chats
sequence | footnote
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3.16k
| meta
dict |
---|---|---|
[
[
"お君さんには御気の毒だけれどもね、芝浦のサアカスは、もう昨夜でおしまいなんだそうだ。だから今夜は僕の知っている家へ行って、一しょに御飯でも食べようじゃないか。",
"そう、私どっちでも好いわ。"
]
] | 底本:「芥川龍之介全集3」ちくま文庫、筑摩書房
1986(昭和61)年12月1日第1刷発行
1996(平成8)年4月1日第8刷発行
底本の親本:「筑摩全集類聚版芥川龍之介全集」筑摩書房
1971(昭和46)年3月~1971(昭和46)年11月
入力:j.utiyama
校正:かとうかおり
1998年12月8日公開
2004年3月12日修正
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。
| {
"作品ID": "000106",
"作品名": "葱",
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"ソート用読み": "ねき",
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"原題": "",
"初出": "「新小説」1920(大正9)年1月",
"分類番号": "NDC 913",
"文字遣い種別": "新字新仮名",
"作品著作権フラグ": "なし",
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"姓読み": "あくたがわ",
"名読み": "りゅうのすけ",
"姓読みソート用": "あくたかわ",
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"名ローマ字": "Ryunosuke",
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"生年月日": "1892-03-01",
"没年月日": "1927-07-24",
"人物著作権フラグ": "なし",
"底本名1": "芥川龍之介全集3",
"底本出版社名1": "ちくま文庫、筑摩書房",
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"入力に使用した版1": "1996(平成8)年4月1日第8刷",
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"底本の親本名1": "筑摩全集類聚版芥川龍之介全集",
"底本の親本出版社名1": "筑摩書房",
"底本の親本初版発行年1": "1971(昭和46)年3月~1971(昭和46)年11月",
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} |
[
[
"と云ふ訳での、おれもやつと三年ぶりに、又江戸へ帰つて来たのよ。",
"道理でちつと御帰りが、遅すぎると思つてゐやしたよ。だがまあ、かうして帰つて来ておくんなさりや、子分子方のものばかりぢや無え、江戸つ子一統が喜びやすぜ。",
"さう云つてくれるのは、手前だけよ。",
"へへ、仰有つたものだぜ。"
],
[
"小花姐さんにも聞いて御覧なせえまし。",
"そりや無え。"
],
[
"だがの、おれが三年見無え間に、江戸もめつきり変つたやうだ。",
"いや、変つたの、変ら無えの。岡場所なんぞの寂れ方と来ちや、まるで嘘のやうでごぜえますぜ。",
"かうなると、年よりの云ひぐさぢや無えが、やつぱり昔が恋しいの。",
"変ら無えのは私ばかりさ。へへ、何時になつてもひつてんだ。"
],
[
"今から見りや、三年前は、まるでこの世の極楽さね。ねえ、親分、お前さんが江戸を御売んなすつた時分にや、盗つ人にせえあの鼠小僧のやうな、石川五右衛門とは行かねえまでも、ちつとは睨みの利いた野郎があつたものぢやごぜえませんか。",
"飛んだ事を云ふぜ。何処の国におれと盗つ人とを一つ扱ひにする奴があるものだ。"
],
[
"そいつがこの頃は御覧なせえ。けちな稼ぎをする奴は、箒で掃く程ゐやすけれど、あの位な大泥坊は、つひぞ聞か無えぢやごぜえませんか。",
"聞か無えだつて、好いぢや無えか。国に盗賊、家に鼠だ。大泥坊なんぞはゐ無え方が好い。",
"そりや居無え方が好い。居無え方が好いにや違えごぜえませんがね。"
],
[
"あの時分の事を考へると、へへ、妙なもので盗つ人せえ、懐しくなつて来やすのさ。先刻御承知にや違え無えが、あの鼠小僧と云ふ野郎は、心意気が第一嬉しいや。ねえ、親分。",
"嘘は無え。盗つ人の尻押しにや、こりや博奕打が持つて来いだ。",
"へへ、こいつは一番おそれべか。"
],
[
"私だつて何も盗つ人の肩を持つにや当ら無えけれど、あいつは懐の暖え大名屋敷へ忍びこんぢや、御手許金と云ふやつを掻攫つて、その日に追はれる貧乏人へ恵んでやるのだと云ひやすぜ。成程善悪にや二つは無えが、どうせ盗みをするからにや、悪党冥利にこの位な陰徳は積んで置き度えとね、まあ、私なんぞは思つてゐやすのさ。",
"さうか。さう聞きや無理は無えの。いや、鼠小僧と云ふ野郎も、改代町の裸松が贔屓になつてくれようとは、夢にも思つちや居無えだらう。思へば冥加な盗つ人だ。"
],
[
"御前さんは何処まで行きなさる。",
"私は甲府まで参りやす。旦那は又どちらへ。",
"私は何、身延詣りさ。",
"時に旦那は江戸でござりやせう。江戸はどの辺へ御住ひなせえます。",
"茅場町の植木店さ。お前さんも江戸かい。",
"へえ、私は深川の六間堀で、これでも越後屋重吉と云ふ小間物渡世でござりやす。"
],
[
"そりやさう願へれば、私も寂しくなくつて好い。だが私は生憎と、始めて来た八王子だ。何処も旅籠を知ら無えが。",
"何に、あすこの山甚と云ふのが、私の定宿でござりやす。"
],
[
"番頭どんともあらうものが、いやはや又当て事も無え事を云つたものだ。何でこんな間抜野郎に、鼠小僧の役が勤るべい。大方胡麻の蠅も気が強えと云つたら、面を見たばかりでも知れべいわさ。",
"違え無え。高々鼬小僧位な所だらう。"
],
[
"ほんによ。さう云やこの野猿坊は、人の胴巻もまだ盗ま無え内に、うぬが褌を先へ盗まれさうな面だ。",
"下手な道中稼ぎなんぞするよりや、棒つ切の先へ黏をつけの、子供と一しよに賽銭箱のびた銭でもくすねてゐりや好い。",
"何、それよりや案山子代りに、おらが後の粟畑へ、突つ立つてゐるが好かんべい。"
],
[
"へん、このごつぽう人めら、手前たちを怖はがるやうな、よいよいだとでも思やがつたか。いんにやさ。唯の胡麻の蠅だと思ふと、相手が違ふぞ。手前たちも覚えてゐるだらうが、去年の秋の嵐の晩に、この宿の庄屋へ忍びこみの、有り金を残らず掻つ攫つたのは、誰でも無えこのおれだ。",
"うぬが、あの庄屋様へ、――"
],
[
"おらもさうだらうと思つてゐた。三年前の大夕立に雷獣様を手捕りにした、横山宿の勘太と云つちや、泣く児も黙るおらだんべい。それをおらの前へ出て、びくともする容子が見え無えだ。",
"違え無え。さう云やどこか眼の中に、すすどい所があるやうだ。",
"ほんによ、だからおれは始めから、何でもこの人は一つぱしの大泥坊になると云つてゐたわな。ほんによ。今夜は弘法にも筆の誤り、上手の手からも水が漏るす。漏つたが、これが漏ら無えで見ねえ。二階中の客は裸にされるぜ。"
],
[
"今下りしなに小耳に挾んだが、この胡麻の蠅は、評判の鼠小僧とか云ふ野郎ださうだの。",
"へい、さやうださうで、――おい、早く御草鞋を持つて来さつし。御笠に御合羽は此処にありと――どうも大した盗つ人ださうでげすな。――へい、唯今御勘定を致しやす。"
],
[
"何だと。おれが鼠小僧ぢや無え? 飛んだ御前は物知りだの。かう、旦那旦那と立ててゐりや――",
"これさ。そんな啖呵が切りたけりや、此処にゐる馬子や若え衆が、丁度御前にや好い相手だ。だがそれもさつきからぢや、もう大抵切り飽きたらう。第一御前が紛れも無え日本一の大泥坊なら、何もすき好んでべらべらと、為にもなら無え旧悪を並べ立てる筈が無えわな。これさ、まあ黙つて聞きねえと云ふ事に。そりや御前が何でも彼でも、鼠小僧だと剛情を張りや、役人始め真実御前が鼠小僧だと思ふかも知れ無え。が、その時にや軽くて獄門、重くて磔は逃れ無えぜ。それでも御前は鼠小僧か、――と云はれたら、どうする気だ。"
],
[
"へい、何とも申し訳はござりやせん。実は鼠小僧でも何でも無え、唯の胡麻の蠅でござりやす。",
"さうだらう。さうなくつちや、なら無え筈だ。だが火つけや押込みまでさんざんしたと云ふからにや、御前も好い悪党だ。どうせ笠の台は飛ぶだらうぜ。"
],
[
"何、あれもみんな嘘でござりやす。私は旦那に申し上げた通り、越後屋重吉と云ふ小間物渡世で、年にきつと一二度はこの街道を上下しやすから、善かれ悪しかれいろいろな噂を知つて居りやすので、つい口から出まかせに、何でも彼でもぼんぽんと――",
"おい、おい、御前は今胡麻の蠅だと云つたぢや無えか。胡麻の蠅が小間物を売るとは、御入国以来聞か無え事だの。",
"いえ、人様の物に手をかけたのは、今夜がまだ始めてでござりやす。この秋女房に逃げられやして、それから引き続き不手まはりな事ばかり多うござりやしたから、貧すりや鈍すると申す通り、ふとした一時の出来心から、飛んだ失礼な真似を致しやした。"
],
[
"うぬ、よくも人を莫迦にしやがつたな。",
"その頬桁を張りのめしてくれべい。"
],
[
"いや、はや、飛んでも無えたはけがあるものだ。日本の盗人の守り本尊、私の贔屓の鼠小僧を何だと思つてゐやがる。親分なら知ら無え事、私だつたらその野郎をきつと張り倒してゐやしたぜ。",
"何もそれ程に業を煮やす事は無え。あんな間抜な野郎でも、鼠小僧と名乗つたばかりに、大きな面が出来たことを思や、鼠小僧もさぞ本望だらう。",
"だつとつて御前さん、そんな駈け出しの胡麻の蠅に鼠小僧の名をかたられちや――"
]
] | 底本:「現代日本文学大系 43 芥川龍之介集」筑摩書房
1968(昭和43)年8月25日初版第1刷発行
入力:j.utiyama
校正:かとうかおり
1999年1月17日公開
2004年3月14日修正
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。
| {
"作品ID": "000108",
"作品名": "鼠小僧次郎吉",
"作品名読み": "ねずみこぞうじろきち",
"ソート用読み": "ねすみこそうしろきち",
"副題": "",
"副題読み": "",
"原題": "",
"初出": "「中央公論」1920(大正9)年1月",
"分類番号": "NDC 913",
"文字遣い種別": "新字旧仮名",
"作品著作権フラグ": "なし",
"公開日": "1999-01-17T00:00:00",
"最終更新日": "2014-09-17T00:00:00",
"図書カードURL": "https://www.aozora.gr.jp/cards/000879/card108.html",
"人物ID": "000879",
"姓": "芥川",
"名": "竜之介",
"姓読み": "あくたがわ",
"名読み": "りゅうのすけ",
"姓読みソート用": "あくたかわ",
"名読みソート用": "りゆうのすけ",
"姓ローマ字": "Akutagawa",
"名ローマ字": "Ryunosuke",
"役割フラグ": "著者",
"生年月日": "1892-03-01",
"没年月日": "1927-07-24",
"人物著作権フラグ": "なし",
"底本名1": "現代日本文学大系 43 芥川龍之介集",
"底本出版社名1": "筑摩書房",
"底本初版発行年1": "1968(昭和43)年8月25日",
"入力に使用した版1": "1968(昭和43)年8月25日初版第1刷",
"校正に使用した版1": "",
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"入力者": "j.utiyama",
"校正者": "かとうかおり",
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"テキストファイル最終更新日": "2004-03-14T00:00:00",
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"XHTML/HTMLファイル文字集合": "JIS X 0208",
"XHTML/HTMLファイル修正回数": "0"
} |
[
[
"いいえ、どこでも好いんです。",
"お墓はきょうは駄目でしょうか?"
],
[
"もう一つ先の道じゃありませんか?",
"そうだったかも知れませんね。"
],
[
"もう何年になりますかね?",
"丁度九年になる訣です。"
]
] | 底本:「昭和文学全集 第1巻」小学館
1987(昭和62)年5月1日初版第1刷発行
底本の親本:「芥川龍之介全集 第八卷」岩波書店
1978(昭和53)年3月22日発行
初出:「新潮 第二十三年第一号」
1926(大正15)年1月1日発行
入力:j.utiyama
校正:野口英司
1998年10月6日公開
2016年2月25日修正
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。
| {
"作品ID": "000107",
"作品名": "年末の一日",
"作品名読み": "ねんまつのいちにち",
"ソート用読み": "ねんまつのいちにち",
"副題": "",
"副題読み": "",
"原題": "",
"初出": "「新潮 第二十三年第一号」1926(大正15)年1月1日",
"分類番号": "NDC 913 914",
"文字遣い種別": "新字新仮名",
"作品著作権フラグ": "なし",
"公開日": "1998-10-06T00:00:00",
"最終更新日": "2016-02-25T00:00:00",
"図書カードURL": "https://www.aozora.gr.jp/cards/000879/card107.html",
"人物ID": "000879",
"姓": "芥川",
"名": "竜之介",
"姓読み": "あくたがわ",
"名読み": "りゅうのすけ",
"姓読みソート用": "あくたかわ",
"名読みソート用": "りゆうのすけ",
"姓ローマ字": "Akutagawa",
"名ローマ字": "Ryunosuke",
"役割フラグ": "著者",
"生年月日": "1892-03-01",
"没年月日": "1927-07-24",
"人物著作権フラグ": "なし",
"底本名1": "昭和文学全集 第1巻",
"底本出版社名1": "小学館",
"底本初版発行年1": "1987(昭和62)年5月1日",
"入力に使用した版1": "1987(昭和62)年5月1日初版第1刷",
"校正に使用した版1": "",
"底本の親本名1": "芥川龍之介全集 第八卷",
"底本の親本出版社名1": "岩波書店",
"底本の親本初版発行年1": "1978(昭和53)年3月22日",
"底本名2": "",
"底本出版社名2": "",
"底本初版発行年2": "",
"入力に使用した版2": "",
"校正に使用した版2": "",
"底本の親本名2": "",
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"底本の親本初版発行年2": "",
"入力者": "j.utiyama",
"校正者": "野口英司",
"テキストファイルURL": "https://www.aozora.gr.jp/cards/000879/files/107_ruby_596.zip",
"テキストファイル最終更新日": "2016-02-25T00:00:00",
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"XHTML/HTMLファイルURL": "https://www.aozora.gr.jp/cards/000879/files/107_15150.html",
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"XHTML/HTMLファイル修正回数": "2"
} |
[
[
"あの人も、やはり人形を使うのかい。",
"うん、一番か二番は、習っているそうだ。",
"今日も使うかしら。",
"いや、使わないだろう。今日は、これでもこの道のお歴々が使うのだから。"
]
] | 底本:「芥川龍之介全集1」ちくま文庫、筑摩書房
1986(昭和61)年9月24日第1刷発行
1995(平成7)年10月5日第13刷発行
底本の親本:「筑摩全集類聚版芥川龍之介全集」筑摩書房
1971(昭和46)年3月~1971(昭和46)年11月
※底本は、物を数える際や地名などに用いる「ヶ」(区点番号5-86)を、大振りにつくっています。
入力:j.utiyama
校正:earthian
1998年11月11日公開
2004年3月9日修正
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。
| {
"作品ID": "000112",
"作品名": "野呂松人形",
"作品名読み": "のろまにんぎょう",
"ソート用読み": "のろまにんきよう",
"副題": "",
"副題読み": "",
"原題": "",
"初出": "「人文」1916(大正5)年8月",
"分類番号": "NDC 914",
"文字遣い種別": "新字新仮名",
"作品著作権フラグ": "なし",
"公開日": "1998-11-11T00:00:00",
"最終更新日": "2014-09-17T00:00:00",
"図書カードURL": "https://www.aozora.gr.jp/cards/000879/card112.html",
"人物ID": "000879",
"姓": "芥川",
"名": "竜之介",
"姓読み": "あくたがわ",
"名読み": "りゅうのすけ",
"姓読みソート用": "あくたかわ",
"名読みソート用": "りゆうのすけ",
"姓ローマ字": "Akutagawa",
"名ローマ字": "Ryunosuke",
"役割フラグ": "著者",
"生年月日": "1892-03-01",
"没年月日": "1927-07-24",
"人物著作権フラグ": "なし",
"底本名1": "芥川龍之介全集1",
"底本出版社名1": "ちくま文庫、筑摩書房",
"底本初版発行年1": "1986(昭和61)年9月24日",
"入力に使用した版1": "1995(平成7)年10月5日第13刷",
"校正に使用した版1": "",
"底本の親本名1": "筑摩全集類聚版芥川龍之介全集",
"底本の親本出版社名1": "筑摩書房",
"底本の親本初版発行年1": "1971(昭和46)年3月~1971(昭和46)年11月",
"底本名2": "",
"底本出版社名2": "",
"底本初版発行年2": "",
"入力に使用した版2": "",
"校正に使用した版2": "",
"底本の親本名2": "",
"底本の親本出版社名2": "",
"底本の親本初版発行年2": "",
"入力者": "j.utiyama",
"校正者": "もりみつじゅんじ",
"テキストファイルURL": "https://www.aozora.gr.jp/cards/000879/files/112_ruby_3165.zip",
"テキストファイル最終更新日": "2004-03-15T00:00:00",
"テキストファイル符号化方式": "ShiftJIS",
"テキストファイル文字集合": "JIS X 0208",
"テキストファイル修正回数": "3",
"XHTML/HTMLファイルURL": "https://www.aozora.gr.jp/cards/000879/files/112_15227.html",
"XHTML/HTMLファイル最終更新日": "2004-03-15T00:00:00",
"XHTML/HTMLファイル符号化方式": "ShiftJIS",
"XHTML/HTMLファイル文字集合": "JIS X 0208",
"XHTML/HTMLファイル修正回数": "0"
} |
[
[
"妙なこともありますね。××さんの屋敷には昼間でも幽霊が出るつて云ふんですが。",
"昼間でもね。"
],
[
"尤も天気の善い日には出ないさうです。一番多いのは雨のふる日だつて云ふんですが。",
"雨のふる日に濡れに来るんぢやないか?",
"御常談で。……しかしレエン・コオトを着た幽霊だつて云ふんです。"
],
[
"大したものを嵌めてゐるね",
"これか? これはハルピンへ商売に行つてゐた友だちの指環を買はされたんだよ。そいつも今は往生してゐる。コオペラテイヴと取引きが出来なくなつたものだから。"
],
[
"仏蘭西は存外困つてはゐないよ。唯元来仏蘭西人と云ふやつは税を出したがらない国民だから、内閣はいつも倒れるがね。……",
"だつてフランは暴落するしさ。",
"それは新聞を読んでゐればね。しかし向うにゐて見給へ。新聞紙上の日本なるものはのべつに大地震や大洪水があるから。"
],
[
"あすこに女が一人ゐるだらう? 鼠色の毛糸のシヨオルをした、……",
"あの西洋髪に結つた女か?",
"うん、風呂敷包みを抱へてゐる女さ。あいつはこの夏は軽井沢にゐたよ。ちよつと洒落れた洋装などをしてね。"
],
[
"どなた?",
"あたしです。あたし……"
],
[
"何だい? どうかしたのかい?",
"ええ、あの大へんなことが起つたんです。ですから、……大へんなことが起つたもんですから、今叔母さんにも電話をかけたんです。",
"大へんなこと?",
"ええ、ですからすぐに来て下さい。すぐにですよ。"
],
[
"ここにありました。このバスの部屋の中に。",
"どうして又そんな所に行つてゐたのだらう?",
"さあ、鼠かも知れません。"
],
[
"今年は家が火事になるかも知れないぜ。",
"そんな縁起の悪いことを。……それでも火事になつたら大変ですね。保険は碌についてゐないし、……"
],
[
"Aさんではいらつしやいませんか?",
"さうです。",
"どうもそんな気がしたものですから、……",
"何か御用ですか?",
"いえ、唯お目にかかりたかつただけです。僕も先生の愛読者の……"
],
[
"何しろかう云ふ際だしするから、何も彼も売つてしまはうと思ふの。",
"それはさうだ。タイプライタアなどは幾らかになるだらう。",
"ええ、それから画などもあるし。",
"次手にNさん(姉の夫)の肖像画も売るか? しかしあれは……"
],
[
"何をしてゐるの?",
"何でもないよ。……唯あの肖像画は口のまはりだけ、……"
],
[
"まあ、善いでせう。",
"又あしたでも、……けふは青山まで出かけるのだから。",
"ああ、あすこ? まだ体の具合は悪いの?",
"やつぱり薬ばかり嚥んでゐる。催眠薬だけでも大変だよ。ヴエロナアル、ノイロナアル、トリオナアル、ヌマアル……"
],
[
"君はここに泊つてゐるのですか?",
"ええ、……",
"仕事をしに?",
"ええ、仕事もしてゐるのです。"
],
[
"何人もの接吻の為に?",
"そんな人のやうに思ひますがね。"
],
[
"おとうさん、タオルは?",
"タオルは入らない。子供たちに気をつけるのだよ。"
],
[
"大火事でしたわね。",
"僕もやつと逃げて来たの。"
],
[
"何時?",
"三時半ぐらゐでございます。"
],
[
"どうした、君の目は?",
"これか? これは唯の結膜炎さ。"
],
[
"君はちつとも書かないやうだね。『点鬼簿』と云ふのは読んだけれども。……あれは君の自叙伝かい?",
"うん、僕の自叙伝だ。",
"あれはちよつと病的だつたぜ。この頃は体は善いのかい?",
"不相変薬ばかり嚥んでゐる始末だ。",
"僕もこの頃は不眠症だがね。",
"僕も?――どうして君は『僕も』と言ふのだ?",
"だつて君も不眠症だつて言ふぢやないか? 不眠症は危険だぜ。……"
],
[
"その植木屋の娘と云ふのは器量も善いし、気立ても善いし、――それはわたしに優しくしてくれるのです。",
"いくつ?",
"ことしで十八です。"
],
[
"如何ですか、この頃は?",
"不相変神経ばかり苛々してね。",
"それは薬では駄目ですよ。信者になる気はありませんか?",
"若し僕でもなれるものなら……",
"何もむづかしいことはないのです。唯神を信じ、神の子の基督を信じ、基督の行つた奇蹟を信じさへすれば……",
"悪魔を信じることは出来ますがね。……",
"ではなぜ神を信じないのです? 若し影を信じるならば、光も信じずにはゐられないでせう?",
"しかし光のない暗もあるでせう。",
"光のない暗とは?"
],
[
"けれども光は必ずあるのです。その証拠には奇蹟があるのですから。……奇蹟などと云ふものは今でも度たび起つてゐるのですよ。",
"それは悪魔の行ふ奇蹟は。……",
"どうして又悪魔などと云ふのです?"
],
[
"Bien……très mauvais……pourquoi ?……",
"Pourquoi ?……le diable est mort !……",
"Oui, oui……d'enfer……"
],
[
"静かですね、ここへ来ると。",
"それはまだ東京よりもね。",
"ここでもうるさいことはあるのですか?",
"だつてここも世の中ですもの。"
],
[
"この町には気違ひが一人ゐますね。",
"Hちやんでせう。あれは気違ひぢやないのですよ。莫迦になつてしまつたのですよ。",
"早発性痴呆と云ふやつですね。僕はあいつを見る度に気味が悪くつてたまりません。あいつはこの間もどう云ふ量見か、馬頭観世音の前にお時宜をしてゐました。",
"気味が悪くなるなんて、……もつと強くならなければ駄目ですよ。",
"兄さんは僕などよりも強いのだけれども、――"
],
[
"強い中に弱いところもあるから。……",
"おやおや、それは困りましたね。"
],
[
"妙に人間離れをしてゐるかと思へば、人間的欲望もずゐぶん烈しいし、……",
"善人かと思へば、悪人でもあるしさ。",
"いや、善悪と云ふよりも何かもつと反対なものが、……",
"ぢや大人の中に子供もあるのだらう。",
"さうでもない。僕にははつきりと言へないけれど、……電気の両極に似てゐるのかな。何しろ反対なものを一しよに持つてゐる。"
],
[
"あの飛行機は落ちはしないか?",
"大丈夫。……兄さんは飛行機病と云ふ病気を知つてゐる?"
],
[
"どうした?",
"いえ、どうもしないのです。……"
]
] | 底本:「現代日本文学大系 43 芥川龍之介集」筑摩書房
1968(昭和43)年8月25日初版第1刷発行
入力:j.utiyama
校正:かとうかおり
1998年4月27日公開
2004年3月14日修正
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。
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[
[
"妙なこともありますね。××さんの屋敷には昼間でも幽霊が出るって云うんですが",
"昼間でもね"
],
[
"尤も天気の善い日には出ないそうです。一番多いのは雨のふる日だって云うんですが",
"雨の降る日に濡れに来るんじゃないか?",
"御常談で。……しかしレエン・コオトを着た幽霊だって云うんです"
],
[
"大したものを嵌めているね",
"これか? これはハルビンへ商売に行っていた友だちの指環を買わされたのだよ。そいつも今は往生している。コオペラティヴと取引きが出来なくなったものだから"
],
[
"仏蘭西は存外困ってはいないよ、唯元来仏蘭西人と云うやつは税を出したがらない国民だから、内閣はいつも倒れるがね。……",
"だってフランは暴落するしさ",
"それは新聞を読んでいればね。しかし向うにいて見給え。新聞紙上の日本なるものはのべつ大地震や大洪水があるから"
],
[
"あすこに女が一人いるだろう? 鼠色の毛糸のショオルをした、……",
"あの西洋髪に結った女か?",
"うん、風呂敷包みを抱えている女さ。あいつはこの夏は軽井沢にいたよ。ちょっと洒落れた洋装などをしてね"
],
[
"どなた?",
"あたしです。あたし……"
],
[
"何だい? どうかしたのかい?",
"ええ、あの大へんなことが起ったんです。ですから、……大へんなことが起ったもんですから。今叔母さんにも電話をかけたんです",
"大へんなこと?",
"ええ、ですからすぐに来て下さい。すぐにですよ"
],
[
"ここにありました。このバスの部屋の中に",
"どうして又そんな所に行っていたのだろう?",
"さあ、鼠かも知れません"
],
[
"今年は家が火事になるかも知れないぜ",
"そんな縁起の悪いことを。……それでも火事になったら大変ですね。保険は碌についていないし、……"
],
[
"Aさんではいらっしゃいませんか?",
"そうです",
"どうもそんな気がしたものですから、……",
"何か御用ですか?",
"いえ、唯お目にかかりたかっただけです。僕も先生の愛読者の……"
],
[
"何しろこう云う際だしするから、何もかも売ってしまおうと思うの",
"それはそうだ。タイプライタアなどは幾らかになるだろう",
"ええ、それから画などもあるし",
"次手にNさん(姉の夫)の肖像画も売るか? しかしあれは……"
],
[
"何をしているの?",
"何でもないよ。……唯あの肖像画は口のまわりだけ、……"
],
[
"まあ、善いでしょう",
"又あしたでも、……きょうは青山まで出かけるのだから",
"ああ、あすこ? まだ体の具合は悪いの?",
"やっぱり薬ばかり嚥んでいる。催眠薬だけでも大変だよ。ヴェロナアル、ノイロナアル、トリオナアル、ヌマアル……"
],
[
"君はここに泊っているのですか?",
"ええ、……",
"仕事をしに?",
"ええ、仕事もしているのです"
],
[
"何人もの接吻の為に?",
"そんな人のように思いますがね"
],
[
"おとうさん、タオルは?",
"タオルはいらない。子供たちに気をつけるのだよ"
],
[
"大火事でしたわね",
"僕もやっと逃げて来たの"
],
[
"何時?",
"三時半ぐらいでございます"
],
[
"どうした、君の目は?",
"これか? これは唯の結膜炎さ"
],
[
"君はちっとも書かないようだね。『点鬼簿』と云うのは読んだけれども。……あれは君の自叙伝かい?",
"うん、僕の自叙伝だ",
"あれはちょっと病的だったぜ。この頃体は善いのかい?",
"不相変薬ばかり嚥んでいる始末だ",
"僕もこの頃は不眠症だがね",
"僕も?――どうして君は『僕も』と言うのだ?",
"だって君も不眠症だって言うじゃないか? 不眠症は危険だぜ。……"
],
[
"その植木屋の娘と云うのは器量も善いし、気立も善いし、――それはわたしに優しくしてくれるのです",
"いくつ?",
"ことしで十八です"
],
[
"如何ですか、この頃は?",
"不相変神経ばかり苛々してね",
"それは薬でも駄目ですよ。信者になる気はありませんか?",
"若し僕でもなれるものなら……",
"何もむずかしいことはないのです。唯神を信じ、神の子の基督を信じ、基督の行った奇蹟を信じさえすれば……",
"悪魔を信じることは出来ますがね。……",
"ではなぜ神を信じないのです? 若し影を信じるならば、光も信じずにはいられないでしょう?",
"しかし光のない暗もあるでしょう",
"光のない暗とは?"
],
[
"けれども光は必ずあるのです。その証拠には奇蹟があるのですから。……奇蹟などと云うものは今でも度たび起っているのですよ",
"それは悪魔の行う奇蹟は。……",
"どうして又悪魔などと云うのです?"
],
[
"Bien……très mauvais……pourquoi ?……",
"Pourquoi ?……le diable est mort !……",
"Oui, oui……d'enfer……"
],
[
"静かですね、ここへ来ると",
"それはまだ東京よりもね",
"ここでもうるさいことはあるのですか?",
"だってここも世の中ですもの"
],
[
"この町には気違いが一人いますね",
"Hちゃんでしょう。あれは気違いじゃないのですよ。莫迦になってしまったのですよ",
"早発性痴呆と云うやつですね。僕はあいつを見る度に気味が悪くってたまりません。あいつはこの間もどう云う量見か、馬頭観世音の前にお時宜をしていました",
"気味が悪くなるなんて、……もっと強くならなければ駄目ですよ",
"兄さんは僕などよりも強いのだけれども、――"
],
[
"強い中に弱いところもあるから。……",
"おやおや、それは困りましたね"
],
[
"妙に人間離れをしているかと思えば、人間的欲望もずいぶん烈しいし、……",
"善人かと思えば、悪人でもあるしさ",
"いや、善悪と云うよりも何かもっと反対なものが、……",
"じゃ大人の中に子供もあるのだろう",
"そうでもない。僕にははっきりと言えないけれど、……電気の両極に似ているのかな。何しろ反対なものを一しょに持っている"
],
[
"あの飛行機は落ちはしないか?",
"大丈夫。……兄さんは飛行機病と云う病気を知っている?"
],
[
"どうした?",
"いえ、どうもしないのです。……"
]
] | 底本:「河童・或る阿呆の一生」新潮文庫、新潮社
1968(昭和43)年12月15日発行
1987(昭和62)年11月5日41刷
入力:蒋龍
校正:田中敬三
2009年3月24日作成
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。
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[
[
"翁遷化の年深川を出給ふ時、野坡問て云、俳諧やはり今のごとく作し侍らんや。翁曰、しばらく今の風なるべし、五七年も過なば一変あらんとなり。",
"翁曰、俳諧世に三合は出たり。七合は残たりと申されけり。"
],
[
"或禅僧、詩の事を尋ねられしに、翁曰、詩の事は隠士素堂と云ふもの此道に深きすきものにて、人の名を知れるなり。かれ常に云ふ、詩は隠者の詩、風雅にてよろし。",
"正秀問、古今集に空に知られぬ雪ぞ降りける、人に知られぬ花や咲くらん、春に知られぬ花ぞ咲くなる、一集にこの三首を撰す。一集一作者にかやうの事例あるにや。翁曰、貫之の好める言葉と見えたり。かやうの事は今の人の嫌ふべきを、昔は嫌はずと見えたり。もろこしの詩にも左様の例あるにや。いつぞや丈艸の物語に杜子美に専ら其事あり。近き詩人に于鱗とやらんの詩に多く有る事とて、其詩も、聞きつれど忘れたり。"
],
[
"某新聞記者の西洋の詩のことを尋ねた時、芭蕉はその記者にかう答へた。――西洋の詩に詳しいのは京都の上田敏である。彼の常に云ふ所によれば、象徴派の詩人の作品は甚だ幽幻を極めてゐる。",
"……芭蕉はかう答へた。……さう云ふことは西洋の詩にもあるのかも知れない。この間森鴎外と話したら、ゲエテにはそれも多いさうである。又近頃の詩人の何とかイツヒの作品にも多い。実はその詩も聞かせて貰つたのだが、生憎すつかり忘れてしまつた。"
]
] | 底本:「現代日本文学大系 43 芥川龍之介集」筑摩書房
1968(昭和43)年8月25日初版第1刷発行
入力:j.utiyama
校正:かとうかおり
1999年1月14日公開
2004年3月16日修正
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。
| {
"作品ID": "000023",
"作品名": "芭蕉雑記",
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"初出": "「新潮」1923(大正12)年11月~1924(大正13)年7月",
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"名": "竜之介",
"姓読み": "あくたがわ",
"名読み": "りゅうのすけ",
"姓読みソート用": "あくたかわ",
"名読みソート用": "りゆうのすけ",
"姓ローマ字": "Akutagawa",
"名ローマ字": "Ryunosuke",
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"没年月日": "1927-07-24",
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} |
[
[
"この部屋ね、――この部屋は変えちゃいけなくって?",
"部屋を変える? だってここへはやっと昨夜、引っ越して来たばかりじゃないか?"
],
[
"だがお前はあの部屋にいるのは、嫌だ嫌だと云っていたじゃないか?",
"ええ。それでもここへ来て見たら、急にまたこの部屋が嫌になったんですもの。"
],
[
"ね、好いでしょう。……いけなくて?",
"しかし前の部屋よりは、広くもあるし居心も好いし、不足を云う理由はないんだから、――それとも何か嫌な事があるのかい?",
"何って事はないんですけれど。……"
],
[
"それとも何かあの事以外に、悲しい事でもあるのかい? たとえば日本へ帰りたいとか、支那でも田舎へは行きたくないとか、――",
"いいえ。――いいえ。そんな事じゃなくってよ。"
],
[
"ですけれども、――この部屋は嫌なんですもの。",
"だからさ、だからさっきもそう云ったじゃないか? 何故この部屋がそんなに嫌だか、それさえはっきり云ってくれれば、――"
],
[
"まあ、御精が出ますこと。――坊ちゃんはどうなさいました?",
"うちの若様? 若様は今お休み中。"
],
[
"時にね、お清さん。",
"何でございます? 真面目そうに。"
],
[
"御隣の野村さん、――野村さんでしょう、あの奥さんは?",
"ええ、野村敏子さん。",
"敏子さん? じゃ私と同じ名だわね。あの方はもう御立ちになったの?",
"いいえ、まだ五六日は御滞在でございましょう。それから何でも蕪湖とかへ、――"
],
[
"あの方でしょう? ここへ御出でになると、その日に御子さんをなくなしたのは?",
"ええ。御気の毒でございますわね。すぐに病院へも御入れになったんですけれど。",
"じゃ病院で御なくなりなすったの? 道理で何にも知らなかった。"
],
[
"もうそれで御用ずみ。どうかあちらへいらしって下さい。",
"まあ、随分でございますね。"
],
[
"そんな邪慳な事をおっしゃると、蔦の家から電話がかかって来ても、内証で旦那様へ取次ぎますよ。",
"好いわよ。早くいらっしゃいってば。紅茶がさめてしまうじゃないの?"
],
[
"二年ぶりに編針を持って見ましたの。――あんまり暇なもんですから。",
"私なぞはいくら暇でも、怠けてばかり居りますわ。"
],
[
"ええ、肺炎になりましたものですから、――ほんとうに夢のようでございました。",
"それも御出て匇々にねえ。何と申し上げて好いかわかりませんわ。"
],
[
"私なぞはそんな目にあったら、まあ、どうするでございましょう?",
"一時は随分悲しゅうございましたけれども、――もうあきらめてしまいましたわ。"
],
[
"内地はよろしゅうございますわね。気候もこちらほど不順ではなし、――",
"参りたてでよくはわかりませんけれども、大へん雨の多い所でございますね。",
"今年は余計――あら、泣いて居りますわ。"
],
[
"私が窓を拭きに参りますとね、すぐにもう眼を御覚ましなすって。",
"どうも憚り様。"
],
[
"あら、お隣の赤さんも死んだんですって。",
"お隣?"
],
[
"お隣とはどこだい?",
"お隣よ。ほら、あの上海の××館の、――",
"ああ、あの子供か? そりゃ気の毒だな。",
"あんなに丈夫そうな赤さんがねえ。……",
"何だい、病気は?",
"やっぱり風邪ですって。始めは寝冷えぐらいの事と思い居り候ところ、――ですって。"
],
[
"病院に入れ候時には、もはや手遅れと相成り、――ね、よく似ているでしょう? 注射を致すやら、酸素吸入を致すやら、いろいろ手を尽し候えども、――それから何と読むのかしら? 泣き声だわ。泣き声も次第に細るばかり、その夜の十一時五分ほど前には、ついに息を引き取り候。その時の私の悲しさ、重々御察し下され度、……",
"気の毒だな。"
],
[
"ああ、好い事を思いついた! あの文鳥を放してやれば好いわ。",
"放してやる? あのお前の大事の鳥をか?",
"ええ、ええ、大事の鳥でもかまわなくってよ。お隣の赤さんのお追善ですもの。ほら、放鳥って云うでしょう。あの放鳥をして上げるんだわ。文鳥だってきっと喜んでよ。――私には手がとどかないかしら? とどかなかったら、あなた取って頂戴。"
],
[
"取って頂戴よ。よう。",
"取れるものか? 踏み台でもすれば格別だが、――何もまた放すにしても、今直には限らないじゃないか?",
"だって今直に放したいんですもの、よう。取って頂戴よう。取って下さらなければいじめるわよ。よくって? ハムモックを解いてしまうわよ。――"
],
[
"何だい?",
"私は、――私は悪いんでしょうか! あの赤さんのなくなったのが、――"
]
] | 底本:「芥川龍之介全集4」ちくま文庫、筑摩書房
1987(昭和62)年1月27日第1刷発行
1996(平成8)年7月15日第8刷発行
底本の親本:「筑摩全集類聚版芥川龍之介全集」筑摩書房
1971(昭和46)年3月~1971(昭和46)年11月
入力:j.utiyama
校正:もりみつじゅんじ
1999年3月1日公開
2004年3月7日修正
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。
| {
"作品ID": "000041",
"作品名": "母",
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"初出": "「中央公論」1921(大正10)年9月",
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"生年月日": "1892-03-01",
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"人物著作権フラグ": "なし",
"底本名1": "芥川龍之介全集4",
"底本出版社名1": "ちくま文庫、筑摩書房",
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"入力に使用した版1": "1996(平成8)年7月15日第8刷",
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"底本の親本名1": "筑摩全集類聚版芥川龍之介全集",
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"底本の親本初版発行年2": "",
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"XHTML/HTMLファイル修正回数": "0"
} |
[
[
"いえ、もうどうぞ。――ほんとうにお茶なんぞ入らないことよ。",
"じゃ紅茶でも入れましょうか?",
"紅茶も沢山。――それよりもあの話を聞かせて頂戴。"
],
[
"田舎の家の庭を描いたのですって。――大村の家は旧家なんですって。",
"今は何をしているの?",
"県会議員か何かでしょう。銀行や会社も持っているようよ。",
"あの人は次男か三男かなの?",
"長男――って云うのかしら? 一人きりしかいないんですって。"
],
[
"じゃ立派な若旦那様なのね。",
"ええ、ただそりゃボエエムなの。下宿も妙なところにいるのよ。羅紗屋の倉庫の二階を借りているの。"
],
[
"あなたもそこへ行ったことがあるの?",
"ええ、たびたび行ったことがあるわ。"
],
[
"そんなことをしてもかまわないの?",
"大村が?",
"いいえ、あなたがよ。誤解でもされたら、迷惑じゃなくって?",
"どうせ誤解はされ通しよ。何しろ研究所の連中と来たら、そりゃ口がうるさいんですもの。"
],
[
"わたしから話すったって、――わたしもあなたたちのことは知らないじゃないの?",
"だから聞いて頂戴って言っているのよ。それをちっとも姉さんは聞く気になってくれないんですもの。"
],
[
"あら、あなたこそ話さないんじゃないの?――じゃすっかり聞かせて頂戴。その上でわたしも考えて見るから。",
"そう? じゃとにかく話して見るわ。その代りひやかしたり何かしちゃ厭よ。"
],
[
"大村もわたしは大嫌いだったんですって。ジン・コクテルくらいは飲みそうな気がしたんですって。",
"そんなものを飲む人がいるの?",
"そりゃいるわ。男のように胡坐をかいて花を引く人もいるんですもの。",
"それがあなたがたの新時代?",
"かも知れないと思っているの。……"
],
[
"それよりもわたしの問題だわね、姉さんから話していただけない?",
"そりゃ話して上げないこともないわ。上げないこともないけれども、――"
],
[
"じゃ会って下さるわね。大村の下宿へ行って下さる?",
"だって下宿へも行かれないじゃないの?",
"じゃここへ来て貰いましょうか? それも何だか可笑しいわね。",
"あの人は前にも来たことはあるの?",
"いいえ、まだ一度もないの。それだから何だか可笑しいのよ。じゃあと、――じゃこうして下さらない? 大村は明後日表慶館へ画を見に行くことになっているの。その時刻に姉さんも表慶館へ行って大村に会っちゃ下さらない?",
"そうねえ、わたしも明後日ならば、ちょうどお墓参りをする次手もあるし。……"
],
[
"いやよ。何をするの?",
"だってほんとうに嬉しいんですもの。"
],
[
"けれども始めからそう思っていたのよ。姉さんはきっとわたしたちのためには何でもして下さるのに違いないって。――実は昨日も大村と一日姉さんの話をしたの。それでね、……",
"それで?"
],
[
"いろいろ伺いたいこともあるんでございますけれども、――じゃぶらぶら歩きながら、お話しすることに致しましょうか?",
"ええ、どうでも。"
],
[
"あれにも母親が一人ございますし、あなたもまた、――あなたは御両親ともおありなんでございますか?",
"いいえ、親父だけです。",
"お父様だけ。御兄弟は確かございませんでしたね?",
"ええ、僕だけです。"
]
] | 底本:「芥川龍之介全集5」ちくま文庫、筑摩書房
1987(昭和62)年2月24日第1刷発行
1995(平成7)年4月10日第6刷発行
底本の親本:「筑摩全集類聚版芥川龍之介全集」筑摩書房
1971(昭和46)年3月~1971(昭和46)年11月
入力:j.utiyama
校正:かとうかおり
1999年1月5日公開
2004年3月7日修正
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。
| {
"作品ID": "000045",
"作品名": "春",
"作品名読み": "はる",
"ソート用読み": "はる",
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"副題読み": "",
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"初出": "「中央公論」1923(大正12)年9月、1925(大正14)年4月「女性」",
"分類番号": "NDC 913",
"文字遣い種別": "新字新仮名",
"作品著作権フラグ": "なし",
"公開日": "1999-01-05T00:00:00",
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"姓": "芥川",
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"名読み": "りゅうのすけ",
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"名読みソート用": "りゆうのすけ",
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"名ローマ字": "Ryunosuke",
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"生年月日": "1892-03-01",
"没年月日": "1927-07-24",
"人物著作権フラグ": "なし",
"底本名1": "芥川龍之介全集5",
"底本出版社名1": "ちくま文庫、筑摩書房",
"底本初版発行年1": "1987(昭和62)年2月24日",
"入力に使用した版1": "1995(平成7)年4月10日第6刷",
"校正に使用した版1": "1996(平成8)年7月15日第7刷",
"底本の親本名1": "筑摩全集類聚版芥川龍之介全集",
"底本の親本出版社名1": "筑摩書房",
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[
[
"つまり馬に乗つた時と同じなのさ。",
"カントの論文に崇られたんだね。"
]
] | 底本:「芥川龍之介全集 第十一巻」岩波書店
1996(平成8)年9月9日発行
入力:もりみつじゅんじ
校正:松永正敏
2002年5月17日作成
2004年3月7日修正
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。
| {
"作品ID": "004281",
"作品名": "春の日のさした往来をぶらぶら一人歩いてゐる",
"作品名読み": "はるのひのさしたおうらいをぶらぶらひとりあるいている",
"ソート用読み": "はるのひのさしたおうらいをふらふらひとりあるいている",
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"分類番号": "NDC 914",
"文字遣い種別": "新字旧仮名",
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"姓": "芥川",
"名": "竜之介",
"姓読み": "あくたがわ",
"名読み": "りゅうのすけ",
"姓読みソート用": "あくたかわ",
"名読みソート用": "りゆうのすけ",
"姓ローマ字": "Akutagawa",
"名ローマ字": "Ryunosuke",
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"生年月日": "1892-03-01",
"没年月日": "1927-07-24",
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"底本名1": "芥川龍之介全集 第十一巻",
"底本出版社名1": "岩波書店",
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} |
[
[
"いえ、今そこの坂へ来ると、いたずらをした人があったものですから、……",
"あなたに?",
"ええ、後からかじりついて、『姐さん、お金をおくれよう』って言って、……",
"ああ、そう言えばこの界隈には小堀とか云う不良少年があってね、……"
],
[
"清太郎?――ですね。あなたはその人が好きだったんでしょう?",
"ええ、好きでございました。"
]
] | 底本:「芥川龍之介全集6」ちくま文庫、筑摩書房
1987(昭和62)年3月24日第1刷発行
1993(平成5)年2月25日第6刷発行
底本の親本:「筑摩全集類聚版芥川龍之介全集」筑摩書房
1971(昭和46)年3月~1971(昭和46)年11月
入力:j.utiyama
校正:かとうかおり
1999年2月1日公開
2004年3月7日修正
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。
| {
"作品ID": "000046",
"作品名": "春の夜",
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"初出": "「文藝春秋」1926(大正15)年9月",
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"名読み": "りゅうのすけ",
"姓読みソート用": "あくたかわ",
"名読みソート用": "りゆうのすけ",
"姓ローマ字": "Akutagawa",
"名ローマ字": "Ryunosuke",
"役割フラグ": "著者",
"生年月日": "1892-03-01",
"没年月日": "1927-07-24",
"人物著作権フラグ": "なし",
"底本名1": "芥川龍之介全集6",
"底本出版社名1": "ちくま文庫、筑摩書房",
"底本初版発行年1": "1987(昭和62)年3月24日",
"入力に使用した版1": "1993(平成5)年2月25日第6刷",
"校正に使用した版1": "1997(平成9)年4月15日第8刷",
"底本の親本名1": "筑摩全集類聚版芥川龍之介全集",
"底本の親本出版社名1": "筑摩書房",
"底本の親本初版発行年1": "1971(昭和46)年3月~1971(昭和46)年11月",
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"底本出版社名2": "",
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"底本の親本初版発行年2": "",
"入力者": "j.utiyama",
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"XHTML/HTMLファイル文字集合": "JIS X 0208",
"XHTML/HTMLファイル修正回数": "0"
} |
[
[
"だがのう、お民、お前今の若さでさ、男なしにやゐられるもんぢやなえよ。",
"ゐられなえたつて、仕かたがなえぢや。この中へ他人でも入れて見なせえ。広も可哀さうだし、お前さんも気兼だし、第一わしの気骨の折れることせつたら、ちつとやそつとぢやなからうわね。",
"だからよ、与吉を貰ふことにしなよ。あいつもお前この頃ぢや、ぱつたり博奕を打たなえと云ふぢやあ。",
"そりやおばあさんには身内でもよ、わしにはやつぱし他人だわね。何、わしさへ我慢すりや……",
"でもよ、その我慢がさあ、一年や二年ぢやなえからよう。",
"好いわね。広の為だものう。わしが今苦しんどきや、此処の家の田地は二つにならずに、そつくり広の手へ渡るだものう。",
"だがのう、お民、(お住はいつも此処へ来ると、真面目に声を低めるのだつた。)何しろはたの口がうるせえからのう。お前今おらの前で云つたことはそつくり他人にも聞かせてくんなよ。……"
],
[
"寒かつつらのう。晩かつたぢや?",
"けふはちつといつもよりや、余計な仕事してゐたぢやあ。"
],
[
"直と風呂へはえんなよ。",
"風呂よりもわしは腹が減つてるよ。どら、さきに藷でも食ふべえ。――煮てあるらあねえ? おばあさん。"
],
[
"広はよく眠つてるぢや。床の中へ転がして置きや好いに。",
"なあん、けふは莫迦寒いから、下ぢやとても寝つかなえよう。"
],
[
"でもの、さうばかり云つちやゐられなえぢや。あしたの宮下の葬式にやの、丁度今度はおら等の家もお墓の穴掘り役に当つてるがの。かう云ふ時に男手のなえのは、……",
"好いわね。掘り役にはわしが出るわね。",
"まさか、お前、女の癖に、――"
],
[
"なあん、お前、そんなことを!",
"お前さん広のお父さんの死んだ時に、自分でも云つたことを忘れやしまえね? 此処の家の田地を二つにしちや、御先祖様にもすまなえつて、……",
"ああさ。そりやさう云つたぢや。でもの、まあ考へて見ば。時世時節と云ふこともあるら。こりやどうにも仕かたのなえこんだの。……"
],
[
"お民さんはえ? ふうん、干し草刈りにの? 若えのにまあ、何でもするのう。",
"なあん、女にや外へ出るよか、内の仕事が一番好いだよう。",
"いいや、畠仕事の好きなのは何よりだよう。わしの嫁なんか祝言から、はえ、これもう七年が間、畠へはおろか草むしりせえ、唯の一日も出たことはなえわね。子供の物の洗濯だあの、自分の物の仕直しだあのつて、毎日永の日を暮らしてらあね。",
"そりやその方が好いだよう。子供のなりも見好くしたり、自分も小綺麗になつたりするはやつぱし浮世の飾りだよう。",
"でもさあ、今の若え者は一体に野良仕事が嫌ひだよう。――おや、何ずら、今の音は?",
"今の音はえ? ありやお前さん、牛の屁だわね。",
"牛の屁かえ? ふんとうにまあ。――尤も炎天に甲羅を干し干し、粟の草取りをするのなんか、若え時にや辛いからね。"
],
[
"ねえ、おばあさん。おらのお母さんはうんと偉い人かい?",
"なぜや?"
],
[
"だつて先生がの、修身の時間にさう云つたぜ。広次のお母さんはこの近在に二人とない偉い人だつて。",
"先生がの?",
"うん、先生が。譃だのう?"
],
[
"だからな、このおばあさんはな、われ一人を頼みに生きてゐるだぞ。わりやそれを忘れるぢやなえぞ。われもやがて十七になつたら、すぐに嫁を貰つてな、おばあさんに息をさせるやうにするんだぞ。お母さんは徴兵がすむまぢやあなんか、気の長えことを云つてるがな、どうしてどうして待てるもんか! 好いか? わりやおばあさんにお父さんと二人分孝行するだぞ。さうすりやおばあさんも悪いやうにやしなえ。何でもわれにくれてやるからな。……",
"この柿も熟んだら、おらにくれる?"
]
] | 底本:「現代日本文学大系 43 芥川龍之介集」筑摩書房
1968(昭和43)年8月25日初版第1刷発行
入力:j.utiyama
校正:かとうかおり
1999年1月16日公開
2004年3月10日修正
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。
| {
"作品ID": "000171",
"作品名": "一塊の土",
"作品名読み": "ひとくれのつち",
"ソート用読み": "ひとくれのつち",
"副題": "",
"副題読み": "",
"原題": "",
"初出": "「新潮」1924(大正13)年1月",
"分類番号": "NDC 913",
"文字遣い種別": "新字旧仮名",
"作品著作権フラグ": "なし",
"公開日": "1999-01-16T00:00:00",
"最終更新日": "2014-09-17T00:00:00",
"図書カードURL": "https://www.aozora.gr.jp/cards/000879/card171.html",
"人物ID": "000879",
"姓": "芥川",
"名": "竜之介",
"姓読み": "あくたがわ",
"名読み": "りゅうのすけ",
"姓読みソート用": "あくたかわ",
"名読みソート用": "りゆうのすけ",
"姓ローマ字": "Akutagawa",
"名ローマ字": "Ryunosuke",
"役割フラグ": "著者",
"生年月日": "1892-03-01",
"没年月日": "1927-07-24",
"人物著作権フラグ": "なし",
"底本名1": "現代日本文学大系 43 芥川龍之介集",
"底本出版社名1": "筑摩書房",
"底本初版発行年1": "1968(昭和43)年8月25日",
"入力に使用した版1": "",
"校正に使用した版1": "",
"底本の親本名1": "",
"底本の親本出版社名1": "",
"底本の親本初版発行年1": "",
"底本名2": "",
"底本出版社名2": "",
"底本初版発行年2": "",
"入力に使用した版2": "",
"校正に使用した版2": "",
"底本の親本名2": "",
"底本の親本出版社名2": "",
"底本の親本初版発行年2": "",
"入力者": "j.utiyama",
"校正者": "かとうかおり",
"テキストファイルURL": "https://www.aozora.gr.jp/cards/000879/files/171_ruby_1273.zip",
"テキストファイル最終更新日": "2004-03-15T00:00:00",
"テキストファイル符号化方式": "ShiftJIS",
"テキストファイル文字集合": "JIS X 0208",
"テキストファイル修正回数": "2",
"XHTML/HTMLファイルURL": "https://www.aozora.gr.jp/cards/000879/files/171_15237.html",
"XHTML/HTMLファイル最終更新日": "2004-03-15T00:00:00",
"XHTML/HTMLファイル符号化方式": "ShiftJIS",
"XHTML/HTMLファイル文字集合": "JIS X 0208",
"XHTML/HTMLファイル修正回数": "0"
} |
[
[
"これやあほんの軽少だが、志はまあ志だから、……",
"いえ、もうお志は確かに頂きました。が、こりやあどうかお手もとへ、……",
"まあさ、……そんなに又恥をかかせるもんぢやあない。",
"冗談仰有つちやあいけません。檀那こそ恥をおかかせなさる。何も赤の他人ぢやあなし、大檀那以来お世話になつた丸佐のしたことぢやあごわせんか? まあ、そんな水つ臭いことを仰有らずに、これだけはそちらへおしまひなすつて下さい。……おや、お嬢さん。今晩は、おうおう、今日は蝶々髷が大へん綺麗にお出来なすつた!"
],
[
"何、大したことはありますまい。唯ちよいとこのお出来に爪をかけただけなのですから、……今御飯の支度をします。",
"無理をしちやあいけない。御飯の支度なんぞはお鶴にも出来る。"
],
[
"そんなことはこの間も云つたぢやあないか?……おい、英吉! お前は今日は明るい内に、ちよいと丸佐へ行つて来てくれ。",
"丸佐へ?……来てくれと云ふんですか?",
"何、ランプを一つ持つて来て貰ふんだが、……お前、帰りに貰つて来ても好い。",
"だつて丸佐にランプはないでせう?"
],
[
"燭台か何かぢやああるまいし、……ランプは買つてくれつて頼んであるんだ。わたしが買ふよりやあ確だから。",
"ぢやあもう無尽燈はお廃止ですか?",
"あれももうお暇の出し時だらう。",
"古いものはどしどし止めることです。第一お母さんもランプになりやあ、ちつとは気も晴れるでせうから。"
],
[
"よう、お父さんつてば。よう。",
"うるさい!"
],
[
"わたしはこの通りの体だしね、何も彼もお父さんがなさるのだから、おとなしくしなけりやあいけませんよ。そりやあお隣の娘さんは芝居へも始終お出でなさるさ。……",
"芝居なんぞ見たくはないんだけれど……",
"いえ、芝居に限らずさ、簪だとか半襟だとか、お前にやあ欲しいものだらけでもね、……"
],
[
"あのねえ、お母さん。……わたしはねえ、……何も欲しいものはないんだけれどねえ、唯あのお雛様を売る前にねえ、……",
"お雛様かえ? お雛様を売る前に?"
],
[
"わからず屋! 又お雛様のことだらう? お父さんに叱られたのを忘れたのか?",
"まあ、好いぢやあないか? そんなにがみがみ云はないでも。"
],
[
"十五にもなつてゐる癖に、ちつとは理窟もわかりさうなもんだ? 高があんなお雛様位! 惜しがりなんぞするやつがあるもんか?",
"お世話焼きぢや! 兄さんのお雛様ぢやあないぢやあないか?"
],
[
"お鶴が何をしやあしまいし、そんな目に遇はせるにやあ当らないぢやあないか。",
"だつてこいつはいくら云つても、あんまり聞き分けがないんですもの。",
"いいえ、お鶴ばかり憎いのぢやあないだらう? お前は……お前は、……"
],
[
"お前はわたしが憎いのだらう? さもなけりやあわたしが病気だと云ふのに、お雛様を……お雛様を売りたがつたり、罪もないお鶴をいぢめたり、……そんなことをする筈はないぢやあないか? さうだらう? それならなぜ憎いのだか、……",
"お母さん!"
],
[
"御苦労だね。徳さん。何処へ行つたんだい?",
"へえ、何、今日はお嬢さんの江戸見物です。"
],
[
"そりやあ無尽燈に慣れてゐたから……だが一度ランプをつけちやあ、もう無尽燈はつけられない。",
"何でも始は眩し過ぎるんですよ。ランプでも、西洋の学問でも、……"
],
[
"それでも慣れりやあ同じことですよ。今にきつとこのランプも暗いと云ふ時が来るんです。",
"大きにそんなものかも知れない。……お鶴。お前、お母さんのおも湯はどうしたんだ?",
"お母さんは今夜は沢山なんですつて。"
]
] | 底本:「現代日本文学大系 43 芥川龍之介集」筑摩書房
1968(昭和43)年8月25日初版第1刷発行
入力:j.utiyama
校正:福地博文
1998年11月7日公開
2004年3月16日修正
青空文庫作成ファイル:
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| {
"作品ID": "000047",
"作品名": "雛",
"作品名読み": "ひな",
"ソート用読み": "ひな",
"副題": "",
"副題読み": "",
"原題": "",
"初出": "「中央公論」1923(大正12)年3月",
"分類番号": "NDC 913",
"文字遣い種別": "新字旧仮名",
"作品著作権フラグ": "なし",
"公開日": "1998-11-07T00:00:00",
"最終更新日": "2014-09-17T00:00:00",
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"姓": "芥川",
"名": "竜之介",
"姓読み": "あくたがわ",
"名読み": "りゅうのすけ",
"姓読みソート用": "あくたかわ",
"名読みソート用": "りゆうのすけ",
"姓ローマ字": "Akutagawa",
"名ローマ字": "Ryunosuke",
"役割フラグ": "著者",
"生年月日": "1892-03-01",
"没年月日": "1927-07-24",
"人物著作権フラグ": "なし",
"底本名1": "現代日本文学大系 43 芥川龍之介集",
"底本出版社名1": "筑摩書房",
"底本初版発行年1": "1968(昭和43)年8月25日",
"入力に使用した版1": "1968(昭和43)年8月25日初版第1刷",
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"XHTML/HTMLファイル修正回数": "0"
} |
[
[
"町のそとへ一足出ると、見渡す限りの野菜畑ですね。",
"サッサンラップ島の住民は大部分野菜を作るのです。男でも女でも野菜を作るのです。",
"そんなに需要があるものでしょうか?",
"近海の島々へ売れるのです。が、勿論売れ残らずにはいません。売れ残ったのはやむを得ず積み上げて置くのです。船の上から見えたでしょう、ざっと二万呎も積み上っているのが?",
"あれがみんな売れ残ったのですか? あの野菜のピラミッドが?"
],
[
"じゃきょうは失礼します。",
"そうですか。じゃまた話しに来て下さい。わたしはこう云うものですから。"
],
[
"原稿をとりに来た? どこの原稿を?",
"随筆のをですってさ。",
"随筆の?"
]
] | 底本:「芥川龍之介全集5」ちくま文庫、筑摩書房
1987(昭和62)年2月24日第1刷発行
1995(平成7)年4月10日第6刷発行
底本の親本:「筑摩全集類聚版芥川龍之介全集」筑摩書房
1971(昭和46)年3月~1971(昭和46)年11月
入力:j.utiyama
校正:かとうかおり
1999年1月10日公開
2004年3月7日修正
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。
| {
"作品ID": "000052",
"作品名": "不思議な島",
"作品名読み": "ふしぎなしま",
"ソート用読み": "ふしきなしま",
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"副題読み": "",
"原題": "",
"初出": "「随筆」1924(大正13)年1月",
"分類番号": "NDC 913",
"文字遣い種別": "新字新仮名",
"作品著作権フラグ": "なし",
"公開日": "1999-01-10T00:00:00",
"最終更新日": "2014-09-17T00:00:00",
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"人物ID": "000879",
"姓": "芥川",
"名": "竜之介",
"姓読み": "あくたがわ",
"名読み": "りゅうのすけ",
"姓読みソート用": "あくたかわ",
"名読みソート用": "りゆうのすけ",
"姓ローマ字": "Akutagawa",
"名ローマ字": "Ryunosuke",
"役割フラグ": "著者",
"生年月日": "1892-03-01",
"没年月日": "1927-07-24",
"人物著作権フラグ": "なし",
"底本名1": "芥川龍之介全集5",
"底本出版社名1": "ちくま文庫、筑摩書房",
"底本初版発行年1": "1987(昭和62)年2月24日",
"入力に使用した版1": "1995(平成7)年4月10日第6刷",
"校正に使用した版1": "1996(平成8)年7月15日第7刷",
"底本の親本名1": "筑摩全集類聚版芥川龍之介全集",
"底本の親本出版社名1": "筑摩書房",
"底本の親本初版発行年1": "1971(昭和46)年3月~1971(昭和46)年11月",
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"校正者": "かとうかおり",
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"XHTML/HTMLファイル修正回数": "0"
} |
[
[
"もつと続けて踊りませうか。",
"ノン・メルシイ。"
],
[
"日本の女の方も美しいです。殊にあなたなぞは――",
"そんな事はこざいませんわ。",
"いえ、御世辞ではありません。その儘すぐに巴里の舞踏会へも出られます。さうしたら皆が驚くでせう。ワツトオの画の中の御姫様のやうですから。"
],
[
"私も巴里の舞踏会へ参つて見たうございますわ。",
"いえ、巴里の舞踏会も全くこれと同じ事です。"
],
[
"でも何か考へていらつしやるやうでございますわ。",
"何だか当てて御覧なさい。"
],
[
"存じて居りますとも。Julien Viaud と仰有る方でございました。",
"では Loti だつたのでございますね。あの『お菊夫人』を書いたピエル・ロテイだつたのでございますね。"
]
] | 底本:「現代日本文学大系 43 芥川龍之介集」筑摩書房
1968(昭和43)年8月25日初版第1刷発行
入力:j.utiyama
校正:野口英司
1998年3月23日公開
2004年3月16日修正
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。
| {
"作品ID": "000028",
"作品名": "舞踏会",
"作品名読み": "ぶとうかい",
"ソート用読み": "ふとうかい",
"副題": "",
"副題読み": "",
"原題": "",
"初出": "「新潮」1920(大正9)年1月",
"分類番号": "NDC 913",
"文字遣い種別": "新字旧仮名",
"作品著作権フラグ": "なし",
"公開日": "1998-03-24T00:00:00",
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"姓": "芥川",
"名": "竜之介",
"姓読み": "あくたがわ",
"名読み": "りゅうのすけ",
"姓読みソート用": "あくたかわ",
"名読みソート用": "りゆうのすけ",
"姓ローマ字": "Akutagawa",
"名ローマ字": "Ryunosuke",
"役割フラグ": "著者",
"生年月日": "1892-03-01",
"没年月日": "1927-07-24",
"人物著作権フラグ": "なし",
"底本名1": "現代日本文学大系 43 芥川龍之介集",
"底本出版社名1": "筑摩書房",
"底本初版発行年1": "1968(昭和43)年8月25日",
"入力に使用した版1": "1968(昭和43)年8月25日初版第1刷",
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"底本の親本出版社名2": "",
"底本の親本初版発行年2": "",
"入力者": "j.utiyama",
"校正者": "野口英司",
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"テキストファイル最終更新日": "2004-03-16T00:00:00",
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"テキストファイル文字集合": "JIS X 0208",
"テキストファイル修正回数": "3",
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"XHTML/HTMLファイル最終更新日": "2004-03-16T00:00:00",
"XHTML/HTMLファイル符号化方式": "ShiftJIS",
"XHTML/HTMLファイル文字集合": "JIS X 0208",
"XHTML/HTMLファイル修正回数": "0"
} |
[
[
"僕はTの面会人です。Tには面会は出来ないんですか?",
"番号を呼びに来るのを待って下さい。",
"僕は十時頃から待っています。",
"そのうちに呼びに来るでしょう。",
"呼びに来なければ待っているんですか? 日が暮れても待っているんですか?",
"まあ、とにかく待って下さい。とにかく待った上にして下さい。"
],
[
"妙な帽子ね。日本で出来るもんじゃないでしょう?",
"これ? これはロシア人のかぶる帽子さ。"
],
[
"何しろこの間も兄貴の友だちなどは××新聞の社会部の記者に名刺を持たせてよこすんです。その名刺には口止め料金のうち半金は自腹を切って置いたから、残金を渡してくれと書いてあるんです。それもこっちで検べて見れば、その新聞記者に話したのは兄貴の友だち自身なんですからね。勿論半金などを渡したんじゃない。ただ残金をとらせによこしているんです。そのまた新聞記者も新聞記者ですし、……",
"僕もとにかく新聞記者ですよ。耳の痛いことは御免蒙りますかね。"
],
[
"おまけに予審判事を怒らせるためにわざと判事をつかまえては兄貴を弁護する手合いもあるんですからね。",
"それはあなたからでも話して頂けば、……",
"いや、勿論そう言っているんです。御厚意は重々感謝しますけれども、判事の感情を害すると、反って御厚意に背きますからと頭を下げて頼んでいるんです。"
],
[
"そう言っても駄目ですかね?",
"駄目どころじゃありません。僕は君たちのためを思って骨を折っていてやるのに失敬なことを言うなと来るんですから。",
"なるほどそれじゃどうすることも出来ない。",
"どうすることも出来ません。法律上の問題には勿論、道徳上の問題にもならないんですからね。とにかく外見は友人のために時間や手数をつぶしている、しかし事実は友人のために陥し穽を掘る手伝いをしている、――あたしもずいぶん奮闘主義ですが、ああ云うやつにかかっては手も足も出すことは出来ません。"
],
[
"町内ではまだ知らずにいるのかしら?",
"ええ、……でも一体どうしたんでしょう?",
"何が?",
"Tのことよ。お父さんのこと。",
"それはTさんの身になって見れば、いろいろ事情もあったろうしさ。",
"そうでしょうか?"
],
[
"薄荷パイプを吸っていると、余計寒さも身にしみるようだね。",
"そうお、あたしも手足が冷えてね。"
]
] | 底本:「芥川龍之介全集6」ちくま文庫、筑摩書房
1987(昭和62)年3月24日第1刷発行
1993(平成5)年2月25日第6刷発行
底本の親本:「筑摩全集類聚版芥川龍之介全集」筑摩書房
1971(昭和46)年3月~1971(昭和46)年11月
※底本は、物を数える際や地名などに用いる「ヶ」(区点番号5-86)を、大振りにつくっています。
入力:j.utiyama
校正:もりみつじゅんじ
1999年3月1日公開
2012年3月22日修正
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。
| {
"作品ID": "000053",
"作品名": "冬",
"作品名読み": "ふゆ",
"ソート用読み": "ふゆ",
"副題": "",
"副題読み": "",
"原題": "",
"初出": "",
"分類番号": "NDC 913",
"文字遣い種別": "新字新仮名",
"作品著作権フラグ": "なし",
"公開日": "1999-03-01T00:00:00",
"最終更新日": "2014-09-17T00:00:00",
"図書カードURL": "https://www.aozora.gr.jp/cards/000879/card53.html",
"人物ID": "000879",
"姓": "芥川",
"名": "竜之介",
"姓読み": "あくたがわ",
"名読み": "りゅうのすけ",
"姓読みソート用": "あくたかわ",
"名読みソート用": "りゆうのすけ",
"姓ローマ字": "Akutagawa",
"名ローマ字": "Ryunosuke",
"役割フラグ": "著者",
"生年月日": "1892-03-01",
"没年月日": "1927-07-24",
"人物著作権フラグ": "なし",
"底本名1": "芥川龍之介全集6",
"底本出版社名1": "ちくま文庫、筑摩書房",
"底本初版発行年1": "1987(昭和62)年3月24日",
"入力に使用した版1": "1993(平成5)年2月25日第6刷",
"校正に使用した版1": "",
"底本の親本名1": "筑摩全集類聚版芥川龍之介全集",
"底本の親本出版社名1": "筑摩書房",
"底本の親本初版発行年1": "1971(昭和46)年3月~1971(昭和46)年11月",
"底本名2": "",
"底本出版社名2": "",
"底本初版発行年2": "",
"入力に使用した版2": "",
"校正に使用した版2": "",
"底本の親本名2": "",
"底本の親本出版社名2": "",
"底本の親本初版発行年2": "",
"入力者": "j.utiyama",
"校正者": "もりみつじゅんじ",
"テキストファイルURL": "https://www.aozora.gr.jp/cards/000879/files/53_ruby_1557.zip",
"テキストファイル最終更新日": "2012-03-22T00:00:00",
"テキストファイル符号化方式": "ShiftJIS",
"テキストファイル文字集合": "JIS X 0208",
"テキストファイル修正回数": "3",
"XHTML/HTMLファイルURL": "https://www.aozora.gr.jp/cards/000879/files/53_15243.html",
"XHTML/HTMLファイル最終更新日": "2012-03-22T00:00:00",
"XHTML/HTMLファイル符号化方式": "ShiftJIS",
"XHTML/HTMLファイル文字集合": "JIS X 0208",
"XHTML/HTMLファイル修正回数": "1"
} |
[
[
"華の用を巧と為す。巧にして繊なるときは則ち日に大方に遠し。巧にして奇なれば必ず正格を軽視す。大方を無みして正格を非とすれば、其の美麗を極むと雖も、以て衆を驚かし俗を駭かすに足れども、実は即ち米老(米芾)の所謂但之を酒肆に懸くべしといふものにして、豈是士大夫の性情を陶写する事ならんや。",
"若し直にして致なく、板にして霊ならずんば、又是病なり。故に質を存せんと欲する者は先づ須らく理径明透して識量宏遠なるべし。之に加ふるに学力を以てし、之に参するに見聞を以てせば、自然に意趣は古に近くして、波瀾老成ならん。",
"若し夫れ通人才子の情を寄せ興を託する、雅趣余りあらざるに非ざるも、而も必ず其の規矩に出入し、動きて輒ち合ふ能はざる、是を雅にして未だ正しからずと謂ふ。師門の授受の如きに至りては、膠固より已に深し。既に自ら是として人非とし、復見ること少にして怪しむこと多ければ、之を非とせんと欲するも未だ嘗縄尺に乖かず。之を是とせんと欲するも、未だ尋常に越ゆるを見ず。是を正にして雅ならずと謂ふ。夫れ雅にして未だ正ならざるは猶可なるも若し正にして未だ雅ならざるは、其の俗を去ること幾何ぞや。"
]
] | 底本:「芥川龍之介全集 第十一巻」岩波書店
1996(平成8)年9月9日発行
初出:「文芸講座 第二号、第五号、第一二号」文藝春秋
1924(大正13)年10月10日
1924(大正13)年11月30日
1925(大正14)年4月3日
入力:文子
校正:浅原庸子
2007年4月13日作成
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。
| {
"作品ID": "046227",
"作品名": "文芸鑑賞講座",
"作品名読み": "ぶんげいかんしょうこうざ",
"ソート用読み": "ふんけいかんしようこうさ",
"副題": "",
"副題読み": "",
"原題": "",
"初出": "「文芸講座 第二号、第五号、第一二号」文藝春秋、1924(大正13)年10月10日、11月30日、1925(大正14)年4月3日",
"分類番号": "NDC 901",
"文字遣い種別": "新字旧仮名",
"作品著作権フラグ": "なし",
"公開日": "2007-05-24T00:00:00",
"最終更新日": "2014-09-21T00:00:00",
"図書カードURL": "https://www.aozora.gr.jp/cards/000879/card46227.html",
"人物ID": "000879",
"姓": "芥川",
"名": "竜之介",
"姓読み": "あくたがわ",
"名読み": "りゅうのすけ",
"姓読みソート用": "あくたかわ",
"名読みソート用": "りゆうのすけ",
"姓ローマ字": "Akutagawa",
"名ローマ字": "Ryunosuke",
"役割フラグ": "著者",
"生年月日": "1892-03-01",
"没年月日": "1927-07-24",
"人物著作権フラグ": "なし",
"底本名1": "芥川竜之介全集 第十一巻",
"底本出版社名1": "岩波書店",
"底本初版発行年1": "1996(平成8)年9月9日",
"入力に使用した版1": "1996(平成8)年9月9日",
"校正に使用した版1": "1996(平成8)年9月9日 ",
"底本の親本名1": "文芸講座 第二号、第五号、第一二号",
"底本の親本出版社名1": "文藝春秋",
"底本の親本初版発行年1": "1924(大正13)年10月10日、11月30日、1925(大正14)年4月3日",
"底本名2": "",
"底本出版社名2": "",
"底本初版発行年2": "",
"入力に使用した版2": "",
"校正に使用した版2": "",
"底本の親本名2": "",
"底本の親本出版社名2": "",
"底本の親本初版発行年2": "",
"入力者": "文子",
"校正者": "浅原庸子",
"テキストファイルURL": "https://www.aozora.gr.jp/cards/000879/files/46227_ruby_26534.zip",
"テキストファイル最終更新日": "2007-04-13T00:00:00",
"テキストファイル符号化方式": "ShiftJIS",
"テキストファイル文字集合": "JIS X 0208",
"テキストファイル修正回数": "0",
"XHTML/HTMLファイルURL": "https://www.aozora.gr.jp/cards/000879/files/46227_26608.html",
"XHTML/HTMLファイル最終更新日": "2007-04-13T00:00:00",
"XHTML/HTMLファイル符号化方式": "ShiftJIS",
"XHTML/HTMLファイル文字集合": "JIS X 0208",
"XHTML/HTMLファイル修正回数": "0"
} |
[
[
"きのうの朝歿くなられたです。脳溢血だと云うことですが、……じゃ金曜日までに作って来て下さい。ちょうどあさっての朝までにですね。",
"ええ、作ることは作りますが、……"
],
[
"弔辞を作られる参考には、後ほど履歴書をおとどけしましょう。",
"しかしどう云う人だったでしょう? 僕はただ本多少佐の顔だけ見覚えているくらいなんですが、……",
"さあ、兄弟思いの人だったですね。それからと……それからいつもクラス・ヘッドだった人です。あとはどうか名筆を揮って置いて下さい。"
],
[
"資性穎悟と兄弟に友にですね。じゃどうにかこじつけましょう。",
"どうかよろしくお願いします。"
],
[
"これですか? このマソヒズムと云う……",
"ええ、どうも普通の英和辞書には出て居らんように思いますが。"
],
[
"この言葉の起源になった、――ええと、マゾフと云いましたな。その人の小説は巧いんですか?",
"まあ、ことごとく愚作ですね。",
"しかしマゾフと云う人はとにかく興味のある人格なんですな?",
"マゾフですか? マゾフと云うやつは莫迦ですよ。何しろ政府は国防計画よりも私娼保護に金を出せと熱心に主張したそうですからね。"
],
[
"好い天気ですなあ。……あなたは今葬列に加わられたんですか?",
"いや、ずっと後ろにいたんです。"
],
[
"始めてですか、葬式に来られたのは?",
"いや、重野少尉の時にも、木村大尉の時にも出て来たはずです。",
"そう云う時にはどうされたですか?",
"勿論校長や科長よりもずっとあとについていたんでしょう。",
"そりゃどうも、――大将格になった訣ですな。"
],
[
"あの批評が出ていましたぜ。けさの時事、――いや、読売でした。後ほど御覧に入れましょう。外套のポケットにはいっていますから。",
"いや、それには及びません。",
"あなたは批評をやられんようですな。わたしはまた批評だけは書いて見たいと思っているんです。例えばシェクスピイアのハムレットですね。あのハムレットの性格などは……"
]
] | 底本:「芥川龍之介全集5」ちくま文庫、筑摩書房
1987(昭和62)年2月24日第1刷発行
1995(平成7)年4月10日第6刷発行
底本の親本:「筑摩全集類聚版芥川龍之介全集」筑摩書房
1971(昭和46)年3月~1971(昭和46)年11月
入力:j.utiyama
校正:かとうかおり
1999年1月8日公開
2004年3月10日修正
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。
| {
"作品ID": "000027",
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"作品名読み": "ぶんしょう",
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} |
[
[
"はい。――それでもまだ悔やしいのは、――",
"さあ、それが愚痴と云うものじゃ。北条丸の沈んだのも、抛げ銀の皆倒れたのも、――",
"いえ、そんな事ではございません。せめては倅の弥三郎でも、いてくれればと思うのでございますが、……"
],
[
"どうかわたしを使って下さい。わたしはどんな場合にも、きっとあなたを離れません。あなたのためには水火にも入ります。あの『えそぽ』の話の獅子王さえ、鼠に救われるではありませんか? わたしはその鼠になります。わたしは、――",
"黙れ。甚内は貴様なぞの恩は受けぬ。"
]
] | 底本:「芥川龍之介全集4」ちくま文庫、筑摩書房
1987(昭和62)年1月27日第1刷発行
1993(平成5)年12月25日第6刷発行
底本の親本:「筑摩全集類聚版芥川龍之介全集」筑摩書房
1971(昭和46)年3月~1971(昭和46)年11月
入力:j.utiyama
校正:かとうかおり
1998年12月19日公開
2004年3月10日修正
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。
| {
"作品ID": "000050",
"作品名": "報恩記",
"作品名読み": "ほうおんき",
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"初出": "「中央公論」1922(大正11)年4月",
"分類番号": "NDC 913",
"文字遣い種別": "新字新仮名",
"作品著作権フラグ": "なし",
"公開日": "1998-12-19T00:00:00",
"最終更新日": "2014-09-17T00:00:00",
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"名": "竜之介",
"姓読み": "あくたがわ",
"名読み": "りゅうのすけ",
"姓読みソート用": "あくたかわ",
"名読みソート用": "りゆうのすけ",
"姓ローマ字": "Akutagawa",
"名ローマ字": "Ryunosuke",
"役割フラグ": "著者",
"生年月日": "1892-03-01",
"没年月日": "1927-07-24",
"人物著作権フラグ": "なし",
"底本名1": "芥川龍之介全集4",
"底本出版社名1": "ちくま文庫、筑摩書房",
"底本初版発行年1": "1987(昭和62)年1月27日",
"入力に使用した版1": "1993(平成5)年12月25日第6刷",
"校正に使用した版1": "1996(平成8)年7月15日第8刷",
"底本の親本名1": "筑摩全集類聚版芥川龍之介全集",
"底本の親本出版社名1": "筑摩書房",
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[
[
"しかし両国橋を渡った人は大抵助かっていたのでしょう?",
"両国橋を渡った人はね。……それでも元町通りには高圧線の落ちたのに触れて死んだ人もあったということですよ。",
"兎に角東京中でも被服廠跡程大勢焼け死んだところはなかったのでしょう。"
],
[
"天神様へはどう行きますか?",
"あっち。"
],
[
"こっちは法律、向うは化学――ですね。",
"亀戸も科学の世界になったのでしょう。"
],
[
"太鼓橋も昔の通りですか?",
"ええ、しかしこんなに小さかったかな。",
"子供の時に大きいと思ったものは存外あとでは小さいものですね。",
"それは太鼓橋ばかりじゃないかも知れない。"
],
[
"カルシウム煎餅も売っていますね。",
"ああ、あの大きい句碑の前にね――それでもまだ張り子の亀の子は売っている。"
],
[
"実際その時は大変でしたよ。尤も僕の家などは床の上へ水は来なかったけれども。",
"では浅い所もあったのですね?",
"緑町二丁目――かな。何でもあの辺は膝位まででしたがね。僕はSという友だちと一しょにその路地の奥にいるもう一人の友だちを見舞に行ったんです。するとSという友だちが溝の中へ落ちてしまってね……",
"ああ、水が出ていたから、溝のあることがわからなかったんですね。",
"ええ、――しかしSのやつは膝まで水の上に出ていたんです。それがあっという拍子に可なり深い溝だったと見え、水の上に出ているのは首だけになってしまったんでしょう。僕は思わず笑ってしまってね。"
],
[
"この辺もすっかり変っていますか?",
"昔からある店もありますけれども……町全体の落ち着かなさ加減はね。"
]
] | 底本:「大東京繁昌記」毎日新聞社
1999(平成11)年5月15日
初出:「東京日日新聞」
1927(昭和2)年5月6日~22日
入力:門田裕志
校正:仙酔ゑびす
2013年5月11日作成
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。
| {
"作品ID": "055721",
"作品名": "本所両国",
"作品名読み": "ほんじょりょうごく",
"ソート用読み": "ほんしよりようこく",
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"副題読み": "",
"原題": "",
"初出": "「東京日日新聞」1927(昭和2)年5月6日〜22日",
"分類番号": "NDC 915",
"文字遣い種別": "新字新仮名",
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"公開日": "2013-07-24T00:00:00",
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"姓": "芥川",
"名": "竜之介",
"姓読み": "あくたがわ",
"名読み": "りゅうのすけ",
"姓読みソート用": "あくたかわ",
"名読みソート用": "りゆうのすけ",
"姓ローマ字": "Akutagawa",
"名ローマ字": "Ryunosuke",
"役割フラグ": "著者",
"生年月日": "1892-03-01",
"没年月日": "1927-07-24",
"人物著作権フラグ": "なし",
"底本名1": "大東京繁昌記",
"底本出版社名1": "毎日新聞社",
"底本初版発行年1": "1999(平成11)年5月15日",
"入力に使用した版1": "1999(平成11)年5月15日",
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"底本の親本初版発行年2": "",
"入力者": "門田裕志",
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} |
[
[
"しかし両国橋を渡つた人は大抵助かつてゐたのでせう?",
"両国橋を渡つた人はね。……それでも元町通りには高圧線の落ちたのに触れて死んだ人もあつたと言ふことですよ。",
"兎に角東京中でも被服廠程大勢焼け死んだところはなかつたのでせう。"
],
[
"今ではもう河童もゐないでせう。",
"かう泥だの油だの一面に流れてゐるのではね。――しかしこの橋の下あたりには年を取つた河童の夫婦が二匹未だに住んでゐるかも知れません。"
],
[
"天神様へはどう行きますか?",
"あつち。"
],
[
"こつちは法律、向うは化学――ですね。",
"亀井戸も科学の世界になつたのでせう。"
],
[
"太鼓橋も昔の通りですか?",
"ええ、――しかしこんなに小さかつたかな。",
"子供の時に大きいと思つたものは存外あとでは小さいものですね。",
"それは太鼓橋ばかりぢやないかも知れない。"
],
[
"カルシウム煎餅も売つてゐますね。",
"ああ、あの大きい句碑の前にね。――それでもまだ張り子の亀の子は売つてゐる。"
],
[
"実際その時は大変でしたよ。尤も僕の家などは床の上へ水は来なかつたけれども。",
"では浅い所もあつたのですね?",
"緑町二丁目――かな。何でもあの辺は膝位まででしたがね。僕はSと云ふ友だちと一しよにその露地の奥にゐるもう一人の友だちを見舞ひに行つたんです。するとSと云ふ友だちが溝の中へ落ちてしまつてね。……",
"ああ、水が出てゐたから、溝のあることがわからなかつたんですね。",
"ええ、――しかしSのやつは膝まで水の上に出てゐたんです。それがあつと言ふ拍子に可也深い溝だつたと見え、水の上に出てゐるのは首だけになつてしまつたんでせう。僕は思はず笑つてしまつてね。"
],
[
"この辺もすつかり変つてゐますか?",
"昔からある店もありますけれども、……町全体の落ち着かなさ加減はね。"
]
] | 底本:「芥川龍之介全集 第四巻」筑摩書房
1971(昭和46)年6月5日初版第1刷発行
1971(昭和46)年10月5日初版第5刷発行
初出:「東京日日新聞」
1927(昭和2)年5、6月
※底本は、物を数える際や地名などに用いる「ヶ」(区点番号5-86)を、大振りにつくっています。
入力:j.utiyama
校正:もりみつじゅんじ
1999年8月23日公開
2012年3月22日修正
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。
| {
"作品ID": "000048",
"作品名": "本所両国",
"作品名読み": "ほんじょりょうごく",
"ソート用読み": "ほんしよりようこく",
"副題": "",
"副題読み": "",
"原題": "",
"初出": "「東京日日新聞」1927(昭和2)年5、6月",
"分類番号": "NDC 914",
"文字遣い種別": "新字旧仮名",
"作品著作権フラグ": "なし",
"公開日": "1999-08-23T00:00:00",
"最終更新日": "2014-09-17T00:00:00",
"図書カードURL": "https://www.aozora.gr.jp/cards/000879/card48.html",
"人物ID": "000879",
"姓": "芥川",
"名": "竜之介",
"姓読み": "あくたがわ",
"名読み": "りゅうのすけ",
"姓読みソート用": "あくたかわ",
"名読みソート用": "りゆうのすけ",
"姓ローマ字": "Akutagawa",
"名ローマ字": "Ryunosuke",
"役割フラグ": "著者",
"生年月日": "1892-03-01",
"没年月日": "1927-07-24",
"人物著作権フラグ": "なし",
"底本名1": "芥川龍之介全集 第四巻",
"底本出版社名1": "筑摩書房",
"底本初版発行年1": "1971(昭和46)年6月5日",
"入力に使用した版1": "1971(昭和46)年10月5日初版第5刷",
"校正に使用した版1": "",
"底本の親本名1": "",
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"底本の親本初版発行年1": "",
"底本名2": "",
"底本出版社名2": "",
"底本初版発行年2": "",
"入力に使用した版2": "",
"校正に使用した版2": "",
"底本の親本名2": "",
"底本の親本出版社名2": "",
"底本の親本初版発行年2": "",
"入力者": "j.utiyama",
"校正者": "もりみつじゅんじ",
"テキストファイルURL": "https://www.aozora.gr.jp/cards/000879/files/48_ruby_2345.zip",
"テキストファイル最終更新日": "2012-03-22T00:00:00",
"テキストファイル符号化方式": "ShiftJIS",
"テキストファイル文字集合": "JIS X 0208",
"テキストファイル修正回数": "2",
"XHTML/HTMLファイルURL": "https://www.aozora.gr.jp/cards/000879/files/48_15266.html",
"XHTML/HTMLファイル最終更新日": "2012-03-22T00:00:00",
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"XHTML/HTMLファイル修正回数": "1"
} |
[
[
"ミスラ君は御出でですか。",
"いらっしゃいます。先ほどからあなた様を御待ち兼ねでございました。"
],
[
"ただ、欲のある人間には使えません。ハッサン・カンの魔術を習おうと思ったら、まず欲を捨てることです。あなたにはそれが出来ますか。",
"出来るつもりです。"
],
[
"では教えて上げましょう。が、いくら造作なく使えると言っても、習うのには暇もかかりますから、今夜は私の所へ御泊りなさい。",
"どうもいろいろ恐れ入ります。"
],
[
"君は近頃魔術を使うという評判だが、どうだい。今夜は一つ僕たちの前で使って見せてくれないか。",
"好いとも。"
],
[
"ほんとうの金貨さ。嘘だと思ったら、手にとって見給え。",
"まさか火傷をするようなことはあるまいね。"
],
[
"ざっと二十万円くらいはありそうだね。",
"いや、もっとありそうだ。華奢なテエブルだった日には、つぶれてしまうくらいあるじゃないか。",
"何しろ大した魔術を習ったものだ。石炭の火がすぐに金貨になるのだから。"
],
[
"君が僕たちと骨牌をしないのは、つまりその金貨を僕たちに取られたくないと思うからだろう。それなら魔術を使うために、欲心を捨てたとか何とかいう、折角の君の決心も怪しくなってくる訳じゃないか。",
"いや、何も僕は、この金貨が惜しいから石炭にするのじゃない。",
"それなら骨牌をやり給えな。"
],
[
"よろしい。まず君から引き給え。",
"九。",
"王様。"
]
] | 底本:「芥川龍之介全集3」ちくま文庫、筑摩書房
1986(昭和61)年12月1日第1刷発行
1996(平成8)年4月1日第8刷発行
底本の親本:「筑摩全集類聚版芥川龍之介全集」筑摩書房
1971(昭和46)年3月~1971(昭和46)年11月
入力:j.utiyama
校正:かとうかおり
1998年12月8日公開
2004年3月9日修正
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。
| {
"作品ID": "000095",
"作品名": "魔術",
"作品名読み": "まじゅつ",
"ソート用読み": "ましゆつ",
"副題": "",
"副題読み": "",
"原題": "",
"初出": "「赤い鳥」1920(大正9)年1月",
"分類番号": "NDC K913",
"文字遣い種別": "新字新仮名",
"作品著作権フラグ": "なし",
"公開日": "1998-12-08T00:00:00",
"最終更新日": "2014-09-17T00:00:00",
"図書カードURL": "https://www.aozora.gr.jp/cards/000879/card95.html",
"人物ID": "000879",
"姓": "芥川",
"名": "竜之介",
"姓読み": "あくたがわ",
"名読み": "りゅうのすけ",
"姓読みソート用": "あくたかわ",
"名読みソート用": "りゆうのすけ",
"姓ローマ字": "Akutagawa",
"名ローマ字": "Ryunosuke",
"役割フラグ": "著者",
"生年月日": "1892-03-01",
"没年月日": "1927-07-24",
"人物著作権フラグ": "なし",
"底本名1": "芥川龍之介全集3",
"底本出版社名1": "ちくま文庫、筑摩書房",
"底本初版発行年1": "1986(昭和61)年12月1日",
"入力に使用した版1": "1996(平成8)年4月1日第8刷",
"校正に使用した版1": "1997(平成9)年4月15日第9刷",
"底本の親本名1": "筑摩全集類聚版芥川龍之介全集",
"底本の親本出版社名1": "筑摩書房",
"底本の親本初版発行年1": "1971(昭和46)年3月~1971(昭和46)年11月",
"底本名2": "",
"底本出版社名2": "",
"底本初版発行年2": "",
"入力に使用した版2": "",
"校正に使用した版2": "",
"底本の親本名2": "",
"底本の親本出版社名2": "",
"底本の親本初版発行年2": "",
"入力者": "j.utiyama",
"校正者": "かとうかおり",
"テキストファイルURL": "https://www.aozora.gr.jp/cards/000879/files/95_ruby_885.zip",
"テキストファイル最終更新日": "2004-03-15T00:00:00",
"テキストファイル符号化方式": "ShiftJIS",
"テキストファイル文字集合": "JIS X 0208",
"テキストファイル修正回数": "4",
"XHTML/HTMLファイルURL": "https://www.aozora.gr.jp/cards/000879/files/95_15247.html",
"XHTML/HTMLファイル最終更新日": "2004-03-15T00:00:00",
"XHTML/HTMLファイル符号化方式": "ShiftJIS",
"XHTML/HTMLファイル文字集合": "JIS X 0208",
"XHTML/HTMLファイル修正回数": "0"
} |
[
[
"おい、輸入か?",
"うん、輸入だ。"
],
[
"輸入とは外から持って来たものであります。",
"何のために外から持って来たか?"
],
[
"誰だ?",
"わたくしの家内であります。",
"面会に来たときに持って来たのか?",
"はい。"
],
[
"何に入れて持って来たか?",
"菓子折に入れて持って来ました。",
"お前の家はどこにあるのか?",
"平坂下であります。",
"お前の親は達者でいるか?",
"いえ、家内と二人暮らしであります。",
"子供はないのか?",
"はい。"
],
[
"お前の上陸は許可しないぞ。",
"はい。"
],
[
"お前に言いつける用がある。平坂下にはクラッカアを売っている店があるな?",
"はい。",
"あのクラッカアを一袋買って来い。",
"今でありますか?",
"そうだ。今すぐに。"
],
[
"善根を積んだと云う気がするだろう?",
"ふん、多少しないこともない。"
],
[
"どうしたんだ?",
"何、副長の点検前に便所へはいっていたもんだから。"
],
[
"莫迦なことを言うな。",
"けれどもここに起立していてはわたくしの部下に顔も合わされません。進級の遅れるのも覚悟しております。",
"進級の遅れるのは一大事だ。それよりそこに起立していろ。"
],
[
"それはお前の招いたことだ。",
"罰は甘んじて受けるつもりでおります。ただどうか起立していることは",
"ただ恥辱と云う立てまえから見れば、どちらも畢竟同じことじゃないか?",
"しかし部下に威厳を失うのはわたくしとしては苦しいのであります。"
],
[
"静かだな。",
"うん。"
]
] | 底本:「芥川龍之介全集6」ちくま文庫、筑摩書房
1987(昭和62)年3月24日第1刷発行
1993(平成5)年2月25日第6刷発行
底本の親本:「筑摩全集類聚版芥川龍之介全集」筑摩書房
1971(昭和46)年3月~11月刊行
入力:j.utiyama
校正:多羅尾伴内
2004年1月5日作成
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。
| {
"作品ID": "001125",
"作品名": "三つの窓",
"作品名読み": "みっつのまど",
"ソート用読み": "みつつのまと",
"副題": "",
"副題読み": "",
"原題": "",
"初出": "「改造」1927(昭和2)年7月",
"分類番号": "NDC 913",
"文字遣い種別": "新字新仮名",
"作品著作権フラグ": "なし",
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"姓ローマ字": "Akutagawa",
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"底本の親本名1": "筑摩全集類聚版芥川龍之介全集",
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} |
[
[
"千枝子さんも健在だろうね。",
"ああ、この頃はずっと達者のようだ。あいつも東京にいる時分は、随分神経衰弱もひどかったのだが、――あの時分は君も知っているね。",
"知っている。が、神経衰弱だったかどうか、――",
"知らなかったかね。あの時分の千枝子と来た日には、まるで気違いも同様さ。泣くかと思うと笑っている。笑っているかと思うと、――妙な話をし出すのだ。",
"妙な話?"
]
] | 底本:「芥川龍之介全集4」ちくま文庫、筑摩書房
1987(昭和62)年1月27日第1刷発行
1993(平成5)年12月25日第6刷発行
底本の親本:「筑摩全集類聚版芥川龍之介全集」筑摩書房
1971(昭和46)年3月~1971(昭和46)年11月
入力:j.utiyama
校正:かとうかおり
1998年12月19日公開
2004年3月9日修正
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。
| {
"作品ID": "000103",
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"作品名読み": "みょうなはなし",
"ソート用読み": "みようなはなし",
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"初出": "「現代」1921(大正10)年1月",
"分類番号": "NDC 913",
"文字遣い種別": "新字新仮名",
"作品著作権フラグ": "なし",
"公開日": "1998-12-19T00:00:00",
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"姓読み": "あくたがわ",
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"姓ローマ字": "Akutagawa",
"名ローマ字": "Ryunosuke",
"役割フラグ": "著者",
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"没年月日": "1927-07-24",
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"底本名1": "芥川龍之介全集4",
"底本出版社名1": "ちくま文庫、筑摩書房",
"底本初版発行年1": "1987(昭和62)年1月27日",
"入力に使用した版1": "1993(平成5)年12月25日第6刷",
"校正に使用した版1": "1996(平成8)年7月15日第8刷",
"底本の親本名1": "筑摩全集類聚版芥川龍之介全集",
"底本の親本出版社名1": "筑摩書房",
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} |
[
[
"まだ、ZOILIA の土を踏むには、一週間以上かかりましょう。私は、もう、船が飽き飽きしました。",
"ゾイリア――ですか。",
"さよう、ゾイリア共和国です。",
"ゾイリアと云う国がありますか。",
"これは、驚いた。ゾイリアを御存知ないとは、意外ですな。一体どこへお出でになる御心算か知りませんが、この船がゾイリアの港へ寄港するのは、余程前からの慣例ですぜ。"
],
[
"そうですか。",
"そうですとも。ゾイリアと云えば、昔から、有名な国です。御承知でしょうが、ホメロスに猛烈な悪口をあびせかけたのも、やっぱりこの国の学者です。今でも確かゾイリアの首府には、この人の立派な頌徳表が立っている筈ですよ。"
],
[
"すると、余程古い国と見えますな。",
"ええ、古いです。何でも神話によると、始は蛙ばかり住んでいた国だそうですが、パラス・アテネがそれを皆、人間にしてやったのだそうです。だから、ゾイリア人の声は、蛙に似ていると云う人もいますが、これはあまり当になりません。記録に現れたのでは、ホメロスを退治した豪傑が、一番早いようです。",
"では今でも相当な文明国ですか。",
"勿論です。殊に首府にあるゾイリア大学は、一国の学者の粋を抜いている点で、世界のどの大学にも負けないでしょう。現に、最近、教授連が考案した、価値測定器の如きは、近代の驚異だと云う評判です。もっとも、これは、ゾイリアで出るゾイリア日報のうけ売りですが。",
"価値測定器と云うのは何です。",
"文字通り、価値を測定する器械です。もっとも主として、小説とか絵とかの価値を、測定するのに、使用されるようですが。",
"どんな価値を。",
"主として、芸術的な価値をです。無論まだその他の価値も、測定出来ますがね。ゾイリアでは、それを祖先の名誉のために MENSURA ZOILI と名をつけたそうです。",
"あなたは、そいつをご覧になった事があるのですか。",
"いいえ。ゾイリア日報の挿絵で、見ただけです。なに、見た所は、普通の計量器と、ちっとも変りはしません。あの人が上る所に、本なりカンヴァスなりを、のせればよいのです。額縁や製本も、少しは測定上邪魔になるそうですが、そう云う誤差は後で訂正するから、大丈夫です。",
"それはとにかく、便利なものですね。"
],
[
"それは、また何故でしょう。",
"外国から輸入される書物や絵を、一々これにかけて見て、無価値な物は、絶対に輸入を禁止するためです。この頃では、日本、英吉利、独逸、墺太利、仏蘭西、露西亜、伊太利、西班牙、亜米利加、瑞典、諾威などから来る作品が、皆、一度はかけられるそうですが、どうも日本の物は、あまり成績がよくないようですよ。我々のひいき眼では、日本には相当な作家や画家がいそうに見えますがな。"
],
[
"久米ですか。『銀貨』と云う小説でしょう。ありますよ。",
"どうです。価値は。",
"駄目ですな。何しろこの創作の動機が、人生のくだらぬ発見だそうですからな。そしておまけに、早く大人がって通がりそうなトーンが、作全体を低級な卑しいものにしていると書いてあります。"
],
[
"何と書いてあります。",
"やっぱり似たようなものですな。常識以外に何もないそうですよ。",
"へええ。",
"またこうも書いてあります。――この作者早くも濫作をなすか。……",
"おやおや。"
],
[
"いや、あなた方ばかりでなく、どの作家や画家でも、測定器にかかっちゃ、往生です。とてもまやかしは利きませんからな。いくら自分で、自分の作品を賞め上げたって、現に価値が測定器に現われるのだから、駄目です。無論、仲間同志のほめ合にしても、やっぱり評価表の事実を、変える訳には行きません。まあ精々、骨を折って、実際価値があるようなものを書くのですな。",
"しかし、その測定器の評価が、確かだと云う事は、どうしてきめるのです。",
"それは、傑作をのせて見れば、わかります。モオパッサンの『女の一生』でも載せて見れば、すぐ針が最高価値を指しますからな。",
"それだけですか。",
"それだけです。"
],
[
"じゃ、ゾイリアの芸術家の作った物も、やはり測定器にかけられるのでしょうか。",
"それは、ゾイリアの法律が禁じています。",
"何故でしょう。",
"何故と云って、ゾイリア国民が承知しないのだから、仕方がありません。ゾイリアは昔から共和国ですからな。Vox populi, vox Dei を文字通りに遵奉する国ですからな。"
]
] | 底本:「芥川龍之介全集1」ちくま文庫、筑摩書房
1986(昭和61)年9月24日第1刷発行
1995(平成7)年10月5日第13刷発行
底本の親本:「筑摩全集類聚版芥川龍之介全集」筑摩書房
1971(昭和46)年3月~1971(昭和46)年11月
入力:j.utiyama
校正:earthian
1998年11月11日公開
2004年3月9日修正
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。
| {
"作品ID": "000097",
"作品名": "Mensura Zoili",
"作品名読み": "メンスラ ゾイリ",
"ソート用読み": "めんすらそいり",
"副題": "",
"副題読み": "",
"原題": "",
"初出": "「新思潮」1917(大正6)年1月",
"分類番号": "NDC 913",
"文字遣い種別": "新字新仮名",
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"姓": "芥川",
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"姓読み": "あくたがわ",
"名読み": "りゅうのすけ",
"姓読みソート用": "あくたかわ",
"名読みソート用": "りゆうのすけ",
"姓ローマ字": "Akutagawa",
"名ローマ字": "Ryunosuke",
"役割フラグ": "著者",
"生年月日": "1892-03-01",
"没年月日": "1927-07-24",
"人物著作権フラグ": "なし",
"底本名1": "芥川龍之介全集1",
"底本出版社名1": "ちくま文庫、筑摩書房",
"底本初版発行年1": "1986(昭和61)年9月24日",
"入力に使用した版1": "1995(平成7)年10月5日第13刷",
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"底本の親本出版社名1": "筑摩書房",
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} |
[
[
"毛利先生と云うのは誰だい。",
"僕の中学の先生さ。まだ君には話した事がなかったかな。"
],
[
"お前よりも出来ないか。",
"そりゃ僕より出来ます。",
"じゃ、文句を云う事はないじゃないか。"
],
[
"何、たった一学期やそこいら、誰に教わったって同じ事さ。",
"じゃ毛利先生は一学期だけしか御教えにならないんですか。"
],
[
"それから毛利先生は、雨が降ると、洋服へ下駄をはいて来られるそうです。",
"あのいつも腰に下っている、白い手巾へ包んだものは、毛利先生の御弁当じゃないんですか。",
"毛利先生が電車の吊皮につかまっていられるのを見たら、毛糸の手袋が穴だらけだったって云う話です。"
],
[
"そら、ここにある形容詞がこの名詞を支配する。ね、ナポレオンと云うのは人の名前だから、そこでこれを名詞と云う。よろしいかね。それからその名詞を見ると、すぐ後に――このすぐ後にあるのは、何だか知っているかね。え。お前はどうだい。",
"関係――関係名詞。"
]
] | 底本:「芥川龍之介全集2」ちくま文庫、筑摩書房
1986(昭和61)年10月28日第1刷発行
1996(平成8)年7月15日第11刷発行
底本の親本:「筑摩全集類聚版芥川龍之介全集」筑摩書房
1971(昭和46)年3月~1971(昭和46)年11月
入力:j.utiyama
校正:かとうかおり
1998年12月7日公開
2004年3月9日修正
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。
| {
"作品ID": "000101",
"作品名": "毛利先生",
"作品名読み": "もうりせんせい",
"ソート用読み": "もうりせんせい",
"副題": "",
"副題読み": "",
"原題": "",
"初出": "「新潮」1919(大正8)年1月",
"分類番号": "NDC 913",
"文字遣い種別": "新字新仮名",
"作品著作権フラグ": "なし",
"公開日": "1998-12-07T00:00:00",
"最終更新日": "2014-09-17T00:00:00",
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"姓": "芥川",
"名": "竜之介",
"姓読み": "あくたがわ",
"名読み": "りゅうのすけ",
"姓読みソート用": "あくたかわ",
"名読みソート用": "りゆうのすけ",
"姓ローマ字": "Akutagawa",
"名ローマ字": "Ryunosuke",
"役割フラグ": "著者",
"生年月日": "1892-03-01",
"没年月日": "1927-07-24",
"人物著作権フラグ": "なし",
"底本名1": "芥川龍之介全集2",
"底本出版社名1": "ちくま文庫、筑摩書房",
"底本初版発行年1": "1986(昭和61)年10月28日",
"入力に使用した版1": "1996(平成8)7月15日第11刷",
"校正に使用した版1": "1996(平成8)7月15日第11刷",
"底本の親本名1": "筑摩全集類聚版芥川龍之介全集",
"底本の親本出版社名1": "筑摩書房",
"底本の親本初版発行年1": "1971(昭和46)年3月~1971(昭和46)年11月",
"底本名2": "",
"底本出版社名2": "",
"底本初版発行年2": "",
"入力に使用した版2": "",
"校正に使用した版2": "",
"底本の親本名2": "",
"底本の親本出版社名2": "",
"底本の親本初版発行年2": "",
"入力者": "j.utiyama",
"校正者": "かとうかおり",
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} |
[
[
"桃太郎さん。桃太郎さん。お腰に下げたのは何でございます?",
"これは日本一の黍団子だ。"
],
[
"宝物? へええ、鬼が島には宝物があるのですか?",
"あるどころではない。何でも好きなものの振り出せる打出の小槌という宝物さえある。",
"ではその打出の小槌から、幾つもまた打出の小槌を振り出せば、一度に何でも手にはいる訣ですね。それは耳よりな話です。どうかわたしもつれて行って下さい。"
],
[
"では格別の憐愍により、貴様たちの命は赦してやる。その代りに鬼が島の宝物は一つも残らず献上するのだぞ。",
"はい、献上致します。",
"なおそのほかに貴様の子供を人質のためにさし出すのだぞ。",
"それも承知致しました。"
],
[
"日本一の桃太郎は犬猿雉の三匹の忠義者を召し抱えた故、鬼が島へ征伐に来たのだ。",
"ではそのお三かたをお召し抱えなすったのはどういう訣でございますか?",
"それはもとより鬼が島を征伐したいと志した故、黍団子をやっても召し抱えたのだ。――どうだ? これでもまだわからないといえば、貴様たちも皆殺してしまうぞ。"
],
[
"どうも鬼というものの執念の深いのには困ったものだ。",
"やっと命を助けて頂いた御主人の大恩さえ忘れるとは怪しからぬ奴等でございます。"
]
] | 底本:「芥川龍之介全集5」ちくま文庫、筑摩書房
1987(昭和62)年2月24日第1刷発行
1995(平成7)年4月10日第6刷発行
底本の親本:「筑摩全集類聚版芥川龍之介全集」筑摩書房
1971(昭和46)年3月~1971(昭和46)年11月
初出:「サンデー毎日 夏期特別号」
1924(大正13)年7月
入力:j.utiyama
校正:かとうかおり
1999年1月8日公開
2012年9月21日修正
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。
| {
"作品ID": "000100",
"作品名": "桃太郎",
"作品名読み": "ももたろう",
"ソート用読み": "ももたろう",
"副題": "",
"副題読み": "",
"原題": "",
"初出": "「サンデー毎日 夏期特別号」1924(大正13)年7月",
"分類番号": "NDC 913",
"文字遣い種別": "新字新仮名",
"作品著作権フラグ": "なし",
"公開日": "1999-01-08T00:00:00",
"最終更新日": "2014-09-17T00:00:00",
"図書カードURL": "https://www.aozora.gr.jp/cards/000879/card100.html",
"人物ID": "000879",
"姓": "芥川",
"名": "竜之介",
"姓読み": "あくたがわ",
"名読み": "りゅうのすけ",
"姓読みソート用": "あくたかわ",
"名読みソート用": "りゆうのすけ",
"姓ローマ字": "Akutagawa",
"名ローマ字": "Ryunosuke",
"役割フラグ": "著者",
"生年月日": "1892-03-01",
"没年月日": "1927-07-24",
"人物著作権フラグ": "なし",
"底本名1": "芥川龍之介全集5",
"底本出版社名1": "ちくま文庫、筑摩書房",
"底本初版発行年1": "1987(昭和62)年2月24日",
"入力に使用した版1": "1995(平成7)年4月10日第6刷",
"校正に使用した版1": "1996(平成8)年7月15日第7刷",
"底本の親本名1": "筑摩全集類聚版芥川龍之介全集",
"底本の親本出版社名1": "筑摩書房",
"底本の親本初版発行年1": "1971(昭和46)年3月~1971(昭和46)年11月",
"底本名2": "",
"底本出版社名2": "",
"底本初版発行年2": "",
"入力に使用した版2": "",
"校正に使用した版2": "",
"底本の親本名2": "",
"底本の親本出版社名2": "",
"底本の親本初版発行年2": "",
"入力者": "j.utiyama",
"校正者": "かとうかおり",
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"XHTML/HTMLファイル文字集合": "JIS X 0208",
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} |
[
[
"あのキユウピツドは悄気てゐますね。舞台監督にでも叱られたやうですね。",
"どれ? ああ、あれですか? あれは失恋してゐるのですよ。"
]
] | 底本:「筑摩全集類聚 芥川龍之介全集第四巻」筑摩書房
1971(昭和46)年6月5日初版第1刷発行
1979(昭和54)年4月10日初版第11刷発行
入力:土屋隆
校正:松永正敏
2007年6月26日作成
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。
| {
"作品ID": "003743",
"作品名": "野人生計事",
"作品名読み": "やじんせいけいごと",
"ソート用読み": "やしんせいけいこと",
"副題": "",
"副題読み": "",
"原題": "",
"初出": "",
"分類番号": "NDC 914",
"文字遣い種別": "新字旧仮名",
"作品著作権フラグ": "なし",
"公開日": "2007-08-09T00:00:00",
"最終更新日": "2014-09-21T00:00:00",
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"姓読み": "あくたがわ",
"名読み": "りゅうのすけ",
"姓読みソート用": "あくたかわ",
"名読みソート用": "りゆうのすけ",
"姓ローマ字": "Akutagawa",
"名ローマ字": "Ryunosuke",
"役割フラグ": "著者",
"生年月日": "1892-03-01",
"没年月日": "1927-07-24",
"人物著作権フラグ": "なし",
"底本名1": "筑摩全集類聚 芥川龍之介全集第四巻",
"底本出版社名1": "筑摩書房",
"底本初版発行年1": "1971(昭和46)年6月5日",
"入力に使用した版1": "1979(昭和54)年4月10日初版第11刷",
"校正に使用した版1": "",
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"底本の親本出版社名2": "",
"底本の親本初版発行年2": "",
"入力者": "土屋隆",
"校正者": "松永正敏",
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"テキストファイル最終更新日": "2007-06-27T00:00:00",
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"XHTML/HTMLファイル修正回数": "0"
} |
[
[
"もっと大きく。",
"わん。わん。"
],
[
"ええ、泥坊を掴まえ損じまして、――",
"ひどい目に遇ったですね。",
"幸い怪我はせずにすみましたが、――"
],
[
"何、無理にも掴まえようと思えば、一人ぐらいは掴まえられたのです。しかし掴まえて見たところが、それっきりの話ですし、――",
"それっきりと云うのは?",
"賞与も何も貰えないのです。そう云う場合、どうなると云う明文は守衛規則にありませんから、――",
"職に殉じても?",
"職に殉じてでもです。"
],
[
"難有う。",
"いや、どうしまして。"
]
] | 底本:「芥川龍之介全集5」ちくま文庫、筑摩書房
1987(昭和62)年2月24日第1刷発行
1995(平成7)年4月10日第6刷発行
底本の親本:「筑摩全集類聚版芥川龍之介全集」筑摩書房
1971(昭和46)年3月~1971(昭和46)年11月
入力:j.utiyama
校正:かとうかおり
1999年1月10日公開
2004年3月9日修正
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。
| {
"作品ID": "000182",
"作品名": "保吉の手帳から",
"作品名読み": "やすきちのてちょうから",
"ソート用読み": "やすきちのてちようから",
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"副題読み": "",
"原題": "",
"初出": "「改造」1923(大正12)年5月",
"分類番号": "NDC 913",
"文字遣い種別": "新字新仮名",
"作品著作権フラグ": "なし",
"公開日": "1999-01-10T00:00:00",
"最終更新日": "2014-09-17T00:00:00",
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"姓読み": "あくたがわ",
"名読み": "りゅうのすけ",
"姓読みソート用": "あくたかわ",
"名読みソート用": "りゆうのすけ",
"姓ローマ字": "Akutagawa",
"名ローマ字": "Ryunosuke",
"役割フラグ": "著者",
"生年月日": "1892-03-01",
"没年月日": "1927-07-24",
"人物著作権フラグ": "なし",
"底本名1": "芥川龍之介全集5",
"底本出版社名1": "ちくま文庫、筑摩書房",
"底本初版発行年1": "1987(昭和62)年2月24日",
"入力に使用した版1": "1995(平成7)年4月10日第6刷",
"校正に使用した版1": "1996(平成8)年7月15日第7刷",
"底本の親本名1": "筑摩全集類聚版芥川龍之介全集",
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"XHTML/HTMLファイル修正回数": "0"
} |
[
[
"いきなり一人、教室を飛び出さうとする子供があるのだね。そこで何処へ行くのだと尋いて見たら、白墨を食ひ欠きに行くのですと云ふのだ。貰ひに行くとも云はなければ、折つて来るとも云ふのではない。食ひ欠きに行くと云ふのだね。かう云ふ言葉が使へるのは、現に白墨を噛じつてゐる露西亜の子供があるばかりだ。我々大人には到底出来ない。",
"成程、これは露西亜の子供に限りさうだ。その上僕なぞはそんな話を聞かされると、しみじみ露西亜へ帰つて来たと云ふ心持がする。"
],
[
"さうだらう。仏蘭西なぞでは子供までが、巻煙草位は吸ひ兼ねない。",
"さう云へばあなたもこの頃は、さつぱり煙草を召し上らないやうでございますね。"
],
[
"誰が見つけました?",
"ドオラ(犬の名)が見つけたのです。――見つけた時は、まだ生きてゐましたよ。"
],
[
"あれは、――?",
"縞蒿雀です。"
],
[
"こんなことは滅多にないのでございますけれども、――",
"奥さん、御聞きなさい。夜鶯が啼いてゐます。"
],
[
"中つた事は中つても、羽根へ中つただけだつたかも知れない。それなら落ちてからも逃げられる筈だ。",
"いや、羽根へ中つただけではない。確に僕は仕止めたのだ。"
],
[
"では犬が見つけさうなものだ。ドオラは仕止めた鳥と云へば、きつと啣へて来るのだから、――",
"しかし実際仕止めたのだから仕方がない。"
],
[
"それでは犬はどうしたのだ?",
"犬なぞは僕の知つた事ではない。僕は唯見た通りを云ふのだ。何しろ石のやうに落ちて来たのだから、――"
],
[
"Il est tombé comme pierre, je t'assure !",
"しかしドオラが見つけない筈はない。"
],
[
"ではさう願ふ事にしませう。明日になればきつとわかります。",
"さうだね、明日になればきつとわかるだらう。"
],
[
"知らない。何と云ふ作家だ?",
"ド・モウパスサン。――ギイ・ド・モオパスサンと云ふ作家だがね。少くとも外に真似手のない、犀利な観察眼を具へた作家だ。――丁度今僕の鞄の中には、La Maison Tellier と云ふ小説集がはひつてゐる。暇があつたら読んで見給へ。",
"ド・モオパスサン?"
],
[
"ガルシンでしたか?――あの男の小説も悪くはあるまい。君はその後、何を読んだか知らないが、――",
"悪くはないやうだ。"
]
] | 底本:「現代日本文學大系 43 芥川龍之介集」筑摩書房
1968(昭和43)年8月25日初版第1刷発行
初出:「中央公論」
1921(大正10)年1月
※「モウパスサン」と「モオパスサン」の混在は、底本通りです。
入力:j.utiyama
校正:かとうかおり
1999年1月19日公開
2014年5月30日修正
青空文庫作成ファイル:
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| {
"作品ID": "000180",
"作品名": "山鴫",
"作品名読み": "やましぎ",
"ソート用読み": "やましき",
"副題": "",
"副題読み": "",
"原題": "",
"初出": "「中央公論」1921(大正10)年1月",
"分類番号": "NDC 913",
"文字遣い種別": "新字旧仮名",
"作品著作権フラグ": "なし",
"公開日": "1999-01-19T00:00:00",
"最終更新日": "2014-09-17T00:00:00",
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"名": "竜之介",
"姓読み": "あくたがわ",
"名読み": "りゅうのすけ",
"姓読みソート用": "あくたかわ",
"名読みソート用": "りゆうのすけ",
"姓ローマ字": "Akutagawa",
"名ローマ字": "Ryunosuke",
"役割フラグ": "著者",
"生年月日": "1892-03-01",
"没年月日": "1927-07-24",
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"底本名1": "現代日本文學大系 43 芥川龍之介集",
"底本出版社名1": "筑摩書房",
"底本初版発行年1": "1968(昭和43)年8月25日",
"入力に使用した版1": "1968(昭和43)年8月25日初版第1刷",
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"底本の親本名2": "",
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"XHTML/HTMLファイル修正回数": "1"
} |
[
[
"何だい、あの鳥は。",
"雷鳥です。"
]
] | 底本:「現代日本紀行文学全集 中部日本編」ほるぷ出版
1976(昭和51)年8月1日発行
初出:「改造」改造社
1920(大正9)年7月
※巻末に1920(大正9)年6月記と記載有り。
※疑問箇所の確認と訂正にあたっては、「芥川龍之介全集 第六巻」岩波書店、1996(平成8)年4月8日発行を参照した。
※「それにも関らず峠へかかると、彼と私の間の距離は、だんだん遠く隔たり始めた。」は、「芥川龍之介全集 第六巻」岩波書店、1996(平成8)年4月8日発行(以下同)では、「それにも関らず峠へかかると、彼と私との間の距離は、だんだん遠く隔たり始めた。」とされており、「彼と私の間」ではなく、「彼と私との間」となっている。
※「馬糞にたかつてゐる蛇の目蝶と蓙《ござ》を煽つて行く私、――それがこの急な路の上に、生きて動いてゐるすべてであつた。」は、「馬糞にたかつてゐる蛇の目蝶と蓙《ござ》を煽《あふ》つて行く私と、――それがこの急な路の上に、生きて動いてゐるすべてであつた。」とされており、「煽つて行く私、」ではなく、「煽つて行く私と、」となっている。
※「牛は沾《うる》んだ[#「沾《うる》んだ」は底本では「沽《うる》んだ」]眼を挙げて、じつと私の顔を眺めた。」は、「牛は沾《うる》んだ眼を挙げて、ぢつと私の顔を眺めた。」とされており、「じつと」ではなく、「ぢつと」となっている。
※「私たちの左手《ゆんで》に続いてゐる絶壁上を指さしながら、」は、「私たちの左手《ゆんで》に続いてゐる絶壁の上を指さしながら、」とされており、「絶壁上」ではなく、「絶壁の上」となっている。
※「小雨に濡れた案内者は、剛情な歩みを続けながら、相不変無愛想にかう答へた。」は、「小雨に濡れた案内者は、剛情な歩みを続けながら、不相変無愛想にかう答へた。」とされており、「相不変」ではなく、「不相変」となっている。
入力:林 幸雄
校正:砂場清隆
2003年3月8日作成
2012年3月22日修正
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。
| {
"作品ID": "004628",
"作品名": "槍ヶ岳紀行",
"作品名読み": "やりがたけきこう",
"ソート用読み": "やりかたけきこう",
"副題": "",
"副題読み": "",
"原題": "",
"初出": "「改造」1920(大正9)年7月",
"分類番号": "NDC 915",
"文字遣い種別": "新字旧仮名",
"作品著作権フラグ": "なし",
"公開日": "2003-03-24T00:00:00",
"最終更新日": "2014-09-17T00:00:00",
"図書カードURL": "https://www.aozora.gr.jp/cards/000879/card4628.html",
"人物ID": "000879",
"姓": "芥川",
"名": "竜之介",
"姓読み": "あくたがわ",
"名読み": "りゅうのすけ",
"姓読みソート用": "あくたかわ",
"名読みソート用": "りゆうのすけ",
"姓ローマ字": "Akutagawa",
"名ローマ字": "Ryunosuke",
"役割フラグ": "著者",
"生年月日": "1892-03-01",
"没年月日": "1927-07-24",
"人物著作権フラグ": "なし",
"底本名1": "現代日本紀行文学全集 中部日本編",
"底本出版社名1": "ほるぷ出版",
"底本初版発行年1": "1976(昭和51)年8月1日",
"入力に使用した版1": "1976(昭和51)年8月1日",
"校正に使用した版1": "",
"底本の親本名1": "",
"底本の親本出版社名1": "",
"底本の親本初版発行年1": "",
"底本名2": "",
"底本出版社名2": "",
"底本初版発行年2": "",
"入力に使用した版2": "",
"校正に使用した版2": "",
"底本の親本名2": "",
"底本の親本出版社名2": "",
"底本の親本初版発行年2": "",
"入力者": "林幸雄",
"校正者": "砂場清隆",
"テキストファイルURL": "https://www.aozora.gr.jp/cards/000879/files/4628_ruby_8225.zip",
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"XHTML/HTMLファイル符号化方式": "ShiftJIS",
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"XHTML/HTMLファイル修正回数": "1"
} |
[
[
"いや、去年までは来ていたんだね。去年ちゃんと刈りこまなけりゃ、この萩はこうは咲くもんじゃない。",
"しかしこの芝の上を見給え。こんなに壁土も落ちているだろう。これは君、震災の時に落ちたままになっているのに違いないよ。"
],
[
"するとその肺病患者は慰みに彫刻でもやっていたのかね。",
"これもやっぱり園芸用のものだよ。頭へ蘭などを植えるものでね。……あの机やストオヴもそうだよ。この納屋は窓も硝子になっているから、温室の代りに使っていたんだろう。"
],
[
"おや、あの机の脚の下にヴィクトリア月経帯の缶もころがっている。",
"あれは細君の……さあ、女中のかも知れないよ。"
],
[
"じゃこれだけは確実だね。――この別荘の主人は肺病になって、それから園芸を楽しんでいて、……",
"それから去年あたり死んだんだろう。"
],
[
"悠々荘?",
"うん、悠々荘。"
]
] | 底本:「芥川龍之介全集6」ちくま文庫、筑摩書房
1987(昭和62)年3月24日第1刷発行
底本の親本:「筑摩全集類聚芥川龍之介全集」筑摩書房
1971(昭和46)年3月~1971(昭和46)年11月
初出:「サンデー毎日」
1927(昭和2)年1月
入力:j.utiyama
校正:小林繁雄
2005年1月27日作成
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。
| {
"作品ID": "001127",
"作品名": "悠々荘",
"作品名読み": "ゆうゆうそう",
"ソート用読み": "ゆうゆうそう",
"副題": "",
"副題読み": "",
"原題": "",
"初出": "「サンデー毎日」1927(昭和2)年1月",
"分類番号": "NDC 913",
"文字遣い種別": "新字新仮名",
"作品著作権フラグ": "なし",
"公開日": "2005-03-05T00:00:00",
"最終更新日": "2014-09-18T00:00:00",
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"姓": "芥川",
"名": "竜之介",
"姓読み": "あくたがわ",
"名読み": "りゅうのすけ",
"姓読みソート用": "あくたかわ",
"名読みソート用": "りゆうのすけ",
"姓ローマ字": "Akutagawa",
"名ローマ字": "Ryunosuke",
"役割フラグ": "著者",
"生年月日": "1892-03-01",
"没年月日": "1927-07-24",
"人物著作権フラグ": "なし",
"底本名1": "芥川龍之介全集6",
"底本出版社名1": "ちくま文庫、筑摩書房",
"底本初版発行年1": "1987(昭和62)年3月24日",
"入力に使用した版1": "1987(昭和62)年3月24日第1刷",
"校正に使用した版1": "2001(平成13)年11月20日第10刷",
"底本の親本名1": "筑摩全集類聚版芥川龍之介全集",
"底本の親本出版社名1": "筑摩書房",
"底本の親本初版発行年1": "1971(昭和46)年3月~1971(昭和46)年11月",
"底本名2": "",
"底本出版社名2": "",
"底本初版発行年2": "",
"入力に使用した版2": "",
"校正に使用した版2": "",
"底本の親本名2": "",
"底本の親本出版社名2": "",
"底本の親本初版発行年2": "",
"入力者": "j.utiyama",
"校正者": "小林繁雄",
"テキストファイルURL": "https://www.aozora.gr.jp/cards/000879/files/1127_ruby_17637.zip",
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"XHTML/HTMLファイルURL": "https://www.aozora.gr.jp/cards/000879/files/1127_17681.html",
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"XHTML/HTMLファイル文字集合": "JIS X 0208",
"XHTML/HTMLファイル修正回数": "0"
} |
[
[
"君の家はどこ?",
"あたしの家? あたしの家は谷中三崎町。",
"君一人で住んでいるの?",
"いいえ、お友だちと二人で借りているんです。"
],
[
"君はどこで生まれたの?",
"群馬県××町",
"××町? 機織り場の多い町だったね。",
"ええ。",
"君は機を織らなかったの?",
"子供の時に織ったことがあります。"
],
[
"先生、この下宿へはいる路には細い石が何本も敷いてあるでしょう?",
"うん。……",
"あれは胞衣塚ですね。",
"胞衣塚?",
"ええ、胞衣を埋めた標に立てる石ですね。",
"どうして?",
"ちゃんと字のあるのも見えますもの。"
],
[
"誰でも胞衣をかぶって生まれて来るんですね?",
"つまらないことを言っている。",
"だって胞衣をかぶって生まれて来ると思うと、……",
"?……",
"犬の子のような気もしますものね。"
],
[
"………さんと云う人はいるでしょうか?",
"………さんはおとといから帰って来ません。"
]
] | 底本:「芥川龍之介全集6」ちくま文庫、筑摩書房
1987(昭和62)年3月24日第1刷発行
1993(平成5)年2月25日第6刷発行
底本の親本:「筑摩全集類聚版芥川龍之介全集」筑摩書房
1971(昭和46)年3月~1971(昭和46)年11月
入力:j.utiyama
校正:もりみつじゅんじ
1999年3月1日公開
2004年3月13日修正
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。
| {
"作品ID": "000186",
"作品名": "夢",
"作品名読み": "ゆめ",
"ソート用読み": "ゆめ",
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"副題読み": "",
"原題": "",
"初出": "「婦人公論」1926(大正15)年11月",
"分類番号": "NDC 913",
"文字遣い種別": "新字新仮名",
"作品著作権フラグ": "なし",
"公開日": "1999-03-01T00:00:00",
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"姓読みソート用": "あくたかわ",
"名読みソート用": "りゆうのすけ",
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"名ローマ字": "Ryunosuke",
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"底本名1": "芥川龍之介全集6",
"底本出版社名1": "ちくま文庫、筑摩書房",
"底本初版発行年1": "1987(昭和62)年3月24日",
"入力に使用した版1": "1993(平成5)年2月25日第6刷",
"校正に使用した版1": "",
"底本の親本名1": "筑摩全集類聚版芥川龍之介全集",
"底本の親本出版社名1": "筑摩書房",
"底本の親本初版発行年1": "1971(昭和46)年3月~1971(昭和46)年11月",
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"入力者": "j.utiyama",
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[
[
"なあんだね、畑の土手にあるのかね?",
"ううん、畑の中にあるんだよ。この向うの麦畑の……"
],
[
"あっ、さわんなさんなよう、折れるから。",
"好いじゃあ、さわったって。お前さんの百合じゃないに!"
],
[
"お前さんのでもないじゃあ。",
"わしのでないって、さわっても好いじゃあ。",
"よしなさいってば。折れちまうよう。",
"折れるもんじゃよう。わしはさっきさんざさわったよう。"
],
[
"これじゃ五年経っただね。",
"五年ねえ?――"
],
[
"五年ねえ? 十年くらいずらじゃ。",
"十年! 十年ってわしより年上かね?",
"そうさ。お前さんより年上ずらじゃ。",
"じゃ花が十咲くかね?"
],
[
"早く咲くと好いな。",
"咲くもんじゃあ。夏でなけりゃ。"
],
[
"夏ねえ? 夏なもんか。雨の降る時分だよう。",
"雨の降る時分は夏だよう。",
"夏は白い着物を着る時だよう。――"
],
[
"雨の降る時分は夏なもんか。",
"莫迦! 白い着物を着るのは土用だい。",
"嘘だい。うちのお母さんに訊いて見ろ。白い着物を着るのは夏だい!"
],
[
"嘘つき! 喧嘩だ癖に!",
"手前こそ嘘つきじゃあ。"
]
] | 底本:「芥川龍之介全集5」ちくま文庫、筑摩書房
1987(昭和62)年2月24日第1刷発行
1995(平成7)年4月10日第6刷発行
底本の親本:「筑摩全集類聚版芥川龍之介全集」筑摩書房
1971(昭和46)年3月~1971(昭和46)年11月
入力:j.utiyama
校正:かとうかおり
1999年1月8日公開
2004年3月9日修正
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。
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[
[
"あれ、あそこに火の燃える車が。……",
"そのやうな物にお恐れなさるな。御仏さへ念ずればよろしうござる。"
],
[
"蓮華はもう見えませぬ。跡には唯暗い中に風ばかり吹いて居りまする。",
"一心に仏名を御唱へなされ。なぜ一心に御唱へなさらぬ?"
]
] | 底本:「現代日本文学大系 43 芥川龍之介集」筑摩書房
1968(昭和43)年8月25日初版第1刷発行
入力:j.utiyama
校正:林めぐみ
1998年12月2日公開
2004年3月16日修正
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。
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"作品ID": "000130",
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[
[
"すばらしい物を持っているな。おまけに女持ちらしいじゃないか。",
"これか。こりゃ母の形見だ。"
],
[
"俊助ズィ・エピキュリアンの近況はどうだい。",
"いや、一向振わなくって困っている。",
"そう謙遜するなよ。女持ちの金時計をぶら下げているだけでも、僕より遥に振っているからな。"
],
[
"一等が三円で、二等が二円だ。おい、どっちにする? 一等か。二等か。",
"どっちも真平だ。",
"いかん。いかん。金時計の手前に対しても、一枚だけは買う義務がある。"
],
[
"勿論知らん。音楽家と犬とは昔から僕にゃ禁物だ。",
"そう、そう、君は犬が大嫌いだったっけ。ゲエテも犬が嫌いだったと云うから、天才は皆そうなのかも知れない。"
],
[
"何にする? 珈琲か。紅茶か。",
"何でも好い。――今、雷が鳴ったろう。",
"うん、鳴ったような気もしない事はない。",
"相不変君はのんきだな。また認識の根拠は何処にあるかとか何とか云う問題を、御苦労様にも考えていたんだろう。"
],
[
"僕はピエルじゃない。と云って勿論アンドレエでもないが――",
"ないが、とにかく初子女史のナタシアたる事は認めるだろう。",
"そうさな、まあ御転婆な点だけは幾分認めない事もないが――",
"序に全部認めちまうさ。――そう云えばこの頃初子女史は、『戦争と平和』に匹敵するような長篇小説を書いているそうじゃないか。どうだ、もう追つけ完成しそうかね。"
],
[
"初子さんは何でも、新しい『女の一生』を書く心算なんだそうだ。まあ Une Vie à la Tolstoï と云う所なんだろう。そこでその女主人公と云うのが、いろいろ数奇な運命に弄ばれた結果だね。――",
"それから?"
],
[
"そこで君から一つ、新田さんへ紹介してやって貰いたいんだが――新田さんと云うんだろう。あの物質主義者の医学士は?",
"そうだ――じゃともかくも手紙をやって、向うの都合を問い合せて見よう。多分差支えはなかろうと思うんだが。",
"そうか。そうして貰えれば、僕の方は非常に難有いんだ。初子さんも勿論大喜びだろう。"
],
[
"僕は行こうと思っている。君は?",
"僕は今朝郁文堂で大井君に言伝てを頼んだら何でも買ってくれと云うので、とうとう一等の切符を四枚押つけられてしまった。",
"四枚とはまたひどく奮発したものじゃないか。",
"何、どうせ三枚は栗原で買って貰うんだから。――こら、ピエル。"
],
[
"君がたまに制服なんぞ着て来りゃ、どうせ碌な事はありゃしない。",
"これか。これは藤沢の制服なんだ。彼曰、是非僕の制服を借りてくれ給え、そうすると僕はそれを口実に、親爺のタキシイドを借りるから。――そこでやむを得ず、僕がこれを着て、聴きたくもない音楽会なんぞへ出たんだ。"
],
[
"おい、野村君が来ているのを知っているか。",
"知っている。"
],
[
"先日は私妙な事を御願いして――御迷惑じゃございませんでしたの?",
"いや、どうしまして。"
],
[
"昨日新田から返事が来たが、月水金の内でさえあれば、いつでも喜んで御案内すると云うんだ。だからその内で都合の好い日に参観して来給え。",
"そうか。そりゃ難有う。――で、初子さんはいつ行って見ます?",
"いつでも。どうせ私用のない体なんですもの。野村さんの御都合で極めて頂けば好いわ。",
"僕が極めるって――じゃ僕も随行を仰せつかるんですか。そいつは少し――"
],
[
"だって私その新田さんって方にも、御目にかかった事がないんでしょう。ですもの、私たちだけじゃ行かれはしないわ。",
"何、安田の名刺を貰って行けば、向うでちゃんと案内してくれますよ。"
],
[
"ああ、皆で自動車へ乗って来たの。安田さんは?",
"僕は電車で来た。",
"けちだなあ、電車だなんて。帰りに自動車へ乗せて上げようか。",
"ああ、乗せてくれ給え。"
],
[
"辰子さんは初子さんの従妹でね、今度絵の学校へはいるものだから、それでこっちへ出て来る事になったんだ。所が毎日初子さんが例の小説の話ばかり聞かせるので、余程体にこたえるのだろう。どうもこの頃はちと健康が思わしくない。",
"まあ、ひどい。"
],
[
"お体は実際お悪いんですか。",
"ええ、心臓が少し――大した事はございませんけれど。"
],
[
"民雄さんはそりゃお強いの。さっきもあの梯子段の手すりへ跨って、辷り下りようとなさるんでしょう。私吃驚して、墜ちて死んだらどうなさるのって云ったら――ねえ、民雄さん。あなたあの時、僕はまだ死んだ事がないから、どうするかわからないって仰有ったわね。私可笑しくって――",
"成程ね、こりゃ却々哲学的だ。"
],
[
"ううん。僕は莫迦じゃないよ。",
"じゃ利巧か?"
],
[
"ううん、利巧でもない。",
"じゃ何だい。"
],
[
"何とでもおっしゃい。今夜は野村さん私ばかりいじめるわね。",
"じゃ僕はどうだ。"
],
[
"君もいかん。君は中位を以て自任出来ない男だ。――いや、君ばかりじゃない。近代の人間と云うやつは、皆中位で満足出来ない連中だ。そこで勢い、主我的になる。主我的になると云う事は、他人ばかり不幸にすると云う事じゃない。自分までも不幸にすると云う事だ。だから用心しなくっちゃいけない。",
"じゃ君は中位派か。",
"勿論さ。さもなけりゃ、とてもこんな泰然としちゃいられはしない。"
],
[
"だがね、主我的になると云う事は、自分ばかり不幸にする事じゃない。他人までも不幸にする事だ。だろう。そうするといくら中位派でも、世の中の人間が主我的だったら、やっぱり不安だろうじゃないか。だから君のように泰然としていられるためには、中位派たる以上に、主我的でない世の中を――でなくとも、先ず主我的でない君の周囲を信用しなけりゃならないと云う事になる。",
"そりゃまあ信用しているさ。が、君は信用した上でも――待った。一体君は全然人間を当てにしていないのか。"
],
[
"いや、どうもこの頃は咽喉を痛めているもんですから――それより『城』の売行きはどうです? もう収支償うくらいには行くでしょう。",
"いえ、そこまで行ってくれれば本望なんですが――どうせ我々の書く物なんぞが、売れる筈はありゃしません。何しろ人道主義と自然主義と以外に、芸術はないように思っている世間なんですから。",
"そうですかね。だがいつまでも、それじゃすまないでしょう。その内に君の『ボオドレエル詩抄』が、羽根の生えたように売れる時が来るかも知れない。"
],
[
"この間の君の小説は、大へん面白く拝見しましたよ。あれは何から材料を取ったんですか。",
"あれですか。あれはゲスタ・ロマノルムです。",
"はあ、ゲスタ・ロマノルムですか。"
],
[
"中世の伝説を集めた本でしてね。十四五世紀の間に出来たものなんですが、何分原文がひどい羅甸なんで――",
"君にも読めないかい。",
"まあ、どうにかですね。参考にする飜訳もいろいろありますから。――何でもチョオサアやシェクスピイアも、あれから材料を採ったんだそうです。ですからゲスタ・ロマノルムだって、中々莫迦には出来ませんよ。",
"じゃ君は少くとも材料だけは、チョオサアやシェクスピイアと肩を並べていると云う次第だね。"
],
[
"この四月には『城』も特別号を出しますから、その前後には近藤さんを一つ煩わせて、展覧会を開こうと思っています。",
"それも妙案ですな。が、展覧会と云うと、何ですか、やはり諸君の作品だけを――",
"ええ、近藤さんの木版画と、花房さんや私の油絵と――それから西洋の画の写真版とを陳列しようかと思っているんです。ただ、そうなると、警視庁がまた裸体画は撤回しろなぞとやかましい事を云いそうでしてね。",
"僕の木版画は大丈夫だが、君や花房君の油絵は危険だぜ。殊に君の『Utamaro の黄昏』に至っちゃ――あなたはあれを御覧になった事がありますか。"
],
[
"あるいは百尺竿頭一歩を進めて、同じく屁を垂れるから、君も彼等と甲乙のない天才だと号するのも洒落れているぜ。",
"大井君、よし給えよ。",
"大井さん。もう好いじゃありませんか。"
],
[
"ちょいと兄の所まで――国許の兄が出て参りましたから。",
"学校は? 御休みですか。",
"まだ始りませんの。来月の五日からですって。"
],
[
"ええ、一時間ばかりいて帰りました。",
"御宅はやはり本郷?",
"そうです。森川町。"
],
[
"大学の正門前の横町です。その内に遊びにいらっしゃい。",
"難有う。いずれ初子さんとでも。"
],
[
"いや、今日はこれから国へ帰って来ようと思って――明後日がちょうど親父の三回忌に当るものだから。",
"そりゃ大変だな。君の国じゃ帰るだけでも一仕事だ。",
"何、その方は慣れているから平気だが、とかく田舎の年忌とか何とか云うやつは――"
],
[
"実は例の癲狂院行きの一件なんだが――どうだろう。君が僕の代りに初子さんを連れて行って、見せてやってくれないか。僕は今日行くと、何だ彼だで一週間ばかりは、とても帰られそうもないんだから。",
"そりゃ困るよ。一週間くらいかかったって、帰ってから、君が連れて行きゃ好いじゃないか。",
"ところが初子さんは、一日も早く見たいと云っているんだ。"
],
[
"そうすりゃ、久しぶりで新田にも会えるから。",
"やれ、やれ、これでやっと安心した。"
],
[
"来週の水曜日――午後からと云う事になっているんだが、君の都合が悪るけりゃ、月曜か金曜に繰変えても好い。",
"何、水曜なら、ちょうど僕の方も講義のない日だ。それで――と、栗原さんへは僕の方から出かけて行くのか。"
],
[
"君にはまだ話さなかったかな。僕の母が今は国にいるが、僕でも大学を卒業したら、こちらへ出て来て、一しょになろうと云うんでね。それにゃ国の田地や何かも整理しなけりゃならないから、今度はまあ親父の年忌を兼ねて、その面倒も見に行く心算なんだ。どうもこう云う問題になると、中々哲学史の一冊も読むような、簡単な訳にゃ行かないんだから困る。",
"そりゃそうだろう。殊に君のような性格の人間にゃ――"
],
[
"まず当分はシュライエルマッヘルどころの騒ぎじゃなさそうだ。",
"シュライエルマッヘル?",
"僕の卒業論文さ。"
],
[
"どうだ、晩飯を食って行っては。",
"そうさな。それも悪くはない。"
],
[
"今、切符を買っていたら、大井君によく似た人を見かけたが、まさか先生じゃあるまいな。",
"大井だって、停車場へ来ないとは限らないさ。",
"いや、何でも女づれらしかったから。"
],
[
"今初子さんの所へ例の件を電話でそう云って置いた。",
"じゃ今日は誰も送りに来ないか。",
"来るものか。何故?"
],
[
"そうか。道理で今日辰子さんに遇ったが何ともそう云う話は聞かなかった。",
"辰子さんに遇った? いつ?",
"午すぎに電車の中で。"
],
[
"国府津まで。",
"それから?",
"それからすぐに引返した。",
"どうして?",
"どうしてったって、――いずれ然るべき事情があってさ。"
],
[
"大井さんには毎日御会いですか。",
"ええ、今も一しょに講義を聴いて来たところです。",
"僕はあの晩以来、一度も御目にかからないんですが――"
],
[
"へええ、あれで道楽者ですか。",
"さあ、道楽者かどうですか――とにかく女はよく征服する人ですよ。そう云う点にかけちゃ高等学校時代から、ずっと我々の先輩でした。"
],
[
"そりゃ盛ですね。",
"盛ですとも。ですから僕になんぞ会っている暇がないのも、重々無理はないんです。おまけに僕の行く用向きと云うのが、あの精養軒の音楽会の切符の御金を貰いに行くんですからね。"
],
[
"梵字の本ですね。",
"ええ、マハアバラタか何からしいですよ。"
],
[
"ちょいと上って、御茶でも飲んで行きませんか。",
"難有うございますけれど――"
],
[
"そうですか。じゃすぐに御伴しましょう。",
"始終御迷惑ばかりかけますのね。",
"何、どうせ今日は遊んでいる体なんです。"
],
[
"電車は? 正門前から御乗りになって。",
"ええ、あちらの方が近いでしょう。"
],
[
"だって、私、気の違っている人なんぞの所へ行くのは、気味が悪いんですもの。",
"私は平気。"
],
[
"時々気違いになって見たいと思う事もあるわ。",
"まあ、いやな方ね。どうして?",
"そうしたら、こうやって生きているより、もっといろいろ変った事がありそうな気がするの。あなたそう思わなくって?",
"私? 私は変った事なんぞなくったって好いわ。もうこれで沢山。"
],
[
"いや、実際厳密な意味では、普通正気で通っている人間と精神病患者との境界線が、存外はっきりしていないのです。況んやかの天才と称する連中になると、まず精神病者との間に、全然差別がないと云っても差支えありません。その差別のない点を指摘したのが、御承知の通りロムブロゾオの功績です。",
"僕は差別のある点も指摘して貰いたかった。"
],
[
"あれば勿論指摘したろう。が、なかったのだから、やむを得ない。",
"しかし天才は天才だが、気違いはやはり気違いだろう。",
"そう云う差別なら、誇大妄想狂と被害妄想狂との間にもある。",
"それとこれと一しょにするのは乱暴だよ。",
"いや、一しょにすべきものだ。成程天才は有為だろう。狂人は有為じゃないに違いない。が、その差別は人間が彼等の所行に与えた価値の差別だ。自然に存している差別じゃない。"
],
[
"これは長野のある資産家の御嬢さんですが、何でも縁談が調わなかったので、発狂したのだとか云う事です。",
"御可哀そうね。"
],
[
"オルガンだけは忘れないと見えるね。",
"オルガンばかりじゃない。この患者は画も描く。裁縫もする。字なんぞは殊に巧だ。"
],
[
"これは残酷だ。監獄の役人と癲狂院の医者とにゃ、なるもんじゃない。",
"君のような理想家が、昔は人体解剖を人道に悖ると云って攻撃したんだ。",
"あれで苦しくは無いんでしょうか。",
"無論、苦しいも苦しくないもないんです。"
],
[
"僕は不愉快です。",
"可哀そうだとは御思いにならなくって?",
"可哀そうかどうかわからないが――とにかくああ云う人間が、ああしているのを見たくないんです。",
"あの人の事は御考えにならないの。",
"それよりも先に、自分の事を考えるんです。"
],
[
"薄情な方ね。",
"薄情かも知れません。その代りに自分の関係している事なら――",
"御親切?"
],
[
"どうしたの。顔の色が好くなくってよ。",
"そう。少し頭痛がするの。"
],
[
"僕は真っ平だ。",
"私も、もう沢山。"
],
[
"違わないと御思いになって?",
"さあ――僕は違いそうもありませんね。それよりあなたはどうです。",
"私? 私はどうするでしょう。"
],
[
"その代り?",
"失恋させるかも知れません。"
],
[
"どうした。まだ細君は帰って来ないかね。",
"それがですよ。妻の方じゃ帰りたがっているんですが、――"
],
[
"先生、あなたは大変な人を伴れて御出でなすった。こりゃあの評判の女たらしですぜ。私の妻をひっかけた――",
"そうか。じゃ早速僕から、警察へ引き渡してやろう。"
],
[
"君、この連中が死んだ後で、脳髄を出して見るとね、うす赤い皺の重なり合った上に、まるで卵の白味のような物が、ほんの指先ほど、かかっているんだよ。",
"そうかね。"
],
[
"じゃ、至る所、近づけなかないか。",
"莫迦にするな。こう見えたって――少くとも、この家へは来ているじゃないか。"
],
[
"うん、素直そうな好い女だ。",
"いかん、いかん。僕の云っているのは、お藤の――お藤さんの肉体的の美しさの事だ。素直そうななんぞと云う、精神的の美しさじゃない。そんな物は大井篤夫にとって、あってもなくっても同じ事だ。"
],
[
"そりゃ君ほど烱眼じゃないが。",
"冗談じゃないぜ。君ほど烱眼じゃないなんぞとは、僕の方で云いたいくらいだ。藤沢のやつは、僕の事を、何ぞと云うとドン・ジュアン呼ばわりをするが、近来は君の方へすっかり御株を取られた形があらあね。どうした。いつかの両美人は?"
],
[
"幾つだ、あのお藤さんと云うのは?",
"行年十八、寅の八白だ。"
],
[
"年まわりから云や、あんまり素直でもなさそうだが、――まあ、そんな事はどうでも好い、素直だろうが、素直でなかろうが、どうせ女の事だから、退屈な人間にゃ相違なかろう。",
"ひどく女を軽蔑するな。",
"じゃ君は尊敬しているか。"
],
[
"女なんてものは退屈だぜ。上は自動車へ乗っているのから下は十二階下に巣を食っているのまで、突っくるめて見た所が、まあ精々十種類くらいしかないんだからな。嘘だと思ったら、二年でも三年でも、滅茶滅茶に道楽をして見るが好い。すぐに女の種類が尽きて、面白くも何ともなくなっちまうから。",
"じゃ君も面白くない方か。",
"面白くない方か? 冗談だろう。――いや、皮肉なら皮肉でも好い。面白くないと云っている僕が、やっぱりこうやって女ばかり追っかけている。それが君にゃ莫迦げて見えるんだろう。だがね、面白くないと云うのも本当なんだ。同時にまた面白いと云うのも本当なんだ。"
],
[
"じゃどうすれば好いんだ?",
"だからさ。だからどうすれば好いんだと僕も云っていたんだ。"
],
[
"おい、君はまだ覚えているだろう、僕があの七時の急行の窓で、女の見送り人に手巾を振っていた事があるのを。",
"勿論覚えている。",
"じゃ聞いてくれ。僕はあの女とこの間まで同棲していたんだ。"
],
[
"好いか。おい。危いぜ。",
"冗談云っちゃいけない。高がウイスキイの十杯や十五杯――"
],
[
"妙な男だな。",
"妙だろう。あいつが僕に惚れている事がわかりゃ、あいつが嫌になると云う事は、僕は百も承知しているんだ。そうしてあいつが嫌になった暁にゃ、余計世の中が退屈になると云う事も知っているんだ。しかも僕は、その時に、九分九厘まではあの女が嫉妬を焼く事を知っていたんだぜ。それでいて、手紙を書いたんだ。書かなけりゃいられなかったんだ。",
"妙な男だな。"
],
[
"よせよ。そのくらい御機嫌なら、もう大抵沢山じゃないか。",
"まあ、そんな事を云わずにつき合ってくれ。今度は僕が奢るから。"
],
[
"じゃ、君一人で飲んで行くさ。僕はいくら奢られても真平だ。",
"そうか。じゃ仕方がない。僕はまだ君に聞いて貰いたい事が残っているんだが――"
],
[
"へええ、どうして?",
"どうしてったって、――まず僕が是非とも国へ帰らなければならないような理由を書き下してさ。それから女と泣き別れの愁歎場がよろしくあって、とどあの晩汽車の窓で手巾を振ると云うのが大詰だったんだ。何しろ役者が役者だから、あいつは今でも僕が国へ帰っていると思っているんだろう。時々国の僕へ宛てたあいつの手紙が、こっちの下宿へ転送されて来るからね。"
]
] | 底本:「芥川龍之介全集3」ちくま文庫、筑摩書房
1986(昭和61)年12月1日第1刷発行
1996(平成8)年4月1日第8刷発行
底本の親本:「筑摩全集類聚版芥川龍之介全集」筑摩書房
1971(昭和46)年3月~1971(昭和46)年11月
入力:j.utiyama
校正:かとうかおり
1999年3月1日公開
2004年3月9日修正
青空文庫作成ファイル:
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| {
"作品ID": "000132",
"作品名": "路上",
"作品名読み": "ろじょう",
"ソート用読み": "ろしよう",
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"副題読み": "",
"原題": "",
"初出": "「大阪毎日新聞」1919(大正8)年6月30日~8月8日",
"分類番号": "NDC 913",
"文字遣い種別": "新字新仮名",
"作品著作権フラグ": "なし",
"公開日": "1999-03-01T00:00:00",
"最終更新日": "2014-09-17T00:00:00",
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"名読み": "りゅうのすけ",
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"名読みソート用": "りゆうのすけ",
"姓ローマ字": "Akutagawa",
"名ローマ字": "Ryunosuke",
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"生年月日": "1892-03-01",
"没年月日": "1927-07-24",
"人物著作権フラグ": "なし",
"底本名1": "芥川龍之介全集3",
"底本出版社名1": "ちくま文庫、筑摩書房",
"底本初版発行年1": "1986(昭和61)年12月1日",
"入力に使用した版1": "1996(平成8)年4月1日第8刷",
"校正に使用した版1": "1997(平成9)年4月15日第9刷",
"底本の親本名1": "筑摩全集類聚版芥川龍之介全集",
"底本の親本出版社名1": "筑摩書房",
"底本の親本初版発行年1": "1971(昭和46)年3月~1971(昭和46)年11月",
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"底本の親本初版発行年2": "",
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} |
[
[
"どうだい、あの白馬の疲れやうは?",
"莫迦々々しいなあ。馬ばかりが獣ぢやあるまいし、――",
"さうとも、僕等に乗つてくれれば、地球の極へも飛んで行くのだが、――"
]
] | 底本:「芥川龍之介作品集第三巻」昭和出版社
1965(昭和40)年12月20日発行
入力:j.utiyama
校正:かとうかおり
1999年1月26日公開
2004年3月6日修正
青空文庫作成ファイル:
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| {
"作品ID": "000094",
"作品名": "LOS CAPRICHOS",
"作品名読み": "ロス カプリチョス",
"ソート用読み": "ろすかふりちよす",
"副題": "",
"副題読み": "",
"原題": "",
"初出": "「人間」1922(大正11)年1月",
"分類番号": "NDC 913",
"文字遣い種別": "新字旧仮名",
"作品著作権フラグ": "なし",
"公開日": "1999-01-26T00:00:00",
"最終更新日": "2014-09-17T00:00:00",
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"姓": "芥川",
"名": "竜之介",
"姓読み": "あくたがわ",
"名読み": "りゅうのすけ",
"姓読みソート用": "あくたかわ",
"名読みソート用": "りゆうのすけ",
"姓ローマ字": "Akutagawa",
"名ローマ字": "Ryunosuke",
"役割フラグ": "著者",
"生年月日": "1892-03-01",
"没年月日": "1927-07-24",
"人物著作権フラグ": "なし",
"底本名1": "芥川龍之介作品集第三巻",
"底本出版社名1": "昭和出版社",
"底本初版発行年1": "1965(昭和40)年12月20日",
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} |
[
[
"あなた様のお姿でございます。",
"わたしの姿! これがわたしに似てゐるであらうか、この顔の黄色い娘が?",
"それは似て居らぬ筈でございます。――"
]
] | 底本:「筑摩全集類聚 芥川龍之介全集第四巻」筑摩書房
1971(昭和46)年6月5日初版第1刷発行
1979(昭和54)年4月10日初版第11刷発行
入力:土屋隆
校正:松永正敏
2007年6月26日作成
青空文庫作成ファイル:
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| {
"作品ID": "003812",
"作品名": "わが散文詩",
"作品名読み": "わがさんぶんし",
"ソート用読み": "わかさんふんし",
"副題": "",
"副題読み": "",
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"初出": "",
"分類番号": "NDC 914",
"文字遣い種別": "新字旧仮名",
"作品著作権フラグ": "なし",
"公開日": "2007-08-06T00:00:00",
"最終更新日": "2014-09-21T00:00:00",
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"姓": "芥川",
"名": "竜之介",
"姓読み": "あくたがわ",
"名読み": "りゅうのすけ",
"姓読みソート用": "あくたかわ",
"名読みソート用": "りゆうのすけ",
"姓ローマ字": "Akutagawa",
"名ローマ字": "Ryunosuke",
"役割フラグ": "著者",
"生年月日": "1892-03-01",
"没年月日": "1927-07-24",
"人物著作権フラグ": "なし",
"底本名1": "筑摩全集類聚 芥川龍之介全集第四巻",
"底本出版社名1": "筑摩書房",
"底本初版発行年1": "1971(昭和46)年6月5日",
"入力に使用した版1": "1979(昭和54)年4月10日初版第11刷",
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"底本の親本出版社名2": "",
"底本の親本初版発行年2": "",
"入力者": "土屋隆",
"校正者": "松永正敏",
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"テキストファイル最終更新日": "2007-06-27T00:00:00",
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"XHTML/HTMLファイル符号化方式": "ShiftJIS",
"XHTML/HTMLファイル文字集合": "JIS X 0208",
"XHTML/HTMLファイル修正回数": "0"
} |
[
[
"君の世界は小さくて、曇つてゐて、歪んでゐて、而も才はじけて浮々してゐる。併し君の魂の奧には、何物も其進行を阻む事が出來ないやうな、鞏固な、獨特な、運命と悲劇とが發展してゐるやうだ。君は君に與へられた運命のために、慢心と遊惰とを抑へて自愛しなければいけない。",
"僕も亦心竊にさう感じてゐた。此の感じは僕を謙遜にすると共に僕を傲慢にした。僕は惡魔の誘惑を恐れるやうに、此苦しくて甘い感じを恐れてゐた。併し僕は今、逡巡しながら君の言葉を承認する。君は僕の知己だ。"
],
[
"君はこれまで感心に自分の卑さに堪へて來た。君は高い理想を構成する能力と共に、自分の醜い現實を端視する勇氣を持つてゐた。さうして君は理想と現實の間に横たはる距離に對して、誠實な、敬虔な、鋭敏な感覺を失はなかつた。君の論理は誤謬に充ちてゐたが、其誤謬に充ちた論理を紡ぎ出す精神上の生活にはギヤツプがなかつた。君の思想は君の生活と等しく、緻密な連續を保つて來た。其處に大小の穿鑿を刎ね返すに足る君の思想の人格的價値があつた。然るに君も到頭待ちきれなくなつたと見えて、昨今になつて遂に一足飛をやつたやうだ。自分の醜い現實を端視する勇氣が、これまでの張りを失つたために、これまで活溌に働いて居た距離の感じが少し曇りを帶びて來たやうだ。君は自分の現實の上に、その慢心に媚びるやうな幻を描いて、醜い現實をそのまゝに肯定し始めたやうだ。",
"僕も亦心竊にその疑ひを感じてゐた。僕は今此疑ひを解くために、自分自身を檢査しなほしてゐる。僕は知己の言に感謝する。"
]
] | 底本:「合本 三太郎の日記」角川書店
1950(昭和25)年3月15日初版発行
1966(昭和41)年10月30日50版
※底本は、物を数える際や地名などに用いる「ヶ」(区点番号5-86)を、大振りにつくっています。
入力:Nana ohbe
校正:山川
2011年8月4日作成
2012年4月3日修正
青空文庫作成ファイル:
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| {
"作品ID": "050424",
"作品名": "三太郎の日記 第二",
"作品名読み": "さんたろうのにっき だいに",
"ソート用読み": "さんたろうのにつきたいに",
"副題": "",
"副題読み": "",
"原題": "",
"初出": "",
"分類番号": "NDC 914",
"文字遣い種別": "旧字旧仮名",
"作品著作権フラグ": "なし",
"公開日": "2011-09-17T00:00:00",
"最終更新日": "2014-09-16T00:00:00",
"図書カードURL": "https://www.aozora.gr.jp/cards/001421/card50424.html",
"人物ID": "001421",
"姓": "阿部",
"名": "次郎",
"姓読み": "あべ",
"名読み": "じろう",
"姓読みソート用": "あへ",
"名読みソート用": "しろう",
"姓ローマ字": "Abe",
"名ローマ字": "Jiro",
"役割フラグ": "著者",
"生年月日": "1883-08-27",
"没年月日": "1959-10-20",
"人物著作権フラグ": "なし",
"底本名1": "合本三太郎の日記",
"底本出版社名1": "角川書店",
"底本初版発行年1": "1950(昭和25)年3月15日",
"入力に使用した版1": "1966(昭和41)年10月30日50版",
"校正に使用した版1": "1966(昭和41)年10月30日50版",
"底本の親本名1": "",
"底本の親本出版社名1": "",
"底本の親本初版発行年1": "",
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"底本出版社名2": "",
"底本初版発行年2": "",
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"底本の親本名2": "",
"底本の親本出版社名2": "",
"底本の親本初版発行年2": "",
"入力者": "Nana ohbe",
"校正者": "山川",
"テキストファイルURL": "https://www.aozora.gr.jp/cards/001421/files/50424_ruby_44375.zip",
"テキストファイル最終更新日": "2012-04-03T00:00:00",
"テキストファイル符号化方式": "ShiftJIS",
"テキストファイル文字集合": "JIS X 0208",
"テキストファイル修正回数": "1",
"XHTML/HTMLファイルURL": "https://www.aozora.gr.jp/cards/001421/files/50424_44632.html",
"XHTML/HTMLファイル最終更新日": "2012-04-03T00:00:00",
"XHTML/HTMLファイル符号化方式": "ShiftJIS",
"XHTML/HTMLファイル文字集合": "JIS X 0208",
"XHTML/HTMLファイル修正回数": "1"
} |
[
[
"あの、これはフランセスコメレリの店ではありませんか。",
"メレリさんはずっと前に死にましたよ。"
],
[
"メレリが僕のおかあさんを知っていたんです。おかあさんはメキネズさんの所へ奉公していたんです。わたしはおかあさんをたずねてアメリカへ来たのです。わたしはおかあさんを見つけねばなりません。",
"可愛そうにねえ!"
],
[
"それでは私はコルドバへゆきます。",
"かわいそうに。コルドバはここから何百哩もある。"
],
[
"何か用がありますか",
"メキネズさんはいますか。"
],
[
"そこはどこです。どのくらいはなれているのです。おかあさんにあわないで、死んでしまいそうだ。",
"まあ可愛そうに、ここから四五百哩はなれていますよ。"
],
[
"おれたちはツークーマンへゆくのではない、サンチヤゴという別の町へゆくのだよ。だからお前をのせていっても途中で下りねばならないし、それに下りてからお前はずいぶん歩かなければならぬぞ。",
"ええ、どんな長い旅でもいたします。どんなことをしましてもツークーマンへまいりますからどうかのせていって下さい。"
],
[
"ジョセハ、うれしいことをきかせてあげるよ。",
"おどろいてはいけません。"
]
] | 底本:「家なき子」九段書房
1927(昭和2)年10月15日発行
※「旧字、旧仮名で書かれた作品を、現代表記にあらためる際の作業指針」に基づいて、底本の表記をあらためました。
その際、以下の置き換えをおこないました。
「或る→ある かも知れ→かもしれ 位→くらい 毎→ごと 沢山→たくさん 只→ただ 一寸→ちょっと (て)見→み (て)貰→もら」
※底本は総ルビですが、一部を省きました。
※底本中、混在している「コルドバ」「コルトバ」「ゴルドバ」「エルドバ」「マルドバ」は原文をチェックの上、「コルドバ」に統一しました。
入力:京都大学電子テクスト研究会入力班(前田一貴)
校正:京都大学電子テクスト研究会校正班(大久保ゆう)
2005年6月15日作成
青空文庫作成ファイル:
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| {
"作品ID": "045381",
"作品名": "母を尋ねて三千里",
"作品名読み": "ははをたずねてさんぜんり",
"ソート用読み": "ははをたすねてさんせんり",
"副題": "",
"副題読み": "",
"原題": "DAGLI APPENNINI ALLE ANDE",
"初出": "",
"分類番号": "NDC K973",
"文字遣い種別": "新字新仮名",
"作品著作権フラグ": "なし",
"公開日": "2005-07-26T00:00:00",
"最終更新日": "2014-09-18T00:00:00",
"図書カードURL": "https://www.aozora.gr.jp/cards/001048/card45381.html",
"人物ID": "001048",
"姓": "アミーチス",
"名": "エドモンド・デ",
"姓読み": "アミーチス",
"名読み": "エドモンド・デ",
"姓読みソート用": "あみいちす",
"名読みソート用": "えともんとて",
"姓ローマ字": "Amicis",
"名ローマ字": "Edmondo De",
"役割フラグ": "著者",
"生年月日": "1846-10-31",
"没年月日": "1908-03-11",
"人物著作権フラグ": "なし",
"底本名1": "家なき子",
"底本出版社名1": "九段書房",
"底本初版発行年1": "1927(昭和2)年10月15日",
"入力に使用した版1": "1927(昭和2)年10月15日",
"校正に使用した版1": "",
"底本の親本名1": "",
"底本の親本出版社名1": "",
"底本の親本初版発行年1": "",
"底本名2": "",
"底本出版社名2": "",
"底本初版発行年2": "",
"入力に使用した版2": "",
"校正に使用した版2": "",
"底本の親本名2": "",
"底本の親本出版社名2": "",
"底本の親本初版発行年2": "",
"入力者": "京都大学電子テクスト研究会入力班",
"校正者": "京都大学電子テクスト研究会校正班",
"テキストファイルURL": "https://www.aozora.gr.jp/cards/001048/files/45381_ruby_18650.zip",
"テキストファイル最終更新日": "2005-06-15T00:00:00",
"テキストファイル符号化方式": "ShiftJIS",
"テキストファイル文字集合": "JIS X 0208",
"テキストファイル修正回数": "0",
"XHTML/HTMLファイルURL": "https://www.aozora.gr.jp/cards/001048/files/45381_18751.html",
"XHTML/HTMLファイル最終更新日": "2005-06-15T00:00:00",
"XHTML/HTMLファイル符号化方式": "ShiftJIS",
"XHTML/HTMLファイル文字集合": "JIS X 0208",
"XHTML/HTMLファイル修正回数": "0"
} |
[
[
"別に儲かりもしねえだが呑気でえゝがな、誰れに気兼ねするでもねえ猿や兎を相手に山ん中でべえ暮してるだからねえ",
"毎日毎日山ん中に許り居て飽きやしないのか"
]
] | 底本:「編年体 大正文学全集 第十巻 大正十年」ゆまに書房
2002(平成14)年3月25日第1版第1刷発行
底本の親本:「早稻田文學」東京堂
1921(大正10)年8月号
初出:「早稻田文學」東京堂
1921(大正10)年8月号
※底本は、物を数える際や地名などに用いる「ヶ」(区点番号5-86)を、大振りにつくっています。
※「ぐづ/\」と「ぐづ/″\」の混在は、底本通りです。
※行右小書きされた合字「とし」は「とし」に置き換えました。
入力:富田晶子
校正:日野ととり
2017年1月1日作成
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。
| {
"作品ID": "058089",
"作品名": "怒れる高村軍曹",
"作品名読み": "いかれるたかむらぐんそう",
"ソート用読み": "いかれるたかむらくんそう",
"副題": "",
"副題読み": "",
"原題": "",
"初出": "「早稻田文學」東京堂、1921(大正10)年8月号",
"分類番号": "NDC 913",
"文字遣い種別": "新字旧仮名",
"作品著作権フラグ": "なし",
"公開日": "2017-01-01T00:00:00",
"最終更新日": "2017-01-01T00:00:00",
"図書カードURL": "https://www.aozora.gr.jp/cards/001902/card58089.html",
"人物ID": "001902",
"姓": "新井",
"名": "紀一",
"姓読み": "あらい",
"名読み": "きいち",
"姓読みソート用": "あらい",
"名読みソート用": "きいち",
"姓ローマ字": "Arai",
"名ローマ字": "Kiichi",
"役割フラグ": "著者",
"生年月日": "1890-02-22",
"没年月日": "1966-03-13",
"人物著作権フラグ": "なし",
"底本名1": "編年体 大正文学全集 第十巻 大正十年",
"底本出版社名1": "ゆまに書房",
"底本初版発行年1": "2002(平成14)年3月25日",
"入力に使用した版1": "2002(平成14)年3月25日第1版第1刷",
"校正に使用した版1": "2002(平成14)年3月25日第1版第1刷",
"底本の親本名1": "早稻田文學",
"底本の親本出版社名1": "東京堂",
"底本の親本初版発行年1": "1921(大正10)年8月号",
"底本名2": "",
"底本出版社名2": "",
"底本初版発行年2": "",
"入力に使用した版2": "",
"校正に使用した版2": "",
"底本の親本名2": "",
"底本の親本出版社名2": "",
"底本の親本初版発行年2": "",
"入力者": "富田晶子",
"校正者": "日野ととり",
"テキストファイルURL": "https://www.aozora.gr.jp/cards/001902/files/58089_txt_60622.zip",
"テキストファイル最終更新日": "2017-01-01T00:00:00",
"テキストファイル符号化方式": "ShiftJIS",
"テキストファイル文字集合": "JIS X 0208",
"テキストファイル修正回数": "0",
"XHTML/HTMLファイルURL": "https://www.aozora.gr.jp/cards/001902/files/58089_60623.html",
"XHTML/HTMLファイル最終更新日": "2017-01-01T00:00:00",
"XHTML/HTMLファイル符号化方式": "ShiftJIS",
"XHTML/HTMLファイル文字集合": "JIS X 0208",
"XHTML/HTMLファイル修正回数": "0"
} |
[
[
"ひどく痛むんですか",
"ええかなりひどく"
],
[
"どうしたんです、え、ひどく不規則じゃありませんか……痛むのは頭ばかりですか",
"いゝえ、お腹も痛みはじめたんですの",
"どんなふうに",
"ぎゅっと錐ででももむように……よくこれがあるんで困ってしまうんですのよ"
],
[
"まあそんなにとぼけて……なぜ五本のがお好き?",
"僕が好きというんじゃないけれども、あなたはなんでも人と違ったものが好きなんだと思ったんですよ",
"どこまでも人をおからかいなさる……ひどい事……行っていらっしゃいまし"
],
[
"あなたは木村と学校が同じでいらしったのね",
"そうですよ、級は木村の……木村君のほうが二つも上でしたがね",
"あなたはあの人をどうお思いになって"
],
[
"そんな事はもうあなたのほうがくわしいはずじゃありませんか……心のいい活動家ですよ",
"あなたは?"
],
[
"早く雨戸をしめないか……病人がいるんじゃないか。……",
"この寒いのになんだってあなたも言いつけないんです"
],
[
"僕は飲みません",
"おやなぜ",
"飲みたくないから飲まないんです"
],
[
"母の初七日の時もね、わたしはたて続けにビールを何杯飲みましたろう。なんでもびんがそこいらにごろごろころがりました。そしてしまいには何がなんだか夢中になって、宅に出入りするお医者さんの膝を枕に、泣き寝入りに寝入って、夜中をあなた二時間の余も寝続けてしまいましたわ。親類の人たちはそれを見ると一人帰り二人帰りして、相談も何もめちゃくちゃになったんですって。母の写真を前に置いといて、わたしはそんな事までする人間ですの。おあきれになったでしょうね。いやなやつでしょう。あなたのような方から御覧になったら、さぞいやな気がなさいましょうねえ",
"えゝ"
],
[
"まあほんとうに",
"はあほんとうに……しかも木村の所に行くようになりましたの。木村、御存じでしょう"
],
[
"古藤さん愛と貞とはあなたに願いますわ。だれがどんな事をいおうと、赤坂学院には入れないでくださいまし。私きのう田島さんの塾に行って、田島さんにお会い申してよくお頼みして来ましたから、少し片付いたらはばかりさまですがあなた御自身で二人を連れていらしってください。愛さんも貞ちゃんもわかりましたろう。田島さんの塾にはいるとね、ねえさんと一緒にいた時のようなわけには行きませんよ……",
"ねえさんてば……自分でばかり物をおっしゃって"
],
[
"皆さんいかが、もうお暇にいたしましたら……お別れする前にもう一度お祈りをして",
"お祈りをわたしのようなもののためになさってくださるのは御無用に願います"
],
[
"お礼の申しようもありません。この上のお願いです。どうぞ妹たちを見てやってくださいまし。あんな人たちにはどうしたって頼んではおけませんから。……さようなら",
"さようなら"
],
[
"さあ、まだ帳簿もろくろく整理して見ませんから、しっかりとはわかり兼ねますが、何しろこのごろはだいぶふえました。三四十人もいますか。奥さんここが医務室です。何しろ九月といえば旧の二八月の八月ですから、太平洋のほうは暴ける事もありますんだ。たまにはここにも御用ができますぞ。ちょっと船医も御紹介しておきますで",
"まあそんなに荒れますか"
],
[
"え、いよいよ御来迎?",
"来たね"
],
[
"急に寒い所に出ましたせいですかしら、なんだか頭がぐらぐらいたしまして",
"お嘔しなさった……それはいけない"
],
[
"賭博が大の上手ですって",
"そうかねえ"
],
[
"事務長のそばにすわって食事をするのはどうもいやでなりませんの",
"そんなら早月さんに席を代わってもらったらいいでしょう"
],
[
"シカゴまで参るつもりですの",
"僕も……わたしもそうです"
],
[
"何をお泣きになって……まあわたしったらよけいな事まで伺って",
"何いいんです……ただ海を見たらなんとなく涙ぐんでしまったんです。からだが弱いもんですからくだらない事にまで感傷的になって困ります。……なんでもない……"
],
[
"あなたもシカゴにいらっしゃるとおっしゃってね、あの晩",
"えゝいいました。……これで切ってもいいでしょう",
"あらそんなものでもったいない……もっと低いものはおありなさらない?……シカゴではシカゴ大学にいらっしゃるの?",
"これでいいでしょうか……よくわからないんです",
"よくわからないって、そりゃおかしゅうござんすわね、そんな事お決めなさらずに米国にいらっしゃるって",
"僕は……",
"これでいただきますよ……僕は……何",
"僕はねえ",
"えゝ"
],
[
"なんでしょう、わたしになんぞ用って",
"なんだかわたしちっとも知りませんが、話をしてごらんなさい。あんなに見えているけれども親切な人ですよ",
"まだあなただまされていらっしやるのね。あんな高慢ちきな乱暴な人わたしきらいですわ。……でも先方で会いたいというのなら会ってあげてもいいから、ここにいらっしゃいって、あなた今すぐいらしって呼んで来てくださいましな。会いたいなら会いたいようにするがようござんすわ"
],
[
"まだ寝ていますよ",
"いいから構わないから起こしておやりになればよござんすわ"
],
[
"ほんとうに離してくださいまし",
"いやだよ"
],
[
"向こうに着いたらこれで悶着ものだぜ。田川の嚊め、あいつ、一味噌すらずにおくまいて",
"因業な生まれだなあ",
"なんでも正面からぶっ突かって、いさくさいわせず決めてしまうほかはないよ"
],
[
"それに限りますよ。あなた一つ病気におなりなさりゃ世話なしですさ。上陸したところが急に動くようにはなれない。またそういうからだでは検疫がとやかくやかましいに違いないし、この間のように検疫所でまっ裸にされるような事でも起これば、国際問題だのなんだのって始末におえなくなる。それよりは出帆まで船に寝ていらっしゃるほうがいいと、そこは私が大丈夫やりますよ。そしておいて船の出ぎわになってやはりどうしてもいけないといえばそれっきりのもんでさあ",
"なに、田川の奥さんが、木村っていうのに、味噌さえしこたますってくれればいちばんええのだが"
],
[
"葉子さん",
"何?"
],
[
"僕は今度ぐらい不思議な経験をなめた事はない。兄が去って後の葉子さんの一身に関して、責任を持つ事なんか、僕はしたいと思ってもできはしないが、もし明白にいわせてくれるなら、兄はまだ葉子さんの心を全然占領したものとは思われない",
"僕は女の心には全く触れた事がないといっていいほどの人間だが、もし僕の事実だと思う事が不幸にして事実だとすると、葉子さんの恋には――もしそんなのが恋といえるなら――だいぶ余裕があると思うね",
"これが女の tact というものかと思ったような事があった。しかし僕にはわからん",
"僕は若い女の前に行くと変にどぎまぎしてしまってろくろく物もいえなくなる。ところが葉子さんの前では全く異った感じで物がいえる。これは考えものだ",
"葉子さんという人は兄がいうとおりに優れた天賦を持った人のようにも実際思える。しかしあの人はどこか片輪じゃないかい",
"明白にいうと僕はああいう人はいちばんきらいだけれども、同時にまたいちばんひきつけられる、僕はこの矛盾を解きほごしてみたくってたまらない。僕の単純を許してくれたまえ。葉子さんは今までのどこかで道を間違えたのじゃないかしらん。けれどもそれにしてはあまり平気だね",
"神は悪魔に何一つ与えなかったが Attraction だけは与えたのだ。こんな事も思う。……葉子さんの Attraction はどこから来るんだろう。失敬失敬。僕は乱暴をいいすぎてるようだ",
"時々は憎むべき人間だと思うが、時々はなんだかかわいそうでたまらなくなる時がある。葉子さんがここを読んだら、おそらく唾でも吐きかけたくなるだろう。あの人はかわいそうな人のくせに、かわいそうがられるのがきらいらしいから",
"僕には結局葉子さんが何がなんだかちっともわからない。僕は兄が彼女を選んだ自信に驚く。しかしこうなった以上は、兄は全力を尽くして彼女を理解してやらなければいけないと思う。どうか兄らの生活が最後の栄冠に至らん事を神に祈る"
],
[
"そんならそれで何もいう事はないじゃありませんか。古藤さんなどのいう事――古藤さんなんぞにわかられたら人間も末ですわ――でもあなたはやっぱりどこかわたしを疑っていらっしゃるのね",
"そうじゃない……",
"そうじゃない事があるもんですか。わたしは一たんこうと決めたらどこまでもそれで通すのが好き。それは生きてる人間ですもの、こっちのすみあっちのすみと小さな事を捕えてとがめだてを始めたら際限はありませんさ。そんなばかな事ったらありませんわ。わたしみたいな気随なわがまま者はそんなふうにされたら窮屈で窮屈で死んでしまうでしょうよ。わたしがこんなになったのも、つまり、みんなで寄ってたかってわたしを疑い抜いたからです。あなただってやっぱりその一人かと思うと心細いもんですのね"
],
[
"いまにきっとおあいになってよ。一緒にこの船でいらしったんですもの。そして五十川のおばさんがわたしの監督をお頼みになったんですもの。一度おあいになったらあなたはきっとわたしなんぞ見向きもなさらなくなりますわ",
"どうしてです",
"まあおあいなさってごらんなさいまし",
"何かあなた批難を受けるような事でもしたんですか",
"えゝえゝたくさんしましたとも",
"田川夫人に? あの賢夫人の批難を受けるとは、いったいどんな事をしたんです"
],
[
"いいお天気のようですことね。……あの時々ごーっと雷のような音のするのは何?……わたしうるさい",
"トロですよ",
"そう……お客様がたんとおありですってね",
"さあ少しは知っとるものがあるもんだで",
"ゆうべもその美しいお客がいらしったの? とうとうお話にお見えにならなかったのね"
],
[
"木村さんどう? こっちにいらしってからちっとは女のお友だちがおできになって? Lady Friend というのが?",
"それができんでたまるか"
],
[
"それはお話ししたじゃありませんか",
"困ったなあ"
],
[
"いくらほど借りになっているんです",
"さあ診察料や滋養品で百円近くにもなっていますかしらん",
"あなたは金は全く無しですね"
],
[
"葉子さん。わたしは何から何まであなたを信じているのがいい事なのでしょうか。あなたの身のためばかり思ってもいうほうがいいかとも思うんですが……",
"ではおっしゃってくださいましななんでも"
],
[
"それはよろしい、買えとなら買いもしますが、わたしはあなたがあれをまとまったまま持って帰ったらと思っているんです。たいていの人は横浜に着いてから土産を買うんですよ。そのほうが実際格好ですからね。持ち合わせもなしに東京に着きなさる事を思えば、土産なんかどうでもいいと思うんですがね",
"東京に着きさえすればお金はどうにでもしますけれども、お土産は……あなた横浜の仕入れものはすぐ知れますわ……御覧なさいあれを"
],
[
"なるほど型はちっと古いようですね。だが品はこれならこっちでも上の部ですぜ",
"だからいやですわ。流行おくれとなると値段の張ったものほどみっともないんですもの"
],
[
"あなたみたいな残酷な人間はわたし始めて見た。木村を御覧なさいかわいそうに。あんなに手ひどくしなくったって……恐ろしい人ってあなたの事ね",
"何?"
]
] | 底本:「或る女 前編」岩波文庫、岩波書店
1950(昭和25)年5月5日第1刷発行
1968(昭和43)年6月16日第27刷改版発行
1998(平成10)年11月16日第42刷発行
入力:真先芳秋
校正:渥美浩子
1999年10月17日公開
2013年1月8日修正
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。
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[
"わたしもうあの宿屋には泊まりませんわ。人をばかにしているんですもの。あなたお帰りになるなら勝手にひとりでいらっしゃい",
"どうして……"
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[
"これじゃ(といってほこりにまみれた両手をひろげ襟頸を抜き出すように延ばして見せて渋い顔をしながら)どこにも行けやせんわな",
"だからあなたはお帰りなさいましといってるじゃありませんか"
],
[
"見てくださいこれを。この冬は米国にいるのだとばかり決めていたので、あんなものを作ってみたんですけれども、我慢にももう着ていられなくなりましたわ。後生。あなたの所に何かふだん着のあいたのでもないでしょうか",
"どうしてあなた。わたしはこれでござんすもの"
],
[
"いゝえ、ちっとも",
"ではお手紙は?",
"来てよ、ねえ愛ねえさま。二人の所に同じくらいずつ来ますわ"
],
[
"わたしが木村さんの所にお嫁に行くようになったのはよく知ってますね。米国に出かけるようになったのもそのためだったのだけれどもね、もともと木村さんは私のように一度先にお嫁入りした人をもらうような方ではなかったんだしするから、ほんとうはわたしどうしても心は進まなかったんですよ。でも約束だからちゃんと守って行くには行ったの。けれどもね先方に着いてみるとわたしのからだの具合がどうもよくなくって上陸はとてもできなかったからしかたなしにまた同じ船で帰るようになったの。木村さんはどこまでもわたしをお嫁にしてくださるつもりだから、わたしもその気ではいるのだけれども、病気ではしかたがないでしょう。それに恥ずかしい事を打ち明けるようだけれども、木村さんにもわたしにも有り余るようなお金がないものだから、行きも帰りもその船の事務長という大切な役目の方にお世話にならなければならなかったのよ。その方が御親切にもわたしをここまで連れて帰ってくださったばかりで、もう一度あなた方にもあう事ができたんだから、わたしはその倉地という方――倉はお倉の倉で、地は地球の地と書くの。三吉というお名前は貞ちゃんにもわかるでしょう――その倉地さんにはほんとうにお礼の申しようもないくらいなんですよ。愛さんなんかはその方の事で叔母さんなんぞからいろいろな事を聞かされて、ねえさんを疑っていやしないかと思うけれども、それにはまたそれでめんどうなわけのある事なのだから、夢にも人のいう事なんぞをそのまま受け取ってもらっちゃ困りますよ。ねえさんを信じておくれ、ね、よござんすか。わたしはお嫁なんぞに行かないでもいい、あなた方とこうしているほどうれしい事はないと思いますよ。木村さんのほうにお金でもできて、わたしの病気がなおりさえすれば結婚するようになるかもしれないけれども、それはいつの事ともわからないし、それまではわたしはこうしたままで、あなた方と一緒にどこかにお家を持って楽しく暮らしましょうね。いいだろう貞ちゃん。もう寄宿なんぞにいなくってもようござんすよ",
"おねえさまわたし寄宿では夜になるとほんとうは泣いてばかりいたのよ。愛ねえさんはよくお寝になってもわたしは小さいから悲しかったんですもの"
],
[
"何より先にお礼。ありがとうございました妹たちを。おととい二人でここに来てたいへん喜んでいましたわ",
"なんにもしやしない、ただ塾に連れて行って上げただけです。お丈夫ですか"
],
[
"この十二月に兵隊に行かなければならないものだから、それまでに研究室の仕事を片づくものだけは片づけて置こうと思ったので、何もかも打ち捨てていましたから、このあいだ横浜からあなたの電話を受けるまでは、あなたの帰って来られたのを知らないでいたんです。もっとも帰って来られるような話はどこかで聞いたようでしたが。そして何かそれには重大なわけがあるに違いないとは思っていましたが。ところがあなたの電話を切るとまもなく木村君の手紙が届いて来たんです。それはたぶん絵島丸より一日か二日早く大北汽船会社の船が着いたはずだから、それが持って来たんでしょう。ここに持って来ましたが、それを見て僕は驚いてしまったんです。ずいぶん長い手紙だからあとで御覧になるなら置いて行きましょう。簡単にいうと(そういって古藤はその手紙の必要な要点を心の中で整頓するらしくしばらく黙っていたが)木村君はあなたが帰るようになったのを非常に悲しんでいるようです。そしてあなたほど不幸な運命にもてあそばれる人はない。またあなたほど誤解を受ける人はない。だれもあなたの複雑な性格を見窮めて、その底にある尊い点を拾い上げる人がないから、いろいろなふうにあなたは誤解されている。あなたが帰るについては日本でも種々さまざまな風説が起こる事だろうけれども、君だけはそれを信じてくれちゃ困る。それから……あなたは今でも僕の妻だ……病気に苦しめられながら、世の中の迫害を存分に受けなければならないあわれむべき女だ。他人がなんといおうと君だけは僕を信じて……もしあなたを信ずることができなければ僕を信じて、あなたを妹だと思ってあなたのために戦ってくれ……ほんとうはもっと最大級の言葉が使ってあるのだけれども大体そんな事が書いてあったんです。それで……",
"それで?"
],
[
"それでですね。僕はその手紙に書いてある事とあなたの電話の『滑稽だった』という言葉とをどう結び付けてみたらいいかわからなくなってしまったんです。木村の手紙を見ない前でもあなたのあの電話の口調には……電話だったせいかまるでのんきな冗談口のようにしか聞こえなかったものだから……ほんとうをいうとかなり不快を感じていた所だったのです。思ったとおりをいいますから怒らないで聞いてください",
"何を怒りましょう。ようこそはっきりおっしゃってくださるわね。あれはわたしもあとでほんとうにすまなかったと思いましたのよ。木村が思うようにわたしは他人の誤解なんぞそんなに気にしてはいないの。小さい時から慣れっこになってるんですもの。だから皆さんが勝手なあて推量なぞをしているのが少しは癪にさわったけれども、滑稽に見えてしかたがなかったんですのよ。そこにもって来て電話であなたのお声が聞こえたもんだから、飛び立つようにうれしくって思わずしらずあんな軽はずみな事をいってしまいましたの。木村から頼まれて私の世話を見てくださった倉地という事務長の方もそれはきさくな親切な人じゃありますけれども、船で始めて知り合いになった方だから、お心安立てなんぞはできないでしょう。あなたのお声がした時にはほんとうに敵の中から救い出されたように思ったんですもの……まあしかしそんな事は弁解するにも及びませんわ。それからどうなさって?"
],
[
"えゝ、それはお聞きくださればどんなにでもお話はしましょうとも。けれども天からわたしを信じてくださらないんならどれほど口をすっぱくしてお話をしたってむだね",
"お話を伺ってから信じられるものなら信じようとしているのです僕は",
"それはあなた方のなさる学問ならそれでようござんしょうよ。けれども人情ずくの事はそんなものじゃありませんわ。木村に対してやましいことはいたしませんといったってあなたがわたしを信じていてくださらなければ、それまでのものですし、倉地さんとはお友だちというだけですと誓った所が、あなたが疑っていらっしゃればなんの役にも立ちはしませんからね。……そうしたもんじゃなくって?",
"それじゃ五十川さんの言葉だけで僕にあなたを判断しろとおっしゃるんですか",
"そうね。……それでもようございましょうよ。とにかくそれはわたしが御相談を受ける事柄じゃありませんわ"
],
[
"僕はあなたを信じきる事ができればどれほど幸いだか知れないと思うんです。五十川さんなぞより僕はあなたと話しているほうがずっと気持ちがいいんです。それはあなたが同じ年ごろで、――たいへん美しいというためばかりじゃないと(その時古藤はおぼこらしく顔を赤らめていた)思っています。五十川さんなぞはなんでも物を僻目で見るから僕はいやなんです。けれどもあなたは……どうしてあなたはそんな気象でいながらもっと大胆に物を打ち明けてくださらないんです。僕はなんといってもあなたを信ずる事ができません。こんな冷淡な事をいうのを許してください。しかしこれにはあなたにも責めがあると僕は思いますよ。……しかたがない僕は木村君にきょうあなたと会ったこのままをいってやります。僕にはどう判断のしようもありませんもの……しかしお願いしますがねえ。木村君があなたから離れなければならないものなら、一刻でも早くそれを知るようにしてやってください。僕は木村君の心持ちを思うと苦しくなります",
"でも木村は、あなたに来たお手紙によるとわたしを信じきってくれているのではないんですか"
],
[
"さようなら",
"お大事に"
],
[
"捨てないでちょうだいとはいいません……捨てるなら捨ててくださってもようござんす……その代わり……その代わり……はっきりおっしゃってください、ね……わたしはただ引きずられて行くのがいやなんです……",
"何をいってるんだお前は……"
],
[
"それだけは……それだけは誓ってください……ごまかすのはわたしはいや……いやです",
"何を……何をごまかすかい",
"そんな言葉がわたしはきらいです",
"葉子!"
],
[
"わたしが愛子の年ごろだったらこの人と心中ぐらいしているかもしれませんね。あんな心を持った人でも少し齢を取ると男はあなたみたいになっちまうのね",
"あなたとはなんだ",
"あなたみたいな悪党に",
"それはお門が違うだろう",
"違いませんとも……御同様にというほうがいいわ。私は心だけあなたに来て、からだはあの人にやるとほんとはよかったんだが……",
"ばか! おれは心なんぞに用はないわい",
"じゃ心のほうをあの人にやろうかしらん",
"そうしてくれ。お前にはいくつも心があるはずだから、ありったけくれてしまえ",
"でもかわいそうだからいちばん小さそうなのを一つだけあなたの分に残して置きましょうよ"
],
[
"わたしがぜひというんだから構わないじゃありませんか",
"そんな負け惜しみをいわんで、妹たちなり定子なりを呼び寄せようや"
],
[
"まだあなた方にお引き合わせがしてないけれども倉地っていう方ね、絵島丸の事務長の……(愛子は従順に落ち着いてうなずいて見せた)……あの方が今木村さんに成りかわってわたしの世話を見ていてくださるのよ。木村さんからお頼まれになったものだから、迷惑そうにもなく、こんないい家まで見つけてくださったの。木村さんは米国でいろいろ事業を企てていらっしゃるんだけれども、どうもお仕事がうまく行かないで、お金が注ぎ込みにばかりなっていて、とてもこっちには送ってくだされないの、わたしの家はあなたも知ってのとおりでしょう。どうしてもしばらくの間は御迷惑でも倉地さんに万事を見ていただかなければならないのだから、あなたもそのつもりでいてちょうだいよ。ちょくちょくここにも来てくださるからね。それにつけて世間では何かくだらないうわさをしているに違いないが、愛さんの塾なんかではなんにもお聞きではなかったかい",
"いゝえ、わたしたちに面と向かって何かおっしゃる方は一人もありませんわ。でも"
],
[
"でも何しろあんな新聞が出たもんですから",
"どんな新聞?",
"あらおねえ様御存じなしなの。報正新報に続き物でおねえ様とその倉地という方の事が長く出ていましたのよ",
"へーえ"
],
[
"いつ?",
"今月の始めごろでしたかしらん。だもんですから皆さん方の間ではたいへんな評判らしいんですの。今度も塾を出て来年から姉の所から通いますと田島先生に申し上げたら、先生も家の親類たちに手紙やなんかでだいぶお聞き合わせになったようですのよ。そしてきょうわたしたちを自分のお部屋にお呼びになって『わたしはお前さん方を塾から出したくはないけれども、塾に居続ける気はないか』とおっしゃるのよ。でもわたしたちはなんだか塾にいるのが肩身が……どうしてもいやになったもんですから、無理にお願いして帰って来てしまいましたの"
],
[
"古藤さんは",
"たまにおたよりをくださいます",
"あなた方も上げるの",
"えゝたまに",
"新聞の事を何かいって来たかい",
"なんにも",
"ここの番地は知らせて上げて",
"いゝえ",
"なぜ",
"おねえ様の御迷惑になりはしないかと思って"
],
[
"色が悪いはず……今夜はまたすっかり向かっ腹が立ったんですもの。わたしたちの事が報正新報にみんな出てしまったのを御存じ?",
"知っとるとも"
],
[
"あっちは",
"愛子",
"こっちは",
"貞世"
],
[
"春が来ますわ",
"早いもんだな",
"どこかへ行きましょうか",
"まだ寒いよ",
"そうねえ……組合のほうは",
"うむあれが片づいたら出かけようわい。いいかげんくさくさしおった"
],
[
"いつまでもこうしているが気づまりでようないからよ",
"そうねえ"
],
[
"じゃきょうにしましょう。……それにしても着物だけは着かえていてくださいましな",
"よし来た"
],
[
"それは二人ともいい子よ。かわいがってやってくださいましよ。……けれどもね、木村とのあの事だけはまだ内証よ。いいおりを見つけて、わたしから上手にいって聞かせるまでは知らんふりをしてね……よくって……あなたはうっかりするとあけすけに物をいったりなさるから……今度だけは用心してちょうだい",
"ばかだなどうせ知れる事を",
"でもそれはいけません……ぜひ"
],
[
"は?",
"あのわたしどものうわさをなさったそのお嬢様のお名前は",
"あのやはり岡といいます",
"岡さんならお顔は存じ上げておりますわ。一つ上の級にいらっしゃいます"
],
[
"葉ちゃん(これはそのころ倉地が葉子を呼ぶ名前だった。妹たちの前で葉子と呼び捨てにもできないので倉地はしばらくの間お葉さんお葉さんと呼んでいたが、葉子が貞世を貞ちゃんと呼ぶのから思いついたと見えて、三人を葉ちゃん、愛ちゃん、貞ちゃんと呼ぶようになった。そして差し向かいの時にも葉子をそう呼ぶのだった)は木村に貢がれているな。白状しっちまえ",
"それがどうして?"
],
[
"どうしてがあるか。おれは赤の他人におれの女を養わすほど腑抜けではないんだ",
"まあ気の小さい"
],
[
"おれはこれから竹柴へ行く。な、行こう",
"だって明朝困りますわ。わたしが留守だと妹たちが学校に行けないもの",
"一筆書いて学校なんざあ休んで留守をしろといってやれい"
],
[
"木村の事?",
"お前はおれの金を心まかせに使う気にはなれないんか",
"足りませんもの",
"足りなきゃなぜいわん",
"いわなくったって木村がよこすんだからいいじゃありませんか",
"ばか!"
],
[
"木村は葉ちゃんに惚れとるんだよ",
"そして葉ちゃんはきらってるんですわね",
"冗談は措いてくれ。……おりゃ真剣でいっとるんだ。おれたちは木村に用はないはずだ。おれは用のないものは片っ端から捨てるのが立てまえだ。嬶だろうが子だろうが……見ろおれを……よく見ろ。お前はまだこのおれを疑っとるんだな。あとがまには木村をいつでもなおせるように食い残しをしとるんだな",
"そんな事はありませんわ",
"ではなんで手紙のやり取りなどしおるんだ",
"お金がほしいからなの"
],
[
"そんな事を思っとったのか。ばかだなあお前は。御好意は感謝します……全く。しかしなんぼやせても枯れても、おれは女の子の二人や三人養うに事は欠かんよ。月に三百や四百の金が手回らんようなら首をくくって死んで見せる。お前をまで相談に乗せるような事はいらんのだよ。そんな陰にまわった心配事はせん事にしようや。こののんき坊のおれまでがいらん気をもませられるで……",
"そりゃうそです"
],
[
"よしそれで話はわかった。木村……木村からもしぼり上げろ、構うものかい。人間並みに見られないおれたちが人間並みに振る舞っていてたまるかい。葉ちゃん……命",
"命!……命‼ 命※(感嘆符三つ)"
],
[
"いゝえきっと正井さんよ",
"なあに岡だ",
"じゃ賭けよ"
],
[
"ようございますとも(葉子はそのようにアクセントを付けた)あなたにお迎いに行っていただいてはほんとにすみませんけれども、そうしてくださるとほんとうに結構。貞ちゃんもいいでしょう。またもう一人お友だちがふえて……しかも珍しい兵隊さんのお友だち……",
"愛ねえさんが岡さんに連れていらっしゃいってこの間そういったのよ"
],
[
"さぞおつらいでしょうねえ。お湯は? お召しにならない? ちょうど沸いていますわ",
"だいぶ臭くってお気の毒ですが、一度や二度湯につかったってなおりはしませんから……まあはいりません"
],
[
"そうねえ何時まで門限は?……え、六時? それじゃもういくらもありませんわね。じゃお湯はよしていただいてお話のほうをたんとしましょうねえ。いかが軍隊生活は、お気に入って?",
"はいらなかった前以上にきらいになりました",
"岡さんはどうなさったの",
"わたしまだ猶予中ですが検査を受けたってきっとだめです。不合格のような健康を持つと、わたし軍隊生活のできるような人がうらやましくってなりません。……からだでも強くなったらわたし、もう少し心も強くなるんでしょうけれども……",
"そんな事はありませんねえ"
],
[
"僕もその一人だが、鬼のような体格を持っていて、女のような弱虫が隊にいて見るとたくさんいますよ。僕はこんな心でこんな体格を持っているのが先天的の二重生活をしいられるようで苦しいんです。これからも僕はこの矛盾のためにきっと苦しむに違いない",
"なんですねお二人とも、妙な所で謙遜のしっこをなさるのね。岡さんだってそうお弱くはないし、古藤さんときたらそれは意志堅固……",
"そうなら僕はきょうもここなんかには来やしません。木村君にもとうに決心をさせているはずなんです"
],
[
"僕はね……(そういっておいて古藤はまた考えた)……あなたが、そんな事はないとあなたはいうでしょうが、あなたが倉地というその事務長の人の奥さんになられるというのなら、それが悪いって思ってるわけじゃないんです。そんな事があるとすりゃそりゃしかたのない事なんだ。……そしてですね、僕にもそりゃわかるようです。……わかるっていうのは、あなたがそうなればなりそうな事だと、それがわかるっていうんです。しかしそれならそれでいいから、それを木村にはっきりといってやってください。そこなんだ僕のいわんとするのは。あなたは怒るかもしれませんが、僕は木村に幾度も葉子さんとはもう縁を切れって勧告しました。これまで僕があなたに黙ってそんな事をしていたのはわるかったからお断わりをします(そういって古藤はちょっと誠実に頭を下げた。葉子も黙ったまままじめにうなずいて見せた)。けれども木村からの返事は、それに対する返事はいつでも同一なんです。葉子から破約の事を申し出て来るか、倉地という人との結婚を申し出て来るまでは、自分はだれの言葉よりも葉子の言葉と心とに信用をおく。親友であってもこの問題については、君の勧告だけでは心は動かない。こうなんです。木村ってのはそんな男なんですよ(古藤の言葉はちょっと曇ったがすぐ元のようになった)。それをあなたは黙っておくのは少し変だと思います",
"それで……"
],
[
"わたしこういう事柄には物をいう力はないように思いますから……",
"そういわないでほんとうに思った事をいってみてください。僕は一徹ですからひどい思い間違いをしていないとも限りませんから。どうか聞かしてください"
],
[
"それは洋行する前、いつぞや横浜に一緒に行っていただいた時くわしくお話ししたじゃありませんか。それはわたしどなたにでも申し上げていた事ですわ",
"そんならなぜ……その時は木村のほかには保護者はいなかったから、あなたとしてはお妹さんたちを育てて行く上にも自分を犠牲にして木村に行く気でおいでだったかもしれませんがなぜ……なぜ今になっても木村との関係をそのままにしておく必要があるんです"
],
[
"僕は岡君と違ってブルジョアの家に生まれなかったものですからデリカシーというような美徳をあまりたくさん持っていないようだから、失礼な事をいったら許してください。倉地って人は妻子まで離縁した……しかも非常に貞節らしい奥さんまで離縁したと新聞に出ていました",
"そうね新聞には出ていましたわね。……ようございますわ、仮にそうだとしたらそれが何かわたしと関係のある事だとでもおっしゃるの"
],
[
"それは愛子さんのです。わたし今ちょっと拝見しただけです",
"これは"
],
[
"なんだかわたしとはすっかり違った世界を見るようでいながら、自分の心持ちが残らずいってあるようでもあるんで……わたしそれが好きなんです。リアリストというわけではありませんけれども……",
"でもこの本の皮肉は少しやせ我慢ね。あなたのような方にはちょっと不似合いですわ",
"そうでしょうか"
],
[
"なんだってまたこんな本を送っておよこしなさったんだろう。あなたお手紙でも上げたのね",
"えゝ、……くださいましたから",
"どんなお手紙を"
],
[
"愛子がそんなお言葉で泣きましたって? 不思議ですわねえ。……それならそれでようござんす。……(ここで葉子は自分にも堪え切れずにさめざめと泣き出した)岡さんわたしもさびしい……さびしくって、さびしくって……",
"お察し申します"
],
[
"わかります。……あなたは堕落した天使のような方です。御免ください。船の中で始めてお目にかかってからわたし、ちっとも心持ちが変わってはいないんです。あなたがいらっしゃるんでわたし、ようやくさびしさからのがれます",
"うそ!……あなたはもうわたしに愛想をおつかしなのよ。わたしのように堕落したものは……"
],
[
"田川の奥さんかわいそうにまだあすこで今にもあなたが来るかともじもじしているでしょうよ、ほかの人たちの手前ああいわれてこそこそと逃げ出すわけにも行かないし",
"おれが一つ顔を出して見せればまたおもしろかったにな",
"きょうは妙な人にあってしまったからまたきっとだれかにあいますよ。奇妙ねえ、お客様が来たとなると不思議にたて続くし……",
"不仕合わせなんぞも来出すと束になって来くさるて"
],
[
"あれは海ね",
"仰せのとおり"
],
[
"わたしもう一度あのまっただなかに乗り出してみたい",
"してどうするのだい"
],
[
"あの寒い晩の事、わたしが甲板の上で考え込んでいた時、あなたが灯をぶら下げて岡さんを連れて、やっていらしったあの時の事などをわたしはわけもなく思い出しますわ。あの時わたしは海でなければ聞けないような音楽を聞いていましたわ。陸の上にはあんな音楽は聞こうといったってありゃしない。おーい、おーい、おい、おい、おい、おーい……あれは何?",
"なんだそれは"
],
[
"あの声",
"どの",
"海の声……人を呼ぶような……お互いで呼び合うような",
"なんにも聞こえやせんじゃないか",
"その時聞いたのよ……こんな浅い所では何が聞こえますものか",
"おれは長年海の上で暮らしたが、そんな声は一度だって聞いた事はないわ",
"そうお。不思議ね。音楽の耳のない人には聞こえないのかしら。……確かに聞こえましたよ、あの晩に……それは気味の悪いような物すごいような……いわばね、一緒になるべきはずなのに一緒になれなかった……その人たちが幾億万と海の底に集まっていて、銘々死にかけたような低い音で、おーい、おーいと呼び立てる、それが一緒になってあんなぼんやりした大きな声になるかと思うようなそんな気味の悪い声なの……どこかで今でもその声が聞こえるようよ",
"木村がやっているのだろう"
],
[
"こんな所でお目にかかろうとは……わたしもほんとうに驚いてしまいました。でもまあほんとうにお珍しい……ただいまこちらのほうにお住まいでございますの?",
"住まうというほどもない……くすぶりこんでいますよハヽヽヽ"
],
[
"木部さん……あなたさぞわたしを恨んでいらっしゃいましょうね。……けれどもわたしあなたにどうしても申し上げておきたい事がありますの。なんとかして一度わたしに会ってくださいません? そのうちに。わたしの番地は……",
"お会いしましょう『そのうちに』……そのうちにはいい言葉ですね……そのうちに……。話があるからと女にいわれた時には、話を期待しないで抱擁か虚無かを覚悟しろって名言がありますぜ、ハヽヽヽヽ",
"それはあんまりなおっしゃりかたですわ"
],
[
"あなた釣り竿は",
"釣り竿ですか……釣り竿は水の上に浮いてるでしょう。いまにここまで流れて来るか……来ないか……"
],
[
"あれはいったいだれだ",
"だれだっていいじゃありませんか"
],
[
"ローマンスのたくさんある女はちがったものだな",
"えゝ、そのとおり……あんな乞食みたいな見っともない恋人を持った事があるのよ",
"さすがはお前だよ",
"だから愛想が尽きたでしょう"
],
[
"ついシャツを仕替える時それだけ忘れてしまって……",
"いいわけなんぞはいいわい。早く頼む",
"はい"
],
[
"すみませんがちょっと脱いでくださいましな",
"めんどうだな、このままでできようが"
],
[
"だめか",
"まあちょっと",
"出せ、貸せおれに。なんでもない事だに"
],
[
"御免くださいね、わたしお邪魔なんぞ……",
"邪魔よ。これで邪魔でなくてなんだ……えゝ、そこじゃありゃせんよ。そこに見えとるじゃないか"
],
[
"胸くその悪い……おい日本服を出せ",
"襦袢の襟がかけずにありますから……洋服で我慢してくださいましね"
],
[
"それを御承知でわたしの所にいらしったって……たといわたしに都合がついたとしたところで、どうしようもありませんじゃないの。なんぼわたしだっても、倉地と仲たがえをなさったあなたに倉地の金を何する……",
"だから倉地さんのものをおねだりはしませんさ。木村さんからもたんまり来ているはずじゃありませんか。その中から……たんとたあいいませんから、窮境を助けると思ってどうか"
],
[
"あのう、あとでこの蛾を追い出しておいてくださいな……それからね、さっき……といったところがどれほど前だかわたしにもはっきりしませんがね、ここに三十格好の丸髷を結った女の人が見えましたか",
"こちら様にはどなたもお見えにはなりませんが……"
],
[
"こちら様だろうがなんだろうが、そんな事を聞くんじゃないの。この下宿屋からそんな女の人が出て行きましたか",
"さよう……へ、一時間ばかり前ならお一人お帰りになりました",
"双鶴館のお内儀さんでしょう"
],
[
"それじゃだれ",
"とにかく他のお部屋においでなさったお客様で、手前どもの商売上お名前までは申し上げ兼ねますが"
],
[
"えゝ、しようがなくなっちまいました。この四五日ったらことさらひどいんですから",
"そうした時期もあるんだろう。まあたんといびらないで置くがいいよ",
"わたし時々ほんとうに死にたくなっちまいます"
],
[
"そうだおれもそう思う事があるて……。落ち目になったら最後、人間は浮き上がるがめんどうになる。船でもが浸水し始めたら埒はあかんからな。……したが、おれはまだもう一反り反ってみてくれる。死んだ気になって、やれん事は一つもないからな",
"ほんとうですわ"
],
[
"おいその団扇を貸してくれ、あおがずにいては蚊でたまらん……来ない事があるものか",
"だれからそんなばかな事お聞きになって?",
"だれからでもいいわさ"
],
[
"いゝえといったらいゝえとよりいいようはありませんわ。あなたの『いゝえ』とわたしの『いゝえ』は『いゝえ』が違いでもしますかしら",
"酒も何も飲めるか……おれが暇を無理に作ってゆっくりくつろごうと思うて来れば、いらん事に角を立てて……何の薬になるかいそれが"
],
[
"ごめんどうですがね、あす定期検閲な所が今度は室内の整頓なんです。ところが僕は整頓風呂敷を洗濯しておくのをすっかり忘れてしまってね。今特別に外出を伍長にそっと頼んで許してもらって、これだけ布を買って来たんですが、縁を縫ってくれる人がないんで弱って駆けつけたんです。大急ぎでやっていただけないでしょうか",
"おやすい御用ですともね。愛さん!"
],
[
"困っているようですね",
"えゝ、少しはね",
"少しどころじゃないようですよ僕の所に来る手紙によると。なんでも来年に開かれるはずだった博覧会が来々年に延びたので、木村はまたこの前以上の窮境に陥ったらしいのです。若いうちだからいいようなもののあんな不運な男もすくない。金も送っては来ないでしょう"
],
[
"いゝえ相変わらず送ってくれますことよ",
"木村っていうのはそうした男なんだ"
],
[
"なぜですの",
"木村は困りきってるんですよ。……ほんとうにあなた考えてごらんなさい……"
],
[
"これっぽっち……愛子さんどうしたというんだろう。どれねえさんにお貸し、そしてあなたは……貞ちゃんも古藤さんの所に行ってお相手をしておいで……",
"僕は倉地さんにあって来ます"
],
[
"貞ちゃんといったらお返事をなさいな。なんの事です拗ねたまねをして。台所に行ってあとのすすぎ返しでもしておいで、勉強もしないでぼんやりしていると毒ですよ",
"だっておねえ様わたし苦しいんですもの",
"うそをお言い。このごろはあなたほんとうにいけなくなった事。わがままばかししているとねえさんはききませんよ"
],
[
"倉地さんに物をいったのは僕が間違っていたかもしれません。じゃ倉地さんを前に置いてあなたにいわしてください。お世辞でもなんでもなく、僕は始めからあなたには倉地さんなんかにはない誠実な所が、どこかに隠れているように思っていたんです。僕のいう事をその誠実な所で判断してください",
"まあきょうはもういいじゃありませんか、ね。わたし、あなたのおっしゃろうとする事はよっくわかっていますわ。わたし決して仇やおろそかには思っていませんほんとうに。わたしだって考えてはいますわ。そのうちとっくりわたしのほうから伺っていただきたいと思っていたくらいですからそれまで……",
"きょう聞いてください。軍隊生活をしていると三人でこうしてお話しする機会はそうありそうにはありません。もう帰営の時間が逼っていますから、長くお話はできないけれども……それだから我慢して聞いてください"
],
[
"そりゃそうだ。ばかにされる僕はばかだろう。しかしあなたには……あなたには僕らが持ってる良心というものがないんだ。それだけはばかでも僕にはわかる。あなたがばかといわれるのと、僕が自分をばかと思っているそれとは、意味が違いますよ",
"そのとおり、あなたはばかだと思いながら、どこか心のすみで『何ばかなものか』と思いよるし、わたしはあなたを嘘本なしにばかというだけの相違があるよ",
"あなたは気の毒な人です"
],
[
"よくわかりました。あなたのおっしゃる事はいつでもわたしにはよくわかりますわ。そのうちわたしきっと木村のほうに手紙を出すから安心してくださいまし。このごろはあなたのほうが木村以上に神経質になっていらっしゃるようだけれども、御親切はよくわたしにもわかりますわ。倉地さんだってあなたのお心持ちは通じているに違いないんですけれども、あなたが……なんといったらいいでしょうねえ……あなたがあんまり真正面からおっしゃるもんだから、つい向っ腹をお立てなすったんでしょう。そうでしょう、ね、倉地さん。……こんないやなお話はこれだけにして妹たちでも呼んでおもしろいお話でもしましょう",
"僕がもっと偉いと、いう事がもっと深く皆さんの心にはいるんですが、僕のいう事はほんとうの事だと思うんだけれどもしかたがありません。それじゃきっと木村に書いてやってください。僕自身は何も物数寄らしくその内容を知りたいとは思ってるわけじゃないんですから……"
],
[
"だめです。貞世は、かわいそうに死にます",
"ばかな……あなたにも似合わん、そう早う落胆する法があるものかい。どれ一つ見舞ってやろう"
],
[
"ちょうど今見えたもんだで御一緒したが、岡さんはここでお帰りを願ったがいいと思うが……(そういって倉地は岡のほうを見た)何しろ病気が病気ですから……",
"わたし、貞世さんにぜひお会いしたいと思いますからどうかお許しください"
],
[
"お前はずいぶんと疲れとるよ。用心せんといかんぜ",
"大丈夫……こっちは大丈夫です。それにしてもあなたは……お忙しかったんでしょうね"
],
[
"それは少し無理だとわたし、思いますが……あれだけの荷物を片づけるのは……",
"無理だからこそあなたを見込んでお願いするんですわ。そうねえ、入り用のない荷物を倉地さんの下宿に届けるのは何かもしれませんわね。じゃ構わないから置き手紙を婆やというのに渡しておいてくださいまし。そして婆やにいいつけてあすでも倉地さんの所に運ばしてくださいまし。それなら何もいさくさはないでしょう。それでもおいや? いかが?……ようございます。それじゃもうようございます。あなたをこんなにおそくまでお引きとめしておいて、又候めんどうなお願いをしようとするなんてわたしもどうかしていましたわ。……貞ちゃんなんでもないのよ。わたし今岡さんとお話ししていたんですよ。汽車の音でもなんでもないんだから、心配せずにお休み……どうして貞世はこんなに怖い事ばかりいうようになってしまったんでしょう。夜中などに一人で起きていて囈言を聞くとぞーっとするほど気味が悪くなりますのよ。あなたはどうぞもうお引き取りくださいまし。わたし車屋をやりますから……",
"車屋をおやりになるくらいならわたし行きます",
"でもあなたが倉地さんに何とか思われなさるようじゃお気の毒ですもの",
"わたし、倉地さんなんぞをはばかっていっているのではありません",
"それはよくわかっていますわ。でもわたしとしてはそんな結果も考えてみてからお頼みするんでしたのに……"
],
[
"おじさんも一緒にいらしったかいというんだよ",
"いゝえ"
],
[
"おやどうして",
"甘ったらしくって",
"そんなはずはないがねえ。どれそれじゃも少し塩を入れてあげますわ"
],
[
"おねえ様……おねえ様ひどい……いやあ……",
"葉ちゃん……あぶない……"
],
[
"岡さん、もうあなたこれからここにはいらっしゃらないでくださいまし。こんな事になると御迷惑があなたにかからないとも限りませんから。わたしたちの事はわたしたちがしますから。わたしはもう他人にたよりたくはなくなりました",
"そうおっしゃらずにどうかわたしをあなたのおそばに置かしてください。わたし、決して伝染なぞを恐れはしません"
],
[
"あなたにきょうははっきり聞いておきたい事があるの……あなたはよもや岡さんとひょんな約束なんぞしてはいますまいね",
"いゝえ"
],
[
"古藤さんとも?",
"いゝえ"
],
[
"わたしは考えがあるからあなたの口からもその事を聞いておきたいんだよ。おっしゃいな",
"お二人ともなんにもそんな事はおっしゃりはしませんわ",
"おっしゃらない事があるもんかね"
],
[
"さあお言い愛さん、お前さんが黙ってしまうのは悪い癖ですよ。ねえさんを甘くお見でないよ。……お前さんほんとうに黙ってるつもりかい……そうじゃないでしょう、あればあるなければないで、はっきりわかるように話をしてくれるんだろうね……愛さん……あなたは心からわたしを見くびってかかるんだね",
"そうじゃありません"
],
[
"ごぶさたしていました",
"よくいらしってくださってね"
],
[
"なんにもいただけないんでしょうね",
"ソップと重湯だけですが両方ともよく食べなさいます",
"ひもじがっておりますか",
"いゝえそんなでも"
],
[
"貞世はもう死んでいるんです。それを知らないとでもあなたは思っていらっしゃるの。あなたや愛子に看護してもらえばだれでもありがたい往生ができましょうよ。ほんとうに貞世は仕合わせな子でした。……おゝおゝ貞世! お前はほんとに仕合わせな子だねえ。……岡さんいって聞かせてください、貞世はどんな死にかたをしたか。飲みたい死に水も飲まずに死にましたか。あなたと愛子がお庭を歩き回っているうちに死んでいましたか。それとも……それとも愛子の目が憎々しく笑っているその前で眠るように息気を引き取りましたか。どんなお葬式が出たんです。早桶はどこで注文なさったんです。わたしの早桶のより少し大きくしないとはいりませんよ。……わたしはなんというばかだろう早く丈夫になって思いきり貞世を介抱してやりたいと思ったのに……もう死んでしまったのですものねえ。うそです……それからなぜあなたも愛子ももっとしげしげわたしの見舞いには来てくださらないの。あなたはきょうわたしを苦しめに……なぶりにいらしったのね……",
"そんな飛んでもない!"
],
[
"お疑いなさってもしかたがありません。わたし、愛子さんには深い親しみを感じております……",
"そんな事なら伺うまでもありませんわ。わたしをどんな女だと思っていらっしゃるの。愛子さんに深い親しみを感じていらっしゃればこそ、けさはわざわざ何日ごろ死ぬだろうと見に来てくださったのね。なんとお礼を申していいか、そこはお察しくださいまし。きょうは手術を受けますから、死骸になって手術室から出て来る所をよっく御覧なさってあなたの愛子に知らせて喜ばしてやってくださいましよ。死にに行く前に篤とお礼を申します。絵島丸ではいろいろ御親切をありがとうございました。お陰様でわたしはさびしい世の中から救い出されました。あなたをおにいさんともお慕いしていましたが、愛子に対しても気恥ずかしくなりましたから、もうあなたとは御縁を断ちます。というまでもない事ですわね。もう時間が来ますからお立ちくださいまし",
"わたし、ちっとも知りませんでした。ほんとうにそのおからだで手術をお受けになるのですか"
],
[
"それはぜひお延ばしくださいお願いしますから……お医者さんもお医者さんだと思います",
"わたしがわたしだもんですからね"
],
[
"ではせめてわたしに立ち会わしてください",
"それほどまでにあなたはわたしがお憎いの?……麻酔中にわたしのいう囈口でも聞いておいて笑い話の種になさろうというのね。えゝ、ようごさいますいらっしゃいまし、御覧に入れますから。呪いのためにやせ細ってお婆さんのようになってしまったこのからだを頭から足の爪先まで御覧に入れますから……今さらおあきれになる余地もありますまいけれど"
]
] | 底本:「或る女 後編」岩波文庫、岩波書店
1950(昭和25)年9月5日第1刷発行
1968(昭和43)年8月16日第23刷改版発行
1998(平成10)年11月16日第37刷発行
入力:真先芳秋
校正:地田尚
2000年3月1日公開
2013年1月8日修正
青空文庫作成ファイル:
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[
"君は学校はどこです",
"東京です",
"東京? それじゃもう始まっているんじゃないか",
"ええ",
"なぜ帰らないんです",
"どうしても落第点しか取れない学科があるんでいやになったんです。‥‥それから少し都合もあって",
"君は絵をやる気なんですか",
"やれるでしょうか"
],
[
"木本です",
"え、木本君⁉"
],
[
"吹雪いてひどかったろう",
"なんの。……温くって温くって汗がはあえらく出ました。けんど道がわかんねえで困ってると、しあわせよく水車番に会ったからすぐ知れました。あれは親身な人だっけ"
],
[
"おも舵っ",
"右にかわすだってえば",
"右だ‥‥右だぞっ",
"帆綱をしめろやっ",
"友船は見えねえかよう、いたらくっつけやーい"
],
[
"あぶねえ",
"ぽきりっ"
],
[
"あなたが助かってよござんした",
"お前が助かってよかった"
],
[
"だれが言った",
"だれって‥‥みんな言ってるだよ",
"お前もか",
"私は言わねえ",
"そうだべさ。それならそれでいいでねえか。わけのわかんねえやつさなんとでも言わせておけばいいだ。これを見たか",
"見たよ。‥‥荘園の裏から見た所だなあそれは。山はわし気に入ったども、雲が黒すぎるでねえか",
"さし出口はおけやい"
],
[
"おい寝べえ",
"兄さん先に寝なよ",
"お前寝べし‥‥あしたまた一番に起きるだから‥‥戸締まりはおらがするに"
],
[
"はれ兄さんもう浜さいくだね",
"うんにゃ",
"浜でねえ? たらまた山かい。魚を商売にする人が暇さえあれば山さ突っぱしるだから怪体だあてばさ。いい人でもいるだんべさ。は、は、は、‥‥。うんすら妬いてこすに、一押し手を貸すもんだよ",
"口はばったい事べ言うと鰊様が群来てはくんねえぞ。おかしな婆様よなあお前も",
"婆様だ⁉ 人聞きの悪い事べ言わねえもんだ。人様が笑うでねえか"
],
[
"だめだ。このごろは漁夫で岩内の人数が急にふえたせいか忙しい。しかし今はまだ寒いだろう。手が自由に動くまい",
"なに、絵はかけずとも山を見ていればそれでいいだ。久しく出て見ないから",
"僕は今これを読んでいたが(と言ってKはミケランジェロの書簡集を君の目の前にさし出して見せた)すばらしいもんだ。こうしていてはいけないような気がするよ。だけどもとても及びもつかない。いいかげんな芸術家というものになって納まっているより、この薄暗い薬局で、黙りこくって一生を送るほうがやはり僕には似合わしいようだ"
],
[
"じゃ行って来るよ",
"そうかい。そんなら帰りには寄って話して行きたまえ"
],
[
"鈍っていはしない。君がすっかり何もかも忘れてしまって、駆けまわるように鉛筆をつかった様子がよく見えるよ。きょうのはみんな非常に僕の気に入ったよ。君も少しは満足したろう",
"実際の山の形にくらべて見たまえ。‥‥僕は親父にも兄貴にもすまない"
]
] | 底本:「小さき者へ・生まれいずる悩み」岩波文庫、岩波書店
1940(昭和15)年3月26日第1刷発行
1962(昭和37)年10月16日第26刷改版発行
1998(平成10)年4月6日第71刷改版発行
底本の親本:「生れ出る悩み」叢文閣
1918(大正7)年9月初版発行
入力:土田一柄
校正:丹羽倫子
2000年10月10日公開
2012年8月21日修正
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。
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[
[
"ほれ見ろやい、末ちやんこんな絵本が出て来たぞ",
"それや私んだよ、力三、何処へ行つたかと思つて居たよ、おくれよ",
"何、やつけえ"
],
[
"やらうか",
"毒だよそんなものを"
],
[
"エンゼル香油だよ、私明日姉さんとこへ髪を上げてもらひに行くから、半分私がつけるよ、半分は姉さんおつけ",
"ずるいよこの子は"
],
[
"いゝさ暢気者は長命するつて云ふからね、お母さんはもう長くもあるまいし、兄さんだつてあゝ身をくだいちや何時病気になるかも分らない。おまけに私はね独りぽつちの赤坊に死なれてから、もう生きる空はないんだから、お前一人後に残つてしやあ〳〵してお出……さう云へば、何時から聞かうと思つて居たが、あの時お前、豊平川で赤坊に何か悪いものでも食べさせはしなかつたかい",
"何を食べさすもんか"
],
[
"お末何んだつて食べないんだ",
"食べたくないもの"
],
[
"おやお母さん、こゝに載つてた皿はお母さんがしまつたのかい",
"何、皿だ?"
],
[
"哲は",
"哲はな"
]
] | 底本:「三代名作全集・有島武郎集」河出書房
1942(昭和17)年12月15日初版発行
初出:「白樺」
1914(大正3)年1月
※「旧字、旧仮名で書かれた作品を、現代表記にあらためる際の作業指針」に基づいて、底本の表記を新字、旧仮名にあらためました。
※底本では振り仮名が付されていない以下の字に、入力者が振り仮名を付しました。
長命(段落一)、昇汞、齎、軈。
入力:mono
校正:松永佳代
2013年6月13日作成
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。
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[
[
"ここには何戸はいっているのか",
"崕地に残してある防風林のまばらになったのは盗伐ではないか",
"鉄道と換え地をしたのはどの辺にあたるのか",
"藤田の小屋はどれか",
"ここにいる者たちは小作料を完全に納めているか",
"ここから上る小作料がどれほどになるか"
],
[
"夏作があんなだに、秋作がこれじゃ困ったもんだ",
"不作つづきだからやりきれないよ全く",
"そうだ"
],
[
"あまり古くなりましたんでついこの間……",
"費用は事務費で仕払ったのか……俺しのほうの支払いになっているのか",
"事務費のほうに計上しましたが……",
"矢部に断わったか"
],
[
"ずいぶんめんどうなものだろう、これだけの仕事にでも眼鼻をつけるということは",
"そうですねえ"
],
[
"はいそのとおりで……",
"そうですな。ええ百二十七町四段二畝歩也です。ところがこれっぱかりの地面をあなたがこの山の中にお持ちになっていたところで万事に不便でもあろうかと……これは私だけの考えを言ってるんですが……",
"そのとおりでございます。それで私もとうから……",
"とうから……",
"さよう、とうからこの際には土地はいただかないことにして、金でお願いができますれば結構だと存じていたのでございますが……しかし、なに、これとてもいわばわがままでございますから……御都合もございましょうし……"
],
[
"いえ手前でございますならまだいただきたくはございませんから……全くこのお話は十分に御了解を願うことにしないとなんでございますから……しかし御用意ができましたのなら……",
"いやできておっても少しもかまわんのです"
],
[
"なにも俺しはそれほどあなたに信用を置かんというのではないのですが、事務はどこまでも事務なのだから明らかにしておかなければ私の気が済まんのです。時刻も遅いからお泊りなさい今夜は",
"ありがとうございますが帰らせていただきます",
"そうですか、それではやむを得ないが、では御相談のほうは今までのお話どおりでよいのですな",
"御念には及びません。よいようにお取り計らいくださればそれでもう結構でございます"
],
[
"うまいことに行った。矢部という男はかねてからなかなか手ごわい悧巧者だとにらんでいたから、俺しは今日の策戦には人知れぬ苦労をした。そのかいあって、先方がとうとう腹を立ててしまったのだ。掛引きで腹を立てたら立てたほうが敗け勝負だよ。貸し越しもあったので実はよけい心配もしたのだが、そんなものを全部差し引くことにして報酬共に五千円で農場全部がこちらのものになったのだ。これでこの農場の仕事は成功に終わったといっていいわけだ",
"私には少しも成功とは思えませんが……"
],
[
"今日農場内を歩いてみると、開墾のはじめにあなたとここに来ましたね、あの時と百姓の暮らし向きは同じなのに私は驚きました。小作料を徴収したり、成墾費が安く上がったりしたことには成功したかもしれませんが、農場としてはいったいどこが成功しているんでしょう",
"そんなことを言ったってお前、水呑百姓といえばいつの世にでも似たり寄ったりの生活をしているものだ。それが金持ちになったら汗水垂らして畑をするものなどは一人もいなくなるだろう",
"それにしてもあれはあんまりひどすぎます",
"お前は百歩をもって五十歩を笑っとるんだ",
"しかし北海道にだって小作人に対してずっといい分割りを与えているところはたくさんありますよ",
"それはあったとしたら帳簿を調べてみるがいい、きっと損をしているから",
"農民をあんな惨めな状態におかなければ利益のないものなら、農場という仕事はうそですね",
"お前は全体本当のことがこの世の中にあるとでも思っとるのか"
],
[
"お前はいやな気持ちか",
"いやな気持ちです",
"俺しはいい気持ちだ"
],
[
"お前は親に対してそんな口をきいていいと思っとるのか",
"どこが悪いのです",
"お前のような薄ぼんやりにはわかるまいさ"
],
[
"そんならある意味で小作人をあざむいて利益を壟断している地主というものはあれはどの階級に属するのでしょう",
"こう言えばああ言うそのお前の癖は悪い癖だぞ。物はもっと考えてから言うがいい。土地を貸し付けてその地代を取るのが何がいつわりだ",
"そう言えば商人だっていくぶん人の便利を計って利益を取っているんですね"
],
[
"わからないかもしれません。実際あなたが東京を発つ前からこの事ばかり思いつめていらっしゃるのを見ていると、失礼ながらお気の毒にさえ感じたほどでした。……私は全くそうした理想屋です。夢ばかり見ているような人間です。……けれども私の気持ちもどうか考えてください。私はこれまで何一つしでかしてはいません。自体何をすればいいのか、それさえ見きわめがついていないような次第です。ひょっとすると生涯こうして考えているばかりで暮らすのかもしれないんですが、とにかく嘘をしなければ生きて行けないような世の中が無我無性にいやなんです。ちょっと待ってください。も少し言わせてください。……嘘をするのは世の中ばかりじゃもちろんありません。私自身が嘘のかたまりみたいなものです。けれどもそうでありたくない気持ちがやたらに私を攻め立てるのです。だから自分の信じている人や親しい人が私の前で平気で嘘をやってるのを見ると、思わず知らず自分のことは棚に上げて腹が立ってくるのです。これもしかたがないと思うんですが、……",
"遊んでいて飯が食えると自由自在にそんな気持ちも起こるだろうな"
]
] | 底本:「カインの末裔」角川文庫、角川書店
1969(昭和44)年10月30日改版初版発行
1991(平成3)年7月20日改版25版発行
初出:「泉」
1923(大正12)年5月
入力:鈴木厚司
校正:土屋隆
2006年5月18日作成
青空文庫作成ファイル:
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[
[
"松川農場たらいうだが",
"たらいうだ? 白痴"
],
[
"借りればいいでねえか",
"銭子がねえかんな"
],
[
"そうまあ一概にはいうもんでないぞい",
"一概にいったが何条悪いだ。去ね。去ねべし",
"そういえど広岡さん……",
"汝ゃ拳固こと喰らいていがか"
]
] | 底本:「カインの末裔 クララの出家」岩波文庫、岩波書店
1940(昭和15)年9月10日第1刷発行
1980(昭和55)年5月16日第25刷改版発行
1990(平成2)年4月15日第35刷発行
底本の親本:「有島武郎著作集 第三輯」新潮社
1918(大正7)年2月刊
初出:「新小説」
1917(大正6)年7月号
入力:鈴木厚司
校正:地田尚
2000年3月4日公開
2005年9月24日修正
青空文庫作成ファイル:
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[
[
"もとはっていえばおまえが悪いんだよ。おまえがいつか、ポチなんかいやな犬、あっち行けっていったじゃないか",
"あら、それは冗談にいったんだわ",
"冗談だっていけないよ",
"それでポチがいなくなったんじゃないことよ",
"そうだい……そうだい。それじゃなぜいなくなったんだか知ってるかい……そうれ見ろ",
"あっちに行けっていったって、ポチはどこにも行きはしなかったわ",
"そうさ。それはそうさ……ポチだってどうしようかって考えていたんだい",
"でもにいさんだってポチをぶったことがあってよ",
"ぶちなんてしませんよだ",
"いいえ、ぶってよほんとうに",
"ぶったっていいやい……ぶったって"
],
[
"ぶったってぼくはあとでかわいがってやったよ",
"私だってかわいがってよ"
],
[
"かわいそうに、落ちて来た材木で腰っ骨でもやられたんだろう",
"なにしろ一晩じゅうきゃんきゃんいって火のまわりを飛び歩いていたから、つかれもしたろうよ",
"見ろ、あすこからあんなに血が流れてらあ"
],
[
"いたわってやんねえ",
"おれゃいやだ"
]
] | 底本:「一房の葡萄」角川文庫、角川書店
1952(昭和27)年3月10日初版発行
1968(昭和43)年5月10日改版初版発行
1990(平成2)年5月30日改版37版発行
入力:鈴木厚司
校正:八木正三
1998年5月25日公開
2007年8月21日修正
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。
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"作品ID": "000212",
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"作品名読み": "かじとポチ",
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"姓読み": "ありしま",
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"姓読みソート用": "ありしま",
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"名ローマ字": "Takeo",
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"生年月日": "1878-03-04",
"没年月日": "1923-06-09",
"人物著作権フラグ": "なし",
"底本名1": "一房の葡萄",
"底本出版社名1": "角川文庫、角川書店",
"底本初版発行年1": "1952(昭和27)年3月10日、1968(昭和43)年5月10日改版初版",
"入力に使用した版1": "1990(平成2)年5月30日改版37版",
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"底本の親本名2": "",
"底本の親本出版社名2": "",
"底本の親本初版発行年2": "",
"入力者": "鈴木厚司",
"校正者": "八木正三",
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[
[
"丈夫な人間、あたりまえの人間のしていることを見ろ。汗水たらして一日働いても、今日今日をやっと過ごしているだけだが、おれたちはかたわなばかりで、なんにもしないで遊びながら、町の人たちがつくり上げたお金をかたっぱしからまき上げることができる。どうか死ぬまでちんばでいたいものだ",
"おれも人なみに目が見えるようになっちゃ大変だ。人なみになったらおれにも何一つ仕事という仕事はできないのだから、その日から乞食になるよりほかはない。もう乞食のくらしはこりごりだ"
],
[
"とんでもないことになったなあ",
"情けないことになったなあ"
]
] | 底本:「一房の葡萄」角川文庫、角川書店
1952(昭和27)年3月10日初版発行
1968(昭和43)年5月10日改版初版発行
1980(昭和55)年11月10日改版22版発行
初出:「良婦之友 創刊號」春陽堂
1922(大正11)年1月1日発行
入力:呑天
校正:きりんの手紙
2020年2月21日作成
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(https://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。
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"作品ID": "056501",
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"作品名読み": "かたわもの",
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"初出": "「良婦之友 創刊號」春陽堂、1922(大正11)年1月1日",
"分類番号": "NDC K913",
"文字遣い種別": "新字新仮名",
"作品著作権フラグ": "なし",
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"名": "武郎",
"姓読み": "ありしま",
"名読み": "たけお",
"姓読みソート用": "ありしま",
"名読みソート用": "たけお",
"姓ローマ字": "Arishima",
"名ローマ字": "Takeo",
"役割フラグ": "著者",
"生年月日": "1878-03-04",
"没年月日": "1923-06-09",
"人物著作権フラグ": "なし",
"底本名1": "一房の葡萄",
"底本出版社名1": "角川文庫、角川書店",
"底本初版発行年1": "1952(昭和27)年3月10日",
"入力に使用した版1": "1980(昭和55)年11月10日改版22版",
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"入力者": "呑天",
"校正者": "きりんの手紙",
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[
[
"クララ、あなたの手の冷たく震える事",
"しっ、静かに"
]
] | 底本:「カインの末裔 クララの出家」岩波文庫、岩波書店
1940(昭和15)年9月10日第1刷発行
1980(昭和55)年5月16日第25刷改版発行
1990(平成2)年4月15日第35刷発行
底本の親本:「有島武郎著作集」第三輯、新潮社
1918(大正7)年2月刊
初出:「太陽」
1917(大正6)年9月
入力:鈴木厚司
校正:染川隆俊
2001年2月14日公開
2005年9月24日修正
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。
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"作品名読み": "クララのしゅっけ",
"ソート用読み": "くららのしゆつけ",
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"初出": "「太陽」1917(大正6)年9月",
"分類番号": "NDC 913",
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"名ローマ字": "Takeo",
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"生年月日": "1878-03-04",
"没年月日": "1923-06-09",
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"底本名1": "カインの末裔 クララの出家",
"底本出版社名1": "岩波文庫、岩波書店",
"底本初版発行年1": "1940(昭和15)年9月10日、1980(昭和55)年5月16日第25刷改版",
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[
[
"八っちゃんがあなた……碁石でもお呑みになったんでしょうか……",
"お呑みになったんでしょうかもないもんじゃないか"
],
[
"水は僕が持ってくんだい。お母さんは僕に水を……",
"それどころじゃありませんよ"
]
] | 底本:「一房の葡萄 他四篇」岩波文庫、岩波書店
1988(昭和63)年12月16日改版第1刷発行
底本の親本:「一房の葡萄」叢文閣
1922(大正11)年6月
入力:鈴木厚司
校正:地田尚
2000年10月18日公開
2005年11月18日修正
青空文庫作成ファイル:
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"作品ID": "001053",
"作品名": "碁石を呑んだ八っちゃん",
"作品名読み": "ごいしをのんだやっちゃん",
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"分類番号": "NDC K913",
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"底本名1": "一房の葡萄 他四篇",
"底本出版社名1": "岩波文庫、岩波書店",
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[
[
"解剖に使ふんぢやない、是れはプレパラートの切片を切る刃物です。慣れつてものは不思議で磨いでると音で齒の附具合が分りますよ。生物學者は物質的な仕事が多いので困る",
"俺れはこの際になつてもお前の心持ちにはどこか狂つた所があるやうに思ふがな、お前は今學術を生活するんだと云つたが、自然科學は實驗の上にのみ基礎を置くのが立場だのに、生活は實驗ぢやないものな。話があんまり抽象的になつてしまつたが、お前の妻の肉體に刃物を加へてどこか忍びない所がありはしないかい。少しでもそんな心地があつ……"
],
[
"兎に角仕度が出來てしまつたから僕は行きます。人間はいつか死ぬんですからね。死んでしまへば肉體は解剖にでも利用される外には何の役にも立ちはしないんですからね。Y子なんぞは死んで夫に解剖されるんだから餘榮ありですよ。……兄さんはすぐお歸りですか。お歸りならどうか葬式の用意を……",
"俺れは立合はせて貰はう"
],
[
"お前と俺れとは感情そのものが土臺違つてしまつたんだ。假りにも縁があつて妹となつてくれたものを、お前はじめ冷やかな心で品物でも取扱ふやうに取扱ふ人達ばかりに任せて置く氣にはどうしてもなれないんだ。お前はお前で、お前の立場を守るのなら、それは俺れはもうどうとも云はないが、俺れの立場もお前は認めてくれていゝだらう",
"無論認めますがね、解剖と云ふものは慣れないと一寸我慢の出來ない程殘酷に見えますよ。それでよければいらつしやい"
]
] | 底本:「有島武郎全集第三卷」筑摩書房
1980(昭和55)年6月30日初版発行
底本の親本:「有島武郎著作集 ――第三輯――」新潮社
1918(大正7)年2月20日発行
初出:「中央公論 第三十二年第十號秋期大附録號」
1917(大正6)年9月1日発行
※「眞劒」と「眞劍」の混在は、底本通りです。
※図は、底本の親本からとりました。
入力:木村杏実
校正:きりんの手紙
2023年2月10日作成
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(https://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。
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"作品ID": "061236",
"作品名": "実験室",
"作品名読み": "じっけんしつ",
"ソート用読み": "しつけんしつ",
"副題": "",
"副題読み": "",
"原題": "",
"初出": "「中央公論 第三十二年第十號秋期大附録號」1917(大正6)年9月1日",
"分類番号": "",
"文字遣い種別": "旧字旧仮名",
"作品著作権フラグ": "なし",
"公開日": "2023-03-04T00:00:00",
"最終更新日": "2023-02-28T00:00:00",
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"人物ID": "000025",
"姓": "有島",
"名": "武郎",
"姓読み": "ありしま",
"名読み": "たけお",
"姓読みソート用": "ありしま",
"名読みソート用": "たけお",
"姓ローマ字": "Arishima",
"名ローマ字": "Takeo",
"役割フラグ": "著者",
"生年月日": "1878-03-04",
"没年月日": "1923-06-09",
"人物著作権フラグ": "なし",
"底本名1": "有島武郎全集第三卷",
"底本出版社名1": "筑摩書房",
"底本初版発行年1": "1980(昭和55)年6月30日",
"入力に使用した版1": "1980(昭和55)年6月30日初版",
"校正に使用した版1": "1980(昭和55)年6月30日初版",
"底本の親本名1": "有島武郎著作集 ――第三輯――",
"底本の親本出版社名1": "新潮社",
"底本の親本初版発行年1": "1918(大正7)年2月20日",
"底本名2": "",
"底本出版社名2": "",
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"校正に使用した版2": "",
"底本の親本名2": "",
"底本の親本出版社名2": "",
"底本の親本初版発行年2": "",
"入力者": "木村杏実",
"校正者": "きりんの手紙",
"テキストファイルURL": "https://www.aozora.gr.jp/cards/000025/files/61236_ruby_77094.zip",
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} |
[
[
"星野君は今日も学校を休みました。この二三日また身体の具合がよくないそうで",
"まあ……"
],
[
"星野さんは明日お家にお帰りなさるそうですのね",
"そういっていました"
],
[
"だいじょうぶでしょうか",
"僕も心配に思っています"
],
[
"おたけさんのクレオパトラの眼がトロンコになったよ。もう帰りたまえ。星野のいない留守に伴れてきたりすると、帰ってから妬かれるから",
"柿江、貴様はローランの首をちょん切った死刑執行人が何んという名前の男だったか知っているか"
],
[
"おい、何とか言いな、柿江",
"貴様の演説が一番よかったよ"
],
[
"けれどもです、仏国革命の血はむだに流されはしなかった。人間全体の解放ではなかったかしれない。商工業者のために一般の人民は利用されたのだったかしれない。けれどもです、貴族と富豪と僧侶とは確実にこの地面の上から、この……地面の上から一掃され……",
"ばか! 幇間じみた真似をするない"
],
[
"新井田の細君の所に行って酒ばかり飲んでうだっているくせに余裕がないはすさまじいぜ",
"貴様はそれだからいけねえ。あれも勘定ずくでやっている仕事なんだ。いまに御利益が顕われるから見てろ",
"じゃここに来て油を売るのも勘定ずくなのか",
"ばかあいえ。俺だって貴様、俺だって貴様……とにかく貴様みたいな偽善者は千篇一律だからだめだよ……なあ西山"
],
[
"教授の手にある講義のノートに手垢が溜まるというのは名誉なことじゃない。クラーク、クラークとこの学校の創立者の名を咒文のように称えるのが名誉なことじゃない。当世の学問なるものが畢竟何に役立つかを考えてみないのは名誉なことじゃない。現代の社会生活の中心問題が那辺にあるかを知らないのは名誉なことじゃない。それを知って他を語るのはさらに名誉なことじゃない。日清戦争以来日本は世界の檜舞台に乗りだした。この機運に際して老人が我々青年を指導することができなければ、青年が老人を指導しなければならない。これでありえねばあれだ。停滞していることは断じてできない。……言葉は俺の方が上手だが、貴様もそんなことを言ったな。けれども貴様、それは漫罵だ。貴様はいったい何を提唱した。つまりくだらないから俺はこんな沈滞した小っぽけな田舎にはいないと言うただけじゃないか。なるほど貴様は社会主義労働運動の急を大声疾呼したさ。けれども、貴様の大声疾呼の後ろはからっぽだったじゃないか。そうだとも。よく聞け。ガンベの眼玉みたいなもんだ。神経の連絡が……大脳と眼球との神経の連絡が(ガンベが『貴様は』といって力自慢の拳を振り上げた。柿江は本当に恐ろしがって招き猫のような恰好をした)乱暴はよせよ。……貴様の議論には、その議論を統一する哲学的背景がまったく欠けてるんだ。軽薄な……",
"何が軽薄だ。軽薄とは貴様のように自分にも訳の判らない高尚ぶったことをいいながら実行力の伴わないのを軽薄というんだ。けれどもだ、俺はとにかく実行はしているぞ。哲学はその後に生れてくるものなんだ"
],
[
"渡瀬君まだいたんだね。僕はもし帰ってしまうといけないと思ってかなり急いだ",
"おたけさんから何か伝言があったろう",
"いいえ"
],
[
"困るなあ、それにね、三隅のおぬいさんの稽古を君に頼みたいからと書いてあったんだのに……それだから渡瀬君に渡してくれって頼んでおいたじゃないか",
"君にとは俺にかい"
],
[
"今年は何台卵を孵えすんだね",
"知らねえ"
],
[
"寒さが増してくるとどうしてもよくないさ。けれどもそんなにひどいことはない。熱があるようだから先に寝かしてもらいます",
"そだそだ、それがいいことだ"
],
[
"中島を見ろ、四十五まであの男は木刀一本と褌一筋の足軽風情だったのを、函館にいる時分何に発心したか、島松にやってきて水田にかかったんだ。今じゃお前水田にかけては、北海道切っての生神様だ。何も学問ばかりが人間になる資格にはならないことだ",
"じゃ何んで兄さんにばっか学問をさせるんだ",
"だから言って聞かせているじゃないか。清逸が学問で行くなら、お前は実地の方で兄さんを見かえしてやるがいいんだ"
],
[
"そうしたわけのものでもあるまいけんど",
"うんにゃそうだ"
],
[
"あれはどなただなもし",
"あなた知らないの。あれがそら渡瀬さんのよく行く新井田さんの奥さんなのよ"
],
[
"はははは、何もそう泣かんでもいいよ。……その男は気の毒な死に方をしたけれども、いわば自分の大切な使命のために死んだんだから、悔むこともなかったろう……",
"それだでなおのこと気の毒だ、わし"
],
[
"先生、先生はどうしてその人を谷底から上に持ち上げた?",
"先生か、先生は持ち上げられなかったから、一人で崕を這い上って、村の人に告げた",
"先生、その旗を見せてくれえよ"
],
[
"ゆんべはおっかなかったよ、先生、酔っぱらいのおやじが、両手を拡げて追ってくるんだもの",
"なあ"
],
[
"ところが奥さん、あれは高根の花です。ピュリティーそのものなんです。さすがの僕もおぬいさんの前に出ると、慎みの心が無性に湧き上るんだから手がつけられない……そんなに笑っちゃだめですよ、奥さん、それはまったくの話です。……何、信用しない……それはひどいですよ、奥さん。僕なんざあとてもおぬいさんのマッチではない。マッチですか。マッチというと相方かな(これはしまったと思って、渡瀬は素早く奥さんの顔色を窺ったが、案外平気なので、おっかぶせて言葉を続けた)相手かな……相手になれないと諦める気ばかり先に立つのです。おぬいさんの前に出ると、このガンベもまったく前非を後悔しますね",
"そんなに後悔することがたくさんおありなさるの",
"ばかにしちゃいけません。ばかにしちゃあ……"
],
[
"飲めないことがあるものか、始終晩酌の御相伴はやっているくせに",
"じゃそれで一杯いただくわ"
],
[
"いいんですか",
"何がよ"
],
[
"ははは、何がっていわれればそれまでだが、じゃいいんですね",
"だから何がっていってるじゃありませんか",
"だから何がっていわれればそれまでだが……それまでだから一つあげましょう。循環小数みたいですね"
],
[
"あら",
"味が変っているといけないと思ってね、はははは……奥さん、僕はこれで己惚れが強いから、たいていの事は真に受けますよ。これから冗談はあらかじめ断ってからいうことにしましょう",
"まったくあなたは己惚れが強いわねえ"
],
[
"やあすみませんまったく。こちらに来るまでに計算はこのとおりやっておいて、結果が出るばかりになっていたのだから、すぐできるとたかをくくっていたんですが、……これで計算という奴は曲者ですからなあ。今日はそれじゃ僕は失敬して家でうんと考えてみます。作るくらいならあんまり不器用な……",
"そりゃそうですとも、作る以上は完全なものにしたいのは私も同じことじゃありますが、計算までここでやってるんじゃ、私は手持無沙汰で、まどろっこしくって困りますよ"
],
[
"今月の何んです、今月のお礼ですが、都合がいいから今夜お渡ししておきます。で、と、明日はおいでのない日でしたな。ところが明後日は私ちょっとはずせない用があるんですが、どうでしょう明日に繰り上げていただいちゃ、おさしさわりになりますか",
"ははん、活動写真は明日から廃業だな。先生ウ※(小書き片仮名ヰ)スキーで夢中になっているな。子供だなあ"
],
[
"ええ差支えありません。来ますとも",
"どうぞいらしってちょうだいね"
],
[
"園君いる?",
"ああ、はいりたまえ"
],
[
"倫理学の問題でも取りあつかったものかい",
"著者は Prince P. Kropotkin という人で……",
"何、クロポトキン……それじゃ君、それは露西亜の有名な無政府主義者だ"
],
[
"そうだってね。僕にはその無政府主義のことはよく分らないけれども、この本の序文で見るとダーウ※(小書き片仮名ヰ)ン派の生物学者が極力主張する生存競争のほかに、動物界にはこの mutual aid ……何んと訳すんだろう、とにかくこの現象があって、それはダーウ※(小書き片仮名ヰ)ンもいっているのだそうだ。……そうだ、いってはいるね。『種の起源』にも『旅行記』にも僕は書いてあったと思うが……。それがこの本の第一編にはかなり綿密に書いてあるようだよ",
"科学的にも価値がありそうかい",
"ずいぶんダータはよく集めてあるよ"
],
[
"もっともこれだけはあるんだが、これは何んの足しにもならないが、僕の君に対する借金の返済の一部とするつもりで取っておいたんだ。ところが昨日本屋の奴が来やがって、いやに催促がましいことをいうもんだから、ひとまず君にはすまないが――そっちを綺麗にして鼻をあかしてやれという気になったのさ。で、これをまず君の方に納めて、あらためて五円にして貸してくれるわけにはいくまいかな",
"いいとも"
],
[
"お前は偉くなろうとそんなことばかり思っているから肺病に取りつかれるんだ。田舎にいろよ、じきなおるに",
"そうだなあ、俺もこのごろは時々そう思う。おせいにも可哀そうだしな",
"そんだとも、皆んな可哀そうだな。姉さん泣いてべえさ"
],
[
"おい純次。お前母屋まで行って、ラムプの油をさしてこい",
"ラムプをどうする?",
"このラムプに石油をさしてくるんだ。行ってこい"
],
[
"星野さんがそういうようにおっしゃってでしたけれども",
"本当であったところが要するに作り話ですよ。文学者なんて奴は、尾鰭をつけることがうまいですからね"
],
[
"今日はお母さんは……お留守ですか",
"診察に出かけました……よろしくと申していました"
],
[
"やあ困るな、そうまじめに出られちゃ……あなたは今の話で涙が出るといいましたが、……あなたにもそんな経験があったんですか",
"いいえ"
],
[
"これはただそう思うだけでございますけれども、恋というものは恐ろしい悲しいもののように思います。私にもそんな時が来るとしたら、私は死にはしないかと、今から悲しゅうございます。だもんですから、ああいうお話を読みますと、つい自分のように感じてしまうのでございましょうか",
"あなたは実際、たとえば星野か園かに恋を感じたことはないのかなあ"
],
[
"お前はまだ女郎買いはしめえな",
"冗談じゃないよ、学生さん"
],
[
"いた、……いた、……痛いですよ、奥さん",
"あなた今日は本当にどうかしているわね……さあお上りなさいな"
],
[
"奥さん、ウ※(小書き片仮名ヰ)スキーを一杯後生だから飲ませてください",
"あなた、そんなに飲んでいいの"
],
[
"貴様は誰だ。(顔を近づけると知れた)うむ柿江か。誰だそこにいる貴様二人は",
"森村と石岡じゃないか。西山の代りに今度白官舎にはいったんだよ。臭いなあ……貴様はまた石岡にやられるぞ。そっちにいってろったら"
],
[
"柿江……貴様あ逃げかくれをするな。俺は今日は貴様の面皮を剥ぎに来たんだ。まあいいから坐ってろ。……俺は柿江の面皮を剥ぎに来た、と。……だ、そうでもねえ。俺は皆んなに泣いてもらいに来たんだ。石岡、貴様はだめだ。貴様のようなファナティックはだめだとしてだ、……おい、皆んな立つなよ。……何んだ、試験だ……試験ぐらい貴様、教場に行って居眠りをしていりゃあ、その間に書けっちまうじゃねえか",
"俺に用がなければ行くぞ"
],
[
"園君じゃねえ、園はいるか園は。それか。君……君はじゃねえ貴様はおぬいさんに惚れているだろう。白状しろ。うむ俺は惚れてる。悲しいかな惚れている。悲しいかなだ。真に悲しいかなだ。俺は罪人だからなあ。悔い改めよ、その人は天国に入るべければなり……へへ、悔い改めら、ら、られるような罪人なら、俺は初めから罪なんか犯すかい。わたくしは罪人でございます。へえ悔い改めました。へえ天国に入れてもらいます……ばか……おやじが博奕打の酒喰らいで、お袋の腹の中が梅毒腐れで……俺の眼を見てくれ……沢庵と味噌汁だけで育ち上った人間……が僣越ならけだものでもいい。追従にいってるんでねえぞ。俺は今日け――だ――も――のということがはっきり分ったんだから。星野の奴がたくらみやがったことだ",
"おいガンベ、そんなに泣き泣き物をいったって貴様のいうことはよく分らんよ。今日はこれだけにして酔っていない時にあとを聞こうじゃないか"
],
[
"ばかいえ貴様、そうきゅうにわかってたまるものか。飲んだくれ本性たがわずということを知らんな。……婆や、酒はどうした、酒は……。けれどもだ……貴様のけれどもだ、おい西山……ふむ、西山はもういねえのか。とにかくけれどもだ、貴様たちは俺が罪人なることを悲しんでいないと思うと間違ってるぞ。……はははそんなことはどうでもいい。それは第一貴様たちの知ったこっちゃないや、なあ。……とにかく……皆んな貴様たちはおぬいさんを知ってるな。けれども、貴様たちは一人だって、どれほどあの娘が天使であるかってことは知るまい。俺は今日それを知ったんだ。この発見のお蔭で俺はこのとおり酔った。わかるか",
"わからないな"
],
[
"そんなことはない",
"じゃ惚れろ。断じて惚れろ。いいか。俺は万難を排して貴様たちに加勢してやる。俺は死を賭して加勢してやる。……園、俺は今日一つの真理を発見した。人生は俺が思っていたよりはるかに立派だった。ところが……じゃいかん……だからだ。whereas じゃない。therefore だ。それゆえにだ……俺のようなやつが、住むにはあまり不適当だ。こういうんだ。悲観せざるを得ないじゃないか。……しかし俺は貴様たちを呪うようなことは断じてしないぞ。……安心しろ貴様たちを祝福してやるんだ、俺は死を賭して貴様たちに加勢してやる。……ははは……とか何んとかいったもんだ。どうだ石岡。石金先生、……相変らず貴様はせわしいんか。貴様が俺に酒の小言さえいわなけりゃ、一枚男が上るんだがなあ……しかし貴様の老爺親切には俺はひそかに泣いてるぞ。……余子碌々……おいおい貴様たちは何んとか物をいえよ、俺にばかりしゃべらしておかずに……園、貴様惚れろ。いいか惚れろ",
"ガンベはだめだよ。貴様いつでも独りぎめだからなあ。他人の自由意志を尊重しろ、園君には園君の考えがあるだろう"
],
[
"ふむ、そうか。……そんなものかなあ……",
"園君、君はもうあっちに行くといい……。そしてガンベもう帰れ、俺が送っていってやるから。今夜は雪だからおそくなると難儀だ"
],
[
"僕は君の言葉をありがたくさっきから聞いていたんだよ。よく考えてみよう",
"考えてみよう?……好男子、惜しむらくは兵法を知らず……まあいい、もう行け",
"僕も人見君といっしょに君を送ろう",
"酔不成歓惨欲別か……柿江、貴様ははじめから黙ったまま爪ばかり噛んでいやがるな……皆な聞け、あいつは偽善者だ。あいつは俺といっしょに女郎を買ったんだ",
"おいおいガンベ、酔うのはいいが恥を知れ"
],
[
"どうだ",
"私はいやです"
],
[
"そう膠なくいっては話も何もできはしないがな。浅田さんのいうとおり、年のところに行くと少し明きすぎるようだが、わしらのような暮しでは一から十まで註文どおりにいかないのは覚悟していてくれんと埒はあくものではないぞ。……先方では支度も何もいらないと言うのだ。支度がいるようでは恥かしい話だが、今のところお父さんには何んとも工面がつかんからなあ",
"先様は何んという人です",
"先方はお前、今も浅田さんがいうとおりなかなか○持ちで、自分が貧乏から仕上げたのだから、嫁は学問がなくてもやはり苦労して育ったしとやかなのが欲しいと、まず当世に珍らしい……",
"何という人なんです",
"名か、名はその、梶といって、札幌では……"
],
[
"勘忍してくださいといったところが、これはお前のことだからお前の勝手にするがいいのだが、どういう訳だか訳を言わにゃ、ただ許してくれではお父さんも困るじゃないか",
"お父さんは私を……私を高利貸の……妾になさるつもりなんですか",
"とんでもないことを……お前はさっきから高利貸高利貸と言うが、それは働きのない人間どもが他人の成功を猜んでいうことで、泥棒をして金を儲けたわけじゃなし、お前、金を儲けようという上は、泥棒をしない限り、手段に選み好みがあるべきわけがない。金儲けがいやだとなれば、これはまた別で、お父さんのようになるよりしかたのないことだ。安田でも岩崎でも同じこった、妾囲いとてもそうだ。妾を持ってる手合いは世間ざらにある。あの人は同じ妾囲いをしても、隠しだてなどをしないから、世の中でとやかくいうのだが、お父さんは梶はそこはかえって見上げたものだと思ってるくらいだて。それもお前を妾にくれというのじゃなしさ……",
"けれども、あの人にはちゃんと奥さんがあるんじゃありませんか",
"そ、それだが……先方では妻にくれろというのだから、今の細君をどうするとかこうするとかそれはむこうに思わくがあってのことに違いないとお父さんは思ってるがどうだ。何しろこっちは先方の言い分を信用して……"
],
[
"お前見たことはないか",
"いいえ"
],
[
"甲斐性のないおやじと下げすんでくれるなよ。俺も若い時に、なまじっかな楽な暮しをしたばかりに、この年になっての貧乏が、骨身にこたえるのだ。俺一人が楽をしようというではけっしてないがな、何しろ、今日日々の米にも困ってな……この四年あまりというもの、お前のしてきた苦労も、俺は胸の中でよっく察している。親というものは子にかけちゃ神様のように何んでも分る。お前は小さい時から素直な子だったが、素直であればあるほど……",
"お父さんそんなことをいうのはもうよしてください……"
]
] | 底本:「日本文学全集25 有島武郎集」集英社
1968(昭和43)年4月12日発行
※底本の誤記と思われる部分は、角川文庫「星座」と筑摩書房「有島武郎全集 第5巻」中の「星座」を元に修正した。
入力:大野晋
校正:地田尚
2000年5月15日公開
2005年11月21日修正
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[
[
"汽車が來る時までパパは寢るの……何處で寢るの",
"荷物はどうして持つて行くの",
"若しパパが眼が覺めなかつたら、汽車に乘りおくれるぢやないの"
]
] | 底本:「有島武郎全集第三卷」筑摩書房
1980(昭和55)年6月30日初版発行
底本の親本:「大阪毎日新聞 第一二七五四號~第一二七六一號」
1919(大正8)年1月5日~12日
初出:「大阪毎日新聞 第一二七五四號~第一二七六一號」
1919(大正8)年1月5日~12日
「東京日日新聞 第一五一六九號~第一五一七六號」
1919(大正8)年1月6日~13日
※底本は、物を数える際や地名などに用いる「ヶ」(区点番号5-86)を、大振りにつくっています。
※「假寢《うたゝね》」と「假睡《うたゝね》」の混在は、底本通りです。
入力:木村杏実
校正:きりんの手紙
2022年5月27日作成
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[
[
"こわせこわせ",
"たたきこわせたたきこわせ"
]
] | 底本:「一房の葡萄」角川文庫、角川書店
1952(昭和27)年 3月10日初版発行
1967(昭和42)年 5月30日39版発行
1987(昭和62)年11月10日改版32版発行
初出:「婦人の国」1926(大正15)年4月
入力:土屋隆
校正:鈴木厚司
2003年6月26日作成
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} |
[
[
"さうです。妾の子でもう二十八だ相です",
"大佐は矢張り一處に居るんですか……東京ですか",
"大佐は死んでしまつたんだ――もう餘程前ですよ"
],
[
"うまいね",
"○○ぢや一番うまい",
"だけど、もう厭やになつた",
"己れもよ",
"來て居るかい"
],
[
"えゝ是れは安くつて一寸好ござんす",
"あゝ本當の皮ぢやないんですね。是れが本當のだといゝんだが……古いのはいゝですね",
"えゝ",
"どうです是れは面白う御座んすか",
"矢張り希臘のものには云はれない好い所があつて、何んだか大きい深い樣な所がある樣ですね",
"はアさうかナ"
]
] | 底本:「有島武郎全集 第二卷」筑摩書房
1980(昭和55)年2月20日初版発行
底本の親本:「有島武郎全集 第一卷」叢文閣
1924(大正13)年4月5日発行
入力:土屋隆
校正:木浦
2013年4月11日作成
青空文庫作成ファイル:
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[
[
"不作法な奴だな、なんだ",
"That rose was given to you, Papa dear !",
"I know it.",
"You don't know it !"
]
] | 底本:「生まれ出づる悩み」角川文庫、角川書店
1969(昭和44)年5月10日改版初版発行
1980(昭和55)年11月10日改版22版発行
初出:「新家庭 第一巻第一号」玄文社
1916(大正5)年3月1日発行
※「私の目」と「私の眼」、「処々」と「所々」、「延」と「伸」、「無作法」と「不作法」、「蜘蛛《くも》」と「蜘《くも》」、「荊棘《いばら》」と「棘《いばら》」の混在は、底本通りです。
※底本巻末の註釈は省略しました。
※誤植を疑った箇所を、初出の表記にそって、あらためました。
入力:呑天
校正:えにしだ
2019年2月22日作成
青空文庫作成ファイル:
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[
[
"ほれえ、おんつぁん、凸勃が来たな。畜生! いゝなあ。おい、おんつぁん、騒げ、うつと騒げ、なあI、もつと騒げつたら",
"うむ、騒ぐ、騒ぐ"
],
[
"田舎もんね、あちら",
"畜生! 田舎もんがどうした。こつちに来い"
],
[
"お前どつち―――だ",
"卑しい稼業よ",
"芸者面しやがつて威張るない",
"いつ私が威張つて。こんな土地で芸者してゐるからには、―――――――――――――――上げるわよ",
"お前は女郎を馬鹿にしてるだべ",
"いつ私が……",
"見ろ、畜生!",
"畜生たあ何",
"俺は世の中で―――一番好きなんだ。いつでも女郎を一番馬鹿にするのはお前等ださ。……糞、見つたくも無え",
"何んてこちらは独り合点な……",
"いゝなあ、おい、おんつぁん、とろつとしてよ、とろつと淋しい顔してよ。いゝなあ―――――――――、俺まるつで本当の家に帰つたやうだあ。畜生こんな高慢ちきな奴。……",
"憎らしいねえ、まあお聞きなさいつたら。……学生さんでせう、こちら",
"お前なんか学生とふざけてゐれや丁度いゝべさ",
"よく〳〵根性まがりの意地悪だねえ……ごまかしたつて駄目よ。まあお聞きなさいよ。私これでも二十三よ。姉さんぶるわけぢやないけど、修業中だけはお謹みなさいね",
"馬鹿々々々々々々……ぶんなぐるぞ",
"なぐれると思ふならなぐつて頂戴、さ"
],
[
"何を",
"こつを……",
"こつ?",
"骨さ。ほれ、お袋のよ"
],
[
"おい、それ俺にくれや",
"これ? これは上げられませんわ"
]
] | 底本:「三代名作全集・有島武郎集」河出書房
1942(昭和17)年12月15日初版発行
初出:「泉」
1923(大正12)年4月
※「旧字、旧仮名で書かれた作品を、現代表記にあらためる際の作業指針」に基づいて、底本の表記を新字、旧仮名にあらためました。
※「取り出した」「取出した」等の送り仮名のゆれは、底本のままとしました。
※「やうに」と「ように」の混用も、底本のままとしました。
入力:mono
校正:松永佳代
2011年6月29日作成
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。
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"作品ID": "050010",
"作品名": "骨",
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"ソート用読み": "ほね",
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"分類番号": "NDC 913",
"文字遣い種別": "新字旧仮名",
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"名": "武郎",
"姓読み": "ありしま",
"名読み": "たけお",
"姓読みソート用": "ありしま",
"名読みソート用": "たけお",
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"名ローマ字": "Takeo",
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"生年月日": "1878-03-04",
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"底本名1": "三代名作全集・有島武郎集",
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"XHTML/HTMLファイル修正回数": "0"
} |
[
[
"あなた、あの切符は返してしまいましょうかねえ。",
"なぜ。こんな事を済ましたあとでは、あんな所へでも行くのが却って好いのだ。"
],
[
"そんなはずはないじゃないか。",
"電流。電流。早く電流を。"
]
] | 底本:「於母影 冬の王 森鴎外全集12」ちくま文庫、筑摩書房
1996(平成8)年3月21日第1刷発行
入力:門田裕志
校正:米田
2010年8月1日作成
2011年5月12日修正
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。
| {
"作品ID": "050919",
"作品名": "罪人",
"作品名読み": "ざいにん",
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"分類番号": "NDC 983",
"文字遣い種別": "新字新仮名",
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"公開日": "2010-08-29T00:00:00",
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"名": "ミハイル・ペトローヴィチ",
"姓読み": "アルチバシェッフ",
"名読み": "ミハイル・ペトローヴィチ",
"姓読みソート用": "あるちはしえつふ",
"名読みソート用": "みはいるへとろおういち",
"姓ローマ字": "Artsybashev",
"名ローマ字": "Mikhail Petrovich",
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"生年月日": "1878-11-05",
"没年月日": "1927-03-03",
"人物著作権フラグ": "なし",
"底本名1": "於母影 冬の王 森鴎外全集12",
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"底本初版発行年1": "1996(平成8)年3月21日",
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} |
[
[
"そんなら君は自己の境界を領解してゐますか。",
"ゐます。",
"ふん。こりやあ承り物だ。",
"人間は誰でも死刑の宣告を受けたものと同じ境界にゐるのです。"
],
[
"併し誰でもなる丈長く生きようと思つてゐますね。",
"そんな事は出来ません。人の一生涯は短いものです。其に生きようと思ふ慾は大いのです。"
],
[
"無論です。或るものは意識してさう思ふでせう。或るものは無意識にさう思ふでせう。人の生涯とは人そのものです。自己です。人は何物をも自己以上に愛するといふことはないのです。",
"だからどうだと云ふのですか。"
],
[
"そして今はどう思ふのですか。",
"今ですか。今は自分が気が違つてゐない、自分が自殺しようと思ふのに、なんの不合理な処もないと思つてゐます。",
"それではなんの理由もなく自殺をするのですか。"
],
[
"それは無意味ですね。そんなら暴力を遁れようとして暴力を用ゐると云ふもので。",
"いゝえ。暴力を遁れようとするのではありません。それは遁れられはしません。死刑の宣告を受けてゐる命を早く絶つてしまはうと云ふのです。寧ろ早く絶たうと。"
],
[
"いゝえ。わたくしの霊が自然に打ち勝つのです。それが一つで、それから。",
"でもその君の霊といふものも、君の体と同じやうに、矢張自然が造つたもので。"
],
[
"でも誰かがその君の体を打つたら、君だつて痛くはないですか。",
"えゝ。痛いです。",
"さうして見れば。"
]
] | 底本:「鴎外選集 第十五巻」岩波書店
1980(昭和55)年1月22日第1刷発行
初出:「学生文藝 一ノ二」
1910(明治43)年9月1日
入力:tatsuki
校正:ちはる
2002年3月5日公開
2005年11月21日修正
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。
| {
"作品ID": "002073",
"作品名": "死",
"作品名読み": "し",
"ソート用読み": "し",
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"副題読み": "",
"原題": "Unterfahnrich Gololobow(独訳)",
"初出": "1910(明治43)年9月1日「学生文藝」一ノ二",
"分類番号": "NDC 983",
"文字遣い種別": "新字旧仮名",
"作品著作権フラグ": "なし",
"公開日": "2002-03-05T00:00:00",
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"人物ID": "000366",
"姓": "アルチバシェッフ",
"名": "ミハイル・ペトローヴィチ",
"姓読み": "アルチバシェッフ",
"名読み": "ミハイル・ペトローヴィチ",
"姓読みソート用": "あるちはしえつふ",
"名読みソート用": "みはいるへとろおういち",
"姓ローマ字": "Artsybashev",
"名ローマ字": "Mikhail Petrovich",
"役割フラグ": "著者",
"生年月日": "1878-11-05",
"没年月日": "1927-03-03",
"人物著作権フラグ": "なし",
"底本名1": "鴎外選集 第十五巻",
"底本出版社名1": "岩波書店",
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"底本出版社名2": "",
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"底本の親本初版発行年2": "",
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} |
[
[
"飲まない。",
"それでは致し方がございません。実は若し紙巻を持つて入らつしやるなら、一本頂戴しようと思つたのです。",
"病室内では喫煙は禁じてあるのだ。言ひ聞かせてある筈だが。"
],
[
"考へて御覧なさい。なぜわたくしが人に悪い事なんぞをしますでせう。手も当てる筈がないのです。食人人種ではあるまいし。ヨハン・レエマン先生ではあるまいし。当り前の人間でさあ。先生にだつて分かるでせう。わたくし位に教育を受けてゐると、殺人とか、盗賊とかいふやうなことは思つたばかりで胸が悪くなりまさあ。",
"併しお前は病気だからな。"
],
[
"お互にこゝにかうしてゐて、死の事なんぞを考へて煩悶します。目の前の自然なんぞはどうでも好いのです。我々が死ぬるには、なんの後悔もなく、平気で死ぬるのです。そして跡にはなんにも残りません。簡単極まつてゐます。併し我々の苦痛は永遠です。さう云つて悪ければ、少くもその苦痛の理想は永遠です。いつの昔だか知らないが、サロモ第一世といふものが生きてゐて、それが死を思つてひどく煩悶しました。又いつの未来だか知らないが、サロモ第二世といふものが生れて来て、同じ事を思つて、ひどく煩悶するでせう。わたくしが初めて非常な愉快を感じて、或る少女に接吻しますね。そしてわたくしの顔に早くも永遠なる髑髏の微笑が舎る時、幾百万かののろい男が同じやうな愉快を感じて接吻をするでせう。どうです。わたくしの話は重複して参りましたかな。",
"ふん。",
"そこでこの下等な犬考へからどんな結論が出て来ますか。それは只一つです。なんでも理想でなくて、事実であるものは、自然の為めには屁の如しです。お分かりになりますか。自然はこちとらに用はないのです。我々の理想を取ります。我々がどうならうが、お構ひなしです。わたくしは苦痛を閲し尽して、かう感じます。いやはや。自然の奴め。丸で構つてはくりやがらない。それなのに何も己がやきもきせずともの事だ。笑はしやあがる。口笛でも吹く外はない。"
],
[
"さうかい。",
"さうです。",
"ふん。そんならどなるが好い。",
"自分で自分を恥ぢることはありません。評判の意志の自由といふ奴を利用して、大いに助けてくれをどなるのですね。さう遣つ附ければ、少くも羊と同じやうに大人しく屠所に引かれて行くよりは増しぢやあありませんか。少くも誰でもそんな時の用心に持つてゐる、おめでたい虚偽なんぞを出すよりは増しぢやあありませんか。一体不思議ですね。人間といふ奴は本来奴隷です。然るに自然は実際永遠です。事実に構はずに、理想を目中に置いてゐます。それを人間といふ奴が、あらゆる事実中の最も短命な奴の癖に、自分も事実よりは理想を尊ぶのだと信じようとしてゐるのですね。こゝに一人の男があつて、生涯誰にも優しい詞を掛けずに暮すですな。そいつが人類全体を大いに愛してゐるかも知れません。一体はその方が高尚でせう。真の意義に於いての道徳に愜つてゐるでせう。それに人間が皆絶大威力の自然といふ主人の前に媚び諂つて、軽薄笑ひをして、おとなしく羊のやうに屠所へ引いて行かれるのですね。ところが、その心のずつと奥の所に、誰でも哀れな、ちつぽけな、雀の鼻位な、それよりもつとちつぽけな希望を持つてゐるのですね。どいつもこいつも Lasciate ogni speranza といふ奴を知つてゐるのですからね。例の奉公人じみた希望がしやがんでゐるのですね。いかさま御最千万でございます。でも事に依りましたら、御都合でといふやうなわけですね。憐愍といふ詞は、知れ切つてゐるから口外しないのですが。"
],
[
"えゝ。愉快がつたのです。",
"愉快がつたのだと。",
"非常に喜んだのです。一体。"
]
] | 底本:「鴎外選集 第十五巻」岩波書店
1980(昭和55)年1月22日第1刷発行
初出:「東亜之光 五ノ九」
1910(明治43)年9月1日
入力:tatsuki
校正:ちはる
2002年3月5日公開
2005年11月21日修正
青空文庫作成ファイル:
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| {
"作品ID": "002072",
"作品名": "笑",
"作品名読み": "わらい",
"ソート用読み": "わらい",
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"副題読み": "",
"原題": "Lechen(独訳)",
"初出": "1910(明治43)年9月1日「東亜之光」五ノ九",
"分類番号": "NDC 983",
"文字遣い種別": "新字旧仮名",
"作品著作権フラグ": "なし",
"公開日": "2002-03-05T00:00:00",
"最終更新日": "2014-09-17T00:00:00",
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"人物ID": "000366",
"姓": "アルチバシェッフ",
"名": "ミハイル・ペトローヴィチ",
"姓読み": "アルチバシェッフ",
"名読み": "ミハイル・ペトローヴィチ",
"姓読みソート用": "あるちはしえつふ",
"名読みソート用": "みはいるへとろおういち",
"姓ローマ字": "Artsybashev",
"名ローマ字": "Mikhail Petrovich",
"役割フラグ": "著者",
"生年月日": "1878-11-05",
"没年月日": "1927-03-03",
"人物著作権フラグ": "なし",
"底本名1": "鴎外選集 第十五巻",
"底本出版社名1": "岩波書店",
"底本初版発行年1": "1980(昭和55)年1月22日",
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} |
[
[
"それから、この国じゅうにいるコウノトリが、みんな集まって、秋の大演習がはじまるんですよ。そのときは、みんな、うまくとばなければいけませんよ。それは、とってもだいじなことなんですからね。だってね、いいかい、とべないものは、大将さんに、くちばしでつつき殺されてしまうんですもの。だから、おけいこがはじまったら、よくおぼえるようにするんですよ",
"じゃあ、やっぱり、あの男の子たちが言ってたように、ぼくたち、殺されるんだね。ねえ、ほら、また言ってるよ"
]
] | 底本:「マッチ売りの少女 (アンデルセン童話集※[#ローマ数字3、1-13-23])」新潮文庫、新潮社
1967(昭和42)年12月10日発行
1981(昭和56)年5月30日21刷
入力:チエコ
校正:木下聡
2020年3月28日作成
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(https://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。
| {
"作品ID": "059323",
"作品名": "コウノトリ",
"作品名読み": "コウノトリ",
"ソート用読み": "こうのとり",
"副題": "",
"副題読み": "",
"原題": "",
"初出": "",
"分類番号": "NDC K949",
"文字遣い種別": "新字新仮名",
"作品著作権フラグ": "なし",
"公開日": "2020-04-02T00:00:00",
"最終更新日": "2020-03-28T00:00:00",
"図書カードURL": "https://www.aozora.gr.jp/cards/000019/card59323.html",
"人物ID": "000019",
"姓": "アンデルセン",
"名": "ハンス・クリスチャン",
"姓読み": "アンデルセン",
"名読み": "ハンス・クリスチャン",
"姓読みソート用": "あんてるせん",
"名読みソート用": "はんすくりすちやん",
"姓ローマ字": "Andersen",
"名ローマ字": "Hans Christian",
"役割フラグ": "著者",
"生年月日": "1805-04-02",
"没年月日": "1875-08-04",
"人物著作権フラグ": "なし",
"底本名1": "マッチ売りの少女 (アンデルセン童話集Ⅲ)",
"底本出版社名1": "新潮文庫、新潮社",
"底本初版発行年1": "1967(昭和42)年12月10日",
"入力に使用した版1": "1981(昭和56)年5月30日21刷",
"校正に使用した版1": "1982(昭和57)年3月5日22刷",
"底本の親本名1": "",
"底本の親本出版社名1": "",
"底本の親本初版発行年1": "",
"底本名2": "",
"底本出版社名2": "",
"底本初版発行年2": "",
"入力に使用した版2": "",
"校正に使用した版2": "",
"底本の親本名2": "",
"底本の親本出版社名2": "",
"底本の親本初版発行年2": "",
"入力者": "チエコ",
"校正者": "木下聡",
"テキストファイルURL": "https://www.aozora.gr.jp/cards/000019/files/59323_ruby_70676.zip",
"テキストファイル最終更新日": "2020-03-28T00:00:00",
"テキストファイル符号化方式": "ShiftJIS",
"テキストファイル文字集合": "JIS X 0208",
"テキストファイル修正回数": "0",
"XHTML/HTMLファイルURL": "https://www.aozora.gr.jp/cards/000019/files/59323_70728.html",
"XHTML/HTMLファイル最終更新日": "2020-03-28T00:00:00",
"XHTML/HTMLファイル符号化方式": "ShiftJIS",
"XHTML/HTMLファイル文字集合": "JIS X 0208",
"XHTML/HTMLファイル修正回数": "0"
} |
[
[
"このことを、おぼえているか。",
"こんなことも、やったろう。"
],
[
"もっとうたってくれ、さよなきどりや。もっとうたってくれ。",
"はい。そのかわり、あなたは、そのこがねづくりのけんをくれますか。そのりっぱなはたをくれますか。皇帝のかんむりをくださいますか。"
]
] | 底本:「新訳アンデルセン童話集 第二巻」同和春秋社
1955(昭和30)年7月15日初版発行
※「旧字、旧仮名で書かれた作品を、現代表記にあらためる際の作業指針」に基づいて、底本の表記をあらためました。
※底本中、*で示された語句の訳註は、当該語句のあるページの下部に挿入されていますが、このファイルでは当該語句のある段落のあとに、5字下げで挿入しました。
入力:大久保ゆう
校正:鈴木厚司
2005年6月15日作成
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。
| {
"作品ID": "042381",
"作品名": "小夜啼鳥",
"作品名読み": "さよなきどり",
"ソート用読み": "さよなきとり",
"副題": "",
"副題読み": "",
"原題": "NATTERGALEN",
"初出": "",
"分類番号": "NDC K949",
"文字遣い種別": "新字新仮名",
"作品著作権フラグ": "なし",
"公開日": "2005-07-28T00:00:00",
"最終更新日": "2014-09-18T00:00:00",
"図書カードURL": "https://www.aozora.gr.jp/cards/000019/card42381.html",
"人物ID": "000019",
"姓": "アンデルセン",
"名": "ハンス・クリスチャン",
"姓読み": "アンデルセン",
"名読み": "ハンス・クリスチャン",
"姓読みソート用": "あんてるせん",
"名読みソート用": "はんすくりすちやん",
"姓ローマ字": "Andersen",
"名ローマ字": "Hans Christian",
"役割フラグ": "著者",
"生年月日": "1805-04-02",
"没年月日": "1875-08-04",
"人物著作権フラグ": "なし",
"底本名1": "新訳アンデルセン童話集 第二巻",
"底本出版社名1": "同和春秋社",
"底本初版発行年1": "1955(昭和30)年7月15日",
"入力に使用した版1": "1955(昭和30)年7月15日初版",
"校正に使用した版1": " ",
"底本の親本名1": "",
"底本の親本出版社名1": "",
"底本の親本初版発行年1": "",
"底本名2": "",
"底本出版社名2": "",
"底本初版発行年2": "",
"入力に使用した版2": "",
"校正に使用した版2": "",
"底本の親本名2": "",
"底本の親本出版社名2": "",
"底本の親本初版発行年2": "",
"入力者": "大久保ゆう",
"校正者": "鈴木厚司",
"テキストファイルURL": "https://www.aozora.gr.jp/cards/000019/files/42381_ruby_18649.zip",
"テキストファイル最終更新日": "2009-09-13T00:00:00",
"テキストファイル符号化方式": "ShiftJIS",
"テキストファイル文字集合": "JIS X 0208",
"テキストファイル修正回数": "1",
"XHTML/HTMLファイルURL": "https://www.aozora.gr.jp/cards/000019/files/42381_18753.html",
"XHTML/HTMLファイル最終更新日": "2005-06-28T00:00:00",
"XHTML/HTMLファイル符号化方式": "ShiftJIS",
"XHTML/HTMLファイル文字集合": "JIS X 0208",
"XHTML/HTMLファイル修正回数": "0"
} |
[
[
"いいや。わしは、おそらく、おまえの何千倍も生きるだろうよ。それに、わしの一日というのは、一年の、春・夏・秋・冬ぜんぶにあたるのだ。とても長くて、おまえには、かぞえることはできんだろうよ",
"そうね。だって、あなたのおっしゃることが、わかりませんもの。あなたは、あたしの、何千倍も、生きているんですのね。でも、あたしだって、一瞬間の何千倍も生きて、楽しく、しあわせに、くらしますわ。あなたが死ぬと、この世の美しいものは、みんな、なくなってしまいますの?"
],
[
"もう、わしをしばりつけるものは、なにもない。これから、この上ない高いところへ、光とかがやきの中へ、とんでいくことができるのだ。しかも、わしの愛するものは、みんな、いっしょなのだ。小さいものも、大きいものも。みんな、いっしょなのだ",
"みんな、いっしょに"
]
] | 底本:「マッチ売りの少女 (アンデルセン童話集※[#ローマ数字3、1-13-23])」新潮文庫、新潮社
1967(昭和42)年12月10日発行
1981(昭和56)年5月30日21刷
入力:チエコ
校正:木下聡
2019年7月30日作成
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(https://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。
| {
"作品ID": "059322",
"作品名": "年とったカシワの木のさいごの夢",
"作品名読み": "としとったカシワのきのさいごのゆめ",
"ソート用読み": "としとつたかしわのきのさいこのゆめ",
"副題": "",
"副題読み": "",
"原題": "",
"初出": "",
"分類番号": "NDC K949",
"文字遣い種別": "新字新仮名",
"作品著作権フラグ": "なし",
"公開日": "2019-08-04T00:00:00",
"最終更新日": "2019-07-30T00:00:00",
"図書カードURL": "https://www.aozora.gr.jp/cards/000019/card59322.html",
"人物ID": "000019",
"姓": "アンデルセン",
"名": "ハンス・クリスチャン",
"姓読み": "アンデルセン",
"名読み": "ハンス・クリスチャン",
"姓読みソート用": "あんてるせん",
"名読みソート用": "はんすくりすちやん",
"姓ローマ字": "Andersen",
"名ローマ字": "Hans Christian",
"役割フラグ": "著者",
"生年月日": "1805-04-02",
"没年月日": "1875-08-04",
"人物著作権フラグ": "なし",
"底本名1": "マッチ売りの少女 (アンデルセン童話集Ⅲ)",
"底本出版社名1": "新潮文庫、新潮社",
"底本初版発行年1": "1967(昭和42)年12月10日",
"入力に使用した版1": "1981(昭和56)年5月30日21刷",
"校正に使用した版1": "1982(昭和57)年3月5日22刷",
"底本の親本名1": "",
"底本の親本出版社名1": "",
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"底本出版社名2": "",
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"底本の親本出版社名2": "",
"底本の親本初版発行年2": "",
"入力者": "チエコ",
"校正者": "木下聡",
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} |
[
[
"なんにも着ていらっしゃらない。あそこの小さな子供が言ってるとさ。なんにも着ていらっしゃらないって!",
"なんにも着ていらっしゃらない!"
]
] | 底本:「マッチ売りの少女 (アンデルセン童話集※[#ローマ数字3、1-13-23])」新潮文庫、新潮社
1967(昭和42)年12月10日発行
1989(平成元)年12月15日32刷改版
1992(平成4)年4月5日34刷
※表題、副題は底本では、「はだかの王さま(皇帝《こうてい》のあたらしい着物)」となっています。
入力:チエコ
校正:木下聡
2021年3月27日作成
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(https://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。
| {
"作品ID": "060190",
"作品名": "はだかの王さま",
"作品名読み": "はだかのおうさま",
"ソート用読み": "はたかのおうさま",
"副題": "(皇帝のあたらしい着物)",
"副題読み": "(こうていのあたらしいきもの)",
"原題": "",
"初出": "",
"分類番号": "NDC K949",
"文字遣い種別": "新字新仮名",
"作品著作権フラグ": "なし",
"公開日": "2021-04-02T00:00:00",
"最終更新日": "2021-03-27T00:00:00",
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"人物ID": "000019",
"姓": "アンデルセン",
"名": "ハンス・クリスチャン",
"姓読み": "アンデルセン",
"名読み": "ハンス・クリスチャン",
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"名読みソート用": "はんすくりすちやん",
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"名ローマ字": "Hans Christian",
"役割フラグ": "著者",
"生年月日": "1805-04-02",
"没年月日": "1875-08-04",
"人物著作権フラグ": "なし",
"底本名1": "マッチ売りの少女 (アンデルセン童話集Ⅲ)",
"底本出版社名1": "新潮文庫、新潮社",
"底本初版発行年1": "1967(昭和42)年12月10日",
"入力に使用した版1": "1992(平成4)年4月5日34刷",
"校正に使用した版1": "2009(平成21)年11月30日42刷",
"底本の親本名1": "",
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"底本の親本初版発行年1": "",
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"底本出版社名2": "",
"底本初版発行年2": "",
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"校正に使用した版2": "",
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"底本の親本出版社名2": "",
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"XHTML/HTMLファイル修正回数": "0"
} |
[
[
"いいえ",
"じゃあ、だまっていたらどう!"
],
[
"おまえは、背中をまるくすることができるかい? のどをゴロゴロ鳴らすことができるかい? それから、火花を散らすことができるかい?",
"いいえ",
"じゃあ、りこうな人たちが話しているときは、だまっているものだよ"
]
] | 底本:「マッチ売りの少女 (アンデルセン童話集※[#ローマ数字3、1-13-23])」新潮文庫、新潮社
1967(昭和42)年12月10日発行
1981(昭和56)年5月30日21刷
入力:チエコ
校正:木下聡
2019年11月24日作成
青空文庫作成ファイル:
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| {
"作品ID": "058875",
"作品名": "みにくいアヒルの子",
"作品名読み": "みにくいアヒルのこ",
"ソート用読み": "みにくいあひるのこ",
"副題": "",
"副題読み": "",
"原題": "",
"初出": "",
"分類番号": "NDC K949",
"文字遣い種別": "新字新仮名",
"作品著作権フラグ": "なし",
"公開日": "2019-12-24T00:00:00",
"最終更新日": "2019-11-24T00:00:00",
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"人物ID": "000019",
"姓": "アンデルセン",
"名": "ハンス・クリスチャン",
"姓読み": "アンデルセン",
"名読み": "ハンス・クリスチャン",
"姓読みソート用": "あんてるせん",
"名読みソート用": "はんすくりすちやん",
"姓ローマ字": "Andersen",
"名ローマ字": "Hans Christian",
"役割フラグ": "著者",
"生年月日": "1805-04-02",
"没年月日": "1875-08-04",
"人物著作権フラグ": "なし",
"底本名1": "マッチ売りの少女 (アンデルセン童話集Ⅲ)",
"底本出版社名1": "新潮文庫、新潮社",
"底本初版発行年1": "1967(昭和42)年12月10日",
"入力に使用した版1": "1981(昭和56)年5月30日21刷",
"校正に使用した版1": "1982(昭和57)年3月5日22刷",
"底本の親本名1": "",
"底本の親本出版社名1": "",
"底本の親本初版発行年1": "",
"底本名2": "",
"底本出版社名2": "",
"底本初版発行年2": "",
"入力に使用した版2": "",
"校正に使用した版2": "",
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"底本の親本出版社名2": "",
"底本の親本初版発行年2": "",
"入力者": "チエコ",
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"テキストファイル最終更新日": "2019-11-24T00:00:00",
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"XHTML/HTMLファイル修正回数": "0"
} |
[
[
"どれ私にその割れない卵を見せて御覧。きっとそりゃ七面鳥の卵だよ。私もいつか頼まれてそんなのをかえした事があるけど、出て来た子達はみんな、どんなに気を揉んで直そうとしても、どうしても水を恐がって仕方がなかった。私あ、うんとガアガア言ってやったけど、からっきし駄目! 何としても水に入れさせる事が出来ないのさ。まあもっとよく見せてさ、うん、うん、こりゃあ間違いなし、七面鳥の卵だよ。悪いことは言わないから、そこに放ったらかしときなさい。そいで早く他の子達に泳ぎでも教えた方がいいよ。",
"でもまあも少しの間ここで温めていようと思いますよ。"
],
[
"こんなにもう今まで長く温めたんですから、も少し我慢するのは何でもありません。",
"そんなら御勝手に。"
],
[
"これは何にも悪い事をした覚えなんか無いじゃありませんか。",
"そうさ。だけどあんまり図体が大き過ぎて、見っともない面してるからよ。"
],
[
"いいえ。",
"それじゃ何にも口出しなんかする資格はないねえ。"
],
[
"いいえ。",
"それじゃ我々偉い方々が何かものを言う時でも意見を出しちゃいけないぜ。"
],
[
"お前さん、ほかにする事がないもんだから、ばかげた空想ばっかしする様になるのさ。もし、喉を鳴したり、卵を生んだり出来れば、そんな考えはすぐ通り過ぎちまうんだがね。",
"でも水の上を泳ぎ廻るの、実際愉快なんですよ。"
],
[
"まあ水の中にくぐってごらんなさい、頭の上に水が当る気持のよさったら!",
"気持がいいだって! まあお前さん気でも違ったのかい、誰よりも賢いここの猫さんにでも、女御主人にでも訊いてごらんよ、水の中を泳いだり、頭の上を水が通るのがいい気持だなんておっしゃるかどうか。"
],
[
"分らないだって? まあ、そんなばかげた事は考えない方がいいよ。お前さんここに居れば、温かい部屋はあるし、私達からはいろんな事がならえるというもの。私はお前さんのためを思ってそう言って上げるんだがね。とにかく、まあ出来るだけ速く卵を生む事や、喉を鳴す事を覚える様におし。",
"いや、僕はもうどうしてもまた外の世界に出なくちゃいられない。",
"そんなら勝手にするがいいよ。"
]
] | 底本:「小學生全集第五卷 アンデルゼン童話集」興文社、文藝春秋社
1928(昭和3)年8月1日発行
※「旧字、旧仮名で書かれた作品を、現代表記にあらためる際の作業指針」に基づいて、底本の表記をあらためました。
その際、次の書き換えを行いました。
「或→ある 余り→あまり 一向→いっこう 一旦→いったん 中→うち 彼→か 却って→かえって かも知れない→かもしれない 位→くらい 此処→ここ 此の→この 随分→ずいぶん 直ぐ→すぐ 其処→そこ 其・其の→その 其中→そのうち 大分→だいぶ・だいぶん 沢山→たくさん 唯→ただ 多分→たぶん 為→ため 段々→だんだん 丁度→ちょうど 一寸→ちょっと て居る→ておる 何→ど 何処→どこ 兎に角→とにかく 程→ほど 益々→ますます 又→また 迄→まで 間もなく→まもなく 余っぽど→よっぽど」
入力:大久保ゆう
校正:秋鹿
2006年1月18日作成
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。
| {
"作品ID": "042386",
"作品名": "醜い家鴨の子",
"作品名読み": "みにくいあひるのこ",
"ソート用読み": "みにくいあひるのこ",
"副題": "",
"副題読み": "",
"原題": "DEN GRIMME AELLING",
"初出": "",
"分類番号": "NDC K949",
"文字遣い種別": "新字新仮名",
"作品著作権フラグ": "なし",
"公開日": "2006-03-08T00:00:00",
"最終更新日": "2014-09-18T00:00:00",
"図書カードURL": "https://www.aozora.gr.jp/cards/000019/card42386.html",
"人物ID": "000019",
"姓": "アンデルセン",
"名": "ハンス・クリスチャン",
"姓読み": "アンデルセン",
"名読み": "ハンス・クリスチャン",
"姓読みソート用": "あんてるせん",
"名読みソート用": "はんすくりすちやん",
"姓ローマ字": "Andersen",
"名ローマ字": "Hans Christian",
"役割フラグ": "著者",
"生年月日": "1805-04-02",
"没年月日": "1875-08-04",
"人物著作権フラグ": "なし",
"底本名1": "小學生全集第五卷 アンデルゼン童話集",
"底本出版社名1": "興文社、文藝春秋社",
"底本初版発行年1": "1928(昭和3)年8月1日",
"入力に使用した版1": "1928(昭和3)年8月1日",
"校正に使用した版1": "1928(昭和3)年8月1日",
"底本の親本名1": "",
"底本の親本出版社名1": "",
"底本の親本初版発行年1": "",
"底本名2": "",
"底本出版社名2": "",
"底本初版発行年2": "",
"入力に使用した版2": "",
"校正に使用した版2": "",
"底本の親本名2": "",
"底本の親本出版社名2": "",
"底本の親本初版発行年2": "",
"入力者": "大久保ゆう",
"校正者": "秋鹿",
"テキストファイルURL": "https://www.aozora.gr.jp/cards/000019/files/42386_ruby_20867.zip",
"テキストファイル最終更新日": "2006-01-19T00:00:00",
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"テキストファイル文字集合": "JIS X 0208",
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"XHTML/HTMLファイルURL": "https://www.aozora.gr.jp/cards/000019/files/42386_21530.html",
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"XHTML/HTMLファイル文字集合": "JIS X 0208",
"XHTML/HTMLファイル修正回数": "0"
} |
[
[
"そうさね、わたしはしっているとおもうよ。それはね、エジプトからとんでくるとちゅう、あたらしい船にたくさん、わたしは出あったのだが、どの船にもみんな、りっぱなほばしらが立っていた。わたしはきっと、このほばしらが、おまえさんのいうもみの木だとおもうのだよ。だって、それにはもみの木のにおいがしていたもの。そこで、なんべんでも、わたしはおことづけをいいます。大きくなるんだ、大きくなるんだってね。",
"まあ、わたしも、遠い海をこえていけるくらいな、大きい木だったら、さぞいいだろうなあ。けれどこうのとりさん、いったい海ってどんなもの。それはどんなふうに見えるでしょう。",
"そうさな、ちょっとひとくちには、とてもいえないよ。"
],
[
"今は、そとは冬なのだ。地めんはかちかちにこおって、雪がかぶさっている。だから、あの人たちは、わたしをうえることができない。それで、わたしは春がくるまで、ここでかこわれているのだ。ほんとに、なんてかんがえぶかい人たちだろう。――ただ、ここがこんなに、うす暗いさびしいところでなければいいとおもうな。――なにしろ、野うさぎ一ぴき、はねてこないのだもの。――雪がつもって、うさぎがそばをはねまわったりするじぶん、あの町そとの森のなかは、ずいぶん、よかったなあ。そうそう、兎がよく、あたまのうえをとびこえたっけ。あのときは、すいぶん、はらがたったがなあ。それも今ではなつかしい。それにくらべては、ここの屋根うらのおそろしいほどな、さびしさといったら。",
"チュウ、チュウ。"
],
[
"まあずいぶんいろいろなものを、たくさん見たんですねえ。ずいぶんしあわせだったんですねえ。",
"わたしがかい。"
]
] | 底本:「新訳アンデルセン童話集第二巻」同和春秋社
1955(昭和30)年7月15日初版発行
※「旧字、旧仮名で書かれた作品を、現代表記にあらためる際の作業指針」に基づいて、底本の表記をあらためました。
※底本中、*で示された語句の訳註は、当該語句のあるページの下部に挿入されていますが、このファイルでは当該語句のある段落のあとに、5字下げで挿入しました。
入力:大久保ゆう
校正:秋鹿
2006年1月18日作成
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。
| {
"作品ID": "044423",
"作品名": "もみの木",
"作品名読み": "もみのき",
"ソート用読み": "もみのき",
"副題": "",
"副題読み": "",
"原題": "GRANTRAEET",
"初出": "",
"分類番号": "NDC K949",
"文字遣い種別": "新字新仮名",
"作品著作権フラグ": "なし",
"公開日": "2006-03-06T00:00:00",
"最終更新日": "2014-09-18T00:00:00",
"図書カードURL": "https://www.aozora.gr.jp/cards/000019/card44423.html",
"人物ID": "000019",
"姓": "アンデルセン",
"名": "ハンス・クリスチャン",
"姓読み": "アンデルセン",
"名読み": "ハンス・クリスチャン",
"姓読みソート用": "あんてるせん",
"名読みソート用": "はんすくりすちやん",
"姓ローマ字": "Andersen",
"名ローマ字": "Hans Christian",
"役割フラグ": "著者",
"生年月日": "1805-04-02",
"没年月日": "1875-08-04",
"人物著作権フラグ": "なし",
"底本名1": "新訳アンデルセン童話集第二巻",
"底本出版社名1": "同和春秋社",
"底本初版発行年1": "1955(昭和30)年7月15日",
"入力に使用した版1": "1955(昭和30)年7月15日初版",
"校正に使用した版1": "1955(昭和30)年7月15日初版",
"底本の親本名1": "",
"底本の親本出版社名1": "",
"底本の親本初版発行年1": "",
"底本名2": "",
"底本出版社名2": "",
"底本初版発行年2": "",
"入力に使用した版2": "",
"校正に使用した版2": "",
"底本の親本名2": "",
"底本の親本出版社名2": "",
"底本の親本初版発行年2": "",
"入力者": "大久保ゆう",
"校正者": "秋鹿",
"テキストファイルURL": "https://www.aozora.gr.jp/cards/000019/files/44423_ruby_20868.zip",
"テキストファイル最終更新日": "2006-01-19T00:00:00",
"テキストファイル符号化方式": "ShiftJIS",
"テキストファイル文字集合": "JIS X 0208",
"テキストファイル修正回数": "0",
"XHTML/HTMLファイルURL": "https://www.aozora.gr.jp/cards/000019/files/44423_21529.html",
"XHTML/HTMLファイル最終更新日": "2006-01-19T00:00:00",
"XHTML/HTMLファイル符号化方式": "ShiftJIS",
"XHTML/HTMLファイル文字集合": "JIS X 0208",
"XHTML/HTMLファイル修正回数": "0"
} |
[
[
"木と木のあいだに、長い板が綱でつるしてあるわ。ブランコなのよ。かわいらしい女の子がふたり、ブランコしているわ。――着物は、雪のようにまっ白で、帽子には、緑色の、長い、絹のリボンがひらひらしていてよ。――ふたりのにいさんがブランコにのって、腕を綱にまきつけて、からだをささえているわ。だって、片方の手には小さなお皿を持ってるし、もう一方の手にはねんどのパイプを持っているんですもの。そうして、シャボン玉を吹いてるのよ。ブランコがゆれて、シャボン玉が、いろんなきれいな色になって、とんでくわ。いちばんおしまいのシャボン玉は、まだパイプのさきにぶらさがって、風にゆられてるわ。ブランコが動いててよ。シャボン玉みたいに軽そうな、黒い小さなイヌが、後足で立ちあがって、いっしょにブランコに乗ろうとしているわ。ブランコがゆれたので、イヌが落っこちたわ。あらあら、キャンキャンほえて、おこってる! からかわれてるのよ。シャボン玉がこわれたわ。――ゆらゆら揺れるブランコと、ふわふわとんでく水の泡、これがあたしの歌なのよ",
"あなたのお話は、おもしろそうだわ。でも、なんとなく悲しそうにお話しするのね。それに、カイちゃんのことは、なんにも言ってくれないわ。じゃ、ヒヤシンスさんのお話は?"
],
[
"そのカイって子は、たしかに雪の女王のところにいるけどね、いまは、なにもかもが自分の思いどおりになっているものだから、世界じゅうに、こんないいところはないと思っているんだよ。だけど、そんなふうに思っているのはね、ガラスのかけらが、カイの心臓の中につきささって、小さいガラスの粉が、目の中へはいっているためなんだよ。まずさいしょに、それを取り出さなければだめだね。さもないと、その子は、二度と、ちゃんとした人間にはなれないし、いつまでも雪の女王の言うなりに、なっていなければならないんだよ!",
"それじゃ、そういうすべてのものに打ち勝つようなものを、ゲルダさんにやってはいただけませんか?"
]
] | 底本:「マッチ売りの少女 (アンデルセン童話集※[#ローマ数字3、1-13-23])」新潮文庫、新潮社
1967(昭和42)年12月10日発行
1981(昭和56)年5月30日21刷
入力:チエコ
校正:木下聡
2020年11月27日作成
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(https://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。
| {
"作品ID": "059261",
"作品名": "雪の女王",
"作品名読み": "ゆきのじょおう",
"ソート用読み": "ゆきのしよおう",
"副題": "――七つのお話からできている物語――",
"副題読み": "――ななつのおはなしからできているものがたり――",
"原題": "",
"初出": "",
"分類番号": "NDC K949",
"文字遣い種別": "新字新仮名",
"作品著作権フラグ": "なし",
"公開日": "2020-12-25T00:00:00",
"最終更新日": "2020-11-27T00:00:00",
"図書カードURL": "https://www.aozora.gr.jp/cards/000019/card59261.html",
"人物ID": "000019",
"姓": "アンデルセン",
"名": "ハンス・クリスチャン",
"姓読み": "アンデルセン",
"名読み": "ハンス・クリスチャン",
"姓読みソート用": "あんてるせん",
"名読みソート用": "はんすくりすちやん",
"姓ローマ字": "Andersen",
"名ローマ字": "Hans Christian",
"役割フラグ": "著者",
"生年月日": "1805-04-02",
"没年月日": "1875-08-04",
"人物著作権フラグ": "なし",
"底本名1": "マッチ売りの少女 (アンデルセン童話集Ⅲ)",
"底本出版社名1": "新潮文庫、新潮社",
"底本初版発行年1": "1967(昭和42)年12月10日",
"入力に使用した版1": "1981(昭和56)年5月30日21刷",
"校正に使用した版1": "1982(昭和57)年3月5日22刷",
"底本の親本名1": "",
"底本の親本出版社名1": "",
"底本の親本初版発行年1": "",
"底本名2": "",
"底本出版社名2": "",
"底本初版発行年2": "",
"入力に使用した版2": "",
"校正に使用した版2": "",
"底本の親本名2": "",
"底本の親本出版社名2": "",
"底本の親本初版発行年2": "",
"入力者": "チエコ",
"校正者": "木下聡",
"テキストファイルURL": "https://www.aozora.gr.jp/cards/000019/files/59261_ruby_72279.zip",
"テキストファイル最終更新日": "2020-11-27T00:00:00",
"テキストファイル符号化方式": "ShiftJIS",
"テキストファイル文字集合": "JIS X 0208",
"テキストファイル修正回数": "0",
"XHTML/HTMLファイルURL": "https://www.aozora.gr.jp/cards/000019/files/59261_72327.html",
"XHTML/HTMLファイル最終更新日": "2020-11-27T00:00:00",
"XHTML/HTMLファイル符号化方式": "ShiftJIS",
"XHTML/HTMLファイル文字集合": "JIS X 0208",
"XHTML/HTMLファイル修正回数": "0"
} |
[
[
"木と木のあいだに、つなでつるした長い板がさがっています。ぶらんこなの。雪のように白い着物を着て、ぼうしには、ながい、緑色の絹のリボンをまいた、ふたりのかわいらしい女の子が、それにのってゆられています。この女の子たちよりも、大きい男きょうだいが、そのぶらんこに立ってのっています。男の子は、かた手にちいさなお皿をもってるし、かた手には土製のパイプをにぎっているので、からだをささえるために、つなにうでをまきつけています。男の子はシャボンだまをふいているのです。ぶらんこがゆれて、シャボンだまは、いろんなうつくしい色にかわりながらとんで行きます。いちばんおしまいのシャボンだまは、風にゆられながら、まだパイプのところについています。ぶらんこはとぶようにゆれています。あら、シャボンだまのように身のかるい黒犬があと足で立って、のせてもらおうとしています。ぶらんこはゆれる、黒犬はひっくりかえって、ほえているわ。からかわれて、おこっているのね。シャボンだまははじけます。――ゆれるぶらんこ。われてこわれるシャボンだま。――これがわたしの歌なんです。",
"あなたのお話は、とてもおもしろそうね。けれどあなたは、かなしそうに話しているのね。それからあなたは、カイちゃんのことは、なんにも話してくれないのね。"
],
[
"あるところに、三人の、すきとおるようにうつくしい、きれいな姉いもうとがおりました。なかでいちばん上のむすめの着物は赤く、二ばん目のは水色で、三ばん目のはまっ白でした。きょうだいたちは、手をとりあって、さえた月の光の中で、静かな湖のふちにでて、おどりをおどります。三人とも妖女ではなくて、にんげんでした。そのあたりには、なんとなくあまい、いいにおいがしていました。むすめたちは森のなかにきえました。あまい、いいにおいが、いっそうつよくなりました。すると、その三人のうつくしいむすめをいれた三つのひつぎが、森のしげみから、すうっとあらわれてきて、湖のむこうへわたっていきました。つちぼたるが、そのぐるりを、空に舞っているちいさなともしびのように、ぴかりぴかりしていました。おどりくるっていた三人のむすめたちは、ねむったのでしょうか。死んだのでしょうか。――花のにおいはいいました。あれはなきがらです。ゆうべの鐘がなくなったひとたちをとむらいます。",
"ずいぶんかなしいお話ね。あなたの、そのつよいにおいをかぐと、あたし死んだそのむすめさんたちのことを、おもいださずにはいられませんわ。ああ、カイちゃんは、ほんとうに死んでしまったのかしら。地のなかにはいっていたばらの花は、カイちゃんは死んではいないといってるけれど。"
],
[
"カイって子は、ほんとうに雪の女王のお城にいるのだよ。そして、そこにあるものはなんでも気にいってしまって、世界にこんないいところはないとおもっているんだよ。けれどそれというのも、あれの目のなかには、鏡のかけらがはいっているし、しんぞうのなかにだって、ちいさなかけらがはいっているからなのだよ。だからそんなものを、カイからとりだしてしまわないうちは、あれはけっしてまにんげんになることはできないし、いつまでも雪の女王のいうなりになっていることだろうよ。",
"では、どんなものにも、うちかつことのできる力になるようなものを、ゲルダちゃんにくださるわけにはいかないでしょうか。",
"このむすめに、うまれついてもっている力よりも、大きな力をさずけることは、わたしにはできないことなのだよ。まあ、それはおまえさんにも、あのむすめがいまもっている力が、どんなに大きな力だかわかるだろう。ごらん、どんなにして、いろいろと人間やどうぶつが、あのむすめひとりのためにしてやっているか、どんなにして、はだしのくせに、あのむすめがよくもこんなとおくまでやってこられたか。それだもの、あのむすめは、わたしたちから、力をえようとしてもだめなのだよ。それはあのむすめの心のなかにあるのだよ。それがかわいいむじゃきなこどもだというところにあるのだよ。もし、あのむすめが、自分で雪の女王のところへ、でかけていって、カイからガラスのかけらをとりだすことができないようなら、まして、わたしたちの力におよばないことさ。もうここから二マイルばかりで、雪の女王のお庭の入口になるから、おまえはそこまで、あの女の子をはこんでいって、雪の中で、赤い実をつけてしげっている、大きな木やぶのところに、おろしてくるがいい。それで、もうよけいな口をきかないで、さっさとかえっておいで。"
]
] | 底本:「新訳アンデルセン童話集 第二巻」同和春秋社
1955(昭和30)年7月15日初版発行
※「旧字、旧仮名で書かれた作品を、現代表記にあらためる際の作業指針」に基づいて、底本の表記をあらためました。
※底本中、*で示された語句の訳註は、当該語句のあるページの下部に挿入されていますが、このファイルでは当該語句のある段落のあとに、5字下げで挿入しました。
※見出しの字下げは底本通りとしました。
入力:大久保ゆう
校正:鈴木厚司
2005年11月22日作成
2014年3月27日修正
青空文庫作成ファイル:
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| {
"作品ID": "042387",
"作品名": "雪の女王",
"作品名読み": "ゆきのじょおう",
"ソート用読み": "ゆきのしよおう",
"副題": "七つのお話でできているおとぎ物語",
"副題読み": "ななつのおはなしでできているおとぎものがたり",
"原題": "SNEDRONNINGEN",
"初出": "",
"分類番号": "NDC K949",
"文字遣い種別": "新字新仮名",
"作品著作権フラグ": "なし",
"公開日": "2005-12-25T00:00:00",
"最終更新日": "2014-09-18T00:00:00",
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"人物ID": "000019",
"姓": "アンデルセン",
"名": "ハンス・クリスチャン",
"姓読み": "アンデルセン",
"名読み": "ハンス・クリスチャン",
"姓読みソート用": "あんてるせん",
"名読みソート用": "はんすくりすちやん",
"姓ローマ字": "Andersen",
"名ローマ字": "Hans Christian",
"役割フラグ": "著者",
"生年月日": "1805-04-02",
"没年月日": "1875-08-04",
"人物著作権フラグ": "なし",
"底本名1": "新訳アンデルセン童話集 第二巻",
"底本出版社名1": "同和春秋社",
"底本初版発行年1": "1955(昭和30)年7月15日",
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} |
[
[
"朝月。いまに貴様とふたりで、笑ったやつを笑いかえしてやる働きをしてやろうな。そのときにはたのむぞ",
"ウマクやりますとも、ひ、ひん!"
],
[
"おや、おや、あのばけもの馬がりっぱな馬になったぞ",
"さすがに清兵衛は馬を見る目がある。あのやせ馬があんなすばらしいものになろうとは、思えなかった",
"いや、あれほど心を入れて飼えば、駄馬でも名馬にならずにはいまい"
],
[
"よくぞ知らせた。たったいま軍奉行より、明軍は、すでに三里さきまでおし寄せてまいった、防戦のしたくせよ、と通知がまいったところであった。それを早くもさとったとは、さすがに三両で買った名馬、あっぱれ物の役に立つぞ。清兵衛、そちは急ぎ陣中に防戦のしたくいたせと、どなって歩け",
"はっ"
],
[
"清兵衛の馬をいかしておくのは、もったいないな",
"朝月もやってしまおう"
],
[
"どうだ、おのおの、生きておればひもじいから、飯がくいたくなる。死にさえしたらなんのことはないから、今晩、殿に願って、きって出ようではないか",
"死にさえすりゃ、ひもじくはない。賛成だ",
"拙者も",
"死ね死ね",
"日本武士が朝鮮まできて、うえ死にしたとあっては恥だ。きって出ろ",
"夜討ちをかけて、敵の食物をうばったら、そいつを食って一日生きのび、明日の夜また討って出よう"
],
[
"ただいまから夜討ちをかけ、敵の飯を食ってまいりとうございます",
"なに敵陣へ飯食いにまいるか",
"は、腹いっぱいになってもどってまいります"
],
[
"倭奴がたおれている",
"首を斬れ"
],
[
"わあッ",
"これは竜馬だ",
"生け捕れ",
"殺せ"
],
[
"おお、あれは朝月ではないか",
"清兵衛はどうした",
"馬でも日本の馬だ。明兵にうたせるな",
"心得た",
"朝月――"
],
[
"朝月だ",
"清兵衛をくわえているぞ",
"おい、しっかりしろ、清兵衛"
],
[
"おのおの、かたじけない――だが、朝……朝月はどうなったろう、朝月は――",
"無事だ、ここにいる"
],
[
"これは五十人力といわれた呂州判官にございます",
"なに呂州判官と申すか"
],
[
"うむ、その方の心のままにいたせ",
"朝月、おゆるしが出たぞ。戦功帳にきさまの名がのるのだ。さあ、いっしょにゆこう――"
],
[
"三両で買った馬も、こうなるとたいしたものだ",
"うらやましいな",
"たとえ千両、万両出した馬でも、主人にやさしい心がなかったら、名馬にならぬ。馬よりも清兵衛のふだんの心がけが、いまさらうらやましくなってきたぞ"
]
] | 底本:「少年倶楽部名作選 3 少年詩・童謡ほか」講談社
1966(昭和41)年12月17日
底本の親本:「少年倶楽部」講談社
1931(昭和6)年6月号
初出:「少年倶楽部」講談社
1931(昭和6)年6月号
※表題は底本では、「[#1段階小さな文字]三|両《りょう》清兵衛《せいべえ》と[#小さな文字終わり](改行)名馬《めいば》朝月《あさづき》」となっています。
入力:sogo
校正:noriko saito
2021年5月27日作成
2021年7月6日修正
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| {
"作品ID": "056574",
"作品名": "三両清兵衛と名馬朝月",
"作品名読み": "さんりょうせいべえとめいばあさづき",
"ソート用読み": "さんりようせいへえとめいはあさつき",
"副題": "",
"副題読み": "",
"原題": "",
"初出": "「少年倶楽部」講談社、1931(昭和6)年6月号",
"分類番号": "NDC K913",
"文字遣い種別": "新字新仮名",
"作品著作権フラグ": "なし",
"公開日": "2021-06-21T00:00:00",
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"人物ID": "001791",
"姓": "安藤",
"名": "盛",
"姓読み": "あんどう",
"名読み": "さかん",
"姓読みソート用": "あんとう",
"名読みソート用": "さかん",
"姓ローマ字": "Ando",
"名ローマ字": "Sakan",
"役割フラグ": "著者",
"生年月日": "1893-08-18",
"没年月日": "1938-06-21",
"人物著作権フラグ": "なし",
"底本名1": "少年倶楽部名作選 3 少年詩・童謡ほか",
"底本出版社名1": "講談社",
"底本初版発行年1": "1966(昭和41)年12月17日",
"入力に使用した版1": "1966(昭和41)年12月17日初版1刷",
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"底本の親本名1": "少年倶楽部",
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[
[
"わたしの家には火もありません。",
"それでは、暗やみのなかで、友達のように語り明かしましょう。酒のひと壜ぐらいはお持ちでしょうから。",
"わたしには酒もありません。"
],
[
"お前はクリスト教徒か。",
"いいえ。"
],
[
"わたしは死んだのです。",
"それはわしも聞き及んでいる。しかし現在のお前は如何なる人物であるのか。"
]
] | 底本:「澁澤龍彦文学館 12 最後の箱」筑摩書房
1991(平成3)年10月25日初版第1刷発行
入力:和井府 清十郎
校正:もりみつじゅんじ、土屋隆
2008年10月26日作成
青空文庫作成ファイル:
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| {
"作品ID": "004407",
"作品名": "世界怪談名作集",
"作品名読み": "せかいかいだんめいさくしゅう",
"ソート用読み": "せかいかいたんめいさくしゆう",
"副題": "14 ラザルス",
"副題読み": "14 ラザルス",
"原題": "",
"初出": "",
"分類番号": "NDC 983 908",
"文字遣い種別": "新字新仮名",
"作品著作権フラグ": "なし",
"公開日": "2008-11-24T00:00:00",
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"人物ID": "000907",
"姓": "アンドレーエフ",
"名": "レオニード・ニコラーエヴィチ",
"姓読み": "アンドレーエフ",
"名読み": "レオニード・ニコラーエヴィチ",
"姓読みソート用": "あんとれええふ",
"名読みソート用": "れおにいとにこらあえういち",
"姓ローマ字": "Andreev",
"名ローマ字": "Leonid Nikolaevich",
"役割フラグ": "著者",
"生年月日": "1871",
"没年月日": "1919",
"人物著作権フラグ": "なし",
"底本名1": "澁澤龍彦文学館 12 最後の箱",
"底本出版社名1": "筑摩書房",
"底本初版発行年1": "1991(平成3)年10月25日",
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[
[
"やあ、猫を捕つて来た。",
"こんな大きな斑猫を!"
]
] | 底本:「日本の名随筆 別巻25 俳句」作品社
1993(平成5)年3月25日第1刷発行
1999(平成11)年11月20日第6刷発行
底本の親本:「土の饗宴」小山書店
1939(昭和14)年7月
入力:門田裕志
校正:仙酔ゑびす
2012年11月26日作成
青空文庫作成ファイル:
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| {
"作品ID": "055133",
"作品名": "薄暮の貌",
"作品名読み": "はくぼのかお",
"ソート用読み": "はくほのかお",
"副題": "",
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"分類番号": "NDC 914",
"文字遣い種別": "新字旧仮名",
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"公開日": "2013-01-04T00:00:00",
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"図書カードURL": "https://www.aozora.gr.jp/cards/001695/card55133.html",
"人物ID": "001695",
"姓": "飯田",
"名": "蛇笏",
"姓読み": "いいだ",
"名読み": "だこつ",
"姓読みソート用": "いいた",
"名読みソート用": "たこつ",
"姓ローマ字": "Iida",
"名ローマ字": "Dakotsu",
"役割フラグ": "著者",
"生年月日": "1885-04-26",
"没年月日": "1962-10-03",
"人物著作権フラグ": "なし",
"底本名1": "日本の名随筆 別巻25 俳句",
"底本出版社名1": "作品社",
"底本初版発行年1": "1993(平成5)年3月25日",
"入力に使用した版1": "1999(平成11)年11月20日第6刷",
"校正に使用した版1": "1999(平成11)年11月20日第6刷",
"底本の親本名1": "土の饗宴",
"底本の親本出版社名1": "小山書店",
"底本の親本初版発行年1": "1939(昭和14)年7月",
"底本名2": "",
"底本出版社名2": "",
"底本初版発行年2": "",
"入力に使用した版2": "",
"校正に使用した版2": "",
"底本の親本名2": "",
"底本の親本出版社名2": "",
"底本の親本初版発行年2": "",
"入力者": "門田裕志",
"校正者": "仙酔ゑびす",
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"テキストファイル文字集合": "JIS X 0208",
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"XHTML/HTMLファイルURL": "https://www.aozora.gr.jp/cards/001695/files/55133_49679.html",
"XHTML/HTMLファイル最終更新日": "2013-01-01T00:00:00",
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"XHTML/HTMLファイル文字集合": "JIS X 0208",
"XHTML/HTMLファイル修正回数": "0"
} |
[
[
"己はお前に、己の休息する事の出来ない訣を話して聞かせよう。何も隠す必要はない。お前は此五年有余の年月を、忠実に、時には愛情を以て己に仕へてくれた。己は其おかげで、何時の世にも賢哲を苦める落莫の情を、僅なりとも慰める事が出来たのだ。其上己の戒行の終と心願の成就とも、今は目の前に迫つてゐる。それ故お前は一層此訣を知る必要があるのだ。",
"御師匠様、私があなたにおたづね申したいやうに思召して下さいますな。火をおこして置きますのも、雨の洩らぬやうに茅葺を緊くして置きますのも、遠い林の中へ風に吹飛されませぬやうに茅葺きを丈夫にして置きますのも、皆私の勤でございます。重い本を棚から下しますのも、精霊の名を連ねた大きな画巻を其隅から擡げますのも、其間は純一な敬虔な心になつて居りますのも、亦皆私の勤でございます。それは神様が其無量の智慧をありとあらゆる生き物にお分ちなさいましたのを、私はよく存じて居るからでございます。そしてそのやうな事を致しますのが、私の智慧なのでございます。"
],
[
"時によりますと夜、あなたが秦皮樹の杖を持つて、本をよんでお出になりますと、私は戸の外に不思議な物を見ることがございます。灰色の巨人が榛の間に豕を駆つて行くかと思ひますと、大ぜいの矮人が紅い帽子をかぶつて、小さな白い牝牛を、其前に逐つて参ります。私は灰色の人ほど、矮人を怖くは思ひませぬ。それは矮人が此家に近づきますと、牛の乳を搾つて其泡立つた乳を飲み、それから踊りをはじめるからでございます。私は踊の好きな者の心には、邪のないのをよく知つて居ります。けれども私は矢張矮人が恐しうございます。それから私は、あの空から現れて、静に其処此処をさまよひ歩く、丈の高い、腕の白い、女子たちも怖うございます。あの女子たちは百合や薔薇をつんで、花冠に致します。そしてあの魂のある髪の毛を左右に振つてゐるのでございます。其女子たちの互に話すのをききますと、その髪は女子たちの心が、動きますままに、或は四方に乱れたり、或は頭の上に集つたりするのだと申します。あの女子たちはやさしい、美しい顔をして居りますが、エンガスよ、フオビスの子よ、私はすべてあのやうな物が怖いのでございます。私は精霊の国の人が怖いのでございます。私はあのやうな物をひきよせる、秘術が怖いのでございます。",
"お前は古の神々を恐れるのか。あの神々が、戦のある毎に、お前の祖先の槍を強うしてくれたのだぞ。お前はあの矮人たちを恐れるのか。あの矮人たちも昔は夜になると、湖の底から出て来て、お前の祖先の炉の上で、蟋蟀と共に唄つたのだぞ。此末世になつても、猶彼等は地上の美しさを守つてゐるのだ。が、己は先づ他人が老年の眠に沈む時に、己一人断食もすれば戒行もつとめて来た。其訳をお前に話して聞かさなければならぬ。それは今一度お前の扶を待たなくては、己の断食も戒行も成就する事が出来ないからだ。お前が己の為に此最後の事を為遂げたなら、お前は此処を去つて、お前の小屋を作り、お前の畑を耕し、誰なりとも妻を迎へて、あの神々を忘れてしまふがよい。己は伯爵や騎士や扈従から贈られた金貨と銀貨とを悉く貯へて置いた。それは己が彼等を蠱眼や恋に誘はうとする魔女共の呪咀から、守つてやつた為に贈られたのだ。己は伯爵や騎士や扈従の妻から贈られた金貨と銀貨とを悉、貯へて置いた。それは己が精霊の国の人たちが彼等の飼つてゐる家畜の乳房を干上らしてしまはぬやうに、彼等の攪乳器の中から牛酪を盗んでしまはぬやうに、守つてゐてやつたら贈られたのだ。己は又之を己の仕事の終る日の為に貯へた。其終も間近くなつたからは、お前の家の棟木を強うする為にも、お前の窖や火食房を充たす為にも、お前は金貨や銀貨に不足する事はない。己は、己の全生涯を通じて、生命の秘密を見出さうとしたのだ。己は己の若い日を幸福に暮さなかつた。それは己が、老年の来ると云ふ事を知つてゐたからであつた。この様にして己は青年と壮年と老年とを通じて、この大いなる秘密を求むる為に一身を捧げたのだ。己は数世紀に亘るべき悠久なる生命にあこがれて、八十春秋に終る人生を侮蔑したのだ。己は此国の古の神々の如くにならうと思つた。――いや己は今もならうと思つてゐる。己は若い時に己が西班牙の修道院で発見した希伯来の文書を読んで、かう云ふ事を知つた。太陽が白羊宮に入つた後、獅子宮を過ぎる前に、不死の霊たちの歌を以て震へ動く一瞬間がある。そして誰でも此瞬間を見出して、其歌に耳を傾けた者は必、不死の霊たちとひとしくなる事が出来る。己は愛蘭土にかへつてから、多くの精霊使ひと牛医とに此瞬刻が何時であるかと云ふことを尋ねた。彼等は皆之を聞いてゐた。けれども砂時計の上に、其瞬刻を見出し得る者は一人もなかつた。其故に己は一身を魔術に捧げて、神々と精霊との扶けを得んが為に生涯を断食と戒行とに費した。そして今の精霊の一人は遂に其瞬刻の来らんとしてゐる事を己に告げてくれた。それは紅帽子を冠つて、新らしい乳の泡で唇を白くしてゐる精霊が、己の耳に囁いてくれたのだ。明日黎明後の第一時間が終る少し前に、己は其瞬間を見出すのだ。それから、己は南の国へ行つて、橙の樹の間に大理石の宮殿を築き、勇士と麗人とに囲まれて、其処にわが永遠なる青春の王国に入らうと思ふ。けれど己が其歌を悉、聞くために、お前は多くの青葉の枝を運んで来て、それを己の室の戸口と窓とにつみ上げなければならぬ。――これは唇に新しい乳の泡をつけてゐる矮人が己に話してくれたのだ。――お前は又新らしい緑の燈心草を床に敷き、更に卓子と燈心草とを、僧人たちの薔薇と百合とで掩はなければならぬ。お前は之を今夜のうちにしなければならぬ。そして夜が明けたら、黎明後の第一時間の終に此処へ来て己に逢はなければならぬ。",
"其時にはすつかり若くなつてお出になりませうか。",
"己は其時になればお前のやうに若くなつてゐるつもりだ。けれども今は、まだ年をとつてもゐれば疲れてもゐる。お前は己を己の椅子と本との所へ、つれて行つてくれなければならぬ。"
]
] | 底本:「芥川龍之介全集 第一巻」岩波書店
1995(平成7)年11月8日発行
底本の親本:「梅・馬・鶯」新潮社
1926(大正15)年12月25日発行
初出:「新思潮」第一巻第五号
1914(大正3)年6月1日発行
※初出時の表題は、「春の心臓――W.B.Yeats――」。署名は、押川隆之介(目次では、柳川隆之介)。
入力:もりみつじゅんじ
校正:j.utiyama
1998年11月30日公開
2004年3月7日修正
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"作品名読み": "はるのしんぞう",
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"初出": "「新思潮 第一巻第五号」1914(大正3)年6月1日",
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[
[
"あの、御用でございますか?",
"あのね、奥の居間の押入にね、ウィスキイとキュラソオの瓶があった筈だから、あれを持っておいで"
]
] | 底本:「日本の名随筆 別巻100 聖書」作品社
1999(平成11)年6月25日第1刷発行
底本の親本:「生田春月全集 第六巻」新潮社
1931(昭和6)年9月
入力:加藤恭子
校正:門田裕志、小林繁雄
2005年5月3日作成
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"姓ローマ字": "Ikuta",
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[
[
"ないよ。",
"上へ行ってる路もあるめえな。",
"ない。",
"向うにゃ路がねえだな。",
"雪崩で崩れちまったんだろう。"
],
[
"駄目じゃないか。",
"ああ。岩魚を釣るなあむつかしい。",
"君は今迄に釣ったことがあるのかい。",
"無いだ。",
"そんなとこへ針を下して釣れるのかい。",
"これでいいずら。石川さん釣って見るかね。",
"かして見な。"
],
[
"考えて見ると話すだけの価値は無さそうだが、要するに、ある時コヴェント・ガーデンで朝飯を食っていたらね、僕の真向いに、まるで無言劇の野蛮人が使用する藁の腰巻みたいな、だらりと下った髭を生やした男がいてね、茶托からコーヒーを飲んでいるんだ。見ると髭が何本か、心配のある触手みたいにコーヒーの表面を漂っている。と突然この男が――おめえの飲んでるなあ、そりゃ茶じゃねえかい? といった。僕はその通りだと白状した。すると――コーヒーの方がどんなにいいか判らねえ。飲んでみな……っていって、茶托を僕の唇にさし出した。かなたの岸には依然髭が漂流している。だが君、僕あそこのコーヒー飲んだよ。飲まないわけに行かないじゃないか。いや、まったく、恐ろしいことだった。",
"で、話というのはそれだけかい?",
"ああ、これだけだよ"
],
[
"何がさ?",
"山へ。"
]
] | 底本:「可愛い山」白水社
1987(昭和62)年6月15日発行
※底本は、物を数える際や地名などに用いる「ヶ」(区点番号5-86)を、大振りにつくっています。
※「雪解」と「雪解け」の混在は、底本通りです。
※誤植を疑った箇所を、「可愛い山」中央公論社、1954(昭和29年)年7月15日発行の表記にそって、あらためました。
入力:富田晶子
校正:雪森
2016年2月19日作成
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"名": "欣一",
"姓読み": "いしかわ",
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"名読みソート用": "きんいち",
"姓ローマ字": "Ishikawa",
"名ローマ字": "Kinichi",
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[
[
"おまえ、またゆうべ忘れたな",
"忘れやしません。ちゃんと入れときました",
"だって、また一つ減ってるぞ",
"でも、ゆうべだってしまいましたよ",
"ほんとうか",
"あなたは酔っぱらって寝てしまうから知らないんです",
"ばかなことをいえ",
"そんなら自分でおしまいなさい",
"やかましい!"
]
] | 底本:「日本山岳名著全集8」あかね書房
1962(昭和37)年11月25日第1刷
底本の親本:「山へ入る日」中央公論社
1929(昭和4)年10月
初出:「家事と衛生」家事衛生研究会
1927(昭和2)年4月
入力:富田晶子
校正:岡村和彦
2016年6月10日作成
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"作品ID": "057357",
"作品名": "雪割草の花",
"作品名読み": "ゆきわりそうのはな",
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"初出": "「家事と衛生」家事衛生研究会、1927(昭和2)年4月",
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"名": "欣一",
"姓読み": "いしかわ",
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"姓読みソート用": "いしかわ",
"名読みソート用": "きんいち",
"姓ローマ字": "Ishikawa",
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"生年月日": "1895-03-17",
"没年月日": "1959-08-04",
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"底本名1": "日本山岳名著全集8",
"底本出版社名1": "あかね書房",
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"底本の親本出版社名1": "中央公論社",
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[
[
"それではペイザン・アリスト(農村の貴族)なのでせう",
"私の生まれた家は石川ではなくて五十嵐といひ、農村の舊い貴族と云へるでせうが、石川の方は貧しい農家です",
"ああさうですか。イシカハよりはイガラシの方が、發音が美しいですね。ところで、イシカハやニシカハのシカハとは何を意味しますか? 二つ姓がただイとニとで區別されるのはどういふ譯ですか?"
],
[
"これは石と西とで區別される川を意味する名稱です",
"はあ、ピエール・ド・リビエール(川の石)と、ウエスト・ド・リビエール(川の西)ですか"
],
[
"さうですか、この國にも、さういふ論者が澤山あります。しかし、それでこの世の生活が淋しくはないですか?",
"しかし、わたしは、戀はしました。そのために些か狂ひもしましたが、遂に結婚生活はできませんでした。そして今では、自分の妻だの夫だのといふ符牒が、何だか馬鹿げて感じられるやうになつたのです",
"そりや、あなたの仰しやる通りよ。けれどもね、わたし達のやうな友愛生活になると、ちつともさういふ不愉快はありませんよ"
],
[
"話して下さい。それは日本の社會、日本の近代史を知る上に、興味ある資料となるでせう。是非話して下さい。私達が結婚する時の第一の條件が、東洋諸國殊に日本に旅行し、日本を研究することであつたのです。いま日本人のあなたから、直接にあなたとあなたの國とについて、お話を伺ふのは、ほんたうに愉快です",
"それは私の全半生の物語になり、マダムはきつと退屈されるでせう",
"ノー、ノー、ノー、私達のあこがれの國の物語よ! 話して! 話して!",
"では話しませう、少しづつお疲れにならない程度に……"
],
[
"わたしの故郷の方面には古來朝鮮人が澤山に移住して來た歴史があり、僕の血統には恐らく朝鮮型が多分に混入してゐる",
"成るほど、さうか、高麗型か。それでは、君の故郷は朝鮮にも滿洲にもあらうし、或は海上遙かに遠いポリネシヤにも、インドネシヤにもある譯だらう"
],
[
"一八九〇年に早くもシカゴ・アナキストの話を聞いたとは驚いたが、當時あの事件がどんな影響を日本に與へたらうか",
"さあ、僕は十五歳の少年であつたから何も分らなかつたが、それから間もなく、國會議事堂に爆彈を持ちこんだものがあつたとか色々物騷な噂が傳へられた",
"議會に爆彈が?"
],
[
"△活版の工場にリュウちやんといふ十ばかりの可愛らしい女の子が居る――石川さんモウ原稿は出ないこと? ――などといつて使に來る、われわれの事業にもコンナ小兒勞働を必要とするかと思へば情なくなる",
"△旭山は控訴なんぞ面倒だから仕方ないといつて居る、檢事の方でも眞逆やりは仕まい、すると判決言渡より五日の後、即ち三十一日に確定となつて『明日檢事局に出頭しろ』といふ樣な通知が一日にくるとすれば、多分二日から入監することになるだらう"
],
[
"何がです?",
"いちがやで!",
"ああ! ほんとですか?"
],
[
"公然屈けいでた出版物です。何の必要があつてかくしませう",
"でもどこにも無いぢやないか?",
"もう出來てから一週間になります、大部分は支那の同志が支那に持つて行きました。今時分は船の中で黄海あたりを渡航中でせう。もう少し早くお知らせを下さればよかつたですが、外國船に積み込まれたのでどうすることも出來ません"
],
[
"大雨にうたれたたかれ重荷ひくうしの轍のあとかたもなし",
"天地大野蠻",
"壯士髮冠をつく日の出酒",
"若いもの見てはうれしき今朝の春",
"餘り醉ふことはなりません屠蘇の春"
]
] | 底本:「日本現代文學全集 32 社會主義文學集」講談社
1963(昭和38)年12月19日発行
初出:「平民新聞 第73号~第102号」
1948(昭和23)年5月24日~12月27日
※底本は、物を数える際や地名などに用いる「ヶ」(区点番号5-86)を、大振りにつくっています。
入力:林 幸雄
校正:仙酔ゑびす
2006年11月17日作成
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。
| {
"作品ID": "046172",
"作品名": "浪",
"作品名読み": "なみ",
"ソート用読み": "なみ",
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"副題読み": "",
"原題": "",
"初出": "「平民新聞 第73号~第102号」1948(昭和23)年5月24日~12月27日",
"分類番号": "NDC 121 289",
"文字遣い種別": "旧字旧仮名",
"作品著作権フラグ": "なし",
"公開日": "2007-01-01T00:00:00",
"最終更新日": "2014-09-18T00:00:00",
"図書カードURL": "https://www.aozora.gr.jp/cards/001170/card46172.html",
"人物ID": "001170",
"姓": "石川",
"名": "三四郎",
"姓読み": "いしかわ",
"名読み": "さんしろう",
"姓読みソート用": "いしかわ",
"名読みソート用": "さんしろう",
"姓ローマ字": "Ishikawa",
"名ローマ字": "Sanshiro",
"役割フラグ": "著者",
"生年月日": "1876-05-23",
"没年月日": "1956-11-28",
"人物著作権フラグ": "なし",
"底本名1": "日本現代文學全集 32 社會主義文學集",
"底本出版社名1": "講談社",
"底本初版発行年1": "1963(昭和38)年12月19日",
"入力に使用した版1": "1963(昭和38)年12月19日",
"校正に使用した版1": "1963(昭和38)年12月19日",
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"底本の親本初版発行年1": "",
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"底本出版社名2": "",
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"底本の親本出版社名2": "",
"底本の親本初版発行年2": "",
"入力者": "林幸雄",
"校正者": "仙酔ゑびす",
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"XHTML/HTMLファイル修正回数": "0"
} |
[
[
"皆無です? 貴方は掘つて見たのですか?",
"ノオヽマダム",
"掘つても見ないでドウして分ります?"
],
[
"何を?",
"其れが地の中に出来ることをです"
]
] | 底本:「石川三四郎著作集第二巻」青土社
1977(昭和52)年11月25日発行
初出:「我等 第5巻第5号」
1923(大正12)年5月号
※底本は、物を数える際や地名などに用いる「ヶ」(区点番号5-86)を、大振りにつくっています。
入力:田中敬三
校正:松永正敏
2006年11月17日作成
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。
| {
"作品ID": "043810",
"作品名": "馬鈴薯からトマト迄",
"作品名読み": "ばれいしょからトマトまで",
"ソート用読み": "はれいしよからとまとまて",
"副題": "",
"副題読み": "",
"原題": "",
"初出": "「我等 第5巻第5号」1923(大正12)年5月号",
"分類番号": "NDC 610",
"文字遣い種別": "新字旧仮名",
"作品著作権フラグ": "なし",
"公開日": "2007-01-05T00:00:00",
"最終更新日": "2014-09-18T00:00:00",
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"姓": "石川",
"名": "三四郎",
"姓読み": "いしかわ",
"名読み": "さんしろう",
"姓読みソート用": "いしかわ",
"名読みソート用": "さんしろう",
"姓ローマ字": "Ishikawa",
"名ローマ字": "Sanshiro",
"役割フラグ": "著者",
"生年月日": "1876-05-23",
"没年月日": "1956-11-28",
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"底本名1": "石川三四郎著作集第二巻",
"底本出版社名1": "青土社",
"底本初版発行年1": "1977(昭和52)年11月25日",
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"校正に使用した版1": "1977(昭和52)年11月25日",
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"入力者": "田中敬三",
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[
[
"氣分は?",
"平生の通りです。"
]
] | 底本:「啄木全集 第十卷」岩波書店
1961(昭和36)年8月10日新装第1刷発行
入力:蒋龍
校正:小林繁雄
2009年9月10日作成
2012年8月5日修正
青空文庫作成ファイル:
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| {
"作品ID": "048154",
"作品名": "郁雨に与ふ",
"作品名読み": "いくうにあたう",
"ソート用読み": "いくうにあたう",
"副題": "",
"副題読み": "",
"原題": "",
"初出": "「函館日日新聞」1911(明治44)年2月20日~22日、24日~27日、3月7日",
"分類番号": "NDC 914",
"文字遣い種別": "旧字旧仮名",
"作品著作権フラグ": "なし",
"公開日": "2009-10-30T00:00:00",
"最終更新日": "2016-04-26T00:00:00",
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"姓": "石川",
"名": "啄木",
"姓読み": "いしかわ",
"名読み": "たくぼく",
"姓読みソート用": "いしかわ",
"名読みソート用": "たくほく",
"姓ローマ字": "Ishikawa",
"名ローマ字": "Takuboku",
"役割フラグ": "著者",
"生年月日": "1886-02-20",
"没年月日": "1912-04-13",
"人物著作権フラグ": "なし",
"底本名1": "啄木全集 第十卷",
"底本出版社名1": "岩波書店",
"底本初版発行年1": "1961(昭和36)年8月10日",
"入力に使用した版1": "1961(昭和36)年8月10日新装第1刷 ",
"校正に使用した版1": "1961(昭和36)年8月10日新装第1刷",
"底本の親本名1": "",
"底本の親本出版社名1": "",
"底本の親本初版発行年1": "",
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"底本出版社名2": "",
"底本初版発行年2": "",
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"底本の親本名2": "",
"底本の親本出版社名2": "",
"底本の親本初版発行年2": "",
"入力者": "蒋龍",
"校正者": "小林繁雄",
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"テキストファイル最終更新日": "2012-08-05T00:00:00",
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"テキストファイル修正回数": "1",
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"XHTML/HTMLファイル修正回数": "1"
} |
[
[
"さばかりの事に死ぬるや",
"さばかりの事に生くるや"
]
] | 底本:「日本文学全集12 国木田独歩 石川啄木集」集英社
1967(昭和42)年9月12日初版発行
1972(昭和47)年9月10日9版発行
底本の親本:「一握の砂」東雲堂書店
1910(明治43)年12月1日刊行
※冒頭の献辞と自序は、「啄木全集 第一巻」筑摩書房、1970(昭和45)年5月20日初版第4刷発行から、補いました。
※底本巻末の小田切進による注解は省略しました。
入力:j.utiyama
校正:浜野智
1998年8月11日公開
2017年10月30日修正
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| {
"作品ID": "000816",
"作品名": "一握の砂",
"作品名読み": "いちあくのすな",
"ソート用読み": "いちあくのすな",
"副題": "",
"副題読み": "",
"原題": "",
"初出": "「一握の砂」東雲堂書店、1910(明治43)年12月1日",
"分類番号": "NDC 911",
"文字遣い種別": "新字旧仮名",
"作品著作権フラグ": "なし",
"公開日": "1998-08-11T00:00:00",
"最終更新日": "2017-10-30T00:00:00",
"図書カードURL": "https://www.aozora.gr.jp/cards/000153/card816.html",
"人物ID": "000153",
"姓": "石川",
"名": "啄木",
"姓読み": "いしかわ",
"名読み": "たくぼく",
"姓読みソート用": "いしかわ",
"名読みソート用": "たくほく",
"姓ローマ字": "Ishikawa",
"名ローマ字": "Takuboku",
"役割フラグ": "著者",
"生年月日": "1886-02-20",
"没年月日": "1912-04-13",
"人物著作権フラグ": "なし",
"底本名1": "日本文学全集12 国木田独歩・石川啄木集",
"底本出版社名1": "集英社",
"底本初版発行年1": "1967(昭和42)年9月7日",
"入力に使用した版1": "1972(昭和47)年9月10日第9版",
"校正に使用した版1": "",
"底本の親本名1": "一握の砂",
"底本の親本出版社名1": "東雲堂書店",
"底本の親本初版発行年1": "1910(明治43)年12月1日",
"底本名2": "",
"底本出版社名2": "",
"底本初版発行年2": "",
"入力に使用した版2": "",
"校正に使用した版2": "",
"底本の親本名2": "",
"底本の親本出版社名2": "",
"底本の親本初版発行年2": "",
"入力者": "j.utiyama",
"校正者": "浜野智",
"テキストファイルURL": "https://www.aozora.gr.jp/cards/000153/files/816_ruby_5621.zip",
"テキストファイル最終更新日": "2017-10-30T00:00:00",
"テキストファイル符号化方式": "ShiftJIS",
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"テキストファイル修正回数": "7",
"XHTML/HTMLファイルURL": "https://www.aozora.gr.jp/cards/000153/files/816_15786.html",
"XHTML/HTMLファイル最終更新日": "2017-10-30T00:00:00",
"XHTML/HTMLファイル符号化方式": "ShiftJIS",
"XHTML/HTMLファイル文字集合": "JIS X 0208",
"XHTML/HTMLファイル修正回数": "4"
} |
[
[
"‥‥弟子たちを一組にして放射能の研究をやらせ、めいめいの能力に応じて仕事を割り当て、激励が必要だと見ると非常な熱意でこれを励ました。",
"ラザフォードは気の若い人で、我々と一緒に冗談を言ったりして、どうして困難に打ち勝てばよいかを教え示してくれた。みんなで『パパ』という綽名をつけたが、それは放射能に関することなら何事でも親のように指図してくれたからである。でも恐らく若い父親で、しかもまるで月並型ではなかった。",
"この時代に彼と共に仕事していたものは誰でも‥‥彼の権威と指導とのもとにこんな懐かしい学友として居られたことを、もう余処では見ることができないに違いない。"
]
] | 底本:「偉い科學者」實業之日本社
1942(昭和17)年10月10日発行
※「旧字、旧仮名で書かれた作品を、現代表記にあらためる際の作業指針」に基づいて、底本の表記をあらためました。
「之」は「これ」に、「之等」は「これら」に、「併し」は「しかし」に、「於て」は「おいて」に、「既に」は「すでに」に、「及び」は「および」に、「遂に」は「ついに」に、「ラヂウム」は「ラジウム」に、「ケンブリッヂ」は「ケンブリッジ」に、「益※[#二の字点、1-2-22]」は「ますます」に、置き換えました。
※読みにくい言葉、読み誤りやすい言葉に振り仮名を付しました。底本には振り仮名が付されていません。
※国立国会図書館デジタルコレクション(http://dl.ndl.go.jp/)で公開されている当該書籍画像に基づいて、作業しました。
入力:高瀬竜一
校正:sogo
2018年7月27日作成
青空文庫作成ファイル:
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| {
"作品ID": "058163",
"作品名": "ロード・ラザフォード",
"作品名読み": "ロード・ラザフォード",
"ソート用読み": "ろおとらさふおおと",
"副題": "",
"副題読み": "",
"原題": "",
"初出": "",
"分類番号": "NDC K289",
"文字遣い種別": "新字新仮名",
"作品著作権フラグ": "なし",
"公開日": "2018-08-30T00:00:00",
"最終更新日": "2018-07-27T00:00:00",
"図書カードURL": "https://www.aozora.gr.jp/cards/001429/card58163.html",
"人物ID": "001429",
"姓": "石原",
"名": "純",
"姓読み": "いしわら",
"名読み": "あつし",
"姓読みソート用": "いしわら",
"名読みソート用": "あつし",
"姓ローマ字": "Ishiwara",
"名ローマ字": "Atsushi",
"役割フラグ": "著者",
"生年月日": "1881-1-15",
"没年月日": "1947-1-19",
"人物著作権フラグ": "なし",
"底本名1": "偉い科學者",
"底本出版社名1": "實業之日本社",
"底本初版発行年1": "1942(昭和17)年10月10日",
"入力に使用した版1": "1942(昭和17)年10月10日",
"校正に使用した版1": "1942(昭和17)年10月10日",
"底本の親本名1": "",
"底本の親本出版社名1": "",
"底本の親本初版発行年1": "",
"底本名2": "",
"底本出版社名2": "",
"底本初版発行年2": "",
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"底本の親本名2": "",
"底本の親本出版社名2": "",
"底本の親本初版発行年2": "",
"入力者": "高瀬竜一",
"校正者": "sogo",
"テキストファイルURL": "https://www.aozora.gr.jp/cards/001429/files/58163_ruby_65457.zip",
"テキストファイル最終更新日": "2018-07-27T00:00:00",
"テキストファイル符号化方式": "ShiftJIS",
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"XHTML/HTMLファイル修正回数": "0"
} |
[
[
"完全なる殲滅戦争が行なわれた。特に驚嘆に値するは本会戦が総ての理論に反し劣勢をもって勝利を得たる点にある。クラウゼウィッツは『敵に対し集中的効果は劣勢者の望み難きところである』と云っており、ナポレオンは『兵力劣勢なるものは、同時に敵の両翼を包囲すべからず』と云っている。然るにハンニバルは劣勢をもって集中的効果を挙げ、かつ単に敵の両翼のみならず更にその背後に向い迂回した",
"カンネの根本形式に依れは横広なる戦線が正面狭小で通常縦深に配備せられた敵に向い前進するのである。張出せる両翼は敵の両側に向い旋回し、先遣せる騎兵は敵の背後に迫る。若し何らかの事情に依り翼が中央から分離する事があってもこれを中央に近接せしめた後、同時に包囲攻撃のため前進せしむる如き事なく、翼に近接最捷路を経て敵の側背に迫らねばならぬ"
]
] | 底本:「最終戦争論・戦争史大観」中公文庫、中央公論社
1993(平成5)年7月10日初版
1995(平成7)年6月10日5版
底本の親本:「石原莞爾選集3 最終戦争論」たまいらぼ
1986(昭和61)年3月
※丸括弧中に示したページ数は、底本のそれである。
入力:林孝司@石原莞爾デジタル化同志会
校正:KOKODA@石原莞爾デジタル化同志会
2001年8月29日公開
2012年10月1日修正
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| {
"作品ID": "055635",
"作品名": "戦争史大観",
"作品名読み": "せんそうしたいかん",
"ソート用読み": "せんそうしたいかん",
"副題": "",
"副題読み": "",
"原題": "",
"初出": "",
"分類番号": "NDC 391",
"文字遣い種別": "新字新仮名",
"作品著作権フラグ": "なし",
"公開日": "2001-08-29T00:00:00",
"最終更新日": "2014-09-17T00:00:00",
"図書カードURL": "https://www.aozora.gr.jp/cards/000230/card55635.html",
"人物ID": "000230",
"姓": "石原",
"名": "莞爾",
"姓読み": "いしわら",
"名読み": "かんじ",
"姓読みソート用": "いしわら",
"名読みソート用": "かんし",
"姓ローマ字": "Ishiwara",
"名ローマ字": "Kanji",
"役割フラグ": "著者",
"生年月日": "1889-01-18",
"没年月日": "1949-08-15",
"人物著作権フラグ": "なし",
"底本名1": "最終戦争論・戦争史大観",
"底本出版社名1": "中公文庫、中央公論社",
"底本初版発行年1": "1993(平成5)年7月10日",
"入力に使用した版1": "1995(平成7)年6月10日5版",
"校正に使用した版1": "",
"底本の親本名1": "石原莞爾選集3 最終戦争論",
"底本の親本出版社名1": "たまいらぼ",
"底本の親本初版発行年1": "1986(昭和61)年3月",
"底本名2": "",
"底本出版社名2": "",
"底本初版発行年2": "",
"入力に使用した版2": "",
"校正に使用した版2": "",
"底本の親本名2": "",
"底本の親本出版社名2": "",
"底本の親本初版発行年2": "",
"入力者": "林孝司",
"校正者": "KOKODA",
"テキストファイルURL": "https://www.aozora.gr.jp/cards/000230/files/55635_ruby_49036.zip",
"テキストファイル最終更新日": "2012-10-01T00:00:00",
"テキストファイル符号化方式": "ShiftJIS",
"テキストファイル文字集合": "JIS X 0208",
"テキストファイル修正回数": "0",
"XHTML/HTMLファイルURL": "https://www.aozora.gr.jp/cards/000230/files/55635_49037.html",
"XHTML/HTMLファイル最終更新日": "2012-10-01T00:00:00",
"XHTML/HTMLファイル符号化方式": "ShiftJIS",
"XHTML/HTMLファイル文字集合": "JIS X 0208",
"XHTML/HTMLファイル修正回数": "0"
} |
[
[
"頂戴! いつかの靴以来です。こうは叔母さんでなくッちゃ出来ない事です。僕もそうだろうと思ったんです。",
"そうだろうじゃありませんわ。",
"じゃ、早附木ではないんですか。"
],
[
"何が、叔母さん。この日中に何が恐いんです。大方また毛虫でしょう、大丈夫、毛虫は追駈けては来ませんから。",
"毛虫どころじゃアありません。"
],
[
"銑さん、よっぽどの間だったでしょう。",
"ざッと一時間……"
],
[
"そうでしたかねえ、私はもっとかと思ったくらい。いつ、店を出られるだろう、と心細いッたらなかったよ。",
"なぜ、どうしたんですね、一体。",
"まあ、そろそろ歩行きましょう。何だか気草臥れでもしたようで、頭も脚もふらふらします。"
],
[
"ほんとに驚いたんですか。そういえば、顔の色もよくないようですよ。",
"そうでしょう、悚然として、未だに寒気がしますもの。"
],
[
"銑さん、",
"ええ、",
"帰途に、またここを通るんですか。",
"通りますよ。",
"どうしても通らねば不可ませんかねえ、どこぞ他に路がないんでしょうか。",
"海ならあります。ここいらは叔母さん、海岸の一筋路ですから、岐路といっては背後の山へ行くより他にはないんですが、",
"困りましたねえ。"
],
[
"何ね、時刻に因って、汐の干ている時は、この別荘の前なんか、岩を飛んで渡られますがね、この節の月じゃどうですか、晩方干ないかも知れません。",
"船はありますか。",
"そうですね、渡船ッて別にありはしますまいけれど、頼んだら出してくれないこともないでしょう、さきへ行って聞いて見ましょう。",
"そうね。",
"何、叔母さんさえ信用するんなら、船だけ借りて、漕ぐことは僕にも漕げます。僕じゃ危険だというでしょう。",
"何でも可うござんすから、銑さん、貴郎、どうにかして下さい。私はもう帰途にあの店の前を通りたくないんです。"
],
[
"何が、どこで、叔母さん。",
"あすこまで、",
"ああ! 汚店へ、"
],
[
"何が聞えるもんですか。",
"じゃあね、言いますけれど、銑さん、私がね、今、早附木を買いに入ると、誰も居ないのよ。",
"へい?"
],
[
"袂をつかまえたのに、引張られて動けないじゃありませんか。",
"かさねがさね、成程、はあ、それから、"
],
[
"おや!",
"…………"
],
[
"あんなものは、今頃何に化っているか分りませんよ、よう、ですから、銑さん。",
"じゃ止します、止しますがね。"
],
[
"私は妖物としか考えないの、まさか居ようとは思われないけれど。",
"妖物ですとも、妖物ですがね、そのくなくなした処や、天窓で歩行きそうにする処から、黄色く※(亠/(田+久))った処なんぞ、何の事はない婆の毛虫だ。毛虫の婆さんです。"
],
[
"ぽたりと落ちて、毛虫が頸筋へ入ったとすると、叔母さん、どっちが厭な心持だと思います。",
"沢山よ、銑さん、私はもう、",
"いえ、まあ、どっちが気味が悪いんですね。",
"そりゃ、だって、そうねえ、どっちがどっちとも言えませんね。",
"そら御覧なさい。"
],
[
"感じというと、何だか先生の仮声のようですね。",
"気楽なことをおっしゃいよ!",
"だって、そうじゃありませんか、その気味の悪い、厭な感じ、",
"でも先生は、工合の可いとか、妙なとか、おもしろい感じッて事は、お言いなさるけれど、気味の悪いだの、厭な感じだのッて、そんな事は、めったにお言いなさることはありません。",
"しかしですね、詰らない婆を見て、震えるほど恐がった、叔母さんの風ッたら……工合の可い、妙な、おもしろい感じがする、と言ったら、叔母さんは怒るでしょう。",
"当然ですわ、貴郎。",
"だからこの場合ですもの。やっぱり厭な感じだ。その気味の悪い感じというのが、毛虫とおなじぐらいだと思ったらどうです。別に不思議なことは無いじゃありませんか。毛虫は気味が悪い、けれども怪いものでも何でもない。",
"そう言えばそうですけれど、だって婆さんの、その目が、ねえ。",
"毛虫にだって、睨まれて御覧なさい。",
"もじゃもじゃと白髪が、貴郎。",
"毛虫というくらいです、もじゃもじゃどころなもんですか、沢山毛がある。"
],
[
"それに、母も、先生。お土産を楽しみにして、お腹をすかして帰るからって、言づけをしたそうです。",
"益々恐縮。はあ、で、奥さんはどこかへお出かけで。",
"銑さんが一所だそうです。",
"そうすると、その連の人も、同じく土産を待つ方なんだ。",
"勿論です。今日ばかりは途中で叔母さんに何にも強請らない。犬川で帰って来て、先生の御馳走になるんですって。"
],
[
"先生、買っていらっしゃい。",
"買う?",
"だって一尾も居ないんですもの。"
],
[
"主もそくさいでめでたいぞいの。",
"お天気模様でござるわや。暑さには喘ぎ、寒さには悩み、のう、時候よければ蛙のように、くらしの蛇に追われるに、この年になるまでも、甘露の日和と聞くけれども、甘い露は飲まぬわよ、ほほほ、"
],
[
"若い衆の愚痴より年よりの愚痴じゃ、聞く人も煩さかろ、措かっしゃれ、ほほほ。のう、お婆さん。主はさてどこへ何を志して出てござった、山かいの、川かいの。",
"いんにゃの、恐しゅう歯がうずいて、きりきり鑿で抉るようじゃ、と苦しむ者があるによって、私がまじのうて進じょうと、浜へ鱏の針掘りに出たらばよ、猟師どもの風説を聞かっしゃれ。志す人があって、この川ぞいの三股へ、石地蔵が建つというわいの。"
],
[
"おう、されば、これから二つ目へおざるかや。",
"さればいの、行くわいの。",
"ござれござれ。私も店をかたづけたら、路ばたへ出て、その奥様の、帰らしゃますお顔を拝もうぞいの。"
],
[
"帰途のほどは宵月じゃ、ちらりとしたらお姿を見はずすまいぞや。かぶりものの中、気をつけさっしゃれ。お方くらい、美しい、紅のついた唇は少ないとの。薄化粧に変りはのうても、膚の白いがその人じゃ、浜方じゃで紛れはないぞの、可いか、お婆さん、そんなら私は行くわいの。",
"茶一つ参らぬか、まあ可いで。",
"預けましょ。",
"これは麁末なや。",
"お雑作でござりました。"
],
[
"主、数珠を忘れまいぞ。",
"おう、可いともの、お婆さん、主、その鱏の針を落さっしゃるな。",
"御念には及ばぬわいの。はい、"
],
[
"賢君、",
"は、"
],
[
"今の婆さんは幾歳ぐらいに見えました。",
"この茶店のですか。",
"いや、もう一人、……ここへ来た年寄が居たでしょう。",
"いいえ。"
],
[
"まだじゃ、ぬくぬくと暖い。",
"手を掛けて肩を上げされ、私が腰を抱こうわいの。"
],
[
"来たぞや、来たぞや、",
"今は早や、気随、気ままになるのじゃに。"
],
[
"ふァふァふァ、",
"うふふ、",
"あはははは。",
"坂の下祝いましょ。"
],
[
"地蔵菩薩祭れ。",
"山の峡は繁昌じゃ、",
"洲の股もめでたいな、",
"坂の下祝いましょ、",
"地蔵菩薩祭れ。"
],
[
"なぜですか、夫人、まだ、どうかしておいでなさる、ちゃんとなさらなくッては不可んですよ。",
"でも、貴下、私は、もう……",
"はあ、どうなすった、どんなお心持なんですか。",
"先生、",
"はあ、どうですな。",
"私が、あの、海へ入って死のうといたしましたのより、貴下は、もっとお驚きなさいました事がございましょう。",
"……………………"
],
[
"は、",
"ここは、どこでございます。",
"ここですか、ここは、一つ目の浜を出端れた、崖下の突端の処ですが、",
"もう、夜があけましたのでございますか。",
"明けたですよ。明方です、もう日が当るばかりです。"
],
[
"恥かしい、私、恥かしいんですよ。先生、どうしましょう、人が見ます。人が来ると不可ません、人に見られるのは厭ですから、どうぞ死なして下さいまし、死なして下さいましよ。",
"と、ともかく。ですからな、夫人、人が来ない内に、帰りましょう。まだ大して人通もないですから。疾く、さあ、疾く帰ろうではありませんか。お内へ行って、まず、お心をお鎮めなさい、そうなさい。"
],
[
"飛んだ事を! 夫人、廉平がここに居るです。決して、決して、そんな間違はさせんですよ。",
"どうしましょうねえ、"
],
[
"まあ、貴女、夫人、一体どうなさった。",
"訳を、訳をいえば貴下、黙って死なして下さいますよ。もう、もう、もう、こんな汚わしいものは、見るのも厭におなりなさいますよ。",
"いや、厭になるか、なりませんか、黙って見殺しにしましょうか。何しろ、訳をおっしゃって下さい。夫人、廉平です。人にいって悪い事なら、私は盟って申しませんです。"
],
[
"は、申します、先生、貴下だけなら申します。",
"言うて下さるか、それは難有い、むむ、さあ、承りましょう。",
"どうぞ、その、その前に先生、どこへか、人の居ない、谷底か、山の中か、島へでも、巌穴へでも、お連れなすって下さいまし。もう、貴下にばかりも精一杯、誰にも見せられます身体ではないんです。"
],
[
"もし、",
"は、",
"参られますなら、あすこへでも。"
],
[
"夫人、それでは。",
"はい、"
],
[
"夢の中を怪しいものに誘い出されて、苫船の中で、お身体を……なんという、そんな、そんな事がありますものかな。",
"それでも私、"
],
[
"ですけれども、何ですな。",
"いいえ"
],
[
"貴下、",
"…………",
"貴下、",
"…………",
"貴下、ほんとうでございますか。",
"勿論、懺悔したのじゃで。"
],
[
"私と言われて、お喜びになりますほど、それほどの思をなさったですか。",
"いいえ、もう、何ともたとえようはござんせん。死んでも死骸が残ります、その獣の爪のあと舌のあとのあります、毛だらけな膚が残るのですもの。焼きましても狐狸の悪い臭がしましょうかと、心残りがしましたのに、貴下、よく、思い切ってそうおっしゃって下さいました。快よく死なれます、死なれるんでございますよ。",
"はてさて、",
"………………",
"じゃ、やっぱり、死ぬのを思い止まっちゃ下さらん。"
],
[
"いいえ、飛んだことをおっしゃいます。殿方には何でもないのでございますもの、そして懺悔には罪が消えますと申します、お怨みには思いません。",
"許して下さるか。",
"女の口から行き過ぎではございますが、",
"許して下さる。",
"はい、",
"それではどうぞ、思い直して、",
"私はもう、"
],
[
"石鑿を研ぐよ。二つ目の浜の石屋に頼まれての、今度建立さっしゃるという、地蔵様の石を削るわ。",
"や、親仁御がな。",
"おお、此方衆はその註文のぬしじゃろ。そうかの。はて、道理こそ、婆々どもが附き纏うぞ。"
],
[
"婆とお云いなさいますのは。",
"それ、銀目と、金目と、赤い目の奴等よ。主達が功徳での、地蔵様が建ったが最後じゃ。魔物め、居処がなくなるじゃで、さまざまに祟りおって、命まで取ろうとするわ。女子衆、心配さっしゃんな、身体は清いぞ。"
],
[
"三千世界じゃ、何でも居ようさ。",
"どこに、あの、どこに居ますのでございますえ。",
"それそれそこに、それ、主たちの廻りによ。",
"あれえ、",
"およそ其奴等がなす業じゃ。夜一夜踊りおって騒々しいわ、畜生ども、"
]
] | 底本:「泉鏡花集成4」ちくま文庫、筑摩書房
1995(平成7)年10月24日第1刷発行
底本の親本:「鏡花全集 第九卷」岩波書店
1942(昭和17)年3月30日発行
※誤植の確認には底本の親本を参照しました。
入力:門田裕志
校正:土屋隆
2006年11月15日作成
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。
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[
[
"御挨拶もしませんで……何うしたら可いでせう……何て失禮なんでせうね、貴方、御免なさいまし。",
"いゝや、手前こそ。"
],
[
"お宅では、皆さんおやすみでございますか。",
"如何ですか、寢られはしますまい。が、蚊帳へは疾くに引込みました。……お宅は?"
],
[
"あの……實は、貴方をお見掛け申しましたから、其の事をお願ひ申したいと存じまして、それだもんですから、つい、まだお知己でもございませんのに、二階の窓から濟みませんねえ。",
"何、貴女、男同士だ、と何うかすると、御近所づから、町内では錢湯の中で、素裸で初對面の挨拶をする事がありますよ……",
"ほゝ。"
],
[
"串戲ぢやありません、眞個です。……ですから二階同士結構ですとも。……そして、私に……とおつしやつて、貴女、何でございます……御遠慮は要りません。",
"はあ……",
"何でございます。",
"では、お頼まれなすつて下さいますの。",
"承りませう。"
],
[
"貴方、可厭だとおつしやると、私、怨むんですよ。",
"えゝ。"
],
[
"否、つゞれさせぢやありません。蟋蟀は、私は大すきなんです。まあ、鳴きますわね……可愛い、優しい、あはれな聲を、誰が、貴方、殿方だつて……お可厭ではないでせう。私のやうなものでも、義理にも、嫌ひだなんて言はれませんもの。",
"ですが、可厭な蟲が鳴いてる、と唯今伺ひましたから。",
"あの、お聞きなさいまし……一寸……まだ外に鳴いて居る蟲がござんせう。",
"はあ、"
],
[
"遠くに梟でも啼いて居ますか。",
"貴方、蟲ですよ。",
"成程、蟲と梟では大分見當が違ひました。……續いて餘り暑いので、餘程茫として居るやうです。失禮、可厭なものツて、何が鳴きます。",
"あの、きり〳〵きり〳〵、褄させ、てふ、肩させ、と鳴きます中に、草ですと、其の底のやうな處に、露が白玉を刻んで拵へました、寮の枝折戸の銀の鈴に、芥子ほどな水鷄が音づれますやうに、ちん、ちん……と幽に、そして冴えて鳴くのがありませう。",
"あゝ……近頃聞いて覺えました……鉦たゝきだ、鉦たゝきですね。や、あの聲がお嫌ひですかい。",
"否、"
],
[
"おや、御存じの方で在らつしやいますか。",
"知るものかね、けれども然うだらうと思ふのさ。當推量だがね。",
"今度、お門札を覗いて見ませうでございます。",
"いや……見ない方が可い、違ふと不可いから、そして、名はお京さんと云ふんだ……",
"お京さま……",
"何うだい、然う極めておかうぢやないか。",
"面白い事をおつしやいます……ひよつとかして當りますかも知れません。貴方、然ういたしますと、何う云ふか御縁がおあんなさいますかも知れませんよ。",
"先づ、大丈夫、女難はないとさ。"
],
[
"其が何うして、坊主の持ものだと知れたんだらう。",
"處が旦那樣、別嬪さんが、然うやつて、手足も白々と座敷の中に涼んで居なさいます、其の周圍を、ぐる〳〵と……床の間から次の室の簀戸の方、裏から表二階の方と、横肥りにふとつた、帷子か何でござりますか、ぶわ〳〵した衣ものを着ました坊さんが、輪をかいて𢌞つて居ります。其の影法師が、鐵燈籠の幽な明りで、別嬪さんの、しどけない姿の上へ、眞黒に成つて、押かぶさつて見えました。そんな處へ誰が他人を寄せるものでございます。……まはりを𢌞つて居た肥つた坊さんは、確に、御亭主か、旦那に違ひないのでございますよ。",
"はてな……其が又、何だつて、蜘蛛の巣でも掛けるやうに、變に周圍を𢌞るんだ。",
"其は貴方、横から見たり、縱から見たり、種々にして樂みますのでございます。妾などと申しますものは、然うしたものでございますとさ。",
"いや、恐れるぜ。"
],
[
"お可哀相に……あの方は、昨晩、釣臺で、病院へお入りなすつたさうでございます。",
"やあ。産が重かつたか。",
"嬰兒は死んで出ましたとも申しますが、如何でございますか、何にしろお氣の毒でございますねえ。"
],
[
"否、それまででもないんです……誰にもと言ひますうちにも、差配さんへは、分けて内證になすつて下さいまし。",
"可うござんすとも……が、何うしてです。"
],
[
"まあ、よくお覺えなすつて在らつしやるわね。",
"忘れませんもの。",
"後生ですから、"
],
[
"あの時の事はお忘れなすつて下さいまし……思出しても慄然とするんでございますから……",
"うつかりして、此方から透見をされた、とお思ひですか。",
"否、可厭な風が吹いたんです……そして、其の晩、可恐い、氣味の惡い坊さんに、忌々しい鉦を叩かれましたから……"
],
[
"其の横町の……",
"はあ、",
"何です……鉦を叩くものは?",
"肥つた坊主でござんしたつて、",
"えゝ?"
],
[
"不埒な奴です……何ものです。",
"まあ、お聞きなさいまし……"
],
[
"坊主は何うしました。",
"心得たもの、貴方……"
]
] | 底本:「鏡花全集 巻十四」岩波書店
1942(昭和17)年3月10日第1刷発行
1987(昭和62)年10月2日第3刷発行
初出:「地球 第1巻第7号」
1912(大正元)年10月
※「明《あかり》」と「燈《あかり》」、「燈《ひ》」と「灯《ひ》」、「覗《のぞ》く」と「覘《のぞ》いて」、「暗《くら》い」と「闇《くら》く」、「所《ところ》」と「處《ところ》」、「樣子《やうす》」と「容子《ようす》」、「云《い》ふ」と「言《い》ふ」、「歩行《ある》く」と「歩行《あるき》」と「歩行《ひろ》ふ」、「獨《ひと》り」と「一人《ひとり》」、「一《ひと》ツ」と「一《ひと》つ」、「背後《うしろ》」と「後《うしろ》」、「見《み》る」と「視《み》る」、「面影《おもかげ》」と「俤《おもかげ》」、「青《あを》い」と「蒼《あを》い」、「婦人《をんな》」と「女《をんな》」と「婦《をんな》」と「女性《をんな》」、「夜更《よふ》け」と「夜更《よふけ》」、「俯向《うつむ》いて」と「俛向《うつむ》いて」、「大《おほ》き」と「大《おほき》」、「梢《うら》」と「裏《うら》」、「冷《つめた》い」と「冷《つめ》たさ」、「爾時《そのとき》」と「其時《そのとき》」と「其《そ》の時《とき》」、「同《おな》じ」と「同一《おなじ》」、「向《む》き」と「向《むき》」、「涼《すゞ》しく」と「涼《すゞし》く」、「小《ちひ》さ」と「小《ちひさ》」、「確《たし》か」と「確《たしか》」、「温《つゝ》まし」と「愼《つゝ》まし」、「凝視《みつ》め」と「凝視《みつめ》」と「見詰《みつ》め」と「瞻《みつ》め」、「靜《しづか》」と「靜《しづ》か」、「退《ど》」と「退《どく》」、「明方《あけがた》」と「曉方《あけがた》」、「切《きり》」と「切《き》り」、「御尤《ごもつとも》」と「尤《もつと》も」、「藥賣《くすりうり》」と「藥賣《くすりう》り」、「症《やまひ》」と「病疾《やまひ》」、「矢張《やつぱ》り」と「矢張《やはり》」、「鳴《な》ら」と「鳴《なら》」、「傍《そば》」と「側《そば》」、「餘《あま》り」と「餘《あんま》り」、「一齊《いちどき》」と「一時《いちどき》」、「可懷《なつかし》」と「懷《なつ》かし」、「熟《じつ》と」と「凝《じつ》と」、「撫《な》で」と「撫《なで》」、「可《い》い」と「可《よ》い」の混在は、底本通りです。
※「誰」に対するルビの「だれ」と「たれ」、「鬢」に対するルビの「びん」と「びんづら」、「越《ごし》」と「越《ご》し」、「梢」に対するルビの「うら」と「こずゑ」、「些」に対するルビの「そよ」と「ちつ」と「ち」、「裏家」に対するルビの「うらや」と「あちら」、「眞個」に対するルビの「ほんとう」と「ほんと」、「悚然」に対するルビの「ぞつ」と「ぞつと」、「室」に対するルビの「へや」と「ま」、「妾」に対するルビの「めかけ」と「てかけ」、「眞白」に対するルビの「まつしろ」と「ましろ」、「美人」に対するルビの「びじん」と「たをやめ」、「形」に対するルビの「かたち」と「かた」、「夜中」に対するルビの「やちう」と「よなか」、「此方」に対するルビの「こつち」と「こなた」と「こちら」、「婦人」に対するルビの「をんな」と「ふじん」、「音」に対するルビの「おと」と「ね」の混在は、底本通りです。
入力:門田裕志
校正:室谷きわ
2022年8月27日作成
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(https://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。
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[
"泉。",
"は。",
"あの、河豚は、お前も食つたか。",
"故郷では、惣菜にしますんです。",
"おいら、少し腹が疼むんだがな。",
"先生、河豚に中害つて、疼む事はないんださうです。",
"あゝ、然うか。"
],
[
"食はれるものかね。",
"いや、然うでない、あれは珍味ぢやぞ。"
],
[
"ちよいと、ちよいと、ちよいと。",
"白足袋の兄さん、ちよいと。"
],
[
"先生。……奧さんは。……唯今、歸りました。",
"あゝ、泉君ですか。……先生からうかゞつて存じて居ります。何うも然うらしいと思ひました。僕は柳川と云ふものです。此頃から參つて居ります。",
"や、ようこそ、……何うぞ。"
]
] | 底本:「鏡花全集 巻二十七」岩波書店
1942(昭和17)年10月20日第1刷発行
1988(昭和63)年11月2日第3刷発行
初出:「時事新報 第一五五二九号~一五五四四号」時事新報社
1926(大正15)年9月23日~10月8日
※底本は、物を数える際や地名などに用いる「ヶ」(区点番号5-86)を、大振りにつくっています。
※「車夫」に対するルビの「くるまや」と「しやふ」と「わかいしゆ」、「船頭」に対するルビの「せんどう」と「おやぢ」の混在は、底本の通りです。
※表題は底本では、「麻《あさ》を刈《か》る」となっています。
※題名の下にあった年代の注を、最後に移しました。
入力:門田裕志
校正:岡村和彦
2018年1月27日作成
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。
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"作品ID": "050768",
"作品名": "麻を刈る",
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"没年月日": "1939-09-07",
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} |
[
[
"いゝから、いゝから。",
"御前――",
"いゝから好きにさせておやり。さ、行かう。"
]
] | 底本:「花の名随筆6 六月の花」作品社
1999(平成11)年5月10日第1刷発行
底本の親本:「鏡花全集 第二巻」岩波書店
1942(昭和17)年9月
入力:門田裕志
校正:林 幸雄
2002年4月24日作成
2014年8月2日修正
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。
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"作品ID": "003582",
"作品名": "紫陽花",
"作品名読み": "あじさい",
"ソート用読み": "あしさい",
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"分類番号": "NDC 913",
"文字遣い種別": "新字旧仮名",
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"最終更新日": "2014-09-17T00:00:00",
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"名読み": "きょうか",
"姓読みソート用": "いすみ",
"名読みソート用": "きようか",
"姓ローマ字": "Izumi",
"名ローマ字": "Kyoka",
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"生年月日": "1873-11-04",
"没年月日": "1939-09-07",
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"底本名1": "花の名随筆6 六月の花",
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"底本初版発行年1": "1999(平成11)年5月10日",
"入力に使用した版1": "1999(平成11)年5月10日初版第1刷",
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"底本の親本名1": "鏡花全集 巻二",
"底本の親本出版社名1": "岩波書店",
"底本の親本初版発行年1": "1942(昭和17)年9月",
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} |
[
[
"とう、とう、とう〳〵。",
"やい、これ。――殿様のお通りだぞ。……"
],
[
"角助。",
"はツ。",
"当家は、これ、斎藤道三の子孫ででもあるかな。",
"はーツ。",
"いやさ、入道道三の一族ででもあらうかと言ふ事ぢや。",
"はツ、へゝい。",
"む、いや、分らずば可し。……一応検べる。――とに角いそいで案内をせい。"
]
] | 底本:「日本幻想文学集成1 泉鏡花」国書刊行会
1991(平成3)年3月25日初版第1刷発行
1995(平成7)年10月9日初版第5刷発行
底本の親本:「泉鏡花全集」岩波書店
1940(昭和15)年発行
初出:「随筆」
1923(大正12)年11月
※ルビは新仮名とする底本の扱いにそって、ルビの拗音、促音は小書きしました。
入力:門田裕志
校正:川山隆
2009年5月10日作成
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。
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"作品ID": "048384",
"作品名": "雨ばけ",
"作品名読み": "あめばけ",
"ソート用読み": "あめはけ",
"副題": "",
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"原題": "",
"初出": "「随筆」1923(大正12)年11月",
"分類番号": "NDC 914",
"文字遣い種別": "新字旧仮名",
"作品著作権フラグ": "なし",
"公開日": "2009-05-23T00:00:00",
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"人物ID": "000050",
"姓": "泉",
"名": "鏡花",
"姓読み": "いずみ",
"名読み": "きょうか",
"姓読みソート用": "いすみ",
"名読みソート用": "きようか",
"姓ローマ字": "Izumi",
"名ローマ字": "Kyoka",
"役割フラグ": "著者",
"生年月日": "1873-11-04",
"没年月日": "1939-09-07",
"人物著作権フラグ": "なし",
"底本名1": "日本幻想文学集成1 泉鏡花",
"底本出版社名1": "国書刊行会",
"底本初版発行年1": "1991(平成3)年3月25日",
"入力に使用した版1": "1995(平成7)年10月9日初版第5刷",
"校正に使用した版1": "1991(平成3)年3月25日初版第1刷",
"底本の親本名1": "泉鏡花全集",
"底本の親本出版社名1": "岩波書店",
"底本の親本初版発行年1": "1940(昭和15)年 ",
"底本名2": "",
"底本出版社名2": "",
"底本初版発行年2": "",
"入力に使用した版2": "",
"校正に使用した版2": "",
"底本の親本名2": "",
"底本の親本出版社名2": "",
"底本の親本初版発行年2": "",
"入力者": "門田裕志",
"校正者": "川山隆",
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"テキストファイル最終更新日": "2009-05-10T00:00:00",
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} |
[
[
"……それ、何――あの、みやげに持つて行つた勘茂の半ぺんは幾つだつけ。",
"だしぬけに何です。……五つ。",
"五つか――私はまた二つかと思つた。",
"唯た二つ……",
"だつて彼家は二人きりだからさ。",
"見つともないことをお言ひなさいな。",
"よし、あひ分つた。"
],
[
"三枚?",
"つれが來ます。",
"あゝ、成程。"
],
[
"來ませんねえ。",
"來ないなあ。"
],
[
"あの、此の汽車が、京、大阪も通るのだとすると、夜のあけるのは何處らでせうね。",
"時間で見ると、すつかり明くなるのは、遠江國濱松だ。"
],
[
"其處まで行きませうよ。――夜中に知らぬ土地ぢやあ心細いんですもの。",
"飴ぢやあるまいし。"
],
[
"何の眞似だい。",
"地震で危いんですもの。",
"地震は去年だぜ、ばかな。"
],
[
"……返つたかい。",
"もう、前刻。"
]
] | 底本:「鏡花全集 巻二十七」岩波書店
1942(昭和17)年10月20日第1刷発行
1988(昭和63)年11月2日第3刷発行
初出:「苦楽 第二巻第一号」プラトン社
1924(大正13)年7月1日
※底本は、物を数える際や地名などに用いる「ヶ」(区点番号5-86)を、大振りにつくっています。
※「燈《ともしび》」と「灯《ともしび》」の混在は、底本の通りです。
※「繃帶」に対するルビの「ほうたい」と「はうたい」、「二人」に対するルビの「ふたり」と「ににん」の混在は、底本の通りです。
※表題は底本では、「雨《あめ》ふり」となっています。
※題名の下にあった年代の注を、最後に移しました。
入力:門田裕志
校正:岡村和彦
2018年3月26日作成
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。
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"作品ID": "050792",
"作品名": "雨ふり",
"作品名読み": "あめふり",
"ソート用読み": "あめふり",
"副題": "",
"副題読み": "",
"原題": "",
"初出": "「苦楽 第二巻第一号」プラトン社、1924(大正13)年7月1日",
"分類番号": "NDC 914",
"文字遣い種別": "旧字旧仮名",
"作品著作権フラグ": "なし",
"公開日": "2018-04-13T00:00:00",
"最終更新日": "2018-03-26T00:00:00",
"図書カードURL": "https://www.aozora.gr.jp/cards/000050/card50792.html",
"人物ID": "000050",
"姓": "泉",
"名": "鏡花",
"姓読み": "いずみ",
"名読み": "きょうか",
"姓読みソート用": "いすみ",
"名読みソート用": "きようか",
"姓ローマ字": "Izumi",
"名ローマ字": "Kyoka",
"役割フラグ": "著者",
"生年月日": "1873-11-04",
"没年月日": "1939-09-07",
"人物著作権フラグ": "なし",
"底本名1": "鏡花全集 巻二十七",
"底本出版社名1": "岩波書店",
"底本初版発行年1": "1942(昭和17)年10月20日",
"入力に使用した版1": "1988(昭和63)年11月2日第3刷発行",
"校正に使用した版1": "1976(昭和51)年1月6日第2刷発行",
"底本の親本名1": "",
"底本の親本出版社名1": "",
"底本の親本初版発行年1": "",
"底本名2": "",
"底本出版社名2": "",
"底本初版発行年2": "",
"入力に使用した版2": "",
"校正に使用した版2": "",
"底本の親本名2": "",
"底本の親本出版社名2": "",
"底本の親本初版発行年2": "",
"入力者": "門田裕志",
"校正者": "岡村和彦",
"テキストファイルURL": "https://www.aozora.gr.jp/cards/000050/files/50792_ruby_64303.zip",
"テキストファイル最終更新日": "2018-03-26T00:00:00",
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"テキストファイル文字集合": "JIS X 0208",
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"XHTML/HTMLファイルURL": "https://www.aozora.gr.jp/cards/000050/files/50792_64352.html",
"XHTML/HTMLファイル最終更新日": "2018-03-26T00:00:00",
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"XHTML/HTMLファイル文字集合": "JIS X 0208",
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} |
[
[
"寂しいねえ。",
"あゝ……",
"何時だねえ。",
"先刻二時うつたよ。眠く成つたの?"
],
[
"何、眠いもんか……だけどもねえ、今時分になると寂しいねえ。",
"其處に皆寢て居るもの……"
],
[
"常さんの許よりか寂しくはない。",
"何うして?",
"だつて、君の内はお邸だから、廣い座敷を二つも三つも通らないと、母さんや何か寢て居る部屋へ行けないんだもの。此の間、君の許で、徹夜をした時は、僕は、そりや、寂しかつた……",
"でもね、僕ン許は二階がないから……",
"二階が寂しい?"
],
[
"でも、誰も居ないんだもの……君の許の二階は、廣いのに、がらんとして居る。……",
"病氣の時はね、お母さんが寢て居たんだよ。"
],
[
"え、そして、亡くなつた時、矢張、二階。",
"うゝむ……違ふ。"
],
[
"弱蟲だなあ……",
"でも、小母さんは病氣の時寢て居たかつて、今は誰も居ないんぢやないか。"
],
[
"常さんの許だつて、あの、廣い座敷が、風はすう〳〵通つて、それで人つ子は居ませんよ。",
"それでも階下ばかりだもの。――二階は天井の上だらう、空に近いんだからね、高い所には何が居るか知れません。……",
"階下だつて……君の内でも、此の間、僕が、あの空間を通つた時、吃驚したものがあつたぢやないか。",
"どんなものさ、",
"床の間に鎧が飾つてあつて、便所へ行く時に晃々光つた……わツて、然う云つたのを覺えて居ないかい。",
"臆病だね、……鎧は君、可恐いものが出たつて、あれを着て向つて行けるんだぜ、向つて、"
],
[
"こんな、寂しい時の、可恐いものにはね、鎧なんか着たつて叶はないや……向つて行きや、消つ了ふんだもの……此から冬の中頃に成ると、軒の下へ近く來るつてさ、あの雪女郎見たいなもんだから、",
"然うかなあ、……雪女郎つて眞個にあるんだつてね。",
"勿論だつさ。",
"雨のびしよ〳〵降る時には、油舐坊主だの、とうふ買小僧だのつて……あるだらう。",
"ある……",
"可厭だなあ。こんな、霰の降る晩には何にも別にないだらうか。",
"町の中には何にもないとさ。それでも、人の行かない山寺だの、峰の堂だのの、額の繪がね、霰がぱら〳〵と降る時、ぱちくり瞬きをするんだつて……",
"嘘を吐く……"
],
[
"うそなもんか、其は眞暗な時……丁ど今夜見たやうな時なんだね。それから……雲の底にお月樣が眞蒼に出て居て、そして、降る事があるだらう……さう云ふ時は、八田潟の鮒が皆首を出して打たれるつて云ふんです。",
"痛からうなあ。",
"其處が化けるんだから、……皆、兜を着て居るさうだよ。",
"ぢや、僕ン許の蓮池の緋鯉なんか何うするだらうね?"
],
[
"蒼い鎧を着るだらうと思ふ。",
"眞赤な鰭へ。凄い月で、紫色に透通らうね。",
"其處へ玉のやうな霰が飛ぶんだ……",
"そして、八田潟の鮒と戰をしたら、何方が勝つ?……",
"然うだね、"
],
[
"緋鯉は立派だから大將だらうが、鮒は雜兵でも數が多いよ……潟一杯なんだもの。",
"蛙は何方の味方をする。",
"君の池の?",
"あゝ、",
"そりや同じ所に住んでるから、緋鯉に屬くが當前だけれどもね、君が、よくお飯粒で、絲で釣上げちや投げるだらう。ブツと咽喉を膨らまして、ぐるりと目を圓くして腹を立つもの……鮒の味方に成らうも知れない。",
"あ、又降るよ……"
],
[
"按摩の笛が聞えなくなつてから、三度目だねえ。",
"矢が飛ぶ。",
"彈が走るんだね。",
"緋鯉と鮒とが戰ふんだよ。",
"紫の池と、黒い潟で……",
"蔀を一寸開けて見ようか、"
],
[
"お止し?……",
"でも、何だか暗い中で、ひら〳〵眞黒なのに交つて、緋だか、紫だか、飛んで居さうで、面白いもの、",
"面白くはないよ……可恐いよ。",
"何故?"
],
[
"嘘だ!嘘ばつかり。",
"眞個だよ、霰だつて、半分は、其の海坊主が蹴上げて來る、波の潵が交つてるんだとさ。",
"へえ?"
],
[
"鳥か。",
"否。",
"何だらうの。"
],
[
"近い。",
"直き其處だ。"
]
] | 底本:「鏡花全集 巻十四」岩波書店
1942(昭和17)年3月10日第1刷発行
1987(昭和62)年10月2日第3刷発行
初出:「太陽」
1912(大正元)年11月号
※底本は、物を数える際や地名などに用いる「ヶ」(区点番号5-86)を、大振りにつくっています。
※「若《わか》い」と「少《わか》い」、「婦人《をんな》」と「婦《をんな》」と「女《をんな》」、「裡《うち》」と「内《うち》」、「彳《たゝず》んだ」と「佇《たゝず》む」、「亦《また》」と「又《また》」、「取《と》り留《と》め」と「取留《とりと》め」、「同一《おなじ》」と「同《おな》じ」、「年《とし》」と「年紀《とし》」、「相手《あひて》」と「對手《あひて》」、「云《い》ふ」と「言《い》ふ」、「少時《しばらく》」と「少須《しばらく》」と「多日《しばらく》」、「母《おつか》さん」と「お母《つか》さん」、「内《うち》」と「家《うち》」、「矢張《やつぱ》り」と「矢張《やつぱり》」、「電《いなびかり》」と「電光《いなびかり》」、「虚空《そら》」と「空《そら》」、「言《ことば》」と「言葉《ことば》」、「兩個《ふたり》」と「二人《ふたり》」、「幽《かす》か」と「微《かすか》」、「面影《おもかげ》」と「俤《おもかげ》」、「覘《のぞ》く」と「覗《のぞ》いた」、「留《と》め」と「止《と》め」、「見《み》た」と「視《み》て」、「處《ところ》」と「所《ところ》」、「懷中《ふところ》」と「懷《ふところ》」、「蒼《あを》」と「青《あを》」、「降《お》り」と「下《お》り」、「壇《だん》」と「段《だん》」、「確《たしか》」と「確《たし》か」、「思《おも》ひ」と「思《おもひ》」、「大《おほ》きな」と「大《おほき》な」の混在は、底本通りです。
※「入つて」に対するルビの「い」と「はひ」、「皆」に対するルビの「みんな」と「みな」、「圓髷」に対するルビの「まげ」と「まるまげ」、「時々」に対するルビの「より/\」と「とき/″\」、「瞬き」に対するルビの「まばた」と「またゝ」、「燈火」に対するルビの「ともしび」と「みあかし」、「咳」に対するルビの「せきばらひ」と「しはぶき」、「誰」に対するルビの「だれ」と「たれ」、「最初」に対するルビの「さいしよ」と「はじめ」、「可恐い」に対するルビの「おそろし」と「こは」、「虚空」に対するルビの「そら」と「こくう」の混在は、底本通りです。
入力:門田裕志
校正:室谷きわ
2021年10月27日作成
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(https://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。
| {
"作品ID": "004583",
"作品名": "霰ふる",
"作品名読み": "あられふる",
"ソート用読み": "あられふる",
"副題": "",
"副題読み": "",
"原題": "",
"初出": "「太陽」1912(大正元)年11月号",
"分類番号": "NDC 913",
"文字遣い種別": "旧字旧仮名",
"作品著作権フラグ": "なし",
"公開日": "2021-11-04T00:00:00",
"最終更新日": "2021-10-27T00:00:00",
"図書カードURL": "https://www.aozora.gr.jp/cards/000050/card4583.html",
"人物ID": "000050",
"姓": "泉",
"名": "鏡花",
"姓読み": "いずみ",
"名読み": "きょうか",
"姓読みソート用": "いすみ",
"名読みソート用": "きようか",
"姓ローマ字": "Izumi",
"名ローマ字": "Kyoka",
"役割フラグ": "著者",
"生年月日": "1873-11-04",
"没年月日": "1939-09-07",
"人物著作権フラグ": "なし",
"底本名1": "鏡花全集 巻十四",
"底本出版社名1": "岩波書店",
"底本初版発行年1": "1942(昭和17)年3月10日",
"入力に使用した版1": "1987(昭和62)年10月2日第3刷",
"校正に使用した版1": "1974(昭和49)年12月2日第2刷",
"底本の親本名1": "",
"底本の親本出版社名1": "",
"底本の親本初版発行年1": "",
"底本名2": "",
"底本出版社名2": "",
"底本初版発行年2": "",
"入力に使用した版2": "",
"校正に使用した版2": "",
"底本の親本名2": "",
"底本の親本出版社名2": "",
"底本の親本初版発行年2": "",
"入力者": "門田裕志",
"校正者": "室谷きわ",
"テキストファイルURL": "https://www.aozora.gr.jp/cards/000050/files/4583_ruby_74367.zip",
"テキストファイル最終更新日": "2021-10-27T00:00:00",
"テキストファイル符号化方式": "ShiftJIS",
"テキストファイル文字集合": "JIS X 0208",
"テキストファイル修正回数": "0",
"XHTML/HTMLファイルURL": "https://www.aozora.gr.jp/cards/000050/files/4583_74405.html",
"XHTML/HTMLファイル最終更新日": "2021-10-27T00:00:00",
"XHTML/HTMLファイル符号化方式": "ShiftJIS",
"XHTML/HTMLファイル文字集合": "JIS X 0208",
"XHTML/HTMLファイル修正回数": "0"
} |
[
[
"寂しいねえ。",
"ああ……",
"何時だねえ。",
"先刻二時うったよ。眠くなったの?"
],
[
"何、眠いもんか……だけどもねえ、今時分になると寂しいねえ。",
"其処に皆寝ているもの……"
],
[
"常さんの許よりか寂しくはない。",
"どうして?",
"だって、君の内はお邸だから、広い座敷を二つも三つも通らないと、母さんや何か寝ている部屋へ行けないんだもの。この間、君の許で、徹夜をした時は、僕は、そりゃ、寂しかった……",
"でもね、僕ン許は二階がないから……",
"二階が寂しい?"
],
[
"でも、誰も居ないんだもの……君の許の二階は、広いのに、がらんとしている。……",
"病気の時はね、お母さんが寝ていたんだよ。"
],
[
"え、そして、亡くなった時、矢張、二階。",
"ううん……違う。"
],
[
"弱虫だなあ……",
"でも、小母さんは病気の時寝ていたかって、今は誰も居ないんじゃないか。"
],
[
"常さんの許だって、あの、広い座敷が、風はすうすう通って、それで人っ子は居ませんよ。",
"それでも階下ばかりだもの。――二階は天井の上だろう、空に近いんだからね、高い所には何が居るか知れません。……",
"階下だって……君の内でも、この間、僕が、あの空間を通った時、吃驚したものがあったじゃないか。",
"どんなものさ、",
"床の間に鎧が飾ってあって、便所へ行く時に晃々光った……わッて、そう云ったのを覚えていないかい。",
"臆病だね、……鎧は君、可恐いものが出たって、あれを着て向って行けるんだぜ、向って、"
],
[
"こんな、寂しい時の、可恐いものにはね、鎧なんか着たって叶わないや……向って行きゃ、消っ了うんだもの……これから冬の中頃になると、軒の下へ近く来るってさ、あの雪女郎見たいなもんだから、",
"そうかなあ、……雪女郎って真個にあるんだってね。",
"勿論だっさ。",
"雨のびしょびしょ降る時には、油舐坊主だの、とうふ買小僧だのって……あるだろう。",
"ある……",
"可厭だなあ。こんな、霰の降る晩には何にも別にないだろうか。",
"町の中には何にもないとさ。それでも、人の行かない山寺だの、峰の堂だのの、額の絵がね、霰がぱらぱらと降る時、ぱちくり瞬きをするんだって……",
"嘘を吐く……"
],
[
"うそなもんか、それは真暗な時……ちょうど今夜見たような時なんだね。それから……雲の底にお月様が真蒼に出ていて、そして、降る事があるだろう……そう云う時は、八田潟の鮒が皆首を出して打たれるって云うんです。",
"痛かろうなあ。",
"其処が化けるんだから、……皆、兜を着ているそうだよ。",
"じゃ、僕ン許の蓮池の緋鯉なんかどうするだろうね?"
],
[
"蒼い鎧を着るだろうと思う。",
"真赤な鰭へ。凄い月で、紫色に透通ろうね。",
"其処へ玉のような霰が飛ぶんだ……",
"そして、八田潟の鮒と戦をしたら、何方が勝つ?……",
"そうだね、"
],
[
"緋鯉は立派だから大将だろうが、鮒は雑兵でも数が多いよ……潟一杯なんだもの。",
"蛙は何方の味方をする。",
"君の池の?",
"ああ、",
"そりゃ同じ所に住んでるから、緋鯉に属くが当前だけれどもね、君が、よくお飯粒で、糸で釣上げちゃ投げるだろう。ブッと咽喉を膨らまして、ぐるりと目を円くして腹を立つもの……鮒の味方になろうも知れない。",
"あ、また降るよ……"
],
[
"按摩の笛が聞えなくなってから、三度目だねえ。",
"矢が飛ぶ。",
"弾が走るんだね。",
"緋鯉と鮒とが戦うんだよ。",
"紫の池と、黒い潟で……",
"蔀を一寸開けてみようか、"
],
[
"お止し?……",
"でも、何だか暗い中で、ひらひら真黒なのに交って、緋だか、紫だか、飛んでいそうで、面白いもの、",
"面白くはないよ……可恐いよ。",
"何故?"
],
[
"嘘だ! 嘘ばっかり。",
"真個だよ、霰だって、半分は、その海坊主が蹴上げて来る、波の潵が交ってるんだとさ。",
"へえ?"
],
[
"鳥か。",
"否。",
"何だろうの。"
],
[
"近い。",
"直き其処だ。"
]
] | 底本:「文豪怪談傑作選 泉鏡花集 黒壁」ちくま文庫、筑摩書房
2006(平成18)年10月10日第1刷発行
底本の親本:「鏡花全集 第十四卷」岩波書店
1942(昭和17)年3月10日第1刷発行
初出:「太陽」
1912(大正元)年11月号
※表題は底本では、「霰《あられ》ふる」となっています。
入力:門田裕志
校正:坂本真一
2015年10月17日作成
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。
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"作品ID": "048385",
"作品名": "霰ふる",
"作品名読み": "あられふる",
"ソート用読み": "あられふる",
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"初出": "「太陽」1912(大正元)年11月号",
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"公開日": "2015-11-07T00:00:00",
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"姓読み": "いずみ",
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"姓読みソート用": "いすみ",
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"姓ローマ字": "Izumi",
"名ローマ字": "Kyoka",
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"生年月日": "1873-11-04",
"没年月日": "1939-09-07",
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"底本名1": "文豪怪談傑作選 泉鏡花集 黒壁",
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} |
[
[
"旦那――あの藤の花、何うだ。",
"はあ。",
"あれだ、見さつせえ、名所だにの。",
"あゝ、見事だなあ。"
],
[
"あゝ、見事だなあ。",
"旦那、あの藤での、むかし橋を架けたげだ。",
"落ちても可い、渡りたいな。"
],
[
"ひつそりして居るづらあがね。",
"あゝ。",
"夜さりは賑かだ。"
],
[
"あら、旦那よく御存じでございますこと。",
"其のくらゐな事は學校で覺えたよ。",
"感心、道理で落第も遊ばさないで。",
"お手柔かに願ひます。"
]
] | 底本:「鏡花全集 巻二十七」岩波書店
1942(昭和17)年10月20日第1刷発行
1988(昭和63)年11月2日第3刷発行
初出:「東京日日新聞 第一六〇九二号~一六〇九八号」東京日日新聞社
1921(大正10)年7月21日~27日
※「づらりと」と「ずらりと」、「前途」に対するルビの「ゆくて」と「さき」、「彼方」に対するルビの「あつち」と「あちら」、「此方」に対するルビの「こつち」と「こちら」、「欄干」に対するルビの「らんかん」と「てすり」、「温泉」に対するルビの「ゆ」と「いでゆ」と「をんせん」の混在は、底本通りです。
※表題は底本では、「飯坂《いひざか》ゆき」となっています。
※題名の下にあった年代の注を、最後に移しました。
入力:門田裕志
校正:岡村和彦
2018年7月27日作成
2018年8月28日修正
青空文庫作成ファイル:
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| {
"作品ID": "050793",
"作品名": "飯坂ゆき",
"作品名読み": "いいざかゆき",
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"初出": "「東京日日新聞 第一六〇九二号~一六〇九八号」東京日日新聞社、1921(大正10)年7月21日~27日",
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[
[
"お一人でございますか。",
"おゝ、留守番の隱居爺ぢや。",
"唯たお一人。",
"さればの。",
"お寂しいでせうね、こんな處にお一人きり。",
"いや、お堂裏へは、近い頃まで猿どもが出て來ました、それはもう見えぬがの、日和さへよければ、此の背戸へ山鳥が二羽づゝで遊びに來ますで、それも友になる、それ。"
],
[
"巖の根の木瓜の中に、今もの、來て居ますわ。これぢや寂しいとは思ひませぬぢや。",
"はア。"
],
[
"さつきの番傘の新造を二人……どうぞ。",
"はゝゝ、お樂みで……"
],
[
"あら、こんな處で。",
"番傘の情人に逢はせるんだよ。",
"情人ツて?番傘の。",
"蛙だよ、いゝ聲で一面に鳴いてるぢやあないか。",
"まあ、風流。"
],
[
"今いつた活東が辨慶橋でやつたやうに。",
"およしなさい、澤山。"
],
[
"ね、小玉だ、小玉だ、……かつと、かつと……叔母さんのいふやうに聞こえるわね。",
"蛙なかまも、いづれ、さかり時の色事でございませう、よく鳴きますな、調子に乘つて、波を立てゝ鳴きますな、星が降ると言ひますが、あの聲をたゝく雨は花片の音がします。"
],
[
"旦那。",
"………"
],
[
"提灯が來ますな――むかふから提灯ですね。",
"人通りがあるね。",
"今時分、やつぱり在方の人でせうね。"
],
[
"まつたく、然うなんでございますか、旦那。",
"それは、その、何だね……"
]
] | 底本:「鏡花全集 第二十四巻」岩波書店
1940(昭和15)年6月30日第1刷発行
1988(昭和63)年8月2日第3刷発行
※底本は、物を数える際や地名などに用いる「ヶ」(区点番号5-86)を、大振りにつくっています。
入力:門田裕志
校正:多羅尾伴内
2003年9月3日作成
青空文庫作成ファイル:
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"作品ID": "033204",
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[
[
"お一人でございますか。",
"おお、留守番の隠居爺じゃ。",
"唯たお一人。",
"さればの。",
"お寂しいでしょうね、こんな処にお一人きり。",
"いや、お堂裏へは、近い頃まで猿どもが出て来ました、それはもう見えぬがの、日和さえよければ、この背戸へ山鳥が二羽ずつで遊びに来ますで、それも友になる、それ。"
],
[
"巌の根の木瓜の中に、今もの、来ていますわ。これじゃ寂しいとは思いませぬじゃ。",
"はア。"
],
[
"さっきの番傘の新造を二人……どうぞ。",
"ははは、お楽みで……"
],
[
"あら、こんな処で。",
"番傘の情人に逢わせるんだよ。",
"情人ッて? 番傘の。",
"蛙だよ、いい声で一面に鳴いてるじゃあないか。",
"まあ、風流。"
],
[
"今いった活東が弁慶橋でやったように。",
"およしなさい、沢山。"
],
[
"ね、小玉だ、小玉だ、……かっと、かっと……叔母さんのいうように聞こえるわね。",
"蛙なかまも、いずれ、さかり時の色事でございましょう、よく鳴きますな、調子に乗って、波を立てて鳴きますな、星が降ると言いますが、あの声をたたく雨は花片の音がします。"
],
[
"旦那。",
"………"
],
[
"提灯が来ますな――むこうから提灯ですね。",
"人通りがあるね。",
"今時分、やっぱり在方の人でしょうね。"
],
[
"まったく、そうなんでございますか、旦那。",
"それは、その、何だね……"
]
] | 底本:「文豪怪談傑作選 泉鏡花集 黒壁」ちくま文庫、筑摩書房
2006(平成18)年10月10日第1刷発行
底本の親本:「鏡花全集 第二十四卷」岩波書店
1940(昭和15)年6月30日
初出:「文藝春秋」
1939(昭和14)年11月号
※「畷」に対するルビの「なわて」と「なわた」の混在は、底本通りです。
入力:門田裕志
校正:坂本真一
2017年1月12日作成
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。
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"作品ID": "048386",
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"初出": "「文藝春秋」1939(昭和14)年11月号",
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"作品著作権フラグ": "なし",
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"名ローマ字": "Kyoka",
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"生年月日": "1873-11-04",
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"底本出版社名1": "ちくま文庫、筑摩書房",
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"底本の親本出版社名1": "岩波書店",
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} |
[
[
"いかがでございます、お酌をいたしましょうか。",
"いや、構わんでも可い、大層お邪魔をするね。"
],
[
"旦那様、召上りますのでござりますか。",
"ああ、そして、もう酒は沢山だから、お飯にしよう。",
"はいはい、……"
],
[
"旦那え。",
"何だ。",
"もう、お無駄でござりまするからお止しなさりまし、第一あれは余り新しゅうないのでござります。それにお見受け申しました処、そうやって御酒もお食りなさりませず、滅多に箸をお着けなさりません。何ぞ御都合がおありなさりまして、私どもにお休み遊ばします。時刻が経ちまするので、ただ居てはと思召して、婆々に御馳走にあなた様、いろいろなものをお取り下さりますように存じます、ほほほほほ。"
],
[
"一旦どこぞにお宿をお取りの上に、お遊びにお出掛けなさりましたのでござりますか。",
"何、山田の停車場から、直ぐに、右内宮道とある方へ入って来たんだ。"
],
[
"どうして、親類どころか、定宿もない、やはり田舎ものの参宮さ。",
"おや!"
],
[
"どの店にも大きな人形を飾ってあるじゃないか、赤い裲襠を着た姐様もあれば、向う顱巻をした道化もあるし、牛若もあれば、弥次郎兵衛もある。屋根へ手をかけそうな大蛸が居るかと思うと、腰蓑で村雨が隣の店に立っているか、下駄屋にまで飾ったな。皆極彩色だね。中にあの三間間口一杯の布袋が小山のような腹を据えて、仕掛けだろう、福相な柔和な目も、人形が大きいからこの皿ぐらいあるのを、ぱくりと遣っちゃ、手に持った団扇をばさりばさり、往来を煽いで招くが、道幅の狭い処へ、道中双六で見覚えの旅の人の姿が小さいから、吹飛ばされそうです。それに、墨の法衣の絵具が破れて、肌の斑兀の様子なんざ、余程凄い。",
"招も善悪でござりまして、姫方や小児衆は恐いとおっしゃって、旅籠屋で魘されるお方もござりますそうでござりまする。それではお気味が悪くって、さっさと通り抜けておしまいなされましたか。",
"詰らないことを。"
],
[
"しかし、土地にも因るだろうが、奥州の原か、飛騨の山で見た日には、気絶をしないじゃ済むまいけれど、伊勢というだけに、何しろ、電信柱に附着けた、ペンキ塗の広告まで、土佐絵を見るような心持のする国だから、赤い唐縮緬を着た姐さんでも、京人形ぐらいには美しく見える。こっちへ来るというので道中も余所とは違って、あの、長良川、揖斐川、木曾川の、どんよりと三条並んだ上を、晩方通ったが、水が油のようだから、汽車の音もしないまでに、鵲の橋を辷って銀河を渡ったと思った、それからというものは、夜に入ってこの伊勢路へかかるのが、何か、雲の上の国へでも入るようだったもの、どうして、あの人形に、心持を悪くしてなるものか。",
"これは、旦那様お世辞の可い、土地を賞められまして何より嬉しゅうござります。で何でござりまするか、一刻も早く御参詣を遊ばそう思召で、ここらまで乗切っていらっしゃいました?",
"そういうわけでもないが、伊勢音頭を見物するつもりもなく、古市より相の山、第一名が好いではないか、あいの山。"
],
[
"お婆さん、勘定だ。",
"はい、あなた、もし御飯はいかがでござります。"
],
[
"いや、実は余り欲しくない。",
"まあ、ソレ御覧じまし、それだのに、いかなこッても、酢蛸を食りたいなぞとおっしゃって、夜遊びをなすって、とんだ若様でござります。どうして婆々が家の一膳飯がお口に合いますものでござります。ほほほほ。",
"時に、三由屋という旅籠はあるね。",
"ええ、古市一番の旧家で、第一等の宿屋でござります。それでも、今夜あたりは大層なお客でござりましょ。あれこれとおっしゃっても、まず古市では三由屋で、その上に講元のことでござりまするから、お客は上中下とも一杯でござります。"
],
[
"誰方だね、お名札は。",
"その儀にござりまする。お名札をと申しますと、生憎所持せぬ、とかようにおっしゃいまする、もっともな、あなた様お着が晩うござりましたで、かれこれ十二時。もう遅うござりますに因って、御一人旅の事ではありまするし、さようなお方は手前どもにおいでがないと申して断りましょうかとも存じましたなれども、たいせつなお客様、またどのような手落になりましても相成らぬ儀と、お伺いに罷出ましてござりまする。"
],
[
"まあ、何とおっしゃる方。",
"はッ立花様。",
"立花。",
"ええ、お少いお人柄な綺麗な方でおあんなさいまする。"
],
[
"ずんずんいらっしゃれば可いのに、あの、お前さん、どうぞお通し下さい。",
"へい、宜しゅうござりますか。"
],
[
"床なんだろう。",
"いいえ、お支度でございますが。",
"御飯かい。",
"はい。"
],
[
"寝ますから、もうお構いでない、お取込の処を御厄介ねえ。",
"はッはッ。"
],
[
"ええ、混雑いたしまして、どうも、その実に行届きません、平に御勘弁下さいまして。",
"いいえ。",
"もし、あなた様、希有でござります。確かたった今、私が、こちらへお客人をお取次申しましてござりましてござりまするな。",
"そう、立花さんという方が見えたってお謂いだったよ。どうかしたの。",
"へい、そこで女どもをもちまして、お支度の儀を伺わせました処、誰方もお見えなさりませんそうでござりまして。",
"ああ、そう、誰もいらっしゃりやしませんよ。",
"はてな、もし。",
"何なの、お支度ッて、それじゃ、今着いた人なんですか、内に泊ってでもいて、宿帳で、私のいることを知ったというような訳ではなくッて?",
"何、もう御覧の通、こちらは中庭を一ツ、橋懸で隔てました、一室別段のお座敷でござりますから、さのみ騒々しゅうもございませんが、二百余りの客でござりますで、宵の内はまるで戦争、帳場の傍にも囲炉裡の際にも我勝で、なかなか足腰も伸びません位、野陣見るようでござりまする。とてもどうもこの上お客の出来る次第ではござりませんので、早く大戸を閉めました。帳場はどうせ徹夜でござりますが、十二時という時、腕車が留まって、門をお叩きなさいまする。"
],
[
"厭だよ、串戯ではないよ、穿物がないんだって。",
"御意にござりまする。"
],
[
"中にはその立花様とおっしゃるのが、剽軽な方で、一番三由屋をお担ぎなさるのではないかと、申すものもござりまするが、この寒いに、戸外からお入りなさったきり、洒落にかくれんぼを遊ばす陽気ではござりません。殊に靴までお隠しなさりますなぞは、ちと手重過ぎまするで、どうも変でござりまするが、お年紀頃、御容子は、先刻申上げましたので、その方に相違ござりませぬか、お綺麗な、品の可い、面長な。",
"全く、そう。",
"では、その方は、さような御串戯をなさる御人体でござりますか、立花様とおっしゃるのは。",
"いいえ、大人い、沢山口もきかない人、そして病人なの。"
],
[
"寒くなった、私、もう寝るわ。",
"御寝なります、へい、唯今女中を寄越しまして、お枕頭もまた、",
"いいえ、煙草は飲まない、お火なんか沢山。",
"でも、その、",
"あの、しかしね、間違えて外の座敷へでも行っていらっしゃりはしないか、気をつけておくれ。",
"それはもう、きっと、まだ、方々見させてさえござりまする。"
],
[
"お手水。",
"いいえ、寝るの。"
],
[
"立花さん。",
"…………",
"立花さん。"
],
[
"可いんですか。",
"まだよ、まだ女中が来るッていうから少々、あなた、靴まで隠して来たんですか。"
],
[
"どうせ、騙すくらいならと思って、外套の下へ隠して来ました。",
"旨く行ったのね。",
"旨く行きましたね。",
"後で私を殺しても可いから、もうちと辛抱なさいよ。",
"お稲さん。"
],
[
"僕は大空腹。",
"どこかで食べて来た筈じゃないの。",
"どうして貴方に逢うまで、お飯が咽喉へ入るもんですか。",
"まあ……"
],
[
"はい。",
"お迎に参りました。"
],
[
"私を。",
"内方でおっしゃいます。"
]
] | 底本:「泉鏡花集成4」ちくま文庫、筑摩書房
1995(平成7)年10月24日第1刷発行
底本の親本:「鏡花全集 第七卷」岩波書店
1942(昭和17)年7月22日発行
※誤植を疑った箇所を、底本の親本の表記にそって、あらためました。
※底本編者による語注は省略しました。
入力:門田裕志
校正:土屋隆
2006年1月30日作成
2020年1月15日修正
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[
[
"承知だよ、承知だよ。お鳥目がねえとか、小遣は持たねえとか云ふんだらう。働のねえ奴は極つて居ら、と恁う云つては濟まないのさ。其處はお秋さんだ。何時もたしなみの可いお前だから、心得ておいでなさらあ、ね、其處はお秋さんだ。",
"あんな事を云つて、お前さん又おだましだよ。筑波へお詣りぢやありますまい。博奕の元手か、然うでなければ、瓜井戸の誰さんか、意氣な女郎衆の顏を見においでなんだよ。",
"默つて聞きねえ、厭味も可い加減に云つて置け。此方は其處どころぢやねえ、男が立つか立たないかと云ふ羽目なんだぜ。友達へ顏が潰れては、最う此の村には居られねえから、當分此がお別れに成らうも知れねえ。隨分達者で居てくんねえよ。"
],
[
"小助さん、濟みませんが、其だけれど私お鳥目は持ちません。何か品もので間に合はせておくんなさいまし。其だと何うにかしますから。",
"……可いとも、代もの結構だ。お前、眞個にお庇さまで男が立つぜ。"
],
[
"母さんが内だから、最う其外には仕やうがないもの、私。",
"此ぢや何うにも仕樣がねえ。とても出來ねえものなら仕方はねえが、最う些と、これんばかしでも都合をしねえ、急場だから、己の生死の境と云ふのだ。"
],
[
"秋やあ。",
"あゝい。"
]
] | 底本:「鏡花全集 巻二十七」岩波書店
1942(昭和17)年10月20日第1刷発行
1988(昭和63)年11月2日第3刷発行
※題名の下にあった年代の注を、最後に移しました。
※表題は底本では、「一席話《いつせきばなし》」とルビがついています。
入力:門田裕志
校正:川山隆
2011年8月6日作成
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[
[
"もし、お泊りかな。",
"お泊りやすえ。"
],
[
"何だ。無価泊めようと云うのじゃねえのか。",
"外を聞いておくんなはれ。"
],
[
"否、違いまんの。",
"状あ見ろ、へへん。"
],
[
"御免よ。",
"はい、お出でなさいまし。"
],
[
"宝丹はありますかい。",
"一寸、ござりまへんで。",
"無い。"
],
[
"宝丹が欲しいんだがね。",
"強い、お生憎様で。",
"お邪魔を。",
"何うだ、姉え、これだけじゃ。"
],
[
"……今君が通って来た、あの、旭館と淡路屋と云う大な旅館の間にある、別荘に居るんだからね。",
"何とも難有え思召で、へい。"
],
[
"いずれまた……",
"ではさようなら。",
"御機嫌よろしゅう。"
],
[
"兄さん、兄さん。",
"親方。"
],
[
"親方。",
"兄さん。",
"ええ、俺が事か。兄さん、とけつかったな。聞馴れねえ口を利きやあがる。幾干で泊める。こう、旅籠は幾干だ。",
"否、宿屋じゃありません。まあ、お掛けなさいな。",
"よう一寸。",
"何にも持たねえ、茶代が無えぜ。",
"何んですよ、そんな事は。",
"はてな、聞馴れねえ口を利きやあがる。",
"その代りね、今、親方、其処で口を利いたでしょう。",
"一寸、あの方は何と云って。矢張り普通の人間とおんなじ口の利き方をなさる事? 一寸さあ……"
],
[
"何だ、人間の口の利方だ?……ほい、じゃ、ありゃ此処等の稲荷様か。",
"まあ!",
"何だい?",
"あら、名題の方じゃありませんか、巽さんと云う俳優だわよ。",
"畜生め、此奴等、道理で騒ぐぜ。むむ、素顔にゃはじめてだ。"
],
[
"恐入りますな。",
"さあ何うぞ。"
],
[
"温湯にいたしましたよ、水が悪うございますから。",
"……御深切に。"
],
[
"何うしまして、結構です。難有う。そしてお師匠さん。貴女の芸にあやかりましょう。",
"存じません。"
],
[
"まあ、そうしてお商売は、貴方。",
"船頭でさあね。",
"一寸! 池川さんのお遊び道具の、あの釣船ばかりお漕ぎ遊ばす……"
],
[
"お出ばなにいたしましょうね。",
"薬を服みました後ですから、お湯の方が結構です――何ですか、お稽古は日が暮れてからですか。ああ、いや、それで結構。"
],
[
"ははは、些と厚かましいようですな。",
"沢山おっしゃいまし。――否、最う片手間の、あの、些少の真似事でございます。",
"お呼び申せば座敷へも……?",
"可厭でございますねえ、貴方。"
],
[
"実は、あの、小婢を買ものに出しまして、自分でお温習でもしましょうか、と存じました処が、窓の貴方、荵の露の、大きな雫が落ちますように、螢が一つ、飛ぶのが見えたんでございますよ……",
"螢。"
],
[
"今の、螢には、何だか少し今度は係合がありそうですよ――然うですか、螢を慕ってお師匠さん、貴女格子際へ出なすったんだ。",
"貴方のお口から、そんな事、お人の悪い、慕って、と云う柄じゃありません。",
"まあまあ……ですがね、私が宝丹を買いに出たはじまりが、矢張り螢ゆえに、と云ったような訳なんですよ。ふっと、今思出したんです……"
],
[
"……釣舟にしておきましょう、その舟のね、表二階の方へ餉台を繋いで、大勢で飲酒ながら遊んでいたんですが、景色は何とも言えないけれど、暑いでしょう。この暑さと云ったら暑さが重石に成って、人間を、ずんと上から圧付けるようです。窓から見る松原の葭簀茶屋と酸漿提灯と、その影がちらちら砂に溢れるような緋色の松葉牡丹ばかりが、却って目に涼しい。海が焼原に成って、仕方がない、それじゃ生命も続くまいから、陸の方の青い草木を水にしておけ、と天道の御情けで、融通をつけて下さる、と云った陽気ですからね。",
"まあ、随分、ほほほ、もう自棄でございますわね、こんなに暑くっちゃ。"
],
[
"貴方。",
"え。"
],
[
"螢じゃありませんわ。螢じゃありませんわ。",
"何がですえ。",
"そりゃ、あの……何ですよ、屹と……そして、その別荘のお二階へ、沖の方から来ましたって、……蒼い、蒼い、蒼い波は。"
],
[
"巽さん。",
"…………"
],
[
"これが俳優なの。",
"まあ。"
],
[
"これが俳優なの?",
"まあ。",
"醜い俳優だわね。"
],
[
"まだ、来ていやしまいと思ったのに、",
"そして、寝ているんだもの、情のない。",
"心中の対手の方が、さきへ来て寝ているなんて。",
"ねえ、"
],
[
"お退きよ、退いておくれよ。",
"よう、お前。"
],
[
"此処は、今夜用がある。",
"大事の処なんだから。",
"よう。",
"仕ようがない。ね、酔っぱらって。",
"臭い事。",
"憎らしい、松葉で突ついて遣りましょう。"
],
[
"わああ、助けてくれ、助船。",
"何うしました、何うした。"
]
] | 底本:「文豪怪談傑作選・特別篇 鏡花百物語集」ちくま文庫、筑摩書房
2009(平成21)年7月10日第1刷発行
初出:「新小説」
1916(大正5)年4月号
※「一寸」に対するルビの「ちゃと」と「ちょっと」の混在は、底本通りです。
入力:門田裕志
校正:砂場清隆
2018年9月28日作成
青空文庫作成ファイル:
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[
[
"頼む。",
"ダカレケダカ、と云ってるじゃあないか。へん、野暮め。",
"頼もう。",
"そいつも、一つ、タカノコモコ、と願いたいよ。……何しろ、米八、仇吉の声じゃないな。彼女等には梅柳というのが春だ。夏やせをする質だから、今頃は出あるかねえ。",
"頼むと申す……",
"何ものだ。"
],
[
"忘れものですか。",
"うふふ、丸髷ども、よう出来たたい。",
"いやらし。"
],
[
"ございますの。……ですけれど、絡りました一冊本ではありません……あの、雑誌の中に交って出ていますのでして。",
"ええ、そうですよ。"
],
[
"……私も読みたい読みたいと存じながら、商売もので、つい慾張りまして、ほほほ、お貸し申します方が先へ立ちますけれど。……何ですか、お女郎の心中ものだとか申しますのね。",
"そうですって。……『たそがれ』……というのが、その娼妓――遊女の名だって事です。"
],
[
"中坂下からいらっしゃいます、紫鹿子のふっさりした、結綿のお娘ご、召した黄八丈なぞ、それがようお似合いなさいます。それで、お袴で、すぐお茶の水の学生さんなんでございますって。",
"その方。……"
],
[
"拝見な。",
"は、どうぞ。"
],
[
"永洗ですね、この口絵の綺麗だこと。",
"ええ、絵も評判でございます。……中坂の、そのお娘ごもおっしゃいました。その小説の『たそがれ』は、現代のおいらんなんだそうですけれど、作者だか、絵師さんだかの工夫ですか、意匠で、むかし風に誂えたんでしょう、とおっしゃって、それに、雑誌にはいろいろの作が出ておりますけれど、一番はなへのっておりますから、そうやって一冊本の口絵のように……だそうなんでございますッて。",
"結綿の、御容子のいい。"
],
[
"ちょいと、辻町糸七作、『たそがれ』――お書きになったのは、これは、どちらの、あのこちらの御主人。",
"飛んだ、とんだ、いいえ、飛んでもない。"
],
[
"あの、どうも、勿体なくて、つけつけ申しますのも、いかがですけれど、小石川台町にお住居のございます、上杉様、とおっしゃいます。",
"ええ、映山先生。"
],
[
"実は、あの、上杉先生の、多勢のお弟子さん方の。……あなたは、小説がおすきでいらっしゃいますのを、お見受け申しましたから……ご存じかも知れませんけれど、そのお一人の、糸七さんでございますが。",
"ええ。",
"実は――私ども、うまれが同じ国でございましてね、御懇意を願っておりますものですから。",
"ちっとも私……まあ、そうですか。"
],
[
"何の事ですか、私などには解りませんの、お嬢様は。",
"存じません。",
"あれ御承知らしくていらしって……お意地の悪い、ほほほ。",
"いいえ、知りません。中坂とかの、その結綿の方ならお解りでしょうね。……それよりか、『たそがれ』の作者の糸七――まあ、私、さっきから、……此店とお知合とはちっとも知らないもんだから、……悪かったわねえ。糸七さん、ともいいませんでした。",
"いいえ、あなた、お客様は、誰方だって、作者の名を、さん附にはなさいません。格別、お好きな、中坂のその方だって、糸七、と呼びすてでございますの。ええ、そうでございますとも。この辺でごらんなさいまし。三崎座の女役者を、御贔負は、皆呼びずてでございます。"
],
[
"ほほほ、お呼びずての方が却ってお心易くって、――ああ、お茶を一つ。",
"おかみさん、ちょいと、あの、それより冷水を。",
"冷水?",
"あの、ざぶざぶ、冷水で、この半帕を絞って下さいませんか。御無心ですが。私ね、実は、その町の曲角で、飛んだ気味の悪い事がありましてね。"
],
[
"あれ、と思って、手を当てても何にもないんです。",
"あの、此店へおいでなさいました、今しがた……"
],
[
"ほんとうに、あなた、蟆子のたかりましたほどのあともございませんから、御安心遊ばせ。絞りかえて差上げましょう。――さようでございますか、フとしたお心持に、何か触ったのでございましょう。御気分は……",
"はい、お庇で。"
],
[
"……燈をあかるくしてくれ、変だ。あ、痛い痛いと、左の手を握って、何ですか――印を結んだとかいいますように、中指を一本押立てていらっしゃるんです。……はじめは蜘蛛の巣かと思ったよ、とそうおいいなさるものですから、狂犬でなくて、お仕合せ、蜘蛛ぐらい、幽霊も化ものも、まあ、大袈裟なことを、とおかしいようでございましたが、燈でよく、私も一所に、その中指を、じっと見ますと、女の髪の毛が巻きついているんでございましてね。",
"髪の毛ですえ、女の。"
],
[
"あれが仮に翠帳における言語にして見ろ。われわれが、もとの人間の形を備えて、ここを歩行いていられるわけのものじゃないよ。斬るか、斬られるか、真剣抜打の応酬なくんばあるべからざる処を、面壁九年、無言の行だ。――どうだい、御前、この殿様。",
"お止しよ、その御前、殿様は。"
],
[
"あれだからな、仕方をしたり、目くばせしたり、ひたすら、自重謹厳を強要するものだから、止むことを得ず、口を箝した。",
"無理はないよ、殿様は貸本屋を素見したんじゃない。――見合の気だ。"
],
[
"串戯じゃありません。ほほほ。",
"ああ、心臓の波打つ呼吸だぜ、何しろ、今や、シャッターを切らむとする三人の姿勢を崩して、窓口へ飛出したんだ。写真屋も驚いたが、われわれも唖然とした。何しろ、奢るべし、今夜の会には非常なる寄附をしろ。俥がそれなり駆抜けないで、今まで、あの店に居たのは奇縁だ。",
"しかし、我輩は与しない。",
"何を。",
"寂しい、のみならず澄まし切ってる、冷然としたものだ。",
"お上品さ、そこが殿様の目のつけ処よ。"
],
[
"ところで、立向って赴く会場が河岸の富士見楼で、それ、よくこの頃新聞にかくではないか、紅裙さ。給仕の紅裙が飯田町だろう。炭屋、薪屋、石炭揚場の間から蹴出しを飜して顕われたんでは、黒雲の中にひらめく風情さ。羅生門に髣髴だよ。……その竹如意はどうだい。",
"如意がどうした。"
],
[
"綱が切った鬼の片腕……待てよ、鬼にしては、可厭に蒼白い。――そいつは何だ、講釈師がよく饒舌る、天保水滸伝中、笹川方の鬼剣士、平手造酒猛虎が、小塚原で切取って、袖口に隠して、千住の小格子を素見した、内から握って引張ると、すぽんと抜ける、女郎を気絶さした腕に見える。",
"腰の髑髏が言わせますかね。いうことが殺風景に過ぎますよ。",
"殿様、かつぎたまうかな。わはは。"
],
[
"冷く澄んでお上品な処に、ぞっこんというんだから、切った、切ったが気になるんだ。",
"いや、縁はすぐつながるよ。会のかえりに酔払って、今夜、立処に飛込むんだ。おでん、鍋焼、驕る、といって、一升買わせて、あの白い妾。",
"肝腎の文金が、何、それまで居るものか。",
"僕はむしろ妾に与する。"
],
[
"また何か言われそうな気がしますがね、それはそれとしてだね、娘が借りるらしかった――あの小説を見ましたかね。",
"見た、なお且つ早くから知っている。――中味は読まんが、口絵は永洗だ、艶なものだよ。",
"そうだ、いや、それだ。"
],
[
"あの文金だがね、何だか見たようでいて、さっきから思出せなかったが、髑髏が言うので思出した。春頃出たんだ、『閨秀小説』というのがある、知ってるかい。",
"見ないが、聞いたよ。",
"樋口一葉、若松賤子――小金井きみ子は、宝玉入の面紗でね、洋装で素敵な写真よ、その写真が並んだ中に、たしか、あの顔、あの姿が半身で出ていたんだ。",
"私もそうらしいと思うですがね、ほほほ。",
"おかしいじゃないか、それにしちゃ、小説家が、小説を、小説の貸本屋で。",
"ほほほ、私たちだって、画師の永洗の絵を、絵で見るじゃありませんか。",
"あそうか、清麗楚々とした、あの娘が、引抜くと鬼女になる。",
"戻橋だな、扇折の早百合とくるか、凄いぞ、さては曲者だ。"
],
[
"お蝋をあげましてござります。",
"は。"
],
[
"早朝より、ようお詣り……",
"はい。",
"寒じが強うござります、ちとおあがりになって、御休息遊ばせ。"
],
[
"済みません、済みませんでした、お約束の時間におくれッちまいまして。",
"まあ、よくねえ。"
],
[
"これではどうせ――三浜さん、来らっしゃらないと思ったもんですから、参詣を先に済ませて、失礼でしたわ。",
"いいえ、いいえ。",
"何しろこの雪でしょう、それに私などと違って、あなたはお勤めがおありになりますから。",
"ところが、ですの。"
],
[
"この煙とも霧とも靄とも分らない卍巴の中に、ただ一人、薄りとあなたのお姿を見ました時は、いきなり胸で引包んで、抱いてあげたいと思いましたよ。",
"抱かれたい、おほほ。"
],
[
"まあ、月村さん",
"おほほ、三浜さん",
"お元気、お元気……"
],
[
"武器は、薙刀。",
"私は、懐剣。"
],
[
"おお、まあ、天晴れ。",
"と、おっしゃって下すった処で、敵手はお汁粉よ。",
"あなたは。",
"え、私は、塩餡。",
"ご尋常……てまえは、いなか。",
"あとで、鴨雑煮。",
"驕る平家ね、揚羽の蝶のように、まだ釣荵がかかっていますわ。"
],
[
"まあ、長い、黒い、美しい……どこまでも雪の上を。――月村さん、あなたのですよ。",
"いいえ、私。",
"良い薫もするようです。どこかに梅かしら。それ、そうですとも。……頭巾をこぼれて、黒く一筋。",
"すこしは長いといいますけれど、薄いほどだって言われますもの。"
],
[
"気味の悪い?……気味の悪い事があるもんですか。手で引いてごらんなさいよ、ね、それ、触るでしょう、耳の下、ちっと横、手繰って。……そう、そう、すらすらと動きますわ、木戸の外の柳の上まで、まあ。",
"私どうしましょう。",
"結構じゃありませんか、あなたの指から、ああ鬢の中へ。"
],
[
"空から降って来やしないんでしょうか。",
"……空からでしょうよ、池からでしょうよ、天女からお授かりなすったのかも知れませんね、羨しいったらありませんわねえ。"
],
[
"でも、私、小説が上手に出来ますように――笑わないで頂戴……そういって拝んだんですのに。",
"じょうだんじゃありません、かりにもそのくらいなものをお授かりになったんですのに。",
"半分切ってあげましょうか。",
"驚いた……誰方にさ。",
"三浜さんに。",
"まあ。",
"だって、二人でお詣りに来たんですもの。",
"まあ、慾のおあんなさらない、可愛い、それだから私に抱かれようって……ほんとに抱きますよ。",
"あれ、人が居ます、ほほほ。",
"ええ、そう。――もうあそこまで行きました。"
],
[
"――あれ、辻町さんよ、ちょいと。",
"辻……町",
"糸七さんですってば。――つい、取紛れて、いきなり噂をしようって処、おくれちまいましたんですがね、いま、さっき、現にいま……",
"今……"
],
[
"どうしたんでしょう、こんな朝……雪見とでもいうのかしら。",
"あなたもあんまりお嬢さんね。――吉原の事を随筆になすったじゃありませんか。",
"いやです、きまりの悪いこと。……親類に連れられて、浅草から燈籠を見に行っただけなんです、玉菊の、あの燈籠のいわれは可哀ですわね。",
"その燈籠は美しく可哀だし、あの落武者……極っていますよ、吉原がえりの落武者は、みじめにあわれだこと。あの情ない様子ったら。おや、立停りましたよ、また――それ、こっちを見ています。挨拶――およしなさい、連がありますから。どんなことを言出そうも知れません。糸七さん一人だって、あなたは仲が悪いんでしょう。おなじ雑誌に、その随筆の、あの人、悪口を記いたじゃありませんか。",
"よくご存じですこと。"
],
[
"しかし、しかしだね、(雪見と志した処が、まだしも)……何とかいったっけ、そうだ(……まだしも、ふ憫だ。)",
"あわれ、憫然というやつかい。"
],
[
"仰せにゃ及ぶべき。そうよ、誰も矢野がふられたとは言やしない。今朝――先刻のあの形は何だい。この人、帰したくない、とか云って遊女が、その帯で引張るか、階子段の下り口で、遁げる、引く、くるくる廻って、ぐいと胸で抱合った機掛に、頬辺を押着けて、大きな結綿の紫が垂れ掛っているじゃないか。その顔で二人で私を見て、ニヤニヤはどうしたんだ、こっちは一人だぜ。",
"そうずけずけとのたまうな、はははは談じたまうなよ、息子は何でも内輪がいい。……まずお酌だ。"
],
[
"あれはね、いいかい、這般の瑣事はだ、雪折笹にむら雀という処を仕方でやったばかりなんだ。――除の二の段、方程式のほんの初歩さ。人の見ている前の所作なんぞ。――望む処は、ひけ過ぎの情夫の三角術、三蒲団の微分積分を見せたかった……といううちにも、何しろ昨夜は出来が悪いのさ。本来なら今朝の雪では、遊女も化粧を朝直しと来て、青柳か湯豆府とあろう処を、大戸を潜って、迎も待たず、……それ、女中が来ると、祝儀が危い……。一目散に茶屋まで仲之町を切って駆けこんだろう。お同伴は、と申すと、外套なし。",
"そいつは打殺したのを知ってる癖に。",
"萌した悪心の割前の軍用金、分っているよ、分っている……いるだけに、五つ紋の雪びたしは一層あわれだ、しかも借りものだと言ったっけかな。",
"春着に辛うじて算段した、苦生の一張羅さ。",
"苦生?……",
"知ってるじゃないか、月府玄蝉、弁持十二。",
"好い、好い。",
"並んだ中にいつも陰気で、じめじめして病人のようだからといって、上杉先生が、おなじく渾名して――久須利、苦生。",
"ああ、そう、久須利か。",
"くせえというようで悪いから、皆で、苦生、苦生だよ。",
"さてまたさぞ苦る事だろう、ほうしょは折目摺れが激しいなあ。ああ、おやおや、五つ紋の泡が浮いて、黒の流れに藍が兀げて出た処は、まるで、藍瓶の雪解だぜ。",
"奇絶、奇絶。――妙とお言いよ。",
"妙でないよ、また三馬か。",
"いい燗だ。そろそろ、トルストイ、ドストイフスキーが煮えて来た。"
],
[
"しかも件の艶なのが、あまつさえ大概番傘の処を、その浅黄をからめた白い手で、蛇目傘と来た。祝儀なしに借りられますか。且つまたこれを返す時の入費が可恐しい。ここしばらくあてなしなんだからね。",
"そこで、雪の落人となったんだね。私は見得も外聞も要らない。なぜ、この降るのに傘を借りないだろうと、途中では怨んだけれど、外套の頭巾をはずして被せてくれたのには感謝した、烏帽子をつけたようで景気が直った。",
"白く群がる朝返りの中で、土手を下りた処だったな。その頭巾の紐をしめながらどこで覚えたか――一段と烏帽子が似合いて候。――と器用な息子だ。しかも節なしはありがたかった。やがて静の前に逢わせたいよ。",
"静といえば。",
"乗出すなよ。こいつ、昨夜の遊女か。",
"そんなものは名も知らない。てんで顔を見せないんだから。",
"自棄をいうなよ、そこが息子の辛抱どころだ。その遊女に、馴染をつけて、このぬし辻町様(おん箸入)に、象牙が入って、蝶足の膳につかなくっちゃ。……もっともこの箸、万客に通ずる事は、口紅と同じだがね、ははは。",
"おって教授に預ろうよ。そんな事より、私のいうのは、昨夜それ引前を茶屋へのたり込んだ時、籠洋燈の傍で手紙を書いていた、巻紙に筆を持添えて……",
"写実、写実。",
"目の凜とした、一の字眉の、瓜実顔の、裳を引いたなり薄い片膝立てで黒縮緬の羽織を着ていた、芸妓島田の。",
"うむ、それだ。それは婀娜なり……それに似て、これは素研清楚なり、というのを不忍の池で。……"
],
[
"さあ、お酌だ。重ねたり。",
"あれは、内芸者というんだろう。ために傘を遠慮した茶屋の女房なぞとは、較べものにならなかったよ。",
"よくない、よくない量見だ。"
],
[
"何だ、中味は芋※(くさかんむり/哽のつくり)殻か、下手な飜訳みたいだね。",
"そういうなよ、漂母の餐だよ。婆やの里から来たんだよ。",
"それだから焼芋を主張したのに、ほぐして入れると直ぐに実になる。",
"仲之町の芸者の噂のあとへ、それだけは、その、焼芋、焼芋だけはあやまるよ。"
],
[
"番町さん。",
"…………",
"泉さん。"
],
[
"床屋へお入んなったのを……どうもそうらしいと思ったもんですから、お帰り時分を待っていたの、寄ってらっしゃいよ。",
"は、いや、その。"
],
[
"お可厭。",
"飛んでもない。",
"あら、ご挨拶。",
"飛んでもない。可厭なものかね。",
"お世辞のいいこと、熱燗も存じております。どうぞ――さあいらっしゃい。"
],
[
"お紅茶?",
"いや、酒です、燗を熱く。",
"分っていますわ。",
"それから、勿論食べます。",
"お無駄をなさらないでも。",
"食べますとも、空腹です。そこで、お任せ、という処だけれど、鳥を。",
"蒸焼にしましょう、よく、火を通して。"
],
[
"はてな、や、忘れた。",
"え。",
"下足札。"
],
[
"さあ。(あたりを忍び目、カーテンばかり。)ちょっと一杯ぐらい……お盃洗がなくて不可ませんわね。",
"いや、特に感謝します、結構です。",
"あの、番町さん。私あの辺を知っていますわ。――学院の出ですもの。",
"ほう、すると英学者だ、そのお酌では恐縮です、が超恐縮で、光栄です。"
],
[
"ご念の入った事で……光栄です、ありがたい。",
"……お気にめして……おいしいこと。……まあ、嬉しい。それはね、手で持って、めしあがって、結構よ。",
"構いませんか、そいつは可い、光栄です。"
],
[
"おうう、こんな事で。……光栄です。",
"お給仕の分もついておりますから、ご心配なく。",
"いよいよ光栄です。"
],
[
"糸的。",
"ええ、驚いた。"
],
[
"――賛成だ、至極いいよ。私たち風来とは違って、矢野には学士の肩書がある。――御縁談は、と来ると、悪く老成じみるが仕方がない……として、わけなく絡るだろうと思うがね、実はこのお取次は、私じゃ不可いよ。",
"そう、そう、そう来るだろうと思ったんだ。が、こうなれば刺違えても今更糸的に譲って、指を銜えて、引込みはしない。"
],
[
"対手は素人だ、憚りながら。",
"昨夜振られてもかい。",
"勿論。",
"直言を感謝す。"
],
[
"人壮んなる時は、娘に勝ち、人衰うる時は女房が欲しい。……その意気だ。が、そうすると、話に乗ってくれるのに、また何が不都合だろう。",
"月村と性が合わないんだ。先方は言うまでもなかろうが、私も虫が好かないんだ。前にね、月村が随筆を書いた事がある。燈籠見に誘われて、はじめて廓を覗いたというんだがね、雑誌の編輯でも、女というと優待するよ。――年方の挿絵でね、編中の見物の中に月村の似顔の娘が立っている。",
"素晴しいね。早速捜そう。",
"見るんなら内にあるよ。その随筆だがね、足が土についていない。お高く中洲の中二階、いや三階あたりに。――政党出の府会議員――一雪の親だよ――その令嬢が、自分一人。女は生れさえすりゃ誰でも処女だ、純潔だのに、一人で純潔がって廓の売色を、汚れた、頽れた、浅ましい、とその上に、余計な事を、あわれがって、慈善家がって、異う済まして、ツンと気取った。",
"おおおお念入りだ。",
"そいつが癪に障ったから。――折から、焼芋(訂正)真珠を、食過ぎたせいか、私が脚気になってね。",
"色気がないなあ。",
"祖母に小豆を煮て貰って、三度、三度。",
"止せよ、……今、酒を追加する……小豆は意気を銷沈せしめる。",
"意気銷沈より脚気衝心が可恐かったんだ。――そこで、その小豆を喰いながら、私らが、売女なら、どうしよってんだい、小姐さん、内々の紐が、ぶら下ったり、爪の掃除をしない方が、余程汚れた、頽れた、浅ましい。……塩みがきの私らを大きにお世話だ、お茶でもあがれ、とべっかっこをして見せた。",
"そうだろう、べっかっこでなくっちゃ筋は通らない。まともに弁じて、汚れた売女を憎んだのじゃない、あわれんだに……無理はないから。",
"勿論、つけた題が『べっかっこ。』さ――",
"見たいな、糸七……本名か。",
"まさか――署名は――江戸町河岸の、紫。おなじ雑誌の翌月の雑録さ。令嬢は随。……野郎は雑。――編輯部の取扱いが違うんだ。",
"辛うじて一坂越したよ、お互に、静かに、静かに。"
],
[
"話はおかしいが、大心配な事が出来た。糸的の先生、上杉さんは、その様子じゃ大分一雪女史が贔屓らしい。あの容色で、しんなりと肩で嬌態えて、机の傍よ。先生が二階の時なぞは、令夫人やや穏ならずというんじゃないかな。",
"串戯じゃない、片田舎の面疱だらけの心得違の教員なぞじゃあるまいし、女の弟子を。失礼だ。",
"失礼、結構、失礼で安心した。しかし、一言でそうむきになって、腰のものを振廻すなよ。だから振られるんだ、遊女持てのしない小道具だ。淀屋か何か知らないが、黒の合羽張の両提の煙草入、火皿までついてるが、何じゃ、塾じゃ揃いかい。",
"先生に貰ったんだ。弁持と二人さ、あとは巻莨だからね。",
"何しろ真田の郎党が秘し持った張抜の短銃と来て、物騒だ。",
"こんなものを物騒がって、一雪を細君に……しっかりおしよ。月村はね、駿河台へ通って、依田学海翁に学んでいるんだ。"
],
[
"まさか剣術じゃあるまいな。それじゃ、僧正坊の術譲りと……そうか、言わずとも白氏文集。さもありなん、これぞ淑女のたしなむ処よ。",
"違う違う、稗史だそうだ。",
"まさか、金瓶梅……",
"紅楼夢かも知れないよ。",
"何だ、紅楼夢だ。清代第一の艶書、翁が得意だと聞いてはいるが、待った、待った。"
],
[
"学海説一雪紅楼夢――待った、待った、第一の艶書を、あの娘に説かれては穏かでない。",
"教ゆ。授く。",
"……教ゆ。授く。気になる、気になる。",
"施す。",
"……施す、妙だ。いや、待った。待った。"
],
[
"安心するがいい。誰が紅楼夢だときめたよ、一人で慌てているんじゃないか。一雪の習ってるのは水滸伝だとさ、白文でね。",
"何、水滸伝。はてな、妙齢の姿色、忽然として剣侠下地だ、うっかりしちゃいられない。"
],
[
"三枚目だな、我がお京さんを誰だと思うよ、取るに足らず。すると、まず、どこにも敵の心配はなしか。",
"……ところがある、あるんだ! 一人ある。"
],
[
"驚破、驚破、その短銃という煙草入を意気込んで持直した、いざとなると、やっぱり、辻町が敵なのか。",
"噴出さしちゃ不可いぜ。私は最初から、気にも留めていなかった、まったくだ。いまこう真剣となると、黙っちゃいられない。対手がある、美芸青雲派の、矢野も知ってる名高い絵工だ。"
],
[
"――野土青麟だよ。",
"あ、野土青麟か。",
"うむ、野土青麟だ。およそ世の中に可厭な奴。",
"当代無類の気障だ。"
],
[
"図かい。",
"図だよ。",
"見料は高かろう。"
],
[
"聞いちゃおられん、そ、そいつが我がお京さんを。",
"痛い、痛い。",
"あ、何度めだい、また握手した。糸的もよく一息に饒舌ったなあ。"
],
[
"少からず煩いな、いつからだね、そんな事のはじまってるのは。",
"初冬から年末……ははは、いやに仲人染みたぜ……そち以来だそうだ。",
"……だそうじゃ不可いよ、冷淡だよ、友達効のない。",
"頼まれたのは、今日はじめてじゃないか。",
"それにしても冷淡過ぎるよ。――したたかに中洲へ魔手が伸びているのに。",
"私は中洲が煮て喰われようが、焼いて……不可い、人道の問題だ。ただし、呼出されようが、出されまいが、喰わそうが喰わすまいが、一雪の勝手だから、そんな事は構っちゃいられん。……不首尾重って途絶えているけれど、中洲より洲崎の遊女が大切なんだ。しかし、心配は要るまいと思う。荷高の偵察によれば――不思議な日、不思議な場合、得も知れない悪臭い汚い点滴が頬を汚して、一雪が、お伽堂へ駆込んだ時、あとで中洲の背後へ覆被さった三人の中にも、青麟の黒い舌の臭気が頬にかかった臭さと同じだ、というのを、荷高が、またお時から、又聞、孫引に聞いている。お時でさえ黄水を吐く。一雪は舐められると血を吐くだろう、話にはなりゃしないよ。"
],
[
"いやいや、そうでない。すべて悲劇はそこらで起る。不思議に、そんな縁の――万々一あるまいが――結ばる事が、事実としてありかねない。予感が良くない。胸が騒ぐ。……糸ちゃん、すぐにもお伽堂とかへ行って。",
"そいつは、そいつは不可い……",
"なぜだよ、どうもお伽堂というのは、糸的の知合からはじまった事らしいのに、妙に自分を除外して、荷高ばかりを廻しているし、第一、中洲がだね、二三度、その店へ行きながら、糸的のうわさなぞをしないらしいのは、おかしいじゃないか。",
"ちっともしない、何にも言わない。またこっちも、うわさなんかして貰いたくないんだよ。"
],
[
"誰だい、髑髏かい、竹如意かい。",
"また急込むよ。中洲の話になってからというものは、どうも、骨董はあせって不可い。話の続きでも知れてるじゃないか。……高利の借りぬし、かくいう牛骨、私とそれに弁持十二さ。",
"何だ二人でか、まさか、そんな竹如意、髑髏の亜流のごとき……",
"黙るよ、私は。失礼な、素人を馬鹿な、誰が失礼を。",
"はやまった、言のはずみだ、逸外った。その短銃を、すぐに引掴んで引金を捻くるから殺風景だ。",
"けれどもね。実は、その時の光景というのが、短銃と短刀同然だったよ。弁持と二人で、女房を引挟んで。"
],
[
"出直しだ、出直しだ。この上はただ、偏に上杉さんに頼むんだ。……と云って俺も若いものよ。あの娘を拝むとも言いたくないから、似合いだとか、頃合いだとか、そこは何とか、糸的の心づもりで、糸的の心からこの縁談を思いついたようによ、な、上杉さんに。",
"分ったよ。",
"直ぐにも頼む、もう、あの娘は俺の命だから、あの娘なしには半日も――午砲! までも生きられない。ううむ。"
],
[
"討死したな。……何も功徳だ、すぐにも先生の許へ駆附けよう。――湯に行きたいな。",
"勿論よ。清めてくれ。――婆や、湯に行く支度だ。婆や婆や。",
"ふええ。",
"あれだ、聞いたか――池の端茅町の声でないよ、麻布狸穴の音だ。ああ、返事と一所に、鶯を聞きたいなあ。"
],
[
"昨夜ふられているんだい。",
"おや。"
],
[
"こいつ、こいつ。――しかし、さすがに上杉先生のお仕込みだ、もてたと言わない。何だ、見ろ。耳朶に女の髪の毛が巻きついているじゃないか。",
"頭巾を借りて被ったから、矢野のだよ。ああ、何だか、急に、むずむずする。"
],
[
"チチーン、シャン、チチチ、チチチン。(鼓の口真似)ポン、ポン、大宅の太郎は目をさまし……ぼんやりしないでさ。",
"馬鹿、雑巾がないじゃないか。",
"まあ、この私とした事が、ほんにそうでござんした、おほほ。"
],
[
"ね。",
"よして、よして下さい。罰が、罰が当る。",
"罰の当りますのは私の方です、私の方です。"
],
[
"――牛込の料理屋へ、跣足で雨の中をおいでなさいました。あの時にも、おみあしを洗って上げたかったんです。",
"何の事です、あれは先生の用で駆けつけたんです。",
"でも、それだって。",
"不可い不可い、不可ません。あなたの罰はともかくも、御両親の罰が当る――第一何の洒落です。",
"洒落……"
],
[
"きれいなお姉ちゃん、少しお動きよ。",
"はい、動きましょう。"
],
[
"これ、雑巾のおうつりです。",
"あら、あら、私に。",
"でも新しいんですから。"
],
[
"さてこそさてこそ、この旗を所持なすからは、問うに及ばず、将門が忘れがたみ、滝夜叉姫であろうがな。",
"何だ、あべこべじゃないか、違ってら。",
"チエエ、残念や、口おしや、かくなるうえは何をかつつまん、まこと我こそ――滝夜叉なるわ。どろんどろん、"
],
[
"辻町さん……私を折檻して、折檻して下さいまし。折檻して下さいまし。",
"何、折檻。",
"ええ。",
"折檻、あなたはおよそ折檻ということを、知っていますか。あなたの身で、そのおからだで折檻という言葉をさえ知っていますか、本では読み話では聞いて、それは知っていらっしゃるかも知れませんが、何をいうんです。"
],
[
"何よりか、あの、何より先に、申訳がありません。あなたのお内へお許しも受けないで、お言葉も受けないで、勝手に上って来たんですもの。",
"そんな、そんな事、何、こんな内、上るにも、踏むにも、ごらんの通り、西瓜の番小屋でもありゃしません、南瓜畑の物置です。",
"いいえ、いいえ、私だって、幾度も、お玄関で。",
"あやまります、恐入ります。お玄関は弱り果てます。",
"おうかがいはしたんですけれど、しんとして、誰方のお声も聞えません。",
"すぐ開き扉一つの内に、祖母が居ますが、耳が遠い。",
"あれ、お祖母様にも失礼な、どうしたら可いでしょう。……それに、御近所の方、おかみさんたちが多勢、井戸端にも、格子外にも、勝手口にも、そうしてあの、花嫁、花嫁。……",
"今も居ます。現に居ます、ごめんなさい。談じます。談判します、打なぐります、花嫁だなんて失礼な。",
"あれ、あなた、そんな気ではありません。極りが悪くて、極りが悪くて、外へ出られないもんですから、お内へ入ってかくれました。それだし、ただ、人の口の端の串戯だけでも、嫁だなぞと、あなたのお耳へ入ったらどうしようと、私……私を見て、庭へ出ておしまいなさいますし、私、死にたくなりました。"
],
[
"あなたの吉原の随筆は、たしか、題は『あさましきもの。』でしたね。私が飛んだ『べッかッこ』をした。",
"もう、どうぞ。"
],
[
"大目玉を頂きましたよ、先生に。",
"もうどうぞ、ご堪忍。"
],
[
"はい、はい。",
"辻町さんに……",
"…………",
"糸七さんに……"
],
[
"そんな事いったって、分りませんよ。",
"……お孫さんに。……",
"はい。",
"いろいろとお世話になります。",
"……孫めは幸福、お綺麗なお客様で、ばばが目にも枯樹に花じゃ。ほんにこの孫の母親、わしには嫁ごじゃ。江戸から持ってござっての、大事にさしゃった錦絵にそのままじゃ。後の節句にも、お雛様に進ぜさした、振出しの、有平、金米糖でさえ、その可愛らしいお口よごしじゃろうに、山家在所の椎の実一つ、こんなもの。"
],
[
"お祖母様、いまに可愛い嫁菜が咲きます。",
"嫁菜がの、嬉しやの、あなたのような、のう。"
],
[
"お祖母さん、お祖母さん、お祖母さん、そんな事より、仏間へ行って、この、きれいな、珍らしいお客様の見えた事を、父、母に話して下さい。",
"おいの、そうじゃの。"
],
[
"お祖母様。",
"……おお、食べてくださるかの。",
"おいしい……"
],
[
"喧嘩せまい、喧嘩せまい。何じゃ、この、孫めがまた……",
"――お祖母さん、芝居の話をしていたんです、それが悲しいもんですから。",
"それは、それは……嫁ごもの、芝居が何より好きでござったよ。たんと、ゆっくり話さっしゃい。……ほんにの、お蒲団もない。道中にも、寝床にも被るのなれど、よう払うてなと進ぜましょう。"
],
[
"祖母の失言をあやまります。",
"勿体ない。私は嬉しゅう存じました。"
],
[
"…………",
"私……しばらくお別れに来たんです。",
"……旅行――遠方へ。",
"いいえ。"
],
[
"あの方、お断りしてしまいました、他所へ嫁に参ります。",
"他所へ。……おきき申すのも変ですが。"
],
[
"あなたが、あなたが、私を――矢野さんにお媒妁なすった事を聞きました口惜しさに――女は、何をするか私にも分りません――あなたが世の中で一番お嫌いだという青麟に、結納を済ませたんです。",
"…………",
"辻町さん、よく存じております、知っていたんです。お嫌いなさいますのも、お憎しみも分っています。いますけれど、思う方、慕う方が、その女を余所へ媒妁なさると聞いた時の、その女の心は、気が違うよりほかありません。"
],
[
"危え、危え、ええ危えというに、やい、小阿魔女め。",
"何を小癪な……チンツン"
]
] | 底本:「泉鏡花集成10」ちくま文庫、筑摩書房
1996(平成8)年7月24日第1刷発行
底本の親本:「鏡花全集 第二十四卷」岩波書店
1940(昭和15)年6月30日発行
入力:門田裕志
校正:染川隆俊
2008年10月24日作成
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。
| {
"作品ID": "003663",
"作品名": "薄紅梅",
"作品名読み": "うすこうばい",
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"公開日": "2008-11-22T00:00:00",
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"姓読み": "いずみ",
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"姓読みソート用": "いすみ",
"名読みソート用": "きようか",
"姓ローマ字": "Izumi",
"名ローマ字": "Kyoka",
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"生年月日": "1873-11-04",
"没年月日": "1939-09-07",
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"底本名1": "泉鏡花集成10",
"底本出版社名1": "ちくま文庫、筑摩書房",
"底本初版発行年1": "1996(平成8)年7月24日 ",
"入力に使用した版1": "1996(平成8)年7月24日第1刷 ",
"校正に使用した版1": "1996(平成8)年7月24日第1刷",
"底本の親本名1": "鏡花全集 第二十四卷",
"底本の親本出版社名1": "岩波書店",
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[
[
"さて……悦びのあまり名物の焼蛤に酒汲みかわして、……と本文にある処さ、旅籠屋へ着の前に、停車場前の茶店か何かで、一本傾けて参ろうかな。(どうだ、喜多八。)と行きたいが、其許は年上で、ちとそりが合わぬ。だがね、家元の弥次郎兵衛どの事も、伊勢路では、これ、同伴の喜多八にはぐれて、一人旅のとぼとぼと、棚からぶら下った宿屋を尋ねあぐんで、泣きそうになったとあるです。ところで其許は、道中松並木で出来た道づれの格だ。その道づれと、何んと一口遣ろうではないか、ええ、捻平さん。",
"また、言うわ。"
],
[
"遣れよ、さあ、(戻馬乗らんせんか、)と、後生だから一つ気取ってくれ。",
"へい、(戻馬乗らせんか、)と言うでございますかね、戻馬乗らんせんか。"
],
[
"ヤレコリャ車なんぞ、よオしよし。",
"いや、よしではない。"
],
[
"いや、まず一つ、(よヲしよし、)と切出さんと、本文に合わぬてさ。処へ喜多八が口を出して、(しょうろく四銭で乗るべいか。)馬士が、(そんなら、ようせよせ。)と言いやす、馬がヒインヒインと嘶う。",
"若いもの、その人に構うまい。車を早く。川口の湊屋と言う旅籠屋へ行くのじゃ。",
"ええ、二台でござりますね。"
],
[
"湊屋だえ、",
"おいよ。"
],
[
"さあ、まあ、お当りなさりまし。",
"難有え、"
],
[
"世の中にゃ、こんな炭火があると思うと、里心が付いてなお寒い。堪らねえ。女房さん、銚子をどうかね、ヤケという熱燗にしておくんなさい。ちっと飲んで、うんと酔おうという、卑劣な癖が付いてるんだ、お察しものですぜ、ええ、親方。",
"へへへ、お方、それ極熱じゃ。"
],
[
"湊屋、湊屋、湊屋。この土地じゃ、まああすこ一軒でござりますよ。古い家じゃが名代で。前には大きな女郎屋じゃったのが、旅籠屋になったがな、部屋々々も昔風そのままな家じゃに、奥座敷の欄干の外が、海と一所の、大い揖斐の川口じゃ。白帆の船も通りますわ。鱸は刎ねる、鯔は飛ぶ。とんと類のない趣のある家じゃ。ところが、時々崖裏の石垣から、獺が這込んで、板廊下や厠に点いた燈を消して、悪戯をするげに言います。が、別に可恐い化方はしませぬで。こんな月の良い晩には、庭で鉢叩きをして見せる。……時雨れた夜さりは、天保銭一つ使賃で、豆腐を買いに行くと言う。それも旅の衆の愛嬌じゃ言うて、豪い評判の好い旅籠屋ですがな、……お前様、この土地はまだ何も知りなさらんかい。",
"あい、昨夜初めてこっちへ流込んで来たばかりさ。一向方角も何も分らない。月夜も闇の烏さね。"
],
[
"御串戯もんですぜ、泊りは木賃と極っていまさ。茣蓙と笠と草鞋が留守居。壁の破れた処から、鼠が首を長くして、私の帰るのを待っている。四五日はこの桑名へ御厄介になろうと思う。……上旅籠の湊屋で泊めてくれそうな御人品なら、御当家へ、一夜の御無心申したいね、どんなもんです、女房さん。",
"こんなでよくば、泊めますわ。"
],
[
"今時どうしたえ、三十日でもありもせんに。……お師匠さん。",
"師匠じゃないわ、升屋が懸じゃい。",
"そないに急に気になるなら、良人、ちゃと行って取って来い。"
],
[
"按摩が通る……女房さん、",
"ええ、笛を吹いてですな。",
"畜生、怪しからず身に染みる、堪らなく寒いものだ。"
],
[
"一ツこいつへ注いでおくんな、その方がお前さんも手数が要らない。",
"何んの、私はちっとも構うことないのですえ。",
"いや、御深切は難有いが、薬罐の底へ消炭で、湧くあとから醒める処へ、氷で咽喉を抉られそうな、あのピイピイを聞かされちゃ、身体にひびっ裂がはいりそうだ。……持って来な。"
],
[
"まあな、だけれどな、無理酒おしいなえ。沢山、あの、心配する方があるのですやろ。",
"お方、八百屋の勘定は。"
],
[
"取りに来たらお払いやすな。",
"ええ……と三百は三銭かい。"
],
[
"何んです。",
"立続けにもう一つ。そして後を直ぐ、合点かね。",
"あい。合点でございますが、あんた、豪い大酒ですな。",
"せめて酒でも参らずば。"
],
[
"あれ、あんた、鹿の雌雄ではあるまいし、笛の音で按摩の容子は分りませぬもの。",
"まったくだ。"
],
[
"千年の桑かの。川の底も料られぬ。燈も暗いわ、獺も出ようず。ちと懲りさっしゃるが可い。",
"さん候、これに懲りぬ事なし。"
],
[
"いや、翁寂びた事を言うわ。",
"それそれ、たったいま懲りると言うた口の下から、何んじゃ、それは。やあ、見やれ、其許の袖口から、茶色の手の、もそもそとした奴が、ぶらりと出たわ、揖斐川の獺の。",
"ほい、"
],
[
"何んじゃそれは。",
"ははははは、拙者うまれつき粗忽にいたして、よくものを落す処から、内の婆どのが計略で、手袋を、ソレ、ト左右糸で繋いだものさね。袖から胸へ潜らして、ずいと引張って両手へ嵌めるだ。何んと恐しかろう。捻平さん、かくまで身上を思うてくれる婆どのに対しても、無駄な祝儀は出せませんな。ああ、南無阿弥陀仏。",
"狸めが。"
],
[
"へい、御飯は召あがりますか。",
"まず酒から飲みます。",
"あの、めしあがりますものは?",
"姉さん、ここは約束通り、焼蛤が名物だの。"
],
[
"そのな、焼蛤は、今も町はずれの葦簀張なんぞでいたします。やっぱり松毬で焼きませぬと美味うござりませんで、当家では蒸したのを差上げます、味淋入れて味美う蒸します。",
"ははあ、栄螺の壺焼といった形、大道店で遣りますな。……松並木を向うに見て、松毬のちょろちょろ火、蛤の煙がこの月夜に立とうなら、とんと竜宮の田楽で、乙姫様が洒落に姉さんかぶりを遊ばそうという処、また一段の趣だろうが、わざとそれがために忍んでも出られまい。……当家の味淋蒸、それが好かろう。"
],
[
"あのな、蛤であがりますか。",
"いや、箸で食いやしょう、はははは。"
],
[
"あれ、あなたは弥次郎兵衛様でございますな。",
"その通り。……この度の参宮には、都合あって五二館と云うのへ泊ったが、内宮様へ参る途中、古市の旅籠屋、藤屋の前を通った時は、前度いかい世話になった気で、薄暗いまで奥深いあの店頭に、真鍮の獅噛火鉢がぴかぴかとあるのを見て、略儀ながら、車の上から、帽子を脱いでお辞儀をして来た。が、町が狭いので、向う側の茶店の新姐に、この小兀を見せるのが辛かったよ。"
],
[
"ほほ、ほほ。",
"あはは。"
],
[
"いや、この方は陰々としている。",
"その方が無事で可いの。"
],
[
"しかし思いつきじゃ、私はどうもこの寝つきが悪いで、今夜は一つ枕許の行燈で読んでみましょう。",
"止しなさい、これを読むと胸が切って、なお目が冴えて寝られなくなります。",
"何を言わっしゃる、当事もない、膝栗毛を見て泣くものがあろうかい。私が事を言わっしゃる、其許がよっぽど捻平じゃ。"
],
[
"蛤は直きに出来ます。",
"可、可。",
"何よりも酒の事。"
],
[
"姉や、心を切ったり。",
"はい。"
],
[
"豪いぞ、金盥まで持ち出いたわ、人間は皆裾が天井へ宙乗りして、畳を皿小鉢が躍るそうな。おおおお、三味線太鼓が鎬を削って打合う様子じゃ。",
"もし、お騒がしゅうござりましょう、お気の毒でござります。ちょうど霜月でな、今年度の新兵さんが入営なさりますで、その送別会じゃ言うて、あっちこっち、皆、この景気でござります。でもな、お寝ります時分には時間になるで静まりましょう。どうぞ御辛抱なさいまして。",
"いやいや、それには及ばぬ、それには及ばぬ。"
],
[
"誰も居やはらぬ言うてでやんした。",
"かいな、旦那さん、お気の毒さまでござります。狭い土地に、数のない芸妓やによって、こうして会なんぞ立込みますと、目星い妓たちは、ちゃっとの間に皆出払います。そうか言うて、東京のお客様に、あんまりな人も見せられはしませずな、容色が好いとか、芸がたぎったとかいうのでござりませぬとなあ……",
"いや、こうなっては、宿賃を払わずに、こちとら夜遁をするまでも、三味線を聞かなきゃ納まらない。眇、いぐちでない以上は、古道具屋からでも呼んでくれ。",
"待ちなさりまし。おお、あの島屋の新妓さんならきっと居るやろ。聞いて見や。喜野、ソレお急ぎじゃ、廊下走って、電話へ掛れや。"
],
[
"飛んだ合せかがみだね、人死が出来て堪るものか。第一、芸妓屋の前へは、うっかり立てねえ。",
"なぜえ。"
],
[
"あれ、芸が身を助けると言う、……お師匠さん、あんた、芸妓ゆえの、お身の上かえ。……ほんにな、仇だすな。",
"違った! 芸者の方で、私が敵さ。"
],
[
"噂をすれば、芸妓はんが通りまっせ。あんた、見たいなら障子を開けやす……そのかわり、敵打たりょうと思うてな。",
"ああ、いつでも打たれてやら。ちょッ、可厭に煩く笛を吹くない。"
],
[
"沢山出なさるかな。",
"まあ、こんの饂飩のようには行かぬで。",
"その気で、すぐに届けますえ。"
],
[
"そうさ、いかに伊勢の浜荻だって、按摩の箱屋というのはなかろう。私もなかろうと思うが、今向う側を何んとか屋の新妓とか云うのが、からんころんと通るのを、何心なく見送ると、あの、一軒おき二軒おきの、軒行燈では浅葱になり、月影では青くなって、薄い紫の座敷着で、褄を蹴出さず、ひっそりと、白い襟を俯向いて、足の運びも進まないように何んとなく悄れて行く。……その後から、鼠色の影法師。女の影なら月に地を這う筈だに、寒い道陸神が、のそのそと四五尺離れた処を、ずっと前方まで附添ったんだ。腰附、肩附、歩行く振、捏っちて附着けたような不恰好な天窓の工合、どう見ても按摩だね、盲人らしい、めんない千鳥よ。……私あ何んだ、だから、按摩が箱屋をすると云っちゃ可笑い、盲目になった箱屋かも知れないぜ。",
"どんな風の、どれな。"
],
[
"ほんとなら、どうおしる。貴下、そんなに按摩さんが恋しいかな。",
"恋しいよ! ああ、"
],
[
"一つ頼もう。女房さん、済まないがちょいと借りるぜ。",
"この畳へ来て横におなりな。按摩さん、お客だす、あとを閉めておくんなさい。",
"へい。"
],
[
"待ちこがれたもんだから、戸外を犬が走っても、按摩さんに見えたのさ。こう、悪く言うんじゃないぜ……そこへぬっくりと顕れたろう、酔っている、幻かと思った。",
"ほんに待兼ねていなさったえ。あの、笛の音ばかり気にしなさるので、私もどうやら解めなんだが、やっと分ったわな、何んともお待遠でござんしたの。",
"これは、おかみさま、御繁昌。",
"お客はお一人じゃ、ゆっくり療治してあげておくれ。それなりにお寝ったら、お泊め申そう。"
],
[
"うまい、まずいを言うのじゃない。いつの幾日にも何時にも、洒落にもな、生れてからまだ一度も按摩さんの味を知らないんだよ。",
"まあ、あんなにあんた、こがれなさった癖に。",
"そりゃ、張って張って仕様がないから、目にちらつくほど待ったがね、いざ……となると初産です、灸の皮切も同じ事さ。どうにも勝手が分らない。痛いんだか、痒いんだか、風説に因ると擽ったいとね。多分私も擽ったかろうと思う。……ところがあいにく、母親が操正しく、これでも密夫の児じゃないそうで、その擽ったがりようこの上なし。……あれ、あんなあの、握飯を拵えるような手附をされる、とその手で揉まれるかと思ったばかりで、もう堪らなく擽ったい。どうも、ああ、こりゃ不可え。"
],
[
"何んと、まあ、可愛らしい。",
"同じ事を、可哀想だ、と言ってくんねえ。……そうかと言って、こう張っちゃ、身も皮も石になって固りそうな、背が詰って胸は裂ける……揉んでもらわなくては遣切れない。遣れ、構わない。"
],
[
"さあ按摩さん。",
"ええ、",
"女房さん酌いどくれよ!"
],
[
"踊もかい。",
"は……い、",
"泣くな、弱虫、さあ一つ飲まんか! 元気をつけて。向後どこへか呼ばれた時は、怯えるなよ。気の持ちようでどうにもなる。ジャカジャカと引鳴らせ、糸瓜の皮で掻廻すだ。琴も胡弓も用はない。銅鑼鐃鈸を叩けさ。簫の笛をピイと遣れ、上手下手は誰にも分らぬ。それなら芸なしとは言われまい。踊が出来ずば体操だ。一、"
],
[
"捻平さん、捻さん。",
"おお。"
],
[
"何も道中の話の種じゃ、ちょっと見物をしようと思うね。",
"まず、ご免じゃ。",
"さらば、其許は目を瞑るだ。",
"ええ、縁起の悪い事を言わさる。……明日にも江戸へ帰って、可愛い孫娘の顔を見るまでは、死んでもなかなか目は瞑らぬ。",
"さてさて捻るわ、ソレそこが捻平さね。勝手になされ。さあ、あの娘立ったり、この爺様に遠慮は入らぬぞ。それ、何にも芸がないと云うて肩腰をさすろうと卑下をする。どんな真似でも一つ遣れば、立派な芸者の面目が立つ。祝儀取るにも心持が可かろうから、是非見たい。が、しかし心のままにしなよ、決して勤を強いるじゃないぞ。",
"あんなに仰有って下さるもの。さあ、どんな事するのや知らんが、まずうても大事ない、大事ない、それ、支度は入らぬかい。",
"あい、"
],
[
"まず、どうして、誰から、御身は習うたの。",
"はい、"
],
[
"いや、よく分った。教え方も、習い方も、話されずとよく分った。時に、山田に居て、どうじゃな、その舞だけでは勤まらなんだか。",
"はい、はじめて謡いました時は、皆が、わっと笑うやら、中には恐い怖いと云う人もござんす。なぜ言うと、五日ばかり、あの私がな、天狗様に誘い出された、と風説したのでござんすから。",
"は、いかにも師匠が魔でなくては、その立方は習われぬわ。むむ、で、何かの、伊勢にも謡うたうものの、五人七人はあろうと思うが、その連中には見せなんだか。",
"ええ、物好に試すって、呼んだ方もありましたが、地をお謡いなさる方が、何じゃやら、ちっとも、ものにならぬと言って、すぐにお留めなさいましたの。",
"ははあ、いや、その足拍子を入れられては、やわな謡は断れて飛ぶじゃよ。ははははは、唸る連中粉灰じゃて。かたがたこの桑名へ、住替えとやらしたのかの。",
"狐狸や、いや、あの、吠えて飛ぶ処は、梟の憑物がしよった、と皆気違にしなさいます。姉さんも、手放すのは可哀相や言って下さいましたけれど、……周囲の人が承知しませず、……この桑名の島屋とは、行かいはせぬ遠い中でも、姉さんの縁続きでござんすから、預けるつもりで寄越されましたの。",
"おお、そこで、また辛い思をさせられるか。まずまず、それは後でゆっくり聞こう。……そのお娘、私も同一じゃ。天魔でなくて、若い女が、術をするわと、仰天したので、手を留めて済まなんだ。さあ、立直して舞うて下さい。大儀じゃろうが一さし頼む。私も久ぶりで可懐しい、御身の姿で、若師匠の御意を得よう。"
],
[
"平に、それは。",
"いや、蒲団の上では、お流儀に失礼じゃ。",
"は、その娘の舞が、甥の奴の俤ゆえに、遠慮した、では私も、"
]
] | 底本:「泉鏡花集成6」ちくま文庫、筑摩書房
1996(平成8)年3月21日第1刷発行
底本の親本:「鏡花全集」岩波書店
1942(昭和17)年7月刊行開始
※底本で句点が抜けている箇所は親本を参照して補いました。
※誤植を疑った箇所はちくま日本文学全集を参照しました。
入力:門田裕志
校正:砂場清隆
2002年1月9日公開
2005年9月25日修正
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。
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"作品ID": "003587",
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[
[
"来ましたよ。",
"二人きりですね。"
],
[
"汽車が出ないと向うへは渡られませんよ。",
"成程。線路を突切って行く仕掛けなんです。"
],
[
"ちょっと、伺いますが。",
"はあ?"
],
[
"その辺に旅籠屋はありましょうか。",
"はあ、別に旅籠屋と言って、何ですな、これから下へ十四五町、……約半道ばかり行きますと、湯の立つ家があるですよ。外は大概一週間に一度ぐらいなものですでなあ。",
"あの風呂を沸かしますのが。",
"さよう。",
"難有う――少しどうも驚きました。とにかく、そこいらまで歩いてみましょう。"
],
[
"どうです、いっそここへ蹲んで、壜詰の口を開けようじゃありませんか。",
"まさか。"
],
[
"退却……",
"え、安達ヶ原ですか。"
],
[
"いいえ爺さんですがね、一人土間で草鞋を造っていましてね。何だ、誰じゃいッて喚くんです。",
"いや、それは恐縮々々。",
"まことに済みません。発起人がこの様子で。"
],
[
"これは少々酷過ぎますね。",
"ここまで来れば、あと一辛抱で、もうちとどうにかしたのがありましょう。"
],
[
"相談は整いました。",
"それは難有い。",
"きあ、二階へどうぞ……何しろ汚いんでございますよ。"
],
[
"何しろこの体なんですから。",
"結構ですとも、行暮れました旅の修行者になりましょうね。",
"では、そのおつもりで――さあ、上りましょう。"
],
[
"お気をつけなさいましよ……お頭をどうぞ……お危うございますよ、お頭を。",
"何に。"
],
[
"はあ。",
"何ですか、この辺には、あわれな、寂しい、物語がありそうな処ですね。あの、月宵鄙物語というのがあります、御存じでしょうけれど。",
"いいえ。"
],
[
"お待遠様、……済みません。",
"どういたしまして、飛んだ御無理をお願い申して。"
],
[
"一昨晩の今頃は、二かさも三かさも大い、真円いお月様が、あの正面へお出なさいましてございますよ。あれがね旦那、鏡台山でございますがね、どうも暗うございまして。",
"音に聞いた。どれ、"
],
[
"あの山裾が、左の方へ入江のように拡がって、ほんのり奥に灯が見えるでございましょう。善光寺平でございましてね。灯のありますのは、善光寺の町なんでございますよ。",
"何里あります。",
"八里ございます。",
"ははあ。",
"真下の谷底に、ちらちらと灯が見えましょう、あそこが、八幡の町でございましてね、お月見の方は、あそこから、皆さんが支度をなすって、私どもの裏の山へお上りになりますんでございますがね。鏡台山と、ちょうどさし向いになっております――おお、冷えますこと、……唯今お火鉢を。",
"小村さん、寸法は分りました、どうなすったんです、景色も見ないで。"
],
[
"いえ、その縁側に三人揃って立ったんでは、桟敷が落ちそうで危険ですから。",
"まったく、これで猿楽があると、……天狗が揺り倒しそうな処です。可恐しいね。"
],
[
"一つ申上げましょう、お知己に……",
"私は一向に不調法ものでございまして。",
"まあ一盞。",
"もう、全く。",
"でも、一盞ぐらい、お酌をしましょう。"
],
[
"何だい。",
"毒だとでも思いましたかね。してみると、お互の人相が思われます。おかみさん一人きりなんでしょうかしら。",
"泊りましょうか。",
"御串戯を。"
],
[
"そのかわり大まかなものだよ。店の客人が、飲さしの二合壜と、もう一本、棚より引攫って、こいつを、丼へ突込んで、しばらくして、婦人たちのあとを追ってぶらりと出て行くのに、何とも言わねえ。山は深い、旦那方のおっしゃる、それ、何とかって、山中暦日なしじゃあねえ、狼温泉なんざ、いつもお正月で、人間がめでてえね。",
"ははあ。",
"成程。"
],
[
"ほい忘れた。いや、忘れたんじゃあねえ、一ぜん飯に置放しよ。",
"それ見たか、あんな三味線だって、壜詰二升ぐらいな値はあるでござんさあ、なあ、旦那方。",
"うむ、まったくな。"
],
[
"藤助さんよ。",
"ああ。",
"酒の話じゃあないじゃあないかね、ねえ、旦那方。",
"何しろ、そこで。"
]
] | 底本:「泉鏡花集成6」ちくま文庫、筑摩書房
1996(平成8)年3月21日第1刷発行
底本の親本:「鏡花全集 第二十卷」岩波書店
1941(昭和16)年5月20日発行
※底本は、物を数える際や地名などに用いる「ヶ」(区点番号5-86)を、「安達《あだち》ヶ原」「梟《ふくろ》ヶ|嶽《たけ》」は小振りに、「焼《やけ》ヶ嶽」は大振りにつくっています。
※誤植の確認には底本の親本を参照しました。
入力:門田裕志
校正:高柳典子
2007年2月11日作成
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。
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"作品ID": "003653",
"作品名": "唄立山心中一曲",
"作品名読み": "うたのたてやましんじゅういっきょく",
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"名": "鏡花",
"姓読み": "いずみ",
"名読み": "きょうか",
"姓読みソート用": "いすみ",
"名読みソート用": "きようか",
"姓ローマ字": "Izumi",
"名ローマ字": "Kyoka",
"役割フラグ": "著者",
"生年月日": "1873-11-04",
"没年月日": "1939-09-07",
"人物著作権フラグ": "なし",
"底本名1": "泉鏡花集成6",
"底本出版社名1": "ちくま文庫、筑摩書房",
"底本初版発行年1": "1996(平成8)年3月21日",
"入力に使用した版1": "1996(平成8)年3月21日第1刷",
"校正に使用した版1": " ",
"底本の親本名1": "鏡花全集 第二十卷",
"底本の親本出版社名1": "岩波書店",
"底本の親本初版発行年1": "1941(昭和16)年5月20日",
"底本名2": "",
"底本出版社名2": "",
"底本初版発行年2": "",
"入力に使用した版2": "",
"校正に使用した版2": "",
"底本の親本名2": "",
"底本の親本出版社名2": "",
"底本の親本初版発行年2": "",
"入力者": "門田裕志",
"校正者": "高柳典子",
"テキストファイルURL": "https://www.aozora.gr.jp/cards/000050/files/3653_ruby_25970.zip",
"テキストファイル最終更新日": "2007-02-11T00:00:00",
"テキストファイル符号化方式": "ShiftJIS",
"テキストファイル文字集合": "JIS X 0208",
"テキストファイル修正回数": "0",
"XHTML/HTMLファイルURL": "https://www.aozora.gr.jp/cards/000050/files/3653_26096.html",
"XHTML/HTMLファイル最終更新日": "2007-02-11T00:00:00",
"XHTML/HTMLファイル符号化方式": "ShiftJIS",
"XHTML/HTMLファイル文字集合": "JIS X 0208",
"XHTML/HTMLファイル修正回数": "0"
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