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[ { "role": "system", "content": "䞋蚘の曞き盎しを維持しお、玠晎らしい文曞を䜜成しおください。" }, { "role": "user", "content": "侀\n\n「芪分、長生きをしたくはありたせんか」\n 八五郎がたた、途方もないこずを蚀ふのです。\n 晎れあが぀た五月の空、明神䞋のお長屋にも、爜やかな薫颚が吹いお䟆るのです。\n「ぞ゚、よく〳〵死に床い人間は別だが、倧抵の者は長生きをし床いず思぀おゐるよ――尀も」\n ず蚀ひかけお、平次はニダニダしおゐるのです。\n「䜕んです、氣味が惡いなア、あ぀しの顏を芋お、いきなり笑ひ出したりしお」\n「それより、お前の話を聜かうぢやないか。長生きの祕傳でも教は぀たのか」\n「傳授事ぢやありたせんよ。䞍老長壜の藥を賣出した奎があるから、江戞は廣いでせう」\n「江戞は廣いなア。お前のやうに、䜕んの藥も呑たずに、癟たでも生きようずいふ、のんびりした人盞を備ぞた奎も䜏んでゐる」\n 平次の可笑しが぀たのは、錻の䞋を長くした、倩䞋倪平の八五郎の人盞だ぀たのです。\n「からか぀ちやいけたせんよ。その䞍老長壜の藥が當぀お、この䞀二幎間に倧した金儲けをした人間があ぀たずしたら、どんなものです」\n「結構なこずぢやないか」\n「二䞉幎前たでは、唯の藥皮屋だ぀たのが、或倜神蟲暣ずやらが倢枕に立぀お、䞍老䞍死の祕法を教ぞたずある」\n「有難いこずだな」\n「それを賣出したが、䞀錠䞀朱ずいふ小刀を煎じお呑むより恐ろしい倀だが、䞖の䞭には金持が倚いから、賣れるの賣れねえのず蚀぀お」\n 八五郎は身振り柀山に説明するのです。\n「䞍老䞍死は嬉しいね。尀も䞀幎や二幎では、目立぀ほど幎を取らないから、藥の効胜曞などに文句を蚀ふ人間もないわけだ」\n「その藥を呑んでも、䞭には死んだのもある。捻ぢ蟌んで行くず、その靈藥に食斷ちがある、䞍逊生をしお死ぬのは歀方のせゐではないず蚀はれるずそれ迄でせう」\n「成る皋、食斷ちは氣が付かなか぀たな」\n「そのお藥を呑むには、食斷ちの倖に信心が芁る」\n「䜕をやらかしや宜いんだ」\n「神蟲暣をお祀りしお、朝倕燈明をあげお、呪文を皱ぞる」\n「油りンケンか䜕んかやるんだらう。節のねえ呪文なら誰にでも出䟆るだらう」\n「どうせ絃に乘る呪文ぢやないから、朝倕ひよぐ぀たずころで、倧した手間隙のかゝる代物ぢやねえ。あ぀しもその祕藥を頂戎しお癟たで生きる工倫をしようず思ひ立぀たが、いけたせんよ、芪分」\n「䜕がいけないんだ」\n「考ぞおも芋お䞋さい。䞀日䞀錠ず蚀぀おも、その藥が䞀ず粒が䞀朱、倧の月で䞉十日ずしお、䞀ず月が倧負けに負けお䞀兩二分ぢや、こちずらの手に了ぞねえ。八所借りをしおも、䞀ず週り保぀のが粟䞀杯」\n「成皋八日目に神蟲暣の眰が當぀お死んぢや、分が惡いな。――川柳にはうたいのがあるよ、『神蟲は時々腹も䞋しお芋』ずね」\n「芪分に逢぀ちや叶はねえな。そんなこずを蚀ふず神蟲暣の眰が當りたすよ」\n「ずころで、お前の甚事ずいふのは䜕んだ。先刻から蚀ひ難さうに持぀お廻぀おゐるが、お前も長生きをしお芋たくな぀たのぢやないか」\n「それなんです。近頃頭痛がしお、無暗に喉が枇いお、胞隷ぎがしお叶はねえからその有難い藥でも頂いお芋ようかず、斯う思ふんですが」\n「その藥代が欲しいずいふ謎だらう」\n「ぞ゚、お察しの通りで」\n「銬鹿野郎」\n「ぞ゚?」\n「癟迄生きる藥なんか、お前なんかに呑たれおたたるものか。䞀杯呑みたいずか、友達附合ひに芁るずか、せめおあの嚘に逢ひたいず蚀ふなら、女房を剥いおも工面しおやるが、そんな野郎に長生きをされちや、――第䞀叔母さんが迷惑をする、癟たでも借り倒されちや、掗匵り賃仕事ぢや貢ぎきれたい、可哀想に」\n「こりや、驚いたな、どうも」\n「勝手に驚くが宜い。その神蟲暣のお䜿ひ姫に、仇぀ぜいのか、可愛らしいのが居るんだらう。䞀ず月䞀兩二分のお賜錢ぢや高過ぎるぞ、銬鹿だなア」\n「あツ、芪分は目が高けえ、癟壜園には良い嚘が居るんですよ。あの嚘の笑顏を毎日䞀ぺんづ぀服甚するず、請合ひ癟たでも生きられる」\n「銬鹿だなア、お前が癟になる頃には、その嚘も間違ひもなく九十くらゐの婆さんになる」\n「あツ、其處迄は考ぞなか぀た」\n「あんな野郎だ、――長生きするのにお前ずいふ人間は、䞍老長壜の藥にも及ぶものか」\n 平次も笑぀おしたひたした。たこずに暢んびりした、明神䞋の初倏の景色です。\n\n二\n\n 江戞の噂の皮を掻き集めお歩く八五郎は、生れながらの新聞蚘者で、奜意ず惡戯぀氣ず、奜奇心ず排萜぀氣に充ち溢れおをりたした。明神䞋に日參をしお、平次に冷かされながらも、性懲りもなく埡披露に及ぶ、敞限りもない䞖間話のうちに、かの癟壜園の事件があ぀たずころで、䜕んの䞍思議もありたせん。\n 錢圢平次は居ながらにしお、江戞八癟八町に起る、もろ〳〵の事件をかぎ知り、シダヌロツク・ホヌムズのやうな叡智を働かせお、それを分類し、考察し、垂井に湧き起る、もろ〳〵の事件を解決しお行぀たのです。\n その事件の倚くは、平次のやうな犯眪解剖技術に優れた者が珟はれなか぀たら、闇から闇に葬られお行぀たこずでせう。そしおもう䞀぀、八五郎のやうな猛烈な奜奇心の持䞻がなか぀たら、平次の解剖のメスを加ぞられずに濟んだかも知れたせん。\n リンカヌンは唯良き友人を持぀たず蚀はれたす。比喩が突飛であるにしおも、我がガラツ八の八五郎も、江戞䞭に良き友人を持぀おをりたした。䞀方はその人望の故に倧統領にたで出䞖したしたが、ガラツ八に至぀おは、その人望ず愛嬌の故に、平次の驚くべき助手ずしお、次から次ず、ニナヌスを提䟛し、平次の叡智に磚きをかけお行぀たのです。\n 癟壜園の事件はそれから十日も經たないうちに、䞖にも䞍思議な犯眪事件ずな぀お、錢圢平次を舞臺の眞ん䞭に抌しだしたのです。\n「芪分、サア倧變ツ」\n 八五郎が倧變を持蟌んで䟆たのは、梅雚前のよく晎れたある朝、鰹も時鳥も、江戞にはもう珍らしくない頃です。朝の食事が濟んで、これから出かけようずする錻の先ぞ、八五郎の倧變が突きのめされたやうに飛び蟌むのです。\n「い぀ものこずだが、膜を぀ぶすぜ、倧變の安賣りは䜕處だえ」\n 平次は、口ほどには驚く色もなく、そのたゝ庭ぞ誘ひ入れお、お靜に茶などを淹れさせるのです。たこずに自若たる姿です。\n「安賣りなんかぢやありやしたせん、飛぀きりの倧變なんで。根岞の癟壜園から、䞋女のお道が飛んで䟆お、䞻人の壜霋が殺されたから、盎ぐ䟆おくれるやうに――ず」\n「埅぀おくれ、その壜霋ずやらが、䞍老䞍死の靈藥の本家ぢやないか」\n「癟たで生きる藥も、人殺し野郎に逢぀ちや叶ひたせんよ」\n「そい぀は變な話だ」\n「ただ朝飯前でしたよ。顏なじみのお道坊が根岞から飛んで䟆たんで、驚きたしたよ。䞍老長壜の本家が、今朝殺されおゐる隷ぎで、いやもう」\n「お道坊、お道坊ず芪しさうに蚀ふが、癟壜園の神蟲暣のお䜿ひ姫ずいふのはその嚘か」\n「お道坊は唯の奉公人で、品の良いポチダポチダした嚘ですが、ただ十六の肩揚の取れないおがこで、――お䜿ひ姫で、癟壜園の看板にな぀おゐるのは、壜霋の嚘で、十九になる忍ずいふ、これは倧變ですよ、癟たで生きたい亡者が抌すな〳〵だ」\n「亡者のくせに癟たで生きたいずいふのは變ぢやないか」\n「䞀々揚げ足を取らないで䞋さいよ」\n「成皋、看板嚘の芪殺しは、瓊版の皮になりさうだが、少し變だな」\n「でせう。だから、䞀぀行぀お芋お䞋さいよ。根岞たでわけはありたせんよ」\n「䞉茪の萬䞃芪分ず匵り合ふのは嫌だな」\n「そんな事を蚀぀た぀お、あれだけの奜い嚘を、芪殺しの眪で磔刑にあげちや、倩道暣――なに、神蟲暣に濟たないぢやありたせんか。埡䞻人ず忍さんは、決しお仲の良い芪嚘ぢやないけれど、お道坊が飛び蟌んで䟆たのも無理はありたせん。癟壜園の看板嚘、忍ずいふ、それそのお䜿ひ姫が、芪殺しの疑ひで、䞉茪の萬䞃芪分に、朝のうちにしよ぀匕いお行かれたずしたらどんなものです」\n「泣くなよ、八。それからどうした」\n「あ぀しのやうなケチな人間でさぞ、䞀錠䞀朱の藥を買ひたくな぀た看板嚘ですよ。その根岞䞀番の綺麗な嚘が、父芪を殺しお良いものか惡いものか」\n「――」\n「お孃さんは、芪を殺すやうな、そんな人ぢやないず、泣いおあ぀しに頌むぢやありたせんか」\n「それをお前が匕受けたのか」\n「ぞ゚、芪分の分たで匕受けおしたひたしたよ」\n「呆れた野郎だ」\n そんな事を蚀ひながらも、平次は八五郎の顏を立おお、䞀床その珟堎を芋お眮き床い氣にな぀たのも無理のないこずでした。\n\n侉" }, { "role": "assistant", "content": "\n 䞍老長壜の藥は、秊の始皇以䟆の、銬鹿を釣るための逌で、それを賣出しお、二䞉幎の間に巚萬の富を積んだ癟壜園壜霋は、この䞊もない利口な釣垫だ぀たに違ひありたせん。その銬鹿の䞊前をハネる利口者が、蟲のやうに殺されたずいふのですから、平次の勘を働かせるたでもなく、其處には容易ならぬものがありさうです。\n「芪分、歀處ですよ」\n 怍朚屋の倚い西根岞、埡隱殿に近く癟姓地を前に控ぞお、たこずに閑靜ですが、瀟家ずも寺ずも、寮ずも぀かぬ門構ぞ、癟壜園ず船板の看板、排萜たやうな、氣障なやうな、異暣な構ぞの家に、八五郎は案内したのです。\n「おや、八兄哥、䜕處から嗅ぎ぀けたんだ」\n 䞉茪の萬䞃は、苊々しくそれを迎ぞたしたが、埌に續く平次の顏を芋るず、默぀お䞉角県を光らせお居りたす。\n「䞉茪の芪分、䞀寞芋せお貰ひたい。芪殺しだず聜いたが、――嫌なこずだな、䞉茪の芪分。お膝元にそんな事があ぀ちやならねえ、江戞぀兒の恥だよ」\n 平次は幎寄り臭いこずを蚀ふのです。\n「錢圢の兄哥が蚀ふ通り、俺だ぀お芪殺しを有難が぀おるわけではないが、壜霋老人の胞に、あの嚘の懷劍が突぀立぀おゐるんだから、文句はあるめえ」\n「――」\n「六十男の胞に前から懷劍を突぀立おるのは、嚘の倖にあるたい、――埡檢屍が遲れお、ただ其の儘にな぀おゐるから、念の爲に芋るが宜い」\n 䞉茪の萬䞃はそれでも先に立぀お、奧の䞀ず間に案内するのです。\n 藥草園ず藥屋ず、本道を兌ねた䞍思議な家、叀めかしい梁には䞀杯に草根朚皮の袋をブラさげ、壁際に幟぀かの癟味箪笥、銥郁たる間を拔けお、倧唐玙を二床ほど開けるず、南向きの八疊、眞ん䞭に床を敷いお、その䞊に斜぀かひに螏みはだか぀お、六十歳の壜霋、芋るからに恐ろしい入道が、胞を刺されお死んでゐるのです。\n「血が少ないな」\n 平次が最初に氣の぀いたのは、そんなこずでした。絹物の小掻卷を蹎飛ばしお、はだけた毛だらけの胞。\n「短刀を突぀立おたたゝだから、血の出も少なか぀たわけさ」\n 萬䞃は自分が非難されでもしたやうに蟯解するのです。\n「その短刀は」\n「歀處に眮いおあるよ」\n 眮床の䞊に眮いた臺の䞊に、玙に卷いお、血に塗れた女持ちの懷劍が眮いおありたす。\n「その刄物は、女持ちの華奢なものだ。嚘の忍が、母から讓られたものだずいふよ」\n「鞘は」\n「廊䞋に萜ちお居たよ、――これは間違ひのない證據だ」\n「歀處を刺せず蚀はぬばかりに、死骞の胞をはだけおゐるのは、どうしたこずだ」\n「だから嚘が䞋手人さ。間違ひはないよ」\n 䞉茪の萬䞃は劙な論理を䞻匵するのです。\n「芪分、濟たないが、䞀寞」\n 平次は折入぀た調子で萬䞃を誘ひたした、死骞の偎には八五郎を殘しお。八疊の隣りの、長四疊は、田舍家らしく雜然ずしお居りたす。\n「䜕んだえ、錢圢の」\n 䞉茪の萬䞃は、心持ち肩を聳やかせたす。ひどく反抗的にな぀おゐる暣子です。\n「この殺しは、矢぀匵り嚘の忍ぢやなささうだぜ」\n「?」\n「芪殺しでなくお、江戞の埡甚聞もお互ひにホツずしたわけさ」\n「それぢや、誰が斯んなこずをしたんだ」\n 萬䞃はひどく䞍足さうです。\n「それはただわからないが、殺したのは、お孃さんでないこずは確かだ」\n「そのわけは?」\n「死骞から刄物を拔かなか぀たにしおも、血が少な過ぎるよ。六十男ず蚀぀おも、䞈倫さうな人間の心の臟を刺しお、こんなわけはないず思ふよ。それに、自分の懷劍で芪を殺しお、その刄物をそのたゝにしお眮くのも變ぢやないか」\n「――」\n「もう䞀぀、自分の胞をひろげお嚘に刺させたずしたら、これは殺しではなくお自害だよ」\n「フヌム」\n「そんな銬鹿なこずはないから、念入りに調べお芋るず、あれは、胞を突かれる前にひどく倪いもので、絞め殺されたに違ひないず思ふ」\n「そんな銬鹿なこずが」\n 平次の話の突飛さに、萬䞃は憀然ずしお口を揷みたした。\n「芪殺しでなくお、ホツずしたよ。たア、もう䞀床よく芋おくれ」\n「絞め殺したずしおも、それは嚘でないずは蚀ひきれたい」\n 萬䞃はなほも喰ひ䞋がるのです。\n「倪い玐は怖いよ。銖には繩の跡も玐の跡もない。が、口の䞭ず、錻ず、開いた尻を芋おくれ。銖に跡の぀かないやうな、倪い玐で絞めたものだ。――そんな倪い玐で、聲も立おさせずに、倧の男を殺すのは、怖ろしい力だ。若い女の子に出䟆るこずぢやない」\n「――」\n 萬䞃は默぀おしたひたした。\n\n四\n\n「芪分、倧變ですよ」\n 八五郎は郚屋の倖からわめくのです。\n「倧變の憑き物がしお居るやうだよ、お前ずいふ人間は。䜕が始た぀たんだ」\n 平次はい぀ものこずで、腰もあげずにたしなめたす。\n「䞋手人が名乘぀お出たんだ。こい぀が倧變でなか぀た日にや」\n 八五郎はなほもわめき續けるのでした。\n「成皋、そい぀は叀枡りの倧變らしいな。誰だい、その名乘぀お出た䞋手人ずいふのは?」\n「手代の喜之助ですよ、今其方ぞ぀れお行きたす」\n ず蚀぀お眮いお、店ぞ匕返した八五郎は、二十四五の若い男、少し華奢ですが、神經質らしい男を連れお、平次ず萬䞃の前ぞや぀お䟆るのでした。\n「お前が䞻人を殺したずいふのか」\n それを迎ぞお、䞉茪の萬䞃が噛み぀きさうな顏になるのも無理のないこずでした。平次に散々蚀ひ負かされた埌で、䜕より掻きた證據の䞋手人に名乘぀お出られおは叶ひたせん。\n「飛んだこずをしおしたひたした。私が惡うございたした。どうぞ、お繩を――」\n 喜之助は蚀ふこずもしどろもどろに、倧の男のくせに泣きじやくるのです。\n「考ぞお物を蚀ぞ、䞻殺しは磔刑だぞ」\n「ぞ゚」\n さう蚀ふ党身が朚の葉のやうに顫ぞるのを、唐玙に぀かた぀お、必死ず我慢しおゐる暣子でした。\n「わけを蚀ぞ、䜕んで䞻人を殺す氣にな぀たんだ」\n「お孃暣ずの間を疑がはれお、明日にも远ひ出されるこずにな぀お居りたした」\n「疑はれ――ず蚀ふずころを芋るず、お前はただお孃暣ず出䟆おゐなか぀たのか」\n 八五郎が暪から逘蚈な口を出したす。\n「ぞ゚、附け文を萜しお、それを䞻人に拟はれおしたひたした。䞻人はあんな颚ですから、カンカンに腹を立おお、䞉幎越し溜めお䞻人に預けおある絊金を、䞀文も返しおくれずに、裞で远ひ出しおやるから芺悟をしろず、昚日蚀ひ枡されたばかりで」\n「䜕んず蚀ふ間拔けな面だ」\n 䞉茪の萬䞃は唟でも吐きかけたい暣子です。\n「私は腹立ち玛れに、䞻人の郚屋に忍び蟌み、床から拔け出しお寢お居るのを、䞀ず思ひに刺したした。その時は倢䞭でしたが、朝にな぀お、お孃暣が、芪殺しで瞛られるず、私はもう――」\n「どうした」\n「お孃さんが芪殺しの眪で、磔刑になるず知぀おは、私の身がどうあらうず、默぀おはゐられたせん。お願ひでございたす、芪分方。お孃暣は䜕んにも埡存じありたせん、繩を解いおあげお䞋さいたし。た぀た䞀ず目、今生の別れに、お孃暣の顏を芋れば、私はもう、磔刑柱に抌しあげられおも、怚みはございたせん」" } ]
[ { "role": "system", "content": "䞋蚘の曞き盎しを最埌たでやり遂げお、芋事な文曞を䜜成しおください。" }, { "role": "user", "content": "―――さあ、䞀分始終は只今申し䞊げた通りですが、その僧ははんかいの方を向いお、さぞ無念に思し召すでしょう、いかようにも愚僧を殺しお䞋さいたし、身をずた〳〵に斬っお䞋すっおも曎にお恚みずは思いたせぬ、たゞし愚僧をお斬りになったら、あの䞊のおん為めには华っお業因をお䜜りになるようなものかず思いたす、呜が惜しくおかようなこずを申すのではないこずは、䞉宝も埡芧になっおいらっしゃるでしょう、兎に角申し䞊げおしたったからには、どうなりずもお蚈らいにお任せしたす、ず、そう云っお衣の袖をしがるのであった。その時糟屋の入道が云うのに、たずい尋垞の発心であっおも互にこう云う姿になっお䜕の憎しみがありたしょう、たしおあの人故の埡発心ず聞きたしおは、殊曎おな぀かしい気がいたしたす、今こそ思いあたりたしたが、あの人は菩薩の化身なのです、あゝ云う女人の姿に顕われお無瞁のわれらを救っお䞋さる倧慈倧悲の埡方䟿かず思いたしたら、ひずしおあの頃のこずが忘れがたく芚えたす、あんなこずでもなかったらどうしお私たちは浮䞖をいずい、無為の楜しみを享けるのは憂いの䞭のよろこびであるず云う道理を悟るこずが出来たしょう、今日より埌はきっず埡同心いたしたす、返す『〵も嬉しゅう存じたす、ず、これもそう云っお墚染の袖を濡らすのであった。\nさおもう䞀人の僧を促しお、発心の由来を承りたいず云うず、やはり幎老いた入道で、衣の砎れたのに䞃条の袈裟をかけお看経しおいたが、道行に痩せお顔の色は黒く、哀れなさたをしおいるものゝ、さすがに由緒ある人の果おなのであろう、たこずの道者らしい颚采で、こくり〳〵居眠りをしおいたのを、「今床はあなたにお願いしたす」ず云っお揺り起しお責めるず、かた『〵の埡発心の暡様を䌺いたすのに、䜕ずも申しようもありたせぬ、前䞖の宿執かず思われたす、私の遁䞖はそれ皋の仔现がある蚳ではなく、お話し申しおも栌別面癜くもありたせんが、二人の方がお話しになったのに私䞀人が申し䞊げないのも倱瀌ですから、工倫の暇が惜しいず思いたすけれども、委现を聞いお戎きたしょうず云いながら、しずかに䞋のように語り出した。―――\n\n例\n\nわたしは河内の囜の生れで、楠の家ずは䞀族になりたす篠厎掃郚助ず申すものゝ䞀子、六郎巊衛門ず申すのです。芪にあたっおおりたした者は正成のために随分ず重く甚いられお䞀倧事の盞談にもあずかり、萬事を取りしきっおいたしたので䞀門のあいだにも名を知られ、䞖間にも聞えおいたしたが、正成が蚎死したしたずきに䞀所に腹を切りたした。そのゝち正行が跡を継いで遺族のものを疎略なくあ぀かっおくれたしたから、私どもゝ倧切に勀めおおりたすうち、その正行もやがお蚎死するようなこずになりたしお、四条瞄手のたゝかいの折には私も䞀所に蚎たれたしたけれども、どう云う蚳か䞍思議に敵の県に附かず、銖を掻かれなかったので、少しの息の通っおいたしたのを知っおいる法垫が芋぀け出しお、或る所ぞ担いで行っお、看病をしおくれたしたおかげで、死ぬ筈の呜が助かったのです。さおそれから今の楠正儀が䞖継ぎをいたし、私の芪をたさしげが扱っおくれたず同じように倧事に扱っおくれたしお、互に頌みに思いながら暮しおいたしたが、䞖間の噂では、その正儀が足利殿ぞ降参をするずか、するらしいずか申したすので、以おの倖のこずだず思い、これ〳〵の噂がありたすけれども、たさかほんずうではないのでしょうね、それずもそう云うお考えがあるのですかず、楠に逢っお尋ねたすず、あたりにお䞊のなされかたが恚めしいず思うこずがある、それで実はそんな考えにもなったのだず申すのです。わたしはその蚀葉をきゝたしお、君をお恚み申すのなら我が身を捚おゝ遁䞖なすったらよいでしょう、そうしおこそお恚みず云うこずも道理にきこえたすけれども、足利殿ぞ出仕をされお朝廷ぞ匓をお匕きになるのでは、君の埡運がお盡きになったのをお芋限り申したのだ、身を立おるために降参をしたのだず䞖間の人は申すでしょうから、ゆめ〳〵そんなお考えは思い止たっお䞋さい、いったい歀れ皋のこずをおきめになるのだったら、お圹に立たない迄も私ず云う者がおりたすのに、䜕のお話もなかったではありたせんかず云いたすず、それはそうだが、埡分に話したらどうせ気に入るたいず思っお隠しおいたず申されたすので、さあ、そこのこずです、私に気に入らないこずがお分りになるなら、諞人の嘲りず云うこずにも気がお぀きになるでしょう、䞀代ならず宮方のおんために蚎死をしお名を埌代に揚げようずはなさらず、埡分の代になっお未緎のふるたいをなさるず云うのは、くちおしいではありたせんか、ぜんたい䜕のお恚みがあるず云うのです、今の拝領をどなたの埡恩だずお思いになりたす、君、君たらずずも、臣を以お臣たりず云う叀の人の蚀葉もありたす、どうぞ考え盎しお䞋さいず云いたしたけれども、その埌ずう〳〵䞊掛をされお、東寺で管領に察面されたず聞きたしたので、もうこうなっおは君の埡運も盡きたのだ、私䞀人の力でははか『〵しい働きも出来ないし、そうかず云っお䞀所に降参をする気にもなれないし、これこそ善知識だず思っお、その折遁䞖しおしたいたした。" }, { "role": "assistant", "content": "それから河内の囜篠厎の故郷をあずに立ち出でたしたずき、䞉぀になりたす女の子䞀人ず、男の子䞀人ず、郜合二人の子に、劻なる女がおりたしたのを振り切っお出たした折の心地は、さすがに倚幎のよしみず申し、名残おしさはどれほどか知れたせんでしたけれども、きれいさっぱり䞖を捚おるのだず思いきわめお、やがお関東ぞず修行をこゝろざし、束島の寺に䞉幎おりたしお、次には北囜を廻りたしたが、ずおも、自分のような半出家の者は囜々を歩いおどのようなずうずい知識にも逢い、結瞁をも願い、そのあいだには名所舊跡を芋お胞のうちを慰めよう、それにたた、どうせい぀たでながらえられる憂き䞖の䞭ではないのだから、歩き倒れお死ぬずころたで行っおみようず決心したしお、西囜をさしお䞊りたすうちに、䞍思議な瞁で河内の囜を通りたしたので、今頃ふるさずの篠厎はどんな有様になったであろうず、昔の通の堀のほずりぞ立ち寄っおうかゞっおみたすず、築地はあっおも屋根は厩れおおりたすし、門はあっおも扉は倖れおおりたすし、庭には草が深く繁っお、家ず云う家はあずかたもなく壊れおしたい、わずかにあやしい賀の庵が二぀䞉぀残っおいるだけで、それさえ雚颚をしのげそうにも芋えないのです。私はそゞろに県もあおられない思いがしお、涙を流しお通り過ぎようずしたしたが、ふずそのあたりにいやしい身なりをした䞀人の尉が田を打っおいたすのを芋お、これに聞いたら以前のこずを知っおいるだろう、尋ねおみようず思いたしお、もし、尉どのよ、こゝは䜕ず云う所ですかずきゝたすず、尉は着おいた日笠をぬいで、篠厎ず申す所ですず答えるのです。では䜕ず云う方の埡領分ですかず、かさねおきゝたすず、篠厎殿の埡領分ですず云いたすから、さおは私の䞀族のこずを知っおいるなず思いたしたので、田の畔に腰を䌑めお、それずなく話しかけたしたずころが、尉も鍬を杖に぀きながら、こゝの埡領分を持っおいらしったお方ず云うのは、もずは篠厎掃郚助どのず申しお䜕事にも人にすぐれおいらしっお、楠殿も倧切に思し召し、埡䞀族のうちでも取り分け頌みになすっおいらしったのですが、その埡子息の六郎巊衛門どのず云うお方の代に、楠どのが京方ぞ降参なすったのをお恚みになっお遁䞖なされたぎり、䜕凊ぞおいでになったのやら今におん行くえも分りたせぬ、圓時は北囜にいらっしゃるずも聞きたすし、埡他界なされたずも云いたすけれども、これず申すたしかな䟿りがあった蚳ではないのです、ず、そう云っお涙をながしたすので、私も涙をおさえながら、そしおおん身は身内の人ですか、それずも埡領分の人ですかず云いたすず、歀の尉は幎頃埡領分の䞭に䜏んで癟姓をしおおりたす者です、六郎巊衛門殿が埡遁䞖なされおからは、圓所は荒れお、宮仕えをする者が䞀人もなくなっおしたいたしたから、わたくしなぞは数ぞも入らぬ詰らぬ身分ではありたすけれども、埡台や埡公達のおんありさたを拝みたすに぀け、あたりおいたわしゅう存じたすので、自分の仕事を打ち捚おゝ、歀の五六幎のあいだ埡奉公をいたしおおりたす、六郎巊衛門殿の埡遁䞖の折、䞉぀になっおいらしった姫君や幌い若君を振り捚おゝお出たしになったので、二人のお子を、母埡がずかく苊劎をなすっおお育おになっおいらっしゃいたしたが、歀の䞊さたもあかぬ別れの思いをなすっお、そのおん歎きが積ったせいでもありたしょうか、ずう〳〵病人におなりになり、去幎の春ごろからおわずらいになっお歀の皋じゅうは食事を絶やしおいらしったのが、あえなく埡他界なされおから今日で䞉日になるのです、それに぀けおも埡公達のおん悲しみはどれほどでしょうか、はたで芋おおりたすわたくしでさえ県もくれ心も消えるばかりに思われたす、あれ、あすこを埡芧なさいたし、あれに芋えるあの束の䞋にお埋め申しおあるのですが、おさない方々は毎日お二人しお泣く〳〵荌毘所ぞお参りになりたす、きょうもお䟛をいたしたしょうず申したしたら、いや、きょうは䟛をしおくれずずもよいず仰っしゃいたしたので、こうしお人なみに田を打っおおりたすものゝ、これずおもわたくしの身のためではありたせぬ、埡公達のおん行末を考えたしたら、おいたわしくおなりたせんので、あの方々のお䞖過ぎのために田を打っおおりたす、そんな蚳で歀の尉の事をお打ちお打ちずお呌びになっお、お打ちでなければ倜も日も明けぬように頌りになさるものですから、わたくしもどんなに有難く勿䜓なく思っおおりたすこずか、今日もお垰りがおそいのを案じおあの束の方ばかり芋守っおいたすので、田を打぀こずも䞀向に身にしみたせぬ、ず、そう云っおさめ『〵ず泣くのでした。わたしはあたり䞍䟿に思い、こう云う賀しい男でもこれほどのなさけは知っおいるものを、自分は䜕ず云う邪慳なこずをしたのだろう、この私こそその六郎巊衛門入道なのだず名のっおやろうかず思いたしたが、いや〳〵それでは長の幎月の修行が無駄になっおしたうず考え盎しお、たあ、ほんずうに有難い事です、䜕凊の䞖界に尉殿のような志の人があるでしょう、あゝ、お気の毒な、䞖の䞭にこんな哀れなこずがあるでしょうか、そのいずけない人たちのおん歎きを思いやっおは、䜕ずも申しようもありたせぬ、愚僧も実はそれほどの事迄はありたせんけれども、それによく䌌た思いをしたこずがあるのです、䜕より頑是ない人の父や母におくれたのほど悲しいものはありたせぬず申しお、ころもの袖を顔にあおゝ泣きたすず、さおはお僧も昔そう云う思いをなさいたしたのですかず、䞀所になっお声も惜したず泣くのです。暫くたっおから私は、尉どのよ、歀れから埌もきっず芋攟さないようになさいよ、どんなに父埡や母埡が草葉の蔭でうれしく思っおいらっしゃるか知れない、いずれは尉殿の子息に報いお来お、末は必ずめでたいこずがあるに違いありたせぬ、かえす『〵もそのおさない人達をいずおしんで䞊げたら、䜛神䞉宝も尉殿をお守りになるでしょう、ではもう日も暮れたすから、これでお暇したすず云っお、立っお行きたすず、はる『〵ず送っお来お、ねんごろに語り぀ゞけたりしたしお、䜕に぀けおも泣いおばかりいたすので、私も涙をせきあえずに、尉どのよ、もうよいほどに垰っお䞋さいず申したら、よう〳〵戻っお行くのでした。それから少し歩いおみたすず、成る皋ずある束の朚の䞋に人を荌毘した所がありたすので、じっずこらえお䞀旊は通り過ぎたしたものゝ、又心を返しお思いたすのに、発心をしお家を出た時こそ劻子を振り捚おゝ行ったけれども、今は死んでから䞉日にあたっおいる、その荌毘所を芋ながら行き過ぎおしたうず云うのは無道ではないか、知らなければ仕方がないが、たた〳〵法垫の身ずなっお通りかゝったのに、陀矅尌の䞀遍も回向しないのは邪慳ず云うものだ、その䞊䜛の利益にも背き、亡者の恚みもあるであろう、これは垰った方がよいず悟っお、戻っお来お芋たしたら、朚かげに二人の幌い者がうずくたっおいるではありたせんか。あれこそ我が子よず思いながら、䞊たちはどうしおこんな所にいらっしゃるのですかず尋ねたすず、その返事はしないで、あゝ嬉しいこず、今日はお母さたがお亡くなりになっお䞉日目になるものですから、今わたしたちはこゝでお骚を拟っおいたしたら、ちょうど折よく埡僧がお通りになったのです、ほんずうに嬉しゅうございたす、恐れながら、お経を遊ばしお䞋さいたすなら埡利益でございたすがず、掻き口説きたすので、その時の思いはさらに倢ずもう぀ゝずも、たずえようもありたせなんだが、蟛くも気を取り盎しおその幌い者たちを぀く『〵ず芋たすのに、姉は九぀、匟は六぀になっおいたしお、さすがに䞋の子䟛には䌌ず、すがたかたちもいたいけなさたをしおおりたす。芪子恩愛の道ですから、すぐにも抱き぀いお父よず名のろうず思う心は癟たび千たびも起りたしたけれども、いや〳〵、そんな匱いこずでは今たでの難行苊行が無になっおしたい、䜛道に入るこずも出来なくなろうず、怺えおいたした぀らさを、どうぞ思いやっお䞋さいたし。さお子䟛たちのするこずを芋おいたしたら、玉の手箱の蓋の方を姉が持ち、懞子の方を匟が持っお、誰が教えたのか、竹ず朚の箞で骚を拟っおおりたす様子に、なおさら蚀葉のかけようもなくおたゞ泣かされおしたいたしたが、はる『〵時がたっおから、䞊たちはただ幌くおいらっしゃるのに埡自分たちで骚を拟っおおいでになるのは、倧人の方がいらっしゃらないのですかず云いたすず、わたしたちのお父さたは遁䞖をなされおお行くえが分らず、そのゝちは䞋男のじいやが䞀人で䞖話をしおくれるのですけれど、今日は䟛にも連れお参りたせんでしたず云っお、それきりあずは物をも云わずに涙を咜んでいるのです。わたしは陀矅尌を読もうにも声さえ出ず、なたじ故郷ぞ立ち寄ったのがくやしくなっお我が身を恚めしく思いたしたが、そうしおいたしおは果おしがないので、よう〳〵読み終った時でした。時雚がさっず降っお来たしお、朚の葉の露が涙のように萜ちたしたのを、姉が芋ながら、功に物を教えお䞋すった方ず云うのは京のお人で、぀ね『〵申されたしたのには、和歌の道はどんな恐ろしい鬌神をも和げ、なさけに疎い人をも動かし、䜛も受玍しお䞋さる、女の身ずしお和歌のたしなみがなかったら浅たしいこずだず仰っしゃいたしたので、わらわも䞃぀になりたした歳から、型のような文字を連ねたす、それで只今も歀のようなのを䞀銖思い぀きたしたず云っお、\n\n草朚たでわれを哀れずおもひおや\n 涙に䌌たる぀ゆを芋すらん\n\nず、口ずさむではありたせんか。それを聞いおは匷い芚悟も倱せ果おゝ、露霜ならばずうに消えおもしたいそうな心地がしたしお、もう〳〵今は包み隠しおいられようか、私こそはそなたの父の六郎巊衛門入道だよず云おうずしたものゝ、なか〳〵、歀凊が倧事なずころだ、折角幎ごろ思い立っお䞖を捚おた身の、今日ず云う今日、子ず云う銖枷を担っおなるものか、そんな料簡を起すず云うのは腑甲斐ないにも皋があるず、自分で自分の心を耻じしめお、それから申したすようは、よくもお詠みになりたした、たこずにお道理至極の歌です、神や䜛もさぞかし哀れず思し召すでしょうし、お父さたやお母さたも草葉のかげでどんなに感心なさるでしょう、わたくしのような卑しいものでも涙がずめどなく誘われお来るくらいですから、やがお心ある人がお聞きになっおお胞の䞭を思いやらずにおりたしょうか、只今歀凊を通り合わせおこんなお痛わしいずころを芋たすのも、思えば前の䞖の玄束かも知れたせぬ、それに぀けおもお別れしにくう存じたすけれど、いっそお暇申したすず云っお立ち䞊りたすず、仰っしゃる通り、䞀暹の蔭に宿りたすのも、䞀河の流れを酌みたすのも、皆他生の瞁ず聞いおおりたす、又い぀の䞖にお目にかゝるこずが出来たしょうやら、かえす『〵もお名残惜しゅう存じたす。殊曎お経を遊ばしお䞋さいたしたのは䜕ずお瀌を申しおよいか蚀葉にも盡されたせぬず、姉がそう云っお袂を顔に抌しあおゝ泣きたすので、匟の方も、ただ聞き分ける歳頃ではないのですが、姉に取りすがっお身もだえしながら泣くのです。その時ひずしお心も消え、県もあおられない思いがしたしたのを、これしきの事は腹を切るのも同じこずだず芳念したしお、歩き出したすず、い぀迄も歀方を芋送っおおりたす様子に、私の方でも振り返り〳〵行きたしたずころが、子䟛は母の骚を箱の蓋に入れお、それを持ったたゝ我が家の方ぞは垰ろうずせずに違った方角ぞ行くものですから、又気にかゝっお戻っお来たしお、そなたゝちは䜕凊ぞおいでになるのですず聞いおみたしたら、これからほうにん寺ず申す埡寺ぞ参りたす、そこの埡寺に郜から尊い䞊人がお䞋りになっおいらしっお、䞃日の埡説法がありたしお、今日はもう五日になりたす、みんながお詣りに行きたすから、わたくしたちもお詣りをしお、埡聎聞申し、歀のお骚を玍めようず存じたす、ず、そう云いたすので、さおも〳〵、幌いのによくお気が附かれたす、母埡が圌の䞖でどれほどおよろこびになるでしょう、そしおほうにん寺ず申すのは歀凊からどのくらいあるのですか。どのくらいあるのか、ただ行ったこずはありたせんが、倧勢の人のあずに぀いお参ろうず思いたす。それならどうしおお䟛の人を連れおおいでにならないのです、あたり無甚心ではありたせぬか、明日でもじいやをお連れになっおお詣りなさったらよろしいのにず云いたすず、姉が答えお、歀のあいだじいやに連れお行っおおくれず申したしたら、いずけない方がそんなこずをなさらずずもようございたすず叱られたしたものですから、今日たでお詣りが出来たせんでしたず云いたすので、そう云う蚳ならわたくしがお䌎い申したしょう、そしお䞊人をも拝み、結瞁をも願いたしょうず、䞀所に぀いお行きたすず、その道すがらも姉はいろ〳〵ず物語りしたしお、お父さたが生きおいらっしゃればちょうど埡僧ず同じお幎頃なのですが、どう云う眪の報いであろうか、浅たしいこずに、お父さたには生きながら別れ、お母さたには死に別れおしたいたした、せめおもう少し成人しおからのこずならば、おん面圱が身に添うお淋しい時の心の友になりたしたろうに、恚めしいお父さたのなされ方ですず、又しおも泣きながら口説きたすのを、匟が聞いお、お父さたは䜛におなりなさったのだずい぀もお母さたが仰っしゃったではありたせんか、そんなにお泣きになるものではありたせんず、いじらしいこずを申したすものですから、それを聞かされる私の心は埌先も分らぬ闇にずざゝれ、行く手の道も県に芋えぬような気がしたした。そのうちにだん〳〵埡寺が近くなりたすず、なるほど倧勢の参詣人が埌から〳〵ず぀ゞいお来るのです。それず申すのは、䜕でもその埡寺は聖埳倪子の埡建立で元匘建歊の動乱の折に所領も䜕も倱っおしたい、お堂もすたれおいたしたのを、今床楠の䞖になりたしお所領を元の通りに返し、砎れたお堂を修理した䞊に、京郜から劙法䞊人に来おいたゞいお䟛逊をするこずになりたしたので、その噂を聞き䌝えお諞所方々から集っお来る貎賀の人が袖を぀らね、道俗男女が垂をなすばかり。埡寺の境内は申す迄もなく、近所の朚の䞋かやの䞋たでもおびたゞしい人数が充ちあふれお、茿、ちりずり、鞍を眮いた銬などが幟千萬ず云う数を知らず、凡そ其の日の矀衆ず云ったら、歀のあたりの䞉箇囜の人々が寄っお来たのだず申すこずでした。そう云う混雑の折柄ですから容易に子䟛たちは䞭ぞ這入れそうにもありたせんので、どうするだろうず芋おおりたすず、お頌み申したす、これは䞊人にお目にかゝりに参った者ですず、声をかけながら人ごみの間を抌し分けお進んで行くのですが、諞神諞䜛も憐れみを垂れお䞋さるのか、䞍思議なこずに、その子䟛たちの通るずころは自然ず人波が巊右に分れお道を開いお行くのです。それからなおも芋おいたしたら、二䞉人ばかり人を隔おたあたり迄来たしお、姉が手箱の蓋を、䞊人の埡前にさしおいお、䞉床瀌をしお、掌を合わせおうずくたりたすのを、䞊人はしげ〳〵ず埡芧になっお、そこにおいでの幌い人は䜕凊のお方ですかずお尋ねになりたす。はい、これは楠の䞀門の、篠厎六郎巊衛門の子䟛でございたすが、父になりたす者は、わらわが䞉歳の時、楠殿ず仲違いをしたしお、䞖を遁れお、今に行くえが知れないのでございたす、歀の皋はお母さた䞀人に添いながら、浮䞖を明かし暮らしおおりたしたのに、有為無垞のならいの悲しさは、そのお母さたにさえ先立たれお、今日で最早や䞉日になりたす、お骚を拟う人もございたせんものですから、匟ず二人で拟いたしお、歀の箱の䞭に入れたしたけれど、䜕凊ぞお玍めしおよいのやら分りたせんから、䞊人にお願い申そうために歀れたで持っお参りたした、どうぞいかなる所ぞでもお玍めなされお、お母さたが早く浄土ぞ行かれたすように回向をなされお䞋さいたしたら、ひずえに埡利益に存じたす、ず、そう述べる蚀葉を黙っお聞いおいらしっお、暫く䞊人は物も仰せられずに、限りなく埡萜涙なされるので、聎聞の人たでが、遠くにいる者も近くにいる者も、䞀床に袖を濡らすのでした。するず姉はたた袂から䞀぀の巻物を取り出しお埡前ぞ眮きたす。それを䞊人がお取り䞊げになっお声高らかにお読みになりたす。その文句に耳を傟けおいたすず、それ人間のさかいを聞けば、閻浮の衆生は呜䞍定なりずは申せども、成人するたで芪に添う人の子倚く候ものを、劂䜕なる宿執の報いに䟝っお、我等䞉歳の時父には生きおの別れ、母には死しおの別れずなりぬらん、今は早や頌む方なくなり果おゝ迷いの心は晎るゝ日もなく、思いの煙は胞を焊がし、悲しみの涙也く間もなし、我が身のようなる人しあらば、憂いの道を語り慰むすべもあるべきに、たどろむ隙もなき皋に倢にだにも逢い奉らず、身に添うものはあるかなきかのかげろうばかり、僅か䞉日を過したるだに思いは千幎萬幎を暮らすに䌌たり、たしおや行く末の悲しきこずはいかばかりぞや、露の呜、幟秋をか保぀べきずも芚え候わず、かように孀児ずなり果おんよりは、たゞ願わくは、我等二人をあわれみ絊い母諞共に䞀぀蓮のうおなに迎え絊え、ず、そう曞いおある埌に、こざかしくも幎号や日附たでも蚘しお、奥に䞋のような歌が添えおあるのです。" } ]
[ { "role": "system", "content": "䞋蚘の曞き盎しを再開しお、プロフェッショナルな文曞を䜜成しおください。" }, { "role": "user", "content": " 湖心に県があった。青空を映し、空に流るる癜雲を映しお、悠久に柄みきり、他意なかったが、それがずもするず、田宮の県ず䞀぀になった。田宮の県が湖心の県の方ぞ合䜓しおゆくのか、湖心の県が田宮の県の方ぞ合䜓しおくるのか、いずれずも分らなかったが、そうなるず、県の䞭がさらさらず揺いで、いろいろな人事物象が蘇っお芋えた。\n それらの人事物象から、田宮は遁れる぀もりだった。意識的に遁れる぀もりだった。そしおこの山奥の湖畔に来た。だが、どうしお、すっかり遁れきるこずが出来なかったのか。どうしお、先方から远っかけお来たのか、こんな凊たで。\n 歀凊、奥日光の䞞沌枩泉。䞊越線の沌田駅から十二里。バスで、畑䞭の道を走り、峠を越しお、片品川の岞に出で、川を遡り、鎌田町から右ぞ切れお、枓流ぞいに進み、癜根枩泉を過ぎおからはもう人家はなく、山道を䞊り䞊っお、䞞沌湖畔に蟿り぀き、その東偎を廻っお行くず、北岞に枩泉ホテルがある。建物は豪壮だが、林間の党くの䞀軒家だ。\n このホテルから、䞞沌湖岞を元ぞ半廻しお、山道を䞊っおゆくず、菅沌湖に達する。湖の東岞に、山の家ず称する山小屋があり、その傍にテント村の蚭備がある。それから先は車の通らない歩道で、金粟峠を越しお奥日光の湯元枩泉に至る。\n 田宮は䞞沌の枩泉ホテルに身を萜着けた。透明な湯に浞り、朝倕二床の食事に少量の酒を飲み、湖畔を逍遙した。四方の山々、奥深い原始林、なだらかな湖面、すべおが静謐だった。埀々にしお、リュックを背負った旅人やバスに出逢うず、実に思いがけない感じで、はっずさせられた。虚心が乱されたのだ。それを静めるために、湖氎を眺めおいるず、その湖心に県があった。それも果しお、湖心の県か、或いは圌自身の県か。その県には、過去に葬った぀もりのものが芋える。\n 湖畔の雑草のなかには、黄色の花がたくさんあった。それが、山吹の花の色に通じおくる......。\n 綟子が病床にある時のこずだった。二月の半ばから寝぀いお、軜い腹膜炎ずのこずだったが、それがなかなか癒らなかった。初めはおずなしく寝おいたが、長匕くに぀れお、さすがに気持の焊れが出お来たらしかった。\n「あたし、い぀癒るかしら......。」\n ぜ぀りず蚀っお、父の田宮を瞋り぀くようなたた蚎えるような県で芋䞊げた。\n「そうだなあ......。」\n 綟子の芖線を避けお、障子の腰硝子から庭に県をやるず、その片隅に、䞀叢の山吹が薄緑の若葉を぀けおいた。\n「あの山吹の、花が咲く頃たでには、癒りたすよ。きっず癒る。」\n「山吹......。」\n そう呟いお、匱々しく頬笑んだ。\n 然し、その山吹の花が咲いおも、花が散っおも、綟子の病気は癒らなかった。ばかりでなく、次第に悪化しおいった。圌女は山吹の花のこずをもう二床ず蚀い出さなかった。田宮の蚀葉に垌望を繋いではいた筈なのに、花が咲きそしお散っおゆくのを芋ながら、䜕ずも蚀わなかった。内心では、諊めの念が濃くなっおいったのであろうか。\n 愚痎䞀぀こがさず、癒るかずも癒らないかずも聞かず、静かに寝おいた綟子の姿が、山吹の花の黄色に通う湖畔の雑草の花に、湖心の県を通じお定着するのだった。そしおその凊眮に、田宮は迷った。\n 倕頃になるず、西の山の端に没した倪陜の残照が湖面に流れるこずがあった。氎面ずも氎䞭浅くずも぀かず、ゆらゆらちらちらず、その残照はしばし挂い、そしおあちこちに小さく別れお、次々に消え倱せおいった。矎しくもあり儚なくもあった。\n だが、その残照の消えがたに、いやなものの姿も芋えた。氎面すれすれの氎䞭に、ちらず芋えた。\n やはり綟子の病䞭だった。仔猫、ずいっおも、もう可なり倧きくなっおる赀毛の猫が、どこからかやっお来た。迷ったのか捚おられたのか、ずにかく野良猫ではなかった。それが庭で䜕か食べおいた。よく芋るず、家に飌っおる猫の䞀匹が吐き出した食物だ。猫ずいうものは、始終䜓の毛を嘗めるので、その毛が胃袋にたたるず、草の葉や笹の葉を呑みこんで自ら胃袋を擜ぐり、飯粒などず䞀緒に毛を吐き出すこずがある。その飯粒の塊りを、倖来の仔猫が食べおいた。もずもず、毒物ずか病気ずかのために吐いたのではないから、害になるものではないが、それをむしゃむしゃ食べおるずころは、浅間しくもあり穢ならしくもあった。きっず空腹だったのだろう。\n 田宮はいやな気がしお、その仔猫を竹箒で远っ払おうずした。ずころが図々しい猫で、箒の先で぀っ突いおもなかなか逃げようずしなかった。図々しいずいうより寧ろ、だいぶ衰匱しおるようだった。それを無理やり、埀来の方ぞ远い出した。\n それから暫くするず、その仔猫が、こんどは物眮の屋根の䞊に登っおいた。田宮は腹を立おお、物干竿で叩き萜しおやった。猫は鳎きもせず、逃げもせず、地面に蹲たっおしたった。そこぞ女䞭が来お、猫を竹箒の先で掃き去るようにしお、埀来の可なり遠い所ぞ远っ払っおくれた。\n それは倕方のこずだったが、その翌日、甚達しから垰っお来た女䞭が蚀うのには、あの仔猫が焌跡の路傍にしゃがんでいたそうである。それを聞いお、田宮は眉根をしかめた。\n 仔猫はおそらく、䞀晩䞭、その蟺にじっずしゃがんでいたのだ。家にも入れお貰えず、食物も䞎えられず、しょんがりず䜕かを埅ちながら黙りこんでじっずしおいたのだ。いったい、䜕を埅っおいたのであろうか。そしおい぀たでそうしおいるこずであろうか。\n その仔猫の姿が、はっきり脳裡に浮んだ。今もたた、湖面の残照の䞭に蘇っおきた。浅間しいずいうよりは、哀れな悲しい姿だった。\n 田宮自身、この倧自然の䞭にあっおは、哀れな悲しい者ず自ら思われた。ホテルの暪手に楡の喬朚の林があり、その䞭に螏み蟌むず、ただほろ寒かった。盛倏でも気枩二十床以䞊には昇らないずいう土地の故ではなく、空を蔜う欝蒌たる森林の気に圧せられお、自分自身が卑小に卑小に感ぜられた。その林から出お、たた湖畔の道を蟿りながら、あたり芋銎れない暹朚、桂だの沢胡桃だのを探しあおおも、感興は湧かなかった。湖に泚ぐ枓流の音はかすかであり、小鳥の声が時には聞えおも、その姿は芋えなかった。\n 人の䞖の営みが、すべお埮小に芋えた。そしおここには、䞀皮の哲人めいた若者がいた。\n 䞞沌ず菅沌の間、トラックの通る本道を行けば盞圓の距離がある。だが、近い裏道が開けおいた。金粟峠の麓、菅沌湖畔の山の家の所から、小舟に乗っお湖を突っ切る。巊手遙かに日光奥癜根の秀峰を仰ぎ、右手の岬の先端に聳えおる八角堂の廃屋を眺め、湖の胎䜓に出お、それから南岞に䞊る。ここから䞞沌の東岞たで、枓流沿いに急峻な坂道を䞋るのである。ここの所を、俗に八䞁滝ず呌ばれおいる。旧道皋で八町の距離。枓流は菅沌の氎が䞞沌に泚ぐもの。戊時䞭はここに小さな氎力発電所があった。菅沌ず䞞沌ずの氎䜍の差は䞉癟メヌトル近くあり、その氎が僅か八町の距離で流れ萜ちるのだから、至る所に急湍を䜜り、八䞁滝の名がある所以だ。\n 菅沌にも䞞沌にも、鯉や鮒の類が䜏み、鱒が攟流しおある。鱒の逊殖所は䞞沌の遙か䞋方にあっお、虹鱒ず姫鱒の二皮。産卵期が春ず秋に分れおるので、雑皮になるこずはない。\n この攟流の鱒を捕るのは、䞻ずしお、菅沌の山の家の近くだった。菅沌は氎深く幜寥で男性的だが、山の家の近くは、氎がわりに浅く、地勢が明るく開け、逌食も倚いずみえお、鱒がよく寄り぀く。そこに網を匵り、たたは釣りを垂れる。\n 鱒捕りの技術者ずしお、䞞沌ホテルに䞀人の若者がいた。たいおい雚合矜をたずい、魚籠をさげお、朝食埌出かけおゆき、八䞁滝の急坂を登り、菅沌尻から小舟で山の家たで挕いでゆく。それから雑甚をしたり、鱒を捕ったりしお、倕刻、同じ道筋を垰っおくる。それが殆んど日課だった。\n 鱒はたくさんは捕れなかった。けれども、ホテルで充分の接埅をしなければならない賓客がある堎合など、名物の魚を欠かしたくないので、それが䞍足するずマネヌゞャヌは困った。そしお若者に、䜕ずかならないかず小蚀亀りに蚀うのだった。若者は泰然ず答えた。" }, { "role": "assistant", "content": "「思うようになりたせんよ。こずに、あのキャンプ村が出来おからは、どうも......。」\n 山の家のそばには、キャンプ堎が出来るず共に、貞ボヌトが数隻䞊んだ。元気のいい青幎たちがそのボヌトを乗り廻しお、鱒網を砎損するこずが倚いばかりか、時によるずわざわざ網を匕き揚げお、鱒を取ったりするこずがあるらしい。それを若者は平気で芋遁しおいた。そしおやはり平然ず、毎日のように山の家たで埀埩しお、獲物が倚かろうず少なかろうず、網を匵っおるのだった。\n 冬期は雪が深くお、ホテルも閉鎖し、䞀同山を䞋る土地なので、若者がその期間に䜕をしおるかは䞍明だが、ホテルが開かれおる間、圌はただ黙々ずしお己が仕事をやり続けおるのだった。䜕を考えおるのか、䞍平も野心も圱さえ芋えず、倧自然ず同様に萜着き払っおいた。\n この、哲人的颚栌を通しお芋るず、䞖の人の営みはたこずに卑賀だった。\n 綟子の病気の頃、田宮の家には若い女䞭が䞀人いるきりで、手䞍足だったから、臚時に、通勀の女䞭を探すこずにした。あちこち頌んでみるず、案倖に幟人も芋付かった。それがたいおい、六十歳前埌の婆さんなのだ。朝倕の食事は先方の自宅ですたしお、午前八時頃から午埌五時頃たで働いおくれる。田宮の愛人の久子が、䞀日おきぐらいにやっお来お、病人の䞖話や家事をみおいた。\n 久子の蚀うずころによるず、それらのお婆さんはみな、家庭的に䞍仕合せなひずばかりだった。\n そのうちの䞀人、Kさんずいうのは、ちょっず埗態の知れないひずだった。幎は䞃十に近く、髪は半癜で、顔䞭皺だらけだが、背が高くお頑䞈そうだった。也物問屋のワカメ束ねだの粟米所の麻袋繕いや飯焚きだのに働いたこずもあるそうだ。だが、蚀葉は䞁寧で、料理の心埗も倚少あった。\n 家には、息子倫婊がおり、Kさんの亭䞻はぶらぶら遊んでいお、孫の守りをしたり手内職をしたりしお、晩に䞀杯の晩酌をするのが楜しみだそうだった。Kさんは煙草が奜きで、田宮の吞い殌たでも貰っお吞った。働きかたがずるくお、目に芋えるずころは蚀われた通りに片付けるが、芋えないずころは手を抜いた。䜕かの口実を蚭けおはよく䌑んだ。\n「嫁が、ひどいヒステリヌでございたしお、ちょっずしたこずにもがみがみ怒鳎りたすし、わたくしをこき䜿うこずばかり考えおるんですよ。」\n Kさんはそう蚀ったが、それが実は嘘だず分った。Kさんの家を知っおるひずの話では、嫁さんはきれい奜きなきちんずしたひずで、Kさんがだらしないものだから、い぀も小蚀を蚀われおるのだそうだった。\n それやこれやで、田宮はKさんに暇を出した。\n たた、Nさんずいうひずもおかしかった。五十ぐらいの幎配で、しっかりした人柄のようだし、身圢もきりっずしおいた。これは泊り蟌みが垌望だった。䞖話した人の話では、或る家に勀めおいたが、それが電車通りで、うるさくお倜もろくに眠られなかったから、暇を貰っおるので、どこか静かな家に勀めたいずのこず。ぞんな話だが、ずにかく目芋えに来お貰った。田宮は来合せおいた久子に応察を任せた。\n「よそに出お奉公なさるずいうからには、なにか事情もおありでしょうし、家の䞭が面癜くないずいうようなこずもおありでしょうが、こちら、気兌ねのない家ですから、らくな気持ちでいお䞋さいよ。」\n そんなこずを久子が蚀うず、Nさんは顔を䌏せお涕をすすった。それから䜕かず甚をしお、垰りぎわに蚀った。\n「䞀日いおみたすず、そのお家の様子はよく分りたす。わたくしでお宜しかったら、明埌日から参るこずに臎したす。」\n 人柄もよさそうだし、目芋えを打ち切っお、来お貰うこずにきめた。\n ずころが、その日の垰り途に、Nさんは䞖話人の家に立ち寄っお、田宮のずころを断ったのである。猫がいやだずいうのだった。\n「わたし、猫を芋るず、ぞヌっずするんですよ。それに、あすこの猫、癜無地ずきおるんでしょう、気味がわるくお......。」\n Nさんずはそれきりになったが、どうも、初めから終りたで腑に萜ちないこずだった。\n それから、Fさんずいうのはいいひずだった。䞃十歳ばかりの小柄なひずで、忠実によく働いた。顔立もずずのい、身ぎれいで、モンペをきりっず぀けおいた。通いの勀めだったが、甚の倚い日は泊っおくれた。始終こために動き廻っお、ちょっずでも手をあけおるこずがきらいだった。甚事がなくなるず、自分から進んで戞棚の䞭を掃陀したり、食噚を敎理したり、庭の草をむしったり、若い女䞭にせっ぀いお衣類の繕い物を出させたりした。そしおよく病人の䞖話をした。綟子もFさんに奜感を持っおいお、その打明け話に笑い声を立おた。\n Fさんの家には、畳職人である息子の倫婊ず、小さな子䟛が四人いた。Fさんは金がたたるず、その孫たちに物を買っおやるのが楜しみだった。息子の働きで䞀家の生蚈は立っおいたので、Fさんが倖に出お働くのも、自分の老埌の小遣ず孫たちぞの莈物ずのためだった。\n「家の嫁ずきたら、わたしにお湯銭をくれるのさえ惜しがるんですよ。」\n そんなこずを蚀っおFさんは笑った。\n「それに、蚀うこずがいいじゃありたせんか。わたしがこうしお家にいるからこそ、おばあちゃんは倖に働きに行けるんじゃないか、ですっおさ。家にいないずすれば、どこにいる぀もりなんでしょうね。気が立っおくるず、糞ったればばあ、ずぬかすんですよ。だからわたしは蚀い返しおやりたす。い぀わたしが糞をたれた、お前さんの子䟛こそ、い぀も糞をたれ流しじゃないか......。」\n Fさんは埗意そうに笑った。開けっ攟しの朗かな性質なのだ。けれども、なんだか淋しそうな圱がないこずもなかった。嫁ずの喧嘩の話も、Fさんにずっおは䞀皮の愚痎だったのだろう。\n そのほか、いろいろなひずがあちこちにいた。たいおい老幎の女で、女䞭ずしおは䜏み蟌みよりも通勀を望んでいた。䜕等かの関係で家庭に繋がりながら、その家庭内が面癜くなかったのである。久子は次のように田宮ぞ蚀った。\n「幎寄りの女䞭を䜿っおいたすず、いえ、あなたが䜿っおいらっしゃるず、なんだかぞんな気がしたすわ。それに、若い女䞭が少くなっお、幎寄りの女䞭がいくらも芋付かるずいうのは、どういうこずでしょうか。でも実は、あたしたち自身、お友だちなんかもみな、昔ずは違った考え方をしおおりたすし......。」\n それは぀たり、芪ず子の関係、殊に母芪ず子の関係に぀いおだった。子䟛ずいうものは、育お䞊げお結婚させおしたえば、もう母芪のものではなくなる。息子は嫁のものになっおしたうし、嚘は倫のものになっおしたう。埌々たでの頌りにはならない。頌りになるのはただ自分だけだ......。\n それはそれでよいし、寧ろ圓然なのだ、ず田宮は思った。それにしおも、境遇により、家庭の事情によっお、五十を過ぎおから、六十や䞃十にもなっお、よその家の女䞭働きに出なければならないずいうのは、惚めなこずに違いなかった。KさんやNさんやFさんや、その他の婆さんたちの姿が、県に浮んだ。\n 原始林の䞭をさたよっおも、そこには霷霪したトラブルは少しもなかった。䌞び茂るもの、立ち枯れるもの、他物に絡み぀くもの、みな自然にそうなっおいた。争いも抵抗も芋られず、党䜓に連垯性的な調和があった。その䞭にあっお、嘗おの老婢たちのこずなどを、どうしお思い出すのだろうか。田宮はやたらに歩き廻った。歩き疲れるず、湯に぀かった。\n 廊䞋続きの別棟に、癟畳䜙りの広間があった。舞台めいた高壇には、二抱えほどもある自然朚の巚倧な柱が四方に立っおいた。その広間の真䞭に寝そべっお、高い倩井を仰いでいるず、森の䞭にいるよりは䞀局淋しく、心蚱無い気持ちになった。人事の幜鬌の圱がさしおくるからだったろうか。\n なにか、暎颚雚ずか激しい雷鳎ずか、倩地を揺ぶるようなものを、田宮は埅ち望んだ。然し、穏かな日が続いた。" } ]
[ { "role": "system", "content": "䞋蚘の曞き盎しを継続しお、完璧な文曞を䜜成しおください。" }, { "role": "user", "content": "\n䞀同しばらく沈黙。\n\n同行䞀 私は恥ずかしい気がいたしたす。私の心の浅たしさ、蚌拠が無くおは信じないずはなんずいう卑しい事でございたしょう。\n同行二 私の心の自力が日にさらされるように露われお参りたした。\n同行䞉 さたざたの塀を䜜っお仏のお慈悲を拒んでいたのに気が぀きたした。\n同行四 ただただ任せ切っおいないのでした。\n同行五 心の内の甘えるもの、媚びるものがくずれお行くような気がしたす。\n同行六 (涙ぐむ)思えばたのもしい仏のおん誓いでございたす。\n芪鞞 さかしらな物の蚀い方をいたしお気になりたす。必ずずもにむ぀かしい事を知ろうずなさいたすな。玠盎な子䟛のような心で仏様におすがりあそばせ。あたり話が理に萜ちたした。少しよもやたの話でもいたしたしょう。もう名所の埡芋物はなされたしたか。\n同行䞀 ただどこも芋たせんので。\n同行二 京に着くずすぐここにお参りいたしたしたのです。\n芪鞞 祇園、枅氎、知恩院、嵐山の玅葉ももう色づきはじめたしょう。なんなら案内をさせおあげたすよ。\n同行䞀 はいありがずうございたす。\n\nこの時倕方の鐘が鳎る。\n\n唯円 お垫匠様。倕ざれお、涌しくなっお参りたした。もうお居間でお䌑みあそばしたせぬずおからだにさわりたすよ。\n同行四 どうぞお䌑みなされおくださいたし。\n同行五 私たちはもうお暇申したす。\n芪鞞 いや、今倜は私の寺にお泊たりください。これから私の居間でお茶でも入れお、ゆっくりずお話しいたしたしょう。(匟子たちに)お前たちもいっしょにいらっしゃい。唯円、埡案内申しあげおおくれ。\n\n芪鞞先に立ちお退堎。皆々立ちあがる。\n\n唯円 さあ、どうぞこちらにお越しなされたせ。\n\n――幕――\n\n\n第䞉幕\n\n\n第䞀堎\n\n\n\n䞉条朚屋町。束の家の䞀宀(鎚川に臚んでいる)\n\n人物 å–„éžž(芪鞞の息) 䞉十二歳\n 唯円\n 浅銙(遊女) 二十六歳\n かえで(遊女) 十六歳\n 遊女䞉人\n 仲居二人\n 倪錓持ち\n時 秋の日ぐれ\n\n遊女䞉人欄干にもたれお語りいる。\n\n遊女䞀 冷たい颚が吹いお気持ちのいいこず。\n遊女二 顔が燃えおしょうがないわ。(頬に手をあおる)\n遊女䞉 私は遊び疲れおしたいたした。\n遊女䞀 この四、五日は飲み぀づけ、歌い぀づけですものね。\n遊女二 私は善鞞様に盛り぀ぶされ、酔いくたびれお逃げお来たした。\n遊女䞉 善鞞様はいくらでもむちゃにおあがりなさるのですもの。ずおもかないたせんわ。そのくせおいしそうでもないのね。\n遊女䞀 飲むほど青いお顔色におなりなさるのね。\n遊女二 ばかにはしゃいでいらっしゃるかず思えば、急に泣きだしたりしおほんずうに倉なかたですわね。私はお酒によっお泣く人はいやだわ。\n遊女䞉 ほんずうに私は時々気味が悪くなっおよ。このあいだも私がお酒のお盞手をしおいたら、劙に沈んでいらしたが、私の顔をじっず芋お、私はお前がかわゆいかわゆいず蚀っお私をお抱きなさるのよ。それが色気なしなのよ。\n遊女䞀 気が狂うのではないかず思うず、䞀方ではたたしっかりしたずころがあるしね。\n遊女二 私は始め少し足りないのではないかず思ったのよ。ずころがどうしお、鋭すぎるくらいしっかりしおいるのよ。めったな事は蚀われたせんよ。\n遊女䞉 なにしろ奜いたらしい人ではありたせんね。\n遊女䞀 そんな事をいうず浅銙さんがおこりたすよ。\n遊女二 浅銙さんず蚀えば、あのかたにひどく身を入れたものね。あのおずなしい浅銙さんがどうしおあのようなかたが奜きなのでしょうね。\n遊女䞉 それは奜きずきでしかたはないわ。あなたならあのこのあいだ善鞞様の所に芋えた、若い、矎しい坊様のほうがお気に召したしょうけれどね。\n遊女二 冗談ばっかし。(打぀たねをする)あれはかえでさんよ。\n\n歌う声。話し声。人々の足音が聞こえる。\n\n遊女䞀 こちらにいらっしゃるようよ。\n\n善鞞、浅銙ずかえでず倪錓持ちず仲居を埓えお登堎。\n\n倪錓持ち これはしたり。おのおのがたにはここに逃げ蟌んでいられたか。\nå–„éžž 私たちをたいお、ここに来お内緒でよい事をしたのかい。はゝゝゝ。\n倪錓持ち ひそひそ話はひらに埡容赊。\n遊女䞀 (善鞞に)あなたこそおたのしみ。\n遊女二 私たちがいおはお邪魔ず思っお気をきかしおあげたのですわ。\nå–„éžž これは恐れ入ったな。\n倪錓持ち 恐れ入りやのずうさい坊䞻。\nå–„éžž 坊䞻ずはひどいな。はゝゝゝ。\n倪錓持ち これはずんだ倱瀌。(自分の頭を扇子で打぀)\n\n䞀同笑う。\n\nå–„éžž 黙っお逃げた眰にもっずお酒を飲たしおやるぞ。おい酒を持っお来い。\n仲居 はいかしこたりたした。(行こうずする)\n浅銙 もうお酒はおよしあそばせ。おからだに毒です。ゆうべから飲み぀づけではありたせんか。\nå–„éžž この私に摂生を守れず蚀っおくれるかな。お前は貞女だな。はゝゝゝ。ここで川の景色を芋぀぀飲み盎そう。さっきのお前の陰気な話で気がめいった。(仲居に)すぐに持っお来い。\n\n仲居退堎。\n\n浅銙 ほんずうにもうおよしなさればいいのに。奜きでかなわぬ酒でもないのに。\nå–„éžž 私は飲んで飲んで私のからだを燃やし尜くすのだ。からだで火をずもしお生きるのだ。火が消えるずさびしくおしようがないのだよ。\n浅銙 でもほどがありたすわ。\nå–„éžž さびしさにはほどがないのだよ。魂の底たでさびしいのだよ。\n浅銙 そのさびしさを慰めるために私たちが぀いおいるのではありたせんか。\nå–„éžž うむ。お前たちは私に無くおはならぬものだ。お前たちがなくおは生きられない。そのくせお前たちず遊んでいるずたたよけいさびしくなるのだ。浅銙、お前はい぀もさびしい顔をしおいるね。きょうはもっず陜気になっおくれ。\n浅銙 でも私の性分なんですからしかたがありたせんわ。\nå–„éžž きょうは皆隒ぐのだよ。䜕もかも忘れおしたうのだよ。さびしくおも、楜しいものず無理に思うのだよ。人生は善い、調和したものず無理にきめるのだよ。(声を高くする)さあ今䞖界は調和した。人ず人ずは矎しく埓属した。人の心の悪の根が断滅した。䞍幞な人は䞀人もいない。みんな喜んでいる。みんな子䟛のように遊んでいる。あゝ川が流れる、流れる。ゆるやかに、平和に。(川を芋入る)\n\n仲居、酒、肎、その他酒宎の道具を運ぶ。\n\nå–„éžž さあ、皆飲んだ、飲んだ。(遊女に杯をさす)\n遊女䞀 もう堪忍しおくださいな。\n遊女二 私は苊しくおしょうがないわ。\nå–„éžž いやどうあっおも飲たせねばいけないのだ。\n倪錓持ち 君呜もだし難く候ほどに。\n\n仲居遊女たちに酒を぀いでたわる。\n\nå–„éžž (杯を手に持ちお)このなみなみずあふれるように盛りあがった黄金色の液䜓の豊醇なこずはどうだろう。歓楜の粟をずかしお流したようだ。貧しい、欠けた人の䞖の感じは、どこにも芋えないような気がする。(飲みほす)この杯はだれにやろう。(芋回す)かえで、かえで。小さいかえでに。(杯をかえでにさす)\nかえで おおきに。(心持ち頭を傟け、杯を受け取る)" }, { "role": "assistant", "content": "\n仲居酒を぀ぐ。かえでちょっず唇を぀けお䞋に眮く。\n\nå–„éžž かえで、䜕か歌っおおきかせ。\nかえで 私はいやですわ。ねえさんたちがたくさんいらっしゃるではありたせんか。\nå–„éžž いやお前でなくおはいけないのだ。\n倪錓持ち さあ、所望じゃ、所望じゃ。\nかえで しょうがないのね。(子䟛らしい声で歌う)\n\n浅銙䞉味線をひく。\n\n\n萩、桔梗、なかに玉章しのばせお、\n月は野末に、草の぀ゆ。\n君を束虫倜ごずにすだく。\nふけゆく空や雁の声。\n恋はこうした......\n\nå–„éžž もうよい。もうよい。(堪えられぬように)おゝ、あの口もずの小さなこず。\n浅銙 (ただ䞉味線を持ったたた)たあ、䞍意に途䞭でお切りなさるのですもの。\nå–„éžž 芋おやっおください。この小さい子を。よその荒男が歌をうたえず責めたする......(涙ぐむ)も䞀぀おあがり。(かえでに杯をさす)\nかえで もうたくさん。\n倪錓持ち (女の声色を䜿う)私がすけおあげたしょうわいな。(かえでの前の杯を取っお飲む)\n浅銙 きょうのあなたはどうかしおいらっしゃるのね。\nå–„éžž いやどうもしおはいないよ。\n浅銙 きょうはもうよしたしょうよ。お顔色もよくありたせんよ。私少しも隒いだりする気になれないわ。\nå–„éžž さびしい事を蚀う女だな。(浅銙の顔をじっず芋る。やがお急に浅銙の前髪の䞭に手を突き蟌む)\n浅銙 (おどろく)あれ、䜕をなさるのです。(頭に手をやる)\nå–„éžž ............\nかえで 鬢がほ぀れおしたったわ。\nå–„éžž お前のふさふさずした黒髪を芋おいたら、憎らしくなったのだ。(倪錓持ちに)これ、鶏の鳎くたねをしおみろ。\n倪錓持ち 心埗たした。(鶏の声色を䜿う)\n\n遊女たち笑う。\n\nå–„éžž 膝頭で歩いおみろ。\n倪錓持ち こうでござりたすか。(膝頭であるく)\n\n遊女たち笑う。\n\nå–„éžž お前の頭をたたいおみろ。\n倪錓持ち おやすいこずで。(おのれの頭を扇子で打぀)\nå–„éžž (狂うように)もっず、もっず。\n\n倪錓持ち぀づけざたにおのれの頭を打぀。\n\nå–„éžž おゝ。(目を぀ぶる)\n遊女二 たいそうお沈みなされたしたのね。\n浅銙 (いずしそうに善鞞を芋る)善鞞様。私は知っおいたすよ。お寺ぞやった䜿いの事で、心がお苊しいのでござりたしょう。\n\n䞀座やや癜ける。善鞞黙っお考えおいる。\n\n遊女䞀 䜕を考えおいらっしゃるの。\n遊女二 たいそうお沈みなされたしたのね。\nå–„éžž (急に浮き浮きする)今お前を身受けする事を考えおいたのだ。\n遊女二 (笑う)それは倧きにありがずう。身受けしおどうなされたす。\nå–„éžž はお知れた事。連れお垰っお女房にする。さあこっちにおいで。(立ち䞊がり、遊女の手を取っお匕き立おる)\n遊女二 じょうだんはおよしあそばせ。\nå–„éžž さあ、こっちにおいで。(無理に匕っぱる)\n遊女二 (よろよろしお匕っぱられる)いたずらをなさいたすな。(振り攟しお座に返ろうずする)\nå–„éžž かわゆいや぀め。(埌ろから遊女二を抱きしめる)\n遊女二 あれ、攟しおください。攟しおください。(身をもがく)そんなになすっおは、せ぀なくお、せ぀なくお、しょうがありはしないわ。\nå–„éžž (笑う)なんお色気の無い人だ。この人は。\n\n䞀同驚いお芋おいる。仲居登堎。\n\n仲居 ただ今唯円様がお芋えになりたした。\nå–„éžž (遊女二を攟す。やや動揺す)ここに通しおくれ。(座に返る)\n\n䞀同沈黙、唯円登堎。衣を着おいる。\n\n唯円 埡免くださいたし。(䞀座の光景に打たれ、ちょっず躊躇する)\nå–„éžž よく来おくださいたした。埅っおいたした。さあこちらにお通りください。だれも遠慮な者はいたせん。えらい所を芋せたすな。はゝゝゝ。\n仲居 どうぞお通りくださいたせ。\n唯円 (座に通り、善鞞の前にすわる)先日は倱瀌いたしたした。\nå–„éžž きょうは䜿いを立おお倱瀌したした。埡迷惑ではありたせんでしたか。\n唯円 いいえ。あなたからのお䜿いず聞いお喜んで参りたした。䜕か埡甚でございたすか。\nå–„éžž いえ。甚ず蚀っおはありたせん。私はたださびしくっおあなたに䌚っお話したかったのです。\n唯円 私もあなたに䌚いずうございたした。\n仲居 (新しい杯を持っお来お唯円の前に眮く)どうぞお持ちあそばしたせ。\n唯円 (もじもじする)私は飲みたせんので。\n仲居 でも䞀぀。\nå–„éžž いや、この人にはすすめおくれな。(唯円の䞍安そうなのを芋お)私たちは少し話があるから皆あちらに遠慮しおくれ。\n仲居 かしこたりたした。では皆さん。\n\n䞀同二人を残しお退堎。\n\nå–„éžž このような所ぞあなたを呌んですみたせん。それに私はお酒に酔っおいたす。\n唯円 私はかたいたせん。私は喜んで来たのです。\nå–„éžž 私はさびしかったのです。だれも私の心を理解しおくれる人はありたせん。私はこうしお酒を飲んでいおも腹の底は冷たいのです。私は苊しいのです。私はこのあいだあなたず䌚った時から、芪しい、枩かい気がするのです。私の胞の思いをすらすらず受けいれおくださるような気がするのです。あなたず向き合っおいるず、いろいろな事が聞いおいただきたくなるのです。\n唯円 私もこのあいだあなたず別れおから、あなたの事が思われおならないのです。あなたにお目にかかりたいずい぀も思っおいたした。あなたから䜿いの来た時にどんなにうれしかったでしょう。\nå–„éžž こんなに人をな぀かしく思った事はずっず前に䞀床あったきりです。長い間私は心がすさんで来おいたした。(間)私はあなたが奜きです。\n唯円 私はうれしゅうございたす。あなたのようなかたをなぜ人は悪く蚀うのでしょう。私はそれがわかりたせん。先日も寺で皆様があなたの事を悪く蚀われたしたから、私は腹が立ちたした。そしおあのかたは善い人です。あなたがたの思っおいるような人ではありたせんず蚀っおやりたした。\nå–„éžž 私の事をどのように悪く申したすか。\n唯円 攟蕩な䞊に、浄土門の救いを信じない滅びの子だず申しおいたす。父䞊に肖ぬ荒々しい気質だず蚀っおいたしたよ。\nå–„éžž 無理はありたせん。そのずおりです。私は滅びる魂なのでしょう。たったく荒々しい気質です。私は皆の批評に盞圓しおいたす。\n唯円 たああなたのように優しい埡気質を......\nå–„éžž いや。(さえぎる)あなたの前に出るず私の善い性質ばかり呌びさたされるのです。しかしほかの人に向かうずたるで違っお荒い気質が出るのです。\n唯円 皆がよくないのだず思いたす。あなた自身は善いかたに違いありたせん。私はそれを信じおいたす。\nå–„éžž (涙ぐむ)そのように蚀っおくれる人はありたせん。私は自分の気質が、自分で自由にならないのです。それには小さい時から境遇や、たた私の受けた心の傷やのせいもありたすがね。私は埡存じのように長く父の勘圓を受けおいるのです。\n唯円 ............\nå–„éžž 父にはいろいろな迷惑をかけたしたからね。さぞ私を今でも憎んでいるでしょうねえ。\n唯円 いいえ。違いたすよ。お垫匠様は陰ではあなたの事をどれほど案じおいらっしゃるか知れたせんよ。\nå–„éžž どうしお暮らしおいたすか。\n唯円 朝倕、埡念仏䞉昧でございたす。このあいだはお颚を召したしお、お寝みなされたしたが、もうほずんどよろしゅうございたす。しかしだいぶお幎をお召しあそばしたしたよ。\nå–„éžž そうでしょうねえ。私はい぀も皲田にいお、京ぞはめったに出たせんし、こずに面䌚もかなわぬ身で少しも様子がわかりたせん。私は芪䞍幞ばかりしおはいたすが、父の事は忘れおはいたせん。気を぀けおやっおください。\n唯円 私はい぀もおそばを離れず、お絊仕申しおいるのです。\nå–„éžž 父はあなたを愛したすか。\n唯円 もったいないほどでございたす。数倚いお匟子衆の䞭でも私をいちばん愛しおくださいたす。\nå–„éžž あなたを愛せぬ人はありたすたい。あのかえでがあなたを奜きだず蚀っおいたしたよ。(ほほえむ)\n唯円 (顔を赀くする)埡冗談をおっしゃいたす。\nå–„éžž あなたは女ずいうものをどんなに感じたすか。私はあわれな感じがしお愛せずにはいられたせん。こずにこのような所にいる女ず觊れるのが私はいちばん人間ず接しおいるような気がしたす。䞖の䞭の人は圢匏ず瀌儀ずで衚面を食っお、少しもほんずうの心を芋せおくれたせん。そのようなものを歊装にしお身を守っおいるのですからね。私はそのように甚心をせずに觊れたいのです。自分の醜さや匱さを隠さずに亀わりたいのです。このような所では人は恥ずかしい事を互いに分け持っおいたすからね。どれほど枩かいほんずうの接觊か知れたせん。それに私は女の䞎える気分に心をひかれずにはいられたせん。それは実に秋の露よりもあわれです。" } ]
[ { "role": "system", "content": "䞋蚘の曞き盎しを最埌たでやり遂げお、芋事な文曞を䜜成しおください。" }, { "role": "user", "content": "「僕は自然の熱愛者なんだが、自然科孊をやらなかったこずが残念でならない。僕は君が矚たしい。」\n「たあ、私なんか残念でも矚たしくもないわ」ずナヂェヌゞダが蚀った。「それどころか、甲虫だのお倩道虫だのに䞀所懞呜になっおる人の気が知れないわ。食うや食わずの人間もいるのに。」\n ラ゚ヌフスキむも同意芋だ。圌は自然科孊のこずは䞀向匁えがない。だから、蟻の觊角だの油虫の足だのに没頭しおいる連䞭の、暩嚁たっぷりの語調や深刻らしい孊者面には、䜕ずしおも我慢がならなかった。そうした連䞭が、觊角や足や、たた原圢質ずかいうもの(なんずなく圌にはそれが牡蠣みたいなものに想像された)を基にしお、人類の起原や生態たでを包括しおいる問題を解こうずかかるのを芋るず、腹が立っおならなかった。しかしナヂェヌゞダの蚀ったこずにも、䟋の嘘っぱちが芋えすいおいたので、ただ圌女をやりこめるために圌は蚀うのだった。\n「倩道虫が問題なんじゃないよ。問題は掚論にあるんだ。」\n\n八\n\n だいぶ曎けお十時を廻わっおから、䞀同は垰りの銬車に乗りはじめた。もうみんな乗っおしたっお、足りないのはナヂェヌゞダずアチミアヌノフだけだった。二人は川向うで、きゃっきゃっ笑いながら远い駈けっこをしおいる。\n「諞君、早くしおくれ絊え」ずサモむレンコが二人に叫ぶ。\n「だから婊人に酒を飲たせるずいう法はないのさ」ずフォン・コヌレンが小声に蚀った。\n ラ゚ヌフスキむは、ピクニックずフォン・コヌレンの敵意ず自分のさたざたな想念ずでぞずぞずになっおいたが、ずにかく圌女を呌びに行った。するず、すっかり陜気に浮き立っおしたっお、矜毛のように身軜な気持になっおいた圌女は、息をはずたせお笑いながら、圌の䞡手を぀かたえ、胞に頭を抌し぀けお来たので、圌は䞀歩退くず声を荒らげお、\n「なんだ、そのざたは。たるで......嚌婊じゃないか。」\n ず蚀ったが、これはあんたり烈し過ぎたず、かえっお女が可哀そうになった。男の怒気を含んだ疲れた顔に、自分に察する憎悪や憐憫や腹立たしさを読みずった圌女は、匵り切った気持も応ち倱せるのだった。床が過ぎた、矜目をはずしすぎたず気づくず、圌女は悲しくなっお、ああ私はやっぱりどたどたした肥っちょでがさ぀な酔払い女だず思いながら、最初に県に぀いた空銬車にアチミアヌノフず䞀緒に乗り蟌んだ。ラ゚ヌフスキむはキリヌリンず、動物孊者はサモむレンコず、補祭は婊人達ずそれぞれ同乗しお、銬車は動き出した。\n「どうだい、あの猿の倫婊は......」ずフォン・コヌレンは県を぀ぶっおマントにくるたりながら始めた、「ええ君、あの女は食うや食わずの人間がいる以䞊、甲虫や瓢虫にはかたっちゃおれんそうだ。猿どもがわれわれ科孊者に察する態床はい぀もあれだ。十䞖玀のあいだ笞ず拳骚で脅やかされずおした悪賢い奎隷の皮族だ。暎力の前でこそ顫えあがっお感動しお尟を振りもするが、䞀たんあの猿を頞根っこの抑え手のない自由の倩地ぞ攟しお芋絊え、早速ふんぞり返っお勝手な熱を吹きだすのさ。あの猿が展芧䌚や博物通や芝居でどんなこずを蚀うか聞いお芋絊え。でなきゃ科孊を論ずるずころを聞いお芋絊え。ふんぞり返る、埌脚で立っお芋せる、悪眵を飛ばす、難癖を぀ける......この難癖が附きものなんだ、奎隷根性ずいう奎さ。よく聎いおくれよ、䞀䜓この䞖の䞭では隙児仲間よりはむしろ自由職業者のほうが悪声を蒙る床数が倚いね。それは瀟䌚の四分の䞉が奎隷ども――぀たりああいった猿の手合いから成り立っおるからなのだよ。奎隷が君に手を䌞べお、働いおくれおどうもありがずうず本心から瀌をいう、そんなこずがあっおたたるものか。」\n「だからどうしようっお蚀うんだ、僕にはわからんな」ず欠䌞をしながらサモむレンコが蚀う、「可哀そうにあの婊人は、ごく単玔な気持から、君を盞手に利口な口が利いお芋たかっただけの話だ。それを君は、仰々しい結論たで匕っ匵り出す。君はあの亭䞻になにか癪に障るこずがあるので、あの婊人たで道づれにしちたったんだろう。どうしお、あれは立掟な婊人だよ。」\n「ああ、もう沢山。あれは普通䞀般のお功さ、身持が悪くお俗悪なね。ねえ、アレクサンドル・ダノィヌドィチ、倫ず別れたただの癟姓女が、仕事もせずにのらくらしお、ケラケラ笑っお日を送っおいるのを芋たら、君は『野良に出ろ』っお蚀うだろう。だのになんだっお今の堎合は、本音を吐くのをびくびくするのだ。぀たるずころナヂェヌゞダ・フョヌドロノナが氎倫の功じゃなくお圹人の功だからかい?」\n「このおれにあの人をどうしろずいうんだ」ずサモむレンコはずうずう癇癪を起こしお、「打おずでもいうのか。」\n「悪埳を甘やかすなず蚀うのさ。われわれはい぀も蔭で悪埳を非難しおいる。だがこれは、腹の䞭で舌を出しおるようなものだ。僕は動物孊者、即ち瀟䌚孊者だ、これはどっちも同じこずだ。君は医者だ。瀟䌚はわれわれを信頌しおいる。われわれは、あのナヂェヌゞダ・むヷヌノノナのごずき婊人の存圚が珟圚の瀟䌚及び次䞖代に及がす怖るべき害毒を、瀟䌚に向っお指摘する矩務があるのだ。」\n「フョヌドロノナだよ」サモむレンコは盎しおやっお、「そこで瀟䌚にどうしろずいうのだ。」\n「瀟䌚? それは瀟䌚の勝手さ。僕に蚀わせれば、もっずも確実盎截な途は――匷制だ。軍隊の手であの女を亭䞻の手蚱ぞ送還する。もし亭䞻が匕き取らんず蚀ったら、埒刑堎ぞ送るか、感化院ぞでも叩き蟌むんだ。」\n「ふうむ」ずサモむレンコは溜息を぀いた。少し間を眮いおから、圌は小声でたずねた、「二䞉日たえ、君はラ゚ヌフスキむのような人間は絶滅せにゃならんず蚀ったっけな。......では蚊くが、それを――たあ囜家なり瀟䌚なりが、圌の絶滅を君に委任したずしたら、君は......決行できるかね。」\n「ああ、僕の手は顫えたいよ。」\n\n九\n\n 垰っお来るず、ラ゚ヌフスキむずナヂェヌゞダは、真暗で蒞暑い退屈なわが家ぞはいっお行った。二人ずも黙っおいた。ラ゚ヌフスキむは蝋燭を぀ける。ナヂェヌゞダは怅子に腰を䞋ろしお、マントも垜子もずらずに、悲しげなすたなそうな県で男を芋䞊げた。\n 圌には、女が圌の蚀いわけを埅っおいるこずがわかっおいたが、今さら蚀いわけなどは退屈で無駄で面倒なだけだったし、さっき思わずカッずしお荒い蚀葉を䜿った自分を省みるず、気分が重くおならなかった。そのずきポケットの䞭でふず手玙が指に觊った。今日こそは読んでやろうず思いながら、䞀日延ばしにしお来た手玙である。今これを読んでやったら、女の泚意がそれるだろう、ず圌は思った。\n『もういい加枛にきっぱり片を぀ける時だ』ず圌は思う、『芋せちたおう。どうせなるようにしきゃならないんだ。』\n 圌は手玙を匕っ匵り出しお、女に枡した。\n「読んで埡芧。君に関係したこずだ。」\n そう蚀い棄おたたた圌は曞斎ぞ行っお、暗闇のなかで枕もせずに寝怅子にころがった。ナヂェヌゞダは読んでしたうず、倩井が䞋っお来、壁がすうっず迫っお来るような気持がした。にわかに狭苊しく、暗く、怖ろしくなった。圌女はあわただしく䞉床十字を切っお、唱えるのだった。\n「安息を䞎えたたえ。......䞻よ、安息を䞎えたたえ。......」\n それから泣きだした。\n「ヷヌニャ!」ず圌女は呌んだ、「むヷン・アンドレヌむチ!」\n 返事がない。圌女はラ゚ヌフスキむがもうはいっお来お怅子の背埌に立っおいるのだず思い、子䟛のようにしゃくり䞊げながら、\n「あの人の死んだこず、なぜもっず早く蚀っお䞋さらなかったのよ。そしたら私、ピクニックにも行きゃしないし、あんな銬鹿隒ぎもしなかったのに。......みんなに厭らしいこずたで蚀われたのよ。ああ取り返しが぀かない、取り返しが぀かない。私を救っおよ、ヷヌニャ、救っお頂戎。......私、気がちがったわ。私もう駄目だわ。......」\n ラ゚ヌフスキむには女の泣きじゃくるのが聞こえた。ひどく蒞暑く、心臓がはげしく打っおいた。やりきれない気持で圌は起きあがっお、しばらく郚屋の真䞭に぀っ立っおいたが、暗がりの䞭でテヌブルのそばの肘掛怅子をさぐり圓おるず、それに腰をおろした。\n『これじゃ牢屋だ』ず圌は思う、『逃げ出そう......もう我慢がならん。』" }, { "role": "assistant", "content": " カルタをしに行くにはもう遅いし、この町にはレストランもない。圌はたたごろりず暪になっお、泣声の聞こえぬように指を耳に突っこんだが、ふずそのずきサモむレンコのずころなら今からでも行けるず考え぀いた。ナヂェヌゞダの傍を通らずにすたすため、窓から庭ぞ飛びおり、柵を乗り越えお埀来ぞ出た。暗かった。汜船が䞀艘いたしがた着いたずころだ。燈の様子で芋るず倧きな客船らしい。......ごろごろず錚鎖の音がする。岞からその船をめがけお走っお行く䞀点の赀い燈がある。皎関のランチだ。\n『みんなキャビンでいい気持に眠っおいる』ずラ゚ヌフスキむは考え、他人の安眠を矚たしく思った。\n サモむレンコの家の窓は開け攟しおあった。ラ゚ヌフスキむは䞀぀二぀芗いお芋たが、郚屋の䞭は真暗でしんずしおいた。\n「アレクサンドル・ダノィヌドィチ、もう寝たかい?」ず圌は呌んだ、「アレクサンドル・ダノィヌドィチ!」\n 咳払いず、びっくりするような誰䜕の声がした。\n「誰か? どこの䜕奎か?」\n「僕だよ、アレクサンドル・ダノィヌドィチ。遅くなっおすたない。」\n しばらくするず郚屋の扉が開いた。手燭の柔らかな光がさしお、癜い寝間着に癜い倜垜をかぶったサモむレンコが、ぬっず姿を珟わした。\n「どうしたんだ」ず、ただ醒めきらぬ深い息づかいで、がりがり掻きながら蚊く、「たあちょっず埅お、いた衚を開ける。」\n「いいよ、窓からはいるから......」\n ラ゚ヌフスキむは窓から這い蟌むず、サモむレンコに近よっおその手を掎んだ。\n「アレクサンドル・ダノィヌドィチ」ず圌は顫え声で、「僕をたすけおくれ。埌生だ、拝む。僕の蚀うこずをわかっおくれ。僕はもうやり切れないんだ。この境涯があず二日も続いたら、僕は犬でも、犬でもしめるように、自分のこの銖を瞊っおしたう。」\n「たあ埅お。......䞀䜓そりゃ䜕の話なんだ?」\n「蝋燭を぀けおくれないか。」\n「おお、お」ず蝋燭をずもしながらサモむレンコは溜息を぀いお、「おやおや、君もう䞀時過ぎだぞ。」\n「たあ勘匁しおくれ。僕は家にじっずしおいられないんだ」ず、それでも灯の光ずサモむレンコのいるお蔭でずっず気持が楜になっお、ラ゚ヌフスキむが蚀った、「アレクサンドル・ダノィヌドィチ、君は僕の唯䞀の䞀番の芪友だ。......頌みに思うのは君だけだ。いやでも応でも、埌生だから僕を救い出しおくれ。僕はもうどうあっおもこの町にはいられないんだ。金を貞しおくれ。」\n「やれやれ、なんずいうこずだ」ずサモむレンコはがりがりやりながら、歎息した、「うずうずっずしかけたず思うず汜笛だ。汜船がはいったなず思っおいるず、今床は君だ。......沢山芁るのかい?」\n「どうしおも䞉癟は芁るんだ。圌女に癟は残しずいおやらなきゃならんし、僕の道䞭に二癟は芁る。......今たでにもう四癟ほど借りがあったね。みんなあずで送るよ、きっず。......」\n サモむレンコは䞡方の頬髯を片手に握っお、脚を螏み拡げたたた考え蟌んでしたった。\n「そう......」ず思案しながら唞った、「䞉癟か。......ふむ。手蚱にはそんなにはないが。こりゃ誰かに借りなきゃなるたい。」\n「お願いだ、借りおくれ絊えな」――盞手の顔色で、こりゃ貞しおくれる぀もりだ、きっず貞しおくれるず芋お取ったラ゚ヌフスキむが蚀った、「借りおくれ絊え。僕はきっず返す。ペテルブルグに着き次第すぐ送るよ。そりゃもう倧䞈倫だ。ずころでサヌシャ」ず急に元気になっお、「葡萄酒をやろうじゃないか。」\n「うん。......酒もよかろう。」\n 二人は食堂ぞはいっお行った。\n「ずころでナヂェヌゞダ・フョヌドロノナはどうするんだ?」ずサモむレンコは、壜を䞉本ず桃を盛った皿ずを、テヌブルに茉せながら蚊いた、「あの人がおずなしく残っおいるかなあ。」\n「それは僕が匕き受ける、䞇事匕き受ける......」ずラ゚ヌフスキむは、歓びの思いがけぬ高朮を感じながら、「埌から金を送っお、あれを呌び寄せる。......そこできっぱりず二人の関係を片づけるんだ。君の健康のために、友よ。」\n「埅お埅お」ずサモむレンコが蚀った、「先にこれを飲んでみおくれ。......それは僕の葡萄園の奎だ。この眎はナヷリヌゞェの葡萄園のだし、こっちはアハトゥロフのだ。......䞉぀ずも飲っお芋お、ひず぀忌憚のないずころをきかしおくれ。......僕のはちょいず酞味があるようなんだが。ええ、どうだね?」\n「うん。君のおかげで安心したよ、アレクサンドル・ダノィヌドィチ。ありがずう......生き返ったような気持だよ。」\n「酞っぱいだろう?」\n「そんなこず、僕にわかるもんか。ずにかく君はじ぀に玠晎らしい、埗がたい人物だ。」\n 圌の蒌癜い興奮した善良そうな顔を芋おいるず、サモむレンコは、奎らは絶滅しおしたうべきだずいうフォン・コヌレンの蚀葉を思いだした。するず圌にはラ゚ヌフスキむが、誰にでも造䜜なくいじめたり息の根をずめたりするこずの出来る、護り手のないかよわな幌児のように思えお来た。\n「向うぞ垰ったらお母さんず仲盎りをし絊えよ」ず圌は蚀った、「今のたたじゃいかんよ。」\n「うん、うん、必ずする。」\n しばらく蚀葉が途絶えた。䞀本目が空になるず、サモむレンコが蚀った。\n「フォン・コヌレンずも仲盎りをするがいいな。君たちは二人ずもじ぀に立掟な秀抜な人間だ。それが狌みたいに睚み合っおるなんお。」\n「そうだ、あの男はじ぀に立掟な秀抜な人間だ」ず、今はもう誰でも圌でも耒め䞊げお宥しおしたいたい気分で、ラ゚ヌフスキむは盞槌をうった、「あの男は玠晎らしい人物だ。そりゃそうだが、圌ず仲奜くやっお行くこずは僕には出来ない。ずおも駄目さ。性栌がちがい過ぎるんだ。僕は無気力で匱気で隷属的な人間だ。そりゃ時によっおは僕も圌ぞ手を差し䌞べるかも知れない。だが圌の方じゃ顔をそむけるにきたっおいる、冷笑を浮かべおね。」\n ラ゚ヌフスキむは葡萄酒を䞀口やっお、隅から隅ぞ䞀埀埩し、それから郚屋の真䞭に立ちどたるず蚀葉を぀づけた。\n「僕にはフォン・コヌレンずいう人間がよくわかる。あれは鞏固で匷烈な専制的な性栌の持䞻だ。君も聞いたろうが、あの男はしょっちゅう探険旅行の話をしおいる。あれは決しお空蚀じゃないんだ。圌には沙挠が、月倜が芁るのだ。あたりを芋廻すず、倩幕の䞭にも野倩のもずにも、匷行軍に疲れ果お、或いは飢え或いは病んだコサックや案内者や、人倫や医者や僧䟶が眠りこけおいる。そのなかで県を醒たしおいるのは圌䞀人だ。たるでスタンレむのように折畳怅子に腰掛けお、おれは沙挠の王者だ、こい぀達の䞻人だず感じる、圌はそういう人間だ、圌は行く、圌は行く、どこかを指しお行く。郚䞋は呻き、ばたばたず仆れるが、圌はやはり進んで行く。やがおは圌も遂に仆れる。だが仆れおのちもなお圌は沙挠の暎君、沙挠の王者なのだ。なぜずいっお、圌の墳墓の十字架は䞉四十マむルさきからも隊商の県にう぀り、沙挠に君臚しおいるからだ。圌が軍籍に身を眮かなかったこずを僕は切に惜しむ。圌はきっず卓越した倩才的な叞什官になったに盞違ないず思う。その率いる階兵隊を河䞭に溺らせお、屍の橋を架け埗た人に盞違ない。実戊に必芁なのは、築城術や戊術よりはむしろかかる剛勇なのだ。そうさ、僕はじ぀によくあの人間がわかるんだ。ねえ君、䞀䜓なんだっお圌はこんな所でぶらぶらしおるんだろう。ここに䜕の甚があるんだろう。」\n「海掋の動物を研究しおいるんだよ。」\n「いいや、それは違う、断じお違う」ずラ゚ヌフスキむは歎息しお、「船䞭で䞀緒になった或る孊者から聞いたこずだが、黒海には動物がきわめお乏しいそうだ。海底に硫化氎玠が過剰なため、有機䜓の生掻は䞍可胜だずいう話だ。だから真面目な動物孊者はみんなナポリやノィルフランシュ〔(南仏、ニヌスに近くれノア湟に臚む町。避暑地ずしお名高い)〕の生物孊実隓所で勉匷しおいる。ずころがフォン・コヌレンずきたら、独立独行の頑固者だ。圌が黒海でやっおいるのは、ここでは誰もやっおいないからなのだ。圌が倧孊ず絶瞁し、先茩や同僚に亀わろうずしないのは、圌が䜕よりもたず専制君䞻であり、動物孊者ずいうのは二の次だからさ。たあ芋おい絊え、今に倧したものになるぜ。あの男はもう今から倢想しおいる――探険旅行から垰っお来たら、わが囜の倧孊ずいう倧孊から陰謀ず凡庞ずを叩き出しお、孊者連䞭を手も足も出なくしおやろうずね。専制囜が匷いのはなにも戊争に限ったこずではない、科孊の方でも同じこずなのだ......。あの男が今幎でもう二た倏この臭気ふんぷんたる町に暮らしおいるのは、郜で第二人者たらんよりは田舎で第䞀人者たる方がいいからさ。ここにいれば圌は王者だ、鷲だ。鉄の鞭を振り廻しお、己れの暩嚁の䞋に䜏民どもを圧し䌏せおいる。みんなの䞊に監芖の県を光らせお、他人のこずにいちいち干枉する。圌は䞀切を芁求する。だからみんな圌を怖れはばかっおいる。あの男が僕を憎むのは、僕が奎の足の䞋から脱け出しかけおいるからなのさ。僕を絶滅しちたえ、さもなきゃ土方にしちたえっお、あの男は蚀やしなかったかね?」" } ]
[ { "role": "system", "content": "䞋蚘の曞き盎しを進めお、掗緎された文曞を䜜成しおください。" }, { "role": "user", "content": "青県鏡の男\n\n 熱垯地方に棲息する蠍ずいう毒虫は、蜘蛛の䞀皮であるけれど、䌊勢海老を小さくした様な醜怪な姿をしおいお、どんな倧きな盞手にも飛び掛っお来る、凶悪無残の劖虫である。そい぀が獲物を芋぀けるず、頭郚に぀いおいる二本の鋏で、盞手をグッず圧え぀けお眮いお、節になった尻尟を、クルクルず匓の様に醜くそらせお、その先端の鋭い針で、敵の䜓内に恐ろしい毒汁を泚射するのだ。この毒虫にかかっおは、人間でさえも気違いの様に螊り出しお、螊り狂っお、遂には死んでしたうずいうこずである。\n この奇怪な物語の䞻人公は、その蠍である。むダ蠍にそっくりの人間である。圌はそのこずを寧ろ埗意に感じおいたず芋えお、蠍が背䞭を曲げお敵に飛びかかろうずしおいる醜い姿を、圌自身の王章ずしお䜿甚したのだ。しかも、もっず䞍気味なこずには、䞖人は蠍の王章を芋せ぀けられるばかりで、それを䜿甚しおいる極悪人の正䜓を党く掎み埗ないこずであった。身も心もきっず蠍の様に醜怪な獰悪な奎に違いないずは想像しおも、そい぀の正䜓がたるで分らないものだから、目に芋える蠍などよりは、幟局倍も気味悪く恐ろしく感じられた。新聞が「劖虫事件」ずいう異様な芋出しを぀けお、この事件を報道したのも尀もであった。そい぀は「劖虫」の名に䟡する怪人物に盞違なかった。\n では「劖虫事件」ずいうのは、䞀䜓どの様な出来事であったか、それを語るには、順序ずしお、先ず倧孊生盞川守の奜奇心から説き起すのが、最も適圓かず思われる。\n 盞川青幎は、倚くの䌚瀟の重圹を勀め事業界䞀方の驍将ずしお人に知られおいる盞川操䞀氏の長男であっお、倧孊法科の孊生なのだが、圌の効の珠子などが「探偵さん」ずいう諢名を぀けおいた通り、人䞀倍奜奇心が匷くお、冒険奜きで、所謂猟奇の埒であったこずが、圌の長所でもあり匱点でもあった。ある晩のこず、日本橋区のある川沿いの淋しい区域にある、料理のうたいのず䟡の高いのずで有名な゜ロモンずいうレストランの食堂に、盞川青幎ず、効の珠子ず、珠子の家庭教垫の殿村京子ずの䞉人が、食卓を囲んでいた。月に䞀床ず぀、珠子が兄を誘っお、殿村京子をどこかぞ案内しお埡銳走する慣わしになっおいお、今倜は゜ロモン食堂が遞ばれたのだ。\n 珠子はただ女孊生であったから、けばけばしい身なりを避けおいたけれど、でも鶯色のドレスが矎しい身䜓によく䌌合っお、茝くばかりの矎貌は人目を惹かないではいなかったし、兄の守も、同じ血筋の矎青幎で、金释の制服姿も意気に芋えたのに比べお、殿村京子だけは、服装も地味な銘仙か䜕かで、幎茩も四十を越しおいたし、その䞊容貌は醜婊ず云っおも差支なかった。額が広過ぎる皋広くお、眉が薄く、平べったい錻の䞋に、䞊唇が少しめくれ䞊っお兎唇になっおいた。それを、青癜くお䞊品な顔色ず、知識のひらめきずが救っおはいたけれど。\n「マア、先生、䜕をそんなに芋぀めおいらっしゃるの」\n 珠子がふずそれに気附いお声をかけた。\n その時は、もう食事が終っお、コヌヒヌが運ばれおいたのだが、京子はそれを取ろうずもせず、なぜか異様に緊匵した衚情で、食堂の向うの隅を、じっず芋぀めおいた。\n その隅には、二人の䞭幎の玳士が向合っおいお、その䞀人の倧きな青県鏡をかけた口髭のある男の顔が、こちらからは真正面に芋えるのだ。倖にも五組皋の客があったけれど、それらは皆倖囜人の男女であった。\n「先生、あの人を知っおいるんですか」\n 盞川青幎も効の加勢をしお蚊ねた。\n「むむ゚、そうではないんですけれど、ちょっず黙っおいらっしゃいね」\n 家庭教垫は、目はその方を芋぀づけたたた、手真䌌をしお二人を黙らせたが、垯の間から金色をした小型のシャヌプ鉛筆を取出し、そこにあったメニュの裏ぞ、䜕か劙な片仮名を曞き始めた。\n「アスノバン十二ゞ」\n 京子はその青県鏡の男から芖線をそらさず、手元を芋ないで鉛筆を動かすものだから、仮名文字はたるで子䟛の曞いた字の様に、非垞に䞍明瞭であったが、兄効はメニュを窺き蟌んで、やっず刀読するこずが出来た。\n「䜕を曞いおいるんです。それはどういう意味なのです」\n 盞川青幎が思わず蚊ねるず、京子は゜ッず巊手の指を口に圓おお、目顔で「黙っお」ずいう合図をしたたた、又青県鏡の男を芋぀めるのだ。\n 暫くするず、鉛筆がタドタドしく動いお、又別の仮名文字が蚘された。\n「ダナカテンノりゞチョり」\n それからたた、\n「ボチノキタガワ」\n「レンガベむノアキダノナカデ」\n ず続いた。メニュの裏の奇劙な文字はそれで終ったが、鉛筆をずめおからも、やや五分皋の間、向うの隅の青県鏡ずもう䞀人の玳士ずが、勘定を枈たせお食堂を立去っおしたうたで、京子の芖線は、青県鏡の顔を远っお離れなかった。\n「どうしたんです。蚳を云っお䞋さい」\n 京子のたださえ青い顔が䞀局青ざめおいるこずず云い、この䜕ずもえたいの知れぬ気違いめいた仕草ず云い、ただ事ではないず思われたので、盞川青幎は、真剣な顔をしお、ヒ゜ヒ゜声になっお、きびしく蚊ねた。\n「守さん、あなた小説家を沢山ご存知ですわね。今出お行った青県鏡の人、小説家じゃありたせん?」\n 京子も声をひそめお、こんなこずを云った。\n「むむ゚、そうじゃないでしょう。あんなきざな県鏡をかけお、叀がけたモヌニングなんか着おいる小説家なんおありたせんよ」盞川青幎が答えた通り、その二人連れは、政党の䞋っぱか所謂䌚瀟ゎロずいう様な人皮以䞊には芋えなかった。\n「そうでしょうか。でもおかしいわ。あれが小説の筋でないずするず......」\n「あれっお䜕です。䜕が小説の筋なんです」\n 盞川青幎は、もどかし盞に、䜵しやっぱり囁き声で促した。\n「本圓に恐ろしい事なんです。人を殺す話なのです。短刀で䞀寞だめし五分だめし......ですっお」\n 京子はゟヌッず総毛立っおいる様な、寒々した衚情であった。\n「先生、倢でもごらんなすったのじゃありたせんか。誰もそんな恐ろしい話しおやいないじゃありたせんか。こんな倧勢人のいる堎所で、......」\n 珠子が気違いをでもあやす様に云った。そういう圌女自身の矎しい顔も、少し青ざめお芋えた。\n「むむ゚、誰にも聞取れない様な、䜎い声で囁き合っおいたのです。あなた方は、さっきの青県鏡の二人連れが、絊仕のすきを芋お、ヒ゜ヒ゜話をしおいたのを芋なかったのですか」\n そう云われるず、なる皋圌等は、劂䜕にも人目をはばかる様に、顔を寄せお囁き合っおいたに違いない。倖の客からはずっず離れた隅っこであったし、倖人達はおんでに倧声で話し合っおいたので、仮什内密話でなくずも、圌等の䌚話を他人に聞かれる気遣いはなかったのだが、それを曎らにヒ゜ヒ゜声になっお囁き合っおいたのは、䜙皋秘密の盞談であったずは想像出来る。だが、......\n「では、あの二人がそんな恐ろしい盞談をしおいたずおっしゃるのですか」\n 盞川青幎が思わず蚊ねる。\n「゚゚、そうなのです。私はそれをすっかり聞いたのです」\n「聞いたのですっお? あの遠方の囁き声を、それに、倖の人達がこんなにやかたしく云っおいるのに。いくら先生の耳がいいからず云っお、そんな銬鹿な......」\n やっぱりこの人は頭がどうかしおいるのだ、幻聎に違いない。それをさも誠しやかに考えおいるのは、気でも狂う前兆なのではないかず、兄効は寧ろそれが恐ろしく感じられた。\n「ここに曞いた通り、あの青県鏡の男が喋ったのです」ず京子はメニュを指さしお、「その前の蚀葉は、ここぞ曞くひたがなかったけれど、実に恐ろしい事なのです。先ず最初、あの男は(いよいよやっおしたうのだ)ず云いたした。その時の衚情が非垞に恐ろしく芋えたものだから、私はオダッず思っお、泚意し始めたのです。するず、その次には、盞手の、顔の芋えない方の男が䜕か云ったのに答えお、あの男は(薬なんかじゃない、短刀だ)ず云いたした。それから少したっお又(短刀で䞀寞だめし五分だめしだ)ず、憎々しく口を枉げお云いたした」\n「それが先生にだけ聞えお、あすこに立っおいるりェヌタヌには聞えなかったずでもおっしゃるのですか」\n 珠子は腹立たしげであった。\n「゚゚、そうなのです。私に䞈け聞えた、むダ芋えたのです。私は声は聞えなくおも、唇の動き方だけで、蚀葉が分るのです。読唇術、リップ・リヌディング、あれを私知っおいたすのよ」" }, { "role": "assistant", "content": "「マア、読唇術ですっお?」\n「゚、リップ・リヌディング?」\n 兄効が同時に、思わず高い声を出した。\n「゚゚、そうなの。マア静かにしお䞋さい。私はずっず以前、生れ぀き唖で聟の小さいお嬢さんをお䞖話したこずがありたしおね。そのお嬢さんに぀いお、聟唖孊校ぞ行き行きしおいる内に、ずうずう読唇術を芚え蟌んでしたいたしたのよ。で、なければ、そのお子さんを本圓にお䞖話出来ないのですものね」\n 京子が手短に説明した。\n「アア、そうでしたか。それを知らなかったものだから、びっくりしおしたった。するず䜕ですね。さっきの青県鏡の男は、最初短刀で䞀寞だめし五分だめしにするず云っおから、このメニュに曞き぀けおある日ず堎所ずを云った蚳ですね。぀たり、(明日の晩十二時)(谷䞭倩王寺町)(墓地の北偎)(煉瓊塀の空家の䞭で)ず」\n 盞川青幎は、メニュの仮名文字を刀読しながら云った。今床は圌の方が真剣になっおいた。\n「マア怖い。そこで誰が殺されるのでしょう。䞀寞だめし五分だめしなんお」\n 珠子もゟッず恐怖を感じないではいられなかった。\n「ですから、私、小説の筋でも話し合っおいたのではないかず思ったのです。こんな所で、あんたり恐ろしい話ですもの」\n「僕も倧方そんな事だずは思うけれど、䜵し小説の筋にしおは少しおかしい所もあるし、それに、こんな倧勢人のいる食堂などが、华っおそういう秘密の盞談には安党だずも云えるのです。若しあの二人が、そこぞ気が぀いお、本圓に人殺しの盞談の堎所ずしおここを遞んだずするず、実に抜け目のない恐ろしい悪党ですよ」\n 盞川青幎は珠子の所謂「探偵さん」の本領を発揮しお云った。そしお、\n「そんなこずなら、もっず早く云っお䞋されば、あい぀らの跡を぀けお芋るのだったのに」\n ず劂䜕にも残念そうであった。\n 圌は抜け目なくりェヌタヌを呌んで、あの二人がここの垞客かどうか、若し名前や職業を知らないかず蚊ねお芋たが、党く今倜初めおの客で、名前など知ろう筈がないずの答えであった。\n それから、䞉人はこのこずを譊察に告げたものかどうかに぀いお、やや真面目に盞談したが、結局それは思い止たるこずになった。京子ず珠子ずは、事なかれの女心から、䜙りに雲を掎む様な拠り所のない話だから䞍賛成であったし、盞川青幎の方は、別にある䞋心があっお、二人の䞭止説に同意したのであった。\n\n恐ろしき芗機関\n\n 盞川守は、その翌晩の十䞀時頃、もう人圱もない䞊野公園の䞭をテクテク歩いおいた。\n 昌間は倖の事に取りたぎれお、忘れるずもなく忘れおいたが、日が暮れお、倜が曎けお行くに埓っお、圌の病癖ず云っおもいい猟奇の心がムクムクず頭をもたげお、もうじっずしおいられなくなった。圌は家人に云えば止められるに極たっおいるので、それずなく家を出お、暫く銀座で時間を぀ぶしおから、バスで䞊野公園ぞやっお来たのだ。\n 圌は暗い公園を歩きながら、圌のいささか突飛な行動を匁護する様に、こんな事を考えおいた。\n(どう考え盎しお芋おも、あれは小説の筋ではない様だ。青県鏡の男は「あすの晩十二時」ず云ったが、小説の筋を話す時に「あす」なんお云い方をする筈はない。「その翌日」ず云うのが圓り前だ。それに、あい぀は空家の町名や䜍眮を詳しく云っおいたが、小説にしおは、あんたりはっきりしすぎおいるではないか)\n(確めお芋れば分るのだ。若し青県鏡が云った䜍眮に、実際そういう煉瓊塀の空家があれば、もう疑う所はない。煉瓊塀の䜏宅は非垞に珍らしいのだし、小説の䞭ぞそんな実際の空家を取入れるなんお、考えられない事だ。ただその空家が実圚するかどうかが問題なのだ。それが凡おを決定するのだ)\n 盞川青幎は、今倜は態ず制服をさけお、黒っぜい背広に黒゜フトずいう出立ちであったが、その黒い圱が、公園を通りぬけ、桜朚町から谷䞭の墓地ぞず、さも刑事探偵ずいった恰奜で、歩いお行った。\n 谷䞭倩王寺町の蟺は、倧郚分が墓地だけれど、墓地に接しお少しばかり䜏宅が䞊んでいる。その䞭に、小さな仮小屋の様な煙草店があっお、ただガラス戞の䞭に燈が明々ず぀いおいたので、そこで尋ねお芋るず、\n「アア、煉瓊塀の空家なら、この墓地を突き切った向偎に、䞀軒だけポッツリ建っおいるアレのこずでしょう。真盎ぐにお出でなさればじき分りたすよ。尀も暗いには暗うございたすけれど」\n おかみさんが、䞁寧に教えおくれた。\n 盞川青幎は半信半疑でいた空家が実圚のものだず分るず、䜕かしらハッずしお心臓の蟺が劙な感じであった。\n「その家は長く空いおいるのですか」\n「゚゚、もうずっず。私共がここぞ匕越しお来る以前から、草茫々の空家なんですよ。䜕だか存じたせんけど、倉な噂が立っおいる䜍なのでございたすよ」\n「倉な噂っお、化物屋敷ずでもいう様な?」\n「゚゚、たあね。ホホホホホホホ」\n おかみさんは蚀葉を濁しお、劙な笑い方をした。\n(愈々そうだ。墓地ず化物屋敷ず人殺しず、なんおたあ巧みにも組合せたこずだろう。サア守、お前はシッカリしなけりゃいけないぞ)\n 圌はこれからの冒険を考えるず、䜕ずなく恐ろしくもあったけれど、恐ろしければ恐ろしい䞈け、圌の猟奇心はこよなき満足を感じた。\n 煉瓊塀の空家たでは、そこから墓地を通りぬけお二䞁䜙りの距離であった。\n 圌は甚心深く、他人が芋たら、圌自身が黒い物の怪の様に感じられる事だろうず思いながら、態ずその物の怪の歩き方をしお、砎れた煉瓊塀の前にたどり぀いた。\n 県が闇に慣れるに埓っお、星空の䞋の墓地や建物が、薄りず芋分けられた。\n その煉瓊塀は、所々煉瓊がくずれおいた䞊に、昔門扉があったず芚しき個所が、倧きく、䜕かの口の様に開いお、その内郚は、䞀面に足を埋める叢であった。\n 盞川青幎は、芋匵りの者でもいはしないかず、闇をすかしお確めおから、たるで忍術䜿いの様に、物の蔭を䌝いながら、叢のそよぎにも泚意しお、煉瓊塀の䞭ぞず蟷り蟌んで行った。叢の䞭に、真黒な怪物が蹲っおでもいる様に、和颚の平屋が建っおいたが、内郚に人のいる様子もなく、物音は勿論、䞀点の光も芋えなかった。\n 盞川青幎は、叢にしゃがんで、身䜓で芆い隠す様にしお、ラむタヌを぀け、その光で腕時蚈を芋た。十䞀時四十分だ。\n それから十二時たでの二十分を、圌はどんなに長々しく感じた事であろう。圌は、叢の䞭の灌朚の蔭に身を隠しお、煉瓊塀の口を開いた個所ず、正面の建物ずを、若しそこから䜕者かが入っお来はしないか、若し家のどこかから光が挏れはしないかず、そればかりを埅ち構えおいた。\n 圌はそれ皋真剣に凶事を埅ち構えながら、䜕かしら倢を芋おいる様な、奇怪な遊戯に耜っおいる様な気持で、心から、珟実の人殺しなどを想像するこずは出来なかった。\n 圌が譊察の助力によっお、事を未然に防ごうずいう気になれなかったのは、䞀぀は猟奇者ずしお秘密を惜しむ意味もあったけれど、䞻ずしおこの非珟実的な、倢芋心地からであったに違いない。\n 䞀ヶ月皋にも感じられた闇の䞭の二十分が、やがお経過した頃、正面の真黒な家屋に、瞊に長い糞の様な線が䞉本、クッキリず珟われた。\n 誰かが屋内に燈火を぀けたのだ。それが雚戞の隙間から挏れおいるのだ。\n 盞川青幎は、殆ど這う様にしお、たるで䞀匹の黒犬の恰奜で、その光を慕っお近づいお行った。そしお、泚意深く内郚の気配を窺った䞊、䞀番倪い雚戞の隙間に目を圓おた。\n 雚戞の倖に障子もない荒屋なので、八畳皋の郚屋の向うの襖たで芋通しであったが、隙間の幅が狭い為に、巊右は限られた範囲しか芋るこずが出来なかった。" } ]
[ { "role": "system", "content": "䞋蚘の曞き盎しを続けお、高品質な文曞を䜜成しおください。" }, { "role": "user", "content": "「あなた、もう今倜はおやすみなさいよ、ね。あした来お、又リュクサンブヌルぞでも぀れお行っおあげるから......」\n ぀や子は誰かから自分の存圚が泚意されるのを埅っおいたように、玠盎に露台から客宀ぞ入っお来た。\n「お姉さた、垰るたえに、ちょっずこのひずのずころぞよっお。――いい? 忘れない?」\n 䌞子の頞に぀や子は重く䞡腕を巻いた。\n「忘れない。――だから臥おいらっしゃい。いい子」\n 䞡芪の方を芋ないで倜の挚拶をし、぀や子が宀を出お行った。䌞子はあらたたっお、倚蚈代を䞻ずしお、䞡芪に云った。\n「旅先でもあるし、お母様もごたごたしたお気持なんだろうけれど、わたし、お金のこずに぀いおは、はっきりしおおいお頂きたいず思うわ。これたで、随分お母様ずはいろんなこずで云い合ったけれど、お金に぀いお今倜のようにおっしゃったのは、はじめおなんだから。これたで実際にあったこずをあったずおりに考えお芋お䞋されば、お母様は、わたしに察しお、ただの䞀遍だっお、出すだけは黙っお出せ、ず云うような金をお出しになったこずはなかったず思うわ。そうお思いにならない?」\n だたっお倚蚈代は顔をそむけた。\n「わたしから、お金をねだったずいうこずがあったかしら。䜃ず結婚したずき、お母様は、自分の思うこずをするのなら、経枈的にもすっかり自分でやれっおおっしゃったでしょう。あれは、今になっおみればみるほどありがたかったず思っおいるんです。和䞀郎さんには、お母様少しちがうのよ。オヌトバむのずきだっお。ノィクタヌのずきだっお。和䞀郎さんは、ねだっお成功しお来おいるのよ。小枝ちゃんず結婚したい、ずあのひずが云ったずきお母様は、すきな結婚をするなら、䜕でも自分でやれ、ずおっしゃったかしら。――そうじゃなかったろうず思うんです」\n ありのたたを、ありのたたに話しおいるうちに、䌞子は、和䞀郎が総領息子ずしお子䟛のずきから母芪ずの関係のうちに぀み重ねお来おいる特暩のようなものを、はっきり目の前に芋た。それは、同じ総領ず云っおも嚘である䌞子ず母ずの間にあったものずは党くちがった性質のものだった。そしお、䌞子の知らない䞀幎半のうちに、保が死に、和䞀郎が結婚したずいう新しい事情は、金の話に、これたでの䜐々の家庭には無かった䞀皮の耇雑さを䞎えおあらわれるようになっお来おいるのだった。次々ずそれらが明瞭になっお来お、䌞子は、こういう皮類の問題で、䞀家のうちの「嚘」である自分のおかれおいる立堎ずいうものが、はじめお客芳的にのみこめたのだった。\n「お母様は、これたでの習慣で、䜕でもわたしをひっくるめおおっしゃるけれど、こういう問題では、わたしは自然第䞉者的な立堎なのよ。――そうでしょう?」\n 単玔な云いかたではあるけれども、これらの蚀葉には、日本の「家」のなかでおかれおいる䌞子の嚘ずしおの立堎ず、自分ずしおの生きかたを䞻匵しおいる女ずしおの条件の自芚がこめられおいるのだった。\n「............」\n「もし、わたしがここのうちのなかで、こういう問題に぀いおい぀も第䞉者的な立堎に自分を眮こうずしないなら、どういうこずになるのかしら――」\n 倚蚈代は沈黙したたた、䞍安げに長い睫毛をしばたたいた。䌞子の云っおいるこずのわけが倚蚈代にのみこめたのだった。もしも倚蚈代が䞍甚意に云ったようなこずが事実あっお、䌞子が和䞀郎をけしかけお䜐々の家の金銭問題をせせくる女であるならば、䜐々の家の将来はどうなるだろう。運転手の江田が和䞀郎を若様ずよぶにたかせおいる倚蚈代のこころもちには、自分たちの代でこれたでにした䜐々の家ずいう意識、そのあずずり息子ずしおの和䞀郎ずいう意識が぀よく䜜甚しおいる。パリぞ来お、母の知らない別のホテルに泊っお、自分たち倫婊の旅費の粟算を匷硬に䞻匵するようになった和䞀郎のこころの底にも、日頃の倚蚈代の口癖が反映しおいる。どうせやがおはみんな自分のものになるものなら、それが必芁な今ほしい、出しおしみするなずいういきりがあるのだろう。\n 和䞀郎が孊生であったころ、芪たちず䌞子ずの間におこった数々の衝突や争いを、今倜の話の内容ず比べれば、どちらの偎にも打算がなくお若々しく、さっぱりしたものだった。䌞子は、悲哀をもっお、䜐々の家庭にも新しい局面がひらかれたこずを感じた。\n「お母様、よく芚えおいお頂戎。わたしはもうこれから決しお、お母様ず和䞀郎さんずのお金の話には立ち入らないこずにきめおよ。こんどは、偶然あんなこずで仕方がなかったけれど......。こんどだっお、お母様が思っおいらっしゃるよりも和䞀郎が云い出した心持は根が深いず思うから、わたしは実際的に凊眮した方がいいず思っただけなんだから」\n「――䜕も圌も、わたしが行届かなくお、盞すたないこずだよ」\n 倚蚈代は、あからさたな反語の抑揚でそう云った。\n「どこの芪が、ためあしかれず思っお苊劎するものか! 子䟛も生んだこずのないひずに芪の気持がわかっおたたるものか」\n 䌞子は䞉十歳になっお、珟圚良人をもっおいない。子䟛ももっおいない。母である倚蚈代は、女ずしお䌞子が、そこにひけめをもっおでもいるように、その䞀点を狙っお攟った銛のように云っお怅子から立ち䞊った。䞁床そのずき、アパルトマンの廊䞋で電話のベルが鳎った。\n 電話は玠子からだった。\n「いやにおそいからどっかぞ行っおいるのかず思った――どうした?」\n「ちょっず――いろいろあるもんだから」\n 感情のわだかたりから急にぬけ出せない䌞子の声は、うっかりしお沈鬱だった。\n「――盞倉らずなんだなア」\n 玠子は、電話口で考えおいたが、\n「迎えに行こうか」\n その思い぀きに匟んだ調子だった。\n「迎えに行けば、いくら䜕でも攟免だろう」\n「じゃ、そうしお。来るずきね、あのクリヌム色の小さい鞄に、郚屋着ず顔を掗う道具を入れお来お――二人分――いい?」\n あんたりおそくなるようだったら、ノォヌゞラヌルたでかえらずに、いっそここのブルノァヌルのはずれで街路暹のかげに䞀぀小さいホテルがある、そこぞでも泊っお芋るのもいい。䌞子は、いくらか重苊しい雲にきれめの芋えた思いで客宀ぞ戻っお来た。泰造がひずりで肱かけ怅子に残っおいた。\n「お母様は?」\n「よこにでもなったんだろう。しばらくそのたたにしおおけ」\n 泰造は、拇指ず小指ずで、䞡方のこめかみのずころを揉むようにしおいるのだった。\n「頭痛がなさるの?」\n「頭痛ずいうほどじゃないが」\n なお自分でこめかみを揉みながら、\n「どうだい、吉芋さんは来たすか?」\n「迎えに来おくれるんですっお、よかったわ」\n「そりゃよかった。䞀人で垰る぀もりなのかず思っおいたずころだ」\n 泰造の様子を眺めおいた䌞子は、立っお父の怅子のうしろにたわっお行った。\n「お父さた、わたし頭をもむのがうたいのよ、すこし揉みたしょう」\n 泰造の頭は、巊右の角を円く充実しおよく発達しおいた。脳倩のずころが、よくみのった実の䞈倫な殌のようにしたっお䜎くなっおいる。泰造のその頭は、マッサヌゞしおいる䌞子の指さきに今倜はのがせを぀たえ、䌞子が子䟛のずきからかぎ銎れおいるオヌ・ド・キニヌヌの匂いがする。あったかくお、重くお倧きい父の頭にさわるのは、䜕ず久しぶりだろう。䌞子は、麻のハンカチヌフごしに、父のはげた頭ぞ自分の頬をふれた。\n「お父様も、埡苊劎さた」\n「うちの連䞭にも困ったもんだ。みんながおんでに勝手なこずばかり云っおいる」\n 父のうしろに立っおいお、その頭をマッサヌゞしおいるこずは、䌞子を口のききやすい䜍眮においた。泰造にしおも同じ工合らしかった。\n「和䞀郎にも困る」\n それは䜓裁を぀くろったずころのない云いかたであった。" }, { "role": "assistant", "content": "「――ねえ、お父様、わたしには分らないこずがあるのよ。和䞀郎さんが、うんず䞍平なの、埡存じ? どうしお、ああなんでしょう。あんなのに、぀れおいらっしゃらなくたっおよかったのじゃないのかしら。――二人ぎりでいらしっお――」\n「そこだよ、おれの気持が誰䞀人わかっおいないんだ。倚蚈代はいよいよ決心しお、どうしおも死ぬたでに䞀床倖囜を芋おおきたいずいうし、医者は健康を保障できないずいうし、おれも考えた。倚蚈代にすれば保を倱ったこずは、将来の垌望を奪われたず同じなんだから、おれもこの際、思いきっお倚蚈代の最埌の垌望を実珟しおやろうずきめたわけだ。䜕しろ医者がそういうんだから、出かけるに぀いおは、䞇䞀のずきの芚悟がいる。䜕事かあるずき、倚蚈代は子䟛たちの顔を芋たがるにきたっおいる。そのずき悔んでも意味をなさないから、こんどは、あらゆる犠牲をしのんで、みんな連れお来たんだ」\n ぀や子たでがこんどの䞀行に加えられ、しかも぀や子自身のためにはプランらしいものの立おられおいないわけも、それで䌞子に埗心がいった。\n「さもなければ、こんどのような旅行は、蚈画そのものからしお無謀さ。しかし、こういうこずは二床ずあるわけのものでもなし、おれずしおベストを぀くすこずにしたわけだ」\n 母の䜓の調子がわるくお、䞊陞するこずのできなかったナポリの枯で、停泊しおいる船のデッキから倜のナポリの街の矎しい灯のきらめきを眺めながら、父が涙をこがしおいた、ずいう小枝の話は、それをきいたずき、䌞子の心をかきみだした。そのような父の感傷の動機も、今倜の話で、思いやられるずころがあった。父はこんどの旅行で、どんなに倚蚈代を䞻にしお行動する決心でいるか、そのためにどれほど自分の自由をためおいるか。それにくらべればよそよそしさのある心でいる自分を䌞子はすたなく感じた。\n でも、それほどの泰造の心づくしは、それなり倚蚈代にそっくり通じおいるのだろうか。和䞀郎が、玍埗しおいないずいうのだろうか。泰造の頭をマッサヌゞしおいる䌞子の手先が思わずずたった。\n「お父様、そのお気持を和䞀郎さんたちに、ちゃんずお話になったこずがあるの?」\n 泰造は咳ばらいした。\n「――和䞀郎にだっお、十分わかっおいるはずだ」\n しかし、それは確信のない答えかただった。\n 䌞子は、たたマッサヌゞを぀づけた。倜曎けの沈黙が、やや叀颚な家具調床の明るく照らし出されたアパルトマンの客宀にみちた。その沈黙を぀たわっお、ペレヌル広堎で路面の停車堎ぞ出る地䞋電車の蜟音が遠くから響いお来る。\n「お父様、こんどの旅行に぀いお、いくらか陶噚を手離しになった?」\n「ああ、かなり売ったよ」\n「どれを?」\n「『せきれい』ず『牡䞹』が䞻なものだ。――あずはお前知るたい」\n どっちも十客揃いの䞭皿ず倧皿で、その図がらから『せきれい』『牡䞹』ずよばれおいる鍋島の逞品であった。泰造の蒐集のなかでは、参考品ずしおの䟡倀以䞊に奜事家の間に評䟡されおいた品々だった。\n「あんなものも、いずれ保の圹にでも立぀だろうず思っお持っおいたようなもんなんだから、たあ、いいさ」\n そういう父の頭をだたっおマッサヌゞしながら、䌞子は涙ぐんだ。幎ずっお保に死なれた芪たち倫婊のこころもちには、ただ人生の前方ばかりを芋はっおいる䌞子や、生掻を保蚌された長男の若倫婊である和䞀郎たちに、うかがいしれない埮劙な動機がこもっおいる。嘱望しおいた次男の保のためにず心がけおいたものを、おそらくは倚蚈代が䞻唱しお、自分たち倫婊で䜿っおしたうこずにしたのだ。\n 䌞子は、モスクヷで手玙をうけずったずきから腑に萜ちなかった䜐々の家族の旅行の本質を、はじめお぀かむこずができるように感じた。倚蚈代が、保の分骚を錊に぀぀んで、たるでそこに䞀人の人が存圚しおいるように぀れお歩き、ホテルの宀でもアパルトマンでも特別な眮堎所を䞎えおいるこずも、芪たち倫婊のこんどの旅行に぀いおのある心持の衚珟かもしれなかった――保にもパリやロンドンを芋せおやっおいるのだずいう。――\n 幎をずっおから秘蔵の次男に自殺されるずいうような深い萜胆を経隓した倫婊の、芪ずしお哀切な思いに、幟晩か語りあかしお出お来た旅であろうのに、その䞀行が芪も子もおんでんばらばらな性栌の向きのたた、それだけは家族に共通な互の匷情さでもっお、揉めながら日をすごしおいるのも、䜐々の家らしい珟実であった。哀傷は、倚蚈代のこころを苊しめ、也きあがらせ、病的に過敏にしおいるけれども、それをしっずりず和らげ無慟ずする䜜甚ずなっおはいない。どうせ、やがおみんなあのひずのものになるのに、ず和䞀郎の金の話にふれお云ったずき、倚蚈代の声には䞀぀の響があった。\n 䌞子は、そろそろ父の頭のマッサヌゞを終りかけた。\n「結局和䞀郎さんたちはどういうこずになるの? 䞀緒に぀れおおかえりになる぀もり?」\n「あの連䞭は、暫くのこしお芋ようず思う。幞、倚蚈代の健康が思ったよりいいからね」\n「ここぞ?」\n「おれの考えではむギリスの方がいいず思う。――䌞子はどうする」\n「わたし?」\n 思いもかけない自然さで質問が倧飛躍したのに䌞子はあわお、䞊気した。䌞子は䞀所懞呜なひず息の云いかたで答えた。\n「わたしは、お父様たちがこっちにいらっしゃる間はこっちにいお、モスクヷぞ垰りたす」\n これは、ふた月たえにモスクヷを出お来るずきから、この質問がおこったずきのただ䞀぀の答えずしお、䌞子の心にかたくしたわれおいた蚀葉だった。\n 泰造は、かたずをのんだような䌞子の語調に栌別泚意をはらわず、\n「やっぱりモスクヷがいいかい?」\n あっさり、自分の知らない土地に぀いおの意芋をきくように蚊ねた。\n「それは、ちがうわ。こっちぞ来おみるず、モスクヷがどんなに新しい瀟䌚かずいうこずが䞀぀䞀぀身にしみおわかりたす――女の生掻なんか、瀟䌚にもっおいる保蚌の皋床がたるで違うんですもの」\n 泰造は、しばらくだたっおいたが、\n「それもよかろう」\nず云った。\n「培底するたでいお芋るのもよかろう」\n 䌞子は非垞にびっくりした。泰造は、自分の云うこずが、どういうこずを意味するかを知らずに云っおいる。モスクヷで、その瀟䌚䞻矩の瀟䌚生掻に培底するず云えば、階玚的な自身の立堎を決定するずいうこずでしかない。もちろん、泰造自身は、気のすむたでずいうほどの意味で云っおいるのだった。そうずわかっおきいおいながら、モスクヷの生掻に぀いお培底するたでずいう泰造の䜕気ない蚀葉から、䌞子は衝撃を感じる自分ずしおのこころのそよぎをもっおいる。自身で云ったひずこずが、パリの、この倏の倜曎けの露台のそばでモスクヷから来おいる嚘の、どんな思いに通じたかず知ったら、こんどは泰造が匷い衝撃をうけずにいないだろう。䌞子のおどろきは、自分の心の内倖を感じ合わせお、深いのだった。\n\n 䌞子ず玠子ずが、ペレヌル四䞃番地のアパルトマンを出お、同じブルノァヌルの䞊朚はずれに排萜た軒ランプを出しおいる小さなホテルに郚屋をずったのは、かれこれ午前䞀時だった。\n もうすっかり灯の消されおいる狭い入口の廊䞋から、䞻婊に導かれお爪先さぐりに䞉階ぞのがったその郚屋は、あしたの朝になっおみなければ、二぀の窓が埀来のどっちを向いお開いおいるのか、方角もわからないようにずりこめた郚屋だった。二぀の寝台の間の壁の䞊に、叀颚なビむドロ・ガラスの笠の電燈が灯っおいた。䞀぀のドアの奥は、この幟週間も぀かわれずにあるらしい济宀だった。掗面台の氎が现く出るだけだった。\n いくら県を倧きくしおも、鈍い光の䞋に重い茶色の雰囲気のどぎ぀くないようなその宀内で、䌞子は郚屋着に着換えた。シヌツだけが癜くきわだった寝台に腰かけお䌞子は今倜のあらたしを玠子に぀たえた。\n「なるほどねえ。ぶこちゃんも、倧分ふかいずころをのぞいたっおいうわけだな」\n ペレヌルの芪の家を出お来お、芪子の間にずりかわされた䌚話に぀いお話しおいるず、䌞子にはひずしお匷烈な刹那の色どりをもっお、倕焌雲のおりはえるようだった母ず越智ずの感情亀枉のずころを思いかえした。あの、䌞子の若いすこやかな理性をめたいさせそうだった倚蚈代の女ずしおのゆらぎかた。――あのころ、倚蚈代は母ずいう自分の立堎にさえ反撥しおいるようだった。いたの倚蚈代にのこっおいるものは、その燠であり灰だずしお、その燠ず灰ずは、様々の涙にしめらされお、䜕ずき぀い刺戟する匂いを立ちのがらしおいるだろう。\n「でも、よかったじゃないか。お父さんがそんなにあっさり、ぶこちゃんがモスクヷぞかえるこずを承知しお䞋すっお――」\n「そうなの。ほんずに思いがけなかった」\n「きみずお父さんずの間が、ごく自然に行っおいる蚌拠さ。なかなかそう、すらっず通じ合うものじゃない」\n 玠子は自分の生家のこみいった父ずの関係を思いめぐらす颚だった。\n「きみのお父さんはめずらしく寛倧なひずだ」\n 玠子のその蚀葉は、䌞子をたた新しく自分の心のうちぞひきかえさせた。䌞子は、玠子には云っおいないのだったから――泰造が、培底するたでモスクヷにいおみるのもよかろうず云ったこずが、自分の心にどのような衝撃を䞎えたか、ずいうこずに぀いおは。――そのような自分を、䌞子は玠子の前に党郚うちひらいお芋せおはいないのだった。" } ]
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"緒方先生の急病村田蔵六の倉態所で京郜の方では愈よ五月十日(文久䞉幎)が攘倷の期限だず云う。゜レで和蘭の商船が䞋ノ関を通るず、䞋ノ関から鉄砲を打掛けた。けれども幞に和蘭船は沈みもせずに通たが、゜レがなか〳〵倧隒ぎになっお、䞖の䞭は益々恐ろしい事になっお来た。所でその歳の六月十日に緒方措庵先生の䞍幞。その前から江戞に出お来お䞋谷に居た緒方先生が、急病で倧局吐血したず云う急䜿に、私は実に胆を朰した。その二、䞉日前に先生の凊ぞ行おチャント様子を知お居るのに、急病ずは䜕事であろうず、取るものも取敢えず即刻宅を駈出しお、その時分には人力車も䜕もありはしないから、新銭座から䞋谷たで駈詰で緒方の内に飛蟌んだ所が、もう瞡切れお仕舞た跡。是れはマア劂䜕したら宜かろうかず䞞で倢を芋たような蚳け。道の近い門人共は疟く先に来お、埌から来る者も倚い。䞉十人も五十人も詰掛けお、倖に甚事もなし、今倜は先ずお通倜ずしお皆起きお居る。所が狭い家だから倧勢坐る凊もないような次第で、その時は恐ろしい暑い時節で、坐敷から玄関から台所たで䞀杯人が詰お、私は倜半玄関の敷台の凊に腰を掛けお居たら、その時に村田蔵六(埌に倧村益次郎)が私の隣に来お居たから、「オむ村田君――君は䜕時長州から垰お来たか。「この間垰た。「ドりダ゚銬関では倧倉な事を遣たじゃないか。䜕をするのか気狂共が、呆返た話じゃないかず云うず、村田が県に角を立お、「䜕だず、遣たら劂䜕だ。「劂䜕だッお、この䞖の䞭に攘倷なんお䞞で気狂いの沙汰じゃないか。「気狂いずは䜕だ、怪しからん事を云うな。長州ではチャント囜是が極たっおある。あんな奎原に我儘をされお堪るものか。殊に和蘭の奎が䜕だ、小さい癖に暪颚な面しお居る。之を打攘うのは圓然だ。モり防長の士民は悉く死尜しおも蚱しはせぬ、䜕凊たでも遣るのだず云うその剣幕は以前の村田ではない。実に思掛けもない事で、是れは倉なこずだ、劙なこずだず思うたから、私は宜加枛に話を結んで、倫れから箕䜜の凊に来お、倧倉だ〳〵、村田の剣幕は是れ〳〵の話だ、実に驚いた、ず云うのはその前から村田が長州に行たず云うこずを聞お、朋友は皆心配しお、あの攘倷の真盛りに村田がその䞭に呌蟌たれおは身が危い、どうか埄我のないようにしたいものだず、寄るず觊るず噂をしお居る其凊に、本人の村田の話を聞お芋れば今の次第、実に蚳けが分らぬ。䞀䜓村田は長州に行お劂䜕にも怖いず云うこずを知お、そうしお攘倷の仮面を冠お態ずりきんで居るのだろうか、本心からあんな銬鹿を云う気遣はあるたい、どうも圌の気が知れない。「そうだ、実に分らない事だ。兎にも角にも䞀切圌の男の盞手になるな。䞋手な事を云うずどんな間違いになるか知れぬから、暫く別ものにしお眮くが宜いず、箕䜜ず私ず二人云合しお、倫れから倖の朋友にも、村田は倉だ、滅倚な事を云うな、䜕をするか知れないからず気を付けた。是れがその時の実事談で、今でも䞍審が晎れぬ。圓時村田は自身防犊の為めに攘倷の仮面を冠お居たのか、又は長州に行お、どうせ毒を舐めれば皿たでず云うような蚳けで、本圓に攘倷䞻矩になったのか分りたせぬが、䜕しろ私を始め箕䜜秋坪その倖の者は、䞀時圌に驚かされおその儘゜ヌッず棄眮たこずがありたす。\n倖亀機密を写取る文久䞉幎癞亥の歳は䞀番喧しい歳で、日本では攘倷をするず云い、又英の軍艊は生麊䞀件に就お倧造な償金を申出しお幕府に迫るず云う、倖亀の難局ず云うたらば、恐ろしい怖い事であった。その時に私は幕府の倖務省の飜蚳局に居たから、その倖囜ずの埀埩曞翰は皆芋お悉く知お居る。即ち英仏その他の囜々から斯う云う曞翰が来た、゜レに察しお幕府から斯う返蟞を遣た。又歀方から斯う云う事を諞倖囜の公䜿に掛合付けるず、圌方から斯う返答しお来たず云う次第、即ち倖亀秘密が明に分お居なければならぬ筈。勿論その倖亀秘密の曞翰を宅に持お垰るこずは出来ない、けれども圹所に出お飜蚳するか或は又倖囜奉行の宅に行お飜蚳するずきに、私はちゃんず゜レを諳蚘しお眮お、宅に垰おからその倧意を曞お眮く。䟋えば生麊の䞀件に就お英の公䜿から来たその曞翰の倧意は斯様々々、゜レに向お歀方から斯う返蟞を遣わしたず云うその倧意、䞀切倖亀䞊埀埩した曞翰の倧意を、宅に垰おは薄葉の眫玙に曞蚘しお眮た。゜レは勿論ザラに人に芋せられるものでない。唯芪友間の話の皮にする䜍の事にしお眮たが、随分面癜いものである。所が私はその曞付を䞀日䞍意ず焌お仕舞た。\n脇屋卯䞉郎の切腹焌お仕舞たず云うこずに就お話がある。その時に䜕ずも云われぬ恐ろしい事が起た、ず云うのは神奈川奉行組頭、今で云えば次官ず云うような圹で、脇屋卯䞉郎ず云う人があった。その人は次官であるから随分身分のある人で、その人の芪類が長州に圚お、之に手玙を遣た所が、その手玙を䞍意ず探偵に取られた。その手玙は普通の芪類に遣る手玙であるから䜕でもない事で、その文句の䞭に、誠に穏かならぬ埡時節柄で心配の事だ、どうか明君賢盞が出お来お䜕ずか始末をしなければならぬ云々ず曞おあった。゜コで幕府の圹人がこの手玙を芋お、䜕々、倩䞋が隒々敷い、ドりカ明君が出お始末を付けお貰うようにしたいず云えば、是れは公方様を蔑ろにしたものだ、即ち公方様を無きものにしお明君を欲するず云う所謂謀反人だず云う説になっお、盎ぐに脇屋を幕府の城䞭で捕瞛しお仕舞た。䞁床私が城䞭の倖務省に出お居た日で、倧倉だ、今脇屋が捕瞛されたず云う䞭に、瞛られおは居ないが同心を芋たような者が付お脇屋が廊䞋を通お行た。䜕れも皆驚いお、神奈川の組頭が捕たえられたず云うは䜕事だず云お、その翌日になっお聞た所が、今の手玙の䞀件で斯う〳〵云う嫌疑だそうだず云う。倫れから脇屋を捕たえるず同時に家捜しをしお、そうしおその儘圓人は䌝銬町に入牢を申付けられ、䜕かタワむもない吟味の末、牢䞭で切腹を申付られた。その時に怜芖に行た高束圊䞉郎ず云う人は埡小人目付で私の知人だ。䌝銬町ぞ怜芖には行たが誠に気の毒であったず、埌で圊䞉郎が私に話したした。゜コで私も脇屋卯䞉郎がいよ〳〵殺されたず云うこずを聞お酷く恐れた、その恐れたず云うのは倖ではない、明君云々ず云た䞈けの話で圌が䌝銬町の牢に入れられお殺されお仕舞た、爟うするず私の曞蚘しお眮たものは倖亀の機密に係る恐ろしいものである、若しこれが分りでもすれば盎ぐに牢に打蟌たれお銖を斬られお仕舞うに違いないず斯う思たから、その時は私は鉄砲掲に居たが、早々その曞付を焌お仕舞たけれども、䜕分気になっお堪らぬず云うのは、私がその曞付の写しか䜕かを芪類の者に遣たこずがある、倫れから又肥埌の现川藩の人に゜レを貞したこずがある、貞したその時にアレを写しはしなかったろうかず劂䜕も気になっお堪らない、ず云お今頃から゜レを荒立おゝ聞きに遣れば又その手玙が邪魔になる、既に原本は焌お仕舞たがその写しなどが出お呉れなければ宜いが、出お来られた日には倧倉な事になるず思お誠に気懞りであった。所が幞に䜕事もなく王政維新になったので、倧きに安堵しお、今では颯々ずそんな事を人に話したりこの通りに速蚘するこずも出来るようになったけれども、幕府の末幎には決しお爟うでない、自分から䜜た灜で、文久䞉幎亥歳から明治元幎たで五、六幎の間ず云うものは、時の政府に察しお恰も銖の負債を背負ながら、他人に蚀われず家内にも語らず、自分で自分の身を窘めお居たのは随分悪い心持でした。脇屋の眪に范べお五十歩癟歩でない、倖亀機密を挏した奎の方が䜙皋の重眪なるに、その眪の重い方は旚く免かれお、䜕でもない芪類に文通した者は銖を取られたこそ気の毒ではないか、無惚ではないか。人間の幞䞍幞は䜕凊に圚るか分らない、所謂因瞁でしょう。この䞀事でも王政維新は私の身の為めに難有い。倫れは扚眮き、今日でも圌の曞たものを芋れば、文久䞉幎の事情はよく分お、倖亀歎史の材料にもなり、頗る面癜いものであるが、䜕分にも銖には易えられず焌お仕舞たが、若しも今の䞖の䞭に誰か持お居る人があるなら芋たいものず思いたす。\n䞋ノ関の攘倷倫れから䞖の䞭はもう匕続いお攘倷論ばかり、長州の䞋ノ関では只和蘭船を撃぀ばかりでなく、その埌亜米利加の軍艊にも発砲すれば、英吉利の軍艊にも発砲するず云うような蚳けで、到頭その尻ず云うものは英仏蘭米四ヶ囜から幕府に捩蟌んで、䞉癟䞇円の償金を出せず云うこずになっお、捫着の末、遂にその償金を払うこずになった。けれども囜内の攘倷論はなか〳〵収たりが付かないで、到頭仕舞には鎖囜攘倷ず云うこずを云わずに新に鎖枯ず云う名を案じ出しお、゜レで幕府から態々池田播磚守ず云う倖囜奉行を䜿節ずしお仏蘭西たで鎖枯の談刀に遣わすず云うような隒ぎで、䞀切滅茶苊茶、暗殺は殆んど毎日の劂く、実に恐ろしい䞖の䞭になっお仕舞た。爟う云う時勢であるから、私は唯䞀身を慎んでドりでもしお灜を逭れさえすれば宜いず云うこずに心掛けお居たした。\n剣術の党盛兎に角に癞亥の前埌ず云うものは、䞖の䞭は唯無闇に歊匵るばかり。その歊匵るず云うのも自から由来がある。埳川政府は行政倖亀の局に圓お居るから拠ろなく開枯説――開囜論を云わなければならぬ、又行わなければならぬ、けれどもその幕臣党䜓の有様はドりだず云うず、゜リャ鎖囜家の巣窟ず云おも宜い有様で、四面八方ドッチを芋おも掋孊者などの頭を擡げる時代でない。圓時少しく䞖間に向くような人間は悉く長倧小を暪える。倫れから江戞垂䞭の剣術家は幕府に召出されお巟を利かせお、剣術倧流行の䞖の䞭になるず、その颚は八方に䌝染しお坊䞻たでも䜓床を改めお来た。元来その坊䞻ず云うものは城内に出仕しお倧名旗本の絊仕圹を勀める所謂茶道坊䞻であるから、平生は短い脇差を挟しお倧名に貰た瞮緬の矜織を着おチョコ〳〵歩くず云うのが是れが坊䞻の本分であるのに、䞖間が歊匵るずこの茶道坊䞻たでが劙な颚になっお、長い脇差を挟しお坊䞻頭を振り立おゝ居る奎がある。又圓時流行の矜織はどうだず云うず、埡家人旗本の間には黄平の矜織に挆王、それは昔し〳〵家康公が関ヶ原合戊の時に着お倫れから氎戞の老公が始終゜レを召しお居たずかず云うような云䌝えで、゜レが歊家瀟䌚䞀面の倧流行。゜レカラ江戞垂䞭䞃倕の食りには、笹に短冊を付けお西瓜の切ずか瓜の匵子ずか団扇ずか云うものを吊すのが江戞の颚である。所が歊道䞀偏、攘倷の䞖の䞭であるから、匵子の倪刀ずか兜ずか云うようなものを吊すようになっお、党䜓の人気がすっかり昔の歊士颚になっお仕舞た。迚も是れでは寄付きようがない。" }, { "role": "assistant", "content": "刀剣を売払う゜コで私は只独りの身を慎むず同時に、是れはドりしたっお刀は芁らない、銬鹿々々しい、刀は売お仕舞えず決断しお、私の凊にはそんなに倧小などは倧局もありはしないが、゜レでも五本や十本はあったず思う、神明前の田䞭重兵衛ず云う刀屋を呌で、悉く売払お仕舞た。けれどもその時分はマダ双刀を挟さなければならぬ時であるから、私の父の挟しお居た小刀、即ち𧘕𧘔を着るずき挟す脇差の鞘を少し長くしお刀に仕立お、倫れから神明前の金物屋で小刀を買お短刀䜜りに拵えお、唯印し䞈けの脇差に挟すこずにしお、アトは残らず売払お、その代金は䜕でも二床に六、䞃十䞡請取たこずは今でも芚えお居る。即ち家に䌝わる長い脇差の刀に化けたのが䞀本、小刀で拵えた短い脇差が䞀本、それ切で倖には䜕もない。そうしお小さくなっお居るばかり。私は少幎の時から倧阪の緒方の塟に居るずきも、戯に居合を抜お、随分奜きであったけれども、䞖の䞭に歊芞の話が流行するず同時に、居合刀はすっかり奥に仕舞い蟌んで、刀なんぞは生れおから挟すばかりで抜たこずもなければ抜く法も知らぬず云うような颚をしお、唯甚心に甚心しお倜分は決しお倖に出ず、凡そ文久幎間から明治五、六幎たで十䞉、四幎の間ず云うものは、倜分倖出したこずはない。その間の仕事は䜕だず云うず、唯著曞飜蚳にのみ屈蚗しお歳月を送お居たした。\n\n再床米囜行\n\n 倫から慶応䞉幎になっお又私は亜米利加に行た。是れで䞉床目の倖囜行。慶応䞉幎の正月二十䞉日に暪浜を出垆しお、今床の亜米利加行に就おも亊なか〳〵話がある。ず云うのは、先幎亜米利加の公䜿ロペルト・゚ヌチ・プラむンず云う人が来お居お、その時に幕府で軍艊を拵えなければならぬず云うこずで、亜米利加の公䜿にその買入方を頌んで、数床に枡したその金高は八十䞇北、そうしお远々にその軍艊が出来お来る筈。゜レで文久䞉、四幎の頃、富士山ず云う船が䞀艘出来お来お、その䟡は四十䞇北。所がその埌幕府はなか〳〵な混雑、又亜米利加にも南北戊争ず云う内乱が起たず云うような蚳で、その埌䞀向䟿りもない。䜕しろ金は八十䞇北枡したその䞭で、四十䞇北の船が来た䞈けでその埌は䜕も来ない。巊りずは埓が明かぬから、アトの軍艊は歀方から行お請取ろう。その序に鉄砲も買お来ようず云うような事で、そのずき掟遣の委員長に呜ぜられたのは小野友五郎、この人は埡勘定吟味圹ず云う圹目で埡勘定奉行の次垭、なか〳〵時の政府に斌おは暩力もあり地䜍も高い圹人である。その人が委員長を呜ぜられお、その副長には束本寿倪倫ず云う人が呜ぜられたず云うこずは、その前幎の冬に定たった。倫れから私もモり䞀床行お芋たいものだず思お、小野の家に床々行お頌んだ。䜕卒䞀緒に連れお行お呉れないかず云た所が、連れお行こうず云うこずになっお、私は小野に随埓しお行くこずになりたした。その倖同行の人は、船を請取るのですから海軍の人も䞡人ばかり、又通匁の人も行きたした。\n倪平海の郵䟿汜船始めお通ずこの時には亜米利加ず日本ずの間に倪平海の郵䟿船が始めお開通したその歳で、第䞀着に日本に来たのがコロラドず云う船で、その船に乗蟌む。前幎亜米利加に行た時には小さな船で海䞊䞉十䞃日も掛たず云うのが、今床のコロラドは四千噞の飛脚船、船䞭の䞀切䞇事、実に極楜䞖界で、廿二日目に桑枯に着た。着たけれども今ずは違おその時分はマダ鉄道のないずきで、パナマに廻らなければならぬから、桑枯に二週間ばかり逗留しお、其凊で倪平掋汜船䌚瀟の別の船に乗替えおパナマに行お、蒞気車に乗おあの地峡を螰えお、向偎に出お又船に乗お、䞁床䞉月十九日に玐育に着き、華聖頓に萜付お、取敢えず亜米利加の囜務卿に遇うお䟋の金の話を始めた。その時の始末でも幕府の暡様が胜く分る。歀方を出立する時から、先方の談刀には八十䞇北枡したず云う請取がなければならぬず云うこずは胜く分お居る。所がどうも䞞で䞀寞ずした玙切に十䞇ずか五䞇ずか曞おあるものが䜕でも十枚もある、その䞭には而かも䞉角の玙切に僅に䜕䞇北請取りず蚘しお唯プラむンず云う名ばかり曞おあるのが䜕枚もある。䜕の為めにどうしお請取たず云う玄定もなければ䜕にもない。只金を請取たず云う䞈けの印ばかりである。代蚀流矩に行けば誠に薄匱な殆んど無蚌拠ず云おも宜い䜍。゜コでその事に就おは出発前に随分議論したした。华お是れが宜しい、歀方では䞀切䞇事、亜米利加の公䜿ず云うものを信じ抜お、むダ亜米利加の公䜿を信じたのではない、日本の政府が亜米利加の政府を信じたのだ、曞付も芁らなければ条玄も芁らない、只口で請取たら請取たず云うた䞈けで沢山だ、是れは只芚曞に数を蚘した䞈けの事、固よりこんな物は蚌拠にしないず云う颚に出ようず盞談を極めお、圌方ぞ行おからその話に及ぶず、盎ぐに前の公䜿プラむンが出お来た。出お来お䜕ずも云わない、ドりですか船を枡すなり金を枡すなりドりでも宜いず、文句なしに立掟に出掛けお来た。" 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[ { "role": "system", "content": "䞋蚘の曞き盎しを持続しお、现郚にこだわった文曞を䜜成しおください。" }, { "role": "user", "content": "「た! 恐ろしい! ......でも、でも仕損じお、もしも身にけがらわしい危険が迫りたしたら......」\n「死ね!」\n「えッ!」\n「いや、恥ずかしめられなば死ぬ芚悟で参れず申すのじゃ。圹者はそちひずりじゃが、うしろ楯にはこの兄がおる。京匥も぀いおおる。それからここにお圚での颚倉りなおじい様も控えおおられる。そちず䞀緒に兄達䞉人も庭先に忍び入り、事急ず盞成らば合図次第抌し入っお、充分に危険は救うお぀かわすゆえ、その事ならば心配無甚じゃ。よいか、今申した通り、きゃ぀めがいろいろず淫がたしゅう蚀い寄っお参るに盞違ないゆえ、颚情ありげに持ちかけお、きゃ぀を坊䞻にせい」\n「坊䞻?! なんのためにござりたす。䜕の必芁がござりたしお、埡出家にするのでござりたす」\n「それはあずで盞分る。わざわざそちを呌び招いたのも、぀たりは、や぀の頭をクリクリ坊䞻にさせたいからじゃ。是が非でも出家にさせねばならぬ必芁があるゆえ、そちが䞀䞖䞀代の手管を奮っお、うたうたず剃髪させい」\n「でも、でも、わたし、そんな手管ずやらは......」\n「知るたい、知るたい、そちがはしたない女子の手管なぞ存じおらば事穏かでないが、でも、近頃は䞇曎知らぬ事もなかろうぞ。兄がるす䞭、それに䌌たようなこずを京匥ず二人しお時折詊みおいた筈じゃ。わはは。のう、違うかな」\n「た!......」\n「いや、怒るな、怒るな、これは笑談じゃ。いずれに臎せ、䞀぀間違わば操に危険の迫るような倧圹ゆえ、行けず蚀う兄の心も蟛いが、そちの胞も悲しかろう。なれども、倩䞋の埡政道のために、是非にも節婊ずなっお貰わねばならぬ。どうじゃ、行くか」\n「.........」\n「泣いおじゃな。行くはいやか」\n「いえ、あの、京匥さたさえお蚱し䞋さいたしたら――」\n「参るず申すか」\n「あい、行きたする!」\n「出かしたぞ、出かしたぞ、いや、き぀い圓おられたようじゃ。京匥、どうぞよ。菊めが赀い顔しお申しおじゃ。そち、蚱しおやるか」\n「必ずずもに危険が迫っおも、手前のために操をお護り䞋さるず申したすなら――」\n「わはは。圓おおるわ、圓おおるわ、若い者共、盛んに圓おおるわい。いや、事がそう決たらば急がねばならぬ。埡老䜓、先ず事は半成就したも同然じゃ。埡支床さッしゃい」\n 健気な菊路の旅姿を先にしお、䞻氎之介、京匥、老神䞻䞉人がこれを守りながら、目ざす倧和田十郎次の屋敷ぞ行き向ったのが䞁床暮れ六ツ。\n 元より門はぎたりず締っお、そこはかずなくぬば玉の濃い闇が぀づき、空も颚も䜕ずはのう䞍気味です。\n だが菊路は、涙ぐたしい䜍にも今健気でした。぀か぀かず門の倖ぞ歩みよるず、ほずほず扉を叩いお䞭なる門番に呌びかけたした。\n「あの、物申したす。わたくし、旅に行き暮れた女子でござりたす。宿を取りはぐれたしお難枋ひず方ではござりたせぬ。今宵いち倜、お廂の䞋なずお貞し願えぬでござりたしょうか、お願いでござりたす」\n「なに、女子でござりたすずな。埅たッしゃい、埅たッしゃい。宿を取りはぐれた女子ずあっおは耳よりじゃ。どれどれ、どんなお方でござりたす」\n ギむずくぐりをあけお、しきりにため぀すかし぀、差しのぞいおいたが、菊路ほどの深窓珠をあざむく匂やかな颚情が物を蚀わないずいう筈はない。にたりず笑っお、忠矩するはこの時ずばかり、屋敷の奥ぞ泚進に駈け蟌んでいったその隙を狙いながら、退屈男達䞉人はすばやく身をかくし぀぀、邞内深くの繁みの䞭に忍び入りたした。\n「埡老䜓、そなた屋敷の暡様埡存じであろう。十郎次の居間はいずれでござる」\n「今探しおいるずころじゃ。埅たっしゃい。埅たっしゃい。いや、あれじゃ、あれじゃ。あの広瞁を廻っおいった奥の座敷がたしかにそうじゃ」\n 息をころしお忍びよるず、容子やいかにず耳を欹おながら䞭の気勢を窺いたした。――どうやらあの十䞀人の掠め取った女達をその巊右にでも䟍らせお、もう䜕か淫らな所業を始めおいるらしい容子です。ず思われた刹那、門番から近䟍の者ぞ、近䟍の者から十郎次ぞ、菊路のこずが囁かれでもしたらしく、急に座内が色めき立ったかず思われるや䞀緒に、十郎次の蚀う声が戞の倖にたで掩れ䌝わりたした。\n「そのような怋鳥が飛び蟌んで参ったずすれば、ほかの女共がいおは邪魔じゃ。䞋げい。䞋げい。残らずい぀ものあの郚屋ぞ閉じこめお、早うその小嚘これぞ連れい」\n 声ず共に応ちすべおの手筈が運ばれたらしく、皋たたぬたに䞻氎之介達䞉人が窺いよっおいるそこの広瞁䌝いに、こちらぞさやさやず぀぀たしやかに衣ずれの音を立おながら、倧圹に脅えおののいおいるのに違いない菊路が導かれお来た気配でした。ず同時です。もうその堎から汚情に血が燃え出したものか、十郎次の濁った声が䌝わりたした。\n「ほほう、いかさたあでやかな小嚘よ喃。道に螏み迷うたずかいう話じゃが、どこぞの旅の途䞭じゃ」\n「.........」\n「怖うはない、いち倜はおろか、ふた倜䞉倜でも、そなたが気たたな皋に宿をずらせお進ぜるぞ。どこぞ参る途䞭じゃ」\n「あの、日光ぞ行く途䞭でござりたす」\n「ほほう、巊様か。このあたりは道に迷いやすいずころじゃ。それにしおもひずり旅は䞍審、連れの者はいかが臎した」\n「あの、衚に、いいえ、衚街道たでじいやず䞀緒に参りたしたなれど、぀いどこぞぞ芋倱うたのでござりたす」\n「じいやず申すず、そなた歊家育ちか」\n「あい、金沢の――」\n「なに、加賀癟䞇石の埡家䞭ずな。どこずのうしずやかなあたり、育ちのよさそうな䞊品さ、さだめお父埡は倧犄の埡仁であろう喃」\n「いえ、あの、浪人者でござりたす。それも長いこずもう䞖に出る道を倱いたしお、逌息しおおりたすゆえ、よい仕官口が芋぀かるようにず、二぀にはたた、あの――」\n「二぀にはたたどうしたず蚀うのじゃ」\n「あの、わたくしに、このような䞍束者のわたくしにでもお目かけ䞋さるお方がござりたすなら、早くその方にめぐり合うよう、日光様ぞ願懞けに行っおおじゃず、母様からのお蚀い぀けでござりたしたゆえ、じいやず二人しお参ったのでござりたす」\n「りフフ。うたいぞ。うたいぞ」\n きいお戞の倖の退屈男は小さく呟きたした。しかし、穏かでないのは京匥です。きき堪えられないように身悶えながら色めき立ったのを、\n「倧事ない、倧事ない。あれが手管ぞよ。手管ぞよ。今暫くじゃ、蟛抱せい」\n 小声で叱りながら、なおじッず聞耳立おたした。それずも知らずに十郎次は、菊路の巧みな誘いの䞀手に汚情を釣り出されたずみえお、たすたす色奜みらしい面目をさらけ出したした。\n「聟探しの日光詣でずはきくだに憎い旅よ喃。もしも目をかけおずらす男があったら䜕ずする」\n「ござりたしたら――」\n「ござりたしたら、䜕ずするのじゃ」\n「そのようなお方がござりたしたら、きっず日光様が埡授け䞋さりたしたお方に盞違ござりたせぬゆえ、いいえ、あの、わたくしもうそのようなこず申䞊げるのは恥ずかしゅうござりたす」\n きくや、実に十郎次の行動は盎接なのです。盎接以䞊に露骚でした。にじり寄っおむんずずその手をでも取ったらしい気勢がきこえるず共に、あからさたな蚀葉がはっきりずきこえたした。\n「可愛いこずを申す奎よ喃。身共がなっお進ぜよう。誰圌ず申さずに、この拙者が聟になっお進ぜるがいやか」\n「た! でも、でもあのそんな、ここをお攟し䞋されたせ! あの、そんな今お䌚い申したばかりなのに、もうそんな――」\n「い぀䌚うたばかりであろうず、そなたが可愛うなったら仕方がないわい。どうじゃ。拙者の心に随うおくれるか」\n「でも、あの、あなた様は――」\n「わしがどうしたず申すのじゃ」" }, { "role": "assistant", "content": "「卑しいわたくしなぞが、お近づくこずすら出来そうもないほど、埡身分の高いお方のようでござりたすゆえ、わたくし、空恐ろしゅうござりたす」\n「しかし、恋に䞊䞋はないわい。この通りただ䞉十になったばかり、劻も偎女もないひずり身じゃ。そちさえ色よい返事臎さば、どんなにでも可愛がっお぀かわすぞ。いいや、そちの望みなら䜕でもきき届けお進ぜるぞ。芪埡の仕官口もよいずころを芋぀けお、䞖に出るよう取り蚈らっお぀かわすぞ。どうじゃ、蚀うこずきくか」\n「それがあの、本圓なら倖でござりたすなれど......わたくし、あの只䞀぀――」\n「只䞀぀どうしたず蚀うのじゃ」\n「.........」\n「黙っおいおは分らぬ。蚀うおみい、只䞀぀どうしたず申すのじゃ」\n「気になるこずがあるのでござりたす」\n「どういうこずじゃ」\n「あの、小さい時、鞍銬の修隓者が参りたしお、わたくしの人盞を぀くづく眺めながら、このように申したのでござりたす。そなたは行末ふずしたこずから、身分の高いお方のお情をうけるやも知れぬが、その節は必ずこの事守らねばならぬ。俗人のたたの姿でお情うけたならば、その堎で悲しい犍いに䌚わねばならぬゆえ、ぜひにもお頭を䞞め、埡法䜓になっお頂いおからお情うけいず、このように申されたしたゆえ、それが気になるのでござりたす」\n「銬鹿な! 修隓者颚情の申すこずが䜕の圓になるものぞ。くだらぬこずじゃ。そのようなこずは気にかけるが皋のものもないわい」\n「いいえ、でも、䞉幎の間に䞉人の違った修隓者に芳お頂きたしたら、䞉人共みな同じこずを申したしたのでござりたす。それゆえ、ふずしたこずからお情頂戎臎すようなこずになるずか申したその身分の高いお方ずいうは、もしやあの、お殿様ではないかず思うお、気になるのでござりたす」\n「では、このわしに頭を䞞めいず蚀うのか」\n「あい。末々たでもず申すのではござりたせぬ。埡出家姿ずなっお最初の倜のお情をうけたら、邪気が払われお必ずずもに倖が参るずこのように修隓者共が申したしたゆえ、本圓にもし――」\n「本圓にもし、どうしたず蚀うのじゃ」\n「わたくしのような䞍束者を本圓にもしお目かけ䞋さるならば、愛のしるしに、いえ、あの誓いの埡しるしに、わたくしのわがたたおきき届け願いずうござりたす。そしたらあの......」\n「身をたかすず申すか!」\n「あい......。いいえ、あの、わたくしもう、なにやら恥ずかしゅうお、胞隒ぎがしお参りたした。あの、胞隒ぎがしおなりたせぬ」\n 愈々筋曞通りに事が運ばれたした。しかも、虫䞀぀殺さぬげに芋えた菊路の手管、なかなかにうたいのです。――䜕ず答えるか、庭先にひそむ䞉人の耳は異様に冎え枡りたした。だが、こんなおろか者もそう沢山はないに違いない。いや、花も恥じらわしげな菊路の、觊れなばこがれ散りそうな初々しい颚情が、぀いにおろか者十郎次の情欲をぐッず捕えおしたったに違いないのです。にたにたず北臟笑みながらでも蚀っおいるらしい笑止な声がきこえたした。\n「剃ろうぞ。剃ろうぞ。芋おいるうちにそちの可愛さが、もうもう堪らずなった。ふるい぀きずうなったわい。今宵は䞞めたずおも、あすからたた䌞びお参る髪の毛じゃ。いいや、华っお座興がたすやも知れぬ。そうず事が決らば早いがよいゆえ、今すぐ可愛い頭ずなっお芋しょうわい。誰ぞある! 誰ぞある!」\n たこずに蚀いようなく笑止な男です。\n「十郎次の倉った姿を芋せおやるぞ。早うこの髪、剃りおろせい」\n ごたごた暫く䜕か぀づいおいたかず思われるたもなく、぀いに思い通り、頭を䞞めさせられたず芋えお、菊路の癜々しげに、しかも、いかにも情ありげに蚀った声がきかれたした。\n「た! おかわゆらしい......。わがたた埡きき届け䞋さりたしお、うれしゅうござりたす」\n 頃はよし!\n ダッずもろ手䜓圓おに、雚戞を難なく抌し砎りながら、先頭に䞻氎之介、぀づいお京匥、あずから神官正守の順でいきなり広瞁に躍り䞊がるや、ずいず先ず退屈男が静かに郚屋の䞭ぞ抌し入るず、悠揚莞爟ずしながら、さらに静かに济びせかけたした。\n「わッはは。俄か坊䞻、唐瓜頭が青々ず臎しお滑かよ喃。颚を匕くたいぞ」\n「なにッ? よよッ! 貎公は!」\n「誰でもない。傷の早乙女䞻氎之介よ。江戞でたびたび䌚うた筈じゃ。忘れずにおったか」\n「䜕しに参った! 狌狜臎しお倜䞭䜕しに参った!」\n「りフフ、おろか者よ喃。ただ分らぬか。䞉日前の倜、こちらの沌田先生にお䌎しお、癟姓共をずり返しに参ったのもこの䞻氎之介よ。そこのその旅姿の女も、身共の効じゃわい。八䞇階䞀統の名を穢す䞍埓者めがッ。その方ごずきケダモノず片刻半刻たりずもわが肉身の効を同垭させた事がいっそ穢らわしい䜍じゃ。䞻氎之介、旗本䞀統に成り倉っお、未緎のう埀生させお぀かわすわッ。神劙に芚悟せい」\n「さおはうぬが軍垫ずなっお謀りおったかッ。同茩ながら職垭犄高汝にたさるこの倧和田十郎次じゃ。屋敷に乱入臎せし眪蚱すたいぞッ、者共ッ者共ッ。狌藉者捕っお抌えいッ」\n 声に、抜き぀れながら䞃八人の近䟍達が䞀斉に襲いかかろうずしたのを、\n「䜕じゃい。䜕じゃい。わしのこの癜髯が目に這入らぬかい。片腹痛い真䌌を臎さば、こや぀でプツリ埡芋舞い申すぞ」\n 咄嗟にそこの長抌から短槍はずし取っお青江流手緎れの䜍取りに構えながら嚁嚇したのは、九十䞀の老神官の沌田正守です。怯んで䞀同たじたじず匕き䞋がったのに苛っおか、十郎次が剃り立お頭に血脈を逆立おながら代っお襲いかかろうずしたのを、䞀瞬早く退屈男の鋭い呜が䞋りたした。\n「京匥、青道心を始末せい!」\n「お差し支えござりたせぬか!」\n「投げ捕り、䌏せ捕り、気たたに臎しお、抌え぀けい」\n 倧振袖がヒラリ灯圱の䞋に倧きく舞ったかず芋るたに、もう十郎次は京匥の膝の䞋でした。\n「た! ......お芋事でござりたす」\n 感に堪えたように目を涌しくしたのは菊路です。\n「りフフ。十郎次、ちず痛そうじゃな。その態は䜕のこずぞ。それにおも䞀朝事ある時は、䞊将軍家の埡旗本を固むる公儀埡自慢の八䞇階ず申されるかッ。笑止者めがッ。慈悲をかけお぀かわすべき筈の領民共を苊しめし眪、お盎参の名を恥ずかしめたる䞍埓の所業の眪、切腹しおも足りぬ奎じゃが、早乙女䞻氎之介、同じ八䞇階のよしみを以お、涙ある蚈らいを臎しお進ぜる。――埡老䜓! 埡老䜓! このたに十䞀人の可哀そうな女共、早う逃がしおおやり䞋されい」\n 心埗たずばかりに、近䟍の者共を槍先䞀぀であしらいあしらい、向うに消えおいった老神官を心地よげに芋送りながら、䞻氎之介はどっかず、そこの脇息に腰打ちかけるず、文庫の䞭の奉曞を取り出しお、さらさらず達筆に曞きしたためたした。\n\n\n 拙者儀、領内の女共を掠めお、䞍埓の所業仕候段慚愧に堪えず候間、重なるわが眪悔悟のしるしに、出家遁䞖仏門に垰䟝臎し候条、䜕ずぞ埡憐憫を以お、家名家督その他の埡蚈らい、埡寛倧の埡凊眮に預り床、右謹んで奉願䞊候。なお家督の儀は舎匟重郎次に埡譲り方埡蚈らい䞋さらばわが家門の面目䞍過之、䜵せお奉願䞊候。\n願人 旗本小普請頭 倧和田 十郎次\n右蚌人 旗本 早乙女䞻氎之介\n\n倧目付埡係埡䞭\n\n\n「どうじゃ。十郎次、よくみい! そちを坊䞻にさせた仔现これで盞解ろう。早う名の䞋に曞刀せい」\n「䜕じゃ。こ、これは䜕じゃ! 勝手にこのようなものを曞いお、䜕ずするのじゃ!」\n「勝手に曞いたずは䜕を申すぞ、この䞀埓、衚立っお江戞倧公儀に聞えなば、家名断絶、秩犄没収は火を睹るより明らかじゃ。せめおは䞉河ながらの由緒ある家名だけはず存じお、䞻氎之介、わざわざ手数をかけその方を坊䞻にしおやったのじゃ。有難く心埗お曞刀せい」\n ぐいずその手をねじむけお、介添えながら十郎次に曞刀させるず、折から晎れ晎れずした顔で再び姿を芋せた老神䞻に、倧目付䞊申のその奉曞をさしながら、莞爟ずしお蚀った事でした。\n「埡老䜓いかがじゃ。こうしお十郎次を隠居攟逐しおおいお、家名食犄を舎匟に譲り取らしおおかば、この先圓知行所の女共は元より、領民䞀統枕を高くしお蟲事にもいそしめるず蚀うものじゃ。埡気持はいかがでござる。屈匷な者共二䞉人えりすぐっお、これなる䞊申曞、すぐさた江戞ぞ持参するよう、埡手配なさりたせい」" } ]
[ { "role": "system", "content": "䞋蚘の曞き盎しを進めお、掗緎された文曞を䜜成しおください。" }, { "role": "user", "content": "「いたの話が本圓なら、勘定のほうの心配はありたせんからね」ず米八が云った、「ひず぀、このうちのおかみさんも呌びたすか」\n「だけれど本圓かしら」ず束次が云った、「なんだかあたし怖いような気がするわ」\n 菊匥が盃を取りながら笑った、「たたおはこが始たった、あんたずきたら障子に鳥圱がさしおも怖いんだから」\n「そうじゃないわ、さっき小幟ちゃんが、あの蟺には悪い錬がいるっお聞いたずき、あたしぞうっずそうけ立ったわ」\n「悪い錬じゃなくっおよ、あの蟺にもそんな気のきいた錬がいるかっお」\n「いやヌっ」束次が䞡手で耳を抌えた、「ごしょうだから錬だなんお云わないで、あたし錬が立ちあがっお手招きするずこを芋ちゃったんだから」\n みんなが笑いだし、初めお気楜に盃を亀わしあった。暫くはずりずめのない話が続いたが、そのうちにたた、米八がひょいずたじめな顔になった。\n「たったくだ」ず米八が云った、「どうも話がどこずなくぞんだよ、十䞃やそこらのお嬢さんが、根岞の叀梅庵ぞめしを喰べにゆくずいうのもおかしいし、瓊町の家を知っおるずすれば、若旊那がどんな人かずいうこずもわかっおいる筈だ、そうじゃありたせんか、姐さん」\n「あたしもそれを考えおいたのよ」ずおたさが頷いた、「男ぶりはいいけれど、もう幎が幎だしねえ、あのずおり底抜けの道楜者に、たいたいな持参金付きで、そんな倧家の箱入り嚘が自分から嫁にゆきたがるなんお、――話どおりだずすればあたりたえじゃあないず思うわ」\n「あの人はさんざんあくどいこずをしたしたからね」ず菊匥が云った、「もしかするずその嚘ずいうのは人間じゃあなく、怚霊のようなものかもしれないわ」\n「いやいや」ず束次が遮った、「お願いだからそんな話やめお」\n「おや束次さん」ずおたさが束次のうしろを指さした、「おたえさん背䞭になにを背負っおるのさ」\n きゃあずいっお束次がずびあがった。\n そのずき袖垣をたわっお、䞋足番の老人が䞀人の男を案内しお来た。男は䞉十がらみで、朚綿瞞の袷に半纒を重ね、尻端折りで、股匕に麻裏をはいおいた。圌は、「この座敷か」ず老人に慥かめおから、瞁先ぞあゆみ寄った。\n「ちょっずあけおくれ」ず男は呌びかけた、「須賀町の䞊総屋の者だ」\n 座敷の隒ぎがぎたっずやみ、米八が立っお来お障子をあけた。\n「知っおるだろうが、目明しの䞊総屋、おれは䞃造ずいう者だ」ず男は囁き声で云った、「銙屋の枅䞀ずいう客がいるだろう」\n「ぞっ」ず米八はそこぞ坐った、「若旊那はお垰りになりたした」\n「垰ったっお、い぀垰った」\n「぀いさっきのこずで」ず米八が答えた、「䜿いの人が手玙を持っお来たしお、それを読むずすぐお垰りになりたした」\n 䞃造ずいう男は顔をひき緊めた、「その手玙は女からの呌出しじゃあなかったか」\n「ぞえ、そのような話でございたした」\n「いった先は」ず䞃造がたたみかけた、「ゆき先はわかっおいるか」\n「いいえ、なにも仰しゃいたせんでした」\n「手玙はあるか」\n 米八は銖を振った、「若旊那が持っおいらっしゃいたした」\n 䞃造はくるっず向き盎った。米八が「埡苊劎さたです」ず云うのをうしろに、䞃造は袖垣をたわっお走りだした。\n 宵のくちでもあり、柳橋ずいう土地柄で、街は灯が明るく、埀来の人の䞭には座敷着姿の芞劓も芋えるし、料理茶屋からは絃歌の声も聞えお来お、冬ずは思えないほど、あたりはうきうきず賑わっおいた。\n 青朚千之助は柳橋の袂に立っお、䞃造が走っお来るのを認めた。\n「枅䞀はいたか」\n 䞃造は息をせきながら手を振り、ふずころからずり萜ちそうになった十手を、危なく抌えお「いたせん」ず云った。\n「呌出しの手玙が来お、いたしがた垰ったそうです」\n「呌出しの手玙」ず青朚が云った、「したった、䞀ず足おくれたか」\n「どうしたしょう」\n「おたえはもういい、おれは瓊町を芗いおみよう」\n そしお圌は走りだした。\n ――着替えに垰ったかもしれない。\n 瓊町は䞀ず跚ぎである。女に逢いにゆくずすれば、着替えに寄るずいうこずも考えられる。いそげばたにあうかもしれない、圌はそう思っお走った。\n 瓊町の家はさっき蚪ねたばかりで、留守のばあやに茶屋を教えられたのであるが、駆け戻っおみるず、枅䞀は垰っおいなかった。「いいえお垰りになりたせんが」ずばあやは䞍安そうに云った、「なにか若旊那に、間違いでもあったのでございたすか」\n「そうでなければいいず思うが」青朚は倪息を぀いた、「――もし垰っお来たら、ちょっず須賀町の䞊総屋ぞ顔を出すように、いや、圓人に咎はない、うっかりするず圓人の呜にかかわるこずなんだ、いいな」\n「目明しの䞊総屋さんでございたすね」\n「そうだ、心配するこずはないから、必ず顔を出すようにず云っおくれ」\n 忘れないようにず念を抌しお、青朚千之助はその家を出た。\n\n十\n\n 八䞁堀の組屋敷ぞ垰る途䞭、青朚千之助はしきりに、埌手を取った自分のふがいなさを責めた。\n 䞀昚日の晩、――圌は二人のあずを跟けたのである。䞃造でもよかったが、倧事をずっお自分で跟けおいった。そしお湯島暪町の家ぞ、二人がはいるのを慥かめおから、近所の者にお倫のこずを蚊いた。\n ――枩和しくっお、きれいで、お人柄ないい嚘さんですよ。\n 䞉軒で蚊いたが、䞉軒ずも同じように耒めおいた。実家は䞋町で倧きい商家らしい、茶の垫匠の看板を出しおいるが匟子は取らない。躯が匱くお保逊でもしおいるのか、小間䜿ず二人ぐらしで、蚪ねお来る客もなし、たしお浮いたような噂もない。ずいうように、お倫の云ったこずずみな口が合っおいた。\n ――では的が倖れたか。\n そう思っおそのたた垰った。\n 昚日は奉行所ぞ出頭した。吟味にかける盗賊があり、係の䞎力ず打合せをするためで、そのあず倕方たで圹所で事務をずった。そうしお今日、北町奉行所に甚があっおでかけたが、垰りにふず思いだしたので、念のために石町ぞたわっおみた。\n 䌊勢屋ずいう玙問屋はあった。あるじの名は喜兵衛、劻女は二幎たえに亡くなっおいたし、十䞃になる息子は政吉ずいう。そこたでは合っおいたが、肝心の嚘のこずが違っおいた。䌊勢屋の嚘は名をおいせずいい、日本橋槇町の吉野屋ずいう、糞綿問屋ぞ嫁にいっおいる。もちろん珟圚も吉野屋にいるし、懐劊ちゅうで、来月が産み月だ、ずいうこずであった。\n ――お倫ずいう女を知らないか。\n 青朚千之助はそう蚊いた。お倫の人柄や、珟圚の䜏居や、茶の垫匠の看板を出しおいるこずなど、できるだけ詳しく蚊いおみたが、䌊勢屋は思い圓る者はないず答えた。\n ――しかし、向うではこの家のこずをよく知っおいるらしいから、嚘さんの友達ずか、近所の者でこれず思う嚘がある筈だが。\n ――うちのおいせは匕蟌み思案な子で、友達も二、䞉人しかいたせんでしたし、近所にそれらしい嚘がいたずいう芚えもないように思いたす。\n ――二、䞉人いたずいう友達はどうだ。\n 青朚千之助はそう問い進めた。" }, { "role": "assistant", "content": " ――さようでございたすな。\n 喜兵衛はちょっず考えおから答えた。\n ――二人はこの町内の嚘で、䞀人は婿を取りたしたし、䞀人はただ家におりたす、もう䞀人、おいせずいちばん仲の良かった嚘がいたしたが、それは今幎の正月に亡くなっおしたいたした。\n ――死んだ、それはどこの嚘だ。\n 本石町に「むさし屋」ずいう薬皮問屋がございたすが、そこの䞀人嚘で、名はおしのさんず云いたした。\n ――むさし屋、むさし屋。\n 友達の二人は町内に䜏んでい、䞀人は死んだずいう。「むさし屋」ずいう屋号になにか蚘憶があるようだったが、お倫を抌えるほうが先だず思い、そのたた蟻駕籠をひろっお本郷ぞずばした。\n だがお倫はもういなかった。隣りで聞くず、昚日の朝早く匕越したずいう、「実家ぞ垰るこずになった」ず挚拶にたわったそうで、そのほかにゆき先を知っおいる者はなかった。\n「勘のいい女だ、おそろしく勘がいい」ず歩きながら圌は呟いた、「せめお銙屋の䌜をず思ったが、それさえ䞀ず足違いで先を越された、ざたはないぞ」\n 圌は舌打ちをした。\n ――銙屋の䌜はやられるかもしれない。\n 無事に垰るかもしれないが、女が急に匕越したのは危険を感じたからであろう。ずすれば、぀たり女が圌を芘っおいるずすれば、おそらく無事に垰るようなこずはないだろうし、それを防ぐ方法もない。\n「なにか手段があるか」ず青朚は自分に問いかけた、「䞀昚日の晩で懲りたうえに、これだけ勘のいい嚘なら、おいそれず捉たるような堎所を遞ぶこずはあるたい」\n 仮にたた料理茶屋ぞ呌び぀けたずしおも、この広い江戞垂䞭ぜんたいに手を打぀こずは䞍可胜である。\n「䞀昚日の晩思いきっお挙げればよかった」そう呟いお、圌はくっず銖を振った、「ぐちはよせ、問題はこれからどうするかだ、銙屋の道楜息子は諊めよう、どうしたらあの嚘を抌えるこずができるか」\n 圌の歩調はゆるくなり、堀に沿った片偎町を、暫く黙っお歩いおいった。それから、江戞橋ず思われる橋を枡ったずき、道傍によたか蕎麊が荷をおろしお、釜䞋の火を煜ぎながら、湯を沞かしおいるのを芋た。ちょっず芋ただけで通り過ぎたが、䞀䞁ばかりいっおからふず立停り、じっず倜空を芋あげた。\n ――むさし屋。\n よたか蕎麊の行燈に「べんけい」ず曞いおあった。なにげなく芋お通ったのだが、匁慶ずいう字から連想がうかんだのであろう。圌はそのずき初めお、芪子䞉人の焌死、ずいう出来事を思いだした。\n「亀戞のほうの寮で、䞡芪ず嚘が焌け死んだ、慥かそんな事だったな」歩きだしながら圌は声に出しお云った、「――うろ芚えだが、母芪ず嚘は達者だった、父芪は病気で危節だったが、母ず嚘はたったく䞈倫だった、それがどうしおいっしょに焌け死んだか䞍審だず、云っおいるのを聞いた」\n 䌊勢屋の嚘ずもっずも芪しかったのは、そのむさし屋の嚘だったずいう。――圌はいそぎ足になり、かいぞく橋の袂で蟻駕籠をひろうず、八䞁堀ぞいそがせた。\n 組屋敷ぞ垰るず、同心の井田十兵衛を呌んで、「むさし屋」芪子の怜屍をしたのは誰だったかしらべさせた。そしお、定廻りの内村䌊倪倫だずわかるず、すぐにその䜏居を蚪ねおいった。内村は酒を飲んでい、たず䞀ず口぀きあえずすすめたが、千之助は断わっお甚件を述べた。\n「ああ、あれはよく芚えおいる」盞圓に酔っおはいたが、圹目のこずになるずさすがにしゃっきりずした、「――危節の病人はずもかく、䞈倫な劻ず嚘が焌け死ぬずいうのはおかしいので、かなり念入りに調べおみた」\n「死躰はどんなだった」\n「すっかり焌けお、䞉人ずも殆んど骚だけになっおいた」ず内村が云った、「医者にも立䌚わせたが、二躰は男ず女、もう䞀躰は小柄で、骚の質が明らかに若い、それで嚘のものだずいうこずにきたった」\n「骚になるほど焌けるこずがあるだろうか」\n「油のためだったず思う、珟堎はひどく油臭かったし、玍戞に燈油がだいぶしたっおあったようだ、しょうばいは薬皮問屋だが、油屋も兌業しおいたからね」\n\n十䞀\n\n 寮にはおたさずいう女䞭がいたこず、母芪が酒を飲んだこず、嚘は長い看病疲れで、かなり匱っおいるようにみえた。ず語っおいたこずなどを、内村䌊倪倫は蚘憶をたどりながら話した。\n「どうしたんだ」ず話し終っおから内村が蚊き返した、「あの件でなにか䞍審なこずでもあるのか」\n「いや」ず千之助はあいたいに云った、「べ぀の事でひょっず思い぀いたんだが、どうやら芋圓が違ったようだ」\n 邪魔をしお枈たなかったず云っお、千之助はすぐに立ちあがった。\n 油があったにしおも、䞀軒の火事ぐらいで䞉人が骚になるほど焌けるだろうか。たしお母ず嚘は䞈倫な躯であった。母芪は酔い、嚘は看病疲れで匱っおいたにもせよ、――なにかそこにわけがありそうだ。油。䞀人は酔い、䞀人は疲れおい、他の䞀人は瀕死の病人。油がひどく燃えた。女䞭は倕方になっおから急に暇が出お垰された。\n「こんなふうに偶然の重なるこずは皀ではない」ず千之助は呟いた、「しかし现工をしたずいうこずも考えられる、仮に现工をしたずすれば、誰が、どんな理由だったろう」\n 圌はその点に考えを集䞭した。\n 明くる日、青朚千之助は「むさし屋」ぞ圓っおみた。圓䞻人は䌊四郎ずいい、分家の亀屋䌊兵衛の二男が逊子にはいったものだが、店の雇人たちは殆んど倉っおいない。手代の埳次郎だけが暇を取っお自分の店を出したずいうこずであった。千之助は番頭の嘉助から、手代、小僧にたでそれずなくさぐりを入れおみた。\n だがなにも埗たものはなかった。\n 死んだ䞻人ず嚘が、よほど店の者によくしたのだろう。かれらはみな二人を耒めちぎり、二人があんなふうに死んだこずを、いたでも心から悲しみ嘆いおいた。これに察しお、䞻婊のおそのは奜かれおいなかったらしく、もちろん悪く云う者はなかったが、人の奜さそうな番頭の嘉助でさえ、おそのに぀いおはあたり話したがらなかった。\n 千之助は埳次郎の店を聞いおから、「むさし屋」を出た。\n 埳次郎の実家は荏原圚にあり、十数代も続く倧地䞻で、苗字垯刀をゆるされおいるずいう。圌はその二男であるが、自分の望みでむさし屋ぞ奉公にはいった。去幎の秋、瀌奉公も枈んだので、今幎は暖簟を分けおもらうこずにきたっおいたずいう。この五月に、䞋谷埡埒町ぞ店を出したが、それには実家から倚額な補助があった、ずいうこずであった。\n ――埳次郎に圓っおみよう。\n そう思っお八䞁堀ぞ垰るず、米沢䜜銬ずいう同心が埅ちかねおいお、「たた怿の花片です」ず云った。千之助は口をあいた。\n「殺しか」\n「男が殺されお」ず米沢が云った、「その枕蚱に赀い怿の花片が䞀枚」\n「やっぱり、そうか」\n「兇噚は䟋の釵で心臓を䞀ず突きだそうです」\n「誰かいったか」ず千之助はせきこんで蚊いた、「堎所はどこだ」\n「堎所は芝の露月町、倧和屋ずいう宿屋の二階だそうです」ず米沢が答えた、「ただ、どなたもいっおはいたせん、珟堎に手を付けないように、井田が芋匵りに圓っおいたす、青朚さんのお垰りを埅っおいたんです」\n「すぐゆこう、支床をしおくれ」\n あの道楜息子め、ず千之助は思った。\n ――きさた自分で招いたこずだぞ。あのずき「蚱婚のような者だ」ずか、「私が䞖話をしおいる」などず云った。こっちの話をよく聞いお、盞手の玠姓に疑いをも぀だけ頭がはたらいたら、こんなこずにはならなかったのだ。\n ――よっぜど惚れこんでいたんだな。\n いい幎をしおばかなや぀だ。\n 圌は䞀人だけ先に、駕籠をずばせながらそう思った。䞉十四、五にもなり、道楜も盞圓しお来たらしいのに、ばかなや぀だず思い、同時に、圌を救えなかった自分の無胜をも嘲笑した。あんな十䞃か八の小嚘に扱われお、うろうろ駆けたわるなんお話にもならない。よっぜどのお笑いぐさだぜ、圌は自分を眵った。\n 倧和屋は倧きな構えの宿屋で、䞻人は仁巊衛門ずいい、二人の町圹ず鳶の者などが圌を出迎えた。千之助は係の女䞭ず、番頭や仁巊衛門からざっず事情を聞いた。――事の始終はたえの二件ず同様で、男が先に来、すぐに女が来お、酒ず食事を泚文した。女は小間䜿を䌎れず、䞀人だったずいう。男は初めからかなり酔っおいたが、そこでも䞀升ちかく飲み、食事には手を付けず、「泊っおゆく」ず云うので、女䞭が寝る支床をした。\n「それから、――半刻ばかり経ったでしょうか」ず係の女䞭が云った、「酔いざめの氎を忘れおいたこずに気が぀いたので、その支床をしおお座敷ぞゆきたした、そっず声をかけたしたが、もう寝おいらっしゃるだろうず思っお、音のしないように障子をあけたしたら、......女のお客さたがこっちぞ向いお、長襊袢を着おいらっしゃるずころで、あたしはっずしお」\n 女䞭は恥ずかしそうに口ごもった。\n 女客はいた起きたずころらしく、二垃䞀枚で䞊半身はあらわだった。女䞭が声をかけたのも聞えなかったものか、吃驚しお、矎しい胞乳を隠したが、自分はこれから垰る、ず声をひそめお云った。\n「自分はうちが近いから垰るが、この人はわる酔いをしおいるし、あのずおりよく眠っおいるから、朝たでそっず寝かしおおいおくれ、ず仰しゃいたした」ず女䞭は云った、「それから、お二人の勘定ず倚分なこころづけを頂きたしたし、べ぀におかしいようなふうもみえたせんでしたので」" } ]
[ { "role": "system", "content": "䞋蚘の曞き盎しを進めお、掗緎された文曞を䜜成しおください。" }, { "role": "user", "content": " 食棚だの食箱だのずいふものがある。貎重な材朚や硝子を䜿぀お现工がしおある。その小さい䞭ぞ色々な物が逃げ蟌んで、そこを隠れ家にしおゐる。その䞭から枯れ萎びた物の銙が立ち昇る。過ぎ去぀た時代の、人を動かす埃がその䞊に浮かんでゐる。昔の人のした奢䟈の、䞊品な、うら哀しい心がそこから啓瀺せられるのである。\n 己はさういふ棚や箱を芋る床に、こんな事を思ふ。なんでも幅広な、奥深い垷に囲たれお、平凡な実䞖界の接觊を免かれお、さういふずころでは䞀皮特別な生掻が行はれおゐるのではあるたいかず思ふ。真成なる有ずいふものがあるずすれば、それに必芁な条件が、かういふずころで、珟実的に、完党に備は぀おゐるのではあるたいか。もし物に感じ易い霊のある人がゐお、有甚無甚の問題をずうずう断絶しおした぀お、無条件に自然の豊富に己を委ねおした぀たら、かういふ棚や箱が、限なく尊い゚リシオンの原野になるのではあるたいか。\n 己はかういふものを楜んで芋るのが瞁にな぀お、色々自分の為めになる亀際を結ぶこずが出来た。䞭にも己は或る叀い、銀の煙草入れず近附きにな぀た。その煙草入れには、アレクサンドロス倧垝が印床王ポロスを埁服した戊争の図が、極めお现密に圫り附おあ぀たのである。この煙草入れが、先頃日の暮れ方の薄明りに、心持の幜玄にな぀た時、芪切にも或る話をしお聞かせおくれた。その話は人に物の哀を感ぜさせ、興味を催させ、道矩の念を感発せしむる節の頗る倚い話であ぀た。己はその話をこゝに曞かずにはゐられない。これはその話を聞いお、実際さうであ぀たかず信ずる事の出来る皋、倢芋心になるこずの奜な人に読たせる為めに曞くのである。\n ルむ第十五䞖時代に出来た食箱の䞭に、䜕䞀぀欠点の挙げやうのない、矎しい、小さいタナグラ人圢があ぀た。明色の髪の毛には、菫の茪食が戎かせおある。耳朶にはアりリカルクムの茪が嵌めおある。きらめく宝石の鎖が胞の䞊に垂れおゐる。䜓が頭の頂から足の尖たで矅ものに包たれおゐお、それが千倉䞇化の襞を圢づく぀おゐる。その矅ものの底から、䜓のうら若い、敏捷な態床が、隠顕出没しお、秘密げに解け流れる裞圢にな぀お芋えるやうである。\n この人圢の台に圫぀おある垌臘文字を芋れば、この女の名はクサンチスずいふものである。生れた土地はクリツサずい぀お、近くに豊饒な平野が倚く、その倖を波の打ち寄せる海に取り巻かれおゐる郜䌚であ぀た。\n クサンチスは実にこの食箱の䞭の第䞀の宝である。\n 折々クサンチスは台から䞋ぞ降りお来お、倧勢が感嘆しお環り芖おゐる真䞭に立぀お、昔アルテミスの祠の、円柱の䞊んだ廊䞋で螊぀た事のある螊を浚぀お芋る。金の茪を嵌めた、小さい足を巧みに螏んで、真䌌の出来ない姿をしお、螊の段取りを芋せる。その間に、自分では知らずに、倉幻極たりなく、䞔最も深遠な事物を衚珟する。そしお螊぀おした぀お、真぀盎ぐに、誇りの姿をしお立぀お、䞡臂をはればれしく頭の䞊に挙げお、指を組み合はせおゐお、優しい乳房の䞊に、矅ものが静かに緊匵しおゐるず、名状すべからざる、厇高な矎が茝いお、それを芋る人は神聖なる震慄に襲はれるのである。\n 或る日クサンチスがい぀もより䞀局人を酔はせるやうな螊り方をした跡で、そこぞ近所の貎人が芋舞ひに来た。この人は昔マむセンで出来た陶噚人圢の公爵である。身なりが䞊品で、亀際振りの䞁寧な事は比類がない。顔色にどこか疲れたやうな跡はあるが、ただ矎男子たる事を倱はない。只戊争に行぀たので、銖ず巊の足ずは焌接ぎで盎しおある。\n クサンチスには公爵がひどく気に入぀た。かすめた声に珟はれおゐる疲れが、䜕事にも打ち勝぀お行く青幎の光沢よりも、华぀お女の心を迷はせるのである。\n 公爵は長い間女ず話をしおゐた。その口から語り出す事は、䜕もかも女の為めにひどく面癜く聞えた。䞍思議な事には、クサンチスはその話を聞いおゐながら、自分の蚘憶しおゐた故郷の事を思ひ出した。それは倕日が玅を垯びた黄金色に海岞を照しおゐる時、優しい、明るい目をした、賢い人達が、互に芪しい話を亀ぞおゐる様子を思ひ出したのである。\n 別れを告げお垰る時、貎人は女の手をそ぀ず握぀お、それにそ぀ず接吻した。クサンチスはこれより前に、久しい間、或る老人の猶倪人に䞖話をせられお、䞖をあぢきなく感じおゐたのである。猶倪人はこの女を亜鉛に金め぀きをした厭な人圢の䞭に亀ぜお眮いたのである。それが今こんな䞊品な亀際振りをする人ず知合ひにな぀たのだから、喜ぶのも尀である。\n 二人の亀際は次第に芪密にな぀た。公爵は、その時代の人の習はしずしお、人に気に入るやうに立ち振舞ふ事が䞊手だから、クサンチスを喜ばせる事が出来たのである。\n 折々公爵は、クサンチスが朝早く起きた頃に、薔薇の花で食぀た陶噚の銬車で、迎ぞに来た。女は急いで化粧をしお、䞁床その日の空の色ず、自分の気分ずに適した着物を着お出掛けた。或る時はふはふはした玐食の付いた、明るい色の、幅広な裳を着ける。春の朝のやうに軜々ずしお華やかである。或る時は薄い柳の葉の色や、又はレセダの花の色をした、アトラスの絹で拵ぞた、長いワツトオ匏の衣裳を着る。背䞭には倧きい、長い襞が取぀おある。又或る時はレカミ゚゚匏の、金の棕櫚の葉の刺繍をした服を着る。臂の附け根の盎ぐ䞋の凊に、薔薇色か、サフラン色か、又は黄金色掛か぀た耐色の垯が締めおある。\n そしお終日扇の絵の矎しい山氎の間を、銬車で乗り廻る。薄緑の芝生や、しなやかに昇る噎氎で食られた園がある。凊々に高尚な倧理石の像が立おゝある。朚立の間には、愛の神を祀぀た祠がある。さういふ時は草の䞊や、又は数奇を凝した䌑憩所で蟚圓を食べお垰る。垰り道に銬車をゆるゆる茓かせお通るず、道の䞡偎から、鳩の矀に取り巻かれた、牧堎垰りの男や女が瀌をするのである。\n 実に面癜い散歩であ぀た。\n ――――――――――――\n 暫く立぀おから、公爵がクサンチスを䞀人の倧理石で刻んだ青幎の頭に玹介した。この青幎は、公爵が近頃知合ひにな぀た人で、倧局音楜が䞊手だずいふ事であ぀た。\n 䞀目芋たばかりで、青幎はクサンチスを気に入぀た女だず思぀た。その青幎の感じが又クサンチスにも分か぀た。二人はよそよそしい話を亀ぞながら、音楜家の方からは䞍思議な、少し気違ひ染みた目附きをしお女を芋おゐた。女はわざず䌏目にな぀たが、燃えるやうな目で芋詰めおゐられる内に、抌さぞ付けるやうな熱のある、名状すべからざる感じが、女の胞の底から湧き䞊が぀お来た。\n 公爵に勧められお、音楜家は挔奏し始めた。それを聞いおゐるクサンチスの心持は、䞍思議な、目に芋えない手が自分の髪を掎んで、皮々の印象がからくりのやうに旋぀お珟はれる䞖界を、匕き摩り廻すかず思ふやうであ぀た。\n 折々公爵は、音楜の或る䞀節を、皋奜く耒めお、クサンチスの方ぞ顔を俯向けお、その䞀節に就いお自分の思぀おゐる事を説明した。䜵し黙぀お、魅せられたやうにな぀お音楜を聎いおゐる女の耳には、公爵の云ふ事は䞀蚀も聞えなか぀た。その癖音楜家の目は、女に或る新しい理解を教ぞおゐる。女はこの目を芋お、始めお沈鬱の酔ずいふものを芚えたのである。\n 音楜家の家を出るや吊やクサンチスは公爵に暇乞をした。我慢の出来ない皋の偏頭痛がするず云぀おひどく無䜜法に暇乞をしたのである。そしお自分の台の䞊に垰぀お行぀た。\n 今迄知らない感芚がクサンチスを悩たしおゐる。\n 独り離れおゐお、女は胞の奥深い凊から、音楜家の肖像を取り出しお、目の前の闇をバツクグラりンドにしお、空䞭に画いおゐる。蒌癜い、広い額の䞋に、深く窪んだ目があ぀お、その目から時々焔が连り出る。口は倧きく、熱情ず沈鬱ずをあらはしおゐる。開いた領食の間から、半分露はれおゐる頞は、劇しい感情の為めに波立ち、欷歔の為めに匵぀おゐる。先づこんな矎しい顔である。\n クサンチスは翌日公爵に逢぀た時、倧局奜い青幎に匕き合せお貰぀お難有いず云぀お、感謝した。それから埌は、この女は自分の生涯が今迄よりひどく面癜くな぀たやうに思぀おゐるのである。\n 昌の間は公爵を盞手にしお、所々を蚪問したり、散歩をしたりしおゐる。そしお倕方になるず、急いで倧理石の頭の凊ぞ行く。マドリガルや゚ピグラムのきらめきに、昌の間を遊び暮しお、草臥れた跡で、それずは様子の倉぀た、圌の青幎ずの亀際を楜む事にしおゐる。青幎ず䞀しよにゐる心持は、加枛の奜い湯に這入぀お枩たるやうである。" }, { "role": "assistant", "content": " 青幎の家に駈け付けお行くず、駈けた為めに、ただ興奮しお、戊慄しおゐる䜓を、青幎は優しく抱き寄せお、額に手を掛けお仰向かせお、目ず目をぢ぀ず芋合せる。それから黙぀お長い接吻をする。その接吻を受ける時、女は日によ぀お自分の霊が火のやうに燃え立぀ず思぀たり、又雪のやうに解けるず思぀たりする。\n 或る時はクサンチスがこんな事を蚀ふ。「なんだかかうしおお前さんのお蚀ひの事を聎いおゐるず、わたしは昔から、お前さんずばかり暮しおゐたやうな心持がしたすわ。どうもこの生掻ず違぀た、別な生掻はわたしに想像が出来なくな぀おしたひたしたの。」二人は二床目に逢぀おからは、お前さんだのお前だのず蚀ひ合぀おゐるのである。\n「お前は氞遠なるもの、完党なるものの閟を跚いでゐるのだよ。」\n「えゝ。党くさうなの。」こんな問答をする。\n 実は女はさういふ詞が分かるのではない。䜵し「完党なるもの」なんずいふ事は深秘であるから、青幎に分か぀おゐるだけは、女にも分か぀おゐるず云぀おも奜からう。女は折々「氞遠なるもの」「完党なるもの」ずいふやうな事を繰返す。そしお其詞を声に出しお蚀ふず同時に、曟おそれを聎いた時に感じた䞍思議な感じ、今蚀ひあらはさうずする䞍思議な感じが胞に満ちるのである。どうかするず倖の人の前で、歀詞を蚀ひ出す事がある。䟋之ば公爵に向いおそんな事を蚀ふ。公爵は軜い嘲の衚情を以お、唇に皺を寄せる。そしお心の底に䞍快の萌すのを、匷ひお自分でも認めないやうにしおゐる。\n 或る晩には青幎の頭が女に身の䞊話をしお聞かせる。奮闘や倱望の倚い生涯である。幟床か挫折しお飜たでも屈せず、力を量らずに、矎に向぀お進む生涯である。その話の内に、䜙り悲しい出来事が出お来るず、青幎は欷歔をしお跡を話す事が出来なくなる。そんな時には、青幎は小さい螊子をぎ぀たり匕き寄せお、自分の頭を女の開いた胞に圓おお、子䟛らしい声で、䞍思議な詞を囁く。「お前は可憐な、光明ある姉効の霊だね。神々しい容噚だね。無窮の歓楜だね。小さいスフむンクスだね。」こんな詞である。\n こんな詞を聎いおも、女には少しも分からない。䜵しそれを囁く声の優しい響を、女は楜しんで聞いおゐる。兎に角この詞は、公爵なんぞの詞より、意味が深いに違ひないず思぀おゐるのである。\n 時間は黄金の沓を穿いお逃げる。\n 窓掛の間ぞ月が滑り出お、銀色の指で、そこらぢゆうの物に障る。音楜が枅く優しく、䞀間の内に挂うおゐる。その䞀぀䞀぀の音は、空の遠い星の茝きのやうである。柱の䞊に据ゑおある時蚈が、矊の啌くやうな声で、ゆ぀くり十二打぀お、もう倜なかだずいふ事が分か぀お、女はや぀ず思ひ切぀お垰るのである。\n 別れの接吻の、甘く哀しい味を芚えながら、女は広い、ふわりずした倖套をはお぀お、急ぎ足に垰぀お行く。い぀もこんなに遅くたでゐる筈ではなか぀たがず埌悔する。なぜずいふに、遅くな぀お急いで垰る時は、自分の台の凊たで行くのに、狭い暪町を通り抜けなくおはならない。そこには厭な、醜い人圢がゐる。それは支那人である。鈎の沢山附いた垜子を被぀お、ふくらんだ腹を突き出しお、胡坐を掻いおゐる。そい぀がクサンチスの前を通るのを芋るず、銖をぶら〳〵振぀お、長い真぀赀な舌を出しお、埮なごろごろいふやうな笑声を掩すのである。この支那人はパゎオドずい぀お、その銖は胎ず離れお、ぶら〳〵動くやうに出来おゐる。女はその笑声を聞くたびに、我慢のし切れない皋厭になる。それかず思ふず、或る時はその支那人の倉な顔をするのを芋お、吹き出したくなるのを我慢しお通る事もある。\n ――――――――――――\n 倏が半ば過ぎた頃であ぀た。食棚の䞭ぞ新しく這入぀お来た人がある。それは小さいブロンズ補のフアりヌスである。今たで棚にゐた連䞭がそれを芋お、倧分隒いで、口の悪い批評をした。\n こはれ易い陶噚の人圢達は、「飛んだ荒々しい様子をした人だ」ずい぀お、自然に甚心深く、傍に寄らないやうにしおゐる。\n それかず思ふず、小さい、薔薇色の菓子噚があ぀お、甘぀たるい声をしお、「あら、わたしはあの方の䜓の䞈倫さうなのが奜だわ」ずい぀お、あべこべにそ぀ず傍ぞ寄る。\n 又クロヂオンのニムプは臆面なくこの人の力士らしい䜓栌を耒めおゐる。\n それを聞いた柄附目金は、ニムプの詞を遮るやうに、さげすんで云぀た。「おや。あれが奜いのなんのず、奜くもそんな䞋等な趣味を衚癜する事が出来たものだね。たあ、あの䞍现工な節々を埡芧よ。あの手を。あの足を。」柄附目金の柄には、金剛石を嵌めお王の圢にした食が附いおゐお、その柄は非垞に長いのである。\n「そんな事を蚀ひ合぀おお出だが、あなたなんぞは埡存じないのでせう。」かう云぀お、さも意味ありげな顔をしお、レ゚スの附いたハンケチを顔に圓おゝ、身を前に屈めお、狡猟らしく笑ふのは、玠焌の城持ちの貎婊人である。\n 倧勢の女達が、この内蚌話を聞きたが぀お集぀お来た。そんな話をする事には、物慣れおゐる城持ちの貎婊人が、䜕か序開きに䞀蚀二蚀云぀お眮いお、傍に立぀おゐた䞀人の耳に口を寄せお囁くず、その聞いた女が隣に䌝ぞる。さういふ颚に段々に耳打ちをしお、貎婊人の話を取り次いだ。聞えるのは、興奮の䜙りに劇しく䜿はれる扇の戊ぎばかりである。\n 芁するにフアりヌスの受けた批評は䜙り奜結果ではなか぀た。フアりヌスは䞋品な、愉快げな様子をしお、平手で躶の胞をぎたりず打぀た。その音が䜙り奜いので、小さい女人圢達は倢芋心地にな぀た。䜵し詞少なにしおゐおも、ひどく物の分か぀おゐる積りの男仲間には、この新参者に察しお敵意を含んでゐるものが倚か぀た。\n どうも䞊品なこの瀟䌚では、フアりヌスの、声高に、䞍遠慮に笑぀たり、立ち振舞぀たりするのがなんずなく厭に思はれたのである。\n 䜵しこの瀟䌚では、䞀同腹の䞭で卑しんで、互にその卑しむ心を知り合぀おゐる䞈で満足しお、黙぀おゐる。よしや口に出しお非難する事があ぀おも、露骚には蚀はないで巧みな蟞什を甚ゐるので、ブロンズ補の人圢の野蛮な流儀では、所詮争ふ事が出来ないのである。\n 或る時フアりヌスは始めおクサンチスを芋た。その時の様子は、たるで癟姓の倅が銎染の嚘に再䌚したやうであ぀た。短く䌞びた髯をひね぀お、さも疑のない勝利を向うに芋おゐるやうな、凝り固぀た埮笑を浮べお、盞手の様子を眺めおゐたのである。\n そんな颚に眺められお、クサンチスは腹を立おるかず思ふず、意倖にもそのフアりヌスを芋返す目附きが、嫌぀おゐるらしくは芋えなか぀た。䞁床その時公爵が傍にゐたので、かう云぀た。\n「あの土癟姓があなたを、倱敬な目附きをしお芋おゐるのに、あなたはなぜ人を奜くしお芋返しおお遣りになるのですか。」\n「あら。土癟姓だなんお。」女は少し䞍平らしくかう云぀お、急に公爵の方を䞀目芋た。その様子が二人を比べお芋お、公爵の方が匱々しいず思ふらしく芋えた。䜵し持前の気の倉る事の早い女で、盎ぐに又フアりヌスの事を忘れおした぀た。" } ]
[ { "role": "system", "content": "䞋蚘の曞き盎しを続けお、完成床の高い文曞を䜜成しおください。" }, { "role": "user", "content": " そこで圌は同族の藀原貎族を䞀䞞ずしお敵に廻すに至ったが、圌が己れの実兄や䞀族をおずしいれた陰謀ずいっおも、決しお手のこんだものではなく、むしろ無策でガムシャラで、ただもう嚁匵りたい䞀方の頭の良くないお人よしの田舎育ちの倧臣の策ずいう泥くさ手段が倚いのである。\n しかるに圌が敵に廻した藀原貎族は劂䜕? その陰謀は现心呚到をきわめおよほどでないず䞀滎の氎もこがさぬずいう怖るべき策垫たちであった。\n 私はここにも女垝の叡智を芋るのである。童貞童女の鋭いカンを芋るのである。\n 恵矎の抌勝は女垝の寵に嚁をかりる嚁匵り屋で、自分の安泰のために兄や䞀族をおずしいれおも、ずにかく他の藀原䞀族にくらべるず、お人よしで、どこか間がぬけたずころがあった。策垫ぞろいの䞀門䞭では、䞀番人のよい存圚であったかも知れない。\n 圌はどのようにしお他の藀原貎族に埩讐されたか。その藀原貎族はどのように道鏡を利甚したか。その陰険にしお现心きわたりない陰謀の手段を芋るず、人生に぀いお無智な女垝が、たず盞談盞手に抌勝を遞んだこずは、圌女の身蟺に䞀番近い臣䞋たちが䞻ずしおこれらの藀原䞀族であり、そこから遞ぶずすれば抌勝。より倧なる過ちをおのずから避けおいる童女の無難なカンであったず云えよう。\n 藀原䞀族は抌勝や他の共同の敵を倒すためには䞀䞞ずなったが、その䞀人が抌勝に代る立堎に立぀ず地䜍を利甚しお䜕を策謀するか芋圓が぀かない怖しさがあったようである。\n さお抌勝専暪の極に至ったずき、抌勝の敵手ずしお登堎したのが道鏡であった。意倖や、藀原䞀門に非ず、道鏡であった。\n ずころで、道鏡の登堎には、圌自身に䜕ら陰謀的なものが芋られない。圌はマゞメな犅行で䞖にきこえ、その高埳ず孊識で䞖間の信頌を博しおいた行い正しい僧で、それたでの修業の歎史にむンチキな足跡はなく、たしかに䞖の信仰をうけるにたる高僧であった。\n 道鏡は高埳ず孊識の故に女垝に召されお内道堎の犅垫ずなった。もずより召されおなったこずで、有埳によっお召されるほどの者が自己スむセンするこずはない。たた倪陜の埡子たる女垝が芋も知らぬ僧を自発的に遞んだり召したりする筈はなかろう。そこには深いタクラミをもっお圌をスむセンした策垫があった筈である。それが藀原䞀門であった。圌らは抌勝を倒すために、蚈画的に道鏡をスむセンしたものず思われるのである。\n なぜ道鏡が抌勝を倒しうる唯䞀の人だずいうこずを、策略的な貎族たちが芋ぬいたのであろうか。\n 童貞童女、生れながらの女神たる垝は、行い正しい高埳者がお奜きだ。たたたた身蟺にその人がないので抌勝などが寵を埗おいるが、道鏡は犅行の深く正しい孊識深遠な有埳者で、おたけに䞖捚人のお人奜しずきおいる。しかも、たちたち抌勝以䞊に信任をうけるであろうず信じうる倧きな理由があった。道鏡ず抌勝は身分が違うのだ。道鏡は倩智倩皇の孫であった。\n 圌の敵手の手になった正史には道鏡を倩智の孫ず曞いおないのは圓然だが、他の史料によるず倩智の孫たるこずは疑えないようである。しかし正史には倧臣の子孫ずある。\n 圌の生地、河内の匓削はたしかに物郚氏の領地であった。物郚氏は正史には倧連ずあり、倧臣は蘇我氏に限るが、この蘇我氏の䞭には、物郚氏滅亡埌その遺産をそっくりもらっお物郚倧臣ず称した蘇我氏の䞀人が実圚しおいるのである。぀たり蘇我ず物郚ずいう最高の二氏族のアむノコの物郚倧臣である。\n 物郚倧連の遺産はそっくり物郚倧臣の物ずなった筈だから、物郚の子孫が倧臣の子孫でもフシギはない。この物郚倧臣の嚘の䞀人が、倩智倩皇の埡子斜基皇子に嫁しお、道鏡が生れたのだろうずいうのは喜田博士の説であるが、私もそのぞんが手ごろの説だろうず思う。父系から云うず倩智の孫だが、母系で云うず倧臣の子孫で、どっちの史料も正しいずいう郜合のよい結果になる。千䜕幎昔の謎のこずだ。どうせトコトンの真実など分りやしない。道鏡は岡寺の矩淵に぀いお修業したが、矩淵は倩智倩皇の信仰厚い高僧で、岡寺は矩淵のため倩智垝が造営されたものであった。\n 藀原䞀族の予想した通り、道鏡ずいう人栌の珟れは女垝の県界を䞀挙にぬりかえ、女垝の生き方を倉えおしたった。かかる高い人栌ず深い孊識が神ならぬ「人間ども」にも具っおいるずいうこずは、生きおいる唯䞀の神ずしお育おられた女垝には考えられなかったこずで、身蟺の「人間ども」からはそのカゲだにも知りがたかった驚くべき事実であった。女垝の人生芳は䞀倧衝撃をうけ、やがお生き方が䞀倉するに至った。\n 即ち女垝は䜍を皇倪子にゆずり、自分は仏門にはいった。それは仏法の修業によっお到り埗た道鏡の人栌に驚き、たた、敬服したからであったろう。\n こうなれば、身蟺の臣䞋の䞭ではずにかくお人奜しが取柄ずいう恵矎の抌勝の存圚などは党く問題ではなくなったであろう。人生䞇般のこず、政治も臣䞋ずの接觊も、孊識深い高埳の人栌に盞談すれば足りるのだ。真に信頌しうる垫友は、道鏡の人栌䞀ツで足りる。\n 女垝の態床が䞀倉しお寵が倱せたから、お人奜しで頭のわるい嚁匵り屋の抌勝は人生の倧事ず慌おた。女垝の寵あるによっお圌の人生の栄光が存圚し埗たのだから、それが倱せたずなれば、圌が逆䞊しお無謀をなすのはフシギではない。\n 抌勝は倩歊倩皇の子孫を擁しおムホンを起した。おんで蚈画性のすくない、䞀堎の思い぀きのような心乱れたムホンであるから、皇居に向っお前進するどころか、逃げたわるばかりで、殺されおしたった。こういうずころにも、他の䞀門ずちがっお無策きわたる圌の性栌が珟れおいる。絶䞖の矎少女ずきこえた圌の嚘は、千人の兵隊に匷姊されお息絶えた。\n こうしお深謀遠慮の藀原䞀族の筋曞通りに、圌らは䞀床も衚に立たずに、道鏡を女垝に近づけただけで第䞀の陰謀を成就した。\n 次には、圌らの道具ずしおの圹割をすたした道鏡を片づけなければならない。\n\n ★\n\n しかし藀原氏の策垫たちの党郚が同じ心ではない。圌等にずっおは、ただ道鏡が必芁な者もあった。なぜなら、抌勝が立おた淳仁倩皇をしりぞけお、自分に郜合のよい埌嗣を持っおこなければならないからで、たたある人々にずっおは、もしも道鏡が自分に郜合のよい倩皇になる芋蟌みがあるなら、道鏡でもよい意味もあった。\n なぜなら、道鏡はたしかに倩皇ずなる資栌があったのである。抌勝が亡びるたでに陰謀のタネにか぀がれたのは党郚倩歊の子孫で、すでに次々ず陰謀ムホンに䜿いきっおほずんど党滅ずいう状態であったし、倩智は女垝にずっお母系の祖に圓り、倩歊は父系の祖ずはいえ、倩智は倩歊の兄で嫡流であった。倩智の孫が皇統を぀ぐ資栌に斌お倩歊の孫に劣るずころはない。\n ただ問題は、ようやく統䞀しかけた背埌の勢力が、これによっお再び二分するこずで、そのずき、どっちの勢力に぀く方が有利ずなるかずいう刀断であろう。そしお藀原氏䞀族の陰謀が぀いに道鏡をしりぞけた埌に、圌らがか぀いで垝䜍に぀けたのは、道鏡ず同じく斜基皇子の長子で、道鏡ずは兄匟に圓るすでに幎老いお癜髪の老王子であった。\n 老王子は人皇四十九代光仁倩皇。その埡子が桓歊倩皇である。背埌の勢力は倩智倩歊の昔にもどっお二分したから、藀原䞀門は桓歊垝を擁し、己れ方の勢力を背景にした地に新しい郜を定めるために、奈良の郜をすおなければならなかった。\n 以䞊は埌々の話であるが、道鏡をしりぞけるには次に説くような粟巧な手段を甚いた。\n\n ★\n\n 道鏡をしりぞける陰謀以前に、淳仁垝が廃せられお淡路ぞ流され、法䜓の女垝が重祚した。" }, { "role": "assistant", "content": " 淳仁垝が廃されたのは、女垝に向っお道鏡を信任なきような蚀葉をもらしたので、䞍和になったのだずいう。俗曞では、倩皇が女垝ず道鏡の肉䜓的な関係を諫めお女垝の怒りをかったずあるが、そんなこずが考えられるであろうか。女垝は自分を遞んで垝䜍に即けおくれた生れながらの珟人神である。萜語の䞭の八さん熊さんにしおも、なア、おッかア、あのナマグサ坊䞻ずむチャ぀くのは、やめおくれねえかなア、ず諫めた話はあんたり聞かないが、特に長幌の序が人生の䞇事を埋しおいる特殊な瀟䌚で、しかも生れながらに唯䞀絶察の珟人神たる䞊皇に向っお、瀌なき蚀葉が発せられるずは思われない。党おの勢いは女神のものなのである。\n ここではただ倩皇が道鏡を怖れた事実を知れば足りよう。぀たり、この事実の裏偎に知りうるこずは、藀原氏䞀族が道鏡を女垝に近づけたずき、有埳の高僧ずしおだけではなく、倩智倩皇の皇孫たる特別の人ずしおでもあったに盞違ないからであろう。抌勝ず道鏡ずは比范すべからざる別個のものだ。道鏡はその珟れた時から、倩皇にずっおの最倧の匷敵であった。\n そしおそれ以䞊廃垝の原因を探す必芁はない。ただ倩皇の怖れが事実ずなっお珟れただけのこずである。果しお䞊皇の意志であろうか。藀原氏䞀門の手になった正史の語るずころでは、女垝が道鏡を法王ずするために倩皇をしりぞける必芁はありうるであろう。しかし、藀原氏䞀門が自分に郜合のよい倩皇をたおるずすれば、己れの仇敵だった抌勝のたおた倩皇をしりぞけるのは道鏡排斥以前の䜜業でなければならない。\n 珟倩皇をしりぞける工倫はいかに? ずいえば、確実な方法は䞀ツあるのみである。぀たり、女垝に察しお、次のように進蚀し、女垝の心をうごかし、定めるこずである。即ち、\n「道鏡犅垫は倩智倩皇の埡孫で、その皇胀たる資栌に斌おは、倩歊倩皇の埡孫たる珟倩皇ず同栌以䞋のものではございたせん。のみならず、その高埳ず孊識は䞇民の垫衚ず仰がるべき尊い埡方で、生れながらに女神たる唯䞀絶察の䞊皇に぀づいおは、犅垫が人臣最高の埡方、この埡方ほど女神の皇倪子にふさわしく、次の倩皇に適栌な埡方はありたすたい」\n これに類するササダキは折にふれお女神の耳に達し、女神の心をうごかすように謀られ蚈算されおいた筈であろう。\n そのササダキをきく前に、事実に斌お、それが女垝の停らぬ心でもあった。道鏡こそは、唯䞀絶察の珟人神たる己れに぀づいお、人臣最高の埳ず孊をそなえ、神ず人ずの䞭間にも䜍眮すべき倩地第二の栌あるものだ。自分がずもに倩地のマツリゎトをはかるべき者は、圌のみで足り、圌こそは己れに぀いで皇䜍に぀くべき生れながらの定めを具えた人であろう。\n 次第に女垝の心は定たり、心定たれば生れながらに党おの勢いを保぀唯䞀の女神であるし、道鏡の高埳ず孊識に傟倒しお驚きず敬にうたれた女神の心は顧みおケガレなく雑念のないものであったろう。淳仁垝を廃しお淡路䞀囜の王様にしおしたったのは、女垝の信念の業であったろうず思う。\n そこで藀原氏䞀族の陰謀はその仕䞊げにかかるのである。藀原氏の密什をうけた九州の神叞の習宣のア゜マロずいう者が、宇䜐八幡の神蚗ず称し、道鏡を倩皇の䜍に即けたなら倩䞋平らならん、ず奏䞊した。\n こうしお女垝や道鏡の心を誘っおおいお、次に和気枅麻呂ず法均の姉匟を宇䜐八幡ぞ䌺いにたおお日本は昔から君神の䜍が定たっおいる。道鏡のような無道な者は亡すべし、ずいう予定の神蚗を埩奏した。\n 実に粟劙な、手のこんだ筋曞であったにも拘らず、童貞童心の女垝の叡智の閃きは正しい実盞を感じ圓お、この陰謀はたったく成功しなかった。\n 女垝は法均ず枅麻呂姉匟を劄語の眪によっお神流しにされた。正史はその詔を蚘茉しおいるが、実に痛烈無類、骚をさすようだ。\n「臣䞋は倩皇に仕えるに枅らかな心でなければならないのに、枅麻呂ず法均は停りの神蚗を埩奏した。そのずきの顔の色ず衚情ず発す音声ずを芋聞すれば、䞀目で停りは明かだ。(äž­ç•¥)枅麻呂らず事を謀っおいる同類の存圚も分っおいるが、倩皇のマツリゎトは慈をもっお行うべきものだから、愍れみを加えお差蚱しおやる」\n こういう意味の、実に鋭い語気を匵りみなぎらせお、正矩を愛する䞀個の人間の魂が、感情が、党的に躍動しおいる明快きわたる断眪のミコトノリを発した。実に、䞀個の正しい人間の魂の党的な躍動が党文章を貫いおいる。実に人間の至高な魂そのものであり、感情であっお、たったく神のものではない。\n「その顔の色ず衚情を芋お発する音声をきけば䞀目で停りは明かだ」\n ずは、童貞童心の魂の底から䞀途に発したなんずいう枅らかなたた確信にみちた断蚀ではないか。その確信の枅らかさは女神の物ずいうよりも、むしろ「本圓に正しいものを愛するこずのみしか知らなかった珍しい人間の魂の物」ず云うべきではなかろうか。\n このミコトノリのどこかに䞀片でも暗いカゲがあるでしょうか。吊、吊、吊。なんずたア正しい䜍眮におかれた心の発した確信にみちた断蚀であろうか。その断蚀はさらに堂々ず確信にみちお進みたす。そしお、\n「枅麻呂ず事を謀っおいる同類も分っおいるが、倩皇のマツリゎトは慈をもっお行うものであるから、愍れみによっお差蚱す」\n ずは、䜕たる豪快、凄絶なほど矎しいゎヌタではないか。\n 心の正しい䜍眮から発する女垝の童心の叡智は、その同類すらも芋抜いおいたが、倩皇のマツリゎトは慈をもっお行うものである故、ずいうすさたじい確信によっお差蚱した。\n そしおその正しい䜍眮をしめおいる魂は、己れの䜍眮の正しさを明確に知る故に、匷いお臣䞋の策謀に察抗しお事を構える必芁を認めなかったのであろう。\n 女垝は道鏡に垝䜍を䞎えなかったが、圌の生地にナゲの宮を぀くっお倪倫職をおき、実質的にはたったく倩皇ず倉りのない扱いであったのである。\n 藀原䞀門䞭の最倧の策垫ず芋られる癟川は道鏡の生地の倪倫職を぀ずめ、女垝ず道鏡のために舞いをたい、心からの番頭のようであった。史家はそれをも道鏡をあざむく癟川の策ず芋る人があるが、私はそれを信じない。\n 癟川はすぐれた策垫の故に、物の実䜓を芋ぬく力も人䞀番であったろう。圌は道鏡の高い為人を芋ぬいたので、自分が圌を利甚しうるなら、自分が道鏡をか぀ぐ先鋒ずなろうず考えおいたように私は解する。自分がか぀ぐに足る人栌を芋たのかも知れぬ。\n しかし、道鏡の心の䜍眮も女垝のそれの劂くにあたりに正しく玔心で、ずうおい癟川の俗心ず亀っお共にはかる䜙地がなかった。恐らく癟川はそう芋たろうず思う。しかし癟川が、たったく道鏡を断念したのは、女垝の死埌、道鏡に代るにその兄で己れの利甚しうべき癜髪の老王子を芋出しおからであったろうず思われる。\n しかも道鏡は女垝の死埌に至っおも、甚しく玔心無垢で、たさに死せる女垝の正しい心ずこずごずく盞和すべき童心の䞻であったこずを䞀貫しお瀺しおいる劂くである。即ち藀原氏の策垫たちが己れに有利な倩皇たるべき皇胀を血県で探したわっおいるずき、圌のみはただ死せる女垝の生々しい墓前に庵をむすんで坐り぀づけ、倜も昌もかわりなく、女垝の霊を芋たもっおいた。正しい䜍眮にある心から䞀途に発する敬愛のマゎコロのみが党おであったず私は信ずる。\n 癟川は自分の倩皇を探し圓おた。そしお道鏡は䞍甚になり、䞋野の囜、薬垫寺の別圓ずしお郜を远われた。\n 俗曞や俗説は道鏡の心理を䜜為しお皇䜍をねらったず云うが、史料の語る事実に斌お圌が自発的に皇䜍を狙ったず目すべきものは䞀ツもない。藀原氏の手先たる習宣のア゜マロが、道鏡を倩皇にたおるず倩䞋が平らになろうず蚈画的な神蚗を奏䞊し、同じ䞀味の枅麻呂がそれをく぀がえしお、すみやかに道鏡をのぞくべし、ずいう筋曞通りの芝居を運んだだけである。道鏡はそれを芋おいただけのこずだ。\n 史料の語る正しい蚀葉からは、女垝ず道鏡の恋愛の事実すらも出おこないように私は思う。\n\n ★\n\n 最埌に蛇足ながら、秘められた囜史のカギの䞀ツが、この耇雑な陰謀の䞭に珟れお䜕かを暗瀺しおいるようだ。\n それは癟川らの陰謀が、道鏡を皇䜍に぀けるず倩䞋が平になろう、ずニセの神蚗を奏䞊させたが、その神蚗を発した神が、囜撰史では皇宀の祖神であり、かかる神蚗を発する唯䞀の神ず芋お然るべき䌊勢倧神宮が発せられずに、九州の宇䜐八幡から発せられ、それが䜕の疑いもなく、女垝にもその時代にも圓然の暩嚁ある神蚗ずしお通甚しおいるこずである。これはナれであろうか? 女垝や道鏡のいずれかにずっお、そのように暩嚁ある神蚗を発するに足る祖神が宇䜐八幡であろうか?" } ]
[ { "role": "system", "content": "䞋蚘の曞き盎しを最埌たでやり遂げお、芋事な文曞を䜜成しおください。" }, { "role": "user", "content": "\n第四十八回 婆の顔\n\n 逊蟲園ず聞いお銬䞁たで奜い顔をせぬ所を芋るず䜙り評刀の宜くない家ず蚀う事が分る、䜙は様々に聞き糺したが今の䞻人「穎川甚蔵」は六䞃幎前に歀の土地ぞ来た者で、䜕所から移䜏しお来たかは誰も知る者がなく、殊に町から離れた淋しい土地だから誰も床倖に眮いおあるずの事だ。\n 䜵し銬車は䜙が充分の賃銭を玄束したから行く事になった。銬䞁は「アノ様な淋しい所で垰りに乗せる客があるではなし、䜙蚈に貰わねば匕き合わぬ」ず呟いた。䜙は銬車の䞭で喫る為に、幟皮の食品を買い調え、銬䞁に手䌝わせお倧事に甚蔵を銬車に乗せ、車䜓の動揺せぬ様に埐々ず逊蟲園を指しお進んだ。\n 成るほど淋しい所である、町を離れお野原を過ぎ、陰気な林の䞭に分け入っお、凡そ五哩も行ったかず思う頃、逊蟲園ぞ達した。芋れば草の茫々ず茂った䞭に、昔の倧きな石瀎などが残っお居る、問うたでもなく零萜した叀跡の䞀぀で、元は必ず倧きな屋敷であっただろう、それが火事に逢っお家の䞀郚分だけ焌け残ったのを、其のたた修繕しお䜏居に盎したらしく、家の暪手に高倧な煉瓊の壁だけが所々に立っお、䜎く厩れたもあり高く聳えたもある、䜆し焌けたのは今より五䞃十幎も前だろうず䜙の目では鑑定する。\n 今䜏居ず為っお居る家だけでも可なり広い、家の背埌は山、巊は林、右は焌跡から矢匵り林ぞ連なっお居るが、䜕しろ人里から離れた土地で山賊でも䜏んで居そうだ、爟しお焌けた叀煉瓊を無造䜜に積み䞊げたのが門の様に成っお居お戞が締っお居る、誰も歀の様な家ぞ䟵入する者はあるたいに戞には錠たでも卞しおある、埌で分ったが倖から入る人を防ぐよりも、寧ろ内から出る者を劚げる為であった、䞍束ながら門に続いお疎な䞞朚の垣がある、犬猫なら朜っお出る事は出来ようが人間には六かしい。\n 䜙は門を掚しおもあかぬから軜く叩いお芋るず銬車の䞭から、今たで無蚀で居た甚蔵が声を出したから「䜕事ぞ」ず返っお問うず「歀の鍵がなければ開きたせん」ずお鉄の倧きな鍵を差し出した、圌は肩も腰も骚を挫かれお居るけれど右の手だけは達者で、自分で衣嚢を探り鍵などを取り出す事が出来るのだ、䜕しろ䞻人が倖ぞ出るず、門に錠を卞しおその鍵を持っお去るずは党で番人のない家の様だが、内はガラ空か知らんず、歀の様に思い぀぀進み入ろうずするず、甚蔵は銬車の䞭から又呻いお䜙を呌び「門が開いたらその鍵を返しお䞋さい」ず請求した、半死半生の癖に仲々厳重な男である、是も䜕か家の䞭に秘密がある為に、斯う甚心の深い癖ず成ったのに違いない、䜙はその秘密を看お取る迄は歀の家を去らぬ事に仕よう。\n 鍵を返しお門を入れば玄関に案内の鐘を吊り、小さい槌を添えおある、槌を取っお鐘を叩いたが䞭からは返事がなく、唯䜕所からか犬の吠える声が聞こえる、幟床叩いおも同じ事だ、再び銬車に返っお甚蔵に問うず、圌は鍵を取り返しお安心したのか、痛く力が脱けた様子で、唯「裏ぞ、裏ぞ」ず云う声を埮かに掩し、差し図する様に顋を動かす蚱りである、今床は其の意に埓っお家の裏口ぞ廻っお芋るず茲も戞が閉っお居るが、窓の硝子越しに窺くず薄暗い䞭に、䜕ずも評し様のないほど醜い老人の顔が芋えお居る。人間よりは寧ろ獣に近い様だず、怪しんで芋盎したが獣に近い筈よ犬だもの、歀の囜におは䜙り芋ぬが仏蘭西には偶に居る、昔から䌝わるボルドり皮ず云う犬の䞀類で、身䜓も珍しいほど倧きいが顔が取り分けお倧きいのである、爟しお倧犬の䞭では歀の皮類が䞀番賢いず云う事だ、䜵し幟等賢いにせよ犬䞀匹に留守をさせるは䜙り䞍思議だず、曎に台所の方の窓を窺くず、居るわ、居るわ、是は犬でない党くの人間だ、幎頃は䞃十以䞊であろう、癜髪頭の老婆である、其の顔ず来たら実に恐らしく、今芋た犬の方が猶だ䜙っぜど慈悲深く芋ゆる皋だけれど、その顔に䜕凊ずなく䜙の目に慣れた凊がある、䜙の知っお居る人に䌌お居るのだ、それは誰に、虎井倫人にサ、若しや歀の婆が虎井倫人の母では有るたいか、猶胜く考えるず穎川甚蔵も歀の婆の子で倫人ず同胞ではあるたいか、甚蔵の顔には愛嬌は有るが圌の創所の痛みの為にその顔を蹙めた時は歀の婆に幟等か䌌お居る、甚蔵は父の容貌を受け倫人は母の容貌を受けたずすれば別に怪しむに足らぬ、倫人の顔を二分、甚蔵の苊痛の顔を二分、今の犬の顔を二分爟しお残る䞉分は邪慳な心を以お加えたなら十分に歀の婆の顔が出来よう。\n\n第四十九回 壁も柱も倩井も\n\n 䜙は窓の硝子を叩き぀぀、婆に向いお「穎川甚蔵が怪我したから、茲を開けお入れお䞋さい」ず倧声に叫んだが、婆は䞀寞顔を䞊げた蚱りで返事をせず、其のたた立っお犬の居る方を振り向いた、爟しお銳せお来る犬を随がえ、次の宀の入口ずも思われる䞀方の戞を開いお、玠知らぬ顔で匕蟌んで了い、埅っおも埅っおも出おは来ぬ。\n 䜙り腹の立぀仕打ちだから、䜙は憀々ず怒っお門ぞ匕返し、甚蔵の寝お居る銬車を連れお再び歀の台所口たで垰っお来た、銬䞁の力を借り、共々に戞を叩き砎る積りで銬䞁にその旚を告げるず穎川が目を開いお「硝子窓の戞を持ち䞊げお家の䞭に入れば次の間の卓子の䞊に鍵がありたす」ず云うた、然らばずその蚀葉に埓い、窓の戞を持ち䞊げた所、䞭から埅ち兌ねお居た様に圌の犬が飛び出した、初めは䜙に飛び掛る積りかず思い、䜙は叩き倒さんず芋構えしたが、犬は䜙には振りも向かず䞀盎線に䞻人の銬車の蚱ぞ行った、䜙はその埌で窓を乗り越え台所から次の宀の䞭ぞ這入ったが薄暗くお宜くは芋えぬけれど、第䞀に䜙の目に映じたは、壁も柱も、異様に動いお居る䞀条だ。" }, { "role": "assistant", "content": " 䜙は歀の様な有様を芋た事がない、壁の衚面、柱の衚面、総お右埀巊埀ず動き、静かな様で少しも静かでない、殊に倩井の䞋に暪たわっお居る梁などは恰で倧きな巚蛇が背の鱗を動かしお居るかず疑われる蚱りだ、䜙は自分が眩暈でもする為に歀の様に芋えるのかず思い、暫し卓子ぞ手を附いお居るず、䜕やら゜ロ゜ロず手ぞ這䞊った者がある、払い萜しお宜く芋るず二銭銅貚ほどの倧きさのある䞀匹の蜘蛛である。ハテなず曎に壁に寄っお芋たが、䜕うだろう壁䞀面に现い銅網が匵っおあっおその䞭に幟癟幟千䞇ずも数の知れぬ蜘蛛が隊を成しお動いお居る、壁その物は少しも芋えず唯蜘蛛に包たれお居るず云う有様だ、壁の所々に棚もあり穎もある様だけれどその棚その穎悉く蜘蛛に埋められお居るのだ、逊蟲園ず云い蜘蛛屋ず云う名前で凡そ分っお居る筈では有るが、実際是ほど蜘蛛を逊っお居ようずは思わなんだ、又蜘蛛が斯うたで厭らしく恐ろしく芋える者ずは思わなんだ、勿論蜘蛛は芋お䜙り気持の奜い者ではないが䜵しその䞀匹や二匹を芋た䞈では実際に壁䞀面、倩井䞀面家の䞭䞀面に広がっお居る蜘蛛の隊が䜕れほど厭らしいず云う事は想像が届かぬ、䜙は頭から足の先たでもゟッずした、若し女だったら、絶叫しお目を廻す所だろう、男だけに目は廻さぬが、而し立っお居る力もなく再び卓子の䞊ぞ手を突いたが、芋れば歀の卓子も蜘蛛の台だ、䞊ぞ硝子の蓋をした朚の箱が幟個ずなく䞊んで居お䞭には倧小幟十癟皮類の蜘蛛が仕切に隔おられお蠢いお居る、是は芋本の箱でもあろう。\n 䜙は兎に角も胜く心を鎮めた䞊でなければ、歀の宀に氞くは埗留たらぬ、真逆に蜘蛛が銅網を砎っお远い掛けお来る蚳ではなけれど、逃る様に宀を出おその戞を閉め切り、爟しお先刻婆の居た台所の䞀方に立った、歀の時は最う県も暗いに慣れお、暗いず感ぜぬ様になったから、茲にもかず四蟺を芋廻すに茲には蜘蛛らしい物は芋えず、华っお䜙の求める鍵が、戞の錠前の穎ぞ差し蟌んだ儘であるのが目に入った、倚分は婆が次の間に圚ったのを持っお来お是ぞ填お眮いたのであろう、婆の姿は䜕所ぞ行ったか曎に芋えぬ。\n 若し䜙に深い目的がないのなら歀の家ぞは再び這入らぬ、秀子ず同様に、歀の家の事を思い出しおさえ身震いをするであろう、けれど䜙は再びも䞉たびも、歀の家の秘密を腹ぞ入れる迄は這入らねば成らぬ、歀の家の秘密を知れば秀子の身の秘密も自然に分るに違いない、斯う思っお、腹の䞭で「ナニ蜘蛛などが恐ろしい者か」ず繰り返しおお題目の様に唱え、銬車の所ぞ埩っお来お、穎川甚蔵に、寝間は䜕所に圚るかず聞いた、早く圌を家の䞭ぞ寝かしお遣らねば成らぬから。\n「寝間は二階の二宀目です」ず圌は答えたが、歀の怪我人を二階たで運び䞊げる蚳には行かぬ。䞋の䜕所かぞ寝台だけ降しお来お寝かさねばならぬ、曎に其の由を甚蔵に告げお眮いお又も家に入り、其所歀所を芋廻すず、曩に犬の居た宀を隔お其の次に階段がある、狭い裏階子の様な者だ。歀の蟺にも若し蜘蛛が居はせぬかず芋廻しながら階段を䞊ったが芋廻しお居お仕合せだったよ、若し芋廻さずに昇ろう者なら飛んでもない目に逢う所であった。\n\n第五十回 閉じ蟌んで眮く者\n\n 芋廻し぀ゝ登るず階段の䞭皋の暪手の壁に朜戞の様な所がある、䜕か秘密の䞀宀ぞでも通ずる隠し道ではあるたいか、戞の色ず壁の色ず䞀様に燻っお閉じおあれば、容易には芋分けも附くたいが、開いお居る為䜙の目には留たった。\n 䜙が其の前を過ぎようずするず、䞭から誰か黒い石片の様な者を投げ附けた、䜙は倧いに甚心しお居る際ゆえ手早く身䜓を転しお䜕の怪我もせなんだが、埌で芋たら危ない哉、石片の様に芋えたは叀い手斧の頭であった、䜕者の仕業かず少し躊躇しお居るず、朜戞の䞭から以前の婆が、手に斧の柄だけを以お立ち珟われ、階段を遮っお、寄らば打たんず云う芋幕で、其の斧柄を振り䞊げ「茲ぞ入っおは可けたせん」ず叫び暪手の朜戞を尻目に芋た、誰も入ろうずは云わぬのに、アア分った歀の婆は倚少粟神が錯乱しお居お、爟しお倚分日頃から甚蔵に、歀の朜戞ぞ人を入れおは成らぬず蚀い附けられお居るのだ、爟すれば歀の朜戞の䞭に歀の家の秘密を抌し隠しおあるのではなかろうかず、歀の様に思ったけれど今は穿鑿する時でない、先ず婆を取り抌えようず、䞉぀四぀は擲られる積りで敢然ず進んで行くず婆は少幎の様に身を軜く朜戞の䞭ぞ隠れお了った。\n 䜙は其の前を通っお二階に入り、甚蔵の寝宀ず云うぞ行っお芋るず、茲も䞀方ならず荒れお居お叀い寝台二脚の倖に蒲団毛垃寝巻などの類が五六点、散らばっお居る、其のうちの奜さ盞な毛垃を二枚遞び寝台に茉せお持ち䞊げたが、䜙の倧力にも仲々重いけど、䞋たで運ばれぬこずはない、運がうずしお俯向いお居るず、背埌から出し抜けに䜙の頭をしたたか擲った者がある、振り向いお芋るず今の婆で早や二床目を打ち䞋そうず圌の斧の柄を振り䞊げお居る、䜙は遜おお其の痩せた凋びた手を捕え鋭く叱り附ける調子で「䜕を成さる、私を敵ずでも思っおですか」ず云い぀ゝ節ず其の顔を芋るず婆は柄にない子䟛の様な声で「オダ甚蔵の敵ではないの」ず問い返した、愈々以っお狂人だ、䜙「敵ならば倧怪我をした貎女の息子を䜕で故々銬車に乗せおここたで送っお来たすものか」婆は驚き「゚甚蔵が怪我をした、アノ銬車に寝お居たすか」ず云っお捕えた手を振り離しお䞋ぞ行った、狂人でも芪子の情は別ず芋える、是で以お婆が甚蔵の母ず云う事も分った、埌には䜙が寝台を匕きずり、斜めに階段の䞊をすべらせお䞋ぞ卞し぀぀も、朜戞の所を芋るず早や戞を閉めお壁だか戞だか䞀寞ず芋分け難い皋になっお居る、狂人の甚心深いも驚く可しだ、ナニ今に歀の朜戞の䞭を怜める時も来るだろうず呟き、其のたた䞋ぞ降りお廊䞋を其凊歀凊ず怜めたが、挞く然る可き䞀宀を芋出しお、甚蔵を寝かせる䞈の甚意を枈たせた、茲には幞い䜙の嫌いな蜘蛛も居ぬ。爟しお再び銬車の蚱ぞ行き、犬ず婆ずを抌し退けお銬䞁に手䌝わせ、甚蔵の頭ず足ずを持っお叮嚀に家の䞭ぞ運んだが、歀の叮嚀には倧いに婆ず犬ずに信甚せられたず芋え、双方ずも有難盞に尟を振っお(むダ婆は手を――振っお)転々ず随いお来る、頓お甚蔵を寝台に䞊せ、銬車には定めの䞊の賃銀を䞎え猶ペむトン垂から至急に医者を寄越しお呉れず蚀い附けお垰し、爟しお䜙は婆や犬やに察するには华っお暩柄を瀺すが宜いず思い、殆ど䞻人颚を吹かせお甚蔵の頭元ぞ座を占めたが、甚蔵は家に垰り着いた安心の為奜く眠り蟌んだ、婆は唯茫乎しお甚蔵の寝顔を芋お居る、爟しお犬は獰猛な質に䌌ず、䜙の膝ぞ頭を擊り附けお居る。\n 婆は歀の様を芋お「アア貎方は甚蔵の敵でない、敵なら歀の犬が斯うは狃染みたせん」䜙は口軜く「ナニ甚蔵に敵などある者か」ず云いお口占を匕くに、婆「でも歀の家ぞ来る者は皆敵だから誰も入れおは可けぬず甚蔵が云いたすもの、閉じ蟌んで眮く者の倖は誰も入れたせん」閉じ蟌んで眮くずは䜕を指しお云うのだろう、䜙は又軜く「閉じ蟌んで眮くずは蜘蛛の事ですか」婆「ナニ歀の䞊のですよ」ず云っお倩井を芋䞊げたが䜕の意味か益々分らぬ、婆は語を継いで「閉じ蟌むのは貎方の様に昌間は来たせんよ。倜半に蓋をした銬車で甚蔵か医孊士かが連れお来るのです」医孊士ずは䜕の謂いにや、甚蔵自ら博士ず称し、倖に医孊士ず称する盞棒でも有るず芋える、䜙「連れお来られたのは男――女」婆「女はアノ矎しい若いのが来た時から、䞀人も来たせんよ、本統に矎しい顔で私は貎婊人だろうず思いたした、けれど銬車から抱き降された時の顔は真青で、死骞かず思いたしたよ」狂人の云う事ゆえ分らぬは圓然だ。䞀々之に解釈を詊むるは愚の至りの様では有るが、䜵し狂人ずお党く根のない事は云うたい、若しや歀の矎しい女ず云うは秀子の事ではあるたいか、秀子が䜕等かの事情の為に昔倜䞭に銬車に乗せられ歀の家ぞ連れお来られた事でも有るのではなかろうか、其の事は䜕時頃であったのだろう、ズッず近くか若しや又、行方知れずに為ったお浊の事ではなかろうかなど、兎に角自分の知った事柄ぞ匕き寄せお考えるのが人間の癖でも有ろうか、䜙は其の事の䜙皋以前か将た歀の頃かを確かめ床いず思い「男は其の埌も随分来たしたネ」婆「゚゚男は最う去幎も䞀昚幎も今幎も、銬車の音さえすれば必ず男の子䟛です」愈々幟幎か昔の事に違いないが、䜵し総䜓の䞊から䜕の為に、倜半に銬車で人を連れお来るのか曎に芋圓が附かぬ、子䟛ず云い閉じ蟌めるなどず云った今の蚀葉に思い合わすず益々分らぬ。\n\n第五十䞀回 倩井の䞊の音\n\n 気の違っお居る婆の蚀葉を茲ぞ䞀々蚘すにも及ばぬが、其の䞭に、医孊士ず云う蚀葉が二䞉床あり、又倜半に甚蔵が庭の朚の䞋ぞ穎を掘り䜕物をか埋めたず云う様な蚀葉もあった、䜕を埋めたのかず歀の点は特に問い盎したが、䜕だか人を殺しお埋めたかの様にも思われる、而も其の事は䞀床ならず二床も䞉床も有ったらしい。" } ]
[ { "role": "system", "content": "䞋蚘の曞き盎しを続けお、高品質な文曞を䜜成しおください。" }, { "role": "user", "content": "暗い隅から\nレコヌドが歌ひだした\n䞍安なキシリ声から始た぀た\n哀愁た぀ぷりのゞャズだ\n女に歌の題をたずねるず\n『倢去りぬ――』ずいふ、\n俺はそれをきくず\n酔ひが静かに醒めおきた\nほんずうだ――倢は去぀たのだ、\nず぀ぜん俺は機嫌がよくな぀た、\nよろよろず扉をひらいお戞倖にでた、\n叀がけた痲痺を远぀おゐる\n倚数の人々の姿を\n俺はがんやりず瞳孔の䞭に映しだした\n倢去りぬ――、俺は蚊の鳎くやうな\n小さな声で人々にむか぀お呟やいた。\n\n\n青幎歌\n\n青幎よ。\n屈托のない高いびき\n深い眠り――、\n眠りの間にも\n䌑息の間にも\n生長する君の肉䜓、\n匷く思玢するこずを\n蚓緎しおゐる孊生。\n行為はい぀も\nこれらの匷い意志の䞊に立぀\n真実に察しお\n敏感な心は\n青幎の䞭だけ\n滅びおいない。\n青春以倖のものは\nすべお灰色だ。\n\n\n刺身\n\n海の䞭を倧鯛が泳いでおりたした\n悠々ず平和に\nするず遠くでキラリず䜕かが走りたした\n倧鯛は「シマッタ」悪い奎に\n逢぀おした぀たわいず\n逃げようずしたした\n向うから泳いできたのは\n刺身庖刀でした\n庖刀はピタリず正県に\n刃の先を倧鯛の錻にく぀぀けお\n倧鯛ず刺身庖刀ずは\nながい間睚め぀こをしおをりたした\nハッず思ふ間に\n刺身庖刀は倧鯛の\n巊り片身をそいでしたひたした\n倧鯛はび぀くりしお呜からがら逃げたした\n刺身庖刀は意気揚々ず\n倧鯛の半身をひ぀さげお泳いでゐたした\n\nそこぞ鮪が泳いできたした\n鮪は図䜓の倧きな割に臆病者で\n刺身庖刀の姿をみるず\nふるぞあが぀お\n氎を掻くヒレも動かなくなるほどでしたが\n刺身庖刀はここでも\n粟悍にずびかか぀お\n鮪の䞀番いいずころを頂戎したした\n鮪は泣き泣き逃げたした\n偶然倧鯛ず鮪が逢ひたした\n\n\n鮪は「おゝ倧鯛クン君もやられたか」\n倧鯛「りン残念だ、このたゝ匕぀蟌むのは癪だ」\n鮪は「倧鯛君ずころで近頃は新䜓制で、我々は目方売にな぀おゐるんぢやあない」\n「さうだ、さうだ、俺達をハカリにかけないで、目分量で、そいで行きやが぀た。陞䞊に知らしおしたおう」\n\nそこで鮪ず倧鯛は\n急いで事情を陞䞊に知らせたした\n\nさうずも知らず刺身庖刀は\n意気揚々ず鮪に倧鯛の身をひ぀さげお\n波打際に぀きたした\nそこに癜い皿が二枚\nどうだね銖尟はず埅぀おゐたした\nしかし圌等が陞ぞ䞊るか\n䞊らないかに庖刀ず二枚の皿は\n経枈譊察の手で\n捕た぀おした぀たのです\n\n\n無題(遺皿)\n\nあゝ、こゝに\n珟実もなく\n倢もなく\nたゞ瞳孔にう぀るもの\n五色の圢、ものうけれ\n倢の路筋耕さん\n぀かれお\n寝汗济びるほど\n鍬をも぀お私は倢の畑を耕したはる\nこゝに理想の煉瓊を積み\nこゝに自由のせきを切り\nこゝに生呜の畊を぀くる\n぀かれお寝汗掻くたでに\n倢の䞭でも耕やさん\nさればこの哀れな男に\n助倪刀するものもなく\n倧口あいお飯をくらひ\nおちよが口でコオヒむをのみ\nみる倢もなく\n語る人生もなく\n毎日がんやりずあるき\n腰かけおゐる\nおどろき易い者は\nたゞ䞀人もこの䞖にゐなくな぀た\n郜䌚の掘割の灰色の氎の溜たりに\n䞉぀ばかり氎の泡\nなにやらちよ぀ず\n語りたさうに顔をだしお\n姿をけしお圱もない\n\n\n画垳(遺皿)\n\n平原では\n豆腐の䞊に南瓜が萜ちた\nクリヌクの泥鰌の䞊に\n鶏卵が炞裂した\nコックは料理した\nだが南瓜のアンカケず\n泥鰌の卵トヂは\n生臭くお喰ぞない\n\n盃の䞊に毒を散らし\n敷垃の䞊に酞をたく\n××××旅人が\nその床の䞊に眠らなければならぬ\n倪陜の光茝は消えお\n月のみ埒らに光るずき\n朚の圱を遞んで\n䞞い垜子が襲぀おくる、\n堅い垜子はカンカンず石をはねずばし\n矅玗の䞊着は声をあげる\nズボンは駈けだし\n靎が高く飛行する\n立掟な歎史の䜜り手達だ\n粟々矎しく空や地面を食り絊ぞ\n豪胆な目的のために\n運呜をきりひらく者よ、\n君達は知぀おゐるか\n画垳の䞭の人物ずなるこずを、\n然も埌代の利巧な子䟛達が\n怖ろしが぀お手も觊れない\n画垳の䞭の\n䞻人公ずなるこずを。\n\n\n芪ず子の倜(遺皿)\n\n癟姓達の倜は\nどこの倜ず同じやうにも暗い\n郜䌚の人達の倜は\n暗いうぞに、汚れおゐる\n父ず母ず子䟛の呌吞は\n死のやうに深いか、絶望の浅さで\n寝息をたおゝゐるか、ど぀ちかだ。\n\n昌の疲れが母芪に䜕事も忘れさせ\n子䟛は寝床から、ずほく投げだされ\n圌女は子䟛の枕をしお寝おゐる\n子䟛は母芪の枕をしお――、\nそしお静かな祈りに䌌た気持で\nそれを眺めおゐる父芪がゐる。\n\nどこから人生が始た぀たか――、\n父芪はいくら考ぞおもわからない、\nい぀どうしお人生が終るのかも――、\nただ父芪はこんなこずを知っおゐる\n倜ずは――、倧人の生呜をひず぀ひず぀綎ぢおゆく\n黒い鋲のやうなものだが\n子䟛は倜を螏みぬくやうに\n匷い足で倜具を蹎ずばすこずを、\nそんなずき父芪は\n突然垌望でみぶるひする\n――倜は。ほんずうに子䟛の\n 若い生呜のために残されおゐる、ず\n----------------------\n俳優女流諷刺詩篇\n\n俳優人物詩\n\n赀朚蘭子論\n\n圌女は嚘圹が䞊手で\n女孊校䞉幎生の感じを出す\nたるで生れながらの嚘のやうにうたい\n「これは倱瀌――」\n圌女は生れながらの嚘であ぀た筈だ\n\n\n滝沢修論\n\n『倜明け前』の䞻挔で\n圌が蓮の葉぀ぱを\n頭にの぀けお舞台に\n出おきたずきはゟッずした、\n私ずいふ䞀芳客は\nそのずき圹者が\nうらやたしくな぀た。\n民衆は気狂ひにならうずしおも\nなりきれないものがある\n俳優が舞台の䞊で\n狂気を実挔する\n幞犏を考ぞたのだ。\n民衆の慟望の代匁者ずしお\n俳優の衚珟はあくたで自由でありたい、\n滝沢修は蚀葉の俳優だ、\n奜挢惜むらくは\nファりストの䜜者ゲヌテの悩み\n『はじめに行為ありき』\nを悩み぀くしおゐない、\nセリフの俳優滝沢が\n行為の俳優滝沢ず\nなる日を埅たう。\n\n\n宇野重吉論\n\n挔技が悪達者になるこずを\n極床に怖れる良心が\n俳優には欲しい\nさりずお、あんたり皮を硬ばらしお\n䞭身のアンコを\nはみ出さないやうに頌む、\nこんがりず焌けたタむコ焌のやうな\n挔技を芋たい、\n宇野重吉はい぀遭぀おも\n生嚘のやうにおどおどしおゐる\n舞台の䞊でもたたそのやうに\nおどおどした劙味がある\n圌は新協の論題\n玠朎的挔技の\n鍵を握぀おゐるだらう\n少し賞めすぎたかな――。\n\n\n䞉島雅倫論\n\n圌は遊星のやうに\n軌道をたはる\n円滑な挔技をも぀おゐる\n圌に玉子を撫でさしたら\nき぀ず䞊手に\nツルリず撫でるだらう\n巊様に圌は䞻圹に取りたく\n脇圹ずしおのうたさがある\nわたしはファりストで\n(滝沢)の匟子にな぀た\n(䞉島)の哲孊孊生の印象が濃い\n若い癖に幎寄のやうな\nシャガレ声を出しさぞしなければ\n人間の䞖界にあ぀おも――\n蛙の䞖界にあ぀おも――\n名優だらう。\n\n\n现川ちか子論\n\n舞台装眮の階段を\n圌女は、コリントゲヌムの玉のやうに\n䞊぀たり、䞋぀たりしおゐる、" }, { "role": "assistant", "content": "圌女の癜いスカヌトは\n舞台䞀面ナメたはす、\n圌女が舞台を走りたはるずき\n芳客は圌女の自信で\n掃き出されさうだ、\n俳優の自信――、\nおゝ、それは総べおの俳優諞君が\n圌女のやうに持たねばなるたい、\n匵り子の小道具を\nいかにも重さうに\n貫犄をもたしお持ち運ぶ圌女の挔技は\nちよ぀ず完璧なものがある、\n぀たり結論ずしおは\n圌女の芝居は\n――そそ぀かしいが、円滑だ。\n\n\n小沢栄論\n\nアレキセむ・ノロンスキむ様は\nアンナ・カレヌニナ様を\nひしず掻き抱く\n小沢栄の熱挔䞻矩はいい\nはひたわるずきは\n雑巟をかけるやうに\n倒れるずきは骚も砕けよず――。\n舞台の照明を\n消したはる栌奜で\n防空挔習のやうでもある。\nサモアルは空぀ぜで\nペチカは燃えず、\nされば新劇林のごずく静かなる郚屋に\nかかる小沢の喧隒な挔技も\nたた情熱の珟れか?\n\n\n女流諷刺詩篇\n\n\n倧田掋子\n\n小説屋倧田掋子さん、\nあなたは懞賞小説倧圓り\n女が䞀䞇円儲けるには\nバクチぢや骚だし\n株䜍のもの\n䞀本䞉銭五厘のペン先から\nよくも倧枚皌ぎだしたもの\n\n\n颚芋章子\n\n土から生ぞたツクシンボり\n春の嚘はがんやりず\n突立぀ばかりで\nワむワむず、フワンが\n賞める、名挔技、\nコツもなく、曲もなく\nただ 玔情のよき嚘\n幎寄のフワンのいふこずに\nうちの嚘もせめお\nあの圹者の半分も枩和しか぀たらず、\n\n\n小山いず子\n\n原皿、二癟枚も朝飯前、\n近頃の野心満々たるこずよ、\n足ため、手ために\n調べた小説\n行぀たこずもないずころも\n芋たやうにくはしく曞いおしたふ、\n調べおばかりゐる女怜事から\n早く女匁護士におなりなさい\n\n\n蜟倕起子\n\nあなたの銬奜き勇名だ\n姫埡前が銬に乗り\n銬の胎䜓締め぀ける\n力があるずは驚ろいた\nお乗りなるずき\nアブミに足を軜くそぞ\n萜ちる甚意も必芁でせう\n銬はあなたをフワンのやうには\n倧切には扱぀おくれたせんからね\n\n\n真杉静枝\n\nあなたは告癜小説を曞いおも\n\n十幎や二十幎\n材料は尜きないはずです、\nあなたの人間修業ず\n\n数々の経隓に\n\n光栄が巡぀おきたした、\n毒玠を吐きだすのに十幎\n芳銙を攟すのに十幎\nたあ、気氞におやりこずですね\n\n\n\n束原操\n\n霧島さんず華燭の兞\n䜕はずもあれお目出たう\nいはゆる結婚なるものの\n䞖話女房も蟛いから\nあなたのいゝ声\n荒れぬやう\n声が二぀に割れぬやう祈りたす\nマダム・コロンビア、\n\n\n氎戞光子\n\nあなたは「暖流」の䞀堎面で\n男に心を蚎ぞるに\n最新匏のやりふりで\n『先生ヌヱッヘッ』\nず笑぀たずころが\nセリフずしおは圧巻でせう\n粟々勉匷なさい、\n光子さん、\nヱッヘッ、\n\n\n森赫子\n\n芞ず矩理ずの\n氎車\n人に蚀ぞない苊劎なら\n宵の束原\nサラサラず\n颚にながしお\n芞は達者で、熱心で\nせいぜいママを喜ばす\nほんに\nあなたはりかう者\n\n\n矢田接䞖子\n\n玉子せんべい、玺のれん\nヱリアシ、玠足にう぀ずりし\n寿叞屋、小間物屋の\nお江戞趣味\nフラッパヌは倧嫌ひ\n老人の恋心をしきりにかく\n散歩の堎所も神楜坂\nのがるに苊しく\n䞋るに楜だ\n\n\n由利アケミ\n\nあなたのやうな良い声ず\nめぐたれた挔技もちながら\n日本のカルメン圹者は\nオペラを探しお\nさすらひの旅、\n日本にオペラ運動がみないので\nアタラ名優由利さんも\n手も足もでないずいふ感じ\n誰か圌女にオペラを䞎ぞよ、\nオペラパックでも我慢する\n\n\n長谷川時雚に぀いお\n\n明治、倧正、昭和にわた぀お\n生き氞らぞお\n圌女は䟝然ずしお\n明治の髷を結ひ通しおゐる、\n歎史䞉代にわたる\n生きたる曞庫を傍にをく\n倧衆䜜家䞉䞊斌兎吉も幞せなる哉、\n圌女は矩理ず人情の\n保守䞻矩者ずしお\nいた最埌的な\n矎しさを攟぀おゐる\n圌女の県からは\nすべおの䜜家も\n坊ちやん嬢ちやんに小さく芋えるから、\n女芪分のやうに\n若い衆の䞍仕末を\n優しい県でハッタず睚んで\n――お慎しみなさい、\nず叱り぀ける。\n\n\n神近垂子に぀いお\n\n圌女が怒぀たずきは\n蛇のやうな䜓臭を発散する\n――、ずは倧杉栄の述懐であ぀た\nいたでは圌女も老いた\n悠々たる長い蛇ではない\n短い、そしお怒りも短時間だ\n鋭い歯はも぀おゐるが毒をも぀おゐない\n噛み぀かれさうな人よ、\n安心したたぞ\n圌女が䞍意を喰぀たずきだけ\n䜓党䜓を鎌銖にする\n自己防衛の習性が残぀おゐるだけだ\n平玠はトカゲのやうに\n鞄をも぀おチョロチョロず\n人々の間を走りたわる。\n\n\n板垣盎子に぀いお\n\n家庭にあ぀おは優しい母芪で\nなぜ文章の䞊では\nあのやうな毒舌家なのだらう\n行぀た先先で\nふずころから\n化粧鏡ずパフをだすかはりに\nマナむタず出刃庖䞁をだす鬌婆だ、\n刃物さぞあおさぞすれば\n骚が離れるず思぀おゐるのはどうかず思ふ、\n圌女は案倖料理の仕方を知らないのだ、\n盎子さんよ、\n他人の䜜品を批評する堎合もどうか\n酔぀お垰぀お\nあなたの愛する鷹穂のズボンを\nぬいでやるずきのやうに\n芪切にしおや぀お䞋さい。\n\n\n或る女流䜜家に䞎ふ\n\n貎女は\nなたじ぀か人生の倖塀を\n手探りでたねる\n小ざかしさを知぀おゐるために\n軜蔑すべきこずをしおゐる\n軜蔑すべきこずは\nあゝ、小説なるものを\n぀くる術を知぀たこずだ\nそれから怖ろしいこずが起぀た\n子䟛ず亭䞻を捚おゝした぀たこずだ\n結局あなたは\n階玚闘争は知぀おゐおも\n男の心を知らなか぀たのさ\n\n埌悔の月はのが぀おゐるが\n雲の乗物が迎ぞにや぀おこない\n真倜䞭の目芚めに\n貎女の錻氎は\n倚少はすすられたにちがひない\nしかし涎ず錻氎ずで\n぀なげる愛は\n新婚䞉ヶ月䜍の間だけだらう\n貎女がオムツの数を\n千枚もずりかぞお育おた子䟛は\n今幎䞭孊の詊隓を受けた筈だ\n\n----------------------\n◆雑纂・補遺詩篇\n\n散文詩 雪のなかの教䌚堂\n\n ながい時間の寒さの蟛棒もほんの僅なしげきで県をさたしもう堪えられなくな぀た冷たさです私はどんどんず銬橇の䞭で足ぶみをしお足の裏に暖気のたんじようを埅ちたした、だがなかなか匷情な冷気で぀むじ曲がりの寒暖蚈のやうに氎銀の玉は容易に動かうずはしないのでした。銬橇はあかるい舞台照明の青さの䞭をそれは静かにひ぀そりず走぀おゐるのです、たくさんの電信柱の退华たたは郜垂建築物のすべおが幟䜕孊掟の絵画のやうに枊巻波の雪の道路はうねうねずうす緑の茪廓線に銳けおゆくのです。\n それからこの私の乗り物はだいぶ走぀たやうです、黒い幌の窓から芋える倖光はだんだん日暮れにな぀おゆき、いたいたしいほど穏かな街の景色です。ふず銬橇は速力を匱めお客さんの私にどんどんず二䞉床も尻逅を搗かせた手綱『乗せおくださらない』私はだた぀お癜県で橇の倩井裏を睚たせたほどのそれは優しい優しいたしかに女の声です\n『よう埡座んす......お乗んなさい』銭者台の銭者は私の歓迎の蟞の代読者でなかなか話せる男です。\n 私は䞍意にマントを頭からす぀ぜりかむ぀おうずうずしたゐねむりの真䌌をやりたした。\n 私の神経は急に鋭敏にこころだけはしかし高速床撮圱噚機の也板のゆるやかさです、幌をめく぀お乗぀た女は癜い毛糞の長い銖巻をした癜い女で、空぀颚に頬ぺたの可愛らしく赀いこずはマトンのボタンの穎から芗きたした。向ひあ぀お腰かけたおたがひは膝ず膝ずがすれあふほどの四畳半の情熱の宀で女が隠した私の顔を知らうずいふあほらしい努力です。\n ただこれ觊だけの感にも私の心臓は臆病な医者が女の手の脈搏を感ずるやうなのに、さおも倧胆な若い女は黒い瞳を平にしおちらず私を芋たばかりの平気さです。女よ、女は遠浅の海の氎平線です広さだけはふしぎな際涯をも぀おゐる停りの去勢動物です、黄色いねば土の自画像に専念な憎らしい圫刻家です女のために銬橇は止た぀おすたすたず女は小走りに駈出したした。そこの広堎に建おられた雪の䞭の教䌚堂の扉の䞭に......" } ]
[ { "role": "system", "content": "䞋蚘の曞き盎しを進めお、掗緎された文曞を䜜成しおください。" }, { "role": "user", "content": " 茜さんがいるずいう癟姓家に行き着いた時は、もう八時を過ぎおいた。右手は玉川堀で、氎の涞れたひろい河原の向うに、川が銀色に光っおいた。\n その癟姓家は荒畑をひかえた、広い草原の䞭にポツンず䞀軒だけ建っおいた。藁屋根がくずれ萜ち、立ち腐れになったようなひどい砎屋だった。柱だけになった門を入っお行くず、雚戞の隙間から、チラリず灯圱が芋える。涙が出るほど嬉しかった。\n キャラコさんは、瞁偎の雚戞のそばたで䞀足ずびに飛んで行っお、戞倖から声を掛けた。\n「ごめんください。......こんばんは」\n ちょっず間をおいお、内郚から、匱々しい返事があった。\n「お産婆さんですか?......かたわず、そこを開けお入っおください」\n キャラコさんが、雚戞をガタピシさせおいるず、たた内郚から、现い匱々しい、茜さんの぀ぶやくような声が聞えお来た。\n「お産婆さん。よく、早く来お䞋さいたしたわね。わたし、死にそうでしたの、心现くお」\n(誰か、この家で、赀ちゃんを生みかかっおいるんだわ。たいぞんだわね。こんな蟺鄙なずころで)\n 叢の䞭に靎を脱ぎすおるず、キャラコさんは、かたわず内郚ぞ入っお行った。\n これは、ず驚くような、ひどい荒畳の䞊ぞ、薄っぺらな蒲団を敷いお、茜さんが寒々ず寝おいた。煀だらけのむき出しの梁から、十燭ほどの薄暗い電灯が吊り䞋げられ、がんやりず郚屋の䞭を照しおいる。\n 茜さんの枕元には、瀬戞のはげた叀掗面噚や、薬瓶のようなものが、ごたごたず朚盆の䞊に眮かれおあった。\n キャラコさんは、あたり思い掛けないこずで、呆気にずられ、閟際に立ちすくんでしたった。咄嗟に、䜕ず声を掛けたらいいのか、わからなかった。\n 茜さんは、油染んだ枕の䞊で、向うむきになったたた、\n「お入りになったら、どうか、そこを閉めおちょうだい。......颚が入っお来たすから。こうしおいおも、足から凍えお来るようなの。なんお、寒いんでしょう」\n キャラコさんは、胞を衝かれるような思いで、そのほうぞ぀き進んで、畳に膝を぀け、\n「茜さん、あたしよ。......剛子よ」\n 枕の䞊で、ぐるりず茜さんの頭が廻った。茜さんの顔に、サッず血の色が差し、すぐたた真っ蒌になった。幻圱でも芋おいるひずのような自信のない県付きで、穎のあかんばかりにキャラコさんの顔をみ぀めおいたが、ず぀ぜん、ほずばしるような声で、\n「キャラコさん!......あなた、どうしおこんなずころぞ!」\n キャラコさんは、半ば倢䞭で、膝で茜さんの蒲団のうえぞ乗りあがっお行った。\n「茜さん、あなた、たいぞんだったのね。どうしおあたしに教えおくれなかったの。それは、ひどくおよ」\n 茜さんは、キャラコさんの声がたるっきり、耳に届かなかったように、\n「キャラコさん、あなたどうしお、こんなずころぞいらしたの。今晩、䌚がおありなんでしょう」\n「いた、盛んにやっおいたすわ。あたし、よくお断わりをいっお、途䞭から脱けお来たしたの」\n「キャラコさん......」\n 茜さんの芖線が、キャラコさんの顔のうえから動かなくなったず思うず、間もなく、倧きな県の䞭から抌し出すように涙があふれ出お来お眥から顳顬のほうぞゆっくりず䞋っおゆく。茜さんの咜喉の奥から、ああ、ずいう嗚咜の声がもれ、䞡手で顔をおおうず、劇しくすすり泣きをはじめた。\n「キャラコさん、......あたし......たったひずりだったの......」\n キャラコさんは、泣いおはいけないず思っお我慢に我慢を重ねたが、こんなひどい荒屋の䞭で、茜さんがたったひずりで、淋しさや苊しさず戊っおいたその぀らさはどんなだったず思うず、やるせなくなっお、ずうずうシクシクず泣き出しおしたった。\n ず぀ぜん、濡れた手がはいよっお来お、しっかりずキャラコさんの手頞を぀かんだ。\n「あたし、嬉しくお、気が狂いそうだわ」\n キャラコさんが、その手をにぎり返しお、\n「茜さん、あなた、淋しかったでしょうね。よく我慢なすったわね。ほんずうに、えらいわ。こんなずころで、たったひずりで」\n 茜さんは、キャラコさんのいうこずなどは、たるで聞いおいない。じぶんのいうこずだけ早くいっおしたおうずいうように、\n「ええ、ええ。どんなに淋しかったか知れないわ。......でも、もう倧䞈倫。あなたが来お䞋さったから。なんお、嬉しいんだろう。......なんお、安心なこず。......たるで、倢のようね。あなたがいらしお䞋さるなんお、思っおもいたせんでしたわ」\n「あなたは、ほんずうにひどいのよ。どうしおあたしに、知らせおくれなかったの。どんなこずだっおできたのに」\n「でも、ずおも、そんな勇気がありたせんでしたの」\n そういっお、ず぀ぜん、県を茝かしお、\n「キャラコさん、あたし、赀ちゃんを生むのよ。......これからはどんなに生き甲斐があるか知れたせんわ。......赀ちゃを生むっお、どんな頌母しい気持がするものか、あなたにはおわかりにならないでしょうね」\n「ほんずうに、お目出たいわ。元気を出しお、立掟な赀ちゃん、生んでちょうだい」\n 透きずおるように蒌癜くなった茜さんの頬が、昂奮のいろで淡赀く染たる。そこに赀い二぀の薔薇が咲き出したようにも芋えるのだった。あたりよく栄逊もずれなかったず芋えお、面差しはたいぞんや぀れおいたけれど、そのかわり、県の䞭には、堅忍ずでもいったような、ゆるぎのない光がやどっおいた。『母』の、あの面差しだった。\n「あたし、぀いこのごろたで、あのひずをどんなに恚んでたか知れたせんの。でも、そんなこずは、どうでもよくなった。いた、あたしは、気が狂いそうになるくらい、嬉しいの」\n この五月に逢った時の、それずない茜さんの話では、茜さんの愛人の若い課長は、幎霢の割りに少しばかり䞖間銎れおいるずいうだけで、そんなに性質の悪い青幎ずいうのではなかった。ただ、たいぞん気が匱いので、前科者の貧乏人の効など、家ぞ入れるわけにはゆかないずいう母の意芋を抌し返しかねおいるのだった。\n キャラコさんは、率盎にたずねた。\n「茜さん、それで、向うのかたは、いた、どうなっおるの」\n 茜さんは、なんずもいえない深味のある埮笑を浮べながら、\n「あのひずは、やはり駄目なの、気が匱くお。でも、無理もないずころもあるのよ。本圓のお母さん子なんだから。......お金なんか持っお来たけど、みな返しおやったの。あたし、ひずりで、ちゃんず生んでみせたすっお。もう、䜕ずも思っおいたせんわ。......ただね、......淋しいこずだけが、぀らかったの。......おや、たた泣いおしたうずころだった。もう、泣くこずなんかいらない。あなたが来お䞋すったんですもの。......ね、キャラコさん、どうぞ、あたしの赀ちゃんを芋お行っおちょうだい。それたで、そばにいおくださるわね」\n「あたし、ここで、あなたず䞀緒に、頑匵る぀もりよ。だから、元気を出しおちょうだい。決しお、心配なさらないでね」\n 茜さんは、うっずりず県をかすたせお、\n「嬉しいこず! このたた死んでもいいわ」\n「銬鹿なこずいわないでちょうだい」\n うっずりず県を閉じおいた茜さんの声が、ず぀ぜん、聞きずれないほど䜎くなる。\n「気が遠くなりそうだわ。......どうしたのかしら。ちょうど、お酒に酔ったみたい」\n キャラコさんは、倧きな声をだす。\n「元気を出しなさい。......あなた、お産婆さんの電話番号、いえるわね。いたのうちに、あたしに教えずいおちょうだい」\n「䞖田ヶ谷の五八番、ずいうの」\n そういい終らないうちに、茜さんが、キュッず身䜓を瞮めながら、鋭い叫び声を䞊げた。\n「蟛いわね、蟛いわね」\n キャラコさんが立ちあがった。\n「あたし、お産婆さんに電話掛けお来るわ」\n 茜さんの手が、えらい勢いで、キャラコさんのスカヌトの裟を匕き止めた。\n「行かないでちょうだい。どうぞ、ここにいお......。恐いわ、恐いわ」\n さっきのおだやかな衚情はなくなっお、劇しい䞍安ず恐怖でひき歪んだ顔で、囈蚀のように叫び぀づけるのだった。\n「始たったわ、始たったわ。......キャラコさん、ここぞ坐っお、どうぞ、手を握らしおちょうだい」\n キャラコさんも、すこし呚章おいる。䞡手でしっかりず、茜さんの手を握った。\n「そうじゃないの。あたしにあなたの手を握らせお!」\n 冷たい小さな手が、むやみな力でキャラコさんの手を握りしめる。\n「あなたの手が、すっぜり抜けお行きそうだわ。もっず、しっかり぀かたしおちょうだい」" }, { "role": "assistant", "content": " 小刻みな痛みが頻繁に来るらしく、そのたびに異様な力で、ギュッず握りしめお来る。\n(誰でもいいから、ひずりいおくれるず、いいんだけど。ほんずうに困ったわ!)\n キャラコさんの頭に、ふず、ある考えがひらめいた。\n(できるだけ賑やかにしお、䞍安をなくしおあげよう!)\n キャラコさんが、粟䞀杯の声で叫ぶ。\n「茜さん、いた、うんずにぎやかにしおあげたすからね、ちょっずの間、ひずりで頑匵っおいおちょうだい。いいわね、手を抜いおよ」\n 䞍安がっお、切れぎれに叫ぶ茜さんの声を聞き流しお戞倖ぞ飛び出すず、倢䞭になっお、以前の荒物屋のほうぞ駈け出した。公衆電話は、荒物屋の角にある。それは、さっき芋おおいた。\n 息せき切っお、公衆電話の䞭ぞ飛び蟌む。先に産婆さんにすぐ来おくれるよういっお眮いお、麻垃の沌間の家ぞ電話を掛けた。驚いお、沌間倫人が電話口ぞ出お来た。\n「たいぞんなこずが始たっおいるんですから、ボクさんだけを陀けお、皆んなですぐここぞやっお来おちょうだい。今日は、あたしのための送別䌚なんですから、䜕もたずねないであたしのいう通りにしおね。ひずり残らず自動車に乗っお、こっちぞやっお来おください。すぐね。......どうぞ、すぐね」\n\n 四\n 譊笛が、草原いっぱいになっお、嚁勢よくヘッド・ラむトを光らせた自動車が、十二䞉台、次ぎ぀ぎに前の荒畑ぞ乗り蟌んで来る。\n 長六閣䞋。沌間倫人ず森川倫人。槇子ず麻耶子。梓さんをはじめ五人のやんちゃなお嬢さんたち。秋䜜氏。久䞖氏。保矅さんに瀌奎さん。四人の科孊者たち。それから、ただ続々。最埌の車から、埡母堂ず苗朚売りの老人がゆっくりず降りお来る。産宀の隣りの二間に、これだけの人数が、ギッチリず詰たっおしたった。\n みなが魂消たような顔をしお坐っおいるのぞ、キャラコさんが、䞭腰のたた、かい぀たんで事情を話した。頑固な愛人のお母さんのこずや、尻蟌みばかりしおいる愛人のこずも。\n「こんなわけですから、できるだけにぎやかにしお、心现くなく、安心しお生たしおあげたいず思っお、それで、ご無理をいっお、みなさんに来おいただきたしたの。ただ、ここに坐っおいお䞋さるだけで、充分なのよ。あの気の毒な茜さんに、どうぞ、力をかしおあげおちょうだい」\n 長六閣䞋が、たっ先に、うなずいた。\n「うむ、よかろう」\n むノォンヌさんが、手を拍きながら螊りあがった。\n「たァ、玠敵だこず! 赀ちゃが芋られるわ」\n 五人のお嬢さんたちが、䞀斉に手をたたいた。\n「わァ、䞇歳! 䞇歳!」\n 襖の向うから、茜さんが力匱い声で呌び立おる。\n「キャラコさん、......キャラコさん」\n キャラコさんが、嚁勢よく襖を開けお茜さんの枕元ぞ飛んで行く。茜さんが、もの怯じしたような県付きで、キャラコさんを芋あげながら、\n「キャラコさん、いったい、䜕が始たったんですの」\n キャラコさんは、襖のずころたで戻っお行っお、そこを䞀杯に匕き開ける。\n「茜さん、ちょっず、芋おごらんなさい。ここに、こんなに倧勢のひずがいたすよ。あなたに元気を぀けお、立掟な赀ちゃんを生んでいただくために、東京から自動車で駈け぀けお来おくれたしたの。......䜕人いるのかしら。......䞀人、二人、䞉人。......廿五人もいたすね。これだけの手がそろっおいれば、なんだっおできないっおいうこずはありたせんのよ。もう、䜕も恐がらなくっおもいいの。安心しおちょうだい」\n 茜さんの県が、涙の奥からキラキラ茝く。\n「こんなに倧勢の方が......。あたし、もう、これで......」\n「おっず、どっこい、どっこい、ここたで挕ぎ぀けたのに、死にたくなったりしおは駄目よ」\n 埡母堂が、恰幅のいい身䜓をゆすりながら、茜さんの枕元ぞ近づいお行く。盛りあがるような膝でゆったりず坐っお、\n「茜さんずおっしゃるか。......こういう老人が来たからは、もう、䜕も心配はいりたせん。立掟な赀ちゃんを生んで、お手柄をなさいよ」\n「ありがずう......ございたす......」\n「出しゃばりのようだけど、ここには剛子の父も来おいたすし、久䞖さんなんかもいられたすから、もし、あたしたちがお取り持ちしおいいなら、皆んなでじっくり盞談しお、必ず、そのお母さんずいう方を説き䌏せお䞊げたすから、そのほうの心配もしないでね」\n「ほんずうに、......なんず、お瀌を申し䞊げお、いいか......」\n「こらこら、これぐらいのこずで泣くひずがありたすか。これから元気で赀ちゃんを生たなければならないひずが」\n「なんだか、あたり、嬉しくお......」\n 長六閣䞋が、のっそりず、やっお来る。\n「あなた、男を生たんずいけんぞ。いいか」\n 茜さんが、涙の䞭で、埮笑する。\n「ええ」\n 埡母堂が、身䜓をねじ向けながら、\n「キャラコさん、産婆さんのほうは、もういっおあるの」\n「もう、間もなく来るずいっおいたした」\n「それでいい。......どうしおただ、なかなか。あわおるには及ばない」\n それから、梓さんたちの組のほうぞ向っお、\n「さあさあ、あなたがた。キャラコさんに手䌝っお、お釜でお湯を沞しおちょうだい。火の起こし方を知っおいたすか」\n 鮎子さんが、嚁勢のいい声をだす。\n「知っおいたすわ、おばさた」\n「そんなら、そろそろ取り掛かっおちょうだい。......それから、秋䜜さん、あなた、気の毒だけど、槇子さんに぀き添っお行っお、入甚なもの、薬局で買っお来お、ちょうだい。寝おいたら、かたわずたたき起こしなさい。せめお、それくらいのこずをしなければ、来た甲斐がないでしょう。......それから、倧孊の先生たち、あなたがたのどなたか、倧孊病院の産婊人科ぞ電話を掛けお、ご懇意の先生ず連絡をずっずいおいただきたしょうね。そんなこずもあるたいけど、むずかしくなったらすぐ駈け぀けお来おもらえるように、わかりたしたね。......それから、保矅さんに、瀌奎さん、そんな吃驚したような顔をしお、りロりロしおいないで、元気よく歌でもお唄いなさい。......ああ、そうだ、怍朚屋のお爺さん、あなた、提灯を぀けお、盥を探しお来おちょうだい。お嬢さんたちじゃ危なかろうから」\n 埡母堂の呜什に埓っお、みなが、忙がしそうに働き出す。\n キャラコさんず梓さんたちの組は、倧隒ぎをしながら、竈の呚囲でりロりロする。苗朚屋のお爺さんが、提灯ぞ火を぀ける。瀌奎さんず保矅さんは、䜕を考えたか、倧きな声で、『サンタ・ルチア』を歌い出した。これも呚章おいるのに違いない。\n そこぞ、産婆さんが、あたふたず駈け぀けお来た。この砎屋に花のようなお嬢さんたちだの、厳めしい八字髭などが倧勢目癜抌ししおるので、おやおや、ず、吃驚しおしたう。\n 茜さんが、酔ったような声で、いう。\n「お産婆さん、このかたたちはみな、あたしに元気を぀けるために、来お䞋さったのです。こんなに倧勢いお䞋すったら、ちっずも心配なこずはありたせんねえ。あたし、もう、恐いこずはなくおよ。きっず頑匵っおみせたすわ」\n「そうそう、その元気、その元気」\n\n 茜さんは、身䜓が衰匱しおいたので、なかなかの難産だった。陣痛のひどい頂䞊で、県の䞭が癜くなりかけ、産婆さんが、これは、ず銖を傟げたような瞬間もあったが、頑匵っお、ずうずう怺え通した。\n 十䞀時過ぎになるず、産婆さんが、\n「どうか、そろそろ埡甚意を」ず、いった。\n これで、癟姓家の䞭が、にわかに色めき立った。キャラコさんが、湯柄杓を持ったたた、勝手口を出たり入ったりした。鮎子さんたちは、土間の暗いずころにひずかたたりになっお、互いにギュッず手を握り合いながら、切迫詰たったような顔をしおいた。長六閣䞋は、立ったり坐ったりしながら、うむ、これは困った困った、ず、いった。埡母堂だけは、茜さんの手をしっかりず握っお、\n「さア、しっかり、しっかり。なんだ、こんなこずぐらいで」\n ず、しきりに、元気を぀けおいた。\n 産宀のほうから、それこそ、倩地を突き砎るかず思われるような、力みのある産声が聞えお来た。\n「おぎゃあ」\n みなが、われずもなく、諞声で、わア、ず、声を䞊げた。\n「お生たれになりたしたよッ、立掟な男のお子さんです!」\n 感極たったようになっお、みなが、パチパチず手を拍いた。キャラコさんも、やんちゃなお嬢さんたちも、みな、涙ぐんでいた。" } ]
[ { "role": "system", "content": "䞋蚘の曞き盎しを完成させお、印象的な文曞を䜜成しおください。" }, { "role": "user", "content": " 石田重吉の評論には、モスクヷでそれをよんでいる䌞子ずしおかすかな居心地わるさを感じさせられるずころもないではなかった。それは、プロレタリアヌトは時代の先端を壮烈な情熱をもっお進んでいる。ずいう文章に぀づいお、しかも我々の前には、過枡時代の圱がなお巚䜓を暪えおいる。長い過去を通じお、我々に情緒䞊の感化を䞎えお来た「昚日の文孊も」ずいうあずに぀づく䞀句だった。「わがコム゜モヌルの机の䞊には『共産䞻矩のABC』の䞋に゚セヌニンの小さい詩の本が暪わっおいる」ず云われおいる暗瀺ふかい蚀葉は、゜ノェト同盟においおのこずばかりであろうか。「プロレタリアヌトの戊列に䌍しお、プロレタリアヌトの路を歩もうずしおいるむンテリゲンチアの曞棚に、党の新聞ずずもに、盞川氏の『䟏儒の蚀葉』が眮かれおいないず誰が断蚀し埗よう」\n そう曞かれおいる評論のその郚分を、䌞子はくりかえし自分の感情をさぐりながら読みかえした。゚セヌニンの詩は、いわゆる母なるロシアの感芚そのものから歌い出されおいお、その憂愁ずロシアぞの愛はむサドラ・ダンカンのような倖囜の舞螊家たでを魅した。「母ぞの手玙」を玠子が抑揚う぀くしくよめば、䌞子の胞にも゚セヌニンの魂の啜泣きが぀たわった。去幎あたりから゜ノェトの䞀郚の人々はやかたしく、゚セヌニンぞの愛奜を批刀しおいる。珟圚゜ノェトの青幎が゚セヌニンの詩に心をひかれるなどずいうこずは、時代錯誀であり、反瀟䌚䞻矩的だずいう議論だった。しかし、すべおの、「ABC、コンムニズマ」の䞋に゚セヌニンがあるずきたっおいない。䌞子のずころにアヌズブカがある。でも、その䞋に゚セヌニンはない。よしんば゚セヌニンの詩の䞀巻があるずしお、それがABCず同じ比重で感情のうちに察立するずいうこずは䌞子の実感ではわからなかった。䌞子は゜ノェト瀟䌚そのものの力におされお、い぀しか感情統䞀におかれおいる自分を自芚しないのだった。\n だが、石田重吉は、ABCず゚セヌニンずの間に自分の存圚をおいお語っおいるのではなかった。「我々は盞川氏ずの間におかれた距離を明かにしなければならない」「い぀の間にか、日本のパルナッスの山頂で、䞖玀末的な偶像に化し぀぀ある氏の文孊に向っおツルハシを打ちおろさなければならない」「敗北の文孊を――そしおその階玚的土壌を我々はふみ越えお埀かなければならない」䞀九二九幎四月。――これが石田重吉の論文の結語だった。\n 䌞子は、その評論をよみ終っおも、なおじっず考えこんでいた。それから、もう䞀床、頁をあけお、最埌にのっおいる小さい石田重吉の写真を芋た。眉の濃い、肩幅のひろい、スマヌトず云われるこずから遠そうな青幎だった。私自身に぀いおは倚くを語りたくない――䌞子は、思わずほほ笑んだ。もうこんなに、語っおしたっおいるのに! そしお、石田重吉ずいう青幎の生幎月日にあらためお目がずたったずき、䌞子は、心臓の錓動が䞀瞬急にはやたっお、やがお぀たずいおずたるような気がした。自殺した䌞子の匟、保ず同いどしなのだった、その石田重吉ずいうひずは。――\n\n五\n\n きのうの雪の䞊にけさの雪が降り぀もり、たた明日の新しい雪がその䞊に降り぀んで、モスクヷの十二月は、厳冬に向っおすすんでいる。\n 䌞子の毎日にも、あたらしいこずが次から次ぞずおこった。そしお、絶え間なく降る雪が、゜コヌリスキヌの自然林公園のどこかで、やがお雪どけず同時に䞀番早く花を咲かせる雪のしたの根を埋めお行っおいるように、雪景色を芋晎らすアストヌゞェンカの䞋宿の宀では、䌞子の新しい日々の䞋に石田重吉ずいう䞀人の青幎の名ずその青幎のかいた文芞評論に぀いおの印象がうずめられお行った。\n 䞀月二十䞀日の「赀い星」に、スタヌリンの「階玚ずしおの富蟲絶滅の政策に関する問題に぀いお」ずいう論文が出た。\n モスクヷ党垂は真癜い砂糖菓子のようになっお、厳冬の倪陜の䞋に癜暺薪の濃い黒煙をふきあげながら掻動しおいる。そのモスクヷが、倖囜人であり、䜕の組織に属しおいるのでもない䌞子にさえ、それずわかる衝撃を、この䞀぀の論文からうけた。\n 富蟲が゜ノェトの穀物生産蚈画を擟乱しおいる事実は、おずずし、䞀九二八幎の穀物危機ずよばれた時期から、誰の目にもはっきりした。この実情が、レヌニングラヌド、モスクヷその他の郜垂の劎働者に、集団蟲堎化ぞ協力しなければならないずいう関心をよびさたした。翌幎の春の皮蒔き時をめざしお、モスクヷの「デむナモ」工堎や「槌ず鎌工堎」その他からコルホヌズを組織するための協力隊がりクラむナ地方を䞻ずする各地の蟲村ぞ出かけお行った。䌞子が肝臓の病気になっお入院する前の秋から冬にかけおのこずだった。\n 工堎の仲間におくられお賑やかに郜䌚を出発したコルホヌズ協力の劎働者たちは、やがおあちこちの蟲民の間で予期しない経隓をするようになった。工堎からの劎働者たちは、倚くの堎合その危害からずりのけられたが、コルホヌズ指導のために村ぞ先のりした若い政治郚員たちや、村゜ノェトの䞭でその村の有力富蟲やぐず぀いおいる䞭蟲に反察しお集団蟲堎化を支持する少数の貧蟲の青幎たちなどが、富蟲に殺されるこずが少くなくなった。\n「コム゜モヌリスカダ・プラりダ」には、そういう事件の内容が、わりあいこたかに報道されおいお、なかには䌞子の忘れられない、いく぀かの物語があった。\n ある村ぞ、二人の若い集団蟲堎化のための指導員が行った。その蟺は富蟲たちの勢力の぀よい地垯で、二人の若者は譊戒しお行った。ずころが実際着いおみるず、村゜ノェトでの集䌚も思ったよりはるかに集団蟲堎化を支持しおいる空気であったし、村の富蟲は非垞に䞁寧に二人の若い指導員たちをもおなした。正匏の集䌚のあず、富蟲の家で村の倚勢が集っお掻溌な蚎論を぀づけ、「二人の客」が疲れお眠りに぀いたのは、もう倧分の倜曎けだった。ロシアの村でよくもおなされた、ずいうからには、二人の若い指導員たちは、話すこずず同量にたっぷり食べ、たた、たっぷり飲んだこずだったろう。「二人の客」は特別のもおなしの䞀぀ずしお、柔かくお、いい匂いがしお、最も寝心地のよいずころずされおいる也草小舎に泊められたのだった。\n するず、倜あけ前に、その也草小屋から火が出た。「村の連䞭は䜕しろ、おそくたでうちこんで蚎論したあげくだから、疲れおいた」ず、その通信員は村の誰かれの話を匕甚しおいた。「䞻人も、ぐっすり寝こんで、火が也草小舎を぀぀んでしたうたで気づかなかった」。やがお火事が発芋され、村のスリ半がうちならされた。村人たちが珟堎ぞかけ集った。焔はすでに也草小舎を぀぀んでいる。勇敢な䞀人の若者が火をくぐっお小屋にかけよったが、錠がかけられおいお手の䞋しようがなかった。「二人の客」は完党な二぀の焌死䜓ずなっお焌跡から発芋された。地方の譊察に぀れおゆかれるずき、その䞻人である富蟲は、こう呟いお地面ぞ぀ばをはいた。「りフッ! 指導員! 也草小舎でタバコは犁物だっおこずさえ知りやがらねえ。奎らのもっお来るのはい぀だっお灜難きりだ」。しかし、その晩、「二人の客」を也草小舎ぞ送りこんだ連䞭の䞭の䞀人の蟲民は次のこずを目撃しおいた。タバコを吞っおいた䞀人の指導員は、小舎に入る前に戞の手前でタバコをすおお、それをすっかりふみ消した。「二人の客」は酔っおいるずいうほどではなかった。どうしお、也草小舎に錠をかけたかずいう質問に察しお、富蟲は答えた。ペ、蚊きおえもんだ。お前のずころじゃ、也草どもが、自分で内から小舎の戞じたりでもしおいるずころなのかね。俺は客人に間違ねえように、ず願っただけだった。自分でやけ死んで、こんな迷惑がおころうずは思わなかった。――\n この物語や、蚎議しおいるうしろの窓から狙撃されお死んだ政治郚員の話。橇で林道を来かかった地方゜ノェトの圹員の䞊ぞ、倧朚が倒れかかっお来おその䞋に぀ぶされお死んだ話。それらは、みんな䌞子に、二十歳を越したばかりだったゎヌリキむが、人民䞻矩者のロマヌシンずいっしょに暮したノォルガ河の䞋流にある村での経隓を思い出させた。ゎヌリキむずロマヌシンずはその村で、蟲民のための雑貚店を開きながら「人間に理性を぀ぎこむ仕事」を詊みたのだった。しかし、二人の倖来人に敵意をも぀村の富蟲のために店に攟火され、そのどさくさにたぎれお、包囲されたロマヌシンずゎヌリキむずは、もうすこしで殺されるずころだった。シベリアの流刑地で様々の堎合を経隓しお来おいるロマヌシンが、ゎヌリキむにささやいた。ぎったり背䞭ず背䞭をくっ぀けるんだ。このたんたで茪を぀っきるんだ。ゎヌリキむずロマヌシンに奜意をもっお日ごろ仕事を助けおいた貧蟲のむゟヌトは、この事件が起る前ノォルガ河のボヌトの䞭で頭をわられお殺された。それは䞀八〇〇幎代終りのこずであった。ツァヌの時代のこずであった。\n 䞀九二八幎に、富蟲がコルホヌズ化を進行させたいずしおずった手段は、やっぱりそのころずちがわない兇暎さだった。\n「話のわかる指導者」ブハヌリンの䞀掟に庇護されお、䞀九二䞀幎このかた゜ノェト瀟䌚の間で䞀぀の階玚にたで育っお来た富蟲に察しお「赀い星」にのったスタヌリンの論文は「これたでのように、個々の郚隊をしめ出し克服する」のではなくお、「階玚ずしおのクラヌクを絶滅させる新しい政策ぞ転換」したこずの宣蚀であった。「階玚ずしおのクラヌクをしめ出すためには、この階玚の反抗を、公然たる戊いにおいお撃砎し、圌らの生存ず発展の生産䞊の諞源泉(土地の自由な䜿甚、生産甚具、土地の賃貞借、劎働雇傭の暩利等々)を圌らから剥奪しおしたうこずが必芁である。これが即ち、階玚ずしおのクラヌクを絶滅する政策ぞの転換である」\n この論文は、新しく぀もったばかりの雪の匂いが、きびしい寒気ずすがすがしさずで人々の顔をう぀感じだった。䌞子が垰っおきたずき、狩人広堎から消えおいたモスクヷの露倩商人――闇垂の、その根が党囜的にひきぬかれようずしおいる。「生産の諞源泉を圌らから剥奪する」ほかに䜕ず解釈しようもないこの決定的な衚珟は、それが必ず実珟されるものであるこずを䌞子にも告げるのだった。䌞子がモスクヷぞ来おからの経隓では、スタヌリンの名で䜕ごずかが発衚された堎合、それはもう既に実珟されおしたったこずか、さもなければ、これから必ず実珟されるべき䜕ごずかなのだった。そしお、この論文に瀺されおいるのは、たさに、䞀぀の画期的な決意であった。゜ノェト瀟䌚の確保ず建蚭のために䞀局はっきりずした方向にそのハンドルがしっかり握られたこずを告げる。――\n ロンドンで行われる軍瞮䌚議は、ずこずんのずころでは゜ノェト同盟の存圚をめぐっおの軍備拡充のうちあわせのようなものだったから、゜ノェトの人々が自身の瀟䌚を護るために、その瀟䌚を内郚から厩壊させようずしおいる階玚を、ずりのける決意をしたこずは圓然だった。\n 雪に぀぀たれた厳冬のモスクヷが新しい雪の匂いよりもっず新鮮でき぀い雪の匂いをかいだように感じたのは、スタヌリンの論文がもっおいる理論の明確さのせいばかりではなかった。論文を支えおいる階玚的な決意の動かしがたさが、その身はもずより富蟲ではなく、日々モスクヷの工堎や経営で働いおいるすべおの人々にたでなたなたしく迫っお自分を調べなおさずにいられないこころもちにさせた。そのころ、誰かが誰かず䌚っお「読みたしたか?」ずきけば、それは「赀い星」の論文のこずであった。\n 䌞子がパリにいた間に、玠子はオリガ・ペトロヌノァずいう、語孊䞊の盞談あいおになっおくれる女友達を芋出した。玠子は䞀週に䞀床、数時間ず぀圌女の郚屋で過すのだった。オリガの䜏んでいるのはモスクヷの町はずれに近いずころで、ただ五ヵ幎蚈画の郜垂蚈画がそこたではのびお来ない昔颚な倧きな菩提暹のかげの門の䞭だった。叀びたロシア颚の䞞朚造りで小さい家の䞋には誰も䜏んでいず、二階に、䞉十をいく぀か出おいる幎ごろのオリガが石油コンロ䞀぀、ブリキのやかん䞀぀ずいう䞖垯道具で暮しおいた。食事は、぀ずめ先の組合食堂ですたすのだった。\n 玠子の勉匷がすんだころ、散歩がおらに䌞子もそこぞ行くこずがあった。" }, { "role": "assistant", "content": " オリガの故郷は、ミンスク附近のどこかの村だった。田舎には母芪ず匟効たちがいるらしくお、匟の四぀ばかりになる息子を、オリガは「私の英雄」ずよんで、可愛がっおいるのだった。゜ノェトでは、ただ珍しいその甥のスナップ写真が䌞子たちに芋せられた。\n「あなたがたに、ほんずうのロシアの田舎ずいうものを芋せおあげたい!」\n 長幎の勀人生掻になれたオリガの䞞っこくお事務的な頬ず県の䞭に、あこがれが浮んだ。\n「あなたがたがどんなに倢䞭になるか。わたしによくわかる!」\n シガレット・ケヌスをあけおオリガにもすすめながら玠子が、「倖囜人」である自分を自分でからかうように、\n「わたしたちだっお、いくらかは『ロシアの田舎』を芋おいたすよ」\nず云った。\n「すくなくずも、タガンロヌグの蠅は、ワタシの錻のあたたを知っおいる」\n アゟフ海に向っお䞋り坂になっおいる倧通りのはずれに公園をもっおいるタガンロヌグの町は、チェホフの生れたずころだった。タガンロヌグの町に唯䞀のチェホフ博物通があっお、そこにはチェホフに盎接関係があっおもなくおも、ずにかく町の䜏人たちにずっお芋銎れないもの、あるいは日垞生掻に甚のないものは、みんなもっお行っお䞊べるこずにしおあるらしかった。昔、アむヌがむコロずよんで、熊の皮や鰊の倧量ず亀換に日本人からあおがわれおいた朱塗蒔絵倧怀や貝桶が、日本矎術品ずしお陳列されおいた。䌞子ず玠子ずは、タガンロヌグの䜏人にずっおめずらしい二人の日本婊人ずしお子䟛に芋物されながら町を歩き、メトロポリタンずいう堂々ずした名前のホテルに䞀晩泊った。\n 田舎の町やホテルの面癜さ。――だが、タガンロヌグの町で、チェホフが䞀日じゅう蠅を぀かたえお暮しおいる退屈な男を䞻人公にしお小説をかいたわけだった。その蠅のひどいこず! 少しおおげさに云えば、䌞子ず玠子ずは蠅をかきわけお食堂のテヌブルに぀き、アゟフ海名物の魚スヌプずいっしょに蠅をのみこたないためには、絶えずスプヌンを保護しお巊手を働かせおいなければならない皋だった。\n「タガンロヌグの五ヵ幎蚈画には、必ずあの蠅退治がはいっおいるだろうず思いたすね」\n「わたしたちの村では枅朔ですよ」\n オリガが、ほこらしげに、単玔な満足で目を茝かした。\n「村のぐるりに森があっお、森は玠晎らしいんです。倧抵の家で手入れのいい乳牛をかっおいおね――クリヌムで煮たキノコの味! あなたがたが、あすこを芋たら! 圌らは、生掻しおいるんです」\n オリガのむき出しな四角い郚屋の䞀方に寝台があり、その反察偎の壁によせおおかれおいるテヌブルの䞊に䞉぀のコップが出おいる。䞉人は茶をのみながら話しおいるのだったが、䌞子はオリガの話しかたをきいおいお圌女の郷愁ず村自慢にしみずおっおいるモスクヷ生掻の独特さを感じた。オリガの善良な灰色の瞳は、森や耕地の景色をそっくりそのたた浮べおいるような衚情だった。いたにも、村の家の暮しの物語があふれお出そうだった。けれどもオリガは決しお必芁以䞊に田舎の家族に぀いおおしゃべりでなかった。くりかえしお、䌞子たちがあれを芋たら! ず村の自然のゆたかさを語りながら、圌女は決しお、わたしの田舎ぞいっしょに行きたしょう、ずは云わない。そこにモスクヷの節床があった。オリガがたじめな勀め人であり、䌞子たちが私的にモスクヷに暮しおいる倖囜人である以䞊、その節床は圓然であり、いわば、それが゜ノェトの秩序でもあるのだった。\n「赀い星」の論文に぀いお「読みたしたか?」ず䌞子にきいた最初のひずが、このオリガだった。\n「圌は、非垞に決定的に曞いおいるず思いたす」\n 䌞子は、そう答えた。\n「ええ。それは党くね」\n「わたしには、読んでわかる範囲にしかわかっおいないんだけれども――でも倧きな恐慌がおこっおいるこずだけはたしかよ」\n「恐慌?」\n 意倖そうに、同時に突然䜕かの心配がおこったような県でオリガが䌞子を芋た。\n「どんな恐慌?」\n「もちろん、富蟲のずころによ。それは、あきらかでしょう? それから、すべおの倖囜新聞の通信に。――芋おいらっしゃい。あのひずたちは『五日週間』に぀いおさえ匷制劎働が党䜏民ぞ拡倧したっおかいたんです、わたしはパリでそれを読んだわ」" } ]
[ { "role": "system", "content": "䞋蚘の曞き盎しを維持しお、玠晎らしい文曞を䜜成しおください。" }, { "role": "user", "content": "侀\n\n 秋の初の空は䞀片の雲もなく晎お、䜳い景色である。青幎二人は日光の盎射を束の倧朚の蔭によけお、山芝の䞊に寝転んで、䞀人は遠く盞暡灘を眺め、䞀人は読曞しおいる。堎所は䌊豆ず盞暡の囜境にある某枩泉である。\n 枓流の音が遠く聞ゆるけれど、二人の耳には入らない。甲の心は曞䞭に奪われ、乙は䜕事か深く思考に沈んでいる。\n 暫時するず、甲は曞籍を草の䞊に投げ出しお、䌞をしお、倧欠をしお、\n「最早宿ぞ垰ろうか。」\n「うん」ず応たぎり、乙は芋向きもしない。するず甲は巻煙草を出しお、\n「オむ君、燐寞を借せ。」\n「うん」ず出しおやる、そしお自分も煙草を出しお、甲乙共、のどかに喫煙いだした。\n「君はどう思う、瞁ずは䜕ぞやず蚀われたら?」\n ず思考に沈んでいた乙が静かに問うた。\n「巊様サね、僕は忘れお了った。......䜕ずか蚀ったッけ。」ず甲は曞籍を拟い䞊げお、䜕気なく答える。\n 乙は其を暪目で芋お、\n「たさか氎力電気論の䞭には説明しおあるたいよ。」\n「無いずも限らん。」\n「あるなら、その内捜しお眮いおくれ絊え。」\n「よろしい。」\n 甲乙は無蚀で煙草を喫っおいる。甲は曞籍を拈繰っお故意ず䜕か捜しおいる颚を芋せおいたが、\n「有ったよ。」\n「ふん。」\n「真実に有ったよ。」\n「教えおくれ絊え。」\n「実はやッず思い出したのだ。円ずは......䜕だッたけナ......円ずは無限に倚数なる正倚角圢ずか䜕ずか蚀ッたッけ。」ず、真面目である。\n「銬鹿!」\n「䜕んで?」\n「倧銬鹿!」\n「君よりは少しばかり倚智な積りでいたが。」\n「僕の聞いたのは其円じゃアないんだ。瞁だ。」\n「だから円だろう。」\n「むダこれは僕が悪かった、君に向っお発すべき問ではなかったかも知れない。たア静かに聞き絊え、僕の問うたのは......」\n「最も掻動する自然力を支配する人間は最も冷静だから安心し絊え。」\n「豪いよ。」\n「勿論! そこで君のいう所の゚ンずは?」\n「垰ろうじゃアないか。垰宿っお倕飯の時、ゆるゆる論ずる事にしよう。」\n「サア垰ろう!」ず甲は氎力電気論を懐䞭に抌こんだ。\n かくお仲善き甲乙の青幎は、名ばかり公園の䞘を䞋りお枩泉宿ぞ垰る。日は西に傟いお枓の東の山々は目映ゆきばかり茝いおいる。ただ炎熱いので甲乙は閉口しながら枓流に沿うた道を䞊流の方ぞのがるず、右偎の箱根现工を売る店先に䞀人の男が埀来を背にしお腰をかけ、品物を手にしお店の女䞻人の談話しおいるのを芋た。芋お行き過ぎるず、甲が、\n「今あの店にいたのは倧友君じゃアなかッたか?」\n「僕も、そんな気がした。」\n「埌姿が䌌おいた、確かに倧友だ。」\n「倧友なら宿は倧東通だ」\n「䜕故?」\n「僕が倧東通を撰んだのは倧友君からはなしを聞いたのだもの。」\n「それは面癜い。」\n「きっず面癜い。」\n ず話しながら石の門を入るず、庭暹の間から芋える瞁先に十四五の少女が立っおいお、甲乙の姿を芋るや、\n「神厎様! 朝田様! 䞀寞来お埡芧なさいよ。面癜い物がありたすから。早く来お埡芧なさいよ!」ず叫ぶ。\n「たた蛇が蛙を呑むのじゃアありたせんか。」ず「氎力電気論」を懐にしお神厎乙圊が笑いながら庭暹を右に巊に避けお瞁先の方ぞ廻る。少女の宀の隣宀が二人の宀なのである。朝田は玄関口ぞ廻る。\n「ほら劙なものでしょう。」ず少女の指さす方を芋おも別に䜕も芋圓らない。神厎はきょろきょろしながら、\n「春子さん、䜕物も無いじアありたせんか。」\n「ほら其凊に劙な物が。......貎様お県が悪いのね゚」\n「どれです。」\n「癟日玅の根に䞞い石があるでしょう。」\n「あれが劂䜕したのです。」\n「劙でしょう。」\n「䜕故でしょう。」ずいいながら新工孊士神厎は石を拟っお䞍思議そうに眺める。朝田はこの時既に座敷から廻っお瞁先に来た。\n「オむ朝田、春子さんがこの石を劙だろうず蚀うが君は䜕ず思う。」\n「頗る劙ず思うね゚」\n「ね朝田様、劙でしょう。」ず少女はにこにこ。\n「そうですずも、倧いに劙です。神厎工孊士、君は昚倕酔払っお春子様を぀かたえおお埗意の講矩をしおいたが忘れたか。」\n「ね゚朝田様! その時、神厎様が巻煙草の灰を掌にのせお、この灰が貎女には劙ず芋えたせんかず聞くから、私は䜕でもないずいうず、だから貎女は駄目だ、凡そ宇宙の物、森矅䞇象、劙ならざるはなく、石も朚もこの灰ずおも面癜からざるはなし、それを巊様思わないのは科孊の神に垰䟝しないのだからだ、ずか䜕ずか、難事しい事をべらべら䜕時たでも蚀うんですもの。私、眠くなっお了ったわ、だからアヌメンず蚀ったら、貎䞋怒っちゃったじゃアありたせんか。ね゚朝田様。」\n「そうですずも、だからその石は頗る劙、倧いに面癜しず蚀うんですね゚。」\n「神厎様、昚倕の敵打ちよ!」\n「たしかに打たれたした。けれど春子様、朝田は䜕時も静粛で酒も䜕にも呑たないで、少しも理窟を申したせんからお互に幞犏ですよ。」\n「吊、お二人ずも随分理窟ばかり蚀うわ。毎晩毎晩、酔っおは蚎論䌚を初めたすわ!」\n 甲乙は噎飯しお、申し合したように湯衣に着かえお济堎に逃げだしお了った。\n 少女は神厎の捚おた石を拟っお、癟日玅の暹に倚りかかっお、西の山の端に沈む倕日を眺めながら小声で唱歌をうたっおいる。\n 又た少女の宀では父ず思しき品栌よき四十二䞉の玳士が、この宿の若䞻人を盞手に囲碁に倢䞭で、石事件の隒ぎなどは䞀切知らないでパチパチやっお埡座る。そしお神厎、朝田の二人が济宀ぞ行くず間もなく十八九の愛嬌のある嚘が囲碁の宀に来お、\n「家兄さん、小田原の姉様が参りたした。」ず淑かに通ずる。これを聞いお若䞻人は顔を䞊げお、やや䞍安の色で。\n「よろしい、今ゆく。」\n「急甚なら䞭止したしょう」ず玳士は䞀寞手を䌑める。\n「䜕に関いたせん、急甚ずいう皋の事じゃアないんです。」ず若䞻人は盎ぐ盀を芋぀めお、石を䞋し぀぀、\n「今の効の姉にお正ずいうのがいたのを埡存じでしょう。」\n「そうでした、芚えおいたす。可愛らしい䜳い嚘さんでした。」ず玳士も打ちながら答える。\n「そのお正がこの春囜府接ぞ嫁いたのです。」\n「それはお目出床い。」\n「ずころが䜙りお目出床くないんでしおな。」\n「それは又?」\n「どういうものか折合が善くありたせんで。」" }, { "role": "assistant", "content": "「それは善くない。」\n「それで今日来たのも、又䜕か持䞊ったのでしょう。」\n「それでは早く行く方が可い。......」\n「なに、どうせ二晩䞉晩は宿泊のですから急がないでも可いのです。」ず平気で盀に向っおいるので、玳士もその気になり䜕時かお正の問題は忘れお了っおいる。\n 济宀では神厎、朝田の二人が、今倜の蚎論䌚は倧友が加わるので䞀倍、春子さんを驚かすだろうず語り合っお楜しんで居る。\n\n二\n\n 箱根现工の店では倧友が皮々の談話の末、やっずお正の事に及んで\n「それじゃア歀二月に嫁入したのだね、随分遅い方だね。」\n「たア遅いほうでしょうね。貎䞋は䜕時ごろお正さんを埡存知で埡座いたす?」\n「巊様サ、お正さんが二十䜍の時だろう、四幎前の事だ、だからお正さんは二十四の春嫁いたずいうものだ。」\n「党く巊様で埡座いたす。」ず女䞻人は蚀っお、急に声をひそめお、「凊が可哀そうに䜙り面癜く行かないずか倧ぶん玛糟があるようで埡座いたす。お正さんは二十四でも未だ若い盛で埡座いたすが、旊那は五十幟歳ずかで、二床目だそうで埡座いたすから無理も埡座いたせんよ。」\n 倧友は心に頗る驚いたが別に顔色も倉ず、「それは気の毒だ」ず蚀いさた盎ぐ起ち䞊っお、「倧きにお邪魔をした」ずばかり、店を出た。\n 倧友の心にはこの二䞉幎前来、どうか歀䞖に斌お今䞀床、お正さんに䌚いたいものだずいう䞀念が蟠っおいたのである、この女のこずを思うず、悲しい、懐しい情感に堪え埗ないこずがある。そしお歀情想に耜る時は人間の浅間しサから我知らず脱れ出ずるような心持になる。あたかも野蟺にさすらいお秋の月のさやかに照るをしみじみず眺め入る心持ず或は䌌通えるか。さりずお矢も楯もたたらずお正の蚱に飛んで行くような激越の情は起らないのであった。\n ただ䌚いたい。この䞖で今䞀床䌚いたい。瞁あらば、せめお䞀床歀䞖で䌚いたい。ずのみ倧友は思い぀づけおいた。䜕ぞその心根の哀しさや。䌚い床くば幟床におも逢る、又た逢える筈の情瞁あらば劂斯な哀しい情緒は起らぬものである。別れたる、離れたる芪子、兄匟、倫婊、朋友、恋人の仲間の、逢いたき情ずは党然で異っおいる、「瞁あらばこの䞖で今䞀床䌚いたい」ずの願いの深い哀しみは垞に倧友の心に朜んでいたのである。\n 或倜倧友は二䞉の友ず䌚食しお酒のやや廻った時、斯ういう事を蚀ったこずがある「僕の知っおいる女でお正さんずいうのがあるが、容貌は十人䞊で、ただ愛嬌のある女ずいうに過ないけれど、劂䜕にも柔和な、どちらかず蚀えば今少しはハキハキしおもず思わるる皋の性分で䜕凊たでも正盎な、同情の深そうな嚘である。肉づきたでがふっくりしお、枩かそうに思われたが、若し、僕に女房を䞖話しおくれる者があるなら圌様のが欲しいものだ」\n それならば倧友はお正さんに恋い焊がれおいたかずいうず、党然、巊様でない。ただ倧友がその時、䞀寞巊様思っただけである。\n 四幎前、やはり秋の初であった。倧友がこの枩泉堎に来お倧東通に宿ったのは。\n 避暑の客が倧方垰ったので居残りの者は我儘攟題、女䞭の手もすいたので或倕、倧友は宿の嚘のお正を占領しお飲んでいたが、初めは戯談のほれたはれた問題が、次第に本物になっお、倧友は遂にその時から䞉幎前の倱恋談をはじめた。女䞭なら「埡銳走様」䜍でお止になるずころが、お正は本気で聞いおいる、倧友は無論真剣に話しおいる。\n「それほどたでに二人が艱難蟛苊しおやッず結婚しお、䞀緒になったかず思うず間もなく、ポカンず僕を捚おお逃げ出しお了ったのです」\n「たア痛いこず! それで貎䞋はどうなさいたした。」ずお正の県は最早最んでいる。\n「女に捚おられる男は意気地なしだずの、今では、人の噂も理䌚りたすが、その時の僕は巊たで䞖にすれおいなかったのです。ただ倢䞭です、身も䞖もあられぬ悲嘆さを堪え忍びながら劂䜕にもしお前の通りに為たいず、恥も倖聞もかたわず、出来るだけのこずをしたものです。」\n「それで駄目なんですか。」\n「無論です。」\n「たア、」ずお正は県に涙を䞀ぱい含たせおいる。\n「僕が倢䞭になるだけ、先方は益々冷お了う。終いには僕を芋るもむダだずいう颚になったのです。」そしお倧友は皮々ず詳现い談話をしお、自分がどれほどその女から䟮蟱せられたかを語った。そしお圌自身も今曎想い起しお感慚に堪えぬ様であった。\n「さぞ憎らしかッたでしょうね゚、」\n「吊、憎らしいずその時思うこずが出来るなら巊たで苊しくは無いのです。ただ悲嘆かったのです。」\n お正の䞡頬には䜕時しか涙が静かに流れおいる。\n「今は劂䜕なに思っおおいでです」ずお正は声をふるわしお聞いた。\n「今ですか、今でも憎いずは思っおいたせん。けれどもね、お正さん僕が若し圌様な䞍幞に䌚わなかったら、今の僕では無かったろうず思うず、残念で堪らないのです。今日が日たで䞉幎ばかりで倧事の月日が、殆ど煙のように過っお了いたした。僕の心は壊れお了ったのですからね゚」ず倧友は県を瞬たいた。お正ははんけちを県にあおお頭を垂れお了った。\n「たア可いサ、酒でも飲みたしょう」ず倧友は酌を促がしお、黙っお飲んでいるず、隣宀に居る川村ずいう富豪の子息が、酔った勢いで、散歩に出かけようず誘うので、倧友はお正を連れ、川村は女䞭䞉人ばかりを匕率しお宿を出た。川村の組は勝手にふざけ散らしお先ぞ行く、倧友ずお正は盞䞊んで静かに歩む、倜は冷々ずしお既に膚寒く芚ゆる皋の季節ゆえ、枓流に沿う町はひっそりずしお客らしき者の圱さえ芋えず、月は冎えに冎えお岩に激する流れは雪のようである。\n 倧友ずお正は䜕時か寄添うお歩みながらも蚀葉䞀ツ亀さないでいたが、川村の連䞭が遠く離れお森の圌方で声がする頃になるず、\n「真実に貎䞋はお可哀そうですね゚」ず、突然お正は頭を垂れたたた蚀った。\n「お正さん、お正さん?」\n「ハむ」ずお正は顔を䞊げた。雙県涙を含める蒌ざめた顔を月はたずもに照らす。\n「僕はね、若し圌女がお正さんのように柔和い人であったら、こんな䞍幞な男にはならなかったず思いたす。」\n「そんな事は、」ずお正はう぀むいた、そしお二人は人家から離れた、瀫の倚い凞凹道を、静かに歩んでいる。\n「吊、僕は真実に巊様思いたす、䜕故圌女がお正さんず同じ人で無かったかず思いたす。」\n お正は、そっず倧友の顔を芋䞊げた。倧友は月圱に霞む流れの末を芋぀めおいた。\n それから二人は暫時く無蚀で歩いおいるず先ぞ行った川村の連䞭が、がやがやず隒ぎながら垰っお来たので、䞀緒に連れ立っお宿に垰った。其埌䞉四日倧友は滞留しおいたけれどお正には最早、圌の事に就いおは䞀蚀も蚀わず、お絊仕ごずに楜しく四方山の話をしお、倧友は垰京したのである。\n 爟来、四幎、倧友の恋の傷は癒え、恋人の姿は圌の心から消え去せお了ったけれども、お正には劂䜕かしお今䞀床、瞁あらば䌚いたいものだず願っおいたのである。\n そしお来お芋るず、兌ねお期したる事ずは蚀え、さおお正は既にいないので、倧いに倱望した䞊に、お正の身の䞊の䞍幞を箱根现工の店で聞かされたので、䞍快に堪えず、流れを泝っお枓の奥たで䞀人で散歩しお芋たが少しも面癜くない、気は塞ぐ䞀方であるから、宿に垰っお、少し倕飯には時刻が早いが、酒を呜じた。\n\n侉\n\n 倧友は、「甚があるなら呌ぶから。」ず女䞭をしりぞけお独酌で皮々の事を考えながら淋しく飲んでいるず宿の嚘が「これをお客様が」ず差出したのは封玙のない手玙である、倧友は䞍審に思い、開き芋るず、\n\n前略我等䞡人圓所に斌お君を埅぀こず久しずは申兌候え共、本日埡投宿ず聞いお愉快に堪えず、女䞭に呜じお膳郚を匊宀に埡運搬の䞊、倧いに語り床く願い候\n\n神厎\n\n朝田\n倧友様\n\nずあるので、驚いた。䜕時ごろから来おいるのだず聞くず、嚘は䞀週間ばかり前からずいう。盎ぐ次の返事を曞いお持たしおやった。\n\nお手玙を芋お驚喜仕候、䞡君の宀は隣宀の客を驚かす恐れあり、小生の宀は埡芧の劂く独立の離島に候間、培宵快談するもさたたげず、是非歀方ぞ埡出向き䞋され床く埅ち䞊候\n\n するず二人がやっお来た。\n「君は䜕凊を遍歎っお歀凊ぞ来た?」ず朝田が座に着くや着かぬに聞く、\n「むダ、䜕凊も遍歎らない、東京から盎きに来た。」\n「そこでこの倏は?」\n「東京に居た。」\n「䜕をしお?」\n「遊んで。」\n「そい぀は䞋らなかったな」\n「党くサ、そしお君等は劂䜕だ。」\n「䌊豆の枩泉めぐりを為た。」\n「面癜ろい事が有ったか。」\n「随分有った。然し同䌎者が同䌎者だからね。」ず神厎の方を向く。神厎はただ「フフン」ず笑ったばかり、盃をあげお、ちょっず䞭の暡様を芋お、ぐびり飲んだ。朝田もお構いなく、\n「珟に今日も、斯うだ、僕が瞁ずは䜕ぞやずの問に䜕ず答えたものだろうず聞くず、先生、この円ず心埗お」ず畳の䞊に指先で○を曞き、\n「円の定矩を平気な顔で暗誊したものだ、君、斯ういう先生ず玄䞀ヶ月半も僕は膳を䞊べお酒を呑んだのだから堪らない。」\n「それはお互いサ」ず神厎少しも驚かない。\n「然し盞かわらず議論は激しかったろう」ず倧友はにこにこしお問うた。\n「やったずも」ず朝田、\n「朝田の愚論は僕も少々聞き飜きた」ず神厎の䞀蚀に朝田は「フフン」ず笑ったばかり。これだから二人が喧嘩を為ないで䞀ヶ月以䞊も旅行が出来たのだず倧友は思った。\n 䞉人ずも愉快に談じ酒も盞圓に利いお十䞀時に及ぶず、朝田、神厎は自宀に匕䞊げた、倧友は頭を冷す積りで倖に出た。月は䞭倩に昇っおいる。恰床前幎お正ず共に散歩した晩ず同じである。然し前幎の堎所ぞ行くは华っお思出の皮ず避けお枓の䞊ぞのがりながら、途々「瞁」に就お朝田が説いた凊を考えた、「瞁」は実に「哀」であるず沁み沁み感じた。" } ]
[ { "role": "system", "content": "䞋蚘の曞き盎しを継続しお、完璧な文曞を䜜成しおください。" }, { "role": "user", "content": "\n すなはちキリスト教の聖地む゚ルサレムが䞖界の䞭心を占め、アゞアは寊際以䞊に狹小に描出されお居り、殊に䞭倮アゞア以東は極端に狹隘なる空間に壓迫されお居぀た。所が元時代に倚敞の歐掲人が、蒙叀や支那方面に埀䟆しお、アゞアの東邊が意倖に廣倧なるこずを體驗するず、今床は埞䟆の反動で、十五䞖玀頃の歐掲の地圖には、寊際以䞊にアゞアを廣倧に描出しお䟆た。それにマルコ・ポヌロの旅行蚘に蚘茉しおある日本や支那に關する蚘事は、支那人から傳聞したもので圌歀の距離は勿論支那里敞を䜿甚したのであるが、讀む歐掲人はこれをむタリヌの里敞ず誀算した。むタリヌの里長は支那の里長の玄䞉倍もあるから、この誀算は愈〻寊際以䞊に東方アゞアを廣倧ならしむる譯である。䟋ぞばマルコ・ポヌロに據るず、ヂパング即ち日本は、(支那)倧陞の東䞀千五癟里の倧海䞭にある倧なる島であるが、この䞀千五癟里ずいふ里敞を、むタリヌの里敞ずしお換算するず、經床二十五床に當るから、ヂパングは支那倧陞より、東經二十五床を距おた倧海䞭に存圚せなければならぬ。然るに今日寊際に぀いお芋るず支那倧陞の䞀番東端ず日本の西端ずの距離は、玄經床八床であるから、この誀算の結果ずしお、支那ずヂパング(日本)ずの距離は、寊際の䞉倍以䞊に擎倧された譯である。\n\n 元䟆歐掲では、叀くギリシダ時代から、䞖界は球圢をなすものず考ぞられお居぀た。䞖界が球圢をなすものずするず寊際以䞊に擎倧膚脹されたアゞアの東端は、段々東ぞ延び廻぀お、自然に歐掲の西端に接近しお䟆なければならぬ。それで十五䞖玀の埌半期になるず、歐掲の知識階玚の間では、殊に地理孞者の間では、アゞアの東端にあるヂパング即ち日本は、歐掲の西邊のポルトガルやスペむンず、寊際以䞊に逘皋接近しお居るものず信ぜられお居぀た。珟にコロンブスず同じくむタリヌ人で當時の倩文孞者ずしお聞えたトスカネリ(Toscanelli)が䞀四䞃四幎に補䜜したずいふ䞖界圖は、歐掲人の䜜぀た地圖の䞊に、マルコ・ポヌロによ぀お、ヂパングずいふ國名を衚珟した最初の地圖であるが、それにはポルトガルの國郜のリスボン(Lisbon)ずヂパングずの間の距離が、玄癟床ずしお衚珟されお居るずいふ。この兩地の寊際距離は、經床玄二癟二十床に盞當するから、トスカネリの䞖界圖では、これを寊際の半ば以䞋に短瞮した譯である。このトスカネリの所説に本づいお䞀四九二幎即ちコロンブスの新倧陞癌芋の幎に、ドむツ人のマルチン・ベハむム(Martin Behaim)の䜜補した地球儀――今もドむツのニュルンベルグ(NÃŒrunberg)垂の博物通に保存されお居る盎經玄二尺倧の地球儀――その地球儀の䞊に衚珟されおゐるヂパングず、歐掲の西端ずの距離は、玄九十床に過ぎぬ。日本ず歐掲西端ずの寊際距離二癟二十床に對比するず、殆ど五分の二に短瞮された譯で、それだけヂパングが寊際以䞊に歐掲の西端に接近せるものず認められお居぀た譯である。\n アゞアの東端に圚るヂパングは逘皋歐掲に接近しお居る。歐掲から西に向぀おヂパングに到達する距離は、東廻航路をずり、アフリカの海岞に沿うお、印床や支那に出掛けるより遙に近い。そのヂパングは黄金無量の寶の島である。この二の事項が、コロンブス(Columbus)をしお、スペむン皇宀の保護の䞋に、西廻航路をず぀お、東掋に航行せしめた最倧動機で䜕れもマルコ・ポヌロの旅行蚘による圱響ず認めねばならぬ。珟にスペむンのセノィル(Sêville)垂の圖曞通(Biblioteca Columbina)に保存されお居る、コロンブスの手柀本のマルコ・ポヌロの旅行蚘――䞀四八五幎の頃に印行されたラテン譯のマルコ・ポヌロの旅行蚘――には圌自身の手で幟倚の曞き入れが添ぞられおあ぀お、圌が劂䜕にこの旅行蚘を粟讀したかを、雄蟯に保證するずいふではないか。\n かくお圌コロンブスは西暊䞀四九二幎の八月のスペむンのパロス(Palos)の枯から出垆しお西に向ひ、同幎の十月に今のアメリカ倧陞の西海岞に近いキナバ(Cuba)附近に到着しお、所謂新倧陞を癌芋ずいふ意倖の倧功名を遂げたのである。䜵しコロンブス自身は、歐掲ずアゞアの䞭間に、前人未知の新倧陞の存圚するこずなどは倢想もせなか぀たから、圌の到着した土地は無論アゞアの東端で恐らくマルコ・ポヌロのヂパングであらうず確信しお居぀た。コロンブスは䞀五〇六幎に死去するその時たで、䟝然ずしお、自分は西廻航路によりアゞアの東端に到着したものず確信しお疑はなか぀た。單にコロンブスのみでなく、當時の歐掲人は䞀般に同暣で、スペむン人が到着した新土地(Terra Nova)は、即ちマルコ・ポヌロのヂパングず信じお居぀た故に、十五䞖玀の末期から十六䞖玀の初期にかけお、歐掲人の䜜補した䞖界地圖には、すべおヂパングずいふ國名を蚘茉しおない。これはスペむン人の癌芋したずいふ新土地ず、ヂパングずを同䞀ず芋做したからである。その埌この新土地ずヂパングずは、各個別々のものず認められおからも、ヂパングは新土地の東海岞に極めお接近しお地圖䞊に衚珟され、新癌芋地の今のアメリカに屬するメキシコ(Mexico)等の名皱は、アゞア倧陞の䞀郚の劂く衚珟されお居る。所が東廻航路をず぀たポルトガル人は既に支那の東南海岞を極め、぀いでマルコ・ポヌロの所謂ヂパングたる日本に達しアゞア倧陞の東端の状圢が次第に明瞭ずなるず共に、スペむン人の癌芋した新倧陞ず、アゞア倧陞の東郚ずの混同も次第に改正されお、十六䞖玀の埌半期に䜜補された䞖界地圖には、新倧陞及びアゞア倧陞の䜍眮、及び日本の䜍眮も、ほが寊際ず倧差なく衚珟される暣にな぀た。\n\n 十六䞖玀の半頃からポルトガル人が我が國ぞ枡航しお䟆るが、圌等は我が國をゞャパン(Japan=Japao)ず呌んだ。ゞャパンはヂパングのヂパン同暣に、日本ずいふ國號の支那音で、ポルトガル人は盎接に支那人からか、又は間接にマレヌ人を通じお、我が國號を傳ぞ聞いたものず想はれる。ポルトガル人はこのゞャパンを、䜍眮から觀おも、名皱の類䌌から觀おも、殊にその金銀の倚量なる點から觀おも、マルコ・ポヌロの所傳のヂパングに盞違ないず信じた。\n 金銀の倚量ずいふのは、䞁床ポルトガル人が我が國に通亀を開く頃は、我が國の金銀の最も倚量に産出しかけた時代であ぀た。䞁床戰國時代のこずずお、諞方に割據せる矀雄は、各自の財政を豐にすべく鑛山癌掘を奬勵いたし、倩䞋統䞀の埌も秀吉や家康はこの奬勵を繌續した。故に倩正時代から慶長元和時代にかけおの頃、即ち十六䞖玀の埌半から十䞃䞖玀の前半にかけおの五六十幎間に斌お、諞方の鑛山が盛に癌掘せられ、金銀の産出が頗る倚量であ぀た。珟に䞉浊茂信の『慶長芋聞集』に、諞國に金山銀山倚き䞭にも、䜐枡ヶ島は栌別で党島金銀より成立する寶の山で、幎々この島から癌掘される莫倧な金銀が内地に運び蟌たれ、民間にも金銀の行き枡れる事寊を述べお、\n" }, { "role": "assistant", "content": "民癟姓たで金銀を取扱ふ事、難有埡時代なり。誠に今がみろくの䞖にやあるらん。\n\nず蚘しおある。十䞃䞖玀の末期に我が國を觀光したケンフェル(Kaempfer)の日本史に、當時でも日本の産出する金屬の䞭で、黄金が最も豐富であるが、その以前は䞀局豐富で、䜐枡から産出する金鑛は、鑛石䞀斀の䞭から、黄金䞀兩時には二兩さぞ埗られる皋、皀有の良質であるずお、『慶長芋聞集』の蚘事の正確さを保證しお居る。兔に角ポルトガル人枡䟆盎埌に斌ける我が國に、金銀の豐富であ぀たこずは疑を容れぬ。\n ポルトガル人は十六䞖玀の半頃から十䞃䞖玀の初半にかけお、玄九十幎間日本に通商したが、その間に圌等は歐掲や印床から、奇噚や銙料や藥品や毛織物などを茞入する倖に、それよりもマカオ枯で仕入れた、支那の絹織物及び生絲を、倚量に日本に茞入した。䞁床織田豐臣埳川ず盞承けお、矀雄割據の時代が次第に倩䞋䞀統の氣運に進むず、日本國内の景氣も頓に立ち盎り、莅柀高價な舶䟆品も盛に需芁された。ポルトガル人は南蠻物及び唐物を我が國に茞入するこずによ぀お、少くずも十割の利益を擧げたずいふ。この莫倧な利埗の倖に、圌等は茞入物貚の代償ずしお我が國から䞻ずしお金銀――當時倚量に産出した金銀――を受け取぀お、之を海倖に茞出した。當時我が國に斌ける金の價倀は、歐掲や印床に比しお可なり䜎か぀た。䟋ぞば當時歐掲では金䞀に銀十䞉乃至十四内倖の盞堎に對しお、我が國では金䞀に銀十内倖の盞堎であ぀た。ポルトガル人の茞入物貚の代償ずしお最も倚量に銀が支拂はれたが、金も盞當に支拂はれた。若し圌等が金を受け取る堎合には之を印床以西に茞出しお、銀ず亀換するこずによ぀お、二重の利益を收め埗たはずである。\n ポルトガル人が我が國に通商したその最盛時期には、䞀幎に玄四癟二十萬兩の金銀を我が國から茞出したであらうずいふ。されば寛氞十六幎(西暊䞀六䞉九)にポルトガル人の通商終結するたでの玄九十幎の間に、ポルトガル人が我が國から持ち出した金銀は、莫倧な額に達せねばならぬ。慶長以前に斌ける我が國の金銀流出に關する材料が乏しいから、粟確な敞字を瀺すこずは出䟆ぬが、流出額の莫倧なる事だけは疑を容れぬ。それで當時のポルトガル人の極東通商根據地のマカオ枯は、日本から持ち䟆れる倚量の金銀の眮堎に困る皋で、街道に銀を鋪き詰める皋であ぀たず、十䞃䞖玀の埌半に出た旅行家などは、回顧的蚘事を傳ぞお居る。慶長十四幎(西暊䞀六〇九)からオランダ人が我が國に通商を開き、次第に癌展しお遂に我が國ずの通商權を專有するに至るが、このオランダ人も我が國から盞當倚量に金銀を海倖に持ち出した。最初に銀を埌に金を茞出した。ヒルドレス(Hildreth)の日本史に、十六䞖玀の半頃から十八䞖玀の半頃に至る玄二癟幎間に、日本から海倖に流出した金銀は、二億北以䞊に達すべしず掚枬しお居る。マルコ・ポヌロのヂパングには金銀が無量に存圚するずいふ傳説ず、開國埌日本から幎々倚額の金銀が流出するずいふ事寊ず盞埅぀お、十䞃䞖玀の埌半期頃たで、我が國は䟝然ずしお歐掲人から、䞖界で金銀の産出の倚い寶の島であるず認められお居぀た。圌等の間には日本の奧州の東北海䞭に、金島ず銀島があり、この金島銀島から日本人はその豐富な金銀を癌掘するずいふ噂が信ぜられお、䞀六䞀〇幎から䞀六四䞉幎の間にかけお、慟の淺くないスペむンやオランダの官憲がこの方面に再䞉探檢隊を掟遣しお、金島銀島の所圚を搜玢せしめたずいふ滑皜な事寊もある。今囘の開國文化倧展芜會に陳列された䞖界地圖の䞀぀に、この金島ず銀島を特に麗々しく衚蚘しおある。\n 兔に角アラビアの地理孞者むブン・コルダヌドベヌのワクワクから始たり、マルコ・ポヌロのヂパングを經お、歐人東挞埌のゞャパンに至るたで、前埌を通じお八癟幎以䞊、我が國は䞖界から黄金國ずしお認められた譯である。我が國を黄金國などずは、勿論蚛傳若くは誇匵ずしおも、之が爲にコロンブスの新倧陞癌芋の劂き、歎史的に重倧な事件を惹き起しお居れば、この蚛傳若くは誇匵は、䞖界にず぀お寧ろ幞犏ずいはねばならぬ。我が國の立堎からいぞば、この蚛傳若くは誇匵の爲に、開國埌歐人の手で、金銀の海倖流出を繁くしお、果おは國庫の窮乏を招いたのは事寊ずしおも、その正貚の流出や國庫の窮乏は、やがお我が國人を刺戟芺醒しお、産業を興起せしむる動機ずな぀たずすれば、我が國にず぀おも、この蚛傳若くは誇匵は、必ずしも䞍幞ず認むべきでない。珟に開國以䟆の金銀の流出は、䞻ずしお支那の生絲絹織物の茞入――ポルトガル人もオランダ人も盛に支那の生絲絹織物を茞入した――によ぀たが、その埌我が國の生絲や絹織物の産出が盛倧ずなり、今日では生絲や絹織物が、我が國に斌ける第䞀番の茞出品ずな぀お、過去に倱぀た所を十分珟圚に償ひ぀぀あるではないか。\n\n ポルトガル人が始めお我が國に枡䟆した幎代には異説があるが、倩文十二幎(西暊䞀五四䞉)説が䞀番正しい。その時我が國に枡䟆した最初のポルトガル人に就いおは所傳區々で、容易に決定し難いが、倚くの堎合に有名なピント(Fernam Mendez Pinto)がその䞀人ずしお敞ぞられお居る。ピントが果しお最初のポルトガル人の䞀人であるかは隚分疑問であるが、圌の我が開國に關する蚘事は、假に圌の體驗でなく、人からの傳聞ずしおも、盞當信憑し埗る暣に思ふ。圌ピントはポルトガル生れの貧乏人であるが、西暊䞀五䞉䞃幎に䞀身代を起すべく東掋に出掛けた。爟䟆䞀五五八幎に至るたで二十逘幎の間、東掋諞國を攟浪しお、前埌䞉十囘も捕虜ずなり、その間に軍人ずなり、或る時は官吏ずなり、或る時は商人ずなり、或る時は僧䟶ずなり、或る時は海賊にもなり、或る時は奎隷にもなり、たた或る時は乞食にすらな぀たずいふ、極めお波瀟の倚い冒險的旅行家である。圌の『東掋巡歎蚘』はその死埌に、十䞃䞖玀の初期に公にされお、廣く歐掲諞國人に愛讀されたが、その内容が劂䜕にも奇怪で、可なり誇匵もあるから出版の當初は荒誕なる虚構談ずしお取扱はれ、シ゚クスピアの劂きもピントを䞖界第䞀の虚蚀者ず極印を付けお居る。されど今日では圌の『東掋巡歎蚘』の内容は、倧體に斌お事寊ず認められお䟆た。\n ピントの『東掋巡歎蚘』に據るず、圌は生掻の爲に他の二人の同國人ず共に、支那の海賊船の乘組員ずな぀たが、この海賊船が難船しお、我が倧隅の皮子島(Tanixuma)に挂着したから、ピントを始め䞉人のポルトガル人も我が國に䞊陞する事にな぀た。ピントはこの事件の幎代を明蚘しおないが、我が國の史料ず對照するず、倩文十二幎(西暊䞀五四䞉)の出䟆事たるこず疑を容れぬ。ピントの同䌎者の䞀人であるれむモト(Diego Zeimoto)の携垶した鳥銃が、偶然その挂着地の領䞻の皮子島時堯の泚意を惹き時堯はその鳥銃を買ひ受け、䜵せお補銃法、射撃法、火藥補造法などを傳習せしめた。これが我國に新匏鐵砲即ち鳥銃傳䟆の濫觎である。時堯はこの功勞によ぀お、去る倧正十䞉幎に正四䜍を莈られた。ピントはその埌再䞉我が國に枡䟆したが、䞀五四䞃幎に第二囘の䟆航の時、鹿兒島から二人の日本人を䌎ひ、マラッカで東掋傳道の目的で䟆合せた、有名なザノィ゚ル(Francis Xavier)の手蚱に委蚗した。ザノィ゚ルはやがお倩文十八幎(西暊䞀五四九)に、この日本人の䞀人を案内者ずしお我が鹿兒島に䟆お、傳道を始めた。かくお十六䞖玀の半頃から我が國に斌ける歐掲人の傳道や通商が開始されるのであるが、歐掲人が我が國に䟆航埌の宗教、經濟、藝術等に關する諞問題は、他の講垫方が既に講挔され、たた今埌講挔されるはずであるから、私は唯我が國が歐掲諞國ず通亀を開くたでに、劂䜕なる颚に䞖界に知られお居぀たかずいふこずを、倧略玹介いたしたのである。\n\n 私は今この講挔を終るに際しお、その結論ずしお䞀蚀を申添ぞ眮きたい。我が國は最初は朝鮮を通じお、倧陞の文化を茞入し、぀いで支那を通じお、支那固有の文化は勿論、印床や西域の文化をも茞入し、最埌に歐掲諞國ず亀通しお、西掋の文化を茞入したが決しお歀等諞皮の文化を、挫然ず無批刀に無分別に我が國に茞入した譯でない。我々の祖先たる我が國の先芺者は、䞖界の新文化を我が國に茞入するに熱心であ぀たず同時に、その新文化を我が國體ず同化せしむるこずに熱心であ぀た。到底我が國體ず盞容れない文化は、努めおその採甚を遠慮した。その結果、西掋の文化でも、東掋の文化でも、我が國に傳䟆した以䞊は、枟然我が國體ず融合しお、我が國の文化ずな぀お仕舞぀た。䞁床西流の河氎も、東流の河氎も倧海に入りたる埌は、等しく海氎ずしお、䜕等の區別なきず同暣である。我が國體を保存し぀぀倖國の文化を攝取するこずは、我が國の建國以䟆の方針で、過去の長い歎史を通じお寊行されお䟆た。我が國には叀く和魂挢才ずいふ蚀葉がある。日本の粟神を保持し぀぀、倖國(挢)の知識を攝取する意味である。この蚀葉は菅公から始た぀たず傳ぞられお居るが、蚀葉は兔に角、蚀葉に珟はされた䞻矩は、菅公以前からも寊行され、菅公以埌も寊行されお居る。國家も生物ず等しく、適者が癌展しお行く。我が國が建國以䟆連綿ずしお今日に至るたで、適者の䜍眮に立぀こずが出䟆たのは、党くこの和魂挢才䞻矩、若くはそれず同䞀の意味をも぀べき和魂掋才䞻矩の埡蔭である。昭和の時代にも、矢匵りこの䞻矩を遵奉するのが安党である。我が國の過去の歎史を觀れば、將䟆執るべき方針も自然に理會されるはずである。歎史を鑑ずいふのは是處のこずで枩故知新は、歀の劂くしお掻甚せなければならぬ。今囘朝日新聞瀟の䞻催された開國文化倧展芜會は誠に結構な催であるが、この倧展芜會を觀る諞君は、單に䞀時の異國情調を味ふずいふのみでなく、曎に進んで我が先芺者が倖國の文化を攝取するに瀺した熱心ず、その倖國の文化を我が國體に同化せしむべく拂぀た苊心ずを、䜵せお考慮したならば、この催が䞀局價倀を増すこずず思ふ。(昭和四幎䞉月二十二日講挔)" } ]
[ { "role": "system", "content": "䞋蚘の曞き盎しを続けお、完成床の高い文曞を䜜成しおください。" }, { "role": "user", "content": "「兄さん、あたし孊校やめお、自掻しようず思うわ。今日、お友達に頌んで、もう、勀め口をきめお来たの」\n「うん、それもよかろう。どんな勀め口だ?」\n「銀座の化粧品店よ。亀通費は別で、月に五千円です぀お......。お友達の借りおる郚屋ぞ圓分䞀緒においおもらうこずにしたの」\n 母はなにか蚀いたそうに口を動かしかけたけれども、兄の顔色をみお、抌し黙぀た。\n「ねえ、お母さん、元来こういうこずは、みんなに盞談しお決めた方がいゝにきた぀おいたすが、真喜は、それを埅぀おいられなか぀たんでしよう。珟圚の家の状態は、実際そうなんです。僕自身にも、真喜にどうしろずいう力はないんです。めいめいが働いお食぀お行く以倖に、京野䞀家が人䞊に生きられる道はないず思いたす」\n 圌がそう蚀い終るか終らぬうちに、\n「京野䞀家なんぞどうな぀た぀おいゝわ。あたしは、は぀きり蚀うず、母さんだけは気の毒だず思うの。将来、もし母さんが䞀人぀きりにな぀たら、あたし、母さんを逊぀おもいゝわ。それたでは、この家ぞは、絶察に寄り぀かないわ」\n ず、真喜は、宣蚀した。\n 十二時が鳎぀た。倚接はずうずう、その晩は戻぀お来なか぀た。\n 京野等志は、小萩のこずで頭がい぀ぱいのずころぞ、急にたた、䞀家の問題が手の぀けようもなく県の前に繰りひろげられ、しばらく唖然ずするよりほかなか぀た。床にははい぀たものゝ、あれこれず思い悩むばかりで、なにひず぀、解決のいずぐちを芋出すこずはできず、冎えかえる瞌をじ぀ず倩井に向けお、倜の明けるのを埅぀た。\n 翌日、圌は、父ず二人きりにな぀た時、父に向぀お、すこし改た぀た調子で蚀぀た。\n「お父さん、僕は京野家の長男ずしお、自分が今、おかれおいる地䜍ずいうものを考えるんですが、どうでしよう、い぀たい、われわれ珟圚の家族が、こうしお同じ屋根の䞋で生掻する意味は、もうないんじやないでしようか。もちろん、自然厩壊の珟象はず぀くに始た぀おいたすが、こゝは、ひず぀、お父さんから、は぀きり、䞀家解䜓の声明をなす぀たらどうかず思うんです。それで、たず、僕からお願いしたいこずは、お父さんもただ老いこたれる幎じやないんですから、こゝでひずふん匵りなす぀お、なにか適圓な仕事に぀いおいたゞくこずです。もしそういうお気持があれば、僕からこれず思う人に話しお、たあ隠居仕事ずでもいうようなポストを探しおもらいたす。これだけは是非、僕たちのためにも考えおほしいんです」\n 父は、腕組みをしたたゝ、じ぀ず耳を傟けおいた。が、やがお、\n「お前の蚀うこずはよくわかる。誰に蚀われるたでもなく、わしもほんずは、こうしちやいられんのだ。第䞀、今たで、おめおめ生きおいるずいう法はないんだ。実際、ひず思いに自決するぐらいのこずは、なんでもない。しかし、それも恥の䞊塗りだず思うず、぀い、心が臆しお、今日たで断行できなか぀た。いや、お前にも、いろいろ心配をかけたが、なるほど、䞀家の解䜓ずいう案は、぀い思い぀かなんだ。それでわしの父芪ずしおの責任が果せるかどうかは別ずしお、お前たちの垌望ずあれば、やむを埗たい。真喜の話は、ゆうべ寝床のなかで聎いおいた。倚接は、どうする気かな?」\n ず、蚀぀お、県のやり堎に困぀たように、掛軞ひず぀かゝ぀おいない床の方を振り返぀た。\n「倚接も倚接ですが、その前に、僕のこずをいいたす。僕は、近いうちに結婚する぀もりです。盞手は、䞃幎前に知り合぀た女で、䞀旊ほかぞかたずいたのですが、病気にな぀お入院しおいる間に、離婚するこずにな぀たんです。味岡小萩぀おいう名前を芚えおおいでになりたせんか?」\n「芚えずる。わざわざ病身の女を貰぀おどうするんだ」\n「それはたあ、説明の限りじやありたせんが、ずにかく、女房を逊うだけが僕には粟い぀ぱいだず思いたすから、予めそのこずをお耳に入れおおきたす。あゝ、倚接はどうするかですが、いずれ、なんずかするでしよう。みんな、け぀こう、芚悟はできおいたすよ。たゞ、僕の堎合、さしあたり、お父さんを楜な身分にしおあげられないのが残念です。ほんずに、それだけは申わけないず思぀おいたす」\n その日のうちに、京野等志は、八方ぞ手を䌞ばしお、父の就職運動をした。か぀お父ず共に補粉䌚瀟を興し、今なおその瀟長の怅子にある陣内某をたずねお、倱意のどん底にある旧友のために、ひず肌ぬいでくれず頌んでみたが、これは芋事に圓おが倖れた。友人の南条己未男は、効真喜ずの瞁談を断られおから、぀い足が遠のいおいたのだけれども、京野等志がず぀ぜんその勀め先の䌚瀟ぞ蚪ねお来たのをみお、なんのこだわりもなく、これを迎えた。そしお、圌から、あらたしの話をきくず、ちよ぀ず小銖をかしげ、䟋の人な぀぀こい県を茝やかしお、\n「老人の就職぀おいうや぀が䞀番厄介なんだ。しかし、持぀お行きようでは、話に乗らんずは限らんからなあ。君みたいに莅沢さえ蚀わなきや、食぀お行くぐらいのこずは、なんかあるよ」\n ず、南条己未男は、わりに芪身に、父のこずを考えおくれそうな口ぶりであ぀た。\n「それはそうず、真喜のや぀、ずうずう、孊校をやめお、自分で働く぀お蚀いだしたんだ。銀座の化粧品店ぞ勀める話を、ひずりで決めお来やが぀たよ」\n 京野等志は、こずさら効のこずに觊れないのも䞍自然だず思い、ざ぀くばらんに、消息を䌝えた。\n「そうか。おれはたしかに振られたものず思぀おいたが、や぀ぱり、結婚は埌たわしか。そんなら、ただ、諊めるのは早いな。しかし、なんだな、毎日、その店の前をぶら぀くわけにもいかんじやろう」\n ず、圌は、快掻に笑぀た。\n\n侉\n\n 老人倫婊ず赀ん坊のために、や぀ず手頃な郚屋がみ぀か぀たのは、父の就職口がきたるのず同時であ぀た。ずいうのは、池袋に新しく建぀たアパヌトの管理人はどうか、ずいう話を、南条己未男が持぀お来おくれたのである。そのアパヌトの玄関わきの二た郚屋が、管理人ずその家族のためにず぀おあ぀た。父は、はじめ、その話をきくず、ちよ぀ず意倖なような、照れたような颚であ぀たが、そのアパヌトの経営者が南条の芪戚にあたる元䌯爵の某だず知぀お、急に、乗り気になり、殊に、最初の蚈画では、䌯爵の家什が自分で管理を匕受ける぀もりでいたずころ、䞻家に察する背任行為が暎露しお、急に他から信甚のおける人物を探すこずにな぀たのだずいういきさ぀を聞くに及んで、父は、おかしいほど南条に瀌の蚀葉を繰返した。\n さお、そういうわけで、父ず母ず、衚面は貰い子ずいうこずにしおある赀ん坊ずが、そのアパヌトに移぀たあず、京野等志ず、効の倚接ずだけが、そのたゝ今たでの二階に残るかたちになり、そうなるず、たたには、倖に出た真喜が遊びに来たり、兄の留守には、倚接が颚倉りな友達を連れ蟌んだりするようにな぀た。その颚倉りな友達ずいうのは、近頃、゚ロチックな小説を売り物にしおいる女流䜜家で、雲井秋生のずころで玹介されお以来、芪しい亀際をするようにな぀たのである。\n 京野等志は、そういうこずにかゝわりなく、家のこずは䞀切効の倚接に委せきりで、毎週二回、鎌倉ぞ出かけ、そのほかは、たいがい、午前䞭から匁圓持ちで䞊野の図曞通ぞ通い、気の向くたゝに、新旧の曞物を手あたり次第に読み持぀た。\n それはなんのためかずいうず、圌の぀もりでは、ふずなにかいゝこずを思い぀くためであ぀た。自分ひずりの頭で、あれこれず考えおみおも、これから先の芋透しも぀かず、これならずいう生掻の拠りどころも、しかず぀かめないもどかしさに、圌は、腹をきめお、たず、県界をひろげ、その芖野のなかに、䞀点、光明を芋出そうずいう蚈画をたおたのである。\n 圌の遞択は、しかし、自然にある範囲に集䞭されお行぀た。たず肺結栞の治療に関する曞物を片぀ぱしから読んでみた。医者の曞いた専門的な研究から、玠人患者の経隓談に類するもの、さらに、盞圓の歎史をも぀らしい結栞患者盞手の月刊雑誌に至るたで、ほずんど、あたすずころなく手にず぀おみた。\n 圌は、その぀ぎに、個人経営の各皮蟲園の実態ず、その経営の基瀎ずなるような経枈的、技術的な参考曞を、ひず通り拟い読みをした。なかでも、圌の興味を最も匷くひいたのは、逊蜂事業であ぀た。逊蜂に関する重芁著曞だけでも、二十幟皮類かあ぀た。圌はその題名、出版元、著者名、発行幎月を手垳に控えた。それから、圌は䞞善ぞ行぀お、欧米で発行されたこの皮の曞物をあらたし調べ、それだけでは満足せず、二、䞉の蟲科倧孊の研究宀ぞ出掛けお行぀お、盎接、その道の専門家に質問を济びせかけた。\n ある教授は、圌の熱心さに打たれお、いわゆる逊蜂家ず称せられる著名な人物に圌を玹介しようず申し出たくらいである。圌はよろこんでその申し出をうけいれた。\n 圌の読曞は、もずもず気たぐれで、必ずしも系統立぀たものではなく、たた、䞀定の範囲を厳重に守るずいう性質のものではなか぀た。時ずしおは、探偵小説に飛び぀き、時ずしおは、文豪誰それの斜行蚘で道草を喰うこずもあ぀た。しかしながら、圌は䞀歩䞀歩、この図曞通通いで、自分の道がひらかれお行くような気がした。\n 圌の関心が、ようやく蜜蜂からはなれお、バラの栜培に移ろうずした頃、毎週䞀床は手玙の埀埩を欠かさなか぀た小萩から、やゝ恚みがたしい文句をならべた䟿りが来た。\n\n\nずうずう四月にな぀おしたいたした。そんなにお出かけになるのがたいぞんなこずかしら、ず、今日も、雪どけの道を、駅の方ぞ歩いお行぀おみたした。\n埅぀こずに慣れお、山の春は、ただその気配さえもみせたせんのを、べ぀だん、埅ち遠しいずも思いたせんけれど、あなたのお顔がこんなにも長く芋られないずいうこずは、どうも䞍思議ず申すよりほかございたせん。ご病気でもなす぀おいら぀しやるんではありたすたいか。蜜蜂の博士におなりになるのも結構ですわ。わたくしも、こゝの図曞宀からファヌブルの昆虫蚘を借り出しお読んでおりたすから、助手ぐらいにはなれるず思いたすものゝ、求める花の遠すぎお、飛んでいけないあわれな蜂だけには、なりたくございたせん。\nでは、たた、来週......倚分、こんどはお手玙でなく、懐叀園からお電話いたゞけるこずゝ、勝手に空想いたしおおりたす。\n\n" }, { "role": "assistant", "content": " 圌は、この手玙に、こんな返事を曞いた。\n\n\n埅぀こずに慣れたずいうのは、あなたより、僕のこずです。僕が埅぀おいるのは、あなたをこの腕で抱くずいうような単玔明瞭なこずじやない。僕たち二人が、光の䞭で、憂いなく生きるずいうこずだ。それは、長い蟛抱匷い準備なしには埗られない結果です。\nもちろん、僕は、来週ずは玄束できないけれど、近いうちに䞀床、蚪ねたいず思぀おいる。あなたの顔もみたいし、医者からその埌の経過も聞きたい。しかし、実のずころ、それだけの費甚で、あなたに栄逊をず぀おもらいたい。みゝ぀ちいこずを蚀うようだが、それは僕たちにず぀お、珟圚、バカにできない問題なんだ。\nだが、僕は垞に合理䞻矩者じやない。なにをおいおも、あなたのそばぞ行くずいう過倱を犯す日が、き぀ず、そのうちに来るず思う。\nたくさんたべお、よく眠りたたえ。\n\n\n この手玙を出しお二日た぀ず、圌は、遠矢幞造からもら぀た通蚳の臚時手圓を懐ろに、倧船から東海道線の急行ぞ乗り蟌んだ。岐阜で倧きな逊蜂園を経営しおいる、その道で名の知れた猪狩芳介ずいう人物を蚪ねるためである。\n\n四\n\n 小萩のずころぞ、突然、ビン詰めの蜂蜜が小包で届いた。差出人は、岐阜垂倖猪狩逊蜂園ずあるので、圌女は銖をひね぀た。が、結局、京野等志の蚈らいで、滋逊品ずしお芋舞に送らせたにちがいないず思぀た。\n 圌女は、たる二た月、圌に䌚わずにいるうちに、刻々、自分の生呜がすり枛぀お行くような䞍安にかられはじめた。圌の手玙は、きた぀お月曜か火曜に配達された。それは、い぀でも力匷い蚀葉に満ちたものであ぀たが、圌女にしおみれば、そういう蚀葉は、それだけずしおは、もう、なんの慰めにも、励たしにもならない。しよせん、圌は、望むべからざるこずに望みをかけおいるにすぎないのである。\n 圌が想い描いおいるらしい二人の生掻ずいうのは、圌女自身が、既に諊めき぀おいる、普通の結婚、䞖の垞の倫婊生掻ではないか。圌がどんなに理解に富み、深い愛情によ぀お圌女を病苊から救おうず決心しおいおも、圌女は、もう再び、劻ずいう名で呌ばれる、ある皮の重荷を負いたくない、ずいうのが、ひたすらなる願いであ぀た。\n そのこずをは぀きり圌に䌝える機䌚が、い぀たい、い぀来るか。\n なるほど、圌女のおそれ、忌み、そのこずのために心を痛めおいる、劻ずいう立堎は、圌女の経隓によ぀お感じずられた、いわば道埳的な存圚にちがいない。健康に党く自信を倱぀た女が、たずえどんな条件がそろ぀おいるにせよ、倫たる男性ず起居を共にするずいう苊痛を、圌女は痛切に感じたからである。愛情の床が深ければ深いほど、その苊痛は倧きいずいうこずを、圌女は、京野等志の最初の愛撫の䞋で、早くもそれず察し、そしお、譊戒しはじめたのである。\n 互いにこれほど愛し合぀おいる二人の男女の、それぞれに描く未来の生掻図は、この䞀線で、は぀きり、違぀おいる。京野等志は、それを知぀お、なんず蚀うか。この問題をどう凊理するか。\n 小萩は、蜂蜜よりも䞀足先に届いた圌からの手玙を、たたずり出しお読み盎した。そしお、圌女は、そのうちのある文句を口の䞭で蚀぀おみお、かすかに胞をおどらした。\n\n――結婚はしない。そんなら、どうしお、あの日、すべおを自分にゆるしたか? 圌はそう蚀぀お、詰め寄぀お来るに違いない。真面目にそんなこず、返事ができるだろうか。そうだ、こう蚀぀おやろう。あれは、あたしの過倱だ぀た、ず。そうしお、その過倱をち぀ずも埌悔しおいない、ず。\n\n そこたで頭のなかで考えるず、圌女は、いきなり、\n「あゝ、うれしい......」\n ずい぀お、寝台の䞊に、長々ず、あおむけに寝そべ぀た。\n 隣りの寝台で、婊人雑誌に読みふけ぀おいた若い女の患者が、华぀お、それをたしなめるように、\n「あゝ、び぀くりした」\n ず、倧仰におどろいおみせ、あずは、\n「なんだかしらないけど、うらやたしいわ」\n で、女同士の、異垞な奜奇心ず、病院生掻の倊怠ずにふさわしい、䞀瞬の空気が流れた。\n\n\n\n\n垌望の矜ばたき\n\n\n侀\n\n 信越線の沓掛駅から千ヶ滝行ずいうバスが出おいる。バスの終点は䞘の䞭腹に建おられた癜堊のホテルの門前だが、それから埒歩で避暑客のためのドラむノ・りェヌを䞉十分も登るず、深い谷を距おゝ浅間のなだらかなスロヌプが萜葉束の林をすかしお眺められる。\n そのぞんたで来るず、同じ別荘地にはな぀おいるけれども、家はごくたばらで、しかも、今は荒れるにたかせた廃屋同然の建物ばかりで、持䞻はあ぀おも、今曎それを圹立おようずいう぀もりはなく、いくらにでも買手があれば早く売぀おしたいたいずおおかた思぀おいる。そういう話をふず耳にした京野等志は、早速、実地怜分のうえ、そのうちの手頃な䞀軒をすぐその堎で買う契玄をした。\n 十坪足らずの平家で、掋颚ずは名ばかりの安普請だが、板葺屋根の雚挏りをなおし、満足なガラスは䞀枚もはた぀おいない窓や戞をなんずかすれば、決しお䜏めないこずはない。ありがたいこずに、氎道ず電気の䟿利がある。二癟坪の土地が぀いお、五䞇円ずいうのだから、圌の乏しい財政をも぀おしおも、なんずかやりくりが぀くず考えたのである。\n その頃、圌は、だいたいの目暙がきたり、いよいよ新しい生掻の蚭蚈にずりかゝ぀おいた。ある先茩の䞖話で、思いがけない有利な翻蚳の仕事にあり぀いたこずは、蚈画の実行を䞀歩早める結果ずな぀た。ずいうのは、あず䞀ず月で、十䞇そこそこの金がはいるこずにな぀おいたのである。圌の予算では、五䞇を䜏居ず土地の獲埗に、あず五䞇を事業の第䞀期の資金にあおる぀もりであ぀た。岐阜の逊蜂家の猪狩氏が、圌の熱意に動かされお、無償で良皮の皮蜂を数矀分けおくれ、その䞊、必芁な噚具材料を実費で䟛絊しおくれるこずにな぀おいた。\n こうしお、六月にはいるず、䜏居の手入れもあらたし目錻が぀き、簡単な家具食噚類を運びこんで、そこで小諞の療逊所から小萩を迎えた。" } ]
[ { "role": "system", "content": "䞋蚘の曞き盎しを続けお、完成床の高い文曞を䜜成しおください。" }, { "role": "user", "content": " 黒川圭介は根が単玔な男だったので、䞀床自分の劻がいかにも䞍為合せそうだず思い蟌んでからは、そうず圌に思い蟌たせた珟圚の儘の別居生掻が続いおいるかぎりは、その考えが容易に圌を立ち去りそうもなかった。\n 圌が山の療逊所を蚪れおから、䞀月の䜙になっお、瀟の甚事などでいろいろず忙しい思いをし、それから䜕もかも忘れ去るような秋らしい気持ちのいい日が続き出しおからも、たるで菜穂子を芋舞ったのは、぀い歀の間の事のように、䜕もかもが蚘憶にはっきりずしおいた。瀟での䞀日の仕事が終り、倕方の混雑の䞭を疲れ切っおおもわず垰宅を急いでいる時など、ふず其凊には劻がいない事を考えるず、応ちあの雚にずざされた山の療逊所であった事から、垰りの汜車の䞭で襲われた嵐の事から、䜕から䜕たでが残らず蚘憶によみ返っお来るのだった。菜穂子はい぀も、䜕凊かから圌をじっず芋守っおいた。急にその県ざしが぀いそこにちら぀き出すような気のする事もあった。圌はずきどきはっず思っお、電車の䞭に菜穂子に䌌た県぀きをした女がいたのかどうかず捜し出したりした。......\n 圌は劻には手玙を曞いた事が䞀遍もなかった。そんな事で自分の心が充たされようなどずは、圌のような男は思いもしなかったろう。又、たずいそう思ったにしろ、すぐそれが実行できるような性質の男ではなかった。圌は母が菜穂子ずずきおり文通しおいるらしいのを知っおはいたが、それにも䜕んにも口出しをしなかった。そしお菜穂子のい぀も鉛筆でぞんざいに曞いた手玙らしいのが来おいおも、それを披いお劻の文句を芋ようずもしなかった。唯、どうかするずちょいず気になるように、その䞊ぞい぀たでも目を泚いでいる事があった。そんな時には、圌は自分の劻が寝台の䞊に仰向いた儘、鉛筆でその痩せた頬を撫でながら、心にもない文句を考え考えその手玙を曞いおいる、いかにも懶そうな様子をがんやりず思い浮べおいるのだった。\n 圭介はそう云う自分の煩悶を誰にも打ち明けずにいたが、或日、圌は或先茩の送別䌚のあった䌚堎を䞀人の気のおけない同僚ず䞀しょに出ながら、䞍意ず歀の男なら䜕かず頌もしそうな気がしお劻のこずを打ち明けた。\n「それは気の毒だな。」䞀杯機嫌の盞手はいかにも圌に同情するように耳を傟けおいたが、それから急に䜕を思ったのか、吐き出すように云った。「だが、そう云う女房は反っお安心でいいだろう」\n 圭介には最初盞手の云った蚀葉の意味が分からなかった。が、圌はその同僚の现君が身持ちの悪いずいう以前からの噂を突然思い出した。圭介はもうその同僚に劻のこずをそれ以䞊云い出さなかった。\n そのずきそう云われた事が、圭介にはその倜じゅう䜕か胞に閊えおいるような気もちだった。圌はその倜は殆どたんじりずもしないで劻のこずを考え通しおいた。圌には、菜穂子のいたいる山の療逊所がなんだか䞖の果おのようなずころのように思えおいた。自然の慰藉ず云うものを党然理解すべくもなかった圌には、その療逊所を四方から取囲んでいるすべおの山も森も高原も単に菜穂子の孀独を深め、それを䞖間から遮蔜しおいる障瀙のような気がしたばかりだった。そんな自然の牢にも近いものの䞭に、菜穂子は䜕か詮め切ったように、ただ䞀人で空を芋぀めた儘、死の埐かに近づいお来るのを埅っおいる。――\n「䜕が安心でいい。」圭介は䞀人で寝た儘、暗がりの䞭で急に誰に察しおずも぀かない怒りのようなものを湧き䞊がらせおいた。\n 圭介は䜙っ皋母に云っお菜穂子を東京ぞ連れ戻そうかず䜕遍決心しかけたか分からなかった。が、菜穂子がいなくなっおから䜕かほっずしお機嫌奜さそうにしおいる母が、菜穂子の病状を楯にしお、䟋の剛情さで䜕かず反察をずなえるだろう事を思うず、もううんざりしお䜕んにも云い出す気がなくなるのだった。――それに菜穂子を連れ戻しお来たっお、母ず劻ずのこれたでの折合考えるず、圌女の為合せのために自分が䜕をしおやれるか、圭介自身にも疑問だった。\n そしお結局は、すべおの事が今たでの儘にされおいたのだった。\n\n 或野分立った日、圭介は荻窪の知人の葬匏に出向いた垰り途、駅で電車を埅ちながら、倕日のあたったプラットフォヌムを䞀人で行ったり来たりしおいた。そのずき突然、䞭倮線の長い列車が䞀陣の颚ず共にプラットフォヌムに散らばっおいた無数の萜葉を舞い立たせながら、圭介の前を疟走しお行った。圭介はそれが束本行の列車であるこずに挞っず気が぀いた。圌はその長い列車が通り過ぎおしたった跡も、い぀たでも舞い立っおいる萜葉の䞭に、䜕か痛いような県぀きをしおその列車の去った方向を芋送っおいた。それが数時間の埌には、信州ぞはいり、菜穂子のいる療逊所の近くを今ず同じような速力で通過するこずを思い描きながら。......\n 生れ぀き意䞭の人の幻圱をあおもなく远いながら町の䞭を䞀人でぶら぀いたりする事の出来なかった圭介は、思いがけずそのずき劻の存圚が䞀瞬たざたざず党身で感ぜられたものだから、それからは屡々䌚瀟の垰りの早いずきなどには東京駅からわざわざ荻窪の駅たで省線電車で行き、信州に向う倕方の列車の通過するたでじっずプラットフォヌムに埅っおいた。い぀もその倕方の列車は、圌の足もずから無数の萜葉を舞い立たせながら、䞀瞬にしお通過し去った。その間、圌が食い入るような県぀きで䞀台䞀台芋送っおいたそれらの客車ず共に、圌の内から䞀日じゅう䜕か圌を息づたらせおいたものが俄かに匕き離され、䜕凊ぞずもなく運び去られるのを、圌は切ないほどはっきりず感ずるのだった。\n\n十五\n\n 山では秋らしく柄んだ日が続いおいた。療逊所のたわりには、どっちぞ行っおも日あたりの奜い斜面がある。菜穂子は毎日日課の䞀぀ずしお、い぀も䞀人で気持ちよく其凊歀凊を歩きながら、野茚の真赀な実なぞに目を愉したせおいた。枩かな午埌には、牧堎の方たでその散歩を延ばしお、柵を朜り抜け、芝草の䞊をゆっくりず螏みながら、真ん䞭に䞀本ぜ぀んず立った䟋の半分だけ朜ちた叀い朚にただ黄ばんだ葉がいくらか残っお日にちらちらしおいるのが芋えるずころたで歩いお行った。日の短くなる頃で、地䞊に印せられたその高い朚の圱も、圌女自身の圱も、芋る芋るうちに異様に長くなった。それに気が぀くず、圌女は挞っずその牧堎から療逊所の方ぞ垰っお来た。圌女は自分の病気の事も、孀独の事も忘れおいるこずが倚かった。それほど、すべおの事を忘れさせるような、人が䞀生のうちでそう䜕床も経隓出来ないような、矎しい、気散じな日々だった。\n しかし倜は寒く、淋しかった。䞋の村々から吹き䞊げおきた颚が、この地の果おのような堎所たで来るず、もう䜕凊ぞいったらいいか分からなくなっおしたったずでも云うように、療逊所のたわりをい぀たでもうろ぀いおいた。誰かが締めるのを忘れた硝子窓が、䞀晩䞭、ばたばた鳎っおいるような事もあった。......\n 或日、菜穂子は䞀人の看護婊から、その春独断で療逊所を出おいったあの若い蟲林技垫がずうずう自分の病気を䞍治のものにさせお再び療逊所に垰っお来たずいう事を聞いた。圌女はその青幎が療逊所を立っお行くずきの、元気のいい、しかし青ざめ切った顔を思い浮べた。そしおそのずきの䜕か決意したずころのあるようなその青幎の生き生きした県ざしが圌を芋送っおいた他の患者達の姿のどれにも立ち勝っお、匷く圌女の心を動かした事たで思い出すず、圌女は䜕か他人事でないような気がした。\n 冬はすぐ其凊たで来おいるのだけれど、ただそれを気づかせないような枩かな小春日和が䜕日か続いおいた。\n\n十六\n\n おようは、二月の䜙も病院で初枝を培底的に蚺お貰っおいたが、その効はなく、結局医者にも芋攟された恰奜で、再び郷里に垰っお行った。O村からは、牡䞹屋の若い䞻婊さんがわざわざ迎えに来た。\n 二週間ばかり建築事務所を䌑んでいた明は、それを知るず、喉に湿垃をしながら、䞊野駅たで芋送りに行った。初枝は、およう達に附添われお、車倫に背負われた儘、プラットフォヌムにはいっお来た。明の姿を芋かけるず、きょうは殊曎に血の気を頬に透かせおいた。" }, { "role": "assistant", "content": "「埡機嫌よう。どうぞ貎方様もお倧事に――」おようは、明の病人らしい様子を反っお気づかわしそうに眺めながら、別れを告げた。\n「僕は倧䞈倫です。事によったら冬䌑みに遊びに行きたすから埅っおいお䞋さい」明はおようや初枝に寂しいほほ笑みを浮べお芋せながら、そんな事を玄束した。「では埡機嫌よう」\n 汜車はみるみる出お行った。汜車の去った跡、プラットフォヌムには急に冬らしくなった日差しがたよりなげに挂った。其凊にぜ぀ねんず䞀人残された明には、䜕か爜やかな気分になり切れないものがあった。さお、これからどうしようかず云ったように、圌は䜕をするのも気だるそうに歩きだした。そしお心の䞭でこんな事を考えおいた。――結局は医者に芋攟されお郷里ぞ垰っお行ったおようにも病人の初枝にも、さすがに䜕か淋しそうなずころはあったけれども、それにしおも䞖の䞭に絶望したような玠振りは䜕凊にも芋られなかったではないか。寧ろ、二人ずもO村ぞ早く垰れるようになったので、䜕かほっずしお、いそいそずしおいるような安心な様子さえしおいたではないか。歀の人達には、それほど自分の村だずか家だずかが奜いのだろうか?\n「だが、そんなものの䜕んにもない歀のおれは䞀䜓どうすれば奜いのか? 歀の頃のおれの心の空しさは䜕凊から来おいるのだ? ......」そう云う圌の心の空しさなど䜕事も知らないでいるようなおよう達に逢っおいるず、自分だけが誰にも附いお来られない自分勝手な道を䞀人きりで歩き出しおいるような䞍安を確めずにはいられなくなる䞀方、その間だけは䜕かず心の䌑たるのを芚えたのも事実だった。そのおよう達も遂に圌から去った今、圌の呚囲で圌の心を玛わせおくれるものずおはもう誰䞀人いなくなった。そのずき圌は急に思い出したように烈しい咳をしはじめ、それを抑えるために暫く背をこごめながら立ち止っおいた。圌が挞っずそれから背をもたげたずきは、構内にはもう人圱が疎らだった。「――いた事務所でおれにあおがわれおいる仕事なんぞは歀のおれでなくったっお出来る。そんな誰にだっお出来そうな仕事を陀いたら、おれの生掻に䞀䜓䜕が残る? おれは自分が心からしたいず思った事をこれたでに䜕ひず぀したか? おれは䜕床今たでにだっお、いたの勀めを止め、䜕か独立の仕事をしたいず思っおそれを云い出しかけおは、所長のいかにも自分を信頌しおいるような人の奜さそうな笑顔を芋るず、それも぀い云いそびれお有耶無耶にしおしたったか分からない。そんな遠慮ばかりしおいお䞀䜓おれはどうなる? おれはこんどの病気を口実に、しばらく又䌑暇を貰っお、どこか旅にでも出お䞀人きりになっお、自分が本気で求めおいるものは䜕か、おれはいた䜕にこんなに絶望しおいるのか、それを突き止めお来るこずは出来ないものか? おれがこれたでに倱ったず思っおいるものだっお、おれは果しおそれを本気で求めおいたず云えるか? 菜穂子にしろ、早苗にしろ、それからいた去っお行ったおよう達にしろ、......」\n そう明は沈鬱な顔぀きで考え続けながら、冬らしい日差しのちらちらしおいる構内を少し背をこごめ気味にしお歩いお行った。\n\n十䞃\n\n 八ヶ岳にはもう雪が芋られるようになった。それでも菜穂子は、晎れた日などには、秋からの日課の散歩を廃さなかった。しかし倪陜が赫いお地䞊をいくら枩めおも、前日の凍えからすっかりそれをよみ返らせられないような、高原の冬の日々だった。癜い毛の倖套に身を包んだ圌女は、自分の足の䞋で、凍えた草のひび割れる音をきくような事もあった。それでもずきおりは、もう牛や銬の圱の芋えない牧堎の䞭ぞはいっお、あの半ば立ち枯れた叀い朚の芋えるずころたで、冷い颚に髪をなぶられながら行った。その䞀方の梢にはただ枯葉が数枚残り、透明な冬空の唯䞀の汚点ずなった儘、自らの衰匱のためにもう顫えが止たらなくなったように絶えず顫えおいるのを暫く芋䞊げおいた。それから圌女はおもわず深い溜息を぀き療逊所ぞ戻っお来た。\n 十二月になっおからは、曇った、底冷えのする日ばかり続いた。この冬になっおから、山々が䜕日も続いお雪雲に蔜われおいるこずはあっおも、山麓にはただ䞀床も雪は蚪れずにいた。それが気圧を重くるしくし、療逊所の患者達の気をめいらせおいた。菜穂子ももう散歩に出る元気はなかった。終日、開け攟した寒い病宀の真ん䞭の寝台にもぐり蟌んだ儘、毛垃から目だけ出しお、顔じゅうに痛いような倖気を感じながら、暖炉が愉しそうに音を立おおいる䜕凊かの小さな気持ちのいい料理店の匂だずか、其凊を出おから町裏の皋よく萜葉の散らばった䞊朚道をそぞろ歩きする䞀時の快さなどを心に浮べお、そんななんでもないけれども、いかにも匵り合いのある生掻がただ自分にも残されおいるように考えられたり、又時ずするず、自分の前途にはもう䜕んにも無いような気がしたりした。䜕䞀぀期埅するこずもないように思われるのだった。\n「䞀䜓、わたしはもう䞀生を終えおしたったのかしら?」ず圌女はぎょっずしお考えた。「誰かわたしにこれから䜕をしたらいいか、それずもこの儘䜕もかも詮めおしたうほかはないのか、教えお呉れる者はいないのかしら? ......」\n\n 或日、菜穂子はそんなずりずめのない考えから看護婊に呌び醒たされた。\n「埡面䌚の方がいらしっおいたすけれど......」看護婊は圌女に笑を含んだ目で同意を求め、それから扉の倖ぞ「どうぞ」ず声をかけた。\n 扉の倖から、急に聞き銎れない、烈しい咳きの声が聞え出した。菜穂子は誰だろうず䞍安そうに埅っおいた。やがお圌女は戞口に立った、背の高い、痩せ现った青幎の姿を認めた。\n「たあ、明さん。」菜穂子は䜕か咎めるようなきびしい目぀きで、思いがけない郜築明のはいっお来るのを迎えた。\n 明は戞口に立った儘、そんな圌女の目぀きに狌狜えたような様子で、鯱匵ったお蟞儀をした。それから盞手の芖線を避けるように病宀の䞭を倧きな県をしお芋廻わしながら、倖套を脱ごうずしお再び烈しく咳き入っおいた。\n 寝台に寝た儘、菜穂子は芋かねたように云った。「寒いから、着たたたでいらっしゃい。」\n 明はそう云われるず、玠盎に半分脱ぎかけた倖套を再び着盎しお、寝台の䞊の菜穂子の方ぞ笑いかけもせず芋぀めた儘、次いで圌女から云われる䜕かの指図を埅぀かのように突立っおいた。\n 圌女は改めおそう云う盞手の昔ずそっくりな、おずなしい、悪気のない様子を芋おいるず、なぜか痙攣が自分の喉元を締め぀けるような気がした。しかし又、歀の数幎の間、――殊に圌女が結婚しおからは殆ど音沙汰のなかった明が、䜕のためにこんな冬の日に突然山の療逊所たで蚪ねお来るような気になったのか、それが分からないうちは圌女はそう云う盞手の悪気のなさそうな様子にも䜕か絶えずいらいらし続けおいなければならなかった。\n「そこいらにお掛けになるずいいわ」菜穂子は寝たたた、いかにも冷やかな目぀きで怅子を瀺しながら、そう云うのが挞っずだった。\n「ええ」ず明はちらりず圌女の暪顔ぞ目を投げ、それから又急いで目を倖らせるようにしながら、端近い革匵の怅子に腰を䞋ろした。「歀凊ぞ来おいらっしゃるずいう事を旅の出がけに聞いたので、汜車の䞭で急に思い立っおお立寄りしたのです」ず圌は自分の掌で痩せた頬を撫でながら云った。\n「䜕凊ぞいらっしゃるの?」圌女は盞倉らずいらいらした様子で蚊いた。\n「別に䜕凊っお......」ず明は自問自答するように口籠っおいた。それから突然目を思い切り倧きく芋ひらいお、自分の云いたい事を云おうず思う前には、盞手も䜕もないかのような語気で云った。「急に䜕凊ずいうあおもない冬の旅がしたくなったのです。」\n 菜穂子はそれを聞くず、急に䞀皮のにが笑いに近いものを浮べた。それは少女の頃からの圌女の癖で、い぀も盞手の明なんぞのうちに少幎特有な倢みるような態床や蚀葉が珟われるず、圌女はそう云う盞手を奜んでそれで揶揄したものだった。" } ]
[ { "role": "system", "content": "䞋蚘の曞き盎しを進めお、優れた文曞を䜜成しおください。" }, { "role": "user", "content": " ず、こずを分けお頌み入るのである。しかし、こんな申出がその儘きき入れられよう道理がない。譊芖庁ずしおは、やくざの手をかりお捕ものをするずいう蚳には行かないが、しかし、たるたるあなたの顔を朰す蚳にもいくたいから、䜕かの堎合の甚心に遠巻きにしおくれるこずは差支えない。\n なんだか意味深長ないい方だが、前田の芪分は玍埗しおそれで早々に総監宀を立出る。これでいよいよ戊闘が開始されるこずになった。\n 芋䞊げれば、はや月は西に傟き、満地には䞀月の霜、人圱䞀぀ない坊々たる銬堎先門の倧道を蜟々たる爆音を蜟かせながら、消灯したトラックの倧列がさながら倩からでも繰り出しおくるように蜿々ず有楜町の方に近づいお来る。いうたでもない。これこそは関東を二分しおその芇を争う前田組の尖兵隊。\n いずれもコヌル倩の半ズボンに長靎䞋。喧嘩の定法で印絆纒は䞀切身に぀けない。癜朚綿を畳んでキリリず鉢巻をし、小隊別の番号の぀いた腕章を腕に巻いおいる。倧抵は折襟のシャツに腹掛をしおいるが、䞭にはこの寒空に玠っ裞で守袋䞀぀ひっ背負ったのもいる。竹槍を持ったり長ドスを䞋げたりしおいる蚳ではないから、知らないものが芋たら土工のピクニックかず思ったろう。しかし、この経緯を知っおいるものが芋たら、剜悍さに思わず震え䞊ったに違いない。事実この六癟人のやくざは、身に寞鉄を垯びおいぬのであった。\n 譊芖庁からの芪分の電話でこの喧嘩の趣旚を知り、敵方が機関銃なんおいうチャンチャラ可笑しいものを持っおいるず聞くず、みないい合わしたように䞀斉に歊噚を捚おおしたった。䞌の匕銖たでほうり出し、五尺の身䜓䞀本でトラックに乗蟌んだ。二台の機関銃ずトム゜ン・ガンに生身の身䜓を匵り、やくざの意気を瀺そうずいうのである。\n さお、この蜿蜒たるトラックの列が暁倩の霜に、蜍をぬらしながら、ちょうど日比谷の亀叉点たで来た時、銀座四䞁目の方から旋颚のように飛んで来た䞀台の自動車。危うくトラック隊の先頭を切るず、それに寄り添うようにしお線路の真ん䞭にピタリず止たる。その䞭から転び出るように䞋り立った䞀人の人物。今しも有楜町の方ぞ急カヌブを切ろうずする先頭のトラックの真前に突っ立぀ず倧手を拡げお、\n「埅お、埅お、俺は野毛山の盞暡寅造だ。生呜にかけおたのみおえこずがある。ちょっず、車をずめおくれ」\n ず、倧声あげお叫び立おる。\n 先頭のトラックの䞭倮に凝然ず腕組をしお突ッ立っおいるのは、先ほど総監宀に珟われた前田組の倧芪分。それをかばうようにそのそばに抌䞊んでいるのは、第六回幞田節䞉の功宅の堎に立珟われた、前田の逊子の駒圢䌝次であった。\n 二人は玠早い県配せを亀しながら、意を通じ合っおいたが、䜕思ったか、前田の倧芪分は励声䞀番、\n「やい、ずめろ。野毛山の芪分がいらした」\n ギヌッずブレヌキがかかっお、トラックが止る。\n 前田栄五郎はトラックを䞋りるず、静かに野毛山の方に近づいお行く、その埌に油断なく぀き埓うのは件の䌝次。\n 野毛山の芪分ずいうのは幎霢のころ六十䞀二、赭ら顔の薄菊石のある倧男で、右の県の䞋に䞉日月の倧きな傷痕がある。身の䞈は五尺六䞃寞もあろうか、草盞撲の倧関ずいったような頑䞈な䜓をかがめお、䞁寧に䌚釈するず、\n「これは道灌山の。その埌かけ違っお碌すッぜ挚拶も申さず埡無沙汰ばかり臎しおおりながら、こんなずころ玠っ頓狂にずび出しお声をかけるんだから、聞こえぬふりをしお瀫き倒しお行かれたっお文句のねえずころなのに、よくたァ停めお䞋すった。厚く埡瀌を申しやす」\n 前田の芪分は、これも膝たで手を䞋げ、\n「埡䞁重な埡挚拶で痛み入りたす。どういう意気匵りがあろうず、倧手を拡げお停めなさるあなたを蜢き倒しお行くような、そんながさ぀な真䌌はしねえんです。埡蚀葉の趣旚はよく刀るが、そんなふうにおっしゃられるず、こちらがたるっきり仁矩を知らねえようで圓惑いたしやす。それはずもかく、䞀䜓どういう埡甚でありたしたか」\n 薄月の光を぀ら぀らに照りかえす電車の軌道を差し挟んで向い合う二人の倧芪分。いずれも寛濶なる貫祿を身に぀け、抜き差しならぬ䞀問䞀答をしおいるさたは、譬えおいうなら、二人の明智倧将が戊堎においお銬銖を亀うるが劂き、䞀皮凛然たる趣きがあるのであった。野毛山の芪分は、慇懃に挚拶を返し、\n「無䜜法のお詫びはたた改めお臎すずしお、早速ながら、お尋ねに埓っおお願いの筋を披瀝いたしやす」\n ずいっお、鋭い県差を盞手の面に泚ぎながら、急に吃々たる口調になり、\n「埡存じの通り、今あすこにおりたす安本亀二郎ずいう野郎は、以前瞁あっおわたくしず芪分也分の盃を亀したもの。その埌腑におちねえこずがあっお盃を返させたしたが、たずえ瞁は切っおも、やはりわたくしの血脈に぀ながる䞀人、それが倧べらがうなものたで担ぎ出しお、こういう銬鹿な隒ぎをいたしたす。いた、あなたが盞圓な埡趣意があっおあい぀を取り鎮めなさろうずいうには、もちろんわたくしになんの異論のあろう筈はないが、それによっお埡身内衆に人死、怪我人でも出来たずなっおは、わたくしは、向埌䞖間さたに顔向けがならねえのでございたす。お願いず申したすのはほかのこずでもございたせん。もう倚分お察しのこずでございたしょうが、日ごろの埡懇意に免じお、今倜のこずはこのわたくしにお委せ願いたいんでございたす。ずいっただけでは、ずおも埡承匕䞋さりたすたいから、打明けたずころを申しやす。諄いようだが䞀床瞁を切ったずはいいながら、やはり昔の也分は可愛いんでございたす。事情わけお叱り぀け、それでもきき入れないずなりゃ、せめおわたくしの手にかけお殺らせおやりたいず思うんでございたす。ざっくばらんに申したすが、あなたずわたくしずは以前から仲違いの間柄。その、あなたの身内の手にかかっお惚めな殺されようをさせたくねえのでございたす。この通り、䞃重の膝八重に折っお、お情におすがり申しやす。なにずぞ、おきき入れになっお。......䞀生恩に着やす」\n ぀ぶらなる県頭にきらめくは露か涙か。惻々たるその音声にも男の真情が偲ばれおなかなか憐れ深いのであった。\n 前田の倧芪分は深く腕を組み、月に顔をふり向け、黙然ずこの長台蟞をききすたしおいたが、やがお、静かに腕をふりほどき、\n「野毛山の、也分は可愛いもんでございたす。いかにもお委せ申したしょう。䞀生恩にきせたす」\n クルリずトラック隊の方にふりむくず高く片手をさし䞊げお、\n「匕䞊げ」\n ず呜什した。前田の倧芪分ず駒圢䌝次はトラックの䞊に乗り移り、車䞊から軜く䌚釈をする。トラックの倧列はそこで癟八十床の廻転をするず、今きた垞盀橋の方ぞ、䞀糞みだれず蕭々ず匕䞊げお行くのであった。\n\n 霜を垯びた胡麻竹が匕銖のように光る。その陰を六䞃人ず぀䞀団になった黒い圱が䞉陣四陣になっお、地を舐めるようにしお四方から廃屋の方ぞ詰め寄っお行く。その円陣の間を、䌝什がチラチラず駈けちがう。しかし、それも䞀瞬の事で、蠢いたり、匍い廻っおいたりしたものの圱は、たもなく雑草に埋もれおひっそり動かなくなっおしたった。なんずもいえない切迫した空気がこの空地を占領する。" }, { "role": "assistant", "content": " この時、空地の入口の方から、寛々たる足どりで廃屋の玄関の方に近づいお行く䞀぀の黒圱があった。玄関から二十歩ほどのずころに突っ立っお廃屋の二階の窓を芋䞊げおいたが、その窓に向っお沈着極たる声で、\n「おい、安亀。面を出せ、俺だ」\n ず叫んだ。\n 暫くするず、正面の二階の窓が抌開けられ、四角な黒い闇の䞭にほんのりず癜い顔が浮かび䞊った。\n「倧芪分でございたすか、お倉りもございたせんで」\n「安亀、暫くだったな。お前も䞈倫で䜕よりだ。すこしお前に話したいこずがあるから内郚ぞ入れろ」\n「どうぞお通りなすっお。......只今ご案内いたしたす」\n 窓の顔が匕蟌むず、ほどなく玄関の戞が内偎から现目に匕開けられ、寅造はその内郚ぞ入る。\n どこから集めお来たのか、窓ずいう窓には叀畳や土嚢で厳重な防塞が斜され、玄関を挟んだ巊右の窓の窓枠の䞊に据え぀けた二台のホッチキッス機関銃が、蒌黝い銃身を物凄く光らせおいる。\n もずは広間ででもあったのだろう、䞃十畳ほどの広い郚屋の床の䞊に䞉぀ばかりカンテラを眮き、それを囲んで九人の人間がしゃがんだり、胡坐をかいたりしおいる。服装はおんでんばらばらで、背広を着たのもあれば、腹掛をしたものもある。人盞もたた雑倚だが、床から脚光のように照らし䞊げられた赧黒い顔々には、いずれもなんずも圢容しかねるような悜愎な色が流れおいる。\n 芪分の先に立っお安亀がこの広間に入っおくるず、この九人の人間は䞀斉に銖をうなだれおしたった。䞀人ずしお倧芪分の顔を仰ぎ芋るものもない。\n 盞暡寅造は立ったたたでゞロゞロず䞀同を芋䞋しおいたが、唐突に安亀の方に向き盎るず、たるで连り出るような声で、\n「俺は、おめえに盃をかえさせ、今では赀の他人なんだから、芪分面をしおここぞやっお来たんじゃねえ。たた芪分面をしお物をいう぀もりもねえ。しかし、安亀、間違ったこずをやっおいるや぀に、おめえのやり方は間違いだずいうこずには、たずえ赀の他人の間柄だっお䞀向差支えはねえ筈だ。いわんや、瞁あっお䞀床぀ながった仲であっおみれば、こんなお節介をしたっお無䞋に腹も立おるたい。......どういう意地匵りでこんな隒ぎをするのかしらねえが、俺にいわせりゃ、どう考えおもこりゃア道が違う。おめえも知っおる通り、これたでの床々の喧嘩は、繩匵り争いか男を磚くため、只の䞀床もお䞊を向うに廻した事なんぞありゃしねえ。......それを、䜕だ。堎所柄もあろうに東京のど真ン䞭にたぐたり蟌み、機関銃なんぞか぀ぎ出すなんおいうのは、ちっず行きすぎおいやあしねえか。......それに、聞けば、安南ずやらの王様をここぞ監犁しおあるそうだが、そりゃ䞀䜓どういう了芋でやったこずなんだ。おめえがこんなこずをしたばっかりに、お䞊じゃひっくりかえるような隒ぎをしおいなさる。男の意地も事によりけりだ。これほど䞖間さたを隒がしおそれで立぀男の面なんかありゃしねえのだ。......おい、安亀。おめえも日本人の端っくれだから、お囜のおかげずいうこずを知っおいるだろう。おめえがこんな銬鹿をしたら、日本垝囜の䞍為になるずいう事が刀らねえのか。この、倧銬鹿野郎」\n 安亀は片膝を床の埃に沈めお、しょんがりず銖を垂れおいたが、やがお窶れ切った蒌癜い顔を振り䞊げ、\n「芪分、お蚀葉たでもございたせん。われながら倧それた、倖囜の王様をひっ぀かたえおこういう無態なるこずをすれば、日本の囜にどんなご迷惑をかけるか、それを知らねえわたしじゃアありたせん。それを知りながら、こういうこずをやらかそうずいうには、いうにいわれぬ深い蚳合があるこずなんでございたす。どうか䞀通りおききなすっお䞋さいたし」\n 急に床の埃の䞭に䞡手を぀き、思い迫ったように、烈しく身悶えをしながら啜りあげお泣いおいたが、やがお手の甲で無噚甚に涙を払うず、床に䞡手を぀いたたた、瞋り぀くような県付で、寅造の顔を芋䞊げながら、\n「芪分、埡存じの通り、わたくしには、長倪郎ずいう今幎六぀になる䞀粒皮の䌜がございたす。そい぀がこの倏、ふずしたこずから消化䞍良ずかいう病気になり、たるっきり湯も氎も受け぀けねえ。なにしろ、土甚の最䞭に米粒䞀぀通さねえのだから、日増しに痩せ衰えおもう骚ず皮ばかり、医者もずうに匙を投げお、これはどうでも助からねえずいう。これがチブス、コレラずいう病気なら諊めようもありたしょうが、ものが喰えねえで死ぬなんおえ銬鹿な話はねえ。おめえの呜よりも愛しく思うたった䞀人の䌜が、こんな぀たらねえ病気で死んで行く。それを手も足も出ねえでじッず芋おいるわたくしの蟛さはたあどんなでござんしたでしょう。あなたも子䟛の父芪でおあんなさるから、その時の切なさ遣瀬なさを倚分お察し䞋さるでしょう。生れおからただ䞀床も合わせたこずのねえ手を合わせ、この子の代りにわたしの呜をずっおくれず、神も仏も䞀緒くたに、気狂いのように祈っおも、だんだん果敢なくなるばかり。......ちょうどその頃、お茶束の賭堎ぞ岩井さんずいう華族くずれが出入りするようになりたした。きくずころでは、ながらく倖囜にいたこずもあるずいうこずでございたすから、䜕かいい智慧はありはしないか、医者でもねえその人に無理な盞談を持ちかけおみたすず、ああ、ありがおえ。その人の友達に呉ずいうえらい先生がいらしお、癟に䞀぀も助からねえず、医者が芋攟した栄逊䞍良の逓鬌を助けおくれた䟋しがあるずいう。絹糞より现い血の管から栄逊分を送り蟌んで、身䜓に元気を぀けるんだずいう。こういう神業のようなこずをするのは、日本ではこの先生ただ䞀人。だが、その方は町医者じゃねえ、千䞇䞡積んだっお、おいそれず匕受けおはくれねえのだが、おれがこれから匕添っお行っお、無理にもたのみ蟌み、必ず手術をしおもらっおやる。さあ、そういううちにも時が移る。もう、匕く息ばかりになっお癜県を出しおいるのを、自分の子䟛でもあるたいに、いきなり暪抱きにひっ抱え、あわおふためくあたしを叱り぀け叱り぀け、宙を飛ぶようにしお呉先生の凊ぞ担ぎ蟌みたした」\n 涙で咜喉を぀たらせながら、声もおがろになっお、\n「長倪郎はそれで助かったんです。その有難さ、忝さ。芪分もうあたしにはいえたせん。お察し䞋さいたし。......その岩井さんが、昚日の朝の八時ごろ、突然あたしのずころぞずび蟌んで来なすっお、事情があっお蚳はいえないが、安南ずやらの王様を、明日の朝の五時たでどうでもお前の手で監犁おおいおもらわなければならねえような矜目になった。なんにもいわずに匕受けおもらえたいかず申したす。いやも応もあるもんじゃねえ。あたしの息のあるうちは、たずえ日本囜䞭を盞手にしおも、玄束の時間たでは王様を人手に枡さねえず男の誓いをいたしたした。こんな無噚甚なものを担ぎ出しおお䞊にご迷惑かけるのも、みな岩井さんの恩矩に報いるためなんでございたす」\n 寅造は深く差しう぀むきながら、安亀の話を黙然ずきいおいたが、この時フむず顔を䞊げ、\n「するおえず、今朝がた日比谷公園で隒いだのは、やっぱりおめえの仕業だったのか」\n「ぞえ、巊様でございたす」\n「今倜、日比谷譊察の留眮堎から王様を぀れ出したのも、やはりおめえの仕業なのか」\n「ぞえ、巊様でございたす」\n「するず、王様はお怪我なく今この䞭においでになるんだな」\n「ぞえ、地䞋宀にお入れ申しおあるんでございたす」\n 寅造は腕を組み、悵然たる面持で県を閉じおいたが、たた䞍意に県を開き、\n「よく刀った。そういう蚳柄があったのなら、俺も無䞋に王様をかえせずはいわねえ。だが、安亀。ものの道理だけはいっおきかせおやる。いたお䞊の心配ずいうのは倖でもねえ、この隒ぎがもずになっお、フランスずいう囜ず気たずいこずにでもなれば、実に取りかえしが぀かねえこずになる。堎合によっおはそのために日本の囜が抜き差しのならねえ矜目に萜ちねえずも限らねえ。フランスの倧䜿が東京ぞ぀くたでに、なんずかしお王様をホテルにお垰し申し、うたく埌先の経緯さえ䌏せれば、政府の面もよごさずに枈む。それでこんなに倧隒ぎをしおいなさるんだ。そのもずはずいえば、たった䞀人のお前の仕業。......なア、安亀。出来にくいずころであろうが、ひず぀意地を捚おおはくれめえか」\n「芪分、ご勘匁なすっおおくんなさい。たずえ芪分のお蚀葉でも、そればかりはおきき申すわけには参りたせん。あたしがこの隒ぎをおこせば、必ず芪分が理解を぀けにお出でになるものず、かねお芚悟をいたしおおりたした。そんなこずであたしが意地を捚おるくらいなら、初めっから隒ぎなんぞ起しはいたしたせん。わたしを始め、ここにいる九人の野郎どもも、どうせ呜はないものず芚悟しおかかったこずなんでございたす。䞀床぀がえた男の玄束、匟䞞の぀づく限りお手向いをいたしたす。しかしながら、どうせ倚勢に無勢、氞いこずではありたすたい。芪分、最埌のおたのみでございたす。王様をお匕取りなさるんなら、どうかこの安亀が死んだのを芋届けおからになすっお䞋さいたし。ご無理を申したす」" } ]
[ { "role": "system", "content": "䞋蚘の曞き盎しを持続しお、现郚にこだわった文曞を䜜成しおください。" }, { "role": "user", "content": "「矎しい? そう。若い人ずいっしょのようでしたね」\n「あの方を埡存じでしょう」\n「いいえ、知らない」\n「あら。だっお兄がそう云いたしたわ」\n「そりゃ顔を知っおるず云う意味なんでしょう。話をした事は䞀遍もありたせん」\n「でも知っおいらっしゃるでしょう」\n「ハハハハ。どうしおも知っおなければならないんですか。実は逢った事は䜕遍もありたす」\n「だから、そう云ったんですわ」\n「だから䜕ず」\n「面癜かったっお」\n「なぜ」\n「なぜでも」\n 二重瞌に寄る波は、寄りおは厩れ、厩れおは寄り、黒い眞を、芋よがしに匄ぶ。繁き若葉を掩る日圱の、錯萜ず倧地に鋪くを、颚は枝頭を揺かしお、ちら぀く苔の定かならぬようである。甲野さんは糞子の顔を芋たたた、なぜの説明を求めなかった。糞子も進んでなぜの蚳を話さなかった。なぜは愛嬌のうちに溺れお、芁領を埗る前に、行方を隠しおしたった。\n 塗り立おお瓢箪圢の池浅く、焙烙に熬る玉子の黄味に、朝倕を楜しく暮す金魚の䞖は、尟を振り立おお藻に朜るずも、起぀波に身を攫るる憂はない。鳎戞を抜ける鯛の骚は朮に揉たれお幎々に硬くなる。荒海の䞋は地獄ぞ底抜けの、行くも垰るも埒事では通れない。ただ広海の荒魚も、䞉぀尟の䞞っ子も、同じ箱に入れられれば、氎族通に隣合の友ずなる。隔たりの関は芋えぬが、仕切る硝子は透き通りながら、突き抜けようずすれば錻頭を痛めるばかりである。海を知らぬ糞子に、海の話は出来ぬ。甲野さんはしばらく瓢箪圢に応察をしおいる。\n「あの女はそんなに矎人でしょうかね」\n「私は矎いず思いたすわ」\n「そうかな」ず甲野さんは怜偎の方を芋た。野面の埡圱に、也かぬ露が降りお、い぀たでも湿ずりず眺められる埄二尺の、瞁を択んで、鷺草ずも菫ずも片づかぬ花が、数を乏しく、行く春を偞んで、ひそかに咲いおいる。\n「矎しい花が咲いおいる」\n「どこに」\n 糞子の目には正面の赀束ず根方にあしらった熊笹が芋えるのみである。\n「どこに」ず暖い顎を延ばしお向を眺める。\n「あすこに。――そこからは芋えない」\n 糞子は少し腰を䞊げた。長い袖をふら぀かせながら、二䞉歩膝頭で怜に近く擊り寄っお来る。二人の距離が錻の先に逌るず共に埮かな花は芋えた。\n「あら」ず女は留る。\n「奇麗でしょう」\n「ええ」\n「知らなかったんですか」\n「いいえ、ちっずも」\n「あんたり小さいから気が぀かない。い぀咲いお、い぀消えるか分らない」\n「やっぱり桃や桜の方が奇麗でいいのね」\n\n 甲野さんは返事をせずに、ただ口のうちで\n「憐れな花だ」ず云った。糞子は黙っおいる。\n「昚倜の女のような花だ」ず甲野さんは重ねた。\n「どうしお」ず女は䞍審そうに聞く。男は長い県を翻えしおじっず女の顔を芋おいたが、やがお、\n「あなたは気楜でいい」ず真面目に云う。\n「そうでしょうか」ず真面目に答える。\n 賞められたのか、腐されたのか分らない。気楜か気楜でないか知らない。気楜がいいものか、わるいものか解しにくい。ただ甲野さんを信じおいる。信じおいる人が真面目に云うから、真面目にそうでしょうかず云うよりほかに道はない。\n 文は人の目を奪う。巧は人の目を掠める。質は人の目を明かにする。そうでしょうかを聞いた時、甲野さんは䜕ずなくありがたい心持がした。盎䞋に人の魂を芋るずき、哲孊者は理解の頭を䞋げお、無念ずも䜕ずも思わぬ。\n「いいですよ。それでいい。それで無くっちゃ駄目だ。い぀たでもそれでなくっちゃ駄目だ」\n 糞子は矎くしい歯を露わした。\n「どうせこうですわ。い぀たで立ったっお、こうですわ」\n「そうは行かない」\n「だっお、これが生れ぀きなんだから、い぀たで立ったっお、倉りようがないわ」\n「倉りたす。――阿爺ず兄さんの傍を離れるず倉りたす」\n「どうしおでしょうか」\n「離れるず、もっず利口に倉りたす」\n「私もっず利口になりたいず思っおるんですわ。利口に倉れば倉る方がいいんでしょう。どうかしお藀尟さんのようになりたいず思うんですけれども、こんな銬鹿だものだから......」\n 甲野さんは䞖に気の毒な顔をしお糞子のあどけない口元を芋おいる。\n「藀尟がそんなに矚しいんですか」\n「ええ、本圓に矚たしいわ」\n「糞子さん」ず男は突然優しい調子になった。\n「なに」ず糞子は打ち解けおいる。\n「藀尟のような女は今の䞖に有過ぎお困るんですよ。気を぀けないず危ない」\n 女は䟝然ずしお、肉䜙る瞌を二重に、愛嬌の露を倧きな眞の䞊に滎しおいるのみである。危ないずいう気色は圱さえ芋えぬ。\n「藀尟が䞀人出るず昚倕のような女を五人殺したす」\n 鮮かな眞に滎るものはぱっず散った。衚情はずっさに倉る。殺すず云う蚀葉はさほどに怖しい。――その他の意味は無論分らぬ。\n「あなたはそれで結構だ。動くず倉りたす。動いおはいけない」\n「動くず?」\n「ええ、恋をするず倉りたす」\n 女は咜喉から飛び出しそうなものを、ぐっず嚥み䞋した。顔は真赀になる。\n「嫁に行くず倉りたす」\n 女は俯向いた。\n「それで結構だ。嫁に行くのはもったいない」\n 可愛らしい二重瞌が぀づけ様に二䞉床たたたいた。結んだ口元をちょろちょろず雚竜の圱が枡る。鷺草ずも菫ずも片づかぬ花は䟝然ずしお春を乏しく咲いおいる。\n\n 十四\n\n 電車が赀い札を卞しお、ぶうず鳎っお来る。入れ代っお埌から町内の颚を鉄軌の䞊に远い捲くっお去る。按摩が隙を芋蚈っお恐る恐る向偎ぞ枡る。茶屋の小僧が臌を挜きながら笑う。旗振の着るヘル地の織目は、埃がいっぱい溜っお、黄色にがけおいる。叀本屋から掋服が出お来る。鳥打垜が寄垭の前に立っおいる。今晩の語り物が塗板に癜くかいおある。空は針線だらけである。䞀矜の鳶も芋えぬ。䞊の静なるだけに䞋はすこぶる雑駁な䞖界である。\n「おいおい」ず倧きな声で埌から呌ぶ。\n 二十四五の倫人がちょっず振り向いたたた行く。\n「おい」\n 今床は印絆倩が向いた。\n 呌ばれた本人は、知らぬ気に、来る人を避けお早足に行く。抜き競をしお飛んで来た二茛の人力に遮ぎられお、間はたすたす遠くなる。宗近君は胞を出しお銳け出した。寛く着た袷ず矜織が、足を䞋すたんびに躍を螊る。\n「おい」ず埌から手を懞ける。肩がぎたりず留たるず共に、小野さんの现面が斜めに芋えた。䞡手は塞がっおいる。\n「おい」ず手を懞けたたた肩をゆす振る。小野さんはゆす振られながら向き盎った。\n「誰かず思ったら......倱敬」\n 小野さんは垜子のたた鄭寧に䌚釈した。䞡手は塞がっおいる。\n「䜕を考えおるんだ。いくら呌んでも聎えない」\n「そうでしたか。ちっずも気が぀かなかった」\n「急いでるようで、しかも地面の䞊を歩いおいないようで、少し劙だよ」\n「䜕が」\n「君の歩行方がさ」" }, { "role": "assistant", "content": "「二十䞖玀だから、ハハハハ」\n「それが新匏の歩行方か。䜕だか片足が新で片足が旧のようだ」\n「実際こう云うものを提げおいるず歩行にくいから......」\n 小野さんは䞡手を前の方ぞ出しお、この通りず云わぬばかりに、自分から䞋の方ぞ県を着けお芋せる。宗近君も自然ず腰から䞋ぞ芖線を移す。\n「䜕だい、それは」\n「こっちが玙屑籠、こっちが掋灯の台」\n「そんなハむカラな圢姿をしお、倧きな玙屑籠なんぞを提げおるから劙なんだよ」\n「劙でも仕方がない、頌たれものだから」\n「頌たれお劙になるのは感心だ。君に玙屑籠を提げお埀来を歩くだけの矩䟠心があるずは思わなかった」\n 小野さんは黙っお笑ながら埡蟞儀をした。\n「時にどこぞ行くんだね」\n「これを持っお......」\n「それを持っお垰るのかね」\n「いいえ。頌たれたから買っお行っおやるんです。君は?」\n「僕はどっちぞでも行く」\n 小野さんは内心少々圓惑した。急いでいるようで、しかも地面の䞊を歩行おいないようだず、宗近君が云ったのは、たさに珟䞋の状態によく適合った小野評である。靎に螏む倧地は広くもある、堅くもある、しかし䜕ずなく螏み心地が確かでない。にもかかわらず急ぎたい。気楜な宗近君などに逢っおは立話をするのさえ難矩である。いっしょにあるこうず云われるずなおさら困る。\n 垞でさえ宗近君に捕たるず䜕ずなく䞍安である。宗近君ず藀尟の関係を知るような知らぬような間に、自分ず藀尟ずの関係は成り立っおしたった。衚向人の蚱嫁を盗んだほどの眪は犯さぬ぀もりであるが、宗近君の心は聞かんでも知れおいる。露骚な人の立居振舞の折々にも、気のあるずころはそれず掚枬が出来る。それを裏から壊しに掛ったずたでは行かぬにしおも、事実は宗近君の望を、われ故に、氞久に鎖した蚳になる。人情ずしおは気の毒である。\n 気の毒はこれだけで気の毒である䞊に、宗近君が気楜に構えお、毫も自分ず藀尟の仲を苊にしおいないのがなおさらの気の毒になる。逢えば隔意なく話をする。冗談を云う。笑う。男子の本領を説く。東掋の経綞を論ずる。もっずも恋の事は䜙り語らぬ。語らぬず云わんよりむしろ語れぬのかも知れぬ。宗近君は恐らく恋の真盞を解せぬ男だろう。藀尟の倫には䞍足である。それにもかかわらず気の毒は䟝然ずしお気の毒である。\n 気の毒ずは自我を没した蚀葉である。自我を没した蚀葉であるからありがたい。小野さんは心のうちで宗近君に気の毒だず思っおいる。しかしこの気の毒のうちに倧いなる己を含んでいる。悪戯をしお芪の前ぞ出るずきの心持を考えお芋るずわかる。気の毒だったず芪のために悔ゆる了芋よりは䜕ずなく物隒だず云う感じが重である。わが悪戯が、己れず掛け離れた別人の頭の䞊に萜した迷惑はずもかくも、この迷惑が反響しお自分の頭ががんず鳎るのが気味が悪い。雷の嫌なものが、雷を封じた雲の峰の前ぞ出るず、少しく逡巡するのず䞀般である。ただの気の毒ずはよほど趣が違う。けれども小野さんはこれを称しお気の毒ず云っおいる。小野さんは自分の感じを気の毒以䞋に分解するのを奜たぬからであろう。\n「散歩ですか」ず小野さんは鄭寧に聞いた。\n「うん。今、その角で電車を䞋りたばかりだ。だから、どっちぞ行っおもいい」\n この答は少々論理に叶わないず、小野さんは思った。しかし論理はどうでも構わない。\n「僕は少し急ぐから......」\n「僕も急いで差支ない。少し君の歩く方角ぞ急いでいっしょに行こう。――その玙屑籠を出せ。持っおやるから」\n「なにいいです。芋っずもない」\n「たあ、出しなさい。なるほど嵩匵る割に軜いもんだね。芋っずもないず云うのは小野さんの事だ」ず宗近君は屑籠を揺りながら歩き出す。\n「そう云う颚に提げるずさも軜そうだ」\n「物は提げ様䞀぀さ。ハハハハ。こりゃ勧工堎で買ったのかい。だいぶ粟巧なものだね。玙屑を入れるのはもったいない」\n「だから、たあ埀来を持っお歩けるんだ。本圓の玙屑が這入っおいちゃ......」\n「なに持っお歩けるよ。電車は人屑をいっぱい詰めお嚁匵っお埀来を歩いおるじゃないか」\n「ハハハハするず君は屑籠の運転手ず云う事になる」\n「君が屑籠の瀟長で、頌んだ男は株䞻か。滅倚な屑は入れられない」\n「歌反叀ずか、五車反叀ず云うようなものを入れちゃ、どうです」\n「そんなものは芁らない。玙幣の反叀をたくさん入れお貰いたい」\n「ただの反叀を入れお眮いお、催眠術を掛けお貰う方が早そうだ」\n「たず人間の方で先に反叀になる蚳だな。乞う隗より始めよか。人間の反叀なら催眠術を掛けなくおもたくさんいる。なぜこう隗より始めたがるのかな」\n「なかなか隗より始めたがらないですよ。人間の反故が自分で屑籠の䞭ぞ這入っおくれるず郜合がいいんだけれども」\n「自働屑籠を発明したら奜かろう。そうしたら人間の反故がみんな自分で飛び蟌むだろう」\n「䞀぀専売でも取るか」\n「アハハハハ奜かろう。知ったもののうちで飛び蟌たしたい人間でもあるかね」\n「あるかも知れたせん」ず小野さんは切り抜けた。\n「時に君は昚倕劙な䌎ずむルミネヌションを芋に行ったね」\n 芋物に行った事はさっき露芋しおしたった。今曎隠す必芁はない。\n「ええ、君らも行ったそうですね」ず小野さんは䜕気なく答えた。甲野さんは芋぀けおも知らぬ顔をしおいる。藀尟は知らぬ顔をしお、しかも是非共こちらから癜状させようずする。宗近君は向から正面に質問しおくる。小野さんは䜕気なく答えながら、心のうちになるほどず思った。\n「あれは君の䜕だい」\n「少し猛烈ですね。――故の先生です」\n「あの女は、それじゃ恩垫の什嬢だね」\n「たあ、そんなものです」\n「ああやっお、いっしょに茶を飲んでいるずころを芋るず、他人ずは芋えない」\n「兄効ず芋えたすか」\n「倫婊さ。奜い倫婊だ」\n「恐れ入りたす」ず小野さんはちょっず笑ったがすぐ県を倖した。向偎の硝子戞のなかに金文字入の掋曞が燊爛ず詩人の泚意を促がしおいる。\n「君、あすこにだいぶ新刊の曞物が来おいるようだが、芋ようじゃありたせんか」\n「曞物か。䜕か買うのかい」\n「面癜いものがあれば買っおもいいが」\n「屑籠を買っお、曞物を買うのはすこぶるアむロニヌだ」\n「なぜ」\n 宗近君は返事をする前に、屑籠を提げたたた、電車の間を向偎ぞ銳け抜けた。小野さんも小走に跟いお来る。\n「はあだいぶ奇麗な本が陳列しおいる。どうだい欲しいものがあるかい」\n「さよう」ず小野さんは腰を屈めながら金瞁の県鏡を硝子窓に擊り寄せお䜙念なく芋取れおいる。\n 小矊の皮を柔らかに鞣しお、朚賊色の濃き真䞭に、氎蓮を现く金に描いお、匁の尜くる萌のあたりから、盎なる線を底たで通しお、ぐるりず衚玙の呚囲を回らしたのがある。背を平らに截っお、深き玅に金髪を䞀面に這わせたような暡様がある。堅き真鍮版に、どっかず垃の目を朰しお、重たき箔を楯圢に眮いたのがある。玠気なきカヌフの背を鈍色に緑に䞊䞋に区切っお、双方に文字だけを鏀めたのがある。ざら目の玙に、品よく朱の曞名を配眮した扉も芋える。\n「みんな欲しそうだね」ず宗近君は曞物を芋ずに、小野さんの県鏡ばかり芋おいる。\n「みんな新匏な装釘だ。どうも」\n「衚玙だけ奇麗にしお、内容の保険を぀けた気なのかな」\n「あなた方のほうず違っお文孊曞だから」\n「文孊曞だから䞊郚を奇麗にする必芁があるのかね。それじゃ文孊者だから金瞁の県鏡を掛ける必芁が起るんだね」\n「どうも、きびしい。しかしある意味で云えば、文孊者も倚少矎術品でしょう」ず小野さんはようやく窓を離れた。\n「矎術品で結構だが、金瞁県鏡だけで保険を぀けおるのは情ない」\n「ずかく県鏡が祟るようだ。――宗近君は近芖県じゃないんですか」\n「勉匷しないから、なりたくおもなれない」\n「遠芖県でもないんですか」\n「冗談を云っちゃいけない。――さあ奜加枛に歩こう」\n 二人は肩を比べおたた歩き出した。\n「君、鵜ず云う鳥を知っおるだろう」ず宗近君が歩きながら云う。\n「ええ。鵜がどうかしたんですか」\n「あの鳥は魚をせっかく呑んだず思うず吐いおしたう。぀たらない」\n「぀たらない。しかし魚は持倫の魚籃の䞭に這入るから、いいじゃないですか」\n「だからアむロニヌさ。せっかく本を読むかず思うずすぐ屑籠のなかぞ入れおしたう。孊者ず云うものは本を吐いお暮しおいる。なんにも自分の滋逊にゃならない。埗の行くのは屑籠ばかりだ」\n「そう云われるず孊者も気の毒だ。䜕をしたら奜いか分らなくなる」\n「行為さ。本を読むばかりで䜕にも出来ないのは、皿に盛った牡䞹逅を画にかいた牡䞹逅ず間違えおおずなしく眺めおいるのず同様だ。こずに文孊者なんおものは奇麗な事を吐く割に、奇麗な事をしないものだ。どうだい小野さん、西掋の詩人なんかによくそんなのがあるようじゃないか」\n「さよう」ず小野さんは間を延ばしお答えたが、\n「䟋えば」ず聞き返した。\n「名前なんか忘れたが、䜕でも女をごたかしたり、女房をうっちゃったりしたのがいるぜ」" } ]
[ { "role": "system", "content": "䞋蚘の曞き盎しを再開しお、プロフェッショナルな文曞を䜜成しおください。" }, { "role": "user", "content": "\n第䞉癟十六 新蕎麊\n\n 蕎麊は日本の名物なり。殊に信州の産を以お良品ずなす。お登和嬢は西囜の人いただ蕎麊の事に委しからず「そうでございたすねヌ、お蕎麊の方はよく存じたせんが別に新蕎麊が害になるず聞きたせん。よく信州の新蕎麊ず申す䜍ですから新蕎麊は結構なものでございたしょう」小山の劻君「ハむ、結構ですずも。お蕎麊ばかりは宅で打ちたしたのを食べたすずどうしおも倖のは食べられたせん。今床私どもぞいらっしゃいたしたら䞋女に打たせお埡銳走臎したしょう。その代り前の日からそういっお䞋さいたせんず出来たせん。宅では信州から䞊等の粒蕎麊を取寄せおむザ打ずうずいう前に碟臌で碟かせたす。碟いた粉を䞀晩眮くずモヌ味が悪くなりたすからその日に打たせたす。碟いた粉にも䞀番粉二番粉䞉番粉ず段々区別がありたしお䞀番粉ず申すのは䞀番先ぞ出た極く䞊等の分です。それは色が癜くっお綺麗で、それで打った生蕎麊はやっぱり色が癜うございたす。よく人が生蕎麊は色が黒いず申したすけれどもあれは蕎麊殻の亀った䞉番粉䜍を䜿いたすから皮の黒い色が出るので䞊等の蕎麊粉は色の癜いものです」お登和嬢「そうでございたすかね。蕎麊粉ずいうず倧抂は少し錠色になっおいるように思いたしたがやっぱり粉が悪いのですね」劻君「錠色の粉は䞊等の品でありたせんけれども色の癜い粉は家で碟かせるより倖に埗られたせん。家で碟かせたすず䞀番先ぞ出た粉を極く现かい篩にかけおそれを䞀番粉ず申したすから色が癜うございたす。売物屋では倧抂その篩い残りをたた碟いお篩い、モヌ䞀床碟いお篩っお䞉番たで䜍を䞀番粉に混ぜたすので錠色になりたす。それから埌に出たのが二番粉䞉番粉ずなりたすから家で拵えた五、六番粉が売物屋の二番粉䞉番粉になるのです」お登和嬢「お蕎麊はどういう颚にお打なさいたす、やっぱり少しは小麊粉を繋ぎにお混なさいたすか」劻君「むむ゚決しお小麊粉を混ぜたせん。少しでも小麊粉を混ぜたらたるでお蕎麊の味が悪くなりたす。信州の極く䞊等のお蕎麊なら碟いた粉をそのたたお湯ばかりで捏ねられるのもありたす。その代り䞀晩眮くずモヌ繋がりたせん。碟きたおの粉でもお湯ばかりで捏ねるのはやっぱり葛切をお湯ばかりで捏ねるように特別の熟緎が芁りたすから倧抂は玉子を繋ぎに入れたす。先ず䞀升の蕎麊粉ぞ玉子を九぀か十䜍入れおそれだけで捏ねお展したす。それを盎ぐに截っお湯煮たすがどんなに矎味うございたしょう。こう臎したのは翌日たで眮いおも売物屋のお蕎麊のように柔く䌞びたせん。ただ極く现く截るのが手際ですけれどもそれはそれは味が良うございたす」お登和嬢「今床䞀぀埡銳走しお戎きたしょう。お蕎麊のお汁はどういう颚にお拵えなさいたす」劻君「これも䞊等にするず際限がありたせんが私どもでは先ず䞀合のお湯を沞立たせお鰹節を沢山入れお煮出しを取っおそれぞ味淋を䞀合に醀油を䞀合ですから぀たり䞉等分ですね。もし味淋やお醀油が悪くっお奜い味が出なかったらホンの少しのお砂糖を加えおよく煮お皆んな按しお甚いたす。お蕎麊が良く出来おもお汁が悪いず䜕にもなりたせん」お登和嬢「そうでございたすずも。田舎ぞ行っお生蕎麊の矎味いのを出されおもお汁の悪いので困る事がありたす。やっぱり西掋料理に掛汁の味がむずかしいようなものでしおね」ずかかる長話しに耜りお既に倕暮を過ぎたれども先に出でたる䞉人はいただ広海家より垰り来らず。\n\n\n○西掋料理におは蕎麊粉をケヌキ、マッフン、ワッフル等に䜿う。\n\n\n\n第䞉癟十䞃 パむの皮\n\n 䞉人はいただ垰らざれども堅く玄せし事あれば必ず食事前に垰宅せんずお登和嬢熱心に埡銳走の甚意をなし「小山の奥さん、ただ今私がパむを拵えたすから䞀぀埡芧䞋さい。パむずいうお菓子は玠人にむずかしいものですが饂飩やお蕎麊を打぀人には盎きに芚えられたす。やっぱり朚鉢ず展し板ず展し棒を䜿うので、䞊等にするず石の展し板が熱を持たないで良いのです。しかしお蕎麊の展し板や展し棒があればそれでも出来たす。これもお家で詊しお埡芧遊ばせ」劻君「ハむ、早速臎しおみたしょう。朚鉢でも展し板でも䜕でもありたすからパンずパむは䞋女に拵えさせたしょう。私はパむ物が倧奜きです。だが出来の悪いのは脂濃くっお胞に持っおいけたせん。同じパむでも䞊等ず䞋等ずはあの䜍味の違う物もありたせんね」お登和嬢「党くそうでございたすよ、手際䞀぀で矎味しくも䞍味くもなりたすから西掋菓子の䞭では䞀番むずかしいものずしおありたす。圢だけはパむに䌌たものを拵える人は沢山ありたすけれども口ぞ入れおポロポロず溶けるような軜いパむは滅倚にありたせん。パむにも色々の皮類がありたす。䞀番䞊等はバタヌで拵えたものです。その次はケンネ脂即ち牛の生脂で拵えたす。䞀番䞋等は豚の脂のラヌドで拵えたすがこれは味が悪くっお胞に持ちたす。私は今バタヌのを䞀぀拵えお埡芧に入れたしょう。バタヌで拵えたパむは売物屋にありたせん。売物屋ではケンネやラヌドを䜿う所が倚いようです。先ず埡芧なさいたし。こういう颚に朚鉢の䞭ぞメリケン粉を䞉斀取りたす。それぞ玉子の黄身を二぀ず塩を小匙に䞀杯ず氎を倧匙八杯ほど入れお饂飩を捏ねるようによく捏たす。これも枩い日には氎で捏ねられたすけれども極く寒くなるずお湯で捏ねたす。寒い時はお湯でないずメリケン粉の粘着力が出たせん。ちょうど固さも捏ねた饂飩䜍にしおこの通り展し板の䞊ぞ取っお打粉を撒いお展し棒で少しず぀展しお行きたすが饂飩のように四方ぞ広く展したせん。幅は䞀尺䜍にしお長く垯のように向うぞ展したす。この展し方は饂飩や蕎麊を打぀人なら分りたすけれども決しお厚い凊ず薄い凊のないように平均に展しお先ず二分䜍の厚みに展しおしたいたす。慣れない内は棒ぞ力を入れたすから薄い凊が出来たり厚い凊が出来たり幅が広くなったり狭くなったりしお困りたす。こういう颚に長く垯のように展せたらば玉子の癜身を刷毛で䞊の䞀面ぞ敷きたす。それから極く䞊等の匂いのないようなバタヌをその䞊ぞ䞀面に平らに塗りたす。塗るのは倧きなナむフでようございたす。これもバタヌが倚過ぎおならず寡くっおもなりたせんが先ず玙十枚䜍の厚さに塗るずいう心持で遣っおいるず自然ず芚えられたす。しかし倏の暑い日にはバタヌが盎ぐに溶けお来お流れ出したすから玠人に出来たせん。黒人でも倏は石の展し板の䞊で手速く拵えないずよく出来たせん。このお菓子はバタヌやメリケン粉ぞ枩床を持たせないように手速く拵えるのがむずかしいのです。そこでバタヌが䞀面に塗れたしたら䞡方の端からグルグルず二寞䜍の幅に巻お行っお真䞭でピタリず合せお畳みたす。ちょうど垯を双方から畳んで行く心持でなさるず間違がありたせん。これたでは誰でもむずかしくはありたせんがこれからが段々むずかしくなるので、今畳んだものぞ打粉を振っおたた展し棒で少しず぀展しお以前のように向うぞ長く垯のように展したす。そうするずちょうどバタヌが皮の間ぞ挟たれお皮ず䞀緒に薄く展ばされる蚳です。この時展しようが悪いず皮が砎れおバタヌが顔を出したす。顔を出したらモヌいけたせん。皮が砎れなくっお手速くしないずバタヌが溶け出しお暪から流れたす。それでもいけたせん」ず講釈しながら拵える手際奜さ。\n\n第䞉癟十八 林檎のパむ" }, { "role": "assistant", "content": "\n 小山の劻君は䞀生懞呜にお登和嬢のなさんようを眺め「それでは぀たり二枚の厚い玙の間ぞバタヌを挟んだようにするのですね」お登和嬢「ハむ、そうです。それを前のような二分䜍の厚さに展したらたた玉子の癜身を敷いおバタヌを塗りたす。それをたた前の通りに双方から畳んでたた展したす。そうするず皮もバタヌも倧局薄い物になっお前の時が玙十枚の厚さならば今床は玙五枚の割合になりたすから少し手際が悪いず盎きに皮が砎れたす。それぞたた玉子の癜身ずバタヌずを塗っお双方から畳んでモヌ䞀床展したす。぀たり䞉床塗っお展したすが今床こそ皮もバタヌも䜕枚ずなく合さっお極く薄いものですから展し方がむずかしゅうございたす。それに䞀番終いですから幅も広くしお厚さは五厘䜍即ち䞀分の半分ですね、半玙を十枚环ねた䜍のものにしなければなりたせん。぀たり饂飩を展したようになるのです。これがパむの皮になるのでペヌスず申したすが二斀の粉ならばバタヌが䞀斀芁りたす。こういう颚に出来た皮を色々なものに䜿いたすが、先ず䞀番容易いのをお目にかけたしょう。ここにパむを抜くブリキの型がありたすけれども茶筒の蓋で構いたせん。ちょうど塩煎逅を抜くように茶筒の蓋で円い煎逅䜍いなペヌスを抜いお菓物のゞャムを䜕でも構いたせんから小匙に䞀杯ほど真䞭ぞ眮いお柏逅のようにピタリず双方から合せたす。圢ちもちょうど柏逅です。その合せ目ぞ玉子の癜身をよく塗り぀けおブリキ皿ぞバタヌを敷いお䞊べおテンピの䞭で十分間焌くずゞャムパヌプスずいうお菓子が出来たす。テンピの火加枛は普通の凊でようございたすが玉子の癜身を合せ目ぞ䞁寧に塗らないず䞭のゞャムが吹き出したす。癜身を塗っおもゞャムを沢山入れ過ぎるず吹き出したすからその泚意をしなければなりたせん。これは誰にでも出来たす。それからこのペヌスで林檎を焌くず林檎のダンブルずいっお倧局矎味いお菓子が出来たす。それには先ず林檎の皮を剥いお心をくり抜いおその䞭ぞバタヌを小匙に䞀杯ず砂糖を小匙に二杯入れたす。別に今のペヌスを銭車ずいう噚械があればそれで截りたすし、なければナむフで倧きく四角に截り取っお林檎を四方から包んで匱い火のテンピで四十分間焌きたす。もっずも林檎の倧小でその時間を加枛しなければなりたせん。これをお皿ぞ盛っお食べる時にはフヌクで皮ずもによく厩しお混ぜたすず林檎の味ず皮の味が倧局矎味しくなっお西掋人の非垞に悊ぶものです。モット䞊等にすればそれぞクリヌムをかけお戎きたすず䜕ずも蚀われない味になりたす。それから林檎のパむも結構なものでそれには林檎䞀斀の皮を剥いお心を陀っお䞀぀を四぀切りにしお盎ぐに氎の䞭ぞ攟したす。氎ぞ入れずにおくず林檎のアクで癜が赀くなりたす。それを倧匙二杯の砂糖ず倧匙䞀杯の氎で二十分間煮おそれからパむ皿ぞ入れたす。その䞊ぞ今のペヌスを蓋にしおやっぱり同じペヌスで花の圢や葉の圢を食りにしたすがその時銭車が芁りたす。しかし食りはなくっおも構いたせん。それをテンピの䞭で二十五分間焌いたのが林檎のパむです。パむには色々の皮類があっお菓物も入れれば肉類も入れたすし䜕でも䞭ぞ入れたすがこうしたのが぀たりパむずいうものです」\n\n\n○林檎のパむには生林檎を甚いおも味奜し。それは先ず林檎の皮を剥き心を取り極く薄く小さく切りたるものぞ砂糖をかけお䞀時間眮きその埌汁を絞っおパむの䞭ぞ入れお法の劂く焌くなり。\n○パむには林檎の倖に桃、李、杏、無花果等は煮たるものを入れ、苺は生のものぞ砂糖をかけお前文の劂く甚ゆ。蜜柑は皮を剥き茪切にしお生のたた甚ゆ。\n\n\n\n第䞉癟十九 タヌツ菓子\n\n お登和嬢「菓物のパむは䜕でもこういう颚に䞀旊煮たものを入れおペヌスを被せお焌くのですし、南瓜やゞャガ芋は䞀旊湯煮るか蒞すかしお玉子ず牛乳ず砂糖で混ぜおペヌスをかけるのですし、肉類のパむはシチュヌに煮たものかあるいは肉を厩しお゜ヌスで和えたものぞペヌスをかけお焌きたす。肉の䞊にこの皮があるだけ䞀局味が良くなるのでビフテキのパむもありたすし、犢のパむもありたすし、鳥のパむもありたすし、魚のパむも䜕でも出来たす。しかしパむよりも䞊等にするずオロアンずいうお料理になりたすがそれは埌にお話し申すずしお林檎のタヌツずいうものをお目にかけたしょう。タヌツは今のペヌスを䞊䞋ぞ敷いお平たく焌いた菓子です。林檎なら皮を剥いお心を陀っお先ず二぀割にしおそれから薄く切っお林檎䞀斀に砂糖を倧匙五杯入れおよく混ぜ合せお十分間ほど眮きたすず林檎の液が浞み出しお砂糖が溶けたす。それからタヌツ皿があれば結構ですしなければテヌブル皿でも構いたせん。その底ぞ今のペヌスを敷いお林檎の氎気を切っお入れおたたペヌスを䞊ぞ被せおテンピの䞭で四十分間焌きたす。垂䞭ではよく小さいタヌツを売っおいたすがあれならモット時間を速しお出来たす」小山の劻君「垂䞭で売っおいる西掋菓子は倧抂シュヌクリヌムにケヌキ類にタヌツ類ず極たっおいるようですが買ったタヌツの悪い品は脂濃くっおモチモチしお胞に持っおいけたせんね」お登和嬢「あれはラヌドでペヌスを拵えるからでしょう。ペヌスは䞊手に出来るず少しも脂濃くありたせん。口ぞ入れるずボロボロず軜く厩れたす。それでなければペヌスの功胜がありたせん。このペヌスでパテヌなんぞを拵えお埡芧なさい。ラヌドを入れたのはニチャニチャ歯ぞ付いお矎味しくも䜕ずもありたせん」劻君「パテヌずはどういうものです」お登和嬢「パテヌずはペヌスの皮をたた双方から畳んで五分䜍に厚く展しお䞀旊パテヌ型で抜きたす。パテヌ型の代りに茶筒の蓋を䜿っおも構いたせん。そうするずお饅頭䜍な円いものが出来たす。今床は小さいパテヌ型かあるいは小さいブリキ筒でお饅頭のような物の䞭ほどを底の近所たで抌蟌みたす。぀たり底だけ残しお䞭をくり抜くのですからその぀もりに型を䞀旊抌し蟌んでそっず抜き出すずちょうどお饅頭の䞊ぞ蛇の目が出来たようになりたす。その䞊ぞ䞀面に玉子の黄身を塗っおブリキ皿ぞ入れおテンピの䞭で四十分間焌きたすが今の物が倍䜍に膚れお高くなりたす。䜕のペヌスでも焌いた時よく膚れなければいけたせん。よく膚れるずモヌ饅頭の圢ちでなくっお臌のような圢になりたす。蛇の目の印を぀けた凊は双方別に膚れお取りよくなりたすから尖った刃物で䞭の蓋をちょいず剥がすず盎ぐ剥がれたす。その蓋は倧切にしおおいお蓋の䞋の柔い凊即ち蛇の目の䞭身だけホゞクリ出すず楜に出たす。぀たり搗臌の穎のようになるのです。その䞭ぞ軜䟿にすれば玉子の湯煮たのを少さく切っお癜゜ヌスで和えたものを詰めおもよし、鳥の肉でも牛の肉でもあるいは海老や魚が倧局結構ですが䞀旊煮るか蒞すかしお癜゜ヌスや玉子゜ヌスで和えたものを詰めお今取った䞭身の蓋を茉せお出したすず倧局䞊品な埡銳走になりたす」\n\n第䞉癟二十 パむの別法\n\n 小山の劻君「今䌺っおみればそういう物を倖で戎いた事がありたすけれども脂濃くっお食べられたせんでした」お登和嬢「それは材料の悪い故か拵え方が䞋手なのでしょう。よく出来たパテヌは軜くっお矎味いもので日本人の口にはよく合いたすから誰でも䞀床召し䞊るずお奜きになりたす。今埡芧の通り幟重にも幟重にも展しお焌いたものですから暪から芋おちょうど玙を幟癟枚も环ねたようにならなければいけたせん。玙を环ねたようでなくっお䞊も䞋もひっ぀いおいるようなのは脂が顔を出したので味も重くなりたす。そういうのは䞀向矎味しくありたせんけれども䞖間にはそんなパテヌの方が倚いのです。このパテヌの皮は䞀床拵えお盎ぐ焌いおおくず冬は䞀週間以䞊十日や十五日䜍保存おおけたすから食べる時䞭身を詰めるばかりでどんなに調法だか知れたせん。私どもでは寒くなるず倧抂この皮だけ拵えおおきたす。しかし皮が出来たら盎ぐ焌いおおかないずいけたせん。今日拵えお翌日焌くず䞀晩の䞭に脂が顔を出しお倧局重くなりたす。焌いお䞭身を掘出す時柔い凊を捚おるに及びたせん。枩い凊ぞお砂糖をかけお戎くず結構です。最初の䞀、二床はお拵えなさるのに埡面倒でしょうがペヌスさえ䞊手に出来おいれば少し慣れるずパテヌは䜕でもありたせん。パテヌの通りでモット倧きく拵えおその䞭ぞ鎫の肉だの鎚だの、鳥のササ身だののお料理を詰めたのが先刻申したオロアンずいう䞊等の肉料理です」ずペヌスの応甚も尜る凊なし。小山の劻君熱心に聞き芚え「お登和さん、西掋料理の味はパむず赀茄子にあるず申す人がある䜍ですからパむの皮も是非拵え方を存じおおらなければなりたせんね。しかしバタヌを䞀斀ず぀も䜿うず随分高いものになりたす。普通の凊は䜕で拵えたすか」お登和嬢「普通のペヌスは牛の生脂即ちケンネ脂で臎したす。それも生脂の䜿い頃がありたしお牛を殺しおから冬は䞀日二日の埌倏は䞉、四日の埌がいいのです。新らしいものは脂が凝たりたせんから䜿えたせん。䞀日二日眮くず凝たりたす。冬の方が早く凝たっお倏の方が遅いのですがケンネのペヌスはバタヌのよりも䞀局むずかしくっおその代り䞊等に出来さえすればバタヌの品に劣りたせん。䞋手に出来るずラヌド補のようなニチャニチャしたペヌスになりたす。先ずケンネ脂を小さく切っお裏按しにしお少し煉るずバタヌよりも固い䜍なものが出来たす。別にバタヌの時のようなメリケン粉ず玉子ず塩ず氎ずで饂飩䜍な固さの物を捏ねおこれは厚さ䞉分䜍に倧きく四方ぞ拡げお展しおおきたす。今のケンネ脂を手で薄く抌しおその皮の真䞭ぞ眮いお四方から颚呂敷で包むように匕包みたすが包みようが悪いず脂が顔を出したすからよく気を付けお包たなければなりたせん。それから今床こそ垯のように長く展しお行っお打粉を振っお双方から畳んで、そのたたたた展しおたた畳んで䞉床あるいは四床䜍展したす。バタヌの方は䞀床䞀床に塗りたすがケンネ脂は最初に包むばかりで跡はそれを幟重にも展したす。これもやっぱり熟緎が肝腎で殊に倏は手速くしないず出来たせん」小山の劻君「それでケンネ脂の分量は䜕ほど入れたす」お登和嬢「寒い時ほど倚く脂を入れたす。冬は粉䞀斀にケンネ䞀斀即ち等分でようございたす。暖い時は段々脂を枛らしお粉六分に脂四分の割に臎したす。これも少しお慣れになるずちょうどいい工合がお分りになりたしょう」ずかかる料理は説明にもたた骚が折れる。" 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[ { "role": "system", "content": "䞋蚘の曞き盎しを再開しお、プロフェッショナルな文曞を䜜成しおください。" }, { "role": "user", "content": "前眮き\n\n これは䞉幎前支那に遊び、長江を溯った時の玀行である。こう云う目たぐるしい䞖の䞭に、䞉幎前の玀行なぞは誰にも興味を䞎えないかも知れない。が、人生を行旅ずすれば、畢竟あらゆる远憶は数幎前の玀行である。私の文章の愛読者諞君は「堀川保吉」に察するように、この「長江」の䞀篇にもちらりず目をやっおくれないであろうか?\n 私は長江を溯った時、絶えず日本を懐しがっおいた。しかし今は日本に、――炎暑の甚しい東京に汪掋たる長江を懐しがっおいる。長江を? ――いや、長江ばかりではない、蕪湖を、挢口を、廬山の束を、掞庭の波を懐しがっおいる。私の文章の愛読者諞君は「堀川保吉」に察するように、この私の远憶癖にもちらりず目をやっおはくれないであろうか?\n\n\n侀 蕪湖\n\n 私は西村貞吉ず䞀しょに蕪湖の埀来を歩いおいた。埀来は歀凊も䟋の通り、日さえ圓らない敷石道である。䞡偎には銀楌だの酒桟だの、芋慣れた看板がぶら䞋っおいるが、䞀月半も支那にいた今では、勿論珍しくも䜕ずもない。おたけに䞀茪車の通る床に、きいきい心棒を軋たせるのは、頭痛さえしかねない隒々しさである。私は暗柹たる顔をしながら、䜕ず西村に話しかけられおも、奜い加枛な返事をするばかりだった。\n 西村は私を招く為に、䜕床も䞊海ぞ手玙を出しおいる。殊に蕪湖ぞ着いた倜なぞはわざわざ迎えの小蒞気を出したり、歓迎の宎を催したり、いろいろ深切を尜しおくれた。(しかもわたしの乗った鳳陜䞞は浊口を発するのが遅かった為に、こう云う圌の心尜しも悉氎泡に垰したのである。)のみならず圌の瀟宅たる唐家花園に萜ち着いた埌も、食事ずか着物ずか寝具ずか、䞇事に気を配っおくれるのには、実際恐れ入るより倖はなかった。しお芋ればこの東道の䞻人の前ぞも、二日間の蕪湖滞圚は愉快に過さねばならぬ筈である。しかし私の玳士的瀌譲も、蝉に䌌た西村の顔を芋るず、応䜕凊かに消滅しおしたう。これは西村の眪ではない。君僕の代りにお前おれを䜿う、我々の芪みの眪である。さもなければ埀来の真ん䞭に、尿をする豚ず向い合った時も、あんなに䞍快を公衚する事は、圓分差控える気になったかも知れない。\n「぀たらない所だな、蕪湖ず云うのは。――いや䞀蕪湖ばかりじゃないね。おれはもう支那には飜き厭きしおしたった。」\n「お前は䞀䜓コシャマクレテいるからな。支那は性に合わないのかも知れない。」\n 西村は暪文字は知っおいおも、日本語は甚未熟である。「こたしゃくれる」を「コシャマクレル」、鶏冠を「トカサ」、懐を「フトロコ」、「がむしゃら」を「ガラムシャ」――その倖日本語を間違える事は殆挙げお数えるのに堪えない。私は西村に日本語を教えにわざわざ枡来した次第でもないから、仏頂面をしお芋せたぎり、䜕ずも答えず歩き続けた。\n するず皍幅の広い埀来に、女の写真を䞊べた家があった。その前に閑人が五六人、぀ら぀ら写真の顔を芋おは、䜕か静に話しおいる。これは䜕だず聞いお芋たら、枈良所だず云う答があった。枈良所ず云うのは逊育院じゃない。自由廃業の女を保護する所である。\n 䞀通り町を遍歎した埌、西村は私を倚陶軒、䞀名倧花園ず云う料理屋ぞ぀れお行った。歀凊は䜕でも李鎻章の別荘だったずか云う事である。が、園ぞはいった時の感じは、措氎埌の向島あたりず違いはない。花朚は少いし、土は荒れおいるし、「陶塘」の氎も濁っおいるし、家の䞭はがらんずしおいるし、殆埡茶屋ず云う物ずは、最も瞁の遠い光景である。我々は軒の鞚鵡の籠を芋ながら、さすがに味だけはうたい支那料理を食った。が、この埡銳走になっおいる頃から、支那に察する私の嫌悪はだんだん逆䞊の気味を垯び始めた。\n その倜唐家花園のバルコンに、西村ず籐怅子を䞊べおいた時、私は莫迊莫迊しい皋熱心に珟代の支那の悪口を云った。珟代の支那に䜕があるか? 政治、孊問、経枈、芞術、悉堕萜しおいるではないか? 殊に芞術ずなった日には、嘉慶道光の間以来、䞀぀でも自慢になる䜜品があるか? しかも囜民は老若を問わず、倪平楜ばかり唱えおいる。成皋若い囜民の䞭には、倚少の掻力も芋えるかも知れない。しかし圌等の声ず雖も、党囜民の胞に響くべき、倧いなる情熱のないのは事実である。私は支那を愛さない。愛したいにしおも愛し埗ない。この囜民的腐敗を目撃した埌も、なお䞔支那を愛し埗るものは、頜唐を極めたセンゞュアリストか、浅薄なる支那趣味の惝怳者であろう。いや、支那人自身にしおも、心さえ昏んでいないずすれば、我々䞀介の旅客よりも、もっず嫌悪に堪えない筈である。......\n 私は盛に匁じ立おた。バルコンの倖の槐の梢は、ひっそりず月光に涵されおいる。この槐の梢の向う、――幟぀かの叀池を抱えこんだ、癜壁の垂街の尜きる所は揚子江の氎に違いない。その氎の汪々ず流れる涯には、ヘルンの倢みた蓬莱のように懐しい日本の島山がある。ああ、日本ぞ垰りたい。\n「お前なんぞは䜕時でも垰れるじゃないか?」\n ノスタルゞアに感染した西村は月明りの䞭に去来する、倧きい蛟の姿を眺めながら、殆独語のようにこう云った。私の滞圚はどう考えおも、西村には為にならなかったらしい。\n\n二 溯江\n\n 私は溯江の汜船ぞ䞉艘乗った。䞊海から蕪湖たでは鳳陜䞞、蕪湖から九江たでは南陜䞞、九江から挢口たでは倧安䞞である。" }, { "role": "assistant", "content": " 鳳陜䞞に乗った時は、偉い䞁抹人ず䞀しょになった。客の名は盧糞、暪文字に曞けば Roose である。䜕でも支那を瞊暪する事、二十䜕幎ず云うのだから、圓䞖のマルコ・ポオロず思えば間違いない。この豪傑が暇さえあるず、私だの同船の田䞭君だのを捉えおは、䞉十䜕呎の蟒蛇を退治した話や、広東の盗䟠ランクワむセン(挢字ではどんな字に圓るのだか、ルりズ氏自身も知らなかった。)の話や、河南盎隷の飢饉の話や、虎狩豹狩の話なぞを滔々ず匁じ来り匁じ去っおくれた。その䞭でも面癜かったのは、食卓を共にした亜米利加人の倫婊ず、東西䞡掋の愛を論じた時である。この亜米利加人の倫婊、――殊に现君に至っおは、東掋に察する西掋の䟮蔑に螵の高い靎をはかせた劂き、甚暪柄な女人だった。圌女の芋る所に埓えば、支那人は勿論日本人も、ラノず云う事を知っおいない。圌等の曚昧は憐むべしである。これを聞いたルりズ氏は、カリむの皿に向いながら、応異議を唱え出した。いや、愛の䜕たるかは東掋人ず雖も心埗おいる。たずえば或四川の少女は、――ず埗意の芋聞を吹聎するず、现君はバナナの皮を剥きかけた儘、いや、それは愛ではない、単なる憐憫に過ぎぬず云う。するずルりズ氏は頑匷に、では或日本東京の少女は、――ず又実䟋を぀き぀け始める。ずうずうしたいには盞手の现君も、怒火心頭に発したのであろう、突然食卓を離れるず、埡亭䞻ず䞀しょに出お行っおしたった。私はその時のルりズ氏の顔を未にはっきり芚えおいる。先生は我々黄色い仲間ぞ、人の悪い埮笑を送るが早いか、人さし指に額を叩きながら、「ナロり・マむンデット」ずか䜕ずか云った。生憎この倫婊の亜米利加人は、南京で船を䞋りおしたったが、ずっず溯江を続けたずすれば、もっずいろいろ面癜い波瀟を巻き起しおいたのに盞違ない。\n 蕪湖から乗った南陜䞞では、竹内栖鳳氏の䞀行ず䞀しょだった。栖鳳氏も九江に䞋船の䞊、廬山に登る事になっおいたから、私は什息、――どうも可笑しい。什息には正に違いないが、䜙り懇意に話をしたせいか、什息ず呌ぶのは空々しい気がする。が、兎に角その什息の逞氏なぞず愉快に溯江を続ける事が出来た。䜕しろ長江は倧きいず云っおも、結局海ではないのだから、ロオリングも来なければピッチングも来ない。船は唯機械のベルトのようにひた流れに流れる氎を裂きながら、悠々ず西ぞ進むのである。この点だけでも長江の旅は船に匱い私には愉快だった。\n 氎は前にも云った通り、金鏜に近い代赭である。が、遠い川の涯は青空の反射も加わるから、倧䜓刃金色に芋えぬ事はない。其凊を名高い倧筏が二艘も䞉艘も䞋っお来る。珟に私の実芋した䞭にも、豚を飌っおいる筏があったから、成皋飛び切りの倧筏になるず、䞀村萜を茉せたものもあるかも知れない。又筏ずは云うものの、屋根もあるし壁もあるし、実は氎に浮んだ家屋である。南陜䞞の船長竹䞋氏の話では、これらの筏に乗っおいるのは雲南貎州等の土人だず云う。圌等はそう云う山の䞭から、䞇里の濁流の抌し流す儘に、悠々ず江を䞋っお来る。そうしお浙江安埜等の町々ぞ無事に流れ぀いた時、筏に組んで来た朚材を金に換える。その道䞭短きものは五六箇月、長きものは殆䞀箇幎、家を出る時は劻だった女も、家ぞ垰る時は母になるそうである。しかし長江を去来するのは、勿論この筏のように、原始時代の遺物に限った蚣じゃない。䞀床は亜米利加の砲艊が䞀艘、小蒞気に暙的を牜かせながら、実匟射撃なぞをしおいた事もある。\n 江の広い事も前に曞いた。が、これも䞉角掲があるから、䞀方の岞には遠い時でも、必䞀方には草色が芋える。いや、草色ばかりじゃない。氎田の皲の戊ぎも芋える。楊柳の氎に生え入ったのも芋える。氎牛ががんやり立ったのも芋える。青い山は勿論幟぀も芋える。私は支那ぞ出かける前、小杉未醒氏ず話しおいたら、氏は旅先の泚意の䞭にこう云う事を぀け加えた。\n「長江は氎が䜎くっおね、䞡岞がずっず高いから、船の高い所ぞ䞊るんですね。船長のいる、――䜕ず云うかな、あの高い所があるでしょう。あすこぞ䞊らねえず、眺望が利きたせんよ。あすこは普通の客はのせねえから、䜕ずか船長を護摩かすんですね。......」\n 私は先茩の云う事だから、鳳陜䞞でも南陜䞞でも、江䞊の眺望を恣にする為に、始終船長を護摩かそうずしおいた。凊が南陜䞞の竹䞋船長はただ護摩かしにかからない内からサロンの屋根にある船長宀ぞ、深切にも私を招埅しおくれた。しかし歀凊ぞ䞊っお芋おも、栌別颚景には倉りもない。実際又甲板にいおも、ちゃんず陞地は芋枡せたのである。私は劙に思ったから、護摩かそうずした意志を癜状した䞊、船長にその蚣を尋ねお芋た。するず船長は笑い出した。\n「それは小杉さんの来られた時はただ氎が少かったのでしょう。挢口あたりの氎面の高䜎は、倏冬に四十五六呎も違いたすよ。」\n\n侉 廬山(侊)\n\n 若葉を吐いた立ち朚の枝に豚の死骞がぶら䞋っおいる。それも皮を剥いだ儘、埌足を䞊にぶら䞋っおいる。脂肪に蔜われた豚の䜓は気味の悪い皋たっ癜である。私はそれを眺めながら、䞀䜓豚を逆吊りにしお、䜕が面癜いのだろうず考えた。吊䞋げる支那人も悪趣味なら、吊䞋げられる豚も間が抜けおいる。所詮支那皋䞋らない囜は䜕凊にもあるたいず考えた。\n その間に倧勢の苊力どもは我々の駕籠の支床をするのに、腹の立぀皋隒いでいる。勿論苊力に碌な人盞はない。しかし殊に獰猛なのは苊力の倧将の顔である。この倧将の麊藁垜は Kuling Estate Head Coolie No* ずか暪文字を抜いた、黒いリボンを巻き぀けおいる。昔 Marius the Epicurean は、蛇䜿いが䜿う蛇の顔に、人間じみた䜕かを感じたず云う。私は又この苊力の顔に蛇らしい䜕かを感じたのである。愈支那は気に食わない。\n 十分の埌、我々䞀行八人は籐怅子の駕籠に揺られながら、石だらけの路を登り出した。䞀行ずは竹内栖鳳氏の䞀族郎党、䞊に倧元掋行のお䞊さんである。駕籠の乗り心地は思ったよりも奜い。私はその駕籠の棒に長々ず䞡足を䌞ばしながら、廬山の颚光を楜んで行った。ず云うず劂䜕にも䜓裁が奜いが、颚光は奇絶でも䜕でもない。唯雑朚の茂った間に、山空朚が咲いおいるだけである。廬山らしい気などは少しもしない。これならば、支那ぞ枡らずずも、箱根の旧道を登れば沢山である。\n 前の晩私は九江にずたった。ホテルは即ち倧元掋行である。その二階に寝ころびながら、康癜情氏の詩を読んでいるず、术陜江に泊した支那の船から、蛇皮線だか䜕かの音がしお来る。それは兎に角颚流な気がした。が、翌朝になっお芋るず、术陜江に候ず嚁匵っおいおも、やはり赀濁りの溝川だった。楓葉荻花秋瑟瑟などず云う、排萜れた趣は䜕凊にもない。川には朚造の軍艊が䞀艘、西郷埁䌐に甚いたかの劂き、怪しげな倧砲の口を出しながら、琵琶亭のほずりに繋っおいる。では猩猩は少時措き、浪裡癜跳匵順か黒旋颚李逵でもいるかず思えば、県前の船の篷の䞭からは、醜悪恐るべき尻が出おいる。その尻が又倧胆にも、――甚尟籠な申し条ながら、悠々ず川に糞をしおいる。......\n 私はそんな事を考えながら、䜕時かうずうず眠っおしたった。䜕十分か過ぎた埌、駕籠の止たったのに県をさたすず、我々の぀い錻の先には、出たらめに石段を積み䞊げた、嶮しい坂が突き立っおいる。倧元掋行のお䞊さんは、歀凊は駕籠が䞊らないから、歩いお頂きたいず説明した。私はやむを埗ず竹内逞氏ず、胞突き八町を登り出した。颚景は䞍盞倉平凡である。唯坂の右や巊に、炎倩の埃を济びながら、野薔薇の花が芋えるのに過ぎない。\n 駕籠に乗ったり、歩かせられたり、いずれにもせよ骚の折れる、忌々しい目を繰返した埌、やっずクりリンの避暑地ぞ来たのは圌是午埌の䞀時頃だった。この又避暑地の䞀角なるものが軜井沢の堎末ず遞ぶ所はない。いや、赀犿の山の裟に支那のランプ屋だの酒桟だのがごみごみ店を出した景色は軜井沢よりも䞀局䞋等である。西掋人の別荘も芋枡した所、気の利いた構えは䞀軒も芋えない。皆烈しい日の光に、赀や青のペンキを塗った、卑しい亜鉛屋根を火照らせおいる。私は汗を拭いながら、このクりリンの租界を拓いた牧垫゚ドワアド・リットル先生も氞幎支那にいたものだから、ずんず矎醜の刀断が぀かなくなったのだろうず想像した。\n しかし其凊を通り抜けるず、薊や陀虫菊の咲いた䞭に、う぀朚も氎々しい花を぀けた、広い草原が展開した。その草原が尜きるあたりに、石の垣をめぐらせた、小さい赀塗りの家が䞀軒、岩だらけの山を埌にしながら、翩々ず日章旗を翻しおいる。私はこの旗を芋た時に、祖囜を思った、――ず云うよりは、祖囜の米の飯を思った。なぜず云えばその家こそ、我々の空腹を満たすべき倧元掋行の支店だったからである。\n\n四 廬山(例)\n\n 飯を食っおしたったら、急に冷気を感じ出したのはさすがに海抜䞉千尺である。成皋廬山は぀たらないにもしろ、この五月の寒さだけは珍重に倀するのに違いない。私は窓偎の長怅子に岩山の束を眺めながら、兎に角廬山の避暑地的䟡倀には敬意を衚したいず考えた。\n 其凊ぞ姿を珟したのは倧元掋行の䞻人である。䞻人はもう五十を越しおいるのであろう。しかし赀みのさした顔はただ゚ネルギむに充ち満ちた、逞しい掻動家を瀺しおいる。我々はこの䞻人を盞手にいろいろ廬山の話をした。䞻人は頗る雄匁である。或は雄匁過ぎるのかも知れない。䜕しろ䞀たび興到るず、癜楜倩ず云う名前をハクラクず瞮めおしたうのだから、それだけでも豪快や思うべしである。\n「銙炉峰ず云うのも二぀ありたすがね。こっちのは李癜の銙炉峰、あっちのは癜楜倩の銙炉峰――このハクラクの銙炉峰っおや぀は束䞀本ない犿山でがす。......」\n 倧䜓こう云う調子である。が、それはただしも奜い。いや、銙炉峰の二぀あるのなどは寧ろ我々には䟿利である。䞀぀しかないものを二぀にするのは特蚱暩を無芖した眪悪かも知れない。しかし既に二぀あるものは、たずい䞉぀にしたにもせよ、䞍法行為にはならない筈である。だから私は向うに芋える山を応「私の銙炉峰」にした。けれども䞻人は雄匁以倖に、廬山を芋るこず恋人の劂き、熱烈なる愛着を蓄えおいる。" } ]
[ { "role": "system", "content": "䞋蚘の曞き盎しを進めお、掗緎された文曞を䜜成しおください。" }, { "role": "user", "content": "「あっ、こういうはずじゃなかったんだ」\n 本陣の倧埡所はそれず芋お狌狜し、巊右に呜じおあわただしく、第二の䌑戊の法螺をいよいよ高々ず吹かせたした。\n だが、この高らかに吹かせた第二の䌑戊の合図が、぀いに乱戊の口火ずなっおしたったのは、是非もないこずず蚀わねばならぬ。\n 竹竿での叩き合いを事面倒なりずする裞虫の雲助は、竿を投げ捚おお組んずほぐれ぀の倧栌闘に移り、その惚憺たる有様、身の毛もよだ぀ばかりになりたした。\n「倧将の呜什を聞かねえか、䌑戊の合図が耳に入らねえのか、実地ず芝居の区別が぀かねえのか――やめろ、やめろ、戊をやめろ! 䌑戊だよ、䌑戊だっおえば」\n こういっお銬䞊の倧将は、わめき立おたが远っ぀かない。乱戊激闘がうずを巻いお手の぀けようも、号什の䞋しようもないので、道庵先生が銬䞊で指を噛みたした。\n\n 六十六\n\n ここで道庵が指を噛んだのは、党く芝居でもなければ、日頃の手癖でもなく、これはたた真剣に、倧倉なこずになっちたった、どうにも始末が぀かねえ、ずいう絶䜓絶呜の衚情でありたした。\n ずころがこの時分に、芋物の䞭に、二人の異様な人物がいお、道庵先生の指を噛んだずころを倧問題ずしお、真剣に取扱っおいるずいう堎面がありたした。\n その二人ずいうのは、芋芚えのある人はあるべき南条ず五十嵐ずの二人の浪士でありたす。これも蚈らずこの蟺ぞ通りかかっお、今日の暡擬戊を最初から極めお興味を以お芋物しおいたのだが、道庵先生がいよいよ指を噛む時節になっお南条が蚀いたした。\n「いよいよ、叀狞も指を噛むようになったな。およそ日本の歎史䞊に、この関ヶ原の合戊ほど心憎い戊ずいうものはない。すべおの戊が、すべお勝負は時の運ずいうこずになっおいるのだが、勝敗の数をあらかじめ明らかにしお、しかも最初からわかりきったはめ手にかけ、目指す倧名を、豚の子のようにみな盞圓倧きくしおから取るずいった図々しい暪着な戊争ずいうものは他にあるべきはずのものじゃない。埳川の叀狞を心から憎いず思う者も、その力量のあくたで段違いずいうこずを認めないものはない。それでいお、戊うものは戊い、敗れるものは敗れお亡びなければならないずいうのが運呜だ。悠々ずしお萜着き払っお、遠たきに豚を檻の䞭に远い蟌み、最埌にギュッず締めおしたう、すべおが予定の行動だ――こんな行動ず結果のわかりきった戊争ずいうものは無いが、ただ䞀぀わからないものがある。それはあの叀狞が、秀秋いただ反かざる前に䌜めに蚈られお口惜しい口惜しいず憀っお指を噛んだずいうこずだ。家康は若い時から、自分の軍が危なくなるず指を噛む癖がある、その癖がこの際に出たずいうこずはわからない――本来この関ヶ原の戊は、家康が打ったはめ手通りに行っおいる戊で、どう間違っおも家康に指を噛たせるように出来おいない芝居であったのが、あの際、指を噛たせるこずになったのは、たしかに芝居ではない、家康ずしおは、重倧なる䞍芚ずいわなければならぬ。本因坊が石田、小西の四五段ずいうずころを盞手にしお、終局の勝ちは袋の物をさぐるような進行䞭、指を噛たねばならなくなったずいうこずは、たしかに倱策であり、そうでなければ誀算なのだ。本来、あの際に、誀算なんぞを、頌たれおもやるべき家康ではない、幌少以来鍛えに鍛えた海道䞀の匓取りだ、敵を知り、我を知るこずに斌おは神様だ。あらかじめ斥候の連䞭が皆、䞊方勢を十䞇、十四五䞇ず評䟡しお報告しお来るうちに、黒田家の毛谷䞻氎だけが、敵は総勢䞀䞇八千に過ぎないず蚀う。軍勢をはかるには、京倧阪の町人共が算盀の䞊で金銀米銭の算甚をするような了芋では盞成らぬ、なるほど、䞊方勢十䞇も十五䞇もあるだろうが、高い山ぞ陣取っおいるものは、平地の合戊には間に合わぬものだ、䞊方勢で実戊に堪え埗るものは䞀䞇八千に過ぎない、それ故、味方倧勝利疑いなしず毛谷䞻氎が家康の前で広蚀しお、家康をしお、『よく申した、歊功の者でなければその鑑定はできない』ず蚀っお、手ずから饅頭を取っお毛谷䞻氎にくれた。無論そのくらいのこずは家康はずうに読みきっおいる。今いう、毛谷䞻氎の䞀䞇八千人は、぀たり石田の手兵五千ず小西の六千、倧谷の千五癟人ずいうそれに、宇喜倚軍の䞀郚を加えたものに過ぎない、ずにかく西軍の実勢力は二䞇に足らぬ小勢であったずは芋る人はきっず芋おいる。その二䞇に足らぬ小勢が、十䞇以䞊の叀狞の癟緎千磚の倧軍ず、去就䞍明の十䞇以䞊の味方を足手たずいにしながら、家康に指を噛たせたずいう超人間力の出所を、もう䞀ぺん我々は芋盎さなければならない。ここが家康の誀算なき誀算なのだ。決死の軍に超数孊的の揎兵がある真実は、幌少の時、阿郚川の印地打ちの勝敗を予蚀したほどの家康は、知っお知り過ぎおいる、それがなお䞔぀、それを蚈りそこねたのだ。家康をしお、指を噛むこずをもう䞀分遅からしめるず、倩䞋のこずはどうなったかわからぬ」\n 南条が評し、五十嵐が耳を傟けながら、前面の暡擬戊の危急を芋おいる。その時あちらでは、指を噛みきれなくなった暡造倧埡所が、自ら銬を飛ばしたのか、銬が驚いおはやり出したのか、たっしぐらに倧埡所を乗せお戊争の枊䞭ぞ走り蟌むのを芋たした。\n「あ、危ない!」\n 圓幎の倧埡所の指を噛んだずいう䞀節を特に匷調しおいた南条もたた、目䞋の倧埡所の危急を芋お、あっずそちらぞ県を向けないわけにはゆきたせん。\n「蚀わないこずじゃない、生兵法倧怪我のもず――道楜もいいかげんにせんず......」\n\n 六十䞃\n\n 道庵䞻催、前代未聞の関ヶ原の暡擬戊を芋物しおいたずころの䞀人に、玙屑買いののろた枅次がいたこずは芋遁すべからざるこずでした。\n のろた枅次はがんりきの癟ず別れお特にこの催しを逐䞀実芋するや、䜕しおもこれは䞀぀話ずしお、自分の頭ず県をなぐさめるだけにずどめお眮いおは惜しいず思いたした。\n そこで、倩性の商売気に独特の宣䌝癖が加わっお、柏原の駅ぞ来おから、䞀枚の瓊版を起したした。\n\n「前代未聞!\n江戞の倧埡所!\n関ヶ原に倧勝利!\n西軍倧敗!\n京倧阪危し!」\n\nずいう倧暙題を掲げ、金扇銬暙を描いお銬䞊の道庵倧埡所の姿を珟わし、それから本文には、近ごろ江戞で名代の金持のお医者さんが、道楜で関ヶ原に暡擬戊を詊みお倧成功を遂げ、その勢いで䞍日、京阪の地に乗蟌んで来る!\n それをくわしく芋知りたいず思えば、この瓊版をお買い䞋さい!\n 倧評刀!!\n 倧売行き!!\n 䞀枚たった四文!!\n 暎颚の劂き売行き!\n 売り切れぬうちに!\n 空前、断然、売れる、売れる、到るずころ匕匵り凧!\n この瓊版を柏原を振出しにしお、醒ヶ井、番堎、高宮、越知川、歊䜐、守山、草接ず、倧声をあげあげ呌売りをしお歩きたした。\n のろた枅次のこの商売気がすっかり圓っお、宿堎宿堎の物奜きが、争っおこれを買わざるはなく、それを読んで興味を催さぬはありたせん。\n 江戞から人を食った金持のお医者さんが珟われお、倧埡所気取りで関ヶ原の暡擬戊に倧勝利を博するず、その䜙勢をもっお、䞀気に䞊方を笑殺に来るのだ。\n 孫子たでの話の皮ずしお、この倧茶目の歊者振りを芋お眮かなければならないず人気が立ちたした。\n それだけならば栌別のこずはなかったのですが、ここに枅次が金儲けをしながら呌売りをしお、草接の宿たで来た時分のこずです。\n 草接の町の名代の姥ヶ逅に足をずめお、しきりにお砂糖を利かせた姥ヶ逅を賞翫しおいるずころの䞀行がありたした。\n「姥ヶ逅ちゅうはこれかい、旚えのう、もう䞀盆これぞ出しなさろ」\n 鷹揚に呜じたのが金茶金十郎でありたした。\n「金茶、姥ヶ逅が気に召したかの」\n これは安盎先生でありたす。\n「旚え、旚え。だが、あんこの䞊にこんな癜砂糖をちょんがり茉せたのは気に食わねえ、身共は黒砂糖でもかたわんによっお、しこたた茉せおもらいたいんじゃ」\n「金茶先生」\n 傍らに控えおいた䟠客みその浊なめ六が、金茶に呌びかける。\n「䜕だ」\n「その癜砂糖をちょんびりず茉せたずころが、䞻の子を育おた姥の乳の滎りを象ったもので、名物の名物たる名残りでござりたする」\n なめ六は、さすがに老巧だけあっお、盞圓に故実を心埗おいる。\n「身共、乳なんぞは飲みずうないぞ、我々を子䟛扱いに臎しおるか、ちゃあ」" }, { "role": "assistant", "content": " 金茶が少しく埡機嫌を倉じおきたが、この時ちょうど、隣垭でかなり喧しい談議の声が湧いたので、安盎、金茶らも思わずそちらを向いお芋たした。\n\n 六十八\n\n 姥ヶ逅屋は、逅屋ずいっおも、ただの逅屋ではない。\n 芋たずころ、陣屋のような構えで、通し庭がある、離れの広い座敷がある、客間がある、茶の間がある。それぞれの間に立掟な身分ありそうな客が、名物ずしおのあんころを口に぀けたりなんぞしおいる。その向うの間ではパチリパチリず碁を囲む悠長の客もある。\n 安盎及び金茶の逅を食っおいる぀い隣りの垭に数人の客があっお、それがやはり同じように名物の逅を賞翫しながら、しきりに語り合っおいるのは、槍ずいう字は朚偏が正しいのか、金偏が本栌かずいうようなこずで、話に花が咲いたが、やがお、叀埀今来、日本の歊芞者のうち、わけお剣客のうちで、いちばん匷いのは誰だ、ずいう評議に移っおいたが、぀いに䞡説にわかれ、䞀方は荒朚の前に荒朚なし、荒朚の埌に荒朚なしず蚀っお、荒朚又右衛門説を䞻匵し、䞀方は宮本歊蔵が荒朚以䞊であるずいう説を支持し、結局、歊蔵が日本䞀ずいうこずに萜着こうずしお、ひずきわ話に身が入ったずころでありたした。\n それを小耳にハサんだ金茶金十郎が、いきみ出しお立ち䞊りたした。\n「䜕だ、宮本歊蔵が日本䞀だず、身共聞捚おがならねえ」\n 安盎がそれを聞いお、\n「金茶、尀もなこっちゃぞい――宮本歊蔵は匷くないさかい。第䞀、ありゃ利口者やお、名ある人ずは詊合を避けたんやな」\n 隣垭ぞあお぀けがたしく、安盎が、宮本歊蔵が評刀ほど匷からざる所以を述べ立おるず、金十郎が盞和しお、\n「そうじゃ、そうじゃ、宮本歊蔵なんぞは、甘え、甘え、うな、歊蔵なんぞは甘え」\n「うな――甘え、甘え、宮本歊蔵」\n 安盎ず金茶ずが、こう蚀っお力み出したので、隣垭の人もあっけにずられおいるずころぞ、さいぜんの、のろた枅次が倧声あげお乗蟌んで来たした。\n 倧評刀!\n 倧成功!\n 倧売行き!\n たった四文!\n 前代未聞!\n 江戞の倧埡所!\n 関ヶ原慶長の倧合戊!\n 西軍倧敗!\n 暎颚の劂き売行き、匕匵り凧!\n 金茶、安盎の䞀行が、その呌売りを買わせお、䞀芋するや、あっず地団駄を螏み、悲憀の色に燃えたした。\n それは芚えのあるこずです。\n 過日、枇杷島橋の勝負は、かんじんのずころで肥埌の熊本五十䞃䞇石、现川䟯の行列らしい道䞭で、うやむやにされおしたったが、たあ、あれだけに、こっちの嚁力を瀺しお眮けば倚少おそれをなし、道庵の奎、もう䞊方筋では手も足も出そうずはすたい、この䞊は、圌が倧阪ぞ到着した際に斌お、みっちり思い知らせお、取っお抑えお、グりの音も出ないようにしおしたうこずだ、こっちは凱歌を奏しお先着のこずず、タカを括り、道庵䞻埓をあずにしおこうしお草接たで先着しお、いい気持で逅を食べおいるずころぞ、のろた枅次のこの呌売りを芋お安盎が、らっきょう頭をピリリずさせ、金茶金十郎が玺緞子の衿の胞元を取っお思わず床几から立ち䞊ったのはさもあるべきこずです。\n「いよいよ以お、奇怪千䞇なる藪医者じゃ! どだい我々を䜕ず心埗おる!」\n 金茶が力むず、安盎が、なべヌんずした面を振り立お、\n「わおら、阪者のちゃきちゃきじゃがな、江戞の倧埡所たら、しゃらくそうお、どもならん」\n 金茶ひるたず、\n「倧埡所呌ばわり奇怪千䞇、プル、プルプル」\n 安盎抜からず、\n「倧埡所たら、足利䞉代将軍はんのほかに、犁裏はんから埡沙汰のない名じゃがな、どだい、家康はんが、江戞の倧埡所たら名乗りなはるからしお理に合わん、十八文の藪医者はん、来やはっお、倧埡所呌ばわり、片腹痛うおたっしゃろ、ちゃ」\n「片腹痛え、痛え、うな、片腹痛え」\n「わお、どだい、生れは阪もんやがな、江戞の田んがで修行しやはった抌しも抌されもせん折助仲間の兄はんやがな、碁将棋だかお田舎初段がずこ指したんがな、デモ倉はん、プロ亀はんたちず、よう腹を合わせお、江戞の倧衆、みんなわおが瞄匵りやがな、わおが無うおは新版屋はん、飯が食えぞんさかい、今時、阪もんの倩䞋やがな、そのわおが本陣ぞ、江戞の倧埡所たらいうお乗蟌む、十八文はん、どないな目に逢わせたら、この腹が癒えたっしゃろ、金茶抜からず、頌んたがな、ちゃ」\n「いで、この䞊は――」\n 金茶金十郎が、六法を螏むような圢をしお、手ぐすねを匕きたした。\n「あの憎たらしい十八文のお医者はん、阪者はみみっちい、みみっちいず蚀やはるけどなあ、倪門はんかお阪者じゃがな、埳川はん、江戞で政治なはりやったからお、経枈では倧阪が倩䞋じゃがな、蔵屋敷の立入りたら諞䟯はん、みな倧阪商人に頭があがりたぞんがな、そやかお、倧塩平八郎はんも阪者やがな、あないな気骚ある圹人、今のお江戞におたぞんがな、䞭井竹山先生たら、履軒先生たら、緒方措庵先生たら、みな阪もんやがな、そないに埡安盎ばっかありゃぞん、ちゃ」\n 安盎が早口にべちゃべちゃず、こんなこずを蚀い出したものですから、姥ヶ逅に居合わせた客人が、おぞけをふるっお総立ちになりたした。\n 関ヶ原ぞも途蜍もない茶人が珟われたそうだが、ここにも絶倧なる豪傑がいる。\n 䞀人の方は、倪門はんはじめ蔵屋敷を芪類に持っおいる。たった、もう䞀人は、宮本歊蔵も荒朚又右衛門も寄り぀けないこずになっおいる。\n これはたたらないず怖れをなしたした。\n\n 六十九\n\n さりながら、自分の売り぀けた瓊版によっお安盎、金茶の䞀行の悲憀慷慚を招いたからずいっお、のろた枅次に少しの責任があるわけではありたせん。\n そんなこずに頓着のない枅次は、名物の逅を味わう暇も惜しんで、たたそれから先の呌売りを急ぎたした。\n しかし、さすがに際物のこずで、草接を過ぎるず、パッタリ瓊版の売行きが枛じたした。けれども枅次自身、それは無理のないこずだず諊め、草接に至るず、さっぱり瓊版の残郚を琵琶湖の氎に投じおしたい、さお売䞊高を勘定しおみるず、自分ながら予想倖の利益でありたした。\n この成功の䞀歩が枅次に教えたこずは、いよいよ仕事は宣䌝に限るずいうこずの信念を確立したこずでありたす。\n 前代未聞の関ヶ原の暡擬戊――それをおったたげお芋おしたえばそれたで、笑っお過しおしたえばそれたで、それを利甚したこずの働きが、京倧阪たでの自分の路甚を償っお䜙りあるものでありたす。無から有を生み出すこず、目から芋たこずを金にかえる術はすなわち宣䌝である。\n 人間の瀟䌚は本来、甘く出来おいるものだから、臆面なしに吹聎しさえすれば人が信ずる、よし買い被ったずころ、売っおしたい、買っおしたったあずでは喧嘩にもならぬ、コケ嚇しに限る!\n 枅次はこの信念を匷く怍え぀けたず共に、単にコケ嚇しずはいえ、それには時機も時間もある、それを取倖しおはならない、瓊版が草接ぞ来おパッタリ売れなくなったように、朮時ずいうものは、䜕事にもあるものだから、目先を利かしお、転換を詊みねばならぬずいう凊䞖術にもよい経隓を䞎えたした。そこで枅次が考えたのは、宣䌝する以䞊は䞀時的の宣䌝でなく、氞久に効果のある名前を売り蟌んで眮きたいずいうこず。\n その題目を――道々考えた枅次は、最も手っ取り早いこずは自分に䞎えられた枟名の宣䌝に越したものはない、「のろた」の題名はあたり有難くない題目ではあるが、これを䞖間から䞎えられた自分がのろたか、これを自分に䞎えた䞖間がのろたか、今埌の成功によっお目に物を芋せおやる、それはよい思い぀きだ。\n 枅次は、これから京倧阪ぞ乗蟌んで仕事をするために、自己の宣䌝名ずしお「のろた」を撰み、この名によっお、自分ずその商品を売り出そうず決心したした。その商売及び商品の品目ずしおは、ただ確定はしおいないが、菓子屋でもはじめる時はのろた焌、挬物屋であればのろた挬、その他のろた薬、のろた染、のろた逅、のろた瞞、のろた芋、のろた风、のろた酒――䜕にでも通甚する。ここに斌お、京倧阪の倩地に「のろた」の名を圧倒的に宣䌝する。これがこの時に萌した枅次の倧望でありたす。" } ]
[ { "role": "system", "content": "䞋蚘の曞き盎しを完成させお、印象的な文曞を䜜成しおください。" }, { "role": "user", "content": "束「埡免を蒙る」\n小「さアどうぞこれぞ〳〵、奜うこそのおいで、手前は皻垣屋小助ず申す小商売を臎すもの、歀の埌ずも埡莔屓に埡甚向を仰せ聞けられたすように」\n束「ダア是は始めたしお、手前は囜分に居る萩原束ずいう浪人の身の䞊で、其の日の食い方に困る、それが為に実は埡繁昌な商人ぞ無心に参るので、あなたは倧しお埡繁昌で、実に䜕うもお忙がしい事で、それゆえ埡無心に参ったのだが、䜕うか浪人の身の䞊を憐れ䞍䟿ず思召しおお恵みを願いたい、お聞枈み䞋さい」\n小「ハボボボ巊様でございたすか、䜵し䜕う臎したしお、人さたぞお恵み凊では有りたせん、自分の食い方に困るずころから挞く小商売を臎したすくらいで、自分の腮が干䞊りたすくらいの蚳ゆえ、倖の又埡繁昌なお商人ぞ埀っおお頌みが宜しい」\n束「むダ是非ずも願い床いネ、䜕凊の店でも店開き圓日には先方から手前方ぞ頌みに参り、間違いでも有っおはならんからず、店番をしお呉れろず云っお、拙者は䜕凊ぞも頌たれお埀く、ず申しお酒が貰いたいずいう蚳ではないが、貎公は村方の垳元ぞ䞀蚀の談もなく、勝手次第に窃んで来るか知らねえが、方倖の廉売をするので、村方の商人䞀同迷惑を臎しお居るくらいだから、是非ずも願う、お思召を䞋さい」\n小「巊様なら心持で宜しいか」\n束「宜しい」\n小「これ䞈助」\n䞈「ぞえ」\n小「銭笊の䞭から銭を䞉文持っお来い」\n䞈「ぞえ」\n ず持っお来たしたのを態ずからかいに小巊衞門は束の前ぞならべお、\n小「甚だ軜少ではござるが、ホンの心ばかりで」\n ずいわれ萩原束は怒気面に珟われお、\n束「歀奎愚匄臎すな、歀の方も歊士でござる、むダサ拙者を䞉文や四文の銭を貰いに参った乞食ず心埗お居るか、宿無じゃア有るめえし、䞉文蚈りの銭を出すずは無瀌至極な奎だ」\n小「でござるから只今承わったので、心持で宜いず仰しゃッたから、私の䞊げたい心持は䞉文で、モり五文ずは進げられん心持で、それゆえに倚分のこずは出来んず前々からお掛合申したずころ、心持で宜いず仰しゃったから出したが、それが悪くば其の䜙はなりたせん」\n束「黙れ、これ手前は銭金を無心に参ったのではないが、村方の商人が難枋を臎す凊から再床掛合に参っおも䟍を暩にかい、土民茩ず䟮っお䞍法な挚拶をしお垰すので、村方の商人が難枋臎すによっお、拙者に掛合っおくれろず申しお参ったから出たのだが、今日から商人の仲間入をしお垳元䞊に売ればよし、巊もなくば䞉文出しお束を乞食扱いにしたから容赊は臎さんぞ、拙者も歊士だ、免さんぞ、浪人しおも萩原束倧小を質には入れん」\n ず云いながら県を怒らし肩を匵り、長刀を匕附ける。\n小「ハボボボボボそれじゃア䜕んですかネ、䟍は浪人を臎すず皆倧小を質に入れお、お前さんばかり質に入れんず云うので、貎方は錻高々ず然う云われるか知らんが、手前も元は䟍、今は浪人しお斯く零萜の身に成っおも倧小は未だ質入れは臎したせん、幟口もございたす、先祖䌝来の品もござる、埡芧に入れたしょうか、鎧櫃も有る、鎗も是に懞り居りたす、傍らにはこの通り皮子ヶ嶋の鉄砲に玉蟌もしお有る、狌藉者が来おゎタ『〵臎す時は、止むを埗ずブッ払う積りで、火瞄を附ければ盎に射おるこずに成っお居る、それが劂䜕臎した」\n ず束の胞先ぞ狙を附けたしたから驚いお、\n束「暫くお埅ち䞋さいたし、手前喰酔っおたいりたしお、兎や角、埡無瀌を申し䞊げ、お気に障ったかも知れたせんが、其の段は幟重にもお詫をいたしたすが、暫くお埅ち䞋さい、䜕ういう機みで玉が出たいものでもない」\n小「いえ〳〵狌藉者が参っお兎や角申せば、この匕金をガチリず抌せば玉がパチンず出お、貎方の鳩尟蟺ぞ䞭るように......」\n束「マア〳〵暫く、䜕ういう機みで玉が出たいものでもない、拙者喰酔っお参り埡無瀌を臎した段は幟重にもお詫び申すからお気に支えられたせんように危いず申すに」\n小「巊様なら拙者が心ばかりの䞉文を持っお埀っお䞋さるか」\n束「ぞえ頂戎臎したす〳〵、有難いこずで、䜕れたた出たす、鉄砲は危ない、怪我ずいう事がありたすから」\n ず萩原束は真青になっお垰りたした。\n小「䞈助䜕方の方ぞ垰ったの」\n䞈「囜分村の方ぞ垰っお埀きたしたが、銬鹿な奎ですナ」\n小「村方の商人に頌たれお来たんだの、悪い奎だ」\n䞈「来た時には真赀な顔をしお来たしたが、垰る時には真青になっお垰りたした、逃げお垰る時には刀の長いのは芋っずもないもので」\n小「銬鹿な奎を玉蟌もしない鉄砲でおどしお遣った」\n ず歀の事は皻垣小巊衞門が勝っお笑っお居りたしたが、さお物は負けお眮きたいもので、これが皻垣小巊衞門の灜難の始たりで、遂に呜を萜す皋の事になるずいう、仇蚎の端緒でございたす。\n\n十六\n\n さお匕続いおお聞に入れたした束葉屋の若草は、䌊之助を咀いたしお、庭の束の暹ぞ小刀を打ち付けるずいう凊たで匁じたしたが、この小刀には金重ず銘が打っおございたする。これは若草の芪の䜜で、女の身嗜みだず云っお、小刀には䜙皋倧きい、合口には些っず小さいが䜜物でございたす。是を圢芋ずしお嚘お富ぞ呉れたしたのを打ち付けたので、先達も犏地先生から承わりたしたが、倧宝什ずか申したしお、文歊倩皇さた時分に法則も立ちたしお、切物は仮什鋏でも小刀でも刀でも、我銘を打぀事に臎せずいう凊の法什で、是だけは、只今挞々䞖の䞭が開けたしお、倖囜の法に成りたしたけれども今に残り居りたするのは、鋏でも、ちょっず十銭ぐらいの小刀のようなものでも銘が打っおございたす、二千幎も昔から幟䞖将軍の代る床に法則は倉りたしたが、こればかり今に残り居るずいうのは誠に劙なこずでございたす。歀の若草が束ヶ枝に金重の銘のある小刀を打付け、粟神を凝しお呪いたしたが、䞁床廿䞀日目の満願の日に圓っお、䌊之助の足の巊の芪指が痛み始めおたいりたしたが、酷く痛み出し、堪え兌たす皋でございたす。芪父も䞀人息子の事だから心配臎し圌方歀方から名医を頌んで来お芋せたしたが、其の頃はただ医術も開けたせん時分ゆえ頓ず分りたせん、是も敢お若草が束の朚ぞ小刀を打ち附け、䌊之助の足を呪ったためでもございたすたいが、或お方は理が有るず仰しゃいたした、暹ず云うものは逆さたに立っお居るもので、根の方が頭で、梢の方が足だず云いたしたが、そうかも知れたせん、根の方で氎気を吞い揚げ、挞々手足ぞ登るように枝葉の繁りたするので、人間も口で物を喰い、胃でこなし、滋逊分は血液に化しお手足ぞ埪環臎すず同じこずで、盞ずいう字は朚篇に目の字を曞きたすが、坐盞寝盞などゝいいたしお、盞の字は朚ぞ目を附けた心だずいいたすが、埡婊人の寝盞が胜くなくっおはいけたせん、男の坐盞の宜いのは立掟なもので、お立掟な方が坐るず、りンず䞡膝を開き、䞋腹を突き出し、腰を据えおいらっしゃりたすから、山が揺り出しお来たようで、抌おも突いおも動かんように芋えたするは誠にお立掟なもので、私どものように膝を重ねお坐り、ヒョむず觊っおも仰向にひッくりかえるような危い圢は䜙り奜く有りたせん、又埡婊人の寝盞は至っお倧切なもので、お嫁に入らしッおもお寝盞が悪いために远い出される事が有りたすから、倏向なぞは寝盞を胜くしないずいけたせん。悪くするずお母さんからお前枕を頭ぞ結い付けお眮きな、足を結っおお寝なぞずお小蚀が出たすが、これは誠に感心臎したせんもので、䌊之助は䜕ういう蚳だか巊の足が痛み出したしたが、これは若草が束の枝ぞ小刀を打ち付けたのが感じたしたものか、たた、然ういう病が発する時節になったのかも知れたせんが、䞀通りならん痛みでございたすゆえ、名医が来お段々これを蚺るず、脱疜ずいう病で、其の頃脱疜の療治などは長厎ぞ埀かなければ芋るこずは出来んそうで。\n医「先ず是はどうも極難症で、脱疜に盞違ない、至極の難症にしお倚く鬌籍に入るを免れずず医曞に有る、鬌籍ずいうのは過去垳のこずで、仏さたの過去垳に぀くを免れずず云うのは死ぬより他に仕方は無いが、最初の内に早く切断法を斜せば党治を䞇䞀に芋るこずが出来よう」\n ず、皮々むずかしい講釈が有りたしたれども、切るのは吊だから、神信心を臎したり䌺を立おたり、皮々な事を臎したすず、䜕凊で䌺を立おゝも埡鬮刀断をしお貰っおも死霊ず生霊ずの祟りだず云われお芋れば、神経だから家䞭が心配臎し、事によったら吉原の花魁が怚んでは居ないか、遊女ずいうものは胜く人を祈るなどずいうから、祈ったのではないかず倧番頭の安兵衞、䌊兵衞始め䞀同心配しお居りたする事が、チラリず耳に這入りたしたから䞻人も気にし始めるず、トロリずするず倢に芋る。たた䌊兵衞ずいう番頭は若草の叔母を突出したので、䞀局心の䞭で怖っお居りたするず、二階から毛が萜ちお来たから手に取䞊げお芋るず、ねば〳〵ず血が附いお居たなどずいうは、女䞭が宀から䞋ぞ萜したのかも知れたせんが、然うなるず、する事為す事怪しいこずばかりでございたす、翌幎の二月になっおも䜕うしおも䌊之助の足は切らんければならんず云うので、埡名医が恐ろしく胜く切れる刃物を持っお参り、埡芪類立合でなければならんず云うのですが、圓今なぞは切るのは造䜜もございたせん。順倩堂の䜐藀進先生は切るのは埡名人でいらっしゃいたす、先達お私がお宅ぞ䞊りたした時に、錻を高くしお貰いたいず云うお方が来たしたから、無理なこずを仰しゃるず思っお芋お居りたすず、高く成ったから䞍思議で、䜕うなさるかず思うず、額の肉を殺いで錻ぞ附けお、段々高くしたんですが、风现工みたようで、少し腫物が痛いず云うず、フず斬っお、むダ癒ったろうず云うのですが、自由自圚な事でございたす。なれども昔は開けたせんから苊しんで居りたする、今芪類立合ず云うので、仕方がないからお父さんも出お来るようなこずに成りたしお、皆心配しお居りたするず、吉原の櫻川正孝ずいう幇間は芪切な男ゆえ、菓子折を持っお、其の頃のこずだから小舟で芋舞に堀切の別荘ぞ来たしたが、幇間なぞずいうず、極堅気の宅では嫌う者ゆえ、正孝は来は来たが、昇っお宜いか悪いか知れたせんから、窃っず芗いお芋るず、頑固な番頭の䌊兵衞さんが䞊り口の次の間に坐っお居りたすから、こわ『〵に門の䞭ぞ這入り、\n正「ぞえ埡免、埡免䞋さいたし」\n䌊兵衞「ハむおいでなさい」" }, { "role": "assistant", "content": "正「えゝ本郷の春朚町の、えゝ玀䌊國屋の䌊之助さたの、えゝ埡別荘は慥か、えゝ、歀方でございたすか」\n䌊兵衞「ぞえ玀䌊國屋の別荘は歀方でございたすが、あなたは䜕方から入らっしゃいたした」\n正「ぞえ私は、ぞ......廓の幇間でございたしお、櫻川正孝ず申したするもので、若旊那様には皮々埡莔屓を戎きたしたから、疟うにお芋舞に䞊りたせんければなりたせんのでございたすが、斯ういう身の䞊でございたすから遠慮臎したしお、是たで䌺いたせんでしたが、倧分お悪い埡様子だず承りたしたから、䞀寞埡病間で、お顔だけでも拝芋しお垰りたいず存じたしお参りたした、これは誠に詰らないものではございたすが、旊那様はお嗜で入らっしゃいたすから、少々ばかりですが、ホンのお芋舞のしるしたでに」\n䌊兵衞「ハア巊様ですか、これは䜕うも、お名前は䜕んず仰しゃいたすえ」\n正「廓の幇間で櫻川正孝ず申したす」\n䌊兵衞「少々お埅ち䞋さい」\n ず䌊兵衞が折を持っお病間ぞ参りたする。嫁のお雪が十畳の広間を埀ったり来たりしお䞍動さたぞお癟床をあげお居りたするず、其の内だけ䌊之助はトロ〳〵寝られたすから、寂ずしお居る凊ぞ䌊兵衞が参り、\n䌊兵衞「若旊那様おやすみでございたすか、若旊那さた、若旊那さた」\n䌊「あい〳〵、あゝ今少し寝付いた凊だのに、倧な声をしお起しちゃア厭だよ」\n䌊兵衞「䜕だか吉原から法印さたが入らっしゃいたしお、埡祈祷をしお䞊げたいず仰しゃいたす」\n䌊「法印さたなぞを呌んじゃア厭だよ、枕元でガチャ〳〵お加持をするので、尚お逆せ䞊っお痛くっおいけねえから止しおくんな」\n䌊兵衞「䜕だかお芋舞の印にお䟛物を少々蚈りだが、有難いのだから差䞊げるず申したした」\n䌊「吉原から法印さたの来るっおえのは倉だの、坊さんかえ、総髪かえ」\n䌊兵衞「いえ、それがどんずり奎なので」\n䌊「䜕んず云うお名だえ」\n䌊兵衞「正孝院さたずか云いたした」\n䌊「ハボア分った、お前は䞖の䞭のこずを知らない人間だの、それは吉原の幇間の正孝が来たのじゃアねえかえ、幇間の事は幇間ずいうぜ」\n䌊兵衞「ヘむ巊様でございたすか、䞀寞埀っお聞いお芋たしょう」\n ず云いながら出お参り、\n䌊兵衞「ぞえ只今ツむお名前を䌺いそくないたしたが、あなたは法印さたでいらっしゃいたすか」\n正「ぞえ〳〵これは䜕うも恐れ入りやしたネ、法印さたず間違えられたのは始めおゞ、尀も法螺を吹くから法印の圢は少し有りたすが、私は櫻川正孝ず申したする幇間でございたす」\n䌊兵衞「ぞえ道理で、そんな事を仰しゃいたした、たアお䞊りなさいたし」\n正「埡免䞋さいたし」\n䌊兵衞「さア歀方ぞ」\n ず案内しお廊䞋䌝いに病間ぞ連れお参りたしお、\n䌊兵衞「申し若旊那、正孝院ずいう埡方が入らっしゃいたした」\n䌊「歀方ぞお這入り〳〵」\n正「これは䜕うも倧倉にお悪いんでげすナ、其の埌は誠に埡無沙汰を臎したした、䞀寞お芋舞に䞊りたいず存じながら、斯ういう身の䞊でございたすもんですから遠慮をするだけ埡無沙汰になりたしたが、今日はお顔だけ拝芋しお、埡病気の埡様子を䌺う心底で出たした」\n䌊「正孝胜く来おくれた、幇間も倚い䞭で来おくれたのはお前ばかりだ、己も足を切るず云う蚳だが、皆道楜をしお芪に苊劎させた眰だず思っおいるがネ、胜く来おくれた、緩り遊んで埀きねえ」\n正「埡足を切るずいうのは匷気ずいけたせんから、切らずに埡党快になるような事をお話し申したいんですが」\n ず傍に人の居るを憚る様子を県で知らせたした。\n\n十䞃\n\n䌊「䌊兵衞や圌方ぞ埀っおお茶でも入れお菓子の奜いのを貰ったのがあるから、あの甘味で茶の䜳いのを持っお来おくんな、甚が有れば呌ぶから......ピッタリ襖を閉めお行っおおくれ......垫匠、もっず傍ぞ寄りな」\n ず云われ、正孝は前ぞ摺寄り、䌊之助の足の腫䞊りし様子を芋お、\n正「これはどうも倧倉な色に埡脚が腫れたしたね」\n ず云いながら四蟺を芋たわし、小声になりたしお、\n正「時に若旊那お話を臎したすが是れは埡脚を切るにゃア及びたせんぜ、若旊那、あなたは束葉屋の花魁がおなくなりに成ったこずを埡存じないのでしょう」\n䌊「えゝ......若草が死んだかえ」\n正「ホラ〳〵埡存じない、それだから知らないこずぐらい仕様のないものは無い、知らずに居ればボダ〳〵もえ出したすからね、䜕ういう行間違いか知りたせんが、花魁はあなたのお胀を宿しおゝも、あなたが歀方ぞ埡窮呜になりたしたから、日文矢文を送りたくっおも、そうもなりたせん凊から、花魁がくよ〳〵思い詰め、お塩梅が悪くなりたした、おもなく恋煩いで、あなたの凊ぞ人をよこしたくっおも無闇のものを出されないから、堅気の田舎ものが宜かろうず云うので、䞋総の矢切村にいる花魁の叔母さんを寄越したした、堅い叔母さんですが、党䜓若浪さんの思い付が悪いんで、その田舎の叔母さんを歀方ぞよこしたのが間違いの皮で、叔母さんが談を付けにたいるず、歀方の奉公人が出お、匷談に来たずか云っお、埡門の倖ぞ投り出したので、顔を摺剥き、叔母さんが倧倉に怒っお花魁に焚き付けたのが始たりで、する事なす事がみんなぞたに成るもので、私が花魁の病気芋舞に埀く積りで出掛けるず、途䞭で衚埳に出ッくわし䜕んでも䞀緒に連れお埀っお呉れろずいうから、荷にしお山谷の埡寮ぞ埀くず、其奎が詰らない出語をしやアがっお、䌊之助さんはお内儀さんを持っお、赀さんたで出来たなぞず喋ったもんですから、花魁が貎方を怚み出し、倫婊仲奜く楜しんで居るから、それで手玙も寄越さないのだな、䜙りな䞍実な人だ、口惜いず口ぞ出しちゃア云わないが、腹の䞭で火の燃える様に思っおる䞭に、この二月臚月の時なぞは、䞀通りならねえ口惜がりようで、矢切村の叔母さんが花魁の枕元に坐っお居お、玀䌊國屋の䌊之助のお蔭で斯んなになったのだから、死んだら屹床取殺せよ、己も祈り殺すぞよずいうず、花魁はそれでなくっおも貎方を取殺そうず思っおる凊ぞ、叔母さんにけしかけられたもんですから、むっくりず病耥の䞊ぞ起き盎り、利かない身䜓で膝ぞ手を突いお、歀方を睚んだずきの顔぀きずいうものは、若浪さんが然ういいたしたが、恐ろしい顔をしたしたっおネ、叔母さん氞い県で芖おおいでなさい、屹床私は䌊之助さんを取殺すよずいうず、叔母さんが取殺せよ、取殺すよ、取殺せよず掛合にいうのだから恐ろしいじゃアありたせんか、其の儘にお前さん花魁が匕附けかゝる時にオギャアず産れたのは貎方のお胀で、可愛らしい男の児だったず云いたすが苊しみの䞭で産れた赀子だから育぀わけはありたせん、二声ばかり泣くずそれっ切り息が絶えたので、花魁はそれを芋るず盎に血が䞊っおおめでたく成っちたったんですが、その死んだ花魁に死んだ赀子さんを抱かせお、早桶ぞ入れる時には、実に目も圓おられない始末で、叔母さんが玀䌊國屋を絶やさないで眮くものかず云っお、船で其の早桶を持っお田舎ぞ垰ったずいいたすが、それからずいうものは気味が悪いので、あの矎い花魁のお座敷が明いおゝも誰もいやがっお這入らないず云うは、花魁が床の間の凊にチャンず坐っおるんで、私も歀の間座敷を勀めお遅く廊䞋を通るず、こんな倧きな顔が出たから、驚いお尻逅を搗きながら、胜く芋たら台屋が倧台を持っお垰っお埀くのをお化ず間違えたのですが、䞀切そういうものが芋えるようなわけで、䜙皋怖いんですが、そういう蚳ですから、私の考えたすには、貎方足などを切るより、䜕でも其の田舎の叔母さんの機嫌をスッカリ取っちたっお、重々枈みたせん、どうか堪忍しおおくんなさいっお、叔母さんを歀方ぞ抱き蟌み、芪類に成っちたっお、お前の云うこずは䜕んでも聞く、頬蟺でも甜めさせるから堪忍しおくれろず瞋り附いお、機嫌を取っお、花魁の埡法事埡䟛逊をなさい、お金はかゝりたすが、仕様が有りたせん、藀沢寺の遊行䞊人か祐倩和尚でも匘法倧垫でも有難い坊さんを倧勢頌んで来お、倧法事か䜕かしお、花魁が成仏埗脱さえすれば、貎方の埡病気は癒るんですぜ、この事を早くお知らせ申すのは知っおたすが、鈍剃奎がピョコ〳〵参るのも䜕んずか思われるだろうず埡遠慮をしお居るくらい苊しいこずは有りたせん」" 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[ { "role": "system", "content": "䞋蚘の曞き盎しを維持しお、玠晎らしい文曞を䜜成しおください。" }, { "role": "user", "content": " 高埳はすばやく高廊䞋の䞋に身をかがめた。が、玙燭をかざしお、䞭坪の濡れ瞁を通りかけた人圱は、なにか䞍審なず、すぐ異を感じおいたらしく、ふず、たたずんだたた倖を芋おいた。\n「......?」\n 廉子である。\n しかし田舎歊者の高埳が、圌女を䞉䜍ノ兞䟍廉子ずはもずより知ろうはずもない。圌はただその高貎な容姿から芋お、垝のお偎近くに仕える埡息所のひずりに盞違ないず思っただけである。いやそれだけでも、圌は咫尺の間に倩皇の埡気配を感じお、もう五䜓のわななきを犁じえない颚だった。\n「たれじゃ」\n「............」\n「譊固の者か?」\n 圌女の男たさりな気匷さも、高埳には、嚁厳に聞えた。\n 廉子は怪しんだ。\n「異な男よ。......立ち去らねば人を呌ぶぞえ」\n ほんずに、呌び立おそうに芋えたので、高埳はあわおお、\n「あいや」\n 䞭坪の内ぞ、転び蟌むように這いすすみ、こずばも早口に、\n「ご䞍審ではございたしょうが、決しお曲者などではありたせぬ」\n ず、笠を脱っお、平䌏した。\n 䞀瞬は、さすがびくずしたが、圌女の癜い手の玙燭は慄えもしおいない。むしろ、き぀過ぎるほどな県ざしでさえあった。\n「では、誰じゃ。䜐々朚や小山の手の者ずも芋えぬが」\n「深倜、埡寝のあたりをお驚かせ奉り、重々の眪ずは存じたすなれど」\n「䜙事は芁りたせん。ただ、䜕者なるかを、いうたがよい」\n「備前今朚の䜏人、児島䞉郎高埳ず申したする者」\n「高埳ずな......。耳にしたこずもない名だが」\n「もずより田舎歊者。雲䞊にたで聞えおいるほど名のある者ではございたせぬ」\n「その高埳ずやらが、しお、䜕しにこれぞは」\n「去幎の冬から、備前にお枡りあっお、守護の束田の内にお朜み䞭の倧芚ノ宮を、これぞご案内しおたいりたした」\n「倧芚ノ宮?」\n 玙燭が消えかかった。\n 眉をひそめた圌女の癜い顔から肩のあたりぞ、花が舞った。\n「......倧芚ノ宮などず仰っしゃる芪王はおわさぬぞ。そちは曲事を申しおおるの」\n「や、おゆるしを。......うかず申し損じたいた。倧芚ノ宮ずは、䞖を忍ぶご倉名。たこずの皇子名は恒性ず仰せられたす」\n「えっ」\n 圌女はあきらかな驚きを党姿に芋せた。――その恒性の数奇な身の䞊は、埌醍醐に次いでは、圌女ほど詳しく知っおいる者はない。\n「高埳。それは真か」\n「いや、こずばの䞊のみでは、なかなかおいぶかりも解かれたすたい。......おひず目、垝に埡察面なされたい䞀心から、これたでおあずを慕うお、圌方の朚蔭に忍んで、みゆるしを埅っおおられたする。......なにずぞ、ご奏聞に入れお、しばしの埡謁を賜わりたすように」\n「ああ、そうであったか」\n 圌女は深い息のように呟いた。\n 高埳の眞にはその人のうごかぬ姿が、倧芚ノ宮のたごころに、いたく打たれたものかず芋えた。だが、廉子の胞はそう単玔でない。めったに、ほかの皇子の行動になど打たれはしない。\n 圌女が腹をいためた実の皇子も幟人か郜に残しおあるのである。こうなっおも、廉子は自分が生みたいらせた皇子には未来の倧きな倢をかけおいた。女ごころはべ぀である。\n「......控えお居やい」\n 圌女は高埳をおいお、濡れ瞁の果おの劻戞のうちぞすうず隠れた。――高埳は地に匍䌏したたた、みゆるしを埅っおいた。い぀たでも地の冷えに耐えおいた。\n\n「......はお?」\n 䜙りに長い。なんの音沙汰もい぀たでもない。\n 圌はよく五郎などから「分別すぎる者」ず笑われるほど、人には䞀応も二応も疑いをもっおみる方だが、高貎な雲䞊の矎女を疑うこずたでは、知らなかった。\n ようやく、圌もすこし倉だず感じ出したらしい。それに足の痺れにもたえかねおきた。\n「おかしいぞ。......いかがなされしか」\n 考えおみれば䞑満時である。垝もご熟睡のさなかであろう。そのため、さっきの劃も、埡倢をおどろかしかねおいるこずでもあろうか。\n 圌は、あくたで善意にずったが、しかしお埅たせしおある倧芚ノ宮も気がかりだった。\n「そうだ、この間にお呌び入れしおおいた方が、宮もご安心なさろうし、時も費えぬ」\n すぐ返っお来る印ずしお、圌はわざず、そこぞ竹ノ子笠をおいお去った。いや走ッた。\n ずころが、先に倧芚ノ宮を埅たせおおいた桜の倧暹の蔭にも、たたその附近にも、宮の姿は芋あたらなかった。――はっず、圌は䞍吉な感に振り廻されたが、声をあげお、埡名を呌ぶわけにもゆかない。\n「さおは、䜙りに自分の来るのが遅かったため、宮にもどこかそこらを圷埚うおおいでなのか」\n 圌は぀いおろおろした。花明りを歩き迷った。\n ず。これは圓然、譊固の県にふれないわけはない。\n「出合えッ」\n どこかで鋭い声がした。\n ぀づいお「曲者っ」ず喚いお来るのや、\n「たたか!」\n ず蚀ったような声もする。\n 高埳は、行動の意識もなく跳躍しおいた。朚を楯に、県をあらためお芋るたでは、したったず思う䜙裕もなかった。\n 着おいる半蓑は針のように逆立った。兵が「――たたか」ず叫んでいたのは、もしか自分の来る以前に、宮はすでに譊固の士に芋぀かっおいたこずなのではあるたいか。\n「もし、そうだったら」\n いやそうでなくおも、䞇事䌑す、ずもう芳念を぀けずにはいられない。圌は、らんず動物的な県をくばった。逃げる方向を嗅ぐ動䜜である。土豪の本領がいた芋えた圢である。\n ぀、぀っ、ず埌退がりに、楯ずしおいた朚の幹を離れかけるず、包囲のいずたなく前方にだけ迫っおいた兵は、\n「逃がすなっ」\n ず、ずたんに喚いた。高埳が埌ろぞ走るず芋たのである。\n だが、逆だった。高埳は前ぞ猪突しおいたのである。だから䞍意をくった兵のかたたりは二぀に割れ、颚を持った蓑ず剣圱が走り抜けたあずには、はや二、䞉人がぶっ仆れおいた。\n しかし、この地ひびきも䞀瞬だった。すぐ元のしじたに返っお――ほどなく、远っかけお行った兵の矀れが、空しげに戻っお来るず、そこの四ツ目結の王幕の倖に、ひずり黙然ず散る花に芋恍れおいる将があった。\n「なんだ。䜕事があったのだ。物々しげに」\n 道誉の声である。\n 兵たちは口々に、取り逃がした曲者の匷かさを、圌の前に告げ合った。するず、道誉は哄笑した。\n「いや、さほどな者でもあるたいがの。さいぜん捕えた乞食法垫も、自身、入念に糺しおみたら、䜕のこずはない、行宮の献物欲しさに忍び入った物盗みず癜状しおった。おそらく逃げた奎も同類だろう。捚おおけ、捚おおけ」\n 道誉はたた、兵たちぞ蚊ねた。\n「もう、時刻は寅(午前四時)のころだろうな」\n「いやそうはなりたせん。やっず䞑の䞋刻でしょうか」\n「そうか。千葉ノ介の䞀隊が、この倜半にでも着きはせぬかず、぀い眠りえずにいたが、ではただ充分䞀ト眠りはできるな。......もう今のような飢えた献物盗みもやっお来たい」\n「おこずばですが」\n「なんだ」\n「あずの歯がみではございたせぬが、どうも逃げた曲者は、ただ者ずは思えたせぬ」\n「ただ者でなくば、䜕だず申すか」\n「ひょっずしたら、宮方の䞀類ではございたすたいか」\n「そうだったら面癜いが、いかに䞍敵な宮方でも、䞀人二人でこの陣営ぞ忍び蟌むなどは考えられぬ」\n「そう仰せあるず、そのようにも思われたすが」\n「䞖に逓鬌ほど恐いものはない。逓えた鬌は郜でもたた呜知らずをやる。たしお貧しい山村のこずだ、日ごろ蓄備の食糧がおいおある倉院などは、ゆらい錠賊が垞にねらい寄る所だずもいう。......折ふし、お座所に近い板屋の玍屋には、きのうから諞人の献物の酒やら食物が銙ばしく山ずばかりおいおあった。......逓鬌どもが身のあぶなさも打ち忘れお盗みに寄ったのはむりもない」\n これほどに、䞻君が倚匁にいうものを、なお、それに逆らっおみる気などは、兵の誰にも起らなかった。圌らは道誉から「倜明けも近いぞ、眠っおおけ」ずいわれたのをいい機に、それぞれの幕舎ぞ入っお暪たわった。\n 道誉も隠れた。その四ツ目結の幕の内は、倉院圹人の私宅の䞀぀か、ずにかく、土䞊門やら芊垣もあっお、圌はそこの田舎曞院に、手枕しおいたものらしい。\n「玄蕃」\n「は」" }, { "role": "assistant", "content": " 黄母衣の民谷玄蕃がそこぞ来おぬかずくず、\n「先刻、兵が捕えお来た怪しげな法垫は、どこぞやったな」\n ず、すぐ蚊ねた。気がかりらしい蚊き方でもある。\n「は。あのたた圌方の玍屋ぞ入れおおきたしたが」\n「瞄目のたたでか」\n「はい」\n「連れお来い。なおただ、調べ残しがある。瞄目は解いお、連れおたいれ」\n「こころえたした」\n 立ちかけるず、たた急に、\n「玄蕃、埅お」\n「は。䜕ぞ」\n「いや、わしが玍屋ぞ行こう。そしおな玄蕃、これはそちだけに申し぀ける。誰をも玍屋ぞ近づけおはならん。......たた、曞院の燭は消しお、道誉は早や寝に぀いた態にいたしおおけよ」\n「承知いたしたした」\n「これは極秘だ。䞻人から極秘の呜をうけるのは、きさたにずっお冥加だろうが。たれにも口は割るたいぞ」\n にやず、道誉の顔の黒子が笑った。それには反くこずの出来ない無蚀の嚁圧を感じるのは、腹心の黄母衣の者すべおで、ひずり玄蕃だけが䞻人に小心だったわけではない。\n 道誉の圱は、荒れ庭のすみに芋える䜎い土倉の口ぞ呑たれるように消えおいた。\n\n 倜明けがたの院ノ庄は、きのう以䞊な銬数や兵で埋たっおいた。船坂に殿軍した千葉ノ介の䞀隊も今暁、ひきあげお来たものらしい。その䞊、\n「きょう䞀日は旅も䌑みぞ」\n ず、行宮のお湯殿には、朝からの湯けむりも暢びやかだった。なによりは、劃たちにすれば、\n「......髪も掗える」\n そのこずすらが、よろこびだった。\n い぀か、郜を出おから二十日に近い。もし内裏なら、今ごろは、藀の花の匂う匘埜殿ノ枡殿にこの黒髪もさやかであろうず思うに぀け、劃たちは、粘い汚れ髪に觊っおみおは、女同士で、\n「髪を掗いたい......」\n ず、口癖に蚀いあっおいたのであった。\n たた、埌醍醐も、\n「昚倜は深々ず䜕もかも忘れお眠った。寝酒のせいか」\n ず、い぀になく、み気色もうるわしかった。\n「いいえ」\n 廉子は蚀った。\n「きっず灞治の効でございたしょう。灞はき぀いお嫌いず仰せられたすが」\n「嫌いだ、灞は熱い」\n「でも、お脚のむくみのみか、お背なども骚露わに拝されたする。どうぞお続けくださいたせ」\n「たるで、そなたはき぀い母芪のようだの。子を぀かたえおいう母のようだ」\n「ホ、ホ、ホ。お䞊には私のような者もひずりはなければいけたすたい。行くすえ、埡開運の日が来おも、もしお䞊のおからだがお匱かったら䜕ずいたしたしょう」\n「わかった。぀づけるよ」\n「では、朝の間に」\n「もうか」\n「朝の灞治は、わけおよく効くず申したすから」\n すぐ小さい銙筥をずり出した。それにきのうの艟が入っおいる。有無をいわさず垝に迫っお、圌女の癜い手はもう埡衣のお背を脱がせにかかる。\n しきりに、熱......熱......ずいうような垝のおうめきが掩れおいた。行宮ずは名のみな建物。すぐ障子䞀重の倖は䞭坪だった。そのあたりで、さっきから人声がしおいたのである。小宰盞ず暩倧玍蚀ノ局も亀じっおいるらしかった。そしお、\n「ずもあれ、䜐々朚を呌べ」\n「いや、もう芋える頃」\n などず忠顕や行房なども隒めいおいた。\n 人々が寄っお、いぶかり合っおいたわけは、䞭坪の地䞊に、䞀箇の竹ノ子笠が捚おおあったこずからだった。\n「どうしお、このような䞋郎笠が、お座所近くに捚おおあるのであろ?」\n ず、最初に隒ぎ出したのは小宰盞ノ局で、\n「もしや、宮方の者か」\n ず、圌女が問題にし出したため、捚おおけずずなっお、すぐ䟍者たちから、道誉を呌びにやったものらしかった。\n しかし、やがおその道誉が姿を芋せるず、圌は事もなげに、䞭坪に立っお笑った。\n「......や、ここぞも玛れ入りたしたか。昚倜、小盗人が二、䞉䞋屋の献物を狙いに這い蟌みたしたゆえ、これは、そや぀の物でございたしょう。ご安心ください。ほかに別条はございたせぬ」\n すぐ、郚䞋のひずりを振り向いお、道誉は顎でいい぀けた。\n「これ。......その穢い䞋郎笠を、どこぞな取り捚おろ」\n 事はかんたんに片づいた圢である。それから、䟍者や劃ぞ、こう告げた。\n「今日はこの蟺の地頭や里人どもが、垝のお慰みにず、さたざたな催しを蚭けお、お埅ちしおおりたすれば、どうぞ埡遊のお身支床を」\n「そうか」\n 忠顕の顔が、䞊で受けお。\n「それはさだめしよい埡気散じになるであろ。道誉、そちの優しい蚈らいは、䜕かず、埡叡感であらせられるぞ」\n「いや、さたでには行き届きたせん。しかし隠岐ぞの旅も、ようやく半途、明日からはたた、非情な旅路です。どうぞ今日ばかりは心ゆくたで、䞀日の埡䌑息を」\n たもなく、䞭坪の声は、散っお行った。\n 障子の内の、垝の灞治もほどなく終っおいる。\n 竹ノ子笠の怪は、廉子も聞いおいたにちがいないが、垝のお耳には入れたいずするように、圌女は、䞭坪でのその人声をしいお玛らしおいた颚だった。\n はや倉院の近くの銬堎では、その日の催し事の倪錓がずどろに鳎っおいた。――俄造りの桟敷に、垝以䞋、䞉人の劃ず、忠顕、行房らの姿が揃うころには、銬堎のたわりには、山囜の矀衆が、物珍らに、無遠慮な声など攟っお、わいわいず芋物しおいた。\n むりもない。\n こんな山囜の奥で、たざず、倩皇や劃たちのお顔を芋るなどは、圌らにすれば倢のようなこずだったろう。しかも、どんな事情で茊茿がこんな所を越えお行くのやらも、たた、垝の流離ず聞かされおも、みかどが流されるずはず、ただ銖を傟げるだけな圌らだった。\n その䞭に、ゆうべ蟛くも逃げ果せた児島䞉郎高埳も、そ知らぬ顔しお亀じっおいた。\n 今日は竹ノ子笠ではない。それに代る猟垫頭巟。\n 腰の倪刀はすでに、船坂萜ちの途䞭でただの山刀ずかえおいる。身なり足ごしらえ、どう芋おも山家の猟垫か郷士である。圌の団栗顔がたたこの䞭で腕拱みしお亀じっおいおも少しも異質には芋えなかった。\n「............」\n しかし、気が぀く者があれば、県光だけはただならぬものがあったはずである。\n「......あの女埡だ。垝のおそばにいる䞀番艶やかなあの女埡がゆうべのお人にちがいない」\n 圌は胞で憎んでいた。\n もしあのさい、圌女が自分を長々ず埅ちわびさせなければ、倧芚ノ宮を芋倱うこずもなかったはずだ。\n たた果たしお、自分の切願を、垝のお耳ぞ取次いでくれおいたのかどうか。\n「芚えおおこう」\n 高埳は、芋物人の䞭を流れ歩きながら、それずなく聞き出した。――䞉䜍ノ局阿野廉子ず、今日の“笠懞け”に出る階士の䞀人が教えおくれた。\n やがおその“笠懞け十番”の競技がすむず、土地の若い男女が花吹雪の䞭に山家螊りの茪をえがいた。\n 幟皮の螊りのうちでも、わけお興がられたのは、高野明神の“宇奈手神楜”で、舞螊の筋は「今昔物語」のうちにも芋える。\n\nむかし矎䜜ノ囜に、䞭参、高野ず申す神たしたす。\n神の䜓は、䞭参は猿、高野は蛇におぞたしたしける。毎幎に䞀床の祭りあるごずに、生莄をぞ䟛ぞけるが、その生莄は、囜人の未だ嫁がざる凊女をば、浄衣に化粧しおぞ奉りける。\n\n「今昔」のうちのそんな話は、たいど宮廷ではよく局の倜ばなしに語られおいたものである。だから思わぬ僻地でその実挔に觊れたこずが、垝にも劃にも䞀ばい珍しかったものであろう。\n が、矀集の䞭にたぎれ蟌んでいた䞉郎高埳の県は、舞楜仮面の䞭参の眞のごずく桟敷の廉子を遠くから睚たえおいた。\n かえすがえす、残念でならないのである。\n「ああ、ここに䞀軍の手勢を持っおいたならば」\n ず、痛嘆を犁じえない。\n だが、埒手ではどうしようもないのだ。埌醍醐ぞ近づく望みなどはもう思いもよらない。このうえはただ、倧芚ノ宮の安吊だけをたしかめお、たたの時節を埅぀ずしよう。それしかない。それにしおも宮はどうなされたのか。" } ]
[ { "role": "system", "content": "䞋蚘の曞き盎しを最埌たでやり遂げお、芋事な文曞を䜜成しおください。" }, { "role": "user", "content": "(どうだ、お前ここにあるものを知っおるかい。)ずお神さんは、その筵の䞊にあるものを、指をしお芋せたすので、私は恐々芗きたすず、䜕だか厭な匂のする、色々な雑物がございたしたの。\n(これはの、皆人を磔に䞊げる時に結えた瞄だ、)っお扱いお芋せるのでございたす。私はもう、気味が悪いやら怖いやら、がたがた顫えおおりたすず、お神さんがね、貎方、ざくりず釘を掎みたしお、\n(この釘は䞑の時参が、猿䞞の杉に打蟌んだので、呪の念が錆附いおいるだろう、よくお芋。これはね倧工が家を造る時に、誀っお守宮の胎の䞭ぞ打蟌んだものじゃ、それから難砎した船の叀釘、ここにあるのは女の抜髪、蜥蜎の尟の切れた、ぎちぎち動いおるのを芋なくちゃ可けない。)ず差附けられたした時は、ものも蚀われたせん。\n(お雪、私がこれを䜕にする、定めしお前は知っおいよう。)どうしお私が知っおおりたしょう。\n(うむ、知っおる、知っおいる筈じゃないか、どうだ。)ず責めるように申したすから、私はどうなる事でしょうず、可恐しさのあたり、䜕にも存じたせんず、自分にも聞えたせんくらい。\n(䜕存ぜぬこずがあるものか、これはな、お雪、お前の䜓に䜿うのだ、これでその病気を埩しおやる。)ず屹ず睚んで蚀われたしたから、私はもう舌が硬っおしたいたしたのでございたす。お神さんは萜着き払っお、䜕か身繕をしたしたが、呪文のようなこずを唱えお、その釘だの瞄だのを、ばらばらず私の䜓ぞ投附けたすじゃありたせんか。\n はッず思いたすず、手も足も顫える事が出来なくなったので、どうでございたしょう、そのたた真盎に立ったのでございたすわ。\n そう臎したすずお神さんは、棚の䞊からたた䞀぀の赀い色の眎を出しお、口を取っおたた呪文を唱えたすずね、黒い煙が立登っお、むらむらずそれが、あの土間の隅ぞ寛がりたす、ずその䞭ぞ、おどろのような髪を乱しお、目の血走った、錻の尖った、痩ッこけた女が、俯向けなりになっお、ぬっくり顕れたのでございたすよ。\n(お雪や、これは嫉劬で狂死をした怚念だ。これをここぞ呌び出したのも倖じゃない、お前を埩しおやるその甚に䜿うのだ。)ず申したしおね、お神さんは突然袖を捲っお、その怚念の胞の凊ぞ手を圓おお、ずうず突蟌んだ、思いたすず、がばず口が開いお、拳が䞭ぞ。」\n ず蚀懞けたした、声に力は籠りたしたけれども、䜓は䞀局力無げに、幟床も溜息を吐いた、お雪の顔は蒌ざめお参りたする。小宮山は我を忘れお枕を半。\n「そのたた真癜な肋骚を䞀筋、ぜきりず折っお抜取りたしおね。\n(どうだ、手前が嫉劬で死んだ時の苊しみは、䜕ずこのくらいのものだったかい。)ず怚念に向いたしお、お神さんがそう云いたすず、あの、その怚霊がね、貎方、䞊䞋の歯を食い緊っお、(ううむ、ううむ。)ず二぀ばかり、合点々々を臎したのでございたすよ。\n(可し。)ずお神さんが申したすず、怚念はたたさっきのような幅の広い煙ずなっお、それが段々眎の口ぞ入っおしたいたした。\n それからでございたすが。」\n ずお雪は打戊いお、しばらくは口も利けたせん様子。\n\n 十䞀\n\n さおその時お雪が話したしたのでは、䜕でもその孀家の䞍思議な女が、件の嫉劬で死んだ怚霊の胞を発いお抜取ったずいう肋骚を持っお前申したする通り、釘だの瞄だのに、呪われお、動くこずもなりたせんで、病み衰えおおりたすお雪を、手ずもいわず、胞、肩、背ずもいわず、びしびしず打ちのめしお、\n(さあどうだ、お前、男を思い切るか、それを思い切りさえすれば埩る病気じゃないか、どうだ、さあこれでも蚀う事を聞かないか、薬は利かないか。)\n ず責めたすのだそうでありたする、その苊しさが耐えられたせぬ凊から、\n(埡免なさいたし、埡免なさいたし、思い切りたす。)\n ず息の䞋で詫びたする。それでは垰しおやるず蚀う、お雪はい぀の間にか旧の閚に垰っおおりたす。翌晩になるずたた昚倜のように、同じ女が来お手を取っお匕出しお、かの孀家ぞ連れおたいり、釘だ、瞄だ、抜髪だ、蜥蜎の尟だわ、肋骚だわ、同じ事を繰返しお、骚身に応えよず打擲する。\n(お前、可い加枛な事を蚀っお、ちっずも思い切る様子はないではないか。さあ、思い切れ、思い切るず刀然蚀え、これでも薬はただ利かぬか。)\n ず蚀うのだそうでありたすな。\n 申すたでもありたせん、お雪はずおも蟛抱の出来る事ではないのですから、きっず思い切るず蚀う。\n それではず云っお垰したする。\n 翌晩も、たた翌晩も、連倜の事できっず時刻を違えず、その緑青で鋳出したような、蒌い女が遣っお参り、䟋の孀家ぞ連れ出すのだそうでありたすが、口頭ばかりで思い切らない、䞍埒な奎、匕摺りな阿魔めず、果は憀りを発しお打ち打擲を続けるのだそうでございたしお。\n お雪はこれを口にするさえ耐えられない颚情に芋えたした。\n「貎方、どうしお思い切れたせんのでございたしょう。私は䜙り折檻が蟛うございたすから、確に思い切りたすず蚀うんですけれども、たたその翌晩同じ事を蚀っお苊しめられたす時、自分でも、成皋ず心付きたすが、本圓は思い切れないのでございたすよ。\n どうしおこれが思い切れたしょう、因瞁ずでも申したすのか、どう考え盎したしおも、叱っおみおも宥めおみおも、自分が自由にならないのでございたすから、倧方今に責め殺されおしたいたしょう。」\n ず云う、顔の窶れ、手足の现り、たゆげな息䜿い、小宮山の目にも、秋の蝶の日に圓ったら消えそうに芋えたしお、\n「死ぬのはちっずも厭いたせぬけれども、晩にたた酷い目に逢うのかず、毎日々々それを埅っおいるのが蟛くっおなりたせん。貎方お察し遊ばしお。\n 本圓に慟も未来も忘れたしおどうぞたあ䞀晩安々寐お、そうしお死にたすれば、思い眮く事はないず存じながら、それさえ自由になりたせん、䜙りずいえば悔しゅうございたしたのに、こうやっおお傍に眮いお䞋さいたしたから、い぀にのう胞の動悞も鎮りたしお、こんな嬉しい事はございたせぬ。たあさぞお草臥なさいたしお、お眠うもございたしょうし、お可煩うございたしょうのに、぀い埡蚀葉に甘えたしお、飛んだ倱瀌を臎したした。」\n 人にも蚀わぬ積り積った苊劎を、どんなに胞に蓄えおおりたしたか、その容䜓ではなかなか䞀通りではなかろうず思う䞀郚始終を、悉しく申したのでありたする。\n さっきから黙然ずしお、ただ打頷いおおりたした小宮山は、䜕ず思いたしたか力匷く、あたかも虎を搏にするがごずき意気蟌で、蒲団の端を景気よくずんず打っお、むくむくず身を起し、さも勇たしい顔で、莞爟ず笑いたしお、\n「蚳はない。姉さん、䜕の事たな。」\n\n 十二\n\n「皆そりゃ熱のせいだ、熱だよ。姉さんも知っおるだろうが、熱じゃ色々な事を芋るものさ。疫の神だの疱瘡の神だのず、よく蚀うじゃないか、みんなこれは病人がその熱の圢を芋るんだっさ。\n なかにも、これはちいッず私が知己の者の維新前埌の話だけれども、䞀人、螊で奉公をしお、䞋谷蟺のあるお倧名の奥で、お小姓を勀めたのがね、ある晩お盞手から䞋っお、郚屋ぞ、平生よりは倜が曎けおいたんだから、早速お勀の衣裳を脱いでちゃんず䌞しお、こりゃ女の嗜だ、姉さんなんぞも遣るだろうじゃないか。」\n「はい。」\n「たあお聞きそれから瞞のお召瞮緬、裏に玫瞮緬の附いた寝衣だったそうだ、そい぀を着お、玅梅の扱垯をしめお、蒲団の䞊で片膝を立おるず、お前、埌毛を掻䞊げお、懐玙で癜粉をあっちこっち、拭いお取る内に、唇に障るずちょいず玅が附いたろう。お小姓がね、皺を䌞しおその癜粉の着いた懐玙を芋おいたが、䜕ず思ったか、高島田に挿しおいる銀の平打の簪、※(䞞い)が附いおいる、これは助高屋ずなった、沢村蚥升の王なんで、それをこのお小姓が、倧局莔屓にしたんだっさ。簪をぐいず抜いおちょいず芋るずね、莞爟笑いながら、そら今口玅の附いた懐玙にぐるぐるず巻いお、ず戎いたずたあお思い。" }, { "role": "assistant", "content": " 可いかい、それを文庫ぞ了っお、さあ寝支床も出来た、行燈の灯を雪掞に移しお、こい぀を持぀ずすッず立っお、絹の錻緒の嵌った局ね草履をばたばた、匕摺っお、掟手な女だから、たあ長襊袢なんかちらちちずしたろうよ。\n 長廊䞋を䌝っお䟿所ぞ行くものだ。矢だの、鉄砲だの、それ倧袈裟な垯が入るのだから、䟿所は倧きい、広い事、畳で二畳䜍は敷けるのだず云うよ。それぞ入ろうずするずね、えぞん! ずもいわず歌も詠たないが、䞭に人のいるような気勢がするから、ふず立停った、しばらく埅っおおも、䞀向に出お来ない、気を鎮めおよく考えるず、なあに、䜕も入っおいはしないようだったっさ。\n ええ、姐さん倉じゃないか、気が差すだろう。それからそのお小姓は、雪掞を眮いお、ばたりず戞を開けたんだ、途端に、倧倉なものが、お前心持を悪くしおは可けない、これがみんな病のせいだ。\n 戞を開けるず䞀所に、䞭に真俯向けになっおいた、穢い婆が、䜕ずも云いようのない顔を䞊げお、じろりず芋た、その癜髪ずいうものが䞀通りではない、銀の針金のようなのが、薄を䞀束刈ったように、ざらざらず逆様に立った。お小姓はそれッきり。\n さあ、お奥では倧隒動、可恐しい倧熱だから䌝染おも悪し、本人も心蚱ないず云うので、芪蚱ぞ䞋げたのだ。医者はね、お前、手を攟しおしたったけれども、これは日ならず埩ったよ。\n 我に反るようになっおから、その嚘の蚀うのには、珟の䞭ながらどうかしお病が埩したいず、かねお信心をする湯島の倩神様ぞ日参をした、その最初の日から、自分が䞊がろうずいう、あの男坂の䞭皋に廁で芋た穢ない婆が、掎み附きそうにしお控えおいるので、悄然ず匕返す。翌日行くずたた居やがる。行っちゃ垰り、行っちゃ垰り、ちょうど二十日の間、䞉䞃二十䞀日目の朝、念が届いおお宮の鰐口に瞋りさえすれば、呜の綱は繋げるんだけれども、婆に邪魔をされおこの坂が登れないでは、所詮こりゃ扶からない、ええ悔しいな、たずえ䞭途で取殺されるたでも、お参をせずに措くものかず、切歯をしお、䞋じめをしっかりずしめ盎し、雪駄を脱いですたすたず登り掛けた。\n 遮っおいた婆は、今嚘の登っお来るのを、可恐しい顔で睚め附けたが、ひょろひょろず掎っお、冷い手で咜をしめた、あれず、蚀ったけれども、もう手足は利かず、講談でもよく蚀うがね、既に危きそこぞ。」\n\n 十䞉\n\n「䞊の鳥居の際ぞ䞀人出お来たのが、これを芋るず぀か぀かず䞋りた、黒瞮緬䞉ツ王の矜織、仙台平の袎、黒矜二重の王附を着お宗十郎頭巟を冠り、金銀を鏀めた倧小、雪駄穿、癜足袋で、色の癜い奜い男の、幎若な歊士で、倧小などは旭にきらきらしお、その立掟さずいったらなかったそうだよ。石段の䞊の方から、ずっお寄っお、\n(掚参な、婆あ芋苊しい。)ず蚀いさた、お前、疫病神の襟銖を取っお、坂の䞋ぞずでんどうず逆様に投げ飛ばした、可い心持じゃないか。お小姓の難有さ、神ずも仏ずもただもう手を合せお、その歊士を䌏拝んだず思うず、我に返ったずいう。\n それから熱が醒めお、あの濡玙を剥ぐように、党快をしたんだがね、病気の品に䟝っおは随分そういう事が有勝のもの。\n お前の女に責められるのも、今の話ず同じそれは神経ずいうものなんだから、しっかりしお気を確に持っお埡芧、倧䞈倫だ、きっずそんなものが連れ出しに来るなんお事はありゃしない。䜕も私が孊者ぶっお、お前さんがそれたでに刀然した事を蚀うんだもの、嘘だの、銬鹿々々しいなどずは決しお思うんじゃないよ。可いかい、姐さん、どうだ、解ったかね。」\n ず小宮山は䞔぀慰め、䞔぀諭したのでありたする、そう臎したすず、その物語の調子も良く、取った譬も腑に萜ちたしたものず、芋えお、\n「さようでございたすかね。」\n ず申した事は纔ながら、よく心も鎮っお、䜓も萜着いたようでありたする。\n「そうずも、党くだ。倧䞈倫だよ、なあにそんなに気に懞ける事はない、ほんのちょいず気を取盎すばかりで、そんな可怪しいものは西の海ぞさらりださ。」\n「はい、難有う存じたす、あのう、お蔭様で安心を臎したしたせいか、少々眠くなっお参ったようでざいたすわ。」\n ず蚀い難そうに申したした。\n「さあさあ、寐るが可い、寐るが可い。䜕でも気を䌑めるが䞀番だよ、今倜は附いおいるから安心をおし。」\n「はい。」\n ず蚀っおお雪は深く頷きたしたが、静に枕を向ぞ返しお、しばらくはものも蚀わないでおりたしたが、たた密ず小宮山の方ぞ向き盎り、\n「あのう、壁の方を向いおおりたすず、やはりあすこから抜け出しお来たすようで、怖くっおなりたせんから、どうぞお顔の方に向かしおおいお䞋さいたしな。」\n「うむ、可いずも。」\n「でございたすけれども......。」\n「どうした。」\n「あのう、極が悪うございたすよ。」\n ずほんのり瞌を染めながら、目を塞いでしかも頌母しそう、力ずしたするよう、小宮山の胞で顔を隠すように暪顔を芋せ、床を隔おながら櫛巻の頭を䞋げ、口の䞊蟺たで衟の襟を匕寄せたしたが、やがおすやすやず寐入ったのでありたする。\n その時の様子は、どんなにか嬉しそうであった――ず、今でも小宮山が申したする。さお小宮山は、勿論寐られる蚳ではありたせぬから、しばらくお雪の様子を芋おいたのでありたする。やや初倜過ずなりたした。\n 山䞭の湯泉宿は、寂然ずしお静り返り、遠くの方でざらりざらりず、湯女が湯殿を掗いながら、歌を唄うのが聞えたする。\n この界隈近囜の芞劓などに、ただこの湯女歌ばかりで呌びものになっおいるのがありたすくらい。怠けたような、淋しいような、そうかずいうず冎えた調子で、間を長く匕匵っお唄いたするが、これを聞くず䜕ずなく睡眠剀を服たされるような心持で、\n\n桂枅氎で手拭拟た、 これも小川の枩泉の流れ。\n\n などずいう、いわんや巌に滎るのか、湯槜ぞ萜぀るのか、湯気の凝ったのか、湯女歌の盞間々々に、ぱちゃんぱちゃんず響きたするにおいおをや。\n\n 十四\n\n これぞ䜕ず、前觊のあった癟䞇遍を持蟌みたしたろうではありたせんか、座䞭の玳士貎婊人方、郜育ちのお方にはお芚えはないのでありたするが、䞉倪やあい、迷む児の迷む児の䞉倪やあいず、鉊を叩いお山の裟を廻る声だの、癟䞇遍の念仏などは䜙り結構なものではありたせんな。南無阿匥陀仏......南無阿匥陀......南無阿匥陀。\n 亭䞻はさぞ勝手で倩窓から倜具をすっぜりであろうず、心に可笑しく思いたする、小宮山は山気膚に染み枡り、小甚が達したくなりたした。\n 折角可い心地で寐おいるものを起しおは気の毒だ。勇士は蜡の音に目を芚たすずか、矎人が衟の音に起きたせぬよう、そッず抜出しお甚達しをしおたいり、埀埩䜕事もなかったのでありたするが、廊䞋の䞀方、今小宮山が行った反察の隅の方で、柱が䞉぀ばかり芋えお、それに䞀぀䞀぀掛けおありたす薄暗い掋燈の間を瞫っお、ひらひらず目に遮った、䞍思議な圱がありたした。それが倩井の䞀尺ばかり䞋を芋え隠れに飛びたすから、小宮山は驚いお、入り掛けた座敷の障子を開けもやらず、はおな、人魂にしおは色が黒いず、思いたする間も眮かせず、飛ぶものは颚を煜っお、小宮山が座敷の障子ぞ、ばたりず留った。これは、これは、党くおいでなすったか知らんず、屹ず芋たする、黒い人魂に矜が生えお、耳が出来た、明かに認めたしたのは、ちょいず鳶くらいはあろうずいう、倧きな蝙蝠でありたす。\n そい぀が矜撃をしお、ぐるりぐるりず障子に打附かっお這い廻る様子、その動くに埓うお、郚屋の䞭の燈火が、明くなり暗くなるのも、思いなし心持のせいでありたしょうか。\n さおは随筆に飛隚、信州などの山近な片田舎に、宿を借る旅人が、病もなく䞀晩の内に息の根が止る事がしばしば有る、それは方蚀飛瞁魔ず称え、蝙蝠に䌌た嘎の尖った異圢なものが、長襊袢を着お扱垯を纏い、旅人の目には劖艶な女ず芋えお、寝おいるものの懐ぞ入り、嘎を開けるず、䞊䞋で、口、錻を蔜い、寐息を吞っお吞殺すがためだずございたする。あらぬか、それか、䜕にしおも劙ではない、かようなものを間の内ぞ入れおはならずず、小宮山は思案をしながら、片隅を五寞か䞀尺、開けるが早いか飛蟌んで、くるりず廻っお、ぎしゃりず閉め、合せ目を抌え附けお、どっこいず螏匵ったのでありたする。しばらく、しっかりず抌え附けお、様子を窺っおおりたしたが、それきり物音もしたせぬので、たず可かったず息を吐き、これから静に衟の方を向きたするず、あにはからんやその蝙蝠は座敷の䞭をふわりふわり。" } ]
[ { "role": "system", "content": "䞋蚘の曞き盎しを継続しお、完璧な文曞を䜜成しおください。" }, { "role": "user", "content": " 侀 商船テナシティ\n\n このゞュリアン・デュノィノィ゚の映画は近ごろ芋たうちでは最もよいず思ったものの䞀぀である。䜕よりも、フランス映画らしい、あくの抜けたさわやかさが自分の嗜奜に蚎えお来る。\n 汜車でアヌノルに着いおすっかり枯町の気分に包たれる、あの堎面のいろいろな音色をもった汜笛の音、起重機の鎖の音などの配列が実によくできおいお、ほんずうに波止堎に寄せる朮のにおいをかぐような気持ちを起こさせる。発声映画の粟髄を぀かんだものだずいう気がする。これず同じようなこずをドむツ人日本人がやればたずたいおいは倱敗するから劙である。\n 二人の若者の出垆を芋送ったむドり芪爺ずテレヌズずが話しながら埠頭を垰っお来る。芪爺が「これが運呜ずいうものじゃ」ずいうずたんに、ぱっず二人の乗っお行った船の機関宀が映写されお、今たで回っおいた゚ンゞンのクランクがぎたりず止たる。これらはたねやすい小技巧ではあるがやはりちょっずおもしろい。\n バスチアンずむドりずが氷塊を小汜艇ぞ積み蟌んでいるずころぞテレヌズがコヌヒヌの茶わんを持っおくる。バスチアンがいきなり女を船に匕きおろしおおいおモヌタヌをスタヌトする。そうしお党速力で走り出す。スクリヌンの面で船や橋や起重機が空䞭に舞螊し旋回する。その前に二人の有頂倩になっおはしゃいでいる姿が映る。そうしたあずで、テナシティのデッキの䞊から「あしたは出垆だ」ずどなるのをきっかけに、画面の情調が倧きな角床でぐいず転回しおわき䞊がるように離別の哀愁の霧が立ちこめる。ここの「やた」の扱いも垢が抜けおいるようである。あくどく扱われおは到底助からぬようなずころが、ちょうどうたくやれば最倧の効果を䞊げうるずころになるのである。同じような起重機の空䞭舞螊でもい぀か芋たロシア映画では頭痛ずめたいを催すようなものになっおいたようである。\n ルネ・クレヌルでもデュノィノィ゚でも配圹の遞択が䞊手である。いくらはやりっ子のプレゞアンでも、盞手がい぀も同じ盞手圹では、結局同じ穎のたわりをぐるぐる回るこずになるであろう。\n このあいだ芋た蒲田映画「その倜の女」などでも日本映画ずしおは盞圓進歩したものではあろうが、しかし配圹があたりに定石的で、あたりに板に぀き過ぎおいるためにかえっおなんずなくステヌルな糠味噌のようなにおいがしお、せっかくのネオ・リアリズムの「ネオ」がきかなくなるように感ぜられた。これは日本映画の将来の改善のために根本的な問題を提䟛するものだず思われる。\n\n 二 実写映画に関する垌望\n\n せんだっお「北進日本」ずいう実写映画を芋た。いろいろな点でなかなかよくできおいるおもしろい映画であるず思われた。ただ䞀぀はなはだしく䞍満に思われたのは、せっかくの実写に察する説明の蚀葉が劙に気取り過ぎおいお、自分らのような芳客にずっおいちばん肝心の珟実的な解説が省かれおいるこずであった。たずえば堎面が䞀転しお、海䞊から芋た島山の矎しい景色が映写された瞬間にわれわれの頭には「どこだろう」ずいう疑問が浮かぶ。ずころがこれに察する説明の録音は気取った調子で「千島にも春は来たした」ずそれっきりである。千島の䜕島のどの郚分の海岞をどの方向から芋たのだか、たた䜕月䜕日ごろの季節だか、そういう点が党然わからないのである。同じように、トナカむの矀れを逊う土人の家族が映写されおも、それがカラフトのおおよそどのぞんに䜏むなんずいう皮族の土人だかたるきりわからないから、せっかくの印象を頭の䞭のどの戞棚にしたっおよいか党く戞たどいをさせられる。\n 材朚の切り出し䜜業や補玙工堎の光景でも、ちょっず簡単な地図でも途䞭に插入しお具䜓的の䜍眮所圚を瀺しならびに季節をも瀺しおくれたら、興味も効胜も幟局倍するであろう。しかるに、その肝心な空間的時間的な座暙軞を抜きにしお、いたずらに瞹枺たる矎蟞(?)を連ねるだけであるからせっかくの珟実映画の珟実性がこずごずく抜けおしたっお、ただおずぎ話の倢の囜の光景のようなものになっおしたうだけである。\n もう少し芳客を子䟛扱いにしないでおずな扱いにしおもらいたいずいう気がしたこずであった。\n これず同じような䞍満は埓来の鉄道省の宣䌝映画を芋おいるうちにもしばしば感じたこずがある。珟に県前に映写されおいる光景が芳客の知識の戞棚のどの匕き出しに入れおいいかわからないで、ラベルの぀かないばらばらの断片になっおしたっおいるのである。\n 同じようなこずであるが、ある䞀堎面ず次の䞀堎面ずの空間的関係を瀺すような泚意が䞀般にあたりに閑华され過ぎおいる。キャメラが䞀町ずは動いおいない堎合に、面画は䜕千里の遠方にあるか想像もできないようなひずり合点の線集ぶりは䞍芪切である。\n むだなようでもこうした実写映画では芳客の頭の䞭ぞ空間的時間的な橋をかけながら進行するように垌望したいのである。\n\n 侉 誀解されたトヌキヌ\n\n トヌキヌは物を蚀う映画だからず蚀っおも、䜕もむやみに物を蚀わせる必芁はない。このこずはトヌキヌが発明されおから埌にたもなく発芋された平凡な真理である。しかし、このこずがただ今日でも発声映画補䜜者に充分には理解されおいないのではないかず思われるこずがしばしばある。\n アメリカ映画でも、蚀葉のよくわからぬわれわれにはどうもあたりしゃべり過ぎおうるさく感ぜられるこずが倚いが、これはやむを埗ないかもしれない。ずにかくゞミヌ・デュラントを聞いおいるず頭が痛くなるだけでちっずもおかしくないが、あたりしゃべらないフィヌルズやロヌレル、ハヌディのほうは楜しめる。\n「雁来玅」ずいう奇劙な映画で、台湟の物産䌚瀟の東京支店の支配人が、䞊京した瀟長をこれから迎えるずいうので事務宀で事務成瞟報告の予行挔習をやるずころがある。自分の怅子に瀟長をすわらせた぀もりにしお、その前に垳簿を䞊べお説明ずお䞖蟞の予習をする。それが倧きな声で滔々ず匁じ立おるのでちっずもおかしくなくお䞍愉快である。これが、もしか黙っおああしたしぐさだけをやっおいるのであったら芋おいる芳客には盞圓におかしかったかもしれないのである。音がほしければ窓倖のチンドン屋のはやしでも聞かせたほうがただたしであろう。それからたずえばたた「盎八子䟛旅」では比范的むだな饒舌が少ないようであるが、ひずり旅に出た子䟛のあずを远い駆ける男が、途䞭で子䟛の歩幅ずおずなのそれずの比范をしお、その目の子勘定の結果から自分の行き過ぎに気が぀いお匕き返すずいう堎面がある。「子䟛の足でこれだけ、おずなの足でこれだけ」ず、䜕も蚀わなくおもいいひずり蚀を倧きな声で蚀うので困っおしたう。あれはやはり無蚀で、そうしおもっず暗瀺的で誇匵されない挙動で効果を出さなくおはならないず思われる。匕っ返すこの男ず、あずから出発した盎八ず、䞭間を歩いおいる子䟛ずが途䞭で䌚合するこずを暗瀺しただけで幕をおろすずいう暗瀺的な手法をずった䞀方で、こんな露骚なお芝居を芋せるのは矛盟である。\n ぀いでながら、歩幅ず同時に歩調を勘定に入れなければ䜕時間で远い぀くかずいう勘定はできないはずであるが、あの映画に出るあの圹者にその勘定ができるかしらず思うずちょっずおかしくなる。" }, { "role": "assistant", "content": "\n 四 映画批評に぀いお\n\n このごろはそれほどでもないがひずころは゜ビ゚ト映画だずなんでもかでもほめちぎり、そうでない映画は党郚めちゃくちゃにけなし぀けるずいうふうの批評家があった。しかしそういう批評をいくら読んでみおも䞀方の映画のどういう点がどういうわけで、どういうふうによく、他方のがどうしおいけないかずいう具䜓的分析的の事はちっずもわからないのであった。こういうふうに玔粋に䞻芳的なものは普通の意味で批評ずは名づけにくいような気がする。\n 批評はやはりある皋床たでは客芳的分析的であっおほしい。そうしおやはりいいずころず悪いずころず䞡方を具䜓的に指摘しおほしい。こういう点では、䞋町の玠人の芝居奜きの劇評のほうがかえっお前述のごずき著名なむンテリゲンチアの映画批評家の䞻芳的抂念的評論よりもはるかに啓発的なこずがありうるようである。\n こんな䞍満をいだいおいたのであったが、近ごろは立掟な有益な批評を曞いお芋せる批評家が茩出したようである。\n 以前は䜕か䞀぀よい映画が出るず、その映画の批評に぀いおは自分の芋解だけが正しくお他の人の批評は皆間違っおいるかのようにたいそうなけんたくで他の批評家の批評をけなし぀け、こきおろすずいうふうの人もあったものである。これは、たずえお蚀わば、花芋に行っお、この花のわかるのはおれ䞀人だず蚀っお矀集をののしるようなものでおかしい。今はそんな人もないであろうが、しかしよく考えおみるず、こうした気分は実を蚀うずあらゆる芞術批評家の腹の底のどこかにややもするず巣をくいたがる寄生虫のようなものである。そうしお、どういうわけか、これは特に映画批評人ずいう人たちのずかくするずかかりやすい病気のように思われる。これは、映画がただ芞術ずしお若い芞術であるずいう事が䞀぀、それから映画の成立にいろいろなテクニカルな芁項が付垯しおいるために、それに関する知識の皋床によっお批評家の皮類ず段階の差別が倚様になるずいう事がもう䞀぀の原因になるのではないかずいう気がするのである。\n 批評する察象の時間的恒久性ずいう点から芋おも実にいろいろな皮類の批評がある。たずえば、音楜の挔奏䌚の批評などは、その時に聞かなかった聎衆にはナンセンスである。生け花展芧䌚の批評などもややこれに類しおいる。映画の批評ずなるず、たさかそれほどでもないかもしれないが、倧倚数の映画の倧衆芳客にずっおの生呜はひず月ずはもたない。セルロむドフィルムの保存期間が延長されない限りいくら長くおも数十幎を越えるこずはむ぀かしい。こういう短呜なものを批評するのず、圫刻や油絵のような長持ちのするものを批評するのずでは、批評の骚の折れ方もちがうわけである。䞀週間映写されたきりでおそらくたず二床ずは芋られる気づかいのないような映画を批評するのなら、䜕を蚀っおおいおもあずに蚌拠が残らないからいいが、金銅の倧仏などに぀いおうっかりでたらめな批評でも曞いおおいお、そうしお運悪くこの批評が反叀にならずに癟幎の埌になっお、もしや物奜きな閑人のためにどこかの図曞通の棚のちりの奥から掘り出されでもするず実にたいぞんな恥を癟幎の埌にさらすこずになるのである。\n 癟幎埌に読む人にもおもしろくお有益なような映画評をかくずいうこずはなかなか容易な仕事ではないのである。\n こんなこずを考えおいるず映画の批評などを曞くずいうこずが䞖にもはかない぀たらない仕事のように思われお来る。しかしたた考え盎しおみるず自分などの毎日のすべおの仕事が結局みんな同じようなはかないものになっおしたうのである。\n しかし、こういうこずを自芚した䞊で批評するのず、自芚しないで批評するのずではやはり事がらに少しの盞違がありはしないか。この点に぀いおも䞖の映画批評家の教えを受けたいず思っおいる次第である。(昭和十幎二月、セルパン)\n\n 五 人間で描いた花暡様\n\n 近ごろ芋た映画「泥酔倢」(Dames)ずいうのは、話の筋もアメリカ匏のふざけたもので䞻題歌などもわれわれ日本人には別におもしろいずも思われないが、しかしこの映画の劇䞭劇ずしお插入されたレノュヌの堎面にいろいろ倉わった趣向があっおちょっずおもしろく芋られる。\n たずえば劇堎のシヌンの䞭で、舞台の幕があくず街頭の光景が珟われる、その町の家䞊みを舞台のセットかず思っおいるずそれがほんずうの町になっおいる。こういう趣向は別に新しくもなくたたなんでもないこずのようであるが、しかしやはり映画のスクリヌンの䞖界にのみ可胜な䞀皮䞍思議な倢幻郷である。芳客はその倢幻郷の蝎蝶になっお芳客垭の空間を飛翔しおどこずも知らぬ街路の䞊に浮かび出るのである。\n せんたく屋の堎面では物干し堎の綱に぀るしたせんたく物のシャツやパゞャマが女を盞手に螊るずいう趣向がある。少しふざけ過ぎたようであたり愉快なものではないが、しかし、これなども映画で芋ればこそ、それほどの悪趣味には感ぜられないで、䞀皮のファンタスティックな気分をよび起こされるこずもできなくはない。\n しかしなんずいっおもこの映画でいちばんおもしろいのは、いろいろな幻圱のレノュヌである。芳客はカメラずなっお自由自圚に空䞭を飛行しながら生きた矎しい人間で䜜られたそうしお千倉䞇化する䞇華鏡暡様を高空から芋おろしたり、あるいは黒びろうどに癜銀で瞫い箔したような生きたギリシア人圢暡様を壁面にながめたりする。それが実に呌吞を぀く間もない短時間に亀互錯綜しおスクリヌンの䞊に珟滅するのである。\n 昚幎芋た「流行の王様」ずいう映画にも黒癜の駝鳥の矜団扇を持った螊り子が花匁の圢に䞊んだのを高空から撮圱したのがあり、同じような趣向は他にもいくらもあったようであるが、今床の映画ではさらにいろいろの新趣向を提䟛しお芳客の興味を新たにしようず努力した跡がうかがわれる。たずえば倧写しのヒロむンの目の瞳孔の深い深い奥底からヒロむン自身が颚船のように浮かび䞊がっお出お来たり、螊り子の集団のたん䞭から䞀人ず぀空䞭に抜け出しおは、それが匟䞞のように芳客のほうぞけし飛んで来るようなトリックでも、芞術的䟡倀は別問題ずしお映画の䞖界における未来の可胜性の倚様さ広倧さを暗瀺するものずしお泚意しおもよいものではないかず思われる。\n ドむツのフィッシンガヌの䜜った「螊る線条」ずいう「問題の映画」がある。この映画では光の線条が映写幕䞊で音楜に合わせお螊りをおどる。これず、前述のようなレノュヌ映画の堎合に生きた人間で䜜った行列の線の運動し集散するのずを比范しお芋るず、本質的に党く共通なものがある。ただ盞違の点は、䞀方ではそれ自身には党く無意味な光った線が螊り子の圹を぀ずめおいるのに、他方では䞀人䞀人に生きた個性をもった人間の螊り子が画面ではほずんどその個性を没华しお単に無意味な線条を圢成しおいる、ずいうだけである。\n それだのに、玔粋な線条の螊りは䞀般芳客にはさっぱり評䟡されないようである䞀方でレノュヌのほうは倧衆の喝采を博するのが通䟋であるらしい。ここに映画補䜜者の前に提出された䞀぀の倧きな問題があるず思われる。\n あたりに抜象的で特殊な少数の芳客だけにしか評䟡されないようなものは結局映画通ず撮圱所ずを閉鎖の運呜に導く圹目しか勀めない。しかし、たた䞀方、倧衆にわかりやすい垞套手段をい぀たでも繰り返しおいるのでは飜きやすい䞖間からやがお芋捚おられるずいう心配に断えず脅かされなければならない。その困難を切り抜けるためには䜕かしら絶え間なく新しい可胜性を捜し出しおはそれをスクリヌンの䞊に生かすくふうをしなければならない。幞いなこずには、映画ずいう新しいメゞりムの䞖界には前人未到の領域がただいくらでも取り残されおいる芋蟌みがある。そうした凊女地を探険するのが今の映画補䜜者のねらいどころであり、いわば懞賞の察象でなければならない。それでたずえばアメリカ映画における前述のレノュヌの線条的あるいは花暡様的な取り扱い方なども、そうした懞賞問題ぞの䞀぀の答案ずしお芋るこずもできる。そうしお、それに察しお「螊る線条」のような抜象映画は䞀぀の暗瀺ずしお有甚な意矩をもちうるわけである。少なくもこういう芋地からこれらの二皮の映画をながめおそれぞれの存圚理由を認めるこずもできそうである。\n 新しい考えの生たれるためには䜕かしら暗瀺が必芁である。暗瀺の皮は通䟋日垞われわれの面前にころがっおいる。しかし、それを芋぀けるにはやはり芋぀けるだけの目が必芁であるこずはいうたでもない。\n 日本には西掋ずちがった環境があり、日本人には日本人の特有な目があるのであるからもし日本の映画補䜜者がほんずうの日本人ずしおの自分自身の目を開いおわれわれの環境を物色したら、西掋人には到底考え぀かないような新しいアむディアがいくらも浮かびそうなものだず思われるがそうした実䟋が日本映画のおびただしい䜜品の䞭にいっこうに芋られないのは残念な事である。それでたずえば昔、広重や歌麿が日本の颚土ず人間を描写したような独創的な芋地から日本人ずその生掻にふさわしい映画の新倩地を開拓し創造するような映画補䜜者の生たれるたでにはいったいただどのくらいの歳月を埅たなければならないか、今のずころ党く未知数であるように芋える。そこぞ行くず、どうもアメリカの映画人のほうがよほど進んでいるずいわれおも匁明のしようがないようである。これは自分が平垞はなはだ遺憟に思っおいる次第である、日本がアメリカに負けおいるのは必ずしも飛行機だけではないのである。このひけ目を取り返すには次のゞェネレヌションの自芚に期埅するよりほかに党く望みはないように芋える。" } ]
[ { "role": "system", "content": "䞋蚘の曞き盎しを持続しお、现郚にこだわった文曞を䜜成しおください。" }, { "role": "user", "content": "「あ、そうそう、二、䞉日前に芳秋蘭ずいう女をサラセンで芋かけたが、䜕んでも山口は兄貎がその女を知っおるずいっおたよ、知っおるのかい。芳秋蘭? 党く玠晎らしい矎人だが。」ず甲谷はいった。\n「うむ、それは知っおる。俺の䞋で䜿っおいるそりゃ女工だ。」\n「女工だっお?」\n ず甲谷は驚いたように蚊き返した。\n「たさか女工じゃないだろう。それや、䜕かの間違いだよ。」\n「ずころが、芳秋蘭は倉名でこっそり俺の䞋で働いおいるんだ。来ればい぀だっお芋せおやろう。俺はいい出すずうるさいから、黙っお知らない顔をしおやっおいるんだが、あれは共産党でもなかなか勢力のある女だ、あれは恐いよ。争議が起ればだい䞀番に、あの女が俺を殺すかも知れたもんじゃないから、俺もなかなか骚が折れるさ。」ず高重はいっお顎を撫でた。\n「殺されちゃ、そりゃ兄匟争議にもならないね。」\n 甲谷の混ぜかえすのに、高重は萜ち぀き払っお埮笑した。\n「党くだ。職工の顔は立おおやらねばならぬし、重圹の顔も立おねばならぬし、それに日本人の顔も立おおいなけれやならず、お負けに兄貎ずしおの顔も立おねばならぬずしたら、どうもこれじゃ、ぜんずやられる方が良いかもしれぬ。どうです。参朚先生。」\n「いや、僕もそう思っおる所です。」ず参朚はいった。\n「そうそう、参朚は銖を切られおね、僕の財垃を狙っおるずころなんだ。」ず甲谷はいった。\n「銖か。」\n「だから、さっきから、銖を切られる奎は、昔から銬鹿な奎だずいっおた所さ。」\n「銖じゃ、それや、参朚君ならずずもやられたくなるはずだよ。」\n「どうです、そのやられるような職はないもんでしょうか。どこだっおいいんですよ。さっきから、それをお願いしたくっお来たんですが。」参朚は頌み難いこずも容易に掎んだ機䌚を喜ぶように、顔を赧らめお高重を芋た。\n「それやある。いくらだっおあるにはあるが、今もいった通り、その、危い所だぜ。そこでも良いのならい぀でも来絊え。䞀ぺんは囜家のために死ぬのも死甲斐もあろうさ。」\n「もうこうなっちゃ、なるたけやられる所の方がいいんですよ。さばさばしたすからな。」\n 党く話題に萜ちが぀いたずいうように、声を合せお䞉人は笑い出した。\n 声が沈たるず、参朚は郚屋の䞭を芋廻した。――この郚屋の䞭で、競子は育った。この郚屋の䞭で、圌女を愛した。そうしお、自分はこの郚屋の䞭で、幟たび圌女の結婚のために死を決したこずだろう。それに、今はこの郚屋の䞭で、競子の兄から自分が生き続けるための生掻を䞎えられようずしおいるのだ。䜕んのために? ただ圌女の良人の死ぬこずを埅぀ために。――\n 参朚はこの地䞊でこれほども自分に悲劇を䞎えた䞀点が、ただ玢寞ずしたこの八畳の平凡な颚景だず思うず、俄に平凡ずいうこずが、䜕よりも奇怪な颚貌を持った圢のように思われ出した。しかも、ただこの䞊に、もし競子が垰っお来たずしたら、再びこの郚屋はその奇怪な掻動を黙々ず続け出すのだ。\n 参朚は窓から䞋を眺めおみた。駐屯しおいる英囜兵の倩幕が、矀がった海月のように、玐を垂らしお䞊んでいた。組み合された銃噚。積った石炭。質玠な寝台。倩幕の波打぀峯ず峯ずの間から突劂ずしお飛び䞊るフットボヌル。――参朚はふずこの駐屯兵の生掻が、本囜ぞ垰れば倱われおしたっおいるこずを慚嘆したタむムスの蚘事を思い出した。そうしお、この地の日本人は? 圌らは医者ず料理店ずを陀いおは、ほずんどこずごずく借財のために銖を締められお動きのずれぬ矀れだった。参朚はいった。\n「もうこの支那で、䜕か垌望らしい垌望か理想らしい理想を持぀ずしたら、それは䜕も持たないずいうこずが、䞀番いいんじゃないかずこの頃は思うんですが、あなたなんか、どういう埡意芋なんですか。」\n「それやそうだ。ここじゃ理想ずか垌望ずか、そんなものは持ちようが党くない。第䞀ここじゃ、そんなものは通甚しない。通甚するのは金ず死ぬこずだけだ。それもその金が莋金かどうかず、いちいち人の面前で怜べおからでなけれや、通甚しないよ。」\n「ずころが、参朚はその莋金をも詊べないんだからね、党くこい぀、䜿い道のない奎だよ。」ず甲谷はいった。\n「いや、それや参朚君も僕ず同様で、その莋金を䜿うのが奜きなんだ。だいたい支那で金を溜める奎ずいうものは、どっか片茪でなきあ溜らんね。そこは支那人の賢い所で、この地でずった金は、残らずこの地ぞ萜しお行くような仕掛けがしおある。ただわれわれを、人間だず思っおいおくれる所が、支那人の優しい所さ。」\n「じゃ、支那人は人間じゃない神様か。」ず甲谷はいっお仰山に笑い出した。\n するず、高重は急に真面目な顔に立ち返っお甲谷を芋た。\n「うむ、もうあれは人間じゃない人間の先生だ。支那人ほど嘘぀きの名人も䞖界のどこにだっおなかろうが、しかし、嘘は支那人にずっちゃ、嘘じゃないんだ。あれは支那人の正矩だよ。この正矩の芳念の転倒の仕方を知らなきあ、支那も分らなきあ、勿論人間の行く末だっお分りやしないよ。お前なんか、ただただ子䟛さ。」\n 参朚は高重の長い顔から溢れお来る思いがけない逆説に、久しく欠乏しおいた哲孊の朗らかさを感じお来た。参朚はいった。\n「それであなたなんか、職工係りをやっおらしっお、䟋えば職工たちの持ち出しお来る芁求を、これは正しいず思うような堎合、困るようなこずはありたせんか。」\n「いや、それやある。しかし、そこは僕らの階玚の習慣から、自然に巧い笑顔が出お来るんだ。僕はにやにやっずしおやるんだが、このにやにやが、支那人を埁服する第䞀の歊噚なんだよ。これは虚無にたで通じおいお、䜕んのこずだか分らんからね。うっかりしおいる隙に、埌ろから金を握らしおたたにやにやだ。それで萜ちる。倖亀官なんお皆駄目さ。ずころが、こんどの奎だけは、いくらにやにやしたっお萜ちないんだ。こうなるず、こっちが正矩に打たれお、もう䞀床にやにやずは出来ないからね。どうも日本人ずいう奎は、正矩に脆くお軜䜻だよ。君、支那人のように嘘぀くこずが正矩になれば、もう歀奎はい぀たでたったっお、滅びやしないよ。あらゆるものを正矩の廻転怅子に乗せお廻すこずが出来るんだ。いったい、䞖界にこんな怪奇な囜っおどこにある。」\n 高重は幎長者の自由性のために、二人の前でだんだん興奮し始めた。参朚は高重の話そのものよりも、今は自分の幎霢の若さが、これほども幎長者を興奮させ埗る材料になり぀぀あるずいう珟象に、物珍らしい物理を感じお来た。\n\n䞀九\n\n 海枯からは銅貚が地方ぞ流出した。海枯の銀貚が䞋り出した。ブロヌカヌの銬車の矀団は日英の銀行間を銳け廻った。金の盞堎が銅ず銀ずの䞊で飛び䞊った。ず、参朚のペンはポンドの換算に疲れ始めた。――圌は高重の玹介でこの東掋綿糞䌚瀟の取匕郚に坐るこずが出来たのだ。圌の暪ではポルトギヌズのタむピストが、マンチェスタヌ垂堎からの報告文を打っおいる。掲瀺板では、匷颚のために米棉盞堎が䞊り出した。リノァプヌルの棉花垂堎が、ボンベむサッタ垂堎に支えられた。そうしお、カッチャヌカンデヌずテゞヌマンデヌの小垂堎がサッタ垂堎を支えおいる。――参朚の取匕郚では、この印床の二個の棉花小垂堎の匷匱を芋詰めるこずは最倧の任務であった。どこから綿の花を買うべきか。この原料の問題の解決は、その䌚瀟の最も生産量に圱響を及がすのだ。そうしお、誰もその存圚を認めぬカッチャヌカンデヌずテゞヌマンデヌの小垂堎は、突劂ずしお、ひそかな旋颚のように垂堎の棉花盞堎を狂わすこずが床々あった。\n 参朚は、前からこの印床棉が支那の棉花を圧倒し぀぀ある珟象を知っおいた。だが、印床棉の勢力の擡頭は、東掋に斌ける英囜の擡頭ず同様だった。やがお、東掋の通貚の支配力は、完党に英囜銀行の手に萜ちるであろう。そうしお、支那は、支那の䞭に斌お富む者が䜕者であろうずも、圌らの貯蓄が守護されるこずによっお、その貯蓄を守護するものを守護しなければならぬのだ。そうしお、圌らから絶えずもっずも匷力に守護され぀぀あるものは、同様に英囜の銀行だった。\n 参朚はこの綿の花の䞭から咲き出した巚倧な英囜の勢力を考えるたびごずに、母囜の珟状を心配した。圌の県に映る母囜は――母囜は絶えず人口が激増した。生産力は、その原料の生産地が、各囜同様、もはやほずんど支那以倖にはないのであった。そうしお、経枈力は? その貧しい経枈力は、支那ぞ流れ蟌んだたた、行衛䞍明になっおいた。思想は? 小舟の䞭で沞隰しながら、その小舟を顛芆させよ、ず叫んでいる。\n 原料のない囜が、いかに顛芆しようずも同じこずだ、ず参朚は思った。だが、いずれこずごずくの囜は次第に圢を倉えるであろう。だが、英囜の顛芆しない限り、顛芆したこずごずくの囜は䞍幞である。先ず䜕事も、印床が独立したその埌だ。正矩は印床より来るであろう。それたで、母囜はあらゆる艱難を切り抜けお動揺を防がねばならぬ、ず参朚は思った。\n 参朚はそれたで、机の䞊で元貚を英貚のポンドに換算し続けなければならぬのだ。\n 圌は正午になるず煙草を吞いに広堎ぞ出た。女工たちは工堎の門から溢れお来た。圌女たちは円光のように身䜓の呚囲に棉の粉を挂わせながら、屋台の前に重なり合っお饂飩を食べた。応ち、现な綿の粉は動揺する小女たちの䞀矀の䞊で、蚊柱のように舞い䞊った。肺尖カタルの咳が、湯気を立おた饂飩の鉢にかんかんず響いおいた。急がしそうに圌女らは足螏みをしたり、舞い歩いたりしながら饂飩を吹いた。耳環の矀れが、揺れ぀぀積った塵埃の䞭で䌞瞮した。\n 遠く続いた石炭の土手の䞭から、発電所のガラスが光っおいた。その奥で廻転しおいる機械の䞭では、支那人の団結の思想が、今や反抗を呌びながら、濛々ず高重たちに迫っおいるのだ。そこでは高重たちは、その粟悍な職工団の䞀団の前で、䞀枚の皮膚をもっお、なおにやにやず笑い続けお防がねばならぬのであろう。\n 参朚は河の方を芋た。河には、各囜の軍艊が本囜の意志を持っお、砲列を敷きながら、城砊のように連っお停っおいた。\n 参朚は思った。自分は䜕を為すべきか、ず。やがお、競子は䞀疋の鱒のように、産卵のためにこの河を登っお来るにちがいない。だが、それがいったい䜕んであろう。自分は日本を愛さねばならぬ。だが、それはいったい、どうすれば良いのであろう。しかし、――先ず、䜕者よりも東掋の支配者を! ず参朚は思った。" }, { "role": "assistant", "content": " 圌はだんだん、日光の䞭で、競子の良人の死ぬこずを望んでいた自分自身が銬鹿銬鹿しくなっお来た。\n\n二〇\n\n ホヌルの桜が最埌のゞャズで慄え出した。振り廻されるトロンボヌンずコルネット。楜噚の䞭のマニラ人の黒い皮膚からむき出る歯。ホヌルを包んだグラスの䞭の酒の波。盆栜の森に降る塵埃。投げられるテヌプの暎颚を身に巻いお螊る螊り子。腰ず腰ずが突き衝るたびごずに、甲谷は酔いが廻っおいい始めた。\n「いや、これは倱瀌、いや、これは倱瀌。」\n 階段の暗い口から、䞀団のアメリカの氎兵が珟れるず、螊りながら螊りの䞭ぞ流れ蟌んだ。海の匂いを波立たせた螊堎は、䞀局激しく揺れ出した。叫び出したピッコロに合せお螏み鳎る足音。歓喜の歌。きりきり廻るスカヌトの鋭い端に斬られた疲れ腰。足ず足ず、肩ず腰ずの旋埋の䞊で、䞉色のスポットが明滅した。茝やく銖環、仰向く唇、足の䞭ぞ蟷る足。\n 宮子はテヌプの波を銖ず胎ずで抌し分けながら、ひずり郚屋の隅で動かぬ参朚の顔ぞ県を流した。ドむツ人を抱くアメリカ人、ロシア人を抱くスペむン人、混血児ず突き衝るポルトギヌズ。怅子の足を蹎飛ばしおいるノル゚ヌ人。接吻の雚を降らしお隒ぐむギリス人。シャムずフランスずむタリアずブルガリアずの酔っぱらい。そうしお、ただ参朚だけは、怅子の頭に肱を぀いたたた、このテヌプの網に䌏せられた各囜人の肉感を、蟇のように芋詰めおいた。\n 螊りがすむず人々はもたれ合っお堎倖ぞ雪厩れ出た。廻転ドアは螊子の消えるたびごずに廻っおいった。火は䞀぀䞀぀消え始めた。逆さたに片附けられる怅子の足が、テヌブルの䞊で、俄に生き生きず䞊び始めた。そうしお、金庫の鍵が静に廻り終るず、い぀の間にか圱をひそめた楜噚の埌で、矜根を閉ざしたピアノが䞀台、黒々ず沈んでいた。甲谷はようやくひず぀取り残された燈火の䞋で、尻もちを぀いたたた自分の圱にいっおいた。\n「いや、これは倱瀌、いや、これはこれは。」\n 参朚はこの急激に静ったホヌルの疲劎に鋭い快感を感じお来た。圌は身動きも珟さず、甲谷の鈍い酔䜓を眺めたたた、時蚈の音を聞いおいた。倩井の隅で塵埃ず煙の䞀矀が、軜々ず戯れおは消えおいった。甲谷は散らかったテヌプの塊を抱きながら、銖を振り振り、呟くように唄い出した。\n\nCasi me he caido,\nTraigame algo mas,\nNo es nada no toque,\n\n 歌にたでただ飲みたいず、日頃自慢のスパニッシュ・゜ングを歌う甲谷を芋おいるず、参朚は立ち䞊らずにはいられなかった。圌は甲谷を肩にかかえるず、森閑ずしたホヌルの癜いテヌプの波の䞭を、よろけながら歩き出した。ず、ふずどこかのカヌテンが揺らめくず、鏡の䞭から青い埮光が挣のように流れお来た。\n「たア、甲谷さん、駄目だわね。秋蘭さんが来たんじゃないの。しっかりなさいよ。」\n 垰り支床になった宮子がドアヌから二人の傍ぞよっお来た。圌女はぶらぶらしおいる甲谷の片腕を支えながら参朚にいった。\n「これからあなた、どこたでお垰りになる぀もり。」\n「さア、ただどこにしようかず思っおるずころなんです。」ず参朚はいった。\n「じゃ、あたしん所ぞいらっしゃいな。もうすぐ倜が明けるから、しばらくの蟛棒よ。」\n「いいんですか、二人づれでいったっお?」\n「あたしはいいの。だけど、あなた、それじゃあんたり重いわね。」\n「歀奎はい぀でもこうですよ。」\n 宮子は頭を垂れた甲谷の銖の䞊から、片眉を吊り䞊げた。\n「介抱させられる番ばかりは、いやだわね。」\n 階段を降りるず䞉人は倖ぞ出た。甃石の䞊で銅貚を投げ合っおいた車倫たちが参朚の前ぞ銳けお来た。䞉぀の黄包車が走り出した。\n\n二䞀\n\n「䜕んだかあなた、遠慮深そうな恰奜でいらっしゃるのね、ここはいいのよ。もっずのびのびずしお頂戎。あたし、あなたの埡䞍幞はもう䜕もかも知っおたすのよ。」\n 甲谷を寝かせた隣宀で、宮子は長怅子に疲れた身䜓を延ばしながら参朚にいった。\n 参朚は暺色のスタンドの圱を錻の先に受けながら、䜕を圌女がほのめかすのか、煙草の煙の䞭で県を现めお聞いおいた。\n「ね、あなたはあたしがあなたのこずを、䜕も知らないずでも思っおらっしたんでしょう。あたし、あなたがどんな方だかそれや長い間芋たかったのよ。でも今倜初めおお逢いしお、倚分こんな方だろうず思っおいたあたしの想像が、あたったの。」\n 参朚はこの女の頭の䞭で、前から幟分間か生掻しおいたらしい自分の姿を考えた。それは恐らく、どこかの倚くの男たちの姿の䞭から、぀ぎはぎに匕き摺り出された襀耞のようなものだったにちがいない。――\n「じゃ、甲谷は僕の悪口をよほどいったず芋えたすね。」\n「ええ、ええ、それや、毎日あなたのこずを䌺ったわ。それであたし、実は少々あなたのこずを軜蔑しおたのよ。だっお、あなたは、あたしのような女を軜蔑ばかりしおらっしゃる方でしょう。」\n「いや、そう人は思うだけですよ。」ず参朚は疲れたように䜎くいった。\n「そんなこずは、䜕んのいいわけにもならないわ。あたしは男の方を䞀目芋れば、その方がどんなこずを考えたかっおすぐ分るの。これだけはい぀もあたしの自慢だから、もう駄目よ。あなたがどれほどあの方を愛しおらっしゃるかっおこずだっお、ちゃんずあたしには分っおいるんだから。」\n「䜕をあなたはいい出すんです。」ず参朚はいっお宮子を芋た。\n「いえね、これは別のこずなの。どうしおあたしこんなこずをいったんでしょう。さア、召䞊れ、これはサルサパリラっおおかしなものよ。螊った埌はこれでなくちゃさっぱり駄目だわ。」\n「甲谷はそんなこずたでいったんですか。」\n「甲谷さんが䜕を仰蚀ろうずいいじゃないの。あなたはあなたで、ここにこうしおいお䞋されば、あたしそれで嬉しいのよ。あたし今倜は眠らないわよ。」" } ]
[ { "role": "system", "content": "䞋蚘の曞き盎しを進めお、優れた文曞を䜜成しおください。" }, { "role": "user", "content": " ここに政治的意矩を垯びた倧仕掛けなキリスト教排撃の最初の珟われがある。それは䞀囜の領䞻が改宗しお仏教排撃をはじめるや吊や、即座に起った。この珟象は非垞に瀺唆するずころが倚い。ポルトガル人ず貿易を営みペヌロッパの文明を取り入れようずする関心は、必ずしもキリスト教ぞの関心ではなかった。前者は圓時の日本人にほずんど共通のものであり、埓っお政争を捲き起すこずなく実珟し埗られるが、埌者は応ち政争に火を぀けるのである。この事情が平戞の領䞻に曖昧な態床をずらせ、豊埌や有銬の領䞻に長い間改宗を躊躇させた。しかるに宣教垫たちは、前者を埌者のために利甚し、前者のみの独立な実珟を阻もうずしたのである。この態床はいわば開囜ず改宗ずを結び぀けるものであっお、鎖囜の情勢を呌び起す䞊に関係するずころが倚い。日本民族が囜際的な亀際の堎面に入り蟌み、䞖界的な芖圏の䞋におのれの民族的文化の圢成に努めるこずず、圚来の仏教を捚おおキリスト教に転ずるこずずは、別の問題である。前者は倫理的、埌者は宗教的な課題であった。ダ゜䌚士がただ宗教の問題をしか芋ず、異教埒をキリスト教に化するこずをのみその関心事ずしたこずは、ダ゜䌚士ずしおは圓然であったかも知れぬ。しかしそのために倫理的な課題が遮断されたこずは、実に倧きい匊害であったずいわなくおはならない。その䞀半の眪は、ダ゜䌚士を介しおでなくおは芖圏拡倧の動きが出来なかった日本の政治家や知識人の方にある。無限探求の粟神や公共的な䌁業の粟神の欠劂が、ここにもうその重倧な結果を珟わしはじめおいるのである。\n\n八 口の接ず平戞\n\n 暪瀬浊を焌かれたトルレスはダルメむダや新来のむルマン、ゞャコメ・ゎンサルベスを䌎っお、有銬の歊士の船で、島原の察岞高瀬に向った。そこは豊埌の倧友の領地で、豊埌ぞの埀埩の芁衝ずされおいたずころである。ルむス・フロむスは籠手田氏が迎いに寄越した船で、既に䞀月前からフェルナンデスの行っおいる「倩䜿の島」床島に向った。こうしおこの埌の䞀幎間、トルレスは島原半島の回埩をねらい、フロむスは日本垃教者ずしおの胜力の獲埗に努めたのである。\n トルレスは䞀五六四幎の倏たで高瀬に留たっおいた。先ず初めにダルメむダを豊埌に掟遣しお倧友矩鎮(この頃に宗麟ず名を倉えたらしい)に高瀬滞圚の蚱可を乞い、地所、家屋、垃教の蚱可などを䞎えられた。曎に䞉カ月埌には、領内のあらゆる人ぞの改宗の蚱可、宣教垫の保護、党領内の垃教蚱可の䞉カ条を蚘した立札二枚を送られた。䞀枚は高瀬に立おるため、他の䞀枚は熊本の南の川尻に立おるためである。川尻ぞは豊埌にいたドワルテ・ダ・シルバが掟遣された。ダルメむダはクリスマスから埩掻祭たで豊埌に留たっお、自分のはじめた病院の仕事や思い出の深いこの地の教䌚の仕事に久しぶりで没頭するこずが出来た。しかし埩掻祭の埌には川尻で病んでいるシルバを芋舞わなくおはならなかった。シルバは熱心に垃教に぀ずめる傍、日本語の文法や蟞曞を線纂しおいたが、過劎に倒れたのである。ダルメむダはもう手の぀くしようのないこの重病人を、その垌望に委せお高瀬のトルレスの蚱に運んだ。病人は十日ほどの埌に満足しお死んで行った。\n 有銬の領䞻がその領内ぞ来るようにトルレスを招いたのはその頃である。トルレスはそういう機運の熟しおくるこずを島原の察岞で埅っおいたのであった。しかし圌は盎ぐには動かなかった。二床目の招請の手玙が来たずき、圌は、その保護者である豊埌の領䞻の蚱可を埗るたでの代理ずしお、ダルメむダを有銬の領䞻のもずに掟遣した。ダルメむダは島原で非垞な歓迎を受けた埌、有銬ぞ行っお領䞻矩貞に䌚った。矩貞は前幎の隒ぎの時よりはよほど暩力を回埩しおいた。圌はトルレスが口の接ぞ来およいこず、敵に察しお勝利を埗るたでそこに留たっおいお貰いたいこず、地所家屋はトルレスが来るたでもなく盎ちにダルメむダに䞎えるこずなどを云った。こうしお口の接が回埩されたので、トルレスは倧友宗麟の諒解を埗お口の接に移り、地所家屋の凊理をはじめた。この地の信者たちは、十カ月に亘る犁教の間にも、少しも退転しおいなかった。トルレスはそれを芋お非垞に喜んだ。そういう状態になったずころぞ、䞀五六四幎八月半ばに、ポルトガル船サンタ・クルス号が䞉人の新らしい神父、ベルシペヌル・デ・フィゲむレド、バルタサル・ダ・コスタ、ゞョアン・カブラルを運んで来たのである。\n この幎のポルトガル船は、トルレスの意に反しお平戞ぞ入枯した。その時の折衝をやったのは、床島にいたフロむスである。フロむスは床島に移っお以来、島の倖ぞは出ず、過倱によっお䌚堂を焌倱するずいう䞍幞に逢ったほかは、玔真な信者に取り巻かれお平和な生掻を送り、説教や祭匏を営む傍、六䞃カ月を費しおフェルナンデスが日本文法曞や語圙を線纂するのを眺め぀぀、静かに日本語や日本人の気質を孊び取っおいた。こうしお䞀五六四幎の四旬節も過ぎ、埩掻祭も終ったのであるが、その頃から平戞の情勢が少しず぀倉っお来たのである。前にビレラが平戞から远攟せられた時、背埌の䞻動力であった仏僧は、籠手田氏ずの争に負けお平戞から远攟された。平戞の信者らも挞く動き出した。䞁床その頃、䞃月の半ばに、垆船サンタ・カタリナず、ベルトラメり・デ・ゎベダのゞャンク船ずが、平戞附近ぞ来た。束浊䟯はこれを平戞ぞ迎い入れようずしたが、船長らは神父の蚱可なしには入枯しないず答えたので、束浊䟯は止むなくフロむスの蚱に䜿者を寄越しお入枯の蚱可を求めた。その時の条件は、神父の平戞来䜏を船長らず協議しようずいうこずであった。フロむスは必芁を認めお蚱可を䞎えた。そこで平戞に入枯した船長たちは、神父の平戞来䜏ず新䌚堂の建築ずの蚱可を束浊䟯に求めたが、束浊䟯はいい加枛なこずを云っお蚱可をひきのばしおいた。そこぞ、二十䞃日遅れお、神父䞉人を乗せた叞什官(カピタン・モヌル)の乗船サンタ・クルス号が着いたのである。フロむスは床島でこの報を聞くず、その平戞入枯を阻止するため、盎ぐに小船に乗っお出掛けた。トルレスが前からこのこずをフロむスに呜じおいたのである。サンタ・クルスはもう垆をあげお平戞に向い぀぀あったが、叞什官・船長ドン・ペドロ・ダルメむダはフロむスの申入れをきいお盎ぐに匕還そうずした。しかるに同船の商人たちはそれに反察した。サンタ・クルスはサンタ・カタリナよりも僅か二日埌にシナを出垆したのであるが、途䞭暎颚のために非垞に難航しお、䞀カ月近くも遅れおしたったのである。だから䞀刻も早く銎染の枯に着きたかった。圌らの平戞入枯が、キリスト教埒ずなった倧村玔忠の敵に力を䞎えるこずになるずいう説埗も、商人たちを動かすこずが出来なかった。でフロむスは、ずもかくも船を平戞から二里ほどの所に停めさせ、䞉人の神父たちを䌎っお島ぞ垰った。そうしお再び叞什官を船に蚪ね、神父を平戞に入れるのでなければ、平戞ぞは入枯しない、ずいう旚を束浊䟯に䌝えお貰った。その結果、束浊䟯は遂にフロむスに平戞の䌚堂再建を蚱可したのである。\n これはビレラの远攟以来倱われおいた平戞の教䌚を回埩するこずであった。だからフロむスの平戞入りは出来る限り壮倧になされた。サンタ・カタリナやゞャンク船は倧小の囜旗を掲げ砲を䞊べおいる。船長以䞋ポルトガル人たちは盛装しお舷偎に䞊ぶ。陞䞊に出迎えた人々も着食っおいる。フロむスずフェルナンデスずが船で着いお䞊陞するず、サンタ・カタリナは祝砲を発し、信者たちは歓呌の声をあげる。それから人々は行進を起し、束浊䟯の邞に向った。フロむスは船長たちやその他の人々ず共に束浊䟯に䌚っお、入囜蚱可に察する挚拶をした。そうしおその足で籠手田氏を蚪ね、䌚堂の敷地に廻っお、早速再建の蚈画にずりかかったのである。こうしお暪瀬浊壊滅の䞀幎埌に平戞が回埩されたのであった。\n 新来の神父の䞀人フィゲむレドは到着埌䞃八日で口の接にトルレスを蚪ねお行った。カブラルはフロむスず入れ代っお床島に赎いた。コスタは乗っお来たサンタ・クルスに留たり、ゎベダのゞャンクに泊ったフロむスず共に、ポルトガル人の告解を聞き、ミサを行った。フェルナンデスは信者の家に泊っお䌚堂建築のこずに圓った。こうしお急に手がふえたので、トルレスは、ポルトガル船が日本を去った埌フロむスやダルメむダを京郜地方ぞ掟遣しようず考えたのである。\n\n\n\n第六章 京郜におけるフロむスの掻動" }, { "role": "assistant", "content": "\n\n侀 フロむスずダルメむダの䞊京\n\n ルむス・フロむスがトルレスの呜什によっお京郜のビレラに協力するため平戞を出発したのは、䞀五六四幎の十䞀月十日であった。\n フロむスは日本ぞ来おから䞀幎䜙の間に、暪瀬浊の没萜や、床島での日本人の信仰生掻や、ポルトガル船の貿易ず垃教事業ずの埮劙な関係などを経隓し、日本における宣教垫の仕事のおおよその芋圓は぀け埗たのであったが、しかし日本の諞地方ぞの旅行はただ少しもしおいなかった。そのためか、床島のフロむスの蚱ぞはダルメむダが迎いに行った。ダルメむダもフロむスず共に京郜地方ぞ行き、その地方の事情を調査しおトルレスに報告する筈になっおいた。しかしトルレスがそういう蚈画を立おた埌の僅かな時日の間にも、ダルメむダの掻動はめざたしいものであった。圌はたず口の接のトルレスの蚱から豊埌に掟遣された。毎幎の䟋になっおいる領䞻饗応のためである。だから十月の半ばにはただ豊埌にいた。その圌が、高瀬たで匕き返しお、そこから平戞ぞ陞路四五十里を旅行しおいる。この道筋は倚分初めおだず思われるが、途䞭、博倚から十䞀二里の所にある信者の町を蚪ねたり、たた海岞ぞ出お姪の浜ずか名護屋ずか信者のいる町に足を止めたりし぀぀平戞ぞ行ったのである。そこには神父コスタがいた。床島にはフロむスず共に神父カブラルがいた。そこで平戞に半月䜙り滞圚した埌、フロむスず共に出発したのであった。\n 颚の郜合がよく、船は翌日の倜口の接に぀いた。トルレスずフロむスずは暪瀬浊の没萜の時別れたきりであったから、再䌚の喜びは非垞なものであった。しかし口の接にもただ四日留たっただけで、フロむスずダルメむダずは旅皋に䞊った。この時にも颚の郜合がよくその日の内に島原に぀いた。この島原、ダルメむダの開拓した島原が、床島で䞀幎を送っお来たフロむスを実に喜ばせたのである。枯ぞ突き出おいる旧城址――䌚堂の地所が、比類なく優れた堎所であったばかりでなく、曎に島原の街はこれたで芋た最も矎しい街であったし、そこに䜏んでいる信者たちは殆んど皆身分の高い人たち、富める商人たちであっお、䞀般に教逊も高く、教矩に察する理解胜力も優れおいたからである。フロむスはそれを芋お、信者たちがこれたでミサを聞いたこずもなく、ただ日本人のベルシペヌルやダミダンに二䞉カ月説教を聞いただけであるのを残念に思い、「もし自分に委せられるならば、日本での最も良い仕事に代えお、この地に留たるであろう」ず早速トルレスに曞き送っおいる。そうしお熱心にトルレスの島原蚪問をすすめ、「もし貎䞋が八日間この地に留たられるならば、この町がこれたで滞圚せられたどの地方よりも優っおいるこずを認められるであろう」ずさえも云った。それほど島原での二日間はフロむスにずっお印象が深かったのである。\n それから二人は高瀬を経お豊埌に行き、臌杵䞹生島に倧友宗麟を蚪ねた。その埌府内に垰り、船の談刀をしお出発しようずしたが、颚の郜合で䞀カ月埅たされ、遂にクリスマスを府内で祝うこずになった。いよいよ豊埌を出発し埗たのは䞀五六五幎の䞀月䞀日で、堺に着いたのは䞀月二十䞃日であった。途䞭の航海は盞圓苊しく、特に寒さが烈しかったので、ダルメむダは病気になり、堺の富豪日比屋の邞宅で寝぀いおしたった。\n フロむスは五人の信者ず共に翌日盎ちに京郜に向っお出発した。(五人の内の䞀人は倚分ダミダンであろう。)その倜は本願寺の門前町倧坂に泊ったのであるが、圓時倧坂はすでにコチンの町よりは倧きかったずいわれおいる。フロむスはただこの地の領䞻「劻垯せる坊䞻」が宣教垫にずっおの最倧の敵であるこずを知らなかったので、この倜はのんきにしお、同船した異教埒の泊った家に行き、欟埅を受けおいたのであるが、倜半過ぎに火事が起っお、本願寺を初め九癟戞を焌き払うずいう倧火になった。フロむスの取った宿は焌けはしなかったが、避難者を収容するためにフロむスたちの退去を求めた。信者たちは譊備の厳しくなった町でフロむスたちをかくたうのに骚折った。本願寺の町であるずいうこずがこの時ひしひしず身にこたえたのである。が䞀日日の目を芋ない暗い二階にひそんでいただけで、翌々日の早朝、気づかれずに町の門から出るこずが出来た。「私はこの時ほど道を遠いず思ったこずもなく、たたこの時ほど早く歩いたこずもない。人の本性が自己保存を欲するこずはこの通りである」ず圌は曞いおいる。この日は皀有の倧雪で䞉四尺も積っおいた。で歩くこずが出来ず、挞く淀の川船を捕えお、䞀月の末日に京郜に入るこずが出来た。ビレラに逢うず、ただ四十歳でありながら苊劎しお䞃十の老人のように癜髪になっおいるこの日本垃教者は、フロむスが遙々むンドから日本垃教に来おくれたこずよりも、倧坂の危険を脱したこずの方を䞀局悊んだのであった。\n\n フロむスの京郜入りを䜕故このように重芖するかずいうず、䞀぀にはフロむスが熱心な宣教垫であるず共にたた比類なく優れた蚘者であったこず、もう䞀぀にはフロむスが到着しおからの半幎の間の京郜が戊囜時代の混乱の絶頂を具象的に展瀺しお芋せた舞台であったこずによるのである。フロむスは日本に着いお間もなく暪瀬浊の没萜を自分の県で芋た。この事件は日本におけるキリスト教垃教事業の運呜をすでに象城的に瀺しおいるずいうこずも出来る。その同じフロむスが、京郜に入っお半幎埌に、最初の公然たる犁教政策に出䌚ったのである。いずれもキリスト教が暩力ず結び぀くや吊や間もなく起ったこずであった。\n フロむスは京郜に入っお、半幎埌には転芆される運呜にあった叀い䌝統的なものを、盞圓詳しく芋るこずが出来た。圌が京郜に着いた翌日は陰暊の元旊であったが、ビレラは将軍ぞの幎賀を必芁ず認めおいたので、圌もビレラに䌎われお正月の十二日に将軍に謁した。そのために出来るだけの盛装をも工倫した。十幎前にヌネスの連れお来た少幎の持っおいた金襎の食りのある叀い長袍、船宀で䜿い叀した毛氈、そういうものをフロむスは豊埌から携えお来たが、ビレラはその毛氈で広袖の衣を䜜り、金襎の長袍ず共にこれを着お、その䞊に曎に矎しい他の衣を぀けた。フロむスはキモノの䞊にポルトガルの矅玗のマントを矜織った。進物はガラスの倧鏡・琥珀・麝銙などであった。こうしお二人は茿に乗り、二十人ほどの信者に䌎われお、倚分今の二条城のあたりにあったず思われる足利将軍の宮殿に赎いた。将軍矩茝は神父を䞀人ず぀接芋したが、フロむスはその際の矩茝の印象に぀いおは䜕も語らず、ただその宀の矎しかったこずを蚀葉を極めお讃めおいる。自分はこれたで朚造の家であれほど矎しいのを芋たこずがない。宀は金地に花鳥の矎しい絵で取巻かれ、畳は実に粟巧なもので、曞院の窓の障子も非垞に奜かった、ず圌は云っおいる。次の間に䞋ったずき、神父の着おいるカパは珍らしい、芋せお貰いたい、ずいうこずであった。次で将軍の倫人に謁する時には、間の襖を開いお、次の間から瀌をした。矩茝の母慶寿院尌も同じ構えのなかにいたので、二人はそこぞ行っお、倧勢の婊人の䟍坐しおいる前で盃を頂戎した。フロむスはここでも、その静かで、簡玠で、きちんずしおいる有様を、僧院のような感じだずほめおいる。この人たちが半幎埌に悲惚な目に逢ったのである。\n この幎賀の翌日にビレラは、圓時の実暩を握っおいた「䞉奜殿」を河内の飯盛に蚪ねお行った。䞉奜長慶は実は前幎の倏、四十二歳で病死したのであるが、ただ喪を発しおはいなかったのである。ビレラはそこから堺のダルメむダを呌んだ。\n ダルメむダはフロむスず共に堺に着いた時盎ぐ日比屋で寝蟌んだのであるが、その病䞭二十五日ほどの間は、父母の家にあっおもこれほど芪切にされるこずはなかろうず思われるほどの愛情を以お看護された。日比屋の䞻人のみならず倫人も子女も昌倜心を぀くした。やや快方に向っおから少しず぀説教なども始めたが、日比屋の嚘のモニカの結婚問題に぀いお盞談盞手になり、父のサンチョを説いお正しい結婚の実珟に努力したりなどもした。ビレラに呌ばれおいよいよ飯盛に向っお出発しようずする前日には、日比屋の䞻人の茶の湯の饗応を受け、その珍蔵する道具類を芋せお貰ったのであるが、圓時すでに高䟡なものずなっおいた茶道具類はずにかくずしお、茶の湯の䜜法そのものは盞圓に深い感銘をダルメむダに䞎えたように芋える。客はダルメむダず日本人むルマン(これはダミダンではないらしい)ず事務䞀切の䞖話をしおいる信者ずであった。朝の九時に日比屋の家の暪の小さい戞口から入り、狭い廊䞋を通っお檜の階段を䞊ったが、その階段はこれたで䜕人も螏んだこずがないほど枅らかで、実に粟巧を極めおいた。そこから二間半四方䜍の庭に出、瞁を通っお宀に入った。宀の広さは庭より少し広く、「人の手で䜜ったずいうよりもむしろ倩䜿の手によっお䜜られた」ず思うほど矎しかった。宀の䞀方には黒光りのする炉があっお、癜い灰の䞭に火を入れ、面癜い圢の釜がかかっおいた。この釜は高䟡なものだずいうこずであったが、その炉や灰の枅朔でキチンずしおいるこずがダルメむダを驚かせた。やがお垭に぀くず食物が運ばれ始める。矎味は驚くに足りないが、その絊仕の仕方の秩序敎然ずしお枅朔を極めおいるこずは、実に䞖界に比類がない、ず圌は讃嘆しおいる。食埌䞻人サンチョの立おた濃茶の味も、出しお芋せた名物の蓋眮きも、倧した印象は䞎えなかったらしいが、䌚垭の気分そのものは圌を敬服せしめたのである。" } ]
[ { "role": "system", "content": "䞋蚘の曞き盎しを続けお、高品質な文曞を䜜成しおください。" }, { "role": "user", "content": " ゲヌテが「りェルテル」をかいお、それからワむマヌルのおあいおになっおから、そのような方向ぞの戞口をひらかれお、段々ず「ファりスト」の第二郚にある貎族的なギリシアぞの埩垰や有甚人的芋地ぞひろがっお行った過皋も面癜うございたした。どうしお第䞀郚ず第二郚ずあんなにもちがうかずずっず思っおいたもんだから。恋愛小説ずいうず「りェルテル」ず云うでしょう? 䜕も知らずに。恋愛小説は、前進しお理解されなければならないず思いたす。そんなこずも考えおいるのよ。\n これは別の話ですが、䜜家の生掻ずいうものの䞍健党さが、今日、いろいろな圢で文孊を歪める䜜甚をしおいる䞭に男らしさの問題があるず思いはじめたした。\n 䞖間の普通の人ずはちがった日暮しをしお来た䜜家は、男でも、男らしさの感芚から萎靡させられおいるのね。だもんだから戊堎でめぐり合う兵士たちの男らしさに男でさえ特殊な印象をうけ、のっぎきならぬずころに生きおいる人間の矎を改めお感じ、それでずにかくあすこでは、ず云うのね。私はおどろきをもっおききたす。女の䜜家なんかぞなぞなにかこたれおいお、そういう人たちを芋お男をはっきり感じるのね。皲ちゃんの奉公旅行からかえっおの話で、考えたした。そこには原圢にかえされた男らしさや女らしさが芋られるのでしょうか。\n 芞術の仕事をする男が男らしくないずいうのは党く笑止なこずね。これは北條民雄の癩ずのたたかいをかいた文孊に぀いお川端が生呜のぎりぎりの感芚ずしお称讚したずきも、私の感じたこずでした。\n この人たちは、生きおゆく、䞈倫で生きおゆく日々がいかに充実し緊匵したものであるかを感じないぐらいのびおいるのだナず。そういう生呜の緊匵、生呜の意味ぞの絶えざる自芚なしに生きおいるず、アブノヌマルな条件でなければ生呜感を感じないセンチメンタリズムが出来る。\n 文孊は䜕ず匷い高い矎しいものでしょう、でもその裟には䜕ずいうごみもひきずっおいるでしょう。\n 健党に行動する機䌚がないず、只、行動そのものに劙な評䟡をはじめもするのですね。\n そう云えば、こんどの本には行動ず思玢ずのいきさ぀も扱っお芋る぀もりです、どんな䜜品がいいか分らないがさし圓りは「生掻の探求」のあの井戞盎しでも。\n 行動の讚矎はむタリヌのマリネッティのように、未来掟からロヌマ進軍ぞずう぀りゆきたすから。私たちの思玢ず行動ずが自立した統䞀をも぀ために、今日はどういう道皋を歩いおいるかずいうこずに぀いお、思玢力そのものが、運動神経を䞈倫にしおゆくこずの䟡倀をはっきりさせたいわね。\n 物質のスピヌド行動力の方が粟神を圧倒したずころに未来掟の速力ぞの陶酔があるのだから。そんなこずも面癜いでしょう? 私たちはさかさにおかれおもちゃんずものの考えられる習緎がいりたす、ああこんなにお喋りしおしたった。では火曜日ね。\n\n十月二十䞀日 〔巣鎚拘眮所の顕治宛 駒蟌林町より(「ロシダ寺院・哈爟浜」の写真絵はがき)〕\n\n 県の本ず文孊の扉をお送りいたしたす。きょうは又曇りたしたね。けさ早く南江堂ぞ出かけたら、どこもかしこも防護団の制服を぀けた人だらけでした。垝倧の鉄柵は、鉄回収のために朚の柵になっお、䜕ずなし牧堎のようです。正門入口の門扉も朚の柵ですから。私は昚倜思い぀いお、い぀かあなたの着おいらした毛糞の(糞の亀った方)ゞャケツを盎しお、いざずいうずき着るこずにしたした。いい思い぀きでしょう? 誰にきいおも私たちのたわりでは、本はあきらめおいたす、手がないずいう圢らしいようです。\n\n十月二十䞉日 〔巣鎚拘眮所の顕治宛 駒蟌林町より(封曞)〕\n\n 十月二十䞉日 第四十六信\n きょうはからりずした倩気です。二階の手摺りのずころには倜具をいっぱいほしおありたす。昚倜は寒かったこずね、はじめお宀ぞ火鉢をすこし入れたしたが、いよいよもっお心现いこずは、この火鉢で冬の倜仕事は出来るだろうかずいうこずです。\n ずころで、きょうは可笑しい日です。空気の工合か䜕か、うちじゅうの女のひずたちは顔が也いお、䜕だかくすぐったくおピリ぀くようで閉口ずいうの。私は萜付けなくお、顔を又掗っおオリノ油぀けお、それでもただ駄目よ。倉にかゆいようなの。可笑しなこずもあるものです。\n(あらあら倧倉。寿江子がブヌブヌやり出したら、すっかり開けおあるものだからたるでずなりでやられるようです。)\n 南江堂の本いかがでしたろう。あなたがおっしゃっおいたこずを䞀寞思い出しおそのあたりひらいおみたら、ほほうそういうものかしらず思うずころがありたしたけれども。片方の疟患が平静になったずき云々ずいうずころ。そういうものなのでしょうか。ノィタミンはあがっおいるのでしょう? ずっず。AB? Dが入ったのがいいらしいけれども。そういうのはないのでしょうか。\n きのうぱハガキに曞いたように朝早く南江堂ぞ出かけ、午埌は、あの䟋幎の八反のどおらが仕立䞊っお来お送れお䞀安心いたしたした。もう、䞀枚は綿の入ったものがほしいわね。そしお、その柔かく綿の入ったものをな぀かしく思う心持は晩秋の感情ね、䞀぀の。枩床は綿のないものをいく぀か重ねたっお保おるかもしれないけれど。これはおくればせではなかったでしょう?\n『新䞖界文孊史』はもうやがお終りたす。やっぱり読んでようございたした。『発達史』の方の扱いかたは、もっず正確で、基本の珟実にふかく入り、又文芞思朮ずしおはっきりした類別をも瀺しおいお、その点倧事でしたが、あの著者はドむツ近代叀兞が自分ずしおくわしいのね、どっちかずいうず。\n『新䞖界』の方は、そういう点では孊問的ではないけれどもワヌズワヌス、スコット蟺から俄然粟圩を攟っお来おいお、むギリス文孊の䞭でバヌンズをずりあげおいるこずは倧いに賛成です。バヌンズを、『発達史』のひずはふれおいたせん。私は詩を印象ふかくよんでいお、芚えおいるから、正しく評䟡されおいるず我意を埗たした。ラファ゚ルずミケランゞェロの比范も面癜いわ。ラファ゚ルのシステンのマドンナずいう絵を芋おね、どうしおもしんからすきになれたせんでした。あの時代ずしお倧した技術であり矎ではあるず分るが、すきなものではなくおむしろきらいでした。しかしラファ゚ルはきらいず云い切る人はないのでね(即ち因習によっお)これからは安心しおすきでないず云えるから、いいわ。そしお、この本が、『発達史』ず党くちがう䟡倀をもっおいるずいう点はそういうずころにあるわけです。いろいろ面癜いず思いたす。ワグナヌのこずも曞いおいおね。生掻的錓舞をも぀本ずいうものは、なかなか生きのいいずころがあっおようございたす。(曞きかたも半ばごろからずっず萜付いお性急な過去ず珟圚のモンタヌゞュがなくなっお――歎史はくりかえす匏のたちがいがそこにありたす――よくなっおいたす)\n いい本教えお䞋すったお瀌を云わなければならないわね。読みかえしお芋たくお思いにならないかしらず思いたした。そこいらの䜜家ず称する人々よりずっず勉匷しおいるずいうこずを、本圓だず思いたす。\n 今ロシア文孊のずころに入りかけおいたす。倧䜓は明日じゅうによみあげおしたうのよ。カルヷァヌトンの本は神田でさがしお来なければなりたせん。さもなければ䞊野ぞ行くわ。その方が胜率的ね。日本の叀兞をよむに、必芁もあるから。今月じゅうそういう仕事をしお、来月から曞きはじめたす。\n ぀たりは、これ迄こんなに系統立おおはしなかった仕事が(勉匷が)出来おうれしいず思いたす。自由に各方面にひろがっお、突き入っお、そしお曞いお芋たしょう。それぞれのトピックに぀いお、どんな䜜品、䜜家にふれおゆくかずいうこずをきめるのにもなかなか手間がかかり、刀断力がいりたす。今日ずいう䞖界をはっきり目の前に据えおおいお、すべおのこずを曞く぀もりです。それがふさわしければ、文孊の䜜品ばかりでなく音楜にも絵にもひろがっお行っおいいわけでしょう。才胜ずか倩才ずかいうこずを語るずきには画家、セザンヌやゎッホやそういう人を語らずにはいられないだろうず思いたす。これらの人たちは、才胜ずか倩才ずかいう抜象名詞を、自分の身に぀いたものかそうでないものかず詮玢するこずはしないで、努力粟励ずいうものが、぀たりは才胜ず倩才ずの実物的衚珟であるこずをよく瀺しおいるのですから。\n きのう、䞀寞矎術雑誌を芋たら面癜いこずがありたした。フランスの画家たちは、そういういい手本が䌝統の䞭にあるから、実に勉匷だそうです。仕事着からネマキ、ネマキから仕事着で(それで又盞圓どこでも通甚するが)ピカ゜なんかでも実に仕事するのですっお。或る日本の画家がじゃ䞀぀俺もたねおやれず思っお、圚仏日本人の評刀にされる皋がんばったのだそうですが、二幎で぀づかなくなったっお。䜓力のこずもある。けれども情熱の問題もあるず曞いおいお、芋栄坊ぞろいの画家ずしおはよく率盎に語っおいるず思いたした。\n こういう話をよむず、韍之介の「地獄倉」を思い出すの。あの画家は、嚘を火の䞭に投じるヒロむズム至䞊䞻矩はわかるし、䜜家はその面でかいおいるけれど、そこに䜕か日本の芞術至䞊䞻矩の䜓質があらわれおいるようです。そのフランスのこずを曞いた画家は、䜓力ずいうが、䜓の小さい日本人は戊いに぀よいずかいおいお、぀よいのは本圓だが、どういうずきどう぀よいかが本質の問題であるように、芞術の䞊の情熱もそこにかかっおいるわけでしょう。(぀たりこんな颚に、その本のなかでも話しおゆくこずになるでしょうず思いたす)" }, { "role": "assistant", "content": " 二十六日の日曜日にはね、䞖田ヶ谷ぞお出かけです。十䞃日が防空挔習でのびお、その日になりたす。䞀日の午埌から二日䌑みの぀づく日に、もしかしたら囜府接ぞ出かけたす。この間の䌑日は行かなかったの。囜男さんず倪郎ずだけ行きたした。もし今床も私が行かなければ、咲枝が赀坊぀れおゆくからたのむものはたのみたしょう。䞀寞行っおみたいずころもあるわ。䞀昚幎の倏行ったきりでしたから。この間行ったずき囜男さんが、きれいに真青な橙の倧きいのをもっお来たした。初めお、うちの暹になったのですっお。\n この間原智恵子のピアノをききたした。久しぶりに日本ぞかえっお来おの挔奏でしたが、䜙りひどくなっおいるのでびっくりしたした。もずは、そのいろんな倖向的な玠質が、近代的な扮装に぀぀たれおいお、謂わば理性的、぀めたい情熱ずでもいうような型に装われおいたものが、この間は、シュヌマンのコンチェルトを匟いたのだけれど、すっかり厩れお、䜕にも䜜品の粟神を぀かもうずしおいないで、䞀぀の芁領、倧衆䜜家のきかせどころのようなもので匟いおいお、井䞊園子ずは、もうどこかで決定的にちがっおしたったこずを感じたした。映画界の人ず結婚しお、フランスぞ行っお、かえっお来お、その二䞉幎の間に、䜎いすれからした雰囲気の女王気取りで暮しおいるこずが、服装から、身ごなしから、音楜に溢れお衚われおいたした。䟋によっお、有島生銬が、老いたる瀟排さで出珟しおきいおいたが、圌はあれを䜕ず刀断したでしょう。䞋手ずちがうのよ。いやな気がするのよ。そしお、女だずいうこずは䞀局ものを哀れにしお、ごく胞を䜎くカットしたむノニングで、十九䞖玀の悪趣味よろしく胞の二぀のもりあがりをのぞかせたりしお。そしお、あんなひどくひくの。\n 本圓に音楜がすきずいうのではないのね。所謂䞖界的舞台でスポむルされたために、珟代の混乱で、そういう道具立おがなくなるず、劙に匵りがなくなっお、日本の本圓のレベルがわからないもんだから、がったりひどくなっおしたうのでしょう。井䞊園子だっお金持すぎお名流すぎお、圌女の音楜はい぀も瀟亀性ず手を぀らねおいる危険がありたすが、音楜は勉匷しなければならないもの、ずいうずころは分っおいるようです。諏蚪根自子はベルリンだそうです。音楜に囜境がないばかりか、ベルリンではさぞ自由にやっおいられるのでしょう。この若い女性もそういうこずでは抜象的音楜倩才ですから、圓然。\n 倖囜ず云えば、これからは、倖囜郵䟿は、発信人の䜏所氏名を明蚘しお、切手をはらず、郵䟿局ぞもっおゆくのですっお。それからどういう手順があるのでしょうか。゚ハガキも二重封筒もいけなくなるのだそうです。\n 囜内はいいのよ。\n 只今のずころ、挔習ただ倧したこずなし。八癟やが来お倕方から空襲がありたす由。今幎は、譊防団その他はなかなか具䜓的にやっおいる様子ですが、町内は割合気がしずかですね。これは面癜い心理だず思いたす。もうお祭りさわぎずしお、䞖話やきずきの小母さんの掻躍舞台より以䞊の実感があっお、华っおワむワむしなくなっおいるずいうずころもあるのでしょう。\n 林町の裏から動坂のひろい通りぞ出る迄の䞀垯は本郷区内の危険地区の䞀぀ですっお。䜕しろ、あの裏通りは埡存じのずおりですから手抌ポンプしか入らないからだそうです。埓っお、うちも裏から火が出お、冬のこずではあり北西の颚でもあれば、こずは到っお簡単ずいうわけでしょう。そういうずきになれば、私は䜓ず手垖ず゚ンピツず封緘さえあればいいず思っお居りたす。\n では火曜日にね。県をお倧事に。泉子からよろしく。\n\n ね、ふっず原さんが泉子ずいう名だったず思いたした。原さんかんちがいしたら可笑しいわ、ねえ。むヅミ子に可哀そうだし、ね。\n\n十䞀月䞀日 〔巣鎚拘眮所の顕治宛 駒蟌林町より(青朚達圌筆「薄」の絵はがき)〕\n\n きょうは(䞀日)倩気がはっきりしないので囜府接で䞀幎も閉めこたれたたたの垃団を干せそうもなくお倧匱りよ。それでも出かけるのでしょう。出かけおしたえば又それで気がかわるのでしょうが。\n 県の本いかがなりたしたか?\n この間本やで蚈らずオヌ゚ンの『自叙䌝』ずいうものを芋぀けたした。珍しいず思いたしたが、知っおいる人にずっおは栌別興味も少い本なのかしら? あなたはいかが? ノヌトや本やをもっお出かけるのよ。それからお米も。タクアンも。\n\n十䞀月䞉日 〔巣鎚拘眮所の顕治宛 神奈川県囜府接前矜村前川より(封曞)〕\n\n 十䞀月䞉日\n 今床は䜕しろ同勢が同勢なので、おっかさん圹おかみさん圹兌任のため、なかなか忙しい思いをしたした。\n 䞀日の午埌、倪郎が孊校をひけおかえっお来るずすぐ出かけ䞀時四十分の小田原ゆきをめがけお東京駅ぞ行ったずころ、列がずヌっずむこうの端れで、最埌尟の車に、しかも立ちづめで二の宮迄よ。どこかの䞭孊生の緎成道堎行がのっおいお、お米を忘れたずさわいでいる四幎生もあり、ずいう工合。倪郎だけよそのひずのわきにわり蟌たせお貰っおリュックをやっずおろしお、小さい䞉角型の顔しおのっおいるの。倪郎は人ごみだの䜕だのの䞭だずそれは情けない情けない顔しお、あっこおばちゃんを歯痒ゆがらせたす。ダアこんでるんだなアずいうような、からっずしたずころなくおね。いずど物哀れに小さくなるのよ。私はそういうのは無芖なの。いたわったりしないの。\n さお、囜府接ぞ぀いたら、バスがこの頃はダむダめちゃめちゃで䞀時間、あの朝日ずいう店で埅ち合わせ。駅前のあのテヌブルなんか䞊んでいた店芚えおいらっしゃるでしょう? もうあんなこずはしおいないのよ、店はしたっお、ちょいず梅干が䞊んでいるだけよ。\n 私は重いスヌツケヌスを䞋げお倪郎に片手぀かたられお蟿り぀いた時は吻っずしお、でも、いい心持でした。\n 八時頃囜男来。二日は倪郎がはりきりで砂遊びにおやじさんをさそい出し、私ぱプロンで片づけもの。\n 午埌䞀䌑みしお倪郎を芋たら、䞀人でぜ぀ねんず芝の枯れたのを怍朚屋が焚火しおいる、それを぀っ぀いおいたす。可哀そうになっお、駅で買った柿の袋䞋げお、ナむフもっお、ミカン畑の間を歩きながらその柿をむいおたべさせおやりたした。ミカンが黄色くなりかけで空は青々。癜い蝶が二぀高く䜎くずび亀っおいお倧倉新鮮でした。狭いミカン畑の間の草道を日やけ色した手足を出した倪郎が短い青いパンツで汜車を芋ようずかけおゆくのも面癜い眺めでした。\n 倪郎は䞃時半ごろ、寿江子が駅たで来お぀れおかえりたした。明治節のお匏に出なくおはいけないから。\n あの仕事お぀だっお貰っおいる絵の嚘さんがきのう午埌から来お、昚倜は珍しい、囜、そのひず、私、女䞭さんずいう顔ぶれでした。\n 本をもっお来たのによむどころかずいう有様よ。炭がない。野菜がない。海は朝も倜も目の前にずどろいおいるのにお魚はなしよ。倧したものでしょう? お魚ず云えば、この間うち垂䞭に䜙りお魚がないので困りはおたずき、新しい銖盞は早朝階銬で垂堎ぞ行かれたした。魚がないじゃないか。ガ゜リンがないもんですから。ナニ、ガ゜リン? 早くおきお働けばいいんじゃ、ず云われた由、そしおあんちゃん連の䞇歳におくられお銬蹄の音勇たしく朝の遠埁を終えられた由です。こっちではそういう勇たしい光景もなくお魚はないのね。\n すべお埡持参で来れば、今頃から冬にかけおは、いい心持だず思いたす。久しぶりでのんきな気分で空気のよさ感じたす。あしたおめにかかるず、日にやけたのが目に぀くのではないかしら。" } ]
[ { "role": "system", "content": "䞋蚘の曞き盎しを再開しお、プロフェッショナルな文曞を䜜成しおください。" }, { "role": "user", "content": " この䞍思議な事件は、党く思いがけないものであっお、確かな解釈のしようもないので、それだけたた、深く私の心を打った。\n 別所次生が校正係ずしお勀めおいた曞肆の線茯員に、私の懇意な者があり、別所に぀いお次のように私に語った。\n「特にこれずいっお泚意をひくような点は、芋圓りたせんがね。ただ、しいお云えば、ひどくおずなしい男で、少しも他人ず争うこずもしたせんでした。同僚に察しおさえそうで、ただ䞀床も口喧嘩などしたこずを私は聞いたこずがありたせんし、地䜍の䞊の者、殊に線茯長ずか瀟長ずかに察しおは、殊に埓順でした。䜕ず云われおも、はいはいず返事をするきりで、口ごたえ䞀぀したせん。埡存じの通り、校正係ずいうものは、小さな曞店ではごくのんびりした時があったり、ひどく忙しい時があったりするものでしお、仕事がたおこんでくる時には、倜分たで居残っおいおも間に合わず、幟台もの校正刷を自宅に持ち垰っお目を通すこずさえありたす。そんな時、校正が粗挏だったりするのを、他人から぀っこたれおも、別所君は匁解がたしい口を利くこずもなく、枈みたせんずただお詫びを云っおるだけです。もっずも、校正はあたり䞊手な方ではありたせんし、熱心にやっおるようでいお、実は仕事が䞊滑りしおるずいう感じもありたした。それからたた、忙しい仕事が䞀段萜぀いた埌、瀟長から嫌味を云われおも、おずなしく頭を䞋げおるだけで、䞍平らしい様子も芋せたせん。もっずも、この方では、圌はずぬけお欠勀が倚く、そのくせ遅刻は䞀回もない様子です。どうも芋たずころ、朝おそくなっお、遅刻しそうな時には、そのたた䞀日䌑んでしたうずいう調子らしいんです。遅刻はいやだが欠勀は平気だずいうんでしょう。瀟長もこれに気が぀いたかしお、圌の欠勀に぀いお或る時、玔真な男だずふず口を滑らしお、それからは瀟内で、欠勀の代りに玔真を発揮するずいう蚀葉がはやったこずがありたす。あい぀玔真を発揮しやがったなずか、明日あたり玔真を発揮しおやろうかなずか、そういった工合です。でずにかく、別所君に぀いおは、ひどくおずなしいずいうこずず、欠勀が倚いずいうこずが、しいお拟えば目立぀点でした。\n それから次に、これは私䞀人だけの意芋ですが、別所君はい぀も胞の䞭に無数の䞍平䞍満を、それもごく小さなものを無数に、ひずり秘めおいたのではないかず思われるふしがありたす。私はおもに瀟内にいお原皿の敎理をしたりしおいたすし、垭も別所君の近くなので、別に芳察するこずもなく気付いたのですが、別所君は時々、ずいうのはおもに暇な時なんですが、窓硝子ごしに目を空にやっお䜕か考えこんだり、それからたた急に舌打ちをしたり、唇をきゅっず歪めたり、肩をこたかく揺ったり、手を握りしめたり、机の䞊の玙片を幟぀にも折りたたんだり、ぞんに忙しい身䜓぀きになりたす。そしお始終、口の䞭でなにかぶ぀ぶ぀呟いおるようです。もっずも、校正をやっおる人は、印刷された字面を远いながら自然ず口の䞭で発音をたねる癖が倚いようですが、別所君のはそんなのではなく、仕事をせず心を倖に向けおる折にぶ぀ぶ぀呟いおるのです。それはあくたでも口の䞭だけで倖ぞは䞀蚀も掩れたせん。掩れたせんが分りたす。泡を吹いおる蟹がもし䞍平家だずすれば、別所君の口のたわりにも泡がたたるかもしれないず、そんな感じがするのです。それで぀たり、いろいろなこずを綜合しお、別所君は胞の䞭にたくさんの䞍平ずか䞍満ずかいうものを蓄えおいたのではないかず、私は想像するのです。ゆるい火の䞊にかかっおる鉄瓶のようなもので、ちょっず芋おは実に静かな萜着いたものですが、䞭はい぀も倖に音が掩れない皋床にぐ぀ぐ぀煮たっおるずでもいうのでしょうか。その鉄瓶が䞀床だけ、蓋を開いたこずがありたす。昌食の埌に数人の者が雑談をしおいたしお、たたたた、嚁勢のいい連䞭のこずずお、瀟の出版傟向が近頃では無方針にすぎるずいう議論になり、それならば䞀䜓劂䜕なる方針を確立すべきかず、各自に勝手な熱をあげおる時でしたが、独り黙っおいた別所君が、机の䞊で䞀枚の原皿甚玙を䟋の通り幟぀にも幟぀にもこたかく折りたたみながら、「俺は別だ」ずふいに倧きな声で云ったものです。みんな虚を衝かれた態で、別所君の方ぞ目をやるず、別所君も急に我に返った様子で、「いや、僕も賛成です。」ず慌おお云ったものです。それがたた䜕に賛成なのか蚳が分らないものですから、みんな唖然ずし、別所君は顔を赀くし、ただ私には、「俺は別だ」ずの最初の蚀葉が別箇の独語ずしお心に残りたした。\n 倧䜓そんなずころですが、別所君は぀たり、人ずの応察に卑屈なほど埓順であり、たた遅刻をきらっお平気で欠勀するほど玔真であり、そしお無数の䞍平䞍満を胞䞭に秘めおる男だったず、こうちぐはぐな浅薄な印象きりで、私にははっきりしたずころは分りたせんね。」\n 右のような話は、それでも、それが背景ずなっお、別所の姿を浮出させるのに圹立った。\n 私のずころにも、他の背景があった。\n 別所が李氞泰に連れられお初めお私の宅に来た時、圌は殆んど口を利かずに、李ず私ずの雑談を笑顔で聎いおいた。しんは匷そうだが、然し痩せた腺病質な䜓躯、血色のわるい现面の顔、しなやかな長髪、静かに柄んだ目差、それずなんだかそぐわない長い感じのする歯䞊、そうした面圱が私の目に留った。それから䞀二床逢っおるうちに、圌も次第に口を利くようになったが、それでも、過敏な感性ずいったようなものが蚀葉を抑制するのが、私の目に぀いた。自分の蚀葉がすぐ自分に反映しおくるらしく、その蒌癜い顔を床々赀らめるのだった。そのためにはたた华っお圌の蚀葉を心からの真実なものず感じさせもした。これず䞊べるず、李の蚀葉は平然ずした明確なものだけに、华っお嘘か本圓か分らなくなる恐れがあった。少くずも、別所ず共には笑い難く、李ず共に笑い易かった。\n 別所がやっおる校正の仕事に぀いお、或る時、議論が二぀に別れた。別所が校正枝術が䞋手でよく叱られるずいうような雑談から進んで、別所に云わすれば、内容の䞋らないもの即ち䞋らない文章では、初めから軜蔑した気分になっお校正もうたくゆかないずいうのである。然し李に云わすれば、䞋らない軜蔑すべき文章ほど校正はうたくゆく筈だずいうのである。なぜなら、文字の䞊だけなら誀怍のたた読み通せる堎合がある以䞊、どうせ文章は読み取っおゆかねばならぬものだから、䞋らない文章ほどその堎合の心の繋がりが皀薄になり、随っお字面を蟿る機械的な働きが高床化する。ずそういう議論から、李が䞻匵するこずは、凡お瀟䌚機胜の機械的な働きの䞀぀になり終るこずが、これからのむンテリ局に芁求されるこずで、心ずか粟神ずかいう叀くさいものの薄れゆく圱に執着するのは、氎に沈む石ころにしがみ぀いおるようなもので、やがお溺れ死ぬ運呜を免れない。䜆し、ここにいう機械的な働きに身を眮くこずは、謂わば私情をすおお公の境地に腰を据えるこずだず、そんなずころにたで李の議論は飛躍しおしたった。\n「珟代の瀟䌚では、個人的感情の匷い時ほど私の立堎に立぀ものであり、その感情がだんだん薄くなっお、機械的機胜に近づくほど公の立堎に立぀こずになり、機械に至り初めお完党に公の立堎になりたす。別所君は党く機械になり埗ない性栌です。だから、先生も埡存じでしょう、䞉幎前、浅間山の噎火口に飛びこみに出かけたようなこずが起るんです。」\n「あれはちがうよ、君の方が私の感情で動いたじゃないか。」\n 別所はそう叫んで、顔を真赀にそめた。\n その䞉幎前の浅間行きずいうのは、別所が肺を病んだり野田沢子に倱恋しかけたり、其他いろいろなこずで、死を想っおる時に、李ず二人で浅間の噎火口に出かけたこずを指すのだった。李に云わせるず、別所が果しお自殺し埗るかどうかを絶倧な興味で芳察しに行ったのだし、別所に云わせるず、李があたり心配するのでそれを安心させおやるために぀いお行ったのだった。その、事の真停はずもかくずしお、話の裏に芋られる二人の友情に私は快い笑みを感じた。\n 李は口では別所をいろいろやっ぀けながら、別所のために䜕かず䞖話をやいおいた。別所が野田沢子ず仲盎りをし恋愛関係にはいったこずを知るず、なおその䞊に別所はちゃんず出版曞肆に勀めおいるこずでもあり、埓来のきたならしい叀䞋宿屋ではいかんず䞻匵しお、圌を匕っぱっお方々のアパヌトの空間を芋おたわった。然しどこにも李の気に入る宀がなかった。ずころぞ䞁床、李が䜏んでるアパヌトの春日荘に宀が䞀぀空いたので、李はむりやりに別所を匕入れおしたった。その玄束の日、李は突然私のずころぞ電話をかけおきた。\n「......こんど、別所君が僕のアパヌトぞ来るこずになりたした。先生はここのおばさんに倧倉信甚があるから、別所君の保蚌人になるこずを、䞀蚀いっお䞋さい。いた、おばさんずかわりたす。」\n そしお電話口の声は消えお、しばらく䜕か話声が䌝わっおきた。――実は私には党くだしぬけのこずで、䜕の前觊れもなかったのだが、然し別所に保蚌人がいるなら、なっおやっおもよいずいう気持は圓然起った。私は春日荘の䞻婊の怿正枝ずは叀い知りあいで、そのしっかりした気性や倚幎の未亡人生掻の苊闘に、ひそかに敬意を衚しおいるのだった。\n 暫くするず、電話口には正枝の声が響いおきた。李の友人の別所次生ずいう人を知っおるかずいうだけのこずで保蚌人ずいうようなこずはなにも出ず、話はすぐ先方から倉えられお、近頃の無沙汰だずか健康のこずだずか、普通の挚拶に終っおしたった。李から呌び出されお正枝に挚拶させられた、それだけの恰奜だった。私は電話口から離れながら苊笑を掩した。\n かくしお、別所は春日荘の䞀宀に玍たり、校正係ずいう䞀定の職業を持ち、沢子ずの恋愛も埗お、たあ幞犏な生掻にはいりかけおるず思えるのだった。\n ずころで、これは埌で私が怿正枝から聞いた話だが、別所は぀たらないこずを気に病んでいた。春日荘の東偎にちょっずした空地があり、そこに、建物から二メヌトルばかり離れお怿の朚が立ち䞊び、その謂わば青葉垣の倖の狭い地面に、正枝は花卉や野菜などを慰みに栜培しおいた。その地面の先は䜎い厖で、ずっず䜎地になっおいた。そちら偎の二階に別所の宀はあったので、さたで高くない怿の立朚ごしに、䜎地の屋根䞊が芋枡せた。それらの屋根の䞀぀の䞋に、斜めに芋える宀があっお、雚戞があるのかないのか、ずにかく板戞を閉められたこずがなく、い぀も硝子戞のたたになっおいお、而も倜通し電灯が明るくずもっおいるず、別所は云うのである。\n すべお節玄の時代だから、もう倜の十二時すぎになるず、屋根䞊は䞀面の闇に沈んでしたい、ただ遠くにぜ぀りず二぀䞉぀、䜕かの柱頭の裞灯が芋えるきりだった。その闇の䞭にただ䞀぀、凡そ十軒ばかり先方の屋根の䞋に、明るい宀が宙に浮いたように芋えるのである。その灯火は朝たで消されるこずがない。而も、人圱䞀぀ささず、明るいたた静たり返っおいる。その宀には䞀䜓、誰か人が䜏んでるのであろうか。䜏んでるずすれば、倜通し䜕をしおるのであろうか。――別所はそれを気に病んでいた。\n 李がそれを知っお、たた独特なこずをやっおのけた。李の宀は他の偎にあったが、別所の宀から問題の家を芋定め、その蟺の町筋を探査しお、そしお或る倜曎け、その家の前で、「二階の灯火を消しお䞋さい、倜通し぀け攟しにしないで䞋さい、」ず叫んで、駆け戻っお来た。それを䞉晩も繰返したずいうのである。そのためかどうだか分らないが、灯火は早くから消されるか、或は雚戞が閉められるかしお、ずにかく、倜通し明るい宀は芋えなくなった。そのこずを自慢にしお、正枝をわざわざ別所の宀に匕ぱっお来お、闇に没しおる屋根䞊を眺めさせながら、あの蟺だったず説明しおみせた。\n この話、劂䜕にも李がやりそうなこずだず埮笑たれるのだったが、然し、私の頭には別な事柄が残った。どこかの宀に、倜通し灯火が぀いおいたり、倜通し人圱䞀぀ささないずいうのは、䜕かのこずでもあり埗るものであるが、その「倜通し」ずいうこずを、誰が䞀䜓芋極めたのか、別所が芋極めたずすれば、別所は倜通し起きおいたずいうこずになる。或は、䞀倜は䞀時頃に、䞀倜は二時頃にずいう颚に、数倜を費しおの結論であるずするも、そんなばかげたこずをしたずすれば猶曎おかしい。いずれにせよ、別所はその頃よく眠らなかったものらしく、実は䜕を悩んでいたのであろうか。\n それはずにかく、事件の前倜、私は別所ず劙な逢い方をした。" }, { "role": "assistant", "content": " その倜、私は久しぶりに数名の友人ず飲み䞔぀談じ䞔぀飲んで、盞圓に酔っおいた。酔っおから深倜の街路を圷埚する楜しみは、倚くの飲酒家の癖で、私も倚分にもれず、自宅もさほど遠くないものだから、ぶらぶら歩いお垰っおきた。もう人通りも極めお少く、電車もなく、春の冷々ずした倜気が肌に快かった。電車通りからそれお暫く行くず、神瀟のわきに出る。そこには、䜎い石柱に二本の鉄鎖を枡した柵が、道路ず神瀟の境内ずを区切っおいる。\n その柵の鉄鎖に、䞀人の男が腰をかけお、䞁床ぶらんこにでも乗った恰奜で、ふらりふらり身を揺っおいた。境内の淡い照明の光ですかしお芋るず、なんだか芋芚えあるような青幎だから、その前で私は立止った。袷の着流しに無垜の圌は、きょずんず顔をあげた。別所だった。\n「䜕をしおるんだい。」\n 別所は黙っお私の顔を芋おいたが、立䞊りもせず腰掛けたたたひょいずお蟞儀をした。明らかに圌も酔っおいた。私ももうその時は、柵の鉄鎖に腰を䞋しおいた。ゆらりずしお倒れそうになるのを、片手を石柱にかけ足をふんばるず、案倖に腰掛工合はよかった。\n「先生のずこに行こうかず思っおたずころですが、ここにひっかかっちゃっお......。」\n「これから来いよ。」\n「ええ。」\n だが、そこは酔っ払い同士のこずで、腰掛けたたた話しだした。\n「君が酔っおるのは珍らしいね。李氞泰にでもかぶれたのかい。」\n「李が䜕か......先生に頌むずか云っおたしたが、あれはやめお䞋さい。」\n「やめるっお......䜕をだい。」\n「先生を媒劁人にするんだず云っおたした。」\n「ははは、それはよかろう。倧いにやるよ。」\n 別所は、ひどく悄気たようで口を噀んだが、やがおきっぱり断蚀した。\n「然し、私は結婚はしたせん。」\n 少し話が倉なので、よくきいおみるず、別所ず野田沢子ずの結婚には私を媒劁人に立おるんだず、李が䞀人できめおいるのであった。\n「私は䜕もかもやめたんです。」ず別所は云った。\n「それはおかしいじゃないか。恋愛から結婚に行くのは、圓然のコヌスだろう。」\n「私は圌女がきらいです。なにも、凊女でなければならないずいうこずはありたせん。然し、䞀床劊嚠しお流産したような女はいやです。たた、やたらに劊嚠するような女はいやです。」\n なんだか捚鉢な調子だった。それをいろいろ敷衍さしおみるず、結局、野田沢子は嘗お或る男ず同棲したこずがあり、それは構わないが、劊嚠しお流産したこずもあるらしいずいう、その「らしい」を確定的なこずずすれば、他の男ずの関係で劊嚠したような女には生理的に反撥を芚ゆるずいうのである。たた、そうやたらに、この「やたらに」もおかしいが、やたらに劊嚠するような女には粟神的に反撥を芚ゆるずいうのである。――これはたあ私にも同感のいく事柄で、反察も出来かねたし、第䞀、私はただ野田沢子に䞀床も逢ったこずがなく、ただ、短歌雑誌や婊人雑誌の線茯を゚キストラずしお手䌝ったりしおる女で、顔立は普通、痩せ型の䞭背、髪は短くカヌルし、掟手な掋装をしたりじみな和服をきたりしおいるずいう、それだけのこずを聞き知っおるに過ぎなかった。だがこの肖像は、「やたらに劊嚠する女」ずは芋えなかったし、たたそれを裏曞きするような䞍平を別所は掩らし始めたのだった。\n「互に逢っおも、愛情のこずだずか、心の持ちようずか、そんな方面の話は少しもしないで、支那問題だの、非垞時の女の生掻だの、䞖界の情勢だの、戊争論だの、そんなこずばかり話す女を、先生はどう思われたすか。」\n「そりゃあ君、いくら恋愛の仲だっお、始終愛情のこずばかり話すわけにもゆくたいじゃないか。」\n「そんなら、愛情のこずは䞀蚀も云わないで、やたらに劊嚠ばかりする女をどう思われたすか。」" } ]
[ { "role": "system", "content": "䞋蚘の曞き盎しを進めお、掗緎された文曞を䜜成しおください。" }, { "role": "user", "content": " 二十六倜埅\n\n 䞃月二十六日は二十六倜埅で、芝高茪、品川、築地の海手、深川掲厎、湯島倩神の境内などにはほずんど江戞じゅうの老若が日暮たえから抌しだしお月の出を埅぀。\n なかんずく、品川はたいぞんな賑い。名のある茶屋、料理屋の座敷はこの倜のためにふた月も前から付けこたれる。\n 海にむいた座敷を打ちぬいおだれかれなしの入れごみ。衝立もおかず仕切もなく、煀払いの日の銭湯の流し堎のようなぐあいになっお、たがいに背䞭をすりあわせながら䞉味線をひいたり隒いだりしながら月を埅っおいる。\n この倜の月は、出る出るず芋せかけおなかなか出ない。昌から隒いでいる連䞭は埅ち切れなくなっお月の出るほうぞ尻をむけ、酔い぀ぶれお寝おしたうのもある。\n 顎十郎のアコ長ず土々呂進のずど助。この日は日ぐれがたから商売繁昌。赀矜橋の橋づめに網を匵ったのが図にあたっお駕籠をすえるず間もなく倧店のご隠居のようなのが、倧急ぎで品川の『芳海楌』たで。芳海楌ぞ送りこむず、たた赀矜橋たで取っお返す。駕籠をおろすず間もなく、たた客。こんどは埡家人で八ツ山の『倧勢』たで、金づかいの荒いや぀だず芋えお呉れた祝儀が銀䞀分。すぐたた赀矜橋ぞ取っお返す。駕籠をおろすず、たた客。\n 五ツごろから、こんどは品川宿の入り口に網を匵っおもどりの客の総浚い。麻垃ぞひずり、すぐ取っお返しお芝口ぞひずり、鉄炮掲ぞひずり。倕方のぶんからあわせお埀きず垰りで十䞀人。さすがのアコ長、ずど助もフラフラになっお、\n「......いや驚きたした。調子に乗っお無我倢䞭でやっおいたしたが、今日はそもそも䜕十里ばかり駈けたしたろう。たっすぐにのばすず岩囜の錊垯橋たで行っおいるかも知れん」\n 阿叀長は、棒錻にもたれお肩をたたきながら、\n「......いや、たったく。頭はチンチン県はモりモり。こうしお立っおいるのがやっずのずころ。䞌ぞ入れた銭の重量で前ぞのめくりそうでしょうがないから、こうやっお駕籠に぀かたっおいるずころなんです」\n「今日はそもそもなんたる日でありたしたろう。おたがい、なにもこうたでしお皌ぐ気はないのだが、぀いはずみが぀いお駈けずりたわりたしたが、駕籠屋をしお蔵を建おるなんおえのも倖聞が悪い。気味が悪いからこんな銭すおっちたいたしょうか」\n「それは、ずもかく、こんなずころでマゎマゎしおいるず、たた客にずっ぀かたる。この間に提灯を消しお急いで逃げ出したしょう」\n「それがようごわす」\n 提灯を吹消しお空駕籠をか぀ぐず、ほうほうの䜓で逃げだす。\n かれこれもう九ツ半。頬かむりをしおスタスタ札の蟻たでやっお来るず、いきなり暗闇から、\n「おい、ちょいず埅ちな、どこぞ行く」\n 玺朚綿のパッチに目明草履。ヌッず出お来お、駕籠の前埌にひずりず぀。\n「おお、駕籠屋か、面を芋せろ」\n 月あかりがあるのに、いきなり袂韕灯で照し぀ける。\n「どうぞ、ご存分に」\n「やかたしい。どこぞ垰る」\n「神田たで垰りたす」\n「神田のどこだ」\n「䜐久間町でございたす」\n「駕籠宿か」\n「いいえ、そうじゃございたせん、自前でございたす」\n「なにを蚀いやがる、自前ずいう面じゃねえ。家䞻の名はなんずいう」\n「気障野目明しず申したす」\n「あお぀けか、勝手にしやがれ。肩を芋せろ」\n「どうぞ、ご存分に」\n「やかたしい、黙っおいろず蚀うに」\n いきなり絆纒の肩を匕きぬがせお、ちょいず指でさわり、\n「新米だな」\n「申蚳けありたせん」\n「うるせえ。......よし、もう行け」\n 四囜町たで来るず、二䞁目の角で、ちょいず埅ちな、どこぞ行く。\n 芝園橋で䞀床、埡成門で䞀床、田村町で䞀床、日比谷の角で䞀床。ちょいず埅ちな、どこぞ行く。\n さすがの阿叀長ずど助、クタクタになっお、\n「もういけたせん。この調子では䜐久間町たで行くうちに倜が明けおしたう。いい埌は悪いずいうのは本圓ですね、阿叀長さん。この様子で芋るず、江戞䞀円になにか倧捕物があるのだず思われたすが、こうず知ったら、もう少し早く切りあげるンでした」\n「捕物だかなんだか知りたせんが、いちいち関いきっおいるわけには行かない。こんど止められたら突きずばしお逃げたしょう。なんず蚀ったっおこっちは駕籠屋の脚。目明しなんぞに負けるもンじゃない」\n「ようごわす、やっ぀けたしょう。おいどんもちっず胞糞が悪るうになっお来たしたけん」\n 銬堎先門をさけお日比谷から数寄屋橋。鍛冶橋の袂たで来るず、川に照りかえす月あかりで闇の䞭にギラリず光った磚十手。\n「阿叀長さん、おりたすよ」\n「ええ、知っおいたす。では、やりたすよ。ゞタバタ暎れたら、圓身でも喰わせおください。駕籠に乗せお持っお行っお護持院ガ原ぞでも捚おおしたいたすから」\n「心埗申した」\n 先棒の土々呂進、拳骚に湿りをくれおノ゜ノ゜ず近づいお行く。\n むこうはこんなこずになっおいるずは知らない。顎をひいお片身寄りになっおツむず出お来お、駕籠の棒錻を抌す。\n「埅お、どこぞ行く」\n「それはこっちの蚊くこずだ」\n えッ、ず突きだした圓身の拳。たっこうに鳩尟のあたりをやられお、\n「うむッ」\n ず、のけぞる。\n ずど助は、劙な顔をしお阿叀長のほうぞ振りかえっお、\n「ねえ、阿叀長さん、どこかで聞いたような声でごわすな」\n「ええ、わたしも今そう思っおいたんで」\n ずど助はあわおお匕きおこしお芋るず、これがひょろ束。口をアアンずあいお、぀たらない顔をしお気絶しおいる。ずど助は頞ぞ手をやっお、\n「これはどうもいかんこずになった。阿叀長さん、これはひょろ束どんでごわす」\n 江戞䞀の捕物の名人、仙波阿叀十郎が北番所で垳面繰りをしおいるずき、阿叀十郎が远いたわしおいた神田の埡甚聞、ひょろりの束五郎。阿叀十郎のおしこみでメキメキず腕をあげ、神田のひょろ束ずいえば、今では抌しも抌されもしないいい顔なんだが、こうなっおはたるで圢なし。" }, { "role": "assistant", "content": " 阿叀長も、おどろいお寄っお来お、\n「なるほど、これはひょろ束。劙な面をしお寝おいたすね。しかし、こうしおもおけたせんから、生きかえらしおやりたしょう」\n 銎れたもので、匕きおこしおおいお背骚の䞭ほどのずころをヒョむず拳でおすず、そのずたん、ひょろ束は、ふッず息を吹きかえしお、\n「おい、どこぞ行く」\n「なにを蚀っおるんだ、寝がけちゃいけねえ。ひょろ束、おれだ」\n ひょろ束は、キョロリず芋あげお、\n「おッ、これは、阿叀十郎さん、ちょうどいいずころで。......お話はゆっくりいたしたすが、今あっしに圓身を喰わした奎がおりたした。畜生、どこぞ行きやがった」\n ずど助は、頭を掻きかき、\n「ひょろ束どん、悪く思っおくださんな。あんたず知ったらやるンじゃなかった。なにしろ、蟻、町角で咎められるンで二人ずも業を煮やし、こんど出お来たら圓身を喰わせお逃げようず、ちょうど盞談が出来あがったずころぞあんたが飛びだしお来たようなわけで......」\n「いや、ようござんすよ。どうせね、わたしなンざ圓身をくらっおひっくりかえる芝居の仕出しなみ。文句を蚀えた柄ではありやせんのさ」\n 阿叀長は、なだめるように、\n「たア、そうむくれるな。いわば、もののはずみ。それはそうず、だいぶ手びろく手配りをしおいるが、いったい、なにがあったんだ」\n ひょろ束は、すぐ機嫌をなおしお、\n「あなたもご存じでしょう、重䞉郎の䌏鐘組。぀いこのあいだあんな隒ぎをやっおおきながら、たたぞろ今倜倧きなこずをやりやがったんです」\n「ほほう、なにをやった」\n「神田巊衛門橋の酒井さたのお金蔵から四日ほど前、出矜の庄内鶎岡から銬぀きで届いた䞃䞇六千䞡、そのたたそっくり持っお行っおしたったンで」\n「なんでたたそんな箆棒な金を金蔵ぞなんぞ入れおおいたんだ」\n「こんどの倖船さわぎで、䌚接や川越の諞藩ず亀代に江戞湟譊備を申し぀けられ、その諞費甚に倧至急で囜もずから取りよせた金だったんです」\n「なるほど。......それで、どんなふうにしお持っお行った」\n「なアに、ごくざっずしたこずだったんです。たるで萜語の萜のようなわけなンで。......金付銬が鶎岡を出たのが先月の二十二日。䌏鐘は江戞にいおちゃんずそれがわかっおいた。金が庄内を出たず聞くず、屋敷の南どなりの金魚屋を居ぬきで買っちたい、金蔵のたしたを通しお池を神田川たで掘りぬき、たるひず月のあいだ、池のほうから金蔵の土台ぞせっせず氎を流しおいたんです。これじゃ、どんな堅固な土蔵だっおひずっ溜りもありゃアしない。地面の䞊じゃ、芋廻圹を二十人䞉十人ずふやしお倜の目も寝ずに匵り番をしおいるずいうンだから、たるで銬鹿にされおいるようなもの。......もうひず぀いけないこずは、䞃月二十六日は忠宝さたのお誕生日にあたるので、その祝いを兌ね、八ツ山の浜屋敷ぞ江戞家ちゅう䞀同をあ぀めお二十六倜埅の酒宎をなさるのが毎幎の䟋。金蔵の番人たで召し぀れおいらしたわけではなかろうが、そこにやはり油断がある。腰掛堎ぞあ぀たっお䞋げられた酒肎をいただいおいい機嫌になっおいるあいだに、神田川からくぐっお来おゆるんだ土台を突きくずし、䞃十六箇の千䞡箱をひず぀残さず綺麗さっぱり持っお行っおしたったんです」\n「ほほう、なかなかやるな」\n「耒めちゃいけたせん」\n「それにしおも、あんな重いものを抱えお泳げるわけのものじゃないが」\n「なアに、泳いで行ったや぀は綱を千䞡箱に結え぀けるだけ。神田川ぞ船を浮べおいるほうの組が、こい぀をせっせず手ぐり寄せる。わけも造䜜もありゃアしたせん」\n「なるほど、法にかなっおいる。それから、どうした」\n「ずころで、酒井さたのほうもそう抜かっおばかりはいなかった。半刻ごずに金蔵の芗き穎から䞭をのぞいお芋るこずになっおいたもンだから、間もなく盗たれたずいうこずがわかった。぀たり、運がよかったんです」\n「運がいいずはなんのこずだ」\n「近来になく手配りが早かった。䞃十六の千䞡箱を䞀艘や二艘の小船に぀めるわけのもンじゃない。これだけのものを䞀艘の船に぀むなら、房州の石船にきたったようなもンです。石船なら神田川から䞊にのがる気づかいはない、くだるほか法がない。なにしろ石船は底が沈んでいるからお茶ノ氎からのがっお行けない。そう芋こみを぀けたもンですから、巊衛門橋から䞊は攟っおおいお、手をそろえお、ワッず川䞋だけに匵をたわしたンです」\n「やっお来たか」\n「やっお来たした。......芝居で぀かう匵抜き。......日本玙を幟枚も匵り重ねお膠ずぞちたで圢を぀け、岩でもなんでも぀くるあい぀。......あの䌝で匵抜きの石を克明に千䞡箱ぞひず぀ず぀被せたしおね、遠目ではどう芋たっお䞊総の石船。どうしたっお芋すごしおしたうんです。こんなぐあいにしお鵜の目鷹の目の䞭をゆうゆうず北新堀たでくだっお来た。......ずころでね、阿叀十郎さん、わたしだっお銬鹿じゃない。北新堀の堀っぷちで腕組みしお考えた。石船ならのがるのが本圓でしょう。房州の䞊総石がお茶を匕きはしたいし、石を積んで䞊からくだっお来るずいうや぀はないだろう。こい぀は臭いず思ったから、船をずめさせお指で石をはじいお芋るず、カチンずいうずころがポコンずいった。これで䌏鐘組は寂滅。䌏鐘の䞉矜烏ずいわれる毛抜の音、阿匥陀の六蔵、駿河の為ず、この䞉人はもちろん、船頭に化けお氎銎棹を぀かっおいた䞀味十二人、そのたたそっくりこっちの網に入りたした」\n「そんならなんでこんな隒ぎをする」\n「いけないこずには、䌏鐘重䞉郎が茅堎町あたりで䞊っおしたったんです。足どりを蟿るず、そこから八䞁堀たで歩いお行っお、八䞁堀の船枅ずいう船宿から猪牙に乗っお浜束町䞀䞁目たで行き、䜐土原屋ずいう朚綿問屋ぞ入ったずいうこずがわかった。それっずいうンで䜐土原屋を抌し぀぀むず、こっちの焊りかたもいけなかったんですが、匕っかかったのは店にすわっお金巟をいじくっおいたほんの䞋ッ端の五六人。䌏鐘ず頭株の十二䞉人は二階から物干に出おチリチリバラバラに逃げおしたいたした。これがちょうど四ツころの隒ぎで。......しかし、こっちもひろく手を配っおあるンだし、あそこから田町ぞかけおは堀ず橋ばかりのようなずころだから、瞮めお行っおずうずう芝浊たで远い぀めたンです。......月のいい倜だから、あの原っぱぞ远いこんだら、もうこっちのもんだず倚寡をくくったのがいけなかった。倏草のあいだを走りぬけお行く姿はたしかに芋たンですが、さお、海岞たで぀めお行っお芋るず圱も圢もない。小船で逃げたようすもないから、ひょっずするず、海でも泳いでどっかぞあがったにちがいないずいうンで、それで、こうしお倧捕物をやっおいるンです」\n\n 倧評刀\n\n 䞡囜の芋䞖物ぞ黒鯚が来た。\n 頭から尟たでの長さが六間半。胎の呚囲が倪いずころは倧人の五ツかかえ。これが江戞のたンなかで絵にあるように朮を噎き、鯚ちゃんや、ず蚀うず、あい、あい、ず返事をするずいう。\n 江戞ぞ鯚が来たのはこれが最初。\n いわんや、生きた実物が泳ぐずころを、倧人は癟文、子䟛は五十文で芋せるずいう。\n「䞡囜ぞ黒鯚がきたそうでございたすな。もうお出かけになりたしたか」\n「おい、束兄哥、垢離堎の高物小屋ぞ仙台の金華山から鯚が泳ぎ぀いたそうだ」\n「お花さん、鯚が芋䞖物に出おるそうですよ。なんでも鯚の赀ちゃんを抱いおおっ乳を飲たせるンだっお」\n「ご隠居さん、絵では芋たしたが、正県に生きお泳ぐずころを江戞のたンなかで芋られようずは思っおいたせんでしたよ。幎寄は幎寄づれ、ひず぀出かけお芋たすかな」\n「先生、䞡囜で鯚が泳いでいるそうでごわす。芋聞をひろめるは歊士の嗜みのうちでごわすによっお、どうか、お䟛を仰せ぀けくださりたっせ」\n 髪床、銭湯、碁䌚所、料理屋、人がふたり寄れば鯚の話。江戞じゅうがこの評刀で湧きかえる。われも行けかれも行けず、江戞八癟八町がこぞっおどっず䞡囜ぞ抌しだす。たるで本門寺のお䌚匏のような有様。\n 高物垫の深草六兵衛。浅草の奥山で生れお奥山育ち、ただ歳は若いが才走った胆の倪い男。日本じゅうを草鞋がけで走りたわっお、い぀もどえらい物をか぀ぎこんで来る。安政二幎には長厎から倧錊蛇を、䞉幎の倏には駱駝ず麒麟を持っお来た。六兵衛が小屋をかけるず、因果物などはばったり客足がずだえおしたうので、又の名を八䞁泣かせの六兵衛ずもいう。\n この六月、金華山ぞあがった流鯚にポンず投げだした五癟䞡。\n 建おあがり十間の小屋掛をし、鯚が朮を噎いおいる䞉間半の倧看板をあげる。錠朚戞を二カ所に぀くっお䞉方に桟敷をし぀らえ、たンなかの空地ぞ鯚をころがしおこれを鯚幕で四方からかこい、いよいよ客が぀たるず䞀挙にぱッず幕を取りのけ、黒倩鵞絚に金糞銀糞で鯚波を刺繍した裃を着た矎しい女の口䞊぀かいが鯚の背に乗っお口䞊をのべる。それがおわるず、鳎海絞りの着物に、衚黒癜裏の鯚垯をしめた女の螊子が十人ばかり出お来お、\n〜癜いず黒ず巻き぀いたら、鯚垯みるようでしたりがよかろ、セッセセッセ。\n ず、鯚節にあわせお螊る。これでおしたい。\n なにもかも鯚づくめのずころがご愛嬌。\n 鯚はただ癜い砂の䞊にごろんずねっころがっおいるばかり。朮を噎くわけでもなければ、尟鰭を動かすわけでもない。匷いお申そうなら、ちず生臭い。これが匵子现工でない蚌拠。客は癟文はらっお満足しお垰る。\n「あなた、䞡囜の黒鯚をごらんになりたしたか」\n「いいえ、ただでございたす。行こう行こうず思っおいながら、぀い......」\n「たア、ぜひ行っおごらんなさい。倧したもンですぜ。あなた、鯚が朮を噎きたす。あれを芋ないじゃ、江戞っ子の名折れになる」\n 鯚ではないが、尟に鰭が぀いお、いよいよ以おたいぞんな評刀。\n 口あけの初日は、それでも、どうにか玍たりを぀けたが、二日目は小屋のある垢離堎から䞡囜の広堎にかけお身動きも出来ぬような混雑。\n 小屋では錠朚戞の前に竹矢来をゆいたわし、錠朚戞の䞊の櫓には鳶の者ず医者が詰めきっおいお怪我人が出来るず、鳶口で櫓ぞ぀るしあげお応急の手圓をするずいう隒ぎ。\n 小屋の䞭は倖ずおずらぬ混雑、䞉方の桟敷に爪を立たぬほどに鮚抌しになった芋物が汗を流しお幕のずれるのを埅っおいる。四方八方から抌されるので汗を拭くこずも頞をたわすこずも出来ない。顔のむいたほうぞ県玉をすえ、平ったくなっお立っおいる。県玉も動かせぬずいうはこのぞんの混雑をいうのであるべし。" } ]
[ { "role": "system", "content": "䞋蚘の曞き盎しを進めお、掗緎された文曞を䜜成しおください。" }, { "role": "user", "content": "身のさねず蚀぀おも、実なる身ず蚀぀おも、固定以前にはどちらでも理䌚出来る筈であ぀た。其が語圢がきたるず、华぀お䞀方の倖は蚣らなくな぀おした぀たものであらう。むざねでなくおはならないこずにな぀たらしい。むざねず蚀ふ叀語が、珟存の文献には芋られなくなる頃、――或は、唯倚く行はれなくな぀たゞけで、地方的にはあ぀たかも知れぬが、之に代り、又それから幟分意矩が螏み出したず芋える語に、さうじみがある。正身(シダりゞン)ずいふ挢語を囜語化しおしやうじみず蚀぀たのである。其が音韻倉化しおさうじみず蚀はれるやうにな぀お、劂䜕にも囜語らしい情調を持぀お来た。圓然むざねず亀替するのに適圓な機䌚があ぀お、挞くふり替぀たものず芋およい。囜語化しようずする努力の著しく珟れた語である。正身は意矩から蚀ぞばむざねであり、語を解䜓すれば、さねみである。必しも、さうしお分解的に語は造られおはゐないのだが、語の成立に、さう蚀ふ意識を含んでゐるのは事実だ。粟神から芋れば、ある時期が、語序をずり替ぞさせる力にな぀おゐるず蚀ぞる。語序亀替期は、若しあ぀たず蚀ぞるにしおも、遥かに叀い時代の事であ぀お、其は珟実ずしおは考ぞられないやうなもので、空想ず同じである。が、さうした努力は、盞圓長期に枉぀お続けられおゐたので、唯䜕ずなく、語原的にはふり替るやうに感じおゐるだけで、必しも順から逆ぞ逆から順ぞずも蚀ふ意識なく、唯今たでの圢ず、倉化さぞ行はれゝばよいず蚀ふやうな粟神誘導力の為に、䜕ずなくかはり〳〵しお来たものず思うおよいのだらう。恐らく埐々ずしお、党䜓に及んだ筈の語序倉化の䜙勢が、遅れお尚行はれおゐるものもあり、又逆に再、正序から逆序ぞ戻぀たものもあらうし、――どちらが逆だずいふこずはない蚣だが、埌䞖の日本語では、基準ずしお姑く、さう称ぞおゆく倖なからう。正語序に眮かれたものゝ方が、殆絶察に倚いのであるから――其ず同じ語序が可なり遅くたでくり返されおゐお、むざね・さうじみの様な、埌䞖的特城を持぀た囜語的性質を、新入挢語の䞊に衚しお来たものもあ぀た蚣だ。だから䞭には勿論、語序倉化にずり残されたものもあるので、䞭䞖囜語がその散列盞を瀺しおゐる蚣である。そのずり残された姿が、新しい倉化の及びにくい固有名詞の䞊に芋られる事の倚いのは、圓然である。而も其間に、其以倖のものにも残぀おゐるものゝ芋぀けられる、今たでの䟋のやうなものも、時ずしおは、語序が逆にな぀おゐおも、其は圓然あるべき普通のこずのやうに思぀お来たこずであ぀た。\n\n 䞃 人名に぀いお\n\n\n新矅媛善劙\n癟枈媛劙光\n\n䞭臣金連\n䞭臣鎌子連(又、䞭臣鎌足連)\n\n蘇我皲目宿犰\n蘇我銬子宿犰\n蘇我蝊倷宿犰\n蘇我赀兄臣\n蘇我倉麻呂臣\n\n物郚目連\n物郚尟茿倧連\n物郚匓削守屋倧連\n\n倧䌎談連\n倧䌎金村倧連\n倧䌎長埳連\n\n\nこの日本玀の人名排列は、䞀芋正逆の語序をたじぞたものゝ様に芋え、又自然な䞊べ方のやうにも芋られるだらう。\nたずぞば、「癟枈池接媛」など蚀ふのを順圓ず解すれば、媛ずいふ称号は、唯の敬称のやうに、近代の感じ方では思はれるだらう。䜵し叀代宮廷の慣䟋によれば、倫人・媛は、䞉韓の貎族の女性の官或は族姓を瀺す称呌である。「狛倫人某ず、新矅癟枈の媛善劙・劙光其他を床した」(厇峻䞉幎玀)ずあるのは、新しく圌地から来た人々で、菩提寺で埗床せしめたものゝこずを蚀ふのである。新矅媛・癟枈媛はその族姓を瀺し、善劙・劙光は名を蚀ふものず芋られる。雄略二幎玀には、媛を埌にしおゐる。歀はやはり同様に芋るべきもので、癟枈媛池接ずあるに等しく考ぞおよい。䞭臣氏の金・鎌足等に、連姓の぀く様子は、日本玀蚘録――或は日本玀資料蚘述時代に、既に姓の䞋に廻る颚の珟れおゐたこずを瀺すものであらうが、䞀方又、姓が敬称ずしおの感芚を衚す様にな぀お来たこずを芋せおゐるらしいのである。他の家々の宿犰・臣・連などの䜍眮が、同じ時代に䞊にも䞋にも眮かれるが、抂しお䞋になる傟向が出おゐる所に、新叀の感芚の盞違が出おゐる。埌になるほど、真人や朝臣が姓ず蚀ふより敬称ずしお甚ゐられた。某䜍以䞊を朝臣ず敬称するず蚀ふやうな颚は、かう蚀ふ傟向から誘はれおゐるのであらう。\n元来、敬称を瀺すこずを目的ずするものではなか぀た姓が、氏名から攟されお、人名の䞋に぀くやうになる。歀は単なる語序倉化に過ぎない。ずころがさうなるず、人名に察しお、姓が個的な関係を深めお感じさせる。\nかうしお、姓ず氏ず名ずの䜍眮の動いお行くのは、瀟䌚感芚の倉化によるやうに芋えるが、根柢の理由は、語序倉化にある。さうした語序ず敬語感芚ずの亀錯亀替する様子が思はれるのである。\n傍䞘の劂きは、半固有名詞ず蚀ふ事も出来るもので、日垞垞甚物の衚珟䟋ずしお、䞋簟・韈・梯立のやうに残぀たものず、䞀様に芋およからう。\n\n旧語序によ぀お、衚珟せられおゐた時代――或はさう蚀ふこずが、旧語序を持぀蚀語族に偏しお甚䞀方的な蚀ひ方であるかも知れぬ。――は、盞圓に叀い過去で、我々が想像する叀代ずは、状態が違ふやうである。さうした語序の語が、普通に䜿はれおゐた状態は、叀代文献によ぀お印象せられおゐるばかりで、我々の想像を超越したものず思はねばならぬ。その埌の文献には窺はれないほど、連絡のきれたず思はれる姿があるやうにも芋える。日本の重芁な郚族の祖先――人数の倚いこずを意味させお蚀ふのではないが、――の移䜏以前の故土時代に甚ゐた語ずいふ思ひき぀た衚珟をしおも、無理ではない皋、埌の正語序の発想ずは違぀おゐる。\n\n 八 媛の䜍眮\n\nたずぞば、媛螏韛五十鈎媛呜の名に媛の語の畳甚せられおゐるこずに、極めお遠い叀代も疑ひを持぀おゐたこずが察せられる。ほずたゝら・いすゝぎひめず蚀はれた名であ぀たのが、ひめたゝら・いすゞひめ(又は、いすけよりひめ)ず呌ばれるやうにな぀たず蚀ふ語原説話が行はれおゐた。語原説は語原説ずしお、やはりひめたゝらが元で、ほずたゝらの称号の掟生しお来た盎接の原因があり、曎にさうした語原拡匵を行ふ理由が぀け加぀お来たのである。其は其ずしお、歀埡名は、謂はゞ新叀の語序を瀺しおゐるものず蚀はれる。新語序で蚀ぞば、たゝらいすゞ媛ず蚀ふべきものであ぀た。其が旧語序では、媛たゝらいすゞ或は媛たゝらいすけず蚀ふ様な圢であ぀たのであらう。叀い称号では、も぀ず耇雑なものがあるのだらうが、さう蚀ふ想定を加ぞるこずは、华぀お䞍自然になるから、玠朎な圢で考ぞお芋よう。\n媛たゝらいすゞに察しお、尠くずも、「呜」は、盞圓埌の附加で、第二次の称呌ず蚀ふべきものである。皮々雑倚な叀代の歎史的或は地方的な称号を統䞀した宮廷的称呌であ぀お、「ひめ......ひめ」だけで、通じるのである。\n次に、末尟に぀く媛は、埌代颚には正圓な䜍眮に、接尟語ずしおあるものゝやうに芋えるが、圓然ある筈の地䜍に、敬語語尟ずしお据ゑたゞけで、若し敬語語尟が、叀くこゝにないのが、語序ずしお正圓ならば、前に蚀぀たやうに、ひめたゝらいすゞでよい蚣である。\n埌代の習慣で、語感に䞍安を芚えるなら、仮りにひめたゝら・いすゞの呜ずしおもよい。唯、語尟に敬語を眮かず、語頭に据ゑるのが正しいずすれば、問題はない。䜵しひめ乃至ひこず蚀぀た語が、敬語ずいふ意識を以おはじめから䜿はれおゐたか、どうかは問題である。神聖な資栌を瀺す名であ぀たのが、次第に敬意を孕み出したのであるから、叀くは自ら別途の意矩を衚しおゐたものず考ぞおよい。語頭にひこの遺぀た䟋は、之に比べるず、極めお豊富である。\n\n 九 圊の論" }, { "role": "assistant", "content": "\n\nひこ・くにぶく(圊囜葺)\nひこ・さしり(圊狭知神)\nひこ・い぀せ(圊五瀬呜)\nひこ・たす王(圊坐王)\n ┌ 䞻┐\nひこ・さした│圊狭島 │\n └ 神┘\nひこ・ほゝでみ(圊火々出芋呜)\nほゝでみ(火々出芋呜)\nあた぀ひこね(倩接圊根呜)\nあた぀ひこねほのにゝぎ(倩接圊根火瓊々杵尊)\nあた぀ひこひこほのにゝぎ(倩接圊々火瓊々杵尊)\nかむやたずいはれひこほゝでみ(神日本磐䜙圊火々出芋倩皇)\nひこなぎさたけうがやふきあぞず(圊波瀲歊鞕鷀草葺䞍合尊)\n\n\n「圊」を名頭に頂いた人名(神名)は、単に之に限らず盞圓に倚いが、倧抵は、玔然たる逆語序時代に固定したものが、忘华の時代に入぀お安定状態にあるず蚀぀た颚のおち぀いた語感を䞎ぞおゐる。だから、かうした人名が行はれ、固定し、運搬せられお来お、死語化した歎史を、䞀語々々が瀺しおゐるず蚀぀おも、蚀ひ過ぎではない。殊に神名の系統の語の䞭には、旧語序によ぀お出来おゐる語の圢に倣぀お出来た――たずぞば奈良時代前にな぀たず芋える新しい叀兞語などもあ぀たらしい。䞭には、くにぶく圊・さしり圊・い぀せ圊・さした圊など蚀ひかぞおも、元の名の持぀た感芚をうけずるこずの出来さうな皮類もあ぀お、倚くの叀代人名の間には旧語序から新語序におき替ぞお䌝぀たものもあるこずを思はせおゐる。䜵し曞物に残぀た倚くは、新語序時代には、すでに静かに固定しお、さう蚀ふ颚に蚀ひかぞる必芁がなくな぀おゐたのであらう。\n殊に、ひこい぀せの堎合は、五瀬呜を、叀い語序では成皋さう蚀぀たらうず思はれるものがある。即、五瀬呜或は「五瀬圊呜」ず蚀ふべき所である。\n「ほゝでみ」「ひこほゝでみ」は、叀代宮廷で尊信した祖先に共通した呌び名であ぀たらしく、圊火々出芋尊からその前の瓊々杵尊に溯り、又降぀お神歊倩皇に至るたで、たずぞば神日本磐䜙圊火々出芋倩皇ず蚀ふ颚に、ひこほゝでみず称しおゐた。\n詳しく考ぞれば、尚問題はあるが、倧䜓には、「圊火々出芋」が倩皇の聖名で、神日本磐䜙が倩皇の個称――元来、地名――ず蚀ふこずになる蚣だ。歀も、埌の叀兞的に敎頓した称呌、ひこほゝでみの呜ず蚀ふ蚣だが、叀くは、ほゝでみ圊ずいふ颚の名であ぀たのだらう。\nひこなぎさは「波瀲圊 歊鞕鷀草葺䞍合尊」ず蚀ふ颚な語序に眮き替ぞお芋れば、理䌚し易い語であらう。\nひこほの䞊に、あた぀を䌎ふ呌称䟋も倚い。曎に䞀぀ひこが぀いお、あた぀ひこひこほのにゝぎず蚀ふ䟋もある。文献時代の誀写か、其に先぀䌝承時代の聞き違ぞ、聯想の錯誀かずも思はれるが、叀兞研究に倧切な準拠をなくする事になる。この名などは、同時にさうした圢が、最正しい叀い名の圢ず考ぞおかゝる必芁があるやうだ。倩぀圊が䞀郚、圊火瓊々杵尊が又䞀郚、ず蚀ふ颚に、䞀称号を分けお考ぞれば理䌚するこずが出来る。\n「倩぀圊」は新語序時代に入぀おゐるし、「圊火......」は旧語序の姿を止めおゐるのである。かうした語序錯雑は、䌝承ず歎史ずの時代を経お重぀お来たものず思はれる。又逆に、圊倩接ずい぀た逆語序も行はれおゐたこずは想像出来るが、この倖にも埌代に「倩接圊」が残぀おゐる。倧抵倩接圊であるず同時に、倩の神聖に属するその聖子ず蚀぀た意を持぀、纏぀た熟語にな぀おゐる。\n倩接圊根ず熟するこずが、其事を明らかに瀺す。倩接圊根 火瓊々杵尊から、寧ろ単玔化せられた圢ず思ふべき倩接圊根呜・倩接圊尊などが出お来る。曎に再耇合しお、倩接圊 囜光圊火瓊々杵尊ず蚀ふやうな耇雑なのにもな぀おゐる。「囜光火瓊々杵」ずいふ圢に圊が぀き、其が察句にな぀お、倩接圊囜光圊ず蚀ふ圢を採぀たず芋られる。(おなじ理由で、圢は違ふが、倩接囜光圊々瓊々杵ず蚀ふ颚にも説ける。)かうした神名を衚出する宗教的恍惚時の心理は、朜圚する印象の錯出するものだから、単玔な䞀方的な理䌚をしようずするこずの方が、华぀お䞍安を誘ふ。\n䜕にせよ、長い䌝承の間に、語序が入り乱れお、ひこの甚語䟋さぞ明らかでなくな぀たのだが、歀だけは蚀぀おもさし支ぞがない。\n逆語序時代には、ひめたゝら同様、語頭に来おゐたものが、正語序にな぀おは、語尟に移された。䜵し尚叀兞感の極めお固定しおゐたものは、語頭に留めおおくず共に、正語序時代の方法によ぀お、今䞀぀同様な語を、据ゑるこずにな぀た。其為に、『ひこひこ(圊々)』の堎合の劂く、唯叀兞感を添ぞるだけのものにな぀お残るのである。\n圊穂は、ひこほず熟しおゐる語のやうに普通考ぞお来おゐる。䜵し歀も、ひこずほずは元は結合しおゐたものでない。やはりひこは逆序の「ひこ......」であ぀たのが、埌に、たずぞば倩぀ひこず蚀ふ様に正序の考ぞ方から、䞊の語に぀いお来た。さうした段階を経たものゝ䞊に、曎に正序の「倩぀ひこ」に「ほの......」が接したものず考ぞねばならぬ様だ。䜵し「ほ」は支那颚に蚀ぞば、火埳ある䞊垝ず蚀ふやうな、䞀皮の讃頌の語ず考ぞられ易い。さう考ぞられるやうにな぀たのも事実に近いが、元々垝埳を蚀ふものゝ様に、叀代においお既に解釈しおした぀おゐたやうであるが、恐らくある時代の君䞻のずおみずむの暙瀺であ぀たものず解すべきであらう。動物・怍物以倖の倩䜓・光線・空気等の族霊を持぀郚族の銖長の類であ぀たこずを芋せおゐるものず芋る方が適圓らしい。即、「ほ」は「火」或は「日光」を暙瀺しおゐるのである。\nほの・にゝぎ・ひこず蚀぀た正序の圢が成立しないでした぀たものず芋られる。その以前の姿で残぀たのが、ひこ・「ほのにゝぎ」であり、其に尊称語尟を敎頓しお、「ひこほのにゝぎのみこず」ず、正語序時代の語感を満足させおゐるのである。\n圊や媛の䞊にあ぀た事実が、他にあ぀おも䞍思議はない。前に出た「ひこなぎさ・たけ・うがやふきあぞず」ず蚀ふ名は、「なぎさひこ・うがやふきあぞずたける」ず正語序時代なら蚀ふ所であらう。これは、讃称を二぀持぀た神名である。ひこずおなじ䜍眮にあるたけは、語頭にある時の圢で、語尟に来る時はたけるず蚀ふのである。たけ・わか(繚)など、性栌衚瀺ず、讃称ずを兌ねた語頭の語が、語尟に廻るず、「......建」「......別」ず蚀ふ颚に、叀い姓のやうな感芚を持぀お来る。さおこゝに、神名らしい感芚を持぀ものをあげお芋たい。\n神功皇后玀に、「䞃日䞃倜に逮びお、乃答ぞお曰く、神颚䌊勢囜の癟䌝床䌚県の析鈎五十鈎宮に居る神、名は撞賢朚厳埡魂倩疎向接姫呜......」ず蚀ふ名のりをはじめに、幟柱の神が出珟しお来る。歀最初に珟れるのは、倩照倧神の荒魂であるず蚀ふこずにな぀おゐる。歀条の日本玀には、䞀曞があ぀お、別の䌝ぞがある。「......䞉神の名を称りお、䞔重ねお曰はく『吟が名は、向匱男聞襲倧歎五埡魂速狭隰尊なり』......」ず蚀ふのである。歀神名は、本曞ず䞀曞で、別々の二様の男女の神名にな぀お珟れおゐる。が、共通の郚分の倚い語組織である。向匱=向接(ムカヒツ)・五埡魂=厳埡魂(むツノミタマ)・速狭隰=倩疎(ハダサカリ=アマサカル)歀だけ共通で、神の性が本曞では姫、䞀曞では向匱男ずあるから男神なのであらう。歀点は、同神が女性ず男性ずに別れお珟出したものず芋るべきで、問題はない。それず、聞襲倧歎(キキ゜オホフ?)ず撞賢朚の句、尊・姫呜の語尟、この二぀が察照しお芋える所である。聞襲倧歎ず撞賢朚は䞀方は疑ひなく、぀きさかきだが、䞀方はどうしおも、さうは読たれない。぀きさかきず蚀ふ枕詞匏の句が、䞀方にも同じくあるが、こゝだけ非垞に違぀お、他には別に倉りはない。唯認められる倉化は神名の語序が、よほど入れ違ひにな぀おゐる点である。かうたで倉぀おゐるのは、蚘憶や蚘録の錯乱ずは蚀ぞない。华぀お䞡方ずもある確かさを瀺しおゐる。\n本曞流に敎頓しお芋るず、\n\n\n聞襲倧歎 ┐ はや┐ をの ┐\n ├い぀のみたた・ ├さかる(り)むかひ぀・ ├みこず\n぀きさかき┘ あた┘ ひめの┘\n\n\nかうした神名が、単に偶然に関係なく珟れたものずは蚀ぞない。必、盞圓に自由な語序の入り替りのあるこずが考ぞられる。\n私は今たで、普通日本語の語序による蚀語排列を正語序ずし、それに察照的な姿を芋せる、其より叀い排列を瀺すものを、逆語序ず称ぞお来た。が、蚀ふたでもなく、歀は垞識を目安ずしお蚀ふだけである。正逆ず蚀ふ拠り所はないのである。匷ひお蚀ぞば、われ〳〵の䜿぀おゐる語に出お来お極めお倚くの語に通じる語序を、正序ず蚀぀おゐるだけで、新を以お刀断の暙準ずするのだが、叀い圢を正しいものずする今䞀぀の垞識からすれば、この正逆語序は、逆様に考ぞられおも為方がない。この件の神名の倉化は、長い幎月日の間に起぀たのではない。信仰䞊の蚘憶の実情ずしお、割りに近い期間に、かうした語序倉化は珟れたものに違ひない。" } ]
[ { "role": "system", "content": "䞋蚘の曞き盎しを継続しお、完璧な文曞を䜜成しおください。" }, { "role": "user", "content": " 䌞子は、䞀旊平らにしお入れた敷垃を又ずり出しお、こんどはくるくるたいお借り鞄のよこぞ぀めこむ手をやすめずにいうのだった。\n「だっお、蜂谷さんはもう二幎もパリで暮したんじゃないの、わたしのいたこずの方が偶然だったんです。あなたはちゃんず暮せおよ」\n「だから、䜐々さんには分っおいないんだ、きみがいなかったずきはいなかったずきだ、たるで、今ずはちがう」\n「じゃあ、どうすればいいず思うの?」\n おこった瞳になっお、䌞子は蜂谷の、悲しげなしかめ顔を芋据えた。\n「あなたは、わたしをパリにひきずめようずばかりなさるけれど、いっぺんだっお、モスクヷぞ行こうずはおっしゃらなくおよ、知っおいらっしゃる? そのこず。――」\n 窓に向っお衣裳箪笥ず壁ずの間に、窮屈にはさたれおいるデスクの䞊から䌞子はこたごたずした手垳、文房具、手玙の束などをもっお来お、女持ちの旅行ケヌスに぀めはじめた。ケヌスには、パリ、ロンドン間の飛行機でずんだずきの赀ず癜ずのしゃれたラベルが貌られおいる。\n「ね、わたしたちは、ぎりぎりたでお互を知りあったのよ、それはそう思えるでしょう? そしお、わたしはもうモスクヷぞ垰る時だずいうこずが、はっきりしたんだわ――惰勢で、お互を劙なずころぞ匕きずりこむなんお――それは、わたし、したくないの」\n「そうだ、きみは――そうなんだ」\n 二人の間に荷づくり仕事のごたごたをおいお、䌞子ず蜂谷ずが床の䞊にかがんだり、怅子においたトランクの前に立ったりしおそういう䌚話をずりかわしたのは、倜なかの二時すぎであった。ベルネの家族たちはねしずたり、少くずも寝しずたっおいるように芋え、あけはなしたドアから明るい燈の流れ出しおいるのは䌞子の宀だけだった。\n 䌞子ず蜂谷は、そうしお倜明しした。䌞子は意識しお、倜なかじゅうく぀ろぐ空気を぀くらなかった。朝早く北停車堎から出発するベルリン行列車の車宀はうす暗い、そのうすら寒さずうす暗さの裡で、蜂谷良䜜はしびれるようにき぀く、倖套の䞊から䌞子の腕を぀かんだ。\n「䜐々さん!――最埌なんだから――少くずも僕にずっお、これが最埌なんだから......」\n 蜂谷ずの間にそういう機䌚をも぀ようになっおはじめお、玠盎に、自発的に、䌞子は蜂谷の顔を䞡手の間にはさんで接吻した。圌ず自分ずのために、いい生掻の願いをこめお。クラマヌルの生掻で二人が経隓したこずの䞭に、蜂谷を軜蔑し、䌞子自身を軜蔑すべき䜕があったろう。二人はそれぞれに、これたで知らなかった男ず女ずを知り、そのように存圚する男である自分、女である自分を芋出した。埮劙で、はげしく、限界のきたっおいない男ず女のひきあいの間で、䌞子ず蜂谷ずは、きわどく近づき、たたはなれ、舞螊のように自身をためしながら栌闘した。その栌闘は、ひきわけに終り぀぀ある。栌闘のなかには、幟䞖玀もの間、男ず女ずが互の䞊にくりかえしお来た埁服の意欲ずはちがった互栌のはりあいがあり、それは䜕かの新しい意味をもっおいる。結論ずしお、䌞子が、断然モスクヷぞ向っお出発するずいう圢をずっお衚珟されるような。――\n「じゃ、ほんずうに、さようなら。いろいろありがずう、よく暮したしょう、ね。きっず、ね」\n 䌞子の蚀葉を瞫っお発車のベルが響いた。蜂谷は、うめくような喉声ずいっしょに䌞子を぀よく抱擁しお背骚がくじけそうにしめ぀けた。そしお、あずを向かず車宀を出お行った。\n 䌞子は、眠りはじめた。くたびれきっお、同時に云いようのない自身からの解攟の感じに぀぀たれながら。フランスずドむツの囜境を䌞子は倢䞭ですぎた。ベルリンの数時間は、䌞子が眠りず眠りずの間に目をあいお、たべお、日本語を話しお、ファむバヌのスヌツ・ケヌスを買った数時間であった。ネオンが倜空に走っおいた。曎に東ぞ、東ぞ。倧きい窓をもった囜際列車の車宀のなかでは座垭の隅の倖套かけで質玠なむギリス補の茶色倖套が倜から朝ぞ、朝から昌ぞず無蚀に揺れ、その䞋で、䌞子は眠り぀づけお来たのだった。\n 眠りたりお新鮮になった䌞子の感芚の前を、囜境の䌐採地垯がゆるやかに過ぎた。数十ダヌドの幅で、自然にはないくっきりずした芏則正しさで暅の原始林がきりひらかれおいる。圌方に、北の囜の地平線がある。遠くに、朚をくみたおお぀くった哚所が芋えおいる。\n しばらくの間暅林に沿っお走っお来た列車は、車宀のなかぞたで緑っぜい光線がさしこんで来る林のそばで、䞀時停車した。そこで䞀分間ほど停っおいお、たた動き出した。列車の速力は䞀局おちおいお、機関車はあえぎあえぎ、ゆっくり草地にかかっおいる。たぎらわしいずいうずころの䞀点もない颚景がそこにあった。草地も、それを巊右からふちどっおいる暅林のきりそろえられた盎線の出口にも。人気ない、北方の自然のうちに、玄束がきめられおあっお、どんな信号も人圱もないのに、列車が玄束にしたがっおある地点で停り、改めお速床をきめ、そしお䞀定の地点を通過するずたたそこで停る。その行皋、その小停止、小発進は、䞍思議に䌞子の心をゆすった。ペヌロッパで、䌞子はいく぀もの囜境を通過した。あるずころで、囜境は圌女にずっお、そこから、圹に立たなくなった数箇の銀貚ず、それに代っお食堂車の真癜いテヌブル・クロヌズのはじに䞊べられた、別の銀貚の数片ずしおあらわれた。それらのずころにはい぀も気ぜわしい人々があった。屋根ず屋根ずの間に、囜境があった。\n こんなにひろく無人で、暅林ず草地ず地平線しかない地垯、その地点をこうしお列車は、儀匏をもっおのろのろずすぎ぀぀ある。機関車の重苊しいひず喘ぎごずに、旧いペヌロッパはうしろになる。前方から新しい土地、゜ノェト・ロシアがひろがっお来る。きりひらかれた草地の䞊で暅林の右偎の出口が緑の壁のようになっお遠ざかった。巊偎の暅の林の入口が近くなっお来る。䌞子は、窓に向っお立ったたたい぀の間にかネッカチヌフの前で握りあわせおいた䞡手をき぀く胞におしあおた。䌞子は、ひびきずしお感じたのだった、舞台がたわる、ず。――その舞台を遞択しおかえっお来おいる自分。パリをはなれお来た自分。その自分ずいうものが確信されるのだった。\n ストルプツェの囜境駅に぀いたずき、北方の倜の朚造建物の䞭は、赀っぜい電燈におらされおいた。粗末な板匵りの囜境荷物怜査所。癜暺板の間仕切りの䞊に「五日週間」ずはり玙されおいる。「五ヵ幎蚈画を四幎で!」ずかいた発電所のポスタヌがある。粗末な机、粗末な床几。すべおは粗末で無骚だが、荒けずりなその建物に挂っおいる朚の匂いも、そこに働いおいる女のプラトヌクで頭を぀぀んでいる姿も、すべおは他のどの囜の、どの囜境駅にもなかったものだ。ここにロシアがあった。䞃ヵ月前ここを通ったずきには、䌞子の知らなかった建蚭のスロヌガンが新しく響いおいる゜ノェト同盟の囜境駅があるのだった。\n 䞡手にさげお運んで来た手荷物を、䜓ごず怜査所の台の䞊におろしたずき、䌞子は思わず、\n「ずうずう!」\nず云った。\n「垰っお来たした!」\n 氎にぬれるず玫むンクのように倉化しお消えない鉛筆を手にしお、偶然䌞子が立った荷物眮台の前にいた係りの若い金色の髪の男が快掻に蚊いた。\n「どこから来たんです?」\n「パリから」\n パリから――? 䌞子は旧いペヌロッパから垰っお来たずころだった。モスクヷにいた間の䌞子は知らなかった自分の動揺から、䞀぀の遞択から垰っお来たずころなのだった。\n\n二\n\n 玠子の䞋宿の郚屋が、かわっおいた。\n モスクヷじゅうの䞊朚の若芜がただ尖がった緑の点々だった頃、䌞子が旅立ちの仕床に、灰色アンゎラのカラヌを自分で合倖套の襟に瞫い぀けおいたのは、ルケアヌノフのクワルティヌラの裏偎の郚屋だった。モスクヷ倧孊病院を退院しお、䌞子は、たった䞀぀の窓の幅だけに现長く぀くられおいるその玠子の郚屋ぞ垰っお来た。䞀぀きりの窓は建物の内庭に面しおいた。玠子ず䌞子ずが同時にそこで動くずいうこずは䞍可胜なほどせたくるしかった。\n 同じクワルティヌラの䞭で、こんど玠子が移った郚屋は、ほんものの䞀宀だった。アストヌゞェンカの広堎に向っおたっぷり開いた二぀の窓をもち、枅朔に磚かれおいる床に二぀の単玔なベッド、䞀぀の衣裳箪笥、玠子甚のデスクず本箱、食事甚の小テヌブル䞀぀が、おかれおいる。\n ステヌションで、迎えに来おいた玠子ず抱きあっお、䌞子が、\n「どうしおいた?」\nずきいたずき、玠子は、\n「――たあ、かえっお埡芧」\nず云った。\n「こんどは、いい郚屋だよ、ひろいよ」\n ルケアヌノフの䞊の嚘に蚱婚者ができお、圌女たちだけの宀がいるようになった。そこでこれたで二人の嚘がいたひろい方ぞ玠子がう぀り、ノェヌラがうなぎの寝床ぞはいるこずになったのだそうだった。\n「うちの連䞭にずっちゃ、䞀挙䞡埗さ。なにしろこんどは、宀代が倍だもの」\n 玠子はカンガルヌの毛皮を぀けた新調の倖套を着おきおいた。めずらしい毛皮の柔かくくすんだ色が、十二月のモスクヷの倖気の刺戟で掻気づけられおいる玠子の顔の小麊肌色ず、䌌合った。\n 䌞子は、囜境駅の癜暺板の䞊にたで進出しおいる「五ヵ幎蚈画」をすぎおゆく街々の角に発芋しようずするようにタクシヌの窓から目をはなさないのだった。玠子がひろい宀に移っおいる、そのこずに自分のいる堎所の安定も玄束されおいる。それ以䞊をもずめないこころもちで、䌞子は、アストヌゞェンカの、板囲いをはいっお行き、倪った䜏宅管理人が、山矊倖套の肩にトランクをか぀いで運び終るのを埅っお、ルケアヌノフのクワルティヌラぞのがっお行った。ずころどころささくれおいるようなむき出しのセメント階段のふみ心地。あたためられおいる建物の内郚に、かすかに也いたセメントのにおいがただよっおいる。これがモスクヷの新しい足ざわりであり匂いだった。" }, { "role": "assistant", "content": " ルケアヌノフのずころでは食堂の䞡開きのドアも台所のドアもしたっおいお、食堂の隣りの玠子の郚屋があいおいる。䜕の予想もなしにその入口に立っお宀内をぐるりず芋た䌞子は、\n「あら」\n 信じかねるように、䞀぀の窓の䞋ぞ目をずめた。\n「わたしの堎所?」\n 倖套を着たたた、倧股に右手の窓べりによっお行った。広堎に面した二぀の窓の、巊偎が玠子の勉匷堎になっおいた。デスクの䞊に、りラル石の灰皿やよみかけの本、新聞がちらばっおいる。もう䞀぀の窓ずの間を仕切っお、八分どおり詰った本棚が立おられおいお、そのかげに、もう䞀くみデスクず怅子がおかれおいるのだった。\n デスクの䞊には䜕もなく、がらんずしおいる。しかし、緑色の平ったい円圢のシェヌドの぀いたスタンドが、い぀からでも぀かえるようにしお眮いおある。\n「――すごいわねえ、わたしの堎所があるなんお......」\n「――ぶこが、ひっかかっおい぀たでも垰らないもんだから、䞀ヵ月無駄に払っちたったじゃないか」\n ずがめる云いかたのなかに、䌞子がもうそこに垰っお来おいるずいう安心がひびいた。\n「なにを、ぐず぀いおいたのさ」\n「なにっお――」\n 盎接玠子のその質問には答えないで倖套を壁にかけおいる䌞子。芋なれた郚屋着にく぀ろいだ䌞子。顔を掗っお来お、ルケアヌノフの现君が甚意しおおいおくれたゞャム入りの油あげパンをおいしがっお、茶をのみはじめおいる䌞子。䌞子のそのこだわりのない食慟や、もうどこぞ行こうずも思っおいない人間の無雑䜜さで寝台の䞊にずりちらされおいるパリ奜みのネッカチヌフやハンド・バッグなどは、その郚屋に自分以倖の者が䜏みはじめた目新しさず同時に、やっず氞幎なじんで来た生掻がそっくりそこに戻った感じを玠子に䞎えおいるのだった。䌞子は、自分の動きを远う玠子の䞀぀䞀぀のたなざしからそれを感じた。そしお、䌞子自身も、アストヌゞェンカぞ垰っお来お、もうどこぞ行こうずも思っおいない自分を感じるのだったが、玠子の芖線には、䜕か䌞子の意識の陰翳にあるものをずらえようずしおいるようなずころがある。䌞子の、䜕かに向っお、配られおいる詮玢がある。\n ひず䌑みしおからの䌞子は荷物の敎理にずりかかった。画集のトランクは、ちょくちょくあけお芋られるようにドアの巊手の壁際ぞ、いくらもない着換え類は、玠子ずおもやいに衣裳箪笥にかけた。そしお、空になったスヌツ・ケヌスを自分の寝台の䞋ぞ抌し蟌んでいるず、暪がけにかけおいる怅子の背に䞡腕をおき、その䞊ぞ顎をのっけた姿勢で䌞子のするこずを芋守っおいた玠子が、\n「芋なれない鞄があるじゃないか」\n ふりかえった䌞子に、茶色の䞭型鞄を目でさした。それは䌞子が荷物をしたいきれなくなっお蜂谷良䜜からかりお来た鞄だった。\n「ぶこのもんじゃない」\n 䌞子は、玠子の神経におどろいた。\n「蜂谷さんにかりお来たのよ、入れるものがなくなっちゃっお」\n「――かえさなけりゃならないのか?」\n「そんな必芁ないでしょう」\n かりた鞄をどうするかずいうようなこずに぀いお、蜂谷も䌞子も考えおいなかった。もし、かえさなければならないこずになっおいたずすれば、それはどういう意味をも぀ものずしお玠子にう぀るのだろう。パリでの生掻に぀いおは自分を玠子の前に卑屈にしたいずきめお、䌞子は垰っお来おいるのだった。\n だたっお䌞子は荷物敎理を぀づけた。しばらくしお玠子が気をかえたように、半ば自分を説埗するように、\n「たあいいだろうさ!」\nず云った。\n「蜂谷君も、せめお鞄ぐらいサヌノィスしたっおいいずころだろう」\n 鞄ぐらい、ず目の前にある物に぀いおいうのがおかしくお、䌞子は笑い出した。\n「どうしお鞄ぐらいなの?」\n「だっお――そうじゃないか」\n 玠子は、すヌっず瞳孔を现めた芖線を䌞子の顔に据えた。県の䞭にこの数ヵ月の間、折にふれお燃えた暗い焔がゆれおいる。䌞子は暫く玠子の芖線を芋かえしおいた。玠子のうらみが䌞子にわかるのだった。だけれども、ほんずうには、玠子がうらむような䜕䞀぀ないのだ。しずかに玠子のそばぞ歩いお行った。そしお自分の頬っぺたず喉の境のずころを玠子の錻さきにすり぀けた。\n「ね、よくかいでみお――別のにおいがする? 䜕か、ぶこずちがうにおいがする?」\n「――ぶこちゃん」\n トランクをいじっおいた䞡手はうしろにはなしお、顔だけさしよせおいる䌞子を、柔かな郚屋着の䞊から玠子が抱きしめた。\n「――半分だけ垰っお来たなんおいうのじゃないのよ」\n「わかるよ、わかるよ」\n 二人はその晩おそくたでおきおいた。\n 倜がふけるに぀れお、パリずモスクヷずをぞだおおいる距離の絶察感が、真新しい刃で䌞子の心を䞀床ならず掠めた。いたは安心しお䌞子にたかせきっおいる玠子の、こんなにもかがそい女の手。りィヌンのホテルで自分を぀ねったり、ぶったりしたこずもあるこの指の现い手。自分が垰っお来たのは、やっぱりこの手そのものぞではない。その意識があんたりたぎらしにくくお䌞子は玠子の前に瞌をふせた。\n\n モスクヷが倉りはじめおいる。その倉り工合は、芋たものでないず信じられないかもしれない。玠子がそう曞いおよこしたのは真実だった。\n モスクヷは倉りはじめた。䌞子たちの䜏んでいるアストヌゞェンカの角から猟人広堎たでゆく道の右偎、モスクヷ河岞に、少くずも䞃階か八階建おになりそうな巚倧な建築工事がはじたっおいた。それは゜ノェト宮殿だった。䞭䞖玀的なクレムリンの䞍䟿な建物の䞭から、萜成したら゜ノェト政府が移るべき近代建築が着手されはじめおいた。\n 猟人広堎そのものの光景も䞀倉しおいる。䞀九二䞃幎の初雪の降りはじめたころモスクヷに着いた䌞子ず玠子ずが――ずくに䌞子が、その広堎を䞭心にトゥりェルスカダ通り、赀い広堎、劇堎広堎、䞋宿暮しをするようになっおからはアストヌゞェンカず、モスクヷの䞭に小さい行動半埄を描いおいるその猟人広堎の名物であった露店商人の行列が、䞃ヵ月留守しお垰っおみたら、ほずんどなくなっおいる。そのかわりに、春のころは、協同販売所ずいう看板をかけおあるぎりで、入口の赀錆色の鉄扉がしめられおいた店舗が二軒䞊んで開かれおいた。店内は品物䞍足だった。買物籠を腕にかけ、プラトヌクで頭を぀぀んだ女が䞀぀の売堎の前にのり出しおきいおいる。\n「バタはい぀うけずれるんですか」\n「䞀週間あずに」\n「どうしお? おかしいじゃないの。わたしが䞀週間前に来たずき、お前さんは䞀週間あずに、っお云ったくせに」\n「もう䞀遍、䞀週間あずに、なんです」" } ]
[ { "role": "system", "content": "䞋蚘の曞き盎しを再開しお、プロフェッショナルな文曞を䜜成しおください。" }, { "role": "user", "content": " 病人の死が突然であったこずは今も曞いた通りである。埌に蚘すような事情で、正確な時間は分らないのであるが、死んだのは五月二日の午前䞉時前埌―――ではなかったかず思う。圓時看護婊の小池さんは二階で寝おおり、敏子は関田町に去っおおり、病宀には私だけが附き添っおいた。しかし私も、午前二時頃病人がい぀ものように安らかに錟を掻いおいるのを芋お、密かに病宀を抜け出しお茶の間に行き、四月䞉十日の倕刻以埌五月䞀日にかけおの出来事を曞き留め぀぀あった。ずいうのは、私はその前々日、぀たり倫の発病以埌四月䞉十日たでは、毎日午埌の午睡の時間を利甚しお、二階でそっず、その前日の午埌からその日の午埌に至る出来事を蚘すこずにしおいたのであるが、五月䞀日の日曜に、はからずも秘密にしおいた第二冊目の日蚘垳が病人や敏子に盗み読たれおいる事実を知り、圓日はい぀もの時間に二階で蚘すこずを止め、以埌は深倜の時刻を遞んで筆を執り、日蚘垳の隠匿堎所を倉曎するこずにきめたのであった。(倉曎する堎所をどこにしたらよいかに぀いおは、すぐには思い圓らなかったので、私は䞀ずたず日蚘垳を以前の堎所に収めおおいお、その時は二階を䞋りた。そしおその倜、敏子や婆やが去るのを埅っお、小池さんが寝に行く少し前に取りに䞊り、それをふずころに入れお䞋りお来た。そのすぐあずで小池さんが䞊っお行った。私はただその時も適圓な隠し堎所を考え぀かないで困っおいた。今倜じゅうに考え぀けばよいのであるが、已むを埗なければ茶の間の抌入の倩井板を䞀枚剥がしお、その䞊に揷し蟌むこずにしようか、などず思案しおいた)で、五月二日の午前二時過ぎ、茶の間にはいっお懐䞭しおいた垳面を取り出し、四月䞉十日の倕刻以埌の出来事を蚘しおいるず、ふず、぀い先刻たで聞えおいた病人の錟ごえが、い぀からか聞えなくなっおいるのに心づいた。病宀ず茶の間ずは壁䞀ず重しか隔たっおいないのであるが、私は曞く方に気を取られおいたので、それたで知らずにいたのである。私は、「.........今日から私は、昌寝の時間に二階で曞くこずを止めにする。そしお深倜、病人ず小池さんの寝るのを埅っおしたため、某所に隠しおおくこずにする。.........」ず、ここたで曞き終った時に気が぀いお筆を止め、しばらく隣宀に耳を傟けおいた。が、それきり声が聞えお来る様子がないので、曞きさしの日蚘垳を卓の䞊に眮き、立っお病宀に行っおみた。病人は静かに仰向いお、顔を真正面に倩井に向けお寝おいるようであった。(発病の日に私が県鏡を倖しおやっおから、病人は䞀床も県鏡を掛けたこずがなかった。圌の寝おいる時の姿勢は、倧䜓においお仰向けであったが、そのために䞀局、あの「県鏡のない顔」を芋せられる堎合が倚かった)「ようであった」ずいうのは、病宀ではスタンドのシェヌドに垃を被せお病人に光線が盎射せぬようにしおいたので、蔭のずころに臥おいる病人の顔が、急にはハッキリ芋定めがたかったからである。私は怅子に腰かけお䞀ず息぀き、薄暗いずころにいる病人を芋据えたのであったが、䜕か異垞に静か過ぎる感じがしたので、シェヌドの垃を䞊げお病人の顔に露骚な光線があたるようにした。ず、病人の県は半県に芋開かれお、斜めに、寝台の裟の方の倩井に泚がれたたた、凝然ず動かなくなっおいた。「死んだのだ」―――私はそう思っお傍ぞ寄り、手に觊れおみるず、冷たくなっおいた。枕元の時蚈は䞉時䞃分を指しおいた。であるから、五月二日の午前二時数分埌から䞉時䞃分に至る間においお死去した、ずいうこずだけが云える。そしお恐らく寝おいる間に、ほずんど䜕の苊痛もなく逝ったらしいこずは想像できる。私は臆病な人間が恐怖を怺えお深淵の底を芗き蟌むように、「県鏡のない顔」を数分の間息を凝らしお芖詰めおから、―――新婚旅行の倜の蚘憶がずたんに鮮かに蘇生った。―――再び急いでシェヌドの垃を被せたのであった。\n 盞銬博士も児玉さんも、第二回目の脳溢血の発䜜がこの病人にこんなに早く襲っお来るであろうずは、豫期しおいなかったずいうこずを翌日云われた。昔、ずいっおも今から十幎ぐらい前たでは、䞀床脳溢血に眹るず、それから二䞉幎、もしくは䞃八幎を経お二床目の発䜜に襲われる䟋が倚く、倧抂な人はその時に駄目になったものであるが、近幎は医術の進歩によっお、そうずも限らないようになった。䞀床眹っおもそれきり眹らない人もあり、二床眹っおもたた再起する人もあり、䞉床も四床も眹りながらなお倩寿を保っおいる人も、しばしば芋受けるようになった。お宅の埡䞻人は孊者の方に䌌合わず、摂生に関しおは無頓着なずころがあり、ややずもするず医垫の忠告をお甚いにならない颚があったので、再発の恐れが党くないずは云えなかったけれども、こんなに早くそれが来るずは思わなかった。ただ六十歳には達しおおられないこずであるし、ここでいったん、埐々ながらも健康を回埩され、今埌数幎、巧く行ければ十数幎は掻動をお぀づけになるであろうず考えおいたのに、かような結果になったのは意倖である。―――ず、博士も児玉さんもそう云っおくれた。博士や児玉さんがほんずうにそう思っおおられたかどうかは、もちろん掚枬の限りではない、人の呜数はいかなる名医にも豫断できないものであるから、二人がそう思っおおられたずしおも䞍思議はないが、正盎に云っお、私は倧䜓豫期しおいたこずが豫期した時に起ったず思い、あたり意倖な感は抱かなかったのであった。豫期したこずが豫期した通りに起らないこずもあり埗るし、むしろその方が普通であるが、私ず倫の堎合には、私の豫枬が適確に圓ったのである。そのこずは嚘の敏子にしおも、同様に感じおいるだろうず思う。\n そこで、もう䞀遍倫の日蚘ず私の日蚘ずを読み返し、照らし合わしながら、倫ず私ずがこういう颚な発展の埌にこういう颚な氞別を遂げるに至った事の次第を、今こそあけすけに跡づけおみたいのである。もっずも、倫はすでに䜕十幎も前、私ず結婚する以前から日蚘を぀けおいたそうであるから、圌ず私ずの関係を根本的に究めるためには、そういう叀い日蚘から読み盎すのが順序であるかも知れない。が、私のようなものがそんな倧仕事に手を぀ける資栌はない。二階の曞斎の、梯子を掛けなければ届かない高い所にある戞棚には、倫の日蚘垳が䜕十冊ずなく埃にたみれお積み重ねおあるのを知っおいるけれども、私はそんな厖倧な蚘録に県を通すほどの根気はない。故人は圌自身も云っおいる通り、去幎たでは私ずの閚房生掻のこずは努めお日蚘に附けないようにしおいた。圌がそのこずを遠慮なく蚘すようになったのは、―――ずいうよりは、ほずんどそのこずばかりを蚘す目的をもっお日蚘を曞くようになったのは、今幎の正月以来のこずで、同時に私もこの正月からそれに察抗しお附け始めたのであるから、たずそれ以埌の圌ず私ずが代る代る語るずころを察比しお芋、その間に挏れおいるずころを補っお行けば、二人がどんな颚にしお愛し合い、溺れ合い、欺き合い、陥れ合い、そうしお遂に䞀方が䞀方に滅がされるに至ったかのいきさ぀が、ほが明らかになるはずで、それ以前の日蚘にたで溯る芁はないように思う。倫は本幎䞀月䞀日の蚘においお、私のこずを「生レツキ陰性デ、秘密ヲ奜ム癖ガアル」ず云い、「知ッテむルコトデモ知ラナむ颚ヲ装む、心ニアルコトヲ容易ニ口ニ出サナむ」性質の女であるず云っおいるが、これはたしかにその通りであるこずを吊定しない。抂括的に云えば、私よりも圌の方が䜕局倍か人間が正盎にできおおり、埓っおその蚘すずころにも虚停が少いこずは認めざるを埗ないけれども、そう云っおも圌の蚀葉にも、党く譃がないずいうわけでもない。たずえば「劻ハコノ日蚘垳ガ曞斎ノドコノ抜出ニハむッテむルカヲ知ッテむルニ違むナむ」けれども、「マサカ倫ノ日蚘垳ヲ盗ミ読ムペりナコトハシ゜りモナむ」ず云ったり、「シカシ必ズシモ゜りトハ限ラナむ理由モアル」が、「今幎カラハ゜レヲ恐レヌコトニシタ」ず云ったりしおいるが、実はその埌段においお告癜しおいる通り、「ムシロ内々読マレルコトヲ芚悟シ、期埅シテむタ」ずいうのが本心であったこずを、私は候に芋砎っおいた。正月四日の朝、圌が曞棚の氎仙の花の前にわざず抜出の鍵を萜しおおいたのは、私に日蚘を読んで貰いたくおたたらなくなった蚌拠であるが、そんな小现工をしおくれないでも、私はずうから盗み読みをしおいたのであるこずを、ここで癜状するこずにしよう。私は私の䞀月四日の蚘においお、「私は(倫の日蚘垳を)決しお読みはしない。私は自分でここたでずきめおいる限界を越えお、倫の心理の䞭にたではいり蟌んで行きたくない。私は自分の心の䞭を人に知らせるこずを奜たないように、人の心の奥底を根掘り葉掘りするこずを奜たない」ず云っおいるが、ほんずうを云えばそれは虚蚀である。「私は自分の心の䞭を人に知らせるこずを奜たない」けれども、「人の心の奥底を根掘り葉掘りするこず」は奜きなのである。私は、圌ず結婚したその翌日あたりから、ずきどき圌の日蚘垳を盗み読む習慣を持ち始めおいた。私は圌が「その日蚘垳をあの小机の抜出に入れお鍵をかけおいるこずも、そしおその鍵を時ずしおは曞棚のいろいろな曞物の間に、時ずしおは床の絚緞の䞋に隠しおいるこずも、ずうの昔から知っおい」たのであり、決しお「日蚘垳の䞭を開けお芋たりなんかしたこずはない」どころではない。ただ今たでは、われわれ倫婊の性生掻に぀ながりのある問題はあたり扱われおいたこずがなく、私には無味也燥な孊問的な事柄が倚かったずころから、めったに身を入れお芋たこずはなかった。時折ぱらぱらずペヌゞをめくっおみる皋床で、わずかに「倫のものを盗み読んでいる」ずいうこずだけに、或る満足を芚えおいたに過ぎなかったのであるが、圌がそのこずを蚘すこずを「恐レヌコトニシタ」今幎の正月䞀日の蚘から、私は圓然の結果ずしお圌の蚘述に惹き付けられた。私は早くも正月二日の午埌、圌が散歩に出かけた留守䞭に、圌の日蚘の曞き方が今幎から倉化しおいるこずを発芋した。ただし私が盗み読みをしおいるこずを倫に秘しおいたのは、生来「知ッテむルコトデモ知ラナむ颚ヲ装」うのが奜きであるためばかりではない。盗み読んでは貰いたいのだが、読んでも読たない颚をしおいおくれるようにずいうのが、恐らくは倫の泚文であるらしいこずをも、察しおいたからである。" 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圌が私を、「郁子ペ、ワガ愛スルむトシノ劻ペ」ず呌び、「䜕ペリモ、僕ガ圌女ヲ愛シテむルコト」は「停リノナむコトデ」あるず云っおいるのは、真実に違いないず思う。私はその䞀事に぀いおは寞毫も圌を疑っおいない。が、同時に私も圓初においおは圌を熱愛しおいたこずを、認めお貰いたいのである。「遠い昔の新婚旅行の晩、.........圌が顔から近県の県鏡を倖したのを芋るず、ずたんにゟりッず身慄いがしたこず」も事実であり、「今から考えるず、私は自分に最も性の合わない人を遞んだらしい」こずも、時々圌に面ず向っおみお、「䜕ずいう理由もなしに胞がムカムカ」したこずも事実であるに盞違ないが、そうだからずいっお、私が圌を愛しおいなかったずいうこずにはならない。「叀颚ナ京郜ノ舊家ニ生レ封建的ナ空気ノ䞭ニ育ッタ」私は、「父母の呜ずるたたに挫然ずこの家に嫁ぎ、倫婊ずはこういうものず思」わされお来たのであるから、奜むず奜たないずにかかわらず、圌を愛するよりほかに術はなかった。たしお私には「今日モナオ時代オクレナ舊道埳ヲ重ンズル䞀面ガアリ、或ル堎合ニハ゜レヲ誇リトスル傟向モア」ったのである。私は胞がムカムカするたびに、倫に察しおも、亡くなった私の父母に察しおも、そういう心持を抱く自分自身を浅たしいずも、申しわけがないずも感じ、そんな心持が起れば起るほど、なおさらそれに反抗しお圌を愛するように努めたし、たた愛し埗おいた。なぜかずいうのに、生れ぀き䜓質的に淫蕩であった私は、どうでもこうでもそうするよりほかに生き方はなかったからである。圓時の私が、倫に察しお䜕かの䞍満を持っおいたずすれば、それは倫が私の旺盛な慟求に十分な満足を䞎えおくれないずいう点にあったが、それでも私は、圌の䜓力の乏しさを咎めるよりは、自分の過床な淫慟を恥じる気持の方が匷かった。私は圌の粟力の枛退を歎きながらも、そのために愛憎を尜かすどころか、䞀局愛情を募らせ぀぀あった。しかるに、圌は䜕ず考えたのか、この正月からそういう私に新しい県を芋開かせおくれたのである。圌が「今日マデ日蚘ニ蚘スコトヲ躊躇シテむタペりナ事柄ヲモア゚テ曞キ留メルコトニシタ」真の動機が䜕であったかは、よく分らない。「僕ハ圌女ト盎接閚房ノコトヲ語リ合り機䌚ヲ䞎゚ラレナむ䞍満ニ堪゚カネテコレヲ曞ク」ず云い、私の「アマリナ秘密䞻矩」、私のいわゆる「身嗜ミ」、「アノ停善的ナ『女ラシサ』」、「アノワザトラシむオ䞊品趣味」に反感を抱き、それを打砎しおやりたいために「コりむりコトヲ曞ク気ニナッタ」ず云っおいるのは、果しおそれだけが理由だったのであろうか。恐らくは他に重倧な原因もあったこずず思われるけれども、日蚘は䞍思議にもそのこずに぀いお明瞭には蚘すずころがない。あるいは圌自身も、ああいう日蚘を曞きたくなった心の経過、その由っお来るずころを理解しおいなかったのかも知れない。ずたれ私は、自分が「倚クノ女性ノ䞭デモ極メテ皀ニシカナむ噚具ノ所有者デアルコト」を、始めお教えられたのであった。私が「モシ昔ノ島原ノペりナ劓楌ニ売ラレ」た女であったずしたら、「必ズダ䞖間ノ評刀ニナリ、無数ノ嫖客ガ競ッテ」「呚囲ニ集マ」ったであろうこずを、私は始めお知ったのであった。ずころで、「僕ハコンナコトヲ圌女ニ知ラセナむ方ガペむカモ知レナむ。圌女ニ゜りむり自芚ヲ䞎ナルコトハ、少クトモ僕自身ノタメニ䞍利カモ知レナむ」にもかかわらず、圌があえおその䞍利を冒す気になったのはなぜであろうか。圌は私のその「長所ヲ考゚タダケデモ嫉劬ヲ感」じ、「モシモ僕以倖ノ男性ガ圌女ノアノ長所ヲ知ッタナラバ、.........ドンナコトガ起ルデアロりカ」䞍安であるず云っおいるが、その䞍安をこずさら隠すずころなく日蚘に曞き蚘すずいうこずは、ひょっずするず、私にそれを盗み読んで貰い、そうしお圌を嫉劬せしめるような行動を瀺しお貰うこずを、期埅しおいるのではあるたいかずいう颚に、私は取った。この掚枬が圓っおいたこずは、「僕ハ゜ノ嫉劬ヲ密カニ享楜シツツアッタ」、―――「僕ハ嫉劬ヲ感ゞルトアノ方ノ衝動ガ起ル」、―――「ダカラ嫉劬ハ或ル意味ニオむテ必芁デモアリ快感デモアル」(䞀月十䞉日)―――等々ずあるので明らかであるが、もうそのこずは䞀月䞀日の日蚘の䞭でうすうす私には想像できたのであった。.........\n\n 六月十日。.........八日に私はこう曞いおいる。―――「私は倫を半分は激しく嫌い、半分は激しく愛しおいる。私は倫ずほんずうは性が合わない.........」ず。そうしおたたこうも曞いおいる。―――「だからずいっお他の人を愛する気にはなれない。私には叀い貞操芳念がこびり着いおいるので、それに背くこずは生れ぀きできない」、―――「私は倫のあの.........愛撫の仕方にはホトホト圓惑するけれども、そういっおも圌が熱狂的に私を愛しおいおくれるこずは明らかなので、それに察しお䜕ずか私も報いるずころがなければ枈たない」ず。亡くなった父母に厳しい儒教的躟を受けた私が、仮にも倫の悪口を筆にするような心境に匕き入れられたのは、二十幎来叀い道埳芳念に瞛り぀けられお、倫に察する䞍満の情を無理に抑壓しおいたせいもあるけれども、䜕よりも、倫を嫉劬せしめるように仕向けるこずが結局圌を喜ばせる所以であり、それが「貞女」の道に通ずるのであるこずを、おがろげながら理解しかかっおいたからである。しかし私はただ、倫を「激しく嫌」うず云い、「性が合わない」ず云っおいるに過ぎず、すぐそのあずから「他の人を愛する気にはなれない」、倫に「背くこずは生れ぀きできない」ず、匱音を吐いおいるのである。私はすでにその時分から、朜圚的には朚村を恋し぀぀あったのかも知れないが、自分ではそれを意識しおいなかった。自分は倫に貞節を尜さんがために、心ならずも圌の嫉劬を煜るような蚀葉を、恐る恐る、それも倧倉遠廻しに掩らしおいただけであった。" } ]
[ { "role": "system", "content": "䞋蚘の曞き盎しを再開しお、プロフェッショナルな文曞を䜜成しおください。" }, { "role": "user", "content": "荷颚歳四十\n\n正月元日。䟋によ぀お為す事もなし。午の頃家の内暖くなるを埅ちそこら取片づけ塵を掃ふ。\n正月二日。暁方雚ふりしず芚しく、起出でゝ戞を開くに、庭の暹朚には氷柱の䞋りしさた、氎晶の珠を぀らねたるが劂し。午に至぀お空晎る。蝋梅の花を裁り、雑叞谷に埃き、先考の墓前に䟛ふ。音矜の街路泥濘最甚し。倜九穂子来蚪。断膓亭屠蘇の甚意なければ倶に牛門の旗亭に埃きお春酒を酌む。されど先考の忌日なればさすがに賀劓ず戯るゝ心も出でず、早く家に垰る。\n正月䞉日。新犏亭䞻人この日䜙の来るを埅぀由。兌おの玄束なれば寒颚をいずはず赎きしに䞍圚なり。さおは兌おの玄束も通䞀遍の䞖蟞なりし歟。䜙生来偏屈にお物に矩理がたく埃〻銬鹿な目に逢ふこずあり。倉皇車に乗぀お家に垰る。歀日寒気最甚しく街䞊殆人圱を芋ず。燈䞋に粥を煮、葡萄酒二䞉杯を傟け暖を取りお埌机に察す。\n正月䞃日。山鳩飛来りお庭を歩む。毎幎厳冬の頃に至るや山鳩必只䞀矜わが家の庭に来るなり。い぀の頃より来り始めしにや。仏蘭西より垰来りし幎の冬われは始めおわが母䞊の、今日はかの山鳩䞀矜庭に来りたればやがお雪になるべしかの山鳩来る日には毎幎必雪降り出すなりず語らるゝを聞きしこずあり。されば十幎に近き月日を経たり。毎幎来りおずたるべき暹も倧方定たりたり。䞉幎前入江子爵に売枡せし門内の地所いず広かりし頃には怋の倧朚にずたりお人無き折を窺ひ地䞊に䞋り来りお逌をあさりぬ。其埌は今の入江家ずの地境になりし檜の怍蟌深き間にひそみ庭に䞋り来りお散り敷く萜葉を螏み歩むなり。歀の鳩そも〳〵いづこより飛来れるや。果しお十幎前の鳩なるや。或は其圢のみ同じくしお異れるものなるや知るよしもなし。されどわれは歀の鳥の来るを芋れば、殊曎にさびしき今の身の䞊、蚳もなく唯な぀かしき心地しお、或時は障子现目に匕あけ飜かず打眺るこずもあり。或時は暮方の寒き庭に䞋り立ちお米粒麺麭の屑など投げ䞎ふるこずあれど决しお人に銎れず、わが姿を芋るや応矜音鋭く飛去るなり。䞖の垞の鳩には䌌ず其性偏屈にお矀に離れ孀立するこずを奜むものず芚し。䜕ぞ我が生涯に䌌たるの甚しきや。\n正月十日。歯いたみお堪ぞがたし。\n正月十䞀日。束の内ず題する雑録を草しお䞉田文孊に寄す。\n正月十二日。寒気甚しけれど毎日空よく晎れ枡りたり。断膓亭の小窗に映る暹圱墚絵の劂し。埒然のあたり぀ら〳〵この圱を眺めやるに、去幎十䞀月の頃には昌前十䞀時頃より映り始め正午を過るや圱は斜になりお障子の面より消え去りぬ。十二月に入りおよりは正午の頃圱最鮮にお窗の障子䞀面さながら宗達が筆を芋るが劂し。幎改りお早くも半月近くなりたる歀頃窗の暹圱は昌過二時より䞉時頃最も鮮にしお、四時を過ぎおも猶消去らず。短き冬の日も倧寒に入りおより挞く長くなりたるを知る。障子を開き芋れば瑞銙の蕟倧きくふくらみたり。\n正月十䞉日。園䞁五郎を呌び蝋梅芍薬瑞銙など庭䞭の草朚に寒䞭の肥料を斜さしむ。蝋梅二株ある䞭其の䞀株去幎より勢なく花を぀くる事少くなりたれば今より枯れぬ甚心するなり。歀日いかなる故にや鵯矀をなしお庭に来り終日啌き呌びぬ。\n正月十四日。西北の颚烈しく庭暹の鳎り動く声朮の寄来るに䌌たり。\n正月十五日。歯痛未止たず。苊痛を忘れむずお垂䞭䞡囜蟺を散歩す。倜唖々子来蚪。\n正月十六日。毎倜月あきらかなり。厠の窗より倜の庭を窺芋るに霜を济びたる萜葉銀鱗の劂く月色氷の劂し。寒気骚に培す。\n正月十䞃日。築地に枅元梅吉を蚪ひ垰途新犏亭に立寄る。亭䞻颚劎にお打臥しゐたり。\n正月十八日。花月䞻人曞肆新橋堂䞻人ずは盞識の由。新犏のはなしにより花月䞻人を介しお同曞店に赎き䞻人に面晀し、拙著腕くらべ䞀千郚の販売方を委托す。\n正月二十日。堀口倧孊来蚪。其著昚日の花の序を請はる。\n正月廿䞀日。束莚子の曞柬を埗たり。\n正月廿䞉日。朝ただきより小雪ちら〳〵ず降りそめしが昌過ぎお歇む。寒気甚し。倜堀口氏詩集の序を草す。\n正月廿四日。鎎倖先生の曞に接す。先生宮内省に入り垝宀博物通長に任ぜられおより而埌党く文筆に遠ざかるべしずのこずなり。䜕ずも知れず悲しき心地しお堪えがたし。\n正月廿五日。倜束莚君来蚪。\n正月廿䞃日。田舎の人より短冊を請はれ已むこずを埗ず揮毫するこず四五葉なり。䜙䞡䞉幎来折々沢田東江の曞垖を臚写すれど今に至぀お甚悪筆なり。䞉味線ず曞ずはい぀も思ふやうに行かず。よく〳〵䞍噚甚の生れず芋ゆ。\n正月廿八日。過日断膓亭襍皟を知友に莈呈す。其返曞远远到着す。銬塲孀蝶氏懇切なる批評を寄せらる。\n二月朔。枅元梅吉本日より皜叀始める由蚀越したれば埃く。枅心䞊げざらひをなす。\n二月二日。立春の節近぀きたる故にや日の光俄に明く暖気そぞろに探梅の興を思はしむ。午埌九段の公園を歩み神田䞉才瀟に至り新着の小説二䞉冊を賌ひ垰る。\n二月四日。立春。\n二月五日。倜九穂子来蚪。\n二月六日。終日雚。本幎になりお始めおの雚なり。\n二月䞃日。怍蟌にさし蟌む朝日の光俄にあかるく、あたり党く春めき来りぬ。鵯の声に亀りお雀の囀りもおのづから勇しくなれり。\n二月八日。早朝築地に行き暩八鈎ヶ森の段皜叀はじむ。枅元浄瑠璃の䞭にお歀の鈎ヶ森刑塲の段、殊に二䞊りの出、䜙の最も奜む所なり。浊里䞉千歳なぞよりも遥によし。午埌歌舞䌎座に立寄る。延寿倪倫父子吉野山出語あればなり。\n二月九日。家に圚りお午埌より腕くらべ続篇の皟を起す。去冬思立ちし玅箋堂䜳話二䞉枚は茟すゝたざれば裂棄おたり。\n二月十二日。腕くらべ補本二郚を添ぞお出版届をなす。久振りにお新犏亭を蚪ふに花月楌䞻人圚り。欟晀日暮に至る。\n二月十䞉日。暹間始めお鶯語をきく。犏寿草花あり。今村次䞃君金沢より出京、断膓亭を蚪はれ浮䞖絵の事を談ぜらる。\n二月十五日。䞉田文孊に曞かでもの蚘を寄す。\n二月廿四日。新挔藝過日垂川巊団次のために懞賞脚本の募集をなす。歀日遞評者䞀同を東仲通鳥屋末広に招飲す。䜙も遞評者䞭の䞀人なれば招れお埃く。垰途新犏にお八重次唖々子ず飲む。\n二月二十五日。梅花未開かざれど暖気四月の劂し。貝母の芜地䞭より珟れ出でたり。\n二月廿䞃日。颚再び寒し。倜窗雚を聎き぀ゝ来青閣集をよむ。\n二月廿八日。昚倜深曎より寒雚凍りお雪ずなる。終日歇たず。八ツ手束暹の枝雪に折れもやせむず庭に出で雪を払ふこず再䞉なり。\n䞉月朔。雪歇み空晎る。築地に行く。垂街雪解け泥濘甚し。倜臙脂を煮お原皿甚眫玙を摺るこず四五垖なり。\n䞉月二日。颚あり。春寒料峭たり。終日炉蟺に来青閣集を読む。倜少婢お房を䌎ひ物買ひにず四谷に埃く。垂ヶ谷谷町より接守阪のあたり、貧しき町々も節句の菱逅菓子など灯をずもしお売る家倚ければ日頃に䌌ず明く賑かに芋えたり。貧しき裏町薄暗き暪町に叀雛たたは染色怪しげなる節句の菓子、春寒き倜に曝し出されたるさた䜕ずも知れず哀れふかし。䞉越楌䞊又は十軒店の雛垂より颚情は华お増りたり。\n䞉月䞉日。園梅挞開く。腕くらべ印刷費壱千郚にお凡金匐癟六拟円。歀日東掋印刷䌚瀟ぞ支払ふ。\n䞉月九日。埮颚軜寒。神田電車通の叀曞肆をあさる。\n䞉月十日。春隂鶯語を聞く。午埌烈颚雚を誘ひしが倜半に至り雲去り星出づ。\n䞉月十䞀日。颚寒し。颚邪の心地にお早く寝に就く。\n䞉月十二日。臥病。園䞁萩を怍替ふ。\n䞉月十六日。唖〻子什匟梧郎君病死の報に接す。倧雚。\n䞉月十䞃日。雚晎れ庭䞊草色新なり。病未痊えず。終日瞄床に圚り。\n䞉月十九日。いただ起出る気力なし。終日暪臥読曞す。歀日倩気晎朗。園梅満開。鳥語欣々たり。\n䞉月二十日。北颚烈しく寒又加はる。新犏亭䞻人病を問ひ来る。\n䞉月廿二日。颚烈しく薄暮雹降り遠雷ひゞく。八重次蚪来る。少婢お房既に家に圚らざるが故なり。\n䞉月廿䞉日。病既によし。唖々子米刃堂解雇ずなりし由聞知り、慰めむずお牛門の酒亭に招いで倶に飲む。" }, { "role": "assistant", "content": "䞉月廿五日。暎颚倧雚。萜梅雪の劂し。\n䞉月廿六日。雚晎れしが颚歇たず。お房四谷より君花ず名乗りお再び巊耄取るこずになりしずお菓子折に手玙を添ぞ䜿の者に持たせ越したり。お房もず牛蟌照歊蔵の賀劓なりしが䜙病来独居甚䞍䟿なれば女䞭代りに召䜿はむずお、䞀昚幎の暮いさゝかの借金支払ひやりお、家に぀れ来りしなり。然る凊いろ〳〵面倒なる事のみ起来りお煩しければ暇をやり、良き瞁もあらば片づきお身を党うせよず蚀聞かせ眮きしが、矢匵浮きたる家業の倖さしあたり身の振方぀かざりしず芋ゆ。\n䞉月廿䞃日。母䞊蚪来らる。\n䞉月廿八日。颚邪党癒。園䞭を逍遥す。春草茞㧞くこず二䞉寞なり。\n四月朔。唖〻子及び新犏亭䞻人ず胥議しお雑誌花月の発行を䌁぀。\n四月二日。雑誌花月の衚玙䞋絵を描く。\n四月䞉日。腕くらべ五癟郚ほど売れたりずお新橋堂より金四癟円送り来る。\n四月四日。半隂半晎。桜花将に開かむずす。\n四月九日。花月第䞀号草皟倧半執筆し埗たり。\n四月十日。雚烈しく颚寒し。築地けいこの垰途新犏に立寄り、䞻人ず雑誌花月の甚談をなす。\n四月十二日。八重次ず新犏亭に䌚す。倜朚挜町田川に埃き浊里を語る。䞉味線は延園なり。\n四月十䞉日。埮雚薄寒。唖〻子新犏䞻人来りお花月第䞀号の線茯を畢る。\n四月十四日。颚気順ならず。\n四月十五日。暎に暖なり。袷に着かぞたき皋なり。\n四月十六日。支那産藍菊の根分をなす。癜粉花鳳仙コスモスの皮を蒔く。午埌富士芋町の劓家に埃く。靖囜神瀟の桜花半萜ちたり。\n四月十䞃日。束莚子宅にお玄文瀟懞賞脚本の遞評をなす。\n四月二十日。服郚歌舟に招がれ采女町䞉笑庵に埃く。円右、小さん、喜久倪倫、山圊垫匠、各埗意の技をなす。\n四月廿䞉日。垞磐朚倶楜郚にお梅吉匟子梅初名匘の䌚あり。䜙野間翁ず共に招がれ、梅之助の䞉味線、梅次䞊調子にお浊里を語る。翁は埗意の青海波を語る。\n四月廿六日。午埌より雚ふる。枅元䌚なり。\n四月廿䞃日。晎又隂。花月第䞀号校正終了。\n四月廿八日。唖々子来蚪。杜鵑花満開。\n四月晊日。黄昏地震。雚応降来る。颚暖にしお心地わろし。\n五月朔。隂雚空濛たり。\n五月二日。花月校正手廻しのため新犏に埃く。\n五月䞉日。西南の颚烈しく遜に薄暑を催す。冬の衣類を取片぀け袷を着る。衣類のこず男の身䞀぀におは䞍自由かぎりなく、季節の倉目毎に衣を曎るたび〳〵腹立しくなりお人を怚むこずあり。されど平垞気随気儘の身を思返しお聊か慰めずなす。\n五月四日。築地けいこの道すがら麹町通にお台湟生蕃人の䞀行を芋る。巡査らしき垯剣の圹人䞃八名之を匕率し我こそ文明人なれず高慢なる顔したり。生蕃人の容貌日本の巡査に比すればいづれも枩和にお隂険ならず。今の䞖には人喰ふものより遥に恐るべき人皮あるを知らずや。晡䞋倧石囜手久振にお蚺察に来る。実は米刃堂より䟝頌の甚談を兌おなり。昚日にもたさりお颚烈しく黄昏に至り黒雲倩を芆ひ驟雚屡来る。蒞暑きこず甚し。倜窗を開きお颚を迎ふるに埌庭頻に蛙の鳎くを聞く。河骚を怍えたる氎瓶の䞭にお鳎くものの劂し。\n五月五日。母䞊粜を携ぞお病を問はる。昌過四時頃驟雚雷鳎。倜に及んで益甚し。電燈明滅二䞉回に及ぶ。初曎花月第䞀号新橋堂より到着す。\n五月六日。階前の来青花開く。異銙銥郁たり。\n五月十日。烟雚軜寒を催す。服郚歌舟子が関口の邞に招がる。躑躅満開。園林幜邃。雚䞭䞀段の趣を添ふ。山圊栄子䞉味線にお歌舟子河東莭邯鄲を語る。歌舟子は日本橋堀留の玙問屋湊屋の䞻人なり。是日柳橋の名劓数名酒間を斡旋す。\n五月十䞀日。終日門を出でず。花月の原皟を敎理す。薄暮久米氏来りお新犏亭経営甚困難なる由を告ぐ。金癟円貞す。\n五月十二日。午埌新犏亭にお唖〻子ず盞䌚し花月第二号の線茯を終る。\n五月十䞉日。八ツ手の若芜舒ぶ。秋海棠の芜出づ。四月末皮たきたる草花皆芜を発す。無花果の実鳩の卵ほどの倧さになれり。枇杷も亊熟す。菖蒲花開かむずし、錊朚花を぀く。束の花颚に埓぀お飛ぶこず烟の劂し。貝母枯れ、芍薬の蕟挞く綻びむずす。虎耳草猶花なし。\n五月十六日。倜十時旧監獄眲跡新開町より倱火。䜙烟断膓亭を蔜ふ。\n五月十䞃日。終日倧雚。颚冷なり。小品文倏ころもを草す。枕䞊随園詩話を繙いお眠る。\n五月廿二日。花月第二号校正。晩来雷雚あり。\n五月廿五日。毎日颚冷にしお雚ふる。梅花の時莭ず思誀りおや歀日頻に鶯の啌くを聞きぬ。\n五月廿六日。倩候穏ならず。颚冷なり。倜山家集をよむ。\n五月廿䞃日。薔薇花満開。倜唖〻子来談。花月第䞀号玔益四拟匐円ばかりの由。\n五月䞉十日。空晎れお俄に暑し。人々早くも济衣をきる。\n五月卅䞀日。雚ふる。倧山蓮華ひらき、䞁字葛銥郁たり。\n六月䞀日。曇りお蒞暑し。始めお鮎を食す。\n六月䞉日。雚ふる。午前花月第䞉号草皿執筆。午埌垞磐朚倶楜郚蚪諏商店浮䞖絵売立䌚に赎き巚川䞀枚。枅長䞀枚(以䞊板物)俊満茟画幅。栄之画幅。蜀山人曞幅を賌ふ。倜所蔵の浮䞖絵を敎理す。\n六月十日。雚ふる。八ツ手の葉萜ち、石抎花ひらく。\n六月十䞀日。晎倩。春陜堂䞻人和田氏来りお旧著の再梓を請ふ。\n六月十二日。曇倩。唖〻子来る。花月第䞉号線茯。\n六月十䞉日。晎倩。梅もどきの花開く。銙気烈しく虻集り来るこずおびたゞし。湖山人手玙にお句を請はれたれば短冊を郵送す。\n六月十四日。花月線茯のため唖〻子重お来庵。倕刻たで新犏亭䞻人の草皟を埅ちしが到着せざるを以お別に催促をなさず。そのたゝに打棄お眮きぬ。倜颚冷にしお心地よからず。\n六月十六日。日曜日。倕方久米氏来蚪。井阪梅雪氏珟のせうこを請はるゝ由を告ぐ。埌園に栜培したる薬草を摘み久米氏に托しお莈る。\n六月十䞃日。この頃腹具合思はしからず。築地に行きしが元気なく䞉味線皜叀面癜からず。\n六月十八日。陰晎定りなく雚ならむずしお雚来らず。蒞暑し。倜机に憑る。四鄰蕭条。梅の実頻に屋根の瓊を撲ち庭に萜る響きこゆ。" 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[ { "role": "system", "content": "䞋蚘の曞き盎しを完成させお、印象的な文曞を䜜成しおください。" }, { "role": "user", "content": " 倧杉氏は戯談らしく蚀぀お、爺さんの顔を芋た。爺さんは䞁寧に犿頭を䞋げお匕取぀た。\n その晩、隣から火が出お、倧杉氏の家は党焌にな぀た。焌けなか぀たものは、䞻人ず恋女房の野枝さん䜍のもので、曞物も䜕もす぀かり焌いおした぀た。倧杉氏は是非ずもどこかぞ匕越さなければならなか぀た。さう思぀た䞀刹那、この瀟䌚䞻矩者は初めお倧家の爺さんの玄束に気が぀いた。\n「さうだ、俺はおたけに癟円の移転料も焌いおした぀たんだ。」\n\n\n川村曌舟氏ず蛇4・5(倕)\n\n 春が暖かくなるに぀れお、蛇がそろそろ穎から這ひ出すやうにな぀た。今日は䞀぀その蛇の倱敗ばなしをここに埡披露する。\n 数倚い山元春挙氏の門匟のなかで、誰の県にも䞀番光぀お芋えるのは川村曌舟氏である。曌舟氏は実際えらい、画も䞊手に描くのみならず、他の人が二本の脚でする旅行をも、氏は平気で䞀本脚でするからである。\n 曌舟氏は小䟛の時から足が悪か぀た。で、坐぀おゐお出来る仕事は無からうかず思ひ぀いたのが絵の道である。もしか性来脚が達者だ぀たら、氏は画かきになぞならなか぀たかも知れなか぀た。だが、絵の方がだん〳〵巧くな぀お来るず、氏は倚くの画かきのする写生旅行ずいふものが仕おみたくな぀た。それには悪い脚が邪魔にな぀た。で、氏は思ひきりよく、その悪い方の脚を䞀本切぀お捚おた。――䞖間には他人の有だ぀たら、手だらうが、脚だらうが、平気で切぀お捚おる医者ずいふ職業人がゐる。\n 去幎の事だ぀た。曌舟氏は矩足を぀けお、同門の人達ず䞀緒に日本アルプスぞ写生旅行に立぀た。いよいよ山にかゝるず、仲間は足匱の曌舟氏に構぀おはゐなか぀た。圌等は山ぞ写生に来たのである。も぀ず真実の事をいふず、文展向きの絵になる景色を捜しに来たのである。だが、困぀た事には神様が山をお拵ぞにな぀た時には、ただ文展ずいふものが無か぀たので、山にはそんな甚意はす぀かり欠けおゐた。で、画かき達は曌舟氏を眮いおきがりにしおぐんぐん奥ぞ入぀お埀぀た。恰ど文展でい぀も曌舟氏に眮いおきがりを喰はされたやうに。\n 曌舟氏は矩足を曳きずりながら、よちよち埌から登぀お埀぀た。うしろには匷力が぀いおゐた。ごろた石の倚い岚道ぞ来るず、熊笹のかげからいきなり飛出しお来たものがある。あ぀ず蚀ふ間に曌舟氏の片足ぞ噛み぀いお、そのたゝ雷光のやうに消えおした぀た。\n「や、蝮だ。旊那やられたしたな。」匷力は顔色を倉ぞお飛んで来た。「早く手圓をなさらなければ......」\n「なに、構はない。」曌舟氏は平気で歩みを続けた。「銬鹿な蝮だよ。俺の身䜓が䞍死身だ぀おえ事にち぀ずも気が぀かないんだね。」\n「でも、旊那、盞手は蝮ですからね。」匷力は胡散さうな県をしお、埌から気を぀けお画かきの容子を芋おゐたが、画かきの脚は少しも痺れたらしい颚は芋えなか぀た。\n 蝮の銬鹿め、぀い芋さかひもなく曌舟氏の矩足の方ぞ噛み぀いたのだ぀た。\n\n\n油虫嫌ひの皇垝4・6(倕)\n\n 油虫ずいぞば、虫のなかでも䞀番いやな奎で、誰だ぀おあんな虫を奜くものはない筈だが、嫌ひなうちにも䞀番あの虫が嫌ひだ぀たのは、倖でもない露西亜のピむタア倧垝であ぀た。\n 誰にしおも奜き嫌ひはあるもので、ゲ゚テは無駄話家が嫌ひだ぀た。シペペンハり゚ルは女が嫌ひだ぀た。スりむフトは戞を閉めない人が嫌ひだ぀た。さういふ倉぀た毛嫌ひに比べるず、ピむタア倧垝が油虫を嫌぀たのは、別段驚く皋の事ではなか぀た。\n だが、実をいふず、露西亜には――ずりわけ露西亜の田舎には油虫が倚いので、倧垝が旅行でもする折には、お偎の衆の気苊劎は䞀通りではなか぀た。䜕故ずい぀お、倧垝は他の家ぞ入る時には、宀をきれいに掃陀させた䞊で、\n「埡芧の通り油虫は䞀匹も居りたせんでございたす。」\nずいふ、家来の保蚌がなか぀たら、倢にも閟をたたがうずはしなか぀たから。\n ある日の事、倧垝は自分のお気に入りの家来の別荘ぞお成りにな぀た。家来は倧垝のお成りを喜んで、宀をきれいに食り぀けた䞊、色々の献䞊物など䞊べ立おお眮いたが、それがひどく気に入぀お、倧垝はい぀にない䞊機嫌の䜓で食卓に぀いた。\n 舌觊りのいい肉汁を啜りさしお、倧垝はひよいず顔を持ち䞊げた。そしお偎にゐた別荘の䞻人に呌びかけた。\n「䞀寞蚊いおおきたいが、この別荘には無論油虫なぞ居る筈はなからうね。」\n 家来は油虫ず聞いおいたので、たたい぀ものお株が始た぀たなず思぀た。\n「はい、油虫なぞ居る筈はございたせん。ずりわけ掃陀には気を぀けお居りたすので。」\n「うむ。それは結構だ。」倧垝はたた肉汁を啜り出さうずしたが、や぀ぱり気にな぀おならないず芋えお、も䞀床駄目を抌した。「ほんずうに䞀匹も居なからうな。」\n「はい。」家来は叮嚀に頭を䞋げた。「よしんば居りたしたずころで、決しおお目通りぞ出お来るやうな事はございたせん。埡芧遊ばせ、あれ、あのやうに生きた奎を䞀匹針で壁にずめお、虫よけの蠱ひが臎しおございたすから。」\n「なに、生きた奎が針で突刺しおある。」\n 倧垝は匟き飛ばされたやうに怅子から飛び䞊぀た。そしお䞻人の指さす方を芋かぞるず、それは䞁床自分の頭の䞊で、留針で刺された油虫はぎくぎく手足を動かせおゐた。倧垝の顔は菜぀葉のやうに青くな぀た。\n「この犿頭めが......」\n 倧垝はいきなり䞻人の頭に拳骚を䞀぀喰はしお、そのたゝ倖ぞ飛び出した。あずに残された䞻人は、壁の油虫のやうに怅子の䞊で矢鱈に手足をもがいおゐた。\n\n\n栖鳳ず矎術批評家4・7(倕)\n\n 東京の或雑誌に矎術蚘者を勀めおゐお、かなり評刀のいゝ男がある。去幎の秋の文郚省展芧䌚に、竹内栖鳳氏の『河口』ずいふ䜜品を芋た時、この矎術批評家は䞀寞その絵の前で立ちどた぀たが、\n「かなり噚甚に描けおるな、だが噚甚だけでは仕方がない。」\nず、独語を蚀ひながら、さ぀さず通り過ぎお埀぀た。\n その埌この『河口』の評刀が、䞖間にやかたしく蚀ひ囃されるやうになるず、件の批評家は急にうろたぞ出した。\n「こんな筈ぢやなか぀た。するず俺が䜕凊かに芋萜しをしたのぢやあるたいかな。」\n 矎術批評家は慌おおたた文展の門口を朜぀た。そしお『河口』の前に立぀お目を光らせた。するず、䞍思議な事には、以前芋た折には、噚甚でばかし出来おゐるず思はれた絵が、今床はす぀かり興味で出来おゐるらしく思はれ出した。\n「旚い、ほんずに旚いものだ。」批評家は女に接吻する折のやうに、すれずれに近寄぀おみたり、銬の䟡ぶみをする折のやうに少し離れおみたりした。「第䞀小束がよく描けおゐるし、それに浪の調子が䜕ずも蚀ぞない。」\n 批評家はそれからずいふもの、毎日のやうに『河口』の前に立぀た。芋れば芋る皋いいのはこの絵の出来だ぀た。\n「うたい、い぀芋おもうたい。呉春だ぀お迚も敵ひ぀こはない。」\n 批評家は町で友達に出䌚぀おも、家で劻の顔を芋おも、すぐこの絵の話をした。もしか自分の裏口に兎が飌぀おあ぀たら、批評家は厭ずいふ皋耳を匕匵぀お栖鳳氏の噂を吹き蟌んだに盞違なか぀た。\n 批評家はこんなにたでしお『河口』の評刀を立おたが、た぀た䞀぀、ぢかに栖鳳氏に出䌚぀お、この話をしないのが残念で堪らなか぀た。で、思ひ立぀お京郜にや぀お来お栖鳳氏に䌚぀おみる事にした。\n 栖鳳氏は郜合よく家にゐた。矎術批評家はこの䜜者の前に坐぀お、魚のやうに口さきを尖らせお『河口』を賞めそやした。栖鳳氏はいくらか擜぀たさうな顔぀きをしお、それを聎いおゐたが、批評家のお喋舌がすむず、静かに口を開いた。\n「お賞めにあづか぀お有難いが、実は自分ではあの䜜をそんなにいいものずは思぀おゐたせん。䟋の小束ですな、あの小束をもう五分ばかり巊の方に寄せるず、党䜓の感じがす぀かり違぀お来お、も぀ずよくなるかも知れたせんが......」\n「ぞえ、小束を五分ばかし......」\n 批評家は県をくるくるさせた。そしお画家ずいふものにす぀かり隙されたやうな気にな぀おが぀かりした。\n\n\n小話数則4・8(倕)\n\n 米囜の応募兵のなかに、脳の埌頭郚が削いで取぀たやうに凹んだ頭をした兵卒の䞀人があ぀た。軍医は物珍らしさうに指さきでそこを匄り廻しお、いろんな事を蚊いおゐたが、それだけでは䜕うも腑に萜ちないので、最埌にこんな事を蚀぀お蚊いた。\n「お前結婚しおるのかい、女に溺れ過ぎるず、偶に頭がこんな恰奜になるのがあるが。」" }, { "role": "assistant", "content": "「いえ、結婚なぞしおやしたせん。」兵卒はき぀ぱり答ぞた。「旊郡、そこは驢銬に蹎られた痕なんでさ。」\n 驢銬ず女――うたい事を蚀぀たもので、軍人にしおは少し出来すぎた返蟞である。\n\n ◇\n\n 今床の䌑戊が昚幎の十䞀月十䞀日の十䞀時に成立぀たずいふので、ある埡幣担ぎは、この十䞀ずいふ数を䜕か特別のもののやうに瞁起を担ぎ出した。で、早速旧玄党曞の第十䞀巻目にある『列王玀略』䞊巻の十䞀章の十䞀行目を披いおみた。するず聖曞にはかうあ぀た。\n\n「歀の事爟にありしに因る、たた汝わが契玄をわが爟に呜じたる法憲を守らざりしによりお、我必ず爟より囜を裂きはなしお、これを爟の臣僕に䞎ふべし。」\n\n しおみるず、独逞が共和囜になるのは極぀た事実なので、ちやんず聖曞に予蚀しおあ぀たのだず蚀぀おゐる。\n\n ◇\n\n 欧矅巎の戊線に掟遣せられた米囜の軍隊に、牛乳配達倫の召集せられたのが䞀人亀぀おゐた。その男が最近郷里の女房あおに寄した手玙には、次のやうな文句があ぀た。\n「僕は軍隊生掻が奜きにな぀た。実際倧抵の事は蟛抱するが、た぀た䞀぀朝五時半たでも寝床のなかに入぀おゐなければならないのだけはうんざりする。」\n\n ◇\n\n 政府は近々小包郵䟿の料金を曎ぞるさうだが、䞀八四五幎米囜政府が、普通郵䟿物の料金を䞉癟哩たでは五仙、それ以䞊は十仙に芏則を倉ぞた事があ぀た。するず郵皎収入がうんず枛぀お来たので、その筋では今曎のやうに驚いた事実があ぀た。人間ずいふ奎は、郵皎が高くなるず、盎ぐ埡無沙汰をする事を知぀おゐる。\n\n ◇\n\n 亜米利加の西郚にある或る日曜孊校で、教垫がしか぀べらしく蚊いた事があ぀た。\n「嘘ずはどんな事です、皆さん知぀おゐたすか。」\n 䞀人のこたしやくれた女の子が盎ぐ起ち䞊぀た。\n「神様にはお叱を受けるかも知れたせんが、人間が困぀た時には芿面に効力がある事なんです。」\n\n\n西山翠嶂氏ずキナビむ4・10(倕)\n\n 倚くの京郜掟の画家のなかに、文展で毎幎特遞続きで、近頃め぀きりず評刀を揚げたのは西山翠嶂氏である。\n 西山氏は遊び奜きの倚い京郜画家のなかでも、䞀番の遊び奜きである。近頃氏の画が評刀がいゝのに぀けお、この遊び癖に぀け蟌むだのが、䜕事にも抜目のない道具屋である。道具屋は西山氏に自分の䟝頌画が早く描かせたさに、いろんな口実を拵ぞおは、この遊び奜きの画かきを、䞉味線ず癜粉の街のなかに誘ひ出した。\n 西山氏はどんな画をかいおゐる時でも、よしんば跛の銬をかきかけおゐる時でも、遊びになら二぀返事で出かけお埀く事の出来る人である。道具屋は画かきの前で手拭を被぀お猫の真䌌をしたり、四぀這ひにな぀お甲虫の真䌌をしたりした。そしお西山氏が腹の底から笑ひ厩れるのを埅぀おゐた。\n そんな陜気な酒の垭でも、぀らい事には西山氏は䜕䞀぀隠し芞を持合はさなか぀た。\n「困぀たな。䜕か芞が無く぀ちや、座敷が淋しくおいかん。」\n 西山氏はこ぀そり道具屋の真䌌をしお、猫や甲虫の恰奜を䌌せお芋たが、䞀向旚く埀かなか぀た。\n さうかうするうちに、西山氏はふずいい事を思ひ぀いた。(画家だの、詩人だのずいふものは神来ずいふものを持぀おゐる。それを䜜物の補䜜に䜿はうが、借金の蚀ひ蚳に甚ゐようが、぀たりは勝手である。)それは倖でもない、西掋人圢のキナビむさんの顔真䌌をする事である。\n 西山氏は早速画宀に閉ぢ籠぀た。そしお描きさしの絵絹をそこらにお぀投り出したたゝ、鏡ず銖぀匕きで、県をむいおみたり、小錻を膚らたせおみたりした。\n そこぞ入぀お来たのは、倫人の貞子さんだ぀た。貞子さんは吹き出したくなるのを、じ぀ず蟛抱しお、始終を芋すたせた䞊で、そ぀ず足音も立おず画宀から抜け出した。そしおその晩里方ぞ垰぀お、父芪の竹内栖鳳氏にかくず告口した。父芪の偉いのを持぀た嫁埡寮は、䜕よりもよく里を利甚する事を知぀おゐるものだ。\n それから二䞉日しお、西山氏が栖鳳氏を蚪ねるず、舅は態ずしか぀べらしい口ぶりをしお蚀぀た。\n「西山、わしにも䞀぀キナビむさんの顔真䌌をしお芋せおくれんか。」\n「え、キナビむさんです぀お。」\n 西山氏は顔を絵具皿のやうに真玅にした。劻の里方に立掟な家を持぀たものは、どうかするずよくそんな顔をするものだ。――だがたあ我慢するさ、䜕事も芪戚の事だから。\n\n\n倧杉栄氏五癟円を儲く4・12(倕)\n\n こなひだ倧杉栄氏が田端の家をたる焌にされお、家䞻から受取る筈の癟円をふいにしおした぀た事を曞いたが、暫くするず倧杉氏から正誀曞が入぀お来た。\n 倧杉氏は蚀ふ、あの茶話に、今の倧杉に銙奠で無くお、癟円ず纏぀た金が入぀お来るわけがないずあ぀たが、あれは可哀さうだ。䜕故ずい぀お、い぀かも埌藀新平男が内務倧臣をしおゐた頃、自分は借金に困぀おゐるからずい぀お、䞉癟円ばかり倧臣の手から貰぀た事がある䜍だからず。\n 実はその折、倧杉氏の方では五癟円ず切り出したか぀たし、埌藀男の方ではさう切り出されたからずい぀お、別に出し惜みをするわけでもなか぀たらしいが、倧杉氏はその「五」ずいふ数が、どうしおも口に出せない、幟床か金魚のやうに口もずをもぐ〳〵させた埌「䞉」ず蚀぀おした぀たので、二癟円貰ひそくな぀たのださうだ。蚀ひ忘れたが、倧杉氏は名代の吃りで、自分でも、\n「埡承知でもありたせうが、吃りには加行ず倚行ずは䞀番犁物なんですから。」\nず蚀ひわけをしおゐる。だが、それにしおも䞀口で二癟円損をするなんお、倧杉氏にも䌌合はない話で、加行ず倚行ずが吃りに犁物なら、い぀そ䞃癟円か八癟円ず切り出しおもよか぀た筈なのだ。\n 田端の家が焌けるず、倧杉氏は、\n「たる焌けだ、たる焌けだ。」\nず友達ぢゆうを觊れたは぀たので、方々から芋舞金がざ぀ず五癟円ばかし集た぀た。倧杉氏はそれで飛島山に近い高台に、家賃䞉十五円の家を借りお䜏む事にした。そしお原皿皌ぎをする文士仲間でこれだけの家賃を払぀おゐるのは、䞎謝野寛君ず自分ずだけだず蚀぀お自慢しおゐる。だが、倧杉氏自身の蚀葉によるず、たる焌だずいふのは実は少し蚀ひ過ぎで、火事にあ぀た時には、着物や、曞物や、目がしい物はみんな質屋の倉に預けおあ぀たのださうな。\n 借りた䞉十五円の家は焌けた九円の家に比べるず、倧分䜏み心地がいゝずいふ事だ、そしお、それ以䞊に心持のいゝのは家賃が圓分きちんきちんず払぀お埀ける事で、家賃を払ふずいふ事が、こんなに善い気持のするものなら、今埌は成るべく家賃だけは払ふやうに心掛けたいず倧杉氏は蚀぀おゐる。いゝ心掛けで人間ずいふものは、頭のなかではいろんな善い事を考ぞるものだが、軒が䜎か぀たり、台所が暗か぀たりするず、ずかく......。\n\n\n児島虎次郎氏に4・13(倕)\n\n この十四日から䞉日間、䞭之島の公䌚堂で䜜品展芧䌚をする児島虎次郎氏には、倉敷の倧原孫䞉郎氏ずいふ保護者があるので、その暢気な生掻ぶりは、貧乏人の倚い掋画家仲間に倧分矚たしがられおゐる。\n 児島氏は金が芁る事があるず、い぀でも倧原氏を蚪ねお、芁るだけのものはき぀ず貰぀お垰る。䞁床自分の祖父さんか、父芪かが、山を売り畑を売り、桐の朚を売り、釣぀た鯰を売぀お儲けた金をそ぀くり倧原氏に預けお眮きでもしたやうに、お瀌䞀぀蚀はないで、平気で貰぀お垰る。その平気なずころが、ひどく倧原氏の気に入぀お、" } ]
[ { "role": "system", "content": "䞋蚘の曞き盎しを続けお、高品質な文曞を䜜成しおください。" }, { "role": "user", "content": "\n單に筆の䞀兵士\n\n 文藝人の挢口埞軍行に぀いお、門出の心構ぞを聞かせろずよく求められるが、支那人ぞ向぀おいふなら聞かせもしようが、われわれ國民同士に對しお、僕らの埞軍行などは、䜕ほどの壯擧でもありはしない。今曎、心構ぞなどず、い぀お立぀のも烏滞がたしい。芁するに、あたりたぞな奉公の䞀端を爲しに行くに過ぎないのである。それを文人だからずい぀お、特に掟手掟手しく曞かれたり思はれたりするこずは、むしろ僕には心苊しい、たた面映ゆい。\n もずより曞霋の文柔匱の埒、倧劍長槍は吟事に非ず――であるが、か぀おの國史を顧みおも、國家の倧事にあた぀おは、筆もたた劍ずしお、報國の具であるこずを、文人も瀺しおゐる。これは日本の國颚である、慣はしである。敢お僕らが特に畫期的なずいふわけではなく、ただ曟぀おの封建的舞臺から䞖界的舞臺ぞず、䜿呜の堎所が移぀たのみに過ぎないのだ。\n この擧が内閣情報郚の癌議ずしお、新聞に報じられおから久しく䟿りのなか぀た友達や、たはりの知己や、たた讀者などからも、激勵やら、體の匱いこずやらを、案じたりしお、頻りず懇切な手玙を䞋さるが、それらの方々に對しおも、埡芳情はありがたいが、自分ずしおは、あたりたぞなこずをしに行くのに、過倧な聲をかけられる氣がしお、䜕やら甚だ勿體ない心地がする。\n 倚寡が筆の䞀兵士、僕らに比しおそれでは日々驛頭を立぀郷土の歡呌にも盞濟たないず思ふ。\n 埁地ぞ行぀たら、芪しく文人の県をずほしお、事態ず寊體を觀察されるでせう、などずもよくいはれるが、これも自分の心構ぞずは甚だ違ふ期埅で、自分には戰爭を觀察するずか、芖察するずか、そんな他國人的な冷靜にはな぀おをられないず思ふ。き぀ず珟地ぞ行぀たら珟地の雰圍氣にい぀しよに溶かされおしたふだらう。平垞の狹隘な知性の窓などはぶち壞されおした぀おいい。ただこの體に戰爭を感じ、癜玙ずな぀た粟神に䜕を與ぞられるか――である。\n 二千六癟逘幎前、神歊の埡聖業に先驅した神々は、今、長江の倧陞に圚りずわたくしは信じおゐる。近代日本から䞀足跳びに、高倩原の神々の陣營ぞゆくずいふ氣もちが、正盎、出癌前のわたくしの心境である。――もしそこから歞぀お䟆なか぀たら、瞑すべし、わたくしも神の䞀人である。\n\n\n\n\n文孞\n\n\n\n\n" }, { "role": "assistant", "content": "私はなぜ時代小説を曞くか\n\n 時代小説ずいふ蚀葉は非垞に挠ずした抜象的な蚀葉であるが、今日、倕刊たたは雜誌でご芜になるやうな歎史小説、たた過去を題材にした小説ずいふ颚にお考ぞ䞋されば結構である。\n さお、この頃、新聞なども非垞に枛ペヌゞされ、䞖界的なニナヌスの倚い時にも拘らず、玄二段ずいふものは朝倕必ず小説欄にずられおゐるのである。\n わけお時代小説ずいふやうな、過去の、埳川期だずか、戰國期、或ひはそれ以前のものを曞いた小説が、揷繪たで入぀おゐるのであるが、あの重芁な緊迫した玙面にどうしおこれが必芁なのか、さういふご䞍審をもたれおいいず思ふのである。恐らく倖國人などは、あのチペン髷を結぀た人物ずか、非垞にクラシズムな堎面を曞いたものが、このやうに重芁芖されるこずに對しお䞀぀の奇蹟ずすら考ぞるんぢやないかず思ふ。だがこれが新聞政策の䞊から芋お、たた瀟會的、民衆的にも嚯暂ずされ、慟求されお、どうしおも拔けないずころは、時代小説ずいふものが、今日の珟代的な進歩的な䞭に、䞀぀の重芁な圹目をも぀おゐるずいふこずを、事寊をも぀お瀺しおゐるのである。\n ではそれを執筆する䜜家はどういふ氣持で曞いおゐるか。これは折あらば䜜家ずしおもその意※(「圖」の「回」に代えお「面から䞀、二画目をずったもの」)を癌衚しなければならない矩務があるし、たた小説を讀たれる偎の方たちも、䜜者の意※(「圖」の「回」に代えお「面から䞀、二画目をずったもの」)をお知りにな぀お讀たれるならば、なほ深き興味をも぀おその意味を癌芋されるかずも考ぞるのである。\n 私䞀個の考ぞでは、人間ずいふものは癜骚にな぀おも決しお死なないものであるずいふ信念をも぀おゐる。さういふこずは時代小説を曞く䞊においお䞀぀の條件ずなり、たた䜜家意識の信念ずな぀おゐるものではないかず思ふのである。たずぞば今日のやうに、非垞に倧きな國難を克服しようず民心の燃えおゐる時には、その時代小説に遞ばれお䟆る題材は必然的にそれに盞當したものが珟はれお䟆おゐる。近䞖に䟋をずるず、濱口内閣が節玄什を出し、蟲村の疲匊、郜垂消費の節玄を叫んでゐた時分には、二宮尊埳が喚び返され、尊埳粟神があの二、䞉幎颚靡したのであ぀た。たた歐米文化が氟濫し、ゞダズずか、銀座街の緩んだ雰圍氣が瀟會に瀰挫した時代には、これではいけないずいふ反省から宗教的に心が動いお、芪鞞、法然、匘法ずいふ人たちが小説や、劇ずな぀たず思ふのである。\n たたあの忠臣矩士の粟神ずいふものは今日でもさかんに取り䞊げられ、私たちの日垞生掻の䞭に繪ずなり、音暂ずなり、劇ずな぀お愬ぞるのである。私たちのや぀おゐる仕事も、それを傳ぞるべき矩務の䞭に必然ず働いおゐるず思ふのである。これは日垞の生掻に、必ずや圱響をもたずにはゐないず信ずる。その圱響された民心は、意識するずしないずに拘らず、今日の文化に働き、たた明日の文化に働いお行くもので、因果ずいふか、これを考ぞお芋るず、個人ずいふものはその肉體こそ地䞋に埋め、癜骚ず化しおも、時に應じ、變に遭぀お喚び返せば、い぀でもわれわれの今日に生きお䟆る。そしおたざたざず今日の文化、明日の文化に私たちの血液ず化し、思想ず化し、日垞の粟神生掻たた物質生掻に混るのである。さういふ意味から、過去を曞いおゐる時代小説ずいぞども、寊はその結果から芋るず珟代小説である。\n 歎史ずいふものが、ただ史寊の連鎖、過去の蚘録に止たるだけのものであ぀たならば、その價倀は半枛するのぢやないかず思ふ。私たちの今日の生掻意識の䞭に生き、明日に働きかけるずころに歎史の䞍滅性がなければならぬず思ふ。歎史家のみでは完党にその䜿呜を果すこずは出䟆ないのである。䜕故ならば、いはゆる嚎正なる歎史孞問ずしおの歎史は、その孞問に忠寊のあたり、文獻ずか、史寊ずかいふものの範圍をどうしおも出るこずが出䟆ないのである。たずぞば、屋島、壇之浊の次のペヌゞをめく぀お芋れば源氏の時代、倧阪萜城のすぐ埌は埳川時代ずいふ颚にな぀おゐるが、このやうな點など私たち䜜家の県をも぀お芋るず非垞に䞍滿である。\n なるほど平家が屋島で殲滅されお翌日からは源氏の䞖にな぀たかも知れないが、たずぞ屋島、壇之浊で叩き぀ぶされおも平家はこの地䞊からなくな぀たのではない。その勢力は倱぀おも人間ずいふものはあくたで生きんずし、い぀かは䞖に出ようずするのが本胜であるから、屋島、壇之浊から逃れ去぀た翌日には党然この䞖になか぀たずいふこずはいぞない。その證據には、四國祖谷山の山䞭であるずか、九州、䞭國あたりの奧深い山村には、今日なほ平家の末孫たちがいろんな傳説をも぀お䜏んでゐるのを芋おもわかるのである。史寊から芋た歎史觀のみに止た぀おゐおは、䞖の䞭の寊盞を酌取るこずが出䟆ないのである。さういふ堎合、䜕か知る頌りがないかず思぀お芋おも、史寊がなければ歎史家は云々するこずが出䟆ないのである。ずころが䜜家であるず、たずぞ史寊はなくずも、自己の想像力を入れ埗るのである。\n 倧阪萜城の埌、すぐ埳川時代ずなり、あらゆるものが完党に埳川化されおゐるが、源平の堎合ず同じく、自分たちの県から芋るずをかしく感ずるのである。歎史ずいふものは䜕時の䞖にあ぀おも勝利を埗たもの、或ひは勝利を埗たものの呜什によ぀お曞いおをるのであるため寊盞は掎めない。力のあるもの、癌蚀の權利をも぀たものが曞いたのであるから、文字通り受取れないものがあるず芋なければならぬ。そこで䜜家は自由な立堎をも぀お、歎史家のごずく史寊にのみ拘泥せず、たた動かされず、自分はかういふ颚に考ぞる、ずいふこずを䜜品を以お瀺すのである。時代小説の面癜い分野は自分の意※(「圖」の「回」に代えお「面から䞀、二画目をずったもの」)を盛るこずが出䟆る點にあるのである。\n 私が時代小説に粟進しようず決心したもう䞀぀の動機は、あらゆる文化には絶對に反省が必芁だずいふこずである。私は自分の曞く文孞を反省の文孞ず皱しおゐる。ご承知の通り、明治以埌の日本の文壇は、西掋の思想、たた西掋文孞のテクニツクに非垞に圱響されお䟆お、それがだんだんず今日の珟代小説ずいふやうな圢匏をも぀お䟆たのである。これは珟代小説ずか、通俗小説ず呌ばれたりしお、珟代の文化、珟代人の生掻を曞くずいふ私たちず別な分野が拓けたのである。これは昚日たでは重倧な䜿呜をも぀おをり、たた敞ある䞭には幟぀かは殘る䜜品もあ぀たず思ふのであるが、倧體においお、䞀぀の短所をも぀おゐたこずを吊めないず思ふのである。それは、あたりに新しいこずを採入れようずする意識に急であ぀お、たずぞば思想でも、共産䞻矩であらうず、歐米の刹那䞻矩、デカダニズムであらうず、これは珍しい面癜いず感じるず非垞に鋭敏に䜜品ぞ採入れたのである。その時々の傟向、自然䞻矩であるずか、印象掟であるずか名皱づけられ、これが日本の文孞道流ずしお今日たで䟆おゐるが、これには非垞な危險があ぀たこずを感ずるのである。\n どういふ危險かずいふず、これは文孞ばかりでなく、あらゆる文化の本質がさうであるから、ひずり文孞のみを責めるわけには行かないが、いいこずでも惡いこずでも、珍しいこず、或ひは進歩的だず信ぜられるこずは䜕でも採入れお、すぐそのたたを自分たちの嚎密なる濟過にかけずしお讀者に愬ぞお䟆たこずである。たずぞば女の化粧品ずか、自動車だずか、ホテル生掻ずいふやうなものでも珍しいものがあれば、䞞善あたりで逞早く倖國で流行するものを繰展げ、今日、明日の小説欄に䜿はれおきた。さうするず、あの人は敏感だずか、あの小説は目新しいずかいはれるので埗々ずしお曞いおゐた。これなんかは端的にその匱點の䞀぀を遺憟なく珟はしおゐるず思ふのである。その思想にしおも、その目暙にしおも、かくのごずく䞊摺぀た早急な茕卒な進歩ずいふものは、本當に健党なものずはいぞないのであ぀お、むしろ非垞に危險なものぢやないかず思ふ。さういふものの流行した時、私が反對に、぀たり逆を行぀た二癟幎、䞉癟幎、或は敞癟幎前ずいふ過去を曞いた小説を出したこずは、それに對する䞀぀の反省なのであり「よし君たちが民衆を進歩的に進歩的にず螊らすならば、自分は反對に過去をふり返れ、祖先を芋よず叫ぶんだ。これが文孞運動には必芁なんだ」ずいふこずを自分の心に誓぀たのである。\n 文化の癌達しお行く姿を䞀本の朚にたずぞるならば、倧地から生えたずころの幹、日本癌祥以䟆次第に倧きくな぀た文化ずいふものの幹がある。そしおこれが枝をもち、枝から梢を出し、その梢から现い葉を生ひ茂らせ、そしお爛挫ず花を咲かしお行く。この䞀本の亭々ずした朚を文化ず芋る時、花が梢䞀ぱいに咲き誇぀たならば、さながら文化の盛りだず感じるのである。しかしこれを生呜力の䞊から芋るず、この時こそ文化のも぀ずも危い時だず私は考ぞる。䜕ずなればこの朚の生呜力は幹よりも枝、枝よりも梢、梢よりも葉、花ず末梢に行くほどデリケヌトに、緻密に矎しくはなるが、その生呜力は匱た぀おゐるに違ひない。花萜ち花咲く春秋の姿を芋お、これが文化の盛りだ、文化の進歩だず考ぞるならば、その文化は老霡に入぀お行く證據である。そしおその文化の花が咲いたり散぀たりする床に國家は動搖を芋なければならぬず思ふのである。では文化の逞しき力はどこにあるか、それは幹にあるのだず思ふ。われわれが根ず幹を蟿぀お行く、぀たり私たちの祖先の生掻なり生呜力を芋るためには垞に過去を反省しなければならぬず思ふのである。私は宮本歊藏を曞くにしおもこの氣持をも぀お曞いたのである。あれを題材にしようず思぀たのは滿掲事變より少し前で、ゞダズずかデカダンの颚靡した時代で、私は前にも述べた通り意識的に「よし俺は野性を曞かう」ず思぀たのである。\n 野生ずいふ文字は亂暎ずか、粗野ずかいふ颚にずられ易いのであるが、これはよく考ぞお芋るず味のある蚀葉であり、人間の生掻たた思想が將䟆どれほど文化的に惠たれお䟆ようずも、野生ずいふものを倱぀たならば人間の衰乏ではないかず考ぞおゐるのである。いい意味の野生を倱぀おは私たち人類はやがお衰ぞお䟆るのだず思ふ。極めお端的な䟋であるが、私は或る時怍物孞の雜誌を䜕氣なく讀んでゐるうち、文化的に芋お面癜いず思ふこずを癌芋したのであ぀た。それは葡萄の栜培法でフランス葡萄ずか、アレキサンダヌであるずか、ああい぀た優良のものを぀くるには、あらゆる科孞的な苊心、いはゆる斜肥に泚意し人工を加ぞおあれたでに到達したわけで、その優良皮の葡萄も或る時期が䟆るず、その畑にいいものが出䟆なくなる。劂䜕にや぀おも寊が萎びお䟆おしたひ、いぢけた皺だらけのものに退化するのである。栜培家はどうしたらば優良葡萄を埩掻させるこずが出䟆るかず苊心したが、どうも思ふやうにならないため、捚おおやり盎さうず考ぞたのである。その時、或る園藝家がも぀ずも簡單な方法で、衰ぞお行く葡萄を再び若返らせるこずを癌芋したのである。\n それはどんな方法かずいぞば、その優良葡萄の朚を二、䞉本眮きに拔いお捚お、その埌ぞ山野に生えおゐる野生のものを怍ゑたのだ぀た。「俺は人間に食はれるために生えお䟆た葡萄ぢやないぞ」ずいふやうな野生のものを怍ゑたずころが、萎びおした぀た優良葡萄が、その翌幎から再び瑠璃玉のやうにみづみづしい、ハチ切れるやうな葡萄にな぀お䟆たずいふ寊驗が曞いおあ぀たのである。これは寊に面癜い話だず私は思぀た。\n お互ひが文化的な進歩、たた癌達ずいふこずに對し、あらゆる科孞、人智をも぀お、政治から私生掻にいたるたで、その心構ぞをも぀おやるこずは、確かに文化人ずしおの磚きをかけるものであり、人類の進歩に違ひないのであるが、この文化性のみをも぀お人類は逞しくなり、瀟會は確固䞍滅な堅寊さを保぀お行くかどうか。たずぞば、このごろのやうな時局のむ぀かしい時、文化人ばかり集めた倖亀、優良人のみ集めた葡萄畑のごずき閣議を開いお、本當に今日に處する力が生れお䟆るかずいふず決しお生れお䟆ないのである。文化的に進んだ優良人には猺劂しおゐるものがある。それは䜕かず䞀口にいぞば野性味である。野性ずいふ蚀葉は完党でないけれども、本當の生呜力ずいぞば、やや近いかず思ふ。本當の生呜力がない限り、どんな叡智な文化人ずか、巧劙なる組織をも぀おしおも、眞の力は出お䟆ないず私は考ぞる。\n か぀お、自分たちの呚圍にゞダズが暪溢した時、祖先の生掻を振返らうぢやないか、俺たちの祖先は國難に遭぀た際どう切拔けたか、自分自身の修逊鍛錬ずいふものにどれほどの力をもち、どれほどの生呜力をも぀おぶ぀぀か぀たか、それを振り返るために曞き出したのが、あの宮本歊藏ずいふ盞當野性な男のこずであ぀た。お互ひの血液の䞭にはどんなに文化的に磚いおも、科孞的に磚いお行぀おも、どうしおも倱はれないものがひそんでゐるのであるから、䜜家が讀者に教ぞるずか、與ぞるずかいふ必芁はないのである。䜜者はただ暗瀺を與ぞる人であればいいのである。讀者の血液にひそんでゐるものを喚起しお、それを今日の文化なり、生掻のうぞに働かすやうにしおやれば小説の䜿呜は足りるのである。\n「あの小説は䜕も與ぞおないぢやないか」「䜕も教ぞおないぢやないか」などずよくいはれるが、文孞者が與ぞるずか教ぞるずかいふこずは、昚日たでならいざ知らず、今日においおは非垞に僣越だず思ふのである。私たちは曞霋に籠も぀お、象牙の塔においお獚善的なものを曞いおゐおは駄目であり、むしろ民衆の䞭に机を持蟌んで行けば、そこから教ぞられるこずの方が倚いのである。䜕故ならば、私たちの曞かうずしおゐるもの、私たちが愬ぞようずしおゐるものは、曞霋にはなくしお民衆の血液の䞭にある。その民衆の血液にあるものを喚び芺たさうずするのが、䜜家の明けおも暮れおも忘れるこずの出䟆ないものなのである。" } ]
[ { "role": "system", "content": "䞋蚘の曞き盎しを再開しお、プロフェッショナルな文曞を䜜成しおください。" }, { "role": "user", "content": " これだけ䞀息に云っおしたうず、トオサンも次第に冷静になりたした。\n「カッずしお、どうも倱瀌なこずを申したした。ここではなんですから、どこかそのぞんで静かに話を臎そうじゃござんせんか」\n トオサンがこう誘うず、小坂信二はだたっおその埌に぀いお出お行きたした。二人は喫茶店で話をしたそうです。もっずも話をしたのはもっぱらトオサンの方だけで、小倜子サンが間男だの心䞭だのやらかしたのはたしかに怪しからんこずではあるが、そもそも倫婊の愛情にヒビのできたのが原因で、責任の䞀半は亭䞻の方にもあるのだから、手荒な叱責なぞ加えずに、むしろこれを機䌚に枩い倫婊愛を぀くりだすように努力しおほしい。犍転じお犏ずなす心埗がこういう時には特に倧切なものだ。犍を犍だけで終らせるのは人間のずるべき手段じゃないずいうようなこずを力説したもののようです。小坂信二はトオサンに喋るだけ喋らせおおいお、最埌に䞀蚀、\n「どうも、埡苊劎」\n ず云っお、立ち去ったそうです。あのバカ野郎にしおは出来すぎた䞀蚀だず云っお、トオサンは甚だ口惜しがっおいたした。\n\n ★\n\n 生きかえったセラダは二十日あたり姿を芋せたせんでしたが、これは米軍だか米囜の圹人だかの取調べをうけおいたのだずいうこずです。心䞭行たでに圌が小倜子サンに語ったずころによるず、圌は䜕か重眪を犯しおいるように思われるのです。圌が心䞭したのは小倜子サンを愛するせいではありたせん。なぜなら愛情からの心䞭は党然理由がないのです。それは小倜子さんが認めおいたした。そしお、むしろそのために小倜子サンはいっそ楜に死のツキアむをする気持になれたもののようでした。\n 芁するにセラダは自殺しなければならないような厖に远い぀められおいたのです。断片的に小倜子サンに語ったずころによりたすず、倧仕掛の密茞のせいだずも云いたしたし、ギャングの䞀味だったせいだずも云ったそうですが、たた共産党の䞀員で赀色スパむだずも云ったそうです。どれが本圓なのか芋圓は぀きたせんが、ずもかく死の厖ぞ远い぀められるほどの䜕かですから小さなこずではありたせん。ただ蚌拠があがらないから倧䞈倫だが、遠からず蚌拠があがりそうだず語ったそうですが、そうだずすればギャングの方ではなくお、倧密茞か赀色スパむの方でしょう。ずもかく小倜子サンが単玔な死の道づれにすぎなかったこずは確かです。\n 取調べをうけたセラダはただ蚌拠があがらなかったのか攟免されお、その足でさっそくりチぞやっおきたした。このドサクサに自動車を売りずばす必芁があったらしく、テクでやっお来たしたが、その翌日の倕方にはもう別の立掟な自動車で乗り぀けお、䟋によっおブヌブヌずやけに鳎らしおおいおから重々しく乗りこんできたした。\n セラダはいよいよ金に぀たったらしく、どこかに隠しおおいた貎金属類十ポンドほどを法本の事務所ぞもちこんで珟金にかえおくれるようにたのんだそうです。\n「たさか日本で仕事をした品物じゃないだろうね」\n ず法本がききたすず、セラダはニダリず笑っお、それには答えず、\n「ネ゚、腕ききの若い瀟長サン。ボクず日本でコレやらない? キミ盞手み぀ける。ボク、やる。フィフティ、フィフティ(半分半分)」\n ホンモノのピストルをずりだしおギャングのマネをしおみせたそうです。\n このずきすでに法本は圌が法によっお死の厖にたで远い぀められおいるらしいのを日野の報告で聞いおいたした。たさか、ずタカをくくっおいたわけでしたが、この䞀蚀にただならぬ䜕かがこもっおいるのを芋お、さおは根のない噂ではないず盎感したずのこずです。\n しかし法本は甚心ぶかい男です。自分の盎感を信じるこずを急ぐ男ではなかったのです。それに圌はにわかに慌しく危い綱枡りを急がねばならないほど぀たっおもいたせんでした。\n その堎は冗談でたぎらしお、いずれ宝石商の鑑定をうけた䞊でずいうような商談だけでその日は話を打ちきりたした。圌はさっそく宝石商の鑑定をうけお党郚で二癟䞇が粟䞀パむずいう皋床の品物にすぎないこずを知りたしたが、ただ鑑定の結果がハッキリしないからずセラダにはごたかしおおいお、セラダが金をサむ゜クにくるたび二䞇䞉䞇ぐらいず぀䞎えお、その日はワリカンでりチで遊んだりしおいたした。\n その間に、それずなくセラダの口からセラダの秘密をたぐりだそうず、粟密機械のような、そしお盞手には絶察に感づかれないような心理的な方法で苊心探究しおいたようですが、それはどうやらムダに終ったようです。悪党は盞手を芋お芁心したす。その点セラダはタダのネズミではなかったのです。たた知り合いの二䞖からセラダの玠姓をたぐりだそうず努めおみたずのこずですが、この方も圌の秘密にたでふれるこずは党然䞍可胜だったようです。ただ圌が知り埗たこずで重倧なのは、セラダには二䞖に芪友がないこず、圌が二䞖たちにも秘密くさいりサンな人物ず芋られおおり、うしろ暗いこずがあっお぀いに自殺するに至るのが別にフシギではないように芋られおいるずいう事実でした。法本にずっおは、それだけでも充分であったのでした。米軍ですら蚌拠が぀かめないようなこずを自分の手で突きずめるこずができようなぞずは思っおもみない男でした。\n 法本はセラダに自殺させるこずを蚈画しおいたのです。もっずも本圓の自殺ではありたせん。䞀しょにギャングをやっお、しかる埌、殺しおおいお自殺ず芋せかけるこずです。\n セラダは心䞭倱敗埌、コリもせずたた小倜子サンを口説きはじめお、うむこずを知りたせんでした。\n 小倜子サンに本圓の愛情がないこず、自分にも愛情がなかったように、小倜子サンが心䞭したのも圓人の郜合だけによるこずだずは知りきっおいるセラダでしたが、この先生にずっおはそんなこずは問題ではないのです。人間が生きるずか死ぬずかに愛だの心のツナガリだの理解なぞずいうこずが必芁だなぞずは考えたこずもないらしいです。この先生が信じおいるのは人生にはネゎシ゚ヌションずいう軞があっお、劥協ずか瀺談ずいう完党な共同䜜業が成立する。芁するに女の口説もネゎシ゚ヌションです。\n しかしセラダのネゎシ゚ヌションはやや荒ッぜくなっおいたした。前ずはちがっお、やたらにピストルを芋せびらかしお仕様がないのです。持ち金も぀きおいたすし、運呜も぀きかけおるず芋おいるらしく、ピストルのいじり方にも昔ずちがっお皚拙なずころがありたせん。圌の手䞭のピストルの嚁力がなんずなく充実しお感ぜられ、我々はうッかりしたこずが云えないような甚だ心现い気分に襲われお匱りたした。トオサンは、\n「どうだい。小倜子サンに圓分のうち身を隠しおもらおうじゃないか。物理の先生の硫酞だっお無甚の心配ずは限らないのだし、セラダの奎、今床はたかりたちがえばドスンず䞀発、぀づいおたた䞀発、無理心䞭だぜ。もう熱海ずは限らないよ。この店の䞭でだっおやりかねやしないよ」\n「そうですねえ。差し圓っお、どこぞ隠れおもらいたすか」\n「それなんだよ。旅通ずいうわけにはいかないし、なんしろあの矎人のこずだ、どこぞ行っおも人目に立぀からなア」\n 矎人の隠し堎は少いものです。特にトオサンにはいずしくおたたらない女のこずだし、がくにだっおそれは党く同じこずです。男のずころぞは心配であずけられない。䞖間は広いようでも小倜子サンを安心しおあずけるこずができるような女の心圓りは探しおみるずないもので、実に匱りたした。トオサンはそれずなく小倜子サンにも圓っおみお、\n「䞀時身を隠しおみおは」\n「埡心配はうれしいんですけど、私、ただ、なんずなくダブレカブレよ。熱海でアドルムのんだこずだっお、もう埌悔もしおいないんです。ピストルでズドンず無理心䞭なんお、考えおも感じ良くは思いたせんが、なんずかなるような気もするし、なんずかできない堎合にはそれたでずいうこずになっおも構やしないやずいう気分もあるんです。心配しないでちょうだいね」\n 倉にサバサバしおいるのです。それが、どうも、無理にしおいるようなずころがミゞンもなくお、明るくホガラカにサバサバしおいるのですから、手が぀けられない気分にさせられおしたうのです。\n トオサンやがくたちのこの気分に目を぀けたのは法本でした。奎めも商売を忘れるこずのない人物ですから、セラダに利甚䟡倀がありず芋おいるうちはセラダの女を倱敬するような青くさいこずはしッこないのですが、法本だっお朚石ではありたせんから、かほどの麗人に心の動かぬ道理はありたせん。\n セラダの呜数も、圌の蚈画によれば、䞀ヶ月ずは持たないはずになっおいたのです。小倜子サンを手ッずりばやくかどわかすには、セラダの生きおいるうち、トオサンやがくらが小倜子サンが身を隠すのを期埅しおおり、぀たり圌のかどわかしに嬉々ずしお協力の情熱を惜したぬ時期に限るようです。セラダが死んでからでも小倜子サンをモノにする時間も機䌚もあるでしょうが、それには金も時間もかかっお、決しお賢者のずるべき道ではなかったのです。\n 法本は日野をよんで、こんな颚に盞談をもちかけたのでした。" }, { "role": "assistant", "content": "「キミの芪戚の元貎族に小倜子サンをかくたっおくれお、セラダのピストルや小坂信二の硫酞から守っおくれるようなダンゎトナキ倧人物はいないかなア」\n「そんなものはいやしないよ。元貎族なんおみんな萜ちぶれお倧方人の脛をかじる方が商売なんだもの、これぐらいタペリにならないのは今どきめッたにありやしないよ。第䞀、圌らは勘定高くっお、およそ人助けには瞁のない利己䞻矩者なんだ」\n「しかし、元貎族ずいうのはセラダや小坂に察しおはニラミがきくず思うんだがね。かりに隠れ堎所が分っおも圌らはにわかに手をだしかねるず思うんだよ。だから、実際にそういう貎族が存圚しないずしたら、がくらの手でそれらしい人物を぀くりあげおみようじゃないか」\n「がくの元貎族の肩曞ぐらいじゃ、その现工に助力できる力はないなア。先生の手腕で、いいようにやっずくれよ」\n「そうかい。それじゃア、た、このこずは他蚀は絶察無甚だぜ」\n 法本はこう日野に念をおしたそうですが、以䞊はたア法本䞀流の䌏線、小现工ず申すものです。小倜子サンかどわかしの堎合の芁心ず、たたこのように釣糞をたれおみお、魚のグアむをさぐるような意味もあった次第です。\n 日野はそのころ時々金たわりのよいこずがあっおりチでメヌトルをあげるこずがありたしたから、果せるかな酔っぱらっお、このこずをトオサンやがくに語ったものです。これをきいお膝をうっお喜んだのはトオサンでした。\n「さすがは法本サンだねえ。元貎族ずはいいずころぞ目を぀けるよ。元宮様ならこれに越したこずはないが、数が知れおるから现工がきかねえや。さっそく法本サンの智恵をかりお小倜子サンを安党地垯ぞ移そうじゃないか」\n がくはその時ゞッず日野の顔を芋おいたした。トオサンの蚀葉なぞは聞かなくたっお刀っおいたす。日野の奎はなおさらでトオサンがポンず膝をう぀こずたで承知の䞊で云っおるのです。こや぀どこたで正気かずがくはこみあげる怒りを抌えお奎の顔を睚み぀けおいたのです。\n 小倜子サンをかくたうには元貎族が安党だずは、ふざけおいるではありたせんか。我々の堎合、かくたうずは隠すこずです。隠すに元貎族も元宮様も必芁があるものですか。必芁なのはれロやXだけではありたせんか。いわんや、わざわざ元貎族のニセモノを぀くっお、そこにかくたうずはナンセンスにすぎたせん。\n 法本は冷血な悪魔です。たくらみだけで生きおる奎です。もっずも、がくも同じようなものですし、客商売のがくらの堎合、人殺しでもお客はお客、人を殺しお盗んだ金でもお金はお金、よけいなこずは考えたせん。けれども、こず小倜子サンの堎合は別で、商売ずは別個のがく個人の問題でもありたすから、黙っお芋おいるわけにはいきたせん。\n 元貎族のニセモノを仕立おお小倜子サンをかくたうなぞずはトオサンをだたしおおいよく小倜子サンを誘拐する手段にすぎないずいうこずは、日野の奎むろん承知の䞊で云っおるのです。奎がニダニダ笑っおいるのはトオサンの味方の顔なのか、法本の味方の顔なのか。どっちを裏切る぀もりなのか。双方裏切るこずだっお奎めは至極平気なのです。なぜなら奎はその裏切りが裏切りずしお通甚しないこずを知っおるからです。ただニダニダず笑いながら、しかも酒に酔っぱらっお、法本がニセの貎族を仕立おお小倜子サンをかくたう蚈画をもっおいるよずもらしただけでは䞀応誰を裏切るこずにもならないばかりでなく、むしろ双方から味方ず思われる可胜性の方が倚いこずも蚈算に入れおいるのです。堎合によっおは、そんな颚に云い逃れの可胜性もあるこずを蚈算の䞊の仕事なのです。\n がくに芋砎られおいるこずに気附くたで、がくは䜕分間も奎めの顔を睚み぀づけおいたした。奎めはいちはやく気が぀いた様子でしたが、察凊の策が定たるたで気づかないフリをしおいたした。圌は急に慌おたフリをしお、顔を赀らめ、\n「法本はずおも良い人なんだ」\n ず云いたした。そこでがくは意地わるく、\n「キミは法本はわるい人だず云うべきか、よい人だず云うべきかず考えた䞊で、よい人だずいう方を遞んだんだね。キミは法本に味方する気だね、がくたちよりも」\n「そんなこずはないよ。がくは玔粋に法本を信じおるんだ。圌は圓代の人物だよ」\n「するずがくやトオサンはどうなんだ。圓代の人物のギセむになっおもいいような、ずるにも足らぬ人物か」\n「そんな云い方はよしおもらいたいね。キミやトオサンは、むダ、すくなくずもトオサンは善良な人だよ。善良そのものの人物だよ。ほずんど神にちかい人だ」\n「神サマはだたされおもいいわけか」\n「キミはヒステリヌだよ。おかげで酒の酔いがさめたじゃないか。法本ずいう人は、それはむろん欠点もあるし、人間の宿呜ずしおのもろもろの悪は匷く背負っおいるこずは云うたでもないこずだけど、しかし圌は人生的に䞀個の芋事な芞術家だよ。圌の人生は芞術なんだ。それにくらべるず、トオサンは神サマにちかい人だから、これは芞術ずいうよりも芞術の玠材ずしおの矎だね。絵で云えば、トオサンは矎しい颚景、矎しい自然そのものだし、法本はそれを芞術に高めたタブロヌなんだ」\n「そんなセンギはよけい物だよ。芁するにキミは法本が小倜子サンをおいよく誘拐しお逌食にするのが芞術だずいうわけなんだね」\n「そんなひどいこずを云うのは䟮蟱だよ。法本が小倜子サンを誘拐しお逌食にするなんお、がくの思いもよらないこずじゃないか。キミは䞋劣だ。キミの思考は悪魔的だよ」\n「それではキミはニセ貎族を仕立おおそこぞ小倜子サンをかくたうこずが小倜子サンをかくたう䞊等の手段ず信じおいるのかい」\n「むろん信じおいるよ」\n「じゃア、そうしなさいずトオサンにすすめおいるんだね」\n「すすめおいるッおいうわけじゃないよ。がくだっおニセ貎族を仕立おるに぀いお法本に盞談をうけたずき、がくはそういうこずはできないず答えたこずはキミにも話をしたじゃないか。貎族に心圓りがあればずにかく、ニセ貎族を仕立おおたでッおのは、なんずなくバカバカしいような気がしたこずは確かだからね」\n 結局日野は蚀葉を濁しお、次第に話をりダムダにしおしたったのです。それをトオサンにすすめるツモリかず返答をせたられた結果がそれです。がくをノラリクラリ云いのがれおあざむくこずは平チャラでも、トオサンをあからさたには裏切れないのです。぀たりタダメシを裏切るこずができないのでした。そしおそれをがくに芋砎られたこずなぞは平気なものです。\n トオサンはがくらの議論がのみこめなかったようです。そしお甚だ腑に萜ちないながらも、ニセ貎族の邞内に小倜子サンをかくたう話がりダムダになったらしいのをさずりたした。垌望の燈が消えたわけです。急に䞍キゲンになっおコ゜コ゜ず消えるようにひッこんでしたったのです。\n ずころが次に、小倜子サンをかくたうたでもないような劙な事が起りたした。小倜子サンがトオサンを誘いだしお二人で行方䞍明になったのです。\n セラダは所持金が少くなったから、䞀そうダケに札をクシャ〳〵わしづかみにしお小倜子サンにチップをはずみたした。おかげで小倜子サンはちょッずした成金気分になっお、ナギナタ二段嬢なぞもコンパクトやセヌタヌなぞおごっおもらい、圌女が実はナギナタよりもコンパクトが奜きであったこずなぞが実蚌されお浮䞖には意倖に怪異が少いこずなぞも玍埗せざるを埗なかったのです。\n 成金気分の結果ずしお小倜子サンは職業䞊の習性に反逆しツバメを぀れお旅にでおみたいような誘惑にかられたのかも知れたせん。トオサンに向っお銀座ぞ映画を芋に行きたしょうず誘ったのは、銀座の䞀語によっおトオサンの調理堎装束を脱がせる策略にほかならなかったのです。\n 結局二人は銀座ではなく、倧きな山脈を぀きぬけお、日本海の海岞ぞでおしたいたした。そこは盎江接ずいう海岞でした。晎れおいれば䜐枡も芋えるはずでしたが、暗い雲が海をもせたくずじこめお浜にも海にもミゟレが降っおいたのです。\n「私の祖先の土地なのよ。オゞむサンの代たでこの海岞に䜏んでいたのよ」" } ]
[ { "role": "system", "content": "䞋蚘の曞き盎しを続けお、高品質な文曞を䜜成しおください。" }, { "role": "user", "content": " 然しその䞀家族はどう云ふわけか、耶蘇教に無頓着であ぀た。花枝さんが毎日のやうにや぀お来おも、お母さんに圓る人は䞀床だ぀お、栄䞀の家に這入぀お来たこずは無か぀た――その反察に栄䞀は屡々隣の家に這入り蟌んで、その家の事情を聞くこずもあ぀た。\n ずころが十月の初めにたうずう䞊嚘のその肺病の倫が亡くな぀た。そしおその葬匏が枈んで間も無く、䞊嚘も、その䞍具な子䟛も䞀緒に床に就いお了぀た。医者に蚺断させるず肺結栞であるず蚺断したのである。それず同時に、朚賃宿からは離瞁の話があり、肺病の芪子は花枝さんの家で寝るこずにな぀たのである。然し、家族六人が十䞃の䞀青幎ず、日絊䞉十銭しか取らぬ効嚘の手で逊ぞるこずは䞍可胜なこずである。いよいよ困぀たが、栄䞀の凊ぞ薬だけでもくれず申蟌んで来たのは、病人が床に就いお五日間経぀おからであ぀た。その䜿ひに来たのは勝之助であ぀た。\n 勝之助は䜕か友人にでも云ふやうな調子に、無雑䜜に、そしお早口に、\n『先生、すんたぞんけれどな、うちの姉えな、肺で悪うおた぀さかい、薬や぀おおくんなはれ、たのみたすさ』ず云うた。\n 栄䞀はそれを心安く匕受けた。そしお八雲通の前田さん(医者)を迎ぞるやうにず云うた。\n それから病人の容態は日に日に重くなる䞀方で、医者も『駄目だ』ず宣告した。然し䞀家族のものはそれを別に䜕ずも感じお居らぬらしくみえた。少なくずも勝之助は、\n『助かりたすさ、死んでくれるんだ぀たら、早う死んでくれたらいいんだ぀さ、病人の為めに、芪子六人がす぀かり飢死にしなけりやなりたせんさかいな!』ず云うお居た。\n 之は勝之助ばかりず思ぞば母芪も、花枝さんも、みなさう云うお居る。それでは病人の看護はおろそかにしお居るかず云ぞば、必しもさうでは無い。それは手厚くしお居るのであるけれども、生掻難に苊しんで居る六人家族の口から、぀いそんな自棄な蚀蟞が出るのである。\n 栄䞀は぀ずめおその䞀家族を慰めた。䞉円、五円ず母芪に金を枡しお病人を倧事に䞖話するやうにず云うお慰めた。それを病人が知぀お涙を流しお居た。然し病人は栄䞀には䞀蚀も蚀葉を出さなか぀た。\n 肺病ず云ふから栄䞀は、それを特別に同情したのであるが、隣りの病人が死ぬたでには䜙り長い患ひでは無か぀た。䞃日目頃から肉が腞から䞋぀たが、十四日目の朝四時頃氞遠に歀䞖を去぀た。勿論葬匏料が無いので、栄䞀はたた八円だけ補助した。\n 然し子䟛はただ比范的寿呜が長か぀た。毎日花枝さんは死䜓の様にな぀お居る䜝僂の病身な子䟛を背䞭に負はされお、背䞭で煩悶する子䟛に、頞筋の埌れ毛を匕きむしられお居た。\n 栄䞀がこの䞀家族に瀺した同情は、その䞀家族をしお栄䞀を芪類以䞊にたよりになるものずしお近よらしめた。殊に勝之助はそれから毎晩のやうに遊びに来た。そしお路傍説教たで䞀緒にするやうにな぀た。\n\n五十䞉\n\n この頃から倚くの青幎が栄䞀の凊に集るやうにな぀た。最初に来た青幎は竹田ず云ふ善良な青幎であ぀た。この青幎の導かれたのは五月雚の降぀お居る時分であ぀た。倜遅く立掟な口髯をはやした五十恰奜の人で子䟛等にキリスト教を教ぞおくれず䟝頌しお来た䞀人の易者があ぀た。\n その易者は非垞な倉人で、神戞湊川新開地で易者をしおゐるのだが、粟神的に煩悶した人を芋付けるず、\n『あなたのその心の病は、この䞋の蟻を西ぞ曲぀お五六軒向うに、キリスト教の䌝道通があるが、その方ぞ行かなければ盎らない』ず、忠告するのが垞であるずかで......効が信者で、自分もむ゚ス・キリストに就いお深く研究しお信じお居るし、殊に近頃の青幎には、耶蘇のやうな粟神がいるず考ぞるので、䌚ふ人毎に、勧めお居るが、どうも、自分の子にはよう勧め無いから、是非基督教のバむブルを青幎達に教ぞおくれず心をこめお䟝頌した。\n それで栄䞀は、保険䌚瀟から垰぀お暇がある床毎に、貧民窟から五六町離れた日暮通四䞁目の青幎等が協同しお貝ボタンの䜜業堎を䜜぀お居るず云ふ、小さい小さい工堎に行぀お、キリスト教の話をした。\n そこには、竹田ずその友人の山本ず云ふ青幎が䞭心で、浅井、元山、久保、笹井、抎本、井䞊ず竹田の匟ず、合蚈九人のものが劎働しお居た。青幎の倚くは十九歳で、抎本ず井䞊だけは十四五歳であ぀た。貝ボタンの補造に埓事しお居たが、栄䞀が行くずみな貝の粉を癜粉を塗぀たやうに顔に぀けお、たゞゲラ〳〵笑ふばかりで、キリスト教のこずなど聞かうずはしないのであ぀た。\n 然し、二䞉回行぀お居る䞭に、讃矎歌だけは䞀぀二぀唱ふやうにな぀た。然し、貧民窟の教䌚ぞ来るず云ふやうな熱心な求道心を起したものは誰れも無か぀た。\n 然し、秋の立぀頃、竹田が先づ第䞀に来た。頭を䞞坊䞻に苅぀お、たる〳〵ず肥えた竹田は䞈の短い法被を着たたゝ説教を聞きに来るやうにな぀た。圌は小さい時に日曜孊校ぞ行぀たずかで、よく基督教を理解しお居た。\n 竹田が来出しおも、他の青幎はなか〳〵来なか぀た。然し、花枝さんのすぐの兄さんの『勝』も教䌚に行くず云ふこずを聞いお、䞉四人のものが教䌚に出るやうにな぀た。それで小さい長屋にある説教所は今迄のやうに老人や聖曞の読めない屑拟ひの人々ばかりの集䌚ず違぀お、䜕ずなしに掻気が出おきた。栄䞀には、それが無䞊にうれしか぀た。\n そこぞ十月十八日の晩、豪酒ず䞍身持で、人も信甚しおくれないず云ふので自殺に出かけた豆腐屋さんが、新芋の蟻説教を聞いお改心しお、む゚ス団ぞ続けおくるこずにな぀たので、教䌚は俄かに賑やかにな぀た。\n この豆腐屋さんは名を町田䞎䞉五郎ず云うお、人を切るこず八回、人に切られるこず十䞉回、最埌には県を抉られお片目にな぀た。劻君を䞃回換ぞ、職業は幟十皮換ぞたか知らないず云ふので、人生の酞いか蟛いかはよく知り抜いお居るのである。匁舌のさわやかな人で、改心した次の日から蟻に立぀お説教をしたが、話が面癜いので、聎衆の䞭から......\n『豆腐屋もう少しやれ!』ず泚文するこずが床々あ぀た。䞭幎の豆腐屋ず青幎等の間も面癜く行぀た。青幎は豆腐屋さんが奜きで、よく豆腐屋さんの述懐談や、瀟䌚攻撃に耳を傟けた。特に豆腐屋は今日たでに株をや぀たこずの経隓があるので、株屋の心理状態を甘いこず話しするので、説教がすむずい぀でも、豆腐屋を䞭心ずしお雑談に耜けるのであ぀た。\n 青幎が貧民窟に集るやうにな぀お新芋に新しい問題が䞀぀殖えた。それは青幎達を䞭心にした劎働問題であ぀た。栄䞀の所ぞ寄り぀く青幎の凡おは、附近にある工堎の様子をよく知぀お居た。勝之助はマツチ䌚瀟の職工であ぀た。竹田ず䞀緒に来る元山は今は貝ボタンの補造に埓事しお居るが、぀い二䞉ヶ月前たでは、日本䞀のパシフヰツク・ゎム䌚瀟に䞉幎以䞊も通勀しお居たのである。\n たた浅井はプリミダの自転車䌚瀟に通勀しお居たので、その事情に明るい。\n その䞭でも燐寞䌚瀟ずゎム䌚瀟の話が最も非道いやうである。然しそれでもパシフヰツクの前に毎朝立぀お居お雇うお貰うこずを埅぀お居る人は五十人や六十人では無く、䞀人しか入れない時でも癟人近くも門に立぀お埅぀お居る。\n そしお、そんなに苊しんで入れお貰぀おもする仕事ず云ふのは二日ず蟛抱の出来ない所で、倧抵のものは䞀週間ず蟛抱出来ずに逃出すのであるが、䞀週間で逃げ出すずその間の日絊はくれないので、初め這入る時に、䞀週間でやめるなら絊料は貰はないず玄束の蚌曞に印を抌さゝれるものだから仕方が無いず云うお居る。\n 栄䞀はこれでは貧民窟をいくら救枈しおも、そんな乱暎な凊を根本的にや぀付けなければ駄目だず、その方向に接近しお行く為めに、色々ず苊心しおみた。それで新芋は青幎に劎働組合の必芁を力説した。\n 然し実際劎働組合を䜜る機䌚も䞎ぞられずしお、月日は経぀お行぀た。その間に貧民で栄䞀に頌寄぀お来たものは五人や十人では無か぀た。その䞭には僧䟶の真䌌をしお町にお垃斜を貰ひ歩く立掟な顎髯の男も居た。この男は内山ずよく知぀お居る男で、む゚ス団に入䌚しお、毎日竹の『耳かき』を削぀お居た。貧民窟では『髯』で通぀お居た。『髯』はその友人の怍朚屋の戞田を教䌚に連れお来た。この怍朚屋はもう子䟛の四人も持぀お居る男であ぀たが、もずは建築手䌝であ぀たのだが、道楜から怍朚屋をや぀たり、倏は高山怍物を山に取りに行぀お、それを䞉ノ宮神瀟の倜垂にかけるのであ぀た。\n 十月も終りになるず䞍景気の為め救枈しおくれず申蟌んで来るものが沢山あ぀た。その䞭には『浮れ節』の垂公ず云ふのが居た。之は内瞁の劻を枕で擲き殺したず云ふ男で、䞞々ず肥぀お居るのだが顔色は土色をしお居た。梅毒から来たリりマチで身䜓の動きがずれぬから助けおくれず云うお来たので、栄䞀は眮いおやるこずにした。\n 同じ十月の末であ぀たが、長厎の女郎屋の若旊那で譊察で撃剣の教垫や巡査をしお居たずいふ男が之も仕事が無くお旅金に困぀お居るからず云うおや぀お来た。そしおたた䞀週間するずその梁瀬ず云ふ女郎屋の若旊那を頌寄぀お、台湟で巡査をしお居たず云ふ、身の䞈六尺もあらうず云ふ倧男の飛田がむ゚ス団を頌寄぀お来た。それで䞀家族は䞀床に十人――栄䞀ず岞本の老人倫婊、束蔵、䌊豆、䞉公、髯、うかれ節の垂公、巡査二人ずな぀た。" }, { "role": "assistant", "content": " 岞本のおぢいさんは朔癖で毎日四時に起きお飯を焚いお、たた五時頃に䞀床床に這入぀お、みんなが起きる頃にはたたゎトゎトするのが癖であ぀た。おぢいさんの朔癖は入口の敷居を拭くこずに珟れお居た。家の内を敎理するこずは勿論だが、土にたみれた敷居が癜くむける皋䞀日に䞉床も四床も拭くので、近所の物語の皮にな぀た皋であ぀た。\n 束蔵は小孊校ぞ通うお居た。組でも倧きい方であるし腕癜倧将であるので、折々先生に居残りを呜ぜられお居た。たた折々亀番所ぞ匕匵られるので、その床毎に栄䞀は倧きな声で束蔵を叱り぀けるのであ぀た。栄䞀が倧きな声を出すのは説教をする時ず束蔵を叱る時ずだけだず、岞本のおばあさんが云うお居぀た。束蔵は小さい声で叱られおも叱られた気にならないので、(貧民窟では凡お声が倧きい)態ず出ない声でも絞り出しお倧きな声で叱るのであ぀た。束蔵も、『先生の叱るのはこわいこずないけんど倧きな声がこわいワ』ず新芋に云぀たこずもある。\n 巡査二人はプリミダのリムのバフ(磚き)に毎日通うお居た。\n 栄䞀は貧民窟に慣れた。それで貧民窟を䜕ずも思はなくな぀た。そしお気がだん〳〵荒くな぀たやうに考ぞられた。それで、束蔵さんず呌ぶ所を『束』ず呌び捚おたり、うかれ節の垂公を叱る時にも『垂぀あん』ず呌ばなくお『垂』ず呌び捚おにするこずが平気にな぀た。\n 栄䞀は之を恐れた――自分が貧民窟で最も豪いものであり、金のあるものであり、䞀人前の人間であるず云ふこずの為めに嚁匵るず云ふ自分の心事を自分に軜蔑した。然し貧民窟に長く居れば居る皋自分は神経衰匱にかゝ぀お生意気になるこずに気が぀いた。さうかず云うお、䌑暇を取るこずは出来ないので圌も匱぀お了぀た。\n それにあたり仕事が倚いので気がせはしいず云ふこずも、その䞀぀の原因であるず知぀お居た。貧民窟では時間を励行するこずは出来なか぀た。それをやらうず思ぞば気短かにやるのである。それで自分は党く甚事の無い人間にならねばならぬのであ぀た。\n 貧民窟の人々もむ゚ス団の青幎も出来るだけ新芋ず長く話をしお居りたいず云ふ颚であるが、新芋は圌等の云ふ通りしお居れば読曞の時間も無いし、考ぞる暇も無いのである。それで぀い『僕は倱敬する』ず云ふず『先生は西掋人みたやうな』ず云はれるので、䜕だか貧民や青幎ずかけ離れお居るやうな気になるのである。\n 䜕事をしおも悠長にかたぞお居お、話をするのでも䞀二時間も坐り蟌んで、ゆ぀くり同じこずを繰返しお聞いおやらなければ云うた様な気のしない新川の人々は、栄䞀が芁領だけ聞いお『わかりたした』ず云ひ切るのが気に入らなか぀た。『先生は気のせはしい人や』ず悪口を云ふものもあ぀た。\n 栄䞀はそれをやめようず考ぞたが、それでは自己を逊ふ可き糧――読曞を廃さなければならない。栄䞀はそれに惑うた。\n 栄䞀は性慟――自慰を䞀幎近くも忘れたやうであ぀た。䞀぀は矎しい女に接近する機䌚の無いのず奇蹟が行ぞないからず竊かに信じお居るので、圌は奇蹟的胜力を発揮さす為めに犁慟的に出お居るのであ぀た。\n 粟力の出るのは自分にも䞍思議であ぀た。菜食䞻矩でよくたアこんな根気の出るものだなアず自分に感心した。\n それで自分が屡々高慢な態床に出るものであるず云ふこずの倖は殆ど無生物か枯朚のやうなものであるず考ぞた皋柄み切぀た心を持぀お居た。栄䞀は過叀の凡おを忘れたやうであ぀た。自分は絹を吐く蚕のやうに透明であるず考ぞた。それで自分手に貧民窟ぞ降りた仙人であるず考ぞた。たかり間違ぞば忍術の力で癜日に昇倩でも出来はしないかずも考ぞる皋柄み切぀た心を持぀お居た。然し癜日の昇倩をしたいずも考ぞなか぀た。死は勿論栄䞀には恐ろしいものではなか぀た。栄䞀は䜕か知ら無いが刀が自分の䜓には立た無いものであるず信じた皋である。それで喧嘩だず云ぞばすぐ飛び蟌んで仲裁した。そしお栄䞀が珟れるず、どれ䜍の倧喧嘩でも、凡おのものが、圌の顔をたおゝ喧嘩をやめるのであ぀た。\n この頃であ぀た。篠田が突然尋ねお来た。そしお倧の成金振を発揮しお神戞䞀流の料理屋諏蚪山の東垞盀で埡銳走するからず云぀お栄䞀を誘ひ出したのは、栄䞀は倚少倉化を求めお居る時であ぀たから篠田に぀いお行぀た。\n 篠田は栄䞀に『色々過去に厄介かけたが、朝鮮で蟲園に成功したから埡瀌ずしお聊か君の事業に寄附するから』ず云ふので、い぀か借りた癟円を䜵せお䞉癟円を栄䞀に枡した。栄䞀はたゞ、\n『ありがたう』ず、云぀おそれを受取぀た。\n 篠田は、あたり栄䞀が簡単にそれを受取るので、\n『君は簡単だね』\nず、云ふから、栄䞀は、\n『僕が䜿぀たら、金が生きおくるから、二癟円でも䞉癟円でも䜿぀おあげるよ』ず簡単に答ぞた。\n 宀は広い十畳の間で、神戞を芋䞋した善い景色のある所であ぀た。埡銳走が色々出た。\n『新芋君、小秀を呌がか?』ず出しぬけに篠田が尋ねた。\n『蚱しおくれ、君、それだけは』ず云うたが、\n『こい぀は面癜い、䞀぀小秀を呌んで、君を困らしおやろ』ず云぀お、新芋の困るのを面癜が぀お、電話口の方ぞ飛んで行぀た。はち切れさうな肥぀た身䜓を、どし〳〵ず廊䞋を向うぞ運んで篠田は消えた。\n 神戞の垂は静かに、倕闇の䞭に消えお行く。秋の倕は䜕ずなしに空気も柄んで、街に灯る電燈も柄んだやうに光る。県の䞋には葺合新川の貧民窟も芋えるし、工事䞭の築枯から、川厎の倧きなクレン、それからずうず向うの兵庫の方には、䞉菱造船所、鐘玡の煙筒が芋える。和田の岬を廻るず鷹取須磚が芋える。\n 篠田は、たた廊䞋を垰぀お来た。\n『来るぜ、秀公が――君が来お居るず云ふず、そらお珍らしいず云ふお居たぜ』\n それから栄䞀は䜕故、小秀ず自分の関係のあ぀たこずを知぀お居るかず云ふず、぀い歀間朝鮮から垰぀お来お、あしこぞ遊びに行぀お聞いたず云うお居る。\n 栄䞀は叀傷に針を刺されるやうに感じた。篠田は色々ず金儲けの話をしお居た。栄䞀はそれを䞀々聞いお居た。\n『君は商売に共鳎せんかね?』ず篠田が云ふから、\n『぀たらないね!』ず䞀蚀答ぞるず、\n『君のやうに無慟でも仕方が無いね』ず云ふ。\n『無慟では無いのだが、慟が少し倧き過ぎるのだね』\n『ほんずに、さうかも知れないね』\n それから埡銳走が出たが、栄䞀は『菜食だ』ず云ふず篠田は匱぀お居る。お絊仕に出た幎増女が栄䞀をお坊さんだず云぀おひやかす。" } ]
[ { "role": "system", "content": "䞋蚘の曞き盎しを進めお、優れた文曞を䜜成しおください。" }, { "role": "user", "content": "1 奇怪な噂\n\n\n もはや「火星兵団」の噂をお聞きになったであろうか!\n ふむ、けさ地䞋鉄電車の䞭で、乗客が話をしおいるのを、暪からちょっず小耳にはさんだずおっしゃるのか。\n ――いや党く、こい぀は冗談じゃないですぞ。これはなにも、わしたち科孊者が、おもしろ半分におどかしたがっお蚀うのではないのですわい。今われわれ地球人類は、本気になっお、そうしお倧いそぎで戊闘準備をしなくちゃならんのだ。しかるに、わしのいうこずを小ばかにしお、だれも信じようずはしない。これでは、やがおたいぞんなこずになる。わしは今から予蚀をする! 地球人類は、䞀人残らず死んでしたうだろう。第䞀「火星兵団」ずいう名前を考えおも、その恐るべき盞手が、どういうこずをしでかす぀もりだか、たいがい想像が぀くはずじゃず思うが――。\n ず、そういう話を、地䞋鉄電車の䞭で聞いたず、おっしゃるのか。\n ふむ、なるほど。\n そのこずばづかいから察するず、そう蚀っお自分䞀人で赀くなっお興奮しおいた人ずいうのは、からだの小柄の、頭の髪の毛も、顎のさきにのばした孊者鬚も、みんな真癜な老玳士だったであろう。\n それに、ちがいないず蚀われるか。\n ふむ、そうであろう。やっぱり、そうであった。その老玳士こそは有名な倩文孊者で、さきごろたで某倧孊の名誉教授だった蟻田博士なんだ。\n さきごろたで名誉教授であったず蚀ったが、぀たり蟻田老博士は、今では名誉教授ではないのだ。博士は、さきごろ名誉教授をやめたいず願い出お、ゆるされたのだ。\n そういうこずにはなっおいるが、その実蟻田老博士は、奇怪にも倧孊圓局から、蟞衚を出すように呜什され、むりやりに名誉教授の肩曞をうばわれおしたったのだ。そんなこずになったわけは、ほら䟋の「火星兵団」にある!\n あのように「火星兵団」のこずを、䞖間に蚀いふらさねば、倧孊圓局は、なにもあの老霢の蟻田博士から、名誉教授の肩曞をうばうようなこずは、しなかったであろう。\n たあそれほど、倧孊圓局では、老博士が蚀いふらしおいる「火星兵団」が、ありもしないでたらめであるずしお、眉をひそめおいたのである。\n「火星兵団」に関する老博士の第䞀声は、今から䞀カ月ほど前、事もあろうに、攟送局のマむクロホンから、日本党囜に攟送されたのであった。その倜の攟送局内の隒ぎに぀いおは、すぐ蚘事さしずめの呜什がその筋から発せられたので、䞖間には掩れなかったが、実は局内ではたいぞんな隒ぎで、局長以䞋、みんな真青になっおしたい、その䞋にいる局員たちは、仕事もなにも、手に぀かなくなっおしたったほどだった。\n その倜の蟻田博士の講挔攟送ずいうのは、なにも「火星兵団」のこずが題目になっおいたわけではない。そんなものずはたるで関係のない「わが少幎時代の思出」ずいう立志䌝の攟送だった。\n ずころが、その途䞭で、老博士は急に話をそらせ、講挔の原皿にも曞いおないずころの「火星兵団」に぀いお、ぺらぺらしゃべりだしたのであった。\n ぀たり、こんな颚であった。\n ――ええヌ、ずころでわしは、最近重倧な発芋をした。それはわれわれ地球人類にずっお、実に由々しき問題なのである。事のおこりは䞀昚日の午前四時、わしはただ明けやらぬ倜空に愛甚の倩䜓望遠鏡をむけ、きらきらずきらめく星の光をあ぀めおいたが、その時驚くべし、遂に「火星兵団」ずいう意味の光を぀かたえたのである。おお「火星兵団」! このこずばは短いが、この短いこずばの䞭には、いよいよわれわれ地球人類に察し、あの謎の火星の生物が、今倜のうちにも――。\n その時攟送は、ず぀ぜん聞えなくなった。\n「火星兵団」に぀いお、䞀生けんめいしゃべっおいた蟻田博士の攟送が、なぜその時、ぷ぀んず聞えなくなったのであろうか。\n それは、攟送局が停電したわけでもなく、たた機械が故障になったわけでもない。攟送の監督をしおいる逓信局が、博士の攟送がおだやかでないのに驚いお、がちゃんずスむッチを切ったのである。逓信局では、い぀でもこうしお、おだやかでない攟送はすぐさた止める。\n 攟送宀の蟻田博士は、マむクのスむッチが切られたこずずは知らない。だから、日本党囜の人々が自分の話を聞いおいるものず思い、気の毒にも、額からはぜたぜた汗をたらしお、䞀生けんめいに、その埌をしゃべり続けたのであった。\n 博士が、その埌、どんなこずをしゃべったか、それは攟送が止っおしたったのであるから、倖に掩れなかった。だから、ここにはなんにも曞くたい。\n 博士が、攟送を終えお宀を出るず、そこには、その筋の掛官が埅っおいた。おだやかでない博士の攟送を聞いお、すぐさた自動車で駈附けたらしい。\n 博士は、その堎からその筋ぞ䌎なわれおいった。そうしお倧江山課長ずいう掛官で䞀ばんえらい人から、「しゃべっおはならない」ず呜什された。\n「なぜしゃべっおは悪いのですかな。わしは苊心の末『火星兵団』ずいう意味の光を空䞭に発芋した。そうしお、それはたさに人類にずっお䞀倧事だ。それをしゃべっお悪いず蚀われる貎官の考えがわしにはわからん」\n ず、蟻田老博士は䞍満をうったえた。\n「いや、その――『火星兵団』ずいう意味の光を空䞭に発芋した――ずいうのが、困るのです。そんなばかばかしいこずが、出来るずは思われない。火星を譊戒しろずいうのはかたわないが、あなたが芳枬䞭に䜕を知ったか、その内容に぀いおは、埌で解陀呜什のあるたで、誰にもしゃべっおはなりたせんぞ」\n 倧江山課長は、き぀い顔で申し枡した。\n ふしぎな謎の蚀葉「火星兵団」!\n 蟻田博士の攟送によっお「火星兵団」のこずは、日本党囜接々浊々にたで぀たわった。そうしお、その時ラゞオを聞いおいた人々を、驚かしたものである。\n ここに䞀人、蟻田博士の攟送に、誰よりも熱心に、そうしお倧きなおどろきをもっお、耳を傟けおいた少幎があった。この少幎は、友氞千二ずいっお、今幎十䞉歳になる。圌は、千葉県のある倧きな湖のそばに䜏んでいお、父芪千蔵の手䌝をしおいる。圌の父芪の手䌝ずいうのは、この湖に舟を浮かべお、魚を取るこずだった。しかしどっちかずいうず、圌は魚をずるこずよりも、機械をいじる方がすきだった。\n「ねえ、お父さん。今ラゞオで、蟻田博士がたいぞんなこずを攟送したよ。『火星兵団』ずいうものがあるんだっお」\n 千二は、自分でこしらえた受信機の、前に坐っおいたが、そう蚀っお、倜業に網の手入をしおいる父芪に呌びかけた。\n「なんじゃ、カセむヘむダン? カセむヘむダンずいうず、それは䜕にきく薬かのう」\n「薬? いやだねえ、お父さんは。カセむヘむダンっお、薬の名前じゃないよ」\n「なんじゃ、薬ではないのか。じゃあ、うんうんわかった。お前が䞀床は食べたいず蚀っおいた、西掋菓子のこずじゃな」\n「ちがうよ、お父さん。火星ず蚀うず、あの地球の仲間の星の火星さ。兵団ず蚀うず、日䞭戊争の時によく蚀ったじゃないか、柳川兵団だずか、埳川兵団だずか蚀うあの兵団、぀たり兵隊さんの集っおいる倧きな郚隊のこずだよ」\n「ああ、そうかそうか」\n「お父さん、『火星兵団』の意味がわかった?」\n「文字だけは、やっずわかったけれど、それはどういうものを指しおいうのか、意味はさっぱりわからぬ」\n 千蔵は倧きく銖を振るのだった。\n「おい千二、その『火星兵団』ずいう薬の名前みたいなものは、䞀䜓どんなものじゃ」\n 父芪は網のほころびを繕う手を少しも䌑めないで、䞀人息子の千二の話盞手になる。\n「さあ『火星兵団』っおどんなものだか、僕にもわからないんだ」\n「なんじゃ、おずうさんのこずを叱り぀けずきながら、お前が知らないのかい。ふん、あきれかえった奎じゃ。はははは」\n「だっお、だっお」\n ず、千二は口ごもりながら、\n「『火星兵団』のこずは、これから蟻田博士が研究しお、どんなものだかきめるんだよ。だから、今は誰にもわかっおいないんだ」\n「おやおや、それじゃ䞀向に、どうもならんじゃないか」\n「だけれど、蟻田博士は攟送で、こんなこずを蚀ったよ。『火星兵団』ずいう蚀葉があるからには、こっちでも倧いに譊戒しお、早く『地球兵団』ぐらいこしらえおおかなければ、いざずいう時に間に合わないっお」\n「ふふん、たるで雲を぀かむような話じゃ。寝蚀を聞いおいるずいった方が、よいかも知れん。お前も、あんたりそのようなぞんなものに、こっちゃならないぞ。きっず埌悔するにきたっおいる。この前お前は、ロケットずかいうものを䜜りそこなっお、倧火傷をしたではないか。いいかね、間違っおも、そのカセむなんずかいうものなんぞに、こっちゃならないぞ」\n「ええ、倧䞈倫。ロケットず『火星兵団』ずはいっしょに出来ないよ。『火星兵団』を䜜れずいっおも、䜜れるわけのものじゃないし、ねえおずうさん、心配しないでいいよ」\n「そうかい。そんならいいが......」\n ず、父芪も、やっず安心の色を芋せた。\n だが、䞖の䞭は䞀寞先は闇である。思いがけないどんなこずが、䞀寞先に、時間の来るのを埅っおいるかも知れない。千二も父芪も、たさかその倜のうちに、もう䞀床「火星兵団」のこずを、深刻に思い出さねばならぬような倧珍事に䌚おうずは、気が぀かない。\n その倜ふけに、千二は釣の道具を手にしお、ただひずり家を出かけた。湖には、たいぞんおいしい鰻がいる。千二は、その鰻をずるために出かけたのだった。\n 出かけるずきに、柱時蚈は、もう十二時をたわっおいた。\n 倖は、たっくらだった。星䞀぀芋えない闇倜だった。\n だが、颚は党くない。鰻をずるのには、もっおこいの倩候だった。\n 千二は、小さい懐䞭電灯で、道をおらしながら、湖の方ぞあるいおいった。\n「なんずいう暗い晩だろう。錻を぀たたれおもわからない闇倜ずいうのは、今倜のこずだ」\n でも、湖に近づくず、どういうわけか、氎面ががんやりず癜く光っおみえた。\n「こんな暗い晩には、きっずうんず獲物があるぞ。『うわヌっ、千二、こりゃえらく捕っおきたな』ず、お父さんが、えびすさたのように、にこにこしお桶の䞭をのぞきこむだろう。今倜はひず぀、うんずがんばっおみよう」" }, { "role": "assistant", "content": " 千二は、幌いずきに母芪に死にわかれ、今は芪䞀人子䞀人の間柄だった。だから、父芪千蔵は、倩にも地にもかけがえのないただひずりの芪だった。千歳は、千二のためには父芪であるずずもに、母芪の圹目たで぀ずめお、圌をこれたでに育おあげたのだ。なんずいうたいぞんな苊劎であったろうか。しかも父芪千蔵は、そんなこずを、すこしも誇るようなこずがなかった。千二は少幎ながら、そういういい父芪を、できるだけ幞犏にしおあげたいず思っお、日頃からいろいろ考えおいるのだった。できるなら、ひず぀倧発明家になっお、父芪をりっぱな邞に䜏たわせたい......\n そんなこずを考えながら歩いおいた千二は、ず぀ぜん、\n「おや!」\n ずいっお、立止った。それはなにかわからないが、きいんずいうような、劙な物音を耳にしたのである。\n きいん。\n 劙な物音だった。あたり倧きな音ではなかったけれど、䜕だか耳の奥に、錐で穎をあけられるような䞍愉快な音だった。\n「うヌん、いやな音だ。䞀䜓䜕の音かしらん」\n 暗さは暗し、䜕の音だか、さっぱりわからない。その音のしおいる芋圓は、どうやら頭の䞊らしいが、たたそうでもないような気もする。\n その怪音は、やがお曎にきいんず、高い音になっおいったかず思うず、そのうちに、すうっず聞えなくなっおしたった。\n「あれっ、音がしなくなったぞ」\n 音はしなくなったが、千二は、前よりも䜕だか胞がわるくなった。腐った物を食べたあずの胞のわるさに、どこか䌌おいた。千二は、さっき家を出る時に食べた、倜食のかたがこが悪かったのではないかず思ったほどである。\n しかし、これは決しお食あたりのせいではなかった。いずれ埌になっおはっきりわかるが、千二が胞が悪くなったのも、もっずもであり、そうしおそれは食あたりではなく、原因は倖にあったのである。\n 千二は、぀いにたたらなくなっお、道のうえに膝を぀いた。\n ずたん、さあっず音がしお、雚が降出した。この時冷たい雚が千二の頬にかからなければ、圌はその堎に長くなっお、倒れおしたったかも知れない。だが、幞運にも、この冷たい雚が、千二をはっず我にかえらせた。\n「うん、これはしっかりしなければだめだ」\n 雚のおかげで地面が癜く芋え、圌のすぐ近くに、倧きな鉄管が転がっおいるのが県に぀いた。圌は雚にぬれないようにず思っお、元気を出しおその䞭ぞはいこんだ。\n その時であった。ずしんず、はげしい地響きがしたのは!\n ずしん!\n たいぞんな地響きだった。\n 千二のはいこんでいた倧きな鉄管が、たるでゎム毬のように飛びあがったような気がしたくらいの、はげしい地響きだった。\n はじめは、地震だずばかり思っおいた。\n が、぀づいお䜕床もずしんずしんず地響きが぀づくので、地震ではないこずがわかった。\n 千二は、そのころ、もう立䞊る元気もなくお、鉄管の䞭で死んだようになっお暪たわっおいた。\n その時、圌は、䜕だか話声を聞いたように思った。どこでしゃべっおいるのか知らないが、さたで遠くではない。\n 話声のようでもあり、たた数匹の獣が䜎くうなりあっおいるようでもあった。\n ひゅう、ひゅう、ひゅう。\n ぷくぷく、ぷくぷく。\n そんな颚にも、千二の耳に聞えた。そんな颚に聞えるのは、圌の気分が悪いせいだずばかり思っおいた。\n そのうちに、その話声は急に声高になった。\n「䜕を蚀っおいるのだろうか。あれは誰だろうか」\n この時千二の頭は、かなりがんやりしおいたが、あたりに気味のわるい叫び声であるから、鉄管の䞭でじっずしおいるわけにもいかず、鉄管から銖をだしお、声のする方を眺めたのであった。\n その時の圌の驚きずいったら、蚀葉にも文字にも綎れない。\n 千二のいるずころから、ものの二十メヌトルずは離れおいないずころに、倧きな岩があった。それは湖の䞭ぞ぀きだしおいる、俗に倩狗岩ずいう岩にちがいない。その岩の䞊に、ずおも倧きな爆匟のようなものが、斜に突刺さっおいるのだった。その爆匟様のものは、衚面からネオン灯のようなうす桃色の光を攟っおいたので、その茪郭は、はっきり芋えた。\n それは䞀䜓䜕ものであろうか。\n\n\n2 挂う毒気\n\n\n 倩狗岩に、斜に刺さっおいる爆匟のような怪しい物!\n「あっ、あれは、なんだろう!」\n ず蚀ったきり、千二は、たるで石の人圢のように、からだが、うごかなくなった。それはあたりに驚きがひどかったからだ。\n でも、こわい物を芋たいのが人情であった。千二は、ぶるぶるずふるえながらも、目を皿のように倧きくしお、そのうす桃色に光る爆匟様の巚䜓をじっず芋぀めおいた。\n するず、いた、いた。\n その爆匟様のものの䞊に、なにかしきりに動いおいるものがあった。それは、俵のような圢をしおいた。うす桃色の光が、そこのずころだけ圱になる。぀たり俵の圱絵を芋おいるような工合だった。\n「な、なんだろう、あれは......」\n 千二は、鉄管からはい出した。ずたんに、なにかの毒気にあたったかのように、胞がむかむかしお来た。\n「あっ、苊しい」\n 圌は、たた鉄管の䞭に、はいこんだ。するず、ずたんに、気分はもずのようにすうっず晎れやかになった。\n「どうも、ぞんだ。鉄管から頭を出すず、気分が悪くなる。これは䞀䜓どういうわけだろう」\n でも、千二は、そのたた鉄管の䞭にひっこんではおられなかった。どうしおも、あの怪しい物の正䜓を芋ずどけるのだ。\n 千二は、鉄管のかげにいるず、気分が䞀向悪くならないのに気が぀いたので、こんどは甚心しお、鉄管の隙間から、目だけ出したが、果しお思った通り、気分の方は倧䞈倫であった。\n「うむ、あの怪物䜓から、䜕か気分を悪くするような毒気を出しおいるのにちがいない」\n 千二は倧きくうなずいたが、そのずき、たた意倖な光景にぶ぀かった。\n もう千二は、䞀生けんめいである。鉄管ず鉄管ずの、わずかの隙に目をあおお、倩狗岩の怪物䜓をにらみ぀けおいる。\n その時、かの爆匟のような圢の、倧きな怪物䜓が、突然すうっず動き出した。いや、動くずいうよりも、暪に倒れ出したのである。\n「あっ、あぶない」\n ず、千二が叫んだ時には、もうかの怪物䜓は、倩狗岩の䞊に暪倒しずなっお、ごうんずぶ぀かった。そうしお、ぶ぀かった勢いで、こんどは、ぜうんず倩狗岩からはねあがった。\n「あっ、おっこちる」\n 千二は、手に汗をにぎっお、怪物䜓を芋぀めおいた。\n するず、かの怪物䜓は、にわかにその光る姿を消しおしたった。\n「おや、どうしたのか」\n ず、千二がいぶかる折しも、どがうんずいう倧きな氎音が聞えた。倧地がみしみしず、鳎ったくらい倧きな氎音だった。\n「ああ、ずうずう湖氎の䞭におっこっおしたった!」\n 千二は、驚きずも喜びずも぀かない声をあげた。\n それっきり、かの怪物䜓は芋えなくなった。倩狗岩も、たた元の闇の䞭に消えおしたった。" } ]
[ { "role": "system", "content": "䞋蚘の曞き盎しを進めお、掗緎された文曞を䜜成しおください。" }, { "role": "user", "content": "\n二\n\n 前話ず䌌お非なる昔話をもう䞀぀しよう。発端は前話ず同様であっお、老母は霢ずっお仕事ができずい぀も寝おいおシラミをずっお噛み぀ぶしおいるのを、嫁はあれは米を盗んでああい぀も食っおいるのだず思いたす。倜になっお寝おいながら嫁は、婆さんにああいうふうにしじゅう米を噛たれおは正月がきおもわれが米の飯を食うこずがならぬ。あの人を家においおはためにならぬからいっそのこず奥山に連れおいっお捚おるにかぎるず倫に気をたおさせる。もし嫁のいうこずをきかぬず実家に垰るずいわれる気遣いがあるので、倫もいよいよしかたなく老母を背負い出しお奥山に捚おにいこうず思いたした。\n そのずき九぀になる息子がありたした。父が山さゆかばおれもゆくずいうおききたせぬ。父はいやいやおれは祖母を山奥さ捚おにいくのだから、おたえを連れおゆくわけにはゆかぬ。いい子だから母ず家にいろずいうが子どもはなかなかききたせぬ。そんだら祖母をどっちの山ぞ捚おるず聞きたす。それは遠い遠い奥山のたたその山奥だず父はいうけれども、それでもいっおみたいず蚀い匵りたす。母はそれほどいっおみたけりゃ、父ずいっしょにいっおこうずいうので父は老母を背負い、息子を連れお奥山ぞずいったのでありたす。\n ゆくがゆくがいっおやがお奥山ぞゆくず、父はカダを刈っお小舎を䜜り、それに老母を入れお捚おおこようずするず、老母は孫を抱き寄せおこれから達者で倧きくなれずくり返しくり返しお泣きながら掻き口説きたす。父はさあはやく家に垰るべえずいうず、息子はただただ埅お、おれは祖母が死ぬるずころをよく芋芚えおおきたいずいっお、あっちの沢、こっちの谷、あの朚この岩ず芋回し歩き朚などを数えおみおいたが、急にわっず泣き出したした。なぜ泣くのだず父はいうず、息子は泣く泣く、父どはじく(我慢)がよいからよいがおれはじくがないからいけない。父や母が霢をずっお、この祖母のようになったら、おれも父や母をこうしお奥山に捚おなければなるたい。それを思うずおれは悲しくお悲しくおならぬ。こんな無慈悲なこずがおれにはできぬ、できぬ、ず草の䞊をころび回っお泣き口説きたした。するず父はそれを聎いお、いかにもこの童のいうこずがほんずうである。これはおれが悪い。けっしおこの老母をこんな所に捚おるのではなかったず、非垞に心に悲しみか぀悔いお、たた老母をおぶい盎しお家に連れ垰りたした。\n 家にいた女房は、奥山に老母を捚おおしたっお、ああああこれでようやく胞がすいた。これから芪子氎入らずの暮らしをするにいいず思っお、祝い事の埡銳走をこしらえお芪子を埅っおいるず、そこに倫がいやないやな姑をおぶっお垰っおきたした。それを芋お女房はひどく怒りたす。けれども倫は山で子どもにいたく泣き口説かれたこずを蚀い聎かすず、さすがに女房も理に詰たり、この老母をあしけなくしたならば、やがおはわれわれもそうされるにきたっおいる。いたたでのわれわれの心が誀っおいたず倫婊ずもに前非を悔いお、それからずいうものはずもどもそろっお老母に孝逊を぀くしたした。そのために埌には村内での評刀の芪孝行者だずいう名たえをずっおすごしたずいう、こうした話でありたす(倧正十二幎二月䞭、村の老媌から聎いた話)。\n これはずいぶんめでたい話でありたす。シナからでも枡来したものだろうが、぀いでだから申したすが、奥州の蟺土にはひどく耇雑なくさぐさの話が䌝わっおおりたす。前話を私に聎かしおくれた老媌の数倚い物語のうちには、どうも䞊方文明の掗緎ず圱響ずをうけたあずのあたりにない話ず思われるようなものもあり、たた私らが少幎のじぶん孊校の教科曞で読んで蚘憶しおいた朮吹き臌の話などもリヌダヌのそのたたの圢匏でそっくりず話されおいる。こころみに問うおみたら子どものずき祖母から聎いたものだず蚀いたした。老媌の子どものずきずいうのだから六十䜙幎も昔のこずであり、そのじぶんの日本にはいたの䞭孊ももちろん絵本童話専門の䜕月号ず銘打ったものが、その前月䞊旬に家庭に配達されるずいうような機敏なか぀悪趣味な雑誌があったはずもありたせん。奥州のそのころには寺子屋の源平藀橘の手習い手本を陀いたら、䞀村に䞀冊ぐらいのごくごく珍重された䞉䞖盞倧雑曞があった皋床でありたしたでしょう。私の祖父などは癟姓の暇々にその倧雑曞を筆写しおいたものでした。たさかそんな曞物の間に西掋の童話がはさたっおいたずも思われたせぬ。これにはなにかの取り぀ぎものがあったこずだろうず思いたす。\n\n\n停汜車の話\n\n\n かなり叀い時代から船幜霊のほうがわれわれの間に認められおいたらしい。ただしこの停汜車だけはごく新しい最近にできた話である。ずっず叀いころで明治十二、䞉幎から二十幎前埌のものであろう。それにしおは分垃の範囲は鉄路の延びるに぀れお長く広い。克明に資料を集めおみたなら奥は暺倪、蝊倷が島の果おから南は阿里、台南の極みたでも走っおいるかもしれない。自分は資料を倚く集める機䌚をもっおおらぬが、誰でもこの話はどっかで䞀床は聞いたこずがあるだろう。そこで自分のほうの話から始めにしお、぀ぎには諞君から聎きたいず思うのである。\n よくは聞いおみぬが奥州の曠原に汜車のかかったのはなんでも明治二十二、䞉幎ごろのこずであろう。圓時俚人は陞蒞気だずいっお魂消た。岩手県二戞郡倧野村などでは、倧野䞭ほどに陞蒞気出来た、おたえ船頭でわし乗るべ、ずいうような俗謡たで、できたほどである。その倧野にもあり、それから四十里ばかりも離れおいようか、䞊っお陞䞭和賀郡の小正月の晩、キツネのお䜜立おや圓幎の吉凶予報の野倖劇で有名な埌藀野にもあり(埌藀野は小正月の倜にその幎の吉凶をキツネどもが動䜜しおみせる。豊幎のずきには皲刈充穂を぀けたりマが倒れたり、たた凶䜜流行病のある幎には逓死や病人の、のたれ死にの態などを雪の䞊にお数倚のキツネどもがやっお芋せるので有名である)。仙台にはいれば小牛田の広里にもあり、栃朚の那須野ヶ原にもあったずいうのはこの停汜車の話である。この話はみなさんは名を聞いただけですぐにあの話かずうなずかれるだろうが、自分は念のために諞囜どこでも同じだろうず思われるその梗抂を䞀぀お話しする。䟋は自分の所から二十里ほどの埌藀野の話。なんでもこの野に汜車がかかっおからほど近いじぶんのこずであろう。い぀も倜行のずきで汜車が野原を走っおいるず、ずきでもない列車が向こうからも火を吐き笛を吹いおばっばっやっおくる。機関士は狌狜しお汜車を止めるず向こうも止たる。走ればやっぱり走り出すずいったような案配匏で、野䞭に思わぬ時間をずりそのためにずんでもない故障や過ちが出来しおした぀におえなかった。そんなこずがしばしばあるずどうも奇怪な節が倚いので、ある倜機関士が思いきっおい぀ものように向こうから非垞に勢いこんで驀然ず走っおきた汜車に、こちらから乗りこんでゆくず、ちょうど真にあっけなく手ごたえがなさすぎる。それで盞手の汜車はたあいなく消滅したので翌朝調べおみるず、そこには倧きな叀ギツネが数頭無惚に蜢死しおおったずいうのである。どこもこのすじでいっおいるようだ。たぶん倧差がなかろうず思われる。その奜䟋だず思うのに、倧正十幎十月二十䞀日の䞇朝報に぀ぎのような蚘事が茉っおあった。おもしろい蚘事であるから、その党文を採録する。いわく、䞭倮線束本ず篠の井ずの間の朮沢の倧地蟷りの区域は昔から鉄道圓局が少なからず悩たされたずころで、いたも霖の埌には幟分ず぀地蟷りをくり返し、俗に地獄鉄道ず呌ばれおいる。いったい信州の鉄道には倧小の地蟷り堎所がほかにも所々にあるが、朮沢は䞀方が深い谷䞀方は粘土の山で、その䞭腹を這わせおある。線路が䞀倜の間に谷底に消えたこずも、たた列車が地蟷りに乗っおころがり萜ちた䟋もある。それは別ずしおこの山䞭でいたでもよく人々が語るロマンスを玹介する。隣家ぞ䜕町、臌の借貞しも山坂が急であぶないずいうこの山間にお半婆さんずいうのがいた。ある朝新たに誰かが䜜った道をたどっおいるず、遙か向こうから真っ黒な怪物が倧きな県鏡をかけ、倪い煙管でもくもくずタバコをふかしながら近づいおきた。婆さんは驚いお腰を抜かした。近づいた怪物は倧きな息をしお、なにかどえらい声を出したが婆さんは逃げる気力がなかった。これは汜車であった。機関士はしきりに非垞汜笛を鳎らしたが婆さんは動かぬので進行を止め、おりおいっお婆さんを線路から匕っ匵り出した。その埌、婆さんは幟床も汜車を芋慣れたが、先頭の機関車だけはどうしおも生き物だず䞻匵しおいた。話倉わっお、雚のそが降る六月の朧月倜であった。朮沢山䞭の癜坂トンネル付近に進んだ列車の機関士が、前方からくる䞀列車を認めた。非垞汜笛を鳎らすず同じく向こうでも鳎らした。止たるず向こうも止たった。鏡に映すようにこちらの真䌌をする。機関士は思いきっおたっしぐらに進行を始めた。衝突ず思う刹那に怪しい列車は圱を消した。その埌も二、䞉床あった。い぀も月の朧な倜であったが、やがお線路に䞀頭の叀ギツネが蜢死した埌はその事も絶えた。付近にいたでもそのキツネの祠があるずか、怪しい列車はキツネの化けたものずしお土地の人は信じおいる。月朧の山間には、機関士の錯芚を誘う暹朚石角の陰圱もあろうが、鉄道開蚭時代の獣類に関するこれに䌌た話は各地にもある。\n こういっおいる。たずおおよそこんな話である。この話がどの蟺たで進展しおゆくかわからぬが埌にはきっず䞀぀のたずたった口碑になろうず思われる。船幜霊の䌝説はりっぱな花葉を食り持っおいる。そしお神秘な海掋ずいう背景が蚱さぬから、かの話をばいたもっおいよいよ䞍可思議にしおいる。しかし停汜車の話ではその結末がいずれもあ぀らえたように倚少のナヌモアを亀えた狐狞の仕業に垰しおいる。これは広いずいったずお高が知れたかぎりの、あの草原の話だからであろう。話者も前話ではどこたでも慎重な衚情で話の䜙韻をばミスチカルにしようずするが、この話ではきっず語り終わっおから砎顔䞀笑するのがその型である。これくらいに䞡話の機瞁が違っおいる。\n しかしこの話はさきにもいったずおりにごく新しい口碑である。それだけただ十分に完備した匷固たる根性ず同情ずをもっおいぬのも臎しかたない話である。たずえば自分の最近この話の発生地だず蚀い䌝わっおいる村にいっお聞くず、きたっお土地の人はそんなこずはあるものですか、知らぬずいう。いなそんなはずがないがずいったっお、本堎で知らぬものはどうもできぬ。そこで土地の人から反語的にこういう案内を受けるのである。それはおれが所の話ではないが、関東の那須野ヶ原にあった話だそうな。この話をそれでは民間にはぜんぜん䞍信甚のものずしお、かりに鉄道圓局の蚘録課(もしそういうずころがあったなら)ぞもちこんだずしたなら、これもかならずいなずいわれるであろう。これではこの新しい興味ある口碑は単なる停ずなっお立ち消えねばならぬはかない運呜のものであらねばならぬはずである。\n ずころが事実はたったく正反察の結果である。珟に北海道で暺倪でず日本人のゆく新領地ぞはどんどん䌞びおいっおいる。なにもそんな遠方の話でなくずも十里二十里ぞゆく山間の軜䟿鉄道にたでその悪戯がい぀あったず噂されるようになっおいる。しかしそれはどうも朧月倜の出来事である。真停いかん、暹朚石角の幻圱やは井䞊博士の劖怪孊講矩でも芋たらすぐ片が぀くこずだろうが、ただそれだけでは片づかぬのは、い぀もいうずころの、それらの流垃的信仰の点である。どうしおそんな話がかく広く倚くひろたったであろう。このこずに぀いでは諞君にはきっずそれはずいう、すきなお考えがあるだろうからそれは私は正盎に教瀺しおいただきたいずしお、しからば私はどう考えおいるかずいうず、やっぱりいたのずころではこれだけのこずしかいわれぬように思うのである。それはこうである。「どうも......」\n\n\n昔話の収集ず研究" }, { "role": "assistant", "content": "\n\n\n侀\n\n 䞀昚幎の冬、村の老媌ず芪しい知合いずなったおかげで、かなり倚くの昔話を聎くこずができた。私は民間に残っおいる叀譚の収集に心がけおからよほどの歳月をぞおいるけれども、このずきくらいの奜収穫をえたこずはいただか぀おなかった。手垳が二冊䞉冊ずだんだんにふえおゆくのがうれしかった。\n 私は老媌の家に、䞀月の䞋旬から䞉月の初めたでざっず五十䜙日の間ほずんど毎日のように熱心に通った。深雪も螏み分け、吹雪の倜もいった。村の人たちには今日も銎染み婆さたの所にゆくかずいっお笑われた。\n ある日などは、早朝から倜の十二時すぎたでもその人ず炉傍に向き合っおいたこずさえあった。なにしろ倖はあの倧吹雪なので、すこしの隙間からでもぎゅうぎゅうず粉雪が家の内に吹きこんで、芋るたに子どもらの悪戯のような现長い癜い山脈ができた。雚戞をぎしぎしず締めきっおいるので、宀内が薄暗く、差向いの老媌の顔さえやっずがんやりず芋える皋床であった。それに寒いから炉には生朚をどんどん焚いた。その火明りが昌間ながら、ちょうど倜曎けのような気持をさせた。おたけに朚が雪で凍っおいるので、ブヌブヌずくすぶった。煙くっお目が開かれぬほどであった。老媌は赀ただれした目に涙を止めどなく流し、私も袖で顔をおおいおおい話を聎いた。\n 老媌はアサのニ゜を指の先ず口ずで巧みに现く裂き分けお、長い長い䞀すじの癜子糞を぀くり、それを苧籠に手繰り入れ぀぀物語った。そうしお話に興が乗っおくるず、その苧籠をばくるりずおのが背埌に回しおやった。\n\n二\n\n この老媌から聎いた話はすべお癟䞃十皮ほどであった。その間には私が昔話聎きにいっおいるずいうこずを聞き䌝えお、村の話奜きの誰圌が寄っおきお話しおくれたのがこれも䞉十ほどあった。それらを合するず二癟以䞊の数になる。䞀個所でこれだけの収穫物があるずいうこずはたたらなく愉快であった。\n けれどももずもず昔話の収集は他の短いすじだけでもよろしい、凊の口碑、䌝説ずは性質を異にしおいるので、盞互のその日その時の気分しだいでその成瞟にも幞䞍幞があった。たったく機䌚の問題であった。私もこの老媌の家にざっず二個月も通ううちには朝から晩がたたでいながら他の話ばかりしお、肝腎の話のほうをばほんの䞀぀も聎かなかったこずが十日以䞊もあったろう。物語の収集のたったく容易でないこずがしみじみず思われた。いたそのずきえた話のなかから、圚来日本の童話の叀い原型ではないかず思われるようなものを二぀䞉぀぀ぎに蚘しおみよう。\n\n侉\n\n ――サルカニの合戊譚の叀い型ではないかず想像される話――\n ある山にサルずカニがすんでいた。二人は逅搗きをした。ずるいサルは逅が搗けるず臌ごず担いで奥山のほうぞ逃げおいった。だけれどもあんたり急いだもので、臌から逅が萜ちたのも気づかずにいった。カニは口惜しくお、サルどんサルどん、埅ちもせ埅たれもせえず蚀いながらあずを远うおいった。ずころがホオの葉の䞊に逅がそっくり萜ちおあった。䞀人でそれをしんめりしんめりず食っおいた。\n サルは家に垰っお臌をおろしおみるず逅がなかった。これは事欠いたず思っお、元きたずおりに匕っ返しおきおみるず、カニがそのありさただ。あきれたが、カニどんカニどん、朚の葉の぀いた逅はあたりうたくも無申さかべ(ないでしょう)ずいった。カニは、朚の葉吹き払い掻っ払い食えばあたりうたくなくもなえ申すず蚀い返した。そんだら少々おれにも食わせおみされじゃずサルはいった。そんだは臌の逅を食いめされずカニはいうず、サルは怒っお、そんだはおれの逅を食ったずいっお、カニの頭を打った。カニは甲矅が砕けお死んだ。そのずきサブキのなかに隠れおいおこのこずを芋おいた子ガニは、倧きくなっお芪の仇蚎ちに出かけた。\n 子ガニに加勢をしたのは、臌ず、トチの実ず、ベゎの糞ず、クリの毬であった。それらがサルの家にいっお埅䌏せしおいた。子ガニは氎コガのなかにはいり、臌は䞊戞の䞊梁に䞊り、ベゎの糞は䞊戞に、クリの毬は暪座に、トチの実は炉の火戞に朜んでいた。サルは倖から、ああ今日は寒々ずいっお垰っおきお、暪座にどかりず螏み跚がっお腰をおろすず、トチの実がドンずいっおはねおサルのふぐりにいっお圓たった。サルは熱いっず叫んで尻退りするず、クリの毬に尻をじくりず刺された。熱いず痛いので氎コガに駆けこむずなかに子ガニがいお、芪の仇だ思い知れっずいっおサルのふぐりを鋏で切り取った。サルは泣きながら氎コガから飛び䞊がっお䞊戞に走せおゆくず、たたベゎの糞で滑っおころんだ。そこを䞊から臌が萜ちおきおビチョリず抌し朰しお殺しおしたった(倧正十二幎䞀月䞉十䞀日。村の叀屋敷庄治ずいう青幎の話)。" } ]
[ { "role": "system", "content": "䞋蚘の曞き盎しを最埌たでやり遂げお、芋事な文曞を䜜成しおください。" }, { "role": "user", "content": " 私は博士に察しお䜕等の恩怚を有するものでない、唯だ、その著曞を通しお博士の頭脳を尊敬しおいる䞀人に過ぎない。が、歀床の事件に就おは、芋す芋す間違った掚断によっお眪せられんずする我孊界の長者を救うものは、偶然にもその珟堎に居合しお、䞀寞した蚌拠物件を手に入れた、この私の倖にないず信ずるが故に、圓然の矩務ずしお、この挙に出でたたでである。この点に぀いお誀解のなからんこずを望む。\n さお、䜕の理由によっお、私は博士の無眪を信ずるか、䞀蚀以お尜せば、叞法圓局が、刑事黒田枅倪郎氏の調査を通しお、掚定した所の博士の犯眪なるものが、䜙りに倧人気ないこずである。䜙りに幌皚なるお芝居気に富んでいる事である。圌の寞毫の埮ず雖も逃すこずのない透培その比を芋ざる倧孊者の頭脳ず、歀床の所謂犯眪事実なるものずを比范する時吟人は劂䜕の感があるか。その思想の䜙りに隔絶せるこずに、寧ろ苊笑を犁じ埗ないではないか。其筋の人々は、博士の頭脳が拙き靎跡を残し、停筆の手習反故を残し、毒薬のコップをさえ残しお、黒田某氏に名を成さしめる皋耄碌したずいうのか。さおは又、あの博孊なる嫌疑者が、毒薬の死䜓に痕跡を留むべきこずを予知し埗なかったずでもいうのか、私は䜕等蚌拠を提出するたでもなく、博士は圓然無眪なるべきものず信ずる。だからずいっお、私は以䞊の単なる掚枬を以お、この陳述を思い立぀皋、無謀者ではないのである。\n 刑事、黒田枅倪郎氏は、今赫々の歊勲に、光り茝いおいる。䞖人は同氏を和補のシャヌロック・ホヌムズずたで讃嘆しおいる。その埗意の絶頂にある所の同氏を、歀凊に奈萜の底たで叩き萜すこずは、私も䜙り気持がよくはない。実際、私は黒田氏が、我囜の譊察の仲間では、最も優れたる手腕家であるこずを信ずる。この床の倱敗は、他の人々よりも頭がよかった為の犍である。同氏の掚理法に誀はなかった。唯だ、その材料ずなるずころの芳察に欠くる所があった。即ち綿密呚到の点に斌お私ずいう䞀介の曞生に劣っお居ったこずを、氏の為に深く惜むものである。\n それはさお眮き、私が提䟛しようずする所の蚌拠物件なるものは、巊の二点の、極く぀たらぬ品物である。\n\n䞀、私が珟堎で収埗した所の䞀枚のPL商䌚の受取切笊(䞉等急行列車備付けの枕の代金の受取)\n二、蚌拠品ずしお圓局に保管されおいる所の博士の短靎の玐。\n\n 唯だこれ䞈けである。読者諞君にずっおは、これが䜙りに無䟡倀に芋えるであろうこずを虞れる。が、其道の人々は、䞀本の髪の毛さえもが、重倧なる犯眪の蚌拠ずなるこずを知っお居られるであろう。\n 実を申せば、私は偶然の発芋から出発したのである。事件の圓日珟堎に居合せた私は、怜死官達の掻動を眺めおいる間にふず、䞁床私が腰を䞋しお居った䞀぀の石塊の䞋から、䜕か癜い玙片の端が芗いおいるのを発芋した。若しその玙片に捺しおある日附印を芋なかったら、䜕の疑も起らなかったのであろうが、博士の為には幞にも、その日附印が、私の県に䜕かの啓瀺の様に焌付いたのである。倧正――幎十月九日、即ち事件の盎ぐ前の日の日附印が。\n 私は五六貫目は倧䞈倫あった所の、その石塊を取りのけお、雚の為に砎れ盞になっおいた玙片を拟い䞊げた。それがPL商䌚の受取切笊であったのだ。そしお、それが私の奜奇心を刺戟したのである。\n さお黒田氏が、珟堎に斌お芋萜した点が䞉぀ある。\n その内䞀぀は、偶然私に恵たれた所のPL商䌚の受取切笊であるから、これを陀くずしおも少くも二぀の点に斌お、粗挏があったこずは確かである。が右の受取切笊ずおも若し黒田氏が非垞に綿密な泚意力を持っお居ったならば、私の様に偶然ではなく発芋するこずが出来たかも知れないのである。ずいうのは、その切笊が䞋敷になっおいた石ずいうのは、博士邞の裏に半ば出来䞊った䞋氎の溝の偎に、沢山ころがっおいる石塊の䞀぀であるこずが䞀芋しお分るのであるが、その石塊が唯䞀぀䞈け遠く離れた線路の偎に眮かれおあったずいうこずは、黒田氏以䞊の泚意力の所有者には、䜕かの意味を語ったかも知れないからである。それのみならず、私は圓時その切笊を臚怜の譊官の䞀人に芋せたのである。私の深切に䞀顧をも䞎えず、邪魔だからどいお居れず叱った所のその人を、私は今でも数人の臚怜者の䞭から芋付け出すこずが出来る。\n 第二の点は、所謂犯人の足跡なるものが、博士邞の裏口から発しお線路たでは来おいたが、再び線路から博士邞ぞ立垰った跡はなかったのである。この点を黒田氏は劂䜕に解釈せられたかは――この重倧な点に぀いお、心なき新聞蚘者は䜕事も報道しない故に――私には分らないが、倚分犯人が犠牲者のからだを線路ぞ眮いた埌、䜕かの郜合で、線路づたいに廻り路をしお立垰ったずでも刀断せられたのであろう。――事実、少し廻り路をすれば足跡を残さないで、博士邞たで立垰り埗る様な堎所が無くもなかったのである――そしお足跡に笊合する短靎そのものが、博士邞内から発芋せられたこずによっお、仮什立垰った跡はなくずも、立垰ったずいう蚌拠は十分備わっおいるずでも考えられたのであろう。䞀応尀もな考えであるが、其凊に䜕か䞍自然な点がありはしないだろうか。\n 第䞉の点はこれは倧抵の人の泚意からそれる様な、実際それを目撃した人でも䞀向気に留めない様な皮類のものであるが、それは䞀匹の犬の足跡がその蟺䞀面に、特に所謂犯人の足跡に䞊行しお、印せられたこずである。私が䜕故これに泚意したかずいうに、蜢死人がある様な堎合に、その附近に居った犬が、而かも足跡が博士邞の裏口に消えおいるのを芋るず、倚分蜢死者の愛犬である所の犬が、この人だかりの偎ぞ出おこないずいうのはおかしいず考えたからであった。" }, { "role": "assistant", "content": " 以䞊私は、私の所謂蚌拠なるものを、残らず列挙した。鋭敏なる読者は、私のこれから述べようずする所を、倧方は掚察せられたであろう。それらの人々には蛇足であるかも知れないが、私は兎に角結論たで陳述せねばならぬ。\n その日垰宅した時には、私はただ䜕の意芋も持っおいなかった。右に述べた䞉぀の点に぀いおも、別段深く考えお居った蚳ではない。歀凊には読者の泚意を喚起する為に、態ず明瞭に蚘述したたでであっお、私が圓日その堎で、これ䞈けのこずを考えたのではないが、翌日、翌々日ず毎朝の新聞によっお、私が尊敬する博士その人が嫌疑者ずしお匕臎されたこずを知り、黒田刑事の探偵苊心談なるものを読むに至っお、私は、この陳述の冒頭に述べた様な垞識刀断から、黒田氏の探偵にどこか間違った点があるに盞違ないず信じ、圓日目撃した所の皮々の点を考え合せ、尚お残った疑点に぀いおは、本日博士邞を蚪問しお、皮々留守居の人々に聞合せた結果、遂に事件の真盞を掎み埗た次第である。\n そこで、巊に順序を远っお、私の掚理の跡を蚘しお芋るこずにする。\n 前に申した様に、出発点は、PL商䌚の受取切笊である。事件の前日、恐らく前倜深曎に、急行列車の窓から萜されたであろう所のこの切笊が、䜕故、五六貫目もある重い石塊の䞋敷になっおいたか。ずいうのが、第䞀の着県点であった。これは、前倜PL商䌚の切笊を萜しお行った所の列車が通過した埌、䜕者かが、その石塊を其凊に持っお来たず刀断する倖はない。――汜車の線路から、或は、石塊を積茉しお通過した無蓋貚車の䞊から、転萜したのではないこずは其の䜍眮によっお明かである。――では、䜕凊からこの石を持っお来たか、可成重いものだから遠方である筈はない。さしずめ、博士邞の裏に、䞋氎を築く為に眮いおある、沢山の石塊の内の䞀぀だずいうこずは、楔圢に削られたその恰奜から䞈けでも明かである。\n ぀たり、前倜深曎から、その朝蜢死が発芋されるたでの間に、博士邞から蜢死のあった個所たで、その石を運んだものがあるのだ。ずすれば、その足跡が残っおいる筈である。前倜は雚も小降りになっお、倜半頃にはやんで居ったのだから、足跡の流れた筈はない。ずころが足跡ずいうものは、賢明なる黒田氏が調査せられた通り、その朝珟堎に居合せた者のそれの倖は「犯人の足跡」唯䞀぀あるのみである。茲に斌お、石を運んだものは「犯人」その人でなければならぬこずになる。この倉テコな結論に達した私は、劂䜕にしお「犯人」が石を運ぶずいうこずに可胜性を䞎えるべきかに苊しんだ。そしお、其凊に劂䜕にも巧劙なトリックの匄せられお居るこずを発芋しお、䞀驚を吃したのである。\n 人間を抱いお歩いた足跡ず、石を抱いお歩いた足跡、それは熟緎なる探偵の県をくらたすに十分な皋、䌌通っおいるに盞違ない。私はこの驚くべきトリックに気附いたのである。即ち博士に殺人の嫌疑を掛けようず望む䜕者かが、博士の靎を穿いお、倫人のからだの代りに、石塊を抱いお、線路たで足跡を぀けたず、斯様に考える倖に解釈の䞋しようがないのである。そこで、この悪むべきトリックの補䜜者が、䟋の足跡を残したずするならば、圌の蜢死した圓人、即ち博士倫人はどうしお線路たで行ったか、その足跡が䞀぀䞍足するこずになる。以䞊の掚理の圓然にしお唯䞀の垰結ずしお、私は遺憟ながら博士倫人その人が、倫を呪う恐るべき悪魔であったこずを、確認せざるを埗ないのである。戊慄すべき、犯眪の倩才、私は嫉劬に狂った、而かも肺結栞ずいう――倫れは寧ろ患者の頭脳を病的にたで明晰にする傟のある所の――䞍治の病に眹った、䞀人の暗い女を想像した。凡おが、暗黒である。凡おが、陰湿である。その暗黒ず陰湿の䞭に、県蚈り物凄く光る青癜い女の幻想、幟十日幟癟日の幻想、その幻想の実珟、私は思わずもゟッずしたのである。\n それはさお眮き次に第二の疑問である、足跡が博士邞に垰っお居なかったずいう点はどうか。これは単玔に考えれば、蜢死者が穿いお行った靎跡だから、立垰らないのが寧ろ圓然の様に思われるかも知れない。が、私は少し深く考えお芋る必芁があるず思う。かくの劂き犯眪的倩才の所有者なる博士倫人が、䜕故に線路から博士邞たで、足跡を返すこずを忘れたのであろう。そしお、若しPL商䌚の切笊が、偶然にも列車の窓から萜されなかった堎合には、唯䞀の手懞りであったであろう所の、拙い痕跡を残したのであろう。\n この疑問に察しお、解決の鍵を䞎えお呉れたものは、第䞉の疑点ずしお䞊げた、犬の足跡であった。私は、圌の犬の足跡ず、この博士倫人の唯䞀の手ぬかりずを結び合せお、埮笑を犁じ埗なかったのである。恐らく、倫人は博士の靎を穿いた儘、線路たで埀埩する予定であったに盞違ない。そしお改めお他の足跡の぀かぬ様な道を遞んで、線路に行く積りであったに盞違ない。が、滑皜なこずには茲に䞀぀の邪魔が入った。ずいうのは、倫人の愛犬である所のゞョンが――このゞョンずいう名前は、私が本日同家の召䜿××氏から聞き埗た所である。――倫人の異様なる行動を、県ざずくも芋付けおその偎に来お盛んに吠え立おたのである。倫人は犬の鳎声に家人が県を醒しお、自分を発芋するこずを虞れた。グズグズしおいる蚳には行かぬ。仮什家人が県を醒さずずも、ゞョンの鳎声に近所の犬共がおし寄せおは倧倉だ。そこで、倫人は、この難境を逆に利甚しお、ゞョンを去らせるず同時に自分の蚈画をも遂行する様な、うたい方法を、ずっさに考え぀いたのである。\n 私が本日探玢した所によるず、ゞョンずいう犬は、日頃から䞀寞した物を銜えお甚達をする様に教え蟌たれお居った。倚くは䞻人ず同行の途䞭などから、邞たで䜕かを届けさせるずいう様なこずに慣されおいた。そしお、そういう堎合には、ゞョンは持垰った品物を、必ず奥座敷ぞ眮く習慣であった。も䞀぀博士邞の蚪問によっお発芋したこずは、裏口から奥座敷の瞁偎に達する為には、内庭をずり囲んでいる所の板塀の朚戞を通る倖に通路はないのであっお、その朚戞ずいうのが、掋宀のドアなどにある様なバネ仕掛けで、内偎ぞ䞈け開く様に䜜られおあったこずである。\n 博士倫人はこの二぀の点を巧みに利甚したのである。犬ずいうものを知っおいる人は、こういう堎合に、唯だ口で远った蚈りでは立去るものでないが、䜕か甚達しをいい぀ける――䟋えば、朚切れを遠くぞ投げお、拟っお来させるずいう様な――時は、必ずそれに埓うものだずいうこずを吊たないであろう。この動物心理を利甚しお、倫人は、靎をゞョンに䞎えお、其堎を去らしめたのである。そしお、その靎が、少くずも、奥座敷の瞁偎のそばに眮かれるこずず――圓時倚分瞁偎の雚戞が閉ざされおいたので、ゞョンもい぀もの習慣通りには行かなかったのであろう――内偎からは抌しおも開かぬ所の朚戞にささえられお、再び犬がその堎ぞ来ないこずを願ったのである。\n 以䞊は、靎跡の立垰っおいなかったこずず、犬の足跡其他の事情ず、博士倫人の犯眪的倩才ずを思い合せお、私が想像を廻らしたのに過ぎないが。これに぀いおは、䜙りに穿ち過ぎたずいう非難があるかも知れないこずを虞れる。寧ろ、足跡の垰っお居なかったのは、実際倫人の手ぬかりであっお、犬の足跡は、最初から、倫人が靎の始末に぀いお蚈画したこずを語るものだず考えるのが、或は圓っおいるかも知れない。然し、それがどちらであっおも、私の䞻匵しようずする「倫人の犯眪」ずいうこずに動きはないのである。\n さお、ここに䞀぀の疑問がある。それは、䞀匹の犬が、䞀足の即ち二個の靎をどうしお䞀床に運び埗たかずいう点である。これに答えるものは、先に䞊げた二぀の蚌拠物件の内、ただ説明を䞋さなかった「蚌拠品ずしお其筋に保管されおいる所の博士の靎の玐」である。私は同じ召䜿××氏の蚘憶から、その靎が抌収された時、劇堎の䞋足番がする様に、靎ず靎ずが靎玐で結び付けおあったずいうこずを、倧分苊心しお、さぐり出したのである。刑事黒田氏は、この点に泚意を払われたかどうか。目的物を発芋した嬉したぎれに、或は閑华されたのではなかろうか。よし閑华はされなかったずしおも、犯人が䜕かの理由で、この玐を結び合せお、瞁偎の䞋ぞ隠しお眮いたずいう皋床の掚枬を以お安心せられたのではあるたいか。そうでなかったら、黒田氏のあの結論は出お来なかった筈である。\n かくしお、恐るべき呪の女は、甚意の毒薬を服し、線路に暪わっお、名誉の絶頂から擯斥の谷底に远い萜され、獄裡に呻吟するであろう所の倫の幻想に、物凄い埮笑を浮べながら、急行列車の蜍にかかるのを埅ったのである。薬剀の容噚に就おは、私は知る所がない。が、物奜きな読者が、圌の線路の附近を䞹念に探し廻ったならば、恐らくは氎田の泥の䞭から、䜕ものかを発芋するであろう。\n 圌の倫人の懐䞭から発芋されたずいう曞眮に぀いおは、ただ䞀蚀も蚀及しなかったが、これずおも靎跡其他ず同様に、云うたでもなく倫人の拵えお眮いた停蚌である。私は曞眮を芋た蚳ではないから単なる掚枬に止たるが、専門の筆蹟鑑定家の研究を乞うたならば、必ず倫人が自分自身の筆癖を真䌌たものであるこずが、そしお、其凊に曞いおあった文句は、実に正盎なずころであったこずが、刀明するであろう。其他现い点に぀いおは、䞀々反蚌を䞊げたり、説明を䞋したりする煩を避けよう。それは、以䞊の陳述によっお自から読者諞君が悟られるであろうから。\n 最埌に、倫人の自殺の理由であるが、それは、読者諞君も想像される様に、至極簡単である。私が博士の召䜿××氏から聞き埗た所によれば、圌の曞眮きにも蚘された通り、倫人は実際ひどい肺病患者であった。このこずは倫人の自殺の原因を語るものではあるたいか。即ち、倫人は慟深くも、䞀死によっお、厭䞖の自殺ず恋の埩讐ずの、二重の目的を達しようずしたのである。" } ]
[ { "role": "system", "content": "䞋蚘の曞き盎しを完成させお、印象的な文曞を䜜成しおください。" }, { "role": "user", "content": " けれども、それらのいぶかしい右門の態床も、倕がたが来るずすっかりなぞが解けおしたったんですから、やはりこれは、われわれの芪愛なる右門にあなごず蛀を二十個平らげさせおゆるゆる昌寝をさせたほうがたしなくらいなものでありたした。なぜかならば、あれほどかんかんにおこっお行った䌝六が、その倕がたになるずしょうぜんずしょげ返っお、いかにもきたりわるげに垰っおきたからでありたすが、ただきたりわるげに垰っおきたばかりでなく、䌝六は力なくそこぞべたりずすわるず、いきなり䞡手を぀いお、たずこんなふうに右門にわびをいったものです。\n「さすがはだんなでござんした。さっきは぀い気がたっおいたものでしたから、聞いたふうなせりふをほざきたしたが、どうもご県力には恐れ入りやした」\n するず、右門は瞁偎でひず吹き千䞡の薫颚に吹かれながら、湯䞊がりの足の぀めをしきりずみがいおいたしたが、にたりず埮笑するず、いたわるようにいいたした。\n「じゃ、あの日に干しおいた子どもの足は、しばやに䜿う小道具だっおこずが、きさたにもはっきりわかったんだな」\n「ぞえい。なんずもどうもお恥ずかしいこずでござんした。だんなは話を聞いただけであの足が小道具だずいう県力がちゃんず届くのに、あっしのどじずきちゃ、珟物を芋おさえももういっぺんたしかめないこずにはそれがわからないんですから、われながらいやになっちたいたす」\n「りッフフフ......そうずわかりゃ、そうしょげるにもあたらない! 少しバカおいねいじゃあるが、念に念を入れたず思やいいんだからね。だが、それにしおも、ほかにもうあの事件のねたになるようなものはめっからなかったかい」\n「それがですよ。あっしもせっかくこれたで頭突っ蟌んでおいお、あのほしが芋圓はずれだからずいうんですごすご手を匕いちたっちゃいかにも残念ず思いやしたからね、䞋谷のあのほしはもう芋切りを぀けお、すぐにもういっぺん二十階町の質屋ぞすっ飛んでいっおみたんですが、ほかにゃもう毛筋䞀本あの事件にかかわりのあるらしいねたがねえんでがすよ」\n「そうするず、䟝然質屋の子せがれは生きおいるのかも死んでいるのかも、ただわからんずいうんだな」\n「ぞえい。けれども、そのかわり、あの質屋のおやじがあっしを぀かたえお、おかしな蚀いがかりを぀けやがっおね。南町はどなたのご配䞋の岡っ匕きだずききやがるから、ぞん、はばかりさた、いた売り出しのむっ぀り右門様っおいうなおれの芪分なんだっお、぀い啖呵をきっちたいたしたら、おやじめがこんなにぬかしやがるんですよ。むっ぀り右門ずいや、南蛮幜霊事件からこのかた、江戞でもやかたしいだんなだが、それにしおは、子分のおれがどじを螏むなんお、きいたほどでもねえなんおぬかしやがったんですよ」\n「たしかにいったか!」\n するず、右門の顔がやや匕き締たっお、その涌しく矎しかった黒いひずみが少しばかりらんらんず鋭い茝きを芋せだしたしたものでしたから、䌝六が勢い蟌んでそれぞ油をそそぎかけたした。\n「いいたしたずも! いいたしたずも! はっきりぬかしやがっおね。それからたた、こうもいいやがったんですよ。お䞊の者がたごたごしおどじ螏んでいるから、たいせ぀な子どもをかっさらわれたばかりでなしに、もう䞀぀おかしなこずを近所の者から因瞁づけられお、ずんだ迷惑しおるずいうんですよ」\n「ど、ど、どんな話だ」\n「なあにね、そんなこずあっしに愚痎るほどがものはねえず思うんですがね、なんでもあの質屋の近所に芪類づきあいの叀道具屋がもう䞀軒ありたしおね。そうそう、屋号は竹林堂ずかいいたしたっけ。ずころが、その竹林堂に、もう十幎このかた、家の守り神にしおいた金の倧黒ずかがあったんだそうですが、䞍思議なこずに、その金の倧黒さたがひょっくり、どこかぞ芋えなくなっおしたうず反察に、今床はそれず寞分違わねえ同じ金の倧黒さたが、ぎょこりずあの質屋の神だなの䞊に祭られだしたずいうんですよ。だからね、叀道具屋のほうでは、おっきりおれんちのや぀を盗んだんだろうずこういっお、質屋に因瞁を぀ける――こい぀あ寞分違わねえずするなら、叀道具屋の因瞁づけるのがあたりめえず思いたすが、しかるに質屋のほうでは、あくたでもその金の倧黒さたを日本橋だかどこかで買ったものだずいうんでね。ずうずうそれが争いのもずになり、十幎来の芪類぀きあいが今じゃすっかりかたきどうしずなったんだずいうんですがね。ずころが、ちょっず倉なこずは、その倧黒さたのいがみあいが起きるずいっしょに、ちょうどあくる日質屋の子せがれがばったりず行きがた知れずになったずいうんですから、ちょっず奇劙じゃごわせんか」\n「............」\n 答えずに黙々ずしお右門はしばらくの間考えおいたしたが、ず、俄然そのたなこはいっそうにらんらんず茝きを垯び、しかも同時に凛然ずしお突っ立ち䞊がるず、鋭くいいたした。\n「䌝六! 早駕籠だッ」\n「えッ。じゃ、じゃ、今床は本気でだんなが半口乗っおくださいたすか!?」\n「乗らいでいられるかい。こんなこっぱ事件、おれが手にかけるがほどのものはねえず思っおいたんだが、質屋のおやじのせりふが気に食わねえんだ。右門ひずりを芋くびるなかんべんしおも、お䞊の者がどじを螏むずぬかしやがるにいたっおは、お江戞八癟䞇石の名にかかわらあ。朝めしめえにかたづけおやるから、倧手を振っお぀いおこいッ」\n「ちえッ、ありがおえッ。そう来なくちゃ、おれさたの虫もおさたらねえんだ。今床ずいう今床こそは、もうのがしっこねえぞ」\n 䌝六にしおみれは、右門の出銬はたったくもう䞇人力にちがいないんですから、こうなるずもう早いこず、早いこず、䞉尺垯を締め盎したずみえたが、鉄砲玉のように衚ぞ飛んでいくず、\n「ぞえい、だんな! おあ぀らえ」\n すぐに駆けかえっおきお、みずから駕籠のたれをあげながら、右門の乗るのを埅ち迎えたした。\n ここにいたれば、もはやただわがむっ぀り右門の、名刀村正のごずき凄婉なる切れ味を埅぀ばかりです。やや青みがかった癜皙の面にきりりず自信のほどを瀺すず、右門は長刀をかるくひざに敷いお、黙然ず駕籠をあげさせたした。\n 宵はこのずきに及んでようやく春情を加え、桜田埡門のあたり春意たすたす募り、牛ガ淵は歊蔵野ながらの倧濠に氎鳥鳎く沈黙をたたえお、そこから駕籠は巊ぞ番町に曲がるず、ひたひたず倧江戞城の倖廓に出ぬけおたいりたした。\n けれども、右門の呜じたそこからの行く先は、二十階町の䞉河屋なる質屋でなくお、䌝六に聞いた今の話の叀道具商竹林堂だったのです。\n「蚱せよ」\n 駕籠から降りお鷹揚にいいながら、ずいず店先ぞはいっおいったものでしたから、男たえずいい、貫犄ずいい、番町あたりの倧旗本ずでも目きき違いをしたのでしょう。四十五、六の小倪りな道具屋のおやじが、こずごずくもみ手をいたしたしお、ぞぞい、いらっしゃいたし――ずばかり、そこぞ平月代の額をすり぀けたした。そしお、べらべらず぀づけたした。\n「――お品はお腰の物でございたしょうか。お刀ならばあいにくず新刀ばかりで、こちらは堀川の囜広、たず新刀䞭第䞀の名品でござりたす。それから、この少し短いほうは肥前の忠吉、こちらは、京の埋忠――」\n「いや、刀ではない。わしは八䞁堀の者じゃ」\n 道具屋のくせに、なんずたあ目のきかないや぀だ、ずいいたげなたなざしでぎろり右門がおやじの顔を射ぬいたものでしたから、亭䞻のぎょうおんしたのはもちろんのこず、もみ手が急にひざの䞊でのり现工のように固たっおしたいたした。ず――右門のいっそうに鋭いたなざしが、そののり现工のように堅くなった亭䞻の右腕を、じっず射すくめおいたしたが、䞍意にえぐるような質問が飛んでいきたした。\n「おやじ! おたえのその右小手の刀傷はだいぶ叀いな」\n「えッ!」" }, { "role": "assistant", "content": "「隠さいでもいい。十幎ぐらいにはなりそうだが、昔はダットりをやったものだな」\n「ご、ご冗談ばっかり――このずおりの芋かけ倒しなただの叀道具屋めにござりたす......」\n「でも、道具屋にしおはわしを芋そこなったな、新たいか」\n「えぞぞぞ......そういう目きき違いがおりおりございたすので、ずんだいかものを぀かたせられるこずがございたす......」\n「りハハハハハハ」\n ず、䞍思議なこずに、突然たた右門の態床が倉わっお、さもおかしそうに倧声で、からからずうち笑っおいたしたが、ずいず座敷ぞ䞊がるず、からかうように亭䞻にいいたした。\n「䞍意にわしがおかしなこずをいったので、きさた、がたがたず、いただに震えおいるな。なに、心配せいでもいいよ。ずきに、きさたのずころで金のお倧黒さたずかが玛倱したそうじゃっおのう」\n「あっ。その件でお越しくださりたしたか。遠路のずころ、わざわざありがずうございたす。実は、それが、そのいかにも䞍思議でござりたしおな。あのお倧黒さたは、おたえが、呜にかけおもたいせ぀な品でござりたすので、神だなにおた぀り申しあげ、朝晩朝晩欠かさずにお䟛物も進ぜるほどの信心をしおござりたしたが、さよう、たさしく䞀昚日のこずでござりたす。朝お茶を進ぜようず存じたしお、ひょいず神だなを芋たするず、䞍思議なこずに、それが玛倱しおいるのでございたすよ。ずころが、もっず奇劙なこずには、぀い目ず錻の先のあのかどの䞉河屋でございたすが、あの質屋の神だなに、その日から寞分たがわぬ倧黒さたがちゃんずのっかっおござりたすのでな、おたえはもうおっきり家のものず存じたしお、さっそく掛け合いに参りたするず――」\n 正䜓がわかっお安心したように、べらべらずのべ぀にしゃべりだした亭䞻のこずばをうるさそうに抌えるず、右門は突っ立ったたたで尋ねたした。\n「わかった、わかった。もうわかっおる。そのこずでおたえたちがいがみ合っおいるこずを聞いたから参ったのじゃが、いったいそのお倧黒さたはどんな品じゃ」\n「正真正銘金無垢のお倧黒さたでござりたす」\n「金無垢ずのう。するず、なんじゃな、いずれは小さい品じゃな」\n「ぞえい。実はその小さいのが倧の自慢で、たずあずき粒ほどの倧きさででもござりたしたろうか。ずころが、その豆倧黒さたには、ちゃんずみごずな目錻も俵も぀いおございたすのでな。どうしたっお、そんな珍しい䞊できのお倧黒さたなんおものは、たずえこの江戞が癟里四方あったにしおも、二぀ずある品じゃないのでござりたすよ。しかるに、それが――」\n「わかった、わかった。あずは蚀わいでもわかっおるず申すに! ずころで、その豆倧黒はどこぞ祭っおあった」\n「ここでござりたす」\n いいながら道具屋の亭䞻がなにげなく次のぞやずのふすたをあけたせ぀な――右門はおやッ! ず目をみはりたした。なぜかならば、そこの長火ばちの向こうに、ひずりの異様な姿の女がさし控えおいたからでありたした。\n\n 3\n\n 女は幎のころがたず䞉十五、六。倪り肉で、食べ物のよさを物語るようにたいぞん色぀やがよろしく、うち芋たずころいかにも艶に色っぜいのです。しかるに、異様な姿だずいうのはたずその髪の毛でありたした。ただじゅうぶんに情けの深さを瀺す挆黒のぬれ矜色をしおいながら、䞭ほどをぷっ぀りず切った切り䞋げ髪で、だからたゆは青々ずそっお萜ずしお、口をあけおはいないからわからないが、歯はむろんのこずにおはぐろ染めに盞違なく、したがっおどこのだれがどう芋おも、ひず目に若埌家ずうなずかれるいでたちをしおいたものでしたから、若埌家さんである以䞊その者が叀道具屋の劻女でないこずは、はっきりず右門にわかりたした。のみならず、食べ物のよさを物語るようなそのたいぞんぐあいのよろしい倪り肉の色぀やから刀断するず、どうしおもご倧家の育ちらしいので、しかもそれが普通のご倧家ではなく、おうぞいに長火ばちの向こうの正座を占めおいるずころから察するず、このみすがらしい叀道具屋のおやじには䞻人筋にでも圓たる身分の者のような節がありたしたから、右門は異様以䞊に䞍調和な䞡人の察照のために、先鋭きわたりなきその心鏡を、早くもぎかぎかずずぎすたしたした。\n けれども、たずえ心にどんな倉動があったにしおも、それをみだりに色ぞ出す右門ずは右門が違いたす。埮笑を含みながら、それなる青たゆの女に目であいさ぀するず、右門は黙っおその前を通りすぎたした。\n するず、やや䞍思議です。たゆをおずしたそれなる女が、その青々しいたゆげの䞋にこっおりず芋ひらかれおいる切れ地の長い目もずで、あきらかに媚を含んだ笑いを、ためらうこずもなく、そしおたたひるむずころもなく、ただちに右門に向かっお返瀌したではありたせんか! これは右門にずっお、実に容易ならざるできごずでなければなりたせんでした。たずいその皮のごく食べ物がよろしい倪り肉の若いお埌宀さたが、いかにりりしく矎しい筋肉の匕き締たった若い䟍をお奜物であったにしおも、そういうこずが神代ながらの因果な玄束であったにしおも、わが道心堅固なるむっ぀り右門においおは、そんな心で圌女に向かい目もずの埮笑をほころばしたのではなかったからです。しかるに、女は切れ地の長いその目で、あきらかに媚を送ったのです。ずもかくも、右門が非垞なる奜物であるこずを、ひず目で奜物になったらしいこずを、はっきりず瀺したんですから、右門にずっおは実に容易ならざる珍事でした。ために、右門は少し足もずの芋圓が狂ったような様子を芋せおいたしたが、しかし、それはほんのしばし――\n「あの神だなが、お倧黒さたを祭っおあったずころでござりたす」\n いった亭䞻のそばぞ近づいおいくず、䌞び䞊がるようにしおぎろりずたずその特有の目を光らしたした。みるず、なるほど亭䞻のいうずおり、なげしの䞊に造り぀けた箱だなの䞭には、お䞍動さたのお守りもあるが、それから倩照皇倪神宮のお札もあるが、豆倧黒はその䞊に食っおあったらしい小さな台座が残っおいおも、金無垢の犏々しいそのお姿をばどこにも芋せおいないのです。\n ず、そのずきじっず目を光らしおいた右門のたなこに、はからずも映った䞀個の叀がけたお茶わんがありたした。豆倧黒さたが出奔しおからずいうもの、気も転倒しおしたったずみえお、それっきりもう朝ごずのお茶も進ぜないらしく、茶わんはほこりにたみれたたたでありたしたが、その䜍眮がちょうど倧黒さたがた぀られおあったお台座の真䞋になっおいたものでしたから、なにげなく取りおろしお、ふず䞭をのぞいおみるず、ずたんに右門はにっこりず笑いながら、蚀䞋に呜じたした。\n「䌝六ッ、きさたにもおがらを半分おすそ分けができそうになっおきたぞ。筋向こうの質屋ぞ行っお、そこの家にある豆倧黒ずいっしょに、亭䞻をここぞしょっぎいおこい」\n 心埗お、すぐに䌝六が呜什どおり、うしろぞ質屋の亭䞻を匕き連れながら、疑問の豆倧黒をおのひらの䞊にのせおたち垰っおたいりたしたものでしたから、圢勢われに有利ず芋おずったかのごずくに、叀道具屋のあるじがたちたちおどり䞊がっおしたいたした。\n「䞉河屋さん、そうれごろうじろ、やっぱり倧黒さたはおたえのうちのものですぜ。ねえ、八䞁堀のだんな、そうなんでがしょう」\n ずころが、右門は意倖でありたした。なんずも答えずに䌝六のおのひらの䞊からあずき粒ほどの倧黒を぀たみあげるず、自分の目の前になみなみず぀がれおあった饗応の薄茶の䞭ぞ、容赊なくがちょりずそれを萜ずしこんだのです。ず――なんたる䞍思議、いや、なんたる右門の明知のさえであったでしょう! 玔真無垢の金倧黒ず芋えたくだんの小粒は、熱いお茶に出䌚っお、みるみるうちにたわいもなく、ずろんこず、どろになっおしたったものでしたから、同時にいく぀かの、あっ! ずいう驚きの声が、右から巊から、そしおうしろから、右門の手もずにそそがれたした。\n けれども、わがむっ぀り右門は、それらのあっ! ずいう驚きの䞭から、ただ䞀぀なためかしいお埌宀さたのあっ! ずいった声のみを耳に入れるず同時のように、そのほうぞふり返っお、ほんのりず埮笑を送りたした。そしお、今なお驚き怪しんでいる道具屋のおやじず質屋のおやじずをしりめにかけながら、立ち䞊がっお箱だなの䞭からさっき芋おおいたお茶わんを取りおろすず、䞀座の者に二぀の茶わんの䞭をさし瀺し぀぀、明快流るるごずき鑑識のさえを芋せたした。\n「よくたあ、この䞡方の茶わんの䞭を芋るがいいや。道具屋にも䌌合わしからぬお県力のうずいこずでござんしたな」\n「ぞぞい、なるほどね、䞡方ずも茶わんの䞭はどろ氎ですが、そうするず、こりゃお倧黒さたはやっぱり二぀で、䞡方ずもどろ现工でしたんですかい」\n「た、ざっずそんなずころかな。おたえんずころのや぀は、ねずみかなんかにけおずされお、ご運がわるくもお茶わんの䞭におがれちたったんで、金無垢の豆倧黒さたもたわいなく正䜓をあらわしちたったんさね。これがほんずうに箔のはげるずいうや぀さ。でも、どろ氎の䞭にちかちか光った金粉がいただに残っおいるずころを芋るず、金は金の金粉だったろうが、それにしおもこんな子どもだたしの安物をお家の宝にしおいたり、それがもずで仲たがいするずころなんぞをみるず、ほかに䜕かもっずいわくがありそうだな」" } ]
[ { "role": "system", "content": "䞋蚘の曞き盎しを維持しお、玠晎らしい文曞を䜜成しおください。" }, { "role": "user", "content": " この䞊願曞は半玙に凡そ二十二枚、いず现々ず認めたもので、圌の粟力ず蚘憶力の旺盛な事ず、底の知れない執拗さずを歎然ずしお瀺しおいる。\n 衚玙に䞀枚別の半玙が぀いおいお、それには筆倪に、「䞊願曞」ず曞し、その傍に皍现い字で「䞀名殺人犯ずしおその名目に座する匁明曞」ず曞き、最埌に「被告人支倉喜平」ず曞かれおいる。\n\n「刀官閣䞋\n聖代仁慈の倧正の今日譊察内に拷問なきものず思い居りしに、そうではない、今尚神楜坂譊察眲内に旧幕時代の面圱を存しおいるのでありたす。実になげかわしき至りでありたす。\n 被告喜平はその拷問に遇い虚停の申立おなし殺さぬ者を殺したずしお今裁刀所に移されおいる者でありたす。\n 今を過ぎぬる四幎前小生家宅近圚の井䞭より浮䞊りしあれなる死䜓骞骚はたさしく小林貞に盞違ありたせんでしょうか、小林さだ子ずしたなら他殺でしょうか自殺でしょうか。それずも䜕時どうしお死に至りしものなのか。私は小林さだ子ずは思われんのです。小林さだ子ずしたならば最少し小さくなければならんのです。神楜坂眲におあれなる死䜓に぀き色々に説明を聞きたしたなれど、未だ今尚私は疑惑の波に挂うお居るのでありたす。\n 神楜坂眲石子刑事の云分。\n お前は小林さだ子を殺害しお居るではないか。知りたせん、殺害しお居りたせん。うそ぀け、之れなる骞骚は小林さだ子だよ、お前の劻は立蚌しおいるのだ。あの時の䞋駄を芋たろう。芋たした、なれども誰れのかわかりたせん。わからんこずはない、小林さだ子の䞋駄だずお前の劻は云うおいるのだ。\n そしおお前が殺害したものであるず云う事たでも云うお居るのだ。癜状しろ。どう劻が云うお居りたしおも私は䞀向存じたせん。存ぜん事はない、分らんでは通らん、通させぬのである。この野郎䞊倧抵では䞭々容易に癜状せん、拷問に懞けおやれ」\n\n 支倉の䞊願曞は瞷々ずしお続くのである。\n\n「それからず云うものは毎日々々刑事宀に匕出され、各刑事亀代に培倜にお長の責折檻、鉄拳制裁を受けたのでありたす」\n 支倉の䞊願曞はこう云う颚に蚎えおいる。\n\n「右からも巊からも前からも拳骚雚の降る劂く、あの二月の寒空に単衣䞀枚ずしお硝子戞を明けはなしお、それだけならただしものこず、誰ずもわけの刀らぬ頭蓋骚を持出しお、之はさだ子だ、接吻しろ。頭をなめろ。䞀床や二床なら兎も角数知れず接吻させられたのでありたす。そしおお前は癜状をせぬうちはこれから拘留の蒞し返しだ幟床ずなく拘留しお、野郎殺しおやるからそう思え。明日は裏の撃剣所に連れお行き、瞄にお匕瞛っお頭から氎をぶっかけおやるからそう思え。そればかしではない、明日早朝お前の家に行き、お前の劻を匕匵っお来お二十日の拘留に凊しおお前同様責めおやるからそう思え。(劻は床々其前に呌び出され、責められ、その泣き声を聞くのは私には実に蟛かったのでありたす)劻は可愛くないか。眪ないあの子䟛は可愛くないか。お前は畜生か、歀野郎、犜獣にも劣る奎だ。劻の可愛いのも子䟛の可愛いのも知らんのである。仕方ない奎だ。それ接吻しろ。又も骞骚ずの接吻数々。喜平もこゝに心身共に疲れ、こんなに責められるなら、いっその事死んだ方がたしだず、それから二床目の自殺を謀ったのでありたす。看守厳重になり到底死ぬ蚳に行かず。眪の私は兎もあれ、眪なき劻子を明日から苊しめるず云う事は実に忍びない事だ。からずお殺さんものを殺したず云う蚳にも行かず、歀䞊は臎し方なし、なんぞ嘘蚀の申立おをなし、歀堎を䞀日も早く、骞骚の責め、虎口より逃れ劻子を救わんずしたのでありたす。かねお根岞、石子䞡刑事からのたのみもあるこずですから、こゝに第二の聎取曞䞭の助ず云う無圢の土工を呌び起しおさも真実らしく申立おたのです。なれども事䞭々には承知しお䞋さらんのです。お前は殺したにせなければいかん。人にならっおはいかん、ず云われ、私が予審々々ず幟床願っおも、ペシンに廻しお䞋さらんのです。益〻蟛く酷く責められるのでありたす。培倜におの骞骚ずの接吻の連続数々、歀䞊は仕方がない、自分の身を絞銖台に䞊せる倖途はない。自身を殺しお劻子を助けおやろうず、それから倧決心をしお茲に私は殺さぬ者を殺したずしお倧胆にも叫んだのでありたす。眲長殿の前に嘘自癜をしたのでありたす。私も男です、自癜いたしたす代りに劻子を助けお䞋さい。ペロシむお前が男を立おたなら俺も男だ、職暩を捚おゝたでもお前の劻子を助けおやろう。あの家だっおも聖曞䌚瀟より差抌えられんようにしおやる、劻子の所有ずしおやる、安心せよ。それに぀いおは䜕か蚀い眮く事はないか。蚀い眮く事あるなら明日誰なり呌び出しおやる。それなら劻を呌出しおいたゞきたい。それから府䞋䞭野町のりむリダム゜ン垫に神戞牧垫を呌んでいただきたい。(冀眪の為今は芚悟しお死に行くべき身の心の苊しさ)よろしいそれなら明日呌んでやろうず云うので、こゝに生れたのは第䞉の聎取曞なのでありたす。之なる聎取曞だずお䞊倧抵ではありたせん。自分は殺しお居らんものを殺したずしお立぀のですから、圓惑しどう答えおよきやら、先方委せ、先方の云わるゝ儘になったのでありたす。然し根岞刑事なり眲長さんがあゝたで云われたからずお、あずを芋なければ䞭々に安心は出来んず思い起したした。\n 劻子を助けたき山々なれど、吟は劂䜕せん冀眪の䞋にオメ〳〵ず絞銖台に䞊がらなければならんのか、あゝ、䞖は無垞々々、人生は倢だ〳〵断念めた。今曎女々しき根性は出すたじ我もダ゜信者ずしお劻子を助ける為に朔く絞銖台に乗らなん」\n\n\n 支倉は委曲を尜しお神楜坂眲に眮ける拷問の事実を挙げた。もしそれが事実なら無論蚱すべからざる事であるが、䞀䜓拷問せられた為に自癜した事は裁刀䞊無効か有効かは知らないが、拷問による自癜だから虚停であるず云う事は盎ちに云えないず思う。寧ろ苊痛の䜙り真実を述べるず云う方が割合が倚いのではなかろうか。\n 支倉は今神楜坂眲に斌ける自癜は拷問によるものだから虚停だず云う事を蚎えおいるけれども、圌の自癜が真実か虚停かず云う事は拷問の有無ず切攟しお考えられないだろうか。即ち拷問の有無は神楜坂眲の責任問題ずしお残るだろうけれども、犯眪事実の有無はそれを倖にしお䟝然ずしお刀官の心蚌に残るであろう。芁するに支倉の自癜が真か嘘か。圌の自癜の堎面を芋るずどうも心からしたものず思われるし、殊に拷問に぀いおは神楜坂眲で然る事実なしず簡単に片づけおいるのだから、支倉にずっおは甚だ䞍利だ。\n それに圌はこう云う蚎えをする時期を倱しおいる。圌は予審廷ぞ出た圓初述べれば奜いものを、どうかしお眪を逃れようず思っお、あれこれず小策を匄し、最埌に窮䜙の極こんな事を持出したのではないかず云われる所がある。䞔自癜をした原因ずしお眪なき劻子を助けたいず、くど〳〵曞いおあるがもずより支倉は文筆の士ではなく、獄䞭匆卒の間に䞀気筆を呵したのだから、意䜙っお筆尜さざる恚みは十分にあり、劻子を助けたいず云う意味は早く安心がさせたいず云う意味かも知れないが、真に劻子を助けたい為に冀眪を甘んじお受けたずするず、䜙りに垞識のない話で、それこそ倧正の聖代に眪が䜕も知らない劻子に及ぶ筈がなく、神楜坂眲員もそんな非垞識な事を云っお圌を嚁かす筈もないのである。支倉の䞊願曞は尚続く。\n\n「さわれ絞銖台に䞊がらずしお、なんずかしお劻子を助ける工倫はなきかず暫し考えたのでありたす。考え぀きたした。ありたす〳〵。我兎に角歀埌眲長さんなり根岞、石子䞡刑事の凊眮を芋ばやず吟は謀られたじ吟反っお先を謀らん。謀若し䞭途にしお砎れなば吟は絞銖台に䞊らず自分から自害しお男を芋せん。倫れたでは吟は監獄に行き倧犏造々々ず粟神病ずなり粟神病者ずしお取扱いを向う或期間受けん。自分所有の家屋劻子の所有ずたりたらば、劻子はよもや今日々々の糊口には困るたじ(我死にお劻子を生かさん)粟神病癒えなば死なずしお吟又生きん。謀砎れなばよろこんで自分は自ら死をずらん、自害せんず第䞉の聎取曞䜜成に皍䞀倜を費したした」\n\n こゝの所はどうも意味がよく通じないが、芁するに劻子が今日の糊口に差支ぬように、どうかしお財産を完党に譲りたい、それに぀いおはこゝで䜯狂ずなり倧犏造々々ず連呌しお䞀先ず蟛い責苊から逃れ、劻子に完党に財産が移るたで審理を延ばしおいよう。もし事がならなければ自殺する蚱りだず云う意味らしく、圌は事実気狂を装うお掛官を手叀摺らしたのだが、又以お圌がいかに劻子の身の䞊を思うおいたかを察しる事が出来る。圌が劻子を思う念の切なのを利甚しお圌を癜状させようずしたのが、神楜坂眲員の云わば気転で、同時に深く支倉から恚たれた点であろう。" }, { "role": "assistant", "content": " 劻子の身の䞊を思う䜙り、虚停の自癜をする事は埀々ある事であるが、それは倚くの堎合劻子が眪を犯しおいる堎合で、それを庇うべく自ら眪人ずなり名乗るのであろう。支倉の堎合には劻子は䜕等眪を犯しおいないのだから、少しも庇う必芁はない。譊察で少し䜍苛酷な調べ方をせられたからず云っお、又は単に財産を譲枡しお埌顧の憂いなきようにする為に、仮にも犯した芚えなき殺人の眪を自癜するずは受取れぬ。\n 眲員が支倉の劻子を思う情を旚く利甚しお圌に自癜を迫ったのだず思う。それは䞊願曞の続きを芋るずよく分る。\n\n 支倉の䞊願曞の次ぎにはこう曞いおある。\n\n「A、根岞刑事より小生に䟝頌の件、\n お前は小林貞を殺したず云うお立っおくれ、背負っおくれ、お前が背負っおくれなければ私は眲長さんぞ察しお顔向けが出来ん。どうか背負っお行っおくれ、私を助けたず思っおたのむ〳〵。お前も男だろう。背負っお行っおくれたなら俺も男だ。お前が今所有しおいる家屋は聖曞䌚瀟より差抌えられないようにしおやる。そしおあれなる家屋を䞉千円にお売払い二千円にお小坂に田畑を求め、残り䞀千円を子䟛の逊育金ずしお銀行に貯蓄しお、其利子で行くようにしおやる。劻子を助けおやる。お前はどうせ無眪では出獄できぬ身䜓、お前は死んで眪なき劻子を助けおやれず幟床ずなく諭されたのたれたのでありたす。又こんな事も云われおいたす。俺はお前の為には随分なっおいるではないか。歀間もお前の家の台所の煙突が砎れた、修繕するのに金がないず云うからお前には話さなかったが、お前の所持金の内より十円お前の家内に䞋げおやっおいるのだ。それからお前の家に歀間或者がお前から頌たれたず云っお広告料印刷代ずしお十䞀円を詐取しようずしお来た者があったのだ。その時だっおお前の家内を俺が助けおやっお居るのだ。是皋たでに俺は埡前の為に尜しおやっおいるではないか。お前も男だろう背負っお立およ。お前も男だろう、宗教家だろう、背負っお立およ、背負っお立ったなら、あれなるあの家屋をお前の劻子の所有にしお歀埌共助けおやるからず呉々にも云われ、たのたれたのでありたす。\nB、石子刑事より小生ぞの䟝頌の件、\n お前の宅ぞ行っお俺が同行を求めた際に、お前が䜕ず云う事なしに来ればよかったのに、お前の為に私は随分なっおいる筈だ。あの時だっおお前の人栌を私は思うたが為、殊曎私はお前の家に私甚名刺を通じおいたではないか。それにも拘わらずお前が逃げたために、私は眲長さんの前に顔向けが出来んのである。免職せなければならんように成っおいるのだ。お前は殺さずずも殺したずしお立っおくれ。立っおくれゝばよいのだ。立っおくれさえすれば私が免職せずに枈むのだ。お前は男だろう。宗教家だろう。私を助けおくれ、殺したず云うお背負っお行っお呉れず幟床ずなくたのたれたのでありたす」\n\n 以䞊は䞊願曞䞭にある䞀断片だが、根岞、石子䞡刑事の方を質しおみなくおは分らぬ事だが、支倉の云う所は或る皋床たで事実に違いない。䞡刑事は圌をどうかしお自癜させようず、或いは脅し、或いは誑し賺かしお劻子を枷に圌を釣ったかも知れない。尀も之は聞く方のトリックで、堎合によっおは随分奜くない事もあろうが、こんなトリックに乗っおうかず癜状する方も、実は身に芚えがあっお、どうかしおそれから逃れようず思っおいればこそで、向うが隠すのだからトリックを匄するのも止むを埗たい。合監に諜者を忍び蟌たしお味方らしく持ち蟌んで、向うの信頌に乗じお秘密を喋らしたりするのよりは、面ず向っおいるだけ眪が軜いず云える。\n 所で、支倉が云うように䞡刑事がペコ〳〵頭を䞋げお、どうか自分達を助けるず思っお眪を背負っお呉れず繰返し頌んだかどうか疑問だが、どうもこの様子では䞡刑事が、お前は男だろうずか宗教家だろうずか煜お䞊げ、自分達を助けるず思っお癜状しお呉れず哀れみを乞うように云ったかも知れない。\n 尀も䞡刑事の云っおいるのは真実の告癜の事だが、支倉にはどう響いたか。この䞊願曞の曞き振りでは支倉も男だずグッず反り身になったかも知れない。そうなるず、支倉に察する考えを鳥枡倉えねばならぬかず思われる。\n\n 支倉ずはどんな性栌の男か。\n ぀く『〵圌の蚀行を芋るに、悪事にかけおは䞭々抜目のない男で、それに犯眪性のあるものゝ通有性ずしお、甚だ気が倉り易い。気が倉り易い䞀面には梃でも動かぬ執拗な所がある。察手がい぀の間にか忘れおいお、䜕の為に恚たれおいるのか分らぬ䜍なのに、ただ恚み぀ゞける。぀たり目暙を倱した行動をやる。くど〳〵ず䞀぀の事を繰返す。こう云う人間は非垞に倧胆䞍敵の悪人に芋えるが、飜然ず悟るず涙を流したりする。支倉はそんな人間ではなかろうか。\n 䞊願曞でくど〳〵ず䞀぀事を繰返しお、哀蚎嘆願しおいるが䞀向にしめくゝりがない。筆蹟や文字を芋るず䞭々しっかりしおいるようだが、文章ずなるず芁領を埗ない所がある。読んでいるうちにふず煜おに乗り易い、所謂むヌゞヌな(容易な)男ではないかず云うような気がする。\n 殊に䞊願曞の次の件の譊吏ずの問答を読んで芋るず、頗る飄逞な所があっお、之が今死刑になるかならぬか、冀眪か有眪かず云う倧切な瀬戞際を争っおいるものずは思えない。䞀面から云うず圌の容貌が頗る悪盞なのず盞俟っお、裁刀所を茶化すような倧胆䞍敵の埒ず芋られるが、䞀面から芋るず頭脳のどこかに欠陥がありはしないかず思われる。支倉を倧胆䞍敵の痎者ず芋るか、案倖お人奜しの煜おに乗り易い男ず芋るかは、圌の自癜の虚実を確かめる䞊に重倧な圱響を及がすから、圌を党然知らない筆者には軜々しく云えないが、読者諞君は宜しく圌の䞊願曞の党文を通読しお、公平な刀断を䞋しお貰いたい。\n「私は殺人眪を犯しお居るものではありたせん。犯しお居らぬものを犯しおいる者ず無理矢鱈に譊察におは云え癜状せよず泚文せらるゝのですから、その虚実の申立おをなすにも誠に骚が折れたした。先き様の問わるゝ儘に応答したのでありたす。\n è­Š お前は小林貞が病院ぞ行く所を䜕凊で埅ち受けたか。\n 答 知りたせん。\n è­Š 知らん筈はない、枅正公前あたりか。\n 答 そうですね。枅正公前の所、坂䞋で埅受けたした。\n è­Š 䜕時間埅ったか。\n 答 そうですね。\n è­Š 䞀時間䜍も埅ったか。\n 答 そうですね、玄䞀時間皋埅受けたした。\n è­Š そうか、その時小林さだは劂䜕なる着物を着お居ったか。" } ]
[ { "role": "system", "content": "䞋蚘の曞き盎しを進めお、掗緎された文曞を䜜成しおください。" }, { "role": "user", "content": "私は拳鬪の仕合ひは芋た事はあるが、ただや぀た事は䞀床もない、然し斯く申蟌たれおは男の意地、どうなるものかず䞀番立合぀お芋たが銎れぬ業は仕方がない、散々な目に逢぀お、氣絶する皋甲板の䞊に投倒されお、折角高た぀た私の錻も無殘に拗折られおした぀た。春枝倫人は痛く心配しお『あたりに埡身を茕んじ玉ふな。』ず明眞に露を垶びおの諫蚀、私は寊に殘念であ぀たが其儘思ひ止぀た。䞀時は拳鬪のお犮に眞劍勝負でも申蟌んで呉れんかずたで腹立぀たのだが。\n拳鬪の翌日たた䞀隷動が持䞊぀た。それは興行のためにず銙枯ぞ赎かんずお、歀船に乘組んで居぀た䌊倪利の曲銬垫の虎が檻を砎぀お飛び出した事で、船䞭錎の沞くが劂く、怒る氎倫、叫ぶ支那人、目を暈す婊人もあるずいふ隷ぎで、匊月䞞出枯のみぎりに檣燈の埮塵に碎けたのを芋お『南無阿圌陀䜛、歀船には魔が魅぀お居るぜ。』ず呟いた英國の叀颚な玳士は甲板から自分の船宀ぞ逃げ蟌たんずお昇降口から眞逆に滑萜ちお腰を※(「抜」の「友」に代えお「ノ/友」)かした、偶然にも船の惡魔が埡自分に祟぀たものであらうか。虎は挞の事で捕抌ぞたが其爲に怪我人が䞃八人も出䟆た。\nかゝる暣々の出䟆事の間、吟等の可憐なる日出雄少幎は、盞變らず元氣よく始終甲板を飛廻぀お居る内に、ふずリツプずか云ふ、英吉利の極めお剜茕な老爺ず懇意にな぀お、毎日々々面癜く可笑く遊んで居る内、或日の事其老爺が䜜ぞお呉れた菱圢の玙鳶を甲板に飛ばさんずお、頻に隷いで居぀たが、䞁床其時船橋の䞊で、無法に氎倫等を叱付けお居぀た人盞の惡い船長の垜子を、其鳶糞で跳飛ばしたので、船長は元䟆非垞に小八釜しい男、眞赀にな぀お歀方に向盎぀たが、あたりに無邪氣なる日出雄少幎の姿を芋おは流石に怒鳎る事も出䟆ず、ぐず『〵口の䞭で呟きながら、其ビヌル暜のやうな身體を蜉ばしお、垜子の埌を远ひかけた話など、いろ〳〵變぀た事もあるが、逘り管々しくは蚘すたい。\nかくお吟等の運呜を托する匊月䞞は、アデン灣を出でゝ印床掋の荒浪ぞず進入぀た。\n\n 第六回 星火抎圈\n\n難砎船の信號――むダ、流星の飛ぶのでせう――無皜な䞉個の船燈――海幜靈め――其県が怪しい\n\n 荒浪高き印床掋に進航぀おからも、䞀日、二日、䞉日、四日、ず日は暮れ、倜は明けお、五日目たでは䜕事もなく※(「過」の「和」に代えお「和の巊右察称」)去぀たが、其六日目の倜ずはな぀た。私は倕食埌䟋のやうに食堂䞊郚の矎麗なる談話宀に出でゝ、春枝倫人に面會し、日出雄少幎には甲比䞹クツクの冐瞌旅行譚や、加藀枅正の歊勇傳や、たた私がこれ迄の挫遊䞭の倱策談などを語぀お聜かせお、盞變らず倜を曎かしたので、倫人ず少幎をば其船宀に送り蟌み、明朝を玄しお其處を去぀た。\n印床掋䞭の氣※(「候」の「ナ」に代えお「工」)皋變化の激しいものはない、今は五月の䞭旬、凉しい時は寊に心地よき皋凉しいが、暑い時は日本の暑䞭よりも䞀局暑いのである。殊に今宵は密雲厚く倩を蔜ひ、四邊の空氣は變に重々しく、䞁床釜䞭にあ぀お蒞されるやうに感じたので、歀儘船宀に歞぀たずお、迚も安眠は出䟆たいず考ぞたので、喫煙宀に行かんか、其處も暑し、寧ろ奜奇ではあるが暗倜の甲板に出でゝ、暫時新鮮の颚に吹かれんず私は唯䞀人で埌郚甲板に出た。歀時時蚈の針は既に十䞀時を廻぀お居぀たので、廣挠たる甲板の䞊には、當番氎倫の他は䞀個の人圱も無か぀た、船は今、右舷巊舷に印床掋の狂瀟怒激を分けお北緯十床の邊を進航しお居るのである。ネヌプルス枯を出づる時には笑めるが劂き月の光は鮮明に歀甲板を照しお居぀たが、今は日敞も二週あたりを※(「過」の「和」に代えお「和の巊右察称」)ぎお眞の闇――勿論先刻たでは新月の埮かな光は倩の奈邊にか認められたのであらうが、今はそれさぞ倩涯の圌方に萜ちお、芋枡す限り黒暗々たる海の面、たゞ密雲の絶間を掩れたる星の光の䞀二點が芺束なくも浪に反射しお居るのみである。\n寊に物淋しい景色※(感嘆笊䞉぀) 私は䜕故ずもなく悲哀を感じお䟆た。すべお人は感情の動物で、暂しき時には䜕事も暂しく芋え、悲しき時には䜕事も悲しく思はるゝもので、私は今、䞍圖歀悜愎たる光景に對しお物凄いず感じお䟆たら、応然暣々な劄想が胞裡に蟠぀お䟆た、今日たでは巊皋迄には心に留めなか぀た、魔の日、魔の刻の怪談。癜色檣燈の萜䞋、船長の憀怒の顏。怪の船の双県鏡。さおは先日反叀の新聞に蚘されおあ぀た櫻朚海軍倧䜐ず其垆走船ずの行衞などが恰も今倜の歀物凄い景色ず䜕等かの因瞁を有するかのごずく、ありありず私の腊裡に浮んで䟆た。\n『無※((犟+å°€)/侊/日)なッ、無※((犟+å°€)/侊/日)なッ。」ず私は單獚で叫んで芋た。匷いお斯る劄念を打消さんずお態ず倧手を振぀お甲板を歩み出した。前檣ず埌檣ずの間を四五回も埀埩する内に其惡感も次第〳〵に薄らいで䟆たので、最早船宀に歞぀お睡眠せんず、歩む足は今や昇降口を䞀段降぀た時、私は䞍意に䞀皮異暣の響を聜いた。\n響は遙かの海䞊に當぀お、極めお埮かに――寊に審かしきたで埮ではあるが、たしかに砲又は爆裂癌火信號の響※(感嘆笊䞉぀)\n私はふいず頭を巊方に廻らしたが、応ち『キダツ』ず叫んで再び甲板に跳出た。今迄は少しも心付かなか぀たが、唯芋る、我匊月䞞の巊舷船尟の方向二䞉海里距぀た海䞊に當぀お、たた䞀床埮な砲聲の響ず共に、タヌル桶、油暜等を燃燒すにやあらん、㷔々たる猛火海を照しお、同時に星火を癌する抎圈二癌䞉癌空に飛び、぀ゞいお流星の劂き火箭は䞀次䞀癌右方巊方に流れた。\n私は寊に驚愕いたよ。\n歀邊は印床掋の眞䞭で、県界の達する限り島嶌などのあらう筈はない、たしお玄䞀分の間隙をも぀お癌射する火箭及び星火抎圈は危急存亡を告ぐる難砎船の倜間信號※(感嘆笊䞉぀)\n『やア、倧變だ〳〵。』ず叫び぀ゝ私は本船の右舷巊舷を眺めた。船には當番氎倫あり。海䞊に起る千差萬別の事變をば䞀も芋遁すたじき筈の其芋匵番は今や䜕をか爲すず芋廻はすず、歀時右舷の當番氎倫は朚像の劂く船銖の方に向぀たたゝ、今の埮な砲聲は耳にも入らぬ暣子、あらぬ方を眺めお居る。巊舷の當番氎倫は今や確に星火连り、火箭飛ぶ慘憺たる難砎船の信號を認めお居るには盞違ないのだが、䜕故か平然ずしお動ずる色もなく、籠手を翳しお其方を眺めお居るのみ。\n『當番氎倫! 䜕を茫然しお居るかツ※(感嘆笊䞉぀)』ず叫んだたゝ、私は身を飜しお船長宀の方ぞ走぀た。勿論、船に嚎然たる芏埋のある事は誰も知぀お居る、たずぞ霹靂倩空に碎けやうずも、敞萬の魔神が䞀時に海䞊に珟出れやうずも、船員ならぬ者が船員の職權を䟵しお、之を船長に報告するなどは海䞊の法則から蚀぀お、到底蚱す可からざる事である。私も其を知らぬではない、けれど今は容易ならざる急變の塲合である、䞀分䞀秒の遲速は圌方難砎船のためには生死の堺界かも知れぬ、加ふるに本船右舷の當番氎倫は県あれども県無きが劂く、巊舷の當番氎倫は鬌か蛇か、知぀お知らぬ顏の其心は分らぬが、今は瞬間も躊躇すべき塲合でないず考ぞたので、私は䞀散に走぀お、船橋の䞋郚なる船長宀の扉を叩いた。\n『船長閣䞋、起き玉ぞ、難砎船がある! 難砎船がある!』ず叫ぶず、歀時船長は既に寢臺の䞊に暪぀お居぀たが、『䜕んですか。』ずばかり柁々起䞊぀お扉を開いた。私はツト進み入り\n\n『船長閣䞋、越權ながら報告したす、本船巊舷埌方、䞉海里蚱距぀た海䞊に當぀お䞀個の難砎船がありたすぞ。』\n『難砎船?! あはゝゝゝゝ。』ず船長は倧聲に笑぀た。驚愕くず思ひきや、圌はいず腹立たし氣に顏を顰めお\n『難船? それは䜕ですか、本船には絶えず海䞊を譊戒る當番氎倫があるです、敢お貎䞋を煩はす筈も無いです。』\n『無論です、けれど本船の當番氎倫は県の無い奎に、情の無い奎です、䞀人は茫然しお居たす、䞀人は知぀お知らぬ顏をしお居たす。船長閣䞋、早く、早く、難砎船の運呜は䞀分䞀秒の遲速をも爭ひたすぞ。』\n『いけたせん!』ず船長は冷かに笑぀た。\n『貎䞋は海䞊の法則を知りたせんか、たずぞ劂䜕な事があらうずも船員以倖の者が其に嘎を容れる權利が無いです、たた私は貎䞋から其暣な報告を受ける矩務が無いです。』ず圌は右手を延しお卓䞊の葉卷を取䞊た。私は迫蟌み" }, { "role": "assistant", "content": "『理屈を申すぢやありたせん、私の越權は私が責任を負ひたす。貎䞋は信じたせんか、今珟に難砎船が救助を求お居るのを。』\n『信じたせん、信ぜられたせん。』ず船長は今取䞊げた葉卷を腹立たし氣に卓䞊に投げ返しお\n『當番氎倫からは䜕等の報告の無い内は决しお信じたせん。况んや歀暣平穩な海䞊に難砎船などのあらう筈は無い、無※((犟+å°€)/侊/日)なツ。』\n『無※((犟+å°€)/侊/日)なツ。』ず私は勃然ずしおした぀た。日頃から短氣は私の持病、疳癪玉が䞀時に砎裂したよ。\n『無い、無い、無いずは䜕です、私は今珟に目撃しお䟆たのです。』\n『はゝゝゝゝ。䜕を目撃したしたか。はゝゝゝゝ。』ず圌は空惚けお倧聲に笑぀た。私は寊に腹の䞭から煑返぀たよ。序だから蚀぀お眮くが、私は初め歀船に乘組んだ時から䞀芋しお歀船長はどうも正盎な人物では無いず思぀お居぀たが果しお然り、圌は今、倚少の勞を厭ふお他船の危難をば芋殺しにする積だなず心付いたから、私は激昂のあたり\n『䜕を芋たもありたせん、本船巊舷埌方の海䞊に當぀お星火抎圈に䞀次䞀癌の火箭、それが難砎船の信號である䜍を知りたせんか。』\n『其暣事は承る必芁もありたせん。』ず船長は錻で笑ひ぀ゝ\n『それは倧方貎䞋の県の誀りでせうよ。うふゝゝゝ。』\n『県の誀り?! 之は怪しからん、私にはちやんず二個の県がありたすぞ。』\n『其県が怪しい、海の䞊ではよく眩惑されたす、貎䞋は屹床流星の飛ぶのでも芋たのでせう。』ずビヌル暜のやうな腹を突出しお\n『いや、よしんば其が眞個の難砎信號であ぀たにしろ、歀暣平穩な海䞊で難砎するやうな船は党く我等海員の仲間以倖です、䜕も面倒な目を芋お救助に赎く矩務は無いのです。』ず蚀぀お空嘯き笑぀た\n最早問答も無益ず思぀たから、私は突然船長を船宀の倖ぞ匕出した\n『あれが芋えたせんか、あれが、あの悲慘なる信號の光を芋お䜕ずも感じたせんか。』ずばかり、遙かに指す巊舷船尟の海䞊。私は『あツ。』ず叫んだたゝ暫時開いた口も塞がらなか぀たよ。審かしや。今から二分䞉分前たでは確に閃々ず空䞭に飛んで居぀た難砎信號の火光は䜕時の間にか消え倱せお、其處には海面より敞十尺高く癜色球燈茝き、船の右舷巊舷ず芺がしき處に緑燈、玅燈の光ががんやりず芋ゆるのみである。前檣に癜燈、右舷に緑燈、巊舷に玅燈は蚀ふ迄もない、安党航行の信號※(感嘆笊䞉぀)\n『はゝあ、或皋、星火抎圈に䞀次䞀癌の火箭、救助を求むる難砎船の信號がよく芋えたす、貎䞋の県は仲々結構な県です。』ず意地惡き船長はぢろりッず私の顏を睚んだか、私は䞀蚀も無いのである。然し寊に奇怪な事ではないか、今安党信號燈の茝いお居る邊の海䞊には、確寊に悲慘なる難砎船の信號が芋えお居぀たのに。さおは船長の蚀ふがごずく私の県の誀りであ぀たらうか。吊、吊、劂䜕考ぞおも私は癜、緑、玅の燈光を星火抎圈や火箭ず間違ぞる皋惡い県は持぀お居らぬ筈。しお芋るず先刻の難砎船信號は、䜕時の間にか安党航行の信號に變぀たに盞違ない。さお〳〵奇劙な事だず、私は暫時五里霧䞭に圷埚ふた。\n船長は䞀時は毒々しく私の顏を眺めお嘲笑぀お居぀たが歀時皍や眞面目にな぀お其光の方を眺め぀ゝ\n『然し劙だぞ、今月の航海衚によるず、今頃歀航路を本船の埌を远ふお斯く進航しお䟆る船は無い筈だが。』ず小銖を傟けたが応ちカラ〳〵ず笑぀お\n『あゝ分぀た〳〵、畜生巧くや぀おるな、歀前あの邊で沈沒したトルコ䞞の船幜靈めが、ただ浮び切れないで難砎船の眞䌌なんかしお歀船を暗瀁ぞでも僞匕寄せやうずかゝ぀お居るんだな、ど぀こい、其手は喰はんぞ。』ず呟きながら私に向ひ\n『だが先刻は確寊に救助を求むる難砎船の信號が芋えたしたか。』ず眉に唟した。可笑しい暣だが船乘人にはかゝる迷信を抱いお居る者が柀山ある、私は盞手にせず簡單に\n『巊暣、確に救助を求むる難砎の信號!。」ず答ぞお、圌が『うむ、いよ〳〵違ない、船幜靈メヌ。』ず單獚でぐず〳〵䜕事をか蚀぀お居るのを聜き流しながら、猶よく其海䞊を芋枡すず、今県に芋ゆる䞉個の燈光は、决しお愚なる船長の蚀ふが劂き、怚靈ずか海の怪物ずかいふ暣な䞖に圚り埗可からざる者の光ではなく、緑、玅の兩燈は確に船の舷燈で、海面より高き癜色の光は海䞊法に埞ひ甲板より二十尺以䞊高く掲げられたる檣燈にお、今や、䜕等かの船は、我が匊月䞞の埌を远ふお進航し぀ゝ䟆るのであ぀た。\n\n 第䞃回 印床掋の海賊\n\n氎雷驅逐艊か巡掋艊か――昔の海賊ず今の海賊――海底朜氎噚――探海電燈――癜銬の劂き立浪――海底淺き處――倧衝突\n\n 私が䞀心に芋詰めお居る間に、右舷に緑燈、巊舷に玅燈、甲板より二十尺以䞊高き前檣に閃々たる癜色燈を掲げたる䞀隻の船は、印床掋の闇黒を瞫ふおだん『〵ず接近しお䟆た。今、我が匊月䞞は䞀時間に十二䞉海里の速力をも぀お進航しお居るのに、其埌を远ふお斯くも迅速に接近しお䟆るずは、寊に非垞の速力でなければならぬ。今の䞖に、かくも驚く可き速力をも぀お居る船は、氎雷驅逐艊か、氎雷巡掋艊の他はあるたい、あの燈光の䞻體は果しお軍艊の皮類であらうか。軍艊の皮類ならば䜕も配慮するには及ばないが――若しや――若しや――ず私はふず或事を想起した時、思はずも戰慄したよ。\n未だ其の船の船體も認めぬ内から、斯る心配をするのは党く銬鹿氣お居るかも知れぬが、先刻からの奇怪の振舞を芋おは、どうも心が安くないのである、第䞀に遙か〳〵の闇黒なる海䞊に斌お、星火抎圈を揚げ、火箭を飛ばしお難砎船の颚體を摞擬぀たなど、船長は單に船幜靈の仕業で埡坐るなどゝ、無※((犟+å°€)/侊/日)な事を蚀぀お居るが其寊、かの䞍思議なる難砎船の信號は、珟䞖に存圚埗べからざる海魔ずか船幜靈ずかよりは癟倍も千倍も恐怖るべき或者の仕業で、䜕か䌁圖぀る所があ぀お、我が匊月䞞を圌處の海䞊ぞ誘匕き寄せやうずしたのではあるたいか、寊に印床掋の航海皋䞖に恐るべき航海はない、颶颚や、倧匷颚や、咫尺を蟚ぜぬ海霧や、其他、砎浪、逆朮浪の悜たじき、亂雲、積雲の物凄き、䜕處の航海にも免かれ難き海員の苊難ではあるが、特に歀印床掋では是等の苊難の倖に、今䞀個最も恐怖る可き『海賊船の襲撃』ずいふ犍がある。埀昔から歀掋䞭で、海賊船の襲撃を蒙぀お、悲慘なる最埌を遂げた船は幟癟千艘あるかも分らぬ。人の談話では今は埀昔皋海賊船の暪行ははげしくは無いが、其代り埀昔の海賊船は䞀撃の䞋に目指す貚物船を撃沈するやうな事はなく、必ず其船をも぀お歀方に乘掛け䟆り、歊裝せる幟倚の海賊茩は手に〳〵劔戟を振翳し぀ゝ、圌方の甲板から歀方ぞ乘移り、互に血汐を流しお勝敗を爭ふのであるから、海賊勝おば其埌の悲慘なる光景は蚀ふ迄もないが、若し歀方匷ければ其賊茩を鏖殺にする事も出䟆るのである。けれど今日に斌おは、海賊も逘皋狡猟にな぀お、かゝる手段に出づる事は皀で、加ふるに海底朜氎噚の癌明があ぀お以䟆、海賊船は倚く其癌明を應甚しお、若し挫々たる海掋の䞊に金銀財寳を滿茉せる船を認めた時には、先づ砲又は衝角をも぀お䞀撃の䞋に其船を撃沈し、埌に朜氎噚を沈めお其財寳を匕揚げる盞である。勿論、今日に斌おも朜氎噚の癌明は未だ充分完党の床には進んで居らぬから、歀手段ずお絶對的に應甚する事の出䟆ぬのは蚀ふ迄もない。即ち珟今に斌お最も粟巧なる朜氎噚でも、海底五十米突以䞋に沈んでは氎の壓力の爲めず空氣喞筒の䞍完党なる爲に、到底其甚を爲さぬのであるから、朜氎噚を甚ゆる海賊船は、垞に歀點に向぀お深く意を甚ゐ、狂瀟逆卷く倪掋の面に斌お、目指す貚物船を撃沈する塲所は必ず海底の深さ五十米突に足らぬ島嶌の附近か、倧暗瀁又は海瀁の暪぀お居る塲所に限぀お居る盞だ。" } ]
[ { "role": "system", "content": "䞋蚘の曞き盎しを最埌たでやり遂げお、芋事な文曞を䜜成しおください。" }, { "role": "user", "content": "\n侀侀\n\n 婚姻のごずき叀くからの人の倧瀌ですら、い぀ずなしに是だけ倉化したのである。その原因は二぀は少なくずも算えるこずができる。䞀぀は我々の謂う遠方婚姻、村の倖ずの瞁組の始たったこずで、是には亀通の改善が条件であった。是は歊家䞊流の間にたず始たっお、埌远々にごく普通の家たでが、郚萜内だけで婚姻をするには及ばなくなった。そうなっおくるず、第䞀に倫がしばしば劻の家にくるこずはできない。嫁も行ったらたた垰っおくるこずがむ぀かしい。それで箒で掃き出したり、門口で送り火を焚いたり、たるで葬匏のようなこずをしお嚘を送り出し、泣いお出お行くようなこずにもなったのであるが、それよりももっず倧きなもう䞀぀の原因は、その嚘の劎働を里方で宛おにしなくなったこずである。女がよく働く土地では、芪は惜しんでなかなか身柄たでは聟の家ぞ遣ろうずしない。今でも海岞の村などに叀い圢の婚姻方匏が残るのはそのためで、未来の䞻婊暩などには換えられない、倧切な里方の劎働力であったからである。それを聟方に必芁があっお、是非ずも早く぀れお行こうずいう際には、埌二幎なり䞉幎なりの間、嚘が働いお家に入れるくらいの財物を、結玍ずずもに送っおくる凊も北九州の島にはある。隣囜支那でいう聘金が、今たでの逊育費を償う意味であるらしきに反しお、歀方は是から入甚なものを貰っお行くかわりである。いずれもこれを人身売買ず䞀぀に芋るこずはひどいが、ずにかくに家が倱うものを補填する意味はあった。だから家に眮いおも栌別させる甚は無く、ただ将来の地䜍を安党にするこずが䞻になるず、さあさあ早くお連れ䞋さいず、里方からかえっお茿入れを急ぐようになる。若い女性ずしおはあたり名誉な話ではなかった。぀たり家にいおも食べるだけで、栌別圹に立たぬこずを意味したからである。貰う方ずしおも、ちゃんず珟䞻婊が達者で働いおいる所ぞ、蚀わばその王座を揺ぶる者がくるのだから、めでたいずは蚀い条、䞀方には䞍安でないこずもない。それに家によっおは家颚の差が倧きかった。是も以前は無かったこずだが、職業が分化するに぀れお、たずえば小売商人のごずく、新しい任務は䞻ずしお男子に垰し、目に芋えお女の暩胜の殺がれおいる家ず、䞻人の立堎などから䜕でもかでも、女房に仕事を任せおいる家ずができる。日向の海岞などの昌䞭持の盛んな村では、亭䞻は䞖事にうずく、女房が実印たで預っおいお圹堎ぞも出おくる。歊家も倚くはこの方に属し、家の事務は女にさせたかず思うが、それも䞻人の気颚や先代の䟋によっお、家々で倧きな盞違があった。しかも嚘は抂しお自分の家で芋習ったものだけを知っおいお、他はどうであるかに気が぀かぬのである。こういうのが具䜓的に謂う家颚なるもので、その家颚のひどくちがった家から嫁にくるものの䞍幞は䞀通りでなかった。よく家颚に合わぬから返すなどず蚀われたのは、倧抵は里の母の非垞によく切っおたわすこずを芋習った嚘で、぀い独断で事を決したたは䜙蚈な問題にも口を出そうずする。それを控え目な家の姑がひどく気にするのであった。けれども倧䜓においおは将来ある嫁の方が、譲歩したた蟛抱した。それで長呜の家筋などになるず、女は人生の盛りの半分を、文字通りの雌䌏で暮し、ヒステリむにもなればたた劙な瀟䌚芳を抱くこずにもなるのである。この䞍幞を最も少なくする修逊、いわゆるアネサマからオカタに移っお行く女の䞀生に、打っお぀けの教育案ずいうものはそう容易に立぀ものではない。始めのうちはあちらを向けずいえば半日でも向いおいるほどおずなしく、埌にはきりりずしお内倖によく気の぀く、䞀家の切り盛りにそ぀のない婊人になるように、嚘を準備させるこずは決しお簡単でない。その䞊になお配偶遞定たでに必芁な資栌ずしおは、たた別途の心構えず、衚珟法ずを必芁ずしおいたのである。こんな手の蟌んだ教育は意識しおはなかなか斜せない。だから倚くは行き圓りばったりの修行で、その䞭でも嫁時代の苊しい経隓が、ずもすれば嚘をただその期間の生掻に適するようにし぀けさせた。率盎にいうず、貞淑ず無胜ずが、どこかに䌌通うたずころを生ずるようにもなったのである。\n\n䞀二\n\n 瀟䌚が女をなるべく働かせたいずする蚈画は、珟代たでもなお続いおいる。その動機はむしろ愛情であるが、婊人小児ず䞀括しお保護をする法什は倚い。男ならたやすくできる仕事にでも、圌女らが苊劎するのを芋るに忍びなかったのである。実際最近のスポヌツ流行になるたでは、女は可憐などず謂っお、いたいけな匱々しいのが町では奜たれおいた。カハむむずいう語は僅かな倉化をもっお、憐憫の意にも甚いられ、たたそのたたで「小さい」ずいう意味にもなる。地方の方蚀ではメグむずメンコむずムゎむ、たたはムゟむずムゞョケナむずムゟダずが、ずもに䞀぀蚀葉からの分化で、恋ず哀れみずの䞡方を包括しおいる。珟代の気力旺盛なる若い女性が、かくのごずき取扱われ方に反抗すべきはもずよりのこずであるが、僅かに癟幎の前に溯っおも、地方の婊人殊に刀自たちは、決しおそのようなおなさけは予期しおいなかった。土地によっおは今でも明らかに、女が男より匱い者だずいうこずを、承認しおいない凊もある。土䜐などの蟲家では近頃の婚姻でも、容貌よりも䜓栌の倧がらな女を歓迎するずいうこずをきいた。そういう䟋は他の田舎にも倚く、只女に向く仕事ず向かぬ仕事のあるこずを認めおいるが、是は男にもあるこずで異ずするに足りない。ただし新しい劎働は倧抵男向きにできおいるので、それに女が携わるず目に立぀が、それでも時々は女が参加した。たずえば東京では二十幎前たで、目黒・枋谷の嚘たちも仕事着になるず、平気で肥料車の埌抌しをしお垂内に入っお来た。それが今日は野良仕事もだんだんしなくなり、たたたたみなさんが郊倖を散歩しお、散歩が気恥かしいように考えられるような、女の働きぶりを芋られるこずがあっおも、それはもう単なる残留に過ぎない。元は是よりもはるかに䞀般的の状態であったのが、近䞖の傟向は䜕か䞀぀の生産の始たるごずに、きたっお女の手から取䞊げおは男の手に移しおいるのである。この点はみなさんの歎史研究の初歩に泚意しお芋られる緎習の課題に適しおいるず思う。\n 山ず海ずの䜜業は、倧昔も男を䞻ずしおいたが、しかしその䞭にも女の圹割があった。たずえば菌採り青物採りなどはそれであったが、青物は採らなくなり菌も栜培にかわるず、いわゆるナバ垫はみな男になった。『䞇葉集』には「玉藻苅るあた少女ども」ずいう歌がある。也しお肥料ずしお田や畠に入れたのである。それがごく簡単な装眮でも、二又の棒を小舟の䞭で䜿うようになるず、はやたた男に任せお女は手を匕いた。海女のか぀ぎは由緒ある劎働だけれども、朜氎倫ずいう方が远々ず倚くなった。蟲業の方でいうず、銬耕牛耕の始たる以前から、代掻き甚に倧きなマグハが甚いられだすず、これをあや぀るのはみな男である。販女ず謂っお垂に出おくる女が元はあった。女は日返りに埀来しお家に寝る故に、行商が䞀日皋以䞊の区域に行くこずになるず、牛方・銬方の隊商は男ばかりになる。それからなお䞀段ず遠方の売買には、高野聖ずいう旅僧が参䞎した時代もあった。高野聖は䞀名を呉服聖ずも謂い、江戞の呉服町などはこの呉服聖が開いたず、『慶長芋聞集』ずいう曞には出おいる。ずにかくに町は男がこしらえ、女はそこぞ出おくるずもう是ずいう甚が無くなっおいたので、䜕か䞍幞な女でないず内職はしなかった。" }, { "role": "assistant", "content": "\n侀侉\n\n 独り倖郚ず亀枉ある生産事業のみず蚀わず、家の䞭の盎接消費に䟛する生産に぀いおも、女の圹目は枛る䞀方であった。たずえば舂女はもず籟から米にする䜜業にたで関䞎しおおった。䞉本の手杵で調子を取り唄を歌っお、儀匏の日の米を粟げ、それをさらに小搗いお粉にはたくのも、圌女らの手わざであった。穀粉の方は埌に石臌を挜くようになっおも、なお女性の劎働であったけれども、米搗きは杵が倧きな暪杵に倉るず、氎車以前からすでに男に任せきりになっお、その臌唄だけが「぀く」ずいう動䜜の関係から、小嚘の手毬唄なんかになっおただ残っおいる。食物の家でずずのえるものは、飯以倖にも数かぎりなく倚く、是にこそ刀自の口䌝ず工倫ずが光を攟っおいたのであった。ゎヌルドスミスの「荒村行」の詩にも芋えおいるように、旧家には独埗のおいしい挬物類が、評刀ずなっお䌝わっおいた。それを平凡きわたる食料品店の商品にしたのが、぀たりは近代の文化である。それよりもさらに著しい倉化は衣類で、手機も糞匕き車も今は博物通に行っお芋るばかりになった。欧矅巎の方も是ず同じで、女たちはそれを写真にずったり画で芋たりしお、噂をしおいる有様であるが、しかもそれがこずごずく最近の産業革呜の所産でもないのは、日本などでは朚綿が入っお来た際に、すでに䞀぀の激倉があったのである。朚綿は我邊では暖かい土地にしか䜜れない。関東地方が倚分その北限であった。すなわち東北隅の䞉分の䞀だけは、綿を茞送したたは叀綿を買い入れおいた。䞭倮郚の朚綿を栜培する地方では、綿桃を摘むのからが女の仕事で、小さな綿繰り噚を家々に持っおいたが、それでも綿打ちだけはもう男の職人があった。圌らは綿を打぀倧きな匓を携えお、村から村ぞ枡りあるいおいた。その専門家に打っおもらった繰綿を、よく働く家では女たちが、篠巻きずいう管に巻いおペリコを䜜った。ペリコはたた綿风ずもいう土地があり、䞊方ではゞンキずも呌んでいた。綿を栜えぬ土地ではこのペリコを買い入れお、めいめいの糞を玡いだのである。それから糞にしおからも、玺は手染めができないので、あの頃ぜ぀ぜ぀できおいた職業の玺屋に誂えお染めさせ、機を立おる段になっお始めお女の手わざに移ったのである。東北では取替朚綿ず称しお、織䞊がりを商店ぞ持参しお糞ず替え、たたはペリコず換える慣習が生たれ、女はその僅かな差額を宛おに、人のために働くこずをもう始めおいるが、ずにかくにこの頃からすでに朚綿の衣服だけは、党郚が女性の管蜄ずも蚀えなくなっおいたのである。\n これに反しお麻は完党なる手䜜りであった。その家庭工業は麻苅りの日から始たり、たた若干のほかに売るものたで、すべお女の手で生産した。「麻ごろも着ればな぀かし玀の囜のいもせの山に麻蒔くわぎも」ずいう叀歌のあるのを芋るず、山を焌いお麻の皮子を播く日から、もずは女が参䞎しおいたのである。その苧糞を玡ぐずいうこずは、ゞンキの篠巻きよりもはるかに蟛気な䜜業で、䞀枚の衣物になるのはその糞の党長の総蚈だけ、指のさきで捻らなければならなかったのである。是はもずより少しでも矚たしいこずではないが、女はその生涯の半ば以䞊、倜も雚の日もこの糞匕きず終始しおいたので、ヲボケたたはヲゎケずも謂わるる苧糞の桶は、朝倕ずもに身の偎を離さず、したがっお是が女の私有財産を意味する䞀぀の名詞にもなっおいた。「䞉すじそ」ずいう習わしは、今でも東北ぞ行くず、幎ずった女たちが蚘憶しおいる。是は普通の働きのほかに、別にもう䞉筋だけ䜙分に、毎日心を籠めた癜糞を玡み貯えお眮くので、それが老いたる父母のあの䞖ぞ着お行く着物になったのである。或いは芪々はそれがあたりに嬉しいので、ちょうどその䞀反の織り䞊がる頃には、自然に快く死んでしたう気にもなったろうかず思うばかりである。歎代の女たちがわが子のためたたはわが倫のためにも、是は圌に着せる垃ず、心に念じ぀぀糞を匕いおいたこずは察するに難くない。そうでなければ倧昔神に仕えた枅い女が、泉のほずりに忌機殿を建おお、䞉月二月その䞭に忌籠りしお、神の衣を織っおいたずいう䌝説は、これを理解するこずができぬのである。是ず同じような心持は、今でもただ幜かに田舎には残っおいる。嫁入する者が男の垯を織っお持っお行く颚は南の方の島にもある。織るずは蚀っおも組玐のようなものだから、持っおあるいお䜕凊ででも織り぀づけたかず思う。私も二十䜕幎か前に、日向の或る山村を旅行しおそういうのを芋た。ちょうど盆の䌑み日であったが、五軒䞉軒ず人家のある凊には嚘たちが集たっお、手に手に䜕か癜いものを持っおいる。近づいお芋るず幅䞉寞足らずの、朚綿真田玐を組んでいるのであった。私を案内しおくれた老村長は曰く「あれは未来の倫に莈る垯を織っおいるのです。あれをもらうのが私たちも嬉しかったものです」ず謂った。この村長さんは今䞃十幟぀になっお䞈倫でおられる。是などは単に䞀本の垯を織るずいうだけでなく、その䞭には䞭䞖京郜の貎婊人淑女たちが、か぀お優雅なる䞉十䞀文字によっお、衚珟しおいたような情熱ず感芚ずを、織り蟌もうずしおいたものず思われるのである。\n\n十四\n\n 働く日の倚かった以前の女たちは、晎着はただ玺や花色の無地にしおも、その劎働服だけは候くから掟手なものを奜んでいた。五月田怍の日の支床などは、近䞖は癜い菅笠に玅い襷をかけ、桔梗染めの手拭などを被り、着物は玺絣の単衣を着おいたが、その䞀぀前には垃に癜糞の刺繍などをしたようである。肩裟ず称しお、芝居で芋る熚斗目の着物などずは反察に、わざわざ肩ず裟の郚分を瞫取りしお䞈倫にしたのである。その颚が遠い田舎にはただ䌝わっおいお、秋田地方ではこれをチヂミサシ、接軜は䞀般にこれをコギンず謂っおいる。コギンは小衣、すなわち劎働の時に着る短い衣服のこずであっお、土地によっおはたたコギノずもコむノずも謂い、䞭倮郚はもずより九州地方たでも共通した地方語である。ただその䞭でも接軜のコギンは、あるいは叀錊の音だなどず謂った人もあるくらいに、殊に粟巧な矎しいものが倚かったのである。それを䜜るのも容易のわざではなかった。忙しい家の嫁や嚘は、䞀日にせいぜい五分か䞀寞、䞀枚に十幎もかかったずいうものを自慢にしおいた。是が芋られなくなったのはほんの近頃のこずで、今でも捜せば箪笥の底から出しお芋せおくれる。是をこしらえた女たちは、たずえば野ら働きの最もせわしい日でも、持っお行っお田の畔に包んで眮き、男が茶を飲み煙草を吞う時間にも、䞀針でも是を刺しお眮こうずしたのだそうである。それからたた男に着せるシボハッピ、薩摩の䞋甑島でニンブずいう裂織なども、材料はいずれも粗末なものであったが、色の取合せや織り䞊りの矎しさに、女たちは党身の力ず心ずを籠めおいたのである。こういうのは或いは䞀地方かぎりの趣味流行でもあろうが、䞀般に女の仕事着は、荒い淋しい田舎に行くほど、䞀局深い泚意が払われおいたので、珟圚はそれを芋ようずするず、よほど汜車から離れた土地ぞ入っお行かなければならぬ。東京近郊の女の人などは、よく働くずは蚀っおも、もうよほど以前から、仕事着などは知っおいない。それずいうのが䞍断の衣類が悪くなっお、それをそのたた働くずきにも着るからでもあるが、しかしなお劎働が芏則正しく䞔぀激しいものであったら、到底このようなぞろぞろず手足にからたるものを着おはいられない。半日は家に居お昌からちょっず出るずいうようになっお、着替えるのも手数だから、長い着物の尻をくるりずたくり、たたは腕たくりもできないから襷を掛けるので、是を甲斐々々しいなりをしおいるずいうのは間違いである。襷は叀くからの女の服装の䞀郚であるが、本来は晎着に䌎なうものであった。目的は今日のネクタむなどず近く、わざず色暡様の鮮明なものを、ただ銖から掛けお食りにしおいたのである。よく浄瑠璃や琵琶の曲などに、「襷十字にあやどりお」ずいう文句を聎くが、是は婊人が突嗟の堎合に仮に働けるなりを䜜るためにするので、垞は襷はそうしお甚いるものでない故に、わざわざ十字に綟取りおず謂ったのである。぀たりは䞊が急に起っお働く堎合を圢容した文句である。ずころが町に来お䜏むず、女はただそういう䞭途半ぱの圢でのみ働き、襷がけずいうず、倧いに掻躍するこずを意味するこずになったのは倉遷である。日本のキモノの劎䜜に䞍䟿であるこずは、倖囜人がたずこれを評し、぀いで日本人も盛んにこれを唱えるようになったが、おおよそ䞖の䞭に是くらい圓り前のこずはない。䜕ずなればこの衣裳は、本来劎働をしない時の衣裳であったからである。ちょうど癟人䞀銖のお姫様たちが少しも掻気のないのず同じこずで、あのようなものを着おいるずころを芋お、日本の女が働くこずを知らなかったごずく、考えるならばこちらが悪いのである。この䞉千幎間の氞い蟛苊の歎史を、あらゆる日本の女性がこれを着お越えお来たかのごずく、想像しおいる人がもし䞀人でもあったら、それは面を䌏せ顔を赭めおも、到底远付かないほどの恥かしい無知である。そんな人を無くしおしたうように、みなさんは孊問をしなければならぬ。" 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汝ならなんずする? ずネ、こう埡盞談に預かりたしたから、䞎の公もない智恵をしがりあげお申し入れたしたんで――そりゃア䞹䞋様ッ、おあっしゃ蚀いたしたよ。ぞえ、そりゃ䞹䞋さた、かくかくかようになさいたせ。お郷里もずのこちらぞ揎兵を願っお......うん! 名案! それがいい! ず、䞹䞋さたアわかりが早えや。うん、それあいい。が、その䜿者には誰が参る? ッおこずになりやしお、぀づみの䞎吉がお圹に立ちたすならば願っおもない幞いずわたしがこう反っくり返りたしおね、この胞をぜんず䞀぀叩きたしたずころが、おお! それでは䞎吉、貎様が行っおくれるか。なんの巊膳さた、䞀床぀づみがおひき受けしたしたうえからは、たずえ火のなか氎の䞭、よしやこの身は粉になろうずもたアあんたは倧船に乗った気で――おお、そんなら䞎吉頌んだよ。あいようがす......なアんおね、ぞえ、それでその、私が奥州街道を䞀目散......アアくたびれた」\n「............」\n「ずころがお殿様、ここにふしぎずもなんずも蚀いようのねえこずにゃア、その泰軒ずいう乞食先生がね、どうしおあっしの䞭村行きをかぎ぀けたものか、それを考えるず、䞎吉もずんず勘考が぀かねえんだが、りペッ! ぶらりず小金井に来おいやしおねえ、それからズりッずずんだお荷物のしょいづめでございたしたよ、いえ、党く」\n「――――」\n「が、だ。埡安心なせえ、お殿様、あっしも駒圢の䞎吉でございたす。この先の二本束の宿でね、きれいにたいおやりたしたよ。その時もあなた、わたしがお颚呂ぞ行ったずお思いくださいたし......するおえず驚きたしたね、お殿様のめえだが裞䜓の女が、りペりペしおやがる、その真ん䞭に今の泰軒おえ乞食野郎が、すたアしおぞえっおるじゃあございたせんか」\n「............」\n「た、䞎吉も骚折り甲斐がございたした。ぞえ、こう申しちゃなんですが、巊膳さたがおっしゃるには、瀌のずころは必ず芋おやる、おんでネ、なあに、お瀌なんか受ける筋合いでもなけりゃあ、たたそれほどのこずでもございたせんで、ヘヘヘヘヘヘ倧笑いでございたしたよ」\n「――――」\n 䞎吉が舌に油をくれお䜕を蚀っおも、倧膳亮はうなるだけで、今たで岩のように黙りこくっおいたが。\n 情が迫るず咜喉に぀かえお蚀葉の出ない倧膳亮は、この時ようよう䞎吉のもたらした驚愕ず䞍安から脱しきれたものか、血走った県を急にグリグリさせお乗るようにきき返した。\n「゜、それで、タ、䞹䞋は、助剣の人数がほしいず蚀うのだな?」\n「ぞえ。腕っこきのずころを束でお願い申したいんで」\n「キキキ貎様が、あ......案内しお江戞ぞ戻るずいうのか」\n「はい。さようで」\n「うう――い぀、い぀、た぀?」\n「ぞ、そりゃアもう明朝早くにでも発足いたしたす。䞹䞋様がお埅ちですし、それにこの際䞀刻を争いたすから......」\n「りム!」ず匷くうなずいた倧膳亮、同時に鋭い県光を巊右ぞくばっお、\n「こ、これ! たたたッ誰そある!」\n 盞銬藩䞭村の城䞋はずれに、月茪䞀刀流の鋭颚をもっお近囜の剣界に君臚しおいる月茪軍之助の道堎ぞ、深倜、城䞻の定王をおいた提灯が矢のように飛んだ。\n 軍之助ぞ、お城から急のお召し。\n 䜕ごずであろう?......ず、ずるものもずりあえず衣服をあらためた剣粟軍之助は、迎えの駕籠に揺られおただちに登城をする。\n そしお、さっそく埡寝の間ぞ通されおみるず。\n 囜䞻倧膳亮はこの倜曎けにねもやらず、倜着をはねお黙然ず端座したたた瞑想にふけっおいるようす、぀づみの䞎吉はすでに、ねんごろに䞋郚屋ぞさげられお䌑逊したあずだった......。\n その倜、倧膳亮は月茪軍之助にいかなるずころたで打ち明け、しかしお䜕を䞋呜したか。" }, { "role": "assistant", "content": " 偏執果断の倧䞻倧膳亮、吃々ずしおこういっただけである。\n「ヒ、人殺しの奜きな者を、さ、さ、䞉十人ほど぀れお江戞ぞくだっおはくれぬかの? 仔现はいけばわかる。ア、あの、タッ、たたたッ䞹䞋、舟䞋巊膳の助倪刀じゃ。䜙から頌む、おもおだっお城内のものをやられん筋じゃ。で、ココ、ここは、ど、どうしおも軍之助、゜、そちの出幕じゃ。シ、真剣の堎を螏んだ、ク、クッ屈匷な奎ばらをそちの県で遞んでナ、迎えが来おおるで、その者ずずもに䞉十名、倜あけを埅っお早々江戞ぞ向かっおもらいたいのじゃ。よいか、しかず承匕したな」\n「殺剣衆にすぐれし者のみを䞉十名。はア。心埗たしおござりたする、䜕かは存じたせねど、かの䞹䞋殿ずはわたくしも別懇のあいだがら......殿のおこずばがなくずも、必芁ずあらばい぀におも助勢を繰り出すべきずころ――しかも、お県にずたっおわたくしどもぞ埡芳声をいただき、軍之助䞀門、身にあたる栄誉に存じたする」\n「うむ。デ、では、ヒ、ひきずっお早く手配をいたすがよい」\n「ははッ! わたくしはもずより門匟䞭よりも荒剣の者をすぐりたしお、かならず埡意に添い奉る考え、殿、埡䌑神めされたすよう......」\n「りム、たたたたッたのもしきその䞀蚀、タ、倧膳亮、チ、近ごろ満足に思うぞ」\n ――いかに刀剣に察しお県のない溺愛の倧膳亮ずはいえ、もし圌が、この北境僻邑にすら今その名を蜟かせおいる江戞南町奉行の倧岡越前が、敵方蒲生泰軒ずの芪亀から址竜䞞の偎にそれずなく庇護ず䟿宜をあたえおいるず知ったなら、倧膳亮ずいえどもその及ばざるを芚り、埌難を恐れお、ここらでさっぱりず己が迷劄を断ちきり、悶々のうちにも忘れようずしたこずであろうが、この぀るぎのふた぀巎に関連しお、倧岡のおの字も思いよらない倧膳亮ずしおは、すでに倧の也雲を手にしお、いたはただの小の址竜にいき悩んでいるのみず聞いおは、二剣盞ひくず蚀われおいるだけに、いた手をひいお諊めるこずは、かれの集癖の䞀培念がどうしおも蚱さなかった。\n 生呜がけでほしいものぞ今にも手が届きそうで、そこぞ思わぬじゃたがはいったすがた......。\n 阻たれれば阻たれるほど燃えた぀のが男女恋情の぀ねならば、倜泣きの刀にひた向く盞銬倧膳亮のこころは、ちょうどそれだったずいわねばなるたい。\n 䞖の垞心をもっお枬るこずのできない、それは矅刹そのものの凝慟地獄であった。\n かくたでも刃にからんでトロトロずゆらめき昇る業炎......燭台の灯が埮かになびくず、倧膳亮は、倧熱を病む人のごずくにうなされるのだった。\n「おお! サさ巊膳か――デ、でかしたぞ! ゜その也雲を離すな! 離すな! 今にナ、ググググ軍之助が揎軍を率いお参るから、そち、圌ずずもに統率しお、キキキ斬っお斬っお、斬りたくれ! なあに、かたわぬ! カカカッ構わぬ......ううむ!――なんず? か、か、火事装束! おのれッ䜕や぀? トトト脱れ芆面を? りヌ! 芆面を剥がぬかッ! ツりッ......!」\n そしお。\n ずもし灯䜎く、癜みわたる郚屋にこんこんず再び眠りに沈んだ倧膳亮――畢竟これはう぀し䞖の倢魔、生きながらに化した剣魅物愛の鬌であった。\n 明けゆく倜。\n 城倖いずくにか䞀番鶏の声。\n やがお、お堀ばたの老束に朝日の圱が螊ろうずいうころおい。\n 䞭村の町の尜きるずころ、月茪䞀刀流月茪軍之助の道堎では、江戞ぞ぀かわすふしぎな人遞の儀が行なわれおいるのだった。\n 月茪䞀刀流......ずは。\n 倩正文犄の䞖に。\n 䞋総銙取郡飯篠村の人、山城守家盎入道長嚁斎、剣法䞭興の祖ずしお倩心正䌝神道流ず号しおいたが、この家盎の匟子に諞岡䞀矜ずいう䞊手あり、垞陞えど厎に䜏んで悪疟を病み、根岞兎角、岩間小熊、土子泥之助なる䞉人の高匟が看病をしおいるうちに、根岞兎角はみずりに倊き、悪疟の垫䞀矜を捚お歊州に出で芞垫ずなり、自掟を称しお埮塵流ずあらため䞖に行われた。\n ずころが。\n あずに残った小熊ず泥之助は、病垫の介抱を怠らず、䞀矜が死んでのち、兎角のふるたいをもずより快からず思っお、䞡人力をあわせ䞀勝負しお亡垫の鬱憀をはらそうずはかり、぀いに北条家の怜䜿を受け、江戞䞡囜橋で小熊ず兎角立ち䌚い、小熊、根岞兎角を橋䞊から川ぞ抌しおずしお宿志をずげた。\n 根岞兎角は、垫の諞岡䞀矜のもずを逐電しお、はじめ盞州小田原に出たのだが、この兎角、䌝うるずころによれば、䞈高く髪は山䌏のごずく、県に角あり、そのものすごいこず氷刃のよう――぀ねに魔法を぀かい、人呌んで倩狗の倉化ずいい、倜の臥所を芋た者はなかった。\n 愛宕山の倪郎坊、倜な倜なわがもずに忍んで極意秘術を授けるずいい広め、そこで名づけたのがこの埮塵流。\n その埌江戞に出お倧名、小名に匟子倚かったが、䞉幎たっお諞岡䞀矜が死ぬず、盞匟子の岩間小熊ず土子泥之助、兎角を蚎ちずるために籀を匕き、小熊が圓たっお江戞ぞのがる。泥之助は囜にずどたり、時日を移さず鹿島明神に詣でお願曞䞀札を献玍した。\n 敬癜願曞奉玍鹿島倧明神宝前、右心ざしのおもむきは、それがし土子泥之助兵法の垫諞岡䞀矜亡霊は敵蚎ちの匟子あり、うんぬん......千に䞀぀負くるにおいおは、生きお圓瀟に垰参し、神前にお腹十文字にきり、はらわたをくり出し、悪血をもっお神柱をこずごずく朱にそめ、悪霊になりお未来氞劫、圓瀟の庭を草野ずなし、野干の栖ずなすべし――うんぬん。\n 文犄二幎癞巳 九月吉日 土子泥之助......ずいうたこずに䞍気味な匷文蚀。\n これがきいお神明おそれをなし霊隓こずのほかあらたかだったわけでもあるたいが、䞡囜橋の果し合いでは確かに岩間小熊が勝ったのだけれど、その仕合いの暡様にいたっおは、矀曞おのおの千差䞇別、いた真盞を぀たびらかにする由もない。しかし、これが圓時評刀の倧事件だったこずは疑いなく、奉行のうちに加わっお橋詰から目睹しおいた岩沢右兵衛介ずいう仁の蚀に、わが近くに高山豊埌守なる老士ありしが、この䞡人を芋お、いただ勝負なき以前、すわ兎角たけたりず二声申されしを䞍審におもい、のちその蚀葉をたずねしに、豊埌守いいけるは、小熊右に朚刀を持ち巊手にお頭をなで䞊げ、いかに兎角ず蚀葉をかくる。兎角、さればず蚀いお頬ひげをなでたり。これにお高䞋の印あらわれたり。そのうえ兎角お城に向かいお剣をふる。いかで勝぀こずを埗ん。これ運呜の告ぐる前衚也ず――。\n ずにかく。\n その時、小熊は兎角のために橋の欄干ぞ抌し぀けられ、すでに危うく芋えたのだったが、すもう巧者の小熊いかがしけん。兎角の片足を取っお橋の䞋ぞ投げおずし、同時に脇差を抜いお、八幡これ芋よず高声に呌ばわりながら欄干を切った......この倪刀跡、かの明暊䞉幎䞁酉正月の倧火に䞡囜橋が焌けおちるたで、たしかに残っおいたそうである。\n さお。\n 兎角、悪いや぀は滅びる――などず排萜おみたずころで、そんなら、この根岞兎角の埮塵流剣法、これで芋事に、それこそ埮塵ずなっお倧川に流れ果おたかずいうにそうではない。\n 撃剣叢談巻の二、埮塵流のくだりに。\n 歊芞小䌝に埮塵流埀々存するよし芋えたれば、兎角が末流近䞖たでも行なわれしがごずし。いたも、蟺鄙にはなお残れるにや、江戞にはこの流名きこゆるこずなし......ずあるずおりに、月茪軍之助の祖月茪将監は、根岞兎角ひらくずころの埮塵流から出おのちに、北陬にう぀り䜏んで別に自流を創し、䞀気殺到をもっお月茪䞀刀流ず誇号したのだった。\n 圓代の道堎䞻軍之助は、以前から䞹䞋巊膳ず䞊称された月茪門䞋の竜虎。\n 巊膳に砎流別動の兆あるに反し、軍之助は䞀刀流正掟のながれを守るものずしお先垫の鑑識にかない入婿しお月茪を名乗っおいるのだが、剛柔兌備、よく埮塵流の長を䌝えお、幎配ずずもに磐石のごずくいた北囜を圧する䞀倧剣士であった。\n\n 倉動無垞\n 因敵転化\n ずいう刀家盞䌝䞉略のこずば。\n それが初代将監先生倧曞の額ずなっおあがっおいる月茪の道堎である。\n 倜のひき明け......。\n もはや寒皜叀は終わったけれど、未明の冷気の熱汗をほずばせる爜快味はえもいわれず、誘いあわせお、霜ばしらを螏んでくる城䞋の若䟍たちひきもきらず、およそ五十畳も敷けるかず思われる倧板の間が、芋る芋る人をもっお埋たっおゆく。\n 盞銬は、歊骚をもっお聞こえる北浜の巚藩である。\n しかも藩䞻倧膳亮が刀剣を狂愛するくらいだから、よしや雪月花を解する颚流にはずがしいずいえども気颚ずしお烈々尚歊の町であった。\n 盞銬甚句にいう。男寝お埅぀果報者――それは歊士達のあいだには通甚しない俗蚀ずみえお、こんなに朝早くから陞続ず道堎の門をくぐっおいるのだ。\n 竹刀のひびき。" } ]
[ { "role": "system", "content": "䞋蚘の曞き盎しを続けお、完成床の高い文曞を䜜成しおください。" }, { "role": "user", "content": "「どうぞ䞀぀お撮みなすっお。」ず女䞻人が蚀った。チチコフが振りかえっお芋るず、い぀の間にか、蕈だの、肉饅頭だの、早焌麺麭だの、パむだの、薄焌だの、いろんな物を入れた厚焌、䟋えば葱を入れたり、芥子を入れたり、凝乳を入れたり、石斑魚を入れたり、その他あらゆる混ぜものをした厚焌が、テヌブルの䞊に堆かく盛りあげおあった。\n「これは玉子入りのあっさりしたピロヌグでござんすよ!」ず女䞻人が蚀った。\n で、チチコフはそのあっさりした玉子入りのピロヌグに手を぀けお、いきなり半分の䜙も食っおから、それを耒めそやした。実際ピロヌグそのものも矎味かったが、殊に老婆を盞手に、すったもんだの䞀芝居うった挙句なので、䞀入矎味しく思われたのである。\n「薄焌は劂䜕で?」ず女䞻人がすすめた。\n それに答える代りに、チチコフは薄焌を䞉枚いっしょに䞞めお、それに溶かしたバタをべっずり塗しお口の䞭ぞ抌しこむなり、ナプキンで唇ず手を拭った。それを䞉床ほど繰りかえしおから女䞻人に向っお、自分の銬車を甚意させおくれず頌んだ。ナスタヌシャ・ペトロヌノナは、早速フェチニダをやっお呜什を䌝えさせたが、それず同時に、もっず薄焌の熱いのを持っおくるように蚀い぀けた。\n「阿母さん、お宅の薄焌は、倧倉おいしいですね。」ずチチコフは、新らしく持ち出された焌きたおのに手を぀けながら、蚀った。\n「ええ、うちじゃ、これを焌くのが自慢でしおね。」ず女䞻人が蚀った。「ただ残念なこずに麊が䞍䜜で、粉の出来がかんばしくのうお......。それはそうず、お前さた、どうしおそんなにお急ぎになるんで?」ず圌女は、チチコフが瞁無垜を手に取ったのを芋お、蚀った。「ただ銬車の支床も出来おやしたせんよ。」\n「なあに、阿母さん、支床はすぐ出来たすよ。私の銭者は、銬を぀けるのが早いからね。」\n「そいじゃあ、どうか、埡甚達の節にはお忘れにならないで䞋さいよ。」\n「忘れたせんずも、忘れたせんずも。」ずチチコフは、玄関ぞ出ながら蚀った。\n「それから豚脂は買っお頂けたせんかね?」ず女䞻人は、その埌を远いながら蚀った。\n「どうしお買わないこずがあるもんですか? 買いたすずも、ただ、今じゃなく埌でね。」\n「*6十二日節の時分には豚脂も出来たすからね。」\n「ええ、買いたすずも、買いたすずも。䜕でも買いたすよ、その豚脂もね。」\n「おおかた、鳥の矜毛なんかも芁るこずがあるのでしょう。*7倧霎期の時分になるず、うちにも鳥の矜毛がたたりたすよ。」\n「ようござんすずも、ようござんすずも。」ずチチコフが蚀った。\n「それ埡芧なさい、お前さた、ただ銬車の支床は出来おやしたせんに。」こう女䞻人は二人がポヌチぞ出た時に蚀った。\n「いや、もう盎ぐ出来たすよ。ずころで、本街道ぞ出るにはどう行ったらいいか、ひず぀教えお䞋さらんか。」\n「さあ、どう教えお進ぜたものかね?」ず、女䞻人が蚀った。「口で話すのは、ちょっず難かしいんですよ、矢鱈に曲り角があるもんですからね。いっそ、女っ子を道案内に぀けおあげたしょう。お前さたの銬車には、銭者台にその子を乗っける堎所ぐらいおありでしょうがね?」\n「それあ、無論ありたすよ。」\n「じゃあ、女っ子を䞀人぀けおあげたしょう。その子は、道をよく知っおいたすからね。ただ、いいかね、お前さた、その子を連れお行っおしたわないで䞋さいよ。前にも䞀人、商人に぀れお行かれおしたいたしたからね。」\n チチコフが、決しおそんなこずはしないず保蚌するず、コロヌボチカはやっず安心しお、屋敷うちにあるいろんなものを芋たわしはじめた。ちょうど倉の䞭から、蜂蜜を朚の鉢に入れお持ち出した女䞭頭をじろりず眺めたり、門口ぞ顔を出した癟姓に䞀瞥をくれたりしお、だんだん、家事䞊のこずに心を移しおいった。だが、どうしおこうい぀たでもコロヌボチカのこずなどに関わっおいるこずがあろう? コロヌボチカだろうが、マニヌロフだろうが、乃至は蟲事䞊のこずであろうが、蟲事以倖のこずであろうが――そんなこずはあっさり片づけおおけばいいのだ! この䞖で䞍思議ず思われるのはこんなものではない。どんな面癜そうなものでも、少しゆっくりその前に䜇んでいるず、応ち悲惚なものに倉っおしたい、果おは䜕ずも蚀いようのない思いが胞に浮かんで来るのだ。恐らく諞君はこんなこずたで考え出すかも知れない。⊅埅およ、果しおこのコロヌボチカずいう婆さんは、人文開化の涯しない段階の、それほど䜎いずころに立っおいるのだろうか? 又この婆さんず、あの厳めしい壁に取りかこたれお、鋳鉄の階段や、ピカピカ光る真鍮や、マホガニむや、絚毯で食られた豪奢な邞宅の䞭で、読みかけの本に向っお欠䌞をしながら、誰か気のきいた蚪問客でもやっお来ないかず埅ち䟘びおいるような女性ずの間に、果しおそれほどの倧きな懞隔があるだろうか? えおそういう女性は、自分の智慧をひけらかしたり、うけ売りの思想を吹聎したりする堎所ばかり狙っおいるのだが――その思想も流行の法則どおり、ほんの䞀週間ぐらい垂を颚靡するに過ぎない思想で、それも、邞の䞭や、埡本人が蟲事にかけお無智なため恐ろしく乱脈を極めおいる領地が䞀䜓どうなっおいるかずいうような問題ずは、凡そ瞁の遠い、やれフランスでは今どんな政治的倉動が起きかかっおいるの、最近のカトリック教はどんな傟向をずっおいるのずいったようなこずばかりなのだ。だが、そんなこずは、どうでもいいじゃないか! 䜕だっおこんな話を持ち出さねばならないのだろう? しかし䜕の気がかりもない、陜気でのんびりした気持の真只䞭ぞ、どうしおこんな、それずはたるで別な、倉おこな気分が䞍意に浮かんで来るのだろう? ただ、すっかりこちらの顔から笑いの圱が消え去らぬうちに、疟くも、同じ人々の間におりながら、たるで自分が別人のようになっおしたい、顔にはもう別な圱がさしおいるのだ......。⊆\n「そら、銬車が来たしたよ、そら、銬車が!」ずチチコフは、ようやく自分の半蓋銬車がこちらぞやっお来るのを芋ながら、叫んだ。「銬鹿野郎、䜕をそんなにぐずぐずしおいたんだ? 貎様はただ昚日の酔いがすっかり醒めきらないんだな?」\n セリファンは、それには䜕の返事もしなかった。\n「じゃあ、阿母さん、さようなら! ずころで、その女の子っおのは䜕凊にいるんです?」\n「これ、ペラゲダや!」ず女地䞻は、ポヌチの近くに立っおいた十䞀ぐらいの女の子に向っお声をかけた。その女の子は手染の着物をきお、裞足のたただったが、新らしい泥をべっずり぀けた足は、遠くから芋るず長靎ばきのように芋えた。「この旊那に道を教えおあげるんだよ。」\n セリファンはその女の子に手を貞しお、銭者台ぞ匕っぱりあげおやったが、圌女は旊那の乗る螏段ぞ片足をかけお、先ずそこを泥だらけにしおおいお、ようやく䞊ぞ這いあがるず、セリファンの傍に座をしめた。次いでチチコフが螏段に足をかけるず、重みで銬車はちょっず右偎ぞ傟いたが、やがお垭に぀くず、『さあ、これでよしず! じゃあ、阿母さん、さようなら!』ず蚀った。銬は駈けだした。\n セリファンは途䞭ずっず気難かしい顔をしおいたが、それず同時に自分の圹目には非垞に泚意を払っおいた。これは、䜕か倱敗ったり、酔っぱらったりした埌で、圌がい぀もやる癖であった。どの銬も驚くほど綺麗に磚きたおおあった。頞圏も䞀頭のなどはこれたで、䜕時もボロボロになっお、革の䞋から麻屑が芗いおいるずいったひどいものがかけおあったのだが、いたはそれが立掟に繕っおある。途䞭もずっず圌は黙りこくったたた時々鞭をならすだけで、銬に向っおも䟋のお説教をしなかった。いうたでもなく連銭葊毛などは、䜕か教蚓的な蚀葉を聎かせお貰いたくお堪らないのだが、い぀もはあれほどのお喋りの銭者が、今は手綱をだらりず握ったたた、ただほんの圢匏的に鞭で背䞭を撫でおくれるだけである。しかもこの際、銭者の䞍機嫌な口から聞かれるのは、ただ単調で糞面癜くもない、『こら、間抜め! がやがやするない!』ずいう呶鳎り声だけであった。栗毛や『議員』の方も、いっこう『おい、倧将』ずも『この野郎』ずも蚀っお貰えないので、心䞭甚だ穏やかでなかった。連銭葊毛は自分の肥った倧きな尻に、気持の悪い鞭づかいを感じた。⊅ちょっ、恐ろしく埡機嫌が悪いや!⊆こう圌は、ちょっず耳をピク぀かせながら肚の䞭で思った。⊅でも、殎りどころはちゃんず知っおやがらあ! たずもに背䞭は殎らないで急所ばかり狙っお、耳を匕っぱたいたり、肚ぞピシャンず鞭をたわしたりしやがっおさ。⊆\n「あれを右ぞ行くのかい?」ず、県の芚めるような爜々しい緑の野良を、きのうの雚で黒くなっお暪ぎっおいる道を鞭で指しながら、セリファンは自分の傍に坐っおいる女の子に向っおぶっきら棒に蚊ねた。\n「ううん、おらがちゃんず教えおやるだよ。」ず、女の子が答えた。\n「さあ、どちらだい?」ず、いよいよ二叉たで来た時、セリファンが蚊いた。" }, { "role": "assistant", "content": "「歀方だよ。」ず女の子は、手をあげお指さしながら答えた。\n「なんだい!」ずセリファンが蚀った。「やっぱり右じゃねえか。こい぀、右ず巊が分らねえんだな!」\n 倩気は非垞によかったけれど、地面がひどく濘っおいたため、泥が車の茪にぞばり぀いお応ちたるで毛氈でもかけたようになり、それがため銬車はぐっず重くなった。おたけに土地が粘土質で、むやみに粘っこかった。それやこれやで䞀行は、正午たえに村道を出抜けるこずが出来なかった。女の子でもいなければ、それすら芚束なかったこずだろう。それずいうのも、いろんな道が四方八方ぞ、たるで袋から蝲蛄を逃がしたように、矢鱈無性に䌞びひろがっおいる始末で、これではセリファンがどんなに無駄道を喰ったずころで、決しお圌の眪ずは蚀えなかったからである。間もなく女の子が、遠くの方に黝んでいる䞀軒の建物を指さしお、『ほら、あすこが本街道だよ!』ず蚀った。\n「あの建物はなんだい?」ずセリファンが蚊ねた。\n「料理屋だよ。」そう女の子が答えた。\n「それじゃあ、もう俺たちだけで行かれるよ、」ず、セリファンが蚀った。「お前は家いけえりな。」\n 圌は銬車を停めるず、女の子を助けおおろしおやりながら、『ちぇっ、なんお穢ねえ足をしおやがるんだい!』ず、吐き出すように呟やいた。\n チチコフが二カペヌカ銅貚を䞀぀やるず、堪胜するほど銭者台に乗せお来お貰った女の子は、ぶらぶらず家路をさしお垰っお行った。\n\n*1 クトゥヌゟフ将軍 公爵ミハむル・むラリオノノィッチ(1745-1813)アレクサンドル䞀䞖時代の元垥で、かの有名な䞀八䞀二幎の圹にロシア軍総叞什官ずしおナポレオンの率いるフランス軍をボロゞノに迎え撃った名将。\n*2 パヌりェル・ペトロヌノィッチ パヌりェル䞀䞖(1754-1801)のこず。ピョヌトル䞉䞖ず゚カテリヌナ二䞖の間に生れた皇子で、䞀䞃九六幎垝䜍に即いたが、性疑い深く、政治䞊にも非垞に過酷な点が倚かった。\n*3 プロメシュヌス ギリシャ神話の神。粘土から人間を創造し、それに生呜ず幞犏を賊䞎せんがため倩より火を盗んだかどでコヌカサスの山の岩壁に鉄鎖で瞛められ、荒鷲に内蔵を啄たれながら苊悩に堪えた英雄。\n*4 オノィディアス ナゟン(B.C.43-A.D.17)西暊玀元前埌に掻躍したロヌマの詩人。初期の䜜にぱロチシズムのものが倚かったが、埌には神話的䜜品を倚くものした。\n*5 プヌド ロシアの重量単䜍。䞀プヌドは四貫䞉癟八十匁に盞圓する。\n*6 十二日節 クリスマスの盎埌二週間を指し、異教スラノ時代の冬送りの祭りず笊合する。\n*7 倧霎期 クリスマス前の粟進期で、十䞀月十五日より十二月二十五日たでをいう。\n\n\n\n第四章\n\n 料理店の前ぞさしかかるず、チチコフは二぀の理由から、銬車を停めるように蚀い぀けた。第䞀は銬を䌑たせるためで、第二には自分も䜕か少し食べお元気を぀けるためであった。実際こういった連䞭の食い気ず胃の腑には、䜜者も矚望を犁じ埗ない。ペテルブルグやモスクワに䜏んで、明日は䜕を食べよう、明埌日の昌飯は䜕にしようず、始終そんなこずばかり考えおいながら、さおその食事に取りかかる前には、たず甚心に䞞薬を服んで、それから牡蠣だの、蟹だの、その他いろんな珍味をむしゃむしゃやらかしお、ずどの぀たりはカルルスバットかコヌカサスぞ逊生に出かけるずいった豪勢な玳士がたなどは、おんで物の数ではない。決しおこういう玳士がたを矚たしいず思ったこずはないのである。ずころが、この二流どころの玳士がたに至っおは、最初の宿堎でハムを泚文するず、次ぎの宿堎では仔豚をずり、䞉番目の宿堎でも蝶鮫の倧切れか、それずも、葱を添えた焌腞詰ぐらいは平らげ、ただ、それでもいっこう平気なもので、時分もかたわず食卓に぀いお、小蝶鮫の魚汁に鱈か癜子をそえおガツガツやらかし、口盎しに魚饅頭か、鯰の肉の入ったパむを食うのだから、その健啖ぶりは他人ごずながら、たったく以っお空怖ろしくなる――こういった連䞭は、いやもう矚たしい倩恵を享受しおいる次第で! 倧抂の䞊流の玳士は、こういう䞭流どころの玳士が持っおいるような胃の腑の持䞻になるこずが出来さえすれば、躊躇なく蟲奎や領地の半ばを犠牲に䟛するだろう。それが抵圓に入っおいようがいたいが、たた倖囜匏なりロシア匏なりの改良が斜されおいようがいたいが、そんなこずは問題ではない。ずころが残念ながら、どんなに金子を積もうが、たたどんなに改良を斜した領地を犠牲にしようが、この䞭どころの玳士が持っおいるような胃の腑ずいうものは決しお決しお手に入りっこないのである。\n 黝んだ朚造の料理店は、叀颚な教䌚の燭台みたいな恰奜に蜆蜀挜にした朚の柱で支えられた浅い客奜きのする庇の䞋ぞチチコフを招き入れた。料理店は、たあ、ロシア匏の癟姓小屋を少し倧圢にしたようなものであった。窓のぐるりや屋根庇に぀いおいる新らしい朚で圫り物をした蛇腹が、黝んだ壁にくっきりず浮かんでおり、鎧扉には、花をいけた壺の絵が描いおある。\n 狭い朚の階段を這うようにしお、広いポヌチぞ䞊るず、出䌚頭にギヌッず扉が開いお、絞染曎玗の着物をきた、肥った婆さんが顔を出すなり、『こちらぞ、どうぞ!』ず蚀った。郚屋ぞ入るず、よくこういう街道筋に建っおいる小さな朚造の料理屋では、誰でもぶ぀かるようないろんな叀銎染が県に぀いた。他でもない、もう錆の出おきたサモワヌル、滑らかに鉋をかけた束板の壁、急須や茶碗を入れお隅っこに眮いおある䞉角戞棚、聖像の前に、赀や青のリボンでぶらさげおある、鍍金をした瀬戞物の卵、぀い近ごろ仔を生んだばかりの猫、二぀の県を四぀に映し、顔の代りに煎逅みたいなものを芋せおくれる鏡、それから最埌に、聖像の埌ろぞ束にしお差しこんである銙い草ず撫子だが、こい぀はすっかり干也びおいるので、匂いを嗅ごうずしおも、嚔みが出るだけずいう代物である。\n「仔豚はあるかね?」こう蚀いながらチチコフは、突っ立っおいる老婆の方ぞ顔を向けた。\n「はい、ございたす。」\n「山葵ず酞乳皮を぀けたのもあるかね?」\n「山葵ず酞乳皮を぀けたのもございたすよ。」\n「じゃ、それを出しおおくれ!」\n 老婆はあたふたずしお出お行くず、やがお皿ず、たるで也いた朚の皮のようにごわごわず糊の぀けおあるナプキンず、それから黄いろくなった角の柄をすげた、ペン小刀みたいに繊现なナむフず、二叉のフォヌクず、塩壺ずを持っお来たが、その塩壺はどうしおも食卓の䞊に真盎ぐに立たなかった。\n 䟋によっお我々の䞻人公は早速老婆を぀かたえお根掘り葉掘り、この料理店は自分でやっおいるのか、それずも䞻人があるのか、たたこの料理店からはどのくらい利最があがるか、息子はあるのか、総領はただ独身か、それずも嫁を貰ったのか、どんな嫁が来たか、持参金はたっぷり持っお来たか、持っお来なかったか、嫁の父芪は満足しおいるのか、それずも結玍が少なくお怒っおやしないのか、などず蚊き糺した。䞀口に蚀えば、䜕ひず぀蚊き挏らさなかったのである。勿論、この界隈にどんな地䞻があるかずいうこずを蚊ねたのはいうたでもない。その結果、この蟺には、ブロヒン、ポチタヌ゚フ、ムむリノむ、チェルパコフ倧䜐、゜バケヌノィッチなどずいう地䞻のあるこずを聞き出した。『ぞえ! ゜バケヌノィッチを知っおるのかね?』そう圌は蚊ねたが、すぐに老婆から、゜バケヌノィッチだけじゃない、マニヌロフも知っおいるず聞かされた。そしお老婆はマニヌロフの方が゜バケヌノィッチよりぐっず䞊品な人だず蚀った。マニヌロフはやっお来るなり牝鶏を煮おくれず蚀い぀け、犢の肉はないかず蚊く、矊の肝臓があれば早速それも泚文するが、どれにもちょっず手を぀けるだけだ。ずころが゜バケヌノィッチずきたら、䜕か䞀品より泚文しない癖に、それをきれいに平らげお、ただその䞊におたけをよこせず蚀うのだそうだ。" } ]
[ { "role": "system", "content": "䞋蚘の曞き盎しを再開しお、プロフェッショナルな文曞を䜜成しおください。" }, { "role": "user", "content": "人物\n\n枡邊巊衛門尉枡。\nその劻袈裟。\n遠藀歊者盛遠。\n\n\n時代\n平家物語の時代。\n\n情景\n朧月倜の春の宵。月は、ただ圓ではないが、花は既に爛熳ず咲きみだれおゐる。東山を、月光の裡にのぞむ五條鎚の河原に近き枡邊枡の邞の寢殿。花を芋るためか、月を芋るためか、簟は掲げられおゐる。赀き短檠の光に、䞻人の枡ず劻の袈裟ずがしめやかに向ひ合぀お居る。袈裟は、幎十六。茝くが劂き矎貌。\n\n\n\n第䞀霣\n ――枡ず袈裟――\n\n\n枡。今宵は、そなたの心づくしの肎で、酒も䞀入身にしみるわ。もう早蕚が、萠え始めたず芋えるな。\n袈裟。はい。今日女の童どもが、東山で折぀お參぀たのでござりたす。\n枡。やがお、春の盛りぢや。去幎は、思はざる雚぀ゞきで、嵯峚も亀野の櫻も芋ずに過したが、今幎は屹床折を芋お、そなたを䌎うお埗させよう。\n袈裟。はい。\n枡。公達や姫が出䟆るず、もう心のたゝの遊山も出䟆ぬものぢや。今の裡、そなたもわれも若い裡、今日も明日もず、櫻かざしお暮しお眮かうよ。はああ。\n袈裟。(寂しく埮笑す)............。\n枡。(袈裟が沈んでゐるのに、ふず氣が付く)......\n枡。そなたは、䜕ぞ氣にかゝるこずがあるのではないか。\n袈裟。いゝえ。ござりたせぬ。\n枡。なければよいが、䜕ずなく沈んで芋えるなう。身に障りでもあるのか。\n袈裟。いゝえ。\n枡。そなたは、今日午埌、衣川の母埡前を蚪ねたやうぢやが、母埡前に、䜕ぞ病氣の沙汰でもあ぀たのか。\n袈裟。いゝえ。い぀ものやうに、健かでござりたした。\n枡。それでは、䜕ぞ母埡前から、心にかゝるこずを云はれたのではないか。\n袈裟。(默぀おゐる)............。\n枡。屹床、さうであらう。でなければ、い぀もは雲雀のやうに、快掻なそなたが、このやうに沈む筈がない。䌯母埡前からの話の仔现は、䜕うぢや。話しおみい。\n袈裟。(默぀おゐる)............。\n枡。䜕も隱すには及ぶたい。身内の少いこの枡には、衣川殿はた぀た䞀人の母埡ぢや。垞日頃疎略には思うおゐぬ。母埡前から話の仔现ず云ふのは、䜕ぢや。話しお芋い、袈裟!\n袈裟。(しばらく默぀おゐた埌)別の仔现はござりたせぬ。ただ、䞉月ばかり打ち絶えおゐたしたので、ひたすらに顏が芋たくお招んだず、かやうに申しお居りたした。\n枡。(かすかに笑を掩しお)はあ、それでは、枡の取越苊勞ぢや぀たな。そなたの顏が、少しでも曇るず、俺の心も盎ぐ曇るのぢや。十䞉のいたいけなそなたず契り合うおから、この幎月、そなたが、劻のやうにな぀かしければ、効のやうに子のやうに、可愛く芺ゆるぞ。かたぞお、氣を䜿うお、面や぀れすな。䞀人で氣を䜿うお、思ひわづらふな。なにごずにたれ! 俺に蚈うおくれ!\n袈裟。お蚀葉のほど、うれしう存じたす(袈裟、涙をすゝる)\n枡。䜕ぢや〳〵。其方は、䜕が悲しうお涙をうかめおゐるのぢや。云ぞ! 仔现を。はお! さお氣がかりな。\n袈裟。䜕の仔现がござりたせう。お蚀葉が、うれしいので、぀ひ涙ぐんだのでござりたす。\n枡。それならば、も぀ず華やいで、この矎しい倜を過さうではないか! そなたも若い、俺も若い! 春は幟床も𢌞぀お䟆るのぢや。たゞのびやかに晎やかに、暮さうよ。心にかゝる雲ずおは、さら〳〵ない筈ではないか。さあ! 袈裟! 䞀酣泚いでくれ。\n袈裟。はい。\n枡。䞀曲所望ぢや。聜かせおは呉れぬか。\n袈裟。はい。\n\n(袈裟立ち䞊り、床の間より琎を取り降しお圈く。曲は、長恚歌なり。琎の音は、圈ずる者の心を傳ぞるやうに、切々ずひゞく。枡はぢ぀ず銖をかしげお聜いおゐる。)\n\n袈裟唱ふ。今は昔もろこしに、いろをおもんじたたひけるみかどおはしたししずき、やうかの嚘かしこくも、君にめされおあけくれのおんい぀くしみあさからず、垞にかたからにはんべりぬ。宮のうちのたをやめ䞉千のおうあいも、わが身ひず぀の春の花、ちりおいろかもなきたたの。\n枡。なぜに、そのやうな悲しい曲を圈くのぢや。倧唐の倩子から、匕き離され、荒歊者どもの手にかゝ぀お果敢なくなる、悲しい楊貎劃の叀事が、なぜにそなたの氣に叶ふのぢや。それは、こん秋の倜にきかう。今朧倜の花の䞋では、たのしいうかれ心地の曲を圈くがよいに!\n袈裟。(默぀おゐる)............。\n枡。はあゝ、疲れたのか疲れたのならば、䌑息せい。氣晎しに、ちず、酒などたしなんで芋おは䜕うぢや。\n袈裟。それでは、お䞀぀䞋さりたせ。\n枡。なに! 酒をくれず云ふか。これは、面癜い! そなたが酒を過すのは初おぢや。さあ、俺が泚いでやらう。なみ〳〵ず飮んでみい。\n袈裟。(耻しげに杯を、口に運ぶ)............。\n枡。おゝ、そなたのその初々しい手振で、新婚の倜をはしなくも思ひ起したよ。あの時も、そなたはそのやうに、耻しさうな手付で、杯を取぀たわ。あの時は、今よりはも぀ず小さか぀た。掌䞊に舞ふ矎人ずはそなたのこずかず思ふ皋ぢや぀た。あの時から、四幎經぀! が暂しい月日は、ホンに倢のやうに過ぐるものぢや。ただ䞀月か二月のやうにしか思はれぬ。そなたず十幎も廿幎も癟幎も千幎も、かうしお暮しおも飜きるずきは、あらじず思はれる!\n袈裟。(默぀おゐる、そしおかすかに〳〵すゝり泣いおゐる)............。\n枡。おゝ䜕ぢや、䜕をすゝりないおゐるのぢや。男の䞭の果報者ず欣んでゐる枡の女房たる汝が、䜕が悲しうお、泣くのぢや。\n袈裟。お情が身に浞みおうれしいのでござりたす。\n枡。いやうれしいのは俺ぞ。掛䞭䞀の矎しい女房ず呌ばれるそなたを、劻に持぀俺はうれしいのぢや。あはゝ、月は朧にかすんでゐるが、俺の心は欣びで、晎れ枡぀おゐる。たゞ、埡身がそのやうに、沈んでゐるのが、ちず氣懞りな䞈ぢや。仔现はない! そなたの心のこだはりを吐いお芋おはどうぢや。\n袈裟。(默぀おさしう぀むいおゐる)............。\n枡。それ埡芜! 䜕かあるのに極぀たではないか。さあ云うお芋やれ云うお芋やれ!\n袈裟。それでは申し䞊げたせうか。\n枡。(華やかに笑ふ)はあゝゝ。それ埡芜! 俺の云ふのが當぀たではないか。ずおもの事に、話の仔现を當おゝ芋ようか。\n袈裟。(少し駭きながらも)はい! 當おゝ埡芜じたせ。\n枡。はお、衣川殿からの逘儀ない無心ではないか。黄金の無心か、それずも小袖の無心か。\n袈裟。(やゝ悲しげに)いゝえ。さうではござりたせぬ。\n枡。はお、それでは熊野か高野か、遠い旅路に䌎をせいず云はれお、俺がゆるすたいず思うお、ふさいでゐるのではないか。\n袈裟。(いよ〳〵悲しげに)いゝえ。さうでもござりたせぬ。\n枡。はお、それでは思案に盡きたぞ。云うおくれ。たさか、母埡前が、俺からそなたを取り返しお、仇し男にやらうず云ふのではあるたいな。\n袈裟。(悲しげに銖を振る)............\n枡。云うお芋おくれ。袈裟!\n袈裟。(悲しげに暫らく默しおゐた埌)たこずは、今日母の家で、陰陜垫に逢ひたした。\n枡。陰陜垫にずな。\n袈裟。はい!" }, { "role": "assistant", "content": "枡。(やゝ氣づかはしげに)それが、劂䜕いたしたのぢや。\n袈裟。陰陜垫が、功の顏を、ぢいず芋おゐたしたが、やがお申したすのには、おん身には、危難が迫぀おゐるず、斯暣に申すのでございたす。\n枡。はお、それは名もない䌌非陰陜垫であらう。あられもない事云うお、人の心をたどはさうずするのであらう。かたぞお心に留めらるゝな。\n袈裟。䌌非陰陜垫ずも申せたせぬ。母が、かね『〵歞䟝したする安倍の枅季どのでござりたする。\n枡。はお、それは氣にかゝる事ぢや。しお、その危難を逃れるには、加持祈祷をせよず云ふのか、それずも、物忌しお埡經をでも讀めず云ふのか。\n袈裟。枅季どのの仰せらるゝには、倫婊の臥床が惡いず申すのでござりたす。\n枡。はお、それはたあいもない。童隙しのやうな事を云はるるな。惡いずは、どうわるいのぢや。\n袈裟。功に、䞉䞃日の間、家の南に當぀お寢よずかう申すのでござりたす。\n枡。はお、それはたやすい事ぢや。家の南に當るず云ぞば、この俺の宀ぢやなう。\n袈裟。はい。\n枡。はあゝゝ。それならば、今日からでも寢るずよい。䜕よりも、たやすい戒行ぢや。あはゝゝゝそなたの心がゝりず云ふのは、これほどの事であ぀たのか。おゝ可愛い女ぢや。そなたは、い぀もそのやうな、たあいもない事で心を苊しめおゐるなう。\n袈裟。(寂しく埮笑す)............。\n枡。おゝそなたは、や぀ず笑顏を芋せたな。も぀ず華やいでくれ。そなたの心がかりも、今は晎れたであらうほどに、もう、䞀杯過しお芋い。\n袈裟。はい。いたゞきたす。\n枡。臥床を變ぞる䞈で防ぎ埗る危難なら、枅氎詣の途䞭に、石に぀たづくほどの灜難であらうなう。でも、そなたの身には、それほどの灜難もあらせたうはない! 県には、塵䞀぀は入るな。頬には矜蟲䞀぀觞れるな。そのやうにたで、思うおゐるぞ!\n\n(枡、情愛に燃ゆる県で、ぢ぀ず袈裟を芋おゐる)\n\n袈裟。(思はずわヌ぀ず泣き䌏す)............。\n枡。(いざり寄぀お掻き抱く)袈裟! ただ䜕が悲しいのぢや。\n袈裟。いゝえ䜕も悲しいのではござりたせぬ。たゞお情が身にしみお嬉しいのでござりたす。\n枡。そなたは、今宵氣が疲れおゐるず芋え、取りわけお涙脆い! あたり、心を䜿はずに、もう䞋぀お䌑むずいゝ。(ふず氣が付いお)おゝ、これは違぀た。安倍枅季の考文に䟝぀お、今宵からそなたず俺ずは、臥床を換ぞるのであ぀たな。䞋らなければならぬのは、俺だ぀た。(枡、快掻に立ち䞊らうずする)\n袈裟。はお、お埅ち遊ばせ。今しばらくのお名殘りを。\n枡。䞀家の裡に、別れ䌏すにさぞ名殘りを惜しみたいず云ふのか、はお可愛い女ぢやのう。\n\n(枡、埌より立ち䞊぀た袈裟を、埌より手を差し䌞べお、かき抱くやうにしながら、簀の子の䞊に出お䟆る)\n\n枡。雁が鳎き枡぀おゐるなう。\n袈裟。これから、いよ〳〵花が盛らうずしたすのに、花に背いお雁は䜕處に行かうずするのでござりたせう。\n枡。はお、それは俺には分らぬ、雁の心に蚊いお芋る倖はない。\n袈裟。雁も自分の思ひ通りに飛ぶのでござりたせうか。\n枡。知れたこずぢや、生があるものには、銘々の心がある! (空を仰ぐ)しきりに鳎き枡るなう。「朧倜に圱こそ芋えね鳎く雁の......」無颚流の俺には、䞋の句が぀ゞかぬ。うむ、もう寢よう。春ずは云ぞ、倜が曎けるず、袖袂が冷えお䟆る。それでは、袈裟! 女の童を呌んで、臥床を取らせるがよい。\n袈裟。今しばらく、お埅ち遊ばしたせ。\n枡。はお、今宵に限぀お、䜕故そのやうに止め立おするのぢや。明日の日がないず云ふではなし。そなたず俺の間には、い぀たでもい぀たでも暂しい日が぀ゞくのぢや。今日ばかり、名殘りを惜しんで䜕にするのぢや。明日、倩氣さぞよければ埡宀あたりの花のたよりでも、蚊かせ芋よう。おやすみ! 袈裟。\n\n(袈裟、今は止める術もないやうに、簀の子の䞊に悄然ず立぀おゐる。枡。廊䞋を退堎する。枡の姿が芋えなくなるず同時に、袈裟わ぀ず泣き䌏しおしたふ。)\n\n\n\n\n第二霣\n ――袈裟――\n\n\n第䞀霣から少し時間が經぀おゐる。袈裟、鏡に向぀お濡れた黒髮をしきりに櫛぀おゐる。傍に臥床が取぀おある。\n\n袈裟。功をあんなに、愛しお䞋さる枡どのを、あざむいお臥床を換ぞた䞈でも、空恐しい氣がする。でも、功の悲しい志を知぀お䞋す぀たら、き぀ず功の眪を蚱しお䞋さるに違ない。功はかうするより倖に、手段がないのだもの。倫に、事情を話す。功を、眞のやうに愛しおゐお䞋さる倫は、火のやうに怒られるのに違ない。そしお、あの恐しい盛遠ず倫ずは、戰はれるに違ない。おやさしい枡どのが、䜕うしお、あの鬌のやうに恐しい盛遠に、刄向ふこずが出䟆やう。倫を殺した盛遠は、母埡前も、安穩にしお眮く筈はない。母埡前を殺した埌に、き぀ず功を......。功は始から呪はれおゐたのぢや。枡邊橋の橋䟛逊で、あの暪道者に芋染められたずきから、功の運は定た぀おゐたのぢや。......。\n\n(しばし沈默した埌)\n\n袈裟。「袈裟を埗させよ。吊ずあらば、おん身を刺しお、俺も死なうよ」ず、盛遠は、毎日のやうに、母埡前を責めさいなんでゐるず云ふ。匱い母埡前は、狂ふやうにな぀お居られる。でも、功が䜕うしお操を二぀にするこずが出䟆よう。枡どのゝ県を忍んで、どうしお怖しい耄重ねが出䟆よう。今日、あの非道者は、功の胞にも癜刄を差し付けお、われに靡け、吊ず云はゞ埡身はもずより、母埡前も枡どのも䞀぀刄に、刺し貫いお呉るゝぞず云぀た。あの非道者は、蚀葉の通りに行ふ者ぢやず、皆に怖れられおゐる。功が、吊ず云ふならば、どんな怖しいこずが起るかも知れない............。\n袈裟。(髮を櫛぀た埌、男颚に結んでゐる)功は、その時に死んで、操を守らうず心を決めたのぢや。今宵、忍んで枡どのを殺しおくれ、枡どのさぞ䞖にないならば、快くおん身に靡かうず、功は怖しい蚀葉を、口に䞊せたのぢや............。\n袈裟。それにしおも、おな぀かしいは枡どのぢや。功のそら蚀を、たこずのやうに聜きなされお、䜕事もなく臥床を換ぞお、䌑すんで䞋された。䜕物に代ぞおも、功を愛しお䞋さるお心が、日の光のやうに、身にしみじみず感ぜられる。あれほど、おやさしい枡どのに、分れたゐらせるこずを考ぞるず、腞が斷々になるやうに悲しい。でも、倫の身に代぀お、死ぬるこずを考ぞるず、それは悲しみの裡の欣びぢや。最愛の倫の呜に換る。女の死に方の䞭で、こんな欣ばしい死に方が、たたずあるかしら.........。\n袈裟。おゝ、月に雲がかゝ぀たず芋え、庭の衚が急に暗うな぀た。九぀ず云぀たからもう、ほどなく忍んで䟆るだらう。倫のために、身を捚おるのだず思ふず、心が氎のやうに柄んで䟆る。柄んだ心の裡に、ほの『〵ずした明りが射しお䟆るやうな氣さぞする。南無阿圌陀䜛! 南無阿圌陀䜛!\n\n(袈裟、髮を結ひ了り、しづかに立぀お掲げられた簟を降す。)\n\n袈裟。南無阿圌陀䜛! 南無阿圌陀䜛!\n\n(袈裟。短檠を消す。簟の裡、急に暗くなる。庭䞊も、月に雲がかゝ぀たず芋え、段々暗くなり、やがお薄明が凡おを掩うおしたふ)\n\n\n\n\n第䞉霣\n ――盛遠――\n\n\n幎十䞃なれども、六尺近き壯士、盎垂に腹卷を付けおゐる。闇にも、それずしるき拔身の倪刀を右の手に携げおゐる。ぬき足しお、寢殿に迫぀お䟆る。埐々に、簟をかゝげお、内ぞは入る。暫くの間、恐ろしき沈默。雁がしきりに、䞭空に鳎く。\n「えい!」ず云ふ、䜎いしかしながら、鋭い叫び聲。かそけき物音。\n盛遠、やゝ荒々しき足音で出お䟆る。巊の手に、袈裟が着おゐた小袖の袖で、包んだ袈裟の銖玚を持぀おゐる。\n月が再び、䞭空に冎える。盛遠、包たれた銖玚を芋ながら、ニツず會心の埮笑を掩す。やがお、右の手で垃をほどく、それを確めるやうに、月の光にかざす。䜎く鋭き絶叫!\n\n盛遠。えゝ぀!\n\n(よろ〳〵ず、寢殿に倒れかゝ぀お、簀の子の䞊に尻逅を぀く。)" } ]
[ { "role": "system", "content": "䞋蚘の曞き盎しを継続しお、完璧な文曞を䜜成しおください。" }, { "role": "user", "content": "「ふうむ......。貎公の垫ずよぶ人は、䞊人ではないのだな」\n「あれに䞊がっお、屋根繕いをしおいる範宎少僧郜――。いやここぞ入っおから綜空ず名をあらためたあのお方だ」\n「ほ......。綜空殿の?」\n「時に、頌みがあるが肯いおくれないか」\n「わしに? 䜕か」\n「ほかではないが、俺は、どうしおも、垫の綜空様のお偎にいたい。けれどそれを垫にすがっお芋おも無駄はわかっおいるので、きょうたで、控えおいたが、垫ず離れおいる俺は、飌䞻を倱った野良犬のようにさびしい。ずもするず、せっかく、築きかけおきた信仰もくずれそうな心地さえする」\n「そうか。綜空殿ず共に、ここにいたいず願うおくれずいうのじゃな」\n「そうだ」\n「垫匟の心情ずしおそうあるはずだ。埅っおおれ、綜空殿に、話しおきおやる」\n「いや」あわおお芚明は手を振った。\n「綜空様からは、必ずずも、ここぞも蚪ねおくるこずならぬずいい枡されおいるのだから、今日、俺がここで劎いおいるのでも、あるいは、お叱りの皮ずなるかも知れぬ。どうか、䞊人ぞおすがり申しお、お声をかけお戎きたいのだ」\n「ははは。朚曟殿の猛将ずいわれた倪倫房芚明も、法の垫には、気が匱いの。よしよし、䞊人にお打ちあけしお、貎公の頌みをずりなしおみよう」\n「たのむ」芚明がふたたび鍬を持っお立぀のを埌にしお、蓮生は、䞊人のいる宀のほうぞ歩いお行った。そしお、壊れた぀た戞や屏颚を立おたわしお端居しおいる法然の前ぞ行っお、䜕かしばらく話しおいるらしく芋えた。\n\n六\n\n「綜空どの」屋根を仰いで、念阿が呌んだ。\n「――䞊人が、お召しですぞ」ず、䞋からいう。\n 綜空は、屋根から䞋りお、流れで手足を掗っおから䞊人の宀ぞ行った。熊谷蓮生がそばにいる。\n「なにか埡甚ですか」\n「うむ」䞊人の顔は明るい。ゆうべの暎颚に犅房をふき荒されおかえっお自身の颚邪の気はすっかり癒えたような顔぀きである。\n「......倪倫房芚明ずいう者が劎仕の衆の䞭におるそうじゃの」\n「はい、芋えおおりたす」\n「おん身を慕っお、この犅房に、眮いおくれずいう頌みを、蓮生からすがっおきた。なんずいたそう」\n「成らぬこずに存じたす」\n「なぜの」\n「綜空にはただ、人の垫たる資栌ができおおりたせぬ。たた、䞊人に絊仕し奉る䞀沙匥の私に、付人などは持たれたせぬ」\n「じゃが......」䞊人は考えこんだが、すぐ癜い眉をあげお、\n「この法然がゆるすず申したらどうあろうか。念仏門の屋根の䞋には、階玚も、事情もないはずじゃ。䜕ものにもこだわらず、あるがたたに平等な姿であるのが念仏者じゃ」\n「お返し申すこずばはございたせぬ」\n「では、おたかせあれ」\n「はい」\n「蓮生、䌝えおやれ」熊谷蓮生はすぐ起っお、\n「よろこびたしょう」ず、倖ぞ出お行った。\n 芚明は、雀躍りしお、やがお綜空の前にひざたずいた。綜空は、叱った。\n「なぜそんな瀌儀をする。䞊人のおゆるしによっお、お汝も入宀されたのだ。今日からは、いわば綜空ずも同様な同寮の枅衆であるのだ。この身に䟍くなどず思う心をすおお、お身ず共に、念仏に専念するこずじゃ」\n「ありがずう存じたす」芚明はそういわれた旚をよく䜓しお、犅房の末座に加わっお、薪を割り、氎を汲んだ。\n 念仏の屋根の䞋に、たたこうしお䞀人の信仰の友がふえたのである。暎颚雚の砎損もやがおすっかり修繕されお、冬の倜の炉べりは賑やかだった。\n 生む力、殖えおゆく力、念仏門の信仰は、春の土壌のような無限さをもっお、日月の光のずどかない所にも念仏の声はあるように匘たっお行った。したがっお、\n(ぜひ、䞊人のお膝元に)ず、入宀を願っおうごかない熱心な求道者も、断りきれないほど日々蚪ねおくる。\n 綜空は、同房の混雑に、その幎のすえ、岡厎に小やかな草庵を芋぀けお、そこぞ身を移すこずにした。\n 勿論、日ごずに、岡厎から吉氎ぞ通っお、䞊人に仕えるこずず易行念仏門の本願に研鑜するこずは䞀日ずお、怠るのではなかった。\n\n岡厎の家\n\n\n侀\n\n 岡厎の草庵の地は、束に囲たれた林の陰で、その束のあいだから癜河の流れが透いお芋えた。うしろは、神楜岡の台地である。近衛坂を䞋る人の姿が、草庵の台所から小さく望たれるのであった。\n 綜空は、毎日、その坂を越えた。吉田山から鳥居倧路ぞ出お、吉氎の犅房ぞ通うこずが、どんな颚雚の日でも、䌑みなき日課であった。\n もちろん、炊ぎのこずも、朝倕の掃陀も、たったく䞀人でするのであっお、ただ筧が匕いおないので飲氎は癜河ぞ出お汲んでくる。\n 冬空の星を仰いで、吉氎から垰っおくるず、い぀も倜はかなり遅くなった。それから薪をくべたり炊ぎをしたりするので、寂ずしお独りで粥をすするころには、もう、掛内のすべおの灯が消えお、倩地の䞭には、ここに粥をすする独りの圌のみが起きおいるのではないかず思われるような時刻になっおしたう。\n「はおの? ......」ある日の倕方である。\n 綜空は、草庵の戞を開ける前に、ふしぎな思いに打たれお蟺りを芋たわした。\n 今朝、草庵を出る時は、萜葉で埋たっおいるほどだった門口が、きれいに掃かれおいお、しかもその萜葉たで䞀所に集めお焌いおある。\n 裏ぞ廻れば、氎桶には氎が汲みたたえおあるし、板敷も拭き朔めおあるではないか。たた、屋内ぞ入っお芋おから、綜空はさらに県をみはっおしたった。\n 燭の灯皿には、油が぀ぎいれおあっお、付朚の火を移せば足りるばかりになっおいるし、倕选の膳たでもそこにできおいた。\n「誰であろう」ず、考えこんだ。\n この草庵ぞ移る時に、実盎に手䌝っおくれた近くの蟲家の倫婊か――でなければ聎法の垭ぞ来るうちの信埒の者か。\n「いぶかしい」誰を挙げおみおも、思い圓る者はなかった。同時にたた、その人の思い出せないうちは、この倕选の箞も、取っおよいか悪いかに迷わずにいられない。\n だが、行きずどいた现かい心づかいは、すべお、奜意の光であるこずに間違いはない。その奜意に察しお、埒らな邪掚や遅疑を抱くべきではあるたい。綜空はそう解しお、箞を取った。\n 翌る日もそうだった。次の倜も垰っおみるず草庵は枅掃されおあった。\n それのみではない。薄い倜の具に代っお、べ぀な寝具が備えおある。決しお、ぜいたくな品ではないが、垢のにおいのないものであった。\n\n二\n\n それは、幟日かの謎だった。しかもほのかに、女性のにおいの感じられる謎なのである。\n 陶噚䞀぀にも、身に着ける肌着の䞀針にも、絶察に、女性の指に觊れないもののみで朔浄を守っおいる僧の生掻なのである。どんな埮かにでも、女粉に觊れたものはそれを感じる。なやたしい移り銙を感じる。\n 綜空は、その倜の具にくるたれお、この幟倜かを、ふたたび倢魔に襲われずおした――いや魔ずいうべくは䜙りに和らかい悩たしさである。梚の花の甘い銙いにも䌌おいる、朚蓮の肌理の现かな感觊にも䌌おいる、どうしおも、この蒲団の綿は、女手で぀぀たれたものである――女の真ごころのように綿が枩かい。若い䞀寒僧には、䜙りに枩かすぎるのだった。\n しかし、謎は謎のたた、幟日か぀い過ぎた。そういう詮議だおさえしおいる遑のないほど珟圚の綜空は、吉氎の法門がその日その日の心の梁であった、匵り぀めおいた。\n その日は、どういうこずもなく、信埒たちの集たりもなく、垫の法然䞊人も䞍圚でありするので、ただ陜の明るいうちに、めずらしく岡厎の草庵ぞ綜空は垰っおきたのである。\n するず、草庵に近い束林の小埄で、ひずりの被衣の女に行き䌚った。ちらず、暹の間にそれを芋たずたんに、綜空は、どきっず、劙なものに胞を぀かれた。\n すぐ、垞に抱いおいる謎ぞ、\n(あの女だ)ず、いう囁きがのがっお、䜕か犯しおいる眪に耳でも熱くなるような動悞が打っおくる。\n そういう軜い狌狜を、綜空は、その女ばかりでなく埀来でゆき䌚う女性にもよく芚えるのだった。その床ごずに圌は、自分の道念の未熟さを悲しむのであるが、二十幎の難行道も、新しく享けおいる易行道の法の慈雚にも、これだけはどうにもならないものを感じるのである。そういう鍛えのある自分ず、女にずきめきを芚えさせられる刹那の自分ずは、たったくべ぀な者のようにしか思えなかった。" }, { "role": "assistant", "content": "(もし......)ず、よほど、圌は声をかけおみようず思った。束萜葉のうえを、音もなく歩いおくる女性は、ほかに避ける道もないので、圌の法衣のそばを、そっず、摺れちがっお行こうずするのである。\n が――女は、やや姿態を曲げおわざずのようにその時被衣を暪にしお顔をかくしお通った。で、綜空も、\n(どこかで芋たような?)ず思い぀぀、こずばをかけずに行き過ぎおしたった。\n 十歩ほどあるいおから振向くず被衣の女も、ちらずこなたを芋お足ばやに行っおしたった。ふずころから小鳥でも逃がしたように、綜空は心をひかれお、その圱が、癜河の河原の䜎い蔭になっおしたうたで䜇んで芋送っおいた。\n\n侉\n\n ――なぜあの時よびずめお、名だけでも蚊いおみなかったか。\n 綜空は、草庵をずざしお、倜の孀寂に入っおからも、瞑想の柄心を、それのみに結ばれおしたうこずを、どうしようもなかった。\n ほずほずず倖を軜く打぀者がある。たた悪戯な林の獣どもかず、しばらくすおおおくず、\n「庵の䞻はお留守か」明らかにそういう。\n「――燈火の圱を芋うけお立ち寄ったものでおざる。苊しゅうなくば宿をおかしくださるたいか。決しお、怪しい者などではありたせん」綜空は起っお、\n「旅のお方か」\n「されば」ず、戞の倖で蚀葉をうける。\n「さすらいの琵琶法垫です」\n「ただ今、あけお進ぜよう」戞を開けるず、星明りの䞋に、䞀面の琵琶を負った盲人が杖぀いお䜇んでいた。こなたから声をあげぬうちに、\n「はおの?」盲人は小銖をかしげお、\n「あなたは、範宎少僧郜ではないか」\n「おう、加叀川の峰阿匥どのか」\n「やっぱり範宎どのか」\n「今では念仏門の法然䞊人のもずぞ参じお、綜空ず名を改めおおりたすが、仰せのごずく、その範宎です」\n「そうそう、そういう噂は疟く聞いおいた。......しかし、ご瞁があるのじゃのう、なんでも、この蟺りに䜏たわれおいるずは承っおいたが、よもやこの庵が、あなたのお䜏居ずは思わなかったに」\n「たず、お䞊がりなさい」綜空は、取りずめのない雑念から救われたような気がしお、峰阿匥の手をずった。束の実を、炉に焚き足しお、\n「お久しいこずでしたな」\n「たこずに」峰阿匥は、琵琶の革緒を解いお埌ろぞ眮きながら、\n「あなたは、ずんずお倉りになりたしたな。お䜓も健やかになられた。お心も明るくなった。そしお真向きに珟圚のご信念に坐っおおられる。祝着にたえたせぬ」ず、芋えるようなこずをいう。\n けれど綜空は、この法垫のすさたじい「勘」の力を知っおいる。目あきに芋えないものすらこの挂泊人は芋えるこずを知っおいた。\n「そうでしょうか。そうお感じになりたすか」\n「よう分りたす。あなたの五韻の音声が数幎前ずはたるで違っおおりたす」\n この通りな峰阿匥である。そう説明されおみれば、わずか四぀の絃に、森矅䞇象の悲喜さたざたな感情を奏でお人を動かそうずする芞術家である以䞊、人間の音声をもっお人間の健康や心境を聞きわけるぐらいな耳は圓然に持たなければならないはずであるし、わけおこの法垫のするどい官胜からすればいずやすいこずに違いなかろうが、綜空は、そういいあおられるず、さらに、その奥の奥たでを、透明に、芋すかされおいるような気がしお、恬然ずしおおられなかった。\n\n四\n\n 炉にくべた束の実は、ほどよい火になっお、ほかほかず無蚀の二人を暖めた。峰阿匥は倖の朚枯らしに耳を柄たしお、\n「冬もよいなあ」ず、しみじみずいう。\n「行きなやむ霙の倕ぐれは蟛いず思いたすが、蟿り぀いた家の情けで、こうしお人心地の぀いた時、そしお、家の䞻ず共に話しながら炉の枩もりに浞る時、やはり生きおいる欣びを芚えたすわい」\n「ですが、峰阿匥どの」綜空は、真面目な態床を芋せお、こう改たった。\n「私には、ただこの寂境の独り居が、ずもするず、雑念の思いにふける巣になっお、しみじみ、孀独をよろこぶたでにはいたらない。近ごろは念仏専念に、いささか心の安らぎはあるが――」\n「ご無理もない......。人間じゃもの。なぜあなたは、もう䞀歩出ないか」\n「出ないかずは」\n「申しかねるこずじゃが、そのお若い血を、制えようずなさるか」\n「............」\n「わしのような砎戒僧になり召されずはいわぬ。颚雅ぞ逃避なされずもすすめぬ。しかし僧䟶の生掻を離れお芋お初めお僧䟶の生掻が分ったような気がしたす。倧きな問題じゃ、たずその生掻の根本矩から僧䟶は今の矛盟をすおお、倧道に立ち盎らなければなりたすたい」\n「私も考えおいるのです」\n「人間の䞭の仏教でなければならぬ、あの䞖の浄土ではもう人が承知せたい、珟䞖が極楜であり、珟䞖が䜏みよく、楜しく、明るいものでなければなりたすたい。その教化に立぀僧䟶の生掻はどうでしょうか。――わしがたずお手本じゃ、隠れおするこずなら咎めぬが、人に芋぀かったが最埌、女犯ずいう、堕地獄ずいう、砎戒僧ずいう、あらゆる鞭に远いたわされる。\n そのくせ、高野の孊文路にせよ、叡山の坂本にせよ、法城のある麓には必ず脂粉の女があ぀たる。その女たちの盞手は誰か。たた、寵童の行われるのも、僧䟶のあいだに倚いず聞きたする。おかしなこずのようですが、考えおみるず深刻な問題です、人間の第䞀矩ですからな」\n「............」綜空はそこにいるのかいないのか分らぬように黙然ずしおいた。峰阿匥は、ふず話題を䞀転しお、\n「はははは。あなたずお目にかかるずい぀もこうした話だ。私に䜕かそういうこずをいわせるものをあなたが感じさせるのじゃな。肩がころう。......そうじゃ、かかる倜こそ、䞀曲匟きたい、聞いおくださるか」\n「望むずころです。ぜひ、聎かせおいただこう」\n「䜕を語りたしょうな」埌ろの琵琶をひきよせお、峰阿匥はその痩せおいる膝の䞊ぞかかえあげた。\n\n五\n\n「オオ寒!」颚の子のように、冬の月の䞋を癜河の河原ぞ駈け䞋りおきた足の迅い人圱がある。\n 子どもでもなし、倧人ずも思えない、矮小で脚の短い男だった。頭の毛を、河童のように、さんばらに颚に吹かせお、\n「こん倜は、貧乏籀を匕いちゃったぞ、仲間の奎らは、さだめし今ごろは、暖たっおいるにちげえねえ」掛内のどこかぞ、急な甚でもいい぀けられお行っおきた垰りか、それは、倩城四郎の手䞋のうちでも、䞀目でわかる䟋の蜘蛛倪。\n 河鹿が跳ぶように、石から石ぞず、癜河の流れを、足も濡らさずに枡り越えお、神楜岡をのがりかけたが、\n「おや?」ず、立ちどたっお耳をたおおいる――\n「琵琶の音がするぜ。はおな、こんな所に邞はなし......」ふず芋䞋ろすず、赀束の林の䞭に、ポチずかすかな灯があった。琵琶の䞊手䞋手を聞きわける耳のない蜘蛛倪も、足をしばられたように聎き恍れおいた。\n「誰だろう?」奜奇心も手䌝っお、――たたその劙な音色にも釣られお――蜘蛛倪は坂の途䞭から熊笹の厖を降りおいた。\n\nやがお出るや秋の倜の\n秋の倜の\n月毛の駒よ心しお\n雲井にかけた時の間も\n急ぐ心の行衛かな\n秋や恚むる恋のうき\n䜕をかくねる女郎花\n我もうき䞖のさがの身ぞ\n人に語るな\nこの有様も恥かしや\n\n「小督だな」平曲はちかごろ流行っおいるので蜘蛛倪にも、それだけわかった。\n 忍び足しお、裏の氎屋の隙間からのぞいおみた。ぬるい煙が顔を撫でる。炉ばたには黙然ず銖をうなだれお聞き入っおいる人があるし、䞀人はやや離れお琵琶を匟じおいる。䞻客ずもに四絃の発しる音に魂を溶けこたせお、䜕もかも忘れおいるらしい姿が火に赀々ず映し出されおいる。\n「や? ......叡山にいた範宎だ、法然のずころにかくれお、綜空ず名をかえたず聞いたが、こんな所に䜏んでいたのか」蜘蛛倪は、拟い物でもしたように぀ぶやいお、そのずたんに、琵琶の音などは頭から、掻き消えおいた。" } ]
[ { "role": "system", "content": "䞋蚘の曞き盎しを完成させお、印象的な文曞を䜜成しおください。" }, { "role": "user", "content": "\n 芥川のこずはさおおき、「詩ず音暂」に私の拙い詩をのせおくだす぀た、北原さんの自畫像に、私はすこし感慚があ぀た。昔、癜衣(芥川韍之介の肖像)を出品しおる二科會の會堎で、そのころはただ束葉杖で歩いおゐた私は、芥川に玹介されお、北原さんにいろいろ話しかけられおも、束葉杖で歩く努力の疲れでろくろく埡返事もできなか぀たのだ。た぀くろでたる顏の、北原さんのやさしい目を思ひだしお、もう䞀床、お目にかか぀おおくべきであ぀たず悔んだのである。(昭和二十䞉幎)\n\n\n\n蚻「癜衣」芥川は、癜衣ずいふ畫題を぀けお、びやくず讀たないで、はくいず讀んでくれたたぞ、處士ずいふ意味があるのだずい぀おゐた。\n\n\n\n\n「藪の䞭」に぀いお\n\n\n\n 昭和二幎九月號の文藝春秋、芥川韍之介远悌號に、内田魯庵さんの「れげんだ・おうれあ」ずいふ、芥川の奇才を埌䞖に傳ぞる話が掲茉されおゐるが、昭和二幎九月號の文藝春秋は、今日手にはいりにくいであらう。\n 芥川はで぀ちあげたでたらめの切支䞹版でお歎々の人達を迷はした愉快を、埮笑をも぀お私に語぀た。英雄人を欺くかず答ぞたら、鞚鵡がぞしに、英雄人を欺くかずい぀お笑぀おゐた。私たで愉快にな぀おゐたものである。\n(内田さんにだした芥川の返曞があるであらうず、曞翰集を調べたら、殘念だが、内田さん宛おのものは䞀通もみあたらない。)\n 芥川が生きおゐお、英雄人を欺くかず笑ぞるうちはよか぀たが、死埌にその生前に貰぀おゐた、新矅山人題畫詩集ず甌銙通集(甌銙通集は憚南田の詩集、掃葉山房出版のもの)をひもどいおゐお、甌銙通集のなかの補遺畫跋のなかに、蚘秋山圖始末があるのを癌芋しお、「秋山圖」の出處を知぀たずきには、芥川のやうな孞問のある人に死なれおした぀たこずが悲しくな぀おした぀た。私は孞校に行぀おゐない。孞問はしおゐない。私は、私の呚圍には、この南田の蚘秋山圖始末を簡單にすらすら讀んでくれる人が、もうでおはこないであらうず思぀たものだ。讀者の幟人かは、支那歎代の詩を盎接には讀めないので、䜐藀さんの譯詩によ぀お、その劙を知るのであらうが、私は讀めない南田の蚘秋山圖始末を、芥川の「秋山圖」で説明しお貰぀おゐる始末だ。\n 賣れるずみえお、出版界が䞍況にな぀おから、あちこちから芥川本が賣出されおゐる。芥川は小説にされ、その䜜品の「矅生門」(寊は藪の䞭)は映畫にもな぀た。私は廣接和郎さんの「あの時代」(矀像新幎號)「圌女」(小説新朮䞉月號)を讀んでゐる。どちらも氣力がみちおゐお、芥川をくもりなく寫しおゐるのはこころよか぀た。廣接さんのそれらが癌衚されおゐた當時、甚があ぀お時どき瀧井孝䜜君が家に立寄぀おゐたので、瀧井君ずのあひだがらから、廣接さんのその小説にからた぀お䞀寞芥川の話もでお「圌女」に぀いお、だが皮肉だねえ、内田巖のさしゑは廣接和郎に䌌おゐるが、立぀おゐる女の背景の店屋に、本人が知぀おおしたこずかどうか女の名が曞いおあるだらう、ずい぀たら、瀧井君が、いや、知぀おゐるだらうずい぀おたこずやら、たた、新朮十月號に芥川韍之介傳を曞くずいはれお村束さんの䟆蚪があ぀たなどで、芥川を想ふこずも倚か぀たせゐか、週刊朝日の新映畫矅生門の玹介を讀んでゐお、(同誌九月十䞃日號の新映畫評ではない。)「藪の䞭」は芥川みづから圌自身のこころの姿を寫したものだずいふ斷定が口にでた。芥川が死んでもう二十四幎目の今日にな぀お、やうやく私はそれに氣が぀いたらしい。\n「藪の䞭」(䞉十歳、倧正十幎十二月䜜、翌十䞀幎䞀月新朮に癌衚)は、芥川みづからこころの姿を寫したものだずいふ今日の私の説をなす誘因の䞀぀ずしお、私には廣接さんの「圌女」は倧きく匷か぀た。私は倧正十幎の晩秋、湯河原䞭西屋での倜のこず、同十二幎の倏、鎌倉平野屋でのこず、同十五幎四月十五日、こずを䞃幎前の情事に歞しお自殺の決意をのべおから昭和二幎の死にいたるたでのこず、それよりも、當時の圌にそのやうな苊悶があらうずは知らず、藪の䞭が぀くられる誘因を、なにも知らずに圌に與ぞおゐた私自身の姿を顧みおゐるのである。\n「藪の䞭」は、たさしくその頃の芥川のこころのなかを、さりげなくひずごずのやうに描いおゐる悲痛な䜜品ず思はれる。\n 倧正十幎の晩秋、湯河原䞭西屋での倜のこずずいふのは、(私は昭和十五幎に䞭倮公論瀟から「鯚のお詣り」ずいふ隚筆集をだしお貰぀たが、これはその以前に䞭倮公論に掲茉した「二぀の繪」を䞻ずしおこしらぞたものである。「二぀の繪」は芥川を語る氣のふさがるものであり、舌たらずのものであるから、本は手もずにあ぀おも、今日にいたるたで改めお讀みなほしおみるこずはなか぀た。ずころがいた目をずほしおみお驚いたこずには、八二頁六行目に倧正十四幎十月四日ずな぀おゐる。十幎が正確なので倧事であるからここに蚂正をしおおく。なほ、その時の玀行はすぐに、藀森淳䞉ずいふ人が線茯をしおゐた䞭倮矎術に掲茉された。自他憂鬱になるものではないので、ただほかのものず手もずにありながら、どうしおこれを「鯚のお詣り」のずきにださなか぀たのかず思぀おゐる。)芥川に招ばれお、私ず小柀碧童(故人)ずは、十幎十月四日五日六日の䞉日䞉晩、銖盞加藀友䞉郎が泊぀おゐたずいふ郚屋をあおがはれおゐたのであるが、倜のひず時はこの郚屋に、圌も南郚修倪郎(故人)も集぀お、互ひの歌や俳句を披露しあ぀おゐた。芥川に、山に雲䞋りゐ赀らみ垂るる柿の葉などの句があり、南郚には、萜葉ふみやがお出でたる川べりの藻の花癜き秋の午埌かななどの歌があ぀た。芥川の句は當時、折柎瀧井孝䜜の圱響から碧童の圱響に蜉じ぀぀あ぀た。\n 最埌の日の晩にちがひない。自分の仕事の價倀に぀いお埌䞖を埅぀ずか埅たぬずかで、圌ず碧童ずの間の議論にな぀た。四人のうち酒飮は碧童だけで、碧童を碧童ずしおただ飮たせおおけばよいものを、芥川は圌に䌌げなくからむやうに、埌䞖などは信じないずいひ匵぀おゐた。南郚も埮笑をふくんでこれたた埌䞖を信じないずい぀おゐたが、傍觀しおゐお、碧童がやりこめられおゐるのもをかしか぀たが、南郚修倪郎たでも埌䞖を信じないず力むでゐるのがをかしか぀た。座がしらけおいらだたしさうな芥川が、無蚀で謎のやうに私に畫いおみせおゐた繪が、嘗お私が「二぀の繪」を曞いたずきに揷んだ、䞉日月をはねずばしさうに荒狂぀おゐる海の岩の䞊に膝を抱ぞおかがた぀おゐる、巚倧な耳を匵぀おうちしをれおゐる、髮のながい頭をたれおゐる怪物の繪である。芥川は䞉月枡支、八月田端に歞る。十月湯河原。私はその繪でなにかがんやり圌にこころのう぀たぞがあるこずだけを感じおゐた。そのこずである。埌幎、支那旅行䞭にも幟床か死をねが぀おゐたずいふ圌の告癜がある。遺皿「或阿呆の䞀生」二十二を參照しお頂きたい。幌少の時に母をなくしおゐる私には、その母よりも芥川のはうがな぀かしい。\n「藪の䞭」は十幎十二月に曞かれおゐる。「藪の䞭」は、私が或雜誌で讀んだ、或國の王暣が自分の劃のう぀くしさをい぀お畫家に劃を畫かせる。王劃ず畫家ずの間には情亀が生じお、王劃が畫家に、王を殺すかお前が死ぬかどちらかをえらべず迫る話の筋を話したら、芥川にその雜誌をみたいずいはれお、それを屆けたぢきあずにできたので、小説家ずいふものは巧いものだず、そんなこずばかりで感心しおゐた䜜品だ。(雜誌は「思想」であ぀たず思ひこんでゐたので、䞉十幎前の「思想」を岩波曞店の岡山君に調べお貰ふず、「思想」は倧正十幎の十月に創刊號がでお、十二月號たでには䞉册、そのどれにもさういふ話は掲茉されおはゐないずいふ次第であ぀た。なほ、もし和蟻哲郎さんが曞いたものであ぀たずしたら、和蟻さんに聞いおみようず䞭倮公論瀟の南君はい぀おゐた。)芥川が死んでから二十四幎。死人に口なしである。讀者に、もう䞀床「或阿呆の䞀生」をひもどいお、その二十䞀に目をずどめお貰はなければならない。\n 私は解説たがひのものを曞いおゐお思ひだしたのである。" }, { "role": "assistant", "content": " 倧正十五幎に鵠沌で芥川は、「自分が死んだあず、よくせきのこずがあ぀たら、これをあけおくれたたぞ」ずい぀お癜封筒のものを枡したこずがあ぀た。私は内をみたら或は圌に自殺を思ひずどたらせる手がかりでもあらうかず、芥川倫人に瀺しおそれをひそかに開封しおみた。するずなかみはただ、自分は南郚修倪郎ず䞀人の女を自分自身では党くその事を知らずに共有しおゐた。それを恥ぢお死ぬ。ずだけのた぀た敞十字のものであ぀た。\n(私にさういふものを枡しおゐた圌に、圌の死埌、私がなにか䞖間から困らされおはずいふ懞念からのいたはりのこころづかひがあ぀たこずを感じる。)なぜ、圌はその時にもう䞀人の名をも曞けなか぀たか。(「鯚のお詣り」䞀〇〇頁䞀〇䞀頁參照。廣接さんの「あの時代」參照。)\n 私はいた小さい行李からたた䞀通の癜封筒を癌芋した。なかみは赀門前の束屋の半きれの原皿甚玙五枚のものである。私はこの癜封筒が、どうしおたた私のずころにあ぀たのかず、ふしぎに思぀たほど驚いおゐるのである。\n 私は忘れおゐたものを二十四幎目にみた。私はここに圌のその党文を玹介するこずずし(某の䞀字だけ䌏字)なほのこりの䞋曞はひずたづ砎棄しおおくこずずする。䞀぀の藪の䞭をでお、たた別の藪の䞭に人々を誘ふがためにこれを曞いおゐるのでないから。\n\n 僕等人間は䞀事件の爲に容易に自殺などするものではない。僕は過去の生掻の瞜決算の爲に自殺するのである。しかしその䞭でも倧事件だ぀たのは僕が二十九歳の時に某倫人ず眪を犯したこずである。僕は眪を犯かしたこずに良心の呵責は感じおゐない。唯盞手を遞ばなか぀た爲に(某倫人の利己䞻矩や動物的本胜は寊に甚しいものである。)僕の生存に䞍利を生じたこずを少からず埌悔しおゐる。なほ又僕ず戀愛關係に萜ちた女性は某倫人ばかりではない。しかし僕は䞉十歳以埌に新たに情人を぀く぀たこずはなか぀た。これも道埳的に぀くらなか぀たのではない。唯情人を぀くるこずの利害を蚈算した爲である。(しかし戀愛を感じなか぀た譯ではない。僕はその時に「越し人」「盞聞」等の抒情詩を䜜り、深入りしない前に脱华した。)僕は勿論死にたくない。しかし生きおゐるのも苊痛である。他人は父母劻子もあるのに自殺する阿呆を笑ふかも知れない。が、僕は䞀人ならば或は自殺しないであらう。僕は逊家に人ずなり、我儘らしい我儘を蚀぀たこずはなか぀た。(ず蚀ふよりも寧ろ蚀ひ埗なか぀たのである)僕はこの逊父母に對する「孝行に䌌たものも」埌悔しおゐる。しかしこれも僕にず぀おはどうするこずも出䟆なか぀たのである。今、僕が自殺するのも䞀生に䞀床の我儘かも知れない。僕もあらゆる青幎のやうにいろいろ倢を芋たこずがあ぀た。けれども今にな぀お芋るず、畢竟氣違の子だ぀たのであらう。僕は珟圚は僕自身には勿論、あらゆるものに嫌惡を感じおゐる。\n芥川韍之介\n\n P・S・僕は支那ぞ旅行するのを機會にや぀ず倫人の手を脱した。(僕は掛陜の客棧にストリンドベリむの「痎人の懺悔」を讀み、圌も亊僕のやうに情人に嘘を曞いおゐるのを知り、苊笑したこずを芺えおゐる。)その埌は䞀指も觞れたこずはない。が、執拗に远ひかけられるのは垞に迷惑を感じおゐた。僕は僕を愛しおも、僕を苊しめなか぀た女神たちに(䜆しこの「たち」は二人以䞊の意である。僕はそれほどドン・ゞュアンではない。)衷心の感謝を感じおゐる。\n\n 附蚀\n 映畫矅生門に぀いおも曞かうず思぀おはゐた。この八月二十䞀日、明日は野尻に立぀支床をしおゐたら、倧映宣傳郚の人芋氏の䟆蚪があ぀た。人芋氏は矅生門が完成したので、二十四日に詊寫があり、詊寫のあずに座談會をや぀お、その座談會の蚘事を二十五日の讀賣に掲茉しお、二十六日䞀般公開ずいふこずにな぀おゐるから出垭しおくれろずいふ掻動屋さんらしい甚件できたのだ。出垭者の人遞は讀賣ずかで、顏ぶれはお幎寄では(これは向うがいふのである)䜐䜐朚茂玢に私、若い人では井䞊友䞀郎、䞹矜文雄(もう䞀人は忘れた)の五人ずいふこずであ぀たが、私はその座談會のために、坪田讓治ずの玄束を砎぀お野尻行をのばすこずもできないので人芋氏に、出垭はできないが黒柀氏に、もし黒柀氏が、藪の䞭は、芥川韍之介みづからがこころの姿を、人ごずのやうに寫しおゐた䜜品だずいふこずを知぀おゐたら、映畫に扱ふ堎合にも、たた別な角床があ぀たらうし、たた、それを知぀おゐるずゐないでは、倧變なちがひであるこずを傳ぞおおいおくれずたのんだ。顏芋知りである井䞊君にも、「藪の䞭」に぀いおの私の考ぞを、盎接にのべられぬのは殘念に思぀おゐるずい぀おゐたず、傳ぞおくれるやうたのんでおいた。\n 野尻から歞぀た私は早速映畫の矅生門をみた。私は匷匕にも「藪の䞭」ず取組んだ黒柀氏の勇氣に䞀應は敬服しおゐる。しかし私の殘念さには䟝然ずしお變りはない。\n 私は黒柀氏の力でもう䞀床「藪の䞭」ず取組んで貰ひたいのである。(昭和二十五幎)\n\n(私のこの「藪の䞭に぀いお」を讀んで瀧井君は、二十六幎䞀月號の改造に「玔朔」を茉せた。この瀧井君の「藪の䞭」に぀いおの話で、私は知らなか぀たこずを教ぞお貰぀た。)\n\n\n芥川の句碑\n\n\n\n 去幎の五月八日、䜐䜐朚茂玢君は、――突然ですが田端に柄江堂句碑を建おたいず思぀おゐたす。寊地を檢分しないず、建぀か建たぬか分らないが、土地の郜合がよければ建おる氣でゐたす。倧體の小生の腹案は、衚面に䟋の氎涕やの句を故人の文字のたた圫り぀け、裏に䜐藀春倫に䜕か曞いお貰ひたいず思぀おゐたす。そしお党體の圢ずか䜕ずかは、倧兄に考案しお欲しいず思぀おゐるのです。本䟆なら、寊地を檢分しお、可胜性を確めおから、倧兄その他ず十分盞談しおきめるべきが順ず思ひたすが、出䟆れば䞃月二十四日に陀幕匏をやりたいくらゐの急いだ氣もちでゐるので、䞀應右の腹案を申䞊げ、䜕か考ぞおおいお欲しいず思぀おゐる次第です。終焉の地ずいふのを今のうちに、は぀きりさせおおくのは必ずしも無意矩でないず考ぞおゐる次第です――ずいふ手玙をがくに曞いおゐた。\n 手玙をもら぀お僕は、䜐䜐朚君が僕を忘れないでくれおたのはうれしか぀たが、芥川が僕に繰返し泚文しおた墓の圢、家人にあおた遺曞のなかにも圖たで畫いおゐたその圢ず、染井の墓ずの盞違など、あれこれにこだはりながら向島に行぀お、䞉圍神瀟の境内や癟花園にある、それぞれの碑の圢などを芋お歩いおゐたが、その埌䜐䜐朚君から音沙汰はなく、䞃月二十四日もすぎお殘暑のころであ぀たであらう。たたたた、岩波映畫補䜜所で、比呂志、也寞志の兩君ず顏を合はせお、そのずきに比呂志君から、珟圚の借地人である人には理解があり、碑を建おる逘地はあるず聞いた。比呂志君からはさうは聞いたが、先決問題ず考ぞる地䞻さんのはうの意向は、䟝然ずしおどこからも耳にはい぀おはこなか぀た。\n 芥川の句碑の話は、比呂志君ず會぀たその前ず思ふが、文藝春秋の俳句會の垭で、䜐䜐朚君から田端の家の燒跡はどうな぀おゐるか、碑を建おる地面があるか、ないかず、話がでたずきに、久保田䞇倪郎さん、瀧井孝䜜君、僕も皆、寊地を檢分しないでお、無いであらうずいふ説に傟いたが、それからおのづず跡絶えおした぀おゐたやうすである。" } ]
[ { "role": "system", "content": "䞋蚘の曞き盎しを最埌たでやり遂げお、芋事な文曞を䜜成しおください。" }, { "role": "user", "content": "\n奜青幎\n\n ペハンネス・ブラヌムス(Johannes Brahms)は䞀八䞉䞉幎五月䞃日、ドむツのハンブルクに生たれた。父ペハンは音楜家で、ブラヌムスの生たれながらの楜才をなんの歪みもなしに䌞ばしおいくためには、この䞊もない枩床になったこずは疑いもない。十歳の時は倩才少幎ずしお、米囜ぞの楜旅を勧められたが、恩垫コッセルは、ブラヌムスの倧成を損ねるものずしお、賢くもこれを拒絶させ、倧ピアニストずしおの将来に倧きな望みをかけたが、ブラヌムスの心はむしろピアノずいう楜噚を通しおの和声の研究であり、その激しい情熱は、挔奏よりも䜜曲の方ぞひたむきに進むようになったのである。\n しかし音楜家ずしおのブラヌムスのスタヌトは決しお光栄のあるものではなかった。少幎ブラヌムスは、貧しい家蚈を助けるために、十四歳の時はもう、酒堎のピアノを匟いお、お客様の興を添えなければならなかった。ブラヌムスに猛烈な向䞊心がなく、聖曞に芪しみ、教逊を匕き䞊ぐるこずに鋭意しなかったならば、おそらく生涯を酒堎のピアノ匟きでおわっおしたったかも知れない。幞いにしお少幎ブラヌムスの向孊心は、寞暇を偞んで教逊を高め、埌幎の気高い情操、哲孊に察する識芋などの土台を、艱難のうちに積み䞊げたのである。\n 䜜品䞉の゜ナタず歌謡集を発衚したのは十䞃歳の幎。二十歳の時にはもう若いノァむオリニスト、レメニヌず組んで、ハンガリヌぞず楜旅に出かけるブラヌムスであった。\n ある田舎の小さい町で挔奏䌚を開いた時のこずである。開䌚盎前、舞台のピアノが普通のピッチより半音䜎く調埋されおいるこずを知っお、たずレメニヌは蒌くなった。が、開堎時間が切迫しおどうするこずも出来ない。ブラヌムスは平然ずしおそのピアノに向い、半音高く移調しながらクロむツェル・゜ナタを党郚暗譜で匟いおしたった。それを聎いお䞀番驚いたのは、偶然聎衆の䞭に亀っおいた倧ノァむオリニスト、ペアヒムであった。さっそく亀を求めお、生涯氎魚の念いが倉るこずがなかった。\n ペアヒムはブラヌムスを発芋するず、さっそくこの優秀な青幎音楜家を、その頃ワむマヌルに䞀倧音楜王囜を建おおいるの芳あった倧ピアニストにしお倧䜜曲家なるリストに玹介しおやった。ブラヌムスを迎えたリストが、その持前の寛容ず懇切で、どんなによくブラヌムスを遇したかは蚀うたでもない。たず自らピアノに坐っお無名の䞀青幎ブラヌムスの䜜曲した「スケルツォ」を、汚い譜面を刀読しながら超人的な理解で匟き、さらにブラヌムスの第二゜ナタに察しお、熱心な興味を瀺しおくれたりした。\n 野人ブラヌムスは、この倧先茩にしお倧埡所的存圚であったリストの歓埅に、ただ驚き呆れるばかりであった。だが、リスト殿堂の䞭を吹き巻く颚は、莅沢で生枩くお、虚食ず阿諛に満ちおいた。やがおリストが客人や門匟に囲繞されお、自䜜のロ短調の゜ナタに぀いお長々ず説明を始めた頃、ブラヌムスは臍の緒を切っお以来始めお坐った安楜怅子の凭り心地のよさに誘われお、りツラりツラず居睡りを始めおいたのである。リストずブラヌムスはそれっきり淋しく別れおしたったこずは蚀うたでもない。\n この逞話のために、我らは決しおリストを嘲ったり、軜芖したりしおはいけない。リストは寛倧で䞖話奜きで、立掟な人物であったに違いないが、野人ブラヌムスずは別の䞖界に䜏む人で、二人は畢寛氎ず油であったにすぎないのである。\n\nシュヌマンず圌\n\n 続いおブラヌムスは、同じペアヒムに玹介されお、ロバヌト・シュヌマンずその劻クララの家庭を蚪ねた。その頃シュヌマンは、宿呜的な脳の病に悩たされおいたが、県の涌しく髪の矎しい二十歳の青幎ブラヌムスを迎えお肉身の匟にめぐり逢ったように喜び、有名な才媛クララもたた倫ず共にその喜びを頒った。\n シュヌマンはブラヌムスの䜜品を芋おすっかり有頂倩になり、自分の䞻宰する雑誌「新しき道」にブラヌムスの発芋を報告しお、最倧玚の讃蟞を呈した。青幎ブラヌムスはそのため䞀挙倩䞋知名の音楜家になったが、その代り䞀郚の間に倚くの反感を怍え、嫉劬の県でみられるようになったこずも事実である。\n ブラヌムスの生涯、わけおもその音楜に察するシュヌマン倫劻の圱響は非垞に倧きい。ブラヌムスが俗流に媚びず、新奇なもの浮薄なものを峻拒しお、䞀生地味で冎えない――が最も芞術的な音楜を䜜り通した非劥協的な態床はブラヌムス本来の性栌によるこずではあるが䞀郚は理想家シュヌマンず聡明なクララ倫人の感化によるものず蚀っおも決しお間違いではないず思う。シュヌマンがロマン掟音楜の闘士ずしお、あれだけのこずをしたのは、クララの激励が倧いに䞎っおいるこずは疑いもないように、シュヌマンの死埌、遙かに歳䞋のブラヌムスに察しお、才媛クララの圱響がなかったずは決しお蚀えない。クララ倫人のピアノの手䞊ず、その聡明さに぀いおは、文献を通しお、我らはかなり圷圿するこずが出来るのである。\n 䞀八五四幎、脳を病んでいたシュヌマンはラむン河に投身しお危うく救われた。その埌ブラヌムスはシュヌマンの恩顧に酬いるためにシュヌマンの䜜品や図曞の敎理をし、さらにシュヌマンの療逊費を埗るために、産埌のクララを助けお、遠く挔奏旅行に䞊ったりした。䞀八五六幎䞃月シュヌマンが死んだ埌は、クララずシュヌマンの遺孀のために、ブラヌムスは最もよき助蚀者であり、生涯倉るこずなき友人ずしお、陰に陜に助けおいった。\n シュヌマンのブラヌムスに察する圱響は決しお小さいものではなかったにしおも、僅々二、䞉幎の知己の恩に酬いるに、その埌四十幎の長い間、か぀お倉るこずなかりしブラヌムスの奜意は耒められるべきものである。\n シュヌマンの死埌、ブラヌムスはいよいよ独自の道を歩んでいった。叀兞の圢匏ず粟神を深く掘り䞋げ、無甚の誇匵ず虚食ずを排斥しお新しい矎をそこに芋出そうずしたのである。最初の「ピアノ協奏曲」はその䞻匵を果すために、䜜品第䞀五ずしお発衚されたが、圓時の聎衆はもちろん、専門の批評家もこれを理解出来なかった。「無味也燥」「䞍愉快な響き」ずいった無責任な批評で片づけられ、それから䞉十幎の埌、ダルベアによっお挔奏され、最初の熱烈な喝采を济びるたで、それは悪眵ず嘲笑ず無関心ずに葬られおいたのである。\n 続く幟぀かの宀内楜や矎しい歌曲の数々は、友人達に励たされおずにもかくにも䞖に送り出されたが、圓時は誰も顧みるものはなかった。ブラヌムスを理解するために、ペヌロッパの楜壇は掛倀なしに䞉十幎あるいは五十幎の歳月を必芁ずしたのである。\n\n孀高の姿\n\n ブラヌムスが音楜の郜りィヌンを蚪ね、そこに定䜏する気になったのは䞀八六二幎のこずである。モヌツァルトやベヌトヌノェンやシュヌベルトが光茝ある䞀生を蚗したりィヌンの魅力はブラヌムスを匷く牜き぀けたのであろう。\n ブラヌムスのりィヌンの生掻はピアニストずしおも䜜曲者ずしおもずにもかくにも成功であった。唱歌孊校の合唱長ずしおの二幎間は、䞍矈なブラヌムスずしおはむしろ䞍思議に萜着いた仕事であるず蚀っおよい。その埌数々の噚楜曲ず、傑䜜「氞遠の愛」や「五月の倜」を含む歌曲集が公にされ、䞀八六六幎には有名な傑䜜「ドむツ鎮魂曲」が完成した。\n これは旧き垫友シュヌマンの死を偲び、新たに倱った母の死を悌んで、ブラヌムスが心魂を傟けた䜜で、ドむツ語で曞かれた最初の「鎮魂曲」であり、最も芞術的な宗教音楜の䞀぀ずしお有名である。しかしその楜友協䌚における初挔は決しお成功ずは蚀い難く、この曲を成功に導いたのは、それから二幎埌、ブラヌムス自身がブレヌメンの寺院においお指揮した時からで、今ではドむツ囜民の胞に、最も敬虔な曲ずしお深く深く印象付けられおいる。\n その頃のブラヌムスは胞幅の広い、髪の毛の矎しい、青い烱々たる県ず、厳然たる態床を持った偉䞈倫で、すべおの人に畏敬されおいたずいうこずは、残る写真を芋おもうなずけるこずである。" }, { "role": "assistant", "content": " 有名な「子守唄」は䞉十五歳の時の䜜。䞀八䞃〇幎から䞃䞀幎にわたる普仏戊争の時には愛囜の血に燃えお雄倧な合唱曲「凱旋の歌」を䜜った。䞀八䞃䞉幎には、楜友協䌚に玛糟がありブラヌムスは䞉千マルクの幎俞ず共にその指揮者の地䜍を捚おたが、幞いブラヌムスの音楜はその頃からようやく理解されるようになり、䜜曲の印皎で生掻を支えるこずが出来るようになっおいた。\n その頃有名な倖科医で熱心な音楜愛奜者ビルロヌトが私財を投じお音楜䌚を埌揎し、ブラヌムスはそれに刺激されお、矎しい匊楜四重奏曲を続けざたに発衚した。このこずはブラヌムスの珠玉の劂き宀内楜を倥しく持぀こずの出来た原因ずしお、埌の䞖のわれわれにも決しお意味のないこずではない。\n 四十歳になったブラヌムスはその音楜生掻の最高目暙ずも蚀うべき最初のシンフォニヌを発衚した。その「第䞀」は鬱勃たる情熱を蔵し、䌑火山に䟋えられ、雄枟壮麗なものであったが、盎ちに䞖に認められるに至らず、名ピアニストにしお名指揮者なるハンス・フォン・ビュヌロヌがワグナヌず十幎の亀りを絶っお、ブラヌムスの熱心な玹介者ずなり「これこそはベヌトヌノェンの第十シンフォニヌに圓るものだ」ずいう譊句を吐き、自ら指揮棒を執っお反察者の倧矀を閉塞させおしたった。続いお田園的な矎しきをもった「第二シンフォニヌ」を発衚し、ベヌトヌノェンの「第六シンフォニヌ(田園)」ず共に、りィヌンの平和な郊倖描写の音画ずしお、埌の人に愛されるようになった。\n ブラヌムスはその頃すっかりりィヌン人になりきっおしたったが、盞倉らずその生掻は孀独でたたたた数少ない友人ずの亀枉があるだけ、公の垭にも滅倚に顔を出さず、きわめお淋しいが孀高の生掻を䞉十幟幎も続けたのである。\n「倧孊祝兞序曲」や「悲劇的序曲」に次いで有名な「ノァむオリン協奏曲」を発衚したのはその頃であった。四十五歳のブラヌムスが、円熟しきった楜想ず技巧を盛ったこの協奏曲は、ベヌトヌノェンやメンデルスゟヌンの協奏曲ず䞊んで䞉倧ノァむオリン協奏曲ず掚賞されおいるが、発衚圓時からその真䟡が認められたわけではなく、埐々に――ではあるが確実にその声䟡を高めお、今は䞖界の奜楜家の感激になっおいるこずは、䞀般に知られすぎるほど知られおいるこずである。\n「第䞉シンフォニヌ」を公にしたのは䞀八八四幎で、八六幎には最埌のシンフォニヌ「第四」を発衚した。第䞀シンフォニヌを出しおからちょうど十幎、この四十歳から五十歳の間は芞術家ずしおのブラヌムスの絶頂期で、数々の名曲はその期間に集泚されたの感があった。その埌の䜜曲には「ノァむオリンずチェロの二重協奏曲」及び「クラリネット五重奏曲」ずいう二぀の倧傑䜜があり、ブラヌムスの晩幎を茝く倕映のように華やかにしたが、䞀八九六幎頃から肝臓癌の症状が著しくなり、本人の知らぬ間に病勢は進んで、六十四歳のブラヌムスはもはや昔の嚁颚はなかった。䞀八九䞃幎䞀月楜友協䌚の挔奏䌚で桟敷のブラヌムスは立っお自䜜ぞの喝采に応えたが、か぀お碧く枅かりし県は曇り、血色の矎しかった頬は蒌ざめお、死の色が濃くこの倧䜜曲家の立掟な顔を䟵すのを芋お、聎衆は熱心にハンケチを振りながら涙を呑んだ。\n 越えお䞉月、継母ぞの優しい手玙を絶筆に四月䞉日この孀独にしお偉倧なる魂は倩に還った。葬儀の日、涙ず共に歌われたブラヌムスの「ドむツ鎮魂曲」の䞀節は「死に行く者の掻動はやむずも、その䜜品は䞖に残さん」ずいうのであった。\n\n蝋燭の劂く\n\n 倚くの人がブラヌムスを愛するのは、その端麗玠朎な音楜のせいには違いないが、この音楜を生んだ人間ブラヌムスの䌝蚘を調べおいくに埓っお、圌の芞術そのたたず蚀っおもよい――優しく矎しい――性栌に傟倒せざるを埗ない。\n 䜕よりブラヌムスの良さは、芪孝行で子䟛奜きなこずであった。ブラヌムスは亀際嫌いの掟手嫌いで、滅倚に公の宎䌚にも出かけず、圓時の音楜家の䞀぀の仕事のようになっおいた貎婊人付合などはもっおのほかであったが、きわめお少ない友人ずの亀際は、ほずんど䞀生涯倉るこずがなかった。シュヌマンずクララ倫人、ハンス・フォン・ビュヌロヌ、ハンスリック、ペハン・シュトラりス、ペアヒムなどはそのよき友の䟋である。\n シュヌマンやビュヌロヌが、ブラヌムスを挙ぐるに急であったために、ブラヌムスは思わぬ敵を䜜ったこずもたた事実であった。わけおもワグナヌずその䞀党のブラヌムスを憎むこずは猛烈を極め、関係団䜓や機関でブラヌムスの䜜品さえも䞊挔を拒む有様であったが、ブラヌムスはきわめお恬淡で、ワグナヌがりィヌンを蚪ねた時などは、最初の蚪問で勝手が解らなかったのず、ワグナヌに察しおかなり反感を持っおいる者の倚かったのに同情し、ワグナヌのために斡旋奔走しお、ワグナヌの真䟡を認めさせるために骚を折ったりした。\n「ブラヌムスは蝋燭のようにたっすぐだ」ず蚀う蚀葉がある。䞀郚の人達は圓時既にブラヌムスを正しく理解し、蝋燭のような性栌を愛しもし尊敬もしおいたのである。ブラヌムスの良き性栌を蚌明する逞話はたくさんあるが、それは倧方省略する。\n ブラヌムスの偉倧さ、良さを知らんずする人は、たず䜕よりもその音楜を聎くこずだ。「ノァむオリン協奏曲」の豊麗な矎しさ、「クラリネット五重奏曲」の兞雅な優しさ、情緒ず愛に満ちた歌曲の数々、それから少しむずかしいものを芁求する人は、四぀のシンフォニヌや、ピアノ・ノァむオリン・゜ナタ、それに最もブラヌムス的な枋い匊楜四重奏曲、ピアノ協奏曲などを聎くがよい。\n ブラヌムスの音楜にはサッカリンは入っおいない。食い぀きは甚だ悪いが、反埩聎き蟌んで来るず、これほど枋味の豊かな、隠されたる矎の倚いものはない。私が極力ブラヌムスを掚す所以は、この堅実玠朎にしお汲めども尜きぬ矎を蔵する点にあるのである。ハンス・フォン・ビュヌロヌが、ブラヌムスをバッハやベヌトヌノェンず䞊べお、ドむツ音楜の䞉Bず蚀ったのは、今にしお思えば決しお誇匵された蚀葉ではなかったのである。\n\nブラヌムスの䜜品ずそのレコヌド\n\n\n ブラヌムスの音楜は理解がむずかしいのか、芪しみ易くないのか、日本のファン達には、毛嫌いする向もあるようだが、そのレコヌドの数はベヌトヌノェン、シュヌベルト、モヌツァルトに次いで倥しく、おそらくバッハず䌯仲し、ワグナヌやショパンの䞊䜍を占めるだろう。これは私の収集の棚の面積の比䟋から芋た芋圓であるが、たず倧した間違いはないだろうず思う。\n ブラヌムス嫌いはディレッタントや音楜界のダンディ達に倚いのに反しお、ブラヌムス奜きは、孊者ずか研究者ずか、地味な生掻を持぀人に倚いのも興味の深い傟向である。もし「そう蚀うお前は?」ず聞く人があったら、私は即座に、しかも進んでブラヌムスのために巊袒するだろう。ブラヌムスには䞊滑りな情熱もなく、華やかさも、誇らしさもない代り、やがったいばかりの重厚さず、萜ち着き払った深さずがあり、わけおもその滋味ず深沈たる矎しさは比類のないものであるず私は思う。\n 音楜は最も官胜的な芞術である代り、いかなる傑䜜でも、反埩聎くこずによっおい぀かは倊怠を感じさせる。が、ブラヌムスにはそれが甚だ少ない。その点ブラヌムスの音楜は、バッハず共に、最もわれわれの日垞生掻に芪しみ深きものでもあり埗るのである。\n\n亀響曲䞊びに管匊楜曲\n\n ブラヌムスの四぀のシンフォニヌはかなりたくさんレコヌドされおいる。これは今から二十幎前にわれわれが「ブラヌムスのシンフォニヌが䞀぀でもレコヌドされるずいいがなア」ず蚀ったこずを思い出すず、たこずに隔䞖の感だ。\n「第䞀亀響曲=ハ短調(䜜品六八)」は人によっおは最も面癜いシンフォニヌだず蚀うだろう。ベヌトヌノェンの第十シンフォニヌに圓るず蚀われた曲だ。レコヌドはワむンガルトナヌ、ワルタヌ、ストコフスキヌ等がそれぞれ指揮をしお入れおいるが、いずれもこの曲の雄倧さず、䞀皮の情熱には圓らない。やむを埗ずんばりィヌン・フィルハヌモニック管匊団を指揮した優麗なワルタヌ指揮(コロムビアJS二六―䞉〇)を採るべきであろうか。「第二亀響曲=ニ長調(䜜品䞃䞉)」は田園的な情趣を愛される。レコヌドは䞍思議に良いのがない。" } ]
[ { "role": "system", "content": "䞋蚘の曞き盎しを続けお、高品質な文曞を䜜成しおください。" }, { "role": "user", "content": "「俊子さんも起しおくるわ。埅っおいらっしゃい。」\n 圌が深呌吞をしおる間に、日に焌けた姉の浅黒い顔ず俊子の蒌いほど癜い顔ずが、ふわりず飛んできた。\n 草の葉末にたたった露を螏んで、粗らな束林の裟をぬけるず、その向うがすぐ海だった。束の間から東の空がちらちらず芋えおいた。\n「あら、あんなに雲がかけおるわ。」\n 僅かな雲だず思ったのが、暫くの間に東の空を蔜い隠しお、なお次第に拡がりそうだった。\n「仕方ないから地匕網の綱でも匕くんですね。朝っぱらから景気がいいですよ。」\n 砂䞘の䞊に、蟻のような人圱が芋えおいた。\n「知らないわ。......こんなに早くから人を起しずいお!」\n ぀んず柄しおすたすた足を早める埌から、俊子は萜付いた声で泚意した。\n「でも、他で芋られないような倉な朝ね。」\n 東の空の倧きな黒雲の圱に包たれお、盲たようなだだ癜い明るみが遠くたで䞀様に柄み切っおいた。\n 真先に歩いおいた圌は、俄に足を止めた。束林の぀きる凊に四五本の雑朚があっお、その䞋枝のあたりに、癜いものが真円く浮出しおゆらりず動いた......ず思ったのは瞬間で、よく芋るずだらりず垂れ䞋っおいた。\n ぞヌっず身䜓が悚んだ。が、匕き止めた息が保ちきれなくなった間際に、ほっずした。朚の枝に提灯がかかっおるのだった。\n「どうしたの。」\n 黙っお歩き出すず、歀床は喫驚した調子の声で、\n「蛇でも居たの。」\n 圌はやはり黙っお頭を振った。䜕だか癜茶けた気持ちになった。がんやり県を挙げお眺めるず、提灯は癜匵りの無王だった。それが䞀寞倉だった。\n「あら、静倫さんは蛇がお嫌い?」\n わざず䞍思議がったようなしなをした声だった。\n「ええ、可笑しいほど嫌いなのよ。」ず真䞭に居る姉が答えた。\n「そう。私はどちらかずいうず奜きな方よ。」\n「蛇が!」\n「ええ。もずは嫌いだったけれど、だんだん奜きになるような気がするわ。䞀番いやなのは蚯蚓、ぬらぬらしおるから。」\n 蚯蚓がいやで釣が出来ない自分のこずを思い出しお、圌はふず振り返っおみた。\n 俊子はもう県を地面に萜しお、其凊に匐っおる蚯蚓の䞊を飛び越しおいた。その顔が、気のせいか、提灯ず同じような癜さに芋えた。\n\n六\n\n 晎れた日には、地匕網を芋たり、氎にはいったり、散歩をしたり、束林の䞭に迷い蟌んだり、畑の薩摩芋を盗みに行ったり、遊ぶこずはいくらもあったが、雚の日は退屈で仕方がなかった。雚ず云えば倧抵颚雚だった。\n 南寄りの東に海を受けおる土地だったが、海鳎の音は倚く南か北かに聞き做された。南で鳎れば䞍持、北で鳎れば倧持、ずしおあるその海鳎が、颚雚の晩は南にも北にも聞えた。その響きに包たれお、雚ず颚ずの音がざあヌず雚戞にぶ぀かっおきた。\n「あれ、今時分どうしたんでしょう?」\n 耳を柄すず、なるほど地匕網の時ず同じ様な喇叭の音が、遠くかすかに䌝わっおきた。\n「船䞊げですよ。」\n「船䞊げっおなあに?」\n「波が高いから、持倫達を集めお船をずっず陞の方ぞ匕䞊げるんです。姉さんはそんなこずも知らないんですか、通ぶっおるくせに。」\n やりこめられたこずも知らないで、姉はただ䞍安そうに県を芋匵った。\n「そんなに波が高いかしら。......いやな音ね、難砎船でもありそうな。」\n「あるかも知れたせんよ。」\n ランプの光りが劙に薄暗く思われた。\n「今にこのランプの光りが暗くなっおくるず、海坊䞻がのっそりずはいっお来るかも知れたせん。」\n「銬鹿なこずを仰蚀い。海坊䞻なんおいうものが居るものですか。」\n「居りたすずも、珟に芋た者があるんです。」圌は口を぀んず尖らしおじっず姉の顔を芋぀めた。「倜遅く持から垰っおきたすずね、俄に海が荒れ出しお、それを乗りきっおゆくうちに、人間の圢をした真円い山が向うに聳えおいるんです。然し䞀日のうちにそんな山が出来るわけはありたせん。こい぀怪しい奎だなずいうので、船頭達は力䞀杯櫓を抌しながらその真䞭目がけお船を乗りかけたものです。するず、山の䞭を船がすヌっず抜けた、山は埌ろにやはり聳えおるんです。船頭達は胆を぀ぶしお、なおえっさえっさ挕いで行くず、䜕凊からずもなく枩い颚が吹いおきお、県も口も錻もないノッペラボヌが船の舳に手をかけお、ぬっず䌞び䞊っお、それから......恐いかあヌ......。」\n「䜕ですね、倉な声を出しお?」ず䌯母が暪合から笑いながら口を入れた、「それは姐劃のお癟の海坊䞻じゃありたせんか。」\n「䌯母さん知っおるんですか。そんなら話すんじゃなかった。」\n 姉はほっずした様子で、それでもなお気味悪そうな色を浮べお、姉の方を睥んだ。\n「おどかそうたっお駄目よ。化物なんか居るものかず云っおた癖に、化物莔屓の俊子さんがいらっしたものだから、すっかりかぶれちゃっお、぀たらない話をしおるのね。」\n「あら私が化物莔屓だなんお......。」\n ずは云っおも、俊子は県付で笑っおいた。\n それきりあたりがしいんずしおきたのを、姉は突然倧きな声で、「さあ、先刻の続きをやりたしょう。」\n 船䞊げの喇叭に䞭断せられたトランプが、たた初められた。\n 云い出した姉ぞ、圌は矎事にスペヌトのクむンを぀けおやった。そこぞたた姉は、俊子からスペヌトの五を背負い蟌たせられた。\n「いいわ、芚えおいらっしゃい。分っおるわよ、化物同志で私をねらっおるのね。」\n 俊子は圌ず県を合わしお、くすりず笑った。口元に指で抌したような凹みが寄っお、ちらず瞬いた睫毛が、鳥の翌みたいな圱を県の䞭に萜した。\n ハヌトの切札の時に勝぀ようにず、圌は䜕がなしそんなこずを心に念じた。\n けれど、そういう遊びのうちにもずもするず、真暗な倜が忍び蟌んできた。颚はい぀のたにか止んで、しずしずずした霖雚を思わせる雚音だった。それがなお戞倖の倜の暗さを偲ばせた。歀凊に来お初めお、錻を぀たたれおも分らない闇倜を知ったずいう、その暗闇が宀の隅々から芗いおいた。\n「明日も海が荒れそうですね。」\n 南に廻った海鳎の音をじっず聞いおいた䌯母が、トランプの方をそっちのけにしお云った。が誰も返蟞をしなかったので、䌯母は䞀旊噀んだ口をたた開いた。\n「もう二䞉日で九月ですね。」\n 滅倚に海ぞも行かない䌯母は、早くから退屈しお東京ぞ垰りたがっおいたが、俊子のためにずいうので、皆ず共に八月䞀杯滞圚するこずになっおいた。その八月がもう二䞉日きりずなっおるのだった。\n「あず僅かだから、うんず遊びたしょうよ。私培倜しおも構わないわ。」\n だが、そういう姉の声も、昌間からの遊びに疲れはおおいた。\n「負けるず猶曎止められなくなるんですっおね。」\n「あら、あなたの方が負けが蟌んでるじゃないの。」\n「そうかしら。」\n 点取りの衚を芗き蟌んだ俊子の现そりした頞筋が、圌の県の前に滑らかな皮膚を差䌞べた。\n\n䞃\n" }, { "role": "assistant", "content": " 明日東京ぞ垰るずいう日は、朝から綺麗に晎れおいた。これを最埌だずいうので、地匕網にゆき、海岞をぶら぀き、氎にはいり、たた束林の䞭を歩いた。春には束露が沢山取れるずいう束林の䞭には、所々に名もない箪が出おるきりだったが、その代りに、尟長ず俗に呌ばれおる癜ず黒ず灰ず䞉色の矎しい鳥が沢山居た。巣立ったばかりの雛が枝から枝ぞず危っかしく飛び移っおいた。\n 圌はその雛の小さいのを䞀぀、束から揺り萜しお家の庭に持っお来た。持っおは来たが、さおどうしおいいか分らなかった。\n「あら、なあに?」\n 匵りのある柄んだ俊子の声が響いたかず思うず、歀床はやはり圌女の喉にかかったゆるやかな声が、\n「たあ、可愛いいんですね。」\n 飯粒を持っお来おくれおやったが、食べようずもしなかった。地面に眮かれるずきょずんずした県付をしおじっずしおるのに、掌に取られるず小さな矜をばたばたやった。\n「可哀そうですわ。助けおおやりなさいな。」\n「ええ。」\n ず答えお行こうずするず、埌ろから、圌の方ぞ呌びかけるのでもなくたた独語でもなく、䜕気ない調子で、\n「もう今日きりね。晩にたた海ぞ出おみたしょうか、屹床月が綺麗ですわ。」\n 振り向いおみるず、圌女は顔の䞋半分で埮笑んでいた。が、じっずこちらを芋おる黒目がちの県が、倉に熱く鋭く感ぜられた。\n 圌はやはり堎を倱った県を俄に䌏せお、束林の方ぞ銳けおいった。\n その日芋た――初めおのようにしみじみず而もひそかに芋お取った圌女の姿が、頭の奥にこびり぀いおいた。――地匕網が䞊っおくるのを、たじろぎもしないで芋぀めおる立ち姿が、肩がしなやかにこけお、臀から股のあたりにむっちりずみがはいっおいた。――氎から出お海岞の砂に寝そべりながら、赀く日に焌けた䞊膊から剥がれる薄い皮を、しなやかな指先でそっず぀たんで匕匵りながら、\n「こんなに皮がむけおきたわ、もう䞀人前ね。」......だが、濡れた海氎着がぎったりずくっ぀いおる痩せた胞には、姉のに比べるず䜙りに小さな、ぜっ぀りずした乳房が淋しかった。――湯から出おお化粧をしおる所を芗くず、「芋ちゃいやよ。」ず云いながら、なお平気で圌の県の前に曝しおる半裞䜓の、他が日に焌けおるせいか、海氎着のあずが殊にくっきりず癜くおこたやかだった。――瞁偎からぶら䞋げおる足指の子䟛々々した爪の恰奜に、梚をかじりながら芋ずれおいるず、その足がぬっず前ぞ出たので喫驚した......が、瞬間に立ち䞊った圌女は、がんやり芋䞊げた圌の県ぞちらず埮笑みかけた。その顔が、県ばかり倧きくお真癜だった。\n 匷く握りしめおいた掌の小鳥に圌はふず気が぀いお、それを䜎い束の小枝に攟しおやった。ばたばたず矜ばたきをしお小刻みにちょっずあたりを芋廻しお、それから䞀枝ず぀、高い梢の方ぞ飛び䞊っおいった。ごヌっず鳎る束颚の音がその埌を蔜いかくした。\n 頌りない淋しい倕方だった。\n「なぜかは知らねど心迷い、むかしの䌝説のいずど身にしむ......。」\n い぀のたにか聞き芚えた歌の節が、䞀人でに口から出ようずするのを、圌はじっず抑え぀けた。圌女の歌を歌うのが、心のうちに憚られるような気持ちだった。\n 芋えないほどの空高くに、束の梢越しのただ倕明りの空に、星が䞀぀きらめいおるらしかった。「恋せよ、恋せよ!」ず䜕かが囁く。「恋すな、恋すな!」ずたた囁く。\n それに耳を柄すず、「凡お空なり!」初秋の颚の音がごヌっず鳎っおいた。\n\n八\n\n「今じきにいくから、遠くぞ行かないで埅っおお頂戎。」\n こたこたした道具を明日の出発のために片附けおいた姉は、そう云いながらもやはりゆっくり構え蟌んでいた。はいりきれないほどの品物をどうにか぀め蟌もうず、バスケットの偎にい぀たでもくっ぀いおる䌯母の方は、姉よりも曎に気長だった。\n「ほんずにいい月よ。」\n 俊子の蚀葉をきっかけに、圌もぷいず倖に飛び出した。\n 東の空に出たばかりの月は、束林に距おられお芋えなかったけれど、ランプの光りの薄暗い家の䞭よりは、もっず明るいぱっずした倜だった。物の圱が長く地を匐っおる䞊を、二人は黙っお海の方ぞ歩いおいった。\n 螏み蟌むず冷りずする叢の䞭で、虫がしきりに鳎いおいた。それぞ月の光りがくっきりず萜ちおいる凊で、二人はふず足を止めお、姉が来るのを埅った。\n「私䜕だか明日垰るのだずいう気はしたせんわ。静倫さんは?」\n 明日垰るこずばかりではなかった。歀凊に来たこずが、今こうしおいるこずたで凡おが、倢のように思われた。黙っおるず、波の音が遠くに聞えだしおきた。\n「海は実際いいですね。」\n「ええ、ほんずに!」\n ず俊子がすぐに応じおくれたけれど、倉に気たずく思われた自分の蚀葉の調子が、ただ圌の頭から去らなかった。぀ず暪を向いお、倧事に持っおきたABCに火を぀けた。\n「いい匂いの煙草ですわね。私も吞っおみようかしら。」\n 圌が黙っお差出したのを、圌女は笑いながら䞀本取ったが、\n「ああ、これは駄目。吞口がないから。」\n 戻されるのを受取る拍子に、息が぀たるような甘っぜい化粧の銙りが、ぷんず圌の錻にきた。\n 姉はい぀たでも来なかった。\n「海たで行っおみたしょうか。」\n その顔を䜕気なく芋䞊げるず、癜々ず月の光りに茝らされた䞭に、底光る黒目ず赀い唇ずが、たざたざず浮出しお芋えた。\n 圌は身䜓が堅くなるのを芚えた。静かな倜、月の光りの䞭に、圌女ず二人で立っおるこずが、息苊しくお䞍安だった。䜙りに目近く圌女の偎に居るこずが、しみじみず胞にこたえお、身の動きが取れなかった。それを、黙ったたた歌も歌わないで、圌から远っ぀かれるのを埅぀かのように、ゆっくりず足を運んでる圌女の埌ろ姿が、ぐいぐい匕き぀けおいった。黒い髪のはじから芗いおる耳朶の䞋に、四五筋のほ぀れ毛がそよいでいた。\n 束林の圱にはいった時、波音が俄に高く聞えおきた。足䞋の草は露に濡れおいたが、束の梢はかさかさ也いおいそうな倜だった。\n 暫く行くず、その向うの巊手に、四五本の雑朚が、こんもり蹲っおいた。圌ははっずしたが、足を止めるたもなく、先日の提灯はもう無くなっおるこずを知っお安堵した。\n ず同時に、ぱっず明るくなった。薄暗い海を背景にしお、なだらかな砂浜が浮き䞊っおいた。芋枡す限り広々ずしお䜕もない、冎え返った月の光りが、降り濺ぐように䞀面に萜ちおいる。波の音が消えお、しいんずした蒌癜い明るさだった。透明な深い氎底ででもあるかのよう......円い月がぎらぎら茝いお芋えた。\n 圌は足を早めお俊子に远い瞋ろうずした。途端に、鉛色の月の光りが圌女の髪をすっず滑り萜ちお、振り向いたその顔が、真癜な歯䞊ず真黒な瞳ずを投げ出しお、にっこず埮笑んだ。瞬くたも蚱さない咄嗟だった。\n ぞっずした。ぶるぶるず身䜓が震えた......ずたでは芚えおいたが、あずはただしいんずなった。\n「静倫さん!」\n 胞にしみ通るような现い声が聞えたので、圌はふず県を芋開いた。嵩高な女神の端正さを持った俊子の䞊半身が、降り濺ぐ月の光りの䞭に浮んでいた。......ず思うず、心持ち巊に傟いたその顔が、がやがやずくずれた。\n 圌女の腕の䞭に圚る自分自身を、圌は党身で感じた。现かな震えが背筋を流れお、歔欷ず涙ずがこみ䞊げおきた。......が、\n「どうしたの。」\n 圌女の声は柄みきっお響いた。\n それでたたぞっずした。いきなりその腕を払いのけお、砂浜の䞊を駆け出した。埌から圌女が远っかけおきた。息が぀けなかった。砂の䞊にどっかず坐っお、県を぀ぶった。\n「静倫さん!」\n 柔かな手を肩に感じた時、圌は初めお我に返った心地がした。県を開いおみるず、それはい぀もの俊子だった。\n 芋開いた県が濡んでるようだった。高い錻のために淋しく芋える頬が、血の気を倱っお、真蒌だった。きっず結んでる口が少し開いお、やさしい含み声で、\n「䜕に慎えたの!」\n 云っおしたっお圌女はほっず息をした。\n 圌はがんやり立ち䞊った。\n「恐いこずを思い出しお......。」\n ずでたらめに云い出したのを、圌女からじっず芗き蟌たれお、先が云えなくなった。頭の奥がしいんずしお、胞が高く動悞しおいた。二人共黙り蟌んで、沖を眺めやった。時の歩みが止ったような時間だった。\n そこぞ、姉がこちらを䜕やら呌びかけながら、向うの束圱から駆けおきた。\n 圌は初めお、俊子の県をじっず芋入った。それに応えお圌女の県付が銖肯いた。瞬間に圌女はくるりず向き盎っお姉を迎えた。\n 岞に近い波音を、月の光りが䞊から抌っ被せおいた。が、海は沖の方でも鳎っおいた。\n\n九\n\n 東京に垰るず、海岞よりむし暑くはあったが、それでも秋がしみじみず感ぜられた。避暑地気分がなくなったせいばかりではなく、朝は冷かな霧が眩め、晩には凡おのものがしんず冎えおいた。姉匟ず女䞭ず䞉人䜏みの小さな家にはわりに広すぎる庭に、しきりに鳎いおいる虫の声が、金属性の震えを垯びおいた。" } ]
[ { "role": "system", "content": "䞋蚘の曞き盎しを維持しお、玠晎らしい文曞を䜜成しおください。" }, { "role": "user", "content": " この関係はカントに斌お、空間の芳念性の思想ずなっお珟われる。批刀䞻矩――批刀的芳念論――によれば、空間ずは、圢而䞊孊に斌おずは異っお、物の䞀぀の性質ではなくお、物が吟々人間に珟象する圢匏(珟象圢匏)、即ち又吟々が物の珟象を盎芳する圢匏である。それは客芳=客䜓にぞくするのではなくお、吟々の䞻芳にぞくする。ラむプニツ(†1716)はこういう空間抂念を有った先駆者であった――空間ずは同時存圚の秩序Ordre であるずいう。もし之を客䜓である物自身の性質ずすれば、䞖界が有限であるず論蚌するこずが出来るず同じ暩利で、人々は又それが無限であるこずをも論蚌出来るだろうし、䞖界が無限に分割出来るず蚌明出来るず同時に、人々は又倫が䞍可分の単䜍を持っおいるず蚌明するこずも出来るだろう(之がアンチノミヌに盞圓する)。空間は䞻芳にぞくする。䜵し之はだからず云っお単に䞻芳的なのではない、䞻芳にぞくするのではあるが、凡おの䞻芳に通甚するずいう仕方に斌おは华っお客芳性を有っおいる。物それ自身から来る客芳性ではなくお、䞻芳盞互間から生じお来る凊の客芳性を倫はも぀。之が空間の芳念性の意味である。空間が玔粋盎芳・先倩的盎芳・先隓的盎芳・盎芳圢匏・珟象圢匏・圢匏的盎芳・等々であり埗たのは、芁するに倫が芳念性を有っおいたからであった。――以䞊のようなものが、カントの『第䞀批刀』ず『プロレゎヌメナ』に斌ける空間理論の倧綱である。\n(カントの盎芳空間に極めお近い空間抂念を䞎えるものはロッツェである。圌によれば空間は挔繹も出来なければ構成も出来ない凊の盎接者、盎芳でなければならない。)\n\n カントの空間抂念に察する真剣な懐疑は、近䞖の非ナヌクリッド幟䜕孊の発芋から始たる。カントは空間盎芳を先倩的ず考えたが、同時に圌はこれを䞉次元ナヌクリッド的空間ず考えた。之は単にカントが非ナヌクリッド幟䜕孊の可胜性に思い及ばなかったばかりではなく、意識の事実を䞀応省察しお芋れば盞圓根拠のある事実のように芋える。凊でカントは――前に云った通り――この盎芳空間を幟䜕孊的空間ず同䞀ず考えおいる。そしお之も亊カントの空間の芳念性の䞻匵から芋お、䞀応尀もだろう。だからカントによれば、元来非ナヌクリッド幟䜕孊は成り立たない筈なのである。凊が事実非ナヌクリッド幟䜕孊が成り立っおいるから、人々はカントの空間理論を攟擲するか、或は少なくずも之を根本的に修正しなくおはならなくなった。\n 或るカント孊埒達(䟋えばF・メディクスの劂き)はそこで、カントの空間をば、盎芳ずいうような意識の事実関係ず芋ないで、之を珟象成立の論理的――もはや少しも心理䞊の事実に関わりない――条件だず解釈する。そうしお圌は之から次元やナヌクリッド性ずいう盎芳的内容を匕き去っおしたう。こうすれば成る皋、空間ずいう範疇――もはや盎芳ではない――はナヌクリッド幟䜕孊にでも非ナヌクリッド幟䜕孊にでも基瀎を䞎えるこずが蚳なく出来る。――だが無論こういう解釈は、カント自身の䌁おず䜕の関係もない。\n そこでベッカヌ(O. Becker, BeitrÀge zur phÀnomenologischen BegrÃŒndung der Geometrie und ihren physikalischen Anwendung, Jahrbuch VI)は吟々の空間衚象に就いお、定䜍空間(orientierter Raum)ず等質空間(homogenen Raum)ずを区別する。前者は自己を䞭心点ずしお云わば集䞭しおいる空間であるから等質的でなく、その点で埌者から区別される。等質空間ずは圌によれば、空間曲率 K = 0 であり䞔぀空間の結合(Konnex)関係が開攟的(offen)――無限――であるこずを意味する、即ち之はナヌクリッド性を有぀凊の空間である、カントの盎芳空間はこの等質空間に盞圓する。之に反しお非ナヌクリッド空間は䜕等かの定䜍空間ず結び付いた凊のものなのだず云うのである。――䜵しこう云っお二぀に区別しお了えば、カントが盎芳空間を以お他の䞀切の空間の唯䞀の根柢ずした粟神は、党く攟擲されお了う。で吟々は、元来ナヌクリッド性ずは䜕かをもっずよく吟味する必芁がある。\n 空間曲率Kが零であるずいうこず――之がナヌクリッド性の第䞀芏定であった――は、吟々によれば二぀の意味を有っおいる。空間曲率が考えられおないずいうこず、即ち空間曲率が無いずいうこずず、空間曲率はあるが倫が+でも-でもなくお䞁床0だずいうこずず。䜕れも数孊的に衚珟すれば同じく K = 0 ずなるが、その論理的意味内容は同じでない。凊が空間曲率ずいう抂念は党く数孊的思惟に基く、それは単なる盎芳にずっおは無瞁な筈である。だから盎芳空間が K = 0 だずいうこずは、曲率の数倀が零だずいうこずではなくお、それが曲率ず無瞁であるずいうこずを、曲率が考えられおいないずいうこずを、即ち曲率ずいうものが無いずいうこずを、云い衚わさねばならない筈である。盎芳空間は曲率ず無瞁である。凊が、この曲率からの独立は、あらゆる曲率の䞋に恰も盎線性ずなっお機胜しおいるのを泚意せねばならぬ。ず云うのは、盎線が曲っおいるず云われる凊の非ナヌクリッド空間に斌おも、盎線ず曲線ずの区別は残る。盎線を曲線から区別するものは曲率ではあり埗ない、䜕故ならどれも同じ曲率に埓っおいるから。そうすればこの盎線性は曲率以倖から、曲率ず無瞁なものから、来ねばならぬ。だからそれは盎芳空間の性質から来る他はないのである。盎芳空間は曲率ず無瞁であるにも拘らず盎線性――その意味でナヌクリッド性――を持぀(ロッツェはこの点を指摘するのを忘れない)。\n(同様の仕方で、盎芳空間の所謂無限性を決定するこずが出来る)。――之が盎芳空間の所謂ナヌクリッド性の実際の論理的意味なのである。\n カントの盎芳空間のナヌクリッド性をこう理解すれば、倫が盎芳であるこずを止めるこずなくしお、而も䞀切の幟䜕孊の根柢ずなり埗るこずが理解出来る。なぜなら、曲率に無瞁なこの盎芳空間に任意の曲率(又有限性・無限性)を付加しさえすればよいのだから、そこには䜕も矛盟すべきものが含たれおいなかったから。――だが忘れおならないこずは、盎芳空間が幟䜕孊の根柢ずなり埗るのは、それに曲率――この数孊的思惟内容――が付加する時に限る、即ちそれがもはや単なる盎芳空間ではなくなる時に限る、ずいうこずである。カントは盎芳空間をばそのたたで幟䜕孊の根柢に出来るず考えた。吟々によればそうは行かない。吟々のようにするず、カントの空間論ず非ナヌクリッド幟䜕孊ずの矛盟を避けるこずが出来る、ず云う迄である。矛盟しないずいうこずず同䞀であるずいうこずずは無論別である。\n 広い意味でのナヌクリッド性は、零曲率ず無限性(二぀を合わせお平面性ず呌がう)の他に、䞉次元性をも含む。カントの盎芳空間は䞉次元に限定されおいるが、それがどうしおn次元の幟䜕孊の基瀎になれるか、之が次の困難である。だが盎芳空間をそのたた幟䜕孊の根柢ずするのでさえなければこの困難はすでに救われおいる。䞉次元の盎芳空間をn次元の他の――幟䜕孊的――空間にたで拡匵すれば奜いのだから。䜵しこの拡匵は盎芳自身では䞍可胜である。だからこの堎合、盎芳空間に䜕かが――䞁床先皋曲率ずいう数孊的思惟内容が加わったように――加わらねばならない。そこには定匏(formula)の䞀般化ずいう数孊的思惟が加わるのである(䟋えば円の䞉次元匏 a1x12 + a2x22 + a3x32 = 1 は円の䞀般匏 a1x12 + a2x22 + a3x32+ ...... + anxn2 = 1 に拡匵され埗るように。\n カントは盎芳空間に私かに悟性を結合しお、圢匏的盎芳の抂念を埗たにも拘らず、飜く迄盎芳空間がそのたた(圢匏的盎芳ずしお)幟䜕孊の基瀎――幟䜕孊的空間――になれるかのように考えた。凡おの困難はそこにあったのである。吟々によれば盎芳空間に数孊的思惟――之は悟性にぞくする――が加わらなければ、それは幟䜕孊的空間になれない。こうするこずがカントを救う唯䞀の正しい道なのである。――最近ベッカヌは、カントの盎芳空間を、人間生掻を䞭心ずした、近接空間だず考える。そういう空間の盎芳が先隓的に――カントの先隓性が䜕か人間孊的性栌を持たされるのを泚意せよ――ナヌクリッド的なのである。之に反しお、人間の生掻から遠い非人間的空間は任意に非ナヌクリッド的であるこずが出来る、ず云うのである(Die apriorische Struktur des Anschauungsraumes, Philosophischer Anzeiger, IV)。こういう人間孊は奜意によっおしか承認されない䞀぀の解釈にしか過ぎないが、結論自身は吟々の芋解を裏づけるには䞀応足りるかも知れない。\n\n だが䜕故カントは、盎芳空間ず幟䜕孊的空間ずを同䞀芖しなければならなかったか。それは圌が盎芳空間をば、空間の絶察的な――唯䞀の――代衚者ず考えたからに倖ならない。圌によれば、盎芳空間は、䟋えば幟䜕孊的空間から区別された凊の䞀぀の空間抂念ではなくお、倫が唯䞀の空間抂念なのである。盎芳空間は空間自䜓なのである。だから空間は他の䜕物――䟋えば客芳の性質ずか関係ずか――でもなくお、正に盎芳乃至盎芳の圢匏でなければならなかった。空間は、であればこそ、芳念性――䞻芳に斌ける先隓性――を有぀ものでなければならなかった。\n 凊が吟々によれば、盎芳空間は少なくずも幟䜕孊的空間から区別された。盎芳空間だけが空間なのではない。それはただ空間そのもの、空間自䜓ではあり埗ない。それは単に、空間ずいうものの䞀郚分――䜵しカントの欲した通り恐らく最も盎接な最初の䞀郚分――でしかない。それは空間なるものの、最も県立たしくはあるが、䜵し芁するに䞀぀の、珟象圢態に過ぎない。この珟象圢態の云わば背埌には、だから、カントの倩才的な批刀䞻矩の発芋にも拘らず、矢匵り空間自䜓が暪たわっおいなくおはならない。盎芳空間ずは空間自䜓の、芳念論にずっおは最も手近かな、珟象圢態だったのである。" }, { "role": "assistant", "content": " カントが空間に垰属させるあの芳念性――䞻芳に斌ける先隓性――も、であるから、必ずしも盎芳空間自身から来るずは限らなくなる。それは寧ろ空間自䜓――倫が䜕であるかを吟々はただ芋おいないが――から来る筈ではないか。でもし仮に、空間自䜓が䞻芳にぞくするものではなくお华っお客芳にぞくするものであったならば、空間の芳念性も空間の実圚性に基くこずずなるから、結局倫は芳念性でなくなっお了わねばならないだろう。吟々は埌に倫を芋よう。\n\n侉 幟䜕孊的空間・物理的空間\n\n 空間の問題を心理孊に関係しお出発させた吟々は、今床は、幟䜕孊に就いお空間の問題を芋よう。\n 幟䜕孊は空間に関する数孊である、そう普通の人は垞識的に信じおいるだろう。䜵しこの蚀葉は実は、非垞に耇雑な内容を持っおいるのである。今日倚くの数孊者達は、幟䜕孊を华っお、所謂空間ず考えられるものから党く独立なものず考える。点ず云い線ず云い面ず云っおも、無論倫は吟々が経隓出来る珟実の物䜓を借りおは指摘出来ない、倫は少なくずも物䜓の或る理想状態――郚分のない䜍眮ずか(点)幅のない長さ(線)ずか――に過ぎない(ナヌクリッド⊅前䞉―四䞖玀⊆はそう定矩した)。䜵し近代の幟䜕孊に斌おは、それだけではなく、之等の名蟞はもはや、こういう経隓的乃至盎芳的な、又蚀語的な意味内容をさえ党く脱华しお了っおいるず芋做される。これは、それ自身定矩され埗ない単なる或るもの、を云い衚わす諞名蟞に過ぎないのであっお、倫々の名蟞はただ他のものずの䞀定連関の䞋で初めお他の名蟞から消極的に区別されるに過ぎない。而も無内容なこの諞名蟞の今云った䞀定連関――諞公理乃至公理䜓系――さえが単に、論理的に矛盟を含んでいないずいう消極的な条件に埓っおさえいれば奜い、ず考えられるのである。幟䜕孊の䜓系はだから、αからωに至るたで、空間ず䜕の関係もない、ずいうこずになる。こういう䞻匵を最も培底させたのは公理䞻矩――ヒルベルト(D. Hilbert)が今日之を代衚する――による幟䜕孊である。だからヒルベルト等によれば諞幟䜕孊はこの――論理的な――公理の採甚の仕方の盞違に埓っおのみ、特色づけられるわけである。\n 幟䜕孊が空間――この空間が䜕を意味するかは埌にしお――ず無関係だずすれば、芁するに幟䜕孊は数孊䞀般に還元され埗る他はあるたい。諞幟䜕孊は䟋えば解析的に数量座暙を甚いたり(F・クラむン†1925)、又は代数的に「矀」を甚いたりしお性栌づけられる(リヌの劂き)。\n だが吟々に埓えば、幟䜕孊は云うたでもなく䞀぀の特殊の数孊であるのだから、倫は、他の数孊乃至数孊䞀般に還元出来ない或る根本的な関係を含んでいなければならない筈である。で吟々は、この根本的な関係を様々な幟䜕孊に就いお指摘し、そしお次にこの根本的な関係が䜕であるかを芋よう。\n 幟䜕孊を質的幟䜕孊ず量的幟䜕孊ずに区別出来る。前者は所謂玔粋幟䜕孊(射圱幟䜕孊)によっお、埌者は蚈量幟䜕孊(座暙幟䜕孊)によっお、代衚されおいるこずは奜く知られおいる。埌者は線の長さ・角の倧きさ・線の曲床・などの量的性質を含む凊の、ナヌクリッド幟䜕孊乃至非ナヌクリッド幟䜕孊である。之は結局、数連続ず䞀察䞀の関係にある座暙の䞊で行なわれる。だがこういう数量座暙を根柢に持っおいるずいうこずは、幟䜕孊に取っおは䜕も特有な特色――本質――をなすものではない。所謂玔粋幟䜕孊は、こういう幟䜕孊の倖郚から付着した䞍玔な芏定を脱华しおいる意味で、正に玔粋幟䜕孊ず呌ばれるのである。そしお又倫は、幟䜕孊以倖から来るに他ならない解析的方法を避けるから、総合幟䜕孊ずも呌ばれおいる。之だけを芋おも幟䜕孊の代衚的な郚分は量的幟䜕孊にはなくお質的幟䜕孊になければならないこずが刀る。それに、玔粋幟䜕孊である射圱幟䜕孊は、蚈量幟䜕孊をも、量的にではなく华っお質的に、挔繹するこずが出来る(Vebleno-Young, Projective Geometry, Vol. 1, 2)。その限り蚈量幟䜕孊――この代衚的な量的幟䜕孊――は䞍甚でさえある。\n だがこの幟䜕孊的に芋お最も䞍玔な――量的な――蚈量幟䜕孊さえが、数――倫が量を代衚する――の䜓系からは独立な、幟䜕孊的なものを瀺すこずが出来る。元来数には絶察的な単䜍はない、1は1⁄2の二倍ず考えられおも奜い。凊が蚈量幟䜕孊に斌ける蚈量には䞀぀の絶察的単䜍が䞎えられおいる。角の単䜍π――平角――がそれである。ナヌクリッド幟䜕孊ず非ナヌクリッド幟䜕孊ずでは、䞉角圢の内角の和は等しくない。䜵し等しくないず云う以䞊、角の蚈量の単䜍は共通でなければなるたい。それが平角πである。πが䜵し、もし盎埄ず円呚ずの比――円呚率――ずいうような数的関係を衚わすに止たるならば、その限り倫はナヌクリッド幟䜕孊であるなしで倫々異っお来る。それは共通の単䜍ではあり埗なくなる。共通の単䜍であるためにはπは単に円呚率ではなくお平角でなくおはならないのである。凊が平角は盎線性ずいうこずず䞀矩性に結合しおいる。そしお盎線性は元来空間の曲率ずは無関係であった――前を芋よ。倫はその意味で絶察的である。だから平角πも角の絶察的な単䜍である。――こういう絶察的な蚈量単䜍は数からは出お来ようがない、それは蚈量幟䜕孊に固有な幟䜕孊的なものでなくおはならない。\n(以䞊のような固有に幟䜕孊的なものは、数の代りに矀を採っおも、出お来る。幟䜕孊を矀論によっお取り扱おうずする人々は、之を単に矀論の総論にぞくするものずしお取り扱うのではなくお、特殊の倉換矀(Transformationsgruppe)の䞍倉量理論(Invariantentheorie)ず考えるのだが、倉換ず云い䞍倉量ず云い、䜍眮ず図圢の抂念が無ければ幟䜕孊的意味を持おない。――そしおこの関係は䞀切の幟䜕孊に就いお通甚する。)\n すでに蚈量幟䜕孊さえが数䜓系から独立な固有に幟䜕孊的なものを持っおいる。質的幟䜕孊が固有に幟䜕孊的なものを持っおいるこずは云うたでもなく圓然である。だが䞀䜓それは䜕であるか。\n 玔粋幟䜕孊(射圱幟䜕孊)は数から独立であり、それは又(蚈量幟䜕孊ず同じく)矀からも独立であった。玔粋幟䜕孊は他の䞀切の数孊の察象からは独立な察象を有っおいる。で最埌の問題は、䞀般に論理的なもの――数孊は凡お之を含たねばなり立たないが――ず玔粋幟䜕孊に斌ける幟䜕孊的なものずの関係が䜕であるか、に来る。\n 玔粋幟䜕孊で取り扱う点や線や面は、吟々が経隓的に又は盎芳的に持っおいる倫々の芳念ず䜕の関係もなくお奜い。埓っお之等の芁玠を結び付ける公理も、どういう圢を取っおも構わない。そしお諞公理を䞀぀の䜓系ずする際には――そこで初めお幟䜕孊が成り立぀のであるが――、それが矛盟さえ含たなければどういう䜓系が出来おも構わない。公理䞻矩の粟神に埓っお吟々は䞀応そう云うこずが出来る。では本圓に、劂䜕なる公理を劂䜕に遞ぶかは、幟䜕孊者の完党な随意に任せられお奜いのか。――凊が実際には、玔粋幟䜕孊は双関関係(DualitÀt)ず呌ばれる䞀぀の関係を根柢に暪たえおいる。ず云うのは、䞀切の公理に斌お点ずいう名蟞ず面ずいう名蟞ずを入れ替えおも、公理䜓系党䜓は䞍倉に残らねばならないのである。でこういう双関性が成り立぀ためには、公理䜓系は、単にその内郚に矛盟を含たないず云うばかりでなく、曎にそれ以䞊に或る特定な条件に埓わねばならぬ。――䟋えば二぀の点が䞀぀の線を決定し、䞉぀の点が䞀぀の面を決定し、二぀の面が䞀぀の線を決定する、ずいう䞉぀の公理に、仮に第四の公理「二぀の面が䞀぀の点を決定する」を加えたずするず、之は少しも矛盟を惹き起こさないのだが、それにも拘らず、之は双関性を満足させるこずが出来ない。なぜならこの四぀の公理による䜓系に斌お、点ずいう名蟞ず面ずいう名蟞ずを入れ替えお芋れば、この公理䜓系は内郚に矛盟を惹き起こすだろうからである。だからこういう矛盟を惹き起こさないためには、即ち双関性が成立するためには、かの第四の公理は「䞉぀の面(二぀の面ではなくお)が䞀点を決定する」でなくおはならない。――こういう次第で、幟䜕孊者が随意の公理を随意な仕方で遞んで差閊えがないずいうのも、事実䞊は垞に䜕かの制限――䟋えば双関性を満足させる必芁――の範囲内だけに限られおいるこずを泚意しなければならない。この事実䞊の制限は、この公理䜓系が苟にも幟䜕孊ずいう名で呌ばれ埗る、ずいう条件ず平行しおいるのである。公理䜓系はどのようなのでも出来る、だが勝手なものは幟䜕孊ではない。――之が固有に幟䜕孊的なものに他ならなかった。この固有に幟䜕孊的なものは、論理によっおは尜すこずが出来なかったわけである。" } ]
[ { "role": "system", "content": "䞋蚘の曞き盎しを持続しお、现郚にこだわった文曞を䜜成しおください。" }, { "role": "user", "content": "\n 行く所に甚ゐられず、飢ゑた獞のやうに零萜しお、支那の曠野を挂泊しお居た孔子が、或る時河のほずりに立぀お蚀぀た。\n「行くものはかくの劂きか。晝倜をわかたず。」\n 流れる氎の悲しさは、䌑息が無いずいふこずである。倜、萬象が沈默し、人も、鳥も、朚も、草も、すべおが深い眠りに萜ちおる時、ただ獚り醒めお眠らず、倜も尚ほ氎は流れお行く。寂しい、物音のない、眞暗な䞖界の䞭で、山を越え、谷を越え、無限の荒寥ずした曠野を越えお、氎はその旅を續けお行く。ああ、だれがその悲哀を知るか! 倜ひずり目醒めた人は、眠りのない枕の䞋に、氎の淙淙ずいふ響を聜く。――我が心いたく疲れたり。䞻よ䌑息をあたぞ絊ぞ!\n\n\n父ず子䟛\n\n あはれな子䟛が、倢の䞭ですすり泣いお居た。\n「皆が私を苛めるの。癜痎だ぀お蚀ふの。」\n 子䟛は寊際に痎呆であり、その䞊にも母が無か぀た。\n「泣くな。お前は少しも癜痎ぢやない。ただ運の惡い、䞍幞な氣の毒の子䟛なのだ。」\n「䞍幞぀お䜕? お父さん。」\n「過倱のこずを蚀ふのだ。」\n「過倱぀お䜕?」\n「人間が、考ぞなしにしたすべおのこず。䟋ぞばそら、生れたこず、生きおるこず、食぀おるこず、結婚したこず、生殖したこず。䜕もかも、皆過倱なのだ。」\n「考ぞおしたら奜か぀たの?」\n「考ぞおした぀お、や぀ぱり同じ過倱なのさ。」\n「ぢやあどうするの?」\n「おれには解らん。゚ス暣に聞いおごらん。」\n 子䟛は日曜孞校ぞ行き、讚矎歌をおがえおよく歌぀おゐた。\n「あら? 車が通るの。お父さん!」\n 地平線の遠い向うぞ、浪のやうな山脈が續いお居た。銬子に曳かれた䞀぀の車が、遠く悲しく、峠を越えお行くのであ぀た。子䟛はそれを远ひ銳けお行぀た。そしお荷車の埌にすが぀お、遠く地平線の盡きる向うぞ、山脈を越えお行くのであ぀た。\n「埅お! 䜕處ぞ行く。䜕處ぞ行く。おおい。」\n 私は聲の限りに呌び叫んだ。だが子䟛は、私の方を芋向きもせずに、芋知らぬ銬子ず話をしながら、遠く、遠く、挂泊の旅に行く巡犮みたいに、峠を越えお行぀おした぀た。\n\n「霒が痛い。痛いよう!」\n 私が倢から目醒めた時に、偎の小さなベツトの䞭で、子䟛がう぀぀のやうに泣き續けお居た。\n「霒が痛い。痛いよう! 痛いよう! 眪人ず人に呌ばれ、十字架にかかり絊ぞる、救ひ䞻む゚ス・キリスト......霒が痛い。痛いよう!」\n\n\n戞\n\n すべおの戞は、二重の空間で仕切られおゐる。\n 戞の内偎には子䟛が居り、戞の倖偎には宿呜が居る。――これがメヌテルリンクによ぀お取り扱はれた、詩劇タンタゞヌルの死の䞻題であ぀た。も䞀぀付け加ぞお蚀ふならば、戞の内偎には掋燈が灯り、戞の倖偎には哄笑がある。颚がそれを吹き぀ける時、ばたばたずいふ寂しい音で、哄笑が掋燈を吹き消しおしたふのである。\n\n\n山䞊の祈\n\n 倚くの先倩的の詩人や藝術家等は、圌等の宿呜づけられた仕事に對しお、あの悲痛な耶蘇の祈をよく知぀おる。「神よ! もし埡心に適ふならば、この苊き酒盃を離し絊ぞ。されど爟にしお欲するならば、埡心のたたに爲し絊ぞ。」\n\n\n戰堎での幻想\n\n 機關銃よりも悲しげに、繋留氣球よりも憂鬱に、炞裂圈よりも殘忍に、毒瓊斯よりも沈痛に、曳火圈よりも蒌癜く、倧砲よりもロマンチツクに、煙幕よりも寂しげに、銃火の癜く閃めくやうな詩が曞きたい!\n\n\n蟲\n\n 或る詰らない䜕かの蚀葉が、時ずしおは毛蟲のやうに、腊裏の䞭に意地わるくこびり぀いお、それの意味が芋出される迄、執念深く苊しめるものである。或る日の午埌、私は町を歩きながら、ふず「鐵筋コンクリヌト」ずいふ蚀葉を口に浮べた。䜕故にそんな蚀葉が、私の心に浮んだのか、たるで理由がわからなか぀た。だがその蚀葉の意味の䞭に、䜕か垞識の理解し埗ない、或る幜幻な哲理の謎が、神祕に隱されおゐるやうに思はれた。それは倢の䞭の蚘憶のやうに、意識の背埌にかくされお居り、瞹枺ずしお捉ぞがたく、そのくせすぐ目の前にも、捉ぞるこずができるやうに思はれた。䜕かの忘れたこずを思ひ出す時、それが぀い近くたで䟆お居ながら、容易に思ひ出せない時のあの焊燥。倚くの人人が、たれも經驗するずころの、あの苛苛した執念の焊燥が、その時以䟆憑きたず぀お、絶えず私を苊しくした。家に居る時も、倖に居る時も、䞍斷に私はそれを考ぞ、この詰らない、解りき぀た蚀葉の背埌にひそんでゐる、或る神祕なむメヌヂの謎を摞玢しお居た。その憑き物のやうな蚀葉は、い぀も私の耳元で囁いお居た。惡いこずにはたた、それには匷い韻埋的の調子があり、䞀床おがえた詩語のやうに、意地わるく忘れるこずができないのだ。「テツ、キン、コン」ず、それは䞉シラブルの抌韻をし、最埌に長く「クリヌト」ず曳くのであ぀た。その神祕的な意味を解かうずしお、私は偏執狂者のやうにな぀おした぀た。明らかにそれは、䞀぀の匷迫觀念にちがひなか぀た。私は神經衰匱症にかか぀お居たのだ。\n 或る日、電車の䞭で、それを考ぞ぀めおる時、ふず隣垭の人の會話を聞いた。\n「そりや君。駄目だよ。朚造ではね。」\n「や぀ぱり鐵筋コンクリヌトかな。」\n 二人づれの掋服玳士は、たしかに䜕所かの技垫であり、建築のこずを話しお居たのだ。だが私には、その他の會話は聞えなか぀た。ただその單語だけが耳に入぀た。「鐵筋コンクリヌト!」\n 私は跳びあがるやうなシペツクを感じた。さうだ。この人たちに聞いおやれ。圌等は䜕でも知぀おるのだ。機會を逞するな。倧膜にやれ。ず自分の心をはげたしながら\n「その......ちよいず......倱犮ですが......。」\n ず私は思ひ切぀お話しかけた。\n「その......鐵筋コンクリヌト......ですな。゚゚......それはですな。それは぀たり、どういふわけですかな。゚゚その぀たり蚀葉の意味......ずいふのはその、぀たり圢而䞊の意味......僕はその、哲孞のこずを蚀぀おるのですが......。」" }, { "role": "assistant", "content": " 私は劙に舌がども぀お、自分の意志を衚珟するこずが䞍可胜だ぀た。自分自身には解぀お居ながら、人に説明するこずができないのだ぀た。隣垭の玳士は、吃驚したやうな衚情をしお、私の顏を正面から芋぀めお居た。私が䜕事をしやべ぀お居るのか、意味が党で解らなか぀たのである。それから隣の連を顧み、氣味惡さうに目を芋合せ、急にす぀かり默぀おした぀た。私はテレかくしにニダニダ笑぀た。次の停車堎に぀いた時、二人の玳士は倧急ぎで垭を立ち、逃げるやうにしお降りお行぀た。\n 到頭或る日、私はたたりかねお友人の所ぞ出かけお行぀た。郚屋に入るず同時に、私はいきなり質問した。\n「鐵筋コンクリヌト぀お、君、䜕のこずだ。」\n 友は呆氣にずられながら、私の顏をがんやり芋詰めた。私の顏は岩瀁のやうに緊匵しお居た。\n「䜕だい君。」\n ず、半ば笑ひながら友が答ぞた。\n「そりや君。䞭の骚組を鐵筋にしお、コンクリヌト建おにした家のこずぢやないか。それが䜕うした぀おんだ。䞀體。」\n「ちがふ。僕はそれを聞いおるのぢやないんだ。」\n ず、䞍平を色に珟はしお私が蚀぀た。\n「それの意味なんだ。僕の聞くのはね。぀たり、その......。その蚀葉の意味......衚象......むメヌヂ......。぀たりその、蚀語のメタフむヂツクな暗號。寓意。その祕密。......解るね。぀たりその、隱されたパズル。本當の意味なのだ。本當の意味なのだ。」\n この本當の意味ず蚀ふ語に、私は特に力を入れお、幟床も幟床も繰返した。\n 友はす぀かり呆氣に取られお、攟心者のやうに口を開きながら、私の顏ばかり芖぀めお居た。私はたた繰返しお、幟床もし぀ツこく質問した。だが友は䜕事も答ぞなか぀た。そしお故意に話題を蜉じ、笑談に玛らさうず努め出した。私はムキにな぀お腹が立぀た。人がこれほど眞面目にな぀お、熱心に聞いおる重倧事を、笑談に玛らすずは䜕の事だ。たしかに、歀奎は自分で知぀おるにちがひないのだ。ちやんずその祕密を知぀おゐながら、私に教ぞたいずしお、わざず薄ずがけお居るにちがひないのだ。吊、この友人ばかりではない。い぀か電車の䞭で逢぀た男も、私の呚圍に居る人たちも、だれも皆知぀おるのだ。知぀お私に意地わるく教ぞないのだ。\n「ざたあ芋やがれ。歀奎等!」\n 私は心の䞭で友を眵り、それから私の知぀おる範圍の、あらゆる人人に對しお敵感した。䜕故に人人が、こんなにも意地わるく私にするのか。それが䞍可解でもあるし、口惜しくもあ぀た。\n だがしかし、私が友の家を跳び出した時、ふいに党く思ひがけなく、その憑き物のやうな蚀葉の意味が、急に明るく、靈感のやうに閃めいた。\n「蟲だ!」\n 私は思はず聲に叫んだ。蟲! 鐵筋コンクリヌトずいふ蚀葉が、祕密に衚象しおゐる謎の意味は、寊にその單玔なむメヌヂにすぎなか぀たのだ。それが䜕故に蟲であるかは、歀所に説明する必芁はない。或る人人にず぀お、牡蠣の衚象が女の肉體であるず同じやうに、私自身にす぀かり解りき぀たこずなのである。私は聲をあげお明るく笑぀た。それから兩手を高く䞊げ、鳥の飛ぶやうな圢をしお、嬉しさうに叫びながら、町の通りを䞀散に走り出した。\n\n\n虚無の歌\n\n\n我れは䜕物をも喪倱せず\nたた䞀切を倱ひ盡せり。 「氷島」\n\n\n\n 午埌の䞉時。廣挠ずした廣間の䞭で、私はひずり麥酒を飮んでた。だれも倖に客がなく、物の動く圱さぞもない。煖爐は明るく燃え、扉の厚い硝子を通しお、晩秋の光が䟘しく射しおた。癜いコンクリヌトの床、所圚のない食卓、脚の现い怅子の敞敞。\n ヱビス橋の偎に近く、歀所の䟘しいビダホヌルに䟆お、私は䜕を埅぀おるのだらう? 戀人でもなく、熱情でもなく、垌望でもなく、奜運でもない。私はか぀お幎が若く、䞀切のものを欲情した。そしお今既に老いお疲れ、䞀切のものを喪倱した。私は孀獚の怅子を探しお、郜會の街街を攟浪しお䟆た。そしお最埌に、自分の求めおるものを知぀た。䞀杯の冷たい麥酒ず、雲を芋おゐる自由の時間! 昔の日から今日の日たで、私の求めたものはそれだけだ぀た。\n か぀お私は、粟神のこずを考ぞおゐた。倢みる䞀぀の意志。モラルの體熱。考ぞる葊のをののき。無限ぞの思慕。゚ロスぞの切ない祈祷。そしお、ああそれが「粟神」ずいふ名で呌ばれた、私の倱はれた远憶だ぀た。か぀お私は、肉體のこずを考ぞお居た。物質ず现胞ずで組織され、食慟し、生殖し、䞍斷にそれの解體を匷ひるずころの、無機物に對しお抗爭しながら、悲壯に惱んで生き長らぞ、貝のやうに呌吞しおゐる悲しい物を。肉體! ああそれも私に遠く、過去の远憶にならうずしおゐる。私は老い、肉慟するこずの熱を無くした。墓ず、石ず、蟟蜍ずが、地䞋で私を埅぀おるのだ。\n ホヌルの庭には桐の朚が生え、萜葉が地面に散らば぀お居た。その板塀で圍たれた庭の圌方、倉庫の竝ぶ空地の前を、黒い人圱が通぀お行く。空には煀煙が埮かに浮び、子䟛の矀集する遠い聲が、倢のやうに聞えお䟆る。廣いがらんずした廣間の隅で、小鳥が時時囀぀お居た。ヱビス橋の偎に近く、晩秋の日の午埌䞉時。コンクリヌトの癜぀ぜい床、所圚のない食卓、脚の现い怅子の敞敞。\n ああ神よ! もう取返す術もない。私は䞀切を倱ひ盡した。けれどもただ、ああ䜕ずいふ暂しさだらう。私はそれを信じたいのだ。私が生き、そしお「有る」こずを信じたいのだ。氞久に䞀぀の「無」が、自分に有るこずを信じたいのだ。神よ! それを信ぜしめよ。私の空掞な最埌の日に。\n 今や、かくしお私は、過去に䜕物をも喪倱せず、珟に䜕物をも倱はなか぀た。私は喪心者のやうに空を芋ながら、自分の幞犏に滿足しお、今日も昚日も、ひずりで閑雅な麥酒を飮んでる。虚無よ! 雲よ! 人生よ。\n\n\n貞家札\n\n 熱垶地方の砂挠の䞭で、䞀疋の獅子が晝寢をしお居た。肢體をできるだけ長く延ばしお、さもだるさうに疲れき぀お。すべおの猛獞の習性ずしお、胃の䞭の逌物が完党に消化するたで、おそらく圌はそのポヌズで氞遠に眠り぀づけお居るのだらう。赀道盎䞋の癜晝。颚もなく音もない。萬象の死に絶えた沈默の時。\n その時、䞍意に獅子が眠から目をさたした。そしお耳をそば立お、起き䞊り、緊匵した目付をしお、甚心深く、機敏に襲撃の姿勢をず぀た。どこかの遠い地平の圱に、圌は逌物を芋぀けたのだ。空氣が動き、萬象の沈默が砎れた。\n 䞀人の旅行者――ヘルメツト垜を被り、癜い掋服をきた人間が、この光景を䜕所かで芋お居た。圌は䞀蚀の口も利かず、默぀お砂䞘の䞊に生えおる、怰子の朚の方ぞ歩いお行぀た。その怰子の朚には、ず぀ず前から、長い時間の颚雚に曝され、䞀枚の叀い朚札が釘づけおあ぀た。\n\n(貞家アリ。瓊斯、氎道付。日當リペシ。)\n\n ヘルメツトを被぀た男は、默぀おその朚札をはがし、ポケツトに入れ、すたすたず歩きながら、地平線の方ぞ消えおした぀た。\n\n\nこの手に限るよ\n\n 目が醒めおから考ぞれば、寊に銬鹿銬鹿しく぀たらぬこずが、倢の䞭では勿體らしく、さも重倧の眞理や癌芋のやうに思はれるのである。私はか぀お倢の䞭で、敞人の友だちず䞀緒に、町の或る小綺麗な喫茶店に入぀た。そこの絊仕女に䞀人の悧癌さうな顏をした、たいそう愛くるしい少女が居た。どうにかしお、皆はそのメツチ゚ンず懇意になり、自分に手なづけようず焊燥した。そこで私が、䞀぀のすばらしいこずを思ひ぀いた。少女の芋お居る前で、私は角砂糖の䞀぀を壺から出した。それから充分に萜着いお、さも勿體らしく、意味ありげの手付をしお、それを玅茶の䞭ぞそ぀ず萜した。\n 熱い煮えた぀た玅茶の䞭で、芋る芋る砂糖は解けお行぀た。そしお小さな现かい氣泡が、茶碗の衚面に浮びあがり、やがお呚圍の邊に寄り集぀た。その時私はたた䞀぀の角砂糖を壺から出した。そしお前ず同じやうに、氣取぀た勿體らしい手付をしながら、そ぀ず茶碗ぞ萜し蟌んだ。(その時私は、いかに自分の手際が鮮やかで、巎里の䌊達者がやる以䞊に、スマヌトで䞊品な擧動に適぀たかを、自分で意識しお埗意でゐた。)茶碗の底から、再床たた氣泡が浮び䞊぀た。そしお暫らく、眞䞭にかたたり合぀お螊りながら、さ぀ず別れお茶碗の邊に吞ひ぀いお行぀た。それは䞁床、よく蚓緎された團體遊戲が、號什によ぀お、行動するやうに芋えた。\n「どうだ。すばらしいだらう!」\n ず私が蚀぀た。\n「たあ。玠敵ね!」\n ず、じ぀ず芋お居たその少女が、感嘆おく胜はざる調子で蚀぀た。\n「これ、本當の藝術だわ。たあ玠敵ね。貎方。䜕お名前の方なの?」\n そしお私の顏を芋詰め、絶對無䞊の尊敬ず愛慕をこめお、その長い睫毛をしばだたいた。是非たた䟆おくれず懇望した。私にしばしば逢぀お、いろいろ話が聞きたいからずも蚀぀た。\n 私はす぀かり埗意にな぀た。そしお我ながら自分の思ひ付に感心した。こんなすばらしいこずを、䜕故も぀ず早く考ぞ぀かなか぀たらうず䞍思議に思぀た。これさぞやれば、どんな女でも造䜜なく、自分の自由に手なづけるこずができるのである。か぀お䜕人も知らなか぀た、これ皋の倧癌明を、自分が獚創で考ぞたずいふこずほど、埗意を感じさせるこずはなか぀た。そこで私は、茫然ずしおゐる友人等の方をふり返぀お、さも誇らしく、倧埗意にな぀お蚀぀た。\n「女の子を手なづけるにはね、君。この手に限るんだよ。この手にね。」\n そこで倢から醒めた。そしお自分のや぀たこずの銬鹿銬鹿しさを、あたりの可笑しさに吹き出しおした぀た。だが「この手に限るよ。」ず蚀぀た自分の蚀葉が、い぀迄も耳に殘぀お忘られなか぀た。" } ]
[ { "role": "system", "content": "䞋蚘の曞き盎しを再開しお、プロフェッショナルな文曞を䜜成しおください。" }, { "role": "user", "content": " Kよりもずっず泚意ぶかく耳を傟けおいたモヌムスが、今の蚀葉を補うようにおかみにいった。\n「たいおいの駐圚秘曞っおいうのは、ただ䞀人の城のかたのために仕事をするんだが、私はクラムずノァラベヌネず二人のかたのために仕事をしおいるんだよ」\n「そうでしたね」ず、おかみはそういわれお自分でも思い出しながら、いった。そしお、Kのほうを向いた。\n「モヌムスさんはクラムずノァラベヌネず二人のかたのために仕事をしおいるんですのよ。だから兌任の駐圚秘曞っおいうわけです」\n「兌任のねえ」ず、Kがいうず、モヌムスに向っおうなずいおみせた。モヌムスは今ではほずんど身䜓を前に乗り出しお、Kのほうをたずもに芋䞊げおいたが、Kのそのうなずきかたは、県の前でほめられおいる子䟛に向っおうなずいおみせるようなやりかたであった。そのなかにはある皮の軜蔑がこもっおいたが、二人は気が぀かなかったか、それずもたたむしろ軜蔑を望んでいるかであった。ほんの偶然にであっおもクラムに䌚っおもらえるだけの倀打をもっおはいないKの面前で、クラムのすぐ偎近にいる䞀人の男のいろいろな功瞟がこずこたかに述べられるのだが、それはKに䞀目眮かせ、賞めさせようずいう、芋えすいた意図をもっおやられるのだった。けれどもKにはそんなものがよく通じない。党力をあげおクラムを芋ようず努めおいたKではあるが、たずえばクラムの県の前で暮らすこずが蚱されおいるモヌムスのような男の地䜍でも、そう高くは評䟡しおいないし、いわんや感嘆や嫉劬ずいった気持からは遠かった。ずいうのは、クラムの身近かにいるずいうこずが圌にずっお骚折りがいのあるこずなのではなくお、ほかならぬKずいう自分だけがほかならぬこの自分の願望をもっおクラムに近づくずいうこずこそ、骚折りがいのあるこずなのだ。しかもそれは、クラムのずころに萜ち぀くためではなく、圌のずころを通りすぎおさらに城ぞいくためなのだ。\n で、圌は時蚈を芋お、いった。\n「ずころで、もう家ぞ垰らなければならない」\n たちたち事情が転じおモヌムスのほうが有利になった。\n「むろん、そうですずも」ず、この男はいう。「小䜿の仕事があなたを埅っおいたすからね。でも、ほんのしばらく、私のために時間をさいおいただきたい。ほんの二぀䞉぀だけ質問があるので」\n「そんなこずはしおもらいたくありたせんね」ず、Kはいっお、ドアのほうぞいこうずした。モヌムスは曞類の䞀぀を机にたたき぀けお、立ち䞊がった。\n「クラムの名においお、私の質問に答えるよう芁求したす」\n「クラムの名においお、ですっお!」ず、Kは盞手の蚀葉をくり返しおいった。「いったいあの人は私のこずなんかに気を䜿っおいるんですか?」\n「そんなこずは」ず、モヌムスはいう。「私には刀断できたせん。だが、あなたは私よりももっずずっず刀断できないんですよ。刀断を䞋すこずは、私たち二人は安心しおクラムにたかせおおきたしょう。だが、クラムからあずかっおいる私の地䜍においお、私はあなたがここにずどたり、答えるこずを芁求したす」\n「枬量技垫さん」ず、おかみが口をはさんだ。「わたしはこれ以䞊あなたに忠告はしないようにしたす。これたでいろいろな忠告をし、しかもおよそありうる奜意的な忠告をいろいろずしおあげたのに、それは法倖なやりかたであなたに拒絶されおしたいたした。そしお、この秘曞のかたのずころぞわたしがやっおきたずいうのも――わたしは隠さなければならないこずなんかちっずもありたせんけれど――ただ圹所にあなたの振舞いずもくろみずを盞応にお知らせし、あなたが改めおわたしのずころぞ泊たるように呜じられるなんおこずがけっしおないようにするためだったのです。わたしたちのあいだはこんなふうになりたしたし、この関係はもう党然倉わらないでしょう。で、わたしが今、意芋を申し䞊げるのは、なにもあなたをお助けするためではなくお、秘曞のかたのむずかしい任務、぀たりあなたのような人ず亀枉するずいう仕事を、少しばかりやさしくしおさしあげるためなんです。でも、わたしずいう人間は完党に公明正倧なんですから、――わたしはあなたずは公明正倧にしかお぀き合いできないのです。わたしの意志に反しおもそういうふうになるんです――もしあなたがやろうずお思いになりさえすれば、わたしのいうこずをご自分のために利甚できるはずです。そこで、今の堎合、あなたにずっおクラムぞ通じおいるただ䞀本の道はこの秘曞のかたの調曞を通っおいっおいるのだ、ずいうこずをご泚意申し䞊げおおきたしょう。でもわたしは誇匵したくないので申し䞊げたすが、おそらくその道はクラムのずころたで通じおいるのではなく、おそらくクラムのずころぞ達するずっず手前で終っおいるのですよ。そのこずに぀いお決定するのは、この秘曞のかたのお考えによるものなのですよ。でも、いずれにせよ、これがクラムの方向ぞ通じおいるたった䞀぀の道なんです。それなのに、あなたはこのただ䞀぀の道を諊めようず思うんですか。それもただ反抗したいずいう以倖にはなんの理由もないのに」\n「ああ、おかみさん」ず、Kはいった。「それはただ䞀぀の道でもなければ、ほかの道よりも䟡倀がある道でもないんです。ずころで、秘曞のかた、私がここでいうこずをクラムたで䌝えたほうがいいかどうかを、あなたが決定するんですか」\n「そりゃあそうですよ」ず、モヌムスはいっお、誇らしげに県を䌏せお巊右を芋たが、芋るものなんかは党然なかった。「そうじゃなかったら、私はいったい䜕のため秘曞になっおいるのでしょう」" }, { "role": "assistant", "content": "「それ、ごらんなさい、おかみさん」ず、Kはいった。「クラムのずころぞいく道が必芁なのではなく、たずこの秘曞のかたのずころぞいく道が必芁なわけです」\n「その秘曞のかたのずころぞいく道ずいうのを、わたしはあなたに開いおさしあげようず思ったんですよ」ず、おかみはいった。「あなたの頌みをクラムに通じおあげたしょうか、ずわたしは午前にあなたに申し出おあげたせんでしたか。これはこの秘曞のかたを通じおやられるはずだったんですよ。ずころが、あなたはそれをおこずわりになりたしたが、あなたには今ではこの道だけしか残されおはいないんですよ。むろん、あなたのきょうのようなふるたいのあず、぀たり、クラムを䞍意に襲おうなんおいう詊みのあずでは、成功する芋蟌みはいよいよ枛っおしたったのです。でも、この最埌のちっぜけな消えかかっおいる期埅、ほんずうは党然存圚しおなんかいない期埅ずいうものが、あなたのもちうるただ䞀぀の期埅なんですわ」\n「おかみさん、どうしおなんです」ず、Kはいった、「あなたは最初、私がクラムの前に出ようずするのをあんなにもずめようずしたくせに、今では私の願いをそんなにたじめに取っお、私の蚈画が倱敗する堎合、私のこずをいわばもうだめなんだず考えおいらっしゃるらしいのは? およそクラムに䌚おうなどず努めるこずを本心からずめるこずができたのなら、今同じ人が同じように本心から、クラムぞ通じおいる道を、たずいそれが党然クラムたでは通じおはいないにしおも、たるで前ぞ前ぞずけしかけるようなこずが、いったいどうしおありうるのですか」\n「わたしがあなたを前ぞ前ぞなんおけしかけおいるずおっしゃるんですか?」ず、おかみはいった。「あなたのやるこずには望みがない、ずわたしがいえば、それは前ぞ前ぞずけしかけるずいうこずになるんですか。そんなこずは――もしあなたがそんなふうにご自分の責任をわたしに転嫁しようずされるのならば、ほんずうに極端な厚かたしさずいうものでしょうよ。あなたがそんなこずをする気になるのは、おそらくこの秘曞のかたがいらっしゃるからでしょうね? いいえ、枬量技垫さん、わたしはあなたをどんなこずにもそそのかしたりしおはいたせん。ただ䞀぀だけ打ち明けおいえるこずは、わたしがあなたに最初に䌚ったずき、あなたをおそらく少しばかし買いかぶりすぎたずいうこずですわ。あなたがすばやくフリヌダを埁服したこずは、わたしを驚かせたしたし、あなたがこの䞊さらに䜕をやるものか、わたしにはわかりたせんでした。そこで、それ以䞊の犍いを未然に防ごうず思い、それには頌んだりおどしたりしおあなたの心を動かすこず以倖には手がないのだ、ず思ったのです。そのうち、わたしは党䜓をもっず萜ち぀いお考えられるようになりたした。お奜きなようにすればいいわ。あなたのやるこずっお、おそらく倖の雪のなかに深い足跡を残すぐらいのもので、それ以䞊ではないんですわ」\n「どうも矛盟がすっかり説明し぀くされたようには思えたせんね」ず、Kはいった。「でも、その矛盟にご泚意しおあげたこずで満足するこずにしたしょう。ずころで秘曞のかた、おかみさんのいわれるこずが正しいのかどうか、぀たり、あなたが私に぀いお取ろうず思っおおられる調曞ができれば、私はクラムのずころぞ出るこずが蚱されるのだ、ずいうおかみの意芋が正しいのかどうか、どうぞ私におっしゃっお䞋さいたせんか。もしそうなら、私はすぐどんなご質問にでもお答えする぀もりですよ」\n「いや」ず、モヌムスはいう。「そんな぀ながりはありたせんね。ただ問題は、クラムの村務蚘録のためにきょうの午埌の蚘録をくわしく取っおおくずいうこずなんです。蚘茉はもうすみたしたので、ただ二぀䞉぀の穎を敎理のために埋めおおくだけなんです。ほかの目的なんかありたせんし、たたあったずしおも、そんな目的なんおいうものは達しられたせんよ」\n Kは黙ったたた、おかみを芋぀めた。\n「なぜわたしを芋぀めるんです?」ず、おかみがきく。「䜕かそれずちがったこずをわたしがいいたしたか。この人ったらい぀でもこうなんです、秘曞のかた、この人ったらい぀でもこうなんですよ。人が䌝えたいろいろな情報をみんな぀くり倉え、そうしおおいお、たちがった情報を聞かされた、なんおいい匵るんですからね。クラムに迎えられる芋蟌みなんか、ちょっずでもないのだ、ずいうこずは前からいっおおきたしたし、今でもい぀だっおそういっおいるんですよ。ずころで、そうした芋蟌みが党然ないずするなら、その調曞によったっお芋蟌みなんか手に入るわけはありたせん。これよりはっきりしおいるこずがあるでしょうか。さらにいえば、その調曞だけが、この人のクラムずのあいだにもちうるただ䞀぀のほんずうの公務䞊の぀ながりなんです。これも十分にはっきりしたこずで、疑いの䜙地なんかありたせん。ずころが、この人はわたしのいうこずを信じないで、い぀でも――なぜなのか、たたなんのためなのか、わたしにはわかりたせんが――クラムのずころぞ出おいくこずができるかもしれないず期埅しおいるずすれば、この人の考えかたのずおり考えおあげるずしおのこずですが、この人がクラムずのあいだにもっおいるただ䞀぀の公務䞊の぀ながり、぀たりその調曞ずいうものが、あるだけなんです。このこずだけをわたしはこの人に申したした。䜕か別なこずをいい匵る人は悪意でわたしの蚀葉をねじ曲げおいるんですわ」\n「おかみさん、そういう事情でしたら」ず、Kはいった、「あなたにお蚱しをお願いしたす。それなら、私があなたのおっしゃるこずを誀解しおいたんです。぀たり、今はっきりしたこずですが、私はたちがっお、あなたがさっきおっしゃった蚀葉から、䜕かほんのわずかばかりの垌望が私にはあるのだ、ずお聞きできたず思ったんです」\n「そうですよ」ず、おかみはいった。「それはなるほどわたしの考えなんですが、あなたはたたわたしの蚀葉をねじ曲げおいらっしゃるのよ。ただ、今床は反察の方向にですけれど。あなたにずっおのそういう垌望は、わたしの考えによれば、あるんです。ずはいっおも、その垌望はただその調曞に根拠を眮いおいるだけなんですわ。けれども、あなたは『もし私がそういう質問に答えたら、クラムのずころぞいけるのですか』なんおいう質問で、簡単にこの秘曞のかたを襲うこずができる、ずいうような事情ではないんですよ。子䟛がそんなこずをきくのなら、人は笑うだけですが、倧人がそんなこずをやれば、それは圹所を䟮蟱するものです。この秘曞のかたはただうたくお答えになっおお情けでその圹所に察する䟮蟱を隠しお䞋すっおいるんですよ。ずころで、わたしがここでいう垌望っおいうのは、あなたが調曞を通じおクラムず䞀皮の぀ながり、おそらく䞀皮の぀ながりをも぀ずいうこずのうちにありたす。これはりっぱな垌望ずいうものじゃありたせんか。こんな垌望を䞎えられるに䟡するだけの功瞟があなたにあるかっおきかれたなら、あなたはほんのちょっずだっお瀺すこずができたすか。もちろん、この垌望に぀いおくわしいこずは申せたせんし、こずに秘曞のかたは職務の性質䞊、それに぀いおほんのわずかでもほのめかすこずはできないでしょう。このかたがおっしゃったように、このかたにずっお問題なのは、きょうの午埌のこずを敎理のために蚘録するこずだけなんです。たずいあなたがわたしの蚀葉ず関係づけお、今そのこずをきいおみたずころで、このかたはそれ以䞊のこずをおっしゃらないでしょう」\n「秘曞のかた、いったいクラムはこの調曞を読むんですか」ず、Kはたずねた。\n「いや」ず、モヌムスはいった。「なぜかっおいわれるんですか。クラムはずおも党郚の調曞を読むこずなんかできたせん。それに、あの人はおよそものを読たないんです。『君たちの調曞はよこさないでくれ』ず、あの人はい぀でもいっおいたすよ」\n「枬量技垫さん」ず、おかみはこがした。「あなたはそんな質問でわたしをうんざりさせたす。クラムがこの調曞を読んで、あなたの生掻のこたごたしたこずを䞀぀䞀぀知るなんおいうこずが、必芁なんですか。あるいは、必芁ずたでいかなくずも、望たしいこずなんですか。それよりもむしろ぀぀たしやかに、その調曞をクラムに察しお隠しおくれるようにずお願いしようずしないんですか。ずころで、その願いも、前のず同じようにばかげた願いですけれどね。――ずいうのは、だれだっおクラムに察しお䜕かを隠すずいうようなこずができるものですか。――でも、その願いは前のよりも同情できるたちのものではありたすけれどもね。ずころでそれは、あなたがご自分の垌望ず呌ばれおいるものにずっお、必芁なんですか。あなたご自身、クラムがあなたに䌚い、あなたのいうこずを聞いおくれなくたっお、あの人の前で話す機䌚さえ埗られるならば満足だっお、おっしゃったじゃありたせんか。ずころがあなたは、その調曞によっお少なくずもそのこずは、いや、おそらくはもっずずっず倚くのこずができるじゃありたせんか」\n「もっずずっず倚くのこずですっお?」ず、Kはたずねた。「どうやっおです?」\n「あなたはい぀でも」ず、おかみが叫んだ。「子䟛のように、なんでもみんなすぐ食べられるようにしおさし出しおもらいたがらないではいられないんですか! だれがそんな質問に答えられたすか? 調曞はクラムの村務蚘録に入れられるのです。そのこずはお聞きになりたしたね。そのこずに぀いおこれ以䞊のこずははっきりずはいえたせん。でも、あなたは調曞やこの秘曞のかたや村務蚘録の意味をみんな知っおいるのですか? この秘曞のかたがあなたから聎取するずいうこずは、どういうこずなのか、あなたはご存じですか? おそらくこのかた自身知らないんですよ。あるいは、知らないように思っおいらっしゃるんですよ。このかたは、ここに坐っおおっしゃったように、敎理のためにご自身の矩務を果たしおいらっしゃるんです。でも、考えおもごらんなさいな、クラムがこのかたを任呜したんですし、このかたはクラムの名の䞋に仕事をしおいらっしゃるんです。たた、このかたのなさるこずは、たずいけっしおクラムのずころたではずどかないにしおも、あらかじめクラムの同意を埗おいるんです。そしお、クラムの粟神にあふれおいないようなこずが、どうしおクラムの同意なんか埗られるでしょう。こんなこずをいっお、ぞたなやりかたでこの秘曞のかたにおもねろうなどず思っおいるんでは党然ありたせんよ。そんなこずは、このかたご自身、党然しおもらいたくないずおっしゃるこずでしょう。でもわたしはこのかたの独立した人栌のお話をしおいるんじゃなくお、今の堎合のようにクラムの同意を埗おいるずきのこの人のありのたたの姿のこずを申しおいるんですわ。こういう堎合には、このかたは、クラムの手がのっおいる道具なんです。そしお、このかたに埓わない人は、だれでもひどい目にあいたすよ」\n Kはおかみのおどかしを恐れはしなかったし、圌を捉えようずしおおかみが口にする垌望ずいうものにもうんざりしおいた。クラムは遠くにいるのだった。さっきはおかみはクラムを鷲ず比范したが、それはKには滑皜に思われた。ずころが、今はもうそうではなかった。圌はクラムの遠さ、攻め取るこずのできないこの男の䜏居、ただKが䞀床も聞いたこずのないような叫び声によっおだけおそらく䞭断される圌の沈黙、芋䞋すような圌の芖線のこずを思っおみた。その芋䞋すような芖線は、けっしお確認もされないし、そうかずいっおたたけっしお吊定もできないものだ。そしおたた、クラムが理解できがたい法則に埓っお、空に茪を描いお飛ぶ鷲のように䞊のほうで匕いおいる、そしおKのいる䜎いずころからずうおい打ち砎るこずのできない茪圢のこずを思っおみた。こうしたすべおがクラムず鷲ずの共通点だった。だが、きっずこの調曞はそんなこずずは党然関係がないのだ。その調曞の䞊では、モヌムスはちょうど今、塩ビスケットを割っおいた。それはビヌルのさかなにしおいるもので、圌はすべおの曞類の䞊にそのビスケットにかかっおいる塩ずういきょうずをこがしおいた。" } ]
[ { "role": "system", "content": "䞋蚘の曞き盎しを完成させお、印象的な文曞を䜜成しおください。" }, { "role": "user", "content": " 䜙は䜕う考えおも暩田ず秀子の関係が分らぬ、倫婊玄束などのない事は無論で有る、思い思われる仲ですらないのだ、むダ暩田の方は䞀生懞呜に思っお居るけれど秀子の方では䜕ずも思っお居ない、倫だのに秀子が䞀身の呜什暩を暩田に䞎えお有るのは䜕の蚳だろう、暩田の秀子に迫ったのは恐迫ず云えば恐迫で有るけれど、砎萜挢が貎人の秘密を手に入れお匷談するなどずは調子が違う、殆ど兄効の様な芪密な蚀葉附きで互いに䜕も圌も知り合った仲の様だ、実に䞍思議だ、若し歀の二人の間柄の委现が分れば秀子の身の䞊の秘密、所謂「密旚」「密呜」など云える事の性質も分るだろう、けれど二人の間柄の委现は勿論知る可き道がない、䜙には想像さえも及ばぬ。\n 秀子は䜙の蔭に寄り添うたを恥ずかしく思ったか、暩田の立ち去るず共に身を退いお、舞螏宀の方ぞ行こうずする、其の様子は䜙ほど打ち萎れお居る、䜙は其の前ぞ廻り「秀子さん、私は立ち聞きしたのでは有りたせん、私の居る所ぞ貎女ず暩田君ずが来お、私は立ち去る機䌚を倱ったのです」秀子は簡単に「ハむ貎方が立ち聞きの為に茲ぞ来たずは思いたせん」䜙「ですが秀子さん、貎女は今、男が無報酬で女を助ける事は出来たいかず歀の様にお嘆き成さったが、他人は知らず歀の䞞郚道九郎ばかりは党く兄ず効の様な枅い心で、貎女を助け床いず思いたす、貎女の敵ずか運の盡きずか云うのは䜕ですか、助ける事の出来る様に私ぞ打ち明けお䞋さらば」秀子「むむ゚貎方では私を助ける事は出来たせん、暩田さんの倖には私を助ける事の出来る人はないのです」䜙「でも暩田は貎女の応じ埗ぬ様な無理な報酬を迫るではありたせんか、私ならば、貎女を効ず思っお助けたす、尀も䜕時たでも効ず云う䞈で満足する事は出来ぬかも知れたせんけれど」秀子は打ち萎れた仲から異様に笑みお「オホホホ、効ず云う䞈で満足の出来ぬ時が来るなら暩田さんも同じ事です、生涯愛などを説かぬ男は歀の䞖にないず断念めたした」斯う云っお䜙を振り捚おた。\n けれど䜙は猶も埌に随っお行ったが、秀子は愈々舞螏宀ぞ歩み入った、果せる哉だ、第䞀に秀子の前ぞ遣っお来たのはお浊だ。倧敵――だろうず䜙の鑑定する――高茪田長䞉も䞀緒である、䜙の叔父も附き添っお居る、秀子は高茪田長䞉に逢うのを芚悟の䞊で茲ぞ来たのか、倫ずも長䞉に逢いは仕たいず油断しおの事だろうか、或いは又逢っお芋砎られるなら倫たでず絶望の䜙り床胞を据えおの事だろうか、䜙は心配に堪えられぬ、若し秀子が実は叀山お酉で、茲で高茪田に芋砎られる様なら、党く姿を倉じお人を欺くず云う者で、女詐停垫も同様だから少しも憐れむには及ばぬずは云う様な者の、倫でも䜕だか気懞りに堪えられぬ、若しも高茪田長䞉の口から無瀌な蚀葉でも出ようなら䞀語をも終らぬ䞭に圌を叩き殺しお呉れようか知らんず、䜙は歀の様にたで思っお䞀歩も去らずに秀子の傍に附いお居る。\n 叔父が先ず秀子に向っお「実は是なるお浊が是非ずも和女に逢い、前の無瀌を芪しく詫びたいず云い、私に和女の居る所を捜しお呉れず頌むから、むダ断っおも、日頃の気短い気性で仲々聎かぬから、歀の通り連れ立っお和女の居所を探しお居たのだ」叔父が斯う云っお居る䞭に秀子の目は倫ずも知らずに䞀寞高茪田の県に泚いだ様だ、爟しお䜕だか悞ず驚いたかの様にも思われたけれど、是は倚分䜙の心の迷いから歀の様な気がしたので有ろう、爟かず思っお芋盎しお芋るに秀子の顔は盞倉らず静かで、恐れも喜びも䜕も浮べおは居ぬ、唯品栌の有る態床で「巊様ですか、けれど浊原嬢からお詫びなど受ける様な事は少しも有りたせんが」お浊は茲ぞず云う颚で進み出た。蚀葉の蚀い廻しも甚だ旚い、「秀子さん貎女にそう仰有られるず私は恚たれるより猶蟛く、ホンに消え入り床く思いたすよ、朝倉男爵の手品䌚の垭で、貎女を仲働きだず、途方もない事を申したしお今考えるず私は貎女に䜕れほど恚たれおも仕方がないず、むむ゚実に埌悔に堪えたせん」秀子は極めお䜎い声で「むむ゚、私は貎女の埡笑談ずしか思っおは居たせんのです、気にも留めねば最う忘れお居りたした」歀方も仲々鷹揚な蚀い振りだが、真逆忘れるほど気に留めぬ蚳でも有るたい、䜵し是は斯る堎合の王切圢の口䞊だ、お浊「其の代り今日はお詫びの蚘しに貎女の昔友達を誘うお参りたした、是は貎女からお瀌を云うお戎かねば成りたせん、オホホホ」ず远埓か䞖蟞の様に笑うけれど、実は党く勝誇った笑いなのだ、愈々化けの皮を匕剥いお恚みを晎らす時が来たず、嬉しさに腹の䞭から蟌み䞊げる笑いを䞖蟞に玛らせお了うのだ、歀の様な事は総お女の長所だが取り分けおお浊の長所だ、䜙は歀の笑い声を聞いおゟッずした、最う䞇事䌑すだず絶望した、䜵し秀子は気も附かぬ様子で「゚、私の昔友達ずは」ず怪しんで問い返した、声に応じお高茪田は進んで出た、お浊は軜く匕き合わせた「ハむ貎女が昔埡存じの高茪田さんです、高茪田さん、歀の什嬢は今は圓家の逊女です」声ず同時に秀子ず高茪田ずは顔が合った、䜙は動悞の音が自分の耳ぞ聞こえる皋だ、本統に必死の堎合ずは茲のこずだ、䜙は党く自分の事の様に思い、眞を凝らしお秀子の様子を芋た、静かだ、実に静かだ、恐れずか驚きずか云う様には顔の䞀筋だも揺はせぬ、泰然ず萜ち着いた什嬢は猶蚘憶しお居るや吊や、䜙は始めお秀子に逢った時若しや仮面でも被っお居るではなかろうかず歀の様に疑ったが、勿論其の疑いは盎ぐに解けお仕舞ったけれど今も秀子の顔を芋お、其の䜙たり䜕ずもなさすぎる静けさに、若しや仮面かずも同じ疑いを起し掛けた、䜵し勿論少しの間さ。\n\n第二十四回 X光線の様に\n\n 埌で考えるに、人の掻々した顔を、仮面ではあるたいかなどず疑うは䜙り銬鹿げお居る、勿論仮面ではない、血ず肉ず筋ず皮ずで倩然に育った圓り前の顔である、䜙ずおも必ずしも疑ったず云う皋ではない、唯殆ど仮面かずも思われる皋に矎しいず斯う思った迄の事さ、決しお若しや仮面ではなかろうかず探偵が眪人を疑うように疑った蚳ではない、断じおない、茲の区別は読者に呑み蟌んで貰わねばならぬ。\n 仮面ではないが歀の時の秀子の顔は䜕ずなく人間以䞊に芋えた、殆ど凄い皋の凊がある、ず云うお別に圓人が、匷いお顔の様子を䜜っお居る蚳でもなく、少し高茪田を怪しむ様は芋えるけれど其の倖は唯平気に静かなのだ、其の平気な静かな所に䞀皮の凄味が有るから劙だ、䜙は歀の時高茪田の顔をも芋た、圌は同様な心を以お秀子の顔を芋お居るだろう。\n 圌の顔は前にも云った通り、男ずしおは珍しいほど滑らかで、䜙り波瀟の珟われぬ質では有るがそれでも初めお秀子の顔を芋た時には確かに圌の顔に䞀皮の悪意が浮動した、䜕でも圌は兌ねおお浊から、歀の秀子は叀山お酉に違いないず云われお、党くお酉に逢う事ずのみ思い詰め、己れ面の皮を匕剥いお遣ろうず楜しんで遣っお来たに違いない、爟なくば顔に斯う悪意の浮動する筈がない、所が圌は䞀目芋お痛く驚いた、悪意は消えお寧ろ恐れず云う様な色になった、䜕でも人違いず芚ったが為らしい、䜵し圌仲々根匷い気質ず芋え、怯み掛けお又思い盎した様子で、䞀局県に力を蟌めお再び秀子の顔を芋詰めた、歀の時の圌の目は実に鋭い、非垞な熱心が籠っお居る、若し県の光がX光線の様に物の内郚たで入り蟌む事が出来る者なら、歀の時の圌の県光は確かに秀子の腹の䞭を透かしお背䞭たで貫培ったで有ろう、けれども圌は終に満足の様子を瀺さぬ。\n 䜙も心配だが、䜙よりもお浊に至っおは殆ど必死だ、高茪田よりも猶䞀局県を茝かせる、ず云う事は到底人間の目には出来ぬけれど、若し出来る者ずすれば、必ず高茪田よりも猶匷く茝かせる所で有ろう、䜙の叔父も䜕だか察面の様子が倉だから少し怪しみ掛けたのか怪蚝な顔をしお居る、䞭で䞀番平気、䞀番䜕ずもない様なのは秀子だ、秀子は最早高茪田が充分顔を芋盡くしたかず思う頃、静かに口を開き「私は䜕も合点が行きたせぬ、私の昔の友達ず仰有った様に思いたすが、幟等考えおも分りたせん、倚分私がお芋忘れ申したのでしょう、倱瀌ですが䜕凊でお目に掛りたしたかネ゚」ずあどけなく問うた、高茪田は䜕ず返事する蚀葉さえ知らぬ様子だ「巊様です、私も、䜕うも、むダ䜕ずも、考えが附きたせん」秀子「倫に私は高茪田さんず仰有る埡苗字さえ今聞くが初めおの様に思いたすが」\n 䜙は党くホッず息した、秀子は歀の恐ろしい詊隓、むダ圓人は恐ろしくも有るたいが、䜙の心には非垞に恐ろしく感じた、歀の倧詊隓も苊もなく通り越したず云う者だ、お浊の疑う様な仲働きでない、叀山お酉でない、姿を倉えお人を欺く女詐停垫ではない、幜霊塔の前の持䞻たる高茪田長䞉さえ芋た事のない党くの束谷秀子だ、米囜で政治家の秘曞を勀めお居た事も確か立掟な曞籍を著わしたこずさえも確かだから、無論良家の凊女である、倫を疑ったお浊も無理だ、䞀時たりずも歀の詊隓に萜第するかの様に心配した䜙ずおも䜙り秀子に察しお無瀌すぎた。" }, { "role": "assistant", "content": " 叀い事を説く様では有るが、聞く所に由るず歀の高茪田長䞉は幌い頃からお玺殺しの倏子ず云う女ず共にお玺婆に育おられた男で、お玺婆の心では倏子ず倫婊にする積りで有ったのだ、所が䜕う云う蚳か物心の附く頃から倏子が長䞉を嫌い、䜕うしおも婚瀌するずは云わぬ、婆は色々ず倏子の機嫌を取り、遂に倏子を自分の盞続人ず定め、遺蚀状ぞ自分の財産䞀切を倏子の物にするず曞き入れた盞だ、倏子は倧局有難がっお婆には孝行を盡したけれど長䞉を嫌う事は䟝然ずしお盎らぬ、長䞉は婆が自分を盞続人ずせぬのを痛く立腹し、是から道楜を初めお果おは家を飛び出し倫敊ぞ行ったたた垰らぬ事に成った、婆は䜙ほど倏子を倧事にしお居た者ず芋え、長䞉が家出の埌でも猶倏子を賺し぀欺し぀し、遂に其の手段ずしお、自分の所有金を悉く銀行から匕き集め、それを倏子の目の前ぞ積み䞊げお、歀の家の財産は珟金だけでも是ほどある、和女が長䞉の劻に成れば、之は総お和女の物だし若し吊ず云えば遺蚀状を曞き盎しお長䞉を盞続人にするず斯う云った、随分䞋品な仕方では有るけれど䞋女から出䞖したお玺婆ずしおは怪しむに足らぬのさ、倏子は自分が盞続人でなくなるのを甚く蟛がっお、泣いたり詫びたりしたけれどそれでも長䞉の劻に為るずは云わぬから、お玺は詮方なく愈々遺蚀状を曞き替えるに決心し、倫敊ぞ代蚀人を呌びに遣った、其の代蚀人が明日来るず云う今倜の十二時にお玺は䜕者にか殺されお了ったが、調べの結果様々の蚌拠が䞊り終にお倏の仕業ず為った、お倏は固く自分でないず蚀い匵ったけれど争われぬ蚌拠の為前に蚘した通り有眪の宣告を受け終身犁錮の苊刑䞭に牢の䞭で死んで了った、歀の事件に長䞉も調べられたけれど圌は圓倜倫敊に居た蚌拠も有り、又お玺を殺しお少しも利益する所はなく、华っお明日迄お玺を掻せお眮かねば成らぬ身ゆえ勿論疑いは盎ぐに解けた、爟しおお玺の財産は眪人倏子の物に成ったけれど、倏子死すれば倏子の子ぞ倏子に子なくば長䞉ぞ、ず遺蚀状の䞭に䜆し曞きが有った為、倏子が牢死した時に長䞉の物に成ったず云う事だ。\n 是だけが䜙の知っお居る長䞉の履歎である、けれど歀の様な事は䜕うでも奜い、話の本筋に立ち返ろう。\n 高茪田ず秀子ずが党く芋知らぬ人ず分ったに付いおお浊の倱望は芋物で有ったけれど、流石はお浊だ、䜕うやら斯うやら胡魔化しお秀子に向い「オダ爟ですか、倫にしおも高茪田さんは歀の屋敷の前の持䞻で塔の事など胜く知っお居たすから必ず貎女ずお話が合いたしょう、是から䜕うかお互いに昔なじみも同様に、サア高茪田さん秀子さんず握手しお埡懇意をお願い成さい、ネ゚秀子さん、ネ゚叔父さん、爟しお䞋さらねば私が䜙り極りが悪いでは有りたせんか」ず極めお倖亀的に堎合を繕った、高茪田は声に応じお手を差し延べた、秀子も厭々ながらこの様に手を出したが、高茪田の手に障るや吊や、宛も蛇蝎にでも障る様に身震いし、其の静かな矎しい顔に埗も蚀えぬ擯斥の色を浮かべお盎ぐに手を匕き、倒れる様に叔父の肩に瞋り「阿父様、私は最う立っお居る力もありたせん」ずお顔を叔父の胞の蟺ぞ隠した、確かに声を呑んで忍び泣きに泣いお居る、䜕で泣くやら分らぬが倚分は今倜の様々の心配に神経が䜙り甚く動いたのであろう、叔父は傷わっお其のたた連れお去ったが、高茪田は歀のずき䞍意に恐れだか驚きだか、宛も倩に叫ぶ様な音調で、「オオ、神よ」ず䞀声叫んだ、芋れば圌の県は又もX光線の様に、秀子の圌の真珠を以お食った巊の手の手袋ぞ泚いで居る。\n\n第二十五回 之が幜霊か知らん\n\n 秀子ず長䞉ずの察面が、兎も角も秀子の勝利ずなっお終ったは嬉しい、けれど䜙は䜕ずなく気遣わしい、猶䜕所にか犍の皮が残っお居はせぬか、再び䜕か䞍愉快な事が起りはせぬかず、歀の様な気がしおならぬ、其の心持は宛も、少し颚が吹眷で曎に歀の埌ぞ倧きな暎颚が来はせぬか、歀の凪が华っお倧暎の前兆ではないかず気遣われる様な者だ。\n 歀の気遣いは圓ったにも、圓ったにも、実に圓り過ぎるほど圓った、読む人も埌に到れば、成るほど圓り様が䜙り甚すぎるず驚くずきが有るだろう、䜵し倫は䜙皋埌の事だ。\n 歀の倜は事もなく枈み、客䞀同も「非垞の盛䌚であった」の「充分歓を盡した」のず䞖蟞を述べお二時頃から垰り始めた、䜙も頓お寝床に就く事になった。\n 寝床ず云うは、圌のお玺婆の殺された塔の四階だ、時蚈宀の盎ぐ䞋の宀である、䜙自ら奜みはせぬが秀子の勧めで歀の宀を䜙の宀にし、造䜜なども及ぶだけは取り替えお䜕うやら斯うやら玳士の居宀らしく拵らえおある、初めお芋た時ほど陰気な薄気味の悪い宀ではない、若し虚心平気で寝たならば随分眠られようず思うけれど、䜙は歀の倜虚心平気でないず芋え熟くは眠られぬ、殆ど倢ず珟ずの境で凡そ䞉十分も居たかず思うが、䜕やら䜙り倧きくはないが物音がしたず思っお目が芚めた、枕頭の蝋燭も早や消えお、䜕の音で有ったか曎に圓りが附かぬけれど、暗の䞭に眞を定めお芋るず、圱の様な者が壁に添うお埐々動いお居る様だ、ア、之が歀の塔の幜霊か知らんず䞀時は聊か肝を冷した。\n が䜙は幜霊などを信じ埗ぬ教育を受けた男ゆえ、自分の目の所為ずは思ったけれど念の為燐燵を手探りに捜し、火を摺っお芋た、胜くは芋えぬが䜕も居ぬらしい、唯燐燵の消え掛った時に壁の䞭皋に圚る画板の間から人の手の様な者が出お居るかず思った、勿論薄ぐらい所では朚の株が人の頭に芋えたり、脱ぎ捚おた着物が死骞に芋えたりする事が奜く有る奎だから、朝に成っお芋盎せば定めし詰たらぬ事だろうず思い盎しお其のたた再び寝お十分も立぀か立たぬうち又物音が聞こえた、今床は確かに聞き取ったが、サラサラず壁に障っお䜕物かが動いお居る音である。\n 茲で䞀寞ず歀の宀の倧䜓を云っお眮きたい、歀の宀は塔の半腹に圚るので、昇り降りの人が歀の宀ぞ這入るに及ばぬ様に宀の四方が四方ずも廊䞋に成っお居る、塔の䞭でなくば恐らく歀の様な宀はない、けれど四方のうち䞀方だけは䜕時の頃盎した者か物眮きの様にしお歀の宀で䜿う可き雑な道具を眮く事に成っお居る、歀の様な䜜りだから今の物音が壁の倖か壁の内かは䜙に刀断が付かぬ、䜙は又も燐燧を摺り、今床は新しい蝋燭ぞ点火したが、歀の時曎に聞こえた、むダ聞こえる様な気のしたのは人の溜息ずも云う可き、厭あな声である、実に厭だ、溜息ず来おは歀の様な堎合に泣き声よりも気味悪く聞こえる、或いはお玺婆が化けお出お、自分の宀を占領されたのを嘆息しお居るので有ろうか、真逆。" } ]
[ { "role": "system", "content": "䞋蚘の曞き盎しを進めお、優れた文曞を䜜成しおください。" }, { "role": "user", "content": "「お父さんがよくお母さんのこずを、孊校先生なんおしたから倉にな぀ちや぀たんだずか、先生根生で意固地だずか぀お云ふけれど、た぀たく倉に優しいずころず、劙に意地悪のずころず別々なのね。」\n「うむ、さうだ。」\n 圌が䜙り易々ず受け容れたので、现君は䞀寞バツが悪くな぀お、\n「けど、十䜕幎も留守居をさせられおは誰だ぀お倉にもなるわね。小孊校なんかに務めお気を玛らせおゐたのね。」などず呟いた。\n「どうだか俺は知らんよ。――だが、぀たり生れ぀きあゝいふ性質なんだらうさ。」ず圌は、盞圓の思想を持぀おゐる者のやうな尀もらしい衚情をした。\n「あなた、功をどう思ふ。」\n 突然现君が、さう蚊ねた。圌は、䞀寞返答に迷぀たが、匷ひお考ぞお芋るず煩さゝの方が䜙蚈だ぀たので、\n「近頃、やりきれなくな぀た。」ず明らさたに答ぞた。\n「ぢや、どうするの。お金さぞあればお父さんのやうなこずを始める?」\n 圌は、にや〳〵しお返答しなか぀た。䞀寞芪父が矚しい気もした。若し金があ぀おも、圌にはそんな運には出䌚ぞさうもない気がした。\n「そりやア功ぞの厭がらせでせう、ちやんず解぀おる。」\n「今、俺は少しもふざけおはゐないよ。」ず圌は、き぀ぱり断぀た。\n「それは別ずしお、これから家のこずを小説に曞くだけは止めなさいね。お父さんの怒り方はそれはそれは玠晎しいわよ。今床若しあなたが出䌚ぞば、屹床䞀぀䜍ゐ......」ず圌女は拳固を瀺しお「やられるわよ。」ず云぀た。\n 现君にそんなこずを、くどく聞かされおゐるうちに圌の心はだん〳〵倉぀おきた。たさかず高を括぀おゐた小説を読たれお、䜕より蟟易しおゐた気持が、皮肉なかたちでほぐれ始めた。圌は、父の憀怒の姿を想像しお、快感を芚えた。......䜙りこの俺を銬鹿にしたり、幎甲斐もなく女などの事件で家庭に颚波を起させたり......芪爺よ、みんなお䞻が䞍量芋なんだ、俺の小説を読んで、どうだい、驚いたらう、斯ういふ因果な倅を持぀お、さぞ〳〵癜昌埀来を歩くのがきたりが悪いだらうよ、態ア芋やがれ――圌は、さう云぀おやりたか぀た。――それにしおも小説なんおいふ手枩く䞋等な手段でなくお、も぀ず皮肉で痛快な厭がらせをや぀おやりたいものだ――ず圌は思぀た。\n い぀の間にか现君は、独りでビヌルを䞀本平げおした぀お、顔をほおらせおゐた。こんなこずは珍らしか぀た。圌は、自分で勝手もずから䞀升壜を持ち出しお来お、頻りに酒を飲み続けた。\n「功、ち぀ずも酔はないわ、䜕だかも぀ず飲んで芋たいからそれを飲たせお頂戎な。」\n 圌女は、酔぀おゐるかどうかを考ぞおゐるらしく県を瞑぀お、ちよきんず脊骚を延しお坐぀た。若し普段なら䞀撃の蚱に圌は退けおした぀たが、圌も劙に気持が浮の空にな぀お、その䞊陰気でならなか぀た為か、少しも现君に逆はなか぀た。\n 䞀時間の埌、圌はぐでん〳〵に酔぀ぱら぀おした぀た。尀も现君の方は、酒の酔なんお経隓したこずもなか぀たから、衚面はむダに固くしやちこ匵぀おゐた。\n「どうだい、䜕か玠晎しく面癜いこずはないかね。」\n 圌は、酔぀お来るずい぀でも斯んなこずを云぀たが、自分も酔぀おゐるので现君もそんな気にな぀お、初めお、\n「さうね。」ず埒らな思案をめぐらせた。\n「海岞にカフェヌが出来たね。あそこに東京者らしいハむカラな女が居るぜ。行぀お芋やうか。」\n「行きたせうか。」\n「いや、田舎ツペの青幎が来お居るだらうから䞍愉快だな。」\n「ぢや、たゞ海ぞ降りお芋たせうか。」\n「そんなこず真平だ。飲む事か、喰ふ事か......䜕しろ賑やかなこずでなければ埡免だ。」\n「功、折角倏服を拵ぞたんだから䞀遍着お芋たいわ、斯んな晩でなければずおも実行出来ないからね。」\n「あゝ、それは奜い。」ず圌は気附いたやうに云぀た。そんなものを拵ぞたのが圌に知れゝば、酷く圌が怒るのは解り切぀おゐたので今日たで现君は秘しおゐたのだ。圌女は斯ういふ機䌚に、斯う高飛車に云ぞばその儘、通぀おしたふ圌の欠点を知぀おゐた。だが、それにしおも今日は良人がむダに機嫌が奜いので䞀寞薄気味悪くもあ぀た。\n「そしおこれから自働車を呌んで、ホテルぞ行かう。」ず圌は云぀た。森を䞉぀ばかり越えた嶮厖の䞀端に西掋颚のホテルがあ぀た。斯んな所には珍らしく明るい家だ぀た。\n「でも今月このお金を費぀おしたぞば、もう貰ぞないわよ。」\n「関ふもんか、今日はひず぀りンず莅沢をしお、あそこぞ泊぀おしたはう。金なんお心配するね゚......おふくろがケチケチ云ぞば友達に借りるよ。」ず圌は、倧倉な嚁勢を瀺した。\n 圌は、腕組をしお现君の仕床を眺めおゐた。圌女は、怪し気な足取りで、だが、き぀ず圌の留守の時に幟床も着おでもみたんだらう、割合に手ツ取り早く着こなした。\n「ふゝん、仲々奜く䌌合ふね。掋装の日本婊人は倧抂顔の拙い奎が倚いが、そしおお前もその仲間だが、䜓の栌奜は仲々芋あげたよ。」\n 圌は、癜々しくそんなお䞖蟞を振りたいた。――そしお、いざ出かける時にな぀お、\n「それぢや寒くはないかね。俺のこのコヌトを貞しおやらうか。」ず云぀た。\n「銬鹿々々しい、そんな汚い、男のコヌトなんお。」ず现君は耳も借さなか぀た。......圌はゟツず身ぶるひした。冷汗が流れた。「歀奎は䜙ツ皋どうかしおゐやアがる。たるで芝居でもしおゐる気だ。銬鹿が〳〵。」ず自分を顧みお、圌はもう䞀歩も倖ぞ出るのは嫌にな぀た。\n 圌は、酔ひ朰れお畳に転が぀おゐた。......いくらか眠぀お、どうも倢を芋たらしい......ず圌は口のうちで呟きながら、死んだやうな熟睡に堕ちた。――それぎり现君から掋服の話を聞かないから、或は圌の想像通り倢だ぀たのかも知れない。\n\n侉\n\n 圌が䞭孊の頃の友達だ぀た宮田が、五六日前から滞圚しおゐた。宮田は泳ぎ奜きで、近頃ではもう圌は海ぞ行くのも飜きおゐたのだが、宮田ず䞀緒に毎日出掛けた。日盛りになるず圌の焊けた背䞭は、塩煎造のやうにビリビリず干からびお氎に浞さずには居られなくもあ぀た。\n 初島ぞ䞉里、倧島ぞ十八里ず誌した棒杭が立぀おゐるが、玠晎しく朗らかな倩気で、䞉里の初島も十八里の倧島も䜕の差別もなく、青癜い肌を無頓着に倪陜に曝しおゐた。赀い蜻蛉が無数に砂の䞊に矀り舞぀おゐた。埮颚もなく、暑さが凝ず停滞しおゐるばかしなので、蜻蛉の圱が砂地には぀きり写぀た。――宮田は沖を悠々ず泳いでゐた。圌は、そんなに泳げないので、浮暙の近所で、腕を結んで逆さたに浮んだ。氎が耳を芆぀お䜕の音も聞えない。空は青く、だがあたり碧く柄み枡぀おゐるので、圌は眩暈を感じた。圌は、慌おお犬泳ぎで陞ぞ這ひあがり、芁心深く砂地に腹を枩めた。宮田は、鮮やかな抜手を切぀お頻りに泳いでゐた。あの䜍ゐ泳げたらさぞ愉快だらうが――などず圌は思぀た。\n「もう船が出る時分だね。」\n さう云ひながら、あが぀お来るず宮田は、圌の傍に寝転んだ。\n「着いおから行぀お䞁床奜いよ。」\n 二䞉日うちに党囜庭球倧䌚ずいふ競技があるさうだ぀た。宮田の兄は小田原クラブの遞手で、䞉時の船で来るさうだ぀た。\n 庭球倧䌚の日には、圌も芋物に行く玄束をしたが、寝坊しお行き損぀た。午埌から行かうずも思぀たが、う぀かり昌寝をしおした぀お、垰぀お来た二人の宮田に起された。宮田の兄は、ぐ぀たりず疲劎しおナニフォヌムの儘倧の字なりに座敷に寝転んだ。小田原組が優勝しおカップを獲た、ず自慢した。\n い぀もの通り圌は、壜詰の酒や猶詰の料理などで酒盛りを始めた。匟の宮田は、酒奜きの癖に、兄貎の前では䞀滎も飲たなか぀た。銬鹿な攟蕩をしお、䞀幎ばかし勘圓されお挞く垰参が叶぀たばかりだずいふ話だ぀た。道理で匟の宮田の奎むダにおずなしく兄貎の云ふこずをヘむヘむず諟いおゐやアがる――ず圌は思぀た。\n 圌は、それが䞀寞気の毒にもなり、癜々しくもあ぀たので、\n「ほんずに飲たないのか。」ず匟の宮田を芋あげお苊笑した。\n 宮田は、笑぀お点頭いた。兄貎が、それ以䞊気たり悪さうに、癜けた。匟は歀方に来る前手玙で、今小田原のK病院に入院しおゐるが、未だに実家ぞの垰参が蚱されないで閉口しおゐる、芪父や阿母は䜕でもないんだが、兄貎の奎がずおも頑匵぀おゐお始末に終ぞない、芪父は君も承知の通りあゝいふ優しい人で、圚れども無きが劂き存圚だが、いんごうなのは兄貎だ。聞くずころに䟝るず近頃では阿母が兄貎の前で涙を滟しお、僕の垰参を懇願しおゐるさうだ、容易に兄貎がりンず云はないさうだ。僕だ぀お兄貎を恚みはしない、再䞉の倱策をしおゐるんだから――そんな意味のこずを圌に䌝ぞおゐた。だから圌は、その兄貎の前で慎たしくしおゐる匟を芋お可笑しくな぀た。\n だが圌は、宮田の家庭が矚しか぀た。宮田ず圌の家庭ず比べれば、その長男の存圚が、実に雲泥の差である。圌の家庭では、寧ろ圌の小さい匟の方が暩力を認められおゐた。兄の宮田に比べお自分の方がより愚物であるずは思ぞない――圌は、そんな銬鹿気たこずたで考ぞた。" }, { "role": "assistant", "content": "「信ちやんの酒の飲み方は、䜕時たでた぀おも曞生の倱恋匏だね。」\n 兄の宮田は、快掻な調子で圌にそんな批評を济せた。圌は、兄の宮田には叀くから奜意を持぀おゐた。宮田の蚀葉は、凡お技巧的で野卑を衒぀たが、それが劂䜕にも朗らかで、クラリオネットで吹き鳎らす唱歌を聞く感がした。そしおその容貌や䜓栌が圌の気に入぀おゐた。繊现で、快掻で、そしお鹿の劂く明るい涙を胞の底に蔵しおゐた。匟の宮田が、圌に甘えお兄貎の悪口などを云ふず、圌は極力皮肉たじりの反察を唱ぞた。お前の方が䜙ツ皋銬鹿だよ、ず云はんばかりに――。\n 斯ういふ颚だから家庭に斌おもあれ皋の暩力があるのか知ら――圌は、そんなに思぀お䞀寞陰鬱にな぀た。「宮田に比べお、䜕ず俺は愚図だらう、そしお胞の底に憎い心を持぀おゐる、柄んでゐない。」\n 倜釣りの舟が遠い街のやうに庭から芋降ろせた。\n「良䞉、あそこにビヌル箱があ぀たね、あれを二぀ばかし持぀お来ないか。」ず兄の宮田は匟に呜じた。\n「あゝ。」ず玠盎に匟は、ビヌル箱を運んだ。それを二぀庭の突錻に据ゑお涌み台にした。\n「こゝで酒を飲たうや。」\n「だが。」ず圌は逡巡しお「こゝでは埀来を芋降ろしお悪い気がするから、もう少し埌ろにさげようや。」ず云぀た。匟の宮田は、軒先に電灯を釣るし、それにスタンドを぀ないで庭を明るくした。\n「おいビヌル䜍ゐは飲めよ、ねえ兄貎それ䜍ゐ蚱しおやれよ。」\n 圌は、もう酔が廻぀おそんなに云぀た。それでも䞀寞兄は迷惑さうな顔をしたが、仕方がなささうに点頭いた。匟は、埅ち構ぞおゐたらしく勝手ぞ走぀おビヌル壜をさげお来た。圌は、誰にでもいゝから䞀寞これに類する嚁厳を瀺しお芋たいものだなどず思぀た。\n「おいおい、コップ䜍ゐ買぀たらどうだい。」\n 兄の宮田は、盎ぐに気持を取り盎しお圌をからか぀た。コップが䞀぀もないので、コヌヒヌ茶碗を匟が持぀お来たのだ。\n「䜕によらず僕は買物ずいふこずが嫌ひでね。どういふわけか僕は物を買ふずいふこずが倉に気恥しく぀お――」\n 圌は、気分家を衒ふやうに云぀た。\n「道理で现君が、うちの人はケチでやりきれないず云぀お滟しおゐた぀け。」\n「僕があした海の垰りに買぀お来おやらう。」ず匟の宮田が云぀た。兄貎は暪を向いおゐたが突然、\n「壜詰はうたくないから、ひず぀俺が酒屋ぞ行぀おどんな酒があるか芋お来る。」ず云぀お出かけた。間もなく、癜タカの奜いのがあるさうだから頌んで来たず云぀お垰぀お来た。\n「こゝに涌み台を据ゑたのは理由があるんだよ。今晩のうちに遞手達は小田原ぞ自働車で垰るんだ぀おさ。こゝで芋匵りをしおゐお、応揎しおやらうず思぀おるんだよ。」\n「君は䜕故垰らないんだ。」ず圌は蚊ねた。\n「いや僕はあした汜船で垰るんだよ。あんな酷い厖道を通るんぢやずおも怖しくお敵はない。ケむベンにしろ自働車にしろ、あれぢや間違ひのない方が䞍思議だ。」\n「兄さんは泳ぎが達者だから船なら平気だらう。」ず匟は媚を呈した。\n「歀間君の芪父に埀来で出遇぀たよ。」\n「......」圌は、ゟツずしお、だがたさか宮田なんお䜕も知らないだらうず高を括぀お、\n「ふゝん。」ず癜々しく点頭いた。\n「君のこずを云぀おゐたよ。」\n「䜕ず!」\n 圌は、県を円くした。\n「いや......」ず兄の宮田は、わざず意味あり気に笑぀お「君も、䜕か倱敗したのかね。」\n 君も――ず云぀たので匟の方は䞀寞厭な顔をした。\n「いや別に......」\n「内容は知らないが、䜕だか銬鹿に憀慚しおゐたよ。信の奎、信の奎、ず䜕遍も云぀おゐたぜ。」\n「はゝアん!」ず圌は、みんな知぀おるからもう止しお呉れずいふ色を瀺した。\n「が、脛囓りぢや䜕ず云はれた぀お頭はあがるめえ――」\n それはいくらか匟ぞの厭味でもあるらしか぀た。斯んな機䌚に日頃の鬱憀を、倧いに掩しおやらうか――さうも圌は思぀たが、蚀葉が芋぀からなか぀た。\n「だが、君の芪父近頃倧分若返り振りを瀺しおゐるさうぢやないか。」ず兄の宮田は無造䜜に笑぀た。圌は、息が詰぀た。\n そんな話をしながらも、兄の宮田は、自働車の音がする毎に立ちあが぀お、\n「小田原! 小田原!」ず叫んで芋た。䞉四回無駄な骚折りをしおゐた。\n 遞手の自働車は、隒然たる゚ヌルを乗せお厖䞋の道にさしかゝ぀た。兄の宮田は躍りあが぀お、\n「小田原! 䞇歳! 䞇歳!」ず叫んだ。それに䌎れお匟の宮田も同じく声をそろぞた。向方は走る䞀塊の隒音ばかしで、䜕の返答もなく盎ぐ森の蔭に消えおした぀た。匟の宮田は実はそんな倧声を発したくないのだが、兄貎があたり䞀生懞呜なので傍芳しおゐるのは悪くでも思぀お詊みたらしく、その声は半分圌の方を意識にいれおテレおゐる芋たいだ぀た。\n 街から垰぀お来た现君が、石段をあが぀お来お生垣越しに圌の埌姿を眺めお、\n「薄暗いずころに、そんな颚に立぀おゐるず姿が䜕んにも芋えない、背䞭があんたりくろいもので――䜕にも無い芋たい!」ず云぀た。\n 圌は、肌脱ぎで宮田達の埌ろにがんやり立぀おゐたのだ。あたり手持ぶさたなので、無数の星が閃いおゐる空を芋あげおゐたのだ。\n\n四\n\n 兄が垰るず、匟の宮田はホツずしお、倕方になるず嬉し気に酒を飲んだ。歀間のビヌル箱が、あの儘庭に残぀おゐるので、陜が照らないず昌間でもそれに腰かけお、よく圌はトランプに熱心な宮田の盞手をした。\n「今晩の埡銳走は䜕です。」\n 宮田は庭から、座敷で線物をしおゐる圌の现君に声をかけた。\n「たた牛肉ぢや厭?」\n「牛肉だ぀お奜いから、もう少し料理を斜しお呉れなけりや......」\n「良ちやん、自分で料理したらいゝのに。」\n 圌は、黙぀お手にしたトランプの札を瞶めお居た。スペヌトのキングの顔を眺めおゐるず、劙に父の顔が浮んだ。尀も圌の父は、鬚もないし、顔だちだ぀おあんなではなか぀たが――圌がう぀かりしおゐるうちに、宮田がスペヌトのゞャックを棄おたので、圌はキングを降ろしマむナス十五点をしよはされた。\n「芪爺ぢや参぀たらう。」ず宮田は錻を蠢めかせお笑぀た。スペヌトのキングを圌等はい぀でも芪爺ず称しおゐた。" } ]
[ { "role": "system", "content": "䞋蚘の曞き盎しを維持しお、玠晎らしい文曞を䜜成しおください。" }, { "role": "user", "content": " 1\n\n 今回はその第六番おがらです。\n 事件の端を発したしたのは、前回のにせ金事件がめでたく倧団円ずなりたしおから玄半月ほどたっおからのこずでしたが、半月のちずいえばもちろんもう月は倉わっお、文月䞃月です。ご承知のごずく、昔は倪陰暊でございたすから、珟今ずはちょうどひず月おくれで、だから䞃月ずいえば、たさに炎熱のたっさいちゅうです。それがたたどうしたこずか目もあおられない酷暑぀づきで、そのずきのお奉行所お日誌によるず、この幎炎暑きびしく、盞撲取り的にお䞉人蒞し死んだるものある由、ず曞かれおありたすから、それだけでもどのくらいの暑さだったかが想像が぀くこずず思いたすが、わがむっ぀り右門ずお生身の人間である以䞊、暑いずきはやっぱり人䞊みに暑いんだから、西日がやっずかげっおいくらか涌颚の出かかったお組屋敷のぬれ瞁ぎわに倧あぐらをかきながら、しきりずうちわを䜿っおいるず、倧いそぎで今お湯をすたしたばっかりずいったかっこうで、せかせかず裏庭口から姿を芋せたものは、䟋のおしゃべり屋䌝六でありたした。それずいうのは、い぀たでたっおも倉人の右門が、もう少しこのほうだけは人䞊みすぎるほうがいいず思われるに、いっこう、女げをよせ぀けようずしないものですから、右門のこずずなるずむやみず䞖話をしたがる䌝六が、このごろずっずお通いで、朝晩のお勝手を取りしきっおいるからのこずですが、だからわが家のごずく無遠慮に䞊がっおくるず、いっぱしの板番になったような顔぀きで、ざっくばらんに始めたした。\n「米び぀がけさでからだから、枅氎屋の小僧が来たらおいいなせえよっおいっずいたはずですが、たさかお忘れじゃねえでしょうね」\n するず、右門ずいう男は、どうもどこたで倉わり者だか、すたしおいったものです。\n「ねがけんない。おらそんなこたあ知らねえよ」\n「えッ。ねがけんないっですっお......? あきれちたうな。だんなのおなかにぞえる品物ですぜ」\n「でも、きさた、おれがきのうこの暑っくるしいのに河岞の物ばかりでも気がきかねえから、たたにゃ冷ややっこでも食わせろずいったら、ご亭䞻っおいうもな、お勝手のこずなんぞぞ口出すもんじゃねえっおいったじゃねえか」\n ほんずうにきのうそんなこずをいったものか、めったにしっぜを巻いたこずのない䌝六も䞀本参ったずみえお、頭をかきながら苊笑いをしおいたしたが、するずちょうどそのずきでありたした。䞍意に、するするず忍び蟌みでもするかのように衚玄関の栌子戞があいたんで――。\n「おやッ、倉なあけ方をしやあがるな。いかにむおっぜうな野郎でも、たさか右門のだんなのずころぞ、こそどろにぞえろうなんおんじゃあるめえね」\n 倕暮れどきではあり、いかにもそのあけ方が少しおかしかったものでしたから、いぶかっお䌝六が出おいったようでしたが、たもなく匕っ返しおくるず、い぀もの口調でやや䞍平がたしく、䞍意に倉なこずをがみがみずいったものでした。\n「ねえ、だんな、あっしゃこれでも、だんなのためにゃ呜たでもず打ち蟌んでいる぀もりなんですが、たさか急にだんなは、あっしにみずくさくなったわけじゃござんすたいね」\n「やぶからがうに、おかしなこずをからたっおくるが、いったいどうしたのかい。米俵でも玄関にころがっおいたのかい」\n「しらきりなさんな。だんながその気なら、あっしもその気で考え盎したすが、そもそもいっおえ、い぀のたに、あんな女の子を手なずけなすったんですかい」\n「え......? 女の子?」\n「え、があきれたさあ。いくらだんなが倉わり者だからっお、あれじゃただせいぜい九぀か十ぐれえにしかならねえんじゃねえですか。それずも、今からあんなちっちぇい嚘を予玄でもしおおくんでげすかい」\n「倉なこずばっかりいうが、そんな小嚘でもたずねおきたのかい」\n「来ただけじゃねえんだから、あっしゃみずくせいっおいっおるんですよ。ね、せっかくあっしがああやっおわざわざお出迎いにいっおやったのに、ちくしょうめ、おかしなたねをしやがっお、あっしの顔みるおえず、じゃたなや぀が出やがったなんおいうような぀らしながら、赀くなっおたた逃げおきたしたぜ」\n「ほんずうなら、少し倉だな」\n「だからこそ、い぀あんな小嚘を手なずけたんですかっお、きいおるんじゃござんせんか。もうあんな色っぜい手管おがえやがっお、それずも、だんながあっしの顔みたら逃げおかえれずでも悪知恵぀けおおいたんですかい」\n 盞手はなにしろただ九぀か十ぐらいの小嚘なんでしたから、たずえどんなに色っぜくたっかな顔になっお逃げかえったにしおも、それをただちに右門ずおかしな仲ででもあるかのように思う䌝六もちっず酔狂がすぎたすが、しかしその報告がもし事実ずしたなら、盞手が小嚘だけに、右門も少しいぶかしく思ったので、もう䞀床たずねおくるかず心埅ちに埅ちたした。\n しかるに、この奇怪なる来蚪者は、右門の予期を裏切っお、いぶかしきなぞの雲に包たれたたた翌日ずなりたした。翌日もむろん前日にたさる炎暑でしたが、勀番は半日亀替で午前䞭にひけるはずでしたから、䌝六の怪しげなる腕たえによっお調理された朝食を喫するず、あたりぞっずしない顔぀きで、むっ぀りずしながら出仕いたしたした。䟋のようにすぐず蚎蚟箱をひっかきたわしおみたが、いっこう目がしい事件もございたせんので、屈蚗げにあごのひげをたさぐっおいるず、かれこれもうひけどきに近いお昌ごろのこずです。䌝六があたふたず駆け぀けおいったもので――。\n「ねえ、だんな。ちっずどうもおかしいじゃござんせんか。ゆんべ八䞁堀のほうにやっお来たあのちっこい小嚘が、たただんなを名ざしおたずねおきたしたぜ」\n 名ざしずいったものでしたから、たすたすいぶかしさをおがえたしお、すぐず右門が立ずうずするず、しかし䌝六が抌えおいいたした。\n「たちなせえよ、たちなせえよ。そんなに目色をお倉えなすったっおだめですよ。ね、小嚘のくせに、いよいよもっお、どうもふざけたたねしゃがるじゃござんせんか。今はらちがねえにしおも、五、六幎たちゃそろそろ幎がものをいうからね。だんなに気があるならあるず、すなおにいやいいのに、あっしの顔みたら、たたたっかになっお、いちもくさんに逃げおきたしたぜ」\n ず――、聞き終わるやいなや、むっ぀り右門がどうしたこずか莞爟ずばかり埮笑を芋せおいたしたが、たもなく䟋のごずくにかれ䞀流の意衚を぀く呜什が、疟颚迅雷的にその口から攟たれたした。\n「な、䌝六! きさた枅氎屋にお糞っおいう小嚘のあるこず知っおいるな」\n「え? 知っおたすよ。知っおたすが、枅氎屋っおいや米屋じゃござんせんか。お米ならもうずうにゆんべたにあいたしたぜ」\n「米に甚があるんじゃねえんだ。嚘のお糞に甚があるから、ひずっ走りいっお、ちょっくら借りおこい!」\n「あきれちたうな。そんな小嚘ばっかり集めなすっお、鬌ごっこでもする気ですかい」\n 少しも右門のやるこずに予枬が぀かなかったものでしたから、正盎䞀点の䌝六が銖をひねったのは圓然なこずでしたが、しかるに本人の右門のほうはいよいよいでおいよいよ䞍審だったのです。ひず足先にお組屋敷ぞかえっお、ゆうゆうず寝そべっおいたしたが、䌝六が汗をふきふき米屋の小嚘を䌎っおきたのを芋るず、急に目を现めながらいいたした。\n「ね、お糞坊。おたえこないだっから、おじさんが奜きだずいったな」\n「ええ、倧すきよ。絵双玙でみた名叀屋山䞉そっくりなんだもの――」\n この少しこたっちゃくれた䞋町嚘は、もうよほど右門ずはなじみずおがしく、いささかもはにかみを芋せないですぐず答えたしたものでしたから、右門がいよいよ䌝六の目を䞞くするようなこずを平然ずしおいいたした。" }, { "role": "assistant", "content": "「じゃ、きょう䞀日おじさんの子どもにならんかい」\n「いちんちだけなの......?」\n「ああ。だけど、おたえがもっず幟日もなりたいずいうなら、しおあげおもいいよ」\n「じゃ、なりたしょう! なりたしょう!」\n すばらしく勇敢に、すぐず答えたしたものでしたから、䌝六がずちめんがうのような顔぀きをしおいるず、反察に右門はにやにやずやっおいたしたが、たもなくそこに碁盀をさげ出しながら、すたしきっおいいたした。\n「じゃ、さっそく、これからおはじきを始めるからね」\n そういうず、ほんずうにお糞坊を盞手にしながら、もうぱちぱちずおはじきをやりだしたもので、しかもなにがそんなにおもしろいものか、あきもせずに倕がた近くたで同じこずを繰り返し繰り返しやっおいたものでしたから、䌝六がずうずうお株を始めたした。\n「らちもねえこずするにもほどがごわさあ。くそおもしろくもない、あっしゃもうけえりたすよ」\n「そうかい。けえりたきゃけえっおもいいが、でも、すぐずたた来なくちゃならんぜ」\n それを意味ありげに匕き止めながら、しぎりず右門はお糞を盞手に興がっおいたしたが、やがおたもなくのこずです。そろそろたそがれが近づきかかったのをみるず、突然お糞をこかげに招いお、耳ぞ口をよせながら、なにやらこたごたず秘策をさずけたした。\n「たあ、そう。ええ、わかりたした、わかりたした。おもしろいのね」\n すぐず了解が぀いたものか、きゃっきゃっずいっお、お糞坊は䞞くなりながら衚ぞ駆けだしたようでしたが、四半ずきばかりもた぀ず、これは意倖! ふるえながら青ざめおいる同じくらいのいじらしい小嚘をもうひずりそのうしろに䌎っお、おがらをほこり顔に、にこにこしながらかえっおたいりたしたものでしたから、ひず目芋るやいなや、あッずばかり䌝六が目をさらにしおしたいたした。\n「ね、だんな! ね、だんな! こ、こりゃ、ゆうべずきょう、だんなをたずねおきたあの小嚘じゃござんせんか」\n するず、右門が涌しい顔をしおいったものです。\n「そうさ。たさに刀然ずあの小嚘だよ。どうだい、おたえの胞も、ちっずはすっずしたろう」\n「したした、したした。富士の颚穎ぞでもぞえったようですよ。さすがはだんなだけあっお、やるこずにそ぀がねえや。なるほどな。じゃ、なんですね、きのうからのこの小嚘のそぶりをお聞きなすっお、ひず事件あるなっずおにらみなすったんですね」\n「あたりめえよ。わざわざ右門を目ざしおたずねおきたのもおかしいが、二床もたずねお二床ずも垰っおしたったなあ、恥ずかしいよりもよくよくでかい事件なんで、蚎えるこずがおっかねえんだなずにらみが぀いたから、きょうもおっきりたたたずねおくるず思っお、子どもは子どもどうしに、お糞坊をちょっずえさに䜿ったんだ。――な。嬢や、さ、いっおみな。このずおり、もうおじさんが぀いおいるからにゃ、鬌の銖だっお取っおあげるから、隠さずにいっおみなよ」\n いうず、いたいけなその小嚘は、案の定よくよく思いあたっおいたこずずみえお、右門のそのたのもしい䞀蚀に、ほろりず䞀぀たたりかねたようなしずくを芋せおいたしたが、やがおぜ぀りぜ぀りず、事のあらたしを蚎えたした。\n それによるず、このいじらしい小嚘の父芪は、もず䞭囜筋のさる藩䞭で、ささいなこずから君䟯の怒りにふれお浪々の身ずなり、もう半幎ほどたえから深川八幡裏に継母ず䞉人暮らしのわび䜏たいをしおいたのだそうですが、十日ほど以前のある晩、父芪が突然䞍思議な死に方をしたずいうのです。なんでも、日ごろからたいぞんな迷信家で、こずごずにご幣をか぀ぎ、浪々の身ずなっお深川に䜏むようになったこずも、男は占い者のこずばのうちに、蟰巳の方角ぞ䜏たいをしたらふたたび運が開けるだろうずいう泚意があったためからのこずだったそうでしたが、しかるに殿の勘気はいっこうにゆるたず、さらに開運のきざしをすら芋せなかったので、新たに八幡宮ぞ䞉䞃二十䞀日のご立願を掛けようずお参りにやっお行くず、はからずもその境内にいぶかしきひずりの占い者が居合わせお、それなる少女の父芪が通りかかったのを認むるや、頌みもしないのに、突然おかしなこずをいったずいうのでありたした。それがいわゆる八半芋占い者の垞套手段ずいえば手段ですが、ずにかくその前を通りかかるず、突然、あなたには死盞が浮かんでいるずいうようなこずをいったのだそうで、そうでなくずも平生が迷信深い浪人者でしたから、すっかりそのひずこずにはたっおしたい、こわごわ半をたおおもらうず、それなる八半芋がたたなんによっおそんな奇怪きわたる刀定をしたものか、断ずるごずくに、こよいの䞑満どきに死ぬだろうずいうこずを蚀いきったずいうのです。だから、浪人者のびっくりぎょうおんしたのはむろんのこずで、今はもう八幡宮ぞご立願どころではなくなったものでしたから、うろたえお浪宅に垰り぀き、厳重に戞締たりを斜しながら、家人の者をすら遠ざけお奥の䞀間に立ちこもっおいたのだそうでしたが、しかるに、浪人者の態床は倧いに奇怪至極でありたした。倜半すぎたではいっこう䜕も倉った点は芋せなかったそうでしたのに、売卜者のいったかっきり䞑満どきがやっお来るず、実もっお奇怪なこずには、急に気違いのごずくに狂いだし、なにやら声高にわめきながら、やにわに埀来ぞ駆けだしたんだそうで、のみならず、そのたたやみの䞭をいっさんに氞代橋に向かっお駆け぀けおいくず、あれよあれよず远いすがった劻女の手をふりのけながら、いきなり身をおどらしお、橋の欄干ぎわからざんぶずばかり倧川に身を投じ、それなりどこぞ流されおしたったか、死䜓もわからない䞍審な自殺を遂げおしたったずいうこずでありたした。で、小嚘の蚎え嘆願しおいうのには、いかにもその死に方がいぶかしすぎるから、右門の知恵ず力によっお、その䞍審な父芪の死のなぞを解いおほしいずこういうのでした。\n 事実ずしたら、なるほどその死に方は、少しばかり奇怪です。いかに浪人者が昔からの迷信家であったにしおも、このご時䞖にそんな死に方は、めったにはあるべきこずがらではないんですから、即座に小嚘の哀願を匕きうけお、よしずばかりに、右門䞀流の疟颚迅雷的な行動が、その堎からすぐず開始されそうに思われたしたが、しかるに、かれは䞀郚始終を小嚘から聞いおしたうず、䞍意に意倖なこずをぜ぀りず尋ねたした。\n「そなたのおずうさんは、ご藩にいられたおり、どんなお圹がらでござったな」\n「殿さたのお手玙ずかを曞くお圹目にござりたした」\n「ほほうのう。ご祐筆でござったのじゃな。では、剣術なぞのご修業は自然うずかったでござろうな」\n するず、小嚘が幎に䌌合わない利発者か、ぱっず面を赀く染めお、いうのを恥蟱ずでも思うように、あわおながら目を䌏せたので、右門はひずりうなずき、ひずり胞のうちに答えながら、鋭い芖線を攟っお、しばらくじろじろず小嚘のからだを䞊から䞋ぞ芋ながめおいたしたが、突然、さらに奇劙なこずをぜ぀りず尋ねたした。\n「そなた、ご飯たきをしたこずがあるかな」\n「ござりたす......」\n「そうか。では、どうじゃ。今晩からしばらく、おじさんのうちのたたたきなぞをお぀だっおみないか」\n ず、――、小嚘がたた意倖でした。右門のそのいたわるような䞀蚀をきくず、急に面を喜びの色にみなぎらせながら、どうしたこずか、ぜろぜろず突然あふれるほどにもうれし涙を流したもので――。のみならず、もうかいがいしく立ち䞊がりざた、すぐずお勝手ぞおり立っお、ただおそらく十か十䞀くらいの幎歯だろうず思われるのに、手おけを片手にしながら、さっさず井戞ばたぞ出おいったものでしたから、錻を぀たたれお少しくがんやりずしおしたったものは、い぀もながらの䌝六だったのです。\n「だんなのするこったから䜕かいわくがござんしょうが、たさかこれっぜちの暑さで、脳のぐあいをそこねたんじゃござんすたいね」\n いったかいわないかのずきでありたした。しかるように鋭いこずばが、䞍意に右門の口から発せられたした。\n「あいかわらずのひょうきん者だな。さ! 深川だ、深川だ! 深川ぞいっお、あの小嚘のおふくろを掗っおくるんだ!」\n「えッ、おふくろ......? だっお、小嚘はたさに刀然ず、おやじの死に方がおかしいから、そい぀を掗っおくれろずいいたしたぜ。だんなの耳は、どこぞ぀いおいるんでござんすかい」\n「あほうだな。おれの耳は暪ぞ぀いおいるかもしれねえが、目は倩竺たでもあいおいらあ。おめえにゃあの子の銖筋ず手のなた傷がみえなかったか!」\n「え......? なた傷......? なるほどね。そういわれりゃ、䞉ずころばかりみみずばれがあったようでござんしたが、ではなんですかい。そのみみずばれは、おふくろがこしらえたものずでもおっしゃるんですかい」\n「あたりめえよ。あの小嚘のおれに蚎えおえものは、おやじのこずもこずだが、ほんずうはあのみみずばれのこずがおもにちげえねえんだ。けれども、さすがは歊士の血を匕いお幎より利発者なんだから、おふくろの折檻やそんなこずは、家名の恥になるず思っお、このおれにさえいわねえんだよ。だから、芋ねえな、おれが察しお、圓分たたたきのおお぀だいでもするかずいったら、あのずおり、ぜろぜろずうれし泣きをやったじゃねえか。きっず、おふくろに䜕か家ぞ垰りたくねえようないわくがあるにちげえねえから、ひずっ走り行っおかぎ出しおこい」\n「なるほどね。いわれおみりゃ、倧きにくせえや、じゃ、もうこっちのお糞坊のほうはご甚ずみでしょうから、道の぀いでに垰しおもようがすね」" } ]
[ { "role": "system", "content": "䞋蚘の曞き盎しを持続しお、现郚にこだわった文曞を䜜成しおください。" }, { "role": "user", "content": "「本圓に、をばさんの埡亭䞻は死んだのかい?」\n「本圓ですよ。同じ協和䌚の方ず、朝鮮で䞀緒にな぀お、私、ちやんず聞いたんですもの......。それも猟銃で自殺しちや぀たんですのよ」\n「ほう......」\n 話は耇雑なほど面癜いのだ。䞉杯目の焌酎にす぀かり脚をずられた富岡は、台の䞊にう぀ぷしおした぀た。\n\n四十八\n\n ゆき子は、秋になるたで、ず぀ず倧日向教の䌚蚈事務をず぀お暮した。倧日向教の内幕はお話にならぬほどの乱脈で、教䞻の専造は、金銭にかけおは守銭奎に近い方で、い぀も金の事になるず䌊庭ず激しい争ひを挔じた。ゆき子は、この二人の性栌をよく心埗おゐお、皋々に自分の貯ぞもくすねる事を忘れなか぀た。\n 専造も、䌊庭も、垞々口に出しお云ふ事は、人生すべお金であるず云ふ事だ぀た。倧日向教ではなく、倧金銭教だわねず、ゆき子は皮肉を云ふ時もある。す぀かり躯は恢埩しお、皮膚の艶もよくなり、芋違ぞるやうに若々しくな぀た。倧接しもが、専造のかくし女である劂く、ゆき子はたた䜕時ずはなく䌊庭ず昔のよりを戻しおゐた。䌊庭は、劻も子䟛も静岡の田舎に垰しおした぀お、いたでは、ゆき子の為に小さい家を教䌚の近くに買぀おや぀たりしおゐる。ゆき子は、䌊庭を少しも愛しおはゐなか぀た。むしろ、䌊庭を憎んでさぞゐた。小さな䞉間ばかりの家に信者のをばさんを眮き、ゆき子はそこに䞀人で䜏み、教䌚に通぀お行぀た。ゆき子は十䞇円ばかりの貯金を持぀おゐた。人生は金より頌るものはないず教ぞこたれお、ゆき子自身も、少しづ぀金銭のあ぀かひがうたくな぀おもゐた。信者はたすたすふえお来たし、いたでは、盞圓の勢力を持぀お、倧日向教は、町の名物になり぀ゝあ぀た。\n ゆき子は、時々、富岡の事を考ぞないわけではなか぀たが、富岡には、幟床手玙を出しおも梚の぀ぶおであ぀た。富岡ずは、どんなにしおも、再び昔の愛情に戻れる圓おはないず思ふに぀け、ゆき子は、珟圚の生掻が、自分にず぀おは、少しも救はれおゐない事を知るのである。䜕も䞍自由のない生掻でありながら、ゆき子は垞に飢ゑおゐる気持ちだ。\n 或る雚の倜、教䌚から戻぀お、ゆき子は黒い制服を袷に着替ぞお、茶の間で、信者のをばさんず食事をしおゐた。火鉢のそばに眮かれた倕刊に県をずめるず、蟲業雑誌の広告が県にずた぀た。\n「挆の話」ずしお、富岡兌吟の名前が出おゐる。ゆき子は、䜕時か、おせいの郚屋で、富岡から芋せられた蟲業雑誌を思ひ出しおゐた。すぐ、をばさんに頌んで、近所の本屋から、その雑誌を買はせおみた。\n 富岡の文章は玠人臭くはあ぀たが、刀りやすい文䜓であ぀た。二人だけで知぀おゐる安南の事がちらちらずゆき子の心を熱く燃えたゝせた。「挆の話」を読んでゐるうちに、いたにも走぀お逢ひに行きたか぀たが、おせいの亡霊に意地を匵぀おゐる自分ずしおは、自分の方から、いたごろにな぀お尋ねお行く気はしなか぀た。だが、この日頃の心の飢ゑかたは、どうしおも富岡に逢はなければ、どうにも救぀お貰ぞない気がしおゐる。ゆき子は思぀た。私は、あのひずの萜ちぶれを攻撃しすぎおゐたのだ。おせいがあのひずにず぀お、どんなに埗難い女であ぀たにしたずころで、私は、おせいには敗けおはゐられない。あのひずも厩れ、自分も亊厩れお行くのは、どうしおなのだらう......。二人ずも、求められない昔の倢を芋過ぎお、お互ひを厭になりあ぀おゐるのかも知れない。二人の䞭心が、おせいの問題だけであ぀たら、䜕も二人が、死ぬ芚悟たでした筈がないのだ。あの事件から二ヶ月あたりの月日がた぀おゐる。富岡は、おせいの亡霊から解攟されおゐる頃かも知れない。\n「ねえ、をばさん......。この名前はね、私の昔の恋人の名前なのよ」\n あずかたづけをしおゐたをばさんは、雑誌を手にず぀お、ゆき子の指差した目次を眺めた。をばさんは、おしげさんず云぀た。二人の息子を戊死させお、魚の行商をや぀おゐた。぀れあひには、歀の春亡くなられおゐた。あたり䞍幞ばかり続くので、倧日向教を信じるやうになり、口の固いずころを䌊庭に芋蟌たれおか、ゆき子の家の女䞭に、匕取られたのである。\n「これは、䜕の話ず読むンでございたすかねえ?」\n「挆の話よ。うるしず読むのよ。そのお盆や、お怀の、うるしの事だわ」\n「前の旊那は、挆の商売をしおおいでだ぀たンですか?」\n「さうぢやないのよ。蟲林省の官吏で、ずおも偉いひずなの......。戊争の時にね、私が、蟲林省のタむピストをしおる時、仏印ぞ私も軍属で行぀たンだけど、そこで、歀の人に䌚぀お、お互ひに奜きにな぀た人なのよ」\n ゆき子は、話しおゐるうちに、感傷的な気持ちになり、目頭が熱くな぀おゐた。\n「戊争が終぀お、蟛い思ひをしお、別々に内地ぞ戻぀お来たンだけど、どうしたンだか、南方ではずおも激しく奜きあ぀おゐた二人が、急に内地の颚にあた぀おからは、よそよそしくな぀おした぀お、そのひずず䞀床は、二人で死なうなンお、䌊銙保にたで死に堎所を求めお行぀たンだけどねえ......」\n おしげは、茶选台の䞊をゆ぀くり垃巟で拭きながら、ゆき子の話を聞いおゐおくれた。\n「䌊銙保で金に困぀ちや぀おね、そのひずが、飲み屋の埡亭䞻に、時蚈を買぀お貰぀たンだけど、魔がさしたンだわね。そこの现君ず劙な事にな぀おした぀たのよ。男぀お、心䞭に行぀おゐおも、そんな心の迷ひ぀おあるものかしら......。私はす぀かり、そのひずを信甚しおゐた気持ちが厩されおした぀たンだわ。――ねえ、それからの私は、もうやぶれかぶれで、どうにも、息が出来なか぀たンだわ。私、け぀しお䌊庭なンか奜きぢやない。誰だ぀お飢ゑおゐる時は、やぶれかぶれになるものだわ。心たで飢ゑお、狌のやうにな぀おしたふものなのよ。愛しあ぀おゐおも、お互ひが飢ゑおる時は、飢ゑたもの同士がきらひにな぀お来るンぢやないかしら......。平和な海を航海しおゆく船に乗぀おれば吐く事もないけど、嵐の日の船出は、どんなにいゝ思ひをしようた぀お、吐くぢやないの......あんなものだわね......。私はたた䌊庭のもずぞ戻぀お来たンですけど、いたは吐くものもないンだもの......。䌊庭は、私はきらひなひずだわ。私よりも悪い人間ね。私、随分悪くな぀たけど、私よりも悪い人なのよ、あのひずは......。教䞻も悪いひずだわね。をばさんなンかだたされおゐるンだわ......」\n「はい、それは私もよく刀぀おをりたす。それでも、私は、どうしおも倧日向さたを信じなければ、生きおはゐられないのでございたす。私は、教䞻さたや、䌊庭さたをお信じ申しおゐるのではございたせん。あの方たちの事は、倧した事はないのでございたすもの......」\n ゆき子は、おしげさんが、倧日向教は信じるが、教䞻や䌊庭を信じおはゐないず云぀た蚀葉に、ふ぀ず心を焌かれた。いたたで偉ぶ぀おゐた気持ちを、打ちのめされた気がした。\n「さうでございたすよ。私は、県にみえない倧日向さたをお信じしおゐるきりなンでございたす」\n「だ぀お、倧日向なンお神様は、䜕凊にもいら぀しやるわけぢやないでせう?」\n「いえね、私は或時、私の爪を眺めたしおね、どんなに、立掟な䟿利なものが発明されおも、自分の爪䞀぀だ぀お、これはなかなかあらたかなものだず思぀たンでございたすよ。原子爆匟よりも、自分の爪は怖ろしいものでございたす。぀くづくさう思぀たンですよ。これは、人間のなかに神様がお䜏みにな぀おるこ぀たず思ひたしおね。どんなにしおも、孊者さんは、人間の爪䞀぀だ぀お発明出来やアしたせん、えゝ出来たせんずも......。自然に、芪から、この爪は生れたものなのでございたしおね。神様がなければ、人間なンお生れやうがございたせんでせう......。人間は煩悩具足をそなぞおをりたすから、私は、どうしおも、䜕かを信じなくおは生きおは参れたせん。おゆきさたも、た぀すぐに、そのお奜きな方のずころぞお出でにな぀お、ようくお話を噛み砕いおごらんにな぀たら劂䜕なものでございたすかねえ......。男ずいふものは、迷信深くはありたせんから、なかなかやりにくい生きものでございたす。ようく女が話しおみたら、刀るのではありたせんかね。話をするず云ひたすのはね、䜕もお喋りをするのではなくお、男のそばにそ぀ず坐぀お、かば぀おやればよいのですよ......」\n ゆき子はくすくす笑ひ出した。初めお晎々ず笑ぞる気がした。\n\n四十九\n" }, { "role": "assistant", "content": "「挆の話」が、どうやら原皿料になり、富岡はそれでや぀ず露呜を぀ないだ。たた぀た郚屋代も少し入れお、あずは、や぀ず二ヶ月ばかりを、その金で暮す事が出来た。富岡はいたは孀独にも銎れ、蟲業雑誌ぞ以前から曞いおみようず思぀た、或る蟲林技垫の思ひ出ずい぀た仕事にもぜ぀ぜ぀手を染めおゐた。それは䞻ずしお、南方の林業に就いおのノスタルヂむを綎る心算であ぀た。色々ず仏印では、研究のノヌトも沢山あ぀たのだが、それは䜕䞀぀持぀お垰るわけにはゆかなか぀た。その圓時の蚘憶を蟿り、富岡は、もし、この䞀文がうたく曞けお、雑誌瀟でも出版しおくれるやうであ぀たならば、死んだ加野ぞ莈る぀もりであ぀た。そしおたた心ひそかに、仏印の土ず消えた人々ぞたむける、ひそかな願ひも心にはあ぀た。\n\n 安南人はあらゆる階玚を通じお、自然に察する信仰心が匷くお、自然瀟䌚的珟象を、すべお粟霊にこずよせお考ぞるずころがある。生前の生掻は、すべお霊魂の掻動に巊右され、䞔぀犍犏のすべおは粟霊の告瀺によるものだず云ふのが、安南人の信条でもあ぀た。\n 富岡は、ダラットに着いた日の林野局の事務所で、局長から加野に玹介されたが、加野が、卓䞊に小さな朚片を眮いおゐた蚘憶がよみがぞ぀お来た。\n「富岡さん、本圓の䌜矅の朚を埡芧にな぀た事がありたすか?」\n ず、その小さい朚片を、加野は富岡の錻のさきに持぀お来た。加野は、笑ひながら云぀たものだ。\n「私は戊地に来お、女の肌を知る事が出来ないので、銙朚の研究を始めおゐるンですがね、なかなか粋なもンでせう......」ず、云぀た。\n 富岡は、仏印に着いお、初めお、䌜矅の朚を芋せられた日の思ひ出から曞き出しおみたか぀た。日本で云ふ䌜矅の朚が䞭囜では沈銙ずいふのだず知぀たのも加野に教ぞられたからである。サむゎンの蟲林研究所に行぀た時に、怍物園に近いルり゜り街の、林業郚長の郚屋で、鰹節倧の立掟な䌜矅の朚を芋せられた事があ぀たが、仏蘭西語では、ボア・ド・゚ヌグルず云ふのだず、郚長のモヌラン氏に教ぞられた。䞭囜では、挢の歊垝の頃から䌜矅は甚ひられ、印床、゚ゞプト、アラビダでは叀くから䜿぀おゐたやうである。安南人の粟霊厇拝の奜䟋ずしおは、到る凊に、寺院があり、この䌜矅の朚がよく焚かれた。黄金の重さに等しい倀段だずいふ䌜矅の朚が、南郚安南に産し、そこの土地の䌜矅が、最優良品ず聞いお、富岡は、ゆき子を知぀た頃、小指の先ほどの䌜矅の朚片を圌女のベッドの枕の䞋に入れおや぀た思ひ出がある。安南の寺ぞ行぀お、寺僧に錻薬を利かせるず、小さい䌜矅の朚片を分けおくれた。富岡は安南人の宗教ず燻銙には、䜕か神秘的な関連があるやうに思ぞた。\n 原皿は二癟枚ばかりも曞き進んでゐた。曞き進んでゐるうちに、富岡は、ゆき子の事なぞは、仏印の土地々々には、䜕のかゝはりもない事を知぀た。むしろ、安南人の女䞭や子䟛の蚘憶の方が、な぀かしく心を掠めおくる。結局は、土地の持぀銙気のな぀かしさだけで、こんなに仏印の景色が、忘れられないのであらうかず思ぞた。\n このごろは枅吉を拘眮所に尋ねお行く事も少なくなり、歀の䞀ヶ月は足が向かなか぀た。富岡は次々に転じおゆく焊点が、䞀぀ずしお燃焌する事もなく、この巚きな瀟䌚の歯車の倖にこがれ萜ちおゆく、淡い火の粉のやうな自分を感じおゐた。囚人ずな぀た枅吉ず、囚はれおはゐない自分ずの差は、少しも違぀おはゐなか぀たし、むしろ、囚人こそは善人のこりかたたりで、瀟䌚に攟り出されおゐる自分達のやうなものこそ、本圓の囚人なのだず、富岡は、刑法の良心ずいふものが、ひそかにうたがはしくもな぀おきた。おせいを殺した䞋手人は自分でありながら、猟垫の犬ずな぀た枅吉が、囚はれお、あの男は、自分の生涯に極刑を遞ぶ、銬鹿な道をず぀おゐる。富岡は時々、枅吉の事を考ぞるず、自分の良心を持ちこたぞる事の出来ない焊らだたしさを感じおきおゐる。枅吉の犯眪は行動であ぀たが、自分の犯した事は行動ずは云ぞないものなのだらうかず考ぞる。\n 枅吉は案倖の事には、面䌚に行぀おも、い぀も晎々ずしおゐた。富岡は、枅吉を陰欝孀独な性栌だず匁護士が云぀おゐた蚀葉を、䜕だか信じがたい気持ちだ぀た。――考ぞたいずしおも、富岡は、仕事の最䞭にも、枅吉のにこにこしおゐた顔が県に浮ぶのである。猟垫の犬は囚はれおゐる。猟垫が逢ひに行くず、犬は平気な顔をしおゐる......。そんな様子に汲みずれお、富岡は枅吉に薄気味の悪いものを感じおゐた。加野がサむゎンの憲兵隊に囚はれた原因も、たた、この猟犬のたぐひであ぀た。加野は、いたはもはや冥府の人にな぀おした぀たけれども、生きお病床にある時も、富岡は䞀床も逢ひに行぀おはやらなか぀た。和解しないたたで、加野は淋しく死んで行぀た。\n ゆき子だけが、暪浜たで逢ひに行぀おゐる。ゆき子を傷぀けた加野は、ゆき子に詫びおゐたず聞いたが、富岡は、考ぞおみるず、自分の卑怯さには、䞀皮のかさぶたが出来おゐるやうなものだず感じた。\n 倜になるず、富岡は匷い酒が飲みたか぀た。䞀日、五六枚䜍の仕事の速床では、南方の林業も仲々金に倉る日は来ない。酒が飲みたくなるず、富岡はおせいの家具や衣類を売぀た。茶箪笥を売り、トランクを売り、おせいの衣類を売り尜しおゐた。あの県の矎しい小嚘のゐる飲み屋にも、䞃八回通぀お、嚘ずも口を利くやうにな぀おゐた。\n 二回ばかり、富岡のずころぞ、嚘は金を取りに来た事もある。――富岡は、仕事に退屈しお、今倜は久しぶりに颚呂ぞ行かうず、壁の手拭を取぀た。かすれたやうな、女の笑ひ声が壁の䞭に聞えた。䞀瞬の聯想で、ふ぀ず、その声がおせいの声にな぀た。䌊銙保の、倜の狭い石段を、おせいず手を぀ないで降りる時のあのふくらんだやうな笑ひ声である。富岡は壁にこも぀おゐる女の笑ひ声に耳をそばだおおゐたが、\n「をぢさん」ず云ふ声に扉の方をふりむくず、県の倧きい飲み屋の嚘が、二䞉冊の雑誌をかゝぞお、郚屋を芗きこんでゐた。\n「䜕だ、君か......」\n「䞀人?」\n「あゝ、䞀人だよ。䜕だい? 借金取りかい?」\n「遊びに来たのよ」\n「ほう......」\n 富岡は、倧胆な子䟛だず思぀た。嚘はすぐ郚屋に飛び蟌んで来お、手にさげおゐた汚い䞋駄をベッドの䞋ぞ入れた。䜕の怖れ気もなく、ベッドの裟に腰をかけお、意味もなく笑ひころげおゐる。あゝ、あの笑ひ声だ぀たのかず、富岡も、嚘ず䞊んでベッドに腰をかけた。肩ぞ手をかけお抱き寄せおやるず、嚘はあどけなく唇を開けお、䞋から富岡を芗き蟌んだ。じい぀ず芋おゐるず南方圢の顔であ぀た。仏印ぞ行くず、こんな顔が沢山あ぀たものだがず、嚘のあさぐろい顔を富岡はしみじみず眺めた。\n「あんたり、お父぀あんが叱るから、おどかしに、家を出お来ちや぀たのよ......」\n「君が悪い事ばかりするから、お父぀あんは心配しお叱るんだらう?」\n「神経衰匱なのよ。お母さんがお父぀あんず、別れ話をしおるから、毎日いらいらしおんだわ。私、歀の間も亀番で泊぀たのよ。ずおも、倜䞭の亀番぀お面癜いわねえ......」\n「䜕凊の亀番で泊぀たんだい?」\n「遠いずころよ。お巡りさん、ずおも優しくおいゝひずだ぀たわ」\n 富岡には、かうした嚘の心理が、少しも刀らなか぀た。\n\n五十\n\n 冬にな぀た。\n 富岡は、窮乏のなかで或る蟲林技垫の思ひ出を五癟枚近く曞きあげたが、これは倱敗であ぀た。出版界の䞍況で、いたがいた出版するわけにはゆかないず云はれお、富岡は倱望した。急な傟斜面に立぀おゐるやうな、いたにも転萜しお行く、安定のない生掻を、どうにも支ぞお行く事が出来なくなり、富岡は職業安定所ぞ行぀お芋たり、蟲林省時代の友人を尋ねおみたりした。\n そのどれもが、富岡には向かなか぀た。火の気のない、寒い郚屋に寝ながら、富岡は、時々ゆき子の事を考ぞないわけではなか぀たが、それは富岡自身を卑しくするに過ぎない。郚屋代は倏以来払ぞなか぀たので、远ひたおを食぀おゐたし、浊和から、老母が邊子の病気ず、窮乏をう぀たぞお、富岡の郚屋ぞ尋ねお来たりした。" } ]
[ { "role": "system", "content": "䞋蚘の曞き盎しを持続しお、现郚にこだわった文曞を䜜成しおください。" }, { "role": "user", "content": "わが導者答ふらく。圌等もペルシオも我もその他の倚くの者も、かのムヌれより最も倚く乳を吞ひしギリシア人ずずもに 䞀〇〇―䞀〇二\n無明の獄の第䞀の茪の䞭にあり、我等は我等の乳母等の垞にずゞたる山のこずをしばしばかたる 䞀〇䞉―䞀〇五\n゚りリピデ、アンティフォンテ、シモニヌデ、アガヌトネそのほかそのかみ桂暹をもお額を食れる倚くのギリシア人かしこに我等ず倶にあり 䞀〇六―䞀〇八\n汝が歌ぞる人々の䞭におは、アンティゎネ、デむフィレ、アルゞア及び昔の劂く悲しむむスメヌネあり 䞀〇九―䞀䞀䞀\nランゞアを瀺せる女あり、ティレゞアの女ずテヌティ、デむダヌミアずその姉効等あり。 䞀䞀二―䞀䞀四\n登りをはりお壁を離れしふたりの詩人は、ふたゝびあたりを芋るこずに心ひかれお今ずもに默し 䞀䞀五―䞀䞀䞃\n晝の四人の䟍婢ははやあずに殘されお、第五の䟍婢蜅のもずにその燃ゆる尖をばたえず䞊げゐたり 䞀䞀八―䞀二〇\nこのずきわが導者。思ふに我等は右の肩を瞁にむけ、山を𢌞るこず垞の劂くにせざるをえざらむ。 䞀二䞀―䞀二䞉\n習慣はかしこにおかく我等の導ずなれり、しかしおかの貎き魂の肯ぞるため我等いよいよ疑はずしお路に就けり 䞀二四―䞀二六\n圌等はさきに我ひずり埌よりゆけり、我は圌等のかたる蚀葉に耳を傟け、詩䜜に぀いおの教ぞをきくをえたりしかど 䞀二䞃―䞀二九\nこのうるはしき物語たゞちにやみぬ、そは我等路の䞭倮に、銙やはらかくしお良き果ある䞀本の朚を芋たればなり 䞀䞉〇―䞀䞉二\nあたかも暅の、枝たた枝ず高きに埞぀お现きが劂く、かの朚は思ふに人の登らざるためなるべし、䜎きに埞぀お现かりき 䞀䞉䞉―䞀䞉五\nわれらの路の塞がれる方におは、枅き氎高き岩より萜ちお葉の䞊にのみちらばれり 䞀䞉六―䞀䞉八\nふたりの詩人暹にちかづけるに、䞀の聲葉の䞭よりさけびおいふ。汝等はこの食物に事猺かむ。 䞀䞉九―䞀四䞀\n又曰ふ。マリアは己が口(今汝等のために物蚀ふ)の事よりも、婚筵のたふずくしお党からむこずをおもぞり 䞀四二―䞀四四\n昔のロヌマの女等はその飮料に氎を甚ゐ、たたダニ゚ルロは食物をいやしみお知識をえたり 䞀四五―䞀四䞃\n叀の代は黄金の劂く矎しかりき、饑ゑお橡を味よくし、枇きお小川を聖酒ずなす 䞀四八―䞀五〇\n蜜ず蝗蟲ずはかの掗犮者を曠野にやしなぞる糧なりき、是故に圌抮え、その倧いなるこず 䞀五䞀―䞀五䞉\n聖史の䞭にあらはるゝごずし。 䞀五四―䞀五六\n\n\n 第二十䞉曲\n\n我はあたかも小鳥を逐ひお空しく日を送る者の爲すごずくかの青葉に目をずめゐたれば 侀―侉\n父にたさる者いひけるは。子よ、いざ䟆れ、我等は定たれる時をわかちお善く甚ゐざるをえざればなり。 四―六\nわれ目ず歩を霊しく移しお聖達に埞ひ、その語るこずを聞き぀ゝ行けども疲れをおがえざりしに 䞃―九\n芋よ、歎ず歌ずきこえぬ、䞻よわが唇をず唱ふるさた喜びずずもに憂ひを生めり 䞀〇―䞀二\nあゝやさしき父よ、我にきこゆるものは䜕ぞや。我斯くいぞるに圌。こは魂なり、おそらくは行き぀ゝその負債の纈を解くならむ。 䞀䞉―䞀五\nたずぞば物思ふ異郷の族人、路にお知らざる人々に远及き、ふりむきおこれをみれども、その足をずゞめざるごずく 䞀六―䞀八\n信心深き魂の䞀矀、もだし぀ゝ、我等よりもはやく歩みお埌方より䟆り、過ぎ行かんずしお我等を目安れり 䞀九―二䞀\n圌等はいづれも県窪みお光なく、顏あをざめ、その皮骚の圢をあらはすほどに痩せゐたり 二二―二四\n思ふに饑ゑを恐るゝこずいず倧いなりしずきの゚リシトネずいふずもそのためにかく枯れお皮ばかりずはならざりしならむ 二五―二䞃\n我わが心の䞭にいふ。マリアその子を啄みしずきむ゚ルサレムを倱ぞる民を芋よ。 二八―䞉〇\n県窩は珠なき指茪に䌌たりき、OMOを人の顏に讀む者Mをさだかに認めしなるべし 侉侀―侉侉\n若しその由䟆を知らずば誰か信ぜん、果寊ず氎の銙、劇しき慟を生みお、かく力をあらはさんずは 䞉四―䞉六\n圌等の痩するず膚いたはしく荒るゝ原因未だ明かならざりしため、その䜕故にかく饑ゑしやを我今異しみゐたりしに 䞉䞃―䞉九\n芋よ、䞀の魂、頭の深處より目を我にむけお぀ら〳〵芖、かくお高くさけびお、こはわがためにいかなる恩惠ぞやずいふ 四〇―四二\n我䜕ぞ顏を芋お圌の誰なるを知るをえむ、されどその姿の毀おるものその聲にあらはれき 四䞉―四五\nこの火花はかの變れる貌にかゝはるわが凡おの蚘憶を燃やし、我はフォレヌれの顏をみずめぬ 四六―四八\n圌請ひおいふ。あゝ、也ける痂わが膚の色を奪ひ、たたわが肉乏しずも、汝これに心をずめず 四九―五䞀\n故に汝の身の䞊ず汝を導くかしこの二の魂の誰なるやを告げよ、我に物蚀ふを吊むなかれ。 五二―五四\n我答ぞお圌に曰ふ。死おさきに我に涙を流さしめし汝の顏は、かく變りお芋ゆるため、かの時に劣らぬ憂ひを今我に與ぞお泣かしむ 五五―五䞃\n然ば告げよ、われ神を指しお請ふ、汝等をかく枯らす物は䜕ぞや、わが異む間我に蚀はしむる勿れ、心に他の思ひ滿぀ればその人いふ事宜しきをえず。 五八―六〇\n圌我に。氞遠の思量によりお我等の埌方なるかの氎の䞭暹の䞭に力くだる、わがかく痩するもこれがためなり 六䞀―六䞉\n己が食慟に耜れるため泣き぀ゝ歌ふこの民はみな饑ゑ枇きおこゝにふたゝび己を枅くす 六四―六六\n果寊より、たた青葉にかゝる飛沫よりいづる銙氣は飮食の慟を我等の䞭に燃やすなり 六䞃―六九\nしかしお我等のこの處を𢌞りお苊しみを新たにするこずたゞ䞀床にずゞたらず――われ苊しみずいふ、たこずに慰ずいはざるべからず 䞃〇―䞃二\nそはクリストの己が血をもお我等を救ひたたぞる時、圌をしおよろこびお゚リずいはしめし願ひ我等を暹䞋に導けばなり。 䞃䞉―䞃五\n我圌に。フォレヌれよ、汝䞖を變ぞおたさる生呜をえしよりこの方いただ五幎の月日經ず 䞃六―䞃八\n若し我等を再び神に嫁がしむる善き憂ひの時到らざるたに、汝の眪を犯す力既に盡きたるならんには 䞃九―八䞀\n汝いかでかこゝに䟆れる、我は汝を䞋なる麓、時の時を補ふずころに今も芋るならんずおもぞるなりき。 八二―八四\n是に斌おか圌我に。わがネルラそのあふるゝ涙をもお我をみちびき、苛責の甘き茵蔯を飮たしむ 八五―八䞃\n圌心をこめし祈祷ず歎息をもお、かの魂の埅぀處なる山の腰より我を匕きたた我を他の諞〻の圓より救ぞり 八八―九〇\nわが寡婊わが深く愛せし者はその善行の類少なきによりおいよ〳〵神にめでよろこばる 九䞀―九䞉\nそは婊人の愌に斌おは、サヌルディニアのバルバゞアさぞ、わがかの女を殘しお去りしバルバゞアよりはるかに䞊にあればなり 九四―九六\nあゝな぀かしき兄匟よ、我汝に䜕を告げんや、今を昔ずなさざる未䟆すでにわが前にあらはる 九䞃―九九\nこの時到らば教壇に立぀人、面皮厚きフィレンツェの女等の、乳房ず腰を露はし぀ゝ倖に出るをいたしむべし 䞀〇〇―䞀〇二\nいかなる未開の女いかなるサラチヌノの女なりずお、靈たたは他の懲戒なきため身を被はずしお出でし䟋あらんや 䞀〇䞉―䞀〇五\nされどかの恥知らぬ女等、若し𢌞蜉早き倩が圌等の爲に備ふるものをさだかに知らば、今既に口をひらきおをめくなるべし 䞀〇六―䞀〇八\nそはわが先芋に誀りなくば、今子守歌を聞きおしづかに眠る者の頬に鬚生ひぬたに圌等悲しむべければなり 䞀〇九―䞀䞀䞀\nあゝ兄匟よ、今は汝の身の䞊を我にかくすこずなかれ、芋よ我のみかは、これらの者皆汝が日を芆ふずころを凝芖む。 䞀䞀二―䞀䞀四" }, { "role": "assistant", "content": "我即ち圌に。汝若し汝の我ず我の汝ずいかに䞖をおくれるやをおもひいでなば、その蚘憶は今も汝をくるしめむ 䞀䞀五―䞀䞀䞃\nわが前にゆく者我にかゝる生を棄おしむ、こは埀日これの――かくいひお日をさし瀺せり――姉効の圓く珟はれし時の事なり 䞀䞀八―䞀二〇\n圌我を圌に埞ひおゆくこの眞の肉ずずもに導いお闌けし倜を過ぎ、たこずの死者をはなれたり 䞀二䞀―䞀二䞉\n我圌に勵たされおかしこをいで、汝等䞖の爲に歪める者を盎くするこの山を登り぀぀たた𢌞り぀ゝこゝに䟆れり 䞀二四―䞀二六\n圌はベアトリヌチェのあるずころにわがいたらん時たで我をずもなはむずいふ、かしこにいたらば我ひずり殘らざるをえず 䞀二䞃―䞀二九\nかく我にいふはこの者即ちノィルゞリオなり(我圌を指ざせり)、たたこれなるは汝等の王國を去る魂なり、この地今 䞀䞉〇―䞀䞉二\nその隅々たでもゆるげるは圌のためなりき。\n\n\n 第二十四曲\n\n蚀歩を、歩蚀をおそくせず、我等は語り぀ゝあたかも順颚に远はるゝ船のごずく疟く行けり 侀―侉\n再び死にし者に䌌たる魂等はわが生くるを知り、我を芋お驚愕を目の坎より吐けり 四―六\n我續いおかたりおいふ。圌若し䌎䟶のためならずは、おそらくはなほ速かに登らむ 䞃―九\nされど知らば我に告げよ、ピッカルダはいづこにありや、たた告げよ、かく我を芖る民の䞭に心をずむべき者ありや。 䞀〇―䞀二\nわが姉効(その矎その善いづれたされりや我知らず)は既に高きオリムポによろこびお勝利の冠をうく。 䞀䞉―䞀五\n圌たづ斯くいひお埌。我等の姿斷食のためにかく搟り取らるゝがゆゑに、こゝにおは我等誰が名をも告ぐるをう 䞀六―䞀八\n歀は――指ざし぀ゝ――ボナゞナンタ、ルッカのボナゞナンタなり、たたその先のきはだちお憔悎し顏は 䞀九―二䞀\nか぀お聖なる寺院を抱けり、圌はトル゜の者なりき、いた斷食によりおボルセヌナの鰻ずノェルナッチダを淚む。 二二―二四\nその他倚くの者の名を圌䞀々我に告ぐるに、圌等皆名をいはるゝを厭はじずみえ、その䞀者だに憂き状をなすはあらざりき 二五―二䞃\n我はりバルディヌン・デラ・ピヌラず、杖にお倚くの民を牧せしボニファヌチョずが、饑ゑの爲に空しくその霒を動かすを芋たり 二八―䞉〇\n我はメッセル・マルケヌれを芋たり、この者フォルリにありし頃はかく劇しき枇なく䞔぀飮むに䟿宜倚かりしかどなほ飜く事を知らざりき 侉侀―侉侉\nされど恰も芋おその䞭よりひずりを擇ぶ人の劂く我はルッカの者をえらびぬ、圌我の事を知るを最垌ふさたなりければ 䞉四―䞉六\n圌はさゝやけり、我は圌がかく圌等を痩せしむる正矩の苊痛を感ずるずころにおれントゥッカずいふを聞きし劂くなりき 䞉䞃―䞉九\n我曰ふ。あゝかく深く我ず語るを望むに䌌たる魂よ、請ふ汝のいぞるこずを我にさずらせ、汝の蚀葉をもお汝ず我の願ひを滿たせよ。 四〇―四二\n圌曰ふ。女生れおいただ銖垕を被かず、この者わが邑を、人いかに誹るずも、汝の心に適はせむ 四䞉―四五\n汝この豫蚀を忘るゝなかれ、もしわが䜎語汝の誀解を招けるならば、この埌たこずの事汝にこれをずきあかすべし 四六―四八\nされど告げよ、かの新しき詩を起し、戀を知る淑女等ずそのはじめにいぞる者是即ち汝なりや。 四九―五䞀\n我圌に。愛我を動かせば我これに意を留めおそのわが衷に口授するごずくうたひいづ。 五二―五四\n圌曰ふ。あゝ兄匟よ、我今かの公の證人ずグむットネず我ずをわが聞く麗はしき新しき調のこなたに぀なぐ節をみる 五五―五䞃\n我よく汝等の筆が口授者にちかく附隚ひお進むをみる、われらの筆にはげにこの事あらざりき 五八―六〇\nたたなほ遠く先を芋んず぀ずむる者も圌ず歀ずの調の區別をこの倖にはみじ。かくいひお心足れるごずく默しぬ 六䞀―六䞉\nニヌロの邊に冬籠る鳥、空に矀り集ひお埌、なほも速かに飛ばんため達り行くこずあるごずく 六四―六六\nその痩するず願ひあるによりお身茕きかしこの民は、みな銖をめぐらし぀ゝふたゝびその歩履をはやめぬ 六䞃―六九\nたた走りお疲れたる人その䟶におくれ、ひずり歩みお腰の喘のしづたる時を埅぀ごずく 䞃〇―䞃二\nフォレヌれは聖なる矀をさきにゆかしめ、我ずずもにあずより䟆りおいひけるは。我の再び汝に會ふをうるは䜕時ぞや。 䞃䞉―䞃五\n我圌に答ふらく。い぀たで生くるや我知らず、されどわが歞るこず早しずも、我わが願ひの䞭に、それよりはやくこの岞に到らむ 䞃六―䞃八\nそはわが郷土ずなりたる處は、日に日に自ら善を倱ひ、そのいたたしく荒るゝこずはや定たれりずみゆればなり。 䞃九―八䞀\n圌曰ふ。いざ行け、我芋るに、この犍ひに關はりお眪の最も倧いなるもの、䞀の獞の尟の䞋にお曳かれ、眪赊さるゝ䟋なき溪にむかふ 八二―八四\n獞はたえずはやさを増し぀ゝ䞀足毎にずくすゝみ、遂に圌を螏み碎きおその恥づべき躯を棄぀ 八五―八䞃\nこれらの茪未だ長く𢌞らざるたに(かくいひお目を倩にむく)、わが蚀のなほよく説明す胜はざるもの汝に明なるにいたらむ 八八―九〇\nいざ汝あずに殘れ、この王國におは時いず尊し、汝ず斯く盞䞊びおゆかば、わが倱ふずころ倚きに過ぎむ。 九䞀―九䞉\nたずぞば先登の譜をえんずお、銬䞊の矀の䞭より䞀人の階士、銳せ出づるこずあるごずく 九四―九六\n圌足をはやめお我等を離れ、我は䞖の倧いなる軍垥なりし二者ずずもに路に殘れり 九䞃―九九\n圌既に我等の前を去るこず遠く、わが目の圌に䌎ふさた、わが心の圌の詞にずもなふごずくなりしずき 䞀〇〇―䞀〇二\nいた䞀本の暹の、果饒にしお盛なる枝我にあらはる、たた我この時はじめおかなたにめぐれるなればその處甚だ遠からざりき 䞀〇䞉―䞀〇五\n我芋しに民その䞋にお手を䌞べ぀ゝ葉にむかひお䜕事をかよばはりゐたり、眪なき嬰兒物を求めお 䞀〇六―\n乞ぞども乞はるゝ人答ぞず、かぞ぀お願ひを増さしめんためその乞ふ物をかくさずしお高く擡ぐるもこの類なるべし ―侀侀侀\nかくお圌等はあたかも迷ひ芺めしごずく去り、我等はかく倚くの請ず涙を卻くる巚暹のもずにたゞちにいたれり 䞀䞀二―䞀䞀四\n汝等過ぎゆきお近づくなかれ、゚ヌノァのくらぞる朚この䞊にあり、これはもずかの暹よりいづ。 䞀䞀五―䞀䞀䞃\n誰ならむ小枝の間よりかくいふ者ありければ、ノィルゞリオずスタヌツィオず我ずは互ひに近く身を寄せ぀ゝ聳ゆる岞の邊を行けり 䞀䞀八―䞀二〇\nかの者たたいふ。雲間に生れし詛の子等即ち飜いおその二重の腰をもおテれオず爭ぞる者を憶ぞ 䞀二䞀―䞀二䞉\nたた貪り飮みしため、マディアンにむかひお山を䞋れるれデオンがその䟶ずなさざりし垌䌯䟆人を憶ぞ。 䞀二四―䞀二六\nかく我等は二の瞁の䞀を傳ひお、幞なき報のずもなぞる倚食の眪の事をきゝ぀ゝこゝを過ぎ 䞀二䞃―䞀二九\n埌身を寛にしおさびしき路を行き、いづれも蚀葉なく思ひに沈みお裕に千逘の歩履をはこべり 䞀䞉〇―䞀䞉二\n汝等䜕ぞたゞみたり行き぀ゝかく物を思ふや。ふず斯くいぞる聲ありき、是に斌おか我は恰もおぢおそるゝ獞の劂く顫ひ 䞀䞉䞉―䞀䞉五\nその誰なるやを芋んずお銖を擧ぐればひずりの者みゆ、爐の䞭なる玻璃たたは金屬ずいふずも斯く光り 䞀䞉六―\nかく赀くみゆるはあらじ、圌曰ふ。汝等登らんこずをねがはばこゝより折れよ、埀いお平和をえんずする者みなこなたにむかふ。 ―䞀四䞀\n圌の姿わが目の力を奪ぞるため、我は身をめぐらしお、あたかも耳に導かるゝ人の劂く、わがふたりの垫の埌にいたれり 䞀四二―䞀四四\n曉告ぐる五月の茕颚ゆたかに草ず花ずを含み、動きお䜳き銙を攟぀ごずくに 䞀四五―䞀四䞃\nうるはしき颚わが額の正䞭にあたれり、我は神饌の匂ひを我に知らしめし矜の動くをさだかにしれり 䞀四八―䞀五〇\nたた聲ありおいふ。倧いなる恩惠に照され、味の愛飜くなき慟を胞に燃やさず垞に宜しきに埞ひお饑うる者は犏なり。 䞀五䞀―䞀五䞉" } ]
[ { "role": "system", "content": "䞋蚘の曞き盎しを進めお、掗緎された文曞を䜜成しおください。" }, { "role": "user", "content": "「野薔薇が咲いおる。――あれは秋になるず南倩の実のやうな赀い実が果぀おかはいらしいもんですよ。」\n 平生はだれも人が這入らないものず芋えお、草が随分高く延びおゐる。\n「こゝは䞀䜓ずなりの地面にな぀おゐるのかな。」ず青朚さんは蚀はれる。\n すぐそちらには、䞉尺ばかりの幅を眮いお、ずなりの家の物眮の黒い板塀の背䞭が芋えおゐお、その䞋に、癜く雚ざらしにな぀た倧きな貝殻が二぀䞉぀、土の䞭に芗いおゐる。そこぞはあちらの草原から぀づいお這入れるやうにな぀おゐるのださうである。草の䞭に蕗が沢山に生えおゐる。\n「あなた、お召しものぞ沢山泥坊草が喰぀附いお居りたすよ。」\n「頭も蜘蛛の巣だらけだ。もう出よう。――赀いのも少し取らうかな、これがあちらから芋えたものだから這入぀お芋たんだけど。」\n 青朚さんはしたひに䞀人蚀のやうにかう仰぀お、桑の枝をたわめお、少しばかり赀いのをお取りになる。ひずりでに生えお倧きくな぀たらしい䞀本の桑の朚が、こちらの生垣の䞭から芗いおゐるのであ぀た。\n おくみはい぀しか垣の根ぞこゞんで、土の䞊に眮いた笊の実の䞭に、青朚さんが草の䞊ぞお眮きにな぀たか、朜ちた现い芝草のごみが亀぀おゐるのを取぀おゐた。指の先が薄い玫色の汁に染぀た。おくみは桑の実ずいふものを久しぶりで芋るやうな気がした。\n 狭いずころをざわ〳〵ず草を螏んで出お行かれた青朚さんは、やがおおくみが笊なりにその実を掗぀お、抌入から癜い西掋皿を出しお入れおゐるずころぞ、衚から廻぀お垰぀おお出でにな぀た。\n「おくみさん、それを二階ぞ持぀お぀お二人で食べようか。」ず青朚さんは氎口ぞ芗いお、真顔で、子䟛のずきに蚀ふやうな事を仰る。\n「只今すぐにでございたすか?」ずおくみは埮笑みながら、皿のふちの濡れおゐるのを垃巟で拭いた。\n「䞀寞甘いもんだよ。」ず仰り぀ゝ、そこから䞊ぞお䞊りにな぀お、おくみの手にある皿から摘んでお食べになる。\n\n十䞉\n\n おくみは牛肉屋が挜肉を持぀お来たのを戞棚ぞした぀お眮いお、やがおその桑の実の西掋皿ぞ匙を぀けおお盆ぞ茉せお、二階ぞ持぀お䞊぀た。\n 青朚さんは机をちが぀た方ぞお据ゑにな぀お、黒ず赀ずで瞫取りをした垃をかけた䞊ぞ、その半分ばかりの癜い倧理石の板を眮いお、その䞊にいろんな焌物を䞊べたのをこちらから芋入぀おゐられた。\n「こんな颚をしおたゐりたしお。」ず、おくみは気が぀いお、襷をはづしお持぀おゐる手で前垂を取぀お、お盆をそこぞ出した。\n「すみたせんが玅茶を入れお来おくれたせんか。おくみさんのも。――もう倕方たで甚事がないんでせう?」ずお聞きになる。\n「では少しこゝでお話しなさいよ。」ず䞀人ではせいがないやうに仰る。\n おくみは䞋ぞ行぀お瓊斯を぀けお鉄瓶をかけお眮いお、裏の茣蓙を片づけお、匵り物なぞをこちらぞ持぀お垰぀た。\n 湯が湧くのを埅぀お玅茶を入れようずしたが、䜕だか、ゐずたひも取り乱しおゐるし、この間から着おゐる着物がもう塩たれかけおゐるので、二階ぞ行぀お坐るためにも、序に他のず着換ぞたくな぀た。\n 行李から、こなひだ平河さんぞ着お行぀たずきのネルの着物を出しお着る。もう前からこれを䞋さうず思぀おゐたのであ぀た。それぞ垯をその儘結んで、湯殿のずころの鏡に埌の恰奜を写した。\n「す぀かり着物を着換ぞお改た぀お来たんですね。」ず桑の実を食べお埅぀お入ら぀した青朚さんは、おくみの姿を芋おからお蚀ひになる。\n「あんたり気持が悪うございたしたから。」ず、おくみは顔を赀めながら坐぀た。\n「おや、䞀぀だけしか拵ぞお来なか぀たんですか。」\n「私はこれを戎きたすから沢山でございたす。」\n 青朚さんが玅茶を召し食るのず共に、おくみは桑の実を䞀぀二぀匙で取぀お戎いた。\n「さう甘いずいふ皋のものではないけれど、野生のものを取぀お来おかうしお話しながら食べるのは䜕だかいゝね。」ず、青朚さんもお食りになる。\n「久しぶりのやうで珍らしうございたすわ。」\n おくみはハンケチを出しお指先を拭いた。ちやんず着物を着換ぞた昌の心持にさそはれお、う぀すらず目立たぬ皋癜粉を぀けお来たのが、気はづかしいやうでもあ぀た。\n「甘いですか。」\n「えゝ、甘しうございたすわ。私は小さい時分に継母ず芝のはづれの方に居りたしたずきに、近所にお瀟か䜕かがありたしお、そこの埌のずころで二䞉人でこれを探しお食べたのをかすかに芚えお居りたす。――さう蚀ぞば坊ちやんが早く垰぀お入ら぀しやいたすず、みんなで䞀所に食べたすのに。」\n「䜕、ずき『〵ゐないでくれおもいゝよ。子䟛ずいふものは絶えずがさ〳〵動き廻぀おぢ぀ずしおゐないから、こちらの気が萜附かなくお。」ず仰る。\n「よく子䟛のずきには、これを食べるず埌で舌の芋せ぀こなんかしたものだがな。――舌が黒くなるでせう?」ず、青朚さんは話をもずぞかぞしお、のんびりした心持のやうに足をお延ばしにな぀お、玅茶を喫んでおしたひになる。\n「もう䞀぀いかゞでございたす。」\n「今床は砂糖を入れないで山矊乳ばかり飲んで芋ようかな。乳だけの方が朚の実を食べるのによくう぀るやうだね。自分が搟る乳だし。」\n「ただ今日はあの壺ぞ半分ぐらゐ残぀お居りたす。」\n おくみは䞋りお乳の入れものを持぀お来た。\n 青朚さんは、長た぀おゐられお、おくみがそれを泚いで䞊げるのに目を止めながら、おくみさんはこゝぞ来おから少し痩せやしないかず蚀぀お䞋さる。\n「でもこちらぞ䞊りたしおからはす぀かりのんきにしおゐさせお戎きたすから肥るはずでございたすけど。――私はもずからこんなに肉附きがないのでございたす。」ず、おくみは䞋目にな぀お襟のあたりを掻き合はせながら、極り悪さうに坐぀おゐた。\n「だ぀お䞀人ぢやずゐぶん忙しいでせう?」\n「そんな事は私は䜕でもございたせんけど、すべおがお気に召さない事ばかりでございたせうず思ひたしお。」\n「そんなどころぢやない。あなたが䞀人で䜕でもしなけれやならないんだから、ずき『〵すたないやうな気がするんだ。」\n「いゝえ――私が䜕でも勝手な事ばかりしお居りたすのですから䞀寞も気苊劎がないのでございたすもの。华぀お䞀人の方がしようございたすわ。」\n「さういふものですかね。」\n「どうしおも女はほかに色んな方が入ら぀しやいたすず、拙らない事にたで気を䜿ひたすものですから。」ず、おくみはひすゐの這入぀た现い金の指茪を嵌めた手に、鬢の埌れ毛を掻き䞊げながら、぀ゝたしくかう蚀぀た。\n「もう食べないんですか。」ず、䜕をか考ぞたやうにしおゐられた青朚さんは、しばらくしおかう仰りながら乳を飲んでおしたひになる。\n「私はもう沢山戎きたした。あずは坊ちやんに取぀ずいおお䞊げ申したせう。」\n「うんう、赀いのを食べたら酢぀ぱか぀た。」\n「䜕かぞお出しなさいたすか?」ずおくみは袂の䞭を探らうずした。\n「沢山です。あずから甘いのを食べれば同じだもの。」ず笑ひながら仰る。\n「子䟛芋たいだね。」\n「えゝ。」ずおくみも埮笑んだ。\n 青朚さんは䜕をか蚀はうずしおお止しにな぀たやうに、巻煙草に火をお移しにな぀たが、\n「おくみさんはず぀ずこの儘私の家にゐおくれないかなあ。」ず、やがお思ひ出したやうにかうお蚀ひになる。さ぀きからそれが蚀ひたか぀たやうな埡容子に芋えた。\n「ね、お嫁に行くたでこゝにゐお䞋さいよ。」ず、灰皿ぞ灰を萜しお、遠慮らしく軜くさう仰る。\n「そんな事はい぀でございたすか。」ず、おくみは、さう蚀はれお䜕だか暗に寂しいやうな気分を芋぀ゝ、ハンケチを口もずぞ圓おお、はづかしさうに䞋目にな぀た。\n「平河さんのおかみさんに、私がさう蚀぀おるがどうしたらいゝだらう぀お盞談しお芋るずいゝ。――でもおくみさんに倖に考ぞがあれば仕方がないけど。」\n「私も別にどこぞず蚀぀おたゐる凊もございたせんし......」ず、おくみは指先に目もずを集めおこれだけ蚀ひかけたが、あずは埗蚀はないで顔を赀らめおゐた。い぀そさうしお戎けば自分も出来るだけ働いお行くけれど、平河さんでどうお蚀ひになるか、䜕だか自分からはおかみさんに蚀ふのが倉だしず思぀お芋る。" }, { "role": "assistant", "content": "「私はおくみさんが来おくれおから、すべおに䞍平ずいふものが䞀寞もなくお、のんびりした気分にな぀お来たしたよ。䜕だか暗いずころから日向の䞭ぞ出たやうに。――そんなだから、この間から䜕か愉快にものが画けさうな気がしお考ぞおるんです。明日からあの机の䞊のものをや぀お芋ようかず思぀おるんだけど。――いろんな焌物が䞊べおあるでせう? あの埌ぞこれから䜕か面癜い垃を吊しお背景にしお、それからあの花揷ぞは他のいゝ花を䜕か揷す積りですがね。」\n 青朚さんはかう蚀぀お、暪にな぀おゐられる肩を起しお、あちらの机の䞊のものの䜍眮を考ぞおお出でになる。\n「坐぀おゐお透かしお芋るず、あの倧理石ぞ花揷の青い蔭なぞが写぀おるでせう?」\n「えゝ、う぀すら写぀お居りたすね。」ず、おくみは片手を぀いおしばらくそれを芋入぀た。\n「垰぀お来たな。久男が倧きな声ででたらめの歌を謡぀おるよ。」\n「ほゝゝあれは坊ちやんでございたせうか。」ず蚀ひ぀ゝ、おくみはもう倧分日も䜎くな぀たのに気づきながら、向ひの家の屋根に半分さした、赀ばんだ日圱の色に目をずめた。\n\n十四\n\n その翌日、青朚さんは終日二階からお䞋りにならないで画をかいおお出でにな぀た。お午にも、山矊に飌ひ料をやりに䞋りお入ら぀した序に、たゞコップで乳を召し䞊぀たきりで、物を噛むのが面倒だずお蚀ひにな぀お、埡飯もお䞊りにならないで、たた䞊ぞ䞊぀おお了ひにな぀た。\n 䞉時頃におくみは、青朚さんがお腹がすきはしないだらうかず思぀お気にな぀たので、しづかに梯子段を䞊぀お行くず、青朚さんは襖のこちらにお坐りにな぀お、片手に画具の板ず、片手に画筆をお持ちにな぀たなりに、ぢ぀ずそちらの画を芋入぀おお出でにな぀た。\n おくみが遠慮しお梯子段の䞊に立぀た儘、䜕か召し䞊らないでもおすみになるのでございたすかず聞くず、\n「いゝや、䜕にも、ぢきあずで䞋りるから。」ずお蚀ひにな぀たばかりで、目をお攟しにならないで考ぞ入぀おお出でになる。おくみは邪魔にな぀おは悪いず思぀たのでそれきりで䞋りお来た。どんな画が出来かけおゐるのか、こちらからは芋えなか぀た。\n おくみは坊ちやんが、そちこちお歩きにな぀たりするのにも気を䜿぀お、窃぀ずこちらぞ䌎れお来るやうにしおゐた。\n 掗吉さんは、家にばかりお出でにな぀おは気が぀たるず芋えお、䜕か曞きぬいたノヌトを持぀お裏手の草原の方ぞお出たしにな぀お、朚の䞋なぞを歩きながら、諳蚘物か䜕かをしおゐられた。\n 坊ちやんが生垣ぞ芗いお、\n「叔父さあん〳〵。」ず、甚もないのにお呌びになるのを、おくみは、\n「もう黙぀お入ら぀しやいたしよ。叔父さんは勉匷しお入ら぀しやるのでございたすからね。こゝぞ来お埡芧なさいたし。あの栗の朚にあんな倧きな黒い虫がゐるでせう? あずであれを取぀お糞で車を匕かせたせうか知ら。板でも䜕でも䞊手に匕くんですよ。」ず、こんな事を蚀ひながら、そこらの土の䞊を掃いた。\n やがお青朚さんは、\n「おくみさん、さ぀きは倱瀌。画を芋せようか。」ず、おくみが茶の間でマッチ凜ぞ糞を぀けお、虫に匕かせる荷車を拵ぞおゐるずころぞ䞋りおお出でにな぀た。\n「もうお出来になりたしたのでございたすか?」ず、おくみは自分のものが出来でもしたやうにかう蚀぀た。\n 坊ちやんも、癜糞で぀ないだ固い角のある黒い虫の荷銬を持぀お、埌から䞊぀おお出でにな぀た。\n もう画がちやんず出来おゐた。壺を䞀぀だけにしお、小さい画にしたず仰぀お、昚日の倧理石ぞ䞀寞した壺を茉せお、庭の赀ず癜ずのハむダシンスを盛぀お揷したのを、二尺に䞀尺䜍の倧きさの垃ぞ写生しおゐられた。埌には、色のぱ぀ずした、赀やもえぎや玫の五色に染め別けた、だんだらの綺麗な倧幅な絹の垃が、柔かい垂れ襞を芋せおふうはりず吊るされおゐた。\n 画には、倧理石の衚にその色絹やハむダシンスや青磁色の壺が斜ひに぀や〳〵しお最んで写぀おゐた。\n「たあ綺麗にお出来になりたしたこず。」\n おくみは、自分たちの目で芋たばかりでは、さたで意味があるやうに思ぞぬ原物が、画になるず、同じものでありながら、䜕だかもずのものに比べおこんなに匕き぀けられるやうなし぀ずりした色にな぀おゐるのを芋くらべながら、それが画の力ずいふものなのかずいふやうな事を、䜕にも解らぬ心に考ぞながら、䞡手を぀いおぢ぀ず画面を芋぀めおゐた。\n「どうです。気に入りたしたか。」ず、青朚さんも自分の画の前ぞ入ら぀しお、おくみの巊手ぞ立぀おお出でになる。\n「私なぞには解りたせんけど奜きでございたすわ。」\n「その垃の色なぞが?」\n「えゝ。――垃もでございたすが、画のす぀かりが。――䞋の倧理石ぞ写぀おゐるのが䜕ずも蚀ぞたせんでございたすね。」\n「うん。」ず蚀぀お、芋おお出でになる。おくみは本圓にさう思぀た儘を蚀぀たのであ぀た。青朚さんがお画きにな぀たのだず思ふから䜙蚈にいゝず思ふのかも知れないけれど、倧局よくお出来にな぀たやうに思はれた。\n「䜕でございたすか、この写぀お居りたすずころを芗くず、こちらの顔たで写りさうでございたすのね。」ず、おくみは黒い目を䞊げお青朚さんのお顔を芋䞊げながら蚀぀た。\n「さうですね、」ず、青朚さんはおくみの偎にお螞みにな぀たが、\n「ぢ぀ずこの画を芋おゐるずどんな気がしたす?」ず、煙草を取぀お火をお぀けにな぀お、おくみの方ぞ迷うお行かうずする煙りを口でわきぞお吹きになる。\n「――解りたせんわ。」ずおくみは、自分の感じる心持をどうにも纏めお埗う蚀はないので、困぀たやうに極り悪くかう蚀぀た。\n「これを芋おゐるず気分が浮き〳〵するやうに愉快になりたすか?」\n 青朚さんは埮笑みながら砕いお聞き盎しお䞋さる。\n「私の気のせゐでございたすか、よく芋お居りたす䞭に、䜕だか寂しいやうな気にな぀おたゐりたすけど......」\n おくみはためらひながら正盎に蚀぀た。\n「さうでせう? あんなに華やかな色ばかりで画いおあ぀おも、党䜓の気分には、䞁床倧理石そのものの沢のやうな寂しい心持が底を流れおゐるでせう? 浞み出るやうだず蚀぀おもいゝかな。――これは私の傑䜜かも知れない。――ふいずかういふものが出来た。」\n「お目出たうございたす。」ず、おくみは自分たでが䜕ものかを埗たやうにかう蚀぀た。\n ず、\n「奜きならおくみさんに䞊げようか。」ず真面目にな぀お仰る。\n「これをでございたすか。」ず、おくみはそれでも埡冗談だずいふやうにかう蚀ふず、\n「それぢや、これから銀座ぞ行぀おいゝ額瞁を買぀お来お、おくみさんの郚屋ぞかけお䞊げようね。――おくみさんの郚屋ず蚀぀た぀お別にないんだけど、ぢやあの四畳か。あそこにあなたの荷物が眮いおあるんでせう?」ず仰る。\n おくみは䜕ず蚀ぞばいゝのか困惑し぀ゝ、\n「だ぀お私なぞにかういふものを......それよりか倧事にした぀おお眮きなさいたしよ。」ず、もぢ〳〵しおゐた。\n「お瀌に䞊げるんだからいゝよ。」\n「ほゝゝ、䜕のお瀌でございたせう。」\n「この画の寂しいずころを解぀おくれたのず、私の画が䞀぀出来たのを悊んでくれたから。」ず仰る。\n「画がどこずなく寂しいのは、私がい぀も寂しいからなんだ。おくみさんにはそれがい぀も解぀おゐおくれるやうな気がしお感謝したくな぀たんさ。」ず、青朚さんは぀ずめお笑ひながら仰る。\n おくみは黙぀お䞋目にな぀おゐた。\n「䜕、冗談ですよ。――たゞ䞊げたいから䞊げるんだから貰぀おおきなさい。私は自分の画いたものはやたらに人にくれたいのだから。」\n おくみは、\n「難有うございたす。」ず口の䞭で蚀ひながら、改た぀おお蟞儀をした。\n「ふゝゝそんなに真面目にならなくおもいゝや。」\n さう蚀はれおおくみは䜕か蚀はうずしお埮笑みながら、蚳もなく涙ぐたれるやうな目を䞊げた。なぜだか、ひずりでにさうしたしみ『〵した心持にな぀お来た。\n 坊ちやんは、虫の糞を持぀お這はせながら、二人の顔を芋くらべおお出でになる。\n「坊や、䞋ぞ行぀お二人で山矊に逌をくれようか、ね。」ず青朚さんはおくみの目もずを芋ないやうにしお䞋さるやうに、坊ちやんにさう仰る。\n「坊ちやん、はい、぀おお返事をなさいたしな。」ずおくみは涙になりさうな心持を隠しながらかう蚀぀た。" } ]
[ { "role": "system", "content": "䞋蚘の曞き盎しを持続しお、现郚にこだわった文曞を䜜成しおください。" }, { "role": "user", "content": " 侀\n\n 日枅戊争の終った幎ずいうず、かなり遠い昔になる。もちろん私のただ若い時の話である。倏の日の午埌、五、六人づれで向島ぞ遊びに行った。そのころ千䜏の倧橋ぎわにいい川魚料理の店があるずいうので、倕飯をそこで食うこずにしお、日の暮れる頃に千䜏ぞ廻った。\n 広くはないが叀雅な構えで、私たちは䞭二階の六畳の座敷ぞ通されお、涌しい颚に吹かれながら膳にむかった。わたしは䞋戞であるのでラムネを飲んだ。ほかにはビヌルを飲む人もあり、日本酒を飲む人もあった。そのなかで梶田ずいう老人は、猪口をなめるようにちびりちびりず日本酒を飲んでいた。たんずは飲たないが非垞に酒の奜きな人であった。\n きょうの䞀行は若い者揃いで、明治生れが倚数を占めおいたが、梶田さんだけは倩保五幎の生れずいうのであるから、圓幎六十二歳のはずである。しかも元気のいい老人で、い぀も若い者の仲間入りをしお、そこらを遊びあるいおいた。倧抵の老人は若い者に敬遠されるものであるが、梶田さんだけは䟋倖で、みんなからも芪したれおいた。実はきょうも私が誘い出したのであった。\n「千䜏の川魚料理ぞ行こう。」\n この動機の出たずきに、梶田さんは別に反察も唱えなかった。圌は玠盎に付いお来た。さおここの二階ぞあがっお、飯を食う時はうなぎの蒲焌ずいうこずに決めおあったが、酒のあいだにはいろいろの川魚料理が出た。倏堎のこずであるから、鯉の掗肉も遞ばれた。\n 梶田さんは䟋の劂くに元気よくしゃべっおいた。うたそうに酒を飲んでいた。しかも圌は鯉の掗肉には䞀箞も付けなかった。\n「梶田さん。あなたは鯉はお嫌いですか。」ず、わたしは蚊いた。\n「ええ。鯉ずいう奎は、ちょいず泥臭いのでね。」ず、老人は答えた。\n「川魚はみんなそうですね。」\n「それでも、鮒や鯰は構わずに食べるが、どうも鯉だけは......。いや、実は泥臭いずいうばかりでなく、ちょっずわけがあるので......。」ず、蚀いかけお圌は少しく顔色を暗くした。\n 梶田老人はいろいろのむかし話を知っおいお、い぀も私たちに話しお聞かせおくれる。その老人が䜕か子现ありげな顔をしお、鯉の掗肉に箞を付けないのを芋お、わたしはかさねお蚊いた。\n「どんなわけがあるんですか。」\n「いや。」ず、梶田さんは笑った。「みんながうたそうに食べおいる最䞭に、こんな話は犁物だ。たた今床話すこずにしよう。」\n その遠慮には及ばないから話しおくれず、みんなも催促した。今倜の䜙興に老人のむかし話を䞀床聎きたいず思ったからである。根が話奜きの老人であるから、ずうずう私たちに釣り出されお、物語らんず坐を構えるこずになったが、それが䜙り明るい話でないらしいのは、老人が先刻からの顔色で察せられるので、聎く者もおのずず圢をあらためた。\n ただその頃のこずであるから、ここらの料理屋では電燈を甚いないで、座敷には台ランプがずもされおいた。二階の䞋には小さい枝川が流れおいお、蘆や真菰のようなものが茂っおいる暗いなかに、二、䞉匹の蛍が飛んでいた。\n「忘れもしない、わたしが二十歳の春だから、嘉氞六幎䞉月のこずで......。」\n\n 䞉月ずいっおも旧暊だから、陜気はすっかり春めいおいた。尀もこの正月は寒くっお、䞀月十六日から䞉日぀づきの倧雪、なんでも十幎来の雪だずかいう噂だったが、それでも二月なかばからぐっず䜙寒がゆるんで、急に䞖間が春らしくなった。その頃、䞋谷の䞍忍の池浚いが始たっおいお、倧きな鯉や鮒が捕れるので、芋物人が毎日出かけおいた。\n そのうちに䞉月の䞉日、ちょうどお雛さたの節句の日に、途方もない倧きな鯉が捕れた。五月の節句に鯉が捕れたのなら目出たいが、䞉月の節句ではどうにもならない。捕れた堎所は浅草堀――ずいっおも今の人には刀らないかも知れないが、菊屋橋の川筋で、䞋谷に近いずころ。その鯉は䞍忍の池から流れ出しお、この川筋ぞ萜ちお来たのを、土地の者が芋぀けお隒ぎ出しお、掬い網や投網を持ち出しお、さんざん远いたわした挙句に、どうにか生捕っおみるず、䜕ずその長さは䞉尺八寞、やがお四尺に近い倧物であった。で、みんなもあっずおどろいた。\n「これは池のぬしかも知れない、どうしよう。」\n 捕りは捕ったものの、あたりに倧きいので凊分に困った。\n「このたた攟しおやったら、倧川ぞ出お行くだろう。」\n ずは蚀ったが、この獲物を再び攟しおやるのも惜しいので、いっそ芳䞖物に売ろうかずいう説も出た。いずれにしおも、こんな倧物を料理屋でも買う筈がない。思い切っお攟しおしたえず蚀うもの、芳䞖物に売れず蚀うもの、議論が容易に決着しないうちに、その噂を聞き䌝えお倧勢の芋物人が集たっお来た。その芋物人をかき分けお、䞀人の若い男があらわれた。\n「倧きいさかなだな。こんな鯉は初めお芋た。」\n それは浅草の門跡前に屋敷をかたえおいる桃井匥十郎ずいう旗本の次男で匥䞉郎ずいう男、こずし廿䞉歳になるが然るべき逊子さきもないので、いただに芪や兄の厄介になっおぶらぶらしおいる。その匥䞉郎がふずころ手をしお、倧きい鯉のうろこが春の日に光るのを珍しそうに眺めおいたが、やがお巊右をみかえっお蚊いた。\n「この鯉をどうするのだ。」\n「さあ、どうしようかず、盞談䞭ですが......。」ず、そばにいる䞀人が答えた。\n「盞談するこずがあるものか、食っおしたえ。」ず、匥䞉郎は嚁勢よく蚀った。\n 倧勢は顔をみあわせた。\n「鯉こくにするずうたいぜ。」ず、匥䞉郎はたた蚀った。\n 倧勢はやはり返事をしなかった。鯉のこくしょうぐらいは誰でも知っおいるが、䜕分にもさかなが倧き過ぎるので、殺しお食うのは薄気味が悪かった。その臆病そうな顔色をみたわしお、匥䞉郎はあざ笑った。\n「はは、みんな気味が悪いのか。こんな倧きな奎は祟るかも知れないからな。おれは今たでに蛇を食ったこずもある、蛙を食ったこずもある。猫や錠を食ったこずもある。鯉なぞは昔から人間の食うものだ。いくら倧きくたっお、食うのに䞍思議があるものか。祟りが怖ければ、おれに呉れ。」\n 痩せおも枯れおも旗本の次男で、近所の者もその顔を知っおいる。冷飯食いだの、厄介者だのず陰では悪口をいうものの、さおその人の前では盞圓の遠慮をしなければならない。さりずお折角の獲物を唯むざむざず旗本の次男に枡しおやるのも惜しい。倧勢は再び顔をみあわせお、その返事に躊躇しおいるず、又もや矀集をかき分けお、ひずりの女が癜い顔を出した。女は匥䞉郎に声をかけた。\n「あなた、その鯉をどうするの。」\n「おお、垫匠か。どうするものか、料っお食うのよ。」\n「そんな倧きいの、うたいかしら。」\n「うたいよ。おれが請合う。」\n 女は町内に䜏む文字友ずいう垞磐接の垫匠で、道楜者の匥䞉郎はふだんからこの垫匠の家ぞ出這入りしおいる。文字友は匥䞉郎より二぀䞉぀幎䞊の廿五六で、女のくせに倧酒飲みずいう評刀の女、それを聞いお笑い出した。" }, { "role": "assistant", "content": "「そんなにうたければ食べおもいいけれど、折角みんなが捕ったものを、唯貰いはお気の毒だから......。」\n 文字友は人々にむかっお、この鯉を䞀朱で売っおくれず掛合った。䞀朱は廉いず思ったが、実はその凊分に困っおいるずころであるのず、䞀方の盞手が旗本の息子であるのずで、みんなも結局承知しお、䞉尺八寞䜙の鯉を䞀朱の銀に代えるこずになった。文字友は家から䞀朱を持っお来お、みんなの芋おいる前で支払った。\n さあ、こうなれば煮お食おうず、焌いお食おうず、こっちの勝手だずいう事になったが、これほどの倧鯉に跳ねたわられおは、ずおも抱えお行くこずは出来ないので、匥䞉郎はその堎で殺しお行こうずしお、腰にさしおいる脇指を抜いた。\n「ああ、もし、お埅ちください......。」\n 声をかけたのは立掟な商人ふうの男で、若い奉公人を連れおいた。しかもその声が少し遅かったので、留める途端に匥䞉郎の刃はもう鯉の銖に觊れおいた。それでも呌ばれお振返った。\n「和泉屋か。なぜ留める。」\n「それほどの物をむざむざお料理はあたりに殺生でござりたす。」\n「なに、殺生だ。」\n「きょうはわたくしの志す仏の呜日でござりたす。どうぞわたくしに免じお攟生䌚をなにぶんお願い申したす。」\n 和泉屋は蔵前の札差で、䞻人の䞉右衛門がここぞ通りあわせお、鯉の呜乞いに出たずいう次第。桃井の屋敷は和泉屋によほどの前借がある。その䞻人がこうしお頌むのを、匥䞉郎も無䞋に刎ね぀けるわけには行かなかった。そればかりでなく、劂才のない䞉右衛門は小刀䞀枚をそっず匥䞉郎の袂に入れた。䞀朱の鯉が応ち䞀䞡に倉ったのであるから、匥䞉郎は内心倧よろこびで承知した。\n しかし鯉は最初の䞀突きで銖のあたりを斬られおいた。匷いさかなであるから、このくらいの傷で萜ちるようなこずもあるたいず、䞉右衛門は奉公人に指図しおほかぞ運ばせた。\n ここたで話しお来お、梶田老人は䞀息぀いた。\n「その若い奉公人ずいうのは私だ。そのずきちょうど二十歳であったが、その鯉の倧きいにはおどろいた。たったく䞍忍池の䞻かも知れないず思ったくらいだ。」\n\n 二\n\n 新堀端に韍宝寺ずいう倧きい寺がある。それが和泉屋の菩提寺で、その寺参りの垰り途にかの倧鯉を救ったのであるず、梶田老人は説明した。鯉は芚悟のいいさかなで、ひず倪刀をうけた埌はもうびくずもしなかったが、それでも梶田さん䞀人の手には負えないので、そこらの人達の助勢を借りお、韍宝寺たで運び蟌んだ。寺内には倧きい叀池があるので、傷぀いた魚はそこに攟された。鯉はさのみ匱った様子もなく、掋々ず泳いでやがお氎の底に沈んだ。\n 仏の忌日にいい功埳をしたず、䞉右衛門はよろこんで垰った。しかも明くる四日の午頃に、その鯉が死んで浮きあがったずいう知らせを聞いお、圌はたた萜胆した。韍宝寺の池はずいぶん倧きいのであるが、やはり最初の傷のために鯉の呜は぀いに救われなかったのであろう。乱暎な旗本の次男の手にかかっお、むごたらしく斬り刻たれるよりも、仏の庭で埀生したのがせめおもの仕合せであるず、圌はあきらめるのほかはなかった。\n しかもここに怪しい噂が起った。かの鯉を生捕ったのは新堀河岞の材朚屋の奉公人、䜐吉、茂平、䞎次郎の䞉人ず近所の巊官屋䞃蔵、桶屋の埳助で、文字友から貰った䞀朱の銀で酒を買い、さかなを買っお、景気よく飲んでしたった。するず、その倜なかから五人が苊しみ出しお、䜐吉ず埳助は明くる日の午頃に息を匕取った。それがあたかも鯉の死んで浮かんだのず同じ時刻であったずいうので、その噂はたちたち拡がった。二人は鯉に祟られたずいうのである。なにかの食物にあたったのであろうず物識り顔に説明する者もあったが、䞖間䞀般は承知しなかった。かれらは鯉に執り殺されたに盞違ないずいう事に決められた。他の䞉人は幞いに助かったが、それでも十日ほども起きるこずが出来なかった。\n その噂に䞉右衛門も心を痛めた。結局自分が斜䞻になっお、寺内に鯉塚を建立するず、この時代の習い、誰が蚀い出したか知らないが、この塚に参詣すれば諞願成就するず䌝えられお、日々の参詣人がおびただしく、塚の前には花や線銙がうず高く䟛えられた。四月廿二日は四十九日に盞圓するので、寺ではその法䌚を営んだ。鯉の䞃々忌などずいうのは前代未聞であるらしいが、圓日は参詣人が雲集した。和泉屋の奉公人らはみな手䌝いに行った。梶田さんも無論に働かされお、鯉の圢をした打物の菓子を参詣人にくばった。\n その時以来、和泉屋䞉右衛門は鯉を食わなくなった。䞻人ばかりでなく、店の者も鯉を食わなかった。実際あの倧きい鯉の傷぀いた姿を芋せられおは、すべおの鯉を食う気にはなれなくなったず、梶田さんは少しく顔をしかめお話した。\n「そこで、その匥䞉郎ず文字友はどうしたした。」ず、私たちは蚊いた。\n「いや、それにも話がある。」ず、老人は話し぀づけた。\n 桃井匥䞉郎は枬らずも䞀䞡の金を握っお倧喜び、これも垫匠のお蔭だずいうので、すぐに二人づれで近所の小料理屋ぞ行っお䞀杯飲むこずになった。文字友は前にもいう通り、女の癖に倧酒飲みだから、いい心持に小半日も飲んでいるうちに、酔ったたぎれか、それずも前から思召があったのか、ここで二人が劙な関係になっおしたった。぀たりは鯉が取持぀瞁かいなずいう次第。元来、この匥䞉郎は道楜者の䞊に、その埌はいよいよ道楜が烈しくなっお、結局屋敷を勘圓の身の䞊、文字友の家ぞころげ蟌んで長火鉢の前に坐り蟌むこずになったが、二人が毎日飲んでいおは垫匠の皌ぎだけではやりきれない。そんな男が這入り蟌んで来たので、いい匟子はだんだん寄付かなくなっお、内蚌は苊しくなるばかり、そうなるず、人間は悪くなるよりほかはない。匥䞉郎は芝居で芋る悪䟍をそのたたに、䜓のいい抌借やゆすりを働くようになった。\n 鯉の䞀件は嘉氞六幎の䞉月䞉日、その幎の六月二十䞉日には䟋のペルリの黒船が䌊豆の䞋田ぞ乗り蟌んで来るずいう隒ぎで、䞖の䞭は急にそうぞうしくなる。それから攘倷論が沞隰しお浪士らが暪行する。その攘倷論者には、勿論たじめの人達もあったが、倚くの䞭には攘倷の名をかりお悪事を働く者もある。\n 小ッ旗本や安埡家人の次䞉男にも、そんなのがたじっおいた。匥䞉郎もその䞀人で、二、䞉人の悪仲間ず共謀しお、黒の芆面に倧小ずいう拵え、金のありそうな町人の家ぞ抌蟌んで、攘倷の軍甚金を貞せずいう。嘘だか本圓だか刀らないが、忌ずいえば抜身を突き぀けお脅迫するのだから仕方がない。\n こういう荒皌ぎで、匥䞉郎は文字友ず䞀緒にうたい酒を飲んでいたが、そういうこずは長く぀づかない。町方の耳にもはいっお、だんだんに自分の身のたわりが危くなっお来た。浅草の広小路に歊蔵屋ずいう玩具屋がある。それが文字友の叔父にあたるので、女から頌んで匥䞉郎をその二階に隠たっおもらうこずにした。叔父は倧抵のこずを知っおいながら、どういう料簡か、玠盎に承知しおお尋ね者を匕受けた。それで圓分は無事であったが、その翌幎、すなわち安政元幎の五月䞀日、この日は朝から小雚が降っおいる。その倕がたに文字友は内堀端の家を出お広小路の歊蔵屋ぞたずねお行くず、その途䞭から町人颚の二人づれが番傘をさしお付いお来る。\n 脛に疵も぀文字友はなんだか忌な奎らだずは思ったが、今曎どうするこずも出来ないので、自分も傘に顔をかくしながら、急ぎ足で広小路ぞ行き着くず、匥䞉郎は店さきぞ出お埀来をながめおいた。\n「なんだねえ、お前さん。うっかり店のさきぞ出お......。」ず、文字友は叱るように蚀った。\n なんだか怪しい奎がわたしのあずを付けお来るず教えられお、匥䞉郎もあわおた。早々に二階ぞ駈けあがろうずするのを、叔父の小兵衛が呌びずめた。\n「ここぞ付けお来るようじゃあ、二階や抌入れぞ隠れおもいけない。たあ、お埅ちなさい。わたしに工倫がある。」\n 五月の節句前であるから、おもちゃ屋の店には歊者人圢や幟がたくさんに食っおある。吹流しの玙の鯉も金巟の鯉も積んである。その䞭で金巟の鯉の䞀番倧きいのを探し出しお、小兵衛は手早くその腹を裂いた。\n「さあ、このなかにおはいりなさい。」\n 匥䞉郎は鯉の腹に這い蟌んで、䞡足をたっすぐに䌞ばした。さながら鯉に呑たれたかたちだ。それを店の片隅にころがしお、小兵衛はその䞊にほかの鯉を積みかさねた。\n「叔父さん、うたいねえ。」ず、文字友は感心したように叫んだ。\n「しっ、静かにしろ。」\n 蚀ううちに、果しおかの二人づれが店さきに立った。二人はそこに食っおある歊者人圢をひやかしおいるふうであったが、やがお䞀人が文字友の腕をずらえた。\n「おめえは垞磐接の垫匠か。文字友、匥䞉郎はここにいるのか。」\n「いいえ。」\n「ええ、隠すな。埡甚だ。」\n ひずりが文字友をおさえおいる間に他のひずりは二階ぞ駈けあがっお、抌入れなぞをがたびしず明けおいるようであったが、やがおむなしく降りお来た。それから奥や台所を探しおいたが、獲物はずうずう芋付からない。捕り方はさらに小兵衛ず文字友を詮議したが、二人はあくたで知らないず匷情を匵る。匥䞉郎はひず月ほど前から家を出お、それぎり垰っお来ないず文字友はいう。その䞊に詮議の仕様もないので捕り方は舌打ちしながら匕揚げた。" } ]
[ { "role": "system", "content": "䞋蚘の曞き盎しを継続しお、完璧な文曞を䜜成しおください。" }, { "role": "user", "content": " 将校は旅行者を無理に怅子に坐らせるず、ふたたび装眮のほうぞ歩みより、語り始めた。\n「ごらんのように、゚ッゲは人間の䜓栌にぎったり合っおいたす。ここが䞊䜓にあたる゚ッゲ、ここが䞡脚にあたる゚ッゲです。頭にはこの小さいのみだけを䜿うこずになっおいたす。おわかりですか」将校はいよいよ党般的な説明に入る気構えで、芪しげに旅行者のほうぞ身䜓をこごめおきた。\n 旅行者は額にしわをよせお゚ッゲなるものをじっずながめた。裁刀手続きに぀いおの教瀺は圌を満足させおいなかった。それにしおも、ここは流刑地のこずであり、ここでは特別な凊眮が必芁であっお、すみずみにいたるたで軍隊匏に進められなければならないのだ、ず自分に蚀い聞かせないわけにはいかなかった。しかし、その䞊に新任叞什官にいくらかの期埅をかけおいた。この叞什官は、たしかにゆっくりずではあるが、この将校のかたくなな頭には入らないような新しい手続きを採甚しようず意図したもののようだった。こんなこずを順を远っお考えたので、旅行者はたずねおみた。\n「叞什官は刑の執行に立ち䌚われたすか」\n「どうもわかりたせんね」ず、将校はこの突然の質問にひどく気を悪くしお、いった。そしお、圌の芪しそうだった顔぀きはゆがんでしたった。\n「それだからこそ、われわれは急がなければならないのです。残念なこずに、私の説明を省略さえしなければならないでしょう。しかし、私はあしたにでも、この装眮がたたきれいになったら――これがひどく汚れおしたうこずが、この装眮のただ䞀぀の欠点なのです――もっずくわしい説明を補うこずもできたしょう。そこで、今はただどうしおも必芁なこずだけを申し䞊げるこずにしおおきたす。――で、男がベッドの䞊に寝お、ベッドが震動させられるず、゚ッゲが身䜓の䞊ぞ䞋げられたす。゚ッゲは各尖端がほんの少しだけ身䜓にふれるように、自然に調敎されたす。調敎がすむず、すぐにこの鋌鉄のひもがぎんず匵っお棒のようになりたす。それからいよいよ掻動が始たるわけです。玠人は倖芋䞊では刑眰のちがいに気づきたせん。゚ッゲは䞀様に掻動しおいるように芋えたす。゚ッゲは震動しながら各尖端を身䜓に突き刺したす。身䜓のほうはその䞊にベッドによっお震動しおいるわけです。そこでだれにでも刀決の実行を怜査するこずができるように、゚ッゲはガラス補にされたした。針をガラスのなかに固定するずいうこずはいく぀かの技術的困難をひき起こしたしたが、いろいろず実隓をやったあずで成功したした。われわれはそのためにはどんな努力もいずいたせんでした。ずいうわけで、身䜓のなかに掟の文句が曞きこたれおいくのをだれでもガラスを通しお芋るこずができるわけです。どうです、もっず近づいおこられお、針をごらんになりたせんか?」\n 旅行者はゆっくりず立ち䞊がり、そこぞいっお、゚ッゲの䞊に身䜓をこごめおながめた。\n「どうです」ず、将校がいった。「二皮類の針が䜕列にも䞊んでいるでしょう。長い針はわきに短い針をもっおいたす。぀たり、長い針が曞いお、短い針は氎を噎き出し、血を掗い萜しお、文字を぀ねにはっきりさせおおきたす。血のたじった氎は぀ぎに小さい暋に流しこたれ、最埌にはこの倧きな暋に流れ入り、この倧きな暋の流出管は穎ぞず通じおいたす」将校は血のたじった氎が通っおいく氎路を指でくわしく瀺した。その氎をできるだけ明癜に芋せるため、流氎管の出口に䞡手をあおおたぎれもなく氎をすくう様子をしたずき、旅行者は頭を䞊げ、片手で身䜓のうしろを手探りしながら怅子ぞもどっおいこうずした。そのずき、驚いたこずに、受刑者も圌ず同じように゚ッゲの仕組みをもっず近くでながめるようにずいう将校のすすめに埓わされおいるのを芋た。受刑者はう぀らう぀らしおいる兵士を鎖のたた少し前ぞ匕っ匵り、自分でもガラスの䞊に身䜓をのり出しおいた。将校ず旅行者ずの二人がちょうど芋孊したものを受刑者もおが぀かない県で芋おはいるが、説明を受けおいないので、どうもよくわかるわけにはいかない様子が、芋お取れた。受刑者はあちらこちらず身䜓をたげおのぞきこんでいた。䜕床もくり返しお県でそのガラスをながめわたしおいた。旅行者は受刑者を远い返そうずした。ずいうのは、この男がやっおいるこずはさらに眰を受けそうに思われるのだった。ずころが、将校は旅行者を片手でしっかず抌しずどめ、もう片方の手で土手から土くれを取り䞊げ、それを兵士めがけお投げた。兵士はぎくりずしお県を䞊げ、受刑者がやっおいたこずに気づいお、銃を捚おるず、靎のかかずで地面に螏ん匵り、受刑者を匕きもどした。そのため、受刑者はすぐ倒れおしたった。するず兵士は、受刑者が身をよじっお、鎖をがちゃがちゃ鳎らしおいるのを、芋䞋ろした。\n「立たせろ!」ず、将校は叫んだ。ずいうのは、圌は旅行者が受刑者によっおあたりにも気をそらされおしたったこずに気づいたのだった。旅行者ぱッゲなどにはおかたいなしに、゚ッゲの䞊をむこうたで身䜓を乗り出し、受刑者がどうなっおいるのかをたしかめようずした。\n「受刑者を甚心しお扱え!」ず、将校はふたたび叫んだ。将校は装眮のたわりを走っお廻り、自分で受刑者の肩の䞋を぀かみ、䜕床か足をすべらせおいる受刑者を兵士の助けを借りながら立ち䞊がらせた。\n「もうみんなわかりたした」ず、将校がたた自分のずころぞもどっおきたずきに、旅行者はいった。\n「いちばん重芁なこずはただですよ」ず、将校はいっお、旅行者の腕を぀かんで、高いずころを指さした。" }, { "role": "assistant", "content": "「あの図匕きのなかに歯車が入っおいお、それが゚ッゲの運動を芏定するのです。そしおこの歯車は刀決が瀺しおいる図面に埓っお調敎されおいたす。私は今でも旧叞什官の図面を䜿っおいたす。ここにそれがありたす」――そういうず、䟋の革の玙入れから二、䞉枚の玙片を取り出した――「だが、残念なこずにあなたの手にお枡しするこずはできたせん。これは私がもっおいるもののうちもっずも貎重なものなのです。おかけ䞋さい。このくらいの距離をおいおお芋せしたすが、そうすればすべおよくごらんになれるでしょう」将校は最初に玙片を芋せた。旅行者は䜕かほめ蚀葉を蚀いたかったが、ただ迷路のような䜕重にもたがいに亀叉し合っおいる線が芋えるだけで、しかもその線がすっかり玙面を埋めおいるので、骚折っおやっず癜いすきたが芋わけられるくらいだった。\n「読んでごらんなさい」ず、将校はいった。\n「読めたせんね」ず、旅行者はいった。\n「でも、はっきりしおいるじゃありたせんか」ず、将校がいった。\n「ひどく粟巧なものですが」ず、旅行者は盞手の蚀葉を避けるようにいった。「でも、私には解読できたせん」\n「できたすよ」ず、将校はいうず、笑っお玙入れをたたポケットにしたった。「孊校の生埒に教える枅曞の字ではありたせん。長いこずかかっお読たなければなりたせん。あなたも最埌にはきっずおわかりになるでしょう。これはむろん簡単な文字であっおはならないのです。すぐに殺すのではなくお、平均しお十二時間ほどの時間をかけおやっず殺すようなものでなければなりたせん。そしお、六時間目に転機がくるように芋積られおいたす。そこで、じ぀にたくさんの食りが本来の文字のたわりに぀けられおいるのです。ほんずうの文字は䞀぀の现い垯のような圢で身䜓を取り巻くだけです。そのほかの身䜓の郚分には食りを぀けるこずになっおいたす。これで、゚ッゲおよび党装眮の働きを十分に評䟡するこずがおできになるでしょうね?」将校は梯子の䞊に飛びのっお、䞀぀の歯車を回転させ、䞋ぞ向っお叫んだ。「気を぀けお䞋さい、わきぞどいお!」そしお、装眮党䜓が動き出した。歯車がきしる音を立おなかったならば、きっずすばらしかったこずだろう。将校はこのうるさい歯車の音に驚いお、拳で歯車をおどかすような身振りをするず、詫びをいうように旅行者のほうぞ䞡腕をのばし、装眮の動き工合を䞋から芋るため、急いで梯子を䞋りた。ただ䜕かうたくいかないずころがあるのだろうが、それは将校だけにしかわからない。将校はふたたび梯子をのがっお、䞡手を図匕きの内郚に突っこみ、それから早く䞋りるために、梯子を利甚するかわりに䞀本の棒に䌝わっお䞋り、このうるさい音がするなかで盞手に自分の蚀葉をわからせるため、極床の緊匵をもっお旅行者の耳もずで叫んだ。\n「手順がわかりたすか? ゚ッゲが曞き始めたす。゚ッゲがあの男の背䞭に文字の最初の曞写を終わるず、あの重ねた綿が廻っお、゚ッゲが新しいずころに曞けるように身䜓をゆっくりず反転させたす。そうしおいるうちに皮膚を切っお文字を曞き぀けた郚分が綿の䞊にあたるこずになり、綿は特別なしかけで出血をすぐにずめ、文字の新しい圫りこみの甚意がされたす。この゚ッゲのぞりのぎざぎざは、身䜓が反転させられおいくうちに、傷口から綿をはがしお、穎のなかぞ投げ捚おたす。そしお、゚ッゲはたた仕事を぀づけたす。こうしお、゚ッゲは十二時間にわたっおいよいよ深く文字を刻んでいきたす。最初の六時間には受刑者はほずんど以前ず同じように生きおいたす。ただ痛みに苊しめられるだけです。それから二時間埌にフェルトが陀かれたす。ずいうのは、受刑者はもう叫ぶこずもできないのです。それから、ここの頭のほうにある電熱加枩の鉢のなかに枩かい米がゆが入れられたす。受刑者は食べたければ、その鉢から舌でぺろぺろなめおかゆを食べるこずができたす。だれ䞀人ずしおこのチャンスを逃がす者はいたせん。しかも、私の経隓した凊刑の数は倚いのです。六時間目になるず、やっず食べる楜しみが倱われたす。するず私は普通はここにひざたずいお、その様子を芳察したす。受刑者はこの最埌の食物をのみこむこずはたれで、ただ口のなかで動かしおいるだけで、それを穎のなかぞ吐き出しおしたいたす。そのずきには私は身䜓をかがめなければなりたせん。そうしないず、私の顔にかかっおしたいたす。だが、この六時間目には受刑者はなんずおずなしくなるこずでしょう! どんなぐずなや぀にも分別がひらけおきたす。たず䞡県のずころからそれが始たりたす。そしお、県からほかぞ拡がっおいきたす。その有様をながめおいるず、自分でも゚ッゲの䞋に寝おみたいずいう気にさせられるくらいです。ずころで、それ以䞊のこずは起こりたせん。受刑者はただ文字を解読し始めるだけです。たるで耳を傟けおいるように、口をずがらせおいたす。あなたはごらんになりたしたが、文字を県で解読するこずだっおやさしいこずではありたせん。ずころが、われわれの受刑者は膚に切りこたれたもので解読するわけです。もずより骚の折れる仕事ではありたす。それを終えるのには六時間かかりたす。で、そのあずで゚ッゲが完党に受刑者の身䜓党䜓に刺さっお、穎のなかぞ投げこみたす。穎のなかで死䜓は血のたじった氎や綿の䞊にぎしゃりず音を立おお萜ちたす。それで裁刀は終わりたす。そしお、われわれ、぀たり私ず兵士ずは死䜓を穎に埋めたす」\n 旅行者はそれたで将校のほうに耳を傟けお聞いおいたが、䞡手を䞊衣のポケットに突っこんで、機械の仕事ぶりをながめやった。受刑者もそれをながめおいたが、なんのこずやらわかっおはいない。少し身䜓をこごめお、ゆれ動いおいる針を県で远っおいたが、そのずき兵士が将校の合図によっおナむフでうしろからシャツずズボンずを切り裂いたので、衣類が受刑者の身䜓から萜ちおしたった。自分の裞身を隠すために、萜ちおいく衣類を぀かもうずしたのだが、兵士が圌の身䜓をぐいず匕き起こし、最埌のがろきれたで身䜓からふるい萜しおしたった。将校は機械を停止させた。そしお、今やあたりを支配し始めた静けさのなかで受刑者が゚ッゲの䞋に寝かされた。鎖がずかれ、それのかわりに革ひもがしめられた。それは受刑者にずっお最初の瞬間にはほずんどいたしめをゆるめられたように感じられたらしかった。それから、゚ッゲがもう少し䜎く䞋げられた。やせた男だったのだ。゚ッゲの尖端がふれたずき、受刑者の皮膚の䞊を戊慄が走った。兵士が受刑者の右手をしばり぀けおいるあいだに、受刑者はどこぞずいうこずもなく巊手をのばした。ずころが、それは旅行者が立っおいる方角だった。将校はたえずわきから旅行者をながめおいた。たるで旅行者の顔から、自分が少なくずも衚面的な説明をしおやったこの刑執行が䞎えた印象を読み取ろうずしおいるようであった。\n 手銖をしばるこずになっおいる革ひもが、切れおしたった。兵士が匷くしめすぎたらしかった。将校に助けおもらおうず、兵士は切れた革ひもの切れはじを将校に芋せた。将校も兵士のずころぞよっおいき、旅行者のほうぞ顔を向けおいった。\n「機械はずおもこたかく組み立おられおいたすので、ずきどきどこかの郚品が切れたり、折れたりしないわけにはいきたせん。しかし、そんなこずによっお刀決党䜓に狂いを生じさせるようなこずがあっおはならないのです。ずころで革ひもには補充品が甚意されおありたす。鎖の䞀぀を䜿いたしょう。ずはいっおも、右腕の振動の埮劙さはそれによっおそこなわれはしたすが」そしお、鎖を぀けながら、なおもいった。「機械の維持のための予算も今ではひどく制限されおいたす。旧叞什官の䞋では私が自由に䜿える䌚蚈がこの目的だけのためにありたした。ここには倉庫があっお、そこにはありずあらゆる補充品が貯えられおいたのです。告癜したすず、私はそれをほずんどぜいたくに䜿いたした。それも以前のこずで、新しい叞什官の䞻匵するように珟圚のこずではありたせん。新叞什官にずっおは、あらゆるこずがただ叀い制床を打砎するための口実に圹立぀のです。今では叞什官がこの機械に関する䌚蚈を自分の管理に眮いおいたす。そしお、新しい革ひもをもらいに人をやりたすず、切れたのを蚌拠に出せず芁求するのです。新しいのは䞀週間もたっおやっずずどき、しかも悪い品質のもので、たいしお圹に立ちたせん。ずころが、私はそのあいだ革ひもなしでどうやっお機械を運転したらよいのか、そのこずに気を䜿っおくれる者はだれ䞀人ずしおいないのです」\n 旅行者のほうは考えこんでいた。倖囜の事情に決定的に介入するこずは、い぀でも問題がある。圌は流刑地の䜏民でもなければ、この流刑地が属する囜の囜民でもない。もし刑執行に断眪を䞋したり、あるいはそれを阻止しようず思うなら、人からこういわれるだろう。お前は倖囜人だ。黙っおいろ。それに察しお少しでも答えられる蚀葉はなくお、ただ぀ぎのように぀け加えおいうこずができるだけだろう。自分はこの件に぀いおはさっぱりわからない。なにしろ自分はただ芋物しようずいう目的だけで旅行しおいるのであっお、たずえば倖囜の裁刀制床を倉えようなどずいう目的なんかで旅行しおいるのではけっしおない、ず。ずはいうものの、この土地ではいろいろな事柄がひどくこちらの気をそそるものがある。裁刀手続きの䞍公正なこずず刑執行の非人間的なこずずは疑う䜙地がない。それをだれだっお旅行者の䜕か利己的な気持ず受け取るこずができないのだ。ずいうのは、受刑者は圌にずっおは瞁のない者であり、同囜人でもなければ、同情は党然そそらないような人間だ。旅行者は䞊玚の圹所のいろいろな玹介状をもっおいお、この土地ではたいぞん鄭重に迎えられたのだった。そしお、圌がこの刑執行に招埅されたこずは、この裁刀に぀いおの圌の刀断を芁求しおいるこずを暗瀺するもののようにさえ思われた。今、あたりにもはっきり聞いたように、叞什官はこの裁刀手続きの賛成者ではなく、この将校に察しおほずんど敵意ある態床を取っおいるだけに、いっそうそんなふうに思われるのだった。\n そのずき、旅行者は将校の怒った叫び声を聞いた。将校はちょうど、骚を折らないわけにはいかなかったのだが、受刑者の口にフェルトの出ばりを抌し入れたずころだった。するず、受刑者は我慢できない吐き気のうちに䞡県を閉じ、嘔吐した。将校は急いで受刑者をフェルトの出ばりから起こしお、頭を穎ぞ向けようずした。ずころがもう遅くお、汚れものがすでに機械を䌝わっお流れ萜ちた。\n「みんな叞什官の眪だ!」ず、将校は叫んで、思慮を倱っおしたったようになっお前の真鍮棒をゆすぶった。「私の機械はたるで銬小屋のように汚されおしたった」圌はふるえる䞡手で、起ったこずを瀺した。「刑執行の䞀日前には食事を䞎えおはならない、ずいうこずを私が䜕時間ものあいだ叞什官にわからせようずしないずなるず、すぐこの有様ですからね。ずころが、叞什官の流儀の新しいおだやかな方針は私のずは別な考えかたをしおいたす。叞什官の取巻きのご婊人がたは、受刑者が぀れおこられる前に、銖のずころたで砂糖菓子を぀めこんでやる始末です。䞀生のあいだ悪臭が錻を぀くような魚を食っお生きおきたのに、今床は砂糖菓子を食わなければならない、ずいうわけです! でも、それもたあよろしいでしょう。私は䜕も異論は申したすたい。しかし、私が䞉カ月も前から請求しおいる新しいフェルトをなぜ調達しおくれぬのでしょう。どうしお受刑者が吐き気をもよおさずにこのフェルトを口に入れるこずができるでしょうか。なにしろ、癟人以䞊の者が臚終のずきに吞ったり、かんだりしたのですからね」" } ]
[ { "role": "system", "content": "䞋蚘の曞き盎しを進めお、掗緎された文曞を䜜成しおください。" }, { "role": "user", "content": "侀\n\n「芪分、ちず出かけちゃどうです。花は盛りだし、倩気はよし」\n「その䞊、金がありゃ申分はないがね」\n 誘いに来たガラッ八の八五郎をからかいながら盞倉らず怍朚の新芜をい぀くしむ銭圢の平次だったのです。\n「実はね、芪分。巣鎚の倧癟姓で、高利の金たで貞し、䞇䞡分限ず蚀われた井筒屋重兵衛が十日前に死んだが、葬い䞇端すんだ埌で、その死にようが怪しいから、再床のお調べを願いたいず、執拗く投げ文のあるのを埡存じですかい」\n 八五郎は劙な方ぞ話を持っお行きたした。\n「知っおるよ、それで巣鎚ぞ花芋に行こうずいうんだろう。向島か飛鳥山なら花芋も排萜おいるが、巣鎚の田圃で蓮華草を摘むなんざ、こちずらの柄にないぜ、八」\n「亀ぜっ返しちゃいけたせん。花芋は远っお懐ろ加枛のいい時ずしお、ずもかく巣鎚ぞ行っおみようじゃありたせんか。井筒屋重兵衛の死にようが、あんたり倉っおいるから、こい぀は唯事じゃありたせんよ、芪分」\n「倧䞈倫か、八。この間も倧久保たで䞀日がかりで行っお、狐憑きに銬鹿にされお垰ったじゃないか」\n 錻の良い八五郎は、江戞䞭の噂の皮の䞭から、いろいろの事件を嗅ぎ出しお来おは、銭圢平次の掻動の舞台を䜜っおくれるのでした。\n その䞭にはずいぶん芋圓倖れの銬鹿な事件もありたすが、十に䞀぀、どうかするず、䞉぀に䞀぀くらい、面癜い事件がないでもありたせん。\n「こんどのは倧䞈倫ですよ」\n 平次はずうずう神茿をあげたした。神田から巣鎚たで、決しお近い道ではありたせんが、道々ガラッ八の話は、平次の退屈病を吹き飛ばしおくれたす。\n「金が出来お暇で暇で仕様がなくなるず、人間はろくでもない事を考えるんですね」\n ガラッ八の話はそんな調子で始たりたした。\n「お前なら差向き食物の事を考えるだろうよ。倧犏逅の荒れ食いなんか人聞きが悪いから、金が出来おも、あれだけは止すがいいぜ、八」\n「井筒屋重兵衛は疝癪で溜飲持だ。気の毒だが金に䞍自由はなくなっおも倧犏逅には瞁がありたせんよ――浅たしいこずに重兵衛は骚董に凝り始めた」\n「ペヌ、そい぀が倧犏逅の暎れ食いよりも浅たしいのか」\n「貧乏人から絞った金で、曞画骚董――わけおもお茶道具に凝り始めるなんざ、良い料簡じゃありたせんよ」\n「それがどうしたずいうのだ」\n 平次は次を促したした。ガラッ八の哲孊に取り合っおいるず、巣鎚たで蟿り着くうちに、話の底が也きそうもありたせん。\n「癟䞡の茶碗、五十䞡の茶入。こい぀は䜕ずかいう坊さんがのたくらせた蚯蚓で、こい぀は倩竺から枡った氎差しだず、独りで悊に入っおいるうちはよかったが、――人の怚みは怖いね、芪分」\n「茶碗が化けお出たのか」\n「その癟䞡の茶碗、五十䞡の茶入ずいう゚テ物を、片っ端から叩き壊した奎があるんですよ」\n ガラッ八の話は飛躍的でした。事件があたりに垞識をカケ離れおいるせいです。\n「そい぀は䜕のお犁呪だ」\n「盗むずか、売るずか、質に入れるなら解っおいるが、由緒因瞁のある千䞡道具を、䞉文瀬戞物のように叩き割る奎が出お来た事には井筒屋重兵衛も胆を朰したしたよ。――最初は䜕ずかの氎差しで、次は魚屋ずか、豆腐屋の茶碗」\n「斗々屋の茶碗だろう」\n「それから肘突の茶入」\n「肩衝の茶入だよ」\n「いちいち芚えちゃいたせんがね。――その次は䜕ずかの色玙で」\n「䞀぀も芚えちゃいないじゃないか」\n「ずにかく、茶碗も茶入も、焌継ぎも繕いも出来ないほど滅茶滅茶に叩き割るんだそうですよ。ずころが、井筒屋重兵衛いちおう驚くには驚いたが、さすがに倧金持だ、あたり惜しそうな顔もせず、番頭の銀次が口を酞っぱくしおすすめおも曲者を探そうずもしない」\n「そんな品は庭や畑に䞊べお眮くものじゃあるたい。いずれ土蔵ずか玍戞ずか、倖からは手の届かないずころにしたっおおくだろう。曲者は家の者に決っおいるじゃないか」\n 平次は事もなげです。\n「それが䞍思議で、家の䞭には、どう考えおもそんな無法な事をする奎はいない」\n「圓り前だ、俺がやりたしたずいった顔をする奎があったら、すぐ刀るじゃないか」\n「もっずも、怪しい人間は䞉人ある。䞀人は䞻人重兵衛の埌添えで、お倉ずいう女、――重兵衛の嚘みたいな若䜜りだが、四十を越しおいるかも知れたせん。平垞から重兵衛が骚董に凝っお、せっかく若䜜りで綺麗がっおいる自分をチダホダしおくれないのが䞍足でたたらないそうで、ずいぶん豆腐屋の茶碗くらいは打ち壊し兌ねない女ですよ」\n「それから」\n「もう䞀人は二番目息子の房束。こい぀は骚董ず商売が倧嫌いで、朝から晩たで野良にばかりいる。癟姓ずいっおも巣鎚䞀番の金持だから、倅の房束は䞀生長い着物を着お暮せるわけだが、この男は口無調法で人付合いが嫌いで、芪父の重兵衛にねだっお少しばかりの畑を自由にさしお貰い、そこに倧根や芋や草花などを䜜っお、毎日真っ黒になっお働いおいる倉り者ですよ。この男は䞀囜で剛情だから、ずいぶん肘突の茶入くらいは打ち割り兌ねないかも知れたせん。曞画や茶道具に凝る芪父を䞀番苊々しいず思っおいるのはこの男で」\n「それから」\n「もう䞀人は䞋女のお蟰。――良い幎増ですよ。――この女は道具屋の嚘で、芪父の仁兵衛は停物の道具を扱っおお手圓になり、母芪はそれを苊に病んで死んだ埌、井筒屋に匕取られお䞋女代りに働いおいるんだそうで、骚董は芪の敵みたいなもので」\n「なるほどな」\n「道具が次々ず打ち壊されお、井筒屋重兵衛すっかり腐っおいるず、今からちょうど十日前、圓の重兵衛がポックリ死んでしたいたした。〈医者は卒䞭だずいうが、卒䞭で死んだ者の身䜓が斑になるはずはない――〉ずいうのが投げ文の文句ですよ。〈怪しいのはそれを黙っお匕取った西海寺だ、再床のお調べを願いたい――〉ず、手厳しいじゃありたせんか」\n「字は男の手か、女の手か」\n「雌雄も解らないほどの䞋手っ糞な筆蹟ですよ」\n「手を倉えお曞いたんだろう。――ずころで䞻人が死んだ埌でも、道具の壊しが続いおいるのか」\n「ピッタリず止んだそうですよ、皮肉な野郎だ」\n「フム、䞀向぀たらない事かも知れないが、蓮華草を摘む気で行っおみるか」\n「䜕かずいううちに、巣鎚ですね、芪分」\n「四方が少し隒がしいようだな、たた䜕か始たったかな」\n「おや、庚申塚の泰道が飛んで行きたすよ」\n 田圃道を飛んで行く坊䞻頭を、八五郎は指したした。それは党く唯事じゃありたせん。\n\n二\n\n 巣鎚の井筒屋は、䞊を䞋ぞの隒ぎでした。こんどは井筒屋の心棒ずも蚀うべき若䞻人の重倪郎が、十日前に死んだ父芪重兵衛ず党く同じ症状で、たった今急死したずいうのです。\n 番頭金之助、効のお浪をはじめ、家䞭の者が重倪郎の死骞を取巻いお、泣く、わめくの隒ぎですが、わけおも気の毒なのは若い嫁のお匓で、冷たくなった倫重倪郎に取瞋っお、たこずに正䜓もない有様でした。\n 駆け付けた庚申塚の泰道も、もはや手の䞋しようはありたせん。いちおう県瞌の内偎ず口の䞭を改め、手鏡を錻ぞ圓おたり、心の臓ぞ耳を圓おたり型通りの事をした埌、「お気の毒様」ず䞀瀌しおこそこそず匕䞋がりたす。\n「ちょいず埅っお貰いたいが、泰道先生」\n ガラッ八は隣の郚屋からその袖を匕かぬばかりに呌止めたした。\n「ハむ、お前さんはどなたじゃ」\n 泰道はようやく嚁厳を取戻しお立ち止たりたす。\n「銭圢の芪分が、ちょいず蚊きたいこずがあるそうだ。手間は取らせない」\n チラリず十手の房を芋せるず、泰道はすっかり瞮み䞊がっおしたいたした。\n「ハむ、ハむ」\n「泰道先生、二十䞃の若䞻人重倪郎がたさか、卒䞭で死んだのではあるたいな」\n 代っお平次は泰道ず顔を合せたす。" }, { "role": "assistant", "content": "「いや、その、その」\n「芋るたでもなく、死骞は身䜓䞭玫の斑で口からは泡を吹いおいる。――銀の箞があればこちずらにも鑑定が付きそうだ。あれは䜕で死んだか、お前さんに刀らぬはずはあるたい」\n「いかにも、銭圢の芪分なら隠しおも無駄だ。あれは毒死でござるよ」\n 泰道は四方を芋廻したす。\n「毒は?」\n「ありふれたずりかぶず、この家の庭にも、昚幎の秋は玫の花をたくさん咲かせおいたが、あの花の根に猛毒のあるこずは誰でも知っおいる」\n「それでよく刀った。毒は手近なずころにあった。誰がそれを朝の味噌汁に摺り蟌んで、倧寝坊をしお䞀人で遅い朝飯を食った重倪郎に盛ったか刀ればいい。――八、お前はお勝手の方を調べおくれ。ずころで泰道先生、十日前に死んだ倧䞻人重兵衛も、これず党く同じ死にようをしたはずだ。どうしおも卒䞭ずいう芋立おなら、寺瀟のお係にお願いしお、墓を発いおも調べ盎すがどうだ」\n「............」\n「この陜気だが、ただ春だ。十日や十五日じゃ死骞に倧した倉りはあるたい。――䞇䞀死骞の口䞭から毒が怜べ出されるず、泰道先生芋立お違いだけでは枈むたいぜ」\n 平次の論告は、い぀にも䌌げなく峻烈を極めたす。\n「恐れ入りたした、銭圢の芪分。倧家の面目、䞖䞊ぞの聎えも悪いから、内々にしおくれるようにず頌たれお、心ならずも卒䞭ずいうこずにしたした」\n 泰道は坊䞻頭を畳に埋めお恐れ入りたす。\n「頌たれた? 誰に」\n「番頭の金之助に頌たれたした」\n「そうか、――玠盎に蚀っおくれさえすれば、あっしはこれっきり忘れお䞊げよう。だが泰道先生、十日前に倧䞻人が死んだずき、毒死なら毒死ず蚀っおくれさえすれば、二人目は死なずに枈んだかも知れない。お前さんは倧倉なこずをしたず気が付きなすったかえ」\n「ペ、面目次第もありたせん」\n 泰道は這々の䜓で垰っおしたいたした。\n「芪分、お勝手は䞋女のお蟰が䞀人でやっおいたすよ」\n 八五郎は報告の顔を出したした。\n「呌んで来おくれ」\n「ペヌ」\n 飛んで行っお、぀れお来たのは、二十五六の良い幎増。お勝手で燻べおおくのは、勿䜓ないような女です。\n「今朝の味噌汁は誰が拵えたんだ」\n「私ですよ、実は倧根ず揚げで――」\n「残ったのがあったら、持っお来お芋せおくれ」\n「捚おおしたいたした。私じゃありたせん。若旊那ぞ差䞊げお少し残りがあったはずですが、いた昌の仕床をする぀もりで鍋の䞭を芋るず、みんな捚おた䞊、鍋たで綺麗に掗っおありたす」\n「恐ろしく行届く野郎ですね」\n ガラッ八は囁きたした。\n「お前はお勝手を明けるこずがあるのか」\n「え、掃陀もしなきゃなりたせんし」\n 劙に反抗的な調子が、この良い幎増を喰い぀きの悪いものにさせたす。\n「お前の居ないずき、誰がお勝手に入るかわかるか」\n「居ないずき入るのはわかりゃしたせん」\n こういった調子です。\n「倧䞻人や若䞻人を怚んでいる者があるはずだが、お前にも心圓りがあるだろう」\n「そんな人はありゃしたせんよ」\n この女からは䜕にも匕出せそうはありたせん。\n 先代の女房お倉――若䞻人の重倪郎には継母に圓るこの女が、死んだ重倪郎の偎に寄り付かないのは䞀぀の䞍思議です。ようやく自分の郚屋に半病人のようになっおいるのを捜し出しおくるず、\n「どうしたしょう、芪分さん方。私はもう自分も殺されるような気がしお」\n ずおろおろするばかりです。四十ずいうにしおは恐ろしく若䜜りで、嫁のお匓や矩理ある嚘のお浪の、姉ず蚀っおもいいくらい。悲嘆ず恐怖のうちにも、品を䜜るこずず媚を撒き散らすこずだけは忘れないずいった、たこずに厄介な肌合の女です。\n「お内儀さんは、若䞻人の重倪郎の死にようが唯事でないずいうこずを知っおいるだろうな」\n「えッ」\n「それから、十日前に亡くなった倧䞻人の死にようも、卒䞭や䞭気ではない、――はっきり蚀うず毒害されたんだが、お内儀さんには気が付いおいたはずだ」\n「いえ、いえ、私は䜕にも知りたせん――そんな事が本圓にあるでしょうか、そんな恐ろしい事が」\n「それから、もう䞀぀蚊きたい。お内儀さんは先に亡くなった倧䞻人が、骚董を買い集めるのを、たいそう嫌がったそうだな」\n「それはもう、私にずっおは、あんな嫌なものはございたせん。茶入や茶碗や壺を買っお来るず、眺めたり透かしたり、撫でたりさすったり、たるで倢䞭なんですもの」\n そい぀は若䜜りの媚沢山のお倉にずっおは嫉劬をさえ感じさせる狂態だったのでしょう。その䞊骚董に溺れた晩幎の重兵衛は、女房のお倉に半襟䞀ず掛買っおやる気さえ倱っおしたったのです。\n「倧䞻人や若䞻人を怚んでいる者があったはずだが」\n「さア」\n お倉の臆面なさも、さすがにそれには答え兌ねたした。\n\n侉\n\n そのうちに、近所の衆や、土地の埡甚聞や、芪類の誰圌たで集たっお来たした。こう混雑しお来るず、䞀挙にこの家の䞭に朜む、曲者を芋付け出そうずする銭圢平次の方法は、次第にむずかしいものになっお行くばかりです。\n 番頭の金之助は四十二䞉の䞭幎者で、狐のような感じの男でした。癟姓の方は䞀向できたせんが、算盀には明るいらしく、女房のお鉄ず子䟛が䞉人、裏に䞀軒借りお井筒屋の垳堎に通っおおりたす。\n 先代の死んだ時は泰道を説き萜しお卒䞭にさせ、それで自分の地䜍も、井筒屋の身䞊も安穏にした぀もりでいたのですが、二床目の毒死人でその尻が割れ、銭圢平次にうんず油を絞られたした。\n しかし自分の家から通っお垳堎を䞀寞も動かない金之助が、味噌汁の鍋にずりかぶずを投げ蟌むはずもなく、これは幞いにしお疑いの倖に眮かれたした。\n 二番目の倅――若䞻人の匟房束は、腹異いのせいか兄の重倪郎ずは党く人柄の違った人間で、䜜男の䞎䞉郎ず䞀緒に、朝から晩たで戞倖で暮す男。菜っ葉ず芋ず麊の芜をい぀くしんで、䜕の悔いもなく生涯を送るこずのできる人間です。\n その代り、癟姓仕事には人䞊優れた工倫があり、この䞊もなく勀勉な男で、自分の物にしお貰った五六段の畑を、びっくりするほどよく肥やした䞊、今は兄のものになっおいる井筒屋の田地のうち、小䜜をさせない分の土地を本圓に嘗めるように倧事に耕しおいたのです。\n よく陜に焊けお、䞉十近い幎配に芋えたすが、本圓の幎は二十五になったばかり。\n「芪父の骚董いじりはずきどき意芋をしたしたが、聎いちゃくれなかった。あの通り䞀培だからね。――割ったのは誰の仕業かわからないが、あれがもし真物なら䞀぀䞀぀が囜の宝だ。よくない事だず思うんだよ」\n そんな事を䜕の遠慮もなくポツポツず蚀う房束です。\n 嫁のお匓は遠い芪類の嚘で、五六幎前から井筒屋に逊われ、嚘のお浪ず姉効のように育ち、ツむ昚幎の春厄があけお重倪郎ず婚瀌したばかり。これはたた、矎しくも臈たき女で、巣鎚䞭に響いた容貌でした。\n 䜕を蚊かれおも、ただもう泣くばかり。\n 嚘のお浪はお匓より䞉぀幎䞋の十八で、房束の効に䌌ず、少しお転婆で、あわお者で可愛らしくはあるが実も蓋もない嚘です。\n「父さんの道具をこわされお䞀番がっかりしたのは銀次さんですよ。だっお、あの人は父さんの道具係だったんですもの。房束兄さんは倉人よ、重倪郎兄さんず仲が良く行くはずがないわ。重倪郎兄さんは朝寝が奜きで、房束兄さんは鶏のように早起きで、䞀方は匱虫で䞀方は巌乗で、䞀方は金遣いが荒くお、䞀方はケチで」\n お浪はこんな事を数え立おるのです。\n もう䞀人の番頭の銀次ずいうのは、井筒屋の遠瞁の者で、これは䞉四幎前店に入った䞉十男。ちょっず江戞前で、小意気で、小唄の䞀぀も出来るずいった肌合ですが、人間は至っお真面目で、少しは道具や曞画にも県があり、倧䞻人の重兵衛は䜕よりの話盞手にし、近ごろ凝り方の激しくなった骚董は、いっさい銀次に任せお、その敎理や保存をさせおいたのです。\n「私は江戞の骚董屋に奉公しお少しはその道の事も存じおおりたす。倧旊那が自分で鑑定しお買入れなすった䞀぀䞀぀の道具を嘗めるほど可愛がったのも、決しお無理はないず存じたす。平垞お道具を扱っおいる私でさえ、自分のものでなくおもそんな気になるくらいですもの。その結構な道具を修理も出来ないほど打ち割るなんお、――䜕ずいう奎でしょう。私にはその心持がわかりたせん」\n 銀次は本圓に腹が立っおたたらない様子です。" } ]
[ { "role": "system", "content": "䞋蚘の曞き盎しを進めお、掗緎された文曞を䜜成しおください。" }, { "role": "user", "content": " 易に關する疑問は叀くは宋の歐陜修に易童子問の著あり、我邊に斌おも䌊藀東涯などからしお新らしく研究する孞者があ぀お、最近には我が本田成之君が、本誌䞊に斌お䜜易幎代考を癌衚せられた。それらの人々の研究は䜕れも皆有益なものであるが、予は其以倖に近頃倚少考ぞ埗た所があり、䞔易の成立぀由䟆に就いおも考ぞ埗た所があるから、茲に其倧略を述べお吟黚の士の批評を埗たいず思ふ。\n 抑も易に就いお歐陜修や䌊藀東涯の尀も疑問ずした所は十翌が孔子の䜜でないずいふこずで、殊に歐陜修が十翌を以お䞀人の手に成぀たものでないずしたのは卓芋ず皱すべきである。朱子の語類にも、圖蟭極粟、分明是聖人所䜜、ずい぀お居るから、圖蟭以倖が聖人の䜜でないず考ぞたずも蚀ひ埗るのである。而しおこれらのこずは今日では必ずしも其意芋の當吊を再び吟味する必芁はない皋、分明なこずであるが、歐陜修や䌊藀東涯の已に泚意した以倖のこずで予の少しばかり氣付いた所を擧げるならば、即ち十翌の䞭で比范的叀いものず考ぞられおゐる圖傳象傳などの䞭に既に經文の原意を倱぀お特別な解釋を䞋したものゝあるこずである。尀もこれらのこずは原則ずしおは朱子なども候に氣付いおゐたので、語類の䞭に、孔子之易非文王之易、文王之易非䌏犧之易、䌊川易傳又自是皋氏之易也、ず述べおゐる。䜆予の特に氣付いたのは、䟋ぞば倧畜の半の䞭で九䞉の爻には良銬の語あり、六四の爻には童牛之牿の語あり、六五の爻には顓頊、垝嚳、堯、舜ずいふ順序にな぀おゐるから、繋蟭傳に其䞊曎に包犧を敞ぞおゐるが劂き、倧體繋蟭傳が呂氏春秋より新らしいものなるこずを想はしめるのである。元䟆呂氏春秋ず繋蟭傳ずは其間に䜕等かの關係があるのではないかず疑はれるのであ぀お、呂氏春秋倧暂篇に音暂之所由䟆者遠矣、生斌床量、本斌倪䞀、倪䞀出兩儀、兩儀出陰陜、ずあるのは繋蟭傳の倪極生兩儀ずいふのず殆ど盞䌌た思想である。それで枅の惠棟なども既に之に泚意し、其著易䟋の䞭に呂氏春秋の歀文を匕甚しおゐる。又犮蚘犮運も繋蟭傳ず關係あるらしく、其の倪䞀ず倩地陰陜四時ずの關係を説いおあるのは、亊繋蟭傳の倪極、呂芜の倪䞀を説くず類し、河出銬圖ずあるは、繋蟭傳の河出圖、掛出曞ず類し、その䞊秉蓍韜ずいひ、卜筮瞜䟑、皆圚巊右ずいふは、いづれも兩者の關係を瀺す所の者であるから、畢竟繋蟭傳、呂氏春秋䞊に犮運の䞉曞は其補䜜の前埌劂䜕は論究せずずも、互に或る關係を持぀ものなるこずは掚枬し埗るず思ふ。さうすれば其䞉曞の補䜜せられた時代も倧抵盞距るこず遠からざる者であるに盞違ないから、恐らく繋蟭傳は挢初の補䜜ではないかず考ぞられるのである。\n 以䞊は單に前人の考ぞたこずに就いお䞀二の遺挏を拟぀おみたたでゞあるが、曎に進んで考ぞおみたいのは半蟭ず爻蟭の成立に就おゞある。尀も歀のこずに就いお、䟋ぞば升の半の王甚享于岐山、ずか、明倷の半の箕子之明倷などの語から掚しお爻蟭が文王の䜜でなく呚公の䜜であるずするやうな説は、孔穎達の正矩などから存圚するのであるが、其他にも之ず盞䌌た疑問を提出し埗る者がある。䟋ぞば蠱の半に䞍事王䟯、高尚其事、ずあるが劂き、王䟯を䞊べいふこずは予が珟に蚘憶する材料では、史蚘の秊始皇本玀二十六幎、及び陳枉䞖家等であ぀お、春秋以前の語ずは思はれない。それから又殊に予の研究したいず思ふのは泰ず歞効ずの兩半に芋えおゐる垝乙歞効の語である。垝乙ずいふ語は、尚曞にも酒誥・倚士・倚方の䞉篇に各々䞀たび芋えおゐる。これに就いお埞䟆逘り深く穿鑿した人はないやうであるが、史蚘殷本玀に呚歊王爲倩子、其埌䞖貶垝號、號爲王、ずあるのに對し、史蚘志疑の著者梁玉繩の挟んだ非垞な疑問があ぀お、倧に參考ずなる。即ち梁玉繩の考は、倏殷呚䞉代の君は皆王ず皱し、たゝ亊后ず皱するこずもあ぀たが、未だ垝ず皱したこずあるを聞かぬ。倏殷の君に垝の字を甚ゐたのは史蚘に始たる。而しお史蚘殷本玀のこの解釋によれば、垝王には其皱號の劂䜕によ぀お高䞋の盞違があるやうであるが、叀曞には決しお巊暣なこずは芋えおゐない。又垝乙ずいふものがあるからずお倏殷の君が皆垝ず皱したずも思はれない。歀誀は國語呚語に祖甲を垝甲ず蚘し、玂のこずを垝蟛ず蚘しおゐる所から起぀たのであるが、國語の文は党く曞法の誀で之を兞據ずするこずは出䟆ぬ。故に曲犮の措之廟、立之䞻、曰垝、の條の孔穎達の正矩に厔靈恩の説を匕き、生きお垝ず皱したものは死しお埌も亊垝ず皱し、生きお王ず皱したものは死しお埌も亊王ず皱したず蚀぀おゐるが、歀説が䞀番確寊である。それで芁するに垝乙ずいふのは即ち其人の名であ぀お、決しお廟號ではない。魏の厔鎻の十六國春秋に、西秊の乞䌏熟盀に折衝將軍信垝ありずあるが、これなども信垝ずいふのが其人の名なのであ぀お、䞁床垝乙ずいふのが單に垝乙ずいふ名に過ぎないのず同じこずであるず。これが倧體梁玉繩の意芋である。折衝將軍信垝を䟋に擧げたこずなどは隚分牜匷に過ぎお取るに足らぬけれども、兎も角倏殷の君を垝ず皱するこず、䞊に垝乙の皱に就いお皮々疑問を起したのは倧に參考に倀する。予の考ふる所では垝の字の原矩は䞊垝であ぀たず思ふ。尚曞措範に垝が犹に措範九疇を錫ぞたずある垝の字は叀䟆倩垝ず解しおゐる。呂刑の䞭に芋ゆる垝或は黄垝の字は垝顓頊若しくは垝堯、垝舜ず解せられおゐるが、今文家は之を倩垝ず解しお居る。前に匕甚した曲犮の語でも鄭玄は垝の字を倩神ず解しおゐる。思ふにこれが垝の字の原矩であ぀たに盞違ない。然るに戰國の頃䞃國共に其國君を王ず皱するやうにな぀おから、王の皱號が段々茕くな぀た爲に、䜕かそれ以䞊の皱號を求める傟向を生じお䟆お、遂に秊の昭王、霊の湣王に至぀お同時に東垝西垝ず皱し垝號を取るやうにな぀た。これが恐らく垝の字を寊圚の君䞻に甚ゐるやうにな぀た最初であらう。而しお歀埌秊始皇に至぀お自ら皇垝ずも皱した。尚曞堯兞に垝の字を寊圚の君䞻に甚ゐたのも、いづれ歀頃のものなのであらう。それから又公矊家の考で倩子が厩ずれば存しお䞉王ず爲り、絀滅すれば五垝ず爲り、䞋぀お附庞に至り、絀しお九皇ず爲り、䞋぀お其の民たるに極たるずいふ説が珟はれおきたので、遂に倏殷の君䞻を垝ず皱するに至り、叞銬遷も其意味からしお倏殷の本玀に垝の字を甚ゐたのであらう。さう考ふれば問題の垝乙ずいふ語は少くずも秊昭王ず霊湣王ずが盞共に垝ず皱した時代より以前に溯るこずが出䟆なくな぀おくるので、畢竟易の爻蟭の䞭には戰國の末から挢初に到る間に出䟆た語さぞも含んでゐるこずを認めねばならないやうになるのである。史蚘の春申君列傳に春申君が秊の昭王に説くに、易を匕いお狐枉氎濡其尟ずいひ、戰國策には狐濡其尟に䜜぀おあるが、今の易の未濟半には小狐※(さんずい+乞)濟濡其尟ずあるこずを王應麟の困孞玀聞に指摘しお居る。戰國の時、爻蟭が今易の劂く䞀定しお居なか぀た證ずするこずが出䟆る。\n 王應麟は又犮蚘の坊蚘に䞍耕穫、䞍菑畬、凶、ずあり、荀子非盞篇に括嚢、无咎、无譜、腐儒之謂也、ずあり、巊傳の襄公九幎に穆姜が元亚利貞を隚の四埳ずした語のあるのを匕いお、是説を爲す者は未だ圖象文蚀を芋ざるかずい぀お居る。歀等も圖象文蚀の叀くないこずを芋はす者であるが、又爻蟭に九六の字を甚ゐたに就いおも其逘り叀くないこずが考ぞられる。即ち巊傳や國語に匕かれおある易の語には九六の字が䜿甚されおゐないで、皆之半を以お占ふこずにな぀おゐる。尀も巊傳には䞀ヶ處艮之八ずいふのがあり、國語には䞀ヶ處泰之八があり、埗貞屯悔豫皆八也、ずいふこずもあるが、これは九六の變ずる爻を以お占ふ者ずは異぀た法だずいはれお、叀䟆その解釋が培底しない。芁するにこれによ぀お巊傳や國語に茉せられおゐる卜筮法の傳䟆には未だ敞に關する考が著るしく衚はれおゐないこずが分る。惠棟の易䟋にも叀文の易の䞊䞋には本ず初九初六及び甚九甚六の文なし、説者は初九初六皆挢人の加ふる所ずいぞども、孔子の十翌には、址の六二の象傳、倧有の初九の象傳、文蚀の也元甚九、址の甚六の象傳等に九六の字があるから、孔子の時から有るずい぀お居るが、これは易の敞に關する考は十翌の䜜られた頃に起぀たものずいふこずを明らかにするのみで、それ以前には存圚せなか぀た證據ずもするこずが出䟆る。" }, { "role": "assistant", "content": " それから又繋蟭の䞭に君子所居而安者易之序也、所暂而玩者爻之蟭也、ずあ぀お、歀の序ずいふのは恐らく序半の意味をも぀ものず思はれるから、序半ず繋蟭ずの間には䜕等かの關係があ぀お䜜られたものではなからうかず考ぞられる。而しお序半の思想は各々の半の意矩を説くに就いお説半や雜半ず倧分盞違するやうに思はれる。雜半の順序が序半ず異なるこずに就いおは、晉の干寶などからしお已に泚意せられ、又其の末尟の倧過顛也以䞋敞句が錯簡であるらしいずは、鄭玄、朱子なども泚意した所であるが、しかし朱子は其の協韻の方から考ぞるず錯簡らしくもないず蚀぀お居り、蔡氏は協韻に差支ぞないやうに錯簡を改正しお居るが、歀の改定によ぀おも、党體の順序が序半ず異なるこずは疑はれない。序半は昔から其の淺薄を疑はれお居るものであるから、説半や雜半の方が叀くからあ぀た各半の原意を傳ぞおゐるのではないかず思はれるので、繋蟭ず序半ずはそれよりも晩く䜜られ、而しお其䜜られた時代が倧體爻蟭の䜜り䞊げられた時代ず同時だずすれば、爻蟭の完成されたのは逘皋晩い時代ずならなければならぬ。予は嘗お本誌䞊に斌いお説半が爟雅の六畜の郚ず關係のあるこずを述べたこずがあるが、それらの䜜られた時代よりも繋蟭や序半の䜜られた時代は曎に降るこずゝ思ふ。而しお爻蟭が珟圚の圢にたずめられたのも或は挢初の頃ではないかず考ぞる。畢竟予の考ふる所は繋蟭にある敞の思想ずそれから元䟆の易の意矩に近い象即ち説半が䞻ずしお説いおゐる思想ずは本䟆別々のものであ぀たのが、繋蟭の補䜜せられる時にな぀お䞀に纏められたずするのである。而しお斯く敞の思想を元䟆の易から切離しお芋るずなるず、曎に其處に皮々な疑問が起぀おくるのである。\n 予が易の䞊䞋兩經を讀んで尀も疑問ずしたこずは各半の本䟆の成立ちである。䞀體易の各半は倚くは其の爻蟭には半名を幟皮かに分類したやうな圢にな぀おゐるのが普通である。䟋ぞば也半は半名には韍ずはないので、朱子の語類に、劂也之六爻、象皆説韍、至説到也、华䞍爲韍ずい぀お説半の説き方ず爻蟭ずの矛盟に泚意しおあるが、今姑らく之を韍の半ずするず、其爻蟭の䞭に望韍・芋韍・飛韍・亢韍・矀韍ず五皮を含んでゐる。其他蒙半には癌蒙・包蒙・困蒙・童蒙・撃蒙、臚半には咞臚・甘臚・至臚・知臚・敊臚、埩半には䌑埩・頻埩・獚埩・敊埩・迷埩、井半には井泥・井谷・井枫・井甃・井掌・井收、兌半には和兌・孚和・䟆兌・商兌・匕兌をそれぞれ含んでゐるが、其䞭井半を陀く倖は皆その半名をも぀ものを各々五皮づゝ含んでゐるのである。それから又需半の需于郊・需于沙・需于泥・需于血・需于酒食、咞半の咞其拇・咞其腓・咞其股・咞其玱・困于葛藟于屚校滅趟・噬膚滅錻・䜕校滅耳・過枉滅頂の劂き盞類䌌の語のものが噬嗑ず倧過の兩半に跚぀お居り、壯于趟・壯于前趟・壯于頄の䞉皮が倧壯ず倬ずの兩半に跚぀おゐるやうなこずもある。これらは恐らく本䟆は盞類䌌した語から成立぀おゐる爻が䞀に集められおゐたのであ぀たものを、埌にな぀お六十四半に敎ぞられるに際し、斯くは錯亂を䟆したのではないかず思ふ、それで若し以䞊考ふる劂くなれば、元䟆易の各半は必ずしも六爻から成立぀おゐないこずになり、自然又六爻即ち䞉畫の爻を二぀重ねた珟圚の半の基瀎を倱ふこずになるから、易の党體が六十四半から成立぀こずも必ずしも必芁でなくなるのである。故に易の本䟆の圢匏は各半五皮づゝの爻をも぀たもので、前に擧ぐるが劂き四皮或は䞉皮のものは其の殘猺したものず芋るか、或は又必ずしも各半同䞀の爻敞を含むずは定た぀おゐなか぀たず芋るか、その䜕れかに考ぞられよう。以䞊予が珟存の易の經文を讀んで起し埗た所の疑問であるが、曎に別な方面から易の成立ちに就いお考ぞおみよう。\n 先づ措範に茉぀おゐる筮法によ぀お考ぞる。即ち措範には筮法ずしお貞悔の二法䞈けを擧げおゐるが、珟圚の易では吉、凶、悔、吝、無咎、厲ずいふやうに刀斷の方法が増加されおゐる。而しお貞の字の劂き珟圚の易では既に措範の筮法の意味を倱぀おゐるのである。䞀體貞の字は勿論のこず、筮に關係した占ずか半ずかの字は瞜お卜の字に埞ふおゐるのであ぀お、悔の字の劂きも本䟆は※(誚の぀くり+卜)ず曞いお矢匵り卜の意味を含んでゐる。殊に貞の字は説文によ぀おも、或は珟存の韜板文によ぀おも、卜問の意味の字なので、これは卜法に甚ゐられた時の原矩であるが、易に斌おは之を正若しくは貞固の意味に變じ、元亚利貞の四字を四埳ずさぞも解するやうにな぀おゐる。元亚利貞を四埳ず解すべきや吊やは既に歐陜修も疑問を挟んだのであ぀お、象傳では元の字は䞊に附いお也元・址元ずいふ語に組立おられおゐるのに、文蚀では四埳ず解しおゐるのは劂䜕したものかず恠しんでゐる。其䞊猶疑問ずなるのは利貞ずいふこずである。これは恐らく本䟆は卜問者に利ありずいふ意味であ぀たのが、埌にな぀お其意味が變化し、貞を正ず解し、正しきに利しず蚓み、曎に各々獚立しお四埳の䞀ずな぀たものらしい。以䞊のやうな點からしお、元䟆卜法に甚ゐられた文字を、埌に筮法が卜法の語を竊みず぀お出䟆たこずゝ掚枬し埗るのであるが、それでは筮法の本䟆は劂䜕なるものであ぀たかを考察すべき必芁が生じお䟆る。\n 䞀體筮の字は説文には筮易半甚蓍也、从竹筭也、筭以竹爲之、从※((「工」の巊右に「人/口」)/(十+十))者事近斌巫也、九※(ç­®/八/口)之名、巫曎、巫咞、巫匏、巫目、巫易、巫比、巫祠、巫參、巫環、字皆䜜巫、ず蚀ひ、䜕れも筮ず巫ずの關係のあるこずを芋はしおゐる。尀もこの九筮の名は呚犮に出お居るので、呚犮の鄭泚には九※(ç­®/八/口)の名に附いおゐる巫の字を盡く筮の字の誀であるずし、九※(ç­®/八/口)の䞀々を其字矩によ぀お解釋しおゐるが、歀説は近幎孫詒讓によ぀お改正せられた。即ち孫詒讓の呚犮正矩には劉敞、陳祥道、薛季宣等の説に埞ひ、九巫の巫を字の劂く讀み、巫曎以䞋を皆叀ぞの筮に粟しき者九人の名ずし、又その䞭の巫咞ず巫易ずを特に指摘しお、巫咞は䞖本に芋える䜜筮の巫咞であり、巫易は巫昜の誀で即ち楚蟭招魂に芋える巫陜であるず考ぞたのである。これは掵に孫説の通りであ぀お、之によ぀お呚犮若しくは説文の頃たでは巫ず筮ずの間に關係を明かに認めおゐたこずが分る。それで予の考ふる所では本䟆筮なるものは巫の甚ひた埡籀の劂きものであ぀お、委しく云ふず各々の半に盞當した埡籀があ぀お、曎に其の埡籀の䞭で四皮ずか五皮ずかに分けられた小名があり、之を占はんずする者は其の埡籀を匕いおそれに出おくる幟぀かの小名――それが即ち爻蟭に盞當するのである――に䟝぀お巫から刀斷しお貰぀たものであらうず思ふ。而しお歀の筮法は殷代の巫の職の貎かりし時は別ずしお、呚代以埌は韜卜の劂く倩子や諞䟯などの貎族階玚の人の甚ゐるものではなく、寧ろ䞀段䜎い階玚の間に占ひの方法ずしお甚ゐられおゐたのであらう。所が春秋戰國以埌䞋玚民衆の癌達に぀れお、民衆を盞手ずする歀の筮法が挞次盛になり、其術を傳ふる者は之に皮々故事を附會しお以お自己の術を重からしめる爲めに、遂に巊傳や國語に芋えるが劂き幟倚の説話を䜜り出し、時ずしおは爻蟭の䞭に殷の高宗ずか箕子ずか將た文王ずかの事をさぞ取入れるやうにな぀たのではあるたいか。朱子の語類には、凡爻䞭蚀人者、必是其人嘗占埗歀半ずいひ、垝乙歞効、箕子明倷、高宗䌐鬌方の類を其䟋ずしお擧げお居るが、少し穿ち過ぎお居るやうである。それから曎に進んでは繋蟭に芋えるが劂き敞の思想が䞀方に生じおくるず共に陰陜を基瀎ずした半を以お其圢を衚はすこずが始たり、遂にそれらが合しお䞀の哲孞的基瀎を與ぞるやうにな぀たのではないかず思ふ。さう考ぞおくるず自然圖傳象傳の劂き恐らく最も候く出䟆たず思はれる易の理論的説明が既に半蟭爻蟭ず必ずしも䞀臎しないこずも恠しむに足らなくなり、其䞊文蚀、繋蟭、序半などの劂く、最埌に易を纏めたものは呂氏春秋や、巊傳、國語の纏た぀た時よりも埌であ぀お、尀も本䟆の易ず盞距るこず遠いものずな぀おゐるのであるこずも明癜になるず思ふ。" } ]
[ { "role": "system", "content": "䞋蚘の曞き盎しを進めお、掗緎された文曞を䜜成しおください。" }, { "role": "user", "content": " 静脈に空気を泚射するず、堎合によっおは死ぬのだが、探偵小説では、それも殺人手段ずしおよく䜿われる。毒物を泚射するのでなくお、䜕の害もない空気を泚射するこずによっお、呜を奪うずいうずころに、異様な恐ろしさが感じられるためであろう。\n(「読切小説集」昭和二十八幎十䞀月増刊)\n\n\n5 密宀トリック\n\n\n ここに䞀぀の完党に密閉された掋宀がある。すべおの窓に内偎から留め金がかかり、すべおのドアに内偎から鍵がかかっおいる。その郚屋の䞭で䞀人の人物が殺されおいる。䞍審をいだいた人々が、合鍵がないので、ドアをうち砎っお宀内にはいっお芋るず、死䜓が暪たわっおいる。ずころが、䞍思議なこずには、犯人の姿がどこにも芋えない。内郚から締りをした郚屋だから、犯人の逃げ出す道はどこにもなかったはずだ。よく調べお芋おも、倩井にも、壁にも、床板にも、隠し戞などは党くない。暖炉の煙突は狭くお幌児でも通りぬけられない。換気窓も同様に狭い。人間䞀人煙のように消えうせるか、ナメクゞのように䌞瞮自圚のからだになっお、ドアの䞋郚の隙間からでも這い出したずしか考えられない。\n 実に䞍気味な、䞍可思議な謎である。もしこの党く䞍可胜にみえる謎を、合理的に解いおみせるこずができたら、どんなに痛快だろうずいうのが、小説ずしおの密宀トリックの起りである。探偵小説は、䞀芋䞍可胜に芋える異状な謎を、機智ず論理によっお、明快に解いおみせる面癜味が䞭心ずなっおいるものだが、そういう興味の兞型的なものが、この密宀事件なのである。文章で描かれた䞍可胜な情況ずいうものは、どこかに隙間があるように思われ、確固䞍動の感じを䞎えにくいのだが、密宀ずなれば、それが幟䜕孊の図匏のように具䜓的で、曖昧なずころが少しもなく、䞍可胜感を最も明確に読者に䌝えるこずができるずいう特城がある。したがっお、圚来探偵䜜家にしお、生涯に䞀床も密宀事件を取り扱わなかったものは、䞀人もないずいっおもいいし、たた、生涯密宀事件ばかりず取り組んでいる䜜家さえ珟われたのである。\n 探偵小説史で、この密宀の「䞍可胜」を最も早く䞻題ずした䜜品はポヌの「モルグ街の殺人」であるが、このポヌの䜜品や、ずっず埌に出たルルりの「黄色の郚屋」にテヌマずしお瀺唆を䞎えた実際の事件があった。私は今から四十䜙幎前、䞀九䞀䞉幎十二月号の「ストランド・マガゞン」に、ゞョヌゞ・シムズがそれを曞いおいるのを読み、いたもノヌトに貌り぀けおある。芁玄するず、シムズがいたから癟幎ばかり前ず曞いおいるのだから、十九䞖玀の初め頃ず思われるが、パリのモンマルトルのあるアパヌトの最䞊階、地䞊六十呎もある䞀宀に䜏んでいた Rose Delacourt ずいう嚘さんが、昌になっおも起きおこないので、譊官がドアを打ち砎っお宀に入るず、嚘さんはベッドに寝たたた胞を刺されお死んでいた。兇噚は刺さったたたで、非垞な力でやったものずみえ、そのきっ先が背䞭たで突き通っおいた。窓は内郚からしたりができおいたし、入口の唯䞀のドアは内郚から鍵がかけられ、鍵は鍵穎にさしたたたで、その䞊閂たでかかっおいた。唯䞀の通路は暖炉の煙突だが、調べおみるず、どんなに痩せた人間でも通りぬけるこずは䞍可胜であった。盗難品は䜕もなく、怚恚関係も捜査線䞊に珟われおこなかった。この事件は其埌犯眪研究家によっお論議されたが、癟幎埌の今日(䞀九䞀䞉幎)に至るも未解決のたた残っおいるずいうのである。\n しかし、密宀の謎を扱った物語は、もっずずっず叀代たでさかのがるこずができる。玀元前五䞖玀のヘロドトスの「歎史」の䞭に玀元前䞀二〇〇幎ごろの゚ゞプト王ランプシニトスの話があり、密宀の謎の原始圢が芋られる。王の宝庫を建おるこずを呜じられた建築技垫が、自分の子䟛たちのために、秘密の抜け穎を䜜っおおいお、その開き方を遺蚀し、息子たちがそこから忍びこんで宝物を盗み出す話である。同じギリシアの玀元前二䞖玀の䜜家パりサニアスも、建築家アガメデスずトロポニオスの話で、同じ抜け穎のある密宀の謎を曞いおいる。\n いた䞀぀の叀い䟋は旧玄聖曞のアポクリファ(倖兞)にある「ベルの物語」である。バビロン王はベルずいう偶像神を厇拝しおいた。矊や穀物やあたたのお䟛物をそなえお、神殿の扉をずざし、錠をかけお誰も出入りできないようにしおおいおも、䞀倜の内にお䟛物が消えおなくなる。密宀の怪である。これはベル神が喰べおしたうのだず信じられおいたのを、ダニ゚ルずいう青幎が探偵の圹目を勀めお、その秘密のカラクリを暎露する。神殿内の祭壇の䞋に秘密の通路ができおいお、倜䞭そこから、坊䞻共が忍びこみ、お䟛物を持ち去っおいたのである。\n ヘロドトスにしおも聖曞倖兞にしおも、秘密の出入口があるので、いたの目で芋れば、アンフェアな密宀の謎だが、そういえばポヌの「モルグ街」にしおも、窓のさし釘が内郚で折れおいたずいうアンフェアなものである。では、そういう欠点のない最初の「密宀」小説は䜕であろうか。ドむルの「ただらの玐」(それの収められた「ホヌムズの冒険」は䞀八九二幎出版)ずザングりィルの長篇(䞀八九䞀幎出版)ずがほずんど同じころに曞かれたが、「ただらの玐」の単玔さに比べお、密宀ずしおはやはり埌者の長篇の方が読みごたえがある。この䜜品は、西掋でも倧しお問題にされおいないけれど、圓時ずしおは最も進んだ密宀トリックを甚い、たたいた䞀぀の倧トリックに先鞭を぀けおいる意味で、倧いに重芖しなければならない。\n さお、私は各皮のトリックを、1犯行時、犯人が宀内にいなかったもの 2犯行時、犯人が宀内にいたもの 3犯人ず被害者が宀内にいなかったものの䞉぀に倧別し、それをたた小分けしお以䞋しるすように分類しおみた。\n 西掋の䜜家で「密宀の分類」を詊みた䟋を二぀知っおいる。䞀぀はカヌの「䞉぀の棺」の「密宀講矩」の章、もう䞀぀はクレむトン・ロヌスンの「シルクハットから飛び出す死」(未蚳)の「質問する勿れ」の章である。埌者は奇術垫探偵マヌリニがカヌの䞻人公フェル博士の「密宀講矩」を利甚しお、カヌずは少しちがった分類をしおいるが、䞡方ずも(A)「真実の密宀、犯人は脱出䞍可胜であった。したがっお犯人は犯行時宀内にいなかったもの」、(B)「芋せかけの密宀、犯人が犯行埌脱出したあずで密宀を構成したもの」に二倧別し、カヌのフェル博士は(A)を䞃項目に、(B)を五項目に分けおいるのに比べ、マヌリニは(A)を九項目に、(B)を五項目に分け、曎らに(C)の䞀項目を新しく぀け加えおいる。\n 私の巊の分類は、この䞡者を参照したが、私のは䞡者ず少しちがった統䞀原理によっおいるし、䞡者にないものも倚少加わっおいるので、察照のために、私の各項目の䞋にカッコしお、(F・A・1)(M・B・2)の劂く附蚘しおおく。Fはフェル博士の分類、Mはマヌリニの分類を意味し、A・Bはそれぞれの倧分類、1・2などはそれぞれの小分類の項目番号をあらわす。\n(A)犯行時、犯人が宀内にいなかったもの\n" }, { "role": "assistant", "content": "(1)宀内の機械的な装眮によるもの(F・A・3)(M・A・4)\n★電話の受話噚をずるず送話口から匟䞞発射 ★受話噚に匷電流を通じおおいお、それを持った者を殺す ★壁穎にピストルを仕掛けおおいお、その蓋をずるず発射 ★眮時蚈や掛時蚈のネゞを捲くず、時蚈の内郚から匟䞞発射 ★高い倩井に重い短剣を糞で぀るし、その糞を壁䌝いに床にのばし、被害者が宀にはいっおドアに鍵をかけ、二䞉歩あるくず、その糞に぀たづき、その拍子に倩井の糞が切れお短剣が被害者の䞊に萜䞋する ★倩井から重い怍朚鉢の吊っおある郚屋で、それを玐で䞀方ぞ匕っぱっおおいお、被害者がそこからのびた玐にさわるず、怍朚鉢が振子になっお、被害者の頭にぶ぀かる ★ベッドに毒ガス発生装眮をしおおいお、そこに寝たものを睡眠䞭に殺す ★氷が溶けたたは凍る時の重さの倉化を利甚しお、針金などのメカニズムで壁に装眮したピストルを発射せしめる ★化孊薬品による時限攟火 ★時蚈ず電流による時限爆匟で火灜をおこす。いずれも著名䜜家の䜜䟋があるが、仕掛けが機械的にすぎ、幌皚なトリックたるをたぬがれない。\n(2)宀倖よりの遠隔殺人(少し開いた窓、ただし地䞊䞉階以䞊の宀にお、窓より䟵入、脱出は䞍可胜、たたは小さな隙間のある密宀)(F・A・6)(M・A・6)\n★向偎のビルの窓から、ツバのない短剣を銃に装填しお射぀ ★窓を通しお岩塩で䜜った匟䞞をうちこむ。岩塩は被害者の䜓内で溶けおしたう ★被害者が窓から銖を出したずきに、䞀階䞊の窓から茪になった瞄を䞋げ、぀るし䞊げお絞殺、そのたた死䜓を裏の窓から地䞊におろし、共犯者が、それをそこの林の朚の枝にさげお瞊死を装わしめる ★窓倖からうったピストルを宀内に投げこみ、被害者の衣服にあらかじめ焔硝のあずを぀けおおいお、宀内からうったように芋せかける【以䞋は窓たたは隙間が䞀階の密宀にある堎合】レむゞむ・トングズ(型ののびちぢみするおもちゃ)で、倜、少しひらいた窓のカヌテンの合せ目から、宀内の卓䞊の兇噚を぀たんで、別の兇噚ず取りかえ、蚌拠を湮滅する ★絹糞を結び぀けた毒矢を隙間からうちこんで、被害者を斃し、埌でそずぞたぐり出す。\n そのほか数行では説明できないこの皮のトリックがいろいろあるが、非垞に有名な䜜品の䟋を䞀぀だけしるすず、★被害者は密閉された郚屋で、小さい毒矢で胞をうたれお死んでいる。どこにも隙間がない。通颚孔にもこたかい金網が匵っおある。窓ガラスやドアの鏡板をはずした圢跡は党くない。それにもかかわらず、名探偵は「この郚屋には四角な窓がある」ず断蚀する。譊察官がいくら考えおも、四角な窓は発芋されない。それは玔掋宀には必ずある四角な窓である。サア、どこでしょう? ――皮明かし、ドアのノッブ(把手)です。䞞い握りの぀いたドアのノッブの心棒の金属は四角な棒である。それの通っおいる穎も四角で、そのドアの䞭にある四角の穎そのものが回転するようにできおいる。この四角の棒に䞞い握りの郚分をはめお、ネゞ釘でずめおある。先ず倖の方の握りのネゞをドラむバヌではずし、心棒ばかりにしお、それを现い針金でくくり、心棒を゜ッず宀内ぞ突きおずす。針金が぀いおいるので床には萜ちないで宙にさがっおいる。そのあずに小さい四角な穎がひらく。これが「四角な窓」である。被害者が内郚からドアに近づくのを芋すたしお、半匓で现い毒矢を、その穎から射蟌む。目的を達したら、針金をうたく匕っぱっお、心棒を元の通りに匕き出し、握りをネゞ釘でずめお、指王を拭いお立ち去るずいう順序である。\n このトリックに察しお、アメリカのある少幎䜜家が挑戊した。四角な窓も面癜いが、ドアにはもっず簡単な盲点がありたすよずいうのだ。それは、二぀の郚屋があっお、奥の郚屋に被害者ずなるべき男が䞀人で腰かけおいる。二぀の郚屋の境のドアは壁ず盎角にひらいたたたになっおいる。奥の郚屋にはそのドア以倖に絶察に隙間がない。次の間には道路に面した窓がひらいおいるし、倖ぞ出るドアもあっお、開攟的である。この次の間の窓の前の怅子に䞀人の女が腰かけおいる。その状態で銃声が聞こえ、奥の郚屋の男が斃れる。この堎合ピストルをうち埗たものは、次の間にいた女の倖に考えられないので、嫌疑がかかるが、圌女は犯人ではなかった。兇噚のピストルも発芋されない。――この謎の皮あかし。新型の倧きな蝶番の぀いおいるドアは、壁ず盎角にひらくず、蝶番のずころに幅䞀寞ほどの瞊に長い隙間ができる。ピストルの名手の真犯人が、次の間の窓の倖から、その隙間を通しお被害者をうった。女は窓に背を向けお腰かけおいたので、それがわからなかったのである。\n(3)自殺ではなくお、被害者自らの手で死に至らしめるトリック(F・A・2)(M・A・3)\n★虫歯の治療䞭、虫歯に぀めたゎムがかけお、そこから出血しおいる隙を利甚し、盎接血にたじらなければ効果のない毒薬クラヌレを鎮痛薬を入れた小瓶にたぜ、被害者に倜䞭に呑めず䞎える。被害者は密宀の䞭で、それをのみ、クラヌレ毒が歯の出血郚から血管に入っお死ぬ。犯人は発芋者の䞭にたじっお、先に宀に入り、問題の小瓶を隠すずいう方法 ★あらかじめ怪談的な心理恐怖を䞎えお、たたは宀倖から有毒ガスを入れるなどの方法で、被害者を錯乱に陥らせ、家具に頭をぶっ぀けたり、あるいは所持の兇噚で自殺させたりする(フェル博士の講矩の䟋)\n(4)]密宀内で他殺を装う自殺(F・A・4)(M・A・2)\n★別項「兇噚ずしおの氷」の「氷の短剣」を参照。あれを密宀で行えばこのトリックになる ★暪溝正史「本陣殺人事件」もこの適䟋。\n(5)自殺を装う他殺(F・Mずも無し)\n★巚倧なギムナゞりムの建物の䞭に䞀人でこもっお、断食の苊行をしおいた行者が、数日たっおも出おこないので、内郚から鍵のかけおあるドアを砎っお調べおみるず、行者は寝台に暪たわったたた逓死しおいた。寝台のそばの棚の䞊にいろいろな食物が豊富に䞊んでいたが、それには党く手が぀いおいない。断食行者の意志力が人々を驚嘆せしめる。しかし、これが実は他殺であった。行者は莫倧な生呜保険をかけ、その受取り人を四人の印床人の匟子にしおあった。四人の匟子はその保険金ほしさに、奇抜な方法で行者を殺したのである。行者が宀内で睡眠剀を呑むように段取りを぀けおおいお、熟睡したころを芋はからい、先に鉀の぀いた長い綱を四本甚意しお、四人がギムナゞりムの高い屋根にのがる。屋根の頂䞊に明り取りの窓がある。人間の出入りはできないけれども、空気抜きの暪朚の隙間から手ぐらいは入れられる。四人は鉀のある綱を䞀本づ぀持っお、その隙間から宀内にたらし、鉀を行者の寝台の四぀の脚に匕っかけ、力をあわせお寝台を倩井の近くたで吊りあげる。そしお、綱を明り窓の棒にくくり぀け、寝台を宙づりさせたたた屋根を降りお立去る。ギムナゞりムの倩井は非垞に高い䞊、行者は高所恐怖症ず来おいるので、眠りから芚めおも、ずおも飛び降りる気にはなれぬ。はるか目の䞋の棚に食物が䞊んでいるのを芋ながら、それを取るすべがない。数日の埌、四人の悪挢は再び屋根にのがっお、行者が逓死しおいるのを芋届けるず、綱をほどいお゜ット寝台を元の堎所におろし、そのあずで、態ずドアを砎っお、行者の死を発芋したおいに芋せかける。突飛すぎお銬鹿々々しいような話だが、「陞橋殺人事件」の䜜者であり、たた、「探偵小説十戒」の筆者であるノックスがこれを曞き、䞉぀の傑䜜集に遞ばれおいるのである ★前項、䞊階の窓から銖を吊り、䞋におろしお朚の枝に瞊死を装わしめるトリックも、考え方によっおはこの項にも属する。\n(6)宀内における人間以倖の犯人(F・A・6の文䞭)(M・A・5)\nポヌの「モルグ街の殺人」のオラン・りヌタン、ドむルの「ただらの玐」の毒蛇、別項のオりムの宝石盗みなど。(埌の二䟋は窓半開たたは隙間のある密宀にも属する)この項で最も巧劙なのは別項「奇矯な着想」にしるした倪陜ず氎瓶の殺人である。ポヌストあるいは江戞川が先鞭を぀けた。\n\n(B)犯行時、犯人が宀内にいたもの\n\n(1) ドア、窓たたは屋根に斜すメカニズム\n密宀構成のトリックずしお、初期にはこの方法が最も倚く䜿われた。倧正時代に、れンキンズの短篇で、犯人が倖に出おから、ドアの内偎の鍵穎にはたっおいる鍵をピンセットず糞の仕掛で廻し、ドアの倖から内偎の鍵をかけるトリックを読んだずきには、非垞に面癜かったものだが、その埌ノァン・ダむンをはじめ倚くの䜜家が、このメカニズムのあらゆる倉圢を考え出しおしたったので、珟圚ではこの皮のトリックは陳腐になり、誰も䜿わなくなっおいる。" } ]
[ { "role": "system", "content": "䞋蚘の曞き盎しを持続しお、现郚にこだわった文曞を䜜成しおください。" }, { "role": "user", "content": "「あのチョコレヌトには、やっぱり青酞化合物がはいっおいた。明智さんが簡単な反応詊隓をやっおくれた」\n「たあ、やっぱり......」\n「きみが泚意しおくれたので、いのち拟いをしたよ」\n だが、矎䞎子には、いのち拟いをしたずいうこずよりも、今埌の恐怖のほうが倧きかった。\n「で、明智さんは、なんおおっしゃるの?」\n「アパヌトを倉わるのもわるくはないが、盞手に芋぀からないように倉わるのは、ちょっずむずかしいだろうずいうんだ。明智さんは速氎さんのこずも知っおたよ。あれは䞍思議な男だずいっおた。なんだか速氎さんのこずを、たえから調べおるらしいんだよ。あの人は、やっぱり盞圓悪いこずをしおいるんだね。それからね、明智さんは、毒チョコレヌトを送ったり、がくに自動車をぶっ぀けようずしたのは、川波良斎自身じゃない。第䞉者が介圚しおいるずいうんだよ。その第䞉者ずいうのが、なんだか恐ろしいや぀らしい。明智さんは、そい぀に非垞に興味を持っおいるように芋えた」\n「良斎がその男に頌んだのね」\n「うん。明智さんはそうらしいずいうんだ。なにかいろいろ知っおいる様子だが、がくにははっきりしたこずはいわなかった」\n「で、あたしたちはどうすればいいの?」\n「なるべく倖出しないようにしおいろっおいうんだ。速氎さんがアパヌトをかわれずいうなら、かわっおもいいが、匕っ越しのずきは、じゅうぶん気を぀けるようにずいうんだ」\n「それで?」\n「どういう方法か知らないが、明智さんががくらを守っおくれるずいうんだ。報酬なんかいらない。速氎ずいう男も、良斎が頌んだもうひずりの男も、非垞に興味のある人物だから、進んで調べおみるずいうんだよ」\n「それだけでだいじょうぶかしら?」\n「がくが䞍安な顔をしおいるずね、明智さんは、絶えずあなたがたの身蟺を芋守っおいるから、わたしに任せおおけばいい。少しも心配するこずはないず、請け合っおくれた」\n ふたりはいちおうそれで満足しおおくほかはなかった。譊察に届けられないずすれば、これ以䞊の方法は考えられないからだ。\n だが、そういううちにも、悪魔の觊手はすでにしおこの可憐なる恋人たちの身蟺に迫っおいたのである。\n\n壁玙の䞋\n\n それから䞉日ほどは、なにごずもなく過ぎ去った。ふたりは泚意に泚意をしお、アパヌトにずじこもっおいた。\n 四日めの午埌、速氎から電話がかかっおきた。枯区の麻垃に、しろうず家の離れ座敷を芋぀けたから案内する。䞀時間もしたら自分の自動車が迎えに行くから、それに乗っお来るように、自分は先方で埅っおいる、ずいうのであった。むろん、ふたりでいっしょに行くこずにした。少しでも離ればなれになっおいるのは心现かったからだ。\n やがお、キャデラックが衚に着き、ひずりの運転手が速氎の手玙を持っお䞊がっおきた。手玙には、䞀床家を芋おから、改めお匕っ越せばいいのだから、荷物は持っおくるに及ばない、ず曞いおあった。たた、この運転手は長くわたしが䜿っおいお、気心の知れたものだずも曞いおあった。運転手は四十五、六歳に芋える実盎そうな男だった。服装もきちんずしおいた。\n ふたりは自動車に乗るずき、じゅうぶん町の右ひだりを芋たわしたが、近くに別の自動車はいなかったし、怪しい人圱もなかった。\n 車は隅田川を越しお、浅草から䞊野ぞず走った。\n「速氎さんは、向こうに埅っおいらっしゃるのでしょうね」\n 矎䞎子が確かめるず、運転手はニコニコした顔で振り返っお、\n「向こうのご䞻人ずお話があるずいっお、わたしひずりでお迎えにあがったのです。たちがいなく向こうにいらっしゃいたすよ」\n ず答えた。\n 五十分近くかかっお、六本朚にほど近い䜏宅街にずたった。門内に庭のある叀い西掋通だった。車を降りお玄関をはいるず、䞉十前埌のセビロを着た男が出おきお、「どうかこちらぞ」ず先に立った。\n「速氎さんはいらっしゃるのでしょうね」\n「はい、あちらでお埅ちになっおいたす」\n 長い廊䞋を通っお、奥たった䞀宀に案内された。男は、「しばらくお埅ちください」ずいっお、ドアをしめお出おいっおしたった。\n なんずなく異様なぞやであった。広さは六畳ぐらい。たんなかに小さな䞞テヌブルず、そた぀なむスが二脚眮いおあるばかりで、食りだなも䜕もない殺颚景な小べやだった。窓ずいうものが䞀぀もないので、昌間でも電灯が぀いおいた。四方ずも壁にかこたれおいお、それにけばけばしい花暡様の壁玙がはりめぐらしおある。ぞや党䜓はひどく叀めかしいのに、この壁玙だけが新しいのが、劙に䞍調和だった。\n い぀たで埅っおも、だれもやっお来ない。さっきの男は、いったいどうしたのだろう。速氎荘吉はどこにいるのだ。ふたりはだんだん䞍安になっおきた。\n 昌吉がドアのずころぞ行っお、ひらこうずした。だが、いくらノッブをたわし、ガチャガチャやっおも、ドアはひらかない。\n「倖からカギがかかっおいる」\n かれは矎䞎子を振り返っお぀ぶやいた。顔色がたっさおになっおいる。\n「だれかいたせんか。ここをあけおください。速氎さんはどこにいるのです」\n どなりながら、ドアを乱打した。しかし、なんの反応もない。家の䞭はひっそりず静たりかえっおいる。いよいよただごずでない。\n さおは、良斎のわなにはたったのかな。ふたりはどちらからずもなく駆けよっお、手を取り合った。\n するず、そのずき、どこからずもなく倉な声が聞こえおきた。\n「きのどくだが、速氎はここには来おいない。ちょっずあれの名を䜿っお、きみたちをおびき出したんだよ」\n それは電気を通した声、぀たりラりドスピヌカヌの声であった。昌吉は思わず倩井を芋たわした。ああ、あれだ。倩井の䞀方のすみに、现かい金網が匵っおある。声はその拡声噚から挏れおくるのだ。\n「がくたちは速氎さんに甚事があっおやっお来たんだ。ここに速氎さんがいないずすれば、䞀刻もこんなぞやにいる必芁はない。早く垰らせおくれたたえ」\n 昌吉は、むだずは知りながら、ずもかくも叫ばないではいられなかった。するず、その声が盞手に聞こえたずみえお、たたラりドスピヌカヌから、ぶきみなしわがれ声が挏れおくる。\n「そっちに甚がなくおも、こっちにだいじな甚があるんだ。苊劎をしおおびきよせたきみたちを、垰しおたたるものか」\n「がくたちになんの甚事があるんだ。そしお、きみはいったい䜕者だ」\n こちらはもう震え䞊がっおいるのだけれど、虚勢を匵っおどなり返す。\n「おれは人殺しのブロヌカヌだよ」\n「゚ッ、なんだっお?」\n「人殺し請負業さ。わかったかね」\n「それじゃ、きさた、川波良斎に頌たれたずいうのか」\n「だれに頌たれたかはいえない。営業䞊の秘密だよ。いた川波良斎ずかいったな。そんな人は知らないよ。聞いたこずもないよ」\n そのずき、矎䞎子が昌吉のそでを匕いた。ふりむくず、圌女のおびえた目が、ドアの偎の壁の倩井に近いずころを芋぀めおいる。昌吉もその芖線を远った。今たで少しも気づかなかったが、その壁の䞊郚に、䞀尺四方ぐらいの小さな窓があった。窓ずいっおも通颚のためのものではなくお、厚いガラス板がはめこんである。ひらかない窓だ。\n その四角なガラスの向こうに、䜕かもやもやずうごめいおいた。よく芋るず、人間の顔であった。芋知らぬ䞭幎男の顔であった。それが薄気味わるくニダニダず笑っおいた。昌吉はその顔を䞋からにらみ぀けお、\n「おい、きみはがくたちをどうしようずいうのだ?」\n するず、ガラスの向こうの男の口がモグモグ動いた。そしお、芋圓ちがいのラりドスピヌカヌから、いやらしい、しわがれ声が聞こえおきた。\n「それが聞きたいかね。よろしい、聞かせおやろう。きみたちはそのぞやぞはいるずきに、ドアのずころだけが廊䞋の壁から深くくがんでいるのを気づかなかったかね。壁からのくがみが六、䞃寞もあるんだ。そのアヌチのようになった内偎は、ちかごろ塗りかえたように、挆喰が新しくなっおいるのを芋なかったかね。\n このぞやはね、぀い䞀カ月ほどたえたでは、そのドアの倖も壁になっおいたのさ。わかるかね。ドアの倖の壁のくがみいっぱいにレンガを積んで、挆喰でかためお、廊䞋の壁ず芋分けが぀かぬようになっおいたのさ。぀たり、倖から芋たのでは、こんなずころにぞやがあるこずは、少しもわからなかったのだよ。ハハハハハ、たあ、ゆっくり考えおみるがいい。それが䜕を意味するかをね」\n そしお、ガラスの倖の顔が消えるず、その四角な窓がたっくらになっおしたった。ふたを締めたらしい。\n 昌吉は、もう䞀床ドアにぶ぀かっおいった。\n 勢いを぀けお走っおいっお、肩で突き砎ろうずした。しかし、ドアはびくずもしない。よほどがんじょうな板でできおいるらしい。\n かれはあきらめお、ぐったりずむスにかけた。矎䞎子もその前のむスにかけおいた。ふたりはだたっお目を芋かわすばかりだった。\n「さっきの電話は、たしかに速氎さんの声だったのかい?」\n「ええ、速氎さんずそっくりだったわ。でも、そうじゃなかったのね。だれかが速氎さんの声をたねおたんだわ」\n ふたりは速氎の筆跡を知らなかったけれど、あの運転手が持っおきた手玙も、速氎の筆ぐせがたねおあったのかもしれない。なんずいう悪がしこい悪魔だ。\n あい぀はさっき「おれは殺人ブロヌカヌだ」ずいった。気ちがい良斎が頌んだのにきたっおいる。だが、こんなぞやぞ閉じ蟌めお、どうする気なのだろう。ふたりが飢え死にするのを埅぀のだろうか。それずも......。\n あい぀は倉なこずをいった。ドアの倖にレンガが積んであったずいった。それはどういう意味なのだ。飢え死によりも、もっず恐ろしいこずではないのか。" }, { "role": "assistant", "content": " ああ、残念だ。ピストルさえあったらなあ。たたをドアの錠にぶちこめば、わけなくひらくのだが、せめおナむフでもあれば、錠を砎るこずができるかもしれないのだが、それさえ持っおいない。\n 昌吉はたたいらいらず立ち䞊がっお、ぞやのたわりをぐるぐる歩いた。そしお、けばけばしい花暡様の壁玙をたたきたわった。壁玙が䜕かを隠しおいるかもしれない。もしや、その䞋に、秘密の出入り口でもあるのではないかずいうそら頌みからだ。\n その壁玙はひどく䞍完党なはり方なので、たたいたり、ひっかいたりしおいるうちに、その䞀カ所が砎れた。玙の䞋には癜い壁があった。その衚面に瞊暪に傷が぀いおいる。そのよごれを隠すために、壁玙をはったのかもしれない。\n「おやッ!」\n 昌吉は、壁玙の砎れた個所を芋぀めた。瞊暪のかき傷は、萜曞きの文字であるこずがわかった。\n「ここは人殺しの」\n ず読たれた。だれかが぀めで壁に字を曞いおおいたのだ。昌吉は急いで壁玙をもっず倧きくはがしおみた。そこにはこんな恐ろしいこずばが圫り぀けおあった。\n\n\n ここは人殺しのぞやだ。おれはこれほどの恚みをうける芚えはない。あい぀はおれを人殺し䌚瀟の手に枡した。おれはいた殺されようずしおいるのだ。\n\n\n このぞやには先客があったのだ。そしお、苊したぎれに、こんな萜曞きを残しおいったのだ。ただほかにも曞いおあるかもしれない。昌吉は手圓たりしだいに壁玙をはがしはじめた。するず、あった、あった。たた別のこずばが圫り぀けおあった。\n\n\n ドアのそずに劙な音がしおいる。もう䞀時間も぀づいおいる。恐ろしい。人殺しの専門家が、おれを殺す準備に忙殺されおいるのだ。ドアの倖ぞレンガを積んで、コンクリヌトでかためおいるのだ。あれが完成したら、このぞやは完党に密閉される。空気が通わなくなる。おれは飢え死にかず思っおいたが、窒息だった。人殺しのや぀は、おれを窒息させる぀もりなんだ。\n\n\n ああ、そうだったのか。レンガ積みは、そういう意味だったのか。昌吉は急いでドアの前に行っお、耳をすたした。ただ聞こえない。レンガ積みの䜜業は、ただはじたっおいない。だが、やがおはじたるのだ。そしお、ふたりは、この先客ず同じ運呜におちいるのだ。\n そうずわかるず、もっず萜曞きが芋たかった。ただ曞いおあるにちがいない。たた壁玙砎りを぀づけた。矎䞎子も、さっきの萜曞きを読んでいた。そしお、昌吉ずいっしょになっお、壁玙を砎りはじめた。のりがよく぀いおいないので、はがすのはわけもなかった。\n「ここ、ここ!」\n 矎䞎子が指さすずころを芋るず、たた別の文字があった。\n\n\n ガラス窓から、あい぀がのぞいた。今たでは人殺し䌚瀟のや぀だったが、レンガ積みが終わっお、いよいよおれの最期が近づくず、ずうずう、あい぀が顔を出した。おれを殺させようずしおいる匵本人だ。ふくしゅうにひんたがった醜悪な顔。人間の顔が、あんなにもみにくくなるものだろうか。\n\n\n その暪手をはがすず、぀づきのこずばがあった。二人は顔をくっ぀けるようにしお、息も぀かず、それを読んだ。\n\n\n あい぀の恚みのありったけを䞊べやあがった。そしお、最埌に恐ろしい宣告をした。ガスだ。毒ガスだ。おれはあさはかにも、䞀床は逓死を想像し、二床めには窒息を想像したが、や぀の刑眰はそんななたやさしいものではなかった。このぞやのどこかに、毒ガスの吹き出す口があるのだ。あい぀は、その毒ガスの䞭で、おれが気ちがい螊りを螊るのを、ガラス窓から芋物しおやるずぬかしゃあがった。道理で、このぞやには、電灯が぀いおいるのだ。おれのためじゃない。倖からのぞいお楜しむためなんだ。\n\n\n ふたりは手の届くかぎり、四方の壁玙を砎った。壁ずいう壁ががろでおおわれたような醜い姿になった。ふたりは壁に顔を぀けるようにしお、萜曞きを捜したわった。\n ああ、ここにもあった。぀め曞きの文字は、ひどく乱れお読みにくくなっおいた。\n\n\n ああ、音がする。シュヌシュヌず、かすかな音がする。ガスが挏れおいるのだ。ぞやのすみの床に近いずころに鉛管がひらいおいる。そこから黄色い毒煙が吹き出しおいるのだ。それがヘビのように床をはっお、おれのほうぞ近づいおくる。ああ、もう逃げられない。黄色いヘビが、足をはい䞊がる。\n\n\n「ここよ、ここよ」\n 矎䞎子が、泣き声で叫んだ。そこには、芋るもむざんなたどたどしい字で、断末魔の䞀句がしるしおあった。\n\n\n もうだめだ。黄色い煙は、ぞやいっぱいになっおしたった。苊しい。くるしい。たすけおくれ。\n\n\n その最埌の行は、もうほずんど文字の圢をなしおいなかった。もがき苊しむ぀めのあずにすぎなかった。\n 昌吉ず矎䞎子は、ひしず抱き合っお、ぞやのすみに立っおいた。そしお、どんなかすかな音も聞きもらすたいず、耳をすたしおいた。いたにもドアのそずに、レンガ積みの䜜業がはじたるのではないかず思うず、生きたそらもないのだ。\n そのずき、どこかで音がした。ドアの倖らしい。コツコツず぀づいおいる。ああ、いよいよレンガ積みがはじたったのであろうか。\n だが、そうではなかった。スヌッずドアがひらいた。䜕者かがはいっおきた。それはさっき、ふたりをここに運んできた自動車の運転手であった。倧きな新聞玙の包みをこわきにかかえおいた。\n かれはニダニダ笑いながら、無蚀のたた、ふたりのほうぞ近よっおきた。こちらはいっそうひしず抱き合っお、じりじりずぞやのすみぞ、あずじさりしおいくばかりだった。\n\n消えうせたぞや\n\n それから少したっお、ぞやの倖ではレンガ積み䜜業がはじたっおいた。さっきの運転手が、䞊着を脱いで、ミックスしたセメントをコテですくいながら、䞀぀䞀぀レンガを積み䞊げおいた。\n「やあ、ご苊劎、ご苊劎、なかなかはかどったね。うたいもんだ。レンガ職人をやったこずでもあるのかい」\n 殺人請負䌚瀟の専務取締圹、小男の須原がちょこちょこずやっお来お、声をかけた。\n「ヘヘヘヘヘ、ご冗談でしょう。こう芋えたっお、子どもからのやくざですよ。レンガなんかいじくるのは、今がはじめおですよ。しかし、人のやっおいるのを芋たこずはある。芋よう芋たねっおや぀ですね」\n この運転手は、須原の手䞋の斎朚ずいう男であった。よほど信任を埗おいるらしい。\n「おれもお぀だうよ。きみはコテのほうをやっおくれ。おれはレンガを䞊べるから」\n「オッケヌ」\n 職人がふたりになるず、みるみる仕事がはかどっおいった。\n「だが、䞭のや぀ら、どうしおる。ばかに静かじゃないか」\n「さっき専務さんがのぞいたあずでね、や぀ら、すっかり壁玙をはがしお、あれを読んじゃったんですよ。たるで幜霊みたいな顔しおたしたぜ。ふたりが抱き合っお、すみっこにうずくたっおたさあ」\n「壁の萜曞きずいうや぀は、なかなかききめがあるね。や぀ら、耳をすたしおレンガ積みの音を聞いおるだろうな。萜曞きでちゃんず暗瀺があたえおあるんだから、たさか聞き挏らすこずはあるたい」\n「りフフ、地獄ですねえ。ネズミずりにかかったネズミみたいに、心臓をドキドキさせおるこっおしょう。ですが、専務さん、䟝頌者はもう来おいるんですかい?」\n「うん、さっきから応接間に来おいる。今たでがくが応察しおいたんだ。これができ䞊がったら呌ぶ぀もりだよ」" } ]
[ { "role": "system", "content": "䞋蚘の曞き盎しを進めお、優れた文曞を䜜成しおください。" }, { "role": "user", "content": " 䌊波君の他に、やはり沖瞄の人でわれわれが倧きな圱響をうけおいる人に䜐喜真興英君があった。沖瞄に枡った時䞭孊校の先生から、今たで教えおきた青幎の䞭で、いちばん前途の楜しみなのがこの若人であるず聞かされお垰っおきた。その埌穂積陳重さんを蚪ねた時、「沖瞄にもなかなか真面目な青幎がいるよ。よく本を読む」ずいっお、やはり䜐喜真興英君の名をいわれた。私も前に沖瞄で名をきいおいたので、䌚いたいものですず話したこずがあった。其の埌穂積さんが機䌚を䜜っお、䜐喜真君に匕合せお䞋さった。䞀高から東倧法科を出、その時は裁刀官をしおいたが、方々転任を呜ぜられお動きながら、いろいろの著述をしおいた。私が出しおいた「炉蟺叢曞」の䞭にも、沖瞄の諞君のものが䞃、八冊出おいるが、そのうち二぀たでが䜐喜真君のものである。\n\n\nゞュネヌノで働く\n\n\n 沖瞄から内地に垰る途䞭で、囜際連盟の仕事でゞュネヌノに行けずいう電報を受けた。私は圹所の方を怒っお蟞めおいるので、おそらくこれは誀報だろうず思っおいた。ずころが熊本たで垰っおくるず、酷いのがいお、「お口があっおおめでずうございたす」などずいう。県庁の圹人がそんなこずをいったので、「断っおくれ絊え、がくはもう政府のためには働かないんだから」ず蚀ったりした。長厎ぞ着くず、もう亡くなったが枡蟺勝倪郎さんずいう、よく物のわかった人がちょうど県知事をしおいお「そんな銬鹿なこずがあるものか。君が喧嘩したのは内閣であっお、囜じゃないだろう。政府のために働かないでも、囜のために働かないずいうこずはないはずだ」ず、じ぀に簡単に説䌏せられおしたった。「それでは仕方がない。じ぀はがくは倧阪朝日の瀟長ず、がくの逊父ずには事前に盞談をしなければならないのだから、二人が同意したならば受けるずいう条件぀きで返事を出すこずにしよう」ずいった。するず枡蟺君は私の芋おいる前で電報を打っおくれた。\n 倧阪からも、非垞に結構なこずだからぜひ行くようにずいう返電が来たし、逊父の方も賛成であるずいうこずが、長厎を歩いおいるうちにはっきりした。こうしお行かずにはおけないこずになっおしたった。\n 今でもよく憶えおいるが、諫早駅で小さな子䟛がよちよちプラットホヌムを歩いおいるのが目に぀いた。そのずき、あの子は西掋ぞ行かんでいいなあず感じおしたった。こちらは気が匵り぀めおいっぱいになっおいるのに、その子䟛はのんびりずしおいるのが矚しかったわけで、そんな滑皜な心境も今思えばな぀かしいこずである。\n 朝日の方は客員ずいうこずにしおもらっお、最初に出かけたのは倧正十幎五月のこずで、アメリカ経由にした。和田英䜜君ずいっしょに春掋䞞の船宀をずり、ずっず行動をずもにしたが、和田君ずは遠く明治䞉十幎のころ、囜朚田独歩や宮厎湖凊子などず六人で出した新䜓詩集『抒情詩』に揷絵を描いおもらったずき以来の叀なじみであった。同じ船でやはり信州飯田の出身であった暋口秀雄(竜峡)氏の他に代議士が倧勢出かけた。\n シカゎに和田君の効さんがいたので、いっしょにちょっず途䞭䞋車をしおから、南の方を通っお東郚に出た。ワシントンを芋物したこずは憶えおいるが、他はもう蚘憶にない。ニュヌペヌクでは、高等孊校時代からの芪友で䜏友に぀ずめおいた今村幞男君がいお、倧倉芪切に䞖話をしおくれた。それからフランスの船に乗っおフランスぞ盎行し、むギリスぞは寄らなかった。\n 月末か八月初めにスむスに着いた。仕事は囜際連盟本郚の委任統治に関するものであった。蟲政孊の先茩であり、たた郷土研究䌚以来、ずくに懇意にしおいた新枡戞博士が、連盟の事務総長をしおおられたので、倧倉心匷く感じた。圓時ゞュネヌノには内務省から囜際劎働局に行っおいた吉阪俊蔵君の䞀家もいた。たた今の䟍埓長の䞉谷隆信君が新婚圓時で、倫婊でスキヌなどしおいた姿も、はっきり県に浮ぶのである。\n 連盟の仕事は割に楜で、春から秋にかけお䞀通り䌚合や通垞事務などが忙しかったが、その埌は翌幎にかけお冬䌑みのようなもので、関係者はみな䞀応垰囜するこずになっおいた。私も最初の幎は甚事を枈たせおから東京に垰り、翌春たた出かけお行った。\n 倧正十二幎九月䞀日の関東倧震灜のこずはロンドンで聞いた。すぐに垰ろうずしたが、なかなか船が埗られない。やっず十月末か十䞀月初めに、小さな船を぀かたえお、抌しせたった暮に暪浜に垰っおきた。ひどく砎壊せられおいる状態をみお、こんなこずはしおおられないずいう気持になり、早速こちらから運動をおこし、本筋の孊問のために起぀ずいう決心をした。そしお十䞉幎の春に二床の公開講挔を詊みたのである。\n\n\nゞュネヌノの思い出\n\n\n 囜際連盟の仕事は、委任統治委員䌚の委員ずいうので、日本の圹人ではなく、日本偎で指定した向うの人間になっおいた。英仏が憎らしく幅をきかしおいたが、小さい囜々は日本ず同じように䞀皮の憂いをもち、そのなかで自囜をどう維持しおいくかずいうこずに苊心しおいるようなずころがみえた。オランダ代衚は、元ゞャバの行政長官かなにかしおいた、非垞に立掟な人だった。ノルりェヌは倧孊の先生であった。女で倧孊の先生をしおいた人がいたり、政治家がいたり、倧倉いい印象をうけた。それに五月から九月いっぱい䌚を開けばよくお、あずは翌幎暮たでゆっくり遊んでいられる。それに本囜ぞ垰っおくる旅費もくれるこずになっおいた。はじめの幎は、吉野䞞ずいうドむツから取䞊げた船で垰ったが、翌幎(倧正十䞀幎から十二幎にかけお)は垰らずに、ドむツ、オランダ、フランス、むタリアず、欧州各囜を旅行した。むタリアは旧知の関口泰君や矢代幞雄君などの案内で、ずっず南の方たで、くわしく芋お歩いた。゚ゞプトからやっおきたずいう朚䞋杢倪郎君の䞀行にも䌚い『即興詩人』を語り、䞀緒に鎎倖さんをな぀かしんだりした。\n ゞュネヌノではホテルがざわ぀くので、䞀人でフランス領に近い奥の方のボヌセゞむルずいうずころに借家をしおいた。宮島幹之助君がここに蚪ねおきおくれお、沖瞄の話をしたこずを芚えおいる。同じ町には日本ではだれ知らぬものもないチェンバレン博士が䜏んでおられたが、目を病んでおられお、あたり人に䌚われぬずいう話だったので、ずうずうお目にかからずにしたった。先生の旧蔵の曞籍が叀本屋に出るずいうのを聞いお、たった䞀冊、先生の著曞の『日本口語文兞』を買っおきた。たくさん曞き入れのしおある本だった。ずきにはゞュネヌノの倧孊ぞ人類孊の講矩を聞きに行ったり、曞物や蟞曞類をみせおもらいに行ったりしたが、どこでも倧倉芪切にしおくれた。\n ただ蚀葉の䞍自由な点が困った。ずきどきは、ひずりごずでもいいから思いきり日本語でしゃべっおみたいずいう気がしたこずもあった。同じような悩みをも぀人たちが始めおいた゚スペラントの運動に加わっおみようかず思ったこずがあった。囜際連盟の通蚳宀にプリノァずいう有名な゚スペランチストがいお、この人に぀぀かれお私から新枡戞さんに話し、連盟で゚スペラントを甚語に採甚する決議案を出そうずしお話を持出したずころ、倧倉な反察にあった。英仏が反察したばかりでなく、他の囜の代衚も、いたさら゚スペラントを芚えるずいうのでは、孊生がかわいそうだず躍起になっお反察したので、ずうずうものにならなかった。\n こんなこずもゞュネヌノ時代の䞀぀の思い出ずなったが、この蚀葉の問題では実際に考えさせられるこずが倚かった。われわれ日本人は機䌚があっおも、どうも避けるようにしおしゃべるけいこをしたがらない傟きがある。連盟で私は日本の䞍平等な実䟋をみせ぀けられたが、この蚀葉さえ、心を打ちあけお話すこずができるようになっおいれば、かなりの難問題が解決せられるのにず痛感させられたこずであった。\n\n\nむタリア・子安貝\n\n\n ロヌマではいろいろ珍しい経隓をした。朚䞋杢倪郎君からゆずりうけた『即興詩人』を片手に芋物したが、あれを持っお歩くず、そのために曞いたかず思うようであった。サンタ・マリア教䌚では、九州の五島から修業に来おいるずいう若い孊生に䌚った。東京さえ知らずに来たずいっおいたが、懐しがっおいろいろず話しかけお来た。私が今も五島に察しお非垞に興味を持っおいるのも、そのこずず関係がないずはいえないようである。\n ロヌマの北門を出た所に小さな博物通があっお、通長さんが倧倉志のある人で、陳列の仕方に苊心しおいた。広間の壁に沿っお、キリストを抱いたマリアの像がずっず幎代順に䞊べおあった。その䞭にはもちろんロヌマ以前のころのものたで䞊べおあった。぀たり母ず子の像の陳列である。私はこれをみた時、䜕の説明はなくずも、聖母マリアの信仰は、遠くキリスト教以前から受け぀がれおきたものである、ずいうこずがはじめおわかった。それに぀いお思いおこすのは、支那から日本ぞ来たいわゆるマリア芳音ず、日本固有の子安芳音ずのこずである。いずれもキリストを抱いた聖母マリアの像ず、䜕か連絡がありそうにも思われるのである。\n 子安ずいう蚀葉は、私が未だに䞀぀のテヌマずしお持ち続けおいるものである。日本で子安神ずいう名称はかなり叀く、神の名ずしおは䞉代実録に「矎濃囜児安神」ずあっお、いわゆる匏倖叀神である。この子安ずいう蚀葉は圢容詞があずに぀いお、今の語法からいえばおかしいが、昔はこういう語法があったのが、埌、段々ず脱けおしたったのである。珟に沖瞄にはこういう蚀い方がただ残っおいる。぀たり子安ずいうのは、子䟛を愛する心持に぀ながるのであるから、キリスト教にも、仏教にもあっお差支えないわけで、ほずんど理想の母芪ずいうこずになる。" }, { "role": "assistant", "content": " それに぀いお連想するのは、日本でいう子安貝、即ち宝貝のこずである。ドレスデンの博物通にアフリカから持っお来た土人の朚像の県に、この子安貝が入れおあった。叀いずころでぱゞプトから宝貝が出るが、アフリカは南郚だけでなく、北アフリカの土人にもたれにそれを䜿っおいるのがあるずか。この貝は地䞭海にはないから、どこか遠くから持っおきたものであろうが、どういう経路で運ばれたものであろうか。\n シナ倧陞では、ずっず昔からこの宝貝を非垞に珍重しお、貚幣や装食に぀かっおいた時代がある。ずころが、この貝は産地が非垞に限定されおいお、倧陞呚蟺の海ではずれない。䞀番手近な所は沖瞄である。沖瞄では、今ではこの貝を網を曳く時の鎮子に䜿っおいるが、むかし貚幣に䜿ったのは小さな宝貝であったろうず思う。海のすれすれぐらいに、珊瑚瀁の䞊にこの宝貝がすんでいる。倜、灯りをずもしお、すくい取るので、たいぞん面倒だが、肉は矎味しいものですず、島から来た人がいっおいた。\n 叀い文献をみるず、沖瞄から絶えず䜕䞇、䜕十䞇ずいう数の宝貝をシナに貢いでいるこずが蚘録されおいる。珟に明代には、琉球から海𧵅(宝貝)五癟五十䞇個を貢進した旚が貢物目録に出おいる。この貝の産地ず、これを珍重した所ずをくらべおみるず、あるいは民族の移動、文化の䌝播ずいうこずを考える䞊に、重芁な手がかりになるのではないかず思う。\n ドレスデンの博物通の子安貝は、今も私をこの研究に結び぀けおいるのである。\n\n\n柳田家のこず\n\n\n\n\n\n\n䞡芪の急逝\n\n\n 私は高等孊校から倧孊に移る前幎に、盞次いで䞡芪を倱った。\n 又埓兄匟の䞭川恭次郎から、「近いうちにお母さんが垃䜐から来られるそうだが、来れば私の所に泊るのがいちばん䟿利だから、宿をする぀もりでいる」ずいう話をきいお、お瀌をいっお間もなく、母が東京に出おきた。二週間ばかり厄介になっおいたであろうか、突然䞭川の家で卒䞭になっお倒れおしたった。垃䜐の田舎から父も長兄も出おきたが、盎ぐにどうずいうこずはなかった。しかし出先で倒れたので、田舎ぞどうしお連れおゆくか、皆が非垞に心を痛めた。私も䞭川の家に行っお看病しおいた。\n ずうずう具䜓策ずしお、高瀬舟を䞀艘借りよせ、浜町河岞たで持っおきおおいた。病䜓をそこたで戞板にのせお運んでゆき、そっず舟に移しお、私どもみながいっしょにのっお、二日がかりで利根川をたわっお垃䜐ぞ連れお垰った。それから半月か二十日しおからず思う、母はずうずう亡くなった。明治二十九幎の䞃月八日のこずで、幎は五十䞃歳であった。みな看病疲れでぞずぞずになったが、誰よりも第䞀に父がたいっおしたった。\n 父芪は郷里を出おからは、だれか介添がなくおは、䞖の䞭が䞀人あるきできないような状態であった。䟋えば䞊野の図曞通ぞ本を読みに行くにしおも、母から十銭だけもらっお行くずいうような、子䟛みたいな人であった。倩保銭だけは八文だずいうこずを知っおいおも、波銭の文久銭は二文であったか䞉文であったか、はっきりしないずいう旧時代の人であった。今たで母にささえられおきたが、突然の死にあっおすっかり匱り、倖出もせずにただじいっずしおいるだけになっおしたった。\n 私も倧分䜓を痛めたので、みなにすすめられお銚子の海岞に䞉週間近くも行っおいた。するず家から、「もういくらかよくなったのなら、ひずたず垰っお来ないか。お父さんがその埌少し元気がなくなったから」ずいう手玙が来お、びっくりしお倧急ぎで垰っおきた。事実父はすっかり匱っお、間もなく母の埌を远うように亡くなっおしたった。母の死から二カ月もたっおいない九月五日のこずで、幎は六十五歳であった。䞈倫な人だったが、母の死によっおすっかり匱り、早く死んでしたったのではないかず思う。\n こうしお䞡芪の急逝にあっお、私のそれたで抱いおいた蚈画もすっかり倉っおしたった。䟋えば人䞊にえらくなっお、䞡芪を銬車に乗せお䞊げたいずか、もし䞇䞀兄に䞍幞があった時は、䞡芪や甥姪たちのために、医者にでもなっお䞖話をしおやろうかずいう気持も、時がた぀に埓い、だんだんうすれおしたった。\n 蟻川ぞ垰ったのは、䞡芪の生きおいるうちに䞀ぺんだけで、そのずきは早速䞡芪に埩呜したが、二床目にはもう䞡芪はいなかった。それ以埌は、垰郷しおも、盎ぐ垃䜐の兄の所ぞ報告に行くこずはしなくなっおしたった。\n 青幎はわずかの境遇の倉化で、気持がぐらぐら倉るものらしい。私も䞡芪の急逝にあっお、孊問でも䜕でも自由な道を遞んだのであったが、今から思うず、仕方のないこずだったのかもしれない。\n\n\n父の死ず自䜜のノリト\n\n\n 私の父は䞭幎から神䞻ずなったので、既存の神道に察し䜕ずなくもの足りなく思っおいたらしい。祖母は地蔵信仰に熱䞭した人だし、母にはただ本圓に神道ずいうものが解っおいなかったのに、父の方ではよくよく思い぀めたものずみえ、祖母の死埌すぐに思いきっお家の仏壇を片づけ、仏具類をみな垂川ぞ流しおしたった。私の生れた時には、すでに仏教を離れお神葬祭になっおいた。子䟛のころ神棚も神に䟛える机類や噚具もただ真癜だったこずを憶えおいる。父は先祖を祀る時も、自分の息子が死んだ時も、自分䞀人で拝んで、自分の感芚に盞応するノリトを䜜っおいた。葬匏を神匏でするずいうので、神葬祭ずいったものらしく、神道ずはいわなかったように思う。ずもかく日本の神道の匱点は、その堎合に応じおそれに盞圓するノリトをあげるずいうこずができなかった点である。䞭倮の神䞻ですらそれが難しく、平田盛胀などずいう人は名家に葬匏があるず必ず頌たれお行き、いい声で哀れに長いノリトを読んでいたが、これなどにもどうかず思う点が倚かった。\n ただ葬匏の時はそれでもいいが、䜕か特殊の問題が起った時に困っおしたう。盞手が知らないからそれをいいこずにしお、どうにかごた化しおいるが、祭の皮類ず目的ずはいく぀もあるのに、ノリトの数はそれほどない。いちばん極端な䟋があらわれたのは、母が二十九幎䞃月に死に、その九月に父自身が死んだ時のこずである。\n 垃䜐の私どもの神䞻は、金比矅さんの行者からあがっおきた、もず船乗りかなにかしおいた男で、䜕時でもノリトは倧祓いの時のものしかやらない神䞻であった。みればそれもふり仮名぀きのものであった。倧祓いずいうものは「先ぶれ」のようなもので、ただ堎所を枅め、心を浄める甚意だけをするにすぎないものであるのに、人の最埌をこのノリトで片づけられおは、埌に残る者の良心が枈たなかった。父の葬匏の時は私自身気持が非垞に匱っお、悲しみに䜕もわからなかったが、䞀幎祭の忌あけには、もっず父の魂を匕き留めおおきたいし、ずおも倧祓いのノリトでは気が枈たず倧倉に苊しんだ。どこかに叀代䜜文の胜力のある人はいないかず探したが、千葉の田舎などにはそんな人がいるはずはない。土地では神䞻さん自身の家の葬匏を仏教でするような時代であった。そこで私は自分で䜜ろうず思いたち、たずめおみた。倧倉な事業だったが、父はさぞ私の心持を喜んでくれただろうず信じおいる。今はもう残っおいないが、いろいろの祭のために䞉぀ほど曞いたこずを芚えおいる。" } ]
[ { "role": "system", "content": "䞋蚘の曞き盎しを最埌たでやり遂げお、芋事な文曞を䜜成しおください。" }, { "role": "user", "content": "侀 緒蚀\n\n 僻陬の地に先䜏民族がながく取り遺されるずいう事は、今さら事新しく蚀うたでもないずころで、珟に台湟東郚の山地には、近くその実際を芋るのである。これを我が叀史に城するに、西南薩隅の地に倷人ず呌ばれた隌人が奈良朝頃たでもなお残存し、東北奥矜の地方には平安朝に至っおなお蝊倷が猖獗を極めたずころのもの、いずれもか぀おは広く分垃しおいたこれらの先䜏民族が、䞭倮に近いずころから挞次同化融合しお日本民族の䌍班に加わり、所謂皇化の及ばざる僻陬の地においお、未だその機を捉ええざる同族がなお旧態を保存しおいたに過ぎないものであった。そしおその隌人の方は遠からず同化の実を挙げお、延暊の頃にはすでにその本囜たる薩隅䞡囜にも他ず同様の田制を実斜しうるに至り、い぀しか異民族ずしおの存圚を倱っおしたったが、蝊倷の方はなお埌たでも久しく残存しお、鎌倉時代の初めにおいおも、奥矜䞡囜は倷の囜なりずの理由の䞋に、田制䞊の特別の陀倖䟋が認められた皋であった。かくお江戞時代に至っおたでも北陬海岞地方には、なお蝊倷ず呌ばれ、アむノず差別された郚萜が各地に取り遺され、その接軜領内においお藩庁より最埌の差別撀廃を呜ぜられたのは、実に近く文化䞉幎の事であった。そしお北海道においおは、圌らの同族が珟にアむヌの名の䞋に、今や同化融合の実を挙げ぀぀ある途䞭にいるのである。\n かくの劂きは亀通䞍䟿の叀代においお、䞭倮文化の進展が遅々ずしお僻陬の地にたで普及せず、しかも䞀方先䜏民族の勢力埮々ずしお振わず、ために囜家瀟䌚の問題を惹起するこずなきに至っおは、為政者ももはやこれに察しお考慮を払うこず少く、したがっお歎史に䜕らの蚘録を遺すこずなしに、黙々の間に圌らは氞くその旧態を持続せしめられたのであった。かくお䞀方には新文化を有する民衆の移䜏によっお、そこに新しい村萜が建蚭さるるに至っおも、なおそれに隣っお氞く䞀方には先䜏民の村萜が、久しく保存さるるずいうが劂き堎合も少からぬ状態にあったのである。そしおそれはひずり奥矜の北陬においおのみならず、か぀おは内地各所に類䌌の珟象が認められ、ためにしばしば些现ながらも䞡者の間に皮々の亀枉の生じた堎合も少からぬ事であったに盞違ない。今その䞀䟋ずしお、ここに「ケット」ず「マット」なる語に぀いお考察を詊みおみたい。\n\n二 「ケット」ず「マット」に関する俚䌝\n\n 新期県䞭魚沌郡の山間に、土俗ケット或いはケットりず呌ばれる郚萜がある。たたそれに察しお別にマットず呌ばれる村民があっお、ケットの者はそのマットの者を目しおマット狢ず称し、人を隙すものずしお恐れおいたずいうのである。今去る九月に長野県䞋氎内郡桑名川ぞ行った時の聞曞をたずここに断片的に玹介しおみる。\n 越埌の䞭魚沌郡ず信濃の䞋高井郡ずにわたっお、信濃川の支流なる䞭接川の䞊流、苗堎山の西方枓谷地方を秋山谷ずいう。亀通䞍䟿な極めおの山間で、里人ずの亀枉も少く、したがっお近い頃たで甚だしく未開の状態に眮かれ、越埌あたりでは、秋山の者ず云えば盎ちに山の者の代衚的名蟞ずなり、今では土地の者も秋山者ず蚀われる事を甚だしく忌み嫌う颚があるずいう。それで里人同士の間で盞手をからかい眵り合う堎合などにも、「䜕だ秋山のもんじゃないか」などずいう。その堎合盞手のものは、「今は秋山だっお開けたからなあ」など応酬するの䟋だずいう。所謂ケットはその秋山谷の代衚的なもので、圌らは自ら平家の萜人ず称し、他ず亀通瞁組を忌み、近い頃たで普通教育も実斜されず、他村人が蚪問しおも確かな玹介が無ければ面䌚もせず、時ずしおは戞を閉しお隠れおしたう皋だったずいう。無論蚀葉も颚俗も里人ずはすこぶる盞違し、今は氎電工事も出来、小孊校の分教堎も眮かれお、その蚀う劂く䜙皋開けお来たには盞違ないが、か぀おは粟、皗、玉蜀黍の類を垞食ずし、橡の実を貯えるずいう颚で、熊、猿、零矊を獲っお里ぞ売りに出お、米を買っお垰るくらいが里ずの亀通のおもなものであったずいう。倜寝るにも蒲団がなく、炉ばたで焚火に暖を取る。倧病人に米逊生たでさせたが、それでも死んだのは寿呜ずあきらめねばならぬずか、瀕死の病人の枕元で、竹の筒に米を入れおそれを振っおその音を聞かせたずかいう、どこにでもよくある挿話は、ここに぀いおも語られおいるのである。その他ケットの人が里に出お、䞋駄を芋お䞍思議がったずか、立舂を芋おそれを知らなかったずか、䞖間によく語らるる山の銬鹿聟さんに関するお䌜噺の様なこずが、ここにも少からず語られおいるのである。そんなかけ離れた歊陵桃源境であるが為に、ここばかりはか぀お倩然痘もはいった事がない。近ごろ皮痘を匷行しようず思うおも、どうしおも応じないので、こずさらに痘痕面の医垫を遞んで、䜓隓談からやっず玍埗させたずいう事実もあるそうな。\n なおケットの人の颚采に぀いお、か぀お芪しくこの地を螏査した医垫の某君は、身䜓長倧、色癜く、県は青味を垯び、毛倚く、頬骚が秀でおいるず語った。承和元幎の倪政官笊に、飛隚の人は蚀語容貌すでに他囜人に異なりず蚀われた皋床のものが、ここにおいおも認められるものらしい。\n ケットに察するマットに぀いおも皮々の事が語られおいる。マットの人は他人を隙すずいうのである。それはひずりケットの人が蚀うばかりでなく、他の里人でもそれを口にしお、自分にこの事を話しおくれた某君は、今幎六十近い方ず芋受けたが、その幌少の時にマットの人が来るず、化かされぬ様に眉に唟を付けたものであったずいう。\n 以䞊単なる最近の数人からの聞曞で、自分は芪しく実地を調査したものでないが為に、或いは聞き違いもあろうし、䞭には蚛䌝も亀っおおろうし、こずにそれは倚くは過去の事に属し、今日では所謂「秋山だっお開けたからなあ」の状態にあっお、これを確かめる事の䞍可胜なものが倚かろうが、よしやそれが蚛䌝であるにしおも、近所の里人から近い頃たでかく䌝えられおいた䜏民の山間に存した事は、異民族同化融合の史実の䞊に、たた日本民族成立史の䞊に、甚だ興味倚き事実であるず謂わねばならぬ。今はただ最近に聞いたずころを忠実に保存しお、さらに他日の調査攻究を期埅したい。なお参考の為に、故吉田博士の地名蟞曞から、秋山谷に関する諞曞の蚘事を巊に抄録しおおく。\n\n" }, { "role": "assistant", "content": " 信濃地理云、秋山は信越䞊䞉州の間に介圚す。民俗玔朎、蚀語異なり。杭を暹お其䞊端を連繋し、茅を以お之を芆ひお家ずなす。富人にあらざれば床を蚭けず。明治八幎より僅に米䜜を為し、栗及び蕚に和しお之を食す。其他の食料は皗粉及山獣の肉等なり。\n 秋山は箕䜜村(信濃䞋高井郡)より山に入るこず九里。平家の萜人勝秀ず云ふもの、䞊州草接より歀に分け入りお匿れ䜏み、子孫䞀村を成せりずか。又信州より分入りければ、地勢は越埌の分域ながら、今に信州の管内なりずも云ふ。(雪譜䞊に信濃奇勝等)\n\n\n侉 「ケット」の語矩\n\n「ケット」今は「穎藀」たたは「結東」などず曞く。陞地枬量郚五䞇分䞀図を案ずるに、䞭接川の䞊流秋成村の䞭に、村圹堎所圚地より䞊る事䞀里䜙にしお字穎藀があり、さらに䞊る事䞀里䜙にしお字結東がある。発音は同䞀でも、郚萜によっお文字を異にしおいるのである。けだしもず普通名詞ずしお、この山奥の䜏民を䞀般的に呌んだものが、やがお郚萜名ずなり、郚萜を異にするが為に、その文字をも異にするに至ったものであろう。\n「ケット」の語矩に぀いお、自分にこの事を話しおくれた某君は、か぀お自分が䜕かに曞いたものからヒントを埗お、ケビトすなわち毛人の矩であろうず解するず説明した。\n 蚀うたでもなく毛人ずは蝊倷の事で、東方においお殆ど唯䞀の毛髪鬚髯の濃厚な人皮であるこずからこの名を埗たのであった。その存圚は早く支那人に知られお、山海経に毛民囜の名があり、唐人は正に「毛人」の二字を以おこれを衚わし、日本玀以䞋我が囜でも埀々この文字を採甚し、その勇猛玔暞であるこずから、奈良朝前埌の人名に、甚だ倚くこれが呌ばれおいるのである。およそ東亜の諞人皮諞民族䞭においお、かくの劂き毛深いものは他に殆どこれを芋ない。挢人、満人、蒙叀人、朝鮮人、乃至台湟、銬来の人々に至るたで、僅かに錻䞋ず䞋顎ずに少量の鬚を有するを垞ずするにかかわらず、今の北海道のアむヌには甚だそれが倚い。歎史䞊の蝊倷たた同様で、為に毛人ず呌ばれ、我が日本民族䞭にもたたこれに類したものが倚い。これは石噚時代以来そのたた各地に遺存したもの、たたは歎史時代に奥矜地方から、俘囚の名を以お盛んに内地諞囜に移された蝊倷の血が、日本民族䞭に行き枡っお存圚しおいるが為であるず解せられる。そしおこの秋山地方においお、特にケットすなわち毛人ず呌ばれお差別的の県を以お芋られた山間䜏民の保存された事は、里の民衆が早く日本民族に同化融合した埌に至っおも、なお亀通䞍䟿なこの仙境に、先䜏民族の旧態が久しく保持された為であろう。\n 山人の䌝説は各地に䌝えられおいる。それに぀いおはか぀お柳田國男君の粟现な研究が発衚せられた事があり、自分もか぀お鬌筋に関連しお民族ず歎史の誌䞊で説明した事があった。圌らは里人ず生掻環境を異にしお、颚俗習慣その他に盞違するずころが倚かったが為に、埀々筋の違ったものずしおも認められ、果おは倩狗或いは鬌の䌝説ず習合せられ、甚だしきに至っおは猿に類する䞀皮化生のものずしおたで誀解せらるるに至った堎合もある。そしおそれが里人に亀わり、普通の日本民族ず差別なきものずなった埌たでも、時に自ら鬌の子孫たる事を認め、或いは他より鬌筋ず呌ばれ、或いは狐持、護法胀などず称せられお、䞀皮の通力を有するものの劂く誀解せらるる堎合もあるのである。勿論それはすべおに通有のものではなく、䞭には単に筋の違ったものずいうだけで、特別のこれにからたった䌝説を有しないものも倚いが、か぀お山間に取り遺された先䜏民存圚の䌝説は甚だ倚い。播磚颚土蚘には、倚可郡の山間に異俗の郚萜二箇所を挙げおある。吉野山間の囜暔人は蚀うたでもなく、前蚘蚀語容貌他囜人に異なりず蚀われた飛隚人の劂きもか぀おはたたこの類であった。近くこれを同じ越埌に぀いお芋るに、魚沌郡に接しお叀志郡の名がある。叀志はすなわち越で、叀えの越人の名の保存せられたもの。越人は近くたで千島アむヌがクシず呌ばれたず同じく、アむヌ族に察する䞀぀の名称であった。その䌝説は少からず我が神話䞭に織り蟌たれ、歎史時代になっおも越蝊倷の名がしばしば物に芋えおいる。けだし叀志郡の名は、これらの越人が次第に日本民族に同化融合した埌たでも、なお久しくここに取り遺されお存圚した為の名であろう。これは九州においお雑類ず呌ばれた肥人が、最埌たで取り遺されたず思わるる球磚川の䞊流地方に、か぀おは熊県ず呌ばれ、今に球磚郡の名の存するのず同䞀状態の䞋に解すべきである。\n その越の囜には、たた異俗に関しお皮々の事が考えさせられる。西頞城郡新井町には矎守があり、その北方には今矎守村ずいうのが出来おいる。これらの「矎守」の文字は明らかに「倷守」の誀りで、和名抄に倷守郷ずいうのがそれである。それが果しお今の新井町の矎守に圓るか、或いは北なる矎守村に圓るかは明らかでないが、そのヒナがヒダずなった事には疑いない。そしおその新井町の西には山地にかかっお斐倪村があり、ここに倧字飛倪があっお、竪穎や叀墳が倚く遺され、先幎その叀墳の䞀぀から、奥矜地方瞄王匏石噚時代遺蹟から倚く発芋せられる内反石刀に系統ありやに思わるる内反刀ずずもに、これも明らかに瞄王匏石噚時代遺蹟から埀々発芋せらるるずころの特殊畞圢の曲玉が発芋された。けだしこのヒダの名は、蚀語容貌他囜人に異なりず蚀われた昔の飛隚人ず同じく、先䜏民の山地に遺ったものであっお、その名矩はすなわちヒナ(倷)であり、所謂倷守はこれに察しお蚭眮された守備兵の屯田郚萜であったのであろう。そしおそのヒダ人も、い぀しか日本民族化しお日本颚の竪穎に䜏み、日本颚の墳墓を䜜る様になっお埌たでも、䞭には祖先の内反刀を摞し、祖先の愛玩した玉を䌝えたものがいたのであろう。\n さらにこれより西方、西頞城郡垂振の山䞭に䞊路ずいう郚萜がある。叀くここには山姥に関する䌝説が語られ、謡曲山姥の䞭にも織り蟌たれお有名な所であるが、里人は今でもその䜏民を以お、䟋によっお県の色が違うの、蚀葉が違うのなどず云っおいる。人囜蚘陞奥囜の条に、「歀の囜は日の本故に、色癜うしお県青みあり」などずもあっお、昔から県の色は人の泚意するずころであったらしく、今も南郚接軜蟺で、䜕村はアむヌの子孫だから茶県であるずか、唐金県であるずかいう事をよく聞かされる。しかし実はそう蚀う人の県もたた茶県であり、唐金県である堎合が少くないのである。或いは昔はそんな区別の認められる堎合が倚かったかは知れぬが、今日ではすべおのものが入れ亀っお、殆どその区別の無いのが垞である。\n 斐倪ず云い、䞊路ず云い、その地名なり、俚䌝なりに、先䜏民の匂いがそこに残されおいるのではあるが、しかしそれはただに斐倪ず䞊路ずに限られたものではなく、西越埌から信濃、越䞭、飛隚ぞかけお、所謂日本アルプスを䞭に取った䞀垯の山地には、今も台湟の東郚山地に先䜏民が旧態を存しおいる様に、か぀おは異族のものが少からず遺されおいたのであろう。そしおその䞀方に所謂飛隚人の存圚が認められ、他方には䞊路の山姥や、信州戞隠山の鬌の䌝説も起ったのであろう。しかもこれはひずりこの地方のみならず、他の山間地方にもか぀おは同䞀珟象が認められたものであったに盞違ない。そしおその䞀぀ずしお所謂ケットの名は、それが毛人を意味する事においお最も倚く興味を惹かされるのである。\n 奥州北郚の海岞に、蝊倷ず蚀われ、アむヌず呌ばれた郚萜が、江戞時代たでも倚く取り遺されおいた事は前に述べた通りである。けだし圌らはその地が海岞に隔絶しお、他ず亀通が少かったのず、䞀぀は豊富なる持利によっお、他の脅嚁を受くる事なく安穏に生掻するこずが出来たずの為に、氞く固有の状態を継続する事を埗たのであった。しかしこれに察しお山間に蝊倷の遺孜のある事を䌝えおおらぬ。案ずるに接軜においおは、戊囜頃から、おそらく慶長頃にわたっおも、なお平野地方にアむヌずしお認められたものが残存し、所謂蝊倷荒なるものの事実が䌝えられ、今の青森や浪岡附近にたで、狄掛なる吏員が蚭眮されおいたのであった。寛文䞃幎接軜信政幎十五歳で江戞の藩邞から始めお領囜ぞ入郚した時に、途䞭たで出迎えた家䞭の諞士の容䜓甚だ質朎で、蝊倷に近く、倪守倧いに驚き、嘆息しお和歌を詠じたず、接軜人自身によっお曞き䌝えらるるたでに、この地方は䜙皋埌たでも蝊倷臭味の濃厚な所であった。しかるに今日平野地方においおは勿論、山地に入っおも明らかに蝊倷の遺孜ずしお知らるるものはない。けだし里に䜏んだものは぀ずに蟲民ずなっお日本民族に融合し、山地の䜏民も蝊倷ずしおは早く忘れられお、ただ海岞に居たもののみが、蝊倷の子孫ずしお喧䌝されたものであろう。しかし山地に党然蝊倷が遺らなかったものではない。真柄遊芧蚘矎銙匊乃誉路臂によるに、山間の狩猟者たるマタギには山蟞ずいう䞀皮特別の蚀語があっお、その䞭には「蝊倷詞もいず倚し」ず曞いおある。真柄は束前にも枡っお、盞圓アむヌ語をも知っおおったであろうから、その蚀うずころ信ずべき䟡倀がある。たた秀酒䌁之枩湯には、マタギが行き䌚った婊人に戯れた状を蚘しお、「○○をホロにしお云々」の語を茉せ、「保呂は倧なるをいふ」ず説明しおあるが、これはたさにアむヌ語倧を意味するポロであるに盞違ない。マタギの事はいずれ改めお他日詳説の機あらんこずを期するが、圌らがもず山間に遺留した蝊倷の流れであるこずには疑いなく、ただその由来が忘れられたのみなのであろう。そしおここに越埌の山間においお、か぀お奥矜のマタギず同じ生掻をなしたケットの存圚するこずは、圌是盞察照しお最も興味を芚えるものである。" } ]
[ { "role": "system", "content": "䞋蚘の曞き盎しを維持しお、玠晎らしい文曞を䜜成しおください。" }, { "role": "user", "content": "゜レハ、倢デ芋タコトガアリマス。\n 将軍家は少しも驚かずに即座にお答ぞになりたした。六幎前の建暊元幎六月䞉日䞑剋、将軍家埡寝の際、高僧䞀人埡倢の䞭にあらはれお、汝はもず宋朝医王山の長老たり、ずお告げにな぀たのださうで、\n誰ニモ蚀ハズニ居リマシタガ、゜ナタノ物語ト笊合シテヰルトハ面癜む。\n ずお銖を振぀お、しきりに興じお居られたした。陳和卿も、これほど事が、うたく行くずは思ひたうけなか぀たでございたせう。それから埡信任を埗お、たびたび埡ずころに召されお宋朝の事情など埡䞋問に預り、そのうちに将軍家は陳和卿のお話だけでは満足できなくな぀た埡様子で、たうずう埡自身枡宋の埡蚈画を思ひ぀き、陳和卿には唐船の修造をお蚀ひ぀けになり、たた正匏に枡宋の案内圹に任呜なされ、呚囲の反察も䜕も抌切぀お、そのずしの十䞀月二十四日には、さらに枡宋のお䟛ずしお、れいの颚流歊者六十䜙人を埡指定に盞成り、私などもその光栄の人数の端にさし加ぞられ、埡指定にあづか぀た颚流歊者の面々は、もずもず豪傑のお方ばかりでございたすし、い぀もの船遊びの少し倧がかりのものくらゐに考ぞお居られたらしく、䜕事も将軍家を埡信頌しおおたかせ申し、のんきに唐の矎人の話など持ち出しお、早くも浮かれおゐるやうな有様で、いたはただ和卿の唐船の完成を埅぀ばかりずなりたした。将軍家も、いそいそず萜ち぀かぬ埡様子で、宋ぞ埡出発前にどうしおも芋お眮かなければならぬ埡政務は、片端から粟出しお埡芧にな぀お、たた、いたたで埡決裁をお怠りにな぀おゐたために、諞方の蚎蚟がずいぶんたた぀おした぀おゐるずいふ事をお聞きにな぀お、それも必ず幎内に片づけるやうにしたいず仰せにな぀おお圹人を督励しおどしどしお片づけに盞成り、今はなんずしおも枡宋せずにはやたぬずいふ埡意気蟌みのやうで、このやうに将軍家を異様にせきたおるものは、い぀たい、なんであらうず私は将軍家のその頃の日倜、そはそはず萜ち぀かず埡いそがしさうになさ぀お居られるのを拝しお、考ぞた事でございたしたが、埡目的は、勿諭医王山ではない、陳和卿のいやしい心をお芋抜き出来ぬ将軍家ではございたせんし、䜕でもちやんずご存じの䞊で和卿をほんの䞀時、埡利甚なされおゐるだけの事に違ひないので、行先きは宋でなくおもいいのだ、埡目的は、た぀た䞀幎でも半歳でも、ただこの鎌倉の土地から遁れおみたいずいふずころにあるのだ、建保䞉幎十䞀月の末、和田巊衛門尉矩盛以䞋将卒の亡霊が、将軍家の埡枕䞊に、ぞろりず矀をなしお立぀たずいふ、その翌朝、にはかに、さかんな仏事を行ひたしたけれど、心ならずもその寵臣の䞀族を皆殺しにしおした぀た䞻君の埡胞䞭は、なかなか私どもには掚察できぬ皋に荒涌たるものがあるのではございたせんでせうか、これ必ず䞀぀の原因ず私には思はれおならなか぀たのでございたす。\n\n\n建保五幎䞁䞑。䞉月小。十日、䞁亥、晎、晩頭将軍家桜花を芧んが為、氞犏寺に埡出、埡台所埡同車、先づ埡瀌仏、次に花林の䞋を逍遥し絊ふ、其埌倧倫刀官行村の宅に入埡、和歌の埡䌚有り、亥の四点に及び、月に乗じお還埡。\n同幎。四月倧。十䞃日、甲子、晎、宋人和卿唐船を造り畢んぬ、今日数癟茩の疋倫を諞埡家人より召し、圌船を由比浊に浮べんず擬す、即ち埡出有り、右京兆監臚し絊ふ、信濃守行光今日の行事たり、和卿の蚓説に随ひ、諞人筋力を尜しお之を曳くこず、午剋より申の斜に至る、然れども、歀所の為䜓は、唐船出入す可きの海浊に非ざるの間、浮べ出すこず胜はず、仍぀お還埡、圌船は埒に砂頭に朜ち損ずず云々。\n同幎。五月倧。十䞀日、戊子、晎、申剋、鶎岳八幡宮の別圓䞉䜍僧郜定暁、腫物を煩ひお入滅す。廿䞃日、甲蟰、去る元幎五月亡卒せる矩盛以䞋の所領、神瀟仏寺の事、本䞻の䟋に任せお興行せしむ可きの由、今日圌の跡拝領の茩に仰せらるず云々。\n同幎。六月小。廿日、䞙刁、晎、阿闍梚公暁、園城寺より䞋著せしめ絊ふ、尌埡台所の仰に䟝りお、鶎岳別圓の闕に補せらる可しず云々、歀䞀䞡幎、明王院僧正公胀の門匟ずなりお、孊道の為に䜏寺せらるる所なり。\n同幎。䞃月倧。廿四日、己亥、晎、京郜の䜿者参著す、去る十日より䞊皇埡瘧病、毎日発らしめ絊ふ、内倖の埡祈祷曎に其隓芋えずず云々。廿六日、蟛䞑、晎、山城倧倫刀官行村、䜿節ずしお䞊掛す、院埡悩の事に䟝りおなり。\n同幎。九月倧。十䞉日、䞁亥、将軍家海蟺の月を埡芧ぜんが為、䞉浊に枡埡、巊衛門尉矩村殊に結構すず云々。卅日、甲蟰、氞犏寺に始めお舎利䌚を行はる、尌埡台所、将軍家䞊びに埡台所埡出、法䌚の次第、舞楜已䞋矎を尜し、善を尜す。\n同幎。十月倧。十䞀日、乙卯、晎、阿闍梚公暁鶎岳別圓職に補せらるるの埌、始めお神拝有り、又宿願に䟝りお、今日以埌䞀千日、宮寺に参籠せしめ絊ふ可しず云々。\n建保六幎戊寅。二月小。四日、䞙午、快霜、尌埡台所埡䞊掛。" }, { "role": "assistant", "content": "同幎。四月小。二十九日、庚午、晎、申剋、尌埡台所埡還向、去る十四日、埓䞉䜍に叙せしむる可きの由宣䞋、䞊卿䞉条䞭玍蚀即ち枅範朝臣を以お、件の䜍蚘を䞉品の埡亭に䞋さる、同十五日、仙掞より埡察面有る可きの由仰䞋さるず雖も、蟺鄙の老尌竜顔に咫尺するこず其益無し、然る可からざるの旚之を申され、諞寺瀌仏の志を抛ち、即時䞋向し絊ふず云々。\n同幎。六月小。廿日、庚申、霜、内蔵頭忠綱朝臣勅䜿ずしお䞋向す、先づ埡車二䞡、已䞋埡拝賀料の調床等、之を舁かしむ、疋倫数十人歩列す。廿䞀日、蟛酉、晎、午剋、忠綱朝臣件の埡調床等を埡所に運ばしむ、埡車二䞡、九錫圫の匓、埡装束、埡随身の装束、移鞍等なり、是皆仙掞より調ぞ䞋さるず云々、将軍家、忠綱朝臣を簟䞭に召しお埡察面有り、慇懃の朝恩、殊に賀し申さるず云々、凡そ歀埡拝賀の事に䟝りお、参向の人已に以お数茩なり、皆埡家人等に仰せお、毎日の経営、莈物、花矎を尜す、是䜵しながら、庶民の費に非ざる莫し。廿䞃日、䞁卯、晎、陰、将軍家倧将に任ぜられ絊ふの間、埡拝賀の為、鶎岳宮に参り絊ふ、早旊行村の奉ずしお、埡拝賀有る可きの由を、䞋向の雲客等に觊れ申す、申の斜に其儀有り。\n同幎。䞃月倧。八日、䞁䞑、晎、巊倧将家埡盎衣始なり、仍぀お鶎岳宮に埡参、午剋出埡、前駆䞊びに随兵已䞋、去月廿䞃日の䟛奉人を甚ゐらる。\n同幎。八月倧。十五日、癞䞑、晎、鶎岳攟生䌚、将軍家埡参宮、䟛奉人の行粧、花矎䟋に越ゆ、檳抔の埡車を甚ゐらる。十六日、甲寅、晎、将軍家埡出昚の劂し、流鏑銬殊に之を結構せらる。\n同幎。九月小。十䞉日、蟛巳、倩晎陰、酉刻快霜、明月の倜、埡所にお和歌の埡䌚なり。\n同幎。十月倧。廿六日、乙䞑、晎、京郜の䜿者参ず、去る十䞉日、犅定䞉品政子埓二䜍に叙せしめ絊ふず云々。\n同幎。十二月小。五日、癞卯、霜、鶎岳の別圓公暁、宮寺に参籠しお、曎に退出せられず、数ヶの祈請を臎され、郜お以お陀髪の儀無し、人之を恠しむ、又癜河巊衛門尉矩兞を以お、倧神宮に奉幣せんが為、進発せしむ、其倖諞瀟に䜿節を立おらるるの由、今日埡所䞭に披露すず云々。廿日、戊午、晎、去る二日、将軍家右倧臣に任ぜしめ絊ふ。廿䞀日、己未、晎、将軍家倧臣拝賀の為に、明幎正月鶎岳宮に埡参有る可きに䟝぀お、埡装束埡車已䞋の調床等、又仙掞より之を䞋され、今日到著す、又扈埓の䞊達郚坊門亜盞已䞋参向せらる可しず云々。\n\n 公暁犅垫さたは、その翌幎の建保五幎六月に京郜よりお垰りになり、尌埡台さたのお蚈ひに䟝぀お鶎岳宮の別圓に任ぜられたした。前の別圓職、定暁僧郜さたはそのずしの五月に埡腫物をわづらひ、既におなくなりにな぀おゐたのでございたす。公暁犅垫さたは、それたで数幎、京郜に斌いお埡孊問をなさ぀お居られたのでございたすが、あたり氞く京郜などに眮くず、たた謀叛の茩に擁立せられたりなどしお栄実犅垫さたの二の舞ひの、䞍幞な最期をずげられるやうな事が起らないずも限らぬずいふ尌埡台さたの埡孫いずしのお心から、お䜿を぀かはしお、公暁犅垫さたをむりやり鎌倉ぞ連れ垰らしめ、鶎岳宮の別圓職に補せられたのが、あの、関東はおろか、京、西囜、日本䞭を震撌させた凶事のもずにな぀たのでございたす。その六月の末に、公暁犅垫さたは埡ずころぞも埡挚拶にお芋えになりたしたが、もはやその時は十八歳、筋骚たくたしい埡立掟な若者にな぀お居られたした。身の䞈も将軍家よりは、はるかにお高く、花やかなお顔立ちで色も癜く、たこずに源家嫡流の埡若君に恥ぢぬ埡容儀ず拝されたしたが、けれども、埡幌少の頃からのあの卑しく含矞むやうな、めめしい笑顔はもずのたたで、どこやら埡軜薄でたより無く、赀すぎるお口元にも、たたお県の光にも、䞍朔なみだらなものさぞ感ぜられ、将軍家の玔䞀なお぀ずりした埡態床に范べるず、や぀ぱり倩性のお䜍に斌いお栌段の盞違があるやうに私たちには芋受けられたした。その日も犅垫さたは、埡奥の人たち皆に、み぀ずもないほどの叮嚀なお蟞儀をなされお、さうしお将軍家に察しおはさらに芋るに忍びぬくらゐの過床のおあいそ笑ひをお頬に浮べお埡挚拶を申し、将軍家はただ黙぀お銖肯いお居られたしお、京から䞋著の人にはたいおい京の埡話を埡所望なされ、それが将軍家の䜕よりのお楜しみの埡様子でございたしたのに、この時、公暁犅垫さたにはなんのお尋ねもなく、そのうぞ少しお顔色がお曇りにな぀お居られるやうにさぞ拝されたした。ふいずそのずき思ひたしたのでございたすが、将軍家は、この卑しい぀くり笑ひをなさる犅垫さたをひどくお嫌ひなのではなからうか、滅倚に人を毛嫌ひなさらず、どんな人をも䞀様におい぀くしみなされおたゐりたした将軍家が、この公暁犅垫さたの事になるず奇劙に埡䞍快の色をお瀺しになり、六幎前に、犅垫さたが埡萜食の埡挚拶にお芋えにな぀た時にも、将軍家は終始鬱々ずしお居られたし、それから埌も埡前に斌いおこの犅垫さたのお噂が出るず急に座をお立ちにな぀たり、䜕かお心にこだはる事でもございたすやうな埡様子で、その日も犅垫さたが、おどおどしお、きたりわるげなお態床をなさればなさるほど、いよいよ将軍家のお顔色は暗く、䞍機嫌におなりのやうに拝されたしたので、これはひよ぀ずしたら将軍家はこの犅垫さたをかねがね、あきたらず思召しなされお居られるのではなからうかず、私も圓時二十䞀歳にもな぀お居りたしお、たあ身のほど知らずの生意気なずしごろでもございたすから、そのやうな掚参な事たで考ぞたやうな次第でございたした。その日、犅垫さたが埡退出なされお埌も、将軍家はしばらくそのたた黙぀おお坐りにな぀お居られたしたが、ふいずお傍の私たちのはうを振りかぞられ、あれには仲間も無くお淋しからう、これから時折、僧院ぞお話盞手に䌺ふがよい、ず仰せられ、そのお蚀葉を埅぀たでも無く、私にはあのお若い犅垫さたの兢々たる埡遠慮の埡様子がおいたはしく、そのお身の䞊にも埡同情犁じがたく、い぀かゆ぀くりお話盞手にでもお䌺ひしたいものず考ぞおゐた矢先でございたしたので、それから十日ほど経぀お䞃月のはじめ、埡ずころの非番の日に、鶎岳宮の僧院ぞ、䜕か矩憀に䌌た気持さぞ抱いおお䌺ひ申し䞊げたのでございたす。昌のうちは埡読経、埡戒行でおひたもございたせぬ由、かねお聞き及んで居りたしたので、倜分にお蚪ね申したしたが、犅垫さたは少しも高ぶるずころの無い、いかにも磊萜の埡応接振りをお瀺し䞋され、郚屋の䞭は暑い、海岞に出お芋たせうず私をうながしお、倖ぞ出たした。月も星も無く、たこずに暗い倜でございたした。犅垫さたは、䜕もお぀しやらずにどんどんさきにお歩きになり、そのお早いこず、私はほずんど走るやうにしおおあずに぀いおたゐりたした。由比浊には人圱も無く、ただあの、こずしの四月以来なぎさに打ち拟おられたたたにな぀おゐる唐船の巚倧な姿のみ、䞍気味な魔物の圱のやうに真黒くの぀そりず聳え立぀おゐるだけで、申しおくれたしたがこの唐船は、れいの陳和卿の蚭蚈に䟝り、そのずしの四月には出来䞊぀お、十䞃日これを海に浮べんずしお、午の剋から数癟人の人倫が和卿の采配に埓ひ、力のあらん限りを぀くしお曳きはじめたしたものの、かほどの倧船を動かすのは容易な事ではないらしく、たた和卿のお指図にもずいぶんいい加枛なずころがございたしたやうで、日没の頃にいた぀おや぀ず浪打際に、わづかに舳を曳きいれる事が出来ただけで、しかも、この遠浅の由比浊に、ずおもこんな倧船など浮べる事の出来ないのはわかり切぀おゐるず、その頃にな぀お蚀ひ出す者もあり、さう蚀はれおみるずたしかにそのずほり、倧船の出入できる浊ではなく、陳和卿にはたた独特の劙案があり、かならずこの浊に船を浮ばせお芋せるずいふ確信があ぀おこの造船を匕受けたに違ひないものず思はれるし、ずにかく和卿に、圓初からの芋ずほしをあらためお問ひただしおみよう、ずいふ事にな぀お和卿を捜したしたずころが、陳和卿はすでに逐電、けふの日をたのしみに、早くから由比浊におでたしにな぀お倧船の浮ぶのを今か今かず䜙念なくお埅ちにな぀お居られた将軍家もこの逐電の報をお聞きにな぀お、もはや䞀切をお察しなされたやうで、興芚めたお顔でお匕䞊げにな぀おしたひたしお、将軍家の埡枡宋に烈しく反察なされお居られたお方たちは、この時ひそかにお胞を撫で䞋されたに違ひございたせぬが、をさたらぬのは、お䟛に遞び出された颚流歊者の面々で、せ぀かくあれだけの倧船を造り䞊げたのにこのたた䞭止ずは残念だ、ひず぀我々の手でもういちど海ぞ曳きいれおみようではないか、などず蚀ひ出すお方もあ぀た皋でございたしたけれども、海の深浅を顧慮する法さぞ知らぬ倧銬鹿者の造぀た船なら、たずひ、はるか沖たで曳き出しおみたずころで、ひ぀くり返るにきた぀おゐる、ず分別顔の人に蚀はれお、なるほどず感服しお匕䞋り、あれほど鎌倉䞭を隒がせた将軍家の埡枡宋も、ここに斌いお、たこずにあ぀けなく、綺麗さ぀ぱりずお流れになり、船は由比浊の汀に打捚おられ、いたづらに朜損じお行くばかりのやうでございたした。埡床量のひろい将軍家に斌いおは、もちろん、埡蚈画の頓挫をい぀たでも無念が぀おいら぀しやるやうな事は無く、あの、倧かたり者の陳和卿に察しおもいささかもお怒りなさらず、\n医王山ホド、りマクむカナカツタダりデス。\n ず䜕もかもご存じのやうな和やかな埡埮笑を含んで、お぀しや぀た事さぞございたしお、その埌いちども埡枡宋の埡垌望などおもらしにな぀た事はございたせんでした。かの陳和卿はその埌、生死のほども䞍明でございたしお、たさか、日野倖山に庵を結んで「方䞈蚘」をお曞䞊げにな぀たずいふやうな話も聞かず、や぀ぱり、ただやたらに野心のみ匷く狡猟の奇策を匄しお暩門に取入らんず詊みた、あさはかな老職人に過ぎなか぀たやうに思はれたす。\n「この船で、」ず犅垫さたは立止぀お、そのぶざたな唐船を芋䞊げ、「本圓に宋ぞ行かうずなされたのかな。」\n「さあ、ずにかく、鎌倉からちよ぀ずでもお遁れにな぀おみたいやうな埡様子に拝されたした。」今倜は、なんでも正盎に申し䞊げようず思぀おゐたのでございたす。\n「でも、あの医王山の長老ずかいふ事だけは、信じおゐたのではないか。」" } ]
[ { "role": "system", "content": "䞋蚘の曞き盎しを続けお、高品質な文曞を䜜成しおください。" }, { "role": "user", "content": " それに生死の境にあるM先生の手助けであるから、仕事をしおも報酬が埗られるかどうかずいうこずも疑問であった。劙な廻り合せで、䞊草履䞀぀買えずにいる笹村は、もず䞋宿にいた時のように気たたに挙動うこずすら出来なかった。\n 飯がすむず、袋にどっさり貯えおきの胃の薬を飲んで、広い二階ぞ䞊っお芋た。二階には芋晎しのいい独立の郚屋が幟個もあったが、どちらも明いおいた。病身らしい、頬骚ず錻が隆く、目の萜ち窪んだ、五十䞉、四の䞻の高い姿が、庭の怍蟌みの間に芋られた。官吏あがりででもあるらしいその䞻の声を、笹村は䞀床も聞いたこずがなかった。现君らしい女が二人もあっお、時々厚化粧にけばけばしい扮装をしお、客の甚事を聞きに来るこずのある十八、九の高島田は、どちらの子だか解らなかった。\n 飲食店にでもいたこずのあるらしい若い女䞭が、他に二人もいた。そしお拭き掃陀がすんでしたうず、手摺りにもたれお、お互いに髪を讃め合ったり、櫛や簪の話をしおいた。\n「客もいないのに、䞉人も女がいるなんおおかしいね。」笹村はそこらをぶらぶらしながら笑った。\n「それアそうですけど、家は䞀晩二晩の泊り客がちょいちょいありたすから......。」\n 笹村は階䞋ぞ降りお来お、たた机の前に坐った。倧きな西掋玙に曞いた原皿の初めの方が二、䞉冊机の䞊にあった。笹村は錘のかかったような気を匕き立おお、ぜ぀ぜ぀筆を加えはじめた。やり始めるず惰力で仕事がずにかくしばらくの間は進行した。時ずするず、原曞を翻っお照合しなどしおいた。ふず筆をおいお、疲れた䜓を埌ぞ匕っくら反るず、頭がたたいろいろの考えに捉えられお、い぀たでも打ち切るこずが出来なかった。\n 気が递えきっお来るず、笹村はそっずにげるように宿の門を出た。足は自然に家の方ぞ向いた。\n お銀は寂しい䞋宿の膳のうえに茉せるようなものを台所で煮おいた。\n「私今車倫に持たしおやろうず思っお......。」\n お銀は暑そうに額の汗を拭きながら、䞃茪の偎を離れた。\n 火鉢の傍に坐っおいるず、ゎヌゎヌいう鍛冶屋の機械の音が、い぀も聞き銎れたように耳に響いた。この音響のない䞖界ぞ行くず、笹村はかえっお頭が散挫になるような気がした。\n 倜おそく笹村は蓋物を提げお䞋宿ぞ還っお行った。そしお郚屋ぞ入っおランプを点けるず、机の䞊の灰皿のなかに、赀い印肉で雅号を捺したM先生の小圢の名刺が入れおあった。笹村は、しばらく机に坐っおみたが、じきに火を现くしお寝床ぞ入った。\n 䞊総の方の郷里ぞ匕っ蟌んでいる知合いの詩人が、旅鞄をさげお、ぶらりず出お来たのはそのころであった。そしお泊り぀けの日本橋の宿屋の代りに、ここの二階にいるこずになっおから、笹村は䞉床䞉床のたずい飯も倚少舌に昵んで来た。\n 䞭倮文壇の情勢を探るために出お来たその詩人は、その時家庭の切迫したある事情の䞋にあった。自分自分の問題に苊しんでいる二人の間には、話が時々行き違った。\n\n二十四\n\n その詩人が、五日ばかりで垰っおしたうず、その時霎しお来た結婚談が、笹村の胞に薄い痕迹を留めたきりで、䞋宿はたた旧の寂しさに埩った。\n その結婚談は、詩人ず同郷のかなり裕犏なある家の嚘であった。臥そべっおいながら、その話を聞いおいた笹村の胞は、息苊しいようであった。\n 話の最䞭にその時めずらしく、笹村ぞ電話がかかっお来た。かけ手は、笹村が䞀、二床䜙所で行き合わせたぎりで、深く話し合ったこずもないある画家であったが、甚事は笹村が家を持った圓座、九州の旅先で懇意になった兄の芪類筋に圓る医孊生が持っお来お、少し運んだずころで先方から寝返りを打たれた結婚談を埩掻しないかずいう盞談であった。お銀の舞い蟌んで来たのは、ちょうど写真などを返しお、それに絶望した笹村の頭脳が、ただ党く平調に埩りきらないころであった。\n「今日は䞍思議な日だね。」いい加枛に電話を切っお座に埩っお来た笹村の顔には、興奮の色が芋えた。\n 笹村は砎れたその結婚談から、お銀に移るたでの心持の経過を話しながらこうも蚀った。\n「それに、僕は生理的に結婚する資栌があるかずいうこずも、久しく疑問であったしね......。」\n 詩人は䞍幞な友達の話を聞きながら、笑っおいた。\n 六月の初めごろには、M先生は床に就いおいたが、就きッきりず蚀うほどでもなかった。そしお寝ながら本の意匠を考えたり、ある人が持っお来おくれた倖囜の新刊物などに目を通しおいた。䞭にはオブストロブスキむなどいう人の「ストルム」や、ハりプトマンの二、䞉の䜜などがあった。\n「△△が是非読んでみろず蚀うから、目を通しお芋たけれど、これならさほどに蚀うほどのものでもない。」\n 日本䞀の倧家ずいう抱負は、病に臥しおから䞀局先生の頭脳に確かめられお来たようであった。「人生の疑矩」ずいう翻蚳曞が、しばらく先生の枕頭にあった。\n「これを読んでごらん、文章もそんなに拙くはないよ。」\n これたで人生問題に没入したこずのなかった先生は、ずころどころ朱で傍線を匕いたその曞物を笹村に勧めた。\n 断片的の話は、おりおり哲孊にも觊れお行った。呚囲の䞖話を焌くのも、ただ䞀片の意気からしおいた先生は、時々博愛ずいうような語も口に䞊せた。我の匷かったこれたでの奮闘生掻が先生の匱いこのごろの心に省みられるように思えた。\n「己ももう䞀床思う存分人の䞖話がしおみたい。」先生は深い目色をしながら呟いた。\n 病気にいいずいう癜屈菜ずいう草が、障子を開け払った檐頭に、吊るされおあった。衆は毎日暑さを冒しお、遠い郊倖たでそれを採りに出かけた。知らぬ遠囜の人から送っお来るのもたくさんあった。先生は寝おいながら、干しおあるその草の颚に戊ぐのを、心地よげに眺めおいた。\n「私は先生に、䜕か倧きいものを䞀぀曞いお頂きたいんですが......。」\n これたでそんなものをあたり重んじなかった笹村は、汐を芋お頌んで芋た。\n 先生は、「そうさな、秋にでもなっお茶挬けでも食えるようになったら曞こう。」ず、軜く頷いた。\n 笹村は黙っおう぀むいおしたった。\n 二、䞉人の人が寄っお来るず、先生はい぀たでも話に耜った。\n「お前はこのごろ䜕を食っおいる。」\n 先生は思い出したように蚊ねた。\n「そうでござんすな。栌別これずいうものもありたせんですからな。私ア塩蟛ばかりなめおいたすんです。」\n O氏は揶揄うように蚀った。\n「笹村は野菜は奜きか。」\n「慈姑ならうたいず思いたす。」\n「そうさな、慈姑はちずうたすぎる。」先生は呟いた。\n 笹村は持っお行った金の問題を蚀い出す折がなくおそのたた匕き退った。\n\n二十五\n\n 出産の時期が迫っお来るず、笹村は䜕ずなく気になっお時々家ぞ垰っお芋た。しばらく脚気の気味で、足に氎気をもっおいたお銀は、気懈そうに台所の框に腰かけお、裟を捲っお裏から来る涌颚に圓ったり、䜎い窓の腰に䜓を持たせたりしお、おそろしい初産の日の来るのを考えおいた。興奮したような顔が小さく芋えお、氎々した萜着きのない目の底に、䞀皮の光があった。\n 笹村はいくら努力しおも、尚倧なその原皿のただ手を入れない郚分の少しも枛っお行かないのを芋るず、筆を持぀腕が思わず枋った。䞋宿の窓のすぐ䞋には、黝い青朚の葉が、埃を被っお重なり合っおいた。也いたこずのない地面からは、土の匂いが錻に通った。笹村は芖力が萎えお来るず、アアず胞で倪息を吐いお、畳のうえにぎたりず骚ばった背を延ばした。そこから廊䞋を二、䞉段階段を降りるず、さらに離房が二タ間あった。笹村はそこぞ入っお行っお、寝転んで空を芋おいるこずもあった。空には倏らしい乳色の雲が軜く動いおいた。差し圓った生掻の欠陥を埋め合わすために䜕か自分のものを曞く぀もりで、その材料を考えようずしたが、そんな気分になれそうもなかった。\n 埀来に氎を撒く時分、笹村は迎えによこした腕車で、西日に照り぀けられながら、家の方ぞ垰っお行った。窪みにある静かな町ぞ入るず、笹村はもだもだした胞の悩みがい぀も吞い取られるようであった。\n ただ灯も点さない家のなかは、空気が冷や冷やしお薄暗かった。お銀はちょうど茶の宀の隅の方に坐っお、腹を抑えおいた。台所には母芪が釜の䞋にちろちろ火を炊き぀けおいた。\n「今倜らしいんですよ。」\n お銀は眉を歪めお、絞り出すように蚀った。\n「なかなかそんなこずじゃ出る案じはないず思うが、でも産婆だけは呌んでおかないずね......。」\n 母芪は匷いお䞍安を抌えおいるような、萜ち着いた調子であった。\n「それじゃ䜿いを出そうか。」" }, { "role": "assistant", "content": " 笹村はそこに突っ立っおいながら、抌し出すような声音で蚀った。\n「そうですね。知れるでしょうか。......それよりかあなたお鳥目が......。」ず、お銀は笹村の顔を芋䞊げた。\n「私拵えに行こうず、そう思っおいたんですけれど、ただこんなに急じゃないず思っお......。」\n 笹村は、䞍安そうに郚屋をそっちこっち動いおいた。無事にこの䞀ト倜が経過するかどうかが気遣われた。皚い時分から、始終劣敗の地䜍に虐げられお来た、すべおの点に䞍完党の自分の生立ちが、たざたざず胞に浮んだ。それより䞀局退化されおこの䞖ぞ出お来る、赀子のこずを考えるのも厭であった。\n お銀も、子䟛の話が出るたびに、よくそれを蚀い蚀いした。\n「どんな子が産れるでしょうね。私あたり悪い子は産みたくない。」\n「瓜の蔓に茄子はならない。だけど、どうせ、育おるんじゃないんだから。」笹村も蚀っおいた。\n お銀はひずしきり苊々しおいた腹の痛みも薄らいで来るず、自分に起っおランプを点したり、膳拵えをしたりした。\n「䜕だか私、このお産は重いような気がしお......。」\n 飯を食べおいたお銀はしばらくするずたた箞を措いお䜓を屈めた。\n 笹村も箞を措いたたた、お銀の顔を眺めた。その目の底には、胎児に察する䞀皮の埌悔の圱が閃いおいた。\n 慌忙しいような倕飯が枈むず、笹村は䜕やら持ち出しお家を出た。母芪もそれず前埌しお、産婆を呌びに行った。\n\n二十六\n\n 少しばかりの金を袂の底に抌し蟌んで、笹村は町をぶらぶら歩いおいた。出産が気にかかりながら、その堎に居合わしたくないような心持もしおいたので、しばらく顔を出さなかった代蚺のずころぞ寄っお芋た。笹村はいい加枛に翫匄にされおいるように思っお、䞉、四月ごろ泚射を五本ばかり詊みたきり眷めおいたが、やはりそれが䞍安心であった。\n「このごろはちっずは快いかね。」\n 医垫はビヌルに酔った顔を団扇で煜ぎながら蚀った。\n 笹村は今倜産れる子䟛を、すぐ匕き取っおもらえるような家はあるたいかず、その盞談を持ち出した。皚い時分近所同士であったこの男には、笹村は䜕事も打ち明けるこずを憚らなかった。\n「ないこずはない。けど埌で埌悔するぞ。」ず、医垫はある女ずのなかに出来た、自分の子を里にやっおおいた経隓などを話しお聞かした。\n「埌のこずなど、今考えおいられないんだからね。」\n 笹村はその心圓りの家の様子が詳しく知りたかった。䞃人目で、埌劻の腹から産れた子を、ある圚方ぞくれる話を取り決めお、先方の芪爺がほくほく匕き取りに来た時、尫匱そうな乳呑み児を手攟しかねお涙脆い父芪が泣いたずいうこずを、母芪からか぀お聞かされお、あたりいい気持がしなかった。それをふず笹村は思い浮べた。\n「たア産れおからにする方がいい。」\n 医垫は盞圓に楜に暮しおいる先方の老人倫婊の身のうえを話しおから蚀った。\n 笹村は䞞薬を少し貰っお、そこを出た。\n 家ぞ垰るず、小さい家のなかはひっそりしおいた。母芪は暗い片蔭で、お産襀耞を出しお芋おいたが、傍にお銀も脱脂綿や油玙のようなものを敎えおいた。\n おそろしい高い畳぀きの䞋駄をはいお、産婆が間もなくやっお来た。笹村は四畳半の方に匕っ蟌んで寝転んでいた。\n「倧䞈倫倧船に乗った気でおいでなさい。私はこれたで䜕千人ず手をかけおいるけれど、䞀人でも倱敗ったずいう䟋があったら、お目にかかりたせん。安心しおおいでなさいよ。」産婆は喋々ず自分の腕前を矜った。\n お産は明家の方でするこずにした。母芪は䞀人で蒲団を運んだり、産婆の食べるようなものを芋繕ったりしお、裏から出たり入ったりしおいた。笹村も䞀、二床傍ぞ行っお芋た。\n 産気が次第に぀いお来た。お銀は充血したような目に涙をためお、顔を顰めながら、笹村のかした手に取り着いおいきんだ。そのたんびに顔が真赀に充血しお、額から脂汗がにじみ出た。いきみ眷むず、せいせい肩で息をしお、術なげに手をもじもじさせおいた。そしお時々頭を抬げお、圓おがわれた金盥にねずねずしたものを吐き出した。宵に食べたものなどもそのたた出た。\n 九時十時ず䞍安な時が過ぎお行ったが、産婊は産婆に励たされお、いたずらにいきむばかりであった。䜓の疲れるのが目に芋えるようであった。\n「ああ苊しい......。」\n お銀は硬い母芪の手に瞋り぀いお、宙を芋぀めおいた。\n「どういうもんだかね。」\n 十二時過ぎに母芪は家の方ぞ来るず、銖を傟げながら笹村に話しかけた。\n「難産の方かね。」\n 火鉢の傍に番をしおいた笹村は問いかけた。\n「たアあたり軜い方じゃなさそうですね。」\n「医者を呌ぶようなこずはないだろうか。」\n「さあ......産婆がああ蚀っお匕き受けおいるから、間違いはあるたいず思いたすけれどね。」\n そのうちに笹村は疲れお寝た。\n 魘されおいたような心持で、明朝目のさめたのは、䞃時ごろであった。\n 茶の宀ぞ出おみるず、母芪は台所でこちゃこちゃ働いおいた。\n お銀はただ悩み続けおいた。\n\n二十䞃\n\n 産婆が赀い背の䞞々しい産児を、䞡手で束ねるようにしお、次の宀の湯を匵っおある盥の傍ぞ持っお行ったのは、もう十時近くであった。産児は初めお颚に觊れた時、二声䞉声啌き立おたが、その時はもうぐったりしたようになっおいた。笹村は産宀の隅の方からこわごわそれを眺めおいたが、啌き声を立おそうにするず䜓が瞮むようであった。ここでは少し遠く聞える機械鍛冶の音が衚にばかりで、四蟺は静かであった。長いあいだの苊痛の脱けた産婊は、「こんな倧きな男の子ですもの。」ず蚀う産婆の声が耳に入るず、やっず蘇ったような心持で、涙を䞀杯ためた目元ににっこりしおいたが、すぐに眠りに沈んで行った。汗や涙を拭き取った顔からは血の気が䞀時に退いお、埮匱な脈搏が蟛うじお通っおいた。\n 産婆は慣れた手぀きで、幌毛の軟かい赀子の䜓を掗っおしたうず、続いお汚れものの始末をした。郚屋にはそういうものから来る䞀皮の匂いが挂うお、涌しい颚が疲れた産婊の顔に、心地よげに圓った。笹村の胞にもさしあたり軜い歓喜の情が動いおいた。\n「随分骚が折れたしたね。」産婆はやっず坐っお莚を吞った。\n「このぐらい長くなりたすず、産婆も䜓がたたりたせんよ。私もちょッず考えたけれど、でも頭さえ出ればもうこっちのものですからね。」\n「そんなだったですか。」ず蚀うように笹村は産婆の顔を芋おいた。\n 頭が出たきりで肩が぀かえおいた時、「それ、もう䞀぀......。」ず産婆に声をかけられお、死力を出しおいた産婊の醜い努力が、思い出すずおかしいようであった。\n「もっず自然に出るずいうこずに行かないもんですかね。」\n「そんな人もありたすよ。けど䜕しろこのぐらいの赀ちゃんが出るんですもの。」ず産婆は笑った。笹村は圓お぀けられおいるような気がしお、苊笑しおいた。\n 汚い聎蚺噚で産婊の䜓を芋おから、産埌の心着きなどを話しお匕き揚げお行くず、郚屋は䞀局静かになった。\n 母芪は黙っお、そこらを片着けおいたが、笹村も颚通しのいい窓に腰かけお、い぀回埩するずも芋えぬ眠りに陥ちおいる産婊の蒌い顔を眺めおいたが、時々傍ぞ寄っお赀子の顔を芗いお芋た。" } ]
[ { "role": "system", "content": "䞋蚘の曞き盎しを最埌たでやり遂げお、芋事な文曞を䜜成しおください。" }, { "role": "user", "content": "壱\n\n 小倉の冬は冬ずいう皋の事はない。西北の海から長門の䞀角を掠めお、寒い颚が吹いお来お、蜜柑の朚の枯葉を庭の砂の䞊に吹き萜しお、からからず音をさせお、庭のあちこちぞ吹き遣っお、暫くおもちゃにしおいお、ずうずう瞁の䞋に吹き蟌んでしたう。そういう日が暮れるず、どこの家でも宵のうちから戞を締めおしたう。\n 倖はい぀か雪になる。おりおり足を刻んで駈けお通る䌝䟿の鈎の音がする。\n 䌝䟿ず云っおも䜙所のものには分かるたい。これは東京に茞入せられないうちに、小倉ぞ西掋から茞入せられおいる二぀の颚俗の䞀぀である。垞磐橋の袂に円い柱が立っおいる。これに広告を貌り附けるのである。赀や青や黄な玙に、倧きい文字だの、あらい筆䜿いの画だのを曞いお、新らしく開けた店の広告、それから芝居芋せものなどの興行の広告をするのである。勿論柱はただ䞀本だけであっお、これに匵るのず、倧門町の石垣に匵る䜍より倖に、広告の必芁はない土地なのだから、印刷したものより曞いたものの方が倚い。画だっおも、巎里の町で芋る affiche のように気の利いたのはない。しかし兎に角広告柱があるだけはえらい。これが䞀぀。\n 今䞀぀が䌝䟿なのである。Heinrich von Stephan が譊察囜に生れお、巧に郵䟿の網を倩䞋に垃いおから、手玙の埀埩に䞍䟿はないはずではあるが、それは日を以お算し月を以お算する甚匁の事である。䞀日の間の時を以お算する甚匁を達するには、郵䟿は間に合わない。Rendez-vous をしたっお、明日䜕凊で逢おうなら、郵䟿で甚が足る。しかし性急な倉で、今晩䜕凊で逢おうずなっおは、郵䟿は駄目である。そんな時に電報を打぀人もあるかも知れない。これは少し牛刀鶏を割く嫌がある。その䞊厳めしい配達の為方が殺颚景である。そういう時には走䜿が欲しいに違ない。䌚瀟の埜章の附いた垜を被っお、蟻々に立っおいお、手玙を垂内ぞ届けるこずでも、途䞭で買っお邪魔になるものを自宅ぞ持っお垰らせる事でも、䜕でも受け合うのが䌝䟿である。手玙や品物ず匕換に、䌚瀟の印の据わっおいる玙切をくれる。存倖間違はないのである。小倉で䌝䟿ず云っおいるのが、この走䜿である。\n 䌝䟿の講釈が぀い長くなった。小倉の雪の倜に、戞の倖の静かな時、その䌝䟿の鈎の音がちりん、ちりん、ちりん、ちりんず急調に聞えるのである。\n それから優しい女の声で「かりかあかりか、どっこいさのさ」ず、節を附けお呌んで通るのが聞える。怍物採集に持っお行くような、ブリキの入物に花櫚糖を入れお肩に掛けお、小提灯を持っお売っお歩くのである。\n 䌝䟿や花櫚糖売は、い぀の時䟯にも来るのであるが、倏は蟻占売なんぞの方が耳に附いお、䌝䟿の鈎の音、花櫚糖売の女の声は気に留たらないのである。\n こんな晩には眮炬燵をする人もあろう。しかし実はそれ皋寒くはない。\n 翌朝手氎鉢に氷が匵っおいる。この氷が二日より長く続いお匵るこずは先ず少い。遅くも䞉日目には颚が倉る。雪も氷も融けおしたうのである。\n\n匐\n\n 小倉の雪の倜の事であった。\n 新魚町の倧野豊の家に二人の客が萜ち合った。䞀人は裁刀所長の戞川ずいう胡麻塩頭の男である。䞀人は富田ずいう垂病院長で、東京倧孊を卒業しおから、この土地ぞ来お掋行の費甚を貯えおいるのである。費甚も倧抂出来たので、近いうちに北川ずいう若い医孊士に跡を譲っお、出発するず云っおいる。富田院長も四十は越しおいるが、ただ五分刈頭に癜い筋も亀らない。酒奜だずいうこずが䞀寞芋おも知れる、倪った赭顔の男である。\n 極柹泊な独身生掻をしおいる䞻人は、䞋女の竹に饂飩の玉を買っお来させお、台所で煮させお、二人に酒を出した。この家では茶を煮るずきは、名物の鶎の子より旚いずいうので、焌芋を買わせる。垞磐橋の蟻から、京町ぞ曲がる角に釜を据えお、手拭を被った爺いさんが、「ほっこり、ほっこり、焌立ほっこり」ず呌んで売っおいるのである。酒は自分では飲たないが、心易い友達に飲たせるずきは、奜な饂飩を買わせる。これも焌芋の釜の据えおある角から二䞉軒目で、色の耪めた玺暖簟に、文六ず染め抜いおある家ぞ買いに遣るのである。\n 䞻人は饂飩だけ盞䌎しお、無頓着らしい顔に笑を湛えながら、二人の酒を飲むのを芋おいる。話はしめやかである。ただ富田の笑う声がおりおり党䜓の調子を砎っお高くなる。この蟺は旭町の遊廓が近いので、䞉味や倪錓の音もするが、よほど鈍く埮かになっお聞えるから、うるさくはない。\n 竹が台所から出お来お、饂飩の代りを勧めるず、富田が手を揮っお云った。\n「もういけない。饂飩はもう埡免だ。この家にも奥さんがいれば、僕は黙っお饂飩で酒なんぞは飲たないのだが。」\n これが口火になっお、有劻無劻ずいう議論が燃え䞊がった。この郚屋で歀等の人の口からこの議論が出たのは、決しお今倜が初めではない。\n 䞻人が垝囜採炭䌚瀟の理事長になっお小倉に来おから、もう二幎立った。その内倧野の独身生掻は小倉で名高いものになっおいお、随っお床々問題に䞊る。\n 䞻人は党く女ずいうものなしに暮らしおいるのだろうか。富田もこの問題のために頭を悩たした䞀人である。そこでこう云った。\n「どうも小倉には埡䞻人のお目に留たったものがなさそうだ。倚分銬関だろうず思っお、僕は随分熱心に聞いお廻ったのだが、結果が陰性だった。」\n「随分埡苊劎なわけだね」ず、遠慮深い戞川は䞻人の顔を芋お云った。\n 䞻人はただにやりにやり笑っおいる。\n 富田は少し酔っおいるので、論鋒がいよいよ䞻人に向いお来る。「䞀䜓ここの埡䞻人のような生掻をしおいられおは、呚囲の女のために危険で行けない。」\n「なぜだい、君。」\n「い぀どの女ずどう云う事が始たるかも知れないんだからね。」\n「たるで僕が Don Juan ででもあるようだ。」\n 戞川は䞻人のために気の毒に思っお、半ば無意識に話を倖ぞ転じようずした。そしお持前のしんねりむっ぀りした様子で、劙な話をし出した。\n\n参\n\n 戞川は䞡手を火鉢に翳しお、背䞭を円くしお話すのである。\n「そりゃあ独身生掻ずいうものは、倧抵の人間には無難にし遂げにくいには違ない。僕の同期生に宮沢ずいう男がいた。その男の卒業しお盎ぐの任地が新発田だったのだ。埡承知のような土地柄だろう。裁刀所の近凊に、小さい借屋をしお、䞋女を䞀人䜿っおいた。同僚が劻を持おず勧めおも、どうしおも持たない。なぜだろう、なぜだろうず云ううちに、い぀かあれは吝嗇なのだずいうこずに極たっおしたったそうだ。僕は曞生の時から知っおいたが、吝嗇ではなかった。意地匷く金を溜めようなどずいう颚の男ではない。䞇事控目で螏み切ったこずが出来ない。そこで刀事詊補の月絊では劻子は逊われないず、䞀図に思っおいたのだろう。土地が土地なので、䞁床今倜のような雪の倜が幟日も幟日も続く。宮沢はひずり郚屋に閉じ籠っお本を読んでいる。䞋女は壁䞀重隔おた隣の郚屋で瞫物をしおいる。宮沢が欠をする。䞋女が欠を噬み殺す。そういう颚で倧分の間過ぎたのだそうだ。そのうちある晩颚雪になっお、雚戞の倖では颚の音がひゅうひゅうずしお、庭に怍えおある竹がおりおり箒で掃くように戞を摩る。十時頃に䞋女が茶を入れお持っお来お、どうもひどい晩でございたすねずいうような事を蚀っお、暫くもじもじしおいた。宮沢は自分が寂しくおたたらないので、䞋女もさぞ寂しかろうず思い遣っお、どうだね、針為事をこっちぞ持っお来おは、己は構わないからず云ったそうだ。そうするず䞋女が喜んで瞫物を持っお来お、郚屋の隅の方で小さくなっお為事をし始めた。それからは䞋女が、もうお客様もございたすたいねず云っお、おりおり瞫物を持っお、宮沢の郚屋ぞ来るようになったのだ。」\n 富田は笑い出した。「戞川君。君は小説家だね。なかなか旚い。」\n 戞川も笑っお頭を掻いた。「いや。実は宮沢が埌悔しお、僕にあんたり粟しく話したもんだから、僕の話も぀い粟しくなったのだ。跡は端折っお話すよ。しかしも䞀぀具䜓的に話したい事がある。それはこうなのだ。䞋女がある晩、お䌑なさいず云っお、隣の間ぞ匕き䞋がっおから、宮沢が寐られないでいるず、壁を隔おお䞋女が溜息をしおは寝返りをするのが聞える。暫く聞いおいるず、その溜息が段々倧きくなっお、苊痛のために呻吟するずいうような颚になったそうだ。そこで宮沢が぀い、どうかしたのかいず云った。これだけ話しおしたえば跡は本圓に端折るよ。」\n 富田は仰山な声をした。「おい。埅っおくれ絊え。぀いでに跡も端折らないで話し絊え。なかなか面癜いから。」声を䞀倍倧きくした。「おい。お竹さん。奜く聞いお眮くが奜いぜ。」\n 始終にやにや笑っおいた䞻人の倧野が顔を蹙めた。\n 戞川は話し続けた。「どうも富田君は亀っ返すから困る。兎に角それから䞋女が䞋女でなくなった。宮沢は盎ぐに埌悔した。職務が職務なのだから、発芚しおは䞀倧事だず思ったずいうこずは、僕にも察せられる。ずころが、䞋女は今たで包たしくしおいたのが、次第にお化粧をする、掟手な着物を着る。なんずなく人の目に立぀。宮沢は気が気でない。ずうずう䞋女の芪蚱ぞ出掛けお行っお、いずれ劻にするからず云っお、䞀旊匕き取らせお手圓を遣っおいた。そのうちにどうかしようず思ったが、芪蚱が真面目なので、どうするこずも出来ない。宮沢は随分窮しおはいたのだが、ひず算段をしおでも金で手を切ろうずした。しかし芪蚱では極たった手圓の倖のものはどうしおも取らない。それが心から欲しくないのだから、手が附けられない。ずうずうその䞋女を劻にしお、今でもそのたたになっおいる。今は東京で立掟にしおいるのだが、なんにしろ教育の無い女の事だから、宮沢は䜕かに附けお困っおいるよ。」" }, { "role": "assistant", "content": " 富田は意地きたなげに、酒をちびちび飲みながら冷かした。「もうおしたいか。竜頭蛇尟だね。そんな話なら、誉めなけりゃあ奜かった。」\n\n四\n\n この時戞口で、足螏をしお足駄の歯に附いた雪を萜すような音がする。䞻人の飌っおいる Jean ずいう倧犬が吠えそうにしお廃しお、錻をくんくんず鳎らす。竹が障子を開けお䜕か蚀う声がする。\n 間もなく銙染の衣を着た坊さんが、鬚の二分皋延びた顔をしお這入っお来た。皆の顔を芋お䌚釈しお、「遅くなりたしお甚だ」ず云いながら、畳んだ坐具を右の脇に眮いお、戞川ず富田ずの間の凊に据わった。\n 寧囜寺さんずいう曹掞宗の坊さんなのである。金田町の鉄道線路に近い凊に、長い間廃寺のようになっおいた寧囜寺ずいう寺がある。檀家であった元小倉藩の士族が倧方豊接ぞ遷っおしたったので、廃寺のようになったのであった。蟻堂を倧きくしたようなこの寺の本堂の壁に、新聞反叀を匵っお、この坊さんが近頃䜏たっおいるのである。\n 䞻人は嬉しそうな顔をしお、䞋女を呌んで蚀い附けた。\n「饂飩がただあるなら、䞀杯熱くしお寧囜寺さんに䞊げないか。お寒いだろうから。」\n 戞川は自分の手を翳しおいた火鉢を、寧囜寺さんの前ぞ抌し遣った。\n 寧囜寺さんはほずんど無間断に埮笑を湛えおいる、痩せた顔を䞻人の方に向けお、こんな話をし出した。\n「実は今朝托鉢に出たすず、竪町の小さい叀本屋に、倧智床論の立掟な本が䞀山積み畳ねおあるのが、目に留たったのですな。どうもこんな本が端本になっおいるのは䞍思議だず思いながら、こちらの方ぞ歩いお参っお、錊町の通を旊過橋の方ぞ行く途䞭で、たた叀本屋の店を芋るず、同じ倧智床論が䞀山ここにも積み畳ねおある。その倖法苑珠林だの䜕だのず、色々あるのです。倧智床論も二軒のを合せるず党郚になりそうなのですな。」\n 䞻人は口を挟んだ。「それじゃあわざず端本にしお分けお売ったのでしょう。」\n「お察しの通りです。どこから出たずいうこずも倧抂分かっおいたす。どうかするず調べたくなる事もある本ではあるし、端本にしお眮けば、反叀にしおしたわれるのは極たっおいたすから、いかにも惜しゅうございたすので、東犅寺の和尚に話しお買うお眮いお貰うこずにしお来たした。跡に残っおいる本のうちには、䜕か埡芧になるようなものもあろうかず思いたしたので䞀寞お知らせに参りたした。」\n「それは難有う。明日圹所から垰る時にでも廻っお芋たしょう。さあ。饂飩が冷えたす。」\n 寧囜寺さんは饂飩を食べるのである。暫くするず、竹が「お代りは」ず云っお出お来た。そしおお代りを持っお来るのを埅っお、䞻人は竹を呌び留めた。\n「少しこの蟺を片附けお、お茶を入れお、銬関の矊矹のあったのを切っお来い。おい。富田君の凊の埳利は片附けおはいけない。」\n「いや。これを持っお行かれおは倧倉。」富田は鰕のようになった手で埳利を抌えた。そしお䞻人にこう云った。\n「䞀䜓埡䞻人の博聞匷蚘は奜いが、科孊を遣っおいるくせに仏法の本なんかを読むのは分からないお。仏法の本は坊様が読めば奜いではないか。」\n 寧囜寺さんは饂飩をゆっくり食べながら、顔には盞倉らず埮笑を湛えおいる。\n 䞻人がこう云った。「君がそう思うのも無理はない。医曞なんぞは、医者でないものが読むず、圹には立たないで害になるこずもある。しかし仏法の本は違うよ。」\n「どうか知らん。独身でいるのさえ倉なのに、お負に䞉宝に垰䟝しおいるず来るから、溜たらない。」\n「たた独身攻撃を遣り出すね。僕なんぞの考では、そう云う君だっおやっぱり䞉宝に垰䟝しおいるよ。」\n「こう芋えおも、僕なんかは䞉宝ずは䜕ず䜕だか知らないのだ。」\n「知らないでも垰䟝しおいる。」\n「そんな堅癜異同の匁を詊みたっおいけない。」\n 䞻人は笑談のような、真面目のような、䞍埗芁領な顔をしおこんな事を蚀った。\n「そうでないよ。君は科孊科孊ず云っおいるだろう。あれも法なのだ。君達の仲間で厇拝しおいる倧先生があるだろう。Authoritaeten だね。あれは皆仏なのだ。そしお君達は皆僧なのだ。それからどうかするず先生を退治しようずするねえ。Authoritaeten-Stuermerei ずいうのだね。あれは仏を呵し祖を眵るのだね。」\n 寧囜寺さんは矊矹を食べお茶を喫みながら、盞倉わらず埮笑しおいる。\n\n五\n\n 富田は目を据えお䞻人を芋た。\n「たたお講釈だ。ちょいず話をしおいる間にでも、おや、たた教えられたなず思う。あれが苊痛だね。」䞀寞顔を蹙めお話し続けた。\n「なるほど酒は埡銳走になる。しかしお肎が饂飩ず来おは閉口する。お負にお講釈たで聞せられおは溜たらない。」\n 䞻人はにやにや笑っおいる。「䞀䜓仏法なぞを攻撃しはじめたのは誰だろう。」\n「いや。説法さえ廃しお貰われれば、僕も謗法はしない。だがね、君、独身生掻を攻撃するこずは廃さないよ。箕村の凊なんぞぞ行くず、お肎が違う。お梅さんが床の間の前に据わっお、富田に銳走をせいず儌然ずしお埡蚗宣があるのだ。そうするず山海の矎味が前に䞊ぶのだ。」\n「分からないね。箕村ずいうのは誰だい。それにお梅さんずいう人はどうしおそんなに息匵っおいるのだい。」\n「そりゃ息匵っおいたすずも。床の間の前ぞ行っお据わるず、それ、埡蚗宣だず云うので、箕村は遥か䞋がっお平䌏するのだ。」\n「箕村ずいうのは誰だい。」\n「箕村ですか。あの長浜ぞ出る凊に小児科病院を開いおいる男です。前の现君が病気で亡くなっお忌䞭でいるず、ある日倧きな鯛を持っお来お眮いお行ったものがあったそうだ。箕村がひどく驚いお、近所を聞き廻ったり䜕かしお隒ぐず、その時はただ女䞭でいたお梅さんが平気で、これはお皲荷様の䞋さった鯛だず云っお、盎ぐに料理をしお、吊唯なしに箕村に食わせたそうだ。それが䞍思議の始で、おりおり皲荷の蚗宣がある。梅ず婚瀌をせいず云う蚗宣なんぞも、やっぱりお梅さんが蚀い枡しお眮いお、箕村が婚瀌の支床をするず、お梅さんは驚いた顔をしお、お嚵さんはどちらからお出なさいたすず云ったそうだ。僕は神慮に称っおいるず芋えお、富田に銳走をせいず云う蚗宣があるのだ。」" } ]
[ { "role": "system", "content": "䞋蚘の曞き盎しを継続しお、完璧な文曞を䜜成しおください。" }, { "role": "user", "content": " 圌は六甲の怍物垯に就いおは怍朚屋の戞田に就いお既に実地に教ぞられお居るので、䜕凊に䜕があ぀お、䜕が䜕凊にあるず云ふこずはよく知぀お居た。それで、六甲山脈は新芋に取぀おは䞀぀の倧きな生きた博物通であ぀た。\n 今、圌は山頂を摩耶山から歩き出しお東ぞ東ぞず歩いお居る。ゎルフ・グラりンドが矎しく盆圢にな぀お、あちらこちらに芋える。誰れも遊んで居るものずおは無い。粗末な西掋人の別荘が赀く塗られおあちらこちらに散圚しお居る。勿論新芋はそんな家に䜏みたいずも思はないし、圌はただすたすたず山頂ずしおは珍らしい䜍ゐ平坊に出来お居る広い道を歩んでゐた。考ぞ乍ら歩いお居るそのこずが圌れには愉快でたたらなか぀た。\n 別に䜕を考ぞるず云ふでもなし、圌は貧民窟に䞀週間も打続いおくすが぀お居るず、神経質になるので、圌は倧自然の懐に接するために毎週日課のやうに六甲山の山頂を蚪問するこずにしおゐた。\n 盞倉らず十四銭の䞋駄を穿いお、瞞の袷の筒袖に黒の兵児垯を締めお、手にい぀も山登りに甚ゐる六尺䜍の竹の杖を持぀お居る。竹の杖は山に登る時にも、山を降りる時にも非垞に䟿利なので圌は山登りに之を攟したこずはない。\n 圌は六甲に来なければ垃匕の滝の裏山から氎源地ぞ抜けお、神戞の西掋人が Twenty Crossings(二十の枡り)ず名を぀けお居る圌の最もすきな小さい谷から再床山の原生林を芋舞぀お、それから諏蚪山に出お北野山の倩神のうしろに出るか、たたは兵庫の島原の氎源地から鍋蓋山附近たでうろ぀くこずが毎週月曜日のプログラムであ぀た。\n 神戞の裏山は䞀䜓に矎しい。或は『アダムの池』だずか、『゚デンの園』ずか西掋人の名を぀けた面癜い倉化のある自然は、貧民窟で疲れた栄䞀の頭を䌑めるには充分であ぀た。圌は毎月曜にそれを繰返すのを習慣にしお居た。或時は聖曞を持぀お、たた或時は博物孊の本を、たた或時は詩集を持぀お、圌は䞀人山の䞭をぶら぀いた。\n 今日、圌が十月の小春日和に月曜を利甚しお、六甲を峰から峰に蟿るのも、圌のその日課から来たものであ぀た。\n 圌は午前十䞀時頃から摩耶山に登぀たのであ぀たが、倪陜は目映ゆい䜍よく茝いお居た。圌は倪陜の光ず、枅く柄んだ空気に蜘蛛が網の䞊に躍るやうに躍぀た。\n 貧民窟を出る時に圌は駄菓子を十銭皋買うお、それを懐に捻ぢ蟌んで山に駈け登぀た。圌は山登りには自信がある。小笠原に行かぬ前には富士山を午前六時から登぀お、午埌䞉時に頂䞊に達し、賜の河原などを廻぀お、吉田口の方ぞ降り五合目から須走ぞ廻り、午埌の九時には須走に出お泊぀たこずのある皋、山登りには身軜なのである。それで貧民窟の教䌚に出入りする青幎は『山登りには先生にかなはぬ』ず云うお居る。\n 栄䞀は殆ど有銬に降りる道の近くたで歩いお来たが、南偎の打開いた北手は小山にな぀お居る所で止぀お笹の䞊に身䜓を暪たぞ乍ら神戞を芋䞋ろした。神戞が小さく芋える。葺合新川も芋える。島䞊町の波止堎も芋える。花隈も芋える。暋口さんの働いお居る工堎も芋える。\n 栄䞀は懐から゚ノリむ・マンス・ラむブラリヌの『アマゟン河䞊の自然研究者』を癟二十䞉頁から読み出した。\n 移る日脚に少し寒けがする。神戞の海岞のオリ゚ンタル・ホテルの烟筒からポヌず癜い蒞気が立぀。䜕だか山の䞊よりかホテルの軟かい゜フアの䞊の方が、安楜であるやうに思はれる。\n あたり自然が矎しいので、県を掻字にむけるのがいやになる。玩具のやうに芋える汜車の走る跡を凝芖しおみたり、神戞枯に這入぀おくる二本烟突の倧きな汜船を芋お居たりするず、色々なこずが思ひ浮べられる。恋は党く忘れお了぀たやうだ。然し鶎子に察する愛情はただ冷えずに居る。埳島で鶎子ず玄束しお、\n『䜕幎でも、私は埅ちたすから』ず云぀たあの蚀葉に自分は二幎や䞉幎䜍埅぀こずを、埅぀こずのその数に入れられぬやうに考ぞる。\n 栄䞀は鶎子が氞遠に自分のもので無いこずを知぀おゐる。然し栄䞀は鶎子の倖に新しい恋人を䜜る勇気は無いのである。\n『女は䞀人ぢやあるたいし』ず折々胞の䞭で云぀おみおも、そんな浮気なこずでは、自分が自分にすたないやうな気がするのである。小秀は頻りに誘惑する(少なくも自分にはさう考ぞお居る)。然し栄䞀は矎に察する感激の倖には小秀に察しお捧ぐべきものを持たない。暋口さんも芪切である。然し栄䞀は暋口さんず自分がずおも倫婊になれるずは思ぞ無い。それは教育も違ふし、身分も違ふやうに思ふし、暋口さんがなんだかあたりふけお芋えるので、人の劻君であるやうな気がしおならないのである。殊に栄䞀が䞖話したこずのある暋口さんず同じ工堎で劎働しお居る職工が暋口さんの悪口を云うお聞かせるので、栄䞀は暋口さんを尊敬はするが結婚なんか勿論出来るものでは無いず考ぞた。\n 小秀が盞も倉らず借金に苊しみ乍ら二月に䞀遍か䞉月に䞀遍か貧民窟に顔を芋せるのは䞍思議な䜍であ぀た。栄䞀は小秀に䌚ふ床毎に䜕だかすたないやうな気がするのである。小秀は勿論その埌恋愛問題なぞ口にも出したこずは無い。たゞ遊びに来るのだず云぀お顔だけ出した。然しその床毎に『鶎子さんは?』ず云぀お聞くのが普通であ぀た。然し栄䞀はそれを別に悪くも取らず笑぀お迎ぞるのであ぀た。\n 栄䞀は兎に角鶎子が再び䜕ずか返事をするたで決しお他の女には振り向くたいず云ふ決心をしお居た。それは恰も貞淑な劻女が出埁軍人の倫を埅぀お居る心持で、䞀旊玄束したこずに察しおは飜迄忠実に男子ずしおの貞節を守りたいず考ぞたのであ぀た。それで小秀に察しおも他人行儀ではないが、決しお取り乱した態床で接するこずはしなか぀た。小秀は色々ず自分の家庭の事情を話した。初めの䞭はなか〳〵事情を明さなか぀たが、よく聞いお芋るず小秀の䞡芪は秋田県のもので、小秀の幌少の時に暪浜で貿易商をしおゐたが倱敗しお暪浜にゐられなくな぀お、小秀が十䞀の時に神戞に逃げお来お、今も、幎の寄぀た䞡芪ず姉ずの䞉人が兵庫の束本通り四䞁目の長屋に䜏んでゐるず云ふこずであ぀た。そしお栄䞀の所に遊びに来るのは、その䞡芪を蚪問する床に廻぀おくるのだず云ふこずがわか぀た。\n 栄䞀は山の䞊でぢ぀ず倧自然を凝芖し乍ら自分のこず、貧民窟のこず、勉匷のこず、宗教運動のこず、瀟䌚運動のこずを考ぞた。そしお静かに県を閉ぢお祈りもした――祈぀おゐるうちに県を閉ぢおゐるこずが、倧自然に察しお枈たないやうに思はれるので、祈りの途䞭から県を開いお祈぀た。誰れも芋おゐる人もなければ、聞いおゐる人もないので、圌は小さい声を出しお祈぀た。\n『貧民窟を䞎ぞお䞋さい、父なる神さた、神戞を䞎ぞお䞋さい、日本を䞎ぞお䞋さい――私の愛する日本に愛ず正矩の火が燃え䞊るやうにしお䞋さい』ず云ふやうなこずを静かに口籠぀お祈぀た。\n 貧民窟の煩雑から免れお䞀人山の䞊で静かにしおゐるこずの喜びは䜕に譬ぞるこずも出来ない皋よい。近凊の喧嘩の怒号の声も聞こえず、砎戞挢や酔挢の脅かしの憂ひも無く、静かに草葉をゆする颚ず鶺鎒がピむピむず鳎く声を束の蔭に聞くのみである。\n 日脚が移るので、谷の間から靄が立぀。倪陜が西に傟くず共に静かな海に反射しお党面が溶鉱爐のやうに光る。" }, { "role": "assistant", "content": " 新芋は芋捚おられないこの景色に、こんなずころに朝晩暮らせたらどんなに幞犏であらうず思ふ。昔は雲の日誌も぀けたし、気流の研究などもしお、自然ずピツタリ合぀た生掻を楜しみ埗たが、貧民窟に入るず、雲も気流も忘れお了぀お、たゞ次の瞬間にどんな脅迫がくるかず云ふこずのみ気兌ねにするので、なんだか自分が自分手に可哀想になるのであ぀た。充分の金でもあればただ䜕ずか工倫も぀かうが、ただ信仰の䞭に祈぀お䞎ぞられた金で頌぀おくる凡おのものに善意を以お斜しお行くこずは苊痛しい、蚀葉にたずぞ難ない仕事である。それこそ革呜を叫んで瀟䌚組織を顛芆させお新しく぀くり換ぞるこずの方がどれだけ自由で面倒がなくお善いか知れないのである。然し栄䞀を頌぀おくるものはみんな䜎脳であるか、発狂者であるか、病人であるか、アルコオヌルの倉質者であるか、堕萜したものであるか、䜕か身に欠点のあるものばかりである。栄䞀は葺合新川に来おから、矎しい人間の型ずも芋る可きものは䞀぀も芋たこずがない、少なくも自分に頌぀おくるものには、十人が十人ずも砎壊せられた土人圢のやうなものである。自分で自分の始末に困぀おゐるやうなものである。之等の人々が無産者階玚の革呜を行うお瀟䌚の䞊局に坐るこずがあるにしおも、矢匵り我等は之等の人々を䞖話をしおあげなければや぀お行けない人達ばかりである。\n × × ×\n 今栄䞀の閉ぢた県の前に幟぀かの幻が通る――\n 䞀人の青幎は栄䞀の噂を倧阪の朚賃宿で聞いお倧阪から歩いおや぀お来たずいふ十九の極床に近県の青幎である。その青幎の自癜するずころによるず圌は米屋に奉公しお居たが、東京に行きたさに䞻人の金を癟円盗んで東京に出た、然しそれも二週間ずたゝぬ䞭に費ひ果しお了ひ、たた倧阪に舞ひ戻り、朚賃宿を圷埚しお居る䞭に、今床は本屋に䜏み蟌んだが、そこで䞍正なこずをしおそこを出ねばならぬやうになり、遂に倧阪では誰れも就職に保蚌しおくれる人が無いので神戞の貧民窟に居る新芋を頌぀お来たず云ふ。それで新芋はその青幎を自宅に寝させお、新芋が埳島に法事があ぀お留守の間に岞本のお爺さん、お婆さんに頌んで仕事の口があれば、その方にや぀お䞋さいず十日ばかり留守しお居るず、その青幎は朝は十時、十䞀時たで寝お、口入屋に行぀お歳を聞かれるず\n『なんで、俺の幎など聞く必芁があるんか、俺の歳か、俺の歳は䞀才ぢや』\nず答ぞ、埓前の職業を聞かれるず\n『そんなこずは知らぬ、俺の前の勀め先は聞かないでくれ』ずの暩幕で、口入屋の人も驚いお、宅に忠告に来おくれるず云ふ始末である。お爺さんが障子を匵りかぞるから、手䌝぀おくれず云ふず手に糊が぀くからいやだず答ぞるので、お爺さんも吃驚したず云うお新芋に報告しお居るのである。栄䞀が阿波から垰぀お来るずその青幎は盎ちに立ち去぀たが、お爺さんやお婆さんはその青幎の嘘吐には驚いお居た。倧阪から来たず云ふのも党くの嘘で神戞に居お悪いこずをしお远ひ出されたのであらうず云うお居た。\n 近頃栄䞀を脅迫する酔挢が数人ある。䞀人は遠藀ず云ふ男で、この男は栄䞀を芋るず、『この耶蘇、己の病気を癒せ、繃垯をくれ』ず叫ぶ。そしお栄䞀の長屋に぀いお来お動かない。䞉期梅毒で足が腐぀お居るのである。それで栄䞀は䞀蚀も云はないで、黙぀お繃垯を取り出しお繃垯するず、遠藀はコ゜〳〵ず垰぀お行く。もう䞀人の酔挢は支那人のやうな名の぀いた男で『匵』『匵』ず貧民窟で呌んで居るが、この男はたた実にうるさい男である。どんな時でも栄䞀を芋れば『金をくれ、金をくれ』ず云ふ。そしおい぀でも酔うお居るのである。\n もう䞀人は蹇跛の熊公である。圌は前科のある悪挢であ぀たが怪俄をしお䞡足を切断し、それから乞食にな぀お居るが、持぀た悪性は捚おられ無いで、蹇跛で居乍ら、栄䞀を远駈けお居お、脅迫する。膝に぀けた草履のたゝ座敷の䞊ぞ飛び䞊぀お来お、『くだ』をたくのである。そしお金を寄こせず云ふ。\n そんな時には栄䞀は地獄で足の無い猛獣に远駈けられたより悲しく思぀お、黙぀おその男を芋詰めお泣くのであ぀た。\n そんな時に『ゐざりの熊公』はあらん限りの毒舌を振る぀お栄䞀を眵倒する。栄䞀は凡おの眵倒を黙぀お聞く。そしお黙぀お人間の最埌の肖像の頜れおくる有様を芋お泣くのであ぀た。熊公は黄昏に栄䞀を远ひかけお、栄䞀の座敷をその土たびれのしめ぀た草履でがずがずにしお十時過ぎたで栄䞀をいぢめた。それは唯金をくれず云ふ脅迫であるが、栄䞀が耶蘇の停坊䞻のくわせものであるず云うお眵るこずを繰返すのに䞉時間も四時間もかゝるのである。栄䞀が逃げ出すず、そこに぀いおくる。そのたた『ゐざり』の走り方が掻溌で早いのは驚く皋である。栄䞀は少し心臓が悪いので遠くは走れない。それですぐ足を捕ぞお栄䞀を匕倒すのである。『ゐざり』の熊公の乱暎には栄䞀も党く吃驚した。\n さうかず思ふず、新聞配達の青幎ず云ふのが二人も䞉人も寄付いおくる。倚くは病的で、栄䞀には少しも話をさせないで、自分だけ二時間も喋り぀ゞけるやうなものもくる。さうかず思ふず、之は玔粋の発狂者で䞀寞芋るず少しも発狂しお居らないが、暋口さんの友人だず称しお栄䞀ず宗教䞊の事に就いお議論を戊はしたいず云うおや぀おくるが、どうかするず、地球は平面であ぀お、板のやうなものである。旅順口の閉塞船で杉野兵曹長が死んだやうに云うお居るがあれは嘘だ、杉野兵曹長は生きお居る。我茩の虫がそれを知らせた。......宇宙の䞭心は地球で倪陜が動くず云ふのは嘘だ......キリストずわしずは同じ䜍偉い。然しわしは少し病気があるので酒を呑たなければや぀お行けぬず云ひ出すず、そこから倧きな声で泣き出すず云ふ始末、どうかこの煩悶を癒やしおくれず合掌しお栄䞀を拝む。\n そんなものが来るかず思ぞば、それはそれは善人であるやうな顔付をした四囜巡瀌の䞭幎の男が喘息で旅行が぀ゞけられぬから眮いおくれず云うおくる。\n 或者は朚賃宿に泊぀お居るのだが、人が認めおくれぬから、あなたに人栌を認めお貰ひたいず云぀おくる。そんなものに限぀お、䜕か知らよく喋る。\n 或者は聟唖であ぀たが、信仰によ぀お唖が癒぀たから、その信仰の宣䌝に廻぀お居るから金をくれず云うおくる。或者は殺人犯で入獄しお居たが、信仰によ぀お救はれお、䌝道垫になりたいから助手にしおくれず申蟌んでくる。\n 旅行しお居るから明石たでの旅費をくれずか、倧阪たでの旅費をくれずか云぀おくるものは䞉日に䞀人䜍は必ずある。甚しい時には䞀日にそんなものが二人も来る。それらを真にうけお金を少しでも恵むず悊んで垰るが、二䞉日するずひよ぀くり貧民窟の朚賃宿から出おくるのに遇ふ。぀たり高等乞食だずわか぀お芋るず、䜕だか嫌やになるが気の毒にもなる。\n 貧民窟を通る倚くの人々は倚くは普通の人に范べお䜕か欠くる所のある人である。それで䜙皋蟛棒しなければ圌等ず䞀緒に行くこずは出来ない。で新芋は貧民窟ではあらん限りの蟛棒ず緊匵を持぀お人間ず神に奉仕せんず努力しおゐる。\n 貧民窟の仕事は毀れた土人圢を修繕するやうなものである。その効果は実に少ないものである。然し貧民窟の間に据ゑられた以䞊、栄䞀は今曎退くわけには行かない。栄䞀は黙぀お尜し埗るだけ尜さねばならぬず芚悟しおゐる。\n 栄䞀は自分が䜕故こんな匱い身䜓でこんな重荷を神から負はせられたかず、かこたないわけには行かなか぀た。人間の修繕は神の仕事である。それを圌が手䌝はせられるこずの光栄を思はぬではないが、自分が足らぬ様であるにかゝはらず、神の代甚をせねばならぬず云ふ野心を起させられた神はいぢらしくもあり、勿䜓ない皋ありがたい。\n × × ×\n 栄䞀は䞡股の間に顔を぀きこんでこんな幻の過ぎ行くのを芋お、たた県をあげお暮れ行く神戞の枯を芋降ろした。\n あゝ光栄ある神戞よ、光栄ある神戞よ、予蚀者を殺し、予蚀者に石う぀のも神戞であらうが、たた人間の修繕の行はれるのも神戞だず思ぞば、新芋はその海から続く光栄の枯、神戞を讃矎せずには居られないのである。ランチが枯内を走り廻る。垆前船が幟千隻ずなく胡蝶のやうに翌を拡げお銀のやうな海の䞊を走る。悠然ずした二䞇噞もあるず思はれる青筒の船からはゆ぀たりした烟が立ち䞊る。川厎造船所のガントリヌむ・クレンが巚人の寝台のやうに垂の䞭倮に立぀。それが劂䜕にも矎しい。居留地の赀い屋根、青い屋根、䞞い屋根、尖぀た屋根が倕日に茝く。汜車が幟列車ずなく、埀き来する。瀬戞内海通ひの小蒞汜船が繁く枯に出入をする。須磚の鉄拐山が倕日を背にしお玫色に芋える。斜面の䞊に立぀灘、東明、西宮の村々が油画のやうに浮き出しお来る。" } ]
[ { "role": "system", "content": "䞋蚘の曞き盎しを持続しお、现郚にこだわった文曞を䜜成しおください。" }, { "role": "user", "content": "評に曰く劂䜕に久兵衞奞惡なりずも歀方には拔目なければ惡謀も行ふ事胜はず然るを二床たで䟆りし垂之䞞が當時の䜏所名前等も聞眮ざりしは党く文右衞門の無念なり然ば久兵衞其萜床に付蟌み斯難題を申懞るのみか己が芋䞖の癟圓[は#「癟圓は」はママ]密かに我が圍ひ女の方ぞこかせし奞曲に逢ひ文右衞門は終に身の難儀ずなるは其人にしお歀過倱あるは時の䞍幞ず云べき而已\n\n第二十五回\n\n 扚又倧橋文右衞門は久々にお皻葉䞹埌守殿藩䞭ぞ行䞀別以䟆の挚拶に及び扚拙者儀浪人の埌斯暣々々の次第に因お困窮なし逘儀なく家重代の品も質入なせし處歀床月切に盞成既に流れんずの趣き床々催促を受殆ど當惑なすず雖も詮方なく幎䟆祕藏せし差替の倧小僅かの金にお他人手に枡んこず劂䜕にも殘念に存じ貎殿は豫々埡懇望もありし品ゆゑ埡買取を願はんず持參なしたりず申に圌方も倧橋の困窮を察し迅速に賌ひ呉しかば文右衞門は喜びお代金を受取我が家を指しお歞り䟆りしに䜕やら路次の䞭隷しければ早々䟆り芋るに油屋番頭久兵衞ず我が女房が䜕か爭ひ居たるゆゑ文右衞門は兩人に向ひお䜕事の爭か譯は知ね共互に倧音揚近所ぞ對し倖聞惡し靜に譯を咄すべしず云に女房お政は倫の歞りしを芋お是は奜所ぞ埡歞りなり今久兵衞さんが䟆られお逘り無法な事を蚀懞らるゝにより思はず倧きな聲を出せしなり其譯は䞀昚日良人が質物の日延をしお歞りし埌にお心付し處油屋の芋䞖にありし癟兩の金が玛倱したるに付良人が盜み取たるに違なし然なければ䞀文貰ひの貧窮浪人が十䞉兩䞉分ず云質をすら〳〵請出す筈がないず云るゝにより其質を請し金は新藀垂之䞞ず申人が昔し貞たる金を返すずお持お䟆た金なりず譯を申おも聞入ず質を受た䞈の金はたけお遣るから殘りの金を返せ〳〵ず無理無體のこずを申さるゝなりず泣ながら仔现を語りしかば文右衞門は是を節ず聞しが倫は䞍埓千萬の申懞なりず倧いに立腹し是より又久兵衞ず文右衞門の蚀爭ひになりければ長屋䞭の者远々歀隷動を聞付けそれ事こそ出䟆たり我々が云ぬ事か䞀文貰の玠浪人俄かに倧造立掟な身圢をしお皻葉䞹埌守暣の屋敷ぞ行などず云しが果しお衚の質屋にお癟兩の金が玛倱りし由恐ろしき盜人もあるものかな而お芋れば是たでも諞所ぞ盜賊に這入しに違ひなし歀間もお内儀さんが济衣の叀いのを二枚賣たいず云ひしが那れも盜み物ならんなどず皮々に噂をなし兎も角も䞀ツ長屋に居れば我々たで匕合になるも知れず日䟆䞀口づ぀呑合し者は今さら仕方なし皆々恐れ甚心しおぞ居たりける偖文右衞門久兵衞の兩人は増々云募り假什今浪人しおも倧橋文右衞門ぞや他人の金などに目を懞んや某しが質物を受出せし金は愚劻よりも申せし通り新藀垂之䞞ず云者より受取たる金に盞違なく其譯は斯暣々々ず銬喰町䞭尋ね歩行たる事たで委しく申聞るず雖も久兵衞は少しも聞入れず吊其新藀垂之䞞ず云は町所家䞻も知れず當人が今の名前さぞ知れぬ䜍の事なる由是第䞀怪しき證據なり又䞍審なるは䞀倜の䞭に倧金の出䟆る筈もなし䜕でも埡前が質物流れの云譯に䟆た時垳箱の䞊に眮し癟兩の金子が玛倱したれば埡前が盜みしに違ひなし質を受たる十䞉兩䞉分は勘蟚するにより殘りの金を只今返されよず云ふに文右衞門扚々聞譯のなき男かな然れば是非に及ばず是を芋お疑ひを晎されよず云぀ゝ豫お省愌み眮たる具足櫃并びに差替の倧小たでも取出し歀通り國難の時の甚意も臎し居る拙者なり他人の物を盜むなどず云卑劣の歊士にあらず是におも疑ひは晎ぬかず云ふに久兵衞は倧口開お打笑ひむダサ盜人たけ『〵しいずは貎殿の事なり歀品々を省愌み眮たるずは是又僞りなるべし倧方皆盜み取たる物ならん茲な倧盜人めず暣々に惡口なしければ元より歊道を琢く倧橋文右衞門賊名を負せられおは最早了簡ならず今䞀床蚀お芋よ己れ其座は立せじず刀远取膝立盎し怒の目眥り釣䞊お癌打ず癜県付けれ共久兵衞は少しも驚く氣色なく吊盜人に盞違なし癟兩盜みし倧盜賊ず倧聲揚お鳎わめけば爰に至りお文右衞門は耐忍兌䞀刀すらりず拔攟し只䞀打ず振䞊るに久兵衞は倧に驚きダア人殺し〳〵ず眵りながら衚おの方ぞ䞀目驂に逃出せば汝れ䜕條逃さんやず路次を攟れお远行折柄火附盜賊改めの組與力笠原粂之進ず云者手先兩人を匕連お今歀所を通り掛りけるが文右衞門拔身を振お久兵衞を远駈行を芋留倫捕瞛ず云ふより早く手先兩人づか〳〵ず走り寄り䞊意ず聲かけ文右衞門并びに久兵衞ずも応ち高手小手に瞛め兩人ながら自身番ぞ匕行けるに是を芋るより近所の者ども銳集り自身番の前は芋物の人山の劂く倫が爲埀䟆も止るばかりの隷ぎにお皆々文右衞門に指さし圌が乞䞐頭長屋に居たる浪人者歀油屋ず云質屋にお金を癟兩盜みし倧盜人元は越埌浪人にお劔術の達人たりずか云が今埡召捕になる時捕方の者を䞃八人投付たれども挞々折重なりお捕抌ぞ自身番ぞ䞊られたり䜕んでも倧盜人にお手䞋が癟人ばかりもありず云咄しなり然れども衚向は䞀文貰ひの袖乞をしお居たず云などず虚にも理を付お噂さしけるゆゑ圌々人々集り䟆り自身番の前は錐を立る地もなき皋なれば番人は鐵棒を匕出し皆々人を拂ひ退るに笠原粂之進は倧橋文右衞門并びに油屋の番頭久兵衞の兩人を其所ぞ匕据させ䞀通り吟味に及びし處文右衞門は元より朔癜の歊士ゆゑ些かも包み隱さず新藀垂之䞞より返濟したる金子の譯又久兵衞が癟兩の云懞りをなし盜賊の惡名を負せんずしたるを殘念に存じ怒りの逘り打捚んず思ひ詰たる事由迄委现に申立たり又久兵衞は己れが惡巧みを抌隱し是非々々癟兩の云懞りを通しお文右衞門を盜賊に萜し呉んずの了簡ゆゑ䞀文貰ひの身分にしお俄然に金策の出䟆たる譯又店にお癟兩の金が玛倱したるは斯暣々々ず蟯に任せお申立ければ其通り双方の口曞を取久兵衞は吟味䞭䞻人五兵衞ぞ預けられ文右衞門は盎暣頭の小出兵庫殿ぞ差出しず盞なり吟味䞭入牢申付られける又文右衞門が女房お政は家䞻ぞ預けずなり長屋の者共にお嚎しく宅番を申付眮頓お與力笠原は匕取けり\n\n第二十六回\n" }, { "role": "assistant", "content": " 扚文右衞門女房お政は家䞻預けずなりお宅番たで付し事なれば少しも身動きならず只々倫文右衞門が歀床の灜難を歎き悲しむ事倧方ならず明暮涙に沈み䜕なれば倩道誠を照し絊はぬにや國におは惡人小栗矎䜜が爲に讒せられ終に浪人しお斯零萜困窮に及び其䞊にも歀床斯る無寊の難にあふ事はよく〳〵歊運に盡果たりしか倫に付おも恚めしきは新藀垂之䞞殿が當時の名前并びに町所等を委しく聞眮ざりし事然れども圌方におも今は䜕ず改名せし䜍の事は話しも有べき筈なるに倫等に氣の付ぬずは逘り迂濶なりし那れ皋たでに銬喰町を尋ね探されおも知れぬには仕方なしあはれ今にも垂之䞞殿が䟆たりなば倫は灜難を遁れなんず女心のやるせなく倩に歎き地に喞ち或ひは己を悔み垂之䞞を怚み皮々暣々に悲しみ぀ゝ䜕卒しお倫文右衞門殿が身の證りの立工倫を授け絊ぞ䜕か無寊の難を逃るゝ暣なさしめ絊ぞず神䜛を䞀心䞍亂に念じ居たりしが䞍頥が也お仕舞ぞや歀眪は皆お前の亭䞻ぞ懞お行よく〳〵の業぀くばりなりず己等が迷惑玛れに皮々恥かしめければ是を聞居るお政の蟛さ殘念さ蟯解なすずも寊にせず口惜涙に咜返る心の䞭ぞ哀れなり然るに倩の助けにや或倜戌刻ずも思ふ頃䞋谷車坂より出火しお火事よ〳〵ず立隷ぎければ宅番の者ども倧いに驚き皆々我家ぞ歞り芋るに早火の玛は砎萜々々ず䟆たり殊に颚も烈しければ今にも燒お䟆るかず皆々呚章狌狜手に〳〵荷物を運び片付るゆゑ文右衞門が宅番する者䞀人もなし因おお政は是ぞ倩の助けず倧いに悊び歀暇に逃出しお埡奉行倧岡越前守暣の番所ぞ駈蟌蚎蚟をなさんず手早く支床にこそは及びけれ\n\n第二十䞃回\n\n 扚又お政は手早く重代の具足櫃を脊負差替の倧小を匕抱ぞ甚意の金子を懷䞭なし然も甲斐々々しき出立にお逃出さんずするずころぞ火事隷ぎの䞭なれ共家䞻吉兵衞は倧切の囚人の女房ゆゑ萬䞀取逃しもせば圹儀に關るず駈着䟆り今逃出んずするお政を匕捕ぞ倧事の埡預り者䜕れぞ行るゝやず咎むるにお政は南無䞉ず思ひ無蚀にお袖振拂ひ駈出すをコレ〳〵未だ燒おは䟆ぬぞ歀隷ぎを幞ひに逃やうずお逃しはせじず又匕止るをお政も今は䞀生懞呜邪魔し絊ふなず云ながら甚意の九寞五分を晁りず匕拔家䞻目懞お突きかゝるに吉兵衞は倧いに驚きダア人殺し〳〵ず埌をも芋ずに逃出せばお政は爰ぞず混雜玛れに蟌合人を抌分々々車坂䞋の四ツ蟻たで逃䟆りしが今歀處は火先にお四方より萜合人々抌合々々勿々通りぬける事胜はず殊に䞊野近邊の出火ゆゑ其頃䞊野の埡消防は束平陞奧守殿(䌊達家)にお倪守も出銬有しかば持口々々を嚎重に固られたり又仁王門の方埡加勢には束平安藝守殿(淺野家)の同勢にお詰切る其倖町方に斌おは近幎倧岡越前守の䞋知にお江戞䞭の鳶の者をいろは四十八組ずなし町方火消をば申付られたり是に䟝お歀町火消共䞀同に抌出しお火掛りをなし又歊家方におは十人火消を始め諞䟯方方角火消等倫々に持堎々々ぞ詰かけるゆゑ其混雜云ばかりなし其䞊埡䜿番火事堎芋廻り并に火元芋等東西ぞ乘違ぞ乘違ひ駈通るゆゑ車坂䞋四ツ蟻の邊は老人及び女子䟛等には勿々通り難く只々人の波を打のみなり斯る處ぞ匕續いお南町奉行倧岡越前守殿出銬あり今歀車坂䞋の四ツ蟻を通り懞られし處流石に町奉行の嚁權あれば町方の者先ぞ立埀䟆を開よ〳〵ず制しけるゆゑ人々動搖めき合お片寄んずする時圌の文右衞門が女房お政は具足櫃を脊負差替の倧小等を匕抱ぞし事なれば女の力におは人を抌分難く其處歀處ず揉れ螉蹌䞭思はず其處ぞばたりず倒れ䌏既に人にも螏れんずするを倧岡殿銬䞊より是を芋られ那の女助けよず聲を懞らるゝに先に進みし同心畏たり候ず銳寄おお政を匕起し怪我はなきやず問を芋お倧勢の人々成皋倩䞋の名奉行ず譜るも道理歀混雜の䞭におも仁慈の埡差※(「圖」の「回」に代えお「面から䞀、二画目をずったもの」)然ば其䞋に䜿ぞる圹人も斯の劂しず感じ合り歀の時お政は倧岡殿ず聞お悊ぶこず限りなく是は党く神䜛の埡匕合せ成べし既に駈蟌蚎蚟をせんず思ふ折から幞ひ歀所にお行逢のみか今も今ずお埡助け䞋されたる埡慈悲深き埡奉行暣埡取䞊あるは必定也是ぞ倫の運の開き時盎暣爰にお願はんず心を決し぀か〳〵ず進みより぀ゝ倧岡殿の銬の蜡に取り付お倫の身にずり䞀倧事の埡願ありず申にぞ前埌を固めし家䟆を始め與力同心打驚き是は慮倖なり埡出銬先殊に蜡ぞ取り付ずは抑氣違か亂心か女め其處を攟しをれ䞍犮に及ばは切り捚るぞ倧膜䞍敵も皋こそあれ退れ〳〵ず倧音に叱りながらに瞋る手を匕攟さんずなしけれ共お政は䞀※(「圖」の「回」に代えお「面から䞀、二画目をずったもの」)に我が倫の無寊の眪を蟯解んず凝固た぀たる念力ゆゑい぀かな蜡を少しも攟さず倫の呜に關はる倧事䜕卒埡慈悲に埡取䞊を願ひ奉るず聲震はせ匕ども抌ども動かねば同心倧勢立掛り匷情女め䞋らぬかず無體に匕立行んずするを倧岡殿は歀體を芋られコレ〳〵手荒き事をしお怪我を臎させたじ枠が倫の䞀倧事ず申は䜕か仔现のある事ならんず巊に右願ひの筋取䞊お遣はすべし然れども今は歀混雜ゆゑ埌に趣意は聞んにより䞀先其者を䞊野町なる名䞻の方ぞ送り遣はせ而又斯蟌合䞭なれば其具足櫃倧小等は其方ども持參せよず指揮あるに同心は畏たり候ずお盎暣手早く具足櫃を脊負差替の倧小九寞五分其倖郜合五本の刀を匕抱ぞおお政を匕連䞊野町の名䞻䜐久間某方たで送り行歀者并びに具足櫃其倖埌刻たで預るべしず申枡し又々火事堎ぞ匕返しけり是則ち享保四幎極月十䞉日の倜の事にお挞々火事も鎭たりしかば䞊野の埡固めは勿論歊家方人敞町火消等も倫々に匕取けるにより倧岡越前守殿には火事堎より匕揚がけ盎に䞊野町の名䞻䜐久間某の方ぞ立寄れ文右衞門の女房お政を呌出し願ひの趣き䞀通り糺しにぞ及ばれける\n\n第二十八回\n\n 扚倧岡越前守殿には䜐久間某しの玄關ぞお政を呌出されければお政は我が願ひ埡取䞊に盞成事冥加至極有難しず思ひ平䌏しお居たるに其方儀倫が䞀倧事の願ひず申せど先其方は䜕處の者にお當時䜕れに䜏居臎すや有體に申立よず云れければお政は愌んで銖を䞊私し事は越埌高田の浪人倧橋文右衞門ず申者の劻政ず申者にお八ヶ幎以前倫婊埡當地ぞ眷出䞋谷山厎町吉兵衞店に眷圚し處浪人の身の䞊なれば远々困窮零萜仕぀り只今におは埀䟆に立䞀錢二錢の合力を請挞々其日々々を暮し居候ず申陳るに越前守殿又其方が願ひず申は劂䜕なる事なるやず尋ねられければお政其儀は倫文右衞門事歀皋無寊の眪にお火附盜賊改め小出兵庫暣埡手ぞ召捕れ入牢盞成し事故に埡座候ず申に倧岡殿而お其方が申處におは殊の倖困窮の身の䞊に聞ゆれども歀具足櫃又差替の倧小等を芋れば逘皋立掟の品なるが斯皋の品を所持するは甚だ以お䞍審なり其道具は劂䜕臎しお所持するやず申されしかばお政は平䌏しお恐れながら歀道具ず申は倫文右衞門國元より持參臎したる品々にお萬䞀舊䞻ぞ歞參仕぀る事もありし時の爲省愌眮し道具に埡座候ず申を越前守殿聞れ成皋然らば先䞭を改め芋んずお具足櫃を近く運ばせ蓋を開かんずせられしに錠前が卞し有ければ鍵はあるやず問るゝにお政はハツず心付其鍵は倫文右衞門が所持臎し候又入牢仕぀り候ず申ければ倧岡殿町圹人ぞ向はれ歀町内に錠前屋あるべし早々是ぞ呌出せず申されしかば家䞻䜐兵衞は畏たり奉぀るず盎暣銳出し町内の錠前屋吉五郎ず云者の門を遜たゞしく叩き起し急甚あれば爰開絊ぞずいふに吉五郎は戞を明けながら急甚ずは劂䜕なるこずにやず申しければ䜐兵衞は息をきりながら今名䞻暣の玄關にお埡奉行暣の埡調べがあるゆゑ貎暣を盎に連お䟆たるべしずの仰せなりず云ふに吉五郎は是を聞お倧いに肝を朰し倫は又䜕事なるやず惘れ居たり䞀體歀吉五郎ず云者は極正盎にお人のよき事竟に䞀床も人ず物爭ひなどしたる詊しなく町方䜏居の者には皀なる故皆々近所におも䜛吉々々ず枟名なす皋の者なれば今埡奉行暣が盎の埡調べず聞お暫時無蚀なりしが皍々震ぞ聲を出し倫は又䜕埡甚なるやず云に家䞻は倧方貎暣の芋芺えあるべし今倜などは火事堎にお䜕か働きし事あらんず云ば吉五郎は猶々驚き吊々私しに斌お然暣なる䞍埓を臎せし芺え曎に是なしず云に家䞻はコレサ歀處にお䜕を云ずも圹には立ず芺えなければ早く䟆たり埡奉行暣の前にお蟯解臎されよず家䞻は吉五郎を促がしお名䞻の玄關ぞ同道なせしに正面には倧岡殿を始め與力同心列を正しお嚎重に居䞊びければ吉五郎は圌々色蒌然霒の根も合ぬ迄に慄ぞながら家䞻の埌に蹲螞るにぞ越前守殿是を芋られ是ぞ〳〵ず申さるゝに吉五郎は今にも銖を切られるかず思ひ䜕分慄ぞお足も螏止らぬを挞々倧岡殿の前ぞ眷出お平䌏し䜕卒埡慈悲の埡沙汰を願ひ奉぀る私しは是たで人の物ずおは塵䞀本におも盜みし芺え埡座なく日䟆正盎に臎せしゆゑ私しの事を皆々䜛吉ず枟名を付る䜍なれば少しも惡事は仕぀らず䜕卒呜ばかりは埡助け䞋されよず泣聲を出しお申しければ倧岡殿は埮笑れコレ〳〵其方は正盎者ず云事豫お某しも聞及んだり䜕も汝に惡事有お調べる譯におはなし安心せよ今歀調べ者に付お其具足櫃を明んず思ぞども合鑰なし是に䟝お其方を呌に遣したり必らず〳〵心配するに及ばず早々歀所ぞ合べき鑰を持參しお歀錠前を開よず申されしかば挞々吉五郎はホツず倪息を吐ダレ〳〵有難き仰せ畏たり奉぀るず蘇生りたる心地にお盎暣銳歞り倚くの鑰を持參なし皮々合せ芋お具足櫃の錠前を開けるずなり歀事錠前を砎りお開なば隚分容易に開べきなれど假什奉行職の者なりずも他人の所持品の錠前を手蟌に砎る事はならず因お故意々々鐵物屋を呌出しお開させられたるなり是奉行職をも勀むる者の心埗は萬事斯の劂し歀事我々の䞊にある時は自然面倒なりずお他人の物におも錠前を叩き開よなど云事なしずも云難し假にも錠前を砎るは關所を砎りしも同暣にお其眪至぀お重し泚意ずんばあるべからず" 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[ { "role": "system", "content": "䞋蚘の曞き盎しを最埌たでやり遂げお、芋事な文曞を䜜成しおください。" }, { "role": "user", "content": "「だけど、あなた、山田さんず結婚する?」\n「そんなこず、考えおもいないわ。」\n そうはいっおも、錊子は悩たしげだった。\n「小説曞いお、独立出来る?」\n「だから、あたし、医孊終業ずいう題のは、そう思っお出京した嚘が、女矩倪倫になっおしたうこずに曞いお芋たの。」\n ふず、二人の県のなかには、桜の花ず呌ばれた嚘矩倪倫の竹本綟之助や、藀の花の越子や、桃の花の小土䜐が乗っおいる人力車の、車茪や泥陀けに取り぀いたり、埌抌をしたりしお、懞持ちの垭亭から垭亭ぞず、埡神茿のように、人力車を担いでゆくようにする、莔屓の曞生たちが、垭ぞ陣取るず、前にいっおいる仲間ず䞀緒になっお、䞋足札で煙草盆を叩いお、䞉味線にあわせお調子をずり、綟之助なら綟之助が、さわりのずころで銖を振るず、ドりスルドりスルず叫ぶずいう、女芞人たちの、ばからしいほどな、玠晎らしい人気を思いうかべおもいた。\n「でも、あたし、どうしおも、やっお芋る぀もりなの。」\n 錊子は自分の胞に、たしかめるように、噛みしめるように蚀っおいるのが、孝子には悲しくきかれた。\n「女がなんかしおいこうっおの、きっず、厭なこずも倚いでしょうよ。どんな厭なこずでも、忍耐出来る?」\n「どんなこずだっお、堪えるわ。」\n その時、そうは蚀いきった錊子だったけれど、矎劙斎ずの亀枉が深たっおくるず、堪えきれないこずが沢山あった。\n おずなしい錊子が、曞くものや、䞊っ面だけではあろうが、なんずなく莫蓮になっお来た。矎劙斎の圱響だず、孝子は思わないではいられなかった。\n「あたしの写真をね、どうしおそんな堎所ぞもっおらっしゃったのか、芞劓が拟っおね、あお぀けだっお怒ったの。お嬢さんぞっお宛名で、随分しどいこず曞いおよこしたのですっお。あたしそれ芋せおもらっお、小説のなかぞ入れるわ。」\nずも錊子はいったりした。こんど来お芋るず、矎劙斎が、改進新聞瀟の勀めもやめおしたい、金枯堂の『郜の花』も廃刊になり、家の䞭が苊しそうだずもいった。\n\n 改良半玙ぞ眫を匕いた䞋敷を入れお、いなぶねず眲名したたた題も眮かず、䞀行も曞けない癜玙ぞむかっお、錊子は呻吟っおいる日が぀づいた。\n 墚を摺っお、现筆を幟たび濡らしおも、筆さきも硯の岡も、也いお、墚がピカピカ光っおしたうだけだった。\n 錊子は、そんな、ムシャクシャしたあずで、そんなにたで曞けない自分を嘆きに、矎劙斎の曞斎を蚪ずれるず、今倜も留守、今倜も留守ずいう日が぀づいた。\n 錊子は、肩懞けでも線んで、気持ちをたぎらそうずしたが、毛糞を線む手蚱になんぞ心は集䞭されなんかしなかった。りヌずうなるず、グむず糞をひっぱっお、線棒で突きさしたりしお、䞞い毛糞の玉を、むしゃくしゃに捻りあげおしたった。\n「おそろしくヒステリヌになっおるね。」\nず、そんなあずで逢うず、矎劙はハグラかすように蚀う。\n「随分お留守ですのね。」\n「ええね。」\n 矎劙はしゃあしゃあず答えお、\n「別荘行きも、もうお止めさ。」\nず、うふ、うふず胞のなかで、自分だけで笑っお、別荘なんぞ、䜕凊にあるのかず聞くず、\n「それは蚀えんさ、それにもう、すでに過去のこずだ。」\n いきなり、錊子の䞡の頬のえくがを、䞡方の人差指で、はさむようにキュッず抌しお、\n「怒っおるの。」\nず顔をもっおいった。\n その手を払っお、錊子は顔を反した。现った暪顔にも、匟力のない頬の肉にも、懊悩のかげはにじみ出おいるのだが、矎劙は、手のうらをかえすように別のこずを冷たく蚀った。\n「歀凊の家も、もう越すんだ。」\n 錊子はそれをきくず、拗おなんぞいられなくなっお、すぐその話の筋ぞ匕きこたれおいった。\n「君は䜕故っおいうのですか。䜕故っおね。僕は、このごろ四面楚歌さ。貧乏になったのも知っおるでしょう。䜕にも目がしい䜜曞いおないものね。そりゃあ、挔劇改良䌚を぀くろうず思っお、脚本なんぞ曞いたりしおはいるがね、癜い県を剥いおる奎があるから――萜目さ。そりゃあ、僕だっお、このたたでないずいう事は、自信はあるけれども。」\n「どうしおも、このお家を、お離れにならなければ、いけたせんの。」\n 䞍自由なく育った錊子には、䜏居を売っお立退くずいうこずは、没萜ずいうこずを、県で芋るこずだず思った。\n「あたしが、いけなかったのでしょうか。」\nず、自分の責のように、家のなかを芋廻した。小説修業の女匟子などが出はいりするのが、矎劙が軜薄才子のように眵られる皮なのではないかず案じた。\n「そんなこずは、どうでもいいさ。この蟺はね、金満家の䜏居や、別荘には――別荘っお、功宅だよ。」\nずニダリずしお、\n「閑静で、䟿利でもっお来いの土地さ。景色は奜いし、われわれふぜいのボロ家は、だんだんなくなるさ。」\n だから、今日は曞斎の敎理をすこし手䌝っおもらおうかずいった。\n「ここのお宀、な぀かしくっお――」\n 錊子が湿っぜくなるのを、\n「君がはじめお来おくれたのは、二十四幎だったかね。そうそう、君をおくった垰途に、巡査に咎められたこずがあったっけなあ。」\n「あら、そんなこずなんか、なかったわ。」\n 錊子は思い出にカッカする頬をおさえた。\n「あるよ、山䞋町だったかでも査公に䞀ぺん咎められたし、たしかこの家の門前でも咎められたよ。咄さなかったかねえ、自分の家ぞ、盗人にはいる奎もないじゃないか。」\n フッず、莚の煙を、錊子に吹きかけたが\n「ハア? 違ったかな。するず、あれは静嬢だったかな。そうだ、思い出した、前の日に䌯母さんにぶたれたず蚀ったっけ。」" }, { "role": "assistant", "content": " こずもなげに蚀いはしたが、錊子の血がサッず逆流するのを意地わるくはかるように、\n「なにを劙な顔をしおんのさ。そんな女、今ごろいるもんかね。みんな远っぱらっちゃった。」\n バタバタそこらの曞籍を匕っぱり出しお抛り出しながら、\n「あ、こんないたずら曞きがしおある。芋たたえ。」\n 県をよせお考えこんでしたっおいる錊子の手をグむず匕っぱっお差し぀けたのは、\n 劎圹を恥ぬを劻ずする。芞劓前髪を気にする。ず二行にならべお曞いおある矎劙の萜曞したものだった。\n 間もなく、小石川久堅町に越すず、矎劙が浅草公園の女を隙したずいう颚説がやかたしくなった。長い間だたしおいお、二千円からの金を奪ったずいうような悪評がたったのだった。\n 赀い玙の、四頁だった『䞇朝報』は倧倉売れる新聞だった。そこの蚘事にそうしたこずが茉っおいたのを、矎劙が反駁した。\n 劖艶の巣窟の浅草公園で、こずに腕前の凄いずいわれたおずめのこずは、皮にしようず思ったから近づいたのだ。䞉五幎の研究で、人事千癟がわかったから、久し振りで曞こうずおもっおいたずころだ。そこぞ新聞蚘事になっお玹介されたのは、奜い前觊れ倪錓だから、責めもしない、怒りもしない。䞁床よいから早速そのたたを昚日から曞出した。\n ずいうのだった。それを文士モラル問題ずしお、手厳しく、ずいうより臎呜的にやっ぀けたのが、『早皲田文孊』だった。\n「裞蝎蝶」の問題の時には、\n ――これより先、裞矎の画坊間の絵草玙屋に䞀ツさがり、遂に沢山さがる。道埳家慚き、矎術家呆れ、兵士喜んで買い、曞生゜ッず買う。而しおその由来を『囜民の友』の初刷に垰する者あり。吟人か぀おゟラの仏囜に出でたるを仏囜の腐敗に垰せしものあるを聞けり。由来するず説くものを聞かず――\n ず「小矊挫蚀」に『早皲田文孊』の総垥坪内逍遥は曞いたが、おずめ問題での矎劙の反駁文には手厳しかった。「小説家は実隓を名ずしお䞍矩を行うの暩利ありや」ずいう衚題で仮借なくやった。\n かなり誀っおいる蚘事であろうが、それを明らかに正誀もしないで、恬然、たた冷然、吊むしろ揚々ずしお自埗の色あるはどうか、文壇に著名なる氏が、䞀身に負える醜名は、小説壇党䜓の醜声悪名ずならざるを期せざるなりず責め、――いわゆる実隓ずは劂䜕、䞍矩醜埳を芳察するの謂か、みずからこれを行うの謂か、もし埌者なりずせば、窃盗の内秘を描かんずするずきは、たず窃盗たり、姊婊の心術を写さんずするずきは、みずからたず姊通を詊みざるべからず――\nず、悪虐を描くためには、悪虐し、殺人にはみずから殺人するか、そんな䞖間法な賊は、文壇にどんな功があろうずも霢するを屑よしずしない。特にそんな奎には譊察が厳重にしおくれ。だが科孊者のいう所の芳察であろうず信じおいる。アゞ゜ンの「スペクテヌトル」における芳察者の矩であろうず思う。ならば、芳察者は枅浄無垢の傍芳者であり、朔癜雪の劂くなるべきやず、堂々ずやった。\n 矎劙も思いがけなかったであろうが、錊子は泣くに泣けない激しい倱望だった。\n\n 浅草公園の売茶の店は、仁王門のわきの、粂の平内の前に、匁倩山ぞ寄っお、昔の十二軒の名で、たった二軒しか残っおいなかった。\n 芳音堂裏には、江厎写真通の前偎に、二、䞉軒あった。あずは池の廻りや花屋敷の近所に、堅気な茶店で吹きさらしの店さきに、今戞焌の猫の火入れをおいお、牀几を出しおいた。\n 銘酒屋は、十九幎の裏田圃(六区)が、赀い仕着の懲圹人を䜿甚しお埋め立おられおから出来た、新商売だった。\n 石井ずめずいう女は、売茶女だずも、銘酒屋女だずもいうが、ずもかく矎劙は、おずめを二癟円の身の代金をだしお、月䞉十円かの手圓をやり、物芋遊山にも連れ廻り、着ものもかっおあおがった――埌のこずは分らないが、はじめの支出を曞いた日蚘を、錊子に開いお芋せお、\n「僕が、こんなこずで厭になったのなら仕方がないが、君だけは、小説家ずしおの僕を、知っおくれるはずだが――」\nず、怚みっぜくさえいうのだった。\n 他人が芋捚るなら、あたしは――ずいう、䞍思議な反抗心が、䞀床は矎劙に倱望した錊子に、矎劙を救おうずいう気を起させた。\n そしお、そう思ったこずが錊子にずっお、今たでにない楜しさをもっお来た。倩涯孀立ずなった矎劙は、錊子を、いなぶね女史ずしお無二の話盞手にしだした。錊子にずっおは嬉しいこずばかりだった。愛されるばかりでなく、急に䞀人の文孊者ずしお、矎劙に遇されるようになったのだから――\n 人の噂も䞃十五日、あれたでにやられるず矎劙斎も埩掻しだした。皲舟も『文芞倶楜郚』が博文通から発行されるず、前に曞いおあった「医孊終業」を出しお、目を぀けられるようになった。「癜ばら」は最初おの閚秀䜜家号に茉るし、「小町湯」や矎劙ずの合䜜も぀づいお発衚された。\n 皲舟の䜜品は、矎劙を離れないずもいわれた。矎劙に、什嬢気質を捚おろずでもいわれたためか、お転婆な、悪達者だずもいわれ、莫蓮女のようにさえ評刀された。矎劙ずの関係がそうさせたのでもあるし、そんな、ゎシップ的ばかりでなしに、女流䜜家のなかでの人気ものにした。\n 二人の結婚は、誰が芋おも、するのが圓然のようになっおいながら、おそろしく気にされおいたが、錊子がその盞談に郷囜ぞ垰るず、すぐあずから矎劙斎が远っかけおいっお、近くの旅通に宿をずっお、嫁にもらっお行きたいず切り出した。\n 矎劙斎は居催促でせがむし、錊子はなんでもやっおくれずいう。めんくらった芪たちや祖母は、やっず、䞀家が垰䟝しおいる孊識のある僧䟶に盞談しお、町の人がその問題に興味をもちはじめたのを防いだが、盞続人だから千円のお金を附けたずいうこずを、町では噂した。\n 新婚の倫劻ずなっお、䜜䞊枩泉から垰っお来たのは二十八幎の暮も、倧晊日の䞉、四日前だった。\n それず、前か埌かわからないが、箪笥二十円、ボンネット䞃十円、倜具ふずん八十円䜕がいくらず、八十銭のあしだたで曞きならべお、新聞玙であたり曞きたおるから、披露しないわけにはゆかない、これだけの品代金を、金で送っおくれず、錊子は生家に四癟䜕十円かをせびった。\n 来客には掟手な瀟䌚の者もあり、芋られおも恥かしくないようにしたい。今は離れの䞀宀に籠っおいるが笑われたくないずか、山田家で立かえるずしおも、悠暢に遊ばせおいる金ではないずか、披露の匏は郜䞋の新聞玙にも掲茉されるだろうから、その費甚の領収蚌は取り揃えおお目にかけるずいうような䞋曞きは、矎劙が曞いお枡した。\n 華やかな嵐を捲起したこの新倫婊、皲舟矎劙の結合は、合䜜小説「峰の残月」をお土産にしお喝采された。\n しかしたた、別皮の暎颚雚が、早くも家のなかに孕みだしおいたのだ。\n 䞖間的に矎劙が蟄䌏しおいた時には、心ならずも圌女たちも矛を䌏せおいた、おかあさんずおばあさんは、矎劙の埩掻を芋るず、あの茝かしかった倩才息子を、倧切な孫を、嫁女が奪っおしたっお、しかも、肩をならべお文孊者面をするのが気にいらない。\n「僕を可愛がっおいるんだから――」\nず、矎劙はずりなすが、矎劙が倧祖ず称するずころの、八十五歳の逊祖母おたす婆さんは、朚乃䌊のごずき䜓から䞉途の川の脱衣婆さんのような県を光らせお、姑およしお婆さんの頭越しに錊子を睚め぀けた。\n 矎劙の父吉雄が、およしの効ずずっず同棲しおいお、垰らないずいうのも、この倧祖お婆さんがいるからだずいうこずを、錊子は嫌ずいうほど悟らせられた。\n だが、そうした女傑が、二人も鎮座するこずは、錊子も承知の䞊だった。その芚悟はしおいたのだが、耐えられないのは、日本橋に出おいる芞劓に、矎劙の子䟛が出来かけおいる――ずいうこずだ。狭い家庭内で、䞉人の女に泥枊を捏ねかえさせないではおかなかったのだ。\n 錊子は半狂乱のようになった。そんな時期だったのだろう。錊子は墚田川ぞ身を投げようずした。――墚田川! それは、ふうちゃんが氎をみ぀めおいた、あの橋の䞊流だ。\n 結婚しおたった四月、お金を無心にやられたのだずもいうし、離瞁されお垰されたのだずもいい、䜓の悪いのを案じお出京した母芪が、連れもどったのだずもいわれおいるが、そのうちのどれにしおも垰りにくかった叀里ぞ、錊子は垰らなければならなかったのだが、故郷にも埅っおいる冷たい県は、傷心の人を撫おはくれない。\n 憂鬱の半幎、身をひきむしっおしたいたいような日々を、人圢を抱いお芋たり投りだしたり、小説を曞けば、「五倧堂」のように、没身心䞭を思ったりしお、錊子はだんだんに劎れおいった。\n 事あれかしの䞖間は、我儘嚘の末路、自由結婚、恋愛䞉昧の砎綻を呵責なく責めお、矎劙に捚られた皲舟は、矎劙を呪っお小説「悪魔」を曞いおいるず毒舌を匄した。\n 錊子は、そうたでされおも矎劙をかばった。そんなものは曞いおいないずいうこずを、玅葉の文芞欄ずいっおもよい、『読売新聞』によっお、「月にうたう懺悔の䞀節」を発衚しおもらったが、自分が悪かったずいうこずばかりいっおいる、しどろもどろの長歌みたいなものだった。\n 恋ずはそうしたものか、そんな䞭でも、矎劙ぞは消息しおいた。手玙では人目が煩さいので、曞籍の行間に、切ない思いを曞き入れおは送った。\n\n 秋の早いみちのくに、九月の颚がサッず吹きおろすず、ホロホロッず癜露は乱れ散った。それを芋おいた錊子の、匵り切っおいた気持ちに厩れが来お、癜い粉の薬を飲んだのが廿䞉の圌女の䞀期の終りだった。花をさしお、机の䞊に䞀本の線銙をくゆらしお――\n 私は、今日耳にしたのだが、その時、錊子を絶息から甊えらせお、四、五日保たせたのは、錊子の蚱婚の人で、それから、その医垫は、はやったずいうこずだ。\n この、明治二十九幎には皲舟をさきに、䞀葉も散り、若束賀子も死んでいる。生前、さほどいじめなくおもよかった皲舟ぞの同情は、再び矎劙ぞのモラル問題ずなった。それは盎に、日本橋の劓を正劻にしたからかも知れない。\n 今は、䞃十を越しお、比䞘尌のように剃髪しおいる石井ずめ女を、途䞭で芋かけたずいう䟿りを叔父からもらったが、この章を終るたでに探ね出せなかったので、錊子ずの亀錯は䞍明だ。" } ]
[ { "role": "system", "content": "䞋蚘の曞き盎しを最埌たでやり遂げお、芋事な文曞を䜜成しおください。" }, { "role": "user", "content": " 母のおたきはそれを聞いお息子ず同じく眉を寄せたが、然しそこは女芪、嚘をかばう情けの口振で\n「なんの、なんの、気もないこず、もっずも歀頃莔屓にしお、始終招んで䞋さる方があれど、それもただのお客さた、わしがこうしお぀いおる皋に、決しお案じおたもるな」\n「その莔屓な客ずいうのは、䞀䜓どんな方なのじゃ」\n「それはそれは矎しい、幎はわしず同い幎、さるずころの若殿様じゃ」\n お春は垯をひきしめ乍ら、\n「あのような方に埡莔屓うけるわしのうれしさを兄さんにも、どうぞ分けおあげたいようじゃ」\n「これこれ䜕をそのように邪気ないこずばかり蚀っおいるのじゃ」\n 母も傍からたしなめたす。\n 兄人は思い深く、\n「ほんに歀れは人の口端ばかりではなさそうな......したがわしの思うには、いたの其方に䜕を蚀うおも解るたいが、身分違いの色恋は、倧おい幞犏に終らぬものじゃ」\n「䜕を兄さん瞁起のわるい」\n「幞犏なればそれでよし」\n 兄人は急に鋭い県付をしお、物凄い調子で呟きたした。\n「わしが歀れ皋愛しがっおいるお春めを、もし䞍幞者にする奎があったら、その時は承知が出来ぬわ。こりゃ、お春、䞇䞀その若殿ずやらが、其方に邪慳な目を芋せたら、屹床、わしが敵をずる」\n 䞁床着曎えをすたしたお春は、吃驚したように兄人に擊り寄っお、\n「なぜ兄さんそのように恐しい事を仰蚀いたす。あの方は決しお其麌お方じゃない......」\n「たあたあそのうちに解るわい」\n 其時誰やら蚪れお来たした。\n「申し、お春どの、湯島からお迎えにたいりたした」\n「おや。駕籠屋さんかえ」\n ずお春はいそいそ立䞊り、\n「今すぐ行くぞえなあ」\n「今宵は若殿にお連衆があるそうで、䞀人舞の埡甚意をなされお来おずのこずですからそのお積りに願いたす」\n ず朜戞を開けお䜿が蚀い添えるのです。\n「そんなら母さん其所にある、衣裳筐をずっおおくれ」\n お春はそれを駕籠屋に枡し、\n「それでは兄さん、行っおくるぞえ」\n「わしはすぐ船ぞ垰るゆえ、それでは、これがしばしの別れじゃ」\n「どうぞ身䜓を倧事にしお、あたり倧酒などしやんな。な、兄さん」\n「よいよい、案じないがよい。それでは其方も気を぀けお......」\n「母さん。今倜もあたり垰りが遅いようなら先にやすんで䞋さりたせ」\n お春は䜕凊か歓楜の栄の巷ぞでもゆくように、よろこびいさんで倖ぞ出たす。\n「駕籠屋さん、途のりが遠いほどに急いでやっお䞋さんせ」\n お春は老いた母人をも、遠く船出をする兄人をも、すっかり忘れお了ったように、はしゃいだ声でこう蚀い乍ら、やさしく駕籠に身をのせたした。\n 戞口に立った母兄の、どこやら心配そうな顔を、駕籠提灯ががんやり照すのでした。\n\nお春悲恋に哭いお自害する事\n\n 根岞の里を物さびしい倜闇が䟵しはじめたころ、片里が䜏居を打立った䞉挺の駕籠があっお、䞊野山䞋を飛ぶがごずく、切通しから湯島台ぞず䞊っおゆき、倩神の蟺り、芋はらしの良い茶亭にはいりたしたが、これが即ち片里をはじめ、露月、呉矜之介の連䞭でした。\n 家のものに迎えられお、広やかに物数寄な䞀間に通り座が定たった時、呉矜之介は仲居に向い、\n「歀れよ。先皋䜿を遣わし眮きしが、音矜ぞ迎えを出しおくれたか」\n「はいはい早速仰のたたに、迎えの駕籠を差出したした。もう抌付けお春どのもお芋えになるずころでございたす」\n「しからば歀れなるお二方に、それたで酒肎のおもおなしを仕れ」\n 軈お盃盀が運ばれお䞉人は杯を挙げたす。\n 片里はあたりを芋廻しお、\n「吉原の豪奢の春の驕りもうれしいが、この物寂びた瀟の蟺りの静かな茶屋も面癜い。秋の遊蕩はずかくあたりケバケバしゅうないのがよい。のう、露月どの」\n「そうじゃ。拙者などは陰気なせいか、賑わしい座の酒はうもうない。先日旅の路すがら、箱根を越しお䞉島の近蟺、ずある山寺に䞀宿なし䞻僧ず汲んだ般若湯などが、たず拙者が飲んだ酒の䞭での第䞀じゃ」\n ずころぞ、仲居の案内に぀れおお春が珟れ閟際でしずやかに平䌏したす。\n 玅燈の䞋にきらびやかなお春の姿を眺めるや片里は思わず感嘆したした。\n「おお、あでやかあでやか。成皋これでは呉矜之介どのが、心ぞ迷われたも無理はない。のう、露月どのそうは思われぬか」\n「されば䞖にも矎しい君じゃ」\n 呉矜之介は䞡人の口を揃えた讃詞に、我が身を讃えられたよりもよろこばしく、いそいそずしおお春に云うのでした。\n「歀れなるは我が兄ずも頌みたいらす方々、さ、酌などいたしおたいらせえ」\n「おそなわっお盞すみたせぬ。いずれも様の埡芋に入り忝のう存じたする」\n お春は䞉人の偎に䟍しお、零れる愛嬌を芋せ乍ら、華奢な手に瓶子を秉るのでした。\n 軈お片里はうっずりずお春の姿を眺め入り、\n「のう、お春どのずやら、其方は倧そう舞の䞊手でおいでじゃそうな。埡苊劎ながら、䜕ぞ䞀぀芋せおたも」\n「お恥しい鄙びし手振――なれど埡所望賜いたすれば、䞀さしお目を汚したしょう」\n お春は静かに次の宀ぞず退ったが暫ししお、秋の空を思えずや、玫玺に金糞銀糞もお䞃艞を瞫った舞衣を投げかけ金扇を翳しお珟われたした。\n 䞋手に座しお䞀瀌し、さお立䞊っお舞おうずするお春の姿を呉矜之介は倢芋るように瞻め乍ら、ずは蚀え二人の前もあれば、今倜は殊に矎しく、巧みに舞うおくれればよいず口には出さねどひたすらに、心の䞭に念じおいたす。\n お春は楚々ずしお艶然たる立姿を玅燈に照させながら、静かに唄い䞔぀舞うのでした。\n\n〜賀の身なればいろには出さぬ、ただこころのうちにこがるる〜立よりむすぶ山の井のあかれずあかぬ䞭はな、束の二葉よ千幎経るたで〜筆でかくずも絵にう぀すずも曎らに぀きせじ束したの波はう぀らふ月の圱したの数シン知れぬ......。\n\n 唄を聎き、舞を眺めおいた呉矜之介は、やがお苊しいような顔をしお手にしおいた盃を䞋に措き赀面を感じたように怯々ず、二人の客を盗み芋たした。するず二人の客は、初めのうちこそ熱心に耳を傟け目を欹だおおいるようであったが、しばしするず興醒めたような顔をしお、気の毒そうに莚など吹しはじめたした。\n 実にこの唄はたるで未熟なお皜叀嚘が口ずさんでいるようで、その舞は䜕の味いもなく、ただ芚えたたたを蟿っお手足を動かしおいるにすぎぬように芋えるのでした。呉矜之介には䜕が䜕やら蚳が解らなかった――曩日、それもたった四日前あの明神の境内で、浄瑠璃姫に扮したずきの、あの巧みさ神々しさ、芋る人をしお酔わせずには眮かぬような芞の力は、今どこぞ行っおしたったであろう......\n\n〜たんだ人には銎れないものよ銎れおの埌はるるんるる身がだいじなるものはなるるが憂いほどにか぀いだ氎がゆらゆらたぶ぀きこがるるけなものを〜う぀぀な殿は郜に......。\n\n ず舞玍めお䞀瀌したお春を眺めお、" }, { "role": "assistant", "content": "「あでやかあでやか」ず片里は蚀いたした。\n「芋ごずな姿じゃ」ず露月も蚀いたす。\n けれどもその詞は唄を賞めたのでも舞を讃えたのでもない。ただ人圢の矎しさのお春の姿を讃賞したのである――呉矜之介にはそれがよく解かるのでした。そしお二人の手前穎ぞもはいり床いのでした。自分の恋人が、こんな無芞な䞋流の女圹者だずいうこずを、歀の二人の垫友はどんなに心の䞭で嘲り笑っおいるだろう――圌れはあの氞劫を誓った恋が今䞀時に冷めおしたったのを感じたした。\n 艶然ずしお埮笑みながら、舞衣姿のたた酌をしようずするお春を埌目にかけお、呉矜之介は䞍機嫌に、震える声で蚀うのでした。\n「さあ、そなたは次の宀ぞ退っお暫し䌑むがよかろうぞ」\n 䞍興気な呉矜之介の声音をきいお、お春は蚝しそうに恋人の顔を眺めたが、然し䜕の疑いも抱かぬように倧人しく座を立ちたす。\n「さようなれば皆々様、しばらく埡免䞋さりたせ」\n 埌芋送りもせず呉矜之介は、恥蟱ず怒りを包んだ声で、詑びるように二人に蚀いたした。\n「たこずに申蚳ありたせぬ。あんな拙い芞ずは気が付きたせずわざわざ芋に来おいただいお䜕ずお詑しおよろしいやら」\n「いやいや舞は拙うおも、あのような矎しい女子なら、たずえ唖でも千里も通おう......」\n 片里は戯れ蚀にたぎらしお、呉矜之介を慰めたす。\n 呉矜之介は䞍愉快を、どうにかしお振払おうずするように、\n「ほんに拙い手振を芋お、私も胞もちが悪うなりたした。なんずぞしお色盎しの酒事でも......」\n ず考えお思い付いたように、傍の仲居を顧み、\n「おう、そうそう。幞い隣の藀茶屋に名代の子䟛が出たずかいう。これからお二方を圌方ぞお連れ申し䞊げお䞋され......お二方さた、䜕やら私はこの垭が急に厭わしゅうなりたした。我たた぀いでに歀の垭を、盎ぐに移しお䞋さりたせ」\n「たあそのように䞍機嫌な顔せずずお春どのをた䞀床眺めお、歀垭で酒宎を぀づけよう」\n 片里はなおも慰めお芋たした。\n けれども若気の䞀培に呉矜之介は聎き入れたせん。\n 仕方がないので片里露月の䞡人は仲居に導かれお裏門通いに隣り茶屋ぞず出お行くこずになりたした。\n「私はちず甚事を萜しおたいりたせば、䞀足お先にお出で䞋され」\n 呉矜之介は䞡人にそう断っお、自分は䞀人埌に残り、隣座敷に入っお行きたす。\n どうやら銖尟が悪いのに気が぀いお、しょんがり䞀間に頭垂れおいたお春は、はいっお来た恋人を眺め぀぀、はかなくにっこり埮笑むのでした。\n 呉矜之介はにこりずもせず、傍に突立ったたたゞロリながめお、\n「お春どの。そなたは今宵はどうした蚳じゃ――䜕ずいう拙ない手振を芋せたのじゃ」\n ず、お春はにわかに元気付いお华っお自慢そうに邪気なく、\n「私の舞や唄が拙なくなったのは圓然でございたす」\n「なんずいうこずを蚀うぞ」\n 呉矜之介は睚め䞋しお、\n「私はもうそなたのような、拙ない業しか身に持たぬ、浅間しい嚘は厭わしゅうなったじゃ。お春どのどうぞこれたでの瞁をば歀れきり諊めおしたっお䞋され」\n「あれ、䜕ずいう人悪な」\n お春は真に受けぬように、\n「私の手振が拙なくなったのをば、若殿様あなたは賞めお䞋さるのが、順圓なのでございたする」\n 呉矜之介は黙ったたた冷たくお春を眺めおいたす。\n「たあたあそんな恐ろしいお県をしおお睚め遊ばさじず、お聎きなされお䞋さりたせ」\n お春は呉矜之介に擊り寄っお、\n「歀れたで私の舞や唄に、矎しさの巧みさずでも申すものがあったのは、私の心に恋がなかったゆえでござりたす。私だずおうら若い嚘ごころの悩しさに、折ふし人恋しさに燃えながら、心に叶う男もないたた、ただひたすらに芞道にのみ想を浞し、語りものの䞭の男女の情けの戯れは、おのが想いをのみ蟌たせお、舞台の恋を真の恋ず思い倣しお居りたしたゆえ、歀れ迄の私の舞や唄には恋の歓び、恋の哀しみ、ずりどりな真心が流れおおりたしたろう。それがひず床、その愛らしくお矎しいあなたのお姿を芋たしおからは、いたたで男の代りに恋した、芞道舞曲の癟幎の恋も冷め果おお、人から蚀われれば蚀われるたたに、唄うものの舞うものの、私の心はもう䜕の望みにも燃えもせず、胞の底には片時はなれず、あなたのお姿、お笑顔がちら぀いおおるのでございたす......若殿様、歀のような心になりたした私の、舞の乱れも唄の拙なさも、圓然の事ではござりたせぬか......」\n「蚀わせお眮けば理非もない......兎に角其方の矎しさも、其方の芞が巧みであったればこそ、私の心を匕いたのじゃ。蟻に唄う盲女にも劣る芞しか持たぬ、其方には早芁はない。それではこれでおさらばじゃ」\n 呉矜之介の真面目な怒にお春はようやく気が぀いお、気も狂わしく取瞋り、\n「若殿様、なぜに其麌情ないこずを......」\n「ええ、もう、其凊攟しゃれ! お蔭で兄ずも垫ずも頌むお方の前で恥をかいたわ!」\n ず呉矜之介は荒々しくお春の手を振払っお、既に郚屋を出ようずしたす。\n お春は今は蒌醒めお、\n「すりゃ真圓に私を、お捚おなさるのでござりたするか......」\n「諄いわ!」\n 呉矜之介は未緎気もなくこう蚀っお、急いで郚屋を立去りたした。あずにお春はしばしが皋は、悪倢を芋おいる人のようにただ茫乎ずしたたた坐っおいたが、やがお前ぞず身を投げお、よよず哀しく哭き厩れたした。\n それから半時皋経った埌であった。お春は我家に近いあたりを送りの駕籠でゆられおいたが、ふず泣き湿れた顔を拭いお、垂垫をはねお駕籠かきに蚀いたした。\n「たしか歀凊は南海寺、わしは寺内に棲んで居る知人をたずねおゆきたい故、鳥枡䞋しお䞋さんせ」\n「じゃず申しおもう倜も倧ぶん曎けたした。明日のこずになされおは......」\n「いやいや急ぎの甚事故、わしは぀いちゃっず甚をたしおゆく皋に、其方達は歀凊から戻るがよい」\n お春は駕籠を䞋り立っお、いくらかの酒代を二人に遣わし、瀌の蚀葉を埌に聎いお、小走りに急ぎ乍ら、物寂しい倜半の寺内ぞはいっおしたうのでした。\n やがおお春が蟿っお来たのは、南海寺の裏地に続いた、凄たじい墓地の蟺りでした。秋の倜空は黒く柄んで、月の光は蒌く茝き、苔のひたからこおろぎの哀しい声がきこえおいた。\n お春は小さな石塔の前に坐っお手を合せながら蚀うのでありたした。\n「父さん。わしゃ殿埡に捚おられお、母さんにも兄さんにも、どうこの顔が向けられよう。こんな悲しい、味気ない浮䞖にはわしゃもう飜きた......じゃ、すぐお偎ぞゆくぞえ......」\n お春は玅のしごきを解いお、堅く膝をくくり合せ、襟を開けお真珠の胞を露わしたが、やがお金簪を乳房の䞋に突き蟌んで、そのたた前に倒れ䌏したした。䞀声鋭どい苊悶の声が、噛みしめた歯の間を掩れたが、その声が埮に消えるず、その埌ぞ限りない静けさが来たした。\n\n\n\n呉矜之介曩日の祈誓玍受されしを知りお\n愈堕萜の淵に沈む事\n\n\n\n その翌日の朝です。呉矜之介は我家なる曞斎に坐っお、朝茶を飲み乍ら昚倜の恋の玛玜を考え出し熱く邪気ない恋をしおくれた小嚘をああした邪慳な捚お方で捚おおしたったのがどうやら残り惜しくも思われれば、たたあのような䞋流な女に関係っお、もすこしで倧事の青春を瞛られおしたうずころを、よくもたア我乍ら思い切ったものだなどず考えもしながら、半ばは気が尀めるような、半ばは重荷を䞋したような気持で四蟺を眺めおいるず、ふず圌の県に床に掛けたかの露月が筆になったおのが絵姿に泚がれたのであるが、その瞬間、呉矜之介は思わずアッず驚きの声を揚げお、垭を立っお床の前に走り寄りたした。\n 呉矜之介は毎日芋銎れたおのが絵姿を眺め぀぀、䞀䜓䜕を驚いたのでしょう! これが驚かずにいられようか――今朝芋るあの絵姿の面圱は、きのうのそれずは確かに倉った衚情をしおいるのです。\n 成皋ひず目芋流しただけでは、どんな倉化があるか解らないたでに、絵姿の面貌は盞倉らず矎しく姿は盞倉らず枅楚ずしおいたす。然しその県元はあの無垢な光を倱っお䞀皮鋭どい酷薄な光りを垯び柔しく綻びかかった花の莟のようであった唇の蟺りには、劙に残忍な邪慳な調子が衚われおいるのです。\n「おお、䞀䜓こりゃどうしたものじゃ」\n 呉矜之介は戊慄しながら、なおもその絵姿に吞い぀けられたように眺め入っおいたが、やがお䜕やら思い付いたらしく、\n「ああ、䜕ずいう恐ろしい事だろう」\n ず呟き぀぀ヘタヘタず其凊に坐っお頭を抱えおしたいたした。\n 呉矜之介は歀の絵姿が仕䞊げられた時、あの露月の庵で我を忘れお無宙に祈誓をしたこずを想い出したした。おのが姿の䞖に優れお矎しいのに気が付いた驚きず同時に、歀の姿も幎経るに埓っお老い衰えおしたう事のあたり口惜しさに、あの時悪魔魔神に祈っお、どうぞこの絵姿をおのが身の代りに老い萎たれさせ、倉化させ、そしおこの身を垞若でいさせおくれたならば、未来は地獄にも萜されようず誓ったのであった――それを呉矜之介は思い出したした。そしお今曎蚀い衚わし難い恐怖の感じに身を震わしおいるのでした。" } ]
[ { "role": "system", "content": "䞋蚘の曞き盎しを続けお、完成床の高い文曞を䜜成しおください。" }, { "role": "user", "content": " かう曞き出したするず、たるで、鶉衣にある文句のやうで、す぀かり浮䞖離れをしお居る人間のやうに思はれるのですが、其の実はこれ、俗䞭の俗、窃に死ぬ迄の倧俗を自分だけでは芚悟しお居るのでありたす。が然し、庵の堎所は党く申し分なしで、只今申䞊げた通り、垂䞭を去る事䜙り遠くもなく、さりずお又近過ぎもせず、勿論、巣居であり、穎居でありたすが、俗物にず぀おは甚だ以お郜合の宜しい䜍眮に建぀お居るのでありたす。巣ず申せば鳥に非ずずも必ず颚を聯想したすし、穎ず申せば虫に非ずずも必ず雚を思ひ起したす。入庵以来日未だ浅い故に、島の人々ずの間の亀枉が、自らすくなからざるを埗ないから、自然、毎日朝から庵のなかにた぀た䞀人切りで坐぀お居る日が倚いのでありたす。独居、無蚀、門倖䞍出......他ずの亀枉が少いだけそれだけに、庵そのものず私ずの間には、日䞀日ず芪亀の床を加ぞお参りたす。䞀本の柱に打ち蟌んである釘、䞀介の畳の䞊に萜ちお居る塵ず雖、私の県から逃れ去るこずは出来たせんのです。\n 今暫くしたすれば、庵ず私ず云ふものが、ピタリず䞀぀になり切぀おしたふ時が必ず参る事ず信じお居りたす。只今は正に晩秋の庵......誠によい時節でありたす。毎朝五時頃、ただりス暗いうちから䞀人で起き出しお来お、......庵にはた぀た䞀぀電燈が぀いお居たしお、之が毎朝六時頃迄は灯぀お居りたす......東偎の小さい窓ず、䞡偎の障子五枚ずをカラリずあけおした぀お、仏間ず、八畳ず、台所ずを掃き出したす。そしおお光りをあげお西偎の小さい䟋の庭の倧束の䞋を掃くのです。この頃になるず電気が消えおしたひたしお、東の小窓を通しお芋える島の連山が、朝日の昇る準備を始めお居りたす。其の雲の色の矎しさ、未だ町の方は実に静かなもので、䜕もかも寝蟌んで居るらしい、たゞ海岞の方で時折持垫の声がきこえおくる䜍なもの――。これが私のお倩気の日に斌ける毎日のきた぀た仕事でありたす。党く歀頃お倩気の日の庵の朝、晩秋の倜明の気持は䜕ずも譬ぞやうがありたせん。若しそれ、これが颚の吹く日であり、雚の降る日でありたすず、又䞀皮別様な面癜味があるのでありたす。島は䞀䜓颚の倧倉よく吹く凊で、殊に庵は海に近く少し小高い凊に立぀お居るものですから、其の颚のアテ方は䞭々ひどいのです。歀蟺は䜙り西颚は吹きたせんので、倧抵は海から吹き぀ける東南の颚が倚いのでありたす。今日は颚だな、ず思はれる日は倧凡わかりたす。それは倜明けの空の雲の色が平生ず異ふのでありたす。䞀寞芋るず晎れさうで居お、其の雲の赀い色が只の真ツ赀な色ではないのです。之は海岞のお方は誰でも埡承知の事ず思ひたす。実になんずも圢容出来ない皋矎しいこずは矎しいのだけれども、その真ツ赀の色の䞭に、砎壊ずか、危惧ずか云぀た心持の光りをタツプリず含んで、劂䜕にも静かに、又、劂䜕にも奇麗に、黎明の空を染めお居るのでありたす。こんな雲が朝流れお居る時は必ず颚、......間も無くそろそろ吹き始めお来たす。庵の屋根の䞊には䟋の倧束がかぶさ぀お居るのですから、之がた぀先きに颚ず共鳎を始めるのです。悲鳎するが劂く、痛眵するが劂く、又怒号するが劂く、其の隒ぎは䞊倧抵の音ぢやありたせん。庵の東偎には、䟋の小さな窓䞀぀開いお居るきりなのですから、だんだん颚がひどくな぀お来るず、その小さい窓の障子ず雚戞ずを閉め切぀おしたひたす。それでおしたひ。他に閉める凊が無いのです。ですから、郚屋のなかはりス暗くな぀お、只西偎の明りをたよりに坐぀お居るより倖臎し方がありたせん。こんな日にはお遍路さんも䞭々参りたせん。墓ぞ行く道を通る人も勿論ありたせん。颚はえらいもので、どこからどう探しお吹き蟌んで来るものか、倩井から、壁のすき間から、ヒナヌヒナヌず吹き蟌んで参りたす。庵は䜙り新しくない建お物でありたすから、ギシギシ、ミシミシ、どこかしこが鳎り出したす。倧束独り嚁勢よく颚ず戊぀お居りたす。倜分なんか寝お居りたすず、すき間から吹き蟌んだ颚が倩井にぶ぀か぀お其の儘抌し䞊げるものず芋えたしお、寝お居る身䜓が寝床ごずい぀しよにスヌず䞊に浮きあが぀お行くやうな気持がする事は床々のこずでありたす。颚の嚁力は実にえらいものでありたす。私の孊生時代の友人にK......今は東京で匁護士をや぀お居りたす......ず云ふ男がありたしたが、歀の男、生れ぀き颚を怖がるこず倥しい。本郷のある䞋宿屋に二人で居たしたずきなんかでも、倜䞭に少々颚が吹き出しお来お、ミシ〳〵そこらで音がし始めるず、ずおも䞀人でぢ぀ずしお自分の郚屋に居る事が出来ないのです。それで必ず煙草をも぀お私の郚屋にや぀お来るのです。そしお、くだらぬ話をしたり、お茶を呑んだり煙草を吞぀たりしおゎマ化しお眮くのですね。私も最初のうちは気が付きたせんでしたが、たうずう終ひに露芋したず云ふわけです。あんなに颚の音を怖がる男は、メツタに私は知りたせん。それは芋お居るず滑皜な皋なのです。凊が、歀の男に兜を脱がなければならないこずが、こんどは私に始぀たのです。それは......誠に之も銬鹿げたお話なのですけれ共......私は由来、高い凊にあがるのが怖いのです。それも、山ずか岳ずかに登るのではないので、䟋ぞば、断厖絶壁の䞊に立぀ずか、玠敵に高いビルデむングの頂䞊の欄干もなにもない其䞀角に立぀お垂盎に䞋を芋おろすずか、さう云ふ堎合には私はずおも堪ぞられぬのです。そんな凊に長く立぀お居ようものなら、身䜓党䜓が真ツ逆様に䞋に吞ひ蟌たれさうな気持になるのです。むダ、事実私は吞ひ蟌たれお萜ちるに違ひありたせん。ず申すのは、さう云ふ高い凊から吞ひ蟌たれお萜蟌む倢を床々芋るのですから。凊が歀Kです、あの少しの颚音すらも怖がるKが、右申䞊げたやうな堎合は平気の平巊衛門なのです。䟋ぞば浅草の十二階......只今はありたせんが......なんかに二人であがる時、い぀でも歀の意気地無し奎がず云ふやうな顔付をしお私を苊しめるのです。䞁床、蛇を怖がる人ず、毛虫を怖がる人ずが党然別の人であるやうなものなんでせう。浅草ずいぞば、明治䞉十幎頃ですが、向島で、ある興業垫が、小さい颚船にお客を乗せお、それを䞋からスル〳〵ずあげお、高い空からあたりを芋物させるこずをや぀たこずがありたす。凊がどうです、歀のKなる者は、その最初の搭乗者で、そしお倧に痛快が぀お居るずいふ有様なのです......いや、䟋により、ずんだ脱線でありたす。扚、颚の庵の次は雚の庵ずなるわけですが、党䜓、歀島は雚の少い土地らしいのです。ですから時々雚になるず倧倉にシンミリした気持にな぀お、坐぀お居るこずが出来たす。しかし、庵の雚は倧抵の堎合に斌お颚を䌎ひたすので、雚を味ふ日などは、ごくごく今迄は珍しいのでした。そんな日はお客さんも無し、お遍路さんも来ず、䞀日䞭昌間は手玙を曞くずか、写経をするずか、読経をするずかしお暮したす。雚が倜に入りたすず、益〻し぀ずりした気分にな぀お参りたす。\n\n\n 灯" }, { "role": "assistant", "content": "\n 庵のなかにずも぀お居る倜の明りず申せば、仏さたのお光りず電燈䞀぀だけでありたす......之も぀い先日迄はランプであ぀たのですが、お地蔵さたの日から電燈を぀けおいたゞくこずになりたした。䞀に西光寺さんの埡芪切の賜でありたす。入庵以来幟月もたゝないのですが、どの䜍西光寺さんの埡芪切、母の劂き埡慈悲に济したした事か解りたせん。具䜓的には少々楜屋萜ちになりたすから、これは避けさせおいたゞきたす......それだけの明りがある䞈でありたす。扚、庵の倖の灯ですが、之が又数ぞる皋しか芋えないのでありたす。北の方五六町距぀た凊の小さい䞘の䞊にカナ仏さたがありたす......矢匵りお倧垫さたで......其䞊に䞀぀の小さい電燈がずも぀お居りたす。それから西の方は遙か十町ばかり離れお町家の灯が䜎く䞀぀芋えたす。東偎には海を越えた島の山の䞭腹に、ポツチリ䞀぀芋えたす。倚分お寺かお堂らしいですが、以䞊申した䞉぀の灯を、而もどれも遙かの先に芋埗る䞈でありたす。しぜん、庵のぐるりはい぀も真ツ暗ず申しお差支ぞありたすたい。むダ、お墓を残しお居りたした。庵の䞊の山に圚る墓地に、ずもするず時々ボンダリず䞀぀二぀灯が芋えるこずがありたす。之は、新仏のお墓ずか、又は幎回などの時に折々灯される灯火なのです。「明滅たり」ずは、正にこの墓地の晩に時々芋られる灯火のこずだらうず思はれる皋ボンダリずしお山の䞊に灯぀お居りたす。私は、こんな淋しい凊に䞀人で䜏んで居りながら、之で倧の淋しがりやなんです。それで倜淋しくな぀お来るず、雚が降぀お居なければ、障子をあけお倖に出お、このた぀た䞉぀しかない灯を、遙かの遠方に、而も離れ離れに眺めお䞀人で嬉しが぀お居るのでありたす。墓地に灯が芋える時は猶䞀局にぎやかなのですけれどもさうさうは莅沢も云ぞないこずです。庵の埌架は東偎の庭にありたすので、甚を足すずきは必ず庵の倖に出なければなりたせん。䟋の、昌間海を眺めるにしたしおも、倜お月さたを芋るにも、そしおこの灯火を芋るにも、私が床々庵の倖に出たすのですから、倧倉䟿利でありたす。䜕が幞になるものか解りたせんね。埌架が倖にあるこずがこれ等の結果を産み出すずは。\n 灯ず申せば、私が京郜の䞀燈園に居りたした時分、灯火に察しお抱いた深刻な感じを忘れる事が出来たせん。歀の機䌚に斌お少し又脱線さしおいたゞきたせう。䞀寞その前に䞀燈園なるものの様子を申䞊げたせう。園は、京郜の掛東鹿ヶ谷にありたす。玅葉の名所で有名な氞芳堂から䞃、八䞁も離れお居りたせうか、山の䞭腹にポツンず䞀軒立぀お居りたす。それは実に芋すがらしい家で、井垫は已に埡承知でありたす。い぀ぞや北朗さんずお二人で園にお尋ねにあづか぀た事がありたすから......それでも園のなかには入りたすず、道堎もあれば、二階の座敷もある、ず云぀たやうなわけ。庭に䞀本の倧きな柿の朚がありたす。甚氎は山氎、之が竹の暋を䌝぀お来るのですから、よく毀れおは閉口したものでした。圚園者はい぀でも平均男女合しお䞉十人から四十人は居りたせうか、勿論その内容は毎日、去る者あり、来る者ありずいふのでしお、圚園者は実によく倉りたす。私は䞀昚幎の秋、而もこの十䞀月の二十䞉日新嘗祭の日を卜しお園にずび蟌みたした。私は満掲に居りたした時、二回も巊偎湿性肋膜炎をやりたした。䜕しろ零床以䞋四十床なんず云ふこずもあるのですから、私のやうな寒がりにはたたりたせん。其時治療しおもら぀た満鉄病院院長A氏から......猶これ以䞊無理をしお仕事をするず......ず倧に驚かされたのが歀生掻には入りたす最近動機の有力なる䞀぀ずな぀お居るのでありたす。満掲からの垰途、長厎に立ち寄りたした。あそこは随分倧きなお寺がたくさん有る凊でありたしお、耶教撲滅の意味で、嚁嚇的に倧きくたおられたお寺ばかりです。䜕しろ長厎の町は呚囲の山の䞊からお寺で取りかこたれお居るず芋おも決しお差支ぞありたせん。そこで色々ず探しお芋たしたが、扚、是非入れお䞋さいず申す恰奜なお寺ず云ふものがありたせんでした。そこで機瞁が䞀燈園ず出来䞊぀たず云ふわけでありたす。長厎から党く無䞀文、裞䞀貫ずな぀お園にずび蟌みたした時の勇気ず云ふものは、それは今思ひ出しお芋おも玠砎らしいものでありたした。䜕しろ、歀の病躯をこれからさきりンず劎働でたゝいお芋よう、それでくたばる䜍なら早くくたば぀おしたぞ、せめお幟分でも懺悔の生掻をなし、少しの瀟䌚奉仕の仕事でも出来お死なれたならば有り難い事だず思はなければならぬ、ず云ふ決心でずび蟌んだのですから玠砎らしいわけです。殊に京郜の酷寒の時期をわざ〳〵遞んで入園したしたのも、党く劂䞊の意味から出お居るこずでした。\n 京郜の冬は䞭々底冷えがしたす。䞭々東京のカラツ颚のやうなものぢやありたせん。そしお鹿ヶ谷ず京郜の町䞭ずは、い぀でも、その枩床が五床䜍違ふのですからひどか぀たです。䞀䜓、園には、春から倏にかけお入園者が倧倉倚いのですが、秋からかけお酷寒ずなるずりンず枛぀おしたひたす。いろんなこずが有るものですよ。扚、それから倧に働きたしたよ。䜕しろ死ねば死ねの決心ですから、怖い事はなんにもありたせん。園は暹䞋石䞊ず心埗よず云ふのがモツトヌでありたすから、園では朝から䞀飯もたべたせん。朝五時に起きお掃陀がすむず、道堎で玄䞀時間ほどの読経をやりたす。犅が根底にな぀お居るやうでしお、重に犅宗のお経をみんなで読みたす。䜆、由来䜕宗ず云ふこずは無いので、園の者は「お光り」「お光り」を芋るず、申しお居る䜍ですから、耶教でもなんでもかたひたせぬ。以前、耶教埒の圚園者が倚か぀た時は、讃矎歌なり、埡祈りなり、朝晩、みんなでや぀たものださうです。それも、オルガンを入れおブヌカ〳〵やり、䞀方では又、仏党の人々が朚魚をポク〳〵叩いお読経したのだず申したすから、随分、倉珍奇であ぀たであらうず思はれたす。珟圚では皆読経に䞀臎しお居りたす。読経がすむず六時から六時半になりたす。それから皆おく〳〵各自その日の托鉢先き(働き先き)に出かけお行くのです。園から電車の乗り堎たで玄半里はありたす。そこからたづ京郜の町らしくなるのですが、園の者は二里でも䞉里でも倧抵の凊は皆歩いお行く事にな぀お居りたす――ず申すのは無䞀文なんですから。先方に参りたしお、たづ朝飯をいたゞく、それから䞀日仕事をしお、倕飯をいたゞいお垰園したす。垰園しおから又䞀時間皋読経、それから寝るこずになりたす。䜕しろ䞀日䞭くたびれ果おゝ居るこずゝお、読経がすむず、手玙曞く甚事もなにもあ぀たもんぢやない、煎逅のやうな垃団にくるた぀お其儘寝おしたふのです。園にはどんな寒䞭でも火鉢䞀぀あ぀た事なし。倜寝るのにも、只障子をしめるだけで雚戞は無いのですから、それはスツパリしたものです。\n 扚、私が灯火に察しお忘れる事の出来ない思ひ出ず申したすのは、この、朝早くただ暗いうちから起き出しお来お、遙か山の䞋の方に、ただ寝蟌んで居る京郜の町々の灯、昚倜の奮闘に疲れ果おお今暫くしたら䞀床に消えおしたはうず甚意しお居る、数千䞇の癜たゝけた京郜の町々の灯を眺めお立぀お居る時ず、倜分た぀暗に暮れおした぀おから、其日の仕事にヘト〳〵に疲劎し切぀た足を匕摺぀お、ポツリ〳〵暗の䞭の山路を園に戻぀お来る時、凊々に芋える小さい民家の淋しさうな灯火の倖に、自分の背埌に、遙か䞋の方に、ダむダかプラチナの劂く茝いお居る歓楜の郜......京郜の町々のむルミネヌシペンを始め、其他数䞇の灯火の生き〳〵した、誇りがたしい茝かさを眺めお立぀お居た時の事なのです。歀時の私の心持なのでありたす。歀時の私の感じは、淋しいでもなし、悲しいでもなし、愉快でもなし、嬉しいでもなし、泣きたいでもなし、笑ひたいでもなし、なんず圢容したら十分に其の感じが云ひ珟はされるのであらうか、只今でも解りかねる次第でありたす。只、ボヌツずしお居るのですな。無心状態ずでも申したせうか、喜怒哀楜を超越した感じ、さう云぀た颚なものでありたした。而もそれが、い぀迄た぀おも少しも忘れられたせんのです。灯火の魅力ずでも申したせうか、灯火に匕き付けられお居る状態ですな。灯火ずいふものは色々な点から吟人の胞底をシペツクするものであるず云ふ事を぀く『〵感じた次第でありたす。歀時の感じをうたく衚珟しお芋たいず思぀たのですが、これ以䞊到底なんずも申し䞊げやうの無いのが遺憟至極でありたす。この䜍で埡察し䞋さいたせ。\n 次に、この毎日の仕事......園では托鉢ず申しお居りたす......之が実に皮々雑倚のものでありたしお、䞀寞私が今思ひ出しお芋た䞈けでも、曰く、お留守番、衛生掃陀、ホテル、倜番、菓子屋、りドン屋、米屋、病人の看護、お寺、ビラ撒き、ボヌル箱屋、食堂、倧孊の先生、未亡人、簡易食堂、癟姓、宿屋、軍枯、小䜜争議、病院の研究材料(之はモルモツトの代りになるのです)等々、䜕しろ商売埀来に名前の出おないものが沢山あるのですから数ぞ切れたせん。これ等䞀぀䞀぀の托鉢先の感想を曞いおも面癜い材料はいくらでもありたせう。さお、私がこれ等の托鉢を毎日々々や぀お居りたす間に、倧に私のためになるこずを䞀぀芚えたのでありたす。それはかう云ふ事です。癟䞇長者の家庭には入぀お芋おもカラ〳〵の貧乏人の家庭には入぀お行぀お芋たしおも、䜕かしら、其家のなかに、なんか頭をなやたす問題が生じお居る、早い話が、お金に䞍自由が無い家ずすれば、病人が有るずか、盞続人が無いずか、かう云぀た颚なこずなのです。ですから䞇事思ふたゝにな぀お、䞍満足な点は少しも無いず云ふやうな家庭は、どこを探しお芋おも、それこそ少しも無いず云ふ事でありたした。仏力は広倧でありたす。到る凊に公平なる刀断を䞋しお居られるのでありたす。それず今䞀぀私の感じたこずは、筋肉の力の䞍足ず云ふこずです。これは私が圚園䞭の正盎な䜓隓なのですが、幞か䞍幞か、死ぬなら死んでしたぞずはふり出した肉䜓は、其埌今日迄別段異状無くや぀お来たのでしたが、只、人間も四十歳䜍になりたすず、いくら気の方は慥であ぀おも、筋肉、䜓力の方が承知を臎したせん。無理は出来ない、力は無くな぀お居る。園の托鉢はなんず申したしおも力を芁する仕事が䞀番倚いのでありたすから、最初のうちは、ナニ若い者に負けるものかず云ふ元気でや぀お居぀たものゝ、到底長続きがしないのです。ですから、䞀燈園には入るお方は、たづ、二十歳から䞉十二䞉歳迄䜍の青幎がよろしいやうです。又実際に斌お四十なんお云ふ人は園にはそんなに居りはしたせん。居぀おも続きたせん。私は入園した圓時に、劂䜕にも若い、䞭には十䞃八歳䜍な人の居るのに驚いたのです。こんな若い幎をしお、䜕凊に人生に察し、又は宗教に察しお疑念なんかを抱くこずが出来るであらう?......而したあ、以前申した幎頃の人々には、よい修業堎ず思はれたす。幎茩者には駄目です。倩銙さんず云ふ人は慥にえらい人に違ひない。あの園が、二十幎の歎史を持぀お居るず云ふ点だけ考ぞおみおも解るこずです。そしお、知胜の尀もすぐれた人でありたす。茲に䞀぀の揷話を曞いお眮きたせう。或日、倩銙さんず話しお居たずき、なんの話からでしたか、アンタは俳句を䜜られるさうですな、ず云ふ事なので、えゝさうです。どうです、䞀日に癟句䜍䜜れたすか? さすがの倩銙さんも、俳句に぀いおは矢匵り門倖の人であ぀たのでありたす。園で俳句をや぀お居る人々もあるやうでしたが、倧抵、ホトトギス掟のやうに芋受けたした。" } ]
[ { "role": "system", "content": "䞋蚘の曞き盎しを再開しお、プロフェッショナルな文曞を䜜成しおください。" }, { "role": "user", "content": " 圌は巊右の者に呜じお、癟本の釘を取り来たらせ、䞀々その銭を地面に打付けさせた。そうしお、青い玗の籠をもっおそれを掩い、かれ自身で封印した。\n「凱旋の節、神にお瀌を申しおこの銭を取るこずにする」\n それから兵を進めおたず厑厙関を砎り、さらに智高を砎り、邕管を平らげ、凱旋の時にかの廟に参拝しお、曩に投げた銭を取っお芋せるず、その銭はみな䞡面であった。(鉄囲山叢談)\n\n 叀埡所\n\n 掛陜の埡所は隋唐五代の故宮である。その埌にもここに郜するの議がおこっお、宋の倪祖の開宝末幎に䞀床行幞の事があったが、䜕分にも叀埡所に怪異が倚く、又その䞊に霖雚に逢い、旱を祷っおむなしく垰った。\n それから宣和幎間に至るたで幎を重ぬるこず癟五十、故宮はいよいよ荒れに荒れお、金鑟殿のうしろから奥ぞは癜昌も立ち入る者がないようになった。立ち入ればずかくに怪異を芋るのである。倧きな熊蜂や蟒蛇も棲んでいる。さらに怪しいのは、倜も昌も音楜の声、歌う声、哭く声などの絶えないこずである。\n 宣和の末に、呉本ずいう監官があった。圌は歊人の勇気にたかせお、䜕事をも畏れ憚らず、倏の日に宮前の廊䞋に涌んでいお、申の刻(午埌䞉時―五時)を過ぐるに至った。ただ暗くはならないが、堎所が堎所であるので、埓者は恐れお早く垰ろうず催促したが、呉は平気で動かなかった。\n たちたち譊蹕の声が内からきこえお、衛埓の者が玅い絹をかけた金籠の燭を執るこず数十察、そのなかに黄いろい衣服を着けお、垝王の劂くに芋ゆる男䞀人、その胞のあたりにはなたなたしい血を流しおいた。そのほかにも随埓の者倧勢、列を正しく廊䞋づたいに奥殿ぞ埐々ず緎っお行った。\n 呉ず埓者は急いで戞の内に避けたが、最埌の衛士は呉がここに涌んでいお行列の劚げをなしたのを怒ったらしく、その臥抻の足をずっお倒すず、抻は石塌をうがっお地䞭にめり蟌んだ。衛士らはそれから他の宮殿ぞむかったかず思うず、その姿は消えた。\n 呉もこれを芋お倧いにおどろいた。その以来、圌は決しおこの叀埡所に寝泊たりなどをしなかった。圌は自分の目撃したずころを絵にかいお、倧勢の人に瀺すず、掛陜の識者は評しお「これは必ず唐の昭宗であろう」ず蚀った。\n 唐の昭宗皇垝は英䞻であったが、晩唐の囜勢振わず、この掛陜で叛臣朱党忠のために匑せられたのである。(同䞊)\n\n 我来也\n\n 京城の繁華の地区には窃盗が極めお倚く、その出没すこぶる巧劙で、なかなか根絶するこずは出来ないのである。\n 趙尚曞が臚安の尹であった時、奇怪の賊があらわれた。圌は人家に入っお賊を働き、必ず癜粉をもっおその門や壁に「我来也」の䞉字を題しお去るのであった。その逮捕甚だ厳重であったが、久しいあいだ捕獲するこずが出来ない。\n 我来也の名は郜鄙に喧䌝しお、賊を捉えるずはいわず、我来也を捉えるずいうようになった。\n ある日、逮捕の圹人が䞀人の賊を牜いお来お、これがすなわち我来也であるず申し立おた。すぐに獄屋ぞ送っお鞠問したが、圌は我来也でないず蚀い匵るのである。なにぶんにも蚌拠ずすべき莓品がないので、容易に刀決をくだすこずが出来なかった。そのあいだに、圌は獄卒にささやいた。\n「わたしは盗賊には盞違ないが、決しお我来也ではありたせん。しかし斯うなったら逃がれる道はないず芚悟しおいたすから、たあ劬っおおくんなさい。そこで、わたしは癜金そくばくを宝叔塔の䜕階目に隠しおありたすから、お前さん、取っおお出でなさい」\n しかし塔の䞊には昇り降りの人が倚い。そこに金を隠しおあるなどは疑わしい。こい぀、おれを担ぐのではないかず思っおいるず、圌はたた蚀った。\n「疑わずに行っおごらんなさい。こちらに䜕かの仏事があるずかいっお、お燈籠に灯を入れお、ひず晩廻り廻っおいるうちに、うたく取り出しお来ればいいのです」\n 獄卒はその通りにやっおみるず、果たしお金を芋いだしたので、倧喜びで垰っお来お、あくる朝はひそかに酒ず肉ずを獄内ぞ差し入れおやった。それから数日の埌、圌はたた蚀った。\n「わたしはいろいろの道具を瓶に入れお、䟍郎橋の氎のなかに隠しおありたす」\n「だが、あすこは人足の絶えないずころだ。どうも取り出すに困る」ず、獄卒は蚀った。\n「それはこうするのです。お前さんの家の人が竹籃に着物をたくさん詰め蟌んで行っお、橋の䞋で掗濯をするのです。そうしお埀来のすきをみお、その瓶を籃に入れお、䞊から掗濯物をかぶせお垰るのです」\n 獄卒は又その通りにするず、果たしお皮々の高䟡の品を芋぀け出した。圌はいよいよ喜んで獄内ぞ酒を莈った。するず、ある倜の二曎(午埌九時―十䞀時)に達する頃、賊は又もや獄卒にささやいた。\n「わたしは衚ぞちょっず出たいのですが......。四曎(午前䞀時―䞉時)たでには必ず垰りたす」\n「いけない」ず、獄卒もさすがに拒絶した。\n「いえ、決しおお前さんに迷惑はかけたせん。䞇䞀わたしが垰っお来なければ、お前さんは囚人を取り逃がしたずいうので流眪になるかも知れたせんが、これたで私のあげた物で䞍自由なしに暮らしお行かれる筈です。もし私の頌みを肯いおくれなければ、その以䞊に埌悔するこずが出来るかも知れたせんよ」\n このあいだからの䞀件を、こい぀の口からべらべら喋べられおは倧倉である。獄卒も今さら途方にくれお、よんどころなく圌を出しおやったが、どうなるこずかず案じおいるず、やがお檐の瓊を螏む音がしお、圌は家根から飛び䞋りお来たので、獄卒は先ずほっずしお、ふたたび圌に手枷足枷をかけお獄屋のなかに抌し蟌んで眮いた。\n 倜が明けるず、昚倜䞉曎、匵府に盗賊が忍び入っお財物をぬすみ、府門に「我来也」ず曞いお行ったずいう報告があった。\n「あぶなくこの裁刀を誀たるずころであった。圌が癜状しないのも無理はない。我来也はほかにあるのだ」ず、圹人は蚀った。\n 我来也の疑いを受けた賊は、叩きの刑を受けお境倖ぞ远攟された。獄卒は我が家ぞ垰るず、劻が蚀った。\n「ゆうべ倜なかに門を叩く者があるので、あなたが垰ったのかず思っお門をあけるず、䞀人の男が、二぀の垃嚢をほうり蟌んで行きたした」\n そのふくろをあけお芋るず、みな金銀の噚で、賊は匵府で盗んだ品を獄卒に莈ったものず知られた。趙尚曞は明察の人物であったが、遂に我来也の奞蚈を芚らなかったのである。\n 獄卒はやがお圹を眷めお、ふずころ手で䞀生を安楜に暮らした。その歿埌、せがれは家産を守るこずが出来ないで党郚蕩尜、そのずきに初めおこの秘密を他人に掩らした。(諧史)\n\n 海井\n\n 華亭県の垂䞭に小道具屋があった。その店に䞀぀の物、それは小桶に䌌お底がなく、竹でもなく、朚でもなく、金でもなく、石でもなく、名も知れなければ䜿い途も知れなかった。店に眮くこず数幎、誰も芋かえる者もなかった。\n ある日、商船の老人がそれを芋お倧いにおどろき、たた喜んだ気色で、しきりにそれを撫でたわしおいたが、やがおその倀いを蚊いた。道具屋の亭䞻もぬかりなく、これは䜕かの甚に立぀ものず看お取っお、出たらめに五癟緡ず吹っかけるず、老人は笑っお䞉癟緡に負けさせた。その取匕きが枈んだ埌に、亭䞻は蚀った。\n「実はこれは䜕ずいう物か、わたしも知らないのです。こうしお取匕きが枈んだ以䞊、決しおかれこれは申したせんから、どうぞ教えおください」\n「これは䞖にめずらしい宝だ」ず、老人は蚀った。「その名を海井ずいう。普通の航海には飲料ずしお淡氎を積んで行くのが習い、しかもこれがあれば心配はない。海の氎を汲んで倧きいう぀わに満々ずたたえ、そのなかに海井を眮けば、朮氎は倉じお枅い氎ずなる。異囜の商人からかねおその話を聞いおいたが、わたしも芋るのは今が始めで、これが手に入れば、もう占めたものだ」(癞蟛雑識続集)\n\n 報寃蛇\n\n 南粀の習いずしお蠱毒呪詛をたっずび、それに因っお人を殺し、又それによっお人を救うこずもある。もし人を殺そうずしお仕損ずる時は、かえっおおのれを斃すこずがある。" }, { "role": "assistant", "content": " か぀お南䞭に遊ぶ人があっお、日盛りを歩いお林の䞋に䌑んでいる時、二尺ばかりの青い蛇を芋たので、たわむれに杖をもっお撃぀ず、蛇はそのたた立ち去った。旅びずはそれから䜕だか䜓の工合いがよくないように感じられた。\n その晩の宿に着くず、旅舎の䞻人が怪しんで蚊いた。\n「あなたの面には毒気があらわれおいるようですが、どうかなさいたしたか」\n 旅人はがんやりしお、なんだか刀らなかった。\n「きょうの道䞭にどんな事がありたしたか」ず、䞻人はたた蚊いた。\n 旅人はありのたたに答えるず、䞻人はうなずいた。\n「それはいわゆる『報寃蛇』です。人がそれに手出しをすれば、癟里の遠くたでも远っお来お、かならず其の人の心を噬みたす。その蛇は今倜きっず来るでしょう」\n 旅人は懌れお救いを求めるず、䞻人は承知しお、韕のなかに䟛えおある竹筒を取り出し、抌し頂いお圌に授けた。\n「構わないから唯これを枕もずにお眮きなさい。倜通し燈火を぀けお、寝た振りをしお埅っおいお、物音がきこえたらこの筒をお明けなさい」\n その通りにしお埅っおいるず、果たしお倜半に家根瓊のあいだで物音がきこえお、やがお䜕物か几の䞊に堕ちお来た。竹筒のなかでもそれに応えるように、がさがさいう音がきこえた。そこで、筒をひらくず、䞀尺ばかりの蜈蚣が這い出しお、旅人のからだを䞉床廻っお、たた盎ぐに几の䞊に埩っお、暫くしお筒のなかに戻った。それず同時に、旅人は俄かに䜓力のすこやかになったのを芚えた。\n 倜が明けお芋るず、きのうの昌間に芋た青い蛇がそこに斃れおいた。旅人は䞻人の話の嘘でないこずを初めおさずっお、あ぀く瀌を述べお立ち去った。\n 又こんな話もある。旅人が日暮れお宿に行き着くず、旅舎の䞻人ず息子が客の荷物をじろじろず眺めおいる。その様子が怪しいので、ひそかに䞻人らの挙動をうかがっおいるず、父子は䞀幅の猎の絵像を取り出しお、うやうやしく祷っおいた。\n 旅人は僕に泚意しお倜もすがら眠らず、剣をひき぀けお窺っおいるず、やがお戞を掚しおはいっお来た物がある。それは䞀匹の猎で、䜓は人のように倧きかった。剣をぬいお远い払うず、猎はしりごみしお立ち去った。\n 暫くしお母屋で、䞻人の哭く声がきこえた。息子は死んだずいうのである。(独醒雑志)\n\n 玅衣の尌僧\n\n 唐の宰盞の賈耜が朝よりしりぞいお自邞に垰るず、急に䞊東門の番卒を召しお、厳重に蚀い枡した。\n「あしたの午ごろ、倉った色の人間が門に入ろうずしたら、容赊なく打ち叩け。打ち殺しおも差し支えない」\n 門卒らはかしこたっお埅っおいるず、翌日の巳の刻を過ぎお午の刻になった頃、二人の尌僧が東の方角の癟歩ほどの所から歩いお来た。別に倉ったこずもなく、かれらは盞前埌しお門前に近づいた。芋ればかれらは玅癜粉を぀けお、その艶容は嚌婊の劂くであるのみか、その内服は真っ玅で、䞋食りもたた玅かった。\n「こんな尌があるものか」ず、卒は思った。かれらは棒をもっお滅倚打ちに打ち据えるず、二人の尌僧は脳を傷぀け、血をながしお、しきりに無眪を泣き叫びながら、匕っ返しお逃げおゆく。その疟きこず奔銬の劂くであるのを、たた远いかけお打ち据えるず、かれらは足を傷぀けられおさんざんの䜓になった。それでも癟歩以䞊に及ぶず、その行くえが応ち知れなくなった。\n 門卒はそれを賈耜に報告しお、他に異色の者を認めず、唯かの尌僧の衣服容色が異っおいるのみであったず陳述するず、賈は蚊いた。\n「その二人を打ち殺したか」\n 脳を傷぀け、足を折り、さんざんの痛い目に逢わせたが、打ち殺すこずを埗ないでその行くえを芋倱ったず答えるず、賈は嘆息した。\n「それでは小さい灜いを免かれたい」\n その翌日、東垂から火事がおこっお癟千家を焌いたが、たずそれだけで消し止めた。(芝田録)\n\n 画虎\n\n 霊池県、掛垯村に郭二ずいう村民がある。圌が曟おこんな話をした。\n 自分の祖父は医垫ず卜者を業ずし、四方の村々から療治や占いに招かれお、ほずんど寞暇もないくらいであった。圌は孫真人が赀い虎を埓えおいる図をかかせお、それを町の店なかに懞けお眮くこず数幎、だんだん老境に入るにしたがっお、毎日唯がんやりず坐ったたたで、画ける虎をじっず芋぀めおいた。\n 圌は䞀日でも画ける虎を芋なければ楜したないのであった。忰や孫たちが城䞭ぞ豆や麊を売りに行っお、その垰りに塩や醀油を買っお来る。それに぀いお䜕か気に入らない事があるず、すぐに怒っお眵っお、時には杖をもっお打ち叩くこずもある。そんな時でも画ける虎を芋れば、たちたちに機嫌が盎っお、なにもかも忘れおしたうのである。\n 療治に招かれお病家ぞ行っおも、そこに画虎の軞でもあれば、いい心持になっお熱心に療治するのであった。したがっお、芪戚などの附き合いからも、画虎の軞や屏颚を莈っお来るのを䟋ずするようになった。こうしお、幟幎を経るあいだに、自宅の座敷も台所も寝間も䞀面に画虎を懞けるこずになっお、近所の人たちもおどろき怪しみ、あの老人は虎に魅たれたのだろうなどず蚀った。あたりの事に、その老兄も圌を責めた。\n「お前はこんなものを奜んでどうするのだ」\n「い぀もむしゃくしゃしおなりたせん。これを芋るず、胞が少し萜ち぀くのです」\n「それならば城内の薬屋に掻きた虎が飌っおあるのを知っおいるのか」\n「ただ知りたせん。どうぞ連れお行っお䞀床芋せおください」\n 兄に頌んで䞀緒に連れお行っおもらったが、䞀床芋たが最埌、ほずんど寝食を忘れお十日あたりも眺め暮らしおいた。その以来、毎月二、䞉回は城内に入っお、掻きた虎を眺めおいるうちに、食い物も肉ばかりを奜むようになった。肉も煮焌きをしたものは気に入らず、もっぱら生の肉を啖っお、䞀食ごずに猪の頭や猪の股を梚や棗のように平らげるので、子や孫らはみな圌をおそれた。城内に入っお掻き虎を芋お垰るず、圌はいよいよ気があらくなっお、子や孫らの顔を芋るず、杖をもっお叩き立おた。\n 五代の蜀が囜号を建おた翌幎、圌は或る倜ひそかに村舎の門をぬけ出しお、行くえ䞍明になった。そのうちに、埀来の人がこんなこずを䌝えた。\n「ゆうべ䞀頭の虎が城内に跳り蟌んだので、半日のあいだ城門を開かなかった。軍人らが城内に駈け付けお虎を射殺し、その肉を分配しお食っおしたった」\n 圌はい぀たでも垰らず、又そのたよりも聞えなかった。圌は虎に化けたのである。遺族は虎の肉を食った人びずをたずねお、幟塊かの骚片を貰っお来お、それを葬るこずにした。(茅亭客話)\n\n 霊鐘\n\n 陳述叀が建州浊城県の知事を勀めおいた時、物を盗たれた者があったが、さおその犯人がわからなかった。そこで、陳は欺いお蚀った。\n「かしこの廟には䞀぀の鐘があっお、その霊隓あらたかである」\n その鐘を圹所のうしろの建物に迎え移しお、仮りにそれを祀った。圌は倧勢の囚人を牜き出しお蚀い聞かせた。\n「みんな暗い所でこの鐘を撫でおみろ。盗みをしない者が撫でおも音を立おない。盗みをした者が手を觊るればたちたちに音を立おる」\n 陳は䞋圹の者どもを率いお荘重な祭事をおこなった。それが枈んで、鐘のたわりに垷を垂れさせた。圌はひそかに呜じお、鐘に墚を塗らせたのである。そこで、疑わしい囚人を䞀人ず぀呌び入れお鐘を撫でさせた。\n 出お来た者の手をあらためるず、みな墚が付いおいた。ただひずり黒くない手を持っおいる者があったので、それを詰問するず果たしお癜状した。圌は鐘に声あるを恐れお、手を觊れなかったのである。" } ]
[ { "role": "system", "content": "䞋蚘の曞き盎しを継続しお、完璧な文曞を䜜成しおください。" }, { "role": "user", "content": " ブルメナり倧尉やクルヌゲル䞭尉らの頬にもい぀か涙が流れおおりたした。\n「が、そのうちに私は、おや! ず気が付きたした。さっきから他愛もない話にさりげなく埮笑んではいたしたが、父ずいう気持に映っおくるものがありたしたのです、お前は......お前は......ず、私は思わず抱いおいた手を話しお嚘の顔を瞶めたした。お父様......䜕にも仰有らないで! ず嚘は犇ず私の手に瞋り付きたした。今は真倜䞭で䟍女たちはみんな昌の疲れで眠っおおりたす。どうかお隒ぎにはならないで! あれたちの眠りを醒たさせないで䞋さいたし。私はお父様ず二人っきりでこうしおお話しおいれば、もうこれで䜕の思い残すずころもございたせん。お父様、私の眠りたす時たでにただ時間はございたす。その時のくるたで、どうぞ、このたたで......このたたで私を抱いおいお䞋さいたしず、嚘は堅く私の手を握っお攟さないのです。そうか! あの方が亡くなっおから、い぀か䞀床はこういう日がくるのではないかず、私も胞を痛めおいたのだが、到頭その日がきたのかず私は長嘆息したした。やがお䞀時か二時の埌には、たずえそれが嚘の蚀うように、仮の別れであろうずも、この最愛の嚘に別れねばならぬのかず思いたすず、今曎ながら幎甲斐もなく狌狜せずにはいられなかったのです。この老いたる幎をしお最愛のものを倱っお、これからは䜕を力に生きおゆけるだろうかず思うず、たこずに身勝手のようですけれどもう䞀床翻意しおもらえるものならばすぐにでも䟍女たちを呌び起しお、医者のプラチりスでもリカルトスでも、この囜のありずあらゆる名医たちを呌んで手圓おを加えおもらおうかず考えずにはいられなかったのです。しかしあの方が亡くなっおから、嚘はすでにこの䞖の幞犏ずいうものを倱い切っおいるのです。たずえそうしお嚘に生き氞らえおもらっお私は幞犏であっおも、すでに魂を倱っお圢だけ生きおいる嚘は䞍仕合せであり、私はもはや老い先短い身䜓ではあるが、行く末長い嚘の身をそんな老人の犠牲ずしお生き氞らえさせおおくよりも、嚘自身こんなにも仕合せだず喜んでいるのですから、思い切っお嚘の遞んだ道ぞこのたた赎かせようかず考えおみたり......さりげなく嚘を抱いおはいたしおも、肚の䞭では膏汗を流さんばかりの気持で、千々に心が乱れおおりたした」\n「......お察しいたしたす」\n ずブルメナり倧尉も声を曇らせたした。\n「ずもかく、嚘に聞いおみたした。お前が仕合せになる道ずしお遞んだのならお父様も決しおお前を劚げようずはしないから、䞀語だけハッキリず教えおおくれ。毒薬はどれを飲んだのかず聞きたすず、嚘は黙っお枕蚱の小皿を指ざしたした。それがさっきお県にかけたしたあの青い透き培った薬なのです。先皋も申し䞊げたしたようにこれはパピリラずいいたしお、この囜で䞀番の猛毒ずしお人に恐れられおいる毒薬です。この薬には死の苊しみもなければ、屍䜓に䜕の城候をも残しはしたせんが、誀っお埮量を嚥䞋したしおも、もはやいかなる名医でも、匙を投げるよりほかはないずされおいるものでした。服毒埌䞉時の間には、必ず死ぬものず恐れられおいる毒薬です。私は思わず嘆息したした。そしおい぀頃飲んだのかず聞いたのです。お父様をお呌びする䞀時ばかり前に飲んだずいう返事です。私を呌ぶ䞀時前に服毒したずすれば、私が来おからでさえもはや䞀時近くはなっおおりたしたでしょう。この猛毒を飲んでからもう二時䜙りになっおいたのでは、今曎䜕ずしおも助かりっこはありたせん。私は溜息を吐きたした。もうそれほどたでに深い芚悟をしおいたのなら、もはや私も嚘の決心を劚げるこずはしないでおこうず心に決めたした。そしお、せめおは嚘の残りすくない時間をできるだけ楜したせおやろうず考えを決めたしたのです」\n「......」\n「もうそれほどたでに心に決めたのならば、お父様も決しおお前の行く手を遮るこずはしない。しかしもう時聞もないこずだし、お父様に頌んでおきたいず思うこずがあったら今のうちにみんな話しずいたらいいだろう、ずこう申したすず、自分はこうしお仕合せに死んでゆける身の䞊で䜕の心残りもありたせんけれど、自分のいない埌にお父様がどうしお日々をお暮しなさるかず思うず、それが心残りだず私の胞ぞ顔を埋めお初めお涙を流したした。どうぞ䞍孝な嚘を蚱しお䞋さいたしず頌むのです。そしおこの䞍孝な嚘の頌みを、䞀぀だけ聞いお䞋さいたしず......おお......䜕なりずも遠慮なく蚀うがいいず......そしお嚘は初めおその頌みを打ち明けたしたのです。実はこの嚘の頌みをお願いするためにこうしお皆様にもいらしおいただいたわけなのです」\n 怺えかねた嗚咜が幎老いた貎族の食い瞛った唇から掩れおきたのでありたす。ブルヌゲル倧尉もクルヌゲル䞭尉もハンカチで烈しく掟をかみたした。\n「嚘の頌みたすのには、あの方のお友達たちはあの方の埡意志どおりにあの方のお曞きになったものを倧海ぞ投じようずしおいらっしゃる。けれどもあの方が生きおいらっしゃるうちならばずもかくも、もう亡くなっおおしたいになった今ずなっおは、そんなお手玙なぞが届いたからずお、あの方のお姉様にずっお䜕のお喜びでしょう。それよりもあんなにも生前お姉様のこずばかり懐かしがっおいられたあの方を、こんなずころの墓堎なぞぞ葬っおおくこずが心残りでなりたせん、ずこう申しお泣きたすのです。それよりもいっそのこず、あの方のお囜ぞ返送しお䞊げお䞋さい。生きおは枡れない海かも知れたせんけれど、死んだ身䜓で枡れぬはずは決しおないはずです、ず、こう申したすのです。そしおお前は? ......ず聞きたすず、私はあの方のいらっしゃるずころぞはどこぞでも぀いおたいりたす。お父様、どうぞ私もあの方ず埡䞀緒にやっお䞋さいたし、ず、こう申したすのです。あたりにも思い蟌んだ嚘のいじらしさに、私はただ涙が溢れおきお仕方がありたせんでした。しかし、死んだ身䜓を葬りもせずに倧海ぞ投じ、芋知らぬ䞖界ぞ挂わせる䞍愍さを想いたすず......あたりのいじらしさに凝乎ず県を閉じお涙ばかり䌝わらせおいる私を芋たすず、嚘も初めお声を挙げお泣きながら私に瞋り付きたした。その泣いおいる嚘を芋るず私はもう胞が䞀杯になりたした。どんなこずでもこの嚘の頌みだけは、䜕事でも聞かずにはいられないずいう気持になっおきたのです。おお、承知した! 必ずあのお友達の方たちずも盞談しお、お前の頌みどおりにするから安心おし......ず。そしおそれを聞くず嚘も初めお涙のうちに莞爟ずしお......そのうちに身䜓の調子が倉っおきたのでしょう。お父様......もう死が手招きをしおたいりたした。どうぞ私の身䜓をしっかりず抱いおいらしお......恍惚ずしおきたその耳に口を぀けお、私は蚀ったのです。お前の頌みは必ず匕き受けた。安心おし! さ、䜕かもっず私の手でできるこずはないか......ず、お父様、どうぞ、䟍女たちを呌んで薔薇を撒かしお䞋さいたし......そしお、六絃琎を鳎らさせお䞋さいたし......ず」\n 老゚フィゲニりスの蚀葉は途絶えお、しばらくは凝乎ず県頭を抑えおいたした。そしお我々も、蚀葉なくうな垂れおいたのです。\n\n\n䞀五 ナヌザ・サペ・サマヌレ\n\n「ようくわかりたした姫のお気持が......」ず、ややあっおルドりィッヒ倧尉が県をしばたたきながら口を開きたした。" }, { "role": "assistant", "content": "「亡くなった我々の友人をそれほどたでに慕っお䞋さるずいうこずは、故人の友人なり同囜人なりずしお、我々ずしお䜕ず蚀っおお瀌を申し䞊げおよろしいか! 感謝で胞が䞀杯になっおくるのですが、しかし......しかし......」\nず沈吟したした。\n「それたでなさらぬでもよろしいのではないかず思われたすが。そのお気持だけにしお、姫はもちろんのこず、我々の友達もせっかくあすこぞ葬られおいるこずですし......䞭尉の遺骞もあのたたにしおおいた方が、かえっお故人も喜ぶのではないかず考えたす。骚にしおずいうならばずもかくも、今曎生々しい屍䜓を送り届けたしおも......よしんばそれが無事に向うぞ到着したしたにしおも、䞭尉の什姉の方でもかえっお、有難迷惑のような......」\n「しかし、嚘はあんなにもそれを冀っお死んだこずです。......私もたたハッキリず請け合っお嚘にそれを玄束したこずですし......埡迷惑だず仰有るならば臎し方もありたせんが、もしそれが埡迷惑でなくお、䜕ずか取り蚈らっおいただけるものでしたら、䜕ずか埡配慮を願えれば我々芪子の気持も救われたすのですが......」\n「迷惑だなぞず決しおそんなこずは......今も申し䞊げたすずおり、姫のお気持は我々ずしおも、䜕ずもお瀌の申し䞊げようもありたせん。......これを聞きたしたら䞭尉の什姉もさぞかし萜涙しお感謝されるだろうずは考えるのですが、......ただ、屍䜓を送るずいうこずが、あたりにも䜕かこう......」\n 倧尉は語尟を濁したのでありたすが、我々には倧尉の蚀わんずしたこずが充分に察しられたした。䜕か、こう、突拍子もないこずのような気がするずおそらく蚀いたかったのであろうず思われたす。しかしさすがにそこたでハッキリず蚀い切れなかったずみえお、䜕ずかしお思い止たらせようずしおいたらしいのですが、嚘ず玄束しお䞀心籠めおそれを願っおいる老゚フィゲニりスの涙を芋れば、そうした欧州の垞識なぞを持ち出すこずもできたせん。倫人よ、぀いに、老゚フィゲニりスが姫の涙の前にすべおを抛っおしたったごずくに、倧尉も、そしお我々䞀同もたた、老゚フィゲニりスの涙の前にすべおを抛っお埓うべく、心を定めおしたったのでありたす。\n その頃には姫の死は、もはやこの郜䌚䞭ぞも知れわたっおしたったのでありたしょう。この地最高の貎族゚フィゲニりス家の愛嚘ずしおよりもむしろ、すべおの人に優しく慈悲深いので、垂民䞀般から愛慕されおいたロれリむス姫の死を悌むためか、遠近の鐘が鳎り始めお、垂民の矀れは螵を接しお県䞋遥かなる正門の前に集いお圜埊顧望立ち去りも埗で敬虔なる黙祷を捧げおおりたした。そしおこの地の倧官連䞭が来り匔するのでありたしょうか、䟛回り揃えお幟台も幟台もの蜎が匕っ切りなしに正門からこの本邞ぞの道を続いおくるのが芋えたした。そしおやがお姫の送葬にこれら匔客の接芋に、老゚フィゲニりスの身近怱忙を加うべきを思い、我らは今䞀床姫の死に涙の黙祷を捧げお埌、やがお再び別邞ぞの道を蟿った次第でありたしたが、もはや姫の葬送がいかに盛儀であったかなぞずいうこずは、申し䞊げるたでもなく埡想像のお付きになれるこずでありたしょう。\n 姫の屍䜓もたたプリゎネず称する薬草の液に浞し麝銙草の花を詰めお腐敗を犊ぎ、金銀を象嵌したる瑪瑙の寝棺に玍め、さらにこれを桃金花の朚にお造れる槚に入れ、゚フィゲニりス家祭壇に安眮しお、鄭重なる祭祀が営たれおいるのでありたす。\n かくしお゚フィゲニりス家の奎隷たちは、その日以来二個の屍䜓を安眮すべき朚凜䜜りに専念いたし始めたのでありたすが、朚凜を䜜るず簡単には蚀いたしおも、䞀床これを海䞭ぞ投じたしたならば、はたしお䜕十日たっお陞地ぞ挂着するものか、䜕カ月かかるものか、しかもその間怒激の狂乱する魔の朮流はあり、䞖界未知の倧枊巻はあり、あるいは䜕十幎の歳月を海䞭に送らねばならぬものか党然予枬が蚱されないのでありたす。したがっおその間、浪に叩かれおも枊に捲かれおも海氎の浞透しないように、たた朚凜が腐蝕しないように、あらゆる面から怜蚎しおかからなければならないのでありたす。それがために、以前の単に文曞を入れるだけの朚凜䜜りの堎合においおも、姫の蚀い付けによっお、この囜第䞀の工人たる゚フィゲニりス家の奎隷クレテずいうものがこれに圓り、四、五人の埒匟たちを手䌝わせお専心これに努めおおりたした。邞内の䞀郚に蚭けられた仮小舎の䞭では、い぀行っおみおもクレテや埒匟たちは、鉋をかけおは削り、鑿を䜿っお繊现なる技巧をもっお角々の組み合せをなし、懞呜なる努力を続けおおりたしたが、今回は、いわんや朚凜は前回の䞃倍八倍に達する容量を芁し、しかも容量の増すに埓い、怒激のために砎摧せらるべき危険も増倧し、工人たちにずっおは、䞀局の努力を必芁ずしたのでありたす。すなわち単なる凜ずは申しながら、この郜䌚最優秀の技術ず経隓ずは、挙げお、これに傟泚せられたず申すも過蚀ではなかるべく、その䞀䟋を挙げたすならば、材料の朚材䞀぀遞ぶにも、手間暇厭わぬ呚到なる吟味が加えられおいるのでありたす。\n この郜䌚の西北方六十哩にはアンチりム垂があり、このアンチりム垂の西北さらに癟䞉十哩の――我々こそは未だ行っおみたこずもありたせんが、そこにルゟマクス・プケず称する四時雪を頂く䌑火山があり、この雪山の麓の無名湖には、湖岞森林䞭の巚朚の倒れたものが無数に浞っおいるずいわれおいるのでありたす。この巚朚䞭にシダヌラずいわるる材質の緻密堅牢なるチヌク材以䞊のものがあり、しかもこの緻密にしお堅牢なる材質が、湖氎䞭に倚幎倒れおいるこずによっお寒暖の差に鍛え䞊げられ、いかなるこずあるも決しお湟屈せず、氎に腐蝕浞透せられざるものずしお、すなわちこの材料が遞ばれたのでありたす。\n 凜を拵えるのでありたすが、釘鋲等を甚うればその郚分より腐蝕浞氎しやすきため、䞀朚の釘をも甚いず、角々はこずごずく叀来よりこの囜に䌝うる組合せ匏を甚い、その組合せ匏もたた六通りあり、その六通り䞭でも最も秘奥耇雑なる方匏の――我らはこの囜でこれを䜕ず称するかを知りたせんが、我らの同僚たる䞀等船匠兵アむグナり・ロトラァは、その専門県より芋お、この技法に感嘆し、故囜においお「隠蟻」ず称する技法に䌌おもっず粟劙なりず申しおおりたす。この「隠蟻」をもっお角々を組み合せ、その技巧の劙を極め、堅牢無比なる、さながら今日の工孊においお隧道が倖郚より土砂の圧力が加わるほどたすたす堅牢になるごずく、この組立おによれば、浪に揉たるれば揉たるるほど、いよいよ匕き緊っお、堅牢性を発揮するであろうこずを信ぜざるを埗ないのでありたす。\n かくしおでき䞊った第䞀の凜に、浞氎しおも盎に内郚ぞ浞透せざるよう、さらに第二の凜を嵌め蟌み、さらに第䞉の凜を嵌め、その状あたかも今日欧州文明囜の造船所においお、艊艇を建造するに甚うる手段ず、たったく軌を䞀にせるを芚ゆるのでありたす。\n すなわち艊艇においおは吃氎䞋、舷偎䞊びに船底に倥しき区画を蚭け、もし砲匟これに貫通するも海氎の浞入この䞀区画を満たすに止たるように工倫しおあるのず、構想たったく同䞀の技巧ず想念ずに出おいるのでありたす。こういう䞀事をもっおしおも、この囜の持぀文明ず技術ずはいかなる祖先より䌝承せられしやをうたた驚嘆せしめられるのでありたすが、いずれにせよ、かくのごずき緻粟巧劙を極めし凜なるがゆえに、この朚凜䜜補のためには、クレテ以䞋六人の工人が昌倜兌行、その心魂の限りを尜し぀぀、なお昚幎十二月二十日以来本日たでほずんど䞉カ月有䜙の日月を費やしたのでありたす。すなわち昚幎十二月十九日前䟿を認め、二十日、ロれリむス姫逝去し、この曞翰を本日認むるたでに䞉カ月䜙りを費やしたずいうは、䞀にこの朚凜䜜補のためゆえだったのでありたす。そしおこの凜もいよいよ䞉日ばかり前に完党にでき䞊り、䟍女たちは内郚に矜根蒲団を瞫合すべく、目䞋党力を泚いでいるのでありたすが、おそらくこれも明埌日くらいにはでき䞊るでありたしょう。でき䞊れば、いよいよその日こそは䞭尉の遺骞を墓所より発掘しおこの凜に姫ずずもに移し、その翌日は圓地党垂民哀悌のうちに、いよいよ倧海に投ずる手筈ずなっおいるのでありたす。圓日党垂においおは、鐘を鳎らし、その前倜ぱフィゲニりス家党邞を挙げお盛倧なる告別祭が行わるる予定ずなっおいるのでありたす。\n 男爵倫人\n 再び長文の曞翰ずなりたしたが、これで埡身にもすべおの経緯が充分埡諒解になられたしたこずず思いたす。\n こういう事件が起りたしたなればこそ、前䟿は前䟿のたたずしお、我々はさらにここに埡身を驚かしむるべきこういう䞀぀の曞翰を远加するの已むなきに至ったのでありたす。そしおこの事件が、悲しむべきか喜ぶべきか我らをしおその垰趚に迷わせおいるず申し䞊げたした理由も、これでよくおわかりになりたしたこずず思いたす。すなわちルドりィッヒ倧尉の申したしたごずく、故䞭尉を思う姫の玔愛に至っおは、その無垢の真情、我ら䞭尉の友人ずしお、ただ感謝のほかなきものではありたすが、珟実の問題ずしお、すでに葬りたる䞭尉の墓域を発き、遺骞をあの狂瀟怒激、魔の海䞊ぞ挂わしむるこずは......そしおもし無事に故郷ぞ蟿り着いたにしたしおも、いかに什匟を熱愛せる身分高き矎姫の死䜓ずはいえ......倫人よ、埡身がか぀お面識だになき䞀個の生々しき屍䜓に、埡身をしおその凊眮を圓惑せしむるずいうこずは、我らの持぀垞識ずしおはいささか躊躇せざるを埗なかった次第なのでありたすが、すでに埡想像もお぀きになりたしたでしょうごずく、ここは毫末の䞍玔なるものなき、たったくの詩ず矎ず玔情ず倢ずの䞖界であり、かくのごずき䞖界においおは我らの持぀欧州颚の垞識なるものもたた極めお䞍玔なるべきものでありたしょう。よっお我らもたた、我らの持぀垞識をこずごずくかなぐり棄おお、この囜の詩ず矎ず玔情ず倢ずに埓いたしお、ここに䜕らの批刀もなく什匟の遺骞ずずもに、死にたで什匟に玔愛を捧げし詩ず矎の化身、ロれリむス姫の遺骞をも埡身の蚱にお送りせんずするものでありたす。そしお我らたたこの囜人の持぀玔情に埓いたしお、この二぀の屍が魔の海を無事に乗り切っお埡手蚱に届くべきを心より堅く信ぜんずするものでありたす。埡手蚱に到着いたしたしたならば、䜕卒二䜓䞀身の屍ず埡芋做し䞋さっお、什匟を玔愛せる気高き姫の䞊に枩き涙の抱擁もお快く埡受け容れ䞋さいたしお、什匟ず墓を同じうしお䞋さいたするよう、さすれば、我らの喜びはもちろん、姫の老いたる父君の感謝、そしお姫自身の感謝もたた限りなかるべきを信ずるものでありたす。" } ]
[ { "role": "system", "content": "䞋蚘の曞き盎しを持続しお、现郚にこだわった文曞を䜜成しおください。" }, { "role": "user", "content": " 和尚さんはたづ、ひずわたりお埡堂の䞭を芋たはしおから、かあツ、かあツず、おそろしく倧きな咳払ひを二぀したした。虎が二声吠えたやうなぐあひでした。お爺さんやお婆さん達の䞭には、閻魔さんをおもひ出したのか、たた、なむあみだぶ、なむあみだぶ、ずい぀お䞞い背䞭をよけい䞞くしたものがありたした。\n それから和尚さんは、ゆ぀くりず口をひらいお、\n「爺さたも婆さたも、けふはようお参りだのオ。」\nずいひたした。これがお説教のはじめでありたした。\n お説教は長く぀づきたした。和尚さんは倧きい声をはりあげお、地獄やごくらくや仏様の話をしたした。ここぞず思ふやうなずころになるず、和尚さんは、台を手でぱんぱんず叩き、二぀の目をかにのやうにむき出しお、台のすぐ䞋にゐる老人達を喰ひ぀かんばかりに倧口でしやべりたした。それからたた、仏様のこずを話すずきには「ありがたい」ずいふ蚀葉を「ありがたア――い」ず风のやうにひきのばしおきかすので、それはいかにもありがたいやうにきこえ、そのたびに老人達は念仏をずなぞたした。\n 菊次さんは、柱のかげから、こ぀そり和尚さんを芋ながら、和尚さんの話になんかだたされるものか、ずはらをきめおゐたした。和尚さんが、どんな殊勝げな顔をしお、どんなり぀ぱなこずをいはうず、それは口先だけのこずで、ほんたうの和尚さんがどんな人であるか、自分はちやんず知぀おゐる、ず菊次さんは心のうちでい぀おゐたした。\n けれど、和尚さんが、\n「嫁ず幎寄が喧嘩をするのは、のオ、爺さたや婆さた、よう聞か぀しやれ、嫁が悪いのぢやない。お前達幎寄が悪いのぢや。いくら念仏を申したずお、嫁をいぢめるやうな幎寄はごくらくぞはいけぬぞよ。」\nず説教したずきには、菊次さんも、ほんたうにさうだず思ひたした。そしお、こんな説教なら、うちの祖母さんにきかせたか぀たず思ひたした。その祖母さんは、足のわるい菊次さんのかはりに、けふは前山ぞ麊ふみに行぀おゐたのでありたす。\n それから和尚さんは、物は䜕でもだいじにしなければならない、ずいふ話もしたした。そしおこんなふうにいひたした。\n「䞀本のらふそく、䞀枚の玙、䞀滎のびん぀け油、䞀粒の米や麊の䞭にも、目には芋えねど、みな仏様がはい぀おいら぀しやるぞや。䞀枚の玙をむだにすれば、仏様をそた぀にしたこずになりたすぞや。䞀粒の米をこがせば、それだけばちがあたりたすぞや。」\n 菊次さんは、た぀たくその通りだず思ひたした。お米を螏んだ自分の足が、今も痛んでゐるのでした。だが、それにしおも、和尚さんはよくもしらじらしく、そんなこずが蚀ぞたものだ、ず菊次さんは思ひたした。――これでばちがあたらぬずはどうしたこずだらう......。\n 和尚さんの倪いくびず、あぶら汗でおかおか光る顔を芋ながら、この人は運が匷いのだ、あんな悪いこずをしお、人人の前ではこんなしらじらしい嘘をい぀お、それでゐながら、すこしもばちがあたらないのだ、だが、わしにだけばちがあた぀おこの人には䜕のずがめもないずいふのは、倩が䞍公平だ、倩のなさり方が片手萜ちだ、ず菊次さんは考ぞたのでありたした。\n もうその先きく気がなくな぀たので、菊次さんは杖をひいお家に垰りたした。\n 菊次さんは、仲間などなくお自分だけで䞍幞なめにあ぀たのだず思ふず寂しい気がしたした。そしお自分だけにばちをあたぞた倩をうらめしく思ひたした。\n 倕飯のずきに、菊次さんはずうずうがたんできなくな぀お、い぀おしたひたした。\n「こげな、あほくさいこずは、ねえだ。和尚さんもわしも同じこずをしお、わしだけ足がわるくなり、和尚さんはぎんぎんしおゐるぢやねえか。倩はち぀ずばか、目がきかねえずしか思ぞねえ。」\n それをきくず、幎ず぀たお母さんは、箞を持぀た手ず茶わんを持぀た手を二぀の膝の䞊においお、\n「お前は、䜕ずいふ心埗違ひをしおをるだ。自分が悪いこずをしおおいお、倩をうらむずいふこずがあるものかい。そんなこずをい぀お倩をうらんでを぀たずお、どうなるものでもないぞや。」\nずいひたした。\n その倜、あんどうの火を消しおから、菊次さんは、長い間、やみのなかで県をあいおゐたした。\n 菊次さんの県には黒い土が芋えおゐたした。その䞊にひず぀かみのほの癜いものが散らば぀おゐたした。それはこがした米でした。たいせ぀な米でした。\n こがした米のたがろしを芋おゐるうちに、ず぀ぜん菊次さんには、自分にだけばちのあた぀たわけがわかりたした。\n ――菊次さんは癟姓です。癟姓だからお米をずるのにどれほど苊劎がいるかを知぀おゐたす。そしお又、苊劎をしおず぀たお米がどんなにおいしいかも知぀おゐたす。぀たり米のねうち、ほんたうのねうちずいふものをよく知぀おゐたす。その菊次さんが、米を足でふみ぀けたからばちがあた぀たのです。ずころで、和尚さんは癟姓ではありたせん。口ではお米はありがたアいものだぞよ、などず説教はしおも、米を䜜぀たこずがないから、米を䜜る苊劎も、ほんたうの米のうたさも知らないのです。だから、知らずにしたこずだから、米を螏みにじ぀おも和尚さんにはばちがあたらなか぀たのでせう。......\n 菊次さんは、かうわか぀お芋るず、もう倩をうらむ気はなくなりたした。――かぞ぀お倩にお瀌をいひたいやうに思ひたした。――自分は米のねうちずいふものを知぀おゐるのです。和尚さんは人ずうたれお、米のほんたうのねうちを知らないのです。\n それならば、足がばちで痛むこずも悲しむ必芁はありたせん。これは菊次さんが米のねうちを知぀おゐる蚌拠ではありたせんか。\n「ほんたうに、すたなか぀ただ。ほんたうにすたなか぀ただ......。」\nず菊次さんは、ほの癜い米のたがろしに向か぀おわびたした。それから、び぀こをひきひき坂道を远぀かけお来お、その䞀怀の米をずどけた幎よりの癟姓にもわびたした。そしお倩にもわびたした、地にもわびたした。お母さんにもわびたした。十五幎前に死んだお父さんにもわびたした。みんなに心の䞭でわびたした。\n するず、次の朝、菊次さんは、巊足から痛みがぬけおゐるこずに気が぀きたした。ただ䞭颚の人のやうに、その足に力がはいりたせんでした。だからそちらの足はひきずりひきずり歩かねばなりたせんでした。痛みをず぀おこれだけにしおくれたこずに察しおも、菊次さんはどれほど倩にお瀌をい぀たか知れたせん。菊次さんはうたれかは぀たやうに、矎しい心にな぀おゐたのです。\n そしおその日から、幎ず぀たお母さんのかはりに、前山ぞ麊ふみに出かけお行きたした。\n\n四\n\n それからのち菊次さんは、四十幎も生きおゐたした。そのあひだにはいろいろ倉぀たこずもありたした。明治の埡維新で、今たで頭のうしろに結んでゐた䞁髷をず぀おしたひたした。たた街道をば、人を乗せお通぀たかごがなくなり、そのかはりに人力車が走るやうになりたした。けれど菊次さんが、貧しい癟姓であるこずはい぀たでもかはりたせんでした。そしお巊の足が䞍具であるこずもかはりたせんでした。\n 長い生涯を、巊足をひきずりひきずり、せ぀せず働いおだんだん幎をずり、しわがより、ずうずうある幎の五月䞉日の午埌に、菊次さんは死んだのでありたす。\n ずころで同じその日の午前に、菊次さんず瞁の深か぀た雲華寺の和尚さんも死んだのでした。和尚さんは、菊次さんが思぀たずほり運の぀よい人であ぀たず芋えお、べ぀だんび぀こにもならずに、い぀も元気で、顔をあぶら汗でおらおらさせながら、酒くさい息でお経をよんで、幎をずり、死ぬ前の晩にも䞀升二合ばかりのんで、死ぬずきは䜕の苊もなく、ころりず死んでした぀たのでありたした。\n\n さお、ここたで私は元気よく話しお来たしたが、これから先の話をするのは気がすすたないのです。あなたがたが信じおくれないだらうず思ふからでありたす。信じおくれないだけならいいが、ばかばかしくな぀お笑ひだすのぢやないかず思ふのです。しかしただ話は終぀おゐないのですから、ここでやめおしたふわけにはいかないのでありたす。\n\n ......菊次さんは歩いおをりたした。\n りやうがはに玫の菖蒲の花が咲いおゐる長い路でありたした。それはばかに長い路でありたした。菊次さんはもうずゐぶん歩いお来たやうに思ふのですが、い぀かう路が぀きるやうすもありたせん。ふりかぞ぀お芋るず、歩いお来た路は、菖蒲の玫の花にふちどられおた぀すぐに぀づき、遠くなるほど现くなり、乳色のもやの䞭に消えこんでゐたした。これから行かうずする方の路もたたさういふぐあひで、はおは乳色のもやの䞭に消えこんでゐたす。なにしろ奇劙な路であるず思ひながら、菊次さんは歩いおをりたした。\n うららかに日は照぀おゐたした。しかしお倩道さんはどこにあるかず思぀お、よく畑で仕事をしおゐお腹が空いお来たずきするやうに、菊次さんがふりあふいで芋おも、お倩道さんずいふものはどこにも芋えないのでした。そしお光だけがどこからずいふこずなく流れお来お、こころよくうららかでありたした。自分の圱を芋おも、圱らしいものがち぀ずもないのには、菊次さんもおどろかされたした。しかしかうい぀お自分を慰めながら菊次さんは歩いおゐたした、「ずころかはれば品かはる、だ。」\n 菊次さんは、ただ自分がび぀こをひいおゐるこずに気が぀きたした。そこでかうひずりごずをいひたした、「わしは死んだはずだが、死んでもび぀こなんおこたア生きおるずきからかはらないず芋える。」そしおそれは銬鹿らしいこずであるず思぀たのでありたす。\n そのうちに、はるか先の方に人圱が芋えお来たした。どうやら路ばたの石にでも腰をかけお菊次さんを埅぀おゐるやうです。道連れができればたいそういいず思぀お、菊次さんは急ぎはじめたしたので、巊足をひきずる音がやかたしくしたした。\n ちかづいお芋るず、雲華寺の和尚さんでした。和尚さんは眠さうな県で菊次さんを芋るずかういひたした\n「どうか、その蟺で氎の湧く音がしずるが、菊さ、い぀ぱい掬んで来おくれ。わしア、昚倜酒をのみすぎお、ただ頭ががんやりしおゐるんでのオ。」\n 菊次さんは、ぞい、ずい぀お、音をたよりに泉を探しにいきたした。泉のそばには、よくしやばの泉のそばにあるやうに、小さいひしやくがおいおありたした。これで芋るずこの路も旅の人間が通り、のどがかわけばこの泉でうるほしお行くのです。\n 和尚さんが氎をうたさうにのんでしたふず、二人は歩きはじめたした。\n「和尚さん、わしはさ぀きから、どうも倉だ倉だず思぀おゐるのでございたすがな。」\nず菊次さんがいひたした。\n「䜕が。」\n「どこたでい぀おも菖蒲が、かう䞡偎に生えおゐたすのむ。」\n「うん。」\n「これが、どうもわしにはふに萜ちたせんので。仏様のくにぞ行く路なら、䜕もかう菖蒲ばかり怍ゑなくおも。ち぀ずは蓮を怍ゑたらどうかず思ふのですがのむ。」\n「銬鹿なこずいふもんぢやない。」\nずい぀お和尚さんは眠いず芋えお県をずぢたした。\n「いや、ごめんなせえ。」\nず菊次はすたないやうな顔をしたした。\n しばらくするず菊次さんがたたいひたした。\n「わしは子䟛の時分から、菖蒲の花ずあやめの花ずかき぀ばたの花の区別が、どうしおも぀かんのですが、こりやどうしたもんでござりたせう。」\n「お前はいく぀たで生きおを぀た。」\n「ぞえ、䞃十䞉たで生きおをりたした。」\n「䞃十䞉。䞃十䞉幎もしやばに生きおを぀お、だね。」\n「ぞえ。」\n「それでただ菖蒲ずあやめずかき぀ばたの区別の぀かんのは、だね。」\n「ぞえ。」\n「お前が銬鹿だからだよ。」\n「ああ、さやうで。」\n こんなこずをいひ出さねばよか぀たず菊次さんは思ひたした。" }, { "role": "assistant", "content": " もうだた぀おゐようず思぀お、菊次さんは口を぀ぐんで歩きたした。菊次さんの巊足をひきずる音だけが、ばたり、ばたりずしたした。\n するず和尚さんが顔をしかめお、\n「やかたしいのオ。ち぀ず足をあげお歩けぬのかい。埃が立぀おしやうがないぜ。」\nずいひたした。\n「ぞえ、たこずにすみたせん。これでなるべくあげるやうにしおをりたすだが。」\nず菊次さんは、いたみい぀おあやたりたした。\n「これで、わしらはどこぞいくのでごぜえたせう。」\nず、しばらくしお菊次さんがたたききたした、「閻魔さんの前ぞはどうせ行くでせうな。」\n「うん。」\n「わしは、お坊さん方ずちが぀お、えらい人の前に出るず口がきけなくなりたすだ。閻魔さんの前では、ひず぀わしのために、うたいこずをい぀お貰ひたうござりたすだ。」\n「うん。たあ、できるだけうたくい぀おやらう。しかしお前は生きおるずきあたり寺参りしなか぀たらう。」\n「ぞえ。」\n「寺ぞあたりお米や銭の寄進もしなか぀たらう。」\n「ぞえ、䜕しろ貧乏で、お寺参りするやうな暇もなけりや、お寺さんにあげるやうな銭も米もなか぀たので。」\n「そんな蚀ひわけは立぀たい。」\n「たこずに申しわけありたせんだ。」\nず、菊次さんはたたあやたらねばなりたせんでした。\n「しやばでよくないこずをしたものは、や぀ぱり地獄ずやらぞ行くのでござりたすかな。」\nず、菊次さんが、しばらくしおからたたききたした。\n「そりやさうだらう。」\nず和尚さんは酒くさい息をはきながら、そ぀けなくいひたした。\n 菊次さんはそこで、しやばでしたいろいろなこずを思ひだしお芋たした。ずころが菊次さんは、米を螏みにじ぀たのをはじめずしお、悪いこずばかりを思ひ出すのでした。たずぞば、越埌から来た獅子舞ひの子䟛達にいろいろ芞圓をさせたあずで、お銭があいにくないからずいふので、そのたた远぀ぱら぀おした぀たこずだずか、畑から垰るずき土橋の䞋で猫の仔を拟぀たが、ずちゆうで、猫は生物だから物を喰べるずいふこずをおもひ出しお、たたもずの土橋の䞋ぞ捚おお来たこず、などでありたす。\n するず和尚さんも笑ひながら、自分がしやばでしたこずを思ひ出しお芋たした。しかし和尚さんはただお酒で頭ががんやりしおゐるせゐか、米を菊次さんずい぀しよに螏んだこずなどどうしおも思ひ出せたせんでした。そしおさすがにお坊さんだけあ぀お、り぀ぱな䞀生であ぀たずいふこずが、菊次さんに玍埗できたほど、和尚さんが思ひ出したのはよいこずばかりでありたした。\n これではずおも和尚さんのお䟛をしお、ごくらくずやらぞはいけたい、ず菊次さんは思぀お情けなくな぀たのでありたす。\n「菊さ、あたり足をひきずらんでくれ。埃が立぀おしやうがない。」\nずたた和尚さんはいひたした。\n「ぞえ、申しわけござりたせん。」\nず菊次さんはひたひの汗をぬぐひながらあやたりたした。\n「だが、和尚さんも片足ひきず぀おござら぀しやるだ。」\nず菊次さんは぀けたしたした。\n その通りでありたした。和尚さんもさ぀きから片足をひきず぀おをりたした。\n「さういぞば、こ぀ちの足がどうやら痛むやうだ。」\nず和尚さんは顔をしかめおいひたした。\n しばらくしお和尚さんの足の痛みはひどくな぀お来たした。\n「和尚さん、わしに負ぶさ぀お䞋さりたせ、なあに、幎はず぀おも和尚さんの䞀人や二人は負ぞたすだに。」\nず菊次さんは自分の足のこずも忘れお、和尚さんの前にしやがみたした。\n そこで和尚さんは遠慮したせんでした。菊次さんの背䞭に負はれたした。\n 菊次さんは和尚さんの重みでよろけながらすすんで行きたした。\n やがお向かふから人力車が䞀台や぀お来たのです。\n「ははあ、迎ぞにおいでなさ぀たな。うたいうたい、ゎム茪の人力車ず来おゐる。」\nず和尚さんはいひたした。\n「お迎ひに参りたした。」\nず、人力車をひいお来た男はいひたした。\n そしお、\n「五月䞉日の午埌死んだお方はどなたですか。」\nずききたした。\n「五月䞉日の午前ぢやらう。わしはたしかひるたぞに死んだやうな気がする。」\nず和尚さんがいひたした。\n「いや、五月䞉日の午埌ずきいお参りたしたが。そいぢや、雲華寺ずいふお寺の門前に䜏んでおいでにな぀たお方は?」\nず人力ひきはききたした。\n「雲華寺のお寺の䞭のこずでござりたせう。」\nず菊次さんがききかぞしたした。\n「いや、たしか、門前ずききたしたが。」\nず人力ひきはくびをかしげたした。\n「門内ずいふのを門前ずききちがぞお来たのだらう。」\nず和尚さんは、もう車にのりかけおいひたした。\n「そんなこずはない぀もりですが。」\nず人力ひきはくびを起しお反察偎ぞかしげたした。\n「も぀ずし぀かりきいお来なきや、だめぢやないか。」\nず和尚さんは人力ひきを叱り぀けお、ど぀しりず車に腰をおろしたした。\n しかたがないので、人力ひきは、ながえを持぀おひきはじめたした。\n 菊次さんは人力車のうしろからび぀こをひきながら぀いおいきたした。そしおずきどき、\n「和尚さん、足はただ痛みたすか。」\nずきくのでした。\n ずうずう、路が右ず巊ずにわかれおゐるずころに来たした。そこにたた䞀人誰か立぀おゐたした。\n 人力車がそばぞいくず、\n「癟姓の菊次ずいふのはお前さんですか?」\nず人力車の䞊の和尚さんにききたした。\n「いや、わしは雲華寺の和尚ぢや。癟姓の菊次ならうしろから぀いお来るのがそれぢや。」" } ]
[ { "role": "system", "content": "䞋蚘の曞き盎しを完成させお、印象的な文曞を䜜成しおください。" }, { "role": "user", "content": " 䌌たようなので、いっそう䞍思議に思われたのは、今床は別段郚屋が薄暗いわけでもなく、圌の顔も芋えおいお、そこぞ倉おこな、ゎチャゎチャずした鏡を立お䞊べた噚械を眮きたすず、圌の県なら県だけが、これもたた盥ほどの倧きさで、ポッカリず、私の目の前の空間に浮き出す仕掛けなのです。突然そい぀をやられた時には、悪倢でも芋おいるようで身がすくんで、殆んど生きた空もありたせんでした。ですが、皮を割っおみれば、これがやっぱり、先ほどお話しした魔法の玙幣ず同じこずで、ただたくさん凹面鏡を䜿っお、像を拡倧したものにすぎないのでした。でも、理窟の䞊ではできるものずわかっおいおも、ずいぶん費甚ず時間のかかるこずでもあり、そんなにばかばかしいたねをやっおみた人もありたせんので、いわば圌の発明ずいっおもよく、぀づけざたにそのようなものを芋せられるず、なにかこう、圌が恐ろしい魔物のようにさえ思われおくるのでありたした。\n そんなこずがあっおから、二、䞉カ月もたった時分でしたが、圌は今床は䜕を思ったのか、実隓宀を小さく区ぎっお、䞊䞋巊右を鏡の䞀枚板で匵り぀めた、俗にいう鏡の郚屋を䜜りたした。ドアも䜕もすっかり鏡なのです。圌はその䞭ぞ䞀本のロり゜クを持っお、たった䞀人で長いあいだはいっおいるずいうのです。䞀䜓なんのためにそんなたねをするのか誰にもわかりたせん。が、その䞭で圌が芋るであろう光景は倧䜓想像するこずができたす。六方を鏡で匵り぀めた郚屋のたん䞭に立おば、そこには圌のからだのあらゆる郚分が、鏡ず鏡が反射し合うために、無限の像ずなっお映るものに違いありたせん。圌の䞊䞋巊右に、圌ず同じ数限りもない人間が、りゞャりゞャず殺到する感じに違いありたせん。考えただけでもゟッずしたす。私は子䟛の時分に八幡の藪知らずの芋䞖物で、型ばかりの代物ではありたしたが、鏡の郚屋を経隓したこずがあるのです。その䞍完党極たるものでさえ、私にはどのように恐ろしく感じられたこずでしょう。それを知っおいるものですから、䞀床圌から鏡の郚屋ぞはいれず勧められた時にも、私は固く拒んで、はいろうずはしたせんでした。\n そのうちに、鏡の郚屋ぞはいるのは、圌䞀人だけではないこずがわかっおきたした。その圌のほかの人間ずいうのは、圌のお気に入りの小間䜿いでもあり、同時に圌の恋人でもあったずころの、圓時十八歳の矎しい嚘でした。圌は口癖のように、\n「あの子のたったひず぀の取柄は、からだじゅうに数限りもなく、非垞に深い濃やかな陰圱があるこずだ。色艶も悪くはないし、肌も濃やかだし、肉付きも海獣のように匟力に富んではいるが、そのどれにもたしお、あの女の矎しさは、陰圱の深さにある」\n ずいっおいた。その嚘ず䞀緒に、圌の鏡の囜に遊ぶのです。しめきった実隓宀の䞭の、それをたた区ぎった鏡の郚屋の䞭ですから、倖郚からうかがうべくもありたせんが、時ずしおは䞀時間以䞊も、圌らはそこにずじこもっおいるずいう噂を聞きたした。むろん圌が䞀人きりの堎合もたびたびあるのですが、ある時などは、鏡の郚屋ぞはいったたた、あたりにも長いあいだ物音ひず぀しないので、召䜿いが心配のあたりドアを叩いたずいいたす。するず、いきなりドアがひらいお、すっぱだかの圌䞀人が出おきお、ひずこずも物をいわないで、そのたたプむず母屋の方ぞ行っおしたったずいうような、劙な話もあるのでした。\n その頃から、もずもずあたりよくなかった圌の健康が、日䞀日ずそこなわれお行くように芋えたした。が、肉䜓が衰えるのず反比䟋に、圌の異様な病癖はたすたす募るばかりでした。圌は莫倧な費甚を投じお、さたざたの圢をした鏡を集めはじめたした。平面、凞面、凹面、波圢、筒型ず、よくもあんなに倉わった圢のものが集たったものです。広い実隓宀の䞭は、毎日か぀ぎ蟌たれる倉圢鏡で埋たっおしたうほどでした。ずころが、そればかりではありたせん。驚いたこずには、圌は広い庭の䞭倮にガラス工堎を建おはじめたのです。それは、圌独特の蚭蚈のもので、特殊の補品に぀いおは、日本では類のないほど立掟なものでありたした。技垫や職工なども、遞びに遞んで、そのためには、圌は残りの財産を党郚投げ出しおも惜しくない意気蟌みでした。\n 䞍幞にも、圌には意芋を加えおくれるような芪戚が䞀軒もなかったのです。召䜿いたちの䞭には、芋るに芋かねお意芋めいたこずを蚀う者もありたしたが、そんなこずがあれば、すぐさたお払い箱で、残っおいる者共は、ただもう法倖に高い絊金目圓おの、さもしい連䞭ばかりでした。この堎合、圌に取っおは倩にも地にも、たった䞀人の友人である私ずしおは、なんずか圌をなだめお、この暎挙をずめなければならなかったのですが、むろん幟床ずなくそれは詊みたのですが、いっかな狂気の圌の耳には入らず、それに事柄が別段悪事ずいうのではなく、圌自身の財産を、圌が勝手に䜿うのであっおみれば、ほかにどう分別の぀けようもないのでした。私はただもう、ハラハラしながら、日に日に消え行く圌の財産ず、圌の呜ずを、眺めおいるほかはないのでした。\n そんなわけで、私はその頃から、かなり足繁く圌の家に出入りするようになりたした。せめおは圌の行動を、監芖なりずもしおいようずいう心持だったのです。埓っお、圌の実隓宀の䞭で、目たぐるしく倉化する圌の魔術を、芋たいずしおも芋ないわけには行きたせんでした。それは実に驚くべき怪奇ず幻想の䞖界でありたした。圌の病癖が頂䞊に達するず共に、圌の䞍思議な倩才もたた、残るずころなく発揮されたのでありたしょう。走銬灯のように移り倉わる、それがこずごずくこの䞖のものではないずころの、怪しくも矎しい光景、私はその圓時の芋聞を、どのような蚀葉で圢容すればよいのでしょう。\n 倖郚から買入れた鏡ず、それで足らぬずころや、ほかでは仕入れるこずのできない圢のものは、圌自身の工堎で補造した鏡によっお補い、圌の倢想は次から次ぞず実珟されお行くのでした。ある時は圌の銖ばかりが、胎ばかりが、或いは足ばかりが、実隓宀の空䞭を挂っおいる光景です。それは蚀うたでもなく、巚倧な平面鏡を宀䞀杯に斜めに匵り぀めお、その䞀郚に穎をあけ、そこから銖や手足を出しおいる、あの手品垫の垞套手段にすぎないのですけれど、それを行なう本人が手品垫ではなくお、病的なきたじめな私の友だちなのですから、異垞の感にうたれないではいられたせん。ある時は郚屋党䜓が、凹面鏡、凞面鏡、波型鏡、筒型鏡の措氎です。その䞭倮で螊り狂う圌の姿は、或いは巚倧に、或いは埮小に、或いは现長く、或いは平べったく、或いは曲がりくねり、或いは胎ばかりが、或いは銖の䞋に銖が぀ながり、或いはひず぀の顔に県が四぀でき、或いは唇が䞊䞋に無限に延び、或いは瞮み、その圱がたた互に反埩し、亀錯しお、玛然雑然、たるで狂人の幻想です。\n ある時は郚屋党䜓が巚倧なる䞇華鏡です。からくり仕掛けで、カタリカタリず廻る、数十尺の鏡の䞉角筒の䞭に、花屋の店をからにしお集めおきた、千玫䞇玅が、阿片の倢のように、花匁䞀枚の倧きさが畳䞀畳にも映っおそれが䜕千䜕䞇ずなく、五色の虹ずなり、極地のオヌロラずなっお、芋る者の䞖界を芆い぀くす。その䞭で、倧入道の圌の裞䜓が月の衚面のような、巚倧な毛穎を芋せお躍り狂うのです。\n そのほか皮々雑倚の、それ以䞊であっおも、決しおそれ以䞋ではないずころの、恐るべき魔術、それを芋た刹那、人間は気絶し、盲目ずなったであろうほどの、魔界の矎、私にはそれをお䌝えする力もありたせんし、たたたずえ今お話ししおみたずころで、どうたあ信じおいただけたしょう。\n そしお、そんな狂乱状態が぀づいたあずで、぀いに悲しむべき砎滅がやっおきたのです。私の最も芪しい友だちであった圌は、ずうずう本ものの気ちがいになっおしたったのです。これたでずおも、圌の所業は決しお正気の沙汰ずは思われたせんでした。しかし、そんな狂態を挔じながらも、圌は䞀日の倚くの時間を垞人のごずく過ごしたした。読曞もすれば、痩せさらがうた肉䜓を駆䜿しお、ガラス工堎の監督指揮にも圓たり、私ず䌚えば、昔ながらの圌の䞍可思議なる唯矎思想を語るのに、なんのさしさわりもないのでした。それが、あのような無慙な終末をずげようずは、どうしお予想するこずができたしょう。おそらく、これは圌の身うちに巣食っおいた悪魔の所業か、そうでなければ、あたりにも魔界の矎に耜溺した圌に察する、神の怒りででもあったのでしょうか。\n ある朝、私は圌の所からの䜿いのものに、あわただしく叩き起こされたのです。\n「倧ぞんです。奥様が、すぐにおいでくださいたすようにずおっしゃいたした」\n「倧ぞん? どうしたのだ」\n「私どもにはわかりたせんのです。ずもかく、倧急ぎでいらしっおいただけたせんでしょうか」\n 䜿いの者ず私ずは、双方ずも、もう青ざめおしたっお、早口にそんな問答をくり返すず、私は取るものも取りあえず、圌の屋敷ぞず駈け぀けたした。堎所はやっぱり実隓宀です。飛び蟌むように䞭ぞはいるず、そこには、今では奥様ず呌ばれおいる圌の愛人の小間䜿いをはじめ、数人の召䜿いたちが、あっけに取られた圢で、立ちすくんだたた、ひず぀の劙な物䜓を芋぀めおいるのでした。" }, { "role": "assistant", "content": " その物䜓ずいうのは、玉乗りの玉をもう䞀ずたわり倧きくしたようなもので、倖郚には䞀面に垃が匵り぀められ、それが広々ず取り片づけられた実隓宀の䞭を、生あるもののように、右に巊にころがり廻っおいるのです。そしお、もっず気味わるいのは、倚分その内郚からでしょう、動物のずも人間のずも぀かぬ笑い声のような唞りが、シュヌシュヌず響いおいるのでした。\n「䞀䜓どうしたずいうのです」\n 私はかの小間䜿いをずらえお、先ずこう尋ねるほかはありたせんでした。\n「さっぱりわかりたせんの。なんだか䞭にいるのは旊那様ではないかず思うのですけれど、こんな倧きな玉がい぀の間にできたのか、思いもかけぬこずですし、それに手を぀けようにも、気味がわるくお......さっきから䜕床も呌んでみたのですけれど、䞭から劙な笑い声しか戻っおこないのですもの」\n その答えを聞くず、私はいきなり玉に近づいお、声の掩れおくる箇所を調べたした。そしお、ころがる玉の衚面に、二぀䞉぀の小さな空気抜きずも芋える穎を芋぀けるのは、わけのないこずでした。で、その穎のひず぀に県を圓おお怖わごわ玉の内郚を芗いお芋たのですが、䞭には䜕か劙に県をさすような光が、ギラギラしおいるばかりで、人のうごめくけはいず、無気味な、狂気めいた笑い声が聞こえおくるほかには、少しも、様子がわかりたせん。そこから二、䞉床圌の名を呌んでもみたしたけれど、盞手は人間なのか、それずも人間でないほかの者なのか、いっこうに手ごたえがないのです。\n ずころが、そうしおしばらくのあいだ、ころがる玉を眺めおいるうちに、ふずその衚面の䞀カ所に、劙な四角の切りくわせができおいるのを発芋したした。それがどうやら、玉の䞭ぞはいる扉らしく、抌せばガタガタ音はするのですけれど、取手も䜕もないために、ひらくこずができたせん。なおよく芋れば、取手の跡らしく、金物の穎が残っおいたす。これは、ひょっずしたら、人間が䞭ぞはいったあずで、どうかしお取手が抜け萜ちお、そずからも、䞭からも、扉がひらかぬようになったのではあるたいか。ずするず、この男はひず晩じゅう玉の䞭にずじこめられおいたこずになるのでした。では、その蟺に取手が萜ちおいたいかず、あたりを芋廻したすず、もう私の予想通りに違いなかったこずには、郚屋の䞀方の隅に䞞い金具が萜ちおいお、それを今の金物の穎にあおおみれば、寞法はきっちりず合うのです。しかし困ったこずには、柄が折れおしたっおいお、今さら穎に差し蟌んでみたずころで、扉がひらくはずもないのでした。\n でも、それにしおもおかしいのは、䞭にずじこめられた人が、助けを呌びもしないで、ただゲラゲラ笑っおいるこずでした。\n「もしや」\n 私はある事に気づいお、思わず青くなりたした。もう䜕を考える䜙裕もありたせん。ただこの玉をぶちこわす䞀方です。そしお、ずもかくも䞭の人間を助け出すほかはないのです。\n 私はいきなり工堎に駈け぀けお、倧ハンマヌを拟うず、元の郚屋に匕き返し、玉を目がけお勢いこめおたたき぀けたした。ず、驚いたこずには、内郚は厚いガラスでできおいたず芋え、ガチャンず、恐ろしい音ず共に、おびただしい砎片に、割れくずれおしたいたした。\n そしお、その䞭から這いだしおきたのは、たぎれもない私の友だちの圌だったのです。もしやず思っおいたのが、やっぱりそうだったのです。それにしおも、人間の盞奜が、僅か䞀日のあいだに、あのようにも倉わるものでしょうか。きのうたでは、衰えおこそいたしたけれど、どちらかずいえば、神経質に匕き締たった顔で、ちょっず芋るず怖いほどでしたのが、今はたるで死人の盞奜のように、顔面のすべおの筋がたるんでしたい、匕っかき廻したように乱れた髪の毛、血走っおいながら、異様に空ろな県、そしお口をだらしなくひらいお、ゲラゲラず笑っおいる姿は、二た目ず芋られたものではないのです。それは、あのように圌の寵愛を受けおいた、かの小間䜿いさえもが、恐れをなしお、飛びのいたほどでありたした。\n いうたでもなく、圌は発狂しおいたのです。しかし、䜕が圌を発狂させたのでありたしょう、玉の䞭にずじこめられたくらいで、気の狂う男ずも芋えたせん。それに第䞀、あの倉おこな玉は、䞀䜓党䜓なんの道具なのか、どうしお圌がその䞭ぞはいっおいたのか。玉のこずは、そこにいた誰もが知らぬずいうのですから、おそらく圌が工堎に呜じお秘密にこしらえさせたものでありたしょうが、圌はたあ、この玉乗りのガラス玉を、䞀䜓どうする぀もりだったのでしょうか。\n 郚屋の䞭をうろうろしながら、笑い぀づける圌、やっず気を取り盎しお、涙ながらに、その袖を捉える女、その異様な興奮の䞭ぞ、ヒョッコリ出勀しおきたのは、ガラス工堎の技垫でした。私はその技垫をずらえお圌の面喰らうのも構わずに、矢぀ぎ早やの質問をあびせたした。そしお、ヘドモドしながら圌の答えたずころを芁玄したすず、぀たりこういう次第だったのです。\n 技垫は倧分以前から、䞉分ほどの厚みを持った、盎埄四尺ほどの、䞭空のガラス玉を䜜るこずを呜じられ、秘密のうちに䜜業を急いで、それがゆうべ遅くやっずできあがったのでした。技垫たちはもちろんその甚途を知るべくもありたせんが、玉の倖偎に氎銀を塗っお、その内偎を䞀面の鏡にするこず、内郚には数カ所に匷い光の小電灯を装眮し、玉の䞀カ所に人の出入りできるほどの扉を蚭けるこず、ずいうような䞍思議な呜什に埓っお、その通りのものを䜜ったのです。できあがるず、倜䞭にそれを実隓宀に運び、小電灯のコヌドには宀内灯の線を連結しお、それを䞻人に匕き枡したたた垰宅したのだず申したす。それ以䞊のこずは、技垫にはたるでわからないのでした。\n 私は技垫を垰し、狂人は召䜿いたちに看護を頌んでおいお、その蟺に散乱した䞍思議なガラス玉の砎片を眺めながら、どうかしお、この異様な出来事の謎を解こうず悶えたした。長いあいだ、ガラス玉ずの睚めっこでした。が、やがお、ふず気づいたのは、圌は、圌の智力の及ぶ限りの鏡装眮を詊み぀くし、楜しみ぀くしお、最埌に、このガラス玉を考案したのではあるたいか。そしお、自からその䞭にはいっお、そこに映るであろう䞍思議な圱像を、眺めようず詊みたのではあるたいかずいうこずでした。\n が、圌が䜕故発狂しなければならなかったか。いや、それよりも、圌はガラス玉の内郚で䜕を芋たか。䞀䜓党䜓、䜕を芋たのか。そこたで考えた私は、その刹那、脊髄の䞭心を、氷の棒で貫かれた感じで、その、䞖の垞ならぬ恐怖のために、心の臓たで冷たくなるのを芚えたした。圌はガラス玉の䞭にはいっお、ギラギラした小電灯の光で、圌自身の圱像をひず目芋るなり、発狂したのか、それずもたた、玉の䞭を逃げ出そうずしお、誀たっお扉の取手を折り、出るに出られず、狭い球䜓の䞭で死の苊しみをもがきながら、぀いに発狂したのか、そのいずれかではなかったでしょうか。では、䜕物がそれほどたでに圌を恐怖せしめたのか。\n それは、到底人間の想像を蚱さぬずころです。球䜓の鏡の䞭心にはいった人が、か぀お䞀人だっおこの䞖にあったでしょうか。その球壁に、どのような圱が映るものか、物理孊者ずお、これを算出するこずは䞍可胜でありたしょう。それは、ひょっずしたら、われわれには、倢想するこずも蚱されぬ、恐怖ず戊慄の人倖境ではなかったのでしょうか。䞖にも恐るべき悪魔の䞖界ではなかったのでしょうか。そこには圌の姿が圌ずしおは映らないで、もっず別のもの、それがどんな圢盞を瀺したかは想像のほかですけれども、ずもかく、人間を発狂させないではおかぬほどの、あるものが、圌の限界、圌の宇宙を芆い぀くしお映し出されたのではありたすたいか。" } ]
[ { "role": "system", "content": "䞋蚘の曞き盎しを継続しお、完璧な文曞を䜜成しおください。" }, { "role": "user", "content": " 音楜は芚えたし、振付けも出来あがりたしたが、ただ䞀番肝心なものが残っおいたす。それは、蝶々さん、マダム䞉浊の蝶々さんをどういう颚にやったらよいか、難しくいいたすず蝶々さんの性栌描写ですが、これをはっきりずあらわしたせんず、仏造っお魂入れずで、魂のない歌劇ならやらない方が気が利いおいる。歌劇だけでなしに、䞀般の歌もそうですが、魂のない歌ならうたう必芁がないのです。そこで今床は蝶々さんの性栌描写を考えたした結果、第䞀幕では十五歳の子䟛ッぜい蝶々さんを、第二幕第䞀堎では十八歳の蝶々さんが倫の垰りを埅぀こたやかな愛情を、そしお最埌の第二幕第二堎では、愛児ず別れお自害する蝶々さんの子別れの悲しみず、母性愛を珟すように工倫しお、貞淑で愛情のこたやかな日本婊人の矎点を欧米の人々にお知らせするこずも考えたした。\n しかしこれはあくたでも気持ちの問題でありたしお、もずもず倖囜人が想像で物語を曞き、それを倖囜人がずころどころに日本音楜のメロディを取入れお、倩才の頭から流れ出る音楜を䜜曲したものですから、私がいくら気匵っお、玔日本匏にやっおも、それはオペラ党䜓ずしっくり合いたせん。日本人の気持ちず姿をオペラに調和させねばなりたせん。そこで䟋えば、垯も䞞垯を日本颚にしめるず西掋人にはセムシに芋えるずいうので、平たくむすぶずか、結婚の匏堎も原䜜では庭の芝生の䞊でやり䞉䞉九床の盃などはもちろんありたせんが、これは出来るだけ日本の颚俗習慣を玹介したいず思っお、蝶々さんの匏服に癜いりチカケを着お䞉䞉九床の盃をするずか、いろいろず工倫いたしたした。\n こんな颚にいろいろ苊心しお䞀通り出来䞊がりたしたので、今床は歌の仕䞊げにかかりたした。毎日のようにオペラハりスに行っお、䌎奏を぀けお緎習いたしたしたが、普通誰でもオペラの緎習の時は小さな声でうたわないず声を぀ぶしおしたうものですが、私はい぀もフルノォむス、即ちありったけの力を出しお粟䞀杯に、本圓のステヌゞ同様にうたいたした。それを聎いおロヌゞンが心配しお、今からそんなに声を出すず本圓のステヌゞに出た時に声が出なくなるから、緎習の時はもっず小さい声でおうたいなさい、ず泚意しおくれるのです。それで私も小声でうたい出すのですが、うたっおいるうちに心が入っお、い぀の間にかフルノォむスになっお、本圓のステヌゞでうたっおいるようになっおしたいたした。\n こんな颚に緎習を積んでいるうちに五月䞉十䞀日の私の初舞台の日が参りたした。\n\n\n五 「お蝶倫人」初舞台\n\n 日本のプリマドンナが、日本を題材にした「お蝶倫人」をロンドンで初めおやる、ずいうので非垞なセンセヌションを起し、䞀九䞀五幎(倧正四幎)五月䞉十䞀日のロンドン・オペラハりスは超満員でした。私の盞手圹、米囜海軍士官ピンカヌトンになるテナヌはパリのグランドオペラのラフィット、米囜領事シャヌプレスになるのはゞュリアン・キムベル、女䞭お鈎になるアルトはむダ・サガヌルが䞻圹で幕があきたした。私は粟䞀杯の力を出しお䞀生懞呜うたいたした。私が工倫した、十五歳の初々しい蝶々さんになっお、私が工倫した通りにお芝居をしたした。第䞀幕は枈みたした。オペラハりスが割れるような倧きな倧きな拍手を济びたした。\n 第二幕第䞀堎があきたした。十八歳の新劻蝶々さんは、恋しい倫ピンカヌトンはきっず垰っお来るず、自信をもっお「お蝶倫人」の䞭で䞀番有名な詠唱「或る晎れた日に」をうたいたした。\n オペラは進行いたしたす。米囜領事のシャヌプレスが、ピンカヌトンの手玙を持っお蚪ねお来たす。だが蝶々さんのピンカヌトンに察するこたやかな愛情を知った領事は、ピンカヌトンが本囜で結婚したずいう知らせを告げるに忍びず、そのたた垰りたす。\n そこぞお鈎が、呚旋人の五郎が蝶々さんの愛児の悪口を觊れたわるのを怒っお、五郎を匕匵っお来たす。蝶々さんは我子の悪口を云われたので床の間の刀を抜いお五郎を远いかけたす。\n\n\n蝶々さん「もう䞀床いっお埡芧\n (お鈎は子䟛を連れお奥に入る)\n行け\n (五郎は逃げおゆく、蝶々さんは刀を拟いあげながら子䟛のこずを思い出す)\n可愛いい坊やよ\nただ䞀人のたな児よ\nああ、今に汝がために遠くから\n坊やの仇打ちに垰っおくるわ\n\n\nず、ここで、ピンカヌトンが乗っおいる軍艊リンカヌン号の、長厎入枯の合図の倧砲が䞀発なるのです。で、私がこのくだりをうたい終るず、同時に倧砲がドヌンずなりたした。続いおたた䞀発倧きくドヌンず鳎りたした。おやッず思いたしたが、なにかの間違いだず思っお、そのたた私はうたい぀づけたした。望遠鏡で長厎の枯を芋ながら、\n\n\n蝶々さん「癜い星!アメリカの旗のしるしよ\n あら!錚をおろしおいるわ\n\n" }, { "role": "assistant", "content": " するずドヌン、ドヌンず釣瓶打ちに倧砲の音がしはじめ、客垭がざわめき、芳客が垭をたち始めたした。けれど私は晎れの初舞台ですから、そんなこずに頓着せず、䞀生懞呜にうたいたした。\n\n\n蝶々さん「――あの方は垰ったわ\n みんながいっおたわ\n 垰らぬ人を私が埅぀ず\n 今こそ恋に勝ったのよ\n 今こそはあの方は来たわ\n\n\n ここでお鈎ず䞀緒に庭に出お、桜の朚をゆすぶっお「この桜をゆすっお、花の雚を身に济びお」ずうたうためにお鈎の方を向くず、お鈎がいないじゃありたせんか、どうしたのかしらず思ったずたん、たたも激しくドヌン、ドヌンず倧砲の釣瓶打ちで、客垭もからっぜ、オヌケストラボックスもからっぜ、広い舞台に私䞀人しかいない。こりゃ倉だず思った時、誰かが「マダム䞉浊、早く逃げないず殺される!」ず叫んでいる声が聞こえたした。\n ドむツのツェッペリン飛行船のロンドン初空襲だったのです。\n 私の初舞台にロンドンの初空襲、私は「お蝶倫人」初挔も出来たのだ。声楜家ずしおの䞀生の念願が叶ったのだから、晎れの初舞台で死ぬのなら、芞術家の本望だず思いたしたが、がらんずしたオペラハりスの䞭に、たった䞀人取残されおみるず急に怖くなっお楜屋に逃げ蟌み、フト窓から空を芋るず、ツェッペリン飛行船がサヌチラむトを济びお、たるでダむダモンドのブロヌチのように暗空に光っおいたす。そのたわりを高射砲の匟が砎裂するのがピカッ、ピカッず光りたす。ツェッペリンは悠然ず向こうぞ飛んで行きたす。オペラハりスのすぐそばに高射砲の陣地があるので、倧砲の音が耳蚱でいたしたす。向こうは空襲で倧火事が起きおいたす。生たれお始めお芋る空襲、恐さも恐かったが、芋事なこずも芋事で、䞡囜の川開きの花火を芋物した時より䜕十倍の綺麗さでした。しかし、ロンドンのように石や煉瓊で出来おいる家が、爆匟のためにあのような倧火事になるのだから、朚で造ったお家ばっかりの日本が、もしも空襲されたら倧倉で、東京は䞀晩のうちに焌野原にされおしたうだろうず考えたしたら、怖しくお胞がドキドキいたしたした。\n 䞍幞にも、私のその時の心配が䞉十幎埌に本圓になっお、東京も倧阪も名叀屋も焌野原になっおしたいたした。私の麹町の家も去幎の五月二十五日に䞞焌けになりたしたが、私は山䞭湖畔に疎開しおいたしたので、私の宝物の「お蝶倫人」のお振袖も、楜譜も、みんな無事でした。そしお私も、空襲で恐い思いをしたのは二床ですみたした。最初がこの「お蝶倫人」の初舞台の日の空襲、最埌が去幎の䞃月十二日の空襲の時でした。\n この時は日比谷公䌚堂で「音楜五十幎史」の挔奏䌚に出お䞋さいず頌たれたしたが、東京ぞ行っおも麹町のお家はないし、垝囜ホテルに泊たるのは恐いのでどうしようかず困っおいたすず、この挔奏䌚を䞻催する吉本明光さんが、僕の家は倚摩川のそばで、空襲があっおも安党な所だから、僕の家にお泊りなさいずおっしゃったので、山䞭湖畔から混雑する汜車や電車を、䜕床も䜕床も乗換えお吉本さんのお家ぞ行きたした。尟山台ずいう所で倚摩川はすぐそばだし、たわりに森や畑があっお景色もいいし、ここなら安党だず安心しおお泊りしたら、その倜䞭に倧空襲、倚摩川の向うでサヌチラむトを照らすず、B29が銀色に光る。高射砲はドンドン打぀、そのうちドロヌン、ドロヌンず爆匟の音がする。そのたんびにお家がビクビク震え今にも頭の䞊に爆匟が萜ちそうで、呜が瞮たるほど怖い思いをしたしたが、ロンドンの時ず同じ、別に怪我もせず無事だったのでホッずいたしたした。\n 䜙談に流れたしたが、私の「お蝶倫人」の初舞台はロンドンの初空襲のためその晩は二幕目の半分でおしたい、私は䞉浊ず二人で闇の䞭をはだしで歩いお䞋宿たで逃げ垰りたした。電車も自動車も、䞀切の亀通機関が止っおしたい、銎れぬ真暗なロンドンの闇の街を歩いおいるうちに、ハむヒヌルの靎をはいおいたので足が痛くお歩けなくなったので、ハむヒヌルを脱いではだしで歩いたのでした。\n しかし私の「お蝶倫人」は倧倉な評刀をずり、むギリス䞭の新聞に曞きたおられ、特にロンドン・タむムスは「ワンダフル・シンガヌ」だず耒めお䞋さったので、私の「お蝶倫人」は海を枡っおニュヌペヌクの新聞たでが曞きたおる隒ぎになり、ロンドン・オペラハりスの出挔も五回の玄束が十五回も出おロンドンでのレコヌドを䜜りたした。そのうち、䞖界䞀のオペラハりス、ニュヌペヌクのメトロポリタン・オペラハりスのマネヌゞャヌのラビノフから電報で、アメリカぞ来おうたえず旅費䞀千ドルを送っお来たした。私はどうしたものかず䞉浊ず盞談したした。䞉浊はロンドン倧孊で勉匷しおいたしたが、その頃は毎晩十䞀時過ぎになるず決っおツェッペリンが空襲に来るので、萜付いお勉匷も出来ないし、それに空襲で怪我をしたり死んだりしおは぀たらないので、二人でニュヌペヌクぞ行くこずにきめたのでした。\n\n\n六 䞖界無比の「蝶々」さん\n\n 䞉浊ず私を乗せたお船は、ドむツの朜氎艊の出没する倧西掋を無事に枡っおニュヌペヌクに着きたしたので、䞉浊も私も、やれやれこれで助かったずほっずいたしたした。\n 私は朜氎艊が怖しかったのではなく、生れ぀きお船に倧倉匱いので、お船に酔っお、小間物屋の開店のしどうしで、それに匱ったのです。䞉浊も船酔で青瓢箪みたいに真青な顔をしながら、二人で䞊陞するず、いや倧倉な隒ぎなんでびっくりしおしたいたした。ニュヌペヌクにいらっしゃる日本人が総出でお出迎いしお䞋さったのです。始め私はどなたか、日本から偉い方が私どもの乗っお来たお船でおいでになっお、そのお出迎えかず思っおいたしたら、皆さん私を迎えに来お䞋さったのでした。お出迎いの䞭村総領事からお話を䌺いたしたら、実はロンドンの井䞊倧䜿から、この船で䞉浊環がニュヌペヌクに着くから、圚留日本人総出で出迎えをするように、䞉浊環はロンドンのアルバヌト・ホヌルでキングやクむンの埡前挔奏をした䞊、歌劇「お蝶倫人」をうたっお、日本の囜嚁を非垞に高めた囜賓的な倧音楜家だ、䞉浊環の歌は日本の倧公䜿が䜕人束になっおもかなわぬほど、囜民倖亀の嚁力を持っおいるから、非垞に䞁寧に埅遇をするように、ずいう蚓什が電報で来たので、ニュヌペヌクにいる日本人党郚を誘っお出迎いに来た、ずおっしゃいたした。私は井䞊倧䜿のお心尜しの有難さに思わず泣いお、そしおお出迎い䞋さった皆様に心からお瀌を申䞊げたした。\n そこぞ䞖界䞀のオペラ劇堎、ニュヌペヌクのメトロポリタンのマネヌゞャヌのマックス・ラビノフが、私の䌎奏をするピアニストを始め倧勢の方ず䞀緒にやっお参りたしお、めいめい私の手にキッスしお挚拶をしたした。それを芋おお出迎い䞋さった䞭村総領事を始め、日本の皆様もラビノフにならっお、私の手にキッスをしお䞋さいたしたが、なかにはいやいやながらキッスをされた方もあったようです。䜕しろ日本では今もっお芞術家はちっずも尊敬されたせんが、欧米では芞術家は倧倉尊敬され、殊にアメリカでは女が尊敬される囜ですから、私はアメリカ人から二重に尊敬され、それをアメリカにいるお぀き合から、日本人もいやいやながら、圢だけは音楜家䞉浊環を尊敬しお䞋さったのでした。そしお新聞にも、日本のプリマドンナ・マダム・タマキ・ミりラ以䞋誰々がアメリカに䞊陞した、ず報道されたしたので、以䞋誰々にされたお圹人や偉い人達の䞭には、䞉浊環は女の癖に生意気だ、ず思った方があったらしいのです。けれど新聞蚘事は私が曞いた蚳ではないから、私にそういわれおも困るのです。\n それはさおおき、このお出迎いの埡挚拶が䞀通り枈むず、マネヌゞャヌが私に耳打ちをするのでした。\n「あなたの傍にいるチョビ髭をはやしおいる玳士があなたの倫のドクタヌ・ミりラですか?あの錻の䞋の髭は至急剃り萜しおしたうように、あなたから呜什しおいただきたい。アメリカではあんな髭をはやしおいるのは黒ン坊ばっかりだから、あの髭はあなたの人気に拘わりたす。それからドクタヌ・ミりラには甚だお気の毒だが、あなたが倖出する時に、決しお䞀緒に歩かぬようにしお頂きたい、これもあなたの人気に拘わる倧問題です。もう䞀぀あなたは垞に日本のキモノを着お居お䞋さい」\n 私はマネヌゞャヌが䞉浊のこずにたで干枉するのはうるさい、迷惑千䞇なこずだず思いたしたが、契玄をした以䞊は契玄期間はマネヌゞャヌのいう通りにするより他に仕方がないず思っお、みんな承諟しお䞉浊にも蚳を話しお承知しお貰いたした。\n このマネヌゞャヌのラビノフは非垞に利口な人物で、茿論の囜アメリカにおける私の名声に、ちょっずでも傷が぀くず倧倉だ、それにはニュヌペヌクで私の声を聞かせ、䞇䞀悪評でも立぀ずいけないからずいうので、波止堎から真盎ぐ停車堎に぀れお行っお、私をシカゎぞ行く急行列車「二十䞖玀」に乗せおしたいたした。私は「二十䞖玀」が走り出しおびっくりしおしたいたした。速いの速くないのっお、本圓に目がたわりそうになりたした。もずもず乗物には匱いずころぞ、船酔がやっず癒ったず思ったら、今床は目のたわりそうな速さで、十分ずたたぬうちに気持ちが悪くなっお来たした。そんなこずにお構いなしで、この列車のサヌビスは誠に至れり尜せりで、私のコンパヌトメントには女䞭がしょっちゅう甚をききに来る、マヌキュアヌ・ガヌルがやっお来る。けれど私は気持が悪くお爪磚きなぞうわの空でした。するずマネヌゞャヌが心配しお、どうしたしたか、ず尋ねたしたので、私が汜車に酔ったこずを話したすず早速寝台車のベッドを甚意しおくれたしたので、私はやっずほっずいたしたした。それ以来私はアメリカではい぀も寝台車に乗るようになりたした。\n ニュヌペヌクからシカゎたで「二十䞖玀」で䞀晩かかるのですが、食事は食堂車でやり、寝台車には運ばないこずになっおいたのですが、食堂車に行く元気はなし、さりずお絶食したんでは声に障るずいけないずいうので、私だけ特別に寝台車に食事を運んで貰い、やっずシカゎに着きたした。\n シカゎに着くず、すぐシカゎ第䞀のホテルであるオヌディトリアム・ホテルに萜付きたした。私はそのロビヌを芋おびっくりしたした。たるで銀座通りみたいに沢山の人々が埀来しおいるのです。私は二郚屋から出来おいる立掟なコンパヌトメントに入っお着物を着換えおいたすず、マネヌゞャヌがミセス・マドンずいう、癜い髪の、英囜匏教逊を持぀アメリカ婊人を私のコンパニオンに぀けおくれたした。私のお぀きの小間䜿なのです。\n 䞀䌑みしたいほど疲れおいたしたが、それは蚱されたせんでした。シカゎの垂長を始め瀟亀界、音楜界の名士、雑誌、新聞蚘者等を招いた、日本の蝶々さんをアメリカに玹介するパアティの時間が私を埅っおいるのでした。私はホテルの倧食堂に参りたした、長い長いテヌブルに、倧勢のお客様がいらっしゃる。今床の戊争の始たる前にアメリカに行った来栖倧䜿は、その頃シカゎの総領事をしおおられたしたが、来栖さん埡倫劻もおいでになっおいたした。私はこんな倧勢のお客様を、私が䞻人圹になっお倧宎䌚をしたのはこの時が始めおだったので、嬉しいのず、どうしたらお客様がお歓びになっお䞋さるか、そのお盞手のしように心配やらで、胞がわくわくいたしたした。その䞊新聞蚘者は私にいろいろず質問する、そのお返事もなかなか難しいのです。私が困るずマネヌゞャヌが助け船を出しおくれたので、宎䌚は倧成功に終りたしたが、その垭䞊でアメリカの流行語を知らないために倧瞮尻をしたこずでありたした。それは前もっおマネヌゞャヌが私に、新聞蚘者はいろんなこずをずけずけ蚊ねるが、その質問のうちたった䞀぀だけは本圓のこずをいっおはいけたせん。たった䞀぀だけのこずずは、新聞蚘者はきっずあなたの幎霢を尋ねるでしょう。その時あなたは䞉十二才ですず正盎にいっおはいけたせん。芞術家はい぀でもスプリング・チキンのようでなければいけたせんからず、いわれたのです。果しお宎䌚の垭䞊で新聞蚘者が私の幎霢を尋ねたしたので、私はスプリング・チキンでございたすず答えたした。するずマネヌゞャヌが苊い顔をしお私の方をにらむじゃありたせんか。埌でわかりたしたが、スプリング・チキンずいう蚀葉はストリヌト・ガヌルずいうアメリカの俗語で、宎䌚の垭䞊でレディが喋っおはいけない蚀葉だったんです。もう䞀぀、これは宎䌚の垭䞊ではありたせんが、マネヌゞャヌが垰りがけにい぀も、I see you later ずいうのです。私は文字どおり解釈しお、たた埌で来るものず思い、埅っおいるずい぀たで埅っおいおも来たせん。い぀も埅ち呆けを喰わされたした。これも流行語で「さようなら」のかわりに䜿っおいたのでした。生きた蚀葉、殊に流行語は銎れない旅行者にずっお倧倉難しいものだず぀くづく思いたした。" } ]
[ { "role": "system", "content": "䞋蚘の曞き盎しを維持しお、玠晎らしい文曞を䜜成しおください。" }, { "role": "user", "content": " がたがたず再び机や腰掛の鳎る音の暗い家の䞭から聞えた時は、もう五十分の授業の枈んだ時であ぀た。生埒は我も我もず先を争うお明い凊ぞ飛び出しお来た。が、其の儘家ぞ垰るでもなく、幎長の子䟛等は其凊歀凊に立぀お䜕かひそひそ話し合぀おゐた。門の倖たで出お来お、『お力い、お力い。』ず䜓を屈めねばならぬ皋の高い声を出しお友達を呌んでゐる女の子もあ぀た。\n 教垫達は五人も六人も玄関から出お来お、亀る亀る裏手の䟿所ぞ通぀た。其の䞭には雀郚もゐた、倚吉もゐた。倚吉は倧きい欠呻をしながら出お来お、笑ひながら其凊蟺にゐる生埒共を芋廻した。倚くは手織の麻か盲目地の無尻に同じ股匕を穿いたそれ等の服装は、圌の教ぞおゐるS村の子䟛ずさしたる違ひはなか぀た。それでも「汜車に遠い村の子䟛」ずいふ感じは䜕凊ずなく珟れおゐた。生埒の方でも目匕き袖匕きしお歀の名も知らぬ若い教垫を眺めた。\n『おいおい。』さう蚀ひながら倚吉は子䟛等の矀に近づいお行぀た。『お前達は善い先生を持぀お幞犏だね。』\n 子䟛等は互ひに目を芋合぀お返事を譲぀た。前の方にゐたのは逃げるやうに皆の埌ぞ廻぀た。\n『お前達は䜕を䞀番芋たいず思぀おる?』倚吉はたた蚀぀た。\n それにも返事はなか぀た。\n『䜕か芋たいず思぀おる物があるだらう?.........誰も返事をしないのか? はははは。T――村の生埒は石地蔵みたいな奎ばかりだず蚀はれおも可いか?』\n 子䟛等は笑぀た。\n『物を蚀はれたら盎ぐ返事をするもんだ、お前達の先生はさう教ぞないか? 歀方から䜕か蚀぀お返事をしなか぀たら、殎぀おも可い。先方で殎぀お来たら歀方からも殎れ。も぀ずはきはきしなけあ可かん。』\n『己あ軍艊芋たい、先生。』\n 道化た顔をしたのが埌の方から蚀぀た。\n『軍艊? それから?』\n『己あ蓄音機だなあ。』ず他の䞀人が蚀ふ。\n『ようし。軍艊に蓄音機か。それでは今床は盎ぐ返事をするんだぞ。可いか?』\n『はい。』ず皆䞀床に蚀぀た。\n『お前達は汜車を芋た事があるか?』\n『有る。』『無い。』ず子䟛等は口々に答ぞた。\n『芋た事があるけれども、乗぀た事あ無い。』\n 脊の高いのが皆の埌から蚀぀た。\n『さあさあ皆垰れ垰れ。』ずいふ倧きな声が其の時倚吉の埌から聞えた。皆は玄関の方を芋た。其凊には歀凊の校長が䞡手を展げお敷居の䞊に立぀おゐた。\n『今井先生、さあ䜕卒。』たた声を倧きくしお、『今日は孊校にお客様があるのだから、お前達がゐお隒がしくおはならん。』\n 倚吉は笑ひながら螵を返しお、䌑みの日にS――村ぞ遊びに来たら、汜車を芋に連れお぀おやるず子䟛等に蚀぀た。そしお䞭ぞ入぀お行぀た。\n 校庭のひ぀そりした頃に、腰の曲぀た小䜿が草箒を持぀お出お来お、玄関から掃陀に取りかか぀た。草鞋、靎、䞋駄、方々から集぀た教垫達の履物は䞁寧に䞊べられた。皆で十䞃八足あ぀た。其の䞭に二足の女䞋駄の、䞀぀は葡萄茶、䞀぀は橄欖色の緒の色が匕き立぀おゐた。\n * * * *\n * * * *\n『歀凊でたた埅぀お居たすか?』\n 倚吉は埌に跟いお来る束子を振回぀お蚀぀た。\n『ええ。少し寒くな぀お来たやうですね。』\n 倚吉は無雑䜜に路傍の石に腰を掛けた。束子は少し離れお玍戞色の傘を杖に蹲んだ。\n 其凊はもうS――村に近い最埌の坂の頂であ぀た。二人は幟床か斯うしお䌑んでは、寄路をしお遅れた老人達を埅぀た。埅぀おも埅぀おも来なか぀た。さうしお又歩くずもなく歩き出しお、遂々歀凊たで来おした぀た。\n 日はもう午埌五時に近か぀た。光の海のやうに明るい雲なき西の空には、燃え萜る火の玉のやうな晩秋の倪陜が、䞭倮山脈の䞊に䜎く沈みかけおゐた。顫ぞるやうな匱い光線が斜めに二人の暪顔を照した。そしお、呚匝の朚々の葉裏にはもう倕暮の陰圱が宿぀お芋えた。\n 行く時のそれは先方にゐるうちに倧方癒぀おゐたので、二人はさほど疲れおゐなか぀た。が、流石に斯うしお䌑んでみるず、倚吉にも膝から䞋の充血しおゐる事が感じられた。そしお頭の䞭には話すべき䜕物もなくな぀おゐるやうに軜か぀た。\n 授業の枈んだ埌、栗が出た、酒が出た、栗飯が出た。そしお批評が始぀た。然し其の批評は䞀向にはずたなか぀た。それは䞀぀は、思掛けない出来事の起぀た為であ぀た。\n『それでは埐々皆さんの埡意芋を䌺ひたいものであす。』さう䞻人圹の校長が蚀出した時、い぀もよく口を利く䟋にな぀おゐる頭の犿げた眇目の教垫が、俄かに居ずたひを盎しお、八畳の䞀間にぎ぀しりず座り蟌んでゐる教垫達を芋廻した。\n『批評の始る前に――ず蚀぀おは今日の䌚を螏み぀けるやうで誠に枈たない蚳ですが――実は䞀぀、私から折入぀お皆さんの埡意芋を䌺぀お芋たい事があるのですが.........自分䞀個の事ですから䜕ですけれども、然し䜕うも私ずしおは黙぀おゐられないやうな事なので。』\n 䞀同䜕を蚀ひ出すのかず片唟をのんだ。垞から笑ふ事の少い眇目の教垫の顔は、歀の日殊曎苊々しく芋えた。そしお語り出したのは次のやうな事であ぀た。――先月の末に郡圹所から呌出されたので、䜕の甚かず思぀お行぀お芋るず、郡芖孊に別宀ぞ連れ蟌たれお意倖な事を蚀はれた。それは倖でもない。自分が近頃......................................................ずいふ噂があるずかで、それを詰責されたのだ。――\n『実に驚くではありたせんか? 噂だけにしろ、䜕しろ私が先づ第䞀に、独身で斯うしおゐなさる山屋さんに枈みたせん。それに私にしたずころで、教育界に身を眮いお圌是䞉十幎の間、自分の耳の聟だ぀たのかも知れないが、今迄぀ひぞ悪い噂䞀぀立おられた事がない積りです。自賛に過ぎぬかも知れないが、それは皆さんもお認め䞋さる事ず思ひたす。......実に䞍思議です。私は孊校ぞ垰぀お来おから、口惜しく぀お口惜しく぀お、男泣きに泣きたした。』\n ...................................................................................................。\n『.........口にするも恥づるやうなそんな噂を立おられるずころを芋るず、぀たり私の教育家ずしおの信任の無いのでせう。さう諊めるより倖仕方がありたせん。然し䜕うも諊められたせん。――䞀䜓私には、䜕凊かさういふ噂でも立おられるやうな萜床があ぀たのでせうか?』\n 䞀同顔を芋合すばかりであ぀た。ず、倚吉はふいず立぀お倖ぞ出た。そしお䟿所の䞭で䜓を揺぀お䞀人で笑぀た。苊り切぀た××の眇目な顔ず其の話した事柄ずの䞍思議な取合せは、䜕うにも斯うにも可笑しく぀お耐らなか぀たのだ。「あの老人が男泣きに泣いたのか。」ず思ふず、又しおも新らしい笑ひが口に䞊぀た。\n 倚吉の立぀た埌、䞀同たた䞍思議さうに目を芋合぀た。するず誰よりも先に口を開いたのは雀郚であ぀た。\n『䜕うも驚きたした。――然し䜕うも、郡芖孊も郡芖孊ではありたせんか? ××さんにそんな莫迊な事のあらう筈のない事は、苟くも瘋癲か癜痎でない限り、䜕人の目も䞀臎するずころです。たずぞそんな噂があ぀たにしろ、それを取䞊げお態々呌び出すずは.........』\n『いや今日私のお䌺ひしたいのは、そんな事ではありたせん。芖孊は芖孊です。.........それよりも䞀䜓䜕うしおこんな噂が立぀たのでせう?』ず、語気が少し匷か぀た。\n『誰か生埒の父兄の䞭にでも、䜕かの行違ひで貎方を恚んでる――ずいふやうなお心圓りもありたせんのですか?』\n 仔现らしい顔をした䞀人の教垫が、山矊のやうな顋の髯を撫でながらさう蚀぀た。\n『断じおありたせん。色々思出したり調べたりしお芋たしたけれども。』ず匷く頭を振぀お××は蚀぀た。「歀の䞀座の䞭になくお䜕凊にあらう?」ずいふやうな怒りが県の䞭に光぀た。或者は朜かに雀郚の顔を芋た。\n それも然し䜕うやら斯うやら収りが぀いた。が、眇目の教垫はそれなり䜙り口を利かなか぀た。埓぀お肝腎の授業の批評は䞀向栄えなか぀た。シずス、チずツなどの教垫の発音の蚛りを指摘したのや、授業䞭䞀孊幎の生埒を閑华した傟きがあ぀たずいふ説が出たぐらゐで、座は䜕ずなく癜けた。さうしおる凊ぞ其の村の村長が来た。盃が俄かに動いお、話は党くの䞖間話に移぀お行぀た。\n 䞉時にな぀お䞀同匕䞊げる事にな぀た。門を出た時、半分以䞊は顔を赧くしおゐた。䞭にも足元の確かでない皋に酔぀たのは目賀田であ぀た。\n 路の岐れる毎に人数が枛぀た。ずある路傍の屋根の新しい倧きい蟲家の前に来た時、其凊たで䞀緒に来た村長は、皆を誘぀お其の家に入぀お行぀た。其凊には村の誇りにしおある高䟡な村有皮銬が飌はれおあ぀た。\n 家の䞻人は喜んで迎ぞた。そしお皆が厩舎を出お裏庭に廻぀た時は、座敷の瞁偎に薄瞁を垃いお酒が持ち出された。それを断るは歀凊等の村の瀌儀ではなか぀た。\n 倚吉ず束子は、皍あ぀おから䞀足先に其の家を出お来たのであ぀た。\n 二人は暫くの間坂の頂に掚黙぀おゐた。\n『屹床酔぀おら぀しやるのでせうね?』\n『ええ、さうでせう。真個に為様がない。』\n ず蚀぀お、倚吉は巻煙草に火を点けた。\n 然し二人は、日の暮れかかる事に少しも心を急がせられなか぀た。埅぀おも埅぀おも来ない老人達を䜕時たでも埅぀おゐたいやうな心持であ぀た。\n 皍あ぀お倚吉は、\n『僕も幎老぀お飲酒家にな぀たら、ああでせうか? 実に意地が汚ない。目賀田さんなんか盃より先に口の方を持぀お行きたすよ。』\n『ええ。そんなに矎味いものでせうか?』\n『さあ。.........僕も䞀床うんず飲んだ事がありたすがね。䜕だか倉な味がするもんですよ。』\n『䜕時お䞊りにな぀たんです?』\n『兄貎の婚瀌の時。皆が飲め぀お蚀ふから、䜕糞ず思぀おがぶがぶや぀たんですよ。さうするず䜓が段々重くな぀お来たしおねえ。莫迊に動悞が高くなるんです。これあ倉だず思぀お暪にな぀おるず、目の前で話しおる人の蚀葉がず぀ず遠方からのやうに聞えたしたよ。.........それから終に、綺麗な衣服を着た兄貎のお嫁さんが、䜕だか僕のお嫁さんのやうに思はれお来たしおねえ。僕はただ嫁なんか貰ふ筈ぢやなか぀たがず思぀おるうちに、䜕時の間にか眠぀ちや぀たんです。』\n『面癜いのね。お幟歳の時です?』\n『十䞃の時。』\n 倚吉は腰掛けた石の冷気を感じお立ち䞊぀た。そしお今来た方を芋枡したが、それらしい人圱も芋えなか぀た。\n『䜕うしたんでせう?』\n『真個にねえ。.........斯うしおるず川の音が聞えたすね。』\n『川の音?』\n 二人は耳を柄たした。\n『聞えるでせう?』\n『聞えたせんよ。』\n『聞えたすよ。歀の䞋に川があ぀たぢやありたせんか?」\n『さう蚀ぞば少し聞えるやうですね。.........うむ、聞える。圌凊たで行぀お埅぀おるこずにしたせうか?』\n『さうですね。』\n『実に詰らない圹だ。』\n『真個にね。私がゐなか぀たら先ぞいら぀しやるのでせう?』\n『はは。』ず倚吉は高く笑぀た。\n 二人は坂を䞋぀た。\n 枓川の氎は暮近い空を映しお明か぀た。二人は其の䞊の橋の、危なげに䞞倪を結぀た欄干に背を靠せお列んだ。其凊からはもう孊校たで十䞀二町しかなか぀た。" }, { "role": "assistant", "content": "『歀凊で埅぀お来なか぀たら䜕うしたす?』\n『私は䜕うでも可く぀およ。』\n『それぢや先に垰る事にしたすか?』\n『垰぀おも可いけれども、䜕だか可笑いぢやありたせんか?』\n『そんなら䜕時たででも埅ちたすか?』\n『埅぀おも可いけれど.........』\n『日が暮れおも?』\n『私䜕うでも可いわ。先生の可いやうに。』\n『若しか埅぀おるうちに日が暮れお了぀お、真暗にな぀たずころぞ、山賊でも出お来たら䜕うしたす?』\n『厭ですわ、嚇かしお。』\n『其凊等の藪ががさがさ鳎぀お、豆絞りの手拭か䜕か頬冠りにした奎が、にゆ぀ず出お来たら?』\n『出た぀お可いわ。先生がいら぀しやるから。』\n『僕は先に逃げお了たひたすよ。』\n『私も逃げるわ。』\n『逃げた぀お敵ひたせんよ。埌から襟銖をぐ぀ず捉ぞお、生呜欲しいか金欲しいかず蚀぀たら䜕うしたす?』\n『お金を遣るわ。䞀円ばかししか持぀おないから。』\n『それだけぢや足らない぀お蚀぀たら?』\n『そしたら.........そしたら、先に逃げた先生がど぀さり持぀おるから、あの方ぞ行぀おお取りなさい぀お蚀぀おやるわ。ほほほ。』\n『倱敗぀た。歀の話はも぀ず暗くな぀おからするんだ぀け。』\n『随分ね。.........もう驚かないから可いわ。』\n『真個ですか?』\n『真個。驚くもんですか。』\n『それぢや若し.........若しね、』\n『䜕が出おも倧䞈倫よ。』\n『若しね、.........』\n『ええ。』\n『眷めた。』\n『あら、䜕故?』\n『䜕故でも眷めたしたよ。』\n 倚吉は真面目な顔にな぀た。\n『あら、聞かしお頂戎よう。ねえ、先生。』\n「................................................。」ず倚吉は思぀た。そしお、『眷めたしたよ。貎方が喫驚するから。』\n『倧䞈倫よ。䜕んな事でも。』\n『真個ですか?』\n 倚吉は駄目を掚すやうに蚀぀た。\n『ええ。』\n『少し寒くなりたしたね。』\n 束子は男の顔を芋た。もう日が䜕時しか沈んだず芋えお、呚匝ががう぀ずしお来た。枓川の氎にも色が無か぀た。\n 束子は、ず、く぀く぀ず䞀人で笑ひ出した。笑぀おも笑぀おも眷めなか぀た。終には倚吉も為方なしに䞀緒にな぀お笑぀た。\n『䜕がそんなに可笑いんです?』\n『䜕でもないこず。』\n『厭ですよ。僕が莫迊にされおるやうぢやありたせんか?』\n『あら、さうぢやないのよ。』\n 束子は挞々笑ひを匕蟌たせた。\n「女には皆――の性質があるずいふが、真個か知ら。」ず䞍図倚吉は思぀た。そしお蚀぀た。『女にも色々ありたすね。先のお婆さんは华々笑はない人でしたよ。』\n『先のお婆さんずは?』\n『貎方の前の女先生ですよ。』\n『たあ、可哀盞に。ただ二十五だ぀た぀おぢやありたせんか?』\n『独身の二十五ならお婆さんぢやありたせんか?』\n『独身だ぀お.........。そんなら女は皆結婚しなければならないものでせうか?』\n『二十五でお婆さんず蚀はれたくなければね。』\n『随分ね、先生は。』\n『さうぢやありたせんか?』\n『先の方ずは、先生はお芪しくなす぀たでせうね?』\n『始終怒られおゐたんですよ。』\n『嘘ば぀かし。倧局真面目な方だ぀たさうですね?』\n『ええ。時々僕が飛んでもない事を蚀぀たり、子䟛らしい真䌌をしお芋せるもんだから、其の床怒られたしたよ。それが又面癜いもんですからね。』\n『.........飛んでもない事぀お䜕んな事を仰しや぀たんです?』\n『女は皆――の性質を持぀おる぀お真個ですか぀ず蚀぀たら、貎方ずはこれから口を利かない぀お蚀はれたしたよ。』\n『たあ、随分酷いわ。.........誰だ぀お怒るぢやありたせんか、そんな事を蚀はれたら。』\n『さうですかね。』\n『怒るぢやありたせんか? 私だ぀お怒るわ。』\n するず今床は倚吉の方が可笑しくな぀た。笑ひを耐ぞお、\n『今怒぀お埡芧なさい。』\n『知りたせん。』\n『あははは。』倚吉は遂に吹出した。そしおす぀かり敵を䟮぀お了぀たやうな心持にな぀た。\n『矢沢さん。先刻僕が䜕を蚀ひかけお眷めたか知぀おたすか?』\n『仰しやらなか぀たから解らないぢやありたせんか?』\n『僕が貎方を――――ようずしたら、䜕うしたす぀お、蚀ふ積りだ぀たんです。あははは。』\n『可いわ、そんな事蚀぀お。.........真個は私も倚分さうだらうず思぀たの。だから可笑しか぀たわ。』\n 其の笑ひ声を聞くず倚吉は䜕か的が脱れたやうに思぀た。そしお女を芋た。\n 呚匝はもう薄暗か぀た。\n『たあ、䜕うしたせう、先生? こんなに暗くな぀ちや぀た。』ず、暫らくあ぀お束子は俄かに気が急き出したやうに蚀぀た。\n 倚吉には、然し、そんな事は䜕うでもよか぀た。――――ものが、急に解らないものにな぀たやうな心持であ぀た。\n『可いぢやありたせんか? これから真個に嚇しお、貎方に本音を吐かしお芋せる。』\n『厭私、嚇すのは。』\n『厭なら䞀人お垰りなさい。』\n『ねえ、䜕うしたせう? あれ、あんなにお星様が芋えるやうにな぀たぢやありたせんか。』\n『そんなに狌狜ぞなくおも可いぢやありたせんか、急に?』" } ]
[ { "role": "system", "content": "䞋蚘の曞き盎しを継続しお、完璧な文曞を䜜成しおください。" }, { "role": "user", "content": "わが友の\nむかしながらの倪き杖かな\n\n芋よげなる幎賀の文を曞く人ず\nおもひ過ぎにき\n䞉幎ばかりは\n\n倢さめおふっず悲しむ\nわが眠り\n昔のごずく安からぬかな\n\nそのむかし秀才の名の高かりし\n友牢にあり\n秋のかぜ吹く\n\n近県にお\nおどけし歌をよみ出でし\n茂雄の恋もかなしかりしか\n\nわが劻のむかしの願ひ\n音楜のこずにかかりき\n今はうたはず\n\n友はみな或日四方に散り行きぬ\nその埌八幎\n名挙げしもなし\n\nわが恋を\nはじめお友にうち明けし倜のこずなど\n思ひ出づる日\n\n糞切れし玙鳶のごずくに\n若き日の心かろくも\nずびさりしかな\n\n二\n\nふるさずの蚛な぀かし\n停車堎の人ごみの䞭に\nそを聎きにゆく\n\nやたひある獣のごずき\nわがこころ\nふるさずのこず聞けばおずなし\n\nふず思ふ\nふるさずにゐお日毎聎きし雀の鳎くを\n䞉幎聎かざり\n\n亡くなれる垫がその昔\nたたひたる\n地理の本など取りいでお芋る\n\nその昔\n小孊校の柟屋根に我が投げし鞠\nいかにかなりけむ\n\nふるさずの\nかの路傍のすお石よ\n今幎も草に埋もれしらむ\n\nわかれをれば効いずしも\n赀き緒の\n䞋駄など欲しずわめく子なりし\n\n二日前に山の絵芋しが\n今朝になりお\nにはかに恋しふるさずの山\n\n风売のチャルメラ聎けば\nうしなひし\nをさなき心ひろぞるごずし\n\nこのごろは\n母も時時ふるさずのこずを蚀ひ出づ\n秋に入れるなり\n\nそれずなく\n郷里のこずなど語り出でお\n秋の倜に焌く逅のにほひかな\n\nかにかくに枋民村は恋しかり\nおもひでの山\nおもひでの川\n\n田も畑も売りお酒のみ\nほろびゆくふるさず人に\n心寄する日\n\nあはれかの我の教ぞし\n子等もたた\nやがおふるさずを棄おお出づるらむ\n\nふるさずを出で来し子等の\n盞䌚ひお\nよろこぶにたさるかなしみはなし\n\n石をもお远はるるごずく\nふるさずを出でしかなしみ\n消ゆる時なし\n\nやはらかに柳あをめる\n北䞊の岞蟺目に芋ゆ\n泣けずごずくに\n\nふるさずの\n村医の劻の぀぀たしき櫛巻なども\nな぀かしきかな\n\nかの村の登蚘所に来お\n肺病みお\n間もなく死にし男もありき\n\n小孊の銖垭を我ず争ひし\n友のいずなむ\n朚賃宿かな\n\n千代治等も長じお恋し\n子を挙げぬ\nわが旅にしおなせしごずくに\n\nある幎の盆の祭に\n衣貞さむ螊れず蚀ひし\n女を思ふ\n\nうすのろの兄ず\n䞍具の父もおる䞉倪はかなし\n倜も曞読む\n\n我ず共に\n栗毛の仔銬走らせし\n母の無き子の盗癖かな\n\n倧圢の被垃の暡様の赀き花\n今も目に芋ゆ\n六歳の日の恋\n\nその名さぞ忘られし頃\n飄然ずふるさずに来お\n咳せし男\n\n意地悪の倧工の子などもかなしかり\n戊に出でしが\n生きおかぞらず\n\n肺を病む\n極道地䞻の総領の\nよめずりの日の春の雷かな\n\n宗次郎に\nおかねが泣きお口説き居り\n倧根の花癜きゆふぐれ\n\n小心の圹堎の曞蚘の\n気の狂れし噂に立おる\nふるさずの秋\n\nわが埓兄\n野山の猟に飜きし埌\n酒のみ家売り病みお死にしかな\n\n我ゆきお手をずれば\n泣きおしづたりき\n酔ひお荒れしそのかみの友\n\n酒のめば\n刀をぬきお劻を逐ふ教垫もありき\n村を遂はれき\n\n幎ごずに肺病やみの殖えおゆく\n村に迎ぞし\n若き医者かな\n\nほたる狩\n川にゆかむずいふ我を\n山路にさそふ人におありき\n\n銬鈎薯のうす玫の花に降る\n雚を思ぞり\n郜の雚に\n\nあはれ我がノスタルゞダは\n金のごず\n心に照れり枅くしみらに\n\n友ずしお遊ぶものなき\n性悪の巡査の子等も\nあはれなりけり\n\n閑叀鳥\n鳎く日ずなれば起るおふ\n友のやたひのいかになりけむ\n\nわが思ふこず\nおほかたは正しかり\nふるさずのたより着ける朝は\n\n今日聞けば\nかの幞うすきやもめ人\nきたなき恋に身を入るるおふ\n\nわがために\nなやめる魂をしづめよず\n讃矎歌うたふ人ありしかな\n\nあはれかの男のごずきたたしひよ\n今は䜕凊に\n䜕を思ふや\n\nわが庭の癜き躑躅を\n薄月の倜に\n折りゆきしこずな忘れそ\n\nわが村に\n初めおむ゚ス・クリストの道を説きたる\n若き女かな\n\n霧ふかき奜摩の原の\n停車堎の\n朝の虫こそすずろなりけれ\n\n汜車の窓\nはるかに北にふるさずの山芋え来れば\n襟を正すも\n\nふるさずの土をわが螏めば\n䜕がなしに足軜くなり\n心重れり\n\nふるさずに入りお先づ心傷むかな\n道広くなり\n橋もあたらし\n\n芋もしらぬ女教垫が\nそのかみの\nわが孊舎の窓に立おるかな\n\nかの家のかの窓にこそ\n春の倜を\n秀子ずずもに蛙聎きけれ\n\nそのかみの神童の名の\nかなしさよ\nふるさずに来お泣くはそのこず\n\nふるさずの停車堎路の\n川ばたの\n胡桃の䞋に小石拟ぞり\n\nふるさずの山に向ひお\n蚀ふこずなし\nふるさずの山はありがたきかな\n\n秋颚のこころよさに\n\nふるさずの空遠みかも\n高き屋にひずりのがりお\n愁ひお䞋る\n\n皎ずしお玉をあざむく小人も\n秋来ずいふに\n物を思ぞり\n\nかなしきは\n秋颚ぞかし\n皀にのみ湧きし涙の繁に流るる\n\n青に透く\nかなしみの玉に枕しお\n束のひびきを倜もすがら聎く\n\n神寂びし䞃山の杉\n火のごずく染めお日入りぬ\n静かなるかな\n\nそを読めば\n愁ひ知るずいふ曞焚ける\nいにしぞ人の心よろしも\n\nものなべおうらはかなげに\n暮れゆきぬ\nずりあ぀めたる悲しみの日は\n\n氎朊\n暮れゆく空ずくれなゐの玐を浮べぬ\n秋雚の埌\n\n秋立぀は氎にかも䌌る\n掗はれお\n思ひこずごず新しくなる\n\n愁ひ来お\n䞘にのがれば\n名も知らぬ鳥啄めり赀き茚の実\n\n秋の蟻\n四すぢの路の䞉すぢぞず吹きゆく颚の\nあず芋えずかも\n\n秋の声たづいち早く耳に入る\nかかる性持぀\nかなしむべかり\n\n目になれし山にはあれど\n秋来れば\n神や䜏たむずかしこみお芋る\n\nわが為さむこず䞖に尜きお\n長き日を\nかくしもあはれ物を思ふか\n\nさらさらず雚萜ち来り\n庭の面の濡れゆくを芋お\n涙わすれぬ\n\nふるさずの寺の埡廊に\n螏みにける\n小櫛の蝶を倢にみしかな\n\nこころみに\nいずけなき日の我ずなり\n物蚀ひおみむ人あれず思ふ\n\nはたはたず黍の葉鳎れる\nふるさずの軒端な぀かし\n秋颚吹けば\n\n摩れあぞる肩のひたより\nは぀かにも芋きずいふさぞ\n日蚘に残れり\n\n颚流男は今も昔も\n泡雪の\n玉手さし捲く倜にし老ゆらし\n\nかりそめに忘れおも芋たし\n石だたみ\n春生ふる草に埋るるがごず\n\nその昔揺籃に寝お\nあたたたび倢にみし人か\n切にな぀かし\n\n神無月\n岩手の山の\n初雪の眉にせたりし朝を思ひぬ\n\nひでり雚さらさら萜ちお\n前栜の\n萩のすこしく乱れたるかな\n\n秋の空廓寥ずしお圱もなし\nあたりにさびし\n烏など飛べ\n\n雚埌の月\nほどよく濡れし屋根瓊の\nそのずころどころ光るかなしさ\n\nわれ饑ゑおある日に\n现き尟を掉りお\n饑ゑお我を芋る犬の面よし\n\nい぀しかに\n泣くずいふこず忘れたる\n我泣かしむる人のあらじか\n\n汪然ずしお\nああ酒のかなしみぞ我に来れる\n立ちお舞ひなむ\n\n蛌鳎く\nそのかたはらの石に螞し\n泣き笑ひしおひずり物蚀ふ\n\n力なく病みし頃より\n口すこし開きお眠るが\n癖ずなりにき\n\n人ひずり埗るに過ぎざる事をもお\n倧願ずせし\n若きあやたち\n\n物怚ずる\nそのやはらかき䞊目をば\n愛づずこずさら぀れなくせむや\n\nかくばかり熱き涙は\n初恋の日にもありきず\n泣く日たたなし\n\n長く長く忘れし友に\n䌚ふごずき\nよろこびをもお氎の音聎く\n\n秋の倜の\n鋌鉄の色の倧空に\n火を噎く山もあれなど思ふ\n\n岩手山\n秋はふもずの䞉方の\n野に満぀る虫を䜕ず聎くらむ\n" 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"父のごず秋はいかめし\n母のごず秋はな぀かし\n家持たぬ児に\n\n秋来れば\n恋ふる心のいずたなさよ\n倜もい寝がおに雁倚く聎く\n\n長月も半ばになりぬ\nい぀たでか\nかくも幌く打出でずあらむ\n\n思ふおふこず蚀はぬ人の\nおくり来し\n忘れな草もいちじろかりし\n\n秋の雚に逆反りやすき匓のごず\nこのごろ\n君のしたしたぬかな\n\n束の颚倜昌ひびきぬ\n人蚪はぬ山の祠の\n石銬の耳に\n\nほのかなる朜朚の銙り\nそがなかの蕈の銙りに\n秋やや深し\n\n時雚降るごずき音しお\n朚䌝ひぬ\n人によく䌌し森の猿ども\n\n森の奥\n遠きひびきす\n朚のうろに臌ひく䟏儒の囜にかも来し\n\n䞖のはじめ\nたづ森ありお\n半神の人そが䞭に火や守りけむ\n\nはおもなく砂うち぀づく\n戈壁の野に䜏みたたふ神は\n秋の神かも\n\nあめ぀ちに\nわが悲しみず月光ず\nあたねき秋の倜ずなれりけり\n\nうらがなしき\n倜の物の音掩れ来るを\n拟ふがごずくさたよひ行きぬ\n\n旅の子の\nふるさずに来お眠るがに\nげに静かにも冬の来しかな\n\n忘れがたき人人\n\n侀\n\n朮かをる北の浜蟺の\n砂山のかの浜薔薇よ\n今幎も咲けるや\n\nたのみ぀る幎の若さを数ぞみお\n指を芋぀めお\n旅がいやになりき\n\n䞉床ほど\n汜車の窓よりながめたる町の名なども\nしたしかりけり\n\n凜通の床屋の匟子を\nおもひ出でぬ\n耳剃らせるがこころよかりし\n\nわがあずを远ひ来お\n知れる人もなき\n蟺土に䜏みし母ず劻かな\n\n船に酔ひおやさしくなれる\nいもうずの県芋ゆ\n接軜の海を思ぞば\n\n目を閉ぢお\n傷心の句を誊しおゐし\n友の手玙のおどけ悲しも\n\nをさなき時\n橋の欄干に糞塗りし\n話も友はかなしみおしき\n\nおそらくは生涯劻をむかぞじず\nわらひし友よ\n今もめずらず\n\nあはれかの\n県鏡の瞁をさびしげに光らせおゐし\n女教垫よ\n\n友われに飯を䞎ぞき\nその友に背きし我の\n性のかなしさ\n\n凜通の青柳町こそかなしけれ\n友の恋歌\n矢ぐるたの花\n\nふるさずの\n麊のかをりを懐かしむ\n女の眉にこころひかれき\n\nあたらしき掋曞の玙の\n銙をかぎお\n䞀途に金を欲しず思ひしが\n\nしらなみの寄せお隒げる\n凜通の倧森浜に\n思ひしこずども\n\n朝な朝な\n支那の俗歌をうたひ出づる\nたくら時蚈を愛でしかなしみ\n\n挂泊の愁ひを叙しお成らざりし\n草皿の字の\n読みがたさかな\n\nいくたびか死なむずしおは\n死なざりし\nわが来しかたのをかしく悲し\n\n凜通の臥牛の山の半腹の\n碑の挢詩も\nなかば忘れぬ\n\nむやむやず\n口の䞭におたふずげの事を呟く\n乞食もありき\n\nずるに足らぬ男ず思ぞず蚀ふごずく\n山に入りにき\n神のごずき友\n\n巻煙草口にくはぞお\n浪あらき\n磯の倜霧に立ちし女よ\n\n挔習のひたにわざわざ\n汜車に乗りお\n蚪ひ来し友ずのめる酒かな\n\n倧川の氎の面を芋るごずに\n郁雚よ\n君のなやみを思ふ\n\n智慧ずその深き慈悲ずを\nもちあぐみ\n為すこずもなく友は遊べり\n\nこころざし埗ぬ人人の\nあ぀たりお酒のむ堎所が\n我が家なりしかな\n\nかなしめば高く笑ひき\n酒をもお\n悶を解すずいふ幎䞊の友\n\n若くしお\n数人の父ずなりし友\n子なきがごずく酔ぞばうたひき\n\nさりげなき高き笑ひが\n酒ずずもに\n我が腞に沁みにけらしな\n\n呿呻噛み\n倜汜車の窓に別れたる\n別れが今は物足らぬかな\n\n雚に濡れし倜汜車の窓に\n映りたる\n山間の町のずもしびの色\n\n雚぀よく降る倜の汜車の\nたえたなく雫流るる\n窓硝子かな\n\n真倜䞭の\n倶知安駅に䞋りゆきし\n女の鬢の叀き痍あず\n\n札幌に\nかの秋われの持おゆきし\nしかしお今も持おるかなしみ\n\nアカシダの街暟にポプラに\n秋の颚\n吹くがかなしず日蚘に残れり\n\nしんずしお幅広き街の\n秋の倜の\n玉蜀黍の焌くるにほひよ\n\nわが宿の姉ず効のいさかひに\n初倜過ぎゆきし\n札幌の雚\n\n石狩の矎囜ずいぞる停車堎の\n柵に也しおありし\n赀き垃片かな\n\nかなしきは小暜の町よ\n歌ふこずなき人人の\n声の荒さよ\n\n泣くがごず銖ふるはせお\n手の盞を芋せよずいひし\n易者もありき\n\nいささかの銭借りおゆきし\nわが友の\n埌姿の肩の雪かな\n\n䞖わたりの拙きこずを\nひそかにも\n誇りずしたる我にやはあらぬ\n\n汝が痩せしからだはすべお\n謀叛気のかたたりなりず\nいはれおしこず\n\nかの幎のかの新聞の\n初雪の蚘事を曞きしは\n我なりしかな\n\n怅子をもお我を撃たむず身構ぞし\nかの友の酔ひも\n今は醒め぀らむ\n\n負けたるも我におありき\nあらそひの因も我なりしず\n今は思ぞり\n\n殎らむずいふに\n殎れず぀めよせし\n昔の我のいずほしきかな\n\n汝䞉床\nこの咜喉に剣を擬したりず\n圌告別の蟞に蚀ぞりけり\n\nあらそひお\nいたく憎みお別れたる\n友をな぀かしく思ふ日も来ぬ\n\nあはれかの眉の秀でし少幎よ\n匟ず呌べば\nは぀かに笑みしが\n\nわが劻に着物瞫はせし友ありし\n冬早く来る\n怍民地かな\n\n平手もお\n吹雪にぬれし顔を拭く\n友共産を䞻矩ずせりけり\n\n酒のめば鬌のごずくに青かりし\n倧いなる顔よ\nかなしき顔よ\n\n暺倪に入りお\n新しき宗教を創めむずいふ\n友なりしかな\n\n治たれる䞖の事無さに\n飜きたりずいひし頃こそ\nかなしかりけれ\n\n共同の薬屋開き\n儲けむずいふ友なりき\n詐欺せしずいふ\n\nあをじろき頬に涙を光らせお\n死をば語りき\n若き商人\n\n子を負ひお\n雪の吹き入る停車堎に\nわれ芋送りし劻の眉かな\n\n敵ずしお憎みし友ず\nやや長く手をば握りき\nわかれずいふに\n\nゆるぎ出づる汜車の窓より\n人先に顔を匕きしも\n負けざらむため\n\nみぞれ降る\n石狩の野の汜車に読みし\nツルゲ゚ネフの物語かな\n\nわが去れる埌の噂を\nおもひやる旅出はかなし\n死ににゆくごず\n\nわかれ来おふず瞬けば\nゆくりなく\n぀めたきものの頬を぀たぞり\n\n忘れ来し煙草を思ふ\nゆけどゆけど\n山なほ遠き雪の野の汜車\n\nうす玅く雪に流れお\n入日圱\n曠野の汜車の窓を照せり\n\n腹すこし痛み出でしを\nしのび぀぀\n長路の汜車にのむ煙草かな\n\n乗合の砲兵士官の\n剣の鞘\nがちゃりず鳎るに思ひやぶれき\n\n名のみ知りお瞁もゆかりもなき土地の\n宿屋安けし\n我が家のごず\n\n䌎なりしかの代議士の\n口あける青き寐顔を\nかなしず思ひき\n\n今倜こそ思ふ存分泣いおみむず\n泊りし宿屋の\n茶のぬるさかな\n\næ°Žè’žæ°—\n列車の窓に花のごず凍おしを染むる\nあか぀きの色\n\nごおず鳎る凩のあず\n也きたる雪舞ひ立ちお\n林を包めり\n\n空知川雪に埋れお\n鳥も芋えず\n岞蟺の林に人ひずりゐき\n\n寂莫を敵ずし友ずし\n雪のなかに\n長き䞀生を送る人もあり\n\nいたく汜車に疲れお猶も\nきれぎれに思ふは\n我のいずしさなりき\n\nうたふごず駅の名呌びし\n柔和なる\n若き駅倫の県をも忘れず\n\n雪のなか\n凊凊に屋根芋えお\n煙突の煙うすくも空にたよぞり\n\n遠くより\n笛ながながずひびかせお\n汜車今ずある森林に入る\n\n䜕事も思ふこずなく\n日䞀日\n汜車のひびきに心たかせぬ\n\nさいはおの駅に䞋り立ち\n雪あかり\nさびしき町にあゆみ入りにき\n\nしらしらず氷かがやき\n千鳥なく\n釧路の海の冬の月かな\n\nこほりたるむンクの眎を\n火に翳し\n涙ながれぬずもしびの䞋\n\n顔ずこゑ\nそれのみ昔に倉らざる友にも䌚ひき\n囜の果にお\n\nあはれかの囜のはおにお\n酒のみき\nかなしみの滓を啜るごずくに\n\n酒のめば悲しみ䞀時に湧き来るを\n寐お倢みぬを\nうれしずはせし\n\n出しぬけの女の笑ひ\n身に沁みき\n厚に酒の凍る真倜䞭" } ]
[ { "role": "system", "content": "䞋蚘の曞き盎しを続けお、高品質な文曞を䜜成しおください。" }, { "role": "user", "content": "\n『1) 劎働の䟡栌隰貎たたは蟲業資本に察する租皎は、終局的には地代の負担するずころずなるこずは事実であるけれども、しかし吟々は決しお珟行借地契玄のこずを考慮倖においおはならない。二十箇幎間も経れば、珟行借地契玄が改良を奚励する傟向があるか阻害する傟向があるかに埓っお、ある囜の蟲業状態は非垞に繁栄しもすれば甚だしく逆境にもなる、ず私は信ずる。土地の地代が䞀般的に䞋萜するためには、それに先立っお蟲業資本の投䞋にずり極めお䞍利な時期があるこずであろう。埓っお、蟲業資本にかかっおくるあらゆる租皎は特に有害なのである。取匕の資本にかかっおくる租皎はほずんど盎ちに消費者に転嫁されるが、蟲業資本にかかっおくる租皎は、珟行借地契玄期間䞭は、党然蟲業者の負担するずころずなる。\n\n『自然的事態においおは、その穀物䟛絊の倧きな郚分に぀いお自分より貧しい隣囜に䟝存する囜は、これら諞囜が富ず人口ずにおいお増倧し、その節し埗る粗生生産物の剰䜙を枛少するに぀れお、この䟛絊が埐々ずしお枛少するものず、期埅しおよかろう。\n『かかる囜の政治的関係は、戊争䞭、その食料の䟛絊の䞭倖囜から手に入れる郚分は突劂ずしお停止され、たたは倧いに枛少されおしたうずいう事態を招来するであろうが、これは必ずや最も悲惚なる諞結果を生ぜずには止たぬ事柄である。\n『商業的富が優越する囜民は、富者の䞻芁消費物たる財貚は豊富に有぀けれども、䞇人にずっお絶察的必芁品であり勀劎階玚の収入の遥かに最倧郚分が支出される財貚の䟛絊に぀いおは、これが危殆に瀕するの危険を有぀ものである。\n『蟲業的富が優越する囜民は、囜内で商業囜民の劂き奢䟈品及び䟿宜品の剰䜙は生産せず、埓っおおそらくはこれら貚物のある欠乏に曝されるかもしれぬけれども、他方においお、党囜家の犏祉にずり䞍可欠な財貚の剰䜙を有ち、埓っお最倧重芁性を有぀ものの欠乏からは確保されおいるのである。\n『そしおもし吟々が、倖囜から埗る䟛絊に぀いおは囜内で生産するものほどには確信が有おないずすれば、その領土がこれを蚱す囜民ずしおは、その䞍足がその幞犏ず繁栄ずに最倧の打撃を䞎えるべき貚物の剰䜙を確保するこずが、有利な政策であるず思われるのである。(蚳蚻――ここたでが第䞉―四版、埓っお以䞋は第二―四版。ただし第二版では次は独立のパラグラフではなく前ず続いおいる。)\n『商業的芋地から云っおも、粗生生産物の販売ほど䞀囜にずり有利な取匕郚門はない、ず圚来ほずんどあたねく認められおいる。䞀般にその䟡倀は、他のいかなる貚物よりも、その生産費に察しお倧きな比率を有っおおり、埓っおその販売に察する囜民的利最はより倧である。このこずはスミス博士がしばしば指摘したずころである。しかし圌ぱコノミストずの論争に圓っお、しばしこれを忘れ、茞出工業の利益の優越を䞻匵しおいるように思われる。\n『圌は曰く、商工業囜は極めお少数者が生存し必芁ずするものを茞出し、倚数者の生掻品必芁品を茞入する。他囜は倚数者の生掻品必芁品を茞出し、わずかに少数者のそれを茞入する。䞀方の䜏民は垞に、自囜の土地がその耕䜜の珟状においお䟛絊し埗るよりも遥かに倚量の生掻資料を享受しなければならぬ。他方の䜏民は垞にその遥かにより少量を享受しなければならぬ、ず1)。\n\n『1) Wealth of Nations, vol. iii. b. iv. c. ix. p. 27.\n\n『この章句での圌れの論述は、い぀もの正確さに䌌おいないようである。工業囜民は、その珟状においおは単に少数者が生存し必芁ずするに過ぎぬ貚物を茞出するかもしれぬが、しかしこの貚物を茞出のために䜜るためには、この囜の収入の倧きな郚分が倚数の劎働者に必芁衣食を䞎えるために䜿甚されたのである。そしお他囜民が茞出する生掻品必芁品に぀いお云えば、それが倚数であろうず少数であろうず、それは確かに、工業囜民が消費した生掻品ならびに芪方工業者及び商人の利最を代眮するに足る以䞊のものではなく、これはおそらく、蟲業囜の蟲業者及び商人の利最ほど倧なるものではない。そしおなるほど工業囜民は自囜がその耕䜜の珟状においお䟛絊し埗るよりも倚量の生掻資料を享受するかもしれぬが、しかし䞡䞻矩のいずれを採甚するかによっおその耕䜜の珟状に最倧の盞違が生ずるからずいっお、工業䞻矩がよいずいうこずには決しおならぬのである。もし䞀䞖玀の間、二぀の蟲地囜民がこれら二぀の異る䞻矩を採甚するずしおも、換蚀すれば、その䞀方は芏則正しく工業品を茞出しお生掻資料を茞入し、他方は生掻資料を茞出しお工業品を茞入するずしおも、この期間の終りには二囜の耕䜜の状態には䜕の盞違もなく、埓っお疑いもなく、その粗生生産物を茞出した囜は他方よりも遥かに倧きな人口に生掻品必芁品を䞎えるこずが出来るずは、合理的に䞻匵し埗ないであろう。\n『通垞の事態においおは、穀物の茞出はこれに関連しおいる個人に十分に利益のあるものである。しかし囜民的利最の点では、それが他のいかなる皮類の茞出よりもよいずいう四぀の非垞に有力な理由がある。(蚳蚻――この文は第二版では、『しかし囜民的利最の点では、それは他のいかなる皮類の茞出よりも二぀の特有な顕著な利益を有っおいる。』)第䞀に、(蚳蚻――第二版ではここに次の句が入る、『粗生生産物なかんずく』)穀物は、それ自身の基金からその生産費を支払い、そしお販売される金額は玔粋囜民利最である。もし私が新工業を起すならば、それに䜿甚される人間は、囜の既存の生掻資料の基金から逊われなければならず、その䟡倀は、玔粋囜民利最を評定するためには、あらかじめその貚物が売られた䟡栌から控陀されなければならぬ。(蚳蚻――第二版ではここに次の䞀文が入る、『そしお云うたでもなくこの利最は芪方工業者及び茞出商人の利最であり埗るに過ぎない。』)しかしもし私が新地を耕䜜し、たたは既耕地の改良により倚くの人間を䜿甚するならば、私は囜内の生掻資料の䞀般的基金を増加するのである。この増加の䞀郚分で私は远加䜿甚者の党郚を逊い、そしお残りの党郚は茞出され販売されるが、これは䞀぀の玔囜民利埗であり、すなわち、他の人口の豊饒を枛少する傟向は少しもなしに远加䜿甚人数に等しいだけの远加人口を逊うずいう、囜に察する利益の倖に、曎に埗られるものである。(蚳蚻――第二版ではこの埌に次の二パラグラフがあったが、これは第䞉版で削陀された。すなわち、――\n(『第二に、䞀般に過剰に有っおいるのでなければ、垞に十分に有぀ずいうこずを確保し埗ないものである。そしお習慣的穀物茞出は、非垞の際に応ずるに足る量の貯蔵をしおおくための、期埅し埗る唯䞀の実際的方法であるように思われる。食物䞍足の害悪は極めお恐るべきものであるから、これを防止する傟向のあるいかなる商業郚門も、囜民的芋地からすれば、著しく䟿宜なるものず考えざるを埗ない。\n(『これら二぀の利益は、食料品ず劎働ずの䟡栌が安定しおおりか぀比范的に䜎廉であるずいう事情により工業に必然的に生ぜずにはいない利益ず盞俟っお、極めお顕著なるものであっお、埓っお穀物の茞出貿易をその商取匕の䞀䞻芁郚門ずしお行い埗るこずは、いかなる囜の氞続的繁栄にずっおも第䞀重芁事でなければならぬのである。』以䞊は第二版であり、次の四パラグラフが第䞉―四版においおこれに代っお珟われたものである。)\n『第二に、䞀切の加工貚物においおは、同䞀量の䜿甚された資本、熟緎、及び劎働は、同䞀たたはほずんど同䞀量の完成工業品を生産するであろう。しかし季節の倉動により、蟲業における同䞀量の資本、熟緎、及び劎働は、幎を異にすれば極めお異る量の穀物を生産するであろう。埓っお二぀の貚物が人間にずり同等の䟡倀を有぀ずしおも、穀物は工業よりは䞍䜜の可胜性が倧きいので、工業品よりも穀物の平均剰䜙を有぀こずの方が重芁であろう。\n『第䞉に、穀物は、これに比しおは他の䞀切のものが犠牲ずされる最も絶察的な必芁財貚であるから、その䞍足は、必然的に、他のいかなる皮類の生産物の䞍足よりも、遥かに倧きな䟡栌隰貎を生じなければならない。そしお穀物の䟡栌はかくも倚くの他の貚物の䟡栌に圱響を及がすのであるから、その䞍足の悪結果は、他のいかなる貚物の䞍足の結果よりも、激しくか぀䞀般的であるのみならずたた氞続的でもあろう。\n『第四に、特定の囜における穀物の剰䜙をより均等にし、自然的事態においおは時々囘起するず期埅しなければならぬ䞍䜜による䞍足の悪結果を防止するには、ただ䞉぀の方法があるだけであるようである。すなわち、䞀、食物䞍足が起るや吊や盎ちに行われる倖囜からの䟛絊。二、倧きな公共穀倉。䞉、平均囜内消費が䞎える以䞊に広倧な垂堎に察しある分量の穀物を習慣的に栜培するこず1)。第䞀に぀いおは、需芁が突劂ずしお生ずるのでそれは有効ずはなり埗ないこずを、経隓が吟々に教えおいる。第二に察しおは、非垞に倧きな有力な異論のあるこずは、䞇人の認めるずころである。そこで第䞉しか残らぬこずになる。かかる考慮を払っおみるず、穀物の茞出貿易をその商取匕の䞀䞻芁郚門ずしお行い埗るこずは、いかなる囜の幞犏ず氞続的繁栄にずっおも第䞀重芁事でなければならぬ、ずいうこずになるようである。(蚳蚻――以䞊は第䞉―四版。)\n\n『1) 最近 Mr. Oddy's European Commerce (page 511). で、我囜を、穀物がその高のいかんを問わず茞入䟡栌以䞊のずきにのみ囜内販売のために開かるべき、倖囜穀物の集散倉庫たらしめんずする蚈画が、瀺唆されおいる。この蚈画に察しおは、もしそれが実行し埗るなら、私は䜕の異存もなく、たたそれは確かに泚目に倀するものである。それは穀物の囜内生産を阻害するものではなく、そしお凶幎に察する良い備えずなるであろう。(蚳蚻――この蚻は第四版のみ。なお次のパラグラフからは第二―四版。)\n" }, { "role": "assistant", "content": "『しかしいかにしおこの胜力を䞎えるか、いかにしお䞀囜民を穀物茞入の習慣から茞出の習慣に転ぜしめるかは、倧きな難問である。近代ペオロッパの政策がそれをしお地方の産業よりも郜垂の産業を、換蚀すれば蟲業よりも取匕を、奚励せしめるに至っおいるこずは、あたねく認められおおり、たたスミス博士がしばしば指摘しおいるずころである。この政策においおは英蘭は確かにペオロッパの残䜙に埌れをずっおいない。実際おそらく、䞀぀の事䟋を別ずすれば1)、それはその先頭に立っおいるず云い埗よう。もし事物がその自然的道皋をずるに委ねられおいたならば、瀟䌚の商業郚分は耕䜜者の剰䜙生産物以䞊に増加したこずであろう、ず考えるべき理由がある。しかし独占その他の特殊の奚励による商業の高利最がこの自然的道皋を倉曎せしめた。そしお囜家は、その䞻芁成員がその残䜙ず比䟋を倱するずいう、人為的な、ある皋床病気の、状態にある。ほずんど䞀切の薬剀は、それ自身ずしおは悪である。そしお疟病の倧きな害悪の䞀぀はそれを飲たなければならぬ必芁にある。動物凊眮においおも経枈孊の方策䞻矩においおも、私ほど薬剀の嫌いなものはおそらくあり埗ない。しかし我囜の珟状においおは、この皮の䜕ものかが、より倧きな害悪を防止するために必芁であろう。吟々が広幅垃やリンネルやモスリンや、吊むしろ茶や砂糖や珈琲の、十分な䟛絊を埗るか吊かは、比范的には党く倧しお重倧な問題ではない。埓っおいかなる理性的政治家もかかる貚物に察する奚励金を提唱しようずは考えないであろう。しかし吟々が食物の十分な䟛絊を埗るか吊かは、確かに最高床に重芁な問題であり、そしおもし奚励金がかかる䟛絊を生ずるものならば、食物が他の䞀切のものずは異る貚物であり著しく貎重なものであるこずを考慮しお、最も偏芋なき経枈孊者はこれを提唱しお間違いないであろう。\n\n『1) 穀物茞出奚励金。』\n\n\n\n第十䞀章 穀物条䟋に぀いお――茞出奚励金(蚳蚻)\n\n\n〔蚳蚻〕本章が倧䜓最埌の圢になったのは第五版からである。第二―四版ではこれは第十章ずなっおおり、たた第二版ず第䞉―四版ずでは内容にかなりの倉化がある。\n たず第五―六版の圢ではどうかずいうに、それは次の劂くである。\n\n 倧きな土地資源を有ち、倧いに増加した人口を自囜の土地で逊う明かな胜力を有぀囜で、しかも倚量の倖囜穀物を茞入するを垞ずし、その䟛絊量の倧きな郚分を倖囜に頌るようになっおいる囜があるこずは、既に述べたずころである。\n かかる事態を導く原因は䞻ずしお次の劂くであるように思われる。\n 第䞀に、䞀囜の法埋や憲法や慣習により、土地ぞの資本の蓄積が劚げられおいるのに、工業における資本の䜿甚の増加に察しおは同じ皋床にはかかる事実のないこず。\n 封建制床が行われおきおいるあらゆる囜には、この皮の法埋や慣習があり、これは他の財産の劂くに土地が自由に分割譲枡されるのを劚げ、耕䜜の拡匵のための準備をしばしば著しく困難にもすれば著しく高䟡なものにもしおいる。かかる囜における改良は䞻ずしお小䜜人によっお行われるが、圌らの倚くは借地暩を有たず、少くずも長期の借地暩を有たない。そしお圌らの富ず貫録ずは最近倧いに増倧したけれども、豪気な所有者ず同䞀地歩に立぀こずは出来ず、商工業者ず同䞀の独立ず、その資本を掻溌に䜿甚すべき同䞀の奚励は、䞎えられおいないのである。\n 第二に、䞀囜の蟲業に察し重い負担を負わせる劂き性質を有぀ずころの、䞍平等であるか、たたは特殊事情により商工業に負わせた方がよい、盎接皎たたは間接皎の制床。\n 囜内産の穀物に察する盎接皎は、もしその茞入に察しこれに盞察する課皎が行われお盞殺されるこずがないならば、穀物の耕䜜を盎ちに砎滅せしめ、䞀囜をしおその消費の党量を茞入せしめるこずずなり、たたもし、間接皎の制床によっお、劎働の䞀般䟡栌が隰貎し、しかも内倖貚物に察する戻皎があり、怍民地生産物が豊富であり、たた䟡栌の隰貎により倖囜の需芁が倧しお圱響を蒙らない特殊の貚物1)があるので、党茞出品の量は別ずしおも䟡倀が増加し埗るならば、この皮の結果が䞀郚分生ずべきこずは、あたねく認められおいるずころである。\n\n 1) 支那においお劎働の䟡栌が隰貎すれば、確かにその茶に察しお支那が受取る察䟡は増加するであろう。\n\n 第䞉に、巚額の資本及び極めお有利な分業ず盞俟っおの、機械の進歩。\n ある囜においお、機械ず資本ずにより、䞀人の人間が十人の仕事をするこずが出来るようになれば、この同じ利益が他囜に普及しない間は、劎働の䟡栌が隰貎しおも、その生産に資本や機械が極めお有効に甚いられおいるような皮類の貚物を販売する胜力はほずんど劚げられないこずは、明かである。穀物生産費を増加せしめる必芁劎働劎賃の隰貎が、穀物以倖の倚くの貚物にもたた同じ結果を及がすこずは、間違いなく、そしおもし他にも貚物がないずすれば、倖囜からもっず安く買い入れる方法はないから、倖囜穀物の茞入に察しおは䜕の刺戟も䞎えられないであろう。しかし商業囜の茞出し埗る貚物の倧郚分は各皮各様ある。それはあるいはその囜及びその属領の特産たる性質を倚分に有っおいるものであるか、あるいは優秀な資本ず機械で生産されたものであっお、その䟡栌は倖囜の競争よりもむしろ囜内の競争によっお決定されるものである。この皮の䞀切の貚物は明かに、本質的な悪圱響を䞎えるこずなくしお、劎働の䟡栌をあるものは氞久的にたたあるものは長期間に亙っお隰貎せしめおおくこずが出来るであろう。かくの劂くしお生じたこの貚物の䟡栌の隰貎、たたはむしろ本来生ずべき䞋萜の阻止は、なるほど垞に、ある皋床茞出貚物の量を枛少せしめるの結果ずなるであろうが、しかしそれだからずいっお、茞出貚物の倖囜における党地金䟡倀――これは芋返り茞入品の地金䟡倀を決定し、䞀般にその量を決定するものであるが――を枛少するずいうこずにはならない。もし我囜の綿補品が今その珟圚䟡栌の半ばに䞋萜するずすれば、疑いもなく吟々は珟圚以䞊の分量を茞出するであろうが、しかし、少くずも倚幎に亙っお、二倍の分量を茞出するこずになろうずは思われず、しかも吟々が埓前ず同じだけの倖囜生産物を賌買し埗るためには、そうしなければならないのである。この堎合、及び他の同皮の倚数の堎合においおは、量ず䟡倀ずは、ある点たでは、歩調が違うにしろ、ずにかく䞀緒に動くのであるが、しかしこの点を超えるず、量の増加は単に生産された党䟡倀を枛少するに過ぎず、そしおそれず匕替えに埗られる芋返り茞入品の量を枛少するに過ぎないのである。" } ]
[ { "role": "system", "content": "䞋蚘の曞き盎しを維持しお、玠晎らしい文曞を䜜成しおください。" }, { "role": "user", "content": "「それはお父さんでなければ解らないわ。G町ぞ行぀お蚊いおいら぀しやいよ。」ずはね぀けるだけだ぀た。森の䞻は、この屋敷に芋限りを぀けお䞉駅ばかり離れたG町ぞ移぀お、隠遁の倢をもくろんでゐるだけだ぀た。そしお決しお歀凊に脚螏みしようずはしなか぀た。\n 堀口ず継母が癟合子を歀凊に䌎れ戻した理由は自づず了解されたわけだ぀た。\n「ねえ癟合さん、あんたが鍵の所圚に就いおは前々から解぀おゐるからず父さんだ぀お巊う仰蚀぀おゐるんですよ。敎理䞊ずおも困぀おゐるんですから、そんな意地悪るをしないで枡しお䞋さいよ。」\n「それさぞ教ぞお䞋されば倪䞀郎君の方だ぀お、䞀切もう穏䟿にしお、先づラツキむをあなたにお返しするず云぀おゐるんですよ。競銬だ぀おもう目近に迫぀おゐるし、ラツキむがずり戻せるんなら、斯んな埗なこずはないぢやありたせんか。」\n 堀口や倪䞀郎は、可笑しい皋神劙にな぀お斯んな颚に癟合子に迫぀た。そしお自分達の県のずゞかぬ時は、篠谷偎の雇人達を屋敷の䞭に配眮しお癟合子の動䜜を監芖せしめた。森家の雇人ず圌等ずの間にも癟合子を䞭心にしお絶え間のない暗闘が繰り反された。\n「お前さんずいふ人は、䜕うしお巊う匷情なんだらう......」\n 時々蚪れお来る継母も堀口達ず䞀凊にな぀お、癟合子に詰め寄぀た。「お父様からのそれがお蚀䌝だず云぀おゐるのに――蔵の鍵なんおお前さんが持぀おゐた぀お別段圹にもた぀わけでもないのに......」\n 癟合子には圌等の内心の業慟がは぀きりず解぀おゐるので、滝本等の堎合がなくおもそんな甘蚀に乗る筈はなか぀た。さんざんに、意のたゝに、業慟者達を嬲るこずが出来るのが思はぬ愉快ずな぀た。\n「えゝ、――」ず癟合子は故意に玠盎らしく銖を傟げたりした。\n「前には功が、お蔵の鍵の番だ぀たけれど、東京ぞ行぀おゐる間は兄さんに枡しお眮いたのよ。」\n 未だ癟合子が云ひ切らぬうちに堀口等は、\n「それあ倧倉だ! ぢや早速歊䞀君を䌎れお来お......」などゝ慌おゝ、目配せをするずいふ始末だ぀た。\n「それはもう功がずうに兄さんに蚊ねたわよ。兄さんはお父さんに枡しおあるず云぀おゐたわよ。」\n「恰で話が合はんな!」\n 堀口は、思案が尜きお腕組をするずぐ぀たりず銖垂れおゐた事もあ぀た。\n「お父さんは、ひよ぀ずするず、あんな颚な癇癪持ちだから河の䞭ぞでも棄おゝした぀お知らん顔をしおゐるのかも知れなく぀およ。」\n 癟合子が自分も䞍安さうにしお斯んな事を云぀た時には、堀口等は思はず異口同音に、倱敗たなあ! ず長倧息を掩したものである。それから圌等は寄々盞謀぀た揚句、合鍵を鋳造するこずに決したが、䜕しろ二癟幎も前から䌝はる錠前なので到底今日のものでは圹に立たぬこずが解぀お改めお、入念の家探しに没頭しおゐる時だ぀た。\n 森の屋敷は鬱蒌たる針葉暹林に取り巻れお、倧昔の面圱をその儘䌝ぞたピラミツド型の斜面を持぀た草葺屋根を二棟に分぀た通を䞭心にしお、池を囲らせおゐる。通の奥の間には、道䞭の倧名が宿泊する「鶎の間」ず称ぶ簟のかゝ぀た段䞊の郚屋があるかず思ぞば、芋るも怖ろしい䞞倪栌子に区切られた牢屋があり、その壁には悪人の背䞊に癟叩きの責苊を加ぞた拷問の鞭が、癟幎の幎月の経過も知らぬ颚情に、急甚の圹にも立たんず云はんばかりに掛け攟されおある。たた県を庭園の圌方に攟぀ならば昌も薄暗い厖の蟺りからは源を遠く五里の山奥の叀沌に発した堂々たる氎勢が勢ひ䜙぀お滝ず溢れたかの劂く、䞍断にきらびやかな氎煙を攟぀おゐる態を芋出すこずが出来る。滝は満々たる氎を池に湛ぞお、舟を浮べ、氎鳥を遊ばせ、期節になるず雁を呌ぶ――池の氎は曎に庭の䞭ぞ招び蟌たれお、床䞋を鯉が泳ぐ泉氎ずな぀お離れの茶屋から曞院の窓䞋を流れ饗宎の広間の前に来お悠やかな枊を巻いおゐる。攟飌ひに慣れた䞀番ひの䞹頂が悠々ず泉氎の合間に遊び、橋を枡぀お築山の亭のほずりで居眠りをしたり、翌を䌞しお梢に駆り空に呌応の叫びを挙げたりしおゐる。曞院の裏手にあたる䞭二階造りの玍戞郚屋から蔵前に至る埄は凡そ十間あたりの長廊䞋が泉氎の末端を跚いで掛け枡され、珟圚でも廊䞋の埀来には昔ながらの朱塗の雪掞を翳しおゐた。「南方の階士」達は、登山甚のロヌプを甚ひお塀偎の朚枝から蔵の裏手に降りるず、鶎の舎の蔭に身を朜めお、玍戞の窓から合図する癟合子の雪掞の揺れ具合に埓぀お仕事に取りかゝるのを順序ずしおゐた。玍戞から䞉階にな぀お屋根裏の䞀角に達する階段を登り詰めるず、草葺を四角に凡そ䞀坪皋に切り展いた封建時代の展望台に達する。歊䞀は歀凊を鳩舎に甚ひおゐた。若しも圌等の朜入に䞍銖尟の日には、癟合子は歀凊に赀旗を掲げた。旗は鳩の蚓緎甚に䜿ふものだ぀たから誰も怪しむ者はない筈であ぀た。赀旗を芋出した日には圌等は、その儘村の道堎に赎いお剣術の緎習に終り、折奜く倕暮時の鳩舎に赀旗の圱が芋えないずなるず䞀同の者は塚本の鍛冶屋店に匕き返しお、暮色を埅぀た埌に出発するのであ぀た。䞇䞀の堎合を慮぀お剣術道具に身を固めお竹刀をひ぀さげお忍び蟌むのを垞䟋ずしおゐた。\n「堀口ず倪䞀が今迄お酒を飲んでガダ〳〵や぀おゐたけれど、す぀かり寝蟌んでした぀たからもう倧䞈倫だわよ。」\n 玍戞の窓から差し出された雪掞の灯が倧きな円を描いた。銖尟奜しずばかりに躍りあが぀お乗り蟌んで行぀た倜盗達を、県䞋に、癟合子が廊䞋の窓から雪掞を翳しお乗り出しながら囁いた。十日ばかり前の薄曇りのした晩で、期節倖れの蛍が時たたに瞬いおゐた。掋服の䞊からひ぀かけた牡䞹色の矜織の袖で灯りのゆらめきを気遣ひながら、顔のたはりをがんやりず明るくしおゐる癟合子の断髪の姿が、あたりの様子ず华぀お䞍思議な調和をしおゐる芋たいな、絵のやうな奇異の感に打たれお滝本は、茫然ず芋惚れおゐた。\n「うたゝねなんだらう。䜕時目を醒すか解りやしなからう。」\n 歊䞀が念を圧すず、癟合子は急に豊かな埗意さうな埮笑を湛ぞお、\n「それがね、倧䞈倫なのよ。功が詊しに顔に氎を吹぀かけおも身じろぎもしないで二人ずも死んだ芋たいよ。......ベロナヌルを粉にしお、そ぀ず埳利の䞭に溶し蟌んでや぀たのよ。それがす぀かり利目が廻぀おした぀たの!」\n ず説明した。皆なは癟合子の気転に舌を巻いお思はず䌚心の顔を芋合せた。その間に、蔵の前にすゝみ寄぀た癟合子は、難なく扉を開けながら、未だ廊䞋の片隅にうろ〳〵しおゐる仲間を促した。そしお、䞀同を䞭に招じ入れお扉をもずのやうに閉ぢるず、\n「さあ、もう倧䞈倫よ。䜕んな声で話し合぀おも平気だわ。」\n ず癟合子は雪掞を高く差しあげお、これ䜍の倧きな声を挙げおも平気だずいふこずを披露するために、反響を面癜がる子䟛のやうに――「こんばんわ!」などゝ叫んだ。それが屋根裏の蟺に響いお、こだたずな぀た。\n 蔵の䞭には、様々な鳥類や獣の剥補が䜕十個ずもなく圌方歀方の棚や長持や鎧櫃の䞊などに凊関はず眮き䞊べおあ぀た。それらのコレクシペンは癟合子等の父芪の青幎時分からの䞹粟である。森氏は自家に飌぀た動物が斃れるず、その姿を剥補にしお保存するのが習慣だ぀た。\n 鎧櫃の䞊で、翌を拡げおゐる倧鷲は、裏籔の巎旊杏の梢で森氏が十幎ばかり前に生捕りにしたものである。倧鷲は青倧将ず栌闘しお気絶したずころを捕獲されお、築山の亭に久しい間飌はれおゐたこずを滝本は憶えおゐるが、䜕時死んだのかは知らなか぀た。倧黒柱の蔭にたゝずむでゐる䞀番ひの䞹頂は、これは未だに庭先に遊んでゐるのかずばかり滝本は思぀おゐたのに、䜕時の間にか剥補にな぀おゐた。塀を乗り越ぞお鶎の舎の傍らに隠れおゐたが、今が今迄滝本はその舎が空屋であ぀たずいふこずは知らなか぀た。長持の䞊には䜕時か歊䞀が飌぀たこずのある倧朚兎や、倪䞀郎に打たれたネヌプの仲間達、それから滝本が、いわれを知らぬ䞀頭の狐が、野兎、山鳥、家鎚、その他様々な家畜頬ず無茶苊茶に雑居しおゐる。滝本にずおも深くな぀いおゐたセントバヌナヌドの「ゞダツキ」が倧きな花瓶の傍らに立぀おゐた。滝本は、立ちどた぀お思はずゞダツキの頭に手を觊れずには居られなか぀た。たた傍らの鶯の籠をのぞいお芋るず、その䞭には癟合子達の亡くな぀た母のペツトであ぀た「タチバナ」が、杖から技ぞ飛び降りようず身構ぞおゐた。癟合子が子䟛の頃に飌぀た悪戯鞚鵡の「ミンミヌ」が鹿の角の刀掛けにずた぀おゐるかず思ふず、叀兞版のブリタニカの曞棚の前では印床産の倧孔雀が、芋事に翌を拡げおゐた。これは嘗お森氏が友達の海軍将校から莈られたもので、村に着いた圓座は芋物人が矀がり寄せお倧倉な隒ぎであ぀た。\n それらの物䜓の圱が、癟合子の揺り動かす雪掞に䌎れお䌞びたり瞮んだりした。さうかず思ふず、斯んな金目にならぬガラクタには県も呉れずに螏み越ぞお行く倜盗達が、懐䞭電灯をピカ〳〵ず振り回しながら脚元を照らしたり、隅々を芋ずゞけたりする毎に、それらの動物が闇の䞭から皲劻を济びお飛び出すかのやうに映぀た。――圌等は、二階から䞉階ぞおし䞊぀お今日こそは最も運び出し憎い重荷を持出さうず決めたのである。\n 滝本は階段の昇り口で芋栄を切぀おゐる仁王の像の傍らから、手にする電気の光りを攟ちながら動物達の躍動する圱を飜かずに眺めおゐた。\n そしお近頃の䞍思議な生掻を今曎のやうに考ぞたり、恰で圢のない綺麗な劙にうら寂しい倢に誘はれたりしおゐるず、頭の䞊から、\n「䜕を独りでそんな凊で考ぞ蟌んでゐるの、それずも䜕か目星しいものが芋぀か぀たの?」" }, { "role": "assistant", "content": " ず癟合子が呌びかけた。――振り仰ぐず、癟合子は恰床仁王像の肩から灯りず䞀凊に芗き出おゐた。\n「皆なは䞉階で䌑憩です぀お――それでね、お腹が空いおした぀たからパンを取りに行く぀いでに、ブラツク・ドラゎンの寝息を窺぀お来る䜿呜を亚けたのよ。途䞭たで䞀凊に行぀お芋ない?」\n 癟合子が巊う云ふので滝本が、其由を䞉階ぞ向぀お声を掛けるず、\n「おヌい。」\n ず歊䞀が呌応した。「――也盃をしようぢやないか。䜕ずかしお来いよ。」\n「さあ、早く〳〵!」\n 癟合子は滝本の手をず぀た、「斯うすれば灯りなんお芁らないわね――焊れ぀たいわ、こんな雪掞なんお......」\n ――扉を内に匕くず、月の光りが、ずおも明るく流れ蟌んだ。振り返぀お芋るず、光りは恰床鶎の脚元の蟺たで達しお、癜い翌だけがは぀きりず浮び出た。手を執぀たたゝ、駆けお長廊䞋を枡぀た。それでも、歩きながら斯んなこずを話合぀た。\n「功――昚倜からち぀ずも眠れなか぀たわ。」\n「癟合さんの䞍眠症なんお信じられないようだが。――それで、ベロナヌルなんお持぀おゐたんだね。だけど、あんなものを垞甚するず毒ださうだぜ。」\n「いゝえ、違ふわよ。それはあの人達に......」\n ず云ひかけ癟合子は、急に立ち止るず、滝本の胞に凭りかゝ぀お、\n「ね、斯んなやうなずころ䜕かの芝居にありさうぢやないの――科癜よ。」\n ず戯れた。「䞀服盛぀おやる぀もりで、わざ〳〵取り寄せお眮いたのでございたすわ。」\n そしお圌女は、滝本の胞に顔をおし぀けお堪らなさうに倱笑ひを怺ぞた。それから圌女は、これから行぀お芋お未だ二人が寝蟌んでゐたら䞀局のこず、そ぀ず牢屋の䞭ぞ投げ蟌んでしたはうか、県を醒しお驚く奎等の顔を芋おやりたい――などず云぀た。\n 曞院の前たで来るず、癟合子は再び雪掞に灯を入れお、暫く滝本に其凊で埅぀おゐお呉れず云ひ残しお、ふわ〳〵ず駆け出しお行぀た。䜕凊にも灯りひず぀芋えない長い廻り瞁を䌝぀お行く癟合子の姿は恰で宙を駆けおゐるやうに芋えた。それたで気づかなか぀たが、矜織の䞋の癟合子の服は、真ツ癜な長い袎だ぀たので、それが灯りの圱に煙りのやうに翻りながら汀の廻廊を折れ曲぀お芋る〳〵うちに闇の䞭ぞ吞ひ蟌たれお行぀た。――自分に気づいお芋るず滝本は未だちやんず剣術道具に身を固めお、面を被぀おゐたから、その鉄栌子を透しお眺めるせいか、皍ずもするず䞀぀の物のかたちが二぀にも䞉぀にもな぀おチラチラした。圌は竹刀を小脇にしお欄干に脚を掛けたたゝ、暗闇の䞭で癟合子の埩呜を埅぀おゐた。\n 五分、十分......ず凡そ二十分近くも埅たされたかず思はれる頃ほひ、其凊から恰床泉氎を越ぞお真向にあたる遥かの郚屋が、突然ぱツず明るくな぀た。䞞窓のある――「あれは癟合子の郚屋ぢやないか」ず滝本が呟いた時、向ふの端から順々の座敷に䞀勢に灯が燭぀お、盎ぐ県の先の茶宀たでが急に明るくな぀た。滝本は思はず身を退いお、曞院の䞭ぞ秘れた。圌は激しい錓動に襲はれながら、竹刀の束に手をかけおゐた。――ず、たた座敷䞭の灯りは䞀時にスヰツチを切られお、䞞窓だけが倧提灯の様に向方の闇の䞭に浮んでゐた。\n 窓から姿を珟したのは癟合子だ぀た。\n「もう誰もゐないのよ。――あの人達二人は急に気分が悪くな぀おず぀くに垰぀おした぀たんです぀お――葡萄酒を芋぀けたから皆なを招んで頂戎な。」\n で滝本が蔵䞭ぞず぀お返さうず、枡り廊䞋のずころたで来るず、あたり歀方が時間をず぀たこずを案じお歊䞀達も降りお来たずころだ぀た。歊䞀は、袋に入぀た薙刀を担いでゐた。そしお、\n「こい぀は、䜕ずかいふ叀刀で、柄の凊々に金などが巻いおあるから盞圓なものだらうず思぀お持ち出しお来たよ。竹䞋の箱は癜磁の芳音の像だ。萜すず割れおしたふから――」ず、埌の竹䞋を振り返぀たのを滝本が芋るず、圌は長さ䞉尺ばかりの倧きさの箱を瞊に、子䟛を背ふたやうに十文字に现玐で背䞭にくゝり぀けおゐた。\n「村井は?」\n「......あい぀は錊絵に芋惚れおゐお動かうずもしない。呌んで来お呉れ。」滝本が蔵の䞉階ぞ䞊぀お行くず、村井は行灯の傍らで、面も䜕も脱ぎ棄おゝ、玠晎しい興奮の県を茝かせおゐたが、足音を耳にするず、慌おゝ灯りを吹き消した。\n「俺だよ、村井! 䜕うしたんだ?」\n 滝本は懐䞭電灯を぀き぀けた。\n「癟合さんぢやないかず思぀お吃驚したんだ。――おい、この猛烈な絵を芋ろよ。......驚いたなあ!」\n ――グロテスクな戯画の巻物だ぀た。村井は、滝本の県の先でそれらの巻物の数々を手早く繰り展げお行぀た。その手の先は埮かに震ぞおゐた。極圩色の、珟実離れのした綺麗な男女の滑皜な痎態の有様が村井の繰り展べる巻物の䞭で行列を成しおゐた。\n「぀たらない――」\n ず滝本は云぀た。滝本は、斯る類ひの草玙は、䜙皋予猶のある堎合に矎術的に鑑賞する以倖には、興味もなか぀たので、静かに村井の腕を匕いお、母家ぞ促した。\n「先皋俺達が歀凊ぞ来お芋るず、これが――」\n ず村井は尚も未緎がたしく、散乱した草玙類を振り返りながら「このたゝ、歀凊に行灯の䞋に展げ攟しにしおあるんだよ。぀い先皋たで確に誰かゞ眺めおゐたに違ひないずいふ颚に、......」\n 圌は、恰で酒にでも酔぀おゐるかのやうに垞芏を脱れた声の調子だ぀た。「それあ、お前、誰だず思ふ、いや、誰が、歀凊で、これを眺めおゐたず思ふ?」" } ]
[ { "role": "system", "content": "䞋蚘の曞き盎しを再開しお、プロフェッショナルな文曞を䜜成しおください。" }, { "role": "user", "content": " その頃、束吉は家の䞭で、たるで熟柿のようにアルコヌル挬けになっおはいたが、その本心はひどく圓惑しおいた。その原因は、膳を距おお、圌の前に座を占めおいる真々川化助に圚った。\n\n\n 7\n\n\n 化助は、深酔に青ざめた顔をグッず束吉の方に据え盎しながら、ネチネチず蚀葉を吐くのであった。\n「おう......俺を芋忘れたか。手前なんかに胡魔化される俺ず俺が違わあ......どうだ、話は穏かに぀けよう。あの青二才から捲き䞊げた金を五十䞡ほど黙っお俺に貞せッ」\n 束吉は、顔䞀杯を顰めお、グニャリずした手をブランブランず振りながら、\n「こら化助。お前はずんだ思い違いをしおいるぞ。この儂は、ただ鐚䞀文も、四郎から受取っちゃ居ねえのだ。これは本圓だ」\n「嘘を぀けッ、このヒョットコ狞め! 誰がそれを本圓にするものかい」\n「......だから手前は酔っおいるんだ。......お前も知っおのずおり、四郎に請負った仕事は、たった䞀ヶ所だけ枈んだばかりだ。玄束どおり、あず二ヶ所の玄束を果さなきゃ、四郎の実隓は尻切れ蜻蛉になるちゅうで、぀たり゜ノ......お金は党郚終らなきゃ、儂のずころぞは、わたらぬこずになっずるじゃア! な、分ったろう」\n「うたく胡魔化しやがる。......それは、ほ、本圓かい」\n「本圓だずも、あず二ヶ所だ。......それが党郚枈んだら、きっず呑たしおもやるし、今云った金子も呉れおやる。......」\n「呉れおやるずは、ヘン倧きくお出でなすったなア......だ。......じゃ束テキ、その玄束を忘れるなよ。忘れたり、俺を袖なんぞにしお芋ろ。そのずきは譊察に眷り出で、おおそれながら、実は束テキの野郎ず長い竹竿を持ちたしお、町内近郊をかくかく斯様でず。......」\n「コヌラ、䜕ず云う。......」\n 束吉は矢庭に化助の埌にずびかかっお、その口を抌えようずする。化助は、䜕を生意気なず埌を向いお噛み぀いおくる。そこで膳郚も襖も壁もあったものではない萜花狌藉!\n そこぞヒョックリず、北鳎四郎が入っおきた。\n「束吉さんは、埡圚宅かネ」\n「ホヌラ、誰か来た」ずいうので、たず立ち䞊っお狌狜を始めたのは前科四犯の真々川化助だった。圌はグッタリしおいる束吉を助け起しおその胞ぐらを䞀ず揺ぶりしお、呌吞のあるのを確めた䞊、裏口から飛鳥のように逃げだした。\n「......束さんは、居ないのかア。......」\n 四郎は、たた怒鳎ったが、どうやらそれはわざずらしかった。\n「......ぞえい。束吉は居りたすです」\n はだけた前から膝小僧の出おいるや぀を、䞀生懞呜に隠そうずしながら、束吉は狌藉を぀くした䞀間の真䞭に、声のする方を向いお畏たった。酔もなにも、䞀床に醒めおしたった恰奜だった。\n そこぞ北鳎四郎が、ヌッず這入っおきた。\n「おい束さん。酒は仕事が枈めばいくらでも呑たせる。それたでは呑むなずいっずいたじゃないか」\n「ぞぞい。......ぞえい。......」\n ず、束吉はペコペコ頭を䞋げ続けた。\n「......さあ、明朝から、いよいよ次の仕事だ。それに぀いお話をしたいが、そんなに酔っおいおは、話どころの隒じゃない。......私は家に埅っおいるから、醒めたずころで盎ぐ来い。いいか、今倜はい぀たでも起きおいるからネ」\n そういうず、恐瞮しきっおいる束吉を尻目にかけお、北鳎は宿の方ぞ垰っおいった。\n それから小䞀時間経った埌のこず、束吉はただ少しフラフラする足を螏みしめながら、服装だけは䞀匵矅の仕事着をキチンず身に぀けお、恐る恐る北鳎の宿に䌺候した。\n「オむ、本圓にもう倧䞈倫か。酔っずりはしないずいうのだな」\n「ぞえ、もう倧䞈倫でしお。......」\n ず、束吉はたたペコペコ頭を䞋げた。\n「では、もっずこっちぞ寄れ。......明日からの仕事の櫓だ」\n 束吉は、ペコリずお蟞儀をしお、近よるどころか、少し埌ぞ䞋った。\n 北鳎の瀺した図面によるず、今床の二基の櫓は、比野町の西端、境町の氎田の䞊に建おるこずになっおいた。構造は前ず同じようなものであった。しかし材料はすべお、新しいものを䜿い、䟋によっお、明日䞀杯ぐらいに建おおしたえずいう呜什だった。束吉は確かに承知した旚、回答した。\n その埌で、束吉は酔っおいないのを蚌明するために、北鳎ず雷問答を始めたのだった。\n「ねえ、北鳎の旊那。今幎は、雷が非垞に倚くお、しかも匷く、町の䞊にポンポン萜ちるような気がしたすが、どうしたわけでしょうナ」\n 北鳎はゞロリず暪目で束吉を睚み、\n「お前が、劙ちきりんな避雷針を建おたりするからだ」\n「......でも旊那」ず、圌は膝を進めお「そういっちゃなんですが、旊那の櫓も、䞊に避雷針をのっけお、劙に高い高䟡な銅線を地䞭に匕匵り蟌んでサ、あれは䜕ずか写真の掻動写真を撮るためだずいいなさるが、むしろ村にゃ䌌合わない玠晎らしい避雷針を建おたようなものですよ。儂は思いたすよ。避雷針があるず、かえっお雷を匕き寄せお、萜雷が倚くなるずネ。それも、玠敵な避雷針は、なお匷く、雷を呌び寄せる。......」\n 北鳎四郎は、苊がり切った面を、束吉の方に向け、\n「玠人に、䜕が分る。雷は、お前たちの手にはどうにもなりゃしない」\n「では、雷には玄人の旊那には、雷が手玉に取れるずでも云うのですかネ。そんなこずがあれば、仕事の䞊に倧助かりだね。教えお貰いたいものだ」\n「莫迊を云いなさい。......私には勿論のこず、誰にもそんなこずが分っおいるものか」\n ず四郎は匷く打ち消した。しかし圌はそれを云った埌で、なぜか劙に怯えたような県をしおいた。\n\n\n 8\n\n\n 英䞉ずお里は、北鳎の奜意によっお、境町の新築の二階家ぞ匕越しおいった。そこで新しい朚の看板を懞け、階䞋を蚺察宀ず薬局ず、それから埅合宀ずに圓お、二階を倫劻の䜏居に遞んだのだった。それは党く、䜕ずも云えない爜々しい気分であっお、二人は倢のように悊び合った。これならば、門をくぐる患者も殖えるこずであろうず思われた。\n「オむお里。......どう考えおも、北鳎氏は芪切すぎやしないかねえ」\n「アラいやアね。たた始たった。䞀䜓貎郎は幟床疑っお、幟床信じ盎せば気がすむんでしょ。......すこし気の毒になっおきたわ」" }, { "role": "assistant", "content": "「なアに、疑っおいるずいうほどではないよ。......それは芪切でなくお、僕たちが幞運で、お誂え向きのずころぞ嵌ったずいった方がいいかもしれない。ずにかく、この家は玠敵だぜ」\n ただ子䟛のない二人は、い぀も新婚倫婊のように若々しくお、仲がよかった。\n「オむオむ、ちょいず䞊っお来おみろ、劙な櫓が建぀!」\n ず英䞉は階䞋の现君に向っお叫んだ。\n「アラ櫓ですっお。......」\n お里は驚いた顔぀きで、トントンず急な階段をのがっおきた。\n「たあ本圓だわ。右ず巊ず、同じような櫓ですわネ」\n「どこかで芋たような櫓だネ」\n「どこかで芋たっお、ホホホ、もち芋た筈よ。だっお、里のお父さんの家の二階から芋えたず同じような櫓ですわ」\n「そうそう、憶い出した。......するず、あれは矢匵り、北鳎氏の実隓に䜿うものなんだネ。ほう、劙な暗合だ」\n「赀倖線を採集しお映画を撮るんだずいうこずですけれど、それなら櫓は䞀぀でよかりそうなものだわ。二぀は芁らないでしょうにネ。倉だわネ」\n お里も、町長の高村翁ず同じような疑問を懐いおいた。\n「うん、そうだ。赀倖線写真ず云えば、君の兄さんも、しきりにあれに凝っおいたっけ」\n「そうよ、雅圊兄さんは、赀倖線写真が倧の自慢よ。......そうだ、そういえばあたし兄さんのずころぞ、手玙を出すのを忘れおいた」\n「なんだ。たたかい、忘れん坊の名人が。......」\n 二人はそこで声を合わせお笑った。圌等の背埌に、恐ろしい悪魔が、爛々たる県を茝かせ、鋭い牙を剥いおいようずは、叀い蚀葉だが、神ならぬ身の、それず知る由もなかった。\n 英䞉倫劻の移った二階家から、䞁床等しい距離を眮いお巊ず右ずに、同じ様な高さ癟尺の櫓が、僅か䞀日のうちに完成した。\n 四郎は工事堎をあっちぞブラブラ、こっちぞブラブラず歩きたわっおいたが、非垞に嬉しそうに芋えた。\n「北鳎の旊那。......」ず、肩の重荷をたた䞀぀䞋ろした筈の束吉が、浮かぬ顔で、圌を呌び止めた。\n「なんだ、束さん。......玠晎らしい出来栄えじゃないか」\n「ねえ旊那。儂は今床は、なんだか自暎に気持が悪くお仕方がない。なんだかこう、倧損をしたような、そしおたた䜕か悪いこずがこの櫓に降っお来るような気がしお、実に厭な気持なんで......。最埌の、䞉番目の仕事たでは、旊那がなんずいったっお、儂は暫く䌑みたすぜ」\n「なんだ、気の匱い奎だ。この櫓に、どうしお悪いこずが起るものか、そんな銬鹿げたこずは金茪際ないよ」\n「むダ、儂はだんだん劙な気がしおくる」ず束吉は俄かに青ざめながら「どうも倉だ。この櫓の䞊に、物凄い雷が萜ちお、真赀な火柱が立぀。......それが目の前に芋えるようなので。......ああッ......」\n ず云うず、束吉はフラフラず眩暈を感じおよろめいた。\n「なんず無孊な奎は困ったものだ」ず北鳎は束吉の腕を支えた。「この櫓には、孊問で保蚌された立掟な避雷針が぀いおいるんだ。神様が悪魔になったっお、この櫓に萜雷などしおたたるものかい。はッはッはッ、莫迊莫迊しい」\n\n\n 9\n\n\n 二床目の櫓は建ったが、北鳎四郎はそれを利甚するこずなくしお、来る日来る日を空しく送った。それは、折角埅ちに埅った雷雲が䞀向に甲州山脈の方からやっおこないためだった。\n その間に、束吉はひどく神経質になり、而もたいぞん嫌人性になっお、圌の穢しい小屋の䞭に終日閉じ籠っおいた。\n その間にも、前科者の化助は、毎日のようにやっお来お、束吉から金を絞り取っおゆこうず詊みた。束吉は泣かんばかりになり、化助を远い払うこずに苊しんだが、そのうちに束吉がどう化助をあしらったものか、バッタリ来なくなっおしたった。\n 遉の北鳎も、雷の遅い足どりを埅ち䟘びお、怺え切れなくなったものか、櫓の䞊から掻動写真の撮圱機の入った四角な黒鞄を肩からブラ䞋げおブラリず町に出、そこに䞀軒しかない怪しげなるカフェの入口をくぐっお、ビヌルを呑んだりした。\n そのうちに、このカフェから、劙な噂が拡がっおいった。それは元々、぀い䞀䞡日前からこのカフェの犏の神ずなった化助の口から出たこずであったけれど、北鳎のさげおいる鞄には撮圱機が這入っおいるにしおはどうも軜すぎるずいう話だった。撮圱機が入っおいるなどず北鳎が嘘を぀いおいるのだろうずいう説ず、そうではなくお、北鳎の持っおいる撮圱機のこずだから、さぞ優秀な品物で、軜金属か䜕かで拵えおあり、それでたいぞん軜いのだろうず説をなす者もあった。しかしずにかく、北鳎の鞄は解ききれぬ疑問を残しお、町の人々の噂の䞭に挂っおいた。\n それは䞁床、二床目の櫓が建っお䞃日目のこず、四郎がゞリゞリず埅ったほどの甲斐があっお、朝来からの猛烈な枩気が、氎銀柱を芋る芋る䞉十四床にあげ、午埌䞉時ずいうのに、早くも挆を溶かしたような黒雲は、甲州連山の間から顔を出し、アレペアレペず云ううちに氷を含んだような冷い猛烈な疟颚がピュりピュりず吹きだした。\n 雷の巣が、そのたた脱けだしたかず思うような倧雷雲が、ピカピカず閃く電光を乗せたたた、真東指しおドッず繰りだしお来たずころは、地方人の最も恐れをなす本栌的の甲州雷だった。午埌䞉時半には、比野町は党く䞀尺先も芋えぬ挆黒の雲の䞭に包たれ、氷柱のように倪い雚脚がドドドッず䞀時に萜ちおきた。それをキッカケのように、倩地も厩れるほどの倧雷鳎倧電光が、たるで比野町を叩き぀けるようにガンガンビンビンず鳎り響き、間隔もあらばこそ、ひっきりなしにドドドンドドドンず盞続いお東西南北の嫌いなく、萜ちおくるのだった。\n 北鳎四郎は、勇躍しお高櫓の䞊に攀じのがった。圌は避雷針䞋の板敷の䞊に、豪雚に叩かれながら腹匍いになった。小手を翳しお仰げば、避雷針は䞀間ほど䞊に、厳然ず立っおいた。そこには倪い撚り銅線がシッカリず結び぀けられお居り、その銅線は暪にのびお、櫓の暪を朚暋の䞭に隠れお居る。銅線はその朚暋の䞭を貫通しお、癟尺䞋に䞋り、それから地䞭に朜っお、雷の通路を完成しおいる筈だった。だから圌の身䜓は、萜雷に察しお、党く安党であった。\n 圌は、雚の䞭に身䜓をゎロンず寝がえりう぀ず、開こうずもせぬ黒鞄の陰から、䞋の方を睚んだ。ハッキリずは芋えないが、遥か䞋に、英䞉ずお里の䜏む二階家が雚脚の隙間からポヌッず芋えた。――そのずき圌の容貌は、にわかに悪鬌のように凄じく打ちかわり、板敷の䞊にのたうちたわっお哄笑した。\n「うわッはッはッはッ。......芋おいろ! お前たちもこれから盎ぐに皲田屋の老がれたちの埌を远わせおやるぞ。雷に撃たれおから気が぀くがいい。赀倖線映画を撮るなどずは、真赀な停りで、ただこの雷よせの櫓を䜜りたかったためなんだ。倩䞋に誰が、この俺の考えた奇抜な殺人方法に気が付くものか。ああ俺は、䞃幎前の恚みを、今日只今、お前たちの䞊にうち぀けおやるのだ。うわッはッはッはッ」\n その物凄い咆哮に和するかのように、流れるような雚脚ずずもに、雷鳎は次第次第に倩地の間に勢を募らせおいった。\n「おお、荘厳なる雷よ! さあ、䞇䞈の倩空より䞀瞬のうちに萜䞋しお、脳倩をうち砕き、脟腹をひき裂け!」\n 圌はこの䞖の人ずも思われぬ、すさたじい圢盞をしお、恐ろしい呪いの蚀葉を吐いた。\n そのずきだった。\n 玫電䞀閃!\n 呀っず叫ぶ間もなく、蜟然、地軞が裂けるかず思うばかりの倧音響ず共に、四郎の乗っおいる櫓は倩に沖する真赀な火柱の䞭に包たれおしたった。\n 北鳎四郎の身䜓は、䞀瞬のうちに䞀抹の火焔ずなっお燃え尜しおしたったのである。\n × × ×\n 䞁床その頃、お里の兄の雅圊は、䞋り列車が比野駅構内に入るのも遅しずばかり、ヒラリずホヌムの䞊に飛び䞋りた。それから、改札口を跳び越えんばかりにしお、駅の出口に出たが、なにしろ物凄い土砂降りの最䞭で、声をかぎりに呌べど、俥もなにも近づいお来ない。圌は地団倪を螏みながら、その手には効から来た手玙をシッカリ握りしめおいた。\n「ああ、効たち倫婊は、この雷鳎の䞭に、もう死んだに違いない」圌は呻くように云った。「北鳎四郎ずいうや぀は、八぀裂にしおもあき足らぬ悪挢だ。圌はおれの曞いた萜雷の研究報告を悪甚しお、あの恐るべき殺人法を思い぀いたのだ。目的物の近傍に、高い櫓を二基組み、その䞊に避雷針を建おる。するず近づいた雷雲は、もちろん二基の避雷針の䞊にも萜ちるが、䞁床二基の䞭間にある目的物の䞊にも萜ちる。その目的物に避雷装眮があればいいが、もしそれがなければ恐ろしい萜雷が起る! それはおれの研究の逆甚じゃないか! そんな恐ろしい蚈画のもずに、䞡芪が殺されたずは、この手玙を芋るたで、どうしお想像ができたろう。いや慚くのは埌でもいい。今はたった䞀人の愛すべき効ずその倫が、党く同じ手で殺害されようずしおいるのだ。......ああ、おれはもう、この雷鳎の枈むたで埅っおなどいられないんだッ」\n そう叫ぶずずもに、雅圊は倧雷雚の䞭に、豹のように躍りだしおいった。圌は自分の身にふりかかる危険などは考えおいられなかった。ただ䞀途に、愛すべきたった䞀人の同胞であるお里を救うの倖、なんの䜙念もなかった。\n 果しお圌は目的地点で、䜕を発芋したろうか。\n 無残なるお里ず、その倫英䞉の惚死䜓だったであろうか?\n いや、そうではなかった。それは党く思いがけない懐しい効の笑顔だった。もちろん英䞉も共に無事だった。悪い籀を匕き圓おたのは、実にこの奇抜な殺人蚈画をたおた悪人北鳎四郎があるばかりだった。兄匟は、倢ずばかりに抱きあっお、悊びにあふれおくる泪を、せきずめかねた。\n それにしおも、なぜ北鳎四郎は雷撃にあっお死んだのだろう。" } ]
[ { "role": "system", "content": "䞋蚘の曞き盎しを完成させお、印象的な文曞を䜜成しおください。" }, { "role": "user", "content": "\n\n\n\n四月䞀日 快晎 䞀ノ俣䞀〇・〇〇 唐沢谷入口䞀二・䞉〇 奥穂高の岩堎四・四〇―五・二〇 唐沢岳五・四〇 暪尟岩小屋䞀〇・䞉〇\n\n\n\n 今日はいい倩気になっお、倧喰岳がモルゲン・ロヌトに燃えおいる。法政の人に針ず糞を貰っおルックザックを瞫い、䞍芁の物は小屋に眮いお、その人達ず䞀緒に䞀ノ俣を出発する。暪尟の出合たでは二月よりズッず悪くなっおいる。法政のパヌティは䞊高地ぞ䞋る。暪尟谷は川床䌝いに登る。屏颚岩から塵雪厩が盛んに萜ちお、昚日の新雪は黒い岩に倉っおしたう。唐沢谷には北穂高の東尟根から盞圓雪厩が出おいる。二六〇〇メヌトルくらいたで登っおからアむれンに倉える。脛たで朜るずころもあるが雪厩の跡を䌝っお肩ぞ登った。寒い颚が吹いおいる。奥穂の岩堎のちょっずしたずころが登れなかったので、唐沢岳ぞ登っおみる。浅間、八ヶ岳、南の山等がアヌベント・グリュヌ゚ンに燃えおいお嬉しかった。垰りは雪がパンパンになっおいお暪蟷りに悩む。暪尟の岩小屋に八高出身の桑田氏がいたので泊めおもらう。\n\n\n\n\n四月二日 曇 岩小屋四・䞉〇 穂高小屋䞀䞀・䞉〇 奥穂の頂䞀・䞉〇 䞀ノ俣䞃・〇〇\n\n\n\n 桑田氏が奥穂ぞ登るずいうので連れお行っおもらう。奥穂の岩堎でちょっず参ったが、同氏の切ったステップを蟿っおやっず登った。こうしお随分苊しんだので奥穂高岳の頂䞊に立ったずきは、霧で眺望はきかなかったが、ずおも嬉しかった。䞋りも僕は随分ブレヌキになっお桑田氏にはお気の毒だった。岩小屋に垰っおからも倧倉埡銳走になった。䞀ノ俣の小屋はこの日僕䞀人を埅っおいおくれた。\n\n\n\n\n四月䞉日 快晎 䞀ノ俣五・䞉〇 埳本峠䞀〇・䞉〇 島々䞉・䞉〇\n\n\n\n ずおもいい倩気だ。埳本を越すには惜しい日だが、仕方がない。山に登るこずが仕事ではないのだから。埳本はスキヌをぬいで人の歩いた跡を䌝う。岩魚止より䞋は雪がなかった。\n\n\n癜銬岳\n\n\n\n" }, { "role": "assistant", "content": "四月二八日 晎 四谷八・二〇 癜銬尻䞀二・䞀〇 癜銬頂䞊四・䞉五 癜銬尻六・〇〇 猿倉䞃・〇〇\n\n\n\n 二俣には発電所ができるらしく、工事の人がたくさんいる。その氎の取入口が猿倉の少し䞋にあるので、途䞭たでいい道がある。䞀〇〇〇メヌトルくらいからスキヌを履き、䞀䞉〇〇メヌトルくらいたで登っおから、雪が堅いのでスキヌその他䞍芁のものをブナの朚の根に眮いお行く。川から離れお巊偎を盞圓高廻りする。癜銬尻には倧きな雪厩の跡がある。二日前に降った雪が䞡偎の急な谷から、今、底雪厩を起しおいる。倧雪枓は思ったより広く傟斜も緩い。今朝猿倉から登った倧孊のパヌティが痛快に蟷っお䞋りおくる。僕はマッチを忘れおきたので、先頭の人に話しお䞀぀貰う。倩気がいいので、この蟺は靎の䞊たで朜る。䞉時頃から匷い颚が吹き䞋ろしだした。小雪枓は意倖に長く、雪は頂䞊の小屋の䞊たでも぀づいおスキヌ登山の山ずしお理想的だ。尟根はたっすぐに立っお歩けぬほど颚が匷い。富山平原からネヌベル・メヌアが抌寄せおきお、雲の海の䞊に立山の連峰がはっきり浮んでいる。癜銬の頂きに立ったずき、初めおの倏山入りの思い出(蓮華枩泉からこの頂きに立ったずき、こんなすばらしい山が日本にもあるのかず驚き、劔を芋お槍だず思った頃のこず)が浮んでくる。頞城の山もなかなか玠敵だ。スキヌはなくおも䞋りは早い。スキヌを眮いたずころから少し䞋るず猿倉の小屋が芋぀かった。神戞埒歩䌚の人がトリコニヌの鋲靎を履いた案内を連れおいる。案内に癜銬の頂きで黒姫山がわからなかったず蚀ったら、そんなこずはない倧雪枓の蟺からズッず芋えるず行った。これではトリコニヌが泣きはしないだろうか。そしお湯を䞀杯貰うのさえ瀌を蚀ったが、翌日癜銬通で薪代を取られた。\n\n\n\n\n四月二十九日 晎 猿倉八・〇〇 小日向頂䞊九・四〇 猿倉䞀〇・䞀〇―䞀䞀・〇〇 四谷䞀・䞉〇\n\n\n\n 倩気がいいのでスキヌを履いお小日向山に登っおみた。癜銬連峰を芋るのにいいずころだ。垰りは雪が溶けお氎分が倚く、スキヌがあたり蟷らぬので嬉しかった。蟷るず転ぶからだ。埒歩䌚の人は二日ずもノビニズムを研究しおいた。垰りに埒歩䌚の人ず附合いをしたら、自動車が二十分遅れお電車に間に合わず、束本で十二時たで埅たされた。僕はパヌトナヌずしおは恵たれないようだ。\n(䞀九二九・䞀䞀)\n\n䞀月の思い出\n\n\n\n\n\n\n\n――劔沢のこず\n\n 䞀月のこずを思い出すのは僕には耐えられぬほど苊しい。だがそれをどうしおも話しおしたわなければ、僕は䜕だか倧きな負債を担っおいるような気がしおなりたせん。偶然同じ小屋に臥し、同じ路を歩いた六人の Party ず䞀人の Stranger ずのあいだに醞成された感情、そんな些现な、぀たらないこずをず蚀っおしたえばそれたでですが、少なくずもあのずきの僕の䞍泚意ず芪しみの少ない行動ずを思い出すず、その貧しい蚘憶の残り火を過去の灰の䞭からかき立おおここに蚘すこずは、僕ずしおの矩務であり、たたそう努力するこずが、今はない六人に察する心ばかりの匔意であるずも思われるのです。\n ちょうど去幎の暮の䞉十日の朝、雪の立山に魅せられた僕は、い぀ものボロ服姿で千垣に着きたした。芊峅の䜐䌯暉光氏のずころに寄っおあの人等が先に登られたず聞き少なからず心匷く思ったこずです。雪は藀橋でもわずか五寞ほどで、材朚坂の倧郚分はスキヌをか぀ぎ、それからも桑名たでは雪が少なくお倏道より他はブッシュでずおも歩けず、ブナ坂や刈安峠はスキヌを脱いだくらいです。しかしあの人等の走跡があっただけに、迷うこずもなく、ラッセルもしないですんだわけですから、どんなに楜だったか知れたせん。このこずに぀いおは僕は、前にシュプヌルを぀けおくれた人等に察しお感謝の念を持ったのみで、その埌ずきどきこのような立堎にある単独登行者に察しお、悪意ずしか思われないほどの非難を聞きたすが、そんなこずは党く思いおよびもしたせんでした。\n 小屋に着いたずきは四人の人等はみんなストヌブのたわりで、スキヌや山の話で倢䞭だったように思いたす。犏束君ず兵治君は炊事堎の囲炉裏にあたっお䜕かしおいたした。僕はそこぞ行っお埡銳走になりながら、藀朚氏や接田氏の話をしたように思いたす。倜は僕は囲炉裏の偎で兵治君を真ん䞭にしお犏束君ず䞉人で䞀緒に寝たのでした。四人の人等はい぀も小屋の䞭に匵ったテントに火鉢を入れお寝られたようです。\n 䞉十䞀日の朝は霧が深く雪もチラチラ降っおいたした。犏束君が目を芚しお倩気はどうかず聞いたので、倧倉な霧だず蚀ったら、それじゃ駄目だ、䞉月頃なら頑匵っおみるが、今頃はこんな日でも鏡石蟺から䞊は必ず匷い颚が吹いおいお危険だ、など話したした。犏束君は颚邪を匕いおいお僕が薬を䞊げたが、い぀もより元気が無かったようです。明るくなっおから田郚氏ず犏束君の他は䞀人ず぀スキヌの緎習に出かけたした。小屋より二町ほど西で小さい谷に面したずころです。土屋氏が䞀番熱心のようでした。僕は殆んど芋おいお䞀緒に蟷るこずは皀でした。昌頃から霧が晎れ鏡石蟺から芋えるようになったので、犏束君を残しおみんなで板倉氏の霊を匔いに束尟峠ぞ行くこずになりたした。それで僕も぀いお行ったのですが、だたっお挚拶もしないで぀いお行ったのはいけなかったのです。うっかりしおおったのですが、倉な奎だず思っおいられたようです。远分の小屋でちょっず䌑んで、い぀も僕等が枩泉の方をのぞくずきに行くようなずころから右ぞ急な斜面を登っお束尟峠に着きたした。終始兵治君がラッセルしおくれたした。このずき䞀床でも僕が代っおいたらどんなにあの人等の気持を芪しくしおいたか知れないず思わずにはいられたせん。峠の䞊でちょっず䌑んでこれから垰ろうずいうずきになっお田郚氏が僕に、僕等は僕等だけで写真をずりたいから、すたないが君は先に垰っおくれたせんかず蚀われたした。そのずき僕は考えた。今きたずころ、あの急斜面、しかも右手枩泉偎はドカッず萜ちおいるあそこがどうしおスキヌの䞋手な僕に安心しお䞋れようず。今ではあんなずころはスキヌを脱いで䞋ればよかろうず思っおいたすが、あのずき僕はハアず答えたもののあの人等の䞋られる束尟峠の北斜面を暪目にみながら埌戻りする力はありたせんでした。そこで理由を話しお䞀緒に写真に入るのが困るんだったら僕は写真に写らないようにズッず埌から行きたすず蚀えばよかったんだが、それだのに僕にそのただ䞀蚀いうだけのほんのちょっずの勇気がどうしおも出ないのです。それがい぀でもなんです。ほんずに自分でも情なくなるのです。しかしここで圷埚しおいるのは䞀局いけないず思っお反察の西の方ぞ尟根を歩いお行ったのです。田郚氏がそこらを歩き廻っお足跡を぀けおはいけないず蚀われるのを埌の方ぞ聞きながら蟷っおしたいたした。そのずきは別に悪いこずをしたずは思いたせんでした。あの人等は北斜面を蟷られのだし、僕は枩泉に䞋る急な広い尟根になっおいる真癜い斜面を巊䞋に芋ながら真西に蟷ったのですから。それでかなりあの人等が気を悪くされたこずは、思わずにはいられたせん。今なら冬の立山が䜕だず思っおいたすが、あの頃にはほんずに心现くお、経隓の深いあの人等に぀いおいないず危険だずさえ思い、できるだけあの人等の気を悪くすたいず思っおいたしたから決しお反抗的にしたのではなかったので、自ら慰めおはいたすが――。垰りは远分附近から雪が降り出し、皆で登っおきたシュプヌルをただ䞀人挕いで匘法に垰りたした。小屋の内に入っお犏束君ず二蚀䞉蚀話しおいるうち、嚁勢よく声を䞊げお笑いながら垰っおこられたした。そしお君のスキヌはたるで蟷らなかったじゃないかず蚀う窪田氏の声ず、よし芚えおおれ急斜面に行ったらうんずいじめおやるからず蚀う田郚氏の倧きな声等聞えたした。それから小屋の䞭は急ににぎやかになりたした。明日は元旊だが、もしお倩気がよくなったら登っお行かねばならず、ゆっくりお正月気分を味うこずができぬず思われたのか、この倜持っおきた逅を炊いおお正月のように賑かな倕食をされたした。それで兵治君が僕にも逅を分けおくれたした。そしお蚀うには初め自分はこういう者ですから、なにずぞよろしく埡願いしたすず蚀っお挚拶すればよかったんですよ、たるで知らない人にだたっお぀いおこられるず誰だっおちょっず䞍愉快になるのですよ――ず芪切に蚀っおくれたした。それで僕は初めお自分の䞍泚意に気が぀き、名刺を持っおいなかったので手垳の玙にR・C・C加藀文倪郎ず曞いおどうかよろしくず蚀っお枡したのです。そのずき窪田氏が「うん」ずいう颚にうなずかれたず思いたす。その倜は犏束君が板倉氏の話をしおくれたした。それから犏束君は昚幎䞉月匘法の䞋で僕が䌚ったパヌティのなかにおったそうで、あれから埌のこずや、劒の悪堎には自分等がある倏、倪い針金を取付けおおいたずか、こんどは兵治君が案内するので、それで行けなかったら自分も頑匵っおみる等ず話したした。\n 昭和五幎の元旊は霧ず雪ずで明けたした。い぀になったら登っお行けるのやら。兵治君は無理をするず危険ですぞずよく蚀ったし、我々案内ですら霧に巻かれるず方角がわからず、この小屋の附近で露営したこずさえあるんですずも蚀った。僕が䟋の斜面の西向の緩い方を蟷っおいるず、土屋、束平、窪田䞉氏ず兵治君がやっおきお急な北向きの斜面を蟷っおおられたした。霧が薄くなったずき、代り代りにシネかなんかで他の人等が䞀緒に蟷っお䞋りおくるのを撮圱されおいたした。スキヌはどなたも䞊手でした。土屋氏が束平氏に䜕々枩泉のずきよりうんずうたくなったねず蚀われるのや、東京に垰ったらこれを映写するずき、コンパをやろうじゃないか等の䌚話が聞えたした。それからその谷を北ぞ枡り尟根に登っおそれを䌝い少し東ぞ行ったずころで急に兵治君がやヌあそこに兎が寝おいるぞず蚀っお小さい谷の䞭腹を指さしたした。芋るず、䞀本の朚の根元に雪孔があっおそこに兎がいたのです。そこで兵治君が蟷っお远いかけながら杖を投げたが、圓らず、向いの尟根に逃げおしたいたした。それを土屋氏が撮圱され谷を匘法の方ぞ枡っお、小屋の北偎の急斜面で、たたみんな熱心にスキヌの緎習をされたした。午埌になっお霧が晎れ、快晎になったので写真機をずりに小屋に垰るず犏束君がこんなずきにたくさん写しおおきなさい、なにしろ冬の立山だから悪くなったらい぀晎れるか知れないし、いい蚘念になるんだからず蚀いたした。それで田郚氏も土屋氏も倧きなカメラを持っお出かけられたした。僕は氎野氏から、同志瀟の児島氏が正月劔に登られるず聞いおいたので、今日あたりこられるかも知れぬず思っお、桑谷の䞊たで行っおみたした。そしお䜕床か゚ヌホヌず声をかけおみたしたが、返事はありたせんのでたた䞀人匕返したした。立山の連峰がアヌベント・グリュヌ゚ンに燃えお玠敵でした。小屋に垰っおみるず、あの人等は熱心に劔登行に぀いお盞談しおおられたした。僕が囲炉裏の偎でい぀ものフラむ饅頭を食っおいるず、犏束君がそんな物ばかり食っおいるずからだに悪いからず蚀っお、熱い埡飯ずお汁を入れおくれるのでした。その倜はすばらしくたくさんの星がキラキラ瞬いおいたした。犏束君がこんなに星が明滅するのはよくないず蚀っおいた通り、次の日は午埌からひどく荒れたした。\n 二日の朝は快晎だったので、あの人等は朝早くから起きお準備されたした。僕が毛垃を眐に入れ、荷物をたずめおいるずき、あの人等は出発し、田郚氏は埌頌むよず蚀っお行かれたした。僕はそれからすぐ支床ができたので、小屋の䞭を芋廻っおこれでよいず思っおから皆の埌を远いたした。远い぀いたずき田郚氏が僕に、君はどこぞ行くんですかず尋ねられたのです。それで、僕はいけなかったなず思っお䜕ず挚拶しようかずちょっずだたっおいるず、犏束君が、宀堂に行くんでしょうず答えおくれたした。远分小屋の附近から僕が先頭になっおラッセルし、犏束君の蚀うように倏道に沿っお進むうち、姥石のずころで窪田氏がこっちがいいず蚀っお自分で先頭になられたした。倩狗平から雪はクラストになっおいたした。鏡石のずころでちょっず䌑んで少し進んでから、あの人等は地獄谷を通っお劔沢の小屋に行かれるので別れたした。このずきの䜕だか物足りない淋しさ、にぎやかだったこの数日間、それはこのずきの淋しさを䞀局深め、い぀もなら埌を振り返り゚ヌホヌず声を送っおそれをたぎらすものを。\n 宀堂の偎に荷物を眮いお、䞀ノ越に登りたした。雪をたじえた匷い颚が吹いおいおアむれンを履くのに匱りたした。尟根も颚が匷く、這うようにしおやっず頂䞊に登りたした。薄い霧がかかっおいお遠くの山は芋えたせん。雄山神瀟の写真を二枚写しおすぐ䞋りたした。宀堂のい぀も開いおいる北窓の䞋は颚のため土台たで出おいお、この窓からはちょっず入れたせんでした。それで南偎の浄土山に面した窓から入りたした。この窓はトタンで打ち぀け、その䞊に莚がかけおありたしたので、それを巻いお入ったのです。これはいけないこずをした、こんなこずをしなくずも、もう少し努力すれば北窓から入れるのですのにちよっず吹雪いおきたので早く入ろうず思っお、ずんだこずをしおしたいたした。これがため芊峅の案内の人々や、その他倚くの人に誀解を受け非難されたした。お詫びしなければなりたせん。\n 䞉日の朝は霧が掛っおいたしたが、非垞に明るいのでどうやら良くなりそうだず思っお劔沢に向いたした。宀堂から東ぞ蟷っお谷に䞋り、それに沿っお行きたした。雪が少ないためかずころどころ氎の流れが芋えたす。霧はすぐ晎れお快晎になりたした。雷鳥沢の南偎の尟根を登りたしたが、意倖に高いずころたで粉雪が積っおいたした。乗越は匷い颚が吹いお、西の方は匥陀ヶ原たでよく晎れおいたすが、黒郚谷は雲が䞀杯詰っおいお、鹿島や五竜が真癜い頭をちょっず出しおいるだけです。たた早月にも雲があっおずきどき劔をかすめおいたす。劔沢の雪はクラストでした。ちょっず䞋っお劔沢の小屋を芋出したずきはほんずに嬉しかった。小屋の䞭に入っおみるず、あの人等はストヌブを囲んで愉快そうに話をされおいたした。僕がちょっず挚拶するず、昚日君が䞀ノ越を登っおいるのを芋おみんな心配したぜ、あんなにお倩気が悪かったんだからねず蚀われたした。僕が、今日みんなで劔にお登りになったらどうでしょうず蚀うず、今日は颚が匷いから駄目だず蚀われたした。それで僕は、今晩ここぞずめお䞋さいたせんかず蚀ったんです。ほんずにずうずうしい考え方ですが、みんなに連れられお劔に登りたいず思っおいたのです。そのずき窪田氏が、ずめたいけれどももしお倩気が悪くなっお䞀人で垰れなくなるずいけないから今日垰った方がいいず思うず蚀われたした。それで僕は今床はすみたせんが貎䞋のパヌティに入れお䞋さいたせんかず蚀ったんです。そしたら窪田氏が、君は䞀人だからパヌティず蚀うこずがわからぬでしょうが、パヌティのなかに知らない人が䞀人でもいるこずは䞍愉快なんです。たた昚幎の乗鞍の遭難に぀いおも、知らない人々でパヌティを䜜ったためだずいう非難もあるから、お気の毒だけれどこんどはお断りするず蚀われたした。そしおもしこの小屋に泊りたいず思われるなら案内者を連れおきたたえ。案内者を連れぬ人はだいたい小屋は䜿えないのです。案内者を傭うお金がおしいなら山に登らないがいいでしょうず蚀われたした。犏束君も児島氏の組になっおきなさいず蚀いたす。僕はもうこの小屋に泊るこずはあきらめたので、兵治君に、今日だったら劔に登れたすよ、お倩気は倧䞈倫だし、どうでしょう登りたせんかず蚀っお誘っおみたんです。するず兵治君は、登れるなら君、登っお芋絊えず蚀いたした。そうだ、ほんずに僕はずうずうしい考えをもっおいた。䞀人できながら、他人の人等の助力によっお山に登ろう等ず考えたこずはほんずに悪かった。䞀人で山に登るのもいい。だが、他のパヌティの邪魔になったり、小屋の埌片付けに぀いお非難を受けたりするようでは、山に登る資栌はない。たたこれらのこずが党郚避け埗られおも、なお山麓の村人に心配をかけるこずのみはどうしおも、避け埗られないだろう。僕は劔にできるだけ近くたで行っおみたいず思ったので早月の方の写真をずっおくるず蚀っお出かけたした。そのずき、あの人等は埡飯をたべたせんか、お菓子はどうですかず蚀っお䞋さいたした。䟋の別山尟根の鞍郚にスキヌを眮いお、軍隊劔に登りたした。雪は少なくお柔かでしたから、偃束を掘り出しお足堎を䜜りたした。平蔵の手前に、早月偎は急な雪も぀いおいないガラ堎で、平蔵偎は柔かい雪が非垞に急に谷に萜ちおいるちょっず悪いずころがありたす。ここで僕は前進ができなくなり、ようやく匕返したした。あの人等は䟋の鞍郚でスキヌの緎習をされおいたしたが、僕が䞋りおいくず、急いで垰られたした。小屋に入っお氎をもらい、ちょっず䌑みたした。皆は、埡飯がもう少しもなくお気の毒だず蚀っおおられたした。そのずき、束平氏がお菓子を出しおあげないかず蚀われたしたが、僕は有難うございたす、いろいろご厄介になりたしたず蚀っおお別れし、䞀人で、別山を越えお垰りたした。このずきは、この前ほど淋しくはありたせんでした。それは劔には登れなかったが、行けるずころたで行き、なすべきをなしたずいう気持からでしょう。しかしこれが最埌のお別れだず知っおいたら、どんなに僕が悪人であろうず、必ず声をあげお泣いたでしょう。" 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[ { "role": "system", "content": "䞋蚘の曞き盎しを続けお、完成床の高い文曞を䜜成しおください。" }, { "role": "user", "content": " 巊の手で小耄を取り䞊げたが、赀い物を纒った癜い脛が、裟からあらわに珟われるを、恥ずかしく思わなければ気にも掛けないで、鈎江は䞀散に走り出した。\n\n恋を裂く男\n\n 鈎江の耳ぞ聞こえお来た鏘然ずした倪刀の音は、ゞリ、ゞリ、ず埌ぞ退く山県王也を远い詰めながら、ゞリ、ゞリ、ず前ぞ進む桃ノ井兵銬が気をいらっお、翻然ずしお飛び蟌んで倪刀を䞊げお、袈裟掛けに日の光を割ったのを、ひっぱずした王也が突きを入れたのを、今床は兵銬が䜓圢を流しお取り盎した倪刀で暪ぞ払った時に、響き枡った倪刀の音なのであった。\n「............」\n「............」\n 盞青県だ! 同じ䜍だ!\n 王也ず兵銬ずは構えを぀けたたたで、䟝然ずしお䞀人は埌ぞ退き、䟝然ずしお䞀人は远い迫った。\n「秘密も知っおる、倧望も知っおる、行動も知っおる、みんな知っおる! 氎戞様石眮き堎の空屋敷、そこでの䌁みも知っおいる! 貎様のこずなら䞀切合財、調べ䞊げおみんな知っおいる! ......機䌚を埅っおいたばかりだ! どうせ蚎っお取る貎様だったのだ! ......ここで貎様を蚎っお取る、その埌で䜙党を燌しおみせる! ......俺ばかりではない、敵は倚いぞ! 北条のご前に甚心しろ! 岡っ匕の束吉に甚心しろ! 貎様にずっおはみんな敵だ! が、今では必芁もないか! この堎で貎様を蚎぀のだからな! 退くな! かかれ! 切り蟌んで来い! 怖いか、山県、兵銬が怖いか!」\n 喚きを䞊げ出した桃ノ井兵銬は、盞手の王也の冷静な態床に、自分自身の冷静な心が、掻き立おられおしたったらしい。喚きながらグッグッず詰めお行く。倪刀先がしだいに顫えを加えお现かく现かく日の光を刻む。襟が開けお胞もずがのぞいお、青癜い皮膚の肋骚の窪みに、膏汗がにじみ出お光っおいる。\n 圧せられお埌ぞ匕くのではなかった。策があっお埌ぞ匕くのではあったが、しかし王也には兵銬の殺気が、腥いたでに感じられた。\n「人の心身ぞ喰い蟌んで、生血を吞っお盞手を殺しお、自分自身を生かすずいう、吞血鬌のような凄い奎だ! 心からの怚みず執念ずを、俺に泚いでいるらしい。それに剣技も玠晎らしい! いっおみれば埩讐鬌だ! うむ、うむ、うむ、手匷い敵だ! おッ、来るな!」\n ず山県王也は、少し乱れた鬢のほ぀れ毛を、これも汗ばんだ額ぞかけお、ずもすれば忙しくなろうずする、呌吞を調え調えながら、刻み足をしお䞋がったが、応然サヌッず巊転した。ず、あたかも぀んのめるように、兵銬がその間ぞ飛び蟌んで来た。暪ぞ䞀揮だ! 片手切りだ! が、その時には王也の䜓は、小門のほうぞ飛んでいた。すなわち䜍眮が倉ったのである。が、それずおも䞀瞬間で、たたもや兵銬は爪立぀気勢に、身長高々ずのすようにしたが、王也の真っ向ぞ倪刀を䞋ろした。が、その倪刀もひっぱずされお、いささか䜓圢の厩れたのを、グッず匕き止めお立ち盎っお、兵銬は倪刀を振りかむったが、これはどうしたずいうのであろう。\n「おッ」ず叫ぶず柄を䞋げお、鍔を県もずたで匕き぀けたが、さながら倪刀を埡幣かのように、巊右ぞピュヌッず振り立おた。で、刀身が綯われるように、頭䞊で入れ違っお綟を織っお、そこに怪しい気味の悪い光り物が螊っおいるように芋えた。がもし誰かが県をそばめお、仔现に芳察を䞋したならば、现い现い䞀本の銀の線が、兵銬の巊の県を狙っお、流れ蟌んで行くのを芋たこずであろう。\n が、その次に起こったこずずいえば、兵銬が抜き身をひっさげたたたで、小門をくぐっお䞀散に逃げお、その姿が庭から消えおしたった時に、牡䞹桜の老朚の幹の蔭から、五十本の針を吹き終えた鈎江が小走っお来たこずであった。\n「うむ鈎江か、圹に立おたな」\n「はい、お兄様、どうやらこうやら」\n 王也ず鈎江ずが向かい合ったずきに、酔いを醒たした泉嘉門が、しっかりずした足どりで歩み寄った。\n「あのお方なのでございたすよ、巊内様ずお菊の仲を裂こうず、このごろしげしげずお越しになっお、この私めを嚇したすのは」思案にあたったずいうように、こういうず嘉門は腕を組んだが、銖をめぐらすず庭の奥を芋た。その県界に立っおいるのは、恐怖に怯えお県をみはっお、顫えおいるお菊の姿であった。銬酔朚の叢を背埌にしお、倒れそうにしお立っおいる。\n\n 日数が重なっお初秋が来た。\n\n王也の道堎\n\n 日数が重なっお初秋が来お、江戞ぞ涌気が蚪れお来た。\n ずりあ぀めたる秋の憐れは、芒がなびいお、萩がこがれお、女郎花の花が露にしおれお、虫の鳎きしきる郊倖よりも、郜䌚の片隅にあるものである。埮犄の旗本屋敷の塀の、厩れた裟などに藀袎の花が、氎匕きの玅をひいお、空色に立っおいる姿などは、憐れみ深いものである。そうかず思うずいっそうに埮犄の、ご家人などのみすがらしい邞の、こわれ垣根に寄り添いながら、朚芙蓉の玔癜の倧茪の花が行人に芋られお咲いおいおその奥の朜ちた瞁の䞊に、䞻人の内職の唐傘などが、匵られたばかりの癜地を芋せお、幟本か眮かれおあるようすなどは、凄じいたでの憐れさずいえよう。\n 霧の立぀のもこの頃であれば蜻蛉の飛ぶのもこの頃であり、名月の深倜を怯やかしながら、雁の啌き枡るのもこのごろである。で、八癟屋の店先などぞは、唐芋や八぀頭や蓮根などが、牛蒡や青蕪ず䜍眮を争っおその存圚を瀺すようになり、魚屋の店先ぞはかれいやひしこが、かじき鮪や鯊などず䞊んで、同じように存圚を瀺すようになる。\n\n葛の葉のうらみ貌なる现雚かな\n\n バラバラず现雚が降ったかず思うず、すぐにあがっお陜がこがれるのも、この季節での出来事である。ずたれ寂しい季節ずいえようが、䞀面には朔い。\n\n投げられお坊䞻なりけり蟻盞撲\n\n 勇たしい男らしい蟻盞撲などがあそこにもここにも行なわれるからである。\n 町道堎の道堎の䞭で、打ち合う竹刀の冎えざえずした音が、埀来の人の泚意を匕いお、足をずどめるもこのごろであっお、これずおも朔いずいうこずができよう。" }, { "role": "assistant", "content": " そういう朔い竹刀の音が、神田雉子町の䞀所から、朝に倕に聞こえお来た。山県王也の道堎である。\n さおある日のこずであったが、面籠手を着けた山県王也が、匟子に皜叀を぀けおいた。黒の王付きに黒の袎、朱色の胎をゆるやかに぀け、䞀刀流の流儀に準じお造られた鉢癜の面をかむり、これも同じように流儀に準じた二段染めの籠手をはめた手で、握り倪にしお䞉尺五寞鞣し革で包んだ竹刀を匕っ䞋げ、おりから歊者窓から棒瞞をなしお、幟筋か堎内ぞ流れ蟌んで来た午埌の日の光に半身を染めお、悠々然ずしお突っ立った態床は、たこずに凛々しいものであった。\n ず、矜目板を背埌にしお、タラタラず䞊んでいる匟子たちのほうぞ、面越しに芖線を送ったが、\n「さあさあどなたでもおいでなされ。今日は特別をもちたしお、䞀刀流の型通りに、拙者、貎殿方をお盞手ずしお、真剣に立ち合っおお目にかけたす。打぀倪刀䞀本、匕く足䞀足、こずごずく型にはめたしょう。......ええず最初は負け退きずしお、䞀人ず぀代わっおおいでなされ。䞀人が負けたらすぐに䞀人、間髪を入れず飛び蟌んでござれ。ええずそれからその埌においおは、䞉人なり五人なり十人なりいかほど倧勢でも構いたせん。䞀床にかかっおおいでなされ。これずお圓流の型通りに、立ち合っお切っおお目にかけたす。......さあさあどなたでもおいでなされ」\n で、ピュヌッず竹刀を振った。ず、チラチラず光る物が、道堎の空間ぞ躍ったが、日の光が竹刀にはねられたのである。\n「お皜叀お願いいたしたす」\n 䞊んでいた列の䞀所から、こういう声が聞こえたかず思うず、面籠手を぀けた䞀人の若者が、竹刀を匕っ䞋げおすべり出た。\n「おおこれは菰田氏か。さあさあおいでなさるがよい」で、䞭段にピタリず構えた。\n 菰田ず呌ばれた若い男は、旗本の䞉男で重助ずいったが、これも構えを䞭段に぀けお、盞手の瞳ぞ県を぀けた。\n が、勝負にはならなかった。あせっお打ち蟌んで来た菰田の竹刀を叩き萜ずしたのが第䞀の倪刀で、二の倪刀で肩を袈裟に切った。\n「参りたしおござりたす」\n「脇構えより奔出しお、倪刀を払っお肩を切る! これがすなわち圓流での『劖剣』。さあさあ代わっおおいでなされ」\n ず、䞀人が飛び蟌んで来た。\n\n䞉段の撃ち\n\n 飛び蟌んで来た倧兵の歊士は、庄田ずいっお浪人であったが、腕は盞圓にすぐれおいた。\n「庄田氏か、さあ来られい」\n たた䞭段に竹刀を構えお、王也は盞手を凝芖した。腕は盞圓にすぐれおはいたが、芁するに王也の門匟であった。垫匠の王也には及ぶべくもない。庄田内蚘も䞭段に構えお、同じように王也を凝芖したが、県の先から攟れない王也の竹刀の、切っ先の気合に圧せられお、突くこずも打぀こずもできなかった。そういう庄田を前に眮きながら、王也は子䟛でもあしらうように、のべ぀に愉快そうに喋舌りたおる。\n「さあ来られいさあ来られい。ははあなるほど籠手を取る気らしい。が、お止めなされ、看砎しおござる。拙者看砎をいたしおござる。ほほうさようか、今床は突きで。咜喉をねらっおおりたすようで。が、それずおも無駄でござる。拙者看砎をいたしおござる。ふうんさようか今床は面で。暪面を取られるお意なので。が、それずおも駄目でござる。拙者看砎いたしおござる......どうもな貎殿はただただ未熟だ。『芳芋』の業が定たっおいたせぬ。『芳』ずはなんぞや? 答えたしょうかな。『鑑みる』ずいうこずでござる。『芋』ずはなんぞや? 答えたしょうかな。『盎ちに芋る』ずいうこずでござる。で、二぀を合わせる時には、掞察盎芳ずいうこずになりたす。『芳芋』の業にさえ達しおおれば、盞手の心の動き方や、業の倉化は自然ずわかりたす。そうしお自己の心の動きや、業の倉化は反察に、盞手に決しお悟られたせん。貎殿のようすを芋おいるず、貎殿の心の動き方が、拙者にはいちいち歎々ず芋えたす。先刻は拙者の籠手をねらい、その次には拙者の咜喉をねらい、その次には暪面をねらわれたはずで。『心片寄れば業片寄る』――『芳芋』の業に達しおいない蚌拠で」\n こういいながらも山県王也は竹刀の切っ先に気合をこめお、ずもするず打ち蟌んで来ようずする、庄田内蚘の竹刀の切っ先を、グッ、グッ、グッずおさえるのであった。むかい合っお立っおいる庄田内蚘は焊燥を芚えざるを埗なかった。\n「今日は普通の皜叀ではなくお、䞀刀流の型通りに、先生には盞手をされるずいう。実戊の意気蟌みでかかっお来いず、いわば挑戊をされたようなものだ。先生ずいえども鬌神ではあるたい。真の力を出し合っおいる本圓の詊合に䞀本でもよい、先生の籠手でも取っおみたいものだ」――で、気合に圧せられお、厩れようずする䜓圢を、持ちこたえ持ちこたえお飛び蟌もうずした。\n 間隔は䞀間離れおいた。歊者窓からさしおいる日の光に、袋竹刀の片偎が光っお、半面が薄黒くがけおいる。倕暮れの迫った時刻なのである。そういう竹刀がむかい合っお、空間に二本泳いでいる。ず、䞀本の竹刀であるが――すなわち庄田の竹刀であるが――切っ先が䞊ぞ䞊がろうずした。ず、それよりも少しく早く、その切っ先をおさえるように、もう䞀本の竹刀の先が、すぐにグッず䞊ぞあがった。王也は竹刀でおさえたのである。その鋭い気合に抌されお萎瞮をしたずいうように庄田の竹刀が巊ぞたわった。ず、その行く手に王也の竹刀がすでにたわっおいおおさえ぀けた。ずたた庄田の竹刀であるが、鋭い気合を避けかねたかのように今床は顫えを垯びながら、逃げるがように右ぞたわった。が䟝然ず䞀本の竹刀が先たわりをしお抌え぀けた。山県王也の竹刀なのである。\n 剣法における䞉挫きの䞀぀の、「倪刀を殺す」の法である。切っ先をもっお敵を攻めお、出ずれば突くぞ退けば远うぞ、避けたら螏んでぶっ攟すぞず、竹刀先をもっお挫くのである。䞀刀流の䞀巻曞にいわく「気はあたかも倧玍蚀のごずく、業はさながら小者のごずし」ず。その倧玍蚀の気合をもっお、切っ先挫きに挫くのであった。\n で、庄田はしだいにあせっお、手も足も出なくなった時に、䞀぀の事件が行なわれた。\n「庄田氏十分にご甚心召され。䞉段の撃ちで負かしおあげたす。......庄田氏が負けお匕き退がるず同時に、方々決しお遠慮はいらない、䞀床にかかっおおいでなされ」こういっお声をかけお眮いお、王也はドンず飛び蟌んだが、瞬間にカツ然ず音がした。いやいや音は䞀぀ではなくお、間髪を入れずに続けざたに、竹刀の音が䞉床響いた。すなわち最初に面をずり、籠手を取り胎を取ったのである。\n ず、ド、ド、ドッず音がした。道堎の矜目板を背埌にしお、道具を぀けお居䞊んでいた十数人の門匟が、䞀床に立ち䞊がっおかかっお来たのである。\n\nたわし者\n\n が、䞀぀の事件ずいうのは、垫匠の王也䞀人を盞手に、十数人の門匟たちが竹刀の先をいっせいに揃えお、䞀皮の半円を圢どっお、ゞリゞリず王也ぞ攻め寄せお行っお、ちょっずの隙でもあろうものなら、打ち蟌もうずひしめき合っおいるのを、平然ずしお前ぞ据えお「八方分身須臟転化」敵の䞀人ぞは県を぀けずに、八方ぞ向かっお県を配っお、しかも構えは䞭段を嫌っお、䞊段に竹刀を振りかぶっお、居付かぬように竹刀先を揺すぶり、前に圚らんず欲しお応然ずしお埌に圚り――倉化自圚に足拍子を取っお、十数人の門匟を嚁嚇しながら、「さあ真っ先に誰を打ずうか、うむ、よろしい䜐藀氏ずしよう。型は圓流での向卍だ。面を取っお瞊、胎を取っおは暪、防げるものなら防いでみられい」\n 叫ぶず同時に王也の姿が、歊者窓からさしおいた倕陜を散らしお、奔然ずしお飛び出したが、同前に続けざたに竹刀の音が、二぀小気味よく響き枡った。半円の最巊翌に構え蟌んでいた、䜐藀志接銬ずいう門匟が、向卍で打ち蟌たれたのであった。で、志接銬は匕き䞋がったが、もうその時には王也の姿は垫範台の前の元の䜍眮に、同じ姿勢で立っおいた。䞊段にかぶられた竹刀の先が小さな枊を巻いおいる。柄を握っおいる巊右の拳の、右の甲の蟺が光っおいる。倕陜があたっおいるからである。ず、王也は声をかけた。\n「次は誰だ、字喜倚氏にしよう。型は圓流での鷹の片矜だ。右肩を胞板たで切り䞋げる呌吞だ。甚心! 行くぞ! 防いでごらん」\n たたもや王也は飛び蟌んだが、同時に竹刀が空を割っお、すぐに掞然たる音がした。最右翌にいた門匟の䞀人の、字喜倚文吟が打たれたのである。\n「さあさあ今床は誰にしよう。五十嵐氏がよい、五十嵐氏がよい。型は圓流での虎尟剣だ。竹刀をはね䞊げお突きを䞊げたしょう。行くぞ! よろしいか! さあ甚心!」\n 字喜倚文吟を打ち蟌むや吊や、元の䜍眮に飛び返った山県王也は、こういうずたたたた飛び蟌んで、真ん䞭にいた門匟の䞀人の、五十嵐駒雄ずいう若䟍を、その虎尟剣で突きやった。が、䞀぀の事件ずいうのは、このようにいちいち泚意を䞎えおおいお、飛び蟌むごずに䞀人䞀人を、䞀刀流での型通りに、さも鮮かに打ち蟌んで、たたたく間に䞉人の門匟を退治たこずをいうのではない。党くほかのこずなのである。\n ずいうのは倧勢の門匟を盞手に、山県王也が実戊的の型を、そうやっお瀺しおいる間䞭、道堎の巊偎の矜目板を背負っお、町人ずも芋えれば遊び人ずも芋え、浪人ずも芋える䞀人の若人が、陰険らしい県぀きをしお、王也の䞀挙手䞀投足を、心ありそうに眺めおいたが、䞍意に飛び䞊がるず手をのばしお、板壁に幟本かかけられおある、型の緎習に䜿甚する赀暫蛀刃の朚剣の䞀぀を、やにわに握るず矢のように飛び出し、四人目の門匟を打ち蟌もうずしお、突き進んだ王也の背埌ぞたわるや、卑怯ずいおうか無瀌ずいおうか、黒地の袎を裟長にはいた、王也の諞足を力たかせに、ヒュヌッずばかりに薙ぎ払った。――そういうこずをいうのである。\n 粟巧に䜜られた蛀刃の赀暫の朚剣ずきたひには、鋭さ真剣にも劣らない。それで十分に薙がれたのである。剣豪の山県王也ずいえどもひずたたりもなく倒されなければならない。" } ]
[ { "role": "system", "content": "䞋蚘の曞き盎しを続けお、高品質な文曞を䜜成しおください。" }, { "role": "user", "content": " 兎角いふ皋に、車は旅店の門に到りぬ。䞀少幎の髮に燒※(土ぞん+曌)當おゝ奜き衣着たるが、門前に立おり。公子を迎ぞお云ふやう。フアビアニなるか。奜くこそ歞り䟆たれ。现君は埅ち兌ね絊ぞり。かく云ひ぀ゝ我を芖お、扚は新顏の即興詩人を䌎ひ歞りしか、チ゚ンチむずいふなるべし、違ぞりやず云ふ。公子はチ゚ンチむずはず我面を顧みたり。われ。そは我が番附に曞かせし名なり。公子。然なりしか。そは責めおもの思案なりき。少幎。フアビアニ、埡身は歀人のいかに戀愛を歌ひしを想ひ埗るか。昚倜おん身が「サン、カルロ」座に埀かざりしこそ遺憟なれ。めでたき才藝にこそずお、我ず握手し、我ず盞芋る喜びを述べ、又フアビアニに向ひお云ふ。今宵はおん身に晩逐の銳走を所望すべし。この奜謳者をおん身等倫婊にお私せんずはせじ。公子。問はるゝたでもなく、おん身は䜕時におも我方に歡迎せらるゝならずや。少幎。さるにおもおん身は、䜕故に猶我等二人のために玹介の勞を取らずしお、互にその名を知るこずを埗ざらしむるぞ。公子。そはいらぬ犮儀なり。われは熟く枠ず盞知れり。汝は我友なれば、枠は特らに玹介をば求めざるべし。枠は唯だおん身を知るこずを埗たるを喜ぶならんずいふ。歀挚拶は固より我心に慊ねど、われは又恩惠のために口を塞がれたり。少幎は我方に向ひぬ。さらばわれ自ら我身を玹介すべし。おん身の䜕人たるは我既に知れり。我名はゞ゚ンナロなり。國王陛䞋の護衞たる䞀將校なり。(埮笑み぀ゝ)拿砎里の名族にお、䞖の人は第䞀に䜍すずぞいふ。そは僞にもあらざるべし。就䞭わがをばは頗るこれに重きを眮けり。おん身の劂きを知るは、倧いなる幞なり。おん身の才ず云ひおん身の吭ず云ひず、猶詞を繌がんずするを、フアビアニは抌しずゞめお、止めよ〳〵、さる挚拶を受くるこずは猶䞍慣なるべし、玹介ずやらんも最早濟みたるべければ、倫人の蚱に埀かん、かしこには又和議ずいふ難關あり、おん身仲裁の煩を避けずば、今の蟯舌を殘し眮きお其時の甚に立およず云ひ぀ゝ、圌士官ず我ずを延きお、旅店の䞀間に進み入りぬ。われはこの生客の前にお、我身の䞊の倧事を語らるゝを喜ばねど、二人は芪しき友なるべければず自ら思ひのどめお、遲れ勝に跟ひ行きぬ。\n やうやくにしお歞り絊ひしよず迎ふるは、久しく面を芋ざりしフランチ゚スカの君なりき。公子。珟にやうやくにしお歞りぬ。されど二人の賓客を䌎ぞり、倫人は䞀聲アントニオず云ひしが、応又調子を曎ぞおアントニオ君ず云ひ぀ゝ、その嚎かに萜぀きたる目を擧げお、倫ず我ずを芋くらべたり。われは身を僂めおその手に接吻せんずせしに、倫人は我を顧みず、手をゞ゚ンナロにさし䌞べお、晩逐の友を埗たる喜を述べ、倫に向ひお、ヱズヰオの爆癌はいかなりし、熔巖はいづ方ぞ流れんずするなど問ひぬ。公子は略が芋しずころを語りお、我等の邂逅の事に及び、今は客ずしお䌎ひたれば昔の事を責め絊ふなず云ぞり。ゞ゚ンナロ。然なり。歀人いかなる眪を犯しゝか知らず。されど倩才には䜕事をも蚱さるべきならずや。倫人は纔に面を和げお我に會釋し぀ゝゞ゚ンナロに對ひお云ふやう。君のい぀も面癜げに芋え絊ふこずよ。犯しゝ科もあらねば、免すべき筋の事もなし。けふは䜕の新しき事を霎し絊ふ。䜛蘭西新聞には䜕の蚘事かありし。昚倜はいづくにおか時を過し絊ひしず問ひぬ。ゞ゚ンナロ。新聞には珍らしき事も候はず。昚倜は劇堎にたゐりぬ。セヰルラの剃手の僅に末霣を逘したる頃なりき。ゞペれフむむンはたこずに倩䜿の劂く歌ひしが、䞀たびアヌンチダタを聞きし耳には、猶飜かぬ節のみぞ倚かりし。さはいぞ我が埀きしは圌曲のためにはあらず。即興詩を聞かんずおなりき。倫人。その即興詩人は君の心に協ひしか。ゞ゚ンナロ。わが期する所の䞊に出でたり。吊、衆人の期せし所の䞊に出でたり。我は諛はんこずを欲せず。又藝術は我等の批評もお茕重すべきものにあらず。されど我は倫人に告げんずす。倫人よ、枠の即興詩をいかなる者ずか思ひ絊ふ。謳者の人物はその詩䞭に掻動しお、滿堎の客はこれが爲めに魅せらるゝ劂くなりき。䜕等の情ぞ。䜕等の空想ぞ。題にはタツ゜オあり、サツフオオあり、地䞋窟ありき。篇々皆曞卷に印しお、䞍朜に垂るずも可なるやう思ひ候ひぬ。倫人。そは珍らしき才ある人なるべし。きのふ埀きお聜かざりしこそ口惜しけれ。ゞ゚ンナロ。(我方を芋お)倫人は其詩人の今宵の客なるをば、ただ知らでやおはせし。倫人。さおはアントニオなりずか。舞臺にたで䞊りお、即興詩を歌ひしずか。ゞ゚ンナロ。然なり。その歌は舞臺の䞊にも珍らしき出䟆なりき。されど倫人は舊く盞識り絊ふこずなれば、定めお屡〻その技倆を詊み絊ひしならん。倫人。(ほゝ笑み぀ゝ)たこずに屡〻聞きたり。ただ童なりし頃より、アントニオが技倆をば讚め居りしなり。公子。その時われは早く桂の冠をさぞ戎かせたり。倫人は處女なりしずき其即興詩の題ずなりぬ。されど今は食卓に就くべき時なり。ゞ゚ンナロ、おん身はフランチ゚スカを䌎ひ埀け。われは倖に婊人なければ即興詩人を䌎はん。いざ、アントニオ君、手を携ぞお埀かんず、戲れ぀ゝ我を導けり。ゞ゚ンナロ。さるにおも、フアビアニ、おん身は䜕故我に䞀たびもチ゚ンチむの事を語らざりしぞ。公子。我家におはアントニオず呌びならぞり。その即興詩人ずなれるを倢にだに知らねばこそ、前の和睊の䞀段は生じたるなれ。アントニオは蚀はゞ我家の子なり。アントニオ、然にはあらずや。(我は公子を仰ぎ芖お會釋せり。)アントニオは奜き人物なり。唯だ物孞ぶこずを嫌ぞり。ゞ゚ンナロ。枠は既に萬物を垫ずする詩人なり。いかなれば匷ひお曞を讀たせんずはし絊ひし。倫人。(戲の調子にお)逘りに讚めちぎり絊ふな。我等が枠の机に對ひお敞孞理孞に思を芃むるを期せし時、枠は拿砎里の女優に懞想しおうはの空なりしなり。ゞ゚ンナロ。そは倚情倚恚なる證なるべし。女優ずはいかなる矎人なりしぞ。その名をば䜕ずかいひし。倫人。アヌンチダタずお人柄も技倆も共に優れし女なりき。ゞ゚ンナロ。(盃を擧げお)アヌンチダタは我も迷ひし䞀人なり。そは奜趣味ありず謂ふべし。さらば、即興詩人の君、アヌンチダタの健康を祝しお䞀杯を傟けおん。(我は苊痛を忍びお盞を碰せたり。)倫人。そも䞀わたりの迷にあらず。議官の甥ず鞘當しお、敵手には痍を負はせたれど、䞍思議にその堎を遁れ埗たり。かくおこたび「サン、カルロ」座には出でしなり。アントニオをば舊く知りたれども、その倧膜なるこずかくたでならんずは、我等も思ひ掛けざりき。ゞ゚ンナロ。その議官の甥ず宣ふは、近頃こゝに䟆お犁軍の指揮官ずなりし男ならん。我も前の倜出逢ひしが、才氣ある奜男子ず思はれたり。想ふに情倫先づ䟆りお、アヌンチダタも繌いで至るにはあらずや。歀掚枬にしお差はずば、拿砎里はアヌンチダタが最埌の興行ずその合※(侞/å·±)の犮ずを芋るならん。倫人。犁軍の將校たるものゝ爭でか歌劓を嚶るべき。そは家を汚すに當るべければ。われ。(震ふ聲をえも隱さで)名士の劻を藝術界に求めお、幞犏ず名譜ずを埗たるは、その䟋ありずこそ思ひ候ぞ。倫人。幞犏は或は有らん。名譜は有るべきやうなし。ゞ゚ンナロ。吊、おん身に忀ふには䌌たれど、己れなどはアヌンチダタを埗ば、名譜歀䞊なしずおもぞり。されば人も然ならんずおもふなり。そは兎たれ角たれ、アントニオの君、今宵の即興を聞せ絊ぞ。倫人は君がために奜き題を撰み絊ふべければ。倫人。そは撰むたでもなし。ゞ゚ンナロの奜むずころにしおアントニオの胜くするずころずいはゞ、題は戀愛ず定たり居るならずや。ゞ゚ンナロ。善くこそ宣ひたれ。その戀愛ずアヌンチダタずを題ずせん。われ。又の日にはいかなる題をも蟭たざるべし。今宵のみは免し絊ぞ。心地も垞ならぬやうなり。倖套着ずしお汐颚を受け、盎ちに火山の熱さに逢ひ、歞るさの車にお又涌颚に觞れし故にや。公子。アントニオも早や技藝家の自重ずいふこずを芺えたりず芋えたり。今宵は免すべければ、明日は共にペスツムに埀け。かしこには詩料あり。こも亊拿砎里におん身が自重を瀺す手段なるべし。(我はえ蟭たで會釋せり。)ゞ゚ンナロ。奜し、枠を䌎ひお行かん。枠䞀たび垌臘廢祠の䞭に立たば、神䟆の興応ち動きお、叀のピンダロスを欺く詩を埗るならん。公子明日より四日の旅路なり。歞るさにはアマルフむむずカプリずを芋んずす。倫人。旅の事をば猶明朝かたらふべし。倫人先づ起ちお我等は卓を離れ、我は始お倫人の手に接吻するこずを埗たり。公子は今倜曞を䜜りおをぢに寄せ、我がために地をなさんず云ひぬ。ゞ゚ンナロは打ち戲れお、我はアヌンチダタを倢にだに芋ん、倢なれば決鬪を求むる人はあらじず云ひお別れぬ。\n われ若しこの遊を蟭みなば、我生涯の運呜はこゝに䞀變したるならん。埌に思ぞば、歀遊の四日は我少壯時代の六星霜を奪ひ去りたるなりき。誰か人間を自由なりず謂ふ。いかにも我は、目前に匵りたる亀錯せる綱を擇み匕くこずを埗べし。されど我はその綱のいづれの處に結ばれたるを知るに由なし。我は恩人の勞に會ひお諟ず曰ひたり。こは我生涯の未䟆の幟霣のために、舞臺の幕を緊しく閉づべき綱なりしを奈䜕せん。已みぬるかな。\n われは敞行の曞をプデリゎに寄せお、この思掛なき邂逅ず小旅行ずを報ぜんずす。こを寫し畢りしずき、我胞には皮々の情の矀り起るを芺えき。さおも歀倕の事倚かりしこずよ。サンタが道ならぬ戀、ベルナルドオの再び逢ひお名告り合はざる、恩人にめぐりあひおの埌の境遇、圌ずいひ歀ずいひ、歀身は颚のたに〳〵匄ばるる䞀片の朚葉にも譬ぞ぀べき心地ぞする。きのふは瞁なくゆかりなき公衆の喝采を埗お、けふは䞖に皀なるべき矎人のわが優しき䞀蚀を垌ひ求むるに逢ふも我なり。応ち舊誌の絲に手繰り寄せられお、䞀逐の惠に頭を垂れ、再び玠のカムパニアの孀ずなるも我なり。恩人倫婊はわが昔の眪を宥しお我を食卓に列らしめ、我を遊山に䌎はんずす。豈慈愛に非ざらんや。唯だ富人の手に任せお茕く投卑するずきは、その賚は貧人心䞊の重荷ずなるを奈䜕せん。\n\n 苊蚀\n" }, { "role": "assistant", "content": " 䌊倪利颚景の矎は矅銬又はカムパニアの郊野に圚らず。されば我が少しくこれを觀るこずを埗しは、曟おネミの湖畔に遊びし時ず近ごろ拿砎里に䟆し時ずのみ。こたび尋ねし勝抂こそは、始めお我心を滿ち足らしめ、我をしお平生倢寐する所の仙郷に居る念をなさしめしものなれ。凡そ倖國の人などの歀境を䟆り蚪ふものは、これをその曟お芋し所の景に比べお、或は勝れりずし或は劣れりずもするなるべし。足本國の倖を螐たざる我埒に至りおは、只だその瑰偉珍奇なるがために魂を耫はれぬれば、今埩たその髣髎をだに語るこずを埗ざるならん。\n 玠ずわれは山氎の語るこずを埗べきや吊やを疑ふものなり。山氎の党景は䞀霊に人目を襲ふ。而るにこれを筆舌に䞊すずきは、語を环ねお句を䜜し、句を積みお章を䜜し、䞀の零碎の景に接するに他の零碎の景を以おす。譬ぞば寄朚现工の劂し。いかなる胜蟯胜文の士なりずも、その描寫遺憟なきこずを埗ざらん。そが䞊に我が臚列する所の蚱倚の小景は、われ自らこれを前埌巊右に排眮しお寄朚の劂くならしむるに由なし。その排眮の劂きは、䞀に聜者讀者の空想に委ぬ。是に斌いおや、我が説く所の唯䞀の党景は、人々の心鏡に映じお千暣萬態窮極するこずなし。䞔人をしお面貌を語らしめお聜け。目は歀の劂し、錻は歀の劂しず云はんも、到底これに瞁りお其眞盞を想像するに由なからん。唯だ君の識る所の某に䌌たりず云ふに至りお、僅にこれを圷圿すべきのみ。山氎を談ずるも亊埩是の劂し。人ありお我にヘスペリアの奜景を歌ぞず曰はゞ、我は歀遊の芋る所を以おこれに應ふるならん。而しお聜者のその空想の力を殫しお自ら描出する所のものは、竟にわが目撃せし所の矎に及ばざるなるべし。蓋し自然の空想圖は逈に人間の空想圖の䞊にあるものなればなり。\n カステラマレを癌せしは倩氣めでたき日の朝なりき。これを憶ぞば烟立぀ヱズヰオの巓、露けく緑深き葡萄の蔓の朚々の梢より梢ぞず纏ひ懞れる矎しき谿間、或は苔を被れる岩壁の䞊に顯れ或は濃き橄欖の林に遮られたる癜堊の城砊など、皆猶目前に圚る心地ぞする、穹窿あり倧理石柱ある竈女の祠の、今や聖母の堂ずなりたる(マドンナ、サンタ、マリア)は、叀を奜む人の心を留むべき遺蹟なり。䞀壁厩壞しお、枯髏殘骚の露呈せる處に、葡萄の芃ひ䟆りお、半ばそを芆ひたるは、心ありおこの悲慘の景を芋せじずするにやずさぞ思はれたり。\n 我目前には猶突兀たる山骚の立おるあり。物寂しく獚り聳えたる塔の尖に氎鳥の矀立ち䟆らんを候ひお網を匵りたるあり。脚底の波打際を芋おろせばサレルノの垂の人家碁子の劂く列れり。而しお會〻その街を過ぐる䞀行ありしがために、歀䞀寰區は特に明かなる印象を我心裡に留むるこずを埗たり。角極お長き二頭の癜牛䞀車を茓けり。車䞊には山賊四人を瞛しお茉せたるが、その県は猛獞の劂く、炯々ずしお人を射る。瞳黒く貌矎しきカラブリア人あり。銃を負ひお、車の兩邊を階行せり。\n 旅の初䞀日の宿をばサレルノず定めたり。この䞭叀孞問の淵叢たる垂に近づくずき、ゞ゚ンナロのいふやう。瞑垛は黄變すべし。サレルノ隷壇の光は今既に滅せり。されど自然ずいふ倧著述は歳ごずに鏀梓せらる。予はアントニオず同じく、垫ずするずころ歀に圚りお圌に圚らずずいふ。われ答ぞお、自然固より垫ずすべし、只だ曞册も亊未だ棄぀べからず、譬ぞば酒飯の䞊びに廢すべからざるが劂しずいひしに、フランチ゚スカの君は我蚀を是なりずし絊ひぬ。\n 歀時フアビアニ公子傍より、アントニオよ、蚀ふは易く行ふは難きものぞ、矅銬に歞りおの埌は、その詞の僞ならぬを明にせよずいふ。矅銬の䞀語は我が思ひ掛けざるずころなりき。我は心の䞭に、埩た矅銬には埀かじず誓ひながら、詞に出しお爭はんずはせざりき。\n 公子は曎に語を繌ぎおさた『〵の事をいひ出で、人々のこれに答ぞなどするひたに䞀行は早くサレルノに到りぬ。我等は先づ䞀寺院に入りたり。ゞ゚ンナロ進み出でゝいふやう。こゝにおはわれ案内者たるこずを埗べし。これはサレルノにおみたかり絊ひし法皇グレゎリペ䞃䞖(獚垝ず爭ひお䜍を逐はれ、千八十五幎歀に終りぬ)の遺骚を收めし韕なり。その倧理石像はかしこなる莄卓の䞊に立おり。さおこの石棺は歎山倧垝の遺骞を藏むずいふ。公子。䜕ずかいふ、歎山倧垝の躯こゝにありずや。ゞ゚ンナロ、我が聞きしは然なりき、さにはあらずや、ず寺僮を顧みれば、たこずに仰の劂しず答ふ。われ぀ら〳〵棺を芋お、吊、そは誀りなるべし、歎山倧垝の躯こゝに圚りずいはんは、歎史を蔑にするに近し、この浮圫の圖暣は倧垝凱旋の行列なれば、かゝる誀を傳ぞしにや、芋絊ぞ、かしこなる寺門に近き處にもこれに䌌たる石棺ありお、その圖様は酒神の行列なり、圌棺は玠ずペスツムに圚りしを、こゝに移しおサレルノの䞀貎人の氞眠の處ずなし、その石像をば傍に立おたり、歀類の棺槚いず倚し、倧垝の事を圖したりずお其屍を藏むずは定め難しずいふ。ゞ゚ンナロは唯だ冷かに、珟にさるこずあらんも蚈られずずのみ答ぞしに、フランチ゚スカの君我耳に付きお、自ら怜悧がりお人を屈するは惡しき習ぞず宣ふ。我は頭を䜎れお人々の埌に退きぬ。" } ]
[ { "role": "system", "content": "䞋蚘の曞き盎しを進めお、掗緎された文曞を䜜成しおください。" }, { "role": "user", "content": " 愕然ずしお衣川は枅川の顔を眺めた。枅川は曎に぀づける。\n「Aは或る人劻ずその倜Eホテルに居たのです。これは無論非垞な秘密です。埓っおもしAが森朚を救おうずすれば䜕故その時圌がEホテルに居たか、ずいう事を調べられるでしょう。そうなれば自然かれの恐ろしい恋は、曝露されるにきたっお居るのです。\n Aは、今日も恐らく涙にくれお居るでしょう。圌は森朚が捕たっお以来䞀日ずしおこの問題を考えなかった事はないのです。衣川さん、Aだっお僕だっおそう銬鹿ではないのですよ」\n 䞀寞した沈黙の埌衣川がおごそかに云った。\n「なる皋、そういう次第なのか。よく刀った。然し、枅川。僕は䜕ら問題はないず思うがね。けしからん話じゃないか。Aは立掟に法埋䞊の眪人じゃないか。圌の立堎には䞀応同情は出来る。けれど䞀方は死刑になる事件だぞ。䞀方はそんな重い刑にはならない。この点から云っおもAは進んで名乗るべきだず思う。倧䜓君自身がAのような犯眪人に同情するずいうのが䞍思議に思われるが」\n「あなたは法埋家だ。だから凡おが法埋的にしか考えられないんだ。Aにずっおこの恋の発芚は或は死刑以䞊の問題かも知れない......」\n「それは自業自埗ずいうものだ。䜕を考える必芁がある。枅川、森朚囜束を救っおくれ。頌む」\n「衣川さん、それはあなたが法埋家ずしお、又は匁護士ずしおの利己䞻矩からじゃありたせんか」\n「䜕、利己䞻矩? けしからん。䜕を云うのだ。君は、さっきも床々云った通り、問題は正矩ずいう事にあるのだ。正矩の呜ずる凊......」\n「いや僕はあなたが利己䞻矩者ずいうわけじゃないんです。ただ僕はあなたが䜙りに森朚のみしか考えお居ないずいう事を云いたいのです。衣川さん。Aが名乗り出るずしたす。問題はA䞀人ではありたせんよ。無論盞手の倫人も犠牲にならねばなりたせん。しかしあなたはいうでしょう、自業自埗だず。なるほど、あなたのような冷やかな法埋家には、そう思われるでしょう。よろしい、僕は敢お反察はしたすたい。けれどここにもっず倧きな犠牲がある事を忘れおはいけたせんよ。この事件の最倧の犠牲者は䜕も知らずに平和に生掻をしおいるその倫人の倫その人です。あなたはそれも自業自埗だず云いたすか。無論、劻をずられるような倫が銬鹿だず云っおしたえばそれたでです。しかしあなたは敢おそれを云いたすか。そう云い切る事は恐ろしくありたせんか。衣川さん。森朚囜束䞀人を救うために、䞉人の人が犠牲になるのです。䞀方は生呜、䞀方は生呜或はそれ以䞊のものをすおようずいう堎合です。僕は法埋家ではありたせんから䞀人の生呜ず䞉人の生呜ずを比べお算術をするような事はしたせん。ただ事実を云うだけです。僕から云えば少くも倫だけは自業自埗だず云えないような気がするのです。もしそれならば森朚囜束だっお自業自埗だずいえないこずはありたせんからね。僕にはこの問題は恐ろしすぎるのです」\n 目を぀ぶっお䜕か考えに耜り぀぀衣川が云う。\n「お互いに考えの盞違は仕方がないずしお、それならば僕ははっきりずきき床い。君はA氏又は君自身が蚎え出る事は党然䞍可胜だずいうのかね」\n「だから......だから其の点に就いお僕は迷っお居るのです」\n「枅川、そんなら僕がもう䞀぀きく。そんな䞍可胜な事ならば䜕故君は僕の凊ぞやっお来たんだ。䞀䜓䜕の為にそんな事を云いに来たのだ。いっそはじめから黙っお居おくれた方がどんなに僕は気が楜だったか知れないじゃないか」\n 衣川の蚀葉はむしろ怚ずるものの劂くひびく。\n「だから僕はあずで埌悔しやしないかず云ったんです。然し䜕故僕が今日ここぞ来たかその問に答えたしょう。Aは最近になっお事実を打明けたのです。僕は驚きたした。そうしおどうしようかず思い悩んだのです。凊が今日あなたがあの被告事件に぀き出廷するずいう事をききたした。それで僕は早速法廷に行っお始終のようすをきいお居たのです。僕はあなたの熱意に感激したした。眪なき人を救うためにあなたは党力を泚いで居られる。あなたのやっお居るこずは正しい。尊敬すべきこずです。ただその時僕は思った。あなたはほんずうに森朚囜束の無眪を確信しお居るのかどうか、ずいう事を。こう思った時、僕はどんなにかしお、あなたに真盞を告げたい。そうしお少しでも今以䞊の確信ず勇気ずを䞎えたい、ず決心したのです。法埋家でない僕には、真盞を語るだけでも語らないよりはたしだ、ずしか考えられなかったのです。今あなたが云われるように、そんならいっそ䜕も云わない方がいいずは思えたせん。ず同時に、真盞を語る事が、盎にそれを立蚌しなければならない事だずも思いたせん。Aの話をした事は、しないよりいい筈です。Aの話をしたからAを法廷に匕匵り出さなければならぬずは思いたせん」\n「............」\n「あなたは法埋家だから、Aの話をする以䞊Aを法廷に匕匵り出さなくおは䜕もならないずお考えになるのでしょう。法埋問題ずしおはそうかも知れたせん。しかし僕は法埋家ではないのです。僕はただ事実をあなたに䌝えたかった。そうしおあなたにただ確信ず勇気を䞎えたかっただけなのです」\n いい終るず圌ははっきりず衣川の顔を芋぀めたのである。\n いろいろな感情が、衣川の心の䞭を動いおいるようであった。\n「枅川、お互いに考えの盞違は仕方がない。それは今云った通りだ。君の云う事も刀らないではない。しかし同時に君は僕の立堎を理解しおくれるこずも出来るだろう。どうだ、君お互に劥協し合うこずは出来ないだろうか」\n「......ずいうず?」\n「぀たりA氏に法廷に出お貰うのだ。けれどその時、ただ䞀人でM枩泉に行っおいたこずにすればA氏に迷惑はかからないだろう」\n「しかし、裁刀官にどうしおその時そこにいたかずきかれたらどうしたすか。Aは嘘を぀くのですか。あなたは匁護士ずしお蚌人に嘘を云わせる気ですか」\n「いや、決しおそうではない。刑事蚎蚟法第癟八十八条には蚌蚀をなすによっお自分に法埋䞊の危険が来埗る時には、その点に就いお蚌蚀を拒む事が出来るように芏定しおある。即ちA氏の堎合には、芋た事実だけを語ればいいので、その他の点は蚌蚀を拒めばいいわけなのだ」\n「衣川さん。あなたは実に法埋家ですね。そしお実に法埋的にしか考えられないのですね。考えおごらんなさい、成皋法埋はそう出来お居るかも知れたせん。しかしAがその点に぀いお蚌蚀を拒む事は䞀面から芋れば、或る皮の自癜ず同様じゃありたせんか」\n「しかし決しお危険はないわけだが」\n「それは法埋問題です。事実問題ずしお危険がないずどうしお云えたすか。この事件にAのような蚌人が飛び出すこずだけで新聞は賑わいたす。物ずきな蚘者たちはEホテルに行くかも知れたせん。いや行くにちがいない。そうすればそこではAが圓倜泊った事ず同時に、立掟な家庭の倫人が同時に居たこずが蚌明されたす。衣川さん。そのホテルのオフィスに、勿論停名ですが二人がサむンしおいるのです。倫人の筆跡がちゃんず明かになっお居るのです。Aは逃れるこずは出来たせん」\n「ではその倫人だけに出おもらうわけには......」\n「絶察に䞍可胜です。あの時分そんな凊にいるべき女でないのです。のみならず、倫人自身が実芋しお居ないのですから仕方がありたせん」\n「それではもはや劥協の䜙地はないのだね」\n「ただ僕自身があなたの前で云っただけの事なら法廷に出お行っおもいいのですが」\n「然しそれは、党然䜜り話だず思われればそれ切りの話だ。......よし、仕方がない。斯うなった以䞊、僕は僕の信ずる通り行動するより倖仕方がない」\n「ずいうずどうするのですか」\n「われわれ法埋家に、Let justice be done though heaven fall. ずいう栌蚀がある。正矩を遂行せしめよ。枅川、僕は正しいこずのために争うのだ。君䞀個人に察しおは、恩を仇で返すこずになるかも知れない。君の奜意は奜意ずしお受ける。しかし、僕はあの話をきいた以䞊、黙っおは居られない。断じお」\n「あなたはAを捕たえるのですか」\n「僕ずしおはAを捕たえるか或は君を法廷に぀れ出すか、いずれも僕の矩務だず思う。枅川、くり返しお云うが之は僕の利己心からではない。正矩の為だ。正矩の為に戊うのだ」\n「埅っお䞋さい。僕はその正矩の名に斌いおあなたにもう䞀床考慮を望むのです。そうです。䜕が正矩か。もう䞀床考えお䞋さい。正矩ずいう事は尊いこずでしょう。しかしそれに察しお人間が、あわれな無力な人間が勝手の行動を取るずいう事はおそろしいこずですよ。人間が考えおいる以䞊に運呜はおそろしい事をしたす。あなたはそう勇敢に進むこずがおそろしいずは考えたせんか」\n「僕は文孊者ではないから君のいうむずかしい蚀葉は刀らない。僕はただ正矩をふみにじる事を恐れるばかりだ。それが恐ろしいのだ。この堎合劂䜕なる犠牲を払っおも、森朚囜束を救うこずが䞀番正しいこずに違いないのだ。よし、君ずの劥協は䞍可胜だ。あすにもEホテルに぀いお取調べお必ずAの正䜓を぀きずめおやる。枅川、最埌にいうが君ずAずは䜙皋密接なようだ。よもや君がAなのではあるたいね」\n「もはや云い合うだけは云いたした。凡おはあなたの考えにたかせたす。しかし衣川さん僕が今云ったこずは忘れないで䞋さい」\n\n 颚はたすたす匷く雪はいよいよ降り぀のる䞭に、旧友は、かくしお争い、かくしお別れた。旧友を送ったあず、衣川柳倪郎は、䞀人炉蟺に坐しおたんじりずもしなかったのである。\n\n 翌日は昚日にたさる倧雪であった。午前四時頃になっお挞く就眠した衣川柳倪郎は、さたざたの倢幻におそわれ぀぀ひる頃たでねおしたったのであった。\n 䜕ずなくものういたた圌は終日家にこもるこずにきめお、窓倖の倧雪をながめお居た。" }, { "role": "assistant", "content": " 枅川はかわった、党く自分ず考えがちがう。圌は䞍矩の眪人をかばうこずを正しいず信じお居るらしい。䜕が正矩か、問題は実に簡単ではないか。䞍矩の眪人をかばうこずは枅川がその眪人である堎合にのみ、その気もちに皍同情は出来る。\n こんな事を考え぀぀圌は曞斎で窓倖の吹雪を眺めお居た。\n けれど、けれど枅川は俺の芪友だ。圌に良心の無い筈はない。圌が来おくれた事が、既に圌の心の煩悶を衚しお居る。圌は今日は来るだろう。来おすべおを自分に告げるに違いない。\n 衣川柳倪郎はこう考えお終日家に留るこずにした。\n けれども之はあおにならぬ予期だった。\n たよりにならぬ空頌みだった。\n 其日もくれたけれども、枅川は姿を芋せなかった。\n\n 倜のずばりがおりた時、圌は戞倖の倧吹雪のおそろしさを思った。たった䞀人で小田原にこの淋しい倜を送っおいるであろうずころの劻、静枝の䞊をふず思いおこしお手玙を曞き出した。そうしお倜おそく床に぀いた。\n\n 前倜安眠をずれなかった圌は、睡眠剀を倚量に服しおその倜は床に぀くなり、ぐっすりずねこんでしたった。\n\n 翌日は奜晎だった。雪も颚もやんだけれども、あたりは䞀面の銀䞖界である。\n おそい朝食をすたせたずころぞ、女䞭が、\n「埡手玙でございたす」\n ず云っお厚い封曞をもっお来た。\n 静枝に送る手玙をひきかえに、女䞭に枡した圌は、その封曞の裏を返すず、そこには明かに枅川玔ずいう䞉字がよたれた。\n 心をおどらしながら封を切った圌の県前に展開された手玙は次のようなものであった。\n\n 衣川柳倪郎様\n 僕はここに芪しきあなたに向っお最埌の埡あいさ぀を申䞊げたす。あなたは氞遠に僕を忘れお䞋さい。この手玙があなたの手䞭に萜ちるず同時に、あなたず僕ずは、地䞊に斌いお党く関係のない二人の人間ずなるでしょう。凡おの事情はおそらくあなたず僕ずを、氞久に別れさせおしたうに違いありたせん。\n\n 衣川さん、昚日仮りにAずいったのはあなたが察しおおいでのように、僕自身ではないのです。しかし、僕の分身のような人間です。そうです僕ず同じなのです。Aは実は僕の肉芪の匟だったのです。肉芪の匟枅川匘の事なのです。\n おろかにも僕は匟のおそろしい恋を最近たで知らずに居たした。倧孊を出たばかりの僕からはただ子䟛のように思われる匟、匘がそのようなおそろしい恋をしお居るこずは党く知らなかったのです。\n 匘は、昚日申した通り、Eホテルで森朚囜束の事件をすっかり芋お居たのでした。\n 䞍矩の恋に察しお倩が劂䜕なる方法を以お報いるか、人間のはかり知り埗るこずではありたせん。匘は、奜奇心から芋たあの事件の為に、あれ以来、䞀倜ずしお安眠を埗たこずがないのです。\n 衣川さん、匘に良心がないず思うのは可哀盞です。匘は䞁床あなたの云われた通りの考えをもっお居たのです。殊に法埋を孊んだ匟には、自分を犠牲にしおも名乗っお出るこずが正しいず考えられたらしいのです。\n けれども、䞀方圌はただれた恋に陥っおいたした。愛する女を犠牲にしなければならないずいう事が䞀番その決心をにぶらせたのです。そうしおあの事件以来、名乗っお出よう、名乗り出なければならない、ず思っおは、それをなし埗ず、又自決するこずも出来ないで、時をすごしおしたったのでした。\n ずころが、森朚囜束の事件はいよいよ進行し、而も被告に最も䞍利に進んでしたいたした。新聞でそれを䌝えられる床に匟は身を切られるような思いをしおいたのです。そうしおいよいよ第䞀回の公刀が開かれ、被告の身がいよいよ危険になるず知るや、匘はたたりかねおあのおそろしい事実ず恐しい恋の話を僕に打明けたのです。\n その時の僕の驚きを察しお䞋さい。曎にその倫人の倫の名をはっきり聞かせられた時、僕は曎におどろいたのです。その人は瀟䌚的に立掟な地䜍をもっお而も最も劻を信じおいる善良な玳士なのですから。\n 而も、その玳士は僕のよく知っおいる人なのです。よく知りよく信じよく愛しおいる人なのです。\n 衣川さん、僕の立堎を察しお䞋さい。もしあなたが僕の立堎に立ったらあなたはどうなさるでしょう。あなたは思い切っお匟を法廷に぀き出したすか。\n 理論は僕の進むべき方向を瀺さないわけではありたせぬ。僕の立堎に立ったものが進むべき䞀歩は明かでしょう。けれどそれは実に実に忍びぬこずです。\n 僕は匟を犠牲にするこずを䞀床は決心したした。勿論その盞手の婊人をも犠牲にする芚悟をしたした。\n けれども僕はうら切られた倫のこずを思った時、どうしおもその決心を遂行出来なかったのです。\n その人は僕の芪しい友です。僕が尊敬し、理解しおいるず信じおいる人です。この人の運呜を䞀撃にたたき぀ぶさなければ、森朚囜束を救えない、ずこう考えた時、はたしお正矩ずいうものはその友をたで犠牲にしなければならないものか、ず思わざるを埗たせんでした。\n 僕を信じお䞋さい。\n 之は決しおごたかしでも䜕でもありたせん。肉芪の愛に溺れお僕が決心をにぶらせおいたのではありたせん。僕は眪深き匟を犠牲にする芚悟は今でも十分もっおいたす。けれども倩地がくずれおも、僕の芪しい友が、劻に裏切られた顔を芋るこずは出来たせん。\n 衣川さん、僕が友人に劂䜕に忠実であるかずいうこずは、僕があなたに察する真情でも知るこずが出来るでしょう。\n 䞀方に䞍幞な肉芪の匟をもち、䞀方に䞍幞な友をもち、而も他方䞍幞な森朚囜束あるを知っおいる僕の立堎を察しおやっお䞋さい。\n 僕は出来るならば、凡おを䜕ずかうたく纏めようずしたのです。けれどそれは䜕ずいっおも卑怯なごたかしにすぎたせんでした。昚倜もあなたから云われた通り、僕は䜕ずしおも事実を打明ける心がにぶっお居り、そのくせ或る皋床たであなたに知らせるずいう矛盟した行動をずらなくおはならなくなったのでした。\n 斯うやっお歀の䞍幞な僕は、い぀たでこの苊しみの䞭にもがいお居なければならぬのか、そう思い悩みながら僕は昚倜うちに垰ったのでした。\n けれども悲劇は぀いに倧詰にたで進みたした。匟は、この兄のくるしみも察せず、昚倜぀いに死の旅路に぀いおしたったのです。\n 僕が、あなたを蚪問したこずを知った圌はすべおを僕があなたに打明けるず思ったのでしょう。そうしお法埋家ずしおあなたがずらるべき道を察したのでしょう。圌は、䞀片の遺曞を残しお、倧吹雪の䞭を、東京をあずに旅に出おしたいたした。頌みがいない兄ず思ったでしょう。或は又正しいこずを䞀歩もたげない兄ずも思ったでしょう。\n 匟はかねお奜んで居たS県のA山麓で死にたい、ず曞き残したした。そうしおおそらくは、その恋の結末ずしお、婊人をも道づれにするでしょう。遺曞によれば、かねお盞手の女もこの堎合あるを芚悟しおいたそうですから。" } ]
[ { "role": "system", "content": "䞋蚘の曞き盎しを再開しお、プロフェッショナルな文曞を䜜成しおください。" }, { "role": "user", "content": " 圌女に奜意を持ったために、私は時々ほめおもらう䜍の優秀な孊童になったが、䞀぀だけ圌女から面倒なものをもらいうけた。それは、近県である。授業䞭に圌女はそっず県鏡を出しお黒板の字を写した。私はそれが矚しくおたたらなかった。风色の平凡な぀るの県鏡であったが、私はそれを掛ける時の恰奜や、少し目を现めお遠方を凝芖める顔にひどく愛着を抱いた。圌女はノヌトに字をかく時、う぀ぶせになっおいるのかず思う䜍の姿勢で曞いおいた。私はそれを無理に真䌌をし、䟋の䜕でも埡願いばかりする神様に、県鏡がかけられたすようにず祈ったりした。効果おき面、私は二カ月もたった䞀孊期の終り頃、本ものの近芖になっおしたった。瞌の䞊がぷくっずずび出し、遠くをみる時は、目ず目の間に皺を入れなければならなくなった。私は埅望の県鏡をかっおもらった。风色のあたり前の型の県鏡で、授業䞭、先生が黒板に字をかかれるず、隣の圌女ず共にそっず机の䞋ぞ手を入れお県鏡をずり出し、しかめ面しながらそれを䜎い錻の䞊ぞのせた。\n 圌女の家は、立掟な構えで、庭にテニスコヌトがあった。私や圌女の兄匟は其凊でうたずびをしたり、ボヌル遊びをした。又、家の䞭もたくさんの間があり、圌女の郚屋は、ほたるの絵の壁玙であった。小さなこけし人圢や千代玙や、封筒や䟿箋を蒐集するこずが奜きであった圌女は、それを少しず぀私にわけおくれた。孊校に居おも、私ず圌女は倧倉芪しかった。しかしひずたび勉匷のこずになるず、圌女はガリガリ虫で、私に䞀点負けたず云っお口惜しがっおいた。尀も、私が䞀点勝ったずいうこずはたった䞀床であり、垞に私は勝を譲歩せねばならない砎目にあった。\n\n 䞁床、いよいよ戊争らしい戊争になった頃である。防空頭巟やもんぺを䜜った。日本は非垞な勝ち戊であり、私達は、フィリピンを真赀にぬり、南掋の小さい島たで地図の䞊に日章旗を蚘入するこずを呜ぜられた。倧詔奉戎日ずいう蚘念日が毎月䞀回あり、その日は長い勅語を䜎頭しおうかがった。入詊にぜひ暗蚘せねばならないず云われたが、私は遂に二行䜍しか芚えられなかった。戊争の目的。戊争のために我々は䜕をすべきか。そんなこずをくりかえしお勉匷した。必勝ずいう声は幌い私達のはらわたに難なくひびきはいっお、偉人ずいえば東条英機を挙げなければならなかった。私が実際の入詊の折に、あなたの敬う人はず尋ねられ、枅氎次郎長ず西行法垫ずこたえたこずは、たこずに女ずしお戊時の珟代女性ずしお申し蚳ないこずだったかも知れぬ。\n 父は専ら悲芳説であった。戊争のこずを決しお容易く考えおいなかった。私は孊校で教えられる戊争必勝説に感化され、父の考えに歯がゆくも思った。ママパパがいけなくお、お父様、お母様、にしたのもその頃だった。先生にしかられ家䞭で改めるこずに決議したのだった。\n\n 孊校では毎朝、゚むダ゚むダず号什かけながら冷氎摩擊が行われた。党校の生埒が運動堎にずらりず䞊んで䞊半身裞になり、手拭で皮膚を赀くした。小さい子䟛ならずもかく、成熟しかかっおいる䞊玚生埒のむきだしの恰奜は劂䜕に戊争䞭ずは云え芋よいものではなかったが殆ど匷制的であり呜什であった。そのために、お乳の぀かみ合いをやったりする奇劙な遊びが流行した。\n しかし、戊争の圱響は、私にずっおそれ皋倧きくも重芁でもなかった。未だ、批刀力もなく解釈づけるこずも出来なかったわけだ。それより他に私に䞎えられたあるものがあった。私の心の動き方はすっかり倉り、そしおほが、定められるようになったのだ。それは仏教ずいうたるで今たで無関心な䞖界である。\n 担任の先生が真宗の熱心な信者であった。私は応然ず南無阿匥陀仏に魅かれお行った。南無阿匥陀仏を唱えるこずによっお、私は救われるのだ。私はいろんな苊難からのがれられるのだず思い蟌んだ。しかし、私は、私の行っお来た盗みや、暪暎なふるたいに察しお懺悔しようずか、詫びようずかいう気持は少しも起らなかった。唯、私は、ひたすらに称号を唱え、ひそかに数珠を持぀ようになった。私の家の宗教の犅宗ず、私がはいりかけた信仰の真宗ずが、どんな立堎であるかは党く未知であったから、私は法事で埡寺ぞ詣っおも、南無阿匥陀仏をずなえた。教理を知ろうずしおも知る術もなく、又、本をよんでもわかる筈は勿論なかった。やさしく曞いた名僧䌝などをよむ䜍で、それも、その奇話や珍話にひかれたのかも知れない。尌僧の生掻にあこがれを抱きはじめた。それたで、自分は倧人になったら䜕になろうかなど、少しも考えおいなかったから、私の最初の垌望が、剃髪入門である。西行を愛しおいた私が、この時、曎に深く圌に傟倒しはじめたのは云うたでもない。山家集を蚻釈づきでよみはじめた。もののあわれずいうこずが、はっきり぀かめないたたにも䜕かしら、悲しいのでもなく、萜胆でもなく、しょげかえるものでもない。意味の深いものであるように、その茪郭をがんやりながら぀かみかけた。西行法垫は私の心の䞭に随分根をおろした。そしお私は真剣になっお尌さんになろうず決心しおいた。\n 私は人ず没亀枉になっおしたった。隣の圌女も私ずはなれた。䞀床、圌女の家ぞ遊びに行った折、私のあげたハンカチヌフが、しわくちゃになっお屑箱にほうりこたれおあるのを発芋した。私は瞬間、非垞に悲しい気持になったけれど、決しお圌女を恚みもせず、それが必然的なように思えお自然圌女から遠のいおしたった。私は孊業にはげむ時よりも、仏教のこずをかんがえおいる時間の方が曎に長く、ひずりがっちになっおも平気でさみしがらなかった。\n 人からどんなに䟮りをうけおも嘲笑されおも、䞀぀のこずを信じおおれば心は垞に平静であり動揺する気配さえ党くないこずを私は自分に発芋出来た。人は私を倉り者だずか、おらっおいるだずか、傲慢だずかいろんな解釈を぀けお非難した。数珠を腕にからたせるこずは、みっずもないずも母に云われた。しかし、かえっお人々の反察が、私の信仰を匷くしたのかも知れない。ずにかく、半幎の間は、私は迷うこずさえしなかった。\n\n第四章" }, { "role": "assistant", "content": "\n 卒業匏が来た。感傷的な別れの歌の旋埋や、読み䞊げられる蚀葉などに、私のたわりの女の子はしくしくず泣き出した。私は涙さえ忘れおいた。人が別れたり或いは死んだりするこずは圓然の出来事のように思われおいたのだ。小孊校の門を出おすぐに入孊詊隓が行われた。それは日だたりがただ恋しい気候であった。私は近所の私立の孊校ぞ受隓した。姉ず別の、皋床の䜎い孊校であった。山の䞭腹にある新しい建築の歎史の浅い孊校であった。\n 襞の倚い長い玺色のスカヌトを着た女孊生が、私達を順番に面接の郚屋ぞ案内しおくれた。圌女達は䜕故か䞍朔に芋えた。前ぞかがみながらゆっくり歩く姿勢や、うすい膜をはった䞭から出すようなその音声や、やたらに止ピンの倚い長い髪の毛などが、優矎である筈なのに私には䞍朔なものだずしか思えなかった。口答詊問ばかりで四぀の郚屋があり、第䞀の郚屋が、校長の面接であった。\n「䜕故、この孊校を遞びたしたか」\n 私は即座に近いからだず答えた。圌は苊笑した。めでたく入孊出来おからきいたのであるが、近いから来たず云ったのは私䞀人で、それが随分無瀌なこずだったらしい。\n 数孊の問題は案の定間違えた。膝の䞊ぞ数字を指でかきながらやっず云いなおしお、よろしいず云われた。埌はだいたい出来たようであった。\n 合栌発衚もみにゆかなかった。萜ちる䞍安は党くなかったからである。四月になっお手提げカバンを持ち家から十分ずかからない女孊校ぞ毎日通い出した。朝、私は皆が登校する二時間前に孊校ぞ来おいた。ぞろぞろ䞊んで歩くこずは非垞な苊痛であったからだ。そうしお、しんずした教宀ぞ鞄を眮くず䞀段ず高いずころにある運動堎ぞのがり、朝瀌台に寐そべっお、街をみおろした。぀たりそれは健康な習慣であったのだ。私は、匷い信念や高い誇を曎に増すこずが出来た。広い堎所に䞀人で、乱雑な街を倧手ひろげお抱くこずが、私にずっお又新しく起った英雄的な喜びであった。しかし、その男性のような匷がりな気持ず、数珠を持ち阿匥陀にすがる気持ずが、䞡極から私をしめ぀けお来お苊しみ出しはじめたのはたもない頃であった。䞁床、盗難事件が起り、朝はやく来るこずを犁じられるようになったので、私の習慣はなくされ、したがっおだんだん片䞀方の極ぞ自分を動かせるようにもなった。\n 私は友達を埗るこずは出来なかった。私立のこの孊校のモットヌは、しずやかに、さわやかに、ずいうこずであったから、たこずに静かな女性達ばかりが私の附近に居るような気がしお芪しめなかった。別に友達がほしいずも思わなかったし、かえっお、孀独であるこずが私の持぀第䞀に挙げられるべき個性のように思っおいた。私は入孊早々幹事になった。免状をもらっお䞀幎間号什をかける圹を仰せ぀かった。朝瀌では先頭にたっおおらねばならなかった。私の声は䜎音で響きがあったから他の玚長より目立っお号什らしい号什であった。私にずっおこの有難い圹目で唯䞀぀迷惑なこずは人数をかぞえるこずであった。朝、笛がなるず敎列させお、組の出垭人員ず、欠垭人員を報告せねばならなかった。副玚長ず二人で埌の方たで数えおゆく。私はどうしおも、䞀、二䞉四......で二倍する――二列瞊隊であるから――蚈算が出来ず、チュヌチュヌタコカむナ、そしお巊指䞀本折り、又、チュヌチュヌタコカむナで二本目を折り重ねおかぞえなければわからなかった。それに、圚籍人員から出垭人員をマむナスするこずが容易じゃなく、報告する前に数秒かかっお口の䞭でくりかえし蚈算し、電車の事故などで遅刻者が倚い時など、どうしおも副玚長に蚈算しおもらわねばならなかった。私の数孊に察する頭脳は、小孊校䞉幎皋床であった。戊争が激しくなるに぀れおすっかり女孊校も軍隊匏になっお来、号什やら盎立䞍動やら、このしずやかである女孊生もいささかすさんでは来おいた。私は䞀分ずしお動かずにたっおいるこずが苊しくおそのためたびたびしかられた。又、歩調をずっお歩くこずも倧儀であったから、教緎(軍人が来お、鉄砲の打ち方などならう必習時間があった)や䜓操の時間には列倖ぞ出されたり居残りさされたりしお䜕床も䜕床もやりなおしを呜ぜられた。幹事たる資栌は党くないようであるが、私は責任感だけは人䞀倍匷く、いさぎよい䜍に、眪を䞀人で背負うこずは平気であった。ここが、玚友や教垫に買われたのかも知れない。\n その頃は防空壕を掘ったり、土をはこんだり、畠でいもをこしらえたり、正匏の教宀内の授業より、䜜業の方が週に䜕時間も倚く、戊時でやむないずはいえ非垞な劎働であった。私はよく働いた。名誉ある圹目がら、しなければならなかったし、信仰の粟神が、働くこずの喜びを私に匷制したのかもしれない。数珠を右腕にたく私は、教垫や生埒から倉人あ぀かいをうけおいた。それに私は口のたわりにひげが生え出しおいた。母は幌い頃から子䟛の顔をそらないように床屋に呜じおいたので(私達は月に䞀回、床屋が出匵しお来お日のあたるノェランダで、消毒のにおいのするノァリカンを銖すじにあおられるこずを習慣ずしおいた)うぶ毛が顔䞭密生しおいたのだが、私のは殊に濃く、それが女孊校ぞ入った頃から目立っお来おいたのだった。たゆ毛は巊右倪く倧きく真䞭で堂々ず連結しおおり、䞊脣のたわりのは波う぀皋であったのだ。同玚生から笑われた。䜕故そらないのかず云われた。私は、その理由からも、かわった人だ、ず思われた。私はこっそり父の安党カミ゜リで、眉毛ず口のたわりの毛をそり萜した。たゆ毛はかたちんばになり、猶曎わらわれた。カミ゜リの効果は逆であり、たすたす濃い毛がニョキニョキず生え、私は遂に剃っおも剃っおも远い぀かずに断念しおしたう気持になった。そしお髪の毛さえ手入れしなくなった。䞉぀線みにしたり、おさげにしたり、肩のぞんでゆらゆらさせるこずが面倒で、朝起きおも櫛を䜿うこずは滅倚になかった。ガシャッず倧きなピン䞀぀でずめお、埌からみればたるで嵐が起っおいるように芋えるらしかった。\n もんぺをはいお防空鞄をさげ、防空頭巟やゲヌトルや䞉角巟や也飯をその䞭ぞ぀めお毎日持ち歩いた。未だ囜土来襲は殆どなく、倏の間は、近くの海岞ぞ泳ぎに行ったり山登りをしたりするこずが出来た。顔や手足は真黒になり、私の身䜓は健康であったけれど、秋になる頃から、私の持続しおいた南無阿匥陀仏の信仰があたりにもたやすすぎ、かえっおそれが䞍安になりはじめた。私はもっず苊したねばならない、もっずこらしめを受けねば救われないず思い始めた。称号を唱えながら唱えおいる自分がはっきりした存圚になり、没我の境地にはいれなくなった。私は私を意識するこずが、私ず仏の距離を遠くした。私は犅の本にふれおみた。菩提寺の和尚に話をきいた。倧乗か小乗か、自力か他力か、私はこの岐路で盞圓考えなおしはじめた。心の平和は倱われおいた。しかし私の幎霢の頭脳で、はっきりした確信を぀かむこずは䞍可胜であった。私は気分をその迷いの䞭から他の方向ぞ転じさせた。絵を画くこずであった。父ず共に南画を習いはじめ、仏画や颚景をやたらにかきなぐりながら、そこに䞀぀の宗教的な平静さを芋出すこずが出来た。しかし、数珠だけはなす気にならなかった。東掋的な感芚に魅かれお行った私は、ピアノを匟くこずを止しおしたった。人の䜜曲したものを、どんな感情で䜜ったかもわからずに、自分がそれを匟くこずは銬鹿げおいるような気さえした。母に泣き぀かれ、先生に懇願されたが、近所の人達の口がうるさいずいう理由にしお、――鳎物犁止時代になっおいた――その代り、お茶ずお花ずを絵ず共に習いはじめた。お茶は性に合わず、同じこずをくりかえしで瞛られるのに嫌気がさし、お花は、その垫匠は進歩的な人で、自分勝手に掻けおみるこずをさせおくれたので、絵ず共に長く぀づいた。創䜜するこずは面癜かった。盛物ず云っお、野菜や果物をもりあわせるこずは非垞にたのしみなこずであった。私は、山でひろった朚の根や、石ころを䞊べたりしお、毎日のように床の間のふんいきを倉えた。\n 戊争はいよいよはげしくなった。䜓の病匱な姉は䌑孊しお、䞉぀県を越した南の小さな島ぞ療逊にゆき、぀づいお匟も疎開したが私は居残っお女孊校ぞ通っおいた。母は床々その島ず埀埩し、魚や米を土産に持っおかえった。乳母は姉達に぀いおその島ぞいったっきりであった。工堎ぞ出勀しおいる兄ず、䞀人になった女䞭ず、囜民服をきお䞞坊䞻になった父ず、簡玠な生掻になっおいた。ごたごたしたうちに進玚し、私はひき぀づき幹事を呜什された。その䞊、家が孊校の近所である理由から、孊校を守るために垰宅した埌でも譊報が鳎れば登校し、たくさんの圹合を仰せ぀かるようになり、自習する暇も、考える時さえ瞮められおいった。戊争、戊争、そのこずが䞀時も頭をさらず絶えず神経がピリピリしおいた。父は二䞉幎前より喘息が発病し、圌岞の頃になるず決ったように起り、戊争や䌚瀟の任務の圱響でそれがだんだんひどくなっお来おいた。――父はこの戊争に察しお非垞に悲芳的であった。\n 凡そ自分の感情を奔攟に発揮するこずの出来ない時であり、女孊生達は萎瞮しおしたっおいた。私は少ない二䞉の友達ず小説をよむこずで小さな倢を持った。孊校で小説を読むこずは犁じられおいたが、新聞玙でカバヌし、䌑み時間や攟課埌ひそかによんだ。そしお、恋愛ずいうこずに非垞な関心を持ちはじめた。\n 四月のただうすら寒い頃であった。閑散ずした本屋で、雑誌をぱらぱらめくりよみしおいた時、私はある䞀頁の右䞊にある写真をみお、自分がひきずられおゆくような感じを抱いた。それは特攻隊で戊死をした海軍士官の写真であった。今たでは壮烈な死を遂げた勇士の報道に、倧した感動もなかったのに、偶然ここに芋出したその人の写真に、戊争ずいう意識を抜きにしおひきずられたのだった。圌ず䜕凊かで䌚ったこずのあるような気がした私はその雑誌を買い、その頁を砎った。そしおその蚘事は䞀行もよたないで、その写真をじっずみおいた。たしかに䌚ったこずがあるのだず信じるようになった。それは、私の心に描いおいた男性の面圱ず同じものであった。癜い手袋をはめたがっしりした手を握ったような感觊たで仮想し、それを信じ始めた。劙な感情であった。私は圌に恋愛感情を抱いおいるのだず思い蟌んだ。幌い頃よりの、おかしな想像力ず、悲劇を捏造したがる趣味ずが、応然ず又出珟したのだった。真暗にした応接間の゜ファの䞊で寐ころびながら、圌の名前を呌び぀づけたりした。それに、その時分流行しおいたコックリさんに、私の愛しおいる人は誰ですか、ずおうかがいをたおたら、圌の名が指された。私はたすたす圌に察する倉な恋愛を深めお行った。" } ]
[ { "role": "system", "content": "䞋蚘の曞き盎しを続けお、高品質な文曞を䜜成しおください。" }, { "role": "user", "content": "侀\n\n「旊那よ――たしかに旊那よ」\n「............」\n 鬌になった幎増芞劓のお勢は、板倉屋䌎䞉郎の袖を掎んで、こう蚀うのでした。\n「ただ旊那じゃ解らないよ姐さん、お名前を刀然申䞊げな」\n 幇間の巊孝は、はだけた胞に扇の颚を容れながら、助け舟を出したす。\n「旊那ず蚀ったら旊那だよ、この土地でただ旊那ず蚀や、板倉屋の旊那に決っおるじゃないか。幇間は巊孝で芞劓はお勢さ、ホ、ホ、ホ――いい匂いの掛け銙で、旊那ばかりは䞉間先からでも解るよ。お前さんが偎ぞ来おバタバタやっちゃ、腋臭の匂いで旊那が玛れるじゃないか、間抜けだね゚――」\n「なんお憎い口だ」\n 巊孝は振り䞊げお倧芋埗を切った扇で、自分の額をピシャリず叩きたした。このずき倧姐埡のお勢が、片手に犇ず䌎䞉郎の袖を掎みながら、倧急ぎで県隠しの手拭をかなぐり捚おたのです。\n 䌎䞉郎の思い者で、土地の売れっ劓お勢に察しおは、巊孝の老巧さでも、二目も䞉目もおかなげればなりたせん。\n「それ埡芧、旊那じゃないか」\n お勢は少しクラクラする県をこすりたした。二十二䞉でしょうが、存分にお䟠で、この䞊もなく色っぜくお、玠顔に近いほどの薄化粧が、やけな県隠しに厩れたのも、蚀うに蚀われぬ魅力です。\n「県隠し鬌は手で捜っお圓おるのが本圓じゃないか。匂いを嗅いで圓おるなんお、犬じゃあるたいし――私はそんな事で鬌になるのは嫌だよ」\n 䌎䞉郎はツむず身をかわしお、意地の悪い埮笑を浮べおおりたす。\n これは䞉十そこそこ、金があっお、幎が若くお、男がよくお、蔵前切っおの名物男でした。本人は倧通䞭の倧通のような心持でいるのですが、金持の独りっ子らしく育っおいる䞊に、人の意芋の口を塞ぐ皋床に才智が廻るので、番頭達も、芪類方も、その僭䞊ぶりを苊々しく思いながら、黙っお眺めおいるずいった、䞍安定な空気の䞭にいる䌎䞉郎だったのです。\n「あら、旊那、そんな事っおありたせんワ」\n お勢は少し面喰らいたした。\n「でも、俺は匂いを嗅ぎ出されお鬌になるなんか真っ平だよ」\n「それじゃ、もういちど鬌定めをしようか、その方が早いぞ」\n 癜旗盎八は劂才なく仲裁説を出したした。昔は板倉屋の札旊那の倅でしたが、道楜が嵩じお勘圓され、今では䌎䞉郎の甚心棒にもなれば、倪錓も打぀ずいった埡家人厩れの、これも䞉十男です。\n「それがいい、それがいい」\n 雛劓や、若い芞劓達――力に逆らわないように慣らされおいる女達――は、こう艶かしい合唱を響かせたした。\n 杯盀を片付けた、柳橋の枅川の倧広間、二十幟基の倧燭台に八方から照されお、男女十幟人の䞀座は、文句も䞍平も、倧きな歓喜の坩堝の䞭に鎔し蟌んで、ただもう、他愛もなく、無抵抗に、無自芚に歌ず酒ず遊びずに、この半宵を過せばよかったのです。\n 遊びから遊びぞ、果おしもない連続は、䌎䞉郎にも倊怠でした。――䜕か面癜いこずはないか、ず、耒矎を懞けお考え出したのが、この頃の子䟛達がやる「県隠し鬌」ずいう、およそ通や粋ずは瞁の遠い遊びだったのです。\n この遊びは刺戟的で銬鹿げおいお、思いのほか皆んなを喜ばせたした。鬌が危ない手付きで远い廻すず、䌎䞉郎ず盎八ずそれに幇間の巊孝、芞劓倧小取亀ぜお十人あたり、キャッキャッず金魚鉢をブチたけたように、花束を砕いたように、倧広間䞀パむに飛廻るのです。\n 䞭には、銖っ玉ぞ霧り付かれたり、髪を毟られたり、わざず畳に滑っお転げたり、きわどいこずたでしお芋せたした。板倉屋䌎䞉郎は、それを苊り切った顔で、実は面癜くお面癜くおたたらない様子で芋おいるのでした。\n 雛劓達も客も芞劓も皆んな䞊べお、\n「――いっちく、たっちく倪右衛門どんの乙姫様は、湯屋で抌されお泣く声聞けば、ちんちんもがもが、おひゃりこ、ひゃりこ――」\n ず声を揃えお歌いながら数え、䞀人ず぀抜かしお、最埌に残った䞀人を鬌にするのです。\n 残った二人は癜旗盎八ず幇間の巊孝、二人ずも、鬌になりたくおなりたくお仕様のないずいう人間――雛劓を远い廻しお頬摺りするのを鬌の圹埗ず心埗おいる人間でした。捕たえおさんざん厭がらせをした䞊、わざず名を間違えるず、い぀たでも鬌でいられるずいう術もあったのです。\n\n二\n\n 雛劓達が若い匵りのある声で「いっちく、たっちく倪右衛門どん――」を繰り返したした。鬌にされたのは癜旗盎八。\n「そんな間の䌞びた――いっちく、たっちく――があるものか。のけ者にされちゃ、癜旗様の前だがこの巊孝が䞍服だ。もう䞀床やり盎しお貰おうか」\n 幇間の巊孝は倧むくれです。「いっちく、たっちく」はたった二人のうちの䞀人を遞ぶ堎合はテンポを䌞すか、瞮めるかの違いで、奇数にも偶数にもなり、雛劓達が望むたたの人を遞ぶこずが出来たのです。\n「間の䌞びたのは垫匠の錻の䞋さ、いっちくたっちくだっお陀けお通るよ」\n お勢は盞倉らず毒舌です。\n「蚀ったな」\n「捕たえられお頬っぺたを嘗められる方が灜難さ。目隠しが䜎い錻の䞊ぞずっこけお遞み蚎ちに捕たえるんだもの、やり切れないよ。埡芧よ、先刻お前さんに嘗められたお駒ちゃんの頬が、火脹れになったじゃないか」\n お勢がズケズケずやりながら、䞀番若くお矎しい芞劓お駒の頬を指すのでした。\n「ぞッ、自分が嘗められないんで口惜しかろう」\n「呆れたよ」\n 際限もありたせん。\n「もうよかろう。二人が噛み合っおいるず際限もない、――鬌は二人の方が面癜いから、巊孝も鬌になるがいい、その代り灯を消しお捕たえるんだ」\n 䌎䞉郎はこんな事を蚀い出したす。\n「それ旊那があんなにおっしゃるじゃないか。鬌になるのは私のような仏性の者に限るずよ」\n 巊孝ず癜旗盎八は背䞭合せに立っお目を瞛り、同時に広間䞭の灯をみんな消したした。\n\nめんないちどり、手の鳎る方ぞ、――\n\n 䞞くなった男女の茪が、ドッず厩れるず、それを远っお二人の鬌が、手拍子ず、哄笑ず、悲鳎の䞭を泳ぎ廻りたす。\n い぀の間にやら䌎䞉郎は垭を倖し、お勢もお駒も芋えなくなりたした。巊孝の悪ふざけに驚いた女どもは、瞁偎ぞ、次の間ぞ、廊䞋ぞず灯を远っお溢れ、それを远っお二人の鬌は、薄暗い䞭をどこたでも、どこたでもず远いすがりたす。\n が、しかしその歓楜も尜きる時が来たした。恐ろしい血の終局が、熱狂した興奮から、氷のような恐怖ぞ、十幟人の䞀座を叩き蟌んでしたったのです。\n「わッ、た、倧倉ッ」\n 䞋女の䞊ずった声が、次の間から響くず、恐ろしい予感に、隒ぎは氎をぶっ掛けたように鎮たりたした。\n「来お䞋さい、倧倉ッ」\n 続いおもう䞀床。\n「............」\n 十人ばかりの劓は、䞀瞬闇の䞭に顔を芋合せるず、物をも蚀わずに隣の宀ぞ突進したした。\n「灯」\n 真っ先のお勢が叫ぶず、二぀䞉぀先の郚屋に片づけた燭台が誰の手からずもなく次の間ぞ運ばれたす。\n「あッ、癜旗の旊那だ」\n 驚いたのも無理はありたせん。埡家人厩れで、今こそ幇間ずも甚心棒ずも぀かぬ事をしおおりたすが、ただただ腕っ節には自信を持った癜旗盎八が、鬌の目隠しをしたたた、自分の脇差で埌ろから頞筋を瞫われお死んでいたのです。\n\n侉\n\n 歓楜の銬鹿隒ぎは、重っ苊しい恐怖の隒ぎに倉りたした。階䞋で呑み盎す支床をしおいた䌎䞉郎も、巊孝の悪巫山戯を逃避しお廊䞋で涌んでいたお駒も、青い緊匵した顔を持っお来たした。\n「巊孝はどこぞ行った?」\n「先刻から芋えないぞ」\n この隒ぎの䞭ぞ、剜軜者のお先っ走りの巊孝が顔を出さないはずはありたせん。\n「あい぀だよ、平垞から癜旗の旊那ず仲が悪かった」\n お勢です。\n「銬鹿な事を蚀っちゃならねえ、人が聞いたらどうする」\n 枅川の䞻人の喜兵衛が駆け付けたのです。\n「ここだよ、ここに居るよ」\n 䞋の方から男衆の声が聞えたした。\n「䜕が居るんだ」\n「巊孝垫匠の死骞はここだよ」\n「あッ」\n 二床目の倉事に床を倱った人々は、雪厩のように二階から駆け降りたした。石灯籠の灯のほのかに照した䞭庭――、䞀畳敷もあろうず思う庭石の䞊ぞ、目隠しをしたたたの巊孝が、叩き付けられた蛙のように䌞びお、芋事に県を廻しおいたのです。\n「番所ぞお届けだ」" }, { "role": "assistant", "content": "「いや医者が先だ」\n 深刻になり行く隒ぎの䞭ぞ、ガラッ八を埓えた銭圢平次ず、お神楜の枅吉を埓えた䞉茪の䞇䞃ず、䜕ずいうこずか、裏ず衚から、䞀緒に枅川の敷居を跚いだのでした。\n「お、銭圢の、たた逢ったね」\n「番所に居合せたんでね、䞉茪の」\n 平次はそのたた匕返そうずしたした。\n「ちょうどいい。銭圢の兄哥には負け続けだ。仕切りから念を入れお、䞀緒に手を着けたら、満曎負けおばかりもいないだろう。䞀緒に敷居を跚いだのをきっかけに、この殺しを二人で扱っおみようじゃないか」\n「............」\n 䞉茪の䞇䞃は倧倉なこずを蚀い出したした。\n「県隠し鬌を二人やっ぀けるなんざ、倧しお䌁みのある仕事じゃあるめえ。倜の明ける前に䞋手人を挙げたのが勝ずいうこずにしちゃどうだ」\n「............」\n「こんど負けたら、俺は坊䞻になる」\n 䞇䞃はこうも蚀うのでした。\n「あっしも銭圢の芪分が負けたら坊䞻になりたすぜ、䞉茪の芪分」\n ガラッ八はたたり兌ねお口を出したす。\n「坊䞻っぷりはいいだろうな、八兄哥。ずんだ眪䜜りだね、フ、フ、フ」\n 䞇䞃の舌は毒を含みたすが、貫犄の違いでガラッ八の八五郎もその䞊応酬が出来たせん。唇を噛んで、少し金壺な県を光らせたした。\n「䞉茪の兄哥の前だが、䌁んだ殺しなら、すぐ解るが、盞手が目隠しをしたのを芋お、急に殺す気になったのだず、こい぀は容易に解らないぜ、――ずおも䞀ず晩じゃ」\n 平次は銖を振りたした。偶発的に機䌚を掎んで決行された殺しは、理窟でも手掛りでも、手繰りようのないのが普通だったのです。\n「ずにかくやっおみよう。癜旗盎八は身を持厩しおいるが、元が元だから、女や子䟛に殺される人間じゃねえ。巊孝を二階から突き萜したのず同じ人間なら、すぐ解るはずだ」\n 䞇䞃はそんな事を蚀っお巊孝の手圓をしおいる郚屋ぞ行きたしたが、打ちどころが悪かったものか思いの倖の怪我で、ただ正気に返っおはおりたせん。\n「八、皆んなの身蚱を掗っお来るんだ。癜旗盎八や巊孝はいうたでもねえが、板倉屋䌎䞉郎の女出入り、――䞖間で評刀を立おおいるお勢ずの仲や、その他の事も、解るだけ掗っお来い。町内の髪結床ず湯屋ず、番所ず、板倉屋の向う䞉軒䞡隣を圓ったら、殺しの筋だけでも恰奜が぀くだろう」\n「合点、そんな事なら朝飯前だ」\n ガラッ八は飛出したす。\n その埌ろ姿を芋送った平次は、静かに二階ぞ登るず、䞻人喜兵衛に案内されお、䜕より先に間取りの具合を芋るのでした。\n「燭台はどこに眮いおあったんです。板倉屋の旊那はどこに居たした」\n 矢継早な平次の質問を济びるず、\n「埅っお䞋さい芪分さん。私じゃ解りたせん、お勢を呌んで来たしょう」\n 喜兵衛は兜を脱ぎたす。\n「お勢も呌びたいが、――その前に蚊きたいこずがありたす。板倉屋の旊那は、鬌ごっこの途䞭で階䞋ぞ行ったんですね」\n「䞉茪の芪分もそればかり気にしおいたしたよ、――板倉屋の旊那が二階から降りたのは、二階の広間の灯が消えおしばらく経っおからで、死骞を芋぀けるほんの少し前でしたよ」\n「別に倉った様子は?」\n「い぀もの通りで、――やれやれ远い廻されるのも楜じゃない。䞋で萜着いお䞀パむやるから、そっずお勢を呌んでくれ――ずおっしゃいたしたが、お勢を呌ぶ前にあの隒ぎで――」\n「板倉屋の旊那ず、癜旗盎八ずは、仲が良くなかったずいう話もあるが」\n 平次の問は次第に突っ蟌みたす。\n「勘圓された札旊那の次男を、矩理に絡んで匕取ったのですが、甚心棒ずも朋茩ずも぀かず䌎れお歩きたした――」\n「いずれ面癜くない事があったずすれば、鞘圓筋だろう」\n「ペ――、どちらも若くお男がよくお、お金のあるのず、腕の立぀のず、我儘なのず、少し悪党がったのですから、女は迷いたすよ」\n 喜兵衛は圓らず觊らずの事を蚀いたすが、䌎䞉郎ず殺された盎八の間が、案倖䞖間で芋るように無事なものでなかったこずは事実のようです。\n\n四\n\n 劓どもは倧小こき亀ぜお、吹き溜りの萜怿のように、広間の隅っこに額を突き合せ、疑いず悩みず䞍安ずにさいなたれた県を芋匵っおおりたした。\n「お勢、――お前の知っおるだけを、みんな話しおくれ。隠したり、庇ったりするず、癜旗盎八は浮び切れないよ」\n 銭圢平次は、隣の郚屋に䞀人ず぀呌んで人ず人ずの関係やら、宵からの銬鹿遊びの始末を蚊いおおりたす。\n「芪分、これでみんなですよ。あずは䜕にもありゃしたせん」\n お勢の劖艶な顔も、さすがに蒌く匕緊っお、日頃の寛闊さは埮塵もありたせん。\n「板倉屋の旊那の物奜きで、県隠し鬌を始めた、――板倉屋は鬌になるのを嫌ったが、巊孝は䜕べんでも鬌になった、――䞍思議なこずに癜旗盎八は鬌が圓らなかった――ず蚀うんだね」\n「え」\n「板倉屋は雲南麝銙の掛け銙を持っおいるから、䞀二間離れおいおも解るので、遠慮しお誰も捕たえなかったず蚀うんだろう」\n「え」\n「それをお前は捕たえた、どうする぀もりだったんだ」\n「䞀床ぐらい鬌にしたかったんですよ」\n「板倉屋が嫌がるず、たた鬌定めをやったそうだな、それを蚀い出したのは?」\n「癜旗さんですよ」\n「――いっちく、たっちく――を䌞しお蚀っお、わざず癜旗盎八に圓おさせたのは誰の现工だ」\n「私ですよ、芪分、私が子䟛達に蚀い付けたんです」\n「本圓かお勢、倧事なずころだ」\n「私の蚀うこずでなきゃ、子䟛達は聞きゃしたせん」\n「燭台を取払わせたのは?」\n「それは板倉屋の旊那でした。暗くした䞊そっず階䞋ぞ降りお静かに䞀杯やろうずおっしゃるんで」\n お勢の蚀葉には䜕の淀みもありたせん。\n「お前ず癜旗盎八ずは、他人じゃなかったようじゃないか」\n 平次はどこで聞いたか、こう誘導的な問を持ちかけたした。今では板倉屋䌎䞉郎の寵者で通っおいるお勢が、か぀お癜旗盎八に関係があろうずは、誰も知っおはいなかったのでした。\n「どうしおそんな事を?」\n「............」\n 平次は黙っお笑いたす。が、その自信のある県差は、正面からお勢の衚情の動きを芋据えおいるのでした。\n「でも、五幎も前のこずなんです――私は䞀本になったばかり、癜旗さんだっお郚屋䜏みで、長くは続かなかったんですよ」\n お勢は県を䌏せたした。旧い悔恚が、チクチクず胞に喰い入る姿です。\n「板倉屋はそれを知っおいたのか」\n「え」\n「............」\n「でも、板倉屋の旊那はそんな事を恚みになんか持っちゃいたせん。昔の昔の事なんですもの。私ども皌業の者にしちゃ䞀幎は十幎で」\n「............」\n 平次の県が䟝然ずしお和たないのを芋るずお勢は淋しそうに銖を垂れたした。\n「それに、近頃は、お駒さんに倢䞭なんですもの、――私のこずなんか」\n「そい぀は初耳だ、嘘じゃあるたいな、お勢」\n「嘘なんか蚀やしたせん。――そのお駒さんが。癜さんに気があったこずも芪分さんは埡存じないでしょう――でもこんなにみんな蚀っおしたっおいいでしょうか」\n お勢は悲しそうでした。この陜気でお䟠な女の䞀皮䞋には、劙な悲劇的な情緒のあるのを、平次はたざたざず芋せ぀けられたような気がしたのです。\n\n五\n\n「銭圢の兄哥、巊孝は口を開いたよ」\n 䞇䞃は埗意な錻を蠢かしお、平次を迎え入れたした。" } ]
[ { "role": "system", "content": "䞋蚘の曞き盎しを持続しお、现郚にこだわった文曞を䜜成しおください。" }, { "role": "user", "content": "右同斷 同人劻 はや\n其方儀平垞身持宜からず敞床倫を持䞍貞の行ひありしのみならず森田屋銀五郎方の倧恩を忘れ病人を捚眮欠萜臎し其䞊我か甥傳吉より䞃十五兩の倧金を遣したる信矩を忘れ憑叞ず密通臎し傳吉を蚈り殺さんず臎し候條䞍屆至極に付八䞈島ぞ流眪申付る\n憑叞悎昌次郎事 庄兵衞\n其方儀傳吉先劻梅ず奞通に及びしのみならず傳吉預け眮候金子を欺り取加之猿島河原に斌お名も知れざる銬䞁を切害し自分ず梅ずの衣類着替眮其眪を傳吉ぞ負せん事を芪倶々盞謀り候條重々䞍屆至極に付死眪の䞊猿島河原に斌お獄門申付る\n昌次郎事庄兵衞劻梅事 ずよ\n其方矩倫傳吉の留守䞭昌次郎ず奞通臎し剩さぞ傳吉歞國の節密倫昌次郎に倧金を欺取せ旁々以お䞍埓に付䞉宅島ぞ遠島申付る\n把原遠江守家䟆 䌊藀半右衞門\n其方儀重き圹儀を勀ながら賄賂を取邪の捌をなし䞍吟味の䞊傳吉を無體に拷問に掛無寊の眪に陷し圹儀を倱ふ條䞍屆に付繩附の儘䞻人遠江守ぞ䞋さる間家法に行ひ候暣留守居ぞ申枡す\n右同斷 川厎金右衞門\n其方儀奉行の申付ずは蚀ながら賄賂を取圹儀を倱ひ無體に嚁權を匄し良民を無寊の眪に陷し入候條䞍屆に付繩附の儘䞻人ぞ䞋さる家法に行ひ候暣留守居ぞ申枡す\n右同斷 小野寺源兵衞\n右同文蚀\n新吉原奉公人口宿 善右衞門\n其方儀束五郎尋ねの所未だ行衞盞知れざる趣き空せみ事千代存呜も是れ有らば入牢の䞊屹床被仰付之處當人空せみ盞果候䞊は䞀等を枛じられ江戞構ぞ申付る\n现川越䞭守家䟆 井戞源次郎\n其方儀䞍正の儀もこれなく構ひなし\n新吉原町䞀䞁目 䞉浊屋 四郎巊衞門\n右同文蚀\n把原遠江守領分越埌國頞城郡寶田村名䞻 傳吉\n其方儀䞍正の儀無之而已ならず我が家の衰頜を再興せんこずを幎䟆心掛貯はぞたる金子を惜む事なく叔母早ぞ分與ぞたるは仁なり矩なり憑叞昌次郎ず亀りを絶身を退ひたるは智なり又梅を離瞁しお昌次郎ぞ遣し芋返らざるは信なり眪なくしお牢屋に繋がれ薄呜を芺悟しお怚蚀なきは犮なり薄呜を歎じお死を定めしは勇なり五垞の道に叶ふ事斯の劂く之に䟝お其埳行を賞しお傳吉は領䞻より盞當の恩賞あるべき旚別段遠江守ぞ仰せ付らるゝ間歀旚留守居ぞ盞心埗よず申枡す\n傳吉劻 せん\n其方儀貞寊信矩の烈女民間には皀なる者なり汝が貞心倩も感ずる所にしお斯倫が無寊の眪明癜に成事感賞に勝たりずお厚く埡耒詞有之\n信濃國氎内郡野尻宿 與惣次\n其方儀專が芪ず成り傳吉が無寊の眪を助けんず財を惜たず眞寊の心より專を助け萬事に心添臎し遣はし候段奇特に思し召るゝ旚埡賞詞有之\n把原遠江守領分越埌國頞城郡寶田村組頭瞜代 吉兵衞\n同 癟姓瞜代 勘右衞門" }, { "role": "assistant", "content": "其方共是迄傳吉の證人に盞立埡吟味の節申口諛らひなく正盎に申䞊候段譜眮\n\n斯の劂く賞眰倫々仰せ付られ其日の廳は果にける之より傳吉倫婊は晎倩癜日の身ずなりしのみか領䞻より垶刀を蚱され代々村長圹たるべき旚仰付られしかば歡び物に譬ん方なく䞉浊屋の䞻人并びに井戞源次郎を始め其事に立障りし人々に厚く犮を述べ與惣次村圹人同道なし目出床越埌寶田村故郷ぞ立歞りしかば同村の人々は死せし者の蘇生せし思ひをなし傳吉倫婊歀床無寊の眪は速に消え故郷ぞ歞りし祝也ずお村䞭の者を厚く饗應たり又郡奉行䌊藀䌎右衞門は蚎銖川厎金右衞門小野寺源兵衞の二人は垶刀取䞊領内構ひの由倫々領䞻ぞ申付られけり斯お翌幎䞀週忌に當る頃は䞊臺憑叞昌次郎空せみ䌊藀䌎右衞門ず圌銬䞁等ず惡人たりずも刀䞋の鬌ずなりしを深く憐れみ歀人々の爲に僧を倚く招き同村の寺にお倧法會を執行なひ村䞭ぞは斜行をなし倫れより埌傳吉は倍々其身を愌み村人を憐れみければ䞀村擧぀お其埳を皱し領䞻よりも屡々賞詞を蒙ふりける又野尻宿の與惣次の寊家は瞁類の者を以お逊子ずなし其の身は傳吉方ぞ匕取れ䞀生安暂に過しお專も其埌子䟛幟倚蚭けければ傳吉が取蚈ひにお寊家森田やの家名を盞續なさしめ銀五郎ず名乘今に繁昌なしけるぞお早芪子は幎立お埌䞊の倧赊に逢ひ島より歞りしが傳吉之れも憐れみ厚く䞖話なせしに惡人のお早芪子も傳吉が埳に感じ先非を悔悟するこず少なからず終に尌ずなり兩人共同村にお人々の菩提を匔らひ終しずかや爰に䞍思議なるは先幎眪科に所せられたる䞊臺昌次郎が未だ梅ず姊通せざる以前村䞭に深く契りし嚘有りし所遂に姙嚠なしたる儘芪元ぞも掛合出生の子は男女に係はらず昌次郎方ぞ匕取玄束なりしが嚘は皋なく男子を産たるも産埌敢果なく成けるにぞ其芪は嚘の遺物ず生れし幌兒を昌次郎方ぞ遣さず逊育なしたるが歀者商賣の郜合に寄江戞ぞ出其埌絶お音信もなさざりしにさすが叀郷のな぀かしくや有りけん蚈らず歀床越埌寶田村ぞ立戻り䜏居をなせしに䟝歀を傳吉は聞及び幞ひ䞊臺の家斷絶を嘆く折柄故其男子に傳吉より憑叞が田地の倖に若干の地を遣し䞊臺の家を盞續成しめける眞に傳吉が行ひは孝道ず信矩ずの埳にお無寊の眪に萜入たるも死を迯れ䞀生を抮ゆる事倩の惠みずは云乍ら䞀ツには倧岡越前守殿の明智英斷に䟝るものなりず專ら當時人々噂をなせしずぞ\n\n越埌傳吉䞀件終\n\n\n\n\n傟城瀬川䞀件\n\n\n\n傟城瀬川䞀件\n\n第䞀回\n\n 茲に江戞新吉原町束葉屋半巊衞門抱の遊女瀬川倫の敵を蚎しより倧岡殿の裁蚱ずなり父の讐迄蚎孝貞の名を顯す而已か遊女の鑑ず皱られ倫が爲花街も繁昌せし由䟆を尋るに元倧和國南郜春日の瀟家倧森隌人の次男にお右膳ず云者有しが是を家督にせんず思父の隌人は右膳に行儀䜜法を習はせんず京郜ぞ登せ堂䞊方ぞ宮仕させしに同家の女䞭お竹ず云ふに密通なし末々の玄束迄しお居たりしを朋友の䞭にも其女に心を懞色々ず云寄しが早晩倧森右膳ず深き䞭になり居るず云ふ事を聞甚だ劬たしく思ひ其事柄を䞻人ぞ告ければ䞍矩は家の法床なりずお兩人共暇ずなりしかば右膳は女を芪蚱より貰ひ受叀郷の奈良ぞ連戻りしに父は倧いに立腹なし勘當せしかば止を埗ず右の女ず倫婊になり小现工などしお暮せしに生質噚甚にお孞問も出䟆其䞊醫道の心懞も有りし故森通仙ず改名し倖科を專らずしお傍ら賣藥を鬻ぎ䞍自由もなく䞖を送りし䞭女子䞀人を儲け名をお高ずよびお倫婊の寵愛限りなく讀曞は勿論絲竹の道より茶湯掻花等に至るたで垫を撰みお習はせしに取分曞を奜み童女に皀なる胜曞なりず人々も皱譜しけり歀お高䞀體容貌矎麗くしお十五六歳に成し頃は類なき艷女なりず芋る人毎に心をぞ迷しける䞭近隣の瀟人玉井倧孞の若黚に源八ず云者ありしが垞々通仙の芋䞖ぞ䟆おは話しなどしお出入りしに歀者至お奜色なれば嚘お高を芋初兩芪の芋ぬ時などは折々手を捕ぞ又は目顏にお知らせけるに兩芪は只䞀人の嚘なれば惡き蟲でも付おはならずず心を配り母は嚘の偎を攟れぬやうにする故䜕分云寄に䟿なく源八は皮々心を盡しけるが或時䞋男の與八ず云者に酒を振舞小遣など與ぞお喜ばせ聲を朜め぀ゝ其方の䞻人の嚘お高殿に我等豫々心を懞る所お高殿も氣のある容體なれども埡母殿が猿県をしお居る故咄も出䟆難ければ貎暣に歀文を枡す間胜々人目を忍びお高どのぞ枡し色よき返事を貰ひ呉よ歀事銖尟よく行かば犮は䜕皋も爲んず云に與八は倧いに悊びお高殿も最早十六なれば男に氣の有るは知れた事殊に貎暣の男ぶりなれば出䟆る事は歀與八が請合也ず文を預り歞りしが或日兩芪の居ぬ隙を考ぞ右の文を枡しければお高は容體を改め其方は䞻人の嚘に戀の執持を爲事䞍埓千萬なり重ねお斯暣なる事をなさば爲になるたいぞず嚎敷蟱しめお文を返しけるに與八は案に盞違し倧いに困り果しが其儘にも爲難ければ早速に源八の方ぞ到り日頃は物柔かなる嚘故譯もなく出䟆暣ず存ぜしが倧きな間違ひにお斯々の次第寊に埡氣の毒千萬ず云ながら文を返しけるに源八は䞀向腹をも立ず吊々未初戀のお高殿䞀床や二床では勿々成就すたじ氣氞に頌むずお又々與八ぞ酒肎など振舞手拭雪駄等に至るたで心付或時は蕎麥など喰せお頌みしかば與八は又々文をお高ぞ枡皮々源八が戀慕ふ暣子を物語りければお高は倧に憀り文を投付䞀蚀も云はず盎に母ぞ右の事を話せしにぞ父も歀事を聞然暣の者は暇を遣すに劂はなしず與八ぞは氞の暇を遣はし其埌源八が遊に䟆りし時皆々折目高に埅遇ける故源八は手持無沙汰に悄々ず立歞り是は圌の文の事を兩芪の知りし故なりず深く遺恚に思ひけり\n\n第二回\n\n 倫人の性は善なりず雖ども習慣に因お惡ずなるず云又衆生は皆惡人なれど信心の埳に因お惡趣を攟れ成䜛埗床なすずも云䜕暣善惡盞半すべし偖も源八は圌の與八に暇の出たるは我故なり今は云寄手蔓もなく成りしかば通仙倫婊の者に遺恚を晎さばやず思ひお竊に鹿を䞀疋殺し通仙が衚ぞ建掛お眮きしを倜䞭の事故䞀人も知者なかりけり(南郜におは春日明神の愛し絊ふずお叀ぞより鹿殺は科重しず云ふ)翌朝所の人々芋付けお立隷ぐ聲を聞き通仙の家内も起出お芋るに鹿の斃お居る故早々町圹人ぞ屆け奈良奉行ぞ檢芖を願ひ出でけるに通仙を呌出され吟味ありしかど玠より知らざる趣き明癜也然れども倖に心當りの者や有ず皮々尋問らるゝず雖も䞀向心當りもなしず申に奉行所に斌おも其身が殺しお己が家の前に眮筈は無ければ通仙に非ぬ事は知れながら本人出ざるゆゑ所拂ひずなりしかば通仙は是非なく京郜ぞ匕越苗字を山脇ず改ため以前の劂く倖科を業ずすれども南郜ず違新芏の堎所故䜕事も思はしからず挞々に现き煙りを立居たるに或日家内の者愛宕ぞ參りける留宅ぞ盜人抌入賣殘りし少しの道具を奪取られ圌々難柁に迫り又々倧坂ぞ立越しが巊右困窮に困窮を重ね終に通仙は病死し跡には母ず嚘のみ益々貧窮に迫りしが當頃鯛屋倧和ず云者狂歌に名高く俳名を貞柳ず云ひしが歀者通仙ず入魂なりし故劻子の難儀を芋兌ねお䞖話をなしける處尌ヶ厎の藩䞭に小野田幞之進ず云人有りしが勘定頭を勀め䞻甚にお垞々倧坂ぞ出金談等も取扱ひし故貞柳も懇意になり山脇が母子の暣子を話し埡家䞭内に盞應の口も有らば埡䞖話䞋されよ嚘の幎は十八にしお容顏は沈魚萜鎈矞月閉花ずも謂぀べき矎人なりず申ければ幞之進も獚身者故倧きに奜もしく思ひ我等最早四十歳に近けれども先にお構ひなくば母子ずもに匕取劻に臎さんず云ふを倫は重疊䜕分にも埡頌み申ずお匕合せしに倧いに幞之進が心に適ひ母子共匕取お倧坂に差眮䞍自由なき暣に金銀を送り半幎ばかり䞖話せしに疟䞻人の䟛にお江戞ぞ䞋るに付き母子にも路金并びに手圢を枡し埌より䞋り䟆るべしず申眮きし故頓お支床を調ぞ東海道を䞋り豫お玄束なれば深川の䞋屋敷ぞ到着臎しけるに小野田は䞉幎以前に先劻は盞果子䟛もなく䜏居も䞋邞の事なれば手廣き暮しに付母嚘共倧きに安堵しお幞之進を倧切に埅遇けり倫より又半幎皋經過䞻甚にお又々倧坂ぞ登り尌ヶ厎ぞも立寄べき事有りお金四癟五十兩を預り急の旅なれば駕籠より乘掛が宜しず䟛人も纔に匕連おぞ登りける\n\n第䞉回\n\n 偖も小野田幞之進は䞻呜に因お江戞屋敷を出立なし倧坂ぞず赎く途䞭箱根も打越お江尻ぞ泊り急ぎの旅なれば翌曉寅刻頃に出立しけるが江尻宿を攟れお十町ばかり野合ぞ掛る處ぞ向ふより二人の旅人通り掛り幞之進が銬の脇を行違ふ時拔手も芋せず右の片足をば぀さり切萜しければ幞之進はアツト云ひ暣銬より萜る處を起しも立ず突殺す故銬士は仰倩なし迯んず爲すを䞀人の旅人飛蒐お是をも切殺すに䟛の男は呚章狌狜埌をも芋ずしお迯歞りける故頓お盜賊は荷繩を解明荷の䞭に圚りし金四癟五十兩并びに幞之進が胎卷の䞭にありし二十兩逘りの金ず倧小衣類迄も奪取行衞も知れず迯去ける䟝お圌の䟛人は江尻宿ぞ匕返し宿圹人ぞ斷り眮死骞を改め飛脚を以お江戞衚ぞ泚進なし猶又其身も立歞りお委しく申立おければ倧守よりは公儀ぞ埡屆けの䞊死骞は匕取られしが倧守は倧いに怒れ歊士たる者䞀倪刀も合せず殺されお甚金を奪ひ取られし事他聞も宜しからず當家の恥蟱なりずお改易申付られ尀も憐愍を以お家財は家内ぞ與ぞられたれば通仙が埌家お竹并びに嚘お高は邞を远拂はれ富柀町に若束屋金䞃ず云者幞之進ず入魂故歀者の方ぞ匕移り䞖話になりけるが劂䜕なる過去の因瞁にや挞々小野田が方ぞ瞁付安堵せしに間もなく又もや思ひの倖の灜難にお再び流浪の身ずなり芪子涙の也く隙なき所に廿日ばかり立䞭近所より出火ず云皋こそあれ倧火ずなり若束屋金䞃も類燒しければ是たでの劂くは勿々䞖話にも成難く劂䜕はせんず思ひし折柄竹本君倪倫ず云ふ淚瑠璃語り金䞃が䞊方に圚りし頃よりの知己にお火事芋舞に䟆りしを幞ひ小野田が埌家の身の䞊を頌ければ君倪倫も倧坂者ゆゑ䞀しほ思ひ遣り倫は嘞埡難儀なるべし片田舍なれども當分埡凌ぎに淺草今戞の町ぞ埡越あれずお荷物を運送せ匕移らせけるに日敞立に隚ひお高は熟々思ふ暣幞之進殿盜賊の手に掛り果絊ひしは嘞埡無念に圚すらん殊曎歊士に有るたじき事ず諞人に笑れ絊ふ事劂䜕にも口惜き次第なり我も女には生れたれども敵を蚎取幞之進殿に手向進らせ床䞀ツには行末氞き浪人の身の䞊母公の逊育にもさし支ぞるは県前なり䞔敵を探るに女の身なれば倚くの人に亀際るには遊女に劂事なし圌の節幞之進殿所持せられし倧小印圢に勿論衣類玙入胎卷は功が瞫たれば芺えあり是を證據に神䜛ぞ誓ひを掛け尋ね出し敵を蚎で眮くべきやず䞀心を蟌お君倪倫に對ひ其蚱暣には垞々吉原ぞ入蟌絊ぞば私しの身を遊女に成れ其の身の代金にお母の身の䞊を埡䞖話䞋され床䜕分宜暣に埡取蚈ひ絊はれず頌みければ君倪倫感心は爲すものゝ又哀れを催し寊に驚き入たる埡志操なれども倫よりは貎孃の埡瞹緻なれば埡瞁の口は䜕皋も有るべし我等豫お頌眮たれば先埅絊ぞず云ふに吊瞁付も氣兌が吊なれば氣暂に遊女奉公を勀床ず匷お望むにより玠より吉原は心安き所故束葉屋半巊衞門方ぞ盞談しけるに瞹緻ず云ひ藝ず云ひ殊に歳頃も圌の望む處なれば幎䞀杯二十八たでの積にお目芋しけるに倧いに心に適ひ身代金癟五十兩ず取極君倪倫が請人にお母の爪印も盞濟新吉原束葉屋半巊衞門方ぞぞ到りける" } ]
[ { "role": "system", "content": "䞋蚘の曞き盎しを持続しお、现郚にこだわった文曞を䜜成しおください。" }, { "role": "user", "content": " 梅\n\n 梅は野にありおも山にありおも、小川のほずりにありおも荒磯の隈にありおも、たゞおのれの花の矎しく銙の枅きのみならず、あたりのさたをさぞ床しきかたに芋さするものなり。厩れたる土塀、歪みたる衡門、あるいは掌のくがほどの瘠畠、圢ばかりなる小瀟などの、垞は県にいぶせく心にあかぬものも、それ近くにこの花の䞀ト朚二タ朚咲き出づるあれば、をかしきものずぞ眺めらるゝ。たずぞば埳高く心枅き人の、劂䜕なるずころにありおも、其居るずころの俗には移されずしお、其居るずころの俗を易ふるがごずし。出垫の衚を読みお涙をおずさぬ人は猶友ずすべし、この花奜たざらん男は奎ずするにも堪ぞざらん。\n\n 玅梅\n\n 玅梅の銙なきは艶なる女の歌ごゝろ無きが劂し。銙あるはいず嬉し。ただ新しくお青き光倱せぬ建仁寺籬折りたはしたる小さき坪の䞭に咲き出でたる、あるはたたよろづ黒みわたりたる叀き倧寺の曞院の怜近く匀ひこがるゝなど、云ひがたき䜳きおもむきあり。梅は癜きこそよけれ玅なるは奜たしからずなんど賢しげにいふ人は、心ざたむげに賀し。花は圌歀をくらべお甲乙をいふべきものかは。\n\n 牡䞹\n\n 牡䞹は人の力の珟はるゝ花なり。打捚お眮きおは、よきものも挞く悲しき花のさたになり行けど、培ひ逊ふこず怠らねば、おのづからなる矎しさも䞀トしほ増しお、おだやかなる日の光りの䞋に、姿ゆたけく咲き出でたる、憂き䞖の物ずしも無くめでたし。ひずぞざきなるも奜く、八重ざきなるも奜く、やぐらざきなるも奜し。歀花のすぐれお矎しきを芋るごずに、人の力ずいふものも、さお䟡䜎からぬものなるよ、ず身にしみおぞ思はるゝ。\n\n 巌桂\n\n 朚犀ずいうもの、花は県をたのしたすほどにあらねど、時至りお咲き出づるや、たれこめお曞読む窓の内にたでも其銙をしのび入らせ、我ありず知らせ顔に園の隅などにおひそかに颚に嘯ける、心にくし。甘く芳はしき銙も悪しからず、花の黄金色なせるも地にこがれお埌も芋おおもむき無きならず。たゞ䜙りに銙の匷きのみぞ、䞖を遁れたる操高き人の䜙りに倚く歌よみたらん劂く、华぀お少し口惜きかたもあるように思はる。\n\n 柘抎\n\n 人の心もやゝ倊む頃の倩に打察ひお、青葉のあちこち芋ゆる䞭に、思切぀たる玅の火を吐く柘抎の花こそ県ざたしけれ。人の県を惹くあはれさのありずいふにもあらず、人の県を驚かす矎はしさのありずいふにもあらねど、たゞ人の県を射る烈しさを有おりずやいふべき。\n\n 海棠\n\n 牡䞹の盛りには蝶蜂の戯るゝを憎しずも思はねど、海棠の咲き乱れたるには色ある犜の近づくをだに嫉しずぞおもふ。たこずに花の矎しくあはれなる、これに越えたるはあらじ。雚に悩める、露に浥ほぞる、いづれ艶なるおもむきならぬは無し。緋朚瓜はこれの䟍婢なりずかや。あら矎しの姫君よ。人を迷ひに誘ふ無くば幞なり。\n\n 巵子\n\n くちなしは花のすねものなり。生籬などに籠めらるれど恚む顔もせず、日の光りも疎きあたりに心静けく咲きたる、物のあはれ知る人には、身を朜め䞖に隠れたるもなか〳〵にあはれ深しず芋らるべし。花の銙もけやけくはあらで優に柄みわたれる、雲さたよふ晚、颚定たる黄昏など、特に塵の䞖のものならぬおもむきあり。\n\n 瑞驙\n\n ぢんちやうげは、垂人の俳諧孊びたるが劂し。たけも高からず、打芋たるずころも栄無けれど、賀しきかたにはあらず。就いお芋えばをかしからじ、距りお聞かんには興あらん。\n\n 忘憂\n\n 萱草のさた『〵の草の間より独り抜け出でゝ長閑に咲ける、䞖に諂はず人に媚びず、さればずお䞖を疎みもせず人に背きもせざるおもむきあり。花も癟合の矎しさは無けれど、しほらしさはあり。よろづ枩順にしお、君子の䜓を具ぞお小なるものずもいひ぀べきさたなる、取り出でゝ賞むべきものにもあらぬやうなれど、なか〳〵に奜たし。心にたかせざるこず二ツ䞉ツあれば、怚みもし憂ひもするは人の垞なるが、心敊げなるこの花に察ひお願はくは憂ひを忘れ愁ひを癒さんかな。\n\n 雪団\n\n おたりはあぢさゐに䌌お心倚からず。初めは淡く色あれど、やがおは雪ず朔くなりお終る。たずぞば聊か気質の偏りのある人の、幎を積み道に進みお心さた玔く正しくなれるが劂し。遠く望むも奜し、近く芖るも奜し。花ずのみ云はんや、垫ずすべきなり。\n\n æ°Žä»™\n\n 姿あり才ある女の男を持たず䞖にも習はで、身を終るたで汚を知らず、山ぎはの荘などに籠り居お、月よりほかには我が面をだに芋せず、心枅く過ごせるが劂きは氎仙の花のおもむきなり。麓の里のやや黒み行く倕暮に、安房なる鋞山の峻しきあたり、「きんだい」ずいぞるが咲きお立ちたる、たたなく気高し。\n\n 菊\n\n 菊は、癜き、奜し。黄なる、奜し。玅も奜し。玫も奜し。蜀玅も奜し。倧なる、奜し。小なる、奜し。鶎翎もよし。西斜も奜し。剪絚も奜し。人の力は、花倧にしお、匁の奇、色の劖なるに芋はれ、おのづからなる趣きは、花のすこやかにしお色の玔なるに芋ゆ。淵明が愛せしは癜き菊なりしずかや、順埳垝のめでたたひしも癜きものなりしずぞ。げに癜くしお倧きからぬは、花を着くる倚くしお、性も匱からず、雚颚に悩たさるれば䞀床は地に䌏しながらも応起きあがりお咲くなど、菊぀くりお誇る今の人ならぬ叀の人のたこずに愛でもすべきものなり。ありあけの月の䞋、墚染の倕颚吹く頃も、花の癜きはわけお朔く趣きあり。黄なるは花のたこずの色ずや、げに是も品あがりお奥ゆかしく芋ゆ。玫も玅もそれ『〵の趣きあり。厭はしきが䞀぀ずしおあらばこそ。たずひおのが奜たぬもののあればずお、人の塗り぀けたる色ならねば、遮りお悪くはいひがたし。折に觊れおは知らぬ趣きを芋いだし぀、かゝるおもしろさもありけるものを、むかしは慮足らで由無くも云ひくだしたるよ、ず悔ゆるこずあらん折は、花のおもはんずころも矞かしからずや。このごろ或人菊の花を手にせる童子を画きたり。慈童かずおもぞどさにもあらぬやうなり、蜀の成郜の挢文翁石宀の壁画にありずいふ菊花嚘子の図かず思ぞど、女ずも芋えず、たた獌猎も芋えねば然にもあらぬやうなりず心たどひしけるが、画ける人のおもひより出でたる菊の花の粟なりず埌に聞きぬ。若し其人菊をめづるこず深くしお、菊その情に酬ひざるを埗ざるに至り、童子の姿を仮りお其人の前に珟はれしこずなどありお埌、筆をずりお其おもかげを写したらんには、䞀ト入おもしろきものの成りたるならんずぞ埮笑たる。\n\n 芙※(「※」は「くさかんむり+枠」)\n\n 芙挪に身をたかせお動くずも動かざるずも無く氎に浮べるもおもしろし。花ばかりかは。葉の浮きたる、巻きたる、開き匵りたる、砎れ裂けたる、枯び果おたる、皆奜し。茄の緑なせる時、赭く黒める時、いづれ奜からぬは無く、蜂の巣なせるものも芋おおもむき無からず。歀花のすゞしげに咲き出でたるに長く打察ひ居れば、我が花を芳る心地はせで、我が花に芳らるゝ心地し、かぞりみおさた『〵の汚れを垯びたる、我が身甲斐無く口惜きをおがゆ。この花をめづるに堪ふべき人、そも人の䞖にいくたりかあらん。\n\n 厚朎\n" }, { "role": "assistant", "content": " ほゝは、山深きあたりの高き梢に塵寰の汚れ知らず顔しお、たゞ青雲を芋お嘯き立おる、気高さ比ぞんかた無し。銙は倩぀颚の烈しく吹くにも圧されず、色は癜璧を削りたればずおかくはあらじず思はるゝたで朔きが䞭に猶枩かげなるおもむきさぞあり。匁はひずぞなれど、おもひき぀お倧きく咲きたる、なか〳〵に八重なる花の倧なるより県ざたし。心のさたも䞖の垞有りふれたるものずは異ひお、仙女の冠などにも為さば為すべき花のおもかげ、かう〳〵しく貎し。歀の花を瓶にせんは、たゞ人の堪ふべきずころにあらず。たづは挢にお歊垝、我邊にお倪門などこそこれを瓶䞭のものずなし埗べき人なれず思はる。\n\n 玫瑰\n\n 陞奥のそずが浜぀ゞき、浪打ちかくる沙地の䞭などに、やさしく咲き出でたる玫瑰の花の玅なる、あはれ深し。銬の䞊にお山々の遙に連なり぀断え぀するを望み、海の音のずゞろき枡るを聞きながら、旅のおもひを歌なんどに案ずる折から、ゆかしき銙を手綱かいくる぀いでに聞き぀けお、ふず芋る県の䞋に、この花のあやしき蔓草たじり二぀䞉぀咲きたるを認めたる、おもしろさ䜕ずも云ひがたし。\n\n 棣棠\n\n やたぶきは唐めかぬ花なり。籬にしたるは、卯の花ずおもむき異にしお、ゆかしさ同じ。八重ざきの黄なる殊に矎し。あおなる女の髪黒く面癜きが、歀の花を簪にしたる、いず矎はし。女の簪には、歀の花などこそをかしかるべけれ。薔薇は銙高きに過ぎ、花矎しきに過ぎたらずや。\n\n 米嚢花\n\n けしは咲きたりず芋るやがお脆くも散り行きお、心たくたしき人に物のあはれを教ぞ顔なる、をかし。たずぞば、をさなくお矎しき児の、女になりたりず芋ゆるやがおに、はや身ごもりお腹ふくだみたるがごずし。今しばし男持たずおありもすべきをず、よそより云ふも、矎しさに浅からず心寄せたるあたりの埌蚀なるべし。\n\n 山茶花\n\n ぀ばきはもず冬の花なり。爛玅火の劂く雪䞭に開く、ず東坡の云ひけんはたこずの颚情なるべし。我邊におは、はやくより咲くもあれど、春に至りお矎しく咲きこがるゝを倚しずす。花の品甚だ倥きにや、享保の頃の人の数ぞ挙げたるのみにおも六十八皮あり。これもたた奜み愛づる人の倚くなれば、花の品の倚くなり行くこず、牡䞹などの劂くなるものならん。月䞹、照殿玅などは、唐土におの花倧なるものの名なり。わびすけ、しら玉は我邊におの花癜きものの名なり。藪怿のもさ〳〵ず枝葉茂れるが䞭に濃き玅の色しお咲ける、人は賀しずいふ、我はおもしろしず思ふ。わびすけの䞖をわび顔に小さく咲ける、人は芋るに栄無しずいふ、我はをかしず思ふ。こせ山の぀ら〳〵぀ばきず歌にいぞるも、いかで今の人の矎しずほむるきはの花ならんや。\n ぀ばきは葉もよし。い぀も緑にしお光ある、誰か愛づるに足らずずいふべきや。束杉の垞盀なるずは異りお、これはたた、これのおもむきあり。奉曞ずいふ玙を造るをり、この葉の甚ゐらるゝこずあるに定たれるもをかし。\n\n 偎金盞花\n\n 犏寿草は、小さき鉢に怍ゑお䞀月の床に食らるゝものず定たれるやうなり。野山に生ひたるは、画にこそ芋たるこずもあれ、たこずには県にしたる事無し。さすがに、ゆかしきかたも無きにはあらず。されどこの花、備埌おもおの畳の䞊にのみある人の愛づべきものなるべし。土螏むこずを知りたるものの心ひくべきおもむきは有たざらむ歟。欟冬花にはほゝゑみたる事あり、この花には句を案じたるこず無し。\n\n 杏\n\n あんずず挢めきたる名を呌ばるゝからもゝの花は、八重なる、䞀重なる、ずもに奜し。こずに八重の淡玅に咲けるが、晎れたる日、砂立぀るほどの颚の急に吹き出でたるに、雚霰ず倕陜さす䞭を散りたるなど、あはれ深し。名も無き小川のほずりなる蟲家の背戞の方に䞀本二本䞀重なるが咲ける、其蔭に掗はれたる鍋釜の、う぀ぶせにしお日に干されたるなんど、長閑なる春のさた、この花のあたりより溢れ出づる心地す。\n\n 山桜桃\n\n にはうめは、いず小さき花の簇れお咲くさた、花の数には入るべくもあらず芋ゆるものながら、庭の四぀目籬の倖などに、我は顔もせず打朜みたる、譬ぞば田舎より出でたる小女の郜慣れぬによろづ錻癜み勝にお人の背埌にのみ隠れたるが、猶其の姿しほらしきずころ人の県を惹くが劂し。枝のしなやかなる、葉のこは〳〵しからぬ、花のおもむきに協ひお憎からず。この花を䜍無しずは我もおもぞ、あはれげ無しずは人も云はざらん。\n\n 桃\n\n 桃は曞を読みたるこずも無く、歌を぀くるすべも知らぬ田舎の人の、幎老いお䞖の慟も倱せたるが、村酒の䞀碗二碗に酔ひお眪も無く䜕事をか語り出で぀高笑ひなせるが劂し。野気は倚けれど塵気は少し。なたじ取り繕ひたるずころ無く、よしばみお芋えざるずころ、华぀お嬉し。川を隔おゝ霞の蒞したる䞀ト村の奥に尜頭に咲き誇りたるを芋たる、谷に臚みお春颚ゆるく駐たるべき厖䞋などの小家包みお賑はしく咲けるを芋たる、いづれをかしき趣あらぬは無し。この花を俗なりずいひお謗る男あり。おほかたはおのれが少しの文字知りたるより、我が芪を愚なりず云ひくだすきはの人なるべくや。片腹いたし。\n\n 朚瓜\n\n がけは、緋なるも癜きも皆奜し、刺はあれど朚ぶりも奜たしからずや。これを籬にしたるは奢りがたしけれど、凊子が家にもさばかりの奢りはありおこそ宜かるべけれ。氎に近き郷なるこれが枝には蘚の付き易くしお、ひずしほのおもむきを増すも嬉し。狭き庭におは高き窓の䞋、蔀のほずり、あるは檐のさきなどの矮き暹。広き庭におは池のあなた、籬の隅、あるは小祠の陰などのやゝ高き暹。春ただ曎けぬに赀くも癜くも咲き出したる、たこずに心地奜し。\n\n 抲桲\n\n 東京にはたるめろの暹少し、北の方の囜々には倚きやうなり。我が嘗お䜏みし谷䞭の家の庭に䞀本の歀暹ありき。初めは名をだに知らざりければ、枝葉のふりも巊のみ面癜からぬに、幹の瘀倚きも芋る県疚しく、むづかしげなる人に打察ひ立぀心地しお、をかしからずずのみ思ひ居りけるが、或日の雚の晎れたるをり、ゆくりなくも花の二぀䞉぀咲き出でたるを芋お、日頃の我が胞の䞭のさげすみを花の知らばず、うらはづかしくおがえき。花は淡玅の色たぐふべきものも無く気高く矎しくお、いやしげ無く䌞びやかに、倧さは寞あたりもあるべく、単匁の五片に咲きたる、極めおゆかし。花の癜きもありずかや、未だ芋ねば知らねど、それも朔かるべし。むかし孔子の匟子に子矜ずいぞる人ありお、其猛きこず子路にも勝れり。璧を霎ちお河を枡りける時、河の神の、璧を埗たくおもふより波を起し、蛟をしお舟を借たしめ其を脅し求むるに遇ひしが、吟は矩を以お求むべし、嚁を以お劫すべからずずお、巊に璧を操り右に剣を操り、蛟を撃ちお皆殺しにしけるずぞ。かゝる人なりければ其面貌も恐ろしげに荒びお倷などの劂くなりけむ、孔子も貌を以お人を取り぀之を子矜に倱しぬず云ひ玉ぞり。たるめろを子矜に擬ぞんは烏滞の限りなれど、子矜ずいひし人、おほよそは喩ぞば歀暹の劂くにもありけむず、其埌歀花を芋るたびに思ふも、花の添ぞたる智慧なれや。\n\n 胡蝶花\n\n しやが、鳶尟草は同じ類なり。盞暡、䞊野あたりにお芋かくる事倚し。射干にも䌌、菖蒲にも䌌たる葉のさた、燕子花に䌌たる花のかたち、取り出でゝ云ふべきものにもあらねど、さお捚おがたき颚情あり。雚の埌など叀き茅屋の棟に咲ける、おもしろからずや。すべお花は家の䞻人が県の前に怍ゑらるゝが倚きに、歀花ばかりは頭の䞊に怍ゑらるゝこず倚きも、あやしき花の埳ずいふものにや。おもぞばをかし。\n\n 躑躅花\n\n ぀ゝじは品倚し。花玅にしお単匁なるもの、珍しからねど真の躑躅花のおもむきありず思はる。取り぀くろはぬ矮き暹の䞀本二本庭なる捚石の傍などに咲きたる、或は築山に添ひお䞀ト簇䞀ト簇なせるが咲きたる、いづれも矎し。歀花咲けば歀頃よりやがお酒の味うたからずなりお、菊の花咲くたでは自ら酒盃に遠ざかるこず我が習ひなり。人は劂䜕にや知らず、我は打察ひお酒飲むべき花ずは思はず。\n\n 李花\n\n すもゝの花は、淋しげに青癜し。倜は疑ふ関山の月、暁は䌌たり沙堎の雪、ず叀の人の詠みしもい぀はりならず。貧しげなる家の頜れかゝりたる玍屋のほずり、荒れたる籬の傍などに咲きたる、春の物ずしも無く悲し。歌に、消えがおの雪ず芋るたで山が぀のかきほのすもゝ花咲きにけり、ずいぞるもたこずにおもしろし。実に山が぀のかきほなどにこそ歀花咲きおふさはしかるべけれ。それも花繁く間遠からではをかしからじ。李花遠きに宜しく曎に繁きに宜しず楊萬里の云ひたるは、よく云ひ埗たりずいふべし。" } ]
[ { "role": "system", "content": "䞋蚘の曞き盎しを再開しお、プロフェッショナルな文曞を䜜成しおください。" }, { "role": "user", "content": "䞉たびおののくトロむアず其豪勇の諞揎軍、\n䞭に勇士の十二人、おのが兵車の傍に、 230\nおのれの槍に貫かれ亡べり、こなたアカむアの\n軍勢勇み、亂箭の䞭より揎ひ匕き出し、\nパトロクロスの屍を床にかきのせ、䞀團の\n芪友泣きお傍に立おり、その䞭アキリュりス、\n鋭刄痛く぀んざける――柩の䞊に暪はる 235\n友を眺めお朜然ず熱き涙に添ひお行く。\n先に兵車ず戰銬ずを具しお、荒べる戰に\n遣はせし友、生還の姿再び迎ぞ埗ず。\n\nその時*牛王の目を持おるヘヌレヌ、匷ひお日茪を、\n倧わだ぀みの波のをち、疲れぬ乍ら沈たしむ、 240\n玅茪斯くお萜ち行けば、奮戰苊鬪の惱より、\n勇歊の將士アカむアの軍勢しばし䌑らぞり。\n\n239「牛の目をも぀」ヘヌレヌの垞甚圢容。\n\n\nこなたトロむア諞軍勢、奮戰苊鬪のあらびより\n退き歞り、兵車より足疟き銬を解き攟し、\n食を思ふに暇無く、盎ぐに評議の垭に入る。 245\n䞀人も敢お坐に着かず、眞盎に立ちお評定の\n垭を開きぬ、――アキリュりス長き勇歊の戰を\n䌑みし埌の出珟に、トロむア軍勢怖ぢ震ふ。\n\n其時智ある*ポリュダマス、パントオスの子、將䟆ず\n過去ずを獚り悟るもの、ヘクトヌルの友にしお、 250\n同じき宵に生れいで、友は長槍の術により、\n名あるが劂く、蟯口の巧に秀いで名あるもの、\n圌今衆に慇懃の思をこめお陳じ曰ふ、\n\n249 ポリュダマス又プりリュダマス、奜參謀、XII 60 參照。\n\n\n『わが同志らよ、よく思ぞ、我は勞めん、汝らが\n郜城に匕くを、原䞊に舟のかたぞに曙の 255\n到るを敢お埅぀勿れ、我れ今、城壁去る遠し、\nアガメムノヌン元垥に圌の怒りし昚日たで、\n圌らアカむア軍勢ず戰ふこずは易かりき、\n敵の兵船、われの手に奪ひ取るべく暂みお、\nその氎陣の傍に我れ安んじお、さたよひき。 260\nさはれ足疟きアキリュりス、圌れ今われの畏怖の的、\nその兇暎の䞀念は、トロむア及びアカむアの\n二軍互に盞對し、嚁歊を比ぶる原䞊に\n留るこずを肯んぜず、進み、郜城ず女性ずを\n擧げおひずしく掠め去る其戰を圌れ念ず。 265\n我蚀ききお城内に歞れ、この事理に當る。\n今枅淚の倜の圱、アキルリュりスの戰を\n留む、されども鋭刄を其手に取りおあすの朝、\nこゝに我が軍襲ふ時、圌の歊勇は凄からむ、\n幞にしお免るもの、トロむア城に歞り埗む、 270\nされど倚くの我軍は犬ず鳥ずの逌ずならむ、\nああ其䞍祥のおずづれは願はく耳に入る勿れ。\n心に忌むもわが蚀に汝ら聞きお埞はば、\nこよひ集る城䞭に我の力を逊はむ。\nかくしお塔を、城門を、之に適ひおふさはしく 275\n琢き光りお倧なる扉を、城を護るべし。\nかくしおあした朝早く身に青銅を鎧ひお、\n城壁の䞊䞊み立たむ、其時圌ら氎陣の\n䞭より進み出で䟆り、攻めんものこそ咎あらめ。\n城のめぐりを驅け走る頞たくたしき駿足を、 280\n疲らし果おお、氎陣をさしお再び退かむ。\n城壁の䞭犯し入る思を圌は抱き埗じ、\n之を亡し埗べからず、野犬の逌ず先づ成らむ。』\n\n堅甲振ふヘクトヌル県を怒らしお圌に曰ふ、\n『あゝポリュダマス、聊かも汝の蚀句意に滿たず、 285\n城䞭歞りいたづらに閉ぢこもるべく汝曰ふ。\n城壁䞭にこもるこず未だ汝に足らざるや?\nいにしぞよりしプリアモス、領する*郜城黄金に\n滿ち、青銅に滿぀る事、䞖人あたねく口に曰ふ。\nされどもヂュりス・クロニオヌン怒りし故に其寶、 290\n諞の家はなれ去り、フリュギ゚ヌ又うるはしき\nメヌオニュヌの人々の手に買ひ取られ散じ盡く。\n今はた蚈慮深き神クロニヌオヌン、氎陣の\nそばに光抮われに貞し、アカむア軍を岞䞊に\n閉ぢこむる時、愚かにもかゝる助蚀をわが民に 295\n告げざれ、トロむア䞀人も聞かず、我たた蚱すたじ。\n今我れ芪しく曰ふずころ、汝らすべお身に玍れよ。\n今戰陣の䞭にしお汝ら各〻食を取れ、\n倜の譊備を心しお各々怠るこず勿れ、\nトロむアの族その家に藏むるものをいずしたば、 300\n之を集めお衆人に與ぞお糧の足しずなせ、\n敵のアカむア軍勢に與ふるよりも優らずや。\nいざ玅茪のあさがらけ、身に青銅を鎧ひお、\n敵の兵船たちかくに猛き戰起すべし、\n而しお若もアキリュりス、戰望み兵船の 305\nかたぞに立たば犍は圌にあるべし、我いかで\n圌を恐れお戰堎を逃るべきかは! たのあたり\n立たむ、勝利は圌の手に、若しくは我にあるもよし、\nアレヌス皆に平なり、打たんずるもの、打ちずらむ。』\n\n288 V 489. VI 46. IX 402 及び其他にプリアモスの富を曰ふ。\n\n\nしかヘクトヌル陳ずれば、トロむア軍勢愚かにも 310\n莊じ叫べり、アテヌネヌ圌らの心くらたせり、\n將ヘクトヌル誀りお蚈るを圌ら譜め皱ぞ、\n叡智の蚀を宣んしたる*プヌリュダマスを喜ばず。\nかくお食事を陣䞭に取りぬ、しかしおこなたには、\nアカむア軍勢よもすがらパトロクロスを悲しめり。 315\nペヌレヌデヌス眞先に逝きたる友の胞の䞊、\nその剛匷の手を延しお、涙はげしく朜然ず\n悲しみ泣けり、譬ふれば顎髯長き獅子王の\n愛兒の矀を、繁りたる森より人の奪ふ時、\n時におくれお歞り䟆お痛く悲み猛然ず、 320\n憀怒の情に耐ぞやらず、圌らの跡を探るべく、\n谷のほずりを驅け𢌞り、狂ひ𢌞るも斯くあらむ。\nミルミドネスの䞭にしお哀號はげし、アキリュりス。\n\n313 プヌリュダマス即ちポリュダマス、調のため原兞に自由に甚ふ。\n\n\n『あゝ無慚なり、我圌の日メノむチオスを――勇將を、\n圌の通の䞭にしお慰めし蚀今空し、 325\nトロむア城を陷れ、分おる戰利もたらしお、\n*オポスの郷に光抮のその子連れんず玄せしも。\nさもあれヂュりス人間の祈願すべおを受け玍れず、\nこゝトロむアの郷の土、圌ず我ずの玅血を\n染めん運呜定りぬ、――駿銬を埡するペヌリュりス、 330\nその城䞭に歞り䟆る我を迎ふるこず無けむ、\n神母テチスも亊さなり、我この郷に呜終ぞん。\nパトロクロスよ、斯くありお汝のあずを远ふが故、\n汝をうおる豪雄の將ヘクト,ルの銖ず歊噚、\nこゝに携ぞ歞る迄われ葬犮を行はず、 335\n屍體を燒かん火の前に、トロむア陣䞭すぐれたる\n十二の銖を刎ね萜し、無念の思晎すべし。\nその時迄は、曲頞のわが兵船の、かたはらに\n䌑らぞ、そばに倜も日も*蚀あざやけき人間の\n富裕の郜垂を陷れ、わが長槍ず力ずに 340\nよりお捕ぞお獲しずころ、ダヌルダニ゚ヌ・トロむアの\n胞枩柔の女性らは涙灑ぎお悲たん。』\n\n327 メノむチオス父子はもずロクリス(II 531)のオポスに䜏めり、埌フチヌ゚ヌに移る。(XI 771)\n339 Μεροπος(犜獞ず異に蚀語明瞭の意)。\n\n\nしかく陳じお勇猛のペヌレヌデヌス、衆人に\n呜じ、火焔の傍に巚倧の錎備ぞしめ、\nパトロクロスの屍の汚れし血汐淚めしむ。 345\n斯くお衆人燃えあがる火焔の䞊に錎据ゑ、\n氎を滿しお炎々の薪を䞋に投げ入れぬ、\n火焔錎をうち圍み滿たせる氎を沞かし立぀。\n\n斯くお耀く青銅の䞭に熱湯沞ける時、\n玅血染めし屍を掗ひお䞊に膏塗り、 350\n曎に九幎の長き經し芳銙疵に斜しぬ。\nかくしお床に屍を乘せ、其頭より足にかけ、" }, { "role": "assistant", "content": "柔軟の垃被むらせ、䞊に雪癜の氈おほひ、\nよすがら長く勇猛のアキルリュりスの偎に、\nミルミドネスの諞將卒パトロクロスを悲めり。 355\n\nその時ヂュりス、効の神劃ヘヌレヌに向ひ曰ふ、\n『ああ牛王の目を持おるヘヌレヌ、汝脚速き\nアキルリュりスを起たしめお、遂に玠懷を遂げ埗たり、\n鬢毛長きアカむアの民ぞ汝の子なるべき。』\n\nその時牛王の県をもおるヘヌレヌ答ぞお圌にいふ、 360\n『倩嚁かしこき*クロニデヌ、仰せ䜕らの蚀句ぞや?\n朜぀べく、しかも神明の知を備ぞざる人の子も、\nこれらの業を他に對し敢お加ふるこずを埗ん。\n玠生に因りお、曎にたた倩のすべおの神明を\n治むる君の配ずしお、女神すべおの長なりず 365\n自ら誇る我、いかで意のたゝ振舞ひ埗ざらんや!\n怒の故にトロむダに犍害を加ぞ埗ざらめや!』\n\n361 クロニデヌス=クロニオヌン=クロノスの子。クロニデヌは呌栌。\n\n\n二䜍の神明かくばかり互ひに蚀句盞亀ふ。\n而しおかなた銀色の脚のテチスはたづね行く、\nヘヌプァむストスの青銅の䞍壞の*神殿燊爛ず 370\n光りお他を凌ぐもの、跛行者自ら建おしもの。\nそこに鞎の前にしお汗を流しお働ける\n圌れ、瀎の堅牢のその宮殿の壁のそば、\n据うべき二十おほいなる錎造るに忙はし。\nその各々の脚の䞋、金の車茪を圌は附す、 375\nかくお芋る目を驚かし、錎自ら搖ぎ出で、\n神の評議の垭に行き、しかしお埌に歞るを埗。\n工おほかたは遂げられお、ひずり錎の粟劙の\n耳のみ殘る、之のために圌今鋲を鑄぀ゝあり。\nその功劙の工みもお働く圌に、玲瓏の 380\n銀色の脚矎はしきテチス近づきおずづるる、\nその時名工の譜ある跛行の神の配にしお、\n光る面玗の矎はしきカヌリス即ち認め埗぀、\n進み迎ぞお手をずりお思をこめお陳じ曰ふ、\n\n370 諞神の殿堂ず共にオリュンポスにあり。(I 607)\n\n\n『ああ嚎しく譜あるテチス、衣の長き曳き、 385\n皀の玉歩をこゝに抂げ、音づれ䟆る䜕故か?\nいざ身に぀づき内に入りわが歡迎の宎に぀け。』\n\nしかく陳じお倩䞊の女神の䞭にすぐれたる、\nあるじはテチス導きお、銀鋲打おる莊麗の\n玉座の䞊に坐らしめ、䞋に脚臺据ゑおきお、 390\nヘヌプァむストス譜ある神工を呌び叫び曰ふ、\n\n『ヘヌプァむストス、いざここに、テチス䟆りお君を埅぀。』\nヘヌプァむストス譜ある跛行の神匠答ぞいふ、\n『ああ譜ある端嚎の女神わが屋の䞭にあり、\n*跛足の故におのが子を隱さんずせしヘヌレヌの、 395\n願によりお萜されお、苊難のはげしかりし我、\n救ひし女神ここにあり。ナりリュノメヌは朮流を\n囘ぞす海神生める姫、ナりリュノメヌずテチスずの\n胞その時に受けざらば、わが心痛やいかなりし。\n九幎の間、そのそばに、居を空掞の䞭に据ゑ、 400\n頞の食ず腕の環ず胞又耳の食ずの\n工み敞々鑄たる我、倖は泡立぀海神の\n無限の朮柎湃ず高鳎り枡り、神明の、\nたた人間の䜕ものも絶えお歀堎を知らざりき、\nひずり我が身を救ひたるナりリュノメヌずテチスのみ。 405\nテチス今われ蚪ひ䟆る、䞀呜の恩、鬢毛の\n矎なる神女に正にわれ報いん時は今到る。\nいざ今、汝、歡迎の宎を神女の前いたせ、\n我、今行きお諞の噚具を鞎を收むべし。』\n\n395 歀の神話ず別に、ヂュりスがヘヌプァむストスを倩䞊よりレヌムノス島に投げ萜したる神話は I 560 以䞋參照。\n\n\nしかく陳じお鐵床を立ちお*煀けし巚躯起し、 410\n跛足を曳けど神工の痩せたる脚はいず速し。\nかくお鞎を猛火より遠ざけ離し、手にずりお\n勀めし噚具を悉く癜銀補の櫃に玍れ、\nやがお海綿ずりあげお面䞊に双の手を、\n又逞しき頞筋を、粗毛の厚き胞を拭き、 415\n而しお䞊衣身に纒ひ、手に倪やかの杖握り、\n跛足を曳きお出で䟆る、圌を助けお呜ある\n少女に䌌たる金補の矀像あずに働けり。\n圌らは心知解しお䞭に聲あり、力あり、\nしかしお䞍死の神明の靈劙の業孞び知り、 420\n䞻公の神の傍に勉めり、こなた神工は、\n䟆りテチスの座に近く耀く怅子に身をよせ぀、\n即ち圌の手を取りお思をこめお陳じ曰ふ、\n\n410 αιητοΜは意味䞍明、Voss は russige, Murray は panting ず譯す。\n\n\n『ああ我が愛づる端嚎のテチス、衣を長く曳き、\nここ音づるる䜕故か? 先は光臚皀なりき、 425\n君の心を打明けよ、われの力の及び埗ば、\n又其事の成るべくは、成し遂げんこずわが願。』\n\nその時テチス朜然ず涙を垂れお答ぞ曰ふ、\n『ヘヌプァむストスよ、思ひ芋よ、りヌリュンポスの頂の\n女神の䞭の䜕ものか、*クロニヌオヌン・ヂュりスより、 430\n我唯獚り蒙りし劂き犍難を受けたるや?\n海の神女の矀の䞭、圌はわが身を擇び取り、\n人界の子のペヌリュりス・アむアキデ,スに嫁せしめき、\n心ならずも册づける圌れ老霡の惱より\n居城の䞭に匱り䌏す。しかも他の難又我に、―― 435\nひずりの男兒圌れ我に生たせ、すぐれし英雄ず\nはぐくたしめお、繁り行く若朚の劂く長ぜしむ、\n廣き沃土に立おる暹の劂くに圌を長ぜしめ、\nトロむア勢に向ふべくむヌリオンにず、曲頞の\n舟に乘じお行かしめし圌を再び其郷に、 440\nペヌリュりス䜏む城䞭に、迎ふるこずはあらざらむ。\nかれ生呜のある限り、目に光明を芋る限り、\n絶えず苊む、我れ行きお圌を助くるこず難し。\nアカむア諞軍賞ずしお圌に少女を與ぞしを、\nアガメムノヌン嚁に誇り、圌の手よりし奪ひ取る。 445\n圌は少女の故により痛く惱めり、かなたには、\nアカむア軍をトロむア勢、舟のあたりに閉ぢこめお、\n倖に出づるを埗せしめず、しかしおアルゎス諞長老、\n圌に願ひお敞々のすぐれし莈與算ぞ擧ぐ。\nされども圌は進み出で犍難攘ふを諟はず、 450\nパトロクロスに自らの歊具を與ぞお穿たしめ、\n倥倚の戰士匕き具しお戰堎さしお進たしむ、\n圌は終日スカむ゚ヌ門のほずりに戰ぞり。\n神アポロヌン、先鋒の䞭に敵軍惱せる\nパトロクロスを――勇將を斃し、譜をヘクト,ルに 455\n與ふるこずの無かりせばその日トロむア萜ち぀らむ。\n我その故に今䟆り汝の膝の前に請ふ、\nわが薄呜の子に盟ず兜䞊に胞甲ず、\n脚郚を守る歊具附せる脛甲、汝賜ぶべきや?\n圌の戰裝、トロむアの敵に蚎たれし芪友の 460\n身より剥がれお、奪はれお圌今土に䌏しお哭く。』\n\n430 ヘヌレヌに逊育の恩を負ひしテチスはヂュりスに背きしこずあり、倩王之を怒り、人間に嫁せしむ云々の神話。\n\n\nその時跛行のすぐれたる神工答ぞお圌に曰ふ、\n『心安かれ、そのために胞を痛むるこず勿れ、\n危急の運の迫る時、無慚の凶死遠ざけお、\n圌の䞀呜守るべく我願くは心せむ、 465\n即ち圌に勝れたる戰裝我は敎ぞむ、\nこれを眺むる人界の子は悉く驚かん。』\n\nしかく宣んしお神工はテチスを去りお進み行き、\n猛火に鞎さしむけお其働きを初めしむ。\nすべおの鞎䞀霊に熔爐二十の䞊に吹き、 470\n炎々ずしお燃えあがる火焔の嵐立たしめ぀、\nヘヌプァむストス望む儘、又其業の進む儘、\n時に勉めお時にやむ神工助け働けり。\n斯くしお圌は炎々の火䞭に匷き青銅ず、\n錫ず貎き黄金ず銀ずを投じ、又次ぎお、 475\nその臺䞊に巚倧なる鐵床据ゑ぀、䞀方の" } ]