝えて受け入れられることがなくても。 [newpage] 家に帰ると、何故かおそ松兄さんが気絶していた。左頬も赤く腫れ上がっている。 おそ松兄さんと顔を合わせる覚悟をしていた僕は、ちょっと拍子抜けした。 「何これ?!どうしたの?」 「…ぼく、外が雨だったから、部屋の中で素振りしてたんだ。そしたら、バットが、おそ松に―さんの頭に当たっちゃった…」 十四松がしゅんとして言うので、僕はよしよしと頭を撫でて、屋内素振りはダメだよと言った。この程度で死ぬような長男ではないだろうから、まぁしばらくすれば目を覚ますだろう。 カラ松が、おそ松兄さんを背負って二階へ上げた。他のきょうだいも様子を看ておくと、一緒に部屋へ行く。 その時すれ違った一松が、ものすごく機嫌の悪そうな顔をしていた。バイトのあった日は、いつも少し嬉しそうな顔をしているのに、珍しい。…それに、手には湿布が貼ってある。 「一松、何かあったのか?」 「…別に。ちょっとバイト先で、…猫と殴り合いになったというか」 一体どういう状況なのか。よく分からなかったが、一松もあまり話したそうではなかったので、ケガの心配だけを伝えた。 おそ松兄さんの看病はきょうだいに任せ、僕は夕飯の手伝いをしていた。 茶の間のセッティングをしているとき、目に入ったのは。 僕のカバンからはみ出していた、カラ松にもらった青いバラと、僕の赤いバラの押し花。 『青いバラ―――花言葉は「奇跡・夢叶う」』 僕は、何となく調べてみようと思った。赤いバラの、花言葉。 家にあった図鑑をよくよく見ていくと、どうやら「赤いバラ」と一言でいっても、その色の具合によって花言葉が違うらしい。 押し花と図鑑を見比べながら、僕は図鑑のページをめくっていく。 この押し花の色は…紅色、になるのかな。 紅色のバラの花言葉は、「死ぬほど恋い焦がれています」 …なかなか情熱的な言葉だ。 でも、僕にぴったりの言葉だと思った。 死ぬほどつらい、でも、それでもお前のことが好き。 僕は、押し花の後ろに、様々な赤いバラの花言葉を書き留めておいた。 [newpage] 夕飯ができる頃には、おそ松兄さんも目を覚ましたようだった。顔には湿布も貼ってある。 「いや~、ああいう時って、ホントにお星さまが見えるんだなー」などと言っているので、大丈夫そうだ。 「そーいえばおそ松兄さん、今日女の子から屋上に呼び出されてたでしょ~」 夕食の席で、トド松が言い出した。 一瞬、僕は表情が強張る。ご飯をおかわりするフリをして席を離れようとしたが、 「それがさ、何か女の子に引っぱたかれちゃってさ~。告白されたのにはたかれるとか、意味わからんよね~」 腫れた頬は、その時のものか。 そもそも、…抱き合って、あんな雰囲気になって、それがどうなってはたかれるに至るのか。 「…それってフラれたの?」 相変わらず一松は不機嫌そうだ。 「フラれるっていうか、そもそも付き合ってもねーよ。一方的に告られて、一方的に引っぱたかれただけ」 「日々ぐうたらしてバカなことばっかやってる人間への天罰だよね。はっ!ざまぁない」 あんなものを見せられた腹いせに、僕は悪態をついてやった。 「ちょっとひどくね?!ぐうたらでバチ当たるんだったら、世の中の半分の人間は毎日バチ当たりでしょ!!」 米粒を飛ばしながら、おそ松兄さんは喚き散らしていた。 どうやら、あの女の子と付き合うようになったわけではないようだ。 その事実にホッと胸を撫で下ろす、僕。 おそ松兄さんにかかわることのひとつひとつで、僕は心乱され、その度に安心する。 こんなことは、きっとこれからも続く。 それでも僕は、お前のことを好きなままなんだろう。 嫌いになるなんて、きっとできない。 僕は、お前に「死ぬほど恋い焦がれて」しまっているのだから。 けれど、そんな僕の片思いの日々も、終わりを迎える。
シリーズものです。<br />チョロ松が女子。それ以外は男子。<br />チョロ松の自覚~チョロ→おそ~最後はおそチョロ が目標。<br />今回もチョロ→おそ。ねつ造高校時代。<br />※話の内容に関して、以下のサイトを参照しております。<br />h ttp://matome.naver.jp/odai/2137769192124477301<br /><br />◇次回、一応ラストになります。たぶん6つ子がニートになりません。<br /><br />5人兄弟全員シスコン。チョロ松もブラコン。ご都合主義設定満載。<br />ギャグ要素皆無。公式知識もふわっと。よろしくお願いします。<br /><br />★シリーズ作品閲覧、評価、ブックマーク、フォロー、ありがとうございます!!<br /> メッセージ、感想、コメントを励みに、最後まで頑張ります。<br />☆前作が、2016年03月04日~2016年03月10日付の[小説] ルーキーランキング 49位に入りました!読んでくださった皆様に、心より感謝申し上げます!<br />☆本作が、2016年03月05日~2016年03月11日付の[小説] ルーキーランキング 84位に入りました!本当にありがとうございます!
その花の意味を知る
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小説本文は次のページからです。 ※Attention ・物語の都合上、ドラマの方が舞台となっております。原作がお好きな方、申し訳ないです ・ドラマとは全く関係のないストーリーです ・容疑者の性癖がかなり変態 ・火村英生が推理しますが、私の頭が足りず、全く推理になっていません。スルーして読んでいただいて構いません [newpage] 「はぁ…」 私は昨夜から机に置かれたままの何も書かれていない原稿用紙を手に取り、溜息をついた。 「真っ白じゃないか」 「誰のせいや!!」 昨夜、締め切り間近の小説を仕上げようとパソコンの前に座ると同時に、火村から連絡がきた。 『そっちに行ってもいいか?』 「来てもやること無いやろ」 『おまえの孤独を拭うことならできる』 「孤独にならんと書けへんやろ!」 『とりあえず行く』 「来んな!」 『アリスの笑顔が見たい』 「っ、分かった、俺の負けや。何も用意できへんからな」 こうして私は何も書けず、結局火村と楽しいお泊まり会をしてしまったのだ。 「いつも俺が来ても放ったらかしにしてパソコンと仲良くやってるじゃないか。気にせず原稿を進めれば良かったのに」 「電話であないな口説き文句聞かされた後で気にせず小説書けるか!」 「それはすまなかったな。とりあえず朝飯できたから食べるぞ」 「おう。って、朝からカレーか」 何となく香辛料の香りはしていたが、まさか本当にカレーが出てくるとは思わなかった。 「どうせ昨日はほとんど食べてなかっただろ」 「まぁ、そうやけど」 火村はテーブルに用意してあった醤油をかけて手早く食べ始める。 今日は朝から講義があるらしい。 「アリスはソースをかけるだろ」 そっと火村はソースを私の方へ寄せる。 「ありがとう。カレーにはソースやろ」 「醤油だ」 火村はカレーを食べ終えると、コートを羽織り大学へ行く用意をした。 私も家の家主として玄関まで見送る。 「じゃあ、行ってきます」 「気いつけてな」 「……」 「なんや?」 じっとこちらを見つめたままだった火村は、おもむろに人指し指を私の唇に押し当てた。 「行ってらっしゃいのアレは無いのか?」 「あほか!はよ行け!この変態准教授!!」 火村を外へ追い出し、勢いよく玄関のドアを閉める。 あのような恥ずかしくキザな行動も、火村がすると様になっているのが悔しい。 される側の気にもなってほしいものだ。 火村が家を出てから5分後、私は昼ご飯を買いに家を出た。 途中で服から帽子まで黒ずくめでマスクをつけた男とすれ違い、怪しいやつだと思って振り向こうとしたが、遅かった。 男の手が伸びてきて、思いっきり布のようなもので鼻と口を押さえられる。 次に強い睡眠薬の匂いを感じた瞬間、私の意識は途絶えた。 「おい、お前誰や!俺をこんなとこで縛って何がしたいんや」 私は廃工場のような場所で拘束されていた。 気を失っている間に上半身をネルシャツを1枚着ているだけにされたらしく、肌寒い。 「おや有栖川さん。お目覚めですか」 男の口調は至極丁寧で、どこか気味の悪いオーラを放っているように感じた。 「今から警察に電話します。火村先生も有栖川さんが家にいないことに気付いてそろそろ警察署に着いた頃でしょう。有栖川さん、余計なことを言ったら…分かりますよね?」 そして男は受話器を操作し、近くの机に置いた。設定をスピーカーにしたようだ。 「有栖川有栖を拉致しました。火村英生と喋らせてください」 警察の拒んでいるような声が聞こえたが、やがて火村の声が聞こえた。「火村さん!」と咎められているあたり、勝手に受話器をとったのだろう。 「火村先生。やっとあなたに復讐ができます。俺の人生はあなたに罪を暴かれ、警察に捕まってから狂い出しました。だから、俺は今からあなたの大切な人を殺します」 すると男は私に受話器を近付けた。 「最後に何か、火村に言いたいことはあるかな?助手くん」 男は余裕のあるような声だが、私が何か余計なことを言った時のためだろう。 しっかりと親指は通話終了ボタンに添えられている。 「おい、火村!やっぱりカレーにはソースや。それ以外は合わへん。小町さんに聞いてみ。絶対ソースやで!」 『醤油だな。ソースをかける人なんておまえぐらいだろ』 「君も今度はソースをかけてみろ。食わな後悔するで。あとな……やっぱ何でもない」 『…わかった』 男は私の話が終わった頃合いを見て、通話終了ボタンを押した。 「あなたをこのまま殺そうと思っていましたが、気が変わりました」 そう言うと、彼はカーテンのかかっている壁に近づき、自慢の絵画を見せるような笑顔でカーテンを開いた。 そこには何枚もの私よりも若い大学生ほどの華奢な体立ちの男の写真が貼られていた。 全員女性もののメイド服や制服などでコスプレさせられている。 「昔から綺麗な顔立ちをした男を着飾るのが好きでね。彼らはみんな殺しました」 「悪い趣味しとるな」 彼を睨んだが、彼は飄々とした表情で私の声が聞こえないかのように喋り続ける。 「あなたの顔も、嫌いじゃない。だから、綺麗に着飾ってから殺してやるよ」 彼の口調は次第に荒々しくなり、ズボンからナイフを取り出し、私のネルシャツのボタンを1つづつ切っていく。 いくら冷静を装っても、殺される恐怖は拭えない。 ボタンが外されて行くのが、死へのカウントダウンに思えてきて、自分の心臓の音が鮮明に聞こえ出した。 全てのボタンを切り終えると、彼は小さい倉庫のような部屋へ消えた。私に着せるための服を取りに行ったようだ。 何とか逃げられないかと縄で拘束された両手を動かしてみたが、かたく巻きつけてあり、とても抜けそうには無い。 本当に私の人生は終わりなのかもしれない。 後ろから足音が聞こえてきた。恐らくあの男が私の衣装を持ってきたのだろう。 いよいよ、私は死ぬのだ。 走馬灯のように今までの思い出が私の頭を駆け抜けていく。そのどれもが火村と共にいた時間だった。 頭を撫でてくる火村。 唇に指を押し当てる火村。 …もっと火村に甘えればよかったな。 後の祭りとは正にこのことだと自嘲した。 「バカやったな、俺は」 「今更気付いたのか、アリス」 真後ろで止まった足音から聞き慣れた声とキャメルの香りがした。 「へ、火村?なんで、おるん…?」 「俺が恋人が連れ去られたのに助けにも来ない非道な男だと思っていたのか?しかし、残念だな。どうせなら女装していてもらえば姫を助けに来た王子になれたのに」 「ふざけてる暇があるんやったらさっさと縄を解いてくれ、王子様」 感動の再会のはずなのに火村のせいで涙も引っ込んでしまった。 仕方なく火村のシナリオにのってやると、火村は満足そうな笑みを浮かべ、私の手と足を縛る縄を持ってきたナイフで切った。 「よし、今のうちに逃げるぞ。アリス、立てるか?」 「おう。っ、待って!火村っ!!」 私の腕をひいて走ろうとした火村を止め、私は床に座り込んでしまった。 「アリス!大丈夫か?」 「た、立てへん…」 長い間縛られていた為、足が痺れて感覚が無くなってしまったらしい。 「そうか、参ったな。俺も同い年の男を担げるほど鍛えては…」 火村は振り返り私を見て、驚いたような顔をして立ち尽くしている。 「火村?どないした?」 「いや、すまない、全く気付かなかった。随分と大胆な格好をしていたんだな、アリス」 火村は着ていたコートを脱ぎ、私に着せて浅いキスをした。 「ちょ、火村こんな時に…んっ、はぁ、何して…んっ…」 今度は深いキスをされて息が苦しくなり、薄い涙を浮かべた。 「アリスがあんな淫らな格好をしているのが悪い」 「俺のせいか!?」 「お取り込み中申し訳ないが、」 声がした方を向くと、男が物凄い形相でこちらを睨みつけていた。 「火村。そいつは俺のだ。邪魔するな」 「誰もうちのアリスをお宅にあげると言った覚えはありませんよ」 「ちっ、残念だよ、助手さん。もう少し長生きできただろうに。お前ら2人ともあの世に送ってやるよ」 男がぐっとナイフを構え、じりじりとこちらに歩み寄ってくる。 最悪の状況かもしれない。 私はいま歩けない。そして、火村も犯罪学を専門としていても、武道をわきまえていると聞いたことはない。 「火村!君は逃げろ!たぶんアイツは満足するまで俺は殺さないはずや!」 「お前がアイツの好きなようにされるくらいなら、ここでアリスと死んだ方がましだ」 「なにこんな時までアホなこと言うてんねん!」 しかし、火村は離れようとせず、私を庇うようにしっかりと抱きしめる。火村の体温の安心感と目の前の恐怖により、私の視界はぼやけ出した。 「馬鹿。こんな時まで格好つけなくても…なぁ、火村。ごめんな…うぅっ、俺のこと助けに来たからお前まで…」 「そんなに俺が助けに来たのが嫌だったか?」 「ぐすっ、いや、めっちゃ嬉しい」 「じゃあ泣くな、アリス。大丈夫だから」 火村は私の頭を撫で、次に手で私の目を覆った。 何をしているのかと思った瞬間、一気に色々なことが起こり、私の思考は追いつかなくなった。 まずは男のうめき声が聞こえ、隣から火村の気配が消え目隠しが無くなり視界が開けた。 「うぉ、眩し…」 あたり一面真っ白に見える中で目がくらむ前に、一瞬だけ火村が男が持っているナイフを叩き落とす姿が見えた。 金属が落ちる音。 私の目がようやく見え始めたのは、男が警察に取り押さえられていた頃だった。 「くそっ!なんでお前はここが分かったんだよ。火村!!」 「うちの優秀なアリスが電話で教えてくれたからな」 火村はまた私の元に戻り、よしよしと頭を撫でながら言う。 「あの電話でアリスが言ったことを要約すると、こうなります。『カレーにはソースだ。小町さんに聞いてみろ。絶対にソースと言うから。』では、実際に小町さんに聞いてみましょうか」 そう言うと火村は手招きし、小町さんと呼ばれた女性の刑事を連れてきた。 「小町さん。もう一度あなたに聞きましょう。カレーにはソースですか?醤油ですか?」 「またそれですか。…醤油です」 「はい。ここまで聞いて、まだ分かりませんか?」 「意味わかんねーよ。カレーにソースをかけようが醤油をかけようが、この場所の手掛かりには何にもならねーだろ」 どうやらこの容疑者は回りくどい話が嫌いなようだ。 先程から使う言葉が荒々しくなっている。 「そうですか。では答えを言いましょう。小町さんはカレーには醤油をかけると言いました。おや、アリスの言ったことと矛盾しますね。つまり、ソースと醤油はカモフラージュの単語です。本当に必要な単語は『カレー』、『小町さん』。ちなみに、小町さんというのはアリスがつけたあだ名で、この方の本名は小野さんです」 容疑者がきっ、とこちらを睨んできた。どうやら答えが分かったようだ。 「お気付きのようですね。アリスが私に伝えた本当のメッセージは、『小野駅周辺のカレー屋』。そして、そこで人を隠せそうな場所はこの廃工場しか無かった、というわけです。どうだアリス、正解だろ?」 「大正解や。火村先生」 「でも!なんでこいつは、この場所を知ってたんだよ!ずっと椅子に縛り付けるまで意識が無かったんだぞ」 容疑者は俺を指差して荒々しく言った。 「簡単なことです。な、アリス?」 だんだん足の痺れが消えていくのを感じながら私は答えた。してやったり、という笑みを浮かべて。 「あぁ。もう目覚めとったけど、寝たふりかましてただけや」 その後、容疑者は無事逮捕され、夜も更けていたことから私への聞き込みは明日となった。 「泊まってけ」 「もちろん、そのつもりや」 私と火村は手をつなぎながら、夜の京都の街を歩いている。 初めは手を繋ぐことが恥ずかしかったが、火村は私が羽織っている火村のコートのポケットに繋がれた手を突っ込み、すっかり落ち着いてしまった。 「キャメルが吸いたいな」 「君のズボンのポケットに入っとるで」 火村がズボンのポケットを探ると、封が切られていないキャメルの箱が出てきた。 「全然気付かなかった。なんでお前が知ってるんだ?」 「いつもダラシない格好してるからやろ。季節外れのサンタさんやないか?」 実は昨夜、私は火村が家に来ることが決まった後、全く小説を書くことに集中できなかった為、外を5分ほど散歩していた。その時にどうせなら、とキャメルを買っていたのだ。 「そうか。アリスからのクリスマスプレゼントか」 「え!?なんで分かったん!?」 「本当にアリスが入れてくれていたのか」 「だ、騙されてもうた…」 火村はキャメルを封も切らずに胸ポケットに入れた。 「吸わへんの?」 「お前がくれたタバコは大事に吸う」 「吸えや!俺もタバコも報われへん」 冗談交じりに火村を睨むと、彼は照れているのか顔を合わそうとしない。 「なぁ火村、こっち見て」 私は火村の顔がこちらを向いた瞬間を狙い、キスをした。 背伸びをしないと届かないことも、火村みたいに上手いキスをできないことは悔しい。 しかし何よりも悔しかったのは、私の体勢が苦しくないように腰に手をまわしてきていたことだった。 「アリス、何を…」 「眠り姫から王子へお礼のキスや。黙って受け取れ!」 下宿へ戻り、私は手早く下宿に置かせてもらっている寝巻きに着替えて一階へ戻ると、嗅ぎ慣れた香辛料の香りが鼻をさした。 「今日はカレー日和やな」 カレーの置かれた机の真ん中には、いつものように醤油とソースが置いてあったが、火村はソースを手に取りカレーにかけて食べ始めた。 「アリス、お前は醤油をかけて食べてみろ」 「なんや、面白そうなことしてるやないか。いいでー」 そこで私も醤油をかけて食べ始める。 「あらあら、珍しいこともあるもんですなー。火村先生がソースを、有栖川さんが醤油をカレーにかけて食べるなんて」 下宿の管理人の時絵さんはニコニしながらキッチンから戻ってきて、ソファに座ると今度は背もたれにかかっている火村のコートを見つめた。 「どないしたん?時絵さん」 「火村先生のコートのポケットに何か入ってるみたいで、ごつごつしますわ」 火村を見ると、「出していいぞ」とお許しが出たので出してみる。 出てきたのは小さい機器のようだ。ボイスレコーダーのように見える。 「なんや、これ」 「アリスと俺の電話の会話が録音されている。一応録っておいたんだ」 「はよ消せ!なんか恥ずかしいやろ!?」 「えー、わたしは聞きたいですけどなー。火村先生と有栖川さんの、''秘密の伝言”を」 火村がボイスレコーダーをかける。 『「おい、火村。やっぱりカレーには…」』 「火村!はよ止めろ!」 「有栖川さん、しー」 火村はニヤニヤとして、時絵さんは静かに、というポーズで聞き入っている。 やばい。 別に自分の声が流されることに問題はない。しかし、これにはあまり聞かれたくない言葉が残っているはずだ。 「時絵さん、こっからは聞かんといて!」 私は時絵さんの耳を塞いだ。 「有栖川さん!邪魔せんといてください」 時絵さんと私が暴れている間も、私と火村の会話は流れ続ける。 ちらりと火村を盗み見すると、ある箇所で火村はぐっとボイスレコーダーに耳を近づける。 どうやら、私が火村へ送った本当の''秘密の伝言”に彼は気付いているようだ。 私としては、聞き取れない程の小さな声で言ったつもりだったが。 『「ソースをかける人なんてお前ぐらいだろ」「君も今度はソースをかけてみろ。食わな後悔するで。あとな…」』 『「……はよ、そばに来て」』 火村がそっと微笑むのを見て、私は人知れず赤面するのだった。
前作→<strong><a href="https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=6504882">novel/6504882</a></strong> 追記:コメント、タグ追加、ありがとうございます!おかげさまでルーキーランキングに入れていただきました!<br />ドラマの9話予告を見て、どうしてもアリスが拉致される話が書きたくて我慢できませんでした!<br />前回よりはシリアスですが、容疑者の前でもイチャイチャする火アリ、萌えます笑<br /><br />*私の黒歴史になりかねない小説だったので、1ページ目に注意書きを書かせていただきました。小説本文は2ページ目からとなっております。
秘密の伝言
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秋の気持ちの良い風が、微かに頬を撫でていく。 陽の当たる温かい屋上で、昼飯を終えてくつろいでいるのは、バレー部一年の男子が三名。 この一ヶ月ほど、三人はこうしていつも一緒に昼飯を食べている。だから山口も、いい加減目の前の光景に少しは慣れてきた。少しは。 「月島クンは、今日はどうしたんですか?」 「朝、清水先輩と廊下で会った時に挨拶したんだよね。そしたら、田中さんと西谷さんがすごく絡んできてウザかった。」 「あ~二人共、きよ…清水先輩大好きだからな。」 座っている月島の足の間に、その胸にもたれて日向はちょこんとお行儀よく収まっている。 後ろから自分より一回りも二回りも小さい体を抱きかかえるような姿勢で、月島は日向の髪をいじいじと触っては、一束つまんでみたり、撫でつけてみたり、鼻をうずめたりして遊んでいた。 「…日向の髪、今日もふわふわで気持ちいい。癒される。」 「それは良かった。自主練でブロック跳んでくれな!」 「じゃあ帰りも触らして。」 月島の雰囲気は常と比べて驚くほど緩い。 柔らかい表情で、日向に話しかける声はまるで甘えているような響きだ。 日向の方も、月島に返す声こそ普段の明るいそれだが、前から二人を眺めている山口にはちょっと頬を染めて嬉しそうに笑っているのが分かる。 もうこの一ヶ月ほぼ毎日こんなピンクのハートが飛び交う幻覚を誘う光景を見せつけられている山口は、二人に分からないようにこっそり溜息を吐いた。 信じられる? この二人、付き合ってないんだよ。 *** 一応、事ここに至るまでの経緯めいたものはあった。 その日、月島は全くついていない一日を過ごしていて、すこぶる機嫌が悪かったのだ。 朝方変な時間に目が覚めてしまって二度寝の結果寝坊するし、登校しようと家を出れば突然靴の底がはがれて靴が壊れるし、朝練では右手も左手も突き指するし、授業ではちょっと聞いていなかった時に突然当てられるし、いいことが一つもなかった。 だから、休み時間に一息つこうとしたところで、騒がしさの塊みたいなチームメートがクラスに駆け込んで来た時、月島は露骨に嫌な顔で出迎えてやったのだ。 「月島ぁー!分かんねぇとこ教えて!」 「はあ?嫌だけど。」 ぴょこぴょこ跳ねるようにやってきた日向翔陽は、月島が断っているのにも関わらず、持って来たノートを月島の机に置いて前にしゃがみ込む。 小さな右手にはシャーペンを握りしめていて、それを見たら、もうせめて筆箱ごと持って来いよとか思ってしまう辺り、なんだかんだ月島も弱い。 いつの頃からか、これと王様の勉強の面倒を当たり前のようにみるようになっていて嫌だ。 「なんで僕?谷地さんに聞けば?」 「谷地さんマネの仕事してんだもん!頼むよ月島ー!帰り肉まん奢る!」 この通り!と手を合わせる仕草を見るのも何回目だろうか。 でも今日は本当に虫の居所が悪くて、出来れば断りたいなと思いながら月島は日向が持ってきたノートに嫌々目を落とした。 何かケチをつけて追い返せないかなと思ったのだ。 けれどケチをつけるどころか、そのノートには一生懸命自分でやってみようとした形跡があちこちに残っていて、日向が一応は自分で努力してみたのだなと見て取れてしまった月島の溜息を誘った。これは見てやるしかなさそうだ。 「……これ?」 「おう!ここな、この長文、単語全部調べたけど意味わかんなくて!」 下手くそな字で書かれたそれに目を通しながら、月島は自分のペンケースからシャーペンを取り出して文の構成が分かりやすいように斜線で区切ってやった。 「thatがかかるところが違ってる。この文だったら、こういう風に切れるから。」 「んん〜?ええっと…こういうことか?」 日向はうんうんと頭を抱えながら、ゆっくりと訳を書き込んでいく。 「そう。あと、こっちは単語の意味が間違ってる。スペル似てるけど、違うから。辞書引き直して。」 「えっマジ!?」 「ちゃんとよく見て落ち着いてやりなよ。完全に意味おかしいデショ。なんで気付かないの。」 何度勉強をみてやってもその度に、日向も影山も馬鹿すぎて理解不能だと月島は思う。 時々月島の舌打ちを挟みながらも、なんとか持ってきた範囲を解き終えると、日向はぱあっと顔を輝かせた。 「出来た!合ってる?!」 「まあいいんじゃないの。」 「やった!今日は当てられても怖くない!サンキューな月島!」 満面笑顔でなんの憂いもない幸せそうな顔をする日向に、なんだかよく分からない感覚が月島を襲った。 胸の奥がぎゅっとするような、もやっとするような、イラっとするような。 衝動そのままに、月島はそのほやほやした笑顔の日向の下痢ツボを思いっきり押してやった。 人差し指と中指ががつんと衝撃を与えた後に、ふわりと。 柔らかい、弾力のある艶やかな髪がその指に触れる。月島はその感触に目を見開いた。 「グエ!いってェ!なにすんだよ!!」 「いや……」 月島は、自分が仕掛けた嫌がらせにも関わらず、悶絶する日向よりも遥かに動揺していた。 自分の右手をそのままどこにやったらいいか分からず固まる。 指先にはまだ、日向の髪の感触が残っていた。 「君、なんか髪が…」 「髪?ああ、母さんがシャンプー変えたんだ。いい匂いでおれも気持ちいー!」 分かる?と言って、日向が嬉しそうに自分の髪をくしゃくしゃっとする。 女子みたいなことで喜ぶなよ、といつもだったら突っ込んだかも知れない。けれど月島にその余裕はなくて、目が吸い寄せられるように日向の橙色の跳ねた髪の毛を見つめながら呟いた。 「手触りがなんか違う。ふわふわしてる。」 「そうか?」 キョトンとした日向の、少し傾げられた首に、ごくりと月島は喉を鳴らす。 まるで野良猫に触れる時のように、恐る恐る、そっと手を伸ばして、月島はもう一度日向の髪に触れた。 ふわ、ふわと柔らかく、それこそとびきり質の良い毛皮を撫でている時のような幸福感が月島の指先からじんわりと全身を包んだ。 気持ちいい。今日あった嫌なことが、溶けだしていくようだ。 そっと梳いて、撫でつけていると、日向がますます首を傾げる。 「気持ちーのか?」 「………。」 「なんか照れくせーな!」 本当に照れているようで、頬を微かに染めた日向がそう言って笑うので、本当は名残惜しさもあったのだがさすがに月島も手を髪から離した。 「ごめん。」 「いつでもどうぞ!勉強のお礼な。」 日向はもう一度礼を言って、元気よく教室から出て行く。 月島の右手はほんわりと温かくなっていた。 その日の部活、月島の調子はそこまで悪くはなかったのだが、運はとことん悪かった。 何故か影山のサーブはやたらと飛んでくるし、スパイクはことごとく澤村と西谷のファインプレーで拾われるし、他にも細々ついていなかった。 「ツッキー、なんか今日災難だったね…。」 「別に…。」 部活が終わった後、部室で着替えながら山口はそうねぎらってくれた。 小さなことばかりだったのに、山口はよく見ていて、月島の気分をこれ以上損ねないよう、気を遣って喋ってくれる。さすがの一言である。 「あ、俺、今日嶋田さんのところ行くんだ。先に帰るね、ツッキー。」 「分かった。」 今日は月島は鍵当番なので、一緒には帰れない。 そういえば、とふと日中のやりとりを思い出して、月島はもうほとんど着替え終わっている日向の方を振り返った。 「日向、ちょっと。」 「お!月島、今日肉まんな!忘れてねーから!」 「僕、鍵当番だから…」 だからそれはもういいよ、と月島は言うつもりだった。 そもそも日向のように年中腹を空かせている訳でもなく、肉まんが大好物という訳でもないのだ。 だが、月島がそれを言う前に、日向は当然のように言った。 「じゃー最後だな。おれ、外でボールいじってっから、月島、鍵閉め終わったら声かけて!」 そうして、ボールを掬い上げるとぴゅっと部室を飛び出して行ってしまう。 呆れてしまうほど落ち着きのない生き物だ。 断りの機会も失くしてしまった月島は、まあ本人がああ言っているのだからいいのかとそれ以上日向を追うことは諦めた。 部員が全員帰り終わってから月島が外に出ると、とっぷり暮れた夜の風情の中、日向がぽんぽんとボールをひたすら上にトスしていた。 お待たせ、と月島が言うと、早く肉まん食いに行こうぜ!とまるで今日一日が始まったばかりみたいな元気な声が返ってくる。 日向は基本的に、いつも元気だ。騒がしくて、喧しいけど、元気で、明るくて、陽が落ちてこんなに真っ暗になった後でも彼の傍だけ昼間みたいな空気がある。 自転車を押す日向と二人、並んで坂の下商店へ向かう。 ひょっとして誰か他の部員も、肉まんをそこで食べているんじゃないかと思ったけれど、今日は生憎誰もここで足を止めはしなかったようだ。 日向が肉まんを買ってくる間、月島は日向の自転車を持っててやった。 ちゃんと止めていけばいいのに、「月島頼むな!」と言った次の瞬間には日向はぴゅっと店の方へ駆け出していた。 両手で自転車を支えながら、ああ、少し低いな、と月島は思った。 月島はあまり自転車には乗らないが、サドルの位置が、月島の家に置いてあるものとは全然違う。 「月島!はい肉まん!今日はありがと!」 「どうも。」 日向から肉まんを受け取って、並んで二人熱いそれを口にしながら、月島はぼんやりと、商店の方からの光で照らされる日向の横顔を見つめた。 嬉しそうに肉まんに大きな口でかぶりついているその上で、ふわふわとオレンジ色の髪が揺れている。 ぴょんぴょんとあちこちに跳ねるその髪に、月島の目は自然と吸い寄せられる。 昼間の触り心地が思い出されて、「触りたい」という欲求がふつふつとどこかから湧いて来た。 いやでも、おかしいだろう。 彼女なり相手ならともかくとして、男の髪の毛を触りたいなんて。 昼間は日向の髪のあまりの触り心地の良さに驚いて、半ば勢いで手を伸ばしてしまったが、今はそれもない。月島の思考は理性と欲求の間でぐらぐら揺れた。 「日向…」 「うん?」 なんの邪気もない素直な子供のような大きな瞳に見上げられて、月島の鼓動は速まった。 触りたい。でも自分は例えば菅原のように、特に何の理由もなくても日向の頭を撫でてやることが出来るような、そういう立ち位置の人間じゃない。 頭撫でてもいい?なんて、聞いたらどう考えても気持ち悪いだろう。日向もドン引くかも知れない。拒否されるかも。恥をかく。 「どうした?」 呼んだくせに黙り込んでしまった月島に、不思議そうに日向が尋ねる。 こてんと首を傾げる仕草は幼いものなのに、どこか包容力を感じさせる声音だった。 何を言っても許してくれるような。この感覚は知っている。いわゆる「お兄ちゃんの声」だ。 部活の中では末っ子扱いされがちな日向の意外なこういう一面を、兄のいる月島は敏感に感じ取れる。 背中を押されるように、月島の口から頭をぐるぐる回っていた一言が転がり落ちた。 「あのさ、髪触っていい?」 自分の言っているのがおかしなことだと自覚のある月島は、気まずさと緊張で胸が苦しいほどだった。 だが日向はそれを聞いても、ちょっと驚いたような顔はしたが、その顔に嫌悪だとか怪訝だとかそういった言葉が当てはまるような感情は浮かばなかった。 「いつでもどうぞって言った!」 にかっと日向が笑って、撫でやすいようにという配慮なのか、くるりと月島に背中を向ける。 そして確かに、正面に日向の顔を見つめながらそうするよりそれは大変やりやすかった。 肉まんを持っていない方の手を伸ばして、後頭部を覆うように髪を撫でつける。月島は息を呑んだ。 誰だって、手触りのいいものが好きだ。毛並みのいい猫の背中、上質な毛布、触れると自然に心が和らぐ。 日向の髪はさらさらふわふわしていて、撫でつけると手のひらに心地よい熱が伝わってくる。 小さな頭は月島の手のひらの温度よりも温くて、子供のそれみたいだった。 「月島が、人の頭撫でるの好きとか意外~!おれも好きだけど!夏…あ、妹だけど、夏の頭なでなでぐりぐりしてると、超癒されるし。」 「……別に好きな訳じゃないけど。」 「え?だって撫でてるじゃん。」 「いや、君の頭が撫で心地が良すぎて…なんか癒される。」 ふーん、そう?と言いながら、日向は自分でも前髪を触ったりして首を傾げている。 もうすっかり肉まんを食べ終えて、月島が手を離すのを手持無沙汰に待っている日向に、月島はようやく気付いてその手を離した。 「ごめん。もう行こうか。」 「ん!」 日向が止めていた自転車に手をかけている間に、残りの肉まんを口に放り込む。 歩き出す前に、日向はなんでもないことのように言った。 「じゃーまたなんかあったら癒してやるからな!」 *** その翌日、月島は昼食に日向を誘った。 いつもは山口と二人で食べていたからそんなのは初めてのことだったし、山口はもうその時点で目を丸くして驚いていた。 ただ山口が、目玉が飛び出て戻って来れなくなるくらい真に驚愕にみまわれることになるのは、三人で中庭で昼飯を食べ終わった後のことだった。 「日向、…あのさ、頭…」 「ん?撫でる?なんかあった?」 「うん。」 弁当箱を片付け終わってパックの抹茶オレを飲んでいた山口が、ぶふぉっと変な音を出してそれで咽た。 混乱で目を回す山口をよそに、月島は日向の髪を慎重な手つきで撫でつけ始める。 ああ、やっぱりこの温さ、柔らかさがたまらない。 ほっこりした幸せを感じている月島の鼻を、甘い香りがくすぐった。 「…いい匂いまでする。」 「シャンプーじゃねーか?おれ、なんもワックスとかつけてねーし。」 「つけなくていい。」 このフワフワ艶々した髪ににそんなものは必要ない。 甘い香りに誘われて、月島はそっと日向の旋毛に鼻を寄せた。 「ぎゃあ!!」 山口の悲鳴だかなんだか分からない声が上がったが、月島は無視した。 鼻先が日向の頭に触れると、とんでもなくいい香りと、程よい温もりと、柔らかな髪に包まれて最高の心地だった。 「ちょ、ちょちょ、ちょっとツッキー、なな、なに、なにしてるの?それ、ひ、日向だよ?いや、日向だし、え?なに、どういうこと?」 「山口うるさい。」 「山口噛みすぎ!」 まあ、こういう反応が返って来るだろうなとは思っていた。 だから月島は、他に人目のある教室では弁当を広げず、わざわざ中庭まで足を運ぶことを選んだのだ。 「……日向の髪が、気持ちいいから。」 「はいぃ!?」 「なんかさー、癒されるんだって。山口も触ってみる!?」 「チョット、何勝手に貸し出そうとしてるの?」 「いーじゃん別に。おれの髪だぞ。」 月島が横に目線を流すと、山口はなんとも形容しがたい顔をしたまま固まっていた。 溜息をついて、日向の頭に額を押し当てて、月島は低い小さな声で吐き出す。 「…他の人には、言わないでよね。」 絶対にからかわれるし、恥ずかしいし、こんな風に和んでいる姿を他の誰にも見せたくない。 月島の言葉に、山口ははっと体を揺らした。 こんな風に日向に甘えている無防備な姿を、月島は他の誰にも知られたくないと告げながら、しかし山口にだけはそれを許しているのだ。 圧倒的な喜びがこみ上げて、山口は感動のまま大声で叫んでいた。 「わ、分かったよツッキー!俺、絶対誰にも言わない!!!」 「山口うるさい。」 「ごめんツッキー!」 と、こんな風にして、月島と日向、そして時々その場に山口が居合わせる、奇妙な「癒しの時間」が始まったのだった。 [newpage] 日向の朝は早い。バレーの自主練の為だし、影山に張り合っているせいでもあるし、それからもう一つ、朝の支度に時間がかかるようになったからという理由も最近付け加えられた。 「よし!これでオッケーかな。」 日向は鏡の中の自分を満足げに見つめてドライヤーのコンセントを抜く。 少し前からこんな風に、日向は朝にシャワーを浴びるようになった。 何故って、その方が髪の毛の仕上がりが良いからだ。 山を一つ越えて自転車を漕いでいくのだからセットとかそういうのは全て崩れてしまうけれど、朝にシャンプーをして、自然乾燥ではなくてきちんとドライヤーをかけていくと、月島のご機嫌が良くなる。 日向が眠たい眼をこすって朝一生懸命早起きするのは、月島に気持ちよく頭を撫でてもらうためなのだ。 我ながら健気で且つ気持ち悪い理由だ。 月島が日向の頭を撫でるようになって、一ヶ月が経った。 日向にとっては、幸せな一ヶ月だった。そう。いくら日向だって、何とも思っていない同性のチームメートのために、毎日頭を差し出して時間を浪費するなんてことはしない。 日向は最初から、月島のことが好きだったし、だから喜んで彼に頭を差し出しているのである。 月島は知らないだろう。 毎日どんなにドキドキしながら、幸せな気持ちを噛み殺しながら、日向が月島に頭を撫でられているか。 平静を装うのも最近は必死だ。何せ月島ときたら、撫でるだけに飽き足らず匂いを嗅ぐのに鼻をうずめたり、後ろからほとんど抱きしめるみたいな形で頭に頬を寄せてくるのだ。 そういう時には月島には基本的に背を向けているから、まだなんとなっている。 正面から顔を見られている山口には早々にバレた。 「日向ってさ……ツッキーのこと…?」 おずおずと、まるで申し訳ないような顔で山口がこっそり尋ねてきたのは、昼休みのそれが恒例行事になって一週間ほど経った時のことだった。 「あ~~…バレるよな。」 「…やっぱり?」 「うん、おれ、月島のこと好きなんだ。」 他人に言うのは初めてだったから、日向は大いに照れながらそう言った。 「ツッキーはそのこと、知らないんだよね?」 「知ってたらあんなことしないんじゃねーの?」 「そっかぁ……。」 山口はえらく複雑そうだった。確かに昼間のあれだけでも、きっと山口には受け入れがたい光景であろうに、更に日向が月島に恋愛的な意味で好意を寄せていると知ったのだ。 どう受け止めていいか分からないのだろう。 「なんかごめんな山口。」 「え!日向が謝ることないよ!俺の方こそ、なんかごめん。気になっちゃって…。」 山口は月島にそれを言うことはしなかったようで、それからも変わりなく月島は日向の頭を撫で続けている。 だから日向は今日も朝頭を洗って、ドライヤーで乾かして、意気揚々と学校へ向かうのである。 「行ってきまーす!」 日向はその時まだ、今日という日が自分と月島の関係を大きく変える一日になることを知らなかった。 昼休みのことだ。 もうすっかり三人で食べることが習慣になっていたので、日向はウキウキした気持ちで中庭に向かった。 「…あれ?月島いねーの?」 「うん。ちょっとね、女子に呼び出されちゃって…」 いつもの場所に一人待っていた山口は、気まずそうにそう言った。日向の気持ちを知っているから、気を遣ってくれているのだろう。 「そっか。遅くなりそうなら、食べてようぜ。」 「あ!あのね、日向!ツッキーのタイプじゃなさそうだったよ!カワイイ系だったし!ツッキー前に、大人っぽい美人が好きって言ってたから!」 「大人っぽい美人かあ……。」 日向を慰めようと懸命に述べ立てられた山口の言葉だったが、日向はむしろ落ち込んだ。 なんだかリアルに、月島の横に女性が並ぶところを思い描いてしまったのだ。 「そうだよな…月島だっていつか、そういうひとと付き合うよな。」 「ええ!?いや、そういう意味じゃなくて…!っていうか、俺さ、ツッキーは、その…」 「いいよ山口、そんな慰めようとしなくても。でもサンキューな!とりあえず食お!」 弁当箱を広げて、好物がたくさん詰め込まれたそれに箸をつけて、日向はほとんど無理やりそれを口の中にかき入れた。 月島は今頃、女の子に何て言われているんだろうか。 好きです、付き合ってください。結局はそんなところなんだろうけれど。 バレーしてるところ見て、格好いいなって思って。いつもしゅっとして、しゃっとして、意地悪に見えるけど本当は優しいところも甘えたなところもあって、それで……。 ああ違う。これは自分の言葉だ。自分が月島に隠して持ち続けてる言葉。 「日向?」 「あ、悪い山口、聞いてなかった。」 「大丈夫…?」 山口があまりにも優しい声で心配そうに聞いてくるので、日向はますます惨めな気持ちになった。 「ごめん、おれちょっと、なんか飲み物買ってくるから待ってて。」 「うん。じゃあ待ってるね。」 にこっと笑顔で返してくれる山口は、あの月島と何年も付き合い続けているだけあって、気遣いの塊みたいだ。 日向はポケットに小銭入れが入っているのだけ確認して、手ぶらでその場を後にして校舎の方へ向かった。 日向がその女子集団に気付いたのは、校舎への入り口すぐ近くまでたどり着いた時のことだった。 すぐ横の木陰で、きゃーと女子が数名、黄色というよりは桃色の声をあげてはしゃいでいる。 日向が足を止めたのは、名前が聞こえたからだ。 「月島くんね、土曜日、デートしてくれるって!」 足を止める、どころか全身固まって頭も心臓も全部が機能を停止してしまったかのような一瞬だった。 「良かったね~!すごいよ、月島くんて、今まで色んな女の子に告白されてるけど、そんなの聞いたことないし、やっぱり脈ありだったんだね!」 「嬉しい~!土曜日どうしよ!何着ていこう!やっぱりミニスカかな!?」 「足綺麗なんだから見せてかないと~。」 月島は、呼び出された女の子に、そんな色良い返事をしたのか。 会話から察して、日向は目の前が真っ暗になった。 あの子と、月島は付き合うのかな。いつも月島の隣にあの子がいるようになって、月島はお昼もあの子と食べて、バレーの後にはあの子と帰る…? 自分の知らないところで、二人は手を繋いだり、好きだって言ったり、そのうちにはキスもしたりする。 吐き気がするような胸やけを覚えて、日向はフラフラと足を踏み出した。 校舎の方でなく、今自分が来た道を覚束ない足取りで引き返す。 「ひ、日向!?どうしたの、顔真っ青だよ!」 「やまぐち……。」 「飲み物は!?途中で気分悪くなっちゃった!?」 山口の手に促されて座り込みながら日向は、ああ、全然分かってなかったんだ、と思った。 月島が彼女を作ったって、全然おかしくないんだってこと。 そうなった時に、自分がどんなにショックを受けるのかってこと。 下手に毎日月島と密やかな時間を持てる今、一か月前より遥かに自分は月島への恋心を大きくしている。 それだけに、失恋の痛みは日向がなんとなく想像していたよりも遥かに日向を打ちのめした。 「……つ、月島が…」 「ツッキーが?」 「僕が何?」 上の方から割り込んできた声に、日向と山口は揃って弾かれたように顔を上げた。 弁当の包みを持った月島が、いかにも疲れましたという顔で気だるげに立っている。 「あー、遅くなった。早く食べよ。」 月島はそう言って座り込みながら、あまりにも当たり前のように、日向の頭をくしゃりと撫でた。 いつものことと言えばそうだったのだけれど、日向は思わず強張っていた体をびくっと震えさせて、そして反射的にその手を鋭く振り払ってしまった。 「あっ……」 「……チョット、何。」 手を振り払われた月島は、むっとした様子で日向を睨みつける。 日向は怯えで自分の指先が震えるのが分かったが、でも、謝る気には到底なれなかった。 「も、もう、頭触んのやめて欲しい。」 「はあ?どうしたの藪から棒に。」 「ひ、日向どうしたの?やっぱりなんかあったの?」 山口が日向の肩にそっと手を添える。日向がそれに縋るように手を重ねたのに、ぴくりと月島の眉が動いたが、地面を見つめていた日向は気付かない。 「おれじゃなくても、月島には、月島のこと好きな女の子がいっぱいいるじゃん。そういう子に撫でさせてもらえよ。」 思ってもいないことが口をついて出てしまう。本当はそんなこと、一つも望んでないのに。 ぎゅうと山口の手を握りしめて月島の目を見ようともしない日向に、月島は溜息をついた。 「何それ。自分がモテないからって僻んでるの?」 「……そんなんじゃない…」 「ちょっとツッキー、やめなよ。」 「僕はむしろ迷惑だけど。昼ごはん食べる時間も短くなるしさ。どうせ断るだけなのに。」 月島の言葉に違和感を覚えた日向は、怪訝な顔で月島を見上げた。 「……え?お前、土曜日あの子とデート行くんじゃねーの?」 「はあ?行かないよ。なんか無理やり押し付けられたけど、後でもう一回ちゃんと断りに行く。面倒だけど、放置した方が面倒くさいことになりそうだからね。なんか喧しい子だったし。」 何を思い出しているのか、月島は苦虫を噛み潰したかのように顔を歪めてそう言ったが、けれどそこで言葉を切って、ふと表情を緩めて独り言のように呟いた。 「ああ、でも、髪の毛はちょっと綺麗だったかな…。」 その言葉を聞いた日向の顔が、かあっと赤くなった。 月島が、誰か別の、月島のことを好きな女の子のことを思い出しながら、よりによって髪の毛を綺麗だと褒める。 日向の頭は沸騰しそうにそれに憤った。こんなの酷い。月島は酷い奴だ。 「月島の馬鹿!!」 「はあ??」 「変態!髪の毛フェチ!おたんこなす!ぼけ!!」 日向に大声でヘンタイと叫ばれた時点で月島はぴしりと固まっていたので、一つの反撃も返って来なかった。 山口は「ああああ」と横でおろおろしていたが、日向はもうどうにも自分を止めることが出来なかった。 「どうせおれのじゃなくても、気持ちいい髪の毛だったらいいくせに!もうお前には絶対触らせねー!ばーか!ばか!!」 「あ!日向!」 山口の静止を振り切って、弁当を引っ掴んで立ちあがった日向は脱兎のように逃げ出した。 そう、逃げ出したのだ。 女の子に好きだと言われる月島から。女の子の髪を綺麗だと褒める月島から。 いつか他の誰かのものになると分かっている想い人の傍で、何も感じないふりをこれ以上続けるのは無理だと思ったから。 [newpage] 「日向。」 「なに。」 放課後に部室に向かう途中で、既に着替え終わって体育館に行こうとしている日向を見つけた月島は、その背中に声をかけた。 日向は警戒オーラ丸出しにジト目に月島を睨み上げながら、じり、と間合いを取るように一歩足を下げる。 「何、まだ怒ってるの?っていうか、何に怒ってるか意味不明なんだけど。」 「うっせーノッポ!おれの頭にはもう触らせん!半径三メートル以内に近づくな!」 「半径三メートルって……どうやってバレーすんの。」 「ば、バレーの時だけ許す…!」 ハリネズミのように全身ふーふー憤っているのに、どこか抜けていて可笑しいのだから、この小動物はある意味すごい。 「…あのさ、僕、あの女の子には改めてちゃんと断りを入れたから。」 「聞いてねーし!」 怒ったように日向は返してきたが、その後にちょっと迷ったような顔になって、聞いて来た。 「……それさ、ひょっとして山口にちゃんと言えって言われたか?」 「え、なんで分かったの。」 「………。」 日向の言う通りだったので、月島はちょっと驚いた。 日向が走り去ってしまった後、昼飯を食べる月島に、山口は色々根掘り葉掘り聞いてきたのだ。 どんな子に告白されたのか。なんでデートをきちんと断りきらなかったのか。 それで月島は正直に、『告白は断ったのだけれど向こうがやたら粘ってきて、それでその子の髪の色が日向の髪色に似てるなと思って、ぼうっとそれを見てたらいつの間にかデートだけは付き合うことになってて、断る暇もなく彼女の方が自己完結して走って行ってしまった』と説明した。 それを聞いた山口の形相と言ったらちょっとすごいものがあって、「それ絶対ちゃんと日向に説明しないとダメだからね!ちゃんと断ってからいきなよ!」と勢い込んで言ってきたので、意味はよく分からなかったがとりあえずアドバイスに従ってみたのだ。 「月島は分かってない。」 「当たり前でしょ。だって君がちゃんと説明してないじゃない。」 「そうだけど!そうじゃない!」 日向の言うことは相変わらず意味不明だ。にも関わらず、その真剣な様子を見ていると、まるでこちらが間違っているような気に陥ってしまう。 日向は拳を握りしめて、険しい顔で月島を見上げて言った。 「女の子は皆、おれなんかよりずっと髪の毛の手入れとかちゃんとしてるし、綺麗だ。」 「……何が言いたいの?」 「そのまんまだよ!月島がおれにこだわる意味がわかんねー。…おれはもう付き合わない。」 日向がそれだけはっきり意思表示をしたにも関わらず、実を言うとこの時点で、月島はこの問題をそこまで深刻にとらえていた訳ではなかった。 訳の分からないことで日向がぴーぴー怒っているというのはよくあることだったし、日向はそういうのをあまり引き摺らない性質で、翌日にはけろりと忘れてしまっていることの方が多かったからだ。 それに、この一ヶ月あれだけ世話になっておいて何を言っているのかと思われるかも知れないが、月島としては日向の頭を撫でることが出来なくなったとしても、それはそれで別に良いかとも思っていた。 誰かに見られる危険性だってあるのだし、潮時かも知れないなと。 だからまさか、考えてもいなかったのだ。 そこから一週間経っても、日向の怒りは解けないままで頭を触らせてもらえず、自分がその事実にこんなにも参ってしまうなんていうことは。 *** 「あ。」 「っ、月島!」 部活の時間、床に置いてあったタオルとドリンクを同時に手に取ろうとして、月島と日向はお互い意識せずに至近距離でかち合った。 途端、日向がばばっと無駄に俊敏な動きで月島から距離を置く。 両手はしっかり頭を押さえていて、この一週間月島が腐るほど見て来た「髪の毛ガード」の構えを取っていた。 「なんだこのヤロー!やんのか!」 「……ドリンク取ろうとしただけだし…。」 「どうした日向ー、下痢ツボガードか?」 けたけた笑いながら、田中が横から会話に入って来る。月島は小さく舌打ちして、さっさとドリンクを取ってその場を離れた。 月島は苛々していた。それと同時に、落ち込んでもいた。 それは今このやり取りによってなされたというよりはこの一週間、徐々に酷くなってきていて、もう殆ど彼は限界だった。 日向はバレーをしている瞬間以外はずっとハリネズミ状態で、月島に髪の毛一本触れさせない。 別にそんなの、一ヶ月前なら普通のことだったはずなのに、月島はそれにどうしようもなく参っていた。 日向の髪に触りたい。柔らかで温かいあれを撫でて抱えながら穏やかな時間を過ごして、疲れた精神を休ませたい。 なんとか日向の怒りを解こうと、月島も努力はしたのだ。 けれど、そもそも日向が何にそんなにも怒っているのかが月島には分からない。 最初は月島が女子に告白を受けたことを僻んでいるのだろうと軽く考えていたのだが、それもどうやら違うらしい。 理由が分からないまま謝ろうとしてみても、日向はそれにも怒るばかりで、話にならないのだ。 無駄に高い自分のプライドや捨てきれない見栄も相まって、もうどうすればいいのかお手上げ状態だった。 「おい日向ボゲェ!さっきのフェイントなんだあれ!!」 「ぐぇ!!おい、痛ェだろ!」 欝々と日向とのことについて考えていたので、変人コンビの賑やかな声に月島が振り返ったのは殆ど思考の外の出来事だった。 そして、その光景を見た月島は途端に全身硬直した。 影山が、大きな手で日向の頭を上から掴んで揺すっていた。 自在にトスを操る長い指の間から、跳ねたオレンジの髪が揺れている。 それを見た瞬間、月島の頭は真っ白になった。 大股で二人に寄って行って、月島はがしりと後ろから影山の腕を掴んだ。 「……チョット、王様、離してよ。」 「ああ!?てめーには触ってねーだろ。」 「痛い!ちょ!影山!マジで痛い!!」 月島の抗議など聞こうともしない影山は、日向の頭を離さない。 もしかしたら、月島が余計なことをしなければ彼はすぐに日向を解放してやるつもりだったかも知れない。 普段から仲の悪い月島がしゃしゃり出てケチをつけたことで、影山は意固地になってしまったのだ。外から見ていれば誰にでも明らかな事実だったが、自分がどんなに望んでももう触れられなくなった日向の頭を影山が掴んでいるのを目の前で見た月島は、冷静さを失ってそんなことにも気付かなかった。 「僕じゃなくて、日向の頭を離せって言ってるんだけど。痛がってるでしょ。」 「てめーには関係ねーだろ。やんのかコラ?」 「うるさい馬鹿、単細胞、いいから離せって言ってるんだ。それは……」 「喧嘩はっだめー!!」 一気に険悪になりかけたその時、ぱっと場に飛び込んできたのは谷地だった。 ぷるぷる震えながら、「仲良く、しよ!」と言葉を続ける谷地に、月島も影山も虚をつかれて毒気を失った。 「ちっ……悪かったな日向。」 「本当だぞ!なんか長かった!あとフェイントはすまんかった!」 「次は決めろボケ。」 影山が日向を離すと、変人コンビはいつも通り、そんな会話を交わしている。 いつも通りじゃないのは、月島の方だ。月島本人にも自覚があった。 自分のことが信じられなかった。谷地が入ってきてくれて良かった。そうでなければ、きっと言っていた。 あんな大勢の前で。日向とは仲違いをして触らせてももらえなくなったのに。 それは僕のだ、と。 「ツッキー、大丈夫?」 「……ちょっと、頭冷やして来る。」 「ツッキー!」 月島は風にでもあたろうと体育館から出て裏手に回ったが、一人になろうとそうしたにも関わらず、後ろからはあせあせと山口がついて来た。 毎度のことなので、溜息をついて許容する。それに、もしかしたら山口と話をした方が気がまぎれるかも知れない。 「…ツッキー、最近おかしいよ。」 「……だろうね。」 投げやりに頷くと、月島は体育館の壁に背を預けて、虚空を見つめる。 先ほどの失態が頭から離れない。日向はどう思っただろう。 「あのさ、ツッキーはどうしてそんなになっちゃったの?」 「どうしてって…」 山口の方を見ると、彼はまるで今からとんでもなく重要なポイントを決めるサーブを打つためにピンチサーバーに入ったみたいな、ひどく真剣な、何か決意したような顔をしていて、月島を戸惑わせた。 「俺さ、日向の言うこと分かるよ。日向の髪の毛は気持ちいいかも知れないけど、それより綺麗で触り心地のいい髪の女の子だって、きっと探せばいるんだ。」 日向もそんなことを言っていた。月島にはそれで、八つ当たりに近い苛つきが沸き上がる。 「だから他の子に触らせてもらえってやつ?馬鹿じゃないの、どうやって探すのそんなの。片っ端から撫でていけとでも言う訳?」 「じゃあ、もしいたら?美人で、大人っぽくて、日向と同じ髪の触り心地の、ツッキーの理想みたいな女の子が、もしいたらどう?」 山口の質問の意図がいまいち掴みきれなくて、月島は顔を顰めた。 「…そんなの…」 「いたら、だよ!想像してみて。」 山口の真剣さに押されて、月島は想像してみた。 大人っぽくて、美人で、髪の手触りの気持ちいい。山口の言う通り、月島にとっては理想のはずだ。それが。 「……ツッキーは、日向にしてきたみたいに、その子の髪の毛を毎日撫でたいって思う?」 「………。」 月島は、自分の中に考えるまでもなくはっきりした回答があることに自分で驚いた。 黙ったまま考え込んでしまった月島に付き合って、山口もしばらく口を閉じて待っていてくれたけれど、少しして、彼は言った。 「日向言ってたじゃん。俺のじゃなくても気持ちよければいいんだろって。それが結局、日向の気持ちだと思うんだ。それなら他所を当たれよって。」 月島には山口にそこまで言てもらってその時初めて、日向が自分を拒否している理由が知れた。 そして、そこにある日向の気持ちも。 どうして今までそれが見えなかったのか分からないくらいだ。日向はずっとあんなにはっきり態度で、言葉で、示していたではないか。 「……山口。」 「なあにツッキー。」 「部活の後に日向と二人で話したいんだけど、協力してくれない?」 それを言う月島の、憑き物がとれたような顔を見て、山口はようやく緊張から解き放たれたように笑顔になって、任せてツッキー、と肯いてくれた。 *** 「お疲れー!」 「お疲れ様です!」 「あれ、日向と月島、まだ帰んないのかー?」 次々と部員が帰路に着く中、いつまで経ってものろのろ着替えている月島と、すっかり着替え終わったのにボールをいじって座り込んでいる日向に、そんな声が飛ぶ。 「山口が、なんか急用?らしくて、鍵当番代わりました!」 「僕はそろそろ帰りますー。」 営業用の笑顔で月島が答えていると、胡散臭げに思ったのか、日向が頭を押さえながらちょっと近寄ってきて、小声で言う。 「おい、二人になっても絶対触らせねーからな!」 「そんなことしようと思ってない。話があるだけ。」 「……話?」 「後でね。」 日向は、ちょっとどうしたらいいのか分からない、というような困った顔をしていた。 逃げるべきかどうか迷っているのだろう。 けれど、意味のないことだ。同じ学校、同じ部活。クラスは違っても、その気になれば必ずどこかで遅かれ早かれ月島は日向を捕まえられる。 日向も、そう思ったのだろうか。 それ以上月島に対して何も突っかかってくることがないまま、縁下達が最後に部室を出て行くと、部室で彼らは二人きりになった。 「…話って、なに。」 「君、言ったでしょ。もっと髪の綺麗な女の子はいる。気持ち良い髪の毛だったら、自分のじゃなくてもいいじゃないかって。」 「………言ったけど。」 日向にしては珍しく慎重に受け答えしようとする姿勢が見えて、それを見たらどれだけ日向が怯えているのかが月島には分かった。 「それは違うって、どうしても君に言いたくて、残った。」 「ちがう…?」 しんとした部室に二人突っ立って、他に何一つ物音もない。 月島には緊張で速くなる鼓動の音が聞こえた。考えていたはずの言葉がどこかへすっ飛んでしまう。けれど、言わなくてはならない。大切なことだ。 「誰でも良くなんて、ない。どんなに手触りが良くたって、他の人のじゃ駄目だ。日向の頭が撫でたいし、日向の髪の毛に触りたい、んだ。」 「どう、どういう?…おれ、ちょっと意味が」 日向からはすっかりハリネズミの棘は消え失せて、彼は混乱を露わにあちこちに視線を泳がせていた。 「僕、さっき想像してみたんだ。日向以外の誰か、見た目も、性格だっていいような女の子に日向の髪の毛が乗っかってたとして、その子の髪を撫でたくなるだろうかって。」 「なんかヅラみてぇ。月島の好みみたいな女の子におれの髪型似合わねぇだろ。」 「…あのね、そこ突っ込むとこじゃないから。」 すごく大事なところだったのに、日向が余計な茶々を入れるので台無しだ。 「でも気になる!」なんて、何を考えてるんだかどうでもいいことを主張してくる日向は無視して、溜息まじりに月島は続けた。 「…それで。考えるまでもなかった。僕はその子の髪を撫でたいとは思わない。ちなみに、その理由はヅラっぽいからとかそういうことでもない。」 「え、違ぇの?じゃあ何で?」 日向は本当に不思議そうに月島を見上げる。その瞳の中に一点の駆け引きも見当たらなくて、月島の心をじんわりと温かくした。 「君じゃないからだよ。」 吐息のように囁かれたその言葉に、日向が目を大きく見開く。 橙のその瞳の中に、自分だけが大きく映っているのを見たらたまらなかった。ああ、どうしてもっと早くに気付かなかったんだろう。もう影山にも日向にもとても馬鹿とは言っていられない。自分は大馬鹿だ。 「僕が毎日触りたくなるのは、それが日向の頭だからだ。触っていいか聞いたら、いいよって日向の笑顔が返ってきて、触ってる間には日向が僕の話を聞いてくれたり、逆になんでもないような話をしてくれたりして、それで触り終わったら、癒された?ってにこにこ聞いてくれるからだ。」 簡単なことだ。あの時間があれほど月島を虜にして離さなかったのは、失ってしまったら気分が最低にまで落ち込んだのは、それが単に髪の毛に触れるだけの行為ではなかったからだ。 いつも向けられる日向のお日様みたいな眩しい笑顔が、温かな言葉があったから、月島は手を伸ばさずにいられなかったのだ。 「日向だから。」 月島はそれで、聞こうとした。君は僕のこと、どう思ってるの? しかし、その前に、月島の独白のようなそれを黙って聞いていた日向が、ぶるぶるっとたまらなく嬉しそうな顔で全身を震わせて月島の続きの言葉を遮った。 「月島はバカだな!!」 「……は?」 日向はものすごく上機嫌に、浮かれた声でそう言った。 十分な大声だったが、月島の耳には一瞬入って来なかった。そして、続く日向の言葉を聞いて月島は絶望した。 「しょうがないなー!そこまで言うなら、これからもおれの髪を触らせてやろう!うん、なんせ、おれの髪じゃないとダメなんだもんなー!」 あ、駄目だこのチビ分かってない。 月島としては、今のは髪が云々というより、告白のつもりだったのだ。 十分察せられる範囲の言葉を使ったつもりだったが、日向にはいまいちピンと来なかったようで、彼は月島の好意までは読み取らず、字面そのままの部分にだけ納得して、それで満足したらしい。なんだそれ。 「ちょっと日向…」 「なんだ月島?おれもう怒ってねーし!帰ろうぜ!肉まん食いに行こう!」 ぱーっと明るい笑顔で、日向がそう言って鞄を肩にかける。 そのキラキラ輝く満面の笑顔ときたら、この一週間一度も見ていなかったもので、月島はそれだけで胸にぐっときてしまった。 「……いいよ。今日は僕がおごってあげる。」 「じゃー代わりに頭撫でさせる!」 「当たり前デショ、一週間分撫でる。」 きゃっきゃと楽しそうに日向が笑うので、月島は肩の力が抜けてしまった。 まあいいか。今日のところは。 日向は笑ってる。自分もつい数時間前に比べれば驚くほど落ち着いた。肉まんをおごってやれば、頭を撫でさせてくれると言っている。 十分だ。 *** 「いやいや、十分じゃないでしょ。」 それが、事の顛末を翌日月島から聞いた山口の素直な感想だった。 信じられない。あの流れで、二人は両想いのはずなのに、どうして通じ合うところまで至らなかったのか。 正直なところ、山口はずっと月島の背中を押すことに躊躇いがあった。 男同士なんて正直険しい道を選ぶことになるし、日向への気持ちに明らかに自覚のなかった月島に、刷り込みのような誘導のようなことをして、それが正しいことなのか自信がなかったのだ。 けれど、一週間日向に触れられないだけで、月島はどんどん精神的に落ちていった。 挙句の果てに、日向に目が眩んで人前で影山にまで突っかかっていく月島を見て、山口も覚悟を決めたのだ。 だから体育館裏で月島と話した時、山口は山口なりに決死の思いだったのである。 その結果がこれか。もう一歩頑張って欲しかった。 秋の気持ちの良い風が、微かに頬を撫でていく。 陽の当たる温かい屋上で、弁当の包みをしまいながら山口はちらりと二人に目線をやる。 「今日は温かいな~。ここんとこちょっと寒かったもんな。」 「君はいつも温いでしょ。子供体温。」 月島が日向の頭をゆるゆると撫でている、すっかり元通りになった二人の姿がそこにある。 そう思って、しかし、おや、と山口は目を見張った。 これまで、こういうことをしている時に頬を染めているのは日向一人だった。 けれど今はむしろ月島の方が耳を赤くして、それに何だかこれまでよりも少しだけ日向に触れるやり方が遠慮がちだ。 変わらない訳では、どうやらないらしい。 皆さん、どう思われます? この二人、まだ付き合ってはないんですけど。 俺的にはそうなるのもまあ、時間の問題かなとは思います。 おわり
タイトル思いつかなかったのでそのまんまです。<br />月島くんが鈍感島くんになってます。<br />山口くんをたくさん書けて大変楽しかった!<br /><br />追記<br />3月11日付の小説ルーキーランキングで29位に入ったそうで、嬉しいです〜!<br />ありがとうございます!
日向くんの髪の毛が大好きな月島くんのお話
https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=6525655#1
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注意 ・転生パロで合格組と保留組がそれぞれ三つ子になっています。 ・保留組が女体化しています。(前世では男だった設定) ・名字は合格組も保留組も松野のままです。 ・みんなニートではなく大学生です。 以上のことが大丈夫な方のみ次のページにお進みください。 [newpage] カラ松side 転生…。 そんなこと本当にあるのだろうか。以前の自分なら半信半疑だっただろうが今は信じざるを得ない。何故なら実際に起きてしまったのだから。この身に。 「……じゃあ僕らは全員思い出したってことでいいんだよね?…前世のこと」 「そういうことだな、チョロ松…ところでお前たちはいつから思い出してたんだ?」 「僕は中学一年生のときかな。前世のことを夢に見てそれで思い出した。でもお前らが思い出してるのか分からなかったし、変に思われても嫌だったから黙ってたんだ…。十四松、お前は?」 「僕??僕はねぇー三歳!!カラ松兄さんとチョロ松兄さんの顔見てたらこう、なんか、頭ん中ぐわあぁってなって思い出した!!でも二人とも覚えてないみたいだったからまだ教えなくてもいいかなって!!」 「三歳?!そんなに前から思い出してたのか、十四松?」 「うん!!そうだよ、カラ松兄さん!」 「いや…兄さんというか…、いまは姉さんだな…俺たち」 「うん…あとさ、足りないよね…?三人ほど…」 「あぁ、足りないな…。三人…」 そこで俺とチョロ松は深いため息をついてほぼ同時に叫んだ。 「「あいつらどこいった?!?!」」 俺たち三つ子は全員女だ。順番は上から俺、松野カラ松、チョロ松、十四松。 そして、これはたったいま分かったことだが俺達には全員前世の記憶がある。俺が前世のことを思い出したのをきっかけに俺たちは互いに記憶があることを確認し合った。俺以外の二人はもうずいぶん前に思い出していたようだが俺が思い出したのはついさっきだ。三人で居間でくつろいでいたところ、ふと違和感を感じたのだ。 何か、足りない…。いや、誰かがいない、ような…。 「…………おそ松、一松、トド松は出かけたのか…?」 それは思い出すより先に言葉となって俺の口をついて出た。 「えっ、カラ松……、いま…何て…?」 チョロ松は驚いたような困惑したような顔をしていた。十四松はいつもは開いたままの口を閉じ、目を猫目にして俺を凝視している。 「…カラ松…。お前もしかして…思い出した…のか……?」 チョロ松が震える声で聞いてきた。 わからない…でも、なにか…何かが頭の中でざわついている……… 「カラ松兄さん…」 小さな声で十四松が言った。 カラ松にいさん… その言葉を聞いたとたん俺の中からたくさんの記憶が溢れ出した。とめどなく溢れ出すその記憶に俺は激しい頭痛を覚え床にうずくまった。 「カラ松っ!!」 「カラ松兄さん!!」 駆け寄ってきて俺の名前を呼ぶ二人の声をどこか遠くに感じながら俺は気を失っていった。 目が覚めてみると俺は布団に寝かされていてチョロ松と十四松が心配そうに俺を見ていた。 「……カラ松…。その…大丈夫か?」 あぁ、と俺は呻き声とも取れるような短い返事をした。頭痛は治まり気分もだいぶ落ち着いている。 「カラ松、お前…思い出したのか?」 チョロ松の問いかけに俺は深く頷いた。 そしてその後に俺たちは互いに前世の記憶があることを確かめ合ったのだ。 前世で俺たちは六つ子の兄弟だった。それがいまでは三つ子になり性別まで変わってしまっている。男だったころの記憶があるまま女としての生活をするのは多少違和感を感じるが女として生まれてからの記憶が無くなったわけではない。俺は前世のことを思い出してからも女としてそれなりに上手くやっていた。 なにはともあれ、前世を思い出した以上は残りの兄弟を探さなければならない。チョロ松も十四松も思い出してからは他の三人を探していたようだがいまだ見つかっていない。 「僕らが女に生まれ変わってんだし、あの三人も女になってんじゃない?」 それはあり得る。俺はチョロ松の考えに同意した。前世で六つ子だった俺たちだ。今世で同じ運命を辿っていてもおかしくない。 「じゃあ僕らはみんな女に生まれ変わってると仮定して…それならさ―――」 *** 俺が前世の記憶を取り戻してから一年が経った。 俺は今日から晴れて大学生となる。赤塚女子大学。そう、女子大だ。あの日チョロ松が言った、 『高校を卒業したら女子大に行かない?僕ら全員女に生まれ変わってているとすれば女子大に通った方が見つかる可能性は高いかも…。まぁ、あいつらに大学行く気があればだけどね…。でもこのまま就職するよりも大学に入って自由な時間をつくった方が探しやすくなると思うんだ…。』 その提案により俺たち三人は実家から一番近く、電車を使えば通えそうな女子大を探し、この学校を受験したのである。 結果は見事三人そろって合格でひとまずは安心した。チョロ松はもともとの成績から合格圏内だったが俺はそれまで大学に行くつもりはなかったためかなり厳しく、担任にも心配されていた。十四松にはスポーツ推薦が来ていたので問題はなかった。俺だけ落ちるわけにはいかない―――。俺はいままでにないほど熱心に勉強に取り組んだ。それこそ前世でもこんなに勉強に精を出したことはない。チョロ松にも勉強を見てもらったりしながら俺は必死になって勉強した。その甲斐あって俺は補欠でギリギリ合格しチョロ松、十四松とともに赤塚女子大学の生徒になれたのである。 入学式の日、俺たちはかつての兄弟たちの姿をあちこち探し回ったものの見つけることはできなかった。 俺たちは三人ともそれぞれ別の学科に入ったがどの学科にも兄弟の姿は見当たらない。もしかしてと思い二年や三年、四年まで調べてみたが結果は同じであった。 やはりこの学校にはいないのだ…。そもそもあいつらが女であるかも分からないし、大学になんて通わず今もニートになっているのかも、年齢だってもっとずっと離れているのかもしれない。いや、もしかしたら今世に転生なんてしていないとか…。 いるかどうかも分からない人間を探すなんて初めから無理な話だったのだ。しかし、期待せずにはいられない。また六人そろって笑い合うその日を、夢見ずにはいられないのだ…。 この学校で他の兄弟たちを見つけることはできなかったが、思いがけない人物と出会うことはできた。なんとトト子ちゃんもこの学校に入学していたのだ。トト子ちゃんに前世の記憶はないようだが性格は昔のままで見た目も相変わらず可愛い。トト子ちゃんとは同い年でいまでは同じ女であるためか前世のときよりも仲良くなれている気がする。俺たち三人とトト子ちゃんは友達として仲を深めていった。 大学生になってから早いものでもう三か月が経とうとしている。憂鬱だった学期末試験もなんとか乗り越え、あとは夏休みを待つだけだ。 兄弟たちのことはまだ見つけられていない…。夏休みに入ったら県外に探しに行こうなんて計画もしていた。そのために俺たちはバイトをしてコツコツとお金を貯めている。 お昼過ぎ、人も少なくなった食堂でまずはどこに探しに行こうか、などと三人で話し合っていたとき不意にトト子ちゃんに話しかけられた。 「あー!三人ともこんなところにいた!!」 「トト子ちゃん、どうかした?私たちに何か用だった?」 俺たちを探していたらしいトト子ちゃんにチョロ松が問いかけた。 ちなみに俺たちは三人でいるときは前世の時の一人称を使っているがそれ以外では変に思われないように「私」と言っている。 「ねぇ明日から夏休みでしょ?大学一年の夏休みに女一人なんて悲しくない?彼氏ほしくない??」 トト子ちゃんは一気に俺たちに問い詰める。 「えっいや、別に…彼氏とかはまだ――― 「そう!やっぱり欲しいわよねっ。合コンしましょ!!ちょうどあと三人女の子探してたのよ。」 チョロ松の返事など聞かずにトト子ちゃんは話を続けた。そんな強引なところも前世と変わらず可愛いな。しかし、合コンか…。そういうものに行くよりもいまは兄弟を探したい。 「ごめん、トト子ちゃん。私たちはちょっと――― 「いいね合コン。私たちも行きたい。」 ちょっチョロ松?! 何故?!お前が一番こういうの嫌がりそうなのに…。 俺も十四松もぽかんとした表情でチョロ松を見つめている。 「ほんとぉ?よかった!!じゃあ今日七時に××駅で待ち合わせね!」 えっ今日??ちょっと話が急すぎないか…。 「分かった。遅れないように行くね。」 平然とした様子で答えるチョロ松。トト子ちゃんはチョロ松の返事を聞くと、それじゃあまたね!とご機嫌で去っていった。 「おいっチョロ松!なんで合コン行くなんて言ったんだよ。俺たちはそんなことしている場合じゃ…」 「分かってるよ、カラ松。でもこれはあいつらを見つけるチャンスかもしれない。」 チョロ松の言葉に俺は首をかしげる。どういうことだ…? 「あいつらは転生して女にはなってないのかも。だとしたら他校の生徒とか社会人とも交流を持っておいた方がいい、何らかの情報が手にはいるかもしれないし。それに、」 そこでチョロ松は言葉を区切る。 「もしかしたらあいつらも合コンに来るかもしれないだろ?」 「「!!!」」 「三人全員は来なくてもトド松あたりは来るんじゃないかって…。ほら、あいつ前世のときもよく合コン行ったりしてたじゃん?」 ―――っ!!!! チョロ松!!お前は天才かっ!!!!! 確かに俺たちだけで探すより他大学の生徒や社会人に聞いてみた方がいい。それにもしかしたら、本当にもしかしたらだけど、今日愛しのブラザー達に会えるかもしれないのだ…! 俺は期待に胸が高鳴った。十四松も 「ほんと?!今日トド松と会えるの?!?!」 と嬉しそうにしている。 「会えるかどうかは分からないけど行ってみる価値はあると思うよ。なぁ、二人とも行くだろ?合コン」 俺たちの答えはもちろん 「「行くっ!!!」」 俺と十四松は声をそろえて言った。 あぁ、やっと、やっと会えるかもしれない…。待ってろ愛しのブラザー達!!! 結果から言うと合コンにはトド松もおそ松も一松もいなかった。 会えるかどうかは分からない。それは分かっていたがやはりショックだ。それでもめげずに相手の男たちにさりげなく自分たちとよく似た顔の人間が周りにいないかどうか聞いてみたが有力な情報は得られなかった。 無駄足だったか…。 そうと分かれば合コンなどこれっぽっちも楽しくない。向こうの男共は騒がしいし、下品な笑い方には嫌悪感を抱く。それにさっきから隣に座った男がやたら話しかけてくるのだ。てきとうにあしらってもぐいぐいとこちらに肩を寄せてくる。 気持ち悪い…。 こみ上げてきた吐き気に耐えられず男の肩を押しやって外に出た。チョロ松と十四松が心配そうにこちらを見たが俺は大丈夫だと手を振ってみせた。 外に出てみれば夜風が気持ちいい。吐き気も治まってきたがまたあそこに戻るのは気が進まない。しかしチョロ松と十四松を放っておくわけにもいかない。二人ともあの空間に嫌気が差しているのは目に見えて明らかだった。 トト子ちゃんには悪いが今日はもう帰らせてもらおう。トト子ちゃんも男連中の顔を見たとたんあからさまにがっかりした顔をしていたし、まぁみんなで帰れば大丈夫だろう。 そう考えてまた店内に戻ろうと振り返るとちょうどさっきの男が店の中から出てきた。俺の姿を見つけるとニヤリと嫌な笑顔をしてこちらに近づいてくる。逃げるわけにもいかずその場で固まっていると男が話しかけてきた。 「大丈夫?気分悪そうだったけど。俺心配で抜けてきちゃった。」 こちらを気遣うような素振りを見せているが汚い下心が丸見えだ。 「いえ、大丈夫です。いまちょうどそっちに戻ろうとしてたとこなので。」 俺は男の方を見もしないで素っ気なく答えた。 さっさと戻ろう。それでもう帰りますって言わなきゃ。 男の横を通り抜けようとしたとき、ぐっと強い力で右腕を掴まれた。驚いて見上げれば男が下卑た笑顔を浮かべながらこちらを見下ろしている。ふっと男の顔が近づいてお互いの息がかかるような距離まで来た。男の口からはタバコとアルコールが混ざったような臭いがして思わず顔をしかめる。 「ねぇ、このまま俺と抜け出さない?正直君のことかなり気に入っちゃたんだよね。一緒に来てくれたらさ、俺がいいトコ連れてってあげる。」 耳元でささやかれ最後にふぅっと息を吹きかけられた。 ぞわぞわっと全身に鳥肌が立つ。そのあまりの気持ち悪さに動けないままでいると男は何を勘違いしたのか、じゃあ行こっか、などと言って俺の腕を掴んだまま歩き出した。 「ちょっちょっと!!やめてくださいっ」 俺はギロリと男を睨んで腕を振り払った。 あれ…?振り払ったはずなのに…。何故か俺の腕は男に掴まれたままだ。 男はいともたやすく俺を引き寄せ自身の腕に閉じ込めようとした。 「やだ、ほんとに困ります。やめてくださいって!」 俺は必死になって男の腕から逃げようとする。しかし一向に男が引く様子はない。それどころかさらに俺の腕を掴む力を強めてきてまた顔が近づいた。俺はとっさに男から顔を背けた。 「あーあ、涙目になっちゃってかーわいい。大丈夫だよ、ちゃんと楽しませてあげるからさ。」 耳に直接入ってくる男の声で余計に涙が溢れてきた。女の体がこんなにも弱かったなんて。この程度の男一人振り払えないのか…。 「ねえ、行こうって。はやく。」 「やだ…いや………助けて……誰か―――」 俺は震えながら誰にも届かない小さな声で助けを求めた。こんなことしても意味はないというのに… 「ちょっと。」 不意に別の方向から声がした。思わずその声がした方に目を向ければ、俺は声も出せないまま固まった。だってそこに立っていたのは――― 「その人、嫌がってんじゃないの?」 いっ…一松っっ!!! 間違いない、一松だ。猫背にぼさぼさの髪。目は眠たげで無表情のまま俺と男の間に割り込んできた。背格好や顔だちから見るとおそらく俺と同じくらいの歳だろう。 探し求めていたかつての兄弟の突然すぎる登場に俺は唖然とするしかなかった。 「はあ?何お前?お前に関係ないだろ。」 男は一松を睨みあげると無理やりに俺の肩を抱いて一松から離れようとした。 いやっ、ちょっと待てっ!頼むから待ってくれ!!やっと一松に会えたのにこのまま立ち去るわけにはいかない。何としてでもこの男をどうにかし、一松と話さなければっ!! 俺は驚きのあまりさっきから溢れていた涙も止まって必死に男から離れる方法を考えた。股間を蹴り上げるか、いや大声を出した方が相手も動揺するか…。 ぐるぐると思考をめぐらせていると何もしていないのに男の方から呻き声が聞こえて急に腕の拘束が解かれた。 と思ったのもつかの間、今度は別の腕に閉じ込められている。後ろを見上げるようにして顔を向ければそこには一松の顔が…… えっ!俺、一松に抱きしめられてる?! 突然のことに俺の頭はパニック状態だ。 一松は俺を庇うようにして後ろから左腕を回し、右腕はさっきまで俺の肩を掴んでいた男の腕を捻じり上げるように掴んでいる。 「いってぇ!おい、てめえふざけんじゃねぇぞっ!!」 男は苦痛の表情を浮かべながら一松に向かって唾を吐いた。 俺の弟になんてことをっ!! 俺は怒りのあまり自分の状況も忘れて男に掴みかかろうとした。しかしまたしても俺が動く前に男が呻き声を上げて地面に転がった。一松が右腕一本で男を投げ飛ばしのた。その表情は驚くほどに無であったが両の瞳からはとてつもない怒りが感じ取れた。 こんなに怒っている一松は初めて見たかもしれない… 俺はぼんやりとそんなことを思ったがすぐに冷静になった。えっ?!一松いま腕一本で??大丈夫なのか?怪我してないか?てかお前喧嘩そんなに強かったっけ? 疑問で頭の中が埋め尽くされる。何か言わなければ、一松に声をかけようと俺が口を開きかけたそのとき カシャッ と軽い機械音がした。それは一松が持つスマホから発せられた音だった。 「顔、写ってるから。次この人に近づいたらあんたを社会的に殺す。わかったらさっさと消えろ。」 「ひぃぃっ」 一松から発せられる恐ろしいほどの殺気に男は情けない声を上げると、顔を真っ青にして逃げるようにその場から立ち去った。 正直俺も逃げたい…。だって怖すぎる、今の一松…。 前世でも俺は一松から暴言あびせられたり、胸倉掴まれたりしていたわけだがこんなにも一松を怖いと思ったことはない。いまの一松ならその視線だけで人を殺せそうだ。 だが!せっかく会えたのだ、逃げるわけにはいかない!!たとえ話しかけることで俺が殺されても今一松と話して何とかつながりを持たないと。もうこんなチャンスは訪れないかもしれないのだ。それに一松にはおそ松やトド松のこと、前世の記憶など聞きたいことが山ほどある。いけっ俺!聞くんだ!!後ろで殺気を放ったまま俺を離そうとしないこの男に話しかけろっ!!! 「―――あっあの、 「あんたさ、」 俺のなけなしの勇気を踏みにじるかのように一松が俺に声をかけた。 「はっ、はひっ!!」 しまった、緊張と恐怖で声が裏返った…。一松は俺をじぃっと見下ろしてくる。俺が女になった分身長は一松の方が頭一つ分高い。慣れないその身長差に戸惑いながらも俺はそっと一松の顔を見上げた。 お互いの目線が合った。その瞬間、一松はぱっと俺から離れ片手で顔を覆った。隠しきれていない耳が真っ赤に染まっている。 どっ、どうしたんだ?!まさか一松、熱でもあるのか?! 俺は心配になって一松の顔を覗き込もうとしたとき一松の口から声が聞こえた。 「…やばい…。可愛すぎかよ……。」 えっ?なんて言ったんだ?声が小さすぎて言葉が聞き取れなかった。 もう一度聞き返そうか迷っていると一松が大きく深呼吸して顔を上げた。その耳はまだわずかに赤い。一松はもう一度俺の方を向くと口を開いた。 「あの………、大丈夫…ですか?」 ――――――――ダイジョウブデスカ?だいじょうぶですか?大丈夫ですか? やっと俺の頭脳が漢字変換に成功した。大丈夫ですか…って!えっ!!心配している、あの一松が…。俺のことを心配してくれているっ!! 俺は感動のあまり言葉が出ず、一松の顔を見つめたまま硬直していた。 「...あの、大丈夫?やっぱり怪我とかしてるの?」 固まったまま喋らない俺に一松は再度同じ質問をした。 俺ははっと我に返って急いで答えた。 「だっ、大丈夫です!怪我とかないですから…。それより、ありがとうございました。助けていただいて…。あの、名前聞いてもいいですか?あっ、私は松野カラ松と申しまして、えぇっと…。」 言葉に詰まる。確かめたいのは一松の名前ではない、そんなことはもう分かり切っている。俺が確かめたかったのは俺の名前を聞いた一松の反応だ…。なんだか他人行儀な話し方をされたが俺が女になっているから一松も確信が持てなかっただけかもしれない、あるいは前世の記憶がなかったとしても俺の名前を聞くことで何か思い出すのではないか…? そんな期待を込めて一松の顔を窺うがその表情からは何も読み取れない。しばらくの沈黙の後、一松はやっと口を開いた。 「松野一松…。」 「………………………………そうですか…。えっと、ほんとにありがとうございました。…松野一松……さん…。」 俺は頭を下げて再度お礼を言った。 一松は覚えていないんだ。そして俺の名前を聞いても何も思い出さなかった…。俺は無反応な一松を見てそう判断した。期待に膨れた胸が急速に萎んでいく。 頭を下げたままの俺を一松は尚もずっと見つめている。立ち去らないのだろうか……? 「………家、どこ…ですか?…送ります...。もう夜も遅いし、この辺物騒だから…。」 一松はそう言葉をつないだ。 ……優しい…。一松ってこんなに優しかったんだな。いや、一松が優しいことはよく知っている。家族想いだし、友達の猫を撫でているときなんかはいつも優しい顔をしていた。俺にはその優しさが向けられなかっただけで…。いま一松は前世の記憶がないから、俺が誰かなんて分かってないから、こんなにも優しいんだ…。そう思うと何故だか心臓の辺りが締め付けられるように痛くなった。何故だろう、例え前世の記憶がなくてもこうして会えただけで嬉しいはずなのに。一松が俺を俺として見てくれないことが、前世の記憶がないまま俺に優しくしてくれることが、どうしてこんなにも悲しいんだ…。 俺は溢れそうになる涙をぐっとこらえて顔を上げた。また、一松と目線が合う。 「いえ、大丈夫です!妹たちを待たせているので一度戻ります。…それであの、良ければなんですけど、連絡先を教えていただけませんか?後日、ちゃんとお礼がしたいんですけど…。」 よしっ!なかなか自然に言えたんじゃないか?自分を思い出してもらえなかったと言っていつまでも落ち込んではいられない。俺はいまできることをしなければ…! 一松は一瞬驚いたような顔をしたが、じゃあと言ってスマホを出した。俺たちは無事連絡先を交換し、互いのメールアドレスと電話番号をアドレス帳に登録した。俺はまた連絡しますと言い、本日何度目かのお礼を言うと一松に背を向けチョロ松たちの待つ店内に入っていった。早くこのことを知らせないと…。 俺と別れてからも俺の背中をじっと見つめる一松の視線に俺が気づくことはなかった。 店内に入ると何故か居たのはチョロ松と十四松だけでトト子ちゃんとさっきの男たちの姿は消えていた。話を聞けばあまりにしつこく絡んでくる男共にトト子ちゃんがブチ切れ、強烈なボディーブローをかました挙句、会計だけ払わせ外に追い出したらしい…。さすがはトト子ちゃん…。超絶可愛い!! 「それでトト子ちゃんはもうとっくに帰っちゃったけどカラ松は何してたの?心配したんだからね!外出たまま戻ってこないし、カラ松が出てった後にあの変な男も出てって…。ほんとに大丈夫だったの?何もされてない?あと、なんで電話出なかったの。僕ら何回もかけたんだけど!!」 よほど心配してくれていたのかチョロ松は少し怒りながら次々と質問してきた。 「すまなかった。電話はさっき気づいたんだ。俺は大丈夫だから。まあ、何もなかったわけじゃないけど…。いいか、落ち着いて聞けよ……。いま、一松に会った…!!」 俺の言葉にチョロ松と十四松はそろって息をのんだ。 [newpage] 一松side やばい…やばい、やばやばーい…。 いや!落ち着け。舞うな一松!! しかしこんなことがあって冷静でいられるわけがない。 俺……俺、カラ松に会った………!! ジーザスっ!!!おぉ神よ…偉大なる神々たちよ……感謝申し上げます…。 ずっと探していたんだ…。今回は絶対に大切にするから、絶対傷つけたりしないから…。だからもう一度やり直させてください。もう一度俺の大切な人に会わせてください…そう思い続けて何年も経った。 その願いが今日ついに叶ったのだ。俺は震える手でスマホを握りしめた…。 *** 俺には前世の記憶がある。いや、正確には俺たち、だが…。 前世の俺は六つ子の四男であったがいまでは三つ子の次男だ。前世で長男だったおそ松兄さん、末弟のトド松と共に生を受けた。俺たちは物心付いたときからすでに前世のことを思い出していたが、それは最初は小さな違和感からだった。何かが足りない、大切なものが欠けてしまったようなそんな感覚。それが徐々に確信へと変わり、ある日はっきりと思い出したのだ。俺の、俺たちの大事な人がいない…。俺と同じくらいの時期におそ松兄さんたちも記憶が戻っていたようだ。そして改めて確認した。自分たちの想い人が誰であるかを…。おそ松兄さんはチョロ松兄さんを、トド松は十四松を、俺はカラ松を…。前世で俺たちはそれぞれに叶わぬ恋をしていたのだ。俺は思った。前世ではついに叶えることの出来なかったこの想いがこうして転生という形で現れたのではないだろうかと。ならば絶対に叶えなければなるまい。必ずあいつを見つけ出して俺の想いを伝える。たとえあいつに前世の記憶がなかったとしても俺はもうお前を手放さないよ…。 前世の記憶が戻ってから俺たちは自分たちの地区に住む住人を調べられるだけ調べてみたが探し求める人物は見つからなかった。それでも何かしらの情報が得られないかとあらゆる手段を使っては見たものの一向に見つかる気配はない。誰よりも会いたい存在に会えないまま俺たちは年を重ねていった。 高校に上がっても想い人は見つからなかった。高校を卒業したらどこに探しに行こうかと考えていた頃、父親から進学の話をされた。金は出してやるから全員大学は卒業しろと言うことだった。今世の俺たちの父親は結構なエリートみたいだから息子たちにも同じ道を歩ませたいのだろう。正直大学なんて面倒だし、行きたくなかったが結局はおそ松兄さんやトド松と同じ大学に行くことになった。俺たちはそんなに要領が悪いわけではなかったため受験は以外とすんなり通った。俺が面倒だと思いながらも大学に通うことにしたのはそれなりの理由がある。それはおそ松兄さんが言った、大学に行けばあいつらに会えるかもしれないという言葉だった。父親が進めてきた大学は隣の県にあり、必然的に俺たちは県外に移住することになる。もう県内は探しても見つからないのではないかと思い始めていたこともあり、地元を離れるのは良い機会だと思ったのだ。 小学校でも中学校でも、高校でも見つけられなかった。しかし今度こそは…。もしかしたら会えるかもしれな……前世からの想い人に。 俺たちのそんな期待は入学早々に裏切られた。 俺たちの学年にかつての兄弟がいないことは明らかだ。入学式の日に各自分担して新入生の中から探し回ったが見つからない。歳や名前が変わっていることも考え、おそ松兄さんがしれっと拝借してきた全校生徒の顔写真付きの名簿を片っ端から調べたが結果は同じであった。この学校にかつての兄弟はいない…あいつもいない…。それは思っていた以上にショックな事実であった。 はぁ、もうどこにいるんだ…。お前を探して県まで超えたのに、見つからないままもう夏が来てしまった。 俺は太陽の光にさらされるのが嫌で最近では日が落ちてからしか外出しなくなった。トド松には「なんか雰囲気もじめじめしてるしそのうち体からキノコ生えるんじゃない?少しは日の光を浴びなよ!」などと言われているが昼間は暑くて何もする気になれないのだ。仕方ない。今日も残り少なくなったネコ缶を買い足そうと日が沈み始めてから外に出たが、いつも行く近くのスーパーで友人が気に入っているネコ缶がちょうど売り切れていた。仕方なく一駅先のスーパーまで足を延ばせばかなり辺りも暗くなってきた。この辺は派手な若者が好みそうな店が多く立ち並び、あまり好きじゃない。足早に人通りを避けながら歩いているとふと女の声が耳に入った。 「やだ、ほんとに困ります。やめてくださいって!」 嫌がる女の声を無視するように男の声が続いた。なんてことはない、よく見る光景だ。俺には関係ない。さっさと帰ろう。 「―――助けて…誰か」 聞こえるかどうか分からないぐらいのわずかな叫び。その声のあまりの弱々しさに何故か懐かしいものを感じ思わず女の顔を見た。 刹那―――。時が止まったように感じた…。 男に右腕を掴まれ涙目になりながら助けを求める女。その女の顔がずっと探し求めていた人物と一致した。 ―――カラ松。 考えるよりも先に体が動いた。俺はカラ松と男の間に入りカラ松の顔をよく見ようとした。しかし、男がカラ松を連れて離れていく。 させるか―――っ。俺はもう二度とそいつから離れるわけにはいかないんだよ!! 俺はすぐさま片手でカラ松を引き寄せ、男から引きはがした。 引き寄せたカラ松から甘い匂いがふわっと広がり、さらさらの黒髪が頬をくすぐる。 いい匂い…じゃなくって!確かめないといけないことが大量にある。でも何て切り出せば…そもそもカラ松に前世の記憶があるかわからない。てかこいつ女になってたのかよ!!通りで見つからないわけだ… 思わぬ形で想い人と再会してしまった俺は左手にカラ松、右手に男の腕を掴んだまま戸惑いを隠せずにいた。右手で掴んだ男が何やら喚いている気がするが全く耳に入らない。とりあえず邪魔だ。俺は早くカラ松と話をしないと。というかこの男俺のカラ松にベタベタ触りやがって……。俺は先ほどの光景を思い出し激しい怒りを感じた。 俺はその怒りのままに男を投げ飛ばし、顔を写した写真で脅して追いやった。 さて……何を話せばいい?俺は声が震えないことを祈って絞り出すように声をかければ、カラ松は上ずったような声で返事をして俺を見た。店の明かりに照らされてカラ松の顔がはっきりと見える。その瞬間…、俺はカラ松から体を離した。だってあんなに密着していたら気づかれてしまう。この一瞬で俺の下半身が反応してしまったことに。 いや、可愛すぎだろっ!!なんなんだよ!女になったことで以前よりも幼女みが増しているし、さらには俺を見上げている。いつも俺の方が少しカラ松を見上げる感じだったのに!!くそっ!静まれ、俺の息子よ!!俺は深呼吸を繰り返し何とかいつもの無表情を張り付けるとカラ松に向き直った。カラ松は小動物のようにビクビクしている。あっまた下半身が熱を…。 カラ松と短い会話を交わし、俺はカラ松に前世の記憶がないのだと分かった。俺の顔を見ても、名前を聞いても特に反応はなかったからだ。実際に会っても思い出してもらえないというのは少し、いや、かなりショックではあったが今はカラ松と再会できた喜びの方が勝っている。それになんと…連絡先をゲットしてしまった!!向こうから聞いてきてくれるとは本当に助かった。俺に女の子の連絡先を聞くなんて芸当は逆立ちしたってできない。たとえ相手がかつての兄であっても。 とにかく俺はカラ松と会い、連絡先を交換した…!天にも昇る気分だ…。高揚した気分のまま店の中に入っていくカラ松を見送っていると二人の女がカラ松を出迎えた。 チョロ松兄さんと十四松…。二人も女になってたんだな。 先ほどのカラ松の言葉、妹たちを待たせている、これを聞いてほぼ確信めいたものを感じていた。後の二人もここに居ると。 その予感は的中した。俺は店の中で話し始めた三人の女、かつての兄弟たちの姿を写真に収め、その場を立ち去った。 普段あまり使わない兄弟のグループラインを開くと 『俺の部屋に集合、見つかった』 とだけ打ち込み送信した。 俺はいま大学近くのアパートに一人暮らしをしている。両親から自立を促されて始めた一人暮らしだが、毎月仕送りはもらっているし両隣の部屋にはおそ松兄さんとトド松も住んでいるため、あまり自立できている感じはしない。 住んでいるアパートに着くと自分の部屋の前に二つの人影が見えた。 「もぉー遅いよ、一松兄さん!人のこと呼び出しておいて……それで、見つかったって…本当なの…?」 俺の顔を見るなり文句を言ってきたトド松だが今は真剣な顔で俺を見ている。おそ松兄さんも珍しく無言で、その表情からは少しの戸惑いが感じられる。当然だ。この二人ももう何年も俺と同じ思いを抱えたまま今まで生きてきたんだから。 「とりあえず入って。話はそれから。」 部屋に二人を入れると俺はいまさっき起こった事の一部始終を話した。話し終わった後に撮った写真を見せると二人とも食い入るようにスマホの画面を見つめたまま動かない。しばらくしてからやっとおそ松兄さんが口を開いた。 「………なあ、一松。本当にこれがチョロ松なの?通りすがりの女神と間違えたんじゃない…?」 「落ち着いてよ、おそ松兄さん。通りすがりの女神って何?それよりも十四松兄さんだよ……。なにこれ?!天使じゃん!!天界から舞い降りて来ててもおかしくないよ?!?!」 「いや、お前も落ち着けトド松。ちゃんと人間だったから…。ていうかカラ松が聖母に生まれ変わってたんだけど…。ゴミ人間と聖母の恋愛とか……。前世にも増して禁忌な感じして興奮する…ヒㇶッ…。」 俺たちはしばらく自分の嫁(予定)自慢に時間を費やした。深夜を回ったところでようやく本題を思い出し、今後の「前世では兄弟だったけど今世では嫁にしちゃおう☆」作戦を練ることにした。 「よしっ!一松、お前は今すぐカラ松に連絡しろ!」 「えっ!いま…?」 「そうだよ!一松兄さん!連絡先交換したんでしょ?だったら今から連絡して次会う約束取り付けて!!」 「いや…でも…向こうから連絡するって言ってたのに俺から連絡するのは…それにもう深夜だし…」 「うるせぇぇ!!!俺は今すぐにでもチョロ松に会いたいんだよっ!!明日会う約束しろ!そんでチョロ松連れてくるように言え!!」 「カラ松兄さんからの連絡待ってたらいつになるか分かんないでしょ!僕だって十四松兄さんに会いたい!!」 「いや……そんな急に…無理だって…」 なかなかカラ松に連絡しようとしない俺におそ松兄さんとトド松がしびれを切らし無理やりスマホを奪おうとしてきた。 今すぐ電話しろ!!というおそ松兄さんと、もう僕がメール打ってあげるから!!と俺のスマホに手を伸ばす二人ともみ合いになっていると不意に手元のスマホが振動してメールを受信した。画面を覗けば先ほど登録したばかりの名前が表示されている。 「松野カラ松」 はっと、三人そろって息をのむ。俺は震える指先でロック画面を解除しメールの受信ボックスを開いた。おそ松兄さんとトド松も緊張した面持ちでその様子を見守っている。 『こんばんは。松野カラ松です。こんな遅い時間にすみません。  今日は本当にありがとうございました。おかげで助かりました。お礼がしたいのですが来週の日曜日お時間ありますか?一松さんさえ良ければ是非ご飯を奢らせてください。  連絡お待ちしています。  おやすみなさい。』 なんということだ…カラ松からご飯に誘われてしまった…!俺は喜びのあまり吐きそうになりながら黙ってこちらを窺っていた二人にメールを見せた。 「やったじゃん!一松兄さん!これでカラ松兄さんに会える!!ねぇ僕も付いて行っていい?それで十四松兄さんも連れてくるように頼んでよぉ。」 「いや、向こうは記憶ないっぽいんだからお前が付いて来たらおかしいでしょ?とんだブラコン野郎だと思われる。それにカラ松は俺に十四松の話してないんだから頼みようがないよ。」 そう言えばトド松は、えぇーと不満そうに頬を膨らませた。こういうところが前世と変わらずあざといなトッティ。 「来週の日曜?!そんなに待てるか!!いますぐ会いたいって電話しろ!そんで家まで押しかけてチョロ松に会う!!」 「カラ松が日曜っつったら日曜なんだよ!!てか俺とカラ松の初デート邪魔すんなっ!!」 そう言ってもおそ松兄さんはずっと駄々をこね、喚いている。まったく今世でもこの長男の脳みそは小学生のままらしい。 その後もしつこく食い下がってくる二人に根負けし、当日こっそり付いてくることを了承し(途中で撒くつもりだが)、次はお互いの兄弟と一緒に会う約束を取り付けること(そんなことできる保証はないが)で合意した。俺はカラ松への返信を何度も打ち直してようやく『来週の日曜、大丈夫です』とだけ打ち込むと半ば勢いで送信した。 そんなこんなで気づけば夜明けも近い時間になっていた。 今日、というか昨日からいろいろなことがありすぎてさすがに疲れた。今日から夏休みでよかった。いまからシャワー浴びて寝よう。 二人も欠伸をしながら、そろそろ戻るかと腰を上げた。部屋を出る前におそ松兄さんが振り返って真剣な顔でこちらを見る。 「なあ、一松…。カラ松は前世の記憶がないんだよな?」 「昨日はそう見えたけど…。」 昨日のカラ松の様子から考えると前世の記憶があるとは思えない。 おそ松兄さんは少し考えるような素振りを見せてから再び口を開いた。 「カラ松が思い出してないならチョロ松と十四松も思い出してない可能性が高いな…。なあ、あいつらがまだ何も思い出してないならさ、しばらくはこのまま思い出させないことにしようぜ。」 「えっ、なんで?」 さっさと思い出してもらった方がいいんじゃないか。いまのままじゃ距離も縮めにくい。俺はおそ松兄さんの考えが読めずにいた。 「だってあいつらが前世のこと思い出しちゃったら俺たちまた兄弟からやり直しだよ?前世のときによく分かっただろ?あいつらは家族のことを恋愛対象としてなんか見られないんだよ。まずは他人として近づいて仲を深める。そんで自分のことを男として意識させる。記憶が戻るのはそれからでいい。後で前世で兄弟だったって思い出してもそんなこと関係ないって思えるくらい俺のこと好きにさせればこっちのもんだ。なぁ、結構いい作戦じゃね?」 おそ松兄さんは得意げに鼻の下をこすっている。 やっぱりさすがだな…、この人は。前世で悪童と呼ばれていただけのことはある。 「確かに…。おそ松兄さんの言う通りかもね。まずは僕らのことを恋愛対象として見てもらわないと前世のときと何も変わらない。」 トド松もおそ松兄さんの作戦に賛成なようだ。そしてもちろん俺も…。 「わかった…。じゃあしばらくは余計なことしないで自分たちを意識させることから始めよう。」 俺たちの意見はまとまった。三人で無言で頷き合うとおそ松兄さんとトド松は俺の部屋から出ていった。 前世で叶わなかった恋…。俺たちの片思いがいま再び始まった。 続く予定です。 ここまで読んでいただきありがとうございました。
転生パロで保留組が女体化しています。一カラ、おそチョロ、トド十で今回は一カラメインです。二ページ目がカラ松視点、三ページ目が一松視点です。一応続く予定なので今回話としてはあまり進んでいません。注意をよく読んで大丈夫な方のみ次ページにお進みください。<br /><br />初の転生パロと女体化です。よければ読んでいってください。
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 子供部屋の次は寝室を見た。  大きなキングサイズのベッドを国広は見た。どんなに大きくともベッドは一つだけだ。 「他にベッドルームは?」 「ここだけだ」  必要があるのか?と言外に言っている。きっと「なぜ?」と問えば自分達は夫婦だからと返ってくるのだろう。  世間には公表出来ない。身内にだって内緒の関係だ。そう思っているのは三日月だけと言ったら、彼は怒るのだろうか?  それとも案外、肩をすませて「そのとおりだ」と認めるかもしれない。子供のためだけに、自分達は繋がっているのだと。 「もう一つ、寝室を。俺の部屋を作ってくれ」 「お前の書斎なら、この寝室の隣にある。寝室を挟んで反対側が、私の書斎だ」  どちらも仕事があるのだから、書斎は必要だ。三日月がそこまで配慮してくれたことは、ありがたいが。 「なら、その書斎に仮眠用のシングルベッドでいいから入れてくれ」 「なぜだ?俺達は」 「夫婦か?しかし、国近には内緒だ。一つしかベッドルームがないなんて、あの子の口から誰かに知れたら、外聞が悪いだろう?」 「俺は気にしない」 「気にしておけ、イギリスの伯爵様。俺も気にする。日本では堅い仕事に就いてなくたって、世間の声がうるさい」  いや、本当は国広だって気にしていない。翻訳家としての腕があれば、ゲイだろうがなんだろうが、相手は気にしないだろう。  むしろ、三日月のほうが大変だ。いくらイギリスが同性婚を認めていたって、それはタレントやアーチストだから許されるのであって、名門伯爵家の当主がそれなど許されない。  まだ、なにか言い足そうな三日月に「国近が保育園でいじめられていいのか?」と告げる。 「子供達に偏見の目はないが、その保護者のママ達ってのは敏感だ」 「わかった。ベッドを明日にでも運びこませよう。ただし……」 「わかってる。寝るのは一緒だ。このベッドでだろう?」  先に言えば、あっさり了承されると思わなかったのか、三日月が驚いた顔をしている。この男にこんな顔をさせることが出来たなんて、クスリと国広は笑う。 「夫婦なんだろう?」  だが、それは形だけどころか、世間にも公表するつもりもない秘密だ。 [newpage]  夕食は、国近が好きなクリームシチューを作った。トマトのサラダ。それにご飯。  シチューにご飯はいかにも日本的だが、三日月にはガーリックトーストでも用意するかと聞いた。彼はそのままで良いと言ったから、自分達と同じようにご飯を出した。  「いただきます」と手を合わせるのも日本式。国近が「こうすると美味しいんだよ」とご飯にシチューをかけて食べているのを、三日月も真似して「うむ、うまいな」と微笑んでいる。テーブルマナーとしてどうか?と思わないでもないが、美味しければいいのだろう。ここはイギリスのマナーハウスではない。家の中だ。 「シチューというがブラウンソースとは違うのだな?」 「そういえば、イギリスではホワイトシチューを食べたことはなかったな。こちらでは、シチューというと、むしろこちらだが」  学校給食のせいもあるのだろう。それに子供はミルク製品が好きだ。シチューにグラタンはお母さんの味でもある子供も多いだろう。 「市販のルーもあるが、うちは牛乳と小麦粉で作る。作り方は兄弟に教わった」 「山伏殿がか?」 「あっちじゃなくて、小さな兄弟のほうだ。三日月は会ったことはないな」  家に居たところはくるくるとよく働く姿はまさしく母親だった。だけど、国広にも困らないようにと家事を教えてくれた。料理に、掃除に洗濯。  実際、イギリスに留学して一人暮らしに困ったことはなかったのだから、感謝しなければならない。  夕ご飯の片付けはほとんど食洗機任せで、楽だった。食事のあとは自分で食器を運ぶように、最近国近をしつけていて、そうしたら、三日月まで食べ終わった食器を運んできたことに、吹き出してしまう。 「なにがおかしい?」 「だって、スプーン一つだって運んだことのなさそうな伯爵様が……」 「失敬な。俺だってパブリックスクール時代は食堂で食べ終わった食器は片付け口に持っていったぞ。だいたい、コテージに一緒に泊まったときは、手伝ったではないか?」 「ジャガイモの実より皮のほうを分厚く切ってか?」 「あれは、あまりにもいびつな芋だったからだ」 「って……あのときも言い訳していたよな?」  国広は思い出してくすくす笑い、三日月は悔しそうというか恥ずかしそうというか、なんとも言えない顔だ。結局あの芋は皮ごと茹でて、薄皮を手でむいてポテトサラダにしたのだった。  洗い皿運びの手伝いとともに、ピーラーで皮を剥くことも国近は出来るようになったから、もう一つあれを買って、三日月にも手伝わせていいかもしれないと思う。親子並んで、不器用に芋をむくさまを考えると、思わず笑みがこぼれる。  今日のシチューの皮むきは国広がやった。子供部屋で新しい玩具に夢中の国近と三日月が一緒になって遊んでいたからだ。キッチンから漏れ聞こえる笑い声が楽しげで、国広の口許もついほころんだのだった。  夕ご飯のあと眠そうな様子で目を擦る国近を「俺がやろう」と三日月が抱いて、彼が子供部屋に連れて行った。  それからは二人とりとめもないことを話した。主にイギリスでの共通の知り合いの、その後の消息などだ。 「じゃあ、ジェフじいさんはパブを息子に譲ったのか?」 「ああ、今や本人は川辺で釣り三昧だ。  そういえば、カーキス夫人の庭が閉鎖された」 「あの夫人の庭が?」  庭は英国人のとっては趣味を通りこして、生涯のテーマにしてる人がいる。夫人もその一人で、夫亡きあとの広大な庭を、一人でつくりあげていた。雑誌や新聞でも何回もとりあげられたナチュラルガーデンで、第二日曜日は一般に解放もされていた。  そのとき訪れた客にお茶とスコーンをふるまうのも夫人の楽しみの一つであったのだ。  三日月とは遠縁の親戚で、国広も何回か彼女の庭を訪れ、本格的に英国のティータイムは彼女に教わったのだ。お茶にスコーン、透けるぐらい薄くきったキュウリのサンドイッチにキッシュ。果物とナッツたっぷりのフルーツケーキ。 「お前と会ったときは、もうかなりの歳であったからな。一年前に屋敷も庭も手放して、老人ホームへと移られた」 「そうか……」  残念ではあるけれど、庭の管理が出来なくなったら、ここは閉鎖するわ……と言うのが彼女の口癖だった。手入れが行き届いてない庭ほど、みっともないものはないわよ……とあの口調が耳に蘇る。 「あの美しい庭が閉じられたとなると、寂しいが仕方ないな」  自然な庭は……どこか日本の風景を感じさせて、国広は好きだった。夫人も、夫人の作るお菓子も。 「お前に会いたがっていた」 「…………」 「また、会いに行こう」 「そうだな、いつか……」  いつかはきっと来ないと国広は思っていた。こんな三日月との関係を隠したまま、夫人に会えるはずもない。あのときの三日月とは、ただの友人だった。日本からやってきた珍しい客。  だが、今は……。  三日月は夫婦と言うがこれはまるで。 「俺達もそろそろ寝るか」 「ああ」  これは愛人と言うのではないか? [newpage] 「約束して欲しい」  ベッドルーム入り、キスをされる前に国広は切り出した。  抱き締められて、口付けなんてされたら、なにも分からなくなるからだ。 「こんな場所で、なにかまだあるのか?」 「ここだからだ」  ベッドの横のランプテーブルの引き出しをあけて、国広は「これ」と差し出した。 「なんだ?」 「見てわからない?避妊具だ」  夕ご飯の材料を買い出しに行くときに、ドラッグストアで買った。 「一昨日は油断したが、俺を抱くならそういう“危険”があるということだ」  とはいえ、この身体は妊娠しにくいとは聞いていた。だから、あのひと夜で身籠もってしまったのは、ずいぶんな偶然と言えた。 「俺は構わないと言ったら?」 「ずいぶんな冗談だな。伯爵様が本妻を迎える前に、外に子供ばっかり作ってどうする?」  どちらにしたって、あちらの貴族の相続法からすれば、非嫡出子の爵位も領地の継承も認められない。今のイギリスの法律など国広は知らないが。  ともあれ、男が産んだ子供など論外だろう。 「まだ、そんなことを言っているのか?俺はお前以外の妻など……」 「それに俺が大変なんだ。国近を産む時だって命がけだったのに」  そう言うと三日月が「死にかけたのか?」と青ざめている。「死ぬほどのことではなかった」と国広は逆に平然として。 「つわりが酷くて、妊娠中毒症一歩手前だったけどな。何回か入院もしたし……」  一期や青江のサポートがなかったら、実際どうなっていたかわからない。男性の妊娠、出産のデーターがある彼らだからこそだ。 「女性でも出産は昔、命がけだったんだ。今だって危険なことは危険だしな。まして、男の身体となればホルモンのバランスやら、身体への負担やら色々あるんだ。  第二子を産むのは、危険だと言われている」  国広の父が三人もの兄弟を産んだのは、まさしく命がけで、本当に彼は命を縮めたのだ。 「だから、それを付けてくれ」 「わかった」  三日月が神妙な顔でうなずいた。 「それから、セックスを拒むことはないが、明日仕事がある日は手加減してくれ。若くして、腰痛病みに俺はなりたくないぞ」 「なかなか、あけすけに物を言うな」 「興ざめか?」 「いや、国広らしい」  顔が近づいてきて、国広は「それで返事は?」と聞く。 「わかった。こちらも手加減してな、優しくする」  そう言って口付けられた。その日もやはり三日月は優しかった。 ────ひどくしてくれたなら、本当に心から嫌うことが出来たのに……。  と抱かれながら思ったことは、口に出さなかった。 [newpage]  さて、その週の土曜日のことだ。  保育園はお休み。ならば仕事も当然休み、うちは週休二日制だぞ……と三日月が言って、親子三人、マンションで過ごすことになった。  国広はお昼の仕度をして、三日月と国近はベランダで、テニスもどきをしていた。もどきというのは、ゴムボールに紐がついていて、どこかに行かないようになっているからだ。  広いベランダでやるのは調度いいそれで、柔らかなボールはあちこちに当たっても危険はない。大きなラケットを振り回し、国近はご機嫌、三日月も「ほれ!」とどっちが子供なんだか。はしゃいでいる。  そこに軽やかなベルの音。フロントからの知らせだ。 「はい」 「堀川様と名乗られるお客様がいらっしゃっていますが」  インターフォンの画面からはホテルのエントランスのようなフロントの様子が見える。そこには見知った堀川と、横に和泉守の姿がある。 「通してくれ」 「かしこまりました」  堀川の兄弟襲来である。  昼食の仕度のところに、二人分増えた。本日のメニューはミネストローネにアメリカンクラブサンドだったのだが、スープはともかくサンドイッチは足りないので、急遽、パスタを追加することにする。ツナとキャベツのバター醤油味にしあげた。 「ホント、驚いちゃったよ。国近の顔を見にきたら、二人とも家を出たって、山伏の兄弟に聞いて」  ランチを作るのに「手伝うよ」と堀川が申し出てくれて、二人並んでキッチンに立っていた。実家ではよくこうして二人で料理したものだ。今、堀川は和泉守と暮らしているから、機会も少なくなったが。 「すまない。引っ越して落ち着いたら、知らせようと思っていた」  本当にそう考えていたのだ。しかし、新生活は三日月の仕事もあって、なかなかに忙しくて。 「忘れていたでしょ?」 「…………」  たしかに連絡するのを、本当にうっかり……していた。国広は「すまない」と繰り返す。 「いいんだけどね、兄弟と国近が無事なら」 「無事って、俺達に危険はないぞ」 「そう、元気そうだよね。ひとまず安心したよ」 「…………」  含みのある兄弟の言い方に、国広は嵐の予感がした。 「兄弟はカンがいい」  料理をダイニングに運んだとき、すれ違い様に三日月にそっとささやいた。彼がちらりとこちらを見るのに視線を合わせて、こくりとうなずく。  だから、この関係がバレないように、うっかり口を滑らせるようなことはないように……と警告したわけだ。  三日月は実に役者だった。 「いや、慣れない日本で旧知の国広に会って安心してしまってな。しばらく滞在するのだから、出来れば一緒に暮らして欲しいと頼み込んだのだよ」  いかにも、人の良く育ちもよい、おっとりとした伯爵様。そんな風に三日月が話す。  実際、彼は生まれも育ちもその通りなのだ。ただし、そのいかにも英国紳士な穏やかさに騙されてはいけない。  ただの育ちのよいお人好しならば、英国にあるマナーハウスにその周りの広大な領地。さらには海外のブランテーションや茶園や牧場は維持出来ない。それに関連する企業もだ。  これは歴代の伯爵家当主にも言えるだろう。 「伯爵家を維持するということは、それに従う者達の生活も維持するということだ」  イギリスで共に居た頃、三日月がぽつりと漏らしたことがある。  確かにあのマナーハウスを維持するだけで、バトラーに家政婦、料理人、メイドや庭師達……ともかく、一つの小さな会社ほどに人が働いていた。家を維持するために必要な人数なのだろうが、それだけの人々の雇用を、あの家は生み出しているのだ。  さらに、代々仕えている者も多いから、その家族達の暮らしも支えてきたのだ。  それだけでなく、海外の農場や、今はその製品を加工する工場に勤める人々の生活まで、三日月の肩に乗っていることになる。 「では、今回の滞在で帰国されたら、国広と国近は家に帰ってくるんですね」  しかし、一見人のよさげ……対決なら、堀川も負けていない。微笑む三日月にニコニコしながら、ずばりと切り込む。 「いや、今はこのマンションに仮住まいだが、国広の実家がある町に、家を建てるつもりだ。今、土地を探している」 「へえ、さぞかしご立派な御屋敷になるんでしょうね?」 「そうだな。三人で暮らすには十分な家にするつもりだ」 「三人?ご家族とご一緒に暮らされるのですか?」 「ああ、俺と国広と国近の三人でな」 「え?僕、聞いてませんけど?」 「そうなのか?山伏殿に話したのだがな」 「あ、すみません。聞いてませんでした。なにしろ、国広と国近が実家に居ないのに驚いて、飛び出して来ちゃったので」 「そうか、それはすまぬことをしたな。このとおり仲良く暮らしている」 「ええ、二人が無事ならいいんです」  ニコニコと二人笑い合っているのだが、目が笑っておらず、バチバチと火花が飛び散っているように見えるのは、気のせいではないだろう。その証拠に堀川の隣に座っている、兼さん……和泉守はどうにも尻の座りが悪いとばかり、落ち着かず。 「しかし、マンションの最上階だけあって、景色が綺麗だな。都内が一眸じゃないか?ちょっとベランダ出ていいか?」 「じゃあ、案内するよ。東京タワーもスカイツリーも、富士山も見えるんだ!」  大人達の事情など知らない国近が、びょんとソファから立ち上がり、和泉守の手を引く。和泉守は明らかに助かった……という顔をして。 「そりゃ、すげぇな」 「ベランダはすごい広いんだよ。テニス出来るんだ」 「本当にすげぇな……」  あの口調だと和泉守は本当のテニスコートがあると思っていそうだ。国近に三日月と遊んでいた、テニスもどき遊びの道具を見せられて「あ、これか」なんて声がほどなく外から聞こえてきた。それから、二人で遊び始める声も。 「茶を煎れなおしてくる」  ポットのお茶がすっかり冷めてしまった。こちらも手つかずのまま冷たくなっている、二人のカップをトレイに乗せて立ち上がれば「僕も手伝うよ!」と堀川もついてくる。  茶を煎れるだけなのだから、手伝いなどいらないが、国広は断ることなく、堀川の好きに任せた  ダイニングとキッチンは繋がっているが、広いリビングとは別で、そちらにいる三日月にも自分達の姿も声も聞こえない。  国広は茶の仕度をしながら堀川に言った。 「なにを勘ぐっているか知らないが、三日月は国近の父親じゃないぞ」  こういう時は率直に言った方がいい。なにより国広は、三日月や堀川達のように腹の探り合いなど苦手だ。 「イギリスでかなり親しかったって聞いたけど?人嫌いな国広が、まして国近を連れて一緒に暮らすなんて」  返す堀川は落ち着いたものだ。まあこれぐらいで動じていては、高校時代、選挙では当初劣勢だった和泉守を生徒会長にまで押し上げられない。さすが新選高校の生徒会書記。伝説の黒幕なんて言われない。 「話してわかるとおり、良い奴なんだ。育ちの良い伯爵様でな。珍しく気が合った」  そう、出会いはそれだったのだ。性格も今まで過ごしてきた暮らしも、全然違うのに、国広は三日月といて、苦にならなかった。彼の横でごく自然に呼吸出来た。  それは、こんな風に不本意に共に暮らすようになった、今でさえ……やはり、彼の存在は国広にとっては嫌なものではない。ちょっと子供で手が掛かることさえ、国近と同じように愛おしいと感じてしまう。 「それだって一緒に暮らすなんてヘンだよ。国広は子連れで、あちらは伯爵様で世話係の一人や二人、本国から連れてこられるだろうし、こちらで雇うことも出来るだろうに」 「俺は世話係ではなくて、あいつのビジネスのパートナーだ。一緒に暮らすことにしたのは、良い条件だったからだ」 「本当にそれだけ?」 「兄弟、国近の父親はもう死んでる」  まったく、らしくもない嘘だが、これが彼の鋭い追及を逃れる一番手っ取り早い手段に思えたが……。 「ねぇ、国近の左の瞳には三日月があるよね?」 「…………」  国広は息を呑む。自分と同じ翡翠の淡い色の瞳では、あれはよく近づかないと分からない。それこそ、至近距離で抱きあげなければ。だから、それを知っているのは国広に山伏、そして、堀川の三人ぐらいだ。もちろん、主治医の一期や青江も知ってはいるが。 「三日月さんの瞳の中にも名前通りの……」 「あいつには秘密を守るように約束させた。鬼ヶ島のことも、一期達の病院のこともだ」 「だから、それと引き替えに同居なの?」 「国近のためだ」 「だからって国広が我慢してあの人に使われるなんて……」 「どうせ数年のことだ。家族ごっこに飽きたら、あいつはイギリスに帰る。秘密のことも、国近は実の息子なのだから、話すことはないだろう。約束は守る男だ」 「家族ごっこね……本当にそう思っているんだ?一緒に暮らして、家まで建てるつもりでいるのに……」  最後のほうの堀川の言葉は、国広に……というより、一人でつぶやいているようだった。告げられた言葉の意味が分からず、国広は首をかしげる。 「ホント、そういうところの機微は疎いよね。兄弟って」 「なんのことだ?」 「そんなところが、みんな可愛いと思うんだろうなあ」 「可愛い……なんて言うな。俺は男だ」 「うん、男らしいよね。妙に潔くて、自分のこと考えないし」 「だからなんだ?」  「お茶、運ぶね」とトレイをさらうように持って堀川は行ってしまう。くるりとキッチンの開いた扉の前で振り返り。 「ゴメン、さっきの三日月さんの瞳のことは、当てずっぽうだったんだ」  「本当に瞳に月があるんだね」という堀川に、のこされた国広は呆然とする。  やはり、自分の下の兄は、カンが良すぎるうえに、人が悪い、黒幕だ。
<span style="color:#fe3a20;">※男性妊娠ネタにつき、苦手な方はご注意ください。</span><br /><br />四年前、英国にて半年だけ過ごした国広と三日月。<br />住む世界が違うと国広は三日月の元を黙って去るが……。<br /><br />みかんばハレクイ第一弾?<br />ハレクイ定番、シークレットベイビー(隠し子)です。<br />第二弾まで続くかはわかりません……。<br /><br />表紙素材お借りしました……<strong><a href="https://www.pixiv.net/artworks/5360295">illust/5360295</a></strong><br /><br />2016年03月11日付の[小説] 女子に人気ランキング 56 位
【とうらぶ】瞳の中のキセキ 6(みかんば)
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cut01//別れは未来への一歩  よく晴れた冬の空に、暖かな春の風が踊る。春の風は命を運び、季節を加速させて、また新たな命を吹き込む。剣呑としていた先輩方は凛々しく顔を揃え、そんな先輩たちの元で無邪気に騒ぐ下級生たちも今日だけは大人びた顔で皆を見送る。春の、砂塵を交えた風が吹き荒れた。風に踊らされるように桜の花が、まるで先輩方の新しい門出を祝福するように舞い降りる。ある人はそれを見て未来を夢想し、ある人は過去を振り返り郷愁に浸る。桜の花びらはそれぞれの想いを一身に受け止めて、この祝いの場を淡く彩っている。  今日は、卒業式。 「先輩、羽風先輩」 「お、もう会えないかと思った」 「それは私のセリフなんですけど」 「そう?でも最後にあえてよかった」  丁度靴箱の裏手、誰もこないようなひっそりとしたところに、彼は佇んでいた。どうやら桜の木を見ていたらしい。立派に根を張った桜はちらちらと花びらを落としながら、私たちを見守っている。先輩は桜の木から私へと目線を移してにこりと笑う。その笑みがあまりに綺麗で儚くて、一瞬息を飲んでしまう。いつものへらりとした笑みを浮かべてくれたらよかったものの。ああ、彼はやはり”先輩”なのだと思うほどに大人びた表情をしていた。  私は歩調を少し早めて羽風先輩へと歩み寄った。彼はそんな私を見て、体重を預けていた壁から、ゆっくりと身を起こす。君から近づいてきてくれるなんてねえ。冗談のようにこぼす笑顔が、切ない。 「私、先輩に文句があるんです」 「え?祝詞ではなく?」 「むしろ呪詛です」  呪詛って。私の口から飛び出たおどろおどろしい響きに羽風先輩は一瞬目を丸くして慄いたが、厳しい表情を見るなり、彼は諦めたように苦笑を浮かべた。思い当たる節が幾つかあるのだろう。どれかなあ、なんて言葉を口にしながらじっと私を見据える。羽風先輩から足跡二つ分離れたところで、私は立ち止まる。視界の隅でちらりちらりと花びらが舞い降りる。春の暖かな風が、穏やかに私と羽風先輩を包む。 「君には迷惑たくさんかけたし、いいよ聞くよ」  彼がそう口にするので、私は思わず顔を強張らせてしまった。優しい彼ならきっとどんな話でも聞いてくれるだろうと踏んでいたのだが、やはり面と向かって言われてしまったら少し、躊躇してしまう。それでも。一度顔をうつむかせて、意を決したように私は顔を羽風先輩に向ける。羽風先輩は慈しむような目線で、こちらを見ている。その視線の優しさに涙腺が緩んでしまいそうになったが……なんとか押しとどめた。 「……一年間、ありがとうございました」  一瞬ぽかん、と表情を止めた先輩は、戸惑いながら、こちらこそありがとね、と首をかしげた。やっぱり祝詞じゃん、と笑う先輩を一度睨み付けると、私は大きく息を吸い込んだ。今ここで言わないと後悔する。これは私のエゴだ。散々振り回してきた先輩への、小さな、反撃だ。 「思えばこの一年、先輩はずっと、私が必死にずーっとプロデュースしてるそばからちょっかいかけてきたり邪魔してきましたよね」  先輩の表情から笑みが消えて、少し悲しそうに目を伏せながら、うん、と呟く。その表情に次の言葉を仕舞いかけるが、いいやここで言うんだ、と自分自身を鼓舞する。 「だいたい好きってなんですかこちとら全生徒のプロデュースをしてるのに誰か一人を特別に見るなんてできないし、言い寄ってきたかとおもえばなんですか返礼祭のあれ、勝手にさよならみたいな、ほんと、羽風先輩らしいですけど」  流れるような春の桜の雨が、裏庭に降り注ぐ。風に煽られた花びらは羽風先輩へ、私へ、降り注ぐ。少し強い風に私が髪の毛を抑えると、彼も同じように襟足を抑えて、それでも私から目線を外さない。あまりに真っ直ぐな視線に耐えきれなくなって、不意に目線を外すと、ごめんね、という彼の言葉が私に降り注ぐ。胸のうちから溢れ出る何かが、鼻を鋭く刺す。つん、とした痛みに耐えながら、もう一度彼にピントを合わせて、私、と口火を切った。 「今日をずっと待ってたんです、先輩が私のプロデュースの担当から離れるのを」  もう私は彼の担当ではない。一人の人間として、アイドルではない羽風薫と向き合っている。私の言葉にどうやら羽風先輩は何を言わんとするか気がついたようで、少しだけ姿勢を正した。優しく彼が私の名前を呼ぶ。私はそれに応えるように、言葉を続けた。 「羽風先輩好きです、ちょっかいかけるし邪魔するけど、誰よりも気にかけてくれて、優しくて、ずっと、大好きでした」 「今更、そんなこと言われても困るんだけど」 「一年間私をずっと困らせてきたんですから、少しぐらい困ってください」 「……そうだね」  ごめんね、彼が小さな小さな声量で、謝罪を口にする。私は笑って、でも嫌じゃなかったです、というと、本当にかなわないなあ、と表情を崩した。  告白して、返事がほしいとは思わない。むしろ今まで塩対応の連続だったんだ。見返りなんてあるわけがない。でも、伝えられる最後のチャンスだから。私がきっと先輩と、こうして向かい合える最後のチャンスだから。  一度目を伏せて、しっかりと羽風先輩を見据える。彼も同じように、私を力強く見つめ返す。普段から沢山目があってきたはずなのに、なぜだか今初めて、ちゃんと目があった気がする。沢山見てきたのに、沢山見られたはずなのに。絡んだ視線が妙に新鮮で、そして、愛おしく感じた。 「今度は、私が追いかける番です」 「うん」 「もしかしたら、私はプロデューサーになれないかもしれないです、なったとしてもあなたと出会うことはもうないかもしれない」 「……うん」 「だから」  最後に言いたかったんです、大好きって。準備していた一番伝えたかった言葉は、口にしようとすると、なぜか言葉よりも先に、涙がぼろぼろと溢れてきた。泣かないと決めたはずなのに。止めようとするたびに涙が溢れて、止まらない。乱暴にブレザーの袖口で目をこすると、だめ、という声とともに、土を蹴る音。掴まれる腕。羽風先輩は私の腕をそっと下ろして、ポケットからハンカチを取り出し、涙を拭ってくれた。 「いいことを教えてあげる、虚勢をはる時に泣いちゃダメだよ」 「なんでですか」 「惹かれちゃうから」  ひかれ……?と私が口を開くよりも先に、羽風先輩がぽんぽん、と私の頭を撫でて、人差し指を自分の口元にあてて、しい、と一言呟いた。その余裕がなぜだか悔しくて、羽風先輩から目を背ける。 「身辺整理したなら、少しくらい空きがあるでしょうに」 「未来のファンの子達のための席だからねえ、君が座れる席はないかな?」  精一杯の悪態に、羽風先輩がにこりと正論を吐く。まあ、そりゃそうだ。自分の口に出した言葉が恥ずかしくて閉口していると、それに、と羽風先輩は言葉を続ける。 「君のための席は”そういうところ”じゃないでしょ」  そう言うや否や、彼は私の左手をとり、丁度薬指の付け根に軽く口付けた。突然の柔い感触に驚く私に、先輩は、お返し、と悪戯に笑みを零す。 「……また、会いに来てください」 「うん、行くよ、呼ばれなくても」 「ずっと応援してます、ずっと好きでいます。先輩は私の、一番のアイドルです」 「そりゃ僥倖だ」  けらけらと笑い、彼はハンカチを私に押し付ける。今度会った時に返して。そう羽風先輩は優しく笑む。 「大好きだよ」 「私も、大好きです……卒業おめでとうございます」  ああ、ようやく言えたんだ。涙に塗れた顔を拭って一礼すると、先輩は笑って口を開いた。 春の風に乗って桜が舞う。ごうごうと強い風に乗って、彼の、私の好きな彼の言葉が、耳に届いた。  遊びに行くよ、そしてまた君に出会って、恋に落ちるから。 [newpage] cut02//咆哮とともに轟くのは、未来への架け橋  今日も軽音部には軽快な音楽が響く。二巡目の季節を過ごす「UNDEAD」は去年に比べ驚くほど高い頻度でユニット練習に勤しんでいた。いや、去年は先輩が不真面目だっただけで思い返すと二年生だったこの二人はいつも真面目に練習に挑んでいた気がする。新生UNDEADは四月も残り少なくなった今になっても、新入生が入る雰囲気はない。希望者はそこそこいることは知っているし、晃牙くんとアドニスくんがーーできるだけ温厚にーー面談をしているのは知ってはいるのだが、お眼鏡にかなう人がいないのだろう。私は一度も三人目以降の新生UNDEADメンバーを見たことがない。まあ二人でやっているユニットもあるし、同学年だけで組んでいるユニットだって、珍しいわけではない。その上実力に裏打ちされている二人だから、別段心配はしていないのだけれど。  今日も例に漏れず、晃牙くんとアドニスくんは真面目に練習に取り組んでいた。譜面をみながらああじゃないこうじゃない、と言いながら楽器を鳴らし、声を震わせている。私はその後ろで持ってきた仕事の資料を再度目を通しながら、ようやく輪郭が見えてきた新曲のメロディーに耳をそばだてていた。四人から二人になってしまったから、どうやら迫力が足りないらしい。大声を張り上げるか。いや楽器の音で迫力を出すか。いっそのこと客席にダイブでもかますか。じゃあ俺が大神を投げる。投げられた俺は客席に降り立ってギターを鳴らす……ってなんでだよ!コードに絡まるだろうが! 「アイドルやめて漫才師にでもなれば?」  二人のやりとりに笑いながらそう言うと、晃牙くんは一度鼻を鳴らして、 「俺様の美声は歌声でこそ映えるんだよ」  と傲慢に笑みを浮かべた。アドニスくんも神妙な顔で頷き、俺もあまりトークは得意ではないから、と言葉を漏らす。私はそんな二人を見て、いいと思うんだけどなあ、と笑みをこぼす。こうして彼らと練習の合間に軽口を叩くのは割合好きな時間だ。  四月になり正式にプロデュース科が出来てからは、以前のように全ユニットを見て回る必要もなくなった。負担が減った、といえば嘘になるかもしれないが、全てを見る必要もなくなったので気持ちは幾分と楽になった。裁縫の上手な子、スケジュールを立てるのに秀でている子、造形に詳しくステージの設計図をなぞるように描いてしまう子。私の焼き付け刃の知識では到底叶わないような子たちが、新期生にわんさかいる。先生たちも生徒の得意な箇所を伸ばしたいのか仕事は優先的にそういう子たちに回すようになった。なので必然的に私はユニット練習の監督を務めることが多くなった。基本的には色々なユニットを見て回るのだが、大抵誰かしらプロデュース科の子たちがいるので、軽く言葉を交わし、幾度かアドバイスをする程度に抑えている。が、しかし、なぜだかこの新生UNDEADだけは、プロデュース科の子たちが寄り付かない。大きな原因は、これだ。 「だああああ!だからそうじゃねえつってんだろ!ここはもっとこう!!メリハリをだな!!!」 「めりはり……?大神、なんだそれは」 「あああああ!面倒くせえ!だから、ここはでかく!小さく!で、どーん!だ!!」  晃牙くんは苛立たしく楽譜ごと机を叩きながらアドニスくんに声を荒らげる。アドニスくんはどこ吹く風、どーんか、と晃牙くんの言葉をなぞりながら何度も頷く。  そう、これだ。騒音。うるさいだけではない、机を叩いたりだとか、地団駄を踏んだりだとか、とにかく、粗暴なのだ。一年間彼らと過ごしてきた私は問題ないのだが、新期生たちは怯えてなかなか近寄ろうとはしない。まあ、それでもいいのかもしれない。先生たちの間では1ユニットに専属プロデューサーをつけてもいいんじゃないか、という話も出ているくらいだ。公私混同をしているのは自覚がある、が、私はできれば卒業まで、このユニットに寄り添いたかった。彼が所属し、彼が愛したこの、UNDEADに。 「なにぼうっとしてんだよ」  バインダーが私の頭上に振り下ろされる。痛い!と小さく悲鳴をあげると油断大敵だばあか、と晃牙くんはにやりと笑った。三年生になっても変わらないこの子供っぽさはどうにもならないのか。じろりと睨み付けると、アドニスくんが眉間にシワがよってるぞ、と笑った。 「しっかりしてくれよプロデューサーさんよお、俺たちの活躍はお前の手腕にかかってんだからな」 「わかってます!だから仕事持ってきました!」 「いつもありがとう、助かる」  俺たちはこういうことが苦手で、とアドニスくんが苦笑する。彼は去年の一年を経て大分表情豊かになったのはきっと、気のせいではないだろう。いい笑顔するようになったね、と私が笑うと、アドニスくんはやはり満面な笑みを浮かべて、お前のおかげだ、と言ってくれた。 「UNDEADの栄光は二枚看板のおかげ、なんて私も言われたくないからね、期待してるよ二人ともー?」 「はん!当たり前だろ、俺様をなんだと思ってやがる、なあアドニス!」 「勿論だ、UNDEADを遺物にはさせない。俺たちは、死なない」  二人とも力強く頷いて、がっちりと手を組んだ。彼らの目に宿る炎に、私の胸も自然と熱くなる。朔間先輩と、羽風先輩の血潮は確かにここに流れているのだ。彼らが育てた後輩が、ユニットを守っている。死なない、殺させない。本当は贔屓なんてしちゃダメなんだろうけど、私だって彼らを守りたい。守りたいのだ。  晃牙くんが新しいライブの仕事の要項が書かれた書類を見て、にやりと口の端を上げた。そしてまるで独り言のようにーーしかしながらそれにしては大声でーーいつか俺たちもでかい会場でライブやりてえなあ、と言葉を口にした。それは講堂ということか?とアドニスくんが首をかしげる。その言葉に呆れたように晃牙くんは首を振って、ちげえよ学外だよ、と肩をすくめた。 「でけえとこでライブやってよ、力つけてよ、卒業して、のうのうとアイドルやってるあいつらにおいついて」  のうのうとはやってないと思うけど、と思わず口を挟んでしまいたい言葉を飲み込む。晃牙くんの目には野望の光がぎらぎらと輝いており、水を差すなんて野暮かなと思ってしまったからだ。アドニスくんも晃牙くんの言葉の続きを待つようにじいと彼を見つめる。晃牙くんは書類から顔を上げて、じいと私を見据える。 「いつかお前を、ちゃんと、羽風先輩のところに連れて行かなきゃいけねえもんな」  晃牙くんの言葉にアドニスくんも力強く頷き、 「そうだな、俺たちが必ず、お前を羽風先輩のところへ連れていく」  と勝気な笑みを浮かべた。まさか二人がそんなことを思っていたとは知らなくて、私は、なにそれ、と情けない言葉を呟きながら目を瞬かせた。 「俺たちが知らないとでも思っていたのかよ、わっかりやすいんだよお前」 「別にお前が羽風先輩がいたからこのユニットを贔屓にしてくれるとは思ってはいない、だが先輩を想っているのは確かだろう?」 「ま、いろいろ世話になってるからな、少しくらい恩を返してやるんだからありがたく思えよ」  晃牙くんとアドニスくんの言葉が私の胸を不意に打つ。口を開いたら泣いてしまいそうだから下唇をぎゅっと噛むと、またバインダーが私の頭上に降ってきた。泣くのははええよ。晃牙くんが言う。羽風先輩に会った時にとっておけ、とアドニスくんも言葉を連ねる。 「揃いも揃ってイケメンかよ……」 「何言ってんだ俺様たちがかっこいいのは当たり前だろ」 「たっちゃん……南を甲子園に連れてって……!」 「てめえ人がせっかくいいこと言ってんのに茶化すな!」 「甲子園には連れて行けないが、陸上競技場なら」 「お前もなに真面目に返してんだよ!おら!練習すんぞ!!」  憤慨しながら楽器の元へもどる晃牙くんを追いかけるアドニスくんはちらりとこちらに目配せをして、 「でも泣きたかったらここなら、いつでも泣いていいからな」  と優しく笑んだ。そして振り返り晃牙くんの元へと歩み寄る。去年よりも何倍も大きく見える彼らの背中を見て、私は両手を強く握った。 「ありがとね、二人とも」  ありがとう、ありがとう。どれだけ言っても言い足りない言葉が、このユニットには存在している。過激で背徳的で、そして優しさに包まれているユニット名を、私しか聞こえない程度の声量でぼそりと呟く。  UNDEADは死なない、殺させない。私も彼らとともに、大切に、守っていくから。だからどうか先輩方は心配しないでください。  [newpage] cut03//そしてまた、君と恋をする。 「カメラ、もっと寄って、ワイドに!」 「レンズ変えまーす!一度画面切断しますね」 「音声チェック入りますー」 「照明もっと上手に寄って!そう、OKです!」  方々から飛び交う声を聞きながら私は片手に持っていた香盤表を眺めた。タイムスケジュールから若干押している現場は、少しだけ慌ただしい。綺麗に巻かれたコード類。床に散らばっている場ミリのテープ。天井のライトは煌々と光り、部屋をじんわりと熱気で包む。右腕の腕時計で時間を確認していると先輩のプロデューサーが顔を出して、ちょっと押してるね、と笑った。私も、そんな先輩の顔を見ながら、演者さんが遅れてるんでしたっけ、とはにかむ。 「そうそう、新人アイドルさんだっけ?守秘義務が厳しくて私も誰か知らないのよね」 「ちょっとドキドキしますね」 「そうね、まあ私たちは相手が誰であれ、この企画を成功させることに注力するだけよ」  ぎらりと輝く先輩の瞳に、私はほうと息を吐く。まだまだ新人の私はこの人から学ぶことは数多い。仕事の内容もそうだけど、仕事への向き合い方、だとか。学院を卒業してそのまま大学で企画の進行を学び、こうしてここまでたどり着けた。もしかしたら羽風先輩が思い描いていた「プロデューサー」とは様が違うかもしれない。あの頃、思い描いていたプロデューサーはアイドルを育てる意味合いが強かったように思えたが、結局こうして選んだ道は、企画を遂行する、の形に近い。それでも、私は別に後悔していない。  私は現場をぐるりと見回した。音声の入り具合をチェックする人、写り具合、画角や構図などを決めている人。台本とコンテを見比べながら今日の進行を確認する人。こうしてばらばらに動いている点が、本番になると一本の太い線になる。その、本気と本気がぶつかり合う瞬間が、私はとてつもなく好きだった。学院のドリフェスでも、表立って歌うアイドル、その裏で照明を当てたり、音声のミキサーで音を調整したり、様々な人が動いて一つの「作品」を作り上げていたことを思い出して胸が静かに、熱く滾る。 「演者さんはいります!」  アシスタントディレクターの声に私ははっと我に返り姿勢を正す。香盤表を挟んだバインダーを胸に、入り口の方へ視線を向けた。元気良く、挨拶。プロデューサー業を始めて、一番最初に教わったことだ。一度軽い呼吸をし、私は入り口を見据える。スタジオの騒然とした空気が、まるで糸を引っ張ったようにぴんと張り詰める。皆の視線が集中したドアはゆっくりと開かれて、ディレクターの人が先導するようにスタジオへと足を踏み入れた。どうぞ、こちらへ。ディレクターの声が響き、私は胸中に挨拶の言葉を準備した。が。  瞬間、世界が止まったような気がした。導かれるように入ってきた”演者さん”は、あの頃と同じ少し長い襟足をなびかせて、足音をスタジオに響かせた。天井の大照明の光を存分に受けて、金髪の髪の毛がきらきらと光る。見覚えのある、しかし大人びた顔つきをした”羽風薫”は、あの頃と同じ人懐っこい笑顔を浮かべ、ぺこりと頭を下げた。 「遅くなってすいません、お疲れ様です、本日はよろしくお願いします!」  あの頃。好きに問題なく過ごせればいいと口癖のように嘯いていた彼の口から出たとは思えない明瞭な響きに、私は言葉を忘れて、ただ頭をさげる。下げた瞬間、スタジオを見渡す彼と視線が絡み合った気がした。彼は私に気づいたのか、いや、もうあれから数年経っているのだ。それに現場の1スタッフの顔なんていちいち確認しないだろう。スタジオ中に響き渡る、よろしくお願いします、の合唱に耳をそばだてながら、私はただただ彼に頭を垂れていた。  どうやら今日は羽風先輩一人らしく、現場に到着した彼は挨拶もそこそこにそのまま更衣室へ。主役の登場ににわかに活気ついた現場は、先ほどよりも少しだけ賑やかに収録準備を進めていく。バインダーをめくり仕様書と内容を再チェックしながら、私は先ほどの羽風先輩を思い出していた。てっきり四人でUNDEADを続けると踏んでいたので、一人で登場した彼の姿に頭の隅で思考の糸が絡まり合う。考えたら卒業してから晃牙くんともアドニスくんともほとんど連絡をとっていない。とったとしてもお互いの近状報告、というよりは、元気か、生きているか、肉は食べているか、で会話が終わってしまっていた。もしかして、四人ともバラバラで活動しているのかしら。大いに可能性はある。 「羽風くん……ってあれよね、高校のときに学生アイドルしてた子よね?」  先輩がぽつりと呟く。その言葉に明確に返答をしていいか迷った私は私は曖昧に笑みをこぼした。彼女はそれを、私が知らない事柄、と判断したらしい。まあマイナーだったからねえ、と容赦ない一言を吐くと、その会話を終えてくれた。考えたってらちがあかないことは考えないようにしておこう。一度大きく息を吐いて、私は現場を見据える。そうだ、彼らがどうであれ、きっと前に進んでいることは間違いない。私も、頑張らないと。  数十分かけて羽風先輩は衣装を纏い現場へと戻って来た。マネージャーがすかさず彼にお水を渡し、羽風先輩はそれを受け取りお水に口をつける。大元のプロデューサーが羽風先輩に近寄り、幾度か言葉を交わして、そして目線を私と先輩プロデューサーに投げた。お二方も一緒に話を。そう言われ駆け足で彼らの元へと駆け寄る。これってもしかしてばれるんじゃないのか。内心ひやひやしながら羽風先輩の隣に立つと、彼は私と先輩の顔を見て、今日はよろしくお願いします、と笑顔を浮かべた。ただ、それだけだった。私も先輩も、よろしくお願いします、と返事を返し、そのまま本日の収録の内容の打ち合わせに入る。  拍子抜けをした、といえばいいのだろうか。胸中に寂しい風が吹き抜ける。あれだけ一年愛を囁いてきた人が。あれだけ一緒にいた人が。たった数年のブランクで気付かなくなるものなのか。彼から漂う香りは悔しいがあの、学生の頃に感じた匂いと同じで、つんと涙腺を刺戟する。決して泣くものか、と私は資料とプロデューサー交互に眺めながら、仕事内容をただただ頭に入れる。ただ、視界に入る羽風先輩の端正な横顔は、あの頃の面影を残しながらも、悔しいほどにカッコよく、そして真剣な眼差しで仕事と向き合っていた。卒業してからきっと、たくさんのことを積み上げたのだろうと、久しぶりに会った私でもわかるくらい、精悍な顔立ちをしていた。 「ーーということで、本日の予定は以上です」 「わかりました、怪我のないようにだけ気をつけてくださいね……ほら、あんたも」  小声で先輩にせっつかされて慌てて頭をさげる。本日はよろしくお願いいたします!後から付いてきたような言葉に羽風先輩は笑い声を上げながら、今日は美人さんがたくさんいるから、いつもより頑張れちゃうかも、と軽口を叩いた。そして 「新人さん?緊張しなくていいよ、頑張ってね」  と私の方を数度叩いた。軽く叩いたつもりなんだろうけど、肩に乗せられた手はひどく重い。そうか、もう気付いてないのか。見えないように下を向いたまま唇を噛み締めて、一度顔にシワを寄せる。そして一度小さく頷いて顔を上げると 「良い収録になるように精一杯尽くします」  となんとか笑顔を作った。彼はその笑顔を見るなり嬉しそうに顔を綻ばせて、そうそうやっぱ笑顔じゃないとね、と笑った。遠くの方で羽風さん!と彼を呼ぶ声が聞こえる。羽風先輩は、はあい、と声を上げて、さりげなく、本当にさりげなく私のバインダーになにかを滑り込ませて、声のする方へ駆け出した。どうやら隣にいた先輩プロデューサーもそのことに気がついてないようで、現場を縫うように進む彼の後ろ姿を見つめながら、やっぱアイドルってキラキラしてるのね、と嘆息吐いた。  もしかしたらごみが落ちてきただけかもしれない。そう思いながらも何気なく滑り込まされた紙をひっくり返す。そこに書かれていたのは11桁の番号。そして短い、一行だけのメッセージ。  不意にこみ上げる涙を乱暴に拭き抜くと、先輩プロデューサーがどうかした?と首をかしげた。汗が垂れてきちゃって、とごまかす私に、照明が点くと暑いもんねえ、と彼女は苦笑をこぼす。そんな先輩にばれないように小さな紙切れを私はバインダーのポケットに、無くさないように丁寧にしまい込む。 『090-××××-×××× 会いたかった、収録が終わったら連絡して』  リハーサルはいります!とADの声が響く。元気良く声を上げて、ステージに立ち上がった彼を見つめた。照明に照らされた彼はあの頃よりも一等に輝いていて、でもあの頃と同じような笑顔を浮かべながら、一つウィンクをこぼした。 「俺の本気、見せてあげよう」
■返礼祭ネタバレ注意!(返礼祭前提のお話です)<br />■羽風薫×転校生<br />■転校生喋ります<br />■たくさん捏造してます、なんても許せる人向け<br /><br />__________<br />返礼祭お疲れ様でした。本当に最高、控えめに言っても最高でした。<br />薫あんと、UNDEAD、軽音部、卒業、引き継ぎ、未来への一歩。<br />要素が多すぎてまだ消化できてません。<br />しあわせ。
私の大好きなアイドル
https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=6525790#1
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 私と鶴丸には二人だけの日課がある。  家が隣同士の幼馴染である彼が五円玉を一つ手に取って、毎日私の部屋にやってくるのだ。そして、机の隅に置かれたガラス瓶の中にその五円玉をちゃりんと入れる。それで日課はおしまいだ。 まるでお賽銭の真似事のようだが、私は神様でも神主でも巫女でもないし、私が持つ瓶に五円玉を入れた後、鶴丸が願い事を口にすることはない。  ただ、はじめは見えていた瓶の底が次第に見えなくなり、日に日に増えていく五円玉の様子を見つめて、彼は愛おしそうに目を細めるのである。  ここまで私は何もしていない。毎日早朝か、あるいは学校の放課後にやってくる鶴丸を家に上げるだけで、部屋に案内した後は私が何か言うより早くに鶴丸が五円玉を放り込んでいる。これでは二人の日課ではなく、鶴丸の日課だと思うのだが、本人は二人でやるから意味があるのだと言う。  一体何の意味がそれにあるのか。その理由を問うことはせずにいた。はじめからその理由を知っているのもあったから、その日課が始まった小学生の頃は私も私で嬉しそうに無言で五円玉を眺めていたものだ。  しかし、まあ、膝の上に乗っかる制服のスカートを翻す頃になってもその日課が途切れることはなく、感動もないことはないのだが同時になんだか呆れもあった。 「よく飽きないね」  今日も今日とて、私の部屋に平然とやってきた鶴丸は、私に挨拶するよりも先にガラス瓶の中に五円玉を一つ入れていく。  何年も続いている日課のせいでガラス瓶の中は窮屈そうだ。小学生の頃は片手で持てないと思っていたはずの瓶も、高校生になった私にとってはさほど大きい瓶とは思えず、その中に何年分もの五円玉が収まり切るはずがない。  一度いっぱいになってしまったガラス瓶は鶴丸によって回収され、その代わりに一回り大きな瓶が私の机にいつの間にか置かれていた。そして、次の日も新たなガラス瓶に鶴丸は五円玉を放り込んでいく。 「飽きるものか。君との約束のためだからな」 「……約束って言ってもなぁ。小さい頃のでしょう? いい加減飽きそうなものなのに」 「それだけ俺が君を一途に思っているということだろう?」 「本当にそういうことを思っている人は無遠慮に幼馴染の胸を触ったりしません」 「君のここも育ってきたよなぁ」 「鶴丸のえっち」 「おっ、今の言い方えろいな」 「へんたい」 「それもぞくぞくする」 「……」 「すまんすまん。謝るから無言で手に爪を立てないでくれ」  五円玉をガラス瓶に入れるという日課が終われば、鶴丸は部屋のベッドに転がっていた私の上に乗っかり、わざわざベッドと胸の間に手を差し込んでくるのだから溜息も漏れる。雑誌が読めないから止めてほしい。 「……小さい頃の結婚の約束なんて、お遊びみたいなものなのに」  鶴丸とのガラス瓶と五円玉の約束。  それはなんてことのない幼馴染同士のお遊びだったはずだ。  男女の幼馴染でありがちな「大きくなったら君と結婚する!」という約束を鶴丸は律儀に守っていた。  鶴丸は賢いくせにどこか妙な方向に突っ走る性質だ。その暴走の結果、結婚の約束として私の机に五円玉のガラス瓶がある。 「だが、中々貯まってきてるじゃないか。ハワイ旅行も夢じゃないな」 「できればヨーロッパがいいんだけど」 「そうだな。君のためなら世界一周豪華客船の旅でもいいぞ」 「……馬鹿にしてるでしょ」 「あっはっは」  私のむっとした顔を見て、鶴丸が愉快愉快と口角を上げた。  ガラス瓶と五円玉がどう約束に関係するのかと言うと、つまりは結婚資金である。  いやいや五円玉で? と思わなくもないだろうが、そこは幼子特有の発想だ。ご愛嬌ってことだ。  昔から私に懐き、「君と結婚する!」「俺と君で一生暮らすんだ!」「夫婦になるんだぞ!」と繰り返した鶴丸は、自身のご両親にも「いつになったら彼女と俺は結婚できるんだ?」「教会で誓いのキスをしたらいいのか!」「でも俺は前に公園で彼女とキスしたぞ」と自身の気持ちを話していた。キスはいらない情報すぎると思うがまあそこはいい。  だが、鶴丸のご両親も小さい頃の恋心だろうと思ってはいたようで、とりあえず夢を壊さない程度に「結婚するには彼女を養えるくらいの男にならなきゃなぁ」と言ったらしい。  前述した通り、鶴丸は変な方向に暴走することもしばしばだが、冷静になれば賢い少年だった。つまり、誤魔化す気だった両親の「養う」という言葉の意味がわかっていた。  そうして、両親からのアドバイスと、私との結婚のために彼が考えたのが「貯金」と「誓い」である。  毎日五円ずつ貯金して、自分が大きくなったらそのお金で私と結婚する、というものだ。  わざわざ私の家に来て五円玉を入れていく理由はよくわからないが、私の両親がぽろっと漏らした情報によると、鶴丸の実家にあった貯金箱を家族に割られたらしい。  なので、さすがによそ様のお宅にまで両親が邪魔しに来ないだろう、と私の家に貯金箱に見立てたガラス瓶が置かれているのだ。  むしろガラス瓶の方が割れやすいし、うっかり私が割ったらどうするのだ、と思いはする。だが、鶴丸はわざわざ貯金箱を買ってくることを拒否したし、どうもそのガラス瓶でないと嫌だったらしい。  私も小さい頃、瓶を小物入れ代わりにしていたような記憶があるが、収納しづらいし、重量はあるしであまり使い勝手はよくなかったものだ。  しかし、鶴丸はその何の変哲もない簡素な瓶の中に嬉しそうに五円玉を放り込む。あまりに無邪気で楽しそうな彼を見てしまえば、私も文句など言えなかった。 「そもそも、もうそれなりに大人なんだし五円玉じゃなくてもいいよね」 「君、俺が一度試しに五百円玉を入れたら、それだけ抜いてアイス買ってきただろう」 「……美味しかったよね」 「ああとても美味しかった。俺の初めてのバイト代で食べるアイスは美味しかった」 「ごめんって」  捻くれたように私の背中に顔を押し付け、ぐりぐりと攻撃してくる。ただ擽ったいだけだから攻撃力は皆無だ。 「ひっ」 「反省していない君の態度でとても傷ついた。そのおっぱいで癒してくれ」  ところが、鶴丸はベッドに俯けになっていた私の胸元にまだ手のひらを置いていたらしい。  ぐにゅっと両手で胸を揉まれ、変な声が出た。背後で楽しそうに吐息が漂ったので、私は頭を一度深く前に下げ、一気にそれを後方へ振りかぶる。 「ぐ、ッ……! 頭突きは卑怯じゃないか!」 「おっぱいアイスでも買ってきてそれで冷やせば? ついでに癒してもらえば?」 「そんな虚しいおっぱいは嫌だ!」 「じゃあ黙ってて」  うう、と落ち込んだように鶴丸が泣き真似をしているが、知らんと視線を手元の雑誌に戻した。 「しかし、君はわかってないな」  どうやら、私が泣き真似じゃ構ってくれないと察し、構われる方向を変えたらしい。  話題を切りだして、再度私の背中にすりすり頭を寄せる。まあ、背中ならいい。これでお尻や太腿だったら頭突きが再度襲っていた。 「五円玉じゃなきゃ、意味がないんだ」  何故か神妙そうに言われたから、私は雑誌をめくる手を止めた。それを知ってか知らずか、鶴丸はぼんやりと続ける。 「五円玉じゃなきゃ、縁は結ばれない」  縁起が良いのは知っているが、そこまでこだわるものだろうか。そう思わなくもなかったが、私に背中から抱き着いたまま鶴丸が動かなくなる。 しばらくして、すぅすぅと寝息が聞こえたので、おそらく私の人肌で眠くなったらしい。寝つきは昔からいいからなぁと仕方なく私は鶴丸をそのままにしておいた。 「……」  けれど、雑誌を読み直す気にはなれない。  五円玉の話をしたからか。最近、強く思うことを考えだしてしまった。  鶴丸がはじめて瓶の中に五円玉を放り込んだ時。  そして、何度もそれを繰り返す時。彼は変わらず、嬉しそうに頬を緩め、そして私についと視線を向けると幸せそうに微笑む。  その表情は小学生の頃から今に至るまで、歳に似合わぬ、けれども、鶴丸らしいと思う男の顔をしているから、その顔を見る度にどきりと心臓が跳ねてしまう。  だのに、五円玉と瓶の日課が終われば、すぐに年相応、いや、それよりも子供っぽい言動に戻ってしまうので、私も鶴丸に熱っぽい視線を向け続けることはできずにいる。  そう、私はこの鶴丸という幼馴染に恋をしていた。  その話を親しい友人にする度に、あるいは気づかれる度に「鶴丸くんもあなたが好きでしょう?」と言われるけれど、私と鶴丸の関係はいつまでも「幼馴染」のままだった。 「意外ねぇ」  ぽつりと呟かれた一言に反応することなく、私はいちごミルクをストローで啜った。人工的な甘さは美味しいと絶賛はできないが、嫌いではない。  午前の授業が終わり、昼休みとなった高校の校舎は生徒たちのざわめきで包まれていて、私たちの会話を特別気にするものはいない。  目の前でチョコレートを口に放り込んだ友人は呟いた後、真顔で口の中のチョコを溶かしていた。「これ微妙だね」って真剣にチョコの味の批評をするより、さっさと本題に入ってほしい。 「アンタと鶴丸くん、てっきりそうだと思ってた」 「彼氏と彼女?」 「そう。でも、ある意味では納得したかも」  私と鶴丸がただの幼馴染でしかないという話を聞いて、友人は教室の窓に視線をずらした。  私と友人は前後で並んだ席、そして丁度窓際に位置しているので遮るものもなく、窓越しのグラウンドがよく見えた。  放課後になれば部活生たちがスポーツに励むそこも、昼休みの今は男女入り混じって青春の時間を繰り広げる。  その中に揺れる白糸の髪を見つけて、その下できらめく瞳に気づけば、私は大げさにいちごミルクのパックを潰した。  すでに中身は無くなっていたので、ぐしゃりと汚く紙パックが形を変えただけだ。それがなんだか自分の心の反映のようにも思えたから、固くなった拳の中のそれを背後のゴミ箱に投げ捨てた。 「じゅってーん」  がこん、と音が弾けた後、私と向き合う形だった友人が軽く笑いながら点数をつけたので、どうやらゴミ箱の中にきちんと収まったらしい。何点中の十点かは知らないが。 「なんていうかさぁ。アンタと鶴丸くん。幼馴染っていうわりには、学校で絡むことほぼないじゃん?」 「あー……鶴丸は学校で話しかけづらいしね」 「あーそれはわかるけど」  半端に口を開けて苦笑すると、友人も当たり前のように首肯する。私と彼女は中学からの友人なので、昔から校内での鶴丸の評判を知っていた。 「鶴丸くんは人気者だからねぇ」 「少女漫画のイケメンもびっくりだよね」  鶴丸は良い意味で目立ちすぎる。地毛だという白い髪に、同じく自前の金色の瞳。意外と身長はあるというのに線の細い身体のせいで男であっても「美人」と言いたくなる眉目秀麗。実際、同性でもうっかり惚れるやつがいるらしい。  しかし、その麗しい容姿を持ちながら、口から飛び出す声も、そして口調も男前なのだから、さらにこのギャップで惚れ込む異性も多い。  極めつけはその性格だ。元々感情表現が豊かなのもあるが、人見知りせずに誰彼構わず構いにいく、絡みにいくので、はじめは鶴丸に興味のなかった子たちも、一度の交流で鶴丸に好意を持ってしまう。  その好意は勿論恋愛感情も含まれるが、友情や信頼など様々な形で人を惹きつけるので、鶴丸はいつだって誰かに囲まれ、集団の中心に立っていた。 「まあ、たまにサプライズだなんだので先生に怒られてるけど」 「それも愛嬌らしいよ」 「それ誰情報?」 「そこらへんですれ違った後輩の子」 「後輩にも人気出てるのかー」 「同じ委員会になった子から噂が広がって、らしいね」 「幼馴染としてどういう心境ですの?」 「鶴丸らしいなぁって」 「……」  友人はそこでチョコを食べる手を止める。さっきからパクパク食べているけど、それ一応私が買ってきたやつなんだが。 「うーん、アンタはさぁ、もっと素直になっていいと思うけどね」  苦笑というにはやけに含みがある笑みを浮かべ、友人が私に細めた目を向けるから、私は眉根を寄せて彼女の手元にあったチョコを奪った。いい加減返してほしい。 「好きなら、好きって言った方がいいよ」  わかっているという言葉の代わりに友人を睨んだが、彼女はけらけら笑いながら私が唇に持っていったチョコレートを奪い返してきた。  友人の指先に掬われて彼女の口の中に消えていくチョコを静かに見つめていれば、「ほらね」とくぐもった音が甘い吐息と吐き出される。 「アンタはなんでもかんでも遠慮しがちなんだよ」  幼馴染なんだし遠慮も何もないでしょ、とチョコを飲み込んだ唇で優しく諭される。それに頷くことはできなかったが、否定もできなかった。 「で、どう思います?」 「どうって……それを僕に聞くの……」  げんなりとした顔でこちらから視線を外した彼に、私は当然だと頷いた。  綺麗にセットされた黒髪と、その下から覗く同じ色の眼帯が特徴的な彼は光忠さんという近所のお兄さんだ。  幼馴染の鶴丸と一緒に昔からお世話になっている人で、光忠さんの親戚の中学生の子も入れてよく四人で遊びに行ったり、ごはんを食べたりしたものだ。  私たちより年上の光忠さんは数年前に専門学校を出て、今は美容師として働いている。最初は知り合いの店で経験を積んでいたそうだが、今は自分で店を立ち上げていて、スタッフ数名と共に忙しなく働いて……いると思う。  というのも、光忠さんのお店は完全予約制な上に、光忠さんが技術を叩きこんだ美容師さんが他に何人もいて、光忠さんがフルタイムで働かなくてはならないということはない。  結構休憩時間や暇な時間はできるらしく、こうして、お店にしょっちゅう遊びに来る私の相手もできるわけだ。  いつもならお店のフロアにまで居座らないのだが、今日の午後は予約が入っていなかったらしい。唐突にお店に突撃した私は光忠さんによってお店のフロアに通され、結果、大きな鏡が眼前に設置されているチェアでくつろぐことになった。 「好きなら好きって言ったらいいんじゃないかなぁ……」  幼馴染の関係から脱するには、という恋愛相談に乗り気ではなかったものの、律儀に光忠さんは意見を述べた。友人とまったく同じ意見を。ついでにその回答で許せと言いたげに、オレンジジュースを手渡してきた。  透明なグラスの中に入った明るい色味をブルーのストローで無意味に掻き混ぜ、背後で商売道具を漁り始める光忠さんを鏡越しに見つめる。 「でも、好きにだって、色んな形があるじゃないですか」 「恋愛や家族愛ってこと?」 「鶴丸は確かに私のことを好きなんだと思います。でも、鶴丸の好きはきっと親愛とか家族愛としての好きなんだと思うんです。だから……だから、」  その後の言葉が上手く見つからず、私は青いストローの先に噛みつく。違うな。多分、その先の言葉を私はわかっていて、それでも言いたくないんだろう。 「だから、好きだって言わないの?」  鏡越しに目が合った。光忠さんは真っ直ぐに私を見つめていて、それが気恥ずかしくなって目を背けようとした。臆病な自分を責められている気がしたけれど、いつでも優しい光忠さんがそんなことをするはずはないこともわかっていた。  だが、背けようとした視線はそのまま、鏡の中の自分の表情を見つけてしまい、その情けないほど不器用な作り笑いに、鏡の中の私が眉を顰める。酷い顔だ。 「私は、鶴丸に好きに生きてほしいんです」 「……うん?」  突然、話の方向が変わったことに光忠さんは目を瞬かせる。けれど、私の口は閉じることなく、言葉を吐き出していた。 「鶴丸が本当に望むように生きてほしいんです。好きなことをして、好きな人と恋をして、好きな人と結婚して、そしてその人と子供と作って、幸せな家庭を築いて。そうやって、好きなように生きてほしい」  鏡に映る私の表情は酷いままだったが、その瞳にだけは譲れない意思が宿っていることに自分で気づいた。それを光忠さんも目にしたからか、瞠目しながらも私の話を聞いている。 「私に縛り付けられないでほしい。私のために、人生を無駄にしないでほしい。私のために、何かを犠牲にしないでほしい」 「君……」  何か言いたげに光忠さんの口元が強張っている。音を絞り出そうと喉が上下するが、その中から空気はともかく、声が這いずり出ることはなかった。 「どうして、そう思うようになったのかはわからないんです。少なくとも、あの日、鶴丸がガラス瓶を持ってきて、私の机の上に大事そうに置いたあの日、その中に五円玉を落として、私に約束したあの日まで、そんなこと思ってなかった。だけど、五円玉が毎日増えて、ガラス瓶がどんどん重くなっていくごとに、不安も心に落ちてきた」  素直に受け止められた鶴丸からの好意と約束は、時が経つごとに私の中の「何か」を揺さぶっていく。  その何かの正体を私は知らない。ここまで不安になる理由もわからない。 それでも、どれだけ鶴丸が私を愛おしそうに見つめても、決して口にされることのない「愛」の言葉を知って、私は馬鹿みたいに鶴丸を好きでいられなくなる。ただただ、鶴丸のことが大好きなのだと笑えなくなる。 「鶴丸が幼馴染の私を惰性のまま好きでいるより、本当に大事な人を見つけて、好きになってほしいんです」  そう、震えることなく口にできても、俯けた顔、長い前髪の隙間から見え隠れする表情は、きっとその言葉と正反対のものなのだろうと感じていた。  手に持っていたオレンジジュースのグラスから水滴が落ちていくのをぼんやりと見つめて、私は口を閉じる。 「君は、考えすぎだと思うよ」 「そう、でしょうか」  ぽん、と頭に置かれた手のひらが私の髪を撫ぜていく。光忠さんも我が幼馴染と負けず劣らずのイケメンだが、その仕草にきゅんとすることはなくて、やっぱり鶴丸のあの薄いようでしっかりした手のひらで、顔に似合わず乱雑に撫でられる方が好きだなぁと思ってしまった。 「君の不安の一部は彼のせいでもあるだろうけど、それでも、君はもっと、彼に愛されてる自覚を持った方がいい」 「じかく」  言葉を覚えたばかりの幼子のように復唱すれば、くすくす笑いながら光忠さんは私の顔を優しく正面に向かせた。  前髪を横に流され、きょとんと間抜けな顔をした私が鏡に映る。 「今日、前髪だけ切ろうか」 「え」  急ににこりと鏡の光忠さんが微笑んでくる。思ってもみない話題にぱちぱち瞬きすれば、くすくす声を漏らして、光忠さんは続けた。 「料金はいいよ。君の紹介で結構な人数の常連さんができたし」 「え、あ、でも、あの……」 「本当は後ろ髪も整えたいところだけど……ま、前髪だけでいいかな」 「えーと、あの」 「少し、気分も軽くしよう」  光忠さんの意図にここでようやく私は気づき、そういえばと自分の髪の長さを思い出す。  昔からなんでか髪を切ることは少なく、多少髪を梳くことはあっても、小さいころから変わらぬ髪型だった。  髪を切るという行動は、女の子にとって重大なことだったり、あるいは簡単にオシャレを楽しむ方法だったり、人によって様々だろう。しかし、男性以上にアレンジの仕方が幅広い女子にとって、髪型を変えることは毎日の気分を変える一つの手段でもあった。 「そう、ですね」  いい気分転換かもしれない。  光忠さんの提案に私は頷いた。不格好な笑みだったが、先ほどよりもよっぽどマシな顔な気がして、力んでいた身体からも力が抜けていく。  そうだ、久しぶりに髪を切ってみたと鶴丸に見せに行こうか。いやいや。きっと鶴丸は今日も私の家に五円玉を持ってやってくるだろうから、その時、自分から話を切り出してみよう。  ちょきん、と鋏の動く音が間近で聞こえる度に、私はどきどきと胸を高鳴らせた。  鶴丸の大好きな「驚き」の顔を想像して緩んだ口元なら、もしかしたら「好き」の一言も言える気がした。 「光忠さん、ありがとうございました」  綺麗に切ってもらえた前髪に上機嫌になれば、お店の入り口まで見送りに来た光忠さんも破顔した。 「気をつけて帰ってね。それから彼によろしく」  またねと小さく手を振られ、私もいつものようにそれに手を振り返す。  学校の授業が終わってすぐにお店にお邪魔したので、制服姿のままだったことを道すがら思い出した。  前を通りがかったコンビニの窓ガラスに制服姿の女子高生の顔が映りこむ。ちょっとだけそれに視線を合わせて、前髪の短くなった自分の顔を覗き見た。  自分で言うのはどうかとも思ったが、前の髪型よりも可愛いんじゃないかなと指先で毛先を弄る。 「ん?」  そこで不意に視線を強く感じた。そんなにじっと窓ガラスを見つめていたつもりはなかったが、他人に見られたのではと慌てて目を逸らし、止めていた足を動かそうとした。 「君、家に帰ってなかったのか?」  ところが、動かすはずの片足が地面を離れるよりも早く、誰かに手首を握られる。  次いで、引っ張られるように振り向かされると、見慣れた蜂蜜のような瞳がまあるくこちらを捉えていた。 「鶴丸」  こんなところで遭遇するとは思わず、勿論それはあちらも同じなので、お互いに目を瞬かせて立ち止まってしまった。  学校のクラスも違う鶴丸と校内で接触することは大してなく、下校もお互いバラバラだ。  しかし、私の性格を知っている鶴丸は、出不精の私が放課後は真っ直ぐ家に帰ることも同時に知っていた。  逆に言えば、私も鶴丸の性格をよく知っている。彼はその快活で明朗な性格通り、友人やクラスの男女でわいわい騒ぐのが好きな性質だ。放課後に友人と出かけることは稀ではなく、平生の彼だと言える。  だが、それは「必ず私の部屋で五円玉をガラス瓶に入れた後」の話である。  どれだけ男友達に引っ張られようが、どれだけ後輩の女の子に可愛くお願いされようが、鶴丸は必ず一度帰宅する。 それも自分の家をすっ飛ばして、まず私の家にやってくるのだ。  そうやって、五円玉を私の机の上のガラス瓶に入れるまで、誰の誘いにも乗らないのが鶴丸だった。 「俺はてっきり君がもう家に帰ってると……」 「今日は、ちょっと、」  光忠さんのところに行っていたから、と続けかけて、私は言葉を区切った。区切った後の声はそのまま喉の奥に飲み込まれてしまう。  どうしてか、眼前の鶴丸の瞳に怒気が見えたように思えて、無意識に足を背後へとずらしていた。  しかし、それを許さぬと握られた手首はさらに強く力を加えられる。 「君、その前髪はどうしたんだ?」  勘違いだと言い聞かせたくても、鶴丸の語調すらも酷く低く、唸るように聞こえてしまい、私は戸惑いに腕を引こうとする。やはり手首の拘束は解けない。 「み、つたださんに……」  私の返事に一度鶴丸は瞠目し、わずかに視線を泳がせる。その躊躇らしきものもすぐに掻き消え、代わりに顰められた表情が広がった。 「……その髪型は君には合ってない」  口を開くことはできなかった。  褒めてくれるだろうか、と光忠さんのお店で期待に胸を膨らませていたはずなのに、今、胸の内にあるのは裏切られたような苦みだ。  思わず寄ってしまった眉根を見咎めたらしい鶴丸は口を曲げて言葉を紡ごうとした。 「鶴丸に褒められたかったわけじゃない」  ぽつり、と。  先に二人の間に広がったのは私の声だった。  確かにはっきり放った非難の声は、自分で思うよりも苦しげに地面を這って行く。  言った後にずきりと胸が痛んだ気がしたけれど、それに構うものかと私は真っ直ぐ鶴丸を睨みつける。そうやって意地にならなきゃ、今にも泣いてしまいそうだった。  だって、こんなの。こんなのないじゃないか。せっかく光忠さんに相談に乗ってもらって、気分を変えられるように髪を切ってもらって、それでようやく鶴丸に「好き」と言える勇気も湧いてきたのに。  本当は鶴丸に褒められたかった。似合ってるって言ってほしかった。可愛いって言ってほしかった。  だのに。  なのに! 「鶴丸なんてもう知らない!」  視界の鶴丸が傷ついたように息を詰めた。  それをわかっていて、緩くなった手首の拘束を振り払う。ばちん、と痺れる感覚が手に伝わるが、弾かれた鶴丸の指先が縋るようにまた伸ばされるから、怖くなってその場から走り出した。  いきなり背を向けて逃げ出した私に鶴丸が何か叫んでいたが、立ち止まることができるはずもない。  周りからの好奇の視線に惨めな気持ちにすらなって、動かす足は速くなる。  前髪と一緒にセットしてもらった髪型はもうぐちゃぐちゃだ。それでも構わず自宅への道を走り続けた。 「~~~~っ」  ガタンッ、と駆け込むように家に飛び込めば、なんとか保っていたはずの虚勢はすぐに崩れる。 「う……うぅ……」  溢れてくる涙が自分で許せなかった。  光忠さんに格好つけて「鶴丸に好きに生きてほしい」と言った自分が恥ずかしい。 やっぱり、私は鶴丸に「好きだ」と言われたいんじゃないか。ちゃんと「女の子」として見てほしいんじゃないか。 「好きなら好きって言ったらいい」  友人にも光忠さんにも言われた。それなのに、勝手に臆病になって勝手に虚勢を張って勝手に裏切られた気になって。  ちゃんと「好き」だと言うこともできない私に泣く資格なんてなかった。  そうは思っても、この涙を止める術を私が知るはずもない。  どれくらいの間泣いていたのだろうか。  だるい身体をベッドに乗せていることに気づいて、ああそういえば家族に泣き顔を見られたくなくて、部屋の中に引きこもっていたのだと思いだした。  今は何時だろう。学校の鞄は多分泣き崩れた玄関に放りだした。スマホもその中だ。少し霞んだ視界を振り払うように頭をふるふると揺らす。  なんとかクリアになった部屋の中、ベッドから床に転がり落ちている目覚まし時計を見つけた。七時を指す針をぼーっと見つめた後、痺れた両手で身体を起こす。  そこでようやく、自分以外の体温が部屋にあることを知った。 「なんで……」  ベッドで眠っていた私を見守るように、白銀の彼が床に座り込んでいた。頭と両手を遠慮がちにベッドの端に乗せ、規則正しい寝息を繰り返す彼、鶴丸に、眠りで安らいだはずの心が大きく揺さぶられる。 「ん……」  私の身動きで意識が浮上し始めたのか、ぐっと鶴丸の眉間に皺が寄る。それに私が肩を揺らせば、いよいよ鶴丸のまつげが震え、その下から美しい双眸が覗く。 「……きみ、」  光の軌道を幾重にも閉じ込めたように、美しいその瞳が私を捉えた。煌めいたその瞳の中で、私の情けない表情が反射する。  そして、本当に純粋に、その光は淡く柔く微笑んだ。  安堵したように、嬉しそうに、その光の瞳を持つ鶴丸も、私に微笑むのだ。 「なんで、いるの」  それがどうしようもなく、私は恐ろしかった。鶴丸が怖いのではない。ただ、ただ、私は、こんな惨めな自分を、こんなに美しい鶴丸に知られることが怖かった。  酷いことを言ったのは鶴丸なのに。私に拒絶の言葉をぶつけられたのに。それでも鶴丸が微笑むから。 まるで、私を「愛してる」みたいに見つめるから。 「勝手に入ってこないでよ」  自尊心。自己嫌悪。あるいはきっと、八つ当たり。  こんなにも私は鶴丸を愛しているのに「好き」の一言すら言えない。  そんなにも優しく私を見つめるくせに「好き」の一言すらくれない。 「出てって」  握りしめた自分の拳がぎりりと痛みを発する。 「出てって!」  自分で吐き出した拒絶に顔を俯けた。また溢れ出した涙のせいで、鶴丸を見据えることもできない。こんな顔を見せられるわけがない。 「すまなかった」  だというのに、容易くその拒絶を鶴丸は受け止めようとするんだ。許容して、受容して、甘受して。それをされればされるほど、私の心の狭さが、臆病さが浮き彫りになっては心臓を押し潰そうとしてくる。 「もういいからっ……出てってよっ……」  鶴丸は動かない。じっと、寄り添うようにそこにいる。  私はこれ以上自分の情けなさに耐え切れず、重たい身体を無理やり持ち上げる。泣き疲れていたせいでふらふらとバランスを崩しながらも、この部屋から出ようと足を踏み出した。 「君……! わかった! 俺が出て行くからっ……君はベッドで……っ」  不意に。  ぐらり、と大きく世界が歪む。  胸が苦しいほどの感情と、突然立ち上がった行動のせいで、身体が正常に機能しなかった。  涙で濡れた視界でもわかるほどの眩暈に身体がついていけない。自分の身体が言うことを聞かずに床に向かうのを感じたが、咄嗟に手をつくこともできなかった。 「ッ!」  耳障りな騒音が飛び散る。  ガラスが砕け散るような音。予想外だったその音に、ぎゅっと瞑っていた目を開いてしまう。 「あ……」  私の身体はしっかりした胸板と、細くも筋肉のついた腕の中に囲われている。微かなシャンプーの香りが漂うが、それ以上に強い血の臭いに気づいた。 「怪我はないか……?」  眉根を寄せた鶴丸の顔が頭上にあって、その頬に赤い線があることを見つけてしまうと、そこから私の視線は動かなかった。 「すまん。上手く受け止めきれなかった……。机にぶつかったせいで瓶が……君と約束した瓶が割れてしまった」  視界には映らなかったが、机の上に置いていた五円玉のガラス瓶が床に落ちて割れたのだろう。そして、その飛び散った破片が鶴丸の頬に当たったらしい。  引っ掻いたような頬の傷から血がこぼれてくる。  私は怪我なんてしていない。鶴丸が転倒しかけた身体を受け止めたおかげで、部屋の家具にぶつかることもなかった。鶴丸が抱き締めてくれたおかげで、飛び散った破片が飛んでくることもなかった。  でも、私を庇って怪我をした鶴丸よりも、動揺は酷かった。  赤い血、微かに臭う鉄分のそれ、怪我をしたのに笑って誤魔化す鶴丸。  その光景が、瞬間が、私の「何か」を強く刺激する。  声も出せずにいる私は指先一つ動かせない。呼吸が上手くできないことにも気づいたが、それを忘れるほどの焦燥が身体中を駆け巡っていた。  同じ気持ちを、胆の冷えるようなこの感じを、私はかつて抱いたことがある。この胸で、いいや、もしかしたら、違う身体だったかもしれない。だけど、間違いなく目の前の彼と「私」で、その怖さを味わったはずだった。 「おい、君……どうした?」  私の異変に気づいた鶴丸が指先をこちらへと伸ばした。一方的に鶴丸を拒絶していたはずの私は、けれどもそれを拒否することはない。  むしろ、自分から縋るように鶴丸の手のひらに顔を寄せた。 「鶴丸、ごめん、ごめんね」  訳もわからず謝る私の頬に、鶴丸の温もりがある。脈の音が聞こえて、それに酷く安堵した。 「ごめんね、ごめんね」  私が弱いから、と零しかけた音は嗚咽になってしまった。しゃくりあげる私に鶴丸が当惑しているのが伺えたが、構わず私は彼の腕の中で泣き続けた。 「ごめんなさい、ごめん、ごめんなさい」 「……大丈夫だ。なぁ、俺はここにいる」  泣き止まない私を抱く鶴丸の腕の力がぎゅっと強くなる。私の身体を引き寄せて、隙間を埋めるように自身の胸に掻き抱く。  学校指定のカッターシャツ越しに鶴丸の心音が聞こえた。  心臓の音。  巡る血液の音。  生きている証。 「聞こえるだろう? 俺はちゃんと生きている。君も、俺も生きている。それの一体何が怖い? 君も俺もここにいて、恐れるものがどこにある?」  聞いた覚えのある言葉だった。  鶴丸が見た目に反した男前であることは知っているが、それでも、こんなに力強く美しい声音を私は聞いたことがあっただろうか。  聞き覚えはあったのに、記憶にはない。  記憶にはないけれど、その声に縋りつきたくなるこの気持ちは初めてではなかった。 「言っただろう。俺の身体は俺が守る。君の身体も俺が守る。もちろん、君の心も。だから、君はどうか俺の心を守ってくれ。俺の隣で笑って、俺の隣で泣いて、俺が君を抱き締めたなら、その腕で俺を抱き締め返してくれ。それだけでいいんだ。何を気負う。君が弱さを嘆く必要などない。その弱さすらも俺は受け止めよう。だからどうか、怖がらないでくれ。死が二人を別ち、記憶を淘汰しようとも、俺は何度だって君の隣で君を守り続ける。君の恐怖する全てから君を守り、いつだって傍にいよう」  彼の吐息が私の身体に染みわたる。彼の呼気に含まれたその言葉が、誓いが、私の身体の奥底の確かな魂を優しく撫でている。  覚えてはいない。  その言葉の意味も、  抱き締められた鼓動の感触も、  血の赤と彼の白の既視感も。  こんなにも苦しく、けれど愛おしい気持ちの理由も。  覚えてなどいない。  けれども。 「鶴丸」に恋することも。「大好き」だと彼に伝えることも。  きっと、彼を「生涯愛する」ことだって。  恐れる必要はどこにもないのだ、とようやく知った。気づいた。 「鶴丸」  愛しい、と心が叫ぶのだ。 「ねぇ、鶴丸」  大好きだ、と涙が溢れるのだ。 「鶴、つる、私、あなたが」  止まっても、再び動き出すだろうこの鼓動が「愛」を確かに知っている。 「好き。大好き」  ぽつり、と落ちたのはどちらの雫だっただろうか。頬にあった鶴丸の手が彼の胸から私の顔を上げさせる。  この上ないほどに美しい煌めきが視界で輝いた。  濡れて輝きを増す乱反射の瞳が、私に微笑んで言うのだ。 「ああ……俺も君をずっと好きでいた」  溢れた光芒に眩むことはない。交わった瞳と瞳の間を阻むものもない。 「そしてこれからも君が大好きだ」  私はこの先、一生この光を忘れないだろう。 「ごめんねぇ……!」 「だからもう泣くなと……ああ~わかった。俺が悪い。いや俺は悪くないが、あー……ほら、おいで」  鶴丸の頬の切り傷は思ったよりも深かった。  飛んだ破片が意外と大きかったらしく、ざっくり切れたその傷口を見て、出血もしていない私が卒倒しかけた。  しかし、鶴丸はまったく傷も出血も気にしていないようで、手早く救急箱の中身を引っ張り出して応急処置をすると、泣きながら謝る私を腕の中に引っ張りこむ。  両親は仕事で遅くなるらしく、家には私と鶴丸しかいなかった。飛び散った破片と、五円玉の散乱した私の部屋は危ないから、とリビングのソファに二人して座る。 「うっうっ……傷痕残ったらどうしよう……」 「それくらい気にしないさ」 「お嫁に行けないよ」 「俺は嫁に行かんぞ」 「小さい頃によく女装させられては、白い着物や白いドレスのせいでお嫁さんみたいねと褒められていた鶴丸が……嫁に行けないなんて……」 「待て。オイ待て」 「お嫁さんみたいねと言われ続けたせいで、男でも嫁に行けると思っていた鶴丸が……嫁に……」 「君は覚えててほしくないところばかりを覚えてるな! わざとだろう! 君、本当は悪いと思ってないだろう!」 「多少は思ってるよ?」 「嘘泣きかよ……」 「ちょっとはいつも鶴丸にからわれる私の気持ちがわかった?」  はぁ、と溜息を吐いた鶴丸に、私はしてやったりと笑う。  しかし、悪いと思っていないわけでもない。 「責任はちゃんと取るから大丈夫だって」  ソファの背もたれに身体を預ける鶴丸の足の間。そこに座っていた私は背後を振り返ることなく、鶴丸に寄りかかった。 「結婚、してくれるんでしょ?」  私の言葉に驚いたような息がかかる。声になることはなかったが、首筋にかかる吐息と、腰に回されていた腕の力加減でわかった。 「……それは俺の台詞だと思うんだがなぁ」  次いで、苦笑の響きが髪を撫ぜ、さらにもう片腕が腰に回れば、私を身体で囲うように抱き締められた。 「不安に、させたんだな」 「いいよ。鶴丸も不安だったことに気づかなかったから」 「いや、いや、俺のはただの嫉妬だ」 「……光忠さんか」 「光忠とはいえ、大事な君の髪に触れ、それを切られるのはどうもなぁ」 「鶴丸って古風だよねぇ。五円玉といい」  どうりで私の髪型が昔から変わらないはずだ。  今思えば、何気なく鶴丸に髪の長さや形を変えられるのを阻止されていたのだろう。なんだかんだ毛先をそろえる時は器用な鶴丸が切っていたし。 「髪はともかく、五円玉は大事なことだぞ」 「ご縁がありますように?」 「そう。君と俺の縁がちゃんとここに『在る』ように。ちゃんと、結ばれた縁が切れないように」  その言い回しの意図を知ることはできなかったが、なんとなく、鶴丸にとって、あのガラス瓶の中の五円玉はただの貯金ではなかったのだとわかった。 「でもまあ、割れたのがあっちの瓶じゃなくてよかったぜ」 「……割れた……あっちの瓶?」  五円玉が大事だということは以前から鶴丸が話していたが、まさか瓶の方も意味があったのだろうか。 「君、そういうところは覚えてないもんなぁ」  首を傾げた私に鶴丸は項垂れる。私の肩に顔を埋め、溜息を吐いた。 「えっと……」 「今回割れたのは別になんてことのない空き瓶だが……前の瓶があっただろう」  あれ、と私はそこで思い出す。  そういえば、今回割れたガラス瓶は二代目である。  というのも、最初に鶴丸が五円玉を入れ始めた瓶は、しばらくして五円玉でいっぱいになったので彼が自宅に持って帰った。  私の机に今日まで置いてあったのはその初代の瓶の代わりに、鶴丸が持ってきたガラス瓶だ。  鶴丸が言い方ではどうやら以前の瓶に意味があったらしい。 「最初の瓶はな、君が初めて俺にプレゼントしてくれた宝物なんだ」 「えっ」  覚えてない。いや本当にそんなこと覚えてない。いつの話だろう。 「まあ、初めて会った時のことだしなぁ。まあ、なんというか人見知り……あー……そう、人見知りをして両親の背に隠れた俺に、君が仲良くなろうと持っていた瓶をくれたんだ」 「初対面で瓶を……」 「子供なりの愛情表現だったんだろう。君はその瓶の中に宝物として色々ビー玉とかおはじきとか入れてたしな。大事なものだったからこそ、仲良くなりたい俺への精一杯のアプローチだったんだ。君は忘れてたみたいだが、だからこそ俺はその瓶をもう一度君のところに持っていき、五円玉を入れるために机に置いた」  鶴丸がちょっとだけ可笑しそうに追想する。そして、驚く私の頭を小突き、その手をソファの隅に置かれた彼の鞄に突っ込んだ。  ごそごそと鞄を漁る音が聞こえ、私がそれを覗こうとする前に、鶴丸はどこかのショップの紙袋を差し出す。 「中身を出してくれ」  鶴丸の身体に囲われた体勢のまま私はそれを受け取り、促された通りに中身を取り出した。 「あ、」 紙袋に入っていたのは透明なガラスのありふれた瓶だ。何のラベルもなく、開けるのにコツがいる蓋がある。 だが、そんな普通のガラス瓶に私は驚きと期待で声が震えた。 「君は初めて会った時、その中に自分の宝物を入れていた。ビー玉やおはじき、綺麗なビーズ、赤いリボン、片方だけのイヤリング、そして」  かつて、そこに入っていたのは鶴丸が呟く宝物たち。  次に、そこに入っていたのは鶴丸が毎日私の部屋に通い、「ご縁がありますように」と一つ一つ重ねていった五円玉。  そして今、その瓶の中に入っているのは。 「玩具の指輪」  正方形の白いケースが透明なガラス瓶の中に入っている。  何年もの五円玉を入れるには小さくなったと思っていた瓶だったが、ドラマや映画でしか見たことのないリングケースにはむしろ余裕がある大きさだった。 「あの瓶だったから意味があったんだ。君が大事な中身の宝物ごと、俺にくれた瓶。中身はいらないのかと言ったら、お友達になった証にあなたにあげると答えたんだ。でも、俺は大事なものだと思うから受け取れないと突っぱねた。そしたら君は困った顔をした後、閃いたとばかりに笑顔で俺に言ってくれた。『あなたが大きくなったらこれよりもっと素敵なものをちょうだい』と」  鶴丸の優しい声音は懐かしむように、そしてその過去を辿り、今に至る経過を愛おしむように響いている。 「その時から好きだったの?」  私を好きになったきっかけを聞くのは野暮かもしれないと思った。だが、尋ねた私に鶴丸は「いいや」と首を振る。それから、少しだけ寂しそうに「それよりも前さ」と声音が震えた。  揺れた彼の毛先が私の首筋を擽る。それに身じろぎすると、鶴丸が動いた私の身体を逃がすまいと抱き寄せた。 「でも、それで惚れ直したんだろうな」  くっついた身体から、お互いの鼓動が聞こえる。  とくんとくんと繰り返される命の音。  それが私も、そして鶴丸も、実はいつもより早いんじゃないかと思ったけれど、口に出すことはしなかった。  それこそ今、この瞬間において心臓の高鳴りがない方が無粋じゃないか。 「なぁ。俺は約束を守ったぞ。君のために毎日通って、君とのご縁のために五円玉を貯めて。結婚資金には程遠いが、その約束の証として貯めた五円玉はこれに形を変えた。初めて君と会った時、もっと素敵なものをちょうだいと言われたそれも、今こうして果たした。かつての、かつての永遠に隣にという約束だって」  一つ、一つ。  言葉を愛でるように、約束を愛でるように、そしてその約束を交わした私を愛でるために、鶴丸は音を紡ぐ。 「だから、君も約束してくれないか」  私が両手にしたガラス瓶の中で、白いケースがこちらを伺っている。そのケースの中に入っているのは玩具ではない一つの愛の証だろう。 「俺と結婚してくれ」  お互いの顔は見えなかった。  鶴丸の足の間にいる私と、その背後の彼とでは表情なんて見えない。それでも、手に取るようにわかった。わかっていた。  私も、鶴丸も。  まだお互い高校生だとか、これを買うのにいくらかかったのだとか、あなたの愛を疑って不安になってごめんねだとか、現実的な不安も弱音もあったけれど。  背中から伝わる彼の熱と、同じ温度で身体を火照らせる私の熱を知って、言える返事なんて一つしかない。 「喜んで」  もう涙は溢れない。  その代わりに、振り向かされた視線の先で鶴丸の幸せそうな笑顔と、その瞳に映る私の笑顔が溢れている。  向き合って抱き締め合って。  その間に挟まれるガラスの瓶。  かつて、ご縁を集めて願って貯めたその中には長年の愛が詰まっている。  ケースの中で転がる指輪の形をした愛と。  きっと、ずっとずっと前から私たちを繋ぐ、赤い糸のような運命の愛が。
※かつての記憶を思い出せない女の子と、記憶も約束も忘れずに、彼女の傍にい続ける鶴丸の現代転生話。<br /> 鶴さに転生パロ、現パロとなります。語り部の彼女は審神者であった記憶を思い出していないようです。しかし、何かしら思うことはあるようです。鶴丸はすべて覚えています。いつから記憶があるのか、いつから審神者への気持ちがあるのかは、ご想像にお任せいたします。<br /><br />※こちらの話はさにわ日和2で縞谷さん・氷織さん主催の鶴さに転生現パロ合同誌に参加させて頂いた時の原稿の【没案】です。合同誌の方には、これとはまた別の話を寄稿させて頂きました。没案の公開に際して、お二人にはすでに許可を頂いております。ありがとうございました。<br /> また、合同誌で「瓶」のお題を私が担当したこともあり、こちらの話も「瓶」をテーマにした話になります。
ハートの欠片を毎日一つ
https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=6525811#1
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   我らの愛すべき後輩火村英生の様子がおかしい。  いつもは陰気でやたらと無口で愛想の欠片もない奴だったのが、最近は鼻歌を歌いながら帰って来る。下宿でも勉強してるか猫達と戯れてるかしかなく、食事時しか部屋から出てこなかったあいつが、やたらと出掛け、あまつさえ昨晩は外食をしに行った。他にも、ケータイを気にして電話やメールがあるとすぐ反応する。夕食にカレーが出るとこころなしか嬉しそうに口元を緩める。―最後のは本気で意味がわからないしそもそも火村が笑っているのかどうかなんて一緒に住んでいる俺らでさえもよくわからないのだか―確実に火村英生に何かがおこった。  よほどいいことが起こったのか―たとえば彼女ができたのか。―いやいやあの高スペックでモテモテのあいつが女性に対して異常なほどに冷たいのは俺達がよくわかっている。俺達のマドンナだったバスケサークルマネージャーの彼女を振った時の俺達の衝撃といえば…―話がそれた。とにかく火村に限って女絡みではない―じゃあなにか。ということで始まったこの 「火村英生に何か起こったなんだかわからないがとりあえずヤバイぞ会議」―通称「火村会議」第二回目が開かれてはや2時間。一向に結論は見えて来ず、結局いつも道理の飲み会と化していた。しかし、今日も火村は夜遅くまで外出していてまだ帰ってきていない。いつも部屋に引きこもっていたあいつが二日続けて外出するということは、なにか英都大を揺るがす大事件がおこっているに違いない。そう考え我々は今日もビールとつまみ片手に真面目に英都大の未来を語るのであった。  「そもそも、火村に彼女が出来たとして、先輩の俺達に紹介しないは可笑しくないか?」 そう問いかけてきたのはバリバリの理系に進み彼女いない歴=年齢の斉藤。エロ本片手に真剣に考えこんでいる。 「たしかに!それもそうだ!同じ下宿に住む同士なら喜びも悲しみも共に分かち合うべきだ!」 と同調したのは田口。そういう暑苦しいところが友人の数を彼の両手に足りるほどにしてしまっているのだと思うのだが、今回は私も同意見だった。 「そうだな。話さえしてくれれば我々も力になるのに!」 この下宿には代々の先輩方から受け継がれてきた『よるの営みの仕方』とやらがある。残念ながら我々3人は誰1人として活かすことがまだ出来ていないのだが、壁も薄く、我らが女神ばあちゃんも住んでいるプライバシーもへったくれもないこの下宿で、いかにスマートに女性を連れ込み営みへと持ち込むか。先人達の汗と涙が染み込んだものなのだった。  いやはや酔った勢いとは恐ろしい。3人の意見がみごと一致したことにより勢いづいた我々は今すぐにあいつに教えてやるべく、火村が今部屋にいないのも忘れ、廊下をどたどたと渡りあいつの部屋へと向かった。  と、そこへ丁度部屋から出てくる火村と遭遇した。我々が有意義なディスカッションをしている間に、もう帰ってきていたようだ。目や耳が少し赤いところからどこかで飲んできたようだ。いい男前なのが相変わらずのだらしない服装で見事に無駄になっている、いつもの火村がいた。 「あ、先輩。丁度いいところに。今まくらを借りに行こうと思っていたんです。先輩たしかまくら2つ持っていましたよね?」 ほろ酔い加減の後輩から問われた。もちろん、まくらは2つ持っている。いつなんどき女性が泊まりにきても対応できるようにと購入したものだった。今のところ活躍の機会はなかったが、これからはどんどん活躍させるつもりだ。もちろん、貸し出すのは構わないが、火村が枕を持っていないことはあるまい―では何のために使うのか…。私の疑問が顔に出たのか火村が答えた。 「あぁ、俺の枕は今あいつが使ってて。もちろん無理だったら大丈夫なんですが…って先輩?」  あいつが使ってて…あいつが使ってて…あいつが使ってて…この言葉の衝撃から立ち直るために時間を要した私は、火村にすぐ応えることができなかった。 「あ、あぁ。構わないよ。今持ってくる。」 衝撃でフラフラしたままの私は疑問符を浮かべる火村とまだ立ち直れない2人を置いて、枕を部屋から取ってきた。そしてそのまま立ち去ろうとして本来の目的を思い出す。このままなにも言わずに立ち去っていれば火村に彼女がでたなんてありえないこと、我々の勘違いですませられたのに…。 「火村。お前にうちの下宿に代々伝わる『よるの営み』について教えようとおもって。」 そして、そのことに直ぐ後悔する。 「それは興味深いですね。是非今後の参考にしたい。ですが今日はもう遅い。また後日宜しくお願いします。」 クールに口の端だけを持ち上げ笑った火村に完全にノックアウトされた我々は強制的に結論がでてしまった会議をお開きにしそれぞの部屋へと散っていった。  [newpage]  我が後輩に彼女ができた喜びと、あいつに出来てなぜ俺にできないしょせん顔なのか―という悲しさを抱えもんもんとした夜をすごした俺は、二日酔いをかかえつついつもより早く目が覚めた。我が同士2人も同じだったらしく、俺が一階に降りると、イスに腰掛けてばあちゃん特製のしじみ汁を飲んでいた。  そこへ我々の苦しみなどこれっぽっちもわからぬような幸せそうな顔で2階から火村が降りてきた。 「先輩、枕ありがとうございました。後で洗ってお返しします。」 あいつに似つかぬ爽やかな声で話しかけてくる。どうやら昨日はいい夜を過ごせたようだ。はて、では夜のお相手はどこへ行ったのだ。またまた私の疑問が顔に出ていたのか火村が答える。そこで私は再び地雷を踏むこととなった。 「アリスは始発で家に帰りましたよ。さすがに下宿生でもないの朝食まで一緒に食べる訳にはいかないって言って。」 黙って聞いていた後ろの2人がしじみ汁を吹き出した。私は硬直してまま動けない。それに対し不思議そうな顔をしながらも、アリスが大学で待っているから、と火村は急ぎ足で出かけていった。  「聞いたか!アリスだ!アリスぞAlice!」最初に衝撃から開放されたのは田口だった。 「まさか金髪美女とは…火村を射止める女性だ。並大抵の美女ではないと思ったが…。」斉藤も続く。 「というか…今あいつは大学でアリスが待っているって言ったよな。金髪美女は英都大か!そうと決まれば話は早い!今すぐアリスを見に行くぞ!」私も続いた。こうして 団結した3人は善は急げとばかりに英都大に行こうとした…が。ここで斉藤が立ち止まり言った 「まてよ…。今あいつの部屋には金髪美女の使用済み枕があるという訳か…!」この言葉に我々2人も立ち止まる。そして我先にと火村の部屋へと向かった。  扉を開けてみるとそのには相変わらず今にも崩れそうな本の山の中に布団が1つ敷いてあり、そのに枕が2つ並んでいた。我々は真っ先に昨晩アリスが使ったと思われる枕へと駆け寄り匂いをかぐ。 「こっこれは!ほのかに香るキャメルの火村臭のうえからはっきりと香る甘いシャンプーの香り!」と田口。それは是非とも嗅がねばと私が続く。 「この匂いは…パ〇テーンだ!」シャンプーソムリエの称号をもつ私にかかればアリスのシャンプーなど1発であてられる。パ〇テーンを使う金髪美女。是非ともお目にかかれねば!そして根暗でコミュニケーション能力にやや難ありで周りの人は猫とばあちゃんしかきちんと認識出来てない奴ですがどうか末永くよろしくと、アリスに言ってやらねば。そして我々は今度こそ善は急げと英都大へ向かった。 [newpage]  まず英都大に着いた我々が行ったのは火村の周辺からの聞き込みだった。そもそもあいつは交友関係が異常に狭く、というか友達が0の状態であったが、いろいろな意味で目立ちまくっているあいつのことを知らない人はほとんどいなかったので、聞き込みはスマートに遂行された。これは聞き込み調査の結果のほんの一部だ。 「あぁ、有栖ですか?なんていうかー喜怒哀楽がよく顔に出るヤツですよね。んでいっつも目をくりくりさせて笑ってる。」 ほほう。明るい子というわけだな。 「え、有栖?いっつも火村と一緒にいるよな。なんかあいつら初めて出会った日をカレー記念日とか呼んでるらしいっすよ。」 カレーを見てにやける理由はこれか。 「有栖はーいっつも萌えそでしてて超可愛いねー。髪もサラサラだしーマジ羨ましいんだけどー。」 女性から見ても可愛いとは素晴らしい。  このようにアリスの情報はだいぶ手に入ったのだが、一向にアリスと火村を見かけない。これはどうしたものかと学食のイスに座り考えていると、空き教室から火村と友人らしき青年が出て来た。火村は教授に呼び止められたらしく、青年が1人で先に学食へ来る。火村に友人がいることなど今までなかったので感動し、これ彼女の効果なのかと思いつつ、これはチャンスだ。と、青年に話しかける。  やけに大きい目をくりくりとさせた笑顔が似合う人懐こそうな青年は火村の親友だという。親友ならアリスのことは当然知っているだろうと思い質問した。 「あのな、最近火村に彼女が出来たらしいんだ。金髪美女の。」 と、意外にその青年は口を開けて驚きの表情を隠せないようだった。 「え、ほんまですか…それ。嘘やろ。俺何も聞いてへん。てか金髪美女?」 親友の彼でも知らない火村の彼女。ますます気になる。 「そうなんだ。昨日うちに泊まりに来てて…何でも名前はアリスというらしい。」 途端に青年が腹をかかえて震えだした。どうやら笑いを堪えているらしい。そのままなにも言わないのでどうしたものかと思っていると 「俺、わかりました、アリスのこと。」 目に涙を浮かべながら青年が言う。 「ほんとか!どういう人なんだ!?」 「んーそうやなー。金髪美女かは知らんけど、あいつの1番の理解者で、あいつの1番近くにいるやつで、これからもずーとあいつの隣に居続けるやつです。」 それはつまり彼女ということで合っているのだろうか…と俺がよくわからない返答に悩んでいると 「なにやってんだ、アリス。あれ?先輩方も。どうしたんですか?」 火村がやって来た。というか、あれ?アリス?青年が満面の笑みで言う。 「どーも。火村英生の親友やらせてもろてる有栖川有栖、本名です。」 開いた口が塞がらないとはまさにこのことか。さっきまで我々と同様の状態だった青年は火村の前でついに堪えられなくなった笑いを大いに発散させていた。 「なにがなんだかよくわからないが。アリス、早く行かないと席がなくなるぞ。では先輩方、失礼します。」 立ち去ろうとする火村とその親友有栖に燃え尽きかけていた私が一縷の望みをかけ縋るように問うた。 「でも…でも枕からパ〇テーンの匂いが…」 振り向いた有栖が笑顔で言った。 「あぁ、それは母ちゃんが町内会のくじ引きで大量に当ててもうてしょうがないから使ってるんです。」 [newpage] もうどうやって帰ってきたかもわからないまま、我々3人は昨日と同じように飲んでいた。違うのはテンションである。ただただ無言で酒を進めていると、田口がポツリと言った。 「でもあいつ、よるの営みの仕方教えて欲しいって言ってたよな。」 触らぬ神に祟りなしである。
第3者視点から書いた火アリです。<br />モブ先輩3人ほど出てきているので注意。<br />この話の中では火村はよくわかんないとっつきにくいやつだけど可愛い後輩ポジというなんともご都合主義となってます。<br />一応原作より設定ですがアリスの正体がバレないように同じ学年の寮生を排除したことごとく自分に都合のいい設定です。<br />アリスの友人がアリスことを「有栖」と読んでいますがこれは先輩方に名字とわからせないようにこれまた都合よく名前で呼ばせたものなので、原作にあった訳ではありません。<br />何番煎じかもわかりませんがよろしくおねがいします。<br />誤字脱字等指摘はコメントでして頂けると幸いです。<br /><br />3/11 女子に人気ランキング95位<br /> デイリーランキング98位<br /> ありがとうございます<br />3/12 デイリーランキング66位ありがとう ございます
触らぬ神に祟りなし
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6  鬱陶しいテストも終わって、休み明け。ぼぅっとしながらも、窓の向こうを見ていれば肩を叩かれた。その方を向けば見慣れた顔。 「なぁ、ツナ。」 「どうしたの?」 「どうしたのってお前なぁ……。テスト明けたら、次ある行事に向けて準備しなきゃならない話し、聞いててなかったのか?」 「準備?準備……あぁ、学園祭だったっけ?」 「そうそう。」  お前呑気過ぎ、此処は学校関係者以外も来る大きな学園祭なんだから、と大真面目な顔でまじまじと見られ、俺は申し訳ないと苦笑した。 「うちのクラスって何するか決まってたっけ?」 「屋台する方の話は出てたな。時間分けして演劇選ぶって事はしてなかった筈。」 「此処、演劇とかもやるんだ。」 「あぁ。確か、工藤先輩のいるクラスとか、三年生のクラス主体でするらしいぜ?」 「ふーん……。」  なんか、変に寒気した気がするけど、気のせいだよね?  俺はそう言えばいつもよりもざわざわしてるなぁ、なんて思いながら教室を見渡した。クラス委員が何やら書き留めた紙を彼方此方に渡し歩いている。 「そう言えば、学園祭っていつ?」 「お前なぁ、物事に無頓着過ぎるだろ。二週間後だよ、正確に言えば、二週間と五日かな?」 「……え。」 「ヤバイだろ?」  ヤバイも何もこんなに呑気にやってていいのだろうか?  俺は友人と一緒に、紙を貰いに行く。 「あぁ、ツナ君、佐渡君。屋台やるんだけど、食べ物の材料の予約とか、食べ物の扱うから学校でやる講習の方とかの話聞いてきてもらってもいい?」 「委員長、手際いいな。」 「テスト前から少しずつ動いてたから。」 「さ、流石……。」 「はい、これ役職書いてる紙ね。他にも同じ役職の子いるから、そっちで軽く話し合っておいて、また聞きに行くから。」  じゃあまた、とまだ渡していない子に走っていく姿を見て、俺と友達は顔を合わせて苦笑し合った。 「クラスの奴等、いつの間に此処まで話し合いをしてたのやら。」  放課後に毎度何人か集まって話し合いしてたのは知ってたけど、なんて言うものだから、俺はそんな事があったのかと驚いた。やはりそういった物には全力でやりたい人達がいるんだな、なんて思う。  ……京子ちゃんのお兄さんを思い出したのは、仕方がないよね。 「俺、そんな事やってたのすら知らなかったんだけど……。」 「しゃーねーよ。テスト期間中は、お前家庭教師に勉強漬けにされてたんだろ?」 「いや、まぁ……うん。」  何とも言い難いこのもやもやした感じ。いや、言われた事は合ってるんだけども、連絡して欲しかったというか、何というか……。 「そうだよ!どうして連絡してくれなかったの⁉︎」 「あぁ、その手があったか。」 「忘れてたの⁉︎」 「いやぁ、思ったのには思ったんだが、疲れてる様子のお前に何か頼むような強者はいなかったんだわ。」  分かってくれよ、と両手を合わせて謝られると、言い返せない。俺も罪な性分だよなぁ、なんて今更な事思って見ても、結局元々の性格は変えられないのだから、仕方がない。俺はため息をつきながら、同じ役職の子と話し合う為に、移動する。 「授業って、どうなるの?」 「午前は授業、午後は準備になるな。」 「じゃあ、委員長はどうして朝から?」 「今の内に渡しとかねぇと、昼バタバタするからだろ。」 「……成る程。」  渡された紙を見て見れば、王道のやきそば。麺類はいいとして、他の具材については大丈夫なんだろうか?  ……過去、屋台やった事ある経験からして、結構その場で野菜切ったりとか、生肉そのまま扱うとかは制限されてるはず。未成年だから特に厳しそうだし。 「野菜とかは既にカットされてるもの使うのかな?」 「いや、前日に調理室貸してもらって切ってから、冷蔵庫で保存して置くらしい。」 「なるほど、じゃあ野菜系統は丸のまま買い込んでおけばいいって事だよね?」 「あぁ。」 「お肉とかは?」 「使わず、ソーセージとかちくわを使うか、冷凍の唐揚げ切って代用する話は出てたと思うぞ。」 「ふむ……。」  まぁ、色々と考えたものだ。俺は何度も頷いた。此処まで手際が良ければ、後は屋台作りの方と容器などの細々したもの、それから委員長の言ってた野菜の手に入れる場所、か。  俺は友達……佐渡君に同じ役職の子を呼んできてもらうように頼んで、委員長の姿を探す。 「あ、委員長。」 「ん?何、ツナ君。」 「焼きそばで使う野菜の種類教えてくれない?」 「あぁ、それは模擬店のメニュー考えてる子達がいるから、そっちに聞いた方がいいかもね。……もしかしたら、事の進みがいいから、もう一品増やすかもだし。」 「え、それ大丈夫なの?」 「うん。屋台二つ持つような、メインの品二つするって訳じゃないから。多分片手間でポップコーンとかするつもりなんじゃないかな?」 「作るのは機械に任せられるような奴にするって事だね。」 「そう。」  サブの品に関しては候補出して、全体に聞いてから結果出そうと思うから、後の話になるけどね、と委員長。なんだかんだと忙しそうだ。  俺はあと二週間で全体に通して大雑把にしなければいけない事を聞いて、携帯のメモを開き纏めてから、別れる。 「これまた忙しくなりそうだ。」  ぼそり、そう呟いた。  今日も元気に空は太陽を覗かせてるのに、どうしてこうも気分は曇り気味なんだろうか、なんて思って見ても分かるはずもなく、俺は小さくため息をついた。 [newpage]  * * *  少しハプニングはあったものの順調に事は進み、約二週間前になる金曜日の夕方、突然阿笠さんから電話が掛かってきた。 「もしもし、どうしたんですか?」  連絡先は交換してはいたものの、あまり用事もないし話をする事なんて無かったはず。訳を聞けばこの土日にキャンプに行くとの事。阿笠さんだけでは手にあまるところがあるので、俺に鉢が回ってきた、と。  いやぁ、少年探偵団に人が一人増えての、と聞いたところで少し引っ掛かりを覚え、俺は首を傾げた。 「人?子供じゃなくて、ですか?」  そう聞いたところで阿笠さんが、しまったとでも言いたいかの様に焦った声を出した。そうじゃ、子供じゃよ。女の子が一人入ってきたんじゃよ、と言うものの怪しさ満載だ。  まぁ、それでも、と俺は息をはいた。 「……いい気分転換になりますからね。参加しますよ。」  学園祭の方も後は看板やら呼び込み用の物やらの小物類が今出来る事の全て。……あぁ、でも鉄板やらの予約の話も進めておかないといけないのか。何だかんだとまだやる事は多いが、準備諸々が綿密に進んでいるのは、それもこれも委員長のお陰である。  そうかそうか、と電話の向こうで何度も頷いた感じがし、俺はそっと笑みを浮かべたものの、その直後にじゃが、と気分をぶち壊す様な言葉が並べられ、俺は身体を固まらせた。 「え、車の方は俺、乗れない感じなんですか?」  言うと、阿笠さんの車では定員が子供で一杯一杯らしい。そんな事分かってて、どうして俺に頼んできた。毛利先輩のお父さんにでも頼めば良かったのに、とそう言えば仕事で忙しいからと一蹴されたらしい。……絶対に子供の相手を嫌がってるだけだと思う。 「……分かりました。俺、バイクの免許持ってるので、それで行かせてもらいますね。」  俺の次に今度は阿笠さんが、驚いた声を上げた。綱吉君はバイク持っているのか、と。  えぇ、俺も驚きましたよ!まさか誕生日のプレゼントって言われて、父さんからバイクプレゼントされるとか思わないだろ、普通⁉︎  未来で乗れる様になってるだろうから、大丈夫だろ、なんて笑われても納得できないからね⁉︎  いや、まぁ本当の事ではあるから、納得する他方法ないけども⁉︎  免許とかリボーンから渡された物だから曰く付きだしね。と色々とばれたらヤバイものではあるものの、原付とかの免許は取れる歳になってるしまぁいいか、と諦めの一言を心に呟きあの時は何とか整理をつけた。……しかし、今でも物申したいところ。  未来で乗っていたのは大型二輪。それは高一の年齢では乗れないので、似た様な感じの普通二輪。きちんとしたガソリンの方で走るタイプの方なので、安心。……ある意味、そこで安心してしまっていいのだろうか?  自身の一般人的感覚が踏み倒され、消えていってる事に今更気付き、俺は背筋に冷や汗が流れた。  あぁ、正一君も同じ気持ちなんだろうな、なんて今頃ボンゴレのメカニックとして歩み出した彼に、同情の念を送りながらも、阿笠さんからキャンプの場所を聞き電話を切る。 「……なんで、電話一本しただけでこんなに疲れなきゃならないんだ。」  別にバイク乗れる乗れないで怪しまれる事なんて無いだろうけど、あまりバイクは好きじゃ無い。だってバイクって、事故した時に酷い怪我をしたりするじゃないか。ヘルメットを被っていたとしても、それだけで安心なんて出来ない。ニュースの時にバイク事故を見てはどきりと心臓が跳ねる。  最近は意図的に乗ってなかったので、リボーンも分かっているのか何も言ってこない。 「でも、まぁ背に腹は抱えられないしなぁ……。」  なんせキャンプに行くのは普通の小学生ではない。先輩とそれに感化された好奇心旺盛な探偵団だ。俺の超直感が告げているから、確実に何かが起こる事は間違いない。  明日持って行くのに必要な物を指折り数えて、確認しながら俺は休みなのに忙しくなりそうな日を想像して、苦笑した。 [newpage]  * * * 「あっ!ツナお兄さんだ!」  俺は阿笠さんの特徴的な車の側にバイクを押して移動させながら、可愛らしい女の子の声を聞いた。俺はバイクのハンドルを握りながら、声の方向に向く。 「あ、久し振りだね、歩ちゃん。」  ツナお兄さんが来たよ!と他の探偵団の子達に歩ちゃんが伝えに行っている間に、俺はバイクを停めた後阿笠さんに近付き挨拶を済ませる。既にテントやら何やらは設置済みらしい。 「お久し振りです、阿笠さん。」 「久し振りじゃのう。突然頼んで悪かったなぁ。」 「いえいえ!ほんと、最近学園祭の準備の方で忙しかったので、丁度気分転換になって良かったんですって。」  俺は本当に嫌なら断ってますし、と言いながら、阿笠さんの後ろから来る視線に俺は首を傾げた。 「ん?……おぉ、言ったじゃろ?新しく少年探偵団に入った子がおるって。」 「あぁ、君がそうなんだね。」  俺はしゃがんで彼女と目線を合わせた。 「俺、沢田綱吉。君は?」 「灰原哀よ。」  そっか、よろしくね、と頷いたところで少し違和感。俺は、はてと首を傾げた。  哀ちゃんが目を細める。その動作で一段と違和感が増す。俺は彼女の目をまじまじと見つめた。 「あれ?もしかして──」 「ツナさん!」 「ツナの兄ちゃん!」 「元太君、光彦君久し振りだね。……それから、コナン君も。」  君は先輩と同じ?と聞こうとした所で違う声が入ってくる。俺は苦笑しながら彼等に視線を向けた。  正面にいる哀ちゃんが、そっと安堵の息を吐いたのに気付き、俺の予想が当たっている事が確定する。俺は少し眉間に皺を寄せた。  これはまた何かに巻き込まれそう……。 「うん!久し振りだね、ツナお兄さん!」  少し疑わしげな視線を先輩に投げ掛けられながらも、俺は一通り挨拶を済ませれば、先輩にちょっと来いと手を引かれた。  ちらり、木の葉が遮れ切れなかった光が俺の目に入り、痛みを帯びる。俺は目をぎゅっと閉じながらに、なんですかと先輩に問い掛けた。 「お前、灰原に対して何を思った?」 「……えっと?」 「はっきり言え。」 「先輩と同じ違和感を。」  俺は目を開け、くらくらといつもと違う視界に酔いながらも、側にあった木に凭れ掛かり、小さく返答する。  本当は超直感である程度予想は付いてる、なんて言えないけれど、と視線を先輩にではなく阿笠さんの手伝いをしている彼女に向ける。彼女は先輩の様に何でもかんでも、興味あるものに首を突っ込む性格ではない……多分だけど。可能性としては、何かしらその薬物と関与している人なのではないだろうか。  ……ん?という事は先輩はもう元の姿に戻れる?  いや、でも戻れる様になったのなら、俺に連絡してきそうな気がするし、それがないから元の姿に戻れる状態には至ってないのか?  いや、俺の予想が外れてるのかも。  俺はちらりと先輩に視線をやる。 「灰原が、俺と同じだと?」 「……まぁ、はい。」 「また、勘か?」 「勘と言うか……あれです。話し方がなんと言うか、年相応ではない感じがしました。」  これは本音。超直感で事実である事を補強しただけに過ぎない。 「彼女は、子供の振りが苦手なんですか?」 「いや、そんな事はない。……強いて言えば、俺がお前の事を灰原に話したからかもな。」 「はぃ?」  一体俺の何を話したと? 「お前の勘はよく当たるからな、俺の正体が一発でばれた事を話したんだよ。」 「……それ、俺怪しまれたんじゃないですか?」  逆に怪しまれない方がおかしくないか? 顔が引きつるのを感じながらも、俺は先輩に聞く。 「怪しんではいたな。……だから、お前の家族構成とか色々調べてたぞ?」 「ちょっ、何勝手にやってるんですか⁉︎」 「何もやってないんだったら、別に調べられても困らねぇだろ?」 「……まぁ、そうですけれど。」  今になってボンゴレの情報機関が凄い事に今更気付いた気がする、なんて思いながら俺は嘆息した。 「それで、彼女は何か?」 「いや、同じな矛盾点もないし疑いは解けたっぽいぞ?……言っちまえば、逆に納得したしな。」 「ぇ?」 「お前がイタリア語分かる理由が分かったからさ。お前の父親イタリアで働いてるんだな。」 「成る程……まぁ、最近まで父親が生きてる事すら知りませんでしたがね。」 「はぁ⁉︎」  俺の父親が、単身赴任する時に俺に自分が蒸発したと伝えてくれ、と母親に頼んでいた事を話せば、お前も苦労人だなとでも言いたいかの様に、先輩に同情の視線を送られた。  そんな同情の視線を貰っても有難くない。……寧ろ、悲しくなってくるのだけれど……。 「父親が生きてると知ったのは、此処最近……と言っても二、三年前辺りですかね。」 「じゃあ、それからイタリア語を?」 「そうですね。父さんのお陰かイタリアの知人もいるので、時々上達する為に手伝ってもらってます。」  向こうから俺の名前を呼ぶ声が聞こえた。俺は先輩にそろそろ行きましょう、と声を掛けて木から離れて、阿笠さんの方に近寄る。先輩も同じ事を思った様で、頷いてから俺の横に並んだ。 「阿笠さん。」 「なんじゃ?」 「何か手伝える事はありますか?」 「そうじゃな……わしと哀君と一緒にかまどや昼食の準備の方を手伝ってくれ。コナン君、元太君、光彦君、歩美君には焚き木の準備をお願いしようかの。」  阿笠さんの視線が先輩に向いたと思えば、先輩がこくりと頷いた。先輩が保護者代わり、と言ったところか。  別に、俺いなくても大丈夫だったのではないだろうか、と頭の端で思いながらも、いくら中身が高校生とは言え、身体が小学生程度のものとなっているのだから、俺の力が必要だったのかも、と自問自答を繰り返す。  はぁーい、と子供達は元気な返事を返した後に、集まって近場の枝から集め始めた。  ふと後ろを振り向くと、哀ちゃんは野菜の皮剥きに勤しんでいた。今日は王道のカレーらしい。 「あんまり料理は上手い方ではないけど、手伝うよ。」 「あら、ありがとう。」  最近は自分でも料理を作れる様になった方がいいと思って、母さんの手伝いを出来る時にしている。凝った物はまだまだだが、シンプルな物は案外作れる様になったと思う。……と言うか、思いたい。  俺は包丁を借り、ジャガイモの皮を剥きながら、そっと視線を彼女に向ける。 「……何?」 「いや、えっと……哀ちゃんは、工藤先輩と同じ、な……んですか?」  敬語を使うべきか、普通に子供と話す感じの口調にするべきかで迷って、話す言葉が迷走する。どうしよう、と視線を彼方此方に向ければ、彼女はくすくすと笑った。 「貴方、面白いわね。……そうよ、工藤君と同じ。」 「そう、ですか。」 「何も聞かないの?」 「聞かれたくないのでしょう?言いたくない物を聞くのは、嫌いなので。」  言いたくない事を言わせて気分が悪くなるのは相手も、聞いた自分自身もである。その辺の境界線は分かっている方だと思うので、俺は苦笑しながら答えた。  彼女は静かに、口元に笑みを浮かべた。あいつとは違う、何処か寂しそうな儚げな笑みに、俺は彼女にも色々あるのだろうな、と思う。……思うだけだけど。 「貴方は本当に不思議。何もかも、全て話してしまいたいと思ってしまうわね。」 「……よく、言われます。」  包み込まれているようで安心する、全てを見ているような目に見られると嘘がつけない、とか最近は良く言われるようになった。別に全部分かってるわけじゃないので、あまりそう言われてもありがたくはない。逆に俺の噂だけ聞いている者からしたら、妙に警戒されかねないし……。  うつらうつらと考え事に浸りながらじゃがいもの皮を剥き、ある程度の大きさに切り揃えて水の入ったボールに投げ込む。 [newpage] 「あら、否定しないのね。」 「否定しても、俺の知り合い達はいつもそう言ってきますから、面倒で……。」 「貴方も大概苦労人ね。」 「あはは……。」  否定出来ない。ボンゴレ十代目襲名に対しての催促が来るわ、先輩から何やかんやと疑われたり、巻き込まれたりするし、おまけに最近は銃の所持法に違反して捕まったりする奴が増えて、近々雲雀さんの所に行かなきゃならないし……あぁ、何だか愚痴みたいになってきた。  どんどん俺が遠くを見つめ出せば、彼女は呆れたように息をはいた。 「新一達、遅いのお……。」  俺と哀ちゃんの会話に入る事もせず、静かに作業をしていた阿笠さんがぽつりと呟いた。 「そう言えば、そうですね。」 「大丈夫なんじゃないの?工藤君と言う保護者がいるのだし。」  哀ちゃんの言葉を聞いた直後に、俺の身体がぶるりと否定するかのように震えた。 「……嫌な、感じがします。」 「ぇ?」 「綱吉君?」 「阿笠さん、哀ちゃん、此処に土地勘のある方を連れて来て下さい。……それから、警察辺りに。」  何言ってるの⁉︎と哀ちゃんが俺に向かって驚いた声を上げる。  俺はしゃがみ込んで彼女と目を合わせた。 「彼から、俺の勘の良さは聞いてますよね。」 「でも、勘でしょう?」 「こう言った嫌な感じは、本当に良く当たるんです。……先輩の時も、そうでした。」 「っ⁉︎」  彼女と視線が合わされば、彼女はつい、と直ぐに視線を逸らした。俺は苦笑して彼女の頭を撫でた。 「すみません。杞憂ならそれでいいんです。でも──」  当たった時は、彼が危ないかも知れない、そう言いかけて、耳の端に誰かの声が触った。 「せん、ぱい?」  俺は声の聞こえた方向に視線を向けて、近付く。 「綱吉君?」  阿笠さんの声が俺の背中に当たるが、俺はそれに返答もせず、リュックについたバッチに耳を当てた。 「っ⁉︎」  先輩の焦った声。何かを言い返そうとしたが、途端に通話が切れた様で何も聞こえなくなった。  俺は慌てて哀ちゃんに視線を送り、立ち上がった。 「……先輩達の身が危ない様です。哀ちゃんの名前を必死に呼んでました。」 「嘘!」  彼女はバッチを俺の手から奪い、カチャカチャと弄るが先輩と繋がらない。 「どうして⁉︎」 「どうしたんじゃ⁉︎」 「それの繋がらない所に行った、もしくは、出られない状況になってしまっている、そう考えた方がいいですね。」  焦りだす二人の姿を見ながら、俺は冷静にそう言い、そっと息をはいた。  落ち着け。先程の連絡からまだそう時間は経ってない。急げばまだ間に合うはず。 「哀ちゃんと阿笠さんは、此処ら辺の土地勘がある人、それから警察……救急車を呼んできてもらっていいですか?」 「貴方は?」 「俺はあの子達を先に探します。」 「おい、綱吉君!」 「……博士、急ぎましょう。」  人では一人でも多い方がいい、とそう呟いて彼女は阿笠さんの背中を押しながら歩き出した。  俺に何やら疑わしげな視線が送られてきているものの、弁解する時間も惜しいと俺は彼等に背を向けて走る。  彼女に相当疑われた気がする……と言うか、確実に疑われた。嫌な感じがする、と答えた所であの音声。色々と鍛えられた経験により気付けたものの、事態は緊急を要するものだと超直感で確信する。最近は彼方此方でこの感覚が騒がしく鳴り響いているので、なりを潜めていると油断し過ぎた。もう少し緊張感を持っていれば良かったか?  そんな事を思っても後の祭りな訳だが、そう思わずにはいられない。  俺は彼等のいるであろう場所を勘で探し当てようと走る。  真っ直ぐと森の奥に足を入れれば、ぽっかりと大きく口を開けた穴が目の前に映った。 「洞窟……?」  暗い事には暗いが、きっと道には迷う事はないだろうと超直感がそう告げてくるので、俺は躓かない様に気を付けながら、早足で進む。  まぁ、此処だったらあのバッチの様なものに付いていたであろう無線機能も通じないだろうなぁ、なんて思う。 「くねくねと道に迷いそうなところだなぁ……。」  ぼそりと呟けば、俺の声が気持ち悪いぐらいに響いた。  下に向けていた視線を逸らし、辺りを見回せば鼻に掠めた嗅ぎ慣れてしまった臭いに、俺は顔を顰める。 「血?」  仕方がない、とお守りからリングを取り出し、いつもの指に着けてから死ぬ気の炎を灯して、しゃがみ込む。  ざらりとした岩肌を指で撫でながら照らされている辺りを見ていけば、ぬるりと水とは少し違った感触が指に当たる。俺は驚きながらも手を目の前に持ってくる。炎に当たりてらてらと光を反射している赤いそれが目に入り、慌てて遠くを見渡せば、仄かに輝く空薬莢を見つけた。合わせて先輩の着けている眼鏡が、血溜まりの近くに。 「……これは……。」  やばいかも、と心の中で嫌に呟きながら、俺は死ぬ気の炎を消し、走る。余裕なんて何処にもなかった。  蛇行し枝分かれした道は俺のあって無いような方向感覚を、削ぎ取っていく。俺に超直感がなかったら、もう既に道に迷って大変な事になっていただろうと考えると、背中に嫌な汗が伝った。  水の音が聞こえ出し、小さな滝のような物がある前まで来たところで、聞き慣れた銃声が耳を掠める。  横を見れば、蝙蝠に襲われている男が一人。手に銃を持っていないところを見て、さっきの銃声の持ち主ではない事を確認し、背を向けている男の左側を通る振りをして左手首を両手で持ち反時計回りに思いっきり回しながら、右手を離し肩と腕の付け根に押し当て地面に四つん這いにならせる。その次に思いっきり男の頭を掴み地面に叩きつけて気を失わせ、俺は彼等のいる左側の道へ入った。  へへへ、と卑下た笑いをしながらに二人の内の一人が人質を取り、その後ろにもう一人立っている。 「小さい男だな。子供を人質に取るなんて、恥ずかしくないのか?」  先程と同じ要領で人質を取っていない方の男の腕を回し、今度は右手をそのまま男の頭を掴む様にして、勢いよく地面に叩きつけ、しゃがんだ状態から少し腰を浮かせ、右足でもう一人の男の右膝裏を右足で蹴りつけバランスを崩す。  うおっ、と声を上げながらに膝をついた状態になる男に、俺は右手で銃を持つ男の右手首の関節を人差し指と親指で締め、銃を離させ、合わせて左腕で男の首を軽く締めた。 「さて、このまま気を失って警察に連れ込まれたいか?」  自分でも驚くぐらいに低い声が出たと思う。  ひっ、と男は声を上げて捕まえていた子供を放す。音を立てて倒れたと思えば、先輩の青い顔が入ってきた光によって照らさせる。  後ろから気を失わせた男を連れてくる警察に、捕まえた男を突き渡し、俺は先輩に駆け寄る。 [newpage]  * * * 「さて、このまま気を失って警察に連れ込まれたいか?」  男が膝をついたのか大きな揺れが来たと思えば、恐ろしい程に低い声が聞こえた。その言葉に合わせて、俺を捕まえていた男は俺を放す。  そのまま立つ事も出来ず倒れ込めば、目暮警部の声。俺は痛みを我慢するのと合わさった安堵の息を吐く。 「大丈夫ですか⁉︎」  傷口に何かが押し当てられる感覚と共に聞こえたのは、聞き慣れた後輩の声。俺は薄っすらとめを開けた。 「俺が、麻酔銃で眠らせ、ようとしたのに、全部お前に取られちまったよ。」 「そんなこと言ってる場合ですか⁉︎」  靄のかかった視界の中で、ツナのやつが眉間に思いっきり皺を寄せて、今にも泣きそうな表情をしているのが、はっきりと見えた。  何かを言わなければ、と口を開けたところでふわりと浮く感覚がした。 「お、い。」 「いいから、喋らないで下さい。先輩の身体の状況は相当酷いです。これ以上血が流れれば命の危険性があります。」  先程と同じ様な低い声でそう言われて仕舞えば、言い返す事など出来ようか。否、出来ない。  相当こいつに心配掛けてしまったのだと、痛感する。 「もう、誰も失いたくないから。」 「ぇ?」  誰に言ったのか分からない。多分、きっとツナが自分自身に呟いたのだろう。  もう、誰も失いたくない、ってまた大仰な。……でも、まぁ誰かを失った事があるんだったよな、ツナは。  ……どうして、お前に何があったんだよ。  なんて脳内で暴れ回る言葉は声にならない。唯掠れた問いを示す声が出すのが精一杯だったし……彼が、今にも泣きそうな表情で笑ったからだ。 「早く、病院に。」  俺は上手く動かない身体に叱咤し、俺は首を縦に動かした。 [newpage]  * * *  哀ちゃんを合わせた子供達……と俺のバイクは阿笠さんに任せ、俺は先輩と一緒に救急車に乗り込み、毛利先輩に経緯とこれから行く病院の名前を伝えた。事情聴取については、明日……又は、先輩と一緒に行われる事になるという事らしい。  合わせてリボーンにも連絡しておかなければ。  本当に毎度毎度リボーンに連絡する毎に寿命が縮まっていってる気がするのは俺だけだろうか? 「リボーン?……また、巻き込まれた。」  どうしたツナ、という声が聞こえたと同時に俺はそう答えた。今回は何があったんだ、と聞かれたので、掻い摘んで事情を話せばあいつは鼻で笑った。……絶対嬉しそうな顔してるだろうな。  俺は一度深く空気を吸い、ゆっくりと吐き出す。 「当分帰れそうにないかも。……うん。」  事情聴取やら何やらを考えると結構な間、家に帰れないかもしれない。そう伝えれば、リボーンは仕方ねぇ、と呟いた。 「ん?……げっ!ちょっとぐらい手加減してくれたって良いじゃないか!」  帰ってこれない間も宿題は溜まるから、覚悟しとけ、そう言われたら途端に帰りたくなるじゃないか。一日でやる量も結構大変なんだからな⁉︎ 「休みの日とかは、出来るだけ帰るようにするよ。明日は制服取りに行かないとだし、山本の方に文化祭の食料準備の伝を聞いてもらってるし、その話も聞いておかないと……うん。それじゃあ。」  色々とやる事が山積みで身体が重たく感じる。俺は携帯をポケットにしまい、深く息を吐いた。  先輩の顔を覗き見ると、まだ少し意識があるようで、薄っすらと目が開いて時々瞬きをしている。  弾が貫通せず、体内に残っているようで、相当状態は悪いらしい。……あれだけの出血量を見て悪い状態である事が分からなかったら、逆に凄いと思う訳だけれども。  先輩の手をそっと握れば、その冷たさに俺は瞠目した。小さくなった手が今語るのは死の危機、俺はごくりと空気を飲み込み、口を引き結んだ。同時に思い出すのは、リング争奪戦にて起きた九代目との記憶。あれほど怖い物などもう起きないと思っていたのに、なんて思う。  救急車が止まると同時に隊員の人達が慌しく動く。窓から外を見れば病院が見えた。側にあった扉が開いたので、俺は降りて辺りを見回す。 「沢田君!」 「毛利先輩!」  俺に駆け寄ってくる姿を視認し、俺は早くコナン君に付き添ってあげて下さい、と言い工藤先輩が乗せられたカートを一緒に追い掛ける。  手術室に入る前でカートは突然止まり、会話が耳に入ってくる。  先程やってきた手術で輸血に使った為、B型の血液型の本数が足りないらしい。俺はA型だから無理だし……と視線を彷徨わせたところで、毛利先輩が血液を渡すと言い、ばたばたと看護師さんと走って行ってしまった。 「……あの。」 「なんだ?あー……えっと?」 「沢田綱吉です。」 「あの探偵坊主の後輩……それで?」 「毛利先輩は、コナン君の血液型知ってたんですか?」  よしきた!と医師が手術室に入って行き、無事に始まったものの、色々な思考がごちゃごちゃと混ざり合って上手く思考出来ない。あの電話だって、リボーンの声を聞いて安心したかった、と言えば反論は出来ないものであった。  俺はどうしよう、と内心呟きながらに目の前にいる、毛利先輩の父親に声を掛けた。彼は俺をちらりと見てから、口を開いた。 「しらねぇよ。」 「ぇ?」 「そんなもんしらねぇよ。聞きたいんだったら、あいつに直接聞け。」 「……はぁ。」  さっき頭を過った考えが否定されてほしい、と言う気持ちで聞いたわけだが、どうやら逆に肯定されてしまった気がする。だとすると、彼の正体は確実にばれ掛かっているのだろう。少し会っていない間に、何やらかしたんだろう? 「……それから、その。」 「なんだ。言いたい事があるなら一遍に言えよ……ったく。」 「す、すみません!……えっと、コナン君を守り切れなくて、ごめんなさい。俺がもっと子供達に目を配らせていたら、こんな事には──」 「……お前、それは本気で言ってるのか?」  どいつもこいつも手間の掛かる奴らだ、と毛利さんは頭を下げている俺の頭に手を置いた。  言いたい事、聞きたい事が前後逆転してる、なんて自分で言っていて気付いたが、彼は気にしていない様だ。彼自身も相当混乱しているらしい。 「ぇ?」 「お前、あの小僧からの連絡に気付いて真っ先に探しに行ったんだってな。」 「……はい。」 「いくらお前が気にしていたって、これは仕方のなかったことだよ。あいつらが軽い気持ちであの洞窟に入ったのが、一番の間違いだ。今回、一番の功労者はお前と……蘭だな。」  お前が二次被害を防いだんだ、と慰められている様で、俺はありがとうございます、と呟いた。 「なんで、俺が感謝されるんだよ。……感謝されるべきはお前の方だ。」  お前も大概損な性格してるよ、と言われ俺は苦笑した。 「まぁ、それが俺ですから。」 「……けっ。」  彼は気に入らない、とでも言いたいかの様に、そっぽを向き近くにあったベンチに座った。俺も同じ様にその隣に座る。 「ん?お前、その指輪はなんだ?」 「あっ。」  毛利さんの指摘で、リングを手に着けたままだった事に気付き、俺は慌てて左手でそれを隠す。 「……俺の、大切な物です。」  何でもない、と言おうとしたが幾らあまり能が無いとはいえども探偵、と俺はそう答えた。彼は俺の目を見てくる。 「ふーん。」 「誰の手にも渡す事は出来ないもの、と言った方がいいかも知れませんね。」  その言葉の後ろに、物理的に、と付け加える。  俺以外の人が着けたら命を奪いかねない様なもん、渡せるわけ無いしね!  右手からリングを外し、俺はお守りを取り出し中に滑り込ませる。 「前来た時は着けてないと思ったら、そんな所に入れてるのか。」 「はい。……常に俺の手の届く所に無いと、どうも心配で。」 「……曰く付きか?」 「……いえ、そんな訳ではない、です。」  あっぶねぇ!頷きそうになった……!  そこから、現実から目を背ける様にして、毛利さんと会話をしていれば毛利先輩が戻って来た。多めに血を差し出した様で、青い顔をしている彼女に俺は席を譲り、立ち上がる。  俺に、晴の炎があればいいのに、なんて思ってしまう。弾を体内から抜くなんて芸当はやはり、病院で治療してもらうべきなのだけれど、抜いた後の治療に関しては何より、晴の炎を使った方が体力的にも楽な気がする。  酷い傷口でも直ぐに治せてしまう力は、きっと世に出回ってしまったらいけないものなのだろう。それでも、その力があればと願ってしまうのは、知っているからこその我儘。  人は何に関しても諦めたらいいという訳でもないし、ずっと諦めない事がいいという事でもない。人にはある程度の希望があると言う事が、一番大切なのではないのだろうか、と俺は思っている。  何でも治せる物で、治せなかった時、その絶望は相当なものである。  クロームの様に幻術で自身の内臓を補強するなんて事、普通の人には出来ないけど、そうまでして生きて欲しいと、俺は思わない。  何が言いたいのか、何を思ってこんな事を考えているのか、俺自身でも分からなくなってきた。  ぐるぐると回る思考の中、がちゃりと音を立てて開いた扉の音に俺の思考は現実に戻された。 「どうなりましたか⁉︎コナン君は⁉︎」  辛いぐらいの彼女の声色に俺の肩が跳ねた。 「大丈夫ですよ。山場は越えました。」  遠回しに、手術は成功したと言われ、俺は安堵のため息を吐き、安心し倒れかけた先輩をそっと支え、彼の病室に行く。 「無理は良くないですよ。」 「無理なんて──」 「してない?……そんな青い顔して言われても説得力ありません。」  彼女をゆっくり丸椅子に座らせれば、毛利さんがそっとスーツの上着を羽織らせる。 「一安心、ですね。……俺、阿笠さんに連絡してきますね。」  二人の了承を得て、俺は病院から外に出る。いつの間にか陽は入ってしまった様で、辺りは暗く、月が見えた。都市の光によってあまり星の姿は見えないが、雲はない様だ。 「明日は晴れかな?」  いつか教えてもらった夜空の天気の予想の仕方に則って、俺はそう声に出しながらに携帯を取り出す。阿笠さんにバイクのある場所を尋ね、先輩の手術が無事に終わった事を伝えた。 「……はい。今からそちらに……はい。」  彼は毛利親子に任せておけば大丈夫であろう、と俺は阿笠さんの家にあるバイクを迎えに行くのであった。
はい、来ました!<br />七話目ですウオオオオアアアア\( &#39;ω&#39;)/アアアアアッッッッ!!!!! <br /><br />この話、一体何を書こうかと悩みに悩みました…はい<br />灰原ちゃんの出てくる前の、工藤君のお父さんお母さんが出てくるアレを使おうかとも思ったり、雲雀さんとの会話を書こうかと思ったり……<br />まぁ、言えば灰原ちゃんの出てくる前か後か、と言う迷いに迷った結果がこれです<br /><br />申し訳ありませんでしたー!<br />投稿がこんなに遅れるとは俺も思ってなかったです(^◇^;)<br /><br />と言うか、文章量(_`・ω・)_バァン<br /><br /> * * *<br /><br />ツナ君への疑いを灰原ちゃんにじわじわと持たせていきたいなとか、いろいろ考えてますけど、決定的なシーンがなかなか思い浮かばない始末<br />自分の文章に対しての能力のなさに嫌気が指します。・゜・(ノД`)・゜・。<br /><br />文章に山本の名前が出てきた時点で気付いた方もいますが、そろそろリボキャラとの絡みをもう少し入れていこうかな、と思っております……はい<br />次の話はあれです、学園祭本番前……服部君を( ・́∀・̀)ヘヘヘ<br /><br />次の話の最後に、文中にあったトラブルについて……山本との絡みを載せると思います<br /><br /> * * *<br /><br />まぁ、グダグダと話した訳ですけど、一つアンケートを取りたいと思います!<br />番外編になりそうですけど、灰原ちゃんに会う前に起きた、ツナの巻き込まれた事件読みたい方おりますかね?<br /><br />俺的な候補は、<br />・犯人が自殺する、ピアノの事件<br />・先程言った、工藤君のお父さんお母さんが出てくる事件<br /><br />のどちらかかなぁ、とか思ってみたり…<br />良ければ回答の程宜しくお願い致しますm(_ _)m<br /><br />これからもご愛読宜しくお願い致しますm(_ _)m<br /><br /> * * *<br /><br />2016年03月05日~2016年03月11日<br /> ルーキーランキング 21 位に入りました!<br /><br />2016年03月06日~2016年03月12日<br />ルーキーランキング 20 位に入りました!<br /><br />ありがとうございます!
ふわり、視線は彷徨う 6
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[chapter:兄たちとの日常を淡々と語っていく] 1 :よろしくおあがり末弟さん 思いつくままに語ってく 長男 かまってちゃんな奇跡のバカ 次男 痛くてナルくて天然で不憫な人 三男 ツッコミドルオタ似非常識人 四男 ネガティブコミュ障で猫好き 五男 ポジティブ狂人で野球好き 末弟 僕 全員成人済み 2 :よろしくおあがり末弟さん 夕食後、兄弟全員でまったりテレビ観賞していたとき ふいに四男が立ちあがって、台所に行きすぐに牛乳パックを持って戻ってきた 無言で次男に差し出して、わけも分からず受取る次男 四男「次男の!」 次男「!?」 四男「ちょっといいとこ見てみたいっ!!」 次男以外「そ~れ一気!一気!一気!」 手拍子に合わせてコールを始める兄弟に流されるまま牛乳を一気飲みする次男、案の定むせてそこら中にぶちまけてた この日が賞味期限だったらしい 3 :よろしくおあがり末弟さん 昼下がり、玄関先で謎の遊びをする四男と五男(犬コス) 四男「おすわり」 五男「ワンッ」←おすわり 四男「お手」 五男「ワンッ」←お手 四男「よし、取ってこい、五男」 四男が指示すると「ワンッ」と元気よく吠えた五男が四男を抱えて、空の彼方へ吹っ飛ばした 吹っ飛ばした方向へ四足で走っていく五男 セルフ取ってこい 4 :よろしくおあがり名無しさん !? 5 :よろしくおあがり名無しさん 日常とは 6 :よろしくおあがり名無しさん ロムってようと思ってたがいきなりツッコミどころが 7 :よろしくおあがり末弟さん あれ、人いたんだ 適当に思い出した順に語っていくだけだから、ゆっくり進めていくね sage進行でよろしく 8 :よろしくおあがり名無しさん おk 俺も暇だし眠れなかったら付き合う 9 :よろしくおあがり名無しさん 深夜だしまったりでいいよ しかし兄弟多すぎだろ…六人兄弟で全員成人って、家がすげー狭く感じそう 10 :よろしくおあがり名無しさん いや、セルフ取ってこいってなんだよ 説明なしかよw 11 :よろしくおあがり末弟さん お兄ちゃんたちキャラ立ちすぎじゃないかw 12 :よろしくおあがり末弟さん 推しメンの抱き枕を抱きながら昼寝をする三男 あんまり幸せそうだったから僕がスマホで写真を撮ろうとすると、目の前に立ちはだかる長男 「ちょっとちょっとなに勝手に撮ってんですか!困りますよ事務所通してくれないとー」とか言いながら、三男から抱き枕を外してかわりに自分がその隙間に入り込んだ 「これなら撮っていいっすよ」なんて言いやがるから、仕方なく撮ってあげた 目を覚ました三男にそのままヘッドロックかけられてた ざまあ 13 :よろしくおあがり名無しさん 抱き枕wドルオタw 14 :よろしくおあがり名無しさん 長男が抱き枕になったってことですか 15 :よろしくおあがり末弟さん ホモですか?(小声) 16 :よろしくおあがり末弟さん 長男「怖い話する」 僕「え、やめてよ僕そういうのダメなの知ってんじゃん!」 長男「三男の抱き枕にコーヒーこぼしちゃった」 僕「こ、こええええええええ!!」 案の定ボコられた模様 ざまあ 17 :よろしくおあがり名無しさん また抱き枕ネタw 18 :よろしくおあがり名無しさん 長男は抱き枕になんか恨みでもあるのかw 19 :よろしくおあがり名無しさん 騒がしそうな家だなー俺ひとりっこだから羨ましい 20 :よろしくおあがり末弟さん 四男の買い物に付き合ったとき お友達(猫)のごはんを買って、ペットショップでにゃんこたちを見た四男は御満悦 ついでにグッズも見に行ったら、青いタグのついた薄紫の首輪を手に取って「これ次男に似合いそう」って、ボソっと さすがに買うの止めた 21 :よろしくおあがり名無しさん 四男おかしい 22 :よろしくおあがり名無しさん 兄弟を犬にしたり猫にしたり… 23 :よろしくおあがり名無しさん ネガティブコミュ障のくせにアクティブなとこしか見えてこないんだがw 24 :よろしくおあがり名無しさん まぁ、動物好きに悪い人はいないと言いますし… 25 :よろしくおあがり末弟さん みんなでお見合い大作戦ごっこをしたとき。司会は僕 司会「それでは三男さんに告白したい方!」 長男「はいっ!」 司会「おっと予想通り長男さんきましたね!それではどうぞ!」 長男「よろしくおなしゃーっす!!」 三男「僕、誠実で思いやりがあって頭が良くてちゃんと働いてる人がいいんで、ごめんなさい」 長男「うるせぇ黙れ!」 三男を押し倒す長男 やれやれ 26 :よろしくおあがり名無しさん 馬鹿なことやってんな 27 :よろしくおあがり名無しさん 長男はさっきからなんなんだw三男のこと好きだなw 28 :よろしくおあがり名無しさん 押し倒してどうしたんですか… 29 :よろしくおあがり名無しさん やっぱりホモなのかな? 30 :よろしくおあがり名無しさん 長男働いてないの?w 31 :よろしくおあがり末弟さん お見合い大作戦ごっこパート2 司会「それじゃ次!次男さんに告白したい方!」 ドキドキそわそわしているのが目に見て分かる次男 四男「はい」 次男「!」選ばれて嬉しそう 五男「ちょっとまったぁ~!!ぼくも~!!」 次男「!!」超嬉しそう 司会「なんと二人が同時ねらい!次男さんモテモテ~!」 見つめ合う四男と五男 四男「…五男とは争いたくない」 五男「ぼくも!どうする!?」 四男「はんぶんこ」 五男「はんぶんこ!いいね!縦に割る!?横に割る!?」 次男「!?」 四男と五男はすごく仲良しなんだよ 32 :よろしくおあがり名無しさん 次男が分割される 33 :よろしくおあがり名無しさん はんぶんこにされちゃう 34 :よろしくおあがり名無しさん 四男と五男がおかしいとこしか見えてこないw 35 :よろしくおあがり名無しさん 次男不憫理解 36 :よろしくおあがり名無しさん もっとみんなの詳しいスペックが知りたい 37 :よろしくおあがり末弟さん ある日の上二人 長男「次男、今日の晩メシ唐揚げとハンバーグだってよ。良かったな」 次男「本当か!豪華だな!じゃあ昼ごはんは少なめにしておこう」 この日の晩ごはんは魚の煮付けとお味噌汁でした 38 :よろしくおあがり名無しさん 次男かわいそうw 39 :よろしくおあがり名無しさん なんてしょうもない嘘をつくんだよ長男w 40 :よろしくおあがり名無しさん せっかく楽しみにしてたのにw 41 :よろしくおあがり名無しさん 唐揚げとハンバーグのダブルは肉々しすぎて俺には無理だ 42 :よろしくおあがり末弟さん >>36 スペック特に書くほどないよ みんなビジュアルも身長も体重も普通 まあちょこちょこ違いはあるけど…顔も似てる 43 :よろしくおあがり名無しさん 六人いて全員二十代ってなにげにすごくね 44 :よろしくおあがり名無しさん 全員顔似てるんだったら、六人の中に双子とかいそう 45 :よろしくおあがり名無しさん その辺は流していいんじゃないの 46 :よろしくおあがり名無しさん そうそう深夜の語るスレなんてぼんやり流し見してるくらいがいいんだよ 47 :よろしくおあがり末弟さん 質問くらいは受け付けるよ。気が向いたら答えるw 床に寝そべって部屋中絶えずゴロゴロし続ける五男とたまたま居合わせた三男 三男「…何やってんの」 五男「モップ!」 三男「は?」 五男「母さんに!部屋掃除してってお願いされた!」 何の疑問も持たずに「そうか、えらいな」って五男をなでなでする三男 そのあと五男の全身をコロコロでコロコロしてた 48 :よろしくおあがり名無しさん 五男は本当に成人してるのか… 49 :よろしくおあがり名無しさん やり方があれだとしても、お手伝いはえらいよな、お手伝いは 50 :よろしくおあがり名無しさん 三男慣れておるw 51 :よろしくおあがり末弟さん その日の夜、四男と僕が母さんの手伝いで夕飯の準備したあと 僕 「三男兄さん、僕もお手伝いしたよーw」 四男「…俺も」 三男「は?」 僕 「五男兄さんだけずるいよー」 四男「ずるーい」 って暗におねだりすると、三男兄さんは僕と四男に仕方ないなぁって呆れ顔でなでなで 僕たちの後ろでなぜか待機列を作っている長男次男 三男「お前ら何もやってねぇだろキモい」 52 :よろしくおあがり名無しさん お兄ちゃんたちw 53 :よろしくおあがり名無しさん 仲良すぎだろこれ 俺の妹に話しかけてもスルーなのに… 54 :よろしくおあがり名無しさん >>53 どんまいw 大人になっても弟たちはやっぱり「弟」って感じあるんだなぁ 55 :よろしくおあがり名無しさん 三男兄さん弟たちに人気? 56 :よろしくおあがり名無しさん 三男、兄たちに対して辛辣ww 57 :よろしくおあがり末弟さん >>55 人気というか、上二人に比べて表立って甘やかさないから構って欲しい弟たちって感じ 幼馴染がやってるおでんの屋台に僕含む弟三人で飲みに行ったとき 四男「今日はわいのおごりやでー」 五男「やったー!たまごいっぱい食うでー!」 僕 「わーい!珍しいね四男兄さん、パチンコにでも勝った?」 四男「うん、次男が」 ゴチになりました! 58 :よろしくおあがり名無しさん 落ちがすでに読めてた件 59 :よろしくおあがり名無しさん もう兄弟内でそういうキャラ付けされてるんだなw 60 :よろしくおあがり名無しさん いじられキャラというのは一生いじられる運命なんだよ 61 :よろしくおあがり名無しさん やっぱり上三人と下三人で別れて行動したりする? 62 :よろしくおあがり名無しさん 次男かわいそうすぎて笑えるw 63 :よろしくおあがり末弟さん >>61 三人ずつだとそうかも。上三人でもよく飲みに行ってたみたい 長男と僕が二人でごろごろしてると、五男がユニフォーム姿でやってきた 五男「長男兄さん!末弟!野球しよ!」 末弟「三人じゃ野球できないよ五男兄さん」 五男「できるよ!ピッチャー僕!バッター僕!攻撃僕!守備も僕!!」 長男「お~五男一人で試合できんだーすげぇな」 五男「できるよ!兄さんたち応援!」 三人で河原に行って、五男が野球するのをのんびり二人で応援した 64 :よろしくおあがり名無し どういうことなの 65 :よろしくおあがり名無しさん まったく意味が分からない 66 :よろしくおあがり名無しさん 五男はいろいろカッ飛ばしてんな 67 :よろしくおあがり名無しさん >>66 野球好きなだけあるわ 68 :よろしくおあがり名無しさん なんだかんだ付き合ってあげるんだなw 69 :よろしくおあがり末弟さん 銭湯脱衣所にて 兄弟の中では一番きれいに筋肉ついて胸板も厚い次男を見つめる長男 長男「次男、ちょっとおっぱい揉ませろよ」両手わきわき 次男「ふっいいだろう…俺の美しく鍛え上げられた美しい胸筋を…」 そこで四男がすっと二人の間に入り長男に手を差し出す 四男「へいお客さん、五千円」 長男「え!たっけーよ胸もむだけだよ!?ぼったくり!!」 四男「金ないならさっさと諦めて帰んな」 長男「なんだよつまんねーの!いいもん俺貧乳派だもーん!」 ぶーぶー言いながら近くで着替えてた三男(ヒョロガリ)を押し倒す長男 ご近所さんもいっぱいいるのにやめてほしい 70 :よろしくおあがり名無しさん 三男とばっちりw 71 :よろしくおあがり名無しさん 長男、三男押し倒すの二回目だぞw 72 :よろしくおあがり名無しさん こいつら公共の場でなにやってんだ… 73 :よろしくおあがり名無しさん 次男はなぜ長男の発言に疑問を持たないのか 74 :よろしくおあがり名無しさん 長男気が合うな。俺もちっぱい大好き 75 :よろしくおあがり名無しさん ホモじゃないの?ねえこれホモじゃないの? 76 :よろしくおあがり名無しさん ノリが兄弟っていうより同級生の友達みたい 77 :よろしくおあがり名無しさん 次女(巨乳)と三女(貧乳)だと考えるとすごくいいな 78 :よろしくおあがり末弟さん みんな深夜脳になってきてるねwいいいと思うw 合コン行ったことがバレて兄たちに説教されたとき 長男「ブスばっかだし性格悪そうだし無駄金出しただけじゃんコレ」(写真見ながら) 次男「末弟は良い子だからな、自然と素敵な末弟ガールと巡り合えると思うぞ」 三男「だいたい合コンに来るような子は末弟には似合わないよ」 四男「どうせうまくいかないんだから無理しなきゃいいのに」 五男「今度は僕たちと飲みいこ末弟!」 昔はみんなして一緒に参加したがってたくせに本当ムカつくよね 79 :よろしくおあがり名無しさん お前合コンよく行くのかw 80 :よろしくおあがり名無しさん みんな良い兄ちゃんたちじゃないか 81 :よろしくおあがり名無しさん 末っ子大事にされてんなw 82 :よろしくおあがり名無しさん 彼女できて紹介するときとか大変そうw 83 :よろしくおあがり名無しさん ブラコンだなー 84 :よろしくおあがり末弟さん 見た目クソダサすぎ三男と頓着しなさすぎな四男を連れて服を買いに行ったとき 二人のために色んな店回って見つくろってあげてた僕 三男「こんな色僕には似合わないよ…長男兄さんなら着こなせそう」 四男「派手すぎ。こんなんクソ次男以外誰も着ないでしょ」 なーんてことしか言わずに兄二人にばっかり買おうとするから、腹立って僕と五男の服だけたくさん買って三男四男は荷物持ち係にしてやった 85 :よろしくおあがり名無しさん 長男と三男はおなじみだな 86 :よろしくおあがり名無しさん 長男→三男ばっかりかと思ってたがそうでもないのか 87 :よろしくおあがり名無しさん ツンデレかな? 88 :よろしくおあがり名無しさん 四男もそれっぽいな 89 :よろしくおあがり名無しさん 末弟かわいそうだなwせっかく兄のために張りきったのにw 90 :よろしくおあがり名無しさん 末弟オシャレさんなのか 合コンの話といい今どきっこだな 91 :よろしくおあがり名無しさん 末っ子だし二十代入ったばっかりかな 92 :よろしくおあがり末弟さん 夜なかなか寝付けなかった四男が寝ぼけて三男に抱きつき、「クソ次男痩せた…?なに急に筋肉そぎ落としてんだ殺すぞ」と言いながらもギューッ その後三男と長男にゲンコツを食らった四男、真っ赤な顔で次男を殴る 93 :よろしくおあがり名無しさん 次男なにも悪くないんですが 94 :よろしくおあがり名無しさん 痩せたら殺されるのか…物騒だな 95 :よろしくおあがり名無しさん さりげなく長男もゲンコツすなw 96 :よろしくおあがり名無しさん ここにきて四男も怪しくなってきましたね… 97 :よろしくおあがり名無しさん ホモだと思いながら読むとニヤニヤする 頭の中が完全に深夜のテンションになってきてる 98 :よろしくおあがり名無しさん 末弟はなんでお兄さんたちのこと語ろうと思ったの? 99 :よろしくおあがり名無しさん そらこんな兄ちゃんたちいたら語りたくもなるだろうw 100 :よろしくおあがり名無しさん みんなブラコンみたいだしな 101 :よろしくおあがり名無しさん 度が過ぎる気がするけどw 102 :よろしくおあがり名無しさん ん?末弟いる? 103 :よろしくおあがり名無しさん 消えたか? 104 :よろしくおあがり名無しさん 寝落ちかな? 105 :よろしくおあがり末弟さん ごめん寝てないよーちょっとぼんやりしてたw 床に寝ころんで一生懸命なにかを書く五男 僕 「五男兄さんなにしてるの?」 五男「んーてがみ!かいてる!」 僕 「あ、彼女さん?なんて書いてるの?」 五男「兄さんたちと野球したこととか、四男兄さんの友達に赤ちゃんが生まれたこととか、あ、末弟と一緒に撮った写真も送ったら喜んでくれるかな!?」 僕 「いいね、そうしよ。…兄さん寂しくない?」 五男「寂しくないよ!僕が寂しいと思ったらあの子も寂しくなっちゃうでしょ?」 なんか、いいなぁって思った 106 :よろしくおあがり名無しさん まさかの五男がリア充枠 107 :よろしくおあがり名無しさん ただし爆発しなくていいタイプっぽい 108 :よろしくおあがり名無しさん メールなりラインなりの時代なのに手紙ってのがまた 109 :よろしくおあがり名無しさん 遠距離なのかな 110 :よろしくおあがり名無しさん めっちゃ彼女のこと思ってますやん 111 :よろしくおあがり名無しさん 気持ち分かるぞ末弟…なんかいいよな 112 :よろしくおあがり末弟さん 寝る前に二人ではしゃぐ四男と五男 五男「みてみて兄さん!でっかくなっちゃった!」 バットを股間に挟んでビーンッ 四男「ブフォッwwwww」 五男「四男兄さん、アウトー!!」 でっかくなっちゃったバットで四男のケツにフルスイング 四男大喜び 113 :よろしくおあがり名無しさん おいww 114 :よろしくおあがり名無しさん 落差www 115 :よろしくおあがり名無しさん なにがどうしてそうなったw 116 :よろしくおあがり名無しさん 彼女これでいいの!?ありなの!? 117 :よろしくおあがり名無しさん 四男なんで喜んでんのこれwケツバットってやばいだろww 118 :よろしくおあがり末弟さん >>116 僕にも謎だけど、ありみたいだよ 長男と四男の古今東西ゲーム 長男「お題!次男のいいところ!お前からな!はい!」パンパンッ 四男「…」 おわった 119 :よろしくおあがり名無しさん あるでしょ!?ちょっとくらいあるでしょ!? 120 :よろしくおあがり名無しさん 次男がもういつまでたっても不憫で泣ける 121 :よろしくおあがり名無しさん 四男の次男に対する態度はなんなのw 122 :よろしくおあがり名無しさん 長男からスタートしてれば一つくらい出てきたはず…! 123 :よろしくおあがり名無しさん いや、他の兄弟ならまだしも長男はあえて何も出さなそうw 124 :よろしくおあがり末弟さん 夜中三男を起こしてトイレに付いてきてもらったとき 用を足し終わったところで突然明かりが消えて、慌てた僕はすぐトイレから出ようとした でも何度ドアノブを回そうとしても開かないし「三男兄さん!?」って呼んでも返事はない マジで泣きそうになったときにバンッて勢いよくドアが開いた 三男「わっ!」 僕 「ぎゃーーーーーーっ!!!!」ガチ泣き 125 :よろしくおあがり名無しさん いい大人が泣くなw 126 :よろしくおあがり名無しさん むしろいい大人なら一人でトイレくらい行けw 127 :よろしくおあがり名無しさん 「わっ」て驚かし方が控えめな三男かわいい 128 :よろしくおあがり名無しさん そういえば末弟どっかでも怖いの苦手って言ってたなw 129 :よろしくおあがり末弟さん その後すぐの三男と僕 僕 「なんなの急に!?そういうことしないから三男兄さんに付いてきてもらってるのに!」 三男「ごめん…長男兄さんがやってみろって言うからついwまさか泣くなんてw」 僕 「長男あとでコロす」 三男「夜ココアとか飲むからだよ。そろそろ一人で行けるようにならないと」 今はココアも控えてるし、ちゃんと一人で行ってるよ 130 :よろしくおあがり名無しさん あ、今は克服したのか 131 :よろしくおあがり名無しさん 長男の差し金かよw三男もやるなww 132 :よろしくおあがり名無しさん 寝る前にココアとか女子かw 133 :よろしくおあがり名無しさん 末弟が書いてることは結構昔の話? 134 :よろしくおあがり末弟さん >>133 そこまで昔ではない。簡単に思い出せるくらいには最近かな 長男次男四男で古今東西ゲーム 長男「お題!女に言うクサいセリフ!負けたら罰ゲームな!」 次男「クサいってどういう意味だ?」 長男「お前は普通に口説くセリフでいい。じゃあ俺から!君の瞳にカンパイ☆」パンパンッ 次男「ふっ…世界中を敵に回してもお前を愛してるz」パァンッと何故か四男が平手打ち 長男「はいつぎつぎー」パンパンッ 四男「………お前の味噌汁が飲みたい…?」涙目になっている次男を見ながら言ってらっしゃった 長男「なんか違くね?それ要望じゃね?というわけで罰ゲーム!」 罰ゲームは五男のケツバット 135 :よろしくおあがり名無しさん こいつらほんとにツッコミどころしかないな 136 :よろしくおあがり名無しさん クサいが分からない次男 そしてクリアできちゃう次男 137 :よろしくおあがり名無しさん 四男それ罰ゲームじゃないやん?ご褒美やん? 138 :よろしくおあがり名無しさん 四男はすぐ次男に手が出すぎじゃないかw 139 :よろしくおあがり名無しさん 次男にお味噌汁作ってほしいんですね…そうなんですね… 140 :よろしくおあがり名無しさん なんなの?かまってちゃんは長男だけじゃないの? 141 :よろしくおあがり末弟さん ほんとうに長男はバカだなぁって思ったとき 「フレンチとフルチンって似てね?」 似てない 「会話中に自然に混ぜても絶対ばれないと思う。三男とかに言ったらさ『え、今兄さんフルチンって言った?いやでもまさか、このタイミングで…なんで僕こんなこと考えてんだよ恥ずかしい!でもほんとに言ってたらフ、フル…ああ、やっぱり聞けないよ恥ずかしい!でも気になる!ぼ、ぼくってエッチなのかなぁ?』って思っちゃうよね」 三男絶対そんな風に思わないし、普通にスルーか普通に暴言吐くだろうし、とりあえず三男に土下座しろって思った 142 :よろしくおあがり名無しさん くだらなすぎるw 143 :よろしくおあがり名無しさん 俺らでも三男はそんなん思わないって分かるw 144 :よろしくおあがり名無しさん 末弟「バカだなぁ」 145 :よろしくおあがり名無しさん 長男の頭の中はどうなってるんだw小学生かww 146 :よろしくおあがり名無しさん 三男苦労するだろうなぁw 147 :よろしくおあがり末弟さん 最近料理をするようになった次男 母さんがいないときは僕がスマホを見ながら色々作り方とかアドバイスしてた この日のメニューはエビフライ 次男「揚げ物こわいな」 僕 「気をつけてね。キツネ色になったら上げるんだって」 次男「………」 次男「キツネ見たことない」 そうだね 148 :よろしくおあがり名無しさん ワロタww 149 :よろしくおあがり名無しさん 次男かわいいなwほんとに天然だなww 150 :よろしくおあがり名無しさん そこは分かるだろうww 151 :よろしくおあがり名無しさん 戸惑いが見てとれるなwちゃんと出来たのかな? 152 :よろしくおあがり末弟さん >>151 美味しくできました 長男のしょうもないいたずら 長男「おかえりんこー♪」 三男「ただいまん…死ね」普通にひっかかる 長男「おかえりんこー♪」 四男「だたいま○こー」分かってて普通に言う 長男「おかえりんこー♪」 次男「ああ、兄さんただいま」なにも分かってない 長男「おかえりんこー♪」 五男「ちんこ!!!!」 153 :よろしくおあがり名無しさん 五男w元気よく言うなwww 154 :よろしくおあがり名無しさん いたずらにはひっかかってないのにww 155 :よろしくおあがり名無しさん ある意味男らしい回答ありがとうございます!! 156 :よろしくおあがり名無しさん くだらないこと言いだすのほぼ長男だな ほんとかまってちゃんだw 157 :よろしくおあがり名無しさん ちなみに末弟の回答は? 158 :よろしくおあがり名無しさん 家の中が四六時中騒がしそうだなぁw 159 :よろしくおあがり末弟さん >>157 長男「おかえりんこー♪」 末弟「ただいま♪僕に下品な言葉言わせる気?」にっこり >>158 ほんとにずっと騒がしかった 160 :よろしくおあがり名無しさん 末弟ここでの書き込みは淡々としてるけど実際はあざとかわいいキャラだよな 161 :よろしくおあがり名無しさん この兄弟の末っ子に生まれたら強い子になりそう 162 :よろしくおあがり名無しさん 兄たちキャラ濃いもんなー末弟も負けてないと予想 163 :よろしくおあがり末弟さん >>161 僕もそう思ってたけど全然そんなことなかった バイトを始めたころの三男 あんまり要領が良くない三男は、かなりバイト先で叱られていたらしい しかも大好きなアイドルの追っかけも断じてたみたいだからストレスマッハ 家にいてもずっとイライラした態度してるし雰囲気悪かったから、 僕もつい「さっさと辞めちゃいなよープライドばっかり高くて自分の上限分かってないから無理して心折れてばっかりじゃん。空気悪くしてるよ兄さん」って言ってしまった そしたらなんか、あの三男が、僕大人になって見たの初めてだったんだけどあの三男が、泣いた 164 :よろしくおあがり名無しさん おいいきなり空気変えるな 165 :よろしくおあがり名無しさん 末弟なかなかキツイ言い方するなw 166 :よろしくおあがり名無しさん 俺の心にもグサグサきちゃってるんですけど せっかくまったりしてたのに 167 :よろしくおあがり名無しさん 三男泣いちゃったの(´;ω;`) 168 :よろしくおあがり末弟さん 三男泣きながら「ごめん」って僕に謝ってきて、僕もびっくりしてるし罪悪感でいっぱいだし何も言えなかった それを全部見てた長男がやってきて、長男も「ごめんな」って言って僕の頭撫でたあと三男連れて外に出てってとりあえずその場は終了 しばらくして戻ってきたら、長男のおかげだと思うけど普通に戻ってて、 気まずそうにまた「ごめん」って言われて、僕も「言いすぎてごめんね」って謝って仲直り 正直僕もこのとき泣きそうだったよ 三男はその後すぐそのときのバイト辞めて、自分に合う仕事ちゃんと探すっていって頑張ってた 169 :よろしくおあがり名無しさん よかったよかった 170 :よろしくおあがり名無しさん めでたしめでたしw 171 :よろしくおあがり名無しさん 長男ってちゃんとお兄ちゃんだったんだなw 172 :よろしくおあがり名無しさん 三男も末弟もまとめて抱きしめてあげたい 173 :よろしくおあがり名無しさん 三男は長男が抱きしめたんだと思いますよ 174 :よろしくおあがり末弟さん 空気を変える 長男と四男のしょうもない会話 長男「エロいことを全然考えてないのにち○こたっちゃうことあるじゃん?」 四男「あるね」 長男「俺、あの現象を“誤作動”って呼んでるwww」 四男「僕は“神様のいたずら”って呼んでる」 長男「かっこいいwww」 三男「お前ら中学生か」 その場にいた三男耐えられずにツッコミ 175 :よろしくおあがり名無しさん あー落ち着くー 176 :よろしくおあがり名無しさん 長男のこの感じいいわー 177 :よろしくおあがり名無しさん 下ネタ大好きだなこいつらww 178 :よろしくおあがり名無しさん でも俺もあるあの謎の現象 これから神のいたずらって呼ぼうw 179 :よろしくおあがり末弟さん 次男屋根の上で一人ギターを片手に悦ってるとき 五男「次男にーさーーーん!!」 全力全身で次男に突撃 次男「グフッ!」 五男「にいさん!きいてきいて!俺めっちゃきいてほしいことある!!」 次男「なんだブラザー、この兄がなんでも聞いてやろう」 五男「…」 次男「?」 五男「忘れちゃった!」 次男「えっ」 そのあと二人でうた歌ってた 180 :よろしくおあがり名無しさん 平和www 181 :よろしくおあがり名無しさん こっちは穏やかすぎるw 182 :よろしくおあがり名無しさん 忘れちゃったかぁ~そっか~ってなでなでしてあげたい 183 :よろしくおあがり名無しさん 屋根の上でおうたうたったの? かわいいなww 184 :よろしくおあがり末弟さん 窓際でタバコを吸っていた四男 たまたまそばを通りかかった次男を捕まえて、胸ぐら掴みながら次男の顔に煙を吹きかけた すぐに手を放す四男と、わけも分からず「?」顔のまましばらく四男を眺める次男 なぜか隣で一緒にタバコを吸い始めた 僕この前日に「四男兄さん知ってる?男が男の顔にタバコの煙吹きかけるのって“今夜お前を抱く”って意味なんだってー」って教えてあげたっけな 185 :よろしくおあがり名無しさん おっと 186 :よろしくおあがり名無しさん お、おう? 187 :よろしくおあがり名無しさん ある意味末弟ぶっ込んできたな 188 :よろしくおあがり名無しさん これはどういう風にとっていいやつ?笑っていいやつ? 189 :よろしくおあがり名無しさん 笑ってはいいやつだと思うけどww 190 :よろしくおあがり名無しさん 今更じゃね?今までもそんな雰囲気出てたし 191 :よろしくおあがり名無しさん 長男三男もなーww 192 :よろしくおあがり名無しさん はいはい深夜のホモスレありがとうございます 193 :よろしくおあがり名無しさん 兄弟ですがそれは…? 194 :よろしくおあがり名無しさん >>193 深夜のテンションで全部乗り切れるんだよ!(゚∀゚≡゚∀゚) 195 :よろしくおあがり名無しさん >>193 すごく美味しいじゃん!ホモならなんでも美味しいじゃん! 196 :よろしくおあがり名無しさん このじわじわテンションが上がってくる感じはなんなんだw 197 :よろしくおあがり名無しさん ところでこの日の夜はどうだったんですかねぇ 198 :よろしくおあがり名無しさん だ、抱いちゃったんですかねぇ? 199 :よろしくおあがり名無しさん 末弟黙ってんじゃねーぞーww 200 :よろしくおあがり末弟さん ごめんみんなの様子を見てたw >>197-198 夜は六人全員同じ部屋で寝てたから抱いてないと思う 四男と五男はよく二人で謎の空気を醸し出している 僕 「二人ってニコイチ感あるよね」 四男「ニコイチって何…」 五男「わかった!二個のき○たまに一個のち○こ!!合ってる!?」 違うけどもうそれでいいよ 201 :よろしくおあがり名無しさん 俺たちの反応を適度にスルーしつつ淡々と続ける末弟すき 202 :よろしくおあがり名無しさん この家の男たちの下ネタレベルが低すぎて笑うww 203 :よろしくおあがり名無しさん 五男は長男とは違ったタイプの下ネタ要因だなw 204 :よろしくおあがり名無しさん 五男は無邪気だな。長男は邪気ありまくりw 205 :よろしくおあがり名無しさん 五男の相手は女の子だっけ? 206 :よろしくおあがり名無しさん 彼女って書いてあったな 207 :よろしくおあがり名無しさん 全員ホモにしようとするなw 208 :よろしくおあがり名無しさん いやでも兄たちがホモかどうかは分からんぞ 末弟はなにも明言してないんだからな 209 :よろしくおあがり名無しさん そうだぞお前らそう焦るな 210 :よろしくおあがり名無しさん で、末弟さんどうなんです? 211 :よろしくおあがり名無しさん お前らここにきてグイグイ行くなw ゆっくり進行どうしたw 212 :よろしくおあがり末弟さん >>210 知らないよ あの人たちから俺たちホモですデキてますなんて言われてないもん まああいつら隠してないっぽいから見てりゃ分かるんだけど僕そんなことなにも言われてないもん 213 :よろしくおあがり名無しさん おや?末弟の様子が… 214 :よろしくおあがり名無しさん 口調変わってきてるぞwどうしたw 215 :よろしくおあがり名無しさん 末弟おこ? 216 :よろしくおあがり末弟さん 洗濯物を畳んでいる三男の膝に頭を乗せる長男 お腹の方に顔を埋めてる 長男「あ~なんで三男こんな良い匂いすんの~石鹸も洗剤も同じやつ使ってんのになんでぇ?マジやべーちょーすきー」とかなんとか言いながらくんかくんかくんかくんか手をケツに回して撫でんな! 三男も「あーはいはい」とか言って流すな!優しく手をぺしっすんな!なんで慣れてんだよ!夫婦か!!普通の兄弟じゃ膝枕さえしねーよ!!見てるこっちの身にもなれよこのホモ!見慣れすぎてホモだかそうじゃないかの境界線もよく分かんねーよ!お前らのせいで感覚麻痺しちゃってるよ!でもこいつらはホモ!!なんで僕には言ってくんないのばか!! 217 :よろしくおあがり名無しさん wwwww 218 :よろしくおあがり名無しさん 落ち着けwww 219 :よろしくおあがり名無しさん 末弟がとうとう荒ぶり始めたwww 220 :よろしくおあがり名無しさん これはホモだわ 紛れもないホモだわ 221 :よろしくおあがり名無しさん 家族がいる前でやってんのかよこれw 222 :よろしくおあがり名無しさん これは末弟もいたたまれないww 223 :よろしくおあがり名無しさん でも慣れちゃってたんでしょw 224 :よろしくおあがり名無しさん これが当たり前のように日常で行われてんならなぁw うちは両親が未だにいちゃいちゃするからそれが普通だけど、他の家は全然だったりするから逆に驚くしw 225 :よろしくおあがり名無しさん >>224 あ~その感覚 226 :よろしくおあがり名無しさん 末弟大丈夫か?落ち着いたかw 227 :よろしくおあがり末弟さん いつも僕の隣で次男と、その隣には四男が並んで寝てたんだけど、四男寝付けないこと多くて寝かせようとしてんのか知らないけどしょっちゅう抱きあって寝てんの僕知ってたんだからね!? こそこそ話てるつもりだろうけど僕横で寝てんだからね!?「大丈夫か?子守唄うたうか?」「黙ってじっとしてろ次男」ギューッてしてんの知ってんだからね!!こっちが眠れるか!!いつかヤリ始めんじゃないかってハラハラしてたわばーか!ホモ!! 228 :よろしくおあがり名無しさん 全然落ち着いてないww 229 :よろしくおあがり名無しさん 怒涛の兄弟ホモラッシュwww 230 :よろしくおあがり名無しさん これは怒るw 夜中に隣でイチャイチャされたらw 231 :よろしくおあがり名無しさん この二人は長男三男ほど…って思ってたけど全然だったなw 232 :よろしくおあがり名無しさん いや長男が分かりやすかっただけで、割と序盤からアレだったぞ 233 :よろしくおあがり名無しさん 暗にお前を抱く宣言までしてんだぞw 234 :よろしくおあがり名無しさん まさかこんな話だとは思わなかった 235 :よろしくおあがり名無しさん ほのぼのスレだと思ってた 236 :よろしくおあがり名無しさん ほのぼのしてただろ? 237 :よろしくおあがり名無しさん ホモ以外の話もおかしいのばっかりだったような気もするけどw 238 :よろしくおあがり名無しさん 今はもうホモで頭がいっぱいだわww 239 :よろしくおあがり名無しさん 長男×三男だろ 四男×次男だろ 五男も彼女いるんだろ 末弟ェ… 240 :よろしくおあがり名無しさん 爆発するタイプのリア充枠がまだ残ってる 241 :よろしくおあがり名無しさん 俺からしたら五男末弟以外は爆発しろだわw 242 :よろしくおあがり名無しさん 頑張れ末弟負けるな末弟 243 :よろしくおあがり名無しさん 大丈夫かな末弟…落ちてないよね? 244 :よろしくおあがり名無しさん キレ落ち?w 245 :よろしくおあがり名無しさん クールダウン中です。しばらくお待ちください 246 :よろしくおあがり末弟さん ごめん落ち着いた 五男兄さんの寝顔かわいすぎて泣けてきた 247 :よろしくおあがり名無しさん お帰り!大丈夫かw 248 :よろしくおあがり名無しさん 癒しの五男w 249 :よろしくおあがり名無しさん 泣くなw男の子だろww 250 :よろしくおあがり名無しさん さっきの荒ぶりっぷりハンパなかったからなw 興奮したんだろw 251 :よろしくおあがり名無しさん 他のホモたちもちゃんと寝てんの? 252 :よろしくおあがり名無しさん 次男四男は隣で抱き合ってないか?大丈夫か? 253 :よろしくおあがり名無しさん 心配のしかたがおかしいw 254 :よろしくおあがり末弟さん みんないないよ 僕と五男兄さんだけ 255 :よろしくおあがり名無しさん ん? 256 :よろしくおあがり名無しさん え? 257 :よろしくおあがり名無しさん なんでー? 258 :よろしくおあがり名無しさん みんな同じ部屋で寝てんだろ? 259 :よろしくおあがり名無しさん 四人は外出中?お泊り? 260 :よろしくおあがり末弟さん 四人は家を出てった 261 :よろしくおあがり名無しさん は? 262 :よろしくおあがり名無しさん !? 263 :よろしくおあがり名無しさん えっ 264 :よろしくおあがり名無しさん ちょっと待って 265 :よろしくおあがり名無しさん はあ?なんで? 266 :よろしくおあがり名無しさん え、どういうことどういうこと 267 :よろしくおあがり名無しさん 末弟説明できる? 個人情報だとか気持ち的にだとか無理なら別にいいよ 268 :よろしくおあがり末弟さん ありがとう説明は全然できるよwもう兄弟のことホモホモ言っちゃってるしw 言葉のとおりだよね 四人とも出てっちゃったんだ 長男兄さんと三男兄さん、次男兄さんと四男兄さん それぞれ頑張って二人暮らしするんだって みんな長い間クズニートやってたくせにほんと無謀www 269 :よろしくおあがり名無しさん ええ… 270 :よろしくおあがり名無しさん あんなに賑やかだったのに六人が二人かよ… 271 :よろしくおあがり名無しさん というか兄ちゃんたち本気だったんだな ホモ的に…言い方悪いな、相手のことちゃんと想ってたんだな 272 :よろしくおあがり名無しさん まじかー悪いことじゃないのになんかショック 273 :よろしくおあがり名無しさん 分かるwみんなニートだったのなww 274 :よろしくおあがり名無しさん なんとなく末弟の言葉の端々に入る過去形が気になってたんだ そういうことだったんだなぁ 275 :よろしくおあがり末弟さん そういうことw 兄弟揃ってたころはプライベートなんて全くなかったから、みんないなくなれー!って思ってたのに いざいなくなってみると毎日静かだしなんか落ち着かないんだよね 今日だって無駄に撮ってたスマホの写真見てたら、いろいろ思い出しちゃって眠れなくなっちゃって こうなったらスレ立てて吐き出そうって思ったんだよw 276 :よろしくおあがり名無しさん 末弟… 277 :よろしくおあがり名無しさん 末弟の書き込み読んでても騒がしさすごく伝わってきたもん 二人になっちゃったらそりゃ静かに感じちゃうな 278 :よろしくおあがり名無しさん 大丈夫か?俺が抱きしめてやろうか? 279 :よろしくおあがり名無しさん おいw 280 :よろしくおあがり名無しさん >>278 ふざけんなww 281 :よろしくおあがり名無しさん 末弟泣くなー 282 :よろしくおあがり名無しさん 俺たちと五男がついてるぞ! 283 :よろしくおあがり末弟さん みんなありがとうw 書き込んでたら、もう兄さんたちの思い出がありすぎてどうしようって思ったw みんなには言えないひどい話とか僕だけの思い出もいっぱいあってさ、もうほんとイヤになるよね 次男兄さんが料理始めたり、三男兄さんが僕に「ごめんね」って言ったのって出てっちゃうからだったんだーって、書き込みながら気づいたんだよ 普段ほんと何も考えてなかった 僕たち六人ずっと一緒なんだって思ってた なんで付き合ってるって僕に言ってくれないんだろう 僕信用されてないのかな 五男兄さんもあの人と結婚して出てっちゃったらどうしよう 僕一人になっちゃったらどうしよう みんなのブラコン話ばっかり書いてたけど僕が一番ブラコンだった 寂しい 284 :よろしくおあがり名無しさん あかん 285 :よろしくおあがり名無しさん お前夜中に泣かせるなよ 286 :よろしくおあがり名無しさん 末弟なに言ってんだよ 兄ちゃんたちはお前を見捨てたわけじゃないだろ 287 :よろしくおあがり名無しさん お前ら全員ブラコンなんだろ お前は兄ちゃんたちが大好き 兄ちゃんたちもお前が大好き 間違いないよ 288 :よろしくおあがり名無しさん みんな兄弟とめちゃくちゃ楽しそうにはしゃいで馬鹿やってんじゃん 俺らからしたらあり得ないくらい仲良しなんだぞお前ら! みんながみんな大好きだからだろ! 289 :よろしくおあがり名無しさん 兄ちゃんたちがホモかどうかはお前が聞け! お前らしく「兄さんたちホモなんだよねwwww」って聞けばいいんだよ 言いづらかっただけだって 290 :よろしくおあがり名無しさん イチャイチャしてんの超ムカついてたんだよ!って言ってやれww 291 :よろしくおあがり名無しさん 兄ちゃんち襲撃してバカップル共の生活ぶっ壊してこいwww 292 :よろしくおあがり名無しさん >>291 それをここに晒してくれたら最高www 293 :よろしくおあがり名無しさん お前ら必死かw分かるけどwww 末弟元気出せー夜だから寂しさ増幅しちゃったんだな 兄弟のことそれだけ大事に思えるって素敵だぞ 大切な気持ちだから、末弟はそのままでいいよ 294 :よろしくおあがり名無しさん 末弟一人には絶対ならないから大丈夫だよ! 兄ちゃんたちがそんなことさせないよ! 295 :よろしくおあがり末弟さん みんな僕のことどうしたいのw泣けるし笑えるんだけどww すっごい元気出たwww 今ね、五男兄さん起きたんだ すごく心配してくれてすごく甘やかしてくれてる 明日二人であのホモたちのとこに行ってくるね いっぱい文句言って色々きちんと聞いて、ちゃんと幸せにしてんのか確かめてくるよ あと僕、絶対かわいい彼女作って一番のリア充になってやるって決めた みんな応援してね 今日は本当にありがとうございました 五男兄さんに甘えてくる! 296 :よろしくおあがり名無しさん お~末弟元気出てる~ww 297 :よろしくおあがり名無しさん やっぱ俺らの言葉より本物のお兄ちゃんだなw 298 :よろしくおあがり名無しさん いや、俺らの言葉も届いてたと思うぞ 299 :よろしくおあがり名無しさん だなw 300 :よろしくおあがり名無しさん 末弟と兄たちに幸あれ! おわり!
末っ子が深夜にふとスレ立てしたようです。<br />※メイン「おそチョロ」「一カラ」ちょこっとだけ「十カノ」要素あります<br /><br />--<br />閲覧・評価・ブクマ等ありがとうございます。<br />タグ嬉しいけど、笑って読んでやってくださいっす(ง ゚∀。)۶
兄たちとの日常を淡々と語っていく
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「うー、寒い寒い…」 そう呟きながら、ラボのドアを開けようとして、ふと『例の物』の存在を思い出す。 「おっと、いかんいかん。バチッとするのだけは勘弁願いたいからな」 別に『機関』の罠というわけではない。今回の敵は、冬の厄介な風物詩――静電気である。 慎重に慎重を重ね、ドアノブに手を掛ける。バチッとしなかったのでホッとする。 まあ、安心した理由は実はそれだけでは無いのだが。 中に入ると、既に我が助手がコタツでぬくぬくと暖を取っていた。 俺の様子に気づくや否や、眉間に皺を寄せ、明らかに不機嫌そうな顔をしている。 「あんたまた白衣にマフラーだけで来たの?ホンット懲りないわね。真冬だってのに正気か疑うわ。見てるこっちが寒くなるくらいよ」 「いやいや助手よ、この俺、鳳凰院凶真は元々正気では無い。狂気のマッドサイエンティストなのだ!そして白衣とは、我が魂のユニフォームである!その上からコートを羽織るなど、まったくもって無粋というものなのだ!フゥーハハハ!」 「はいはい厨二病乙。それと何度も言うけど、私は助手じゃない。ほら、岡部も早くこっち来なさい」 そう言って紅莉栖は、俺をコタツの方に促す。 「そういえば岡部、頼んでた物、持って来てくれた?」 「ああ、ちゃんとここにある」 ラボに来る前に、紅莉栖にみかんとドクペを持って来るよう頼まれていた。こういう時は実家が青果店である自分は役得だな、なんてことを思う。 俺はそれらが入ったビニル袋をコタツの上に置き、『例の物』に手をかざす。 ん、この『例の物』が何か気になるって?仕方が無い。貴様らには特別に教えてやろう! これは未来ガジェット16号機、『バチッとぬくぬく君』である! これは見ての通り二つのデバイスからなっている。片方のデバイスで受け取った静電気を家電の使用に耐えうる形に変換し、それをコードを通してもう一方のデバイスに送り、その電力を以って発熱させるという代物である。なお、発熱する方には吸盤が取り付けてあり、これをテーブルの下に設置して布団を被せれば、簡易コタツの完成というわけだ。 そう、これはまさしく、静電気という天敵の駆除と、この季節に必要不可欠な暖を取るという目的を兼ね備えた、素晴らしいガジェットなのである! 問題点としては、あくまで静電気が動力源であるため、効果時間が非常に短いという事だ。 ちなみにこの名前は、例によってまゆり大先生が命名なされたものである。ご了承いただきたい。 「そろそろ私が来た時の分が切れそうだったから、ちょうど良かった」 そう言いつつ、紅莉栖はみかんをおいしそうに頬張っている。 「やっぱり冬はコタツにみかんよね」などとはしゃいでいるが、コイツはつい最近までずっとアメリカ暮らしではなかったか? まあ、紅莉栖が嬉しそうにしている様子が見れたので、この疑問は胸にしまっておく事にしよう。 「そういえば、クリスティーナはみかんの筋を取らずに食べるのだな。俺は感心したぞ」 「ティーナって言うな。そうね、この筋には食物繊維とかヘスペリジンが含まれていて、血中の中性脂肪の値を下げたり、毛細血管の血行を良くするなどの効果があるの。健康に良いとなったら食べないわけにはいかないでしょ?」 正直な話、そこまでは知らなかった。ただ、体に良いからという理由だけで親に勧められていた気がする。青果店の息子の面目が丸つぶれである。 まあ、いちいち気にしてもしょうがないので、俺もみかんを食べる事にする。うん、うまい。実に良い仕事をしている。 しばらくの間、二人で黙々とみかんを食べたり、時折他愛も無い会話をしたりした。 俺は紅莉栖がいない時にラボであった出来事を、紅莉栖はアメリカでどう過ごしていたかを話した。 紅莉栖が向こうでも生き生きと暮らしているのを聞くと、俺も何か元気を貰えた気がして、少し顔がほころんでしまう。 俺はつくづく、この少女の事が好きなんだなと再確認する。 「岡部、ニヤけてるぞ~」 マズい、バレてしまった…。おい!「可愛いヤツめ、この!」とか言いながら、俺のほっぺたをツンツンするな! こうなってしまったら、俺も自爆覚悟で反撃するしかない。死なばもろともである。 「ふぇっ?」 紅莉栖の頭を撫でてやった。コイツにはこれが一番良く効く。耳まで真っ赤になっている。相手は死ぬ。無論自分も死ぬ。 一通りワシャワシャしたところで、紅莉栖はおとなしくなった。 自分の頭にも血液がどんどん流れていって、顔が火照っている気がする。そのせいで足元が寒く感じる。 (ん?足元が寒く?) どうやら紅莉栖も気づいたようだ。肩が震え始めている。 「ちょ、ちょっと、もう切れちゃったの?岡部、早くコンセントに繋いできて」 「おいおい、クリスティーナ!このタコ足配線に更に付け足す気か?そもそも電気代だって馬鹿にならないのだぞ!」 紅莉栖の言う通り、一応『バチッとぬくぬく君』はコンセントに繋ぐ事もできるのだが、そんなラボの電気事情のせいで、現在それは不可能である。ラボは慢性的な財政難であり、万一火事になってしまっては元も子もないのだ。 「そ、そう…じゃあ、しょうがないわね…ほら、こ、こっちに来なさいよ」 そう言うと、紅莉栖はもじもじし始めた。顔が真っ赤になっている。これは、もしや… 「ほら岡部、早く来なさいよ!体冷やさないように、誰かが来るまでこの中で一緒に待つしかないでしょ。べ、別に岡部とくっつきたいからとか、そういうんじゃないんだからなっ!」 はい、予想通り紅莉栖さんは自爆なされましたー!自分は死ぬ。そしてもちろん俺も死ぬ。ま、まさか『機関』の精神攻撃がこれ程のものとは…敵ながら賞賛に値するな! しかし、二人とも風邪をひいてしまっては、ラボの運営に重大な支障が出てしまうのもまた事実。 ええい、こうなっては仕方あるまい! 完全に冷え切ってしまったコタツの中で、二人で寄り添うように座る。 「なんか…まだ、寒いな」 紅莉栖がそう言うので、右腕を伸ばし彼女の右肩を抱いてやると、頭をこちらの肩に預けてきた。 ふわっと、柑橘系の良い匂いがする。それがみかんを食べたせいでないのは明らかだった。 「これで、大丈夫か?」 紅莉栖はコクリと頷くと、上目遣いでこちらを見てくる。二つの視線が交差する。俺も紅莉栖も、もう我慢の限界だった。 「…おかべ」 お互いの顔が徐々に近づき、唇が触れようというところで―― ――ガチャ (ガチャ?) 「オカリン、クリスちゃん、トゥットゥルー♪」 「ああもう、外寒すぎだろ常考。って、二人とも何してるん?」 「ふぇっ?」 紅莉栖の顔が今日一番かというくらいに紅くなる。 そして何でもないと言わんばかりに、俺はものすごい勢いで突き飛ばされてしまった。 「ななな、なんて事してんのよ、岡部!」 「のわぁー!そっちこそ何故いきなり突き飛ばすのだ!」 「いい、いいから、あっち行って!ほら、橋田、早くこれに静電気をちょうだい」 紅莉栖は、慌てた様子で『バチッとぬくぬく君』を近くにいたダルに差し出す。 「牧瀬氏牧瀬氏、その『ちょうだい』ってところ、もう一度お願いします。できれば恥ずかしそうに上目遣いで言ってもらえると、私共の業界では…」 「もう、このHENTAIがっ!いいわ、まゆり、お願いできるかしら」 「んー、まゆしぃはね、これが無い方がオカリンとクリスちゃんが仲良しになれて、良いと思うのです」 「ふぇっ?」 まゆりは差し出された『バチッとぬくぬく君』を見て、ニヤニヤしながらそう言った。 「あああ、どうしてこうなった!どうしてこうなった!」 その後の紅莉栖の行動は、もはや取り乱しているなんてレベルではなかった。 うーぱクッションをソファに何回も打ち付けたかと思えば、今はコタツの周りをぐるぐる歩き回っている。 「あ、壁殴り代行の方ですか?はい、いつもの90分コースでお願いします」 かたやダルはというと、固有結界許すまじと言わんばかりだ。 まゆりはさっきからずっとニヤニヤしっ放しである。 今日のラボもいつも通り賑やかなようだ。 なお、お預けを食らって少し残念に思っているのは、ここの三人には秘密である。
皆様、はじめまして!<br />シュタゲSS読んでたらいろいろと妄想が浮かんできたので、自分も何か書いてみようかなと思い、駄文ではありますが書いてみました。新作ガジェットのアイデアを思いついてからは、後は勢いでどうにかなれーってな感じでしたがw<br />実際書いてみて、改めて他の書き手さんのすごさが分かりました。どんどん参考にしていければいいなって思います。<br />では、ベタなオカクリですが、楽しんで頂ければこちらとしても幸いです。<br />【追記】ぎゃあー、コメントついてるぅー!こんな文章にコメントやら評価やら残してもらえて、もう感謝感激です!これを励みに、これからも細々と書いていけたらと思います!まあ、次がいつになるか分からないですがw<br />【追追記】小説ルーキーランキング 21 位…だと…!?しかも、10users入りとかwもう、感謝してもしきれません!
帯電熱源のキューピッド
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「結衣、朝の校門のあれ、なんだったん?」 「うん、あのね。城廻めぐり先輩、っていって、あたしたちも文化祭のときお世話になった人なんだけどさ、今度、生徒会長に立候補したんだ~」 「ほら、優美子。あの怖い人を一人で連れまわした人だよ。私たちも結衣に言われて探したでしょ?」  由比ヶ浜結衣はまず、身内の票固めに入る。この様子であればまず、友人の二票は固い。 「そうか、あの人が城廻先輩か・・・あのとき、勇気を持って立ち向かっていった様子からすると、確かに、学校を代表する生徒会長にふさわしいかもしれないな」  明るく調子をあわせたのは葉山隼人。同じく、城廻の勇姿をみていた戸部翔もうんうん、とうなづいた。目ざとい大岡も、ひとまずその流れに乗る様子だ。 「ふ~ん。そんなすごい人なんだ。なら、あーしもその人でいいし。隼人たちもいいでしょ?」 三浦優美子は女王の風格たっぷりで男子三人にも協力を促す。 「う~ん、それがね・・・」 「優美子、それがけっこう難しいっしょ」 「あん!?」  三浦の一睨みにビビった戸部にかわり、葉山が説明に入る。 「実は、その城廻先輩の対立候補というのが、サッカー部の部長なんだ。当然、俺たちは協力を言い渡されていてね・・・」 「ああ、野球部にも回ってきたよ。運動部全般に協力求めてるみたいでさ。よく知らない人だけと、すっげーモテて人望ある人だから問題ない、って」  葉山の話に、大岡が調子よく話をあわせる。が、大岡ら別の運動部にもお触れが回っているというのは、由比ヶ浜にとってあまりよくないニュースだった。 「優美子、仕方ないよ。運動部ってそういう縦の関係厳しいしさ。ところで、サッカー部の部長って坂上って人だよね?ほら優美子、覚えてない?まえ、校門のところで結衣の部活終わり待ってたらしつこく声かけてきた人だよ」  大岡の風説に対抗すべく、海老名姫菜が流れを盛り返しに動く。運動部の縦社会を容認するような発言をしつつ、さりげなく相手の人格攻撃をはさんで三浦を焚き付けた。 「あー、あのナルっぽい先輩か、思い出した。てか、ハチの1億分の1の魅力もない男だったし。隼人、あんなんの言いなりになるん?」 「優美子や姫菜の言いたいこともわかるし、俺自身も決していい噂がないことは聞いている。ただ・・・戸部はともかく、俺は簡単に城廻先輩を応援する、というわけにはいかない事情があってね」  夏休み前の葉山ならば、三浦の厳しい視線を浴びたところでなあなあに処理すべく誤魔化しに入るところだったが、彼自身にも思うところがあるのか、はっきりと自分の意思を表明した。これには三浦はもちろん、海老名も少し、驚いていた。 「で?その事情ってなんだし?」 三浦もひとまず、葉山の話を最後まで聞く姿勢をとる。 「実は、選挙当日の応援演説を頼まれているんだよ。一年生の票を固めよう、という作戦だろうね。結衣たちが朝やっていた活動は考えていないようだったけど、もしかしたら、今日の動きをみて俺たちが駆り出される可能性もある」  いくら心情的に城廻を応援したいと考えていても、そこまで直接的な活動を頼まれている部活の先輩を差し置いてまで動くことはできない。また、見かけ上は坂上を応援しつつ裏で城廻を応援、というのはさすがに道義に悖るというのが葉山の考えだった。 「ふーん、わかったし。なら、隼人と戸部はそのナルオ応援してれば?結衣、あーしと姫菜はあんたの味方だから。だらしない男どもに負けないよう、気合入れていくよっ!」  三浦は厳しい言い方をしているが、葉山の言い分に一定の理解を示していた。その上で好戦的な血が騒ぐのか、どこかワクワクしたような雰囲気を醸し出す。 「うんっ!優美子、姫菜、よろしくねっ!!」  由比ヶ浜は、この時点で坂上に関する情報収集が難しいことを悟り、ひとまず心強い友人二人に改めて援軍を正式依頼した。 「(ここは隼人君の味方して友情アピるべきか・・・それとも、優美子たちに付いて話せる男、って感じを出すべきなのか・・・いや、まずは情勢を見て有利な方に・・・)」  風見鶏属性を持つ大岡は話が進む中でもどちらについたほうが得かを決めあぐねていたが、すでに三浦の眼中はもちろん、葉山の眼中にすらも入っていなかった。 [newpage] 「と、いうことで、隼人君たちに話は聞けませんでした、ごめんっ!」  その日の放課後。  雪ノ下と八幡に経緯を説明した由比ヶ浜は、そのまま両手をあわせて二人に謝った。が、一応援軍として三浦、海老名が味方についたことも報告している。 「なるほど。そりゃ仕方ないな。それに・・・俺が思うに、その坂上ってのが立候補した理由な、おそらくそれほどの秘密事項じゃないだろう」  前日の会議において、坂上立候補の理由を城廻めぐりが知っているだろうことをきっちり見抜いていた八幡は、対立候補に知られる程度の情報、ということでさほど秘匿性が保たれていないと踏んでいた。 「・・・それについてはあなたに任せるわ。それに、由比ヶ浜さんの情報からいろいろなことがわかったわね。少なくとも相手の男は、運動部の後輩を使って票固めに動いている、ということ。ついでに言えば、縦関係を利用してうまく使っているつもりでしょうが実際の人望は大して高くない、ということね」  由比ヶ浜は葉山の発言をたどたどしく、かつぼやかし気味で伝えていたが、それでも雪ノ下にはニュアンスがしっかり伝わったようだ。 「つまり、切り崩しは容易ってことか」 「その理解でいいのではないかしら。もっとも、そこまで行うのは最終局面ね。まずはその情報収集だけれど、どうするつもり、比企谷くん?」  雪ノ下の言う通り、相手の固めた票を切り崩すなら、巻き返しがきかない最終局面が最も適切となる。加えて、その人望のなさと適当な選挙活動からすると、現時点で固まっている城廻票を逆に切り崩される可能性はほとんどない、と見ていい。 「餅は餅屋、だな。ちょいと人を呼ぼう。由比ヶ浜、おまえはすぐに三浦と海老名を呼んでくれ」 言うと、八幡は自分のスマホをいじってどこぞにメールを打つ。  ちなみに三浦と海老名は、今日中に奉仕部から協力を呼びかけられる可能性を踏まえて教室で待機していた。もちろん、この手の読みを働かせているのは海老名の方だ。  数分後。 「白狼どのっ!我をお呼びでしょうか!?」  さらに。 「ユイ~きたし。ハチ、それと雪ノ下さん・・・こんにちは」 「はろはろ~」  そして。 「八幡、遅くなってごめんね?まだテニス部の練習中だったから」  こうして材木座、三浦、海老名、戸塚という召還された四人が顔を揃えた。 「呼び出して悪いな。早速だが、皆に頼みたいことがある」  八幡はまず、全く事情を知らない材木座と戸塚に城廻の立候補について説明。テニス部の戸塚には、やはり坂上支持のお達しがでていたようだったが『八幡が推薦するくらいの先輩だもん。きっと、その人のほうがいいに決まってるよ』とあっさり寝返った。 「それでだ。まず海老名と材木座。おまえら、ちょいと調べてきてほしい情報がある」 「・・・坂上先輩の立候補した理由とその背景、ってとこかな?」  おおよその流れを汲んでいた海老名は、八幡が切り出す前に即応する。これには、同じく名指しされた材木座が『ぐぬぬ・・・』と悔しがる。  ちなみに、八幡は文化祭の一件から材木座の情報収集力には一目置いていた。同様に海老名を指名したのは、由比ヶ浜経由で『あのとき、城廻と片桐の位置を特定したのは海老名姫菜』ということを聞いていたためだ。 「そうだ。俺の感触ではあるが、碌でもない理由であるにも関わらず、あまり秘匿性は保たれていないらしい。その手の情報収集に強そうなおまえらなら、おそらく簡単にヒットできるだろう」 「・・・そこまで言ってもらえるなら、期待に応えちゃおうかな。ま、わたし一人で大丈夫だと思うけど・・・ざ、ざ、ザザ虫くん、だっけ?キミはどうする?」 「デュフ、デュフフ、笑わせるわ、腐女子ふぜいが。情報とはいわば、闘いの生命線。うぬが如き腐った甘エビに、そのような大役を・・・あ、ごめんなさい」  芝居がかって海老名に応じた材木座だったが、海老名を馬鹿にしたような言動に反応した三浦優美子の鋭い視線に怯んだのか、あっけなく素にもどって詫びを入れた。 「それでぼくは、八幡?」 「戸塚は運動部だからな。表立って反逆するといろいろまずい。が、俺たちの中ではもっとも生の情報が入ってきやすい立場だ。おまえのような純粋な奴に頼むのは気が引けるが、何か新しい情報や指示が降りてきたら俺たちに教えてくれ」 「うん、わかったよ!なんだかワクワクするね、スパイみたいで」  みたいどころかスパイそのものだったが、八幡に頼られたことが余程嬉しいのか、戸塚は『よ~し、ぼくがんばるっ』とやる気を漲らせた。 「三浦はもちろん、票固め別動隊の中心だ。おまえはこの中でも断トツで顔がきくからな。基本、由比ヶ浜は城廻先輩についてもらうことになるから、海老名と一緒に一年生の非運動部系を対象にした票固めに動いて欲しい。細かいところは雪ノ下が随時まとめてくんでリストを受け取ってくれ。当面、海老名は調査に当たってもらうから、ひとまずは由比ヶ浜とペアだな。海老名が調査終わらせたら海老名とペアだ」 「わかったよ、ハチ!結衣、話すのはあーしに任せな!姫菜は早くそれ終わらせるし!」  頼みごとの中に自分への高評価まで混ぜてもらった三浦も、戸塚に負けじと上機嫌だ。実際、彼女の顔と押しの強さはかなりの戦力と言える。 「じゃあ選挙対策本部長、締めの言葉を頼む」 最後に、ここまで八幡の割り振りを感心するような目でみていた雪ノ下に振る。 「・・・ええ。当面は情報収集と草の根活動が中心になるわ。地味な戦いだけれど、こうした地道な運動こそが勝利への近道なの。ここで勝負を決められれば、最終局面で策を弄する必要もなくなるわ。みなさん、よろしくお願いします!」  城廻めぐり選挙対策本部長・雪ノ下雪乃の熱のこもった呼びかけに、集まったメンバーもまた、力強く頷いた。 [newpage] 「一番大きいのは、推薦ねらいの内申点。どうも、成績がいまいちみたいで、サッカー部部長に就任したのもそういう経緯があったみたい。実際には副部長に仕切りは任せっぱなしで、だから生徒会長との二足の草鞋をはける、と思ってるみたいだよ。副部長との熱い関係については・・・愚腐腐腐」 「デュフ。我の集めた話も大体同じだが、加えて『女にモテたい』というのもかなり強いらしいですぞ。特に最近は、白狼殿、そして葉山某というスターが一年生に現れたことで、その男に憧れる女子が極端に減ったとか。葉山某に選挙応援を手伝わせているのも、その人気者に命令できる自分、というのをアピールする狙いがあるようですな」 「うん、それは私も聞いた。坂上先輩、入学した当初はそれなりにルックスも良くてさわやかな印象だからモテたらしいんだけど、いろいろな女の子にちょっかい出してるうちに悪い噂が広がっちゃって、むしろ最近は同学年の女子から嫌われてるみたいね。一年生にはそこまで広まってないけど・・・ザザ虫くんが言ったように、比企谷くんとか、隼人くんみたいな目立つ人がいるからね。その先輩には誰も目を向けてない、って話。だからあるいは、男の子の方に目が向いてるって噂も・・・」  競うように報告合戦を繰り広げる海老名姫菜と材木座義輝の活躍により、雪ノ下と八幡はおおよその状況を掴めた。ちなみに由比ヶ浜は、部活のない生徒の下校時刻ということで城廻とともに校門前での挨拶運動に協力している。 「おう、よくわかったぞ。ありがとうな、二人とも。よし、海老名は予定通り、明日からは三浦とともに一年生の票固めに動いてくれ。材木座は引き続き、一般生徒の噂レベルの情報収集に当たってほしい」 「わかったよ、比企谷くん」 「承知しました、白狼殿!」  二人は再びバチバチと視線を合わせると、互いにフン、と顔を背けて部室を後にした。 「さて。どうする、雪ノ下?」 「そうね。予想どおりのロクデナシ、といったところかしら。およそ生徒会長の器とは思えないわ。ただ・・・運動部の団結は思ったよりかたいわね」  これは、情報屋二人の報告より前に戸塚から寄せられた情報だ。強い縦関係ということもあるが、どうも予算やグラウンド使用面積などをネタにサッカー部以外の運動部票を強烈に固めているらしい。こうなると、切り崩しは容易ではない。 「つまり、サッカー部の部費やグラウンドを切り売りする、ってことだよな。部長としてもしょうもないな、そいつは」 「さあ?それもあっさり反故にするつもりなのかもしれないわ。だけど・・・ごめんなさい、私はそういったマイナスの情報を流布して戦局を有利に運ぼう、とは思えないの」 「・・・・・・」  おそらく雪ノ下陽乃であれば、これだけ『おいしい』情報をみすみす見逃しはしない。あらゆる手で噂を広め、なんなら尾ひれまでつけて破滅に追い込むだろう。  が、雪ノ下雪乃はそれをしない。そんなことをしなくとも、城廻めぐりの魅力が伝われば、そんなくだらない男に負けるはずがない、と考えている。    八幡の場合、噂の流布というより事実を広めるだけなのだから戦術的に何ら問題はない、正当なネガティブキャンペーンと割り切ることもできる。一方、雪ノ下雪乃が、そして誰あろう城廻めぐりがその手段に納得しないだろうことも理解していた。 「雪ノ下、この情報はあくまで、俺たちが敵を知り、士気を高めるために仕入れたもんだ。相手を闘う前に破滅させるためのもんじゃねえ。城廻先輩が、こんなくだらん野郎に負けるはずがねえんだ。つまらんことを気にするな」 「・・・ありがとう。いえ、お礼を言うのもおかしいわね。そうよ、比企谷くん。私たちは正々堂々と、この卑劣な男を打ち破りましょう!」  自分が抱えていたジレンマを振り払ったことで、雪ノ下雪乃は改めて、力強く勝利に向けて宣言した。 「とはいえ、だ。その固められた運動部票およびその周辺票に負けない浮動票を取り込む必要があるのは事実だ。ズバリ、おまえの考えを聞いておきたいところだが」  雪ノ下雪乃は一度深呼吸をしてから決意したように八幡の目をまっすぐに見つめ、ゆっくりと話し出す。 「比企谷くん。あなた、投票当日の応援演説にたってもらえないかしら。私が、ということも考えたのだけれど、あなたは・・・あなたの言葉には、理屈では説明できない説得力があるわ。さすがに、二枠いずれも一年生で潰してしまうのは問題でしょうから、奉仕部代表として、あなたにお願いしたいの。任せてもいいかしら?」  雪ノ下の提案は、八幡からすれば予想外のものだった。相手が一枠を葉山に任せている時点で、こちらも一年生が枠を使う必要性は早期から考えていた。    しかし、順当に考えればそれは、学年主席の才女にして学年一の美少女・雪ノ下雪乃が務めるべき。まして彼女は、奉仕部部長であり選挙対策本部を立ち上げた本部長だ。  その晴れの舞台に、雪ノ下自らが八幡を指名してきた。彼女自身、自分で応援演説の場に立ちたい、という気持ちは強く持っていたはず。にもかかわらず、知名度はともかく恐怖の対象としても有名な比企谷八幡に任せようというのだ。  となれば、この漢の答えなど決まっている。 「任せろ。俺がやる」  雪ノ下雪乃から全幅の信頼を寄せられてなお、ウダウダと文句を言う漢ではない。まっすぐに見つめてくる彼女の目を正面から見据え、八幡は力強く、提案を引き受けた。
どうも、第36話です。<br />「めぐりあい編」後半第二話になります。<br /><br />わらわらと人物が登場しますが、<br />なにげにめぐりんが出てきません(笑)<br /><br />そういえば、ようやく録画していた<br />「俺ガイル」一期アニメを見直せたんですが、<br />テニス編の葉山くんと三浦さんはムカつきますね~、改めて(苦笑)<br />さがみんはもはや言うことなしのレベル・・・。<br />そして、やはり「ユキトキ」を聞いてしまうと、<br />つい、ゆきのんの味方をしてしまいたくなる今日この頃です。。。<br /><br />明日は土曜なのでまた午後の早い時間に投下します。<br /><br />それでは、スタート。
千葉最強喧嘩士高校生編㊱ 情報制するものは選挙戦を制す?
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膝丸は己の内とも言える暗闇の中で膝を抱え蹲っていた。 酷い扱いを受けていた所に兄を手にかけた事で、完全に弱ってしまったのだ。 このまま消えてしまいたいと思う程に。 元主を■した事も、仲間を■した事も後悔はない。 ただ己も還ってしまいたかった。 いったい幾日経ったのか。 ふと膝丸は己の背後に何者かの気配を感じる。 それは何をするでもなくただ己の背後に居る。 寄り添う訳ではない。側に居るだけなのだ。 不思議と鬱陶しいとは思わず、それを許容する己に少しばかり驚く。 だが、今の自分には関係がない。 そう膝丸は顔を俯かせた。 また幾日か経ち、俯く事にも飽いた頃。 あの時からずっと感じている気配に軽く寄りかかてみる。 それは仄かに暖かく、久しく感じていなかった何かを思わせた。 自分が寄りかかっても揺らぐ事のないそれに安堵を覚えた膝丸は、久方ぶりに眠るという行動をとる。 もっとも、この空間でそうする事を「眠る」というのかは分からないが。 それでも膝丸は己から意識を落とす事が出来たのだ。 今までは後悔の念で目を閉じる事も出来なかったというのに。 それほどまでに、熱は心地よかった。 また幾日か経ち、座っている事に飽いた頃。 膝丸はずっと感じていた気配と熱に力づけられるように立ち上がる。 長く使っていない足は自分のものではないように言う事を聞かない。 いいや、足のせいにしてはあまりにも卑怯。 心の弱さ故にまだ自分は動けない。 膝丸は情けなさと悔しさに奥歯を噛む。 ただ、背後の『彼』はそんな己の事も受け入れているかのように感じた。 また幾日か経ち、立ち止まっている事に飽いた頃。 もはや『主』を待たせはすまい。 口を出さず、手を出さず、ただ待つ事は相当な忍耐力を必要とした筈だ。 決して押し付ける事のない深い慈愛の心に応えぬ自分など、生憎と膝丸は持ち合わせていない。 そうして振り向いて感じたのは眩い光。 一気に視界が開け様々な色が目に飛び込んでくる。 次に感じたのは清浄な空気に良い香りを運ぶ風。 ふわりと舞い散る桜の花弁が美しい。 半ば呆然としながら今まで自分が居た場所から外へと出ると、丁度主が鳥居を潜る所であった。 臆する事なく堂々と神の道を歩く主の姿に見惚れ、自然と膝丸は足を折る。 そうとも、この主に使われるならば、例え妖(あやかし)であろうと斬ってみせる。 - - - - - - - - ある日、膝丸は演練場でやけに主に馴れ馴れしく話しかけてくる女を見る。 旧知の仲かと思ったがどうもそうは思えない。 周りの仲間達は主が何も言わない為に何も言わない。 そんな中、新参者である自分が何かを言える筈もなかった。 「この子、あの時の膝丸ですよね!わー、元気だった?」 不意にその女に近づかれ膝丸の眉間に皺が寄る。 と、触れられた瞬間、『自分ではない自分』の姿が頭の中を駆け巡り反射的に女の手を払いのけた。 「きゃあ!何するの!!?」 非力な女にする事ではないと理解しているが、目の前の女は『よくないもの』だ。 特に、自分にとっては。 「その穢れた手で触るな。あんたには何も救えはしない」 「な…何でそんな酷い事言うの?山伏なら…!」 「すまぬ、許してくれとは決して言わん。拙僧はもう主殿を選んだのだ」 泣きそうに顔を歪める女は助けを求めるように山伏国広に目を向けるが、酷く悲し気な顔をして山伏国広は首を横に振る。 「何よそれ…刀剣乗っ取りじゃない!嘘って言ってよ!!」 とうの昔に見切りをつけられている事を理解出来ない彼女は山伏国広に喰ってかかろうと手を伸ばす。 覚悟を決めた顔をした山伏国広に向けられた手を遮ったのは、一つの煙管であった。 「俺の…」 落とされたのはたった一言。 だというのに、水面に広がる波紋のように彼を中心にして喧騒が消えていく。 「愛しい刀に触れるな」 フロアに氷のような声はよく響いた。 遠くで耳に聞こえた者でさえ背筋に冷たいものが走ったというのに、近くで聞いてしまった者の恐怖はいかほどか。 全く動けなくなってしまった女を一瞥もせず、彼は踵を返す。 「帰るぞ」 端的に命を出し、止まり木と呼ばれる審神者と彼の刀剣達は己の本丸へと帰っていった。
前作、前々作への沢山の閲覧、スタンプ、コメントなどなどありがとうございます!<br />コメントで頂いた通り何一つ望みが叶う事もなく、あまりにも膝丸に救いがないな、と思ったので「もし止まり木で休めたら?」のIF話です。<br />主人公視点はありません。場面ぶつ切りです。
目指せ(個人的には)円満退職!番外編4 IF
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true
「…?」 暦の上では春とは言え、まだまだ朝晩はだいぶ冷え込んでいる。 そんな皇紀○○年3月のある日。 横須賀鎮守府第1司令部の居住区棟の一室。 この日の朝も、天ヶ崎隼人が温かい布団の国で夢見心地にまどろんでいると、突然感じたひんやりとした空気にぶるりと震えた。 かぶって寝ていた掛け布団を誰かがはがしたようだ。 それでも、普段から寝起きの悪い隼人はその程度で起きることは無い。 そんな彼に、掛け布団をはがした犯人がゆっくり、そっと覆いかぶさっていく。 「ん…?」 隼人は、柔らかく甘い香りと吐息。さらに唇に触れるしっとりとした感触で目が覚めた。 まだ寝ぼけた頭のままで目を開けると、知らない間に掛け布団がはがされていて、代わりにほんのり温かくて柔らかな心地よい重さを感じる。 セーラー服姿の小柄な少女が隼人に覆いかぶさっていた。 唇に触れていたのは、少女の可憐な唇だったようだ。 「あ、起きた?隼人さん。今日もお目覚めのキスよ?」 少女はにっこり笑うと、またもう一度唇を重ねてくる。 「んっ…」 そして、今度は唇が触れ合うだけにとどまらず、積極的に隼人の唇を割って舌を差し込んでくる。 「んっ…んぅっ…んっ…」 まだ慣れていない、おずおずとしたつたない動きだったけれど、彼女なりの一生懸命さが感じられる。 もちろん隼人もされるがままではない。 舌を吸い上げて反撃し、お互いの唾液をたっぷりと交換する。 「んっ…んんんっ…んっ…」 唇を重ね、舌を絡ませたまま、首にすがりついてくる小柄な少女の身体をぎゅっと抱きしめる。 お互いの体温を感じ合いながら、どれくらいそのままでいただろうか。 「ぷぁ…」 「朝のお目覚めのキス」にしては、明らかに深すぎるキスを交わしていた少女がようやく身体を離すと、お互いの唇に銀色の橋がつうっとかかっていた。 今朝、隼人を起こしに来たのは栗色のボブヘアと大きな瞳が印象的な美少女。 わずかに口元に八重歯が見えるけれど、それも彼女の可愛らしさを少しも損なっていない。 発育途上の身体を包むセーラー服と丈の短いプリーツスカートと、ニーソックスの絶対領域が眩しい。 暁型駆逐艦娘の[[rb:雷 > いかづち]]だった。 [newpage] そんな彼女に隼人は笑顔で挨拶する。 「雷、おはよう」 普通ならさすがに驚いたり、慌てふためきそうなこんな起こされ方をしても、こうして平然と笑顔で挨拶できる隼人はさすがとしか言いようがない。 隼人が優しい笑顔で挨拶すると、少女はぱあっと嬉しそうに顔を綻ばせる。 そして、天ヶ崎隼人という男はこれだけに留まらない。 「今日も起こしてくれてありがとうな? 朝から雷のカワイイ笑顔を見られたおかげで、今日もいい一日になりそうだよ。 それに、シャンプー変えたのか?雷に似合ってていい香りだね」 普通なら言葉にするだけで、あるいは耳にするだけで恥ずかしくて叫びだしそうなものだが、隼人は一切の照れもなく、心の底からこういうセリフを吐ける男なのだ。 [pixivimage:56272115] 雷も今日の秘書艦のために気合を入れて早起きして、シャワーを浴びて丹念に身ぎれいにしてきた。 もちろん、朝からこうして隼人に抱きつくためなのは言うまでもない。 その時「隼人さん気付いてくれるかな?」と淡い期待で暁が勧めてくれた新しいシャンプーとボディソープを使ってみたけれど。 決して鈍感ではない隼人さんは、今朝も期待以上の反応を示してくれた。 雷は、朝から嬉しすぎる隼人の言葉にかあっと頬を染めている。 自分から寝ている隼人にキス、それもディープキスと大胆な事をするくせに、面と向かって褒められると照れているようだ。 「えへへ…隼人さん、おはよう。じゃあいつもの…」 笑顔で挨拶した雷は、今度は唇に続いておでこを重ねてくる。 雷が秘書艦の朝は、隼人の健康チェックという名目でおでこをくっつけて熱を計るのが日課になっている。 それは天津風から、前に隼人が[[jumpuri:風邪で寝込んでしまった>http://www.pixiv.net/novel/show.php?id=5298659]]時にやってあげたという事を聞いて、それに対抗しているのは言うまでもない。 ぴとっとくっついたおでこと、目を閉じて隼人の体温を計っている雷のかわいらしい顔。 ほんの数センチで唇を奪える距離。 いつも一生懸命に自分に尽くそうとしてくれる雷を見ていると、本当に愛しいと思う。 [newpage] 「はい。隼人さん。今日も熱はないみたい。よかった」 雷がそっと身体を離すと、着替えをクローゼットから引っ張り出してくる。 「さ、着替えましょ?」 布団から起き上がった隼人の足元にかがむと靴下を履かされ、気付くとパジャマも脱がされてあっという間に着がえさせられていく。 「あのさ、いつも言ってるけど…」 嬉しそうに世話を焼く雷に、隼人が声をかける。 「どうしたの?」 きょとんと首を傾げる仕草も愛らしく、でもワイシャツのボタンを留める手は止めない雷。 「ここまでやってくれなくてもいいんだぞ?」 「ダメ。私が秘書艦の時は、隼人さんの身の回りのお世話は全部私がちゃんとしてあげるって決めてるの。 隼人さんのお世話は誰にも、もちろん暁にだって負けないんだから!はい。できたわ」 気が付けば、今朝も隼人は自分で指一本動かさないままで海軍の二種軍服に身を包んでいた。 「じゃあ、次は顔洗って髭剃りしましょ」 洗面台の前に連れて行かれた隼人が顔を洗うと、髭剃りは剃刀とシェービングムースで雷が剃る。 肌を剃刀が滑る時の感触が気持ちいい。 終わった後はローションを塗って、剃刀負けと肌荒れ防止。 最後にチェックと称した頬ずりは欠かせない。 隼人も最初は「髭剃りくらい自分でやる」と言ったけれど、雷はこう見えて一度言い出したら頑として聞かない頑固なところがあり、隼人ももう諦めている。 「隼人さんは身だしなみに気を付ければもっと素敵になるんだから」 そう言う雷に、隼人は冗談めかして言ってやる。 「いいのか?もっと素敵になっても。 そうなったら、また別の娘と仲良くなっちゃうかも…って!?」 その瞬間、剃刀は気持ちの良い美容用品から、頸動脈を切ることもできる凶器へと変わることを思い知らされた。 隼人の言葉に雷は機嫌を悪くしたけれど、それでも笑顔を見せてくれている。 「隼人さん、朝からそんな冗談は笑えないわよ?」 にっこり笑いながら剃刀を持っている雷。 でもその目はまったく笑っていなかった。 気のせいか、剃刀があごひげとは関係の無い首筋に当てられている気がする。 心の底から気のせいだと信じたい。 「待て待て待て、落ち着け、な?冗談だって」 軽い冗談のつもりがこんな展開になって、自分の身の安全のためにも必死になだめる隼人。 「…ほんと?」 「あぁ、本当だよ。オレは女の子にウソはつかないぞ」 「も、もぅ…そんな事ばっかり言って…」 「それに、オレにそこまでの魅力があるとも思えないし。 何より、雷みたいに今でも十分すぎるほどに俺には過ぎた娘がいるんだから、これ以上を望むのはバチが当たるさ」 「隼人さんは自分の魅力に気づいてないだけよ? 隼人さんがその気になったら、まだ2.3人は隼人さんの奪い合いに加わっちゃうと思うわ」 この雷の言葉は、後に現実のものになるのだけれど…それはまた別の話。 こうして隼人は小柄な雷が届くように、鏡の前に椅子に座らされてなすがままにされている。 もちろん、髭剃りの後、鏡の前で寝癖を直してあげるのも忘れない。 「はい、できた。うん。今日もいい感じね」 やがて身支度が整ったところで、次は雷は敷いていた布団をベランダに干していく。 今日はいい天気だから、隼人さんをお日様の匂いがする、ふかふかのお布団で寝かせてあげたい。 そしてそのお布団で、今夜はいっぱい可愛がって欲しい…なんて。 自分の妄想にかあっと頬を熱くしながらも、家事の手は止めないのがさすが雷らしかった。 [newpage] 手早く敷布団と掛布団を干し終わると、雷はセーラー服の上からエプロンを身に着け、朝食の仕上げにとりかかる。 セーラー服の制服にエプロンという組み合わせは、男子ならば誰もが夢見る恰好だ。 これは前に暁と一緒に、隼人さんの部屋に置いてあったグラビア雑誌で折り目のついていたページを見てのこと。 グラビアには、モデルの女の子が制服エプロン姿で「私も一緒に食べてね♡」なんてセリフが書いてあった。 そのモデルの子は、確かに雷から見ても魅力的な表情だった。 うぅ…こんな子よりわたしの方が絶対かわいいもん!!負けないんだからっ!! なんて妙な対抗心から、雷は(暁も)秘書艦の時は必ず制服の上にエプロンを着けてご飯の支度をするようにしている。 ちなみに、その時一緒に見た裸ワイシャツというチョイスも考えたけれど、さすがにそれはまだ恥ずかしすぎて一度もできていない。 でも、前に[[jumpuri:夕立ちゃん>http://www.pixiv.net/novel/show.php?id=4667973]]や[[jumpuri:天津風ちゃん>http://www.pixiv.net/novel/show.php?id=5623733]]が「隼人さんがすごく喜んでくれたの」と嬉しそうに話すのを聞くと、やっぱり自分も隼人さんに喜んでもらいたい。 何より、暁に先を越される前に。 最近の暁の積極性は侮れない。暁より先にやらなきゃ。 もっとも、小柄な雷では、制服にエプロン姿というサービスショットもまるで給食係みたいに見えてしまうのだけれど。 そんな事を考えながらぼんやりと隼人が待っていると、布団を片付けられた畳の上にちゃぶ台が出され、その上にできたての朝食が並べられていく。 こんな風にちょこまかと甲斐甲斐しく動き回る雷を見ていると、本当に可愛くて微笑ましい。 これが金剛や夕立など他の娘が相手なら絶対に隼人も手伝うところなのだけれど、雷が相手の場合はそうはしない。 雷は、とにかく隼人をお世話することに非常に強い喜びを感じるからだ。 だから今は、自分の世話を焼くのが嬉しくて仕方ないという様子の雷の邪魔はしない。 すべてを彼女に任せ切る。 余談だが、夕立や瑞鶴、天津風は隼人とふたりでキッチンに並んで一緒に料理して、食事の後も一緒に片づけや食器洗いをして…というのを喜ぶ傾向がある。 一方、金剛や大和、翔鶴に暁の場合、料理は自分が作るけれど、食器の準備や片付け、食器洗いやその他の事を隼人が手伝うと喜んでくれる。 そして熊野や雷は、すべて自分がやってあげたいと思っているので、隼人は一切手を出さず、すべてを任せて待つことにしている。 このように、相手によって対応を変える柔軟性も隼人の持つ特性のひとつ。 だからこそ、性格もタイプもそれぞれ異なる金剛、夕立、大和、熊野、翔鶴、瑞鶴、天津風、暁、雷と9人もの艦娘と身も心も、魂までも深く結ばれて愛情を一身に受けていられるのだろう。 [newpage] 「お待たせ。隼人さん。朝ご飯の支度できたわよ?」 今日の朝食は、朝はパンではなく必ずご飯という隼人の意向を反映して炊き立てのご飯に豆腐となめこのお味噌汁、はんぺんのバター炒めと焼き鮭という組み合わせだ。 お味噌汁のいい香りが食欲をそそる。 「雷、今日もありがとうな。とてもおいしそうだよ」 「えへへ…これくらい当然よ?」 隼人に褒められて、さらにテンションが上がる雷。 隼人は自分から進んで食べない焼き魚だけれど、別に食べられないほど嫌いという訳ではない。 もともと隼人は食べ物の好き嫌いもほとんどない(苦いのが嫌ということでビールやコーヒーくらい)けれど、魚の骨を取るのが上手にできず、食べ方が汚くなってしまう。 それが嫌なので自分からは食べないのだけれど、雷が秘書艦を務める朝はそんな心配は無用だ。 ごく自然に、自分の左隣にぴとっと寄り添って正座する雷に優しい笑顔を向けると、隼人は行儀よく手を合わせて挨拶する。 「いただきます」 これは、幼いころから両親に厳しく躾けられた「作ってもらった人への感謝の気持ちを言葉と態度で表す」という習慣。 「はい、めしあがれ」 そんな隼人に笑顔で返す雷。 いつものように、まず汁物から口を付ける隼人の隣では、雷が目の前に置かれた焼き鮭に箸を伸ばしていた。 骨を取ってほぐすためだ。 これは、[[jumpuri:暁>http://www.pixiv.net/novel/show.php?id=5584716]]や天津風が隼人さんにしてあげているというのを聞き、自分も負けていられないと思って始めたこと。 最初のうちは、隼人さんの好物ばかりを作ってあげていたけれど、こうすれば隼人さんも焼き魚を食べてくれる。 好き嫌いはほとんど無いとはいえ、やっぱり栄養バランスも考えないと。 隼人さんの身体は私が作る。 こういう毎日の積み重ねが重要なのだ。 [newpage] 「そこまでしてくれなくていいのに…」 「隼人さんは上手に取れないんだから。私がちゃんと取ってあげる」 そう言われてしまうと、隼人はそれ以上何も言わずに雷の手料理を味わうことにする。 味噌汁の味も隼人好みに濃くなっているし、次に口をつけたご飯も程よい炊き加減になっている。 「うん、いいね。この味噌汁もオレ好みの味だよ」 「隼人さんのためだもん」 しばらくすると、骨を取って身をほぐし終わった雷が、笑顔で鮭を差し出してくる。 「ほら、今日の鮭もうまく焼けたから食べてみて?はい、あ~ん」 「あ~ん」 並の男なら恥ずかしがって照れたり拒否してしまうこの「あ~ん」攻撃にも、隼人は顔色一つ変えずに平然と口を開けている。 それは、仮にこの場に他に人がいたとしてもまったく変わらない。 ちなみに、雷は大食堂で他の艦娘達と混じって食事する際にも平然と「あ~ん」してくる。 それを見て、最初のうちは周囲も大騒ぎしていたけれど、次第に感化(洗脳ともいう)されてしまい、今では「またやってるよ…」程度で誰も気にしない。 もちろん隼人に「あ~ん」したい娘は雷だけではないので、そうなると必ず向かいと左右からも「あ~ん」の波状攻撃を受けることになるのだけれど。 こうして差し出される鮭のほぐし身をぱくっと食べる。 「ん…おいしいよ。さすがオレの雷だね」 「あぅ…オレのって…でも、良かった」 大好きな隼人のために今日も朝早く起きて頑張って作った料理を褒められて、嬉しそうに微笑む雷。 「いつも本当にありがとうな?オレが何から何までしてもらってて、雷に何もしてあげられてないけど…」 「ううん。私、隼人さんにそう言ってもらえるだけで嬉しいから。はい、あ~ん」 これ以上手取り足取りされたら、確実にダメ人間になるだろうな…。 既にここまでされている時点で十分にダメ人間に片足どころか両膝まで突っ込んでいそうだけれど、隼人自身は全く気にしていない。 そんな事を考えながら、雷に差し出される鮭を平らげていく。 [newpage] 朝食を終えてから、食器を片づけて洗い終わると、今度は部屋の掃除だ。 隼人の部屋は、キッチンのついたリビング兼寝室と和室とバスルームにトイレという、海軍元帥という地位からすると質素な間取りでたいして広くもない。 おまけに、金剛、夕立、大和、熊野、翔鶴、瑞鶴、天津風、暁、雷の誰かが毎日部屋に来ては掃除洗濯をしているので、ひとり暮らしの若い男の部屋にしてはかなり綺麗に片付いている。 隼人は彼女たち全員に部屋の合鍵を渡していて「いつでも好きな時に部屋に入っていいぞ」と言ってある。 ただ、そのために金剛や大和に隠しておいた[[jumpuri:エロっちい本やDVDを処分 >http://www.pixiv.net/novel/show.php?id=4699232]]されてしまった事もあった。 また、夜には誰かしら押し掛けてきたり、秘書艦娘が「お世話」しに来ているおかげで、隼人は1人で寝る日の方が少なくなっているのは余談である。 そんな訳で、たいして汚れてもいない部屋の掃除が終わると、洗濯物を洗濯機に放り込む。 あとでお昼休みにまたお部屋に来て、今度はお布団を取り込んで、洗濯物を干さないと。 まるで秘書艦というより主婦みたいな事を考えながら、雷はてきぱきと家事をこなしていく。 [newpage] そんな雷を見ていると、今はもうすっかり悲しい過去を感じさせない。 以前、雷は襲われていた暁を守ろうとして、司令官の曽根という男にレイプされてしまった過去を持つ。 それから舞鶴に異動になったけれど、そこでも曽根の悪夢から逃れることはできなかった。 それらの一連の経緯は話せば長くなるので、[[jumpuri:暁の日記>http://www.pixiv.net/novel/show.php?id=5435150]]をこっそり見せてもらうといいかもしれない。 最終的には舞鶴鎮守府の艦娘リハビリ施設「紅葉苑」の施設長、[[jumpuri:有馬兵衛によって助けられた>http://www.pixiv.net/novel/show.php?id=5431845]]雷は、暁に会いたくて横須賀へ帰る道を選んだ。 兵衛の口添えで隼人の艦隊に配属となった雷は、さらに雷の心の傷を隼人に癒してもらおうと暁の手引きで[[jumpuri:隼人に抱いてもらい>http://www.pixiv.net/novel/show.php?id=5512382]]、彼の恋人の1人として新天地で元気に頑張っている。 そして、雷は初めて隼人に抱いてもらった翌朝から、隼人のお世話をすることに強い喜びを感じるようになった。 元々世話好きだったのが、今はすっかり隼人のお世話に夢中になっているようだ。 [newpage] 暁から教わり、隼人好みの味付けも完璧にマスターしている。 部屋もピカピカに掃除してあげたい。 ピカピカの温かいお風呂に入れてあげたい。もちろん、背中を流してあげるのもデフォルトだ。 その時、もし隼人さんが望むならバスタオル1枚…ううん、私のカラダでも…って何考えてるの!? 思わず妄想が暴走しそうになってぶんぶんと首を振る雷に、隼人が何気ないひとこと。 「雷って、本当にいい嫁さんになれそうだよな」 そんなふうに褒めながら、そっと栗色の髪を撫でてあげると、とろんとした目で嬉しそうにはにかむ雷。 「も、もぅ…そんな事ばっかり言って…でも、もっと私を頼りにしていいのよ?」 ああ…この手の感触、好き。 手のひらから、私の事を大切に思ってくれてるって感じるから。 かあっと頬を熱くさせながら、雷は家事の手を止めない。 そんなちょこまかと動き回る雷を、隼人は優しい笑顔で見守っていた。 [newpage] ふと時計を見ると、そろそろお仕事の時間だ。 「そろそろ行こうか」 隼人が声をかけると、雷はさっと上着を隼人に着せてあげる。 もちろん、雷が丁寧にブラシをかけているので埃ひとつない。 玄関には、丁寧に磨かれて靴ひもがほどけた革靴が並べられている。 この靴を磨いているのも、わざとひもをほどいて置いたのも雷である。 革靴に足を入れると、すかさず雷がしゃがみこんで靴ひもを結び始める。 「なぁ、そこまでしなくていいんだぞ?オレだってひもくらい結べるんだから」 さすがにそこまではやりすぎだと毎回言うけれど、頑固な雷は聞く耳を持たない。 「隼人さんがやると縦結びになっちゃうでしょ」 「あはは…」 確かに、急いでいる時はそんなこともあるかも。そう考えると返す言葉もない。 苦笑しながら、ぽんっと優しく頭を撫でる。 「やっぱり隼人さんは私がいなきゃダメなんだから」 大好きな手が優しく頭を撫でてくれたこともあって、憎まれ口を叩きながらも雷は嬉しそうだ。 「大丈夫よ。隼人さんのお世話は私がずっとず~っとしてあげるんだからっ!」 「でも、それじゃオレが全然大丈夫じゃない人間になっちゃうんだけど…」 前に雷のあまりの過保護ぶりを見た天津風や瑞鶴が「隼人さんがダメ人間になっちゃう」と言っていたのを思い出す。 もっとも、結局彼女たちも二人きりの時にはあれこれ世話を焼いてくれようとするので、程度のモンダイかもしれない。 「そのために私がいるんだから。もっと頼りにしていいのよ?はい。できたわ」 ひかえめな胸を張りながら、笑顔で言い切る雷。 そんな雷を心から愛しいと思う。 腰を落とすとぎゅっと抱きしめてあげる。 「はぅっ…隼人さん…いきなりなんて…」 抱きしめられて頬を熱くして固まっている雷に、隼人は穏やかな優しい目で問いかける。 「…ダメか?」 雷の大好きな、隼人さんの穏やかで優しい目。 その目でお願いされて、断われるわけない。 「ううん…ダメ…じゃない」 もぅ…朝からその目、反則よ? そんな風に思っていた雷の頭の後ろに隼人は手をやると、ぐっと引き寄せる。 あ…キスされる。 そう感じた雷がそっと目を閉じた瞬間、唇を奪われていた。 「んっ…」 隼人さんは舌を差し込み、吸い上げて絡めてくる。 「んっんんっ…んっ…」 あぁ…もうどうしよう。 雷は朝から頬が熱くしてしまう。 こんな赤くしてるところ、他のみんなに見らたらどうしよう。 きっとからかわれちゃう。 でも、こうしてる間は私の、私だけの隼人さん。 そう思うと、ぎゅっと首にすがりついていた。 まるで時間が止まったような感覚。 10秒か、20秒かわからないけれど、そのまましばらく抱き合ってお互いの体温を感じ合ってから、名残惜しそうに離れる。 「ぷぁ…」 ようやく離れたふたりの唇の間には、銀色の橋がつぅっとかかっていた。 [newpage] 部屋を一緒に出ると、執務室までの廊下を一緒に歩きはじめる。 斜め後ろについて歩くのが秘書艦の立ち位置。 だけど、誰も見てないからいいよね? そっと隼人さんの手を握る。 「…ん?」 「だ、だめ?」 おずおずと上目遣いで聞いてくる雷がかわいくて。 「ダメなんて言うと思うか?」 優しい笑顔を向けると、きゅっと手を握る隼人。 「えへへ…」 かあっと頬を熱くしたまま、ふたりで手をつなぎながら執務室まで歩いていく。 こんな風に、自分がしてほしいと思う事を穏やかに優しい笑顔で受け止めてくれる隼人さんのことを、やっぱり大好きなんだと思う。 こうしていると、大好きな隼人さんにもっと喜んでもらいたい、もっとお世話してあげたいという気持ちがどんどん強くなる。 金剛さんに夕立ちゃん、大和さん、熊野さん、翔鶴さんに瑞鶴さん、天津風ちゃん。そして暁。 隼人さんを巡るライバルは複数、しかもとっても手ごわいけれど、絶対に負けてなんてやるつもりはない。 居住区棟と司令部棟を結ぶ渡り廊下を渡ると、階段を下りる。 廊下のつきあたりが艦隊司令官執務室。 提督である隼人さんと、今日の雷の仕事場だ。 いつもは用がある時しか入らないけれど、今日はここで隼人さんとふたりきり。 今日は一日、いっ~ぱいお世話してあげるんだからっ! 隼人さんと手をつないだままで、空いている手をぎゅっと握りしめて小さくガッツポーズ。 こうして今日も、過保護な秘書艦娘、雷の一日がはじまる。 NEXT>[[jumpuri:オレの秘書艦があまりにも過保護すぎる理由>http://www.pixiv.net/novel/show.php?id=6732844]]
☆3月11日男子に人気ランキング90位頂きました☆<br />☆3月12日男子に人気ランキング96位頂きました☆<br />今もこうして見て下さっているアナタに、心からの感謝を。<br /><br />ようこそおいで下さいました^^<br />この「艦恋」は、私の大好きなゲーム「艦隊これくしょん」のSSです。<br />これまでの作品を読んで下さった方、そして、フォロー&ブックマーク&評価を下さった方、本当にありがとうございます^^<br /><br />主人公は、横須賀鎮守府所属の艦隊司令官、天ヶ崎隼人。<br />彼の艦隊は「ヴァルキュリアフリート」と呼称されています。<br /><br />この天ヶ崎隼人提督と、ヴァルキュリアフリートの艦娘たちとの恋愛模様を描いています。<br />今回のヒロインは、駆逐艦娘の雷。<br />隼人を全力全開で過保護に甘やかしちゃいます。<br />隼人のことが大好きな雷が、好き過ぎるあまり暴走しちゃう様子をあま~く描いてみました。<br />世話を焼いてくれるのは嬉しいけれど、ここまでされたらもうダメ提督まっしぐら!?<br /><br />2016年4月9日追記:マイピクの空き缶さんに、表紙&挿絵としてとっても可愛らしい雷ちゃんのイラスト<strong><a href="https://www.pixiv.net/artworks/56272115">illust/56272115</a></strong><br />を頂けました。<br />空き缶さん、本当にありがとうございます^^<br /><br />では、ぜひ読んで感想を聞かせてくださいね^^
艦恋~雷の場合 第4話~オレの秘書艦が朝から過保護すぎる
https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=6526940#1
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 ふと気づくと、私は列車に揺られていた。  ごとごとと一定のリズムで揺られていた。  なんだか眠気を誘われる。ベルベットの座席は程よく硬く、車内の気温も暖かめで、実に寝心地が良さそうだ。  今は何処等辺を走っているのだろうか。見知らぬ土地だ。ちらと車窓に目を遣れば、曖昧な稜線にかかった上等なビロードの様な柔らかい暮れの紫と、その陰を柔らかく包む黒い闇、そしてそこに散らばって灯るきらきらと綺麗な明かり。  何処から来たのだったか。何処へ行くのだったか。窓に触れれば氷みたいにヒヤリとしているけれど、指先の凍みる様な冷たさとは裏腹に、頭の中は綿でも詰まったようで、どうにも考えが纏まらない。 「ここいらは北十字という辺りです。暫くはこんな調子ですよ」  不意に声がした。重たい頭をもたげてみれば、向かいの席に誰か座っているようだった。何だかもやもやとして、誰なんだか何なんだかわかりゃしない。ただわからないなりに、そのもやもやの向こうでにこにこと笑っている様な感じはした。  再度車窓に目を遣れば、空の端では沈むとも沈まない赤銅が、また反対の方の端では眠たげな眼をした三日月と、瞬かない星々が散らばっていた。書割じみたのっぺりとした景色に、ああ、そうか、そうなのかと納得する。  これは夢か。  夢ならば、この妙な状況も納得する。  そうと思えば気楽なもので、座り心地の良いベルベットの座席に深く腰を落ち着けて、肘置きに体を預けて、向かいの相手に目を遣る。相変わらずもやもやとして、にこにことしている。  きっと誰でもいいから、どうでもいい外見を当てられているのだろう。わが夢ながら適当なことだ。しかしこのもやもやは見続けていると、ピントが合わないような、居心地の悪さがある。 「じゃあ、西住ちゃんにしよう」 「はい、会長さん」  これは西住ちゃんだと決めると、もやもやは途端に姿を変えた。にこにこと笑う西住ちゃんだ。例の、誰もが気を抜いてしまいそうな柔らかな作り物の笑みまで、本物そっくりだ。どれだけ私は彼女が好きなのだろうか。こんな夢の中でまで、わざわざ作り物の笑顔と、ガラス玉みたいな視線なんて、夢のない再現度を誇るだなんて。  夢の中で位、自然に微笑んでくれる西住ちゃんを見ればいいものを。あんな救いようがない程に人間とずれた人間をそのまま思い浮かべるなんて、私も随分と物好きなものだ。  しかし、夢の中でなら、現実と違って私は西住ちゃんに好き勝手言える。何も包み隠す必要がない。起きている間は愚痴の一つもなかなか零せないんだ。知ってた? いつもいつも西住ちゃんに振り回されっぱなしで、最近胃薬が手放せなくなってたんだよ、私。精神安定剤にはまだ手を出してない。医師の診断書が出たら、生徒会長続けられなくなっちゃうからね。そしたら、西住ちゃんの隣にいられないからさ。  さて、じゃあ、何から話そっか。  中途半端は良くないし、一番最初からにしようか。  私の人生の物語を、始めよう。 [chapter:その物語は少女の夢で始まりますか?]  物語の冒頭を飾るにはあまり景気のよろしくない話だが、私の人生というものはあまり素敵な始まり方ではなかったと思う。  何もどん底の不幸な境遇に生まれたという訳ではない。  基準をどこに置くかにも寄るだろうけれど、少なくとも、子供一人を出産して養育するのに必死にならなければいけない程に経済的に逼迫していた訳でもなく、酒や賭け事に溺れたり子供に虐待を振るうような両親に育てられた訳でもなかった。  概ね恵まれた家庭に、程々に健やかな環境で、大いに望まれて生まれてきたのだった。  両親の経済状況も人格判定も、ご近所との付き合いも社会の情勢も、これ以上ない黄金期とは言わないまでも悲観するような最悪でもない、いうなれば普通の誕生だった。  唯一そこに瑕をつけたのは、他でもない角谷杏少女自身だった。  非常に残念なことに、私には、角谷杏には、夢というものがなかった。  夢。希望と言い換えてもいい。  物心ついたとき、私は既にそれらを手放していた。というよりは、優しい母の腹の中に忘れてきたのか、或いは神様がうっかり取り付け忘れたのか、最初から持ち合わせがなかったのではないかとも思う。  何かが間違っている、何かが可笑しい、何かが狂っている、何かが噛み合わない。  その事に最初に気づいたのは、両親が私の為に用意した知育玩具が、欠片ほども理解できなかった時だ。  ひらがなやカタカナ、アルファベット、それらの印字されたボタンを押すと、その発音を示す音声が流れる安っぽい機械相手に、私は随分悩まされた。  日本地図の形を模したパズルに、日用品を模したプラスチック製のパーツを所定の位置に直す玩具、道徳的観念を養うという謳い文句の絵本、大げさな音声の当てられた派手な色遣いのアニメーションに無理のあるシナリオを詰め込んだビデオ、それに知恵の輪。  それらを前に、私はしばしば苦悩した。  『こんな幼稚なもので遊ぶことを強要されるほど私は悪い事をしたのだろうか』と。  何をむずかっているのかと困惑する両親が、カタログを前に悩む姿を見て、私はようやくそれらが当時の私ほどの年齢層を想定して設計された玩具なのであって、私の方が可笑しいのだと理解できたのだった。  普通の幼児は、それこそ頭の重みで真面な歩行さえも大変なお子様は、文字と発声の関連性をすぐには理解できないし、パズルの絵柄を全体像で記憶することもできなければ、日用品がどんな分類に当て嵌まるのかもわからないし、大人の望む道徳とやら子供っぽいとは笑わないし、知恵の輪を頭の中で展開して解法を探ったりはしない。  そんな当たり前のことを理解するまで私は一年近くかけてしまったのだ。  両親はまともな反応を返さない我が子にさぞかし悩まされたことだろう。本当に悪い事をしたと思う。その反省もあって、私は両親が望むように、子供は子供らしく振る舞おうと決めた。それが三歳の誕生日の事だ。  私は人生経験の短さもあってあまり演技力に自信はなかったのだが、まあ子供というものはもともとぎこちない、人間になろうとしている動物だ。多少変な所があっても、両親はそれも個性だと私をかわいがってくれた。  本当に優しくて素敵な両親だ。  そんな両親を、そして善良な隣人達や、親戚の人たちを観察していくにつれて、特に私より年上の子供たちを見るにつれて、私はじんわりとした絶望の中、理解していった。  どうやら私という奴は、失敗作らしいのだと、幼いなりに理解した。理解してしまったのだ。  とんだ失敗作で、とんでもない欠陥品で、間違って生まれてきてしまったのだと。  私はどうやら優しく善良で、立派な両親に、報いることが出来そうにないと思った。だってそうだろう。どうやったら小学校に上がる前に中学課程までを理解する子供がまともな人間に育つというのだ。  かくして角谷杏の人生は、早々に闇に包まれたわけだね。 [newpage]  ごとごとと一定のリズムを刻む列車。  ベルベットの座席に、西住ちゃんと向かい合って、私はひとつ伸びをした。  昔の事を思い出したのなんて何時振りだろうか。当時の私は本当に面倒な子供だった。人生というものを過剰に評価していたんだ。きっと世界は薔薇色に輝いていて、エメラルドの都に続く黄色の煉瓦の道のように、素敵な展望が広がっているのだと。そして自分はどうやらそこから転がり落ちてもう二度と再起は望めないのだと、そんな面倒臭い事を考えていたのだから。  話していたら喉が渇いたなと思うと、西住ちゃんが水筒からお茶を注いで手渡してくれた。流石夢だ。不便しなくていい。  よく冷えたお茶を口にしながら車窓の外を見遣れば、日はすっかり沈んで、紫の帳も引っ込んで、ただ柔らかそうな夜の闇と、その上に散りばめられた砕かれた硝子片みたいな星屑、それに眠たげな三日月が見えるばかりだった。民家もみんな眠りについたのか、地に明かりはなく、まるでコールタールの海にでも沈んでしまったかのようだった。 「ここいらは白鳥の辺りですね。海岸もありますけれど、この列車は停まりません」  海岸か。夜の海も綺麗だけれど、何しろ学園艦住まい、海は見慣れたものだ。あえて見に行きたいとも思わない。ああ、でも、何時だったか西住ちゃんと眺めた夜の海は悪くなかった。私は西住ちゃんに何を言われるか、何をされるかと何時ものようにびくついていたものだけれど、結局あのときは何もなかった。西住ちゃんは何か言おうとして、結局言わなかった。あれはなんだったのだろうか。 「西住ちゃんは知ってる? 知ってるわけないよね。私の夢の中の西住ちゃんなんだから」  向かいの座席に腰掛けた西住ちゃんは、ただにこにこ笑うだけだ。変わり映えのしない表情だと思ったが、それもそうだ。私は西住ちゃんの表情をあまり知らない。本当の感情がむき出しになったのだって、きっとあの時の一度だけだ。あの、私に縋りついてきた、あの日だけ。  信じたい。  でも信じられない。  私の人生は何時もそうだったのだから。 [chapter:その物語に魔法使いは登場しますか?]  シンデレラは魔法使いに魔法をかけて貰って素敵なドレスに南瓜の馬車を仕立てて貰い、舞踏会で見事王子様の心を射抜いた。  あんまりうまく行かなかった例だと、人魚姫は魔女に助けを乞うて、声と引き換えに足を手に入れ王子様の下へ辿り着いたけれど、その恋は果たされず泡と消えてしまった。  まあ、どちらにせよ、角谷杏の人生にそんな便利な魔法使いは現れてくれなかった。  私は自分が普通の道を歩いて行けるように、自分で自分の剪定をしてやらなければならなかった。両親の望む幸福な家庭を乱したくなかった。自分が普通ではないと気付かれて、みんなから変な目で見られたくなかった。  みんな。そう、みんなだ。当時の私にとっては世界が敵だった。いや、世界を敵に回したくなくて、世界に媚び諂っていた。普通でいることが私のたった一つの戦い方だった。私はとにかく、嫌われたくなかったのだ。だって誰も嫌いたくなかったから。  だが私はやっぱり不器用だった。  幼稚園での私は、隅の方で大人しくしている静かな子供だった。活発な子供たちに絡まれてはおろおろとする引っ込み思案な子だった。ともすれば虐められっ子になりそうなくらい、私は内向的だった。  言い訳がましいが、仕方がないだろう。私には彼らが何を考えているのか全く分からなかったし、彼らの遊びというものが何を目的に何を為そうとしているのか、それを理解しようと必死だったのだ。  勿論、今ではちゃんとわかっている。あれに意味などなかったのだと。彼らは本能の導くまま、自分の脳髄の命じるまま、衝動的に動き、交流し、進化の過程で神の御手によって作り上げられたチュートリアルに従って積極的に学習を繰り返し自身を成長させていたのだ。楽しいとか面白いとかいう感情は、つまり本来的に必要故に生まれるのだ。楽しいからやるし面白いからやる。そしてその結果彼らの脳は健全な成長を遂げ、健康に発達するのだ。  このことに気づくのが遅れたためか、私は実際に自分の体を動かしてようやく獲得できる運動神経とやらの発達に暫く悩まされたし、自主的に運動を始めるようになるまでどんくさいというレッテルから逃れられなかった。  小学校に上がって、私はまず一息ついた。幼稚園という狭いコミュニティではよい友人を探すことはできなかったが、小学校となれば管区は比べようもない。同等とは言わないまでも、せめて話の通じる相手は欲しかった。勿論、これはお菓子にはおまけがついていた方がついていないよりお得感があるという程度の話で、最初から期待はしていなかった。  ただまあ、行きも帰りも両親の送り迎えによって行動を制限される幼稚園より、自由時間の増える小学校の方がいろいろとできそうだとは思っていた。例えば図書室やコンピュータ室といった施設の利用もそうだし、放課後から門限までの時間は何ができるかと始まる前から楽しみだった。  結論から言えばその細やかな気の緩みが破綻を齎した様に思える。  私は小学校の貧相な図書室にも十分な手応えを覚えて、暇さえあれば籠っていた。家にある本は粗方読み終えてしまったし、そもそも両親はお世辞にも読書家とは言えず、たかが知れていた。  所詮は小学校に置いてある本が私の好奇心を十分に満たしたとは言えなかったが、しかし少なくとも図書室には邪魔者はいなかった。大抵の子供がそうであるように、同級生は本を読むより外で遊ぶことを選んだし、足繁く通う上級生も、読書に勤しむ後輩に無遠慮に絡むような礼儀知らずはいなかった。そこは人見知りの楽園だったといってもいい。  私は学術的な――勿論小学生向けに置かれている程度のものだが――書籍を粗方読み終えると、今度は棚を端から読んでいくことにした。選り好みをすることは選択肢を自ら狭めることだ。必ず順番に読むというルールを自分に課し、たとえあまり食指の動かない童話や子供向けの漫画本であっても最初の一ページから後書きに至るまでしっかり読み切った。  小学校二年生に上がる頃には私は我流ながら速読を身に着け、読書スピードは格段に上がった。これは二年生の子供が使える限られた時間を有効に扱うには、少々過ぎた能力だった。半ばほどで結末の読めた推理小説を棚に直した時、私は自分のペースが速すぎたことに気づいてしまったのだ。  その時瞑目してざっくりと暗算しただけでも、私は早ければ小学校を卒業するよりも先に図書室の本をすべて読み終えてしまう計算だったのだ。これは問題だった。蔵書数が一万冊行かない程度ではこんなものなのか。  しかしこの心配もやがて解決された。  市立図書館である。小学校の図書室に籠ってなかなかクラスと打ち解けない私を心配した両親は、しかし無理に馴染ませようとするより、私の個性を尊重してくれたのだ。あー、つまり、両親から見た私の個性ということだけど。読書好きで引っ込み思案というそれだ。  読書が好きというより、本相手ならレベル差から生じるコミュニケーション不和を考えなくていいし、学習にもなるしというただそれだけの話だったのだが、しかし両親が連れて行ってくれた図書館は私の楽園となった。  蔵書数はぐんと増えたし、その質も種類も段違いだった。私はそれから毎日のように、退屈な小学校の授業が終わるや否や、駆け足で図書館に向かい、より上等な本を漁るようになった。いやもう、本当に幸せだった。小学校の呆れるほどにのんびりとした教育課程とは違い、自分のペースで自分の望む分野を学べたのだ。おまけに邪魔者もいない。  しまいには家での普通の子の演技も面倒になって、休日にもなれば私は自分で弁当をこしらえて終日図書館に籠り、門限ぎりぎりに帰ってくるという生活を送るようになった。  幸いにも、両親は私が本好きで勉強熱心な子なのだと、私の個性を理解し受け止め応援してくれようとした。全くもって勘違いでしかないのだが、勿論私は何も言わなかった。その方が都合がよかった。小学校の幼稚な連中に合わせたり、優しい両親に偽りの姿を演じ続ける苦悩を思えば、図書館での生活は全く最高だったからね。  まあ、しかし、これに関しても私はもう少し節度を持つべきだったよ。もっと周囲とコミュニケーションをとって、当たり前の生活をするべきだった。西住ちゃんはそこらへん、上手い事やったみたいだよね。それもそうか。私は人間が怖くて、西住ちゃんは人間が不思議だった。私は人間を避けて、西住ちゃんは人間を観察した。その違いだ。  嗚呼、全く、本当に私は救いようのない馬鹿だったよ。  それこそ、見下してた幼稚な連中と大差なかった。  私は何処までも「今」しか見ていない子供だった。未来というものを想像さえしたことがなかったんだ。将来性のない子供だったんだよ。何時までもこの時が続けばいいだなんて、ネバーランドの住人だった。  でも、ピーターパンは厳しいんだ。  大人になれば、ネバーランドを出て行かなきゃいけないのさ。 [newpage]  窓の外はすっかり夜に覆われて、天も地も境が曖昧で、列車が進んでいるんだか戻っているんだか、どっちが上でどっちが下か、それさえ分からなくなる程だった。  私は干し芋を齧りながら一息ついた。  夢ってのはまったく便利なものだね。小腹が空いたと思えば干し芋の袋を西住ちゃんが渡してくれた。  私は干し芋が好きだ。故郷の味ってのもあるかもしれないし、今でも、今になっても、こんなになっても、両親がよく送ってくれるからというのもあるかもしれない。  だが一番好いているのは歯ごたえだ。適度に顎を使う。口唇期固着って訳じゃないんだろうけどさ、精神的安定を図るいいアイテムだ。タバコ吸ったり爪を噛んだりするより余程健康にはいいだろうしね。  干し芋の味は昔から変わらない。家で食べていた時から、ずっと。今となっちゃこれくらいが、両親とのつながりなのかもしれない。辛うじて両親が私を見放さないでいてくれるっていう、そういう。 「ついさっきアルビレオの観測所を過ぎましたから、もう鷲の停車場の辺りでしょう」 「ふーん。停まるの?」 「停まりません。この列車は急行なんです。停まる程、大事な停車場が少ないから」  どういう意味だろう。私の夢の中の西住ちゃんなのに、私の現実で見る西住ちゃんみたいに底が知れない。  現実と一緒で、あんまり深く考えない方が精神安定上いいのかもしれない。  さて、どこまで話したのだったか。  そうそう、私の犯した、またまた犯した、大失敗についてだった。 [chapter:その物語に奇跡は存在しますか?]  悲しいことに、世の中奇跡も魔法もないらしい。  まあ、私自身の選択ミスに過ぎないけれど、とにかく奇跡は起こらなかった。まあ願ってもいない努力してもいない奇跡なんて起きようがないけれど、しかしそれでも、すっかり油断していた私の背中を蹴り飛ばす程度の奇跡は欲しかった。  私が随分高等な本を読んでいることに気づいた両親が、私にあるテストを受けさせたのは、私が小学校六年生に上がった頃だった。  その頃になると私もまあ、大人になったというか、周囲の子供たちの成長もあって、まあまあ周囲に気を許して、相変わらず幼稚な思考にはついていけないもののあしらう程度に相手は出来るようになっていた。  ようは動物の面倒を見ているのだと思えばいいのだ。言葉が通じる分もっと楽だ。私は教師という職業の困難さを思って随分教師に優しい気持ちになれたし、こんなイレギュラーまで担当しなければいけない担任教師には憐れみさえ抱いたものだった。  世間的には友人と呼べる相手も何人か見繕えた。この女の子などというものは簡単なものだ。流行り物とグループ内の関係性。これにさえ気を付ければあとは愛らしい声で意味もない事を囀るだけの可愛らしい小鳥に過ぎない。ちょっと誘導してやれば、本好きで内向的な杏ちゃんを守ってくれる可愛いナイト様の出来上がりだ。  クラスの中で浮きも沈みもしない、成績は一番ではないけれどそこそこに良い方、交友関係も良好、両親が望む理想の娘を演じられていたと思う。  まあ、そんな風に油断していたから、私は致命的な断絶を経験することになったのだが。  両親が私に受けさせたテストというのは、それまでに見たことがない類の物だった。知能検査と、何かしら芸術的なセンスを問う物など、創造性を量る様なものだった。  食後の些か気の緩んだ時間帯であったのも悪かった。家でぼんやり寛ぐ比較的演技の少ない時間帯であったのも悪かった。比較対象が近くにおらず平均が察せない環境だったのも悪かった。  いや、何が悪かったなどと、そんなものは言い訳に過ぎないか。  私は両親が、受験の参考になどと白々しくも述べた説明を頭から信じてしまった。まさか両親が自分に嘘を吐くはずなどないと、自分の事を棚に上げてすっかり信じ込んでいたのだ。  私は柄にもなく張り切って、ついつい頑張ってしまった。それまで経験してきた型にはまった試験形式とは違ったため、ついつい面白くなって真面目に取り組んでしまった。何事も程々に周囲に合わせよという自分自身のルールを忘れてしまっていた。  試験の結果、私は文句なしの怪物の判を押されることとなった。  小学生でこの能力は普通ではない。もっと専門的な施設で学ばせるべきだ。この才能は神からの贈り物だ。ギフテッドだ。両親に試験の結果を説明する白衣の男は私を褒め称えた。私は隠し損ねたのだ。  両親は茫然と、しかし、何処か予期していたというような目で私を見た。ああ、そうだ、所詮子供の浅知恵だったのだ。自らを育み見守ってきた両親をだましとおせるなんて、そんな甘い考え。  両親は私に詰め寄った。どうして今まで隠していたのか。何故黙っていたのか。私たちを騙していたのか。私たちの知っている杏は偽物だったのか。最初は静かに、しかし段々と声高に、両親は私を責め立てた。  白衣の男は困惑したように私を庇った。彼女は優秀で、周囲に合わせる努力をしていただけで、何も悪い事などしてないと。  しかし私にはわかった。これは積み重ねの結果なのだと。  両親はずっと昔から、私に違和感を抱いていたのだ。自分たちの生んだはずの子供が、自分たちの知らない何か薄気味悪い生き物の影を引き連れていることを感じていたのだ。両親は純朴で善良な人たちで、私が不器用に演じる角谷杏のボロの一つ一つに心惑わされ、疲弊していたのだ。ああ、ああ、その通りだ、その通りだよ。私はずっと両親を欺いてきた。そしてその報いが来たのだ。  だが、そんなに悪い事をしただろうか。ただ安穏に平穏に暮らしたいというただそれだけのことが、こんなにも責められることだろうか。  きっと、責められることだったのだろう。だって彼らは何も悪くないのだ。彼らもまたただ平穏で幸福な家庭を望んだだけの優しく善良な人たちなのだ。私という異物が、それを壊してしまったのだ。これではギフテッドどころか、チェンジリングだな。急激に瓦解していく平穏の中で私が思ったのはそんなことだった。  どうしようもなく悲しかったけど、でも涙は出なかった。  ただ、どうやら無償の愛なんてものは存在しないのだなと、また一つ私の中の信仰が砕ける音を聞いただけだった。 [newpage]  車窓の外では、煌々と赤く燃える星が、遠く遠く、ずっと遠くで、でも目を離せなくなる位に美しく瞬いていた。他に伴う星もなく、孤独に燃える星の光。こうして私の目に映るあの赤色は、一体何年前の光なのだろう。  にこにこと笑う西住ちゃんを、ぼんやりと眺めてみる。西住ちゃんもまたよくわからない子だ。星々程遠くはないと思うのだけれど、何光年も隔ててやっと届く光みたいに、意味も理由も消失してしまった輝きだけが私の下に届いていて、そこにはおよそ交流というものがなく、ただ傍目には成立しているように見える会話の真似事を、周回遅れの残像相手に繰り広げているような気持ちにさせられる。  きっと。  きっと、そんなに遠くはないのだ。星々程遠くはないのだ。  手を伸ばせば届くほどには、私たちはきっと近いのだ。だけども私には、とてもじゃないけれどそんなことは、手を伸ばすなんてことは、恐ろしくてできない。何かを求めるということは、裏切られるかもしれないという恐怖と隣り合わせだ。何よりも大切で、手放せないものだからこそ、私はいよいよもって手を伸ばすことが出来ない。  手放せないのに、手を出せない。  出来の悪い言葉遊びだ。  向かいの座席に座る夢の西住ちゃんは、気にした風もなく赤い星の光を眺めて、歌うように囁いた。 「綺麗ですね。蠍の火です。皆の本当の幸いの為にああして燃えているそうです」 「本当の幸いって?」 「さあ。わかりません。でも虚しく捨てた命がああして孤独に燃えているんですから、幸せというものは得てして、人の徒労を眺めて。ああ自分じゃなくてよかったと安堵するようなそんな気持ちなのかもしれませんね。蠍はああして死んだ後まで自分のむくろを燃やして、人々にそれを教えてやっているんでしょう。それさえも徒労なのに」  にこにこと笑いながら随分なことを言う。西住ちゃんらしくもない皮肉だ。  いや、違うか。  これは私の夢なのだ。  ならば、これも、この言葉も、私の裡から生まれてまろび出たものなのだろう。  本当の幸いね。そんなものがあるのならば、私の計算できる範疇に置いておいてほしかったものだ。   [chapter:その物語に妖精はいますか?]  さて。私の人生には良い妖精も悪い妖精も登場してはくれなかった。どんなに易しい魔法さえも私の人生に関わらず、どんなに優しい悪夢さえも私の人生を変えなかった。予定外の波乱もなく、予想外の展開もなく、粛々と私の人生は終息していった。  小学校を卒業し、中学へと進学するにあたって、私がどれだけ安堵したか、筆舌に尽くしがたい程だった。学園艦にさえ乗り込んでしまえば、あとはもう両親のあんな顔を見ないで過ごせるのだ。  白衣の男は私に、私の様な子供ばかりを集めた専門的な施設を紹介し、両親もそこへの進学を勧めたが、私は生まれて初めてともいえる我儘を通した。私が望んだ進学先こそが、大洗女子学園だった。  大洗を選んだのは、単に一番都合がよかったからだった。小型に分類される大洗女子学園は、贔屓目に行っても人気のない学園艦だった。目立つ特産はなく、人気の観光要素もなく、優れた経歴もなく、有体に言って落ち目だった。私の小学校から進学を希望するのは、私一人だけだった。  そしてだからこそ私は強く大洗女子学園への進学を希望したのだった。  私はとにかく逃げ出したかったのだ。とうとう化けの皮がはがれ、幸せな家庭に何処からか紛れ込んでしまった取り替えっ子の私に、居場所などなかったのだ。両親の私を見る目はもはやあの優しく柔らかい眼差しではなく、何処か怯え、対処に困るといった浮ついた目線だった。  白衣の男が学校にも話を通したせいだろうか、狭いコミュニティで私の異能はあっという間に知れ渡ってしまっていた。昨日までか弱い私を守ってくれた愛らしいナイトたちは、クラスに潜んでいた魔女を弾劾する司祭たちに早変わりした。「お高く止まって、陰で自分たちを笑っていた厭らしい奴」というのが新しい私のレッテルだった。  友情というものは随分安いものだ。一番の友達だと言ってくれた子も、もはや私と目を合わせてくれはしなかった。涙は出なかった。張り裂けそうな胸の中から、ついぞ言葉の一つも吐き出せなかった。彼女たちの友情は偽りだったかもしれないが、しかし先に偽り騙していたのは私なのだから。最初から存在しないものを失うことなどできないと、友情なんてものは最初からただの幻想だったのだと、自分を慰めることしかできなかった。  それまでのしがらみの一切から解き放たれて、大洗女子学園の土を踏んだ時の私の気持ちは、全くもって晴れやかとは言えなかった。両親の見送りをそこそこに振り払って乗り込んだ学園艦で、私が最初に感じたのはただただ虚しさだった。希望を胸に、煌めく星々のような輝きを目に宿した新入生たちの間で、私だけが目を伏せ溜息がちだった。  何故ならそこは私にとって新天地などではなく単なる逃亡先の仮宿に過ぎなかったからだ。  気分は外国に高跳びした政治犯だ。想像でしかないが。  新たな生活を始めるにあたって、私は方針を定めた。  それは『嫌われない事』だ。  好かれる事は諦めた。愛される事は期待せず、信じる事を放棄した。  最低限、嫌われなければもうそれでいい。傷付かなければもうそれでいい。  私は気さくな態度を心がけ、頼み事を断らないようにした。とはいえ、私は自分が不器用な人間だと自覚していた。演技などしてもすぐにぼろが出る。だからそれは結局、元より私自身の自然な在り方だったのかもしれない。  積極性に欠け、その癖やらせれば大抵の事には優秀な結果を残し、頼めば断ることをせず、どんな無理難題でも何とかしてくれる。それが、そんなものが、当時から今にかけて作られた私の評価だ。  馬鹿馬鹿しい。積極性に欠けるのも当然だ。私は自分に自信がない。やらせれば結果を残すのは当たり前だ。結果を残せなければ私の存在に意味などないのだから。頼みごとを断らないのも自然な事で、嫌われるのが怖かっただけに過ぎない。無理難題なんて一つもなかった。どうしてお前たちが自分でやらないのかと言いたくなるほどに、それは簡単に過ぎる問題でしかなかったのだ。  私は多くの悩みを相談され、多くの問題を解決し、多くの人間に頼られ、多くの失望を経験した。思春期の多感な年頃の悩みなど、軽々しくは扱えないものもあった。しかし大抵の場合彼女らが持ち込むのは、本当に本当に下らない物ばかりだった。どうしてお前たちは自分でやらないのか。どうしてもう少し頑張らないのか。どうしてそんなにも無邪気に人を頼れるのか。  私は世界に対して抱いていた信仰が揺らぐのを感じた。私は自分がある程度の才能を有していることは自覚していた。しかしそれでも、世界というものは広くて、高くて、自分程度では及ばぬ所に基準があるのだと信じていた。ルールがあればそれを守るのが当然で、課題があれば意欲を持って取り組むのが当たり前で、誰もがより良くあろうとするのが自然だと思っていた。そんな世界と比べれば自分という存在はまだまだ小さなひよっこで、だからこそ私は自分が頑張らなくてはいけないし、それこそ生きる甲斐だと思っていた。  だが人と触れ合えば触れ合う程に、現実というものにぶつかればぶつかる程に、私はそんなものが幻想であると思い知らされていった。人にとって世界とは世間であり、自分の身の回りでしかなく、目の届く範囲とは驚くほど狭い。ルールは破るためにあり、課題があればできるだけ楽をしようとし、自分より下があることに安堵し今より落ちない事にだけ腐心し、よりよい環境になるとすればそれは零れ落ちてくる何かを拾った時でしかない。  それは私の中に行き場のない憤りを生んだ。お前たちはもっとやれる筈なのにと、お前たちはもっと頑張れる筈なのにと、お前たちはもっとよくなれる筈なのにと。どうしてやらないのか、どうして頑張らないのか、叫びだすには至らない、しかし確かに臓腑を灼く憤りがあった  どうして。  どうして、私だけが頑張らなくちゃいけないのだと。  頑張るまでもなく誰より優秀で、頑張る必要すら見当たらない世界で、頑張っても報われない人生なら、私の今まではなんだったのかと。私の産まれてきた意味はなんだったのかと。私のこの才能はなんだったのかと。両親にあんな顔をさせ、友達を失い、それでも頑張らなくちゃいけないのか。  嫌われたくないと、疎まれたくないと、仲間外れにされたくないと、そのために足掻きもがき頑張らなくてはいけないのか。  何もかもばからしくなって、それでも私は遣り方を変えられなかった。それが角谷杏という人間だったから。もはや変えようのないスタイルだったから。嫌われるのを恐れ、自分でも信じていない希望に縋り、振り返ることもできずさりとて前を見つめることもできず、俯いて足元をにらみながら歩き続けるのが私の精一杯だった。立ち止まれば、私はきっと死んでしまうのだった。  私のやる気のなさが、かえって妙な信憑性を生んだらしく、私を頼る人間は増え、比例するように私の心は摩耗した。私はもう誰も信じられなくなっていた。その癖、信じるのを諦めることが出来なかった。小指の先程度の希望を、捨てることが出来なかった。信じたい。だが信じきれない。気を紛らわせるため、口元寂しさを誤魔化すために間食が増えたが、身長は伸びず、体重も増えなかった。戻すことが多くなって、寧ろ少し痩せた。  私を慕う人間も増えた。私に好意を持つ人間も増えた。私はそれをありがたく思いながら、しかし数値化できないそれらの感情を信じることが出来なかった。第一、虚構で出来た私を信じ頼る連中の、何を信じればいいというのだ。  高校に進学し、生徒会に推薦され、より多くの信頼を集める様になってもそれは変わらなかった。ただただ重荷が増えて、そしてそれを捨てられない自分の生真面目さが恨めしくなるだけだった。  私が、私自身が信頼できるのはその時点でたったの二人だけだった。河嶋桃と小山柚子。無能な広報と有能な副会長の二人だけだった。  河嶋は無能だった。頭は悪い、運動神経も決してよくはない。型にはまった考え方しかできず、その型すらもあやふやにしか覚えていない。無駄にプライドが高く、精神面は豆腐もいい所で感情的で沸点も低い。私が軍人だったら真っ先に銃殺刑にしているだろういい見本だ。  だが河嶋は、私が大洗で初めて信じた相手だった。  何をさせても救いようがなく、癇癪持ちで疎まれがちだった河嶋は、私の遣ることなすことにくっついて回っては、誰が命じた訳でもないのに、私が面倒な頼み事の解決に奔走する度にそれにつきあった。何の役にも立たず、寧ろ足を引っ張るばかりで、すぐに泣きだすこの駄犬に、どうして自分に付きまとうのかと聞いたことがある。  答えはこうだった。 「私は自分を信用できないが、貴女の事は信頼できるからです」  自分が無能であることは知っている。自分が感情をコントロールできず、すぐに心折れそうなことも知っている。だから自分が嫌いだったと。自分がだめたと知っているから。  河嶋は信用できない自分の代わりに、絶対的な指標を求めた。そしてそれが私だったのだという。何故かと問えば、優しいからだと返ってきて、軽く失望した。そして続く言葉に瞠目した。 「貴女は優しいから、どんなに嫌でもしがらみを振り払えない人だと思うので」  私は生徒会に入る際、河嶋を連れて行った。それが河嶋への応えだった。  小山は私と似た人間だった。他人を信じられない人間だった。数字しか信じない人間だった。それは未練を引きずる私よりもよほど清々しい位に吹っ切れた信仰だった。小山が私の下についたのは、偏に河嶋が私についたからだった。  小山は昔からの河嶋の友人だった。小山は他人を信じないが、河嶋の事は信じていた。何故なら河嶋がこれ以上ない程救いようがない無能だったからだ。自分の掌の上で転がせる程度のことしかできない無能。そしてだからこそ小山を裏切らない。それは歪な形かも知れなかったが、小山にとって他と比べようのない友愛だった。  私は小山を副会長に選んだ。私が本当に心の底から絶望した時、何もかもを丸投げする引継ぎ先には、有能で似通ったタイプの人間が欲しかったからだ。結局、もしもの時に最後まで立っていたのは河嶋で、小山はその信仰ゆえに諦めたのだから、わからない話だが。  私の学園生活は粛々と終わりに向かっていた。何事もなく、失望のままに終われそうだった。私の物語に妖精は出てきてはくれなかったけれど、出てきてもきっと無意味だった。もう妖精の粉を体に浴びても、私はきっと 飛び立てず、冷たい海へと落ちていくだけだろうから。  楽しい事を考えなくては、空は飛べないのだ。 [newpage] 「ここいらはケンタウルの村がある辺りです。随分来ましたね」 「停まるの?」 「停まりません。余り長く停まりたくないんでしょうね」  さてさて、どういうことだろう。私の夢の西住ちゃんだというのに、随分と意味深なことを言う。  車窓に指をやれば、氷のように冷たくて、指先が凍ってしまうようだった。列車の中は暖房が利いていて暖かいが、外は随分寒いらしい。 「西住ちゃんはさ、私のこと好き?」 「ええ、好きですよ、会長さん」 「ありがとう。私も好きだよ」  戯れにそんな会話をしてみる。酷く虚しくなった。  夢の中なのだ。何処までも自分に都合よく、自分に気持ちがいいように夢見ればいいのに、私という人間は夢の中でさえ、彼女の言葉を信じることが出来ないのだ。  好きです、愛していますと幾度となく囁かれ、口づけを交わし、体を交え、それでも私は、未だに彼女を、恋人の事を、信じることが出来ないでいる。  私は西住みほに恋している。自分でも笑いたくなるほど、滑稽なほど、彼女に恋し焦がれている。そんな恋にうかされた状態でさえ、私は彼女の囁く愛を信じられない。信じたいけれど、信じきれない。信じた瞬間に裏切られることが怖すぎて、もしそうなってしまったら今度こそ立ち上がれない気がして、全てお遊びでしたという笑顔が脳裏をかすめて、恐ろしくなって。  車窓に映る私の顔は、本当に、全く、ひどい物だった。 [chapter:その物語にお姫様は存在しますか?]  私の物語に西住みほというヒロインが現れたのは、つい最近の事だ。  ヒロインと言っても、彼女は随分と属性を詰め込み過ぎた多機能戦車みたいな有様だったけれど。  学園廃校の危機という邪悪なドラゴンを前にして、私が最初に考えたのは、生徒たちの転校先と大人たちの再就職先だった。逆らおうという気はなかった。ああそうなのかと、そんなものなのかと、ただ諾々と受け止めただけだった。  それが何故戦車道を復活させてまで抗うことにしたのかと言えば、河嶋がそれを望んだからだった。そんな、ひどい、私たちの学園を、せめて三人一緒に卒業したかった、そんな風に泣き叫んだからだった。  私は河嶋の事が嫌いではなかった。苛立たされることもある程の無能だったが、少なくとも彼女は真っ直ぐな人間だった。悲劇を悲劇と悲しみ、嫌なことは嫌なことだと叫んで見せる位には。頼られた以上、私は助ける他に遣り方を知らなかった。復活したての戦車道で、全国大会を制覇するなど不可能に思えたが、せめて夢だけは見せてやろうと、お膳立てをしてやろうと。  だから河嶋が西住みほという鬼札を見つけ出してきた時には、およそ世の中阿呆程神に愛される物かと瞠目したものだ。  西住ちゃんは、西住流という名家に生まれながら、昨年度大会において敗退の原因となり、責任を取ってか逃げ出してか黒森峰を離れて戦車道のない我が校にやってきた、というのが調査の結果だった。  哀れなヒロインだと思いながらも、私は彼女を戦車道に組み込むことを躊躇いなく決定した。彼女には我が校の存亡の危機を救う白馬の王子様の役をこなしてもらおうと、圧力をかけてまで 戦車道履修を強要した。  その結果がアレだ。あの始末だ。  名門聖グロリアーナ女学院を、河嶋の無能が招いた大失態からひっくり返し、市街戦で反撃して見せたあの手際。最終的には一手及ばなかったが、最初から万全であれば或いは全く別の展開だったかもしれない。  我の強い素人集団をまとめ上げて、それだけの指揮を見せつけた西住ちゃんに、河嶋も小山も期待を大にしたらしかったが、私はそのときすでに背筋に嫌な悪寒を感じていた。  試合中徹頭徹尾変わることのない一貫とした態度。年下とは思えない冷静な判断力。そんな、黒森峰で鍛えられたであろう戦車道の能力の事などではない。敗北を喫した際の、あの何処にも漏れ出さないよう丁寧に封をした、しかしどろりと濁った瞳に垣間見えた悍ましい憤怒。そして一時間と経たずそれをあっさり掻き消してしまう程の切り替えの早さ。西住みほという人間に感じていた違和感が決定的なものになった瞬間だった。  これは敵に回してはいけない人間だと、悟った瞬間だった。  哀れなヒロインから、お仕着せの白馬の王子様、そしてその時、彼女は私の中でさらに凶悪なドラゴンの相まで持ち合わせることとなってしまった。  無理矢理彼女を戦車道に巻き込んだという負い目が既にあった。これ以上貸しを作るのは危険だった。しかしそれでも大洗女子学園は、西住みほというたった一人に頼らなければ、その命脈を保つことが出来ないのだ。  そんな危機感が、何故どうして何時の間にやら恋心になど摩り替ったのか。或いは生物としての本能が、危機に対して積極的に誤解を起こす吊り橋効果の様なものなのかもしれない。だが切欠はどうだっていい。恋というものは意味もなく起こり、その中身は後から肉付けされるのだ。どこが好きだのこういう所に惚れたのだのは、あとから自分で自分を騙す事さえしながら後付されていくものだ。  しかし、私が決定的に恋を自覚した瞬間というのは、多分あの時だと思う。  雪原の猛威、プラウダ高校との試合の折、彼女は諦めを口にした。いや、違うか。自分のプライドを守るため、傷が浅い内に降伏を選択しようとしていた。はなはだ不快ではあるとはいえ、仲間に無謀な戦いをさせるわけにはいかないという大義があれば、彼女はそれに耐えられただろう。  だが生徒会は、河嶋は、敗北に耐えられなかった。何故なら敗北は学園そのものの終わりを意味するからだ。  私は戦車道復活の裏にあった真実を語り、その上で選択を求めた。河嶋には悪いが、しかし決定権は西住ちゃんにあった。これ以上彼女に何かを強要することは出来なかった。  多分、西住ちゃんにとっても学園が沈もうがどうしようがさほど興味はなかっただろう。居心地のいい住処、勝手のいい戦車隊、それらが失われることは確かに無視できない損失だが、賭けに出てリスクを負うならば、また新しい土地で同じ様な事をした方がいいと考えたかも知れなかった。十分名は売れたのだ。  西住ちゃんがそうしなかったのは、立ち向かうことを決めたのは、私がいたからだと思う。自惚れではない。西住ちゃんはあの時、これが大きな貸しになるということを理解したのだ。そして学園の頂点にあり、本人も優秀である角谷杏を、言葉一つで支配できる立ち位置を把握したのだ。  それは西住ちゃんにとってなかなかおいしい話だったのだろう。プラウダに仕掛けることは賭けだったが、しかし十分におつりが返ってくる程度のリスクでしかないと思わせる位には。  そして彼女はやった。一時の恥を容易く飲み干して、嫌がっていたあんこう踊りで隊員を鼓舞し、危険な雪中索敵に平然と人をやり、Ⅲ突を雪下に埋めるという場合によっては救出作業が必要になる作戦さえ用いて、雪上戦においてプラウダを食い破ったのだった。  そうだ。私はあの日、西住みほに恋をしたのだ。何処までも自分本位で、自分の興味と楽しみ一つの為だけに、圧倒的不利な戦況を覆す事さえもしてのけるこの化け物に、大いに呆れると同時に憧れたのだった。何一つ自分の好きなようにできなかった角谷杏という物語を振り返って、そこにヴァリヴァリと凶悪な破壊音を引き連れてやってきた利己主義の塊に、私は大いに翻弄されたのだ。  それは何処までも純粋な輝きだった。誰からも自由で、世界の方をこそ間違っていると断じる様な、そんな強い輝きだった。誰が見てもまともではないその輝きを、しかし私は美しいと感じたのだった。  お姫様で、王子様で、邪悪なドラゴンで、そしてどうしようもなく私を惑わせる。  その後の私は本当に滑稽なもので、試合を重ねる度、日を経る度、それこそ顔を見る度に、彼女への恋慕を色濃くしていった。  それは彼女が私に告白の言葉を寄越し、みっともなくも泣きながら受け入れたあの日から、ずっと変わっていないのだ。  ただ一つ、私が彼女の愛を信じられないだけで。 [newpage] 「会長さんは、どうして信じられないんですか?」 「怖いからね。今までずっと、私はそういうのを信じてこれなかった。無償の愛なんて嘘っぱちで、永遠の友情なんて夢まぼろしで、恋愛なんて一時の気の迷い。裏切られたら怖いから、傷付くのが怖いから、信じられないんだ」 「会長さんは、どうしたら信じてくれますか?」 「わからないよ。信じ方なんて誰も教えてくれなかった。信じさせてくれる人生じゃなかった。いいじゃないか、信じられなくても。曲がりなりにも恋人同士で、キスだってセックスだってした。傷付かないよう、表面上で馴れ合おうよ。それでも十分幸せだしさ」 「会長さんは、本当にそれでいいんですか?」 「よくないよ。全然よくない。でもさ、でも、それしかできないんだ。傷付きたくないんだ。怖いんだ。それって悪い事かな。私達はヤマアラシなんだよ。お互いを刺さないようにさ、適度に距離を取るのがいいんだよ」 「会長さんは、本当に本当に」 「止めてよ!」  夢の中の西住ちゃんなのに、本当に私の思うとおりにならない。  なんでそんなことばっかり言うんだ。放っておいてくれ。このまま程よく暖かい列車に揺られて、楽しい事だけ思い出しながら微睡んでいたいのに、西住ちゃんのせいで嫌な事ばかり思い出す。  もう、放っておいてくれよ。めでたしめでたし、二人は何時までも幸せに暮らしましたでいいじゃないか。  そう、叫びそうになった瞬間、ぎいい、と音を立てて列車が急停車した。  ぐらりと倒れそうになる私の体を、西住ちゃんが軽々と受け止める。 「あ、ありがと」 「立てますか?」 「うん、大丈夫」 「それでは降りましょうか」 「へ? もう終点?」 「終点はまだ先です。でも会長さんはここで乗り換えです」  ずるずると引き摺られるようにして車外に放り出される。暖房の利いた車内とは打って変わって、真冬の様な凍える寒さだ。凍りついた夜空の片隅では、南十字星が冷たく瞬いている。 「こちらです」  西住ちゃんが手を引いて行った先には、もう一本線路が走っていて、そしてそこには、列車ではなく戦車が停まっていた。  車高が低い、亀の甲羅のような装甲に、突き出した砲塔。車体に描かれたエンブレムは、漫画じみた描写で駆け足を表現された亀だ。  38(t)ヘッツァー仕様。  私の、私たちの戦車だ。生徒会の、カメさんチームの。  西住ちゃんのエスコートで乗り込み、座りなれたポジションに人形でも置くかのように押し込まれる。操縦席には西住ちゃんが乗り込み、エンジンを始動させた。普段見ない光景に、頭がくらくらする。夢だけど、なんなんだこれは。 「西住ちゃん、確か運転はあんまり、」 「舌噛みますよ」  ヘッツァーは急発進し、枕木にがたがたと揺れながら明かりの一つもないよ闇を駆け抜けて行く。 「ど、どこいくのさ?」 「どこがいいですか?」 「へっ?」  がったんがったんと、最悪の悪路を最悪の運転で走りながら尋ねてみれば、寧ろ聞き返される。 「ヘッツァーは会長さんの戦車ですから。行きたいところはどんな悪路でも乗り越えていきますし、行きたくない所には馬で引いても進みませんよ」  どこでもいいならさっきの列車でもよかっただろう。列車の中は暖かかったし、明るかった。座席は程よく硬く、横になったらさぞかし寝心地がよかっただろう。  それと比べてヘッツァーは戦車だ。乗り心地はお世辞にもよろしくない。寒いし、座席は堅いし、明るくもない。横になるほどのスペースもないし、鉄と油の匂いもする。 「それもよかったかもしれませんね。きっと何一つ不自由なく、もう心配することもなく、西住みほの事で心惑わせることもなく、穏やかな旅が楽しめたことでしょう」  ああ、きっとそうだろう。何処へ行くかは知らないが、あの列車は今よりましな所へ連れて行ってくれただろう。暖かな車内。心地よい座席。ここではないどこかへ連れて行ってくれる素敵な列車。 「…………」 「引き返しますか? 今なら間に合いますよ」 「…………西住ちゃんは、一緒に行ってくれるの?」 「ええ、会長さんが行くなら。だって会長さんの夢ですから」 「ああ、うん、そうか。そうだよね」  そうだ。これは夢なのだ。この西住ちゃんも、夢なのだ。 「いや、いいよ。このまま行こう。あの列車には夢の西住ちゃんがいてくれるけど、本物の西住ちゃんは戦車じゃないと追いつけそうにない」 「了解しました。それで、どちらまで?」 「大洗女子学園までお願いするよ、運転手さん」 「はい、喜んで」  がりがりと激しく音を立て、ヘッツァーは加速する。悪路に荒い運転は盛大に車体を揺らし、戦車の狭い鉄の胎内で、私は激しく前後左右に振り回され、ガツンと一撃頭を打ったかと思うと、そのまま意識を失ったのだった。 「会長さん! 会長さん!」  間近で叫ぶ大音量に、眉をしかめる。なんだかあちこち痛いし、瞼の裏で光が明滅するようにがちかちかする。微睡むには随分喧しい。 「うっ……ぇ……なに…………」  声を出そうとしたけれど、上手く出てこない。 「会長が目を覚ました!」 「担架まだ!?」 「救急車もうすぐでーす!」  いろんな声が聞こえてくる。そんな中、しつこく会長さん会長さんと繰り返す声があって、はいはい私が会長ですよと重たい瞼を持ち上げると、土で汚れた頬もそのままに、西住ちゃんがこちらを見下ろしていた。 「会長さん、大丈夫ですか! わかりますか!」  初めて見る顔だった。すっかり血の気が引いて真っ青で、表情筋という表情筋がすっかり強張ったのか、怒ったみたいな無表情で、口元ばかりが激しく何やらまくしたてている。 「ほ、ほら、西住、会長も混乱してるから」  河嶋が後ろから羽交い絞めするようにして、ようやく西住ちゃんが離れるが、それでもかなりもがいているようだった。こんなに暴れる西住ちゃんもまた初めて見た。これは放したら危なそうだ。河嶋がんばれ。特訓の成果を見せろ。  なんだかわからない内に体を起こそうとすれば、小山にそっと押さえられた。頭を打っているから、まだ横になっていた方がいいと。  大人しく横になって、何となく視線を巡らせると、近くにヘッツァーが見えた。履帯をこちらに見せて、完全に横転している。ぼんやりとそれを眺めているうちに、だんだんと事情が思い出されてきた。 「あー…………落っこちたんだっけ」  練習試合中の事だった。土煙が酷く、西住ちゃんを真似て自分の目で戦場を見てみるかと、慣れない事をしたのが悪かった。タイミング悪く、岩に片側が持ち上がった瞬間に砲撃を受けたようで、ヘッツァーは勢いよく横転。私はすっぽ抜ける様にして放り出され、頭を打ち付け痛いと思う間もなく気を失った、という顛末だったと思う。  どうやらそれで慌てて試合を中断し、私を介抱しているという場面なのだろう、これは。  寝起きで頭が回らないのと、西住ちゃんご乱心という極めてレアなシーンに、なんだかこっちは驚く暇もない。ゆっくり視線を巡らせれば、死刑宣告を待つ犯罪者じみて青ざめた顔で立ち尽くすのは一年生共か。多分、ヘッツァーにきつい一撃をかましたのは彼女たちだろう。自分たちが誰かを傷つけてしまったということがかなりショックなのだろう。  これが原因となって後々に響いては困る。私はへらりと何時もの笑みを作って、軽く手を振ってやった。 「上手くなったね。参った参った」  ふんわり軽く言ってやれば、それで緊張の糸が切れたのか、おいおいと泣き出す少女達。泣きたいのはこっちだ。後でいろいろフォローしてやらなければなるまい。  そうしていると、再び西住ちゃんが迫ってきた。流石に少し落ち着いたのか、先程までの狂乱振りは鳴りを潜めていたけれど、相変わらず顔は強張って蒼白だ。 「会長さん、会長さん」 「あ、はは。西住ちゃん、隊長がそんなに慌てちゃダメだよ」 「いいんです。会長さんが目覚めなかったら、戦車なんて」 「戦車なんて、なんて言っちゃダメだよ」  軽くたしなめると、不満そうに歯を食いしばる西住ちゃん。しかし一応戦車隊の前だ。そういう発言をしては士気に関わる。  しかし、自分が気絶しただけでそこまで言ってくれると、嬉しくはある。  これも演技なのかという疑いがもたげてきて、吐き気がする。  それを堪えて、私は笑顔を作った。疑いは、捨てられない。でも、信じることを諦めるのは、もう止めにしなければ。 「はは、西住ちゃんは、ほんとに私のこと好きだねえ」 「好きです。大好きです。何度も、言ってるじゃないですか!」 「ありがとう。私も好きだよ」 「……ッだから!」 「あのね、あのね、西住ちゃん。私、かなり面倒臭い女だよ」 「知ってます。知ってて好きなんです」 「それにほら、年上だし、卒業したら大学行っちゃうし」 「たった一年です。すぐに追いつきます」 「こんな貧相な、子供みたいな体だしさ」 「良く知ってます。でも好きです」 「好きって言ってもらっても信じきれなくてさ、キスしてても怖くなっちゃうし、大事にされるほど不安になるんだ」 「でも、それでも、好きなんです!」 「きっと、何時まで経っても、どこかで信じきれないままで、ぎくしゃくするんだ」 「それでも!」 「だからさ」 「えっ」 「だから、信じさせてよ。私、本当に面倒な奴だから、すぐくらーくなっちゃうけど、でも、私のこと好きならさ、信じさせてよ」 「…………はい! 一生かけても!」  私はすぐそばに屈みこんだ西住ちゃんの顔に手を伸ばすと、間髪入れずにその唇を奪った。ガツンと勢いよくぶつかって、唇を切ったのか血の味がする。仕方がないじゃないか。勢いでやったんだし、私からキスするのは初めてなのだ。  ぶつかってきた私に驚いた西住ちゃんも、すぐにそれがキスなのだと気付いて、寧ろお返しとばかりに私にのしかかり、唇を押し付け舌を絡めてくる。そう来なくては。そう仕向けたのだから。  西住ちゃんで塞がれた視界の外から、悲鳴が聞こえてくる。黄色い悲鳴という奴だろうか。 「か、かいちょー!?」 「に、西住殿ご乱心!?」 「こ、こここ告ってたよ! ぷ、プロポーズしてた」 「やだもー!」 「あっさり先を越されましたね、沙織さん」 「きゃー!」 「キスだー! キスしてる!」 「救急車来てるぞ馬鹿!」  騒ぎ立てる戦車隊に、失神する河嶋。非常に居心地の悪そうな救急隊員。周囲が目に入らないくらい興奮しているのか、はたまた開き直ったのかキスを続行する西住ちゃん。物凄く恥ずかしいし、きっと卒業した後も伝説になる様なとんでもない痴態であることは間違いないが、これも保険だ。  これだけの面子の前でこれだけしっかりと見せつけたのだ。マイノリティということもあって今までは隠していたが、完全に公認となったわけだ。しかも見た目には、怪我をした小柄で貧相な会長を、戦車隊隊長が押し倒して居るような絵面だ。  さしもの西住ちゃんも、これだけやらかして私をあっさり捨てるようなことは出来まい。信じる。信じたい。だがまだ怖いのだ。だから臆病な私は、こうして保険をかけるのだ。  西住ちゃんもきっとそれがわかっているから、公衆の面前であえてこうして見せつけて、私を縛ることにしたのだろう。 「もう放しませんからね、会長さん」 「こっちこそ」  私たちはこういうのがお似合いなのだと思う。捩じれて拗れて歪んで捻くれて、それでもがたがた言いながら回る噛み合わせの悪い歯車みたいに。  結局強引に引き離されて救急車で運ばれるまで、私たちはお互いの面倒臭さを再確認したのだった。 [chapter:その物語はめでたしめでたしで終わりますか?]  私の、私たちの物語が幸福のままに終わるのか、それはちょっとわからない。  何せ私たちはまだ十代で、性別だとか、家柄だとか、この先随分沢山の障碍が待ち受けていることだろうから。  幸福に終わるも不幸に終わるも、すべてはこれからだ。  ただ、きっとそんなに酷い事にはならないとは思う。  懸念していた戦車隊のメンバーの動揺も少なく、同性同士の付き合いもやんわりと受け入れてくれたようだ。女子高という土台が同性愛についての忌避感を薄めてくれたのだとしても、それ以上に仲間としての信頼があったのだと、信じられるようにしていきたい。  心配をかけた西住姉に、どうやらなんとかなりそうだと連絡を送ったら、何故か西住母の方から直筆の手紙で娘をお願いしますという短いながら切実な便りをいただいた上、愛用しているという胃薬まで頂戴した。なんだか途端に親近感の湧く話しだ。  前途多難に思えた道も、どうやら暖かい理解と支援がある様で、私達は何とか頑張っていけそうだ。  これにて角谷杏の不幸物語は幕を閉じ、これからは、信じることを始めた少女と、大切なものが出来た少女の恋物語が、きっと続いていくことだろう。  それが、私の人生の物語。
アホみたいな長文。<br />乱れ髪シリーズの一応の総まとめということになるのでしょうか。<br />一人のキャラを立てるのにここまでくだくだしく書かなければいけない人間なんだよ私はと死にたくなる。<br /><br />2020/09/27追記<br />水無瀬紀柳さん(Twitter @minase_0317 )に、本作を朗読して頂きました。<br />殿方なのですが、とても優しく柔らかい声音で、違和感なくお楽しみいただけると思います。<br />お時間と興味がございましたら是非どうぞ。<br /><a href="/jump.php?https%3A%2F%2Fyoutu.be%2F7hm0XQU6hmQ" target="_blank">https://youtu.be/7hm0XQU6hmQ</a>
私の人生の物語
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「な、なんでここに?」 俺は目の前の速水に問い掛ける。 今日停学明けとか誰にも言っていないハズなんだが…… 「この前八幡に連絡した時、そろそろ停学明けって言っていたから、そろそろかなって」 え、それで見事当てちゃうとか、色々と怖いよ? というか、今日は素直だな。てっきり 「別に……なんとなく」 とか言うとおもったのだが…… 速水は時たま、身近な人の前では素直になるからな。 「まあいいか……。ほら、いくぞ」 玄関前で言い合っても仕方ないので登校を促す。 久し振りの登校であるせいか、登校が面倒くさい。 まあ、アレだ。夏休み明けとか急激に学校に行きたくなくなるヤツだ。 しかも今は5月の初め。徐々に暑くなるのに制服は冬服のままの時期だ。 ……これ学校ついた頃汗だくじゃね? [newpage] 珍しく、俺と速水は一緒に登校している。 だが…… 「なあ、」 「何?」 「近くね?」 「そう?」 いやいや、近いから。 今の俺と速水の距離は腕の太さ一本分の幅あるかないかだ。 ん、徐々に近づいてきてない? いい匂いがするからわかるよ?しかも時々触れてるし。(腕が) まあいいか。減る物でもないし。 山の近くの交差点に差し掛かる。 この辺の道は狭く、また市内の大道路をつなぐ道路への抜け道になっているため、普段の交通量はそこまででもないが、時間帯によっては大型トラックなどが法定速度違反で走っている。そのせいか、数年前には死亡事故も起きている。 前方を見ると、黒髪ロングのストレートで、黒ストを着用した少女が歩いている。 「なあ速水、あれって――」 クラスメートか?と聞こうとして、聞けなかった。 何故なら―― ――猛スピードで、4tトラックが迫っていたからだ。 しかも此処から確認する限りだと、居眠り運転のようだ。 マズイ 「速水!ちょいと荷物持っててくれ!」 荷物と羽織っていたブレザーを投げ渡し、走り出す。 「え、ちょ、……重い」 我慢してくれ。 居眠り運転手は顔をハンドルへ突っ込んだのか、大音量のクラクションが鳴る。 そのせいか、前を歩いていた少女は固まってしまう。 死を覚悟した。そんな雰囲気が少女のほうから漂ってくる。 仕方ない、奥の手を使うか。 今までのトラウマや黒い記憶を掘り起し、殺意を生産する。 その殺意を足へ集中させ、エネルギーを取り出す。 そのエネルギーを使用し、爆発的な加速を生み出す。 名付けて、殺意ブースト。(命名、比企谷真也) ただしこれはあくまでもイメージ。本当に殺意からエネルギーを生産しているわけではない。 簡単にいうと、火事場のバカ力より少し強力な力を意図的に引き出しているだけだ。 叔父さんから教わった技術の一つだ。 詳しい原理は知らない。 何せ、教えてくれる前に殺されてしまったから。 常人を超える加速を得てどうにか間に合った俺は少女を前で抱え、(所謂お姫様抱っこ)ほぼ垂直に4メートルジャンプする。 丁度俺達の下をトラックが通過する。 完全に通過する前にトラックのコンテナを蹴って対岸に着地する。 「大丈夫か?」 「は、はい!!」 う~ん、赤いけど大丈夫か? 「あ、ありがとうございました。私、神崎有希子と言います。あの、あまり見ない方ですけど……」 「俺は今日から停学明けになった比企谷八幡だ」 ん?今俺自然に名乗っていたよな。何故だ? 「比企谷君、ありがとう。今度何かお礼させてね」 そう言うと俺が助けた少女――神崎は微笑んだ。 「お、おう……」 ふぅ、俺だから良かったものの、他の男子だったら絶対惚れてるぞ。そして玉砕して地獄を見ることになるのがお決まりパターン。 「八幡、はい荷物」 いつの間にか速水がここまで来ていた。 気付かなかったぜ。いつの間にステルススキルを…… 違いますね、俺の気配察知スキルが衰えたんですね。 「ああ、悪いな」 取りあえず、預けていた荷物を受け取る。 そういや、鞄の中に拳銃入れているの忘れてた。 そりゃ普通より重くなるはずだ、 あと、なんで不機嫌になっているの? この後、E組の山を俺を先頭に登ったのだが、二人は不穏な気配を纏いながら話し合いみたいのをしていた。 ふと後ろを見たとき、二人の間に火花が散っているように見えたのだが……気のせいだよね?
やはり俺のE組生活はまちがっている。 二話
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体調が悪化したので俺は先生に家まで送ってもらった。 さすがに勉学は控えておこうと思っているが、何もしないのは不安で仕様がなかった。 とりあえず傍にあった国語辞典を読むことにした。 あれからどのくらい経ったのか……小町が帰って来た。 あれ以来もうほとんど会話は無い。高校はどうなんだろうか?試食会で、玉縄たちに「妹が入学するかもしれないから、そうなったらよろしく頼む」と言っておいたが……。 さらにそれから2時間ほど経ち……電話の着信音が聞こえた。どうやら小町が出たようだ。 俺は変わらずベッドの上で国語辞典を呼んでいると、ドアが開いて小町が俺の部屋に入って来た。 「お兄ちゃんの学校から電話あったよ」 「俺が体調悪いってことだろ」 「うん…それに今日無理して行ったことも聞いたよ……」 「ああ…それで先生に説教されてな。次からは無いようにしようとは思う……」 実に5か月ぶりだ……こうやって妹と話すのも……… 「お兄ちゃんがこうなったの……小町のせいだよね……」 「ちげえよ……」 「小町がお兄ちゃんに冷たくしたから……」 俺がこうなったのは魔王を倒すためで、小町のせいじゃない。今は歯止めが効かなくなっているけどな……。 「違う……本当に小町のせいじゃないんだ」 「今まで小町ばっかり我儘言って……ごめんねお兄ちゃん……」 そう言って小町は泣き出してしまったので、俺は小町の背中を撫でて宥めようとした。 しばらくして小町も泣き止み落ち着いてきた。 「本当にお前のせいじゃないんだがな。まあ…小町が口利いてくれなくて寂しかったけど」 「ごめんなさい……」 「気にしなくていい。去年のもそうだが、俺のためを思ってだろ」 「うん…でも……」 「別にいいさ……家族なんだしな」 俺は小町を宥めて、やっと仲直りした。 「高校はどうだ?」 「玉縄さんや折本さん達が良くしてくれてるよ。玉縄さんの方は何言ってるか全然わかんないけど」 「そうか……」 「お兄ちゃんでしょ?最初に会ったとき『比企谷君の妹さんかい?』って訊いたの」 「……ああ」 「ありがとうお兄ちゃん」 そして久しぶりに小町と一緒にご飯を食べた。 結局次の日になっても具合が悪く学校を休んだ。藤沢が見舞いに来てくれたからいいんだけどね。まあ…その時の小町の詮索は凄かったけどな……。 さらに次の日に、やっと体調は回復したので、俺は登校することが出来た。 終わり [newpage] あとがき 小町ちゃんと仲直りできてよかったねの回。 12話のあとがきで触れた本来の予定を希望する人がいますが…… その順序で魔王を倒すんじゃなくて、比企谷君が城廻先輩を批判する展開が見たいってことですかね?
風邪編の後編。
別の選択肢14話
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「理事長が倒れたらしいって」 「理事長って誰?」 「ほら、遊園地に金の立像が建ってるじゃない? あのモデルの」 「ああ、いま建て替えてるあれ? たしか、この前の局地地震で壊れたやつだよね」 「ほとんど不眠不休で働いてたらしいから……」  正十字学園で、他の噂と同じようにその話は囁かれ、ひととき人々を驚かせたが、色褪せやすい関心はすぐまた別の対象に移って、長く記憶にとどまる事はない。正十字学園理事長が、実は悪魔で、体調を崩すなどという事が天変地異並みにあり得ない、と知っている人間の数はごく少ない。 「聞いたか雪男、メフィスト倒れたって?」 「ただの噂だよ。実際はどうだか」 「オニのカクランってやつだな、ざまあ!」 「よしんば事実だとして、他人の窮状をそんな風に言うものじゃないよ。ところで兄さん、よく鬼の霍乱なんて言葉知ってたね」 「二千円の恨みがあるんだよ俺には! ……よくわかんねーけど、ジジイが風邪の時も言われてた」 「……」  誰もそこまで深刻だとは思わない。噂の真偽は定かではないし、所詮、鬼の霍乱だろうから。  * * *  「ひどいものだな……」  引き籠もった自室でぽつりとつぶやく。つぶやいた声もまた酷い。がらがらとしゃがれて、他人の声のようだ。喉に感じた異物感に喉元へ手を宛てるが、熱っぽい肌に触れるだけだった。  不意の体調不良で倒れ、仕事はすべてキャンセルとなった。いわゆる、風邪らしい。もともと秘密も副業も多く、どうしても自分自身で管理しなければならない必要最低限の仕事以外は、他に割り振れるように仕組みを整えていたのが幸いして、周囲への影響はさほど無い。  いまは自室のベッドの上だ。一時間以上滞在することが滅多になく、陽の昇っている時間にこうしてここにいる事もなかった室内は、他人の部屋のようによそよそしい。病人用の食事を無理やり胃に流し込み、処方された薬を数種類飲んでしまえば、あとは何もすることがない。温かくして眠ることが最善だという。眠るのは苦手だというのに。  風邪なんて何百年ぶりだろう? 人間の身体に間借りし始めたばかりの頃に、休息の加減が分からず無茶をして、数回だけ、体調を崩した時に学習した筈だったが。一日一時間も眠れば足りるだろう、と理解して、それは守ってきていた。 「近頃は眠りが浅かったか……」  記憶に残らない変な夢を見て、嫌な感覚と共に起床する事がたしかに多かった。そういうものの影響を、この身体は繊細に受ける。人間というものは、かくも面倒で……おもしろい、と普段なら断じるところだが、風邪ごときで倒れた今は余裕がない。この身体の制限も、脆さも、いまいましいばかりだ。 「死にそうだ……」  死にはしないことは分かっている。ただ熱っぽくて、気怠くて、心細い。この世のすべてから置いていかれたような心持ちがする。それを弱気と言うのだと、頭の中では組み立てて自嘲する。けれども、自嘲したところでその感覚は消えはしない。  ふと、思う。 「そうか、これが」  寂しいという感覚なのだろう、と思った。身体が弱って、心にまで影響して、自由はきかず、先も見えない。八方塞がりだ。こんな時に、人間達ならば誰かに傍にいて欲しいと願うだろうか。家族か、恋人に。 「……いよいよ末期だな」  誰かに、と思ったら、一人の顔しか浮かばない。命じて呼び出せば応じるだろうが、それでこの弱った状態を晒して、相手に何を求めるつもりだろうか、自分は? 侮蔑も嘲笑もせず、ただ都合のいい同情を与えて欲しいと願える立場だろうか。 「アマイモン……」  口から名前をこぼすくらいは許して欲しい。それ以上は何も求めないから。  * * *  「ベヒモス、あんまり勝手に歩きまわると……」  退屈しのぎに屋敷内を歩き始めたのはいいけれど、入り組んだ構造と、同じようなドアと窓が並ぶ光景に、少し迷子気味な現状だ。無限の鍵を使えばスタート地点である僕の部屋には一瞬で戻れるから、心配は要らないと思うけれど。 「ベヒモス」  先日、あんな事があったばかりだから、勝手をしてまた叱られるような事態は避けたい。叱られる、というのか……。何か決定的に関係へ亀裂が入ったような、あの空気はもう吸いたくない。あの時の怪我は治り、破壊された部屋の壁は補修され、痕跡は跡形もないけれど、記憶の中に刺のように引っかかって憂鬱な気分になる。  顔を合わせたいのか、合わせたくないのか、よく分からない。会いたい。でも、僕の何かがあの人を怒らせている。そうは思うのだけれど、何が、というのが分からない。怒らせたくはない、嫌われたくもない、けれども、僕は知らずにあの人を不機嫌にさせる才能を持っているようだ。逆の才能なら、よかったのに。  迷宮のような屋敷内、もう歩きまわって30分以上になるだろうか。  同じ所をぐるぐると回っているだけのようにも感じる。まるで僕の心の中と同じだ。目的も分からず、同じ思考を繰り返す。本当に望んでいるのは何だろう?  「ベヒモス?」  ベヒモスが一つの扉の前で立ち止まった。豪奢な造りの扉。僕が滞在している部屋に、少し似ている。ということは、 「……ここも客室かな?」  ベヒモスは扉の前で僕を見上げる。 「ここに用がある?」  でも、鍵がかかっているようだ。 「鍵はあるけど」  無限の鍵を使い、本来この扉が通じるべき場所に、と願えばいい。 「入りたい?」  ベヒモスが神妙な顔で頷くので、それに後押しされるように僕は鍵をポケットから取り出し、扉に差し込んだ。  とくに変哲のない室内は、しんと静まり返っている。けれども、屋敷内の廊下を歩いていた時や、たまにその中の一室を覗いてみた時に感じたような、まったく使われていない物特有の死んだ感じはしない。窓のカーテンは開かれ、外からの明かりが部屋を照らしているし、花瓶には花が活けられ、家具類に覆いもない。使用中の部屋のようだった。 「でも、鍵がかかっていた……」  誰かが使っている部屋に入り込んでしまっただろうか。 「ベヒモス、出よう」  声を抑えて、ベヒモスを呼ぶ。けれども普段は従順なペットは、僕の声を無視して、入ってきた時とは逆方向の奥へと続く扉の前へ歩を進めている。僕の滞在している客室と似た造りの部屋だから、構造が同じなら、そちらは寝室へと続く筈だ。客室なら、客がいるだろう……。 「ベヒモス、止まって」  けれども、この部屋は他の部屋よりもはるかに使われている雰囲気がある。よく手入れされ、使い込まれた家具、古い匂いのしない空気、ついさっきまで人がいた痕跡がそこかしこにある室内。見渡せば、僕が滞在している部屋より、ひと回りほども広いだろうか。  この部屋を使っているのは、客じゃない__。 「ベヒモス、」  僕がもう一度、その名前を呼ぶのとほぼ同時に、ベヒモスは奥の扉へ体当たりをした。  咄嗟に床を蹴り、ベヒモスの隣に着地した僕は、緑色の丸い身体を抱き上げる。ジャラ、と、ベヒモスに繋がれた鎖が音をたてる。さっきの体当たりも、鎖の音も、やけに大きく感じる。実際はそれほどでもなかった気がするが、こそ泥をして隠れなければならないような心境になっていて、神経が耳に集中している。 「誰かいるのか?」  扉の向こうから聞こえた声に、半ば予想はしていたけれど、心臓が跳ねる。特徴のある滑らかな声。扉越しなせいか、幾分くぐもって聞こえるけれど。  ……あの人だ。ベヒモスを抱えたまま、僕はその場に硬直した。  * * *   浅い眠りから浮上すると、扉を叩く音がする。こもったような音のノックは一回きり。妙だな、気のせいだろうか?  「誰かいるのか?」  横たわっていた身体を起こし、声をかけたが、返事はない。夢だったろうか。さっきの夢の内容もまた憶えていない。憶えてはいないのに、感じの悪さだけは感触として残っていて、疲労を倍化させる。ただでさえも熱で気怠いというのに。  ノックは幻聴だろうか。そんなものまで聞こえるとは、いよいよもって__ 「すみませんでした」  扉の向こうからの声に、思考が止まる。これこそ幻聴じゃないか?  「屋敷内を暇つぶしに歩いていて、迷い込んでしまって」  アマイモンの声だ。 「すぐ僕の部屋に戻ります」  声だ、ということだけ理解して、その内容はほとんど頭を素通りしている。 「失礼しました。では」 「待て、」  耳を澄ます。扉の向こうの気配が今にも消えるんじゃないかと、気が気でない。 「いるんだな、そこに?」 「……はい」 「こちらへ。……私の、傍に」  来てくれ、と言った。無意識に。来い、と命令するのではなく。けれども命令と大差などないだろうか。強要できる立場の者が、来い、と言おうと、来てくれ、と言おうと。  熱で何かが挟まったように膨らんだ喉が、さらに渇いて、空咳が出る。胸が苦しい。 「失礼します」  扉が開き、ベヒモスを従えたアマイモンが姿を現す。いまは半身を起こしてはいるものの、部屋着を着てベッドに伏せった状態の私を見て、少しだけ目を見開いたが、変化はそれだけだった。  そこから、アマイモンが内心何を思ったかは想像できない。熱で頭の働きが鈍くなっている。考えてはいるが、考えていることが空回っているような。考えようとしたことが上手く結論に辿り着かず、ぼやけて、何が必要で、何をするつもりだったのかの思考の開始地点も曖昧になっていく。  アマイモンがこちらへ近づいてくる。アマイモンにかけるべき適切な言葉を幾つか候補に出そうとして、適当なものが浮かばない。役に立たない頭の中で、さきほどから漠然と感じている、寂しいとか、心細い、とかの感情的な感覚ばかりが反芻される。 「あの……」 「傍にいてくれ」  口をついて出た己の言葉に、心臓が飛び出そうになった。思ったことを、ただそのまま……言った。言ってしまった。前置きなり、体の良い理由なり、付ければいいものを! だが、すぐに言葉を足そうとしても頭が回らない。熱と動悸が邪魔をする。心臓が脈打ち、体温が上昇する。  目眩と吐き気を感じて、うつむく。うつ向いたのは、気分が悪いせいだけだったろうか? アマイモンの顔を直視できず、体調のせいにして目を逸らしたのだと、内心で実は気づいている。どんな顔を、どんな反応を、アマイモンが見せたのか分からないと同時に、……知らずに済んだ。  胸を押さえ、何かから逃げ果せた気分で小さく息をつく。 「身体、どうかされたのですか?」  アマイモンの声がする。感情のこもらない声、今はそれが有り難い。アマイモンは何も思ってはいないと、自分を騙すことができる。本当は、声に、態度に出なくとも、弟が常に何かを考え思っていた事は知っていた。その内容を知ろうとはしなかっただけだ、私が。 「……風邪だ。人間のかかる病の一種だ」  説明する己の声を客観的に捉えてみる。しゃがれて、掠れて、張りがない。病に伏している、と、どんな言葉で説明するよりも雄弁な回答に思えた。こんな状態で、アマイモンを傍に呼んでどうするつもりだ? どうしたい? いや、どうして欲しい……? 己に問いかける。 「僕たち悪魔が憑依していても、病などに負けるのですか? この身体は」 「ごく稀には。私も数百年ぶりだ」 「もっと傍に近寄っても、いいでしょうか?」  アマイモンの質問に言葉で答える代わりにうなずいた。胸の動悸がひどくなる。落ち着かない。期待と、失望の予感と、ほんの少し恐怖に似た恐れが胸の内に混在している。どうか、と、何かを望みかけ、何を望んだのか自分にも分からない。漠然とした不安と期待。  ベヒモスをその場に待機させ、アマイモンがこちらへ近づいて来る。私の眠るベッドの端までたどり着くと、座るようにして乗り上げ、本当にすぐ傍にまで来た。 「……触ってもいいでしょうか?」  そう言われ、やっと顔を上げて、アマイモンの顔を見た。やはり表情はない。おかげで侮蔑も感じない。その白い顔だけを見て、何を思っているのか何も分からず、またうなずいた。そうすると、伸ばされる腕。 「熱い、ですね。平気なんですか?」 「平気ではないな」  冷たい指が、頬や首筋に触れる。そこから熱を奪ってくれるような気がして、心地良い。ああ、いつもと逆だ。アマイモンの体温はいつも私より高いのに。いまは逆だ。それが心地良い。心地の良さに、熱で重い瞼を閉じて少しの間だけ、その指が耳朶を撫でる感覚に意識を集中する。  しばらくすると、指は離れていった。 「……僕でいいんですか?」  ぽつりと声がする。アマイモンに問いかけられた、と意識するのに時間がかかった。もっと触れていてくれればいい、と熱で覚束ない頭の中でゆっくり考えていたところだったので。何を言われているのか分からない。 「何……?」 「さっきあなたは、傍にいてくれ、と。……それは、僕でいいんですか?」  どんな回答を期待されているだろう? 何の意図があって、この問いかけをしているだろう?   考えようとして、熱で働きの鈍くなった頭では思考が上手くまとまらない。目の前にアマイモンがいる。その事ばかりに意識が集中して、ただ顔を見て、声を聞いて、それだけで終わってしまう。そのうちに考えること自体が面倒になって、言葉が感情に直結する。口から出た言葉は、 「お前がいいんだ」  誰か傍に、と思って一人の顔しか思い浮かばなかった。寂しい。訳も無く、心細かった。しかし世界にとり残されたような感覚は、アマイモンがこの部屋に姿を現してから消えている。  答えた私の顔を、無遠慮にアマイモンが覗き込む。情緒がないと普段なら窘めるだろうか。いまはそんな事はどうでもいい。至近距離まで近づいたアマイモンの瞳は、ガラスのような緑色をしている。それは私に似ていて、少し違う。アマイモンの色の方が澄んでいて好ましいと思えるのは、余計なものを見聞し過ぎた己への嫌悪の裏返しもあるだろうか。普段は考えもしない事を、事ばかりを、熱に浮かされたこの頭は考える……。 「僕でいいなら、ずっとお傍にいます。あなたが、もういい、と言うまで」  夢だろうか? 私の望んだ、都合のいい同情そのもののような答え。 「お前がいい。……傍にいてくれ」  腕を伸ばして、触れる。冷たい指先。いつもと逆だ。いまは私の熱の方が高い。その冷たさが心地良い。腫れた喉から咳が出ると、アマイモンが戸惑ったように私を見つめる。 「どうすればいいでしょう? 風邪というのは」 「温かくして眠るものらしい」 「横になりますか?」  そう言われ、枕を整えられて、寝かしつけられた。横になった私にアマイモンが布団を肩まで被せる。ベッドの周囲を見渡して、室内用の羽織りを見つけると、アマイモンはそれも布団の上に乗せた。 「温かくする他には?」 「知らない。私も風邪には疎い」 「……」 「手を、」  布団の中から手を伸ばして、アマイモンの手を握る。この手だけあれば、それでいいと思う。悪寒も熱も相変わらずだが、胸のつかえは取れて呼吸が楽になった気がする。 「傍にいてくれ」 「……」 「……次、私の目が……覚めるまで……」  熱があるのに、身体は寒くて、寒いのに、握った冷たい手が心地良い。変だな、と思う間もなく睡魔に襲われた。これがすべて、熱のせいで見た夢だとしても今回だけは起きた後も内容を覚えていたい。深い安堵の中で眠りに落ち、ああ、私は安心しているんだ、と気づくか気づかないかのうちに意識が途絶えた。  * * *  「ベヒモス、」 「……」 「僕でいい、と仰ってくれたよ。信じてもいいのかな?」  熱のせいで温かい手を握って、その寝顔を覗き込む。無防備に眠る姿を目にするのは二度目だ。あの時は意味も分からず居心地が悪かった。いまは、少し嬉しい。殺されても文句を言えないような無用心さで、意識のない自分の傍に他人を置く意味について、考える。握った手の熱が、とても頼りなく感じる理由についても。 「……あなたのことを、思い出したいです。どんな些細なことも、一つでも忘れているなんて耐えられない」  祈るような気持ちでそう告げた。 (続く) 特別出演=奥村兄弟、でしたが、登場キャラとして初めて書いたので、ちょっと緊張しました。
続きです。記憶を失ったアマイモンと、実は寂しいと死んでしまうんじゃないかという疑惑のメフィストのその後。ベヒモスもいます。前→「記憶喪失 4」【<strong><a href="https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=597048">novel/597048</a></strong>】 ■次→「記憶喪失 6」【<strong><a href="https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=730256">novel/730256</a></strong>】
記憶喪失 5
https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=652725#1
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東の空から黎明の光が昇りはじめ、夜の闇を西へと追いやっていく。 几帳の隙間から見渡した外の様子は既に夜明けと言えるだけの明るさに満ちており、朝を報せる鳥の声が自分を夢から現へと引き戻す。 (・・・もう、朝か…) 「―――おはよう、八幡」 瞼を擦りながら、八幡は自分を呼ぶ声に顔を向ける。 まだ微睡んだ気分だが、その微笑む姿を見ると不思議と目が冴えていくのを感じた。 「ああ、おはよう。雪ノ下」 曙光に照らされた肌はまるで光り輝く雪の様に白く瑞々しい。 その頬を薄らと朱に染め、雪乃は八幡に微笑むのであった。 あの鬼女騒動から一年が過ぎた。 寸前のところで駆け付けた雪乃の父――雪ノ下家当主は真実を語った。 平塚静は石女ではなく、真に子を成せないのは当主自身であった。 事の発端は17年前、平塚家当主とその娘である静を側室に迎えると約束した時に遡る。 当時、雪ノ下家は長女の陽乃が齢二歳を迎え御母堂である北の方は第二子となる雪乃を身籠っていた。雪ノ下家と平塚家の関係は良好であり、当主を通じて北の方や陽乃も平塚家当主と親しく、その娘である静を側室として迎える事に異存はなかった。 しかしその後、当主は原因不明の病に侵された。 衰退したとは言え平塚家は都の開闢時からの名家である。その姫君が嫁ぐ事は雪ノ下家の名声を更に高める事に繋がり、これに嫉妬した一部の貴族が呪いを放ったのだ。十日間に渡り生死の境を彷徨い辛うじて命は取り留めるも、その時の高熱により当主は子を成す事が出来なくなった。 この時代、子を成せぬ事は男女を問わず致命的なスキャンダルとなり得る。 そして当主は家族と雪ノ下家を護る為、また自分の様な不能に娶られては静の将来を閉ざしてしまうと考え、苦渋の末に側室に迎える約束を反故にしたのである。 しかしこの時、平塚静が石女であるとの誤った噂が流れたのは誤算だった。 当主がその噂を耳にした時は既に手遅れであった。 自身の父亡き後、静は失意の内に親類の老夫婦の下に身を寄せて一時その名を変えていた。 現代と違いその所在を知るのは困難であり、もはや当主達に手の施しようはなく、それからはただ静がこの苦難を乗り越えて健やかな人生を歩んでくれることを祈っていた。 ・・・だが、こうして悲劇は起きてしまった。 八幡達に真実を語り終えると、当主は懐から差し出した小太刀を静に握らせ、まだ雪乃に対して憎しみの心があるのならその因果を生んだ自分を刺すよう告げた。 「・・・―――ッ!」 ―――そして、その場に鮮血が舞った。 しかし当主にその刃が向けられる事はなかった。 平塚静は、自らの喉にその刃を突き立て―――それを雪乃が止めたのである。 「―――死なせたりしない。貴女には、幸せになる権利があるでしょう?」 刃を握り締め掌から血を滴らせながらも、雪乃の目は真っ直ぐに静を見ていた。 これ程までに罪を犯した事をした自分を許し、生かそうとするその言葉に、静はその目から堰を切った様に涙を溢れさせたのだった…。 ・・・・・・ ・・・・ ・・ そして現在。 あの事件に関わった八幡や葉山に戸塚、材木座の4人は重傷ではあったものの命に別状はなく、その後三人は検非違使に復職し、材木座も今回の功績が認められて再び陰陽寮にて研究を行う許可が特例として下された。 ただ、ここで八幡にとって思わぬ事態が生じた。 検非違使への復職に伴い雪乃の従者役を解かれたのである。 当初は自分が床に伏している間に雪乃がその伴侶となる相手を見つけたのだと思い至り、これで俺は御役目御免か…と考えていた。 しかし、雪乃がその伴侶として選んだ男は八幡だったのだ。 八幡からしても、今回の事件を通して自分が雪乃に抱く感情を誤魔化す事は不可能となり、本来なら感極まるところだが、実際に婚姻となると二人の前には身分という貴族社会における絶対的な障害が立ち塞がっていた。 ・・・だが、そこは女傑と名高い雪ノ下の女。 雪乃もその血を確かに受継いでいた。 もともと八幡が雪乃の従者となったのは、まだ二人が互いを意識する前に両者が逢引きをしていたとの噂が流れた事に端を発している。 それならば――と、雪乃は八幡が床に伏している間に今度は自分が噂を利用したのである。 『身分を超えて主と愛し合う従者の男が、決死の覚悟で怪異に挑み捕らわれた主を救い出した』 雪乃はこの様な噂を屋敷の使用人を総動員して流させ、自身も宴会の席において八幡に救われた時の事を惚気気味に語り尽くしたのである。 若干の誇張はされているものの、雪乃が幾度も怪異に襲われ八幡に救われた事は事実であり、その噂は真実性を帯びて更に人の口を介して語られていく。 そして材木座や友人達の協力もあり、やがてこの御伽噺の様な八幡と雪乃の恋物語は都の子女達の間に身分を問わず知れ渡る事になった。材木座と姫菜が、この噂を更に脚色したのが大きい。 極めつけは、あろうことか皇族の姫君までもがこの恋物語に感銘を受け、雪ノ下及び比企谷の両家を祝福した事であろう。これには流石に雪ノ下家の人間も驚愕し、比企谷家においては鍋をひっくり返した様な大騒ぎに至る始末であった。 …捕らわれの姫君が愛する男に救われる話は古今東西、全ての女にとって憧れなのだ。 既に当主と北の方の両者とも此度の騒動を通じて八幡の人間性を高く評価しており、例え周囲が反対しても娘が望むのなら彼との婚姻を認めるつもりであった為、もはや障害と呼べるものは無くなった。 ・・・唯一、姉の陽乃だけが「私の可愛い雪乃ちゃんが…(泣)」と袖を濡らした。 余談ながら、後年この事を知った八幡は雪乃の強かさに背筋が寒くなったとか。 さらにこの時、材木座と姫菜は獣憑きと呼ばれる人々の待遇改善の為に、八幡と共に鬼女に立ち向かった葉山と戸塚の武勇伝を誇張して広めた。 『生来から獣に憑かれたとされる者達が、友の為に勇敢にも悪鬼に立ち向かっていった。この義を尊んだ姿の何と人間的な事か!』 この噂が、後に獣憑きと蔑まれる人々の待遇改善に繋がっていくのである。 そして怪我を完治しリハビリも終えたとある夜。 八幡は決意に満ちた顔で雪ノ下の屋敷――雪乃のもとへと足を運んだ。 寝殿の階で履物を脱ぎ雪乃の対屋に向かう彼を拒む者は最早この家には存在しない。 「―――来てくれたのね、八幡…」 桔梗の花を思わせる白い几帳が掛けられた寝所で、雪乃は彼を待っていた。 その顔は嬉しさに満ち溢れ、同時にどこか安堵した表情が伺える。 無理もない。 雪乃は八幡を婿に迎えるつもりだが、肝心の当人からは未だ何の返事も貰っていないのだ。 それに、たとえ本人も自分と同じ気持ちであっても、この男は自分を想うが故にその身を引いてしまうやもしれない。 例えそうなっても雪乃は八幡を諦めるつもりはないが、やはり拒絶されたら…と不安はある。 それに―――いつの時代であろうと、女には男に言って貰いたい言葉があるのだ。 「・・・・雪ノ下…いや、雪乃…、俺は…」 そして、幾分かの沈黙の末に八幡が口を開く。 その目は真っ直ぐに雪乃を見据えているが、最後の言葉が喉元で詰まる。 すると庭からスゥっと風が吹き、燈台の灯りを吹き消す。 何もこんな時に――そう思い再び雪乃を見やると、八幡は何時ぞやぶりに息を呑んだ。 望月の明かり照らされた雪乃の姿は初めて会った時の様に、まさに輝く様な美しさだった。 「・・・なぁ、雪乃―――」 その幻想的な美しさに、八幡はそれまでの緊張が嘘の様に鎮まるのを感じながらその先の言葉を紡いだ。 「―――――月が、綺麗だな」 何を言うのかこの男は…と、この場で聞き耳を立てる者が居たら誰もがそう思う事だろう。 しかし、雪乃は嬉しそうに首肯するとそのまま二人の距離は縮まり――月明かりに照らされた二人の影は、そのまま一つに重なった。 再度灯りをともした女房は二人を見るや否や失礼を詫びて慌てて立ち去って行く。 かつて、八幡を邪険に扱ったあの女房である。 そんな様子に二人は忍び笑いをしながら、やがてどちらが導くまでもなく御帳台の衾にその身を委ねて行った…。 この時代、男が女のもとに三日間通えばその者達は夫婦と認められる。 翌日とそのまた翌日の夜も、八幡は雪乃のもとに通い詰めた。 そして、今夜が雪乃と婚いでから三日目の夜。 八幡は改めてこの家の主である雪ノ下家当主と北の方に対面した。 [[rb:露顕 > ところあらわし]]と呼ばれるこの儀式は婿がこの家の人間となる事を認める儀礼である。 本来なら婿の従者も出席するのだが、生憎と中流貴族の八幡には従者がおらず、代わりに親友である葉山と戸塚が見届け役として参列した。また、雪乃の方も両親の他に姉である陽乃――… ――……そして、当主の側室となった平塚静が参列した。 伝統を存じる当時の貴族の慣習からすれば色々と可笑しく、静に至っては自分がこの場に加わって良いのかと困惑した様子である。しかし、雪乃は何も疾しい事は無いと確信していた。今や平塚静も自分の大事な家族なのだ。自分と八幡が夫婦となるのを誓うこの場に呼んで、何の問題があるというのか。 そして、各々が酒を酌み交わして八幡には餅が振る舞われた。 「三日夜の餅」と称されるこの餅は平安時代の貴族の婚姻において三日目の夜に婿に振る舞われる物で、婿がこれを食すことにより正式に婚姻が成立するのである。 この際に餅を噛み切らずに食さねばならず、婿にとっては結構きつかったりするのだが、鵺や鬼女などの怪異を相手にした時と比べれば造作もない事だった。 そして――ここに、雪ノ下雪乃は比企谷八幡を夫として迎える事が誓われた。 陽乃だけが袖を濡らす中、参列者全員が二人を祝福した。 「「おめでとう、八幡!」」 戸塚と葉山が八幡を祝福する。 バシバシと自分の肩を叩く葉山を八幡は「次はお前が三浦を娶る番だ」と茶化し、そのまま互いに冗談を言い合い、そんな二人を戸塚は微笑ましげに眺めるのであった。 雪乃も両親から祝福されていた。 17年前に命を狙われた事から、当主も北の方も雪乃を過保護に育てて来た。しかし、その成長を確かに見届けた今、二人は娘を祝福すると同時に一人の人間としてこれからの心構えを説いたのである。 …余談ながら、雪乃の婚姻により雪ノ下家で行き遅れなのは陽乃だけとなった。 そして雪乃は両親にお礼を言うと、そのまま隅で畏まっている静のもとに歩み寄った。 「…――静さん」 「…雪乃様―――この度はご成婚、おめでとうございます!」 声を掛けられると、静は膝を折って三つ指を突くと過剰なまでに頭を下げる。 現在の静の立場は当主の側室であり、雪乃からすればもう一人の母という事になるが、その平身低頭な振る舞いはまるで下人の様であった。 彼女の本来の性格は至って善良であり、常日頃からこれまでに犯した罪の意識に苛まれている事を雪乃は知っていた。全てが終わった後、当主は静を側室に迎えると宣言したが、静は罪人である事を理由にそれを断った。しかし、そんな静の背を押したのが雪乃である。 「静さん。私達は家族なのだから、そんなに畏まらないでちょうだい」 「…しかし、私は貴女様に取り返しのつかない事を…―――!」 静の目が懺悔で揺れ、自責の念がその心を満たしていく。 凶行に至るまでの記憶は曖昧だが、あの時に自分が雪乃を殺そうとした事は確かに覚えている。それだけではない。落雷により雪乃の猫が死んだのも、鵺に襲われたのも全て自分が起因している。 罪の意識は日に日に増すばかりであり、いつしか静は雪乃に畏れ慄くようになっていた。 「・・・静さん」 そんな静の胸中を察したのか、雪乃は説き伏せる様な声で語りかける。 「…一つ、お願いを聞いて貰えるかしら」 「――はい、なんなりとお命じ下さい…――」 小太刀で自らの喉を突こうとした時、雪乃にその命を救われ生きるよう言われた。 しかし、それでも静は罰を欲していた。 今この場でやはり喉を突けと言われれば、喜んで従うつもりであった。 「――――――貴女に、私達の子供の名付け親になって欲しいの」 ・・・しかし、その言葉はあまりにも理解し難がった。 この時代、言霊思想から名は現代より遥かに重みのある存在であり、子の名付け親ともあればその親から絶対の信頼を得る者…例えば母方の祖父等がそれを任されるのが常である。 ・・・一体、この御仁は何を言うのか。 罪人の…ましてや御身を殺めようとした自分に何故そのような大役を任せるのか…。 静は雪乃の意図が理解出来なかった。 「―――そう、自分を卑下しないで。静さん、貴女は充分それに見合う人よ」 確かに、平塚静はその一方的な逆恨みにより雪乃を殺めようとした。 その事は罪であり、罰が必要である。 しかし、その根底には当主への深い愛とその喪失による悲しみ、そして孤独が存在していた。 その事が魔ノ者に付け込まれた要因であるが、それはつまり人を愛する気持ちやそれを失う事の悲しみ、そして孤独の辛さをその身を以て痛感しているという事である。 これ程までに、人の業を理解している人間は果たしているだろうか。 そして、静は今ではその罪と向き合い悔いている。 故に、雪乃はやがて産まれてくる自分と八幡の子供の名付け親として、時にはその子を見守り、導いて欲しいと願い出たのだ。 それこそが静の雪乃に対する贖罪であり、そしてこれからの生きる道…――。 「――――ッ」 その言葉に、静は何度目かも分からぬ涙を流した。 (…護ります、護ってみせます!此の身が果てようとも、必ずその子を―――!!) この時をもって、ようやく平塚静は雪乃の家族として、またその子供の名付け親として前に進む覚悟を決めたのである。 「・・・・色々と、姦しい一日だったな」 「でも、素敵な日だったわ」 その夜、再び御帳台の衾で八幡と雪乃は寄り添っていた。 直接参列した葉山と戸塚以外に、雪乃の友人である由比ヶ浜や三浦の姫君達からも二人を祝福する文が届けられ、八幡にも親戚となった川崎家から祝いの文が届けられた。 特に川崎家においては沙希が既に婿を迎えており、来月に出産予定である事が八幡を驚愕させた。同時に、「あんたなんかよりずっと素敵な旦那様だ。落ち着いたら遊びに来い」という沙希の直筆を見てようやく過去の自分を許せたのだ。 妹の小町からは「今度遊びにおいでよ。赤ちゃん抱こさせてあげる☆」とあり、今度その夫である大志に会ったら一発ぶん殴ってやると心に決めた。 (――でもまぁ…こうやって皆も俺達も、前に進んでいくんだな) 今宵から八幡と雪乃は夫婦となり、共に生きていく。 しかし、二人ともただ貴族として悠々と過ごしていこうなどとは考えていない。 夫婦となる事を誓った時から、同時に二人はやがて産まれてくる自分達の子供の為に、この都を少しでも本来のあるべき姿へ直す事を誓ったのである。その為には、現在の律令政治や検非違使の腐敗を撲滅しなければならない。幸い、あの御伽噺のような恋物語で今の自分達は各方面から注目されており、協力者を募るには絶好の機会である。 既に、水面下で事態は動き始めている。 かつての八幡と同様、検非違使と律令政治の腐敗に失望した者達や由比ヶ浜を始めとする良識的な貴族達、また出奔し野に下った一部の武士達からも協力の申し出があった。 材木座の働き掛けで陰陽寮に籍を置く者達からも公に支援は出来ないが助言は惜しまないとの声もあり、獣憑きと蔑まれる人々は葉山や優美子の私的な働き掛けにより是非とも改革を手伝わせてほしいと願い出て来た。 一筋縄ではいかない事は承知している。 しかし、このまま都の腐敗に目を瞑ったままでなどいられない。 かつて、貴族の貴族がその権力を笠にした私刑から老婆を救えず、泣き叫ぶ孫娘を救えなかった時の無念はもう繰り返したくない。 ―――そして八幡は雪乃の腹部に手を当て、その命の鼓動を感じとる… 「――――にゃ~」 二人の温もりを感じ、猫が幸せそうな鳴き声をあげる。 雪乃の腹に寄り添うのはあの時――宮殿で雪乃が倒れた時の帰り道、一度は二人が見捨てた仔猫である。 平塚静の件が落ち着いた後、八幡も雪乃も身体に鞭を打って仔猫を探した。 あの時、自分達は仔猫を助けられた筈であり、仔猫は助けを求めていた。 それを今更になって手を差し伸べるのは自己満足以外の何物でないのかもしれない。 だが、仔猫は生きていた。 自分達に見捨てられてもなお、生きていこうとその小さな命を懸命に繋いでいたのだ。 そのひたむきな姿に、二人は目頭が熱くなるのを感じた。 もう、自分達は停滞しないし見捨てたりはしない。 やがて、二人は営みの果てに次の世代を紡いでいくのであった。 ――史実では、後に武士がその武力を持って台頭し検非違使は瓦解、公家貴族もその権力を削がれる事となる。 しかし、この物語の未来もその通りとは限らない。 何故なら、これは色々と間違いだらけな物語なのだから。 ~ 間違いだらけの平安パラレル恋物語 ~ 終 [newpage] ――これは、本編終了後のパラレルな後日談である。 『あれが噂の?』 『ああ、例の忌子さ。―――ご覧よあの髪を、何と面妖な…』 ・・・どうして――何故、周りの大人たちは自分の事を蛇蝎の様に忌み嫌うのか。 幼少の頃からそう思わない日は一日たりとも存在しなかった。 本家の催しに赴いても、自分の生家はまるで村八分の罪人の様にあらゆる親族達から忌み嫌われていた。 中庭で蹴鞠に興じる諸兄達の輪に加わろうと駆け寄っても白眼視され、下人や女房達も邪険な態度を隠そうともしない。 構って欲しさに、故意に転んで膝小僧を擦り剥き治療を強請った事もある。 しかし大人達は眉を顰めるだけで手を差し伸べる者は一向に存在しない。やがて、擦り剥いた膝小僧の痛みは胸の痛みに取って代わられた。 「父様、母様――何故、大人達は僕の事を邪険にするのですか?」 自分は何か悪い事をしたのだろうか…。否、そんな心当たりはない。 誉れ高き検非違使の佐の分家筆頭として、その嫡子であり唯一の跡取りとして、家名を貶めないよう必死に勉学に励んできた。なのに、何故この様な扱いを受けなければならないのか。 余りの不条理に、少年は堪らず自らの父母に訴えた。 ・・・だが、父母がその問いに応える事はなかった。 途方に暮れていると、やがて何処からともなく石が飛んできた。 それも一つや二つではない――見れば、自分とそう歳の変わらない分家の次男坊達が各々の手に握った石ころを投げつけてくる。 「―――痛ッ!…やめて、やめてってば…!」 次々と投げつけられた石が身体に痣を作っていく。 少年の必死の呼びかけにも関わらず、次男坊達はその手を止めない。 それどころか、ますます少年を嘲笑うかの様に罵るのだった。 『―――――――獣憑きめ!』 侮辱と悪意に満ちた言葉が胸に突き刺さる。 いつ頃からか、物心がついた時から少年は父母を除く周りの人間からそう呼ばれていた。 その時はまだその意味を理解出来ずとも、その優れた感受性はそれが軽蔑に塗れた言葉である事は分かっていた。 一つの石が少年の頭部に当たり冠が外れると、次男坊達は更に嘲笑の声をあげた。 人とは違う、オオカミを思わせる灰髪…。 隔世遺伝や白変種、その他に先天性疾患などの症状は当時の医学では理解の及ばない領域であり、人々はそれらを生まれながらに獣に憑かれた人間――獣憑きと呼び蔑んでいた。 『お前のご先祖は―――じゃないか、この化け物!』 ・・・幾多もの石を投げつけられ、頭を庇う少年の両手は所々が痣や傷だらけであった。 すると、いつの間にか目の前に来ていた一人の男児に蹴り飛ばされて地面に倒れ伏す。 それを見るや、男児と他の次男坊達は鬼首を取ったように笑い声をあげた。大方、自分達が鬼を退治した英雄にでもなったつもりで勝ち誇っているのだろう。 「――――……ッ」 …少年の中で、こんこんとした怒りが湧き上がってくる。 そして――その心は口を押し開けて、獣の様な唸り声と共に解き放たれた。 ―――その直後、血飛沫が舞うと同時に幼子の悲鳴が辺りに響き渡たった。 所変わり、日の光が届かぬ薄暗い講堂で少年は自身の曽祖父と相対している。 父母を除けば自分と血の連なる唯一の親族であり、齢百歳を超えるとされる曽祖父は一族の生き字引であった。 しかし、その姿は異様そのものであろう。 禿げ上がり痩せこけた頭部はまるで刺青の様に幾多もの血管が禍々しく浮かび上がり、白内障を患っているのか、その目は白く濁りきり僅かな明かりさえ感じられず、さらにその顎は耳元まで裂け、両の端からは絶えず涎が零れて着物を汚していた。 その醜悪な外見に耐え難い嫌悪感を抱きながらも、少年は曽祖父の声に耳を傾けた。 かすかに、自分を小馬鹿にする様な冷笑に似た奇妙な笑みを裂けた口の端に浮かべて語られた言葉は少年を奈落の底に突き落とすには充分過ぎた。 「・・・嘘、だ…。――――嘘だ、嘘だ、嘘だ!」 必死に現実を否定する少年の姿に、曽祖父はその口を三日月の様に歪めたのであった…。 ――――お前の両親は   なのだ。 「――うわぁああああああああああああああああああ!!」 絹を裂いた様な絶叫と共に、戸塚彩加はその目を醒ました。 全身から大量の寝汗をかき、獣の様な荒い息を鎮める。 「―――――また、あの時の夢か…」 まだ自分が年端も行かない幼子の頃の記憶。 検非違使の佐を務める本家での催し。そして、まだ存命だった頃に一度だけ挨拶に伺った曽祖父の記憶――いずれも思い出したくない、忌まわしい記憶であった。 余程の事だったのか、仔細は思い出せない。 ただあの後、自分は曽祖父とは二度と会わなかった。 その後、齢十五を迎えると同時に生家から現在の住まいに一人で移り住んだのだ。 現在の戸塚の住まいは、元は早世した父の従兄弟の屋敷である。 従兄弟には世継ぎがおらず、残った家財一切の権利は父に渡り、父が病に伏すと自分へと譲渡された。郊外に位置するも雪ノ下家の屋敷に勝るとも劣らない今の屋敷は戸塚一人で住むには充分過ぎる広さであり、現に戸塚は対屋の一角しか住まいとして利用していない。当初は母が同居を申し出て父も了承していたが、謹んで断った。 母もまた身体が丈夫な方ではなく、生家の方が気兼ねなく過ごせるだろう。 また戸塚自身、炊事等の基本的な家事は心得ており、一人の方が気楽であった。 故に、広大な屋敷にも関わらず戸塚は下人すら雇っていないのだ。 衾から起き上がると汗を拭い、顔を洗うとそのまま狩衣に着替える。 今日は親友である八幡から久方ぶりに宴会に誘われたのだ。 目の下に隈など作って行くわけにはゆくまい。 一通り身だしなみを整えると、戸塚は勤め先である衛府へと向かった。 「・・・ふぅ。今日は楽しかったなぁ」 その夜、久方ぶりに八幡達との宴会を終え、戸塚は帰途に着いていた。 宴会に加わったのは八幡とその妻である雪乃の他、同じく友人である葉山とその妻である三浦の優美子であった。 八幡と雪乃が夫婦となって暫くして、葉山と優美子も夫婦となったのだ。 そして現在、雪乃のお腹には新しい命が宿っていた。 もう半月ほどすれば、その小さな命が産声を上げるだろう。 その時はきっと、多くの人間がその生を喜び祝うに違いない。 ・・・そこまで考えたところで、不意に戸塚は言いようのない焦燥を感じた。 何故、そんな事を感じるのかは自分でも分からない。 親友である二人が生涯の伴侶を見つけた事は喜ばしい事であり、それを祝福する気持ちに嘘はない。 では何故、今の二人を――次の世代に思いを馳せる彼等を見ているとこれ程までに行き場の無い暴風の様な荒々しい感情が心を満たしていくのだろうか…。 いつの間にか、振る舞われる料理の味も感じなくなっていた…。 「そう言えば、海老名さんが葉山の部下と付き合いだしたんだって?」 「え、それってマジ?隼人、あーしもその話を聞きたいし」 「落ち着けって優美子、戸部の事なら…―――」 そんな戸塚の胸中とは裏腹に、八幡達は話を進めていく。 どうやら八幡と雪乃の婚姻に思うところがあったのか、最近では海老名の姫君も恋愛を柔軟的に考えるようになり、予てから自分に好意を寄せていた中流貴族の男子と交際を始めたらしい。だが、それが婚姻を視野に入れているかは不明である。 「――そう言えば、結衣も最近は義輝君と仲がいいみたいじゃないか」 「ええ。なんでも、自分の知らない知識を教えてくれる内に学問への興味が湧いたみたいね」 そして、由比ヶ浜の姫君は陰陽寮の材木座がその教授役となっていた。 彼女は既存の学問や教養はからきしだったのだが、どうやらかつて材木座が提唱した大地――地球の自転と公転に万有引力の理論に感銘を受けたらしく、今では彼を家庭教師として遅ればせながら勉学に励み始めたのだ。 親友の雪乃からすれば、結衣の変化は嬉しい限りであった。 材木座にとっても、見目麗しい結衣と全男子の憧れであるその母君と過ごせるのだからこれ以上のご褒美はないだろう。 また、都の改革もその兆しが見え始めている。 特に八幡と雪ノ下家の働き掛けで獣憑きとされる人々の待遇は随分と改善されつつある。 これからも改革の手を緩めない。 各々が改めて誓い合い今宵の宴会を終えた。 だがこの時、戸塚は改革などどうでもよく己の胸中に渦巻く暗澹とした感情を鎮めるのに努めていたのだった…。 屋敷に戻ると、戸塚は寝殿の階に腰を掛けて星空を眺めていた。 奇しくも、夜空に浮かぶ星々には犬を冠した星や星座が多い。 大犬座に小犬座、猟犬座に狼座…現在では88星座から廃止されたが嘗ては冥府の番犬の名を称するケルベロス座も存在していた。また、鷲座の主星アルタイルはまたの名を犬飼星と呼び、大犬座の主星シリウスの漢名は天狼星である。 無論、この時代にはその様な呼び名も概念も存在していないが、夜空の星々を見上げていると何故だか心が落ち着くのだ。 「―――ん?」 そしてこの時、戸塚は西の空より一筋の星が尾を引いて都の一角に流れていくのを見た。 勿論、実際に都に星が堕ちたわけではない。 先程戸塚がその目で捉えたのは現代でいう流星である。 陰陽寮の暦博士ならばその事を理解したかもしれないが、この時代ではその知識は一部の専門家のみが有しており、如何に聡明な戸塚と言えども理解の範囲を超えていた。 そして、戸塚は自分でもわけの分からぬ胸騒ぎを覚えると、星が落ちた場所へと歩を進めたのである。 ・・・この時、流れ星が飛び出したのは現在でいう蟹座の散開星団であった。 後年、かのガリレオに発見されたこの天体はM44プレセペと名付けられ、中国大陸では[[rb:積尺気 > せきしき]]と呼ばれている。積尺気とは死者の魂の事であり、夜空にボンヤリと浮かぶこの散開星団を死者の魂に見立てたと考えられる。 しかし、本来は常世の国の死者が現世に介入する事は忌まわしき事である。 であれば、死者の魂とされる積尺気から飛び去ったあの流星は災厄をもたらす凶星と見なせないだろうか…。 流星を追い戸塚が駆け付けたのは嘗ての獄門であった。 今では廃れて、祠が一つ佇んでいる。しかし、それ以外に特に気に掛るところはない。 結局、自分の気のせいだったか――そう思い、屋敷へ戻ろうとした刻… 『―――ほう、今の世にも面白い男がいたものだ…』 ・・・姿は見えない。 だが、直接脳裏に語りかけるその言葉に戸塚は振り返り辺りを見回す。 すると祠が薄らと揺らぎ、次の瞬間、鬼火の様に蒼白い炎が湧き上がった! そしてその炎は天を仰ぐように燃え上がると、次には憤怒の形相に満ちた生首が浮かび上がったのだった。 『――嗚呼…我が恨み、未だ晴れず…、――我が[[rb:胴 > からだ]]は何処か…』 誰に語るまでもなく口ずさむその声音は憤怒に満ちていた。 ――かつて、この者は此処に首を晒された。 その首は数ヶ月の月日が経とうとも腐らず目を見開き、胴を求め仇敵との戦いを望んでいた。 言い伝えでは、後に首は胴を求めて遥か東方に飛び去って行ったとも、あるいは部下の者が弔いの為に密かに持ち帰ったとも言われている。しかし、それでこの者の恨みは晴れない。 やがて、その恨みは業としてこの地に留まり復活の刻を待った。 時には失意の果てに己を見失った女を惑わし、願いを叶わす事で魔道に堕ちたその身を傀儡とする事も考えた。 腹立たしくもその目論見は頓挫したが、代わりに目の前のこやつは何と相応しいことか…。 『――――……貴様、我と近い物を感じるぞ…』 不意に投げかけられた言葉に、思わず戸塚は太刀に手をやるのも忘れただ唖然とするしかなかった。 『――隔てられた世界の中で、必死に己を殺されまいとしてきたのだろう?…その――』 ―――その、父母による忌まわしい出自を知られまいと。 瞬間、戸塚は自分の心臓が大きく脈打つのを感じた。 それだけではない――次にその脳裏には、今まで無意識に抑えていた忌々しき――悍ましい記憶が甦ってきたのだ! それは幼少期、自らの曽祖父に語られた話であった。 彼の生家である戸塚家の発端は平安初期に遡る。 当時、検非違使の創設に伴い実質的な長官である佐を任命するに当たり、その候補として貴族の中から武芸に優れる二人の兄弟が挙げられた。 当時の家督は長子継続が常であり、佐の地位には兄が選ばれるだろうと誰もが思っていた。 しかし、時の帝は人心が厚い弟を佐として任命したのである。 兄はその勅命を謹んで承諾すると困惑する弟に佐の地位と家督を譲り、自らは分家筆頭となった。 これが、戸塚家の始まりである。 兄の真意は分からない。しかし、それから弟の本家は兄の期待に応える為に精力的に検非違使を運営し、兄の戸塚家も本家を惜しみなく補佐していった。両家の関係は、まさに親密な蜜月状態そのものであった。 しかし、長子相続の慣習に反したこの決定は後に悲劇を起こした。 兄の孫――戸塚家三代目当主が権力欲にとりつかれ、弟の系譜である本家の幼い嫡男に犬神の呪いを行ったのだ。犬神の呪いは飢えた犬を頭部のみを出して生き埋めにし、目の前に餌を見せて置き、餓死する瞬間にその首を撥ねる事でその執念と恨みを利用する呪術である。そのあまりの惨たらしさと末代まで祟る悍ましさ故に、呪術を行うことは禁止されこれを犯した者は厳罰に処されていた。 それを、検非違使の中枢を担う戸塚家がその禁を犯したのである。 そして、その目論見は失敗し戸塚家に後世まで至る悲劇を招いた。 この時、戸塚家当主は呪いをより強めるために犬ではなくオオカミを利用していた。 山神の化身とも言われるオオカミの恨みを御する事など出来る筈もなく、その恨みは呪いとなって当主に返って来たのだ。 撥ねられた首はそのまま戸塚家当主に噛みつき、当主は呪われた。 そしてその呪いは子供達に受け継がれていき、その系譜は時を経てなお途絶える事なく今日に至る。 ――そう。都に存在する獣憑きと呼ばれる人々は特異な外見さえ除けば全くの人であるが、戸塚家の人間――ひいてはその末裔である戸塚彩加だけは先祖の呪いを受継いだ真の獣憑き――犬神憑きなのである。 そして、犬神の呪いにより戸塚家の男は常に早世。 父の従兄弟は伴侶を持たず齢二十の若さで病に蝕まれてこの世を去った。その末期には、引切り無に雨や日の光を恐れて狂った様に叫びながら全身を痺れさせていたという…。 ――やがて戸塚家の人間は自らの死とお家断絶の恐怖から外道へと足を踏み外した。 多くの子を成せば、その分だけ死から逃れられお家断絶も免れられる。 呪いへの恐怖から、戸塚家の人間は誰もがこの様な盲信に陥った。 そして人知れず多くの娘、あるいは経産婦を攫い自らの子種を仕込んでいったが、どれ程の種を仕込もうとも結果が実る事は無かった。 やがてその狂気は極まり―――戸塚家の人間は鬼畜の所業に及んだ。 父が娘を、母が子を、時には兄が妹をと…毎晩にわたり近親相姦が繰り返された。 そして、いつの頃かその中にオオカミも加えるようになった。 無論、人と獣が子を成すなど自然の道理に反し、あり得ない事である。 しかし――と、慄く戸塚を曽祖父は嗤った。 己も自分も犬神憑き――人ならざるモノなのだと。 現に、己の父は山の主とも呼ばれたオオカミなのである。そして、自分の祖母はその血を継ぐ雌のオオカミであり、それが己の息子と交わり生まれた男女の双子――それが自分の両親なのだと…。 そして、曽祖父は今やその末裔である戸塚が取るべき道は三つだと呈した。 一つ、父の従兄弟の様に自らの宿命に目を背け、呪いにより苦しみ死ぬか。 二つ、己の息子――戸塚の祖父の様にオオカミと交わり種を仕込む事で子を成すか。 三つ、…―― ―――最後までその言葉を聞く事なく、戸塚は講堂から逃げ出していた。 我武者羅で走り、次に気付いた時は一族の墓石を倒して先祖の墓を暴いていた。 幾つも並ぶ骨壺の中から自分の祖母の物と思わしき土器を探し当て、なかの遺骨を探る。 そこには…―――…。 ―――そこにあったのは明らかに人とは違う、獣の骨であった。 いつの間にか、戸塚は自分の屋敷へと戻っていた。 敬愛する父母から、一刻も早くこの事実を否定して欲しかったのだ。 余程酷い顔をしていたのか、母は我が子を抱き締めると今日はもう休むよう勧めた。 だがその前に、彼は曽祖父の話しと墓場で見た骨について尋ねたのだ。 すると、母は曽祖父が既に痴呆の気があり余命幾ばくもない事を告げ、最後に曾孫の顔を見せようと気遣ったのだが、それが自分を不安にさせた事を謝罪した。また、祖母は生前から大層な犬好きであり、死後は飼っていた犬と一緒に葬って欲しいと頼んでいた事を告げた。 犬神の呪いについても、その様な事実は一切ない。 戸塚家の男が早世なのは一族特有の奇病であり、分家筆頭の立場を妬んだ他の分家が流した噂に過ぎないと説いた。そして、自身はそんな戸塚家に嫁いだことに後悔などなく、身寄りのない己を迎えてくれた夫には感謝しており、同時に深く愛している。その果てに、自身もその奇病で死ぬことになろうとも苦ではないと言い切るのであった。 その言葉に幼い戸塚は安心し、身体を冷やしてはいけないからと差し出された生姜湯を飲み干し床に就いたのだった。 …その夜、自分の寝所に母が音も無くやって来た。 何かあったのかと尋ねようとした時、戸塚その異変に気付いた。 自分の舌が――身体が痺れて動かないのだ。 唯一自由なのは両目だけであり、戸塚は目を凝らしながら何とか自分の異変を報せようと母の様子を伺った。 だが――母はその異変に気付くどころか、おもむろに帯を解くとその肌を晒した。 突然の事に戸塚は目を見開くが、舌が痺れて声も出せないでいた。 月明かりが照らす中、母は一糸纏わぬ姿となると香を焚き、そのまま自分の上に跨り――その時、戸塚は母と目が合った。 一瞬、母はしまったと言う様に目を見開いたが特に慌てる事もなく、直後に蠱惑的な笑みを浮かべるとその唇を我が子の唇に重ねるのであった。 やがて立ちくらみの様な感覚が襲ってきた。 頭にボンヤリと霧が掛ったような奇妙な感覚と共に、ドンヨリとした感覚が下腹部で膨らんでいくのを感じながら、戸塚はその心が身体から遊離するかの様にその意識を手放したのだった。 ・・・その時は、まるで脳裏には曽祖父が語りかけてくる様であった。 自分がとるべき三つ目の道――それは、母と交わり種を仕込む事で子を成すこと…。 「――――ぁ、あぁぁ…、うわああああああああああああああ!!」 ―――全て思い出した………あの時、自分は母に…―――! 何度も何度も――記憶を上書きして何もかも忘れようと思っていた。 自分が人ならざる犬神憑きであるという事も、両親の事も! だがこの瞬間、全てが無駄になった。 八幡達と共に生きて未来を紡ぐという、折角湧いていた希望も泥濘の泡のように他愛もなく弾けてしまった! 次に戸塚の身に降りかかったのは――それは絶望であった。 このまま獣憑きが人と公平な世になれば、自分が犬神憑きである事を隠し通せない。 友人達が次の世代を紡ぐなか、自分は何も残せない。 ただひたすら死の恐怖におびえて過ごすか、または獣と交わるか母を犯す…そんなこと出来る筈がない!! この時、戸塚は何故先の宴会の時に自分と八幡達との間に乖離が生じたのか理解した。 それは―――妬ましかったのだ。 呪われた犬神憑きの自分と違い、八幡達は人として生きていける事が。 同時に、いつ病魔に蝕まれるか分からない、死の恐怖に怯える自分と違い次の世代を紡いでいける事が。 ―――彼らの何もかもが妬ましく…そして憎かった!! 彼等に対する妬み・憎しみの情を感じた時、戸塚彩加は今までの自分が根こそぎ崩れ去って行くのを感じた。もう、自分は彼らと共に歩む事は出来ない。友だと呼び慣れ合う事など出来ない…。 彼等が未来を紡ぐ姿を想うと、もはや祝福など出来ない。 今はただ、海よりも深く暗い情念しか抱けない。 この僅かな間で、八幡と葉山、二人の友人である戸塚彩加という人間は息を引き取ったのだ。 辛うじて姿形は保っているが、その精神は酷く空虚で、そして絶望に満ちていた。 『―――いと憐れな……。……その無念、我が晴らしてくれようか?…』 戸塚の精神を剥奪しておいて、何という言い草だろうか。 だが、戸塚はそんな自分自身を剥奪した相手の言葉に耳を傾けていた。 もはや、自身の力で絶望から這い上がるのは不可能であり、誰にでもいいから救い上げて欲しかった。 そして、虚ろな瞳で首肯する。 『―――よかろう。……ならば、力を授ける。その力を持って、我が憑代を奉げよ…』 瞬間、目の前に落雷と共に激しい地響きが起こった。 余りの衝撃に目を瞑り、次に瞼を開くとそこには一振りの太刀が抜き身の状態で地に刺さっていた。 「――――これは…」 ―――美しい。 その太刀を言い表すのなら、陳腐ながらこの一言に尽きるだろう。 今、自分が腰元に吊るしている数打ちの太刀はもとより、都にある全ての名刀と称される名刀を並べてもこの太刀と比べれば鈍らに等しい。 この戸塚が抱いた心象は正鵠を得ている。 現在、都――否、日ノ本にある全ての刀はこの太刀を模して打たれたのだ。 艶やかな反りを持つ刀身と魂まで見入る輝きを醸し出すこの太刀こそ今日における日本刀の最初の一振りでありその原典である。 「―――!!」 その柄を握り締めた瞬間、戸塚は自身が生まれ変わる様な高揚感に酔い痴れた。 もはや死の恐怖など感じない。これまでこの身を苛んでいた呪いのなんと矮小なことか。 そして同時に、自分を生まれ変わらせてくれた【この御方】に溢れんばかりの忠誠心が湧き上がってくる。 『…よいか…、その力を持って我が憑代を奉げるのだ。そしてわが名を称えよ、わが名は…――!』 ―――何と言う名誉だろうか。 ■■■――この都を開いた桓武天皇に連なる高貴なる御方。 犬神憑きと蔑まれた自分がこの御方の為に太刀を振るう事の名誉に、戸塚は酔いしれた。 「―――必ずや、御身にその憑代を奉げてご覧にいれます」 凄然とした所作で戸塚はその者の前に屈した。 その精神はこれまでの彼と大きく異なる。それまでの温厚な雰囲気は微塵もなく、世界を見る目も変わっていた。否、彼にとっては世界が変わったのかもしれない。 もはや現世の辛苦に苛まれる必要はない。 行く手を阻むものは全て、その首を撥ねるのみ―――! 道端に佇む地蔵に向かいその太刀を振るうと、風を斬る音と共にその首が撥ねた。 ―――力は得た。 あとは、【あの御方】の為に憑代となる物を奉げるのみ。 誰にすべきか…。 「―――嗚呼……いるじゃないか、最高の相手が!!」 彼だ、彼しかいない。 【あの御方】が崇める武神の名を冠する彼こそが、【あの御方】の憑代にふさわしい。 そして―――新皇となった彼の側に、自分が近衛大将として永久に仕えるのだ! そうすれば、ずっと彼と一緒にいられる!! 「あは、あはははははははははは!!」 哄笑が止らない。 時を同じく、坂東の山々に馬蹄の音が響き渡っていた。 かつて承平の合戦で敗れた主と先祖の無念を晴らさんとその子孫が、土蜘蛛と蔑まれ滅ぼされた数多の民の亡霊が、一様にこの都を目指して突き進んでいた。 「――――待っていてね八幡……もうすぐ、迎えに行くから…」 夜空に浮かぶ積尺気が揺らめく中、間もなく朔を迎える。 完全なる闇が都を覆い尽くすのであった…――。 ~間違いだらけの平安パラレル恋物語~続(※連載予定なし) [newpage] 約1か月半にわたり拙作を御愛好下さりありがとうございます。 プロットを考えたまでは良いものの、どう描写するか右往左往を繰り返し、気付けば本来の予定より半月ほど遅れての完結となりました。途中、何度か投げ出そうかと思いましたが、皆様からのブクマやコメントには大変励まされました。この場を借りて、改めてお礼申し上げます。 この拙作ですが、実は当初は普通にラブコメでいく予定でしたが、ネタを調べていく内にファンタジーな路線に方向転換しました。 平安時代を舞台にした事が予想以上に好評で私自身も嬉しく思いながら、同時に、もう少し時代設定を活かした描写が出来れば…と自分の描写力の無さを悔やんでおります。 アンケートにもありますが、後学の為に改善点等があればご指摘を頂ければ幸いです。 以下、本編では使わなかった没ネタ・エピソードとなります。 黒幕:■■■ さて、作中で平塚静が仄めかしていた黒幕こと【あの御方】ですが、桓武天皇に連なるあの人です。迂闊に名前を出すと怖い事でも有名なのであえて伏字にしてあります…。 浄瑠璃で取り上げられる息子の方にしようか、最後まで迷いました。 俺ガイルのキャラを想像されていた方には顰蹙を買われるかもしれません。改めてお詫びします。黒幕候補として、他には八幡と源氏繫がりで酒呑童子、桓武天皇関連で●●親王を考えていました。が、いずれも八雪のスケールを通り越してしまい、私の描写力の都合もあり没にしました。 一色いろは 何故か黒幕説があったいろはすですw 最初の構想では雪乃達と同じ上流貴族の一人娘で[[rb:可愛い > あざとい]]妹分的な立場で出す予定でしたが、結局没に。 鶴見留美 ルミルミは八幡が検非違使を目指す切掛けとなった老婆の孫娘として出す予定でした。 目の前で祖母を私刑にされた後は八幡の家に女中見習いとして住み込みで働いて立派なお墓を立ててあげようとするいい子です…が、無駄にシリアスなのでボツ。 当初のラブコメ路線でも八幡の家で働く見習い女中の設定は共通。 女心の分からない八幡に毒を吐き、雪乃にそれとなくアドバイスをする。本人も同年代の男子から恋文が絶えませんが「馬鹿ばっか」なので歯牙にもかけないおませさんです。 平塚静 静先生ごめんなさい!! 当初のラブコメ路線でも独神設定は変わらず、中納言クラスの女傑で原作寄りの性格でしたが…筆者が『宇治川の橋姫』なるネタを見つけたが為に本編のような設定に…。 ぶっちゃけこのネタをやりたいが為に路線を変更しました(爆) 城廻めぐり みんなのお姉さんめぐりん先輩。初期案では[[rb:子持ちの既婚者 > ・・・・・・・]]でした(爆) ラブコメでもファンタジーでも雪乃達の頼れるお姉さんとしてギリギリまで出そうか迷いました。初めて抱く恋心に戸惑う雪乃を優しく見守る立場でしたが…私の描写力の都合で泣く泣く没に。 戸塚彩加 前頁でとんでもない事になった彩ちゃんですが、あれは本編の後日談ではないのであしからず…。さて前頁をご覧になっていない方に戸塚の没設定を簡潔にまとめると、戸塚家は先祖が犬神の呪いに失敗したガチで犬神憑きの家系。戸塚は異種相姦と近親相姦(祖母はオオカミで両親は双子の兄妹)の果てに生まれた忌子であり最後は■■■に魅入られて実質ラスボス化します。 …はい、私の黒い趣味丸出しなので当然没にしました。 三浦ヒロイン「狐の嫁入り」 その金髪故に狐の妖怪に魅入られた優美子が危うく嫁入りさせられそうなところを葉山に救われてラストで二人が交際を始めます。 一色ヒロイン「せんぱ―い、こっくりさんをやってたらマジヤバいんですー(泣)」 タイトル通りですw 以上、色々と思いついた末に活かせなかったアイデアでした。 最後までお読みいただき、ありがとうございます。
これまでたくさんのブックマークとコメント、評価を頂きありがとうございました。大変励みとなりましこと、お礼申しあげます。<br />遅ればせながら、これにてこのシリーズは最後となります。<br />なお、一連の怪異の黒幕ですが本編では触れず、2頁の没エピソードと最後の後書きにて正体を補足しています<br />2頁目はややショッキングな設定・描写(近親相姦)があるので、苦手な方はご注意ください。<br /><br />最後にアンケートにお答えを頂ければ幸いです。
~間違いだらけの平安パラレル恋物語~ 終
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「あの、担当さんはどういった異性の好みかな?」 「好み…ですか?そうですね、締め切りを守る審神者様とか最高ですね」 「主をがん見しないであげて?悪気は無かったんだ…締め切りを守るつもりだったんだ…」 「犯罪者は皆、そう言いますね…。そうですね、プラチナの白馬に乗った純金の王子様とかメッチャ理想ですね」 「…担当さん、台所に取って置きのお茶菓子があるんだ、取って来るね」 「シャーッス!…刀剣男士はこんなにも気遣いが出来るのに…あーあー!主が締め切りも守れないダメ主…駄主なんて、刀剣男士かわいそうだなぁ!?」 「申し訳ありません」 「三日月さん!どうしよう!好きな子が思いの外守銭奴だった!」 「うむ、俺も驚いた…純金が趣味とは…分かりやすく守銭奴だな…」 「どうしよう…さりげなく好みを聞いてからアタックして行こうと考えていたのに…貴金属が好みとは…せめて玉鋼が好みならワンチャンあったのに…」 「光忠落ち着け、それはわんちゃんになっておらぬ。…ふう、女子はおぬしの様に見た目が麗しく、強く、家事も出来る男に弱いと踏んでおったが…」 「うん、正直うぬぼれてた。僕も貴金属がライバルになると思わなかった。最低でも哺乳類が良かった」 「爬虫類でも良かったな」 「それだよね…どうしよう」 「うーん、こんなのはどうだ?」 「お待たせ、担当さん」 「おかえりなさい。…えっ、これ凄い!豆大福!おいしそう!」 「さ、召し上がれ」 「いただきまーす。…うわ…なにこれ…おいしい。何処で買ってんですか?」 「ふふ、ありがとう。頑張った甲斐があるよね」 「手作り!うわーうわースッゴイな!美味しいです!!…刀剣はこんなにも気遣いが出来るのになぁ…」 「平に申し訳ありません…」 「視線だけで主を攻めないであげて!…んん!…担当さんは恋人とか居るのかな?」 「いました。たんとうしている、ほんまるの、とうけんだんしにけそうして、わたしをふった、おろかものですが」 「…」 「…」 「…」 「玉露もあるんだ!淹れて来るね!!」 「わーい、たんとう、ぎょくろだいすきー」 「地雷踏んだ!!」 「じじい、いがいたい」 「しっかり!声が平坦で怖い!僕にこれ以上の負荷をかけないで!荷が重すぎる!!」 「先ほどから悪手ばかりで、震える…」 「僕も…」 「…」 「…」 「…どうしよう」 「光忠…やはりここは直球勝負だ」 「淹れてきたよ」 「やったあ」 「どう?」 「おいしいですー審神者様の締め切りブッチのせいで減った睡眠時間が取り戻せた感じがします!」 「味の感想として、それ不適切だから。あのね…担当さん」 「はい」 「僕を伴侶として見れるかな?担当さんは」 「…」 「…」 「…」 「キェェェェェェェェェェェェ!!!!」 「誰か!男の人呼んで!!」 「何事!!!!」 「わたしの、かれしがけそうしたのは、しょくだいきりみつただです」 「えっ」 「えっ」 「しょくだいきりみつただです、それをこうりょして、わたしはがいとうだんしにこういをいだけるでしょうか!もんだいです」 「…」 「…」 「もーんだーいでーす!!」 「じじい、ればーが痛い…シクシクする。あいたたたたた…」
アタックをかける伊達男と協力する天下五剣、彼等は時代が違う恋愛ごとにてんやわんやする話。<br />かっこいいかっこよく決めたい刀剣は居ません。<br /><br />会話文です。
花畑がお化け屋敷
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   雨の中の練習はもしもの事態に備えて行われる。練習が終われば風邪を引いてしまわないようにすぐに温かいお湯に浸かって疲れを癒す。聖グロリアーナの戦車道チームの隊長であるダージリンも再三口にしてきた言葉のはずだったが、見事に風邪を引いてしまった人物がいる。 「原因は?」 「練習後に着替えもせず、整備に没頭していたそうです」 「あれほど言いましたのに」  風邪を引いた原因をアッサムが聞き、それにオレンジペコが答える。そしてダージリンはやれやれといった様子で呆れていた。 そんな三人に囲まれる形でベッドに横になっていたのはローズヒップだった。 「熱もありますね。38度6分」 「今日が土曜日でよかったと考えたほうがいいのかしら」 「練習はありますけど」  熱にうなされているローズヒップ。大人しくしてくれていることに越したことはないが、弱っていることに関しては別だ。 「仕方ないわね」  ダージリンがふぅと息をはく。 「オレンジペコ」 「はい」 「今日は一日この子についてあげてちょうだい。きっと目が覚めたら練習場に来てしまうだろうから、しっかり寝かしつけておいてね」 「分かりました」  ローズヒップの今日一日の監視役としてオレンジペコは不安な気持ちもありながらもダージリンに返事をした。  ダージリンとアッサムが部屋を出てから一時間が経過した。相変わらずローズヒップは苦しそうに眠っていた。  オレンジペコはどうしたものかと考える。しかし風邪を引いている相手に自分ができることなど限られている。せめて少しでもその苦しさがやわらいでくれたなら、とオレンジペコは優しくローズヒップの頬を撫でる。するとどうしたことか、ローズヒップの眉間によっていたシワが解消されていく。それどころか先程よりも少し顔色がよくなったようにも見えた。おまけにオレンジペコの手に擦り寄るようにしてローズヒップは顔を寄せた。 「っ!」  驚いたオレンジペコは一瞬手を引こうとしたがローズヒップを起こしてしまうかもしれないと思いとどまった。 なぜか心臓がいつもよりも速く動いている。気のせいだと思いたいが顔も熱い。『さっきまであんなに苦しそうだったのに』と心の中で呟く。ただ頬を撫でただけだというのに、その変わり様は反則なのではないかとオレンジペコは小さく息をはいた。  ちょっとした事件があってから30分後。オレンジペコはいまだにローズヒップの頬に手を当てた状態でいた。すっかり手のひらは熱くなって、明らかに自分の体温ではない。 「これ、いつまでやればいいんだろう……」  離すタイミングを逃してしまった。だからといってローズヒップが目覚める前には手を離したいところではあった。そんなことを考えているともぞもぞとローズヒップが動き始めた。 「う、ん……」  これはもう完全に起きてしまう。オレンジペコはそう思い手を離そうとした時、ローズヒップがかすれた声で呼んだ。 「おかあさん……?」  オレンジペコは固まった。まだ目も開ききっていないローズヒップ。分かっている。寝惚けているのは分かっている。だがそれでも自分の手のひらに母の温もりを感じたローズヒップの小さな本音を聞いた気がしたオレンジペコは、動きを止めた。 「あ、れ……おれん、っ!?」  ようやく自身の状況に気づいたローズヒップは勢いよく起き上がった。それもあってかオレンジペコも手を離す。 「あ、さっきのは、その、ちがうんですのよ……!」  どうやら年下のオレンジペコに向かってお母さんと言ったことがよほど恥ずかしかったらしい。ローズヒップは両手で顔を覆った。  珍しいものを見たとオレンジペコはくすりと笑った。 「大丈夫ですよ。風邪を引いた時は心細くなると言いますし」 「……笑っているじゃありませんの」 「気のせいです。あ、お水飲みますか?」  ローズヒップはこくりと頷いた。冷たい水が喉を通っていくのが心地良い。 「熱があるんですから、ほら、横になってください」 「これくらい平気ですわ」 「38度もあるのに平気なわけないじゃないですか」 「練習に」 「行かせません。ダージリン様からも、今日は一日あなたについているように言われました」 「……」 「さあ、ローズヒップさん」  オレンジペコの言う通り、頭はぼうっとする、喉も痛い、身体は怠くて重い。こんな調子で練習に出ても迷惑になるだけなのは明白だった。 「……わかりましたわ」  ローズヒップは身体を倒してまたベッドに横になる。 「ダージリン様も言ってたじゃないですか。風邪を引かないように練習後はすぐに身体を温めるように、と」  続く言葉にローズヒップはある程度の予想を立てる。 「どうして着替えもせずに濡れたまま作業していたか、でしょう?」 「そうですね。分かっているのなら、なぜ?」  ローズヒップはちらりとオレンジペコの視線を送る。そしてすぐに逸らして身体ごとオレンジペコの座っている椅子とは反対方向へ向いた。 「新しい部品が来ましたの」 「え?」 「それで、うれしくなって……」  尻すぼみになっていくが最後まではっきりと聞き取れたオレンジペコは呆れて溜め息をついた。 「着替えることも忘れるほど夢中になっていた、ということですか?」 「……そうなりますわ」 「子供ですか」  痛いところを突かれたのか、ローズヒップは小さく唸っていた。そんなことはローズヒップ自身も分かっている。だが、新しいものが手に入ると好奇心という魔の手から逃れることはできなかった。  ローズヒップはひとつのことに集中すると他のことが疎かになりがちになる。今回も整備に夢中になってしまい濡れた身体を温めることもせずに作業していたことで生まれた、ローズヒップの悪い癖が出たのだ。 「……ダージリン様にまた迷惑をかけしてしまいましたわ」  しゅん、とまさに雨に濡れてしまった子犬のように弱々しい。いつも溢れんばかりの笑顔で接してくれる元気で明るい一つ年上の先輩が今日は熱のせいもあってひどく小さく見える。 「そう思われるのでしたら、はやく風邪を治して元気な姿をダージリン様にお見せしましょう」  あの方は迷惑だなんて思ってませんよ、と一言オレンジペコが付け加えるとローズヒップはまたもぞもぞと動いてオレンジペコの方へ身体ごと向けた。 「……そう、ですわね」 「さあ、私はこれからおかゆを作りに行ってきますから」  ローズヒップにそれまで寝るように促したオレンジペコが席を立とうとすると、くいっと袖を引っ張られた。 「どうしました?」 「あ、いえ……なんでもありませんわ」  そういってパッと手を離すローズヒップに何かを感じ取ったオレンジペコは再びに椅子に座った。 「ペコさん……?」 「あなたが寝るまでここにいます」  袖を引っ張った右手をオレンジペコが優しく両手で包み込む。ちゃんとここにいますよ、とロースヒップに微笑みかける。すると、ローズヒップは布団で顔を隠してしまった。 「ありがとうございます、ですわ」 オレンジペコの行動はどうやら正しかったようだ。  翌日、昨日とはうってかわって太陽がまぶしく輝くいい天気になった。 「リミッター外しちゃいますわよぉおおおおおおおおお」  すっかり元気になったローズヒップの、これまた元気な声が響いていた。 「元気になったらこれなんだから」  ダージリンは呆れながらも元気に走り回るローズヒップを見て安堵の表情を浮かべていた。 「いいじゃないですか。あの人はやっぱり――」  オレンジペコは目を細めてやわらかな笑みをローズヒップに向けた。 いつものように溢れんばかりの笑顔で接してくれる元気で明るい一つ年上の先輩が戻ってきた。  
エリみほ以外では初めましてになります。ローズヒップとオレンジペコのお話です。内容が内容なのでローズヒップがとてもおとなしいです。<br />オレンジペコの好きな花の花言葉と好きな戦車を見てピン!ときました。私の勝手な都合でローズヒップは2年生という扱いになっておりますのであしからず。<br />ローペコというらしいですので皆さんもぜひ広げていってください。<br /><br />表紙はこちらの方からお借りしています(<strong><a href="https://www.pixiv.net/artworks/50232216">illust/50232216</a></strong>)<br /><br />■2016年03月12日付の[小説]男子に人気ランキングで32位に入りました。ありがとうございます。
元気な姿が一番似合います
https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=6527542#1
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 現在、訓練兵団に所属する訓練兵は第104期訓練兵だけではない。  一年の周期毎に訓練兵団に入団志望者を募り、特に入団試験なども無く全員が訓練兵になることが叶う。無事訓練兵団を卒業できるかは個人の努力と忍耐力次第だが、満12歳を過ぎた人なら誰でも訓練兵になることが可能である。  849年の時点で訓練兵団に所属しているのは1000名弱。  ハチマンやエレン、ミカサらが所属する第104期訓練兵。  ハチマンたちから一年遅れて入団した第105期訓練兵。  今期入団したばかりの第106期訓練兵。  以上の三期生が同じ基地内で正規兵士を目指して訓練に励んでいる。  しかし、同じ敷地内で訓練を行っているとはいえ、一年入団が違えばそれだけ能力、実力に大きな差が生まれる。基本的に他期入団者との関わりは無いのだが、それも第103期が卒業するまでの話。今年から上の方針により早期入団者と後期入団者の交流が公に認められ、今後の訓練に取り入れることになった。  そして本日の訓練開始時刻、殺風景な荒れ地一面には第104期訓練兵並びに105期訓練兵が集っていた。三年目にして初めて見る顔や、自分たちよりも先輩訓練兵が同じ地に降り立っているということで、異様な雰囲気が辺りを立ち込めている。  表情には表さないが、皆不安な気持ちや疑心感が胸の中を複雑に絡み合っていることだろう。  そんな中、訓練兵の前にはキースが立つ。 「本日は二期合同訓練を行う!!この訓練は第104期訓練兵と第105期訓練兵各一人ずつペアを作り、互いの競争意識向上を目的としている!人間に勝てない奴は巨人にも勝てない!! 105期訓練兵は104期訓練兵を喰う覚悟で挑め! 104期訓練兵は後輩に煽られるなよ……先輩としての威厳、風格を見せつけてやるように! ペアはこちらで決めている。今日から5日間ペアとの訓練に励み、自己意識を高めよ!!」  突如として告げられた言葉に訓練兵たちからは驚きと迷い、興奮といった多種多様な反応が見られる。ここを卒業すれば多くの人と交流し、関係を築くことになる。それが例え自分の好まない人物だったとしてもうまく対応しなければならない時がある。  しかしまだ15前後の年齢の彼らには、精神的にも未熟で不安定な部分が多い。 露骨に嫌な顔をする者もいた。  その中でも最も表情を歪ませたのは言うまでもない。  〈ハチマン・ヒッキーガヤ〉だ。 ――――――  ――ペア……だとっ!? しかも初対面の相手と2人。既にペアが決まってるみたいだからボッチになることは無いだろうが、五日間も拷問だろ。これなら巨人を倒す方がよっぽど簡単だ――  俺は猛烈に頭を抱えたいくらい悶絶していた。心から発狂したい気分だ。何故名前も知らない赤の他人とペアになり訓練しなければならないのか。先輩としての威厳?風格?そんなもの見せつけなくていいから俺は1人で自主練でもしていた方がよっぽど自分の力になる。  しかし時にこの世界は残酷な物で、俺の想いとは裏腹に時間は止まってくれはしないかった。  教官たちの指示で俺たち104期訓練兵たちは次々とペアを組まされていき、俺のペアが横に来た。  だが、俺はそのペアに作為的な意図を感じてならなかった。  何故って…?それはだな…………他のペアは全て男子同士だったり女子同士たっだりと、同性ペアだけなのに、俺のペアだけ女子。しかも渡されたペア情報によると第105期の中の成績では主席レベル。ミカサを100年の逸材とするならば、この女子は50年に1人の逸材らしい。そんな何十年に1人の逸材がこんなにいて良いのかと疑問が湧くが気にしたら負けだ。  周りが仲良く握手していたり笑顔で会話している中で、俺たちのペアだけ会話も無く重苦しい雰囲気が漂っている。だがそんな重苦しい空気を破ったのは彼女だった。 「あの、そんな人を舐め回すような目で見ないでもらえますか?吐き気がします」  彼女の愛くるしく、可愛らしいキュートな容姿からは想像もつかない恐ろしく低く尖った言葉。キャピルンルンとか言いそうな美少女なのだが、冷めた視線に、引いた態度。そして汚物を見るかのような蔑んだ目だった。 「はぁ~何でこんな成績の最低な人とペアなんですかね。私の計画が台無しです」 「計画?」 「あ、ごめんなさい。盗み聞きとか気持ち悪いんで止めてもらえます? あと半径5メートル以内に入らないでください妊娠します」  俺の拳につい力が入る。俺もかなり懐が深いが、流石に堪忍袋の緒が切れそうになる。あって間もない目上の俺に対し、敬意が無ければ態度も悪い。そして極めつけは言葉使いだ。  俺も暴言や毒舌、罵りに対しては免疫がある方だが、こんなに言われる筋合いはない。片頬があがりぴくぴくと痙攣気味になっていると彼女は更にこう続ける。 「ハチマン・ヒキガヤ……一年目は優秀な成績だったが、二年目以降は訓練についていけず成績も低下。今では落ちこぼれ、ねぇ。これって本当なんですかぁ?」  彼女は教官から渡された、それぞれペアの事がわかる様にと、相手の情報が書かれた資料をパタパタと靡かせながら俺にくすんだ目を向けてくる。  『訓練についていけず』という部分に語弊があるが、俺は否定しない。  それよりもこの世界に来て初めて俺の事を正式に言ってくれたことに対し感動していた。 「俺はそれ、読んでないが、教官たちがそう書いてるならそうなんじゃないか?」 「ふぅん………家が資産家や貴族ってわけでもなさそうですし、顔も特段カッコいいってわけでもない。確かに整ってる方ですけど髪型はダサい。その突っ立ててる髪の毛、自分でカッコいいって思ってるなら忠告しておきますがダサいですよ?」  彼女は俺のアホ毛を指さしで誹謗中傷を放つ。言っておくがこれはわざとではなく寝癖だ。水で濡らしても帽子をかぶってもこれだけは治ることが無いのだから仕方ないだろ。  まぁ俺がイケメンじゃないのは確かだがな……。 「……………」 「何黙ってるんですか? はっ、もしかして可愛い後輩に罵られて気持ちいいとか思っちゃってます?ごめんなさい私そんな特別な性癖無いので無理です」  手をへその辺りで組んでぺこりと頭を下げてくる。周りからしたら急に美少女が男に頭を下げているのが映っている。俺が無理やり彼女に頭を下げさせているように見えているらしく、後輩たちはヒソヒソと周りと話ながら下衆な目を向けてくる。 「ばかっ、俺はそんなアブノーマルな性癖持ってない。俺は至ってノーマルだ」 「…………」 「えっ、なんでそこ黙っちゃうの? そこは、『そんなこと宣言されても気持ち悪いだけです』とか言う所じゃないの?」 「……………」  彼女が俺に対する印象が悪くなっていく。さっきより距離が離れてるし、手に刃物らしき凶器が見えるのは気のせいかな? 「はぁ~なんでこんな人とペアなんですか。せっかくペアになる人はカッコよくて、強くて、頭のいい完璧な人が良いなって思ってたのに……最悪です」 「はっ、そんな完璧な人間がいてたまるか。そんなうまく人間は作られてないんだよ。どこかに欠点があったり弱いところがあって初めて人として成り立つんだ。全て完璧ならそんな人生ほどつまんないものは無い」 「……年上の説教ですか?そんなのは聞き飽きました。 何も知らないくせに………私は憲兵団に入れる位優秀で、将来有望な人とお近づきになりたかっただけですよ。そうすれば結婚した時安泰じゃないですか? 一生裕福に暮らしていけますよ? 男性は可愛い私に貢いでいればいいんですよ」  一目見た時俺は彼女をあいつと重ね合わせてみていたが、それは間違っていたようだ。あいつはあざと可愛い小悪魔的美少女だったが、俺の目の前にいるこいつは腹黒煮えくりかえり自分可愛いですよ美少女だ。  良い根性してやがる。とか思っているとキースじゃない男性教官がやってくる。 「どうかな、仲良くなれたかい?君たちだけ男女のペアになってしまって申し訳ないんだけど、上手くやってくれたらその分成績にも上乗せしておくからさ。頑張ってくれ」  無理です。今からでもペアを変えてください。と言おうとしたその時、俺の隣に彼女が来て腕を組んできた。 「はいっ‼もっちろんですよぉ~ ハチマン先輩って思っていたより面白くて頼りになるなぁって話していたところですぅー私も先輩を見習って頑張りマース!」 「!?」 「そうか! それは良かったよ。じゃ、二人には期待してるから頑張ってね」 「はいっ!先輩も一緒に頑張りましょーね?」 「……お、おうっ…………」  さっきまでとは打って変わって、豹変した彼女は満面の笑みを浮かべながら俺の事を見つめてくる。俺の腕に抱き付いてくる力が強まり、腕の血液が止まる。  変なことを言えば腕をへし折られそうになり、彼女の不気味な笑みに押される形になった俺はペアを変えてくれとは言いだせなかった。  教官が他のペアの所に行ったところで彼女は腕を解放する。そして大きくも、小さくも無い胸の前で腕を組んで睨んでくる。 「変なこと言ったらただじゃ済みませんよ? 先輩も無事に五日間過ごしたいですよね?」 「………お前って……いや、なんでもない。安心しろ。お前の本当の姿を告げ口するような真似はしない。というより言う相手がいないしな」 「ふぅん。ならいいですけど。もし言ったら………その玉潰しますからっ」  にっこりと満面の笑みを浮かべてくる。表情と発言が矛盾していることに彼女は気付いていないのか、俺に釘を刺した後は周りの男子たちに『頑張ってくださいねぇ』と手を振りながら応援する振りをしていた。 〈サシィ・クルークハイト〉  これが彼女の名だ。直訳するとあざとい小悪魔。まさかとは思うがこれは俺がこの世界に来たことにより未来が変わったという奴だろうか。あまりにも名の由来が愚直すぎるし、俺の考えすぎかもしれないが彼女はあいつと似すぎている。  後輩というポジションもそうだが、なんと言ってもあのあざとさ。媚を売るというか、潤んだ目を下から覗くような仕草。計算し尽くした自分の可愛さを十二分に発揮させた技。  あいつほど可愛げは無いが、容姿はあいつとかなり似ていた。亜麻色の髪の毛にクリッと、大きな瞳が特徴的な誰が見ても美少女と答える容姿。別に[[rb:あいつ > 一色]]が可愛いとかそんなことは思ってないからな。ありえないがそんなことがもしあいつの耳に入ったら…… 「えっ、ごめんなさいそういうのはお付き合いしてから言って欲しいです無理です」とかまたフラれるに決まってる。  俺の中ではいろはす二世という仇名がついたのだが、そのいろはす二世はそれ以降俺をみることなく周りの105期訓練兵たちと仲良さそうに話していた。そのほとんどが男子だったのは、より前のあいつを彷彿とさせた。  それから俺たちは数カ所の組に分けられ訓練を行うことになった。さすがに全員が同じ場所で訓練をする余裕がないからだ。  俺の知り合い、クリスタやアニ、ミカサらは別の場所に移動となり、俺が名前を知る人は周りにいなくなってしまう。  これもキースの陰謀だとキースを恨むべく、睨もうとしたがいつの間にかキースは教官室へ行った後。虚しい視線だけがこの場に彷徨っていた。  俺といろはす二世ら数十名はまず初めに体術の訓練をさせられることになる。もちろん組手の相手はいろはす二世。 「先輩。私手加減できませんから」 「あぁ。好きにやってくれ」  いろはす二世は自信ありげな表情で俺の元に駆けだす。俺は一応姿勢だけは取り手を軽く伸ばすが彼女の手に弾かれ首元の襟を掴まれ足払いで倒される。  まあ、50年に1人の逸材と称されることだけあり格闘技の腕前はそれなりといったところ。一般的に見ても彼女の腕前は合格点に達しているだろう。  それでもミカサやアニといった化け物と比べれば物足りなさが感じる。 「せーんぱいっ。大丈夫ですかぁ~~?」  倒れる俺をみていろはす二世は、口角をあげてニヤツいた表情で俺を見下ろしてくる。嘲笑うかのように心配する振りをしているのが見え見えだ。 「ああ、しっかり受け身を取ったから大丈夫だ」 「ふぅーん。無事なんだぁーつまんっないのー」  その口調だと俺が怪我でもしてくれた方が良かったような口ぶりだ。彼女は口を尖らせて足元の小石を蹴る。 「じゃ、まだまだいけますよね!?私もまだ本気出してませんしまだまだいきますよ~~」  立ち上がった俺の元に素早くやってきて再び倒してくる。俺は抵抗することなく素直に倒されるが、それでも彼女は勝ち誇ったような表情で嬉しそうにしている。  やっぱり落ちこぼれのハチマン・ヒキガヤの実力はこの程度だと見せつけるように、俺はそれから永遠と彼女に投げ続けられた。 ********** 「よーし、次の組み手で午前の訓練は最後にするぞ! 気合い入れていけよ!!」  それから暫く組手を続けていると、教官の声が荒れ地に響く。 「はぁはぁはぁ、せ、せんぱい。次も大人しく投げられてくださいよ?」 「…大丈夫か?さっきから息あがってるし、動きにキレがないようだが……」 「ふん!この程度の訓練で音をあげるようじゃ、学年主席は務まりません。よっ!!」  頬を赤くしながら彼女は最後の力?を振り絞って俺の元に駆けだしてくる。訓練始めと比べれば動きにキレも無く、スピードも遅い。明らかに疲れているのがまるわかりだが、それでも彼女は休むことなく全力でかかってくる。 「ふっ」  ただのあざと可愛い腹黒女だと思っていたが、根性はあるヤツだと見直した俺は最後に先輩の技を披露することにした。  この世界にはこの技の名前は伝えられていないだろう。  それどころかこのスポーツが伝承すらされていない。 『一本背負い』という技を。  いろはす二世、基、サシィ・クルークハイトは俺の襟を掴もうと両腕を伸ばしてくる。  俺はそれを軽く両端に弾くと素早く彼女の広がった脚の間、股の下に右足を伸ばし重心を下げる。  一気に彼女に背を向け右手を両腕に抱え込むように掴むと、腰に彼女の身体を乗せて捻る様に身体を回す。 「ひぇっ!?」  耳元で素っ頓狂な声を挙げているが、気にすることなく重心を下げた腰を放出させ背負うように彼女を背中で転がしながら地面に放り投げた。 「きゃっん!!」  ドスンッ、とした低い地響きとともに彼女の可愛らしい鳴き声が辺りに木霊する。  周りの訓練兵は自分たちの訓練を放置して彼女の事を見ていたが、みな間抜けな表情をしている。104期訓練兵たちは見慣れた光景とばかりにすぐに目を背けていたが、105期訓練兵は信じられないといったような表情をしていた。 「おーい大丈夫か? 受け身取ってないように見えたが、尻とか腰痛くないか?」 「…………」  彼女は大の字になりながら地面に倒れ込んでいる。我ここにあらず。といった感じで天を見つめていたが俺の声に反応すると涙目になりながら叫んできた。 「こ、こ、こんな屈辱は初めてですっ!! 先輩には責任取ってもらいますので覚悟しておいてくださいッッ!!!」  指を刺して宣言する。その後彼女はすぐにこの場からドタバタと走り去ってしまったが、この場には俺を見る痛々しい視線だけが残っていた。 **********  午前の訓練と午後の訓練の合間の昼食時。本来は同期入団訓練兵以外の兵士達と鉢合わせすることのないよう、食事処は入団年期毎に決められた場所を指定されていたが、この合同訓練が開催されている日だけはその指定が解除されていた。  周りには見慣れない顔つきの少年少女たちが他愛もない雑談や食事を楽しむ中、1人端の方でパンをかじるアホ毛を生やした少年がいた。 「お前の所、次立体機動の訓練だって?」 「……ライナーか。多分そうだな」 「多分ってなんだよ。訓練把握してないのか?」 「訓練内容みる余裕なんてなかったからな」  少年の隣に屈強な身体つきをしたライナーが食事を持って座る。  104期生の中ではみんなの兄的存在である彼は、偶然見慣れた顔があったためこの場に来たのだ。  勇敢な兵士を志す彼とはいえ、周りが他人ばかりだと知った顔の元に行きたいのだろう。  ライナーは苦笑いを浮かべながらスープを啜っている。 「それで、ハチマン。お前噂になってるぞ?」 「うわさ?何の事だ?」 「お前、ってそうだったな。お前は噂とか気にしない鈍感野郎だった……」 「???」  何を持って鈍感と言っているのか理解できないと言ったような表情を浮かべるハチマン。自分では噂には敏感な方だと自負しているつもり。実際に自分の目で見た者でなければその噂は信じないが、噂は結構耳にすることがあるらしい。 「ペアの子を泣かせるまで訓練し続けた鬼畜やろうって噂だ。 なにやらハチマンのペアのファンクラブ?とかがあるらしくてそいつらが流してるって聞いたけどな」 「ふぅん」 「気にしないのか?」 「そいつらが勝手に流してるだけだろ。俺や周りに被害が出るならまだしも、何も俺に影響ないからな。勝手に言わせておけばいいんだよ」 「そういうもんか?俺ならそんな噂を流したやつを問い詰めて止めさせるけどな」 「問い詰めるとは穏やかじゃないな。お前ってそんなキャラだったか?お前はもっと冷静で賢い奴だと思ってが、誤解してたようだな」  ハチマンはライナーの顔を見ることなくあくまで食事を主として会話を続ける。噂など気にしないハチマンからすれば、こんな話題を出して来ることすら鬱陶しいのだ。 「……まあ仲間が悪いように言われてるんだ。しかも後輩に。先輩として注意位はしようと思っただけだが、ハチマンが気にしてないなら大丈夫だな」 「そういうことだ。人の噂も七十五日って言うし大丈夫だろ」 「なんだそりゃ………っと、俺はもう行くぜ。お互いこの五日間頑張ろうぜ」 「…………」  既に彼女のせいで戦意喪失気味なハチマンは返事をすることなくスープを飲み干す。皿を机に戻すと発したのは深いため息。  ライナーもそれ以上は話すことを止めて立ち去ろうとしたが、忘れ物をしたかのように振り向き、ハチマンに言葉を投げ掛ける。 「あっ、そうだ。その噂に関係することだが、その噂を聞いたアニのヤツがキレてペアの奴を気絶させたらしいぜ。ハチマンも気を付けろよ」  憐れむそうな目を向けてくるライナーを横目で確認したハチマンは、平然を装っていたつもりだったがちぎったパンを床に落とすのをライナーはしっかりと目撃していた。  アニと食事処の場所が違ってよかったと思っているのはハチマンだけではなく、ライナーもだった。 ――血の雨を見ずに済んだ―― 笑い事では済まされない噂にまで発展するのをハチマンは知るよしもない。  アニの耳に噂が流れるころには、噂はこう変化していた。 「105期のアイドルサシィの初めてを奪った鬼畜やろうがいるんだってさ。その人の名前がハチマンって人らしく、責任取るって言ってたぜ」  噂が噂を呼び、事実無根の嘘が広がっていった。  『初めて』という言葉だけは合っているが、言葉の意味は異なるもので、最終的に広がった噂は一つも本当の事は含まれていなかった。  この噂を聞いたアニだけではなく、ミカサやクリスタに加え105期生たちからも変な目で見られるようになったのは言うまでもない。 ハチマンが厄介ごとに巻き込まれる不幸体質だと言うことを理解している104期訓練兵の少数の男子メンバーだけはハチマンの苦労を知り苦笑いを浮かべることしかできなかった。 「もう!! 何なんですかぁあの人はっ!!!」  初めて自分の泣き顔を男性に見られ、恥ずかしい思いまでしたというのに、追い打ちをかけるように広がり続ける噂。  それもすべてあの男のせいだと口を尖らせながら鼻をかむ少女。  自分が負けたのは疲れていたせいだと自分に言い聞かせ、あの男に負けた悔しさと初めて男性に投げつけられた快感を覚えながら彼女は立ちあがる。  複雑な感情を抱きながら、格闘術で負けたのは偶然だったのか確かめるために彼女は午後の訓練へと向かった。  午後の訓練は彼女が最も得意としている立体機動装置を用いた訓練。  自信を顔に覗かせながら赤くなった目をこすり腰に装置を巻き付ける。  人間ごときに後れを取るわけにはいかない。  その決意を胸に彼女は前を向いた。 次回、サシィの想い。 私情により投稿を一日遅れてしまいました。すみません。 パズドラのランキングダンジョンで1%入るためにずっとやってました。あとついでに就活も。 サシィはオリキャラでしてまぁキーマンとなる存在になるかもしれませんね。この合同訓練が終われば暫く出番はありませんが意外と人気があれば再登場も!? 容姿はいろはすと類似しているとイメージしていただけたらと思います。 一万字を割ってしまった………ちょっと手抜き感が出ていますが、今後訂正していきますのでご了承くださいませ。  
進撃の巨人×俺ガイルクロス作品<br /><br />今回もオリジナル展開です。
進撃×俺ガイル 15 ~後輩~
https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=6527660#1
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■■■ 冬の終わりは新しい季節を連れてきたが、同時に私の大事な人を奪って行った。 黒い森には雷雨、天空には彼女をあざ笑うかのような、どんよりとした雲。 私の目の前の女生徒は今日をもってこの学校の生徒ではなくなった。 女生徒は今まさにこの艦から降りるところで振り返ると一言。 「あぁ、逸見さん」 逸見さん。それが私の名前だ。 けれど、昨日まで呼んでくれていた名前ではなくて、その違和感に少し戸惑った。 「どうしたの? 傘も差さずに。もしかして見送りに来てくれたの?」 傘を差していないのは彼女の方でもあり、彼女は自分のことには無頓着なのだ。 無頓着というか、周りを気にしすぎた果ての自己犠牲の上にあるのが彼女なのだ。 今時そんなの流行らないのに、彼女はそういう性格だった。 そして私はその性格が嫌いだった。 これは見送り……なのだろうか。いや、違う。 連れ戻しにきた、というのは少々語弊があるように思えた。 「優しいんだね、逸見さんは」 にこりと、少し寂しげに笑う彼女に私が抱いたのは。 焦りと疑い、不安、後悔、それと少しの怒りだった。 ザアと視界いっぱいに冷たい雨が降り注ぐ。 とっくに制服も下着も靴もびしょびしょで、カラダも芯まで冷えてしまった。 それでも互いにそのまま無言で立ち続けている。 何を話せばいいのだろう。 どうして何も言ってくれなかったの? どうして、こんな別れになってしまったの? 暗い影を地に落とした彼女のその影は、生憎の雨でよく見えなかった。 ◇◇ 「こっち、こっちよ」  周りを気にしながら手を少しあげ、彼女に気づいてもらおうとする。 幸い、喫茶店内には戦車道を選択している生徒はいないけど念には念を。 けれど一向に彼女は気づかないから、結局私は席から立ち上がって彼女を迎えに行くのだった。 「ほら、ここよ、ここ」 「あぁ、そこにいたんだ」 「どうしてあんなに手を振ったのに気づかないのよ。抜けてるわよね、ホント」 「あはは……。あの、ごめんね、いつもこんなので……」 こんなので、とはこうやって隠れて会っていることを指しているのだろう。 「はぁ? どうして」 「だって、堂々と会えないし……いつもこうしてこっそり会ってもらってるし……」 「ははぁん。なるほどね、アンタらしいわ」 彼女は席に着きながら顔を曇らせる。いつもこうだ。 だから私は私なりに精一杯の言葉を彼女に送る。 「……いいのよ、私はこれで」 赤くなる顔を隠すためにテーブルのメニューでも覗いてみながらそっけなく言ってみる。 彼女はまた一言、ごめんねと呟いた。私はそれを気にしないように話を進める。 「それで、今日はどこにいくのよ。まだ聞いてないんだけど。アンタが言い出したんだから」 「あ、うん。お昼前には寄航するでしょ? ほらここ」 そういって彼女は見覚えのある雑誌をピンクのカバンから取り出した。 いたるところに付箋が貼ってあるのを見ると、丸一日遊ぶつもりなんだと気づいた。 「なによ、これ」 「えと、今から行くところリスト」 「ふうん。水族館に、遊園地、動物園にプラネタリウム……って、子供趣味ね、まったく」 「嫌?」 「イヤなんて言ってないじゃない! いいわよ、そこで」 「もしかして行きたいところある? だったらそこも」 行きたいところは無いけれど。一緒に行けるところであれば、私はそこがいい。 絶対、こんなセリフを言うことはないだろうけど。 「ねえ、ショップに寄ってもいい? ボコの新作が出てるかもだからチェックしたくて」 「ホント好きね……時間足りるの? 寮の門限までに帰れる?」 「たぶん」 「はぁ……ちょっと寄越しなさい」 そう言って雑誌を受け取ると、彼女はにこやかに微笑んだ。 「まず午前は動物園で……そのあとは水族館でゆっくりして……あとは……」 「あ、ショップも」 「はいはい分かってるわよ。じゃあ昼にでも見に行きましょ」 こうして二人で出掛けるのは4度目だ。 うち2回は放課後に遊びに行って、今回は初めて朝から出掛ける、それも艦の外に。 夏に差しかかろうとする今日、初めての地元以外のデート、ということだ。 アンタは知ってるの? いつもより私は気合をいれてオシャレしてきたこと。 つまり前日に服をあーでもないこーでもないと悩んでいたこと。 今日が楽しみすぎて中々寝付けなかったこと。 睡眠不足で目の下のクマを消すのにメイクが少し厚塗りになってしまったこと。 そして。 アンタが行きそうなところは既に調べがついていて、大体の予定を決めていること。 だから、さっきアンタが提案した、行けそうな場所はほとんど調べがついているということ。 というか同じ雑誌を買っていて、私も付箋をつけて目星をつけていたこと。 そしてなにより。 アンタよりも、私が楽しみにしていて。 アンタが私を好き以上に、私がアナタを好きなこと。 ねえ、知ってるの? ■■■■ 「なんとか言ったらどうなの」 今日初めて口にするその言葉には、少なからず恨みの言葉も混じっていたと思う。 彼女は何も言わない。 いつもこうだ。都合が悪いと口を開かない。 それは私には言えないから、なのか。何を? きっと全部を。 私は、だからこの子のこういうところが嫌いだった。 本当の気持ちは隠すくせに、全然気にしていないフリをして。 気づいてほしいのに、気づいてほしくないフリをする。 それでいて、なぜか見過ごせない。 私はこの子が嫌いだった。 けれど、なぜだろう。この子には人を惹き付ける何かがあるのは間違いなかった。 これはもう病気だ。どれだけ面倒でも、私は彼女のことしか考えられなかった。 「あの……ごめんなさい……」 「それじゃわからないわよ。何に対して謝ってるのかさえも」 「逸見さんに……」 「私に? じゃあ何を謝っているの?」 「……転校を言わなかったこと」 「どうして、どうして教えてくれなかったのよ!」 「もし話したら、私に着いてきちゃうかもしれないって……。 だって、あの時ずっと一緒にいるって言ってたのが頭から離れなくて。 逸見さん、本気だったみたいだから。それは嬉しいけど、でもこれは違うと思うの。 私もずっと逸見さんと一緒にいたかった。でも私、これ以上ここに居られなくて……。 私、ずっと悩んで……悩んで……相談できなくて、本当に、ごめんね」 それは苦しみながらも胸の内を曝け出した、彼女の本心だった。 「あのね、アンタそんな……自惚れるんじゃないわよ」 「あの、本当にごめんなさい……」 「私が? アンタが転校するからって? その転校するアンタに着いていく?」 「ばかばかしいわ」 ホント、ばかばかしい。 「第一、私とアンタが抜けたら黒森峰はどうなるのよ」 きっと、投げ出していた。 「家族に転校の説得もしなきゃいけないし」 きっと、どんなに反対されようが納得させていた。 きっと、私は彼女の着いて行こうとしていただろうから。 「ばかじゃないの……」 彼女には、私の震えた声は聞こえないだろう。 けれど彼女は何かを察したのか、ただ一言。 「ごめんね」 そう一言、彼女はまた呟いた。 ◇ 「ねえ。本当に私でいいの?」 「どうして?」 彼女は本当に言ってることが分からないというような顔でこちらを見た。 新緑のある日の、夕暮れ、誰もいない教室に二人きり。 「だから。ほら、私たち、はたから見たら仲悪い感じだし……」 「じゃあこれは秘密ってことかな」 彼女は机に座って脚をぶらぶらさせながら窓を見ながら答えた。 「あと! 私たち女同士だし……」 「女の子同士でも関係ないよ。だってエリカさんは私が好きなんでしょ?」 「うん、まあ……」 「だったら、別に何もおかしいことはないと思う」 「でも……」 「大丈夫。きっとどんなことがあっても、エリカさんを悲しませるようなことはしないから」 彼女は振り向きながら笑う。その顔に、私は呆気に取られた。 「さっきも言ったよ? 私もエリカさんのこと、好きだもん。ちゃーんと、見ていてくれたから」 「でも、私はこんな性格だから、アンタも苦労すると思うわ。別れるなら早く言ってね」 時間を無駄にはしたくないし。アンタの。 「どうして? 私はそこが可愛いと思うよ。なんだか素直じゃない、閉じたお城のお姫様みたい」 「はぁ?」 こちらに向き直ると、ゆっくりと近づいてくる。足音をさせずに。 「だって、ほら。……こんなにドキドキしてる」 「んっ……ちょっと、何触って」 「口ではそう言っても、カラダは正直なんだね。エリカさんって」 妖しくわらう彼女に、私は少しドキリとした。いや、ゾクリとした。 「でもね、エリカさんと同じで、私もドキドキしてるから……ね?」 顔に似合わず、さっと私の左胸に触れる彼女は空いた手で私の手をその小ぶりな胸に寄せた。 トクントクンと心臓の鼓動を感じる。それは私の鼓動とも違う、彼女の音。 彼女はいつの間にか私の腰に手をあてていた。 「エリカさん……つかまえた」 気づくと彼女と私の距離は友達との距離ではなくなっていた。 鼻先がコスれる。彼女の吐息を首筋に感じる距離。 動いたのは彼女のほうだった。緊張気味に目を閉じる彼女が見て取れる。 次いで唇に柔らかな感触、シャンプーだろうか、良い香りもする。 触れたのか、触れていないのか分からない、ぎこちない初めてのキス。 「んっ……み、ほ……?」 「私、こういうのぜんぜん分からなくて。ごめんね」 「わ、私もよ。というか、アンタが初めてだし……」 顔が赤くなっていくのが分かる。あぁ、どうして私はこんなに恥ずかしがりやなのだろう。 唇はきっとカサついていただろう。こんなことならリップクリームを塗っておくべきだった。 でも、まさかそんなことするとは思わないじゃない。 それから互いに無言でそのままの体勢だった。 どちらも動こうとしない。どうすればいいかわからなかったから。 いいや、どうすればいいのかは分かっていた。けれど、いつそうすればいいかが分からなかった。 目と目を合わせて何秒が経ったのだろう。 背けたくても背けることができない、私の真っ赤な顔を笑いもせずじっと見つめてくる。 つられて私も彼女の顔を真っ直ぐに見つめる。その目に映っていたのはまぎれもなく私だった。 瞬間、鐘の音が鳴る。午後18時を知らせた音と共に、私達は再び唇を重ね合わせた。 どちらからともなく、むさぼるように。 互いの唾液で、私たちは喉を潤すくらい。 キスをした。 頭が痺れる。頬が緩む。顔も呆けて、嬌声をあげて。 互いにカラダを押し寄せて、壁に体を預けて、脚を絡ませて。 どちらのものか分からない、なまめかしくて、つやのある、色っぽい声が教室に響く。 カラダの奥がなんだかもどかしい。 この子って、こんな顔もするんだと最中に思った。 それは私が知っている頼りないいつもの彼女ではなくて。 初めて見る、彼女のオンナの顔だった。 私もこんな顔をシて必死にむさぼっているのかと思うとまた恥ずかしくなった。 でも、これをそんな理由で止めるには少々、というかかなり勿体無い。 今は、この快楽に溺れていよう。 今日のことは忘れないだろう。幸せの始まりの1ページを。 今はまだ互いのことを知り尽くしてはいないから。 ゆっくりでもいい、こそこそでもいい。私達は私たちの恋をしようと思った。 出来れば長く。出来ればずっと。出来れば、永遠に。 二人で。 ■■■■■ 「……もう行かなきゃ」 私は答えない。ただ、彼女の顔をじっと見続ける。 「じゃあね、逸見さん」 「……どうして。どうして名前で呼んでくれないのよ」 「私には、もうそんな資格がないから……」 「資格なんていらないわよ、私はアンタに名前を呼んでほしいだけなのに……」 「逸見さん……」 「だから! 呼びなさいよ! エリカさんって! 私が嫌がって、アンタが呼びたがってた名前で!」 「ううん、出来ない。私は、学校も友達も恋人も捨てちゃった、ヒドイ子だから」 「なによそれ……アンタ、本気で言ってるの……?」 あれは誰のせいでもない。ただちょっと、歯車がかみ合わなかった、ただそれだけだったのに。 まだあと2年あったのに。まだまだ色々な時間を過ごすことができたと思ったのに。 春にはお花見に行っただろう。 きっと彼女が言い出して私が渋るに違いない。 桜なんか見てどこが楽しいのよ、って。 それでも行く私を見て、彼女はいつも通りにこりと笑うだろう。 ブルーシートを広げて暖かい日差しの下、二人で作った料理を食べたかった。 彼女は料理があまり得意ではないから、私が頑張らないと。 なんて、結局彼女より張り切ってる私がそこにはいたんだろう。 夏にはお祭りに行っただろう。 花火大会の日は二人で浴衣を着て、屋台の喧騒から離れて、静かに天空の火花を見たと思う。 明かりはソレだけ、その光に照らされる彼女の横顔を、ずっと見ていたかもしれない。 夏休みには出来るだけ会って宿題をしたり二人で遊ぶ機会も多くあっただろう。 お泊り会なんかもやってみたかった。帰省で人の少ない寮を思い切り満喫するのだ。 秋には紅葉を見にゆっくり出かけることも出来たのに。 なんでもない公園を、紅く染めた景色を、一緒に眺めていたかった。 赤く染まった木々を背景に、カメラの前に二人で笑顔を写していたかもしれない。 らしくもなく図書館で二人、誰もいない本棚の間でバカなことも出来たかもしれない。 彼女はイジワルだから、私が恥ずかしがってイヤがっても、キスをすると思う。 私も、結局のところ彼女には甘くて、ソレを許してしまうだろう。 冬にはクリスマスを二人っきりで過ごしていただろう。 クリスマスなんてバカにシてたけれど、いざ直面してみるときっと待ち遠しくなったりするのだろう。 私達を誰も知らない都会に行って、二人でマフラーを分け合って、手を繋ぐ。 周りからは仲が良いだけに見られるかもしれない。それでもいい。この関係は私と彼女だけが知っていればいいのだ。 大晦日も一緒に過ごして、新年の挨拶を最初にしてみたかった。それから一緒のコタツで寝てみたかった。 初日の出は、行きたがっていたわりに、起きないで寝過ごしたと思う。 アンタはそういうところで、やっぱり抜けているから。 そうして冬は去り、次の春が来る。けれど私には彼女がいて、彼女以外にはいない。 ずっとそうだと思っていた。 まるで泡沫の夢のよう。 私の思い描いていた1年の幸せは消え去った。 いいや。この先の、彼女と過ごせていたであろう全ての日々が、消え去った。 絶望の淵に立たされる、とはこういうことを言うんだろうと、そのぼーっとした頭で思った。 音は消えた。壁一枚外界と遮断された感覚。まるで意識だけが遠くに、後ろに引っ張られる感覚。 瞬間、ふわりと、あのときの空気と雰囲気、そして景色を思い出した。 今でも思い出せる、きっとずっと思い描ける鮮烈な赤の教室での出来事。 冷たい雨で感覚が鈍っていた私の頭は彼女が近づいてきていることに気づいていなかった。 私の唇に触れる何か。数秒を要して、私は理解した。 それでも私から唇を離すことはしなかった。いいや、出来なかった。 たった1秒以下の接吻。気づけば彼女は目の前にいた。 「どうして、こんなこと……」 あの時みたいに、二人とも鼻息を荒くして。 夢中で互いの唇を奪ったあの時のような。 熱くて、宙に浮いたような感覚のソレではなく。 冷たく、冷めた、冷淡な、距離を置いた、さよならの……最後のキスなんだと気づいた。 「分かんない。でも、こうしたいなって、思ったの」 「いなくなっちゃうのに! どうしてよ! なんで、アンタが、私……!」 「本当に好きだったよ、少ししかいられなかったけど。まだ一緒にいられたなら」 「きっと、もっと」 それは、本当に、言ってほしくなかった。 私だけだと思えば楽だったから。現実になるのがとても怖かったのに。 「楽しかったと思うの」 「まるで、私の永遠の人みたいだった」 「だって、エリカさんは私の全部、知っていてくれた。受け止めてくれたから」 「きっと、もう会うことはないよ。私は戦車道を辞めるから」 「じゃあ何!? アンタとの思い出も、これからのことも、全部捨てろっていうワケ!?」 「……ごめんね」 「ごめん、じゃないわよ……どうして! イヤよ! 今からでも」 彼女は踵を返した。 「待ってよ、待ってよ……待ちなさいよ!」 彼女は別の道への一歩を歩き出した。 「私も一緒に……」 連れていってよ。 そう告げるようとした私より先に彼女は再びこちらを振り返る。 「さようなら、逸見さん」 彼女はそれだけ言うと今度こそ歩き出した。 私も後を追おうとするが、しかしその一言は、私を釘付けにさせるには充分だった。 その一言は、確実に終わりを告げる言葉だった。 どんどん遠くなっていく人影。声もあげられず、脚も動かない。 焦る気持ちに、私はカラダが震えていた。ガクガクと、膝もわらっていた。 あと少しで見えなくなってしまうその前に、なんとか右足は前に出た。 しかし次の一歩が出ずに地面に崩れ落ちた私は、膝に激痛を感じる。 どうやら膝を擦りむいたようだ。傷が痛む。血は雨で滲んでいる。 痛みで我に帰って咄嗟に前を向くが、さっきまで話していた人はもういなくなっていた。 消失感に動悸が止まらなくなる。焦りと不安は更に大きくなる。 手を伸ばす。さっきまでそこにいた人に向かって。さっきまで私を好きでいてくれたあの子に向かって。 届かない。届かない。届かない。 このやりようのないキモチは一体どこに向かえばいいの? ねえ、教えてよ。 あぁ。雨をこんなに一身に受けたのはいつ以来だろう。 傷が沁みる。躯が震える。息は白く。涙は雨と一緒に流れた。 制服も泥だらけ。あぁ、こういう時に灰色はいい、なんて。 どうでもいいことを頭の片隅でチラと考えた。 彼女は去ってしまった。終わりの言葉だけを私に告げて。 なんとか起き上がり、泥だらけの地べたに座りなおす。それが精一杯だった。 嗚咽で苦しくなる、顔を両手で覆った私の目の前は更に暗くなった。 そうしたら。誰にも聴こえていない、誰も見ていないような気がして。 私の心を、私の口が勝手に言葉にしていた。 「私は……どうすれば、どうすればよかったのよ!」 「アンタがいないと、私、もう……ダメになっちゃうじゃない……」 「せっかく、私のこと、ちゃんと見てくれてる人と出会えたのに」 「いなくなった……いなくなっちゃった……私の、あ……ぁ、大切な……」 「イヤよ、戻ってきてよぉ……お願い、私を一人にしないで」 「どうしてよ、なんで、こんな、私は……弱いの……?」 「いやぁ……ワタシを、一人に、しないで……」 「私、アンタがいなきゃ……みほ……戻って、きてよぉ……みほ……」 それから私は泣き叫んだ。雨も掻き消せないくらい、大声で叫んだ。 誰に聞かれてもよかった、全てが終わってほしかった。 どうすればいいのか分からないから、このまま終わってほしかった。 すべて投げ捨てて。 全部、終わってほしかった。 それでも終わらない。声が枯れて、涙も枯れて。でも、何も終わらなかった。 制服も下着も顔も泥だらけ、髪は水を吸って重くなって顔にへばりついていた。 ヒドイ顔をしているんだろうと思った。 でも、もうそんなこともどうでもよかった。 もう私じゃどうにもできないから、一度だけ私は祈りを呟いた。 目の焦点もあわない、泥だらけで、ボロボロのカラダで。 いなくなったあの子にでもなく、誰にでもなく、誰かに。 「お願い、誰でもいいから。もう一度、あの子に……会わせてよ……」 けれど。その声は、誰にも届いてはいなかった。 届くはずもない。誰がいるわけでもない。今ここにいるのは、私だけなのだから。 そう思うと、また唇が震えてきた。頬は冷たいはずなのに、温かい何かが零れた。 あぁ、私はあの子がいなかったら結局一人ぼっちなんだ。 これはあの子に出会う前の私に戻るだけ。戻るだけなのだ。 そうは思っても。両手で顔を塞いでも。涙と嗚咽は止まらなかった。 「そんなところで何をしている。風邪を引くぞ。中に入ったほうがいい」 はっと見上げると、見慣れた顔を見つけた。この人は……そう、ウチの隊長で、去っていった彼女の姉だった。 いつからそこにいたのだろう。もしかして私が泣き終わるまで待っていたのだろうか。 この人は私と彼女のことを知っていたのだろうか。もう、どうでもよかった。 そんなことを思っていると、私に手を差し伸べた。 「帰ってすぐにシャワーを浴びろ。それから温かいモノを持っていってやる」 私はそれに対して、枯れた声を振り絞って答える。 「いいです……放っておいてください……」 「それはできない」 「どうして、ですか……」 「どうしてもだ」 隊長は制服が汚れるのも嫌わず、私を立ち上がらせるとケガをした方に肩を貸してくれた。 あぁ、なんて無様なんだろう。惨めな気持ちの私には、けれど隊長の無言がありがたかった。 そのまま隊長は何も聞かずに部屋まで送ってくれた。コーヒーでも持ってくると、一言残して。 部屋に着くとすぐさまシャワーを浴びて、涙の跡も、カラダの泥も流していく。 膝の傷が痛む。でも、そんなのはあまり気にならなかった。 ふと足元を見ると、排水溝には勢いよく水が流れていた。 あぁ。こうやって私のキモチも流れてしまえばいいのに。 どれだけ楽になるだろう。キレイさっぱり忘れてしまえれば。 違う。私もこうやって消えてしまえれば。あの子の記憶からも、全部消えてしまえばいいのに。 あの子はズルイ。 「ズルイわ、ホント……」 枯れたと思っていた涙はまた流れ、今度はなるべく声を押しころして泣いた。 そうして。 隊長にあの子を見たのは、そう遠くない日が経ってからのことだった。 つづく オワリナンダナ 読んでくれた方、ありがとうございました。 次回は不真面目です。 某まとめサイト様、並びに各所でコメントくださる方、いつもありがとうございます。 それでは、また。 ストパンT.V.Aアルマデ戦線ヲ維持シツツ別命アルマデ書キ続ケルンダナ
みほエリです。ごめんなさい、エリカさん。さようなら、逸見さん。という真面目なお話を書きました。よろしくお願いします。<br />続きの第二章→<strong><a href="https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=6691212">novel/6691212</a></strong><br />第三章→<strong><a href="https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=6881268">novel/6881268</a></strong>(おわり)
黒い森、闇の世の夢、峰に姫
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ポンコツと揶揄われたのは何時からだったか。 思い出そうにも、今日も絶好調な空っぽの頭は、俺に答えを教えてくれない。 「違う。大丈夫。気にするな」 そう口にする度に、力が増していく弟達の掌が、ミシミシと背中に負担をかける。 気の毒そうにこちらを見ているそこの君、出来れば、助けてくれないだろうか? 5人の成人男性に抱き締められつつ、俺はこれでもかと言わんばかりに込められた力に負けて、ぐったりと身体が倒れていく。 (手加減、してくれ) 流石に、死ぬわ。 慌てる兄弟達の声を遠くで聞きながら、俺はゆっくりと意識を飛ばした。 [chapter:全てはニューカラ松の為の準備でした] 「………ん…」 瞼が重い。というか、全身が重い。 目を開くが、差し込んで来た日差しが眩しくてすぐに瞳を閉じた。太陽がだいぶ高いな。今は昼時なのだろう。 (……すっかり寝こけていたようだな) 身体を起こそうとするが、全身に鉛を背負っている様な感覚がねっとりと付き纏う。これはきつい。まさか来週もこうなる可能性が…!?今頃になってそう思い至った俺は、筋肉痛が引いたら、筋トレを少し増やそうと誓う。 (後でノートにも書いておかないとなぁ…) 「カラ松兄さん?」 ボンヤリと、思考を巡らせていた俺に声をかけたのは、トド松だった。 「……ト……ド松?」 「うん。僕だよ。大丈夫?」 見慣れたピンクのパーカーを着た弟が、心配そうに顔を寄せて来る。掌が優しく額を覆い、熱が無いかを確認しているトド松に、俺は頷く事で返事を返す。もう喋るのも億劫な程の辛さなのだ。少しの間だし、喋らなくても、まぁ然程困る事もないだろう。 「……水、…ほし…い……」 「お水ね?待ってて」 それでも、ずっと寝ていたからか、随分と喉が渇きを訴えている。寝起きで掠れた声で、何とか頼めば、すっ飛んで行った末弟に(今日は優しいなぁ)なんて、頬が緩む。普段なら、「兄さんと居ると恥ずかしい!」と言われているのに、今日は何故か傍に居てくれる。それが嬉しくって、つい笑顔が零れた。 「…ふふ……ぐぅ」 少しだけ笑っただけなのに、頬の筋肉が突っ張った様な感覚。筋肉痛の痛みも相まって、涙が零れる。顔の筋肉を動かすのも、身体に刺激を与えてしまうらしい。我慢しようと思えば出来る痛みだが、痺れる様な感覚には慣れない。これは、暫く表情も変えない方が良いかも知れない。せめて、筋肉痛が無くなるまでは。 ああ。でも、 「いたい…なぁ」 思わず口にしてしまうと、何だか痛みが増した様な気もする。自覚するのとしないのでは、痛みが違うって事を実感した。しかも、俺の涙腺までポンコツになったらしく、望んでいない涙がポロリ、と頬を伝う。拭いたくても、腕を上げる事が億劫で、結局垂れ流し状態だ。情けない。 「ど、どうしたの?カラ松兄さん!!?」 動く事も出来ず、ただただ涙をハラハラと流す俺に驚いたトド松が、水の入ったコップを横に置き、動かない頭を優しく撫でてくれる。まるで、壊れ物に触る様に、そぅっと。 「熱は無かったよね……。い、痛い?」 顔を覗き込まれ、一瞬の隙も見逃さないと言わんばかりの視線に、少し困惑するが、まぁ、俺ももし兄弟がこうなっていたら、心配で堪らないだろうと思う。トド松も涙で視界がぼやける中、俺は頷く事でしか返事が出来ない。 「…水」 「あっ。お、起きれる?」 トド松が支えようとして、背中へ手を伸ばした。だが、 「ぐあっ」 ツーーーン 痺れる様な痛みが身体を襲い、俺は無様に転がった。しかも、転がった故に更に身体が痛みに染まり、頭の中は(痛い痛い痛い)と、痛い以外の言葉が浮かばない。 「うああああ…い、うううう」 「か、カラ松兄さん!」 今にも泣きそうなトド松の声が聞こえる。ああ。すまない。折角水を持って来て貰ったのに。兄として、情けない姿を見せる羽目になってしまうとは。これは更に精進しなければ。 そう口にしようとして、ガチリ、と嫌な感触。 (舌噛んだ……!) 口いっぱいに広がる、鉄の味…おぇぇ。神よ。これは試練なのでしょうか…おお、神よ…。 「げふっ…が、はっ…ぅおええぇ……」 口内でダクダクと溢れる血液を飲む事も出来ず、俺は盛大に咽て吐き出してしまった。一応布団にかけない為に(皆で寝る布団だしな。その布団が血塗れとか、嫌だろう?)、掌に吐き出したのだが、涎と一緒に顎まで伝ってしまい、このままでは汚してしまう、と、だるい身体に鞭を打って、何とかティッシュで拭き取る。トド松が息を飲む気配がしたが、俺はそれよりも口を濯ぎたいと切に願った。 「カラ松兄さん!大丈夫?」 「……トド松…水、を」 「え、あ、はい!これ…」 グラス一杯の水を口に含み、近くにあったゴミ袋に吐き出す。ついでに血塗れのティッシュもポーイと捨てる。これで血が綺麗に流せて、多少すっきりした。舌は正直まだヒリヒリしているけど。 出血の勢いは激しかったが、傷は深くなかったらしく、まだちょっと血が滲んでいるけど、これならすぐ止まるだろう。 改めて口に水を含み、ゆっくりと喉を鳴らす。嗚呼。水、美味い。超美味い。 まるで砂漠で喉がカラッカラな時に、漸くオアシスに出会えた気分だ。素晴らしい!労働は水や食べ物の有難みを教えてくれるのだと、俺は知った。これも、恰好良い男になる為の一歩となるだろう。 そう満足げな俺は気付かなかった。 ゴミ袋いっぱいにぶちまけられた血塗れのティッシュを見て、真っ青になっている末弟の姿に。 [newpage] トド松Side カラ松兄さんが起きた。 もそり、と布団が動き、のろのろとゆったりとしたペースで顔を出した兄さんは、窓から差し込む日差しに、ぎゅっと目を細めている。寝起きの顔って、正直苦手だ。何時もは優しい兄さんが、凄く不機嫌に見えるから。 「………ん…」 微かに声が聞こえた。身体を起こすつもりなのだろう。何と言うか、見た事がないくらいに緩慢な動作で、如何にも疲れ切ったと言わんばかりの姿に、胸が酷く痛む。 (…情報は、まだ何も入らない) おそ松兄さんに任されて、僕は僕なりのネットワークで色々と情報収集をしているけど、どうしても、カラ松兄さんの昨日の足取りが掴めない。恐らく、人の目が付かない程に早起きした、という事だろう。そして夜、チビ太のおでん屋に向かうまで、その場から動かなかった筈だ。 交友関係も、行きつけの場所も、何も知らない僕達は、ただ只管カラ松兄さんの欠片を探して走り回っている。 いや、それだけじゃない。カラ松兄さんが負担してくれたツケの全額返済の為にも、僕らは色々と立ちまわっている。おそ松兄さんは、カラ松兄さんが持っていた20万を、僕ら兄弟に均等に分配すると、それを元に稼げ。手段は問わない。と言った。 そう。僕らなら出来る。その金を倍にする事くらい。だって、それでカラ松兄さんが無理をしないのなら。 (僕達を、頼ってよ) 何も言わずに、無茶しないで。あと、ごめんなさい。 でも、きっと何も言えない環境を作ったのは僕達だった。だって、僕らには甘えがあった。 『カラ松兄さんなら、大丈夫』 だなんて、残酷な甘えが。 その結果がこれなんて、さぁ。いったいよねー…。誰よりも優しい兄が、「助けて」の一言を、言えないなんて、言わせられない環境って、酷いよねぇ……。 「カラ松兄さん?」 とりあえず、一先ず目を覚ました兄に、僕は出来る限り優しく声をかけた。兄さんは昨日…というより、今朝、かな。おそ松兄さん曰く、ボンヤリしていたから、記憶が曖昧な可能性があると言っていた。だから、無意識だとしても、『僕達兄弟を拒絶した』という、家族を愛する次兄にとって、残酷な事実を、絶対に言うな、と忠告して出て行った。本当、こういう時に頼りなる長男にならないでよ。何時もそうなら、…あ、それだとおそ松兄さんじゃないや。気持ち悪い。 だから敢えて口にしない。普通に声をかけて、普通に笑って、普通に、普通に…。普通に、出来てるよ、ね? 「……ト……ド松?」 カラ松兄さんが、僕を見る。見て、くれている。それだけなのに、酷く嬉しかった。 「うん。僕だよ。大丈夫?」 怯えさせない様に、そうっと、そう~っと、額に手を当てる。痛みを感じていないか、逐一観察しながら、熱が無いかを確認している僕に、カラ松兄さんは頷く事で返事を返してくれた。 「……水、…ほし…い……」 「お水ね?待ってて」 聞き慣れないガラガラに掠れた兄の声に、心臓が酷く音を立てる。念の為に、今朝作ったばかりのライングループ『処刑し隊』に、カラ松兄さんが起きた、という事だけをコメントしておく。数分もしない内に、残りの兄達からの「了解」の返事が返ってきて、何だか凄くホッとした。 キッチンに入って、出来るだけ大きめのグラスに、いっぱいの水を注ぐ。 飲みきれなかったら僕が飲めば良いだけだし、お代わりが必要ならまた降りてくれば良い。自分にそう言い聞かせながら、2階へと上がる。 「……ふ……ぐぅ」 でも、その声を耳にして、僕の身体がまたしても硬直する。 (え…?) 痛みに呻くその声は、確かにすぐ先に居る次兄の物。そう分かっているのに、頭が真っ白になる。 恐る恐る、出来る限り足音を立てない様に寝室の前まで行けば、 「いたい…なぁ」 「――――っ!!!!」 泣きそう、な。じゃない。泣いて、いる。カラ松、兄さんが。 (もしかして…) 今までも、ずっと。こうしてひっそりと、弱音を口にしていたのだろうか。誰にも気付かれない様に、自分一人で何とかしようとして。そして、遂に倒れてしまった。そう、昨日の話なのだ。カラ松兄さんが、倒れたのは…! 「ど、どうしたの?カラ松兄さん!!?」 我慢出来ずに、一気に襖を開ければ、そこには予測していた通りで、外れていて欲しいとも願ったカラ松兄さんが。 布団に静かに横たわりながら、ただ、静かに涙を流している。拭う事もせず、ただ、ハラハラと伝い落ちていく涙。まるで、カラ松兄さんから感情を奪って行っていく様に…。 (止まれ!止まれよ!止まって!!!) そんなバカな事を口走ろうとする身体を抑えて、僕はカラ松兄さんの傍へ行く。目だけで僕を追うカラ松兄さんの頭を、ゆっくりと撫でれば、少しだけ、嬉しそうに笑った様な気がした。 「熱は無かったよね……。い、痛い?」 顔を覗き込み、真剣に目を光らせる。仕草、クセ、一瞬のサインを見逃さない様に…。 やがて、カラ松兄さんは流れる涙をそのままに、ゆっくりと首を動かした。 「…水」 そうだ。すっかり忘れてた。慌てて水を傍まで寄せて、 「あっ。お、起きれる?」 そのまま寝たまま飲むのは辛いだろう。そう思って、支えようと背中へ手を伸ばす。けど、 「ぐあっ」 「……ヒッ」 唸る様な悲鳴に、思わず声が引きつる。でも、それ以上にカラ松兄さんが酷かった。腕を身体に巻きつけて転がり、苦し気に呼吸を繰り返す。 「うああああ…い、うううう」 「か、カラ松兄さん!」 痛くて痛くて、堪らないと訴えかける声。ああ。神様。酷いよ。どうしてカラ松兄さんだったの?激痛にのた打ち回りながら耐えるカラ松兄さんを前にして、僕は何も出来ない。出来る事が、無い。 視界が涙で揺らぎ始めたのを、ぐっと我慢して、どうすれば良いか思考を巡らせる。でも、こういう時に限って、何も思い浮かばなくって。 「げふっ…が、はっ…ぅおええぇ……」 口に掌を押さえ付けて、カラ松兄さんが鈍い咳を繰り返す。何か、吐き出した?昨日はあまり食事をしていなかったってチビ太も言っていたし……もしも胃液を吐いていたら危ない。でも、現実はどこまでも残酷だ。 掌の隙間から見えたのは、真っ赤な、血だった。 (え………) 息が、止まる。上手く、吸えない。 頭の中が、カラ松兄さんから零れた血でいっぱいで、う、あ、あああああ。 混乱で呼吸が上手く出来ない僕に、喝を入れたのは、何時だってクズで、小6メンタルでも、いざという時に僕らの頂点に立つ長男。 『大丈夫だ。今日はトド松、お前がカラ松を見てろ』 『僕?』 『ああ。あの様子なら今日一日は完璧に動けない。トド松の情報収集は、家でも出来るだろ?』 ――お前なら、出来る。やれ。 そう頼もしく笑って、任せてくれたんだ。 (僕がしっかりしなきゃ、ダメじゃないか!!) 「カラ松兄さん!大丈夫?」 咳が少し落ち着いた頃を見計らって、僕はカラ松兄さんへ声をかける。 「……トド松…水、を」 荒い呼吸を少し整えた兄さんが、力なく頼ってくれる。あ、そういえば、水! 「え、あ、はい!これ…」 グラス一杯の水を渡して、きっと飲み込むのかと思っていた。 でも、カラ松兄さんは水を口に入れた瞬間、近くにあったゴミ袋を引き寄せ、勢い良く吐いた。何度が繰り返し、血に塗れたティッシュもそのままゴミ袋へと投げ入れる。その一連の動作を、僕はただただ見ている事しか出来ない。 (血の、匂い…) 部屋の中いっぱいに広がる鉄の匂いが、凄く鼻についた。 カラ松兄さんは、半分くらいになったグラスを傾けて、漸く少しずつ水を飲み出した。こくり、こくり、と。味わう様に、ゆっくりと。 僕はそっとゴミ袋を布団から遠ざける。 水を飲んで幾らか気分が良くなったらしく、カラ松兄さんはぎこちなく頬を緩めて、僕を見る。 「ありがとうな。水」 「う、ううん…気にしないで…。あ、も、もう少し休んでなよ。辛いんでしょ?」 「……そうだなぁ…。ここだと、皆の迷惑になるかも知れないから…客間に行こうかな」 「…っ……」 そう言ってのそのそと身体を起こしたカラ松兄さんは、フラフラしながらも立ち上がろうとする。風邪を引いた時の、僕達兄弟の隔離部屋の様な場所。そんな寂しい所に、カラ松兄さんを一人にさせたくない一心で、僕は叫んだ。 「気にしなくて良いよカラ松兄さん!ここで休んでて!」 「え?」 「え、じゃなくて!とにかく今日はここで休みなよ!!身体辛いなら無理しないで」 必死な形相の僕に、カラ松兄さんは不思議そうな顔をしつつ、布団へと戻ってくれた。恐らく、僕の様子が変だけど、その理由までには気付いていないのだろう。何せ、家族の為なら、自分の事を軽んじてしまう人だから。 「もう少ししたら、おかゆ持って来るから、大人しく寝ててよね」 そう言って立ち上がると、カラ松兄さんが微かに頷いて、そのまま静かに目を閉じるのが見える。小さな寝息が聞こえたと同時に、僕は漸く一息吐いた。 一旦部屋から出て、居間へと降りる。 手には、さっきのゴミ袋と、愛用している携帯。スイスイとラインの画面を表示し、『処刑し隊』のグループに、先程の様子を伝える。 流石に血を吐いた、という事に(一応、ゴミ袋の中の写真も載せた)、兄さん達は動揺していたけれど、聞き込みの足を更に伸ばすから、カラ松兄さんから目を離すなよ!と言われて、誰も居ないけど、何度も首を縦に振った。 「…カラ松兄さん……」 優しい兄の為にも、僕は僕なりに情報を集める為に、携帯のネットを繋いだ。 [newpage] 一松Side 『カラ松兄さんが血を吐いた』 普段持ち歩かない携帯から振動がきた瞬間に、すぐにタップして見たのは、その一文。 次にアップされたのは、ゴミ袋。中に真っ赤に染まったティッシュが大量に詰まっているのを見て、一気に身体が冷えた。 『水を少し飲んだら、ちょっと落ち着いたみたい。今は寝ている』 と続いていて、少し安心する。でも、まだ僕らは何の情報を得ていない。 猫のネットワークは、正直使えないというのが現状だ。何せ、猫は夜型。たまーに朝にも起きている猫が居る事もあるけど、そんなのはほんの一部。滅多に無い。 だから、路地裏で猫とコミュニケーションを図りながらも、少しでもカラ松の形跡な無いか必死で探す。 俺だけじゃない。十四松とチョロ松兄さんが町中を走り回っているのを見かけたし、おそ松兄さんはおそ松兄さんなりの伝手を使って、少しずつ的を絞っている筈だ。トド松も、カラ松の看病しつつ、出来る事を熟している。 「クソ松が…」 手間かけさせやがって。何て憎まれ口。つい口にしそうになって、顔を伏せる。 長年癖になってしまった暴言は、自分の意思を無視して出てきてしまう。 本当は心配した。昨日の夜は、何度も起きて、カラ松が息をしているか確認を繰り返した。 昨日おそ松兄さんと一緒に寝室に運んだ時の、あの温もりがまだ腕にこびり付いている様で、思わず腕を摩る。 カラ松は、兄弟の中でも一番優しい男だ。誰よりも愛を尊び、愛を叫ぶ事に恥じらいを持たない痛いヤツだった。そして、こんなクズでクソで燃えないゴミな俺を、真剣に『信じている』と言ってくれるのも、カラ松“兄さん”だけだった。他の兄弟だって、俺の事を見ていてくれたけど、何度突き放しても手を伸ばしてくれていたのは、カラ松だ。けれど、俺達は何時の間に、その手を手放していたのだろう。 様子がおかしい事には気付いていた。痛い発言が無くなって、カラ松Girlという居もしない存在を待ち続ける事も無く、ただボンヤリと外を見続けていた背中。ふと、早く目を覚まして出かける準備をしていたカラ松の背中を見ていたのは、多分、俺だけ。 (あの時、どこへ行くか問いかけていたら) なんてIFが幾つも頭を過るけど、おそ松兄さんは「悩む暇があるなら走れ!お前に出来る事、分かっているだろ!?」と発破をかけてくれた。何だかんだで、やっぱり“長男”だと思って、苦い笑みが浮かぶ。 今、僕ら兄弟は、カラ松兄さんの為に走り回っている。 (何で頼ってくれないんだよ!) そう言ったのは誰だったっけ?多分、皆そう思ったんだろう。でも、 「助けても、言えない環境とか……ヒヒッ…本当、俺らってバカだよ…」 大切な人が、大変な目に合って始めて気付くんだ。 もしかしたら、兄は少しでもSOSを出していたのかも知れない。けど、それがカラ松だったからこそ、僕達は気付けなかった。 何せ、あいつは演劇部の元エース。無駄な演技力で、困った事があっても、一人で解決しようとするから。だから、今こうして走り回っているんだけど、あいつは分からないんだろうね。 (どうして助けるんだ?) 頭の中のカラ松が、そう首傾げて不思議そうにしている。 ああ。そうだよね。あんたは何時もスルーされ続けていたから、言葉が通じる所から不思議がるんじゃない?そうしたのは僕達だって言っても、きっと「俺が悪かったんだ」なんて。自己解決しちゃってさ。 僕達の気持ちはどうなる?こうして走り回って、お前を助ける為の手を少しでも伸ばそうとしている僕達に。 「にゃあ」 「…うん。ありがとう」 足元に擦り寄る猫に礼を言って、僕はまた走り出す。運動は苦手だけど、そんな事言ってる暇はない。時間は有限ではない。もし見逃せば、恐らく、カラ松兄さんは又一人で消えて、帰って来るんだ。ボロボロの身体で、「助けて」を飲み込んで。普段通りの自分を演出して。 カラ松が演技に入れば、きっとおそ松兄さんでも太刀打ち出来ない。それ程までに完璧な仮面を被る事に長けている次兄。 弱みを見せず、弟達に心配をかけさせるぐらいなら、自分の身をボロボロにしてでも家族を守る為に、優しい嘘を吐く人なんだ。カラ松兄さんという人は。 「…手がかり……見つける。絶対に、許さねぇ」 ふらり、とまた立ち上がると、俺は違う路地裏へと足を運ぶ。 ほんの少しの、兄の痕跡を求めて。 [newpage] チョロ松Side 両親もカラ松も寝静まった深夜。 僕ら兄弟は居間に集まって、静かに俯いている。 「…成果があったヤツ、挙手」 おそ松兄さんの声がするけど、手を上げる者は居ない。勿論、僕も…。 「……一日目から成果が出るとは思ってねーけど…ちっときついなぁ…」 溜息を吐いて、頭をガリガリと乱暴に掻く仕草は、おそ松兄さんが少し焦っているサインだ。恐らく、おそ松兄さんの伝手を使っても、カラ松の情報が入らなかったのだろう。 「手っ取り早いのは、あいつ自身に何をしたのか言わせる事だが……」 そう言って、全員が2階で寝ているだろうカラ松を思って見上げた。 「あいつの頑固さは兄弟一だ。多分、俺達に迷惑がかかると分かれば、絶対に口を開かない」 カラ松を良く理解しているおそ松兄さんの言葉が、酷く胸に刺さる。 迷惑をかけろ!そう口にしたとしても、困った顔で笑うのだ。兄弟に怪我が無ければそれで良い。そう言って自己完結してしまうのが、松野家の次男なのだ。その優しさは、今は酷く憎い。八つ当たりだと分かっていても、感情を上手くコントロール出来ない。 「時間は、止まらない。事態は深刻。一刻の油断も許されない」 おそ松兄さんがちゃぶ台に手を置く。 「明日も、今日と同じコースな。ただし、次の看病役はチョロ松。お前がやれ。カラ松から目を離すなよ。小さなサインでもすぐにラインで知らせろ。トド松は外でのコミュニケーションスキルを任せたぜ!」 「分かった」 「うん!」 「とりあえず、トド松はもう一度、今日のカラ松の様子から報告をくれ。ライン以外での事とか、思い至った事があったら、遠慮なく言えよ」 走り回って、質問しまくって、兎に角疲れ切った僕らを出迎えたのは、家で情報収集をしていたトド松とカラ松の二人だ。しかし、カラ松は相変わらず真っ青な顔色で眠っているのに対して、トド松は今にも泣くのを必死で我慢しているのが分かった。 すぐに何があったか、問い質したい僕らを制して、おそ松兄さんはこの時を設けたのだ。感情が落ち着かない状態では、上手く言葉を紡げない末弟を見据えて。 (こういう時、クソみたいに長男になるよな…) そして僕達も、そんな長男の信頼に答える為にも、今日という日を無駄にしたくはない。今は少しでも情報を得る事。これが第一目的だ。 でも、それでカラ松を蔑ろにすれば、それこそ本末転倒。下手をすれば、カラ松を失う。そんな予感が、消えない。 不安げな僕達を見回したトド松は、意を決した様に、ごくりと唾を飲み込んだ。 「これ……」 見せられたのは、ラインでも通知で来た血塗れのティッシュが大量に入ったゴミ箱。真っ赤だったそれは、酸化して既に薄汚い茶色に変化していて、それを全部カラ松が吐き出したモノだと思うと、ゾッとする。 「カラ松兄さん……。もしかして…もしかしたら、だけど……」 トド松が恐る恐る口にしたのは、『カラ松が病気』なのでは無いかという仮定。 「血を吐くって事は、…内臓がやられて、いるんだと思う…。ほら、カラ松兄さん…外見の怪我は治ってる様に見えるけど…もしかしたら」 「止めろ!!」 一松の鋭い声が居間に響いた。 「あ、あいつが死ぬ訳ねぇだろ…。そんな…病気、とか…ありえねぇって…」 唇を震わせながら、違う違うと唱え続ける一松に、言葉をかけてやれなかった。普段辛辣な態度のクセに、素直になれない弟。カラ松が口にする『信じてる』という言葉に、縋る一松。だからこそ、その仮定は恐ろしい程に頭をガンガンと揺らしたんだろう。僕だって、その嫌な予感をずっと感じていたのだから。 「そういえば…カラ松兄さん。……『あと、少し』って…チビ太に言ってたんだよね?」 十四松の言葉に、全員がハッとする。 「おいおい…まさか、予測じゃなくて確定か?どうせ来るなら確変にしてくれよ」 「黙れクズ!」 こんな時でも、おそ松兄さんは変わらない。だから、僕も何時も通りにツッコんだ。ねぇ。カラ松。何時も通りの僕って、どんな感じだったっけ? 「い、医者に診て貰おう!」 「ダメだ。あいつ今身体全体に痛みを感じているんだぞ?動かせるか!」 「じゅ、十四松!で、デカパン博士は?」 「デカパン博士は何かのけんきゅー?があるからって、しばらくお留守にしますって張り紙あった!!」 「こういう時は居ろよ!役に立たねぇな!!」 他人に怒りをぶつけても、意味が無い事は分かっている。でも、叫ばずにはいられない。なぁカラ松。お前、本当に何してた?何を隠している?俺達に言えないのは、どうして? 「……カラ松兄さんはさ…。ずっと、イタイイタイって気持ち、僕達に内緒にしてたのかな…」 「十四松…」 ボロボロボロボロ、音を立てる様に零れる涙。気付けば、僕の隣に居たトド松も、向かい側に居た一松だって。全員が涙を零していた。そして、僕も視界がブレブレだ。もう、決壊寸前。あ、ダメだ。僕も、涙腺が壊れたみたい。 ポロリ、と涙が溢れて、気付けばおそ松兄さんも泣いている。しゃくる声が耳に入るけど、誰も何も口にしない。カラ松が見たら、「どうしたんだ!?」って、自分の事そっちのけで心配するだろう。そこまでリアルに想像出来て、思わず笑いたい様な、叫びたい様な、そんな衝動に駆られる。 「…な…泣ぐな」 「おそ松兄さん…」 暫くして、おそ松兄さんの声が僕達を宥めた。目元を赤くしながらも、しゃくる声もそのままに、おそ松兄さんは何時もの顔で笑う。 「俺達は無敵の悪童松野の六つ子だぞ?泣くなら、全部解決した時に、思いっきり泣いて、あいつを困らせてやろうぜ」 だから、泣くのはこれで最後。我慢な? そう言ってティッシュを箱ごと渡してくれた兄さんに、僕達は大きく頷く事で返事をした。 「大丈夫。時間はまだある。俺達なら、やってやれない事はねぇ!」 「「「「うぃっす!!!!」」」」 [newpage] カラ松Side あれから3日が経った。いやー。ここまで筋肉痛が続くとは、夢にも思っていなかったな!まだまだ痛みは続いているから、明後日くらいまでには、完璧回復すると予測している。 毎朝恒例かと言わんばかりに、激しい筋肉痛に対する激痛の悲鳴で兄弟を起こしてしまうので、申し訳ないから客間で寝ると言っても、誰も賛成してくれなかった。 それどころか、「ここに居ろ」と言って布団から出してくれない。まぁ、筋肉痛が辛かったから、それは構わないのだが。 しかし、変な事はまだある。 兄弟が何かコソコソしている事には気付いている。それも、俺に内緒で、だ。つまり、予測出来る事はただ一つ…。 (バイトに気付かれたか?) 大金を持っていたのだから、パチンコか競馬で当たったと勘違いされる事を期待していたが、あの夜、俺が倒れてしまったから、パチンコや競馬という言い訳は使えない。 一応、念の為に、バイト先の工場はだよ~んの工場の中で、一番奥の入り組んだ分かりにくい場所を指定しているし、協力者にはハタ坊とイヤミも居る。口止めもしっかりしているし、何よりイヤミからも「おそ松達にバレると面倒だから、カラ松も黙ってるざんす」と念を押されているので、俺は沈黙を守っている。 それにしても、最初はトド松、昨日はチョロ松。そして今日は一松が傍に居る。同じ部屋で、ただ何をするでも無く、布団で眠る俺の看病をしてくれる兄弟達の優しさが嬉しくて、褒めてあげたいのに、表情の筋肉一つ動かすだけでも痛いので、基本寝ているか、じっと天井を静かに見ているかの二つで留まっている。 (身体、動かしたいなぁ) 寝るのは結構飽きて来たし、筋肉痛も大分楽になってきたから、そろそろ筋トレでもしようかなぁ。と思って身体を起こすと、すぐさま一松が「寝てろクソ松」と言って布団に押し戻してしまうので、成功はしていないが。 「…クソ松」 「……………」 表情だけで「何だ?」と問えば、眉を顰められ、思いっきり舌打ちされた。 「何か、言えよ」 「………いち、ま……」 そう言われても…。どうしろって言うんだ? 頭の中は疑問符でいっぱいだけど、何とか可愛い弟の名前を口にすると、 「…カラ松」 (え?えええ?) 何で泣きそうな顔なの?分からない。可愛い弟だけど、ごめん。俺頭空っぽだから、言ってくれないと分からないんだ!何かしたか?俺、何かした!!?でも、喋るのも表情を変えるのも正直まだ痛いし…。 「何で、何も言ってくれないんだよ…」 涙声の一松に、俺は何を言ってあげれば良いのかサッパリ分からなかった。 でも、可愛い弟が泣いているのに、何もしないなんて、そんなの兄の名折れだ。痛む身体に鞭を打って、なんとかボサボサな髪に手を伸ばした。けれど、 「……ぐ…!」 「か、カラ松!!」 ツーーン 3日前よりは大分楽になったとは言え、完璧に完治したとは言い難いこの身体では、腕を伸ばす事さえ痺れる様な痛みに襲われる。けど、耐えられない痛みじゃ、無い。俺は焦る一松制して、何とか弟の頭を撫でた。ミッションコンプリート!正直、全身の痛みで笑顔は保てなかったのは失念していたけど。俺的には完璧だと満足していたのだ。 「だい、じょう、ぶか?」 「……何で…」 何とか、それだけ口に出来た。けど、一松はますます泣きそうだ。え?本当に何で?俺が泣きそうなんだけど。 「何で俺の心配なんかしてんだよ!自分の心配しろよバカラ松!!そんなんだから…」 そう言って顔を伏せた一松が、目線を上げたら俺がとんだ間抜けな表情を浮かべていた事に気付いただろう。 (まさか…心配してくれているのか!?) しかも、あの一松が、だ。 「……きら…いだ……お………お、れ…のこ…」 (嫌いだと、思ってたよ。俺の事) 何時だって、『消えろ』とか『死ね』とか常に言われている身として、一松の言葉はとても嬉しかった。 (お前は、本当に優しいヤツだなぁ) 気付いたら卑屈でドMな闇を抱えた弟になっていたけど、俺にとっては可愛い可愛い弟で。 痛む身体に鞭を打って、何とか起こした体で、倒れ込む様にぎゅうぎゅうと一松に抱き着く。ブルブル腕が振るえるが、そこは根性でカバーだ。保ってくれよ?俺の筋肉!! 筋肉に気を向けていた俺は全然気付かなかった。 先程の発言と、身体の震えによって、一松にとんでもない勘違いをされていた、何て。 [newpage] おそ松Side 「よっし。定例会を始めるぞー」 何時もの深夜。今日で3回目となる会議の主役は、さっきから俺の隣で青白い顔を晒している一松だろう。 「とりあえず、一松。お前から報告を頼む」 そう言うと、分かり易く身体を跳ねさせる一松。おい、額に脂汗掻いてるぞ。俺も思わず引きつった顔を晒すけど、他の弟達も、カラ松の様子が気になるらしく、視線が一松に集中する。 やがて、深呼吸を繰り返した一松が、俺らに向き直る。 「今日、カラ松に言ったんだ。自分の心配しろって…」 「おお」 ツンが酷過ぎる一松にしては、しっかりとした言葉だ。まぁ、あのポンコツにどう受け止められたのかは疑問だが。 「けど」 「…けど?」 一気に顔を青くして、俯いた一松に、トド松が泣きそうな顔で言葉を促す。 「あいつ、……『嫌いだろ、俺の事』って…言ったんだ」 ヒュッと喉が鳴る。 汗が一気に流れて、背中を伝う感覚が、酷く寒い。 「そのまま、力尽きた様に俺に抱き着いて、ずっと震えてた……」 まるで、怖いのを必死に我慢している様に。 「……お前らには辛いかも知れないが…」 俺だって、予想したくは無かったけど。弟達の視線が集まる中、俺は皆に残酷な仮定を告げる。 「カラ松は、俺達兄弟に恐怖心を抱いている。ポイントは、それが無意識って事だ」 「無意識?」 チョロ松がボンヤリとした口調で問いかけて来る。他の弟達は、俺の言った言葉に酷いショックを受けているから、そのフォローが有り難い。 「カラ松は何よりも俺達兄弟が大好きだ。だけど、あの誘拐での俺達の仕打ち……。なぁ。お前らの中で、あの事で謝ったヤツ、居るか?」 そう問えば、チョロ松と十四松の手が上がる。こいつらは比較的素直な方だもんな。きちんと謝ったのだろう。 「俺も、謝った。っていうか、その後に、何時もの事だろ?大袈裟だなって、大笑いしたんだよなぁ…」 素直に謝った二人と違って、残りの俺達は、きっと素直に謝る事は無かっただろう。カラ松は、それに対してどう思っただろうか。 絶望?それとも、失望?どっちにしろ、碌な事じゃない。 でも、その感情を植え付けたのは、間違いなく俺達兄弟で。酷い悪循環。 「今更謝っても、あいつ、何の事だって首傾げるんだぜ?」 少し目を覚ました時を狙って、そう声をかけた俺に、カラ松はただ、不思議そうな顔で見ていた。無機質で、何も映していないガラスの様な、目で。 しかし、触れれば身体を跳ねさせて、自分を守る様に腕を交差する。そして何もかもを拒絶した様に丸くなるのだ。 (触れないで。お願いだから) そう言われた様な気がして、酷いショックを受けた。でも、さ。 「それ以上のショックを、あいつは受けたんだよなぁ…」 誘拐されて、海で殺されそうになった後は、火炙り。そして俺達による物々のぶっつけショータイム。しかも、この時点で重症を負ったカラ松を、チビ太は放置して帰ったのだ。朝目覚めた母さんがカラ松を発見するまで、冷たい玄関の地面に転がって。 「梨、食いたかったって。言ってたよなぁ」 『兄弟と、梨が食べたい』 チビ太に連れて行かれた飲み屋で叫んだ言葉がそれだなんて、あいつってどこまで俺達の事、好き……だったんだろうな? 「お前ら、金はどれくらい溜まったか?」 「……僕は、土方の短期バイトで…一応15万」 「でかしたチョロ松。一松は?」 「…………猫カフェで、10万…」 「十四松は?」 「俺はねー。株でとりあえず30万!!」 「うえええええええ!!?お前株とかしてたの!!?」 「ホームレスのおじさんに教わった!!」 「すげえ!!トド松は?」 「僕は地味だけど、出会い系サイトの桜のバイト。アングラなバイトだけど、収入は良かったよ。12万」 「そういうおそ松兄さんはどれくらい?」 チョロ松が尋ねて来る。俺はニヤリ、と笑って。 「おらよ。50万はあるぜ」 見せた札束に、弟達が分かり易く顔色が変わる。 「何をしたの!!?」 「売り?売りっすか兄さん!!?」 「そんな、おそ松兄さんまで…」 「ちっげーーーーよ!!!!これだよこれ!!」 バシッ ちゃぶ台に叩き付けたのは、競輪の新聞だ。 「俺、競輪で外した事滅多にねーんだよなぁ」 「結局ギャンブルかよこのクズ!!」 「うっせーな!金を稼ぐのに手段は問わねぇって言っただろ!!?」 「あ!でも、これで100万溜まったよ!!」 トド松の嬉しそうな声が、居間に響く。 「これで、チビ太にツケを返せば…」 「後は、俺達自身が、誠心誠意をもってあいつに謝って、許して貰おう」 すぐさまチビ太に連絡を入れると、今までのツケを正式に計算してくれて、全員の分を足せば、多少のお釣りは返って来ると分かった。 「余った金は、カラ松から借りた分。後、梨を買って、あいつと一緒に食おうぜ?」 チビ太に明日金を返す事を伝えて、全員で寝室へ向かう。 ソロリ、と。音を立てない様に襖を開ければ、カラ松の静かな寝息が聞こえた。 「明日、ちゃんと謝るからさ」 (もう一度、好きだって言わせてやるよ) きっとこれで大丈夫。そう信じて。俺達兄弟は目を瞑る。 * * * 次の日、予定通りにチビ太にツケを全返済し、借りた金に色をつけてカラ松に返すと、カラ松は不思議そうに金の入った封筒を見つめる。 「チビ太のツケは、皆で返済した。だから、カラ松が無理してツケを返す心配はいらないよ」 チョロ松がそう声をかけるが、カラ松の表情は変わらない。ただ、静かに俺達を見返すだけだった。 「……どうして?」 大分ましになってきたカラ松の声が、酷く空っぽに感じた。 「………カラ松、兄さん?」 十四松がカラ松の顔を覗き込む。カラ松の顔は、変わらない。ただ、困惑を少し浮かべた無表情で、封筒を握っている。 「……………か、ね……いらなかった…の………」 ポツリと聞こえた声が、小さ過ぎて聞こえなかったけれど、スッと猫目になった十四松と目が合って、俺達はまたアイコンタクトで状況を判断し、指摘し合う。 (十四松、今回はお前が看病役な) (あいあい!) 十四松だけを残して、俺達はまた外へと飛び出す。根本的な解決には、まだピースが足りなかった。 「くっそ。カラ松をあんな目に合せたヤツを先に炙り出すべきだった!」 「ごちゃごちゃ言うくらいなら足を動かせクソ長男!!」 「お前ら最近俺に冷たいぞ!!」 そんな無駄口を叩きながら、限界まで走り続ける。うっかり抜けていた、カラ松の痕跡を辿る為に。 [newpage] カラ松Side 今日で6日目。身体もすっかり良くなって、今は軽いストレッチをしている所だ。 一昨日は十四松。昨日はまたチョロ松が看病をかって出てくれたけれど、筋肉痛も無くなったし、寧ろ身体を動かしたくてウズウズして仕方がない。 「もう元気だから大丈夫だ」 そう兄弟に告げたが、本当か?無理していないか?とか、何やら重病人の様に扱われて、戸惑うばかりだ。 生憎表情の筋肉だけがまだ突っ張った感じが残るので、表情をうまく取り繕う事が出来ないけれど、喋る事はスムーズに出来るだけで随分楽になった。 何せ、ずっと寝てばかりだから、喉は乾燥するし、水が飲みたくて起きようとすれば、筋肉痛で苦しめられるし、中々散々な数日だったなぁとしみじみ実感する。 後、おかゆとかうどんには正直飽きた。出来れば肉が食いたい。がっつり。特にから揚げが食べたくて仕方が無かった。 「コンビニ、行くか」 リハビリ代わりには良い距離だし、何よりあそこのコンビニのから揚げは絶品だ。 一昨日、何を思ったのかは知らないが、チビ太へのツケを全額返済したと兄弟達から告げられた。そして、渡されたのは、使われたとばかりに思っていた、俺のバイト代20万。 『金、帰ってくるとは思って無かったな。心配いらなかったのか』 と、拍子抜けしてしまった。だが、そう言いたくても、頬が引きつって上手く喋れて無かった様な気がするが、まぁ、些細な事だろう。 玄関で靴を履いて、ガラリと玄関を開ければ、後ろから俺の名を呼ぶ声が耳に入ったが、きっと気のせいだろう。治って早々集られるのが嫌だったのと、リハビリ代わりだから、歩くのがどうしても遅くなるので、皆に無駄に心配を掛けさせたくなかったのだ。 (あー。久しぶりの外だなぁ) しかも、今日はポカポカと陽気で、何だか眠くなりそうな暖かさ。 「空も真っ青。うーん。セラヴィ」 出掛けるには最適な日に治るとは、流石俺。空気を読める男!! ルンルン気分でコンビニまで辿り着くと、早速から揚げを2種類頼んで、外に出たと同時に一つ、口に含む。 じゅわり、 肉汁が口いっぱいに広がり、鼻から通るスパイシーな胡椒の香りが中々乙だ。 「…美味い……」 味の薄いおかゆやうどんは、不味くはないけど、成人男性として、あの食事は正直辛かった。居間で普通の食事を取っている兄弟がどれ程羨ましかった事か!! 「タバコ止めると太るって言うが…」 気付いた事はもう一つ。から揚げが滅茶苦茶美味い。何時も好んで食べているのに、今日食べたから揚げは今まででもダントツに美味いとしみじみ思った。 薄味続きと、短期の禁煙で、大分舌が薄味に馴染んだ所に、この胡椒たっぷりのから揚げ。成程。これはクセになるな。 美味い美味いとあっという間に残り一つ。 (最後の一つは味わって食べよう) 好物は割と最後まで残すタイプの俺は、早速大きく口を開き、愛しいから揚げを含もうとした瞬間。 ドンッ ――ぼとっ 「あ」 「おい!てめぇ!何処に目を付けてやがる!!」 お、ち、た。 落ちた。落ちた。落ちた落ちた落ちた落ちた。俺の、さ、いごの、から揚げ…っ!! ベタな不良(しかも学生だ。おい学校はどうした)は高い身長で俺を煽る様に叫ぶ。 「……………」 「ああん!!?おいこらぁ!何とか言えよ!」 胸倉を掴まれた俺に、トドメと言わんばかりに、から揚げを踏み潰され、て。 ――ブチリ、 「おいて…ごばああああ!!!!」 久しぶりのから揚げに何て事しやがるこの野郎!!怒り任せのアッパーは見事に決まり、不良の身体がコンクリートに叩き付けられる。 「この野郎!!何しやがる!!」 すると、向こう側から、仲間と思わしき学生の軍団………えーと、15人?くらい?俺をぐるりと囲み、逃げられない様にして、ニヤニヤと醜い表情。あー。久しぶりだなぁ。この感覚。 血が滾るって言うのか?いや、踊ると言った方が正しいか。 俺はペロリ、と下唇を舐めると、艶やかに嗤う。 「かかってこいよ。クソ野郎」 食い物の恨みの強さ、その身体に植え付けてやるぜ!! * * * そして数十分後。 見事に圧勝を勝ち取った俺は、不良の財布から迷惑料を少々拝借し、早速から揚げを買い直そうと立ち上がる。 「い、てて」 流石に無傷とはいかなかった。服は泥で汚れているし、顔は何とか避けたけど、身体には青痣が残っているかも知れない。明後日の事もあるし、銭湯は避けて、家風呂が良いだろう。 少し油断して、また盛大に舌を噛んでヒリヒリするし、血の味が本当に気持ち悪い。から揚げはお預けした方が良いかもなぁ、と思い直して、少し落ち込む。 (から揚げ…肉…肉、食いたい…) 身体は肉を欲しているのに、口に広がるのは、先程の胡椒たっぷりのスパイシーなから揚げの後味じゃなくて、鉄の味とか。 「ッチ。やっぱもう少し痛めつけておきゃ良かった」 野蛮?男兄弟で暮らしてきた俺にとって、こんな喧嘩は高校の時では日常茶飯事だったぜ。 とりあえず帰る為に背を向ける。口の中はまだじくじくと血が溜まっていく感覚がして、何度か吐き出したい衝動に駆られるので、仕方なく、途中にある公園へ寄った。 しかし、そこで予想外な事が起きた。というか、居た。 「カラ松兄さん!!」 「カラ松!!」 「お前何処に行ってたんだよ!!」 そう言って近寄って来たのは、一松、十四松、トド松の3人。 (この3人に会うとか…タイミングが合わな過ぎる) トド松が目敏く俺の服の汚れとかに気付いて、何か問いかけて来るが、俺は未だに口内で溢れかえる血液を吐き出したくて堪らない。 「どうしたのカラ松兄さん?」 「カラ松兄さん!!血の匂いがしまっせー!!」 「っ!?それ本当か十四松」 (オーマイじゅうしまぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっつ!!!!) 黙ってて欲しかった!!嗚呼。頼む。そんなに心配しないでくれ。ただの喧嘩!俺ただ自分で舌噛んじゃっただけだから。 「カラ松兄さん?」 「ご、ごふっ」 そう口にしたかったが、口内に貯まった血液の方が早かった。 盛大に血を吐き散らす俺に、弟達が真っ青になっているのが分かる。嗚呼。本当にごめん。喧嘩している姿は、あまり見せたく無かったのに。 公園に設置してある水場に、十四松が運んでくれて、俺は何度も口を洗って、うがいを繰り返す。鉄の味が薄くなるのと同時に、水の美味さが広がっていって、自然と身体から力が抜けた。 (あー。リハビリにしては、ちょっと激しかったもんなぁ) ずっと寝ていた後の喧嘩は、結構身体に響くらしい。弟達の焦る声が聞こえたが、やっぱり兄弟が居るという安心感に負けて、俺は目を瞑る。 2回目の吐血を諸に見て、弟達が酷い勘違いを更に悪化させた事にも、てんで気付かずに。 後編に続く!   
予想外に長くなりました。なので、前後編で終わらせる予定を、急遽変更して、中編となりました。<br />これから、ラストに向けて勘違いスパイラルスパートかけていきます。<br />視点がコロコロ変わりますので、ご了承下さい。<br />ラスト候補が幾つも上がったと前に書きましたが、前回のリクエスト企画で使いまわそう(貧乏性)と思い至り、ラストを一つに絞りました。<br />後編は近々アップする予定ですので、お待ち下さい。<br />カラ松に夢見てます。喧嘩描写がほんの少し匂わせる程度にございますので、苦手な方はご注意下さい。<br />それでは、楽しんで頂けたら幸いです。
全てはニューカラ松の為の準備でした<中>
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 古いストーブには新しい灯油が入り、広い学食の中を仄かに温めている。 そんな中で逸見エリカは、何時もの様に次の日の教科書を広げながら予習に励んでいた。 ルームメイトである西住みほは、まだ講義中である。 彼女と1講義分ずれるこの時間を逸見エリカが予習に当てるのはもう習慣になっていた。  学生課の前に掲示されている学生向けの掲示板を見て、秋山優花里は途方にくれていた。 そこにあったのは、今日出るはずだった講義の名前。そしてその上にある休講の文字。 『家で小まめにメールチェックをしておけば、こんな事にはならなかったのになぁ』 と、思っても既に後の祭り。 この時間の後は、先輩でもあり一緒に住んでいる西住まほと共に彼女の運転する車で買い物に行くことになっている。 木枯らしに吹かれてため息を付きながら、暖を求めて学食へ足を運ぶのだった。 「で、アンタはここに来たわけだ。ご苦労様」 一人で時間を潰すのも面倒だし、渋々ではあるが唯一居た知り合いの前に座ったという感じを受けるエリカは優花里にそう言い放った。 勿論、その目は教科書から離れていないし、手もノートへのメモを止めてはいない。 「外は寒いし最悪でしたよ。エリカ殿は "何時も通り" お一人でお勉強ですか? 流石名門校出身は出来が違いますなぁ」  売り言葉に買い言葉、二枚舌外交、テーブルの上では笑顔でもテーブルの下ではお互いに足を蹴り合っている二人。 「そんな事より昨日のドルトムントの試合見ました? 凄かったですよね!」 「エーベルチームの偵察からベルンハントの連続撃破までの流れは凄かったわね。ラスバスの敵中突破も見事だったけどあれは監督の指示なのかしら?」 「あれはチームラジオ聞いてる限り独断みたいですよ。凄いですよね!」 「アンタのそういう戦車道に対する貪欲な情報収集能力だけは評価してあげるわ」 「それはどうも」 「で、逸見殿はなんでお一人で学食で勉強を? テスト前でも無いのに」 「アンタね、中学生でもあるまいし普段から予習くらいやるでしょ? ……まさか」 「はい、そのまさかです。 上級生の先輩居ると便利ですよね。大学生って」 「そんな所まで隊長さんに頼ってちゃダメでしょ? ちょっとは自立しなさいな」 「いやぁ……そのですね、まほさんに勉強教わってた時に、こんな難しい問題簡単に解いちゃうなんてカッコイイですねって言ったら、凄い張り切って教えてくれたんですよぉ。それからは、小テストの前なんかでもソワソワしはじめちゃって、ついついそれが可愛くてですね……」 「はいはい、ごちそうさまでした。隊長も何やってるんだか……」 「逸見殿はそういう話何か無いんですか?」 「はあ? 私とみほにそういう話があると思ってるの?」 「いや、有名ですから。何処でもイチャイチャしてる黒森峰隊長と大洗隊長の話は」 「嘘でしょ? 結構その辺には気をつけて誰にもわからないようにしてたはずなのに……」 「いや、その……なんといいますか、雰囲気で分かりますし、帰港日のたびにお互いの部屋に泊まりあってれば周りは察しますよ……気づいてなかったのは逸見殿達二人だけです」 「あああ……小梅や直下に何言われてたかわからない……」 「その二人なら陰ながら応援してましたので大丈夫です」 「はぁ!? なんでアンタがそんな事知ってるわけ!?」 「……まあ、今だから見せてもいいですかね。これをご覧ください」 「何々……みほエリを応援する会……!? なんなのよこれ!」 秋山が取り出したスマホには、LINEのとあるグループチャットがびっしりと表示されていた。 そこにはエリカの見知った面々のアイコンがエリカとみほ、二人の行動や言動について批評したり応援したりするメッセージが所狭しと並んでいた。 「グデーリアン、さおりん@は~と、いすゞ@個展12/2、REまこ、レッド★、HANDA、鼠乗り、なおした@ヘッツァー殺すマン、夏至沸葵、MihoLOVE、ダージリン、オレンジペコ、K、アリサ@タカシィィィイ、ナヲミ、カチューシャ、ノンナ、西@ウラヌス、スナフキン、ミイ、ヒルボネン、etc……」 「皆さんお二人の事をとても気にしてましたよ。MihoLOVE殿なんて"もう毎晩毎晩エリカとみほは上手くやれてるだろうか……姉として見に行くべきでは無いだろうか? なぁ優花里" などとおっしゃられる物ですから、もうこのお姉ちゃんダメなんじゃないかと、何度も思ったものですよ」 「えっ!?これ隊長!?ちょっと待って私の知ってるアカウント名と違う……!?」 「ああ、そっちがプライベートアカウントらしいですよ。こっちの会議室には、"まほ"で入ってますし」 「ちょっと待って何でみほと隊長とアンタだけの部屋があるわけ!?」 「あーこれはプライベートな方なので流石にエリカさんに見せられません。ごめんなさい」 「プライベートならしょうがないわね」 「でしょう? まあ、さっきのみほエリの部屋なら見せてもいいですよ。みほ殿も入ってますし」 「はぁ…? あぁ……ええ?? はぁああ???」 「ほら、ここ」 Miho:この間教えてもらった洋食屋さんとても美味しかったです! エリカさんもとても喜んでました。さおりんさんありがとうございます! さおりん:おーみぽりん早速使ったんだねぇ!お姉さんも鼻が高いよ~。 REまこ:こういう時の沙織は役に立つ。馬鹿と鋏は使いようだな ダージリン:こんな格言を知ってる? 『視点を変えれば不可能が可能になる』 オレンジペコ:ハンニバルですね。でも、エリカさんにはハンバーグを与えるだけでソースの変更はいらなさそうですね。 「待って、ちょっと待ってこの前行った洋食屋さんってもしかして……」 「はい、沙織殿のオススメの店ですね。デミグラスソースを大層気に入られたようで」 「いや、美味しかったわよ? 美味しかったけど何、これは何???」 「みほエリを応援する会です」 「意味わかんない。なんでみほは、こういう部屋に入って普通に会話してるの? あの娘恥ずかしくないの?」 「最初は居なかったんですけどね。去年の1月辺りに私の部屋に遊びに来てくれた時がありまして。まほ殿がこたつで寝てたものでみほ殿びっくりしましてね……」 「そうじゃないのよ!なんでみほがここの部屋を見てるのかって聞いてるのよ!わたしは!!!」 「あーえっとですね。その時に食事の準備で少し母親に買い物を頼まれまして、ええ、流石に3人も夕食が増えたら材料も足りなくなりますからね」 「秋山、長い」 「その時にちょっと携帯電話をこたつの上に忘れてましてね。その、通知を見られちゃいまして」 「それで?」 「こんな部屋があるなら相談したいことが一杯あるのにとせっつかれました」 「そこまではわかったけど何でこんなに入り浸ってるの? というか隊長何やってるの。冬休みは実家に帰るって言ってたわよあの人」 「ずっとうちに居ましたよ?なんか部屋を改修工事するから泊めてくれって」 「秋山の実家に?」 「実家に」 「私頭痛くなってきた。なんか悪い事したっけ?」 「私への普段の扱いが悪いからですよ」 「わかった。今度昼奢る。ルーミンの若鶏のディアブルトマトソースでいい?」 「ご飯は大盛りでお願いします」 「それで手を打つわ……。それで?」 「いや、何、結局はみほ殿もアレですよ。逸見殿を喜ばせたかったみたいです」 「なにそれ、私はみほと居るだけで全然幸せなんだけど……」 「はぁ……」 「何よそのため息?」 「わかってないですねぇ。みほ殿がどれだけ逸見殿を愛していたかを……」 「今私十分愛されてる自覚はあるのだけど」 「そりゃ逸見殿には苦労してる所は見せないと思いますよ。黒森峰時代に経験済みでしょう?」 「みほはそういう所、確かにあるわ……。大洗に行って改善されてたと思ってたのに」 「それだけ逸見殿が大事なんですよ。わかってあげてください」 「全力でね。それがあの頃あの娘に出来なかった私の罪滅ぼしでもあるから」 「頼りにしてますよ。結局私ではみほ殿を最後までお守り出来ませんでした」 「何言ってんの?アンタには隊長を支えていくっていう義務があるんだからね。西住流は伊達じゃないのよ」 「お互いまだまだ苦労しますね」 「望む所、でしょ?」 「じゃあ、私はそろそろまほ殿と約束がありますんで、この辺で失礼します」 「はいはい、みほもそろそろこっちに来るでしょ。またね」 「はい、ご飯楽しみにしてますから」 では、また。と座っていた椅子を丁寧に押し込み、秋山優花里はその場を去った。 そのまま学内にあるコンビニへと向かう。 既に買うものは決めてある。 お目当てはまほが最近気に入っているココアだ。 普段人目がある場所ではブラックコーヒーばかり飲んでいるまほだが、この一年誰よりもまほの事を見てきた優花里の目は誤魔化せない。 甘い物が大好きなのだ、あの人は。 残された逸見エリカは、手元にある腕時計を少し見て時間を確認する。 講義が終る5分前、あの隊長の犬は時間には正確だ。 少し凝り固まった身体を伸びをしてほぐし、深呼吸。 何時もの様に予習の終わった教科書とノートをバックに入れ、準備は整った。 後は寒がりなアイツを温める為に何か買っておいてやろう。 そう思いながら彼女もまた席を立つのだった。 まほ:優花里ごめん。急な事で悪いが、戦車長会議に招集されて行けなくなった。埋め合わせは必ずする。 Miho:エリカさんごめんなさい。今日は戦車長会議で少し遅くなるから先に帰ってて。 携帯の画面を見たエリカは、一つため息をつきながらおもむろに電話帳の二番目を選択し、そのまま発信した。 「もしもし、秋山? うん、今日ご飯一緒に作らない? うん、そう、カレーとハンバーグ。何?ココア飲めるかって?飲めるわよ」
※この作品にはGL表現、及びそれに類する表現や、本編のネタバレ、改変等があります。苦手な方は閲覧をご遠慮ください。<br /><br />お久しぶりの投稿です。<br />今回はガールズ&パンツァーの世界を書くことになりました。<br />Twitterでフォロワーさんと話していた、エリみほ、まほあき前提の秋山逸見の悪友同士がお互いを煽りながらも楽しく会話する話をどうしても書きたくなりまして、形にしてみました。<br />現在本編はありませんが、スピンオフ作品のつもりです。<br />いずれ本編再構築IFのエリみほあきまほを取り入れた作品も書きたいと思っております。<br /><br />最後に、表紙を書いて下さったれとさん、世界観を一緒に考えてくれた海苔ご飯さん、添削を手伝ってくれたたーいXさんに感謝します。<br /><br />pixivからのお知らせ [小説] 男子に人気ランキング<br />pixiv事務局です。<br />あなたの作品が2016年03月12日付の[小説] 男子に人気ランキング 14 位に入りました!<br />pixivからのお知らせ [小説] ルーキーランキング<br />pixiv事務局です。<br />あなたの作品が2016年03月06日~2016年03月12日付の[小説] ルーキーランキング 63 位に入りました!<br /><br />ランクインしました。沢山の方のご愛読ありがとうございます。
ココアと教科書と休講と
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比企谷八幡に憧れてしまった彼 2 あの高崎嫉妬事件(笑)から2日程たった。 やっぱりこうなるよね!という感じで、今まで数合わせでお前来いよって言ってくれた人も、あいつはねーわww、と嘲笑うように誘ってくれなくなった。 別に悲しくはない。 俺に中途半端にくれるクラスメイトの優しさを小町に譲っただけ。 大体そんな中途半端な物は持ってたって仕方ないし、大抵の人はいらんと捨てるか、それにすがるかどちらかだろう。 実際、それを捨てたおかげで友達が1人増えた。 小町は俺に友達でいようと、そう言ってくれた、それだけで十分だ。 それに、あんな可愛い子と友達とか勝ち組だろ、しかも憧れの先輩の妹ときたもんだ。 思い掛け無いリターンが、実は嬉しかったりする。 メアド交換した時なんかは心の中でガッツポーズしたくらいだ。 何あの子ちょー可愛いんですけどー、雪ノ下先輩が見る専だとしたら、小町は愛玩動物というか、一緒に居て癒されるタイプかもしれん。 ちょっとだけ嬉しいとか言いながらがっつり喜んでるじゃないですかやだー。 だが、あれは喜ばん方が異常だ、あんだけかわいけりゃ嫉妬したって仕方ない。 そう、仕方ないのだ。 なのにこの学校ときたら… 「おいお前うざいんだよ。」 「やめてよ!」 「すいません!僕が嫉妬したんです!」 ドッwwwwwwww みたいな感じでネタにされつつある。 一年は小町が居るおかげか、小町が良い人だからなのか、そのネタは使われていない。 小町まじぱねぇ、あいつプロだわ、女神だわ。 我はここに!小町教の設立を宣言する! ほんとバカみたい、思い出しちゃうと悲しくなるし、煽られてるからもっと悲しい。 ほんと泣いちゃうよ?泣かないけど。 ていうか漫画でよく使われる、ドッ。 この効果音の表現完全に漫画用に生まれてきたとはいえ、よく考えたな、小説では凡庸性低すぎるけど。 そうして授業が始まり、生徒達は静かに席に着く。 さすが進学校、どれどけちゃらちゃらしていてもする事はきっちりやるみたいだ。 むしろ俺の方が英語きっちりやってないんじゃないかな? アメリカ語なんて話せるかよ!誰が使うか!アメリカ語まじFuck! 特にコミュ英、この時間は地獄である。 クラス全体に、すまんが高崎と話す奴はNG、みたいな雰囲気で、先生もそれに飲まれてるから、お互い無視してても何も言わない。 先生って仕事大変だなぁ、残業代0だぜ? 年金は良いらしいけど40年残業代0なんて悲しすぎだろ。 俺は絶対教師にならんしなれない。 今まで英語の事ばかり妄想しているわけだが、今は絶賛国語タイムである。 つまり平塚静タイム、寝る事は許されない。 が、幸いわからん事はないし、授業聞いて家で復習すれば国語は点を取れるので眠たくはならない。 真面目にしてりゃ点を取れる教科だ、英語とは違う。 教育省の方々英語はやめちくり〜 そうして、心の中で英語をdisりまくった4時間目であった。 * * * さて?4時間目が終わったという事は、皆さんお待ちかねのお昼タイムだ。 最近のマイブームはその日その日の空の調子を見る事だ。 スカッ、と綺麗な青空を見れた時は自然と心が落ち着くし。 じめじめとした曇り空の時は自然と心の中の悪口が増える。 帰り際の日が落ちる5時ごろ、晴天の日だとこの空がとてつもなく好きだ。 もしかして:恋? リライフってどんな気分なんだろうか? 俺がリライフしたら。 学級崩壊させそうなので、自粛しよう。 あれ?俺優しくね? アホな事を考えていると、校舎裏についていた。 当然の様に小町が居て、元気に挨拶してくる。 「こんにちは〜、千尋さん!」 「おう。 というかお前良い加減、クラスの子と飯食わねーの?」 「大丈夫ですよ?小町ハイブリット型ぼっち目指してるんで♪」 きゃぴっと小町らしくて良いんだけど、やっぱり心配だ。 小町の容姿から察するに、あらぬ事で攻撃してくるかもしれん輩が居てもおかしくない筈だ。 そんな状況にまた陥るかもしれないと思うと、今の内に助けれくれる、庇護してくれる仲間を作った方が良いんじゃないかと… 心配性だな、俺、キモいしやめよう。 「ハイブリットってなんだよ、友達とちょっと話して、それをエネルギーに変える奴か?」 「そうそうそんな感じですー。 あ、そうだ、小町明日から部活入るんですよ〜。」 「そういや言ってたな…ってそれ、奉仕部って部活か?」 「ん?なんで千尋さんがそれを? まさか!先回りして調べてたんですか!?」 小町はびっくりしたふりをして跳び退き、不審者を見る様な目で俺を見る。 わかりやすく言うとスマブラwiiuに出てくるロックマンの目だ。 ガチ勢強すぎぃ!クソガンモ! あんなのむしろキレなきゃ人間じゃない。 「そうじゃない、平塚先生に紹介されてな、体験入部みたいな形で、多分入る予定だ。」 「おぉー!良いじゃないですか!部員も増えますし、千尋さん実は頼りになりそうなんで重宝されそうです!」 実はとかなりそうとかひどい。 俺だってやればできる子だし、YDKだし。 (焼き入れんぞ、大輔、コラァ!の略) 大輔って誰だよ… 「大丈夫だ、囮捜査や身代わりに盾役、ヒール役からスケープゴート、あらゆる品を置いてある。」 「ワータヨリニナルー。 ていうか、前から入ってたのにどうして教えてくれないんですか!」 「だってそんなに仲良くなかったし。 今は仲良いから良いだろ。」 「うん?兄とは違う捻デレ? よくわかんないけど…まぁ、良いですよ!」 そう言って小町はプイと顔を背けてしまった。 間違えたかな?小町ポイント減っちゃったかなぁ。 大学受験ぐらい難しいから一度くらいはオーケー、どう取り返すかが重要だぞ俺! 「まあ、あれだ、今日からよろしくだな。」 そういうと小町は嬉しそうにこちらを振り向いた。 正解を引くとこんなに嬉しそうにしてくれるんだけど間違うと悲しくなるんだよね…これ。 「ですねー!兄と千尋さんが絡むと面倒くさそうですがよろしくお願いします♪」 まったく変なやつである。 * * * そして授業が終わり、テンション上げ上げで遊びに行く人もいれば部活だからと断られてるやつもいる。 ちょっと悲しい物を見てしまった。 そんなことは気にせず奉仕部へ向かう。 ようやく自分の立ち位置が落ち着いたので気まずいのは解消された。 あとマウンテンさんの名前は由比ヶ浜結衣だったということが判明した。 会話に返そうと思ったら松岡って言いそうになった、危なかった。 今年は冬でも比較的暖かいようで、つい先日はとても暖かかったのに。 何故か今日は少し寒い。 連絡通路の踊り場はそれがよく表れている。 気温は低いから天気も悪いというわけでもない。 夕日が綺麗で気分が落ち着く。 何か評論家ぶるわけでもなくただ自分の中で綺麗だな、とそう感じる瞬間が俺は好きだ。 ついでに言うと雪乃さんの横顔なんかも好きだし結衣先輩の横乳なんかも大好きだ。 そうして階段を登り奉仕部のドアをガラリと開ける、あまり音を立てないようにするのがポイントだ。 「こんにちは。」 そう挨拶すると、俺より早く来ていた雪乃さんが挨拶をしてくれる。 俺も挨拶を返し、席へ着く、比企谷さんはまだ来ていないみたいだ。 ちなみにこの呼び方は昨日の雑談で決まったものだ。 雪ノ下先輩はまだ良いが、由比ヶ浜先輩と比企谷先輩がどうにも長いので、他のにしない?と結衣先輩に言われた。 結果。 八幡さんは本人が嫌がったので比企谷さん。 由比ヶ浜先輩は結衣先輩。 雪ノ下先輩は雪乃さん。 結衣先輩だけ先輩と付いているのは一色の影響かな? あいつなんで奉仕部じゃないのにあんないる頻度高いんだろうね? あとあざとい。 今まで生徒会長という事しか知らなかったから興味なかったし今もないけどやたらあざとい。 あざとすぎて若干引いた。 そうこうしていると比企谷さんと結衣先輩が一緒に来て、全員が全員に挨拶をする。 読書をしていると時間は流れ、今日もなんもしねぇのかな?と思いがら過ごしていると、扉が開いて平塚先生が入ってきた。 「平塚先生、どうかしましたか?」 と雪乃さんが問いかける。 「ああ、依頼者を連れてきた。 入ってきたまえ。」 入って、どうぞ。 文章の所々に語録を挟むのを忘れないホモの鑑。 「こんちはっす。えーっと、2年d組の勝浦太平(かつうら たいへい)です。」 「勝浦さん、ここに座って?」 雪乃さんがそういうと、既に比企谷さんが椅子を用意している。 何この人社畜スキル高すぎじゃない? むしろ俺の気が利かなさすぎて泣けてくるレベル。 「あ、えっと、バスケ部の事なんですけど…。」 そう言っている勝浦は罰が悪そうな顔をしている。 というか雪乃さんが結衣先輩を左に寄せて勝浦と対局に来て、比企谷さんも俺を右に寄せて隙間に入ってきたのでおっぱいが近い。 結衣先輩ってよんであげなよぉ! おっぱいしか見てねぇのかこの野郎! 「バスケ部?そういえばもうすぐ試合があるわね。」 何この人なんで部活の予定とか知ってるの? 比企谷さんが言っていた通り、まじゆきペディアさんらしい。 「それの事なんすけど、試合に出る人数が足りなくて。」 「バスケの試合って5人でよくなかったか?」 と俺がいう。 勝浦は痛い所をつかれたのか、はたまた5人も部員がいないのをいうのが恥ずかしかったのか。 うっ、という声を上げる。 「5人もいないんだよ、それで相談に来たんだけど。 その、助っ人に来てくれないかと思いまして。」 前半は俺に向かって言い。 後半は全員に礼儀正しく言っていた。 「手伝いたいのは山々だけれど、私は試合に出れないし…比企谷くん、あなたバスケできる?」 「できん事はないが、試合に出るとなるとまた別だな、多分シュートが打てるくらいの素人が居たって邪魔なだけだ。」 ほう?ならば!ここは俺の出番のようだなぁ! 多分会話は俺に降られるだろうから、大人しく待つ。 「残念だけれど、お手伝いできなさそうね。試合には出れないけれど、その後のPR活動を手伝う、という事でどうかしら。」 あれー?ねぇ雪乃さん?俺の事忘れてません? ………しゃあない、自分でいうか。 「あのー、俺、中学までバスケ部だったんで、試合の日程によれば戦力になれない事もないですけど…」 「へぇ、ザッキー部活やってたんだー。」 「高崎君は比企谷君みたいに家でダラダラしてるイメージだったから、意外だわ。」 雪乃さんはひどいし、結衣先輩からは変なあだ名で呼ばれるし、ていうかザッキーの前に結衣先輩が決めたあだ名、ちひろんだぜ?信じられる? ネーミングセンスなさすぎだろ…がんばれよ。 「では、試合まで1週間と3日あるけれど、それくらいあれば感覚を取り戻すくらいは可能かしら?」 「体力もどして、外からシュート打つくらいだったら、まあどうにか。」 「では私達はPR活動をしている間、高崎君はバスケ部の練習に参加する。 それでいいかしら?勝浦くん。」 「あ、は、はい!ありがとうございます! じゃあ高崎、明日からでいいか? いいならバッシュとバスケの服持って来てくれな。 よろしく。」 勝浦いい奴だなー。 ちなみにバッシュというのはバスケットシューズの略であり、現在スニーカーとして発売されているエアジョーダン2なんかはみんな知ってると思う。 要するに体育館シューズの上位互換だ。 現時点での問題は1つ。 俺の体力が持たん。 * * * 次の日 しっかりバッシュと服を鞄に詰めて学校に行く。 これから1週間こんなん続けなければならないのか、壊れるなぁ。 まあ、久々にバスケしてみたかったしいいんだけど、何より三年生なんかは夏に向けて本気でやってるだろうし… 進学校なのにそんな本気でできんのかな、まずこの学校に部活をしている人口が少ない理由として、成績を維持するのが非常に難しい。 それで止めた人も多いだろう。 どの部活をやるにしても赤点なんてとってたら本末転等だし、やらない人が増えるのは仕方ない。 両立できる人は意外に少ない。 葉山先輩なんかは有名だ。 部活で推薦を貰える総武校唯一の…なんて言われている。 おまけに顔も大変整っていらっしゃる。 羨ましい事この上ない、見えない所からすっ転ばして、嘲笑いたい。 そうして周りから責められまくって中退ですねわかりますー。 自転車を漕いでいると、総武校が段々と近づいてくる。 今日も1日煽られ三昧、楽しみだなぁ(諦め) そうして高校に入り、靴を置いてから、教室へ向かっている時だった。 「ああ、高崎、お前試合まで助っ人に来てくれるらしいじゃないか!ありがとうな!頼りにしてるぜ。」 「あ、はい。 今日はあんま動けないと思うけど、よろしくお願いします。」 あー懐かしいわー、顧問にはよくこうしてビビってたなぁ。 そうして市原という名のバスケ部顧問は歩いて職員室に行った。 * * * 放課後 授業はだらだらとしている間に終わり、バスケ部の部室へと足を運ぶ。 バスケ部の部室は体育館の上にあり、特別塔から見下ろせるくらいの高さだ。3Fぐらいだろうか。 扉は綺麗に塗装されていて、よくあるボロボロ部室ではなかった。 そこへつくと、3年生であろう人が着替え始めていた。 「おう、高崎だっけ?助っ人ありがとな! まあ、今日はあんま動けねーと思うが頑張ろうぜ!」 お、おう、結構体育会系だと珍しくないが対応の仕方を忘れてしまっただけに、一瞬反応が遅れる。 「よろしくお願いします。 中学ではSGでした、力になれるよう頑張ります。」 「おう!じゃあ着替えて下来てくれ。」 そう言って先輩は階段を下りて行った。 もうすぐ始まんのかな? と、着替えてしたろかに降り、練習を始めたはいいが… なにこれ全然動けねぇ! なんだこれ?ドリブルつけないしシュートは外れる、おまけに足が絡まる。 雪乃さん…やばいかもです。 そうして部活が終わり、俺は部室で意気消沈していた。 「高崎、お前久々だったから大分きつかったろ、中学からやってないんだったらそろそろ1年と7.8ヶ月はやってないんだなー。」 そう言って勝浦は笑っている。 勝浦も疲れてはいるが、いつもの事だとばかりに着替えていて、後ろの先輩なんかは練習中ほどではないが、割と大きな声でおしゃべりしている。 ていうか4人であのやる気が2時間も続くのは素直にすごいことだと思った。 いや、声が出せて、やる気のある4人が残ったと言った方が正しいのか。 タオルで体を拭き、中学時代から使っていなかったギャッツ○ーで体を拭く。 小学校時代は体臭なんてそんな気にしなかったんだけどなあ。 皆着替え終わり、ミーティングが始まる。 別にミーティングで大した事をするわけでもなく、顧問からの話と、今日の反省をし、解散となった。 重い足取りで階段を下り、時刻はもうすぐ午後7時になろうかという頃だった。 自転車置き場に行き自転車をとって、校門を出ようとする。 「あ、やっと来た。」 そこには小町がいた。 なんでいるの?うっかりときめいちゃうからやめてくれないかなぁ。 「小町、奉仕部は?」 「んー?さっき終わったんで千尋さん待ってました。」 ぐ、なんだこの可愛さは!ふざけんなよくそ!かわいすぎるのは罪だろ! 「はぁ、お前家はどの辺だ。」 「さっすが千尋さん!察してくれる男子は小町的にポイント高いですよ♪」 「はいはい。さっさと行くぞ。」 そうして自転車を押し、小町とおしゃべりしながら比企谷さんの家まで一緒に帰り、そのまま俺も家に帰って、その日の夜は10時にベットに入ったのでした。 * * * あれから9日間練習を続け、どうやら俺の体力とボールの感覚も戻ってきて、試合の日がやってきた。 対戦相手の情報を聞くとそこそこ強くないところらしいので、まあ俺でも戦力にはなれるだろう。 奉仕部のメンバーも今日ばかりは試合を観戦しに来てくれている。 俺なんてほとんど見ていないとわかっていながらも少し緊張する。 緊張しながらも進む時間の中で割り切り、試合に臨んだ。 「えー、これより、総武高校対佐倉高校の試合を始めます!礼!」 と言われ、全員がねがいしまーすと少し短縮した運動部特有の挨拶でポジションを取り合う。 俺は黙って後ろのカバーリングだ。 ボールは高く上げられ同時に選手がそれを取り合う。 最初にボールを取ったのは勝浦。 手元のドリブルでまず一本と呼びかけている。 俺も前に走り、展開が動くのを走りながら待つ。 勝浦は右から左へのドリブルチェンジで1人目を抜き、センターへパスを出す。 でかい人がシュートを決め、すぐさまディフェンスに切り替わる。 この攻守の切り替わりが辛いのわかる? と、危なげなく1Q、2Qがが終わり、点差は37:45で総武が勝っている。 バスケの試合は10分を4回にぐぎって行われており、一単位を1Qとしている。 10分間の短い休暇が終わり、またまた試合へと駆り出される。 正直そろそろ辛くなってくる頃合だ。 中学時代はもうちょい行けたんだがなぁ。 と思いながら俺のマークマンがボールを持ち、勝負を仕掛けてくる。 バスケには基本、右か左かしかないが、それは最初の一手までだ。 相手の右足に重心が乗り、一気に加速する、負けじと俺も対抗するが、遅れてしまった足では勝てない。 これが一年間の差というものだろうか。 半分までは勝っている点差も徐々に縮まってきている。 こっちはずっとフルメンバー、相手は少しの温存から3Qに入ってきているから当たり前なのだが。 4Qに入る直前に2点差まで縮められてしまった。 正直少しまずい。 このままいくと負ける可能性が出てきた。 4Qは拮抗したバスケだった。 相手が点を入れ、すぐにこちらが点差を開ける。 そうして残り1分になった。 チームはもうみんな満身創痍。 相手の体力はまだ足りてるだろう。 相手がボールを回す、2点差でこちらが勝っている。 決められたら終わり…決められたら… シュパッ という音と同時に会場に大歓声が起きる。 まずい…逆転の3ポイントだ。 終わったか… だが、諦めていない奴がいた。 「残り40秒だ!!まだ勝てる!」 勝浦が走っている。 条件反射のように先輩がボールを投げ、勝浦がシュートを決めた、あと1点。 だが…これは… 残り20秒。 相手はボールをキープしながらパスを回している。 こちらも全力で追いかけているが、一向にボールは取れない。 やがて、ボールは俺の前に来た。 「がんばれ!千尋さん!諦めるな!」 と、小町の声が聞こえた。 気がつくと俺は相手からボールを奪っていて… 聞こえたのは、周りの歓声だけだった。 * * * 「いやぁ!ありがとうな!」 普段より嬉しそうに勝浦が俺に声をかける。 正直微妙だなぁ。 実際あの試合俺結構戦犯してたし、俺のせいで5対4ぐらいの実力差あったからなぁ。 「いや、俺ちょー足引っ張ってたし、そんな礼を言うことでもない。」 「でも、お前がいなきゃ不戦敗だった。 やっぱり勝てたのはお前のおかげだよ、変な噂流れてっけどいい奴じゃん。」 ああ、なにこいつ。 めっちゃいい奴なんですけど?うっかり友達になろうとか言っちゃうからやめてくれよ。 「俺と友達ならねぇ?」 向こう言ってきたよ。 なんだよその仲間にならねぇみたいなノリ。 いや、結構似てるか? まあ、悪い気はしない。 「お、おう。よろしく。」 「よろしく!」 「千尋さ…」 小町は俺に声を掛けようとしたが、勝浦を見ると隠れてしまった。 多分こいつにばれて俺のしたことが無意味になるのを恐れたのだろう。 俺といるところを他人に見られたくないからなんかじゃ決してないと思う。 ないよね? 「お前、ほんとにあの子に嫌がらせしたの?」 「は?」 「いやだって、あの子応援にも来てたし、今もそこで俺のこと見てどっかいっちゃったし。」 「ああ、まぁな。」 ついはぐらかしてしまう。 応援に来てたとこから見てたのか、自分の応援と勘違いしちゃったのかな? まぁ、多分気遣ってくれてたんだろう、仮にも助けてくれた仲だからというあれで。 「大丈夫だって、俺、友達の事貶めるようなクズじゃねーから安心しろよ。」 あかん、こいつまじでええ奴や、こいつ彼女いそう。 「まぁ……」 * * * 「ほーん、そんなことかー。」 さも興味がなさそうに勝浦は言う。 ほんとに興味なさそう、なんで聞いたの? 黒歴史開きたかっただけなの? 「まぁまた今度あいつにも説明しとくよ、このちゃらそうな奴はいい奴だってな。」 「俺も挨拶させてもらうよ、この間抜けヅラと俺は友達だってな。」 そういって俺たちは2人話し合った。 * * * 「お疲れ様でしたー、千尋さん!」 「お疲れザッキー!」 「お疲れ様。」 「おつかれ。」 遅れてサイゼに集まった俺に4人は暖かい声をかけてくれた。 サイゼか、選んだのは多分比企谷さんだな(察し) まぁ、正直嬉しい。 少ない人数だが、祝われるのが久しぶりな俺にとっては十分嬉しかった。 「まったく、最後はどうなるかと思ったわ。」 「ほんと!ザッキーちょーかっこよくボールとってシュバーってすごいね!」 なに?結衣先輩関西人? まぁな!スリーポイントなんかシュッってやってシャってやったらシュパって入るから!(先輩談) いやぁ、あの先輩は大丈夫かと心配になりましたよ。 いるんだよなー感覚全てでプレイしてるのにうまい奴。 「はぁ、まああんま覚えてないんですけど…」 「千尋さんかっこよかったですよ♪ 途中でフラフラになってたところは笑えましたけど。」 「あったねー、ザッキー足絡まってこけそうになってて…プフッ」 「結衣先輩ひどいです。 そういえば、部員は確保できたんですか?」 「ええ、3人ほど確保できたし、成績も危ない人間はいなかったわ。」 ここに成績が危ない人間いるんですけどね! できるばマンツーマン指導で雪乃さんに教えてもらいたいです、グヘヘ。 が、そんな冗談を言っている暇じゃない。 さっきから比企谷さんの機嫌がすこぶるよろしくない。 どうしたんだろうか、俺何かしたかな? ほんと怖い。 そうして祝勝会(笑)が幕を閉じ、終わり!閉廷! となっているところで比企谷さんがこちらへ歩いてきた。 「高崎、ちょっといいか。」 首の動きはこちらへ来いと指示しているようだった。 俺は返事をせず、素直に比企谷さんについて行った。 「ほれ。」 と比企谷さんからマックスコーヒー、別名マッカンを渡される。 一口飲んだがゲロ甘だ、俺は割と甘党なので飲めないことはないが、あれだけ動いた後に飲むのは少し辛かった。 「高崎、その、悪かったな、小町が迷惑掛けたみたいで。」 ああ、だから… ほんと律儀なお兄さんだ、これでは小町があれだけ比企谷さんの話をしている時楽しそうになるのも無理はない。 そして…そんな小町を見ているのは… 「いいんですよ。 自己満足ですし、それに、俺は比企谷さんに憧れてたんですよ。 憧れて、追いかけて、真似をして…」 「お前と何処かであったか?」 「ああ、俺文実だったんですよ。 その時の比企谷さんがかっこよくて、スローガン決めの時も、相模さんの時も、雪乃さんと話している時は楽しそうで…。」 「そうか…。」 「その、ありがとう。 小町は俺に弱いところを見せまいと、あんなことは隠してて、俺は気づけなかった。」 「お兄さんにばらさないでおこうとするあまり、1人でいるところをたまたま見つけた、それだけですよ。」 きっと、この人は少し悔いているのだ。 自分が、妹の力になってやれなかった事に。 自分は相談される様な人間じゃなかったのかと、妹にさえ信頼されていないのかと。 「それに、多分、あいつが比企谷さんに相談しなかったのは多分…。」 比企谷さんに傷ついてほしくなかったからじゃないのか… とは言えなかった。 比企谷さんのやり方を俺は知っている、でも俺のしていることと少し違う。 俺は、自分が犠牲になろうとその人が助かればいい、それで喜んでくれたら尚嬉しい。 そう思ってしている。 比企谷さんは、多分自分に嘘をつかず、馴れ合わず、気を使わない。 そうすることで自分が非難されることになろうとその足で立ち続けると、そういうものだ。 だが、両者の行き着く先は同じだ。 そうして自分が傷付くことで、知らず救ったものも、結果改善されたことも、お前が傷付いたら全て無駄だ、傷付かないでくれ、と言われたらどうするだろうか。 そう言われてしまったら、俺が、比企谷さんがしてきたことは、これから先する事が、これまでしてきたことが、全て無駄になるとしたら。 一体俺たちになんの意味があるのだろうか。 だから、言えなかった。 「なんだ…。」 「やっぱり!身内にいじめられてるなんて中々言えませんよー、俺にはバレてて俺が勝手に動いただけなんで小町も隠し様がなかったんじゃないですか?」 「そうか…そうだな、それにしてもお前、何小町を呼び捨てにしてる?」 比企谷さんがすごい怖い目でこちらを睨んでいる、やらかした。 比企谷さんがヘッドロックをかましてくる。 「あー痛い痛いすいませんでした!痛い痛い首曲がりますよー!」 「小町の事は比企谷と呼ぶ様に。」 「それは無理です。」 謎のキメ顔で俺が言う。 すると比企谷さんがギリギリと締め上げて来て、2人とも笑っていた。 「ちっ、小町を助けてくれた礼だ。 特別に許可する!」 「へい!さすが憧れの先輩比企谷八幡!義理堅い男かっこいいです!」 無理してテンションを上げ、俺たち2人は笑っている。 その奥にある得体の知れない恐ろしさに気付かない様に見ない様に、必死で目をそらしていた。 その夜空はいつもより澄んでいながらもどこか悲しげだった。 つづく。 あとがき えー、まずは150usersありがとうございます! 今初投稿を読み直すと恥ずかしさで泣けてきます、多分これも二、三ヶ月後には黒歴史となり、そのあとに書くのも黒歴史になるんだろうなぁ。 というわけで比企谷八幡に憧れてしまった彼 その2でした! よければブクマ、評価よろしくお願いします! 次もできるだけ早めに投稿します!
1話が150usersまで伸びるなんて誰も思ってなかったのでプレッシャーがぱないです。<br />早く深海様やダニエル様みたいに100users余裕になりたいですけど、下積み大事ですよね下積み。<br />というわけで2話ですー。
比企谷八幡に憧れてしまった彼 2
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「あのね、ママ。……私、知っちゃったの。私とママは血がーーー繋がってないって。でも、私のママは、ママだけだから。だから、これからもママの子供でいても、いいっ?」 最後は嗚咽で言葉が詰まった。 今にも声をあげて泣き出しそうな娘の悲痛な問いの意味がわからず、サクラは目の前の夫に目をやる。どうしてそうなった。 サスケ自身も青天の霹靂と言外に動揺を露わにし、首を横にふる。さっぱりわからない。 さっぱりわからないが、沈黙に耐え切れず娘の黒瑪瑙の瞳から透明な雫が頬を伝い、サクラは慌てて娘の隣に回り込み形の良い頭を掻き抱いた。 初めて過ごす家族団欒の夕食の後、サクラは食器を洗い終えて、愛しの旦那様と愛娘の前に腰を下ろし、ようやく同じように食後のお茶に口をつけ一息ついた。年の割に大人びた愛娘が珍しくはしゃいでいる姿と、それを甘受し穏やかに口元を綻ばす夫の姿は、サクラの胸に言い様のない幸福感をもたらした。正しく、こんな日がくるなんて、である。 そんな2人の様子を眺めていると、サラダがちらりとこちらを窺うように視線を投げた。気まずそうにすぐに逸らされた視線を不思議に思うものの、柄にもなく照れているのかと揶揄いたくなる。 「なぁにー?サラダ、アンタ照れるの?あんなに会いたがってたパパに会えたら嬉しいの当然なんだから照れなくてもいいのよー?もう、ほんとしゃーんなろーなんだから」 にししと笑うと、対する娘は沈痛な瞳で上目遣い気味にこちらを睨む。いや、実際は睨んでいる訳ではないのだろうが、父親譲りの切れ長の双眸は憂色を孕むと途端に鋭さを増す。サクラはふざけすぎたかと内心舌をだしつつ口を開きかけたのと同時だった。 そして冒頭に戻る。 サクラは嗚咽で息の上がったサラダの背を落ち着かせようと優しく慰撫しなが語りかけた。 「誰がそんな訳のわからないことアンタに吹き込んだの?!血が繋がってないなんてっ!!いい?!サラダは正真正銘私がお腹を痛めて産んだ子よ!さっきも言ったじゃない!サラダもどうしてそんな根も葉もないこと信じたの!」 サクラはこの上なく怒っていた。 勿論サラダにではない。何の根拠もない空言を植え付け、悪戯に幼気な心を傷付けた人間にだ。 「ママ……もう、嘘つかないで!私、さっきの大蛇丸って人の所で調べてもらったの……。私の本当のお母さんは香燐って人なんでしょ?でも、血なんて関係ない!血なんか繋がってなくても、私、ママのこと大好きだよ。ママも、そうでしょ?!」 サラダは持ち出した鷹のメンバーが並ぶ写真を取り出し見せた。今やサラダの両頬は涙と鼻水でぐちゃぐちゃだ。 「家が壊れて、パパの写真、これしかないから取りに行ったの。それで………。最初はショックだった。ずっと嘘を吐かれてたって。でも、分かったの。私を育ててくれたママの気持ちに嘘はなかった。いつだって、私の事考えてくれてた。それが本物だって七代目が教えてくれた。何があっても私の家族はママ。それから……パパ。だから、もう隠し事はやめて!」 「サラダ……」 サクラは頑なに自分の言葉を信じないサラダをどうしたものかと見つめた。全くもって事実無根なのだが、どうやら大蛇丸の所でなにか確信したらしい。すると、それまで事の成り行きを無言で見守っていたサスケが口を開いた。 「そうか。あの時……」 「アナタ?なにか思い当たる事あるの?」 「ああ。大蛇丸が遺伝子で家族の繋がりを調べられるとかなんとか言ってたからな。大方それで調べたんだろ。一時ナルトと姿を消していたしな」 「そうなの?!サラダ」 顔を覗き込むと、サラダは叱られるのを怯える幼子のように、サクラの胸に顔を隠し背中に腕を回すとぎゅっと服を掴んで頷いた。サクラは安心させる様、同じく背中に腕を回してそっと力をこめる。 「……サラダ、不安にさせてごめんね。ちゃんと話してなかった私が悪いね。でもね、サラダは本当に私が産んだ子なの。まさかそれを疑われるなんて思ってもなかったから………どうしたら信じてくれる?どうやって調べてもらったの?」 「……臍の緒。香燐さんのだって。引き出しにあったのと、私の唾液でーーーそしたらっ! 」 サラダはそれ以上の事を言えなかった。言いたくなかった。自分を育てたのは他でもない、目の前のサクラだ。写真立てを飾ったのも当然その人で、サラダの母が誰なのか知らないわけがないのだ。父の不貞の末なのか、もしくはその後に一緒になったのか、詳細は分からないが、サラダには一つだけ強く確信できる事があった。それはサクラがサラダの生物学上の父を愛している、ということだ。今、2人が想いあっているという事もよく分かった。自分を慈しみ注いでくれた愛情を最早疑ったりはしない。だからこそ、余計に悲しくなった。こんなにも父を愛している母が生物学上の母でない、他の女と設けた自分を育てさせた父を忌ま忌ましくも思った。自分の存在自体が本来は母を傷つけていたのではないか、そう思うと辛くて堪らなかった。 サラダは下唇をかみしめて縋るような気持ちでサクラの服を一層強く掴んだ。 「……臍の緒?!そりゃ一致するわよ!もう、本当にバカな子ね……まぁ、知らなかったんだししょうがないか。香燐の持ってる臍の緒はね、サラダと私の臍の緒なの!」 「え……な、んっ?!うそ!!」 「嘘じゃないわよ。だって、そもそも取り上げたの香燐なんだから。あんた、調べたんでしょ?木の葉の病院に自分の出生記録がない事……臍の緒はね、あれは私が香燐に渡したのよ。そんなにいうなら私の検体とでもう一度同じ事しても大丈夫よ」 サラダは勢いよく顔を上げると、サクラの翡翠色の双眸を見つめ、その瞳に嘘がないかを確かめるように覗き込んだ。 そして、その慈愛に満ちた瞳がサラダを気遣うように細められると、サラダの大きな黒瑪瑙の瞳に水気が帯びて、表面張力の限界がくる。大粒の涙となった雫が滑らかで丸みを残した頬にとめどなく溢れると、サラダのよく知っている手が頬を包み、一度指の腹で涙を拭うとそのまま胸元に押し付けられた。先ほどまで埋めていた決して豊満とはいえない、けどよく知っているそこは、子供の頃からサラダが悲しい時も嬉しい時も苦しいほど強く、そして暖かく包み込んでくれる。よく馴染んだ母の体温は凝り固まった懐疑心と不安を溶かして、次から次へと涙に変え、サラダは何年か振りに声を上げて泣いた。上手く呼吸が出来ない中で、サラダは途切れ途切れにサクラに何度もごめんなさいと謝った。 「ママに、私……全然似てなくてっ…パパも、眼鏡、かけてないしっ…そしたら、写真」 「サラダ!もういいの。いいのよ……ね?せっかくパパが帰って来てるんだから、笑ってあげて?ね?」 「パパ………」 サラダはサクラに促されて、未だ止まらぬ涙を拭いながら母の胸に重心預けて顔だけサスケに向けた。 物心ついてから初めて会う父親に呆れられていないかと、恐々と様子を窺うよう上目遣いに視線をやる。 そして、サラダは目を大きく見開いて睫毛を何度か瞬かせた。 昼間、圧倒的な強さで勇猛果敢に戦っていた人と同一だと思えない、焦りを浮かべた気遣わしげな目元。 本当に、口数が少ない分目で語る系だ。チョウチョウが言った、目力で女落とす系というのもあながち外れていない気がした。 とにかく、オロオロ、そんな形容がしっくりくる面持ちでサラダと目を合わせては視線を彷徨わせ、またかち合う。サラダはなんだか可笑しくなった。外ではサラダがどんなに問い詰めて捲し立てても毅然としていたのに。 しかし、それとは別にやはりまだ慣れない父になんと声をかければ良いか分からなかった。 根底には少なからず、父が家にいない所為だという気持ちも残っているから。 「………お前が産まれた時……オレはサクラに似ていると思った。髪も目もオレと同じなのに、お前からはサクラの気配がして……とても不思議に思ったのをよく、覚えている」 サスケがポツリポツリと、静かな口調で零した。 大きくなったサラダはサスケが記憶していた頃より一層サクラに似ていた。 ご飯を食べながら懸命に話す姿が下忍時代のサクラにそっくりだった。 上目遣いでこちらの様子を窺う顔が全く同じだった。 話し方、くるくる変わる表情。多彩で起伏の激しい感情。 写輪眼に映るチャクラの色さえも。 サスケから見たサラダはどこもかしこもサクラのそれだった。 むしろ自分に似ているところの方が少ないとさえ感じるのだ。 正直なところサスケは、香燐母親説にも身に覚えがなさ過ぎて内心度肝を抜かれたし、それを他の女に育てさせている自分のイメージに慄くわ、サクラに似ていないと思っている事にも驚愕したし、それがたかが眼鏡の有無が疑惑の発端と知れば、子供の発想力の豊かさに感服するしかなかった。寂しい思いをさせている自覚はあったし、サラダが真剣な事もよくよく分かっているので敢えて言わないが、サスケにしてみれば『どーしてそうなった』と突っ込みたい内容だ。しかし、それを問い質しても詮無い事だと、自分の無実は先程サクラが示してくれたので、サスケはサクラに似ている点を並べた。 すると、サラダはサクラの胸の中で大きく目を見開いて、今日一番の顔で笑った。屈託のないその笑顔と、サスケの記憶にある幼子の頃の面影が重なった。 「………あのね、パパ。お願い、あるんだけど……」 「なんだ?」 「週明けにね、アカデミーの卒業試験があるんだ。みんなね、お父さんに修行つけてもらってて……その、羨ま、しくて、だから、あの……」 「分かった。明日は朝から修行だ。言っておくがオレは厳しいから覚悟しておけ」 「………うん!分かった!私、あれがいい!あの火を噴くやつ!」 「ああ、分かった」 サスケは淡く口元を綻ばせ、サラダの頭をぽんと撫ぜた。 それからは、さっきまでの泣きっ面などどこ吹く風、サラダは興奮冷めやらぬ様子で今日のナルトの話、サスケの技に興味深々と忍術についてサスケを質問攻めにした。 いつの間にか席を離れていたサクラが風呂の支度と寝床の支度を済ませ、サラダに入浴と寝る準備を促すと、サラダは、まだ早いとごねたがサスケに促されると渋々脱衣所へと足を運んだ。 サラダが脱衣所へと消えていくのを見送って、サスケは深いため息をついた。それを見ていたサクラがクスリと小さく笑ったので、サスケは腕を伸ばして抱擁を強請る。コロコロと愉しそうに笑う妻を恨めしく思いながら、数年振りの抱擁に今度こそ全身の力が抜けた。 「お疲れ様。サラダ、すごく喜んでたわね」 「ああ……しかし、子供の想像力はすげぇな……」 「こっちの台詞よ!全然帰って来ない父親を疑うなら分かるけど、産んで育てた方を疑うとかびっくりするわよ!」 「というか、お前いつの間に香燐に臍の緒なんて渡したんだよ?なんの為だ?……オレは聞いてないぞ」 サクラは当時を思い出すように曖昧に笑って、女同士の秘密だとサスケの額に唇を落とした。 *** 「これ、香燐に持ってて欲しいの。嫌じゃなかったらだけど………」 香燐のアジトから旅立つ日が近付いたある日、サスケが所用で出掛けている隙に、サクラはケースに終われたサクラとサスケの子を繋いでいた命の管を香燐に差し出した。 「は?!意味わかんねーんだけど……普通親が持つもんだろ?なんでウチに……」 「……私が言うと、嫌かもしれないけど。香燐、サスケくんの事、好きだよね?」 「……そんなんじゃねーよ。なんだ?アイツの子供産んだのは自分だって言いたいのかよ?!お前も案外小さい女だな」 サクラは困ったように俯いて、言葉を選びながらゆっくりと紡いだ。 「あのね、私、サスケくんが好きなの。だから、絶対にサスケくんの隣は譲れない。サスケくんの血をひくサラダも、絶対に渡さない。でもね……香燐がいなかったら、サスケくんは今、生きてないと思う。サスケくんがいなかったら、当然サラダもいない。お産の時だってそう。私、香燐には本当に感謝してる。だからね、香燐はサラダのもう1人のお母さんだって思うの……だから、香燐に持ってて欲しいって思ったの。これはね、私とサスケくんの赤ちゃんを繋いでた絆だけど私には切れない絆があるからーーー。香燐が持つ事で、香燐とサスケくんの血を引く子供を繋ぐ絆には、ならないかな……?」 それは、サクラの紛れも無い本心だった。サスケの人生において一番苦境に立たされていた時、傍にいたのは自分ではなく香燐だった。それを知った時の絶望たるや。しかしどういうわけか、彼はサクラを生涯の伴侶としてくれ、子供も授かった。それは言いようの無い幸せだった。だが、それは彼女の諦念の上に成り立つ幸せで、死にもの狂いで彼を支えた彼女に、形として残ったものはなかった。 申し訳ない、とは少し違った。奪ったわけではないからだ。彼は誰のモノでもなかった。何かが違えば香燐の立場に立っていたのはサクラだったかもしれないのだ。同情や憐れみに似て異なる感情に、なんと名前を付ければいいのかはわからないが、サクラは香燐になにかを残したかった。譲れるものはこんなモノしかないけど。この小さな命は香燐が繋いでくれたのだと、貴女の想いは何一つ無駄ではなかったのだと。それはありったけの感謝の気持ちだった。例え、一方的な誠意だとしても。謝罪や同情は、献身と誠意を示してくれた香燐に対して最大の侮辱になる。だからサクラには感謝の気持ちしかなかった。 「………はっ……マジで、とんだお人好しだな!ーーーでも、そうか。ウチが、サスケのガキのーーーいいな、それ。いいな」 香燐は嗚咽を漏らしながら涙を流した。 サクラがサスケに連れられて香燐の元に来ても、香燐は一度だって邪険に扱ったり、酷い事をした事がない。 全力でお産をサポートして、産後も落ち着くまで甲斐甲斐しく面倒をみてくれた。 その胸が痛まなかったわけがない。悲しくなかったわけがない。でも、そんな事を微塵も感じさせなかった。涙なんか見た事がなかった。 サクラも目頭が熱くなって、何度もありがとうと繰り返した。 「おい、お前が泣いたら後でウチがサスケに責められるんだから泣くな!……ったく、変な気まわしてんじゃねーよ。もうな、最初っからウチの完敗なんだからよ。お前といる時のアイツの顔……あんなの、お前だけなんだぞ?ウチが知ってるどのサスケより、幸せそうな顔してんだよ!だから………アイツの事、頼むな」 「………うん!任せて!!」 眦を紅く染め、同じ男を命懸けで愛した2人の女が笑いあった。 これは2人だけの秘密。 妬みと憐れみ、同調と同情、悲しみと喜び。 その全てが入り混じった、この濁った感情を2人だけが分かち合い、共有できる。 願うのは彼の人の幸せな未来ーーー 唯、それだけ。
閲覧ありがとうございます。<br /><br />サスサクは初投稿です。<br />NARUTOは学生の頃、サスケが好きでしたがダークサイドに行ってしまわれ辛くなり読むのをやめたのですが、完結したと聞いて、最終回だけチェックして、外伝でサスサク沼に落ち、漫画を一から読み直し、劇場版でガッツリはまってしまいました。<br /><br />半年ほど神々の素敵漫画や素敵小説に萌えを供給してもらいながら、妄想は更に膨らみ今に至ります…<br />パソコン立ち上げるのが面倒で、iPadで書いたので誤字脱字が多いかもしれませんがご容赦下さい(汗)<br />ちょっとブランクもありまして、読みにくいかもしれません(泣)<br />今回は外伝直後の新うちは家と香燐の話を書いてます。<br />n番煎じかわかりませんが、、、。<br />どういう経緯で臍の緒渡したのか考えてみました。<br /><br />同じ世界観で続く予定です。<br /><br />楽しんで頂けると幸いです!
2人の秘密
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 付き合いこそそんなに長くはないが、大企業に勤めて一軍よろしく生きている彼と、同年代カースト最下位のもっと下にいる僕とが出会ったのは本当に奇跡的な物で、本来なら相容れなかったはずの僕達は連絡先を交換し、しばしば会うようになった。けれども、僕達の出会いについては割愛しておく。  ただ、奇跡的な確率で奇跡的に出会い、なぜか仲良くなった二人なのだ、という事だけは強く声を上げて主張したい。  そんなあつし君は、僕の友人の中でもトップに入るくらいに良い奴で、例えば前日に呼び出しても嫌味一つ言わずに来てくれる(集合時間に間に合うように仕事を終わらせてくれる。)し、割り勘と話しをしていても、少しだけ多くし支払いしてくれたりする。  僕が何も気にせずベロベロに酔うまでお酒が飲める相手もあつし君ただ一人だ。  話しは大分遡るが、僕がチョロ松兄さんに『要らない子』と言われた時、ドライモンスターだなんだと言われる僕でもさすがにショックで少しばかり塞ぎ込んだ。  だって兄弟に『要らない』なんて言われれば傷付くものだろう。帰り道は気にしない体を装ったけれど、ぶっちゃけすごくショックだった。ああ、兄弟にとって僕は『要らない』んだなと、僕の心にずっしりと沈み込んだ言葉だった。  それなのに、兄弟は次の日どころかその日の夜には、もうそんな事がなかったように振舞う。【喧嘩は引き摺らない】が不可侵領域にある掟だが、やはり言っていいことと悪い事があるだろう。  でも気にしてしまえばまたからかわれるかもしれないし、そうなっては面倒だ。と、兄弟がギャーギャー争う中、頭まですっぽりと布団を被せ目を瞑る。寝てリセットして、そして、僕はまた、ドライモンスターになる。それがいつもの流れだった。  次の日からはもう気にした風もなくまた1日を怠惰に過ごす。出来れば山登りだとか滝を見にだとか行きたいが、生憎先立つものがない。準備にもそこそこなお金がかかるし、一年に何度も行けはしない。先立つものがないのだから、パチンコにだって行けやしない。そもそも僕は賭け事に時間を費やすなら、自分の趣味に時間やお金を回したい派なので、そんなにパチンコにだって行きはしない。ただ、兄弟が寝転ぶこの部屋で、今日一日を過ごせるかと問われれば否だ。一人二人ならまだしも、今日は全員が揃っている。そんな事あってたまるかと思えど、僕らは全員等しくニートなのだからこういう日が一週間に何度もあるのだ。  家には居られないと、僕は軽く荷物を纏めて出かける支度をする。今日はジムに行こう。僕がジムに通えているのもあつし君のお陰。あつし君の勤める会社は本当に大手で、提携先のジムの回数券を、「使わないからあげるよ」と割と分厚い束で貰ったのだ。「いいの?」と問えば「いいよ、僕はそういうのは興味なくて。でも上司にお伺いを立てる関係もあるから行った感想は教えて欲しいかな。トド松の感想ならそのまま伝えても大丈夫だろうしね」とウインク一つ飛ばして言ってのけたので、僕はジムに行くたびに、ちょこっとした感想をあつし君へ送っている。  数時間ジムで汗を流し、ロッカールームで今日の感想をポチポチと送ると、いつもはすぐに既読マークがつかないのに、今日はすぐ既読になった。珍しく仕事に余裕があるのかもしれない。余裕があるのなら、この後飲みに行ったり出来ないかな、と返信を待つ。 >毎回ありがとう。 >今、ジム? <うん、ジムだよ <ムシャクシャしてたから、いつもより多く走っちゃった  少しだけ気を惹く言葉を入れてみる。  僕から誘うのはいつだって気が引ける。仕事が忙しいだろうに、僕に付き合せるのは申し訳ない気持ちになる。 >大丈夫? >もしトド松が大丈夫だったら、僕の仕事が終わった後に会えない? >食事しよう。  可愛いパンダのスタンプに、いつもあつし君らしいんだかそうじゃないんだか分からないな、と笑ってしまうけれど、僕はあつし君の誘いに喜んで!とうさぎのスタンプと時間はいつでも大丈夫だよと書いて送信ボタンを押した。  兄弟とは絶対行く事がないだろう、小洒落たBarの扉を颯爽と開けたあつし君は笑って、どうぞと僕を中に促した。  そういうのは女の子にやればいいのに、と思うけれど、それを言った事はない。 「どうかしたの?」  カウンターで肘を付き、深くため息を零す。やはり、軽くお酒が入ってくると、昨日の事が気になってしまう。 「昨日」 「うん」 「兄さんにね、……僕は要らない子だって言われたんだ。」  カランと、あつし君の手の中にあるグラスから氷が滑る音が鳴った。  ジャズが流れる店内には僕達以外に数名の客しか居らず、僕達の会話は他人の耳にも届かないだろう。 「…うん」  汗をかいたグラスをコースターの上に戻し、あつし君は僕の方へと顔を向ける。視線を感じるものの、僕はグラスに落とした視線を上げる事が出来ず、綺麗なグラデーションを描くカシスオレンジのマドラーを乱暴にかき回した。 「僕は、兄さん達にとって要らない子なのかな。誰も、誰も否定しなかったんだ」  オレンジから赤に変わっていくグラスの中は、もう完璧に混ざり合い、飲み頃としては申し分ないだろう。それでも、いささか手持ち無沙汰なのもあり、僕は止める事なくマドラーを動かし続ける。 「僕はさ、トド松に出会えて、世界が変わったよ。」  突然の言葉に僕は驚き顔を上げてあつし君を見る。あつし君はさっき置いたグラスを手にとり、先程とは違い業とらしく傾け氷を鳴らし、そのまま中のウイスキーに口をつけた。  横顔を眺めること数秒、ゴクリと彼の喉仏が上下する。なんとなく次の言葉を待たなければいけないと思って僕はカシスオレンジに手をつけることもなく、唾を飲み込んだ。 「だからさ、例えトド松の兄さんが要らないって言っても、僕にとってはトド松は必要で、要らなくなんかないんだよ。」  カウンターに置かれた僕の手の上にあつし君の手が重なる。  カウンターの冷たさが移った僕の手には、あつし君の手は熱過ぎる。…兄の手より大きい手が、僕の手を包み込んで、大丈夫だよと言うように指が絡んだ。 「泣いてもいいよ。僕しか、見てない。」  ぼたぼたと涙が零れる。  ああ、僕はこれで結構傷付いていたんだ。自分でも気付かなかったのに、あつし君は気付いていたのか。 「ごめ…ありが、と…」  拭うことなく流れる涙が、カウンターに水溜りを作る。  あつし君は言葉をかけるわけでもなく、ただ手をそっと握って、ウイスキーに口をつけていた。  なんて優しい友人なんだろう。  こんな僕を必要としてくれて、こんな僕の些細な変化に気付いてくれる。  没個性の中で生きてきた僕にとって、こんなの特別扱いすぎるんだ。  泣いて泣いて、泣ききって、氷も溶け切ったカシスオレンジを口に含む。 「新しいの頼もうか?」  もう大丈夫だと踏んだんだろう。僕の手を包んでいたあつし君の手はいつの間にか離れ、メニューのページを捲っていた。    兄弟に『要らない子』と呼ばれた僕に、『意味』を与えてくれたのはあつし君ならば、あつし君に必要とされなくなった時、どうなるのだろう。 「…トド松、僕の前から居なくならないでね」 「…勿論だよ、あつし君」  いつの間にかメニューから顔を上げたあつし君が、いやに真剣な顔で言うものだから、『要らない子』になりたくない僕は、大きく頷いた。 「              」  あつし君が呟いた言葉は僕の耳には届かなかった。  
あつトド書いちゃった(てへぺろ<br />あつし君の色々は捏造です(一人称とか出会いとかトド松との付き合い方とか)、それでもおkな方のみどうぞ!!!<br /><br />前作含め、松関連にブクマ評価ありがとうございます。<br />ぴくしぶキッカケでツイッターフォローして下さった方々もありがとうございます。<br />日常垢なので、突然ネタ放り込んだりでサーセン。<br /><br />拍手:<a href="/jump.php?http%3A%2F%2Fclap.webclap.com%2Fclap.php%3Fid%3Dswrxxx48" target="_blank">http://clap.webclap.com/clap.php?id=swrxxx48</a><br />Twitter:swrx3a2<br /><br />表紙お借りしました。ありがとうございます。《小説表紙》pit Matsu | ベルコ様 [pixiv] <strong><a href="https://www.pixiv.net/artworks/55632491">illust/55632491</a></strong><br /><br />3/13 ルーキーランキング11位、女子ランキング91位ありがとうございます。『これはいいあつトド』タグありがとうございます!!!嬉しさで変な声あげました!!!!!評価・ブクマ・コメありがとうございます!
要らないなら僕が貰いますね
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<とうらぶ怪異篇シリーズ全体の注意> ・このお話しは刀剣乱舞の二次創作です。 ・現代パロディになります。故に舞台設定なども本丸ではなく、全くのオリジナルの場所・世界観となります。 ・世界観の構成につきましては、多数の他版権の作品から影響を受けています。 ・シリーズ通してグロテスクな表現・暴力的表現・ショッキングなシーンが含まれます。極力ぼかして表現していますが、苦手な方は観覧をお控えください。 ・専門用語が出てくる関係上、シリーズ一作目から順番にお読みいただくことを推奨しております。ですが、最低限把握しておいて貰いたい用語をこのページの下部に記載しておくので、読解の助けになれば幸いです。 ・ホラーと銘打っておりますが、特殊能力で化け物を退治するような作品です。「それはホラーじゃない!」という方も閲覧をお控えください。 ・本当にオリジナル設定にまみれた人を選ぶ作品ですのでご注意ください。 <とうらぶ怪異篇シリーズの登場キャラクターについて> ・登場するキャラクターは原作キャラクターになりますが、現代パロディという関係上、独自の設定が追加されています。その中にはとても人を選ぶ設定もありますので、苦手な方はご注意ください。 ・現代に合わせた名前の良い改変が思いつかなかったので、普通に作中でも刀の名前です。 ・一部原作に登場しないキャラクターが、親族などと言ったモブとして登場する事があります。作中にがっつり絡む事もありませんし、大半は死ぬので特に気にしなくても大丈夫だとは思いますが、それでも苦手な方はご注意ください。 <今作のご注意> ・大分好き勝手したせいで、今作は今までと毛色の違った作品となります。喋りませんし出てこないのですが、モブが中心になっている気がしないでもないです…そのような傾向が苦手な方は観覧をご遠慮ください。 ・今作に関しては過去作読了が必須です。最低でも消失怪異篇は読んでいた方が分かりやすいかもしれません。 ・作中登場するおまじないはフィクションです。実際にはありません。 <作中に良く出てくる専門用語> ・『怪異』 科学的・人為的に証明出来ない怪奇現象全般を指す言葉。本当にあった話や事件が元となった怪談や噂話などを変質させて、その話に共感や共通点を見いだしてしまった人間をその被害者が恐ろしいと感じる手法で襲う。一般人には対処出来ないので、対処には専門家が必要。ちなみにその専門家はかつて『怪異』に襲われた事のある被害者が変容したものが大半。 ・常世 普通の人間が住む場所(現世)ではなく、悪霊等と言った存在が住まう死後の国。『怪異』も元を辿ればそこから生まれた存在である。常世には黒い水が流れており、それに触れた人間はこの世のありとあらゆる恐怖を体験した末に死ぬらしい。 ・[[rb:逢魔時 > おうまがとき]] 夕暮れ時を指す言葉。常世と現世が繋がり始める時間であり『怪異』の活動が活発になりはじめる時間。基本的に逢魔時までに『怪異』をなんとかする事が求められる。 以上のことをご留意の上、大丈夫そうだと思いましたらどうぞ。 [newpage] *** [chapter: (1)]  本来であれば部活動が行なわれている時間ではあるが、耳が痛くなる程に静まり返った校舎には、人の気配を感じる事が出来ない。  午後に発生した飛び降り事件の影響で、全校生徒は臨時の全校集会の後に全て下校となっている。この学校の教師である長曽祢虎徹もつい先ほどまで、その会議に出席しており、今後の方針や対応についての相談を全教員とともに行なっていた。その会議自体も一段落が付いたが、まだ全てが終わった訳ではない。まだ完全に事件の把握も出来ておらず、どうして生徒が施錠されていたはずの屋上に鍵も無かったのに侵入出来たのかということは勿論のこと、身を投げなければならない事態になったのかという事も分かっていないのだ。……唯一、分かっていることは転落した生徒は地面に頭を叩き付けられ、病院に搬送された時点で死亡していたという事だけだ。即死、だったらしい。  保護者に対する説明や連絡は終わっておらず、学校にくる電話は時間が経てば経つ程に増えるだろう。流石に明日は臨時休校となることは早い段階から決まっており、緊急連絡網で生徒達の自宅には連絡済みである。幸か不幸か、死んだのが長曽祢の受け持つ学年の生徒ではなかった為、幾分かは該当学年の教員よりも負担は軽いだろうが、それでもやるべき事は山積みであった。  すこしだけ視線を移せば、暗くなりかけた空の下にクルクルと回る赤い光が壁に映っている。生徒が落下して来た現場には何人もの警察関係者が集まり、現場検証をしているようだ。ドラマなどでよく見る光景ではあったが、いざ実際に見てみると中々に笑えない光景だと長曽祢は思った。   ……しかし、そのように忙しい筈の長曽祢が無理矢理にでも時間を作り、連絡をしなければならない相手が居た。 「……つまりその、屋上から飛び降りた女子生徒は事故ではなく『怪異』の所為で死んだと…そういうことになるのか…三日月殿」 『うむ……俺も直接見た訳ではないから断定は出来んが、恐らくはそうなのだろう。いや……一応目撃者はいるのか』 「そうか……今の所、『そっち』関係の関係者の姿は見えないのだが…事件が大きくなりすぎると、揉み消すのが面倒になるのでは?」 『事件の隠蔽に関しては自ずと学校側が行うだろうな。そうでなくとも、その学校は過去に起きた様々な事件が表に出ぬよう工作を行っている…まぁ、今回の場合は白昼堂々起きたせいで生徒の目撃者も大勢いるから完全に揉み消すことは出来ないだろうが。それでも報道機関に根回しする位はやるだろう。警察に関しては俺は知らん。殺人事件では無いだろうから、早々に自殺ということで捜査も切り上げるだろうよ』 「……揉み消す、か。あまり聞こえのいい言葉ではないな」 『その点に関しては俺も同意見だ……一体、いくつの案件を闇に葬り去り、こちらの仕事を増やすのやら』  人気の無い廊下で長曽祢虎徹は電話口の向こうの三日月宗近へと問いかけ、それに対して三日月はやや疲弊した声色で答える。  三日月から連絡が来たのは大分前であったが、長曽祢自身も会議中だったために出る事が出来ず、折り返しの電話もかなり後になってしまっていた。彼は近隣で発生していた『怪異』の事後処理が終わり、ようやく家に帰れたという時にこの『怪異』による事件が起きたとの事らしい。休む間もなく『怪異』の処理に追われる三日月に長曽祢は同情を覚えるが、今回に関しては『怪異』の処理に当たる以前に長曽祢の教師という立場上、学校側としての責務を果たさねばならない。故に直接処理に参加する事が出来ず、歯がゆい思いをしていた。  しかし、少しだけでも情報を渡せたらと考えた長曽祢は大体の説明を受け、今まさに三日月へと情報提供を行なっている最中なのだ。 『……して、飛び降りた生徒の身元は分かったのか?』  三日月の言葉に長曽祢は辺りを見回した。他の教員の姿は見えず、恐らく今電話をしている実習棟4階まで来るような物好きも居ないだろうが、それでも念を入れて階段から死角となる場所に身を寄せ小さな声で話した。 「……二年の女子らしい。午前の授業は普通に出席していたらしいんだが、午後になって急に姿が見えなくなって、そのまま…とのことだ」 『また二年の女子か…家庭環境や身辺で変わった事はあったのか?』 「現状判明している限りでは特に……大人しく、生活態度の良い…悪い言い方をすればあまり目立たない生徒だった様だ。だが……今日は体調が悪そうで、友人達は『てっきり早退したのかと思っていた』と話していたらしい」 『…………ふむ』  暫くなにか考え込む様に三日月は黙り込むと、やがて静かな声で尋ねた。 『……その今回死んだ生徒の友人に、学校に来ておらぬ生徒はいるか?』 「……ああ、いる。先週の休みに友達と出かけると言い残して帰って来ていない友人が、な。その友人は失踪届けが出されているがまだ見つかっていないらしい……ああ、そうだ。あなたの思っている通りだ――――――その友人というのが、山で発見されたあの女子生徒だ」 『そうか……友人であるならば、行なっていてもおかしくは無いな……例の”ヨリガミサマ”とやらを』 「『ヨリガミサマ』か……」  長曽祢はその言葉を反芻するように呟いた。  長曽祢はこの白銀大学付属高校の教師をしているが、時折写真部員や生徒が話すのを聞く程度であり、学校内で流行っている噂話に関しては疎い。過去の経験からあまり学校の怪談や噂話などについては詮索しないことも、その理由の一つだった。故に、今回の三日月の連絡によって『ヨリガミサマ』なるおまじないの存在と、それを調査していることを知ったくらいなのだ。 「しかし、神に祈って願いを叶えてもらおうという気概が、どうにもおれには分からんな。自分の願い事は努力して自分で叶えるものだろう?他者に頼んで叶えてもらう夢に、一体何の価値があるのか」 『ははは、お前が言うと説得力があるな……だがな、長曽祢よ。この世の中は皆がお前の様な行動力を持っている訳ではない、中には誰かに祈らねば相手と話す事の出来ない人間もいるのだ……その事は分かってやれ』 「む、分かっては…いるがな…」  そうはいったものの、長曽祢はやはり『ヨリガミサマ』というものに関しては懐疑的な見方をしてしまう。小さな頃より主に苦手としていた祖父の影響からか、いかなる宗教や神に対して祈るという行為にさえ、あまり良い感情を持っていなかった為か”おまじない”という軽いものであっても嫌悪感を感じてしまう程なのだ。  確かに不安な時に”絶対的な何か”に縋りたいという気持ちは分からないでも無い。それに当てはめられるものが”神”だと言う事も分かる。だが、「様は簡単に覆されない絶対的なものであるならば”神”でなくとも、敬愛する音楽グループでも良いし最悪楽曲でも良いのでは?」と考えてしまい、やはり自分にとってその思想を理解するのは難しいと、三日月の話を聞きながら渋い顔をして思った。 「まぁ、兎にも角にもこちらから何か分かり次第報告する。最も、もう特に必要な情報はないとは思うが……」 『そうだな…万が一こちらが学校内にいく事になった場合は手引きを頼めるか?流石に警察の目から逃れて潜入するとなるとな…いや、鶴ならなんとかなるとはおもうのだが』 「……難しいことを頼んでくれるな、だが頼まれたからにはその役目は果たそう」 『すまないな……ああ、もう良い時間だな、では何かあったら連絡をする。それではな』  そう言って三日月は電話を切り、長曽祢も通話を終えて息をつく。三日月にはああ言ってしまったが、この状態で部外者を校舎内に招き入れるのはかなり難しいと、考えも無く言ってしまった事を後悔した。  大体の教員は職員室か会議室に居る為、教員に見つかる事は恐らく無いのだが、校門や裏口は警察によって封鎖されており、部外者は入れない様になっているのだ。例えこの学校の生徒が「忘れ物をどうしても取りに行きたい」と言ったとしても門前払いを喰らうか、警官が同行することになるだろう。そうなるとこの状態で外から人間を招き入れるには、警官の巡回していないタイミングを見計らって校門や裏口以外の場所から校内に入れる必要があるのだ。  ……可能性があるのは裏山からの経路だろうかと考える。裏山と校舎はフェンスによって区切られてはいるが、校舎と裏山との間の道は狭く人1人が歩くのがやっとなほどだ。フェンスの上部には有刺鉄線が張り巡らされてはいる……が、一部の有刺鉄線は歪んで隙間が出来ており、厚着をすればあの間を怪我する事無くすり抜けることは出来るだろう。警備の厚さに関しては分からないが、恐らくあの場所を見回る頻度は少ないだろうし、自殺で片付けられるのなら時間がもう少し経てば大体の警官も帰るのではないだろうか。  そのような事を悶々と思案しているうちに、ふと科学室の鍵を閉めていない事を思い出した。……あの一件があった後、長曽祢は直ぐさま科学室を飛び出してそのまま会議へと参加していたのだ。一時的に生徒もあの部屋で待機していたものの、臨時の全校集会の為に講堂へと移動指示があった後はそのままとなっている。  長曽祢の白衣の胸ポケットの中には科学室の鍵がある。授業が終わったら自分で施錠をしようと思い、入れていたものだ。校舎内に生徒は誰も居ないとしても、流石に開けたまま戻る訳にはいかないだろう。もしかしたら校内を巡回していた守衛が施錠したのかもしれないが、それでも確認はせねばならない。  幸い科学室はこの実習棟の三階、長曽祢が今居る場所のちょうど階下にある。職員室に戻るついでに確認しようと、長曽祢は階段を下りた。    昼にもかかわらず生徒の居ない学校というのは不気味なものだ。夜の校舎も恐ろしいが、昼間にこのような感覚を味わうとは思わなかった。  一抹の不安を抑えつつ科学室の戸を引けば、案の定扉は開いている。「そう言えば実験器具の片付けもしていなかったな」と思い出し科学室へと長曽祢は足を踏み入れた。まだ会議は終わっていないが、どうせ今は警察の調査と死亡した生徒の担当教師と学年主任の報告待ちだ。ただ単に待機するよりは何かしら動いていた方が有意義な時間を送れるだろう。 「…………うん?」  しかし、長曽祢の予想に反して科学室内は片付いていた。生徒の着席するテーブルの上に器具が置いていないどころか、椅子までもきっちりと揃えられている。「あの状況で後片付けまでする余裕があったのか」と怪訝に思いながらも窓の戸締まりを点検しようとした際、不意に教卓側から物音が聞こえ、更には人の気配までもが感じられた。  突然の事に驚き、音のした方に顔を向ければ、長曽祢は思わず声を漏らす。 「…………蜂須賀!?」 「…………。」  長曽祢の声にばつが悪そうに目線を逸らしたのは、長曽祢の義弟であり教え子でもある蜂須賀虎徹であった。彼は生徒が着席すべき場所であるテーブルではなく、教卓側にある教師が腰掛ける丸椅子に腰掛けている。  蜂須賀の姿を見て長曽祢は戸惑う……生徒は既に全員下校したと聞いており、誰も学校に残っていないはずなのだ。更に言えば知っている生徒が…よもや蜂須賀が残っているとは予想もしておらず、完全に不意打ちを食らう形となってしまった。一瞬頭が真っ白になって言葉も出なかった長曽祢であったが、やがてその混乱も落ち着き、先ほどから何も言葉を発そうとしない…まだ、完全にわだかまりの溶けていない義弟へと向けて尋ねる。 「どうしてここに…?生徒は全員下校したと聞いているが」 「…………これの、せいだ」  素っ気なく答える蜂須賀の目線の先にあったのは、長曽祢が普段使っている授業用のノートや資料の入ったプラスチック製のケースであった。その時になって長曽祢は初めてそれを忘れていた事に気がつく。その表情を横目に見ながら蜂須賀は呟く様に言う……目線は合わせようとしない。 「……見た所、忘れてはいけないものだろう?職員室に届けようとも思ったんだが、今は生徒は入れられないと門前払いを受けた」 「他の教師に頼んで、おれの机の上にでも置いててもらえれば良かったんじゃないのか?」 「…………あなたが忘れものを取りに来ようとここに来た時に、入れ違いになるのが嫌だっただけだ。最も、その表情から察するに忘れ物をしていた事自体を忘れていた様だが…大事なものならもう少しちゃんと管理をしたらどうだ?」  刺す様な言葉に思わず長曽祢は苦笑した。  蜂須賀の言う事は事実である。そのケースの中には今学期の試験問題の草書や、生徒の内申点に関わるメモ書きも入っており、下手に生徒に見られてしまったら大問題になるようなものもあるのだ。今回はそのケースを見つけたのが真面目な義弟だったから良いものの、他の生徒だったらとても面倒なことになっていたと、長曽祢は素直に自分の危機管理の至らなさを恥じる。  …………だが、長曽祢は気がついていた。蜂須賀がこの科学室に残っていた真の目的は、忘れ物を届けるためではないことに。  蜂須賀は何かを人に頼んだり、誘う際には口実を作りたがる事は知っていた。このケースも口実の一つなのだ。いくら入れ違いになるのが嫌だからといっても、いつ帰って来るやも知れない人物を待つ為だけに、この場所で待つなんてことは普通ならば絶対にしない。現に下校を言い渡された時間から3時間は経過しているのだ。部活動や委員会活動を行っていない蜂須賀は既に下校している時刻であり、この時間まで残っているということは家からの迎えも断っていることは容易に想像できた。  目の前の義弟は人に頼ることがとても下手だ。弱い所を見せようともせず、意地を張る……その要因を作ってしまった事象の一つに、己の出奔も含まれていることは長曽祢自身も痛い程に分かっている。まさか自分対して何かしらのアクションを取って来るとは思ってもおらず、内心とても驚いてはいるが、この機会を逃してしまったら絶対に後悔することになるだろう――――長曽祢はこう切り出した。 「蜂須賀…何か、見たのか?」 「…………見た」  小さな声で話す蜂須賀を、暫し長曽祢はじっと見つめて言う。 「…………場所を移そうか。他人に聞かれたく無い話だろうし、お前も聞かせたくはないんだろう?」  まだぎこちないが、それでも素直に不安を口にする様になった蜂須賀に安堵の息をつきつつ、場所を移動するという運びとなった。 ◇  科学室の奥の扉には科学準備室があり、そこは備品倉庫としての役割の他にも簡単な水回りの設備もあり電気ポットも置かれている。専らそこで写真部員達は湯を沸かして茶やコーヒーを淹れており、そのため棚の中にはインスタントコーヒーや紅茶のティーバッグが常備されてるのだ。長曽祢はそこからインスタントコーヒーと紙コップを拝借すると、ポットで沸かした湯で淹れたインスタントコーヒーを手渡す。確かに豆から焙煎したコーヒーの方が美味いのは分かるが、流石に学校では無理だ。 「ほら、インスタントの安物だが」 「…………勝手に飲んでもいいのか?部員のだろう、これは」 「んー…まぁ大丈夫だろう、部費で買っているからこれは共用だ。だから顧問のおれが飲んでも良いし、顧問のおれがいいって言っているなら部外者のお前も飲んでもいいんだ」 「……横暴だな」  普段部員が荷物置きや茶を飲む際に使用している折りたたみ式テーブルを広げると、部屋の脇に寄せてあった今は使われていない丸椅子を2つ対面させる形で置き、そこに2人は座った。 「おれの高校時代の科学教師は、昼休みになるとビーカーでコーヒーやら味噌汁やらを作っていてな…よくそれ目当てで科学室に通ったものだ」 「…………そうか」 「だが、いざその教師と同じ立場になって同じ事をしようと思ったら、どうにもビーカーの汚れが気になってな…洗っているとはいえ薬品やらを入れたビーカーで飲む気にはなれなくてな…不思議なもんだ、当時はそんなこと気にならなかったのに」 「…………。」 「でもどうしても科学室で何かを料理するという事自体には憧れがあった。だから、ほら…わざわざ自前でビーカーを買ってしまったんだ。いや、最近のホームセンターというのは凄いな、ビーカーに限らず丸フラスコやらメスシリンダーも売っているんだな…我ながらこの歳になって関心してしまった」 「…………まぁ、そうだろうな」  少しでも場の空気を和ませようと思って提示した話題であったが、肝心の相手は心ここにあらずといった様子でコーヒーを見つめている。こんな時、末の義弟ならもっと上手くやるのだろうかと考えて苦笑した。彼の持つ人懐っこさとコミュニケーション能力の高さは自分も見習わなければならない。  ……無駄に話を引き延ばしても無駄だと考え、長曽祢は咳払いを一つついて本題に入った。 「蜂須賀、あの時お前は見たんだな?窓の向こうを――――――人が墜ちる、瞬間を」  そもそも長曽祢が外で起きた事件に気がついた切っ掛けは、蜂須賀が急に立ち上がったせいで倒れた椅子の音であった。普段は真面目に授業を受けている彼が、そのような事をする訳が無くとても驚いた覚えがある。  しかし椅子が倒れた音の後に、あまりにも騒がしくなった外の様子を慌てて確認すべく、ベランダから身を乗り出して下界を覗き込んだ時―――コンクリートの上に転がっている生徒と、外から聞こえる悲鳴と、じわじわと広がる赤を見て、そして…科学室を飛び出す時に依然として窓から動こうとしない山姥切と、彼と外を見ながら呆然としている蜂須賀を確認して……自分が気がつかない内に起きてしまった”最悪の結果”に気がついてしまったのだ。  山姥切が席を立って窓を開けていた姿も、中々席に戻らないことも見てはいたが、別段気にかけることも無かった。……あの時もしも自分が「早く席に戻れ」と一言言っていれば、もっと山姥切の動向に気を配っていたら―――生徒が上から墜ちて来る姿なんておぞましいものを、彼らは目撃する事なんか無かっただろう。……そう考えてしまうと苦いものが込み上げて来るが、過ぎた事を悔やんでもどうしようもない。  時は不可逆、故に人間はその時の間違ってしまった選択を後悔して、絶望して、それでも生きて行く他は無いのだ。 「………………山姥切が、中々席に戻ってこなかったから…どうしたんだろうと、思ったんだ」  少しの沈黙の後に蜂須賀は語り始める。やはり、表情は暗い。 「……俺が窓を開ける様に提案して、彼が席を立って…中々戻ってこないからどうしたんだろうと思った。元々、今日は朝から体調が悪かったらしいから、立ち眩みでも起こしているんじゃないかとも思ったんだが…どうにもそうではなさそうというか…何かを、じっと見てた様な…そんな気がしたんだ」 「何かを?……お前はそれが何だったか見たのか?」 「…………いや、俺には何も。虚空を見つめているようにしか」 「そうか……そして、見たんだな?」 「…………。」  蜂須賀が視線を落とす。テーブルの下、彼が膝の上に置いた手に力を入れたのが分かった。  ……だが、伏せられた瞳の奥―――白緑の澄んだ瞳が孕む感情を見逃せない程に長曽祢は鈍い人間ではなく、その感情の色はほんの一ヶ月程前に長曽祢が…否、蜂須賀が正常な人生を送っているならば一生味わわないような経験と恐怖を経験した時と同じ色をしている事に気がつき、顔から血の気が引くのを感じた。 「一瞬だけだったし、そんなに近くも無かったから……表情まではよく見えなかった……そう、それは見えなかったんだ――――――墜ちて来た人に巻き付いていた、縄みたいな『何か』以外は」 「――――――!」  思わず長曽祢が蜂須賀を見やる。彼も件の『蛇』を目視していた事に驚愕するが、今の蜂須賀からはその気配は感じない。  ……恐らく、蜂須賀はまだ『ヨリガミサマ』というものの存在を知らないのだろうと推理する。何かしらを信仰し祈りを捧げるという時点で、『ヨリガミサマ』と『人魚信仰』には共通点があり、過去にその『怪異』に遭遇した為に蜂須賀にも今回の『怪異』の残滓が視えたのかもしれない。それに『ヨリガミサマ』を蜂須賀が知っているならば恐らく……今この様に長曽祢を話すような余裕なんてある訳が無いのだ。  『ヨリガミサマ』を知らない以上、蜂須賀にその事を教える必要は無いし、するべきではない。『朧月堂』の住民はここには居ないし、長曽祢自身には『怪異』をどうする事も出来ないのだ。  だからといって「それはお前の気のせいだ、見間違いなんだ」と誤摩化す事は出来ない。それを言って納得する程、蜂須賀は長曽祢に対して信用を置いて居なければ、実際に見て、網膜に焼き付いてしまったものを否定することは出来ないだろう……長曽祢は暫く言葉を考えた後に言った。 「……蜂須賀、お前が思っている通りだ。今回の飛び降り事件は…御爺さま達が亡くなった怪奇現象によるものだ」 「………!そうか、やはり……」  蜂須賀の目が大きく見開かれたが、それも一瞬。すぐに目を伏せてそれだけ言った。続けざまに長曽祢は更に言う。 「今、三日月殿が……前に家の事件を解決して下さった霊能者の方が調査をしている。ある程度の目星はついているようだから心配せずともいい、一応お前が見たものの事も伝えておこう………蜂須賀、この怪奇現象はその事柄を理解したり、共感したものを襲うものだ。見た所、お前はこの事件に関して特に何も知らないようだし…今回、妙なものが視えてしまったのも、前回からそう時間が経っていないせいで精神が過敏になっているからだろう。だから、お前は何も知らないままで…家に帰れ。これ以上、浦島に心配かけさせる訳にもいかんだろう?……お互いな」 「…………分かっている。俺が下手に首を突っ込んで、浦島を泣かせたくは無いからな……だが」 「……どうした?」  長曽祢はこれ以上蜂須賀に『怪異』に関わらせないように釘を刺し、それに蜂須賀も素直に従ってくれた事に安堵した。浦島の事を出すのは気が咎めたが、これは事実だ。……下手に関わって命でも落としたら、一番悲しむのは浦島に他ならないのだから。  だが、その後に続く言葉を蜂須賀が言い淀んだ事に、長曽祢は怪訝そうに声を出す。声色から察するに「何もしないままでは居られない」等と言った抗議の言葉では無い様に感じたが、蜂須賀は不安そうに視線を泳がせている。 「…あなたが科学室を飛び出した後、山姥切がずっとその場から離れなくて…俺はてっきり、あんな光景を見たから呆然としていると思って声をかけたんだが……そんな様には見えなかったし、むしろ……妙に冷静そうでどこかに電話をかけていた、から……その後も心ここにあらずといった様子で、上の空だったのが……どうにも気になって」 「……本当か、それは」 「…………その、今回の事件も…皆が死んだあの怪奇現象によるものだろう?凄く、危険なものなんだろう?何の特殊な力を持っていない人間が関わっていいものではないんだろう?……あなたなら、霊能者の人と親しいあなただったら分かるんじゃないのか…?――――――彼は、山姥切はまさかこの事件に関わっているのではないのか?」 「―――――まさか」  「ありえない」と続けようとして長曽祢はその言葉を押しとどめる。  ……たしかに有り得ないことではない、学校で起きている『怪異』であるが故に三日月や鶴丸といった部外者が学校内での調査をするには無理がある。その為この学校で起きた事件の調査は、和泉守が行っている事は知っているが、彼はこの学校を卒業しており四六時中この場所で調査する事は出来ない。…………普通に考えれば、この学校に在学している人間に調査を依頼するだろう。  だが、長曽祢はそのようなことを依頼はされていない―――――『怪異』に関係する人間で依頼を受ける人間といったら、思い当たる人間は1人しかいなかった。 「―――――馬鹿な、あいつは一般人だぞ?三日月殿とは違う、そんな奴が……わざわざ危険な真似をする訳が」  思わず考えが口に出てしまったが、長曽祢はそのような事を気にしている余裕は無い。一般人がわざわざ危険を犯す理由も、そもそも三日月がそんな事を許可するとは思えなかった。  …………だが、と考える。三日月はここに帰って来たばかりだと聞いていた…そして矢継ぎ早にこの『怪異』による飛び降り事件が起きている――――もしかしたら三日月はまだ山姥切がこの件に関わっている事を知らないのではないだろうか。有り得ない話ではなく、むしろ説得力のある説に納得せざるを得なかった。 「あの……浦島から聞いたんだが、その霊能者の人っていうのは……彼が良く通っている喫茶店の店長の?」 「…………あ、ああ。そこの店主だ、少し前まで出張で店を空けていたが」 「……山姥切からその話は聞いている。ああ、だったら……有り得なくもないのか」  1人で納得するように、あまり浮かない表情で蜂須賀は頷く。それを長曽祢は困惑した表情で見ていたが、やがて蜂須賀はため息を一つついた後に静かに言った。 「――――山姥切はどちらかというと、人との交流を避ける節がある。誰にも言えない秘密を抱えていて…それを他人に知られるのが怖いし、他人の秘密をうっかり知る事も恐ろしく感じて知るからだ。でも……だからといって行動力が無いって訳ではない、むしろ彼のお兄さん達の話聞くと血の運命を感じるくらいには」 「ち、血筋か……ああ…でも確かにな…他の写真撮れっていったのに個人的な趣味で猫の写真大量に撮影していた奴を知っているからな…」 「ああ、お兄さんの……まぁ、その。彼はここぞって時の行動力が凄いんだ、そして大事なものを守る為だったら惜しみなく尽力するくらいやるさ……それこそ、命張るくらいには」 「…………。」  長曽祢は蜂須賀の言葉を否定する事が出来なかった。長曽祢は山姥切の事を蜂須賀ほど知っている訳ではない、少し前までは数多くいる生徒の一人という認識で、蜂須賀や浦島の友人であったが故に、長曽祢も山姥切の事はそれなりに知っているという状態だった。  ……それが覆ったのは『人魚信仰』の際の『怪異』の時だ。確かに物理的に『怪異』を消滅させたのは三日月の捨て身の策ではあったが、それを解決する糸口を見いだしたのは山姥切であり、もしも彼があの場に居なければ事態の収束にはもっと時間が掛かり――――蜂須賀は死んでいただろう。そして『怪異』を理解する際にも、山姥切は軽度だが『怪異』の影響を受けてた。あのおぞましい人体が溶けるという事態を目の当たりにしても尚、彼はあれを……祖父の事を理解したのだ。    一般人であれば震え上がり、まともに思考も出来ない中で彼は理不尽な事象に立ち向かう。  その原動力となっているのは彼の日常を壊されたく無いという、ごくごく単純で……それでいて、とても大切なこと。きっと彼は、日常を守る為ならば少々の危険を犯そうとも、渦中に飛び込むのだ。 「……だから、今回のことについても山姥切は関わっていると思う…最近の寝不足も、その所為だったのかも」 「あいつは……今どこに居るか、分かるか?」 「……俺は途中で別れたから。でも多分学校には残ってないと思う、調べものがあるって言ってたから…多分そういうことが出来る場所にいるとは思うけど」 「…………そうか」  暫し、沈黙が流れる。思えばこんなに義弟と話したのは久しぶりだったと長曽祢は思う。一時期と比べれば大きな進歩だ。この調子で少しつづ距離が縮んで行けたら…と思う事は欲張りなのだろうか。完全に溝は埋まらないとは思うが、それでも普通に…それこそ、何かしら理由を付けなければ会話も出来ないようなこと位は改善したいものだ。  山姥切の件に関しては後で三日月に確認を取らなければと考えつつ、『怪異』関連のことに学校の事、蜂須賀を安全に家に帰すにはどうすれば良いかといった問題もある。どちらにせよ、問題は山積みだ。  「事情は分かった、おれの方から連絡は入れておくから、お前はもう家に帰った方がいいぞ」と長曽祢は言い、それには蜂須賀も素直に頷いた。出来る事なら長曽祢が送って行きたいが、まだ学校を離れる訳にはいかないのが歯痒い。 「――――――――友人が危険なことに首を突っ込んでいるのに、何も出来ないのがこんなに悔しいなんて…思ってもいなかったな」  蜂須賀が呟いた言葉には、長曽祢はどう返していいのかが分からなかった。 [newpage] *** [chapter:(2)]  カチカチとマウスのクリック音とホイール音が響く。空調の行き届いた、それ程大きく無い室内であっても良く聞こえるのは、ここを利用している人間が自分たち以外に居ないからだろうと和泉守は考える。  時間帯の事もあるが、普段この沢山のコンピューターが置かれている白銀大学の自習室を使っている人間は少ない。何故ならば、最近新調された生徒用のラウンジに置かれているコンピューターの方が新しく、動作も速いからだ。このコンピューター室横にある自習室に置かれているものは旧式の型落ちばかりだ、もうすぐメーカーからの更新も途絶えてしまうようなものを使う物好きも居ない。  ……だが、誰も寄り付かない場所というのは自分たちにとっては都合が良い。動作の遅さはインターネットに接続していなければさして関係はなく、少なくともUSBメモリー内の画像データを見る分には十分なのだ。 「…………。」  本来であれば”大学”というこの場所にいる筈の無い人間が和泉守の目の前に居る。事務室でそれ相応の手続きをとらなければ、基本的に部外者は校内には入る事は出来ない。だが、それは付属高校の生徒であれば面倒な書類の記入や、身分証の提示と言った手続きは省かれるのだ。おおよそ、身元がはっきりしていることが理由だろうが、それでもこの手続きには穴がありすぎると和泉守は思っている。現に講義の際に、明らかに見覚えの無い人間が混ざっていることもあるのだ。制服では無く、私服での登校のせいで在校生と部外者を見極めるには生徒手帳を見せるしかないというのは、それはそれで問題なような気がした。  その人物は先ほどから響いている音の出所であり、つい数時間前には”人が墜ちる瞬間”という……普通の人間が見れば暫くの間は動揺し、消沈するほどの光景を目撃したにも関わらずに平然とコンピューターを操作していた。 「……19年…ここまで遡ってもないのか…」  彼の呟きには消沈も動揺の色も浮かんでいない。……今までの経験からして、あまり良く無い兆候だと和泉守は顔を顰める。例えるなら、今の彼の精神状態はかの大戦で兵士が使用していたという薬物で、一時的に興奮状態になっていると言っても良い。後々になって興奮状態が切れた時に、一体どれ程のダメージを負うのかということは他人とはいえ、あまり想像したくは無かった。  ……しかし、かといってその行為を咎めても、きっと彼は止まらない。  今、彼を突き動かしているのは”これは自分にしか出来ない事”という使命感だ。元より真面目で責任感の強い性格であるが故に、それが増長されているのだろう……その事を鑑みた上で、和泉守は息を付くと作業をしている彼に――――――山姥切国広に話しかけた。 「今ので19年分遡ったのか?」 「ああ……次で20年前になる…新聞部から預かったデータで、最も古いものだ」  山姥切はコンピュータの操作をしながら答える。その回答を受け、和泉守はじっと考えてから口を開いた。 「20年ねぇ…学校が改装される前か?結構遡るな…一応聞いとくけどよ、今までのバックナンバーの中で『ヨリガミサマ』に関係する噂話はあったか?」 「いや、俺が6月の集会で聞いた怪談はほぼ全部載っていたが『ヨリガミサマ』に関する噂は全く…もしかしたら、新聞には載っていないのかもしれない…」 「おいおい、今更ネガるのは無しだぜ?新聞に別に載っていなくても”新聞に載っていないことが分かった”ってだけでいいじゃねぇか、まぁ…もしかしたら20年前以降の話になるのかもしれないけどよ…その時はその時だとオレは思うがね」 「…………だが、そうなったら…俺は何の役にも立ってない事に…なるな」  依然操作の手は止めず、山姥切は小さく呟いた。  ……和泉守も山姥切の心情は良く理解している。「ひょっとして自分は何の役にも立っていないのではないか」と言う疑惑が芽生えた事は、一度や二度ではない。それを考えないようにするように”自身のため”と言い張って、誰にも褒められない『散歩』を続けてもう久しいのだ。  ――――――だからこそ、自分に似ているというある種の共感が芽生えたからこそ、和泉守は山姥切に尋ねた。 「――――――なぁ、お前はどうして、そこまで命張れるんだ?」  「えっ」と思わず山姥切の手が止まり、和泉守を見る。見るからにそのような質問が飛んで来るとは思っても居なかった顔だった。  一瞬だけ戸惑った様に視線を揺らしたが、律儀で真面目な彼はその質問の意図を尋ねる事も無く、言った。 「多分だが……俺は、恩を返したいんだと、思う。助けてくれた…というよりも、俺を引き上げてくれたことに」 「…………引き上げる?…どこに?」 「――――――『物語』の舞台に」 「…………もっと分かりやすく言ってくれ、オレはお前と違って本とかそんなに読まねぇから、比喩とか揶揄とか言われてもそこから登場人物の心情を推察するの苦手なんだよ」  山姥切の言葉の意図が分からず、和泉守は困惑する。山姥切の言う『物語』だとか『舞台』だといった言葉は何かの比喩だとは分かってはいるが、はっきり言ってもらわなければ理解が出来ない。無駄に考察や読み手の解釈に任せる様な創作よりは、単純明快な方を好んで居ることも理由の一つだった。   「……正直な話、俺は『怪異』というものには関わっているが、それでもまだ…実感が、湧かないんだ。これが現実のものとは思えなくて…そうだな、演劇でも見ている様な気分なんだ。実際に命に関わったし、友人も死にかけたのに……何でだろうな、『これが現実なんだ』という事実に目を背けたいからこう思っているのかもしれない……」  言葉を考えながら山姥切が少しづつ話す。それを和泉守は口を挟まずに黙って聞いていた。 「そんな風に観客の気分でいるからか、どうにもこれが舞台演劇の様な気がしてな…俺が舞台上に居るのが場違いなような気がするんだ。普通なら観客は舞台を眺めるだけしか出来ない、なのに俺は”ある種の切っ掛け”で舞台に立っている様な気分だ。その”ある種の切っ掛け”というのが――――――『怪異』になる訳だが」 「……つまり『怪異』に関わってしまった所為で、本来なら部外者で居られる所を演者にされてしまったと…。手品とかのイベントで、一般人がステージに呼び出されて立って……そのままそこのスタッフの一員として仕事する羽目になったみたいな感じか?」 「そうだな、そんな感じかもしれない」 「…………なら、最初からオレ達がお前を呼び出したりしなければ、お前は観客として何の無関係のまま生きていたかもしれねぇな」 「いや…逆だ、お前達がステージ上に…物語の中に呼び出してくれたから、俺は生きているんだ」 「……どういうことだ?」  怪訝そうに眉をひそめる和泉守を山姥切は一瞥する。山姥切自身も、かなり比喩表現を用い過ぎて話している所為で分かりにくい会話をしている自覚はあったが、その曖昧な感情をはっきりと伝える事が出来ず、結果比喩表現に頼ってしまっているのだ……これに関してはどうしようも無かった。「今の自分に出来る事は、出来るだけ分かりやすく伝える事だ」と言い訳をして山姥切は語る。 「……ほら、パニック映画では”生き残る人間”と”どうやっても死ぬ人間”って居るだろう?……和泉守、お前はそのポジションに収まる人間ってどんな設定が多いと思う?」 「ええ、何だよ急に…!えーっと、そうだな…まず生き残る人間はまず主人公とヒロインだよな…たまにヒロインは死ぬけど。どうやっても死ぬ人間は…色々居るよな…嫌味な奴とか、強欲な奴とか…あー、あと主人公の良き友人枠も物語中盤か終盤で死ぬよな」 「そうだ……でも、今お前が挙げた設定の人間とは別に”どうやっても確実に死ぬ人間”は居るんだ。ヒントはパニック映画の更にジャンルの中で限定して…サメ映画とする」 「どうしてそこでサメが出てくるんですかねぇ……!?サメ映画…チェーンソーでサメを両断するのしか見た事ねぇな…えーっと、オーソドックスなサメ映画だろ?市長…頼れる協力者…漁師…水着のねーちゃん…うん?……あっ」 「そうだ、パニックものの映画では決まって”どうやっても確実に死ぬ人間”はいる――――――怪物の恐ろしさを知らしめる為に物語の冒頭で死ぬ…全ての始まりたる、最初の犠牲者が」 「……そうだな、ああ確かにそうだ。序盤に出て来る水着美女はサメに食殺される為だけに出て来るな…確かに大体死ぬわ」 「そいつと主人公枠との違いというのは……身もふたもない言い方をすれば”補正”だ。”補正”があるから主人公はギリギリ助かったり撃退も成功するし、”補正”がないから序盤の餌は死ぬ。怪物の脅威を知らしめる為だけの舞台装置としてな」 「…………何となく分かったぜ。お前の言いたい事が……様はお前は序盤の餌枠でどう足掻いても死ぬ存在だったのが、オレ達に会ったことでお前は主人公格に昇格して救われたと……お前、ちゃんとした言い方すれば感動的な場面だったのに、サメとか序盤の餌とか言った所為で大分台無しな結果になっているんだが」 「別に感動的な演出をしたい訳じゃない。分かりやすさを取ったに過ぎない。どうしてサメ映画が出て来たかな…最近タコとサメが合体した映画を見たせいか…」  さらりと山姥切は言い切ると、今まで中断していた作業を再開する。  ……その様子を和泉守はじっと見つめる。山姥切がこちらに協力しているのは、早い話が恩返しだ。かつて自分たちに救われたから、その役に立ちたいという義理堅い感情で動いている。確かにそれは良い事だと思う、良い精神だとは思う…………だが、自分たちに協力するということは『怪異』と向き合うということだ。『怪異』は恐怖そのもの――――――他者や自身の抱える精神的な外傷を、真っ向から見つめるということだ。こんなこと、一般人は出来る訳が無い。 (――――――何が観客だ、そんな観客居る訳が無い)  過去に『怪異』を遭遇し、そのままなし崩し的にそれと関わることになってしまった朧月堂の住民達とは……否、他の同業者とも山姥切は全く違う。  山姥切は自身と向き合うことを選び、恐怖を飲み干して、避ける機会はあったにも関わらず、それでも他人に恩を返そうと命を懸けているのだ。  ――――――これが只の観客だろうか?一般人とも、同業者とも違った理屈で山姥切は動いている様にしか思えない。    そう考えて、和泉守は目の前の少年の事がよく分からなくなった。  ……きっと山姥切はこの事実に気がついていないのだろう、それは正解だと和泉守は考える。こんな事実を彼に突きつけたら、きっと山姥切は良く無い結末を迎える事になるだろう。人の破滅を見て喜ぶ様な趣味は無い、もしかしたら過去に何かがあってそれが切っ掛けで変わってしまっただけかもしれない。そうだ、そう考えるのが普通なのだ。 (……過去に何かがあって、か)  和泉守はあまり過去の事を追想すると言った事はしない。過去に纏わる思い出は全て『怪異』に通じるし、昔の事を思い出そうとすれば自ずと『前世』についても考えてしまうからだ。  ……今まではそれをずっと避けていたが、目の前の作業をする”絶対に分からない相手”を見ていると、今のままではいけない様な気がした。   「――――――あ」  突然、山姥切が声を上げて手を止めた。  咄嗟に和泉守がモニターへと身を寄せる。そこに表示されていたのは、20年前の日付の学校新聞。日付は7月で――――――怪談特集の記事が載っていた。 【19**年度 白銀大学付属高校 校内新聞 『飛翔』7月号】 (前略)  さて、今年も読者諸君の間でも期待されていたであろう怪談特集の季節がやって来た。新聞部一同が徹底的に調べ、とある筋より仕入れて来た選りすぐりの怪談を御届けするコーナーであるが、第二弾である今月は皆が良く知っている”あるもの”についての怪談を御届けしよう。    読者諸君は中庭にある桜の木にまつわる怪談をご存知だろうか?  中庭の桜の木を見た事が無いという者は諸君らの中には居ないだろう。この学校に入学したものはあの木の移ろいによって四季を感じ、学校生活の3年間をあの木に見守られながら過ごすのだから。  しかし、あの桜の木の来歴を知っている生徒は教師を含めて少ない。多くの者はあの桜の木が学校の開校記念に植えられたと思っているが、それは違う。  元々あの木は今の校庭の隅に植えられていたものが、学校が建設される時になり中庭に移動したというを知っているという事を、知っている者は少ないのではないだろうか?  そもそも、この白銀大学付属高校という学校は、この『飛翔』でもたびたび取り上げられている様に、戦後に墓地を取り潰して建てられた学校である。その頃から桜の木はあったのだ。皆の目を楽しませる為の観賞用の木ではなく――――――死者を慰める為の菩提樹として。  何時頃誰が植えたのかという事は不明である。当時を知る近隣に住む老人から聞いた話曰く「気がついたらある日大きな桜の木があった」とのことであった。この不明瞭な来歴であったことも影響したのかは分からないが、菩提樹としての役割を引き受けて来た木は、墓を取り潰す際に切られる事も無く残され、沢山の人々の目に留まる様に中庭に移された……という訳だ。    ……しかし、その菩提樹としての役割をしていた為か、この地に眠っていた死者達は今も成仏する事無くあの桜の木に宿っているのだ。故に夜な夜なあの木の幹に耳を当ててみると、幹の中から死者の呼び声が聞こえるらしい。そして、その死者の呼び声を聞いてしまった者は…近いうちに桜の木に取り込まれ、あの木に宿る死者の一人になってしまうらしいとの話だ。  しかし、一方であの桜の木に宿る死者が願いを聞き遂げてくれるとの噂もあり、その噂に関しては調査が完了し次第御届けする所存である。  いわば、あの桜の木はその死者の達の寄る辺となる存在――――――正規の意味とは違うが、無理矢理字を当てはめるのならば『寄神』とも呼べるのではないだろうか? (中略)  続いて御届けするのは、ある奇妙な事件に纏わる怪談だ。  園芸部のOBから聞いた話だが、ある日とある園芸部員が出来心で校舎裏の地面を掘り返した事があるらしい。と、いうのもその園芸部員はゴミを焼却しにいく途中で、校舎裏を通りかかった際に地面が掘り返された跡を見つけたらしいのだ。無論、校舎裏には花や木は植わっておらず、高校生にもなって土遊びをする訳でもあるまいしと思い疑問に思ったらしい。  それに気がついた日から、その園芸部員は校舎裏の地面を注視するようになった。そうして見てみると定期的に何かを掘り返し、その都度、元に戻している事に気がついたのだ。一度や二度ではなく何カ所もの跡が校舎裏には残り、とても気味悪がっていたようだった。  しかし、そんな事が続いたある日の事。園芸部員はまた新しく地面を掘り返した跡がある事に気がついた。いつもと違っていたのは、今まではきちんと平になっていたのに、今回はこんもりと明らかに「何か」を埋めたような痕跡が残っていたからだった。  好奇心に駆られたのか、はたまた自身の不安の元を確かめようと思ったのかは分からない。その部員はスコップを持って来てその跡を掘り返して――――――絶叫した。  そこに埋められていたのは……瓶に詰められていた蛇だったからだ。    大きな蛇も居れば小さなものも居たらしい。半ば狂乱する様に他の跡も掘り返してみれば、そこには大量の瓶詰めの蛇が埋められていた。  …………一体誰が、何故このようなことをしたのかは分からない。その後瓶詰めの蛇を目撃したものもおらず、その瓶詰めの蛇を見つけた園芸部員は、その後すぐに自宅のアパートから飛び降り自殺をしてしまい真相は闇の中である。  ……だが、噂によるとその死んだ部員の体には奇妙な事に――――蛇が巻き付いたような痕が残っていたそうである。 (了) 「――――――これって、いや…でも……これは…」  和泉守が戸惑ったように声を上げる……その戸惑いの感情は、同じく山姥切も感じていた。  今まで2人は「過去に『ヨリガミサマ』なるおまじない、もしくはそれに準ずる怪談がある」と考え調査をしていたが、いざ目の前に現れたのは全く異なる2つの怪談だ。しかし、その2つの怪談に含まれる要素は正しく『ヨリガミサマ』を構成するものであり、ただの偶然だと見過ごす事ができないほど重要なものであった。 「……和泉守、前にあんたが『ヨリガミサマ』について”キメラ”と言っていたが……それは正しいのかもしれない。今、学校で囁かれている『ヨリガミサマ』はこの2つの怪談が混ざって出来ているものだ」 「……マジかよ。ある意味大正解だけど全然嬉しくねぇわ……」  深くため息をつき和泉守は頭を抱える。彼もまたこの様な真相を予想していなかったようで、明らかに当惑の色を隠し切れていないようだった。  だが、今回の事件の重要な鍵となる怪談は発見出来た、これはすぐにでも三日月に伝えなければと考えて――――――携帯電話を手にした山姥切の手が止まる。 (――――――そもそも、どうしてこの2つの怪談が混ざって『ヨリガミサマ』になったんだ?)  山姥切の抱いた疑問は最もであった。口伝で伝わる話が伝言ゲームの要領で、最初と最後で全く別の話になる事は頷ける。それならそれで「まぁ仕方ないか」で済ませる事が出来るのだが……今回の件に関してはそれとは全く違う問題だ。  『ヨリガミサマ』なるおまじないの存在が最初に確認されたのは、現在分かっている限りでは5月の事だ。5月時点と9月現在とで『ヨリガミサマ』が歪んで伝わっているという可能性は……女子部員の話を聞く限りでは除外してもいいだろう。  だが、どうにも5月より前にこの2つの怪談が生徒の間で囁かれ、どういう訳か混ざって『ヨリガミサマ』というおまじないになったとは考えにくいのだ。そもそも、願いを聞き遂げてくれる存在なら、中庭の桜の木に宿る亡霊の役目である。その亡霊の総称が”寄神”だとしても、そこに蛇の要素を付け加える理由が分からない。確かにこの2つの怪談は20年前の学校新聞に同時に掲載された記事ではあるが、そもそも何の関係性も、接点も無い怪談だ――――――。 「それにしてもまぁ、どうして20年前の怪談が今になって囁かれ始めたかねぇ…もしかしたら、最近この記事読んだ奴が居るとか?」  首を傾げながら言った和泉守の言葉を聞いて――――――山姥切の脳内で、様々な事が繋がった。    全く異なる2つの怪談、それが混ざって出来た『ヨリガミサマ』、ちぐはぐな印象を受ける『ヨリガミサマ』の内容、六芒星の様な模様、20年前の新聞記事――――――。  それらを繋ぐ、”ある人物”。  やや乱暴な推論だが、こうして繋げてみれば特に違和感も無い……というよりも、こうとしか考えられない。動機が不明瞭だがそれの解明は後回しだと考え、山姥切はコンピューターを操作し、現在表示されているPDF化された新聞記事を印刷すべくボタンをクリックする。 「…………国広弟、もしかして…分かったのか、何があったか」  山姥切の表情を覗き見るように和泉守が恐る恐るといった形で尋ねる。山姥切はそれに対して頷いて答えた。 「我ながら、大分乱暴な推論になったが恐らくは……多分、三日月に聞けば裏付けは取れるとは思うんだが……それをはっきりさせる為に学校に行きたい。まだ、証拠は残っている筈だ」 「今か!?…多分警察がうろついているから、お前でも校舎に入るのは無理があるんじゃねぇ?」 「そこは……泣き落としでも使おうかと…今思いついたが”祖父の形見の懐中時計があるんです”とか言えば、人間の心が残っている警官なら入れてくれると思う。それに事故現場からは離れているし、現場を荒らすことはないから……多分?」 「……オレに聞くなっての!」  和泉守は山姥切が事件の謎を解いた事に驚いていたが、大分語尾がふわふわとしている山姥切に一抹の不安を覚えた。  更に今から学校に行くとなると色々と面倒な事になりそうだ。だが、祖父の形見の懐中時計云々は置いておいたとしても、現場を荒らさないのなら難しい事でもないかと考え、最悪中に入れなくともまだ学校に残っている長曽祢に頼んで確認して貰えれば良いかと思案しつつ……ふと、気がつく。 「なぁ、印刷押したよな?プリンター…動いてねぇけど」 「……おかしいな、画面では印刷中になっているんだが……紙づまりか?」  先ほど山姥切が印刷のボタンをクリックした姿を和泉守も見ていた。だが、それにしては今2人が座っている位置から歩いて数歩の場所にある、テーブルに置かれているプリンターが稼働していないのだ。何かしら不調があればすぐにエラーメッセージが出るがそれもない。  「こんな時についてない」と山姥切は、ぼやきながら立ち上がりプリンターの方へと歩み寄る。しかしプリンターは印刷する気配どころか、コンピューターからの信号すらも受信していないようだった。 「悪い和泉守、もう一度印刷のボタンを押してくれないか?」 「へぇへぇ……プリンターの指定も合っているよな……よし、今押したぜ」  和泉守の声からそう時間も立たない内にプリンターは稼働を始める。「なんだ、ただの不調だったのか」と山姥切が安堵の笑みを漏らし――――――その笑みが凍り付く。  ぎっ、ぎっ、ぎっ………グチ…グチ…。  プリンターから発せられている音は、おおよそ正常な稼働音とは言い難かった。  今ここで聞こえているのは、例えるならば内部機械にぐちゃぐちゃになった肉が絡まり、そのせいで上手く機械が作動していないような音だ。  ……耳障りな音を立てるプリンターから、やがて紙が一枚、吐き出される。その紙はおおよそプリンターのインクとは思えない様な赤黒い塗料で汚れ、微かに生臭い臭気を放っているように感じた。自習室の冷房の風下に位置している場所にプリンターはあったため、冷気に煽られるように臭気が山姥切の鼻孔を突き、溜まらず山姥切は飛び退いた。    ブ――――――!!!ブ――――――!!!  ブ――――――!!!ブ――――――!!!  瞬間、大音量で聞こえて来た不協和音の合唱に思わず耳を塞いだ。  何事かと思い音の方向へと振り向けば、室内に設置してあった20台のコンピューターがいつの間にか起動しており、それらが一斉にエラー音を吐き出しているのが分かった。勿論、今まで使っていたコンピューターは一台だけであり、ほかのコンピューターには指一本として触れてなど居ない。電源がついている訳がないのだ。  エラー音は更に大きくなり、音の反響によって頭が痛み、山姥切はしゃがみ込んだ。頭痛に耐えながらコンピューターの方を見やれば、今まで黒い画面だったコンピューター群はブルースクリーンへと変わり、英語のシステムメッセージが画面の中を流れて行き――――――突然その言語が日本語へと、変わる。 『どうか次の試験でいい点がとれますように』『憧れの**先輩への告白が上手く行きますように』『授業中に当てられませんように』『今度の大会で優勝出来ますように』『大学に合格しますように』……。  次から次へと表示されては、すぐに流れて行く文言には山姥切は覚えがあった。 (……これは、全部……『ヨリガミサマ』への願い事か……!)  大量に流れて行く”願い事”の内容は、最初はごくごく普通の内容であったが……いつしかその内容が変貌して行く。 『どうか***が学校を辞めますように』『***が怪我しますように』『***と***が別れますように』『***が死にますように』『***を殺してください』『***が死にますように』『***が死にますように』『***が死にますように』  たちまち画面を覆い尽くす、ネガティブな文言による言葉の暴力に山姥切は思わず目を逸らしそうになった。 (こんな馬鹿げたことまで、願っている奴がいるのか――――――!)  頭痛に耐えるべく奥歯を噛み締めていたが、涌き上る怒りによってさらにその力を強める。  最初に表示されていた願い事はごくごく普通な、誰でも思う内容の願い事だ。それは実際に叶えてもらうというよりは、自分の背中を押してくれるような活力としての健全な願いなのだ。  ……だが、後半に大量に表示された願い事はもはや”おまじない”というよりは”呪い”に近い呪詛のように見える。自分では出来ない悪事を『ヨリガミサマ』に肩代わりさせて、一方的に良い思いをしようとする『呪い』。『ヨリガミサマ』なる存在についての理解は、山姥切はつい先ほどしたばかりであったが、それでもその存在には複雑な思いを抱いてしまう。  こんな身勝手な願い事をする奴らには――――――罰が下って当然ではないかと。 「――――――山姥切!こんな低俗な『怪異』に同調なんかするんじゃあねぇ!」  エラー音の嵐の中、気がつけば和泉守は立ち上がっており、力の限り叫んだ。  けたたましい音の中でも不思議と彼の声は良く通り、山姥切が和泉守へと顔を向ければ、ちょうど緋色のカメラケースを取り去った所であった。中から現れるのは彼の盾であり矛でもある、古いカメラだ。 「…確かにこんな願い事する奴は一回痛い目見た方がいいってオレも思う!くだらねぇ事祈る前に自分で何とかしろって思う!……だがな、だからといって『罰』と称して何してもいいのか!?殺しても良いのか!?そんなディストピア思考、こっちから願い下げだね!」  さらに和泉守はカメラのレンズ部分に手をかけ、あろう事かレンズを取り去ってしまった。「一体何を」を山姥切が息を呑んだ時、その下から現れたのは―――――。 (――――――複眼レンズ!?)  本来一つしかない筈のカメラに取り付けられていたのは、3つの小さな複眼レンズであった。それはカメラ本体に直接張り付いており、見るからに普通の用途では使わないような形状をしている。おおよそ、通常時は上から普通のカメラレンズを取り付けて偽装しているのだろう。そのまま使っていても何ら不備も無いに違いない。彼が映す『写真』はこの世の風景を撮るものではないのだから。  ――――――そして、その封が解かれたということは……虎徹邸で三日月が着物に着替えたように、あの複眼レンズのカメラもまた、彼なりの本気の証なのかもしれない。 「[[rb:『怪異』 > あれ]]を理解するのはいい!だがな、理解しすぎて同調はするな!あっという間に飲み込まれるぞ!『自分』と『そうでないもの』の境界は見極めろ!同調した先に待っているのは居るのは破滅だけだ!……オレはそういうのの処理はご免だし、そんなくだらねぇ事でじいさんや鶴丸に力使わせんなっての!」  ……ふと目の前のコンピューターに無数の線が現れる。その線を境にパラパラと糸の様に解けて行き、徐々にコンピューターは輪郭を無くしてゆく。解け落ちた『糸』はそのままテーブルに落ちるが、そのテーブルにもまた無数の線が走り……同様に『糸』になっていった。  見ればコンピューターを形成していた『糸』は動いていた。山姥切はすぐに理解する――――――これは、『蛇』だと。  この部屋の万物を構成するものは『蛇』であり、それが何かしらの切っかけで崩壊しているのだ。壁や、床や、天井をも『蛇』が形作っている。 「……本当に低俗だな!生憎、集合体恐怖症でも蛇に対してトラウマ持っている訳でもないんでね!」  カラカラ絡繰り仕掛けのカメラレンズが回転する。瞬間、少しだけ涼やかな音が聞こえた気がした。  目映いフラッシュの光に山姥切は目を瞑る。恐らく8回ほど鳴ったシャッター音の後、ぶぅーんという低い地鳴りの様な音が響き渡った。その音が鳴り止む頃にはコンピューターのエラー音はピタリと止み、山姥切がゆっくりと目を開けた時には、自習室は何事も無かったかの様に元の様相に戻っていた。  『蛇』はどこにもおらず、コンピューターは元に戻り電源すらもついていない。ただ、冷房の音だけが聞こえるだけだった。 「…………和泉守」  山姥切の呼びかけに和泉守は振り返る。複眼レンズの上へ、床に転がっていた普通のレンズを取り付けながら彼は言った。 「…あーっと、平気か?体重いとかあるか?」  「どうせだから一応な」と和泉守は山姥切へとカメラを構えたと思った瞬間、ぱちりとシャッターを押す。突然の事で目を瞑る間さえ無く、フラッシュの光が目に焼き付いた。 「……平気だ。その…すまない、助かった」 「いいっていいって、対処出来る奴が弱いのを助けるのは常識だ。まぁ、今回は運がよかったな。『怪異』のメインフィールドである高校じゃなくって、距離が離れた所にある大学だから幾分か弱っちい『怪異』だったから、オレでもなんとかなったし」 「……あの、終わったのか?」 「いーや、あくまで調査の段階でオレ達に蓄積していた『怪異』の残滓が、20年前の怪談を知った事で活性化しただけって感じだったな。多分、高校でこの作業してたらオレじゃ対処し切れたか怪しいかったから結果オーライ的な?」 「……そうか、やはり三日月じゃないと無理なのか」  目に焼き付いてしまった光に苦闘しながら、山姥切はやや伏し目がちにそう答える。まだ『怪異』の大本は断ち切る事が出来ていない事を知れば、ため息を付きたくなるのを堪えて、未だに早鐘を打つ心臓を抑えようと深く深呼吸をした。  その様子を見ながら和泉守は頭を掻き、言いにくそうに口を開く。カメラはいつの間にやらケースの中へ収まっていた。 「んー、まぁオレが言わなくとも、お前はもう分かっているからそんなに口やかましく言わないけどよ…『怪異』に対する”理解”と”同調”は全く別の事だ。全体の把握の為に被害者や怪談の背景を”理解”する事はまぁいい、だがな……絶対に”同調”なんかするんじゃあない。あんなのに同調して、『怪異』に見入られたらミイラ取りがミイラになっちまう。常に『怪異』に対してはピザ食いながら中指立てて、口悪く罵るような姿勢で!……理解したか?」 「…………すまない、分かってはいたつもりだったんだが」 「…まぁでも、その気持ちも理解出来ない訳でもねぇから強く言えねぇんだよな……なんつー事を『ヨリガミサマ』に頼んでいるんだよ。あんな願い事ずっと聞き続けていたら…性根がひん曲がるのも当たり前だっての」  何とも言えない表情で和泉守は呟く様に言った。最初から『ヨリガミサマ』が歪んでいたのか、人々の”呪い”によって『ヨリガミサマ』が歪んでしまったのかは山姥切達には分からない。それを知る手段は残されては居ないし、時間もない。  女子生徒の飛び降りと『ヨリガミサマ』との関係性がもしも知れ渡ってしまったら、面白半分で恐怖など感じる事無く『ヨリガミサマ』を行っている生徒達が皆死ぬ事になる。それは何としても防ぎたい事だった。 「とりあえず、お前がさっき気づいた事はじいさんか鶴丸に連絡だな……ああ、もうこんな時間か。わりぃ、お前さっき学校行きたいって言ってたけど、こりゃ無理そうだ…今からここ出発して学校つく時には『逢魔時』になってる。その証拠、どうしても必要か?ならじいさんらの到着待ってから突入すれば…なんとかなるとおもうが」 「いや……そこまでのリスクを犯してまで必要なものではない。……それよりも早く連絡しないと」 「あー…国広弟、連絡頼む。久しぶりに連写して超疲れた…家に帰ってあの写真現像するのかと思うと今からクソ気が重い…もうフィルムのままじいさんに押し付けたい気分だぜ…」 「わかった、連絡が終わるまで休んでいてくれ……その、本当に助かった」 「同情するなら休みをくれ。ガチでじいさんとジャンキーのお守りとかも含めると労働基準法遵守されてないこと丸わかりだから……ここ数日家にも帰れなくて誇張抜きに朧月堂の住人と化してるから……あいつらオレが言わねぇと洗濯とかしねぇから…あくまで喫茶店アルバイトであって住み込みで働いてる使用人じゃねぇから……」 「…………ああ、分かった…。その、俺からも三日月と鶴丸に、もっとあんたに優しくするように言っておく……本当だぞ?絶対に言うからな?」  身近に迫っている現代社会の闇に恐れ戦きつつも、山姥切は携帯電話のボタンに手をかけた。 [newpage] *** [chapter:(3)]  有刺鉄線の隙間を縫う様にして身を縮こませ、三日月宗近は裏山から学校敷地内へと着地する。  長曽祢から聞いていた通り、フェンスの一部の鉄線は老朽化の末に、人1人が通る分には十分な隙間が出来てしまっていた。万が一の時の為にペンチは持参していたが、使う必要も無かったのは幸いだろうか。巡回している警官も、長曽祢が引きつけているお陰か近くには居ないようだった。  棘の対策の為に厚手の服を着て来たが、9月とはいえ、まだこの時間でも暑さは残る。額に浮かんだ汗を軽く拭いつつ息を付けば、耳元から声が聞こえた。 『よぉ、侵入は上手くいったみたいだな?君がフェンスに体が挟まって、身動きができなくなったらどうしようかと思っていた所だ』 「……心配せずとも、そんなへまは犯さんよ。無駄口を叩いている暇があるなら索敵をしろ、鶴よ」 『分かってるって、最も既に何匹か学校内には放っているところだけどな』  ふと三日月が視線を落とせば、傾きかけた日差しが照らす己の影の足下から数匹のトカゲのような物体が歩み出ていた。それらは本物ではなく、学校から少し離れた場所に停めた車で待機している鶴丸が使役している『影』だ。鶴丸の話を信じるなら、既にこの校舎内には何匹…もしくは何十匹もの鶴丸の視点が点在していることになる。道案内には困らなそうだと三日月は笑うと、右耳に装着したハンズフリーイヤホンマイクを軽く調整すると、足を音を極力立てずに歩き始めた。 『しかし、こう俺がナビゲートして君が施設に潜入するなんて、何だかスパイ映画みたいでワクワクしないか?……あー、CQCQCQ、こちらホームベース。ブラボーワン、応答されたし、どうぞ』 「……了解、こちらブラボーワン。どうして”アルファ”ではなく”ブラボー”なのか、アルファは一体どこにいってしまったのかが気になるのだが、そのあたりはどうなのだ?どうぞ」 『了解こちらホームベース、そのあたりは単純にブラボーという響きが俺好みだからということだ。特に意味はない、どうぞ』 「……思ったんだが、これは無線ではなく普通の携帯電話だから”了解”も”どうぞ”も必要ないのでは?」 『えー、こっちのほうが面白いじゃないか?……わかった、とても残念だがホームベースは解散だ……あ、三日月!一回止まってくれ。柱の影に隠れてろ……人が歩いて来る』  鶴丸の言葉に三日月は立ち止まり、校舎の外…教棟と食堂とを繋ぐ渡り廊下の影に身を潜ませる。そうすれば鶴丸のいう通り、前方から警官が歩いて来た。物音を立てずじっと息を潜めて動向を見守れば、警官は三日月の存在を察知していないようでそのまま先へと歩いて行った。  ……なるほど、鶴丸のいう通り、まるでスパイ映画のワンシーンのようだ。最も、スパイものにしては舞台が庶民的すぎるのが難点だろうか。 『……ああ、もう良いぞ。そのまま進んでくれ』 「うむ。その調子でナビゲートを頼む……俺も準備していたほうがいいか」  そう言って三日月はウェストポーチの中にある、イヤホンマイクの繋がった携帯電話に追いやられる様に窮屈そうに収まっていた短刀を取り出す。太刀を持ってこようとも思ったのだが、校舎内に密かに侵入する事になる際に、邪魔になってしまう事から泣く泣く置いて来てしまったのだ。  話を聞く分では、あの太刀を使わなければならない程の規模の『怪異』ではなく、十分この短刀でも対処が出来るとの判断から持参したが、やはり三日月としてはあの長さの刀の方が性に合っている。それでもフルーツナイフやテーブルナイフと比べれば、この短刀の方が優れているのだが。  ……三日月は静かに歩みながら、つい先ほど連絡の事を思い出す。  連絡の相手は、三日月の友人であり、最近の不安の種でもあった――――山姥切国広からだった。 ◇ 『そもそも……このヨリガミサマは過去に実際にあった怪談ではない――――――創作なんだ、この話は』  山姥切から連絡を受け「どうしてお前がこの事件の調査に関わっているのか」「『怪異』に巻き込まれたと報告があったがどうしてこちらに来ていないのか」と聞きたい事は沢山あった。しかし、そのように話を切り出され、三日月は思わず口を噤む。  予想だにしていない、まさしく常識を覆す様な推理に対して……水を刺す様な真似は出来なかったのかもしれない。 「……創作とは一体どういうことだ?」 『読んで字のごとく、だ。この”ヨリガミサマ”は2つの怪談を混ぜて出来た創作作品なんだ』 「意味が、分からんぞ……どうしてそのような事を…?」 『別に怪談や伝承を元にした創作は珍しい話ではない。ブラム・ストーカーが書いた小説のドラキュラも実在した串刺し公がモデルであるし、そもそもドラキュラという小説自体もカーミラという女吸血鬼の小説の影響もよく見られる。そして、それらの小説は元を辿ればアイルランドの吸血鬼伝承が元になっている……こうしてみれば、別におかしな話でもないんじゃないか?他にも探してみれば、いくらでもあると思うぞ』 「……ふむ」  そう言われてみれば、ピンとこなかった”怪談を元にした創作”というものにも確かに納得が出来る。具体例を出されて思い出したが、確かに映画などの謳い文句の中に「実話を元にした作品」というものもあった事を思い出す。ノンフィクション作品と違い、それらの作品は実話を元にしているが映像化する際に「インパクトが足りない」だとか「映像化が難しい」などといった理由で一部変更になっている事が多い。なるほど、そう考えれば別段不思議な話ではないだろう。  ……にも関わらず、それらの発想に三日月が至らなかった理由は何となく分かっていた。それは三日月が”怪談”と『怪異』を自然に結びつけていた為だ。  怪談は『怪異』に通づるものというのが、『怪異』に携わるものが抱いている共通認識である。言い換えれば”怪談”と『怪異』はイコールで結ばれるのだ。『怪異』に関連するものを創作の道具にするという事は、地蔵を足蹴にするくらいの恐ろしいことだと知っている。  『朧月堂』のカウンターで受け取った電話であったが、気がつけば近くには色々と準備をしていた筈の鶴丸が寄って来ていた。三日月は彼にも電話の内容が聞こえる様に、受話器から耳を気持ち離して音量を上げ、話の続きを促す。 「お前のいう事は分かった。しかし、先ほど2つの怪談を混ぜた創作だと言っていたが、どのような怪談なのかの見当は付いているのか?」 『ああ……俺達が確認した限りでは、20年前の学校新聞に掲載されていた怪談だ。一つは”学校の中庭に植えられた桜の木に宿る亡霊の話”そしてもう一つは”校舎裏の地面に埋められていた瓶詰めの蛇の話”……この2つだ』 「…………待て、その怪談…俺にも聞き覚えがあるぞ」 『……だろうな、あんたは多分知っている筈だ。そもそも…今回の『怪異』は最初からあんたがこの調査に参加していたら、もっと早く真相が分かっていたかもしれない『怪異』なんだ。――――――なぁ、三日月。お前がどこでその怪談を知ったか、当ててやろうか?』  どくん、と三日月の心臓が高鳴る。  ……三日月には覚えがあった。しかし、それはもう終わったはずのもので、もう表には出てこないだろうと思ってた”あること”であったのだ。 『あんたがその怪談を知ったのは7月。怪談が大量に掲載されている手記を見たからだ―――俺の後輩の文芸部員の手記…正確にはそのコピーを』  隣で会話を聞いていた鶴丸と目が合う。そうだ、と三日月は気がついた。  確かに三日月は7月にあった『消失』の『怪異』の際に、隣町の支部から鶴丸が探して来たという消えた女子生徒の手記を読んでいた。膨大な数の怪談を集めた事に感服し、憐憫を覚えつつも手記のコピーに目を通していたのだ。それを授けてくれた向こうの支部の伝言通り、使用したあの後はそのコピーはシュレッダーにかけて燃やしてしまい、今は現物はどこにも無い。唯一、それを読んだ事のある三日月の記憶にのみ残るだけなのだ。  ……そして、その場にいた2人は、山姥切の言葉の裏に含まれている意図に気がついていた。  「ヨリガミサマは創作」「元となった怪談が記載されていた手記の持ち主は文芸部員」……ここまで分かれば、答えは一つのみであった。 「な、なぁ!少し待ってくれ!流石に俺でも君が言いたい事は分かるぞ……!つまり、その…『ヨリガミサマ』を創作した人物というのが、件の手記の持ち主である文芸部員かもしれないと言っているのか!?」  たまらず横に居た鶴丸が口を挟んだ。  確かに有り得ない可能性ではない。文芸部の活動は小説や詩の作成であり、必然的に創作と近い場所に居る。その原材料も知っていたとなれば自ずと怪しくなる……が、それを主張するには証拠がない。まるで行き当たりばったりの推理の様に鶴丸は感じてしまったのだろう、それには三日月も同意見であった。  だが、電話の向こうの友人はそれすらも予想の範囲内だったようで「確かにそうだな」と前置きをした上で更に続ける。 『確かに鶴丸の言う事は最もだ。だが、”ヨリガミサマは2つの怪談の要素を混ぜ合わせた創作である”という前提が成り立った以上、創作をする上で必要となる”原材料”の存在を知っていることが必要不可欠……ここで問題となってくるのが『どうやってこの怪談を知ったか』ということになる。20年も前の学校新聞に書かれていた記事の内容を今知る術は限られてくるだろうな……言っちゃアレだが、我が校の学校新聞の記事の内容を…しかも20年前の記事を覚えている奴は教師も含めて絶対に居ないぞ。俺も一ヶ月前に書かれていた記事の内容なんて覚えていないしな』 「だ…だが、新聞部の生徒だったらどうだ?そいつらだったら、その怪談を知っていてもおかしくは無いと思うぜ?新聞部のOBという可能性もあるぜ?」 『……確かにそうだが、ここになって響いてくるのは『20年前の学校新聞は解析度が最悪なPDFしか残っていない』という点だ。新聞部の生徒が過去の活動内容と記事について見直すということはするだろう、だが俺でも解読にかなり時間が掛かったお世辞にも読みにくい形式の資料なんて一体誰が読むんだ?俺が新聞部員だったらそこまで熱心には読まないぞ?過去の記事被りを確かめるならば、精々10年も遡れば十分すぎるくらいだ。それ以降は読んでいる人間は在校していないだろうし、教師が学校新聞をそこまで真面目に読んでいるとも思いにくい。そもそも同じ題材を扱っていても、作成する生徒の書き方に見聞によって印象は違うものだぞ?新聞部のOBならば知っているかも知れないが……ならばどうして今のタイミングで『ヨリガミサマ』を創作して学校に流したのかという疑問がある。それこそ、意図が分からない』 「……確かにそうか。今更創作を学校に流したりは…しないだろうな…ありえない話じゃあないとは思うが」 『それを追うのも良いが、まずは俺の話の続きを聞いてくれ。調べものをしている時に和泉守がこう言っていたんだ。「どうして20年前の怪談が今になって囁かれ始めたのか、最近この記事読んだ奴が居るとか」と。それを聞いた時に思ったんだ。きっと『ヨリガミサマ』を創作した人物は、俺達と同じ様な”確固たる目的”であんな劣悪なPDF形式の新聞を読みあさっていたんじゃないか?その目的というのがーーーー学校の怪談を集める事ではないのか?そういえば、新聞のデータのコピーを貰う時に、その大本のデータの更新日時を見たが…たしか最後に更新されていたのは5月頃だったな。それにヨリガミサマに使われていた魔法陣に関しても、後輩だったら知っていた可能性が高い』 「…………ははぁ、それなら…有り得ない話では…ないか……?」  鶴丸が疑問まじりの感嘆の息を漏らす。どうやら思っていたよりも行き当たりばったりな推理ではなく、説明を受ければ「確かに有り得るかもしれない」と思えてしまう様な妙な説得力のある推理であった。  ……しかし、その説明を受けてもどうしても分からない事があり、三日月は山姥切へと尋ねる。 「山姥切よ、お前の言いたい事は分かった…が、どうしても分からないことがある―――――何故、その文芸部員は『ヨリガミサマ』を作り、それを学校中にばらまいたのだ?」 『それは……すまない、俺にもよく分からない。だから、これから言うのは俺の想像であって、所詮妄想の域を出ない事だけは…留意していてくれ』  三日月の問いに山姥切は言い淀み、念押しした。  ……我ながら意地の悪い事を尋ねたと三日月は思う。現状その文芸部員の痕跡などが綺麗に『掃除』され、更には同じく部員であり後輩であったとしても、それほど親しくも無かった人間の心情など、分かる筈も無いのだ。それに今、山姥切の意見を聞いたとしてもその答え合わせは出来ない。全くの無駄な事の様に思えるだろう。  しかし、不思議な事に三日月はこうも思っていた。  「人の『痛み』を理解出来る彼の語ることなら、ひょっとすれば真実に近いのかもしれない」…と。 『多分、後輩が怪談やオカルトに傾倒した理由は……父親の消失が切っ掛けだと思う。後輩は”突然誰かが消えてしまう”ということに怯えていたが、一方で”消えてしまった父親に会いたい”という想いは…ずっと持っていた筈だ。何となくであっても、父親が何かしら人智を越えた事象によって消えてしまったことは、分かっていたんじゃないか?だからこそ、オカルトとか怪談を熱心に集めていたんだと思う』 「…………。」 『ヨリガミサマを作った事に関しては…それこそ”思いついてしまったから”だ。俺も文芸部だから気持ちは分かる。ある日突然、文章のネタというものは降ってくるんだ。怪談を収集している際に、20年前の記事を見つけて…そして閃いたんだと思う……『ヨリガミサマ』という、まじないを。ただの創作で留まる筈だったものが学校中に広まったかに関しては……分からない。ひょっとしたら、あえて『ヨリガミサマ』を流す事で、それに伴う人間の行動の変化とかを観察したかったんじゃないか?』 「……その理由は…より、創作にリアリティを加える為か?まぁ、確かに共感できる話の方が読者も沢山付いて来るだろうが」 『……だが、結果として後輩が創作に使用した怪談のどちらか…もしかしたら両方ともが過去に実際に起きた実話であり、『怪異』の受け皿となる素質を持っていた怪談だった。それを使用して創作した本人である、後輩自身も『怪異』に見入られる隙があって…消えた。『ヨリガミサマ』という、架空の神様と信仰体系だけを残して』 「そして……創始者が消えた後も残り続けた『ヨリガミサマ』が、今になって頭角を現しているということか……自身の作る物語に食殺されるとは、それこそ創作のようだな」 『……皆は、『ヨリガミサマ』に色々なことを願っていた。その中には……あまり良く無い、願いというよりは呪いに近いようなものも沢山含まれていたのも……見た。別に同調とかそんなのじゃないが、あんな呪いを一身に受けていたら――――歪んで、おかしくなってしまうのも仕方が無いのかもしれない』  一層沈んだ声色で山姥切の言葉を、三日月は黙って聞いていた。どうやら、自分の知らない所で『ヨリガミサマ』に関することを色々と知ってしまい、複雑な心境のようだ。三日月はまだ断片的にしか今回の『怪異』やそれに関わる事柄を知らない。故に、山姥切が今しがた抱いている感情はよく分からなかった。  しかし、これだけは分かる。……本来であれば、このような事件は自分や同業者が調査すべきであり、関係のない一般人を巻き込むべきではなかったのだ。学校で起きている『怪異』であるが故に、遅かれ早かれ山姥切が『怪異』に遭遇する可能性はあっただろう。在校生という立場を利用して、今回調査に協力してくれたお陰で事件解決の大きな足がかりとなったのも事実だが、それでもここまで心を痛めてしまう結果になったのは……あまり褒められた事ではない。  もしも自分が最初からこの事件を調査していれば…もっと早くに事件を片付けて戻って来ていれば、少なくとも彼は20年前の学校新聞を読みあさらずとも、三日月が知っていた怪談が混ざったものだと早い段階で気がつけていたのかもしれない。……最も、様々な理由から出先で今回の事件のことを電話で受ける事が出来なかった為、今更後悔しても後の祭りなのだが。 『――――三日月、今の話で大体の背景は掴めたか?』 「……うん?ああ、大方掴めたぞ。元なっている怪談と、誰がどうしてこんな事をしでかしたかが分かれば十分だ」  三日月に確認をすべく、山姥切は尋ねる。それに対して三日月はさらりと答え、その答えに安堵した様に山姥切は言った。 『そうか……なら、終わらせてくれ。このままじゃ…誰も報われない。後輩も、死んだ生徒も―――人の呪いの所為で歪んでしまった、架空の神様も』 「……相分かった。その役目、しかと果たそう。後は俺たちに任せてお前は帰れ。きっとお前の兄が心配しているだろうからな」 『……そうだな、俺も帰らないとな』 「うむ、そうしろそうしろ……ああ、もう切るぞ。今度はゆっくり店に来てくれ……ではな」 『……わかった。じゃあ』  そう言って通話は途切れた。帰って来てから矢継ぎ早に様々なことが起きてしまったせいなのか、どうにも疲れが取れず三日月はこめかみに手を当ててため息を付く。今回の事件の後処理は鶴丸に任せて、今日は早く眠った方が良いと考えた。 「……と、まぁそういう訳だ。俺は俺で準備があるから、お前は長曽祢へ連絡をしてくれ。学校に潜入するぞ」 「ああ、それはいいが……分かるのか?『怪異』の中心になっている場所が」 「混ざっている2つの怪談に出てくるのは、中庭の桜の木と校舎裏だ。『ヨリガミサマ』は願いを叶えてくれる神様だというから…恐らく中庭の桜の木が中心となっているはずだ。そうでなかったなら、俺が校内を歩き回ってそれらしい気配の場所へと出向けば良い……その為にはお前の協力が必要だがな」 「成る程成る程、俺がナビゲーションすれば良い訳か。俺はどこに待機しておけば良い?あんまり近くだと、警察に事情聴取されるかもしれないぜ?」 「……学校の近くに大きめのスーパーマーケットがあったはずだ。俺を送り届けたらそこの駐車場にでも車を停めておけ。あそこなら怪しまれないだろう」 「わかった、じゃあちょっと準備と連絡して来る!あー…今日は忙しすぎる!やる事が山積みだっての!」  そんなことをぼやきながら、鶴丸は居住区へと続く扉へと駆けて行きそのまま見えなくなった。三日月は遠出先から帰って来たままの姿であり、荷物も解いていないのでその中から必要最低限のものだけを、ウェストポーチの中に入れてしまえば良い。とりわけ準備らしい準備も要らないだろう。  カウンターテーブルの上に置いたままの竹刀袋に入った刀を見る。今回の潜入ではこの大きさでは邪魔になってしまうので、置いて行かなければならない。このまま店の中に放置する訳には行かないため、これだけは自室においておかなければと考える。 「――――人の呪いの所為で歪んでしまった神、か」  先ほど山姥切が言った言葉を口にする。  それに関しては思う所があったが、今は関係がないことだと自分に言い聞かせて……三日月は刀を手に取った。 ◇ 『…………ああ、いいぜ。もういった』  とある教室の教卓の影に、身を屈めていた三日月がその言葉を受けて立ちあがった。つい先ほどまで窓越しに見えた、外を巡回していた警官はもういないようだ。 「……意外と居るものだな」 『大半の警官は校門と裏門に集中しているのは分かるが、確かにちょっと数多いな……確かに表沙汰になれば、来年度の新入生の数も激減するだろうしな…あとは学校側の監督責任にまで追求されたら、進学にも影響があるかもな。あ、付属校での問題だから大学にも飛び火するかも』 「確かにそうだな…恐らくだが、学校側が事件の漏洩を恐れているのであろう。変な場所からこの事件が漏れて、マスコミにリークされれば学校の運営にも関わるからな」  実際に飛び降りの現場となったのは実習棟の屋上だ。現在居る教棟とは渡り廊下を挟んで真逆の方向にある。現場検証を行っている警察は実習棟の外におり、教員が待機している職員室も実習棟にあるので、こちら側にはあまり人は居ない……はずなのだ。  しかし、実際に侵入してみればどうにも警官の数が多い様な気がするのだ。実習棟に人員が集中するのは当たり前だが、今回の事件に直接関係ない場所である教棟にも、ちらほらと人影が見える。自殺した生徒の教室に残る遺品の回収と調査をしているにしても、時間が掛かり過ぎであるし、そもそもこんな場所では調査も出来ないだろう。 「…………どっちにしろ、俺には関係がないな」  そう言って三日月は興味無さげに言い捨てた。確かにこの学校の管理体制については、腐敗し切っていると言い切っても良いが、それを明るみに出す事は自分たちの仕事ではない。『怪異』だけでも手一杯なのに、他の面倒事を背負い込む酔狂な趣味は持ち合わせてなど居ないのだ。 『……んで、だ、三日月。この教室を出て左に曲がって、最初の曲がり角を右に行った場所の扉を開けば中庭に辿り着く……んだが』 「何か問題があるのか?」  鶴丸の困惑したような声が耳に届き、その不穏な影に三日月は静かに尋ねる。まだまだ大本に至るまでには障害が多そうだと感じた。  立ち上がっていた三日月は再び元の場所へと隠れる。窓方面からみれば三日月の姿は目視出来ないが、廊下側からみれば丸見えなので今度は教卓の中に入った。教卓はそれなりの大きさなので、少し窮屈なのを我慢すればそれほど居心地は悪くは無いのが幸いだろうか。 『中庭の扉の鍵が前回の時とは違う種類になっている。前は内側からつまみを捻って開ける仕組みになっていたんだが、今は普通に鍵を持ってこないとならないタイプになってた……悪い、リサーチ不足だった』 「…………いや、構わん。そもそもこの潜入自体が、かなり急に決まったことであったからな。……して、どうすれば良い?鍵を探せばいいのか?」 『いや、その必要はないぜ。幸い中庭には見回りの人間も居ないし、校内を巡回している奴らの動きもリアルタイムで監視中だ……だから、君は隙をついて一階の中庭に近い場所にある教室の窓の扉を開けて、そこから中庭に潜入してくれ』 「中庭に近い教室はどこだ?」 『待ってくれ…………えっと、3年D組だ。今居る教室は、一階の端から2番目…I組だからこの教室を出て左へ真っすぐ、だな。途中に隠れられる場所が無いから、タイミングを見て一気に突っ切ってくれ』 「了解だ。……しかし、それにしても教室の数が多いな。全部で10クラスか?ありえん、いくら高校とはいえ多すぎであろう、俺の高校は精々6〜7くらいだったぞ…小中は一クラスしか無かったし、そもそも全部の学年が一纏めになっていた田舎の中の田舎だったからな」  おおまかな計画をきいて三日月は頷く。準備不足に関しては三日月は鶴丸を責める資格も無く、変更された計画には異論もなかったため反論はしない。  ……だが組のアルファベットを聞いた瞬間に、何となく湧いた疑問は口にしてしまった。この白銀大学付属高校は俗に言うマンモス校であるので、そのくらいのクラス数はあって当然だとも思うが、それでも三日月の経験からいっても多い。それに対して鶴丸は笑って言った。 『ははは、確かにな!君は確か高校は……定時制だったか』 「……高校は…当時は日が出ていないと眠れなかったのと、とてもじゃないが自分と同年代の……普通の生徒達と話せる気がしなかったからな。夜に外に出たくないと渋っていたが、そのあたりは”あやつ”の意向で行く事になった。「せめて高校は卒業しろ、できるなら大学にも行ってくれ、人と会話することは大切だから通信制は却下」と散々だったな……結局、朧月堂を継ぐ事になったから、大学には進学しなかったが」 『ああ、そうだったな……でも、学校か。俺は…こういう場所には通ってなかったな』 「……お前は通信制だったか。病院に教材を持ち込んで、よくレポートをしていたのをみた覚えがあるぞ」 『通信制って一見すれば、学校に行かなくて自宅で勉強出来るから楽って思われがちだけど、それは巨大な間違いだぜ?試験もムズいし、レポートの期限は厳しいし…ぶっちゃけ卒業するなら、普通科か定時制の方がめっちゃ楽なんだからな?……ホントは、試験とか年に数回の登校日は学校に行かないと単位貰えなかったんだが…俺の場合は病院からは出られなかったしな。中学くらいの時は、まだ病室の外へは出られたから院内学級には通っていたけど、高校入学くらいになったら、いよいよ缶詰さ』 「…………。」 『―――――ま、ホントの意味で”一回死んで生き返らないと”治らないくらい、虚弱で脆かったしな…『怪異』が起きなければ死んでいたっていうのは…最大の皮肉なんだろうけどな』  教卓内部の隙間から、西日に照らされる教室の床…その上をカサカサと動く『蜘蛛』が見えた。あの小さな蜘蛛の目でも、鶴丸は世界を視る事が出来る。閉ざされた白い空間の中で、誰よりも外を渇望していた彼が遠くを見渡させる目を手にしたのはある意味必然であろう。  きっと、今もあの『蜘蛛』の視点を借りて校内を見渡しているに違いない。  かつて、憧れて――――――見たいと願っていた、普通の人なら当たり前の風景を。  しかし『異常』な事態が起きなければ―――――そもそも今観測している人間が存在しなかったことは、三日月は良く知っていた。 『……っと、大分話し込んじまったな。三日月、行くなら今だ』 「うむ、では行くか」  窮屈な教卓から出ると三日月は教室を出て、廊下を駆け出した。足音は極力立てず、しかし足は早めたままだ。  鶴丸の言う通り人の気配は無く、己の足音のみが廊下に響いている。ほぼ直線の廊下は特に障害もなく、目的地のD組に無事に到着した。辺りを見回して誰もいない事を確認した後、ゆっくりと静かに教室の引き戸を引いて、三日月はそこへと足を踏み入れる。 「…………!」  教室は特に何ら変わりもないように見えたが、その奥、中庭に面している窓を目視した瞬間―――眉をひそめた。  子洒落た模様に敷き詰められた、石畳の床の中心に植わっているのは桜の木であるが…それは遠目から見ても奇妙な様相であった。    ――――――幹が脈動している。  大きく太い幹の木肌の表面の至る場所には、瘤の様な物体が浮かんでいる。それはぐねぐねと動き、引っ込んでは盛り上がるを繰り返していた。  メキメキと音を立て脈動する度に、木の内部から黒い液体がボトボトと地面に流れ落ち、地面にその水が溜まっている。根源無く溢れ出すそれは人間の動脈のようにも見えた。 「寄神は……海や川に流れて来た漂流物を神様として祀る風習……海の神か…ああ、確かに海だな」  不意に三日月は思い出す。以前『怪異』によって作られた学校へと向かった際に……校舎が黒い水に沈んでいた事に。あの時は空にばかり注意が向かっていたが、確かに地面には黒い海が広がっていた。それならば、海が無いにも関わらず”寄神”の名を冠していたとしてもおかしい事ではないのかもしれない。  三日月は教室を横断し窓へと手をかける。窓を開け放てば、底冷えする程冷たい空気が背筋を駆け抜けた。 『……三日月!』 「大丈夫だ。中庭には足を踏み入れんよ」  どぷどぷと流れ落ちる黒い水は、中庭を浸し徐々に水かさを上げて行く。溜まらず鶴丸が声を上げたが、三日月もそれには気がついており窓枠のサッシを掴むだけに留まった。出入り窓もあったが、そこを開けてしまえば一気に水が流れ込んで来た時に水の直撃を受けてしまう、それは避けるべきだ。……桜の木との距離はおそらく5メートル程。それほどの距離に近づいて、三日月は気がつく。  脈動するあの木の瘤には……顔が浮かんでいた。人面瘡の如き様相のそれは、木の至る所に浮かび上がっている。「たしかあの木は菩提樹だったか」とそのとき三日月は思い出した。  醜く歪み血のような液体を垂れ流す桜の木を見ていると、奇妙な事に「恐ろしい」という感情は抱かない。……あれが菩提樹という、死者を慰める役割を持った木だからだろうか。狂気を垂れ流す忌避すべきものというよりも、あの木が最後の楔となり『怪異』を押しとどめているような……そのような気さえするのだ。 「――――――。」  もしも後者が事実であるならば、どうにかしてあの木を助ける事が出来ないかと思案を巡らせる場面、なのだとは思う。……しかし、そのような一時の迷いで行動を変えるほど、三日月の覚悟は揺るがない。  ……そして、木に向かって無数の紐のような物体が黒い水を泳いで行くのが見える。それは『ヨリガミサマ』が使いとして使役するという蛇だと理解した。その蛇達は三日月の事は見えていないようで、真っすぐ桜の木へと進んで行き、そのまま見えなくなる。きっと願いをあの木へと届けているのだろう――――――その願いの中身が、ただの菩提樹であった木の本質を歪ませていることも知らずに。  三日月はずっと手にしたままだった短刀の鞘を取り去り、鋭く光る切っ先を木へと向ける。 「――――――安心しろ、一瞬だ」  誰に向けたのか分からない言葉と笑みをかけ、詩を紡ぐように云う。  理解は出来た。あとは己が力を振るうのみ。  このような誰も報われない、陰惨で凄惨な悪夢を幕を閉じることが出来るのは、今は三日月しか居ない。 「――――――『去ね』」  それはまるで指揮者が指揮棒をふる時の様な、軽い、何気ない様な仕草のようだった。刃が空を斬るような音の後に、桜の木の脈動が止まる。脈動が止まって直ぐに聞こえたのは、甲高い金属音と唸る様な地響きだ。相対する2つの音が一層大きく響けば……木は至る所から水を吹き出しながら、木が根元付近から大きく揺らぐ。  見ればそれは、木の幹が一撃で両断されたかの様に斬られており、安定を失った木は自重で己を支えきれずに倒れ込んだ。 「…………あっ」 『…………ああっ!?』  2人が思わず声を上げる…………倒れ込んだ先にあったのは、教棟と実習棟とを繋ぐ渡り廊下だ。樹齢数十年の桜の木はとても大きく、重い。それが自由落下の法則に従い、加速度を付けて倒れたら一体どうなるのか?  答えは簡単である。桜の木は渡り廊下の屋根に当たり、立派な木の枝は窓ガラスなんてものを突き破るほどの強度はあった。枝が折れ葉が擦れ合う音と、ガラスが砕ける音を響かせながら、倒れた木は渡り廊下に埋まる様な形で……止まった。 「……これは…なんという……」 『呆けてる場合か!?ああ、ダメだ!今の音で警官達が集まって来た!三日月、退散だ!幸い、今君が居る教室を出てすぐの廊下の窓から出れば、君が上って来た有刺鉄線に近い!急げ!』 「わ、わかった…!ああ、締まらんな!」    そこまで考えが至らなかったとしか言いようが無い、まさしく失態であった。呆然とする三日月の耳元で鶴丸が叫ぶ、隠密で行われている作戦だったにも関わらずこれでは台無しだと言いたげな声色で、三日月を急かして早く逃げる様にと促す。  その声を聞きながら、三日月は最後に根元から斬られた木を一瞥すると―――そのまま脱兎のごとくその場から立ち去った。  背後はもう振り返らなかった。 [newpage] ***   [chapter:【エピローグ ヨリガミサマの噂話】]  しゃんしゃんと、手にしている鍵が鈴の様な音を立て廊下に響いている。  朝の校舎はとても静かだ。朝練の為に運動部は活動をしているが、その喧騒も教棟の4階…図書室や視聴覚室などの特殊教室がある場所には届かない。ただひたすらに、静かな空間だけが広がっていた。 「…………。」  その静寂を壊さぬよう、山姥切は何も言葉を発する事無く4階の廊下を歩いている。登校の際に警備室から部室の鍵を借りて、直接そのまま来たので荷物も背負ったままだ。別に置いて来ても良かったとは思ったが、その間も惜しくそのまま来てしまった。  文芸部には朝練なんてものが存在する訳も無く、本来ならばこんな早い時間に来る理由は無い……しかし、山姥切にはどうしても誰もいない時を見計い、部室を訪れなければならない理由がある。これは山姥切にか出来ない事であり、事件の最後の後始末と言っても過言ではない事だった。  生徒の飛び降り事件があった日から2日。事件翌日は学校は臨時休校となったものの、生徒の間では事件以外の”あること”で既に持ち切りであった。  「中庭の桜の木が、生徒の飛び降りがあった日に折れたらしい」  一体どこからその事実が漏れたのかは分からない。……しかし、飛び降り事件と同日に起きたセンセーショナルな出来事は、生徒の興味関心を惹くのには十分すぎる出来事であった。登校日である今日になれば、その出来事はもっと多くの生徒に広まることになるだろう。現に木はもう既に片付けられたものの、倒れ込んだ木の下敷きとなってしまった渡り廊下は今も閉鎖中であるし、そして何よりも……この世のものではない刃物の如き、鮮やかな切り口で切断された切り株は、まだあの中庭に残っているのだから。  結局の所、顔も名前も聞いた事の無い生徒の死よりも、皆が見知った共通のシンボルの消失の方が……生徒にとっては衝撃的な話題となったのだろう。  それを引き起こした人間も、その人間が珍しく消沈した面持ちで帰還した姿も山姥切は目撃している。かなり落ち込んでいた様子だったので、ちゃんと回復しているかが今でも心配だが…きっと彼なら大丈夫だと思う。そのお陰で、山姥切が今回の事件においてかなり危ない橋を渡っていた事についても、とりわけ追求される事が無かったのは幸いだったが……それでも謝らなければならないと考え、今日の放課後には店に顔を出すつもりであった。    『ヨリガミサマ』に関しての噂は聞かない。……だが、妙な事に山姥切は「もうこのおまじないは消えてしまうのではないか」と考えていた。  恐らくだが、今回飛び降りた生徒が『ヨリガミサマ』をしていたという話は、もうその生徒の友人の間では知れ渡っている事だと思う。聞けば山で死んでいた生徒とも友人関係だったそうなので、尚更『ヨリガミサマ』という共通点については分かる事だろう。  一度陰りを見せてしまった存在は、没落も早ければ名誉の回復に時間が掛かるものだ。それらと同じ様に『ヨリガミサマ』も同じ様に衰退して行くのではないだろうか。大本の『怪異』が消失した今、「ヨリガミサマは恐ろしい存在だ」と皆が知ったとしても、気味悪がるくらいで死にはしないだろう。  文芸部が普段部室として使っているのは、今は使われていない教室だ。そこに図書室から引き取って来た古い長机やら、本棚やらを置いてそれらしくはなっている。水回りの設備は無いので自由に湯を沸かしたり出来ないことが強いて云うなら難点だ。山姥切は部室の前に着くと、手にしていた鍵を差し込んで捻る。特に抵抗もなく鍵は開いた。  蒸し暑かった夜の残り香である淀んだ空気と、長い事本棚に収まりっぱなしの日に焼けた本の放つカビの臭いが混ざる、部屋の臭いについてはもう慣れている。こんな時は換気すれば良いのだが、窓を開けて誰かが寄って来るのは面倒だ。とても不快だがこのままでいようと考え、壁際に置かれていたノートパソコンの前へ座って電源を入れた。  文芸部のノートパソコンはお世辞にも良いとは言えない。何年の前のOSでメーカーの保証も既に切れているし、セキュリティソフトに関しては導入していたかどうかも危ういくらいだ。恐らくインターネットに接続したら一発でウィルスに感染するだろうが、このノートパソコンは文章フォーマットの作成と印刷専門なのでインターネットには繋がれていない。調べものがある時は皆が持っている携帯電話の方が早いので、わざわざ金をかけてまで設備を整えようとする物好きは居ないだろう。  パスワードを入力し、デスクトップ画面が表示される。部員の誰かが壁紙を変えたようで、山姥切の覚えに無い猫の画像になっていた。 「…………やっぱり、あったか」  ……文芸部のノートパソコンには、文章フォーマットの作成以外にも、もう一つの役目がある。部員が作成した作品の――――――バックアップ場所としての作品置き場だ。  女子生徒の名前のフォルダを開けば春頃に提出した作品と、もう一つ。 「……【ヨリガミサマの噂話】」  この一連の事件の始まりにして、元凶である創作。実在する『怪異』を素材にして作られた…この話自体が魔導書めいた力をもつと思われる、確実に消滅させなければならないもの。  原作者の家に残る作品の原本は、残らず『掃除』されている。しかし、流石に部室のコンピューターの中身にまでは手が回らなかったようで、まだこの中には残っていたのだ。「もしや」という疑惑程度のものだったが、やはり確認して正解であった。部室の中に部外者が入り込みデータは消去出来ない、ましてや学校に直接被害が出ている状況でならば尚更だ。これは……文芸部員である山姥切にしかできない役目であった。  データ化された文章はスペースを取らない代わりに、とても脆弱だ。指先一つでどんな渾身の作品であっても、綺麗に消去する事が出来る。  作品置き場となっているものの、部員がここから他の部員の作品を読む事はあまり無い。恐らく、今山姥切が削除してしまえば、女子生徒の作品が消えてしまった事自体、他の部員にも気がつかれないだろう。もしも気がつかれたとしても、誰が削除したのか…というよりも何時消えたのかすら知る術は無いので足は着かないはずだ。  ……しかし、いざ削除する手前になって、山姥切は「この作品が日の目を見ないまま消えるのは寂しい」と考える。それは『怪異』に対する同情というよりは、同じく作品を書いている身として感じる、単純な作品に対する感情移入だった。  少しだけ考えて――――山姥切は作品を開いた。  【ねぇ、「ヨリガミサマ」って知ってる?  ……うっそ、知らないの!?今学校の間で凄く流行っているおまじないなのに!?ホントだって!私の友達の友達も皆やってるって言ってたもん!  …………本当に知らないの?そう……うん、教えてあげる。  「ヨリガミサマ」っていうのは簡単に言うと神様で、その神様にお願い事するとね、何でも願いが叶っちゃうんだって。】  そのような語り口から始まる物語は、導入部は誰かに語りかけているような口調なのに対して、いざ本編に入ると主人公を中心とした三人称の視点で続く。  『ヨリガミサマ』という架空のおまじないを発端とし、学校内で起きる怪奇事件を追う……どちらかといえばミステリーのような印象を山姥切は抱く。登場人物はとても個性的で、主人公の少女は言動が大分エキセントリックだ、しかし、その言動も世界観を壊さない程度には留められている。流し読みした程度ではあったが、とても興味深い作品だと感じた。  ……不意に山姥切のスクロールしていた指先が止まる。  それはある登場人物が語る、『ヨリガミサマ』に対する解釈の場面の事だった。 【ヨリガミサマってさ、何でも願いを聞いてくれる神様じゃない?そのくせ結構やり方は簡単だし、守らないとならない約束事もあるけれどそんなにキツいものでもないしさ。ほら、ちょっと前に流行った不幸の手紙みたいに「この手紙を読んだら10人に同じ内容を送らないと〜」みたいなのもないしね。  ……でもさ、思わない?「どうしてこんなに簡単に願い事を聞いてくれるんだろう」って。  考えてみてよ、何でも願い事を聞いてくれるのにこっちは特に何もヨリガミサマに対してやって無いじゃん。普通の神様だったら、お供え物したりして何かを捧げるのにヨリガミサマって祈るだけで全部済んじゃうんだよ?怪しく無い?この世はただより高いものはないんだよ、逆に身構えちゃうっていうか……。  …………あのさ、ヨリガミサマに願いを叶えてもらった人のその後って知ってる?  みんな口々に言うじゃん「憧れの先輩と付き合う事が出来た」とか「テストでいい点取れた」とか。良い話は良く聞くけどその後の話って聞いてる?「憧れの先輩とは今でもラブラブなの!」とか「今でもテストでは上位をキープ出来てるの!」とかって聞いてる?  ……聞いてないよね?皆、盛り上がってた時の話だけだよね?そう、これがねヨリガミサマのおまじないの本質なの。  確かにヨリガミサマはお願い事を叶えてくれるけど、本当に「叶えてくれるだけ」なの。つまり、一時的に幸せな状態にはさせてくれるけど、その後のことは保証なんて無いの。憧れの先輩と付き合えたとしても、先輩と趣味が合わなかったり、そもそも先輩の人格が実は最悪だったとかそんなことが起きちゃうってわけ。  様はね、ヨリガミサマっていうのは「物事の切っ掛けを叶えてくれる神様」なのよ。だからその後の事は本人の努力次第なの、切っ掛けを与えてくれてもそれを本人が活かせなければ意味無いの。  そもそも、恋愛とかテストだとか本人の努力次第な問題を神頼みしちゃう人なんてそんなもんだよ。だってさ、神様に頼るのは「自分ではどうしようもない問題を解決してくれるような奇跡を求めるから」でしょう?病気を治してくれとか、そう言う感じの……それと比べたら前者のお願い事なんて月とスッポン…というよりも、鯨とバクテリア?比べるだけおかしいって。  ……だからね、そんなヨリガミサマの本質も見抜けないで身の程も弁えないようなお願い事をする悪い子には――――――罰が下るの。勿論、ゆるい決まり事も守れない子にも、ね。  どうしてヨリガミサマへの願い事を書く紙が細長いか知ってる?それはね、ヨリガミサマの使いが蛇だからなの。  だから、その使いにヨリガミサマが指示を出して……悪い子を絞め殺しちゃうんだって。    ……ねぇ、この話聞いてもヨリガミサマやりたいと思う?  別にどうでもいいけどね。】 「…切っ掛けを叶えてくれる神様、か」  そう呟いて、考える。『ヨリガミサマ』というのは、原作者の中ではチャンスを与えてくれる存在であるようだ。チャンスを生かすも殺すも人間次第……そう考えれば全ておんぶに抱っこにならない分、良い神様なのかもしれない。  …………だが、それはあくまでも創作上の事。現実には原作者の意に反して身勝手な願いを押し付けられ…結果、歪んでしまった悲劇の存在。この結末を、果たして女子生徒は予測していたのだろうか。  その答えは物語の結末とともに――――――もう、知る術は無い。物語の途中で作者は死んだ。この話は……主人公達がどうなったのかは、もう分からない。    山姥切は作品のウィンドウを閉じると、作品をゴミ箱の上へとドラックアンドドロップする。ゴミ箱の中に入れられた作品は、その内何かに紛れて消えてしまうだろうが……この作品は山姥切の手で、確実に殺さなければならない。 <ゴミ箱の中を完全に消去してもよろしいですか?>  最終確認を求めるシステムメッセージが表示される。  ――――――作品の最期は看取った。もう十分だろう。  山姥切はマウスをクリックする。  くしゃん、という音を立てて『ヨリガミサマ』は死んだ。
Q「これってどんな話なの?」<br />A「理不尽な怪奇現象に、鬱屈を抱えた現在に生きる刀剣達が抗うお話です」<br /><br />某ラノベと某ゲームにインスパイアされ、そこにとうらぶと現パロとホラーエッセンスを振りかけた所、とんだものが悪魔合体されました(ここまでが説明)/特殊設定と俺設定が入り乱れたなんともカオスなものなので、1P目の注意書きを良く読んだ上で、用法容量を守って正しくお楽しみいただければ幸いです。<br /><br />大変御待たせ致しました!下です!徹頭徹尾制作に苦しみ、当初の予定より大分長くなり、エンジンがかかるのが大分遅れた所為で長く苦しい戦いでした…(遠い目)そんなこんなでげっそりしながら書いた作品ですが、今までと毛色が違うお話なので注意書は必読ですよ!<br /><br />・正直伏線が回収し切れているのか不安になったので、質問する場所を作ってみました(<a href="/jump.php?http%3A%2F%2Fask.fm%2Fhoshigaki008" target="_blank">http://ask.fm/hoshigaki008</a>)<br />「ここの伏線どうなったの!?」「ここどういう意味?」はもちろんの事、感想でもご自由にどうぞ。<br /><br />素敵な表紙はこちらから(<strong><a href="https://www.pixiv.net/artworks/38364875">illust/38364875</a></strong>)お借りしました。
第五幕 寄神怪異篇【下】
https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=6528464#1
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 「うげ」  ポルナレフの口から漏れた言葉に、隣に立つ花京院がどうしたんだ、と窺うような顔をした。  しかし、ポルナレフにはその疑問に答えてやる精神的余裕はなく、一点を見つめたままただただ凍り付いていた。自ら原因究明をしなければいけないらしいと悟った花京院が、ポルナレフの視線の先を追う。追って、そして「あ」と彼も小さく声を上げた。  「承太郎」  花京院の唇から零れた名前にダメ押しをされたような気分になって、ポルナレフは恨みがましい視線を花京院に向ける。しかし花京院の視線はポルナレフのそれと絡むことなく、先ほど見つけた人物を追っているのだった。  「…ああ、承太郎のバイト先ってここだったのか」  独り言のような花京院の呟きに、何だ、狙ってやったわけじゃねえのかと一応の安堵は覚えたポルナレフであったが、いやいやと考え直す。油断はできない。幸い向こうはこちらに気が付いていないようだから、このまま席に向かおうと、そろりと足を踏み出した。  しかし、そういう時に限って物事というのは上手く運ばないらしい。  ホールに立つ承太郎がくるりと振り返り、ポルナレフと花京院、二人の姿に目を留める。そうしてその、形のいい目を僅かに見張った。本当に僅かに。  ―――――ああ、見つかっちまった。  これから先に起こるはずだった色々なことを、すでに諦めた気分でポルナレフが内心で呟いた時、  「いらっしゃいませー。ご予約のお客様ですか?」  と、女性店員が声をかけてきて、承太郎に手でも振ろうとしていたのだろう、片手を半端に上げた形のままで花京院が店員の方を振り返る。  「あ、はい」  と返した花京院が予約者の名前を告げれば、「こちらになりまーす」と呑気にも高い声で告げる店員の声と手の動きに促されて、承太郎を振り返る間もなく、二人は予約席へと足を進めた。  ポルナレフの背中に、言いようのない圧迫感が押し寄せる。それの発信者の見当がつくことに、ポルナレフは小さなため息をついた。  予約席で待っていた小さな集団に当たり障りのない笑みを向け、「ごめん、少し遅れて」と、社交サービスをする友人を見て、おお、こいつもこんなふうにソフトな人付き合いができたのだな、と、どこか保護者のような気分になりながらも、二人分の空間を空けて待ってくれている人々に目を向けたポルナレフは、すでに今日のことを後悔し始めていた。  半個室のような空間で花京院とポルナレフを待っていたのは、ポルナレフには初対面である男性が2名と女性が4名で、ポルナレフと花京院を足せば男性は4名となる。    何が言いたいかというと、つまりこれは合コンの場であるということだ。    遡ること一週間前、ポルナレフはふらりとほんの気まぐれで来日した。そこで宿にと選んだのは旧知の友人宅で、理由は単純極まりない。金がかからないからだ。  しかも友人は日本の大学に入ってから一人暮らしをしていると、その点でも都合がいい。余計な気を使わずに済むというものである。もともとあまり人に気を使う性質でもないということはこの際置いておいて。  案の定友人である花京院は非常に渋い顔をしながらも、突然やってきたフランス人を追い返すような真似はしなかった。花京院はポルナレフにはずけずけとものを言い、時に手痛い報復をかましてくれることもあるが、それらは全て花京院が自分に心を許している証拠だとポルナレフは解釈している。ポルナレフ自身、花京院に対してどこか弟のような、悪友のような、放っておけないという感情を抱いているのだから、それはあながち間違いでもないのだろう。まさか一方通行では、こんな感情は抱くまい。  散々文句を言いながらも微かに覗く表情に、友人に会えた嬉しさを隠しきれずに滲ませている不器用な弟分とは、どついたり、どつかれたり、からかったり、更にからかい倒したり、そんな気楽さがあり、居候になるにはなかなか居心地のいい塒なのである。  日本にはもう一人、旧知の友人がいるのだが、この人物とはそうはいかない。  何しろ、無口かつ無表情な相手とあって、一方的に自分が喋ることになるのは目に見えている。ポルナレフのエロトークにも乗ってこないどころか、鼻で笑われるのは必至だ。  馬鹿じゃないのか、君の頭はそれだけか、俗物め、などと言いながら頬をほんのりと赤く染める花京院のような、可愛らしい反応はこの人物には全く期待できない。  しかも彼は自宅住まいだ。それはそれは大きな純日本邸宅に、愛らしい母親と、年に数回しか帰らないほぼ単身赴任の父親と暮らしているのだ。日本邸宅にも、彼の母親にも興味はあったけれど、何より彼の元にいてはポルナレフの希望は叶わない。  さしたる目的もなく、本当に何の気なしに日本に遊びにきたポルナレフではあるが、日本に来たらやってみたいこと、というものがあった。  転がりこんで初日、程よく酔っ払わせた花京院に頼みに頼み込み、フランスで人気のテレビゲームや、フランスで放映された日本のアニメを録画したものや、日本の漫画のヨーロッパ版をやるから、とかき口説いて、そうしてやっと花京院の口から、  「そうだなあ…。あては、あるけど…。ちょうど人数合わせで声をかけられてるんだ」  と、そう言葉を引き出した。  もうちょっとだ、あと少しで確約がとれると意気込んだポルナレフは、お前が今欲しいゲームを買ってやるから、との言葉で釣って、漸く花京院と約束を交わしたのだ。  何の約束かというと、日本でいうところの、所謂、合コンの約束である。  花京院が同じゼミ生から声をかけられたという合コンに、ぜひ自分を伴ってくれと。  自ら友人を作ることをしなかったと言っていた花京院にも、気さくに声をかけてくれるような友人が出来たのだなと感慨深く思いながら、わくわくと胸を躍らせつつ合コンの日を待っていたポルナレフなのである。  花京院宅で寝泊まりしながらその日を待つ間、そういえば君、承太郎には会わなくていいのかい、と花京院に聞かれたが、そんなもんは後でいいと答えて、随分と薄情だなと呆れられた。  花京院と承太郎は同じ大学に通っている。学部は違うが、よく顔を合わせているらしく花京院の口から承太郎の近況は聞いて知っていたし、それで十分な気もした。  何でも最近バイトを始め、忙しくなったのか前ほどには会う機会はなくなったと、どこか寂しげに語る花京院に、へえ、金が必要とは女でもできたかねえ、と呟いてみれば、全く思い当たりませんでした、とでもいうようなびっくりした表情――驚いた、ではなく、びっくりした、という方がぴったりの幼い表情を――花京院が見せるのに、承太郎はモテるだろうがよ、とポルナレフが付け足せば、そうだなと頷いた花京院は、へにょりと眉尻を下げて笑ったのだった。    さて。そんなこんなで合コンのスタートである。  何飲むー?と場を仕切る男が幹事なのだろう、女の子たちが次々に希望を口にしていく。本当なら、目の前に並んで座る女の子たちにこそ目を向けるべきなのに、ポルナレフの注意は席に着いた時から違う方向へと向いていた。  隣に腰掛ける花京院は、そんなポルナレフには全く気がつかず、メニュー表に目を落としている。  それぞれの注文が決まり、飲み物と、コースで頼んでおいたという食べ物が運ばれてくるまでの間、自己紹介タイムとなった。  まず男性側からということで、端から一人ずつ自己紹介していく。女の子の隠しきれない値踏みの視線が向けられる中、花京院は大丈夫だろうかと、合コンに参加するのは初めてだと言っていたことを思い出し心配になったポルナレフの隣で、  「花京院典明です。彼らとはゼミが一緒で、今日は誘ってもらいました。今日は、楽しく飲みたいですね」  と、特に緊張した様子もなく言ったのに、思わず安堵のため息をついた。  サッと目を走らせて女の子たちの反応を見れば、花京院から滲み出る品の良さにだろうか、向けられる瞳が興味を持って輝いているのが見てとれた。ガツガツせず、盛り上げ役に回るでもなく、さらりと柔らかい当たりの花京院は、好印象を勝ち得たようだ。  他の二人の男達も女の子の反応に気が付いたのだろう、微妙な笑みを浮かべている。  ははーん、とポルナレフは目を細める。  花京院が合コンに誘われたのは、単なる人数合わせというよりは、安全パイとしての補充だったのだろう。おそらく、ゼミでも花京院はあまり目立たないように振る舞っているに違いない。どこかミステリアスな雰囲気で、黙々と勉学に励む彼を、男達はこいつなら安全だろうと考えたのだろう。男というのは、大人しい同性を甘く見る傾向にある。  雰囲気がそんなふうであっても、そもそも花京院はルックスがいい。そのあたりをどう捉えたのか、女の子の好みではないとでも思ったものか。  ポルナレフがそんなことを考えて、男達に意地の悪い思いを抱えてほくそ笑んでいるところに、順番だと花京院が腕をついた。  「アー、ポルナレフといいマス。フランスからきまシタ。ニホンのレディはかわいくてうれしいデス」  にこりと、そう笑って言えば、「ええー?」「フランスゥ?」と黄色い声が上がった。視界の端にますます引き攣る男達の笑顔が映る。  「…日本語、覚えたのか」  隣で呆れ顔で花京院が言うのに、  「まあな、この日のためにな」  と歯を見せて笑ってやった。  お前らが住んでいる国だから興味があったんだ、とは言ってやらない。   女の子たちの自己紹介が始まって、場が華やかな雰囲気に溢れる。女の子たちは随分と明るく気さくな面子であるようで、そうなればポルナレフが店に入って最初に感じた憂鬱はふわりとどこかに飛んで行った。  そうだ、自分はこの日を楽しみにしていたのだ、よし今日は合コンを思い切り楽しもう、とそうポルナレフが笑みを深くしたその時。  「――――生中のお客様」  よくよく聞き覚えのある声が、斜め後ろ頭上から降ってきた。  わ、という女の子の、微かな、しかしトーンの高い声が上がる。  隣で身動ぎをした花京院が振り仰ごうとするのに、ポルナレフは慌ててその腕を掴むと身を寄せて、素早くその耳に囁いた。  「黙ってろ。知らないふりをしろ。奴は仕事中だろ?邪魔しちゃ悪いじゃねえか」  花京院に目配せをすると、わかったというように花京院が目で頷きを返した。承太郎に迷惑をかけたくないと、そう判断したのだろう。  「…チェリーブロッサムのお客様」  「あ、はい」  そう返事をした花京院の前に赤いカクテルが置かれる。こいつ、名前で選んだなと呆れるポルナレフの前で、女の子の一人が高い声を上げた。  「わー、そんなのあったんだ。てゆうか、チェリーブロッサムって可愛いの選ぶね~」  ねー、と明るく笑う女の子たちを前に、花京院が困ったように眉尻を下げて微笑んだ。  「チェリーが好きなんだ。それだけですよ」  まさかの「可愛い」発言に、戸惑ったように笑う花京院に、えー、そうなんだーと間延びした女の子の声が笑顔と共に被さる。  対して、花京院の隣に座るポルナレフは、その頬に引き攣った笑みを浮かべていた。  向かい合わせのボックス席の座席は、片側の奥から何たらとかいう名前を覚える気もない男子が2名並び、その隣に花京院、そしてその隣にポルナレフで、ポルナレフは通路側の端という位置に腰かけている。つまり、給仕にきている大男が、ポルナレフの隣に立っているというわけだ。  男4対女4のこの状況、誰が見ても合コンだとわかるだろう。  そうして自分がこの場にいることで、誰が花京院を唆したのかは、隣で嫌になるほど存在感を放っている大男には丸わかりだろう。  女の子たちの熱い視線を受け流しながら淡々と給仕していった大男は、最後に残った黒ビールを些か乱暴にポルナレフの前に置いて、そうして去って行った。  異様なまでの圧迫感が消えて、ひゅうと息を吐くポルナレフの様子になど、誰も気が付かない。  今の人かっこよくない?という女の子の台詞に、本来であれば、合コンの場に興味を引き戻すべくトークなりなんなりを展開しなければいけない場面であるというのに、悲しいかなポルナレフは精神的疲労が勝って口が開けられない。  そんな場の空気を一掃しようというのだろう、ひとまずかんぱーい、とこれまた間の抜けた幹事の合図で、本格的に合コンはスタートした。  「フランスって、フランスのどこから来たんですか?」  会話の先手を女の子にとられて、これはいかんと思い直したポルナレフは、とっておきの笑顔を浮かべた。  「マルセイユから。いいところだヨ。いちど、つれていってあげたいナア」  そう口にすれば、わー行きたい行きたい、と女の子の声が弾む。隣でプシッという何かを吹き出す音がしたが、気にしないことにした。  そうだ、合コンを楽しまなければ、とポルナレフは再び自分に言い聞かせる。視界の隅では花京院が、ゼミが一緒だという男に腕を引かれて何事か囁かれていた。  おそらく、なんであんなのを連れてきたのだと詰られているのだろう。この場合の「あんなの」は、男達にとっての「あんなの」であって、女の子達にとっての「あんなの」ではないと言い添えておく。  フランス人というだけでインパクトは大きい。何度も言う、フランスだ。日本の女はヨーロッパの男に弱いと、これまでのナンパ経験から実感しているポルナレフである。さらに、今日はいつもの髪型は女子大生には受けが悪いだろうと、立たせることをせず大人しく後ろに流している。眉毛は間に合わなかったが、何とかなるだろう。  よし、今夜はおれの独壇場だぜと気合いを入れ直したところで、再び通路側から冷やりとした空気が近付いてきた。  「お待たせしました」  と、マニュアル化された言葉と共に、ごとん、とサラダが盛られた大きな皿が2枚、次いで揚げ物の皿、ポルナレフには何なのかわからない食べ物の盛られた皿がテーブルの上に置かれた。  女の子たちの視線が再び給仕の大男に集まるが、そんな現状を打破しようとした主催の男の一人が無闇に明るい声で、  「はーい、取り皿配るねー」  と言って女の子たちの気を引こうとするのが、かえって哀れだ。  思い切って顔を上げたポルナレフが、給仕の男――言わずと知れた承太郎だ――に視線を向けると、冷ややかに自分を見下ろす緑の瞳と正面衝突した。  ゾクリと、項の毛が逆立つのを感じて、慌てて視線を反らす。  「じゃあ取り分けるねー。ポルナレフくん何か嫌いなもの、ある?」  向かい合う女の子の声に、はっと現実に引き戻されたポルナレフは、条件反射で慌てて手を伸ばした。  「オゥ!レディにそんなことさせられない、ボクがやるよ」  「ボクは止めろ」  すかさず花京院の小さな声が突っ込みに入ったが、気にせずにサラダのトングを掴む。掴むついでに女の子の手に自分の指先を掠めてみる。まるで変態のようだが、その感触のおかげで先ほどの視線によるダメージは少し癒された。  しかし、サラダを盛り付けながらもポルナレフは通路側が気になって仕方がない。給仕が終わったのならさっさと去れと言いたい。  花京院は何も感じていないのか、呑気に「ぼく、それはあんまり好きじゃないから入れないでくれよ」などと、いつものポルナレフに対してだけ出る我儘を言っている。  お前のを取り分けてるわけじゃねえっつうの、と突っ込み返したいのを堪えて、ポルナレフは「まずレディからデショ」と引き攣った笑みを浮かべてみせた。  「花京院くんにはこっち分けたげるよー」  とかけられた女の子の声に、ありがとうと花京院が礼儀正しい答えを返すのを、ハラハラしながらポルナレフが通路の気配を窺えば、承太郎はそれ以上何を言うでもなく、来た時同様に静かに去って行った。  思わずその後ろ姿を見送ったポルナレフは、ついでにフロアに目を配る。活気に満ちた店内には、アルバイトらしい店員の姿があちこちにあって、それぞれが機敏に動き回っている。承太郎以外にも店員がいることに安堵して、次こそは他の店員が来ることをポルナレフは願った。   [newpage]  げんなりとした気分で、ポルナレフはすっかり気の抜けた黒ビールを口に含んだ。  最初の一杯以降、ポルナレフはアルコールを注文していない。いや、正しく言えば出来ないのだ。  なぜなら、このテーブルには必ず承太郎がオーダー取りと給仕にやって来るからだ。  他にもいるはずの店員の影すら現れないこの状況に、もしかしてこの店は担当テーブルでも決まっているのかと、通路に顔を出して辺りを窺ってみればもちろんそんなことはなかった。  承太郎が給仕してくれるからといって、盛りがいいとか、頼んでいないものが来るとか、そんな友人ゆえのサービスが加算されているわけでもなく、ならば友人がいるからこその親しみからなのかといえば、やってくるその顔は恐ろしく無表情で愛想の欠片もない。  来日以降、これまで一度も会っていないポルナレフに対して、久しぶりだな、などという社交辞令さえ見せないのもある意味どうなのか。  そうした居心地の悪さはポルナレフ一人だけが感じているものであるらしく、女の子たちは承太郎がテーブルに来るのをいいことにじゃんじゃんオーダーをするし、男たちは少々やけ酒気味になっていやにピッチが速いものだから、これまたじゃんじゃんオーダーをする。  花京院はと言えば、こっそりポルナレフに「承太郎、頑張ってるじゃないか。あのギャルソンエプロンっていうの、似合うなあ」などと囁いてきはしたものの、承太郎に関する話題はそれだけで、女の子たちから向けられる話に適度に相槌を打ち、常より笑顔を振りまきつつ、そこそこ飲んで食べている。親しい友人付き合いは避けてきた、という花京院ではあるが、彼なりに合コンというものを理解して、何とか盛り上げようとしているらしかった。  時折、ちらちらと訝しむような視線を花京院から投げられて、ああわかってるぜ、合コンを頼んだのはおれだったよなとそう思い、気合いを入れ直すのだが、その度にオーダー取りだの給仕だのに現れる承太郎の存在に、ポルナレフのテンションは下がる一方だ。  それでも持ち前の明るさで、何とか女の子たちを退屈させるような真似だけはするまいと片言の日本語を口にして、精神的な疲労が覗かないように気をつけた笑いを浮かべていると、座席チェンジー!との声が掛かった。  「はいはい、男女交互で!はい、動いて、動いて~」  はいはい、と掛け声をかけながら幹事が誘導するのに、何だと花京院を見れば、  「はい、ちょっとどいて。何だか女の子と男と、交互に座るんだそうだよ」  そう素っ気なく説明されて、ポルナレフは初めて触れる異文化に思わず感心の声を上げる。  「あ!おれ、奥がいい!そこ!」  と、つい地を出して要求すれば、女の子たちにクスクスと笑われた。  ああ、やっぱ酔った女の子の声っていいなあ~とちょっと頭の中を幸せにして、この機会を逃さずにポルナレフは通路側から逃れることに成功する。  隣に座る女の子に、よろしくね~と笑顔を向けて、一応と花京院のポジションを確認すれば、今度は花京院が通路側に座っていた。  花京院の隣には、合コン序盤から花京院に関心を示していた女の子が座っている。しかし花京院自身はそんなことには気が付いていないだろう。自分に向けられる好意には疎い男だということを、短い付き合いながらポルナレフは心得ていた。  席順が変わったことによって、雰囲気も変わったようだ。探り合いは一端終了して、各自気になる相手の側に座ったことで、一対一の雰囲気が出来上がる。  女の子たちの興味関心はどうやらポルナレフと花京院と、最早このテーブル専属と化している店員の大男に向けられているらしく、その他の男たちはおざなりに相手をしているのが、ポルナレフには見て取れた。  ポルナレフが自主学習したところによれば、合コンというものは幹事が仕切るものらしい。女の子たちの関心を引くことに敗れた幹事の表情は明るいとは言い難い。  こりゃあ二次会はねえな、と見切ったポルナレフは、じゃあこの場で気合いを入れてゲットしねえといけねえってことかと気持ちを入れ替える。  そんなポルナレフの不埒な思考を読んだかのようなタイミングで、向かいの女の子が呼び出しのブザーを押した。  うう、とポルナレフが小さく唸り声を上げたのには、その場の誰も気が付かない。花京院などは能天気にも、日本では生春巻きというらしい食べ物を口に含んで、隣の女の子の話に相槌を打っている。  この時ほどポルナレフが、他人から向けられる好意に疎い花京院を恨んだことはない。  オーダーを取りにやってきた大男の姿に、やっぱりお前かと項垂れるポルナレフの視界の隅で、花京院の隣に座る女の子が身動ぎするのが見えた。  「やだ、花京院くん、ついてるよ」  そう酔いを含んだ楽しそうな声で女の子は言うと、自分の頬を指さす仕草を見せた。食べ物を頬かどこかにつけたままなのだろう花京院が、えっと小さな声を上げて自分の頬に指を持っていく。  「違う、違うそこじゃなくて―――」  と、女の子の指が花京院の顔に向けられたその時。  オーダーを取りに来ていた店員の大男が、おもむろに身を屈めた。  皆の視線が集まるその前で、素早く、まるで時を止めたのではと疑うくらいの動きで、花京院の頬に唇を寄せた大男がその肉感的な唇を開く。  頬というより、ほとんど花京院の唇、といえる位置に着地した舌先が、ぎりぎり唇の端から、つう、と、アルコールで染まった頬の上までを伝い上がった。  イケメン店員の突然の行為に、その場の誰もが固まる。  花京院はといえば、これ以上ないくらいに目を見開いて、こちらはまるで蝋人形の如くに動かなくなっていた。  皆の注目を一身に受ける中、身を屈めた時と同様に無造作に身を起こした承太郎が、もの凄いドヤ顔をテーブルを囲む面々へと向けた。  そうして、花京院の隣に座る女の子に目を向けて明らかに牽制をした後で、その照準をポルナレフへと合わせ直す。  ぞぞぞぞぞ、とポルナレフの背筋を恐怖が走って下りる。誰もが色んな意味で口をきけないでいる中、承太郎はゆっくりと口を開いた。  「―――――悪いが、こいつはおれが持ち帰らせてもらう」  そう言うや否や、驚きに未だ固まったままの花京院の体に腕を回すと、そのままぐいと引き上げた。  「………え、ちょっと、君?!な、何?!」  「てめえ人がちょっと目ェ離した隙に何してやがる。帰るぜ」  「は?君、バイトは?!おい、承太郎!」  承太郎に無理矢理引きずられながら、助けを求めて花京院の瞳がポルナレフに向けられる。    やっぱり、やりやがった、とポルナレフは内心で溜息を吐いた。    承太郎が花京院に対し、友人の域を甚だしく逸脱した気持ちを抱えていることに、ポルナレフはもう大分以前から気が付いていた。  ポルナレフと花京院が話をしている時に限って、やたらと承太郎の視線を感じるなと気が付いたのが最初だった。それからよくよく見てみれば、承太郎の視線は絶えず花京院の姿を追っていた。  表情に乏しいと思われがちな承太郎だが、花京院が誰かと話をしている時は微妙に眉間の皺が深くなる。それが一番ひどいのは、ポルナレフと花京院が話をしている時だとも気が付いた。ポルナレフに対してだけ時に悪態をついてみせる花京院のそんな態度が、花京院にとってポルナレフは一種独特なポジションにいるのだと、承太郎の目にはどうやらそのように映ったらしい。  まあ確かに間違いではないのだろうが、それを言うならお前だってそうだろうがよ、とポルナレフは不機嫌な顔を見せる大男に言ってやりたかった。  初めて出来たという年の近い友人を、花京院はそれはそれは大切に思っている。  承太郎に彼女が出来たのかも、とポルナレフが花京院に言った、あれはわざとだ。  寂しいと、嫌だとその表情は告げているのに、花京院は一向にそんな自分の心の動きには気が付かないらしい。  花京院から友情とも恋情ともつかぬ感情を向けられて、承太郎が進みあぐねているのはわかっていた。敵に対してはオラオラな承太郎だからといって、恋愛に対してもオラオラかといえばそうでもない。何せ、相手は同性であり、初めての友人だと胸が痛むようなことを言っているのを自分では気が付かずに、はにかむ花京院だ。  更に、花京院は自分に向けられる好意に非常に疎い。友人としてその距離はどうなんだ、と思うような至近距離から承太郎の目を見上げて、にっこりと他意なく微笑む花京院を見るにつけ、先は長そうだなと承太郎に同情するとともに、兄貴分として安心してもいたポルナレフなのである。  こと花京院に対しては、非常に慎重に、細心の注意を払ってじりじりと距離を縮めていた様子の承太郎であったが、今回のことで我慢の緒が切れたらしい。 ポルナレフに出来るのは、弱々しく微笑んで二人に手を振ることと、花京院が去った後のこの場のフォローに回ることだった。特に、同じゼミ生だという男達には、今後あらぬ噂を立てないように、しかと教え込んでおく必要がある。  それが合コンに行きたいなどと頼んだ自分に出来る最善のことだと、酔っ払い特有の大声を上げながら承太郎に引き摺られていく花京院を見つめつつ、ポルナレフは思った。  ああ、今夜はアパートに戻っても鍵が開いてねえなあ、と内心で呟いたポルナレフは、女の子を持ち帰るとかもうそんな気にはなれないと疲れの滲んだ目を彷徨わせると、唖然とした表情を隠そうともしない幹事の男に目を留めて、今夜の宿けってーい、と力なく呟いたのだった。  後日、承太郎のアルバイトの理由が、花京院とルームシェアをする話を持ちかけるための資金稼ぎだったと知ったポルナレフは、日本での居心地のいい塒を失ったと大いに肩を落とすことになるのであった。 (クッソ、ボンボンのくせに親から資金援助を一切受けたくねえとか、そんなん絶対褒めてなんざやらねえからな!)。 おわり。
以前ピクシブに上げていたものを若干修正したものになります。<br />生存院で、ポルナレフと花京院が承太郎さんのアルバイトする店での合コンに参加する話(時代設定いい加減)。モブ男女が出てきますが、絡み描写はほとんどありません。主に承太郎さんにポルナレフが圧力をかけられています。なんでも許せる方向けです。<br />通販お知らせにアップしたものですが、このまま置いておきます。
異文化交流とその結末
https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=6528648#1
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◆図書委員モブが出ます。 ◆御幸一也二年、沢村栄純一年です。 ◆御沢(←モブ)です。 ◆沢村栄純の体育の時間に願望を込めまくってますのでご注意ください。 →よろしければお願い致します。 [newpage]  厳密に言えば、彼女が抱いていたのは恋心ではなかった、と彼女は思っている。  しかしおよそ図書室が似つかわしくない普段のにぎやかさを潜めて、端の席で黙々と読書する彼、沢村栄純が、彼女にはキラキラと輝いて見えていた。 [chapter:彼と彼のラブレター]  いつもクラスでは騒がしい彼が、ただただ大きな目を活字に走らせている。  それを「彼らしい」と表現するクラスメイトは、きっとほとんどいないだろう。それでも彼女は、それをとても「彼らしい」と思うのだ。集中すると没頭してしまうその様が、ある日見かけた野球部の練習風景にとても似ていると感じたからだ。  彼が時たまやってくる曜日の図書委員の当番の時間が、彼女は大好きだった。  彼女が隣のクラスの沢村栄純と話したことがあるのはたった一度のこと。彼女が声をかけようとしたのは一度ではないが、あまり人と話すのが得意ではない彼女がそれに成功したのは一度たりともなかった。  では、なぜ一度話したことがあるかといえば、何週か前の当番の日に、彼の方から話しかけられたから。 「動物図鑑ってどこにありやすかね」  何でそんな本を探しているのか聞いてみたかったが、彼女ができたのは「あっちです」と指で示しながらボソボソ返すことだけだった。もっと何か言えたのではないか、彼女は瞬間で後悔した。それでも彼が「ありがとう」と笑った途端にそんなものはどうでも良くなって、彼の時間に参加できた自分が誇らしく思えたのだ。  彼女が彼を知ったのは、隣のクラスと合同の体育の時間だった。およそ運動の苦手な彼女が、男女混合のドッジボールで沢村に助けてもらったその時から、彼女は沢村が輝いて見えて仕方がない。人の集いやすく、人に囲まれてばかりの彼に近づくことはできなかったが、まれに来る図書室の時間だけは、その静かな空間だけは、彼との距離が近づいたような気がして、彼女はその時間がとても好きだった。  さて、ここまで全て過去形で説明してきたのには訳がある。  つい先日のこと。彼女の、ただの憧れにも近い沢村への感情に終止符が打たれたのである。  そして今日もまさに、終止符を打ったその存在が、彼女が好きだった静かな空間に、黙って沢村の隣に腰をかけている。  本の貸し出し手続きを行いながら、彼女は横目で二人が座るその席を盗み見た。  二年、御幸一也。一つ上の野球部の主将だということは、沢村の反応から知ったことだ。  今日も動物図鑑を読んでいる沢村が、ぺらりと分厚いページをめくる度に沢村の方に一瞬視線を向けては、手元の大きな冊子に戻す。彼女が知っている、ここでの御幸の仕草だ。野球をあまり知ることのない彼女に分かるのは、御幸の手元の冊子が図書室の本ではなく、試合の記録をつづった野球部所有の、ここでなくとも読めるものであるということ。  彼女の気持ちが終わる少し前から、御幸がそれを持参して沢村の隣を陣取るようになった。  返却された本を棚に戻すとき、敢えて沢村の近くを通過するようにルートを調整するのは彼女の意識的な癖だった。たったそれだけで舞い上がる、仄かな気持ちによる仄かな高揚は、いわば彼女の青春の一部だ。  御幸が隣に座るようになってからも、その癖は変わらない。カウンターから数冊の本を持って立ち上がると、彼女は歴史書籍のコーナーへ静かに歩んだ。  通過するときに、コツコツと小さく音を立てた、二人の間の紙に視線を走らせる。 ――かまってよ  たった五文字をひらがなで綴ったのは、大きな冊子から目を逸らしもしていない御幸の方だ。二人の間に、無造作にプリントの裏紙が置かれているのはいつものことだった。「図書室ではお静かに」と書かれたポスターを気にして、ある日、沢村が用意したものだということを、ずっと見ていた彼女は知っている。  次に彼女が返却しなければならない推理物書籍のコーナーは、今彼女が歩いてきた道を戻ったところにある。読書の邪魔をしないよう、彼女が足音を忍ばせて再び通過すると、紙には文言が増えていた。 ――あとでかまってあげますから  その文字がやや沢村寄りに傾いていることから、さっきのものへの返信だと彼女は察する。  普段から、沢村がいろんな相手にかまわれているのを見ていた彼女としては、「かまって」「あとで」の相手がイメージと逆転している現象が笑いを誘う。  そして、ちょうど御幸がシャーペンを持つのに気付いた彼女は、歩くペースを少し落とし、その動向を見守った。 ――手 つなぎたい  図書室で、男子高校生同士が交わすには大胆な提案に対して、ゴホゴホと、沢村がわざとらしい咳払いして驚きを誤魔化す。その様子に微笑ましさを覚えながら、近くの棚に一冊、純文学の書籍を戻した。  彼女が特別だと思っているこの空間は、彼らにとっても特別なものだ。普段寮生活で、仲間に囲まれながら野球に忙殺されている彼らにとって、心を通わせた今、唯一恋人らしいことができる場なのだろう、と彼女は推測している。  相手の希望を無視して読書を決め込もうとしていた沢村が、隣からのしつこい視線に促され、しぶしぶペンを取った。床と彼女の上履きが鳴らす小さな足音と合わせるように、沢村のペン先が乱暴に、けれど音を潜めて紙の上で踊る。 ――じちょうしろ! ここ としょしつ!  そこからは、一本のペンを共有しているとは思えないほどの素早いやりとりだ。バッテリーだけあって、さながら宙を行き来するキャッチボールのように、二人の間を紙を文字とペンが世話しなく往来する。   ――だめ? ――だめ! ――どうしても? ――どうしても!! ――ケチ ――ケチでけっこう! ――でも ――なんすか ――好き  そこでまた、沢村のわざとらしい咳払いが挟まる。同時に、取り損ねたペンが机の上にゴロリと転がった。  彼女から見えた沢村の耳は赤く染まっていて、御幸がそっと机の下に差し出した手に気付いた途端に、更にその色味を増す。  もうすでに、二人とも手元の冊子など読んでいなかった。目は何とか紙面に向いているように装いながら、心は完全にお互いに寄ってしまっているのだから、頭の中に文字列の内容が入っているわけがない。  御幸に近い方の、左手を、沢村が机の下に差し伸べた。顔は逆方向に俯いて、堪えるような一文字の唇。  御幸の口元がだらしなく弧を描いたのを知っているのは、カウンターに戻ろうと近くを通った彼女だけだったはずだ。そして彼の右手が、宝物に触れるように、優しく、沢村の左手に重ねられたことは、当人たちと彼女しか知らない秘密。  昼休みはあと十五分も残っている。それを十五分しか、と思うのかは、カウンターの冷たい机に触れている自分と、他人の手の温度を感じている彼らとではきっと違うのだろうと、彼女は面白くなる。  彼の紅潮が周りに気付かれないといい。この時間が誰にも遮られないといい。そんなことを、彼女は願いながら、今日もカウンターに腰掛ける。  そしてバレないように、今日も小さく笑いをこぼした。   「おーし! 次行くぞー!」 「すげぇ沢村! あの球よく取れたな!」 「野球ボールより断然大きいからな! お、あんた、大丈夫か?」  ちょうど彼女の顔面に向かって飛んできたボール。目をつぶって衝撃に堪えようとした彼女の前に、庇うように立った彼は、難なくそのボールを受け止めた。  大丈夫か。運動が苦手な自分を、誰も助けてくれるなどと思っていなかった彼女は、その行動と問いに対して驚いて、無言で一度頷くことしかできなかった。 「ならばよし! 体はともかく顔に当たったら危ねぇし、取れないと思ったら俺の後ろ隠れろ! な!」  に、と歯を見せて笑った彼を、彼女はその日から、目で追うようになった。結局すぐに足下を狙われて当たってしまったけれど、彼女にとっては大人しく、自己主張をほとんどしない自分の存在すら気にかけてくれた彼の存在がとても嬉しかった。そしてその笑顔が、横顔が、背中が、とても、眩しく見えて仕方がない。  たとえその彼の視線の先に、別の誰かを見つけたとしても、キラキラと輝くその姿から、彼女はそらすことなく、その元気な挙動をそっと盗み見る。  顔を寄せ合ってボソボソと小声で会話をする彼らの声が、カウンターに戻った彼女の耳まで届いた。 「もー、読書の邪魔しないでつかーさい!」 「はいはいごめんごめん」 「もっと心を込めて!」 「心ねぇ……好きだよ沢村」 「ばっ、そうじゃねぇよ! つーか誰かに聞こえたらどうすんですか!」 「聞かれて困るようなことは言ってねーし、お前が騒がなきゃ何の問題もないんじゃね?」 「じゃなくって! あんたのそういうセリフ俺以外が聞くのがやだって言ってんすよ! 全部俺のもんなんだからふたりっきりのときに言えよな、もう!」 「……俺全部お前のもんなんだ……?」 「おう、俺も全部あんたのもん……ってあんた何で顔隠してんの?」 「もうやだ、お前ほんとやだ」 「何なんすか、ほんと」  それは、厳密に言えば恋心ではない。と、彼女は思っている。  なぜかといえば、沢村が穏やかに、幸せそうに御幸に笑いかけるのを見て、彼女は嬉しくなるからだ。本当に好きな相手が自分ではない他人を好きな状況を幸せに思うということは、「好き」の意味合いが恋愛のそれと違うのだろうと、彼女は自分の気持ちに終止符を打った。  だから、彼女は気付かないふりをしている。  胸の奥が一度だけ、僅かに痛んだことを、この優しい時間に隠して、気付かないふりをしているのだ。  さて、世の中には知って得する事実と、知らない方が幸せな真実がある。  そしてここにも、彼女と、彼女が幸せを喜べる相手、沢村のその両者ともが知らない秘密が一つ、図書室の外に転がっていた。  昼休み終了を告げるチャイムが鳴り響き、渋々と図書室から連れだって出た二人。まだ賑やかな廊下に、その片方がぽつりと落とした。 「お前のこと好きになる子っつーのは、どうしてこうもお前のことをちゃんと考えてくれる良い子ばっかりなんだろうな」 「それは……自画自賛ってことっすか……?」 「何で引いてんだよ」 「いや、まさか自分で自分のことを気遣いのできる良い子だとほざくなんて思わなくてですね!」 「あ? あー、なるほどそう捉えたか」 「え? 何か違いやした?」  きょとんと訊ねる沢村に、御幸は「いいや」と笑って見せた。真実はいつだって、表に出ると都合の悪い人物によって隠されている。 御幸の表情を「なんかうさんくさい」と評しながら歩き始めた沢村を追いながら、御幸は一度だけ、名も知らぬ図書委員の残る図書室を振り返った。 「ごめんな。良い子なだけじゃ、簡単に渡せねぇんだわ」  それは誰にも届かぬ小さな呟きだった。誰に届いたところで、御幸の胸に宿る想いの質を、熱さを、深さを、暗さを、知る者でなければ、理解されない言葉だった。  彼女がほのかに育て続けていた想い。それに名前が付いて加速するよりも前に、潰したのは御幸である。今日も沢村の用意した一枚の紙で、たった一枚の紙で、彼女の視線がそれに届いているのを知りながら、御幸は彼女の気持ちを消し続けるのだ。  罪悪感がないわけではない。しかしそれ以上に、決して喪失感は得たくない。沢村の隣に座り過ごす時間に、野球とは別の充実感を得てしまった彼は、そこが奪われないように画策するほかなかった。  御幸は、机の上から回収してきた二人の間の紙を見て、気持ちの通じ合った文字列を追い、口元にわずかに笑みを浮かべた。喜びと優越感、微かでもわいた不安感と、今日も沢村の笑顔が自分に向いている安心感。図書室で静かに渦巻いていたそれらの感情もあわせ、ため息の吐き出し先となるその紙。  それを彼は色々な意味を込めて「ラブレター」と呼んでいる。
いつもより静かな感じで御沢(←)図書委員モブの昼休みの話。「沢村栄純に恋をした女子はいつか高校時代を振り返ったときに幸せだったと思ってほしい」という願望だけを詰め込みました。■表紙はこちらから【<strong><a href="https://www.pixiv.net/artworks/49171226">illust/49171226</a></strong>】お借りしました、ありがとうございます。■誠に勝手ながら某方へのお祝いの意を込めて!■(3/14追記)ブクマ評価タグコメント、3/12、3/13デイリーランキング等々ありがとうございました!もったいないお言葉大変嬉しいです……!
彼と彼のラブレター【御沢+モブ】
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・刀剣乱舞 ・女審神者(複数います) ・元ブラック本丸 ・続きものですので、前話を読んでからをおすすめします。 ・レア刀剣贔屓かも うp主が地雷無しなので、地雷持ちの方への配慮が足りていない場合がございます。 地雷持ちの方は、閲覧非推奨です。 何でも許せる方のみ次ページへお願いします。 [newpage] 「と、とにがぐ、そーゆう訳で、わだじは審神者を辞べばず」 氷枕に横たわる夕霧の隣、朝霧はぐずぐずに泣きながら刀剣様に向かって正座していた。正座して、ここの主を辞めたいと意志表示している。もちろん刀剣様達は全く納得していないけれど、何しろ朝霧が泣きじゃくっているし、夕霧は意識を手放しているし、ここの本丸は相変わらず灼熱地獄だしで、いったい今どの言葉を紡ぐのが正解なのか皆目見当もつかない。朝霧の気持ちは良く分かるけれど、辞めるなんてそんなこと言わないでほしい。悲しくなる。 「主さん、とりあえずほら、ちーんして」 堀川がティッシュを差し出す。朝霧は今や女として見るに堪えない顔をしていた。堀川からティッシュを受け取って素直に全力でちーんしている姿を見れば、まだまだ幼いなという印象を抱く刀剣様達。控えめに言ってものすごく可愛いけれど、今はそれに癒されている場合ではない。が、堀川はついに庇護欲に負けて朝霧の頭を撫で始めた。 「主さん、そんな急に自分だけで決めないでよ。もっとちゃんと話し合おう?」 今まで話を聞こうとしなかったのは俺達の方だけど・・・。 和泉守は心の中そう呟く。 思いっ切りちーんしたせいで、朝霧の鼻は真っ赤になってしまった。目も真っ赤。うるうると大きく光るその目を瞬かせながら、朝霧は一生懸命喋る。 「わ、私、ここいるど、いろんな人に、めいわぐだじ」 「そんなことないよ」 「夕ぢゃんの、とこ、にもめいわぐかけでる」 「主さん、大丈夫だから。ちゃんと一つ一つ解決していこう?ほら、もっかい ちーんして?」 正座する朝霧を前に、同じく正座して見守る刀剣様達。その数50振り以上。まさに圧巻である。その様を玉菊が浮舟へ中継していた。端末を片手に、 「浮舟見てぇ?これが政府を震撼させた恐怖の元ブラック本丸の刀剣様達の姿よぉ。一人の女の子にあーんなにたじたじしちゃって可愛いわねぇ」 ニヤニヤしている。 『あんた性格悪すぎ』 「ありがとぉ」 『褒めちゃいないわよ』 「ただねぇ、朝霧ちゃん相当自信無くしちゃってるのよねぇ」 『・・・』 「刀剣様はこの暑さも平気だって言うしぃ、出陣遠征だって朝霧ちゃんが望むならもうしないって言ってるのよぉ?でも肝心の朝霧ちゃんが首を縦に振ってくれないの」 『説得には時間がかかりそうね』 「早いとこ夕霧ちゃんが起きてくれれば、もう少しうまく話ができそうとは思うんだけどねぇ」 『・・・こっちも大変よ』 「何が?」 『夕霧殿にストライキを起こす許可を貰おうと思ってたんだけどね』 「え~?ストライキ?」 『そ。夕霧殿返してくれなきゃ働かないぞって』 「それいいわねぇ!面白そう!」 『肝心の夕霧殿があの状態だから・・・こっちの刀剣様、また通夜みたいな空気になってるし・・・政府からは早く帰還しろって指示もきてるし』 「実は私にもその指示きてるのぉ・・・このまま無視してたらどうなるかなぁ?」 『さぁね』 どうなるかは分からないけれど、一つだけはっきりしていることは、ここで政府の言う通りのっとり成功という結果に終わらせれば、私達は本当にダメでどうしようもないクズになってしまうということ。 昔刀剣様に裏切られた、ただの可哀想な審神者に成り下がるということだ。 ……… 朝霧の和泉守は、泣きじゃくる朝霧を見ても、やはりどうしても、今の主に去ってほしくないと思っていた。ただ、自分達に引き留める権利があるのか、辞めたいと泣く朝霧の意見を捻じ曲げてまで、自分達の願望を押し通して良いのか、自信が無い。 それでもこのままでは、きっと朝霧は去ってしまう。言葉で引き留めるくらい許されるだろうか・・・?手を出さなければ、きっと、それくらいなら許されるはず。 「・・・主」 迷いながらも、口からきちんと音が零れる。朝霧がぐずぐず泣きながらも和泉守を見た。それだけでも嬉しい。主と呼んで、反応が貰える。それだけでこんなにも嬉しいのに、今まで自分は何をやってきたんだか。 「・・・お、俺は、主に主で居て欲しい・・・。何度も言うが暑さは気にしなくて良い。出陣遠征だって無くて良い。・・・夕霧殿のことは、これから考えて何とかする・・・何ともならなかったら、その時は去ってくれても構わない・・・だから一度だけ、俺達に時間をくれないだろうか」 その言葉に三日月もゆっくり頷いた。 「俺からも頼もう。少しだけ決断を待ってもらいたい。・・・向こうの本丸の者とも話をせねばなるまい」 「・・・!そうだっ」 その言葉を聞いて、朝霧ははっとしたように端末を見た。そうだそうだった!まずは向こうの本丸の刀剣様に謝らなければと咄嗟に思ったのだ。しかし、いつも連絡を入れていた端末は夕霧のもので、夕霧はこちらにいる。ならばどうやって連絡を取れば、 「はいはーーい!私の出番です!!」 玉菊が勢い良く柱の陰から躍り出た。 「小娘、盗み聞きとは趣味が良いな」 「やだもう三日月様ったら、隠れてるの知ってたくせにぃ」 「玉菊さんっ、た、端末っ」 「任せて朝霧ちゃん!浮舟と繋がってるから!」 「主さん、その前にちーんして、ほら」 「うきふね?」 「夕霧ちゃんの本丸を乗っ取った審神者だよぉ」 「え、はぁぁああ!!?」 「主さん、先にちーん」 画面に映し出されていたのは夕霧の三日月だったのだが、どこか目の焦点が合っていないように感じる。疲れてやつれてすら見えるのだが、彼はニッコリと不健康そうに笑って、 『ああ、朝霧殿、良かった、結界を解いてくれたのだなぁ。ところで一つ聞きたいのだが、俺達はストライキを起こしても良いだろうか・・・?』 やはり言動が少しおかしかった。朝霧に言って良いことではない。すぐに浮舟が端末をぶん取り、 『何言ってんの三日月宗近!あんたそんなにメンタル弱い刀剣じゃないでしょうがくそったれ猫かぶってんじゃないわよ!!ごめんなさい朝霧殿っ!ちょっといろいろあって今皆おかしいんです。別に貴方への当てつけで言ってるわけではないので勘違いしないでくださいね』 と弁解する後ろでは主―うわーん死なないでー!と泣いている安定の声が聞こえてくるし、そのさらに後ろでは、主様―帰って来てよーと短刀達の泣き声も雑音のように入ってきていた。 「主さん!先にちーんして!そんな顔よそ様に見せられないよ!」 と堀川がティッシュを押し付けてくる中、 「・・・はは、夕ちゃん、愛されてる」 この状況で、初めて朝霧が少しだけ笑った。 堀川が煩かったので、朝霧はきちんとちーんして、涙を拭いて、顔のコンディションを整えてから浮舟の話を聞いた。黙って聞いていると、今まで籠っていた朝霧を心配した刀剣様達がお茶やジュースやおにぎりを持ってきて飲めだの食べろだのとうるさい。うるさいので食べたり飲んだりしながら浮舟の話を聞いた。 聞き終わると、少ししゅんとして視線を落とし、 「・・・ご迷惑をおかけしました」 画面に向かって頭を下げる。 『・・・あの、主君はまだ目を覚まさないのでしょうか?』 前田に問われて横たわる夕霧を見る。心なしか表情は和らいだように思うが、この暑さが夕霧を弱らせていることは間違いない。目覚めたところで、このままここで生活を続けるのは負担が大きいだろう。うん、やっぱり、このままではダメだ。 「今から、政府のお偉いさんとお話してくる!」 朝霧はすっくと立ち上がるとそう言って、 「ちょっと荷物まとめてくる!」 走り出す。その様子に刀剣様達はぎょっとし、 「ちょっ!ちょっと待った主さん!!!」 「ぎゃふっ!」 一番近くにいた堀川が持ち前の機動力を活かして朝霧の足首に飛び付いた。朝霧はつんのめって顔から畳にダイブする。 「痛いよ!何すんの!!」 「待ってよ主さん!荷物まとめるって何!?政府の人に何話に行くの!?」 「とりあえず夕ちゃんがあっちの本丸へ帰れるようにする!」 「それは良いけどどうして荷物をまとめる必要があるの!?」 「私はここの主を辞任させて頂く!新しい主を決めてもらうから、もうここへは帰らない!そうすれば夕ちゃんもあっちへ帰りやすいし!」 「何それ!?無理無理!無責任だよちょっと暴れないでよ!兼さん!」 「よしきた!」 和泉守も手伝って朝霧を羽交い絞めにする。その様子を見て、朝霧の三日月は小さく楽しそうに笑った。 「主は、夕霧殿が絡むと途端に力が湧いてくるのだな」 まだ何も解決していないけれど、めそめそ泣かれているよりかは、よっぽど心が軽い。 ……… 一方、この状況を何とかしようと奔走するもう一人の審神者、胡蝶は政府という組織の巨大さに少しばかり絶望していた。父は確かに多少の権力を持っているし、胡蝶はそれによって守られてきたけれど、その力が及ばない領域というのは、両手で数えても足りないくらい存在している。上から指示を出しているのは、一振りも顕現したことのない、本丸に足を踏み入れたことすらない人間ばかり。そんな人に本丸の事情を話したところで、理解はされないし、理解しようともしていないのが手に取るように分かった。きっと、胡蝶でなければ面会だってしないだろう。 「もう、これじゃあどこがブラックだか分かったもんじゃないわっ」 上が求めるものは結果であって、そのプロセスはどうでも良いらしい。成果の出ないホワイト本丸よりも成果のあるブラック本丸が評価されている現状。こんなこと、正しいはずないのに。 胡蝶は怒っていた。 乗っ取り審神者のシステムもそう、政府の在り方も、朝霧が主を辞任しようとしていることも、夕霧の本丸異動の話も、そしてこんな政府に持ち上げられている自分も。 そんなわけで、勢いに任せてある行動に出ることにする。 それは、朝霧と夕霧の師匠である、空蝉に連絡を取ったのだ。 ちょっとした問題を起こして謹慎中の空蝉は、現在出陣遠征はもちろんのこと、自由な外出も認められておらず、本丸内での生活を強いられていた為にこの事件のことは何も知らされていない。政府は夕霧と朝霧が空蝉の弟子であることをきちんと把握していた為、空蝉へ届けられるメールや手紙には一度内容確認が入る。余計なことが知られては、またこいつは暴れると思われているのだ。いずれは知られる事だから結果は変わらないと思うけれど、とりあえず勝手に話を進めて完結させてしまえば、それを覆すのは難しい。 胡蝶は直筆で手紙を書いた後、少しだけ力を使った。一見弟子入りを希望する内容に仕上げ、空蝉が触れた瞬間に本来の内容に書き換わるよう細工を施したのだ。霊力のある審神者が見ればすぐに分かる細工だったが、政府のバカには分かるまいと高をくくり、そして無事その手紙は空蝉へ届けられた。 その後、政府のシステムに潜り込んで、空蝉に掛かっているロックをすべて解除する。ロックされている項目の一つでも空蝉が破れば、警告音が鳴り響いて管理者に知らせるのだ。見れば刀剣様の本丸内での抜刀まで禁止されていたのでそれも解除。簡単に言えばハッキングだ。これで、準備万端。 少し心配そうに胡蝶の様子を見守っていたのは胡蝶の刀剣様達。 胡蝶の刀剣様達は皆胡蝶の味方だったけれど、こんな事をしては今後の胡蝶の身に降りかかることが心配だと、内緒で蜻蛉に連絡を入れる。大事な主は自分達で守らなければ。 そしてその翌日、手に初期刀であり近侍である蜂須賀の本体を握った胡蝶は、空蝉と共に政府へ殴り込みを結構した。それはもう、めいっぱい暴れてやった。 ……… 朝霧の端末に蜻蛉から連絡が入ったのは、ちょうど朝霧が、政府へ行って主辞めてくる!と言って刀剣様に必死に止められている時。和泉守と堀川に取り押さえられてしまえば朝霧一人の力は全く敵わないというのに、諦めずにじたばたしていると、ポケットからするりと飛び出た端末が、滑るように三日月の前まで転がり、ピピピッ!と着信を知らせた。 「ふむ」 三日月は一つ頷くと端末を拾い上げる。 「あ!こら!勝手に触るな!!」 「確かこうであったな」 朝霧の言葉を無視して応答すると、青ざめている蜻蛉が映し出され、 『あ、あら?三日月様?』 さらに青ざめた。 三日月が、優雅に首を傾げて見せた。 ……… 「あー、なんだか久しぶりにすっごく楽しい気分」 るんっと歌うように響く声。 夕霧が意識を取り戻した時、最初に聞いたのは玉菊のそんな声だった。ひやりと気持ち良い氷枕から頭を持ち上げると、少しだけくらりと視界が揺れる。 「あ、夕霧さん!気付きましたか?」 堀川が気付き、起き上がるのに手を貸してくれた。 「あ、夕霧ちゃん!」 次に玉菊が駆け寄ってくる。 「・・・え・・・っと」 「兼さーん!夕霧さん起きたよ!」 「夕霧ちゃん熱中症で倒れたのよぉ?覚えてる?あんな暑い中ずっと結界破りに集中してたらそうなるわよねぇ」 「・・・ねっちゅう・・・あ、朝ちゃんはどこですか?」 「はい、夕霧さん、とりあえずこれ飲んでください」 「え?、あ、ありがとうございます・・・」 りんごジュースを渡された。 「どう?大丈夫そう??」 「・・・はい・・・すみません、ご迷惑をおかけしてしまったみたいで」 「いえいえー、もし大丈夫そうなら、ちょっと今すぐお電話の続きしてほしいんだけど、大丈夫そう?」 「え」 次に玉菊の端末を渡される。そこには浮舟が映っており、それを確認した瞬間、そういえば三日月と連絡を取っていたはずだったと思い出す。あの後すぐに意識を手放したのだと理解した。 「あ、あとこれも返しておくねぇ」 さらに差し出されたのは、夕霧の端末だった。 「え?なんで、」 「夕霧ちゃん倒れた時に落としたみたいでね、さっき拾ってきたのぉ」 「そ、そうでしたか・・・すみません、ありがとうございます」 ふと見ると、蜻蛉からの着信が何件も入っていた。 「・・・?蜻蛉様?」 「ふふふ、今いろいろ大変だけど、とっても愉快なのよぉ」 「?」 何だか知らないが玉菊はとっても可愛らしく微笑んでいる。夕霧は首を傾げつつ玉菊の端末を見た。浮舟が小さく溜息すると、一度会釈する。 『夕霧殿、気が付いたみたいで良かったです』 「浮舟殿、ご心配をおかけしました」 『いえいえ。それよりも、現状を報告しないといけませんね』 「現状、ですか?あの、三日月殿は」 『ええ、・・・あー・・・三日月殿なら隣にいますよ』 画面が流れると、何故か袖で顔を隠している三日月が居る。 「・・・三日月殿?どうかされたのですか?」 『・・・』 「・・・?」 何も言ってくれないし、顔は隠したまま。再び画面が流れると、浮舟が呆れたように溜息した。 『・・・夕霧殿が目覚めたことにひどく安心したようで、その・・・泣いてます』 「・・・え」 『夕霧殿が去ってから、ここの本丸はなかなかにカオスなことになってまして・・・私の手にはおえません』 「・・・」 『まぁ、今話したいのはそのことではなくてですね・・・』 「・・・?」 『今朝霧殿が、』 その言葉に、そうだ朝ちゃんは、と周りを見回すけれど見つからず、目が合った玉菊がにこりと甘く笑って言う。 「政府のお偉い様の前で大暴れ中みたいなのぉ」 「え・・・え!?」 「ふふふ」 『経緯を説明しますと、』 まず、今回の政府のやり方に怒った胡蝶が政府へ話をつけに言ったが聞いてもらえず、さらに怒って空蝉に連絡。案の定怒り狂った空蝉が胡蝶の手伝いもあって、謹慎中の身にも関わらず政府へ乗り込んで大暴れ。便乗して胡蝶も大暴れ。 それを知った蜻蛉が二人を止めようとしたけれどなかなかうまくいかず、空蝉を止めるにはあの弟子二人を呼ぶのが一番だと判断し、まず夕霧へ連絡をしたが繋がらず、次に朝霧に連絡。事態を知った朝霧がすぐに政府へ駆けつけたが、空蝉を止めるどころか一緒になって暴れていると言う。 「・・・な、なんてこった、」 「ふふふ~、愉快でしょぉ?」 胡蝶の要求は、早く夕霧と朝霧を元の本丸へ戻せというもの。つまり乗っ取り審神者を引き下がらせろということ。 空蝉の要求は、よくも弟子をいじめてくれたな許すまじ!気が済むまで殴らせろというもの。 朝霧の要求は、夕ちゃんを元の本丸へ戻せ!私は辞任する!というもの。 この朝霧の発言に、胡蝶がさらにバチ切れしたのは言うまでもない。 「あっはは~本当に愉快!」 「た、玉菊殿・・・愉快ではないです・・・すっごい気が重いです」 再び眩暈を起こしそうになる夕霧を、玉菊が優しく支えた。 「ふふふ~まぁそう言わずにぃ。これからあたしと浮舟もお偉いさんとこ行ってくるからぁ」 「え?」 『実は、結構前から一度帰還するように指令が入っていたんです。でも無視を決め込んでいたので』 「・・・どうしてですか?」 「そんなの、政府のやり方が気に食わないからに決まってるでしょぉ?」 「・・・」 『私の端末を三日月宗近に預けますので、夕霧殿は一度、これからどうするかをきちんと話し合ってみてください』 「・・・」 床がギシっと鳴いた。見れば、和泉守が顔を出す。 「夕霧殿、目覚めたのか」 「和泉守殿、はい・・・ご心配をおかけしました」 「まぁそゆことだから・・・あたしは行ってくるねぇ。浮舟ぇ、どこで待ち合わせる?」 『もうそれぞれ突撃すればいいでしょ』 「ふふ、そうねぇ・・・じゃあ夕霧ちゃん、後はよろしくね」 玉菊は艶やかに微笑んで、朝霧の本丸を後にした。 見上げれば、まだまだ元気な太陽。朝霧がいない今でも、この本丸は熱を持っている。夕霧の力によって幾分穏やかで気持ちの良い風が吹いているが、まだ過ごしやすい気候からは遠い。 「夕霧さん、ちゃんと水分取ってね」 と朝霧の堀川が心配そうに顔を覗き込んでくるので、夕霧は頷いて、先程貰ったりんごジュースに口を付けながら、片手で浮舟の端末番号を登録し、早速コールした。隣に和泉守が座り、気付けば三日月も縁側の方に腰かけてこちらを気にしてくれている。 しばらくの呼び出し音の後、ぱっと画面に現れたのは一期一振だった。彼は心配そうに瞳を揺らす。 『あ、良かったです主殿。お加減はいかがですか?』 「ご心配をおかけ致しました・・・それで、あの、三日月殿は、」 『・・・えっと、』 一期一振が困ったように目を泳がせ、けれども観念したように画面を向けると、しくしくと袖で顔を隠して泣いている三日月が映される。その隣では安定が三日月をあやすように頭をなでなでしていた。 「げっ、これほんとに三日月のじーさんかよ」 「兼さん!」 和泉守は堀川に怒られると、「うちのとは大違いだな・・・」小さく呟いた。 夕霧も困ったように頬をポリポリしながら、どう声をかけたものかと悩んでいると、横からひょいっと鶴丸が顔を出し、 『こんな三日月が見れるとは驚きだろ?』 おかしそうに笑っている。笑いごとではない。 「あ、あの、三日月殿・・・?すみません、ご心配をおかけしまして・・・、もう大丈夫ですから、どうか泣き止んでくれませんか・・・?」 『・・・』 『安心しろ。君が戻ってくれれば三日月はすぐに泣き止むさ』 『付け加えますと、弟達も泣き止んでくれないのです・・・主殿が戻って来てくださると、その、とても助かるのですが』 一期一振も画面を覗き込んできた。確かに遠く、幼い誰かの泣き声が聞こえている。夕霧は困ったように眉を下げるしかできない。 「・・・そう言ってくださるのは、とても嬉しいのですが」 その物言いに、一期一振と鶴丸の顔が曇る。夕霧は言葉を選んで丁寧に喋った。 「・・・その、やっぱり、今の状態で朝ちゃんを残して戻ることはできないです。・・・本当に自分勝手だと分かってはいるのですが、でも、朝ちゃんを蔑ろにしてまで、私は貴方達を優先することができません・・・」 だから、主失格なのだ。私情を挟む等、戦争をしている本丸の主にあって良いことではないはず。 少し冷たい突き放し方かなと後悔しつつも、今後戻るつもりのない場所だ。変に未練を残すようなことをしては、それこそひどいと思ったからこそ、きちんと目を見て話す。けれど予想に反して、画面に映る一期一振は優しく微笑んだ。 『・・・それでは、朝霧殿の調子が元に戻れば、主殿は何の気兼ねもせず、こちらへ戻って来られるのでしょうか?』 「・・・」 『正直に申し上げますと、主殿の中の私達の優先順位など、何番目だって良いのです・・・一番最後だったとしても構いません』 鶴丸も笑う。 『そうだな。まぁそこに他の本丸が割り込んできたとあったら、多少面白くないが』 言葉を紡げずにいる夕霧を見て、二人は困ったように微笑む。夕霧を困らせたい訳ではないけれど、ここで引き下がるわけにもいかない。 『・・・主殿が、本当にここが嫌で、私達といるのが苦痛であるというのであれば、私達も諦めましょう。ですが、もしそうでないのなら、諦めて差し上げることはできません』 日差し降り注ぐ縁側で、朝霧の三日月が笑う。 「そちらの一期は熱烈だなぁ夕霧殿」 夕霧は尚も困ったように画面を見る。 「・・・でもきっと、私より相応しい主がいます。私は手入れだって上手くできないし、出陣遠征の知識もないですから、きっと他の人が行った方が、」 『そんなことどうだっていいさ。君、俺達は別に戦績をあげたいわけじゃないんだ』 『ええ、そうです。・・・主殿は、これから私たちと過ごしていくのはお嫌ですか?』 「・・・」 そんなわけない。 でも、 『沈黙は都合良く解釈させてもらうぜ?』 『こちらの任務は私どもで勝手に遂行致します。どうぞ心配せず、朝霧殿の力になってあげてください。それから、誠に勝手ながら、新しく配属されてくる審神者殿は拒絶させて頂きますので、そちらの問題が片付き次第、必ず、こちらへ戻ってきてくださいね』 「・・・」 『・・・主殿?、お返事が聞こえませんぞ?』 思わず泣きそうだった。 今こうやってお話ししていると、向こうへ帰りたいという気持ちが、どんどん大きくなっていってしまう。それでもどうしてか、頭は帰れない理由を探し、それが言葉に出るのだ。 「せ、政府からの命令でもありますし、私は、戻れません」 指が小さく震えていた。あれほど優しい刀剣様が揃う本丸を、もっと上手に運営できる審神者がこの世には沢山いることを知っている。わざわざ、自分が戻る必要性が見つからないのだ。 その様子を見て、隣の和泉守が笑って口を開いた。 「きっとそいつは心配いらねぇよ。俺らの主が、こんな結末を許すはずねぇからな」 「僕も、兼さんの言う通りだと思うよ」 「・・・」 「俺は詳しい事は分からねぇが、主が政府の人間なんて黙らせて帰ってくると思うぜ?夕霧殿が望みさえすれば、きっと上手くいく」 「・・・」 ・・・そうだろうか? 『・・・主殿、お返事は?』 『大将、いち兄は怒らすと恐いから、ちゃんとお返事しといた方がいいぜ?』 と薬研まで画面に割り込んできて、見れば一期一振も鶴丸も、穏やかな視線をこちらへ寄越している。そこに嘘の色は見えない。それでも、やっぱり心配で。 「・・・私でいいんですか?」 もう一度だけ、問う。 『それは違うぜ。君で良いんじゃない。君が良いと、皆がそう言っている』 「朝ちゃんが優先でも・・・?」 『ええ、ご友人を大切に思われる貴女が主であること、自慢して歩きたいくらいです』 ですから、どうか 色よい返事をください。 たっぷりと沈黙が落ちた。皆が夕霧を見ている。 しんとして、ぴんと張り詰めた空気。乾いた朝霧の本丸に、穏やかな風が吹く。枯れ木には、いつの間にか小さな緑の芽吹きが見てとれる。三日月が微笑んでいた。雲が太陽を取り囲み、日差しが、柔らかな陽だまりへと変わっていく、その時、 『・・・戻ってきて、くださいね・・・?』 一期一振の、最後のダメ押しに、 「・・・はい、・・そうさせて頂きたく思います、」 夕霧は、やっと、小さく返事をしたのだった。 ……… 通信の切れた端末の向こう。 夕霧の一期一振と鶴丸は、ぐったりと机に突っ伏していた。 「一期、やったな。はは、俺達の口説き勝ちだ」 「・・・ははは、こんなに緊張したのは久しぶりですなぁ」 顔は晴れやかに笑っている。 夕霧が肯定の返事をくれるまで、内心不安で仕方なかった。頷いてくれなかったら、どうしようと。その不安が伝わらぬよう、精一杯穏やかに話を進めたつもりではあったが、薬研がニヤリとし、 「ちょっとばかりずるいやり方だったと思うぜ?あんな必死にお願いされたら、大将が断れないこと分かってたろう?」 「はは、違いないな。でも結果的にこれで良しだろ?」 「時に手段など選んでいられませんからなぁ。主殿も、本気で嫌がっておいでではなかったでしょう」 「それよりも三日月、君いつまで泣き真似をしているんだ?」 袖で顔を隠し、小さく震えている三日月。 その隣に寄り添っていた安定と清光からは、嬉しそうに喉の奥で笑う横顔が見えていた。清光が、 「男が泣き落としなんて真似どうかと思うよね。主可哀想に、本気で動揺してたよ?」 と言い、 「いつから嘘泣きしてたの?最初は本当に泣いてたよね?」 と安定が首を傾げる。確かに、その長い睫毛には涙が一粒光っていたが、今や彼は嬉しさを隠すことが難しいようで、めいっぱい破顔していた。 「・・・主は、帰って来てくれるのだな」 「朝霧ちゃんの調子が戻ればね」 「うむ・・・」 気付けば、障子からひょこひょこと短刀の皆も顔を覗かせている。 「・・あ、主様、戻ってきてくださるのですか・・・?」 「・・本当に?」 一期が笑顔で頷くと皆ぱぁっと明るく表情を綻ばせた。可愛らしいこと。 その様子を確認してから、 「よっこいしょ、」 三日月がゆっくりと立ち上がった。 「じじくさ」 「三日月さんじじくさい」 「うむ、では次は俺が仕事をしよう」 浮舟の話では、もうすぐ代わりの審神者がここへやってくる。 穏便に、ここを去って頂こう。 夕霧が倒れた時、一度でもここから手放したことをひどく後悔した。例え三日月がどんなに止めたとしても、夕霧は朝霧のもとへ行っただろう。それでも、簡単に手の届かない所へ行かせてしまった自分の行為を、愚かだったと思う。いくら手を伸ばしても、画面の向こうの夕霧を支えることはできない。倒れた彼女を介抱することができないもどかしさに、ひどく心が乱れた。でも、まだやり直せる。夕霧は、主は、戻ると言ってくれた。 「・・・神とは、執念深いものだなぁ」 他人事のように呟く。 12. 主返してくれなきゃ、祟っちゃうぞ
ブラックだった本丸を引き継ぐことになった新人女審神者と、優しい刀剣様たちのありふれたお話。<br /><br />今回少しだけ三日月のキャラ崩壊が激しいかもです。<br />あと、意識してなかったのですが、出来上がってみたら、あれ?これいち兄相手の夢小説だっけ?と思うくらいにいち兄が喋り倒していたので、いち兄とその他口説き隊だけタグに入れさせてもらいます(笑)<br /><br />前回は久し振りの更新にも関わらず、たくさん評価して頂きありがとうございました。本当に感謝です(*´ω`*)
わたしとブラック本丸12
https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=6528736#1
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 付き合うてるんやね、と言われた。だから私は「ええ、まあ」と素直に答えた。隠していないわけではないけれど、彼女に誤魔化しは通用しない気がしたからだ。つけ加え、彼女に同性愛に対する偏見がなさそうなこと、他言しなそうなこと、何より、ほとんど事実を述べているような口調だったためだ。案の定彼女は驚きもせず、「どのくらい付き合うてるん?」と質問をしてきた。 「えーと。そろそろ半年になります」 「へえ、案外そんなもんなんやね」 「どういうことです?」  彼女は顔だけをこちらに向け、「熟年夫婦みたいやから」とにやりと笑った。 「単に付き合いが長いからそう感じるんですよ」 「うん」  私の意見を認めたからこその返答ではなかった。どちらかと言うと否定することが面倒だから、という感じを受ける。  小夜子は出汁巻き卵を箸で割り、そんな大きさで味がするのか、と思うほどに小さな欠片を口の中に放り込んだ。こくん、と喉を鳴らしてから口を開く。 「男同士のセックスってどんな感じなん?」  随分と露骨な言い方だ。食事中だということは彼女には関係がないらしい。 「よおそんなえげつない話ができますね、朝井さん」 「何やの、純情ぶって。男女の場合だって十分えげつないやない」 「そりゃそうですけど」  小夜子は箸を置き、代わりに「どんと来い」とばかりに腕を組んだ。ついでににやにやと笑っている。  私は冷や水で口内をさっぱりさせてから、「してませよ」と簡潔に答えた。 「……はあ?」  彼女が眉根に深く皺を刻む。 「せやから、してません、と」  もう一度きっぱりと答える。彼女は組んでいた腕を解き、肘をテーブルに置いて身を乗り出してきた。 「オーラルセックスは?」 「してません」 「キスは?」 「してません」 「抱き締め合うんは?」 「してません」 「手繋ぐんは?」 「…想像させないでください」  ぞっとする絵面だ。彼女は「信じられない」という感想を顔いっぱいで表現した。そんな表情をされても事実は事実だ。私は私の恋人――言い忘れていたが、火村英生だ――と一度として性的な関係を結んだことはない。 「プラトニックな付き合いなん? 意外やわ。男同士ってもっと盛んなのかと思うてた」  プラトニック。何だかその表現は違うような気がして、私は首を傾げた。 「プラトニックっていうか、何やろ。俺、今の今までまるでそないなこと頭の中にありませんでした」  彼女が視線で話を促すから、私は続ける。 「だから、今少しびっくりしてるんです。確かに肉体関係を持っていてもええ筈なのに、俺は火村との付き合いの中で全くそんなことに思い至らなかった。一度もない。欲情云々の前に、まず彼をそういう対象として見てへんかったんです。仮にも恋人なのに。――朝井さん」 「うん?」  一息ついて、述べる。 「何でやと思います?」  「知るか」彼女は無情にも切り捨てた。 「ある意味すごいわ、あんた」  小夜子はまた出汁巻き卵の欠片をひょいと口に入れる。それから日本酒を呷り、煙草に火を点けた。ゆらりと紫煙が立ち上る。彼女はたっぷりと吸い込んだ煙を、あろうことか私の顔面に吹きかけた。迷惑この上ないが、彼女の仕草は色っぽい。  ところで、その行為の意味は判っているのだろうか。 「朝井さんをそういう対象として見れない、というのとはまた違うんですよね。あ、十分セクシーでええ女やと思いますけど。判りますか、俺の言ってること」 「うん。何となく伝わるわ。私がアリスをそういう対象として見られないことと一緒やね。ええ男かどうかは知らんけど」 「またそういう可愛くないことを言うんやから。ひどいなあ。俺くらいのフェミニストはそういませんよ」 「あんたくらい鈍感なやつもそういないやろ」  見事に一蹴されてしまった。やはり女性には勝てない。 「そんなに鈍感ですか、俺」 「さあね」  彼女は大袈裟に肩を竦め、また煙草を灰へと変えていった。 「ねえ、アリスはともかく、先生はどうなん?」 「どうって?」 「欲情しているか否か」 「それこそ俺の知るところじゃありませんよ」 「…あんた達本当に付き合うてるん?」 「聞いてきたのは朝井さんでしょう」  私もぐいと日本酒を呷る。酒でも飲んでないとやっていられない。そもそもそういう類の話はあまり得意ではないのだ。 「セックスもキスもなしで、どうやって愛を確認しとるんだか」  彼女の言葉を受け、私ははたと考える。 「朝井さん、俺もう一つ気づいたんですけど」  「何や、また碌でもないことやろ」と言われた。多分その通りだ。 「まあ、ええよ。さあ、小夜子姐さんに言ってごらんなさい」 「頼もしいなあ」  酒を一口飲み、口を開く。 「俺、火村に対して好きって言うたこと一度もないんですよね」  頼もしさは一瞬にして消え失せた。小夜子は額に手を当て、「あかんやろ、それは」と呟いた。私は「あ、やっぱりあかんのか」と思った。 「ほんまに一度も?」 「俺の記憶が正しければ」 「告白はどっちから?」 「向こうから」 「何て言われて、何て答えたん?」  また尋問が始まった。 「『好きだ、付き合おう』と言われて、『うん』と」 「普段は言われんの?」 「たまに言われますよ。好きだ、愛してる、って」 「そのときには何て返してるん?」 「……知っとる、と」  彼女はまたもぺちん、と額に手を当て、「あちゃー」と嘆いた。 「火村先生可哀相」  それは私も――今ようやく――思った。 「でも仕方ないと思いませんか。友人だった時期の方が長いんやし」 「それやったら先生はどうなるん?」 「うーん」  生憎と私は答えを見つけられなかった。  恋人同士になったとて、『友人』としての空気は今も消えていない。その場その場でどちらにも転べる、そんな関係だ。決してどちらか一方に偏ることはないし、恐らく火村も今の関係を丁度よく思っている。  でも、だからこそ、かもしれない。『友人』という立場を完全に手放してしまうことを恐れているが故に、私は気持ちを伝えることを躊躇っているのではないだろうか。『恋人』になったにも関わらず、相変わらず彼の傍は落ち着く。まるで余所余所しさがない。しかしそれこそが問題なのではないのか。私達はもう少し互いに対して緊張感を持つべきなのだ。離れることはないという事実を信用しすぎている。事実が事実の時点でおかしい。  段々と言いたいことが判らなくなってきた。 「あかん、鬱になりそう」 「夜はまだまだこれからやで。話は聞いてあげるから、まあ飲みなさい」  頭を抱えた私に、小夜子が渡してきたのは水だった。  「ねえ、アリス」彼女が態度を改める。煙草を灰皿に押しつけ、私をじっと見据えた。 「感情っていうのは不確かなものやろ。だからこそ態度や言葉で相手に伝えようと努力する。あんたの場合は自覚がなかったから仕方がないとは思うけど、今は違うやろ。ちゃんと自分を立場を理解した筈や。真面目に考えなあかんよ」 「はい」  全く彼女の言う通りだった。経験から来る言葉だということはよく判る。  言葉もなく、それらしい態度もない。私はただ彼の好意を当たり前のように貰っていただけだ。火村はさぞかし不安だっただろう。それについて言及してこない彼の優しさに気づき、私は言葉にできない苦しさを感じた。もっと上手く彼を愛してあげられたらよかったのに。 「嘘っぽく聞こえるかもしれませんけど、俺、ちゃんと火村のことが好きですよ。いや、『ちゃんと』っていう言い方も違うでしょうけれど。でも友人でいた時間が長い分、やっぱり彼にどういう態度で接するべきなのかがよく判らないんです。大切にされてる、甘やかされるっていうのも自覚したくなかったし、受け入れがたかった」  一度息を吐き出してから、「セックスとか、本当は考えたくなかったのかもしれません」と言った。 「彼とはセックスしたくないってこと?」 「いえ、そういうんではなく。これは今思い至ったことなんですけど、多分俺は、引き返せる道を残しておきたかったんやと思います」  いつか彼の心が他の誰かのものになったとき、素直に彼を手放せるように。また友人に戻れるように。そんな未来は来ないだろうけれど、保険をかけておかないと私は安心できない。  小夜子はのんびりとした、それでいて優しい瞳で私を見つめてきた。 「うん。判るで、アリスの気持ち」  出汁巻き卵の残りを片づけてから、彼女は続けた。 「結局、それはアリスと火村先生の問題やからね。私がとやかく言う資格はないんやけど。まあどんな形であれ、私は二人が納得できる結果であれば何でもええと思うよ。これは私の欺瞞かもしれへんけど、心から願ってることには違いない」 「ええ、判ってます。ありがとうございます、朝井さん」  「私は先輩やから」と彼女は屈託なく笑う。  そのときだった。テーブルの上に置いていた私のスマートフォンが細かく震える。着信だ。表示を見て、「あ」と声を漏らす。彼女が「火村先生?」と尋ねてきたので、私は「ええ」と頷いた。失礼、と断ってから電話に出ると、まず「俺だ」というバリトンボイスが耳を打った。 「こんばんは、噂の火村先生」 「こんばんは、先日まで締切に追われていた有栖川先生。何だ、噂してたのか。どうりで悪寒がすると思った」 「大袈裟やな。そないな物騒な話はしてへんよ」 「ならよかった。偉大なる准教授の周りにあらぬ噂が立つのは困るからな」 「何が偉大なる准教授、や。この不良学者が」  口を開けば皮肉の応酬だ。今更ながらに、どうして小夜子は私達が交際していると気がついたのだろう、と思った。 「それで、どうした?」 「ああ、いや。特にこれと言った用事はなかったんだが、明日は休みだし、久々にそっちに行こうかと思ってな。噂をしていたということは、誰かと一緒なのか?」 「朝井さんと飲んどる」  ちら、と彼女を見ると、何やらにやにやと笑っていた。 「君も来るか? 家で待っとってくれてもええけど」 「そうだな…」  数秒の沈黙の後、彼は短く「行く」と答えた。私は耳から少し端末を離し、小夜子の方を向いた。 「そういうわけで、構いませんか、朝井さん」 「先生なら大歓迎」  小夜子の溌剌とした声が電話越しの彼にも聞こえたのだろう。火村が小さく笑いを零す気配がする。  彼がこちらに着くにはまだ時間があるだろうから、その間に別の店に渡り、後ほど場所を連絡する、と言った。彼の了解を確認してから通話を切る。小夜子はまだ楽しそうに口の端を吊り上げていた。 「何をにやにやしてるんです?」 「え? いやあ」  たっぷりと時間を取ってから、彼女は「愛されとるなあ、と思って」と言った。 「誰が誰に」 「アリスが火村先生に」 「今のやり取りのどこでそないなことを思ったんだか」  私は溜息をついた。彼女は「待ってました」と言わんばかりの嬉々とした様子で口を開く。 「自分の恋人が他の異性と二人きりでお酒を飲んでいる。それが心配やから、こっちに来るって言うたんやろ。愛やな、愛」 「俺と朝井さんがどうにもならんことくらい、彼だって判るでしょうに」 「男心を判ってないなあ、アリス」  むしろ彼女には判るというのだろうか。 「ちょっと当ててあげようか。普段他の人と飲むとき、火村先生が迎えに来ることない?」 「ええ、まあ、たまにありますけど。それがどうしたんですか」  彼女が指をぱちん、と鳴らす。自分の発言が肯定されたことに満足しているようだった。 「それこそ愛やん。自分の恋人がお持ち帰りされないか心配だからわざわざ迎えに行く、そんな素敵な男はそうおらんよ」 「ふうん」 「気のない返事やな。他人と飲みに行くことを禁止にしたいわけやない、でも心配だから帰りは迎えに行く、そんなんされたら最高に嬉しいやない」  第三者の目線からも、火村が私に惚れているというのは明らからしい。自惚れとも取れるが、確かに私は彼に愛されていると思う。言葉から、態度から、それが伝わる。感じ取れる。だからこそ安心し切り、火村の思いを当然のように受け取っていた。  それにしても、他者からはっきりと言葉にして伝えられるのは何だかとても擽ったい。恥ずかしく、しかし幸せでもあるのだから、つくづく人間の感情というのは複雑である。  ああ、私は彼に愛されているのだ。今更のように思い知る。そして、無性に彼に会いたくなった。  私と小夜子は先程の店から五分ほど離れた場所にある居酒屋に来ていた。半個室のそこそこ広い店で、この界隈、この時間にしては随分と落ち着いた雰囲気が漂っている。私と彼女は向かい合って座り、まずはビールを頼んだ。  私は火村に店の場所を連絡する。そう時間も経たず、彼から「判った」という返信が来た。  腹もほどよく満ちていて、店内が暖かいせいか私は少し眠くなる。頬杖をつきながらぼーっと微睡んでいる私の向かいで、彼女はマイルドセブンに火を点けた。  私が彼女を見つめていたからだろう。煙草の箱を差し出しながら、「アリスも吸う?」と尋ねてきた。 「それなら、お言葉に甘えて」  彼女から箱を受け取り一本を頂戴する。口に挟み、渡されたライターで火を点けた。深く息を吸い込めば肺の隅々にまで煙が行き渡る。身体から力を抜くようにしてゆっくりと紫煙を吐いた。  ふと、先程の疑問が頭の中に浮かんだ。 「そういえば、朝井さん。何で俺と火村が付き合うてるって判ったんですか?」 「んー、何でやろ」  ぽつりと呟く。とりあえず言ってみた、というような感じだ。彼女は煙草を指で挟み、目線を彷徨わせた。どうやら真面目に考えているようだ。 「女の勘というか…」  私は煙草を吸いながら気長に待つ。彼女が唸っている間にビールが運ばれてきた。 「何というか、火村先生がアリスを心底大切に思っとるって、それが伝わってくるんよ」  言葉を慎重に選びながら彼女は語る。 「他の人との扱いが違うっていうか、アリスといるときの雰囲気というか、すごく自然に感じる。うん、リラックスしてる。あんたもそれを無意識下で理解してるんやと思う。だから火村先生の傍におろうとする。彼の隣にいることが自分の役目だって考えてるんやない? これは私の個人的な印象やけど、あんた達の間にある空気、基関係は、多分友情っていう言葉じゃ説明できんと思うのよ。例えが悪いかもしれへんけど、一度付き合うて、別れて、また友人に戻ったみたいっていうか、互いを理解しているが故の遠慮が見える」  彼女は苦笑を漏らし、「答えになってへんね。二人が交際してるって思ったのは、本当に直感的なものなんよ」と言った。 「ついさっきまで、アリスと先生は友人同士やって思ってたんやけど。急に、ものすごく唐突に、その可能性が私のところに下りてきた」 「朝井さんの言いたいこと、よお判りますよ」  肯定すると、彼女はまた苦笑いを零した。 「あかんな。作家なのに、上手い言葉が見つけられへん」 「そんなん俺なんてしょっちゅうです。それでまた火村に揶揄われるんですけどね」 「皮肉の応酬をするほど仲がええ。素敵なことやない」  小夜子が三分の一程度の長さになった煙草を灰皿に押しつけたとき、ようやく火村は顔を出した。彼は私に視線を送ってから、彼女に向かって「こんばんは」と挨拶をした。 「こんばんは、先生」 「何や、時間かかったな」  彼は私の隣に腰を下ろしてジャケットを脱いだ。そのときにポケットからキャメルの箱を取り出すのを忘れない。 「教授から電話が来たもんでね。まあ、ただの確認だったが」 「お疲れさん」  メニューで彼の肩を叩く。火村はそれを受け取り、ほとんど中身を見ずに店員を呼んでビールを頼んだ。そしてキャメルを口に銜える。 「すみません、割り込ませてもらって」  火村の言葉を受け、小夜子は莞爾と笑った。 「ええんですよ。先生の話も聞きたかったし」 「話?」  彼が不思議そうな目をしてこちらを向いた。小夜子はというと、実に楽しそうな笑顔を浮かべながら、やはり私のことを見ていた。いや、どうしてそこで私なのだ。  銜えていたマイルドセブンを灰皿に押しつけ、意味もなく咳払いをする。 「あー、えーと、その、朝井さんにな、バレてしもうて。俺らが付き合うてるってこと」 「え」  火村が驚いだ顔を見せる。しかしそれも一瞬のことで、彼はキャメルに火を点けながら「そうですか」と静かに言った。 「気を悪くしないでもらえると助かります。別にアリスのせいやないですし、揶揄い半分で言ってもらったんともちゃいますよ。私が事実を知っていることを知っている、その方が気兼ねないと思うて」 「いえ、こちらこそすみません。気分を害したわけではなく、単に驚いてしまっただけで。何せ、今まで周りにバレたことがないものですから」 「相当にあからさまな言動がなければ気がつかんでしょう。勿論他言するつもりはありませんし、偏見もないですから。まあ、二人が交際してるってことに違和感を感じてへんだけですけど」 「そう言っていただけると助かります」  火村が微笑しながら軽く頭を下げる。どうやら彼女の言葉を信用してくれたようだ。彼女が遊び半分で我々を揶揄するような女性だとは思っていないだろうが、男同士ということもあり、彼なりに緊張は感じたのだろう。小夜子も私達に対して誠実に接してくれている。たった一人に肯定される、それがこんなにも嬉しく、そして幸せなことだとは思わなかった。 「私は二人が穏やかに過ごせればええと思ってます。偽善者っぽい言い方になってしまいますけど、それが本心ですから」 「朝井さん、ありがとうございます」  私が言うと、彼女は「礼を言われるようなことちゃうよ」と照れくさそうにして笑った。 「そもそも無遠慮に尋ねてしもうたんは私の方やし」 「せやけど、何か嬉しいです」  何が、とは明確には判らないけれど、とにかく嬉しかった。  私の言葉に反応して火村の吐く紫煙が微かに乱れる。横を向いて彼の顔を確認してやりたかったけれど、我慢した。小夜子がまたにやにやし始めるだろうし、そもそも見なくても想像がついた。きっと少し驚いた顔をしていて、だけどその下に喜びを隠しているのだと思う。  だから私は前を向く。彼を驚かせ、喜ばせる機会はいつだって作れるのだから。  そこに丁度よく火村の頼んだビールが運ばれてきたので、私達は改めて乾杯をすることにした。各々グラスを掲げる。 「朝井さんの寛大さに感謝して」 「先生方の脱稿を祝って」 「二人の幸せを願って」  私達はグラスをぶつけた。 「乾杯!」  しばらく互いの近状報告をしながら酒を飲んでいると、また唐突に、テーブルに微細な振動が伝わった。全員が全員自分のスマートフォンを確認し始める。バイブレーションが鳴っているのは火村の端末だった。  彼はディスプレイを確認してから、「悪い、少し抜ける」と言って傍を離れた。  私がグラスに手を伸ばすのと同時に、小夜子が話しかけてくる。 「浮気やないかー、って疑ったりはせえへんの?」 「疑いませんよ。彼が女嫌いだってことは朝井さんも知ってるでしょう」 「男かもしれへんよ」 「どっちにしろ浮気はありえません」  私が断言すると、彼女はやや不満そうに「どこから来るん、その自信」と言った。 「自信とかではなく。彼の性格上、浮気は絶対にしない質でしょうから」  彼は浮気なんてしない、そう盲目的に思っているのではなく、きちんと彼という人間を把握しての言葉だ。彼は浮気をしたりするような男ではない。一々気にしている方がおかしい。 「浮気をするくらいだったら、彼は最初から俺と付き合ったりなんてしませんよ。浮気をするような自分を許さないと思う。もし他の相手を好きになったのなら俺のことはしっかりと切るでしょうし、疑うっていうこと自体が彼に対して失礼な気がするんです」  グラスの縁を指でなぞりながら、彼女は「ふーん」と吐息のような溜息のような呟きを漏らす。 「それも信頼なんやろなあ」  信頼というより、多分、私達の間でそれは当たり前のことなのだ。疑う意味も必要もない。やはりそこが普通の恋愛とは少し違っていて、この思いや関係を『恋愛』という括りにすることにさえ違和感を覚えた。  もし仮に、火村が浮気をしていたら。彼は頭がよく冴えるから、アリバイから何まで完璧に作り上げることができそうだ。完全に浮気を隠すことができると思う。全てを欺いて、上手くやる。  それでも思う。きっと私は浮気に気づいてしまうだろうと、そう思う。全く根拠もなく、所謂ただの勘でしかないが、私は彼の浮気に気づく。何かを察してしまう。それは判る。  そのことについて上手く説明ができる自信がないので、とりあえずは彼女の言う通りということにしておこう。彼女の探るような目つきにも気がついていないふりをする。思っていることを語るには、まだ私と火村の関係は安定しすぎている。  沈黙が続く中、火村がひょっこりと帰ってきた。 「すみません、また教授からの電話で…」  彼がそこで言葉を切る。私達の様子を不審に思っているのだろう。 「何かあったのか?」  私と小夜子は同時に答えた。 「何も」  表通りに向かって歩きながら、我々三人は今宵最後の会話を交わしていた。  実に質のいい夜だった。体内がじんわりと温かく、露出した肌に触れる夜風が気持ちいい。居酒屋の匂いや、人々の雑談が入り混じった音、橙色の明かり、それらを私は一等気に入っていた。この界隈に夜の幸せの全てが詰め込まれているようだ。その中をゆっくりとした足取りで歩く。他者の楽しそうな姿を、このときばかりは愛おしく思う。 「朝井さんの次作品の予定は?」 「んー、ちょこちょこ細かい仕事が入ってる、かな。忙しくはないんやけど。アリスはどうなん?」 「俺も朝井さんと同じようなもんです」 「火村先生は?」 「今の時期は特に何も」  私を真ん中に挟み、左側に火村、右側に小夜子が並んで歩いている。三人とも皆一様にポケットに手を突っ込んでいて、なかなか威圧的な集団に見られそうだ。誰かが転んでも誰も助けてやれないな、などとどうでもいいことを思った。 「じゃあ来月あたり、朝井さんの都合がよければまた飲みましょうよ。今度は俺がそっちに行きます」 「うん、飲も飲も。予定がはっきりしたら連絡するわ」 「君も予定を調べておけよ」  肘で火村を小突く。そしてやり返された。 「俺はどっかの作家先生と違って計画的に物事を進める質でね。予定を空けておくのは難しくない。締切を忘れていたからドタキャン、なんてこともないぜ」 「うるさいわ」  上手い反論が浮かばず、私は安直な言葉で毒づく。彼がにやにやと笑い、そのやり取りを見ていた小夜子もにやにやと笑っていた。私は何だか面白くなく、歩きを速めて二人の間から抜けた。火村と小夜子の楽しそうな笑顔が容易に思い浮かべられる。  ポケットに手を入れたまま、深く息を吸う。居酒屋と夜の匂いが混じり合い、私の身体の隅々にまで染み込んだ。ああ、いい夜だ、と思う。実に満ち足りた夜だ。夜というものに幸福を感じられる大人になれてよかった。深く明るい世界を自由に闊歩する、そんな大人に私は憧れていた。  自然と足が止まる。追いついた二人の間に納まり、また三人で並んで歩いた。  表通りに出たところで、タクシーを捕まえようと火村が片手を上げる。小夜子は今夜、こちらに住んでいる友人の家に泊まるらしい。私と火村は電車でマンションまで戻るつもりだから、彼女とはここで別れる。  歩道に寄ってタクシーが止まり、後部座席のドアが開く。 「二人共、今日はありがとう」 「いえ、こちらこそ。朝井さんと飲めて楽しかったです」  私の横で火村も頭を下げる。彼女は機嫌がよさそうに手を軽く振った。 「ほな、おやすみなさい」 「おやすみなさい」 「おやすみなさい、気をつけて」  彼女がタクシーに乗り込み、ドアが閉まる。発車するかと思いきや、今度は窓が開けられた。 「一つ忘れとった」  頬に垂れた髪を耳にかけ、小夜子はとても綺麗に笑った。 「不思議の国のアリスちゃん、そろそろウサギを追いかけてあげてもええんやない」 「は?」  思わず素頓狂な声を上げてしまう。私がその意味を問う間もなく、彼女は窓を閉め、ほどなくタクシーは出発した。  車の姿が見えなくなるまでを目で追い、火村の方を向く。 「どういう意味やと思う?」  彼はわざとらしく肩を竦め、「さあな」と答えた。これは絶対に何かを知っている。しかし素直には話さないだろう。私は諦めて、先に歩き出した彼の後を追った。  小走りで彼の横に並んでから、歩速を落としてだらだらと駅に向かう。彼がポケットからキャメルの箱を取り出したので、私はすかさず「歩き煙草は禁止やで」と注意をした。火村は不満げな表情を浮かべたが、大人しく箱をポケットに戻した。 「飲み足りてるか」 「十分だ」  それきり会話が途切れる。無言になったのをいいことに、私は小夜子の残した言葉へと意識を移した。  不思議の国のアリスとは、やはり私のことを指しているのであろう。ではウサギとは一体誰のこと、もしくは何を示しているのか。思案しようとして、やめた。  ああ、全く。  私は内心で苦笑する。考えるまでもなかった。それはきっと火村のことだ。何の根拠もないが、ほとんど正解として私の胸にすとんと落ちてきた。追いかけろとは、つまり『火村の愛に報いろ』ということだろう。随分な言葉を残してくれたものだ、彼女も。 「なあ、火村」  返事こそないが、彼の意識が私に向いたことは判った。  彼はきっと知っているのだろう。ウサギが自分自身であるということを。かなり健気なウサギだな、と私は笑った。 「朝井さん、今頃は満足してるんやろうな。アリスを穴に突き落とすっちゅう仕事を完遂できたことに」 「随分と周りが見えていないアリスだな。ウサギが可哀相だ」 「せやなあ」  そんなアリスを律儀に待っているウサギもウサギだが。 「火村」  周囲は喧噪で溢れている筈なのに、私の声はすっと空気に溶け込んでいった。 「君が好きやで。愛してる」  これは私が彼に伝えた初めての愛の言葉だ。今このタイミングで言ったことについては、小夜子に言われたから、という理由がある。しかしそれ以前に、思いは紛れもなく本物だ。  火村の反応を楽しみに待っていたのだが、彼は綺麗にスルーしてくれた。 「さっき朝井女史に言われた。お前が拗ねて、少し離れたときに」 「拗ねとらんわ」  全くつまらない男だ、という言葉は心の中だけで呟く。今の告白がなかったことにされたわけではないだろうが、もう少し何かしらの反応を見せてくれてもよかったのではないか。私は自分一人だけが取り残されたような感覚を味わう。それも今までのつけが回ってきたのかと考えれば、無闇に反論を唱えることもできない。 「で、何て言ってたんや」 「アリスをよろしく、と」  私は息を飲む。 「『あの子は誰かの心に影響を与えることが好きやないから、なかなか素直にはならんと思いますけど。そういうところも含めて、アリスを愛してあげてください』と言われた」 「それで、何て返したん、君」 「アブソルートリー」  びっくりして、私は彼の横顔を凝視した。 「ほんまか?」 「馬鹿、冗談だよ。普通に『勿論、最初からそのつもりです』って答えた」 「そっちの方がよっぽど恥ずかしいやん…」 「だけど事実だぜ」  彼の声音は至って淡々としていたが、響きが優しい。 「自分でもよく理解できねえよ。どうしようもないほどアリスのことが愛おしいんだ」  頭がふわふわする。現実感を伴っていないのに、どうしてか彼の言葉は全てが真実だと思えた。 「うん。ありがとうな。俺も、その、なるべく素直になれるように努力する」 「ゆっくりでいい」  そうしてまた私を甘やかす。このまま彼の愛を受け取っていたら、いつか駄目になりそうだ。 「俺は果報者やな」 「何だよ、突然」 「だって本当のことやから。じゃあ突然ついでにもう一つ。火村、君に触りたい」  そこで私はようやく火村の反応らしい反応を目にすることができた。彼がいきなり立ち止まってしまったので振り返ると、そこには顔を真っ赤にした火村がいた。 「何で君が赤面しとんねん」  あまりにも彼の様子が尋常ではないので、むしろ私は冷静でいられた。 「うるせえ。見るな」  ポケットから出した右手で顔を覆うが、最早手遅れだ。そもそも露出している耳ですら赤い。  私が後ろ歩きで彼の隣まで戻ると、火村は顔を覆ったままその場にしゃがみ込んだ。 「酔ったんか、火村先生」 「……そんなところだ」  ならば優しくしてあげよう。私もしゃがみ、彼の背中へと手を置いた。傍から見れば泥酔者を介抱している姿に見えるだろう。 「今日は初めてのことがいっぱいやな。君とものすごくキスがしたい」 「煽るな。家までまだかかるだろ」 「ここでするか? それともホテル?」  私が揶揄うように言うと、彼は溜息をつきながら手を外し、まだ赤みの残る顔で「家がいい」と言った。 「そうか。ならとっとと立って、とっとと帰ろうや」  私はすっくと立ち上がる。彼が片手を伸ばしてきたので、その手を取って身体を引っ張った。 「いやあ、美味しいもんを見せてもろうた」 「黙れ。忘れろ」  悪態をつく姿でさえ今は可愛く思える。  私が先に歩き出すと、ほどなくして彼も隣に並んだ。先程と同じようにポケットに両手を突っ込んだまま、「愛してる」と火村は言った。 「ああ。俺も愛しとるよ、火村」  なんて幸福な夜なのだろう。
追うということに意識の及ばないアリスとそんな彼を待っている火村先生、そして二人を見守る朝井さんの話。原作版。
幸福な夜
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 季節はすっかり冬となった12月の夜、俺は先程までの平塚先生との会話を糸口にして思考の海に沈んでいた。  進まないクリスマスイベントの会議、そして、奉仕部のこれからのことについて。  ソファに横たわりながらひたすら考える。  小町に理由をもらってまで雪ノ下雪乃の生徒会選挙を防いだ本当の理由とその意味を。  踏み出してしまえば引き返すことは出来ないと、心の内の自分が叫ぶ。  それでも進まなくてはならない。 強かった少女の不出来な仮面を、 優しい少女の悲しげな笑顔を、 作ってしまったのは他でもないこの俺なのだから。  カーテンを開けて陽の光を浴びる。 俺は冬の空を見上げて決意を固めた。      * * * 「じゃ、行ってくるぞー」  玄関で小町に一声かけて普段より早く家を出る。特に意味は無く、ただ準備がいつもより早く終わったから早く出ただけだ。まあ徹夜してるから当然といえば当然だが。  外と家の想像以上の温度差を感じ取りマフラーを口元まで上げて自転車を漕ぎ出す。  走り出すとまた更に寒い。出て早々家に引き返したくなる。早く家に帰ろう。家に帰って炬燵に癒されよう。 冬季限定我が家のアイドル炬燵ちゃんは俺のようなぼっちにも温かい心と温かい毛布で接してくれる。炬燵系アイドルとかいい線いくんじゃね?夏限定みたいなバンドとかあるし。たまに冬でも出てるけど。  そんな益体も無いことを考えながら自転車を走らせる。まだ早い時間帯だからか車も人もかなり少ない。  自然と入学式の日のことを思い出す。  あの日もこんな風に人が少なくて、あのアホ犬が飛び出して俺が助けたんだっけ。走ってくる車ってのは迫力があってやっぱり怖いもんだな。  そうそうこんな風に。  猛スピードで歩道に突っ込んでくるトラックを見て冷静なのか馬鹿なのか、一歩も動けず漠然と考えていた俺を強い衝撃が襲った。 ……おいおい、人少ないからって居眠り運転は余裕過ぎるだろ。 [newpage] ―――へぇ、じゃあキミはずっと一人ぼっちで戦ってきたんだね。 誰かの声が聞こえてくる。 ―――そして、大切だと思える人たちに出会った。 俺に言ってるのか? ―――大切だと思える居場所を見つけた。 ……。 ―――それから考えて悩んで、それでも見つからない答えに足掻こうとした。 何でも知ってんだな。 ―――でも、その矢先にあの事故が起きた。本当にツイてないね。 日頃の行いの賜物だな。 ―――ねぇ、キミが欲しかったものって結局何なんだい? わからん。 それが分かれば苦労はしないんだが。 ―――まだそれを求めるかい? …ああ。 ―――そう。 そこの箱が見えるかな? なんだこの宝箱?みたいなのは。 ―――中に何が入ってると思う? 分かるかよ…。普通に宝石類とかじゃねぇの? ―――そうかもしれないね。でも違うかもしれない。例えば、モンスターとか。 おいおい、大丈夫かよそれ。 ―――どうだろうね。その箱も未知の扉も地図にない道もラブレターみたいな手紙も、踏み込まなきゃ確認出来ない。 なんで最後俺のトラウマ踏んでったんだよ。まあ、そうだな。だからこそ俺は踏み込まなかった。関わろうとしなかった。 ―――期待しなければ、傷つくことはないから。 ……。 ―――さて、そろそろ時間だ。 なんの話だ? ―――これからキミは別の世界へ行く。そこはキミの知らないもので溢れているから、今までの常識は通じないと思ってくれて構わないよ。 おいなんだそれ、聞いてないぞ。 ―――今初めて言ったからね。        転生ってことか?全く上手くいく未来が見えんのだが。 てか生き返れるなら元の世界に戻せよ。 ―――あ、言い忘れた。 キミが必要と感じた時、その箱を使うといい。 ちゃんと言ったからね?  じゃあ、健闘を祈るよー。 あ、おい! そして、意識が遠のいていった。 ―――頼んだぞ、比企谷八幡。 [newpage]  目を開けると一面に白い空が広がっていた。 ……え、なにこれ? どこにいんの俺? 少しのタイムラグの後、先程までの誰かとの会話を思い出す。  本当に飛ばされたってことか? 気持ち半分くらい夢だと思ったんだが。  思わず頭を抱えて唸ってしまう。 なんだよ、どうすればいいんだよ。 知らないこと多すぎだろ。てか情報量が足りなすぎる。おい運営。  耳をすませど、先程までの声は聞こえてこない。あのムカつく野郎?はどうやら助けてはくれないようだ。 チュートリアルもう終わりかよ、説明不足だろ。おい運営。  不本意だが、ここでいつまでもグダグダしている訳にはいかないし情報を何としても得なくてはならない、不本意だが。  兎に角現状把握につとめる。自分の置かれてる状況を鑑みると、起きてからずっと必死で目を背けてた感覚に直面し、意識した途端耐えきれなくなった。   さ、寒ィィィィ!!!  なんで来て早々雪山で寝てんだよ! 考えてた転生と違うし、なんか思いっきし制服着てるし、俺比企谷八幡だし!  クソッ、何から何まで恵まれてなさ過ぎだろ。いや、そりゃ男子高校生ですし山には多少なりとも興味はありますよ、ええ。  でもだからと言って本当に連れてこなくてもいいじゃないですか。別に登山家じゃないし。……そりゃ大きいの嫌いじゃないけどさ。  何か無いものかと辺りを見渡すと隣りに置いてある意味深な箱に気づく。  これってさっきの箱だよな?  抱えてみると予想してた重さは無く、見た目の割りに随分と軽く感じた。 ……開けるか?  いや、でも見るからに怪しいし、 なんというか、禍々しいオーラ?みたいなのをビンビンに感じる。 さて、どうしたものかと考えてると、 ドゴォォォン!! 何かが崩れる音がした。  おそらく何か問題が生じている。きっと面倒事だろうが、今の俺には情報が必要だ。とにかく人に会わなくてはならない。  ふっ、まさかこの俺が自分から人の所へ行こうとするとはな。普段なら他の人の迷惑にならないように人気の少ない道を通ったりする。他人に気を遣える俺マジ聖人。……言ってて悲しくなってきた。取り敢えず行ってみるか。  この時の俺がこんな気楽な事を考えていたのは、この世界を知らなかったからだろう。  何の根拠も無いのに、元の世界の基準で物事を測ろうとして、どうにかなるだろうと楽観視して、そして、    違い過ぎる世界観に絶望することになる。 [newpage]  なんだよ、あれ。  現場へ向かって真っ先に抱いた感想は今までに書いたどの感想文よりも的確に自分の思いを表していただろう。  あちらこちらに見える壁や地面の損傷と崩壊。  そして、なにより目を引くのは巨大な体躯、その体に見合う凶暴な腕。ゴリラに見えて確実に普通のゴリラではない‘‘何か”が破壊活動を行っていた。  想定していた面倒事のスケールの違いに寒さも忘れて立ち尽くしてしまう。 ……常識が通じないってそういうことかよ。んなもん予想出来るか。  心の中でいくら悪態をついても何も変わらないことはわかってるのだが、どうしても直面してる現状に戸惑いと恐怖を感じざるを得ない。  体が震える。この震えは間違いなく寒さによるものではないと理解させられる。  逃げよう。  一刻も早くここから立ち退こう。まずはそれからだ。  音を立てないよう慎重に移動しようとしたその時、見てしまった。気づいてしまった。  あのゴリラの近くに少女がいることを。  遠くからでよくは見えないが、ゴリラが暴れて思い通りに動けず、座り込んでしまっている様に感じた。  そう分かった時、体は自然と動いた。  全力疾走して体を屈め、体重を乗せてゴリラに体当たりをかます。 「ウホッ?」  が、無情にもビクともしなかった。 さすがに倒せるとまでは考えてないけど、全く怯みもしないとは思わなかった。  だが、感触や衝撃は当然あるわけで、ゴリラがこちらに気づくのもこれまた当然。    俺の体は強い衝撃と同時に宙に舞った。……車の次はゴリラかよ。  体中の感じたことのない痛みに意識を朦朧とさせながら、なんとか顔を上げる。    あの少女は変わらず座り込んでいた。目の前で人が倒れたのを目撃して恐怖で動けなくなったのかもしれん。  なら、俺のせいだ。  俺が来なかったらもしかしたら彼女は逃げられたのかもしれない。この世界の住人ならそれが可能だったのかもしれない。    少なくともこの世界歴数十分の俺なんかより長く生きてる彼女の方が知っていることも多いはず。  あの化け物のことも知っていたなら、対処方法も分かっていたのかもしれない。  じゃあ俺のやったことってなんだ?  弱いくせに突撃して、返り討ちにあって、あろうことか無事だったかもしれない少女を危険な目に遭わせてる。 ……犬死もいいとこだ。 『もっと人の気持ち考えてよ!』 『あなたのやり方、嫌いだわ』  思い出してしまう過去の言葉。別に犠牲にしたかった訳じゃないんだがな。勝手にというか、成り行きだ。やり方は変えてきた。今回はそれが出来なかった。それだけだ。  広がってく痛みがリアルな死を実感させる。 転生わずか数十分で死亡とは笑えないな、いや寧ろ当然か。  意識が消えかかりそうな最中、視界に例の箱を捉える。 『キミが必要と感じた時、その箱を使うといい』  あの言葉を思い出す。  なんだ、助けてくれるのか?あのゴリラをどうにか出来るのか?藁にも縋る思いで手を伸ばすが、すぐに思い留まる。 『例えば、モンスターとか』  もし、これがミミックの類いならまともに動けない俺は都合のいいエサになって頭から丸齧りは避けられない。  だが、少しでも可能性があるのなら。  持つ者になれる可能性があるのなら。  彼女どころか友達もいない俺は間違いなく持たざる者だろう。だが、この箱をキッカケに俺は持つ者になれる可能性がある。  それなら、 『持たざる者へ手を差し伸べることは持つ者として当然の義務よ』  きっと彼女はこう言うだろう。そうだろ、部長。  それになにより、あの少女が動けなくなったのは俺のせいだ。だから、これは俺のやるべきことだ。  俺はいつの間にか手に持ってた鍵を箱に差し込むとその瞬間、  体が光に包まれた。 [newpage]  光が収まり、箱はいつのまにか無くなっていた。    俺はどうやら賭けに勝ったようだ。  手に入れたのは不思議な力とその情報。この複雑な力の使い方や特徴についての膨大な情報量は脳味噌を苦しめることなく、元々あったかのようなくらい自然に馴染んでいた。  なにはともあれ、これでなんとかなりそうか。  痛みや怪我も信じられないくらい回復していて、身体も元の世界とは比べ物にならない程思い通りに動かせそうだ。  この世界に適応したってことか?  まあ、いい。  考えるのは後だ。  先の光に気づいたのかゴリラと少女は此方を見ている。ちゃんすってやつだな。  近くに物はない。雪ならあるが、まあ恐らく定石であろう手を打つ。 「[[rb:奇術師の鎖> マジシャンズチェイン]]」  確かな力を持つ言葉を呟く。手に赤と黒の鎖が出現した。 「行け」  思い通り忠実に動いてくれる鎖は瞬く内にゴリラの体を拘束していく。 「ウガァァァ!!」  抵抗しようともがくが、異常な頑丈さと何処までも伸びる鎖に為すすべなく動きを封じられていく。  数分もしない内にあっさりと決着がついた。 ……終わったな。鎖を増やして地面に固定し、一息つく。  初めての戦闘は想像以上にあっけなかったが、これならなんとかやっていけそうだ。さて、さっきのーー 「グォォアァァ!!!」  唐突な衝撃に吹っ飛ばされる。  ああ、そうかよ。こいつら群れにもなるんだな。  体勢を整わせながら戦場の把握を試みる。数は4体、随分いやがるな。仲間がやられて助けに来たってとこか。  狩りは仕留めたと安心した瞬間が一番危ないと聞いたことがあったが、まさかそれを実際に体験することになるとは思わなかった。  きっと、初めて使う力に高揚していたのだろう。理性の化け物が聞いて呆れる。  いつだって、俺の前に立ちはだかるのは集団だ。今回もそれの一つに過ぎない。要するに、いつも通りだ。  来いよ、クソが。 「この野「グワァァァ!!」…え?」  気合いを入れた途端戦闘が終わっていた。何を言ってる(ry  呆然としてると、ゴリラを倒した少女が此方に歩いてきた。 「怪我は無いか?」  確かな強さとどことなく感じる危うさ、それから何より聞き覚えのある声に 「ゆ、雪ノ下?」  思わず口を突いて出た言葉は彼女を困惑させるには充分だったようだ。  何はともあれ助かった。安心した途端、体から力が抜けていく。 「おい、しっかりしろ!」 「だ、大丈夫ですか!?」  おそらく先ほどの少女であろう声を聞きながら意識をゆっくり手放していった。 [newpage]  ふと目を覚ますと、そこには見覚えのない天井があった。 ……俺意識失い過ぎじゃね? もう何回目の前真っ暗になったよ? お小遣いとか全て無くなってるレベル。 「あれから何日経った?」 「え? あ、いや、数時間しか経ってないですよ?」 ……ん? いや、いたの? やべぇ、めっちゃ恥ずかしいんだけど。何が、何日経った?キリッ だよ!カッコつけてんじゃねぇよ! いやカッコよくないけど。 「あ、あの、大丈夫ですか?」  俺が新たに出来た黒歴史に悶えていると、心配そうに話しかけてきた。  ふとそちらに目をやると、かなりの美少女がいた。これといった特徴は無い普通の子だが、整った顔立ちをしている。  優しそうな雰囲気からいかにも心配そうな表情を浮かべてこっちを見ていたため、慌てて目を逸らす。 「どうかしましたか?」 「え、いや、大丈夫です、はい」  いや何がだよ。何も大丈夫に見えねぇよ、特にコミュ力が。 「えっと、ここどこですか? 」  取り敢えず聞きたいことを聞く。 あれからの記憶が無い以上、この人に聞いてみるしかない。 「ここは…ギルドって所です。さっきの女の子が連れてきてくれたんですけど、そこの医務室ですね」  ギルド、ねぇ。……だめだ、ピンとこない。 「あ、あの!」  突然の大きな声にビクッとしたが、彼女は構わず続ける。 「さっきは助けてくれてありがとうございました! 」  そう言って頭を下げた。助けた? てことはこの人さっきの少女か。 「いや、気にしないで下さい。というかむしろすいません」  真剣にお礼を言ってくれているが、俺としてはむしろ迷惑をかけたとすら思っている。だから、純粋な感謝をされる気分にはどうしてもなれない。  そんな気持ちを知らずか、彼女は続ける。 「本当に助かりました。正直、諦めかけてたところもあって…。急に変な世界に連れてこられて、見たことない動物に襲われそうになって、もう何が何だか分からなくなっちゃって。こんなこと聞いても意味分かりませんよね? ごめんなさい」  何かに疲れたかのように乾いた笑みを浮かべた。  ここに来るまでに大変なことがあったのだろうか。その事情を伺い知ることは出来ないが、彼女の中で何かがあったらしい。 ………ん?  今、なんて? 「なあ、今、別の世界って言ったか?」  聞き流しそうになった大事な言葉にもう一度、今度は真剣に耳を傾けようとする。 「えっ? あ、変なこと言っちゃいましたね、忘れてください」  そう言って俯く。  突飛な考えが頭をよぎる。信じがたいが、可能性はある。なにより俺がここにいるのがその証だ。 「もしかして、1度死んだ?」  よく考えなくてもあまりに無神経な物言いに、彼女は目を見開いた。 ……ビンゴだ。ここで畳み掛けるように続ける。 「実はさ、俺も死んだんだ、1度。 それで色々あってここに、いや、この世界に来た」  途切れ途切れになりながらも言葉を紡ぐ。少し危ない賭けだったが、どうやら成功したようだ。  俺はこの世界で生きてく上で、別世界の事を誰かに言うつもりは無かった。  元の世界に例えれば分かりやすい。 急に怪しげな男が、「俺、実は別の世界から来たんだよ、グヘ、グヘヘ。」 なんて言って果たして何人の人が信じてくれるだろうか。いや、信じてくれる人も中にはいるかもだが、間違いなく少数派だろう。  普通の人なら、「へ、へぇ、そうなんだ、ハハッ。」と若干引き気味に答えて距離を置かれる。ソースは中学生時代の俺。俺かよ。  まあそんなわけで、この世界の常識は知らんが念には念を置いた方がいい。  元の世界でさえその反応なのに、ただでさえアウェーなこの世界で無駄に浮く訳にはいかない。  だから、これはちょっとした賭けだった。もし彼女が本当に少しおかしな人かはたまた冗談だったなら、おかしな人になるのは俺の方だ。  だが、これが冗談なんかではなく、異世界に連れて来られたというのであれば、かなりの収穫が見込める。  そして、賭けに勝てたであろう今、彼女の話に注目する。 「それは、本当ですか?」  言葉では慎重を装っているが、心の内に宿ったであろう期待が隠しきれていない。ふぅ、よかった。 「日本の、千葉県出身だ」  ここまで言えばもう大丈夫だろう。 千葉は他のマイナーな県と違って世界的に有名だ。誰もが一度は耳にしたことがある名所も存在する。そう、東京デスティニーランドだね! あれ東京じゃねぇのにな。  世界のCHIBAを聞いて確信したのか、彼女の表情が大きく変わった。流石千葉、やるじゃん。 「日本の東京出身です。島村卯月、17歳です! よろしくお願いします!」  まるでアイドルみたいな自己紹介をすると、何かが壊れたかのように涙を流して、笑った。 [newpage] 次回、『止まった時間』 用語説明 [[rb:奇術師の鎖> マジシャンズチェイン]] 術者の思惑通り忠実に動く鎖。 モチーフは、脱出手品でよく見る体や箱を縛る鎖。 特徴は大きく3つ。 1つ目:かなり頑丈 2つ目:どこまでも伸びる 3つ目:鎖のどの部分からでも別の鎖をさらに展開出来る また、器用に動かしながら魔力を込めることで、かなり破壊力のある鞭として運用可能。  なんか癖のある武器を使いこなすイメージが勝手にあったので、鎖にしてみました。多分これがメインウェポンになるのかなぁ……。 [newpage] [chapter:あとがき] 初めましての皆さん、初めまして。 おい、俺は初めましてじゃねぇぞ!って方、初めまして。bumpkinと言います。  やはり俺の青春ラブコメはまちがっている。、アイドルマスターシンデレラガールズとフェアリーテイルのクロスになります。が、最初なんでテンポ悪いというか、クロス感が皆無だったと思います。すいません。 こっからは色んなキャラを絡めさせられたらいいなと思っておりますので、もしお付き合いいただけたら幸いです。  質問等ありましたら、答えられる範囲で答えていきたいとおもっています。  設定や過去については、色々と変更していくこともあるのでどうかご了承ください。     ヒロインについては多少は考えてありますが、なにかご意見ありましたら書いてくださると嬉しいです。 一応ストーリーの構想はある程度定まっています。  最後になりますが、下手くそな文章を読んでくださりありがとうございます。これからも書いていけたらと思っておりますので、気が向いたら読んでやって下さい。
考えてから行動に移すまで数ヶ月かかるとは…<br /><br />初投稿で初心者ですが、書きたいことを精一杯書きたいと思ってます
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公園のベンチに座った海老名さんに自販機で買ったレモンティーを渡す。 「ありがとう。いくらした?」 「良いよ。別に」 俺は海老名の隣に座り、一緒に買ったMAXコーヒーを開け口に含み、一息付いてから話を切り出す。 「で、話って何?」 「そ、その、比企谷くんは楽しいのかな~って」 「えっ」 海老名さんの行きなりの発言の意味を理解しきれなかった。 「だって、比企谷くんはずっと私の行きたい場所ばっかりに行ってるから楽しいのかな~って思って」 「それは・・・・」 楽しかった。海老名さんと話しているとなんだか安心した。海老名さんとずっと一緒に居たいと思ったぐらいだ。お互いの事を良く分かっているから余計には踏み込んで来ない。その関係に居心地の良さを感じていた。これがきっと、 「本物・・・なんだろうな」 「ん、何か言った?」 「いや、なんでもない」 俺はMAXコーヒーて喉を潤してから、海老名さんを見据える。 「海老名さん、少し話して良いか?」 「うん。良いよ」 「俺は十分楽しんでるよ。海老名さんと過ごす日々は凄く安心した。ずっと一緒に居たいと思った。これが俺が求めてた本物なんだなって思った」 俺は一度深呼吸する。 「海老名姫菜、俺と付き合ってください!!」 もし、この告白がフラれたら俺、自殺するから。 海老名さんは瞳から涙を流していた。 「ええっ!泣くほど嫌なの!!」 「違うよ。最初に言ったでしょ。比企谷くんの事好きだって。嬉しいの。告白されて、舞い上がってるの」 涙を拭い、笑う海老名さんはとても綺麗で思わず抱きしめていた。 「ひ、比企谷くんっ!」 「ゴメン。でも、こうしたいんだ」 「・・・うん、分かった」 俺は海老名さんの顔を見つめる。距離にして1cm。バッチリ吐息が聞こえる。 「海老名さん・・・」 「比企谷くん・・・」 俺と海老名さんはゆっくりと唇を重ねる。 「・・・・やっぱ、恥ずかしいわ」 「そうだね・・・・」 海老名さんは顔が真っ赤になっていた。多分、俺も真っ赤だろう。 「そうだ。渡す物があったんだ」 俺はかばんからある物を渡す。 「これ、開けて良い?」 「ああ、もちろん」 海老名さんは箱を開けると、そこからネックレスが出てくる。 「さっき、宝石店で買ったんだ。人工ダイヤだからそこまで高く無いしな」 その代わりにバトライド・ウォーの最新作は買えなくなったけど。 「嬉しい、ありがとう。八幡くん」 その笑顔と名前呼びは反則ですよ。 「どういたしまして。姫菜」 名前で答えると姫菜は顔を真っ赤にする。やばい、マジて可愛い。 「とにかく、これからもよろしくな。姫菜」 「うん、八幡くん」 こうして、俺たちの本物の関係が始まった。[newpage] 帰り道。俺たちは手を繋いで帰っている。 「そういえばさー」 姫菜が思い出したように呟く。 「ん、どうした?」 「夏休みどうしようか?」 「あー・・・」 夏休み。彼女が出来た今、夏休みは思い出を作る絶好の機会だ。だが、俺たちは3年生。受験のため勉強もしないといけない。 「ま、勉強に支障が出ない程度に思い出作るか」 「なんなら、2人だけで勉強会ってのもありだね」 「文系はともかく理数は聞くなよ」 「大丈夫。私、理数の方が強いから」 なんてたわいもない会話をしている内に別れる場所になった。 「じゃ、この辺で」 俺が手を離すと姫菜は何処か寂しそうな顔をしていた。 「どうした、姫菜」 「えっと・・・」 姫菜は言葉を濁す。ああ、そう言うことか。俺は姫菜の唇を重ねる。 「あ・・・・」 「これで明日まで我慢してくれ」 「・・・比企谷くんってもしかしてS?」 「よく言うだろ。可愛い子ほどイジメたくなるって」 「ふえっ!か、可愛い・・・」 姫菜は俯いてしまった。 「じゃな」 「う、うん」 姫菜は急いで顔を上げ、手を振る。それを振り返して、姫菜が見えなくなるまで見送った。[newpage] 姫菜Side 「ただいま」 「お帰り、姫菜。ご飯は?」 「いらない」 私はそのまま部屋に入り、ベットに滑り込む。今日はいろいろあった。八幡くんとお出かけして、付き合うことになって、そしてキスまで・・・ 「~~~~!!」 ベットの上でじたばたする。あ~、恥ずかしい恥ずかしい恥ずかしいーーー!! でも、何処か嬉しい自分も居て・・・ 「もう、訳分からない・・・・」 「恋なんてそんなものよ。彼氏が出来ると特にね」 私はドアの方を見るとお母さんがこっちを見ていた。 「その様子だと、付き合いはじめたのね。頑張ってね」 私はただ、顔を赤くする事しか出来なかった。
どうもです。<br />題名通りです。
腐った彼女と彼の関係は本物になる
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[chapter:飽きちゃったお話し] 突然だけど、松野おそ松は飽き性である。 これは自分でも自負してるししょうがないことだと思っている。 しかし、普通とは少し違う。 ものに対する執着が長く続かないのだ 例えば、皆が持っている人気のゲームがあるとする。周りが持っているから自分も欲しいと最初の頃は強請るが一、二週間で強請るのをやめてしまい、え?俺こんなの欲しかったっけ?と言う始末だった。 一時的のものへの執着はすぐに消えてしまいその事をすっかり忘れてしまうといった何とも不思議な性格?体質?でなんでこんな事になったんだろうかと知り合いのデカパン博士の所へ行ったりもした。 そして、告げられたのは俺が『長男』である事が原因だと教えられた。 「は?ちょっと俺よく分かんないわ」 「まぁ、簡単に言うと君は長男ということで下の弟達に何でもかんでも譲ってしまうという事ダス。例を挙げるならおそ松くんと弟君が欲しいと言っているものが一つある状況に陥ったら君はなんやかんやで弟くん君に譲ってしまうダスよね?」 「あー、まぁそーかもね……でも、普通だろ?俺、長男だし」 「そう、まさにそれが原因なんダスよ!自分が欲しくても自分が犠牲になれば他の人のものになるという自己犠牲が働いて過度な飽き性になっちゃたんだと思うダス」 「…自己犠牲ね。俺、そんな綺麗なもんないと思うけど……じゃあ、博士には俺の飽き性をどうこうするのは出来ないってこと?」 えー、それじゃあ博士の所に来た意味ねぇじゃん……沈んだ気持ちになっていると博士が 「君の飽き性が軽くなるようにする薬はあるダスが副作用が怖いんダス……だから、君の飽き性をどうこうするものはないダス」 博士の右手にはおぞましい色をした小瓶が握られている。 俺は藁をもすがる勢いでここに来たんだ副作用がどうたらこうたらとか聞いてる暇は残念ながら俺にはなかった。 すぐさま小瓶を奪い取り一気に飲み干した。 ドロリとした喉越しにうっと呻くが我慢し最後の一滴まで飲み干す。 その光景に博士は慌てたように、話しは最後まで聞くダス!とか言っていた。 「の、飲み過ぎダス!ただでさえ副作用が恐ろしいのにそんなに飲んだらどうなるかわからないダスよ?」 「悪いね〜、今、折半詰まってるからさ のんびりと話を聞く余裕がなかったわ」 そう、俺には正直時間がなかったんだ 冒頭でいきなり自分が飽き性だということを暴露したのもいつもの余裕がなかったからで人生の中で一番焦っていると思う。 「俺さ……飽きちゃったんだよ。この世で一番大切で飽きちゃいけない大事なものをさ」 あの日は俺が全面的に悪かったと思うよ? だから、素直に謝ろうとしたらさ俺の場所にニューおそ松兄さんとかふざけた奴がそこに居たんだぜ?思わず殴り飛ばしちゃったけど俺としては長男はお前じゃなくても赤の他人でさえ出来るって言われたみたいでプツンッと何かが切れちゃったのよね。大事な何かが もう、そこからが大変よ〜、構ってとか言うのをやめて家に居ることもやめたし同じ食卓を囲むのも一緒に銭湯に入りに行くのも大きな布団で寝るのも全て嫌になってしまった。 俺は興味のあることに従順だけど飽きてしまったものには興味の欠片もない。末弟をドライモンスターとか言うが本当のドライモンスターは自分じゃないのかと疑い始めた。 俺も流石に驚いたよね。この飽き性っていうのは身内にも作用するのかと怖くなったよ。 前はあんなに家から出たくなくて働きもしたくなくていつまでもずっとこの家で兄弟達と仲良く暮らしていたいと思ってたのに今じゃ一刻も早くあの家から出て仕事をし自立した生活を送りたいと思っている。 そして、無意識にハロワに行きある会社の面接までこぎつけてしまった。 流石、カリスマレジェンドの俺!とか思っていたがよくよくこの飽き性の性格を考えると俺には恋人とか絶対に出来ないのでは?と不安になった。 だって、執着心なんて続かないぜ? 最初だけだぞ……好きとか愛してるとかそんな言葉を吐いて、短い期間でスッと夢から覚め、まるで何事もなかったかのように 「え?俺、君と付き合ってたの?」 とか、初耳みたいな感じで聞いちゃうぜ? そしたら、絶対傷ついちゃうよな。 おっと、少し話しが逸れたな。 まぁ、結論から言うと弟達の事を飽きたんじゃなくて俺が『長男』って言うことに飽きたんだと思う。 そしたらさ俺が『長男』だった事が薄れて俺の中から消えてしまい弟達に 「え?俺、君たちの長男だったの?」 とか、聞いてしまうんだろうな。 いや、絶対に聞くだろうな〜、そういう体質?だし 「おそ松くん⁉︎聞いてるダスか?」 おっと、自分の世界に居たわ 完全に博士の存在を忘れ……てるわけないじゃないか〜 「あ、悪い……んで?何?」 「だから、あの副作用は君がなくてはならない大事なものを飽きてしまったという気持ちを増幅させるダス……つまり、君の大事なものが嫌で嫌でしょうがなくなるダス その、大事なものって弟くん達のことダスよね?」 なるほど、つまり俺はあいつらの事が心底嫌いになるわけだな ……へぇ、面白いじゃん 「嫌いって事はある種の執着だよな?嫌いはまだ興味があるって事だよな⁇じゃあ、大丈夫じゃん」 「相変わらずポジティブに考えるダスね。 この薬の効果は一週間ダス。副作用を利用してもしかしたら君の大事なものを飽きていない状態に戻す事が出来るかもしれないダス!頑張ってダス」 それから、俺の一週間という長い地獄が始まったのだった。 俺は甘く見ていた。薬の副作用であいつらを嫌いになるという事がどんだけ苦痛でイラつくか……この時の俺は知らなかった。 [newpage] [chapter: オ マ ケ] 「……おそ松兄さん、すっごい顔色悪いけど大丈夫?もしかして、風邪?布団敷いてあげるから寝たら?」 心配する末弟、トド松は本当に俺の事を心配しているんだろうな。 その心配はさ今はいらないんだよね。 「……うっせぇよ、大丈夫だから」 「……分かった。」 あぁぁぁぁ、ゴメンな!本当にゴメンな?お前はただ心配してくれただけなのにお前が俺に近づくと不快感に襲われていつお前を傷つけるかわかんねぇんだよ。 そんなシュンとした顔しないでくれよ……。 「兄さーん!元気ないって大丈夫っすか?」 トド松が出て行った数十分後にやって来たのは五男の十四松だった。 なんで、次から次へと帰ってくるんだ?いつもなら、この時間帯野球とかデートとかしてるだろう?なんなの、そんなにお兄ちゃんを苛めたいの? 「……大丈夫だから、今は一人にしてくんない?」 よしっ、いつもの軽い感じで言えた。これなら、傷つけないだろうと十四松の方を見ると俺はギョッとした。 「……う、ん…分かった」 なんでそんな目に涙が溜まりながら苦しそうに返事をするんだ? もしかしたら……! 十四松が出て行った後、そこら辺に置いてあるカラ松の鏡を拝借する。 「……うわぁ、こりゃヤバイ顔だな」 口調はいつも通りだったが表情が怖かった。 もしかして、今まで嫌いだった奴にこんな顔を向けていたのか?と思い返すが全く見当もつかない。そりゃあそうだろうな、きっと無意識でこんな顔してたんだろうし ハァ〜、と大きくため息をついた所に残りの3人がやって来た。その表情はどこか困惑しているようだった。 もしかしたら、下2人に俺の状況を聞いたのだろうか? 悪い事をしたなと思いつつ一気に不快感が襲ってくる。しかも3倍で…… これは、ヤバイ あいつらは、1人ずつだったからまだ何とか出来たが3倍は強烈すぎる。 「おそ松兄さん」 名前を呼ばれた。たったそれだけなのに耳を塞ぎたくなる。 その声で俺の名前を呼ぶな!と怒鳴り散らしたくなる。 あぁ、ダメだ……返事くらいしなくては いやいや、違うよな?これは家から……こいつらから距離を取らないと俺が持たない。 しかし、出入り口はあの3人が塞いでいる。逃げられるはずもない。 ゆっくりと息を吐きながら何だ?と答える事が出来た。 こいつらの顔を見て返事は無理だなと目を伏せるが俺の返事を聞くと肩がビクッと震えた事に気がついた。 え?何、返事しただけなのになんでこんな反応されんの? 「……兄さん、体調が悪いらしいな?2人から聞いたぞ?」 「……しかも、様子が可笑しいって2人とも泣きそうだったよ。」 「……ねぇ、なんでこっちを見てくれないの?」 カラ松、一松、チョロ松が順々に聞いてくる。 やっぱり、あいつら泣きそうなのかと思いつつチョロ松への返事ができない。 頑張れ自分!1週間だけ……たったの1週間で副作用の効果が切れる。それを利用してこの飽き性を何とかしなければ__それが、今回の目的だ チョロ松は俺からの返事がない事にイラつき始め俺との距離を縮めていく。 クソッ、こうなったら最終手段だ! 俺は即座に後ろへ下り窓から脱出した。 ここが2階なんて気にしたら負けだと思うしそろそろ本当にヤバイので暫くは家に帰れないなと思いながら地獄の1週間が幕を開けた。 「…………えぇぇ⁉︎ここ2階なんだけど⁉︎」 「フッ、俺も落ちた事があるがピンピンしているぜ?」 「お前はそのまま永遠に寝てればよかったんだよ。クソ松」 「え?」 「それよりも、やっぱりおそ松兄さんの様子が可笑しかったね」 「うん、下2人には甘い筈なのに泣きそうな顔させたっていうのも引っかかる。」 「そういえば最近、兄さんを見かける事がめっきりなくなったな。パチンコとか競馬に行ってると思っていたが居なかったぞ?」 「え?じゃあ、最近家に居ないのはなんで?」 「……兄さんのあんな冷たい声、俺初めて聞いた」 「………そうだね。僕もだよ」 「俺もだ……俺たちに向けては聞いた事がなかった。」 「他人に向けられた言葉が僕たちに向けられた………なんか嫌な予感がするな。」
「なんか、『長男』やんの飽きちゃった。」<br /><br />3月13日<br />ルーキーランキング1位<br />女子に人気ランキング96位<br />を獲得しました!<br /><br />たくさんのブクマと評価を頂き有難うございます!<br />タグやコメントも有難うございます。<br />皆様の希望により続編を書かせてもらいますので楽しみにして下さい!
飽きちゃった長男のお話し
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ー被疑者11名、うち軽傷者3名、重傷者6名。関与した関東図書特殊部隊・堂上班4名、被害報告なし。 式典出席者384名、うち軽傷者2名。 「褒賞もんですな」 報告書を放り投げ、幹部の1人が感嘆の声をあげた。 「プロの手口のようだが、手がかりは掴めたか?」 「その点は警察に任せていますので…」 「標的が副司令だけではなかったにせよ、調査は必要だろう」 その場にいた全員の視線が一点に集まる。ーー稲嶺は黙したままだった。 一○四五。郁はおどおどしながらロビーに立っていた。 柴崎に服も顔も見てもらったし、おかしくないよね。遠目で窓ガラスに映る姿を確認する。ワンピースに柔らかな素材のカーディガン。女の子らしい服装をしている自分に落ち着かない。 3度目のチェックをしていた時、男子寮の扉から堂上が現れた。 「早かったな。悪い、待たせた」 「いえ!今来たところです!」 薄手のジップパーカーにブラックのジャケットを合わせた格好がよく似合う。勢いよく敬礼した郁を見つめて一瞬固まったように見えた堂上は、苦笑しながら腕を降ろさせた。 「教官でも、カジュアルな格好で出掛けるんですね」 「俺をなんだと思ってる。寮だとジャージだろうが」 不機嫌な顔で郁の頭を小突き、スタスタ歩き出した。郁も慌てて追いかけると、ゆっくりとした速度に落ちる。 こんな時、自然に合わせてくれるんだよなぁ。じんわり顔が熱くなるのを感じて郁は俯いた。 「ーーお前も」 「はい?」 「…よく似合ってる」 「あ……アリガトウゴザイマス…」 まるで、デート…みたい。駅に着くまで郁は顔を上げられなかった。 目当てのカフェに着くとテラス席に通された。 しばらくして郁にはタルトタタンと紅茶、堂上にはコーヒー。偶然会ったあの時と同じメニューが並んだ。 琥珀色のリンゴを口に含んで、郁は花が綻ぶように破顔した。 「美味しいー!」 「お前はいつでも美味そうに食うな」 「そんなことないです!この前はあんまり美味しくなかったし…」 郁はやや眉を下げてフォークを置いた。 「ああ、自惚れてたってやつか」 胸がツキンと痛んだ。せっかく忘れかけてたのに。 視線を合わせたくなくて、ティーカップに手を伸ばす。堂上はしばしの沈黙のあと、コーヒーカップに口をつけながら「俺に『相談すべきことじゃない』か」ぽつりと呟いた。 思わず顔を上げると堂上と目が合った。その表情は穏やかだが、どこか距離を感じる。 王子様卒業宣言をした時、堂上に言ったのだった。『相談すべきことなら真っ先に相談する』と。しかし気持ちを自覚してからは必要以上に意識してしまいーー結果堂上を避けた。 その時を思い起こすと、堂上は何も尋ねない代わりにこんな表情で郁を見ていたことがあった。 もしかして、ずっと傷つけてた? 『正直に正面からぶつかるのが君の良さだ』 彦江は揺るぎない声で褒めてくれた。ここで怯えるなんてーー 「らしくない、ですよね」 「ん?」 「ーー教官」 「…待て」 「……え。」 「俺が言う」 「ま、待ってください!」 「笠原…」 「あ!あああたし教官のこと尊敬していますっ!!」 先に言われたらこの気持ちは終わっちゃう! 郁はフルスピードで突っ込んだ。 ーーーが。ゴール直前で急ターンした。 「俺もだ……え?」 ーーあたしのバカバカバカ!!でもやっぱり無理!言えないです副司令!! もしこの場が査問会だったら言えたかもしれない。目の前が尋問官だったらきっと言えた。絶対言えた。でも本人には無理!! 心の中でのたうち回っていると吹き出す音がした。 「そうだよな。知ってる」 喉の奥でくつくつ笑いながら堂上の手が郁の手を包み込んだ。 触れた掌から熱が伝わり、郁は音が出そうな勢いで紅潮した。 堂上は一頻り笑うと「あー」と気の抜けた声を出して空を仰いだ。 「ったく、副司令まで巻き込みやがって」 「なっ、巻き込んだりしてません!タルトタタンの正体は初めから知ってます!」 「んな話のわけあるか!」 堂上はぷいと顔を逸らした。郁の正面に見える耳は真っ赤に染まっている。 「…それは、あれだ。……廊下でのあれを見られたからだ」 「廊下でのあれって………うそぉ!!」 ーー脳天から爪先まで一気に血の気が失せた。 副司令はキスを見たからあんな質問したのか!うわぁあたし職務中に何仕出かしてんだ! 「す、すすすすみません教官…!誤解ってあのことだったんですね…」 「俺も見られてるとは思わなかった」 「明日の朝報告します!事故だから問題ないって!」 「いや、いい。お前が頭突きしてくれなければ俺からしてた」 「そうですかじゃあよかった!………って…」 いつの間にか堂上は郁に向き直っていた。包み込んだ掌に力がこもる。 「誤解しないでほしい」 漆黒の瞳に吸い込まれそうーーー 「すみません、一昨日ホテルの式典にいました?」 突然の声に2人が振り向くと、男がテーブルの側に立っていて堂上に微笑んだ。 堂上はなにも言わずに探るような目つきで男を見上げる。 「やっぱりそうか。連れが一昨日お世話になりまして」 笑みを深めながらとん、と指で左頬を突いた。向かい合う堂上の左頬には昨晩銃で切り裂かれた傷があり、肌色の大きな絆創膏が貼られていた。 「情報が『左頬を怪我した図書隊』だけだったし、基地から出てきた奴に片っ端から聞くつもりだったんだけど。いやぁ、合ってて良かった」 「…誰だ」 すでに堂上の視線も体勢も臨戦状態まで引き上げられている。 「大丈夫、ここでは何もしませんよ。一昨日会場出た後合流しようとしたんだけど、皆ずいぶん早く捕まっちゃったからカッコ悪いのなんのって。でも分からなかったでしょ?敷地外にいた俺らのことなんて」 視線だけ左右に巡らせた後、ニヤリと笑う。 「……何が望みだ」 「ちょっと付き合ってもらえます?さすがにやられたまんま手ぶらじゃ帰れないからさ」 郁は男を睨みつけながら腰を浮かせた。 「あ、彼女も図書隊だよね。彼の持ち物全部持って帰ってからなら報告してもいいよ。俺らも女の子に手を出すほど鬼じゃないから。じゃ、行きましょっか」 どこにどれだけ仲間がいるか分からない。張り詰めた顔で堂上を見つめた。 堂上は静かに立ち上がると財布と図書手帳、携帯を手渡す。郁は震える手で時間をかけて鞄にしまった。 堂上が男に向き直った時、郁も立ち上がって遠慮がちに尋ねた。 「い…1回だけでいいので、ぎゅってしてもいいですか」 堂上は静かに微笑み両手を拡げた。郁はゆっくり近づくと両腕を堂上の腰に巻き手を組んで、肩に頭をうずめる。 このまま一緒に基地へ帰りたい。腕の力を強めると、苦しくなるほどの力で抱き締め返された。 「……大好きです」 「…いい子だ」 しばらくして2人が離れると、男は堂上の肩に手を置いて郁に「それじゃ」と笑いかけた。できる限りの力で睨みつけるが、怯むような相手ではない事くらい分かっている。 郁は2人の姿が見えなくなるまで立ち竦んでいたが、素早く鞄を引っ掴むとレジの店員に紙幣を押し付け「お釣りはいりませんから!」と言い残して全力で走り出した。 通行人を避けながら鞄を探り、ガンメタリックの携帯を耳にあてる。 「もしもし、笠原です。至急隊長お願いしますーー」 小さなワンボックスカーに乗り込むと、運転席と助手席に男が2人乗っていた。堂上は隣に乗り込んだ男を睨み据えながら両手を前に下げる。手首には手錠。 「すいませんねぇ、デートの途中だったのに。彼女も一緒の方が良かった?」 「あいつが倒した犯人は2人とも軽傷だ。殺るなら俺だけで十分だろ」 男はニヤニヤと笑うだけだ。 車の行き先は分からない。堂上は一点を見つめたまま、微動だにしなかった。 着いたところは雑居ビルの2階だった。乱暴に背中を押されて部屋に入ると中には男が5人おり、年長者であろう男が椅子を持ってやってきた。 攻撃を警戒したが、そのまま椅子に座ると脚を組んで値踏みするような眼差しで眺める。 「一昨日お前が捕まえた男は俺の弟だ」 「…雑魚が多すぎてどいつだか分からん」 「外で話した奴だよ。お前に殴られた後連絡してきた。おかげでやったのが頬に傷がある図書隊員だと分かった」 あいつ、あの後意識が戻っていたのか。 上階から聞こえた銃声に気を取られ、男を叩きのめした後全速力でホテルに引き返したーー自分の詰めの甘さを今更後悔しても遅い。 「まぁ楽しませてくれよ」 [newpage] 「それで、堂上はどこだ!」 「待ってください、電源入れたらすぐ光るようなもんじゃないです」 モニターを前に特殊部隊の面々は戦闘態勢で指示を待っていた。 郁は部屋の隅で俯いていたが、近づく気配に顔を上げた。 「すみません…あの時どこまで監視されてるか分からなくて。誘拐されたのが私だったら良かったのに…」 「笠原さんは上出来だったよ。堂上も褒めてくれるさ」 「小牧教官…」 「とにかく、涙を拭こうね」 優しくハンカチを渡されて、初めて泣いていることに気付いた。 こんな時に泣くなんて女の子みたい。こんなんじゃ、だめだ。 小牧は郁を誘い部屋の外の廊下へ連れ出した。 「すっ、すいません小牧教官…作戦室で泣くなんて」 「いいんだよ。よくここまで我慢したね」 肩を優しく叩かれ、堪らず郁はしゃがみこんだ。涙がーー止まらない。 「…はっ、早く見つけないと…。助けないと……」 「大丈夫、あいつも黙ってやられる奴じゃないよ。それに携帯もまだ電源が入ってる。気づかれてないってことは無事の証拠だ」 ーーあの時。堂上の携帯を鞄にしまう時、代わりに自分の携帯を袖口に隠した。 堂上の腰で組んだ手を陰に、背中とベルトの間に携帯を挟んだのだ。ガラケーなのでクリップのように腰に密着している。 GPSの位置は動き続けている。非武装緩衝地帯では手を出せないため、特殊部隊は追跡の準備を進めていた。 ーー突然、作戦室が色めき立った。 小牧と郁が部屋に入ると「行くぞぉ!」「おう!」と号砲のような応酬と共に次々と隊員が出て行く。残った緒方が振り向いた。 「GPSが止まった。場所は新宿」 「でも…!武装できないです…!」 「それは問題ない」 「ーー武装できるところに要請したからな」 聞きなれない声に振り向くと、彦江と3人の幹部が立っていた。 「ここからは我々のやり方でやらせてもらう」 昏く底光りする眼は、もはや敵か味方かも分からないーーー 頬を殴られ下卑た笑いを浴びながら、堂上は考えていた。 図書基地を見張っている仲間がいるとしたら、あの後郁は無事だろうか。 特殊部隊が動き出したら人質として交渉材料にされるだろうが生きたまま、とも限らない。その時、彼女はーーー 鳩尾を殴られて、吐き気とともに床に崩れる。 「そろそろ連絡するか」 男が椅子から立ち上がり様一瞥し、「箱と包丁持ってこい」と告げた。 指を送るのは常套手段。堂上は跪いたまま睨み上げた。 ーードンドンドン。 突然部屋に響く乱暴なノック音。男の1人が近づいて確かめようとした瞬間、勢いよくドアが開き黒ずくめの武装集団がなだれ込んできた。 咄嗟に、特殊部隊かと思った。 見惚れるほどの迅速な隊列、整った射撃姿勢、腕にはーーPOLICEの文字。 その場はたちまち警察の独壇場となった。 「堂上篤二等図書正ですか?」 頷くと屈強な男達にあっという間に引き摺り出される。 雑居ビルから出るとそこには戦闘服に身を包んだ大勢の特殊部隊、その中に場違いな淡い黄色のワンピースを着た郁の姿があった。 ーー花みたいだな。 ぼやける思考の中でそんな事を考えた時、ぐじゃぐじゃな泣き顔で郁が飛びついた。 「ぎゃははは堂上、決まらねぇ~!!」 身長差のせいで郁は堂上の頭を抱えるように抱きついていた。外野が気にならないわけではないが郁の香りと温かさが心地よく、目を閉じた。 郁は泣いている。その振動さえも愛おしい。 郁を抱き締めようとしたが、後ろ手に手錠をされて動けない。すると、カチャンと音がして急に手首の重みから解放された。郁に頭を預けたまま、ゆっくりと腕を回して抱き締めた。 「…大丈夫?堂上」 名残惜しいが身体を離して振り向くと、小牧が手錠を手に眉を下げていた。 「4、5発殴られただけだ。早かったな」 「笠原さんに感謝だね」そういいつつ堂上の背後に手を差し入れ、ベルトから携帯を抜き取る。 「あと副司令にも」 視線を巡らせるが、その姿はない。 「警視庁に直接依頼して派遣させてくれたんだ。にしても早かったな、どんな裏技を使ったんだか」 両手を挙げて苦笑した。 「特殊部隊はなんでこんなに」 「武装しないでも戦闘服で取り囲んどけば、残党もでないはずだし何より牽制できるからね。交戦規定ギリギリだよ、全く」 ため息を吐く視線の先では玄田が警察の責任者と思しき男を叩いて大口で笑っている。 ようやく安堵感が押し寄せてきて、堂上はドアが開いたバンの荷台に力なく腰掛けた。 現場は騒然としている。 連行される犯人グループ、建物周辺の道や店舗からぞろぞろと帰還するSWAT隊員。ひしめき合う特殊部隊員と一連の騒ぎに集まる野次馬ーー身体中痛いのに、なぜか笑いがこみ上げた。 「大丈夫ですか?」 毛布を手に控えめに隣に座ったのは、繰り返し頭に浮かんでいたその顔で。 「ああ。迷惑かけたな」 笑ってみせると郁はそっと毛布で堂上を包んだ。 「…泣くなよ」 「は、はぃぃ…」 項垂れる頭をくしゃっと撫でると、シャツの裾をわずかに掴まれた。堂上は肩にかかっていた毛布を持ち上げると素早く2人の頭を覆う。 外光が淡く遮られ、毛布の中は柔らかく温かい。郁の瞳を覗き込みながら距離をつめる。 「…俺だけ見てろ」 そのまま唇が重なった。 ゆっくり確かめるように温もりを分け合う。裾にあった郁の手はいつのまにかパーカーの胸元を掴んでいた。その手を上から握ると、拳をほどいて指を絡める。 「…っ」 郁がゆっくり顎を引き唇が離れたが、額はつけあったまま。 瞳を閉じて、小さな空間に満ちるお互いの温もりを無言で感じていた。 「よぉーしお前ら帰るぞ!」 野太い玄田の一声で、堂上は毛布を下ろす。毛布の下柔らかくぼやけていた空間が一気にざわめく現実のものへと変わった。 翌日堂上の姿は副司令室にあった。 途中で副司令が作戦を指揮したためだ。 「この度はご迷惑をおかけしました」 「残党がいたことは初めの報告で分かっていたが、調査が遅れたのが原因だ。責任はこちらにある」 「お前のおかげであぶり出せたようなもんだ。気にすんな!」 玄田がバシッと背中を叩いた。昨日の怪我から1日、全身に震える痛みが走るが必死に堪える。 堂上は気になっていたことを尋ねた。 「なぜ警察は動いたのでしょうか」 「地方公共団体との連携するのもあちらの課題だろう?」 彦江は手を組んだ姿勢で口の端を引き上げた。 「もともと犯人グループは警察でもマークしてた奴らだったからな」 玄田は身体を捻ると「お偉いさんに電話一本、一気に捕食してたぞ」小声で耳打ちするが、地声がでかすぎて丸聞こえだ。敢えて彦江の方は見ないことにした。 「今回は笠原士長の対処も評価された。気付かれずに携帯を装着させる方法は防衛部のマニュアルに取り入れたいと要請がきている」 「それは「あーあー、そりゃだめです。こいつらにしかできませんから」 堂上は瞬時に全身から汗が噴き出した。 「人前で抱き合ったり毛布に包まっていちゃつくなんて野郎同士じゃ「た、隊長!!!」 「…….そうか」 ああ、穴があったら、なくても掘って入りたい…昨日の監禁場所の方がまだマシだ。 遠い目をしながら堂上はその場を辞した。 今日は負傷した堂上のみ休養が与えられた。そのまま図書館へ向かうと開架図書をカートで運ぶ郁を見つけた。 そっと近づき物陰へ引っ張り込む。 「!」 いきなり引き寄せ口付けた。 「んっ…ん」色気のある声を聞くといろいろまずい。自制心をフル稼働して身体を離す。 「…教官…いきなりひどいです…」 「すまん。我慢できなかった」 真っ赤に染まる郁をもう一度抱きしめたいが、それもまずいだろう。 「やっぱり自惚れそうです…」 ぽんぽんと頭の上で掌を弾ませる。 「特別じゃないわけないだろ、自覚しろばか」 手の甲で頬を撫で、その温もりを確かめる。 郁がその手を捕まえて、そのまま頬と挟み幸せそうに瞳を閉じた。 「よかった」 今は瞳を閉じている。堂上がこんなに幸せそうに笑っていることを郁は知らない。 fin
いつもご覧いただく方々、ありがとうございます。<br />前作「要人警護」<strong><a href="https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=6513545">novel/6513545</a></strong>の続きを途中まで書いていましたが、長いのでカットした部分です。<br />後日談書いてもいいよ、と温かいコメントをいただいたので短い駄文ながら投稿いたします。<br />どなたかのお暇つぶしになれば幸いです。<br /><br />!補足!<br />当作品が2016年03月12日付のデイリーランキング 14 位、女子に人気ランキング9位に入りました。<br />皆様のおかげです!ありがとうございます!
要人警護・後日談
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「本当に大丈夫ですか、工藤探偵? もう少し先までお送り致しますよ!」 「いえ、本当にここまでで結構です。お手を煩わせてしまいすみません」 「何を仰いますか! 工藤探偵の身に何かあれば、皆持てる力全てをもって尽くす所存ですよ」 『それは心強い!』 「皆さんのお力はどうぞ、僕個人だけでなく市民のためにお使いください。お気持ちはとても嬉しいです」 「そんな! 嬉しいだなんて!」 『良かったですね、刑事さん』 「ええ、ですから此処で大丈夫です」  ――――冒頭に戻る。この会話を既に10分前から延々と繰り返している。  駅までで良いと申し出てからやけに譲ってくれない刑事は、俺の家の前までどうしても送りたいようだ。覆面パトカーとはいえ、俺個人のためにタクシー代わりにしていることは心苦しいし、何より宮野に目撃されるのが恐ろしくて堪らない。「あーら探偵さん? 私を放り出し夕食の支度を押し付け、連絡一本も入れずに深夜に帰宅、挙げ句の果てには税金でタクシーに乗るとはどういうおつもりかしら?」なんて台詞がグサグサと矢のように降り注ぐに決まっている。嫌味攻撃を受けるのは確定だろうが、余計な刺激を与えて要らぬ傷を増やしたくはない。だから家の前までは絶対に行って欲しくない、ここらで車から降ろして欲しいのに、人の良い刑事は矢鱈に俺の身を案じて一人にすることを厭った。駅から10分繰り返した会話のせいで、自宅はもう目の前に迫りつつある。俺が礼を告げる度に何故だかテンションの跳ね上がる刑事のお陰で、車内は金の蝶で溢れかえり光ですし詰め状態だ。 「本当に、ありがとうございます。助かりました。僕一人のためにお時間を割かせてしまい、これ以上は心苦しくてなりません。ここまでくれば大丈夫ですから、どうぞ車を停めてください」 「工藤探偵が恐縮される必要はありません! これも立派な職務なのです。工藤探偵を途中で降ろしてきたなんて知れれば、僕は明日免許センターへ左遷されてもおかしくありません」  冷静になれ。おかしいだろう。 「目暮警部からも、佐藤さんからも重々言付かっております。聞きましたよ、今回本当に危ない目に遭ったって」 『本当ですよ! 今までもたくさん危ないことはありましたけど、今回ほど憎悪が湧いたことはないです!』 「以前から僕達捜査一課はずっと気に掛かっていたんです、年頃になって益々綺麗になっていくあなたに、良からぬ輩が手を出してくるんじゃないかって」 『ええ! 以前からですか?』 「案じていたにも関わらず、警護もまともにつけなかったこと本当に責任を感じています。だから今日はせめて、あなたが家にお帰りになるのを見届けてから戻りたいのです!」  俺の要望はどうやら120%通らないらしい。それだけはよく伝わった。俺の目は誰が見ても亡者のような絶望を湛えた眼差しになっていると思う。死刑の確定した被告人の心境を味わうことになるとは、全く露ほども想定していなかった。 『刑事さん、どうか彼がもう二度とあんな目に遭わないようにご配慮くださいね』  そしてさっきからやけにナチュラルに会話に混ざっている男。後部座席で死んだ魚の目をしている俺の左隣にちゃっかりと掛けているのは、きらきらと美しく発光している俺の守護霊……浅井成実だ。あの炎の記憶の姿のまま、輝いていることだけを除けば普通の人間のようにしっかりとした形をもって存在している。刑事に話し掛けても聞こえないのだから返事などない。にも関わらず彼は慣れた様子で鳩や蝶と戯れながらにこにこと平然としている。  聞きたいこと、話したいことがたくさん、たくさんある。  あの日からずっと俺の傍にいたのか。  どんな気持ちで、どうして俺の傍にいるのか。  死に追い詰めてしまった懺悔。  炎に埋もれていくあなたを、見ていることしか出来なかった慙愧の念。  周りにずっと警官や刑事たちがいたお陰で、すぐそこにいるのにまともに会話もできず今に至っている。俺のこの悶々とした心情も気付いているだろうに、却って明るく振舞っているのか成実さんは未だに刑事とのちぐはぐなのに何処か噛み合っている奇妙な会話を続けている。 「あの大きな屋敷に一人でっていうのも心配ですね。ご不便ないですか?」 『防犯については些か杜撰ですね、俺が憑いているので最悪な事態にはしませんけど、そもそもそんな機会があってはいけないんです!』 「あー、いや、その」 「やっぱり! ご不便ですよね? これから要請があった際は必ず送迎致します! それで周囲の人間へある程度の牽制はできると思うのですが」 「え? あっ、いや、その」 『刑事さん、プライベートでももう少し警護体制なんとかなりません? 彼の事件遭遇率は本当に異常なんです、常に居場所を把握して密着しておいてもいいくらいです』 「ええ!? それは困ります!」 「いえいえ、こちらがお力を貸して頂いてるんですからそれくらいのことは最低限の礼儀ってもんです! あ、これ、良かったら僕の携帯番号です。いつでも必要の際はお掛けください!」 「えっえっ、あ、え?」  誰か助けろ。俺は今誰と話せばいいんだ。  人様には聴こえない声まで拾えるようになってしまった聴力では、元気よく喋っている成実さんを無視することなんて到底出来ずついリアクションを返してしまう。しかしそうすると成実さんを認識できない刑事に返事をしたように取られてしまい慌てるばかりだ。ミラー越しに笑顔を見せながら、いつの間に書いていたのか、携帯番号の書かれたメモを後ろ手に手渡してくる刑事に満面の愛想笑いを返しながら受け取ると、彼は漸く前に向き直ってくれた。このやり取りをニコニコと嬉しそうに見ている成実さんの思惑通りの展開になっている気がするのは何故だ。 「ありがとうございます……でも、僕の方から協力を申し出て、勝手にお邪魔しているのですから、皆さんにはいつも通りでいて下さらないと困るんです」 「しかし……我々にとってあなたはただそれだけの人間じゃないんです。絶対に失ったり、傷付けてはならない大切な人でして……」 『あれだね、一課の皆さんにとっての佐藤刑事みたいな感じだね』 「へっ?」  突如会話の矛先を俺に変えてきた成実さんは、まるで内緒話をするかのように手で口元を押さえながら茶目っ気たっぷりにウィンクした。数時間前の拉致監禁、暴行未遂、待ち受ける宮野の懲罰、刑事の意味不明な言、不可思議な三人での会話によって心身ともに疲弊した俺の脳は、成実さんの言っていることも上手く処理できずに「やっぱり男性には見えないなぁ」なんて今は到底関係のない感想を生むに至っていた。 「ご自覚ありませんか? あなたは我々捜査一課……いえ、警視庁、いや、日本警察にとってかけがえのない宝なのです!」 「へっ!?」  成実さんからまた刑事にと顔を戻すと、俺は一体何の台詞に相槌を返してしまったのか、熱のこもった演説が始まってしまった。 「自分が初めて工藤探偵とお会いしたのは、あなたがまだ高校一年生だったときでして……現場であなたの的確な捜査と見事な推理、そして犯人を捕らえる華麗なテクニックを目にして、強い衝撃を受けたのです! 若さが決して未熟さにはならない、あなたの鮮烈な姿がずっと瞳の奥に焼き付いて離れませんでした! それから大変な事件に関わるようになったと聞いて本当に僭越ながら心配もしたものですが……無事にお戻りになって、しかもあの東都大に首席合格なんて! 本当に素晴らしい! あなたは我々の憧れそのものです!」  うわぁぁぁぁぁぁぁぁあああ。  あまりの恥ずかしさに俺は耳を塞いで額を膝につけるくらいに体を折った。  これが罰なのか? これまでの不遜な態度の?  死刑にも等しい黒歴史の暴露が俺のライフポイントをガツンと、ショベルカーも驚きのえげつない角度で抉り取っていった。なぜか成実さんは腕を組んで目を瞑り、ウンウンと厳めしく頷いている。守護霊ならば守護霊らしく、この精神的暴行からも助け出して欲しい。 「現場で度々ご一緒することがあったのですが……あなたのサッカーのテクニックは本当に素晴らしい! 毛利探偵のお嬢さんから聞いたことがあるんですが、きちんと部活に入っていれば国立のピッチにも必ず立てていたと」 「あああ! もう、その、そんなことありませんから!」 「目暮警部も賞賛されていました、これは内密にと言われているのですが……射撃の腕前も相当だとか!」 「いえいえいえ!? そんなこと! ないですから!!」  ……前世の報いがまた、こんな形で訪れるとは……。俺は業というものの存在を確かに認知した。調子に乗りすぎていた過去の自分を葬り去れるのならば、どんなことでも出来る自信があった。隣で、『もう、謙遜しちゃって……』なんてまるで歳の離れた子どもを見るような目で微笑ましそうにしている守護霊には是非俺のメンタルヘルスを守るという仕事を全うして欲しい。 「ご存知ですか? あなたが解決してきた事件の犯人たちは、殆ど全員が心を入れ替えたように大人しく慎ましく生活しているんですよ。あなたに是非感謝の手紙を書きたいと申告してくる者や、あなたにどんな言葉をかけてもらったかで言い争う者もいるくらいでして……」 『分かります……! 俺もそうなんです……! 彼には本当に心を救われ、だからこそ今此処に俺が存在出来ているわけなんです……!』  神様仏様守護霊様、どうぞその口を閉ざして下さいませんか。居た堪れなさすぎてもう一言も声を発することができない。羞恥やら後悔やらで息が詰まりそうだ。 「あの怪盗キッドにも正式にライバルと認識されているそうで!」 「……へ?」  数時間前に会ったばかりの男の名が出てつい反応してしまった。俺の興味を引けたのが嬉しかったのか、彼はまた悶絶ものの演説を始めてしまった。 「これは白馬探偵が零していたことなんですが……名探偵という代名詞で呼ばれるのは、数いる探偵の中でもあなた一人なんだとか! 本当ですか!? 殆どの探偵は白馬探偵、とか西の探偵、とか毛利探偵、と呼ばれているのに対し、彼が最も優れた探偵だと認めているのはあなただけ……! 痺れます……! 国際指名手配犯を応援するわけではありませんが、自分も同意見です! 事件をただ解決するだけでなく、犯人を諭し、被害者を最少限にするよう自らが率先して、命を懸けて動くあなたはもう探偵の域を超えています! そりゃ、キッドだってあなたに振り向いて欲しくてちょっかいもかけたくなるってもんですよ!」 「え、な、ちょっ、と、え?」 「しかしあなたも高潔なお方だ! キッドのお遊びには簡単に付き合わないという信念! お見せしたかったですよ、工藤探偵がいらしていなかった現場であの気障な怪盗が残念そうにしている顔を」  もうダメだ……黙ってくれ……。思わずコナンの名残で「お兄さんお口にチャックしてぇ! おねがぁい!」なんて叫び出しそうになるくらいには俺の頭はどうにかしていた。 「あの……いえ……奴は、ただスリルを求めて俺を遊び相手にしているだけでして……」 「それだけではないと思いますよ! 中森警部に現場で何回か、工藤探偵の体調はどうかと直接話しかけていたそうですから」    ぴた、と俺の思考は一度静止した。……体調を聞いていた? 「難事件を終えてから学業を優先するために要請の方は控えていたんですよね。それがあの怪盗は体調不良なんじゃないかと案じていたようでして」 「……それ、いつの話ですか?」 「夏でしたから……8月か9月の頃だったかと」  そう、俺はAPTX4869の解毒剤による副作用を考慮した静養生活を周囲には隠している。公には、学業への優先のためと銘打っているのだが、そういえば何故あの男は俺の体調のことを知っていたのだろう。元の姿になって初めて会った際も、確か「もうあれから半年以上経っただろ、もうすっかり具合もいい頃だと思ってたのに、まだ発作でもあるのか?」なんて言っていた。これはまた詳しく聴取しなければならない……例えば、盗聴とか、盗撮とか、盗視について……。当然のように俺に変装し俺の家に出入りし更にはパスポートを持ち出して海外まで足を伸ばし俺の与り知らぬ過去を捏造するあいつにとって、俺のプライベートなどカバーガラス一枚程度の限りなく薄い壁なのだろう。幼児化について知っているあいつを放置しておくんじゃなかった……後悔と反省点がまた一つ増えてしまった。 「警官であるとか犯罪者であるとか、この世の善悪を超えて、あなたは魅力的なんですよ」  隣でウンウンと頷いている成実さんに今の言葉を後で通訳してもらおうと思ったところで、刑事はあっと一際大きな声を挙げた。 「工藤探偵……! さすがです! あんなお美しい恋人がいらっしゃったとは!」 「……は?」  車を停めた刑事が慌てて運転席から降りる。緩慢な思考のまま、少し身を乗り出して前方を見れば、そこには。 「お疲れ様です、捜査一課の者です……! 工藤探偵をお送りにあがりました」 「そう。ご苦労様」  ジ ャ ッ ジ メ ン ト ・・・・・・!神 よ ・・・・・・!  門前には、鬼の形相で佇む我が主治医がいた。俺には阿修羅か閻魔のようにしか見えない宮野の輝かしい笑顔が炸裂する。 「お帰りなさい……疲れたわね? ずっと、ずぅっと待っていたのよ。さぁ、家に入って。勿論、貴方の家でなく、こちらの家に」  今のセリフをどう解釈したのか知りたくもないが、刑事は宮野の言葉に僅かに赤面した。想像していたより遥かに恐ろしい出迎え方に血の気が引いていく。上手い言い訳どころかぐうの音も出やしない。俺の顔色は刑事の血色の良くなった顔色と全くの反対色になっていた。後部座席のドアをフットマンよろしく開け、俺を宮野の眼前へと引き摺りだしてくれた刑事は、「では、自分はこれで!」と気を利かせたつもりでその実俺を奈落へと突き落としたことにも気付かないまま爽やかに走り去って行った。静かな深夜の住宅街から車の駆動音が消え、痛い程の静寂が俺の体をビシビシと貫く。宮野の目を見れず冷や汗をかいたまま靴の爪先をジッと見ている俺に、宮野は先ほどの猫撫で声のまま静かに告げた。 「食事も摂らなければね。体力を回復させなければ、この後が保たないものね?」  わーあ。俺の守護霊様が呑気な声を挙げた。気付かなかったとはいえ、以前から俺に憑いていたと思われる彼は宮野の凄絶な人格までご存知のことだろう。俺は靴の爪先の念入りな観察を終え、天を仰いだ。神様仏様守護霊様。願わくば、……想定の範囲内の処罰で済みますように。宮野の右隣で満面の苦笑いを浮かべている明美さんは、一言『助けられそうにないわ、ごめんなさいね』と顔の前で手を合わせた。久方ぶりに見るあなたの顔が、そんな表情だなんて。 成実さんの肩から俺の肩に留まった金の鳩が、慰めるように小さな嘴で頬擦りの仕草をしてきた。俺の絶望はどうやら、動物の精霊にも伝わっているらしいのに。神様とやらは終ぞ、俺を救いに現れてはくれなかった。 [newpage]  宮野志保は激怒した。必ず、かの放逸的な探偵を罰しなければならぬと決意した。宮野には事件への魅力がわからぬ。宮野は、科学者であり探偵個人の主治医であり、お目付役である。探偵と博士の体調を厳しく管理し、躾してきた。けれども二人に対しては、人一倍に寛容であった。  今日午前、宮野は家を出発し、東都大学までハーレーで探偵を迎えに行った。博士の体型管理に欠かせない、上質な食材を探偵の眼を使って手に入れるためだ。自分が迎えに行くことで、質の悪い人間を彼のそばから排除する役割もあった。母親譲りの怜悧な顔立ちは彼に釣り合わない者共を牽制するのに大いに役立っていた。  買い物自体は滞りなく済んだ。だが、その後立ち寄ったデパートで事件は起きた。探偵は何かしらの不穏な気配を敏感に察知し、宮野を置いて何処かへとんずらしたのだ。まぁ、ここまではよくある事態だ。いつものように探偵の眼鏡や腕時計や携帯のGPSで居場所を監視して、ある程度の時間になったら迎えに行けばいい。しかし今回ばかりは宮野にとっても些か芳しくない気配を感じていた。探偵のGPSが、ある地点から地図を一向に動かない。博士と共同開発した発信機と受信機、そして地図データは精巧に作られており、1mの移動もズレもなく受信、表示する。驚異的な行動力を持つ探偵はやんちゃを通り越した過激なスケボーアクションを駆使して犯人を追い詰めたり、瞬間移動でもしているのかと思うようなスピードの走りで地図を自由に駆け回る。そんな探偵が全く動いていない。嫌な予感を煽るに十分な状況だった。GPSを辿って赴いてみれば、なんとゴミ集積所だった。念の為手袋をしてゴミ袋を漁れば、彼のGPSセットが出てくる出てくる。宮野は天を仰いで深い溜め息を吐いた。まぁ、これも何度か過去にもあった事態だ。何かしらの犯罪を目の当たりにし、何かしらの暴力でもって拘束され、所持品を破棄される。その後何食わぬ顔で自力で脱出したり連絡を寄越したりするのが通常運転の彼だ。取り敢えずは待とう、此処までは宮野も非常事態に対して以前よりも冷静になれていた。しかし、陽が落ちてくると共に宮野の機嫌も比例して降下していった。事態に慣れることはあっても、心配な気持ちに慣れることなどないのだ。  一体どこで何をやっているのだ……あの探偵は……。  心配が行き過ぎて怒りに変わるまでに数秒もかからない宮野の深い愛情は、既に怒りの矛先を探偵と探偵を拘束しているであろう犯罪者諸君へと向けられていた。とどめに佐藤刑事から事の顛末を知らされると宮野はあまりの激情に失神する勢いだった。ただ待つしかないという状況的な立場としては宮野はセリヌンティウスと同等であったが、怒髪天を衝く怒りはメロスのそれを遥かに凌駕していた。  自分の大切なあの探偵が、男の慰み者にされるだなんて。  許せないを通り越して明確な殺意が爆誕した。「事情聴取ののち、刑事が安全に自宅まで届ける」と佐藤刑事から確約を得た後、宮野は毒薬の検出されない毒薬の再開発に時間を費やし、それを犯人たちに使用する妄想をすることで怒りを鎮めていた。  鎮まらなかった。  それでも。 「お帰りなさい……疲れたわね?」  無事に帰ってきた探偵を見て、急速に足から力が抜けてしまいそうになるほど、安堵が怒りを上回った。一見したところ外傷も、恐れていたある犯罪被害者のようなリアクションもない。震えそうになる手と脚に力を込めて己を律し、何やら冷や汗を浮かべて青ざめている探偵を辛辣に糾弾する。心の内とは真逆の言葉を放つ天邪鬼な口は、宮野の探偵への想いまでも綺麗に覆い隠してくれていた。自らの靴の爪先ウォッチングに忙しそうな探偵の耳を引っ掴み、阿笠邸へと問答無用で押し込み、先ずはシャワーよと風呂場へ叩き込んでから漸く宮野はずるずると座り込んだ。安堵は視覚を通して確証を得なければ、胸にはやってこないものらしい。 「……良かった……お姉ちゃん……」  ぽつり。いつも自分の右隣にいるらしい姉へと零した弱音。嘗て、自分がらしくなく強がりを演じきれないほど弱り切っていた際、姉は黙ってただ微笑んで髪を撫でてくれたものだった。きっと今、姉は生前のように頭を優しく撫でてくれているはず。見えなくても、分かる。信じられる。だって、彼が言ったのだ。姉がいると。姉がいるならば、必ずそうしてくれる。姉はいつも、自分にとても返しきれないほどの大きくて温かい愛を惜しみ無く与えてくれた。 「私……冷静だったわよね?」  宮野は膝を抱え込んで、意識を頭部へ集中させた。過去に何度も受けた姉の手の感触を思い出していた。 『志保、もっと素直になったら、あなたもっと可愛いのに……』  明美は宝物を撫でる手つきで、鳶色の髪を光を帯びた見えざる手で何度も撫でていた。  皮膚が爛れるのではないかと思われるほどに体を洗い尽くした新一が、脱衣所のドアの前で座り込んでいる主治医に驚いて悲鳴を挙げる声が深夜の住宅街に谺した。 [newpage] 「さて。何から聞こうかしら?」  先ずは食事よ。の宣言通り食卓に連行された新一は、一先ず「お腹空いていません」と抵抗を試みた。食べなければ事情聴取は延期に出来るのではないかと浅はかにも考えたためだ。この愚かしさはマラソン大会前日に水風呂に入って風邪を引こうとする子どもの行為に等しかった。新一のあまりにお粗末で見苦しい抵抗に片眉を跳ね上げた宮野は、くるりと新一に背を向けてキッチンへと向かい、今度はミキサーを持って現れた。「食べられないならば飲ませようかしら」とミキサーに主食主菜副菜を捩じ込もうとし始めた暴挙を新一の十八番「申し訳ございません・もう反抗致しません・お許しください」の魔法の呪文で防ぐと、第一の刑罰“無言の食卓――サイレント グラトニー――”が始まった。黙々と食事を摂るしかない新一の正面で二度と目を離すものですかと言わんばかりの眼圧で睨み据えてくる主治医。嘗て小学生であった自分の拙いテーブルマナーを「コナンくんったら」と呆れながらも優しく窘めてくれた幼馴染みとは対照的な眼差しであった。気まずい。思わず助けを求めるように、リビングのソファにいる守護霊を見るが、当の本人はピコピコと無邪気に手を振り返してくるばかりで無力であった。守護霊の存在意義とは。  主治医のお許しが出る程度には何とか食事もできた新一に降りかかったのが、冒頭のセリフである。第二の刑罰、“閻魔の審判――ジャッジメント オブ ハデス――”の幕開けである。 「経緯を話して頂戴」 「……畏まりました……」  宮野を置いてけぼりにした後のことを話し出しても、宮野の表情筋は沈黙を保っていた。新一はともすれば無意味に謝罪を繰り返して黙秘を貫こうとしてしまいそうな弱い心に鞭打って正直に告白した。  尾行に気付かれ、スタンガンで気絶させられたこと。廃ビルに拉致監禁され、そこで大量の拳銃を発見したこと。それから…… 「それで、巡回していたパトカーが異常に気付いて踏み込んできて、貴方は救い出されたってわけね」  新一は俯かせていた顔を上げ大きな瞳を見開いて宮野を見つめた。経緯を聞きたがった割に、新一の言葉尻に被せるようにして顛末を補足した宮野は、まるでその先を新一に話させないようにしているようだった。何よ、違うの? と少々喧嘩腰で畳み掛けられれば、新一には否と答えるしかない。 「宮野、」 「まぁ、貴方の悪運もここまでくると逆に神様の加護でもあるんじゃないかって思えてくるわね。最悪の事態にならなくて何よりよ。今後は是非、貴方が如何に貧弱で無力であるかを自覚して動いて欲しいものだわ」  いつも通り饒舌に新一をバッシングした宮野は自ら席を立ち、ぴりぴりとした空気を霧散させて暗にお開きであると示した。 「宮野、」 「貴方のせいでお肌のゴールデンタイムを逃してしまったわ。言い訳ならばまた明日聞いてあげるから今日はもう休みなさい。私も地下室に戻るから」 「あの」 「今日は客室を使って。自宅には明日戻りなさい。いいわね」 「宮野」 「何よ」  地下室へ向かう階段に足をかけながら、漸く振り返って俺を見た宮野は、何だか拗ねているような無理矢理不機嫌な顔を作っているような奇妙な表情をしていた。 「その……明美さんが。おめーがどんなに心配していたかって今、話してくれてる。ゴメンな」  冷徹に眇めていた目を見開いてみるみる赤面していく宮野。『ね、志保は照れ屋さんなのよ。本当はあなたのことが心配で大好きで仕方ないの』と耳打ちしてくる明美さんの言うことは3割くらいは真実なのかもしれない。主に照れ屋さんのあたりが。 「ちょっ……お姉ちゃん!」 『隠したってダメよ、志保? 素直にならないと女の子は損しちゃうんだから!』 「あー……その、おめーはもっと素直になった方が損しないって……」 「ハァ!?」 「スミマセン」 『またそうやって! さっきまであんなに、いつ帰ってくるかしらって何度も時計を見るほど殊勝で可愛かったのに』 「その……明美さんが、おめーは可愛いって……」 「余計なこと言わないでお姉ちゃん!」  羞恥によるものなのか怒りによるものなのか不明な赤い顔のまま、遂に拳を振り回した宮野は、蘭によるスパルタで鍛えられた俺の反射神経では攻撃が当たらないと即座に判断し、背伸びをして今度は白く冷たい掌で直接俺の目を塞いで妨害してきた。 「つめったっ!」 「お黙り! お姉ちゃんは余計なこと言わないでいいのよ!」 『あらあら、妬けちゃうわね! 志保ったら意外とスキンシップ好きなんだから』 「あー、その……意外とスキンシップ好きなんだから、だと」 「……!!!…………!!!!!!」  もはや声にならない悲鳴を挙げた宮野は、俺の目元から掌を外すと水を掛けられた猫のようにピュッと飛び退いた。オールドブルーの瞳に若干の涙を滲ませて赤面している宮野は、その本来の人格を地平線の彼方まで忘却していれば俺の目から見てもなるほど可愛らしかった。 「寝るわ! お姉ちゃんも来て!」 『うふふ、お休みなさい新一君』 「お休みなさい……」  バタン!! と強くドアを閉めて自室に逃げ込んだ宮野に付いていった明美さんは、最後に一度階段上の俺を見上げて言った。 『私も心配したのよ。私にとっても、あなたは特別な人なんだから』 「……はい」 『そんな顔しないで。あなたには感謝しかしていないの。ずっと志保を命懸けで守ってきてくれたことだって、全部見てきて知ってるんだから』  最後にお茶目にウィンクをした明美さんは、宮野の自室へと入っていった。 「…………はーあ…………」  誰もいなくなったリビングのカウンターチェアにかけて、行儀悪く上体をテーブルに突っ伏す。やっと全ての緊張から解き放たれた気分だ。 『お疲れ様』  すぃ、と金粉と共に隣に現れた成実さんは俺と同じようにカウンターチェアに腰掛ける体勢をとった。 「もう、頭ごちゃごちゃですよ」 『君ほどの人の頭がごちゃごちゃなんて、却って興味わくなぁ』 「聞きたいことがありすぎて、何が重要で何が大したことじゃないのか判別がつかないです」 『君が思考すること全てに価値があるんだから、全て同列に重要だよ』 「買い被りすぎですよ」  ……優しく微笑む成実さんが、目の前にいる。あの日から何度も夢に見た彼が。何度も夢の中で炎に焼べてしまった人が、今、俺と会話をしている。疲れ果てた心と体が、それだけを体感している。彼が今ここに、いる。 『泣きそうな眼、してるよ』  きらきらと美しい手を俺の顔に伸ばした成実さんは、出てもいない涙を指で掬い取る仕草をした。 『君のお陰なんだよ、探偵くん』  俺が、貴方に何を出来たっていうんだ。  そう思わず非難めいたことを言いそうになった唇は、意思に反して開かなかった。俺の意識は、霞みがかったように段々と現実から遠退いていくようだった。 『人殺しの俺が、何故こうした存在で居られるのか。きっとあの時、君が俺の前に現れて居なかったら、俺という存在はあそこで潰えていたんだ』  段々と瞼が重たくなってくる。睡眠などとらなくとも平気でいられた筈なのに、こんなにも抗い難い眠気。自分が思っているよりも随分と疲弊していたらしい。今までよりも格段にクリアになった視覚と新しく目覚めた聴覚にも由来しているのかもしれなかった。優しく髪を撫でて、あやすように俺を見つめている彼のことしか、もう分からない。 『君を愛さずにはいられないんだ。強い輝きをもった君のことを、もっとずっと見ていたい』  そばに金の鳩が飛んできて、俺の顔を覗き込むように屈み込んだ。 『この子も。その他にも、いっぱい。詳しいことは、君がまた目覚めてから話そうね』  ふわり、と体が浮いたような気配がした。眠すぎて妙な浮遊感を感じているのだろう。心地よい倦怠感に、ままよ、と全てを任せて遂に俺の意識は飛んで行った。 「……部屋で寝なさいって言ったのに」  30分後、何だかんだ探偵がちゃんと休んだか気になって眠れなかった主治医がリビングに戻ると、ソファでぐっすりと眠っている探偵がいた。あどけない寝顔に絆されてつい笑みを浮かべてしまったのを、右隣の姉を思い出して慌てて消し去る。姉に見られているだけならまだしも、それを探偵に話されてはたまらない。自室から持ってきた毛布を探偵にかけてやると、宮野は暫く彼の子供っぽい寝顔を眺めた。白く艶のある額や頬を見て、少し触ってみたくなる衝動が生まれるが持ち前の理性でぐっと堪えて見据えるだけにとどめる。もし探偵が起きていたら飛び上がる程の眼力だったが、幸福なことに彼は目覚めなかった。 「……あんまり、守りきれない範囲まで出掛けないで欲しいものだわ」  漏れた本音がリビングに寂しく響いたと同時に、さわり……と無風のはずであるのに何かの気配を感じた。これは、姉の気配なのだろうか。 「……守護霊、ね……」  ――そういえば、探偵には彼を守る守護霊はいないのだろうか。  彼を守りたいと思う者は多いだろうに、彼は自分の周りだけは金色のオーラは見えないと話していた。関連して、見えるだけであってそれ以外の感覚は無いとも。ここで漸く思い当たる矛盾。先ほど自分が彼の瞳を塞いだとき、彼は姉のことを見ていなかったのに姉の言葉を自分に伝えてきたのではなかったか。 「しっかり休んで、起きたら聴取再開よ。工藤くん……?」  どうせバレまい、と勢いで一度彼の頭を撫で付けると、宮野は急いで自室に戻って姉に今のは内緒よと懇願した。  ニコニコと微笑ましく見つめている成実の存在を知らないのは、宮野にとって幸いであり災いでもあった。 [newpage] 「グレア現象」 「に、近いと思われると」  翌朝、移動した覚えのないソファで目を覚ました俺は、博士の用意してくれた服に着替えて宮野がこさえた朝食を食べ、リビングでコーヒーを飲みながら博士と宮野と守護霊二体を含めた合計五名で昨日のおさらいを始めた。気づかなかっただけでずっと以前から憑いていたためだろうか、成実さんの馴染みっぷりといったらなかった。 『グレア現象って?』  明美さんが俺に向かって質問をする。俺の視線で明美さんが何か話したらしいことを察した宮野が口を挟まないよう空気を読んだのを確認し、俺は答えた。 「簡単に言えば、光害です。眩しくて見えないという状態で、主に不能グレア、減能グレア、不快グレアがあります。自動車のヘッドライトによる眩しさによって事故が起きるとき、この言葉はよく利用されます」 「そのグレア現象が、新一に起こっていたと?」  はて、と話の先が読めないらしい博士が疑問を飛ばす。 『俺の姿が見えなかったのは、そういうことですよご老人。彼の光は強すぎて、彼の瞳でさえも見ることができなかったってわけです』  俺の左に座る成実さんが解説してくれるのをそのまま俺が言葉にする。言葉にしていても疑問はあるわけで。 「そもそも、俺のオーラが眩しいっていうのがよく理解できない」  腕組みして首を傾げる俺に、何故だか宮野の方が分かった風に溜息を吐いた。 「そう? 仕組みはよく分からないけれど、何だか私は全てに納得がいった心地よ」 「は?」 「説明して頂いたら如何かしら」  澄まして紅茶を飲む宮野が、ね、お姉ちゃん。と話を振ると、明美さんはにっこりと笑ってそうね、と返した。 『そもそも、この光というのは探偵くんの察する通り、正のエネルギーの具現化だよ。本質的に清いもの、本質的に尊いもの、本質的に聖なるものに存在するんだ』 「えーと、俺の見えている光は、本質的に清く尊く神聖なものに存在すると」 『以前に探偵くんが目にした様に、人を喜ばせたり、感動させたり、感謝や賛辞や尊敬の念が発生した際にも生まれ、それを今まで多く受けた者が眩しくて大きなオーラを持つんだ』  公園でマジックショーを行っていた怪盗を指した言葉に思わず詰まる。俺が口惜しくも奴のショーや奴の精神に心を打たれてしまったことまでこの人は知っているのだ。恥ずかしい。中々成実さんの言葉を通訳しない俺に、博士は「そんなに難しい説明なのかのう」と眉をしょんぼりとさせた。 「……これらのエネルギーは、人から感謝、賛辞、尊敬を受けると増し、大きな輝きのあるオーラになるそうだ」  やっとのことで俺がそれを伝えると、宮野は我が意を得たり、と口角を上げた。 「つまり、職業柄感謝されたり賛辞を受けやすい貴方は、それだけで他人よりもオーラを持ちやすいということかしらね」 「おお、成る程」  ぽん、と手を打った博士には申し訳ないが、俺にはあまり納得のいかない話だ。 「そんなの、どの職業の人だってそうだろ。条件は皆同じで、人が何かしら行動を起こしている時点で評価の対象になり得る。感謝されたことがない人なんているかよ」 「レベルの話じゃないかしら。電車で席を譲って言われるありがとうと、命を救われて言われるありがとうの違いとか」 「どちらも感謝には変わりがないがのう……」  明確な答えの見つからない話にクエスチョンマークが散らばる空気に、明美さんと成実さんは二人してふふっと笑った。 『志保、それは少し違うわね』 「宮野、それは少し違うって明美さんが」 『この蝶や、光の粒たちは、さっき言った条件で発生する。けれど、発生したそれを保持するには、清い心がなければいけないのさ』 「え?」  初耳な話に成実さんを見つめると、彼は優しく愛おしそうな表情で俺を見返した。 『さっき言っただろ、これらは本質的に清いもの、尊いもの、聖なるものに存在する。人間の思考がそのまま魂やオーラの質なんだ。行動を起こす際の思考、動機が清ければ、その時に受けた賛辞によって発生した金の光をそのまま己のものにできるってわけ』 『つまり、簡単に言えば、下心のない行いが自分自身の質を高めてくれるってことよ』 「はあ……」  昇華しきれないが、早く早くと解説を急かしてくる博士と宮野に、俺は今言われた通りの言葉で通訳した。 「分かりやすいわ、お姉ちゃん」  明美さんにだけ大変に素直で良い子な宮野は右隣を見て微笑んだ。 『探偵くんのことを言うなら、彼の下心のない、人を助けたいという思いや正義感によってオーラが眩しくなっているんだね』  俺を話の例に出されていても、俺の脳内では強烈な存在感を放っていた奴だけが居座っていた。奴の、何の下心もない、ただ人を喜ばせたいという純粋な思いがあのとき、たくさんのエネルギーを引き寄せていたのだ。犯罪者だというのにそうとは思えないハートフルな奴は、俺の知らないところでも散々命を懸けて体を張った人助けをしているに違いない。そうでなければ、あんな強大なオーラになる筈がないのだ。コソ泥なのに、人をおちょくってくる奴なのに、ライバルなのに。何故か憎めなくて信頼できてしまう不思議な性質は、奴の純粋無垢な魂や思考、その行いが源泉であるらしい。 「それで。どうして貴方はいつの間に声まで聴こえるようになったの?」 「あ」  バレていた。さすが、探偵の相棒を務める女である。  答えを求めるように成実さんを見上げると、彼はうーんと何から話そうかと迷い始めた。 『あまり蒸し返したくないんだけどね』 「大丈夫ですから」  俺の言葉に、昨日の話をするつもりだと察した宮野が表情を固くした。やはり、コイツは昨日俺に何があったかを知っているのだ。 『昨日、探偵くんは極端なオーラの接触を受けた。あれは、探偵くんと対極のモノだよ。君を害するモノだ』  モノ、という言葉に力を込めて成実さんは言った。人間ではない、と暗に仄めかした言い方だった。守護霊になっても尚、成実さんの人間に対する期待値やかくあるべき、という価値観は変わっていないようだった。 「昨日、俺に危害を加えた存在が原因の一端であるそうだ」 『魂も肉体と同様に怪我をするんだ。肌がナイフで切れるように、悪意によって魂は傷が付く。魂と肉体を守るのが俺たちの意思であり存在理由なんだ。ただ、俺たちが守るまでもなく、人間には防衛本能というものが備わっている。昨日、探偵くんは未だ嘗てない穢れに遭遇し、魂の本質そのものが自らを守る為により強さを身に付けた。それが俺の力を一時的に強くし、彼の五感のレベルを上げたのさ』 「はあ……。ええと、昨日の危機的状況により防衛本能が目覚め、俺の感覚のレベルを上げたらしい」  理解しにくいところを敢えてカットして話したが、博士も宮野も正しく理解してくれたようだった。 「やっぱり、貴方の悪運の強さはその辺りに由来するのね」  苦労してきたわね、成実さん。と宮野が俺の左隣に向かって話し掛ける。見えない存在に対して寛容になった宮野は、成実さんという新キャラクターを受け入れるのも非常に早かった。と同時に、先ほどは成実さんに何やら懇願めいたことをしていたのが不思議だった。 『本当に。霊力っていうのかな、俺たちみたいな存在が、君たちレベルの世界に干渉するのは本当は大変にエネルギーが要ることなんだ。志保ちゃんを例に出すなら、君が俺と見つめ合って握手とハグをするようなレベルの大変さだよ』  肩を竦めてジョーク交じりに話す成実さんに、宮野も博士も軽く吹き出した。 『探偵くんときたら、子どもの姿だってのに大人に反抗して暴力を振るわれるわ、拳銃で撃たれるわ、高所から落下するわ、爆発騒ぎに巻き込まれるわ、地底湖で溺れるわ、もう数え切れないくらい死にかけるんだもん。探偵くんの周りにこれだけの眩しくて大きくて強いエネルギーが無かったら、助けきれてないからね』 「……やっぱり、どれもあなたの力添えがあったんですか」  脱力気味にボヤくと、明美さんがクスっと笑った。 『あら、何となく彼の存在を感じていたの?』 「感じていたというか……さすがに、よくもまあ生き延びているな、とは自分でも思ってました」 「彼に甘えてこれ以上の無茶はしないでよね」  ぎろり、と宮野に睨みつけられ俺は思わず背筋を正した。 『これ以上なんて本当に困るよ。俺、悪霊になんてなりたくないからね』  ニコ! と笑いながら言ってくれたが、これはとんでもないセリフだ。今回以上の危機が俺に訪れたならば、その時はそいつを殺す。そう宣言したも同然だった。ヒヤッと体感温度が下がった気配がしたが、一番怖かったのはそれに同意を示しそうな宮野の存在だった。 『それに。前はもう一人、俺と一緒に探偵くんを守っていた人がいたんだ』 「へっ?」  まさかの新事実に驚いて宮野と博士にも伝えると、二人も身を乗り出した。 「一体誰じゃ?」 「今は居ないの?」  明美さんは複雑な顔をし、対照的に成実さんはあっけらかんと言い放った。 『アイリッシュさんて言ってた。外人さんだよ』 「アイリッシュ!?」  ガシャン。宮野がティーカップをソーサーに落として口をあんぐりと開けた。俺も正にそんな表情になっていた。 『凄く賢くて強くて、頼りになったよ。まぁ、生前は君を痛めつけてて俺を苦労させてくれた人だから、最初は恨みに任せて消しちゃおうかなと思ったんだけど。君を守りたいって気持ちに嘘は無さそうだったし、そもそも霊体になってる時点で、死に際に改心してるってことだからね。彼は、君が例の組織を潰して、銀髪のジンという男が捕まったのを見届けてから行ってしまったよ』  ツッコミどころの多すぎる情報に、リビングには暫く沈黙状態が続いた。 「……貴方、やっぱり恐ろしい人間ね……」  この、犯罪者誑し。  宮野にそう言われても、さすがに反論が出てこなかった。 [newpage] 「くーどう!」  月曜日。一限からある日のため、朝から大学に欠伸をしながら向かっていると、背後からさわさわとたくさんの蝶や鳥たちが俺を追い抜いていった。声を掛けられるまでもなく、奴が後ろにいることは数分前から分かっていたことだ。律儀に数歩後ろあたりから名前を呼んできた奴....黒羽快斗は、ヒョイっと一歩で俺の隣に並ぶと満面の笑みで挨拶をしてきた。 「おはよう! 俺のこと分かる?」 「黒羽快斗。はよ」 「うん!」  俺の記憶力を舐めてるのか、それとも自分が果てしなく地味であると思い込んでいるのか。前者であるとしたら髪を掴んで引きずり回したい程度には腹立たしいが、後者であるならばコイツは自分のことを何一つ理解していない馬鹿だ。何度も言うが、俺はコイツ以上に眩しい人間を一度も見たことがない。ちょっとでも忘却できよう筈もないのだ。 「その……」 「あの後無事、帰れたか」 「! うん!」  キッドの衣装を纏っていない奴は、驚くほどに謙虚で、不器用で、健気であるようだ。心なしか俺の機嫌を気にしているような素振りに、俺の方が安心させてやらねばと気を遣ってしまう。 「工藤は、その、大丈夫?」  小声でひっそりと気遣わしげに尋ねてくる姿は、やはり心底のお人好しであった。 「平気。何ともねぇよ」  俺の素っ気ない返事に機嫌を損ねたというより、俺の何とも思っていなさそうな響きに眉を顰めた黒羽は更に子どもっぽく唇を尖らせた。 「俺さ、工藤は美人だから、そういうとこもっと自覚持った方が安全だと思うよ」 「は?」  若干頬を染めてそう進言してきた黒羽に、何故か成実さんがウンウンウンと力強く頷いていた。 「眼鏡さ、よく似合ってるし、素顔隠れて丁度いいかもな」  宮野が「これからは失くさないこと」と手渡してきた眼鏡を掛けていた俺に黒羽は言った。意味はよく分からなかった。 「工藤、一限なに?」 「必修。行政法基礎」 「被ってるわけねーか。残念」  どこまで本気で残念と言っているのか判断しかねるが、コイツと話したいことのある俺にとっては確かに残念なことだった。 「おめー、昼は空いてる?」 「え!」  ぱっと金色の花が黒羽の頭上に咲いて、花びらが周りに散った。思わずそれに驚いて見つめると、ぽんぽんぽんと更に様々な種類の金の花が咲き乱れた。 「俺と会ってくれるの?」  頬を紅潮させて目を細めて笑う顔に、胸骨柄付近の胸の奥がツンと痛んだ。いや、ズン? ギュン? よく分からない。けど、そんなに嬉しいことかよ、と愛想もへったくれもない言葉を言おうとしたのに口は開かず、ただコクンと頭を垂れただけになった。成実さんは何故か顔を手で覆い、指の隙間から俺たちを見ていた。 「おめーが時間あるならと思って」 「ある! あります! マジで! 中庭で待ってる!」 「分かった」  テンション高く手を振りながら別棟へ向かって行った黒羽を見送り、俺は行政法基礎の教室へ向かう。 「…………で、何で貴方はこっちに付いてくるんですか…………」 『おや、迷惑だったかな』 『いえいえ、そんなことないですよー』  初代怪盗キッド、黒羽盗一がシレッと俺に付いて来ていた。初めてハッキリとした姿の彼を見て漸く得心が行ったことが一つある。異様に大きい守護霊だと思っていたが、それは彼が怪盗キッドの衣装のまま、霊体化していたからだった。 「……そういえば、貴方は守護霊なのに黒羽の傍にいないときもあるんですね」  大学で初めて会ったときも、先日も、彼は黒羽の傍には居なかった。俺のセリフに片眉を上げた彼は、今度は口角をニヒルに吊り上げて笑った。 『私にはあれ以外にも守らなければならないやんちゃな淑女がいるのでね』 「やんちゃと淑女は見事に対義語かと思うのですが」 『あはは、確かに』 『しかし、彼女はその両方を併せ持つ稀有な女性なのだ』 「ご馳走様です」 『君は、声も聴こえるんだね』  隠しているつもりはなかったが、やはり鋭い。確かな観察眼を持っている。 「先日から、今までより格段に見えもしますし聞こえもします」 『そう。先日からあれの様子もおかしくてね。それを確認したくてこちらに来たんだよ』  はて。様子がおかしいとは。  続きを促すように彼を見上げると、何故か成実さんがまた隙間のできた掌で顔を覆った。 『情緒がどうも不安定でね』 「いい心療内科を紹介しますよ」  成実さんは吹き出して腹を抱えて笑い転げた。意味はよく分からなかった。 [newpage]  怪盗キッドの余罪は数え切れない。窃盗、不法侵入、激発物破裂、盗聴盗撮盗視、航空法違反、業務妨害、身分詐称、軟禁、器物損壊、不正アクセス、銃刀法違反、危険物所持……とまぁ、パッと思い付くだけでもこれだけの罪を犯している。しかし、人間の定めた罪と妖精たちの有無は一致しないらしい。世界の定めた罪はいつも、心と命が関連しているようだった。この人間社会で人間の定めたどれほどの罪を犯そうとも、奴の魂や精神は原初的に世界から必要とされ、肯定され、これ以上なく愛されているのだ。  法学部で、いくつ講義を受けても知り得なかった新しい価値観もこの能力は教えてくれた。  そこに俺は世界の本当の姿を見るのだった。  一限と二限を終えて、奴が待っていると言っていた中庭へ向かうと、そこはショーステージになっていた。 「ワンー、トゥー、スリー!」  快活な奴の声が高らかに響く。広い中庭に収まりきらない程の人が、奴を中央に配置した形でドーナツ状の輪を作って群がっていた。奴のマジックへの情熱は本能的なものであるらしい。時と場所を選ばずショーを行ってしまえる実力と衝動は確かにプロ顔負けだった。バサバサっと空高くへと舞い上がる鳩たちを皆が眩しそうに見つめ、その鳩たちが宙空でサラァと花びらに変わると感嘆の溜息や雄叫びが挙がった。それに得意げにするでもなく、やはり奴はただ、愛おしげに皆の喜ぶ顔を見ているのだった。またしても輝きを増した奴は、皆の目にも眩しく映っているようで、特に女性陣の目の色といったらなかった。 「黒羽くん、かっこいい!」 「すごぉい、もっと見せて!」  黄色い声にもヘラヘラと愛想を返して、奴のサービス精神は無尽蔵であるらしかった。 『素晴らしいだろう』 「ええ、まぁ。貴方が息子バカであることはよく分かりましたよ」  一限二限と講義を聴きつつ守護霊たちとの雑談に時間を割いた俺は、黒羽盗一という人物の人となりまでおおよそ把握していた。一言で言うなら、この人は上記の通りの息子バカなのだ。あれだけの人を惹きつける才能を持った人間が息子なのだから自慢したくなる気持ちも分かるが、何時間もぶっ通しで黒羽快斗のヒストリーを聞かされた身としてはもう自重して欲しいというのが本音だった。俺はもはや、黒羽快斗という人間に最も詳しい存在に成り果てていた。  入学からひと月と経たずにこれだけの人気を誇る黒羽が、そう簡単に一人になれるはずも無い。一向に引かない人垣に俺は黒羽への接触を一瞬で諦め、踵を返してカフェテリアに向かおうとした。 『あれ? いいの?』  ふわぁと付いてくる成実さんがキョトンとして俺に尋ねた。 「物理的に無理です」 『こういう時は諦めが早いよねー』 『愚息は君と話せることを楽しみにしているというのに』 「じゃあ呼んできてくださいよ」  無理だろうと初めから分かって言うなんて俺はやっぱり性格が悪いな。と思ったところで、なんと盗一氏からは是の返事があった。 『ブランシュ』  盗一氏がそう歌うように言うと、俺の肩にとまっていた金の鳩が黒羽快斗の方へ向かって飛んで行った。すると、奴自体は気付いていないが奴の所有する精霊や白鳩たちが金の鳩の存在に直ぐに気付き、一緒になって奴の頭上を旋回した。黒羽は鳩たちの行動に驚いたのか、慌てて懐に鳩を仕舞おうとしている。それもコントかパフォーマンスのように見えているらしく、奴を囲う人達は笑っていた。 「ブランシュ……」 『彼女は元々、私の鳩でね。私が居なくなってからは快斗によく仕えてくれた』  盗一氏の言葉に、俺の推理は当たっていたことが分かった。やはり、あの子はあのときの。だから、俺の傍に。  ブランシュと呼ばれた金鳩は、仲間を連れ立って俺の方へと舞い戻ってきた。たくさんの人波を超えてまっすぐに俺の頭や肩にとまったり、俺の周りで静止した白鳩たちに注目が集まる。黒羽も例外無く目を見開いて俺を発見した。 「工藤!」  ぱあっと破顔した奴は周りの惜しむ声もまるで無視をして、俺しか見えていないかのように走ってきた。鳩まみれになった俺は立ち止まって奴を待つしかない。 「ごめん、待たせたか?」 「いや、別に」 「なんでだろ、普段は大人しいのにな……いきなりこいつらが飛んできて驚いたろ。わざとじゃねぇんだ」 「分かってる」  役目を果たしたブランシュは定位置である俺の右肩にとまった。白鳩たちのリーダー格であるらしい彼女が落ち着くと、他の白鳩たちも黒羽の肩や頭に着地して大人しく懐に仕舞われていった。四次元ポケットかよ。 「じゃ、行こう!」  周囲では黒羽に話し掛けたいらしい人達が群れを成している。それが目に入らないらしい黒羽は顔の向きを俺に固定して聞いてもいないことをベラベラと喋り出した。見向きもしてもらえなかった烏合の衆は残念そうに肩を竦めて散っていった。 「でさ、さっきの……」 「良かったのか?」 「ふぇ?」  間抜けな空気の漏れる音を出して黒羽は眼を丸くした。 「さっきの観客たち、おめーに話したそうにしてたのに。気付いてなかったわけねぇだろ」  怪盗キッドなんだから。とは流石に言わなかったが、人間の心理を手玉に取るこの男があんなに分かりやすい好意の視線に気付いていないわけがない。 「え? そうなの?」  俺の推理をこの男はあっさりと覆した。 「は?」 「ごめん、あんまり見てなかった。工藤見つけちゃったからさ」  工藤しか、目に入らなかった。  そう少しはにかんだ笑顔で黒羽が告げた途端、俺の胸を衝撃波がぶち抜いた。 「ぐっ……」  思わず胸元のシャツを握り締めてぎゅううぅという謎の痛みに耐える。突然体を折った俺に黒羽は顔を真っ青にして支えてきた。 「どうした!? 大丈夫か!?」  黒羽の取り乱した声に、俺の謎の胸の痛みは嘘のように引いていった。 「あ、おう……わり、何でもねぇ」 「何でもねぇわけねーだろ? 心臓?」  おろおろと俺を気遣う黒羽を見ているうちに、またさっきの痛みがぶり返してきそうで俺は慌てて黒羽から目を逸らした。成実さんと盗一氏だけが何か思わせ振りに大袈裟なリアクションで井戸端会議をしているのが妙に気になった。 「具合わりーの?」  黒羽が心配すればするほど、精霊たちまで俺に気遣わしげに纏わり付く。 「いや、至って健康」  黒羽は疑わしげに俺の体のあちこちを見て検分していた。なぜか俺の体調について把握しているこの男は、それでも怪盗キッドであることを暴露して俺の病状について追求しようとはしなかった。やはり、コイツも自分からバラす気はないんだと思う。都合のいいことだ。この一連のやりとりで、俺は黒羽快斗との付き合い方をある程度見定めた。怪盗キッドと黒羽快斗は別物として扱おう。当初の予定通り、キッドは追い掛ける対象で黒羽は友達ごっこの対象だ。  二人してカフェテリアに入ると、本当にどこにでもいる普通の友人のように話をした。妙に話の趣味や頭の回転の速さが合うのが心地良く感じてしまい、その度に俺は「これは友達ごっこである」と思い直さねばならなかった。 「それで、何であのときあそこに来たんだ」  既に推測によって答えは出ているも同然だったが、本題を切り出すと黒羽はうーんと腕を組んで明後日の方向を見た。 「いや、俺の鳩がさ。こいつらなんだけど。勝手に家から飛び出しちまって。追いかけてったらあのビルに着いてさ」  ちら、とブランシュを見る。今は元の主人である黒羽の頭にちょこんと乗っかっている。気付いていない黒羽が少し面白い。  きっと、先ほどのようにブランシュが鳩たちを導いたのだ。 「でも、あそこに入って本当に良かった。工藤に何かあったら、俺…………」 「……なんだ?」  何かを言いかけてそのまま固まった黒羽に続きを促すも、彼は固まったままだった。自分の中の何かに気付いて、それに動揺しているような様子だった。 「あっ、その。えーと」 「?」 「ぶ、無事で良かった!」  アハハハと空笑いする様子は不自然さ極まりなかったが、問い詰めても答えは出て来なそうだ。大したことなさそうだと判断して口を開く。 「さんきゅ。正直、助かった。でももうあんなことすんなよ」  これが本題だ。あのとき迷わずに発砲した、コイツの危ない思想は正さなければならない。黒羽はほんの一瞬キョトンとし、すぐに唇に弧を描いた。その優雅さが冷涼な気配を滲ませており、何故か俺の方がどきりとする。 「はい、以後気をつけます」 「本当にそう思ってんだろうな、こら」 「思ってる思ってる」  精霊たちを見る限り、コイツの輝きは少しも褪せていない。悪意を持てば俺の瞳は誤魔化せないのだ、多分大丈夫だろう。 「それを確認したかっただけ。悪かったな時間とって」  そろそろ三限が始まる。会話もキリがよくなったところでお開きと席を立つと、黒羽は慌てて俺の袖を掴んだ。 「ン?」 「工藤、また会ってくれない?」 「へ?」 「明日は、昼一緒しちゃダメ?」  何でコイツは、俺をこんなに繋ぎ止めたがるんだろう。必死な様子で伺いを立ててくる姿にそんな疑問が湧いてくる。 「別に、いいけど」 「ほんと! やった! また中庭で待ってるから!」  黒羽が笑顔を見せたと同時に、彼の周りにまた金色の花が散らばった。ぶわぁっと半径4mの範囲まで広がったそれが周囲の人々にぶつかっていき、それを受けた人たちのオーラまで澄んだ色になった。他人にまで作用するコイツの正のエネルギーは本当に凄まじい。生きた空気清浄機といったところか。  ぶんぶんと手を振りながら去っていった黒羽と盗一氏を見送り、次の教室へと向かう。ずっと隙間のできた掌で顔を覆いながら俺を見ている成実さんに落ち着かない気分にさせられていた。
「俺の掌で覆ってあげる」(作品ID:6404132)の続き、シリーズ四作目です。<br />一作目「彼の瞳には綺麗なものしか映らない」から読んで頂いていますと、世界観を理解しやすいです。お忘れになられた方は以下に簡単なあらすじを載せますので宜しければお目通しください。<br /><br />--------------------------------------------------<br /><br />「俺の掌で覆ってあげる」<br /><br />2016年02月11日付の[小説] 女子に人気ランキング 67 位、<br />2016年02月05日~2016年02月11日付の[小説] ルーキーランキング 1 位、<br />2016年02月06日~2016年02月12日付の[小説] ルーキーランキング 1 位に入っていました。<br /><br />前回も大変なご評価頂きましてありがとうございました。<br />いつも温かなお言葉をありがとうございます。<br />上記はコメントを期待、強要するものでは決してございませんので、今まで通りお暇潰しに拙作を使って頂けましたら幸いです。<br /><br />!!attention!!<br />これまでの簡単なあらすじ<br /><br />「彼の瞳には綺麗なものしか映らない」<br />解毒剤の副作用によって霊感が目覚めた新一が、世界を新たな視点から理解しはじめる話。霊感によって事故的に怪盗キッドの秘密に辿り着いてしまう。<br /><br />「世界を紐解けるのは彼の心だけ」<br />世界を善悪の両面から理解し、怪盗の存在に癒されたり励まされたりする話。事故的に怪盗キッドの正体に辿り着いてしまう。<br /><br />「俺の掌で覆ってあげる」<br />怪盗視点からの探偵のこれまで。探偵のピンチを怪盗とあの人が救い出す話。<br /><br />「法網も愛までは縛せない」<br />今作。<br />タイトルは罪と罰から想起させております。<br />法網=网(あみがしら)<br />縛せない=無理矢理、ばっせない(罰せない)と読ませる<br /><br />犯罪は犯罪、しかし動機の愛までは、誰も何も裁けないし否定することはできない、という意味を込めて。
法網も愛までは縛せない
https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=6529374#1
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[chapter:はじめに] なんちゃってちゃんねる。 割とヌクモリティあふれてる。 【重要】 本丸乗っ取り要素あり。 刀剣破壊あり。 捏造こじづけ多々あり。 刀剣×人表現あり 以上を踏まえOKな方だけ次のページをどうぞ [newpage] [chapter:【注意】俺の本丸が乗っ取られた話をする【喚起】] 1 : ななしの1 つい10日前の話だ 俺の本丸が乗っ取られた挙句、乗っ取った奴によって1振折られた 現世に呼び出されている隙にやられた 今でも腸煮えくり返ってる ホントに、見習いちゃんには申し訳ないことした もしかしたら、他本丸でもこんなことあるかもしんないから、愚痴がてら周知を兼ねてスレ立てした 2 : ななしの審神者 1乙 また乗っ取りか 3 : ななしの審神者 乙 10日前とかわりと最近じゃねーか 大丈夫か? 4 : ななしの審神者 また頭お花畑の見習いちゃんの犯行かと思ったが・・・違う? 5 : ななしの審神者 折られたの誰? 6 : ななしの審神者 見習いも被害者なのか? スレタイに注意喚起ってあるがどんな乗っ取り案件だ? 7 : ななしの審神者 まーだ乗っ取りする馬鹿がいるんだ 太っ腹な政府がおじじと狐くれるっていうのに 8 : ななしの1 (1/9) 書き溜め投下 登場人物 俺:男 備後国 審神者歴3年 見習い:女 可愛いし真面目な子 弟:俺の弟 新米審神者 見習いとは元クラスメイト 担当:男 弟の担当 見習いの兄 シスコン 1ヶ月前に俺の本丸に見習いがやってきた ふんわりした感じで普通に可愛い 礼儀も正しくて割とすぐ刀剣男士たちとも仲良くなった 研修も真面目に受けてくれて本当にいい子だった それで弟なんだが、こいつは最近審神者になって頻繁に俺の本丸に来てる んで見習い来て2日目にあいつが来て、見習い見て驚いてた 元クラスメイトだったとそん時聞いた そっから俺の本丸来るペースが週1から毎日になった 9 : ななしの審神者 >>4 申し訳ないって言ってるから被害者なんじゃね? 10 : ななしの審神者 >>8 乙 見習い以外にも登場人物いるのな つまりお前の弟と担当が関わってるってことでおk? 11 : ななしの審神者 >>8 おつー 見た感じ見習いはまともなんだな ってか弟イッチの本丸毎日とか来すぎw自分の本丸どうしたwww 12 : ななしの審神者 >>8 見習い受け入れが1ヶ月前 乗っ取りが10日前ってことだけど、もう研修は終わった感じか? 13 : ななしの1 (2/9) >>5 それは伏せる >>6 彼女の名誉のため先に言っておくが、あの子は被害者だ というか、俺が選択ミスんなきゃ彼女は被害者にならなかったからホント辛い 見習いが来て1週間で変化が起きた とある刀剣・・・目付役ってしとく・・・を前にすると、見習いの顔が赤くなるようになった 文字通り見習いの目付役頼んでたわけなんだが、目付役のほうも見習いの相手してる時頬が赤かったり桜の花が散るようになった もうね、ちょっと指が当たっただけでお互いビクッってしてんの それはもう微笑ましくてな これはあれかな?と初鍛刀の乱とニヤニヤしながら2人を見ていましたとも 2人のことはあっという間に本丸にいるみんな(ただし当事者を除く)に知れ渡ってな 大体の奴は2人を陰で応援していた 一部見習いに惚れてた奴がいて、そいつら泣いてたから慰めてやった 悔しがってたけど、見習いが幸せなら応援するって言ってくれた ただ、完全に外野の弟が水を差しやがった 「刀が人に惚れるなんてありえない」って 目付役が1人でいる時を狙ってそんなことを言いやがってな 通りかかった俺がそれを聞いて注意言おうとしたんだが、目付役による無言の圧力で止められちまった 後でわけを聞いたら、兄弟仲が拗れると思ったからだと ぶっちゃけ元々弟とは拗れてたんだけどな、出来が良い奴は羨ましいよ この時、本人の口から初めて見習いに惚れてることを告げられて謝られた 謝った理由は目付対象である見習いに惚れちまったからだと 別に見習いもお前のこと好きみたいだから問題ないんだけどな、とは思ったがそれは口に出さなかった 部外者の口からじゃなくて当事者からそういうのは聞きたいだろ? 14 : ななしの審神者 >>9 と見せかけて見習いが乗っ取ったとゲスパーしてみる 15 : ななしの審神者 >>8 担当も関係者なの? しかもイッチのじゃなくて弟のっていうね 見習いの兄だからか? 16 : ななしの審神者 >>13 おっとこれは 17 : ななしの審神者 >>13 この展開だとこれは・・・ 18 : ななしの審神者 >>13 弟ぇ・・・刀剣男士と出来てる審神者って結構いるぞ? 新米だから知らなかったんかな・・・ 19 : ななしの審神者 >>13 地味に見習いに惚れてた奴が知りたいww 20 : ななしの審神者 >>13 弟と仲悪いの? しょっちゅう来てるみたいだが 21 : ななしの審神者 あ、やっぱ見習いが被害者なのな ってなると折れたのって・・・ 22 : ななしの1 (3/9) >>10>>15 そういうこと >>12 この前送り出した >>19 兼さんとか清光とか あと、勘がいいやつはこの時点でお察しだな その後、俺たちは2人を陰ながら見守ってた なんつーか、初々しかったw んで3週間目・・・俺は政府に行ってた 見習いが審神者に適してるかの報告をするためにな この時、護衛に本丸No.1の初期刀とNo.3を連れてったわけだ 何でNo.3の奴を連れてったかっていうと、No.2は目付役だから 2人の時間が多いほうがいいだろうと思って留守番に回したんだ これが、間違いだった ところでお前ら、10日前にあったデカい出来事を覚えているだろうか? 23 : ななしの審神者 >>14 残念w見習いちゃんは被害者でしたwww m9(^Д^)プギャー 24 : ななしの審神者 >>14 このスレにテンプレ乗っ取り見習いはいませんでした! NDK?NDK? 25 : ななしの審神者 >>13>>22 見習いが被害者で誰か折れたって言ったらもう展開読めてる 26 : ななしの審神者 >>22 >これが、間違いだった おいやめろ やめろ・・・ 27 : ななしの審神者 >>22 何でそこで切った???喧嘩売ってるの????? 28 : ななしの審神者 >>22 10日前にあったこと? 29 : ななしの審神者 >>22 なんかあったっけ?>10日前 30 : ななしの審神者 >>22 >>不穏な気配を察知<< 31 : ななしの審神者 >>22 デカいことって、あれか?端末で本丸の様子わかるようになったってやつ? 32 : ななしの審神者 >>29 端末の件じゃね? 33 : ななしの審神者 ああ、そっかあれ始まって10日たつのか 34 : ななしの審神者 端末操作出来るようになって便利になったよな 俺今一時的に親の介護で現世に戻ってるんだけど、みんなの近況わかるからホント良い 35 : ななしの審神者 手入れや刀装作りは審神者がいないと出来ないからな 現世に用があるとか、兼業審神者がいるからそういう人たちにはとてもありがたいシステムだよな でも不思議だよな、端末経由で俺たちの霊力使って手入れしてるのって 36 : ななしの1 (4/9) お前ら正解>端末 まあ、本丸常駐の奴はあまり使わないだろうがな 俺もリリースと同時に登録をした けど、本丸との連携はしたけど他の操作する暇なくてそのまま政府に向かった 報告が終わって早速端末から本丸の状況を確認しようとしたんだ だけど、こん時エラーが出てな この時点で、システムリリース直後からさにちゃんにバグ報告あがってたから、そのせいかなって思ってさっさと本丸に戻ろうとした ところが、ゲートをくぐろうとしたら弾かれちまったんだ わけがわからなくって職員に相談→すぐ調査してくれるってなって、俺はゲートがくぐれるようになるまで施設で待ってた 2時間くらいたって、駄目元で端末から本丸の様子を見たら、確認できたんだ だけど、おかしくてな 何故か第一部隊に組んでいた夜戦部隊の短刀たちにケガしてる奴がいたんだよ 俺んとこの夜戦部隊全員短刀でな、手入れ時間も短いから誰かが傷付いて戻ってきたら手入れ部屋入れて別の奴を部隊に入れるってやり方してるんだ んで、寝る前には全員手入れが終わってるように調整もしてる この日は出陣してないから、ケガしてる奴がいるのはありえなかった やんちゃな奴が遊んでた時にケガした、ならまあ納得はいったんだが、ケガしてたのが乱と前田と平野でん?ってなったんだ しかも乱は重傷だったから尚あり得んってなって そして何よりも、何故か部隊の6人目に誰もいなかったんだ それ見て、ものすごい嫌な予感がして、今俺の本丸にいる刀剣の情報を確認したんだよ そしたら、いないんだよ・・・目付役が 浦島の次に来たのが印象に残っててさ、それで覚えてて だけど、浦島の次にいたのがNo.3だったんだよ・・・ どこ探しても、目付役いなかったんだよ・・・ 37 : ななしの審神者 >>34 あー、俺仕事と兼業してる人のためのもんだと思ってたけど、そういう場合もあるよな 38 : ななしの審神者 >>36 39 : ななしの審神者 >>36 は、ちょ 40 : ななしの審神者 >>36 うわ・・・ うわああああああああ!!! 41 : ななしの審神者 >>36 何それ 42 : ななしの審神者 >>36 え、何それバグ!? 43 : ななしの審神者 まって そんなこときいたらたんまつこわくてつかえない 44 : ななしの審神者 おいイッチ・・・ もしかして最初にエラー出たのって・・・ 45 : ななしの審神者 なにこれマジ怖い・・・ イッチ、こマ? どういうことなの? 46 : ななしの審神者 ねえイッチ、目付役の刀剣誰? 何で伏せる? 47 : ななしの審神者 何でゲートから弾かれたんだ? 端末使えるようになった後すぐになんかメンテあったっけ? 48 : ななしの審神者 これ、イッチが出陣ミスったオチとかないよな? 49 : ななしの審神者 ああああ予想はしてたけど・・・ つらんい 50 : ななしの審神者 なあ、イッチ・・・ ゲート弾かれたこととか、ちゃんと伝えてるよな・・・? 刀剣とか、見習いの子に勘違いされてないよな?な? 51 : ななしの審神者 >>48 お前もう一度スレタイ見てこい あれ?でもこれ乗っ取り案件なんだよな・・・? 52 : ななしの審神者 そういえば、端末操作が可能になったばっかの時って遠征できないとか、出陣中強制的に本丸に戻されるとかあったな・・・ ヤバいのは重傷なのにその状態がわからないやつ・・・ 53 : ななしの審神者 いないって・・・ おい嘘だろ・・・? 待ってくれよ、目付役と見習いは 54 : ななしの審神者 >>51 そういえばこれ本丸乗っ取りのスレだった 55 : ななしの審神者 >>51 そうだよ、浦島ギリィとかやってる場合じゃなかった 56 : ななしの審神者 >>50 やめろください それかなりつらいやつ 57 : ななしの審神者 ってか何でゲート弾かれたん? これも端末操作のやつ入れたせい? 58 : ななしの1 (5/9) 急いで本丸に戻ったら、玄関で平野とマントを胸に抱えた前田がボロ泣きして傍で薬研が泣きそうな顔をして2人を慰めてた、後藤が乱抱えて手入れ部屋に入るとこだった 最初に俺に気付いたのは薬研だった 「大将!無事だったか・・・!よかった・・・」 開口一番これだぜ? わけがわからなく、何があったのか聞いたんだよ 薬研たちの話だと、俺が政府に行ってから30分くらい経ったころに端末から進軍の指示が出たんだと そん時、第一部隊にいた秋田を外して、目付役を部隊に入れる指示が出たんだと・・・しかも出陣先は池田屋の2階 目付役は太刀以上でな、夜目が利かないんだ しかも、ご丁寧に目付役の刀装を全部引っぺがしてな 俺チキンでさ、短刀たちの錬度が60以上になるまで夜戦行かなかったから・・・そんな俺が池田屋行くのに脇差打刀じゃなくて目付役を・・・しかも刀装なしの状態で部隊に入れるのはおかしいって みんなおかしいって気付いた だけど、そのまま進軍指示が出て・・・第一部隊は池田屋2階に向かった 体のいうことが効かなかったって、出陣取りやめたくても出来なかったって 5人は、頑張って目付役を守りながら戦った 一応目付役は連度が高いからしばらく何とかなってたんだが、如何せん槍に突かれまくってな・・・重傷になっちまった だけど、そのまま進軍指示が出た こん時、第一部隊は俺が襲われて端末を奪われたと考えたんだよ そうじゃないとこんな指示はあり得ないって だから、どうやって切り抜けるかって話になって、部隊長の乱があえて重傷になって強制撤退に持ち込むってことにしたそうなんだ けど、敵方に有利な陣形指示、そのせいで本領発揮できなくて大太刀を倒し損ねたらしくて 目論見通り乱は重傷になった けど、目付役は攻撃を受けて 政府に行く時、あいつを連れてってれば 悪い、ちょっと思い出して無理 保守たのむ 59 : ななしの審神者 >>50 おいやめろ 60 : ななしの審神者 >>55 書き込まなかったらもっとよかったよ 61 : ななしの審神者 >>51 ごめん、これ乗っ取りスレなんだよね・・・? 62 : ななしの審神者 >>58 イッチ無理すんな 63 : ななしの審神者 >>58 ゆっくりでいいぜー 今は特にイベントごとないからイライラしてないだろうから 64 : ななしの審神者 >政府に行く時、あいつを連れてってれば なにこれつらい 65 : ななしの審神者 明らかに目付役に対して悪意ありすぎだろ だけど、随分と手間をかけてるな 66 : ななしの審神者 これ・・・まさかな・・・ 67 : ななしの審神者 端末操作ってことは、イッチが操作したってことじゃないの・・・? いや、そうじゃないってのはわかってんだけど だめだ、わからん 68 : ななしの審神者 ゴメン、>>58読んでさ、自分の本丸の子で想像しちゃってさ ヤバい涙止まらん イッチは自分の知らないうちに、折られたってことじゃん 自分が指示したなら自業自得だけど、そうじゃないなら苦しいよ、ツライよ 69 : ななしの審神者 >>66 何かわかったのか? 70 : ななしの審神者 >>65 その目付役に悪意を向ける人物 犯人はわかりきってんだが、どうやったのかがわからん それと手間については同意 刀解じゃなく破壊だからな 71 : ななしの審神者 最初に腸煮えくり返ってるって書いてあったっけ まだ気持ちの整理できてないってことだよな 72 : ななしの66 >>69 いや、イッチが説明するだろうからあえて言わない 73 : ななしの審神者 なんか、もっと叫ぶやついると思ったがそうでもないな 74 : ななしの審神者 ああ、なるほど・・・ そういう可能性怖いな いや・・・でもありえんのか・・・? 75 : ななしの審神者 ・・・あれ? 第一部隊出撃してる間、見習いは何してたんだ・・・? 76 : ななしの審神者 >>73 >>68同様泣いた俺氏 報告に来たまんばに見られる が、すぐに立ち去ってしまう と思ったらタオル探しに行ってたらしくて俺氏に差し出してきた その優しさに追い打ちかけられた俺はまんばの腰ホールドして一通り泣きましたが何か????? 77 : ななしの審神者 >>73 乗っ取りかー怖いねーって休憩中に見てただけなのにな 乱と一緒にガチで泣いてた 泣きつくした後はイッチんとこの乱が気に病んでないか、気になってるみたい 休憩終わっちゃったから、イッチが戻ってくるまでの間に仕事終わらす! 78 : ななしの審神者 >>73 多分、泣いててそれどころじゃないんだと思われ ソースは俺 イヤンみっちゃんドン引かないで ますます葛餅がしょっぱくなるよ・・・ 79 : ななしの審神者 >>73 ハッチに慰められてた 最初仕事中に見るんじゃないって怒られたんだけど でもさ、今度見習い受け入れるからちょっとでも知識つけたくて このスレは、想像してたのと違ったけどさ でも、もしこんなことがあって誰かいなくなったらいやだって そう言ったら、ハッチがハンカチ出して涙拭いてくれますた めちゃくちゃいい匂いした 80 : ななしの審神者 >>75 そういえば・・・ 見習いは、止められなかったのかな・・・? 81 : ななしの審神者 >>76-79 おまいら重婚 ってかまともなの>>77しかいねーじゃねーかw 82 : ななしの審神者 >>79は真面目に仕事しろwww 83 : ななしの審神者 (俺が写しだからなのか・・・?) 84 : ななしの審神者 >>75 出来なかったんじゃないかな・・・ あくまで見習いだし 85 : ななしの審神者 取りあえず保守しろよお前ら 86 : ななしの審神者 >>85 お前もな ・ ・ ・ [newpage] 113 : ななしの審神者 し 114 : ななしの審神者 ゅ 115 : ななしの1 悪い、待たせた 一応、あの後のレスは見てる 116 : ななしの審神者 イッチおかえり 117 : ななしの審神者 おかー 大丈夫か? 118 : ななしの審神者 >>115 暇な奴が保守してただけだから気にすんな 119 : ななしの1 先に質問返しとく >>20 親が弟上げ俺下げだったからか俺に何やっても許されると思ってる節がある それと俺んとこの本丸来てんのはサボるため てっきり終わらせてから来てるもんだと思ったら、後で初期刀や長谷部に押し付けてることが判明した >>46 折れた奴を伏せる理由は明かす必要がないから 公開したら気に病むやつや怒る奴いるだろうし、荒れるの目に見えてる 見てる奴の想像に任せる >>50 ゲートくぐれなかったこととかみんなに伝えてある みんなも見習いも、理解してる あと、これ乗っ取りスレで間違いない ただ、毛色が違うだけだ あと>>75だが見習いは本丸にいなかった 120 : ななしの審神者 >>115 おかえり 目付役折れたの辛いだろうから無理すんなよ 121 : ななしの審神者 >>119 >見習いは本丸にいなかった は? 122 : ななしの審神者 >>119 えっ、書類全部丸投げってこと? いくら新人でもそらねーべ ってか見習いいないってどういうことだよ 123 : ななしの審神者 あー・・・ 確かに、名前だしたらギャーギャーいう奴少なからずいるだろうな ってか見習いいないってどういうことなの・・・ 124 : ななしの1 (6/9) とにかく急いでケガしてる奴の手入れした、手入れ札乱舞した 乱にはひたすら謝られた、目付役守れなかったこと 慰めたが、大ケガをする選択肢を選んだことは叱った 隊長だったから折れなかったわけだが、乱も無茶したわけだからな その後、見習いがいないって気付いて どこに行ったんだと思ったら、残ってたやつが第一部隊が出陣した後、政府の奴に連れていかれたって 引き留めようとしたけど、その前にゲートくぐられたって 何で?って思ったらゲートが開いて政府の人たちがやってきた 監査の人だったらしくて、ブラック本丸の疑いがあると通報されたから来たって言われた だけど、俺より来た監査の人のほうが困惑してた だってケガしてる奴いないし穢れも澱みもないし 俺と第一部隊は泣いてるしで 俺も混乱してて、ゲート通れるようになったら出陣させてないのに戻ったらケガ人+目付役折れたことを話してさ 乱や薬研も、出陣時のこと話して(こん時平野後藤前田は泣いてて話せない状態だった) そん時本丸に残ってたやつが爆弾発言したんだ 端末からの指示がされていた時、俺以外の霊力を少し感じたって だけど、まるで俺から指示されてるみたいな状態だったって その霊力も、第一部隊が戻ってきた時に消えたって その話を聞いて、俺も監査の人もこれはおかしいってなったんだ 刀剣男士は人の体も考える脳もあるけど、基本主である審神者に従うようできてるからな だから、俺の霊力で顕現してる刀剣男士が、他の奴の指示に従うのは契約変更しない限りありえないって 監査の人はまだ俺を疑ってるようだったけど、どっかに連絡したら、すぐに俺の話を信用してくれた そんで、すぐに調べがついた というか、犯人がアホで詰めが甘かったお陰だけどな 125 : ななしの審神者 待って 何で見習いいないの 見習い犯人なの?被害者じゃないの? 126 : ななしの審神者 >>119で見習いも理解してるって書いてあるから、最終的に戻ってきたんだよな? じゃなきゃ昨日最終日っていうのもおかしいもんな? 127 : ななしの審神者 >>124 待って 待って??? 何でそのタイミングでイッチ通報されてるん??おかしくね??? 128 : ななしの審神者 >>124 いや、相手がすぐお前のこと信用してくれてよかったな!!!! 129 : ななしの審神者 >>124 はよ調べついたことkwsk(バンバン 130 : ななしの審神者 >>124 イッチあくしろよ(AA略 131 : ななしの審神者 >>124 犯人ザマァ展開マダー? 132 : ななしの審神者 >>124 ってか見習いは政府の奴に連れてかれたのか・・・ これもしかして弟の担当の奴でFA? 133 : ななしの審神者 >>124 あれ?政府の人ってこんなに優しかったっけ・・・? 134 : ななしの審神者 >>129-131 お前ら仲いいなwww 135 : ななしの審神者 >>124 イッチ早くしてくれ 寒い 136 : ななしの1 (7/9) 端末出たばっかだったから、システム部門がバグ疑っていろいろ調査してくれたんだよ >>36で俺の端末でエラー+ゲートがくぐれない件で不具合の可能性があったらしいから んで政府の人とまた政府行って、アクセスログ?利用履歴?を調べたら、俺の端末とは違う端末で、本丸に指示が出されていることが判明したんだ でも、端末と本丸の連携って、個々に決められたIDとパスワードを入力する必要があるじゃん それに何回も失敗すると連携すら取れなくなっちまう で、システム部門の人は、【悪意ある第三者に俺のIDとパスワードの情報が洩れ、別端末から操作されてしまった】と結論付けたんだ どうもな、複数の端末を1つの本丸と連携できるんだと 端末から指示出てる時は審神者が本丸にいないってことで結界強化+ゲートにプロテクトが掛かって外部からの侵入を遮断するんだって どうしてもその本丸の審神者が端末を操作できないことを想定して、別の審神者が指示できるようになってるんだって 霊力の相性とかあるだろうから、そういう場合は本丸維持に使ってる霊力と混ぜて審神者の指示と見せかけるんだって どうりでゲートくぐれないわけだよ、みんなおかしいって気付いてんのに逆らえなかったわけだよ 俺からの指示が出てるってことになってるんだから そんで端末のことを調べたらな、所有者の目星が付いてな 位置情報とか諸々合わせた結果・・・まあ、弟がやったんだろうって判断が下った けどな、どうも解せなかった IDもパスワードもメモ取ってないし、パソコンある執務室には絶対入れてなかったし もし執務室に入られたとしても、パソコンにはロックかけてるし(ちなみに何回も間違えると30分操作できないように設定してる) じゃあどこから入手した?ってなって 結局そん時は盗み見られた可能性があるってことで、弟に事情を聴こうってことになった それを弟の担当に伝える必要あるなってことで監査の人と一緒に会いに行ったんだよ、担当に というか端末の件で担当に確認することあったから そしたら、見習いがいたんだよ 俺に気付いたら、すぐにこっち駆け寄ってきてな それに担当の奴がめちゃくちゃ怒ってて 俺のこと指差して、妹を洗脳したとか、妹を神隠ししようとする刀剣を野放しにしたとかいろいろ言ってきて 見習いは俺に隠れながら先輩はそんなことしてない、何でそこで神隠しがでてくんのってなって 正直俺と監査の人置いてけぼりだった >>132のいうとおり、見習い連れ出したのは担当だった 137 : ななしの審神者 >>124 監査の人どこに連絡したんだろ・・・ 138 : ななしの審神者 >>124 >その霊力も、第一部隊が戻ってきた時に消えたって ????? どゆこと? 139 : ななしの審神者 >>136 あー・・・読めた 140 : ななしの審神者 >>136 やっぱり犯人は弟だったか・・・ ってか、複数端末で操作できるのマジで? 初めて知ったぞ? 141 : ななしの審神者 うわああああああああああ そういうことかあああああああああ 142 : ななしの審神者 ひぇ つまり連携のIDパスワードがバレたら誰かに本丸好き放題にされる可能性があるってこと・・・!? 143 : ななしの審神者 >>136 これは緊急時の考慮が仇となった感じか・・・ おおこわ・・・(メモ処分しつつ 144 : ななしの審神者 なるほど・・・ 確かに、乗っ取り案件だなこりゃ しかもこれ、もしかしたら審神者が本丸にいる状態でも端末から干渉してとか出来ちゃうんじゃ・・・? もしそれが可能だったら、冤罪仕立て上げたりとか出来そうで怖いんだけど・・・(gkbr 145 : ななしの審神者 >>142 そらそうだろ それが端末と本丸を繋げるための情報なんだから しかし複数端末は知らなかった 146 : ななしの審神者 まあ、案の定イッチの弟が犯人だったわけだ つまり、イッチの弟が目付役が折れるよう仕向けたわけでな イッチー、お前の弟の本丸IDおせーてー^^ カンストしたたろさんとぱっぱとじろちゃん、それから三名槍たち連れてくからさー 147 : ななしの審神者 これさ、通報も弟がやったのかもね 時系列考えると イッチ政府へ    ↓ 弟、イッチんとこの第一部隊に指示    ↓ 見習い連れ出される←この時点で通報?    ↓ 第一部隊帰還 このタイミングで霊力なくなる=端末操作終えた?    ↓ イッチ戻ってくる ってことか 148 : ななしの審神者 >>146 おいおいずるいぞー 俺もカンストレア打刀3人+長谷部+鳴狐+ハッチの投石部隊連れていきたいなー 149 : ななしの審神者 >>146 なにそのクソ重編成 うちの金弓餅脇差6人衆も行けるぞー? 150 : ななしの審神者 >>146 そんなら俺はレア4太刀6人連れてくわ じじい?お前は来たばっかだからお留守番な 151 : ななしの審神者 >>149 急所・・・押し出し・・・うっ、頭が・・・ ならここは夜戦奇襲用に短刀たちを 152 : ななしの審神者 いつからここはイッチの弟ぶっ潰し隊のスレになったんだ?(困惑) 153 : ななしの審神者 そういえば、端末と連携ミスると本丸ドンテケする可能性あるんだっけ・・・? もし、わざとそんなことする奴がいたら・・・ ヒイイィィィ(゚д゚|||)ィィィイイイ 154 : ななしの審神者 ってか何で誰も見習いと弟担当の奴のやり取りを突っ込まない 155 : ななしの審神者 >>154 いや、まだジャッジしづらくて・・・ 156 : ななしの審神者 >>154 騙されてたのか、そう思い込んでたのか、そこが問題 157 : ななしの審神者 というかめちゃくちゃイッチ見習いに頼られてんじゃん 裏山 158 : ななしの1 (8/9) なんか、もっと短い予定だったんだが長くなってすまん 監査の人が担当諫めて確認したらさ、何か担当の中では俺は極悪ブラック本丸の審神者で、見習い痛めつけてヤンデレ拗らせ刀剣男士が見習い神隠しする手前、俺もそれ容認みたいな認識だったらしくてな うん、弟が吹き込んでた しかしどうしてそんなぶっ飛んだ設定を信じたんだか、調べりゃわかるだろうに それで俺が政府行ってる間に通報して見習い助け出してくれって弟に言われて急いで連れ出したんだと そらそうだよな、妹隠されるかもって情報流れて来たら連れて帰るわ、俺は弟相手にやらないけど ってかそうだ、俺あいつに政府に行くからこの時間来るなって言ったんだよ、前日に だからあいつは、俺がいない隙をつけたんだ・・・今気付いた ああくそっ! んで、担当と誤解解けたら解けたで今度は土下座された 俺の連携用IDとパスワードの情報を流したのは、担当だったんだよ 何でも刀剣男士たちが攻撃する可能性があるから、俺の本丸を端末経由で制御するって言われてシステム部門がバタバタしてる隙突いて俺の連動IDとパスワードを盗み見たらしい あと、弟が正規契約した端末とは別に俺の本丸連動用に端末渡してた だから宙に浮いた端末だったらしくて、端末情報登録されていないから厳密に誰のものかわからない状態だったんだ あくまで位置情報で弟のって判断しただけで、決定的な証拠ではなかった そんで俺、初期刀、No.3、監査の人、担当・・・それから見習いで弟の本丸行ったんだが だけどあいつ、白切りやがってな ログや位置情報から判断したとはいえ、決定的な証拠がなかったから、こちらも強く出れなかった けど、神様は俺たちを見捨ててなかった 弟の初期刀がやってきて、俺に何か渡してきたわけ 見たら、画面が粉砕した端末だった 「俺たちをまともに出陣させない、都合のいい小間使いとしか見ない上に仕事もやらない主に愛想が尽きた」 あいつの初期刀がそう言ってた こん時俺は初めて、弟は審神者の仕事らしい仕事をやんないでいたことを知ったんだ 書類も文章系は全部丸投げ、出陣数は水増し報告だったらしい 端末が出てきたことによって弟は形勢不利に 画面壊れてたらわからないだろって言ってたけど、中のハードが壊れてなければ大丈夫なんだってさ それを監査の人が言ったら、あいつ発狂して勝手に白状した ・刀剣男士と恋人になったっていいことない ・それを容認する俺が気に食わない、そんなの間違ってる ・目付役がいなくなれば自分(弟)を見てくれる ・俺の本丸もなくなってしまえ→ブラック本丸に仕立て上げればいい  目付役を折れば、俺が責められるはず ・見習いは自分(弟)と幸せになるべき あの野郎、恋敵だったからってのと俺へ冤罪かけるために、目付役折りやがったんだよ 目付役に好かれていたこと、そしてその目付役が折れたことを知らなかった見習いはそれ聞いて呆然、俺は吐いた 159 : ななしの審神者 >>153 そんなことされたら立ち直れん・・・>本丸ドンテケ 160 : ななしの審神者 >>158 ああ・・・なんか担当影薄いなーっておもってたけどそうでもなかった お 前 の せ い か よ ! !  ってか弟随分と絶妙なタイミングで乗っ取りやったなーって思ったらそういうことか・・・<前日に伝えた 161 : ななしの審神者 >>158 担当の手のひらクルー具合は草生えるが 最後にいろいろ持ってかれた 弟の思考回路なんなの??? 元カノに新しい恋人出来たの逆恨みする未練たらたらな元カレみたいな思考回路なんだけど 162 : ななしの審神者 >>158 うわああ弟の初期刀誰だかわからんがGJ やっぱ刀剣男士との絆って大事だよね・・・ 俺、このスレ見終わったら仕事するんだ・・・ 163 : ななしの審神者 ああ、これ見た感じ乱は吹っ切れてる感じだね よかった 164 : ななしの審神者 >>158 >目付役に好かれていたこと、そしてその目付役が折れたことを知らなかった見習いはそれ聞いて呆然 ぎゃああああああああああああ なんでこうなっちまったんだよおおおおおおお ってか目付役がいなくなればって思ってる時点でアウト イッチの弟ヤバンイ 165 : ななしの審神者 全審神者さん、自分の仕事を刀剣男士たちに押し付けまくると >>大変なことになりますよ<< 166 : ななしの審神者 しっかし一担当が情報盗み見れる環境ってどうなの? セキュリティ甘いんじゃね? 167 : ななしの審神者 確か見習いと弟って元クラスメイトだっけか もしかしたらずっと片思い→兄の本丸で再会で運命感じて暴走 なのかな・・・いろいろありえないけど 168 : ななしの1 (9/9) これで最後 その後弟は政府へドナドナ、本丸は凍結扱いになった 押収された端末はシステム部門が解析して、間違いなくその端末と俺の本丸が連携してたことを確認した ちゃんと調査が終わるまで1週間かかった それによって弟の処分が決まった、担当も機密情報漏らしたから処分された どんな処分をされたかはわからん んで見習いなんだけど、目付役がいなくなってからずーっとぼーっとしてるんだよ 生返事だし、教えてもメモ取らないしで それを見かねた乱が見習いを連れ出してな、気になって後を追ってみた 一足早く春の景趣にしてたこともあって、2人は桜の木の下にいた 距離的に詳しい会話までは聞けなかったんだが、乱が何かを渡した瞬間、見習いが泣きながら崩れ落ちた その後見習いはひたすら泣いて、乱はそれを慰めて 見習いが泣き終わったら、だいぶすっきりした様子だった それ見て、あ、もう大丈夫だなって俺は思った で、俺が後付けてたことは乱にバレバレだった、流石短刀 じゃあって思って見習いに渡したものが何か確認したんだよ そしたら、目付役の刃の欠片だと 池田屋から撤退する時、前田と平野が拾ってきたんだよ 全部は無理だったらしいが、途中で落とさないように前田がマントん中に包んで 刃の部分は危ないし、大きい部分は邪魔になるから、小さい欠片を巾着に入れたのを、お守りとして渡したって 見習い言ってたって ちゃんと思いを告げられなかったことが悔しい だけど、彼から教わったことを大事にしていかないと ここでくじけて審神者になれなかったら彼から教わったことが無駄になってしまう だから、気持ちを切り替えて頑張るって それから前のように研修打ち込んでくれて、研修を終えて新しい本丸に着任した 俺んとこで研修出来てよかったって言われてちょっと泣いちまった だってさ、辛い思いさしちまったのにさ、良かったって言われたらな あの子が研修に来てくれて、良かったよ これで、俺が本丸乗っ取られた話はおしまい 取りあえず弟連れてかれた時は吐いててそれどころじゃなかったから、会ったらぶん殴る つーわけでお前らも連動のIDパスワードの扱いに気を付けろよ 見習い研修中のやつは念のためパスワード書いたメモとか燃やすこと 破っても切断面から繋ぎ合わせられたら判別できることがあるからな、くしゃくしゃに丸めただけはマジやめろ あとパソコンにパスワードを設定するのもな それじゃあ残りは乗っ取り対策でも話し合ってくれノシ 169 : ななしの審神者 >>166 確かにな まずそこを何とかしてほしいわ 170 : ななしの審神者 これはずるい 泣いた 171 : ななしの審神者 >>168 目付役の刃の欠片とかホントずるい 前田平野よくやった 誉をやる 乙 ちょっとメモ処分してくる 172 : ななしの審神者 イッチ乙 教えてくれてありがとな 173 : ななしの審神者 >>168 前田と平野・・・(´;ω;)ウッ・・・ 見習いも、立ち直ったみたいでよかった 174 : ななしの審神者 >>168 折れても見習いの傍にいるよってことかな・・・>目付役の刃の欠片 175 : ななしの審神者 >>168 乙 いやー・・・しっかし怖いなこの乗っ取りは 176 : ななしの審神者 >>168 おつー もうすぐ見習い研修あるから、俺も対策しとこ 177 : ななしの審神者 イッチの場合は政府の人間が情報を漏らしたからだったが 連動の注意点に第三者に教えんなって政府からの注意事項にあるからな お前ら絶対に洩らすなよ ・ ・ ・ [newpage] [chapter:あとがき] 【登場人物補足】 1: 被害者 弟の暴走によって本丸乗っ取られた挙句刀剣( = 目付役)を折られた 無事に見習いを送り出し、現在目付役と同じ刀剣を探している 実は目付役と見習いが良かったら、目付役を見習いに譲るつもりだった(本編に入れられなかった設定) 見習い: 被害者 目付役に惚れていた 目付役が折られたことは凹んだが、1や目付役に教わったことを無駄にしたらいけないと立ち直った お守りは大事に持ち歩いている 弟: 元凶 同じクラスメイトだった見習いに惚れるも告白出来ずに卒業 兄である1が順調に審神者をやってるところを見て、1が出来るなら俺も出来る!とはっちゃけて審神者に だが、仕事らしい仕事はせず刀剣男士たちに押し付けていた 自分の思い通りにならないとキレる問題児 担当: (騙されていたわけだが)弟の協力者 暴走すると周りが見えなくなる、今回弟の嘘を信じた結果1の本丸に乗り込もうとも考えた 妹である見習いが可愛くてしかたないが、少々過干渉気味 というわけで、こんな乗っ取りやだなと思いながら書きました。 ハッピーエンドは無理でした。 某所でスマホとタブレットで連動したというのを見かけたのと、アプリ起動中はPC版は使用できないよう排他制御が掛かってることから思いついたネタです。 色々ご都合主義で無理矢理こじづけたので、おかしいところがあると思います。 この作品を書いている時、PC版起動→アプリ版起動でもアプリ起動→PC起動でもアプリが優先されることが分かったので、弟が端末で1の本丸操作中は1がゲートから弾かれた、と表現しています。 ただ、端末Aでアプリ起動→端末Bでアプリ起動した場合、どんな制御が掛かるかは試してないので1が端末操作しようとしてエラーになったの部分は完全捏造です。 くれぐれも、IDパスワードの取り扱い、またPC版にログインしたままの離席にはお気を付けください。
突発ネタ。<br /><br />こんな乗っ取り可能性ありそうで怖いって思いながら書きました。<br /><br />しかし不動君イベントの時から本丸乗っ取りクラッシュネタしか浮かんできません。(現在突発ネタが2~3抱え中)<br />どうした自分。<br /><br /><strong>【注意】<br />・本丸乗っ取りです。<br />・刀剣破壊表現があります。(刀剣名は伏せています、皆様のご想像にお任せします。)<br />・刀剣男士より人のほうが出番あります。<br />・刀剣×人の表現があります。<br />・捏造、こじづけ乱舞。<br />・円満ハッピーエンドではありません。</strong><br /><br />------------------------------------------------------------------------<br />2016/03/14 追記<br /><br />2016年03月12日~13日付の[小説] 女子に人気ランキングにランクインしたようです。<br />この作品を閲覧、スタンプ、タグ付けしていただいた皆様、ありがとうございます。<br />この場を借りて御礼申し上げます。<br /><br />また、『何故犯人がいいタイミングで乗っ取りが出来たのか』についての記述が洩れていたので3ページ目に追記いたしました。
【注意】俺の本丸が乗っ取られた話をする【喚起】
https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=6529437#1
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   自分で言うのも何だが、オレはあまりこの部屋に帰ってこない。今日は何の因果だろう、レディ達の予定が課題や補習授業なんかで見事なまでに潰れていて、ここより他いいベッドが見つからなかった。だから部屋に戻ったとき、聖川が布団の中で芋虫みたいに丸まっている姿を見て、少しぐらい気にしてやってもいいかなと思ったのだ。  暇だったし、他に行く充ても、やることも見つからないからね。要はまぁ、単なる暇潰し。 [newpage]  10月半ばとはいえ、季節と気温が必ずしも一致するわけでもない。まだ夏気分を抜け切れていないらしい夕日影が小窓から遠慮なく差し込んで、部屋全体をじりじり温めていた。  ピンクやらオレンジやらの色情的な暖色に包まれた部屋はむしろ蒸し暑いくらいなのに、聖川は冬用の厚い毛布まで引っ張り出して頭からすっぽりと収まっている。 「そんな変な恰好をして、一体どうしたんだい? 聖川」  特に心配する気もないけれど一応声だけかけてみると、何処となく不格好な塊が返事するようにゴソリと一つ身じろぎした。続けて、押し殺したようなくぐもったような妙な咳払いがかけ布団の内から聞こえて、あぁなるほどねとオレは納得する。 「風邪でもひいたの?」 ほんの気まぐれで返してやっただけなのに、綿の中からまた一つ咳払いがした。  普段はオレのことをさんざん煙たがっているくせに、こうして律儀に反応を返してくれるその理由は寂しいからだろう? 今までは熱が出るたび、鬱陶しいくらいに心配されてきたんだろうからね。聖川。  心の中で毒を吐いておきながら、オレは聖川のもとへと歩み寄る。いつもなら透明な薄壁が一枚間を隔てているような和室側は、聖川の不調がそうさせているのか今はとても境界線が曖昧だった。かかる軽い圧力を霧散させるつもりで、とびきり優しい声音と一緒に聖川の毛布を掴む。 「熱は? あるの?」 言いながら、端を剥いでみてびっくり。赤く染まった頬と潤んだ藍の瞳がどんなレディの誘い仕草にも勝ってしまって、何だ、オレの方がちょっと重病みたいだ。  聖川は余程熱が高いのかいつもの睨み方もしばし忘れてしまって、熱が出たとき特有の、あのトロンとした危なっかしい瞳でじっとこちらを眺めていた。けれど嫌な顔を間近で見てやっと意識が繋がったのか、オレを睨もうと途端頑張り始める。ただ聖川のポーカーフェイスは相変わらず隙だらけなわけだから、特徴的な泣きボクロの下にある口元がほんのちょっとだけ緩んでいた。  これは面白いと踏んだオレはいつもレディ達にそうするように、喉元を意識して声のトーンをワザと低くする。 「薬、無いならもらってきてやるよ? けどその前に夕食とった?」 こんな安い言葉本当は幾らでも吐けるのに、その言葉がまさか自分の方へ向けられるとは思っていなかったのか聖川は、熱に浮つく瞳を大きく見開き、「え? あ、…」と、非常に拙い所作を顕わにさせる。  可哀想に、奴はオレの台詞に随分戸惑ってしまったようで、暫くじっとこちらの瞳に見入っていた。全くアドリブに弱いなと、オレはばれない程度の皮肉を込めて瞳を真正面から見返す。すると聖川はオレの視線から逃れるためか顔をかわし、文机の方を見ながらたどたどしく言葉を紡いだ。 「薬なら、先程…」 「これ?」 喋り終わらない内に薬袋を摘まみ上げると、ついには言葉もなくコクリと素直に頷く。  聖川はこういうとき優しくされると、そうされた相手に直ぐ絆される。なのに、オレに対してそうできない理由は拭えない疑心暗鬼に呑まれているからなんだろう。  薬袋の中身を確認して、アルミパックに包まれた錠剤が一粒も減っていないことに気付いた。 「何、飲んでないじゃないか。お前らしくもないね」 「あぁ。そうなのだが、それは、その…」 聖川はバツが悪そうに視線をあちらこちらへさまよわせた挙句、らしくないたどたどしい物言いをする。 「気分が悪くてな…。どうしても、喉を通らないんだ」 「ということは夕食もとってないの?」 「―――…すまない」 別に、怒ったつもりじゃないけどね。  聖川にそう言ってやろうかとも思ったけれど、しおらしい彼を見るのはそうとう稀だったので、オレは何も言わず呆れた風を装って溜息をつく。すると全く健気な聖川は、怒られた子供みたくグッと唇を噛んで沈痛な表情を見せる。こんな具合で苦しんでいる聖川は、丁度オレの腹黒い凹みというか、歪んでいる部分にピッタリとあてはまって、だから尚のこと“優しい自分”を取り繕うのに夢中になっていった。 「熱は高いの?」 「38.6分だが…」 「結構あるね。食べたい物とか欲しいものはない? 何でも買って来てやるよ?」 「あの、…気持ちは嬉しい。だが…」 こういうとき、肝心の「要らない」が口にできないのが如何にも聖川らしい。普段のオレ相手だと、聞き捨てならないような言葉だってポンポン口から飛び出すのに、すっかり調子を狂わされてしまっているみたいだ。 「いいよ、謝らなくて。こういうときはゆっくり休むのが一番だ。楽にして」 オレは畳に腰を下ろして、汗が滲むその額にピッタリ張り付く細い髪を指で退ける。それから、母親が幼子を愛でるように頭をゆっくり撫でてやった。聖川はその可愛がりに慣れていなかったのか、最初こそ表情を硬直させていたけれど、オレがからかいもせず甲斐甲斐しく撫で続ける内、徐々に緊張を解いていった。  聖川の目から、オレを睨みつける鋭さが消えたのは随分と久しぶりで懐かしさと共に手を動かしていると、「あの」と躊躇いを含んだ言葉が乾いた唇から発せられる。 「ん?」 威嚇的にならないように語尾を上げて短く問うと、聖川がまた小さく呟いた。 「水が欲しい…」 「水? 何だ、そんな物でいいの? 他には」 「いや。キッチンの水でよいのだが…」 「水道水を飲むつもり? 止めておいた方がいい、余計にお腹を悪くするよ。…購買まで行くから」 「いや、流石におまえに悪い」 「こんなときに遠慮するなよ。こういうとき役に立たないと同室者の意味がないだろう」 言って、頭を撫でる手を離し返事も待たずに立ち上がろうとした瞬間、クンっと下に引かれる手応えがあって思わず動作を止めた。何事かと下に視線をやってみれば、オレの制服の裾を引っ張る聖川の右手がある。 「え」 不意打ちに、わざと優しくしていたこちら側が今度は驚かされてしまった。聖川は恥じらうようにオレから視線を外し、拗ねる仕草で明後日を見詰める。元より赤い頬は更に真っ赤に染まっていて、それでも裾を握る力は依然緩められない。骨の浮く細い手と繊細な指とが、キュッと力強くオレをこの場所に引きとめる。  どうやら聖川は今、相当ひどい熱を出しているらしい。  ほんと、自分で何やってるか分かってる? こいつ。  実に数年ぶりに聖川の可愛いところを見た気がして、オレはにやける頬をどうにか抑えつつ、フッと静かに笑った。 「…分かった。水道水にするよ」 告げれば、素直に離されてゆく右手。聖川に背を向けると同時に破顔し、皮肉な笑みを零した。  そうだね。寂しいんだったね。それをあんなに正直な形でオレに伝えてくるなんて、ほんと可愛らしい。けれど、そうすれば人の気を留められるなんて知っているおまえは、凄く憎たらしいよ。  備え付けの共同キッチンへ移動して、カウンターに逆さで置かれたグラスを取り、水を注ぐ。グラスの八分目ほど水が溜まったところで蛇口をとめ、踵を返した。その矢先、聖川が寝ている和室の方から衣擦れらしい音が聞こえて、つと歩を止める。 「聖川?」 不思議に思ってそちらを向くと、上半身を起こし、背を屈めて口元を両手で押さえこむ聖川の姿がある。真っ直ぐな藍の髪がシャープな頬に掛かりその表情を隠していたが、口を封じる十の爪先は柔な肌にキツく食い込んでいた。 「いいっ。いいからそこに。立ち上がろうとしないで」 咄嗟に足元の屑カゴも掴んで聖川の傍へ駆け寄り、円柱状のそれを顔のたもとへ宛がう。グラスを畳に置き、強張った背に触れ呼びかけるように一発叩いてやると、「う゛っ」と鈍い声の後、生温かい胃の中身が口から吐き出された。 「っぇ゛…ぅ、」 喉を潰すような音と一緒に、ゲホゲホと激しく噎せ出す。垂れる髪の合間から、生理的な泪を零す目に上気した頬が露わになる。口の端をつたう体液が、糸を引きながら屑カゴのなかへ落ちた。  はぁはぁと息を継ぐとびきり綺麗な聖川と、そこから生まれたこの吐瀉物とは、馬鹿げているくらいにアンバランスだ。けれどそのアンバランスに奇妙な安堵感と満足感を覚えてしまうオレがいる。 「まだ出そう? ほら、気持ち悪いだろう。遠慮しないで吐いて」 黄色の胃液が伝う聖川の口元を手の甲で拭っていると、泪で濡れた瞳と紅をさしたような唇とがごく薄く開いた。 「ごめんなさい…」 紡がれた言葉は余りにも可愛らしく、オレはそんな聖川に不思議なもどかしさを感じて、指を2本、弛緩した歯の合間に差しいれた。指の腹を舌の上に置きグッと下に向かって押すと、生温かい舌が引っ込むように硬く緊張し喉の奥がギュッと締まる。 「っ、う゛ぇ゛、」 出しきれなかった反吐が後追いし、ドロリとした体液が甲に伝った。力の入ったおとがいに指を挟まれ第2関節辺りがちりちり痛んだが、どうにか中で折り曲げその残滓をかき集める。長い間何も口にしていなかったのか、聖川の口腔から取り出した指に絡みつくのは、もう黄色の胃液だけだった。  指を抜いた勢いまた噎せ返す聖川はとても苦しそうで、その喉奥にもう一度指を突っ込んでみたくなる。変な気を起してしないそうなくらい、聖川の姿は可愛らしくそして艶やかだった。 「大丈夫? 少しは楽になった?」 覗き込んで訊けば藍の髪をしどけなく垂れさせた聖川が、白魚のような手で口元を拭いつつ涙目のままこっくり頷く。 「…すまなかった」 「いや。なんてことはないさ」 恥じらうような聖川に軽く答えて、屑カゴを手にバスルームへ向かった。一先ず中身を流し、水で洗おうと蛇口を捻る。流れ出てくる無色透明な水は、何と言うか無垢そのもので、聖川の中にもこういうのが流れているんじゃないかと、漠然とそう思う。聖川は何にでも汚されやすいのに、けして何にも染まらない。もたらされた澱みをその万倍で薄めて心に溶かし込み、忘れたふりをしているくせ、何でもしっかり覚えている。  オレはそんな聖川を掴めた気でいて、実は指の合間からスルリと逃げられてしまうのだろう。昔はそんな聖川を振り向かせてみたいと思い、事ある毎に突っ掛り、喧嘩をふっかけたりもしていたがもうやめた。  それよりも、ドロドロに甘やかして蕩かせてしまった方がきっと楽しい。そして聖川は、そうされることに弱いのだ。  バスルームを出ると、聖川はもやもやを吐いて多少楽になったのかキッチンへ立っている。背を屈め、その口をすすいでいるようだった。  「ふぅ」と息をついた聖川がタオルを手に口をあてがい、こちらを振り向いた瞬間にパチリと瞳が衝突する。  まさか聖川を、オレだけが独占したいなんて、そんな気持ちはほとほと馬鹿らしいから。  それだけは、何があっても言わない。絶対に。
※嘔吐表現あり。ご注意を!! 看病ネタですが、レンさんは腹黒さ1000%で出来ています。 結構前に習作した物で、このとき甘いレンマサしか書いてなかったので、汚いものが書きたかったんだと思う(-ω-)    <追記>閲覧・評価・ブクマありがとうございます!!! DR入ってて吃驚しました。 あ、ここから余談です→どうやら自分は何かしらのCPにハマるとき、いきなりEroから突入して段々ドロドロかもしくはプラトニックに落ちてゆくタチみたいで、最近拍車をかけたように甘いレンマサが書けずそれはそれでおいしいんですが参ってますorz 暗いレンマサとか需要あるのだろうか。 とにもかくにも皆様の素敵作品で脳内補充してきます!!∟(^o^)Ξ
反吐を吐く【レンマサ】
https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=652955#1
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俺ガイル 陽乃さん。海に向かって叫んでみませんか? 「陽乃さんは、沈む夕日に照らされた海に向かってバカヤローと叫びたく…………ならないですよね」 「そういうメンタリティーは持ってないし。社会的にそういうことが許される時代でもないでしょう」  2月28日日曜日の夕方。休日の午後を自宅で引き篭もって優雅に過ごしていた俺は、突如現れた陽乃さんに車に乗せられてドライブに出た。  1時間半近く南下して館山まで到着した陽乃さんは海がよく見える北条海岸で車を止めた。そのままスタスタ歩いて無人の砂浜に立つと無言のまま夕日を眺め始めた。  陽乃さんは5分以上動かなかった。だから何となく気持ちを代弁しようと思ったがそれもできなかった。  今日2月28日はバカヤローの日とされている。当時首相の吉田茂が国会中にバカヤローと叫び、それが元で衆議院解散に繋がってしまった通称バカヤロー解散の元になった日。  夕日を見ていると陽乃さんもバカヤローと叫びたくなったのではないかと一瞬思った。だが、そんなことはないだろうと自分で打ち消した。 「どんなに不満があろうと、それを大声にして発散した瞬間。私はモラルのない人間の烙印を押されてしまう。みんなの人気者、しっかり者の雪ノ下家長女がそんなことできるわけないでしょ」 「夕日に向かって叫ぶのも今の時代はパロかギャグでしかないですしね」  陽乃さんは何か大きなストレスを抱えてここまでやってきた。けれど、それを夕日に向かって叫ぶという形では発散しようとはしていない。考えてみるとそれも道理だった。  大声で叫ぶ。それ自体は人間の自然な欲求の1つだろう。けれど、それを実際に行っていいかは社会的な承認を必要とする。  承認のない場で行うと、ご近所さんや職場や学校でキレられたりする。自分にペナルティーが課せられる。一時的にスカッとするかもしれないが、失うものの方が大きい。  コスパが悪いことを人間は基本的にしない。しようとも思わなくなる。 海に向かってバカヤローと叫ぶこと。それもまた、平成も28年を迎えた現在では社会的に認められることではなくなっている。  大声で叫ぶことに対する冷淡な認識は年々強まっている。子どもが公園で大声を出すことにさえ厳しい視線が向けられるのが今の世の中。  バカヤローという言葉の響きも昭和に比べてより悪いものとして捉えられるようになった。馬鹿はまだ口にして良い悪口だが、バカヤローは言った人間の品性が疑われる。吉田茂の時代から既に駄目な言葉だったが、今はもっと駄目になった。  そして海に向かって叫ぶ。その様式美もどんどん滑稽なものとして捉えられるように変わっている。つまり、海に向かって叫ぶとは何かのパロディー、ギャグとして認識されてしまう。そのために真面目な葛藤をぶつけるのに向いてなくなってしまったのだ。  だから結局、夕日に向かってバカヤローと叫ぶのは、恥ずかしいものか様式美ギャグかどちらかに成り果てているのが2016年の今だった。 [newpage] 「陽乃さんは今日どの瞬間にストレスを発散しているんですか?」 「そういうこと、ハッキリ聞くかね君は」 「充実引き篭もりライフを邪魔されたんですし。それぐらいはね」  陽乃さんは夕日を背にして俺へと向き直った。色のコントラストは強烈で、黒と赤を背景に立つ陽乃さんはどこか幻想がかって見えた。 「それを答えるのは難しいわね」 「プライバシー保護ですか?」 「ううん。私の今やっていることがどこまでストレス解消に繋がっているのかわからなくてさ」  陽乃さんは俺たちが乗ってきた軽自動車を見た。 「まずドライブ。私の場合、1時間運転してると精神的に擦り切れちゃうのよね」 「免許取って日も浅いので仕方ないんじゃ?」 「そうかもしれない。けど、何にせよドライブしても私のストレスはむしろ溜まっちゃうのよね」  陽乃さんはプラっと出る一人旅では歩くのが好きと言っていた。多分だけど、陽乃さんはスローペースを好み、スピードと相性が悪いんじゃないかと思う。   「次に海に沈みゆく綺麗な夕日を見ることで心が洗われることを期待したんだけど。私にはそういうセンチメンタルな精神構造はなかったみたいで少し落ち込んでる」 「まあ、俺や陽乃さんはそういうリア充的な感覚に冷めた目を持ってますからね」  風光明媚な景色を見て心が洗われる。美しい物に心奪われる。それは自然なことであると同時に社会的に作られたものだと言われている。つまり、何が美しいかの判断基準は先天的なものではなく、社会的に作られた枠に従ったものである場合が多いということ。  例えば、平安時代の美人はふくよかであることが条件の1つであるとされていたと言われる。多くの人が食うのに困る時代。ぷにぷに体型は経済状態が良好であることをわかり易く意味していた。それ自体が羨望の的=美になったわけだ。  夕日や海という自然風景への着目、価値の付加は近代的な観光業の発展と密接な繋がりがあるとされている。  夕日や海は昔から綺麗だと思われていたに違いない。けれど、お金を払ってでも遠方から見に来ようと思わせるには人為的な価値の創造、付与が行われる必要がある。夕日の海=美しい=コストを支払ってでもみるべき という図式を普及させておくことで自然を売りにした観光は成り立っているのだ。  だから逆に言えば、俺たちは夕日が沈む海は美しいと思い込まされている。この価値観は洗脳の産物なのだと認識することも可能なのだ。そうなると、夕日の海を美しいとは単純に思えなくなってしまう。今の陽乃さんは多分そんな感じなのだ。  そんな陽乃さんの思考がトレースできる俺も相当に歪んでいるのだろうが。 「だから結局、比企谷くんとこうして喋ってることでストレス解消してるんだろうなって」 「それだったら千葉市内でもできますよね」  陽乃さんは小さく苦笑してみせた。 「そっ。だから、今日は私にとって何がストレス解消になって何がならないのか。それを確かめにきたってことになるのかしらね」  陽乃さんはもうほとんど沈んでしまった夕日へと向き直った。  同じ光景を見ながら、俺は美少女ゲームでヒロインが感動してそうだなと考えていた。  俺自身の感想はほとんど何も思い浮かばない。少なくとも綺麗だとか物悲しいだとか衝動に駆られて叫ぶ気にはならない。  俺がゲーム脳だからか。それとも感受性に乏しいからか。それとも沈む夕日=リア充と図式化され過ぎてまっとうに見られなくなっているからか。きっと、全部だろう。  とにかく、旅行ガイドブックで紹介されそうな景色に反応が薄かった。だから結局、今この場において俺の気を惹くものは一つしかないわけで。 「陽乃さんは俺と喋ってるとストレス解消になるんですか?」  陽乃さんは陽が沈みきって真っ暗になってしまった海に背を向けて俺へと向き直った。 「そっ。弟と話してるみたいで心が休まるわ」 「弟、ですか」  弟。その言葉の響きに面白くないものを感じる。  そんな俺の不満は陽乃さんには筒抜け。というか、誘導されたか。 「彼氏の方が良かったかな~?」  暗くなって顔はよく見えなくなっているものの、勝ち誇った表情をしているのはわかる。なんかすっごく腹立たしい。ここで下手に否定したら更に付け込まれるだけだ。 「そうですね。日曜日にドライブデートするぐらいなんですから。彼氏の方がいいに決まってますよ」  堂々と承認してみせる。これで、精神的に俺が優位に立ったはず。  どうだ、陽乃さん。俺は屈しませんよ。 「そっか。比企谷くんは私の彼氏になりたいわけか。そっかそっか」 「あれ?」  陽乃さんは否定もしなければ慌てもしない。落ち着いて納得してしまっている。  これじゃあ、俺が陽乃さんの彼氏の座をガッツイて狙っているようにしかならない。  主導権を取り戻せていない……。 [newpage] 「じゃあさ。君がもっともっと一生懸命頑張れば。私の彼氏になれるんじゃないの。なんたって、日曜日にドライブデートする仲なんだしさ」 「いや、だからですね……」  完璧に陽乃さんペース。その陽乃さんは俺に顔をグッと近付けてきた。 「私の恋人になるのは……嫌?」 「そ、それは……嫌じゃ、ないですけど……」 「けど?」 「…………何でも、ないです」  我ながら歯切れの悪い返答。  つま先立ちになって俺を覗き込んでくる陽乃さんは、どうしようもなく綺麗に見えた。  夕日も海も綺麗とは思わなかった俺だけど。この人は、とても美しいと感じた。  美人と評判の陽乃さんは、俺から見ても美人だった。いや、海に沈む夕日に照らされる彼女も、真っ暗な海を前にして佇む彼女も知っているのは俺だけ。その意味で俺こそが陽乃さんの美しさをより深く知っている。そんなどうしようもないことを考える。  陽乃さんは尚も熱っぽい表情を俺に向け続けた。 「キス、してくれたら。恋人にしてあげようかな」  陽乃さんの甘い誘惑が俺を痺れさす。でも、今の陽乃さんはどこかおかしいと感じてしまうのもまた事実だった。 「…………帰りましょう。もう日も暮れましたし」  一歩後ろに退いて話を打ち切りに掛かる。俺にこの話をこれ以上続けられるメンタリティーはなかった。 「意気地なし」  ジト目が痛い。俺は僅かに顔を逸らした。 「今日の陽乃さんはどこか変ですから」 「一つアドバイスしておいてあげる。恋愛はね。相手の様子が変だと思っても、チャンスがあるならすぐモノにしちゃわないと駄目よ。次があるとは限らないんだから」  一期一会の精神について説きながら陽乃さんは…………俺の頬に軽いキスをした。 「ほらっ。こんな風にね」 「…………か、帰りましょう。もう暗いです」 「ほんと、意気地なし。まっ、比企谷くんらしいかな」  俺は陽乃さんと目を合わせられなかった。  陽乃さんは俺より大人の女性だって。久しぶりに強く認識した。  陽乃さんにキスされた部分が熱くてビンビンする。  その熱が、俺に2つのことを悟らせる。  その内の1つは、俺が主導権を取りたくて仕方がないということ。  3つも年上で、押しの強い女性に対して俺は負けたくないと思っている。  そしてもう1つが、俺は陽乃さんに惚れているということ。  これはもう、認めざるを得ない。 「アレ? 真っ暗な海が急に盛り上がって……えっ? 海が凍りついたっ!?」  陽乃さんから驚きの声が上がったので慌てて暗闇広がる海を見た。  確かに、海が隆起して、津波が襲ってくる直前のようなビッグウェーブの形を取りながら凍っていた。  こんな自然現象があるわけがない。つまり── 「陽乃さんが今日ストレスを抱えていた原因は何ですか?」  陽乃さんに目を向けると、今度は彼女の方が露骨に目を逸らした。 「えっとね……雪乃ちゃんと喧嘩してね。20歳になって一度も恋人ができたことがない喪女って言われて。それで、悔しくって……」 「なるほど。ストレスの原因は雪ノ下絡み、か……」    両手の拳を強く握りしめる。  雪ノ下に、俺と陽乃さんのキスシーンを見られたんじゃないか?  何の根拠もないがそう思う。  そう言えば雪ノ下は友人の司波深雪から凍結魔法を習って周囲を凍らせることができる。  現状と雪ノ下が凍結魔法を使えることにどんな関連性があるのかはわからない。でも……。 「陽乃さん。海に向かって叫んでみませんか?」 「えっ? いや、そんなことしても……」 「バカヤローって叫んでみましょうよ。どうせ、もう最期なんですから」  陽乃さんの瞳が大きく開かれた。それから納得したように静かに頷いてみせた。  現代人は海に向かってバカヤローと叫ぶメンタリティーを持っていない。  けれど、時と場合によってはそうでないこともある。  今はそんな状況なのだ。そう、そんな状況なのだ。  俺と陽乃さんは海に向かって並んで立った。  季節外れ、とは言えない雪が舞い散り始めた。  まだ2月。雪が降っても何もおかしくはない。  たとえ視界が0になるぐらい激しく吹雪いたとしても。千葉でそんな雪、普通ないにしても。  そして俺たちは、突如凍りついて猛吹雪を発生させている夜の海に向かって叫んだのだった。 「「ゆきのバカヤローっ!!!!」」  バカヤローと叫ぶことでスカッとする瞬間もある。今みたいに。  人生最後の大絶叫は、それはそれで感慨深いものだった。 「もし、生き残れたら俺からキス、していいですか?」 「うん、いいよ」  陽乃さんと生き残れた場合の約束を交わす。  そして俺は、海側の真っ暗な夜空から、多数の細長い物体が俺たちに向かって高速で飛来してくるのを最後に認識したのだった。  了 「陽乃さん。部室であんまりベタベタされるとさすがに恥ずかしいんですが」 「いいでしょ。私たち、あの苦難の夜を生き抜いて晴れて恋人同士になったんだから。もっと人生を謳歌しましょうよ♡ 奉仕部なんて誰も訪れないからイチャイチャし放題よ♡」 「お~い、奉仕部いるか? …………比企谷、お前学校クビな」 「何でいきなりクビなんだよっ!?!? ちょっと距離が近すぎるだけでしょ」 「私が仕事しているのに生徒がイチャつくとかあり得んからな。明日から学校来なくていいぞ」 「まさか、あの惨劇の夜をやっとの思いで生き抜いたのに社会的に殺されてしまうなんて……」 「じゃあ、雪ノ下の家に婿入りして、うちの会社に入ってくれればいいわよ」 「いや、でも、急にそんな……」 「姉さん女房は……嫌?」 「ごっつあんですっ! もう離しませんからねっ!!」 「一生、仲良くしましょうね♡」 「「チュッチュッチュッ」」 「…………私としたことが、教え子の結婚をサポートしてしまっただとっ!? クッ! こうなったら、夕日の海に向かってバカヤローと叫んでストレスを発散するしかないっ!」 「「昭和のメンタルだ……」」  ―完― 2月28日 バカヤローの日
ヒッキーははるのんに海に向かってバカヤローと叫ぶか尋ねています。<br /><br />2月28日 バカヤローの日
俺ガイル 陽乃さん。海に向かって叫んでみませんか?
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成功体験。それは文字通り成功した体験のことで、人はこれをして自信を得るという。また、その体験は次の成功のヴィジョンを生み出し、より現実味を帯びる。どれほど分不相応な野望であれ、どこまで登ればいいのかわからない空の上の月ではなく、どうにも地面は繋がっているらしい富士山あたりにはイメージできるというわけだ。それはモチベーションの向上にもなって更なる高みを目指す切っ掛けにさえなるかもしれない。つまり、小さな成功体験の集合体こそが大きな成功なのである。塵も積もればなんとやら。すると一から望みを叶える方法も自ずと出てくる。だからカラ松はまず初めの一歩に塵を集めることにしたのである。 さて、ここに1枚のチケットがある。橋本にゃーオンリーナイトだにゃん!!と書かれたそのチケットはカラ松が演劇部のときのツテで手に入れた品物で最近めきめきと人気をあげて全然チケットが取れないのだと嘆く一つ下の弟のために用意したものだ。 そしてカラ松がカラ松の大切な塵を集めるために用意したものでもある。 上手くいくだろうか。 左手に握り締めた携帯電話がミシリと音を立てたがどうでもよかった。 先程、カラ松は1つ下の弟に電話を掛けた。いろいろ緊張し過ぎてしどろもどろになってしまったが要約すれば「ケーキ屋の前にいるから今夜のにゃーちゃんのライブチケットを取りに来い」というやつである。ちなみにこのチケットは一週間前に入手したものだがわざと当日の受け渡しを選んだ。慌ただしくなってしまったが許せ、チョロ松。と、ちょっとだけ心の中で詫びる。 カラ松にはどうしても拭えないイメージがあった。夕日に染まった赤を背景に仲良く歩く5つの背中だ。兄弟水入らずの美しい光景なはずなのに馬鹿な心が嫌だ嫌だと叫ぶのだ。過不足なくピッタリと収まったそれらを認めることがついにカラ松にはできなかった。あれからずっと完成されたパズルの上で己の嵌るであろう場所を探している自分はやはり大馬鹿者なのだろうか。 「カラ松!!」 振り返ればかの待ち人が必死の形相で走って来る様子が見えた。 我知らず胸を撫で下ろす。 よかった来てくれた。 作戦成功!ミッションコンプリート!丁度いい時間の頃合で沈んだ夕日をバックに走る三男はなんだかちょっとかっこよかった。 「ひぇっ!あああ!!本物のチケット!!!オンリーナイト!!!ファーーーーーー!!!ありがとうカラ松!!大好き!!愛してる!!!」 「うんうん、そうだろうそうだろう」 なんてちゅうでもしそうな勢いのチョロ松と熱い抱擁を交わし、こっそり思わぬ収穫に内震えた。 「愛してる!!!」って!!! セク口ス!!!間違えたサンクス!!! そんな感じで弟をライブ会場に送り出してカラ松は一人帰路についた。 その手にはケーキの箱が握られている。これは最近始めたケーキ屋のバイトの収穫物でちょっと形が崩れて売り物に出来なかったり売れ残ってしまったものをこうして従業員が持ち帰ることが出来るというものだ。これが兄弟たちには大好評で、カラ松が帰宅するやいなや玄関にまで迎え入れてくれたりさえするのだ。この際、その時に箱を取られて中味を見ようとたむろすることには目をつぶろう。兄弟たちが自分の帰りを待っている。その事実が大切なのだ。 そうして今日も今日とて兄弟たちの歓迎にそっと塵を積もらせた。 料理をしているといいことが2つある。1つ目は単純に母さんへの親孝行になること。6人のニートを養っているだけあって家事にパートにと忙しいマミーを助けるとこができるのはカラ松にとっても喜ばしいことだった。自分がそのマミーを苦しめている存在の1つであることには一生懸命目をそらしている。育て~の苦労は~考えたくない~~~なんてな。閑話休題。2つ目は彼の愛すべし兄弟たちが寄ってきてくれることである。これは一様に味見と称したつまみ食い目的だったりするのだが、名目上カラ松の手伝いをしてくれることもある。皿並べて~じゃがいも潰して~などなど様々であるけれど、普段なかなか兄弟たちと親交を深めることのできないカラ松にとってそれはなかなかの僥倖といえた。 鰹出汁で大根を煮ているあいだに電子レンジでホクホクにしたじゃがいもを潰す。粗方マッシュし塩コショウを加えたところでこれを一口大の大きさに丸めて素揚げにしていくと、揚げ終わるやいなや皿から摘んむ手が現れた。 「うわー美味しい~」 「トド松か」 振り返れば末弟がそれはもう美味しそうにジャガイモを頬張っている。その姿はなんだかうさぎのそれを思わせた。 うんうん、美味しいか!それはよかった!でももうなくなっちゃうから食べちゃダメだぞ、といい含め今度は昨日から煮込んでいた豚の角煮に火をかける。 「それも美味しそうだね」 「うん。これにジャガイモ入れたら完成だ」 バーン、と手で鉄砲を撃つ真似をするとなんだかしょっぱそうな顔をされた。え、塩加減大丈夫だったか?塩加減「は」大丈夫だったよ。 なんだか良く分からないが、問題がないならよかった。食材を無駄にするのも一応悪いとは思っているのだ。 角煮の旨みがとけた甘辛い醤油だれに素揚げのジャガイモを絡めて1つ、トド松の口に放り込んでやると、またカラ松の大好きな幸せそうな顔になった。 はじめ、成功体験のことを思い付いた当初は当たり前だがこう上手くはいかなかった。 何せ今までは待っていればご飯が出ておやつがでて洗濯物は出来ていてお小遣いをもらってお風呂が湧いている日々を送っていたのだ。カラ松はご飯は勿論他の家の事も何一つまともにできはしなかった。今にして思えば、それでよく兄弟たちに必要とされているだなんて思えたものだ。片腹痛いとはまさにこのことである。カラ松は相変わらず空っぽで何もなかったのだと自分を見つめ直してやっと気付いたのだからここにポンコツが極まれりというやつだろう。 しかしこのガランドウもどうにか自覚することで取り繕えるようにはなってきた。……はずだ。 ケーキ屋でバイトを始めて稼いだお金で食材を買ってみて料理を作る。失敗作は容赦なく捨てる。勿体無いと思うかもしれないが、失敗したのだから仕方が無い。生ゴミは適切に処分しなくてはならない。 兄弟にもそれらは一切食べさせなかった。つまみ食いもさせていない。 だってそれが万一すごく不味いものだったら、きっと一生食べてくれなくなってしまう。ひとつのミスもカラ松には許されていないのだ。 カラ松には叶えたい願いがある。兄弟たちの背中が網膜に焼き付いて離れない。 願いを叶える為には成功体験を積まなければならないらしい。カラ松は成功しなければならないのだ。 だってカラ松には後がない。次は死んでしまうかもしれない。いや、死んでしまうだろう。今度こそこの身体がハリボテで中身なんてなんにもないことに気付かれてしまう。そうしたら一環の終りだ。ジ・エンド・オブ・俺。なんて、そんなのはいやだ。そんな危機感はカラ松の料理の腕の向上を後押しして、家庭料理としてはまずまずの出来になった。余分な食材を買うこともなくなり、近頃ではバイト代に色をつけて貰えるようになったのもあってちょっとした金も出来てきた。ここまでくるともう100万円くらい目指そうという気にもなる。色々迷惑を掛けたことは自覚しているし、そろそろツケだって返すべきな気がするし。返し終わって、そして、そして……。 カラ松はときどきとてもどうでもいいことを考える。今の自分なら兄弟たちは電話の向こうからでも海に怯える自分を励ましてくれるだろうか、とか。あわよくば一人くらい助けに来てくれないだろうか、とか。そういう有り得ないことを妄想して、死にたくなる。お前にそんな価値はない。前も、もちろん今も。 分かっているからこそどうすれば迎えに来てもらえるかを一生懸命無い頭を使って考えてみた。カラ松に価値がないならセットにすればいいのでないか。100万円を持ったカラ松が炎に包まれていたのならきっと兄弟たちはその100万円を守るために消火活動に精を出してくれる、かもしれない。100万円ぽっちじゃ来てくれないような気もする。なら200万?もしかして300万? そうなるとどれほど必要なのかも見当がつかなくなってくる。 価値が欲しい、とは流石のカラ松ももう望まない。ただ、何かのおまけでもいい。チケットでもケーキでも家政婦さんでもなんでもいい。ふとした瞬間に誰かに求められたいという欲求は愚かにもまだカラ松のなかに執念深く居座っていた。 最近またバイトを始めた。日本料亭のバイトで結婚式や何かの会食なんかに使われている高級料亭だ。食事付きで残り物はこちらも持ち帰り可能。ヘルプで中華、イタリアンのレストランにも入ることが出来るので、近頃ケーキに飽きてきた兄弟たちの舌を楽しませるにはもってこいだった。稼ぐことが目的ではないからシフトは1日1回程度、頼まれれば2回にしたがやはりケーキ屋との掛け持ちで忙しくなった。家をあけることが多くなるにつれ、何だか家に帰るのが億劫になってきた。あれ?ここは俺の帰る所だっけ?というような不和を感じるのだ。そこにある空気全てがカラ松を追い出したがっているのがひしひしと伝わってくる。そうして漸くカラ松はある真実に行き着いたのだった。 ここは自分がいるべき場所ではない、と。 ああ、遅すぎるぞ松野カラ松。誰かが嘆く声がする。あまりにも気付くのが遅すぎる。今、こうしている間にも居るべきでないカラ松が居ることによって愛しい兄弟たちに多大なる精神的負荷を与えているのだ。馬鹿め、この大馬鹿者め。ガタガタと震える身体を自分の腕でかき抱いた。訳もわからない恐怖がカラ松を包み込んで離さない。助けて、とは叫ばなかった。声を上げればバレてしまう。変なものが紛れ込んでいることがバレてしまう。もしかしたらもう手遅れかもしれなかったが、その時カラ松は必死だった。凍えそうな寒さを押さえ付けて息を殺して外に出た。 なんだ、外はとても暖かいじゃないか。
そのあと兄弟たちが迎え(物理)に来ました。<br />○追記○<br />○小説デイリーランキング16/03/12:60位、小説女子に人気ランキング16/03/12:41位に入りました!たくさんのブクマ・評価・タグありがとうございました!!○全裸待機タグありがとうございますw私も全裸で続き書きますね!(><)<br />○小説デイリーランキング16/03/13:23位、小説女子に人気ランキング16/03/13:33位に入りました。ありがとうございました!
そうして彼は逃げ出しました
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「・・・っというわけで、生徒の自主性をどんどん取り込み、みなが楽しめるような総武高校を実現したいと思いますっ!そんな僕に清き一票、お願いしまーす!!」  投票日当日の選挙前演説。城廻めぐりの対立候補・坂上による綺麗ごとを並べたような調子の良い演説が終わり、敵陣営の応援演説へと入るところだ。  壇上には、いま演説を終えた坂上と、三年生のサッカー部OB、そして葉山隼人。味方陣営は城廻めぐりとその同学年の友人女性、そして『白狼』比企谷八幡が座っている。  正直、銀髪の一年生の存在感は群を抜いていた。両生徒会長候補はおろか、同じ一年生で並び立つスターとも言われる葉山隼人すら埋没している。雪ノ下の指示でもっとも左端に座っているにも関わらず、だ。  八幡の近く、舞台袖から見守る雪ノ下雪乃と由比ヶ浜結衣には、そこまで非情なコントラストは把握できない。が、講堂の席から舞台を見上げる面々、特に三浦優美子や海老名姫菜、川崎沙希、材木座義輝、戸塚彩加らの目には、どうにも比企谷八幡の存在しか目に入らない、というレベルにまで明暗差がくっきりしていた。  かろうじて三浦や海老名、そして戸部翔の目は友人でもある葉山を捉えていたが、坂上なる男の軽妙な(?)演説など、彼らには全く届いていない。いや、ここまでの存在感を示されると、彼ら以外の生徒たちにも少なからず影響を与えていることは確実だろう。 「・・・という、とても頼りになる先輩です。どうか、坂上先輩に投票いただけますよう、よろしくお願いします」  そうこうしているうちに、葉山の応援演説も終了する。型どおり、ぶっちゃけて評すればユーモアの欠片もないつまらない内容だったが、これは義理と人情の板挟みにあっている彼が選択した最大限の配慮といえた。 「続きまして、生徒会長候補・城廻めぐりさん。演説をお願いします」 「はいっ」  いよいよ城廻の演説出番が回ってきた。これまでと違い、彼女には妙な注目が集まっている。それもそのはずで、なにしろ、あの『白狼』が応援についている相手なのだ。    雪ノ下が細かく取りまとめた選挙前日までの結果予想はほぼ五分五分。運動部を中心とした組織票をあらゆる手を使ってまとめた坂上陣営に対し、城廻陣営はアンチ坂上を含む二年生男女、そして三浦らが中心となってまとめた一年生女子票がメインで、固定票だけを較べると三年生票もかなり取り込んでいる坂上陣営が若干ながら上回る。    つまり、勝負は浮動票。その意味で、演説の持つ意味は果てしなく大きいと言えた。 「2年D組、城廻めぐりです。私が生徒会活動に興味を持ったのは、昨年の文化祭で実行委員を務めたことがきっかけでした。有志統制を一人で任され、仕事の量に困っていた私を助けてくれたのは、その前年に実行委員長を務めていたという先輩の女性でした。その人のテキパキとした仕事ぶりに憧れ、私自身もそのように、皆さんのお役に立てる人間になりたいと思い、まずはこれまでの一年間を生徒会書記として過ごしてきました」  いつものどことなくほんわかした空気はさほど感じられず、穏やかな笑顔で、滔々と生徒たちに語りかける城廻めぐり。『白狼』がらみの注目があったこともあるが、彼女のゆったりとした口調に会場が徐々に引き込まれ、講堂全体にも穏やかな空気が流れる。 「そして、生徒会活動最後の取り組みなった先の文化祭。ここで私は、ある三人の一年生たちとともに、文化祭の警備を任せてもらいました。責任ある立場を任されたことで緊張しましたが、三人の一年生たちは私よりもずっと頼りになる存在で、おかげで無事、文化祭を守ることができました。そして、私は思ったのです。彼ら三人を含めた後輩たちが、より過ごしやすい学校になるよう努めることが、先輩である私の使命であると」  壇上の八幡は顔色ひとつ変えずに黙って聞いているが、舞台袖の雪ノ下、由比ヶ浜は思わず照れたような笑みを浮かべた。会場も城廻の話に聞き入っており、ますます城廻優勢の雰囲気が講堂全体を包み込んでいく。  が、ここで事件が起きた。 「城廻さんさあ、結局、銀髪の一年に抱かれて舞い上がっちゃった、ってことでOK?初心な顔して、ヤることヤってるよね、マジで」 [newpage]  マイクを通さず汚い野次を飛ばしたのは、演説を壇上で聞いていた対立候補・坂上。講堂最前列までは内容が届かない程度の、それでも城廻にはっきり聞こえるくらいの声で呼びかけた。会場全体の城廻優勢ムードを彼なりに感じた、乾坤一滴の反撃だったと言える。 「っつ・・・」 野次を飛ばされた城廻の演説が止まる。彼女が坂上の言葉から連想したのは、片桐を止めた直後のシーン。八幡に支えられ、最終的にはお姫様抱っこでイスに運ばれた場面だ。  坂上の野次自体はより卑猥な意味がこめられていたが、城廻にそこまでは理解できない。ただ、事実として八幡に『抱きしめられ』、そのことが自身の生徒会長立候補に全く無関係とは言えないということを自覚して、頭が真っ白になってしまった。  袖で聞いていた雪ノ下雪乃と由比ヶ浜結衣の顔色が変わる。無論、八幡と城廻の関係を疑ったのではなく、汚い野次を飛ばした坂上に対する怒りが100%だ。  そして、この二人の耳に届いているということは、それより手前の位置に座る漢の耳に届いていないはずはない。  会場がざわつく。城廻の言葉が止まったからではない。いや正確には、それによるざわつきが発生するよりも早く、壇上左端に座っていた銀髪の一年生が立ち上がり、つかつかと対立候補・坂上の元に近づいていったためだ。 「・・・なんだよ、一年。まさか、ここで俺になんかしようって・・・」 「おまえ、この俺に喧嘩売ったってことでいいよな」  圧迫感を伴い近づいてきた銀髪の一年生に、怯みながらも軽薄な笑みを浮かべて言葉を返そうとする坂上。が、遮るような八幡の言葉で黙り込む。 「葉山、聞いてたな?こいつは俺に喧嘩売ったよな?」 「・・・ああ」  銀髪の一年生の問いかけをあっさり認める後輩のサッカー部員に驚愕の表情を浮かべる坂上。そして、以前にこの葉山が、公衆の面前で容赦なく土下座まがいの関節技を仕掛けられ、あやうく腕を破壊されるところだった、という噂を聞いたのを思い出す。  つまり、目の前に立つこいつは場所に関係なく本当に殺るやつだ、ということに気が付いた坂上は、あわててとりなそうとした。 「い、いや、待ってくれ。すまない、俺も気が、気が動転していたんだ。本当にすまなかった、すいませんでしたっ」 その場で小さく頭を下げる坂上。最初こそ強がってはいたものの、すでに八幡の圧迫感に飲み込まれている。 「謝る?おまえ、それで謝ってるつもりか?」 「ヒっ!すいません、すぐ、すぐに誠意をお見せしますからっ」  圧力の段階がさらに引き上げられたのを敏感に察した坂上は、座っていた椅子から降り、その場で土下座の姿勢をとろうとする。  そのとき。 「比企谷くんっ!」  舞台袖にいた雪ノ下雪乃が、城廻の方向を指さす。いや、指先が示しているのは城廻ではなく、演壇上にあるマイクだ。  八幡はなるほど、と演壇に近づき、城廻の背中をポン、と叩いてから演壇備え付けのマイクを手に取る。その際、八幡の目には、舞台下でマイクケーブルの束をとめていたビニールテープをはがしてマイクの移動幅を確保する、由比ヶ浜結衣の姿が目に入った。  マイクを持った八幡が再び、土下座の姿勢で待つ坂上の元へ戻る。そして、マイクを坂上に渡すと、顎で謝罪を促した。 「す、すみませんでした。僕はいま、城廻さんが演説中にも関わらず、城廻さんと比企谷さんをけなすような野次を飛ばしてしまいました。このとおり、心から反省しておりますので、どうか、どうか殴るのだけはかんべんしてください。自分のようなゴミ人間を殴っても、比企谷さんのお名前に傷が付くだけです。どうか、どうか許して・・・」  土下座の姿勢で床においたマイクが拾う坂上の情けない謝罪が、スピーカーを通じて講堂に流れる。さすがにやや聞き取りづらいが、とにかく坂上がなにかよからぬことをした、ということだけは講堂中に伝わっていた。  八幡は床に置かれたマイクを拾うと、坂上を捨ておいて城廻の隣に並び、今度は自らが静かに響く声で話を始める。 「一年C組、比企谷八幡だ。騒がせてすまんな。聞いての通り、対立候補の男がちょいと悪さを仕掛けてきたもんでな、軽く懲らしめさせてもらった。さて、城廻先輩について。彼女はこのとおり、とてもまじめで穏やかな人だ。それでいて、本当に周りの人間のことを考えてあげられる優しい人だ、俺とは違ってな」  城廻は呆然とした顔で、いきなり応援演説を始めた八幡の顔を眺める。が、すぐに思い直し、会場に座る生徒たちにまっすぐ、穏やかな表情を向けた。 「女性ということで頼りない印象を受けるかもしれんが、文化祭のときには、あの開久の総大将に一人で立ち向かい、見事追い返したくらいの度胸もある。少なくとも、女性に汚ねえ野次を飛ばしたことを一年坊に咎められ、こんな壇上で簡単に土下座をしちまうようなヘタレ野郎よりはずっと、な。そんなわけで、生徒会長にはこの人がふさわしい、と俺は思う。まあ、それでもそこの土下座男を学校の顔にしたい、ってんなら好きにすりゃいい」  チラリ、と八幡は後ろを見る。坂上はすでに顔をあげているが、先ほどの城廻以上に茫然自失といった様子だ。 「順番を変えて悪かったな。俺の応援演説はこれで終わりだ。城廻めぐり先輩をよろしく頼むぞ。この人ならきっと、過ごしやすい総武高校、とやらにしてくれるはずだからな」  八幡はスッと軽く頭を下げると、再び城廻の背中をポン、と優しく叩き、そのまま席に戻らず舞台袖にはけた。    会場は一瞬、呆気にとられていたが、三浦や海老名、戸部、川崎、材木座、戸塚らが思いきり手をたたき出すと、そのまま拍手の渦は会場全体へと広がっていく。なお戸部は、八幡の演説に感動したのか、なぜか号泣していた。    会場が静まるのを待ち、城廻が演説を再開する。 「またしても、頼もしい後輩に助けてもらってしまいました。でも次こそは、いえ、これからはずっと、彼らに、みなさんに頼ってもらえる生徒会長になってみせますので、応援、よろしくお願いします。以上、ご清聴ありがとうございました」  会場は再び、拍手で包まれる。城廻はその様子を優しげな瞳で見渡した後、ぺこりと頭を下げて自分の席に戻った。    その晴れやかな満足感溢れる表情をみた講堂の生徒たちは、誰もが「生徒会長・城廻めぐり」の誕生を確信していた、という。 [newpage]  八幡が壇上を降りた後、舞台袖。 「お疲れさま、ヒッキー」 「・・・一時はどうなることかと思ったわよ」 「いきなりマイクを使うよう指示するやつの言葉じゃねえな、雪ノ下」  奉仕部の三人がほっと一息、という風情で反省会を開いていると、顧問の教師が飛んでくる。 「ひ、比企谷っ!一体なんだったんだ、今のは!?さすがの私も、いや私だけではないが、教師陣全員が固まっていたぞ!?」  そう、あまりにスムーズな演出のごとき形で展開された舞台上の出来事に、教師たちも皆、呆気にとられていた。本来ならば八幡が立ち上がった時点で止めにはいるべきだろうが、彼の恐ろしい噂を知る教師たちはその迫力に圧されて動けず、唯一、止めに入れるであろう平塚静もわけがわからず動きを停止してしまっていたのだ。 「・・・これも選挙活動の一環です、平塚先生。奉仕部として取り組んだ依頼ですので、あくまで城廻先輩に責任はなく、あるとするならば部長の私が受けます」 「あ、あたしも。こういうのはれんたい責任、だよね、ゆきのん」 「俺は当事者なんでいうことはないっす」  三人の堂々とした様子を見て、平塚は苦笑するほかない。もともと、坂上の素行から『できれば城廻に』という声が職員室の大半を占めていたことを考えれば、余計な物言いがつくことは考えられないだろう、と思った。 「君たちが責任どうこういうのはまだ早いな。そういうのは顧問である私に任せたまえ。さあ、城廻の友人の応援演説も終わったようだ。あとは投票だな。君たちも依頼を受けたなら、最後までやり遂げてきなさい」    こうして、5年ぶりとなる生徒会長選挙決戦は、城廻めぐりが圧倒的大差で勝利。これからの一年間を、ほんわか天然先輩女子が学校の顔として過ごすことが決定した。 [newpage] 「ふ~、よかったよねえ、めぐり先輩が会長になってくれて。あたし、ほんとにムカついたもん、あの坂上って人」  部室に戻った三人は、雪ノ下雪乃の入れた紅茶を飲みつつまったりと過ごしていた。ちなみに城廻は、さきほど部室を挨拶に訪れ 『みんな、ほんとうにありがとう!これから一年、頑張るねっ!!』 と言いながら三人それぞれと握手を交わし、名残惜しそうにしながらもあわただしく部室を去っていった。 「そうね。最後のアレは計算外だったけれど、まあ、あのハプニングもプラスに働いたようだし、正義は勝つ、ということでいいのではないかしら」 「ま、俺はともかく、城廻先輩が正義であることは間違いないからな」  実際、あのハプニングがなかったとしても、演説による城廻優勢は動かなかっただろう。知名度に劣っていた城廻の苦戦を予想する声もあったが、あの軽薄な演説と、まじめで決意に満ちた城廻の演説を較べたとき、どちらが会長にふさわしいかは一目瞭然だった。 「それにしても雪ノ下。おまえ今回は随分、気合入れてたな。なんだ?来年はおまえが立候補するつもりか?」 「え!?そうなの、ゆきのん??そっか~、それならあたしもまたがんばって応援しちゃうな~。あ、でも、奉仕部は・・・」  八幡の言葉を受けて、最初は賛成の姿勢を見せるも、すぐにその先に気が付いて心配そうな顔をのぞかせる由比ヶ浜。雪ノ下は、はあ、とため息をついて二人に語りかける。 「以前は考えたこともあったのだけれどね・・・。こうして奉仕部を立ち上げて、自作の小説を評価したり、テニス特訓のお手伝いをしたり、いじめられていた女子中学生を救ったりしているうちにね、生徒会にはできないことを私たちができている、という気持ちになってきたの。だから・・・いまは、そのことは考えていないわ」  雪ノ下雪乃が、高校生活における目標のひとつに生徒会長就任を考えていたのは事実だ。なにより、あの姉が経験していない、というのも大きい。  だが、奉仕部として活動するうちに、そうした役職や姉へのこだわりが徐々に小さくなっていくのを感じていた。    かつて作文に書いた『人の変革』。雪ノ下自身の手柄とは言えないものの、戸塚、戸部、三浦、留美、そしてあの葉山まで。はっきりしたことは彼女にもわからないが、奉仕部と関わった人たちになんらかの変化が訪れていることを肌で感じていた。  もっとも、本当に一番成長したのは、自分自身を含めた奉仕部の三人であることは、彼女自身もまだ、気が付いていない。 「そっかあ、よかった。でもさ、どうしてもゆきのんが生徒会長やりたい、っていうならさ、ヒッキーとあたしも別の担当に立候補してさ、みんなで生徒会やってもいいよね!」 「奉仕部兼生徒会か。まあ悪くはないが、だいぶ忙しいぞ。ただでさえ雑務の多いおまえは特に忙しくなるな、遊ぶ暇もないくらい」 「え!?そうなの?てか、あたしって雑務多いの??そう言われてみれば、ゆきのんもヒッキーも、面倒なことはなんでもかんでもあたしにやらせてる気がしてきた・・・」 「それだけあなたが頼りになる、ということよ、由比ヶ浜さん」 「そうだな。スキルが特定方向に偏っている俺や雪ノ下と違い、全方面タイプのおまえだけが頼り、という場面があまりに多くてな」 「えへへ、そう?いや、騙されないよっ!なんか、自分たちは特別な能力があるけどあたしにはないから、結局雑用ばっかりやらせてる、ってことじゃん!!」 「おお、成長したな。そんなことを理解できる日が来るとは思ってもみなかったぞ」 「そうね。素晴らしいわ、由比ヶ浜さん。今日はチョコクッキーを焼いてきたのよ」 「わ~い・・・って!?全然ほめてないよ、それっ!!普通はフォローするとこじゃないの、もー!!!」  こうして『城廻めぐり選挙対策本部』は無事、解散。なお解散式は、今回協力してくれた三浦、海老名、戸塚、材木座、そして主役である城廻めぐりにも友人たちとともに参加してもらい、なんだかんだ言いつつも喜々として雑用をこなす由比ヶ浜の予約した『パセラ』にて盛大に執り行われた。
どうも、第37話です。<br />「めぐりあい編」も佳境、選挙戦決着です。<br /><br />この長編は明日の投下で終わりになります。<br />かなりオリジナル色の濃い内容だったので<br />どうなるかと思いましたが、<br />なんとかまとめきれてよかったかな、と(笑)<br /><br />次の長編はほぼプロットが仕上がっていますが、<br />おおよそ原作改変的な内容になります。<br />1本短編を挟んで、投下は来週末からですかね~。<br />詳しくは明日と、次の短編時に。<br /><br />それでは、スタート。
千葉最強喧嘩士高校生編㊲ 優れた演者ほど舞台を広く使う。
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好きな人に告白して、人間やめたならいいよと返されたことがある人はどのくらいいるだろうか。多分あんまりいないと思う。というか俺以外にいるのかどうかも怪しい。 スマホで検索した可愛らしいねこちゃん達の画像を見ながら途方に暮れる。一松はそれだけ言って去ってしまったから1人ぽつんと頭を悩ませるしかなかった。 ねこになるならいいと言われても産まれてこのかたずっとホモサピエンスだったので、ホモサピエンス以外になる方法なんてわからない。あれ?でも一松に猫耳生えてるの見た事あるような……えっもしや一松はネコ族人間で同族を探していたり……?いるかいないかもわからない同族を探して、さっきの返事はそのやるせなさをぶつけてきたんだったり……?なんてことだ、一松可哀想!と涙とついでに鼻水が出てきたところで、いや一松は6つ子の一員だったわと思い出す。危ない。スペクタクルドラマが生まれるところだった。 鼻水を噛んで、またスマホにあるねこちゃん画像を見る。可愛い。でもなれる気はしない。 なんだかなぁと思う。告白して、完膚なきまでに振られてから家を出ていくつもりで荷物までまとめていたというのに、条件付きでの許可、ただしその条件は達成出来るものではないという状況に予定通り出ていくべきか、はたまた足掻いてみるべきかで身動きがとれなくなってしまっている。 冷静になって考えれば出ていくべきだ。人間はねこちゃんにはなれない。一松のあれはよくわからないけど、俺には無理な気がする……。ネコ族人間説が消えた今、あれはねこちゃんとの特別な契約が必要なものだと推測出来るからだ。昔ジブリであった猫がなんか立ってたやつもそんな感じだった気がするし。全然覚えてないけど。……聞くだけ聞いてみるか……。 「一松、契約はどのねこちゃんにおねがいすればいいんだ?」 「……は?」 銭湯帰り、一松の横にこっそり並び、小さな声で聞く。他の兄弟に聞かれたら面倒なことになりそうだ思ったからだった。ブラザー達は誇るべき素晴らしいブラザー達だが、いかんせん悪のりが過ぎる。もし契約の事を知られたら、皆して押し掛けて行くかもしれない。それはいけない。 ねこちゃんになるためにどうか教えてくれないかという気持ちを込めて、じっと一松を見ると居心地悪そうに身動ぎした一松が、はぁ、とため息を吐いた。 「何言ってんのかわかんないけど契約?とかはしたことないよ」 「えっ」 なんてことだ。それはつまり守秘義務があるってことだろうか。聞くだけ聞いてみろ精神だったが、なんだか触れてはいけない秘密に触れてしまった気がする。 「そうか。変な事聞いて悪かった」 兄弟といえど秘密を暴くのは良くない。クズにもボーダーラインというものがあるのだ。長男にはなさそうだけど。 何か言いたそうにこちらを見る一松に、わかってるぜと親指をぐっとたてて見せると何故か前科ありそうな凶悪な顔をされた。普通に怖かった。 さて、ねこちゃんと契約という手段が絶たれた今、また振り出しに戻ってしまった。一松の様にねこちゃんとの心からの交流を深めていればいつかは機会に恵まれるのかもしれないが、ねこちゃんを可愛いとは思えど、それだけな俺には難しいだろう。 ねこちゃんなぁ……猫耳カチューシャじゃだめかなぁ……だめだろうなぁ……。 手にもっていた黒猫の猫耳カチューシャを棚に戻し、渋々と店を出る。 帰宅の途につく足取りは重い。 それというのも最近一松の視線が痛いからだ。もうチクチクとかじゃなくて、あれこれ命狙われてる?と思ってしまうぐらい痛い。 それが、弟に告白しといてなんで平気な顔して家にいるの?という意味なのか、まだねこちゃんにならないの?という意味なのかわからなくて俺は気付かないふりをしている。だって前者だったらどうする。家から飛び出して崖の上からレッツフライするしかない。怖い。 ねこちゃんになるまでの制限時間を決められなかったことに深く感謝しながら、必死に方法を探していたら救世主は予想外でもなんでもないところにいた。デカパンだ。 なんてことだ。すっかり忘れていた。家の中で悩まずに体力任せで歩き回った自分を褒めたい。さすが俺。浮き足だった気持ちのまま、ラボの戸を開けると、相変わらず不思議なファッションセンスをしたデカパンが不思議そうな顔をして出迎えてくれた。前も思ったけど、デカパンはすごくいい人だよな。 「ホエ?君は6つ子の……」 「次男カラ松だ」 「ホエホエ。カラ松くんは何の用だス?」 上品なティーカップでおもてなししてもらったが、中身は全く上品ではなかった。なんだこれ……飲んだら最悪死んで運が良かったら仮死になりそう。怖い。 ティーカップの中身から目をそらして、ついでにそっと遠ざける。気化してもきっとやばい。怖い。 「ねこちゃんになりたいんだ」 「猫にだスか?理由は聞いてもいいだス?」 そう首を傾げながらデカパンはティーカップの中身を普通に飲んだ。デカパンはもしかして人間じゃないのかもしれない。 「愛を捧げたい人がそれを望んでいるんだ」 「ホエー……」 ふむふむと頷きながら腕を組んだデカパンは「随分変わった相手を好きなんだスね」とこぼしたが、一松もデカパンには言われたくないと思う。 「それで、猫にはなれるか?手持ちはこれだけしかないんだが」 ニートのなけなしのお金を差し出しながら尋ねると、デカパンは「お金はいらないだス」と松野家では聞いたことのないような言葉を言った。 「えっ」 「相手が変わっていても恋は恋だス。恋は応援するものだス」 「デカパン……!」 なにそれカッコいい。俺もいつか言ってみたい。兄弟の誰かが道ならぬ恋に落ちた時とかに。いや、弟達は幸せな恋をしてほしいから、おそ松でいい。おそ松道ならぬ恋に落ちないかな。 ごそごそと棚を漁っていたデカパンは2つの小瓶を持って戻ってきた。 「どっちがいいだスか」 「どっち?」 「こっちの青い方は一日だけ猫になる薬だス。こっちの赤い方は一生だス」 「一生……」 「一生だス」 重々しく頷かれ、事態の重大さを再確認する。一松のことを思うなら一生を選ぶべきなんだろう。そうするべきだと思っているのに、俺の手は青い小瓶を掴んだ。すまん、一松。兄ちゃん怖い。でもほら一松も、俺が猫になったところで、なんか違ったってなったら困るだろう?だから一日体験みたいなあれで、とここにいない一松へ言い訳をしながら、ぐっと小瓶の中身を飲み干した。 ぱちり、まばたきをすると俺は猫になっていた。痛くも熱くもなかった。デカパンすごい。すごすぎて意味がわからない。なんでこの人こんなとこにいるんだろう?アメリカとかに行った方がいいんじゃないだろうか? 「ホエホエ、成功だスな」 ひょいと覗き込んできたデカパンが言う。猫目線で初めて見た人間がでっかすぎてびっくりしてしまい、椅子から無様に転げ落ちてしまった。 「大丈夫だスか?」 少し尻が痛いが大丈夫だと言いたかったが、口から出たのはにゃあという鳴き声だった。すごい、猫だ。 にゃあにゃあ騒いでボディランゲージを駆使してデカパンに頼み込み、鏡を見せてもらう。 鏡に写ったのは、なんというか地味な猫だった灰色一色で、柄はない。がっかりだ。なうん、としょんぼり鳴けば優しく頭を撫でられる。 「自信を持つだス。恋は勇気だスよ」 その言葉にふるりと体が震える。そうだ、俺はねこちゃんになったんだ。一松、俺は条件を完璧だはないかもしれないけどクリアしたぞ。だから、なぁ、俺を一日だけでもお前の特別にしてはくれないか。 ぴん、と尾を立て出口に向かう俺を察してくれたのかデカパンが戸を開けてくれる。「車には気をつけるだス」と声をかけてくれたデカパンに、にゃあと大きく返事して俺は意気揚々と一松のところへ駆け出した。 駆け出した俺が今どこにいるかというとよくわからない路地裏の臭いゴミ箱とゴミ箱の隙間だった。世界は新米猫には厳し過ぎた。無邪気過ぎるキッズ達に追い回され、逃げた先で自転車に轢かれかけ、やっとのことでぐったりしながら迷い混んだ路地裏で先輩猫達に威嚇され、みいみい情けない鳴き声をあげながらこの隙間で身を震わせることが精一杯だったんだから仕方ない。そんな俺をみっともないと言うなら一度猫になってみればいい。ほんと怖い。もうやだ、おうち帰りたい。 みいみい通り越してぴすぴす鳴いていたら、少し離れた場所で、じゃり、と砂を踏む音がした。まさかキッズの再襲来かと身構えるが、音はそれきりならない。 もう嫌だ怖いと、またぴすぴす鼻を鳴らす。一松、会いたい。せっかく猫になったのにこれじゃあ意味がない。隅っこの隅っこに頭を擦り付けながら鳴いていると、待ちわびた、でも聞いたことがないような声が降ってきた。 「怪我してるの?」 びくりと体を揺らしてゆっくりと振り返る。 そこにいたのは想像通り一松で、けれど初めて見る優しい表情をしていた。 「大丈夫だよ。怖いことはしない。手当てするだけだからおいで」 驚かせないようにか、いつもよりもゆっくりとした話し方。差し出された手も離れたところから動かされはしない。 一松、と叫んでその胸元に飛び込んでしまいたかったけど、見たことのない表情や、聞いたことのない声音に動揺して、馬鹿みたいにゆっくりとしか、近寄ることが出来なかった。 「ん、いい子」 ふわりと抱き上げられ、そうっと撫でられる。すごく幸せで、気持ちよくて、くったりと身体中の力が抜けてしまう。 「足、怪我してるね。手当てしようね」 足を怪我してたのか。慌て過ぎてて気付かなかった。言われてみればちょっと痛い。でもそんなことより、ゆっくりゆっくり撫でられて、どんどんとやってくる睡魔の方が強かった。ごめん、一松。せっかくねこちゃんになったけど、なんのサービスも出来ないまま寝る不甲斐ない兄を許してくれ。猫はよく寝るものだし仕方ないんだって、多分。 次に目を覚ましたのは美味しそうな匂いに惹かれてだった。脂っこいジューシーな匂い……これは唐揚げだ!と、カッと目を開けると、見慣れてるようで初めて見るような我が家の居間が見えた。 きょろりと視線を動かす。すると、美味しそうな唐揚げを口に頬張ろうとしていたチョロ松と目が合った。 「一松、猫、起きたみたいだよ」 「……ほんとだ」 チョロ松の声を受けて、一松がこちらを向いた。手にしていた茶碗と箸を置いて、こっちに向かってくる。一松、来てくれるのはうれしいが、俺はお腹が空いた。唐揚げをくれ。 目線を合わせてにゃあと鳴くと、一松は俺をまた壊れ物のように、そうっと抱き上げた。 「痛くない?」 聞かれて、痛くないぞ!と答えるためにまたにゃあと鳴く。 「お腹はすいてない?」 ものすごく空いてる!とさっきよりも勢いよく鳴くと、一松がふんわりと笑った。可愛い。カッコいい。好き。きゅんとして、動きを止めたら、一松は少しだけ不思議そうな顔をして「ちょっと待ってて」と言って俺を下ろしてしまった。 行ってしまった一松の背中を見送ってから、ブラザー達に目をやると、こちらを見ていた十四松とばちりと目が合う。十四松は、じぃっと音が出そうなくらい俺を眺めた後「難儀ですなぁ」と小さくこぼした。えっ。よくわからないが、俺もそう思うぞ十四松。 十四松にはどこからどこまでかはわからないが、バレてしまった気配を感じつつ、ゆったりとちゃぶ台に向かう。俺の定位置は当然ながら開いていて、そこにちょこんと座ってみた。 「野良になったばっかりっぽいって一松兄さん言ってたけど、ほんとそんな感じだねー。おとなしいー」 後で写真撮らせてもらおっと、とトド松が言うと、チョロ松が「ほんとだね」と頷く。 「人に慣れてるように見えるし、野良になったってことは捨てられたのかな……」 きゅっと眉を寄せるチョロ松に、違うから心配しなくていいぞと、にゃあと鳴くと益々眉をしかめられてしまった。言葉が通じないのは不便だ。なんとなく暗くなってしまった空気を変えたくて視線をうろうろ動かしていると、おそ松が、ふはっと笑った。 「こいつ唐揚げばっか見てんだけど」 「えー、好きなのかな?」 「猫って唐揚げ食べるの?」 「知らなーい」 食べる手は止めずに言い合うブラザー達には悪いが、お腹空き過ぎて腹がたってくる。唐揚げくれよ、その小さいやつでいいから。 食べたい。欲しい。おそ松あたりの皿から取ってしまいたい。 けれど今の俺は一松によって拾われてきた猫の身。飛び掛かって奪えば一松が怒られてしまうかもしれない。そう思うと動くに動けずに、悲しいお腹を宥めるしかなかった。 「うちの唐揚げ好きはどこ行ったかねぇ」 味噌汁を啜ったおそ松がぽつりと落とす。なんのことだ?とブラザー達に目線を戻すと不貞腐れたようなトド松が「最近変だったよね」と返した。 「全然家にいなかったし、なにしてるのか聞いても難題に挑んでるんだとかしか言わなかったし!」 「難題ってなんだよ!」と頬を膨らます。ここでようやく話題が俺のことだと気づき申し訳なくなる。すまないなトッティ。これは俺に課せられたミッションだから、巻き込めなかったんだ。 せめてもの謝罪で、にゃあんと鳴きながらトド松の足に頭を擦り付けると「可愛い!」と喜んでくれた。良かった、良かった。 「あれ、トド松になついたの?」 皿を持って戻ってきた一松が驚いたように目を瞬かす。 「この子すっごい人懐っこいねー!後で写真撮らせてよ!」 にこにこと笑うトド松に「こいつが嫌がらなかったらね」と返した一松はちゃぶ台から少し離れた場所に、持ってきた皿を置いた。 「あれ、ネコ缶じゃないの」 意外そうに言ったチョロ松の言葉通り、皿に乗っているのは出汁で煮られてどろどろになった米と細かく切られ過ぎて何なのかわからない具達だった。 「ネコ缶切れてた」 「ごめんね、でも調べて作ったから大丈夫だと思うよ」と撫でられて、くふんだかふむんだかわからない鳴き声が出てしまう。 「食べなよ」 促され、そっと皿に近付く。くん、と匂えば空きっ腹には暴力的なほどの美味しそうな匂いが俺を襲い、気付けばバクバクとそれを平らげていた。うっかり空になった皿まで舐めてしまった後に、人間らしさの欠片もない食べ方にショックを受けているとまたふんわりと頭を撫でられる。その上「よく食べたね」なんて優しく言われたら、そんなの、もう、どうでもよくなるに決まってるじゃないか。 おやすみ、と、優しく声をかけられて、そっと撫でられる。今日だけで、どれだけ撫でてもらっただろう。優しい声を聞かせてもらっただろう。寝息が規則正しくなり、皆眠った事を確認してから、一松に作ってもらった即席の寝床を抜け出す。 まるで胎児のように体を丸めて眠る一松に一度頬擦りしてから一松とトド松の間にそっと身を滑らす。 一松、俺は今日とても幸せだった。撫でてもらったり、抱っこしてもらったり、一生分の幸せを受け取った気分だった。 一松が望んだのはこういうことだったのか? お前の大好きなねこちゃんになれば、その中身が俺でも愛せるってことだったのか? なぁ、一松。俺は今日とてもとても幸せだったけど、寂しかったよ。だって好きだって言えない。言いたくてもこの喉はにゃあとしか言わない。優しくされても嬉しいって言えない。なぁ、一松。俺はお前を抱き締めたいよ。でもこの体じゃ、抱き締められないよ。寒がりなお前を暖めながら眠りにつきたいのに、こんな小さな体じゃ出来ないよ。 一松。俺、やっぱり人間のままじゃだめかなぁ。 少しだけでもと一松にぴったり寄り添い冷たい体に熱を移す。昼寝もしたはずなのに睡魔はすぐにやってきて、俺はことんと眠りに落ちた。 何かに急かされるように目を覚ます。ぼんやりと時計に目を向ければ正午を差しそうだった。やばい。薬の効果時間は一日だと言っていた。薬を飲んだのが確か1時かそこらだ。 いきなり猫が人間になるわけにはいかないから、デカパンのところに戻らなくては。 ねこちゃんになって一番ではないかという俊敏さで窓から出ていこうとすると、誰もいない思ってしまういた部屋から声がした。 「行っちゃうの?」 びくりと体が震える。 「……怪我しないようにね。強く生きるんだよ」 優しい、優しさしか感じない声に行かなくてはという気持ちが押さえつけられそうになる。でもだめなんだ。この猫は俺なんだ。俺でしかないんだ。 ぐ、と唇を噛んで窓枠からひらりと飛ぶ。去り際に一度だけ見た一松の顔は寂しそうで、心が潰されそうだった。ごめん。ごめん、一松。そんな顔をさせたい訳じゃなかった。そんなつもりじゃなかったんだ。 デカパンのラボに着くと、待っていてくれたのかデカパンがすぐに中に入れてくれた。最初言われた通り24時間経って人間に戻った俺はひたすら泣いた。自分でも何が悲しいのかわからなかった。でも胸が張り裂けそうに痛くて悲しくて、涙は止まらなかった。 何時間泣いただろうか。泣いて、落ち着いて、また泣いて。何度も繰り返し、ようやく落ち着いてから俺はデカパンに頭を下げた。 「赤い方の薬がほしい」 「後悔しないだスか」 後悔?そんなのするに決まってる。でも一松の近くにいきたい。また撫でてほしい。もう2度とあんな顔させたくない。 枯れたと思った涙をまたこぼしながらそう訴えるとデカパンはため息を吐きながら赤い小瓶を持ってきた。 「条件があるだス」 「……条件?」 「一つ、飲むのは恋した相手の前で、だス」 人差し指を立てながらデカパンは言う。 「二つ、告白をもう一度するだス。これを飲めば人の言葉はもう話せないだス。言葉を惜しんではいけないだスよ」 辛いなぁとは思うけど、デカパンが言うことは最もなので黙って頷く。 「三つ、自分が猫になる事をちゃんと伝えるだス」 猫になっても可愛がってもらえる可能性が減るのではと恐ろしい条件だが、すごい薬を譲ってもらうからには飲まない訳にはいかない。俺は渋々頷いた。 「最後の条件は、もし、辛くて逃げ出したくなったらここに来る事、だス」 「へっ」 予想外の言葉に目を見開くと、デカパンはぽりぽりと頭髪の乏しい頭を掻いてみせる。 「猫になってしまえば人間には戻れないだス。でも猫が人間の言葉を話せる薬なら作れるだスよ」 「デカパン……!」 カッコいい。惚れちゃう。嘘。惚れないけどカッコいい。きゅんとしてしまった心臓を押さえつけ、震える手で小瓶を掴む。 「カラ松くんが、幸せになれる未来を望むだス」 最後まで優しいデカパンの言葉に大きく頷いて俺は駆け出す。今度はねこちゃんではなく人間のままで。ちゃんと話せる人間のままで。一松。俺はお前を幸せにしたい。幸せにしたいんだ。 ぜぇはぁと息を荒らしながら駆け込んだ家には、一松はいなかった。ならばと走った一松行き付けのねこちゃんポイントにもいない。どこを探せばいいのかわからないのに足は止まらなくて、ひたすら走った。 足を止めたのは見覚えがあるようでないような路地裏の前だった。ここに一松がいたのを見た記憶はないのに、足が惹かれる。そうっと足音を殺し踏み入れてみれば、一松はそこにいた。汚ならしいゴミ箱の置かれたそこに、膝を抱え、顔を伏せ、ただ静かに。 一松。呼び掛けようとして、躊躇う。そこにはもういない。灰色の猫はもういないんだ。 ぐ、と息を飲めばそれに気付いたのか一松がゆるりとこちらを向いた。 「なんだよ、朝帰りニート」 気だるげに掛けられた言葉に息を飲む。そんな顔しないでほしい。俺はただ、……ただ? 「灰色のねこちゃんは可愛かったか」 震える声を絞り出す。 「はぁ?なんで知ってんの。いなかったくせに」 「愛すべきブラザーが5人もいるんだ。それくらい伝わるさ」 「……めんどくさ」 はぁ、と吐かれた息に体はびくりと反応する。言わなくちゃ。ちゃんと。パーカーのポケットにある小瓶をきゅっと握る。 条件一つ、飲むのは恋した相手の前で。 一松は目の前ににいる。条件クリア。 条件二つ、告白をもう一度すること。言葉は惜しまず。 「い、一松」 情けなく震える声に一松は面倒そうな目を寄越す。今までの俺だったら、その視線に震え上がって何も言えなくなっていただろうけど、これは最後だから。言葉で伝えられる最後だから。 「好き。好きだ。いつからなんてわからないけど、ずっとお前が特別だった。ごめんな、それで終われたら良かったのに、俺、お前の特別になりたいって思っちゃって」 ひく、と喉が震えて、ぽろりと涙がこぼれる。 「お前の特別になれるなら、俺、猫でいいよ。でも覚えてて。俺がすごく、すごくお前の事を好きだってこと、覚えてて」 最後に好きな人の姿を人間の目のまま覚えていたくて、ぐずぐずな涙をぎゅっと袖で拭き取る。頑張って見た一松はぽかんとした表情で、見慣れない表情に少しだけ笑ってしまった。 「俺、猫になってもかわいがってくれよな」 そう告げて、赤い小瓶の中身を飲み干そうとした。 のに、ものすごい勢いで俺の手ごと小瓶を叩き落としたのは一松だった。 「……えっ」 意味がわからなくて呆然と地面に転がった小瓶を目で追っていると、一松は顔を真っ赤して、ドンドンと地団駄を踏むように足を動かした。えっ? 「確かにネコになれって言ったけど?!だからって最初から野外でお薬プレイなんて望んでませんけど?!??!!?」 「……えっ?」 どうしよう。意味がわからない。決死の覚悟で飲もうとした薬が一松によって踏み潰され、中身も地面に吸い込まれた今、どうしていいのかわからなかった。 「一松、それがないとおれねこちゃんになれない」 赤い液体を指差してそう訴えると「えっ突然の処女宣言……?」とさらに訳がわからないことを言い出して心底どうしたらいいのかわからない。 あんなに怖くて仕方なかったのに、もうねこちゃんにはなれないんだ、一松の特別にはなれないんだと思うと悲しくて自慢の眉がへにょりと下がってしまう。 「一松がねこちゃんになるならいいって言ったのに」 ぐす、と鼻を啜りながらせめてもの文句を口にすると、一松は「はぁ?」と口を歪ませた。 「なに?ネコになる覚悟が出来たってことでいいの?」 「だから薬飲もうとしたんじゃないか」 「なにそれ、俺が下手そうなクソ童貞だから薬に頼らなきゃってこと?へーへーすいませんね!けどさぁ!誰だって最初は童貞じゃんそこまで諦めてこなくてよくない!?俺のこと信じてるって言ったのはどこのどいつだよ!!」 ものすごい勢いで捲し立てられ、ぴゃっとなってしまう。ねこちゃんのままだったら確実に尻尾がぶわってなってた。 そんな俺の態度をどうとったのか、一松の顔はなんというか、少し泣きそうな顔に見えた。それはいけない。なにがなんだかわからないけど、一松に泣いてほしくない。 「一松」 そっと近寄り、ふわふわの髪を撫でる。昨日してもらったみたいに優しく、優しく。 「一松がそんなに嫌なら、薬はやめる」 言葉にすると、あれ俺、ダメ!ゼッタイ!なオクスリでもやってたみたいだなって思ったけど、幾らかは落ち着いたらしい一松に小さく頷かれてどうでもよくなってしまった。癖になりそうな感触を堪能しながら、一松が俺の手を叩き落とさずに撫でさせてくれることに幸せを感じる。優しい。可愛い。好き。 ああ、でも。 「薬が駄目なら違う方法探さなきゃなぁ……」 見つかるかなぁ。難しいなぁ。そうため息混じりにこぼすと、くわ、と目を大きく開いた一松が「ほ、方法ってなんの……?」と口を戦慄かせる。一松が言ったことなのに、なんでそんな反応をされるのかわからず俺は首を傾げた。 「立派なねこちゃんになる方法だよ。知ってそうな人誰かいるかなぁ」 その言葉を聞いた一松の変化はすごかった。ただでさえあまり良くない顔色は真っ青になり、だらだらと汗を流し、震えて歯ががちかちとなる。一言でいうなら、絶望、だろうか。 「な、なんでそんなこと言うの……そんなに俺じゃだめなの……?」 「一松じゃだめっていうか、えっ、一松はそれでいいのか?っていうか出来るのか?」 ねこちゃんになったらいいよって条件出した本人に頼むってありだったのかと驚いて聞き返すと「童貞だって頑張ればどうにかできるもん……できるはずだもん……」と虚ろな目をした一松が言う。ねこちゃんにするのは童貞じゃない人がすることなのだろうか。童貞だからわからない。一松も童貞のはずなのになんで知っているんだろう。もしや、ねこねこネットワーク?えっ、ねこちゃんすごい。 「えーと、一松が俺をねこちゃんにしてくれるってことでいいか?」 確認のために尋ねると、何故か手で顔を覆ってしまった一松がこくりと頷く。それに俺はひどく安心して、「そっかぁ」と笑った。 「出来れば可愛いねこちゃんにしてくれよな、一松!」 無事ねこちゃんになれば当初の目的だった一松の特別になれる。しかも一松がねこちゃんにしてくれるというなら、一松の好みなねこちゃんになれるだろう。出来ればたまには人間に戻れるシステムがいいなぁと思いながら、頼むぞ!と軽く肩を叩くと、顔を手で覆ったままの一松が空を仰ぎ「ハードル高い!!!」と叫んだ。
カラ松「好きです付き合ってください」<br />一松「お前がネコになるならいいよ」<br />カラ松「ひぇっ」<br /><br />からのカラ松(ぽんこつ)奮闘記<br /><br />前作への閲覧、ブクマ、評価、コメント、ランキングありがとうございました。
それでいつねこちゃんにしてくれるんだ?
https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=6530157#1
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 Side渚――とあるふくろうの像がある公園  瞳から青白い殺気を滲ませる水色の少年は、有象無象の怪物達の中で、ただ一人、人間の姿形をしたその存在だけを冷たく見据えていた。  下品な程の金ぴかの髪を、無駄にサラサラのキューティクルのロングヘアを靡かせ、短い脚に相応な低い身長から、精一杯顎を上げてこちらを見下そうとしている、醜悪な笑みを浮かべた一人の男。人間の姿と形をした、人間のような男。  だが、水色の少年――潮田渚は見抜いていた。感じていて、察していた。  あの男こそが――あの人間のような奴こそが、この怪物の集団の中で、誰よりも、何よりも醜悪な化け物だと。  奴こそが、この集団の頭で――要。つまり急所。  狙うべき――殺すべき、敵。奪うべき命。  この場を切り抜ける、この窮地を生き抜ける、最も可能性の高い選択肢だと。 (僕には、桐ケ谷さんや比企谷さん――東条さんのように、何体も何十体も一度に相手をして切り抜けられるような戦闘力はない……だったら、この場で最も影響力の高い敵を狙い撃って――狙い、討って、その混乱に乗じてここから脱出するっ!)  既に三度目のミッションということもあり、突発的な突飛な状況の変化に対しての対応力のようなものが身に付いてきた渚。  この時、彼が即座に下したこの判断も、恐らくはかなり正解に近いだろう。  だが、正しい未来予想図を描くことは出来ても、それを実現させることは、また別の問題で、難易度が段違いの難題だった。  ロン毛は真っ直ぐ自分に向かって駆けてくる渚を見て、更に醜く口角を吊り上げる。 ――そして、そんなロン毛の“背後”から、何かが〝射ち”出された。 「っ!?」  真正面の渚からは、突然黒い何かが自分に向かって突き出されたように見え、咄嗟に左に避ける。  そして、避けながら確認すると――それは触手だった。  正確には、木の蔓のような触手――触手のような、木の蔓。人間の腕のような太さのそれが、渚に向かって射ち込まれた。  そして、それは触手故に、一度躱した程度で逃れられるような脅威ではない。まるで意思を持っているが如く、己を躱した渚を追撃しようと、横から叩きつけるようにして再び襲い掛かる。 「――――!」  黒く――閃く。  渚が手に持つ漆黒のナイフが、闇夜に鋭い剣閃を描いた。  ガンツナイフは一切の抵抗を感じることもなく、滑らかにその触手のような蔓を切り裂いた。  反射的な行動だったため、渚自身も一瞬呆気にとられたが、すぐに再び前傾姿勢になり、膝に力を溜めてロン毛に向かって走りだす。  その時、ようやくロン毛の後ろに立つ――男? の存在に気付いた。  おそらくは“変態”前は男だったのだろう、周りの怪物達よりも一回りだけ大きな怪物が、金髪ロン毛の背後に佇んでいた。このチームのリーダー格の金髪ロン毛を守る側近――というよりは、SPやガードマンのような役割なのだろうか。だが―― 「やれ」 「わ、が……ったぁ……」  ロン毛の指示により、男はぶよぶよと苔に覆われた体から先程と同じように腕のような太さの蔓のような触手を“発射”させる。  本性を現し、人間の姿から変態した怪物達は、確かに直視するのも憚れるような化け物へと変容していた。  だが、それでも皆、どこか人間だった頃の面影を残している。  触覚や角が生えたり、体色が変色したり、腕が増えたり、不気味な出来損ないの翼が生えていたりしているが、それでも人間らしさは残っている。残っているからこそ気持ち悪いというのもあるのだが。  だが、そんな中でも、金髪ロン毛の背後に控えているあの緑色の巨体の怪物は、どこかおかしかった。  腕は二本。脚も二本。  全身が苔と葉で覆われていて、その下は一切窺えないが、形状として頭もあることが分かる。人間らしいシルエットはしている。  だが、それでも――怪物相手にこんなことを言うのはおかしいのかもしれないが――あまりにも、人間らしくない。  あまりにも、怪物過ぎる。行き過ぎて――手遅れ過ぎる。  渚は、ここまで明確に言葉には出来ていないが、あの緑の怪物を見て、そんな違和感を覚えていた――が。 (――っ! 今は、余計なことを考えている場合じゃ――「がっ!?」  そんな違和感を切り捨てるように、渚は再び蔓をナイフで切った――が、しかし、そんな思考に囚われながら片手間に戦闘が出来る程の域に、渚はまだ達していない。  自分の顔面に向かってきた蔓は反射的に切り裂いたが、蔓はもう一本射ち出されて、その攻撃は、見事に渚のどてっ腹に命中した。  渚の小さな身体は、その一撃によって容易く吹き飛ばされる。  そして、そんな渚を追撃すべく、緑の巨体以外のロン毛の横に控えていた怪物達が、一斉に渚に向かって襲い掛かった。 「ふふ、よくやった」 「おで……で、きた……?」 「ああ……上出来だ」  そして、ロン毛は背後の緑の巨体に向かって、醜悪に微笑む。 「どうせお前は手遅れで、遅かれ早かれ俺達に多大な面倒を懸けるんだ。……それまでたっぷり働いてもらうぞ、“[[rb:化け物 > ・・・]]”」  その男の侮蔑するような言葉に、緑の巨体の怪物は、苔や葉によってくぐもった声で答える。 「う゛ん……おで……がんば、る……みん……なの……やく……に……」  金髪のロン毛は笑う。  嘲笑うように、笑う。〝かつて仲間だった存在”に向けて。 「いいこだ」  バンダナは、三百六十度を怪物に囲まれて、狂ったように笑い声を漏らした。 「は、はは、ははは、はははははは」  そして、[[rb:徐 > おもむろ]]に両手を上げて、引き攣った笑いで命乞いをする。 「こ、降参だよ、助けてくれ、な! な! ほ、ほら! 俺は何も武器なんざ持ってない! 丸腰だ!」  彼の周囲を囲む怪物達は、そんな彼をニヤニヤと笑うだけで、一向に彼との距離を詰めるのをやめない。  焦らすように。甚振るように。一歩、一歩、ゆっくりと距離を詰める。  それと比例するように、バンダナの顔を流れる汗の量が増し、声が引き攣り、顔面が強張る。 「お、俺はお前たちに対して何かするつもりはねぇんだ! こ、ここにいるのも、なんかわけわかんねぇことに巻き込まれただけなんだ! 本当なんだよ! 気が付いたらここにいたんだ! 俺はなんも知らねぇ! なんもわかんねぇんだよ! 信じてくれよ!」  ニヤニヤと、ニヤニヤと、化け物達は嘲笑うのをやめない。  ゆっくりと、ゆっくりと、近づくのをやめない。  バンダナを、追い詰めるのをやめない。 「知らねぇよ! わっかんねぇんだよ! ふざけんじゃねぇよ!!! なんだ!? なんでだ!? これは一体なんなんだよ!! お前ら一体何なんだよ!! 何がしてぇんだ!? 知るかよ勝手にやれよ! 頼むから俺を巻き込むなよ!! 死にたくねぇんだよ、許してくれよぉぉぉぉぉおお!!!」  いつからか、それは命乞いから魂の叫びへと変わっていた。  涙を溢れさせながら、目の前にいる顔面が上下逆さまの相貌の怪物に向かって、バンダナは絶叫した。  その無様な姿に満足したのか、その怪物は既に崩れ切った顔面を更に歪めながら、腕が変形したことで獲得した肘から先が鎌の刃のようになったそれを振り上げて―― 「ダメだな、死ね」  と、容赦なく振り下ろそうとした時――  ギュイーン――と、甲高い音が、公園内に響いた。 「は」  鎌の怪物が表情を無に変えた、その数瞬後――体を急激に膨張させ、風船のような破裂音と共に吹き飛んだ。  噴水の如く真っ赤な鮮血が降り注ぐ。  バンダナは、それが鎌の怪物の血だと分かり、怪物も血は赤いのかと、そんなことを呆然と思った。 「だ、誰だッ!?」  バンダナを取り囲んでいた怪物達が、仲間を殺した存在を探すべく、周囲に目線を走らせる。  そこにいたのは、水色の少年だった。 「戦って!」  その少年は、水色の髪を血で汚しながら、数多の怪物に追われ、襲われ、それと戦いながら、寸胴な銃と漆黒のナイフを手に――戦っていた。  そして、バンダナに向かって、その真っ直ぐな目を向けながら――青白い殺気を滲ませる瞳を向けながら、叫ぶ。  お前も、戦えと。  立ち上がって、戦えと。 「っ!?」  渚は一瞬の隙をつき、その短銃をバンダナに向かって、鎌の怪物を殺したことで空いた包囲網の穴から投げつけた。  そして、そのまま目の前にいる怪物に向かって、その胸に飛び込み――人間の頃の心臓の位置に、ナイフを深々と差し込む。 「が、ぁぁああああああああああああ!!!」  まるで人間のような断末魔の叫びを轟かせる怪物。  バンダナが、まるで踊っているかのような鮮やかなその手つきに目を奪われていると、渚は再び叫んだ。  その瞬間、バンダナも、バンダナを囲んでいる怪物達も、渚を襲っている怪物達も、その小さな少年が放つ――殺気に呑まれた。 「戦ってください。――[[rb:殺 > や]]らなきゃ、[[rb:殺 > や]]られます。戦わなければ、生き残れないッ! 死にたくないなら、戦ってください!!」  天命は、人事を尽くさないものには決して訪れない。ただ待っているだけでは、現実は何も変わらない。  ここは地獄だ。待っているだけで救われるはずはない。  足元は死で溢れていて、動かなくてはそれに呑み込まれるだけだ。  バンダナは、周囲を見渡す。  死体だ。死んでいる。殺されている。  死で溢れかえっている。まるでそれが当然であるかのように蔓延っている。ここは、そういう場所なのだ。そういう地獄なのだ。  待っているだけじゃだめだ。願っているだけじゃだめだ。嘆いているだけじゃだめなんだ。  動くのをやめたら――生きるのをやめたら、放棄したら、すぐに自分もこうなってしまう。死体に、なってしまう。 「~~~~~~っ!」  バンダナは、その銃を胸に抱えて飛び出した。 「ちっ! 貴様ぁ!」 「待ちやがれ!!」  鎌の怪物が死んだことで空いた包囲網の穴から逃げ出した。  怖い。涙が浮かぶ。気を抜くとすぐに膝から力が抜けて、今にも転んでしまいそうだった。  だけど、だけど、だけど。  こんな公園を走り回っていると、まるで浅い川を走っているかのように、びちゃびちゃと水音がする。けれど、川では決してしない、ぐちゃぐちゃという何かを踏み潰す音もする。  死体だ。この公園に敷き詰められた死体を、文字通り踏みにじった追いかけっこをしている。  物言わぬ死体は、物言えぬ死体は、これ以上なく踏みにじられ、蹂躙されている。惨めだ。惨い。残酷で、冷酷で、そして呆気ない。  人は、死んでしまえばこんなものだ。これが死体で、これこそが死だった。  怖い。本当に怖すぎる。  何よりも、こんなふうに死んでしまうことが、こんな死体になってしまうことが―― 「嫌だぁぁぁぁアアアアアアアアアア!!!!」  バンダナは振り返り、無我夢中に撃った。撃った。撃った。  正しい撃ち方なんて知らない。自分を殺そうと追いかけてくる怪物を目に捉えることすら怖い。  だから目を瞑って、涙が零れないように目を全力で瞑って、二つあるトリガーを両方とも全力で引き絞り、撃って、撃って、撃った。 「これでいいんだろおぉぉおおおお!!! 文句ねぇだろ、ちくしょぉぉぉおおおおお!!!!」  バンダナは誰かに向かって叫びながら、とにかく撃って、撃って、撃ちまくって、恐怖が限界に達したら再び全力で逃げて、を繰り返す。  これが、この男の戦いで、死からの逃避だった。  それを渚は一瞥し、今度はもう一人の男へと叫ぶ。 「平さんもっ! 戦ってください!!」  敵の長すぎる爪の攻撃を、ナイフで受け止め、弾き、背後からの別の個体の攻撃を躱した。  渚も決して余裕がある訳ではない。いくら三回目のミッションとはいえ、決して戦闘経験が豊富というわけではない。  渚も必死だった。死から逃れるのに必死だった。  だが、そんな渚の叫びは、平には届いていなかった。  平は、公園内を縦横無尽に動き回る渚やバンダナと違い、一か所でずっと蹲っていた。  この戦いの開始直後、逃げるように公園の中心部に向かって走り、バンダナの近くで死体に顔を突っ込む形で転倒した、あの場所から、一歩たりとも動いていなかった。顔すら上げていなかった。  地面に――否、死体に突っ伏し、身体を丸め、甲羅に潜った亀のように、微動だにしなかった。  そんな存在を、この怪物達が見逃すはずがない。  あっという間に囲い込まれ、リンチに遭っている。  まさしく昔話の浦島太郎の冒頭の亀のように、数人がかりで足蹴にされ、痛めつけられている。ガンツスーツを着ていなかったらとっくに殺されていただろう。  それでも平は動けなかった。ガタガタと震えながら、死体に顔を突っ込んでいた。 「平さん! 戦ってください、平さん!」  渚の声は、まるで届かない。  平の心は、完全に恐怖に屈していた。 (無理や! こんなんどう考えても無理やぁ! なんでやっ! なんで渚はんは戦えてるや! こんなの、どっからどう考えてもおかしいやないかっ!)  辺り一面の地面には、敷き詰めんばかりのぐちゃぐちゃの惨殺死体。  辺り一面を取り囲むのは、人間が唐突に変形した異形の怪物達。  そんな状況で、見ず知らずの死体の上を踏みにじりながら、その姿を目に入れるだけで莫大な嫌悪感を催す怪物達と――あろうことか、戦え?  正気の沙汰じゃない。狂気の沙汰だ。どいつもこいつも狂っている。 (ワシが悪いんやないっ! こいつ等がおかしいんや! どいつもこいつもイカレとるんやッ!!)  オェェエエエ!! と、平は嘔吐する。  顔を死体にくっつけたまま、零距離で。それでも、平は顔を挙げようとしなかった。  平を囲い込む怪物の一人が、にやりと笑い、平の後頭部を踏みつける。  既に原型を留めずにグチャグチャの死体と自身の吐瀉物に顔面から押し付けられる形になる。それでも、平は顔を挙げられない。  そこにあるのは、圧倒的な、理不尽への嘆き。 (……なんでや……なんで、ワシがこないな目に遭うんや……)  ここまでの罰を受けるようなことを、自分はしたのか。  確かに自分は、これまで数多くの人間の恨みを買うような仕事をしてきた。決して万人に胸を張れるような職業ではない。  だが、少なくとも自分は、家族を守ってきた、一人の父親であったという自負はある。家族を愛し、家族に尽くしてきた。  誇れぬ仕事の言い訳に家族を使うつもりは毛頭ないが、それでも自分の人生が無価値だと、ここまでの罰を受けるような罪深いものだとは、絶対に認めるつもりはない。  例え、どれほど偉大で恐ろしい存在に、刃を首元に当てられながら罪状を突きつけられようとも、これだけは屈するつもりはない。  平清は、家族を愛し、家族を守るために生きた、一人の[[rb:父親 > おとこ]]である。――これは、揺るがない。これだけは、譲れない。  だから、絶対に―― 「――家族の元に、帰るんじゃなかったんですかっ! 平さんっ!」 「っ!?」  渚の、その言葉に、平はハッと目を見開き、ほんの少し顔を挙げる。  そして、そこを狙い澄ましたかのように、正面に立つ化け物の爪先が、平の顎を掬い上げた――亀をひっくり返すかのように。 「ぐ、ぐふぁっ!」  ひっくり返す程度では収まらず、平は大きく吹き飛ばされ、死体の海を跳ねるようにして飛んでいく。  キュイン、キュインと、スーツが悲鳴を上げる。既に限界が近い。  化け物達が平の醜態を嘲笑いながら、再びゆっくりと近づいてくる。その様は、彼等の容貌が怪物でなければ、さながらオヤジ狩りのようだった。  だが、平は彼等の方を一切、向いていない。あれ程に恐ろしかった怪物のことすら、今の彼の視界には入っていなかった。  彼の胸中に渦巻くのは、先程の渚のあの言葉。  そして、畳みかけるように渚は、尚もこう叫び掛けた。 「あなたは家族を守る父親なんでしょうっ!! 絶対に息子さんを助けるんだって、そう言ってたじゃないですかっ!! 平さん!!」  渚の父親は、争いを好まない男だった。  故に、ヒステリックで何かと好戦的な渚の母――広海の傍にいることが出来ず、別居することになってしまった。  父は渚を気遣って、時折は渚と会って、申し訳ない、心苦しいと謝罪を繰り返した。渚も彼を責めはしないが――それでも。  あの母親の元に、[[rb:渚 > ぼく]]を一人、置き去りにして、自分は逃げ出した――そう思ったことが全くないかと言われれば、嘘になる。  憎んだことはないが、どうして自分だけ逃げたと恨んだ日はないかと言われれば、それは――嘘に、なる。  だから渚は、平のことを気に掛けるようになったのかもしれない。このオニ星人のミッションが始まる前、そして今。 自分も決して余裕がある立場ではないにもかかわらず、必要以上に肩入れし――応援、したくなってしまう。助けたくなってしまう。救いたくなってしまう。  死んで欲しくないと、生きていて欲しいと、そう思ってしまう。 『息子がな……いじめられてるんや』  ゆびわ星人のミッションの時、渚と共にゆびわ星人と戦っている時、平はこう、渚に漏らした。 『気ぃ弱い子でな……ワシは負けるな、絶対に屈するな、立ち向かえって……そんなことしか言えへんかった……ダメな父親や……』  平はそう、自嘲するように漏らした。  渚は、そんな平を、複雑な瞳で見つめた。 ――ゴメンな……渚。  会う時は、決まって回転寿司のカウンターだった。  せめて息子に好きなものを腹いっぱいに食わせてやりたいという心遣いなのか、それとも、それしか、渚の好物を覚えていないのか。  ある程度、お互いの皿が積み重なり、お茶の量が減って新たに注ぐくらいのタイミングで、父はそう、渚に漏らすのだ。 ――気にしないでっ! 父さんもたくさん食べなよ!  自分は決まって、こう笑顔で返すのだ。 『せやけど……せめて傍に、居てやりたいんや』  平は、そう言った。ここにいない、[[rb:息子 > だれか]]に向かって。 『ワシはあの子の、なんの力にもなれへん、ロクでもない父親や……せやけど、せめて……あの子が強うなって……父ちゃんなんかいらんっ! って……そう言えるくらい、強うなるまで……せめて傍に居てやりたいんや』 ――ワシには、それしかできひんから。  渚は、そう呟く平に、泣きそうな笑みで、こう答えた。 『……息子さんも……きっと……そうして欲しいんだと、思います。……それだけで、いいから……』 ――傍にいて欲しいんだと……そう思ってると……思います。  渚は、その時、誓った。  この人を――この[[rb:父親 > ひと]]を、絶対に、帰してみせると。  [[rb:父親 > このひと]]の帰りを待っている、[[rb:息子 > だれか]]の元へ、生きて帰して――返してみせると。  だから――だから―― 「戦ってくださいっ! 平さぁぁあああんっ!!」  ザッ、と。  [[rb:父親 > おとこ]]は、立ち上がった。  無意識に腹へと移動させていた――何かを抱えるような、守るような体勢を無意識にとっていたらしい――そのケースを取り出し、開封する。  そこに仕舞われているのは、八種類の金属塊――爆弾だ。 ――父ちゃん! これ一緒にやろう! すげぇ面白いんだ!  家に居る時間が長くなった息子が、そう[[rb:強請 > ねだ]]ってきたために、自分も始めたVRMMO。  息子が少しでも笑顔でいてくれればと、慣れないゲームというものに戸惑いながらも、少しずつやり方を覚えていった。  だから、これらの使い方は、既に体に染み込んでいる――息子が自分に与えてくれた力だ。 「っ!? ちっ、あのオッサン、なにしようとしてやがる!」  その時、ずっとニヤニヤとした笑いを浮かべていた怪物達の表情が変わった。  一斉に平に向かって駆け出し、襲い掛かる――が、平は、手を、膝を震わせながらも、一つの爆弾をしっかりと握って、そして――スイッチを入れる。 (柚彦――父ちゃんに、力をくれっ!)  平は全力で腕を振り、向かってくる怪物達に、それを投げつけた。  球型のその爆弾は、先頭の怪物にぶつかり――  ドガァンッッ!!! と、爆発した。  それは、クラッカータイプのBIM。  比較的使いやすいオーソドックスなBIMで、破壊力が低いのが難点だが、それでも――あのゆびわ星人の片腕を吹き飛ばす程の、ガンツスーツを一発で破壊する程の威力を持つ。  つまり、一般的なオニ星人程度なら―― 「はぁ……はぁ……どうや……みたかぁぁああああ!!!」 ――複数体を、まとめて吹き飛ばすことが可能である。 「な――」 「なんだとっ!?」 「どうなってやがるッッ!!」  バンダナを追っていた奴等も、渚を襲っていた奴等も――そして。 「ば、馬鹿な……」  金髪のロン毛の背の低い男も、その光景に呆気に取られていた。 「爆弾だと……奴等の装備のデータに、そんなものはなかったはずだッッ!!」  渚は、その一瞬を見逃さなかった。  ダッ! と自分を囲んでいた個体を置き去りに、一気にロン毛に向かって走り出す。 「な――お、おい、お前ら! そいつを止めろ! 全員がかりで近づけさせるな!!」  ロン毛の指示に、渚を襲っていた怪物、そして近くにいたバンダナを追っていた怪物達も咄嗟に渚を追った。  渚がそういった動揺を最も生じやすい“顔色”の時を狙ったとはいえ、これは一つの集団を預かる者として、あまりにも下策だっただろう。  それがこの男の器と言えばそれまでだが、平が自分達の想定になかった武器を所持していたことが明らかになったとはいえ、まだまだ状況は彼等の方が遥かに有利だったのだ。  バンダナが逃げ回るのも、渚が抵抗するにも限界はあり、そう時間は立たない内に、この二人は数の力によって追い詰めることが出来ていた。  平に限っても、油断せずに連携をしっかりとって追い詰めていけば、無力化するのはそう難しいことではなかっただろう――多少の犠牲を考慮すれば。  詰将棋のように、一手、一手をしっかり打っていれば、負ける方が難しい勝負――戦争だったはずなのだ。  だが、このロン毛は、あろうことか、一人の標的に戦力を集中させてしまった。  確かに、これまでの戦況を見れば、渚が最もこの三人の中では戦士であり、脅威であることは明確だろう。  本人に自覚はないが、間違いなくこの場の司令塔であり、リーダーである。バンダナが息を吹き返し、平が立ち上がれたのは、渚がいたからだ。  コイツさえ殺せば――混乱に陥ってしまった一瞬で、そう咄嗟に思考してしまうのは、有り得ないことではないのかもしれない。  だが、結果としてこの判断は、致命的な敗因になる。 (――二秒にセット……)  渚はちらりと、手元のそれを見て、背後を一瞥する。  そして、自身を追う怪物達の密集具合を確認して、その立方体の金属塊のグラスモニターの数字を「02」にセットし――転がすように、後ろに投擲した。 「な、なんだ!?」  薄暗い闇の中で突如、自分達に向かって放り投げられたそれに対し、ピタッと足を止めてしまう怪物達。  咄嗟に身構えるが、一回、二回と地面に落ちても、何も起こらない。  そして、それは集団の中心位置に転がり――モニタの数字が「00」になった。  ドガァァン!!! と、爆炎を撒き散らす。  先程のクラッカータイプよりも明らかに数段上の威力の爆発を起こしたのは、タイマータイプのBIM。トラップや待ち伏せなどに使い勝手のいい、戦略的なBIMだ。 「く、くそッ! なんなんだ――なッ!?」  その凄まじい威力の爆発に、思わず腕で目を守る体勢を取るロン毛。  だが、すぐに目を見開く。  来る。近づいてくる。  爆炎を背後に背負いながら、一目散にこちらに向かって駆けてくる――瞳に青白い殺気を滲ませる少年が。  一度に十体近い仲間を屠った狩人が――死神が、向かってくる。  ロン毛は、思わず叫んだ。 「こ、殺せ! “化け物”ぉ! あのハンターを僕に絶対に近づけるなぁ!!」 「……ぐ……お……お……」  ロン毛は全力で緑の巨体の背後に隠れる。  そして、歯噛みしながら、決意した。  このロン毛は、見た目の通り、自意識が高いナルシストだ。故に、擬態を解除した後の、醜い自分の容貌を嫌う――だが、最早、出し惜しみをしている場合ではなかった。 (くそっ、くそっ、くそっ、くそぉぉおおおおおおお!!!)  本当は、人間の姿のまま、ハンターが狩られる姿を見て愉しむだけの予定だった。  だが、その計画は全て崩れた。あの、水色の少年によって。 「殺してやる……絶対に殺してやるからなぁあああああああ!!」  そして、金髪のロン毛は擬態を解除し――怪物となった。  渚の前に、緑の大きな怪物と、自慢の金髪の髪を上に向かって伸びる一本の角に変えた醜悪な小さい怪物が立ち塞がる。  その姿を確認し、渚はナイフを持ち変える。 (敵は……後、二体!) [newpage]  Side和人――とある駅の近くの大通り (敵は……残り、二体!)  和人は既に、何体の敵を斬ったかなど数えていない。覚えていない。だが、気が付けば、敵は二体まで減っていた。  とにかく斬り続けた。斬り裂き続けた。自らに襲い掛かる敵を、視界に捉えた怪物を、その漆黒の大剣を持って一刀に斬り伏せた。  あれほど道路を埋め尽くしていた怪物達の軍勢は、そのほとんどが無残な骸へと変貌している。  その光景を作り出した下手人である和人は、尚も剣を引き、地を蹴る。  大剣に敵血を滴らせ、顔に[[rb:刺青 > タトゥー]]のように返り血で模様を描きながらも、和人は黒色の瞳から鮮血のような真紅の闘志を放ち続け、ただ真っ直ぐに眼前の怪物のみを見据えていた。 「ち、ちくしょう……ッ! なんなんだよ……こんな……こんな奴がいたのかよッ!?」  既に片腕を斬り落とされている、和人と宣戦布告の名乗りを挙げた、この集団のまとめ役のような役割を担っていた怪物が、擬態を解除し青白く変色した肌と二本の角を生やした醜い相貌を恐怖に歪めて嘆く。 「う、うわぁぁぁああああ!!!」 「ば、バカ野郎! 早まるな!!」  自分以外の最後の生き残りである、傍らに控えていた若造の怪物が、恐怖に耐え切れなくなったのか、作り出した巨大な斧を振りかぶり、和人に向かって駆け出した。  そして、両者が交錯する、その瞬間――  カァンッ! と、和人の大剣が怪物の斧を吹き飛ばした――その腕ごと、斬り飛ばした。 「――あ……ぁ……ッ」  その怪物の表情が、絶望に染まる。  そして、和人はそのまま回転し、遠心力を手に入れたその一振りで、怪物の顔面をその絶望の表情のまま永遠に固定した。  断末魔の表情の怪物の首が、高々と宙を舞う。  それが地に落ちるまでの僅かな間、和人は背筋を伸ばし、大剣を一振りして、ようやくその刃が浴びた返り血を吹き飛ばした。  そして、そのまま大剣を、背に仕舞った。  カァン! と、池袋の道路のアスファルトに怪物の頭蓋が落下し、気の抜けたような音が響いた。  残された最後の怪物は、得物を仕舞った和人の挙動を見ても、一切恐怖が消えなかった。  和人の瞳からは、その真紅の炎のような鋭い闘志は、全く消えていなかったから。  そして、そんな怪物の絶望を裏付けるように、和人は右腰の鞘の剣に手を伸ばし――その柄を掴んだ。 「お前が最後だな」  和人はそう呟きながら、ゆっくりと、その漆黒の宝剣を引き抜いていく。  怪物は、思わず一歩、後ずさる。  その瞳は、完全に恐怖に染まっていた。  その光景を彼等は――人間達は、一般人達は、呆然と眺めていた。  陶然と、見惚れていた。  戦場となった大通りの、道の外側。  傷を負い、逃げ遅れ、怪物達の恐怖を脳髄にまで叩き込まれ、死を覚悟し絶望に暮れていた、その人間達は、この光景に目を奪われていた。  突如、どこからともなく現れた漆黒のスーツを身に纏った一人の少年が、あの恐怖の怪物達を、たった一本の大剣でその悉くを打ち破り、無双していく様に、心を奪われていた。  そして、その少年は、とうとう残り一体まで追い詰め、ゆっくりと新たな剣を引き抜き、その戦いに終止符を打とうとしている。  颯爽と現れた一人の戦士が、絶体絶命の我等の窮地を覆し、か弱き民を救い出してくれる――それは、まさに。  自分達が見ているこの光景は――まさに、物語のような英雄譚だった。  今、目の前で怪物達を殺し尽くし、自分達を守ってくれているあの少年は、まさしく――物語の英雄のようだった。 「……ヒーローだ」  誰かがポツリと、呟いた。  テレビの中だけだと思っていた。そんな都合のいい存在は、[[rb:虚構 > フィクション]]の中にしか存在しないのだと分かっていた。  誰もが憧れ、その実在を願い、それでもゆっくりと諦めていった存在が――今、目の前にいる。  映画のような怪物に襲われ、訳も分からず殺されようとしていた、そんな理不尽な地獄の中で、やっと出会えた。  ヒーローは、来てくれたんだ。 「黒の……剣士」  誰かが、ふと呟いた。  漆黒のスーツを身に纏い、漆黒の剣を操る、漆黒の剣士。  彼こそが、黒の剣士。  英雄――黒の剣士。 「く……そ……がッ! ああああああああああああ!!!!」  怪物が和人に向かって特攻する。  和人は漆黒の宝剣を一振りし、それを迎え撃つ。  こうして桐ケ谷和人は、再び英雄となっていく。 [newpage]  Side東条――とある高速道路の高架下  そして、そこから少し離れた、けれど同様に地獄となっている池袋の中のとある場所――とある戦場。  ここでも、一人の規格外が、同様に人間達の注目を集め、怪物達に絶望を植え付けていた。  突如として現われ、人が溢れかえる程に賑わっていた池袋で虐殺を開始し、瞬く間に都会を地獄へと変えた、謎の怪物集団。  とにかく無我夢中で逃げ回り、だが頼みの綱の警察官達もが蹂躙され、もう駄目だと誰もが諦めかけた――その[[rb:瞬間 > とき]]。  一筋の光と共に登場し、その怪物達を瞬く間に圧倒した、まるで某光の巨人のような救いのヒーローは―― ――今、二体の怪物の顔面を掴み上げ、凶悪な笑顔と共に、両腕でそのまま吊り上げていたっ! 「「「「「なんか、陰惨ッッ!!?」」」」」  その戦いを固唾を呑んで見守っていた一般人達が、思わずそんなことを叫んでしまうくらい、その様は正義のヒーロー像からはかけ離れていた。  由香はそんな東条の足元で、思わず引き攣った苦笑いを浮かべる。  確かに東条も和人に匹敵する――いや、こと戦闘力だけを見れば、東条は和人を上回っているだろう。  だが、それでも東条はヒーローにはなれない。もっと言うのなら、民衆が求める、英雄にはなれない。  強さを求める兵団の大将にはなれても、人々の期待を背負える勇者にはなれない。  敵に絶望を与えることは出来ても、味方に希望を与えることは出来ない。  だって、そりゃあ―― 「ははははははははははははは!!!!」 「ぎゃぁぁぁあああああああ!!!!」 「いやぁぁああああああああ!!!!」  東条はそのままグルグルとその二体の怪物を振り回し―― 「ぐぶふぁッ!!」 「ごでゅふぁ!!」 ――二体の頭部をアスファルトの地面に叩きつけて埋め込んだ。 「………………」  そんな様を見て、一般人と由香は言葉を失う。 (…………引くなッ!!)  由香は心の中で突っ込んだ。  そりゃあ、こんな怖すぎる戦いを喜々として行い、あんな残虐な行為の後、満足げにさわやかに額の汗を拭っているこんな男を、誰もヒーローだとは思いたくない。  だが、それでも、今まさに命を脅かされていた一般人の彼等にとって、怪物達を物ともせずに圧倒し続ける東条は、怖いけど、ぶっちゃけ引くけど、この状況を打破してくれるかもしれない存在であることには変わりない。  民衆は、東条に畏怖の念を抱きながら、それを押し殺して、仄かな期待を抱いて、見守る。  突如現れた規格外と、怪物達の戦争を。 「――おい、もういねぇのか? オレとケンカしてくれる奴はよぉ?」  東条英虎は、首を鳴らしながら不敵に言い放つ。  だが、化け物達はその男に近づけない。  登場と共に数秒で、自分達の同胞数体をあっという間に吹き飛ばした男に、軽はずみに近づくことが出来ない。  女吸血鬼も、その他の化け物も、警察官も、ギャラリーの一般人達も、誰もが言葉を発せず呑まれる中、どこからかサイレンの音が近づいてくる。  人混みが割れ、そこから一台の覆面パトカーが乱入し、そこから二人の男達が姿を現した。 「悪い、遅くなった」 「……なんだ、これは?」 「さ、笹塚さん!!」  盾を持ち額から血を流している一人の若い警察官が、新たに現れた男の一人を見て、そう感激したように言葉を発する。  それを見て、東条はあっけらかんと言った。 「なんだ、お巡りがいたのか」  え? 気づいてなかったの!? という由香の言葉を余所に、東条は由香を肩に、いつもの工事現場のバイトで荷物を運ぶ時のように担いで――「ちょ、雑過ぎない!?」という由香の叫びは笑って流した――警察の元へと向かった。  化け物達は東条が近づくと、途端に恐れをなしたように道を開け、遠ざかっていく。そして、そのまま女吸血鬼の元へと向かった。  そして、傷ついた警察官と、新たに現れた笹塚、そして烏間の元に歩み寄った東条は、担いでいた由香を下して―― 「なぁ、お巡りさんよぉ。コイツ、頼むわ」 「――ん?」 「……なに?」 「えぇ!?」  もちろんやりたいわけではないが、てっきり前回のゆびわ星人の時のようにそのまま背中にしがみつく羽目になると半ば覚悟していたので、複雑な気分になる由香。  あうあうと手を東条に向かって伸ばしては引っ込めてという挙動の由香に直ぐに背を向けて、そのまま東条は「じゃあ、よろしくな」といってオニ星人の元へと向かおうとする。 「待て」  が、そんな東条を烏間が引き留める。  首だけ振り向く東条に、烏間は鋭く問いかけた。 「君達は何者なんだ? ――あの怪物達のことを、何か知っているのか?」  東条はその言葉を受けて、ふっと微笑み、そのまま背を向けて手をひらひらと振りながら、オニ星人の元へと再び歩み始める。 「さぁな。オレは強え奴とケンカしてぇだけだからな。よく分からん――だけど、まぁ、アイツ等は、オレがなんとかしてやるよ」  烏間は尚も食い下がろうとするが、笹塚がそれを止める。  そして、烏間が笹塚に向かって口を開きかけるのを制するように、笹塚は自分の名を呼んだ警察官に向かって目線で尋ねた。そして彼は、二人に状況の説明を始める。  由香はそれを聞き流しながら、東条の背中だけを見つめていた。 「ま、待って!」  気が付いたら、思わずそう叫んでいた。  東条はきょとんとした顔で振り向く。由香は、一瞬大きく口を開けたが、何かを呑み込むように口を閉じ、そして、改めて―― 「が、ガンバレ!」  そう、顔を真っ赤にして、言った。  東条は、その激励に、無邪気に笑い―― 「おう」  と、だけ、答えた。 「――――っ」  その笑みに、由香は顔を真っ赤にしたまま、呆然と佇む。 (……あ、あれ……なに……これ……)  心臓がバクバクと全身に血流を送る。鼓動音がうるさいくらい耳に響く。  思わずキュッと唇を噛み締め、胸の前で――心臓の前で、手を握った。  これって……と由香が東条の大きな背中に見蕩れていると―― 「――つまり、これだけの警察官を圧倒したあの怪物達を、あの漆黒の全身スーツを着た男が単独で撃破し続けていると……にわかには信じがたいな」 「……それでも、現状はそれを物語ってる。今は、彼の戦いを見守るしかないだろ。なにせ、今の俺達には、この貧相な拳銃しかない。機動隊のライフルが通用しなかった相手には……残念だが太刀打ちできない」 「……彼が窮地に陥ったら、助けに向かうしかない……か。大人達が何人も雁首を揃えて……情けない話だ」 「全く。……だから、今は――」 「――ああ、そうだな」  がしっ、がしっ――と、由香の両肩に、大の大人の男の人の手が、本庁の刑事と防衛省のエリートの大きな逞しい手が、優しく、それでも絶対に逃がさないとばかりに乗せられた。 (…………あれ? なにこれ?)  さっきまで乙女モードだった由香だったが、今はだらだらと冷や汗を流している。  由香くらいの年頃の女の子なら、烏間や笹塚のような男にこんな行動をされれば恐怖を感じるかもだが、由香は別の意味で嫌な予感がしてたまらなかった。 「あの……なんでしょうか?」  由香は勇気を出して、引き攣った笑顔で二人を見上げた。  笹塚と烏間は、一切の笑みを浮かべず、やる気のない無表情と堅物な真面目顔で言った。 「すまないが、こちらとしては、少しでも有用な情報が欲しい」 「……彼と同じ“不可思議な漆黒の全身スーツを着ている”君なら、何か知ってんじゃないかって思ってね」 「ですよねー」  由香は心の中で泣いた。 (なんでわたしがこんな目にぃぃぃぃいいいいいいいいいい!!!!)  湯河由香。十二才。生まれて初めての職務質問(?)だった。  彼女の悲運は、まだまだ続く。  一方、中学一年生女子が心の中で号泣している時、そんなことは露知らず、女吸血鬼を中心に固まっているオニ星人達に向かって、獰猛な笑みを浮かべながら東条が近づいていく中、オニ星人達は恐怖と困惑と共にこの集団の指揮官である女吸血鬼に向かって問うていた。 「……どうします、姐さん。奴の強さ、尋常じゃないですぜ」 「まさか、あの目が腐ったガキの他にも、あんな奴がいるなんて……」 「……いっそのこと、全員で取り囲んで――」 「――無駄さね。今の私たちが何十人束になろうが、コイツは止められない。……それこそ時間稼ぎしか出来ないだろうね」  オニ星人は、元々が人間の者達だ。  故に知能は当然、人間並みに高い。少なくとも彼等は、東条英虎という目の前のハンターが、オニ星人の中でも下っ端な自分達よりも、遥かに強い存在であることを明確に理解していた。 「けれど、私はそんなみっともない真似をしたくない。これ以上、あの人達に貸しを作っちゃあ、いつまで経っても私は黒金様のお傍には置いてもらえないじゃないか」  だが、女吸血鬼は、そんな彼らの泣きごとを一蹴し、こう決断した。 「――私も、擬態を解除するよ。……あの怪物ハンターは、私達の手で倒すのさ」  その言葉に、彼女の部下達がどよめく。 「で、でも、姐さん!! 姐さんの“能力”はかなり危ない状態なんでしょう!? 篤さんに使用は控えるように言われてるはず――」 「私が仕えてるのは、篤さんじゃなく黒金様さぁ! あの人に見限られちゃあ、私にとっては死ぬのと同じなのよ!!」  そう言って、彼女は一歩前に出る。  自分達の部下である彼等に向かって、儚い笑みを持ってこう言いながら。 「……もちろん、そんなことであの怪物を倒せるとは思い上がってない。――アンタたち、私の馬鹿に付き合ってくれるかい?」  返答は、決まっていた。  彼等は一歩、彼女に並ぶように、力強く踏み出す。  それを見て、ふっと満足気に笑いながら、女吸血鬼は東条と向き直る。 「――待たせたね、アンタの喧嘩……私たち全員でお相手するよ」 「……ふっ、面白え。全力でかかってきな」  もはや、どちらが悪者なのかが分からない様相だったが、東条英虎にとってはいつものことだった。  女吸血鬼は、一度目を瞑り、そして――カッと見開いた。  メキ、メキメキメキと音を立て、その身体を異形へと変えていく。  烏間と笹塚は、由香が拙く話すその信じがたい情報を精査していた。 「――黒い球体の部屋。宇宙人との……戦争……」 「……つまり、君達はその黒い球体によって、この池袋に送られて……あの怪物――オニ星人、だったか――を討伐する為にやってきた……そういうことでいいのか?」 「た、たぶん……わたしは、今日がはじめてで……よく分からない……です。も、もっと、詳しい……たぶん、何回もこんなことをやっているような人達が、何人かいて……その人たちも、たぶんどっかに来てる……はず……です……たぶん」  大人の人――それも怖げな男相手だからか、たぶんを連呼して恐る恐る語る由香だったが、本人が言う通り、由香はまだ二回目のミッション――ガンツ歴数時間の初心者も初心者だ。語れと言われたから語ったが、まだ何も分からない彼女は、そう手探りで喋るしかなかった。  だが、笹塚は本職の刑事である。要領を得ない、情報量の少ない説明から要点を掴む技術は職業柄身につけていたし、烏間も外国で何度も尋問を(する側もされる側も)経験したことがある。由香の説明からも、ある程度の知りたい情報は得ていた。  確かに、信じがたい話だ――だが、こうして目の前で、超人スーツを着た人間と、異形の怪物の戦争が行われているのを、この目で、今もはっきりと見ている。  故に、今、自分達が考えるべきことは―― (――この戦争が、今、池袋の至るところで行われていること……そして、オニ星人という怪物によって、命を追われている人々が大勢いるということ)  烏間はそう思考する。今、自分達が一刻も早く行うべきことは、早急に池袋中に人材を派遣し、命の危機に瀕している人々を救出することだ。  だが、そのためにはオニ星人を討伐しなくてはならない。――奇しくも、この少女や彼のような漆黒のスーツの戦士達と、同様の目的。  そして、彼等は自分達よりも、オニ星人を討伐するのに相応しい力を有しているという。  今、笹塚が連絡している為、警察の応援の増援もそう遠くない内に駆けつけるだろう。自分も防衛省の方に連絡する。そうすれば自衛隊も動く。これだけの事件だ。最早、隠蔽は不可能だろう。  だが、事態は一刻を争う。その為には、池袋のどこかにいるという、他の漆黒のスーツを纏った者達の協力を仰ぎたい。  そして、少女が言う、こういった星人討伐を何度もこなしているという、彼女よりも正確で、より多くの情報を知り得る“ベテラン戦士”から詳しく情報を、事情を聞きたい。  これは、間違いなく国家の危機だ――いや、下手をすれば、世界の――つまりは、地球の―― 「さ、笹塚さん!! なんですか、アレ!!」  あの警察官が、涙声でそう笹塚に叫んだ。  その声に顔を上げた烏間は、由香と、そして咥えていた煙草をポトリと落とした笹塚と共に、呆気にとられた。  そこには、大きな角を生やした、一体の巨大な芋虫のような生物が出現していた。いや、芋虫というよりは、女の下半身が芋虫のようになった化け物、という方が正しいか。  頭は電灯程の高さにあり、全長はおよそ十メートルは下らない。胸部は乳房が剥き出しで、瞳は真っ黒に染まり、目から真っ赤な血を流している。その豊満な胸と、牙と角を生やしながらも崩れていない顔のみが、人間だった頃の名残を残りしていた。  その顔に、由香は見覚えがあった。自分を天高く放り投げた、あの女吸血鬼。  あの美人だった女性が、こんなにも醜悪な化け物になってしまうことに、由香は深い恐怖に襲われた。  既に一般人のギャラリーは恐慌に陥り、少しでもあの怪物から遠くにと逃げ出している。化け物は全てあの大蛇の傍に寄り添っているので、彼等の行く手を阻む者はいなかった。  残されたのは、その化け物と相対する東条と、遠目でその戦いを見ることしか出来ない警察官達、烏間と笹塚、そして―― 「……お嬢さんも逃げるか? ……というより逃げた方がいい」  そう、告げる笹塚に―― 「――ううん、逃げない。邪魔になるといけないから、近くにはいけないけど……それでも、ちゃんと見る。……ちゃんと見てる」  と言い、警察官達の後ろに隠れながらも、真っ直ぐとその戦いを見つめるべく、湯河由香は戦場に残った。 「あ……あぁ…………ァァ…………」  その芋虫の怪物は、最早、人の言葉を発さなかった。  瞳を両眼とも真っ赤に染め、胸を突き出し、天を仰ぎながら、悶え苦しむように荒い息を吐き出す。 「……くろ……がね………さま………ァァァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア」  だが、それでも彼女は、戦うのをやめなかった。  あの男に、あの最強の吸血鬼に、尽くすのをやめなかった。  大きな体を不気味にくねらせ、東条に向かって襲い掛かる。  そんな彼女に続くように――死地だろうと、地獄だろうと、どこまでも共に行くとばかりに、寄り添う化け物達も一斉に続いた。  東条は、そんな彼等を、そんな怪物達を、指を鳴らし、片足を引いて体を開きながら、真っ向から迎え撃つ。 「来い。――気が済むまで、相手してやるよ」 [newpage]  Side陽乃&あやせ――とある路線の出口近くの吹き抜け空間  その二人の[[rb:狩人 > ハンター]]は、漆黒の髪を闇夜に靡かせながら、まるで踊るように戦場を舞った。 「ふっ!」  陽乃は敵の大振りの攻撃を躱し、そのがら空きの胴体に槍を突き刺しながら、その個体を盾にするようにして前方の他の個体にYガンを発射する。  光を纏う捕獲ネットが、暗闇を滑空しながらその個体を捉えた。 「な、おま――」  そして、その個体の隣にいた別の個体が、同胞の窮地に動揺し、一瞬、視線がそちらを向いたその瞬間、既に盾から引き抜いていた漆黒の槍がその個体の頭部を貫く。 「――な」 「バイバイ」  そのことに驚愕するYガンで捕えられた個体は、いつの間にか自身に接近していた陽乃に気付くことなく、もう一度Yガンで撃たれ、そのまま天に向かって転送される。 (……大体、片付いたかな?)  辺りを見回すと、怪物達はその数を大幅に減らしていた。  奴等は人間のような知性を持っていても、格別に頭が切れるわけでも、特別に集団としての戦闘訓練を受けていたわけではないらしい。  いいとこチンピラやヤンキーの喧嘩集団といったところか。近くに居る敵に手当たり次第に殴りかかるといった単純な行動パターンだったので、陽乃にとっては対応に苦労しない敵だった。  一体一体もそれほど群を抜いて強いわけではない。千手ミッションの時の終盤の仏像程だろうか。  あの千手観音とは比べものにならない。この程度の敵ならば何十体集まろうが、雪ノ下陽乃の敵ではない。  ふと、とある方向に目を向ける。自分と少し離れた場所――三体程の敵に囲まれているのは、新垣あやせ。  陽乃とは、つい先程自己紹介を交わし合ったばかりの――おそらくは、比企谷八幡に並々ならぬ感情を抱き始めている少女。  気に食わない――だけど、どこか憎めない。  そして、“あの少女”と、少し面影が重なる少女。  ……なんか、似てる。  陽乃は、あの少女と言葉を交わす内に、そんな思いを抱き始めている。  声や、黒髪だけじゃない。いや、むしろ、そこ以外は、二人は外見上はあまり似てはいない。  けれど――どこか、重なる。  愚直なくらい、愚かで真っ直ぐで、純粋なところ。  我が強いところ。自分の考えを曲げず、それが正しいと思い込むところ。  けれど、芯は少し脆くて、他人に依存しがちなところ。  陽乃はあやせのそんな性質を、この短時間ですぐに見破った。  それは、たぶん、どこか〝雪乃”に――〝妹”に、似ていたから。  けれど――やはり、異なる。  新垣あやせは、雪ノ下雪乃とは、違う。  決定的に、違う。  決定的な、違いが、ある。  それは―― 「――あぁ、うっとうしい」  低く、冷たい、呟きが聞こえた。 「……そろそろ、かな?」  陽乃は目の前の[[rb:怪物 > ざこ]]を斬り伏せながら、再び、その少女の方を向いた。 「あぁん? ガキが、テメェ、何かほざきや――がふぁッ!!??」  あやせは俯いた顔を上げると、修羅のように目の前の怪物を睨み付けながら、大きく膝を曲げ、飛び上り、右膝で敵の顎を蹴り砕いた。 「――な!」 「こ、こい――」  ギュイーン! と、着地と同時に左側の敵にXガンの攻撃を浴びせる。  ギュイーン! ギュイーン! と続けざまに連射する。「て、てめ――」と撃たれた敵があやせに向かって手を伸ばすも、それが届く前に呆気なく破裂した。 「このアマ――ぐふぁっ!!」  そして、残る一人が背を向けるあやせに飛び掛かろうとするも――後ろを向いたまま、あやせは、半歩横に移動し、鋭く足を上げて、その後頭部に踵を振り下ろした。  ガンッッ!! と地面に叩きつけられる怪物。  そのまま、あやせは顎を蹴り砕いた星人と共に、その個体にXガンの連射を浴びせ、確実に止めを刺す。  バン!! と屍が破裂すると共に、吹き出した返り血を浴びるあやせ。  だが、あやせは苦々しい表情でそれを拭うと――そのまま残存する標的に、殺意の篭った眼差しを振り撒いた。 「次は――誰です?」  ゾっ!! と、一歩、怪物達は後ずさる。 (……やっぱり)  陽乃は〝それ”を冷たい眼差しで見遣る。  これが――雪ノ下雪乃と新垣あやせの違い。  雪乃は、普段は苛烈で孤高。他者に対して厳しく攻撃的に振る舞うが、その内面は打たれ弱く、支えを求める。  だがあやせは、普段は明るく心優しい。他者に対して礼節と尊敬を持って接する――が、その内面は――自分が価値を見出さないもの、自分の目的を邪魔するもの、認めないもの、許せないもの――つまり、敵。  敵に対し、恐ろしく冷淡で、容赦なく――非情。  どこまでも、どこまでも、どこまでも――攻撃的になれる。  正反対の、二面性。  内に秘めるものの違い。  新垣あやせ。  心優しく、純粋で、正義感が強く、自分の好きなものに対しては、どこまでも理想を――理想的を、求める少女。  そんな彼女が、内に、心に、秘めるものは―― 「………………」  陽乃は、そんなあやせを細めた瞳で眺めた後、彼女に恐怖し動きを止めている怪物に向かって駆け出す。 (……まぁ、今は静観かなー。こういうタイプは、壊れる時は勝手に壊れるものだからねぇ。……それはもう、悲惨なくらい、盛大に)  陽乃は冷めた瞳のまま、一体、また一体と串刺しにしていく。  あやせも淡々と、敵の頸を蹴り砕き、Xガンで吹き飛ばしながら狩っていく。  この後は、狩る側と狩られる側が入れ替わることは、終ぞなく。  戦争ではなく、まさしく一方的な狩りとなった。 [newpage]  Side八幡――とある飲食店が立ち並ぶ裏通り  こんなのは戦争じゃない。殺し合いでもなければ、戦いですらない。  ただの、一方的な――狩りだ。 「いい加減、ちょこまかと逃げてんじゃねぇよ、獲物がぁッッ!!」 「――ッ!?」  俺は無我夢中に、その扉が開いていた店舗に向かって飛び込む。  が――その扉は背後の追跡者によって、ガシャァンッ!! と軽々と盛大に破壊され、回転寿司屋の店内に破片が降り注がれる。 「――チッ!!」  俺はそのごたごたに紛れ、再び周波数を弄り、透明度を変化させる。  こんなのは小細工の中の小細工だが、相手が一瞬訝しむ――それくらいの、その程度の、違和感のようなそれでも、作れる隙はほんの少しでも欲しい。  案の定、奴は一瞬、俺を見失ったようで、盛大に舌打ちをしながら、片腕だけ変化させた怪物の右腕を大きく引き、吠える。 「……[[rb:人間 > ゴミ]]がぁっ! そんなに一瞬の寿命が欲しいかッ!!」  俺は入ってきたのとは別の出口――をスーツの力で壁をぶん殴って強引に作り出し、脱出する。  その一瞬後に――その店舗は吹き飛んだ。  黒金の、たった一発の拳によって。 「くっ――」  俺は、その衝撃に背中を押されながら、とにかく物陰に身を隠す。  黒金は、ゆっくりと砂塵を纏いながら、表情を険しく歪めながら、倒壊した店舗から姿を現す。 「……おい、いい加減、ヘイト値はマックスだぜ、腐れハンター。……テメェ、やる気、あんのか?」  奴は低い迫力の篭った声で、そう呟く。……だが、見当違いの方向を向いているので、一応、姿を隠すことには成功したらしい。  悪いな。お前にとっては相当苛立つ戦い方だろうが、俺にとっては正攻法なんだよ。  ていうか、お前みたいな化け物と、真正面から真っ向勝負なんざ、出来るわけねぇだろ。夕方のあれは、相当な奇跡の集大成なんだ。一歩間違えたら死亡みたいな綱渡りを何回渡ったと思ってやがる。  それでも――殺せなかったんだ。全く、届かなかったんだ。  俺と黒金には、それくらいの歴然とした戦力差――戦闘力差が、明確に存在する。  その上……あの腕だ。人間みたいな容姿とは、明らかに異なる形の――異形の右腕。  あちらこちらを跋扈する怪物達と同様の、化け物の右腕。……ってことは、おそらく……あいつも――黒金も、変身するんだろう。私はまだ二つ変身を残しています。その意味が、分かりますね? ってか。戦闘力は53万ですってか。冗談じゃねぇんだよ。ふざけんな、このフリーザ様め。俺はサイヤ人じゃねぇんだよ。あんな戦闘大好きドM集団じゃねぇんだ。死の淵から生還する度に強くなるみたいな[[rb:便利機能 > チート]]は持ち合わせていませんごめんなさい。……いや、まさか実際に二回は変身したりしないよね? 一回だけだよね? なんかすっきりとしたフォルムになったりしないよね? ゴールデン黒金とか勘弁してよ。やだっ、名前的に金が二つもあってお洒落! 勘弁してくださいお願いします。  ……はぁ。でも、実際の所、一回は変身したりするんだろうな。そんで、変身したら戦闘力が跳ね上がったりするんだろうなぁ。はは、死にて―。これなんてバトル漫画? ――だが、死ぬ訳にはいかない、しな。……なら、律儀に変身シーンを待ったりする必要なんかない。むしろ積極的に邪魔してやる。俺にお約束は通用しねぇ。どやぁ。  奴が今の所、右腕だけしか変身してないのは、何かリミッター的なものがあるのか、それとも単純に出し渋っているだけか――どちらにせよ、チャンスでしかない。  これまでのアイツの行動からして、あんまりヘイト値を上げすぎると、後先考えずに、むしゃくしゃしたからやったみたいな思春期な理由で完全に変身して、ここら一帯を吹き飛ばしかねない。マックスとか言ってるが、後先考えずに大暴れしていないだけ、まだ奴の頭には血が上りきってはいない。まぁ、相当頭に来ているのは本当だろうが。  だが、完全に頭を冷やされ、落ち着いて冷静に戦われたら――万全なコンディションで真っ向勝負に持ち込まれたら、俺に勝ち目はない。  コントロールするんだ。戦況を――戦場を。奴の俺に対するヘイト値を。  場は何も強者だけが――狩る側だけが支配するもんじゃない。  追われる弱者も、狩られる側の獲物も、調子に乗って追いかけてくる肉食動物を、知らず知らずの内に崖際まで追い詰めることだって出来る。 「…………」  夕方の戦いの時にはなかった、小細工道具達。あのクローゼットから持ってきたアイテム類。――何も、奥の手があるのはアイツだけじゃない。  やってやる――[[rb:殺 > や]]ってやる。  圧倒的な力を持つ、一方的に狩る側の強者。上から目線で弱者を見下す強者。  そいつを、俺の支配する戦場に引っ張り込み――引きずり込み、引きずり下ろし、殺し合いの戦争に縺れ込ませてやる。  焦るな。アイツはボスだ。  制限時間もなくなったんだ。どれだけ時間をかけてもいい。  コイツさえ、殺せば―― 「――俺さえ殺せば、あとはどうとでもなる。……そう考えているな、ハンター」  ピクリ、と、Xガンの引き金にかけていた指が動きかける――が、そこはさすがにガンツミッション歴の長いベテラン選手の俺、余裕で動揺を押し殺す。……嘘です、すげぇビビってました。なんだよアイツ、読心まで出来るの? ここにきて更にインテリキャラまで上乗せサクサクされたら絶望を通り越して引くわ、と思いながら、俺は声を押し殺し、黒金の言葉に耳を澄ます。  ちらっと物陰から外を見たら、奴は相変わらず見当違いの方向を向いていて、だが、それでも俺が近くにいることは確信しているのか、顔を上げて、声を張り上げて、言葉を続けた。 「確かに、今回のこの事件を引き起こした吸血鬼は俺の配下達だ。――つまり、俺がリーダーで、俺が最強だ。お前らが言うボスって奴だ。そういう意味では、俺を殺せば、あとはどうにかなるかもな」  ペラペラと重要っぽい情報を提供してくれる黒金。  まぁ、黒金をボスだと考えていた俺なので、そこには驚きはない。……だが、当てにならないと評判なガンツのサンプル画像が黒金だったので、ひょっとしたら黒金よりもヤバい隠しボスがいるんじゃねぇかと危惧はしていただけに、少しほっとした。……まぁ、黒金も把握していない隠しボスがいる可能性や、黒金が嘘を吐いている可能性も否定しきれないが、今はそこまで考えていてもしょうがないのは確かだ。……そういったことは、どっちにせよ黒金を殺してから考えるべきことだ。  それよりも俺が気になったのは、“今回”、そして“黒金の配下”、という言葉。  そこから、以前にも――今回ほど大規模ではないにしても――事件を起こしたことがあるという前科や、そして黒金が従えていない別のグループの存在……そんなものを感じ取ってしまうのは、俺の性格が捻くれているからか?  ……いや、桐ケ谷はあの氷川とかいう金髪に襲われていたといっていたし、夕方の事件の時に“篤グループ”の奴等に一泡吹かせられるとか言っていた奴もいた。……つまり、全ての吸血鬼がここにきているわけではないということか?  だが、それはあくまで今回に限れば――今後、再び厄介事として降りかかってくる可能性は否めないが――それは朗報のはずだ。一つのグループのリーダー格――つまり、黒金と同等クラスの化け物は、今、この戦場にいないということなんだから。 「だがな、俺は割と今回のこの戦争に賭けているんだ。全力全開でことに当たらせてもらっている。――ウチの組の、総力を挙げてって奴だ。……つまり、何が言いたいのかって言えばな――」  そこで、黒金は、一際低く、恐ろしく――冷たい一言を告げた。 「俺の部下を、舐めんじゃねぇ」
オニ星人編、第二話です!<br /><br />少し区切りが悪いかなぁとは思ったのですが、この次の区切りいいところまでいれると四万文字を超えてしまうので……なるべく次を早く更新できるように頑張ります!<br /><br />まだまだ戦いは始まったばかり! 楽しんでいただければ嬉しいです!
比企谷八幡と黒い球体の部屋―続― ep18
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true
7月も終わりに近づき終業式となった。これから毎日がエブリ……ホリデーだが、俺はだらけること無く毎日を過ごすだろう。終業式も終わり担任から成績表が渡された。二年の最後に渡された時は、一学期と二学期の成績が足を引っ張り3や4が多かったが、今回は体育が3なのを除けば全て5だった。 それも終わり俺は部室に足を運んだ。特に何もないのだが、この部室に来るのも習慣になってしまっている。 「こんにちは、比企谷先輩」 「おう、藤沢。今日は何もなかったはずだぞ」 「比企谷先輩が来てるかな…と思って」 勘違いしちゃうよ。 「夏休みだが、藤沢は何か予定はあるのか?」 「ないですよ」 「そうか……」 それっきり会話が途切れてしまった。 あれ藤沢がなんかガッカリしている……。 そういや夏休み中は藤沢と会えなくなるのか……ちょっと…いや、かなり残念だ。 「あの……」 「なんだ?」 「比企谷先輩は…予定は何かありますか?」 「俺も無いぞ」 「なら…比企谷先輩が良ければですけど……勉強を教えていただけませんか?」 「構わんが……」 「本当ですか!よかった……」 凄い嬉しそうにしている……。勘違いしちゃうよ。(二度目) こっちも幸運だな。これで夏休みでも藤沢と会える。 「何処で教えればいいんだ?」 「比企谷先輩の家がいいなあ……と」 「だがな……」 俺の家に来させるのは……こんな炎天下の中で何回も歩かせるわけにはいかんし。 「家には……いつも親とか、誰か居ないのか?」 「母がいますけど……」 「なら、俺が藤沢の家に行くよ」 「ええ!でも比企谷先輩の方から来てもらうなんて……悪いですよ」 「大丈夫だ。藤沢が俺んちに来ることになっても、俺が毎回送り迎えするから」 そうそう……藤沢の肌が焼けないように日傘も持ってな。 藤沢は躊躇っていたが、最終的に俺が教えに行くことになり、そして何時行くか予定を決めておいた。夏休みが楽しみになってきたよ。 「そういえば藤沢の家を知らないな……今日は一緒に帰るか」 「そうですね、一緒に帰りましょう」 こうして俺たちは一緒に帰った。 終わり [newpage] あとがき 前回はタマロープ玉縄と同じようにオールドシュリンプ海老名さんにするつもりでした。ですが、えびなひながビギナギナに似ているのでエビナギナにしました。 海老名さんは嫌いではありませんが、修学旅行での行動からあのように解釈してます。 よくよく考えてみると二次元なら兎も角、現実にいるクラスメートのカップリングで興奮しているなんてドン引きですね。 葉山グループですが残念ながら木っ端微塵になるようなことはありません。 誰か八幡×サブレ書かないかな。 あと高校の成績って五段階なのか三段階なのかどっちでしたっけ。
夏休み編の序章。実質閑話。葉山グループですが後々に触れられます。
別の選択肢16話
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true
 透明のセロファンに包まれた黄色と青色の飴があんずの白く小さな掌の上に転がっている。  影片みかはその飴を何とはなしに眺めながら静かに眉を顰めていた。彼女の内心など分かりはしない。何故その色を選んだのかを問おうとして、だが咄嗟に口を噤んだ。自分から話しかけるのはどうにも癪だ。彼女のことは気に入らない。どれ程に優しく微笑まれても、どれ程に甘く気遣う様な言葉をかけられても、気に入らないものは気に入らないのだ。みかは彼女をプロデューサーとして認めてなどいないし、みかの崇拝する斎宮宗が彼女に敵意を向けるのならばそれはそのままみかの感情になる。しかしここ最近になってその宗が少なからず彼女に対し好意を抱き始めていることには気付かないふりをしていた。宗はあんずの裁縫の腕を好ましく思っているのだ。愛しい人を思い出すと、優しく悲しく笑う。だからやはり気に入らない。  けれどそんな相手とこうして向き合い、みかとあんずは無言の時間を過ごしていた。  切っ掛けは何だっただろうか。いつものように隅っこを歩いている時に、彼女に呼び止められて、それで。  何故か呼ばれるままにあんずの傍へと座り込んでしまったのだ。  敵意を剥き出しにしながらもふいにそれを忘れてしまうのはきっと、初対面の時に好意的な感情を抱いてしまったせいだと誰にでもなくみかは言い訳を考える。優しい言葉を掛けてくれた、みかを見て柔らかく笑いながら綺麗な瞳だと告げてくれた。何かあれば頼ってほしいと真っ直ぐにみかを見てプロデューサーであるあんずは言葉にした。そう、彼女はプロデューサーなのだ。Trickstarを率いて、あのfineを玉座から引きずり下ろした勝利の女神。あんず自身はそれを否定するが誰もが同じ感情を抱いているくらいには大きな存在。  顔を俯かせたままそっと視線だけを上げて、目の前の少女を観察する。見た目は本当にただの少女だ。どこにでもいる普通の女の子。左右で色の違う瞳を緩慢に瞬かせながら、みかはかぶりを振る。 「影片くん?」 「……なんでもない」 「ん? うん」 「あんずちゃん、おれになんの用なん?」  名前を呼ばれたことを切っ掛けにして、みかは漸く胸の中の疑問を告げた。  そしてみかの問い掛けにあんずはふわりと目を細めて笑い、掌の上にある飴ふたつをぎゅっと握り締める。   「さっき購買でフルーツ味の飴を見つけたの。五種類くらい入ってるやつ」 「ああ、それおれも知っとるよ。結構おいしくてお気に入りなんよ」 「そうなんだ。じゃあ買って良かったかも」  笑うあんずは楽しそうだ。  けれど彼女の言葉はみかの疑問を解消するものではない。みかのことを呼び止めた理由にはならないだろうことをあんず自身も分かっているのか、彼女は言葉を続けるべく口を開く。 「用があったわけじゃないの。ただ影片くんのことを考えていた時に影片くん本人を見つけたからつい声をかけちゃったんだけど、忙しかった?」 「忙しかったらこうしてあんずちゃんとお話しとらんよ。っちゅーかそれ嫌味なん? ユニットとしての活動が殆ど停止状態の今、おれが忙しいとしたら校内アルバイトやっとる時くらいなんやけど」 「そういうわけじゃ……。でも気に障ったのならごめんなさい」 「……あんずちゃんは、ちょっと素直すぎるんとちゃう?」  みかが口にしたのはそれこそただの嫌味だ。あんずに悪気がないことなど分かっている。彼女がどれ程に優しいのかも知っている。けれど素直に認めることが出来ないのは、自分の師である宗のことを考えてしまうからだ。そして彼女がプロデューサーであるから。  律儀に謝って頭を下げるあんずを目の前にしながら、みかはそっと溜息を吐く。 「ただの意地悪やから、気にせんといて」 「――ねぇ、影片くん」 「なに?」 「困ったことがあれば相談してね。プロデュースのこととか、ライブのこととか、出来る限り協力するから」 「おれ、そもそもあんたのことプロデューサーとして認めてへんし」  彼女がプロデューサーでなかったのなら、普通の女子生徒であったのならきっと、もっと素直に懐くことが出来たのにとみかは自覚していた。優しいあんずに悩みを相談して、崇拝するお師さんの話を聞いてもらって、そして一緒に飴ちゃんを食べることだって出来た。けれど今のみかの心はそう単純ではない。あんず自身もそうと分かっていながら頼ってほしいと告げているのだろうけれど。  みかの言葉に、あんずは笑う。でも私はプロデューサーだから。そんなもの幾度となく聞いた言葉だ。 「私、見てみたいの」 「見たいって、何を?」 「影片くんと斎宮先輩が二人一緒に、Valkyrieとしてステージの上に立っているところ。私はそれが見たい。その為の手伝いがしたい。プロデューサーとして、一人の生徒であるあんずとして、助けになりたい」 「……」  ぐっと、みかは息をのむ。  真正面から向けられるあんずの視線は真剣で、どこにもからかう様な感情はない。それはみかの心にあたたかな光を宿し、だが同時にどうしようもなく切ない気持ちにさせた。どれだけ願っても叶わないことがある。今のValkyrieの現状はあんずとみかの願いを許しはしない。 「お師さんは、」 「うん」 「お師さんは凄い人なんよ。誰にも負けん実力を持っとるんよ……。せやからおれも、そんなお師さんの姿をあんずちゃんに見て欲しいって思っとるよ。見て欲しい、けど」  駄目なのだと告げるのは斎宮宗本人だ。力の半分も出せない。自分自身の調律が上手くいかない。立ち止まったままの今の宗はいつだって自分を責めている。  どれ程に、どんな言葉をかけたとしても決して届かない現状。  だからこそ自分は自分なりに頑張らなければいけないのだ。活動資金の為に校内アルバイトに勤しみながら、いつか宗が胸を張ってステージに立てる様になったその時に足手まといにならないだけの力を付けなければいけない。  言葉の先を飲み込んだみかの手を、あんずの小さな手がそっと持ち上げる。  唐突なその行動にみかは驚き、目を見張った。 「あ、あんずちゃん?」 「大丈夫。大丈夫だよ、影片くん」 「……そないな簡単に、適当なこと言うて、」 「適当なんかじゃない。だって斎宮先輩はここにいるもの。Valkyrieのリーダーとしてこの学院にいる。それに影片くんもマドモアゼルちゃんも、いつだって斎宮先輩の傍にいるんだから」  優しく微笑むその姿に、思わず泣きそうになっただなんて。  くしゃりと表情を歪めたみかにあんずは気付かないふりをして、もう一度大丈夫だと告げた。 「影片くんは認めないって言うけど、それでも私はプロデューサーなの。アイドルの為に仕事をするのが私の役目。まだまだ実力不足だけど、私の精一杯の力でアイドルのみんなを輝かせたいって思ってる。その気持ちは嘘じゃないから」  嘘ではないことくらい、あんずの瞳を見れば分かる。みかは自分でも知らず知らずのうちにこくりと小さく頷いていた。ありがとうと消え入りそうな声で言葉にすれば、あんずは満面の笑みを浮かべて見せる。  そして次の瞬間、みかの掌の上には透明のセロファンに包まれた飴がふたつ転がっていた。  黄色と青色。それはみかの瞳と同じ色をした飴だ。 「私から影片くんにおすそ分け。いつも貰ってばかりだから」 「……ありがとう」 「どういたしまして」  胸があたたかい。そう感じるのは彼女が持っている力だとみかは考える。 「おれ、あんずちゃんのこと嫌いやないんよ」 「本当?」 「うん」 「ありがとう。凄く嬉しい」 「……あんずちゃんが普通の女の子やったら、もっと仲良くなれたのにって思っとる。あんずちゃんかわええし、優しいし、傍に居ると安心するし。――せやけど、プロデューサーなんやもん」 「可愛いとかは分からないけど。でも、そうだね。私はプロデューサーで、影片くんはアイドル。切っても切れない関係だね」 「意地悪言わんといてやぁ」 「先に意地悪したのは影片くんだよ」 「うっ、」  そう言われてしまうと反論できない。  ぐぬぬと言葉を詰まらせたみかは、かぶりを振りあんずの手をぎゅっと握り締めた。手の中には貰ったばかりの飴がある。どうしたのという問い掛けには返事をせず、みかはそっと距離を近付けた。普通の女の子だったのなら、プロデューサーでなかったのなら、そう思うのと同時に、けれどもし本当に彼女がただの女子生徒であれば出会うこともなかっただろうとも思う。そしてこうして自分に対し笑いかけてくれることもなかった。  あんずの大きな瞳が驚きに瞬く。みかを見上げる彼女の顔に、影がかかる。 「影片くん……?」 「おれもあんたに見てもらいたい。過去の映像やなくて、今のお師さんとおれのこと。お師さんほんまにかっこええから。おれも、あんたに笑われへん様に頑張るから」 「うん」 「で、でも! せやからってあんずちゃんのお世話になるつもりは今んところないからな……!」 「それは、残念だな」  残念だと言いながらもあんずの表情は変わらず優しい。みかの内心などお見通しなのだろうか。それとも彼女自身が本来持つ優しく甘すぎる性格故か。  それを考えようとして、すぐにみかは思考を中断した。例えどちらだったとしても今のみかには関係のないことだ。  代わりに、近い距離をさらに近付ける。  不思議そうに瞬く瞳は宝石のように綺麗で輝いていて、吸い込まれそうな錯覚に陥りながらも口付けた彼女の目元はふわふわとして柔らかかった。    ぎゅっとみかはオッドアイを閉じる。どうにも自分は、どうしようもなくこの少女のことが気になっているらしい。  感情の意味はまだ知らないまま。     20160312
いつか恋に目覚めるかもしれないみかちゃんと転校生のお話。短いです。<br /><br />転校生のお名前はあんず。性格など完全に捏造していますのでご注意ください。<br />表紙はこちら【<strong><a href="https://www.pixiv.net/artworks/47576337">illust/47576337</a></strong>】からお借りしました。<br /><br />※追記※3/12、13とデイリーランキングにランクインさせて頂きました。本当にありがとうございます。
【みかあん】まだ目覚めない
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* * * 注意 * * * ・友人Sの為に書いている小説です。 ・登場人物について刑事はインターネット辞典(wik……)からとオリジナルを何人か。 ・原作小説は……一冊だけ読んだようなことがあるような気がします。 ・容姿はドラマ寄りです。 ・友人からのリクエスト内容は「友人から恋人への火アリ」「記憶喪失」「推理物」です。 ・三か月前から書き始めていますが、なかなか進んでいません。 ・とりあえず友人Sの許可を得て、晒します。 ・書き終わったら消すかもしれないのでご了承を……。 ・目下の不安はドラマが終わるまでに書き終わらないことです。  以上の内容を踏まえた上で、興味のある方はどうぞ! [newpage] opening  コポ……コポ……という泡の音が断続的に耳に聞こえる。  そっと瞼を上げれば、頭の上にある水面から淡い光の線が微かに見える。  周りは暗く、唯一の光がその上の小さな光だけだった。  コポ……コポ……泡が静かに上に上がって消えて行く。  あぁ、今自分は水の中にいるのだということが次第に分かり、その体に纏う水の心地よい冷たさに酔いしれる。  頭は寝る前のふわふわとした柔らかい感覚を穏やかに感じ始めていた。  苦しくはない。  段々と沈む様に心も体も抵抗はしない。  次第に深く沈んで行く。 『ーーーーーーー!』  不意にバリトンのどこか聞きなれたはずの声がした。  不思議に思い、辺りを見回すが誰もなにもいない。   『ーーーーーーーッ!!!』  再び声がした。  切羽詰まった、まるで悲鳴のような声で名前を呼ばれた気がした。  誰が?  誰を? (もどらな……あかん……)  何処に?  どうやって?  理由も分からないのに、その声の持ち主の所に行かなければならないと反射的に思った。  その刹那ーーーー。  体を纏う水の心地よい冷たさが刺すような痛みに変わり、頭に走った激痛が心臓を殴り付ける。  ふわふわとした感じは一瞬に消え失せ、急激に襲われた首への圧迫感と息苦しさに声にならない悲鳴をあげた。  体を覆う暗い色に必死で体を動かして逃れようとする。 (助けてッ!!!)  水の中で必死で足掻くなか、誰かの手がしっかりと「私」を掴んだ。 [newpage]  火村の知らない「有栖川有栖」が、こちらを怯えた様な目で見つめ返した。  恐怖と不安、そして冷たい水の中から引き上げられた為かその顔色は驚くほど青白い。  唇は震え、止まることを忘れた両の手は痙攣を起こしているように微振動を繰り返す。  まるで手負いの獣のように緊張し、怯える彼の頭には白い包帯が巻かれ、そしてその首元には明らかに縄状のもので絞められた痕が残っていた。  喉仏の左右にある縦に伸びた爪の痕。  それは彼が必死で抵抗した証。 「落ち着いて下さい、有栖川さん」 「……………………」  船曳警部の声掛けに彼は応じず、ただこちらを警戒するように、狭い病院の個室の中で距離を取る。  明らかに平素とは違う彼の姿に火村は絶句した。 『有栖川さんと思われる人が病院に搬送されたらしいです』  思えば今から2時間前、大阪府警の船曳警部からの余りに唐突で信憑性がない情報に、文字通り面を喰らった英都大学の准教授である火村英生は返事を返すのに数秒の間を要した。 「…………『思われる』とか『らしい』とか、些か情報が曖昧かと思うんですが、船曳警部」  肘掛け椅子に悠然と腰かけたまま、火村は膝の上にトコトコと乗ってきた瓜太郎と目を合わせる。  撫でてとばかりに擦り寄せる首もとをウリウリと指で撫でる。 『私もそうは思うんですが、明らかに事件性のある患者が病院に運ばれたと通報が来ましてな、事情を聴きに行った警官が火村先生の側にいた助手にそっくりと言うとるんです』 「………………」 『あ、身元の分かるものが一切なくてですね、財布やら携帯なんやらもないそうなんですわ……有栖川さんはそちらにおられますか?確か今は京都にいるとかなんとかで?』 「有栖川は――――――」  今ここにはいない。  そもそも彼が京都に来たのは『夜の京都の川を見に来た、今日が満月やさかいええ雰囲気やろ』という理由からで、大阪からフラリと京都にある火村の下宿先に出てきた。 「そのえー雰囲気の京都の川に遺体でも浮かべるんやろ?」 「関西弁下手やなぁ君、期待されてるんやったら期待に沿わななぁ」  推理小説を書く彼は時おり、取材旅行に出たりと資料の確保に赴くことがある。今日の目的は「京都の満月の日の川」が対象らしい。  そして晩ごはんを尋ねる婆ちゃんに、笑顔でお願いしてから夜の川へとカメラを持って繰り出したアリスを見たのが最後だ。  チラリと壁に掛かった時計を見遣る。  現在の時間は21時30分。 「――――――今から2時間くらい前に見たっきりですね」  火村は携帯電話を船曳警部と繋げたまま、膝の上の瓜太郎を下ろすと固定電話へと足を向け、アリスの携帯電話の番号にかける。  予想通りというか、嫌な予感が当たるというか繋がらず『この電話は電波の届かないところか――――』という文句を聞くことになった。 「で、その事件性のある有栖川そっくりの患者は大阪の病院に搬送されてるんですか?」 『えぇ、大阪の川で溺れているところを通行人が救助、通報しました』  船曳警部の火村の携帯電話に掛けた理由が分かった。  京都にいるはずのアリスが、大阪の川で溺れている訳がない。その確認を取りたかったのだろう。 『今、病院に向かっているところです、杞憂だとは思うとるんですが、身元がわかり次第連絡します』 「分かりました、有栖川が戻ってきたらこちらから電話します」  電話を切り、火村は息を吐く。  流石は推理小説家というべきか、空想癖が逞しい彼が帰ってくるのは遅いだろうと踏んでいた。 「その内ひょっこり帰ってくるだろ……」  火村の独白は誰にも聞かれることなくポツンと呟かれた。  そしてそれは18分後にかかってくる電話によって裏切られた。 [newpage] 「俺は火村だ、京都の大学で教鞭を取ってる」 「貴方の名前は有栖川有栖、大阪在住の推理小説家だ」 「いや、ペンネームじゃない。本名だ。確か母親が名付けた名前と言っていたはずだ」  火村の独白のようになっているが、これでもきちんと会話が成立していた。  声のでないアリスの唇の動きを読んで、火村は淀みなくそれに応えていく。  刑事も医者も看護師もそのやり取りを傍らで見守る。  明らかに不安定なアリスはその不安に押し潰されそうになりながら、必死に言葉を紡ぐ。  それを火村は根気強く返す。 「ここは大阪の病院だ。……病院は分かるな?――――違う、馬鹿にしたわけじゃない、確認だよ。あなたは川でおぼれていたところを助けられて搬送された。治療は既に終わった。だが後遺症で暫く声はでないだろうというのが医者の診断だ」 「頭の傷は―――――二ヵ所、左前頭部と右後頭部にあるそうだ、だから無闇に触らない方が良い」 「いや、俺も知らない。ただ何故こうなったのかここにいる全員知らないだろう…………現に貴方も記憶がない」 「責めてる訳じゃない。断じてだ。ここにいる全員、貴方の味方だ。傷付けることはしない、だからベッドに入った方がいい顔色が酷く悪い」  アリスは首を横に振る。  体は小刻みに震え、腕を体に回す。  自己防衛の一種だ。 『こわい』  火村の説明を受けて、アリスが紡いだ言葉はそれだった。  唇を読んで思わず火村は押し黙る。  船曳警部も森下刑事も気遣うような視線をこちらに向けていることが分かり、火村は更に居たたまれなくなった。  アリスの視線が怖々とだが、火村と合った。 「一度外へ出ましょう」  船曳警部の言葉で全員が外へ出た。  夜の病院の廊下に重苦しい空気が漂う。  医師から外傷に加えての逆行性健忘症と失声症を診断された。  つまり記憶喪失と声が出なくなるということだが、それは医師から診断されるまでもなく先程の状態で分かってはいたが改めて言われると衝撃を受けた。 「すみません、二人で話をさせてもらえませんか?」  火村の言葉に医師は良い顔をしなかったが、無理をさせないこと、そして何かあればすぐにナースコールすることで許可を得た。  火村は再び一人で病室に入る。  すぐさま身構えるアリスに苦笑いを返し、火村は悠然とベッドサイドにある椅子に腰掛ける。  不思議そうにこちらを見るアリスに、火村はいつものトーンで返す。 「何か聴きたいことは?お前の貪欲な好奇心が満たされるまで、とことん付き合ってやる」  記憶がないだろうからと丁寧に話してはいたが、普段通りに接していた方が思い出すかもしれないと思ったからだ。  一瞬、不意を突かれたのだろうが暫くの間の後、唇がゆっくりと動く。  その内容に火村は長くなりそうだと思いながら、唇を指で撫でる。 「さて……どこから話そうか」 [newpage] * * * * * *  日付が変わる前に火村は再び京都の地へと車を走らせていた。  京都府警の懇意にしている刑事から、妙な事件の発生の連絡を受けたのだ。  実際のところ火村はその申し出を受けた時、躊躇した。  大学は冬期休暇中の為、講義はない。  それよりも記憶と声をなくしたアリスの事が気掛かりだったのだ。  アリスの事を気にかけているのは火村は勿論の事、火村の下宿先の婆ちゃんだが、婆ちゃんは京都在住だ。  ちなみにアリスの両親は現在海外にいるらしく、連絡がついていない。  大阪府警の船曳警部と森下刑事も何度も捜査を共にしたことがあるため、心配してくれているが彼らは何せ刑事だ。  付きっきりで側にいれるわけではない。  火村は通話可能のコーナーで電話を受けながら、病室で眠るアリスを思い浮かべた。  苦痛と恐怖を与えられ、記憶と声を奪われた彼はその不安を埋めようと火村を質問攻めにした後、まるで力尽きるように眠りに落ちた。  アリスは大阪の川で溺れていた。  冬の夜は暗く、また人通りもそこまで多くない場所で彼は直ぐ側を偶然ランニングをしていた会社員の武嶋守という男性に救助された。  バシャバシャと激しく水の叩く音が急に聞こえ、不審に思った武嶋が川の中を覗き込んで溺れているアリスを発見。救急に通報、そして自ら河に飛び込んで救出したそうだ。  彼もまた病院で検査を受け、警察から任意の事情聴取を受けた後、自宅に帰っている。  幸いなことについ最近、その川の清掃活動があったそうで川の中に沈んでいたもので怪我をすることもなかったそうだ。  最も、死にかけていたアリスにとってはなんの慰めにもならなかったが……。 (なんで京都にいたはずのアリスが大阪の川で溺れていた?)  何故、怪我をしていた?  携帯電話や財布など、持ち物はどこへ消えた?  疑問は尽きないが事件は待ってくれない。  京都に戻る前、火村は船曳警部と森下刑事に詳細を説明してアリスの事を頼み、頭を下げた。  船曳も森下もそんな火村に驚きはしたものの、出来ることをすると約束してくれた。  火村はアリスの病室を出る前に、自分の名刺をベッドサイドに一枚置く。  記憶のないアリスにとって、火村との唯一の形ある繋がりを示す物。  ボールペンで「何かあれば連絡しろ」名刺の余白部分に書き加える。  自分の職業と名前と電話番号が書かれたただそれだけの紙切れに、それを託すことになるとは思いもせず苦虫を噛み潰し、そのまま病室を後にした。  それから約一時間後、火村は少なからずアリスの事件に動揺していたことを自覚した。  名刺に「連絡しろ」と書きながらもまず声が出ない為に通話自体が不可能なこと、そして携帯電話を紛失しているためメールも不可能な事を京都に着いた瞬間に思い至ったのだ。 [newpage] * * * * * *  事件現場に足を踏み入れて、火村は顔をしかめずにはいられなかった。  京都特有の下町、未だに歴史を感じさせる、悪く言えば古臭さを残す長屋の陰。  そこに街灯の薄明かりでも分かる、明らかな血溜まりとその臭い。 「お疲れ様です、柳井警部」  近付いてきた火村よりも頭一個分低い警部は小さく頷いた。 「急な呼び出しで申し訳ない」 「場所を聞いて少し驚きました、ひょっとすると撮影中じゃないのかとも思いましたが」 「第一発見者もそう思ったそうですが、現場があれですからね」  僅か10メートル先にある川と石畳の橋は、時代劇で良く使う撮影現場でもあるがその事実は意外と知られてはいない。  第一発見者であり観光客である田上房枝と坂野裕子はさぞかし強烈なインパクトを受けただろう。  長屋の陰に倒れていたのは身元不明の男だ。  というのも、顔面が原型を留めていないほど殴打されていたのだ。  持ち物の財布は中身が全ての奪われ、携帯電話も真っ二つに折られている上に血溜まりの中に落ちていた。  データの修復は限りなく不可能だろう。 「第一発見者の田上さんと坂野さんは体調不良を訴え病院に搬送されました、落ち着いてから事情聴取になります」  淡々と紡がれる言葉に火村はそれはそうだろうと頷く。  百戦錬磨の警察でさえ、あの現場を見た瞬間口許を抑える程なのだ。  仲の良い30年来の友人同士、訪れた京都旅行でまさかあんな凄惨な事件に出くわすとは夢にも思わなかったはずだろう。 「怨恨の線が強いでしょうね」 「物取りにしては些かやり過ぎ感が否めませんから、恐らくは」  先ずは被害者の特定である。  その時、鑑識の一人が橋の近くで声をあげた。  橋の入り口の段差部分に微量の血痕が見付かったのだ。 「あそこで殴られて、逃げようとして向こうへ?」  思わずという風に柳井警部が呟く。  彼処の長屋はこの景観を守るためであり、実際に人は住んでいないそうだ。  かえって人通りの無いところへ逃げようとしたようにも見える。 「引き摺った後もないですからね、それか土地勘のない人間で長屋に人がいるのではと思ったのかも知れませんよ」  可能性ならいくらでも引っ張り出せる。  そういうことはアリスの方が適任なのだが、彼は今ここにはいない。 「そういえば今日は有栖川さんは御一緒ではないんですね?」  柳井警部の言葉には他意はない。  純粋な疑問だ。  それに答えるのに火村は考えなければならなかった。  京都にいたはずのアリスが頭部損傷に首の索条痕、そして逆行性健忘症を患った状態で大阪の川で溺れていた。  シンプルに説明をするならこうなるが、何せ状況が状況だ。 「実は――――」  アリスの事情を聴いた柳井警部は頓狂な声をあげ、その場にいた捜査員全員の注目を浴びることになった。 [newpage] * * * * * *  まるで水の中にいる様だと思った。  暗がりの部屋の中、白いシーツに沈んだ体は鉛の様に重く、動きも緩慢だ。  その状態が水の中を連想させた。  どんどん沈んでいく体。  首を絞められた瞬間の苦痛。  頭に走る衝撃。  地面に広がる血の色。  アリスは飛び起きた。  汗が背中を伝い、喉がカラカラに乾いていた。  息をするたびに胸がキリキリと痛む。  失った記憶が語りかけて来るが、アリスには覚えも何もない。  ただ心が体と共に拒否をした。  込み上げてくる吐き気に、アリスは病室のトイレへと駆け込む。 「…………………………」  荒い息遣い。  呟いたはずの言葉は声として出てこない。  頭を抱え、うずくまる。 (あの人は夢やったんか?)  不意に、病室に現れた若白髪混じりに大学の先生を思い出す。  声のでないアリスに対して、正確に答えをくれた。 (火村……英生)  大学二年生からの友人同士、らしい。  記憶のないアリスはそれを受け入れる事しか出来ない。  仮に嘘だとしても、それを嘘と断定できる基準すらアリスには残されていなかった。  しかしアリスは火村の言うことは全て本当だと、そう判断した。  真っ直ぐアリスを見て、しっかりと答えた。  途中、話が止まったりしたが彼は唇に指をやりながら言葉を選び、アリスが戸惑わないように、配慮をしてくれたのだろう。  現にあれこれ質問したアリスは記憶を失ったことへの不安はあるが、返ってきた答えに戸惑いながらも納得している自分がいた。  そして質問の途中で眠ってしまったことを思い出し、火村に対して申し訳ない気持ちになった。  部屋に入ってきて、記憶がないのかと問い掛けてきた時の表情。  それは驚愕でもあり、そしてあれはーーーー。 (まさか、な…………)  アリスは力なく首を横に振った。  洗面所で軽く口をゆすぐ、鏡を見ると知らない顔が見返していた。  震える足に力を込めて、ベッドに戻る。  ふと、ベッドサイドに置かれた紙に視線が行く。  手に取ってみれば、火村の名刺。  余白には「何かあれば連絡しろ」とだけ書かれていた。 (どうやって連絡したらええんやろ…………)  そう思いながら、名刺を手に持ったままベッドに入り横になる。  睡魔は来なかったが、目覚めた時の恐怖はない。  たった一枚の名刺がまるでお守りのように。  一人きりの水の中で、アリスは空想の波に溺れることにした。 [newpage] * * * * * *  目覚まし代わりの携帯電話のスヌーズで火村は意識を覚醒させた。  夜も更け、寧ろ夜明けに近い時間に下宿先に戻ってきた火村は死んだように眠り、僅かな仮眠をとることができた。  身支度を手早く整えると、まるで逃げるように警察署へと足を向けていた。  下宿先の主人である「婆ちゃん」こと篠宮時絵は無論、アリスのことは知っているし、昨夜は彼の分晩御飯を用意して待っていた。  ダイニングを通った際テーブルの上にラップを掛けて置かれた料理の数々に切なさが胸を突く。  まるで火村やアリスのことを自分の子どものように世話を焼いてくれる優しい彼女に火村はきちんと説明する自信がなかった。 「おはようございます」 「おはようございます、火村先生」  警察署に着くと柳井警部が待っていた。手には資料を持ち、難しい顔をしていた。 「早速ですが鑑識から興味深い情報が出てきました」  柳井警部から差し出される資料を手に取り、火村は説明を請う。 「石橋の近くにあった血痕ですが、被害者のものではありませんでした」  被害者の血液型はB型、確かに石橋付近にあった僅かな血痕の血液型とは異なっていた。 「…………それではこれは加害者のものかもしれないし、全く関係のないものかもしれないですね」  あの石橋でよく時代劇の撮影で使われており、殺陣のシーンでもよく使われる。  その時、役者やスタントマンが使う模造刀は切れないようなってはいるが、振る勢いがついていたり使い方に慣れていたら実際に人肌に傷はつく。  模造刀での死亡事故がニュースで取り上げられていたのも記憶に新しい。 「因みに身元不明の血痕に前はありませんでした」 「もしかしたら犯人のものかも、と?」 「否定も肯定も出来るだけの材料を持ちませんが……」  それはそうだろうと、火村は意地悪な問いをしたことに対して軽く頭を下げる。  さっきから調子が狂いっぱなしだった。  その時、まだ若い刑事が資料を片手に早足で駆け寄ってきた。 「被害者の身元が割れました!笠田です!笠田平一郎!!!」 「笠田平一郎?」 「えぇ、前があったので指紋のデータがありました」 「くそ、あの笠田か!」  柳井警部が唇を噛み締めた。  資料によれば前科は窃盗、恐喝に恫喝、強姦と相当な人物だったらしい。  しかし、起訴されたのは僅か四件、しかもその内一つは告訴自体が取り下げられたという。 「手広くやってるくせに、なかなか尻尾を掴ませない曲者ですよ」 「怨恨だと相当数いるんじゃないんですか?」  柳井警部の吐き捨てるような言葉に、火村は率直な疑問をぶつける。  返ってくる答えはyesだ。  柳井警部から資料を受け取り、概要を確認する。  いくつもの容疑の数、しかし証拠は不十分で起訴に持ち込めるだけの物はつかませていない。  余程用心深い性格だったらしい。  生前の写真を見ると精悍で鋭い目付きをした顔がこちらを睨んでいた。 「痛ましいことに、自殺者も出ました」  ヤミ金の取り立て紛いのこともしていたようだ。  恐喝、恫喝はその辺りから来ているのだろう。 「警察でもずっと笠田をマークしてたんですが、担当に確認するとここ最近行方を眩ませていたそうなんです」 「………………」  話を聞きながら、火村はパラパラと調査資料をめくる。  今回の被害者が関わった疑惑のある最近の事件は2か月後前の強姦未遂、被害者女性の真中絵里は笠田に路地裏に連れ込まれそうになったところを、通りすがりの男性に助けてもらったそうだ。  その場から直ぐに姿を消したそうだが人相から笠田とすぐに面が割れた。  しかし本人はそれを否定、シラを切り、ふてぶてしく自分が犯人であるという物的な証拠の提示を求めた。  その付近の防犯カメラもなく、人通りも少ないことを見越しての要求。 「…………この真中って方は運が良かったですね」  ポツリと呟いた火村の言葉に柳井警部は頷く。 「男性が鍵を落としたとのことで歩いていた一体を見回ってたらしいんですよ、結果が未遂になったので幸いですよーーーー火村先生?」 「っと、失礼」  突然の電話に火村は断りを入れて、電話を取る。 『もしもし、火村先生?おはようございます』  相手は大阪府警の森下刑事だ。 「おはようございます。なにか進展がありましたか?」 『いえ、その、有栖川さんのことで……』  応えるのに少し間が生まれた。 「…………有栖川がどうかしましたか?」  森下刑事曰く、食事を受け付けないこと、そして昨晩はあまり寝ていないようだという事を教えてもらった。  しかし、なかなか本題に入らない森下刑事に火村は緩やかに先を促す。 『……実は今朝、首の傷のガーゼが外れかけていたので、看護師の方が消毒ついでに替えてくれようとしたんですが…………』  その沈黙で何があったのか火村は察した。 「大丈夫だったんですか?」 『それがパニックになったようで、今はまたあの時みたいに病室で対峙している状態です』 「彼もそうですが、看護師の方は?」 『え?あぁ、払われた時は驚かれたみたいですが、怪我は有りません。寧ろ首を絞められた後でデリケートになっている時に配慮に欠けていたと反省していますよ』  火村は詰めていた息をゆっくり吐き出した。  指で唇をなぞりながら、問い掛ける。 「それで用件は?」 [newpage]  2日の内に何回京都と大阪を往復しているだろうと火村はぼんやりと考えた。  過ぎ去っていく夕暮れの窓の景色をぼんやりと瞳に映しながら、電車の座席で揺られている。 『火村先生の所で有栖川さんを看ることは出来ますか?』  森下刑事から言われた言葉の意味を測りかね、火村は再度意味を問い掛ける。  森下刑事曰く、今は緊張状態が続いているが火村が居たときのアリスの状態が少し落ち着いていたということ。  そしてコミュニケーションの取り方だそうだ。 『筆談で話すことも可能なんですが、やっぱり時間と手間がかかるのとでどうもストレスを感じているみたいなんです』  それはそうだろうと火村は思った。  火村は犯罪学の観点から読唇を活かせないかと学んだが、日常で生活する上で読唇は必要ない。  そもそも敢えて読む必要もないのだ。  耳の不自由な方は唇を読む訓練をするが、主なコミュニケーションツールとしては手話がある。  しかしここ2日で急に声がでなくなったアリスとその周囲にはそれを応用できるだけの技術と知識を持ち合わせていないのが現実だ。 「私は構いませんが、京都でのフィールドワークの最中なんです。結局、私の下宿先で一人きりにさせてしまうことになるでしょう」  正確には下宿先には「婆ちゃん」こと大家の篠宮時絵がいる。  婆ちゃんからしたら気心知れた人だが、記憶のないアリスからしたらどうだろうか……?  そして事件を扱うだけあって、記憶喪失中のアリスを連れて現場や参考人に会うのは話にならない。 「彼にはもう話したんですか?」 『はい、既に話してます』  火村さんに会いたい、と紙に書いて意思表示してきました。  火村は携帯電話を離して長く息を吐いた。  会いたいと言ってくれたのは嬉しいが、内心はとても複雑だった。 「…………分かりました」  了承し、細々とした内容を確認すると携帯電話を切る。  柳井警部に一度資料を返し、会議室から一度退出すると今度は自分の下宿先、つまり婆ちゃんへと電話をかける。  婆ちゃんにアリスに起きた事情を説明し、報告が遅くなったことを謝る際にも婆ちゃんは一切言葉を挟まなかった。 『…………命に別状はないんですの?』  念を押して尋ねられる問いに、火村ははっきりと告げる。 「えぇ、怪我はしましたが命に別状はないです」 『…………有栖川先生に記憶があろうとなかろうと、先生は先生ってことに変わりあらしません……』  生きてくださってて、ほんまに良かった。  その言葉を聞いた瞬間、火村はアリスのことを婆ちゃんに告げるのを遅らせた数時間前の自分を殴り倒したくなった。  婆ちゃんはアリスのことを看るのに何の遠慮もないと言ってくれ、火村はほっと肩の荷を下ろす。 『火村さん、有栖川先生をはよ迎えにいっておくんなさい』  病室でしかも一人きりは淋しいのよ。 「……うん、ごめん、婆ちゃん」  学生時代、無理をして体調を崩し、諭すように叱られたあの青い思い出を思い出しながら火村はあの時と同じように小さく謝った。  大阪駅の名前がアナウンスで流れ、火村は回想を振り払い席を立った。  ホームに降りると夕方時の沢山の人混みの中に紛れ、どこに誰かいるかも定かではない。  しかし、自然と足が迷わずに進み体は前にどんどん進む。  確証はなかったが、体が分かっているようだった。 (アリス)  火村の目の前に彼がいた。  グレーのニット帽を被り、紺色のハイネックを着た彼は一見隣にいる森下刑事と一緒に人を待ってるように見える。  しかしその青白い肌の色や、目の下の隈は隠しようがないくらい病的で儚げに見えた。  まるでふっと消えてしまいそうな……。 「アリス」  名前を呼ぶとダークブラウンの瞳がこちらを見返した。  緊張していた顔が綻び、火村に笑いかけるアリスに火村の心拍が少しだけ早くなった。 [newpage]  にわかあめは力尽きた。
お久しぶりです!友人Sから「小説書いて!」と言われ、Sの誕生日が近かったのとドラマ化されるという話を聞いて、「良いよ!」と返事をしたのが約3か月前。S、ごめんなさい。まだまだ完結していないけど途中を送ったら「気になるところで終わらないで!」と叫ばれました。ごもっとも……。現在も書きかけ小説が残っているため、早く書かなければと思いつつ、遅筆の私ではまずどれくらいかかるのか(遠い目)とりあえず、Sの為にも書き終わろうとは思っている為、Sの許可をいただいてここで晒して後に引けない状況を作ってみる次第。温かな眼で見守って下さい!そしてS!本当にごめんなさい!!!♦ブックマークに評価にフォローありがとうございます。今まで経験したことのない数に鳥肌が止まりません!!!拙い作品ですがお楽しみください!
人魚の泡Ⅰ
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side八幡 今は5月もう3年になった 葉山が消えてから、変わったことがある。 まず、一色が奉仕部に入った。一色はクラスの嫌がらせで無理やり生徒会長に立候補させられたらしい。それをどうにかして欲しいという依頼が来た。俺たちはそれを違う人に生徒会長をしてもらうという形で依頼を完遂した。 二つ目三浦と海老名さんがこの部室によく来るようになった。とまあこれくらいか。 それで俺は今平塚先生に呼び出されている。 平塚「比企谷。なぜお前は職場体験希望表に一つしか書かない?」 八幡「いや、知り合いがここにいて大学に卒業したらここに来てくれって言われてて。もう既に何回か行ってますし。俺と雪乃と結衣で行きたいなぁって」 平塚「まぁ、確かに専業主夫からは卒業したということか。まあいい、私もそう報告しとくとしよう」 八幡「平塚先生ありがとうございます。じゃあ」 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 奉仕部 結衣「あ!ヒッキーどうだった?」 八幡「専業主夫からは成長したからって認めてもらった。嬉しいような嬉しくないような」 雪乃「ふふ。でもこれで346プロに行けるからいいじゃない?」 八幡「そうだな」 [newpage] sideシンデレラプロジェクト 武P「みなさんにはあまり関係がないのですが、明後日ある高校が職場体験ということで、 ここに来ますので一応報告しておきます」 未央「すごいね。ほとんどがレッスンだけの日だよ」 みりあ「職場体験?」 卯月「みりあちゃん。職場体験はお仕事を体験するためのもの?ですよ」 凛「卯月。それほとんど説明になってないよ」 みりあ「え?お仕事を見に行くの?」 卯月「うーん。多分そんな感じですよ」 美波「でも、ここの事務所ってあまりそうゆうの受けないんじゃなかったっけ?」 武P「はい。今回は特例です」 アナスタシア「特別。ですか。誰なんでしょう?」 武P「それは明後日のお楽しみです」 杏「プロデューサーがそんなこと言うなんて珍しいね」 [newpage] 2日後 結衣「ほら、ヒッキー早く行こうよ〜」 八幡「お前と雪乃は正面玄関でパスもらわねーと入れねーんだよ」 雪乃「結衣、落ち着いて」 受付「あ、比企谷さん。こんにちは」 比企谷「こんにちは。今日は職場体験で2人いるのでパス2人分欲しいのですが」 受付「あ、わかりました。ではこちらに名前を」 八幡「雪乃と結衣。ここに名前書いて」 結衣「りょーかい」 雪乃「わかったわ」 八幡「じゃあ行くか」 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 結衣「ヒッキー慣れすぎじゃない?」 八幡「いや、別に少なくとも2週間に一回は来てるからな」 雪乃「え?どうして?」 八幡「ん?言ってなかったか?俺大学卒業したらここで働くんだよ。あ、言いふらすなよ。面倒くせーから」 結衣「え!?本当?」 雪乃「そうね。あなたならいいプロデューサーになれる気がするわ」 八幡「雪乃が罵倒してこないなんて何があったんだ?」 雪乃「酷いわね。私だってそれぐらいするわよ」シュン 八幡「悪かった、悪かった。と、ここだここ」 ガチャ 八幡「失礼します」 アナスタシア「?八幡?ですか?」 美波「今日は平日だよ?」 武P「今日は比企谷さんたちに職場体験という名目で来ていただきました。まあ、比企谷さんはいつも通りですが」 美波「八幡君?後ろの2人は?ハッ、まさか浮気?」 八幡「いやいや、美波さん。ただの部活仲間ですよ」 美波「八幡君。敬語はダメ」 八幡「すみま………ごめん」 結衣「新田美波さんとアナスタシアさん!すごい……こんな大スターと会えるなんて………それよりヒッキー普通に話してるし」 雪乃「それに八幡が名前で呼んでるわ」 結衣「ヒッキー!なんで名前で呼んでるの?ヒッキー名前で呼ばなそうじゃん」 美波「そ、それは…………」 八幡「ヤンドリ。目に光がない。怖い怖い怖い。なんで先回りしてるんだ怖い怖い怖い怖い」 結衣「あ、ヒッキー………ごめんね?」 雪乃「なるほどね」 凛「あれ?八幡!やっぱりか。予想通りだね」 凛(これでアレを用意した甲斐があったよ) 美波「え?凛ちゃんわかってたの?」 凛「八幡のことになるとなんとなくね。で、なんで八幡はそんなことに?」 結衣「いや、ヒッキーがなんで新田さんのこと名前で呼んでるのか聞いたら」 凛「ああ。そうゆうこと。よしよし、八幡。大丈夫だよ」ナデナデ 八幡「ん?あ、凛か」 雪乃「よかった。戻ってくれた」 八幡「そいえば今日は…………ほとんど全員レッスンだけの日だから……………なんでこんな日に…………」 みく「あ!八幡にゃ!」 李衣菜「なに?凛………あ、八幡たちが職場体験するの。ロックだね」 卯月「八幡君!こんにちは」 八幡「多過ぎない?一応俺職場体験ということで来てるんだけど」 未央「まあ、いいじゃんいいじゃん!いつも通りでさ!」 結衣「ヒッキーが普通に対応してる……」 雪乃「私たちは何をすればいいのかしら?」 八幡「ん?わからん。武内さんに聞いてくれ」 続く
今回あまり進まない……………<br />この回必要か?ってレベルに思えてきた
12 職場体験
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王様になって1ヶ月が過ぎたが……働きすぎてヤバイ、特に俺と雪ノ下とステフが働き詰めだ 空と白は王様になっていきなり王の寝室のベットが歪んでるからって理由で木製の家作って引きこもるし、由比ヶ浜は真面目にやろうとしたら仕事増やすようなミスばかりするし 八幡「俺達働きすぎじゃね?」 雪乃「仕方ないでしょう、王不在が続きすぎていたのだから」 ステフ「わたくしも手伝っているのにあの兄妹はっ!」 八幡「まーあいつらは多分この世界の情報収集してんだろ、攻め込むにしても他種族の情報ないとどうにもならんし」 雪乃「それにしても働かなすぎでわないかしら」 ステフ「こうなったら強行手段ですわ……ゲームに勝って空を真人間にしてみますわっ!」 八幡「おう、がんばー」 ステフ「なんでそんなやる気ないんですのっ!」 八幡「あいつらにゲームで勝てるわけねーだろ、今の能力じゃ俺達が組んでも空白には勝てない」 雪乃「そうね、それはこの前戦ってよく分かったわ……だから空白に隠れてゲームの特訓をしているのよ」 ステフ「えっ!お二人共そんなことしてらしたんですのっ!?」 八幡「正確には由比ヶ浜いれて3人だけど……由比ヶ浜は何にもさせないで勘を頼った方がいいってことが分かった」 雪乃「そうね、ある意味由比ヶ浜の柔軟な発想は頼りになるわ」 結衣「みんな、やっはろー!」 八幡「噂をすればなんとやら……だな、どこ行ってたんだ?」 結衣「えっとねー、街に行って 友達と話してた」 えっ、なに?この世界にもう友達作ったの?速すぎない? 八幡「コミュニケーション能力高すぎるだろ……」 雪乃「さすが由比ヶ浜さんね」 結衣「で、みんなは何してたの?」 八幡「仕事……してて今からステフが空白にゲームを挑みに行く」 結衣「えっ、ステフちゃん凄いっ!」 ステフ「挑むだけで褒められても微妙ですわね……」 雪乃「なら勝てばいいじゃない、策くらいはあるのでしょ?」 ステフ「ふふふ、完璧な策がありますわっ!」 八幡「へー、でゲームは?」 ステフ「ブラックジャックですわっ!」 八幡「うん、まー乙」 ステフ「なんで興味ないんですのっ」 八幡「いや、それは挑んでお前が学べ、てなわけでいてらー」 ステフ「ふん、目にもの見せてやりますわ」 そう言ってステフは勢いよく飛び出していった 雪乃「勝てると思う?」 八幡「絶対無理」 結衣「えっ、なんで?」 八幡「恐らくステフはディーラーをして作為的なシャッフルで自分に来るカードをある程度操るつもりだろ」 結衣「作為的?」 雪乃「ようするにブラックジャックなら自分の手札が21に近づくように配るということよ」 結衣「それなら絶対勝てるじゃん!」 八幡「そんなもんで勝ててたら俺がとっくの昔に勝ってるよ、まずイカサマがバレないわけないし、空ならそれ利用してカードカウンティングをするに決まってる」 結衣「カードカウンター?」 雪乃「カードカウンティングよ、場に出たカードを数値化して覚えて次に出るカードを予測するのよ」 八幡「結果は見るわでもなくステフの惨敗、空の要求は分からんが多分とっても残念なことになると思う」 [newpage] 数時間後 そんな俺の予想の斜め上……いや斜め下か、そんな要求をされたステフがいた 八幡「なぁ、これって空の趣味か?」 空「大して考えずにやったのだが実にマーベラスだっ!」 白「にぃ、ちょーぐっじょぶ」 雪乃「流石に同情するわね……」 結衣「あはは……でもステフちゃんかわいいよっ!」 ステフ「こんな姿を褒められても嬉しくありませんわ」 こんな姿とは……ステフに犬耳と尻尾が生えている 八幡「元とはいえ王族に何やらしてんだよ」 空「挑んできたのが悪い……しかも俺は勝ちたくて勝ったわけじゃない」 結衣「どーいう意味?」 空「今回はステフに勝ってほしくてゲームをした、無論手は抜かんがステフが勝てるという虚数の彼方にある可能性に賭けたんだっ!」 雪乃「要求はあなたの真人間化って聞いたのだけれどそれでどうして勝ってほしいって考えにいたるの?」 白「にぃ……要求変更頼んだ……」 八幡「その内容は?」 白「にぃの……リア充化……」 空「そう、十の盟約が絶対遵守ならこう言う要求も可能なわけだっ!そして俺がようやくリア充になれると思いゲームを受けたが……やはりステフはステフだった」 ステフ「何故かステフを蔑称のように使われてる気がするんですけど気のせいですの!?」 八幡「つまり要求をリア充にさせたから空は負けたかったと?」 空「モチのロンだっ!」 んー、でもこの要求って…… 八幡「なぁ、空……お前のリア充のイメージってなんだ?」 空「あぁ、そりゃー彼女がいて友達がいてコミュニケーション能力が高く社交性に溢れた人生の勝ち組だろ」 八幡「うん、そういうと思ったが……ゲームで負けたらそれが全部手に入るのか?」 空「……え?」 八幡「いや、ゲームで負けた瞬間彼女が出来て友達が出来るとは思えん」 空「つまり……?」 八幡「リア充になった気……つまり空の考えでいうと、彼女がいて友達がいてコミュニケーション能力が高く社交性に溢れた人生の勝ち組になったと思い込んでいるヒキコモリの完成だな」 空「そんなヤツ目も当てられねーじゃねぇかっ!!」 白「リア充……って何だろう……ね?」 空が絶望から立ち直るのに数分使用した…… 空「所ではこの国ってやる気あんの?」 八幡「ようやく立ち直ったと思ったら急にどうした」 空「いや、この間大規模で農業と工業の改革したろ?そんなの利権問題が出てこないわけがない、それなのに貴族共が反乱しないなんてやる気がないとしか思えん」 雪乃「それならステフさんがずっと抑えてたわよ」 空「……抑えてた?」 八幡「お前が提案したやつにはかなりの数の貴族が反対したんだよ、だがそんな中ドーラ家の家名が通用する貴族に協力してもらって根回ししたわけ」 ステフ「王族直属地で大規模実験で得たデータから、こちらの派閥の大貴族たちに利権を流してましたの。それを餌にひよった中小諸候たちの寄親を少しずつ切り崩せはしたんですけど……どうしても反対せざるを得ない大家もいるんですのよ、昨日その最筆頭の3人が来たんですけど八幡さんと雪乃さんが対応してくれましたわ、だから2度目は無いですけどあまり刺激しないで慎重に……って、どうしたんですの?」 流暢に語るステフを遮って、ステフの額に空が手を当てた 空「……ね、熱は無いみたいだな。どうしたステフ!頭の良さそうな事言ってっ!」 白「体調悪い?……気づかなくて……ごめん」 八幡「お前らが働かずに引きこもってるから知らねーのは無理ないけど……」 雪乃「この言われようは酷いわね」 空「えっ、だってステフはステフだろ?」 ステフ「ステフですけどなにかっ!」 空「待て待て待て、ウェイトウェイトウェイト……まさかと思うが、ステフって実は……馬鹿じゃないっ!?」 ステフ「これでも国内最高峰のアカデミーを主席で卒業てるんですのよ」 結衣「えっ、ステフちゃんすごっ!」 空「いやでも今のお前の格好見てみろよ」 白「元王族……の娘なのに……」 八幡「頭に犬耳をはやして」 雪乃「尻尾もはやして」 結衣「可愛い首輪もしてるねッ」 空「……頭よけりゃこんなことなってないだろっ!」 ステフ「こんな事させた張本人がなにいってるんですのっ!」 結衣「でもステフちゃんの今の格好ってみんなに聞いたワービーストと似てるよね」 空「……ん?」 ステフ「ホントですわよ、なんでわたくしがこんな……」 空「ストップ!ストップ!アーンドストップ!!」 ステフ「どうしたんですのよ?」 空「今のステフの姿がワービーストなのか?」 ステフ「だからそういってるじゃないですの」 空「ステフ、可及的速やかに回答求む」 ステフ「は?なんですの?」 空「ワービーストってのは、今のステフみたいに獣耳としっぽのある女の子がいるのか?」 ステフ「なぜ女の子と限定するかは分かりませんけど、ワービーストの女性体はほぼ全員そうですわよ」 空「つまり東部連合って国は……人間のおにゃのことほぼ変わらない容姿で、獣耳としっぽ、あと肉球とひげくらいまではある、そんなアルティメッツにプリティなアニモーで女性人口が埋め尽くされた、楽園のような国だと言うのか?」 八幡「お前は次に「 よしそれだその楽園は俺のもんだ獣耳っ子達を征服しに行くっ! 今っ!なうっ!」と言う」 空「 よしそれだその楽園は俺のもんだ獣耳っ子達を征服しに行くっ!今っ!なうっ!……って人のセリフ先読みすんのやめてもらえません 」 雪乃「いきなり何を言い出すかと思えば……まだ国内も安定してないのだけれど」 ステフ「そ、そうですわよ!」 空「えーい黙りたまえっ!国土と獣耳っ子が手に入るんだ!個人的欲望と国家の利益がガッチリ噛み合った神の計画(パーフェクトプラン)に難癖つけて我が覇道を阻むとは何様かねキミ達はァっ!……とりあえず東部連合はどこだ!?馬車に乗ってすぐ行くぞっ!」 八幡「はぁ、東部連合を乗っ取るのはいいがちゃんとあるんだろうな?」 空「だから神の計画はあると……」 白「……情報……」 空「うっ、ぐぅ……っ!」 八幡「さて、空の自称神の計画(笑)が数秒で崩れたところでこれらのことを話そう」 結衣「これからのこと?」 八幡「ああ、目的はともかく領土を取り返さないといけないのは確かだ、それをするには必要なものがある……情報だ、てなわけで白」 白「白たちが……1ヶ月で……城中と国中……の、本を読んだ」 ステフ「えっ、ただ引きこもってたわけじゃないんですの?」 白「違う……」 空「白の言う通りちゃんと働いてたわけだ……が、肝心の情報は一つも手に入らなかった」 雪乃「一つも?」 空「ああ、敵の情報が全く手に入らなかった……だから攻める穴が見つからず1ヶ月もたったんだよ」 ステフ「それでも何かしないと始まらないじゃないですの」 空「あのなぁ、一手でもしくじったら終わりなんだぞ……俺達はそんな所まで追い込まれてんの、忘れんな」 八幡「空の意見はもっともだな、唯一見えてる突破口も鍵がないし」 結衣「突破口?」 空「ああ、フリューゲルを味方にできればいいんだが……あいにくどうやって会えばいいかすら分からん」 結衣「フリューゲルなら近くにいるよ」 空白八幡雪乃「え?」 八幡「由比ヶ浜どういう事だ?」 結衣「えっとねー、エルキアにある大図書館を昔フリューゲルの1人が奪ってそこで住んでるって町の人に聞いたよ」 そんな所に鍵があると誰が思うよ、ていうか情報収集由比ヶ浜にやらした方がいい気がしてきた……そんな事より 空八幡「ス~テ~フ~」 ステフ「おっ、お二人共どどどどうなさいまして?」 八幡「んな大事なことなんで今まで黙ってたっ!!」 空「つーか奪われたってことは図書館を賭けてゲームしたってことかっ!知識を勝負の天秤に賭けるって何考えてんだっ!人類唯一の武器だろうがっ!」 ステフ「お爺様がやった事ですしなにか考えがあっての事なんですのよ」 八幡「大方そのフリューゲルが仲間になるとかだろ、それ自体は悪くない……悪いのは」 空「それで負けて知識を丸々持っていかれてることだぁぁぁっ!」 ステフ「ひぃぃぃいぃ!」 白「にぃ、おちついて」 雪乃「比企谷くんも落ち着きなさい」 空八幡「わるい、取り乱した」 結衣「ところでなんでフリューゲルが突破口の鍵なの?」 空「フリューゲルは膨大な知識を持ってる、つまり他種族に対しての情報もそれなりに持ってるってことだ」 八幡「それに俺達にはできない魔法の探知なんかも出来るしな」 雪乃「ならそのフリューゲルを味方にするしかないわね」 ステフ「人類種がフリューゲルにかてるとおもってるんですの!?」 空「勝てるも何もあいつらがやるゲームって一つだろ」 八幡「それなら対策も立てやすいしな」 空「つーわけでステフ、今すぐ大図書館に案内しろ」 ステフ「ほ、本気なんですのね」 空「当たり前だ、手始めに図書館を返してもらってそれをまた餌にする」 八幡「つまり次の目標は」 空八幡「フリューゲルを手に入れる」 続く
第7話でーす<br />プロローグのブクマとフォロワーが100人を突破しました、応援してくださっている皆さん本当にありがとうございます<br /><br />さてさて、相変わらずの駄文ですが暖かい目で見ていただけると幸いです
アホの子2人の能力発動!?
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「5月の連休明けから2週間、中部図書隊の防衛部から2名うちで預かる事になった。1人は一正、もう1人は三正で中部の特殊部隊候補らしいが、向こうの防衛部長に適性を見極めて欲しいと言われててな。面倒だから忙しいと断ってたんだが、痺れ切らしてあっちが送りつけてきやがった」 「面倒ってあんた何言ってんですか、そんな大事なこと!」 「と言うわけで、受け入れ準備や部隊研修の内容は全てお前に一任する。励めよ、堂上」 そう言い捨てて、玄田は緒形と堂上を置いて部屋を出て行った。 「すまんな、堂上…隊長が大人しく出張しておけばこんな事にはならなかったんだが。まぁ、こういう対応を一から準備するのも勉強になる。関東図書隊の特殊部隊の在り方を客観視する良い機会でもあるしな。…俺も出来る限り手伝うぞ」 もはや残業及び休日返上での資料作りは決定事項であり、笠原と漸く外泊を重ねる事が出来るようになった堂上は激しく肩を落とした。 * 「今日から研修に来る隊員ってどんな人達なんだろうね〜?」 「どうだろうな。幹部候補って噂もあるし、かなり優秀な人達なんじゃないか?お前、ヘマして関東の面目潰すなよ」 「なんだってー⁉︎上等じゃん、手塚!かかって来い‼︎」 「だからそういうのを止めろって言ってんだ」 冷静な手塚の態度にカチンときて食ってかかった所を、堂上の鉄拳が笠原の頭上を見舞った。 「やめんか‼︎まったく…子供か、お前は!」 「あははは、元気な女性ですね。これは2週間たのしくなりそうだ」 ジンジンと響く頭を両手で押さえながら顔を上げると、呆れ顔の堂上の後ろから見慣れぬ顔が2人、隊長室から出てきた。 「本日より2週間こちらでお世話になります、中部図書隊防衛部 赤沢仁史一正です」 「同じく 柿崎直樹三正です」 「赤沢一正は青木班、柿崎三正は堂上班にそれぞれ入って2週間業務をこなしてもらう」 「短い間ですが、よろしくお願いします」 * 「改めまして、柿崎三正です。防衛部には入って9年目になります。色々と不慣れでご迷惑をおかけする事もあるかもしれませんが、ご指導の程よろしくお願いします」 「はじめまして、手塚光士長です。こちらこそ色々と教えて頂ければと存じます」 「笠原郁士長です。先ほどはお恥ずかしい所をお見せしてしまい、申し訳ありません」 笠原が頭を下げる横で、堂上が腕組みをして眉間に皺を寄せている。 「ははは、噂はかねがね伺ってます。手塚士長も笠原士長も大変優秀な隊員だと聞いているので、今回一緒に仕事が出来て嬉しいです」 柿崎は大柄な体格ながら、笑顔が柔らかく温和な雰囲気を醸し出していた。実際、話してみると親しみやすい性格で、手塚と笠原もすぐに打ち解けた。 しかし、柿崎が脅威の存在になる事を2人はすぐに思い知る事になるのだった。 [newpage] 「おはようございます〜!」 「遅いっ‼︎お前は時間ギリギリに来るなと何度言ったら分かるんだ!大体……」 堂上のいつもの小言を右から左に受け流しながら、笠原は事務室に漂う違和感に首を傾げていた。 「ん……?なんか、いつもより事務室が明るい?それに…良い匂いが…?」 「お前は上官の話を聞かんかっ⁉︎」 ガツンと頭に拳骨をくらい、あまりの痛さに床にしゃがみ込む。 「うぅ……痛いですよ、堂上教官…」 「うははは、本当に毎日拳骨食らってるんだ!」 見上げると小牧と柿崎が笑顔で、手塚が呆れ顔でこちらを見ていた。 「柿崎三正が朝、事務室に来て、窓から壁から照明に至るまで磨き上げたそうだ。少しは見習え」 堂上の言葉にギョッとして柿崎を見ると、柿崎は手を振りながら、 「いや、2週間お世話になる訳ですからこれくらい大した事では…。それに、日頃からとても綺麗に整理整頓されてるんじゃないですか?自分の所は整理整頓はされてますが、ここまで細かい所には行き届いてなさそうでしたよ。やはり女性がいると違うのかなぁ?」 と、恐縮していた。 えぇ〜⁉︎すごい…そんな大掃除みたいな事を、こっちに来て早々1人でやったの、この人⁉︎ まじまじと柿崎を見ると、照れくさいのかはにかみながら、後ろ頭をがりがりとかきあげていた。 ちらりと見た手塚はちょっと悔しげな表情を浮かべていた。 なんかちょっと負けた気分 ––– 。 笠原の中に正体のわからないモヤッとした感情が生まれた瞬間だった。 今日は朝から戦闘訓練だし、訓練結果で挽回してやる! 笠原は密かに気合いを入れた。 * 1時間ハイポートを終え休憩となったので、笠原はタオルで顔を拭って水分補給をしていた。 「笠原さん、すごいね!あんなに早いとは思わなかったよ〜」 水を飲みながら柿崎が笠原の隣に立った。 「柿崎三正こそ!ハイポート走った後もかなり余裕がありそうでしたし、すごいです…。あたしなんて全然っ。置いて行かれないようについて行くのがやっとですし。 柿崎三正って500mのタイムもめちゃくちゃ早くないですか⁉︎結構自信あったのに、あそこまで追いつかれるとは正直思わなかったです」 「ハイポートに関してはどうしても体格差が出るからしょうがないさ。500mはめちゃくちゃ本気で走ったけど追い抜けなかったなぁ〜。やっぱ特殊部隊張ってるだけあるね」 柿崎はそう言うが、はっきり言って笠原の完全敗北だった。流石にへたり込む事は無かったが、殆ど体力を使い果たした笠原に対し、柿崎は明らかに余力十分だった。今すぐ腕立て勝負と言われたら確実に先に沈む自信がある。 訓練は勝ち負けじゃない事は百も承知だったが、それでも自信のある種目だっただけに、この結果に笠原は悔しさを滲ませた。 * 「あ〜疲れたぁ〜‼︎」 寮の部屋に帰るなり突っ伏した笠原に、柴崎は目を丸くした。 「珍しい事もあるもんね…今日はあんたの大好きな戦闘訓練だったんでしょ?」 「うん…ちょっと気合い入れまくったから…」 「ふ〜ん?そう言えば今日から中部の隊員交えて業務だったわよね、どうだった?赤沢一正と柿崎三正だっけ?」 「赤沢一正はすごく仕事出来る人みたいで、緒形副隊長が助かってた〜。柿崎三正は……すごすぎるよ、あの人。めっちゃ気遣いが細やかだし、訓練結果もほとんどあたしじゃ叶わなかった。なのに、全然それを鼻にかけてないし……正直なんであの人が今まで特殊部隊入りしてないのか謎すぎる」 床に顎をつけたまま、不貞腐れたように唇を突き出す笠原を諌めながら、 「足りない何かが別にあるんでしょうよ。そんな事よりあんた、さっきから電話鳴ってるわよ?」 と、バッグを指差した。 笠原はのそのそと動きながら電話に出る。 「もしもし……はい。………今日は無理です。……はい、ちょっと。………大丈夫です。…はい、ゆっくり休みます。……お疲れ様です」 電話を切ると、笠原は芋虫のように柴崎の足元まで這ってきた。 「ちょっと!気持ち悪いわね…今の堂上教官からのお誘いでしょ?いいの、行かなくて?」 「いい。なんか気分じゃない。今日は柴崎と過ごしたい」 「あらまぁ〜冷たいんだから!ずっと残業やら公休返上で頑張ってた彼氏に悪魔のような仕打ちねぇ」 「いいのぉ〜!柴崎とおしゃべりしたいのぉ〜!」 柴崎の足に抱きついた笠原は、完全に斜め上に不貞腐れていた。 [newpage] 翌朝、いつもより早めに事務室に着くと、既に堂上と柿崎が堂上のデスクであれこれと話をしており、手塚は自分のパソコンに向かって事務仕事を始めていた。 「おはようございます〜!」 笠原が挨拶をしながら事務室に入ると、笠原を見た堂上が「今日はいつもより早いじゃないか」と嬉しそうに笑った。 「おはよう、笠原さん」 「おはよう」 笠原が席に着くなり、堂上と柿崎の話し声が耳に入ってくる。 「あ、それじゃあこの書類は俺が朝のうちに片付けておきますから」 「なんか悪いな。研修で来てるのに、事務処理まで手伝わせて」 「いやいや、これくらい大した事じゃないですよ。むしろ手塚くんの事務処理能力には驚きました。彼、三正に昇進したら更に捌ける書類が増えるから堂上二正も助かるでしょうね」 それを聞いた手塚は何とも居た堪れない表情を浮かべていた。 「いや、自分はまだまだだと再確認しました。柿崎三正の処理能力の高さには到底追いつけそうにありません。もっと勉強して堂上二正のお役に立てるよう励みたいと思います」 「いや手塚、十分だ。お前は士長ながら良くやってくれてる。柿崎三正は確かに処理能力は非常に高いが、だからと言って比べて卑下する事はないからな?」 どうやら相変わらず山積みになっている堂上のデスクの書類を、皆で分けて片付けているらしい。確かにいつもに比べて書類の山が小さく見える。 笠原は、ヨシッと勢いをつけて立ち上がり堂上の横に立った。 「堂上教官!笠原も手伝える事はないですか?」 にぱッと笑顔で言うと、堂上はしばし思案した後「じゃあ…」と言って一枚書類を手渡した。 【備品購入申請書】 笠原は口をへの字に曲げて机に向かった。 「それにしても、ここの職場の雰囲気は良いですね。上官は面倒見が良いし、部下はいつも一生懸命に業務に励んでいる。 まだ研修に来たばかりですが、本当に居心地が良いです」 柿崎の周りには温かな空気が漂っていた。 * 今日は朝から射撃訓練が入っており、 ここまで来ると予想通りと言うか… やはり柿崎は射撃の腕も凄かった。 「こいつは凄いな!No.1スナイパーの座はまだやらんが、柿崎なら良いところまでイケるんじゃないか⁉︎」 進藤がべた褒めし、堂上も「俺じゃ敵わないな、大したもんだ」と言った辺りで、手塚から表情が消えた。 「柿崎〜!お前、転属して俺の部下になれよ!書類捌くのもお手の物なんだろ?お前みたいな部下が居たらラクだよな〜」 「部下を小間使いみたいに扱わないで下さい!」 冗談か本気なのか分からない進藤を、堂上が怒鳴っていた。 手塚と笠原はちらりと目を合わせ、コクリとうなづいた。それは分かり合えたバディだからこそ為せる技…2人は目で会話していた。 『 堂上教官(二正)の期待に応えて見せる! (堂上教官(二正)の部下の座は何人たりとも譲らぬ)』 * 「堂上二正、この資料良かったら使って下さい」 「手塚、これお前1人でまとめたのか⁉︎大変だっただろう…⁉︎かなり助かるが…無理するなよ?」 「いえ、大した事では…」 (手塚のヤツ!抜けがけしやがって‼︎) 「堂上教官!疲れてますよね、最近。疲れている時はこれ、あまり甘くないから食べやすいですよ♡」 「ん、チョコレートか?良いのか、貰って。ありがとうな…大事に食べる」 「いいえ!甘いモノ欲しい時はいつでも言って下さいね♡」 (チッ、笠原のヤツ。彼女ポジションを上手く使いやがって……) 「ブフッ!……あ、堂上〜。さっき進藤一正が明日締切の報告書を堂上の机に置いていこうとしてたから、緒形副隊長にチクって突き返して貰ったよ〜」 「本当か、小牧⁉︎あれ、結構手間掛かるから押し付けられてたら深夜残業確定だったぞ。助かる、ありがとうな!」 「いや…ヒヒ…やべー、ツボに入りそう!」 「はぁ⁉︎何で上戸に陥っとるんだ、お前は」 (堂上二正、今日一の笑顔…!小牧二正、恐るべし!) (堂上教官、今日一の笑顔…!笑い仮面、恐るべし!) 『絶対に負けられない戦いがここにはある…! (堂上教官(二正)の笑顔を引き出すのはあたし(オレ)!)』 「堂上二正、すみませんこの書類で聞きたい事が」 「あぁ、柿崎か。どれだ?見せてみろ」 『ムムッ⁉︎柿崎三正…』 「あぁ!そういう解釈なんですね。良く分かりました。勉強になります!」 「いや、柿崎も良く勉強しているな。分からない事があったらいつでも聞いてこい!」 『そっちのパターンもアリだったかぁー‼︎』 堂上が柿崎の背中を励ましの意で叩くと、手塚と笠原が机に手をついて項垂れた。 「ぶはぁ‼︎……面白すぎ…俺もうダメ…」 「……なんだ⁉︎なんかあいつらおかしくないか⁉︎」 * 午後からは利用者向けのイベント準備のため、手塚、笠原と柿崎が業務部に借り出されていた。 今回のイベントは小学生以下を対象に紙芝居の読み聞かせも用意されており、笠原の提案で紙芝居の演出を盛り上げるための人形を作成する事になっていた。 「笠原さん、人形作るんならこんな感じのどうかな?」 そう言って柿崎が差し出したのは、厚めのウレタンスポンジを二個重ねて、二つのスポンジが離れないように重ねた部分を一枚のフェルトでくっつけ、大きく開く口に見立てたスポンジパペットだった。 「わぁぁぁ!可愛い‼︎すっごく可愛いです、柿崎三正〜!」 「あぁ、良かった。気に入ってくれた?これなら作るのも簡単だし、色々バリエーション作れそうだよね」 「本当…すごいですね、柿崎三正は。防衛方なのに、こういうのも得意なんですか?」 笠原が尊敬の眼差しで見ると、柿崎はほんのりと頬を赤らめ、 「俺、本当は業務部志望だったんだ。こんななりで驚くだろう?」 と、後ろ髪をかいた。 「あんまり戦ったりするの得意じゃなくてさ…本を介して人と触れ合う方が自分には向いてると思ったんだよ。ただ、うちの親父、自衛官で昔から自衛隊に入れって煩くて…… 図書隊に入るっていうのでどうにか説得したんだ。 業務部に入りたかったんだけど、やっぱりこの体格じゃ選ばれなかったね」 柿崎が少し寂しそうに語るのを笠原は驚きの表情で聞いていた。 「すみません、戦闘訓練の結果とかもズバ抜けていたので、てっきり防衛部一本だと思ってて…… 特殊部隊入りも望んでいるものとばかり…」 「わぁ〜謝らないでよ!それに、訓練は別に嫌いじゃないんだ。頑張って結果が付いてくるのは純粋に楽しいしね?ただ、人と戦うのがどうも苦手で… 特殊部隊なんて最前線でしょ?笠原さんは怖くないかい?」 どうだろうか…?怖くないと言えば嘘になる。 でも、だからと言って前線に立つ事に戸惑った事は無かった。 本を自分の手で守れる実感をより強く感じられるからだろうか…? ……いや、どんなに過酷な抗争でも躊躇なく踏み出せるのは… 「怖いです。でも、命を預けられる上官やバディ、仲間達がいるからあたしはどこにでも走って行けます」 笠原は迷いのない眩しい笑顔を向けた。 * 「はぁ〜…」 「あら、重い溜息ね」 柴崎が部屋に戻ると笠原がテーブルに頬杖をついてどんよりと溜息を零していた。 「柿崎三正の事…あたし、すっかり誤解してた」 「他の男の事考えて溜息なんて、堂上教官が聞いたら怒り心頭でしょうね〜」 「もう、茶化さないでよ。柿崎三正さ、業務部志望だったんだって。勝手に特殊部隊志望してるもんだと思い込んで、あんまり優秀だから堂上教官の部下の座奪われてなるかと、手塚と2人で勝手に張り合ってたし…」 「えっ⁉︎張り合ってたの?」 「あたし、バカだよねー」 「百歩譲って手塚が張り合う訳は分からなくもないけど……別にそこ張り合わなくても…(あんたには彼女という最強の立ち位置があるじゃない⁉︎)」 ふいに笠原の携帯から聞き慣れた着信音が流れる。 「………電話、教官からじゃないの?」 柴崎がちらりと携帯に目をやると、笠原はようやくモソモソと動き出した。 「う〜〜ん、分かってるぅ……。……はい、笠原です………えっと…すみません、生理が来そうな腹痛で動けなくて……はい、ごめんなさい。……はい、ゆっくり休みます」 電話を切ると、柴崎がジト目で笠原を見ていた。 「あんたの生理はこないだ終わったばかりでしょ?なんで教官にずっと会ってあげないのよ」 「だって……!部下として未熟過ぎるのに…どの面下げて会えって言うの⁉︎会えるわけないよー」 「あんたの理想の部下像に追いつくまで待ってたら一生会えんわ‼」 柴崎は手早く自分の携帯を操作すると、再び笠原に向き直った。 「くだらないプライドなんてさっさと捨てておしまい!………ほら、電話よ!早く出なさい」 笠原の携帯がまた着信を知らせている。 「ヤダ‼︎さっきのメール、教官に何か告げ口したんでしょー⁉︎絶対お説教だもんー!ヤダー‼︎」 「お黙り!ほら、もう通話中よ‼︎」 笠原の携帯を取り上げて通話ボタンを押すと、サッと手渡した。 「うぅ……もしもし、あの…」 『今すぐロビーに降りてこい‼︎これは上官命令だ、分かったな‼』 言い訳する間もなく、怒りを露わにした堂上は用件だけ告げてブツリと電話を切った。 「自業自得よ、行ってらっしゃい〜」 「ひぇぇ………」 頭に角を生やした鬼教官がロビーで待ち受けているのが容易に想像出来て、笠原は既に半泣きだった。 * ロビーにつながるガラスの扉越しから、堂上が憤怒の形相でソファに座しているのが見えて、一気に冷や汗が流れた。 堂上の前に恐る恐る近づくと、 「この、どアホがっっ!!!」 盛大に怒鳴られ、勢いで敬礼をして平謝りした。 「行くぞ」 堂上は笠原の敬礼して上がっている手を絡め取ると、足早に玄関を抜けた。 しばらく無言で歩き、人気の無い所まで来ると笠原を建物の壁に押し付けてその顔を覗き込んだ。 「俺はお前に何か嫌な事をしちまったのか?」 合わさった堂上の目には怒りではなく、焦りや悲しみが浮かんでいた。 あたし…また教官を傷付けちゃったんだ。 くだらない、部下としてのプライドで意地を張って、堂上との時間を取らなかった事を後悔した。 「ごめんなさい…あたし、柿崎三正に嫉妬してたんです。柿崎三正みたいに教官の力になれたら良いのにって思うけど、全然敵わないし…なんか悔しくて意地張ってました」 堂上はふぅっと息を吐くと柔らかく笠原を抱き締めた。 「お前にとって俺は何なんだ?」 優しく背中を撫でる堂上に、これだけはちゃんと伝えたいと、思いを込めて堂上の目を見つめた。 「教官はあたしにとって尊敬する上官で、あたしの目標なんです‼」 しばし見つめ合った後、堂上がバシッと笠原の頭をはたいた。 「アホか!アホなんだな、お前は‼︎ああ、そうだった…お前はア・ホだった‼︎」 「痛い…アホ、アホって!さっきからひどいです‼︎」 「……もういい。お前には体で分からせるしかなかったな」 そう言うと堂上は、笠原の頭を勢いよく引き寄せた。 [newpage] 堂上が部屋に戻ると、先ほど置いて出てきたままに、小牧と手塚が部屋で酒を飲んでいた。 「堂上、口紅付いてるよ」 と、小牧が唇をトントンと指差しながら言うので、勢いよく腕で口を拭うと 「なんて、うっそーっ♪」 と、戯けて両手を広げ、 「こんな時間に笠原さんが口紅とか付けてるわけないじゃんね、手塚」と、僅かに身を硬くした手塚に話しかけていた。 「こ〜ま〜き〜っ‼︎」 堂上の睨みなどどこ吹く風で、 「あんまり遅いから外泊出すべきかと思った」などと言いながら堂上に新たな酒を用意するので、 堂上は諦めたように小牧の横にどかっと座り胡座をかいた。 「で、笠原さんとは意思疎通取れたの?」 小牧が笑顔で伺うと、堂上は苦々しく手で額を覆った。 「俺はあいつの斜め上の思考が恐ろしいぞ…『お前に取って俺は何なんだ』って聞いたら『尊敬し目標とする上官だ』って答えやがった‼︎」 ゴンッ–––– 小牧が机に突っ伏して肩を震わせている。 「本当に勘弁してくれ…俺は心底落ち込んだぞ… まったく、郁もお前も一体何を目指してるんだ?」 「本当に申し訳ないです…」 正座して膝に手を乗せて謝る手塚の肩に、小牧が腕を回した。 「ブクク…まぁまぁ〜可愛いじゃない?大好きな班長に振り向いて貰おうと、一生懸命業務に励んでたんだから」 堂上と手塚が顔を真っ赤にさせ、 「お前達は子供か⁉︎」と、堂上が怒鳴った。 気を取り直して酒を呑みながら 「はぁ〜…あの分じゃあいつは柿崎の足りない部分が何か、分かってないだろうなぁ」 と、堂上がぼやいた。 「手塚は何か分かった?」 「はい、何となくは…ただ、そうすると柿崎三正は決定的に特殊部隊には不向きだと思うのですが…」 言いづらそうに言葉を紡ぐ手塚に、堂上と小牧は深く頷いた。 「あぁ、そうだね。ただ中部はあれだけの人材を一防衛部員にとどめておきたくはないだろうから、どうにかして特殊部隊に押し上げるつもりなんじゃないかな?」 「柿崎は優秀だ。命令とあればちゃんと業務をこなすだろう。だが、玄田隊長は柿崎自身にお前や郁から何かを学び取って、特殊部隊に配属して欲しいと思ってるんだろうな」 「俺と笠原からですか⁉︎」 ギョッとする手塚の頭を撫で回して、 「手塚と笠原さんならきっといい刺激与えてあげられると思うよ」 と、堂上と小牧は力強く頷いた。 * 翌日はイベント当日という事もあり、柿崎と笠原は前日同様手伝いに借り出されていた。 スポンジパペットを使った紙芝居はかなり好評で、次回はワークショップでスポンジパペット制作イベントを開こうと言う話も出ている。 「関東は楽しいイベント企画が多いみたいだね?中部もイベントはしてたけど、こんなに手は混んでなかった気がするなぁ」 「他よりここは企画ものに予算が多めに割かれてるんですよ。それに現場にある程度裁量権が与えられてるので、割と自由に新しい企画に挑戦しやすいんだと思います」 「なるほどね〜だから笠原さんも生き生きしてるのかな?」 イベントの楽しい雰囲気のまま、和気あいあいと午後からのイベント準備に掛かろうとしていた時だった。 「緊急警報発令 良化特務機関が当館周辺に展開中 利用者の方は係員の指示に従って速やかに、防護室へと避難して下さい。……」 けたたましいサイレンの音と共に緊急放送が入り、館内が騒然とする。 笠原と柿崎は顔を見合わせると瞬時に基地へと走り出した。 急いで戦闘服に着替え、戦闘配備に着く。 人と戦うのが苦手だと柿崎は言っていたが、伺い見た柿崎の表情からは何も読み取れなかった。 小牧と手塚は狙撃手として進藤達と合流、笠原と柿崎は堂上について第一、第二塹壕の守備についた。 時間通りに良化隊の発砲を合図に抗争が始まるが、暫くして笠原は妙な違和感を感じ始めた。 いつものように銃撃戦を繰り広げているが、敵がこちらに踏み込んでくる様子がなく、ただ無駄に弾の撃ち合いをしているような感覚に襲われたのだ。 「何か妙だと思いませんか⁉︎敵の狙いがイマイチ見えてきません」 「お前も気がついたか?あいつら時間稼ぎをしているようにしか思えん。小牧の方からだったら何か見えるかもしれんな」 小牧に無線を送るとすぐに返答が返ってきた。 「良化隊員が数名、隊から外れて図書館裏の方に向かった!」 「堂上教官、あたしが裏に回ります!良化隊の狙いは図書館裏にあるはずです。利用者が手引きして禁帯本を持ち出している可能性もあります!」 「しかし……!」 塹壕の責任者を任されている堂上は動く事が出来ず、笠原1人で行かせる事に迷いで瞳が揺れていた。 「堂上二正!自分が笠原士長のサポートにまわります!」 そう叫ぶ柿崎の目を見て、堂上は頷いた。 「分かった!無茶はするな、すぐに応援を呼ぶからそれまで待て!」 「了解‼︎」 堂上の声に笠原と柿崎は図書館裏へと駆け出した。 図書館裏には読み通り、怪しげなバックパックが2つ投げ出されている。 気配で良化隊員が差し迫ってきているのも感じた。 「待つ時間がありません!あたしが取りに走ります!」 「待て、ダメだ危険すぎる‼︎今から行ったんじゃ、戻る時に良化隊員に鉢合わせるぞ‼︎」 「柿崎三正、援護を‼︎あなたに命預けます!それに手塚と小牧教官が!」 建物後方を指差すと、笠原は勢いよく走り出した。 「そんな簡単に命預けるなよ‼︎」 そう叫びながらも柿崎は援護すべくサブマシンガンを構えた。 * 「良化隊の真の狙いに気が付き無事防ぐことが出来た。良くやった!」 堂上からお褒めの言葉を頂戴し、笠原はご満悦である。 「本当…肝が冷えたよ〜。笠原さん、躊躇なく走り出すから」 柿崎は緊張が緩んでドッと疲れが出たようだ。 「だって、近くでは柿崎三正が、遠くからは手塚と小牧教官が援護してくれるって分かってましたから!」 「ハハ…そんな簡単に信用しないでよ」 「いや、お前だから信用した。お前がサポートに回ると言った時、俺はお前に笠原の命も預けたつもりだったぞ」 「堂上二正までそんな…!」 堂上の言葉に柿崎がたじろいでいると、合流した小牧が肩に腕を回した。 「俺たち特殊部隊は仲間を信じてる。だから命だって預かるし、預けられる。柿崎は信用できるほどのものを俺たちに見せてくれたって事だろ?」 小牧の言葉に微妙に決まり悪そうな堂上が返事をした。 「もう、小牧教官!」 小牧とじゃれ合う笠原を眺めながら、柿崎は胸に熱い気持ちが込み上げるのを感じた。 今まで、こんなに信頼され、命を預けられるような仲間が居た事があっただろうか。 自分の存在を手放しにまるっと受け止めてしまう笠原や、堂上班の面々に僅かな危うさと、それを上回る程の喜びを感じた。 「命預けられるって、なんか嬉しいですよね。危うくてしょうがないですけど…自分は昔、笠原のああいう所に救われ、変われたんです」 横に立つ手塚の言葉に深く頷いて、柿崎は清々しく笑みをこぼした。 * 「2週間、本当にお世話になりました!」 「こちらこそだ、中部に戻っても活躍期待してるぞ。なんたって玄田隊長のお墨付きだ、期待は大きいだろうが励めよ」 「ありがとうございます。手塚くん、笠原さんもありがとう!君達と出会えて仲間を信じる覚悟と喜びを知ることが出来た。俺も君達みたいなバディに出会えるよう頑張るとするよ」 柿崎は皆と握手し、最後に笠原の手を握った。 「えっと、もし中部に来る事があったら連絡してね!俺で良ければ色々案内するからさ!」 「はい、ありがとうございます!楽しみにしてます‼︎」 堂上が大きな咳払いをしたので、すぐに手は離れた。 「ありゃ、笠原の中部出張は当分無いな」 「そりゃあ、番犬が許さないでしょうから」 進藤と小牧がニヤニヤと耳打ちをしていた。 * 短くて長い2週間が終了したその日の夜。 「………ちょっと…あんたなんで教官からの電話出ないのよ?」 「いや、だって…!こないだの教官が…………‼︎ ダメだー!なんか恥ずかしくて、今までどんな顔して会ってたか分からなくなっちゃった‼︎」 「そうやって無自覚に欲求不満の戦闘職種の男を製造するの止めなさい‼︎終いには乗り込んで来るわよ、あの人⁉︎」 こうして公休日にがっつく堂上が製造されます (by 小牧) fin.
短編書こうとして無駄に長くなる謎。<br /><br />堂上大好き手塚と笠原が嫉妬して張り合うギャグ話を書こうとしたらこんなんなりました(笑)<br /><br />最近、フラグ〜の堂上教官が甘すぎてキャラが迷子になってたので、「教官」らしい教官を意識して書いてみました!<br />ちゃんと堂上さん、教官してるでしょうか……<br /><br />お時間ある時にでも読んで頂けたら嬉しいです!<br /><br />いつも、フォロー、ブクマ、コメント、マイピク申請などありがとうございます‼︎メッセージも嬉しいです〜♪<br />励みになります!
その席は譲れない
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『専門家の提案』 「隊員のトレカを作ろうと思います」 上層部を集めた会議の終了間際、それぞれ最近の仕事状況の報告をしている時間に根付がそう言い出したので、忍田は耳を疑った。 「とれか?」 「トレーディングカードです」 「……いや、正式名称を聞いても何の話かわからないんですが?」 「本場はアメリカだと言われていますね」 忍田の呟きに、唐沢が説明を始める。 「収集して鑑賞したり、ゲームに使ったりする為のカードです。大抵はランダムに封入されていて、愛好家同士でトレードして欲しいカードを集めていくものになります。パッケージ菓子とかに付いてくるカードもトレーディングカードと言えますね。ただ、根付さんがイメージしているものは広報目的でしょうし、ボーダーのファン向けにカード単体で販売する収集用のものでしょう」 「はぁ…、つまり、今売っている嵐山隊の写真みたいなものの対象を全隊員に拡大するということですか?」 どうだろうなあ、と忍田は思った。 ボーダー正隊員は氏名が名簿で公開されているし、ローカルテレビにはわりと顔を出しているから、今さら目立つのがイヤだとかいう隊員はほぼいない。市民に親しみを持ってもらうために、というのならまあわからないでもない。嵐山隊のみに負担が集中する現状を若干緩和出来るかもしれない、とは思う。 しかしそこで根付は首を振った。 「いえ、ブロマイドではなくトレーディングカードを作ろうと思うのです。これは開発室からの強い要望がありまして」 「開発室?」 「なんじゃそりゃ。わしは知らんぞ」 開発室とトレカ? 忍田にはよくわからないが、紙のカードであることが間違いないそれに、エンジニアの技術がどう関係してくるというのか。 「あ、鬼怒田さんはご存じなかったんですか。これは先日開発室に伺った際に、冬島くんと寺島くんから主に提案されたんですが」 「―――そもそも、お前は雷蔵に健康診断結果を元に、聞き取り調査に来たんじゃなかったのか」 「……いえその、それはそうだったんですけどねぇ……」 そうだった。そもそもは、元戦闘員の寺島があまりに急激に体型が変わったのでこれは健康に悪いのではないか、という話だった。何か原因があるなら調査しなければならない、という議題が上がったのが半月前。本来、聞き取り調査をするのは直属の上司である鬼怒田の仕事だったはずなのだが、開発が立て込んでいるのと鬼怒田自身が健康維持にあまり興味がないという問題な上司でもあったので、根付がその役目を代わったのだった(林藤と唐沢も健康問題に関しては人のことを言えないヘビースモーカーなので、忍田か根付のじゃんけんになって根付が負けた)。 「本人に聞きに行ったら、周りのエンジニアにわらわらと囲まれまして。いや原因は判明したんですよ。トリオン体で食事を取ってると消化率がよすぎる上に満腹中枢がうまく働かないために太った、とのことでした。だったら、トリオン体での飲食を禁止しますか、と言ったら、他のエンジニア達が一斉に『デスマーチ中はトイレに行く時間も惜しいってのに禁止されたら困る』と言ってきましてねぇ」 「……いや、トイレくらい行ってほしいんだが」 「あ、でもわかる。開発に集中してるときは、誰か俺の代わりにトイレ行ってきてーって思うときある」 「わしもあるなあ」 林藤と鬼怒田が二人でしみじみ頷き合っていた。おかしいだろうそれは。根付が首を振ってこちらに視線を飛ばしてきた。……ええわかります、この上層部はダメだ。人のことを言えない奴ばっかりだ。たとえば有休消化に関しては職員に何かを言える人間はいない。六人が全滅している。休めとか家に帰れとか部下に言うと、「本部長こそ帰って休んでください」と反論されるので、忍田もあまり言えない。 「まぁ、それで―――」 根付が額の汗を拭いながら話を戻す。 「この件は、寺島くんが太ったことが問題ではないと思いましてねぇ。そもそも、隊員、職員がトリオン体にどの程度依存しているのかを我々は把握していないことに気付きまして。換装時間、その目的、精神的な依存度、など要調査対象ではないかと。……これは衛生部―――メディカルセンターが正式に調査すべき事だと思いまして、一旦は引き下がりまして」 いくつかの言い訳を並べて、根付は首を回して城戸の顔を見た。 「わかった。衛生部の部長に指示を出しておこう」 城戸は頷く。というか、今までよく黙って話聞いててくれたなと思う。まぁ、城戸さんは城戸さんで今持っている仕事が手一杯なので、会議で結論だけしか聞いていないときも結構ある。この人は省エネが上手い、と忍田は思っている。結論を先に決めていて、忍田の話を聞いてくれないことも多々あるが。 「そんで? どうしてトレカ作ろうなんて話になったの」 「それなんですよ、林藤支部長。私は、まだこの計画を正式に立ち上げていたわけじゃなかったんですけどね。嵐山くんの前で、「隊員のトレカってどうでしょうねぇ」と独り言を呟いたことしか心当たりがないんですけど。でも何故か、冬島くんがその場の勢いで「それよりも根付さん。隊員のトレカ作るって聞きましたよ!」って言ってきまして」 「……どこからもれた?」 「あーそりゃ、わかるわ。多分嵐山はトレカが何かわかんなかったんだろ。で、迅に訊くだろ? 迅が「おれが何でも知ってると思わないでよ」って笑うだろ? 「でもトレカって言ったら開発室でしょ」って」 「そもそもそこがよくわからないんだが、何故開発室がトレーディングカードに興味を持つ?」 「開発室が、じゃない。うちのエンジニア共が興味があるだけだ」 「どう違うんですか?」 忍田は鬼怒田に尋ねる。 「あー…つまり、そりゃ」 「趣味ですよ」 唐沢が断じた。 「いくつになっても子供心、というやつです。とはいえ、トレーディングカードの収集は大人の趣味としても確立していますけれどね」 有名作でしたら取引市場がありまして貴重なカードは高値で取引されていますよ、と説明が加えられる。 「でも単なる紙のカードでは?」 「物の価格は、需要と供給で決まりますので」 「ボーダー隊員をカード化するとして、それに資産価値を持たせるという話ではないですよね?」 「あくまで広報が目的ですから、値段をつり上げようとかそういうのはないです。隊員を知ってもらって、親しみを覚えてもらいたいと思います」 「……まぁ、要するに、アレだ。うちの連中はその手の収集家が多いんだ」 「そうみたいですねぇ」 根付が溜息をつく。 「そういうわけで、冬島くん以下皆さんに熱弁されまして」 「何を」 「単なるブロマイドじゃなくて、絶対にゲーム性を持たせるべきだ、と」 「は…?」 忍田は問い返したが、鬼怒田と林藤が「あー…」という感じで納得したような呆れたようなそんな溜息をつく。唐沢は「なるほど」という風に頷いているし、城戸はさっきから無表情で結論待ちといういつものパターンだ。つまり…この話の続きは忍田が訊くしかないのだった。   *  *  * 「それよりも根付さん。隊員のトレカ作るって聞きましたよ!」 とりあえずメディア対策室に帰るか、と開発室の隅の打ち合わせ小スペースから立とうとしたが、既に根付はエンジニア達に包囲されていた。逃げ道がない。 「……どうしてその件を?」 「どーでもいいじゃないですか~。それよりも、ぜひ提案がありまして」 「あ、オレもー」 目の前に座っている寺島も、軽く手を上げる。はぁ、と首を傾げる根付はもう一度座るように促され、仕方がなく座った。 「ボーダー隊員のトレカ! いいよな~」 「ほしい。レアカード揃えたい」 とか他のエンジニアも頷き合っている。仕事しなくていいんだろうか、と一瞬思ったが、それよりも気になる点があった。 「レアカード…というのを作る気はあまりないんですがねぇ。隊員を身近に感じてもらう為に作ろうと思っているので」 「何言ってるんですか。レアがなきゃトレカになりませんよ」 「そもそもー。根付さんの考えてるのはブロマイドだと思うんだよね~」 寺島がいつの間にか開けたスナック菓子の袋に手を突っ込みながら、口を挟んでくる。 「アレでしょ。表に隊員の写真が載ってて、裏には血液型とか誕生日とか好きな食べ物とかちょろっと載せとこうとか思ってるんでしょ」 「その通りですが」 「根付さん。それはダメです」 「そんな写真だけのカードじゃダメなんです」 「そんなの一通り集めたら終わりじゃないっすか~」 「トレカなんだから、絶対にゲームが出来ないと!」 全員が力説してくる。代表して、冬島が真顔で言ってきた。 「根付さん。たとえば新しいゲームを始めたとして、プレイヤーが知らないキャラに愛着を持つ理由は何だと思いますか?」 「え…それはストーリー展開に共感して、とか」 「違いますね。つーか、まあRPGならそれもあるんでしょうが、シミュレーションなら違う。愛着とはパラメータから生まれるんですよ」 「……」 あ、なにかマズい、と根付は思った。エンジニアの八割がそういう趣味を持っているとは知っていたのだが、別にそれは良いと思っていた。根付自身が巻き込まれたりさえしなければ。そしていま、根付は完全に逃げ遅れている。 「いいですかね、根付さん。ゲームをやってて「なんかこいつ強い」「このキャラ使える」「いいスキル持ってる」、こーゆーキャラから名前を覚えて好きになってくんですよ~」 「はぁ…」 「そしてそのうち、「このキャラパラメータ偏ってるけど好き」「弱いけど敢えてこいつで勝ちたい」「やっぱ強いキャラ最高」とかそれぞれカードに…キャラにファンが付きます。つまり、ボーダー隊員のトレカはパラメータをのっけてゲーム性を持たせるべきなんです。そーすれば、みんなゲームを通じて隊員に親しみを、ひいてはボーダーに愛着を持ってくれます」 ホントですか…? と思ったが、他のエンジニア達も冬島の言葉に深く頷いているので言えなかった。 「それに、ぶっちゃけトレカは儲かります。昔偉い人が言ってました。お金を刷っているようなものだと」 「うまくいけばね」 と菓子を囓りながら、寺島が付け加える。 「そんなに…?」 正直に言うと、収入増加には興味がある。根付が興味を示すと、冬島以下エンジニア達が一斉に話し始める。 「まず、ルールブックとフィールドシート付きのゲームのスターターパックを作れば、一気にセットで40枚売れます」 「あと、カードも隊員の写真だけじゃなくて、いくつも種類を作るんですよ。隊員だけじゃせいぜい一人につき2種類で出来ても200枚でしょう? でもトレカにすれば、アイテムカードとか、フィールドカードとか色々作れるのでだいたい四割水増し出来ます」 四割増しとはやけに具体的だな、と思ったところで、エンジニアが印刷された資料を差し出してくる。 「実は、もう既にルールを暫定で作りました。これはカードの種類です」 「は…? いつ…? 誰が?」 「トレカが出るとか噂を聞いたんで、一週間掛けて、我々開発室の有志が、ランク戦風カードゲームを自作しました」 「はい?」 真顔で言われても困ります、としか言えない。仕事忙しかったんじゃないですか、あなた方トリガー開発とか放置してなにやってるんですか。 「ちゃんと休日に作ったんで」 まあ休日扱いにして家に帰らずにみんなで雑魚寝しながら作ったとも言うけど、と寺島が呟く。とりあえず軽く資料に目を通す。そこにはまずカードの種類が記載されてきた。5枚パック200円、と既に値段まで決められている。あの、まだ採算取れるかどうか見積もりすら出してないんですが…? とは思ったが、ともあれ資料を読んでいくしかない。 【カードの種類】5枚入り 01・隊員カード    :(隊員の写真・アップ。01と02は写真が違うだけの同じ隊員カード) 02・隊員カード    :(隊員の写真・攻撃シーンとかモーション) 03・オペレーターカード:(オペレーターの写真・アップ ※笑顔!) 04・支援カード    :(武器とかオプショントリガーとか攻撃エフェクトとか) 05・フィールドカード :(複数人遠景とか、部署の様子や日常風景など。例:嵐山隊) これでさっき四割増しと言われた理由がわかった。つまり、この04と05で枚数を稼ぐと。 「オレ、支援カードで自分の作ったトリガー出したいんだよねぇ。目立たせたいってゆーか、自慢したい」 寺島がそう補足する。なるほど…あまりエンジニア的趣味とは縁がない寺島も乗り気なのはそういうことか、と根付は納得した。そこに輪を掛けてのエンジニアからの歎願。 「根付さんお願いします…!」 「オペレーターのカードが欲しい。てか写真が欲しい」 「ほしいよな~」 「みかみかの写真を合法的に持ちたい」 みかみかって誰ですか、と言おうと思って三上くんのことか、と気付く。 「それならブロマイドでいいのでは?」 「何言ってんですか。俺達が女子高生の写真を持ってたらちょっとアレじゃないですか!」 「その点、トレカなら何枚でも何種類でも持ってて問題ないんです! カードゲームを集めてるだけだし」 「あ、そういう…」 冬島に視線を向けると、「マジでお願いします」と頭を下げられた。「真木の写真ならギリギリ持ってても許されると思うけど、他のオペはカード化しないと無理」とか、その発言自体がギリギリなんですけど、と思う。 「子供にだって受けますよ。嵐山隊の写真持ってんのってほとんど女の子でしょう?」 「まあ、売り上げは女性八割と言ったところですが」 「トレカなら男子中高生も気楽に買えるし、集められますって」 「はぁ…。でも逆に女性はそういうのに興味はないのでは?」 「女子高生だって、嵐山のレアカードがキラキラ光ってたり、クラスの男子が「嵐山さんのカードってスゲー強い!」とか言ってれば嬉しいもんなんですよ。たぶん!」 「ルールも、ちゃんとトリガーの効果とかトリオンの存在とかぼかして、でも近・中・遠距離の区別とオペレーターの重要性を取り入れたそれっぽいやつが出来ました!」 「あとは素人にやってもらってゲームバランスを調整するくらいで」 「カードのデザインも、いまちょっと暇なうちのデザイナーが作ってくれてるんで~」 「実際の話、あとはほぼ各隊員の写真用意してもらうだけでいいです。他は出来てますし、開発(うち)でやります」 「城戸司令の許可もらってきてください…!」 他は出来てます、とは…。 何か色々流されている気がしたが、こんなに欲しがられるものならば案外売れるんじゃないか、とその時の根付は思った。   *  *  * 「……とまあ、そういうわけで、城戸司令」 「そちらに任せる」 「ありがとうございます」 あまりのスピードでの即決に、一瞬忍田は出遅れた。 「……。えっ、いいんですか城戸さん」 「構わないだろう。肖像権があるから出たくない隊員に無理強いはしないよう」 「はい。権利関係はきちんと」 「隊員におこづかいを渡せるくらいは売れるといいですね」 「それが一番だな」 根付と唐沢と鬼怒田が同調して、それで会議は解散。あとは根付とエンジニアにお任せ、という形になった。本当に大丈夫なんだろうか、と忍田には不安しかないのだが、何故か誰も反対しない。「城戸さん途中からどうでもよくなってたよな~」とは去り際の林藤の弁だった。[newpage] ■ボーダーランク戦風トレーディングカードゲーム(21歳組によるテストプレイ)※ルール詳細は次のページ 「そういうわけで、全然やったことないだろーから君らがテストプレイヤーに選ばれた」 「いや。雷蔵、なんでオメーそんなに偉そうなんだよ。選んでほしいなんて言ってねーよ。あと俺のアパートに勝手に押しかけんな」 部屋の主である諏訪は抗議はした。しかし寺島からの返事は「いいじゃん、一人暮らしなんだし」だった。残りの二人の発言はなかったが、寺島と同意見なのは目に見えている。この連中は、何故か諏訪のアパートに集まるのが好きだった。居心地が良い、とか言ってくる。本部の諏訪隊の作戦室もたまり場で、自宅アパートまで同級生のたまり場なら、俺はどこでくつろげばいいんだよ、とは思う(仕方がないので人がいても気にせずくつろぐようになった)。 「しかし雷蔵。他にもトレカとやらの未経験者はいるだろう。何故俺達なんだ…?」 「発売まで口が硬そうな連中はうちの学年だと思った」 「……確かにな」 「レイジ、風間、納得すんな」 「まぁいいじゃん。諏訪はなんか文句があるみたいだから、風間とレイジがプレイヤーね」 「二人でやるものなのか?」 「えっ? 流石にそこからわかんないとは思わなかった……」 「風間は本当にゲームには疎いぞ」 「とりあえず、ルールブックを貸せ。疎いが弱いわけではない。トランプの亜種みたいなものだろう」 「弱くないとか、お前、言い切ったなァ」 「風間には麻雀を覚えた実績があるしな」 「じゃあこれ~」 寺島が印刷されたA4用紙の束を二人に渡す。見た感じ、ルールブックというより会議の資料でしかない。 「3ページ目にルールがざっと書いてあるよ」 「二人で黙々と読み始めてんだが」 「どっちもルールブック大好き系だからねぇ。隊務規定も暗記してるし」 「つーか、雷蔵。ボーダー隊員トレカとかマジで売る気なのかよ。写真バラ撒かれるみたいなもんだろ。気軽に本屋で本も買えねーじゃん」 「えー? でもボーダーファンの間ではもうかなり顔とか趣味とか知られてるよ? 今さら何言ってんの、って感じなんだけど」 「……は?」 「ちょっとPC貸して。見せてやるから」 仕方がないのでレポート用のノートPCを貸してやると寺島は検索せずURL直打ちで、どこかのサイトへ直接飛ぶ。 「…なにココ」 某防衛機関ファンサイト、とトップページには書いてある。背景は黒。手作り感のある昔ながらのページだが、カウンターの回り方が何かヤバそうだ。桁を数えると……一億、越えてるんだけど? これサイトへの訪問人数なんだよな? 「某ってなんだよ。防衛機関なんてもん日本に一個しかねーだろーが」 「そのへんは一応伏せ字を使ってくれてるよね。で、以前名簿が公表された時点で隊員はリスト化されてる」 「ああ……あの事件な…」 かつて、ボーダー隊員証偽造問題が取りざたされたとき、ボーダー正隊員の名簿は世間に公表されることになった。おかげで諏訪も、大学や店舗とかで名前を書くと、たまに二度見されたりする。 「名簿出て、動画も結構出回って、同級生もわりといるし、ほぼ特定されちゃったからねー。まあここは隊員の目撃報告なんかをネタに雑談する三門市民を市外のファンがうらやましがるサイトだよ」 「よくわかんねーけど、ろくでもねーサイトってことだけはよくわかった」 「オレは引退早かったから名前出てないけど、諏訪も特定されてる。23番ね。あ、ここの方が良いかな。大学三年生区分」 >大学三年生リスト ・探偵さん:もしくは煙草の人。本屋でよく見る。だいたいミステリを買う。 ・十代の人:年齢詐称さんとも言われている。大学で目立つ。見れば意味がわかる。 ・自炊さん:スーパーで買い出ししている目撃談が多い。玉狛近くの河川敷で犬の散歩をしていると擦れ違える。 「まあ、だいたいの隊員は本名で書き込むのが申し訳ないのであだ名が付いてるよ。嵐山隊以外」 「フツーにひでーんだけど?」 三門市民ひどすぎる。このあだ名で申し訳ない気持ちとかホントにあんのか。 「一応全ての隊員には「さん」を付けるのがルール」 「いやそーじゃなくてさ。コレ他の奴らもこんな名前なのかよ」 「これとか?」 >所属不明 ・ジャケットさん:いつもボーダーのジャケットを着ているので目立つ。学校行ってないんじゃないかって感じの頻度で昼間に目撃報告。非売品さんとも言う。 「これ迅…だよな?」 「たぶんね」 「非売品って何だよ」 「その流れは知ってる。元々はサングラスさんだったんだけど、あのサングラスどこで売ってるの?→非売品じゃない? っていう流れで最近はそう呼ばれてる」 「てかお前、随分詳しーなー」 「時々本物の情報落とすと面白いんで」 「やっぱリークしてんのかよ!」 「本部内からは書き込みしてないよ。IPでバレるんで殺されるし。というかそもそもボーダーからは書き込み出来なくなってる」 「ってことはこのサイトの管理はやっぱり……」 「メディア対策室でしょ。こんなに堂々とやれてるんだから。ちなみに、匿名の管理人さんとの定型挨拶文は「今日もボーダーに暗殺されるお仕事お疲れさまです」「まだ殺されてないよ」だから」 「……三門市におけるボーダーの立ち位置がよくわかる話だな」 「とにかくさー。どうせボーダー大好きな人とか大嫌いな人には色々バレてるから心配するなってこと」 「余計心配になったっつーの!」 「でもゲーム風トレカなら、ブロマイドと違って、誕生日とか血液型とか記載する余裕ないから、意外と個人情報拡散にはならないんだよね」 「マジか…。一応意味はあんのか」 「あとは、これから本はネットか本部内の売店で買えば?」 「あ、でもそれもな~。地元の本屋潰れんのイヤだし」 なんか全てにうんざりしながら、視線を後ろの二人に戻す。風間と木崎はまだ真剣にルールを読み込んでいた。 「で、そろそろいい?」 「……だいたい理解したつもりだ」 「デッキは用意してあるのか?」 「もちろん。二人分な。風間は本部メインのデッキ、レイジは支部メインのデッキでいいでしょ」 そう言って、寺島が荷物から輪ゴムで縛った紙の束を二つ取り出す。 扱い雑だな、と思ったがそれ以前の問題だった。 「これ……厚紙を切ってマジックで文字書いただけじゃねーか!」 「本物はまだ出来てないしー。いいじゃん、お試しでプレイ出来れば。あ、数字はゲーム用にいじってあるから実際の戦闘力とはそこまで関係ない」 「流石に文字だけのカードはシュールだな…」 木崎が床に広げたカードはだいたいこんなんだった。  ________ |6      4| |        | |  レイジ   | |        | |________| |隊員カード全てが| |常時防御+1  | |(自陣のみ)  | |6      5|  ________  ________ |8      3| |        | |   風間   | |        | |________| |手札を1枚捨てる| |と射程+1が可能| |(自陣のみ)  | |6      1|  ________  ________ |5      3| |        | |   すわ   | |        | |________| |手札を1枚捨てる| |と攻撃+1が可能| | (自分のみ) | |4      3|  ________ 「なんで俺のだけひらがななんだよ! ふざけんな」 「だって『諏訪』って画数多いから。書くの面倒だった」 「お前が書いたのか」 「そう。この名前の書いてあるところに本当は写真が入って、名前は上の方に書かれる予定」 「こんな風にか?」 そう言って木崎はオペレーターのカードを手に取った。  ________ |4 宇佐美栞 1| |        | |        | |  (写真)  | |        | |________| |眼鏡をかけている| |隊員は常時防御力| |+2(敵味方不問|  ________ 「なかなか尖った効果のあるカードだな…」 「敵味方不問…?」 「宇佐美らしいとは言える」 「確かに」 「いやあのさ。それもおかしーけど、なんでオペレーターのカードだけラミネート加工してある上に裏面は模様になってるし、手書きじゃなくて印刷なわけ?」 「オペレーターだけじゃないって。女性のカードは全部こうなってる。エンジニア有志がお試しで公式になる予定のデザイン借りて作ってくれたから」 「差別過ぎるだろーが」 「俺も、流石にどうかと思う」 「男のは作るの面倒だって言われたから俺が作ったんだよ。文句は受け付けない。大体、諏訪さぁ。元モデルをオペレーターにしている隊の隊長やってて、エンジニアに何か言える立場だと思ってんの?」 「……えっ、俺そんなに恨まれてる?」 「恨まれてるっていうか、羨ましがられてるっていうか…。むしろ呪われてる…?」 「やめねーか」 「雷蔵。別に文句はないが、これじゃカードの材質が違いすぎてめくる前にほぼオペレーターカードかどうかわかってしまうぞ」 「まあね、レイジ。でもこれは遊びだから、別にいいんじゃない?」 宇佐美の、みんなに親切だけどメガネにはもっと親切ってのは平和的差別主義だけど、エンジニアのは平和的じゃない差別主義だなーとマジで思う。いやわかるよ。男は雑魚寝でもしてろっていう感覚は俺にもわかる。けどこれはいくら何でも露骨すぎる。 「まだ本物は出来てないっていうか、隊員の写真使う許可をそれぞれに取ってからじゃないと作れないし」 「もういい。始めよう」 風間がカードの束をまとめて、やはり手書きでテキトーに書かれているフィールドシートを広げた。 「木崎、いいか?」 「ああ、だいたいわかった、つもりだ」 「オレがルールのナビするよー」 「じゃあ俺は見てるわ」 なんかもう始める前から疲れたので、傍観者に徹しようと思う。 「じゃあまず、【双方7枚ずつカードを山からめくる】だな」 「めくったが、オペレーターがいない」 「じゃあレイジはオペと隊員が揃うまで引き直し~」 「こっちは隊員もオペも揃っている。まず【隊長カード】をどれにするかなんだが…」 「じゃあ、風間の引いたカード見せて」 >隊員3枚(風間、菊地原、古寺)、支援2枚、オペレーター1枚(国近)、フィールドカード1枚 「うーん、当然だけどスナイパーの方が攻撃されにくいからスナイパーを優先する手と、あとは攻撃はポジション単位でしか出来ないからアタッカー二枚あるなら、アタッカーのうちどちらかを隊長にする手がある」 「アタッカーゾーンに攻撃が来ても、もう一枚で隊長をかばえる、ということだな」 「そーゆーこと」 「まあ、自分がいるから自分でやろう」 「無難だね。あと【フィールドカード】は場に一枚だけ出せるから置いといて。このカードの効果は常時発動する」 「この【場に出ている「動物がいるカード」の枚数だけ、隊長の防御力を上げることが出来る(一回のみ)】ということは、一度使用したらカードを捨て場に送るということでいいのか?」 「そう」 「つーか、「動物がいるカード」って何だよ。あるのかよ」 「あるんだよね。玉狛支部のカピバラとか。本部の猫とか」 そんなん世間に出すなよ、と言ったのだが、意に介されなかった。風間は「まあアレもボーダーの特色だしな…」と真面目に呟く。確かに、ボーダーはけっこー動物放し飼いにしちゃってるよくわかんねー組織だけどな…。カピバラに乗った五歳児を見た市外からの来客に「あれは何なんですか?」って聞かれて「……カピバラです」としか言えなかった過去もある。ぶっちゃけ、説明出来なかった。隣にいた風間も「カピバラですね」としか言えなかったという。 「で、レイジの方の隊長は?」 と、寺島が全部スルーして木崎に尋ねる。 「俺は、迅、烏丸、佐鳥だ。オペレーターは宇佐美」 「これ、レイジがオペに宇佐美を置くと、風間の方の古寺の防御力が+2になっちまうんだよな?」 「なるね。でも他にカードないんだからこれで」 「隊長は誰にするんだ?」 「ポジションがバラけているから迷うな」 「雷蔵、アドバイスしろ」 「そーだねー。まずアタッカーが一枚しかないときは攻撃を食らいやすいから、あまりオススメしない。次のターンで隊長即死の可能性がある。ここは攻撃を受けにくいスナイパーでしょ。隊員カード揃ってきたら、隊長は変更出来るし」 「じゃあ佐鳥で」  ________ |4      5| |        | |   佐鳥   | |        | |________| |女性カード全てが| |常時攻撃力+1 | |(敵味方不問) | |3      5|  ________ 「どうでもいいが……いやよくないんだが、「敵味方不問」の効果が多すぎないか?」 「まぁ、こういう偏った効果がおもしろさを産むんじゃない? あと、隊員カードは一人につき2種類あってそれぞれ効果もパラメータも違うから使い分け出来るし」 「ということは、最低2枚は写真撮られるってことだろ?」 「まあそうなるね。でもまずは、今ある写真の使い回しでしょ」 なるほど、と頷きながら二人が手持ちのカードを配置する。 「【先手】は?」 「【指揮が低い隊長がいる方】だから、木崎からだな」 「佐鳥の「指揮」3に宇佐美の「指揮」1を足して―――めくれるカードは4枚」 >隊員1枚(小南)、支援2枚、オペレーター1枚(綾辻) 「お。オペ増えたな。宇佐美と交換すんの?」 「ないね。オペは複数置きが基本。多ければ多いほどいい」 「なんで?」 「並行処理能力の合計分しか、隊員カード出せないから。宇佐美の4と綾辻の4で、今レイジは8枚隊員カードを置ける状況」 「けれど、オペレーターカードを撤去させるカードとかあるんだろう?」 「そう、だからオペレーターは常に余裕を持っておいておかないと」 なるほど、と風間が頷く。 「じゃあ次は、木崎の攻撃…の前に、【支援カードが一枚使える】けどどれにする?」 「まさにこれだな」 木崎が指名した「通信室」というカードには、マジで【オペレーターカードを1枚撤去させる】効果があった。 「いま国近しかいねーじゃん。これオペの数ゼロになって風間側が即死する?」 「いやまだだよ。風間は防御のターンでカードめくれるし支援カードも使えるから、対抗措置がとれれば死なない」 「山から追加でオペレーターを引くか、支援カードの効果を打ち消すカードを使うしかない、ということだな」 「そ。でもまずレイジの【攻撃を確定】させないとだな」 じゃあ、迅でアタッカーポジションを攻撃、と木崎は即決した。 「迅の攻撃力7ね。これで攻撃ターンは終了。次は風間の【防御ターン】に移る」 「風間の指揮6で国近の指揮1だから、7枚めくる、と」 「つーかこれ。枚数多くめくれた方が超有利じゃね?」 「そーゆーこと。つまり、基本、隊長カードは指揮高めの方がいい。で、風間は高いんだけど、アタッカーが隊長だと射程的に攻撃受ける可能性多いから、死にやすくもある」 「じゃあスナイパー隊長で指揮高かったら最強じゃん」 「狙いにくいのは確かだね。まあスナイパー狙いの即死効果のカードもあるからバランスは取ってる」 「木崎のカードが隊長になったら面倒、ということだな」 言いながら風間はカードをめくった。 >隊員3枚(太刀川、歌川、三輪)、支援3枚、オペレーター1枚(三上) 「三上、並行処理能力3だから、いま風間は合計6枚隊員カードを置ける」 「ギリじゃん。風間、菊地原、太刀川がアタッカーで…。あれ? 歌川はどこに置くんだ? オールラウンダーだろ」 「歌川は「射程」が3あるから、近距離と中距離どっちでも置ける」 「しかし今回は隊長(俺)がアタッカーなんだから、身代わりになれるアタッカーポジションに置くしかないだろう」 「それが正解」 「それで三輪も近距離に置く、と」 「【支援カード】は? ここで選び間違えるとオペが一人減って、隊員カードが一気に3枚減っちまうだろ?」 「――――これだな」 >「鈴鳴支部」手札を二枚捨てることで、相手の支援カードの効果を打ち消す。 「便利だなーこのカード。たくさん入れといた方がいいって」 「けれども、同じカードはデッキに二枚までだ」 「あ、そっか」 「使わない支援カードと「鈴鳴支部」のカードを捨て場に送った。これで、オペレーターを減らす効果は打ち消しだな?」 「そーだね。あとは迅の攻撃7を、誰のカードで受ける?」 「風間、菊地原、太刀川、歌川、三輪か。防御力7のカードはないな。防御力を上げる支援カードもない」 「誰かが身代わりにベイルアウトするしかないわけか」 「この場合は…歌川か?」 「でも歌川、射程3だから、アタッカーゾーンに置いとけばスナイパーにも攻撃出来るよ。もったいない」 「それを言うなら、菊地原のカードは特殊スキルあるのに勿体ない」 「これ、この特殊スキルってSEの言い換えだよな?」 「そんな風に、トリオンとかSEとか色々誤魔化してある」 「太刀川で攻撃を受けるのは? 射程が1だが」 「それこそ攻撃力9を捨てるかよ」 「三輪も射程3なんだよなー。三輪と歌川は似てるけど、三輪の方が防御力高い」 「歌川だな」 と決めたのは木崎で、何だろうこのゲーム…と思う。なんで風間のデッキのことを木崎が決めてんだ、てか四人の話し合いで決めてんだ。 「―――と、これでターン終了。風間の攻撃ターンだよ。だいたいわかった?」 「あぁ」 「あとは俺と風間で考えてみる。とりあえず俺は隊長カードを迅に交換だな」 「そうそうそれ、なかなかわかってんじゃん」 「迷ったら助言をくれ」 「了解。あとは、このゲームのコンセプトだけど」 「ん?」 「まず、カードをどんどんめくって、どんどん捨ててく感じになってる。回転速くしないとダメ」 「捨てんの?」 「そこが実はネックで。めくる枚数が多い分、使って捨ててかないと手札が多すぎになる。山からカードを引こうとして、たとえば7枚引くべきだったのに、捨て場を含めて4枚しか残ってない、とかなるとそこでゲームオーバー。負け」 「……それで、支援カードの効果に「手札を捨てて効果発動」みたいなのが多いのか」 「そう。捨てられないでカード増やすだけだとむしろ死ぬ。どれを残してどれを捨てるか。判断の速さ、決断力が必要だね」 面白いかもな、と風間が呟き木崎が頷く。まあ諏訪としてもそれには賛成しないわけではない。けど、さっき気付いてしまった事実があって、あとは客達に任せて自分は洗濯機を回すために、その場を離れた。後ろの方で、まだ寺島が楽しそうにルール解説をしている。 「20枚ルールってのもあるんだ。デッキが20枚。B級のまだ弱い隊員のカードが活躍出来るように作ったんだ。20枚ルールの場合、「指揮」が高いとむしろ不利だからA級が使いにくくなる。相手がカード引きすぎで死ぬのを誘発するのが主な勝ち方かな。「メディア対策室」っていうえげつないカードがあってさ。相手の指揮を1ターンにつき1上げていくっていう。勿論相手はカードめくる枚数が増えて有利なんだけど、相手の攻撃を数ターン耐えきれば、敵はカードの引きすぎで即死する」 「40枚だと、そこまではならないな?」 「まあ効果打ち消しカードもあるからね。あと60枚ルールってのもあるけど、これは後で説明するよ」 「40枚ルールだと、A級隊員が有利ということか」 「そんな感じ。あ、そうそう。風間のデッキは相手隊員の全滅狙い、レイジのデッキは相手隊長の一撃必殺狙いで組んであるから、参考にして。あと、それに対抗出来るだけの支援カードもそれぞれ入れてあるから」 寺島の話を遠くから家事をこなしつつ聞く。この予感は当たると思った。そしてあたった。結果―――二時間経っても風間と木崎の対決は終わらなかった。 「……長く掛かるな」 「そりゃ、そーだろーよ」 流石に洗濯も皿洗いも掃除も何もかも終わってしまったので、諏訪は再び横槍を入れに戻る。 「デッキは全部雷蔵が組んで、相手への対抗手段も入れて、更に当の本人がアドバイスしてたらどっちかが勝つわけねーだろーが」 「……そういえばそうだ」 「つーか、もっと早めに気付けって」 三人とも感心した様子でこっちを見てくるが、ホント三人もいてもっと早くに気付けなかったのか。外を見ると既に暗い。夕飯の時間だ。 「どっか飯食いに行こうぜ~。あと酒」 「……そうしよう。なかなか楽しかった」 「だな」 「発売されたらやる?」 「やってもいい」 「流行るだろうか」 「それはわからないな」 風間と木崎が上着を羽織ろうとしたところで、寺島から最後の一撃があった。 「―――さて、ここで社内販売のお知らせです」 は? と三人揃って瞬きする。 寺島は機嫌良く笑いながら、チラシを配ってきた。【ボーダー隊員職員向け社内限定販売、嵐山隊とか忍田本部長とかのSレアカードまで入ったフルコンプリートボックス(500枚)がなんと3万円で予約出来ます!】という、どう見てもパワーポイントで五分くらいで作ったやつを。 「これ、売れれば第二弾が出るから」 「そんな誇らしそうに言われても困るんだが…」 「エンジニアは既に第二弾も考えているのか?」 「ちょい待て。5枚200円なら、500枚なら2万円じゃん。高くなってんぞ」 それ以前に、カード500枚とか持っててどうすんだよ、と思う。 「ルールブックとカードの置き場がわかりやすいゲームシートも付いてくる。何よりレアカード全部入ってるんだよ? 普通にランダム封入で買って揃えようとしたら20万は掛かる」 「はぁ?」 「阿漕な商法だな…」 「Sレアがほぼ定価で手に入るのにアコギなわけないじゃん?」 「雷蔵、お前、エンジニアの価値観に毒されてないか?」 木崎が不安そうに引退した同級生を見る。当の本人は、そうかな? と首をひねった。 「こっち買った方が、効率がいいよ」 「効率がいい…」 「風間。騙されんな」 一瞬ぐらついた風間に一言言ってやる。お前大好きだからな、効率とか。 「ホントわかってないなー。これすごくお得なんだよ。ボーダー隊員職員だけが買える福利厚生の一環と言ってもいい」 「わかりたくねーんでいい」 「一つもらおう」 と、言い出したのは木崎だった。 「レイジ? お前、大丈夫か?」 「まあ…面白かったし一つあってもいいか、と。それに烏丸が欲しいかもしれない。弟妹もいるし邪魔にはならない…だろう。邪魔だったら渡さないが」 「小南の分は?」 「小南はいらないだろう」 「まぁ確かに」 「じゃあまず一つね」 「雷蔵、お前は買うのかよ」 「二つくらいは」 「は?」 「保存用とプレイ用に。冬島さんとか他のみんなは四つは買うと思うよ。保存用、プレイ用、布教用、投機用(但し実際に売るわけではない)で」 「ええええ?」 エンジニアっつーのは本当に頭おかしいな、と思いながら改めてチラシを見る。だって4つ買ったら12万じゃん。まあ、あの人らは高給取りな上に使うヒマない職種だから、それでもいいんだけど。ってかこれ、ボーダーが発行してボーダー隊員の給料を吸い上げるという搾取構造じゃねーのか、と疑問が湧く。 「風間は?」 「……三上はないとして、歌川や菊地原が欲しがるだろうか…」 「てゆーか、風間はレアカードになってるからみかみかもほしいんじゃないの? あ、木崎もだけど」 「!?」 「A級隊長はとりあえずレアにしてみた。あと、人気のある嵐山隊と、ついでに忍田本部長と城戸司令をSレアにして、ボーダーのわかりやすい序列関係をアピールしようって話。まあ宣伝の一種だからね。テレビに出てる本部長とか司令とかはすごい人だって青少年に刷り込もうという広報活動だね」 「カードゲームってそういうものだったか…?」 「メディア対策室が絡んでいるから、純粋なカードゲームではないのはわかるが」 「で、風間。どうすんの?」 隊員の分買ってあげるの? と寺島が風間に問う。 「自分で買わせろよ」 「しかし3万だぞ…?」 「違う。そのコンプリートボックスとやらじゃなくて、自分で200円のパッケージをちまちま買って、友達とわいわい交換するっていう、ちゃんとした遊び方をさせてやれってこと」 「でも欲しいカードが出るとは限らないからねー」 風間は迷っているらしい。確かに、風間隊の連中は風間の信者なところがあるからマジで買いかねない。しかも3万なら、A級隊員なら買える値段ってのもある。 「いや気付け。お前が隊員三人分買ったら9万だぞ」 「レイジが烏丸に買って渡すのはよくて、風間はわるいわけ? どっちも同じじゃん」 「条件が違うだろ!」 「まぁ…今日の飲み会の議題はそれだな」 と、木崎がその場をまとめる。いつもの店に四人で顔を出すと、そこには堤と太刀川という先客がいた。愚痴を兼ねて事情を話すと、二人の酔っ払いは顔を見合わせてからこっちに向き直る。そして、 「諏訪さん達の話って、お父さんが子供との付き合い方に悩んでいる話にしか聞こえませんが」 「要するに、風間さんの悩みは、教育に悪いけどオモチャは買ってあげたい、ってことだろ?」 とか言ってきた。当然、飲み会は荒れた。  * * * 社内販売最終予約数――――954。 [newpage] ■■■ゲームのルール■■■ 【カードの種類】 01・隊員カード    :オペレーターの並行処理能力の合計分、場に出せる。この中から一枚、隊長カードを選ぶ。 02・オペレーターカード:場に何枚でも出せる。オペレーターの並行処理能力の合計を超えた隊員カードは捨て場に移さなければならない。 03・支援カード    :様々な効果を持つカード。場に何枚でも出せる。攻撃、防御時に一枚使用可能。 04・フィールドカード :場に一枚だけ出せる。基本的に隊長カードかオペレーターカードを支援する効果が付いている。一度だけ使えるカードの場合、自分のターンがきたら使用出来る。 【カードの詳細】 ■隊員カード=そのうち一枚を隊長カードとする。隊員カードに書かれた特殊効果は、隊長になったときのみ発揮される。 四隅の数字は、左上から時計回りで、「攻撃力」「防御力」「射程」「指揮」。 実際の攻撃・防御時は、支援カードで効果をupさせる。  ________ |8 風間蒼也 3| |        | |        | |  (写真)  | |        | |________| |        | | カードの効果 | |6      1|  ________ この場合、攻撃力8、防御力3、射程1、指揮6。 隊長カード=隊員カードの中から選ぶ。プレイヤーの基礎能力を決定する。特に「指揮」は隊長カードにした場合大きな意味を持つ。 ・攻撃力:相手への攻撃力。 ・防御力:相手の攻撃からの防御力。 ・指揮:隊長に指定したカードにおいて、この数字の数だけ手札の山からカードをめくれる ・射程:アタッカー1、ガンナーシューター3、スナイパー5が基本。射程の届く範囲に攻撃出来る(支援カードで補助可能) ■オペレーターカード:場に最低1枚以上出さなければならない。ゼロになると隊員カードを維持出来ないのでプレイヤーは敗北する。 ・並行処理能力:左上の数字。この数字の人数だけ、フィールドに隊員カードを出せる。 ・指揮:右上の数字。この数字の数だけ、追加でカードがめくれる。  ________ |3 三上歌歩 1| |        | |        | |  (写真)  | |        | |________| |        | | カードの効果 | |        |  ________ ■支援カード:場に何枚でも出せる。攻撃時、防御時に一枚使用出来る。 (例) ・ツインスナイプ:このカードに加えて、手札から二枚捨て場に移す。同時に二人攻撃出来る。 ・隠密行動   :自分の手札からカードを捨てた枚数分だけ、相手の支援カードを廃棄させることが出来る(カードの指定は出来ない)。 ・旋空弧月   :攻撃時に射程+1、威力+2。 ・バッグワーム :手札を捨てた枚数と同じだけ、相手からの複数攻撃を避けられる。レア。 ・レイガスト  :このターンのみ、自陣全てのカードで防御力+2。 ・グラスホッパー:このターンのみ、自陣全てのカードで射程+2。 ・イーグレット :このカードを使うと、個別の隊員カードを指定して攻撃出来る(隊長カードは除く)。 ・カメレオン  :このカードを使い手札を好きなだけ捨てると、次の攻撃ターンで捨てた枚数分の支援カードを同時に使うことが出来る。レア。 ・通信室    :敵のオペレーターカードを1枚廃棄させることが出来る(カードの指定は出来ない)。 ・回収班    :カードの山から追加で二枚めくる。 ・外務/営業部 :相手のカードを1枚、デッキから削除する。削除されたカードは捨て場に置くことも出来ない(カードの指定は出来ない)。 ※「手札を捨てろ」という指示の時、捨てるカードはどの種類でもいい。 ■フィールドカード:場に一枚だけ出せる。毎ターン交換出来る。一枚しか置けないので、余ったカードは捨て場に送る。効果が常時発動しているものが多い。 ※Sレア ・城戸司令 :相手プレイヤーは隊長カードと他カードで保護しているカードを除き、全てのカードを捨て場に移動させる。一度使うと、このカードはデッキから削除される。 ・忍田本部長:1ターンのうちに、自陣全てのカードがそれぞれ一回攻撃出来る。一度使うと、このカードはデッキから削除される。 ・嵐山隊  :このカードがフィールドに出ている間、自陣のオペレーターに対する全ての攻撃・効果を受け付けない。 【ゲームフィールド】 ・隊員カード置き場(近距離):何枚でも置ける。隊長カードはそのカードのポジションに適した場所に他の隊員カードと共に配置。 ・    〃   (中距離): 〃 ・    〃   (遠距離): 〃 ・オペレーターカード置き場:何枚でも置ける。 ・支援カード置き場    :何枚でも置ける。 ・フィールドカード置き場 :1枚のみ置ける。 ・捨て場  :余ったり、使用した捨てたカードはここに置く。取り札がなくなったらここのカードをシャッフルして山に追加。 ・取り札の山:ターンの最初に指定枚数だけめくる。この山から、そのターンに取るべき枚数を引けなかったら(捨て場にあるカードも含めて数が足りなかったら)、そのプレイヤーは敗北する。 【射程の概念】 ・フィールドの構造 敵陣 5□□□□□<狙撃手ゾーン 4□□□□□<銃手・射手ゾーン 3□□□□□<攻撃手ゾーン 2■■■■■<攻撃手ゾーン 1■■■■■<銃手・射手ゾーン ★■■■■■<狙撃手ゾーン 自陣 ・「射程」の数だけ先のマス(にいる隊員カード)を攻撃出来る。 ・アタッカーは1、ガンナーシューターは3、スナイパーは5は基礎値。 (支援カードを使わない限り、「射程」1のアタッカーは敵のアタッカーしか攻撃出来ない) ・原則、ポジションと同じゾーンに隊員カードを配置する。(例:アタッカーをスナイパーゾーンに置くことは出来ない) ・オールラウンダーなど複数ポジションを持っている隊員は、担当しているポジションのどちらのゾーンにも配置出来る。 ■基本ルール 【勝敗・基礎】 ・隊長に選んだカードが倒されると敗北。 ・同じ隊員カード、オペレーターカードをフィールドに出してはいけない。(フィールドに同一人物が二人いることには出来ない。デッキに組み込むことは可能。また、敵プレイヤーの出したカードとの重複は問題ない) ・全ての種類において、同じカードはデッキに2枚まで組み込める。 ・隊長カードはターンの最初に交換出来る(1ゲーム中3回まで)。 【初期デッキ配置】 ・プレイヤーのデッキは40枚で構成される(20枚ルールと60枚ルールも別途ある)。 ・プレイヤーは、最初に7枚カードを引く。 ・7枚の中に、隊員カードがない場合、全てのカードを捨て場に送りもう一度7枚引き直す。 ・7枚の中に、オペレーターカードがない場合、全てのカードを捨て場に送りもう一度7枚引き直す。 ・プレイヤーは、手持ちの隊員カードの中から隊長カードを選んで目印を付け、相手に伝える。 ・引いた後の全ての手札は双方のプレイヤーに公開される。 【ゲームの始まり】 ・隊長カードの「指揮」の値が低いプレイヤーが先手となる。 ・山から、「隊長カードの指揮」+「オペレーターカード全ての指揮」を合計した枚数分、カードをめくる。例だと6+1で7枚。 ・相手に攻撃する。 >攻撃ターン ・使用する「支援カード」を1枚選ぶ。 ・場に出ている隊員カードの中から好きなカードを選ぶ。 ・そのカードの「射程」の数字から範囲内のポジションを攻撃する。 例・自陣のアタッカー「射程:1」で、「支援カード:射程+2」を使用。敵のスナイパーゾーンを攻撃。攻撃力は「8」。 >防御ターン ・山から、「隊長カードの指揮」+「オペレーターカード全ての指揮」を合計した枚数分、カードをめくる。 ・敵に指定されたポジションの中の、どのカードで攻撃を受けるか決める。  ・そのポジションに1枚しかカードがない場合はそれで受けるしかない。   ・敵はポジション全体しか攻撃出来ない。カードを指定して攻撃したい場合は、支援カードによる補助効果が必要。  ・敵の攻撃力の数字が、攻撃を受けるカードの防御力の数字を上回った場合、敗北。負けたカードは捨て場に送られる。  ・このタイミングで「支援カード」が使用可能。  ・「防御力」を上げたり、攻撃そのものを躱したり出来る。 例・敵の攻撃力8、こちらの防御力7だとしたら、「支援カード:防御力+1」を使って攻撃を相殺出来る。 【続き】 ・プレイヤーA攻撃→プレイヤーB防御→プレイヤーB攻撃→プレイヤーA防御、の順番でターンを繰り返す。 ・相手の隊長カードを倒したプレイヤーが勝利する。 ・その他勝利条件。  ・相手のオペレーターカードをゼロにする(隊員カードが自動的にゼロになり、隊長カードも敗北)  ・相手が山からカードを引くとき、山のカードが引くべき枚数よりも少ない(手元に40枚のカードが全部出てしまっている状態)。 【補足】 ・隊長カードとオペレーターカードを兼ねる特殊カードがある(例:草壁)。 ・デッキの枚数はプレイヤー同士の同意で決める。  ・20枚ルール:「指揮」の値が低い隊長とオペレーターを配置しないとカードのめくりすぎで即死するルール。別名:B級カード優位  ・40枚ルール:基本ルール。バランスの取れた標準ルール。別名:A級カード優位  ・60枚ルール:オペレーターを平均5名以上を配置する形の集団戦。カードをたくさんめくってたくさん捨てることで、隊長カードへの一撃必殺が発生しやすくなっている混戦気味のルール。別名:特殊スキル持ち優位
BBFネタバレ。コメディ。色々捏造。※なんでも許せる方向け <br />エンジニアの皆さん(冬島さん、寺島さん他)にそそのかされる根付さんに、忍田さんが「大丈夫だろうか…」と思っている話。2ページ目は21歳組が4人で仲良く?運用テストをしています。諏訪さんしかツッコミがいないという過重労働環境は是正されるべきだと思います。<br />一応3作目なので、あんまり繋がってないですけどシリーズ化してみました。<br /><br />図解が入ってるので、PCで御覧の場合、行間を「狭い」に設定していただくと見やすいかと思います。<br /><br />■ネタバレ補足<br />・えっ……隊員トレカとかメディア対策室、隊員のプライバシー守る気あるんですか……(でも売ってたら絶対に買う)。ということで、隊員トレカにゲーム性を持たせるべきと全力で主張するエンジニア(モブ含む)と、テストプレイする21歳組の雑談(ダラダラしてます)。エンジニアの皆さんはトレカ大好きという設定。寺島さんの口調難しい。<br />・トレカのプレイ経験一種類しかないのでルール捏造の穴とか大目に見ていただきたく。3P目にルールだけまとめてあります。こういうの考えるの大好きです。
専門家の提案
https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=6530781#1
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 付き合って一年もすれば、お互いの良いところも悪いところも十二分に知り尽くす。幾度となく呆れ果て、時には口汚く罵りあって、それでも別れようと思わないのは、失望を上回るだけの愛情を互いに抱いているからだ。性格や嗜好に多少の難があろうとも、そんな欠点を補って余るほどの魅力をあの男は持っている。  昔からよく言うではないか。  痘痕もえくぼ、惚れたが負けだと。  そんな美しい言葉で飾ってみたものの、恋人が約二時間の大遅刻をしている状況には変わりなく、土方はぎりりと歯ぎしりをした。あまりに強く歯ぎしりしたので、咥えた煙草の端っこを危うく噛み千切るところだった。 「何やってんだ、クソ天パ!」  吸いかけの煙草を灰皿に置くと、ビールのジョッキを飲み干してカウンターに叩きつける。思いのほか大きな音がして、隣席の客から冷ややかな視線を送られた。気まずくなった土方は、懐をごそごそと探って財布を取り出した。 「大将、勘定を頼む。」 「あれ。待ち合わせじゃなかったの、副長さん。」  顔を出したのは店の若女将だった。表裏を含んだ意味深な笑い方をするこの女が、土方は少しだけ苦手である。二人が喧嘩をした時に、やたらと万事屋の男の肩を持つのも気に食わない。  何でもその昔、銀時がこの店の若女将からの依頼を受けて無理難題を解決してやったらしく、店の大将も若女将も何かと万事屋に対して融通を利かせるので、この店はあの男のお気に入りの店のひとつなのだった。 「待ち人が来ないんじゃ、仕方ねぇ。」  カウンターに札を置いて土方が告げると、 「あらあら残念ねえ。またご贔屓に。」  商売用の微笑みを顔に張りつけて、若女将は頭を下げた。  梅雨時の湿り気を帯びた空気の中を、屯所まで足早に歩く。自室に到着した頃には、全身が汗でびっしょり濡れていた。着物をその辺に脱ぎ棄てて風呂場で体を清めると不快感はいくらか失せたが、腹立ちは収まらない。  二時間。  二時間、だ。  こんなに長く待たされたことも初めてなら、あの男に待ち合わせ自体をすっぽかされたことも初めてだった。苛々しながら文机に積み上げた書類の整理をしていると、懐に入れた携帯電話がぶるぶると震えた。 「土方だ。」  不機嫌な声で応じると、電話口の向こうから、 「オメー、いま何処にいんの。」  同じくらい不機嫌な声が返された。 「何処って、屯所だが。」 「仕事中なの。」 「いや、風呂から上がったところだ。」 「はぁ? 風呂? 俺との待ち合わせを忘れちまったのかよ。」 「そっちこそ、何を言ってんだ。」  土方は反論した。 「俺はちゃんと店に行った。二時間待ってもてめぇが来ないから、屯所に帰ってきたんだろうが。」  噛みつくように言ってやると、 「二時間? 二時間って何? 俺なんて、もう四時間もオメーが来るのを待ってんだけど!」  銀時も負けじと大声でわめく。 「四時間も待つ前に、電話の一本くらい入れろ!」 「だって仕事中だったら電話を鳴らしちゃまずいと思ったんだよ! つか、オメー本当に店に来たのかよ?」 「当たり前だ。」  男はしばし無言になった後で、 「何処の店。」 と、訊ねてきた。 「何処って、ほら、てめぇが贔屓にしてるいつもの店だ。一丁目のビルの角の居酒屋。」 「俺、今そこにいるんですけど! 一丁目のビルの角の、赤い暖簾の。」 「そう、一丁目のビルの角の……赤い暖簾?」  赤い暖簾に引っ掛かりを覚えた土方は「その店の名前は、」と訊いてみる。二人が同時に別々の店の名前を挙げたので、土方は額に手を当てて呻き、男は電話の向こうで小さく叫んだ。 「何それ、全然違うじゃねぇか!」 「それはこっちの台詞だ!」 「俺がいつもの店で鮎の塩焼きが食いたいって言ったら、オメーも分かったって頷いただろ!」 「前にてめぇがあの店の鮎料理を好きだって言ってたから、俺ァてっきりいつもの店ってのは、あの店のことだと思ったんだよ!」 「何それ、俺のせいなの? オメーの方こそ、鮎料理だったらこの店に限るって言ったじゃねーか!」 「てめぇがはっきり店の名前を言わねぇのが悪ィ。」 「いや、同罪だろ? 同罪だよね? 何で謝んねえの?」 「俺は悪くねえ。謝るのはてめぇの方だ。」 「店を間違えたのはオメーも同じだろうが!」 「勝手に勘違いしたてめぇのせいだろ。」 「はぁ? 何でいつも俺ばっかりが悪いことになってんの? 何でオメーはいつも謝んねえの?」 「俺が悪くないのに何で謝る必要がある。」 「だからさぁ、何でいつも俺のせいにすんの? 俺が全部悪いって? 俺が謝ればオメーの気が済むの?」  銀時は、いまや完全に怒っていた。 「いつも思ってたけど、オメーって本当に自分勝手で我が儘だよね。つーか、俺への扱いが酷過ぎじゃね? 俺のこと、いったい何だと思ってんの? 下僕? セフレ? ただの知り合い? オメー専用のアナログスティック?」  この俺が、ただの知り合いに股を開いてアナログスティックを突っ込ませるとでも思ってんのか。土方は憤慨した。約束をすっぽかされて怒っているのはこちらも同様である。  怒った土方は、 「下僕でもセフレでもアナログスティックでも、好きなように考えやがれ。俺はてめぇなんざもう知らねぇ。」 と、言い捨てて通話を切った。  てっきり、すぐに怒りの電話が掛かってくるものだとばかり思っていたのに、手の中の小さな機械はうんともすんとも言わず、沈黙を保っている。  土方は苛々しながら文机の上に電話を置くと、腕を組んだ。  一晩中待っても、男からの電話は掛かってこなかった。      *  あれから三日が過ぎたが、未だに男からの着信はない。  あまりにも電話が鳴らないので、もしかして電話の呼び出し音が壊れているのではないかと心配になった土方は携帯ショップに出向いたが、店員から「異常はありません。」と携帯電話を返される。 「そんなはずはねぇ、掛かってくるはずの電話が掛かってこねぇんだ。」  カウンターで応対した店員に食ってかかると、「それは、機械の問題はありません。」と平坦な声で告げられて、土方は店から追い出された。  あの店員は、まるで機械のことを分かっちゃいねぇんだ。  屯所に帰った土方は、部屋に戻ると独り言ちた。  もしも今この瞬間、万事屋の男が俺に電話を掛けてきたとしても、着信音が鳴らなければ土方は電話を取ることができない。銀時が俺に無視をされたと勘違いをしてしくしく泣いてしまっていたら、あの店員はいったいどう責任を取るつもりだ。  万事屋のデスクの裏側で膝を抱えて丸まっている銀時の顔が思い浮かんで、土方は今すぐにでも万事屋に駆けつけたい衝動に駆られたが、そんなことをする訳にはいかなかった。  何故なら、自分たちは喧嘩の最中だからである。 「そんなに気になるんなら、着信履歴を見ればいいんじゃないですかね?」  天からの声が聞こえたので、土方は慌ててポケットから電話を取り出すと電話の履歴を調べてみたが、万事屋からの着信はなかった。 「駄目だ、着信履歴の表示も壊れてやがる。」 「……単に旦那が電話を掛けてこないだけなんじゃないですか。」 「いや、そんなはずはねぇ。」 「どうして断言できるんです?」 「アイツは三日おきに俺の声を聞かねえと死んじまうんだよ。」 「何それ、重ッ!」  土方が顔を上げると、地味な部下がお茶の盆を持ったまま部屋の入口に突っ立っていた。天からの声だと思っていたのは、直属の部下の声だったらしい。  土方は平静を取り繕って、電話を胸ポケットにしまった。 「何かの用か。」 「いいえ、副長の様子がおかしかったんで、じゃんけんで負けた俺が様子を見に来ました。お茶をどうぞ。」  差し出された茶碗をずずっと啜る。 「五月摘みの一番茶ですよ。お味はどうですか。」 「温いな。」 「はぁ、そうですか。副長って時々、小姑っぽくなりますよね。」 「それは嫌味か。」  いいえ、と部下は首を振って見せた。 「なぁ、山崎。」  新茶の碗を片手に縁側を見ながら土方は部下に呼びかけた。 「何です?」 「俺は自分勝手で我が儘な男か?」 「は? ああ、旦那にそう言われて落ち込んでるんですね。喧嘩でもしましたか?」  土方が黙って部下を睨みつけると、 「さっさと謝った方が良いんじゃないですか。」  朱塗りの盆を抱きながら、部下は小首を傾げて見せた。 「いや、昨日の喧嘩はアイツが悪い。」  昨夜の顛末を打ち明けると、山崎は途中からうんざりした顔になって「どっちもどっちなんじゃないですかね。」と呆けたことを言い出したので、飲み終わった茶碗を投げつけて副長室から追い払う。  あの部下ときたら、上司である土方を差し置いて万事屋の男ばかりを庇っている気がしてならない。どっちもどっちだと? 何を言ってやがる。俺は少しも悪くねぇ。  どすどすと足音荒く廊下を歩いていると、廊下に寝転がっている総悟を危うく蹴飛ばすところだった。 「オイ、通行の邪魔だぞ。」  肩をゆさゆさ揺さぶると、少年はアイマスクをずらして澄んだ褐色の瞳を土方に向けた。 「何ですかィ、アンタ。」 「は?」 「酷ぇ顔してやがらァ。旦那と喧嘩でもしたんですかィ。」 「俺があいつと喧嘩するのはいつものことだろうが。」  土方が吐き捨てると、少年は肩を竦めてみせた。 「ま、どうせ土方さんのことですから、また旦那に理不尽なことを言って困らせたんでしょうや。」  土方はむっとして、先ほど山崎に説明した内容をもう一度繰り返したが、総悟は大きく息を吐き「旦那もご苦労なことでさァ。」遠い目をして呟くと、それきり土方に背を向けて再び廊下に寝転んだ。  その後も、土方が隊士を捕まえてあの男の愚痴を言うたびに、遠い目で溜め息を吐き出された。  まったく、どいつもこいつも話にならない。  土方は頬を膨らませて、かぶき町への道を歩いた。決して万事屋へ行くつもりはない。ただの仕事だ。巡回だ。たまたま新宿二丁目かぶき町、万事屋周辺が本日の巡回ルートに入っているのだ。  さくさくと歩いていた土方の足が急に立ち止まる。懐かしい香りが何処からか漂ってきたのだった。芳香の流れてきた方に顔を向けると、そこには一軒の花屋があった。ガラス張りのショウウィンドウには色とりどりのバラの花で作られたアレンジメントが飾られている。  チリン、と鈴を鳴らしてドアを開けると、見覚えのある店員が「いらっしゃいませ。」と声を上げた。 「お久し振りです。また、バラをご入り用ですか。」 「……ああ、頼む。」  土方はついつい頷いた。 「何色にしますか?」 「何色でも、」  構わない、と言いかけて土方は言い直した。 「白い花を頼む。」 「承りました。」  花屋は冷蔵ショーケースの扉を開けて、八重の白バラを取り出した。鼻歌を歌いながら枝に生えた刺を抜き、余計な葉を鋏で落として、美しく枝ぶりを整える。 「お客さん、バラが好きなんですか。」 「まぁ、悪かねぇな。」  特に好きでもなければ嫌いでもない。土方が店のあちこちに飾られたフラワーアレンジメントを居心地悪く見ていると、 「バラは、恋人に送るにはぴったりの花ですよ。」  花束を作りながら、店員が言った。 「知ってますか、お客さん。バラは花の色だけじゃなくて、本数や大きさでも、花言葉が変わるんです。赤いバラは愛情、黄色いバラは友情、小さな黄色いバラはお別れ、白いバラは純潔や相思相愛、心からの尊敬を示しているんですが、これが蕾の状態だと恋をするには若すぎるって意味になるんです。」 「ほう。」 「僕は、ご夫婦や恋人にプレゼントするなら三本のバラをお勧めしますね。貴方を愛しているって意味ですよ。」  土方はもぞもぞと腰の辺りを動かした。 「お客さんくらい男前だったら、うんざりするくらい花を貰えるでしょうねえ。」 「いや、そんなことはねぇよ。一年前に枯れた白いバラを貰ったことならあるが。」  土方が答えると、 「え?」  店員は問い返した。 「枯れた、白いバラですか?」 「ああ、そうだ。」 「その人、何か言っていませんでした? その、バラについて。」 「そのバラが自分の気持ちだとふざけたことを言いやがったから、そんな汚ねぇもんは要らねぇと言ってやった。」  土方が答えると、店員は痛ましそうな目つきをして、揃えたバラの茎をぱちんと鋏で切り落とした。 「お客さん。そのバラの意味を知っています?」 「たしかアイツは、ずっと一緒にいてほしいって意味だとか、適当なことを言っていやがったな。」  嘲笑を浮かべる土方に、 「言葉そのままの意味ですよ。」 と、店員は言った。 「は?」 「枯れた白いバラを贈ると言うことは、生涯を誓うと言う意味です。」  真っ白なリボンを三本のバラの茎に結びつけ、店員はできあがった花束を土方にと手渡した。 「はい、どうぞお持ちください。今度は貴方がその方へ、気持ちを伝える番ですよ。」  花束を片手に持って、土方はしょんぼりとした顔で道を歩いていた。  何もかもが今更だった。  一年前のあの夜に、銀時は必死の思いで土方に求婚してくれたのだ。あの日からずっと、いや、きっとそれ以前から、あの男は土方に対して変わらぬ愛を捧げてくれた。なのに自分ときたら、たった二時間の遅刻に腹を立て、店を間違えた男を一方的に責め立てた。下らないことで喧嘩をするのは二人の日常茶飯事だったが、これほどまでに喧嘩が長引いているのは、あの時の土方が「下僕でもセフレでもアナログスティックでも好きなように考えやがれ。」と、酷い言葉を投げつけてしまったからだろう。  銀時に、会いたい。  会って、酷い言葉を投げつけたことを謝りたい。  三本のバラの花束を抱えてとぼとぼと道を歩いていると、六月の[[rb:噎 > む]]せかえるようなバラの香りが土方の周囲を包んだ。  はっと顔を上げた土方が周囲を見回すと、ちょうど道の向こう側にある公園に、たくさんの野バラが乱れ咲いているのが見えた。そして、緑色の葉が茂る木立の奥にちらりと見えた人影は、あれは。 「万事屋。」  土方は走り出した。      *  公園のベンチで一人、顔を曇らせて座っている男に土方は声を掛けた。 「座っていいか。」  男は土方を見上げてほんの一瞬だけ目を輝かせたが、しかしそんな瞳の輝きもすぐに消え失せて、いつもの死んだ魚の目へと変わる。 「何しにきたの、オメー。」  むくれた顔で銀時は訊ねる。 「銀さんのアナログスティックが恋しくなっちゃった?」 「ああ、そうだな。」  土方は男の隣に腰を掛けると、二人の間に生じた空間にバラの花束をぽんと置いた。 「何、これ。」  膨れっ面の銀時が言うので、 「これはな、てめぇにやるために買ったんだよ。」 と、正直に答えてやった。 「それってつまり、仲直りをしようってこと? 言っとくけど、銀さんスゲー怒ってっから。オメーがごめんって謝るまでは絶対ぇに許してやんねぇから。」 「悪かったな。」  土方が素直に謝ると、銀時は座った姿勢で飛び跳ねて、ベンチから転げ落ちそうになった。 「何をやってんだ。」  ベンチの上で飛び跳ねたり、ベンチから転がり落ちそうになったり、忙しない動作をしている男に向かって土方が言うと、銀時はうーうー呻いた後で、 「夕食を奢ってくれるんなら、仲直りしてやっても良い。」  ぽつりとそう言った。 「てめぇ、腹が減ってんのか。何だったら俺が買ってきたその花、食っても良いぞ。」  土方が顎で白い花束を示すと、 「やだね。」  銀時は花束を持ち上げて、そそくさと懐の中へ隠してしまう。 「この花は食ったりなんてしねぇよ。俺が一生大事にしまって、墓前に供えてもらう花だからな。」 「枯れちまうぞ。」 「枯れちまっても構わねえよ。」  銀時は懐に入れた花を、大切そうにそっと撫でた。 「なぁ万事屋、てめぇばっかり花を貰ったら不公平だとは思わねぇか。」  土方が強請ると、 「何、オメーも花を寄越せって? 生憎、そんな金はありませーん。」  銀時が笑いながら言うので、 「そこの茂みに生えてるので構わねぇよ。俺には花を愛でる趣味はねぇから、萎れて枯れたやつでいい。」  土方の言葉を聞いた銀時は、陸に上がった魚のように口をパクパクと動かした。 「お、オメー、花言葉の意味を分かって言ってんの?」  慌てふためく男の襟元を引き寄せて、「花の意味は、以前てめぇが俺に教えてくれただろうが。」と答えた土方は、男の口に唇を重ねて離した。 「ずっと一緒にいてほしい。」 「オメー、まさか酔ってんのかよ?」  口づけの合い間に、泡を吹いた銀時が叫ぶ。 「生憎、酒は一滴も飲んでねぇよ。」  土方はそう言って、男の鼻を摘まみ上げた。  きっと、花に酔ったのだ。  六月の夜の空気に漂うバラの香りに包まれて、土方は白いバラの蕾が花開くように、静かに笑った。 了
 付き合って一年が経ち、ささいなことで喧嘩した銀土が仲直りをするまでの話。前作「花を食う」<strong><a href="https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=5452423">novel/5452423</a></strong>の続き物ですが、単品でも読めます。<br /> 明日は春コミですね、行かれる方々は楽しんでください。<br /><br />オフのお知らせです。<br />5月3日のかぶき超大集会で、個人誌2冊の発刊を予定しています。サンプルや価格などは、合同誌の詳細と合わせて後日お知らせします。まだまだ先の話ですが、どうかよろしくお願いします。<br /><br />[4/9追記]いつも評価やブクマをありがとうございます。コメントもブクマコメもありがたく拝読しました! 
【銀土】花に酔う
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「ーーーーえ?」 「子供の話よぉ子供。友達がね、オメデタらしくて。それで、男の子か女の子どっちを産みたいかっていう話になったんだけど、唯ちゃんはどっちが欲しい?」 連日の疲れでぼーっとしてた俺は急な質問に焦った。えっと、子供だっけ?いきなりどっちって言われてもなぁ。 「うーん、どっちだろう・・・無事に生まれてきてくれるならどっちでも良いかな・・・?」 なんて曖昧な言葉で返したら、それはそうだけどどちらか選んでほしいの、って言われた。どちらかって言われても子供ができるなんて意識したことなくて分からない、というのが正直な気持ちだ。というか、生まれつき身体が弱い俺としては性別よりも健康で生まれてきて欲しい、と思う。まぁ、身体が弱いことなんてほとんどの人が知らない話なので、言えないけど。とりあえず、どちらか答えるまでこの会話が終わらないと思った俺は、適当に答えればいいのだか適当なことを言いたくないので、逃げるようにトイレに行くと言って控え室を抜け出した。 「・・・妊娠・・・かぁ」 俺にはまだまだ先の話だろうな。ST☆RISHとしてデビューした俺たちは、徐々に軌道に乗り出してきた。ピンでの仕事も増えるようになってきたしゴールデンタイムにST☆RISHで冠番組なんてのもちらほらあって、そんな中妊娠なんてできないな、っていうか第一まだ結婚していないし...なんて、軽い気持ちで手を洗っているとあることに気がついた。 「そういえば、まだきてない」 生理がきてない。俺は結構順調にくる方だったのだけど、今回はまだきてない。最近特に忙しくなってきて不規則な生活をしているし、そのせいか。妊娠の話をしていたので、生理がこないとなるとタイムリーで少し心配になるけど、きっとそれはない。根拠のない自信で自分をいいききかせた。 「よし、戻ろっ!」 手を洗い終わると俺はメイクを完了させるべく控え室へ戻った。 [chapter:you are my 1] パシャパシャとカメラの音がなる。それにあわせてポーズを決める。モデルの仕事は歌うことの次に好きな仕事だ。女だけど、それを隠してデビューしている俺が唯一女の子に戻れる仕事だからかもしれない。ふわっふわでいわゆる女の子です、みたいな可愛い服やキレイめな服、普段着れない服を着れて、それが仕事なんて楽しくてしょうがない。はじめの頃は長時間笑顔でいるのがしんどくて、最後の方はひきつったりしていたが、今ではお手のものだ。今着ている服はユニオンジャックニットに白のシフォンスカートで、アウターにファーつきチェック柄コート、黒のブーツでいわゆるカッコ可愛い系の服だ。今は真夏なのに、こんな厚着で大変だが、スタジオ内の撮影だから問題はなかった。丁度一通り終わったらしく、次のシーンを撮るために一旦休憩となった。休憩と言っても次のシーンのために服を着替え直すし、髪のセットもやり直しで慌ただしいが。それでも、一息つけるのは確かなので、控え室に戻ろうとしたところ、他のモデル仲間に呼び止められた。 「唯ちゃん、これ差し入れみたいだよ!」 手招きされて、行ったセットの端にはちょっとしたスイーツコーナーになっていた。 「え?こんなに?」 いつも、確かに色々な差し入れがあったりするけど、特に今日は量が多いし甘いものしかない。チョコレートに、マカロン、クッキーに、カステラなどなど。その甘いものをよくみると俺が好きなも店のばかりで、あぁと思った。 「これってもしかして、那・・・四ノ宮さんの差し入れですか?」 危うく那月といいかけてしまった。危ない、『唯』と那月は初対面だ。それに、差し入れの人物を当てるのはちょっと不自然じゃないだろうか、など心中穏やかではない俺を全く気にすることなくモデル仲間は俺に向けて笑顔で話し出した。 「うん、そうみたい!唯ちゃんよくわかったねー!」 「あーうん、なんか四ノ宮さんって甘いお菓子すきそうだなぁっ・・・・て思って」 「うん、甘いものすきみたい。っていうかね、四ノ宮さんとさっき、少し話せたんだけど、背高いしカッコいいし、優しいし、やっぱりアイドルって違うね!」 あたし、今日で四ノ宮さんのファンになっちゃった、とか言いながら那月が差し入れしたお菓子の物色をはじめた。それを聞いて俺はため息をついた。まーた、アイツは天然スケコマシっぷりを発揮したのか。っていうか、俺に挨拶来てないんだけど、アイツ。あの子には挨拶して、相手役の俺にはないのかよ。最近会えてないし少しくらい...少しくらい俺だって会いたいと思うんだからな・・・恋人・・・なんだし。そう、俺と那月は恋人どうし。学生時代からのこの関係はデビューした今も続いている。最近、前にゆっくりあったのは約3週間前だ。たった、3週間だけど、学生時代からずっと一緒の部屋で過ごしてたので少し離れだけで寂しいと感じてしまう。だから、今回は唯としてだけど那月の恋人役で仕事が出来るのでこの仕事が決まった時から楽しみにしていたのだ。それなのに、アイツときたら俺そっちのけで、とか沸々と怒りが込み上げてきた俺は那月の持ってきたお菓子をやけ食いするべく近くにあったチョコレートを食べようとした。 「唯ちゃん・・・?どうしたの??」 チョコレートを手に固まったまま動かない俺に不審に思ったのだろう、声をかけてくれた。 「いや、ちょっとなんか急に気持ち悪くなってきて」 さっきまでは元気だったのに、正確に言うとこのお菓子まみれの空間にくるまでは元気だった。しかし、今は気持ち悪い。ヤバい、吐きそうになってきた。このままだとここで吐いてしまいそうで、心配する声にまともな返事も出来ずに、あわててトイレにかけ込んだ。 なんとか、落ち着いた俺は大幅に休憩時間が過ぎていることに気がついて、気持ち悪くなった理由を考えらる暇もなく、急いで撮影スタジオの所に戻った。どうやら、さっきの子が体調不良のことを伝えておいてくれたおかげで、たいしたおとがめがなく、それでも俺のせいで遅れているので急いで着替えを済まして撮影スタジオの所に行った。 そしたら、那月が心配そうな顔してこちらをむいてたので大丈夫と目線でつげて、撮影開始の声とともにポーズをキメた。初めは那月も少し緊張していてようたけれど、撮影が進んでいくうちに慣れてきている。恋人という設定なので距離が近くても不自然に思われないためか、那月は大胆に俺の腰を引き寄せて、肩に顔をうめた。って、お前それは、やりすぎじゃ、と慌てて押し返そうとしてもガッチリと腰を捕まれているため、抜け出せない。 「那月・・・!」 那月だけに聞こえるように小声で怒れば、那月は 「翔ちゃん大丈夫ですか?」 と心配そうな顔をしていた。あぁ、それでこんなにもくっついてきたのか。心配されていることが嬉しくて仕事だと言うことを忘れて思わず抱き締め返してしまいそうになるのを堪える。そして、那月を見上げれば返事を促された。 「大丈夫、なんか厚着してて気持ち悪くなっただけ」 と答えてふと思う。今まで季節外れの服を着ていて何回も撮影している。今までは気持ち悪くなんてなることなかったのに今日はなんで。そして、良く思い返して見ると俺は那月の差し入れのトコに行って、そしてそのにおいで気持ち悪くなかったのだ。そして、ある事に気付き俺は呆然とした。だって、 においだけで気持ち悪くなるなんて、まるでつわりみたいではないか。 と、ぐるぐる考えてたら 「翔ちゃん・・・・・・?」 那月の心配そうな声でわれにかえった。仕事中だったことを忘れて考え込むなんて、俺もまだまだプロじゃないななんてまた考え出したら那月にまだしんどいんじゃないの、って心配された。これ以上考えても仕事に集中出来ないし、俺は無理矢理自分を納得させ那月に大丈夫だって、と言って那月の手に自分の手を絡めた。 [newpage] それからというもの、何度も食べ物のにおいで吐きそうになったりするし、吐いたりしたことが多くて、流石におかしいと思いだした。その可能性は絶対にない、とは言い切れなくて。この前そういう雰囲気になった時にゴムがなくて、でもお互い久しぶりの体温を分かち合いたくて生でいちゃついてしまったから、もしかしたら、それで。 しかも、あのメイクさんとの会話のときにこないと思っていた生理もこないのだ。ああ、もしかして。 「―――翔ちゃん?」 っと、那月が来ていたの忘れてた。那月は午後から仕事が入っていて俺は久しぶりの1日オフで仕事までの間会っていたのだ。 「大丈夫ですか?なんか顔色が悪いようですけど?」 そういいながら、熱があるかどうか那月の額と俺の額をくらべている。いや、熱はないけど。 「大丈夫だよ!ちょっと最近忙しくてぼーっとしてただけ!」 「本当ですか?でも、具合悪いですよね?」 「なんともないって」 「だって、翔ちゃんそれ、ほとんどすすんでませんよ。」 と指を指したのは俺が作ったオムライスだ。オムライスを食べてる途中でまた気持ち悪くなってきて、手を止めたままだったのをすっかり忘れてた。 「うーん、なんか食欲なくて」 そうやって誤魔化せばまだ納得してない様な顔してじっと見つめてくる。 「翔ちゃん、なんか僕に」 隠し事してる?という言葉が続きそうになったのが那月の携帯の着信音でかき消された。那月は着信がなると、あわあわしながら携帯を探し通話ボタンを押した。 危なかった、と思う。っていうか、まだ自分でもそうかどうか、確認していないし、分からないけど、那月にはちゃんと確かめてから伝えたかった。1人の問題ではなくて、2人の問題だけど。でも、ちゃんと分かっていないのに余計な心配はかけたくなかったし、まだ自分の中でも整理がついていない。だって、あまりにもいきなりで。通話を終えたらしい那月は、こっちを申し訳なさそうな顔して見つめてきた。 「翔ちゃんごめんね、なんか仕事がが早くなったみたい。」 といいつつ、残りそうのオムライスを急いで口にいれごちそうさま、と手を遇わせた。律儀なやつだ。 「名残おしいけど、僕行くね。翔ちゃん、あんまり無理はしないで下さいね。」 優しく抱きしめられて、キス。そして、耳元で、翔ちゃんだぁい好きです、と囁いてきた。決して短くはない期間那月と付き合っているけど、未だに那月のふとした愛の囁きとかスキンシップに照れてしまう。俺の頬に集まる熱に那月が気づいたみたいで、抱き締める腕の力が少し強くなった。 「あぁもぅ、本当に翔ちゃんは可愛いです!このまま」 ―――シたいです。 なんて直接的な言葉で誘われれば、さらに頬が赤くなって。最近会えなかったしその反動か・・・ってか、そろそろ那月を仕事に行かさせないと遅刻させてしまう。砂糖のように甘ったるい誘惑にあがらいつつ、那月に仕事遅れる、と囁けば、しゅんとしながら那月は俺を抱き締めるのを止めた。大型犬だったら耳みとしっぽが垂れているのが分かるくらいしゅんとしながら、とぼとぼと部屋から出ていく那月についていく。玄関まで那月を見送ってもう1回キスだけして那月に好きと言えば、一気に嬉しそうな顔をして那月は仕事場に向かっていった。 那月がいなくなるのを見送ると、どっと疲れがきた。久しぶりのスキンシップに照れた、というのもあるけど、なにより那月にバレそうになったのが堪えた。 正直、那月の仕事が早まってくれて良かった。もしもう少し一緒にいると、きっと隠しきれなくなるから。 「っと、そろそろ俺も出掛けようかな」 俺のなかで確信になりつつあるけど、それでもまだ信じられなくて。とりあえず検査薬を買って確かめてから、ぐだぐだ悩もうと半ば開き直って家を出た。 そして、やっとの思いで到着した駅近のドラッグストアでお目当てのモノを見つける。ひやひやしながら周りを見渡して、誰もいないことを確認してレジに向かった。そして、無事に買えた検査薬は、やけに重く感じた。折角駅まで出て来たからショッピングでもしたいところだけど、気になってしょうがないし、第一この事がバレてしまっては大変なことになるということがわかっているので、早々と帰路へとついた。家に着くなり、はやる気持ちを抑えきれずに確かめようとトイレに向かう。そして、 すがる気持ちで見た、検査薬の判定は。 ――――――陽性。  どうやら俺は、妊娠、したらしい。
初めまして。那翔が好きすぎて、ついにROM専止めてしまいました。那翔♀で妊娠話です。女体化、よわよわ那翔などが苦手な方はご注意下さい。設定や妊娠の話など怪しいところ多々あります。1をあげることができたことで満足していて、もしかしたら続かない・・・かも。だれか続き書いてもいいのよ!<br /><br />表紙は、かいだあるかさんの素材を使わせていただきました!!
you are my 1 【那翔♀】
https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=653102#1
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「どうも、すいまっせん。明石国行言います。どうぞ… よ…ろ……しゅう…?」  視界に飛び込んできた人物達に、とりあえず挨拶を…と思い口を開いたら、まさかの関西弁が飛び出した。え…。なんで?私のデフォは標準語なんですけど…?  というかそもそも“明石国行”って、…なに?   ◇ ◇ ◇  良く解らない、けど……。  気がついたら…、?、目が覚めたら、か?  まあとにかく、“ここ”にいて、目の前に人が居たからとりあえず挨拶しとこうかな~…とか思って、口を開いたんですけどね……。 (いきなり質問も失礼だろうから、軽~く、コンニチワ…?って言うつもりだったし、言ったつもりだったのに…。)  それで、それから。ここが何処で、どうして私はここにいるのかとか知りませんかね?って訊きたかったんですけどね…………。  それを一瞬で吹き飛ばす程の衝撃を食らいました……。 (ってか、何でいきなり関西弁!?) (しかも“明石国行”って誰!?私そんな名前じゃないし!  百歩譲って偽名を名乗るにしても、せめて国子とか国代とかでしょ!?  私、女子だしっ!アラサーだけど何か!?)  自分の口から飛び出した挨拶の言葉に疑問と突っ込み所しか浮かばず、『?!?』って顔でパニクり掛けていたら。目の前の壮年の男性(アラフィフ?っぽいナイスミドルだ!)が声を掛けてきた。 「ようこそお越し下さいました。私はこの本丸を預かる審神者で淡雪(あわゆき)と申します。お身体の具合は如何ですか?」  うわっ!?えっ?え!?っていうかご丁寧にどうもすみません!?……なんて驚いていたら、ナイスミドル氏……じゃなかった、“淡雪”さんの隣に立つ青年が恐い顔でこっちを睨んでいる。  なんだろう。私、何かマズイ事したのか…?  余りにも鋭い視線にたじろいで思わず後ずさったら、足がもつれて尻餅をつく。うわ…ダサ過ぎ…。  とか思って俯いたら、漸く自分の格好に目が行った。 (………………は?)  何このチャラい…っていうかだらしない?格好。オシャレの一環?イヤイヤ…シャツはインかアウトかハッキリしようよ!ってか釦開けすぎ! 「っおい!」 「ッ大丈夫ですか!?」  へたり込んで固まっている私を見て慌てる2人にハッとして顔を上げれば、淡雪さんは何処か痛めましたか!?と心配そうに、恐い顔の青年は険しい顔のまま探るようにこちらを見ていた。 「あ………の…」 「?」 「?」 「これってどういう状況…ですの…?」 「「………」」 [newpage]  つい今しがた長谷部の主である審神者・淡雪が顕現した“明石国行”は、先程戻った出陣部隊が保護したものだった。  彼は発見当初すでに人の身を得ており、故にドロップ刀ではなく“主持ち”の刀剣男士だと知れた。しかし、そんな彼の身は酷くボロボロで、破壊寸前だったという。  隊長だった和泉守は、『野郎、目が合った途端に消えやがるから、折れたのかと思って肝を冷やしたぜ…』と、話していた。  実際の所は、折れたのではなく顕現していられるだけの霊力が無くなって刀に戻っただけだったのだが、手入れ部屋に運び込まれた時の状態は“運搬中に折れなかったのが奇跡的”という程の酷い有様で、これでは肝も冷えるだろうな…と長谷部も思った。  ……因みに。  “明石国行”といえば来派の祖。自らを“蛍丸”や“愛染国俊”保護者枠だと自称するくせに、常にやる気を見せないいい加減な男……と長谷部の中では認識されている。  実際、まだ長谷部達の本丸に“明石国行”がいなかった頃、演練先で初めて出会った彼はまさにそんな感じであり、瞬時に長谷部を苛突かせた。  他所の本丸の内情など知るよしもないが、少なくとも相手の部隊からは『主の為に勝利を!』という気概は微塵も伝わって来ず、それどころか部隊長である明石が率先して『まあ、気楽に行きましょうや』などとへらへら笑ってその場を流し、志気を挫く。  いざ演練が始まってもひらりひらりと攻撃を躱すばかりでほとんど手応えはなかった。 (…まあ、相手側の部隊構成は明石以外全員が低練度の短刀達ばかりであったから、“誉れ”を譲る為にわざと手を緩めていたのかも知れないが。)  しかし去り際の挨拶で、『訓練くらい手ぇ抜いても許されるんと違いますか?……おお、怖い顔されてもうた』などと抜かしていたのを聞いてしまえば、それは青筋も浮き出るというものだろう。  そんな刀剣男士“明石国行”は、つい先日、長谷部達の本丸にもやってきた。  やはり、というか当然の事ながら、彼はいつか見かけた他所の本丸の明石と同様の、それはもう典型的な“明石国行”であった。  おかげで長谷部はここ2週間程機嫌がよろしくない。  曰く、宗三左文字の皮肉を聞くよりも、明石国行のあのまるでやる気無しな態度を見ている方が何十倍も腹に据えかねるらしい。ぶっちゃけ“いつか圧し斬ってやる……っ”と独り言を零す程度には苛々が募っているようだった。  …とはいえ。  本丸では古参組である長谷部は、主から新人の面倒を見るようにと頼まれている。例え個刃的な感情を拗らせかけていようとも、主命を放り出せる筈もない。  それに、だ。大変癪だが、あの明石ですら、口では面倒だ何だと文句を垂れ流しながらも主命ならばそれをやり遂げるだろう事を、長谷部は知っている。  腐っても主を戴いた刀剣男士であり、祟り神に堕ちぬ限り、例え理不尽な主命であっても、恐らくギリギリの所まで聞き届けるだろう事も。  奴ですら出来る事を、主命第一を自負する自分がやれないはずがない。例え苛つきで血管が切れたとしてもやり抜いて見せる!!  そんな風に、ここ2週間の長谷部は自分に言い聞かせていた。  本当に癪だが、“明石国行”はやる気がないだけで、実は小器用に何でもこなせると言うのも長谷部は知っている。知りたくもなかったがちょっと見ていれば大体判ってしまう。何せ、顕現当日に誰もが苦労する初めての食事での箸使いをあっという間に覚え、蛍丸と愛染に副菜の煮豆を己の箸で食わせていた程だ。(何が“アーン”だ…)  つまり奴は“出来るのにやらない”。しかもやる時は“嫌々”感が半端無い。  そういう所が長谷部は大変気に入らなかった。  だが、それでも主命は第一である。  例え何本か血管が切れようとも、主命とあらば気に入らない奴の世話とて完璧に焼いて見せよう。  …と、やはりここでも長谷部は自分に言い聞かせていた。  言い換えれば、そうでもしていないとやっていられない程度には、本人も気づかぬうちに追い詰められつつあったのだった。  そこへ来て、今日。  2振り目の“明石国行”の顕現である。  慈悲深き主の情けにより救われた、破壊寸前の“明石国行”。  事情を聞き出さねばならないとはいえ、“あの”“明石国行”が2振り…である。  正直、真剣に勘弁して欲しいと思った長谷部であるが、主が必要なのだと言うのであれば従うのみである。……非常に不本意ではあったが。 [newpage]  蓋を開けてみればこの2振り目の“明石国行”は何処かおかしかった。 「あ………の…」 「?」 「?」 「これってどういう状況…ですの…?」 「「………」」  へたり込んだまま蒼い顔で呟くように訊いてくる“明石国行”。それを受けて長谷部が淡々と説明を始めた。  勿論、長谷部本人は淡々と、事実を述べたつもりだった。だが彼のストレスは、思いの外溜まっていたらしい。 「…貴様は阿津賀志山で破壊寸前の状態だった所を、俺達の本丸の第1部隊に発見された。  話を聞いてから連れ帰るかどうかを決めようと思ったが、人型を保てぬ程に霊力が不足していてその場で刀に戻ってしまい、主の命でそのまま連れ帰った。俺としては貴様のような得体の知れぬ輩を主に近寄らせたくは無かったのだが、主命とあらば致し方あるまい。その後は、主が手入れして下さり、呼び出して下さったおかげで、再び貴様は人型を得られたというわけだ。  今ここに在れる事を、我が主に伏して感謝するがいい。」  事実を、個人的見地から居丈高に告げる長谷部を見て、多少は彼の物言いに慣れていたつもりの審神者・淡雪も頭を抱えたくなった。  確かに、あの“明石国行”が固定ドロップ地域以外で見つかった挙げ句、単騎出陣の上(周りに破壊された刀剣は見つからなかった)、破壊寸前で発見されたとなれば、噂に聞く運営不良の本丸(いわゆるブラック)所属の刀剣男士だと思うのも仕方ないし、そういう刀剣は概ね人間に対して悪感情を持っており、こちらに害を為してくる可能性が極めて高い。だから(特に主厨と名高い)長谷部が警戒してしまうのも解らなくはない。  しかしだからといって、嫌々なのを隠しもせずに『伏して感謝しろ』は無いだろう…。  ここであちらが『助けろなんて頼んでいない!』なんて逆ギレの末に、自ら刀を折ったりする……なんて事にでもなったら目も当てられない。  大体、手入れの時点で我が本丸が誇る御神刀達に、『この“明石国行”は魂の不安定さはあれども穢れは無い』…というお墨付きを頂いているのだから、本来そんな警戒は不要なのだ。  それらは長谷部も承知していたし、普段の彼ならばこんな時、全てを酌み取り慎重に行動するのが常だった。  …それがこの態度だ。  これはもう、ほぼ100%、完全に。  保護した彼が“明石国行”である事が災いしたに違いない。つまり、完璧に自分が間違えたのだと、淡雪は悟った。  例え近侍であろうとも、今の長谷部をここに連れて来るべきではなかった。  長谷部については周りからもそれとなく報告があった。 『彼はどうも“明石国行”と反りが合わない。世話係を誰かと変えては?』……と。  なのに、ついいつもの調子で長谷部に頼ってしまった。  人の身を得て心を宿した存在だ。当然、好き嫌いはあるだろう。それなのに近侍の役目を理由にして反りの合わない刀剣の世話を続けさせた挙げ句、2振り目の顕現にまで立ち会わせてしまった。  それはもう完全にストレスにしかならないだろう。  そうなれば、無意識のうちに態度に出たり、八つ当たりのように振る舞ってしまう事もある。  長谷部にしても、ここまで追い込まれていなければそんな事はしなかったはずだ。少なくとも淡雪の知る長谷部はそういう刀だった。  ままならないのが心というものではあるが、当たられた方は当然気の毒だし、双方の為にもそういった振る舞いは諫めねばならない。  だから本当はこんな事になる前にその原因を取り除くか、そう振る舞わせる状況に置かない努力を己はするべきだったのだ。結果、彼の所為ではないというのに、彼を諫めなくてはならなくなってしまった。  罪悪感を抱きつつ、淡雪は長谷部に言葉を向けた。 「……長谷部。そんな言い方は失礼だよ?大体、放っておけなかったとはいえ助けたのはこちらが勝手にした事なんだから。そんな風に言ってはダメだ。…それに明石様は傷が癒えたばかりなんだから、もっと労って差し上げなくては。…ね?」 「……っ、申し訳ございません」  叱られた子供のようにしゅんとする長谷部を見て、それはこちらの台詞なんだよ…と、申し訳なさでいっぱいの淡雪だったが、そこをぐっとこらえて気持ちを切り替え、へたり込んだままの明石に目をやる。  こちらはこちらで、状況も解らないままに見知らぬ相手から一方的に棘のある言葉をぶつけられて、まさに混乱の極みだろう。あんな状態で見つかったという事は、恐らく相当酷い目に遭っているに違いない。それなのに助けられた先でも邪魔者扱いでは、心安まるはずもない。  淡雪は己の思慮不足に溜息が出た。  年齢こそ40も半ばではあるが、無駄に年を食っただけで、こんな時に活かせる配慮をも欠くとは……と。   ◇ ◇ ◇  一方、“明石国行”は長谷部の話を呆然と聞いていた。  聞き終わる頃にはその表情を困惑で染め、ウロウロと視線を彷徨わせる。  やがておずおずと、だが決して弱くはない目で淡雪を見上げ、躊躇いがちに口を開いた。 「その…よう解らんねやけど。瀕死?の私を淡雪はん…たちが助けて下さった…いうんでよろしおますの?」 「ええ。私が手入れさせて頂きました。」 「手入れ…?手当やのうて?」 「手入れだろうが。俺達は刀であって、人ではない。」 「……は?」 「…あ゛?」 「……。」  この時、淡雪は漸くこの“明石国行”の違和感に気がついた。  この“明石国行”は自分が“刀”であるという事を解っていないのだと。  それどころか……。 「あの、つかぬ事を伺いますが。明石様はご自分について何処までご理解されていますか?」 「…へ?」 「例えば、来歴とか刀派とか、……お名前とか。」 「…主?」   ◇ ◇ ◇  おかしな事を言い出した己が主に長谷部は一瞬困惑の色を浮かべる。確かに目の前の“明石国行”の言動はおかしいが、先程自ら名乗りを上げたのだから名を知っているか…を問うのは如何なものか。それともあれは口が勝手に動いたとでも言うのだろうか?(…確かにこいつならば言い出しそうではあるが)  だとしたら、それこそおかしな話だ。それとも破壊寸前まで行ってしまったことで、些か狂ってしまったのか?そんな狂刃ならばすぐにもへし折らねば…。  そう思い、長谷部はまじまじと明石を見る。  外見は、己の本丸の“明石国行”と何ら変わらない。  だが、その表情はまるで違った。  常に飄々としていて、何事にも面倒臭いだの何だのと文句を付けるロクデナシ(あくまで長谷部基準での見解)とは似ても似つかぬ程の焦燥感とも脅えとも取れる雰囲気を漂わせている。 「あ…の。そもそも私が…刀…っていうんが、よう…分からしませんし、名前も…名乗っておいてなんやけど、こんな名前と違ごうて…。けど、ホンマの名前は…よう……思い出せへんのです」 「…………」 「……そうですか。」  これを聞いて、長谷部は己の考えがあながち間違いでない事を知る。だが、『刀である事が分からない』とまで言い出した事には、軽く目眩を覚えた。  これはもう狂刃確定ではないか。  こめかみを押さえつつ、いざ進言しようと己が主に視線を移す。主の表情は硬く、何かを真剣に思案している。  ここで長谷部はふと思った。 (我が主ならこのくらいの事、とうにお気づきのはず…。ならば何かしらの意図があって、あのような問い掛けを…?)  そこに思い至り、長谷部は再び明石に視線を戻してギョッとした。  まるで道に迷った子供のような表情で座り込んでいる明石が、今にも泣き出しそうに見えたのだ。気のせいであって欲しいが、目の縁が気持ち光っている。……気がする。 (オイやめろ大の大人が簡単に泣くな。いや、泣いてはいない、か?イヤ泣きそうなのもイカンだろう。いや!そうではなく!…あぁクソッ!!とにかく泣くんじゃない!これで『刀解しましょう』なんぞと進言したら確実に俺が泣かせた事になるだろうが…っ!!ガキん泣き顔は好かんッ!!)  いや、だからガキではなく大人だがな!?……と、プチパニック(笑)に陥っている長谷部である。例え相手が狂刃である可能性が限りなく高かろうと、子供のような表情で泣かれるのは、正直困る。主命とあらば何とでもするが、個人的には子供に泣かれるのはキツイ。特に何も知らない幼気な子供に泣かれるのは……。 (“何も知らない”…?)  ふと思い浮かぶ言葉があった。 (…もしやこれは…記憶喪失…というやつか?)  以前何処かで聞き及んだ症状と単語が記憶の隅で結びつき、目の前で不可思議な言動をする“明石国行”に漸く理解が及んだ。  しかしまだ油断は出来ない。もしこれがこちらを害する為の油断を誘う芝居なら、大した役者だが。 「明石様。私から貴方様やこの状況についてのお話をさせて頂いてもよろしいでしょうか?」  すると明石は弾かれたように顔を上げた。 「あんさん、私の事知ってますの!?」 「ええ。“明石国行”様の来歴くらいなら。でも恐らく貴方様の本質には無縁の事でしょうけれど」  長谷部はこの言葉にどうも引っ掛かりを覚えたが、主には何か考えがあるのだろうと、そのまま流す事にする。今はこの“記憶のない明石”をどうするかが長谷部にとっての最優先事項だった。 (もし、主に仇為すようならば。  その時はこの俺が引導を渡してやろう。覚悟しておくがいい…!) [newpage]  淡雪さんの話は、一言で言うと壮大なファンタジーだった。  イヤ、自分が“明石国行”という名の国宝刀剣の分霊……とか言われた日には、時代劇ベースのファンタジー?それってもうマンガだわ……。と思ったし。  うん、もうさ。とにかく突飛過ぎちゃって、こんなの夢だと思うしかないと思うんだ。(現実逃避)  そんな感じで半信半疑の話半分で淡雪さんの説明を聞いていたら、流石にあからさま過ぎたのか苦笑気味に言われてしまった。 「まぁ俄には信じ難いですよねぇ。…どうするかな…。………。…あ。そうだ」  と、徐に隣に立つ恐い顔した青年(どうやら長谷部さんというらしい)から腰の物を借りた淡雪さんに『失礼。すぐ直しますから』と断りを入れられ腕を切られた。  うわ…。長谷部さんが吃驚してる。ってか、よく見たらこの人イケメンなんだ。美男美女は人類の宝だよね!!…でも“爆ぜろ!”って言ってもいいかな…。 「!!? 主っ、何をっ!?」 「うん?ああ。長谷部ほどの切れ味なら、痛みも少ないんじゃないかと思って。」 (……痛み……。) (痛み…って…。……ああ、腕を切られたから…。………え?) (     切ら………っ!??!?     )  突然すぎて、ぼんやりしすぎてて、イヤもう何が何で、え、なんで?切られて…?切ら…れ?? 「あ!!い、痛いですか!?っですよね!?って何解りきった事をッ!申し訳ありませんッ!!すぐ!すぐに手入れしますから!!」  そう言って、淡雪さんは目の前で何某かの小道具を使い、ポンポンと魔法の粉を打って私の傷を治してくれた。  どういう仕組みなのかさっぱり解らないが、傷口は見る間に塞がっていく。  これってむしろイリュージョン?…なんて事を思いながら、私はその光景をぼんやりと見詰めていた。  切られても、思った程の痛みは無かった。(パックリと割れた傷口を見た時は、脂汗が出るくらいの痛みが襲って来るのかと思ったけど、実際は紙でちょっと深く切った…くらいのものだった。まぁ痛いのは痛かったが。)  でも割とザックリ切れていたのに、ほとんど出血はしてなかったから、本当に綺麗に切れたんだろう。そこは本気で凄いと思う。  まあそのまま、『…え?長谷部さんの刀の切れ味の所為なの?何それスゴイ!!』…とか思えたら良かったんだろうけど、ね。そしたら、『あの魔法の粉は最新の傷薬か!先進医療って進んでるな!』とか思えたかも知れないし。  ……そうなら良かったのにと思って、そうじゃない事に気づいている自分に『バカだなあ』と思ったりした。……ああでも。そう言えばコレって壮大なファンタジーの時代劇MIXだったっけ…?ならまだ希望を捨てずに、夢オチ路線を探ってみても良いかもしれないな…。……なんて思っていたら。 「っ…!? っ大変申し訳ございませんでした!!!」  って、突然、物凄い勢いで土下座されて我に返る。 「…っ!?そないな事せんといて下さい!いきなりで驚きましたけどそない痛うは無かったし、なんや知らんけどもう治ってるし………て、アレ?」  土下座なんてやめて下さい!ってか、本気で時代劇か!!って突っ込みたい所をぐっと押さえて頭を上げて貰おうと声を掛けていたら、何故か頬が濡れていて、ぼたぼたと床に雫が落ちていく。  瞬きする度、更に溢れてこぼれ落ちるそれが涙だと気づいたが、どうして溢れてくるのかは解らず、止める方法も解らない。  そんな私の目元を大慌てで拭ってくれる淡雪さんは、心底優しい人なんだろうなぁ……なんてまたぼんやりと思った。   ◇ ◇ ◇ (……っ!?  泣いている…だと!?)  まさかの事態に長谷部は固まった。  あの“やる気と本気は鍛刀炉の中に忘れてきましたわ”というような男が、どうした事か。 (イヤ、先程も確かに泣きそうではあったが。)  ほろほろと零れ落ちる雫は、当の本人をも驚きの表情に染めあげ、更に驚いた淡雪がその袖で懸命に濡れた頬を拭っていた。 (いや待てそもそも何を泣く事がある?まさか傷が痛いなどと不抜けた事は流石に言うまい。ならば“人”に、“審神者”に切られて動揺したか?確かに元居た本丸で同じような目にあっていたのだとすれば頷ける話だ。しかしそれならば主が刀を手にした時点で拒絶反応が有るはずだがそんな素振りは無かったし、そもそも主とは普通に話していた。……審神者を恐れているわけでは無いのか?…なら何だ?突然切られた事に驚いただけ、か?だがそんな事は刀の身では日常茶飯事…しかし奴には記憶が…いやしかしそれはフリでは…)  混乱の渦に陥りかけた頭を軽く振り、長谷部は今一度、目の前で困惑のまま涙を流す“明石国行”についての情報を脳内に並べてみる。  破壊寸前の状態で保護されて、顕現されてみれば記憶は無く、穢れも無い“明石国行”。  …もしこれが何かの企みとして、ここで記憶の無いふりをする必要性とは何だ?  当然、素性を知られたくないからだろう。  ……“ブラック本丸に居た”と知れて追い出されるのが怖いのか?しかし、刀である事すら忘れたと偽る必要はないはず。  ……とすれば、本当に記憶が無い?  だから審神者を恐れない、のか?  穢れがないのは恨み辛みの記憶が無いせい、だと?  ……もしや、堕ちるのが嫌で記憶に蓋を?  ___だとしたら。  記憶が無いせいで不安と焦りが募る中、訳も分からずに切り掛かられれば恐ろしかろう。  初対面では我が主の人となりなど知り得ない。何かお考えあっての事と、俺達のようには察せられまい。  もしも元居た本丸で辛い目に遭っていたなら、審神者を、人間を、憎むか恐れるか…。  突然切り掛かってきた我が主を、人間を。  …憎み呪うのか?…恐れ切り掛かるのか?  しかし今の貴様は憎しみで刃を向ける程、穢れても堕ちてもいない。そうなる前に記憶に蓋をする程には元の主を敬愛していたというのか?  だが。今、目の前にいるこの方は、貴様が敬愛する主ではない。  同じ刀剣として、主に恵まれなかったのだとすれば深く同情するに吝かで無い。  けれど、その刃を向けてくれるな。  貴様の涙に穢れはない。もし己の記憶と引き替えに主を守ったのだとすれば、貴様は賞賛に値する。  だからどうか。我が主の元にいる間は。この均衡を、平穏を保ってくれ。  ……俺に貴様を切らせるな。  長谷部の中にひとつの答えが出た。  この穢れのない涙を流す“明石国行”を、長谷部は“ 切りたくない ”。  先の事は解らないが、今はそれでいい。  “主に害が及ばないなら”という大前提はあるが、休息に縁側を貸すくらいはしてやってもいいだろう。  無意識に涙するくらい疲れている者を蹴り出す程、自分は鬼ではないのだ。  間違っても目の前の“明石国行”以外には思いもしない台詞を胸に浮かべ、刹那、自分の考えに何とも顔が渋くなる長谷部だった。
アラサー女子(モブ)が、やる気のない関西弁喋るあの人に成り代わりました。……というお話。<br />成り代わっちゃったら混乱するよねぇ…。というのを書いてみたかったので、成り代わってそれを受け入れるまでの短い期間???のお話です。慌てる?長谷部氏が書きたかっただけ…とも言う。長谷部さんと反りが合わなそうなのって誰かな~…?という事で思いついたのが、明石さん。……だが、すぐに後悔しました。何故なら関西弁が……。む、難しい……。大阪弁と京都弁と姫路の言葉って違うよね……。ごめんなさい。現地の人じゃないので滅茶苦茶 似非関西弁 です。何卒広い心で見逃して下さいませ……。<br />毎度ながら、N番煎じの完全なる自己満足作ですので、ダメだこりゃ……と、思った方は戻るボタンでお逃げ下さい。<br />*****************<br />2016/08/16:追記<br />4ページ目の長谷部がぐるぐる考えている所が展開上おかしなことを言っていたので書き直しました。書いてる人の頭が残念すぎてもう……(T_T)ホント、スミマセン。
モブにだって『刃生』はある!? 【前】
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月曜日 学生、会社員、主婦。あらゆる人間が、これから始まる一週間を思いながら憂鬱な気持ちで動き出す日。 だが、俺は違う。その倍いや、3倍は憂鬱なのだ。その言葉を聞くだけで目が腐る。あ、もともとか。……自分で言ってて悲しくなってきた。 気だるげな気分で長い廊下を歩く。卒業して再びこの廊下を歩いているなんて今でも夢だと思いたい。 タッタッタッタ 「八幡先生!」 「ん?あぁ、戸塚か。」 「おはようご」います」にこ 守りたいこの笑顔。 「?」 「あぁ、すまん、おはよう戸塚。今日も朝練か?」 「はい。今年こそは県大会優勝したいから!先生もたまには練習来てね。」 「あぁ、そうだな。たまには行くか。今日は無理だけどな。」 「もう、約束だよ。先生顧問じゃないけど、プレーも教えるのもうまいから、みんな楽しみにしてるんだから。じゃあ、僕は教室いくね。」 「あぁ。授業寝るなよ。」 「フフッ先生じゃないんだから、大丈夫だよ!」タッタッタッ 朝から癒された。 戸塚が女でないと言う現実は本当は嘘ではないかと今でも思う。(だからといって男でもない。戸塚の性別は戸塚だ!それ以外は認めんぞ。おれは絶対に認めん(ry) まったく…神は残酷だ。……マジで。 そんなことを考えていると癒されたはずなのにまた、憂鬱になる。 目が目がーーー。……やめよ。ハァー 「ハチ!シャキッとするし。」バン 「いってーな!三浦か。」 チッここで女王様と遭遇してしまったか…。最悪だし~。(笑) 「今、なんか失礼なこと考えなかった?」 「べ、別に~。そんなことね~よ。」アセアセ やっベー。心読んできやがったよ。野生の勘か?こいつ怒らせたら、あとが恐いしな。 ……教師が怯えるって。ハァー 「そんなことより、三浦。先生つけろよ。先生を。」 「いいじゃん。そんなのあーしの勝手でしょ。」 いやいや、あなたはどこの独裁者ですか?あ、獄炎の女王様でしたね。 「さすがに、ハチはよせ。ハチは。」 「そんなことより、ハチ。今日の放課後、空いてるし?現国の「こころ」と古典の文法でわかんないとこがあるから教えて。」 こいつは案外真面目なんだよな~。いや、教師を『ハチ』呼ばわりする時点で真面目じゃねーな。俺は犬じゃねーんだぞ。 「まあ、いいぞ。でも、今日は会議があるから少し遅くなるぞ。三浦は大丈夫なのか。」 「まぁ、大丈夫っしょ。じゃあ、よろしくね、ハチ。…それと三浦じゃなくて、優美子って呼べし。」 「俺は常に名字で呼ぶ。お前だけ下で呼ぶと贔屓してると思われるからな。」 「…ふーん…。」シュン ってそんな顔すんなよな。ポリポリ 「教師が選り好みしてるとか問題になるからな。…だが、考えとく。」ガシガシ 「ちょっ//荒っぽいし。約束だかんね。」 「あぁ。早く行けよ、始まるぞ。」 「ヤバ!またあとでね、ハチ!」タッタッタッ う~ん、ヤベーな。変な約束しちゃったよ。まぁ、いいか。それより、またやっちまったな~。 先生スキル(お兄ちゃんスキルの派生系だ。例えば頭なでなで→頭ガシガシとなる。)が働いちゃったよ~。問題にならんといいが。三浦なら大丈夫か。 きーんこーんかーんこーん おっと。早く行かねぇーと、HR 始まるわ。 「おーい!比企谷。」 ん~。今日は朝からいろんな奴に会ったな。ノビー 「おーい。比企谷~。ひ~き~が~や~。 比企谷せ~ん~せ~い~。」 「うっせーな、隼人!なんだよ。」 「聞こえてんじゃないか。…それに、『隼人』って呼んでるぞ。」ハハ チッ、こいつは相変わらず黒い笑顔だな。他の奴にも見せてやれよ。 「それは無理かな~。比企谷だから見せるんだぜ。」 おい、ナチュラルに人の心読むなよ。そして、あの人が喜びそうなこと言うなよ。 俺にどす黒い笑顔を向けているこいつ一一葉山隼人は高校からの付き合いだ。あの頃から周りには仮面をつけて、『みんな』の葉山隼人を演じてきた。 そのストレスとか愚痴を何故か俺にぶつけてきやがるんだよなこいつは。「それは君が僕の仮面をはがしたからじゃないか」 ……おい、なにナチュラルに入り込んでんの?以心伝心なの?一心同体なの? キマシタワー ブワ- ゾワなんか寒気が。 俺はまだ、いや一生腐海には行かないぞ。腐女子はおうちへお帰り。 「つーか、お前HR行かねーの?間に合わねーぞ。」 「それは君もだろ?」 「俺のクラスは自主性を重んじてんだよ。」 「ハハ。君らしい言い訳だ。あと5分あるからね。それより、今夜また飲みにいかないか。」 「それいいに来たのかよ…。」 「比企谷、いつも忙しそうだからな。誘えるときに誘わないと。それでいくのかい?」 「あー。分かった。いつものところか?」 「ああ。それといつものメンバーだから、じゃあまた後でな。」ニコ なんだったんだよ、あいつは。……まぁ、あいつとは意外と長い付き合いだ。高校3年のとき、隼人と喧嘩したんだっけなー。それからかな。本当に分かりあい、『友達』という関係になったのは。まぁ、あいつ嫌いだけどな。 「ふー。まったく朝から騒がしいな…。」フッ こんな騒がしい朝も……嫌いじゃなくなった。 いや、慣れただけかもな。 [newpage] ガラガラガラ 「きりーつ。れい。」 「「「「おはようございまーす。」」」」 「うーす。今日は欠席は…いねーか。俺から連絡は特にねーけど、なんか委員会とか連絡あるやついるかー。」 ビシッ おい、またあいつかよ。なんでそんなに綺麗に手をあげてるんですか?にこやかに笑ってますけども…。 「…雪ノ「陽乃」…陽乃なんだ?」 さっそく下で呼んでるよ。でもなんか逆らえなかったんだし。しょうがないし(汗) だが、三浦は俺のクラスじゃないからばれない! ……三浦も下で呼んでやるか。 とりあえず、まずはこいつをどうするか。 「連絡です。私と八幡は今月に結婚し「よーし、他にあるやついるかー。」ちょっと、いけずー、八幡。」 マジこの受け流し、最強だね。俺の奥義のひとつにしよう。因みに俺の最終奥義は黒歴史語りだ。この語りによって相手の同情をひけ……たためしがねえよ。むしろ、俺の心をえぐるだけだった。……やべ、目から汗が出てきやがった。 「ふー。陽乃、そういうからかいは先生嫌いだよー。はい、他にいねぇーか?」 「ぶー。」プク おいおい、なにほっぺた膨らませてすねてんだよ。 …なにあの生き物可愛い。なんかお持ち帰りして愛でた……なに考えてんだよ。俺は教師だろうが。 ほら~、あいつまで挙手してるよ。いいから姉妹揃ってやらなくていいから。なに双子だと真似したくなるの?そうなの? 「……雪ノし「雪乃」…雪乃なんだ?」 また屈服してしまった…。 「先生。先程から私の姉に向ける目が不純です。通報しますよ。」スチャ 「いや、見てねーし。むしろお前の姉がめっちゃ見てるんだけど。目力半端ないんだけど。取り合えずその手にあるスマホをおけ。」 「そんな言い訳は通じませんよ。仕方ないですね。本当に仕方ないので………私を見なさい!」 は? 「だから、姉さんを見れない憐れな先生のために私を見ることを許可すると言っているのです。」 「は?なんで?」 「先生。みなまで言わせないでください。だから…その…私が先生の奥さんになるからに決まってるでしょ//」キャッ おいおい、何がキャッだよ。姉妹揃ってどんな思考回路してんだよ。 「ゆきのん?何言ってるの?比企谷先生は私の夫だよ。そういう冗談はよくないよ。」 どうしたの?由比ヶ浜ちゃん。なんで目の焦点あってないの?病みヶ浜ちゃんなの?  「何を言ってるのかしら。由比ヶ浜さ……ゆ、由比ヶ浜さん?」 「何?ゆきのん?」<○><○> 「…………。」ガクガクブルブル 帰ってきて~!由比ヶ浜~!ゆきのん怯えちゃてるよ! 「へぇ~。雪乃ちゃんもガハマちゃんも私とやろうってんだ。」 「負けませんから。」 おお!戻ったか由比ヶ浜! 「……ええ。私も勝負と聞いては負けられないわ。」ガクガク おい。まだ雪ノし「雪乃よ。」……雪乃震えてんじゃん。 ガラガラガラ 「比企谷先生ちょっと、騒がしいですよ。それにみんなもおかしいこと言ってないで。」 おお!我が後輩助けに来てくれたのか。 「すまないな。一色。」 「まったく困りますよ。  先輩の奥さんは私なんだから//ね、せーんぱい。」 おいーーー!!ブルータスおまえもか!!! [newpage] [chapter:あとがき] はじめましてsky&seaです。 駄文ですがどうでしたでしょうか?最後までお読み頂きありがとうございました! 携帯からの投稿なので誤字脱字が多いと思いますが、その点はご了承ください。 アドレス等コメント欄にてお待ちしてます。          See you next time…………
どうも~♪sky&amp;seaといいます。<br />駄文ですがよろしくです!
生徒『教えて~八幡!』八幡先生『先生をつけろよお前ら…』
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兄さんの料理スキルがカンストしています。 愛され長男ならなんでも許せるという方向けです、ご注意ください。 +++ 「混ぜご飯がくいたい」 六つ子がそろい各々好きなことをしている居間の中央で、こたつに座り頬杖ついたおそ松がポツリと呟く。 カラ松は鏡に映る自分から目を離し、チョロ松は読んでた本を置き、一松は猫をじゃらす手は止めぬままチラリと視線を向け、素振りをしていた十四松は動きを止めことりと首をかしげ、トド松はスマホを覗いていた顔をあげて、全員の視線が一気に集まるが、五人に背をむけているおそ松はそれに気付かずぺたりと顔をちゃぶ台につける。 「兄さん混ぜご飯てなんすかー?」 バットを置いた十四松がどっせーいとおそ松の背中に張り付いた。 唐突な衝撃にびくりと肩を跳ね上げるが、五男の先の読めない行動には慣れている長男はその驚きも一瞬で、首筋にぐりぐりと擦り寄せてくる頭をぽんぽんと撫でる。 「母さんがよく作ってた飯だよ、ほら、あまじょっぱい米にゴボウとか筍とか鶏肉がはいった」 「ああ、あれっすか!茶色いちょーうまいやつ!」 「そうそう、説明してたら余計食いたくなったわ!混ぜご飯くいたいー今くいたい!」 なう!と叫びばたばたと足を揺らす兄に、ため息を吐いたのはチョロ松だった。 唐突に何を言い出すかと思ったが、わちゃわちゃと十四松を巻き込み騒ぐ姿は成人した大人には見えず子供そのもので、呆れる。 でも母さん今日から旅行だから今も晩飯でも今日は無理だよ、とそれでも答えてやれば、えーと不満げな声があがった。 「えー、と言われても母さん居ないんだからどうしようもないじゃない」 長男の不満を切り捨て、話は終わったと言わんばかりにチョロ松が本を再び手にとる。兄の言動に関わらずただ黙って見てた残りの三人もまたそれに倣うように各々好きなことへと意識を移した。 そんなつれない弟達の様子にちょっとむっとしながらも、んー..とおそ松が某か考えこみ始めて、唯一まだ彼に構っていた十四松が抱きついたまま首を傾げる。 「おそ松兄さんどうしはったんすかー?やきう?やきうする?」 ぎゅー、と抱きついてくる腕をぽんぽんと叩けば素直に拘束をとかれ、野球はしないかなー、と言いながら十四松の頭を一なでしたおそ松は立ち上がり台所に向かう。 ごそごそ物音がするのも数分、帰ってきたおそ松が、唐突にはい!と声をあげ、ぱんと手を叩いた。 「俺の作った混ぜご飯食いたいひとー!」 「はーい!!」 投げかけた問いかけに返ってくるのはとても元気よく大きなものだけれど十四松の声一人分である。 残りの四人は何故か固まっていて、楽しげにしていた声から一転、んむぅと不満の声が口から漏れる。 「えー、十四松以外の四人は兄ちゃんの手料理食べたくねぇの?」 不服そうな長男の言葉に反応し四人に動きが戻るもその顔に浮かぶのはおそ松の求めていたものじゃない。 「……突然何なの。というかそもそも兄さん料理なんてできるの?」 「兄さん料理なんてしないじゃない」 「なにがでてくるか、分かんないし……」 「兄貴、無茶は良くないぜ?」 固まりが解けたら解けたで、こちらのやる気に水をさすような言葉を吐いて顔を見合わせ頷き合う弟達にいらっとした。 何なの、お兄様に対して超失礼なんですけど!?と、ディスってくる弟たちにぷんすかポーズをとろうとするが、俺、俺はくいたいっす!はいはいっ!と元気よく手あげる十四松の姿が視界を塞いで、ささくれだった気持ちが落ち着き振り上げた手は用を成さぬまま丸い頭の上へと置かれる。 「もー、俺の弟達ノリ悪すぎ!良いのは十四松だけかよー」 素直で可愛い弟の頭をなでてやればわはぁと嬉しそうに笑うその姿は本当に癒しである。 成人している大人だとは思えないがそこはそれ、十四松は十四松というカテゴリーなので気にしない。 ペットを愛でて落ち着く人間のように、十四松を愛でて落ち着き気分を入れ替えたおそ松が、がしっと目の前の弟の肩を掴む。 「よし、十四松!」 「あいあい?」 「お前を見込んで頼みがある!」 じっと十四松を見るその顔は滅多に見ないきりっとした真剣なそれで、つられ十四松もきりっとなった。 「あい!」 「この紙に書かれた物を買ってきてくれ!」 「うはっ!了解しまッスル!」 ハッスルマッスル!とメモをもった手を掲げそのまま駆け抜けようとする十四松に、何とか買い物袋とお財布をもたすことに成功したおそ松は、あっという間に消えていく黄色を見送り、台所に足を進めた。 先ほどの物色で見つけ集めた物が台の上に置かれてある。 十四松が帰って来るまでに今出来る下処理を終わらせておこうと、まず手を伸ばしたのは洗濯ばさみで袋口をとめられた乾物のしいたけだった。 袋半分位になっている黒い塊を全て取り出し、流し台で軽く洗って耐熱皿に入れ水をひたひたになるくらいまでいれる。 ふわりとラップを被せレンジでチンしてやれば、15分ほど放置でふっくらとした椎茸に戻る。文明の利器万歳だ。 椎茸はしばらく放置するとして、次は混ぜご飯の要、お米様の準備をする。 米びつのメモリを三合に合わせレバーを押せばざーっと米が流れ落ちてくる。 何度かレバーを押し必要なだけ取り出してボウルに入れた。 研ぎ始めには水道水でなくミネラルウォーターを使う。 米研ぎは最初が肝心らしい。粒を潰さないように気を付けつつ米を研ぎ、最初の数回の研ぎ汁を鍋にいれ、洗い終わった米をざるにあげる。 作業はとても単調なのに如何せん量が多いので結構な大仕事だった。 それに比べれば次は楽なもんだよなーと、鼻歌を歌いながら綺麗に洗ったゴボウを小さめの包丁で切り目をいれ、水の溜まったボウルの中に、鉛筆削りの要領でしゅっしゅっと削りささがきを作っていく。 出来上がったそれをざるに流し、また水をため、それをもう一度繰り返したとこで、十四松がおそ松兄さんただいまッスル!と帰還して抱きついてきた。 「おお、速かったな!さっすが十四松!えらいえらい!」 頭を撫でるおそ松ににぱーっと笑いうひっ!おそ松兄さん大好きっスー!と抱きつく十四松に俺も大好きだぞー!とそれを受けとめるおそ松。 花を飛ばしているような、子犬同士がじゃれてるような無邪気さできゃっきゃっと楽しそうな二人、に。 ずるい!と居間で声をあげたのはトド松だった。 スマホを弄る、振りをしてずっとおそ松を見ていたが。こちらの視線には一切気付かず、十四松ばかり可愛がるその姿には不満しかない。 僕だっておそ松兄さん大好きなのに!十四松兄さんばっかりずるい!! おそ松の行動を否定したのは自分だが、それは棚の上に上げてトド松は立ち上がり台所に走ってぎゅうとおそ松に抱きついた。 「おそ松兄さん、ごめんね、僕も手伝うから食べさせて?」 「ぅお?!」 急に抱きつかれ目を白黒させる長男に畳み掛けるように謝り要求を突きつけるトド松は、きゅるるんと音がしそうな上目遣いも言葉もとても、あざとい。 食べさせて?という言葉は僕に構って!と言う意味だ。 いきなりの謝罪と要求に先ほどまでの不満をいとも簡単に押し流されたおそ松が、しかたねぇな~なんて笑いながら頭を撫でているのでどんなものが出来るか分からない今の状況でも末っ子は至極満足そうな顔をしている。 兄さん、おれも、おれも!と抱きついてぐりぐり頭をこすりつけてくる十四松と纏めてわちゃわちゃして暫く。弟を構って満足した(兄に構われて満足した)所で作業に戻った。  買い物袋から取り出すのは市販の炊き込みご飯セットのパックだ。 「あれ、市販のやつ使うの?」 首を傾げるトド松に、封をあけ中の具材をざるに出し水洗いをしながらおそ松が答える。 「おー、これに味をプラスした方が簡単に作れるんだよ。安価で具も沢山あるしな」 じゃっじゃっと水を切り、ざるにあげてた米を炊飯器の釜にいれミネラルウォーターを注ぐ。 「んー、こんくらいか?」 「目盛りのままじゃだめなんすかー?」 「後から混ぜこむ具が汁気多いから目盛り通りだとべちゃつくんだよ。べちゃべちゃした飯はやだろー?」 「うん、絶対やだ!」 なー、と言いながら、水の量を決めたらしいおそ松が水洗いした先ほどの具材をいれ炊飯器にセットした。ピッピッと二回なる音は炊飯開始ではなくタイマー予約の音だ。 「二時間後?」 「今から残りの具材を煮込む、つーか炒めるんだけど熱いままだとやっぱり米がべちゃつくから具材は冷ますんだよ。そのほうが味がしみて落ち着くしな」 「へーぇ....なんか、兄さん手慣れてるね?」 喋りながら止まらない手は現在とんとんとんとリズミカルに人参を刻んでる。 十四松には封をあけた鶏肉のミンチに塩コショウをかけ酒をいれこねさせ、トド松には筍を水洗いさせ置いておいた米の磨ぎ汁につけてもらう。 市販の水煮なので灰汁抜きしてはいるが、なんとなくエグい感じがするのでこうすれば何となくエグみが和らぐ気がするので気の持ちよう的なものかもしれないがやってもらった。 そうしてそのあと油揚を油抜きするようお願いして、自分の動きも出す指示も無駄のない彼にポツリとトド松が呟くようにきけば、へへ、と笑って鼻の下を人差し指ですり、ぱちんとウィンクする。 「まあ、俺はカリスマレジェンドだからな!」 少し照れくさそうに、でも得意げなその顔は分厚いフィルターが掛かっているかもしれないがとても可愛らしいし、愛らしい仕草までプラスされてしまえば心臓に衝撃は免れない。直撃を受けた二人がんんんん、と呻き声をあげながら胸をおさえた。 「くっそ普段はキングオブクズのくせに……っ!」 「兄さん可愛いー!」 トド松は憎まれ口を吐くが、赤く染めた耳では兄に悶えてるのは隠しきれてないし、十四松に至っては隠す気すらない。 溢れる欲求にどこまでも素直な五男がわはー!と抱きつけば、手がべたべただなー、と弟たちの胸に深刻なダメージを与えていることに一切気づいていない長男はその包容力に似た鈍感力で全てを押し流し、鶏肉をこね終え汚れた手を水道で洗ってやる。 ちゃんと手をふけよ~といいながら油揚げを入れ火にかけてる鍋を覗きこみ お、もういいな、サンキュートド松と軽く頭を撫でるおそ松はどこまでも自然でどこまでもお兄ちゃんだ。 十四松を構い放置された事で若干不満そうだったトド松が嬉しそうにふにゃっと笑った。 +++ 「美味しいのができそうでよかったよ」 「ふふん、まあそれは任せとけ。ちゃーんと松野家のうまい混ぜご飯を作ってやるよ」 「わほーい!」 きゃっきゃっと台所ではとても楽しそうな声がする。 居間に残された僕とカラ松と一松は、今更混ざることも出来ずその声をききながらそわそわするしかない。 おそ松兄さんの手料理なんて、食べたいに決まっている。 ただ先ほどは兄弟の手前、食べたいと食いつくのも恥ずかしかったし、未知の腕前に対する不安も相まってつい憎まれ口を叩いたものの、食えと言われれば内心喜んで残さず食べる気だった、が。 どうやら長兄は料理ができるらしい。 そしてその料理を嬉しそうに心待にしながら手伝いをする弟が、二人もいる。 満足そうな兄の様子に自分の口には入らないかもと思えば、カラ松はそわそわと台所を覗いては落ち着きなくウロウロしてるし、一松は猫じゃらしを持つ手が完全にとまり、どろどろとした闇を纏い始めるし、自分はずっと本の文字を追いはしているが内容は一切入って来ずもんもんとしている。 俺だって、兄さんの手慣れた料理姿を横でみたいし手伝いたいと、思いちらりと台所に視線を流せば、料理をしている兄は一切こちらをみることなく、代わりにトド松と視線がかちあった。 にやぁ、と勝ち誇ったように笑うその顔に、ぺたりと抱きつき頭を撫でられるその姿にびりっと手に持っていた本のページが破れたがそれに構ける気の余裕はない。 ドライモンスターが、お前だって兄さんの料理ディスってたくせに!その場所替われ!! +++ 中華鍋に似た多きなフライパンにひくのはごま油だ。若干お高目な黄金色のそれをふんだんに使い十分に熱くなったところで鶏ミンチをいれ、少し火を弱める。バチバチと酒につかった鶏肉が弾け油をとばすが、後で拭けばいいだけなので気にしない。 「もう手伝って貰うことはないから座ってていいぞ?ありがとなー」 「んーん、兄さんの料理姿見てーっす!」 「邪魔なら向こう行くけど……」 「いや、邪魔じゃないけど」 見てて楽しいことなんてないけどな、と首をかしげる兄は、手際よく料理するその姿にきらきらとした目をむける弟が僕のお嫁さん超可愛いなんて妄想してるなんてしらない。 ある程度鶏肉が白くなったところで人参を加え丁度いいサイズに切った筍をいれ、水気を切ったゴボウを入れる。 じゅっじゅっと木ベラで混ぜそれなりに重いフライパンを片手で持ち前後に素早く揺すれば中の具が綺麗な放物線を宙に描く。 うわぁ!と声をあげる二人にふふ、と笑いながら油揚げと戻し椎茸を加えごま油を少し足す。 ご飯に混ぜこむものなので味は濃すぎない?と言うくらい濃く作る。 砂糖をこんもりいれフライパンを揺らして具材に溶かし、醤油、酒、みりんを入れて一煮立ちさせて、味を整える塩少々。 取っておいた市販の炊き込みご飯セットの出汁と椎茸の戻し汁を入れ、ゴボウをつけておいた汁も少し加えた。 家で使ってる出汁はペットボトルに入っている市販の昆布出しだ。少し甘めのそれは使い勝手がよく、出汁を水で1:2に割り、フライパンに加え蓋をし中火より少し弱い程度の火力でことこと煮ること数分。 蓋を空ければふわわんと立ち上る湯気と甘じょっぱい香りによしよしと頷き一気に火力を最大にする。 鍋にある汁気をある程度とばせば完成だ。少し残った汁をスプーンですくい差し出せば、ぱっかーと雛のように口が開いたのでそれぞれいれてやり、自分も口にする。 「んんん、濃い!でも甘くてしょっぱくて美味しい!」 「うっめー!兄さんすっげー!!」 「いい感じだな。もう少しおけば味が馴染んでもっとうまくなるぞー」 後はご飯が炊ければ具と、これでもか、これでもか!と、スリゴマを……具体的に今回の量で言えば家にある袋詰めのスリゴマを使いきるくらい混ぜこめば美味しい混ぜご飯の完成だ。 「あとどれくらいでできるの?」 「あー、飯たけて、混ぜて、馴染ませるから……丁度夕飯時になるな」 「ええ、お腹と背中くっついちまいそうっス……」 じゃばじゃばとでた汚れ物を洗いながら、聞かれたことに返せば二人がしゅーんとした。 美味しい味を舌にのせたから余計腹へったか、と苦笑しつつ。濡れた手を拭い棚をごそごそと物色する。 「しゃーねぇなぁ。夕飯前のおやつに兄ちゃんがつくった甘いもの食べたい人ー?」 見つけたホットケーキミックスの箱を揺らしてみれば、ぱああぁぁあっと末っ子二人の顔が輝き元気よく手が二つ挙がった。 +++ 「うっひょー!兄さんすっげー!かっけー!うまそう!!」 「すごい!!兄さんまじなんなの!?もう!好き!!」 「たっはー!まあカリスマレジェンドにかかればこんなもんよ」 甘い香りがしてすんすんと鼻を動かせば台所が一際騒がしくなった。 いつの間にか猫は消えていて、用のなくなった猫じゃらしを放り投げた所で、台所から出てきた末松が嬉しそうに手に持っていたものをちゃぶ台におき席に着く。 置かれたそれは、ほかほかと甘い湯気を立ち上らせるふわふわの真ん丸いホットケーキだった。 居間にいた俺達三人の視線が小麦色の柔らかそうなそれに集中してたが、十四松はホットケーキに集中してるので気付かず、トド松は気づいているだろうにばっさり無視して手に持っていたナイフとフォークを丸いそれに突き刺す。 ナイフが入った瞬間ぐっと凹んだホットケーキは、切り進め刃が離れた途端ぶわっと膨らみを取り戻し、ふかふかな断面にとろりとかけられた黄金色がじわっと染み込んでいって、じゅるっと涎がでた。 ぱかりと口をあけて凝視する三人の兄の前で弟二人はぱくんと口の中に放り込み、ふるふるふると震える。 「んー!!!おいっしー!!なにこれ、ふわふわ!僕がつくっても固いだけなのに、なんで!?」 「うっめー!!ふわ!くしゅっ!じゅわゎー!!!」 「……ふ、ふたりとも、俺にも一口……」 「おいしー!やばい!最高!!」 「うめっ!うめっ!うめっ!」 あまりに美味しそうなそれに、クソ松が懇願するが、トド松は綺麗に無視するし、十四松はぐわっぐわっとホットケーキを口に頬張ることに必死で聞いてない。 チョロ松兄さんはがたがたと揺れぐしゃぐしゃになった本を更にぎゅうぎゅうに絞り嫉妬に燃える怖い顔で二人を睨み付けているが、その気持ちは辛いくらいよく分かる。 すっごい美味そう、しかもあれおそ松兄さんの手作りとか、何それ羨ましさの上限突破してるんですけど、ああもうなんで素直に兄さんの料理食べたいって言わなかったんだ、まじ死ねよこのごみクズ野ろ「はーい、注目」 声がした。おそ松兄さんの声だ。 それを理解する前に、兄さんに対する反射神経で顔をあげればにやにやしながら湯気を立ち上らせる皿を持ち俺らを見下ろしていた。 「これが最後だぞ?お兄ちゃんの料理……食べたい人ー?」 光の速さで俺達が手を挙げたのは言うまでもなく。 俺達の必死な様子に、ふっは!と声を上げた兄さんが先ほどまでのにやにや顔を消しゆるゆると目尻を下げた、見惚れずにはいられない俺達の大好きな優しい兄の顔で笑う。 「素直で可愛い子は花丸ぴっぴだ、味わってくえよ?」 [newpage] 純白な米がゴボウ、椎茸、鶏肉、筍、と美味しさをつめこんだ色を纏い艶ややかに光っている。 輝くそれを口に頬張ればしっとりとした飯粒が一粒一粒ふわりとほどけ、ふんわり鼻を抜けるのはゴマの風味だろうか、少し香ばしい匂いに空腹感を刺激され口をうごかせばしゃくしゃくと小気味よい音が耳を楽しませる。 人肌まで冷めた米は固さの欠片もなく丁度いい柔らかさで、筍や人参との歯触りの違いがもっともっとと食欲をそそった。 濃く味付けされた鶏肉は、米の甘さを邪魔することなく支え、噛み締めれば噛み締めるほどに甘さと辛さが混じりあい更なる高みへと変わっていく。そう、これを一言でいうなら、うまい!!」 「なげぇよクソ松」 「いったいよね~」 「黙って喰えよ」 「うめーっ!天ぷらもうめぇっ!兄さん!ごはんおかわりおねしゃーっす!」 「え、もう食ったの?はええなぁ、いっぱいあるからゆっくり食えって。ああ、カラ松、口にあったならよかったよ」 弟たちの溢れる愛(罵倒)に埋もれて少し泣きそうになったが十四松の茶碗に飯を注いでやった後で、少し照れ臭そうに鼻の下をこする姿にきゅんと胸が高鳴った。 「兄さん……!」 「「「おかわり!」」」 「うぉ!?お前ら本当めっちゃくうな」 「に、兄さん、俺、俺も!」 「ふは、だからまだいっぱいあるって、たーんと味わって食えよ!!兄ちゃんの愛がいっぱいつまってるからな!!」 ぱちんと落とされたウィンクに、俺も弟たちも食べるスピードがあがり、一升はあった混ぜご飯と添え物の天ぷら、そしてお吸い物までも全て食らいつくしたのは語るまでもない蛇足だろう。
料理スキルとお兄ちゃん力をカンストさせたらこうなりました。<br />兄さんまじ尊すぎて妄想が止まらないので吐き出し。<br />お目汚し失礼します。
【おそ松さん】お兄ちゃんとまぜご飯
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