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インターネットの怖い話「パワーストーン」
紫の呪縛
当時35歳。桜田さんはある休日パワーストーンを買いに行ったという。主婦仲間の間で流行っていたからだ。主婦仲間が購入したという店に行くと数々のパワーストーンがありどれを買えば良いかわからなかったので「健康運アップ」との煽り文句の石を買おうとすると店員に「実はかなり珍しい石が入りまして」と言われたという。店員がカウンターの奥から出してきた石は紫色に光り「ちょっと高いですが全然他の石と違いますから」と熱心に店員が奨めてくるので桜田さんはそれを購入したという。本人曰く「見栄っ張りなところがあるんです」との事だ。 店員にその石をブレスレットにしてもらい支払いを済ませて身につけて夕食の買い物をしようと桜田さんはスーパーに向かったそうだ。スーパーへの道中、道で笠をかぶった僧侶が目に入った。薄汚れた身なりでお経を唱えていたという。僧侶は公衆便所に向けてお経を唱えていたという。異様な光景だった。なんとなく距離をあけて桜田さんが僧侶の横を通り過ぎようとした時にお経を唱える声が止まった。「そこのあなた」僧侶が桜田さんに声をかけた。驚きながらも桜田さんが僧侶の顔を見た。目がほとんど開いておらず開いている目も白く盲目の僧侶に桜田さんには見えた。「はい…」桜田さんが恐る恐る返事をすると僧侶は「あなたの腕に巻いているもの。よくないものです」と表情を変えずに言った。「それはよくないもの」桜田さんは「目が見えるのかな」と思いながらも「よくないってどういう意味ですか?」と僧侶にまた尋ねると「見てみなさい」と僧侶はまた表情を変えずに言った。その瞬間、桜田さんの右手に激痛が走った。パワーストーンを巻いている手首だ。慌てて桜田さんは手首を見た。するとそこにはパワーストーンではなくムカデが巻きついていた。二匹のムカデがお互いを噛み合いながら蠢いていたという。「ひいっ」桜田さんが悲鳴をあげると僧侶が鈴を鳴らした。「チーン」。その音が鳴ったと同時にムカデは手首から解け地面に落ち、ぬらぬらと這いながら二匹で固まるように下水道に落ちたという。桜田さんが呆気に取られていると僧侶は一本の数珠を懐から出して赤坂さんに渡した。「これを一ヶ月の間つけておきなさい」と言ったという。桜田さんは目の前で起きた事の恐怖から僧侶の言う事をきくしかないなと思った。僧侶は「肌身離さずつけなさい」と言うと赤坂さんとすれ違う形で去って行った。横を通る時に「肌身離さずつけないと手首が落ちますよ」と呟いたという。 桜田さんはそれから僧侶の言う事をきいて肌身離さずその数珠を身につけたという。一週間経ち二週間経ち三週間経っても特に異変は起こらなかった。そして僧侶から数珠を受け取ってちょうど一ヶ月経ったその日、桜田さんは自宅にいた。娘が風邪をひいて学校を休んでいたので看病がてら横で添い寝していた桜田さんはそのまま寝てしまった。桜田さんは夢を見た。 暗い部屋で桜田さんは正座していた。板の間で空気がひんやりしている。目の前に背中が見える。袈裟を着た僧侶の様だ。前屈みで桜田さんから見ると背中を丸めて呻っている。「グゥ…グゥ…」と。しばらくすると僧侶がゆっくり振り返った。「あの数珠をくれた僧侶だ」桜田さんは思った。僧侶は壺を手に持っていた。壺の中でムカデが蠢いている。僧侶の目にもムカデが蠢き、出たり入ったりを繰り返している。すると僧侶が壺に手を突っ込み大量のムカデを掴んで桜田さんに差し出す。「ウグゥ…ウグゥ…」と呻りながら。桜田さんが後ずさりした瞬間、僧侶の口が開いた。何十何百大量のムカデが滝のように床に流れ出した。その瞬間「お母さん!」と娘の呼ぶ声が聞こえた。桜田さんが目を覚ますと横にいた娘がいない。声は庭の方から聞こえた。慌てた桜田さんは庭に裸足で飛び出した。その時「チーン」というあの僧侶の鳴らした鈴の音が聞こえた。 その瞬間、屋根から雨よけのトタン板が落ちてきた。桜田さんの手首に当たると手首から先が巻いている数珠と共に地面に落ちた。桜田さん曰く瞬間的に「全ての角度、タイミングが合わさった感じだな」とその時思ったそうだ。漠然と。「見事に切れるものだなぁ」と感心すらする程に。その後呆然と自分の落ちた手首と数珠を見ていると自分の愛娘が何処からか現れたという。ゆっくりと桜田さんの手首を掴むと桜田さんの顔の前に差し出し「よくないもの」と呟いたそうだ。娘の目はほとんど開いておらず開いた目も濁った白目でまるであの僧侶のようだったという。 トタン板の落ちる音で異変に気づいた隣近所の通報で救急車が呼ばれ桜田さんは病院に搬送された。手首から先をくっつける手術をしたが結果的には腐り落ちてしまったという。術後入院していた桜田さんが退院して家に帰るとあの数珠がテーブルの上に置いてあった。本人は全く記憶に無いが事故のショックから高熱を出していた時に旦那さんに「あの数珠は棄てないで」とうわ言で懇願していたそうだ。 桜田さんはこの数珠をどうすればよいかと悩んでいた。人に話した話が世話好きなある主婦に伝わり「そういうのに詳しい人がいるから」と隣の県のあるお寺の住職を紹介されたという。その住職を訪ねてこれまでの経緯を話した。住職は「なるほど」と話を聞いていたがふいに「ちょっと勘違いをなさっておられますな」と呟いた。住職の話を要約すると「最初に買ったそのパワーストーンは単なる石である。この数珠は数珠に見えるが数珠ではない。何かは知らないほうがいい。その盲目の僧侶は元は僧侶ではあるが今は僧侶では無い。宗派が違うからこれ以上は言えない」との事だったという。「とにかくこれはわたしが処理しておきますから」という住職の言葉を聞いて桜田さんは寺を後にしたという。 その後桜田さんは旦那さんと離婚をしている。理由は詳しく教えてくれなかったが桜田さんの奇行が原因のようだ。現在桜田さんは娘さんと2人で暮らしている。気掛かりなのは娘さんの視力があの一件以来どんどん落ちていっている事だそうだ。医者に聞いても明確な原因はわからないらしい。 話の最後に桜田さんに「ムカデがたくさん取れるとこ知らないですか?」と尋ねられた「なんか知ってそうだから」と、知ってそうというのもよくわからないが「わかりません」と答えた。「客にも聞くんだけどみんな知らないのよね」と桜田さんは言った。余談だが桜田さんは現在いわゆるピンサロ嬢の仕事をしている。「店が暗いから案外手の事にみんな気づかないのよ」との事だ。帰り際「娘より大事なものは私にはないから」と桜田さんは誰に言うわけでもなく呟いた。 桜田さんと別れた帰り道、手首につけていたパワーストーンが無くなっている事に気づいた。どうせコンビニのゴミ箱にでも棄てようと思っていたのでちょうど良かった。帰りの電車に乗っていると「チーン」と鈴の音が聞こえた気がしたのでiPodのイヤホンを耳に入れ大音量で音楽を流した。僕にも桜田さんほどじゃなくても大事なものがあるんです。多分この話を読んだあなたにも。 引用元:Twitterアカウント「蛇囚人」のツイートより
https://xn--u9jv84l7ea468b.com/kaidan/686wa.html
インターネットの怖い話「順子さんの話」
紅蓮の島の呪縛
順子さんは当時大阪の大学生でサークルで一緒になった昌子さんと昌美さんと仲良くなってお昼などを一緒に食べたりする友人になった。昌子さんも昌美さんも同じ島から出てきた2人で名前も容姿も似ているが親戚ではなく「食べてきたものが同じだから」と明るい昌子さんは言っていた。昌美さんはどちらかと言えばおとなしいタイプで、それに微笑みながらうなづくって感じで。 そのうち昌子さんがお昼の時間ちょっと用事があるから。って言って三人でご飯を食べる事がだんだん減って行ったらしいのね。でそのうちわかったんだけど昌子さん、同じ大学の榊(サカキ)って男と付き合い始めたらしくて。榊ってのはあまり良い噂を聞かない人で、遊ぶだけ遊んで女を棄てたり、堕胎させたりみたいな噂をよく聞く人物で。家も会社経営してたり、親戚に議員がいたり由緒ある金持ちらしくて。順子さん心配してたんだけど昌美さんが「あの子なら大丈夫」ってやけに言うからお昼は昌美さんと2人で過ごしてたらしい。 学部が違うので昌子さんと疎遠になって数ヶ月がたったある日。昌美さんとお昼をとろうとメールした所、「昌子さんが死んだから通夜で島へ帰る」って返信が来たから慌てて電話したら数日前に部屋で自死したって言われて。とにかく島へ帰る。って言われたらしくて。で最近は疎遠になったとはいえショックでお葬式には行きたいから。って昌美さんに伝えたら島までの行きかたをメールしてくれて。で3日後の葬式の日に順子さん島へ行く事になったの。電車を乗り継いでバスに乗って最後船で島へ送ってもらう方法で。 で電車とバスで島の近くの場所まで行ってそこから船を出して貰って一時間揺られて島についたんだけど。ほんとにさびれててなにもない島で。昌美さんにメールで送って貰った地図で昌子さんの家に向かったのね。そしたら道中後ろからついてくる女の子がいて。赤い着物着た黒髪の目が異常に大きい女の子で身長は小学生低学年ぐらいの。「こんにちは」って声をかけるけどニコニコしながら笑うだけで。変わった子だなあ。って思ったけどよく見たら変でお腹が異様に膨らんでるのね。なんか枕でも入れたみたいに。でその女の子が指差す方向を見たら家があって昌美さんが送ってくれた地図と照らし合わせたら昌子さんの家で「ありがとう」って振り返って言ったらもう姿が消えてて脚が早い子だなあって思いながらその家に入って行ったのね。玄関はあいてたから。 でまず玄関から奥の部屋が見えたんだけど順子さんぐらいの背たけの巨大な石が置いてあって、えっ!って思ったら「よくぞいらっしゃいました!!」って大声が聞こえて、ビクッとしたら一人の老人がこちらを立って見ていたらしくて。でこの度はご愁傷様です。って言ったらその老人が昌美から話は聞いております。どうぞ拝んでやってください。って言われたので中に入ってどうしたら良いかわからないんでとりあえず石に手を合わせて拝んだんだって。それにしても線香も花もないから順子さん不思議には思ったんだけど島の風習ってもんなのかな?って思ってたんだけど。あと家には男の老人しかいなくてみな下を向いていて最初の老人以外は顔もよく見えなくて。とにかく異様な空間だったのね。そしたら最初の老人が話始めて。 「昌美から聞きました。昌子は悪い男に捕まったそうで。正月に会ったのが最後になってしまいました。わしゃ悔しい。おいおいおいおい。」ってオーバーリアクションで泣き始めたら他の老人も「おいおいおいおい。」って棒読みで繰り返し始めて。「悔しい。おいおいおいおい。」「おいおいおいおい。」が延々その後も繰り返されて。下手な劇団の演技みたいな。で順子さん御香典を渡さなきゃってなって遅れましたが。って渡したら最初の老人が「どうも」って自分のポケットにしまって。やっぱり変だと思って。昌美さんが帰りの船は手配すると言ってくれてたのでそれを伝えたら「はぁい」って間延びした返事をされてさっき降りた海岸へ行ってください。って言われたから海岸に向かったの。そしたら船がとまっててさっきあの家にはいなかった老人がいて。船が動き始めたんだけどその老人が「あんた売春はするんかね」とか「ここで海に落としても誰も気づかんやろね」などをやたら言うから生きた心地がしなかったらしいです。あと老人の足首には輪っか型の痣がついていたんですがなるべく見ないようにしていたらしいです。 で今何時かなと時計を見たら夜の七時で、おかしい昼過ぎにはあの家についたのに。ってなって空を見たら真っ暗で。今まで明るかったのに!って思ったら船が着いて降ろされて。そこからのバスがもうなく途方に暮れてしまって。仕方なくその街にある旅館に行ったら部屋が空いてて一泊する事になって。仲居さんが何処からいらしたの?と聞くからちょっと用事があって島からと言うと。へー変な島でしょ。ってケラケラ笑うから。えぇまあ。と答えるとあの島の人間は汚れてるから。と話し始めて。 仲居さんの話によると元々この街にあの島の人間も住んでたんだけど身分の違いとか井戸に毒を放り込んだとか諸説はあれど、とにかくこの街からあの島に追いやられた人間が細々と暮らしてるらしくて。あと話の中に能力という言葉がやたら出てくるので聞いてみたら。元々この街の人間には能力があるんだけどあの島の人間は汚れた能力でね。ミカヤマラの人間とは交流しないんですよ。って話し始めたんだけど今までケラケラ笑いながらだったんだけど急に「まあ部屋を汚すのはやめてくださいよ。男を連れ込んだり」って言って出て行ってしまって唖然としたんだって。その時に窓にスッと赤い影が見えたんだけど順子さん見なかったふりしてその日は寝て始発を乗り継いでなんとか帰ってきたらしくて。 で大学へ次の日行ったら「おいっ!」って男の学生に呼び止められて。なんですか?って言ったら榊の友達らしくて話したい事があるって言われて学食に行ったらしくて。で話を聞いたら榊は悪い人間じゃない。悪い噂は昔の彼女が流したもので昌子さんとは真剣に付き合ってた。ある日昌子さんと連絡がとれないから部屋に尋ねて行ったら夏なのに長袖上下でマスクまでしてて近づかないでって言われたらしくて。肌が見えてる所を見るとビッシリよくわからない文字がかかれている。本人に聞くと昨日島に帰っていたらしい。え?正月以来あってないって言ってたのに。あの島の老人。って順子さんは思ったけど。あえて言わなかったそうで。そしたら榊の携帯がなってミカヤマラさんから電話で「坊ちゃん今すぐその部屋から出てください」って言われたらしくて。って榊の友達が言い始めて。ミカヤマラ?あの仲居さんが言ってた。ミカヤマラ?ってなったらしくて。ミカヤマラさんて誰なの?って聞いたら榊の家で重要な事を決める時にお伺いをたてる占い師らしくて。で榊は今どうしてるの?って聞いたら一昨日自死した。って言われて。その友達もよくわからないから今日榊の家に行ってくるってその場は別れたらしくて。でその次の日また大学に行ったら泣いてる女の子がいたからどうしたの?あの子って周りにいた人に聞いたらあの榊の友達の彼女で一昨日自死したと聞かされたそうです。 順子さん何がなんだかわからずにとりあえず家に帰って頭を整理しようと庭で考えてみたけどよくわからない。占い師のミカヤマラは島の人間なのかあの街の人間なのか。体に書かれていた文字とは。全くわからない。ってなったんだって。でふと目の前の塀を見ると。塀の上にあの島の赤い着物の女の子、その横には無表情の昌美さんの顔があって。「あっ!昌美さん!」って思ったら女の子が「あんまりかかわりなさんな」って言った瞬間、庭で飼ってる犬の首がゆっくり一回転して落ちたんだって。「でもうかかわるのをやめようと思ったんですよ」って順子さんは話してくれたんですよね。喫茶店で。僕に。で話してる間も喫茶店の窓にチラチラ赤い影がチラついてもう途中で帰りたくなってたんですね。僕。「でもまあ私は被害無かったですから」って順子さんは言い始めて。僕がでも飼ってらした犬がって言って。「あー確かに棄てるのめんどくさかったですね。近くのコンビニに棄てましたけど」って順子さんが言って。赤い影の動きが激しくなって。可愛がってらっしゃったんですよね?って僕が言って。「まあでもめんどくさかったですね。棄てるの」って順子が言って。来た時に愛想が良かったウェイトレスが乱暴に水をいれ始めて。赤い影が激しくなってどんどん。 その場にいたくなくてありがとうございました。って逃げるように喫茶店から出て。暫く行った所で嘔吐してしまって。それでもなんとか駅に向かって歩いているとお母さんが小学生ぐらいの息子を「なんでお前はそんな馬鹿なんだ!」って何回もビンタしていて、息子は無表情でそれを受けていて。駅のホームではサラリーマンの後ろに立って突き落とす素振りをイタズラっぽく繰り返す老人がいて。家に帰って携帯を見たら学生時代からの親友から「出会った時から嫌いだった。バーカ」ってメールがきていてなにもかも嫌になって携帯を切って寝ました。 順子さんを紹介してくれた友人に後に聞いたら順子さんは実家の財産を全て勝手に処分して消えてしまったそうです。よくわからない話。 引用元:Twitterアカウント「蛇囚人」のツイートより
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インターネットの怖い話「ペケ」
墓場のペケ印
Kさんが大学生の頃酔った勢いで仲間と夜の墓場に行き墓石の1つに「ペケ」印を落ちていた釘でつけた。翌週田舎の母親から電話で呼び出された。父親が体調を崩し検査したところ結果が芳しくないとの事だった。田舎へ帰り母親と医者から説明を受けていると医者が見せたレントゲンの肺の部分に「ペケ」に見える影があった。 その後父親は入院しどんどん衰弱しある日こん睡状態になった。眼を見開きうなり続けている。医者曰く「朝までもつかどうか」ということだった。母親は泣きながら「お父さん!」と叫んでいる。すると突然父親がKさんの腕をすごい力で掴みKさんの耳元に顔を近づけて「あと一人」と呟いたそうだ。 その後何年かは何も起こらなかった。現在Kさんは結婚し小学生の女の子の子供がいるが最近は学校へ行っていない。理由を尋ねるとKさん曰く「娘のランドセルからノートからクラスのやつらの仕業かな?「ペケ」って大量に書いてあったからそれのせいじゃないんですかね?」との事だ。 「それって学校とかに言ったほうがよくないですか?」と僕が言うとKさんは「いやぁほんとに僕の子どもかもわからないし」とめんどくさそうに呟いたちなみに死んだ父親のこともKさんは昔から嫌いだったそうだ。 全てKさんが仕組んだことなんじゃないかという疑いの表情を向けるとKさんは「嫁が最近入院していて色々持って行かなきゃならないんで行きますね」とめんどくさそうに立ち上がると伝票を手に取り話を聞いていた喫茶店から去っていってしまった。Kさんが去った後ふと見るとKさんが飲んでいたアイスコーヒーのグラスの水滴がテーブルの上で「ペケ」の形になっていたのでそれを触らないようにおしぼりで消した後僕も喫茶店を後にした。 引用元:Twitterアカウント「蛇囚人」のツイートより
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人間の怖い話「私の自慢話」
中学時代の万引き
私はごく平凡で、全く何の取り柄もない一般人です。これはそんな私のつまらない話です。突然ですが、皆さんが一番輝いていた時期っていつでしょうか?私の場合は、早熟と思われるかもしれませんが中学校の時でした。 当時、私が通っていた中学校は歴代最悪と言われるまで荒れ果てていた事で有名でした。不良グループが先陣で異常なまでに荒れていたのはありますが、それに引っ張られてか学年全体で荒れており、クラスに1つはイジメがあるなんて普通な状態。とにかく倫理観の低い世代だったのです。 そんな私達の学年でいつしか流行していた遊びが「万引き」でした。 全員とは言わないまでも、万引きは皆が当たり前のように行っておりました。お金が無い訳ではありません。盗れるのに何でわざわざ買うの?といった間違った認識が広まっていたのです。どれだけ万引きしたのかはステータスにもなり、友達間のマウントにも利用されている始末でした。 自分で言うのもあれですが、そんな中でも私の万引きは一目置かれていました。ためらい無く、当然のように万引きをして仲間にも分け与える。その度に「スゲー!」と賞賛される様は、何とも言えない快感が伴いました。「あいつはぶっ飛んでいる」という評判も、荒れた集団では勲章のような物だったのです。 そんなある日、完全に調子に乗っていた私は誰もマネ出来ない事をしようと企みます。修学旅行で使うボストンバッグってあるじゃないですか。あれいっぱいに商品をぎれば、それはスゴい事になるだろう。そう思ったのです。そして私は、目をつけていたとある店の商品を、一緒に居た仲間の目の前で大胆にバッグへ放り込み、前代未聞の万引きを実行しました。 そりゃもう仲間からは絶賛されました。「あんな事するヤツはお前だけだ」自分が仲間内で主役のネタになるのは、経験した事のある方なら分かると思うのですが、病み付きになるんです。やった事は犯罪ですが、それでも勉強も出来ず運動もダメで何の特技も無い私にとっては、自慢だと思っていました。 それからほどなくして、私が万引きをした店が潰れました。 「お前が万引きし過ぎたんじゃね?」冗談か本気か分かりませんが、仲間からはそう言われました。私はこの頃から、常に心へ消えないモヤモヤを抱えてたように思います。 私の万引きは罪に問われず、そのまま大人になりました。とある小売店に就職した私は、そこで思わぬ出来事に悩まされます。それは「万引き」でした。 当たり前ですが、万引きや盗難は小売店にとって大きな痛手です。売上はゼロではなく、マイナスまで落ち込みます。お店の商品の値段には利益の他にも、仕入れ値、生産の原価、配送料、その商品に関わった方々の賃金…。多くの要素が積み重なっています。万引きをされると、それが全て水の泡になるどころか、その商品が店頭に並ぶまでに皆が費やした時間までもが無駄になってしまうのです。当然で当たり前なのですが、恥ずかしながら私は大人になって、働いてみて気がつきました。 私が中学の頃、万引きした店は潰れました。ひょっとして私はとんでもない事をしてしまったのではないかと思う時があります。友達はあの時、どうして誰も止めてくれなかったのか。いっその事、私を逮捕してくれればあんな事態にはならなかったんじゃないか。罪を償おうにもどうすれば良いのか、でも罪を償ったら自分はどうなってしまうのか…。考えれば考える程、動悸がして吐き気と目眩に襲われる体になってしまいました。 万引きの罪は消えないですが、かといってこれが無ければ私が目立ったり楽しい時を過ごす事が無かったのも事実です。もし過去へ戻れたとして、過去の自分にこの苦しみを伝えたとしても、当時の私は理解できないと思います。 自業自得ではあるのですが、生きていくのが辛いです。
https://xn--u9jv84l7ea468b.com/kaidan/689wa.html
インターネットの怖い話「マンション屋上の貯水タンク」
屋上の呼び声
そういえばマンションと言えば思い出した話があって。 昔友達の住んでるマンションに遊びに行ったの。で飯食べたり酒飲んだりしてたらタバコ吸いたくなったんだけどその友達嫌煙家でベランダも洗濯物が干してあって吸えなかったの。で友達がこのマンション屋上上がれるから吸ってきたらって言って。で吸いに行ったのね。屋上に。 夏だから気持ち良くて。夜の1時ぐらいで。でタバコ吸ってたら「おーいおーい」ってこもった声が聞こえて、えっ?って思って周り見回したけど誰もいなくて。でも「おーいおーい」ってこもった声がずーっと聞こえるの。 そのうち「おーいおーい」って声の後にトントンってノックみたいな音が入り出して「おーいおーい」トントン「おーいおーい」トントンって延々聞こえ出したの。 なんだこれ?ってなったんだけど音の出どころに注意したらその音明らかに屋上の貯水タンクの中から聞こえるのね。屋上の貯水タンクの中から声と音が聞こえるなんてあり得ないわけで。これヤバイって思ったんだけど貯水タンクの横を通らないと下に降りる階段の扉には行けないから意を決して歩き始めたの。その間も「おーいおーい」トントンは続いててその間隔も速くなってきてて。で近づいて確信したんだけど明らかに貯水タンクの中から呼んでて中から叩いてるの。で横を通り抜けれたって思った時に「おいっ!」って声とドン!って強く叩く音が聞こえて腰が抜けそうになりながらもなんとか下に降りる階段のドアを開けたの。そしたら70歳ぐらいのじいさんが立ってて「夜は入るな殺すぞ」って凄い形相で静かに言われて。でもとりあえず人がいたから安心してなんとか友達の部屋に帰れたの。で喉がカラカラだからとりあえず水を飲んだら錆みたいな味がして吐いてしまったのね。 そこから日にちがたっても水を飲む度に錆みたいな味がして、というかジュースだろうが水分はとにかく全て錆みたいな味でほんと鼻つまんで水分補給してたんだけどある日を境にパタリと元に戻って。良かったなあって思ってたらそのマンションの友人から久しぶりに連絡が来て。会いたいって言うからマンションは嫌だから近くの喫茶店で会ったんだけど目に見えてやつれてて。なんか髪の毛も薄くなってて。ヤバイ雰囲気で。どうかしたの?って聞いたら一週間前ぐらいに家にいたら玄関のベルが鳴って。出たら70歳ぐらいのじいさんが立ってて。「俺はもうダメだから屋上のやつの事はこの先お前がやれ」って言われたんだって。 引用元:Twitterアカウント「蛇囚人」のツイートより
https://xn--u9jv84l7ea468b.com/kaidan/690wa.html
実話系・怖い話「アメーバ幽霊」
アメーバの訪問者
これは私の母親の話なのですが。10年前ぐらいに夜のお店で働いていた時の出来事だそうです。 お店には入口のドアが2枚あって、外ドアと中ドアを開けなくては入れない造りになっていました。ドアとドアの間は風除室のようになっています。小さな店でしたがそれなりに人気があり、母も常連さんの相手をしていた時でした。 入口のドアが開いたと感じ、お客さんだと思ってドアの方を見ると誰もおらず、ドアも閉まっていました。気のせいかと思ったのですが、30分後くらいにまたドアが開き、お客さんが来たと思いドアを見るとやはり誰も居ない。ドアも閉まっています。これが4~5回ほど続き、気のせいだと思っていた母も気味悪さを感じてきたのだそうです。 すると一緒の席に居た常連さんから「さっきからなんか入口おかしいよね?」という言葉が出て、母はビックリしたといいます。「常連さんも感じたの?!なんか怖いね~。」そう相槌を打ちましたが、2人が感じたという事は何かがある。母はそう思ったそうです。 そしてその常連さんがおあいそを済ませ、見送りで風除室へ2人が入ると、体が重く感じたのだそうです。正確には重さというより、まるで水の中に居るような抵抗があったそうです。常連さんとは「何か心地悪いね~」と話して別れましたが、母は一応感じた事を店長へ伝えました。夜のお店にはそういった類に詳しい繋がりが多いので、何とかしてくれるだろうと考えたのです。 数日後、店長の伝手でそういった事に詳しい女性が店を訪れました。彼女の話によると「入口の小部屋に、アメーバのような姿をした何かが居る。」のだそうです。ですがその女性も、それが何なのかまでは分からないと言います。その方しか見えないということは幽霊なのだろうけれど、アメーバからは意思が全く読み取れない。悪い感じはしないけど、かといって良い感じもしない。こんなの初めて見る。彼女自身も気になるらしく、しばらく面倒を見るという事で話はまとまりました。 それから3日おきに女性は店を訪れてくれました。「まだ居るね。」存在を確認すると、女性は塩を盛ったり、何やら唱えたりして帰っていきます。そうしてる間も、母と常連さんは風除室で体にまとわりつくような異変を感じていました。不思議な事に、母と常連さん以外は全く影響がありません。 1ヶ月くらい経った頃。「あれ?今日は居ないね。」除霊をしていた女性がそう言ってからというもの、アメーバの幽霊はどこかへ居なくなりました。そして母と常連さんが感じていた違和感も感じなくなったのだそうです。「一体何だったんだろうね~。」と除霊していた女性が漏らしていたそうですが、見えてすらない母達には皆目見当もつきません。 幽霊と言えば人間と同じような姿をしているものだと思っていたので、印象に残っていた話でした。
https://xn--u9jv84l7ea468b.com/kaidan/691wa.html
実話系・怖い話「適当に泊まった宿」
「隣の部屋」
当時、大学生だった私はオートバイに乗って、付き合っていた彼女と色々な所へ旅行するのが楽しみでした。これはその時に体験した話です。 旅行のルールとして、学生でお金に余裕がありませんでしたので、なるべく費用がかからない場所へ出向いて1泊をします。宿は予約などせずに、現地で見つけたラブホテルか旅館へ素泊まりです。この何が起きるか分からない感じがまた、たまりません。 都心から離れた地域の長く延びる国道を通って、その通り沿いにある滝を見学。素晴らしい眺めで心が洗われるようでした。滝の上には広めの駐車場があり、そこの休息所で何気なく会話したタクシーのおじさんから、良い情報を聞きました。「ここらには旧道というのがあるんだよ。そっちもすごく綺麗だから、良かったら通ってみるといいよ。」 教わった道を探して突き進むと、日が暮れました。そこで適当に発見した宿へ、私達は泊まる事にしたんです。 その宿は本館と別館みたいに建物が分かれていて、2つが通路で結ばれていました。いつものように予約なしの素泊まりでお願いしましたから、空室の都合で私と彼女は古めの建物の方へ通されます。 部屋は廊下の突き当りにありました。隣の部屋はずいぶん離れた奥にあるそうで、面白いと言いますか変わった造りだなと思いました。彼女は「きっと後から増築したからこうなったんじゃないかなぁ。」なんて言うので、まぁそれはあるなと納得しました。 そして夜になり部屋でくつろいでいると、どこからか物音や話し声みたいなのがずっと聞こえています。耳を澄まして音源を辿ると、どうやら隣の部屋から音がしているようです。 旅館ですから、他の客もいるので音がするのは当然です。なので最初はあまり気にしないでいたのですが、途中である事に気付きました。私達の部屋の隣は遠くにあるんじゃなかったっけ、と思い出したのです。彼女も異変に気付きましたが、確認するのも怖いですし、隣じゃなくて上からの音ではないかと言い聞かせるようにして、私達は眠りました。 朝になって、窓から外の景色を見た私達は驚きました。私達の部屋の隣の外壁に、もうひとつ扉窓があるのです。カーテンは閉じられていて、箪笥でも置いてあるのか形が変形しています。カーテンの色は日焼けして酷く色あせており、長い間放置されているのだと推測出来ました。ところが旅館に入って廊下を確認しても、その部屋に入れるようなドアが1つも在りません。 彼女と「おかしな造りだね…。」と話をして、私はその部屋に近い壁をドンと叩いてみました。するとその壁の向こうからドンッ!音が返ってきたのです。 怖くなった私達は、逃げるようにその旅館からチェックアウトしました。あの部屋は何故ドアが無かったのでしょうか。いや、きっとどこからか入る事ができて、中に人が居たのです。そう信じたいです。
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怖い昔話「皿屋敷」
皿屋敷
その昔、領主に奉公していた「お菊」という女がいた。お菊は大変な働き者で評判も良く、実際に誠実であった。周囲からの信頼も厚く、女中仲間からも慕われていた。 ところがある日、お菊は家宝として屋敷で大切に扱われていた10枚の皿の1枚を、誤って割ってしまった。お菊は壊してしまった事を正直に申し出て必死に謝るが、奥方の怒りは烈火の如く噴出して治まるどころではない。 「なんて事をしてくれたんだ!この皿はとても高価なものだから、あれほど大切に扱えと言ったではないか!」「申し訳ございません!申し訳ございません!」お菊は謝りながら、奥方からの暴行に耐え続ける。そのうちに騒ぎを聞いた領主も現れ、割れた皿を見て顔面蒼白となった。「あぁ…何てことだ…。大事な大皿が…。」お菊は領主にも正直に申し出たのだが、領主は何を思ったかその場にあった包丁を手に取り、お菊へ振りかざした。「あぁ~!」お菊の腕に包丁が入り、鮮血が飛び散る。 「どうかお止め下さい!」あまりの事態に見かねた女中達が割って入るも、領主と奥方の怒りは止まらない。「お菊を牢へ閉じ込めろ!」周囲の反対も空しく、お菊は領主の命で一室へ閉じ込められてしまう。 屋敷にはお菊が必死に謝る声と悲痛な叫び声が、長い間響き渡った。翌朝になると、部屋から抜け出したお菊が敷地内の井戸へ身を投げ、亡くなっているのが発見された。 お菊が亡くなってからしばらくすると、奥方の体調が悪くなり医者に診せる事態が起こる。奥方の異常と合わせて、評判の良かったお菊が居なくなった事も噂で広まり、ついには公儀の耳へ入った。何が起きているかと問い詰められた領主は観念して全てを話し、あまりに惨い内容であった為、罰として領地を没収されて奥方共々追い出された。 その後、残された屋敷に奇妙な噂が広まっていた。夜中になると、井戸の辺りから女が何やら数える声が聞こえてくる、というのである。屋敷の井戸は肝試しに丁度良いと多くの町民が足を運んだが、その声を聞くと誰もが身の毛のよだつ恐ろしさであったという。 そんな時、とある住職のところへ女が訪ね来る。女はお菊と共に、屋敷で働いていた女中仲間であった。女はお菊が受けた不条理を話し、涙ながらにお願いをしてきた。「もし、お菊さんの魂が成仏出来ずに屋敷へ留まっているのであれば、救って欲しいのです。」そういう事であれば、と快諾した住職は、その日の夜に井戸へ向かった。 住職が井戸の前で待ち続ける。すっかり夜も更けた頃、女の声が聞こえてきた。 「いちまーい、にまーい、さんまーい、よんまーい、ごまーい、ろくまーい、ななまーい、はちまーい、きゅうまーい…。あぁ…うぅ…うぅ…。」 1から9まで数え、嗚咽を漏らし、また数え始める。女はそれを、永遠に繰り返しているようであった。 女の声は、また数え始めた。そして「きゅうまーい」と言い終えた瞬間、住職は大声で叫んだ。「10枚!あった!ここにあったぞぅ!」すると女の声は「ありがとうございます…。」と応えた。 その後、井戸で手厚い供養を行い、井戸から女の声を聞いたという者は現れなくなったという。
https://xn--u9jv84l7ea468b.com/kaidan/693wa.html
後味の良い怖い話「熊に勝った猫」
猫と熊の奇跡
何年か前の話だけど、家に熊が出たことあるんだよ。別に家は山奥の一軒家って訳じゃない。むしろ都会寄りなんだけど、家の裏が山なんだよな。いわゆる新興住宅地ってやつで、最近になって山裾を造成して作られた住宅街だから、街並みはキレイなのに時々山から降りてきたイタチやタヌキが道路をウロウロしてたりする。まさか熊まで出るとは思わなかったけど。 その頃、家には野良猫の親子が住み着いてて。半野良っていうのかな。敷地の裏手にトタン板で雑にDIYした物置小屋があるんだけど、いつの間にかキジトラ猫が2匹の子猫と一緒に入り込んでたんだ。最初気が付いた時は追い出すつもりだったんだけど、別に頻繁に使う物置でもなかったし、まぁ子猫が大きくなったら勝手に出ていくだろうと思って結局放っておいた。餌あげてるわけじゃなかったし、向こうも別に飼われてるつもりはなかったんだと思う。 そんなある日、夜中に突然、物置小屋の方からすげー鳴き声が聞こえてきたんだ。 ギャーッ!フギャーーーッッッ!!! 鳴き声と共に、何やらドタバタ暴れ回ってる気配もして。最初は猫の喧嘩かと思ったんだけど、ちょっと気になって2階の窓から外覗いてみたら…。物置小屋の直ぐ近くに熊がいた。その熊相手に、キジトラの母猫が全力で威嚇してたんだ。 熊は人間の子供くらいの大きさだったけど、猫からしてみれば圧倒的にデカい。そんな熊相手に母猫は一歩も引かずに戦っている。オレは「あ、物置小屋の中の子猫を守ってるんだ」ってピンときたけど、だからって助けにも行けず、ただ2階の窓から見守ってるので精一杯だった。しばらくドタバタした挙げ句、母猫は遂に熊を追い払った。 母は強し!子供を守りきってメデタシメデタシ、と終わってれば良かったんだけど。オレが静かになった現場を確認しに行くと、地面には動物の毛と血のようなものが散らばってた。母猫は熊から殴られていたので、多分怪我をしていたのだと思う。手当が必要なんじゃと思って辺りを探したけど、不思議な事に母猫は見つからなかった。後に残されたのは、物置に隠れてたまだ小さいトラ柄の子猫が2匹だけ。 しょうがないから子猫は引き取ったよ。それまで猫なんて飼ったことなかったけど、ここで放り出すのは流石に無い。ネットで調べたり、猫飼ったことのある友人に電話で聞いたりして、子猫達と暮らし始めた。 それから半年後くらいかな。熊がね、また現れたんよ。そん時はまだ昼前で、オレが庭の植木に水をやろうとしてたところを、やって来た熊とバッタリ遭遇。間の距離は10メートルもなかったな。情けないことにオレの頭の中は真っ白で、体は硬直して逃げる事も出来ない。こっちがビビってるのを知ってか、熊は悠々と近付いてくる。この時はもう完全に詰んだと思った。その時だった。 フギャーーーッッッ!!! すぐ近くからすげー迫力の鳴き声がしたんだよ。オレもビビったけど熊はもっとビビったみたいで、その鳴き声がした途端に慌てて回れ右して山の方に逃げてったよ。鳴き声は聞いた事があった。あの時、熊を追い払った母猫と似てたんだ。オレを助けてくれたのか。いや助けたのはオレじゃなくて子猫の方かもしれない。子猫の方はというと、熊にビビったのか2匹ともカーテンの影に隠れてしばらく出てこなかったな。 その時の子猫2匹は、今ではもうすっかり大人になってる。以上、オレの体験した不思議な話でした。
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実話系・怖い話「このドア開けてくれよ」
開かずの扉
これは、私が大学に入学して一人暮らしをした時に遭遇した出来事です。 当時住んでいたアパートは単身者向けの部屋が並んだ、2階建てのよくある造りをした学生向け賃貸アパートでした。築年数は古め。正直言うと不動産屋の案内時からあまり良い印象はなかったのですが、部屋を探した時期が遅く入学まで時間が無かった事もあって、内見に付き添ってくれた父と相談しながら仕方なくその物件に決めました。 私が入居したのは2階の道路に面した角部屋でした。部屋を決めてからは慌ただしく引越しを済ませ、直ぐに入学式。しばらくは慣れない大学と都会での一人暮らしで精一杯になりましたが、引越しから1ヶ月も経つと生活に余裕も生まれてきます。 ある日、自転車で帰宅して敷地の裏から共用廊下へ戻った時でした。 ドンッ 突然、廊下の端にあった部屋から大きな音が聞こえました。1階の道路とは逆側にある、私の部屋から正反対に位置する部屋です。何だろうと思ってその部屋に近づくと、今度は内側から全力でドアに体当たりでもしているかのような音が「ドンッ、ドンッ」と連続して響き渡り、ドアノブがガチャガチャと乱暴に動きました。何してるんだろう…と不審に思いながら私が眺めていると、部屋の中から人の声が聞こえてきました。 「おい、誰かそこにいるんだろ!?部屋のドアが開かないんだ。外からドアを開けてくれよ!」 焦った感じでイラついている、低い男の人の声が聞こえました。今考えれば放っておけば良かったのですが、私はつい声をかけてしまいました。 「どうしたんですか?」「部屋のドアが開かないんだ。そっちからどうにか出来ないか?」「どうにかと言われても…。」 そう言われてドアを見渡しましたが、特にドアが開くのを邪魔しているような異常は見つかりません。ドアノブも普通ですし、そもそも内側からドアが開かないというのもおかしな話です。 「あの、こちらには特におかしなことはありませんよ?」「そんなはずはない、ドアが開かないんだ!ドアを開けてくれよ!」 男はドアノブをガチャガチャと揺すり、会話の最中にも扉をバンバンと叩きます。 実は、私はこの部屋に誰も住んでいない事を知っていました。アパートを紹介された時、不動産屋にどの部屋が空いているのか訊くとこの部屋が空室だったんです。位置的に悪いのか薄暗い印象がありましたから、この部屋は嫌だなと思ったので覚えていたんですよね。それについさっき敷地の裏を通った際に、窓から部屋の中が空だったことを実際にこの目で見ていました。カーテンが無い窓からは室内が丸見え。家具1つない空き部屋で、出入りを妨げるような物など何もありませんでした。 「おい、開けてくれよ!そこにいるんだろ!?なぁ、このドア開けてくれよ!」 その後も続く声とドアを叩き続ける音に総毛立った私は、その場から逃げ出しました。自室に戻る気すら起きず、その日は24時間営業のファミレスで夜を明かしました。結局、父親に無理を言って引越し費用を出してもらった私は、入居からわずか2ヶ月でそのアパートを引き払う事にしたのです。 あの部屋の中に居たのは何だったのでしょうか。泥棒が空室に侵入なんてしませんよね…。あの時、扉を開けたら私はどうなっていたのか…。もしかしたら何か謂れのある部屋だったのかもしれませんが、今更調べる勇気もありません。別に良いのです。知りたくもないし、関わりたくもありませんから。
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子供向け怖い話「黒い猫の怪」
海辺の黒貝怪談
これは家族で海へ遊びに来ていた時のこと。その日は天気も良く波も穏やかで、まさに海日和だったという。 休憩をしようと子供達と浜へあがり、レジャーシートへ向かおうとした時だった。子供の一人が足元をじっと見つめて、立ちすくんでいる。「何を見ているんだろう?」次の瞬間、子供はしゃがんで何かを掴みこちらへ駆け寄って来た。 「ねぇ、見てこの貝。」そう言って見せてくる子供の掌には、黒い貝殻があった。 「黒いね、この貝」 「黒いねこのかい」 「黒い猫の怪」
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2chの怖い話「田んぼの中の森に」
田んぼの森の幽霊
俺の地元は田舎で田んぼだらけなんだけど田んぼだらけの真ん中にポツンと小さな森がある場所があってさ 森に入ってすぐ左に御札だらけの古びた鳥居があってそこを通りすぎると右に小さな小屋?みたいなのがあるんだ(お稲荷様の小屋みたいな) それで、小屋にも御札がたくさん貼りつけられているんだけど記憶が確かなら昔に友達が開けた時に中には大名?みたいな人形が座っていたはず(雛人形位の大きさ) まぁ、そんな場所があって夜中に行くと女の人の幽霊が出るって噂になったから行ったんだ 友達4人で夜中の3時に行ったんだけど噂が本当かを確かめるのは直ぐの出来事だった 森に入って直ぐに見える鳥居の隣に子連れ狼の子供みたいな髪形をした白い服を着た子供とその隣には、まさに貞子って感じの女の人が背中を向けて立っていてさ 丁度、月が綺麗な夜だったからはっきり見えたんだけどその2人は背中を向けて立っていただけなのに足元の膝位まで伸びた草が物凄い勢いで左右に揺れているんだ それを俺が気づいて周りの連中に言うと1人が「…やっぱり、あれ…人だよね」って言うから皆一斉に走って逃げた オチがないからつまらないかもしれんけどあれは怖かった 余談だけど、周りで面白がって肝試しに行った奴等に話を聞くとその女の人の幽霊は毎回、立っている場所が違くて一番怖かったのは、入り口を入ったら肩が当たる位の距離で左に立っていたってのも聞いた
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実話系・怖い話「蠱毒作ってみた」
蠱毒の代償
これは俺が10歳くらいの時の話かな。 自分で言うのもなんだけど、俺は小さい頃は性質の悪いガキでさ。そして田舎でやる事が無いけど自然は豊かだった訳で。となると遊びとしてカエルを木に叩きつけて殺したり、ヤカンのお湯をアリの巣に流し込んで全滅させたり、そんなことばっかして遊んでるようなガキだった。生き物なんかその辺に幾らでもいたし、何か知らんけどその頃はそういう生きてる物を殺すのが楽しかった。 でも今はもう、虫なんか触るどころか見るのもダメになってしまった。そうなったきっかけが「蠱毒」だった。 蠱毒って漫画とかでもよくあるから、知っている人も多いとは思う。虫とか蛇とか、そういうのを沢山一箇所に集めて閉じ込めてお互いに殺し合わせて、最後に生き残った1番強い奴を使って憎い相手を呪い殺す、とかそういう奴。それをやったんだよ、俺。 テレビかなんかで紹介されたのを見て、別に呪いたい相手がいた訳でもなんでもないんだけど。動物がお互い戦い合うと最後に1番強い奴が残るんだスゲー!みたいな。ホント軽いノリだったんだけど、実際に蠱毒作ってみたのさ。 夏休みで暇だったから、とにかく目に付いたヤツを片っ端からプラケースの虫かごに放り込んだ。覚えてるのだけでも、バッタ、カマキリ、アリ、クモ、カナブン、クワガタ、コオロギ、カエル、トカゲ…。何故か草とかセミの抜け殻とかも入れた。本当は毒のある生き物を集めてやるらしいんだけど、まぁ子供のやる事だからそんなもんだった。 そうやって半日くらい頑張って集めまくった結果、流石に虫かごの中はやばいことになってて。もう色々と積み重なって、大渋滞起こしながら生き物が蠢いてた。ウワッ!と思って直視出来ないできないくらいキモかったが、後は庭に軽く穴掘って、ケースごと土に埋めて出来上がり。で、虫かごを埋めた時点で何か満足しちゃって、そのまましばらく忘れてたんだよね。思い出した頃には夏休みも終盤になってた。 昼間、庭に埋めた虫かごを掘り返してみた。掘り返すときは流石にちょっとビビってたよ。きっと、虫の死体がかごいっぱいに詰まってるんだろうと思ってた。ところが掘り返してみると予想と違って、虫かごの中は適当に入れた草とかが入ってる以外は、真っ黒い泥水?みたいのが溜まってるだけだった。放置してる間に雨も降ってたし、蓋が甘かったのか。そんなことを思いながら俺が虫かごの蓋を開けみると…。いたんだよ、生き残りが。 何かって言われるとよくわかんなくて、とにかくメッチャ動きが早かった。飛び跳ねたけど何かよく分からなくて、それが俺の腕にくっついたと思ったら激痛が走った。多分噛まれた?のだと思う。そいつはすぐ俺の腕から離れたてどっか行ったけど、噛まれた所がめっちゃ痛くて、針で突き刺したみたいな強烈な痛みが引かない。痛いのと驚いたので俺は虫かごをその場に落とした。ドチャーッって地面にぶちまけた泥水の中からは、虫の羽とかカエルっぽい骨とか、何かよくわからないキモい残骸が出てきたけど、こっちはそれどころではない。 噛まれた所は赤くなったと思ってたら、直ぐに腫れてきた。それも尋常じゃないくらい。見ている内にゴルフボールくらいにぶくっと腕が腫れた。蜂に刺された事は前にもあったけど、とてもそんなもんじゃなかったね。泣きながら家に飛んで入り、爺ちゃんに「虫に刺された!」って泣きついた。 そしたらもう大騒ぎだよ。車で病院へ連れて行かれて、その後でもっと大きな病院に送られて。何に刺されたんだって医者に聞かれたから、俺が「蠱毒」って答えたら物凄く変な顔された。その後は高熱も出て意識不明になって、最初の2~3日はマジで死ぬところだったそうだ。結局1ヶ月近く入院した。 退院した後で親や爺ちゃんから死ぬほど怒られたし、もう2度とこんなことするなって約束させられた。でもそんな約束はもういらなかったよね。1番ビビってたのが俺だったから。入院中は虫とかに殺される夢をいっぱい見た。もうトラウマどころか完全に虫恐怖症となり、あまりにも俺が虫を怖がるんで、中学からは都会に引越しした。 一応言っとくけど、真似だけは絶対に止めるべき。本気でやったら多分、死ぬ。
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後味の良い怖い話「右足の激痛」
海の守護霊
私が高校生だった時。夏休みに私を含め仲の良かった女友達3人で、ちょっと遠いけど有名な海へ遊びに行こうという話になりました。 台風が来るという情報もありましたが、まだ随分遠い所で発生していたので問題ないだろうと、海に出かける日程を決めました。私達は事前に水着や服を買い出しに行ったりして、それはもうワクワクしながら海に行く日を心待ちにしていたんです。素敵な出会いを求めて気合い充分だったという訳です(笑)そしていよいよ当日になり、朝起きようとした時でした。私は右足の異変に気づきました。 右足が痛い。尋常じゃなく痛い。ズキズキともジンジンとも違う、足がつりそうとも違うような痛み。まるで何かに掴まれているというのが1番しっくりくるような、初めての感覚と痛みでした。立つこともできないのです。 自慢じゃないですが、私は痛みには強くて骨折でも泣いた事すらありません。泣くどころか骨折したまま遊びに行ってしまうような、ちょっと頭のおかしいところがあるので、痛みの耐性は相当強いと思います。その私が痛みで泣いてしまう。自分でもビックリしました。それほど痛かったんです。 こんな状態では海なんてとても行けません。しばらく耐えながら様子を見ましたが、痛みは酷くなる一方で対処も出来ず、仕方なく友達へ連絡して海の予定は中止してもらいました。友達には散々文句を言われましたが…(笑) その後病院へ行ったのですが、待ち時間がとても長かったんです。予約してないから仕方ないと思って待っていたのですが、そのうち痛みが無くなり、私が診察を受ける頃にはすっかり良くなっていました。足は治ったものの、今からまた友達を誘って海へ行くには時間的に難しかったので諦めて帰宅しました。 家に帰ってテレビでニュースを見ると、私達が行こうとしていた海の話をしていました。どうやら予報が外れて、台風の影響で海が大時化だったらしく、海水浴に来ていた男性2人が行方不明になっているとか…。私のせいで遊べず友人には申し訳ないと思っていましたが、ひょっとして行かなくて正解だったのかもと思いました。 そしてその日の夜、私が寝ていた時でした。ふと目を覚ますと、私の足元に老人が座っていたんです。突然の出来事でビックリしたのですが、良く見るとそれは母方のおじいちゃんでした。おじいちゃんは私が生まれる前に病気で亡くなっているので、直接会った事はありませんでしたが、写真を見ていたので分かりました。おじいちゃんは真剣な顔で、日中に痛くなった私の右足へずっと手を当てていたんです。 気が付けば朝になっていました。私がおじいちゃんを見たのは夢か現実か分かりませんが、あの足の痛みはおじいちゃんが海へ行くと危険だと警告していたのだと思いました。でもあまりにも痛くしたから、気になってアフターケアもしてくれたのかな?なんて、今では思っています。 私の不思議な体験はこれが唯一ですが、墓参りは毎年欠かさず行って「ありがとうございました」と心で伝えるようにしています。
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インターネットの怖い話「出れない話」
閉ざされた回廊
大学生だった圭太さんがある日彼女とショッピングモールに行ったらしくて。と言っても田舎の小さな四階だてぐらいの寂しい感じの。平日の昼間だったので人もまばらで。でご飯も食べてなにをするわけでもなくぶらついていたらしくて。モール内を。するとCDショップがあったので暇だから入ってみたらしくて。で圭太さんは試聴機で音楽を聴きはじめたらしくて。彼女は店内をなんとなくぶらついて。しばらくすると彼女が忘れ物をしたかもしれないって言い出して見てくるね。って言ったからわかったって圭太さんは答えてまた試聴を続けたらしくて。しばらくして試聴するものもなくなったので圭太さんは彼女と合流しようと思って携帯を取り出したら彼女からメールが来ていて。 忘れ物がない。四階かもしれないから見てくる。 四階はゲームセンターになってるんだけどその日は圭太さんも彼女も行ってないのね。おかしいと思った圭太さんは今日四階は行ってないよ。ってメールしたらしくて。しばらく待ったけど返信はなくて。なんなんだって思って圭太さんはとりあえず四階に向かったらしくて。で四階についたんだけど平日の昼間だから人もほとんどいなくて。とりあえず彼女を探してまわったんだけどいなくて。また携帯を取り出して彼女にどこ?ってメールしたらしくて。しばらくすると彼女からメールが来て。 出れない( ; ; ) ってメールだったらしくて。出れないってなに?どこにいる?って圭太さんがまたメールしたら。彼女からメールがまた来て。 四階から出れない( ; ; ) ってメールだったらしくて。意味がわからないからふざけてるんだと思って。というか四階に俺いるから!ってメールしたら。またメールが来て。 出れない。助けて ってメールで。ひょっとしたらなんかヤバイやつに絡まれているのかと思って圭太さんはゲームセンター内を小走りで探し回ったらしくて。トイレの中までくまなく。でもやっぱりいなくて。で圭太さん電話もかけてみたが電話にはでない。メールの返信もこなくなってしまって。とりあえずこの四階にはいないと思って違う階を探そうと思って階段で三階に降りたらしくて。で三階をまたくまなく探しはじめて。店員にも彼女の着ていた服の特徴を伝えて聞いてみたが知らないって全員に言われて。で結局三階にもいなかったんで次は二階に行こうと思ったその時。エスカレーターで四階に上がって行く彼女を見たらしくて。よかった!って思ったらしいんだけど彼女の様子がおかしくて。 なんていうか両手を上に挙げてバタバタした動きをしていて。溺れているような。なんなんだって思ってとにかくエスカレーターへ圭太さんは向かって。で圭太さんがエスカレーターに乗った時には彼女は四階に着くところで。相変わらず溺れているような動きで。で圭太さんはエスカレーターを駆け上がったんだけど彼女はいなくて。またくまなく探しはじめて。でもやっぱりいなくて。店員や客に聞いたけどみんな見てないとしか言わなくて。仕方がないから圭太さん電話しようと携帯を取り出したら彼女からメールが来ていて。 出れない とだけのメールで。 仕方なく圭太さんはまた階段で降りて三階を探しはじめて。そしたらまた彼女が溺れているような動きをしながらエスカレーターで四階に上がって行くのが見えて。またエスカレーターへ走って。で四階に圭太さんが着くと彼女は消えていて。携帯を見ると彼女からメールが来ていて。また「出れない」ってだけのメールで。 すると閉館を知らせる蛍の光が流れはじめて。でもおかしくて昼の2時ぐらいに着いて時計を見ると9時で。そんな時間がたってるわけがなくて。で彼女にまた電話したけど電源が切れていて。警備員に彼女がまだ四階にいるんで探してくださいと頼んで探したがいなくて。先に帰られたのでは?と訝しげな顔をされたんでとりあえずショッピングモールを出たらしくて。でまた携帯に彼女からメールが来ていて。出れないってだけの。とりあえず彼女の親にこの事を知らせたほうがいいと思った圭太さんは彼女の家に行ったけど誰もいなくて。警察にも行こうと思ったけどさっきの警備員の訝しげな顔が頭によぎってとりあえずその日は自分の家に帰ったらしくて。 次の日圭太さんは朝一番に彼女の家に行ったらしくて。でもインターフォンを鳴らしたけど誰もいない様子で。仕方ないからその足でショッピングモールにまた行ったらしくて。で四階に着いたけどまた人がまばらで。またくまなく探しはじめて。で昨日と同じようにまた階段で三階に降りて三階を探したあとにエスカレーターを見ると彼女が溺れているような動きでエスカレーターで四階に上がって行くのが見えて。 その瞬間。蛍の光が流れはじめて。 圭太さんは恐ろしくて。ショッピングモールから走って飛び出して。で携帯を見ると彼女から「出れない」ってだけのメールがまたきていて。とにかく怖くなって。携帯の電源を切ってこの状況から逃げたしたくなったらしくて。 で一週間ぐらいして。やっぱりこんな事じゃダメだって思ったらしくて。とりあえずまた彼女の家に行ったらしくて。でインターフォンを鳴らしたら彼女のお父さんが出て。あの圭太ですが。って言ったら彼女のお父さん何回か会った事があるんだけどわりと陽気な人って印象だったんだけどなんか暗くて。声の感じが。受け応えもめんどくさそうで。で圭太さんが彼女は家に帰ってきてますか?ってお父さんに聞いたら。まためんどくさそうにそれどころじゃないんだよって言われて。圭太さんの知る限り彼女はひとりっ子でお父さん普通に溺愛してる感じだったんだけどまためんどくさそうに続けて。とりあえずさお前今金いくらある?って言われたらしくて。あの女の娘お前にやるからあるだけポストに入れといてよ。って言われたらしくて。圭太さんえっ!?って聞き返したけどお父さんはとりあえずそれどころじゃないんだよ。としか言わなくて。とりあえずあの女の娘はお前にやるから金入れといてくれな。って言われてインターフォンを切られたらしくて。 で四階に行ったらしくて。でもちろんいなくて。で階段で三階に降りてエスカレーターを見ての動作をまたしたら。彼女がエスカレーターで四階に上るところで。ただ前と違うのはエスカレーターの手すりに体をのせて両手は垂れ下がり首が捻じれて顔が逆を向いていて片方の手で手招きをしてたらしくて。圭太さんはそれを見た瞬間声を出しながらショッピングモールを飛び出して家まで逃げて帰ったらしくて。でやっぱり携帯に彼女からメールがまた来ていて。 出れないっていつもメールで。 で家を飛び出して近くの川に走って携帯を投げ捨ててその日のうちに携帯を解約したらしくて。そのショッピングモールには近づかないようにしようと決めたそうです。 それから数年たってそんな事も忘れて圭太さんは社会人になり結婚して幸せな生活を続けていて。結婚二年目に奥さんが妊娠して2人とも待望の赤ちゃんに喜んでいたらしくて。で予定日周辺は圭太さんは休みを会社に貰っていて家で2人で過ごしていると陣痛がきて。圭太さんは車で病院へ奥さんを連れて行き圭太さん立会いの元で出産が始まったらしくて。で圭太さんはハラハラしてたんだけど奥さんは落ち着いたもので女の人は凄いもんだなあと思いながら手を握ったりしてたらしくて。そのうち雰囲気としてそろそろって空気に医者も看護師もなってきて。医者の指示にしたがって奥さんが呼吸をしたりいきんだりしだして。圭太さんはがんばれ!って言いながら手を握ってたら医者が頭が見えてきましたよ。がんばれ!って言い出したらしくて。そろそろかと圭太さんは思ったらしくて。でそういう時間がしばらく続いて。でもしばらくすると分娩室の空気が変わりはじめて。医者も看護師もなにかおかしいみたいな雰囲気になりだして。 圭太さんがちょっと離れたところで聞いてみると赤ちゃんが出てこないんです。って看護師に言われたらしくて。出てこないとは?引っかかってるって事ですかって聞いたけどいや引っかかってるわけではなさそうで。とにかく手を尽くします。って言われたらしくて。そのうちにどんどん分娩室が慌ただしくなってきて。圭太さんは外に出されてしまって。医者も看護師もあれこれ慌ただしく動きはじめて。分娩室の外で圭太さんはオロオロするのみで。でさらに分娩室の中の雰囲気が慌ただしくなって医者が荒げた声で指示をとばしはじめて。そのうちに看護師が圭太さんのところへ来て。赤ちゃんが危ない状態です。と圭太さんに告げたらしくて。危ない状態ってどういう事ですか!?って圭太さんが聞くと看護師が非常に珍しいケースなんですが赤ちゃんが出てこないんです。出るかと思うと引っ込むんです。って言われたらしくて。でさらに分娩室の中が慌ただしくなって奥さんの泣き叫ぶ声や医者の怒号が聞こえだして。しばらくすると静かになり医者が圭太さんのところにやってきて。 残念ですが。赤ちゃんは。 で分娩室の中に入ると奥さんは分娩台の上で出してーこの子を出してーと泣き叫んでいたらしくて。赤ちゃんは結局頭の先が出た状態で絶命していたらしくて。なんとか出そうとするんだけど絶命してなおまだ出てこない状態で。奥さんは泣き叫んでいて。圭太さんはしばらく呆然と立ち尽くしてそれを見ていたらしくて。 その後もなんとか出そうとするが出てこない。まるで出そうとすると向こうから引っ張っているみたいに出てこなかったんです。って後に医者に聞くと言われたらしくて。とりあえず奥さんは救急車で大学病院に搬送されたらしくて。で圭太さんは呆然としながらも自分の両親や奥さんの両親に伝えなくてはと思い携帯を取り出したらしくて。で携帯を見ると一件のメールが来ていて。 見るとこの携帯には登録されてはいないけど見覚えのあるメールアドレスで。自分の名前と生年月日とショッピングモールで消えた彼女の名前と生年月日を組み合わせたメールアドレス。つまりあの彼女からのメールで。 出れない、とだけ書いてあるあのメールだった。 その後奥さんはなんとか赤ちゃんを取り出す事ができたが心が不安定になり通院~入院を経て一時期からは入退院を繰り返しある時に退院したその日に自死してしまったらしくて。圭太さんが奥さんの遺品を整理した時に入院時の奥さんのノートを見つけ中を見てみるとめくってもめくっても何も書いていない大学ノートの最後のページにたった一言か細い字で出れないとだけ書いてあったらしいです。 引用元:Twitterアカウント「蛇囚人」のツイートより
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人間の怖い話「仕事のプライド」
味覚の迷宮
私は美味しい物を食べる事が趣味の人間です。自分で作ったりもしますが、一番好きなのはお店での食事でしょうか。出された料理に舌鼓を打ちながら、その場の雰囲気も楽しむ。自分なりに名店を選出して再び足を運び、食後に「あぁ来て良かった」と思える瞬間は格別なものです。そんな私ですが、1件だけどうしても忘れられない店がありまして。その話をさせて頂きます。 もう随分と昔ですが、当時の私はラーメンにハマっていました。流石に毎日とまではいきませんが、かなりの数を食べたと自負しています。そうしているうちに、他の誰も知らない、私だけの名店がないものか。常々探し回っていました。 そんなある日、1人で散策していると自宅から少し離れた位置に、とあるラーメン屋を発見したのです。 そのラーメン屋は昼近くだというのに、行列どころか誰も入店していませんでした。今ではネットで口コミが調べられたりしますが、その頃はまだインターネットも普及していませんから、事前情報は何もありません。お店は外見も汚らしく、正直に言って閉店間際といった印象がします。普通の人であれば、そんなお店は警戒して誰も入りたがらないはずです。ですが私は逆に気になって、人は避けるが隠れた名店なのではという一縷の望みを掛けて、食べてみる事にしたのです。 入店すると「いらっしゃいませ~。」と、気の良さそうな中年女性が挨拶をしてきました。厨房には気難しそうな親父さんが、黙々と作業をしています。どうやら夫婦で切り盛りしているようです。「ようこそいらっしゃいました。空いてる席へどうぞ。」言われるまま近くの席へ座り、辺りを見回します。 店はかなりの年期が入っているようでした。壁や天井には油汚れがこびりつき、ちょっとやそっとの掃除では落ちそうにもありません。メニュー表も使い古されてくたびれており、長く使われてきた事が伺えます。が、表記されているメニューはとても少なく、ラーメンも「ラーメン」と書かれた1つしかありません。 (ひょっとすると、強いこだわりのある頑固親父の店か。これは期待できそうだ。)すっかり良いように解釈した私は、迷う事なくラーメンを注文しました。 チビチビと出された水をすすっていると、ついにラーメンの到着です。見た目は普通の醤油ラーメンで、澄んだスープが特徴といった感じでしょうか。早速、実食です。 (これは…!!!) 私はあまりの事態に衝撃を受けました。ラーメン、もの凄く美味しく無かったんですよね…。薄いし、味も深みなどゼロでしょっぱいとしか感じられません。まるで茶色い塩水。麺もボソボソして最悪な食感です。どうしたらこうなるのか。全く理解に苦しむ1杯でした。 お店というのは、やはり売り物である食事はどんな所でも最低ラインは超えているものです。そうでなければ成り立ちませんから。ですがこのラーメンは、そういった理を完全に無視していました。 あまりの不味さに、ラーメンが喉を通りません。食の進まない私を見かねたのか、親父さんが声をかけてきました。 「どうした、兄ちゃん。箸が進んでねぇじゃねぇか。不味いのか?」 そんな事を言われても、ハッキリと答えられる訳がありません。言葉を濁して誤魔化していると、親父さんが語気を強めて言います。 「俺はな、自分の仕事にプライドとこだわりを持ってやってきてる。だから客も、店に入ったからには同じような気持ちで食ってもらいてぇんだ。俺のラーメンが不味いと思うのは、お前の感覚がおかしい。まだまだ未熟だって事だ。スープも全部残すなよ!残したら倍の金払ってもらうからな!!」 唖然としました。思わず女性の方を見ると「ごめんなさいね」と言わんばかりの表情で、目が謝っています。食べずに倍の料金を払って店を出ても良かったのですが、あいにく倍となると私の所持金が足りません。意を決した私は、無理やり水でラーメンを流し込み、完食する事が出来ました。 席を立って会計しようとすると、1人の客が入って声をかけてきました。「お!珍しいねお客さんかい。お兄さん、何食べたの?ラーメン?」はい、と私が答えると、その客は「あれ食べたの!大変だったね~!美味しくなかったでしょ?」と声をあげます。すると親父さんが「変な事言うんじゃねぇよ!俺の店潰す気か!」と声を荒げました。 客「いやラーメン屋が不味いラーメン出してたらいかんでしょ。」親父「大事なのはプライドとこだわりなんだよ!何もわかってないヤツが口出すんじゃないよ!」客「相変わらず人の話聞かないね~昔は良かったのにさぁ。俺はいつもの餃子とビールお願いね。」そんなやりとりを横目に、私はそそくさと店を出ました。 帰宅後、私はお腹の調子が悪くなり嘔吐。下痢も続き、散々な目に遭いました。 その店のラーメンはもう二度と食べたくはありませんが、私の忘れられない1杯となった事は間違いありません。仕事にプライドとこだわりを持ったとしても、それが間違った方向にならないよう気を付けようと、教訓として実感した体験でした。 ちなみにその店は潰れて、跡地は駐車場となっているようです。
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実話系・怖い話「おじいちゃんの幽霊」
「最後のお別れ」
私が小学生だった時、母方のおじいちゃんが緊急入院してしまいました。 私と弟と父母の家族総出で病院へ駆けつけると、おじいちゃんはベッドで酸素呼吸器を付け、話かけても全く反応がありません。それは小学生の私ですら、もうおじいちゃんは助からないのではないかと思ってしまう状態でした。 しばらくすると母が、私と弟を連れて一旦家へ帰る事になりました。父だけ病室に残り、もしも何あれば直ぐに連絡すると言って別れます。普段であればもうとっくに寝ている深夜でしたから、帰宅すると私達はいつの間にか寝てしまいました。 翌朝、日が昇り始めた頃に私は自然と目が覚めました。目覚まし時計でもなかなか起きない私が、普段より短い睡眠なのにスッキリと起きてしまったのです。まだ寝たいのになと思って寝返りをうち、隣に寝ている弟の方を見て、私は思わず悲鳴を上げそうになりました。 弟のすぐ横に、病院で入院中のおじいちゃんが座っていたのです。 何でおじいちゃんが家に居る?!頭が混乱していると電話が鳴り響き、おじいちゃんが危篤だという一報が入った為、私達は急いで身支度をしてタクシーを拾い病院へと向かいました。家に居たはずのおじいちゃんは、いつの間にか消えていました。 「夢でさぁ、おじいちゃんに肩叩かれた。」タクシーに乗っている時、弟はそう言っていました。母親は「うん。」と応えるものの相手にはしていないようでしたが、私はやっぱりそうなのかと黙って弟の話を聞いていました。 今朝見たのは、おじいちゃんの幽霊ではないか。まだ亡くなっていないおじいちゃんが幽霊として出た、という事はやはり…。恥ずかしながら、大人になった今でも幽霊とかお化けが凄く苦手な私です。今だからこそあれこれ考えられますが、当時の私にとっては身内とはいえ恐怖でしかありません。 病院へ到着すると親族が集まっていて、おじいちゃんは息を引き取る寸前でした。皆が最後に声を掛けていましたが、おじいちゃんは全く反応がありません。そして医者が何やら確認をすると、おじいちゃんは天国へと行ってしまいました。 私はおじいちゃんの幽霊を見てしまった事が引っかかり、怖くて本気では泣けませんでした。確かに悲しくて涙は出るのですが、ずっと鳥肌が立って周りをキョロキョロと見てしまいます。おじいちゃんが病室から運ばれてお葬式が終わるまで、私はまたおじいちゃんが幽霊として何処かに居るのではないかとずっと考えていました。 ですがおじいちゃんの幽霊は出る事が無く、火葬の日となりました。亡骸とはいえおじいちゃんが燃やされてしまう。それは本当に最後の別れのように感じて自然と涙が出て、手を合わせながら心の中で最後の言葉をかけました。「おじいちゃん、今までありがとう。」 火葬には時間がかかり、私はトイレへ行きたくなりました。用を済ませて手を洗おうと鏡の前に立ちます。すると鏡には、私の後ろにおじいちゃんの姿が映っているではありませんか。勿論振り返っても誰もいません。 恐怖でトイレから逃げるように出ましたが、他の人に「おじいちゃんの幽霊が出た!」とは不謹慎な気がして言えませんでした。だって本人のお葬式中でしたから…。 大人になってからは家族にこの話をしていますが、あのおじいちゃんならやりかねないという感想です。子供が好きでお茶目なおじいちゃんでしたが、幽霊として出るのは流石に勘弁して欲しいものです。心の中ではおじいちゃんに申し訳無いと思いながらも、私のような類の人間にとっては怖さが圧倒的に強いだけですから。 その後はおじいちゃんの幽霊を見ることはありませんでしたが、きっと天国で怯える私の姿を見てほくそ笑んでいるのだろうと思います。
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実話系・怖い話「山道の子供連れ」
夜道の迷子
心霊現象か何なのかは分らないけど、過去に遭遇したヤバい話を一つ。ちなみにこの話に出てくる名前は全部仮名です。 数年前、俺がまだ学生だった頃。夏前に友人のSが親戚からキャンピングカーを借りてきた。結構大きくて大人4、5人は中で寝られるような本格的な奴。 それで仲間内でも盛り上がっちゃって。早速これ乗ってどっかへ旅行って話になり、当時よくつるんでたTも誘って男ばっか3人、大学の夏休みに自動車旅行に出かけたんだ。 ルートも行き先も特に決めない行き当たりばったりの適当旅。乗ってるのがなんせキャンピングカーだったからホテルに泊まる必要もなく、もう思うさま好き放題にウロウロしてた。夜でも適当にあちこち走って、疲れたらその辺に車止めて仮眠して。これがなかなか楽しい。その気になって探すと結構いろんなところに温泉や銭湯があるもので、途中からは温泉探しに山ばっか走ってた。 その日も、Sの運転で夜の山道を走ってた。夜の10時くらいだったかな。ヘアピンの連続した峠道で、町からも大分離れた寂しい通り。俺は助手席でSと駄弁ってて、Tは後ろの席でごろ寝してた。 そうやって真っ暗な山道を走ってると…パッと、ヘッドライトの明かりの中に突然親子連れが映ったんだ。 中年過ぎくらいのカーディガン羽織ったおばちゃんと、2~3歳くらいの小さい男の子。それほど速度出してたわけじゃないけど、なんせ夜の山道。誰も居ないと思ってた所に急に人が出たから、Sが慌ててハンドル切って、幸い事故になることもなく俺らはそのまま場を通り過ぎた。 …正直、もうこの時点からおかしいなとは思ってたんだよね。案の定、Sも俺と同じことを考えてたらしくて、運転しながら話かけてきた。 「今の親子連れ、変じゃないか?こんな夜中に山道、どこに向かって歩いてんだよ。」「ま~でもほら、意外に近くに家があったりするんかも?」「いや、無いでしょ。山越えの峠道だぞ。温泉だって先だしさ…。」 Sの言う通り、麓の町からここまで10キロは走ってきたけど途中に民家なんて無かったし、目的地の温泉施設だってまだ先。俺もカーナビの地図を色々拡大して確かめてみたけど、周囲はマジで何もない完全な山の中だった。あの子連れのおばちゃんは、どこへ行くつもりなのか…。 俺とSは黙り込んだまま車を走らせ、しばらくすると目的地の温泉施設に到着。施設といっても日帰り銭湯にRVパークがくっついた簡単な奴なんだけど、何か雰囲気が変だった。妙に慌しいというか、そこそこ遅い時間なのに敷地内を懐中電灯持った人が何人も歩いてて、皆何かを探している風だった。 俺達が駐車場に車を止めると、おっさん2人こちらへ向かって走り寄って来た。どうやら子供が1人、居なくなったのだそうだ。2歳の男の子、温泉から出て親がちょっと目を離してる隙に、いつの間にかどこにも姿が見えなくなったらしい。 俺とSはピンと来た。さっき見た子供連れのことだって。ここに来るまでの道で子供連れとすれ違った、ってその人らに教えたら大騒ぎになった。念のためドラレコ見直したらあの子供とおばちゃんがばっちり映ってて、それを見た子供の親が「うちの子に間違いない!頼むからそこまで案内してくれ!」って頭下げてきたんで、俺らのキャンピングカーに2人乗せて、もう一台別に車引き連れて、さっき通り過ぎた場所まで戻る事になった。そこでずっと寝てたTが起きて、全然状況が判ってなくて1人オロオロしてたけど構ってる暇は無い。 不幸中の幸いなのか、子供はすぐに見つかった。俺らと会った所からもう少し下った先のガードレールの脇に、さっき出会った子供が1人でしゃがみこんでた。子供が言うには、温泉施設で会った知らないおばちゃんにここまで連れてこられたのだそうだ。おばちゃんは、その子にここで待っとけって言った後、そのままどっかに居なくなったらしい。 それからも大変だった。親も子供も号泣するし、警察も来て事情聞かれて誘拐事件みたいな扱いになり、証拠でドラレコのメモリーカードも提供した。後から警察で聞いた話では、ドラレコに映ってたおばちゃんは結局捕まらなかった。捕まるどころか、おばちゃんがどこから来た誰なのか、調べても全く手がかりが無かったそうだ。なので当然、子供を連れてどこへ行くつもりだったのかも不明のままだった。 ここからは俺の想像の話。多分、おばちゃんはどこに行くつもりでもなかったんだと思うよ。だって夜中に小さな子供歩かせて、進める距離なんかたかが知れてる。道中は何にも無い山の中だし。適当に連れてきて放り出して終わり。子供が死のうが生きようがどうでもいい。そういう悪意の塊みたいな異常な存在がおばちゃんの姿してて、そんなのが平和なはずの田舎の湯治場に、たまたま紛れ込んでいたんじゃないだろうか。 ドラレコには結構ハッキリとおばちゃんの顔が映ってた。おばちゃん、満面の笑みだった。その笑い顔を見て、俺は心底ゾッとした。
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人間の怖い話「ギャップのある人」
隠された本性
「ギャップ萌え」という言葉があります。本来であれば、見えている部分の印象が悪い人は、見えない部分で良い事をしていると割増で良い人に見える、という意味なのだと思うのですが…その逆もあるのだな、と感じた出来事がありました。 会社にTさん(仮名)という大人しい人が居ます。このTさんという方が、まぁ仕事が出来ず周囲からも疎まれていた存在でした。 何度やっても仕事が覚えられないですし、積極性もありません。皆が働いていても、何もせずただ立って見ているだけ。誰かに言われるまでは動こうともしません。会話も苦手なのか、話の輪に入る事もしませんでした。それでも自分の趣味や女性の話になると、やたら饒舌になって食いつくように話するのは気になりましたが…。 あまりにも目に付くので、勤務態度を注意した事がありました。Tさんは「失敗して怒られるのが怖い」と言います。何もしないでいても怒られますよ、とはアドバイスしましたが、本人は相変わらずです。 とある仕事の休憩時間、私が車で休もうと1人で駐車場へ向かう途中、電話をしているTさんを見かけました。Tさんは「そんな事なんで分からないの?自分で考えなよ。いちいち聞かないと分からないの?」と、何やら荒々しく会話しています。 誰と会話していたのかは分かりませんでしたが、その言葉使いと内容に私は驚きました。Tさんが他人から言われているセリフを、Tさん自身がそのまま電話で使用していたのです。Tさんは私が居た事に気付いていないようでしたが、私は何か見聞きしてはいけない事だったと感じて、誰にも話しませんでした。 そんなある日、事件が起きました。Tさんが傷害で警察に捕まったというのです。 どうやらTさんは家族、つまり自分の両親へ長年暴力を振るっていたらしく、耐えかねたご近所の方がついに警察へ通報。その場で現行犯逮捕となったようでした。 周囲の方は「あの物静かなTさんが?そんな事する人には見えなかったけどね~。」と話していましたが、私には心当たりがありました。 あの時の電話は、恐らく親としていたのでしょう。内弁慶という言葉がありますが、Tさんはその典型的かつ極端なパターンだったのかもしれません。あるいは抱えていたストレスのはけ口が両親へと向かっていたのか。真相はTさんにしか分かりません。 そのTさんはというと、今でも同じ会社に居ますが、関わりを持つ人は誰も居ません。見えている部分からでは、その人間の本性なんて分からないものです。
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実話系・怖い話「山の禁忌」
山の怨霊
これは私の懺悔といいますか、後悔してもしきれない出来事の話です。 当時大学生だった私には付き合っていた彼女がいました。彼女の名前を、仮にAとしておきます。今はどうなのか分かりませんが、大学にはある程度の単位を取るとかなり暇が出来る時期があります。特にやる事の無かった私は、付き合っていたAと買い物に行ったり映画を見たりと、モラトリアムな期間を謳歌していました。 ある日、Aから「ねぇ、今度天気が良い日に近くの山へハイキングに行こうよ。」と誘われました。私はとにかく暇を持て余していた訳ですから、断る理由もありません。 山の場所を調べてみると、私の住んでいる所から電車で行ける距離にありました。山が多い地域ではありましたが、全くの初心者にはどの山がどうとか判別が出来ません。Aは何やら色々と調べてその場所を選んでいたようですが、初心者向きで穴場的、私達には丁度良いかもねなんて楽しそうにしています。 当日、山の天気は変わりやすいというので雨具を持って行こうかと悩みましたが、晴れの予報だし荷物を減らしたいので持っていきませんでした。2人だけで出発し、途中のコンビニでおにぎりやドリンクを買います。 ハイキングコースは簡単なもので、2~3時間もあれば戻ってこれそうな感じです。山は意外にも石段等で整備されており、登山経験の少ない私でも楽に登れました。少し登ると軽く汗ばむ陽気で、木々に囲まれて小鳥のさえずりも聞こえるなど、Aの提案でしたが来て大正解です。Aも楽しそうに「あの岩は人の顔に見える」とか「大きな鳥がいる」とかはしゃいでいて、それを見ると私も楽しくなります。他の人はほとんど居らず、まさに自然を満喫するには絶好の1日でした。 しばらく進むとお堂がありました。何気なくそのお堂を見ていると、Aが裏にも道があることを発見し、行ってみようということになりました。「関係者以外立ち入り禁止」と書かれた古ぼけた小さな看板があり、本来ならコースから外れてはいけないのでしょうが、その時は何も考えずに進んでしまったのです。 険しい山道を10分くらい進んだでしょうか。滝がありました。近づくとマイナスイオンの効果なのかとても気持ちよく、心が洗われるような気分になります。そこで買ってきたおにぎり等を食べて少しぼんやりしていると、雨が降り出しました。 2人とも軽装で雨具も持って無いので、急いで大きな木の下で雨宿りします。しかし雨はさらに強くなり、止む気配がありません。「ねぇ、あそこで休憩しない?」Aが指さす先には、洞穴のようなものがありました。私達は急いで駆け込み、雨が止むのを待ちます。 「雨、止まないねぇ。」他愛の無い会話をしていると、Aが私の手を握ってきました。Aの方を見ると、私はその潤んだ瞳に吸い込まれるように衝動を抑えきれなくなり、唇を重ねます。そうしているうちに抑えきれなくなった私達は、欲望のまま時を過ごしました。 ふと気づくと雨はあがっていて、明るい景色に戻っていました。地面は雨でぬかるんでいましたが、お堂までの我慢と言い聞かせながら戻り、私達は無事下山しました。 登山の翌日、私達はファミレスでご飯を食べて、その後は私の部屋へAが泊まる予定でした。彼女が自分の部屋に泊まるとなると、そういった行為になるのは当然ではあります。しかしここで異常が起きました。 Aと情事に及んでいる最中、何かが起きた訳では無いのですが、強烈な視線を感じます。「何か誰かに見られてないか?」そう私が言うと覗きや盗撮を疑ったAでしたが、部屋を調べても異常はありません。そしてその夜、夢を見ました。 私が誰かの視線となって、あのハイキングに行った山に居ました。周りには屈強な男が数人居て、茂みに隠れて何やら様子を伺っています。そのうち、山道に人が4人通りました。女性が1人、男性が3人。すると私達は茂みから飛び出して、男性を持っていた何かで滅多打ちにしてしまいます。男性達が動かなくなると、今度は捕まえた女性を寄ってたかって乱暴し始めました。泣き叫ぶ女性の姿が見るに耐えられず、私はそこで目を覚ましました。 それからというもの、私はAとそういう行為が出来なくなってしまいました。異変を感じるのはいつも私だけでしたが、見られている感覚だけではありません。動悸が強すぎて意識を失ったり、白い手が無数にベッドの下から出てきたり、ふと横を見ると女性のような人影が立っていたり…。次第に悪化していき、ついにはAとの関係を楽しめなくなったのです。 Aとは大学卒業と同時に別れてしまいました。「一度、そういった類に詳しい人に相談した方が良いんじゃない?私は心配だよ…。」とAは言ってくれましたが、かと言ってどうすれば良いのか分かりません。 Aと別れてから他の女性ともお付き合いしましたが、やはりそういう行為をしようとすると異変が起きて進める事が出来ません。そして今では、私は女性と無縁の人生を送っています。 月日は流れ、私はあの時Aと訪れた山へ行ってみました。私の身に起きた事が解決するとは思いませんでしたが、何か進展があるのではないか。そう思ったのです。偶然にも、あのお堂付近で作業をしていた老人に話を聞く事が出来ました。 「このお堂?私も詳しい事は分からないけども、昔ここらに山賊が居たらしくて。ま~酷い事ばかりやっていたもんだから、結局は退治されたようなんだけど。このお堂は、その山賊に殺された人達の魂を鎮める為に建てたっていう話だね。まぁ噂ですけどね。何せ文献とか何も残ってはいないから。」 私は犠牲となった人達から祟られたのでしょうか。とは言っても、そんな場所だとはつゆ知らずの私がここまでの罰を受けるのも理不尽な話です。Aの言う通り、その道に詳しい方へ相談するのが良いのでしょうが…それで解決できる保障はありません。しかも、山でそんな事をしたら祟られたって…。逆に説教をされてしまいそうな気もします。 「後悔先にたたず」あの時、何も考えずに行動してしまった自分に言い聞かせてやりたいです。
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実話系・怖い話「腸チフス」
腸チフスの悲劇
腸チフス(ちょうちふす)は、サルモネラという腸内細菌に属するチフス菌による感染症です。腸チフスとほぼ同様の感染症に「パラチフス」がありますが、こちらも同じくサルモネラに属するパラチフス菌による感染が原因です。 世界各地で発生している感染症ですが、とりわけ南アジア地域での発生が多いです。これは衛生環境に大きく左右されていて、改善すると腸チフスの感染拡大も少なくなる傾向にあります。日本では海外渡航者による感染が毎年発生している為、注意が必要です。 また「発疹チフス」という名前も症状も同じような感染症がありますが、別の細菌による感染症です。 感染経路は、菌に汚染された食べ物を口にしてしまう経口感染です。人にしか感染しません。例え無症状でも菌は感染者の大便や尿の中に存在しているため、そこから容易に感染してしまいます。 手を洗わないでの調理や飲食に加え、汚染物に降りたハエが飲食物へ移動した際に菌を運び、感染する事もあります。他にも保菌者との接触や性行為、下着の共有でも感染します。 原因菌が体内へ侵入すると、1~2週間ほどの潜伏期間を経た後に発病し、高熱、頭痛、筋肉痛や関節痛、腹痛、便秘または下痢、喉の痛みや咳、食欲の低下、肝臓や脾臓の腫れが起きます。 発熱は40度近くまで上昇して2週間ほど続くのが特徴で、その際に脈が遅くなり下痢も重なる事がある為、発病者は非常に疲労感を覚えます。稀に高熱が出ると同時に胸や腹部、背中に赤い発疹が出る事もあります。意識障害や難聴は重症化の兆しで、危険な状態です。腸から出血したり穴が開く場合もあり、予断は出来ません。高熱の後も熱は上がったり下がったりを繰り返して症状は1ヶ月ほど続きますが、自然に回復していきます。 無治療や処置が遅れると菌の感染が臓器へと広がり、致死率は10~15%ほどにまで高まります。また治ったと思っても、再発するケースが10%ほどの患者に起きます。 治療には抗菌剤の長期投与が有効で、適切であれば致死率は1%以下にまで下がります。ですが近年では薬剤耐性菌の存在が明らかになっており、問題となっています。菌が胆嚢へ感染した場合、稀ではありますが生涯に渡って保菌者となる事があります。感染者本人は健康そのものですが、他人へ感染を広げてしまう為、注意が必要となります。 チフス菌へのワクチンはありますが、日本では未認可です。一部の医療機関では接種する事が出来ますので、感染が危惧される地域へ長期滞在する場合は接種が望まれます。パラチフス菌のワクチンはありません。 予防方法としては、食べ物は熱を加えた物を選ぶよう心掛けて下さい。飲料は加熱されているか、衛生管理のしっかり成された物を選ぶ必要があります。氷にも注意が必要です。そして食事の前には石鹸を使ってしっかり手を洗って下さい。 20世紀初頭、ニューヨーク周辺では腸チフスが発生しており調査が行われた。その結果、裕福な家庭に料理人として雇われていた「メアリー・マローン」という家政婦が居た家で、腸チフスが発生している事が判明。メアリーは働く家を転々と変えながら、その行く先々で腸チフスを発生させていたのだった。 1907年に居場所を突き止められて身柄を確保されたメアリーは、検査の末に腸チフスの保菌者であると分かった。ところがメアリー自身は健康そのもので、腸チフスを発病した事も無い為、裁判沙汰となる。結果的にメアリーは「病気で無症状であっても他人へ感染させる恐れがある」という最初の事例となり、人々を震撼させた。 その後、メアリーは「2度と食品を扱う職業に就かない」「定期的に居場所を報告する」という約束で釈放されるが、残念ながらその約束は守られなかった。1915年、産婦人科病院で腸チフスの集団感染が発生。25人が感染して2人が死亡した。その病院では、行方知れずだったメアリーが調理人として偽名で働いていたのだった。再び捕らえられたメアリーは、そこから23年間を隔離された病院内で過ごし、生涯を終えた。 彼女の死後、解剖によって胆嚢に腸チフスの病巣を発見。これにより、腸チフスが胆嚢へ感染すると本人に症状が現れないまま、生涯に渡って菌を排出し続けると明らかになった。メアリーの料理は美味しいと評判だったが、食品を扱う前にしっかりと手を洗ってさえいれば、この事件も起きなかったのかもしれない。
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実話系・怖い話「注目」
窓辺の訪問者
とある日の夕方に、仲間4人で何気なく会話をしていたんですよ。話好きな人達ですので、途切れる事無く他愛ない会話をダラダラと続けていたのですが、ふとした瞬間に皆が同じタイミングで窓の方を見たんです。特に窓へ何かがあった訳でも無いのですが、つい見てしまったんですよね。 そうこうしているうちに、時間もあれなんでそろそろ帰ろうかとなった時でした。「さっき、話してて皆で窓の方見た時、人が顔出してたよね?」 1人が言い出しました。 「えっ…いや誰も居なかったよ。」 他の3人は、誰も人の顔など見ていません。 「いや人が真下から半分くらい顔出して、中見てたけど。皆も気付いたから窓の方見たんじゃないの?」「見てたって…ここ2階ですよ?」 … 和やかだった空間が、一気に凍りつきます。顔が見えたと言い出した本人も、青い顔をして沈黙しています。その後、私達は逃げる様に帰りました。 人の目線が集まる瞬間。例え見えなかったとしても、そこには何かが居るのかもしれません。
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実話系・怖い話「屋根裏の鳥」
「屋根裏の住人」
私の実家は築数十年は経つという代物です。冬は家中の窓やドアを閉め切ってもどこからか隙間風が入り込んで寒いですが、夏は北側の部屋にいると涼しい風があって快適に過ごす事が出来ます。それでも何度か大地震を耐え、部分的には破損しましたが今でも建っています。 そんな実家の2階で私が過ごしていた、高校生くらいの時だったでしょうか。ある日、鳥が騒ぐ声で目が覚めました。 鳥に赤ちゃんでも産まれたのでしょうか。ピーピーと騒がしく鳴く声は随分と近くに聞こえ、家の軒下にでも巣を作ったのかと思い、外へ出て確認したのですが…家の周辺にはどこにもそれらしい物が見つかりません。鳥が騒ぐのは朝だけなので、まぁ害は無いし目覚まし代わりになるな~と思って、特に気にはしていませんでした。 それからしばらく経つと今度は鳴き声だけでなく、コツコツと歩き回っているような音も聞こえてきます。その時になって初めて、鳥が家の屋根裏に住んでいるのだと気付きました。どこから入ったのだろうと家の外から改めて確認すると、屋根の換気口が一部壊れており、そこから侵入したのだと推測出来ました。 鳥は巣立ち、いつかは屋根裏から居なくなるのでしょう。それまでどのくらいかかるのか分かりませんが、ともあれ私達家族は追い出すといった発想は全く浮かばず、放っておく事にしたのです。 何日か経った時でした。私が横になろうとベッドへ向かった際、頭の方にある柵で何かが動いたような気がしたのです。え?と思って目を凝らして見ると…そこに、小さな虫がびっしりと蠢いていたのです。 うわっ!っと思わず叫び声を上げ、部屋をよく見渡してみます。すると、布団、机、本、ラジカセ…部屋に置いていたあらゆる物の上部に、1mm程の虫がふりかけのように満遍なくついているではありませんか。 「何だこれ…」思いもよらない光景に、私は絶句して鳥肌が立ちます。特に、この世で一番安全かつ癒しの場であるはずの布団に、こんなにも無数の虫が居たとは…。どこから来たのか、いつから居たのかに全く気が付かない自分を責めると同時に、この虫は何の虫だろうかと興味も湧きます。そこで昔、教材の付録としてプレゼントされた顕微鏡で詳しく見てみる事にしたのです。 1匹をピンセットでつまみ、スライドガラスとカバーガラスで挟んで顕微鏡から覗き込みます。アップで虫が目に飛び込んできて一瞬怯みましたが、恐る恐る観察すると、見覚えのある姿です。 それはダニでした。当時はインターネットも普及していなかったので種類は判別できませんでしたが、後に調べてみると「トリサシダニ」というダニでした。ではどこから来たのだろうかと家族で話合った結果、屋根裏の鳥に疑惑が向かいます。実家の屋根は板を並べて張っただけなので隙間があり、ダニ程度なら容易にすり抜けられるでしょう。 そこから我が家の対応は早いものでした。業者へ鳥の駆除と屋根の改修、侵入口となった換気口の修理を手配し、数日後には工事が始まりました。屋根を張り替えて換気口も直し、鳥が再度侵入しないよう対策してもらいます。幸いにも鳥は既に巣立った後で殺処分される事はありませんでしたが、確かに巣が残されていたそうです。業者の方曰く、野生の鳥にはダニが寄生しているので、それが屋根の隙間から落ちてきていたのでしょう、との事でした。ダニは人を刺すらしく、私へ健康被害が無かったのは不幸中の幸いだったのかもしれません。工事が終わった後は、家族総出で部屋の掃除です。ダニという小さい虫が相手ですから、気合を入れて念入りに行い、一件落着となりました。 余談ですが、私の実家では猫を飼っています。神経質で綺麗好きな猫で、私の布団で寝るのが日課だったのですが、鳥が屋根裏に住んでからは他の場所で寝ていたのです。ひょっとして猫だけは、ダニが屋根からポロポロ落ちている事に気付いていたのかもしれません。
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実話系・怖い話「謎の追跡者」
追い鈴の怪
これは僕が12歳の時に体験したエピソードです。 当時の僕はとにかく友達と外で遊ぶのが大好きで、毎日自転車で遠くまでサイクリングをして、良い公園を見つけてはそこで遊ぶということを繰り返していました。その日は天気がかなり良かったので、いつもより気合いをいれて遠くまで行ってみようという話になりました。 友達のM君とK君を引き連れて自転車をこぎまくり、だいたい2時間くらいは経過していたでしょうか。全く見覚えの無い土地に入ってしまい、迷いそうだったのでここで止まろうという話になりました。 自転車を降りて、公園でもないか3人で探します。すると公園ではないけれどちょっと寂れた空き地のような場所があったので、そこへ座って僕達はカードゲームをやり始めました。空き地の奥には森が続いていたのですが、土地勘が無いので入る気にはなれません。 しばらく経つと、森の方から何か音が聞こえてきました。「何か向こうから聞こえてこない?」2人に聞いてみると、どうやら2人にも同じ音が聞こえているみたいでした。しばらく耳をすませてみると、その音が次第に近づいてきます。 「シャンシャンシャンシャン…」 どうやら音の正体は鈴のようです。音の正体が判明したのは良いけれど、こっちへ向かって来るのなら誰かに怒られるのかもしれない。そこで僕達が立ち去る準備をしていると、森の茂みをガサガサっと掻き分けて、ボロボロの服を着た人が出てきました。 髪の毛はずっと洗っていないのが一目で分かるくらい汚く、長くて顔が見えません。ボロボロになった衣服には錆びた鈴が無数に付いており、明らかに異質な存在でした。僕はこの時、人間が恐怖を感じると体がフリーズしてしまうことを初めて体感させられました。 次の瞬間、M君が「逃げるぞ!!」と叫んでくれたおかげで体が動き、急いで自転車へと向かいます。鈴の人物は僕達へ用があるらしく、どんどん近づいてきており、意外にも足が早くて本当に怖かったです。全力で自転車を漕いでる間も、鈴の音が後ろの方でずっと「シャンシャン」鳴っているので、余計に恐怖心を煽られます。 鈴の音から必死に逃げた上に知らない土地ですから、もはや帰り道はどこか分からない状態となっていました。それでも音が聞こえなくなってホッとした僕達は「今のヤバかったね!」「あの人何なの?!」と会話をしつつ、道の看板や人へ尋ねるなどして、無事自宅に帰る事が出来ました。 その後、僕は別の友達を誘ってまたサイクリングに出かけました。あまり遠くへ行くのはちょっと気が引けていたので、地元の一番遠い公園で遊んでいると「シャンシャンシャンシャン…」またあの鈴の音が聞こえてきました。僕は咄嗟に「自転車に乗って逃げて!!」と呼びかけました。あの鈴の人物の姿は見えていなかったのですが、きっと追いかけてきたのだろうと思ったのです。 次の日に学校でこの話をすると、友達のM君とK君も全く別の場所で同じく鈴の音を聞いたのだそうです。それからは何もありませんが、あれは一体何だったのでしょうか…。
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実話系・怖い話「最後の挨拶」
「ロンドン橋の響き」
先日、私の兄が他界しました。 兄は真面目で几帳面な性格でしたが、その気が強すぎたのか社会へ馴染めずに長い間、実家で引き籠りのような生活をしておりました。両親が健在だった頃はまだ良かったのですが、親が亡くなってからは実家全体がゴミ屋敷状態になり、家を出た私と姉で様子を見守ってはいたものの変化は見られませんでした。そんな兄は晩年に体調を崩して入退院を繰り返しており、とても辛そうでしたが、様々な意味でやっと楽になれたのかなと考えてしまいます。 お葬式も無事に済ませ、生活も落ち着きを取り戻したなと思った矢先、我が家に怪奇現象が起きました。 「おい、これ何の音だ?」 明け方の4時頃、夫の声で目が覚めました。家のどこかでメロディが鳴っています。曲は童謡の「ロンドン橋」でした。どこで鳴っているのだろうか?こんな音がする物、家にあったかしらと探しているうちに、オルゴールのメロディだと気が付き本棚へ向かいます。その頃にはもう音楽は止まっていました。 我が家は昔、オルゴールにはまっていた時期がありまして、その時に集めた4体が本棚へ並べてあります。ですが動かさないまま、10年以上は経っているという代物です。確認の為、1個づつ鳴らしてみますがどれもメロディが違います。そして最後の1個を鳴らそうとネジを回しますが…壊れているのか全く回りません。ひっくり返して表示を確認してみると、その壊れているオルゴールのメロディが「ロンドン橋」でした。 壊れて動かないはずのオルゴールがメロディを奏でていたという怪奇現象。私と夫は青ざめましたが、何となくお兄ちゃんが最後の挨拶をしに寄ってくれたのではないかと感じました。 生真面目で生きづらかったお兄ちゃんも、天国ではきっと元気に過ごしている。私はそう思っています。
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実話系・怖い話「類鼻疽」
「メリオイドーシスの脅威」
類鼻疽(るいびそ)は、類鼻疽菌という細菌によって引き起こされる人獣共通感染症です。メリオイドーシスとも呼ばれます。類鼻疽は元々、東南アジアの一部地域にしか発生していない病気でした。それが次第に拡大して、現在ではアフリカや中南米の熱帯地域でも感染者が報告されており、広がりが懸念されています。日本国内での感染は今のところ確認されていませんが、海外渡航者が感染したケースがあります。 高い致死率や感染の特徴から、類鼻疽菌は生物兵器としての利用が懸念されている細菌であり、取扱いにはBSL-3以上のバイオセーフティレベルを持つ施設が指定されています。 人獣共通感染症の為、人間以外にも齧歯類、羊、ヤギ、馬、豚、牛、犬、猿、猫といった動物に感染します。動物から人へは感染しないとされていますが、人から人へは稀に体液を通じて感染しますので注意が必要です。 主な感染経路は類鼻疽菌に汚染された土壌や水です。接触して傷口からの感染だけでなく、舞い上がった土埃を吸ったり、殺菌処理しない水を口にする等、感染は容易なので意識していないと防ぐ事は難しいかもしれません。メリオイドーシス患者は特にオーストラリア北部とタイに多いので、旅行される場合は考慮して下さい。 類鼻疽は感染したとしても無症状である場合が多いとされていますが、発病までには短くとも1日、長い場合には数十年と差が大きいです。発病までの平均日数はおよそ2~20日。過去にはベトナム戦争へ従軍した兵士が、帰国後長い期間を経た後に発病したケースが多発し、「ベトナムの時限爆弾」と呼ばれて問題になった事があります。 発病者の約50%は肺炎や敗血症になるという統計があります。症状は、発熱、咳、リンパの腫れ、胸の痛み、寒気、肺炎、痰、呼吸困難など風邪と区別がつきにくいです。傷口や皮膚が化膿する事もあります。敗血症になると加えて多臓器に腫瘍や炎症が起き、ショック状態となります。 症状は急性か慢性か、また感染した部位は局所的か全体的か。上記したように発病までのタイミングもバラバラで、類鼻疽は判断の難しい感染症となっています。 メリオイドーシスは糖尿病や内臓疾患を患っている方だと、治療の有無に関わらず重症率・死亡率が跳ね上がります。最悪の場合、類鼻疽を発病して48時間以内の致死率は90%にまで高まります。 治療には抗菌薬の長期投与が有効です。類鼻疽は治りにくく、敗血症になると適切に治療したとしても20%~50%の致死率、しっかり治療をしたとしても10%以上の患者が再発をする厄介な感染症となります。また危険性が高い感染症なのに知名度が低い事も問題となっています。効果が認められたワクチンはありません。 予防には、水は煮沸や滅菌処理した物を使用する、手袋や衣類でなるべく肌の露出を減らす、大雨や砂埃は回避する、高性能のマスクを着用するといった方法が有効となります。
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上級者向け怖い話「通報したのは、誰?」
自殺者の通報
これは警察の友人に聞いた話だ。 ほとんどの人は事件事故があった場合、110番をすると思う。例えば自殺者を見つけた時なんかも、真っ先に110番すると思う。実際に、連絡が無いのを心配した家族とか、たまたま通りかかった人の通報によって発見される事が多いのだそうだ。 でも、全体の通報の約1割ぐらいは、名前も名乗らず公衆電話等から「○○のマンションで首を吊って死んでいる人がいる」とか言ってくるらしい。 【原作】通報したのは、誰?【朗読版】※この話は原作者から正式な許可を頂いて掲載しております。 通報を受けて実際に見に行くと、ほとんどが死んでいる。でもそれは鍵のかかった室内だったりするそうだ。ちょっと考えると他殺だったんじゃないかって勘ぐるけど、それは違うらしい。ベテランの警察官が言うには、実はその通報をしているのは他ならぬ自殺者本人なのだそうだ。 通報の音声は全て録音されていて、家族に確認してもらっている。見つからないのは怖いけど極力人目につきたくないとか、本当は止めて欲しいとか、体が腐る前に早く見つけて欲しいとか、亡くなった事を家族に伝えて欲しいとか。そんな感じて自ら通報するらしい。それでもドアの鍵が閉まっているのは、死への強い願望なのだろう。 それを聞いた友人が「人間、1人で死ぬのはやっぱり怖いんですかねぇ。」そう何気なく問いかけると、先輩刑事がぽつりと気になる事を呟いた。 「まぁごく稀に、死亡時刻より大分後になって本人から自殺の連絡が来る事もあるけどな。」
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実話系・怖い話「夜勤のお客さん」
夜の雨に消えた女
これはタクシー運転手をしている、私の父から聞いた話です。話を聞いたのは10年くらい前のことなのですが、ここで打ち明けさせてもらいます。 父は歩合が良い事から、当時は主に夜勤でタクシーを走らせていました。その日は朝から小雨が降っていて、雨足は夜になる程、酷くなるようでした。天気予報の「今夜は大雨の予想なので、お車を運転される方は注意して下さい。」という知らせで不安になった私は、父に「こんな日の仕事は、休んじゃえば?」と声をかけたことを覚えています。 「大丈夫。夜の方が車を回しやすいんだよね。道路も混んでないしさ。下手な車がウロウロしていることもないし、なんせ給料もいいから。」と父は言います。私はとにかく気を付けてね、としか言えずに父を見送りました。 夜勤に出た父は、昨晩と同じように車を回していたそうです。すると本社から無線で、時間指定のお客さんがあると連絡が入ります。郊外にあるAバス停付近に、夜の23時に車を付けてほしいという予約でした。 Aバス停というのは山間にあるバス停で、近くにあるものといったら霊園と老人ホームくらい。そのため夜になると人気はありません。大雨の中、父は22時50分を少し回った頃に車をつけました。 父がお客さんを待っていると、23時きっかりに「ごめんください」という声が後ろから聞こえたそうです。えっ?と驚き振り向くと、着物姿の女性がいつの間にか後部座席に座っていました。 (あれ?車のドアは開けていないはずだけど…。雨で気付かなかったのかな。) 違和感があったものの、目の前にお客さんがいる訳ですから、父は仕事をします。「どこまで行きましょう?」すると女性は「ちょっと待ってくださいね。」と言って、黙ってしまいました。 父が女性の返答を待っている間も、雨足はさらに強くなります。「台風でもないのに、嫌な天気ですね~。」気まずい沈黙をうめようと、父は必死に話しかけたそうです。女性はというと「ええ。でも私、雨の方が好きなんですよね。晴れていると何だか落ちつかなくって。」と返し、珍しい人もいるもんだなと父は思ったのだとか。 「運転手さん。お金はきっちり出しますから、行けるところまで車を走らせてください。」 お客さんから出た言葉に、父はびっくりして「え?」と言葉に詰まったものの、女性の表情は真剣でした。(まぁ走っているうちに、女性の気が変わるかもしれないな…。)そう思い、引き受けない訳にもいきませんから、父は車を動かします。 ところが走行中、タクシーの調子がおかしくなったと父はいっていました。カーナビの表示を押してもGPSがうまく作動しない。本社との無線も繋がらなくなりました。(雨でおかしくなったのか?)このままでは良くないと感じた父は、一度車を止めてお客さんに話かけることにしました。 「お客さん。この辺はたまにしか走らないのですが、いかんせん土地勘がなくって。もしよかったら、道案内をしてくれませんか。」そう言いながら父が後部座席の女性に話かけたのですが、乗っていたはずの女性がどこにも居なかったそうです。 その代わり、後部座席には1枚のハンカチが置かれていました。父が中身を確認すると、そこに便箋と1万円札があり、こう書かれていました。 「束の間の時間、ありがとうございます。おかげで心残りなく、天国に旅立てます。」 後から知ったのですが、Aバス停付近の山で飛行機が墜落した有名な事故があったそうです。父はこの話を私にしてくれた時に「もしかしたら事故で亡くなったお客さんなのかもな。」とも言っていました。 父はこの1件以来、事故のあった日には必ず慰霊碑へ手をあわせに行っているそうです。
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上級者向け怖い話「あまり構わないほうがいいよ」
雪山の訪問者
これは山岳ガイドのTさんが体験した、怖い話です。 ある冬の日の事。その日の天候は崩れ、1日中吹雪の中、途中遭難しかけながらも何とか山小屋に着いたそうです。 夕食を済ませ、今日は本当に疲れたしそろそろ寝ますか、と就寝の準備をしていた時。小屋の外から、雪を踏みしめる音が聞こえました。 【原作】あまり構わないほうがいいよ【朗読版】※この話は原作者から正式な許可を頂いて掲載しております。 そのうちメンバーの1人が「今誰か…山小屋に向かってきてますよね…。」と言い出し、Tさんもこんな夜遅くにと不思議に思いながらも「そうですねぇ…誰か来てますねぇ。」と応えます。 やがて足音は山小屋の目の前で止まり、ドアを開ける音がしました。 その山小屋のドアは寒さ対策のため、2重の造りになっています。ドアの向こうでは雪を靴や服から落とす音がするのですが、一向にその人は入ってきません。心配になったTさんは、思い切ってドアを開けました。 ですがそこには、誰も居ませんでした。 別のグループを担当していたベテランガイドが言いました。「あまり構わないほうがいいよ。こんな時間に山小屋に来るのはねぇ、人じゃないんだよ。」 Tさんも長年山岳ガイドをしていますが、後にも先にもこれ以上に怖い体験は無いそうです。
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実話系・怖い話「帰りたくない実家」
不可解な実家の記憶
高校を卒業と同時に家を出て以来、初めて家族揃って帰省し泊まりました。 実家は私が小学校低学年時に新築して以来、夜中に金縛りにあったり、廊下で知らない人とすれ違ったり、ふすまを開くと見たことがない座敷がそこにあったり…。不可解な出来事が起こるようになりました。私だけではなく家族も度々そんな目に遭って、毎日のように話題にしていました。 よく起こるとは言っても慣れるものではありません。毎日夜になるのが不安で、ひたひたと恐ろしいものが忍びよる感じに体が強張ります。部屋数はたくさんあるのに1人で寝ることはありません。お風呂もトイレも母と一緒に行きました。 父には、家の事は誰にも言ってはいけないと口止めされていました。怪異の原因で思い当たることがあったようで、当時大工さんから大きな旅館を取り壊す話を聞いた父が格安で古材を分けてもらい、家を建てたのです。旅館は火事を出してから客足が途絶えて、閉めてしまったのだと聞いています。 「なんにもしないだろ。怖いと思うから怖いんだ。」私たちがいくら訴えても父親は平然と暮らしています。「だって仕方がないでしょ、家はここしかないんだから。」母も諦めています。私は早く大人になりたかった。一刻も早くこの家を出たかったのです。 金縛はかかる前からわかります。じわじわと足元が重くなり、お腹のあたりが痺れたようにムズムズします。その後に全身が硬直します。金縛を解くのには声を出せばいいのですが、なかなか声にならなくてうなされたような声しか出ないのです。誰かがそんな状態になっていれば、体を揺するとすぐに解けます。 久々に両親と、5歳の長男、3歳の娘、私たち夫婦で夕食の食卓を囲みました。長男は居間の隅をじっと見つめてご飯がすすみません。私はぞっとしました。 「隅っこになにかあるの?」「あっちの方がごちそう食べてるね。」「いいから見てないで、ご飯食べるよ!」 旅館の古材で建てたことを思い出しました。息子には何か、別の風景が見えているのかもしれません。3歳の娘は、布団を敷くと知らない歌を口ずさみ、いつの間にか寝てしまいました。 幸いそれ以上のことは起こりませんでした。朝が来てほっとしたのは昔と同じです。 それからしばらくして、息子が突然「またじぃじばぁばの家に行きたいなぁ。」と言ったことがあります。実家にはあれ以来、子供を連れて行ったことはないし、泊まることもありません。 「H君やNちゃんとまた遊びたいなぁ。」聞いた事もない名前でした。ふと私の古い記憶にあった、実家の奥にある暗い部屋で遊んでいた2人の子供が脳裏に浮かびます。「もう引越ししちゃって居ないんだって。また遊びたいねぇ。」 子供には怖い話や、ほの暗い世界の話は絶対にしたくないです。知らない方が良い事もありますから。
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実話系・怖い話「お清めの塩」
「塩と幽霊」
私はいわゆる「見える」側の人間だ。とは言っても、ただ見えるってだけで特に害も無く過ごしてはいる。そんな私が見た幽霊の中で忘れられないのが、亡くなった爺さんだ。 私が小学生高学年くらいの頃に爺さんは亡くなった。詳しくは分からないが癌だったそうだ。爺さんは普段から背筋がピンとしている、パッと見は怖いイメージの人だった。でも言動の端にどこか優しさも感じられて義理深く、頼りになる爺さんだった。 亡くなったとはいえ、私はさほど寂しくはなかった。なぜなら幽霊になった爺さんとは会えると思っていたからだ。しかし爺さんの幽霊は、いつになっても現れなかった。ひいばあちゃんの葬式では、亡くなった本人がウロチョロしていたのに。 葬儀は滞りなく進み、爺さんは燃やされて骨だけになった。 家に帰ってくると、玄関の前に爺さんの幽霊が居た。なんだこっちに居たのかと思いつつ見ていると、婆さんに背中を叩かれた。 婆さんだけは私が見えるのを知っている。そして婆さんも見える人だ。これは2人だけの秘密。婆さんは爺さんが大好きで、おしどり夫婦だった。そんな婆さんは目の前に爺さんの幽霊が見えているはずなのに、妙に素っ気ない。 次の瞬間、婆さんは玄関に盛ってあったお清めの塩を辺り一面にまき散らした。 すると爺さんの表情が一変した。もの凄い形相で、多分怒っていたのだと思う。見た事も無い般若の如き表情で、私は思わずゾッとしてしまった。そして爺さんの幽霊はパッと消えた。 寝る前、私は婆さんの部屋へ行って話をした。「お清めの塩まいた時、爺さん凄く怒ってた。」すると婆さんは「あれは爺さんじゃない。」とポツリ。私は嘘だ、と思った。 「死んだらもう、この世の人じゃないんよ。大丈夫、婆さんが死んであっちに行ったら仲直りするさ。」そう言って婆さんは手を合わせていた。翌年、婆さんは爺さんが亡くなったのと同じ日に旅立った。 最近の葬式では、お清めの塩を使う習慣が無くなってきていると聞く。時代の流れなのかもしれないが、個人的にはそれで良いと思っている。
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実話系・怖い話「不幸の前兆」
予兆の金縛り
私は幽霊を見た経験がある訳では無いのですが、学生時代から時折、金縛りにあうことがあります。ですがそういった出来事は周囲に言っても信じてもらえないと思い、自分の中で消化していたのですが…。ここに私の体験を紹介していきたいと思いますので、独り言とでも思って興味がある方は目を通して下さい。 一番最初に金縛りにあったのは、私が高校生の時です。家で休んでいる時に起きました。金縛りという存在を知らなかったので、とにかく汗をかきながら耐えた事を強く覚えています。その際、夢が現実か分からないのですが、学校の先生A(仮名)が私を助けてくれようとしていた記憶があるのです。なぜA先生が出てきたのかは謎で、失礼な言い方ですが好きな訳でも関わりがある先生でもありませんでした。 翌日学校へ行くと、そのA先生が大きな病気で学校を休まざるを得ない状態だと知りました。そしてA先生は闘病の末、帰らぬ人となってしまいました。 その後も金縛りを何度か体験するようになり、私が社会人になった頃でしょうか。金縛りにはもう慣れたもので、耐え忍んでいれば解けますから、早く終わらないかと思っていると…祖父が出てきました。出てきたと言っても、表現として合っているのかは曖昧で、私自身も夢か現か判断がつかないのですが、祖父のイメージが浮かんだんですよね。何か嫌な予感がしていると、やはり翌日に実家から連絡があり、祖父が急遽危篤になったので帰ってきてほしいとの事でした。 虫の知らせと言う言葉は知っていましたが、自身の金縛りもそういった類なのかもと、この時になって私は疑い始めました。ですが今のように手軽に調べられる時代でもなく、友人や家族に話をしたところで信じてもらえるとも思えません。 次にこのような金縛りにあったのは、今から10年ほど前、仕事で出張中の時でした。この金縛りで出てきたのが、一緒に出掛けていた上司でした。上司は翌日の朝、食事の時間になっても会場に来ません。私はまさかと思い、上司の部屋を確認しに行ってみると…亡くなっていました。死因は心筋梗塞との事でした。 単なる偶然だと思いたいのですが、3度も体験してしまうと、まさか自分にはそういった能力があるのではないかと勘ぐってしまいます。私の意思でコントロール出来る訳でも無いのでしょうから、誰にも相談出来ないですし、良い事ならまだしも不幸の前兆なので、これからも自分自身の中に留めておきたいと思っています。 これってただの偶然ですよね、きっと…。
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上級者向け怖い話「委員長のヒミツ」
秘密の夜会
中学生の時にクラスの委員長だった彼女は、皆によく頼まれ事をされては嫌な顔1つせず素直に引き受けたり、人の嫌がる事を自ら引き受けるような、とてもいい子でした。それを知ってか、クラスのほとんどの生徒が彼女に頼み事をしていました。 俺とはあまり関わる事は無かったのですが、2、3度話した時はごく普通の感じでした。卒業までの1年間、委員長はずっと変わらず彼女1人で務めていたと思います。彼女は卒業式でクラスのみんなから寄せ書きをもらっていて、それらを大事そうに抱えて笑っていたのが印象的でした。 【原作】委員長のヒミツ【朗読版】※この話は原作者から正式な許可を頂いて掲載しております。 その卒業式から3日くらい経った日の事でした。俺は高校に陸上の推薦で進学するのが決まっていたので、半月ほど前から自主練習の為、夜に走るのが日課となっていました。 いつものコース。アップダウンの激しい坂道を駆け、少し寂しい林道を抜け、大きめの交差点を迂回して戻ってくる。距離にして、約4kmくらいでしょうか。少し寂しいといっても街灯はいくらかあるので、走る分には問題無かったのですが、その日。林道を少し入った森の中に、委員長だった彼女を見たのです。 彼女は何かを棒で殴っていました。時間は11時くらいだったので、明らかにおかしいと思った俺は反射的に足が止まっていました。 委員長で優等生だった子がこんな遅い時間に、森の中で何かを殴っているという異様な光景に怖気づいて、俺は話かける事が出来ませんでした。幸いそれに熱中していたのか、彼女はまだこちらには気付いていないようで、何を殴っているのか気になった俺は身を隠しながら、少し近づいてみました。そして、見てしまいました。 あの時もらったであろう、卒業アルバム。それと寄せ書き。その他、中学校に関係するものがその場に散乱し、彼女はそれを殴っていたのです。 あまりの衝撃で動けずにいた俺は、彼女が振り返った時もその場を離れる事が出来ませんでした。息を切らしているのか、肩が大きく上下させる彼女はこちらに寄ってくる事もなく、ただその場に立っています。すると彼女は奇妙な動きを始めました。 それがなんというか、足はピッタリ閉じて、両手を上向きに折り曲げて固定。少し笑った顔はこちらに向いたまま、首のみを高速で横に動かすのです。それを見た時が限界で、俺は来た道を全力で走りました。それからというもの、夜の自主練習はしていません。 彼女は何を憎んで、あれらの物を殴っていたのか。その事に関しては大体想像できますが、なぜあのような動きをしたのか、あの動きは一体何だったのか…それはいまだに謎です文字だけではあの動きをうまく伝える事が出来ませんが、本当に奇妙で何かに憑りつかれているようで、不気味でした。
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人間の怖い話「ペットが○されました」
夏の別れ
ある日、遠方に用事が出来てしまった私は1週間程家を空けなければなりませんでした。 私はペットの「でんぱち」と同居をしており、もうかなりの高齢です。留守の間、でんぱちをどうしようか。実家へ預けようにも、親が動物嫌いの為、断念。いっその事、外出先に連れて行こうかとも考えましたが、現実的ではありません。今にして思えば外出を諦めれば済んだ話だったのですが、当時の私がこの後に待ち受ける出来事を知る由もありません。 しばらく悩んでいると、知り合いのAから「だったらその間私が面倒みるから、行ってきなよ!」と声をかけてもらえました。 Aは以前からペットに興味があり、何度かでんぱちとも会った事があります。私とAはそこまで仲が良い関係ではありませんでしたが(知り合いの知り合いです)、動物好きの人であれば大丈夫と思って、お願いしてしまったのです。 外出中はでんぱちの事が気がかりではありましたが、何とか無事に用事が済みました。帰り足にAの所へ寄ってでんぱちを引き取り、そのまま帰宅しようとしたのですが、異変が起きました。 Aの家で、でんぱちはぐったりとしていて、明らかに体調が悪い状態でした。Aに「一体どうしたの?」と尋ねるも、何か昨日辺りから具合悪いみたいなんだよね、とまるで他人事のように言います。具合悪いなら連絡するか、病院へ連れて行ってよ!と思いましたが、今は言い争うよりもでんぱちです。急いで病院へ連れて行きましたが、体調は回復せず、でんぱちは翌日に息を引き取りました。 でんぱちの死因は高齢だったので老衰だと言われましたが、私は腑に落ちませんでした。なぜなら他の友人から、Aは遊び歩いていて、家にはあまり居なかったという情報を聞いていたからです。Aはでんぱちにちゃんと食事を与えていたし、問題無かったと主張しますが、果たしてそうでしょうか。季節は夏です。Aは外出する際にエアコンを切って出ており、室内はかなり高温だったのではと推測出来ます。でんぱちは高齢でしたから、暑さにやられたのではないかと、私は思うのです。 私はAを訴えようと思いました。ですがでんぱちが高齢であった事や、Aが食べ物をちゃんと与えていて世話をしていない訳では無い事から、Aの過失を問うのは難しいと判断し、諦めました。 落ち込む私を見て友人達は励ましてくれました。勿論Aも責任を感じてか、私を励ましてくれたのですが、こんな事も言っていました。「そんなに落ち込まないで。私が新しいペット買ってあげるから。お金は私が出すよ!」 でんぱちは私の家族であり、代わりなど居ないのです。Aは動物好きなのかもしれませんが、実際に自分で飼っている訳では無いので、この感覚は一生分からないのだと思います。死んでしまったでんぱちはもうこの世にはおらず、いくらお金を出しても帰ってきません。 長年付き添ったでんぱちと、まさかこのような最後を迎えるとは。別れが辛すぎるので、もうペットを飼う気にはなりません。
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実話系・怖い話「私が見えた時」
「見えないパティシエ」
これは私が、ケーキ屋でアルバイトをした時の話です。 販売員として私が入ったその店には、毎日7人ぐらいのパティシエがケーキを作っていました。まだ店員の顔と名前が一致していない私は、お昼ご飯に従業員と話をして仲良くしようと思っていたのですが、出入り口の扉付近で作業をしている方とだけ、話す機会が巡ってきませんでした。そのうち一緒になるだろうと思っていたのに、その気になっているパティシエさんとはいつまで経っても休憩で会う事がありません。 この人はいつ休憩を取っているのだろうと疑問に思い始めた頃。閉店の片づけが終わり、皆で同時に帰る時がありました。「みんな出た?更衣室を閉めるからね。」声をかけられ、人数を確認すると皆居てるね。じゃあ帰ろうとなったのですが、私の計算ではあの扉付近でいつも作業しているパティシエさんが居ません。私は「ちょっと待って、もう1人パティシエさんが居ませんか?」と言ったのですが、皆キョトンとしています。 「帽子を深く被って、扉近くのテーブルでいつもケーキを作ってる人です。女の人なんですけど…。」私が説明しても、そんな人居ないよね、と皆口を揃えています。確かに閉店まで一緒に働いていたはずなのですが…。あれ~?と思ったのですが、話を長引かせるのも悪いので帰る事にしました。 休憩も取らずに、ずっと一生懸命にケーキを作り続けていたパティシエさんの姿を見て、私は仲良くなれるのを楽しみにしていたのです。ところがそれきり、そのパティシエさんを扉付近のテーブルで見る事が無くなりました。私が気になっていたパティシエさんは、皆が居ないと言った通り消えてしまったのです。その時になって初めて、私は幽霊を見ていたのかもしれないと気づきました。 それから月日が経ち、私がケーキ屋で最後の出勤となった日。店長が隣で一緒に販売をしていました。店が混み始めてふと焼き菓子売場を見ると、店長の黒い制服の後ろ姿が見えました。店長あっちに行ったんだと思ってそのまま接客していると、私の隣にも店長が居るのです。なんと店長が2人になっていました。私は驚いて後ろの透明ガラス越しに、パティシエのリーダーへ目で合図を送りました。ところがリーダーはニコニコと販売の方を見て笑顔を返すのみ。どうやら見えているのは私だけのようでした。 それから私は時々、私にしか見えない人を見る時があります。亡くなったはずの人にとても似ている人とも会うことがあります。店長のように、同じ人間が2人見えた事は今のところありません。私は普通に生きている人間だと思って接している為、後になってから気づくのがほとんどです。おそらく幽霊なのだとは思いますが、幽霊は人間と違って話をしません。話そうと思っていると消えてしまいます。また他人にその存在を話しても消えてしまいます。 幽霊は案外、そこら中をウロウロとしていて、見えているかいないかだけなのだと思います。
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実話系・怖い話「親切への報酬」
親切な霊
ある町に住んでいたKさん(仮名)という、一人暮らしのお婆さんが亡くなった。 身寄りのなかったKさんは近くのお寺の無縁仏に葬られたが、生前は誰にでも親切な世話好きお婆さんで、近所では評判だった。そのため、亡くなってからしばらくしても故人を偲ぶ話が絶えなかったそうだ。しかし人の噂も七十五日と言われる通り、次第にKさんのことは忘れられ、話題にもあがらなくなっていった。 ある日、同じ中学校に通う女子中学生3人が集まって勉強をしていた。そこで雑談として、通学途中で財布を無くした時に、たまたまその財布を拾ったKさんが財布の中の物を手がかりにして、女子中学生の元へ無事財布を送り届けてくれたことがあった、と話をしていた。 「Kのお婆ちゃんのお陰で助かったんだよね」当時を思い出しながら言うと、どこからともなく「だったら私も助けて~」と震えるような声が聞こえて来た、というのである。 その声を聞いた3人は「何か聞こえた?」「誰?」「助けてって言ったよ」とパニックに陥った。財布をKさんに拾ってもらった女子中学生は「もしかしてKのお婆ちゃん?」と尋ねてみると、今度は部屋のドアが2回ノックされた。3人は「キャー!」と叫んで恐怖のあまりお互い抱き合った。恐る恐るドアを開けてみたが、そこには誰もいなかったそうだ。 この恐怖体験は女子中学生の親を介し、噂として広まった。すると話を聞いた人の間で「Kのお婆ちゃんに世話になった」と言うと「だったら私も助けて~」と聞こえるとか、「Kのお婆ちゃん?」と呼びかけると部屋の戸にノックが返ってくるという、噂の内容と同じ体験が起こるとして更に広まった。 Kのお婆さんの不思議な現象は、お婆さんに親切にされたり世話になった人が行なうと起こったため、近所では不思議な話から恐怖話へと変わっていったそうだ。善人として有名だったはずのKさんが、次第に人々を怖がらせるお化けのような存在になっていく。 この噂の元となった女子中学生の親に、警察官のHがいた。Hは周囲から事態収拾を頼まれ、どうにか出来るとも思えなかったが渋々取り組む事にした。生前にKのお婆さんと関わりが無かったHは、まずKさんがどんな人物だったのかを調べ始めた。 Kさんの死因は溺死だ。不審な点は無く、入浴中に突然意識を失って溺れたのだろうとされている。今の土地には比較的最近になって引越して来て、親族は既に全て他界していたが、息子さんもいたようだ。 Kさんの遺品は警察に保管されていたが、その中には何冊か日記らしきものが残されており、誰にいつどこでどんな親切をしたのかが事細かに記されていた。例えば、女子中学生へKのお婆ちゃんが財布を返却した日にはこう書かれている。 「午前○時△分、×駅にて財布を拾う。財布の中身から住所、●市■区× *丁目▲-○を訪問。午後○時△分、母親へ財布を返却。その後帰宅した娘、Tちゃんからも直接のお礼有。午後○時△分。言葉のみで物品は無。」 Kさんはどんな気持ちで他人に優しく接していたのだろうか…。 親切だと評判だったKさんだが、自身が他人から優しくされた事はあったのだろうか。日記には、所々に同じ文句があった。「いつかきっと、自分へ返ってくる」Kさんの優しさは報われたのだろうかと考えると、何とも言えない無力感が残る。結局、Kさんは1人で孤独な最後を迎えて行旅死亡人となり、無縁仏として扱われている。そして「私も助けて」とは、一体どういう意味なのか…。 何も分からないまま、やがて怪異も自然に収束へ向かい、その後2度と起こる事は無かった。
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実話系・怖い話「お地蔵さんの修理」
「修理されたお地蔵さん」
私の父方の実家は人里離れた山中にあり、祖父母が暮らしていました。祖父は石屋と呼ばれる仕事をしていて、村の墓石や石碑は全部祖父が作った物だと聞いています。祖父は自分の腕をとても自慢に思っていたようで、遊びに来た私達をよく散歩に連れ出しては作品を見せて回っていました。 中学生の夏休みに、久しぶりに祖父母の所へ帰省した時の事です。家の離れに新聞紙が敷いてあり、その上に見慣れない小さなお地蔵さんが置いてありました。私が祖母にこのお地蔵さんは何かと尋ねると、村の商工会議所近くにある御社の中にあったお地蔵さんなのだそうです。村の高齢化に伴いまともに管理がされていなかったせいか、確認しようとした際にお地蔵さんの腕が割れてしまい、それを見た祖父が修理の為に許可をとって自宅に持ち帰ってきたとのことでした。 私は祖父の仕事を見たことがなかったので、その様子に興味津々となり離れへ入り浸りました。祖父はお地蔵さんを丁寧に乾いた布で拭き上げ、欠けた破片も同じように丁寧に綺麗にしていきます。お地蔵さんの左腕は既に欠けて地面に落ち、右腕もヒビが入って今にも取れそうな気配です。 「右腕を補強するか」そう言って祖父は接着剤のようなものを作り、それを塗ろうとお地蔵さんを持ち上げた時です。ビシッという音と共に、お地蔵さんの腕が外れてしまいました。思ったよりも傷みが激しいからセメントで固めた方が良いとの事で、そこで作業は終わりになりました。 その日の夜から、祖父の様子がおかしくなりました。ずっと右肩が凝ると言い出し、違和感を感じるのか常に右肩を回しています。肩が凝ったなんてセリフは、祖父から初めて聞いたと祖母は言っていました。 次の日、祖父の様子がさらにおかしくなりました。右腕の感覚に違和感があり、動かしづらいと言うのです。心配した父が祖父を病院に連れていき、いろいろ検査をしてもらいましたが異常は見つかりません。しかしその後も悪化し、とうとう祖父は右手の指先まで痺れで動かせなくなりました。 さすがに明らかな異常があるということで、再び病院で脳梗塞の可能性なども含めて検査してもらいましたが、それでも異常無し。祖父がそんな調子でしたので、お地蔵さんはすっかり忘れられていましたが、数日経った頃に祖父が「お地蔵さんをそのままにしておくのはかわいそうだ」と言い始めます。仕方が無いので、私と父が祖父から指示を受けながらお地蔵さんを修理しました。 お地蔵さんの取れていた両腕はきちんと付き、元の形にはなったので、元の御社にお返ししました。するとその日の夜、祖父の右腕が何事もなかったかのように治り、動くようになったのです。 私たち家族は驚き、祖父の右腕の異常はお地蔵さんの祟りが原因なのではと話題になりました。お地蔵さんが祖父の好意を勘違いし、傷つけられたと勘違いしたのではないかという訳です。その後、きちんと修理して元に戻した結果、お地蔵さんの怒りも解けたのだと思います。 あくまで憶測でしかありませんが、そうとでも考えなければ祖父の異常は説明がつきません。この出来事以来、何となく私はお地蔵さんを怖いと感じてしまいます。
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実話系・怖い話「調子はどうだい」
夜間病棟の訪問者
何年か前、夜中に体調不良となった私は、吐気でトイレから出られなくなるという事態に見舞われてしまいました。朝方には体調も戻ったのですが、微熱があったので仕事を休んで病院へ行く事にしました。 血液を採取して診察が終わり、あとは結果を待つのみ。まぁ後は薬を貰ってすぐ帰れるだろうなと思っていたのですが…。「ん~これは入院ですね。」「え?入院ですか?」私は耳を疑いました。 診断結果は胃腸炎でしたが、血液の炎症値が高過ぎるとの事で、まさかの入院治療となってしまったのです。入院したくない!と交渉はしましたが、聞き入れられず人生初の入院をする羽目になりました。 急な入院だった為にベッドも空いておらず、少し離れた個室が私の部屋です。「ちょっと離れるけど、何かあったら呼んでもらえればすぐに来ますので。」元気な看護師さんに部屋を案内されて、入院生活が始まりました。 それにしても、やる事がありません。食事は絶食治療の為に無し。常に点滴をしているので何をするにも億劫です。突然の入院でしたから、暇を潰す準備もしていません。私はとにかく寝て過ごす事にしました。 夜中、ふと目が覚めた私は催したのでトイレへ向かいます。用を済ませて手を洗っていると、不意に後ろから声をかけられました。 「調子はどうだい?」 びっくりして振り返ると、そこには痩せた60代くらいの男性が立っていました。「あ~、あまり良くないみたいで。食事が出来ないんですよ。」そう答えると、その男性は嬉しそうに笑みを浮かべ、トイレから出て行ってしまいました。一体何だろう、とは思いましたが、私も部屋へ戻って再び眠りにつきました。 その男性とはその後も廊下等でちょくちょく出会ったのですが、何かおかしいのです。相手は私に対して「調子はどうだい」と尋ね、私が答えると笑いながら帰るのですが、それだけなんです。こちらとしては世間話でもしようかと試みるのですが、話かけても無視して帰るので会話が成り立ちません。会話をする気が無いのなら、なぜ話かけてくるのか…。 入院3日目で、私の点滴が外れて食事が提供されました。食事とはいっても、ご飯はデンプンのりのようなドロドロの液体と、薄い具無し味噌汁だけ。それでも味覚を刺激され、食べ物の有難みをしみじみ実感します。 その夜、トイレへ行くとまたあの男性と遭遇しました。やはりまた「調子はどうだい」と一方的に質問してきます。私はその方の態度への不満と、食事が出来るようになった嬉しさも相まって、こう応えました。「お蔭様で、やっと点滴がとれました。食事も出来るようになって、後は退院するだけですね。」 すると男性は、私の返答を聞いた途端にガッカリした表情をしたのです。普通なら礼儀でも他人の回復を喜ぶべきだと思うのですが、不快に思った私が何も言い出せない程、あからさまに落胆しています。その様子に、私はかける言葉もありません。男性はとぼとぼと部屋へ戻ってしまいました。それからは、その男性と会って「調子はどうだい」と尋ねられる事はありませんでした。 食事も次第に普通食へ戻ってきた私は、散歩がてら病院内を歩くように心掛けました。広い病院とはいえ自分の居るフロアに飽きた私は、他の階へも足を運んでみます。 うろうろしていると、ストレッチャーに患者が乗せられて移動している場面に遭遇しました。「これからお風呂ですよ。さっぱりしましょうね~。」看護師さんの会話から推察するに、こらから入浴にでも行くのでしょうか。患者さんの方はというと、寝たきりで全く反応がありません。私は廊下の端へ移動し、邪魔にならないよう配慮します。そしてすれ違う瞬間、患者さんの顔を見て私はギョッとしました。その患者さんは私に「調子はどうだい」と尋ねていた、あの男性でした。 その足で私はナースステーションへ向かい、良くないと思いながらも気になっている事を尋ねてしまいました。「今、寝たまま運ばれた患者さんはどういったご病気なのですか?」「あ~ごめんなさいね~。そういったプライベートな事は答えられないんですよ。」「ですよね。私、下の階で入院している者なんですけど、よくあの人から声をかけてもらっていたので気になって。すいませんでした。」私がそう言った瞬間、変な空気になって看護師さん達が顔を見合わせます。そして看護師さんの1人が「え~見間違いじゃないですか?あの方はずっと寝たきりで意識も無く、歩けたとしたら家族の方が泣いて喜びますよ。」と言うではありませんか。 私は退院してから今の所は、大病も無く健康に過ごしています。寝たきりの男性はその後どうなったのでしょうか。気掛かりではありますが、赤の他人である私では詮索も出来ません。私へ声をかけた男性は一体何だったのでしょうか。あの嬉しそうな笑みと、ガッカリした姿を思い出すと、複雑な心境になります。
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上級者向け怖い話「帰りたい。日本に。」
機関長の魂
これは私が学生の時聞いた話ですが。 昔、学生を乗せた練習船の機関長が日本から豪州へ向かう航海の途中に、急死してしまったことがありました。日本と豪州を行き来する航路は私も何度か通ったのですが、滅多に他船と出会う事がありません。ただ、その機関長が亡くなった時だけ、たまたま日本の方向へ向けて走る船とすれ違う所だったそうです。 【原作】帰りたい。日本に。【朗読版】※この話は原作者から正式な許可を頂いて掲載しております。 するとその瞬間、日本へ向けて走る船に向かって練習船から人魂が飛んだそうです。 夜間航海中は、周囲の小さな漁船の明かりでも見逃すことの無いよう、操舵室内は真っ暗で船内からも明かりが漏れないようにします。ですので、当時操舵室にいた乗組員や実習生全員が、人魂を目撃したとのことです。 「きっとあれは機関長の魂で、日本に帰りたかったんだろう。他船に会わない豪州航路で、たまたますれ違ったあの船に乗って、日本に帰ろうとしたんだ。」 後に機関長が亡くなったと聞いた目撃者は皆、そう思ったのだそうです。
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実話系・怖い話「墓場に近い家」
静かなる騒霊
私が20代前半の頃、友人が引越しをしたというのでお祝いを持って行った時の話です。 友人は中古住宅を賃貸したらしく、パッとみた正直な印象は「古い家だな」でした。「今は子供も小さいけど、きっと狭くなるわね。その時までには自分の家が欲しいわ。」そう言う友人は気のせいか、やつれて見えて元気がありませんでした。 ふと窓の外を見ると墓地が見えます。外の眺めがこれではあまり良い気持ちはせず、友人もそこはかなり躊躇したようです。「でも、その代わり家賃は安かったから。」友人は笑っていましたが、私はどうにも気になりました。 更に気になるのが騒音でした。閑静な住宅街だと思いきや、ザワザワとずっと声が聞こえます。季節は夏。きっとご近所さんが皆、家の窓を開けているのだろうと思いました。それにしてもかなり騒がしく、私は友人へ「なんかうるさくない?」と尋ねました。 「?特にうるさくはないよ。暑いけど。」 不思議そうな友人の回答に、私は違和感を感じました。こんなにも声が聞こえるのに。それも数人ではなく、お祭りのような騒がしさです。声がする方を探してみると、お墓があります。 私は友達の手前、平気な顔をしていましたが内心は穏やかではありませんでした。まさかの考えが浮かんでは消えます。実際に人が集まっているのかもしれないと、都合のよい解釈をしようにも、それが違う事は明らかにわかります。お盆にはまだ早いですし、そんなに大勢の人が集まるわけはないのです。 若い男女や老人、赤ちゃんの鳴き声。性別も年齢も様々な人の声が聞こえるも、何を言っているのかまでは聴き取れません。世間話のようにも聞こえますし、怒っているような気もします。笑い声や泣き声もあって、まるで声の洪水のようです。あまりの状況に耐えられず、私は早々に帰る事にしました。 友人の家から離れると、声も聞こえなくなりました。私は自分の指が震えているのに気付き、どうやら思っていた以上の恐怖を感じていたようです。それからしばらくは、またあの声が耳に入るような気がして落ち着きませんでした。 友人はやつれたような表情をしていました。もしかすると彼女は何か影響を受けているのでは?と思ったものの、何も感じず一軒家を借りて喜んでいる彼女に何と言えばいいのでしょう。こんな話をして困らせていいのだろうかと考えてしまいます。声を聞いたのは私だけ。彼女にその事を話しても納得してくれなかったら…。私は何日も悩みましたが、やはり放っておく事はできませんでした。 1ヶ月後ぐらいに、私は彼女へ電話をして全て話ました。すると驚く事に、彼女は「やっぱり」と言ったのです。 実は彼女も自身と家族の異変に薄々気がついていたのだとか。疲れやすくなり、何をするにも億劫で沈んだ気持ちになる。おまけに生後間もない子供の夜泣きが引越してから酷く、悩まされていたそうです。その後、夫へ相談したらまた引越すという話にまとまったようで、私はホッとしました。 次に引越し祝いを持って行った私を迎えてくれたのは、以前の明るさを取り戻した友人の笑顔でした。今度は墓地の無い静かな住宅街です。安さに惹かれての、あまり無頓着な引越しは気を付けた方が良いかもしれません。
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実話系・怖い話「黒い塊」
黒い球体の謎
これは僕が小学2年生の時、夏休みも終わりに近づいた頃の話です。 僕は父と2人で海へ出掛けました。とは言っても海水浴に行った訳では無く仕事で、ついでに暇を持て余した僕が付いていっただけです。用事を済ませ、帰り道の途中。カーナビを見ていた父が言いました。「この先に、お薦めスポットがあるらしいぞ。」 父はカーナビでいろいろな場所を探すのが好きで、よく情報を調べていました。今回も何やら下調べをしていたようで、僕たちは車を降りてその場所へと向かいます。 到着すると、そこは山間の小高い丘になっていて、展望台のような場所にベンチがいくつかありました。今でこそデートスポットになりそうだなと思いますが、当時の僕はまだ小学生です。何も無いなと心では思いつつ、景色は良く見えますし、とても静かで落ち着いた雰囲気がありました。 ベンチに座って一休みしていると、ふいに父が言いました。「なぁ、あそこにあるのって何だと思う?」父は少し離れた所を指差して言いました。 確かに何かがあるのは見えましたが、ここからでは距離がありすぎてはっきりと分かりません。「気になるし、ちょっと行ってみるか?」父はそう言って立ち上がり、歩き出します。僕もその後に続きました。 しばらくすると何か洞窟のような物が視界に入りました。イメージ的には、防空壕に近いかもしれません。入り口には扉がありませんでしたが、暗くて中の様子は分かりません。横には「立ち入り禁止」という看板が立てられていて、ロープが張られています。しかし、それを無視して父は中へ足を踏み入れようとしています。 その瞬間でした。突然、強い風が吹いて中から何かが飛び出してきました。「うわっ!」驚いた父が声を上げます。 飛び出してきたものは全部で3個ありました。ちょうど人間の頭の大きさくらいの球体で、色は真っ黒。表面はツルッとした感じです。それらは全て同じ方向に、綺麗に並んで転がっていきます。 「なんだアレ…。」父が呟きます。「追いかけてみる?」僕がそう聞くと、父は「いや、何か嫌な予感がするから帰ろう。」と言ったので、帰る事にしました。 ところが帰り道に、その黒い塊が3個、転がっていたのです。僕達は息を殺して立ち止まり、僕は思わず父の服を掴みました。父は何も言わずに黙ったままです。 すると、3つの黒い塊はゆっくりと動き始めました。それはまるで空中に浮かんでいるように見え、どんどん小さくなっていきます。1分も経たないうちに、もう肉眼ではほとんど見えないほどになってしまいました。ホッとする間もなく、今度は地面から3本の長い棒のような物が生えているのに気が付きます。目を凝らして見つめると、それはどう見ても人の手の形をしていました。そしてそれが、急に伸び始めたのです。 伸びたと思ったら、続いて腕が、肩が、頭が…。ついには全身が現れてしまいました。 そこには裸の女性が3人、立っていました。見た感じは若そうでしたが、こちらを見て微笑んでいます。不思議な事に、僕はさっきまで感じていた恐怖をすっかり忘れていました。むしろ安心しているような、落ち着く気持ちになっていたのです。 女性はこちらへとそのまま歩いてきます。目の前に来たタイミングで、父が口を開きました。「あなたは誰なんですか?」すると、女性は笑いながら「私はこの世のものではありません。」と言って、消えてしまったのです。 今になって思えば、夢だったのではないかと疑ってしまいます。ですがどうしてもあの時の女性の姿が頭から離れず、今日に至ります。 関係無いのかもしれませんが、父はその後失踪し、行方不明となりました。僕はうる覚えの記憶からあの場所を探そうとしているのですが、どうしても見つける事が出来ず、辿り着けません。
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実話系・怖い話「あなたは誰?」
「見えない隣人」
私は物心ついた時から、幽霊が見えていました。幽霊ってそこら中に普通に居るんですよね。意識していないと、生きている人間と区別がつかない程です。 唯一違う点は、周囲と関わりが無い所です。会話など到底出来ず、物理的に干渉する事もありません。言うなれば人間の形をした空気がそこにあるな~といった感じでしょうか。 そんなんですから、見えているとはいえ私も支障なく過ごす事が出来ていました。 私が通っていた中学校では昔、教室の窓から生徒が落下して亡くなった、という事故があったそうです。真偽の程は分かりませんが、そういった噂がある場所には幽霊が居る確率が高い。小学校にも居て慣れていましたから、まぁ何事も無くやり過ごせるだろうなと思っていました。私が初めてその教室へ入ると、やはり居ました。 やっぱり居るな~と思いながら、その幽霊を何気無く見ていた時でした。その幽霊の顔がグルッと急にこっちを向き、私と目が合います。 私の事を見ている?! 今までそんな経験ありませんから、私はビックリして心臓が痛いくらいに脈打ちます。更に恐ろしい事に、ジリジリと私の方へ歩いて来るではありませんか。どうしよう!どうしよう!予測不能な事態でパニックとなった私はその場にへたり込んでしまい、周囲の方の助けで保健室へ逃げて、そのまま早退しました。 帰宅する途中、ふと後ろを振り返りました。するとなんと、その幽霊が私の後ろ2つ目の電信柱の側に立っていたのです。ついてきてる!走って息も絶え絶えで帰宅した私を見て、母は「どうしたの?」と心配しています。ですが、幽霊がついてきているなんて、どう説明すれば良いのでしょう。私には幽霊が見えるなんて、誰にも話した事がありません。 今まで無害だと思っていた幽霊が憑りつくなんて。こんな時にどうすればよいのか、分かるはずもありません。幸いにも家の中でその幽霊と遭遇する事はありませんでしたが、ろくに眠る事も出来ぬまま朝を迎えてしまいました。 部屋を出て下へ降りると、母が朝食を作っています。おはようと声をかけると、母は私を見るなりこう言いました。「あなた誰?」え?と思ったのですが、次の瞬間には「あぁA(私の名前です)か。おはよう。」と言い、普段通りの母です。 もしかして母も見えている…? ですが朝は話をする余裕も無く、バタバタと準備をして学校へ向かいます。 学校では例の幽霊が私の視界へ入ってきます。幸いにも私を見るだけで他は何も無いのですが、それだけでもストレスが溜まるものです。私は見えない振りを続けます。 学校が終わり、ヘトヘトになって帰り玄関を開けると、そこには母が立っていました。そして開口一番に「あんた誰?」とまた言うのです。「誰って私だよ。ただいま。」すると母は「知ってる。おかえり。」と返します。 もしやと思った私は、夕食後に母へ相談してみました。「お母さん、ひょっとして見えてる?」しかし母は「え?何?何の話?」といった調子で、話が通じません。しかし何かピンと来た私は、これは使えるのかもしれないと感じたのです。 翌日から、私に付きまとう幽霊と目が合う度に「あなたは誰?」と呟いたり、思ったりするようにしました。最初は視界に入れるのも怖かった幽霊ですが、不思議とこの行為を繰り返す毎に恐怖も薄れてきます。 そしてある日、いつものように登校して幽霊と会った時、異変が起きました。幽霊が私の方を見なくなったのです。あの教室から移動もしなくなったようで、他の幽霊のように私が近くに来ても知らんぷり。いつもの平和な日常となりました。 私が大人になる現在まで、何人かの幽霊が私を認識してきました。その度にこの手法で、幽霊に私への関心を無くさせる事が出来ています。 幽霊について母と話する事は、今の所ありません。ですが多分、母も見えているのだろうと思うのです。暗に私へ幽霊への対処法を教えてくれたのだろうと、私は思っています。
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都市伝説の怖い話「明日の犠牲者」
放送される運命
当時、オレは深夜ラジオを聴く事が楽しみだった。いつものように番組を聞き終えた後はすぐに寝るはずが、その日に限ってまだ目が冴えている。そこでオレは、ラジオの選局つまみを動かしてどこかに電波を合わせてみることにしたんだ。 適当につまみを動かしていると、ザーという音が途切れて放送が流れた。なんの番組かと思って聞いてみると、何やら人の名前を延々と読み上げている。聞いた事が有るような無いような名前が、次々と出てくる。有名人の名前もあった。そしてその放送は「明日の犠牲者はこの方々です。」と最後に言って終了した。 一体何だろうな、と思いながらも眠りにつき、次の日の夜。昨日ラジオで名前を聞いた有名人が亡くなったと、報道がされていた。まさかあのラジオ放送が言っていた事は本当だったのだろうか? その後、また放送を聞こうと何度か試みたが、2度と繋がる事は無かった。 「明日の犠牲者」は都市伝説として有名な話です。ラジオではなく、テレビの砂嵐を見続けていると画面に名前が流れてゆくバージョンが多く流布されていましたが、地上波がアナログからデジタルへ変更された事で停波時の砂嵐が完全にこの世から姿を消した為、この都市伝説も今では埋もれてしまっています。動画としてインターネットの世界では複数のパターンが創作されておりますので、興味のある方は調べてみると面白いです。 明日失われる命が決まっていて公共の電波に流れるというこの都市伝説は、マスメディアの強すぎる社会への影響力や陰謀論を示唆しているのかもしれません。
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実話系・怖い話「分かれ道の花」
後ろ向きの少年
これは私が中学生の時の話です。 部活を終えた私は、仲の良い友人と2人で下校していました。仮に私の名前をA、友人をBと呼ばせて頂きます。私達の地元には長くて急な坂がありまして、下りきった所で道が二手に分かれます。Bとはそこで帰路が分かれるので、少し立ち話をしてから帰るのが日課でした。その場所は交通事故でもあったらしく、道路脇へ常にお花が供えられています。 どのくらい話していたでしょうか。すっかり夢中になって、辺りは夕焼けよりも薄暗さが強くなってきています。そろそろ帰ろうかと思い、Bへ「じゃまたね」と言い出そうとした時でした。Bが、視線を私の背後に合わせたまま固まっています。「えっ?何?」私が振り返っても、何もいません。 「ねぇ、どうしたの?」私の声にBはハッと我にかえり、応えます。「ねぇ、これから神社行かない?ちょっとお参りしてこうよ。」辺りはもう暗くなろうとしている矢先に、神社でお参り。あまりに突然の申し出に、全く気乗りしません。「えっ?なんで今?行かないよ。」「いいから!行こう!ね!」 強引に腕を引っ張られながら、私とBは神社へと向かいました。 地元にはそこそこ大きな神社があり、お祭りも定期的に開かれる為、馴染みがあります。参拝して、せっかくだからお守りも買おうよ、というBの勧めで不要な買い物をしました。私は人生で初めて自分のお守りを買いました。 「ねぇ、私達はこれからあの坂道を通るのは禁止にしよう。お願い、約束して。」神社から出る際、Bは私へ言ってきました。「え?なんで?何があったの?」するとBは「さっき坂道の分かれ道で、Aの後ろに突然、男の子が現れて…。」そしてBはガタガタと震え出します。「え?ちょっと大丈夫?」 普通ではない様子だったので、私はBに付き添って家まで送りました。Bの母親も心配していましたが、正直私には何が何だかさっぱり分かりません。 夕食の時、私は母親へ坂道下の分かれ道について尋ねてみました。「坂道の下に花?置いてあったっけ?お母さんわからないわ。お父さんなら何か知ってるかもね。ずっとここに住んでるから。」父はいつも仕事で不在、顔を見るのも週に1回くらいなので、しばらくは聞けそうにありません。 Bの方からは、男の子の幽霊を見た、と言うだけでそれ以上の話は聞けませんでした。Bは相当なショックを受けたようで、絶対にあそこへ近づかないで、お守りも持っててと私へ念を押してきます。私としては、話半分で適当に相槌をうってやり過ごすしかありません。 坂道を通らない生活をしてしばらく経ちました。仲良しのBと約束したので律儀に守っていましたが、あそこを通らないと学校が少し遠回りになるので、私的には億劫でなりません。 そんな時、私は学校へ大事な忘れ物をしてしまったのです。時間は夕方、急いで行けばまだ日が沈む前には帰ってこれそうです。私はあの坂道を通る事にしました。 周囲に誰も居ない久しぶりの坂道は、思い込みだとは思うのですが不気味な雰囲気があります。それでも進まない訳にはいきませんので、私は坂道を登り始めました。途中、何となく後ろを振り返ってみます。 坂下の分かれ道。花が置いてある所に、男の子が立っていました。男の子は道路へ立ちすくみ、足元にある花を見ているようです。すると次の瞬間、男の子はそのまま後ろ向きに歩き出し、こちらへと向かってくるではありませんか。 ギョッとした私は前へ向き直り、走り出しました。ですが坂道は走ってもなかなか進まず、すぐに息も切れます。また振り返ってみると、男の子が先程、私が目を離したと思われる瞬間のポーズで静止しているんです。歩いている途中で、まるでビデオを一時停止したかのような状態なんです。えっ?と思って私が見ていると、男の子はまた歩き出し、こちらへ向かってきます。 そして2度見てやっと気が付いたのですが、男の子は後ろ向きで歩いていたのではありません。首だけが、体の真後ろを向いていたのです。 その姿に気付いた私は、体中の毛穴が開くような感覚に襲われました。そして脳裏に、友人が見た、という男の子の話が浮かびます。早く学校へ寄って帰らなければ!必死に坂道を登り切り、恐る恐る振り返ってみると、また歩く途中で一時停止していた男の子が動き出しました。 そこからはあまり記憶が無いのですが、私は学校の忘れ物を抱えて、坂道を通らないルートで無我夢中で帰りました。 夜、父と久しぶりに顔を合わせたので坂道について聞いてみると…。「あ~あれな。オレが子供の時、オレの母親、Aのおばあちゃんだな。おばあちゃん達の間で、急に花が置かれるようになったって噂が流れたんだ。別に事故とか、誰が死んだとかは無いんだよ。でも誰か知らないんだけど、花を供えるんだよな。気持ち悪いよな。」 次の日、Bに私の恐怖体験を話しました。するとBは「お守り、見せて。」と言うので、鞄から取り出すと、なぜかお守りが茶色く変色しているではありませんか。「多分、男の子を見ちゃったからだと思う。」そう言ってBも鞄からお守りを取り出すと、同じく色が変わっています。中を見てみると、入っていた物が黒くなっていました。 私達はその後、何事も無く生活していますが、あの坂道周辺には絶対に近づかないよう心掛けています。Bとは「また男の子を見て、もし追いつかれてしまったらきっと私達終わりだね。」なんて話していますが…。ちなみに母親へ確認してもらったのですが、分かれ道に花はもう置かれなくなっているそうです。
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上級者向け怖い話「女子高校と体育倉庫」
閉ざされた夏休み
ある高校で起きた、あまりにも無惨な出来事。 今日で1学期も終わる終業式。夏休み最後の登校日ということで、明日からの長い夏休みをどう過ごそうか、各々期待を胸に自宅へと帰っていった。しかし、学校の地下にある体育倉庫の中で絶望的な夏休みを開始した女子高生がいる事を、この時は誰も気づいていなかった。 【原作】女子高校と体育倉庫【朗読版】※この話は原作者から正式な許可を頂いて掲載しております。 彼女はふとした拍子に、地下の体育倉庫での用を申し付けられていた。倉庫の奥に入って作業をしていると、中に誰も居ないと思っていた用務員によって、そのまま鍵を閉められてしまったのだった。 鍵はドアの取手をチェーンと南京錠で縛るタイプで、内側から開ける事は出来ない仕組となる。そして女子生徒に用事を言いつけた先生も、すっかりそのことを忘れて帰ってしまっていた。 こうして、1人暗くひんやりとした体育倉庫に、女子生徒は閉じ込められてしまったのだ。次の日になって彼女の両親が捜索願を出したが、学校の体育倉庫は完全に盲点となっていて誰も探してはくれなかった。 彼女は行方不明のまま見つからずに新学期がやってきた。体育倉庫を使おうとした先生が、鍵を開けてすぐに悲鳴をあげた。閉じ込められた彼女は、そこで息絶えていた。 地下のひんやりとした環境がそうさせたのだろうか。彼女の亡骸は半分ミイラ化していた。そして、その体育倉庫から出ようともがき苦しんだ結果だろうか。倉庫の入口の壁には、彼女の爪の跡が無数についていたという。恐らく死を覚悟した途端、精神が錯乱状態に陥り、ここで発狂していたのだろう。 それからというもの、夜になると誰も居ないはずの地下体育倉庫から、壁を引掻くような音が聞こえてくるようになったという。
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実話系・怖い話「座敷童が来た?」
「座敷童子の訪問」
夕方、私が仕事から帰ってきた時でした。 車から降りると、どこからか来た小学校低学年くらいの子供が、私の家の敷地へ勝手に入ってきました。子供はそのまま私の家の横を通り、裏へ回ろうとしています。 何をしているんだろう。子供とはいえ、勝手に人の敷地に入るのはダメだから注意しなければ。そう思ってすぐに追いかけます。ところが、家の角を曲がって覗き込んだ瞬間、誰も居ません。 私の家の周囲は、フェンスで囲まれています。乗り越えて隣の家へ行ったのかと思いましたが、これを登っていくのは大人でも容易ではありません。ましてや子供がそんなことをして、すぐにその場から立ち去れるものでしょうか。一応、その後も家の周囲を探してみましたが、野良猫1匹すら居ませんでした。 夜になって、帰宅した夫にこの話をしてみました。「あぁ、監視カメラで確認してみようよ。」 私の家には、以前にちょっとしたトラブルがあった経緯から監視カメラが設置してあります。今日の夕方、私が帰宅した時の映像を見てみました。 私が駐車して車を降ります。すると私は突然に家の横を覗き始め、そちらへ入って行きました。私が見たはずの子供の姿は、ありません。 私は言葉にならず、頭の中はパニック状態です。「子供、映ってないね。見間違いじゃないの?」夫は気軽にそう言いますが、見間違いであんなにはっきりと人の姿を見るものでしょうか。 子供は笑顔で、とても楽しそうにしてたんです。私はあれは座敷童で、悪いものではないんだと自分に言い聞かせて、あまり考えないようにしています。
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実話系・怖い話「溺れて死にかけた理由」
「溺死寸前の謎」
幼い頃、私は溺れて死にかけた経験があります。もう大分昔の記憶ですが、今でも鮮明に覚えており、それだけショックも大きかったのだと思います。 私の家族はよくキャンプに行っていて、場所は決まってとある川の近くでした。車で3時間程の距離と遠いですが、水が綺麗で山も近く、景色が抜群なんです。家族4人で到着するとまずテントを張り、父と母は食事の準備を始めます。私と兄は川で遊ぶ事にしました。 まだ5歳くらいだった私は浮輪を装備し、兄も勝手に1人で遊んで遠くにいます。私も少し遠くまで移動してみます。川は深い所もあったのですが、流れも穏やかで危険は無いと思っていました。 1人で泳いでいると、足に違和感を感じました。私の足に何かが触っている感じがしたのです。感覚的にワカメのような海藻みたいで、足を動かしてもそれはへばりついて離れません。気にせずに遊ぼうかとも思ったのですが、気持ち悪さが勝り、一度川から上がろうと陸へ向かいます。 すると足がだんだんと重くなっていく感じがしました。私は足についた物を取り除こうと試みるのですが、足が上げられず手が届きません。泳いでも全く進めず、焦りと不安が込み上げてきます。 ここで私は家族へ助けを求める事にしました。「お兄ちゃん助けて!」かなり大きな声で何度も叫びます。ところが近くで遊ぶ兄は私の方へ来るどころか、見向きもしません。陸に居る父母も無反応です。周囲は静かですから、私の声が聞こえていないはずは無いのです。 そして次の瞬間、足がぐいっと引っ張られて私は川の中に入ってしまいました。その時に私は自分の足についているものを見ました。それは、体がどろどろに溶けている人のように見えました。人だと認識出来たのは、足を掴んでいる部分が人間の手に見えたからです。 その後の記憶は全く無く、家族から聞いたのは私が溺れて救急車で病院へ運ばれたという事実です。集中治療室に入って3日間、意識が無かったそうで、家族には心配をかけました。なぜ溺れたのか。両親と兄にこの話を伝えたのですが、全く信じてもらえません。 それからはキャンプへ行っても、川で遊ぶ事はしていません。今でも溺れた人の話を聞くと、あのどろどろになった何かの姿を思い出し、ゾッとしてしまいます。
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実話系・怖い話「人形の首」
「額の傷ある人形」
私は人形が好きなのですが、その人形で1度だけ怖い思いをした事があります。これはその時の話です。 幼少の頃から、私は1人で過ごす時間がほとんどでした。母は私が物心ついた時には既にシングルマザー。看護師で不定期な勤務をしていましたので、すれ違いの生活です。たまに隣町からお婆ちゃんが来てくれましたが、足が悪いので月1回くらいしか顔を合わせませんでした。更には私自身が内気で人見知りな性格でしたから、友達もゼロ。遊び相手といえば、所有している人形達しかいなかったのです。 それでも、寂しいと感じる事はさほどありませんでした。それほどに私は人形との遊びに没頭し、熱中していたのだと今では思います。 人形との遊びは主に「ままごと」でした。様々なタイプの人形がいましたが、それぞれにちゃんと役割があります。家や学校等も準備し、動かすのは全て私でも、そこに描かれる人間模様は自画自賛ですが飽きないものでした。自分だけの世界が確かに存在していて、私はそれに酔いしれていたのです。 ある日の事です。朝起きると母はまだ寝ていましたが、作り置きの食事がテーブルへ置いてあります。温めなおしてテレビを見ながら食べ終えると、通学の時間になりました。一応、出かける前には母へ声をかけますが、母は起きたり起きなかったりです。 いつもの通学路を歩いていると、ゴミ捨て場にいつもより多くの物が置いてありました。粗大ゴミの回収日だったのだと思います。 あっ… その中に、人形の首だけが転がっているのが見えました。体は完全に壊れてしまったのか、ありません。人形の頭は3cmくらいの大きさでしょうか。目が合った瞬間気にはなりましたが、これから学校なので持っていく訳にはいきません。 学校が終わって、帰り道。まだ粗大ゴミが置いてありました。人形の首もそのままあって、それを見た私は迷わず拾って持ち帰り、我が家の一員に加えたのでした。 人形の額には少し傷がありましたが、そんなものは気にするどころか、その子オリジナルの特徴で良いものです。首しかないのでそのままの姿で遊んでいましたが、突然仲間が増えた事で転校生が来たかのような興奮で、ままごともいつも以上の熱が入ります。途中、トイレへ行って戻ると…どこから入ったのか部屋に見知らぬ女の子が居て、私は固まりました。 「私も一緒に遊んでいい?」 私と同じくらいの年齢でしょうか。長い髪をしていて、見た事も無い人です。普通ならば有り得ない状況なのでしょうが、その頃の私達の地域ではそれが普通でした。お婆ちゃんも勝手に家へ入っていましたし、近所の方もよく出入りしていました。私もたまによその家でご飯を食べたりと、まぁそういう時代だったのだと思います。 断る事も出来ませんから、仕方なく私はその子と人形遊びをしました。ところがこれが思った以上に楽しくて、気がついた時には外も暗くなっていました。「お腹空いたね。何か食べる?」私がそう聞くと、女の子は頷きます。そこで私は台所へ向かい、冷蔵庫から適当に食料を持って戻ると…女の子は居なくなっていました。あれ?と思いましたが、まぁ勝手に入ったくらいだから勝手に帰ったのかと思い、あまり気にしなかったのです。それよりも、楽しくて興奮した私は夜もなかなか寝付けないくらいでした。 それからというもの、その女の子はちょくちょく家へ来て一緒に遊ぶようになりました。女の子はA(仮名)という名前だそうで、どこに住んでいるのかは言わず突然現れては消えるのですが、そんな事が気にならないくらい遊ぶのが楽しかった記憶が強くあります。「なんだか最近、明るくなったわね。」母やお婆ちゃんからは、Aと遊ぶようになってからよくそう言われるようになりました。私自身、友達が出来た事で自信がついたのかもしれません。この頃から、自然と友達も増えてくるようになっていきました。 Aと遊ぶ事が日課になりつつある頃。「お腹空いたね~。」私がAにそう言うと、Aは「じゃあこれ食べる?」といって大福を2個出しました。「2個あるから、2人で食べよう!」「えっ、ありがとう!」空腹に甘い物は嬉しくて、私はあっという間に食べ終えてしまいました。その様子をニコニコしながら見ていたAは、食べようとしません。 「美味しかった?私のも食べていいよ。」「え?いいの?」「いいよ!私お腹空いてないから!」 悪いなと思いつつも、私は好意に甘えて頂く事にしました。パクっと口に入れた瞬間、異変に気づきます。大福なのに、甘いどころか苦い!反射的に吐き出そうとすると、Aがパッと動いて私の口を手で塞ぎました。 「友達なら食べてくれるよね?」払いのけようとしても、Aの力は恐ろしく強くてびくともしません。「ん~ん~!ウオェェ…。」大福と込み上げてきた嘔吐物で、ついに息も出来なくなってしまいました。Aはそんな私を見ながらニヤニヤし、私は気が遠のいていくのを感じました。 気が付くと、私は病院のベッドに寝ていました。「もう!なにやってるのよ!」そう言ってベッドの隣に座っていた母が私を抱きしめます。私には何が起きたか分かりませんでした。 聞いた話によると、母が帰宅すると私が部屋で倒れていたそうです。唇と顔の色から瞬時に窒息だと判断した母は、その場で応急処置。口に入った物を吐き出させ、呼吸を確保した後、救急車を呼んだのだとか。医者からは、もう数分遅かったら取返しのつかない事態になっていたかもね、と注意されました。母からも「もう馬鹿な事はしないで!」と怒られましたが、私にはいまいち理解が出来ません。「あんた、人形の首が喉に詰まって窒息してたんだからね!」 私はAに貰った大福が詰まって窒息したのでは?一体何が起こったのでしょうか。母と家に帰ると、私の喉に詰まっていたという、あの日拾った首だけの人形が、家中どこを探しても見つかりません。 すると母は言いました。「あの人形の首、見た事あるんだよね。」「え?」「額にも傷があったし。あれ、お母さんが子供の頃に遊んでた人形とそっくりでさ。」 … 「あんたが最近、仲良くして遊んでた子、なんていう名前だったっけ?」「A。」「Aかぁ。お母さんがその人形につけてた名前もAなんだよね…。」「え…どういう事?」 私の喉に詰まった人形の首がなんだったのか、結果的には分からず終いです。
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実話系・怖い話「忘れられない恐怖体験」
朝霧の訪問者
これは私が小学校4年生で体験した出来事です。 私の父は釣りが好きで、毎週日曜日は日が昇る前から釣りへ出かけていました。家から釣りをする海までは車で40分ほどかかります。私の家は山にあるので、山を下って川沿いを走り、トンネルを抜けてしばらく走ると海に着きます。父は帰宅すると、魚が釣れた日は釣りの話をしてくれるのですが、ボウズだと妙な話をしてくるのです。 「いつも釣りに行く途中、朝の4頃かなぁ。女の人と幼い子供がトンネルを抜けた辺りを歩いている姿を見かけるんだよ。多分親子なのかなぁ。なんであんな時間に歩いているのかなぁ。」 父はただ不思議に思っていたのか普通に話していましたが、私や家族は「もしかしてそれって…」と恐怖に駆られます。私は特に怖がりだったので、そういった話を聞いてしまうと数日は頭から離れず、トイレに1人で行くことも無理でした。釣りには興味があったのですが、父が言っていたその場所には近づかないでおこうと心に決めていました。 「今度、一緒に釣り行ってみるか?」夏休みに父からそう言われた時は、嬉しさと同時にあの場所を通りたく無い気持ちがありました。結局釣りの誘惑に負けた私は、父と釣りに行く約束をしたのです。 当日、朝の3時に起こされて出発します。まだ眠かった私はまた寝れば怖い場所もあっという間に通り過ぎると思い、父へ「着いたら起こして」とお願いして目を閉じます。しかし車が進むにつれ目が冴えてしまい、我慢できなくなって恐る恐る目を開けてみると、そこはトンネルを丁度通過した辺り。父が言っていたあの場所でした。 あっ!と思う間も無く、私の目に飛び込んだのは公衆電話のボックスでした。そしてその方向に、髪の長い女性と幼い子供が一緒に歩いているのを見てしまったのです。 女性と子供は、腰の辺りから下がほとんど見えません。全身がうっすらと靄がかかったかのようにはっきりとは認識できませんが、立体的で人ということは確実に分かります。あまりの恐怖に声も出せず、私はまた目を閉じました。 とその瞬間、車で私の隣に人が乗っている気配がしました。恐怖で頭がパニック状態になりますが、まるで満員電車で身動きがとれないような感覚になり、耐え切れなくなった私は目を開けてしまったのです。すると私の隣には、白く体が透けた大人?がぴったり私にくっついて座っていました。長い真っ黒の髪で顔が見えませんでしたが、さっきまで電話ボックスの辺りに居た女性だと直感しました。 私は動かない体を必死に動かそうともがきます。やがて首がようやく動き、続いて全身が動きました。その時にはもう横には誰もおらず、パニックになっていた私は無意識に大泣きしてしまいます。 父は驚いたようで車を停め、もうすぐ着くからねと落ち着かせてくれて、再出発しました。その後、私は当然釣りどころではありません。あまりの恐怖で平常心を失い、1週間くらいは無気力な日々を過ごし、両親にも心配をかけてしまいました。 この出来事は誰にも言えず、私も大人になりました。話をすると思い出してしまうのではないかと恐怖していましたが、こうして話が出来たという事は、時と共に少しだけ私の中で恐怖が和らいだのかもしれません。この体験は忘れる事はありませんし、あの道だけは通らないよう注意して生活しています。
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人間の怖い話「代引きの荷物」
代引き詐欺
私はよく通販で買い物をするのですが、信じられない出来事がありました。 通販好きとは言っても、私の場合は気になった商品をちょくちょく購入する程度で詳しい訳では無く、いつも代引きを利用していました。クレジットカードは怖いしよく分からないので、そもそも所有していません。配達には配達時間を必ず指定して再配達されないよう気を付けます。再配達となると、業者の方も大変でしょうから。 その時も、インターネットで気になる商品を見つけたので買ってみたのです。数回クリックすれば、はいもう終わり。便利な世の中になりました。後はこの手に届くのを待つだけです。 数日後。「○○です~。お届け物です~。」おおよそ時間通りに、配達員の方が来てくれました。玄関を開けると、見慣れた服装の人が居たのですが…顔を見るといつもの配達員さんではありません。 「お荷物の方、間違いないでしょうか。」そう言われて箱にある伝票を見ると、私宛で、あの日購入した物に間違いないようです。まぁ配達の方だって休む事はあるだろうとあまり気にせず、ピッタリに用意していた代引き金額と引き換えに荷物を受け取りました。 ところが部屋に戻ってワクワクしながらダンボールを開けてみると…。なんと中に入っていたのは石。私は状況が飲み込めず、しばらく固まったまま動けませんでした。 とりあえず購入先へ連絡してみようと思い、電話しますがなかなか繋がりません。返品するにもこれは一体どうすれば良いのか。お金も払ってしまったし…とあれこれ考えていると、玄関のチャイムが鳴りました。開けてみると、いつもの配達員が私宛の荷物を届けに来てくれていました。 「あの、さっき配達の人が来たんですけど、中に石が入っていて…。」頭が混乱している私を見て、配達員の方がいろいろと確認してくれました。 まず、配達はその方が持って来た物以外には無いそうです。石入りの箱にあった伝票は本物とほぼ同じでしたが、管理番号が無効で偽造、もしくは勝手に作って貼ったものかもしれないそうです。配達に来た人も、恐らく変装したなりすましではないかと言います。配達業者ではこれ以上対応出来ないそうで、私は結局また代引き料金を払い、荷物を受け取りました。そちらのダンボールには、確かに私が注文した荷物が入っていました。 注文したお店ともやり取りしましたが、結局私は問題無く荷物を受け取れている訳ですので、石入りダンボールに払った代引き料金は返金してもらえませんでした。警察等にも相談してみましたが、その後の事は連絡も無く、泣き寝入り状態です。 友人の知り合いにパソコン系に詳しいという方がいたので相談してみました。曰く、どこかで私の購入情報が漏れた事で詐欺に利用されたと考えるのが一番可能性が高いそうです。いろいろ説明をしてもらいましたが、そういった世界に疎い私には全く理解不能。怖いので通販も一切止めました。 その後、世の中にはスマートフォンが一気に普及しました。今では誰もがスマホを持ち、暇さえあれば画面とにらめっこをしています。簡単で便利だからこそ、利用する側は注意をしなければ痛い目をみるかもしれません。私のように…。
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都市伝説の怖い話「スクエア」
雪山の四隅
とある山岳部の学生4名が、今年は雪山へ挑戦する事となった。天気も快晴で登山には絶好、その日のうちに下山する予定だったが、午後になってから天気が急変。かろうじて山小屋に避難する事は出来ていたが、猛吹雪で身動きがとれなくなってしまった。 救助を要請すると、明日の朝に向かうから何とか今晩は耐えて欲しいという話だ。やがて暖房の燃料も底を尽き、寒さも増してくる。携帯していたランタンも間も無く消えそうだ。このままではまずい、気を抜いたら凍死してしまうと考えた4人は、体を動かしながら全員で何か出来ないかと案を巡らせた。 そこで考え出された方法が、4人が部屋の四隅へ立ち、そのうち1人が壁に沿って歩く。2人目の場所へ到着したら立っていた人の肩を叩いて止まり、今度は肩を叩かれた人が壁に沿って歩く。これを延々と、同じ方向へと繰り返すというものだった。 そうこうしているうちに、ランタンの灯が消えてしまった。山小屋の中は真っ暗となり、目を開けているのか閉じているのかも分からない。「じゃあ、各々部屋の隅へ向かって!」暗闇の中、声を掛け合いながら4人は動き続けた。 この案は大成功し、単純な動きで会話をしながらでも行える利点があった。動きながら話に夢中になっていると、日が昇って山小屋の様子が見え始めた。全員がホッと胸をなでおろす瞬間だったが、ここで事件が起きた。 「あれ?誰も居ないから終わっちゃったよ?!」 1人が声を上げたので確認してみると、全員が部屋の四隅に居る。試しに動いてみると…何度やっても4人目は誰も居ない部屋の角になってしまうので、続くはずが無い。しかし何故かこの4人は、5人居なければ続くはずの無いリレーを一晩中続けられていたのだった。 「スクエア」は英語で四角形を指し、部屋の形を示唆しています。バリエーションも豊富、かつ題材として多数利用されている都市伝説で、ご存知の方も多いのではないでしょうか。 同じ場所をグルグル回る動きは、様々な儀式に利用されている歴史があります。それを怪異に事欠かない山という場所で行ってしまうのは、よく考えると気味の悪い状況です。
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人間の怖い話「1人で居たいのに」
静寂の享受
私はどんな事でも1人でやるのが好きなんです。1人だと他のノイズが無いので、全力で集中して事を堪能できます。誰かと一緒というのも醍醐味だし否定しませんが、そこを理解した上で私は1人でやる事を選び楽しんでいるんです。 ただ1人だと厄介なのが、お節介な方の存在です。1人で楽しんでいるのが理解出来ない、または悪い事だと思っているのか、本人は良かれと思って絡んで来るのがまた質が悪いです。 この前も、カフェで1人読書を楽しんでいると声をかけられました。「隣、良いですか?」比較的空いている店内で、わざわざ私の隣へ座ろうとしてくるので嫌な予感がします。案の定、話かけられました。 「何を読んでいるんですか?」なるべく失礼の無いよう、かつ話が広がらないよう慎重に言葉を返します。ですがその試みは、大抵失敗します。 「私も読書が好きで、その本好きなんですよ~。」のらりくらりと返事しますが、会話するのが良かれと思っている相手はどんどん話を続けてきます。会話によって私は読書どころではなくなり、ついには本に関する解釈やネタバレまでする始末。私の楽しい時間が台無しです。 しばらく話をした後、その方は満足したように席を立ちました。彼にしてみたら良い事をしたと思って有意義な時間だったのでしょうが、私にとっては最悪な時でした…。その後、私は本を楽しむ気分には到底なれませんでした。それどころか、好きな作者さんだったのにあろう事か拒否反応まで出てしまい、その方の作品を楽しめなくなってしまったのです。 声をかけてくる方は、正直に本音を言ったり断ったりすると「この人、変人だな」という反応をしてきます。人によっては怒り出したりもします。「せっかく声をかけてやっているのに、なんだその態度は!」本人からそう言われる訳ではありませんが、心の声がこちらへ聞こえてきそうなくらいの反応をされます。 不特定多数の人が集まるカフェで読書をしなければ良い、という意見もあると思いますが、私はカフェの雰囲気が好きなんです。その空間で自分の好きな事を1人楽しむのは、場違いな行為なのでしょうか?それにこれはカフェに限った事ではありません。1人で居ても声をかけられないのはラーメン屋さんくらいなものです。勿論、絡んでくるのはごく一部の方なのですが、その一部であまりにも悪影響が過ぎます。
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実話系・怖い話「曰くとの相性」
相性の因縁
お恥ずかしい話ですが、私には厄介な身内がいます。それは4歳年上の兄です。彼は子供の頃から乱暴で、性格は陰険。自分の機嫌が良い時だけは調子が良いのも、こちらの気持ちを逆撫でしてきます。私や家族はそんな兄から様々な暴力やら嫌がらせを受けてきました。身内とはいえそんな無神経な態度に日頃から不満しかなかった私は、できる限り距離を置いて暮らしていました。 これは今から20数年ほども前でしょうか。私が大学に通いだした頃の事です。 その頃の兄はというと、何度も大学受験に失敗し続けていました。時々バイトを始めてみてはすぐに辞め、ふらふらした生活を送っていたようです。父親に生活態度をとがめられると、ぷいっと家を出て、しばらくすると戻ってくる。そんなことが続いていました。 私の実家は自営業を営んでいまして、1階が店舗、2階が自宅です。いい年をした長男が家でゴロゴロしていると外聞が悪く、両親はお客さんの目を気にしていました。そこで両親は兄に、同じ市内のアパートで生活するよう提案したのです。 両親は土日を使って不動産屋を回り、物件を決めました。引越しは私も手伝いましたが、よく見かける木造2階建てで、上の住人が帰ってくると金属の階段がカンカンと音を立てる、古いアパートでした。兄の部屋は2階の角部屋で風呂・トイレ付きの2K。一人暮らしには充分です。兄はうるさい両親から離れられるので、内心喜んでいたのでしょう。何も言わずに荷物をまとめていました。私と両親は、口には出しませんでしたが「これでちょっとは心が休まる。」と思っていました。 ところが、引越ししてから1ヶ月ほど経ったある日、兄が実家へやって来ました。そして「あの部屋はなにかおかしい。引越したい。」と言い出します。 両親はもちろん、呆れていました。兄が言うには「夜になって寝ていると、胸の辺りに何かがのしかかってくる。しかもあの部屋に引越してから今まで遊びに来ていた彼女が来なくなった。」のだそうです。 想像もしていなかった話でしたが、兄はいわゆる霊感がある人ではありませんし、繊細な神経の持ち主でもありません。むしろ神経がず太いからこそ、部屋にガールフレンドを連れ込めない、などと両親に言えるのでしょう。父は「バカなことを言うな」の一言で終わらせ、兄を追い返しました。その後も兄は電話で何度も同じ事を言っていたようですが、話の内容がこんな様子ですから、今回ばかりは両親も聞く耳を持ちません。そのうち両親は兄からの電話を無視するようになりました。 しばらくしたある日、また兄が実家へ来て両親と話し込んでいました。兄の話によると、ある晩にゴミを捨てるため外へ出ると、お隣に住む男性と顔を合わせたのだそうです。アパートに10年以上住んでいるというその方は早朝出勤が多く、それまで兄と顔を合わせる事が無かったのですが、話好きだったようで兄は感じていた部屋の異変を話題にします。 「俺の部屋、なんか変なんですよ。」「そりゃあそうだよ。人が亡くなった部屋だもん。」兄は半信半疑でいましたが、それを察した隣人は「だからあなたの部屋、家賃が半分でしょ。」と言ったそうです。その方が払っている家賃を聞いてみると、確かに両親が払っている金額の2倍でした。昔の事ですし、両親は告知義務という言葉さえ知らなかったのでビックリした様子でした。こうして家族会議の結果、折れた両親は再度、兄の引越しを認めたのでした。 時は流れ、大学を卒業した私は結婚して他県へ移り住みました。慣れない土地で家庭を切り盛りするのは大変なもので、あっという間に20年程の歳月が過ぎました。ある日、某事故物件サイトが評判になり、さまざまなメディアで取り上げられているのを見て、私はふと兄の事を思い出しました。「あの時、兄が話していたのは事実だろうか?」 私はパソコンを立ち上げ、某事故物件サイトで故郷の地図を見ます。印象的な炎のマークは都会では数が多くて探すのに一苦労ですが、地方都市は違います。あのアパートが建っていたのは治安のいい地域だったため、すぐに見つかりました。兄が住んでいた部屋は、家庭内暴力を繰り返す息子を父親が殺害し、その後に自殺した曰く付き物件でした。とても痛ましい話です。 そういえば兄はこんな事も言っていました。「あの部屋にいると彼女はすぐに帰るし、空気重いし最悪。でも、Aが来ると空気が変わるんだ。」Aさんは数少ない兄の友人で、私も会ったことがありました。穏やかな人柄の男性で、失礼な話ですが、Aさんの印象があまりにも普通だったため、私はAさんの件をその時は聞き流していました。Aさんはとても家族仲の良い方でしたので、今考えると兄はあのアパートにいた何者かの神経を逆撫でする存在。一方のAさんは癒しの効果があったのかな、なんて想像してしまいます。「相性が大事」と言いますが、それは人以外の事柄にも当てはまるのかもしれません。 余談ですが、兄はその後に精神を病み、病院への入退院を繰り返しているようです。それがすぐに引越ししたこの曰く付きアパートと関係あるのかどうかは、私にはわかりません。
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都市伝説の怖い話「白いソアラ」
呪われた白いソアラ
私が初めて所有した車は、4つ年上の兄から大学卒業と同時に譲り受けた物でした。自分の車があるという生活はそれはもう快適の一言。私の住む地域は車が1人1台というくらい必須な事も相まって、1度手にするともう手放せません。しかし兄から譲り受けただけあって車体が古く、車検も迫っていました。そこで私は思い切って車を買い替える事にしたんです。 社会人になりたてであまり貯金が無い為、中古車を探していると「ソアラ」という白い車が目につきました。当時の相場で同じ条件だと100万は下らない代物です。それがなんと、数万円という異常なまでの低価格。見た目もカッコ良くて財布にも優しい。これは掘り出し物だと思った私は即決で購入していました。 納車して早速乗ってみると、アクセルを少し踏んだだけでとんでもない加速。前の持ち主が改造していたのでしょう。ノーマルのソアラでも車の能力は高いですから、更に手を加えるともう異次元の走りです。私はこの白いソアラがすっかり気に入り、運転するのが1番の楽しみとなりました。 しばらくは毎日ドライブをして上機嫌なソアラだったのですが、ある日に走行中突然エンジンが停止しました。車の始動時等にエンストするならともかく、通常走行中のエンストなんて驚きです。ギアがATなので、そもそもエンストが起こる事が無いはずなんですけどね。エンジンが止まってしまうと、ハンドルは重たくなってほとんど動かなくなります。パワーハンドル機能が切れるからです。瞬時にブレーキを踏みましたが間に合わず、車は反対車線へと入っていきます。すると運悪く対向車が来てぶつかる!という直前で、相手が緊急回避に成功。間一髪、事故を免れました。落ち着いてから車のエンジンキーを回すと、普通にエンジンがかかります。その後もエンストはしなかったので、故障では無いとは思ったのですが、気になったので修理に出してみました。しかし特に異常は見当たりません。 それから半年くらい経った頃でしょうか。またソアラが走行中にエンストしてしまいました。今回は深夜で周囲に車も走っておらず、ただ私の車が道路上で停車したのみ。問題はその場所です。なんと前にエンストしたのと同じ所だったんです。 そこはやや勾配があるものの、ごく普通の道路なんです。これでエンストするならば他の場所でも同様に異常が起きるはずなのです。ここにきて、今更ながらソアラが異常に安かった理由が気になり始めました。お店の人はお買い得だとしか言っていませんでしたが…。何か嫌な感じがした私は、急遽ソアラを手放して他の中古車へ買い替えました。 その後、久しぶりに会った中学時代の友人からとんでもないことを聞きました。友人は中古車店に勤務していたのですが、私が白い激安ソアラの話をした途端に真顔で「そのソアラ、もしかして○号線沿いの店で買った?」と言うので私が頷くと、教えてくれました。 そのソアラの最初の持ち主は事故で亡くなったが、車は修理出来たので遺族が売却した。だがソアラの持ち主は不幸や事故が起きる為、またすぐに売りにだされてしまう。安いから売れはするんだけど、曰く付きの1台として有名だという事。 「もしかして、ソアラが事故った現場って○○の辺り?」私が友人に聞くと「詳しくは知らんけど、多分その辺やったと思う。お前無事で良かったな~。まぁ手放して正解。」そう言われて、背筋がゾッとしました。 以来、私は中古車に乗るのが怖くなり、新車を買うよう努めています 「白いソアラ」は呪われた車の噂として、1980年頃から流布された話です。あくまで噂話で、実際にそういったソアラが実在したという訳ではありませんが、呪われた中古品が市場に出回っているという話は車に限らず、古今東西で話の種となっています。中には実害をもたらしたケースもあり、単なる噂では片付けられない一面があるのも確かです。 安価でお得感のある買い物で、更には前の所有者がいるとなると、裏があるとつい勘ぐってしまうのは人間の性なのかもしれません。中古品を手に入れる際は、くれぐれもご注意下さい。
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上級者向け怖い話「子供が執着する3つのもの」
水火石の執着
ゴールデンウィークに孫達が帰省しなかった事への寂しさからか、祖母が電話口で興味深い事を言っていた。 「子供というのは、何かに執着を見せるものだ。その対象は水、火、石だ。」 と祖母は言う。男児に多いらしい。「それぞれに危険があり、その子が何に執着をみせるのか知るためにも、一度子供を連れて田舎で生活する時間を持つべきだ。」みたいな事を言っていた。 【原作】子供が執着する3つのもの【朗読版】※この話は原作者から正式な許可を頂いて掲載しております。 とりあえず一番危険なのは水に執着する子供だそうだ。そういう子は用も無く川なんかに出かける。理由は分からない。川に呼ばれる、という言い方をする場合もある。 オレもよく川へ出かけたが、魚を焼いて食う為、松の木やライターや塩を持参していた。つまりオレの興味は魚を獲ることで、どちらかというと火が好きだということが分かり、水の心配はあまり無さそうだと祖母は安心したという。これはオカルトというよりも統計的な話なのだろうが、水が好きな子はやはり水難事故に遭う確率が高く、目を離さないようにする必要がある。 ところで、渓流釣りなんかをやる人には共通する感覚なのではないかと思うけれど。川辺に立って釣り糸を流し、川面を見ているとボーっと意識が飛んでいる時がある。そういう時ってふと我に返ると、足元で魚が腹を見せて背中を擦っていたり、驚くほど自分が自然に溶け込めていたりする。ひょっとすると、そういう時間が危ないのかも知れない。 火に執着する子供は一番分かりづらいのだそうだ。隠れてタバコを吸ってみるとか、そういうのとセットになっているのが理由らしい。本人自身も火が見たいのか、それともタバコを吸ってみたいのか自覚を持ちにくい。 自分が火を好きなのだと気付くのは大抵1人の時で、無意味な火遊びをするものだという。俺は完全にこのタイプで、小学生の頃はやたらにライターが欲しかった時期がある。ターボライターとかオイルマッチとか、小遣い貯めてはいろいろ買ってた。ライターが好きだと思ってたんだけど、考えてみれば火に魅せられてたんだなと思う。 これも現実的な話なんだけど、そういう子は家を燃やしちゃったりする。でもそいつ自身が火の元なので案外身の危険に晒されたりはしないのだそうだ。一番先に逃げられるから。 3つ目は石に執着する子供。俺は全くその気が無いから分からないんだが、外へ遊びに出て石拾って帰ってくる子供がそうだ。友達にも居たが、何が面白いのか理解出来なかった。 これが一番オカルトな感じがするんだけど、祖母の言い方を借りれば「人や縁に関わる不幸を招く」のだそうだ。しかもそいつが、いつどういった不幸を招くのか全く分からないから手に負えないらしい。適当なことを言って注意すれば拾ってこなくなるだろうが、問題なのは石の中には一発大当たり的なものがあることらしい。つまりその石に興味を持っちゃった時点で作用してしまうというもの。そういう時は、何か起きる前にお祓いでもして対処をしなければならないらしい。 特に体験も物語もないけど、何となく身に覚えのある話だったので書いてみました。結構当てはまる人多いんじゃないかな。
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人間の怖い話「急変したA」
「変貌する少女の肖像」
私が中学2年生だった頃、同じクラスに物静かでいつも1人な女の子がいました。分かりやすく、仮にAと呼ばせてもらいます。Aがある日、1枚の写真を持って来たんですよね。それをクラスのみんなに見せて、珍しく人だかりがありました。 パッと見では、写真には家が燃えているような様子が写っていました。窓やドアなどから燃え上がる火が出ているかと思ったら、炎ではなく赤く染まったシミ?です。しかもそのシミが、何やら人の顔のように見えて背筋がゾッとしました。私は初めて見ましたが、心霊写真というやつです。 写っている建物には見覚えがありました。町の山麓にある、もう住み手が居ない朽ちた空き家です。 「おい、休みになったらここで肝試しやろうぜ。」 夏休み目前でしたので、イベント事のようにクラスは大盛り上がりになりました。そして7月下旬の夜、クラスで物好きな人が集まって勝手に度胸試しを企画したのです。今思うと完全に不法侵入なのですが、そこは大分昔の事ですので時効とさせて下さい。 当日は私も友人に誘われて参加したのですが、写真を持っていたAの姿はありませんでした。順番に家の中へ入り、出てきたら次の面子が入ります。出てきた人は皆涼しい顔で「何もないじゃん」と言いますが、まだ入っていない側は緊張や不安でテンションも高まります。 私の番となりました。友達と2人、家へ入ります。やたら蚊が多くて不快な中、1階の台所に到着。するとガサガサと音がしたので、私達は慌てて逃げ帰りました。 「何か居た!」と騒ぎながら私達が出たのが盛り上がりのピークだったようです。これと言って何事も無く肝試しは終わったのですが…問題はその後でした。 2学期に入り、Aは学校へ来なくなってしまいました。先生からは「病気になったのでしばらく入院する」と知らされました。Aの病気が何なのか詳しくは分かりませんでしたが、なかなか回復せず半年たっても学校に戻りません。Aが見せた写真をきっかけにクラスが盛り上がって、肝試しというイベントまでしてしまって…。ひょっとしたら何か祟りでもあったのではと、クラスには嫌な噂が流れていました。 ところが中学3年になると、何事も無かったようにAは戻ってきました。しかも物静かで目立たない感じだったのに、別人のように明るくなり、丸っきり性格が変わっていたのです。なぜこんなに性格が変わるのかと、前にクラスメイトだった生徒は疑問でしたが、以前を知らない生徒はAと気兼ね無く交流しています。 月日は流れ、もう中年組になった時に同窓会が開催されました。久しぶりの再会で思い出話に花を咲かせていると、Aの事が出ました。「今、あの子どうしてるんだろう?今日も出席していなかったよね?」するとAのその後を知っているという人から「Aは精神を病んで亡くなったらしいよ。」と聞かされ、私は思わず絶句して返答に詰まってしまいました。話によると、Aは中学卒業後に躁鬱が酷くなり、回復しないまま若くして亡くなってしまったそうです。 衝撃的な出来事があると、つい理由を色々と勘ぐってしまいますが、あの心霊写真をクラスで見せた時にAは何を思っていたのでしょうか。3年生になってAの性格が急変したのも、病気が原因だったのだろうと今では思います。
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実話系・怖い話「カーテンは暗くなる前に閉めろ」
暗闇の覗き見
ガキの頃、よく親に「暗くなったらカーテンを閉めなさい」って言われてた人、結構いるんじゃないかな。別に口うるさく言われなくとも自然と閉める様になるとは思うんだけど、オレからも注意喚起の意味で話しておく。 高校生の時。休みに自室へ1人籠り、ずっとゲームをしてたんだけど、気がついたらいつの間にか寝てて外も暗くなってた。(あ、カーテン閉めなきゃ)と咄嗟に思い窓の方を見たその瞬間、あからさまな異変にオレは身動きが取れなくなった。 窓のすぐ外。髪が長くて真っ白な顔、真っ白な服を着た女性が部屋の中を覗き込んでたんだよ。見た目から女性だと感じたけど、振り返ってみると性別がどっちか自信は無い。とにかく人が居たんだ。オレは恐怖で冗談抜きにチビりそうな状態で固まってると、そいつは口をパカっと大きく開けて「あーーーーーーーーー!」ってバカデカい声で叫び出した。 オレは反射で転げるように部屋から飛び出して、実際に階段から転げ落ちながら1階のキッチンに居た母ちゃんに助けを求めた。「ちょっと何してんの!?あんた大丈夫?」驚いて近寄った母ちゃんに、オレは「窓に人!ヤバい!」みたいに訴えた。パニック過ぎて自分でも何を言っていたのか、記憶は定かじゃない。母ちゃんはそれよりもオレが階段から落ちた事を気にしていたが、幸いにも打撲くらいで済んだ。 オレが落ち着いてから2人で部屋を確認しに行ったけど、窓の外に人なんて当然居ない。あのバカデカい声も、母ちゃんは一切聞いて無いらしい。 「寝てて夢でも見てたんじゃないの?」母ちゃんはそう言うが、オレだってそう思いたい。でもアイツの姿はハッキリ覚えてる。わざわざ他人の家の屋根に登って、あんな格好でこんな事をするなんて考えられないから、生きた人間では無いと思う。 よくテレビとかで、幽霊役の人が顔を白く塗って出る時があるけど、それを見ると恐怖が蘇って本当に冷や汗と動悸が止まらない。これ以後、オレは外が暗くなる前にはカーテンを閉めるようにしている。あと隙間が異常に怖く感じるようになった。特にカーテンの隙間は苦手。朝になっても、カーテンは正面に立って開けない。横から開けるようにしてる。 暗くなってもカーテンを開けていると、幽霊じゃなく生身の人間が覗き込む場合だってあると思う。それもそれで怖い。些細な事かもしれないが、怖い思いをするとオレみたいに一生レベルで引き摺る事になるかも知れないので、話してみました。
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実話系・怖い話「引き受けた呪い」
呪われし遺品
これは亡くなった祖母から聞いた話です。話の真偽は私に分かりませんが、伝えていって欲しいという祖母の遺言通り、お話させて頂ければと思います。 祖母は若い頃、地元の資産家の家へ嫁いだのだそうです。これでもう心配無く暮らせるわ~なんて呑気に考えていた矢先、世界大戦が勃発。やはり戦時中の生活は大変だったようですが何とか生き延び、徴兵されていた祖父も運良く戦地から帰還しました。 祖父は寡黙ですが優しい人だったようです。それが戦地から帰ってくると、優しく寡黙であるのは変わりませんが、目がやたらギラギラしていて怖かったと祖母は言っていました。 祖父はボロボロに汚れた人形を持ち帰って来ました。これどうしたの?と尋ねるも、祖父は「戦地で拾った。大事なもので手放せない。」としか言わず、捨てようとするととても怒ります。いつもは箱に入れられて人目にはつかなかったけれど、見る度全身に鳥肌が立ち、誰が見ても良い代物では無いと感じたそうです。 終戦後も日本中が大混乱でしたが、資産家な家だけあってしばらくはさほど苦労しませんでした。しかしそれも束の間、次々と不幸が重なります。祖父の父母が病気と事故で他界。家に来ていた大勢の関係者や親族も不幸が重なり、みるみる数が減少。その頃に祖母も身籠った子供を流産しています。家の経営もどんどん危なくなり、いよいよ不味い状況となってしまいました。さてどうしたものかと思っていると、専属で家に仕えていた占い師?の方から助言があったのだそうです。 「非常に申し上げにくいのですが、この家が傾いてる原因は旦那様が大事にしている、戦地から持ち帰ったあの人形にあると思います。人形からは非常に強い、呪いの類を感じるのです。手厚く供養して手放した方が良いと思うのです。」 祖母もその人形を気味悪く思っていたので占い師の意見に賛成だったのですが、それを聞いた祖父は激怒。占い師を家から追い出してしまいました。 そしていよいよ家の経営が行き詰まり、破産が決まった日の夜。祖父は祖母へ切り出しました。「これからは私と無一文、全てやり直しの人生になる。こうなってしまった事は本当に申し訳無く思う。すまない。今後は私に付いてきて欲しいとは思っていない。きっと私に付いてくると不幸になるだろう。どうか私と離れて、あなたは自分が幸せになる人生を送って欲しい。」思いもよらぬ別れの話に、祖母は面食らいました。「何故そう思うのですか。大変なら尚更2人の方が良いでしょう。私の事が嫌いになったのですか。」祖父はしばし押し黙った後に「あの人形が悪い物であると、私も分かっていた。呪いのせいにするのは筋が違うのかもしれんが、ここまで不幸が重なると何かあるのかもしれない。でも、それでも私は手放す事ができない。」と語り始めました。 戦時中、祖父の部隊は日本の占領地に居ましたが、現地の方とは比較的友好的な関係が築けていたそうです。それが戦況の悪化と共に激変。友好的だった地元民とも戦闘となりました。 やるしかなかった。仕方がなかった。許してくれ。 そう願いながら、まるで映画でも見ているかのような感覚になり、祖父は多くの人を殺したそうです。抵抗が無くなった後の光景は、まさに地獄絵図でした。 攻防が終わり周囲の確認をしていると、何やら動く物があったので確認すると、祖父は自分の目を疑いました。幼い子供の傍らにあった人形が、なんと動いていたというのです。人形が自分で動く訳など無いのですが、祖父は確かに動いていたと証言します。咄嗟に救わなければ、という思いに駆られた祖父は人形を懐へ隠し、そのまま日本まで持ち帰りました。 「人形には、あの日殺めた人達の思いが入っているのだと思う。でも殺したのは私だ。私が自分の手でやったのだ。どんな理由があれ、やってしまった事を引き受けるのは当然だ。逃げる事は許されない。あの日を忘れてしまったら、あの人達の無念はどうなる…。」そう言って、祖父はボロボロと泣き出しました。祖父が人前で泣いた姿を祖母が見たのは、後にも先にもそれだけだそうです。 この話を聞いた祖母は「なんて誠実で真面目な人なの」と思うと同時に「好き!」と強く実感したようで「呪いだろうが何だろうが私も一緒に受け止めます。だからあなたの傍に居させて下さい。」と申し出て、新しい生活を始めました。 それからの生活は本当に大変だったと、祖母は笑いながら言います。1番の支えとなったのは、養子として迎えた子供、つまり私の母だったといいます。「おじいちゃんとおばあちゃんには子供どころか、親戚も皆居なくなってしまったからねぇ。だから私達にとっては本当にあなたのお母さんが天使だった。どんな事でも頑張れた。」この件はこれまで何度も行われていたようで、聞いた母が「それ言うの何回目~?」と笑いながら相槌を打ちます。「まぁいろいろ大変だったけど楽しかったよね。」と母が言うと、祖母はニコニコしながら頷いていました。 私が物心つく前に、祖父は亡くなっています。呪われた人形は「私が死んだら一緒に燃やしてくれ」という祖父の言いつけ通り、一緒に火葬されました。祖父母から全てを奪った呪いですが、今では私達が幸せに生きているという事は、そこで呪いも消滅したのでしょうか。話をしてくれた数か月後、祖母も病死しました。 話の終わりに、祖母は真面目な顔で言っていました。「戦争は絶対にしてはいけない。あんな事しても誰も幸せにならないよ。それと誠実に生きなさい。格好良かったおじいちゃんのようにね。」 私も、周りの人に少しでも良い影響を与えられる誠実な生き方をしたいなと感じた話でした。
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実話系・怖い話「405号室の怪」
「四号室の残留思念」
私は大学生の頃、某ホテルの清掃係としてアルバイトをしていました。これはその時の話です。 今ではあまり気にする方もいないかと思いますが、古い建物には「4」や「9」を忌み嫌っている場面がよくありました。例えば401号室、402号室、403号室ときて、次は405号室。404号室が無い等です。4は「シ(死)」、9は「ク(苦)」と発音が同じという、冗談のようですがそれが理由のようで、部屋番に割り振られない事は多くあり、私が勤めていたホテルも例外ではありません。 仕事に慣れるまでは教わりながらの共同作業でした。私に教えてくれたのは、1番長く働いているベテランで話好きのAさんと、2番目に長くて仕事は早いが少しクールなBさん。そこまで複雑な業務ではありませんが、細かなチェックが必要なので気は抜けません。シフトや部屋の状況にもよりますが、私が働いていた所は基本的に1人で清掃に入る為、あらかたやる内容を覚えたら1人立ちとなります。 そして次からは1人作業となる頃、3人で休憩しているとBさんが言いました。「一応言っておくけど、405号室に入る時は気を付けて。」何の話だろう?と思って私が問うと「出るのよ。アレが。」とBさんが手首を体の前でダランと下げるジェスチャーをします。「えっ?!幽霊ですか?」私が驚きの声を上げると、すかさずAさんが続きます。「ただの思い込みよ、そんなの。気にしない気にしない。」Bさんも「まぁ私達は何も経験した事無いし。でも辞めちゃった子とか、お客さんでそう言う人もいるから、一応ね。」とフォローしますが、私は心中穏やかではありませんでした。 月日は流れ、何度も405号室を1人で清掃しましたが何も起きません。なんだ大丈夫じゃん、と思っていた矢先でした。 405号室の清掃が入ったので向かいました。ドアがオートロック式なので、スペアキーでドアを開け、部屋の中をざっと見ます。そこまで汚れてもおらず、まずは水回りから掃除をしようとした時でした。 ガチャ ドアが開く音がして、振り返ると部屋から出る人の手だけが見えました。もしかして人がまだ部屋に居た?!慌てて部屋のドアを開けて確認しましたが…廊下には誰も居ません。廊下は長い1本道で、他の部屋は鍵が閉まっているので開かず、隠れる場所などありません。一気に体が震え、フロントへ内線をするとBさんが来てくれました。 「何があったの?」そう問われ説明するも、Bさんに何かが出来るはずもありません。とりあえず仕事をするしかありませんから、私とBさんで急いで掃除を済ませ、休憩室へ戻りました。 「確認したけど、405号室のお客さんは確かにチェックアウトしてた。30分前に。」社員の方もいたので皆で防犯カメラを確認しましたが、確かにお客さんが帰った姿がありました。私が不思議な体験をした瞬間は、廊下の防犯カメラにあったので見ましたが、なんとドアが誰も何もしていないのに勝手に開き、その後私が出てきています。 「一体何なんだろうな。誰かが亡くなった、とかも無いんだけどな。」社員の方が言うには、405号室は最初、順番通り404号室だったのだそうです。ところが404号室を利用したお客さんから怖い体験の話がちらほら聞かれ、404という数字が悪いのかと思い飛ばして405に変更したけど効果無し。お祓いもしてみたが、変わらず不思議な現象が続いているようです。対策として、以後は405号室の掃除だけは2人以上で行うよう変更されました。 それからしばらくは何事もありませんでしたが、私とAさんで405号室の清掃へ向かった時でした。4階へ上がった瞬間、ドアを開けて405号室へ入る誰かの手だけが見えたのです。これは流石にAさんも見えたようで「見ちゃったかも~!」とうろたえています。意を決して恐る恐る405号室へ入ってみましたが、やはり中には誰も居ません。そもそもドアには鍵がかかっているので開くはずが無いのです。 気味が悪いながらも、私は2年くらいそのバイトを続けてから辞めました。もうこのホテルの事は忘れようと思っていたのですが、辞めた数か月後にBさんから連絡がありました。 「一応伝えておこうと思って連絡したけど、Aさん亡くなったから。仕事の帰り道で事故に遭っちゃって。で、その日付が4月4日だったの。偶然だとは思うけど、一応私達も気を付けておいた方が良いのかなと思って。それじゃ元気でね。」 その後の人生において、私は極力「4」を避けて過ごすよう注意しています。Aさんが4の揃っている日に亡くなった事は、気にしないようにと思ってもやはり引っかかってなりません。ホテルはもう閉店してこの世にありませんが、私が唯一体験した薄気味の悪い話でした。
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