old name
stringlengths
0
36
new name
stringlengths
0
51
kaidan
stringlengths
1
362k
url
stringlengths
26
242
【怖い話】ぬいぐるみの家
ぬいぐるみの呪縛
某県に『ぬいぐるみの家』と呼ばれる一軒家があるという。 もともとは、N美さんという女性とその母親が住んでいた物件だそうだ。 その家は、N美さんの祖父の持ち物だった。 N美さんが生まれた時、すでに築50年以上経っていたような古めかしい日本家屋で、ひとりっ子だった母親が相続したものだという。 両親はN美さんが3歳の時に離婚していて、物心ついた頃からN美さんは母親と2人暮らしだったそうだ。 N美さんは、幼い頃からぬいぐるみが大好きな子供で、ぬいぐるみ一つ一つに名前をつけてご飯も一緒に食べるくらいかわいがっていた。 母親は仕事で留守がち。 寂しい思いをさせている負い目もあってか、何かあるたびにN美さんにぬいぐるみを買い与えていたという。 N美さんは、ただぬいぐるみを集めるだけでなく、ひとつひとつとても大切にしていたそうだ。 ケアは怠らず、定期的に洗濯をし、破れて綿が飛び出てしまった際はきちんと裁縫で修繕をおこなった。 「痛かったでしょう?」 それはまるで人に対するような接し方だったという。 N美さんにとって、ぬいぐるみは友達であり、家族でもあったのだ。 しかし、N美さんが社会人になって仕事を始めた頃、状況が一変した。 ぬいぐるみを友達として生きてきたような繊細な一面を持つN美さんにとって、仕事をする上での生々しい人間関係は苦痛でしかなかった。 次第にN美さんはストレスから食が細くなり、骨が浮くほど痩せ、ぬいぐるみと過ごす時間が長くなっていった。 休みの日には、部屋にこもって一日中、ぬいぐるみに話しかけている有様だった。 それでも母親はN美さんの個性だと思って対処しなかった。 しかし、その頃から、N美さんがおかしなことを言うようになった。 「知らない子がいるの」 覚えのないぬいぐるみがあるというのだ。 ぬいぐるみひとつひとつに名前をつけるほどにかわいがるN美さんだ。 把握してないぬいぐるみなどそれまで存在しなかった。 ところが、N美さんの知らないぬいぐるみがどこからともなくやって来てしまう、というのだ。 N美さんがとてもぬいぐるみを大切にしてくれるというのが、ぬいぐるみ達の間で噂になって広まっているからだろう、とN美さんは嬉しそうに母親に説明した。 確かに、その頃、ぬいぐるみの数が急に増えているのを母親も感じてはいた。 N美さんの部屋は足場がないくらいにぬいぐるみで溢れているし、部屋に収まりきらず、廊下にまでぬいぐるみが並び始めていた。 しかし、中には、薄汚れたぬいぐるみも混ざっていて、ぬいぐるみはN美さんが自分のお金で買い集めているとばかり思っていたが、どうやら拾ってきているものも混ざっているようだった。 それまで我が子かわいさで現実を直視していなかった母親だったが、自分で拾ってきているだろうに「知らない子がいる」とN美さんが繰り返す奇妙さに、ようやくN美さんがノイローゼになっているのではないかと考えるようになった。 N美さんを説得して、近所の神経科に連れていって薬を処方してもらうようになったが、N美さんの症状はよくなるどころか悪くなる一方だった。 気づけば、玄関先から洗面所まで、家中ぬいぐるみで溢れた状態になり、N美さんは母親にも心を閉ざし、ぬいぐるみとしか会話しなくなっていった。 そして、母娘での喧嘩が絶えなくなったある日、母親は身が凍る体験をした。 真夜中、ふいに目が覚めると枕元にN美さんが立っていて、なぜか、N美さんを囲うようにぬいぐるみが陣取っていた。 その時、ぬいぐるみの感情のないプラスチックの目玉が、なぜか怒っているように、母親には見えたという。 N美さんは、針と糸を手に母親にグーッと顔を近づけて言った。 「あんまりうるさいと口を縫いつけちゃうよ?」 そう言うや、N美さんはキャハキャハと子供のような笑い声をあげたという、、、 その後、N美さん親子がどうなったのか実はわかっていない。 ただ、家は空き家として存在し、大量のぬいぐるみが放置されて残っているという。 そのため、いつしかその家は『ぬいぐるみの家』と呼ばれるようになったのだそうだ。 噂が広まったせいか、今でも時折、玄関先にぬいぐるみが置かれることがあるのだという。 誰が片づけているのかわからないが、そのぬいぐるみは時間が経つとなくなるのだそうだ。 その様子から、誰かがぬいぐるみを置いていっているのではなく、ぬいぐるみが勝手にやってきて、新たな居住者として家の中に迎えられているのではないかと考える人もいるようだ。 また、数年前、肝試しで『ぬいぐるみの家』の中に不法侵入した怖い物知らずの若者達がいたという噂がある。 若者達は家から出てきた後、様子がおかしくなり、数名はしばらく精神病院に入院することになったという。 若者達は口々に「針と糸を持った女性に襲われそうになった」と証言しそうだが真偽の程はわかっていない。 もし、万が一、あなたが『ぬいぐるみの家』を見つけてしまっても、近づかない方が賢明かもしれない、、、。
https://am2ji-shorthorror.com/2024/03/29/656/
【怖い話】サブスクリプション・ホラー
サブスクリプション・幽霊屋敷
「お化け屋敷をサブスクリプションで?」 Aさんは、向かいに座る小太りな男性に向かって、思わず素っ頓狂な声を出してしまった。 男性はイベント運営会社の社長で、彼の会社が得意とするのはお化け屋敷や脱出ゲームなど箱モノのアミューズメントを企画・運営することだ。 広告代理店に勤めているAさんが社長に仕事を発注してから、もうかれこれ10年以上の付き合いになる。 社長は嬉々とした表情で続けた。 「えぇえぇ。名づけてサブスクリプション・ホラーとでもいいましょうかね。コロナによって、うちの会社も倒産寸前になりましたでしょ。ようやく回復してきたとはいえ、もはや旧来型のお化け屋敷にわざわざ足を運ぼうという人がめっきり減ってしまいまして。炭酸ガスがプシューッと出て機械仕掛けの妖怪がバーンなんて時代遅れなんですかね。悲しいことです。3D立体音響がもてはやされたのも、もう随分前のことですし。かといってVRやメタバースとか最近のトレンドを取り入れて目新しい箱を作ろうとすればお金がかかってしようがない。まぁ、そもそも箱型のアミューズメントが難しくなってきたのかもしれないです。とにかく、もう、にっちもさっちもいかないんです。首をくくるかどうかってぐらい追い詰められてるんですよ、私。でね、予算をかけずに恐怖体験ができるサービスができないかって考えたんです。そこで、月額定額でお化け屋敷サービスができないかと、こう思ったわけです」 「お化け屋敷が月額定額というのはどういうことなんだい?」 「月1万円いただくだけで、身の回りで5つの恐怖体験を起こしてみせます。いつどこで起きるかは指定できません。内緒です。忘れた頃に日常に恐怖が襲いかかるんです。どうです?想像しただけで怖いでしょう?」 「つまり・・・社長は何をしようとしているんだろう?」 「あっ、わかりづらかったですよね、すいません。言い換えると、怖がりたい人と怖がらせたい人のマッチングサービスとでも言いましょうかね」 「怖がらせたい人?」 「全国、津々浦々。いるんですよ、そういう人達が」 「そんな人がいるの?」 「えぇ、いるんです。彼らが、サービスを申し込んだ人達を怖がらせにいってくれる、とこういうわけです。専用のシステムがありましてね、まぁ、ウーバーみたいなもんです。近くにサービス申し込み者がいると、お化け役が怖がらせにいってくれるんです」 また変なことを考えたな・・・。 Aさんの頭に浮かんだ感想はシンプルにそれだった。今時なんでもサブスクにしようとするが、お化け屋敷のサブスクなんて聞いたことがない。サービス内容にも色々問題がありそうだ。お化け役が派遣されて怖がらせにいくなどオペレーションがうまくいくとも思えない。 「どうです?Aさんも是非、お試ししてみませんか?怖いの好きでしょう?」 社長の言葉でAさんは現実に戻った。 久しぶりに連絡が来て会いたいと言われて来てみたら勧誘だったか。 社長には仕事で色々世話になっているし、無下に断るのも忍びない。 それにAさんがホラー好きなのも事実だ。 もともとはAさんが企画したホラーイベントの運営をお願いするため社長に仕事を発注したのが付き合いの始まりだったのだから。 内心、お金を捨てるようなものだと思ったが、Aさんは首を縦に振った。 「わかりました。お試しで1ヶ月やってみますよ」 数日もすると、Aさんは仕事に忙殺されて、サブスクリプションのホラーサービスに申し込んだことなどすっかり忘れてしまっていた。 そんなある日、取引先との会食を終えて夜更けに自宅まで帰っていると、通りに真っ白いワンピースを着て裸足の女性が立っていた。 ギョッとしてAさんは立ち止まった。 表情は暗くてうかがいしれないが何をするでもなく女性は立ち尽くしている。 近寄るのは怖くて、Aさんは道路の反対へ迂回して通り過ぎた。 しばらく歩いてから振り返っても、女性はまだ同じ場所に立っていた。 変な人だな・・・と首を捻って、はたとAさんは気づいた。 これがサブスクリプションのホラー体験か。 さっきの女性はAさんを怖がらせるためにわざわざあの場に立っていたというわけだ。 そう気づいて、Aさんは思わず吹き出しそうになってしまった。 これは、思いのほか、なかなか面白い趣向ではないか。 社長が言っていた通り、まさに、ふいに日常に恐怖体験が訪れるというやつだ。 社長の術中にはまってしまった。 それからAさんは、いつ驚かされるか、少し期待して構えて待つ様になった。 ところが、これがなかなか良くできているというか、残りの恐怖体験ははかったような絶妙なタイミングでやってきた。 ある時は、集中した会議の後、会社の男子トイレで女性のすすり泣く声がし(どうやって会社のセキュリティを突破したのかはわからない)、 また、ある時は、休日に家族と買い物をして帰るとカバンの中に女性の髪の毛の束が入っており、ある時は、深夜寝ていると窓の外から爪で引っ掻くような音がした(思わずもう少しで通報するところだった)。 どれも油断した頃に恐怖がやってきて、その度、Aさんは心臓が飛び出そうなほど驚き、自分が申し込んだサービスだと気づくと、恐怖は今まで感じたことがないような高揚感に変わった。 これはもしかしたら新しいアミューズメントサービスとして化けるかもしれない。 Aさんは、内心、社長を小馬鹿にしてしまっていた自分を反省した。 ビジネスチャンスの芽を感じ、Aさんは早速、会社に提出する企画書を作り始めた。 そうこうしているうちに、申し込みから1ヶ月近くたとうとしていた。 4つ目の恐怖体験は、ちょうど申し込みから1ヶ月目、奇声を上げる男性に数百メートル追いかけられるというリアルに恐ろしいものだった。 4つ目の恐怖体験が終わった翌日、夜更けに帰宅する途中、社長からAさんに電話が入った。 「Aさん。お疲れ様でした。5つの恐怖体験いかがでしたか?」 「いやぁ、驚きました。こんな大胆なサービス、よく考えましたね」 「すごいでしょう?怖いモノ好きにはたまらないと思うんです」 「このサービス、私の会社で正式にプレゼンしてみませんか?もしかするととんでもないビジネスに化けるかもしれませんよ」 「それはちょっと難しいですかねぇ」 「なんでよ、社長のところの会社だって立て直せるかもしれないよ」 「運営に私以外の外部の方を入れるのは難しいんですよ」 「一人で利益を独占したいのはわかるけど、うちも関われないかな?」 「お世話になったAさんのお願いとあればと思うのですが、こればっかりは・・・すみません」 「そう。もし考えが変わったら教えてよ・・・そういえば、月5つの恐怖体験と言っていたけど、結局、私は4つしか恐怖体験がなかったよ?」 「いえいえ、Aさんは5つちゃーんとコンプリートしてるんですよ。まぁ1つははじめから始まっていたとも言えますが」 「どういう意味?」 「よく考えてみてください。私、お金がないと申し上げましたでしょ。システム開発する資金なんてあるわけがないし、全国にいるお化け役のスタッフにタイミングよく指示を出すなんて、どうやったらできると思います?」 「・・・それは私も気になっていたところだけど、どういう座組みなの?」 すると、社長は少し間を空けてボソリと言った。 「・・・本物をね、使ったんですよ」 「本物?」 「えぇ、本物の死者です。正真正銘のお化け。報われない最期を遂げて悔いを残して死んだ方達です。お化けなら遠方だろうが関係ないですし、給料もいらないですしね。こんな最高の労働者はいませんよ」 「・・・冗談だよね?」 「さぁ、どうでしょう」 「あ、わかった。こうやって怖がらせるのが5つめの恐怖なんだね?」 すると、さっきまであれほど饒舌だった社長が黙り込んだ。 「・・・そうなんだよね、社長。ね?」 Aさんは早く恐怖を和らげて欲しくて何度も念を押した。 「Aさん、すいません・・」 「何が?」 「このサービスね、一つ欠点があって、途中解約ができないんです」 そう言うやブツッと電話は切られてしまった。 それから何度かけ直しても社長は電話に出なかった。 後日、Aさんは、社長の会社がとっくに倒産していて、当の社長は失踪して行方知らずだという事実を知った。 Aさんが会った社長は本人だったのか、それとも・・・。 その答えはいまだにわからない。 ただあれからずっとAさんを悩ませている問題がある。 「・・・このサービスね、一つ欠点があって、途中解約ができないんです」 あの時の社長の声はAさんの脳裏にこびりついて離れずにいる。 あれから、Aさんは毎月必ず5つの恐怖体験に襲われている・・・。 今もまだ継続中だ。
https://am2ji-shorthorror.com/2024/03/06/655/
【怖い話】2月29日 うるう年にしてはいけないこと
うるう年のハザマ
2024年はうるう年。 4年に一度、2月29日がある年だ。 2月29日が誕生日の人が、聞かれて一番面倒だなと思う質問。 それは、うるう年以外の年は、2月28日に誕生日を祝うのか、3月1日に誕生日を祝うのかと聞かれることだそうだ。 耳にタコができるほど繰り返し聞かれるそうで、ある人は、2月28日から3月1日に変わる一瞬のハザマが誕生日だと答えるという。 そう。 2月29日とは4年に一度だけのハザマが現れる日なのだ。 そのことがわかる、2月29日にまつわるこんな怖い話がある。 ある年の2月29日。 某県の山道で登山客と思われる遺体が発見された。 死因は餓死だったそうだ。 山道といっても整備された道で決して遭難するような場所ではない。 それなのに餓死とはどういうことなのか。 関係者が不思議に思っていると、登山客のメモが、持っていたリュックから見つかった。 「2月29日から抜け出せない」 限界ギリギリの精神状態で書かれたとわかる殴り書きだったそうだ。 誰しもメモの内容をどう解釈すればいいのか困惑した。 メモの内容をそのまま読むなら、登山客は2月29日という日から抜け出せなくなってしまったと読める。 正気を失っていたのだろうという人もいたが、一部の人はその登山客は本当に2月29日を繰り返しずっと彷徨っていたのではないかと考えた。 なぜなら、登山客が行方不明になったのは、遺体が発見されるちょうど4年前、同じ2月29日だったのだ。 もし2月29日というハザマに落ちて出られなくなってしまったのだとしたら。 この話のように、実は、4年に一度、うるう年の2月29日にだけ現れるモノが存在するという都市伝説がある。 4年に一度、2月29日にだけ販売される商品。 4年に一度、2月29日だけ営業しているお店。 4年に一度、2月29日だけ存在する家。 4年に一度、2月29日に送られてくる手紙。 4年に一度、2月29日にだけ姿を現す人物。 4年に一度、2月29日にだけ見られるSNSのメッセージ。 何かの偶然にしろ、それら普段は存在しない2月29日にまつわるモノに触れてしまうと、2月29日のハザマに落ちてしまうことがあるらしい。 ・・・懸命なあなたはもうお気づきだろうか。 そう。今あなたが読んでいるこの文章も、4年に一度、2月29日にだけ現れる文章なのだ。 もし、うるう年の2月29日にうっかりこの文章を読んでしまっていたら、あなたが無事に3月1日を迎えられることを祈るばかりである。 もし、あなたが2月29日以外の日にこの文章が読めていたら、あなたはもうハザマに落ちている人間かもしれない。
https://am2ji-shorthorror.com/2024/02/29/654/
【怖い話】国道N号線
鈴の呪縛
これは、とある国道で、一組の夫婦が体験した怖い話です。国道の名前は仮にN号線とします。 N号線は、いわゆる観光用の道路で、山道に沿ってポツポツとドライブインなんかがある道で、地元の人はあまり使わないですし、夜になると行き交う車も少ない、そんな道でした。 ある冬の夜、N号線をAさんという20代の夫婦が車で走っていました。 Aさん夫婦は結婚して3年目で、記念日に温泉旅行に出かけ、その帰りにN号線を通りかかったのです。 色々と名所を観光してから家路についたので、N号線に入った頃には、すでに日付が変わる時刻でした。 ほぼ走る車もなく、たまに対向車とすれ違う程度です。 お店もなく真っ暗な山道がひたすらと続きます。 薄く霧がかかっているせいもあって、暖房をつけていても少し寒いような感じがしました。 と、ふいに、奥さんが言いました。 「ねぇ、なんか鈴の音が聞こえない?」 言われて、旦那さんが耳を澄ませると、たしかにうっすらシャンシャンと鈴が鳴る音が聞こえる気がしました。 「なんだろう」 音は比較的近くから聞こえます。 ですが、車内に鈴が鳴るようなモノはありません。 シャン...シャン...シャン... やはり、鈴の音は聞こえます。 一度、気になってしまうと、さっきより明確に、より大きく鈴の音が聞こえるような気もしました。 走る車に合わせるようにテンポよく、シャンシャンシャンと聞こえてきます。 奥さんは身をよじって鈴の音の出所を探しましたが、カバンの中や後部座席の下など、それらしい場所をいくら探しても、鈴は見つかりません。 「どこにも鈴なんてないよ」 「なんだろうこの音」 奥さんが不安そうな顔で見てくるで旦那さんも気がかりになってきました。 気がつくと、ハンドルを握る手に汗が浮かんでいました。 旦那さんは思い切って車を路肩に停め、確認することにしました。 ライトを頼りに、座席の下など車内をくまなく見回しましたが、鈴の音をだすようなものは見当たりませんでした。 「あった?」 「ない」 仕方なく、また車を走らせ出すと、再びシャン...シャン...シャン...と鈴の音が聞こえてきました。 Aさん夫婦は、すっかり気味が悪くなってきました。 真っ暗でひと気のないN号線のせいで、より一層、その気持ちは募ります。 早くN号線を抜けて明るい場所に出ようと旦那さんはスピードを上げて車を走らせました。 すると、しばらくして、十字路に差し掛かりました。 こちら側が優先だったので止まらずにいこうとすると、いきなり、鈴の音が大きくなりました。 ジャリン...ジャリン...ジャリン...! まるで怒っているかのような音でした。 驚いて旦那さんは十字路の手前で車を急停止させました。 「なにこの音!?」 激しい鈴の音はなかなか鳴り止みませんでした。 「ねぇ、車の下で鳴ってない?」 夫婦は車を降り、ライトで車の下を確認しました。 鈴は確認できませんでしたが、ジャリンジャリンという音は確かに車の下から聞こえてきています。 その時でした。 唐突に鈴の音がピタッと止んだかと思うと、 ウェェェェアェェェェ... 獣の唸り声のような声が聞こえました。 その声は、だんだんと大きくなり、まるで車の下から何かが這い出てこようとしているかのようでした。 夫婦は慌てて車に戻り、逃げるように国道N号線を走り抜けました。 その十字路を通過した後は、鈴の音は一切鳴らず、なにもおかしなことは起きなかったそうです。 後日、調べてわかったことですが、N号線では、その昔、側道を歩いていた登山客が車にはねられ、数百メートル引きずられるという痛ましい事故があったそうです。 Aさん夫婦が車を停めた十字路は、登山客が発見された、まさにその場所だったのです。 亡くなった登山客は熊避けの鈴を身につけていたそうで、事故を起こした加害者は不思議な鈴の音を聞いたと証言したといいます。 Aさん夫婦が聞いたのはもしかしたら、その熊よけの鈴の音だったのかもしれません。
https://am2ji-shorthorror.com/2024/02/17/653/
【怖い話】2月14日 バレンタインデー
バレンタインの贈り物
これは僕の高校の同級生のWくんがバレンタインデーに体験した怖い話です。 2月14日の夜、Wくんから一枚の画像が送られてきました。 ギフト包装された小箱の画像でした。 時期的に、バレンタインデーにもらったチョコレートに間違いありません。 僕もWくんも高校のクラスではパッとしない存在で、今まで女子からチョコなんてもらったことがありません。 Wくんが僕より先にチョコをもらったことを自慢してきたのかと思って、少しムッとしていると、電話がかかってきました。 「なに、誰からもらったの?」 僕がつっけんどんに言うと、「それがさ・・・」とWくんが事の経緯を話し始めました。 それは僕が想像していたようなハッピーなバレンタインの話ではありませんでした。 今日、Wくんは、夜9時頃に部活動を終え、高校から駅に向かう道を歩いていたそうです。 すると、突然、女の人がWくんの真横に現れました。 「もらって、チョコ」 そう言って、女の人はギフト包装された小箱をWくんに差し出してきました。 あまりに自然な感じに、知り合いかと思ってWくんは女の人の顔を確認しましたが、全く知らない女の人だったといいます。 20代にも30代にも見える、黒髪のこれといった特徴のない普通の女の人だったそうです。 いくらWくんが今まで女子からチョコをもらったことがないからと言って、知りもしない人がチョコをいきなり渡そうとしてきたことに感じたのは、嬉しさより気味の悪さでした。 Wくんが無視して歩いていると、女の人はぴったり横についてきたそうです。 「もらって、チョコ」 女性は繰り返しWくんにチョコを渡そうとしてきますが、声のトーンは抑揚も何の感情もこもってない言い方で、Wくんはそれが余計に怖かったそうです。 返事をしたらダメだと思い、小走りに通りの反対側に逃げたといいます。 「ん?だったら、誰にもらったの、そのチョコ」 僕はWくんの話をそこまで聞き、疑問を口に出しました。 「そこなんだよ!俺が言いたいのは」 Wくんが自宅に帰ってきて、リュックを開けると、中に小箱が入っていたのだそうです。 間違いなく、通りでいきなり女性が渡そうとしてきたチョコの小箱だといいます。 「カバンを開けてもないし、どうやって中に入れたのかわかんないけど、気持ち悪くてさ。どうしようこれ?」 「すぐ捨てた方がいいよ」 僕は迷わず言いました。 「こんな最低なはじめてのバレンタインあるか?」 Wくんの体験は、不可解で奇妙な出来事として、高校の仲間うちでしばらくネタになりました。 でも、話はそれで終わりではなかったのです。 しばらくして、Wくんが、駅の階段から転落して足の骨を骨折する怪我をしたのです。 入院先の病院にお見舞いにいくとWくんの様子が変でした。 何かに怯えているようでした。 事情を聞くと、警察が防犯カメラを調べてWくんが自分でつまづいて階段を転落したのがわかったそうなのですが、Wくんは転げ落ちる寸前、後ろから確かに声を聞いたのだそうです。 「どうしてお返しくれないの」 その声は、間違いなくバレンタインの時にチョコを渡してきた女の人だったとWくんはいいます。 奇しくもWくんが怪我をしたのは3月14日。 Wくんがバレンタインに遭遇した女の人はこの世のモノではないいわくつきの存在だったのかもしれません。
https://am2ji-shorthorror.com/2024/02/14/652/
御朱印の怖い話
忘れられた神社の御朱印
Gさんは御朱印集めが趣味だ。 旅行に行くたび、周辺の神社やお寺に立ち寄り、必ず御朱印をもらうようにしている。 集めた御朱印は100以上、手帳は7冊に及んでいた。 Gさんは、おりおりに御朱印帳を開き、集めた御朱印を振り返って見ているのだけど、ある時、どこでもらったものなのか、記帳してもらった覚えのない御朱印を手帳の中に見つけた。 かなり荒々しく、掠れた墨で描かれていて、他の御朱印にはないインパクトがあるので、なぜ覚えていないのか不思議で仕方なかった。 その前後でもらった御朱印を見る限り、Y県を旅行した時にいただいた御朱印のようだった。 そこまで思い出しても、どうにもこの御朱印をもらった記憶にはいきつかない。 一緒に旅行した旦那さんに確認してみても、旦那さんも、前後で御朱印をもらった神社は覚えているのに、その御朱印だけ心当たりがないという。 改めて、問題の御朱印をつぶさに調べてみると、だいぶ崩した書体で判別しづらかったが、 ××神社という社名が読み取れた。 Y県で××神社を調べてみると一件だけヒットした。 ところが、Googleマップでxx神社を調べてみて、Gさん夫妻は青ざめた。 ずいぶん前に打ち捨てられた廃神社だったのだ。 どうやら、心霊スポットにもなっているようだった。 2人とも怖がりなので、そんないわくつきの場所に行くはずがない。 「こんな御朱印、もらってないよ、やっぱり」 Gさん夫婦は、背筋が凍る思いだった。 しかも、xx神社は水子供養の神社だったようで、 それが一層、Gさんには恐ろしく感じられた。 なぜなら、このところ妊活に関して、夫婦で揉め事が多くなっていた上に、 近所から聞こえる赤ん坊の泣き声にストレスを募らせていたからだ。 Gさん夫妻は、すぐに、然るべき場所にその御朱印を納めて供養してもらった。 すると、夫婦の揉め事はなくなり、赤ん坊の泣き声もやんだという。 後でわかったことだが、Gさん夫妻が暮らす家の近所で赤ん坊は生まれていなかったそうだ・・・。
https://am2ji-shorthorror.com/2024/02/08/651/
絶対についてはいけない除夜の鐘-大晦日の怖い話2023-
大晦日の除夜の鐘
これはOさん(20代男性)が大学生の時、大晦日に体験した怖い話。 当時、Oさんは地方の私立大学に通っていて、親元を離れて1人暮らしをしていた。 大学3年の大晦日、Oさんは大学の友達のKさん、Tさん、Yさんの三人とKさんの部屋で過ごしていた。 昼からコタツを囲んで飲んだり麻雀をしたり悠々自適なお正月休みを過ごしていた4人だったが、日付が変わる頃、Tさんが、おもむろに「除夜の鐘つきたくない?」と言い出した。 Tさんは、鐘の音を聞いたことはあっても、今まで一度も鐘を自分でつきにいったことがないのだという。 Oさん、Kさん、Yさんも除夜の鐘をついた経験はなかった。 「つきたいからってつけるもんなの、除夜の鐘って」 Yさんが言うと、 「お寺とかでつかせてもらえるって聞いたけど」 とTさんが答えた。 「そういえば、ここから大学までの道に、お寺あったな」 そう言ったのはKさんだ。 そして、あれよあれよとノリでお寺に除夜の鐘をつきにいくことになった。 Oさん達が通う大学は山の中腹にあって、山裾に学生用のアパートが数多くあった。 Kさんの部屋もその一つで、4人は暗い山道を歩いて登っていった。 帰省した学生も多く、大晦日の夜遅くだからから、通りはシンと静まりかえっていて車通りもほとんどなかった。 15分ほど歩いていくと、右手の雑木林が途切れて、上に登る石段があらわれた。 「あった、ここだろ?」と発案者のTさんが興奮していうと、Kさんは首を傾げた。 「こんなんだったかな、、、」 なんとも歯切れが悪かったが、4人はとりあえず石段をあがっていった。 街灯は全くなくなり明かりはKさんの家から持ってきた懐中電灯一つだけだった。 100段ほどの石段を登り切ると、お堂が現れた。 束の間喜んだのち、4人は困惑した。 伸び放題の草、壊れてもげそうになっているお堂の扉、屋根にあいたいくつもの穴。 そこら中が荒れていた。 「廃寺じゃない?ここ」Yさんが言った。 「まさか心霊スポットとかじゃないよな」 Oさんは気味が悪いお寺の有様を見て、内心、引き返したくなった。 他の3人も同じ気持ちだったのか、なかなか足が前に進まなかったが、その時、Tさんが「あっ」と声をあげた。 お堂の左手に、朽ちかけた鐘楼が残っていた。 明かりを向けると、青銅の大きな鐘も見えた。 「あるじゃん、あるじゃん」 Tさんは元気を取り戻して鐘楼に向かって行った。 Oさん達、他の3人もTさんに続く。 Oさん達が追いつくと、Tさんはさっそく鐘をつこうと、棒にくくりつけられた紐を引っ張っていた。 「勝手についたらまずくないか?」 「廃墟なんだったら別にいいだろ」 Tさんは鐘をつく気満々だ。 「オレ、もう帰りたいな」 Kさんは不安そうにソワソワと周りを見回した。 Oさんも同感だった。 その場にいるだけで、心がざわつくような感覚がした。 その時だった。 「シッ」 Yさんが指を口元に立てた。 「・・・声がする」 耳をすませると確かに人の声がどこからか聞こえてくる。 ひとりではない。何人もの声が重なっている。 ぶつぶつとつぶやくようなたくさんの声。 声はお堂の方から聞こえてきていた。 4人は、おそるおそるお堂の方に向かって行った。 近づくにつれ声は大きくなり、大勢の人がお経を唱えている声だとわかった。 覗き込むと、真っ暗なお堂の中から、いくつもの声が重なってお経が聞こえてきた。 はじめ姿は見えず声だけが聞こえていたが、だんだんと目が慣れてきて、闇の中に車座になった人影のようなモノがぼんやりと見えてきた。 10人以上はいる。 年が変わろうという大晦日、廃寺に人が集まって、一心不乱にお経を唱えているのは不気味な光景だった。 大晦日に秘密で執り行わなければならない何かの儀式なのだろうか。 これは、見てはいけない、なにか邪なモノなのではないか。 Oさんは、そんな気がしてならなかった。 他の3人も同じだったようで、早く帰ろうと目が訴えていた。 お堂の人達に気づかれない足を忍ばせて引き返そうとした時、誰かが小枝を踏んだパキッという音がした。 「誰だっっ!!」 お堂の黒い影が一斉に立ち上がりOさん達4人の方を見ているのがわかった。 4人は悲鳴をあげて逃げ出した。 転げるように石段を降りて、Kさんの部屋に戻るまで、一度も後ろを振り返らなかった。 奇妙なことに、Oさん達が後でいくらネットやGoogleマップを使って調べても、Kさんの家の近所に廃寺などなかったという。 Oさん達4人が迷い込んだあの廃寺はなんだったのか。そして、あそこで行われていたのは、何の儀式だったのか。 年が明けると、Oさん達4人は全員、体調を崩したそうだ。 それが、あの大晦日の体験のせいなのかはいまもってわからない。
https://am2ji-shorthorror.com/2023/12/31/650/
姫路城の怖い話
白鷺城の井戸とお菊の幽霊
兵庫県姫路市にある姫路城は、日本で初めて世界文化遺産となった日本を代表する城だ。 城の外壁や屋根瓦の目地を白漆喰で塗られ、白い鷺が羽ばたく姿に見えることから、"白鷺城"とも呼ばれている。 そんな姫路城が、ある有名な怪談のルーツと一説で言われているのをご存知だろうか。 家宝の皿を紛失した罪をなすりつけられ井戸に投げ捨てられたお菊の幽霊が夜な夜な井戸から現れ、「いちま〜い、にま〜い」と皿を数えるという皿屋敷怪談。 その舞台となったといわれる「お菊の井戸」が、実は姫路城内に存在するのだ。 これは、そんな姫路城でNさんが中学生の時に体験した怖い話だ。 Nさんの中学では、社会科見学としてバスで姫路城に行くのが恒例だった。 その道中、バスのガイドさんが、姫路城の歴史を話してくれたのだが、その話の中で、皿屋敷の怪談のルーツといわれているお菊の井戸が姫路城にあるのだとNさんは知った。 クラスメイトの中には皿屋敷怪談を知らない生徒もたくさんいたが、Nさんは、小学生の時に、学校の図書室で子供向けの怪談本を読み漁っていたので、その怪談は知っていた。 姫路城に到着すると、班に分かれ、城内を散策することになった。 Nさんは、班の友達の分もガイドマップを取ってきてあげようと思いトコトコとマップが置いてあるチケット売り場近くの陳列棚に向かった。 すると、ちょうど係の女の人がいて、Nさんに気がつくと、「何枚?」と聞いてきた。 「6枚」というと、女の人は「いちま〜い、にま〜い」と、ゆっくり数えながら一枚ずつNさんにガイドマップを渡してきた。 てっきりイタズラか、からかわれてるのかと思ったが、女の人は無表情だった。 「・・・よんま〜い」 「ちょっとNくん、遅いよ、なにやってるの」 班の女の子に声をかけられNくんは慌てて振り返った。 「え、マップ」 「そんなのいいから、いくよ」 「う、、、うん」 女の子の勢いに負けNくんはマップをもらうのをやめて班のみんなと合流した。 係の女の人に申し訳ない気持ちで振り返ると、さっきまで陳列棚のそばに立っていた係の女の人はすでにどこかにいなくなっていた。 およそ1時間後、城内を見学して外に出てくると、Nさん達は、出口付近にあるお土産物屋さんに立ち寄った。 Nさんは家族へのお土産のお菓子を選びレジに向かった。 レジ係をしていたのは、さっきマップをくれた係の女の人だった。 少し気まずさを感じながら、Nさんはお母さんからもらっていた1万円札を取り出して、女の人に渡した。 すると、女の人は、お釣りの千円札を「いちま〜い、にま〜い」とゆっくり数えはじめた。 ・・・まただった。 あまりにもゆっくりとしたしゃべり方は、明らかに皿屋敷怪談を意識しているように思えた。 やっぱりこの女の人はNさんを怖がらせてからかっているのだろうか。 女の人の顔には薄い笑みが浮かんでいた。 同じ班の友達にこの状況を伝えたかったが、みんなお土産を選ぶのに夢中でNさんの方を見ていなかった。 「さんま〜い、よんま〜い」 気味が悪くて早く終わって欲しかった。 「・・・ろくま〜い、ななま〜い。はい、どうぞ」 ようやく女の人が数え終わって札を受け取ったNさんは、一刻も早くその場を立ち去りたかったけど、重い口を開かざるをえなかった。 「・・・あの、千円札が一枚足りません」 商品は2千円だからお釣りは8千円のはずだった。 なのに、女性が渡してきたお釣りは7千円。 明らかに足りていなかった。 すると、Nさんに指摘されるや、女性は怒りに顔を歪め、いきなり「嘘をつくなっ!」と空気が張り裂けんばかりの声で叫んだ。 突然の出来事にNさんは腰を抜かして「うぁぁぁ」と言葉にならない叫び声をあげ、へたり込んだ。 店中の視線がNさんに向いた。 「なにやってるの、Nくん」 班のメンバーがキョトンとした顔でNさんを見ている。 「ボクどうかした?大丈夫?」 レジから女の人が顔を出してNさんを見下ろしている。 けれど、その人は、ついさきほどまでレジにいた係の女の人ではない全く別の人だった。 班のメンバーの困惑と他のお客さんの好奇の視線が痛くて、Nさんは恥ずかしくなった。 Nさんが立ち上がると女の人は8千円のお釣りを手渡してきた。 その後、大丈夫かと何人もに心配されたが、Nさんは、ただ、うなずくことしかできなかった。 あの女の人はなんだったのか。 Nさんは今も答えを得られていない。 皿屋敷怪談に魅入られたNさんが見た幻覚だったのか、それとも姫路城に巣食う何かだったのだろうか、、、
https://am2ji-shorthorror.com/2023/12/28/649/
【怖い話】会いたくない人
不気味な追跡者
Mさん(20代女性)は夜の仕事をしている。 いつも家に帰るのは深夜2時過ぎくらいだ。 Mさんには、仕事帰りによく使うコンビニがあって、だいたい毎日そこでお酒やつまみを買っている。 ある夜のこと。 その日、Mさんは仕事が忙しくてクタクタに疲れていた。 半分寝ぼけながら、コンビニで商品を選んでいると、通路の向こうから男の人が歩いてきた。 年齢は40代くらい。どこにでもいるようなサラリーマン風の男性だった。 と、すれ違いざま、その男の人がいきなり進路を変えてMさんの身体にぶつかってきた。 いきなりのことでMさんがリアクションできずにいると、男の人は自分がぶつかってきたにも関わらず、「頭おかしいのか」と大きな声で怒鳴ってきた。 Mさんは怖くなって、そそくさとその場を後にした。 しかし、その後も、男の人がMさんを視線で追っている気配を感じた。 酔っ払いなのかわからないがとにかく関わりたくなかった。 さっさと買い物を済ませて帰ろうと思ってレジに向かうと、なんと今度はレジの方からその男の人が歩いてきた。 絶対に目を合わせないよう陳列棚の方を向いて、やりすごそうと思ったのだが、男の人はすれ違いざま「気持ち悪ぃ」「バカが」とMさんに悪態を吐いていった。 なんなの、この人、、、 Mさんは怖くて仕方なくて、結局、何も買わずに逃げるようにコンビニを後にした。 気味は悪いし、理不尽に怒鳴られるし、散々な気分だった。 それからというもの、Mさんは、その男の人にまた出くわしたりしないかと怖くて、いつものコンビニに立ち寄るのをやめてしまった。 面倒だけど遠回りして別のコンビニに寄ることにしたのだ。 けれど、数日後、今度はその新しいコンビニに同じ男の人が現れた。 Mさんは男の人に気づかれないよう身を縮めコンビニを後にした。 近所に住んでいる人なのだろうか。 二度と会いたくないのにまた会ったらどうしよう、、、 ところが、Mさんの嫌な予感は当たってしまった。 それからというもの、飲食店、ドラッグストア、カフェ、公園、雑貨屋、病院など行く場所行く場所で同じ男の人に会うようになった。 Mさんは存在に気づいたらすぐ離れるようにしていたのだが、さすがにおかしいと思った。 被害妄想なのかもしれないないが、ストーカーなのではないかと思ってしまう。 何をされるわけでもなく、ただ、そこにいるだけなのだが、不気味で不気味でしょうがなかった。 Mさんは仲のいい女友達に相談した。 「気持ち悪いね。おかしいよ、その人」 「そうでしょ」 「そうだ。これあげる。効果あるかわからないけど」 そう言って、女友達はMさんにお守りをくれた。ご利益があるで有名な神社のものらしい。 お守りなんかで解決するはずはないと思ったが、不思議なことに、それ以来、男の人と会うことがなくなった。 たまたまお守りを家に置きわすれた時があったのだが、その日は男の人と通りででくわした。 それから、Mさんはお守りを常に肌身離さずいるようになり、ピタッと出くわすことはなくなった。 すごい効果だ。 感謝を伝えると、女友達は、Mさんも内心、疑い始めていたことを口にした。 「お守りで消えるなんて、その人さ、、、生きてる人だったのかな?」
https://am2ji-shorthorror.com/2023/12/23/648/
【怖い話】不気味の谷
不気味の谷現象
最近、「不気味の谷」という言葉をよく見かける。 なんでもYouTubeなどで不気味の谷メイクなるものが流行っているらしい。 不気味の谷現象とは、人間の心理状態を表した言葉で、ヒトは人間のような性質を持ったロボットや人間の像に好感を抱くが、あまりに人間に近づきすぎると逆に不気味さと不快感を感じるようになるというものだ。ある一点で、好感が崖のように急降下することから、「不気味の谷」と呼ばれている。 不気味の谷メイクとは、人間のようでいて人間ではないアンドロイドのようなメイクを施すことで、見ていると不安や不快さを掻き立てられるらしい。 「不気味の谷」がトレンドになっていると知り、私は子供の時の出来事を思い出した。 小学校の時、近所に苦手なおばさんがいた。 通学路でたまに見かける40代くらいのほっそりとした女性なのだが、その人の顔を見ると、なんとも言えない不安を感じて逃げ出したくなるのだ。 子供の時には、大人はたいてい怖いものだけど、そういう感情とは全く別ものだった。 クラスメイトも同じだったようで、おばさんはみんなから不気味がられていた。 何をするわけでもなく、道端にただ立っていたり、歩いているだけなのだが、みんな会いたくないと言っていて、中には遠回りして学校に登下校する子もいたほどだ。 今思うと、あの感情こそ、まさに「不気味の谷」だったのではないかと思う。 人間のようでいて人間じゃないモノに感じる違和感と不快感。 その感情は、あの女性が我々と同じ人間ではないから感じたものだったとしたら、、、 幽霊、悪魔、宇宙人、そういった人間ではないナニカ、、、 もし、あなたの近くで違和感を覚える顔を見かけたら、注意をした方がいいかもしれない。
https://am2ji-shorthorror.com/2023/12/22/647/
クリスマスマーケットの怖い話
クリスマスマーケットの異変
クリスマスマーケットは、ドイツを中心に始まったといわれヨーロッパ各国で伝統的なクリスマスのイベントとして毎年盛り上がりを見せる。 煌びやかなイルミネーションに囲まれ、何軒もの露店が並び、グリューワインなど、寒い冬にぴったりのあたたかいクリスマスグルメの数々や、クリスマスツリーを飾るオーナメント、クリスマスプレゼントが売られている。 この季節、日本でも本場ドイツのマーケットを模して、各地でクリスマスマーケットが開かれている。 これは、そんなクリスマスマーケットで、大学生のSさんが体験した怖い話。 ある年、Sさんは、大学の同級生に誘われ、数人でクリスマスマーケットを初めて訪れた。 広い公園に、イルミネーションに彩られた露店が並び、会場の各地で大道芸人やダンサーが踊り、ステージでは外国人の歌手がクリスマスソングを歌っている。 まさに冬のお祭りという感じだった。 Sさんは、クリスマスマーケットの存在をそれまで知らなかったので、全てが驚きの連続だった。 どの露店も行列ができていて、大変な賑わいだった。 ようやくグリューワインとソーセージ詰め合わせなどの食材を買い込んで、Sさんたちは休憩スペースに向かった。 クリスマス時期の週末ということもあって、会場はどこもかしこも人だらけで、満員電車のようだった。 人垣をかきわけ進んでいると、頭一つ分飛び出た目立つ赤い帽子が見えてきた。 台の上に、人間サイズの精巧なサンタクロースの置物が置かれていた。立派な白い髭にふっくらとした赤ら顔。ケンタッキーのカーネルサンダースの置物みたいだなという言葉がどこかから聞こえてきた。 そのサンタの置物の横を通り過ぎる時、ふいに、Sさんは肩をグイッと後ろに引かれた。 何事かと振り返ると、サンタの手がSさんの服をギュッと握りしめ、見開いた目玉がギョロッと動き、Sさんを見下ろしたではないか。 ヒッ! 素っ頓狂な声を出してSさんは尻餅をつき、せっかく買ったグリューワインを地面にぶちまけてしまった。 ・・・ヒトなのか? 改めて見ると、サンタは静止していて固まっていた。 人間が彫像のフリをするパントマイムがあるが、アレなのだろうか。 サンタの前で尻餅をついたSさんの周りだけ人垣が割れ、通り過ぎる人が邪魔そうき怪訝な顔つきをしていた。 「なにやってんだよ!」 友人に促され、Sさんは、とにかくその場を離れることにした。 休憩スペースにたどり着くと、Sさんはさきほどあった顛末を友達に説明したのだが、みんなキョトンとして、あのサンタは人間ではなく間違いなく置物だったと信じてくれない。 Sさんは絶対に人間だったと譲らず、結局、後で改めてみんなで確認に戻ることになった。 時間が遅くなると、混雑も解消してきて、サンタの周りの人垣もなくなっていた。 Sさんは、あらためてサンタをつぶさに眺め、触ったりしてみたが、それは人間などではなく、間違いなく置物だった。 「もしかしたら、俺たちが休んでいる間に置物と人間が入れ替わったのかもしれないだろ」 Sさんは、苦し紛れに言ってみた。 「そんなわけないだろ!」 ビビりだなぁ、友人達が笑ってからかうのでSさんはムッとした。 そろそろ帰ろうぜ、さんざんSさんをからかった後、友人達は会場の入り口に向かった。 Sさんはモヤモヤとした気持ちのまま友人達の後ろに続いた。 ・・・確かに動いていたのに。 わけがわからず困惑するしかなかった。 と、どこからか、女の子の泣き声が聞こえてきた。 振り返ると、女の子がサンタの置物の前で泣きじゃくっていて、両親が慌てて駆けつけているのが見えた。 泣きじゃくる女の子を見下ろすようにサンタの置物が立っている。 あの女の子ももしかしてサンタに何かされたのか、、、? Sさんの目には、微笑みをたたえるサンタの置物が邪悪なモノに見えてしかたなかったという。
https://am2ji-shorthorror.com/2023/12/20/646/
有馬温泉の怖い話
有馬温泉の怪異
兵庫県神戸市にある有馬温泉は、草津温泉、下呂温泉と合わせて日本三名泉と呼ばれ、日本を代表する温泉地の一つである。 有馬温泉を象徴する褐色のお湯は鉄を含んだ塩化物泉で「金泉」と呼ばれている。 有馬温泉の歴史は古く、奈良時代にはすでに温泉が利用されていたとされ、織田信長や豊臣秀吉など多くの歴史上の人物が訪れたと言われている。 これは、そんな有馬温泉で20代の会社員・A子さんが体験した怖い話。 A子さんは、仲のいい会社の同僚のBさんと女子2人でドライブ旅行に出かけた。 日中、六甲山を観光し、午後から有馬温泉の旅館で温泉にゆっくりつかる予定だった。 六甲山から有馬温泉に向かって山道を車で走っていると、ふいに目の前の道路に人影が現れた。 車を運転していたBさんは慌ててブレーキをかけて減速して路肩に駐車した。 窓を開けて見てみると、おばあさんがうずくまっている。 「・・・助けて」 消え入りそうな、か細い声が聞こえた。 どうしてこんな山道におばあさんが一人でいるのかと思ったけど、急病などであれば大変だ。 急いで車を降りようとするA子さんだったが、Bさんが腕をとって止めた。 「ダメ、行こう」 A子さんは耳を疑った。 この状況でおばあさんを見捨てるというのか。 Bさんがなぜそんなことを言うのか、わけがわからなかった。 A子さんは腕を振り払おうとしたが、Bさんの力は思いのほか強くて離れない。 「・・・助けて、お願い」 またも、か細く弱々しい声がした。 それなのに、Bさんは、シフトレバーをドライブに入れ急発進しておばあさんを避けて車を走らせた。 A子さんは、理解できず、Bさんに詰め寄った。 「見捨てる気?何かあったらどうするの!戻ろうよ」 「アレはダメ。いいから早く離れよう」 Bさんはチラチラとバックミラーでおばあさんを確認している。 その時、A子さんは思い出した。 昔、Bさんがチラッと言っていたことを。 『私、ちょっと霊感あるんだよね』 「・・・もしかして、何か見えたの?」 A子さんは恐る恐る聞いてみた。 「見えたっていうか、よくないモノなのはわかった。ああやって足を止めさせて悪さするヤツだと思う」 「悪さって、、、」 「わからないけど、取り憑くとか、、、?」 こんな日中にあんな堂々とこの世ならざるモノが跋扈しているというのか。 Bさんが口からでまかせをいっていて、本物の急病人をスルーしてしまった可能性も頭をよぎったが、A子さんはBさんを信じることにした。 「気にしちゃダメ。罪悪感を感じさせるのが、ああいうのの手口なんだから」 「・・・うん」 有馬温泉に到着しても、まだ完全に気持ちが晴れたわけではなかったが、せっかくの旅行なのだから楽しくしないとと思ってA子さんは気持ちを切り替えてテンションをあげた。それはBさんも一緒のようだった。 A子さんとBさんは駐車場から宿に向かう道中で雑貨店や軽食屋に立ち寄り、有馬温泉名物の炭酸せんべえを食べたり、おみやげを買ったりした。 ところが、ようやく気持ちも持ち直してきて気分良く温泉街を散策していると、裏路地から男の子の泣き声が聞こえてきた。 道で転んだのだろうか。手で顔を覆って大きな声でなきじゃくっている。A子さんが様子を見に行こうとすると、Bさんが険しい顔でまたもA子さんを止めた。 「もしかして、また?」 「・・・A子ちゃんなら、足を止めると思われてついてきたのかも。関わったらダメ。家に帰るまでは誰かが助けを求めてきても手を貸したり答えたりしたら絶対ダメだよ」 Bさんに強く念を押され、A子さんは「うん」というしかなかった。 2人が宿泊する宿は昔の風情を残した趣深い旅館だったが、観光気分に水を差すような怖い出来事のせいでA子さんは気分が沈んでいた。 「・・・せっかくだから大浴場の温泉いく?」 そんなA子さんを見かけてBさんがそう声をかけてきた。 「そうだね」 有馬温泉の茶褐色の金泉につかっていると身も心も芯まで温まるようだった。 「・・・なんか、ごめん。せっかくの旅行なのに」 BさんはA子さんに謝ってきた。 「なんで謝るの」 「いや、もしかしたら、私の思い違いでなんでもないことだったかもしれないし。水差しちゃったなと思って」 「Bさんのせいじゃない。むしろ、悪いことが起きないように助けてくれたと思ってる」 「なら、よかった、、、ちょっとホッとした。視えてよかったことなんて一度もなかったから」 ひょっとすると、Bさんはその力のせいで色々な苦労をしてきたのかもしれないとA子さんは思った。 温泉を出ると、A子さんとBさんは湯冷ましもかねて旅館の近所のコンビニに買い出しに出かけることにした。 外はもうすっかり暗くなっていて、源泉から湧く煙越しに、旅館やホテルの明かりが映えて見えた。 コンビニで買い物をすませ旅館に戻っていると、40代くらいの男の人が2人に近づいてきた。 「ちょっと手を貸していただけませんか?」 やぶから棒に男の人は言った。 しかも顔にニヤニヤと笑みを浮かべながら。 A子さんは身がすくんだ。 もしかしたら、また、、、? 見ると、Bさんは明らかに顔を強張らせていた。 「ね、いいでしょ。手を貸してくださいよ」 男の人は言いながら、ゆらりゆらりと距離を縮めてくる。 言動も様子も普通じゃない。 でも、A子さんは、その場で金縛りにあったように動けなくなってしまった。 すると、Bさんが、A子さんの手を取り引っ張って走り出した。 走りながら後ろを振り返ると、男の人は2人を追ってきていた。 「なんで逃げるんですか。待ってくださいよ〜」 軽い口調と裏腹に男の人の目つきは2人を鋭く睨みつけている。 旅館までは数百メートル。 息を切らせながらA子さんとBさんは走った。 このペースなら追いつかれそうにはない。 安心しかけた時、Bさんが足をくじいて転んでしまった。 Bさんはすぐに起き上がれたものの、ひどく痛めたらしく足を引きずっている。 振り返ると、男の人はまだ向かってきている。 「A子さん、先に行って」 「でも、、、1人じゃ先には帰れない」 「じゃあ、肩貸してくれる?」 「うん」 Bさんに肩を貸そうとした時、A子さんの背中にドサッと何かが覆い被さるように乗ってきた。 えっ? A子さんの両肩からBさんの腕が伸びている。 どうやらBさんがA子さんの背中におぶさってきたらしい。 わけがわからずA子さんが振り返ると同時に、BさんがA子さんの肩に伏せていた顔を上げた。 A子さんは悲鳴をあげそうになった。 Bさんの顔が山で会ったおばあさんの顔に変わっていた。 『家に帰るまでは誰かが助けを求めてきても手を貸したり答えたりしたら絶対ダメだよ』 Bさんの言葉がぐるぐると頭の中でリフレインした。 「やっっと、助けてくれたねぇぇ」 おばあさんの言葉がA子さんの脳をぐらぐらと揺らした。 ・・・気がつくと、BさんがA子さんの名前を呼びながら身体をゆすっていた。 A子さんは旅館近くの路地で意識を失っていたらしい。 A子さんの無事を確認してホッとしたBさんから、A子さんがしばらく行方不明になっていたのだと教えられた。 旅館の温泉から出て、メイク直しをしていると、A子さんは1人でフラリと出ていってしまったのだという。 A子さんは、とっくに、何かに憑かれてしまっていたのかもしれない。 有馬温泉から帰ると、すぐにBさんの知り合いのお寺さんでお祓いを受け、その後、A子さんに何か不吉なことがあったりはなかったという。 もし、道端で誰かが助けを求めていても、まずは、その人が本当に生きた人間なのか確認した方がいいのかもしれない。
https://am2ji-shorthorror.com/2023/12/19/645/
三ノ宮駅の怖い話
三ノ宮駅のロッカー怪談
これは兵庫県神戸市にあるJR三ノ宮駅でイギリス人のEさんが体験した怖い話。 Eさんは女子大学生で弁護士の父親の休暇を利用して家族で日本に旅行に来ていた。 東京、京都と観光をして昨日は有馬温泉に宿泊し、今日は神戸を観光して姫路城に向かう予定だった。 Eさんは日本語がさっぱりわからなかったが、身振り手振りでなんとかなったし、大抵のことは「YES,YES」と笑っていれば乗り切れた。 2週間の滞在なので持ってきたのは大型のキャリーケースだ。観光をする前に駅のコインロッカーにキャリーケースを預けるのが毎日の恒例になっていた。 その日、Eさん一家はJRの三ノ宮駅のコインロッカーを使うことにした。 まだ朝早かったので、大型のコインロッカーもかなり空いていた。 Eさんが、重たいキャリーケースを持ち上げて、ロッカーに詰め込んでいると、ふと視界の隅で動くものがあった。 5歳くらいの男の子がパタパタと駆け回っている。 すると、次の瞬間、目を疑う出来事が起きた。 男の子はまっすぐコインロッカーの方へ駆けてきたかと思ったら、大型ロッカーを開けて中に入ってしまったのだ。 大きなキャリーケースが入るスペースがあるので5歳くらいの男の子が入るのはわけない。 しかし、遊びにしても、何かあったらどうするのだろう。 男の子の親はどこへいるのだろうか。 Eさんは、辺りを見回したが、それらしい人はいない。 Eさんは、危ないから出たほうがいいと声をかけようと思って、男の子が入ったロッカーを開けようとしたが、中から押さえているのかロッカーが開かない。 英語で呼びかけてみるが男の子が聞き取れるとは思えない。 ロッカーに耳をつけると、男の子も何やら日本語で話しているようだが、Eさんには聞き取れなかった。 Eさんは、すでに荷物を入れ終わり電車の確認をしていた両親を呼びにいった。 事情を説明すると、両親が駅員さんに英語で説明してくれ、なんとかわかってもらえた。 ところが、駅員さんと両親を連れて戻り、男の子が入ったロッカーを確認してみると、ロッカーはすんなりと開いて、中に男の子の姿はなかった。 目を離した隙に出ていったのか。 とにかく問題ないことがわかって、駅員さんにお礼を言って、Eさんと両親はその日の観光に向かうことにした。 午前中は三宮周辺を観光し、午後は電車で姫路に移動して世界遺産の姫路城を見て回った。 再び三ノ宮駅に戻ってきたのは20時過ぎだった。 Eさんは電子パネルでロックを解錠して、キャリーケースを預けていたロッカーを開け、唖然とした。 キャリーケースが入っていなかったのだ。 何度もロッカー番号を確認したので、ロッカーに間違いはない。 ありえない状況にEさんはパニックになりかけ、わけがわからず周囲の空いているロッカーのドアを確認していくと、ふいに小さな男の子の笑い声が聞こえた。 それも、ロッカーの中から、、、 Eさんは今朝の出来事を思い出し、恐る恐る声がしたロッカーを開けた。 驚いたことに、Eさんのキャリーケースが中に入っていた。 理由はわからないが、とにかくキャリーケースがあったことに安堵して取り出そうとして、Eさんは、ロッカーの奥の暗闇からこちらを覗く光る目に気づいた。 朝の男の子がロッカーの奥に潜み、ジッとEさんを見ていたのだ。 Eさんはすぐにキャリーケースを引っ張り出そうとしたが全然動かない。 男の子が奥からキャリーケースを小さな手で押さえているようだ。 子供とは思えない強い力でまるでビクともしない。 男の子はEさんに向かって日本語で何やら語りかけてきたが、Eさんは男の子が何を言っているのかわからなかった。 パニックと恐怖でEさんは「NO!」と叫んで目一杯の力でキャリーケースを引っ張った。 途端に、押さえていた力がなくなり、キャリーケースがスルスルッととロッカーから出てきて、Eさんは弾みで尻餅をついた。 ハッとロッカーの奥に目を向けると、男の子の姿はなくなっていた。 慌てて、離れたロッカーで荷物を回収していた両親と合流し、今あった出来事を説明すると、疲れて幻でも見たのだろうと笑われてしまった。 Eさんは、そんなわけがない、確かに見たのだと怒ったけど、両親はまるで信じてくれなかった。 一体、あの子はなんだったのか。 日本からイギリスに帰ってもEさんの心には悶々としたものが残った。 日本語だったからわからなかったけど、あの時、男の子はEさんに何か語りかけていた。 なんて言っていたのだろう。 気になったEさんは日本からの留学生に相談してみた。 男の子がしゃべっていた音を頼りに、日本語ではどういう意味なのか尋ねたのだ。 「バッグを返したら、ずっと一緒にいてくれる?」 留学生はそういう意味だと英語で教えてくれた。 それを聞いてEさんはゾッとした。 あの時は恐怖から「No!」と叫んだけど、言葉の意味がわからぬまま、軽い気持ちで「YES」と答えていたら、果たしてEさんはどうなっていたのだろうか、、、。
https://am2ji-shorthorror.com/2023/12/17/644/
北野異人館の怖い話
サターンの椅子の呪い
兵庫県にある新神戸駅から歩いて10分ほど。 神戸の街と海を望む高台にいくつもの洋館が建っている。 北野地区は19世紀に居留地として整備され、何軒もの外国人住宅が建てられた。 最盛期には300軒ほどの洋館があったそうだが、戦火や老朽化によって、今では30軒ほどにまで減ってしまった。 保存された一部の建物は見学できるようになっており、北野異人館と呼ばれる観光名所となった。 異人館訪問のメインストリートである北野通りには雑貨店や軽食店が並び、連日、観光客で賑わっている。 これは、そんな北野異人館でKさんが体験した怖い話。 Kさんは、中規模メーカーで働く20代の女性。 ある年、Kさんは会社の社員旅行で神戸の北野異人館を訪れ、同じ事業部の気心知れた女子メンバーと各異人館を巡った。 NHKでドラマの舞台となり話題になった風見鶏の館をはじめ、萌黄の館、うろこの館と有名な異人館を順番に見学していき、次で最後にしようと入ったのが山手八番館という異人館だった。 山手八番館には、「サターンの椅子」という有名な2脚の椅子の展示があった。 ローマ神話の五穀豊穣の神サターンの彫刻が施された不思議な一組の椅子で、豊穣をもたらす神の名に因み「願い事が実り叶う椅子」と伝えられているのだそうだ。 占いや願掛けが大好きなKさん達はかわりばんこで椅子に座って願いごとをすることにした。 「Kちゃん、なにを願ったの?」 Kさんが椅子に座って立ち上がると、一年先輩のJさんが尋ねてきた。 「もちろんお金です。Jさんは?」 「私は出会いがあるようにって」 Jさんはお酒が入るたび2年も彼氏がいないと必ず嘆いていたので、そうだろうなとKさんは苦笑しそうになった。 「私はダイエット成功できるようにって願った」 お腹を押さえながらそう言ったのは、Kさんと同期入社のYさんだ。 「叶うといいね」「期待しないで待ちましょ」 ワイワイと盛り上がりながら、Kさん達は山手八番館を後にして集合場所に向かって行った。 社員旅行は終始そんな感じに飲んで遊んで楽しく時が流れていった。 社員旅行を終えて数週間後。 Jさんに彼氏ができた。 道端で声をかけられたようで要はナンパだった。 あまりのタイミングの良さにサターンの椅子のご利益で願いが叶ったのではないかと部内は色めきたち、私も座っておけばよかったという女子社員の後悔の声があちこちから聞こえてきた。 ところが、1ヶ月もしないうちに、Jさんの様子がおかしくなった。 聞くと、彼氏がJさん以外に何人もの女性と関係を持っていたことが発覚し、しかもDV気質なところまであったのだという。 「願いが叶ったどころか、とんでもない貧乏くじだった」 何度別れ話をしても縁を切ってくれないの。 Jさんは深いため息をついてKさんにそう話したという。 それから数週間後、今度はYさんがみるみると痩せていった。 聞くと1週間で5kgも体重が減ったらしい。 「ダイエット成功したの?よかったね」 今度こそサターンの椅子のご利益だろうか。Kさんが明るく声をかけると、Yさんは「そうじゃないの」と俯いた。 胃腸の調子が悪く、食べても食べても戻してしまって体重が減っただけなのだそうだ。 「確かに痩せたけど、、、これはちょっと違うよね」 病的にげっそりした顔でYさんは言った。 Yさんの不調は慢性化しふっくらと健康的だった顔はガリガリになってしまった。 Jさん、Yさんと、たてつづけにサターンの椅子で願ったことが、まるで叶ったようだった。 ただし不幸な形でだが。 ・・・これは単なる偶然なのだろうか。 「まとまったお金が手に入りますように」 あの時の願いを思い出し、Kさんは、なんだかモヤモヤとした気持ち悪いものを感じた。 JさんやYさんと同じように、嬉しくない形で願いが叶ったりするのではないか。 そう思うと恐怖すら感じた。 そして、ある日のこと。 Kさんが怖れていた事態が現実となった。 Kさんは会社の階段で足を踏み外し転落しちょうど1フロア分転げ落ちたのだ。 怪我の診断は全治1ヶ月。 しばらく入院することになり、保険からまとまったお金が入ってきた。 まったく嬉しくないが、ある意味、サターンの椅子で願ったことが叶ったともいえる。 たまたまおきたことを結びつけて考えてしまうというのは、ヒトが陥りがちな過ちだが、Kさん、Jさん、Yさんの3人に起きた出来事は全くの偶然なのだろうか。 いや、やはり、サターンの椅子の目に見えない力が働いた結果なのではないか。 Kさんは、そう思わざるをえなかった。 Kさんがそう思うには理由があった。 気にしすぎだと言われるのが嫌で誰にも言っていないのだが、階段から転落する時、後ろから誰かに押されたような感覚があったのだ。 落ちた後、すぐに振り返って見上げたのだが、階段の上には誰の姿もなかったのだそうだ、、、 願いが叶うサターンの椅子。 真実か嘘か確認するには、自分で座ってみるしかないのかもしれない、、、
https://am2ji-shorthorror.com/2023/12/16/643/
隅田川テラスの怖い話
隅田川幽霊足音
隅田川は東京湾に注ぐ全長23.5kmの河川で、その両岸の多くは舗装され散策路になっており、隅田川テラスと呼ばれている。 中でも、浅草近辺の吾妻橋から蔵前橋までは夜になるとライトアップされ、横手にはライティングされたスカイツリーがそびえる絶景となっている。 隅田川テラスは街灯が多く夜でも明るいので、ジョギングする人やベンチに座って夜景を楽しむ人達などで夜がふけても賑わいがある。 これは、そんな隅田川テラスでSさんが体験した怖い話。 Sさんは20代後半の会社員。 夜に家の近所の隅田川テラスを散歩するのが日課だった。 風に当たりながら夜景を眺めて歩く。 それだけで気分転換になり日々のストレスをリセットできるのだ。 そんな、ある日のこと。 その日も夜の22時頃に、Sさんは隅田川テラスを浅草方面に向かってテクテク歩いていた。 Sさんと同じように散歩する人、ジョギングする人、カップル、グループ、釣り人、いつものように隅田川テラスは夜でも賑わっていた。 それなりに、ひとがいるのも夜の散歩に適した条件の一つだ。 蔵前橋を過ぎるくらいまでは、そんな感じで、いつも通りだった。 蔵前橋から厩橋に向かう途中で、後ろからハイヒールで歩く足音が聞こえ出した。 コツコツコツコツ ハイヒールがタイルを打つ硬い音がする。 しばらくそのまま歩いていたが、ハイヒールの女性とSさんの歩くペースが同じくらいのようで、足音は同じ距離を保って聞こえてくる。 コツコツコツコツ 次第に音が気になってきて、Sさんは足を止めて横にスッと避けて、女性に前へ行ってもらおうとした。 すると、不思議なことが起きた。 ピタッとハイヒールの音がやんだのだ。 しばらくしてもハイヒールの女性はSさんを抜いていかない。 振り返っても、そんな女性はいなかった。 変なこともあるもんだと首を傾げ、再びSさんが歩き出すと、しばらくしてまたハイヒールの足音が後ろから聞こえてきた。 コツコツコツコツ、、、 またも一定のペースでSさんの後ろをぴったりハイヒールの音がついてくる。 なんなんだよ、、、やっぱりいたのか、、、 Sさんは、イライラと足を止め、今度こそ抜いてもらおうと、足を止めて横にズレた。 しかし、その瞬間、またも足音はピタッと止んだ。 振り返っても女性の姿はなく、薄ぼんやりとした散策路が見えるだけだった。 ハイヒールの音はするのに姿は見えない。 それは、つまり、、、 Sさんは背筋が寒くなった。 逃げるように走り出して、厩橋で隅田川テラスを抜けた。 ときおり後ろを振り返ってみたか、あとをつけてくる女性の姿は見えない。 息があがり心臓がバクバクした。 いったい、さっきのハイヒールの音は、、、 考えても答えは出なかった。 Sさんは、その恐怖体験を後日、友人に居酒屋で話して聞いてもらった。友人が「勘違いだろ〜」と笑い飛ばしてくれたおかげで、少しだけ怖さが薄れた気がした。 お酒も進みSさんがトイレにいって戻ってくると、友人が青ざめていた。 どうしたのかと尋ねると、友人は震える声で言った。 「お前がトイレに向かった後、ハイヒールの足音が聞こえたんだ、、、まるでお前の後をつけていくみたいに」 Sさんは唖然とした。 どうやらSさんの恐怖は、まだ終わってはいないようだった、、、
https://am2ji-shorthorror.com/2023/11/17/642/
【怖い話】ホラーハラスメント
ホラーハラスメントの代償
S部長は自他共に認める大のホラー好きだ。 会社の飲み会では最近仕入れた怪談話を披露するのがお約束になっている。 ある日の飲み会でのこと。 S部長がネットで見つけた怪談話を披露すると、女性社員達から「怖い〜」と悲鳴が上がった。 狙い通りの反応にS部長はご機嫌だった。 と、1人の女性社員がS部長の横に座って言った。 「S部長、ホラハラに気をつけてくださいね」 「ホラハラ?なんだね、それは」 「ホラーハラスメント。聞きたくもない怪談を無理やり聞かされるハラスメントです」 S部長は思わず笑ってしまった。 ホラーハラスメント?そんな言葉、聞いたこともなかったからだ。 「ホラーハラスメントなんて、そんなものがあるのかね」 「あるんです」 「最近はなんでもハラスメントになるね」 「笑い事じゃありませんよ。こんなホラハラにまつわる話があるんです」 そう言って女性社員はS部長に語り始めた。 「私の知り合いにTくんという営業マンがいまして、 Tくんは口達者なので営業成績もよく社内で人気者でした。飲み会になれば、Tくんを中心に話が回る、そんな感じだったんです。ある年の夏、部署の飲み会があって、酔いも回った頃、Tくんは、夏だし、怪談話でも披露しようかと切り出しました。同僚たちは待ってましたとばかりに盛り上がりました。でも、たった1人、反応が違う子がいました。部署の新人の女の子Yさんです。Yさんだけは、顔面蒼白でブルブル震えています。聞くと、Yさんは、大の怖がりで怪談が苦手だというのです。ホラー映画も大嫌いで、今まで絶対に見ないように避けてきたといいます。 『お願いします、怖い話はやめてください』 Yさんは懇願するように言いました。 でも、TくんはYさんのその反応にかえっていたずら心に火がついてしまい、そのまま怪談話を語り始めました。 『これは俺のトモダチから聞いた話なんだけど』 なんの変哲もない、ネットで見つけたよくある怪談話でしたが、口達者なTくんの語り口にみんな固唾を飲んで聞き入っていました。 異変は話が中盤にさしかかった頃、起きました。 Yさんの様子がおかしいことに周りの社員達が気づきました。玉のような汗をかき、ガタガタ震えています。血の気が引いて顔色も悪かったそうです。『大丈夫?』と声をかけてもYさんは反応がありません。しまいには、床に仰向けに倒れて、てんかんのような発作をおこしてしまいました。口からは泡をふいています。ようやく、ただごとじゃないとなって救急車が呼ばれましたが、Yさんはそのまま亡くなってしまいました。 原因不明の心臓発作だったそうです。 ・・・Yさんが死んだのは、Tくんの怪談話のせいじゃないか。Yさんの死後、そんな噂が社内で広まりました。あれほど怖がっていた人に怪談話など聞かせたせいで発作に繋がったのではないかというわけです。当然、噂はTくんの耳にも入りました。すると、あれほど明るくコミュニケーション能力もあったTくんが、次第に暗く塞ぎがちになり、仕事もままならない状態になってしまい、しまいには心の病気で強制的に入院させられてしまいました。Tくんは奇声を上げながら、『枕元にYさんが立つ』と会社で暴れたんだそうです・・・どうでしたか。ホラハラって怖いでしょう」 語り終えた女性社員は、薄い笑みを浮かべている。 「部長も気をつけてくださいね。怖い話ばかりしていると、恐ろしいモノを引き寄せてしまうかもしれませんよ」 女性社員はスッと立って部屋の外に出ていった。 S部長は、酔いがすっかりさめて、背中に嫌な汗を感じた。 周りの社員達の楽しそうな声が遠くに聞こえる。 S部長は1人、別世界にいるような孤独感に襲われた。 と、S部長は、あることに気がつき、全身に震えが走った。 あんな女性社員、うちの部にいたか、、、 、、、いや、いない その後、S部長が飲み会の席で怪談を話さなくなったのは言うまでもない。
https://am2ji-shorthorror.com/2023/11/09/641/
盛岡のホテルの怖い話
盛岡の留まる影
これは、M山さんが、出張で訪れた岩手県盛岡市のビジネスホテルで体験した怖い話。 M山さんは、夕方に仕事の打ち合わせを終えると、楽しみにしていた名物の盛岡冷麺を夕飯に食べて、駅近くのホテルにチェックインした。 フロントでカードキーをうけとり、7階の部屋に向かう。 ドアを開けると、M山さんは、すぐに部屋の空気に異変を感じ取った。 ニオイというか、雰囲気というか、言葉では説明しづらいが、さっきまで誰かが部屋にいたであろう気配がした。 そればかりか、少し空気が澱んでいるようにM山さんには思えた。 部屋の清掃には時間が遅いし、どういうことだろうと怪訝に思った。 なんとなく気持ちが落ち着かず、キャリーケースを開ける気にならない。 M山さんは、10分ほど、じっとベッドに腰掛けていた。 空気だけでなく、M山さんにはもう一つ、部屋の中で気になる場所があった。 テレビの下の棚だ。 ありふれた両開きの黒い棚なのだが、部屋に入った時から、少しだけ片方の戸が開いていたのだ。 中には何も入っておらず、真っ暗なスペースがあるだけだ。 清掃の人が閉め忘れただけかもしれない。 入ってすぐに閉めたのだが、その棚が妙に気になって仕方がない。 中に蠢く何かが出てくるのではないか。 そんな想像をしてしまう。 M山さんには霊感などないし、今まで何度も出張で地方のホテルに泊まることがあっても一度もこんなことはなかった。 部屋に入った時の嫌な感覚を引きずってしまっているのかもしれない。 M山さんはフロントに電話を入れ、事情を話すと、部屋を交換してもらえることになった。 恐縮しきりの担当者にM山さんも申し訳ない気持ちになった。 新たに10階の部屋に案内され部屋に入ってみると、さっき感じたような嫌な空気もなく、今度は大丈夫そうだった。 キャリーケースの荷物を開け、人心地つくと、シャワーを浴びて一日の汗を流した。 さっぱりとしてユニットバスから出てきて、M山さんはハッとした。 また、空気が澱んでいた。 ボディーソープの爽やかなニオイでも誤魔化せないほどに嫌な空気だった。 見ると、テレビの下の黒い棚の戸が片方だけ半開きになっている。 さっきまでは確実に閉まっていた。 最初の部屋での出来事があったから注意していたのでよく覚えていた。 棚の戸は、M山さんがシャワーを浴びている間に、ひとりでに開いたということだ。 そんなバカな、、、。 恐ろしいという気持ちと裏腹に、M山さんは、勢いよく棚を開いて中を確認した。 やはり、何もはいっていない黒い空間があるだけだ。 ・・・いったい何だというのか。 せっかく汗を流したのに、背中にじっとりと嫌な汗が流れるのを感じた。 M山さんは、棚を閉めると、ベッドに腰掛けてしばらく棚を見つめていた。 油断した瞬間に、棚の中に潜む何かが這い出てくるのではないか、そんな気がして目を離すのが恐ろしかったのだ。 しかし、疲れた身体で張り詰めた状態を維持するのは難しく、M山さんはいつの間にか眠ってしまい、気がつくと朝だった。 棚は、、、開いていなかった。 昨日のアレはなんだったのか。 モヤモヤした気持ちは残りながらも、チェックアウトをすませ、M山さんは東北新幹線で帰路についた。 家についたのは15時頃のこと。 ひとまずキャリーケースを置き、疲れた足を伸ばそうと思って、M山さんはハッとした。 ・・・部屋の空気が澱んでいる。 盛岡のホテルで感じたあの気配がした。 見ると、M山さんの部屋の棚の戸が少しだけ開いていた。 M山さんは、ホテルから何かを連れてきてしまったのかもしれない、、、
https://am2ji-shorthorror.com/2023/10/23/640/
覚えていますか?
河原の記憶
「覚えていますか?」 駅のホームで突然、女性に話しかけられ、K村さんは思わず言葉につまった。 「覚えていますか?」 女性は同じ言葉を繰り返した。 K村さんは、記憶から思い出そうと、マジマジと女性を見た。 年齢はK村さんと同じ30歳くらいに見える。 長いストレートの黒髪で、切れ長の涼しげな目。 どちらかというと一度見たら記憶に残るようなキレイな顔立ちのヒトだった。 しかし、まるで思い当たらない。 会社での付き合いや学生時代に遡って記憶を検索してみても該当するヒトがいない。 得意先で関わりがあるヒトを忘れてしまっていたらどうしようと、K村さんは不安に襲われた。 誤魔化して話を合わせようかとも一瞬考えたけど、K村さんは結局、正直に応じることにした。 「すみません、どちら様でしょうか?」 すると、女性はヒソヒソ話を打ち明けるかのように、K村さんの耳元に口を近づけて言った。 「××川に流しちゃダメですよ?」 それを聞いた瞬間、K村さんは背筋に寒気を覚えた。 忘れていた過去を一気に思い出し、目の前の女性の口から語られたことへの恐怖が荒波のように押し寄せてきた。 20年前、K村さんは、××川の河原で1人、石を投げて遊んでいた。 力試しで大きな石を投げた後、フギャンという奇妙な声を聞き、駆けつけてみると、血を流した子犬が倒れていた。 当たりどころが悪かったのか、子供の目に見ても子犬は死んでいるのが明らかだった。 事故とはいえ、なんてことをしてしまったんだ、、、 K村さんは、申し訳なさでいっぱいになったが、それ以上に頭の中を占めたのは、この状況をどうしようかということだった。 周りを見回すと、誰かに見られた様子はなかった。 ××川は、それほど大きな川ではない。 地元の人以外は、ほとんど寄りつかない。 周囲を何度も確かめ、K村さんは口の中で「ごめんなさい」と何度も何度も謝りながら、子犬の遺体を川に流し、慌ててその場から逃げた。 しばらくは、警察や近所の人から糾弾されるのではないかという恐怖と、罪のない命を奪ってしまった罪悪感に苛まれていたが、時間が経つにつれ、記憶から忘れさられていった。 しかし、今、あれから20年経って、見知らぬ女性がK村さんの罪を告発してきた。 地元から何百キロも離れた場所の駅のホームで。 この女性はいったい、、、 見ると、女性は艶やかな微笑みを浮かべている。 K村さんが、何も言葉を返せずにいると、揺れるようにその場を去っていき、人混みの中に溶け込んでいった。 K村さんは、今でも、あの日の出来事の答えを得られていないという。
https://am2ji-shorthorror.com/2023/10/22/639/
総武線の怖い話
総武線幽霊列車
これはOさんがJR総武線で体験した怖い話。 Oさんは、月に一度、総武線を使って病院に通院していた。 行きは通勤通学のラッシュ時間に被るので座ることはできないが、帰りの電車は比較的すいていて座って帰れるのが常だった。 その日も、Oさんは、帰りの電車で空いている席を見つけて座ることができた。 電車に揺られていると、すぐに眠気が襲ってきて、ウトウトしてきた。 しばらくして、トン、と座席のクッションが沈み込み、隣に誰かが座った感触があった。 気にせず、まどろんでいたのだか、声が聞こえてきてOさんは眠りから引き戻された。 なんだか、揉めているような男の人の声がしたのだ。 何を話しているのかまでは電車の音でわからなかったが眠りを妨げるには十分だった。 揉め事なら他でやって欲しいなとOさんは思ったが、目を瞑ったまま、気にしないでいることにした。 しかし、2、3駅待ってみても、言い争いが終わる気配がない。 一体、何をそんなに揉めているのだろうと思って、耳をすませてみると、どうも声は一種類しかないことにOさんは気づいてしまった。 ・・・独り言? ゾワッとして、Oさんは思わず目を開けて、隣を見た。 Oさんは目を疑った。 隣には誰も座っていなかったのだ。 つい一瞬前まで確かに会話が聞こえていたのに、 その車両にはOさん以外、誰も乗っていなかった。 さっきの声はいったい、、、 Oさんは、怖気を感じて、次の駅に到着するや、転がるように電車を降りた。 気持ちを落ち着けようと立ちつくす間に、電車は風を切って、走り去っていった。 電車が去った後の静寂が駅のホームを包んだ。 次の瞬間、Oさんは耳元で、誰かが舌打ちする大きな音を聞いた。 しかし、振り返っても誰もいなかった。 その後、Oさんは、慌てて改札を抜け、別の路線で家に帰ったという。 その日以来、総武線で恐ろしい体験をしたことはないそうだが、今でも、あの日の出来事は鮮明に記憶に残っているという。
https://am2ji-shorthorror.com/2023/10/20/638/
大観峰の怖い話(熊本県阿蘇郡)
霧に消えた腕
熊本県にある阿蘇山は世界有数のカルデラを持ち、「火の国」熊本のシンボルとなっている。 阿蘇のカルデラを囲む外輪山に、『大観峰』というビュースポットがある。 阿蘇の街並みや阿蘇五岳、くじゅう連峰までが一望できる360度の大パノラマの眺望で阿蘇を代表する景勝地になっている。 これは、Aさんが5歳の時に『大観峰』で体験した怖い話。 Aさんの住まいは福岡市にあり、家族旅行で阿蘇の大観峰を訪れた。 ところが、天気はあいにくの雨模様。 駐車場についた時は、曇り空の下に絶景が見えていたが、しばらくすると、あたり一面霧に包まれて真っ白になってしまった。 がっかりする両親とは裏腹に、Aさんは生まれてはじめて見る霧の景色に心奪われ、おおはしゃぎだった。 Aさんは両親が少し目を離すと勝手に一人でどこかに行ってしまう子だったが、その時も、「待ちなさい」というお母さんの声を背中で聞いて、一人で霧の中を駆け回っていった。 霧はどんどん濃くなっていき、近くに人がいるかどうかもわからなくなってきた。 数歩先の道も見えなくなり、さすがに心細くなったAさんは、「お母さん、お父さん」と呼びかけた。 しかし、2人からの返事はない。 もう声も届かぬほど離れてしまったのか。 もしかしたら、二度と両親のところに帰れないのではないか。 ふいに、そんな不安に襲われAさんは泣きそうになった。 「お母さん!お父さん!」 Aさんの声は霧に吸い込まれただけだった。 駆けても駆けても霧を抜け出せない。 どうしよう、、、。 その時、山風が吹いて、霧が横に流されていった。 次第に視界が開けてくる。 よかった、、、 と、安心した瞬間、急にAさんの服の裾を誰かがぎゅっとつかんできた。 お母さんかお父さんだろうか。 慌ててAさんが振り返ると、霧の中から腕が伸びていた。 ちょうど、腕の持ち主と濃い霧が被さっていて、まるで二の腕から先だけが霧から生えているように見えた。 腕は、力強くAさんの服をつかみ、引っ張りはじめた。 あまりの力の強さにAさんはギョッとした。 本当にお母さんかお父さんなのか、、、 そういえば、2人とも今日は長袖を着ていたのに、この腕は服を着ていない。 しかも、その腕は生きている人間にしては妙に青白く骨張っていた。 Aさんは足を踏ん張って引っ張られないように抵抗したが、徐々に霧の中に引きずられていった。 いやだ、、、そっちにいきたくない、、、 腕を離そうと身体を何度も何度も揺さぶるうち、偶然、着ていた服がすっぽりと脱げた。 脱げた服を勢いよく霧の中に引きずり込まれていった。 その後、すぐに霧は晴れてきたのだけど、腕の持ち主はどこにもいなかった。 霧と一緒に消えてしまったかのように。 Aさんは怖い思いから解放された安心からか、大泣きしてしまった。 泣きじゃくるAさんのもとに両親が駆けつけたのはそれからすぐのことだった。 車からわずか50mも離れていない場所でのできごとだったという。 そんな体験をしたのに、当時子供だったAさんは、恐ろしいことなどなかったかのように、その後の観光を楽しんだ。 ソフトクリームを買ってもらい、ご機嫌で車に戻ると、車のすぐ近くの地面にさきほど脱げたAさんの服が落ちていた。 ところが、戻ってきた服は、鋭い爪で引き裂かれたかのようにボロボロだった。 ・・・あのまま霧に引き摺り込まれていたらどうなっていたのか。 Aさんは思い出す度、いまでも恐怖で身が震えるという。
https://am2ji-shorthorror.com/2022/09/16/637/
【怖い話】バッドタイミング
エレベーターの幽霊
こんな経験ないだろうか? 閉まりかけのエレベーターに慌てて駆けつけ、ボタンを押したら、中にすでに乗客がいて、申し訳ない思いになる。 一度は誰しも経験したことがあるのではないだろうか。 Xさんは、ある日、仕事に遅刻しそうで走っていた。 オフィスビルのエレベーターホールに着くと、ちょうどエレベーターが到着したところで、一人の女性が乗り込むのが見えた。 ドアが閉まっていく。 Xさんは、慌てて、エレベータードアに手をさし入れて、ドアを開けた。 先客の女性には申し訳ないが遅刻するのも嫌だった。 ところが、ドアが開くと、さきほど乗り込んだ女性の姿がなく、エレベーターはの中は空だった。 確かに乗り込む姿を見た気がするけど、見間違えだったのか。 困惑したXさんを乗せてエレベーターが上昇を始める。 エレベーター内は、空気が重たいというか、なんとも言えない居心地の悪さがあった。 誰も乗っていないはずなのに、誰かに見られているような、、、そんな感覚がする。 エレベーターは6階で止まった。 次に乗ってくる人のため、Xさんは少し後ろに下がった。 しかし、ドアが開いても、エレベータを待っている人はいなかった。 不思議に思っていると、Xさんの身体を押すようにフワリと風が横を通りすぎて、エレベーターの外に抜けていった。 風が通りすぎる瞬間、女性の香水のようなニオイがしたという。 Xさんは、幽霊が乗ったタイミングで乗り合わせてしまったのかもしれない。
https://am2ji-shorthorror.com/2022/09/07/636/
【怖い話】イヤな場所
不吉な予感
Yさんの彼女のS美さんには不思議な力がある。 ドライブ旅行していた時のことだ。 Yさんが車を運転していると、S美さんが「違う道からいかない?」と唐突に言った。 ナビは最短ルートをしめしているので、Tさんはわざわざ迂回する必要を感じなかったけど、S美さんがあまりにも嫌がるので道を変えた。 後で調べてみると、そのまま進んでいたら、有名な心霊スポットの前を通っていたとわかった。 また、YさんとS美さんが、2人で同棲するための物件を探していた時には、数軒目で条件的に理想の物件を見つけたのだけど、S美さんが「ここはイヤ」と渋って見送ることにした。 後で調べてみると、その物件は昔、凄惨な事件が起きた事故物件であることが判明した。 霊感能力というのだろうか。 それとも動物本能のようなものなのか。 S美さんはどうも、人が無念のうちに死んだような、いわくつきの場所が察知できるようなのだ。 そうわかってからというもの、Yさんは、 S美さんが拒否感を示す場所には寄りつかないように心がけていた。 「ここ通りたくない」 その日も、S美さんが、とある道に足を踏み入れた瞬間、強い拒否感を示した。 「けど、この道しかないよ?」 しかし、今回ばかりはYさんも譲れなかった。 「ムリ。絶対イヤ」 S美さんも譲らない。 その道の先には、一軒の住宅があった。 Yさんの実家だった。 2人は結婚挨拶に訪れていた。 その道はYさんの実家にしか通じていない。 なぜ、これほどS美さんが拒否感を示すのか、 Yさんは混乱するしかなかった。 その時、庭先にYさんの母親が出てきて、笑顔で2人に手を振った。 Yさんの父親は、Yさんが子供の頃に蒸発してしまい、Yさんは母一人に育ててもらった。 S美さんの拒否反応には、Yさんの父親の蒸発と何か関係があるのか、、、 母親の笑顔を見ているうち、Yさんは寒気を覚えたという。
https://am2ji-shorthorror.com/2022/09/06/635/
【怖い話】形見分け
呪われた遺品
ある時、Tさんの自宅をSという男性が訪ねてきた。 Sは、Tさんの祖母の友人の家族だという。 その友人が亡くなったので、遺品を祖母に形見分けしたいというのだ。 祖母はとっくに亡くなっていると伝えると、代わりに受け取って欲しいと、丁寧に風呂敷に包まれた桐箱を見せてくれた。 箱の中には、湯呑みが入っていた。 凝った意匠が施されていて、骨董品の価値はわからないがそれなりの値がする品に思われた。 是非と差し出され、断るのも逆に申し訳ないかと思って、Tさんは湯呑みを受け取ることにした。 けど、それ以来、家でおかしなことが起こり始めた。 夜になると家鳴りが頻発して起こるようになり、アクシデントに何度も見舞われ怪我までした。 迷信深い方ではないTさんだったが、異変が起こり始めたのと湯呑みを引き取ったタイミングは完全に合致している。 Tさんは、譲り受けた湯呑みがあまりよくないモノなのではないかと疑い始めた。 そういう目で見ているからか、湯呑みから禍々しいオーラを感じさえする。 このままではいけないと思ったTさんは湯呑みを返そうと思い、祖母の葬儀の名簿を引っ張り出してSさんの連絡先を調べようと思った。 けど、何度見ても、Sという苗字の人は参列者の中にいなかった。 わざわざ形見分けするような間柄の人が祖母が亡くなった時に式に参列しなかったのだろうか。 不思議に思いつつ、祖母の遺品に連絡先が書かれたものがないか確かめていると、一冊のノートを見つけた。 祖母が生前、連絡帳として使っていたノートだ。 ページをパラパラめくっていると、ノートの最後に殴り書きのような文字で、たった一言、こう書かれていた。 『Sからは何も受け取らないように』 祖母自身の覚え書きか、それとも孫のTさんに向けて書き残したものなのか。 定かではないけど、祖母とSという苗字の友人の間に何かよからぬわだかまりがあったことをニオわせる書き残しだった。 ひょっとしたら、あの湯呑みは忌まわしい念が込められた品で、祖母への呪詛として形見分けしようとしていたのではないか。 そんな気がして仕方がなかった。 結局、湯呑みはお寺に納めて引き取ってもらうことにした。 湯呑みがなくなってからというもの、Tさんの家でおかしな現象が起こることはなくなったという。
https://am2ji-shorthorror.com/2022/07/30/634/
【怖い話】訪問客
訪問者の謎
Dさんはインターフォンの音で目を覚ました。 無視してそのまま眠ろうかと思ったけど、何度も鳴らされて眠れなくなってしまった。 昨夜は金曜日だったので飲みすぎてしまい、家に帰るとそのまま倒れるように眠ってしまった。 まだ眠い頭でフラつきながら玄関のドアを開けると、スーツを着た男性が立っていた。 男性は児童相談所の職員だと名乗った。 Dさんがポカンとしていると、男性は「お子さんはご在宅ですか?」と聞いてきた。 「はぁ?」 間の抜けた返事しかできなかった。 それもそのはず。 Dさんは独身で子供どころか恋人もいない。 そう説明すると、児童相談所の男性も困った様子で、帰っていった。 それだけなら、何かの間違いですんだのだが、 1ヶ月後、またもや訪問があった。 同じ職員の男性だった。 Dさんが前回と同じ説明をすると、預かっている子供がいないかと児童相談所の男性が聞いてきた。 疑われても癪なので、「なんなら家をみますか?」とDさんが言うと、「いえ、結構です」と男性は引き返していった。 二度あることは三度あるというが、二週間後、再び児童相談所の男性が訪れてきた。 男性は、今回は最初から申し訳なさそうで自分も不本意な訪問だという顔つきだった。 Dさんは、いい加減我慢できず、訪問の理由を訪ねてみた。 すると、本当は話したらいけないのですが、と前置きをして児童相談所の男性が教えてくれた。 「この部屋のベランダに深夜、5歳くらいの男の子がずっと立たされていると通報があるんですよ・・・しかも何件も」 Dさんは言葉を失った。 そんな子供のことをDさんは知らないし、何の心当たりもなかった。 「何かの見間違いだと思うのですが、、、」 児童相談所の職員は恐縮した様子で帰っていった。 Dさんは振り返って、カーテンを引いた窓の方を見た。 あの窓の奥のベランダに男の子が立っている? ありえない話だけど、通報されて確認がくるくらいだから実際に何人もの人が見ているのだろう。 Dさんは、恐る恐るベランダに出てみた。 そこに、男の子の姿はなかった。 当たり前だけど、ホッと一安心した。 バカバカしい、、、 そう思って部屋に引き返そうとした瞬間、背後から子供の笑い声がはっきり聞こえた気がした。 振り返っても誰もいない。 Dさんは背筋が寒くなって逃げるように部屋に入った。 それ以来、Dさんは、怖くてベランダに出ることができなくなってしまった。 夜になると、今でも、カーテンの向こうに何かがいるような気配を感じることがあるのだという。
https://am2ji-shorthorror.com/2022/07/29/633/
【怖い話】テレビっ子
テレビの向こうの少年
主婦のAさんにはBちゃんという2歳の娘がいる。 Bちゃんは最近、テレビに夢中で、かじりつくように番組を見て、出演者の発言を真似しようとしたりするという。 まだうまくしゃべれないので、「こんにちは」が「きょんにちふぁ」になったりするのだけど、それがまたいじらしい。 Bちゃんがテレビに集中している間、Aさんは家事を片付けられるので、子育ての面でもテレビに助けられていた。 そんな、ある日のこと。 Bちゃんがいつにも増してテレビに熱心に話しかけている時があった。 Aさんがキッチンから身を乗り出して、テレビ画面をのぞくと、5歳くらいの男の子が映っていてなにやらしゃべっていた。 どうやらBちゃんはテレビの中の男の子が自分に向かって話しかけていると勘違いして、返事をしているらしい。 子供らしい勘違いだなと思ってAさんは微笑ましく思った。 そのままAさんが洗い物を続けていると、突然、Bちゃんの泣き声が部屋に響き渡り、Aさんは何事かと慌てて駆けつけた。 Bちゃんはテレビの前で大泣きしていた。 Aさんがあやしてもなかなか泣きやまず理由を聞いても要領を得ない。 テレビで怖い映像でも流れたのかと確認すると、NHKの将棋の試合中継が流れていた。 ふと、Aさんは、あることに気がつき、テレビの番組表を急いで確認した。 ・・・思った通りだった。 Bちゃんがイタズラしないよう、テレビのリモコンは手が届かないところに置いていて、Bちゃんは自分で番組を変えられない。 この1時間くらい、ずっと将棋の試合中継が流れていたはずなのだ。 だとすると、さっきAさんがテレビ画面で見かけた男の子はいったい、、、 将棋中継でたまたま小さな男の子が出てくる場面があったに違いないと理性では思うのだけど、Bちゃんの尋常ではない泣き方を見ていると、何か放送されるはずのないものがテレビに流れていたのではと、そんなことを考えてしまう。 Aさんは、リモコンを取って、テレビの電源を切った。 画面が真っ暗になると、テレビが鏡のように反射して部屋の光景が映った。 一瞬、部屋にいるはずのない男の子の姿が映った気がして、Aさんは思わず息をのんだ。 そしてなぜか、さっきまでAさんの腕の中でわんわん泣いていたBちゃんが、くつくつと笑っていたという。
https://am2ji-shorthorror.com/2022/07/28/632/
【怖い話】ツクリバナシ
創作怪談の代償
大学生のTさんの友人に、怖い体験談を豊富に持つIくんという男の子がいた。 Iくんの体験談を聞いた人はみんな口を揃えて怖かったといい、中にはしばらく寝られなくなってしまう人もいたほどだという。 ところが、ある飲み会の席でのこと。 酔ったIくんは、Tさんに、怪談は自分の体験談ではなく全て作り話なのだとぽろっと打ち明けた。 言ってから「しまった」と思ったのか、IくんはTさんに、誰にも言わないで欲しいと頼んできた。 Tさんは、作り話で怖い思いをさせられてきたのかと腹立たしい気持ちになった一方、Iさんの口のうまさに感心もしてしまった。 それからもIさんは友人達の集まりでたびたび怪談を得意気に披露するので、Tさんは複雑な気持ちになったが、誰にもIさんの秘密をバラしたりはしなかった。 ところが、翌年の夏。 ある飲み会の席でのこと。 夏らしく「怖い話」を披露する流れになり、定評のあるIくんの怪談を心待ちにする人達に促され、Iくんがいつものように怪談を話し始めた。 その日、Iくんが語ったのは、大学のトイレで体験した怖い話だった。 逢魔時に大学のトイレを使ったら男子トイレに女子生徒がいて、という怖い話を朗々と披露する。 Tさんは、また作り話かと話半分で聞いていたのだが、話の途中からIくんの様子が明らかに変わったのに気づいた。 周囲を気にするように目を泳がせ、額には脂汗が浮かび、手は震えている。 いつもの自信たっぷりに語るIくんとは違った。 周りの友人達は怖さを出すための語りの演出だと思ったのか気にしていないようだが、Iくんの創作だと知るTさんは、今日は何か変だと思った。 Iくんの話は、珍しくオチらしいオチもなく、しり切れとんぼで終わった。 Iくんは話し終えると、慌てた様子で一服しに店の外に出て行った。 Tさんは気になってIくんの後を追った。 Iくんは、灰皿の前で、一点を見つめ、電子タバコを吸っていた。 電子タバコを持つ手はカタカタと震えていた。 Tさんは「どうしたの?」と声をかけた。 「話してる途中で聞こえたんだ・・・」 ボソリとIくんがつぶやく。 「聞こえたってなにが?」 「・・・『私の話をしないで』って。女の声が」 「え・・・でも、さっきの話も作り話なんだろ?」 「・・・うん」 Iくんの創作怪談が本物の霊を呼び込んでしまったのだろうか。 ついに実際に恐怖体験をしたのに、Iくんは喜ぶどころか、心底怖がっているようだった。 それからというもの、Iくんはどんなに頼まれても一切怪談を語ることがなくなったという。
https://am2ji-shorthorror.com/2022/07/17/631/
【怖い話】ナクシモノ
迷い込む隠り世
「なくしたものを探したらいけない」 Aさんの実家がある集落には、そういう言い伝えがあった。 「なくしもの」というのは、あの世とこの世の狭間である隠り世にあるので、なくしものを探すと気づかないうちに自分自身が隠り世に迷い込んでしまうのだという。 Aさんは子供心に半信半疑で言い伝えを聞いていたけど、いざ何かをなくした時、その言い伝えを思い出して、見つけるのを諦めることが多かった。 Aさんは、大学進学を機に、実家を離れて街で一人暮らしをすることになった。 大学で仲良くなった友達の中に、頻繁にモノをなくすCさんという子がいた。 「家の鍵をなくした」「財布をなくした」 そんな話がしょっちゅうあって、周りの友達はなくしもの探しにしばしば巻き込まれた。 そういう時、Aさんは、口では心配しながらも集落の言い伝えが頭をよぎって、あまり積極的に手伝ったりはしないようにしていた。 ある時、Aさんは、冗談半分で、集落の言い伝えをCさんに教えてみた。 Cさんが、ほんの少しでも、モノをなくさないよう注意してくれるようになったらと思ったのだ。 ところが、それからしばらくして、Cさんが両親から贈ってもらった大切なネックレスを大学構内でなくすという出来事が起きた。 しかも、その時、Cさんと一緒にいたのはAさんだけだった。 慌ててネックレスを探すCさんを放っておくわけにもいかず、Aさんも手分けして探すのを手伝うことにした。 20分ほど洗面所や食堂など思い当たる場所を探し回っていると、Cさんから「見つけた」とメッセージが届いた。 「よかったね」 そう返事をして、Aさんは、待ち合わせ場所の校門前に向かった。 ところが、いくら待ってもCさんが校門に現れない。 「もう少し時間かかる?」 そうメッセージを送ってみると、「もういるよ」と返事がきた。 けど、あたりを見回してもCさんの姿はない。 電話をかけてみても、 「私もいるよ?」「え、どこ?」 どうにも会話が噛み合わない。 せっかく探すのを手伝ったのに、Cさんにからかわれている気がして、Aさんは頭にきた。 結局、Aさんは、バイトの時間が差し迫っていたので、Cさんと合流するのは諦めて、バイト先へと向かった。 その日以降も、Aさんは、Cさんと変わらずメッセージや電話のやりとりをしているが、まだ一度も顔を合わせていない。 同じ教室、同じキャンパスにいるはずなのに、なぜかCさんだけ見かけない。 ただ単に、すれ違いが続いていて、会う機会がないだけだと思うのだけど、Aさんは徐々に不安な気持ちになっていった。 このままずっとCさんと会えないのではないか。 もしかしたら、Cさんは、「なくしもの」を探してしまったせいで隠り世に迷い込んでしまったのではないか。 それを確かめるには、Cさんともう一度待ち合わせをして確認すればいい。 けど、Aさんはどうにも怖くなって、しまいには大学にも通えなくなり家から一歩も出られなくなってしまった。 Aさんの心がそこまで苛まれたのは、ある可能性が頭から離れなくなったしまったからだ。 隠り世に迷い込んでしまったのはCさんの方ではなく、村の言い伝えを破って「なくしもの」を探すのを手伝ってしまったAさんの方なのではないか。 次第に大学でのキャンパスライフが現実とは思えなくなり、怖くて誰とも会えなくなってしまったのだという・・・。
https://am2ji-shorthorror.com/2022/07/11/630/
【怖い話】心霊スポットに電話番号を残したら・・・
廃トンネルの呻き声
Sさんは、このところイタズラ電話に悩まされていた。 非通知で電話がかかってきて、「あぁぁ」と呻き声のような声が聞こえ、電話が切られる。 思えば、数日前、友達数人と心霊スポットの廃トンネルに肝試しにいってから、その電話は始まっていた。 怖くなって、一緒に肝試しにいったメンバーの1人に相談すると、その友達が「実は、、、」と申し訳なさそうに、Sさんの携帯番号をマジックペンでトンネルの壁にイタズラ書きしたのだと打ち明けた。 友達はSさんが相談するまで、そのことをすっかり忘れていたという。 電話の原因は、落書きのせいだったのだ。 Sさんは、カンカンに怒って、その友達を連れて、心霊スポットに電話番号を消しにいくことにした。 昼間にも関わらず、廃トンネルは暗かった。 トンネルの中ほどで、 「たしかここら辺だと思う」と友達は言った。 2人で壁を注意深く見ていると、突然、Sさんのスマホが鳴り響いた。 また例の非通知着信だった。 その時、友達が、「おいっ」とSさんの肩を力強く叩いた。 見ると、数メートル離れた先、男性がトンネルの壁を向いて立っていた。 ついさっきまで、あんな人はいなかった気がする。 Sさんが、恐る恐る電話を取ると、電話の向こうと数メートル離れた男の人の口から同時に、「あぁぁ」と呻き声が重なって聞こえてきた。 Sさんと友達は恐怖でパニックになって、トンネルから一目散に逃げ出した。 一体、男性は何者だったのか。 「ビビったけど、よく考えたら、普通に生きてる人間だったかもな」 Sさんが少し冷静になって言うと友達が答えた。 「でも、どっちの手にも電話なんて持ってなかったぞ?」 Sさんは、その帰り、すぐに電話番号を変える手続きをしたという。
https://am2ji-shorthorror.com/2022/07/11/629/
Alexa(アレクサ)の怖い話
予知するスピーカー
Alexa(アレクサ)は、Amazonから発売されているスマートスピーカーに搭載されたAIの音声アシスタント。 最新ニュースを教えてくれたり、明日の天気を確認したり、音声で指示を出せるのが特徴だ。 ちょっとした暇つぶしに雑談したり、おもしろい話をしてくれたり、まるで本物の人間と会話しているかのように相手をしてくれる機能がおもしろくて、私は購入した当初、何かとあればAlexa(アレクサ)に話しかけていた。 ある時、ふと思いついて、 「Alexa、10年後の私は?」と語りかけてみた。 どうせ答えてくれないだろうとは思っていた。 Alexaは、答えられない問いかけをすると、『わかりません』『もう一度お願いいたします』と返事をするか、まったくとんちんかんな回答をしてくる。 しかし、その時のAlexaは予想外の返事をしてきた。 『申し訳ありません。あなたに10年後はありません』 「えっ」 思わず声が出てしまった。 まるで私が10年後生きていないみたいではないか。 「Alexa、どういう意味?」 『あなたの10年後を再生します』 またも意味不明な返事。 私の10年後を音楽か何かだと誤解しているのか。 『やめて!イヤ!』 突然、Alexaから大音量で女性の叫び声が聞こえてきて、私は心臓が飛び出しそうなほど驚いた。 『イヤァァァ・・・』 断末魔のような悲鳴が聞こえ、音は途切れた。 一体、今のはなんだったのか。 Alexaに同じ質問を何度もしてみたけど、『わかりません』を繰り返すだけで、二度と同じ動きをしてくれなかった。 単なる誤作動なのか、Alexaの予知か、それとも、、、 Alexaから流れてきた女性の声は、どことなく私の声に似ていた。 10年後に答えはわかる。
https://am2ji-shorthorror.com/2022/04/19/628/
【怖い話】遊んではいけない池
忌まわしき池の伝説
僕の地元には、遊んではいけない池がある。 集落から10分ほど山道を登ったところにあり、周りを藪に囲まれた、小さな溜め池だった。 水は濁って澱んでいて、藻や水草が多いので、泳ごうものなら身体に絡みついて上がってこれなくなると言われている。 昔から水難事故が多かったらしい。 危ないので子供は近づかないようにと家でも学校でも口酸っぱく言われていた。 そんな背景があるので、溜め池にまつわる怪談話は数多くあった。 池の反対側に白い装束を着た女性が立っているのを見たとか、水際を歩いていたら水中から手が出てきて引き摺り込まれそうになったとか、水面に写る顔を覗くと別人が写るとか、バリエーション違いも含めるときりがないほどだ。 禁止されると好奇心をそそられるのが子供の性というか、大人には内緒で遊びに行く子供達は実のところ多かった。 その多くは肝試し目的だった。水が汚すぎるので、さすがに泳ごうとする猛者はあまりいなかった気がする。 僕も何度か肝試しで溜め池を訪れたことがあったが、肝は冷やしたものの、怖い体験をしたことはなかった。 それよりも、水場なので夏は虫だらけな上、藻が腐敗した臭いなのか強烈なニオイが辺りに漂っていて、怖いより不快さの方が勝っていた。 ところが、小学6年生の時、僕は溜め池の恐怖を味わう羽目になってしまった。 その年の夏は、猛暑に加えて雨不足だった。 夏休みに入り、僕は連日のように友達と遊んでいたのだけど、ある日、溜め池に肝試しにいこうという話になった。 僕は、夜どうしても見たいテレビ番組があったので誘いを断ると、みんなに渋い顔をされた。 というのも、僕の家は溜め池に続く山道の途中にあるので、拠点として一番便利なのだ。 僕がいなければ帰りに一息つくことができない。 結局、肝試しの話は、うやむやになったまま、その日は解散となった。 その翌日。 僕は不快なニオイに朝早く目を覚ました。 強烈な悪臭がした。 ニオイの出どころを探すと、布団の上に黒い物体があった。 よく見ると、それは泥と水草がからんだ塊だった。 泥はかなり水分を含んでいて、布団がぐっちょりと濡れて重くなっていた。 なんでこんなものが僕の部屋にあるんだ、、、。 こんな泥と水草があるのは溜め池くらいしか思いつかなかった。 すぐに、友達が肝試しにいこうという話をしていたのを思い出した。 肝試しからの帰りがけ、参加しなかった僕に対する嫌がらせで、溜め池の泥を布団に置いていったのだろうと思ったのだ。 窓はあけているし、僕の部屋の場所はみんなが把握している。 間違いないと思った。 窓の外を確認すると、点々と泥が地面に落ちていて、家の前の山道まで続いていた。 たどっていけば、溜め池に続くのだろう。 僕は、さすがに腹が立って、すぐに1人の友達の家に向かった。 怒っている僕を見て、友達はキョトンとしていた。 聞くと、昨日の夜、肝試しには行っていないという。 嘘をついているわけではなさそうだ。 今度は、僕がキョトンとする番だった。 他の友達にも聞いて回ったけど、みんなが同じ反応だった。 友達の仕業じゃなければ一体誰が、、、。 その日の夜、悶々とした気持ちと暑さのせいで、なかなか寝つけずにいると、ふいに、ムッとするニオイが鼻についた。 溜め池のニオイだ。 窓の外からにおっている。 こんな離れた場所まで池の悪臭が届くのは珍しい。 ニオイのせいでとてもじゃないけど寝れそうにない。 僕は窓を閉めようとして、布団を抜け出した。 その時だった。 ズチャ・・・と奇妙な音が外から聞こえた。 ぬかるみを足で踏んだような音だった。 ズチャ・・・ズチャ・・・ 再び音が聞こえた。 しかも、その音は、ゆっくりと近づいてきていた。 今朝見た、点々と地面に落ちていた泥の跡・・・。 溜め池の水の中から、何かが出てきて、僕の部屋までやってきていた? 目を凝らしても、見えるのは暗闇だけ。 けど、ズチャという足音が、さっきより確実に近づいてまた聞こえた。 僕は慌てて窓を閉め、布団にくるまった。 怖くて身体がガタガタ震えた。 僕の部屋を目指して何かが来る。 気のせいだ、妄想だと自分に言い聞かせても、怖くて怖くて仕方なかった。 眠りについた記憶はなかったけど、気がつくと夜が明けていた。 恐る恐る窓を開けて確認しようと思い、僕は絶句した。 窓ガラスに、びっしり泥と水草が混ざったものがこびりついていたのだ。 やはり、昨日の夜、何かがここまで来たのだ。 僕はサンダルを履いて外に出て、泥の跡をたどっていった。 なぜ、たった一人でそんな思い切ったことをしようと思ったのか今ではわからない。 何かに突き動かされるように、目印の泥を追っていった。 思っていた通り、泥は溜め池に向かう山道に続いていた。 藪に囲まれた細い山道をしばらく歩いていく。 溜め池に近づくにつれ、鼻をつく悪臭がきつくなっていった。 そして、ようやく溜め池が見えてきた、、、はずだった。 驚いたことに、溜め池がなくなっていた。 正確には、雨不足のせいで、池の水が干上がってしまったらしい。 水がないと、思ったより浅い池だったことがわかった。 僕の目は、池の中央に並ぶ石に留まった。 長方形の、でこぼことした石が4つ地面に突き刺さっている。 なぜか、その石がとても気になった。 石の形と配置が妙に整っているように見えた。 ハッと、その石の正体に思い至り、背筋が急に寒くなった。 アレはお墓ではないのか、、、 見れば見るほどそう思えてくる。 石の表面は削れていて、判別が難しいけれど、文字のようなモノが彫られているように見えた。 溜め池にお墓が沈んでいたなんて、、、 ズチャ、、、 その時、またあの音が聞こえた。 溜め池を囲う藪の中に、僕の部屋に泥を置いていった"何か"が潜んでいる。 ズチャ、、、ズチャ、、、 それは移動を始めていた。 それが動くたび、藪がこすれてカサカサと音を立てた。 きっとこっちに来ようとしている。 全身から嫌な汗が噴き出したのがわかった。 足が震えていうことをきかない。 金縛りにあったように身体が硬直した。 僕が動けないでいる間も、それはどんどん近づいるのがわかった。 音の感覚がどんどん短く、大きくなっている。 嫌だ、、、嫌だ、、、 僕は心を奮い立たせるように叫び声を上げ、金縛りを解いて、一目散に走って引き返した。 家に帰るまで一度も振り返らなかった。 倒れ込むように走り込んできた僕を見て、おばあちゃんがびっくりしている。 なにがあったのかと尋ねるおばあちゃんに僕が説明できたのは「溜め池が怖い」ということだけだった。 けど、たったそれだけでおばあちゃんは何かを悟ったみたいで、「あそこには、昔の仏さんがたくさんいるからねぇ」とつぶやき、溜め池の由来を話してくれた。 溜め池のある土地は、大昔、お墓として祀られていたところだったが、窪地で水捌けが悪いせいで雨が溜まって水の底に沈み、いつしか祀られることすらなくなったのだそうだ。 その話を聞き、池が干上がったせいで報われない死者の魂が彷徨い出てきてしまったのかもしれないと思った。 放置され水中に没したなんて、なんだかかわいそうな気もしたけど、怖いのには変わりなかった。 その夜も、溜め池から"何か"が来るのではないかと眠れず布団の中で震えていた。 ピチャ、、、 ふいに、水の音が聞こえた気がした。 音は、すぐに、ザーッという雨の音に変わった。 窓を開けると、堰を切ったような、久しぶりの大雨が降っていた。 湿った空気が部屋の中に入ってきた。 清浄な雨のニオイがした。 その夜は、何も僕の部屋を訪ねてくることがなかった。 それから一週間、おかしなことは何も起きなかった。 きっと先日の大雨で、溜め池の水が元に戻って、お墓が再び水中に沈んだから、怪異がおさまったのではないかと思った。 夏休みも終わりかけ、僕はおこづかいで花を買って、溜め池に向かった。 せめて、花くらい祀ってあげようと思ったのだ。 溜め池はすっかり元の水位を取り戻していた。 どうか安らかに眠ってください。 僕は、そう祈りながら、花束を水際に置こうとした。 その瞬間、水の中から、骨と皮だけの手がつき出てきて、僕の腕をガシッとつかんだ、、、
https://am2ji-shorthorror.com/2022/04/16/627/
【怖い話】修学旅行の写真
修学旅行の心霊写真
「一枚くらい心霊写真あるんじゃないかな?」 ある日の放課後のこと。 誰かが言った一言がきっかけで、クラスメイト数人で、修学旅行の写真を片っ端からチェックすることになった。 僕たちの修学旅行は京都だった。 神社仏閣の写真が多かったし、土地柄的に何か写り込んでいたりするかもしれない。 おもしろ半分で始めたものの、学校で撮影してくれた写真やクラスメイトが持ち寄ったものを合わせると、数百枚以上の写真があった。 はじめは面白い写真を見つけるたび、旅行の思い出話が盛り上がってしまい、チェックがなかなか進まなかった。 けど、しばらくすると、みんな黙々と写真をチェックするようになっていた。 なかなかそれらしい写真は見つからない。 もう諦めていいんじゃないかなと思って、チラッと友達をうかがってみると、みんな真剣な表情で写真の中の違和感を探している。 勝手にやめるわけにもいかず、僕は写真のチェックを続けた。 何枚チェックしてみても、一向におかしな写真は見つからない。 まだ、写真は山のように残っている。 終わりが全く見えない。 集中して写真を見ていたので、目がだいぶ疲れていた。 けど、誰もやめようとは言い出さない。 一言もしゃべらず黙々と写真を見続けている。 「・・・おい!」 1人の声にハッとした。 窓の外は真っ暗になっていた。 時計を見ると、午後7時を回っていた。 時間を忘れもう何時間も写真のチェックを続けていたらしい。 目の前の写真の山を見つめ、なんでこんなことしていたのかという疑問が頭をもたげた。 他のみんなも同じ気持ちだったようで、我にかえった様子だった。 「オレたちなんでこんなことしてたんだっけ」 「さぁ・・・」 誰も心霊写真探しに熱中したきっかけが思い出せない。 「途中で何度もやめたいと思ったけど、やめたらいけないような気がして」口々にみんなが言った。 結局、一枚も心霊写真は見つからなかったけど、みんなして取り憑かれたように心霊写真探しを続けたのはなぜだったのか。 自分達に何が起きたのかみんなで意見を出しあったものの、誰も納得できる答えを出すことはできなかった。 それこそ超常的な何かに突き動かされたのかもしれない、という話でケリがついた。 家に帰るとドッと疲れを感じた。 部活の練習でヘトヘトになった時とは違う種類の疲労だった。 制服を脱いで、学校のカバンを開けて、僕は言葉を失い固まった。 カバンいっぱいに修学旅行の写真が入っていた。 教室に置いてきたはずなのに。 いつの間に。 無意識に入れるとは思えない。 怖くなって、友達のグループLINEで報告しようとスマホを手に取った。 すると、LINEに4件の通知が来ていた。 「やっと見つけた」 「やっと見つけた」 「やっと見つけた」 「やっと見つけた」 今日のメンバーが全く同じメッセージを次々に送ってきていた。 見つけた?何を? 心霊写真のことか? みんなも写真を持ち帰っていたのか? わけがわからずとまどっていると、修学旅行の写真の一枚が目に留まった。 自分の後ろ姿を友達が撮影してくれた写真。 けど、こんな写真あったっけ、、、 すると、信じられないことが起きた。 写真の中の自分がゆっくりと振り返り始め、、、輪郭の肌色が見え、黒目が現れ、、、僕ははっきりと写真に写る自分と目が合ったのを感じた。 写真の中の自分は別人のようにこちらを睨みつけていて、、、 気がつくと、夜中になっていた。 気を失っていたのか、眠ってしまったのか。 スマホを見ると、寝ている間に、僕はLINEを友達グループに送っていた。 「やっと見つけた」 問題の自分の写真は、二度と見つからなかった。
https://am2ji-shorthorror.com/2022/04/13/626/
【怖い話】不審死
命日の怪
刑事だった叔父から聞いた怖い話です。 叔父は、ある時、変死体発見の一報を受け現場に駆けつけました。 雑居ビルの前に頭から血を流して倒れた女性の遺体がありました。 大方、ビルの屋上から飛び降りた自殺だろうと思われたのですが、叔父は現場を調べておかしなことに気づきました。 女性が飛び降りたと思われる雑居ビルは今は使われておらず、最近ヒトが立ち入った感じがしなかったのです。 鑑識にも調べてもらいましたが、女性がビルに侵入した痕跡は見つかりませんでした。 ビルの屋上も同様で、女性の痕跡は見つかりませんでした。 遺族や友人は、女性が自殺する理由が全く思い当たらないと口を揃えていいました。 叔父は、現場検証でわかったことを理由に、自殺ではない可能性を訴えましたが、付近の防犯カメラの映像には事件前後で死亡した女性以外の人の姿が映っておらず、早々に自殺と断定され、捜査は行われませんでした。 モヤモヤが晴れない叔父でしたが、ある日、女性の解剖を担当した法医学者の先生に署内で顔を合わせ、話を聞くことができました。 先生も、女性の自殺に少し引っかかっているようでした。 頭を打ったことが致命傷なのは間違いないけれど、地面に頭を打ちつけたのではなく、上から衝撃を受けた可能性も捨てきれないというのです。 「おかしな話だけど、似てるんだよな」 「なににです?」 「ほら、自殺の巻き添えになる人がいるだろう。偶然、下を歩いていて、落ちてきた自殺者に衝突される通行人さ。似てるんだよ、その人たちの傷と」 「え・・・」 「ま、肝心の自殺者がいないんだから、今回はありえないけどさ」 法医学の先生の言葉が気になった叔父は、現場の雑居ビルについて調べてみました。 すると、そのビルが使われなくなる前、屋上から自殺した女性がいたことがわかりました。 しかも、今回の事件が起きたのは、ちょうどその自殺した女性の命日だったのです。 もしかしたら、亡くなった女性は、通りを歩いていた時に、飛び降り自殺を繰り返す霊とたまたまぶつかってしまったのかもしれない、、、 そんな荒唐無稽な考えが叔父の頭をよぎりました。 誰も信じてくれるわけがないですし叔父はそのことを自分の胸にソッとしまっておいたそうです。 刑事をやっていると、そういった奇妙な事件に遭遇することがしばしばあるのだと、叔父は言います。
https://am2ji-shorthorror.com/2022/04/10/625/
【怖い話】学校帰り
学校帰りの怪談
これはKさんが高校生の時に体験した怖い話。 Kさんは、当時、同じクラスのTくんと仲がよかった。 Tくんは帰宅部でクラスではあまり目立たない存在だった。 お互いゲーム好きということでウマがあい、ソフトの貸し借りをするうち、一緒に帰るようになった。 ある日、2人は今流行りの携帯ゲームを学校に持参し、放課後、学校近くのベンチに座って遊んでいた。 遊ぶのに熱中しすぎてしまい、気がつくと、夕暮れ時になっていた。 2人が通っていた高校は山間部にあり、家がある山裾の街までは、国道沿いの山道を20分ほど自転車で降りなければならない。 2人はゲームの攻略について議論を交わしながら次第に藍色に変わっていく国道を自転車で下っていった。 ふと、隣を走るTさんの自転車のスピードが遅くなった。 速さを合わせるためブレーキをかけないといけなくなり、Kさんは Tさんの方をうかがった。 すると、Tさんが唐突に話しを始めた。 「・・・この前、深夜にこの道を自転車で走ってたんだけどさ」 「深夜に?なんのために?」 Kさんは不思議に思って聞き返した。 高校がある国道沿いは雑貨を扱う店が一店舗あるだけで、他には何もない。 用がなければわざわざ来るような道ではないのだ。 「そしたら変なんだよ。誰もいないのに、誰かに見られているような視線を感じたんだ」 Tさんは、Kさんの質問に答えず話を続けた。 視線は遠くを見つめていた。 「気持ち悪いというか、怖くなってさ、俺、早く家に帰りたくてスピードをあげたんだ」 Tさんは怪談を披露しているのかとKさんは思った。 けど、怖いのが大の苦手でホラーゲームは全くプレイできないと言っていたそのTさんが自ら怖い話をするなんて、少し変な感じがした。 ふいにTさんが自転車のスピードをあげた。 置いていかれないよう、ブレーキを緩めてついていった。 「けど、どんなにどんなにスピードをあげて坂道をくだっても、誰かに見られている感覚が消えないんだ。周りを見渡しても真っ暗な山しかない。人も車もいなかった」 Tさんの自転車はさらに加速していく。 ついには、下り道なのにペダルを漕がないといけなくなった。 風を切る音で耳が痛い。 やがて前方に分かれ道が見えてきた。 右手が住宅地に続く道なのだが、なぜかTさんは左の脇道に進んでいこうとしていた。 「どこいくの!」 Kさんは大声で呼びかけたが、Tくんの自転車は曲がる気配もなく、吸い込まれるように左の道に進んだ。 仕方なくKさんも遅れて左の道に入り、慌ててTさんにおいついた。 「Tくん、どこいくの!?」 Tくんは返事をしなかった。 こんなことはじめてだった。 「・・・そしたら、前にトンネルが見えてきたんだ」 しばらく道を下ると、Tくんが口にした通り、300mほど先にトンネルが見えてきた。 怖い噂話が絶えないを旧道のトンネルで、たしか今は封鎖されていて通れないはずだ。 Tくんはこんな暗くなってからあのトンネルに向かうつもりなのか。 正気とは思えなかった。 「Tくん止まってよ!」 Kさんは声の限りに叫んだ。 けど、Tくんは止まるどころか、トンネルに向かうにつれさらに加速していった。 「あっちにいったらダメだ、、、そう思うんだけど身体が言うことを聞かなくて、、、自転車は坂道をくだって、ぐんぐんトンネルに引き寄せられていったんだ」 Tくんが話している通りのことが今まさに起きていた。 何度叫んでも、Tくんはスピードを緩めない。 Kさんの声などまるで耳に入っていない様子で、Tくんは目を見開いて、まっすぐ前を見ていた。 「このままじゃまずい、ぶつかってしまう。そう思った時にはもう手遅れだった」 トンネルの入口は鋼鉄製のフェンスでふさがれていた。 「ハッとして、慌ててブレーキをかけたんだけど、なぜかブレーキが全くきかなくて、スピードは落ちなかった、、、そして」 Kさんは、頭が真っ白になった。 Tくんが話した通り、本当に自転車のブレーキがきかなかったのだ。 この勢いでフェンスにぶつかれば軽い怪我ですまないのは確実だ。 隣を見ると、Tくんもブレーキハンドルを何度も握っているが、カスッカスッと軽い音がするだけで、全くスピードが落ちていなかった。 Kさんは咄嗟に、自分の自転車をTさんの自転車にぶつけた。 弾みで2人は地面に投げ出され転がった。 2人の自転車はそのままの勢いで走り続けて、山中に響き渡るほど大きな衝撃音をあげてフェンスにぶつかった。 Kさんは身体中が痛くてなかなか起き上がれなかった。 「・・・あれ?」 隣から素っ頓狂な声が聞こえた。 状況が飲み込めないという顔でTくんがキョロキョロあたりを見渡していた。 Kさんが事情を説明すると、Tくんはゲームを終えて帰り始めてからの記憶が一切ないとわかった。 さっきまでTくんが話していた怪談話も全く身に覚えがないし聞いたこともないという。 2人とも傷だらけだったけど、Kさんの捨て身の判断のおかげで大怪我をせずにすんだのが幸いだった。 とにかくこの場を離れようということになり、Kさんは痛む身体を無理やり起こして立ち上がった。 その時、Kさんの目に、あるモノが留まった。 トンネルの入口に置かれた献花。 枯れて茶色くなってしまっていたが、ここで誰か亡くなった人がいるのは明らかだった。 さっきまでTくんが話していたのは、もしかしたら、ここで亡くなった人が体験した怖い話なのか、、、。 Tくんはその人の念に引かれてしまったのかもしれないとKさんは思った。 けど、話していた内容が事実なら、ここで亡くなった人もまた、"何か"に引かれてしまったのだろうか、、、。
https://am2ji-shorthorror.com/2022/04/09/624/
【怖い話】「ケータイ電話貸してもらえませんか?」
「夜の公園と消えた女」
「・・・ケータイ電話貸してもらえませんか」 突然声をかけられビクッとした。 夜9時過ぎ、車を公園前の路肩に止めて友達とLINEをしていた時のこと。 開いた窓のすぐ側にコートを着た若い女性が立っていた。 驚いて固まっていると、また声をかけられた。 「・・・ケータイ電話貸してもらえませんか」 か細く弱々しい声。 顔を確認してみたが、街灯が逆光になって、よく見えなかった。 何かケータイが必要な理由があるのだろう。 「どうぞ」 俺は深く考えずに女性にケータイを手渡した。 女性はケータイ電話を受け取ると、ゆっくりと番号をプッシュして、耳に当てた。 あまりジロジロ見ない方がいいかと思って、俺はあえて前を向いた。 けど、なかなか電話がつながらないのか、全く通話がはじまった声が聞こえない。 チラッと様子を見ると、女性は身じろぎひとつせず 俺のケータイを耳に当てている。 いつまでもそうしているので、だんだん怪しく思ってきた。 人のケータイを使って何かよからぬことを考えているのではないか。 そう思い、「もういいですか」と半ば強引にケータイを取り返した。 すると、女性は、 「どうもありがとう」 とつぶやいて立ち去っていった。 本当に電話をかけたのかと気になって、履歴を確認すると、知らないケータイ番号にかけた形跡があった。 再び顔をあげて女性を探すと、もう通りにその姿はなかった。 急に寒気がしてブルッと身体が震えた。 さっきまで気にならなかったのに、人通りのない暗い夜道が妙に心細くなって、俺はすぐに車を発進させて家に帰ることにした。 その話を後日、飲み会の席で友達に話したら、その友達も知り合いから似たような体験を聞いたというので驚いた。 ただし、その知り合いは、俺と違ってケータイを取り返さなかったらしい。 女は、しばらくすると、ケータイを持ったままどこかへ行こうとした。 慌てて車を降りて追いかけると、女はケータイを手に持っていなかった。 すると、聞き慣れた着信音がした。 背後の車の運転席からだった。 戻って車の中を見ると、自分のケータイ電話が運転席の座席の上にあった。 いつのまに?と思って、女を振り返ると、すでにその姿はなかったという。 着信はまだ続いている。 知らない番号からだ。 はじめは無言電話かと思ったが、耳をすませて聞いているとお経を唱えるような囁き声がして、すぐに電話を切ったという怖い話だった。 もし、あの時、ケータイを貸したままだったら、俺も同じ目に遭っていたのだろうか。 友達と2人で肝を冷やした。 その時、突然、テーブルに置いていた俺のケータイ電話が鳴り響いた。 あまりのタイミングの良さに、俺も友達も飛び上がりそうなほど驚いた。 画面を見ると、知らない番号が通知されていた。 いや、見覚えのある番号だった。 これはあの時の女性がかけていた番号だ。 電話を掛け直してきたのか。 「取ってみたら?」 友達が言った。 怖がっているのは顔を見ればわかった。 けど、確認せずにはいられない気持ちだったのだろう。 俺も同じだった。 俺は通話ボタンを押して、ケータイ電話を耳に当てた。 ガヤガヤとした騒々しい音に混じって会話する声が聞こえた。 「この前、変なことがあったんだけど、、、」 俺は耳を疑った。 間違いなく、俺の声だった。 それから、いまさっきこの店で友達に話した内容通りの会話がはじまった。 まるで、俺たちの会話を録音して流しているかのように、、、 いったいなんなんだ、、、 わけがわからなかった。 様子がおかしいのに気づいたのか、友達が俺からケータイ電話を奪って通話を切った。 「・・・ケータイ変えた方がいいよ」 友達が真面目な顔で言った。 「お前気づいてなかったみたいだけどさ、、、」 そう前置きをして友達が恐ろしいことを口にした。 俺が電話を取ると、どこからともなく女が現れ、俺が電話を聞いていたのと反対の耳元で、電話を切るまで、ずっと何か囁いていたというのだ、、、。
https://am2ji-shorthorror.com/2022/03/24/623/
【怖い話】使われていないエレベーター
未使用のエレベーター
Oさんが働く会社は、20階建てのオフィスビルに入っている。 そのオフィスビルには、6機のエレベーターがあって、コンピューター制御で渋滞が起きないようになっていた。 Oさんは、もう20年ほど、そのビルに通っているが、最近あることに気がついた。 6機あるエレベーターのうちの1機だけ一度も乗った覚えがなかったのだ。 20年もいて一度も乗らない確率がどれくらいなのかはわからないが、感覚的には違和感を覚えた。 同僚に聞いてみると、言われてみれば、そのエレベーターには乗った記憶がないとみな口を揃えていう。 実は稼働してないのかと思って、顔馴染みの警備員さんにそれとなく尋ねてみると、問題なく動いていると教えられた。 しかし、その警備員さんも、そのエレベーターにだけは乗ったことがないなぁとボソッともらした。 誰も使ったことがないエレベーター。 そのことに気づいてしまってから、Oさんは、そのエレベーターが気になってしょうがなくなった。 朝どんなに人が待っていても、他のエレベーターが入れ替わり立ち替わり到着するだけで、問題のエレベーターは降りてこない。 試しに昼の休憩の間に観察してみたけど、1時間近く待っても、ついぞ問題のエレベーターは一度も一階に降りてこなかった。 こんなことがあるのだろうか。 やはり動いていないのか。 気にはなったが、仕事を疎かにしてエレベーター調査にかまけているわけにもいかないので、何もしないまま時間は過ぎていった。 そんなある日、Oさんはトラブル処理があったせいで、日付が変わるくらいまで残業をした。 同僚はほとんど帰っていて廊下の照明は落ちていた。 エレベーターホールに向かうと、ちょうど一機、エレベーターが来ていた。 駆け込んで乗り込もうとしてハッと足を止めた。 それは問題のエレベーターだったのだ。 20年ではじめて扉が開いている姿を目撃した。 興奮して周りを見回したが、誰かに伝えたくても、みな帰ってしまっている。 明日みんなには教えよう。 そう思って、喜び勇んでエレベーターに乗ろうとして、Oさんは急に胸騒ぎを覚えた。 このまま乗り込んで大丈夫なのだろうか、、、。 20年一度も乗ることがなかったのに、なぜ今日、こんなひと気がない夜に問題のエレベーターが来たのか。 これは単なる偶然なのか。 もし、このエレベーターが普通じゃなかったら、、、 Oさんは、漠然とした恐怖に襲われた。 中は、他のエレベーターと同じ造りでおかしなところはない。 できたら1人では乗りたくない。 けど、今日を逃したら二度と乗れないかもしれない。 逡巡してから、Oさんは、思い切ってエレベーターに乗り込んだ。 一階のボタンを押すと、スーッと扉が閉まった。 一瞬フワッと浮くような感覚があって降下がはじまった。 一階まではものの10数秒だ。 心の中で時間を数える。 手に湿った感覚があった。 いつの間にか汗をかいていた。 言葉に言い表しようがない緊張感があった。 あまりに気を張り詰めていたせいか、チン!という到着音が鳴った時、Oさんは、ブルッと身体が震えてしまった。 結局、何も起きなかった、、、杞憂か。 Oさんは、怖がりな自分を自嘲しながら家路についた。 それから、問題のエレベーターが、再びOさんの前で扉を開くことはなかった。 変わらぬ日常が淡々と過ぎ、季節が巡る。 ただ、この頃、Oさんは奇妙な感覚を覚えるようになった。 Oさんの周りの人達の態度が以前と少し違う気がしたのだ。 注意しなければわからない、ほんの些細な変化。 けど、会社の同僚にしろ、家族にしろ、会話の節々や言動に変化を感じる。 それは、あのエレベーターに乗ってからな気がする。 まるで、あの日を境に別の世界に来てしまったかのように、、、。 考え過ぎだとは思う。 けれど、その考えは、今でも、Oさんの頭から完全に消えてはなくならないのだという。
https://am2ji-shorthorror.com/2022/03/10/622/
【怖い話】畳の音
畳の囁き
祖母の家は瓦屋根の平屋だった。 周りは田んぼと雑木林しかなく、隣の家までは100m以上も離れていた。 都会暮らしの私にとって純和風の家は全てが新鮮で、祖母の家に遊びにいくたび、冒険をしているような気持ちだった。 中でも、私のお気に入りは畳の和室だった。 フローリングの床とカーペットしか知らない私は、いら草のにおいと肌触りを感じるだけで楽しくて仕方なくて、少しは外で遊びなさいと叱られるほど、畳の部屋でゴロゴロとするのが好きだった。 何をするでもなく、ひんやりとした畳に寝そべって虫の音を聞いているだけなのだが、それが至福の時間だった。 あまりに気持ち良すぎてウトウトしかけた時、子供の声が聞こえてきて、ハッとなった。 祖母の家の近所で子供の声を聞くのは、これがはじめてだった。 てっきり祖母と同年代の人たちしか住んでいない集落なんだろうと思い込んでいたので、同世代の子がいるなら仲良くなりたかった。 けど、家の周りをいくら探しても、それらしき子供の姿はない。 聞き間違いかと思って、畳に再び寝転がると、また声が聞こえる。 内容までは聞き取れないけど、何人かの子供達が話している声だった。 けど、やはり家の周りに子供の姿はない。 遠くの声が、たまたま祖母の家の畳に届いているのだろうか。 気になった私は、畳に耳を押しつけて、何を話しているのか聞き取ろうとした。 盗み聞きだけど、好奇心に負けた。 「あの・・・たい」 「・・・だね」 もう少しで聞き取れそうだ。 耳を澄ませてみると、意味のある会話らしきものが聞こえた。 「あの子を連れていこうよ」 「そうだね」 ・・・あの子って誰? 「あの白い肌を八つ裂きにしたら楽しいよ」 「髪の毛を全部むしりたいな」 あまりに突拍子もなく、不穏な会話すぎて、私は聞き間違いかと思った。 何の話をしているの、この子達・・・。 「ちょっと待って・・・」 沈黙。 「・・・ねぇ、聞いてるでしょ?」 耳元ではっきり声が聞こえ、私は悲鳴をあげて、逃げるように後ずさった。 和室で泣きじゃくる私を見つけた祖母は困った顔で慰めてくれた。 「あの畳から、畳から・・・」 事情を聞かれてもうまく説明できない。 その時、私は、気がついた。 声が聞こえた畳だけ他の畳と色が違う。 「おばあちゃん。あの畳だけどうして色が違うの?」浮かんだ疑問が口をついて出た。 「あぁ、あれ。あの畳は古いけど、かえられないのよ・・・」 祖母は、忌まわしいものでも見るように、畳に目を落とした。 なぜ畳をかえられないのか理由は聞けなかった。 その時だけ、いつも優しい祖母が、何も寄せつけない雰囲気をまとっていて怖かったのだ。 ・・・きっと、あの畳には、何かのいわくがあったのだろうと思う。
https://am2ji-shorthorror.com/2022/03/08/621/
【怖い話】似顔絵
黒斑の似顔絵
先日、大学の女友達と2人で遊んでいたら、公園の前に似顔絵のお店が出店していた。 「描いてもらおうか?」 なんとなくその場のノリで2人して似顔絵を描いてもらうことにした。 絵師のお兄さんは伸ばし放題の髪にヨレヨレの格好をした暗い感じの人で、一言もしゃべらず黙々と絵筆を動かし続け、10分もたたずに一人分をかき上げてしまった。 仕上がりは早かったけど、出来上がりは特徴がとらえられていて、思わず友達と2人で「似てるねー」とテンションがあがった。 描いてもらった似顔絵は自分の部屋の棚の上に飾っておくことにした。 それから数週間が経った頃、似顔絵にちょっとした変化があった。 頬のあたりにできた黒い斑点。 はじめはシミか何かができたのかと思った。 前までなかったのは確かで、なんでこんな目立つ汚れがついたのか理由がわからなかった。 一度、気になってしまうと目にとまって仕方がなかった。 ためしに服でゴシゴシ拭ってみたけど落ちない。 そして、その汚れは、落ちるどころか、日に日に広がっていった。 はじめはホクロくらいのサイズだったのに、パチンコ玉くらいの大きさまでになっていた。 紙の劣化とか塗料が滲んだとかそういうことなのかもしれないが、自分の顔の上に黒い汚れが広がっているのは、見ていて気持ちがいいものではなかった。 一緒に似顔絵を描いてもらった友達の絵には、何の変化もないらしい。 私の似顔絵だけというのが、また腹立たしい。 ある程度のところで汚れは広がらなくなって止まったのだけど、今度は、似顔絵の私の表情が変わっていっているような気がした。 うっすら微笑んでいたはずなのに、だんだんと口角が下がって、不機嫌な表情に見えるようになってきた。 私の気にしすぎなのだろうか。 友達に見てもらうと、その友達も顔つきが変わってきているように見えるという。 気味が悪くて仕方なかった。 「描いてたお兄さんも普通な感じじゃなかったし、捨てたら?」と友達は言った。 けれど、捨てたら捨てたで何か起きやしないか心配で、私は踏ん切りがつかなかった。 目に留まると気にしてしまうので、結局、棚の中にしまうことにした。 しばらくは似顔絵のことを思い出すこともなく普通に暮らしていた。 ところが、棚の中のモノを取り出した時、つい気になってチラッと見てしまった。 私は悲鳴をあげて、似顔絵を床に投げ出した。 似顔絵の私は、苦悶に顔を歪めてもだえているような顔つきに変わっていた。 もはや別人だった。 もとは淡いパステル色で描かれていたはずなのに、黒と茶に変色していた。 いったい私の似顔絵に何が起きてるのか。 私は、すぐに似顔絵を描いてもらった公園に急いだ。描いた絵師さんなら原因がわかるかもしれないと思ったのだ。 もうお店を出していないかもしれないと思ったけど、運よく同じ絵師さんの店がまだあった。 事情を話すと、絵師さんは驚くでもなく、「そう」と言った。 「たまにあるんだよね。けど、悪いことじゃないから。形代って知ってる?」 「形代?」 「例えば、人形とかを使って、人間の身代わりに穢れを引き受けてもらったりするんだけど、似顔絵もたまに形代になることがあるんだ」 話についていけず首を傾げるしかなかった。 「つまり、キミに起きるはずだった不幸を似顔絵が身代わりになってくれたのかもしれないってこと」 ・・・そういうものなのだろうか。 それなら確かに悪い現象ではない。 不思議なことに、絵師さんの話を聞いてから、今までの不安が嘘のように、顔が変わった似顔絵がまったく怖くなくなった。 もう捨てようという気も起きなかった。 それから、数ヶ月後。 私は絵師さんの言葉が本当だったのだと信じざるをえない体験をした。 似顔絵を一緒に描いてもらった友達を含めた数人で歩道を歩いていたところ、高齢者が運転する車が突っ込んできたのだ。 似顔絵に変化がなかった友達は骨を折って全治1ヶ月の怪我をおった。 事故の直前、私とその友人はたまたま位置を入れ替えていて、真横を歩いていた私は無傷ですんだ。 自宅に帰って似顔絵を確認すると、もはや人が描かれていたと判別できないほどに黒ずんでいた。 不幸を肩代わりしてくれたのだとしたらありがたいが、もし似顔絵を描いてもらってなかったらと思うと、薄ら寒い気持ちがする。
https://am2ji-shorthorror.com/2022/02/14/620/
【怖い話】体育倉庫
体育倉庫の怪
これは、私が小学校5年生の時に体験した怖い話だ。 私が通っていたのは公立の小学校で、校庭の隅に『体育倉庫』と呼ばれる小さな建物があった。 その名のとおり、体育やクラブで使われる備品が置いてある倉庫で、ライン引きや各競技のボール、運動会で使われる綱引きの綱やボール入れのカゴなどが保管されていた。 私は当時、ドッジボール部に所属していたので、備品の出し入れでよく体育倉庫を利用していた。 体育倉庫はあまり生徒達が近寄らない校庭の隅にポツンと建っていて、入口は錆びたスチール製の横開きの扉。中は窓が一切なく電気をつけないと真っ暗だった。 真夏でも倉庫の中に一歩足を踏み入れるとひんやりとして、外で遊び回る生徒の声が遠くかすんで聞こえる。 子供ながらに外の世界と隔絶された一種の異界のような雰囲気を感じていた気がする。 設備が古いからなのか、電気のスイッチを入れても点灯するまでに数秒のタイムラグがあり、電球がついてもなお暗いと感じる程度の明かりしかない。 体育倉庫は、"その手"の噂が生まれる条件を十分満たしていた。 ボールがひとりでに跳ねるのを目撃したという怪談話が代々伝わっていたり、かつて倉庫で首を吊った女生徒が夜な夜な泣いているという学校の七不思議もあった。 噂をまにうけるわけではなかったけど、近寄りたくない場所に違いなかった。 だから、体育倉庫に備品を出し入れしに行く時は必ず誰かと一緒にいくというのがクラブ活動する生徒たちの暗黙のルールになっていた気がする。 ところが、秋が終わろうという頃、そのルールを私は破ってしまった。 その日、片付け担当になっていた私は、クラブが終わると、もう1人の同級生と一緒にボールを拾い集めてカゴに入れて体育倉庫に向かっていった。 空は鮮やかな茜色に染まっていた。 体育倉庫の入口に差しかかったとき同級生がふいに足を止めた。学習塾の予定があるのをうっかり忘れていたのを思いだしたのだという。 「片付けておくから先帰っていいよ」 そう伝えると、同級生は申し訳なさそうに走って帰っていった。 1人になってから暗黙のルールを思い出した。 今日一日だけ。ボールを置いて出てくるだけじゃないか。 ほんの十数秒で終わる作業だとわかっていたが一人で体育倉庫に入るのは妙に緊張した。 心臓がドクドクと音を立てているのがはっきりと聞こえた。 スチール製の扉に手をかけて横に引く。 キイィときしんだ音を立てて扉が開くと、埃っぽい空気が倉庫の中からフワッと出てきた。 暗い室内に埃をかぶった備品が所狭しと置いてあるのがうっすら見える。 私はドッジボールが入ったカゴを倉庫に押し入れた。キャスターがボロボロなせいでカゴを押すとキュルキュルと嫌な音がした。 倉庫の右奥にぽっかりと空いたスペースがある。 そこが、ドッジボールカゴの定位置になっている。 所定の位置にカゴを戻し、引き返そうとした時、後ろで大きな音がして、目の前が真っ暗になった。 一瞬、何が起きたのかわからなかった。 誰かが入口の扉を閉めたのだと気づき、私は手探りで入口に戻ろうとした。 手探りで壁をたどっていくとステンレスの冷たい感触があった。 扉を引くが開かない。 思い切り力を入れてみてもビクともしなかった。 鍵がかけられていた。 倉庫の施錠は先生の仕事だが、こんな早かったことはない。 しかも、中に生徒がいるかの確認もせずに鍵をかけたりするだろうか。 「開けて!開けて!」 私は声の限りに叫びながら、ドアを叩いた。 しかし、誰も駆けつけてくれる気配はない。 もしこのまま誰も気づかなかったら、倉庫で夜を明かさないといけない。 血の気が引いて、身体が寒くなってきた。 カサカサ・・・。 微かに音が聞こえた気がして、私はハッと振り返った。 何も見えない。 恐怖で耳が過敏になっている可能性もあるが、もし本当に何かがいたら・・・。 慌てて壁の電気のスイッチを探って押し込んだ。 数秒の間があって、蛍光灯がブーンと音を立てて、瞬き出した。 まばたきをするようにチカチカと部屋が明るくなったり暗くなったりを繰り返す。 明るくなった一瞬、倉庫の中に人影が立っているように見えた。 しかし、再び暗くなって、次に明るくなった時には、人影はなくなっていた。 やがて、明滅が終わり、倉庫が明るくなった。 見間違いだったのだろうか、、、。 とにかく早く倉庫を出たい。 力の限りスチールの扉を叩いた。 「開けて開けて!」 フフフ・・・。 ・・・聞き間違いだろうか。 閉ざされた扉の向こう側から女の子の声が聞こえた気がした。 声だけじゃない。扉一枚隔てた外に誰かが立っている気配があった。 ・・・故意に閉じ込められたのか? 私の頭の中を色々な可能性がよぎった。 嫌がらせなのだろうか。でも一体誰が? 身に覚えはないが、こんなひどい扱いを受けるようなことを誰かにしてしまったのだろうか。それとも単純なイジメなのか。 この際、目的などどうでもいい。とにかくここから出たい。 「開けて、開けて!」 喉の痛みも気にせず叫んだ。 涙が溢れてきた。 なんでこんな目に遭わなければいけないのか。 フフフ・・・。 また扉の向こうから女の子の笑い声が聞こえた。 声に聞き覚えはなかった。 「誰なの?」 その問いに返事はなく、ただ意地の悪い笑い声が再び聞こえただけだった。 フフフ・・・ フフフ・・・ フフフ・・・。 声は少しずつ移動を始めた。 奇妙なことに、ちょっとずつ近づいているような気がする。 最初は外の校庭から聞こえていたのに、だんだん壁の中から声がするかのように聞こえ、ついには倉庫内の右手から聞こえるようになった。 壁を超えて声が中に入ってきたかのようだった。 フフフ・・・。 フフフ・・・。 フフフ・・・。 笑い声は私を中心にして円の外周を回るように動き、ついには真後ろから聞こえた。 フフフ・・・。 私は、恐怖でガタガタ歯を震わせながら、首だけで後ろを振り返った。 見たらいけないと思いながら、身体が言うことをきいてくれなかった。 何かが私に向かって転がってくるのが見えた。 ドッジボール・・・。 ボールは私の足に当たって止まった。 私は屈んでドッジボールを拾い上げた。 しかし、それはドッジボールなどではなかった。 どうしてボールだなんて思ったのだろう。 黒い髪の毛。柔らかく青白い肌の感触。 女の子の首だった。 それまで閉じていたまぶたがカッと見開かれ、はっきりと目が合った・・・覚えているのはそこまでだ。 気がつくと保健室のベッドで寝ていた。 貧血だろうと言われた。 私を発見した先生いわく、倉庫に鍵はかかっておらずドアは開いていたらしい。 ただ、私の指に大量の髪の毛が絡まっていたそうだ。 私は小学校卒業まで二度と体育倉庫に近寄ることはなかった。
https://am2ji-shorthorror.com/2021/12/14/619/
河口湖のホテルの怖い話
河口湖畔の怪光
これは、以前つきあっていた彼女と山梨県河口湖のホテルに宿泊した時に体験した怖い話です。 僕たちは、 絶叫系アトラクションで有名な富士急ハイランドで夕方まで遊んだ後、河口湖のホテルに向かいました。 ホテルは湖畔にあって、部屋のベランダから湖が一望できました。 ディナーを食べた後、ベランダで風に当たりながらゆっくりしていると、彼女が「あれ?」と声をあげました。 彼女の視線の先を追ってみると、湖の対岸に、ゆらゆらと動く明かりが見えました。 夜の河口湖では、周辺の建物の照明と車のライトの明かりがキラキラと光っていましたが、それらとは違う種類の明かりでした。 他に明かりがない暗い湖面近くを、白っぽい光がゆらゆら漂うように揺れていたのです。 「人かな?」と僕は言いました。 河口湖は釣りの場所としても有名なので、夜釣りの人が手に持つ懐中電灯かと思いました。 明かりは、行ったり来たりを繰り返しながら、同じ場所にとどまっていました。 目を凝らしても、かなり距離があり、明かりの正体まではわかりませんでした。 「うーん」と彼女は唸って、まだ明かりを見つめています。 僕はあまり気にならなかったのですが、彼女は、その明かりの正体が無性に気になるようでした。 「あ、動き出した」と彼女が声を上げました。 見ると、明かりが、湖に沿ってさっきよりだいぶ左の方に移動していました。 やはり夜釣りの人の懐中電灯なのではないかと僕は思いました。 ところが、「そろそろ部屋に戻らない?」と僕が声をかけても、彼女は返事をせず、食い入るように明かりを見つめ続けています。 何がそんなに気になるのか、さっぱりわかりませんでしたが、せっかくの旅行で喧嘩をしたくないなと思って、それ以上は強く言わず、彼女につきあうことにしました。 さらに15分くらいすると、明かりは僕らがいるホテルにずいぶん近づいてきているような気がしました。 明かりを持つ人が湖の外周を回っているだけのことです。 けど、なぜだかわかりませんが、妙にザワザワするような感覚がありました。 彼女が明かりに執着しているのもざわつく理由の一つでした。 彼女はさっきから一言も言葉を発さず、じっと明かりを見つめています。 僕が声をかけても反応がありませんでした。 明かりはゆらゆら揺れながら、少しずつこちらにやってきます・・・。 正体不明のものが近づいてくる。 そのことに恐怖を覚えていたのかもしれません。 ついに、明かりはホテルの真向かいまで来ました。 距離にして僕たちがいるベランダから100m程度かと思います。 その距離まで近づいても、明かりを持つ人影の姿は見えませんでした。 ただ、白い光源があるだけです。 明かりは、ホテルの真向かいにしばらく静止した後、道路の方に移動をはじめました。 僕たちがいるベランダの方角です。 このまま見ていたらいけない・・・! その時感じたのは、理屈ではなく本能的な拒否感でした。 僕は彼女の服の裾をつかんで部屋の中に入れようとしました。 ところが、彼女の身体はピクリとも動きませんでした。 まるで金縛りにあったかのように硬直して、目を見開いてこちらに近づいてくる明かりに魅入られていました。 「部屋に入ろう!」僕は大声で彼女に言いました。 けど、彼女の身体は石像のように動きません。 明かりは滑るように移動してホテルの敷地内に入ってきて、ついには僕たちがいるベランダの真下で止まりました。 それは、懐中電灯や人が持つ明かりなどではありませんでした。 ただ光が宙に浮いているだけでした。 まるで、光に目があってこちらをじっと見つめているように、見られているような視線を感じました。 「部屋に戻ろう!」僕はもう一度、彼女に言いました。 それでも彼女は動きません。 僕は咄嗟に彼女の目を手で覆って光が見えないようにしました。 すると、「あれ?なに?どうしたの?」と彼女が我に返ったように言いました。 「とにかく部屋に入ろう!」 キョトンとしている彼女の手を引いて僕は部屋の中に強引に引っ張って行きました。 正気を取り戻した彼女に事情を話すと、彼女はそんな光を見た覚えはないといいます。 彼女の記憶には全くなかったのです。 正体はわからずとも、きっと見てはいけない光だったのだろうと僕は思いました。 水場には”よくない”ものが集まると聞いたことがあります。 報われない死を迎えた霊魂か何かだったのかもしれないと思いました。 その後は、気を取り直して、テレビを見てお酒を飲みながらゆっくり過ごして眠りにつきました。 どれくらい寝たでしょうか。 ふと目が覚めました。 カーテンの隙間から光が差し込んでいました。 1日遊んだ疲れからか、朝までぐっすり寝てしまったようでした。 けど、身体はとても重く、眠くて仕方ありませんでした。 今日も予定があるので二度寝はできません。 僕はカーテンを開けて朝日を入れようと、ベッドを抜け出して、ハッと足を止めました。 視界の端に、「03:23」と表示されたデジタル時計が見えたのです。 こんな夜中に外が明るいわけがありません。 カーテンから差し込む光は朝日であるわけがありませんでした。 ということは・・・ さっきベランダの下までやってきた正体不明の光が浮かび上がってきて、ガラス戸の向こうにいるとしか思えませんでした。 よく見ると、カーテンの隙間から差し込む光はゆらゆらと上下に揺れ、光の加減が刻々と変わっていました。 僕は金縛りにあったようにその場から動けなくなってしまいました。 寝ている彼女が心配で、なんとか首だけ回転させてベッドを振り返り、思わず叫び声をあげそうになりました。 彼女はベッドから抜け出て僕の真後ろに立っていました。 その、彼女の目、鼻、口、耳から真っ白い光がほとばしっていたのです。 まるで彼女の身体の中に投光器でも仕込まれているかのような強烈な光でした。 覚えているのはそこまでです。 その次に見たのは、僕の身体を揺する彼女の顔でした。 気がつくと本当に朝を迎えていて、僕は気を失って床に倒れていたようでした。 「心配したよ、どれだけ寝相悪いの」 不安そうに笑う彼女は昨夜のことを何も覚えていないようでした。 ・・・一体、あの光の正体はなんだったのか、それはいまでもわかりません。 ただ、今でも時々、彼女の瞳の奥を覗き込むと、真っ白い光の火花が上がったように見える時があります。 まるで、あの日の光がまだ彼女の中で息づいているような気がして、僕は気が気ではありません。
https://am2ji-shorthorror.com/2021/11/06/618/
【怖い話】内見
内見幽霊
これは、私が、引っ越しを考えていて、賃貸物件の内見をした時に体験した怖い話だ。 一軒目の物件の前で、不動産業者の人と待ち合わせすることになっていて、私は10分前に到着した。 すると、すでに内見予定の103号室の前にスーツを着た担当者の男性が待っていた。 私が名前を告げると、担当者はコクリとうなずき黙って踵を返し、部屋の中にとっとと入っていった。 ・・・え、挨拶もなし? 私は面食らってしまった。 実は、それまでメールでのやりとりだけで、会うのは今日がはじめてだった。 文面からは、かなり感じのいい人柄を想像していただけに、あまりの愛想のなさにがっかりした。 といっても、担当の人柄で物件を決めるわけでもないので、私も黙って後に続いた。 1DKの部屋は、写真で見たより内装がキレイだったが、なんだか日当たりが悪いように感じた。 日の光は入ってきているのにだ。 それに夏だというのに部屋の中は妙に涼しい。 半袖だと肌寒いくらいだった。 「・・・ちょっと寒いですね」 私のつぶやきに、返事はなかった。 担当の人は案内するわけでもなく、窓際で佇むだけ。 なんなのこの人、、、 私は腹が立って、帰りたくなった。 それでもいい物件を見逃したくなかったので、勝手に部屋の様子を見てまわった。 どこも申し分なかった。 むしろ家賃に比べたら、かなり好条件だ。 ・・・でも、なんだろう。 背筋にチクチクするような違和感があった。 部屋の中から漂うよくない雰囲気というか、長居したくない何かがこの部屋にはあった。 「もう結構です」 私はそう告げて玄関に向かった。 またしても無視。 もう今日は内見を中止して別の業者にしよう。 そう思って、ドアを開けると、部屋の目の前に立っていたスーツの男性が振り返り、キョトンとした顔で私を見た。 しばらくの沈黙があったあと、男性はメールでやりとりしていた担当者の名前を名乗り、私の名前を確認してきた。 なんで部屋に入れたんですか?と担当者は不思議そうに聞いた。 私は呆然とするしかなかった。 今目の前にいる人が担当者なのだとしたら、さっきのスーツの男性は、、、 慌てて振り返ると、窓際に立っていた男性は消えていた。 その後、本物の担当者から丁寧な説明を受けたが、この部屋に引っ越すつもりはさらさらなくなっていた。 何の説明もないが、いわくつきの物件なのだろうから。 それとなく担当者の人に聞いてみたが、お茶を濁されただけだった。 後日、別の不動産業者に行き、新しい物件を内見することになった。 今度はちゃんと店舗で担当者の女性と顔を合わせているのでおかしな間違いはおきない。 待ち合わせの内見物件に向かうと、人影が見えた。 駆け寄っていき、私は言葉を失った。 この前の内見物件にいた男の人が待っていたのだ。 この前の物件から連れてきてしまったのだろうか。 いきなり肩を叩かれて私はビクッと振り返った。 担当の女性がニコニコ顔で立っていた。 再び物件の方を向いた時には、男の人はいなくなっていた。 正直、内見を続けるのは気乗りしなかったが、幽霊を見たのでやめますなんてとても言えず、警戒しながら物件を見ることにした。 不思議なことに、物件はとてもよかった。 この前のように変な寒さを感じることもなく条件もとてもいい。 それどころか、縁側でお昼寝しているような居心地の良さがあった。 気づけば二つ返事でその物件に決めていた。 住み始めてもうすぐ2年経つ。 怪奇現象は一つも起きてないし、むしろ引っ越してから運気が上がったような気さえする。 あの内見の日以来、男の人の気配を感じることは一度もなかった。 もしかしたら、あの男の人は、物件の良し悪しを教えてくれてたのかもしれないなと今は思っている。
https://am2ji-shorthorror.com/2021/09/25/617/
富士スバルラインの怖い話
富士山の消えた若者たち
富士スバルラインは、中央道河口湖IC近くから始まり富士山五号目まで繋がっている有料道路だ。 富士登山に訪れる登山客や五号目を訪れる観光客に使われていて、神秘的な富士山の原生林や溶岩帯の中を走る山岳道路である。 Fさん夫婦は、ある年の夏、五号目観光に向かうため、富士スバルラインを利用した。 五号目までの全長は30km近い長い道のりなので、途中に休憩所がいくつかある。 四合目の大沢駐車場に車を停め、小休止することにした。 タイミングがよかったのか夫婦の車以外は一台もとまっていなかった。 その日は晴天で、眼下には、富士山の裾野に広がる樹海の雄大な景色が広がっていた。 2人が記念写真を取っていると、一台の赤いコンパクトカーが入ってきた。 運転席と助手席に座る大学生くらいの若者が見えた。 軽装なので、彼らも五号目観光に訪れたのだろう。 Fさん夫婦は再び撮影に戻り、満足いく写真が取れて、車に戻ろうとして、ハッと足を止めた。 さきほどの若者グループがちょうど車から降りてきて、休憩所に向かって歩いていたのだけど、Fさん夫婦が驚いて足を止めたのは、若者達の人数だった。 1、2、3、、、と数えていくと全部で8人グループだった。 一方彼らが乗ってきたコンパクトカーはどう見ても5人乗ったらいっぱいのサイズだ。 いったいどうやって8人もあの車に乗ってきたのか不思議で、Fさん夫婦は互いに顔を見合わせた。 「トランクのスペースでも使ったのかな」、「定員オーバーってまずいんじゃなかっけ」そんな話をしながらFさん夫婦は五号目に向かっていった。 五号目に着いて、記念写真を撮影して、小御嶽神社に参拝すると、お腹が減ってきたのでレストランで 食事をとることにした。 すると、四合目で会った若者グループがちょうど到着したところらしく、ぞろぞろとレストランに入ってくるのが見えた。 人数を数えてみると6人。 8人から2人減っていた。 キョトンとして、Fさん夫婦は顔を合わせた。 別行動しているだけだろうか。 さきほどの定員オーバーの件が心のどこかで引っかかっていて、若者グループが妙に気になってしまった。 楽しそうにメニューを選んでいて一見しておかしなところはなにもなかった。 Fさん夫婦はご飯を食べ終えると、お土産を見ることにした。 色々な富士山グッズをカゴの中に入れていると、ご飯を食べ終えた若者達がレストランから出てきた。 ところが、出てきたのは4人だけ。 また2人減っていた。 後から残りの2人が来るわけでもなく、はじめからその人数だったかのように4人はまっすぐお店を出ていった。 さすがに彼らの動向が気になったFさん夫婦はお土産選びもそこそこに若者達の動向を追うことにした。 お店を出た4人はその足で駐車場に向かい、車に乗り込むと、富士スバルラインを走って下山していった。 残りの4人はどうなったのか。 それとも、はじめから彼らは4人だけだったのか。 それは今も謎のままだという。
https://am2ji-shorthorror.com/2021/09/13/616/
【怖い話】訪問者
雨夜の訪問者
Sさんは、閑静な住宅地にある一軒家で暮らしている。 ある、どしゃぶりの雨の夜、いきなり玄関チャイムが鳴った。 こんな夜更けに誰だろう、、、 玄関を開けると、若い女性が立っていた。 雨に濡れ、長い髪から雫がポタポタと垂れている。 Sさんが声をかける間もなく、女性はドアを強引に開けて、靴も脱がずに家にあがりこんできた。 よく見ると女性は裸足だった。 「ちょっと!」 止める声も聞かず、女性は勝手に2階にあがっていった。 女性が通ったあとに、濡れた足跡が点々と続いている。 恐ろしくなったSさんは警察に電話して、一緒に家の中を捜索してもらったけど女性の姿はどこにもなかった。 酔っ払いか何かで2階から逃げたのだろうと警察の人は言った。 けれど、Sさんはそう思わなかった。 それから半年たっても、あの女性が今も家の中にいるのではないかとSさんは気が気ではなかった。 根拠なくそう思い込んでいるわけではない。 雨の日になると、Sさん一家が出かけてもいないのに、家の中で、濡れた足跡が必ず発見されるのだそうだ。
https://am2ji-shorthorror.com/2021/09/09/615/
ビーナスラインの怖い話
霧のビーナスライン
ビーナスラインは、長野県にある観光ドライブウェイ。 八ヶ岳山麓から標高約2000mの美ヶ原を結ぶ全長70kmを超えるルートで、高山植物が咲き誇る高原にはいくつもの絶景ポイントがあり、全国からツーリングやドライブに訪れる人たちがいる。 昼のビーナスラインは雄大な景色と風を感じられる観光道路だが、夜になると車通りも少なくなり様相は一変する。 Bさんは、ある年の夏、当時付き合っていた彼女とビーナスラインにドライブにでかけた。 色々寄り道をしていたせいで、諏訪インターで高速を降りた時には、すでに日が傾き始めていた。 白樺湖を通り車山高原を抜けるあたりまでは視界も開けていたが、美ヶ原高原に向かう途中あたりは完全に闇に包まれた。 ついさっきまでは反対車線を走る車やバイクを見かけたが、暗くなると急に車通りがなくなり、ビーナスラインを独占状態になった。 「暗いねー」などと言いながら、その時はまだ楽しくドライブを続けていたのだが、霧が出てきて事情が変わった。 ライトが照らすのは真っ白い霧だけ。 数十メートル先のカーブも見えない視界不良でアクセルを踏むのが怖くなり、一番近くの休憩ポイントに車を停めることにした。 霧が晴れるまで2人は車の中で休むことにした。 すると、彼女が水筒を取り出した。 コーヒーを作ってきたから飲もうという。 内心、そんなのあるならもっと早く出してよと思ったが、Bさんは喧嘩したくなくて黙っていた。 彼女は気性が荒らく怒らせると面倒なのだ。 コーヒーを飲んでリラックスしていると、霧が晴れてきた。 「いこっか」 Bさんたちは再び真っ暗なビーナスラインに戻った。 しばらく走ると、再び視界が悪くなってきた。 しかし、今度は霧のせいではなかった。 見るもの全てがグニャッと歪んで、どうにも瞼が重い。 Bさんは、強烈な眠気に襲われていた。 このまま運転するのは危ない。 そう思って助手席の彼女を見ると、目をつむって眠り込んでいた。 手元の傾いた水筒のコップからコーヒーがこぼれていた。 まさか、さっきのコーヒーになにか入っていたのか、、、 そう気づいた矢先、いきなりガードレールが目の前に現れた。 眠気のせいで気がつくのが遅くなったのだ。 叫び声を上げ、Bさんは汗だくで目を覚ました。 「大丈夫?」 隣に、彼女の心配そうな顔があった。 さっきの休憩ポイントから車は動いていなかった。 眠って夢を見ていたらしい。 「うなされてたよ」 「すごい嫌な夢を見てさ」 Bさんが今見た夢を彼女に話して聞かせると、彼女はケラケラと笑った。 「水筒のコーヒーとか持ってきてないよ」 「そうだよな」 いつのまにか霧も晴れていたので、 Bさんは再び車を走らせた。 頭の中はさっき見た夢のことでいっぱいだった。 妙にリアルで気味が悪い夢だった。 まだ夢から醒めてないような違和感が身体にあって、背中に冷たい汗が流れた。 何かの暗示なのだろうか。 もしかしたら、昔、ビーナスラインで夢で見たような心中事件が実際にあったのかもしれない。 夢で事件を追体験していたのだとしたら、恐ろしい話だ。 変な夢を見たせいか、しばらく走ると、ドッと疲労を感じた。 「ちょっと休憩していい?」 高原を抜けてはじめて見えたコンビニに停車して休憩することにした。 彼女がコンビニにお手洗いにいっている間、Bさんはシーツに深くもたれて、少しでも疲れを取ろうと思った。 室内灯をつけて、後部座席に置いたリュックから飲み物を取ろうとして、ふと、彼女のバッグに目がいった。 室内灯の光に、バッグの奥の方で反射するものがあった。 何か金属的なもの。 何気なく手を伸ばして、取り出してみてBさんは言葉を失った、、、 水筒。 蓋を開けてニオイを嗅ぐと、コーヒーだった。 もしさっき夢の話をしていなければ、このコーヒーをすすめられたのか、、、? 彼女がコンビニから帰ってくるのが見えた。 Bさんは慌てて水筒をバッグに戻した。 助手席に乗り込んできた彼女は、ニコッと笑ってコンビニのドリップコーヒーを差し出してきた。 頼んでもいないのに。 「はい、眠くならないように」 帰り道、Bさんはコーヒーを飲まない言い訳を繰り返し、なんとか帰路についた。 すぐに引っ越しをして、携帯電話の番号も変え、その後、彼女と会うことはなかったという。
https://am2ji-shorthorror.com/2021/09/07/614/
由比ヶ浜の怖い話
青白き漂泊者の伝説
由比ヶ浜は、神奈川県鎌倉市南部の相模湾に面した海岸で、鎌倉駅からは徒歩で約15分、都心からもアクセスが良く、例年夏になると多くの観光客が訪れるビーチだ。 ところが、新型コロナウイルスの流行により今年は様相が違った。 海岸線沿いのほとんどの駐車場は閉鎖され、観光客が集まって密にならないようになっていた。 ビーチにやってくるのは地元のサーファーか、電車でやってくる若者たちばかり。 例年の夏とは比べ物にならない閑散とした様相だった。 しかし、地元民からしてみれば、人が来ない夏のビーチは嬉しくもある。 サーフィン好きがこうじて由比ヶ浜から自転車で10分のところに一軒家を建てたEさんも、人が少ない由比ヶ浜の恩恵を感じている1人だった。 朝起きると自転車にサーフボードを乗せて、由比ヶ浜に向かい、サーフィンをする。 今年はそれを毎日のルーティンにしている。 本当なら、朝から人でごった返す海岸で、好きなだけサーフィンの練習ができる。 Eさんのような人間にはありがたい話だった。 そんな、ある日のこと。 Eさんがいつもの場所でサーフボードに揺られながら波を待っていると、近くに別のサーファーがあらわれた。 見かけたことがないボードと佇まいだったので、知り合いではなさそうだった。 あまりジロジロ見るのも失礼かと思い、沖からやってくる波に気持ちを切り替えた。 波頭に白い泡を立てた波が見え、姿勢を立ち上げて乗ろうと思ったが、思ったより波の勢いがなくうまく乗れなかった。 方向転換して、再び波が来る方へ向きを変え、Eさんは「えっ?」と思った。 ついさっきまで近くにいたサーファーがいなくなっていた。 波に乗って、海岸の方に戻ったのかと思い、ぐるりと辺りを見回してみたけど、それらしき人は見当たらない。 こんな一瞬でいなくなるなんて・・・。 Eさんの脳裏に嫌な想像が浮かび、ボードで移動しながら慌てて近くの水中を探した。 それでも見つからない。 見間違いだったのだろうか。 人が少ない海で、急に人を見失うなんて。 Eさんは背筋が急に寒くなった。 まさかな、、、。 お盆が近いとはいえ、サーフボードに乗った幽霊などいるわけがない。 Eさんは一瞬でも怖いと思った自分を内心で笑った。 けど、なんとなくそのことで気持ちがそがれてしまった。 今日はやめにするか。 そう思って、Eさんは海岸目指して戻り始めた。 クロールの要領でボードを漕いでいく。 ところが、さっきから3分以上まっすぐ海岸に向かって泳いでいるのに、奇妙なことにいくら前にすすんでも、海岸に近づけない。 波に押し戻されているとかではない。 進めど進めど海岸に近づけない。そんな感じがした。 むしろ、どんどん沖の方に流されているような気さえした。 天気は良好で波は穏やか。 普段ならとっくにたどりついているはずなのに、岸までたどりつけない。 幽霊を見たかもしれないと思った時以上の恐怖がEさんを襲った。 このまま永遠に海岸にたどりつけないのではないか。 パニックのせいで海水を何回も飲んでしまった。 海岸にいる他のサーファー仲間に異常を知らせようと大声を上げてみたが、誰も反応してくれない。 いやだ、こんなところで死にたくない、、、。 その時、別のサーファーの姿が視界の隅に見えた。 さっきの人かも知れない。 助かった。 そう思って、顔を向けた瞬間、Eさんは凍りついた。 それはサーファーではなかった。 サーフボードだと思ったのは戸板だった。 その上に白装束を着た男の人がうつぶせで寝そべっている。 力尽きて倒れたように投げ出された手足。 海水に濡れて髪と装束はべったりと身体にはりついている。 身体は不自然に青白く骨張っている。 なんだあれは・・・。 Eさんは全く理解ができなかった。 よくないものだというのだかはわかった。 戸板に乗った"何か"は波に揺られ上下動を続けている。 それは次第にEさんのボードの方に近づいているようだった。 波に揺られながら少しずつ少しずつ。 Eさんは慌てて再び海岸に向かってがむしゃらに泳ぎ始めた。 けど泳げども泳げども、"何か"との距離は離れていかない。 むしろ、どんどんどんどん近づいてきている。 もう手を伸ばせば届きそうなところまで、それは近づいてきていて、、、 寝そべっていた青白い身体が、おもむろに手をついて板の上で起き上がり始めた。 濡れた髪からポタポタと水が落ちるのが見えた。 この広い海に逃げ場はどこにもない。 起き上がった"何か"は波に乗って、Eさんの上に覆い被さってきた。 ・・・覚えているのはそこまでだ。 気がつくと、Eさんは海岸沿いに寝そべっていた。 気を失っているうちに海岸まで流されたようだった。 沖合いを確認しても、戸板に乗った青白い人などどこにもいなかった。 幻覚か、それとも、海を漂う迷える魂と出会ってしまったのか、、、 Eさんにはわからなった。 由比ヶ浜は昔、処刑場だったともいわれ、今でもときおり人骨が見つかることがあるという。
https://am2ji-shorthorror.com/2021/08/23/613/
【怖い話】気になる怪談
白装束の吊り橋
夏といえば怪談だ。 Bさんは、ある日のこと、大学の同級生達4人と深夜まで怪談話に興じていた。 その中の一つの怪談が、この頃、Bさんの心をなぜかざわつかせていた。 とりとめのない、よくある怪談話だ。 某県のダムにかかる吊り橋に肝試しにいったら、白いワンピースの女が立っていた。女は自殺した人の霊で、スッと消えてしまった。 たったそれだけ。 聞いている時は、似たような話を何度聞いたことだろうと思ったし、内心、なんで幽霊がしょっちゅう白いワンピースを着て出てくるのかとツッコミを入れれていた。 ところが、会がお開きになって、自宅アパートに戻る途中、なぜかその怪談のことが頭に浮かんだ。 他にも怖い話をたくさん聞いたのに、なぜか吊り橋の怪談が妙に気になった。 布団に入って寝ようとしても、吊り橋の情景が目に浮かぶ。 夢の中でも、ダムの吊り橋に立つ白いワンピースの女が出てきた。 その日から、頭の中は吊り橋の怪談のことでいっぱいになった。 ご飯を食べていても、授業を受けていても、考えてしまう。 努力して別のことを考えようとしても、いつの間にか思考は吊り橋の怪談に戻ってくる。 理由はさっぱりわからない。 怪談の中に何か気になる謎があるわけでもない。 なのに、まるで誰かに恋をしている時のように、頭の中は吊り橋に立つ白いワンピースの女のことでいっぱいだった。 わけがわからな過ぎてBさんはイライラした。 試験も迫る中、これではいかんと思い、レンタカーを借りて、その吊り橋にいってみることにした。 今思えば、なんの理屈もないおかしな行動だけれど、その時は、実際に吊り橋にいってみることで、この現象が改善すると思い込んでいた。 高速を降りて1時間ほど山間部の道を走ると、ダムが見えてきた。 天気は晴れているのにダムから感じるのは鬱々とした暗い印象だった。 ダム周囲の道路をしばらく走ると、問題の吊り橋が見えてきた。 流石に夜中に来なかったのは英断だった。 明るい昼間に見ても、吊り橋は薄気味悪い感じがした。 車を路肩に停めて、吊り橋に向かって歩いていく。 吊り橋といっても、頑丈な作りで下はアスファルトの道路だ。 入口に立ってみたが、目的があって来たわけでもないので、何もすることがない。 これからどうしようと思っていたら、「あれ?Bじゃん」と声をかけられた。 振り返ると、先日遊んだ同級生の一人が立っていた。 車で3時間もかかる場所で会う。こんな偶然があるだろうか。 話を聞いてみると、その同級生もBさんと同じく、吊り橋の怪談がとり憑かれたように気になってしまい、ついにこの場所を訪れてみたのだという。 本当に偶然なのだろうか・・・。 2人で驚いていると、車が走ってきた。 車から降りてきたのは先日遊んだ同級生2人。 吊り橋の怪談を聞いた人間が、偶然同じ日の同じ時間に集まった。 お互いに驚き、困惑するしかなかった。 怪談に引かれてやってきてしまった。 4人の見解は一致した。 なんの変哲もない怪談話かもしれないが、何か現実離れした力を秘めていたのかもしれない。 4人は怖々と吊り橋を後にした。 先日のメンバーでただ一人だけ、吊り橋に集まらなかった人間がいた。 それは、この怪談話を披露したCという同級生だった。 Cは、Bさん達が吊り橋に行っていた同じ時刻、熱中症で倒れて、帰らぬ人となっていた。 怪談話との因果関係は不明だが、Bさん達はいまも答えのないモヤモヤとした恐怖を抱え続けているという。 それもまた怪談が持つ力なのかもしれない。 よくある怖い話にこそ、注意が必要なのかもしれない。
https://am2ji-shorthorror.com/2021/08/15/612/
【怖い話】ボクの名前知ってる?
迷子の霊
「ボクの名前知ってる?」 いきなり男の子にそう話しかけられA子さんは固まってしまった。 高校の通学途中、駅のホームでの出来事。 話しかけてきたのは、5歳くらいの男の子だった。 「・・・ううん。知らない」 そうA子さんが答えると、男の子はパタパタと走って、どこかへ行ってしまった。 男の子を見たのは、その一度きりではなかった。 数週間に一度、多い時は2日おきに、駅のホームで見かけた。 その度、男の子は、「ボクの名前知ってる?」とA子さんに話しかけてくる。 毎回、「知らないよ」と答えると、男の子はどこかへ走っていく。 その繰り返し。 奇妙ではあったが、男の子から悪いモノは感じなかった。 高校2年の時、A子さんにショッキングな出来事があった。 妊娠が発覚したのだ。 つきあっていた彼氏は責任を取りたくないと逃げ出し、両家庭での話し合いの上、中絶することが決まった。 A子さんは最後まで産みたいと言ったが、両親が許してくれなかった。 しばらく学校にも通えなくなって、鬱々と過ごした。 ようやく少し元気を取り戻し、久しぶりに登校した日のこと。 駅のホームで、「ボクの名前知ってる?」と男の子が声をかけてきた。 A子さんは、ハッとした。 この子は、もしかしたら、自分が産むはずだった男の子なのだろうか・・・。 なんて罪深いことをしてしまったんだろう・・・。 A子さんは涙を流し、男の子に向き合い、もしも産んでいたら子供につけたかった名前を呼びかけた。 「あなたの名前はXXXよ」 次の瞬間、男の子は、驚いたように目を見開いた。 そして、点となった黒目が、A子さんの見る前で、どんどんと小さくなって、ついには白目だけになった。 「・・・ちがうよ!」 男の子は、眉間に皺を寄せ、怒りに顔を歪め、トン!とA子さんの身体を押した。 何が起こったのかわからなかった。 線路に落ちたのだと理解した時には、列車がA子さんに向かって猛スピードで走ってくるのが見えた。 幸いなことに、非常停止ボタンが押され、A子さんは一命を取りとめた。 結局、あの男の子は、A子さんとは何ら関係ない男の子だったのかもしれない。 A子さんの罪悪感が呼び寄せてしまった霊だったのだろうか。 真相はいまだにわからない。 その後、A子さんが、駅のホームで男の子を見かけることはなかったという。
https://am2ji-shorthorror.com/2021/08/15/611/
駐輪場の怖い話
自転車鈴の幽霊
私が住むマンションは、屋内に駐輪場がある。 エレベーター脇から、自動ドアを隔てて長い一本の廊下が伸びていて、壁側にずらっと自転車が並んでいる。 数えたことはないけど、100台くらいはありそうだ。 駐輪場は、マンションの裏口にあたるので、よく通り道としても使っていた。 ある日、ふと深夜に喉が乾いてコンビニに行くことにした。 一番近くのコンビニにいくには駐輪場を抜けるのが早い。 エレベーターを降りて駐輪場に入っていった。 駐輪場は真っ暗で、自動で照明が灯るようになっている。 ジワッと蛍光灯が点灯して、明るくなったのを確認し、整然と並んだ自転車の横を進んでいく。 チリン・・・。 ふと、音が聞こえた気がした。 自転車の呼び鈴を鳴らす音だ。 音が鳴った方を振り返ってみたけど、どの自転車の呼び鈴が鳴ったのかは、わからなかった。 けど、たしかに音はした気がする。 駐輪場には誰もいないのに・・・。 聞き間違いかな、そう思って、再び歩き始めると、 チリン・・・。 またも、呼び鈴の音が背後からした。 しかもさっきより近かった気がする。 気のせい、気のせい。 そう自分に言い聞かせ、早足で出口へと急いだ。 オートロックの扉まであと30メートルほど。 一息でいってしまおうと急いだ。 その時だった。 チリンチリンチリンチリンチリン・・・。 一斉にいくつもの自転車の呼び鈴が鳴り始めた。 気のせいなんかじゃない。 振り返ると、誰もいないはずなのに、何台もの自転車の呼び鈴がひとりでに動いていた。 私は、慌てて扉を抜けて外に出た。 今のはなんだったのか。 頭が追いつかず、背筋に寒気が走った。 逃げるようにコンビニに入り、飲み物を買って、マンションに戻った。 とてもじゃないけど、駐輪場を通る気にはなれなくて、表の入り口に回った。 エントランスホールを抜けて、エレベーターの到着を待った。 視界右手には駐輪場に通じる自動ドアがあったが、なるべくそっちを見ないようにした。 チリン・・・。 自動ドアの奥から、微かに自転車の呼び鈴の音がした気がした。 こんな時に限って、エレベーターの到着が遅く、私はボタンを連打した。 いきなり駐輪場に通じる自動ドアが開いて、 私は飛び上がりそうなほど驚いた。 半袖短パンの男の人。 マンションの住人だった。 驚いた顔で見つめる私を、男の人は怪訝そうに見つめ返してきた。 人がいる。それだけでずいぶん安心感が違った。 男の人の背後で、自動ドアがしまっていくのが見えた。 ・・・その時、私は見てしまった。 閉まる自動ドアの背後、駐輪場に停めてある自転車に何人もの子供が乗っているのを。 子供達は全員、自転車にまたがって、真顔で私の方を見つめていた。 駐輪場に続く自動ドアが閉まると同時に、エレベーターが到着した。 いつまでもエレベーターに乗ってこないで立ち尽くす私を、男の人が不審そうに見つめていた。 このマンションで昔何があったとか、建つ前に何かあったというような噂は一つも聞いたことがない。 それ以来、一度も怖い体験はしていないが、駐輪場を通ることはなくなったのはいうまでもない・・・。
https://am2ji-shorthorror.com/2021/06/22/610/
【怖い話】庭に立つ女 -短編-
窓に映る幽霊
「ママ、またいるよ。女の人」 4歳になる1人息子が窓際に立ち庭を指差していった。 一緒に窓から外を見てみるが、真っ暗な庭が見えるだけ。 この頃、頻繁に同じことが起きていた。 息子はしばしば窓から庭を見つめては、「女の人がいるよ」という。 そのたび、庭を確認するのだが私には見えない。 息子にだけ見える女の人。 「誰もいないじゃない!」 つい声を荒げてしまった。 「いるよ!」 もう一度、窓を見て、ハッとした。 女の顔。 それは、窓ガラスに反射する自分の顔だった。 ばかばかしい・・・。 ふいに思いいたった。 息子は庭を見ていたのではなく窓ガラスに反射する家の様子を見ていたのか。 「ほら、ママのうしろ」 窓ガラスに反射して写る私のうしろ、暗い目をした女が立っていた。
https://am2ji-shorthorror.com/2021/06/02/609/
箱根旧街道の怖い話
箱根霧中の幽霊行列
箱根旧街道は江戸時代の箱根越えの道。 通称「箱根ハ里」とも呼ばれている。 箱根湯本駅から畑宿、芦ノ湖を経て三島まで続いていて、当時の面影を残す石畳の道は人気のハイキングコースとなっている。 Nさんは、神奈川県在住の60代男性。 仕事を引退してからは気ままに過ごしていたが、ある年、なんとなく思いついて箱根旧街道を歩いてみようと思った。 旧街道は急な坂道が多かったが、杉並木に囲まれた石畳の道は、山の新鮮な空気に満たされていて、静謐な雰囲気だった。 箱根の穴場スポットなので、すれ違う人も数人程度で、ほとんど人もおらず、黙々と山道を登るだけで、日々の雑念を忘れることができた。 順調に登っていたが甘酒茶屋を超えたあたりで、急に辺りにモヤがかかってきた。 霧が出てきたのだ。 だんだんと霧は濃くなっていき、あっという間に、二歩先も見えないほどに視界が真っ白になった。 石畳は苔むしていて滑りやすいので、Nさんは、霧が晴れるまで動かず休むことにした。 不思議なことにさっきまで遠くに聞こえていた車の音がなくなり、ピンと張り詰めた静寂に辺りは包まれた。 ふいに、ブルッと身体に寒気が走った。 霧が出て急に気温が下がってきた。 白い霧の中にポツンと一人でいると、とても孤独だった。 まるで大海原を一人で漂っているかのようだった。 その時、ふいに、坂の下の方から音が聞こえた。 ザッ、ザッ、ザッ、ザッ こんな霧の中、登ってくる人がいるらしい。 危ないなと思ったが、人がいるという安心感に勝るものはなかった。 ザッ、ザッ、ザッ 音はどんどん近づいてくる。 と、急に音が変わった。 ザザザザザザザザザ・・・。 一人ではなく複数の足音が重なって連続して聞こえた。 しかも一人二人ではない。結構な団体さんだ。 視界不良の中、足音だけ聞こえてくるというのは気味が悪かったが、合流したら後ろについていこうかとNさんは考えた。 一人孤独に待つより、足元が危なくても人と一緒にいたい気持ちだった。 足音は、もう目と鼻の先まで来ている。 ようやく人の足が見えてきたが、霧が濃いせいで、見えたのは膝から下の足だけだった。 Nさんが休む前を、ザッザッと足が登っていく。 1人、2人、3人・・・続々と進行が続き、10人を超えても終わらない・・・。 さすがにおかしいとNさんは思い始めた。 こんな霧の中、さっきまで人っ子ひとりいなかった旧街道に、大名行列のような集団が通るなんてことがあるのだろうか。 違和感を覚え、注意して見てみると、Nさんは、あることに気がついた。 前を通る人たちの格好がおかしい。 足袋に草履を履いていて、脛には脚絆をつけている。 まるで江戸時代の旅装のようだ。 Nさんの背筋を冷たい汗がつたった。 彼らは何者なのか・・・。 よく考えたら足取りもおかしい。 こんな濃い霧の中、なんの迷いもなくズンズン前に進めるわけがない。 ふいに、行列が途切れた。 数えるのはすでにやめていたが、ゆうに20名以上は通過していった気がする。 奇妙なことに行列が終わった瞬間、霧が晴れてきた。 すぐに杉並木と石畳がくっきり見えるようになり、Nさんは行列が向かった山の上に視線を向けたが、誰一人として姿が見えなかった。 まるで霧とともに消えてしまったかのように・・・。 いったい今の行列はなんだったのか・・・。 時計を確認して、Nさんは唖然とした。 霧が出ていたのは、体感では15分くらいだったが、時計の時刻では、数時間も時間が飛んでいた。 いつの間にか日も傾き始めている。 わけがわからなかった。 Nさんがしばし放心していると、また霧が濃くなり始めた。 1分もしないうちに再び視界が白に染まった。 Nさんが動けずにいると、再び"あの音"が聞こえ始めた。 ザッ、ザッ、ザッ、ザッ 今度は山の上から足音が下ってくる。 音はずんずん近づいてくる。 Nさんの背筋を冷たい汗がつたった。 霧のせいではない。 紛れもない恐怖だった。 Nさんは、行列が来る前に、霧の中を下りはじめた。 追いつかれたらいけないと思った。 霧のせいで1m先の足元も見えない。 それでも、転がるように坂道をくだっていく。 いつ足を滑らせてもおかしくなかった。 けど、後ろの足音は一向に離れていかない。 むしろ足音のスピードが増している気がする。 一定の距離を保ってピッタリとくっついてきているようだった。 ふいに目の前の石畳が途切れ、アスファルトになった。 旧街道と県道がぶつかる場所に出たのだ。 いきなり、強烈な光がNさんの目に飛び込んできた。 ヘッドライトの光だ。 車が猛スピードでNさん目掛けて走り込んできていた。 轢かれる!と思って目を閉じた。 激しいブレーキ音。 目を開くと、目の前に車のフロント部分があった。 あんなに濃かった霧が、一瞬のうちに晴れていた。 ドライバーが窓から顔を出し怒鳴っていたが耳に入ってこない。 Nさんは、ハッと後ろを振り返った。 足音の主の姿はなく、夕闇に沈み始めた旧街道の入り口が見えるだけだったが、石畳の奥の闇から何かに見つめられているような気がしたという。 Nさんは、この世でないところに連れて行かれそうになっていたのかもしれない。ひと気のない旧街道には注意が必要だ。
https://am2ji-shorthorror.com/2021/05/31/608/
【怖い話】いけない
渡らない橋
Jさんの地元にF橋という橋がある。 市を跨ぐ河川にかけられた橋なので、地元民のほとんどが一度は通ったことがある橋なのだが、Jさんは一度も渡ったことがなかった。 それを周りの人に話すと驚かれるほどに、生活に根づいている橋なのに、Jさんはなぜか縁がない。 いや、むしろ渡ろうとしても、その橋にいけないのだ・・・。 中学生の時のことだった。母から買い物を頼まれていつも通っているホームセンターに向かったところ、商品が品切れだったので少し離れた別の店にいこうとした。その通り道にF橋はある。はじめてF橋を通るので少しワクワクしながら自転車をこいでいると、目と鼻の先にF橋が迫った時、ドカン!と音がした。 F橋の中ほどでトラックが橋脚に突っ込んでいるのが見えた。 歩道を塞いでしまっていたので、とてもじゃないけれど渡れない。 Jさんは、仕方なく引き返すことにした。 また、Jさんが高校生の時にはこんなことがあった。家族で車ででかけた帰り道の出来事だ。JさんがF橋を一度も渡ったことがないという話題になり、あえて遠回りしてF橋を渡って帰ろうという話になった。 ところがその日に限って、F橋前の信号機が故障していてF橋は通行止めになっていた。 直前で渡れなかったエピソードは他にもいくつもあり、 JさんがF橋を渡ろうとすると、何かしら邪魔が入って、渡る機会に恵まれなかった。 家族はみなF橋を使ったことがある。 周りの友達も最低一度は渡っている。 なぜかFさんだけが渡れない。 もちろん単なる偶然が重なっただけで、たまたま渡る機会がなかっただけだとはわかっていた。 何らかの力が働いてJさんを渡らせないようにしているのだと考えるほど、Jさんは自意識過剰ではなかった。 F橋はいわくがある場所でもないし、一つくらいはありそうな幽霊の目撃談すら聞いたためしがない。 ごくごく普通の橋なのだ。 ある時、Jさんは、ただF橋を渡ることだけを目的に向かってみることにした。 渡ろうとするとなぜか邪魔が入るというジンクスを払拭したかったのだ。 ところが、またもJさんはF橋を渡ることができなかった。 渡ろうとした直前、電話が鳴って、母から呼び出しが入った。 父が職場で倒れたのだという。 橋を渡るどころではなくなり、Jさんは家に飛んで帰った。 さいわいお父さんは軽い貧血で大事にはならなかったのだけど、さすがに偶然では片付けられない気持ちの悪さがJさんの中に残った。 JさんがF橋にいこうとしたせいで、お父さんは体調を崩したのではないか。 常識では考えられない話だけど、生まれて20年以上、F橋を渡れていないのは事実だ。 渡ろうとするな、という警告にも思えた。 お父さんのことがあってから、JさんはF橋に近寄るのが怖くなってしまった。 生活用の橋とはいえ、数百メートル離れたところに別の橋もあるし、F橋を使わずに暮らすのは簡単だ。 大学を卒業して地元企業に就職したあとも、Jさんは特段意識することなくF橋に近寄らずに暮らしていた。 Jさんは20代のおわりに、他県に住む旦那さんと結婚して地元を離れた。 家事や子育てに追われる日々を過ごすうち、地元を思い返す時間は日に日に減っていった。 当然、F橋のことを思い出すこともなかった。 子供が4歳になった年のこと。 慌てた様子で父からJさんに電話が入った。 Jさんのお母さんが心筋梗塞で倒れたというのだ。 Jさんは旦那さんに仕事を早退してもらい子供を連れて、車で急いで地元に向かった。 車では2時間くらいの距離だ。 気が急いて、久しぶりの地元の風景を見る余裕などまるでなかった。 お母さんが運ばれた病院まではあと少し。 その時、眼前にF橋が見えてきた。 Jさんは実に数年ぶりにF橋との因縁を思い出した。 病院に急ぐにはF橋を渡った方が遥かに早い。 渡ろうとしたら何かあるだろうか・・・。 いや、私の思い過ごしだ。 Jさんは、旦那さんに、F橋のことは話していない。 旦那さんは、ナビに指示された通り、F橋に向かっていく。 その時だった・・・。 Jさんの電話が鳴った。 公衆電話からだった。 こんな時まで、渡らせないように邪魔するの? いい加減にしてよ、、、!! Jさんはイライラと電話の音をオフにした。 「・・・いいの?」 旦那さんが心配してたずねてくる。 「公衆電話。気にしないで」 そして、Jさんが乗った車がF橋にさしかかった。 はじめて渡るF橋。 何の感慨もわかなかった。 なんの変哲もない普通の橋でしかない。 それよりも、とにかくJさんは母の容体が心配だった。 ところが、橋の中ほどに差し掛かると、 後部座席に座っていた子供が急に泣き出した。 耳が痛くなるほどの大声をあげて。 赤ん坊の時から、滅多にぐずらない子だったのにどうしてこんな時にと思ったが、Jさんは後ろを振り向き、おもちゃなどであやした。 しかし、どうにも泣き止まない。 と思った矢先、スーッと潮が引くように泣き止んだ。 それは、ちょうどF橋を渡りきったタイミングだった。 偶然なのか・・・嫌な感覚がJさんの胸をよぎった。 再び公衆電話から電話がかかってきていた。 F橋を渡り終えたのにホッとした気持ちもあって、Jさんは電話を取った。 電話は父からだった。 携帯電話の電源がなくなって、公衆電話から電話していたのだという。 「・・・今ちょうどお母さんが、亡くなった」 Jさんは絶句した。 父は涙声で続けた。 「お母さんな、臨終間際に一度だけ目を覚ましてな、お前に言ってくれって。『渡ったらいけない。渡ったらいけない』って、なんのことかわからなかったけど、お前に伝えないといけないかなと思って電話していたんだ」 Jさんは脳天を叩かれたような衝撃を受けた。 『渡ったらいけない』 それはF橋のことか・・・。 慌てて後ろを振り返る。もうずいぶん離れたが、F橋がまだ見えた。 母からの最後のメッセージ。 私がF橋を渡ったせいで、お母さんは死んだの・・・? Jさんは後悔で胸が張り裂けそうになった。 JさんとF橋との因果関係はいまもわかっていないが、 その後、JさんがF橋に近くことは二度となかったという。
https://am2ji-shorthorror.com/2021/04/14/607/
【怖い話】使ってない部屋
使われぬ部屋の謎
大学の同級生にFという友達がいる。 Fが大学時代に住んでいた部屋は2Kだった。 6畳の洋室にベッド、ソファ、テーブルが置いてありメインの生活空間になっている。 もうひと部屋の方はというと、空き部屋だった。 何一つモノがなくガランとしている。 使っていないなら、なんのためにワンルームより家賃が高い2Kの部屋をわざわざかりたのか。 当然の疑問をFに投げかけてみた。 彼女ができた時のためか、それとも良い条件のワンルームがなかったのか、思いつく可能性を投げかけてみたけど、Fは「へへ」と笑うだけで理由を話してくれない。 何か言いづらい理由でもあるのかなと思ってそれ以上追究はしなかったけど、教えてもらえないと逆に気になってしまった。けど、結局、最後まで謎は謎のままだった。 Fは大学3年の時、引っ越した。 ちょうど賃貸契約の更新のタイミングだったらしい。 今度はどんな部屋に引っ越したのかなと思って早速遊びにいってみると、次の部屋の間取りは2DKだった。 やはり、ひと部屋多い・・・。 部屋は変われど、家具や家電の配置はほとんど同じだった。 もうひと部屋の方を確認すると、またも使われていなかった。 「なぁ、F。この空き部屋、なんのためにあるの?」 私はストレートにたずねてみた。 またも、Fは「へへ」と屈託なく笑うだけ。 かたくなにしゃべらない理由がわからなかった。 Fは決して秘密主義者ではない。 それほどまでに話したくないワケがあるのだろうか。 もしかして、Fにだけ見える何かが住んでいるとか、、、 空き部屋の件以外、Fはどこにでもいる同年代の男子で、一緒に遊ぶのは楽しかった。 結局、大学生活の4年間で、使われていない部屋の謎がとけることはなかった。 社会人になると、お互い忙しくなり、連絡を取ることもほとんどなくなった。 それでも、26歳の時、久しぶりに大学時代の同級生で集まろうということになり、飲み会が催され、Fの姿もあった。 Fは、全くといっていいほど変わっていなかった。 いつもニコニコ笑っているように見える垂れ目。 "いい人"が服を着たようなキャラクターも、少しも擦れることなく健在だった。 私はつかのま学生気分に戻り、気持ちが落ち着くのを感じた。 夜が深くなった頃、今住んでいる家の話になった。 ほとんどのメンバーが、給料に見合ったそれなりの賃貸物件に住んでいる中、Fだけが違った。 「実は、中古の一軒家を買ったんだ」 Fの発言にみんな度肝を抜かれた。 「なんで?」「誰かいい人できたの?」とみんなが一斉に質問を飛ばすと、Fは「へへ」と笑った。 その笑顔で、学生時代の記憶が一気に押し寄せてきた。 Fの部屋の使われていない部屋の謎・・・。 「なぁ、F。家見せてもらっていいか?」 気づけば口から言葉が出ていた。 「いいよ」 Fは全く迷わず私に答えた。 他のメンバーも興味を示したが、明日の予定があって、結局、Fの家に向かったのは私1人だけだった。 最寄駅を降りて、閑静な住宅街を入っていき、Fは一軒の家の前で足を止めた。 「ここだよ」 青い屋根に白い壁の一軒家。 中古とはいえ、かなりキレイだった。 「高かったんじゃないか?」 「そうでもないよ。たまたまいい物件に当たったんだ」 玄関で靴を脱ぎ、リビングダイニングに通される。 懐かしい光景が目に飛び込んできた。 というのも、大学時代の部屋とほとんどかわっていなかった。 見たことがあるベッドに、見たことがあるソファ、見たことがあるテーブル。 ソファから手を伸ばせば書棚の本に手が届く。 蔵書も変わっていない。 この部屋だけで暮らしが完結しているのも、昔と同じだ。 Fはコーヒーをいれてくれた。 「ここに1人で暮らしてるのか?」コーヒーをすすりながら私はたずねた。 「うん」 「1人で一軒家って広くないか?」 「そうでもないよ。ちょうどいいくらい」 「他の部屋も見ていい?」 「いいけど、別に何も面白くないよ」 面白いか面白くないかではない。 私は確認したかったのだ。 もし私の予想が正しければ、、、 リビングの隣の和室の戸を開け、私は絶句した。 予想は的中していた。 何もない、、、 使われていない、、、 他の部屋も見せてもらったが、一階の残りの洋室も、2階に2部屋ある洋室も、使われていなかった。 F はリビングダイニングでだけ暮らしているのだ。 変わったのは、使われていない部屋の数が増えただけだった。 「なんで使わないの?こんなに部屋があるのに」 私には、およそ理解しがたかった。 これはもはや奇行だ。 Fに恐怖すら覚えた。 Fは黙って、ニコニコ笑っているだけだった。 「なぁ、教えてくれよ。ずっと気になってたんだ。この空き部屋にどんな意味があるんだよ!」 私ははじめて食い下がった。 解けない謎への苛立ち、自分に理解できない行動への恐怖、友人への心配、いろんな気持ちが混ざって溢れでたのだと思う。 Fは、じっと私を見つめ返し、「へへ」と笑った。 そして、ささやくように言った。 「本当に知りたい?」 ・・・気がつくと、自分の部屋のベッドの上だった。 頭が割れそうに痛い。 二日酔いのようだった。 Fの家で、使ってない部屋の理由を問いただしたところまで覚えていたけど、その後の記憶がまるでない。 記憶をなくすほど飲んだ覚えはなかった。 けど、何も覚えていない。 Fは、使ってない部屋の真相を教えてくれたのか。 それすらわからない。 けど、もしかしたら、覚えていない方がいいような恐ろしい理由だったから、私の脳が記憶を消し去ったのかもしれないとも思った。 あの夜のFの顔を思い出そうとすると、なぜか鳥肌が立つのだ。 いまだに、Fにあの日のことは聞けていない・・・。
https://am2ji-shorthorror.com/2021/04/13/606/
【怖い話】豊洲のタワーマンション
豊洲の夜警
Tさんが豊洲に引っ越してきたのは2016年のこと。 いまや豊洲市場で有名な場所だが、もともとは関東大震災の瓦礫処理でできた埋め立て地であり、80年代までは主に工業地であった。90年代に入ると区画整理によって住宅地として整備され、今ではいくつものタワーマンションが建っている。 Tさんが引っ越したのは、新築まもないタワーマンションで、セキリュティの高さが魅力だった。 玄関のオートロックはもちろんのこと、エレベーターもロックがかかっていて、住人が鍵でロックを解除しないと指定階のボタンが押せない仕様になっていた。 引っ越してからというもの、業者の突然の来訪やセールスがすっかりなくなり、Tさんはとても満足していた。 ところが、だ。 ある夜、寝ていると、インターフォンがいきなり鳴ってTさんは飛び起きた。 時計を見ると深夜の3時。 誰がこんな非常識な時間に訪ねてきたのかと腹立たしい気持ちで、ベッドから抜けて、モニターを確認しにいった。 ところが、玄関モニターには誰も映っていなかった。 そういえば、音が違った、、、とTさんは思った。 玄関ロビーで部屋番号を押した時は、軽快なメロディで教えてくれる。 さっきのピンポンという音は、部屋のチャイムを鳴らした時の音だ、、、。 ということは、同じフロアの住人だろうか。 同じフロアの人でなければ、ロビーから呼び出さずに、いきなり部屋の前に来ることはできない。 なにかあったのかな、、、。 そこまで考えて、Tさんは、玄関のドアスコープを覗きにいった。 広角のレンズに、来訪者の姿は映っていなかった。 恐る恐る内鍵をあけ、ドアをほんの少しだけ開いて表をみた。 ・・・誰もいない。 まさかこんな夜中にイタズラ? このマンションにはこどもも多い。 まったく、明日も仕事だっていうのに、、、 Tさんは、イライラしながらベッドに戻った。 それから数日後。 またも寝ていた深夜に玄関のチャイムが鳴った。 スコープを確認にいくと、誰もいない。 それからも何回も深夜にチャイムが鳴らされ、さすがにTさんも気味悪く思い始めたが、マンションに知り合いもいないし、隣近所の付き合いもないので、誰にも相談できず悶々とするしかなかった。 そんなある日。 その日も夜中にチャイムの音がした。 Tさんは、耳栓をして、布団を被り無視を決め込んだ。 しかし、その日はいつもと違った。 チャイムに続いてドアを激しく叩く音。 しかも、止まる気配がない。 なんなのいったい、、、 Tさんは恐る恐るスコープを覗きにいった。 すると、廊下に立つ女性の姿が見えた。 腕を組み、怒りに歪んだ表情をしている。 幽霊ではなさそうだ、、、 TさんはU字ロックはしたまま、ドアを開けた。 ドアがあくなり、女性は詰め寄るように唾を吐き散らしながらまくしたてた。 「ちょっと、あんたなんなのいったい!」 女性が初対面にもかかわらず怒ってくるわけがわからなかった。 しかも、こんな非常識な深夜に、全く知らない相手だというのに。 「・・・どちら様ですか?」 Tさんは、恐る恐るたずねた。 「は?隣の者ですけど?あんたでしょ?毎日毎日、夜中にチャイム鳴らしにきて。どういうつもり?」 Tさんは、ハッとした。 自分だけかと思っていたけど、隣の部屋でも同じことが起きていたのだ。 「それ、私じゃありません。私も困ってるんです」 仲間を見つけた気がして嬉しくなったが、その期待はすぐに破られた。 「嘘つかないで。はっきり、玄関の覗き窓から、チャイムを押してるあんたの顔が見えたんだから」 「そんなはずありません。私じゃないんです」 Tさんは、必死に訴えたが隣人は聞く耳を持ってくれなかった。 押し問答のすえ、「私じゃありません!」と言い放ち、Tさんは半ば無理やりドアをしめた。 その後も何度かチャイムが鳴らされたが、やがて音はやんだ。 隣人はあきらめて帰ってくれたらしい。 もう押しかけられることはなかったけど、隣人と顔を合わせないか不安でしばらくストレスがひどかった。 数日後、郵便ボックスに一枚の紙が入っていた。 マンションの管理組合のアンケート結果を知らせる紙だった。 そういえばそんなアンケートが以前に配られていたなと思いながら、サッと目を通す。 Tさんの目は、『住環境への不満点』という項目に吸い寄せられた。 『夜中にチャイムを鳴らすイタズラをやめさせて欲しい』 同じクレームが1件や2件ではなく、5件以上寄せられていた。 やはり、何かあるのだ。 Tさんは、ようやく管理会社に連絡を入れた。 自分も深夜のチャイムに困っていると告げると、「6階ですか?」と確認された。 「そうですけど。6階でばかり起きてるんですか?」 「あ、いえいえ。そういうわけではないのですが・・・」 管理会社の担当の人は、どうも歯切れが悪かった。 問い合わせから1週間くらいして、管理会社の人から電話があった。 「問題は解決しましたので、もう大丈夫と思います」 「原因はなんだったんですか?」 「チャイムの不具合ですね」 「・・・不具合?」 「ええ」 同じ担当の人だったけど、先日の歯切れの悪い感じとは打って変わって、予行練習でもしたかのようにハキハキとしていた。 それから、たしかに、深夜にチャイムが鳴らされることはなくなった。 不具合というのは本当だったのだろうか。 ちょうど同じ頃、共有スペースのエレベーター前で変化があった。 それまではクリーム色の壁紙があるだけだったのだが、壁に一枚の絵が飾られていた。 なんの変哲もない、雑木林を描いた風景画だ。 なぜだかTさんはその絵が妙に気になった。 理由が知りたくて、ある時、絵をじっくり観察してみた。 すると、額の裏に何か貼ってあるのに気がついた。 黄ばんだわら版紙のような紙にミミズがのたくったような赤い文字。 それは、どこからどうみても魔除の「お札」だった。 どうしてこんなところに・・・。 Tさんは、深夜のチャイムの音を思い出した。 やはり、不具合などではなく、「お札」で封じ込めなければいけない何かがあったのではないか・・・。 その後、深夜のチャイムに悩まされることはなかったそうだが、 Tさんは、半年ほどとして引越しを決めたという。 そのマンションは今も豊洲にあるという。
https://am2ji-shorthorror.com/2021/03/29/605/
【怖い話】1995年のインタビュー
おもちゃ屋の亡霊
これは1995年に録音されたインタビューを文字起こししたものである。 録音日:1995年12月5日 インタビュー対象:A氏(自営業・男性・50代) A: え、もう録音してるの?あ、ほんと。(咳払い)慣れてないから、ちゃんとしゃべれるかどうか。で、なにを話せばいいんだっけ。あ、私の怖い体験か。そんなのインタビューしても面白いの?あんたも変わった人だね。 はいはい、私が今年体験した怖い話ね。 それにしても今年は変な年だったね。 阪神大震災にオウムの地下鉄サリン事件でしょ。 怖いニュースばっかりで参ったよ、ほんと。 気が滅入るよね。 地下鉄サリン事件のニュース速報見た時は、おったまげたね。 いやぁ、びっくりした。 目を疑ったもん。 ほんと嫌な時代だよね。 いや、ほんとに変な年だった。 私は信心深くもないし、風水やら占いやら全然信じちゃいないけどさ、なんかある気がするよね。 時代の流れっていうかさ。気の流れっていうのかね。 あ、誰かが自殺すると、自殺が連鎖するっていうじゃない、そういうの。 なんていうか、悪いことが起きると、別の悪いことが続けて起きるっていうのかな。 ここまで恐ろしいことが続くと、そんなこと考えてしまうよね。 それに、多かれ少なかれ、人ってさ、世間の雰囲気とか事件とかに影響を受けるんだと思うよ、きっと・・・。 話がだいぶ脱線しちゃったね、ごめん、ごめん。 で、私が体験した怖い話なんだけど。 私は、ご覧のとおり、ここでおもちゃ屋をやっているわけだけど。 見ての通り30平米もない小さな店さ。 最近じゃ、チェーン店や量販店なんかでみんなおもちゃを買うでしょ? こどもも減ってるっていうし、売上はジリ貧でね、数年後には店じまいかな、なんて思ってるんだけど。 まぁ、売上が減っているっていっても、それなりにやることはあって。 毎月毎月新しいおもちゃが発売されるもんだから、仕入れたり在庫管理したり大変でね。 毎日、だいたい夜9時過ぎくらいまでは、店で帳簿つけたり何かしら作業してるんだ。 このあたりは駅からも少し離れてるし、9時になったら、ひと気もなくて、すごく静かでね。 聞こえるのは、犬の遠吠えくらいなもので、私は静かなのが好きだからいいんだけど。 ある日ね、時間はちょうど今と同じ9時少し前くらいだったと思う、店のシャッターを叩く音がするんだよ。 トントンって、ノックするみたいに。 ここら辺は、若ガキが多いから夜中に落書きしたりする連中も多いんだけど、そういう感じじゃなかった。 なんだろうと思って、行ってみたんだ。 「どなたかいませんか?」 シャッターの向こうから若い女の声がした。 「もう店はしめたよ」と私は答えたんだけど、女の人は帰らなかった。 「あの、お願いがありまして、開けていただけませんか?」っていうんだよ。 普段なら断るんだが、丁寧で感じのいいお嬢さんのようだし、困っていそうな声だった。 あ、今、あんたどっかで聞いたことある話だって顔したろ? 飴屋の話だろ? 店がしまった後に飴を買いに来る女のあとをつけたら墓場の赤ん坊に与えていたって怪談・・・。 私もその時、思ったよ。 だから、ちょっと恐々とシャッターをあけたんだ。 けど、開けると誰もいなかった。 通りを見回しても、人っ子一人いない。 あれ?おかしいなと思ったら、シャッターの前にダンボールが置かれているのに気がついた。 そのダンボールには張り紙がしてあった。 『さしあげます』 書き殴ったような字でそう書いてあった。 それを見た瞬間、頭に血がのぼりそうになったね。 いらないガラクタを捨てていきやがったんだと思った。 前にもあったんだ。 または、捨て犬さ。 どっちにしても最悪だ。 私は乱暴にダンボールをあけた。 ・・・けどね、中には何も入っていなかったんだ。 なにも。 見間違えじゃないかと思って、よく調べたから確かさ。 あっけにとられるってのはまさにあの時のことだよ。 『さしあげます』って書いてあって、なにも入ってないんだから。 意味がわからなくて、その時は、だいぶ頭にきたさ。 ダンボールはその場ですぐ踏みつぶしてゴミ捨て場に持っていった。 それで、もう仕事する気もなくなって、すぐ家に帰ったんだ。 けど、その日から、おかしなことが始まったんだ。 夜、店をしめて作業してると、音が聞こえるんだよ。 ガサガサ、ガサガサって、虫や動物が動いているみたいな音っていうかな・・・。 ほら、向こうの、おもちゃが積んである棚の方から。 そんな音したら、当然、なんだろうって確かめにいくだろ? けど、何もないんだよ・・・。 おもちゃとおもちゃの隙間も調べたけど、虫一匹いない。 で、この場所に戻ってくるだろ? そうすると、また、ガサガサ、ガサガサって棚の方から聞こえてくる。 で、また確認にいく。と音はやむ。 その繰り返し。 配管か何かの不具合なのかと思って、すぐ馴染みの業者に調べてもらったんだよ。 でも、何もおかしいところはないって。 その業者が調べている時も、音はしないんだ。 でも、業者が帰ったとたん、またガサガサ、ガサガサって音が聞こえてくるの。 なんか気味悪いだろ? そう。人の気配を感じて、音が鳴ったりやんだりするんだよ。 あっ、ほら、今音がした! 聞こえた?聞こえた? (※テープに、音は記録されていなかった) (A氏が席を立ち、棚を探る音) ・・・なにもない。なにもないんだよ。まったく嫌になっちゃうよ。 営業時間中は音がしないんだよ。 音がするのは、店をしめて、一人で作業してる時だけなんだ。 でも、なにか害があるわけじゃないしさ、どうするもないよな。 あ、また音が聞こえるな、なんて感じで、慣れていくわけ。 人って不思議だよね。 最初はあんなに怖かったのに、なにも起きないと、慣れていくんだから。 だから気にしないようにしてたんだけど、ちょうど2ヶ月前くらいに、うちのお袋の法事の相談があって、お寺さんがこの店にきたんだよ。 別の法事の帰りでちょうどいいからって。 そしたら、住職が、この店に入るなり、急に一歩も動かなくなって固まっちまったんだ。 顔をこわばらせて、むっつり黙っちまって。 私が話しかけても反応しなくて。 しばらくしたら、ようやく我に返って、 「最近、なにかもらいものをしましたか?」って聞いてきた。 「いや、別に」って私は答えた。 その時は、何も思い浮かばなかったんだ。 むしろ、住職の態度の方が変だった。 「店の中に、売り物じゃないものが混ざっていませんか?よく探してみてください」 住職はそういうや帰っちまった。打ち合わせも忘れてな。 変な坊さんだなぁと思ったんだけど、住職が帰ったあと、ハッと思い出した。 もらいもの・・・。 あの空のダンボール。 考えてみたら、変な音がしだしたのはあの『さしあげます』っていうダンボールの件があってからだった。 住職のあの態度・・・。 あのダンボール、本当に空だったのか。 その時、はじめてそう思ったんだ。 実は空じゃなくて、いわくつきのモノが入っていて、そいつは、私がダンボールを開けるより早く、この店のどこかに隠れた。 住職は、そういうことが言いたかったんじゃないかと私は思ったんだ。 それに気がついた時は、背筋に寒気が走ったよね。 慌てて、台帳を取り出してきて、商品の棚卸しをしたよ。 仕入れてないものがあるんだとしたら、台帳とつきあわせればすぐわかるからさ。 ・・・けど、なにもおかしなところはなかった。 ぴったり台帳に書いてある商品しか店の中にはなかった。 注意深く店の商品を見たけど、変なものなんかなかった。 やっぱり思い過ごしかなって思って、最後に店の商品の数を数えてみた。 するとさ、、、1つ多いんだよ。在庫の数より。 何回も数えてみたけど、どうしても1つ多い。 やっぱりなんかおかしなものが増えてやがる。 そう思って、台帳と棚の商品を一つ一つ指差し確認したら、おかしなことにぴたりと合う。 けど、その後、また数をかぞえると、1つ多い。 そいつは、たしかに、この店の中にいるのに、どうも私には気づけないらしいんだ。 わかるか? おかしな話だろ? でも、本当なんだ。 この店には、あるはずのないモノが一つ増えてるんだよ・・・。 私にはわからないんだけどな。 そうだ、あんたなら、わかるかもな。 どうだい? この店の中に変なものはなかったか? ・・・ない? そうかい、残念だな。 部外者ならわかるかと思ったんだけどな。 あ、ほら、また音がした。・・・聞こえたろ? (※テープに音は記録されていない) ま、という、おかしな話さ。 私の体験は。 こんなのでいいのかね? なんの役に立つのかわからないけど、こんな話でいいなら好きに使ってよ。 ・・・あ、あんた、おもちゃ好きかい? まぁ、嫌いな人はいないわな。 お土産やるよ。ほら、これもっていきなよ。 中に何が入っているかって? 家帰ってから開けてみなよ。 ・・・こら!ここで、開けるな! バカやめろ!そいつは・・・。 (※ガサガサと何かが動く音とヒッと息を呑む音。テープはここで終わっている)
https://am2ji-shorthorror.com/2021/03/15/604/
【怖い話】さめない
さめない夜の約束
気がつくと、公園のベンチに座っていた。 記憶が飛んでいる。 今日は会社の飲み会で、しこたま飲まされたことまでは覚えていたけど、ビールを一気にあおってから記憶がない。 喉に焼けつくような異物感があった。 身体が浮いているようにフワフワして、視界はグラグラ揺れている。 飲みすぎたらしい。 「起きた?」 ベンチの隣に見知らぬ美人が座っていてギョッとした。 心臓が喉から出るかと思った。 なにか言わないとと思うけど、返事につまってしまった。 「起きないから心配しちゃった」 胸元が大きく開いた服を着た謎のお姉さんが、まるで知り合いかのように話しかけてきたけど、誰だか思い当たらず困惑した。 どちら様ですかと聞きたいけど、失礼かなと思ってためらった。 クリッとした目、大きな口、スラッとした足。 女性に話しかけるのすら苦手な俺の知り合いなわけがない。 記憶にはないけど、二次会でそういう店に連れていかれたのだろうか。 思いつくのはそれくらいだ。 けど、つきあいでもキャバクラすら行ったことがない俺が、酔っている時に誘われたからといって、果たしてついていくだろうかという疑問は残った。 女性は微笑みを浮かべて俺を見ている。 怪しくも艶かしい表情だ。 いくらつまらない生活を送っていても俺だって男だ。 こんな美人と夜の公園で2人でいるのは、まんざらでもない気持ちだった。 それにしても、ここはどこだろう・・・。 キョロキョロ辺りを見回していると、 「家、いかないの?」と女性がいった。 「い・・・家?」 「連れてってくれるって言ったじゃん」 「お、俺が?あ、あなたに?」 すると、女性はふてくされたように頬を膨らませた。 「えー、冗談だったの?」 「いや・・・、冗談じゃないよ、もちろん」 つい口が滑る。 「じゃ、いこ。すぐ近くなんでしょ?」 女性は俺に腕を絡ませて、立ち上がらせた。 いこうと言われてもここがどこかすらわからない。 改めて辺りを眺めた。 四隅を住宅街に囲まれた小さな公園。 錆びが浮いた遊具に、お情け程度の砂場。 よく見たら、暗くてよくわからなかっただけで、見覚えのある公園だった。 俺のマンションは、ここから歩いて10分くらいのところにある。すぐ近所だ。 俺は、本当にこの女性といい感じになって自宅に連れて行こうとしていたらしい。 いくら記憶をたどってみても、女性とのやりとりが何一つ思い出せない。 名前も顔も出てこない。 聞けば早いのだろうけど、ちんけなプライドなのか、酔った勢いだと認めてしまったらいけない気がした。 女性は俺がエスコートするのを待っている。 自分の家の場所はさすがに覚えている。 グラグラする視界の中、一歩一歩地面をつかむように歩き出した。 夜風が冷たくて気持ちいい。 少しクリアになった頭で考えたら、やはりおかしい気がした。 例えお酒で理性を失っても、その日出会った女性を家に誘うような無分別なことを自分がしたというのが信じられなかったし、自分みたいなさえない男にこんな美人がほいほいついてくるとも思えない。 もしや、これが流行りのハニートラップなのか。 家についたら、強面の男が押し込んできて、有り金を巻き上げられる。 そんな想像が膨らみゾッとした。 女性は、口笛でも吹き出しそうな感じに、少し開いた唇を突き出して前を向いている。 控えめに見ても美人だ。 考えれば考えるほどおかしい気がした。 けれど、こんな美人といい感じになるなんて、今後の人生で一度もないかもしれない。 理性と煩悩が頭の中で戦った。 勝ったのは、理性の方だった。 所詮、俺は意気地のない人間だった。 「やっぱり今日はちょっと・・・」 そういうと、女性は露骨に不機嫌な顔をした。 「えー、約束と違う」 「すみません。でも、こういうのはよくないと思うから」 絡めていた腕を外そうとするが、全然外れなかった。思い切り力を入れても、関節技をきめられているかのように腕をロックされている。 どれだけ力が強いのだ。 「約束したよね」 「すみません、実は、酔っててよく覚えてなくて」 焦って半ばパニックになって正直に言ってしまった。 「約束、したよね」 整った顔から発されたとは思えない、地の底に響くような低い声だった。 街灯の光が女性の顔に影を作っているせいで表情が見えないけど、相当怒っているに違いない。 身体をねじって、腕を抜くと、ようやく女性の腕が外れた。 「すみません、帰ります」 そう言い残し、俺は小走りで家に向かった。 夜道に女性を残す罪悪感から、角を曲がる前に後ろを振り返ると、すでに女性の姿はなかった。 見込み違いとわかると、見切るのは早かったようだ。 申し訳ない気持ちでいっぱいだった。 けど、なぜかは説明できないけど、直感的にあの女性にこれ以上関わったらいけない気がした。 部屋について明かりをつけると、ようやくひと心地ついた。 頭はまだ割れそうに痛いし、喉もヒリヒリする。 水をいっぱい飲んで、喉を冷やしたけど、まるで効果はなかった。 振り返っても、自分の半生では縁がなかった美人だった。 もしあのまま家まで連れてきていたら今頃。 下世話な想像が浮かんだけど、これでよかったのだと思った。自分らしくない行動は控えるべきな気がした。 ふとダイニングテーブルを見ると、奇妙な光景が広がっていた。 コンビニやスーパーのビニール袋が何枚も重ねて置いてあった。 ゴミ捨て用にもらうようにしているのだけど、自分で並べた覚えはないし、覚えていないだけで自分が並べたとしたも理由がさっぱりわからなかった。 その時、ゴン!と窓ガラスが鳴った。 何か硬いものが叩きつけられるような音。 不思議に思ってカーテンを開け、腰を抜かしそうになった。 さっき別れたはずの女性が窓の向こうのベランダに立っていた。 窓ガラスの向こうから俺を睨みつけている。 俺の部屋は6階だ。 玄関を使わずに、ベランダにあがるのは不可能だ。 ありえない・・・。 女性は、ガラスが見えていないかのように前に進み、文字通り窓ガラスを通り抜けて部屋の中に侵入してきた。 幽霊・・・。 やっぱり普通の女性なんかじゃなかった。 酔って墓地にでも迷いこんで連れてきてしまったのか。 放心するしかなかった。 何も考えられない。 「約束、したよね」 女性が俺を捕まえようと手を伸ばしてくる。 俺は死ぬんだ、ただそう思った。 気がつくと、朝だった。 酩酊感はまだ残っており、頭は痛いし、喉も焼けている。 完全に二日酔いだ。 女性は消えていた。 昨夜見たものは、酔ったせいで見た幻だったのか。 時間を確認すると、始業時間をとっくに過ぎていた。 昨日の飲み会で何があったかも確認しなければならない。 俺は、慌ててスマホを取り、上司のKさんに電話を入れた。 電話はすぐに繋がった。 「はい」 と不機嫌そうなKさんの声が聞こえた。 「あ、Kさん。Dです」 「は?」 「すいません、昨日、飲みすぎたみたいで調子が悪くて」 「誰だお前?」 「え?・・・いや、Dですよ」 「ふざけてんの?」 「いえ、ふざけてなんか。連絡遅くなって申し訳ありません。昨日のことよく覚えていないんです、なにがあったのか教えていただけたら嬉しいです」 すると、Kさんは黙ってしまった。 しばらくして、電話の向こうでヒソヒソ話をするくぐもった声がかすかに聞こえてきた。 「Dって名乗るやつから電話」 「え、DってあのD?」 「あぁ」 「けど、Dって何年も前に酒に酔って、、、いたずら?」 「たぶん」 「気味悪いな」 いきなりブチッと電話は切られてしまった。 漏れ聞こえてきた会話の断片から推測するに、昨日、飲み会があったという俺の記憶は間違っているのかもしれない。 何も思い出せない。 どういうことなんだ。 Dって何年も前に酒に酔って、、、 電話越しに聞こえた発言はどういう意味なんだ。 考えると、頭が割れそうだった。 喉は焼けて空気がうまく吸えない。 ダイニングテーブルに目を向けて、俺を固まった。 昨夜の女性が立っていた。 ダイニングテーブルに重ねて置いてあったビニールの袋を、一枚一枚細く伸ばして、片結びで数珠繋ぎに結んでいる。 俺はただ女性が作業する様を見ていた。 女性も黙々と作業を続ける。 やがて、ビニール袋の輪が作られていた。 「はい、どうぞ」 女性が微笑みを浮かべて、ビニールの輪を渡してきた。 Dって何年も前に酒に酔って、、、 ・・・あぁ、そうだ。 思い出した。 割れそうに痛い頭も、焼けつくような喉の痛みも、酒のせいなどではなかった。 俺は、あの日、酔っ払って衝動的に、ビニール袋で輪を作り、ドアノブに引っ掛けて・・・。 女性から渡されたビニールの輪を首にかけ、ドアノブにくぐらせた。これで体重をかければ・・・。 この酩酊状態は終わらない。 永遠に・・・。 女性が頬杖をついてニコニコと笑っている。 死んだら、こんな美人も家についてきてくれるものなんだな、、、 ・・・気がつくと、公園のベンチに座っていた。 記憶が飛んでいる。 今日は会社の飲み会で、しこたま飲まされたことまでは覚えていたけど、ビールを一気にあおってから記憶がない。 喉に焼けつくような異物感があった。 身体が浮いているようにフワフワして、視界はグラグラ揺れている。 飲みすぎたらしい。 「起きた?」 ベンチの隣に見知らぬ美人が座っていてギョッとした・・・。
https://am2ji-shorthorror.com/2021/03/13/603/
わらしべ長者の怖い話
物々交換の怪談
わらしべ長者は、ワラをはじめに持っていた貧乏人が色々な人と物々交換をしていき最後には大金持ちになるという昔から伝わるおとぎ話だ。 実は、現代の日本で、これとよく似た経験をした人がいる。 ただし、おとぎ話のように夢のある話ではなく、身の毛もよだつ怪異として・・・。 Wさんは、金融企業で事務をしている28歳の女性で、電車で1時間ほどかけて都内のオフィスに通っている。 ある日の帰り道。 交差点で信号待ちをしていると、ふと地面に目がいった。 一輪の白い花が落ちていた。 詳しくはないので花の名前はわからなかった けど、ユリかなと思った。 アスファルトの歩道にぽつりと落ちる白い花。 その情景に心打たれ、Wさんは、なんとなく花を拾い上げた。 どうするつもりもなく反射的な行動だった。 すると、どこからか女の子が近寄ってきた。 「お姉ちゃん、その花とこのアメを交換して」 小学生低学年くらいの女の子だった。 小さい手の平にお菓子のアメが乗っている。 「このお花欲しいの?」 女の子はコクンとうなずいた。 Wさんは、女の子に白い花を渡し、代わりにアメをもらった。 「ありがとう」 Wさんがお礼を言うと、女の子はトコトコと向こうにかけていった。 女の子とのやりとりの間に、信号は青に変わっていた。 マンションに到着しWさんが郵便ボックスを確認していると、ゴホゴホとむせるように咳き込む声が聞こえた。 マスクをつけた女性が苦しそうに咳をしていた。 Wさんは「大丈夫ですか?」と声をかけた。 「喉風邪で。すいません」 Wさんは、さっき女の子にもらったアメの存在を思い出した。 ポケットからアメを取り出し、女性に差し出す。 「よかったら、どうぞ」 「いいの?ありがとう」 女性は感謝して、受け取ったアメを口に入れ、ようやく咳は落ち着いた。 「助かったわ。よかったら、これ、どうぞ」 そう言って、女性は抱えていたレジ袋からオレンジを一つ取り出してWさんに渡した。 エレベーターの中、Wさんは手の中のオレンジを転がしながら、まるで、わらしべ長者みたいだなと考えていた。 道端で拾った花がアメに変わり、そのアメが今、オレンジとなっている。 このまま物々交換をしていったら、私も大金持ちになれたりして、、、 そんな想像を膨らませてWさんは心の中でクスッと笑った。 いただいたオレンジは冷蔵庫で保管しておくことにした。 翌朝、Wさんが駅に向かって歩いていると、交差点で自転車を引いたおばあさんに道を聞かれた。 「病院はどちらになりますか?」 Wさんはできるだけ丁寧に道順を説明してあげたけど、おばあさんの反応からは、理解してくれているかよくわからなかった。 Wさんは、おばあさんを病院まで案内することにした。 仕事は遅刻だけど仕方がない。 自転車を引くおばあさんを先導して歩いていく。 途中、おばあさんが「あつい、あつい」と何度も汗を拭くので、Wさんはバッグからタッパーに詰めたオレンジを取り出し、おばあさんにあげた。 冷蔵庫で冷やしておいたのを切って詰めてきたのだ。 おばあさんはオレンジを頬張りながら、「ありがとうね」と感謝した。 ようやく病院に着いて、Wさんがおばあさんを振り返ると、乗っていた自転車だけ残して、おばあさんの姿が消えていた。 自転車のカゴにはおばあさんのハンドバッグが入れられたままだった。 どこにいってしまったんだろう・・・。 先に一人で院内に入っていったのだろうか。 不安になって辺りを見回しても、おばあさんの姿はどこにもない。 オレンジと交換で自転車だけ残して消えてしまったみたいだった・・・。 わらしべ長者の偶然がまだ続いているかのようで、奇妙な感覚がした。 Wさんは途方に暮れた。 そのまま会社に行ってしまってもよかったけど、道案内の途中で相手の行方がわからなくなるなんて気持ちが悪いしモヤモヤした。 病院の受付でたずねてみても、Wさんが案内したおばあさんは来ていないという。 Wさんは、自転車に残っていたおばあさんのハンドバッグをあらためてみた。 すると、バッグに財布が入っていた。 財布の中の健康保険証でおばあさんの住所がわかった。 病院からは自転車で15分くらいの距離だ。 Wさんは、自転車を借りて、おばあさんの自宅に向かってみた。 しばらく自転車を走らせると、駅近くの繁華街を抜け、周りに見えるのは雑木林と住宅だけになった。 その一角に、おばあさんの家はあった。 真鍮の門扉に洋風のレンガ造りの建物。 外国の邸宅のような屋敷だった。 門の横に設置されたインターフォンを押してみるが、誰も出てこない。 ためしに門を押してみると、開いた。 門から屋敷までは、砂利道が続いていた。 ザクザクと砂利を踏みながら屋敷に近づくにつれ、Wさんはざわざわとした胸騒ぎが広がるのを感じた。 たしか、わらしべ長者の最後は大きな屋敷をもらえるのではなかったか。 花がアメに変わり、アメがオレンジに変わり、オレンジが自転車に変わり、今は豪勢な屋敷に足を踏み入れている。 おとぎ話との奇妙な符合はなんなのだろう。 それに、この屋敷はどこかおかしかった。 庭は雑草が伸び放題だし、屋敷の壁も褪せて見える。 人が住んでいる気配がなかった・・・。 それでも、Wさんは、おばあさんが無事なのを確認して自転車を返さないとという半ば義務感で足を前に進めた。 けれど、いざ目の前までたどりつき、屋敷を見上げると違和感はさらに強まるばかりだった。 窓ガラスはいたるところが割れていて、蔦が屋敷に絡まるように生えている。 だんだん怖くなってきて、来た道を振り返った。 Wさんは絶句した。 ・・・乗ってきた自転車がなくなっている。 たしかに門扉の前にとめたのに。 この屋敷と交換されたとでもいうのか・・・。 望んでもいないのに、勝手に物々交換が起きるなんて気味が悪い。 Wさんは逃げ出したくなった。 その時、屋敷の扉がキィィと不協和音をあげて開いた。 まるでWさんを招き入れるかのように。 心は中に入りたくないのに、足は屋敷の中に向かっていた。 「ごめんください」 屋敷に入ると、吹き抜けと2階へ続く階段が目に飛び込んできた。 舞踏会でも行われるような広間と階段だ。 階段は踊り場を経由して左右に分かれて2階の廊下に続いている。 Wさんが2階を見上げると、おばあさんの姿があった。 その傍では、マスクをつけた女性がおばあさんの肩を支えていた。 マンションの郵便ボックスのところでオレンジをくれた女性だ。 あの2人は知り合いだったの? 頭の中がぐちゃぐちゃしたが、とにかく2人に話を聞かないとと思って、慌てて階段に足をかけた瞬間、Wさんはハッとした。 踊り場に女の子が立っている・・・。 交差点でアメと花を交換した女の子だった。 手にユリのような白い花を持っている。 「お姉ちゃんにこの家あげる」 わけがわからなかった。 女の子がここにいることも、言っている内容も。 「お姉ちゃんも一緒に暮らそうね」 女の子は目を見開き、Wさんを一点に見つめていた。 その目は、爛々と怪しく光っているように見えた。 いつのまにかおばあさんとマスクの女性が女の子の横に立っていた。 3人は、黙ってじっとWさんを見おろしている。 3人とも、抜け殻のように生気のない表情で、何の感情もこもっていない目をしていた。 Wさんの全身を寒気が走った。 叫び出しそうになるのをこらえ、屋敷から逃げ出した。 振り返らずに走り続けると、いつもの交差点まで戻ってきていた。 見慣れた光景にホッと安堵の息が出た。 嫌な汗をびっしょりかいていた。 (あの3人はいったいなんだったの・・・) ふと、交差点の信号機の下に、花束が供えられているのに気がついた。 お菓子や絵が一緒に供えられている。 誰かがここで事故にあって亡くなったのだろう。 なぜ今まで気がつかなかったのか不思議だった。 白で統一されたお供えの花束の中に、あの日、Wさんが拾ったユリのような花が混ざっていた。 (私は、お供えの花を拾ってしまっていたんだ・・・。だとしたら、あの女の子やマスクの女性やおばあさんは、もしかして・・・) あのまま屋敷に残っていたらどうなっていたのか、想像するだけで怖かった。 お供えの花束から、白い花が一つ、ポトリと地面に落ちた。 (ごめんなさい、知らずに、バチ当たりなことを) Wさんは、落ちた白い花を拾って供え直そうとした。 その時、誰かがWさんの服の裾をつかんだ。 振り返ると、憤怒の表情に顔を歪めた女の子がWさんの服を引きちぎらんばかりに握って立っていた。 「それは私の花だ!」 わらしべ長者・・・。 まるで何かの力が働くように物々交換が進む時、ふと立ち止まって、いわくつきのものでないか確認した方がよいのかもしれません。
https://am2ji-shorthorror.com/2021/03/09/602/
【怖い話】心霊あるある(短編)
トンネルの亡霊
「このトンネルでは、昔、バラバラ殺人事件があったといわれていて、被害者の霊が今もさまよっているんだ。その霊は、欠けた自分の右腕を夜な夜な探しているらしく、運悪く遭遇してしまうと、腕をとられてしまうんだって・・・」 話終えてみんなの顔を見回すと、固まった表情で押し黙っている。 クラスの友達数人、深夜のトンネルで肝試しをしていた。 俺はいわくつきのこのトンネルにまつわる怪談を披露した。 そこそこ怖がらせることはできたようだ。 俺は場を和ませるために話を続けた。 「っていう、怖い話なんだけどさ、全部作り話でした!」 「作り話?」 「だって、ほんとうに腕を取られるような大事件あったら、ニュースになってるはずだろ?そんな話一度も聞いたことがないのは被害者がいないから。つまり、誰かの創作ってこと」 大事件なのに被害者がいないのはおかしい。 心霊あるあるだ。 ところが、場が和むどころか、かえって、みんなの顔から生気がなくなったように見えた。 冷たい氷のような表情。 「作り話じゃないよ、だってさ・・・」 俺は目を疑った。 みんなの右腕が肘のあたりからポロポロと取れていく。 「ほら、みんな腕を取られてしまってるんだから」 その場にいた全員が俺を取り囲む。 ジリジリと近づいてきて、残った左手を俺の右腕に物欲しそうに伸ばした。 「これでお前も仲間だね」 トンネルの入口に、右腕が欠けた女性のシルエットが見えた気がした、、、
https://am2ji-shorthorror.com/2021/03/03/601/
【怖い話】エレベーター(短編)
エレベーターの亡霊
マンションのエレベーターでよく顔を合わせる親子がいる。 お腹が膨らんだ妊婦の母親と、小学生くらいの女の子。 女の子は恥ずかしいからか、いつもお母さんの服の裾をつかんでいて、お母さんは出産が近いのか顔に疲れが滲んでいた。 何度も顔を合わせるので、自然と挨拶をかわすようなったのだが、日に日に妊婦のお母さんの顔色が悪くなっていっている気がして、「大変ですね」と声をかけた。 お母さんは苦笑して返事をした。 「はじめての出産で色々わからないことだらけで」 エレベーターを降りて、歩いていく親子の背中を見つめ、私はキョトンとしてしまった。 はじめての出産? じゃあ、その女の子は・・・。 いや、でも再婚相手の連れ子の可能性もあるか、とすぐに思いなおした。 けど、ふと、思い出してしまった。 なぜ何百世帯も暮らすこのマンションであの親子が妙に記憶に残っていたのか。 女の子がいつも同じ服装だからだ・・・。 母親の服の裾をつかんでいた女の子が私の方を振り返った。 その顔に、邪悪な笑みが浮かんだように見えたのは気のせいか。 私は子供が無事産まれることを心から祈った・・・。
https://am2ji-shorthorror.com/2021/02/27/600/
【怖いYouTube朗読】防犯カメラ -超短編-
防犯カメラの怪談
久しぶりにYouTube朗読を更新しました。 朗読にはAmazonPollyを使っています。
https://am2ji-shorthorror.com/2021/02/25/%e3%80%90%e6%80%96%e3%81%84youtube%e6%9c%97%e8%aa%ad%e3%80%91%e9%98%b2%e7%8a%af%e3%82%ab%e3%83%a1%e3%83%a9-%e8%b6%85%e7%9f%ad%e7%b7%a8/
【怖い話】フェイクドキュメンタリー
幽霊映像の謎
フェイクドキュメンタリーは、ドキュメンタリー風にフィクションの映画を撮影する手法で、ホラーととても相性がいい。 ドキュメンタリー演出が没入感を高め、ありえない怪奇現象にもリアリティを与える。 『ブレアウィッチプロジェクト』に始まり、『パラノーマルアクティビティ』、スペインの『REC』、『グレイブエンカウンターズ』シリーズなど、この手法で撮影されたホラー映画のヒット作は数多く存在する。 商業映画だけでなく、ネット上には、色々なクリエイターが作ったホラーのフェイクドキュメンタリーがアップされている。 ネットにアップされたフェイクホラーは、ツッコミどころも満載だ。 素人設定なのに一切手ブレしない華麗なカメラワークを見せたかと思えば、異形の存在が映り込む時だけ絶妙なタイミングでカメラがパンしたりする。 そのようにフェイクが強すぎてちょっと笑ってしまう動画もあるのだが、中には本物の心霊動画かもしれないと目を見張るクオリティのものもある。 Xさんは、フェイクドキュメンタリー制作者の1人。 カメラを回しながら森を歩いて廃屋にたどり着くと幽霊に遭遇する、そんなフェイクホラーを学生時代からいくつも作っては、ネットで公開していた。 今時は、AfterEffectsなどの編集ソフトを使えば、簡単に幽霊でも怪物でも後から合成できてしまう。 ところが、ある時、Xさんはとんでもないミスをしてしまった。 誤って特殊効果を入れる前の編集中の動画をネットにアップロードしてしまったのだ。 予定では、カメラマンが驚いて振り返るタイミングで、髪の長い女性の幽霊を合成するはずだったのに何も映ってない状態だった。 なにもない空間に驚き悲鳴をあげて全力疾走で逃げるカメラマン。ホラー作品としてはあるまじき失敗だった。 公開して数時間でそのことに気づき、慌ててコメントを確認してみると、奇妙なことに、「怖かった」 「これはマジでヤバい」など好意的な書き込みばかりだった。動画もほとんどが高評価だ。 わけがわからずXさんはアップロードした動画を自分でチェックしてみた。 廃墟を1人探索するカメラマンが、怯えた言動を繰り返す。ここまではいい。3分ほどして、問題の箇所にきた。カメラマンが背後に気配を感じ、「えっ」と驚いて振り返る。それに合わせてカメラも一緒に動く。 そこには何も映っていないはずだった・・・。 ところが、映像を一時停止したXさんは言葉を失った。 ・・・映っていた。 廃墟の奥の暗闇に、恨めしそうな人の顔がはっきりと映り込んでいた。 Xさんの手による合成ではない。 だとしたら・・・。 慌てて元の撮影素材データをチェックした。 ところが、素材データには、そんな顔は映り込んでいない。 編集ソフトを立ち上げ、データを確認してみたが、編集途中の素材にもやはり人の顔は映っていない。 だとしたら、アップロードした後に、顔が現れたということになる。 これはどういうことなのか・・・。 理解不能な現象を目の当たりにして、Xさんはゾワッとした。 一方、動画は人気となり、再生数はぐんぐん伸びた。意図せぬ心霊動画にも関わらず、たくさんの高評価がついた。 これほど不可解な怪奇現象ははじめてだった。 Xさんは、ひとまず、アップロードした動画はそのままにすることにした。 ところが一週間ほどすると様相が変わった。 「つまらない」「何も映ってないじゃん」という否定的なコメントが目立ちはじめた。 まさか・・・。 Xさんが再度動画を確認すると、映り込んでいた人の顔は消えていた。 ネット上で現れたり消えたりする顔。 そんなことがあるのだろうか。 信じられない気持ちだった。 視聴者にも共有したかったけれど、『本当に映り込みました』と発表すれば、今までの作品は全てフェイクと自ら認めることになる。 作り物というのは暗黙の了解ではあっても、大っぴらに言ってしまうのはクリエイターとしては迷う。 虚実が混ざり合ってこそ、こういう動画は面白いのだ。 境界線をはっきりさせてしまったら、もう誰も自分の作品を見てくれないのではないかと不安がもたげる。 なので、本当に怪奇現象が起きていたことは、誰にも話さず黙っておくことに決めた。 その日も、Xさんは深夜まで自宅の撮影部屋で一人編集作業にあたっていた。 イヤホンを耳に当て、デスクトップパソコンで動画素材を切り貼りする。 ルーティン化した作業にだんだんと眠気を感じ始めた。 深夜まで集中して作業していると、寝落ちして朝を迎えることが稀にあるのだが、今日もそうなりそうな気配だった・・・ フッとXさんは目を覚ました。 やはり少し意識が飛んでいたらしい。 30分ほど時間が経っていた。 けど、朝まで眠りこけなかったので、今日はいいほうだった。 ふと机に目をやると、なぜかビデオカメラが置いてあった。 さっきまではなかった、、、はずだ。 意識を失う前に何か作業をしてたかな? Xさんは自分の記憶をたどってみたが、何も浮かばない。 カメラは、赤いランプが点灯していて、録画中だった。 やはり何かしようとしていたのか? 録画ボタンを停止して、何を撮影していたのか確認することにした。 録画は、夜の住宅街から始まっていた。 見覚えのある光景。 Xさんの自宅前の通りだった。 なんで家の前で撮影なんかしていたんだ? 自分の行動がよく思い出せない。 撮影カメラはXさんの自宅に向かって進んでいった。 玄関を開け部屋に上がると、廊下を進み、キッチンを超えて、真っ暗なリビングに到達した。 カメラがグルリと周囲を見回し、暗いリビングの様子を映し出す。 自宅紹介でもするかのような録画映像だ。 何をやってたんだ、俺は、、、? Xさんは、自分の行動がよくわからなかった。 その後、カメラはリビングの隣の今Xさんがいる撮影部屋に向かった。 ドアを開けて、撮影部屋にカメラが入る。 その次の瞬間、Xさんは言葉を失った。 映像の中に、撮影部屋のデスクで眠っている自分の背中が映っていた。 ということは、この映像を撮影していたのは自分ではない別の誰かということになる。 カメラはゆっくりXさんに近づいていき、頭上を超え、机の上にソッと着地した。 その気配に、Xさんが目を覚まし、カメラの録画を停止するまでが記録されていた。 なんなんだ、この映像は・・・。 Xさんは急に寒気を感じだした。 カメラが机に置かれてからほんの数秒でXさんは目を覚ましていた。 なら、撮影者はまだこの部屋にいるのではないか・・・? 慌てて、部屋を見回した。 ・・・誰もいない。 けど、本当だろうか、、、 この部屋のどこかで何かが息を潜めてXさんをうかがっていたとしたら、、、 Xさんはあまりの恐ろしさに取るものも取らず玄関に走った。 靴をつっかけながら、部屋を一度だけ振り返った。 ・・・ソレはそこにいた。 真っ暗なリビングの闇の中、恨めしそうな人の顔がXさんを睨みつけていた。 その顔は、加工を忘れたフェイク映像に映り込んでしまっていた顔だった。 Xさんは、悲鳴をあげながら玄関を飛び出し、夜の住宅街をどこまでも走っていったという、、、 「しばらく家に帰りたくなかったね」 Xさんは、そう振り返る。 Xさんの身に振りかかった不可解な恐怖体験を収めた録画データはまだ残っているそうだ。 けれど、今後も公開をするつもりはないという。 なんの説明もしなければ寝ているXさんを映しただけの映像だし、説明したところで信じてもらえないのがわかるからだそうだ。 「これと一緒でさ、リアルな心霊動画って、ソレがなんなのか体験者以外にはわからないから世に出回らないのかもしれないな。そんな気がしたよ」 Xさんは、そう言って、苦笑した。 Xさんは、今でもフェイクホラーの動画制作を続けているという。
https://am2ji-shorthorror.com/2021/02/19/558/
【怖い話】通学路で惑うもの
迷路の少年
Kくんは、小学3年生の男の子。 実は、Kくんには誰にも言っていない秘密があった。 Kくんは学校に通う通学路を毎日少しずつ変えているのだ。 道を一本だけ変える日もあれば、遠回りして30分以上余計に時間をかけて家に帰る日もある。 同じ道順で帰った日は、この数ヶ月、1日としてない。 それには、ある切実な理由があった・・・。 Kくんだけにしか見えない「男の人」。 その男の人は、必ずKくんの登下校の道に現れた。 全身、黒い服を来て黒い帽子を被っていて、いつも俯き加減で道の端に立っている。 はじめは、「またあの人がいる」と、単なる偶然だと思っていた。 しかし、あまりに頻繁にKくんの前に現れるので、おかしいことに気がついた。 そして、どうも他の子達には見えていないようなのだ。 Kくんは、気味が悪くなって、男の人を見かけたら、道を変えるようにした。 ところが、しばらくすると、変えた通学路にも男の人が現れるようになった。 まるで待ち伏せをしているようにジッと立っている。 少しでも同じ道順の日があると、男の人はKくんの前に現れる。 だから、毎日、通学路を変えなければならなくなったのだ。 ある時、Kくんはお母さんにそのことを相談してみた。 すると、お母さんは、何も言わず黙って泣いてしまった。 お母さんは、あの男の人と知り合いなのだろうか。 Kくんは、まだ幼い頭で必死に考えた。 ・・・思い当たることはあった。 Kくんにはお父さんがいない。 まだKくんが言葉を話す前に、お父さんとお母さんは別れたと聞いていた。 だから、Kくんはお父さんの顔も名前も知らない。 ・・・もしかしてお父さんなのだろうか。 お父さんが心配してKくんの様子を見に来てくれているのだとしたら、毎日避けてしまっていたことになる。 Kくんは申し訳ない気持ちになった。 次の日、Kくんは、いつも避けている黒服の男の人に、思い切って自分から近寄ってみることにした。 そうしたら、向こうから何か話しかけて来るかもしれない。 距離が近づくにつれ、胸がドキドキした。 もう手を伸ばせば届きそうな近さまで来ると、はじめて男の人の顔が見えた。 その顔は、今にも泣きそうなほど寂しそうに見えた。 男の人がKくんに声をかけてきた。 「やっと、きてくれたね・・・」 「あの・・・」 Kくんは何を話せばいいのかわからなかった。 お父さんですか、という言葉が口から出てこない。 すると、男の人は、右手の通りの奥を指差して言った。 「あの道の先に曲がり角がある。そこに歩いて行きなさい」 なんでそんなことを言うのかよくわからなかったけど、Kくんはそうしなければならないような気がして、コクリとうなずいた。 言われた通りに住宅と塀に囲まれた細い路地を進むと、突き当たりに曲がり角があった。 左にしか道はないので、左に曲がればいいのだろう。 曲がる前に振り返ると黒服の男の人は、さっきと同じ場所に立ったままKくんの様子を見ている。 通りを曲がったKくんは、違和感を覚えて、ハッと立ち止まった。 この道、さっき曲がる前に歩いてきた路地と似ている・・・。 いや、そっくり同じだった。 周りの住宅も塀の細かいひび割れの感じまでそっくりだ。 曲がった先に、曲がる前と同じ道が続いている。 そんなことあるわけない・・・。 Kくんは怖くなって、ダッシュで走った。 またも突き当たりがあって、左側にしか道はなかった。 その角を曲がると、また似たような路地が続いていた。 いや、今度こそ間違えようがない。まったく同じ路地だった。 また走って同じような曲がり角を曲がると、同じ路地に出た。 そんなはずない! Kくんは逆走を始めた。 一方通行だったのだから戻れば必ず元の道に出るはずだ。 Kくんは息を切らせて来た道を駆け戻り始めた。 今度は、曲がり角を右に曲がる。 曲がった先の路地を走って見えてきた角をまた右に曲がる。 けれど、いつまで走っても、同じ路地と曲がり角に出るだけだった・・・。 Rは、同じ路地と曲がり角を歩き続ける少年の姿を路地の入口から見つめていた。 Rの目には、少年が路地奥の曲がり角を曲がると、路地の入口に瞬間移動して戻ってきたように見えている。逆走してくれば、路地の入口から曲がり角まで瞬間的に戻る。 少年が迷い込んだのは、永遠に同じ路地と曲がり角が続く閉じた回廊だった。 出口はない。少年は永遠に囚われたのだ。 それ以上のことはRにもわからない。 Rは、悲しそうに俯いた。 いくら依頼とはいえ、非情なことをしたものだと自分でも思う。 少年は、経済的に困窮した母親が計画した一家心中の犠牲者だった。 少年は自分の死に気づいておらず、子供たちが大勢通う通学路にさまよい出ては近所の子供達を怖がらせていた。 その事態を問題視した学校が少年の対処を霊能者のRに依頼してきたのだった。 きっと少年は、学校が楽しかったのだろう・・・。 友達に囲まれ、みんなと楽しく過ごして。 だから、何度も何度も通学路に現れたに違いない。 少年には何の罪もないのに・・・。 Rは、ため息を漏らした。 けど、依頼を受けた以上は対処しないといけない。 そこは割り切って考えている。 この世には、祓えない霊が大勢彷徨っている。 それに対処するのがRの仕事だった。 願わくば早く成仏して、少年の魂に安寧が訪れて欲しい。 Rにできるのは、ただそう祈ることだけだった。 さぁ、次は母親の方だ。 Rは、静かな足取りで、次の現場へと向かっていった。
https://am2ji-shorthorror.com/2021/02/17/557/
トンネルと公衆電話と怖い話
トンネルの怪人
これは、もう何十年も昔、Cさんが免許を取って間もなくに体験した怖い話だ。 Cさんはマイカーでドライブするのが小さい頃からの夢で、免許を取得してすぐに中古のワンボックスカーをローンで購入した。 マイカーを手に入れてからというもの、Cさんは、毎週のようにドライブに繰り出した。 そんなある日のことだった。 その日、Cさんは隣の県で一人暮らしをしている友達の家に車で遊びにいっていた。 帰る頃にはすっかり深夜だった。 友達の家からCさんの家に帰るまでには、山を一つ越えないとならず、街灯がほとんどない暗い峠道が多い。 対向車線も走ってなく、Cさんは心細い気持ちで車を走らせた。 音楽をかけてなんとか気を紛らわせていると、ライトの明かりの中にトンネルの入口が見えた。 深夜にこれほどひとけのないトンネルを抜けるのは少し勇気が必要だった。 Cさんはアクセルを踏み込み、早く抜けてしまおうと思ったのだが、もうすぐトンネルの入口に差し掛かかろうという時、車の速度が落ち始め、ついにはトンネルの入口前で停止してしまった。 こんなところでエンストするなんて、、、 「ふざけんなよ!」 思わず悪態が出てハンドルを叩いた。 ガソリンはまだ十分に入っている。 エンストの理由がわからない。 免許を取って日が浅いCさんは、車のトラブル対応の知識をあまり持っておらず、どうしたらいいのかがわからなかった。 少し待ったら別の車が通ってくれるかと思ったが、一台もあらわれない。 目の前には暗いトンネル。左右には雑木林の闇が広がっている。 一刻も早くここを離れたい。不安が募った。 ふと目を左に向けると、トンネルの入口に公衆電話があった。 まだ携帯電話が普及していない時代だ。 Cさんは、公衆電話で家に電話をかけて、両親にアドバイスをもらおうと考えた。 車を降りて、数m先の公衆電話に向かう。 公衆電話のすぐ近くにお地蔵さんがあった。 事故でもあったのかと一瞬頭をよぎったが、余計なことは考えないように、急いで公衆電話の中に入った。 落書きだらけの公衆電話に硬貨を入れて家に電話をかけた。 トゥルルルと呼び出し音が続く。 誰も電話に出てくれない。 今日は土曜日だから、もう寝ているのかもしれない。 諦めて受話器を置いた。 しばらく時間をあけて、もう一回かけるか、、、 一旦、車に戻ろうと振り返った瞬間、Cさんは腰を抜かしそうになった。 公衆電話の目の前に、人が立っていた。 60歳くらいのメガネをかけたおじさんだった。 頭はだいぶ寂しい感じで、セーターとスラックスという格好。学校の先生のような人だった。 「車、停まったの?」 と、おじさんが言った。 どうやらエンストに気づいて声をかけてくれたらしい。 幽霊ではないことに安心したものの、こんな夜更けにこのおじさんはなんでこんなひと気のない山道にいるのだろうという疑問は残った。 見たところ、車で来たわけでもなさそうだった。 Cさんは、ひとまず、公衆電話から出て、「そうなんです」とおじさんに答えた。 すると、おじさんは、左奥の雑木林の闇を指差し、「向こうに私の家があるから、道具持ってきて、車見てあげるよ。キミは家で休んでていいよ」 と言った。 天の助けとはまさにこのことだった。 Cさんは飛び上がらんばかりの喜びで、「本当ですか?」と答えた。 「うん、ついておいで」 そういうや、おじさんは藪の中にさっさと入っていった。 慌ててCさんはあとを追った。 おじさんは藪をかきわけかきわけ道なき道を進んでいった。あとをついていくCさんの顔には、容赦なく小枝や固い葉がぶつかった。 おじさんの懐中電灯がなければ完全な闇だ。 おじさんはスタスタと迷いなく藪を進んでいく。 もっとマシな道ないのかよ、、、内心、悪態をつきながら恩人にそんなことは言えず、Cさんは黙ってあとについていった。 振り返ると、車はもう闇の中に没して見えなかった。 はぐれたら遭難でもしそうだ。 Cさんは、できるだけ、おじさんと距離を詰めてあとに続いた。 15分ほど歩いただろうか、ようやく目の前が開けた。 暗闇の中に、建物らしき影が見えた。 ずいぶんと大きい建物だった。 周りは雑木林に囲まれていて、他には何の建物もなさそうだ。 こんな人里離れたところに、このおじさんは暮らしているのか。 おじさんが懐中電灯を上に向けると、建物にライトが当たって、外観が見えた。 Cさんは、ギョッと足を止めた。 これって、、、。 建物は見るからに廃墟だった。 ガラス窓は割れ、いたるところが荒廃していた。 おそらく以前は、旅館かホテルだったのだろう。 大きな正面玄関の奥に、ロビーのような空間が見えた。 おじさんがクルリと振り返って、ライトをCさんに向けた。 眩しくて、おじさんの姿も建物も見えなくなった。 「さぁ、ついたよ」 おじさんが、ゆっくりとCさんの方に近づいてくる。 逆光でおじさんの姿は、黒いシルエットにしか見えない。 Cさんは、自然と後ずさりしていた。 この人は、何者なんだ、、、 なんでこんな廃墟に連れてきたんだ、、、 Cさんは、グルリと踵を返すと、来た道を全速力で走って逃げた。 明かりはないので、方向はさっぱりわからない。 がむしゃらに藪をかきわけ、とにかく走った。 途中、木の幹にぶつかっても、根に足をひっかけても、止まらずとにかく走った。 振り返ると、懐中電灯の明かりがあとを追ってきていた。 追いつかれたらダメだ。 その一心だった。 ひたすら走り続けると、ふいに藪が途切れて、元のトンネル前の道に出た。 Cさんは残された力で、自分の車に飛び乗り、鍵をかけた。 懐中電灯の明かりはまだ見えない。 無我夢中でエンジンをかけてみると、一発でエンジンがかかった。 (やった!) Cさんはアクセルを一気に踏み込み、トンネルに入っていった。 バックミラーで後方を確認すると、トンネルの入口に懐中電灯を手にしたおじさんが立っていた。 なんなんだ、あの人、絶対、おかしい、、、 車の調子が直らなかったらどうなっていたのか、想像するだけで恐ろしかった。 ふと、バックミラーに写るおじさんに動きがあった。 車を追いかけて、走り始めたのだ。 まだ、追ってくる気かよ、、、 Cさんは信じられない思いだった。 追いつけるわけがないのに、どうかしてる、、、 しかし、奇妙なことに、バックミラーに写るおじさんの姿が一向に小さくならない。 そればかりか、こころなしか大きくなってきている気がする。 速度計を見ると50kmにさしかかっている。 そんな、ありえない、、、 Cさんはアクセルをさらに踏み込んだ。 ところが、バックミラーのおじさんの姿は、さらに大きくなっていた。 50km以上出している車に追いついてきている。 化け物だ、、、 Cさんは全身の血の気が引く思いだった。 ついには、おじさんの顔の表情まで見えるようになった。 全身をバネのようにしならせて走っているのに、おじさんの顔は全くの無表情だった。 真一文字に口を結び息も切らせていない。 怖い、怖い、怖い、怖い、、、 ハンドルを握る手は汗でびっしょりだった。 前方にトンネルの出口が見えてきた。 おじさんは、手を伸ばせば、トランクに届きそうな距離まで近づいてきていた。 Cさんの車は猛スピードでトンネルの出口を抜けた。 次の瞬間、ライトの中に真っ白なガードレールが浮かびあがった。 トンネルの先は、すぐカーブだったのだ。 Cさんは慌てて右にハンドルを切った。 アスファルトとタイヤがこすれる嫌な音がした。 衝突すると思ったが、ギリギリで車はガードレールを避けて止まった。 死ぬかと思った、、、 Cさんは生きた心地がしなかった。 ハッとして、慌ててバックミラーを確認した。 トンネルの出口が見えたが、おじさんの姿はどこにもなかった、、、 後日、調べてみたところ、Cさんの車がエンストしたトンネルは、よく車が故障したり、ドライバーが不調を訴えることで有名な場所だった。 トンネルの先にはダム湖があって、もしCさんが曲がり切れず突っ込んでいたらダムに真っ逆さまになっていたことだろう。 そんな不吉なスポットについて調べていると、こんな噂を聞いた。 あのトンネル近辺では、乗り捨てられたまま持ち主が消えた乗用車がよく発見されるのだという、、、 脳裏に、無表情で追いかけてくるおじさんの顔が浮かんだ。 もし、あの時、追いつかれていたら、自分もそうなっていたかもしれない、、、Cさんはそう思って身震いした。
https://am2ji-shorthorror.com/2021/02/16/%e3%83%88%e3%83%b3%e3%83%8d%e3%83%ab%e3%81%a8%e5%85%ac%e8%a1%86%e9%9b%bb%e8%a9%b1%e3%81%a8%e6%80%96%e3%81%84%e8%a9%b1/
バレンタインデーの怖い話(2021)
バレンタインの奇跡
Bさんには、バレンタインにまつわる奇妙な思い出がある。 はじまりはBさんが中学一年生の時だった。 当時、Bさんはマンションに両親と暮らしていたのだが、2/14に学校から帰ると母が茶化すような顔でBさんに微笑みを浮かべていた。 「Bもすみにおけないのね」 そう言って、リボンにくるまれた小さなギフトボックスをBさんに渡した。メモ用紙が添えられていて、「Bくん」と書かれていた。 郵便受けに入っていたのだという。 まさかと思ったが、自室で箱を開けてみると、手作りのチョコレートが入っていた。 誰かがBさん宛にバレンタインのチョコを送ってくれたらしい。 Bさんは、学校になじめず、教室ではいつも1人で友達がいない。 勉強もスポーツも平均以下だし、顔は猿みたいだとよく茶化される。 そんな自分に誰かが初めてのバレンタインチョコを送ってきてくれたのは素直に嬉しかったが、同時に奇妙でもあった。 中学の生徒なら、学校でいくらでも渡せるのにわざわざ家に送ってきたりするだろうか。 それになぜ自分の家の住所を知っているのだろう。 思い浮かぶ人もなく、送り主のヒントはないかと思って、箱を裏返したりして調べてみたが、わからなかった。 一口、チョコをかじってみると、絶妙な甘さでおいしかった。 この世界のどこかに自分に好意を持ってくれている人がいる、多感な時期のBさんには、それだけで大きな自信となった。 結局、送り主はわからないまま、翌年のバレンタインデーがやってきた。 期待と不安を胸に、2/14に郵便受けを開けると、またもBさん宛のチョコが入っていた。 開けるまでもなく、昨年と同じカラフルなギフトボックスが使われていたので、同じ人からのものだと一目でわかった。 やはり、今年のチョコにも、送り主の名前はどこにもなかった。 その翌年も、謎の送り主からのバレンタインチョコはBさんのもとに届けられた。 もしかしたら、母が学校になじめない息子のために一計を案じたのかもと訝ったりもしたけど、どうも違うらしい。 結局、バレンタインのチョコは、Bさんが18歳になるまで送り続けられた。 大学に進学したBさんは、そこではじめて彼女ができた。 Cさんという法学部の同級生だった。 Cさんと付き合い始めたのは一年の夏。 いつも1人で学食を食べていたBさんと、同じように1人で学食を食べていたCさん。 どちらがはじめに声をかけたのかは忘れたが、同じ境遇同士、自然と距離が縮まっていった。 交際がはじまって約半年、つきあってからはじめてのバレンタインデーが近づいてきた。 Bさんは、Cさんには打ち明けておいた方がいいと思い、毎年バレンタインチョコを家に送ってくる謎の人がいることを告げた。 話を聞いたCさんは怒るでもなく「素敵な話だね」と言って、2/14に2人で郵便受けを確認することにした。 「なんで俺みたいな男にチョコをずっと送ってきてくれるのか不思議なんだよな」 「きっと、Bくんがいつも1人だから、あの子大丈夫かな?って心配になったんじゃないの?」 「たしかに、そうかも」 Bさんのマンションに向かう道を歩きながら、2人は笑いあった。 マンションに到着すると、BさんとCさんは2人で郵便受けを開けた。 ところが、チョコは今年に限って入っていなかった。 不思議がるBさんに、「もしかしたら、私がいるからかな?」とCさんは言った。 そうかもしれないなとBさんも思ったが、毎年送られてきたものが急になくなると、なんだが寂しい気もした。 結局、送り主は不明のまま。チョコだけのやりとりだったけど、ずいぶん励まされた気がする。 いつかお礼ができる時はあるだろうか、、、 しんみりしているBさんに、おもむろにCさんが「はい」とチョコを渡してきた。 「はじめて作ったから、ちょっと失敗だったけど」 見ると、焦げついて形も少しグロテスク。食べてみると全然甘くなかった。 「どう?やっぱりダメ?」 「うーん、もうちょっとかな、、、」 Bさんは正直に感想を伝えた。 「来年はもっといいの作る、絶対」 意気込むCさんを、Bさんは微笑ましく見つめた。 ずっと彼女と一緒にいれたらいいなとBさんはしみじみと思った。 翌年もその次の年も、謎の送り主からのチョコは送られてこなかった。 やはり、Cさんと付き合い始めたことが理由なのだろうか。 一方、BさんとCさんは順調に交際を続けていた。 Cさんは宣言通り、翌年のバレンタインデーでは、売り物と見紛うクオリティの手作りチョコを作ってくれた。ネットでレジピを調べながら、一生懸命に作ってくれたのを知っていたので、Bさんは余計に嬉しかった。 その次の年は飾りもついて、さらに凝っていた。 Cさんは、バレンタインにBさんを驚かせるのを楽しんでいるようだった。 謎の送り主からのチョコはなくなったが、バレンタインデーはBさんにとって変わらず特別な日となった。 大学卒業を控えた2月。 春からはBさんもCさんも社会人だった。 2人の仲は変わっていなかったが、お互い忙しくなってすれ違いが増えるかもしれない。 Bさんは、今年のホワイトデーに、プロポーズをしようかと漠然と考え始めていた。 2/14。 Bさんは、Cさんとディナーデートの約束をして駅前で待ち合わせていた。 今年はどんなチョコをくれるのだろう。 Bさんは待ち合わせ前からワクワクしていた。 ところが、待ち合わせ時間になってもCさんは現れなかった。 電話にもでない。 Cさんが、時間に遅れることなど今まで一度もなかったので、Bさんは心配になって、Cさんが一人暮らしするアパートに電車で急いだ。 けど、部屋をノックしても反応はなかった。 何度も電話をかけたが、連絡なつかなかった。 折り返しの電話がかかってきたのは、それから1時間後のことだった。 「もしもし?どうしたの?」と安堵のため息をもらしたBさんだったが、「もしもし・・・」と返事をしてきたのは、Cさんではない女性だった。 「Bさんね。Cの母親です」 とまどうBさんに、Cさんのお母さんは信じられない事実を告げた。 病院で、Bさんは、Cさんの遺体と対面した。 脳梗塞とのことだった。 Bさんとの待ち合わせ場所に向かう途中で倒れて、病院に搬送されたがすでに手遅れだったという。 Bさんは、目の前の現実が信じられず、ただただ呆然とするしかなかった。 涙は出なかった。 ただ、自分の心の中で何かが壊れたのはわかった。 お通夜と葬儀に参列し、火葬されたCさんの骨を見ても、Bさんは泣けなかった。 それどころかあらゆる感情がなくなってしまったようだった。 周りの光景全てが現実感がなく、自分が自分でないような感覚。Bさんは、生きる屍となった。 お骨をお墓に収め終わり、参列者たちが解散しはじめても、Bさんは呆然とお墓の前に立ち尽くしたままだった。 そこへCさんのお母さんがやってきた。 「Bくん。この前、渡せなかったんだけど、これ」 Cさんのお母さんは、ギフトボックスをBさんに渡した。 「きっと、あの子からのバレンタインの贈り物だと思う」 その箱を一目見て、Bさんは目を見開いた。 リボンに包まれたカラフルなギフトボックス。 見間違えようがない。 これは18歳までずっとBさんに送られてきたバレンタインチョコの箱と同じ物だ。 なぜ、これをCさんが・・・。見てないはずなのに。 (きっと、Bくんがいつも1人だから、あの子大丈夫かな?って心配になったんじゃないの) Cさんが謎のバレンタインチョコについて話していた言葉を思い出す。 Cさんはハッとした。 もしかして、あのチョコは、天国のCさんが送ってくれていたのではないか、、、 あのチョコは時空を超えて送られてきたバレンタインの贈り物だったのかもしれない。 常識的に考えればありえない話だが、Bさんは、きっとそうに違いないと確信を持った。 「そうか・・・キミだったのか」 Cさんの目からはじめて涙が溢れ出た。 一度、流れはじめた涙は止まることなく、Bさんは感情の堰が外れたように、いつまでも泣き続けた。 その翌年、Bさんは社会人になった。 慣れないスーツに営業活動。 学生時代とは比べようもないスピードで時間は過ぎていった。 気づけば、もうすぐバレンタインデーの季節。 バレンタインは、思い出の日であると同時にCさんの命日でもある。 悲しみが癒えることはない。 それでも、Bさんは元気に暮らしていた。 Bさんの心を支えていたのは、自分は1人じゃない、という感覚だった。 いつもすぐ近くでCさんが見守ってくれているような気がする。 2/14。 Bさんが、仕事から帰って、ひとりぐらしをするアパートの郵便受けを開けると、見慣れたギフトボックスが入っていた。 Cさんからのバレンタインチョコ。 このチョコは未来へも時空を超えるらしい。 (一人で大丈夫?)とCさんに言われているような気がした。 「大丈夫だよ」 Bさんは、そう返事をした。 バレンタインの贈り物は、今でも続いているという。 きっと今年もBさんのもとには、Cさんからのチョコが届いていることだろう。
https://am2ji-shorthorror.com/2021/02/14/555/
【怖い話】間違ってない電話
間違いのない番号
ある日のこと。 Y田さんの携帯に見知らぬ番号から電話がかかってきた。 「もしもし、こちらは、A川さんの携帯電話でしょうか」と女性の声がした。 間違い電話だった。 「いえ、違います」 そう言って、Y田さんは電話をすぐに切った。 すると、数十秒後、同じ番号から再び電話がかかってきた。 「もしもし、A川さんの電話でしょうか」 「先ほども申し上げましたが、違います」 「番号は、090-××××-××××でお間違えないですか?」 それは確かにY田さんの番号だった。 「番号はそうですけど、私はA川という名前ではありません」 Y田さんは、イライラと電話を切った。 おそらく、電話番号を伝えた相手が、間違った番号を伝えていて、 それがたまたま自分の番号だったのだろう。 迷惑な話だ。 その日の夜。 寝つきかけていた時に、再び電話が鳴ってY田さんはびっくりした。 昼間、間違い電話をしてきた同じ番号だった。 まだしつこくかけてきたのかと驚いた。 しかもこんな夜中に。非常識にも程がある。 Y田さんは、電話を乱暴に取った。 「だから、私はA川じゃないと言ってるだろ!」 すると、一呼吸間があって女性が低いトーンで応じた。 「あなた、A川さんですよね?」 「は?だから違うって言ってるだろ」 「本当ですか?A川さんなんじゃないですか」 何を言ってるんだ、この女は。 Y田さんは常識が通じない相手に困惑した。 「そういうあんたこそ、誰なんですか?こんな夜遅くに電話をかけてきて。非常識じゃないか」 「やっぱりA川さんですよね?」 ダメだ。何も通じない。 Y田さんは諦めて電話を切った。 しかし、すぐに電話がかけ直ってきた。 Y田さんは、その番号を着信拒否設定した。 これで頭のおかしい電話がかかってくることもないだろう。 それにしても、女性の対応がおかしいとはいえ、 こんなにしつこく電話をされるなんて、 A川という人間は一体、何をしたのだろうとY田さんは思った。 その数日後のことだった。 自宅にいる時に、また別の見知らぬ電話番号から電話がかかってきた。 取ると、「A川さんですよね?」と先日の女性の声がした。 嘘だろ・・・。Y田さんはしばし絶句した後、怖くなって、電話を切った。 切る間際まで「A川さん聞いてますか?」と呼びかけられていた。 嫌な予感はしたが、すぐに電話はかけ直ってきた。 着信をいくら放置していても電話は何度も何度もかけ直されてきた。 取るまで諦めないつもりだ。 一体、なんなんだ、、、。 Y田さんは、背筋が凍る思いだった。 けど、このまま放置するわけにはいかない。 Y田さんはついに電話を取った。 「A川さんですよね?」 「違います。私はY田です。だからもう電話しないでください!」 「いえ、A川さんですよね?」 「違います。Y田です」 押し問答が続いて、Y田さんは、ふと気がついた。 もしかして間違い電話だとばかり思っていたが、女性からしたら間違ってない番号なのではないか。 Y田さんが携帯電話の番号を変えたのはちょうど一年前。その前に、A川という人間が同じ番号を使っていたのだとしたら、、、Y田さんは突破口を見つけた気持ちだった。 「もしかして、この番号をA川さんという人が以前使われてたんじゃないでしょうか」 「つまり、あなたはA川さんということですよね?」 ダメだ。いくら言っても相手の女性には通じない。 本当に精神を病んでいる人なのかもしれない。 埒が明かないと思って話題を変えた。 「そのA川さんという方に、あなたは何の用なんですか?」 「やっぱりA川さんですよね?」 「いや違いますけど。ご用件はなんなんですか?」 「あなた、A川さんなんですね?」 「だから違うけど!用はなんなのかって聞いているんです。こんなにしつこく電話してくるからよほどのことなんでしょう?」 「A川さんにお話があるんです」 「だから・・・」 Y田さんは少しでも話を進めたくて、嘘をつくことを思いついた。 「そうだよ。私がA川です」 すると、女性は黙ってしまった。 うんともすんとも言わない。 認めたら認めたでこれかよ、、、Y田さんは内心ため息をついた。 すると、電話口から深い息を吐く音がして女性が言った。 「・・・見つけた」 不思議なことに、その声は、少し遅れて二重にダブって聞こえた。 電話からの声と、妙に近くから聞こえる声・・・。 Y田さんは、ハッとして後ろを振り返った。 電話を耳に当てた黒髪の女が鼻をひくつかせてY田さんを睨みつけていた。 「A川、見つけたッ」 Y田さんは叫び声をあげたような気がする・・・。 というのも気がつくといつの間にか夜になっていたからだ。 長時間、意識を失っていたらしい。 通話が切れたスマホがすぐ近くに落ちていた。 一体、何が起きたのか、わけがわからなかった。 あの女性は、幽霊だったのか・・・。 いったいどんな恨みを買ったら、あんな顔で睨まれることがあるのだろう。 あれは、もはやヒトではなく鬼の形相だった。 A川という人物は、女性によほどひどい仕打ちをしたに違いない。 Y田さんは翌日、すぐに携帯の番号をかえた。 番号が新しくなってから、Y田さんに女性からの電話がかかってくることはなかった。 ただ、しばらくは、知らない番号からの電話が鳴ると、あの女性からかかってきたのではないかと、怖くてビクビクした。 あの女性は、A川という人物を探し当てるまで、きっと今日も同じ番号に電話をかけ続けているに違いない・・・。 そんな想像が膨らみ、Y田さんはブルッと寒気を感じたという。
https://am2ji-shorthorror.com/2021/02/10/524/
【怖い話】笑い地蔵
微笑む地蔵
近所に「笑い地蔵」と呼ばれるお地蔵様がある。 不機嫌そう顔で全く笑っていないのに、 「笑い地蔵」と呼ばれている理由がわからなくて不思議だった。 ところがある時、ついにお地蔵様が微笑んでいるのを見れた。 僕は、喜び勇んで祖母に報告しに走った。 すると、祖母が真っ青な顔でいった。 「あの地蔵さんが笑ったところを見たら死ぬといわれてるんだよ」
https://am2ji-shorthorror.com/2021/02/09/553/
【怖い話】実録怪談を書くと・・・
怪異現象と筆の力
これはライターのJさんから聞いた話。 Jさんは、ネット記事のライターをしているのだが、まれに実録怪談も寄稿する。 人から聞いた怖い話や取材で見知った怖い話を普段からまとめていて、ゆうに1,000話以上書きためているという。 その一部を時々、ネット記事で発表しているのだそうだ。 聞くと、Jさんは、ホラーやお化けが大の苦手だという。なのに、どうして、好きでもない怪談話をそれほど収集しているのか。不思議に思って聞いてみた。 「それが変な話なんだけどさ・・・」 Jさんは苦笑して話してくれた。 はじめは出版社の依頼で実録怪談を取材して記事を書いたのだという。 ホラーは苦手なので乗り気ではなかったけど、お金のためだったそうだ。 ところが、実録怪談を取材してから、身の回りでおかしなことが起き始めた。 Jさんは郊外の一軒家を両親から相続して独りで暮らしていたのだけど、防犯用に設置しているセンサーライトが人がいないにも関わらずしょっちゅう点灯するようになったのだという。 「まるで幽霊が通っているみたいだろ?」 その後もおかしなことは続いた。 ある時、見知らぬ番号から留守番電話が入っていて、聞いてみると、ゴーッと耳をつんざくような風の音がした。 その風の音の中に「早くおいで」と女性の声のようなものが混ざっていた。 風の音が女の人の声にたまたま聞こえたような気もしたけど、何度繰り返し聞いてみても「早くおいで」と聞こえる瞬間がある。 私もその録音を聞かせてもらったけど、たしかに「早くおいで」と聞こえるような気がした。 「怪談なんて取材したせいだと思ってさ、、、」 Jさんはお祓いにいくことにした。 ところが、お祓いをしても、奇妙な現象は続いた。 このままではノイローゼになってしまうかもしれない。 そう思ったJさんは、今まで起きたことを文字で書き起こすことにした。 文章にして書いてみたら、少しは冷静に受けとめられるかもしれないと思って、軽い気持ちではじめたそうだ。 1日もかからず身の回りで起きた怪奇現象を文章でまとめると、不思議なことに、その日からおかしな現象がピタッとやんだ。 「あぁ、これだったんだと思ったよ」 怪談を言葉にして閉じ込めることで、悪いモノを祓う効果があるのではないかとJさんは考えたのだそうだ。 怪奇現象の原因となったと思われるJさんが書いた実録怪談の記事は割と好評でリピートの執筆依頼が出版社から舞い込んだ。 Jさんは引き受けるか迷ったが、せっかく依頼をもらったのに断るのも悪いし、引き受けることにした。 そして、新たな実録怪談の取材を始めると、また、身の回りでおかしな怪奇現象が起き始めた。 モノが勝手に動いていたり、寝る時に金縛りにあったり、怖がりのJさんは何かあるたびに心臓が飛び出そうなほど恐怖を感じたそうだ。 Jさんは、自分の体験をまた文字で起こしてみた。 すると、書き終えた日からピタッと怪奇現象はまたもやんだ。 それからしばらく実録怪談の執筆依頼はこなかったが、忘れた頃に、また怪奇現象には見舞われるようになった。 再び体験を文章に起こすと、ピタッとその現象はやんだ。 「どうも書き続けないといけないみたいでさ」 怪談話を書くのを中断すると、しばらくして、何かが起きるのだという。 なので、今では、積極的にそういった話を集めては書きためるようになったのだそうだ。 もちろん怪談話を集めるのも嫌なのだけど、怖い体験をするくらいなら、怪談を収集して書いている方がいくらかマシということらしい。 「もう体質だと思ってるよ」 そういってJさんはまた苦笑した。 いまだにJさんは、ホラーもお化けも大の苦手で慣れることはないという。
https://am2ji-shorthorror.com/2021/02/08/552/
宮崎のホテルの怖い話
追憶の宮崎ホテル
Nさんには、不思議な記憶がある。 幼い頃、家族旅行でホテルに宿泊し、夜部屋を抜け出して廊下を歩いていると、怖い女の人に追いかけられたという記憶だ。 不思議なのは、その記憶自体ではない。 家族に話しても、Nさんが幼い頃に、家族旅行でそんなホテルに泊まったことなどないというのだ。 夢で見たことを実際の記憶だと思い込んでしまっているのだろうか。 それにしても鮮明に廊下の壁紙や女の人の顔を覚えている・・・。 不思議だなとNさんはずっと思っていた。 30歳目前になって、結婚を意識する彼女ができたNさんは、その彼女と宮崎に旅行にいった。 彼女が宿泊予約してくれたホテルに一歩足を踏み入れた瞬間、Nさんは長年の疑問の答えを見つけた。 広々とした吹き抜けのロビー。 シャンデリア。 記憶にあるホテルと細部まで一緒だった。 「どうかした?」 しばらく呆然と立っていたNさんに彼女が声をかけてきた。 部屋に着いてから、Nさんは彼女にはじめてNさんの不思議な記憶について話をした。 「このホテル、記憶とそっくりなんだ」 「本当に来たことないの?」 「家族が嘘つくとは思えないし」 「なんなんだろうね、、、」 彼女も不思議そうに首をかしげた。 ホテルを探索してみると、廊下の壁紙からレイアウト、なにからなにまで記憶の通りだった。 この廊下で、怖い顔をした女の人に追いかけられたのだ。 鮮明に記憶が映像として蘇り、ブルッと寒気がした。 まさか、これから、起きる予知夢みたいなものじゃないだろうな・・・。 Nさんは、そんな風に思って、少し怖くなった。 けど、せっかくの旅行を台無しにしたくなくて、彼女には怖がる素振りは一切見せないようにした。 ディナーを食べて部屋に戻る頃には、20時を過ぎていた。 せわしない日々を忘れて、ゆっくりと彼女と時間を過ごし、日付が変わる頃、Nさんと彼女は就寝した。 旅の疲れかすぐに眠りに落ちたけど、しばらくしてハッとNさんは目を覚ました。 時計を確認すると深夜2時。 隣で彼女はスヤスヤと眠っている。 心臓がドキドキとしていた。 なぜなら、起きる直前に、記憶を夢で見ていたからだ。 子供のNさんがこのホテルの廊下を歩いていると、後ろから怖い顔をした女の人が追いかけてくる。 走っても走っても逃げられず、女の人はどこまでも追いかけてきた。 この記憶にどんな意味があるのか・・・。 Nさんは彼女を起こさないようにそっとベッドを抜けて、ドアを開けて廊下を眺め回した。 いるはずがないとわかっていても、記憶にある女の人がいないことを確かめずにはいられなかった。 深夜なので廊下には当然人はいなかった。 ホッと胸をなでおろした。 けど、眠気はまるでなかった。 椅子に座り、飲みかけのお酒を胃に流し込んだ。 アルコールで眠くなることを祈って。 しばらく彼女の寝姿を眺めながらボーッとしていると、部屋の入口のドアが開いて隙間ができているのに気がついた。 さっき閉めたはずなのにおかしいなと思いながら、ドアを施錠しにいく。 閉める前にもう一度、隙間から顔だけ出して廊下を確かめた。 すると、床に、帽子が落ちているのが見えた。 それは、記憶の中で、幼いNさんが被っていたものと同じだった。 なんでここに? Nさんは、廊下に出て、帽子を拾いにいった。 屈んで帽子を手に取り顔をあげると、廊下の向こうに立つ人影が見えた。 心臓の音が聞こえそうなほど恐怖を感じた。 人影は、記憶の中でNさんを追ってきた女の人だった。 実在したのだ・・・。 Nさんは慌てて部屋に戻ろうとして、オートロックだということを思い出した。 ドアが開かない。 廊下の向こうから、記憶の中の女の人が、Nさんに向かって勢いよく走り出した。 Nさんは、おもいきりドアを叩いて彼女に「開けて!」と呼びかけたが反応はない。 ドアノブをガチャガチャとひねりながら、廊下の先を確認すると、女の人はもう目と鼻の先まで迫っていた。 女の人の手がグンと伸びて、Nさんの首を絞めて・・・ ハッと目がさめた。 椅子に座ったまま眠ってしまい、夢を見ていたらしい。 汗びっしょりだった。 夢でよかったと安堵して、グッタリと椅子に身体を沈めた。 次の瞬間、Nさんは背後に人の気配を感じた。 ・・・いる。 夢じゃなかったのか。 恐怖で後ろを振り返れなかった。 ポケットからスマホを取り出して、カメラを起動して内部カメラにする。 スマホのカメラを後ろに向け、鏡のように使って、背後を確認した。 後ろには何も映っていなかった・・・。 「昨日あまり眠れなかったの?疲れた顔してる」 朝食の席、Nさんは彼女から心配された。 Nさんは笑って誤魔化した。 スマホで背後を確認した後の記憶がなく、Nさんはソファではなくベッドで目を覚ました。 どこからどこまでが現実だったのか、それとも全てが夢だったのかがよくわからなかった。 身体は眠ったとは思えないほどとても疲れていた。 このホテルを見つけた時は長年の疑問がようやく解消するような気がしたが、かえって謎が増えてしまった。 あの記憶の正体は何で、あの女性は誰なのか。 わけがわからなかった・・・。 朝食を食べて部屋に戻ると、Nさんは、なにげなくスマホのカメラロールを見てみた。 すると、彼女と2人で自撮りした写真が数枚あったあと、撮影した覚えのないホテルの部屋の写真があるのに気がついた。 夜の部屋の様子を撮影した写真だ。 アングル的には、ちょうどソファから背後を写した時と一致している。 その写真の隅には、何かが画面外にサッと動いたようなブレた線が写り込んでいた・・・。 昨日の夜の出来事はやはり本当にあったことなのか。 それは、いまもわかっていないという・・・。
https://am2ji-shorthorror.com/2021/02/07/551/
【怖い話】ひとりぐらしのひとりごと
ひとりごとの応答
「1人暮らしをしている部屋で、ひとりごとをずっと話していると、返事がかえってくることがある」 そんな怖い話を友達のNから聞いた。 返事を返してくるのは幽霊なのだという。 だから、あまり、相手がいるかのようにひとりごとを言わない方がいいのだそうだ。 そんな話を聞いていたからか、私は部屋の中でひとりごとはなるべく言わないように心がけていた。 けど、コロナでリモートワークが増えたせいで、ひとり閉じこもっている時間が多くなり、自然とひとりごとが増えた。 別に誰かにしゃべっているつもりはないけれど、「今日何食べようかな」と口に出してしゃべっているのに後で気づいた時は、自分でもびっくりした。 人と会わない寂しさにメンタルをやられているのかと自分の精神状態が心配になった。 誰かの声が聞きたくて、友達のNに電話をかけてみた。 とりとめのない話をするうち愚痴っぽくなっていった。 「1人暮らしのリモートワークはきついよな。幽霊でもいいから会話できる人がいる方がいいかもな」 もちろん冗談だった。 「お前、あまりそんなこと言わない方がいいぞ。本当に霊が寄ってきたらどうするんだよ」 それは嫌だ。 その後、くだらない話をして1時間ほどでNとの電話を終えた。 時計を見ると、夕方19時。 そろそろ夕食の調達をしないといけない時間だ。 彼女でもいたら一緒にご飯を作ったりできるんだろうなと想像が膨らみ、「はぁ」と深い溜息が出て、「彼女欲しい」と思わずひとりごとをつぶやいてしまった。 その時だった。 「・・・わたしがいるじゃない」 耳元で女の人の声が聞こえた。 聞き間違いじゃない。 吐息がかかるくらいの距離で発された声だった。 ビクッと身じろぎして部屋を見回した。 もちろん誰もいない。 ゾッとして、スマホと財布を手に取って、慌てて部屋を飛び出した。 コンビニに駆け込み、Nに再び電話をした。 「声した!声」 「だから言ったろ。寄りつくって」 「どうしたらいい?」 「無視するしかないよ」 コンビニで夕食を買って部屋に戻った。 電気をつけて部屋中をあらためた。 おかしなものはない。 しかし、住み慣れた自分の部屋という感覚はもうしなかった。 この部屋のどこかに、あの声の主が潜んでいるような気がしてならなかった。 ソファに座って、コンビニ弁当を食べ始めた。 静かなのが怖くて、テレビをつけた。 何も起きない・・・。 数秒起きにキョロキョロと周りを見回してしまう。 ようやく弁当を食べ終えたけど、何の味もしなかった。 その日は、とても寝つきが悪く、朝まで自分の想像が生み出す恐怖と闘うはめになった。 数日何も起きない日が続いて、ようやく、あの声のことを思い出さずにすむようになった。 しかし、誰とも顔をあわせず、1人寂しくワンルームの部屋で過ごす生活は変わらない。 早く自粛期間が終わってくれないかと切に願った。 その後も何度かひとりごとが出そうになることはあったけど、グッとこらえた。 そんなある日、Nが家に遊びにきてくれることになった。 久しぶりに顔を合わせる。 玄関を開けると見慣れた友人の顔があって妙に安心した。けど、久しぶりに会うからか、長年の友人なのに初対面の人と会うような奇妙な感覚も同時にした。 対面でのコミュニケーションがこんなに心を揺さぶるものかと驚いた。 まるで無人島で数年過ごして、久しぶりに人に会ったような気持ちだった。 Nを部屋にあげて、飲み物を用意する。 「何飲む?」 「・・・なんでもいい」 背中を向けてそう言ったNの声はやけに高く聞こえた。 風邪でもひいているのか。 その時、LINEのメッセージ到着をつげる通知がスマホに来た。 見ると、Nからで、「ごめん、少し遅れる」と書かれていた。 わけがわからなかった。 今目の前に、Nはいるのに・・・。 背中を向けていたNがゆっくりと振り返る。 「・・・わたしがいるじゃない」 その声は、間違いなく、あの日、ひとりごとに返事をしてきた女の人の声だった・・・。
https://am2ji-shorthorror.com/2021/02/06/%e3%80%90%e6%80%96%e3%81%84%e8%a9%b1%e3%80%91%e3%81%b2%e3%81%a8%e3%82%8a%e3%81%90%e3%82%89%e3%81%97%e3%81%ae%e3%81%b2%e3%81%a8%e3%82%8a%e3%81%94%e3%81%a8/
Clubhouse(クラブハウス)の怖い話
音声殺人事件
今、Clubhouse(クラブハウス)という音声SNSが話題になっている。 Clubhouse(クラブハウス)はいわば音声版のTwitterだ。 色々なテーマが設定された「ルーム」に入り、雑談をしたり、それを聞いたりすることができる。 Eさんは、知人から招待されて、Clubhouse(クラブハウス)をはじめてみた。 ビジネス関係の人達の話を聞けたらなという軽い気持ちだった。 もともと情報収集用にTwitterとFacebookのアカウントを持っているくらいでSNSには明るくなかったが、いざ始めてみるとこれがけっこう楽しい。 録音が禁止されたリアルタイムのやりとりなので、著名人や有名人が話す裏話を盗み聞きしているように聞くことができたりする。 招待制なので、治安も悪くない。 気づけば色んなルームに入って、人々の会話を聞いていた。 稀にスピーカーとして話すこともあったけど、ほとんどは聞く側だった。 色々なルームを出入りするうち、不思議なテーマのルームに入ることが何度かあった。 誰も何もしゃべっていないルーム。 ただ、キーボードを叩く音だけが延々と聞こえる。 テレワークが増えた今時らしい、ただ一緒に仕事をするだけのルームということらしかった。 他には、お経を延々と聞くルームもあった。 神妙な気持ちになるものの、すぐに睡魔に襲われて退出した。 また、海外のルームにも入ることができるので、何を話しているのかわからない英語のやりとりを聞くこともできた。 時間を忘れて熱中するうち朝方になっていたことが何度もあった。 ある日、Eさんは、Zさんという人が作ったルームに入った。 真っ黒いアイコンなので顔も性別もわからない。 海外のルームにも参加できるので、もしかしたら海外の方かもしれないが、そのルームに入ると、微かに男女が話す声が聞こえてきた。 しかし、やけに音声が遠く、何語なのかもわからない。 机にアプリを起動した端末を置いたまま、話しているのかもしれない。 会話の内容はわからなかったが、不穏な空気は伝わってきた。 喧嘩でもしているのだろうか。 カップルの痴話喧嘩を聞くルームなのだとしたら、ちょっと面白いかもしれない。 ちょっとした野次馬根性で聞き続けていた次の瞬間、女性の悲鳴が轟き、Eさんは思わずイヤホンを耳から外した。 今のはなんだ・・・。 再びイヤホンを装着すると、叫び声はまだ続いていた。 同時に、ガッ!ガッ!と固いものがぶつかるような音がして、しばらくすると女性の悲鳴はやんだ。 その後は、男性の荒い息遣いと、部屋を歩き回る音、工具を掻き回すような音しかしなくなった。 Eさんは、自分が何を聞いているのか理解しないまま、取り憑かれたように耳に神経を集中した。 すると、奇妙な音が聞こえてきた。 ブチッ、ブチッ、ゴリゴリゴリゴリ まるで、ノコギリのようなもので何かを切っているような音。 Eさんはハッとした。 今聞いているのは、人を殺して、解体している音ではないのか・・・。 吐き気がして、Eさんはトイレに駆け込んだ。 戻ってきて、勇気を出して、スマホを確認すると、すでにそのルームは閉じてしまっていた。 Eさんが聞いたのが、本当に殺人の音声だったのかを確かめる術はない。 もしかしたら、怖がらせるためのフェイクだったのかもしれない。 その後、Zさんというアカウントを見かけることもなく、全ては謎のままだ。 音声で繋がるという気楽さを楽しんでいたEさんだったが、見えない相手が何者なのかはわからないというネットと人の怖さを痛感した気がして、それ以降、Clubhouse(クラブハウス)に触れるのはやめたという。
https://am2ji-shorthorror.com/2021/02/06/549/
【怖い話】汚部屋
汚れた隙間
Oさんは、昔から片付けるのが苦手だった。 ゴミ屋敷とまではいかないが、ある程度、部屋にモノが散らかっていて汚くても気にならない。 食べかけのカップ麺や、読みかけの雑誌、脱ぎっぱなしの服がそこら中に散らばっている。 普段からあまり掃除機などはかけないので、床や隙間にも埃が溜まっている。 友人にも眉をひそめられる惨状だが、Oさんはあらためられなかった。 ある時、遊びにきた友人がOさんに言った。 「なぁ、知ってる?掃除しない部屋って幽霊がいる可能性が高いんだって」 「なにそれ、都市伝説系の話?」 「埃がたまった部屋の隙間が幽霊は好きだから、すみつきやすいんだと」 「うけるな、なら絶対俺の部屋いるじゃん」 Oさんは笑って友人の話を聞き流した。 ところが、友人が帰って1人になると、Oさんは妙に心細い気持ちになった。 『幽霊は汚い部屋の隙間にすみつきやすい』なんて言われたものだから、部屋の四隅が気になってしまう。 スマホでアプリゲームをやっていても、集中できない。 目がチラチラと部屋の端に向かう。 何かがいるのではないか? そんな気になってくる。 だんだんイライラしてきて、Oさんは片付けをはじめた。 変に気にするくらいなら、いっそ片付けてしまおうと思ったのだ。 いざ片付けを始めると、あそこも掃除しよう、あれも整理しようと熱が入り始め、思いのほか作業がはかどった。 襖の奥から久しぶりに取り出して、掃除機もかけた。 1時間ほどすると、ワンルームの部屋はだいぶ片付いてきた。 掃除で身体を動かしたからか、ふいに眠気が襲ってきた。 クッションに頭をあずけて横になっていると、そのまま眠りに落ちてしまった。 何かの気配に目が覚めたのは夜中だった。 部屋の中は真っ暗だった。 何も見えない暗闇に、何かの気配を感じた。 藪の中から小動物がこちらを見ているような気配。 Oさんは怖くて動けなかった。 カサ、コソ、カサ、コソ。 微かに部屋の隅から音が聞こえた気がした。 じっとりと脂汗が額に浮かんできた。 動くのは怖かったけれど、それ以上に暗闇が怖かった。 Oさんはバッと起き上がり、部屋の電気のスイッチを押した。 LED電球がジワッと明るくなる。 音が聞こえた気がした部屋の隅には何もいなかった。 ホッと安堵した次の瞬間、Oさんは「あっ」と思わず声を漏らした。 片付けたはずの部屋が散らかっている。 ゴミが散乱し、服は脱ぎっぱなし、片付ける前に元通りだった。 もちろん、Oさんは何もしていない。 ポルターガイスト現象かと目を疑う有様だった。 けど、考えてみて、なんとなくわかった。 Oさんの部屋に住む幽霊は片付けなど望んでなく、汚部屋のままでいて欲しいということなのではないか。 それから、Oさんは部屋の片付けを今まで以上にほとんどしなくなった。 そのおかげか、おかしな現象に見舞われたり、自分以外の気配を感じることはその後、一切ないという。
https://am2ji-shorthorror.com/2021/02/04/548/
【怖い話】見えるとつらいよ
見えないほうがいい
Aさんは、38歳独身の男性。 都内の某企業に勤める会社員だ。 小さい時から霊感が強かったAさんの望みは普通に生きること。 周りの人たちに変な目で見られるのが嫌で、かたくなに霊が見えることを隠して生きてきた。 しかし、ふとした時、見えてしまうせいで生きづらさを感じることがあるという。 そんなAさんのエピソードをいくつか紹介しよう。 会社でのオンライン会議でのできごと。 企画を説明する後輩男性の後ろから小さな男の子が画面を覗き込んでいた。 「今映ったの◯◯くんのお子さん?何歳?」 ふいに後輩の家庭的な顔が見れて、Aさんはニコニコと言った。 すると、なぜか後輩男性は怪訝な表情をした。 「あの、僕、結婚してませんけど、、、」 見間違いだったとすぐに謝ったけど、その後の会議は終始、おかしな空気が漂っていたという。 また、ある時の営業先での出来事。 Aさんは、営業先の企業から駅に向かって歩いていた。 はじめて訪れる土地だったけど、人通りが割と多い雑居ビル群だったので、他の人が向かう方向に一緒に歩いていけば駅に到着するだろうと思っていた。 いくつかの角を曲がって、そろそろ駅につくかなと思ったら、行き止まりに出てしまった。 直前まで前を歩いていたはずの集団はいつのまにかいなくなっていた。 スマホで調べたところ、駅からは逆に離れた方向に向かっていて、行き止まりの壁の向こうは墓地だったという。 また、ある時の出来事。 Aさんの趣味はカメラで、散歩しながら風景を撮影するのが好きだった。 休みに近所を散歩していて、公園に植えられた木に向けてシャッターを切ったら、木の下で佇む女性がいるのに後で気がついた。 これがなかなかの美人さん。 故意ではないとはいえ盗撮と疑われないかハラハラしながら、撮影データをチェックすると、なぜか女性の姿だけ写真に写っていない。 データと女性の姿を見比べていると、女性と目が合った。 Aさんに気づいた女性は、ツカツカとAさんの方に向かってきた。 女性は真っ白い顔で見開いた目をしていて、Aさん目指してズンズン距離を縮めてくる。 Aさんは慌ててその場を逃げ出した。 また、ある時はこんなこともあった。 人混みを歩いていると、後ろからスーツを引っ張られた。 ん?と振り返ってみても、引っ張った人の姿はない。 気を取り直して再び歩き出すと、しばらくして、またスーツを引っ張られた。 振り返っても、それらしき人はいない。 歩き始めると、また引っ張られる。 あぁ、これは生きた人じゃないなと無視を決め込むことにしたら、今度は髪を引っ張られた。 それでも相手をしないでズンズン歩いていき、ようやく目的地のビルに到着した。 はじめて会うクライアントの女性にかしこまって挨拶をすると、なぜかクスクス笑われた。 「Aさん、あいてます」 女性は、Aさんのズボンを申し訳なさそうに指さす。 見ると、社会の窓がこれでもかと全開だった。 相手をしなかった霊の仕業だとAさんは思ったという。 また、見えるがゆえに損をしたエピソードもある。 独身で彼女もいないAさんのために友人が合コンをセッティングしてくれたことがあった。 口ベタのAさんはあまりうまくしゃべれず、普通に飲んで合コンはお開きとなってしまった。 トボトボと帰り道を歩いていると、合コン会場にいた女性の1人と偶然、駅のホームで鉢合わせた。 Aさんは「どうも」と会釈をしてそのままスタスタと歩いていったのだけど、その女性はAさんの後についてきて、同じ車両に乗り込んだ。 何かしゃべったほうがいいのかと思ったけど、女性の方も何もしゃべらない。 そうこうしているうちに、乗り換えの駅についた。 Aさんが降りると、その女性も後をついて降りてきた。 同じ方面なのだろうか。 それにしても、なぜ何も話しかけてこないのか。 さすがにそれまで散々色々な体験をしてきたAさんは察した。 あぁ、これは連れていったらいけない子だ。 思い返してみても、合コン中、この女の子が喋っていた記憶が一切ない。 それに、なかなか、かわいい。 美人は幽霊。 Aさんの中での法則だった。 どうもさっきの合コンにこの世のものではない女の子が混じっていたらしい。 Aさんは、足早に人波を掻き分けて進んだ。 いきなり角を曲がったり、あえて遠回りをしてみた。 そうして振り返ると、ついてきていた霊はいなくなっていた。振り切れたらしい。 その翌日、合コンをセッティングしてくれた友人から「バカなの?」とLINEがきた。 「せっかくお前のこと気に入ってくれてた子がいたのに、探偵みたいに振り切ったってマジ?」 その時、Aさんはようやく自分の誤解だったことに気がついた。 霊だと思い込んでいた女の子は、Aさんと同じく極度の口ベタだっただけらしい。 せっかくのチャンスを霊感があるせいでふいにしてしまったのだった。 「見えていいことなんか何もないですよ」 Aさんの目下の目標は、"生きた彼女"と出会うことだという。 Aさんの心霊ライフは今日も続いている。
https://am2ji-shorthorror.com/2021/02/04/547/
【怖い話】いきたくない
病室の亡霊
先日、病院に行った時のことだ。 「いきたくない、いきたくない」 と病室の前で小さな男の子が泣き叫んでいた。 予防接種か何かなのだろうか、診察を怖がっている様子だった。 「いい加減にして」 男の子のお母さんがイライラと子供の手を引いて病室に連れて行こうとするが、男の子は足を踏ん張って動こうとしない。 しまいに、お母さんが根負けして、看護師さんに断りを入れて、男の子を連れて帰ってしまった。 自分にも、昔、あんな頃があったのかなと微笑ましく思っていると、自分の名前が放送で呼び出された。 「3番のお部屋にお入りください」 男の子が入るのを嫌がっていた病室だった。 スライドドアを開けて病室に入ると、白衣を着た医師が背中を向けて立っていた。 丸椅子に座って診察を待った。 すると、看護師さんがやってきて、 「もうすぐ先生きますからお待ちくださいね」 と言った。 (え、そこに立っている人は先生じゃないのか?) と思った矢先、 隣の部屋から中年の医師が出てきて私の向かいの椅子に座った。 私の目は背中を向けたままのもう1人の医師から離せなくなっていた。 よく見ると、その医師はおかしかった。 病室の照明は明るいのに、その医師の姿だけ、輪郭がぼやけて色が暗い。 カラーの映画の中に1人モノクロの登場人物が混じっているようだった。 目の前に座った医師と見比べると一目瞭然だった。 背中を向けた医師がゆっくりと振り返る。 私は悲鳴をあげそうになった。 鉛筆で紙を黒く塗りつぶしたような、暗く澱んだ顔つき。 この世のものではないのは明らかだった。 「どうかされました?」 遠くを見ている私に、目の前の医師が不思議そうに声をかけてきた。 「・・・すみません、ちょっと」 私はその場を辞して、受付で、「用ができたので」と取り繕ってその日の診察をとりやめた。 「いきたくない、いきたくない」と男の子が部屋に入りたがっていなかったのは、あの医師が見えていたからなのかもしれないなと、私は帰りながら思っていた。 病院には霊が出やすいというが本当に見てしまうなとは・・・。 まだ心臓が早鐘を打っている。 気持ちを落ち着かせようと売店に立ち寄って飲み物を買おうと思った。 すると、売店に「いきたくない」と言っていた男の子と母親の姿があった。男の子の機嫌を取るために売店に寄ったのだろうか。 商品を選んでいる母子を横目に私は棚から炭酸飲料を手に取った。 と、男の子がふと私の方を見て、ギョッとしたように目を見開いた。 「おじさん・・・その人、連れて帰るの?」
https://am2ji-shorthorror.com/2021/02/01/546/
【怖い話】SNS婚
SNSの幽霊妻
私の友達のKさんは、SNS婚をした。 といっても、SNSで出会ったのがきっかけで結婚したわけではない。 SNS上の顔も知らない相手と「結婚」しているのだ。 素性も知らない相手なので、正式に婚姻届を出しているわけではない。 当人同士が「結婚」しているという設定で暮らしているとでもいえばいいだろうか。 なんとも不思議で奇妙な関係だが、Kさんはいたって幸せそうだ。 どんな暮らしをしているのか気になって、一度、思い切って尋ねたことがある。 日常のやりとりはSNS上のDMを使い、直接話したい時はオンラインMTGアプリを使うそうだ。 しかし、お互いアバターを用意しているので、顔は知らない。 画面越しに一緒に夕食を食べ、同じドラマや映画を見て、同じ時間を過ごす。 Kさんは幸せそうな顔で、「穏やかで平和な暮らしです」と言った。 「もしかしたら、相手は女の人じゃなくて、実は男かもしれないよ?」 あまりにKさんが幸せそうなので、私はちょっとイジワルをしてみたくなって、そう指摘してみたのだが、Kさんは変わらずニコニコして、 「知らない限りは、関係ないですから」と答えた。 結婚13年目で子供も大きくなってきて漫然と日々を暮らしている私にとっては、非日常的なKさんの暮らしは、うらやましい気持ちとは少し違うけれど、新鮮に映った。 それから、コロナ禍でリモートワークが増え、Kさんと顔を合わせる機会は減った。 近況を聞けていなかったが、リモート婚じゃないけれど、Kさんみたいな人の方がこういう状況では楽しく暮らしているのかなと想像していたりした。 ところが、そんな矢先、上司から連絡が入った。 Kさんが行方不明になったとKさんの実家から会社に連絡が入ったというのだ。家賃滞納で実家に電話があって発覚したらしい。 Kさんのマンションの郵便ポストは、ダイレクトメールや不在の郵便物で溢れていたという。 私は、それを聞いて奇妙に思った。 つい先日もKさんとリモートで打ち合わせをしていたからだ。 私は、慌てて、KさんのLINEに連絡をしてみたが、既読にならなかった。 どうにか連絡を取れないかと考え、KさんのSNSにDMを打ってみた。 すると、すぐに返事がきた。 『どうかしましたか?』 騒ぎになっているのも知らず、なんとも呑気な返事だった。 『どこにいるの?みんな探してるよ』 私は急いで返事を打った。 『どこって、ここにいるじゃないですか』 『ここってどこ?』 『ここはここですよ』 『だから・・・』 返事を書く手が止まった。 Kさんが「ここ」と言っているのは、このSNSのことか。 自分はこのSNS上で生きている、そうKさんは言いたいのかと思って、 背筋が寒くなった。 私の返事を待たず、Kさんが追加でメッセージを送ってきた。 『こっちの世界は最高ですよ』 まさか本当に・・・SNS婚の果てに、SNSの世界の中に入ってしまったとでもいうのか。 いや、いくらなんでもそんなSFみたいな話があってたまるか。 冗談はやめるよう、たしなめる文章を書いていると矢継ぎ早にKさんからメッセージが飛んできた。 『実は、子供ができたんです』 『春には生まれます』 『よかったら、こちらの世界にご招待しましょうか』 私は、手が震えるを感じた。 何を言っているんだ。これは現実なのか。 『妻もこの暮らしが一番だと言っています』 そして、一枚の画像が添付されてきた。 Kさんと奥さんのアバターが並んで笑顔で写っている。 奥さんのアバターはお腹のあたりがふっくらとしていた・・・。 私は、慌てて、そのSNSアプリを閉じ、それから二度と起動していない。 Kさんの行方はそれきりわかっていない。 だが、同僚に聞くと、KさんのSNSは、幸せな夫婦生活のつぶやきで、今も更新されているという・・・。
https://am2ji-shorthorror.com/2021/02/01/545/
【怖い話】クリスマスの子供
クリスマスの贈り物
これはクリスマスにCさん夫婦に起きた怖いお話。 Cさん夫婦は、ともに30代で、職場結婚だった。 結婚5年目のある年の12月。 Cさんの奥さんは、自宅の庭に一人の子供が迷い込んでいるのを発見した。 小学校低学年くらいに見えたそうだ。 近所の子供かなと思って、「お名前は?」と聞いても首を振るだけで、ちょっとシャイな感じの子だった。 子供好きのCさんの奥さんは、その男の子にお菓子を振る舞った。 男の子は喜んでお菓子をパクパク食べていたそうだ。 その日から男の子はCさんの家の庭に顔を出すようになった。 あまりに頻繁に来るものだから、Cさんも顔を合わせることが何度かあった。 男の子は、楽しそうにCさんの家で遊んで、夕方になると帰っていく。 子供がいないCさん夫婦にしてみれば子供と触れ合ういい機会であったが、 男の子が毎日のように来るものだから、少し心配になってきた。 ある時、Cさんの奥さんは、「お母さんは心配しないの?」と聞いてみた。 すると、男の子は、「お母さんいない」と答えた。 「お父さんは?」と聞くと、「お父さんもいない」という。 家庭に恵まれていない子だと知り、Cさん夫妻はいっそう男の子をかわいがるようになった。 そして、クリスマスがやってきた。 Cさん夫妻は、男の子のために流行りのおもちゃを買って用意しておいた。 サンタさんからだよ、と言って渡すと、男の子は飛び跳ねて喜んだ。 しかし、不思議なことに、次の日から男の子はふっつりとCさんの家に来なくなった。 「もしかしたら、あの子、私たちへのクリスマスプレゼントだったのかもしれないね」 奥さんはCさんにしみじみと言った。 実は、Cさん夫妻は、二人とも子供ができづらいカラダであることが病院の検査でわかっていたのだ。 自分たちの子供が持てない代わりに、サンタさんがクリスマスプレゼントで子供を持つ夢を見させてくれたのではないか、2人はそんな風に考えた。 年が明けても、男の子は全く姿をあらわさなかった。 季節は巡り、あっという間に、翌年の12月がやってきた。 ある日、Cさんが家に帰ると、奥さんが大きな白い袋を用意していた。 人が1人入りそうなくらい大きい。 「この袋、どうするの?」と聞くと、プレゼントをたくさん買って入れておくのだと奥さんは答えた。 「もしかしたら、またあの子が来てくれるかもしれないから・・・」 Cさんは、内心、少しやりすぎではないかと思ったけど、奥さんの気持ちはわからないではなかった。 それくらい、去年の男の子と過ごした短い期間は、2人にとって良い思い出となっていたのだ。 けど、男の子は全く姿をあらわしてくれなかった。 現実的に考えれば、親戚に引き取られたか里親に引き取られたかして、このあたりにはもう住んでいないのだろうとCさんは思っていた。 けど、奥さんが本当に悲しそうにしているので、Cさんはそんな奥さんを見ているのが忍びなかった。 12月も中旬に入り、クリスマスシーズンがやってきた。 結局、25日になっても男の子は現れなかった。 Cさんはその日仕事だったが、奥さんのことが心配で早めに帰ろうと思っていた。 と、もうすぐ仕事が終わりという時に奥さんから電話がかかってきた。 「あなた、あの子が帰ってきたの!」 興奮する奥さんの声が電話から聞こえた。 「本当に?よかったじゃないか。プレゼントは渡したの?」 「これからよ。あの子、きっと喜ぶと思うわ。あなたも早く帰ってきてね」 Cさんは上司に断りを入れて、早退することにした。 しかし、急いで家に帰ると、家の中は真っ暗だった。 奥さんも男の子の姿もない。 2人で出かけたのだろうか。 リビングを見ると、大量のプレゼントが山となって積まれていた。 昨日までは、あの白い袋の中に入っていたのに、中身だけがそこに置かれていた。 いくら待っても奥さんは帰ってこなかった。 そればかりか、いくら連絡してみても、電話にも出なかった。 Cさんの奥さんは、その年のクリスマスを境に行方不明になってしまった・・・。 Cさんは警察に相談した。 しかし、家出人の届けを受理されただけだった。 警察の人は、Cさんの奥さんが精神的な問題を抱えていて家出をしたとみなしているようだった。 もちろん、男の子のことも伝えたけど、警察の人はCさんを疑うような目で聞くだけだった。 よく考えれば、Cさんは男の子の名前も知らなかった。 奥さんの行方は一向にわからなかった。 電話を信じるなら、クリスマスに男の子と会ったのは確かだと思う。 そのあとで何かが起きたのだ。 どうして、プレゼントの袋だけがなくなったのか。 それがどうしてもわからなかった。 月日は無情に経っていった。 奥さんが失踪してから、もう3年になろうとしていた。 そして、また、クリスマスがやってきた。 Cさんはクリスマスが近づくと憂鬱になった。 なぜ奥さんはいなくなってしまったのか。 自分は捨てられたのか。 そんなことを延々と繰り返し考えてしまうからだ。 仕事を終え駅に向かっていると、雑踏の人混みの中、Cさんの目がある子供に留まった。 あの男の子だ! Cさんは人の間を縫って走って、男の子の肩を掴んだ。 間違いない、この子だ。 「私のことを覚えているだろ?妻はどこにいるんだ!」 しかし、男の子はキョトンとしている。 「・・・うちの子が何か?」 母親の声がした。 声の方を見て、Cさんは固まった。 奥さんが立っていた。 名前を繰り返し呼んでも、奥さんは自分のことだとわからないようで、 怪訝そうにしている。 Cさんの剣幕に驚いたのか、奥さんは男の子を守るように腕に抱き、人混みの中に混じって立ち去っていった。 Cさんは慌てて追ったけど、2人の姿は人混みの中に消えてしまった。 けど、Cさんは最後に微かに男の子の声を聞いた気がした。 「プレゼントありがとう、おじさん」 Cさんは悟った。あの男の子はサンタからのプレゼントなどではなかった。 Cさんの奥さんこそが、男の子へのプレゼントだったのだ。 あの白い大きな袋に詰められる奥さんの姿が目に浮かび、Cさんは戦慄した、、、 奥さんと男の子の行方はそれきりわかっていない。
https://am2ji-shorthorror.com/2020/12/22/544/
大江戸線の怖い話
大江戸線の怪談
これは、数年前、地下鉄の大江戸線に乗っていた時に体験した怖い話です。 時刻は午後11時過ぎ。 私は仕事からの帰りで、汐留から新宿に向かっていました。 運良く席があいていて座れたので、目をつぶってウトウトしていると、女の人の声が聞こえてきて、目がさえてしまいました。 うるさいなと思って、目を開けると、向かいの席の60代くらいのスーツの男性を、隣に座るソバージュ髪の女の人がしかっていました。 年代は同じくらいだから、夫婦でしょうか。 耳元でまくしたてているのと、電車の音で、なんと言っているのかまでは聞き取れなかったのですが、奥さんはすごい剣幕で怒っていて、旦那さんは黙って俯いてジッと聞いていました。 喧嘩ならよそでやってくれよと思っていると、青山一丁目の駅に到着しました。 すると、奇妙なことに、旦那さんと思っていた男の人だけ青山一丁目駅で降りていって、奥さんはそのまま電車に残りました。 まさか、知り合いじゃなく、絡まれていただけだったのでしょうか。 つい気になって、広告を見るフリをしながら、電車に残った女の人の方をうかがっていると、空いた隣の席に別の男性が座りました。 くたびれたパーカーとジーンズを着た若者でした。 すると、若者が座るやいなや、その女の人が今度は隣の若者の耳元ですごい剣幕でまくしたて始めました。 鬼の形相という言葉がぴったりでした。 大きな声で怒っているはずなのに、音は意味のある言葉として聞こえません。わけのわからない呪文を耳元で唱えているようでした。 若者の方は、関わらない方がいいと思っているのか、黙って俯いていました。 さきほどのスーツの人と同じ反応です。 まくしたてる初老の女の人と黙ってそれを聞く若者。 異様な光景でした。 自分にまで累が及ぶと嫌だなと思って、席を立って隣の車両に移りました。 けど、気になって、視線は2人の方に向いてしまいます。 私が新宿で電車を降りるまで、女の人は若者の耳元でまくしたてていたようでした。 降車する時に見てみると、いつのまにか、女の人の姿は消えていました。 いったいなんだったのだろうと、降りてからしばらく考え込みました。 若者の反応が奇妙だなと思いました。 あんなに耳元でまくしたてられて、黙って椅子に座っていられるでしょうか。 私のように、普通は席を立つでしょう。 もしかしたら、若者には女の人が話している声が聞こえていなかったのかもしれない、と思いました。 私は、この世ならざるモノと遭遇してしまったのかもしれない。 そんな気がして、急に背筋に寒気を覚えました。 それから2週間くらいして、、、 その日も私はクタクタに疲れていて、汐留駅で空いている席に座るとすぐにうつらうつらしてきました。 目を瞑ってると、椅子のクッションが少し沈み、誰かが隣の席に座ったのがわかりました。 それからすぐに、低い女の人の声が隣から聞こえてきました。 『あー、しゃー、みー、とー、ろー』 音に言葉をあてるならこんな感じですが、言葉になっていない呻き声といった方が近いと思います。 怒ったお坊さんが滅茶苦茶にお経を唱えているかのようでした。 声は耳元のすぐ近くから聞こえました。 ・・・あの女の人だ。 私はすぐに悟りました。 『なー、たー、りー、こー、そー』 全身に悪寒が走って嫌な汗が浮かぶのがわかりました。 寒くてしょうがありませんでした。 目を開けたいが、怖くて、目を開けられません。 逃げたいのに席を立てませんでした。 『やー、まー、しー、れー、ぬー』 声は止む気配がありません。 ひとつひとつの言葉が、血管を巡って、脳を震わせるような感覚がありました。 早く終わってくれ、駅についてくれと祈りました。 ようやく電車が減速をはじめ、駅に到着しました。 私は、目を開けないまま立ち上がり、電車を駆け降りました。 何人かとカラダがぶつかって悪態をつかれましたが、それどころではありませんでした。 とにかく電車を降りたかったのです。 ホームに降り立ち、車内を振り返ると、女の人の姿はなく、私が座っていた席の隣は空いていました。 呆然と立ち尽くしたまま、電車が次の駅に向かって走り出すのを見つめていました。 電車が走り去ると、ゴーーという風の音がホーム内に響きました。 (一体、なんだったんだろう、、、) 後続の電車がくるのを待ちながら考えましたが、納得のいく説明は一つも浮かびませんでした。 私が疲れて幻聴を聞いたのかもしれないですし、やはり心霊的な現象なのかもしれませんが、得体の知れない現象であることは間違いありません。 汗が冷えて、ブルッと身体に震えが走りました。 後続の電車のアナウンスがあって、ゴトンゴトンと音がして後続電車がホームに入ってきました。 電車が停車して乗り込もうとしたその瞬間、私は雷に打たれたように、その場に立ち尽くしました。 あの奇妙な女の人が乗っていたのです・・・。 さっきの電車にもいたんじゃなかったのか。 隣の席の人の耳元でまた何やらまくし立てているのが窓越しに見えました。 私は、立ち尽くしたまま、その電車を見送りました。 そして、また次の電車がきました。 すると、やはり、また同じ女の人が乗っています。 別の乗客の耳元で何かまくし立てているのです。 乗車位置を変えて、次の電車を待ちましたが、やはり次の電車にも女の人はいました。 何度電車を見送っても、同じ女の人が乗っていました。 まるで私を追っているかのようでした・・・。 私は、電車で帰るのを諦めタクシーで自宅まで帰ることにしました。 階段をのぼり、駅を出て、タクシーを呼び止め、乗り込みました。 「どちらまでいかれますか?」 私が運転手さんの方を向くと同時に、助手席からニュッと女の人の顔が現れ、運転手さんの耳元に口を寄せ、まくし立て始めました。 その後、タクシーを飛び出しような、叫んだような気もするのですが、不思議なことに、それ以降のことは、あまり覚えていません。 ですが、その日以来、女の人を大江戸線で見かけることはなくなりました・・・。 一体、なんだったのか、それは今でもわかりません。
https://am2ji-shorthorror.com/2020/12/22/543/
【怖い話】コマ撮り
コマ撮り心霊
Eさんは、映像制作会社につとめている30代の男性。 同僚の先輩に同年代のJさんという人がいる。 Jさんは、自称コミュ障だが、映画やアニメに造詣が深く、EさんはJさんと話すのが楽しく仲良くさせてもらっていた。 Jさんは、映像編集が本業なのだけど、本業とは別に、ストップモーションの映像制作をするという趣味を持っていて、YouTubeなどのSNSで作品を発表していた。 ストップモーションとは、コマ撮りともいい、静止しているフィギュアなどを1コマずつ動かして撮影し、連続して再生することで、実際には止まっているモノがあたかも動いているように見せる映像技術のことだ。 Jさんのストップモーション作品は、部屋のおもちゃが動き出し冒険を繰り広げるトイストーリーみたいな動画だったり、食材をスライスしているといつの間にか全く別の食材に変わっているというマジックのような動画だったり、楽しさと驚きに溢れた作品が多く、Eさんはいちファンとして新しい動画がアップされるのを心待ちにしていた。 ある日の晩、Jさんの新作動画がアップされたという通知がきたので、Eさんは、いつものように動画をチェックすると、おかしなことに気づいた。 その日の動画は、ストップモーションクッキングの動画だったのだが、まな板で食材を切っている背後で、ビスクドールの人形がウネウネと踊るような奇妙な動きをしていた。 クッキングが主題の動画にもかかわらず、人形の動きが奇妙なせいで、そちらにばかり目がいってしまう。 いつものJさんらしくない演出だった。 Eさんは、JさんにLINEでメッセージを送った。 『なんか今日の動画、いつもと違います?』 すると、『なにか変だった?』とすぐにメッセージが返ってきた。 『後ろの人形。ちょっとホラー回かと思いました』 しばらく時間が空いて、LINEの通知がきた。 『あんな人形使ってない・・・』 Eさんは固まった。 だとしたら、心霊動画ということか、、、 いや、Jさんの冗談かもしれないなと思い直して、『怖がらせようとしてますw?』と軽い感じで返事を書いてみたが、そのメッセージは朝になっても既読にならないままだった。 動画がアップされた次の日、Jさんは会社を欠勤していた。 体調不良らしい。 その日も一日中、LINEは既読にならなかった。 次の日も、Jさんは会社に来ていなかった。 Jさんの上長に様子を聞いてみたのだが、言葉を濁すばかりで要領を得なかった。 Eさんは、仕事帰りに、Jさんのマンションを訪ねてみた。 ところが、インターフォンを何度押しても、Jさんが出てくることはなかった。 なにかあったのだろうか。 日々、心配が募っていった。 そんなある日、突然、JさんのYouTubeチャンネルに新しい動画がアップされたという通知がきた。 すぐにEさんは動画を確認したが、動画の内容は不可解なものだった。 人物写真を使ったコマ撮り動画なのだが、一枚一枚の写真に映る人物も風景もバラバラでまったく関連性がなく、ストップモーションになっていなかった。 我慢して全部見てみたが、何を伝えようとしているのかさっぱりわからなかった。 およそJさんらしからぬ作品だ。 Jさんの精神状態は相当危ういのではないか。 Eさんは、Jさんに電話をかけてみた。 どうせ繋がらないだろうと思ったけど、数度目のコールでJさんが出た。 「おぅ、Eか。どうした?」 「Jさん!大丈夫なんですか?会社ずっと休んでるってききましたけど」 「大丈夫大丈夫。元気だよ」 Jさんの声は妙にテンションが高かった。 「なにかあったんですか?」 「いや、動画作りに没頭しちゃってさ。それで、会社を休んでただけなんだ」 「動画作りって、YouTubeにアップしている動画ですか?」 「見てくれたのか?どうだった?すごいだろ」 こんな訳のわからない動画を作るためにJさんは会社を休んでいたというのか。 やはりJさんはメンタルに問題を抱えているにちがいない。Eさんはそう思った。 「ストップモーションはやめてしまったんですか?」 Eさんは、嘆くようにいった。変わっていくJさんを見るのが辛かった。 「なにいってんだよ、立派なストップモーションだろ?今まで誰も作ったことがない作品だろ」 「これのどこがですか」 「E。お前、わかってないな。その写真は、全部、心霊写真なのさ。全て同じ霊が映り込んでいる写真を使ってコマ撮り動画を作ったんだ。よく目を凝らして見てみろよ。霊の動きがわかるから」 Eさんは言葉を失った。 パソコンの画面にJさんの動画が流れている。 目を凝らして見続けていると、煙のようなモヤが動いているのが浮かび上がってくる。 そのモヤは、よく見ると、人の形をしていた。 画面に背中を向けている。 モヤの人は、動画が進むごとに、ゆっくり振り返り始めて、、、 Eさんは慌てて動画の再生を止めた。 「Jさん・・・」 しかし電話はすでに切れていた。 かけ直そうという気にはなれなかった。 Jさんはほどなくして会社を退職した。 JさんのYouTubeチャンネルは今も時折、更新されているのは知っているが、Eさんが二度と動画を見ることはなかった。
https://am2ji-shorthorror.com/2020/12/12/%e3%80%90%e6%80%96%e3%81%84%e8%a9%b1%e3%80%91%e3%82%b3%e3%83%9e%e6%92%ae%e3%82%8a/
【怖い話】3年遅れてやってくる
遅れて訪れる死
「それ、3年前くらいに流行ってたよね?」 僕の服を見て、友達が言った。 いつも僕はそうなのだ。 意識してやっているわけではないのだが、「あ、これいいな」と思ったものが、たいてい、ひと昔前のトレンドなのだ。 流行りの映画やドラマ、ファッション、言葉使いもそうだ。 僕には、全てが、人より遅れてやってくるみたいだった・・・。 ある日、知らない番号から電話がかかってきた。 「あ、もしもし、Aくん?私、Bだけど、覚えている?」 Bちゃんは、3年前まで同じ店でアルバイトしていた女の子だった。 仲良くしてたが、バイトを辞めてからは一切、連絡を取っていなかった。 「急にどうしたの?」 「あのさ、今度、暇だったら一緒にご飯食べにでもいかない?久しぶりに」 Bちゃんと日付の約束を取りつけて電話を切った。 3年後の誘い・・・。 こんなものまで遅れてやってくるのかと僕は少し自嘲気味に笑った。 よく考えてみたら、映画やドラマ、ファッションなども全て3年前くらいに流行ったものばかりだった。 自分には3年というスパンでいろいろなものが遅れてやってくるのかもしれないと思った。 その日、アパートに帰ると、郵便ポストに新聞が入っていた。 紙の新聞など、とうに取るのをやめているのに。 不思議に思って見てみると、3年前の日付の新聞だった。 また、3年前・・・。新聞まで3年遅れで届くとは。 この現象は何なのだろう。 得体の知れない現象への恐怖からか、ブルッと背筋に寒気が走った。 Bちゃんとの食事は、久しぶりに会うのが嘘のように話が弾み、楽しかった。こんな子と付き合えたら楽しいだろうなと思った。 「でも、ほんとAくんが元気そうで、よかった・・・」 Bちゃんが話題を変えて、ポツリと言った。 「何が?」 「だって、ほんとにあの時は心配したから。後遺症とかないかなって」 「あの時?」 「まさか、もう忘れちゃったの?いくら何もなかったとはいえ、あんなことがあったのに」 「何の話?」 「3年前のAくんの送別会の帰り。Aくん、酔って、車道に出て、トラックに思い切りはねられたじゃない。けど、Aくん、何事もなかったかのように起き上がって、ケロッとしてて。私、本当に気を失うかと思いくらい怖かったんだから」 僕は全てが3年遅れてやってくる・・・。 ポタッとテーブルの上に赤い液体が落ちた。 鼻から血が出ていた。 「Aくん、どうしたの?」 僕は全てが3年遅れでやってくる・・・。 「Aくん?」 視界が霞む。音が遠くなる。 身体中がバラバラになるように痛い。 僕には、死すら、3年遅れで・・・。
https://am2ji-shorthorror.com/2020/12/04/541/
【怖い話】元カレ
連鎖する呪いのネックレス
Yさんは、20代の女性。 カラオケと買い物が趣味。 合コンにはよく呼ばれるが、ハメを外した派手な遊びはしない。 どこにでもいる普通の女と自分自身で思っていた。 そんなYさんには、交際3ヶ月になる彼氏がいた。 出会いは合コン。 Yさんは、1人の男性に熱中できるタイプではなく、交際はいつも短命で、長続きしない。 「結婚したい」と女友達には口では言いながら、フリーで遊ぶ方が気楽だと内心は思っていた。 ある日のこと。 彼氏がディズニーシーに行こうと誘ってきた。 実のところ、女友達ともよく行くので、年に何回も通っていた。 「またか」という気持ちだけで、全く嬉しさはなかったけど、彼氏の手前、喜ぶフリをした。 いけばいったで楽しいのがディズニーだ。 日が落ちるまでたっぷりアトラクションで遊んで、パレードを見ていると、 彼氏が「プレゼント」と言って、ネックレスをYさんの首にかけてきた。 Yさんは、そのネックレスを見て、ギョッとした。 見覚えがあったのだ。 ブランドも形も全く同じ。 数年前に1ヶ月だけつき合った元カレのTくんからもらったものと同じネックレスだった。 Tくんのことは嫌いではなかったが、嫉妬深い束縛に疲れて、Yさんの方から離れていった。 微妙な記憶を思い出したのが表情に出ていたのか、 「うれしくなかった?」と彼氏が聞いてきた。 「うれしいよ。ありがと」 Yさんは、とり繕うように言った。 よく考えれば、ディズニーデートでネックレスを贈るというのもTくんの時と全く同じシチュエーションだった。 数年越しに別の男から、全く同じことをされるとは思わず、Yさんは困惑した。 彼女が喜ぶプレゼント方法とかがネットでハウツー化されてでもいるのだろうか。 男性経験が浅い女なら喜ぶのかもしれないが、その時のYさんは、ただただ元カレと同じプレゼントに気味の悪さを感じ、すぐにでもネックレスを外したくてしかたなかった。 そんなこともあったせいか、そのカレとは数日後に別れることになった。 言い出したのはYさんからだったが、カレもすぐに引き下がった。 ネックレスまで贈っておいて簡単に引き下がったのは拍子抜けしたが、向こうにとってもそれくらい軽い恋愛だったのだろうと思った。 1ヶ月も経たず、新しい彼氏ができた。 出会いはまたも合コンだった。 つきあって1ヶ月くらいして、ディズニーシーに行こうと彼氏が誘ってきた。 つきあいたてで嫌だとも言い出しづらく、Yさんは、その年何回目かのディズニーデートに赴いた。 アトラクションにひととおり乗り、パレードを見ていると、彼氏がおもむろにYさんの首にネックレスをかけてきた。 まさかと思ったが、そのまさかだった・・・。 またも同じブランド、同じ形のネックレス。 「ひっ」と悲鳴をあげそうになった。 「・・・こ、このネックレス、流行っているの?」 うわずった声でなんとかそう絞り出した。 「え?わからないけど、お店偶然通りかかったら、Yちゃんに似合うかなと思って。つい買っちゃった。なになに?まさか元カレに同じのもらったとか?」 「まさか!そんなことあるわけないじゃない」 二度あることは三度あるというが、こんな偶然あるだろうか。 Yさんは、背筋が凍った。 気のせいだと思うが、ネックレスが首にねっとりとまとわりつき、とても重く感じた。 その彼氏とも長続きせず、結局3ヶ月もせず別れた。 その次の彼氏ができたのは2ヶ月後。 今度は少し慎重になって、つき合うまでに何度かデートをして様子を見た。 ところが、正式に交際することになった瞬間、またもディズニーデートに誘われた。 「ディズニー苦手なの」 Yさんが、きっぱりそう言ってみると、カレは残念そうな顔をした。 本当はディズニーシーで渡そうと思ったんだけどと言って、カレはネックレスが入った箱をYさんに見せてきた。 また同じネックレス! Yさんは、取り乱し、逃げ出すようにその場を後にした。 カレから何度も電話がかかってきたけど、無視した。 ここまで偶然が重なるのは、どう考えてもおかしい。 その時、Yさんははじめて、この奇妙な偶然の原因はTくんにあるのではないかと思い至った。 別れて以来、一回もTくんとは連絡を取っていないが、Tくんが何らかの形でこの不可解な現象に関わっているのではないか。 Yさんは、久しぶりに共通の知人の男の子に連絡を取り、Tくんについて聞いてみた。 「Tくんって最近、どうしてる?」 「え?・・・あれ?聞いてなかった?T・・・死んだんだよ」 「え・・・」 Yさんは言葉を失った。 Tくんは、Yさんと別れて1年くらいして自殺していたことがわかった。 遺書などはなく自殺の原因はわかっていないという。 「T。Yちゃんに結構本気で惚れてたからな、それが理由だったりしてな」 笑って言われたが、Yさんには冗談に聞こえなかった。 まさか、亡くなったTくんが私を恨んで呪っている? けど、たかが1ヶ月程度の交際相手を理由に自殺したり、何年間も恨む人がいるだろうか。 いくらTくんの気持ちを推し量ってみてもYさんには想像もできなかった。 TくんにとってYさんが初めての彼女というわけでもなかったし、どちらかというと遊び慣れている感じがしたのに・・・。 Tくんの自殺を知って以来、Yさんは、 男性と付き合うのが怖くなって、しばらくフリーでいた。 しかし、2年も経つと、その怖さも薄まって、久しぶりに男性とつき合ってみる決心をした。同じ会社の先輩で、向こうからYさんを誘ってきた。 「ディズニーだけは行かないから」と交際当初から伝えていたおかげか、交際して順調に数ヶ月が過ぎた。 趣味も変わるもので、最近では、彼とドライブして温泉にいったりまったり過ごすのが楽しい。 この人とならそろそろ身を固めてもいいかなと思い始めてきた。 そんなある日。 Yさんの家で、テレビを見ていると、首にフッと冷たい感触があった。 見ると、ネックレスがかけられていた。 「プレゼント。帰りにお店通りかかったら、これYに似合いそうだなって」 彼が満面な横顔で言った。 戦慄がYさんを襲った。 またもTくんからもらったネックレスだった。 どうして・・・どうして・・・。 Tくんの呪縛はまだ終わってなかった。 「・・・あなた・・・Tくんなの?」 Yさんは、彼に恐る恐る問いかけてみた。声が震えた。 「は?・・・Tって誰だよ。何言ってんの」 彼は、知らない男の名前がYさんの口から出てきたことで怒り出し、Yさんがいくら言い繕っても、彼の怒りは収まらず、最後は飛び出すように彼がYさんの家を出ていって、2人の関係は終わった。 それ以来、Yさんは何年経っても独身を貫いている。 年もとり、周りの幸せそうな人たちを見るたび、孤独でむなしい自分が哀れに思えるけど、もうあの時のような恐ろしい目にあいたくなかった。 Yさんには、今でも周りの男性が全員、Tくんに思えて仕方ないのだという。
https://am2ji-shorthorror.com/2020/12/01/540/
兼六園の怖い話
小糸の井戸桜
石川県金沢市にある兼六園は、水戸市の偕楽園、岡山市の後楽園とならぶ日本三名園の一つだ。 江戸時代を代表する大名庭園であり、四季折々の美しさを楽しめる庭園として、年間300万人近く訪れる人気の観光スポットとなっている。 そんな兼六園にも、ちょっとしたいわくつきのスポットがある。 「小糸桜」と呼ばれる桜で、一見、普通の桜なのだが、よく見ると、桜の根本が井桁で囲われている。 小糸桜は、井戸の中から伸びているのだ。 言い伝えによれば、その昔、小糸という女中がいて、主人に従わなかったため切り捨てられ、井戸に投げ捨てられたという。 その小糸の遺体が井戸の中で桜に化身したといわれていて、悲しくも風雅な言い伝えとなって残っている。 金沢在住の会社員Kさんは、カメラが趣味で、毎年、兼六園を訪れては四季折々の風景を記録に残していた。 ある時、Kさんが今まで撮った写真を整理していると奇妙な写真を見つけた。 「小糸桜」を撮ったものなのだが、桜の木が写っているはずの部分が、ピントがあわずブレていた。 まるで素早く動く物体にシャッター速度が追いついていないかのようだった。 そして、井戸のそばには、背中を向けて立つ着物姿の女性が立っていた。 小糸桜のいわくを知っていたKさんには、ピンボケした桜の枝の先に立つ女性が、亡くなった小糸が桜の木から人間に変化する場面を捉えたかのように見えたという。 他にも何枚も小糸桜を撮った写真はあったが、奇妙な写真はそれ一枚だけだった。 もしかしたら、小糸は今もときおり桜の木から人間に戻って、兼六園の園内を散策しているのかもしれない・・・。
https://am2ji-shorthorror.com/2020/11/30/539/
金沢のホテルの怖い話
金沢異界ホテル
北陸新幹線でおよそ2時間30分。 私がはじめて金沢を訪れたのは2年前。 会社の社員旅行でだった。 兼六園、21世紀美術館、茶屋街という観光名所を巡って、ホテルに戻ると宴会となった。 ホテルは金沢駅からほど近い場所にあった。 その日だけは、無礼講で、日頃の仕事のしがらみを忘れ、大いに飲んで食べ、みんな楽しそうだった。 部屋に戻ったのは午後11時過ぎ。 場所をホテル内のラウンジにかえて、まだ宴会は続いていたが、私はすっかり酔いも回ったので先に引き上げてきた。 部屋は1人ずつシングルルームを割り当てられていた。 ベッドで横になると、すぐにでも眠りに落ちそうだった。 その時、コンコンとノックの音がした。 ドアを開けると、誰もいなかった。 不思議に思って、廊下をキョロキョロ見回したけど、人の姿はなかった。 聞き間違いだったのだろうか。 でも、はっきりノックの音が聞こえた気がした。 まさか、心霊現象だろうか、、、 ベッドに戻ったけど、眠気と酔いはすっかり吹き飛んでしまった。 1人でいるのも怖くなり、宴会場に戻ろうと思った。 エレベーターを降り、ラウンジがある2階に降りた。 けれど、2階でエレベーターを降りた瞬間、違和感を覚えた。 とても静かだったのだ。 ついさっきまで、カラオケを熱唱したりして、あんなにガヤガヤとしていたのに。 廊下を進み、ラウンジを覗いてみると、誰の姿もなかった。テーブルの上もきれいに片付けられている。 私が先に部屋にあがってから10分も経っていないが、もうみんな部屋に引き上げてしまったのだろうか。 妙に早い気がしたけど、ラウンジの閉店時間だったのかもしれない。 誰もいないラウンジは、張りつめるような静けさで、とても寂しくて孤独な気持ちにさせられた。 私はその足で一階のロビーに降りた。 シンとした場所から、人がいるところにいきたかったのかもしれない。 ところが、ロビーにもひとけがなかった。 ソファにも、フロントにも人の姿がない。 奥のスタッフルームにいるのかと思い、用件もないのに、フロントの呼び出しベルを押した。 何分待っても、何回ベルを押しても誰も出てこない。 小さなホテルでもないのに、ロビーフロアに誰もいないなんて、、、 私は正体のわからない不安に襲われ、エレベーターで自分の部屋があるフロアに引き返し、同僚が泊まる両隣の部屋をノックした。 多少、迷惑がられてもいい。 とにかく、誰かに会いたかった。 でも、いくらノックしても誰も出てこない。 そのフロアの全ての部屋をノックしてみたけど、誰一人として反応がなかった。 電話をかけてみても、同僚の誰もでなかった。 まるで、ホテルから人が全員消えてしまったみたいだ。 そんなことあるはずがない、、、 私は再びロビーに引き返し表に出てみた。 表は幹線道路だから人や車がいないわけがない。 そのはずなのに、なぜか車も一台も走ってなければ、通りに人の姿はまったくなかった。 呆然とするしかなかった。 いったいなにが起きているのだ。 私以外の人間が全員消えてしまったとでもいうのだろうか。 冷たい風が頬にふきつけた。 暗く誰もいない道に立っていると、別世界に迷い込んでしまったようで、ますます不安になってきて、私はホテルに引き返した。 ロビーに足を入れた瞬間、視界の隅に人影が見えた気がした。 若い女性だった。 女性はエレベーターホールの方に歩いていった。 人がいる! ただそれだけのなのに、私は気持ちがたかぶり、女性のあとを追いかけた。 一機、エレベーターのドアが開いていた。 覗くと、エレベーターの奥に女性が背中をこちらに向けて立っていた。 声をかけようと思って口を開きかけたが、直前で、私はためらってしまった。 仲間を見つけたような気持ちで追いかけてきたが、この女性は、本当に声をかけていい人なのだろうか。 なぜか、そんな気がしたのだ。 もしかして、このおかしな世界の住人だったら、、、 でも、1人は嫌だ。 それに、この女性も私と同じように不安に思っているかもしれない。 声をかけるべきか、かけないべきなのか。 葛藤するうちに、エレベーターのドアは目の前でしまっていった。 すると、次の瞬間、人の話し声が洪水のように耳に流れ込んできた。 振り返ると、ロビーに人がいた。 ホテルのスタッフや宿泊客、それに見知った同僚の顔もあった。 もとに戻った、、、 安堵から、腰がくだけそうになった。 やはり、女性に声をかけなくて正解だったと思った。 もし声をかけて、エレベーターに乗り込んでいたら、あの世界に引きずり込まれたまま戻ってこれなかったかもしれない。 そんな妄想が膨らんだ。 同僚が私を見つけ、声をかけてきた。 「あれっ、部屋あがったんじゃなかったの?」 「いや、それが、、、」 なんと説明していいのかわからず、口ごもってしまった。 「あ、わかった。まだ飲みたりないんだろ?」 「・・・あぁ、もう少し飲もうかなと思って」 私はひとりになりたくなくて、結局、朝方まで同僚につきあい宴会に参加した。 人がいて賑やかなだけで、これほど安心感を覚えたことは今まで一度もなかった。 おかげで、強烈な二日酔いになってしまった。 次の日、ぐったりして、ロビーのソファに座り、チェックアウトを待っていると宿泊客とスタッフの慌てたやりとりが聞こえてきた。 「本当なんです。友達が朝になったらいなくなっていて。連絡もつかないんです」 若い女性が目を潤ませて、スタッフに訴えかけている。 「警察を・・・」とか、スタッフは応対していたが、出発の時間になったので、それ以上は聞けなかった。 まさかとは思うが、昨晩、ホテルから、あのおかしな世界に迷い込んでしまい帰れなくなっている人がいるのだろうか。 もしかして、あのエレベーターの女性が、、、? 私はそうでないことを強く願って、帰りのバスに乗り込んだ。
https://am2ji-shorthorror.com/2020/11/20/538/
【怖い話】ディープフェイク
ディープフェイクの罠
Mさんは23歳。 アパレルショップの店員として働きながら、趣味でYouTubeやツイッターなどでSNS投稿をする、今時の若い女性だ。 ある時、Mさんが働くショッピングモール全体で、何店舗も万引きの被害にあう事件があった。 幸いMさんが働くお店は被害にあわなかったのだが、各店舗共通の休憩所で休んでいると、みんながなぜかMさんを見てくる。 しかも、盗み見るような、あまりよくない視線を感じた。 不思議に思って、仲のいいスタッフのSさんに声をかけると、物陰に連れて行かれ、ある動画を見せられた。 万引きの犯行映像がモールで働く人達の間でシェアされているらしく、その映像だった。 粗い粒子のカメラ映像の中、ひと目を盗んで商品をバッグに滑り込ませる女の顔を見て、Mさんは言葉を失った。 まぎれもなく自分の顔だったのだ。 「Mと似てるってみんな噂してるの」 「けど、私じゃない!だって、、、」 万引きがあったという時間帯、Mさんはずっと自分のお店で働いていた。 鉄壁のアリバイがあるMさんに万引きなどできるわけがない。 「みんなMじゃないってわかってる。けど、あまりに似てるから、みんなとまどってて」 「なんなのこれ、、、」 Mさん自身ですら自分だと錯覚したのだから他の人達はなおさら勘違いしただろう。 「もしかして、これディープフェイクってやつじゃない?」 「ディープフェイク?」 Mさんには聞き慣れない言葉だった。 「AIを使って、画像から本物そっくりの偽動画が作れるってやつ。芸能人とかけっこう被害にあっているって」 「でも、誰が、わざわざこんなこと、、、」 折り合いが悪かった人なら何人か思い浮かんだが、こんなことをされるほど誰かに恨まれる覚えはなかった。 それとも自分が知らないうちに恨みを買ってしまっていたのだろうか。 不安な気持ちがむくむくと膨らんだ。 「この映像、誰から送られてきたの?」 「ショッピングモールのツイッターにDMで送られてきたらしいよ。それが拡散されてるの。出所はわかってないらしいよ」 その日は、働いていても、周りの目ばかり気になって憂鬱な気分になった。 Mさんは、家に帰ると、ディープフェイクについて調べてみた。 検索でヒットするのは猥褻な動画ばかり。 すぐに気が滅入って、それ以上、調べるのはやめた。 気分を直すため、スマホでYouTubeアプリを開いた。ライブ配信をしようと思ったのだ。 週に2、3回、ファッションやメイクについて定期的に配信していて、登録者もインフルエンサーを名乗るほどではないがそこそこにいる。 ところが、YouTubeの自分のアカウントをチェックして、Mさんはゾッと寒気が走った。 身に覚えがない動画がアップされていたのだ。 慌ててチェックした。 撮影した記憶のない自分の動画が流れ始めた。 動画の中のMさんは、歪んだいやらしい顔つきで、同じショッピングモールのお店やスタッフを名指しで「ブス」や「使えないバカ」など口汚く罵りはじめた。 (私じゃないのに!) これもディープフェイクなのか。 「見損なった」「ネットでの誹謗中傷は卑怯」などコメントは荒れて炎上していた。 コメントの中には、ショッピングモールのスタッフからの怒りマークのスタンプもあった。 Mさんは慌てて動画を削除した。 動画を消すや、LINEにメッセージがたくさん届いた。 「あの動画なに?」「ふざけんな、ブス」 動画内で名指しで悪口を言われた人達からのメッセージだった。 Mさんは、見るのがつらくて、スマホを投げ出した。 次の日、Mさんは体調不良で欠勤しようかと思ったが、根が真面目なので、気力を振り絞って出勤した。 タイムカードを押すなり、店長に呼び出された。 「昨日の動画の件、いろんな人達からクレームきてるんだけどどういうつもり?」 店長は、口調こそ穏やかだったが目尻がヒクヒクと痙攣していて、明らかに怒っていた。 店長も、名指しで能無しババアと動画内でののしられていた。 「私じゃないんです」 Mさんは、ディープフェイクという技術で自分になりすまして動画をアップした人がいるのだと説明した。 「じゃあ、Mさんじゃないのね」 店長はそう言ってくれたが、疑うような目つきだった。 その日は休憩室でも更衣室でも誰もMさんに近づこうとしなかった。 唯一の例外はSさんだけだった。 「友達でネットに詳しい人いるから対策ないか聞いておくね」と優しく声をかけてくれた。 家に帰っても憂鬱な気持ちで何もやる気が起きなかった。 いったい誰がMさんにこれほど悪質な嫌がらせをしているのか。 姿の見えない敵にどう対処すればいいのかまるでわからなかった。 ネットを漂ううちに気づけばYouTubeで動画をボーッと眺めていた。 その時、Mさんはひらめいた。 そうだ、ディープフェイクの被害にあっているという動画を撮って公開すれば、誰かがアドバイスをくれるかもしれないし、ショッピングモールの同僚達も本当にMさんが困っているのだとわかってくれるのではないか。 考えれば考えるほど、よいアイディアな気がした。 さっそくMさんは撮影の準備をはじめた。 スマホにマイクを取りつけ録画をスタートし、困っている表情で、「動画をご覧のみなさん、助けてください」と窮状を説明した。 動画を撮り終えると素材をチェックしはじめた。 見直してみると、なかなか真に迫る訴えができているような気がした。 満足して、動画データをパソコンからYouTubeにアップしようとして、Mさんは固まった。 自分のチャンネルでライブ配信がスタートしていた。 パソコンのウェブカメラが緑に点灯してオンになっている。 限定公開なので、誰でも見られるわけではないが、はじめてもいないライブが配信されていることにゾッとした。 「なんなのこれ・・・」 パソコンのライブ配信画面に、とまどっている自分の顔が映っている。 すぐに配信中止のボタンを押そうとパソコンのマウスを動かしたけど、中止ボタンにカーソルが合わさったまま、手が金縛りにあったように固まってしまった。 いくら力を入れて手を動かそうとしても、全く動いてくれない。自分の手ではないみたいだ。 パニックに陥りかけたその時、Mさんは見てしまった。 パソコン画面に映っている自分の顔が、薄く笑みを浮かべていた。 現実のMさんはマウスが動かせず困惑しているのに、パソコンの中のMさんは、別の表情を浮かべていた。 まるで、鏡の中の自分がひとりでに動き出す怪談のように、、、 パソコンを閉じたいのに手が言うことをきいてくれない。 それどころか、足も顔も身体の何もかもが動かせなくなってしまった。 「そんなに情けない顔しないでよ」 パソコン画面の中のMさんの口から言葉が漏れた。 口調に聞き覚えがあった。 ディープフェイクで作られた動画の中の自分。 これもディープフェイクの技術なのか、、、 いや、違う、、、 これは、、、今しゃべっているのは動画の世界の自分だ、、、 Mさんは突如そう理解した。 「私はあなた。あなたは私。だから、私の考えていることがあなたにもわかるはずよ」 Mさんは、動画の世界のMさんからはっきりとした憎悪を感じた。 「くだらない動画をアップして、恥ずかしくないの?あなたにまかせていたら私の価値は下がるばかり。あなたなんか、いらないわ、いらない、いらない、いらない」 いらないという言葉が何度も何度も頭の中でリフレインした。 動画の中のMさんがスッと立ち上がった。 現実のMさんもワンテンポ遅れて立ち上がった。 動画の中のMさんが文房具ケースから、ハサミを手に取った。 現実のMさんもハサミを手に取った。 動画の中のMさんがカメラの前でハサミを自分の喉に向けた。 現実のMさんは必死に抗おうとしたけど、手が勝手に動いて、ハサミの刃を自分の喉元に向けた。 「いや、やめてっ!やめてよ!」 Mさんは動画の中の自分に向かって泣いて懇願した。 動画の中のMさんは、薄く笑っていった。 「あなたなんて、いらないの」 ・・・Sさんは、休憩中に、たまたまYouTubeを見ていて目を疑った。 Mさんの動画があった。 アップされたのは、つい昨日。 2年も前に死んだはずのMさんが動画に出れるわけがない。 チャンネル名がMさんではないので、きっと別人なのだろう。 それにしても、他人の空似なのだろうけど、うり二つだ。 どちらかというと、きつそうな性格に見える顔つきが、あの防犯カメラ映像の中の万引き犯に似ている。 なぜMさんが自殺したのか、はっきりとした理由は結局わからなかった。 やはり、ディープフェイクに端を発した、周りの視線を苦にしてなのかと思ってはいるけど、本当のところはMさん自身にしかわからないことだ。 その時、隣に同僚が座って動画を覗き込んできた。 「あ、この子、今、すごい人気あるんだってね」 「そうなんだ、、、知り合いに似てて、びっくりしちゃった」 「なんかさ、こういう人達って本当に存在するのかなって思わない?」 「どういう意味?」 「実際に会ったことないわけじゃない。ネットの世界にしか存在しない人間だったりして」 「怖いこと言わないでよ・・・」 同僚は冗談でいったのだろうけど、その時、なぜだかSさんは笑う気になれず、本気で背筋が寒くなるほど怖くなった。 そんなSさんを、動画の中から、Mさんにそっくりの女性がうっすらと笑みを浮かべ見つめていた。
https://am2ji-shorthorror.com/2020/11/12/537/
【怖い話】集合ポスト
集合ポストの怪
ある日のこと。 仕事でクタクタに疲れて自宅マンションに帰ってきた私は、日々のルーティンで、郵便物を確認しようとポストに手を入れて、ハッと手を引っ込めた。 ポストの中で誰かの手に触れた気がしたのだ。 指先に、人肌に触れた感覚が微かに残っていた。 私がくらすマンションの集合ポストは、家の鍵をセンサーにかざしロックを開けるようになっていて、裏側にバックヤードがあり、配達の人達はバックヤード側から郵便物や荷物を各部屋のポストに入れる仕組みになっている。 なので、ちょうど郵便を入れる時にはちあってしまったのかと思って、ポストの中をすぐにのぞいたけど、もう誰かの手はなく、耳を澄ませてバックヤード側の気配をさぐってみても、人が動く音は聞こえなかった。 偶然起きたことことはいえ、少し怖いような、なんともいえない妙な気分になった。 そんなことがあってから数日後。 同じマンションに暮らす人と話す機会があった。 先日起きたポストの話をすると、その人もなんと同じ経験をしていたことがわかった。 聞くと、経験したのは私たちだけでなく他にも何人かいるらしい。 私は驚いたと同時に、そんな頻繁に偶然が起きるものかと違和感を覚えた。 そんな私の内心を察してか、ご近所の人は、変質者が故意にやっているのではないかという噂があると話してくれた。言われてみると、確かにそんな気がする。 被害者の1人がクレームを管理会社にいったらしく近々バックヤード側に防犯カメラを設置するという話になっているのだと、その人は教えてくれた。 それから1ヶ月くらいたって、再びご近所さんと話す機会があった。 私は、その後、バックヤードにカメラを設置してどうなったかさりげなく聞いてみた。 犯人が見つかったのかずっと気になっていたのだ。 ところが、私の質問に対して、ご近所さんの顔が曇った。 「それがね、、、誰も映ってなかったんですって」 「誰も映ってなかった?」 カメラを設置してから数日して、また、ポストの中で人の手に触れたという人が現れた。 さっそく管理会社の人が、該当の時間帯の防犯カメラの映像を確かめてみたが、バックヤード側には誰の姿も映っていなかった。 被害にあった本人も含めて複数人で再度確認したが、ロビー側で郵便ポストを確認してハッと手を引っ込めた被害住人の姿は映っているのに、バックヤード側には誰の姿も映っていなかった。 「だから、、、このことはもうあまり騒ぎにしない方がいいって話になったみたい」 ご近所さんが暗に言おうとしているのは、心霊現象の類だとマンションの住人に騒ぎが広まらないようにとのことだろう。 「引っ越しを考えてる人もいるみたいよ」 そんな話を聞いてしまったものだから、郵便ポストの確認に毎回ビクつかなければいけなくなってしまった。 ポストのロックを開けた後、少し距離を開けて中腰になり、まず中を確認してから郵便物を取るようにした。 他の物件に引っ越すといっても、貯金を切り崩して今のマンションに移ってきたので、おいそれと動ける状況ではない。 管理会社も必死なのだろう。 ある日から、郵便ポストが並ぶ一角に盛り塩が置かれるようになった。 これでは、何かありましたと逆に言っているようなものだが、効果があることを願わずにいられなかった。 けど、現実は、そううまくいかなかった。 ある日、ポストの中にAmazonの小口封筒が届いていたので取り出したのだが、私は思わず声をあげて封筒を落としてしまった。 封筒の端に黒い筋のような跡がいくつもあった。 まるで誰かが何度も爪で引っ掻いて封を開けようとした跡のように見えた。 私は怖くなって、ポストの中に盛り塩を置いてみた。 盛り塩を置いた次の日、ポストの中を覗いて、私はすぐにポストを閉めた。 バックヤード側から誰かの目がこちらを覗いていたのだ。 血走った白目と見開いた瞳孔がはっきり見えて、恨めしそうに盛り塩を睨んでいた。 私は、身が凍る思いがして、何も考えれなくなって、その場から動けなくなってしまった。 すると、通りがかりの住人が声をかけてきた。 「あなたも?、、、最近、ひどくなってきてるわよね」 その住人が手に持つ葉書は、真っ黒い指の跡で至る所が汚れていて、手で千切られていた。 ついに、私は、郵便ポストを確認するのをやめた。 毎日、重要書類が入っているわけではないし、DMやチラシがたまっていこうが怖い思いをしたくない気持ちの方が優った。 大切な郵便物が届くわけでもないのに、ルーティンになってしまっていただけだと気がついた。 ポストを確認するのをやめてからは怖い思いをすることもなくなった。 幽霊の仕業だとしても集合ポストに限定される現象らしい。 そんなある日。 管理会社からの奇妙なお知らせがマンションの掲示板に張り出された。 『ポストで発生しておりました、いたずらや迷惑行為は、対処の結果、収まりました。安心してポストをお使いください』 ぼかしてあるが例の心霊現象に対処したことを知らせる内容に違いなかった。 本当なのかと久しぶり郵便ポストを開けてみると、DMやチラシが雪崩れるようにこぼれ落ちてきた。 ポストの中を覗いても特に何もおかしなところはなかった。 大量のDMやチラシを手にエレベーターにむかっていると、はじめに例の現象について話をしたご近所さんと久しぶりに顔を合わせた。 「解決したんですか?」 私がたずねると、ご近所さんは手招きして私をポストの裏のバックヤードに誘った。 はじめて入るが、バックヤード側は、暗くて冷んやりしており、人がようやくすれ違えるくらいの幅の道が集合ポスト分伸びていた。 その1番奥に私は連れて行かれた。 住民が不在時に使う宅配用の大型の郵便ボックスがあって、そのボックスに『使用禁止』と張り紙が貼ってあった。 表側には何も貼ってなかったので、配達人向けの張り紙だ。 「専門家の人のアドバイスで、この中に、管理会社の人が何か入れたらしいわよ。そしたらおかしな現象がピタッと収まったって」 「何を入れたんですかね?」 「神棚とかお札じゃないかって話だけど、中身については、管理会社の人も教えてくれないんですって」 それから、再び、毎日郵便ポストを確認するようになったけど、今のところ一切怖い目にはあっていない。 現象が収まったのだとしたらいいことだが、1番奥の開かずの宅配ボックスに何が入っているのかは、その後もわからずじまいだ。 ある時、ふと気になって、1番奥の宅配ボックスの前に立って、耳をすませてみた。 すると、カリカリと何かを引っ掻くような音と、「はぁぁ」という人の吐息のような音が微かに中から聞こえた気がして、私は急いでその場を後にした。
https://am2ji-shorthorror.com/2020/11/02/536/
【怖い話】リモートワークの発見
天井裏の住人
コロナ禍により、今年の春から私の会社は、リモートワークとなった。 はじめは出社せずに自宅で仕事ができるのがとても嬉しかったが、慣れてくると一人暮らしの寂しさが身に染みるようになった。運動不足もたたり、体重も5kg増えてしまった。 ある日のこと。 少しでも外の空気を吸おうと、ベランダに出て外を眺めていると、マンションの向かいにある公園に目が留まった。 公園のベンチに、スーツを着た男性が座っている。 年齢は40代くらいだろうか。 スマホを熱心に操作していた。 その人を見て、あれ?っと思った。 この前も、同じような時間帯に同じ人を見かけた気がしたのだ。 それだけだったら、さしてなんでもないことだったのだが、、、 その翌日も昼過ぎにベランダで風に当たっていたら、また同じ男性が公園のベンチに座っているのが見えた。 気になってしまい、その翌日も、そのまた翌日も同じ時間帯に外を見てみたら、同じ男性がやはりいる。 いつも同じ時間帯に公園のベンチに座る男性。 毎日、公園で長い時間を過ごしている男性がいるなどということは、コロナでリモートワークになっていなければ気づかなかっただろう。 それにしてもなぜ毎日あのベンチに座っているのだろう。 営業の途中で休んでいるのか、家で仕事をしたくなくて公園に来ているのか。 夕方頃に見てみてもいつもまだ姿があるので、休憩にしては妙に長い。 下世話だとわかっているが、男性が公園でなにをしているのか気になってしまってしょうがなかった。 公園に足を運んでみて、男性の近くをフラフラしてみたりしたけど、理由はなにもわからなかった。 男性はずっとスマホをいじっている。 アプリゲームでもやっているのだろうか。 謎は深まるばかりだった。 リモートワークも1ヶ月くらいすると、家で仕事をするのが辛くなってきた。 たまには外に出ようと思って、カフェで仕事をしてみることにした。 お昼過ぎまで外で作業をして、自宅に帰ってくると、公園に男性の姿がなかった。 私が知る限り、この1ヶ月ではじめてのことだった。 ようやく破られた法則性に好奇心をくすぐられた。 男性の素性を妄想しながら、マンションのエレベーターに乗って部屋に帰った。 ところが、玄関に入った瞬間、部屋の様子に違和感を覚えた。 何がどうおかしいと言葉では説明はできないのだけど、いつもと違う居心地の悪さを感じた。 なんだかむずむずとして、私は一部屋ずつ確認していった。 あらかた確認し終わったけど、なにも変わったことはなかった。 気のせいか、、、そう思った時、上が妙に気になって見上げた。 天井に点検用のパネルがあって、それが少しズレて隙間ができていた。 その隙間から、人の目がこちらを覗いていた。 私は叫び声をあげそうになるのをこらえて、一目散に部屋を飛び出して、警察に通報した。 駆けつけた警察により天井裏から引きずり出された侵入者を見て、私は驚いた。 公園のベンチに座っていた男性だった。 後日、警察から説明を受けたところによると、男性は元鍵屋で、色々な家のドアの鍵を複製しては、不在の時に勝手に侵入するということを繰り返していたらしい。 今の根城にしているのが、私の部屋だったらしく、天井裏からは食べかけの食料が大量に発見されたという。 それらはすべて私の部屋の冷蔵庫から少量持ち出したものや、忘れて棚の奥にしまいこんでいたものだった。 男性は私が不在の日中は堂々と私の部屋でくつろぎ、私が帰る前に天井裏に隠れるという生活を送っていたらしい。 ところが、私がリモートワークになり日中も家にいるようになったので、隙をみて天井裏から脱出したものの、戻れずに、公園で待機するしかなかったらしい。 他の家に移らなかったのは、天井裏に所持品を置きっぱなしにしていたからだそうだ。 私が不在になるのを待って、天井裏から所持品を持ち出すつもりだったが、私が思いの他早く戻ってきたので、鉢合わせしたのだった。 見ていたのは私だけではなかった。 公園の男性もまた私の動向をずっと観察していたのだ。 もしリモートワークになっていなかったら、男性はまだ天井裏に潜んでいたのかもしれないと思うと、ゾッと背筋に寒気が走った。
https://am2ji-shorthorror.com/2020/10/31/%e3%80%90%e6%80%96%e3%81%84%e8%a9%b1%e3%80%91%e3%83%aa%e3%83%a2%e3%83%bc%e3%83%88%e3%83%af%e3%83%bc%e3%82%af%e3%81%ae%e7%99%ba%e8%a6%8b/
仙台のホテルの怖い話
仙台幽霊写真
JR仙台駅のほど近く。 某全国チェーンのビジネスホテルに泊まった時のことだ。 クライアントとの打ち合わせを終え、ホテルに着いたのは午後9時過ぎ。 たまっていた仕事のメールの返信を片付け、少し休もうと明かりを暗くしてベッドに横になった。 商談で疲れていたからだろう。すぐに眠りに落ちてしまったのだが、、、 カシャッ 突然、シャッター音がすぐ近くで聞こえ、目を覚ました。 スマホのカメラのシャッター音のような機械的な音だった。 眠っている私の頭の上で音が鳴ったような気がした。 私のスマホはベッドのサイドテーブルで充電中なので、私のスマホではない。 安いビジネスホテルだから、隣の部屋の音が聞こえたのだろうと、そう納得して目を閉じた。 再び、眠りにつくと、しばらくして、 カシャッ またシャッター音がした。 今度は横を向いて寝ていた私の顔の前から音がした気がした。 壁が薄いからこんなにクリアに音が聞こえてしまうのだろうか。 二度目となると少し気持ち悪かった。 しかも、単なる偶然だと思うが、私の顔を追うように正面からシャッター音がなるのが嫌だった。 まるで透明人間が私をモデルに撮影しているようだった。 もうないだろうと寝返りを打って、数分後。 再びシャッターを切る音が目の前で鳴った。 しかも、目蓋の向こうで一瞬フラッシュが光ったような気さえした。 隣の部屋の音なら、今いる部屋の中でフラッシュが光るなんてありえない。 ゾッと背筋が寒くなり、私は飛び起きて明かりをつけた。 一体なにがこの部屋で起きているのか。 わけがわからず、気持ちを落ち着けようとテレビをつけた。 音を隠すなら音の中。 結局、朝までテレビをボーッと見ながら時間をつぶした。 そんな奇妙な出来事も時間とともに忘れてしまうから人間は不思議だ。 私は、仙台での怖い体験をすっかり忘れ、日常の暮らしを送っていた。 ところが、思わぬ形で仙台出張で泊まったホテルでの出来事を思い出すことになった。 ある日、付き合っていた彼女が家に遊びに来たのだが、ついさっきまで料理をふるまってくれて楽しそうにしていた彼女の表情が暗く陰った。 「もう別れよう」 唐突に彼女は別れを切り出してきた。 てっきりうまくいっていると思っていたので、私はびっくりしてしまった。 理由を尋ねると、彼女は私のスマホのカメラロールを表示して突きつけてきた。 ホテルのベッドで寝ている私を正面から撮影した複数の写真データが残されていた。 全く身に覚えがなかった。 けど、逆の立場で、こんな写真を発見したら浮気相手が撮影したと疑うのが普通だ。 こんな写真取ってないと事実を伝えても言い逃れとしか思ってもらえなかった。 けど、本当に覚えがない。 私は、写真をつぶさに調べ、ハッとした。 写っていたのは仙台で泊まったホテルだった。 ようやく、例の怖い体験とカメラロールの写真との繋がりに思いいたった。 あの時のシャッター音は本当に撮影されていたのだ。 そして、その写真データがなぜか私のスマホに残っていた。 いや、残っていたのではなく送られてきたのだ。 写真データをよくみたらベッドサイドテーブルの私のスマホが小さく写り込んでいた。 私のスマホで撮影されたものではなかった。 私は、彼女に、仙台出張で体験した恐怖体験を説明した。 はじめは疑っていた彼女も、私があきらめず何度も同じ説明を繰り返すので、態度が軟化していった。 「じゃあ、幽霊が撮影したってこと?」 「そうなるかな」 いまだに半信半疑のようだが俺の浮気については、してないとわかってくれたらしい。 「こんな気味の悪い写真、消した方がいいよ」 「そうだな」 私は彼女に言われた通り、カメラロールから、仙台のホテルの写真を全て消した。 その時だった・・・ カシャッ シャッター音がすぐ近くからした。 私は、信じられない思いで、音のでどころを見つめた。 彼女の口の中から聞こえた気がしたのだ。 「どうかした?」 「・・・いや」 私はそれ以上深く追求できなかった。 恐る恐るカメラロールを確認すると、今彼女がいる位置から、スマホの写真を削除している私の姿を写した写真が増えていた・・・ この現象と彼女には何か関わりがあるのだろうか。 それはいまだにわかっていない・・・。
https://am2ji-shorthorror.com/2020/09/17/%e4%bb%99%e5%8f%b0%e3%81%ae%e3%83%9b%e3%83%86%e3%83%ab%e3%81%ae%e6%80%96%e3%81%84%e8%a9%b1/
【怖い話】旧友からの電話
電話の向こうの旧友
Dと話すのは17年振りだった。 中学を卒業して以来だ。 ある日の夜、仕事から帰って自宅のソファで休んでいると、知らない番号から電話がかかってきた。 それがDだった。 「久しぶり」 17年振りに声を聞いたにも関わらず、すぐにDとわかった。 子供の頃の絆は不思議なものだ。 社会人になってからの"友達"とは明らかに違う。 「久しぶりだな。誰から俺の電話番号聞いたんだよ」 「お前の実家に電話して教えてもらった」 「何かあったのか?」 「いや、別に用があったわけじゃないんだ。どうしているかと思ってさ」 「・・・」 もちろん変だなと思った。 17年振りに、中学の同級生に用もなく電話をかけるわけがない。 でも、なぜか、その時は、それ以上突っ込めなくて、離れていた時間の隙間を埋めるように、近況をお互いに話した。 Dも俺と同じく結婚もせずフラフラとしているらしい。 仕事漬けの毎日。 誰かに話を聞いて欲しくて、俺の顔を思い出したのだろうか。 その気持ちはわかる。 Dと話していると次から次へと昔のことを思い出した。 Dは地元の進学校に進み、俺は中学卒業とともに引っ越して他県の高校に通った。 父親が転勤族で引っ越しが多い家庭だったのだ。 中学卒業以来、Dとのやりとりは途絶えてしまった。 俺は俺で新しい環境になじむのに必死だったし、今みたいにまだスマホが当たり前に普及している時代でなかったのでよほどの用がないかぎり旧友に連絡を取ることもなかった。 思い出として懐かしむうちに、あっという間に時間だけが過ぎていき、気づけば17年だ。 「もっと早く連絡すればよかったな」 後悔が声になって出た。 もしかしたらDも同じような思いで、わざわざ電話をかけてきてくれたのかもしれない。 そうだとしたら、とても嬉しかった。 結局、その日は2時間以上も昔話をして、用件を聞けないまま電話を終えた。 それから、2、3日おきだったり、一週間くらい時間をあけて、ぽつぽつとDから電話がかかってくるようになった。 俺から電話をかけることもあった。 昔話だけして電話を終えることもあれば、仕事の愚痴を聞いてもらうこともあった。 ある日の電話。「そういえば、はじめに電話をかけてきた用件って結局、なんだったんだ?」と俺は 聞いてみた。 今となってはどうでもいいことだけど、ふと思い出したのだ。 すると、Dは「ほんとうに、用はなかったんだ。ただ、なんとなく話したくなってさ」と答えた。 俺はそれを聞いて嬉しかった。 気づけば、Dとの電話は心のよりどころになり、なくてはならないものになっていった。 ストレスの多い毎日を乗り切るための、支えだった。 「電話ばかりじゃなくて今度会って話さないか」 ある時、俺は提案してみた。 平日の仕事終わりでは時間の限りもあるし、電話をかけながら寝落ちしてたこともあった。 時間を気にせず、落ち着いて話すのも悪くないなと思ったのだ。 「そうだな。今度落ち着いたら、会おう」 はっきり断られたわけではないけど、はぐらされ、誤魔化された。 会うつもりはないのだとわかった。 なにか事情があるのかもしれないし、単に会うのは億劫なだけかもしれない。 なにがなんでも会わないといけないわけではないけど、少し寂しくはあった。 電話だけのやりとりが数年続いた頃、俺はあるサプライズを思いついた。 Dがいきなり電話をかけてきたように、今度は俺がDにいきなり会いにいって驚かせるのだ。 俺はすぐに計画を実行した。 次の休み、中学まで過ごしたW町に電車で向かった。 片道3時間30分。ちょっとした小旅行だ。 久しぶりにW町の駅に降りると、あまりの変わらなさに驚いた。 時間の波にW町だけ取り残されたようだった。 すべての風景が懐かしかった。 駅前の商店街。公園。中学校。河原。 Dの実家まで、駅からバスと徒歩で45分くらいかかった。 Dが今でも実家に住んでいるとは思わないが、何度もDの家には遊びに行っているので、Dの両親に聞けば、今住んでいる場所を教えてもらえるだろうと見込んでいた。 玄関のベルの音も昔と変わっていなかった。 しばらくして、Dのお母さんがあらわれた。 白髪が増えたけど、昔の面影がある。 「はい、なんでしょう?」 「あ、突然すいません。覚えていないでしょうか、Dくんと中学校の同級生だったAです」 Dのお母さんは驚いたように目を丸くした。 「Aくんなの?うそー。こんな立派になっちゃって」 「ご無沙汰しています」 「この町に戻ってきたの?」 「いえ、戻ってきたわけじゃなく、Dくんに会いにきたんです」 そう告げると、Dくんのお母さんの表情が変わった。 唇を引き結び、肩を震わせている。 様子がおかしい。 「あの・・・」 「知らなかったのね。あの子、亡くなったのよ。高校3年生の時に」 「・・・え?」 俺は凍りついた。 わけがわからなかった。 ありえない展開に頭が混乱した。 理屈があわない。 「・・・どうして?」 長い沈黙のあと、ようやく俺の口から言葉が出た。 「事故でね・・・よかったらお線香あげていってあげて」 家にあげてもらいDの遺影に手を合わせ、お線香をあげた。 Dが死んだのは嘘でも冗談でもなかった。 その場では神妙な態度を貫いたけど、内心は叫び出したかった。 (だったら、この数年、俺が電話していた男は誰なんだ!) Dの家をあとにすると、それを待っていたかのように電話が鳴った。 死んだはずのDからだった。 電話を持つ手が震えた。 誰かが俺を騙しているのか、それとも亡くなったDが本当に電話をかけてきているのか・・・。 「・・・結局、その電話には出なかった。それからも毎週のようにDからの着信がきた。けど、怖くていまだに電話を取ることはできないんだ」 話し終えたAがふぅと息を吐くのが、電話越しに聞こえた。 沈黙が続いた。 Aの息遣いだけが聞こえる。 17年振りに電話をかけてきた旧友のAは、それほど仲がよかったわけでもない私に、唐突に怪談話を聞かせてきた。 目的はなんなのか。さっぱりわからない。 いや・・・そもそも電話の向こうのAを名乗る相手は生きた人間なのだろうか。 電話を切りたいのにどうしても切れない。 「・・・なぁ」 Aが荒い息遣いで話し始めた。 「今から会いにいっていいかな」
https://am2ji-shorthorror.com/2020/09/17/%e3%80%90%e6%80%96%e3%81%84%e8%a9%b1%e3%80%91%e6%97%a7%e5%8f%8b%e3%81%8b%e3%82%89%e3%81%ae%e9%9b%bb%e8%a9%b1/
民泊の怖い話
東京の恐怖夜話
これは民泊がまだ世間から今ほど注目を集めていなかった数年前に、Oさんが体験した怖い話。 Oさんは、当時大学生で、同じ大学に通う彼氏がいた。 その彼氏というのが、パチスロにはまってバイト代を全部使ってしまうようなダメ男だったけど、なんとなくズルズルと付き合いを続けていた。 ある時、彼氏が珍しく、旅行に誘ってきた。 行き先は東京。ディズニーランドにいこうと彼氏はいった。 まだ一度もディズニーランドにいったことがないOさんは素直に喜び、普段のダメな彼氏の姿を知っているだけに、やればできるんだと嬉しくなり、手配などすべて彼氏任せにしてしまった。 夕方、電車で東京に到着し、彼氏のあとについて宿泊先に向かったOさんは驚いた。 「ここが今日泊まるところ」と案内されたのは、飲み屋が並ぶ通りにあるさびれたマンションだったのだ。 民泊という、一般の人の部屋を貸りて泊まれるシステムがあるのをOさんはその時はじめて知った。 お金がない彼氏が、格安で泊まれる場所を探していて、見つけたらしい。 鍵が入っているという郵便ポストからはDMとチラシがはみ出していて、チラシとチラシの間に安っぽいシリンダー錠が入っていた。 マンションの廊下は下水のようなニオイがして、照明の蛍光ランプは明滅していた。 外観からある程度想像できたけど、部屋の中も悲惨だった。 間取りは1Kなのだけど、壁紙は黄ばんでいて、部屋からタバコとカビ臭さがまざったようなニオイがした。 シングルベッドがポツンとあるだけで他の家具は何もない。 ベッドシーツをさわってみると、髪の毛がいくつも残っていた。 ちゃんと掃除もしていないらしい。 「ねぇ、本当にここに泊まるの?ホテル探そうよ」 Oさんがイライラと彼氏に言うと、 「もうお金払ってるし」と彼氏もイライラと返事をした。 彼氏も、あまりの部屋の悪さには引いていたけど、お金を無駄にしたくない気持ちが先行していた上に、自分が手配した手前、責められていると感じて引くに引けないようだった。 Oさんと彼氏はしばらく言い争いになったけど、結局、Oさんが折れた。 せっかくの旅行を台無しにしたくなかったのだ。 彼氏は、不機嫌になって、ベッドに横になってしまった。 Oさんは、髪の毛だらけのベッドに入る気になれず、持ってきたジャケットを床に敷いて、その上に横になった。 しばらくして、Oさんは、寝息をたて始めていた彼氏をゆすって起こした。 「なんだよ?」 「誰かに見られているような気がする」 「は?気のせいだろ」 「この部屋、持ち主がいるんでしょ?監視カメラとか仕掛けられたりしてない?」 すると、彼氏は「はっ」と上から馬鹿にするように笑った。 Oさんは、また怒りが再燃し、彼氏は放っておいて、コンセントや天井にカメラらしいものが仕掛けられていないかチェックしたが、何も見つからなかった。 けど、部屋から感じる不快感はなくならない。 その時、彼氏が眠るベッドの下の隙間がOさんの目に留まった。 屈んでベッドの下の隙間を覗いてみた。 奥に黒く盛り上がった固まりがあるように見えた。 ・・・なんだろう。 嫌だけど、手を伸ばしてみた。 指先を動かしながら慎重に少しずつ探っていく。 すると、指先の周りの空気が動くのを感じ、布のような感触が指先をササーッとなでていった。 「きゃっ」 悲鳴を上げてベッドの下から手を抜いた。 「今度はなんだよ」 彼氏が不機嫌そうに首だけで振り返る。 「ベッドの下になにかいる」 「気のせいだよ」 「ねずみとかかもしれないし。見てよ」 彼氏は渋々といった態度で起き上がり、ベッドの下をスマホのライトで照らした。 なにもいない。 奥に見えた気がした黒い盛り上がりもなくなっていた。 「びびりすぎ」 再び馬鹿にするように鼻で笑って、彼氏はベッドに戻った。 Oさんは悔しくて仕方なかった。 (なんで私は、こんな嫌なダメ男と付き合っているんだろう。この旅行が終わったら今度こそ別れよう) Oさんが、横になっている彼氏の背中を見ながらそんなことを考えていると、ふと彼氏の姿に違和感を覚えた。 なにかわからないけど、今視界に入っているものに間違いがあるような感覚・・・。 目を凝らして考えた。 ハッとOさんは身じろぎした。 彼氏の肩に回された手。 下になった彼氏自身の右手だと思っていたけど、彼氏の手にしては妙に細い。 まるで・・・女性の手だ。 Oさんが立ち上がって近づくと、肩に回された手はスッと彼氏の身体に隠れた。 Oさんが、正体を確かめようと恐る恐る覗き込むと、ちょうど彼氏が寝返りを打って、目を見開いた。 「なんだよ、やっぱ、一緒に寝たいの?」 「は?そんなんじゃない」 ニヤニヤ笑う彼氏にOさんは苛立って、再び床に座った。 あの手は見間違いだったのだろうか・・・。 Oさんは寒気を感じブルッと身を震わせた。 さっき近づいたせいで彼氏はなにを勘違いしたのかOさんの方を向いて、ニヤニヤ笑いを続けていた。 とてもそんな気分じゃなかったし、Oさんは彼氏の視界から逃げたくて立ち上がった。 彼氏と向き合うよりは黄ばんだ壁でも見ていた方がマシだった。 すると、照れ隠しと思われたのか彼氏が起き上がり、Oさんの背後にきて腕を回してきた。 (あー、うざい) Oさんが彼氏の腕を外そうとしたその時、Oさんは壁紙が少しめくれている箇所があるのに気がついた。 Oさんは、ほぼ反射的にめくれているところに指を添えて、ピリピリとめくっていた。 すると、壁紙の下から液体が点々と飛び散ったような小さな斑点があらわれだした。 さらにめくっていくと斑点がどんどんふえていく。 赤黒いそのシミは、まるで・・・血の跡のようだった。 Oさんは血の気が一気に引いた。 すぐに荷物をまとめた。 「もうやだ!この部屋、なにかあったところだよ。こんなところ借りるなんてなに考えてるの。私は別のところに泊まるから!」 言い放って、Oさんは部屋を飛び出した。 「おい、ちょっと待てよ!」という彼氏の言葉は無視した。 スマホがあればどうせ連絡はつく。 とにかく、一刻も早く、部屋を出たかったのだ。 しばらく歩くと、空いているビジネスホテルがすぐに見つかった。 スマホを確認したが、彼氏からの連絡は入ってなかった。 自分の彼女が旅行先でどこに泊まろうとどうでもいいというのだろうか。 Oさんは宿泊手続きをすすめた。 けど、彼氏が追ってくることも考えて、2人泊まれるセミダブルの部屋にしてもらい、ホテルの名前と場所を彼氏にメールだけしておいた。 未明まで彼氏からの連絡を待ったが、結局、電話もメールもなかった。 意地になって、あの部屋に泊まったのだろうか。 前から、彼氏には、へんなところで強がるクセがあった。 プライドだけ強い甘ちゃんなのだ。 ほんとにいいところなどないのに、情と義理で見捨てることができなくなってしまっているのは自分でもわかっていた。 仮眠をとってチェックアウトをすませてホテルを出た。スマホを確認しても、まだ彼氏からの連絡はない。 痺れを切らしたOさんは自分から電話をかけた。 しかし、彼氏は出ようとしなかった。 (ほんとになに考えてるの) イライラはマックスまで高まっていたが、一人でディズニーランドにいってしまうのも忍びなく、カフェで時間をつぶした。 けど、いくら待てども、彼氏から連絡が来ることはなかった。 一度だけ、民泊のマンションの前までいってみたけど、どうしても中に入る気になれず、チェックアウトの時間も過ぎているからいないだろうと思い引き返した。 時間だけが無駄にすぎ、Oさんは、結局、1人で帰途の新幹線に向かった。 東京駅で新幹線を待つ間、惨めな気持ちに涙がおさえられなかった。 周りの人から奇異な目で見られているのはわかった。 人生、最悪の旅行だった。 新幹線に乗り込むと、隣の席は空席だった。 予約してあったのに、一緒に帰るつもりもないらしい。 これであの人との付き合いは終わりだな。 Oさんはそう感じた。 東京から帰ると踏ん切りもついて、彼氏からの連絡を待つ気もさらさらなくなった。 気持ちを切り替え大学生活に戻って数週間、キャンパスを歩いていたOさんはギョッと足を止めた。 見間違えかと思ってスルーしかけたが、彼氏が1人で向こうから歩いてきていた。 旅行以来一度も連絡を取っていないので気まずかったけど挨拶くらいはしないと失礼かなと思った。 ところが、彼氏の方はOさんが視界に入っていないかのように横を通りすぎていった。 どうもその様子がおかしかった。 血色が悪く、頬はこけ目の下には濃いクマができていて、下を俯いて、ひとりごとをなにやらぶつぶつつぶやいていた。 まるで別人のようだった。 心配になって、声をかけようと振り返ると、ついさっきまで1人で歩いていたと思ったのに、彼氏の横に黒髪の女性が寄り添うように歩いていた。 もう次の彼女を作ったのか。 がっかりしたようなすっきりしたような変な気分にOさんはなった。 けど、なんだろう・・・こんなに天気がいいのに、2人が歩いているところだけ暗く陰鬱に見えた。 それ以来、Oさんは、彼氏の姿を見かけていないという。
https://am2ji-shorthorror.com/2020/09/14/%e6%b0%91%e6%b3%8a%e3%81%ae%e6%80%96%e3%81%84%e8%a9%b1/
【怖い話】放課後の密談
密談の陰謀
Tさんは中学の教員歴15年のベテランだ。 ある日の放課後、担任をつとめるクラスの教室前を通りかかると、女子生徒2人が顔を寄せ合ってヒソヒソと話し込んでいるのが見えた。 聞いたら悪いと思いながらも、2人のただならぬ様子につい足を止めた。 「飛び降りは?」 「うーん、見つからない?」 「首吊りにする?」 「力がいるよ」 「線路に飛び込むのは?」 「監視カメラあるし」 会話の内容にTさんは愕然とした。 2人が話しているのは自殺の方法の相談ではないか。 熱血漢のTさんは見過ごすことができず、2人の会話に割って入った。 「おい!2人とも。馬鹿なことはやめろ。自殺なんて。何か悩んでるなら相談してみろ」 すると、女子生徒2人は、冷めた目でTさんを見つめていった。 「私達が相談しているのは、先生を自殺に見せかけて殺す方法ですよ?」 「・・・え?」 女子生徒2人は、いたずらっぽく笑いあいながら教室を出て行った。 Tさんは、金縛りにあったかのように、その場からしばらく動けずにいた。 よく考えたら、2人はTさんのクラスの生徒達ではない。学校内で見かけた覚えもなかった。 今のところTさんの身辺でおかしなことは起きていないというが、なんとも気持ちの悪い経験として、いまだに忘れられずにいるそうだ。
https://am2ji-shorthorror.com/2020/09/14/%e3%80%90%e6%80%96%e3%81%84%e8%a9%b1%e3%80%91%e6%94%be%e8%aa%b2%e5%be%8c%e3%81%ae%e5%af%86%e8%ab%87/
【怖い話】愛しているのに
愛の逃亡者
「私がどれだけタカシを愛しているかわかっているの!」 金切り声をあげて彼女はいった。 「・・・うん」 私はそう言うしかない。 彼女の手には包丁が握られている。 玄関に続く廊下を塞ぐように立っているので逃げられない。 へたに動けば刺される。 彼女の目がそう告げていた。 「じゃあ、どうして別れるなんていうの」 「それは・・・ちょっと・・・」 「はっきりいいなさいよ」 「いや・・・」 私の歯切れの悪さに彼女が苛立ち始めている。 どう答えればいい? どう答えれば彼女は納得する? 私は頭を回転させた。 答えを間違えれば彼女が自分自身を傷つける可能性もある。それはそれで困る。 この局面を乗り切る言葉を必死に記憶から探すが、何も出てこない。ヒントなどどこにもない。 出るのは冷汗だけだった。 「言いたくないってわけ?」 「そういうわけじゃ・・・」 「言えないのね」 彼女の目が据わり、包丁を握る手が動く。 「違うから!落ち着こう、とりあえず」 「私は落ち着いてるわよ!」 彼女が包丁を持った腕を勢いよく右に振り壁に穴が空いた。 このままでは殺される・・・。 冷汗が脂汗にかわった。 彼女に気づかれないよう、リビングのテーブルに視線を送る。 テーブルの上にスマホが置いてあるが、彼女の目を盗んでスマホを手に取り110番するまで10秒はかかる。 何度、シュミレーションしても、通報する前に刺される気がする。 でも、彼女の精神はどんどん不安定になってきている。もうこの手に賭けるしかない。 私は、彼女の注意が一瞬逸れた隙に、テーブルの上のスマホに勢いよく手を伸ばした。 「なにやってるのよ!タカシ」 しまった、気づかれた。 彼女が包丁を手に私の方に向かってきている。 万事休すだ。 私はパニックの中、奇跡を祈って彼女の理性に呼びかける。 「私はタカシじゃありません!私は・・・」 しかし、続く言葉は口から出てこなかった。 お腹が焼けるように熱い。 朦朧とする意識で彼女の顔を見て私は思う。 (・・・この女、誰なんだ?タカシって誰なんだ・・・)
https://am2ji-shorthorror.com/2020/09/14/%e3%80%90%e6%80%96%e3%81%84%e8%a9%b1%e3%80%91%e6%84%9b%e3%81%97%e3%81%a6%e3%81%84%e3%82%8b%e3%81%ae%e3%81%ab/
【怖い話】花屋怪談
不滅の花屋怪談
Mさんは、小さい頃から花屋を営むのが夢で、35歳の時に勤めていた会社を辞めて、念願だった小さな花屋をオープンさせた。 お店は、最寄り駅から歩いて15分くらいある閑静な住宅地にあり、立地条件に恵まれているわけでは決してなかったが、オープン初日の客足は期待を上回るものだった。 売り上げが読めなかったのでしばらくMさん1人で切り盛りしていくつもりだったが、このままの客足であればアルバイトを雇ってもよさそうだった。 ところが、開店して数日して、予想だにしない事態が起きた。 商品の花が次から次へと枯れていったのだ・・・。 栄養剤を入れた水につけているので、そんなに早く枯れるわけがなかった。 商品の花が枯れていってしまっては、お店がたちゆかない。 すぐに新しい花を発注したものの枯れた理由がわからず不可解だった。 ところが、発注し直した花もほとんどが2、3日のうちにあっという間に枯れてしまった。 Mさんはテナントに入りきらない在庫の花を自宅マンションに置いていたのたが、そちらはまったく枯れず活き活きとしていたので、栄養剤の問題ではなさそうだ。 であれば、栄養剤ではなく水質が理由なのかと思って、業者に頼んで水質をチェックしてもらったけど、どこにも問題は見つからなかった。 3度目の正直で再び発注し直しても、またも花はすぐに枯れ出した。 どこに問題があるのかわからず、Mさんは頭を捻るしかなかった。 このテナント自体に何か問題があるのだろうか。 困ったMさんは、ビルのオーナーに相談してみた。 すると、こんなことを言われた。 「あぁ、あなたの前に入っていた花屋さんも『花が枯れる』って同じようなこと言ってましたよ、そういえば」 Mさんのお店の前にも花屋が入っていたのは初耳だった。 「前に入っていたお店の方から何か理由を聞いていませんか?」 「さぁ、その人もわからなくて困ってたみたいだよ」 「よろしければその方の連絡先教えていただけませんか。本当に困っていて」 すると、途端にオーナーの歯切れが悪くなった。 「・・・んー、無理だなぁ、亡くなったんですよ、その人。それも、おかしな死に方だったらしくてね」 「えっ?」 なぜ死んだのかの理由について、ビルのオーナーは口が重かったが、食い下がると、変死だったと話してくれた。 「結局、自殺ってことになったんだけど、直接の死因は栄養失調による臓器不全だったらしくて、それだけでも奇妙なのに現場の有様がまたおかしかったらしくて。警察の人が言うには、口から花が咲いてたっていうんですよ。まるで、活けられてたみたいに・・・心を病んでたのかもしれないね」 ビルのオーナーは最後にそんな不可解なことを教えてくれた。 結局、このテナントに前に入っていた花屋の主人が同じ現象に悩まされて自殺した、ということはわかったが、問題の解決に直接繋がるような情報は得られなかった。 同じ花屋で同じ現象に悩まされていた人が、最後に自ら命を経ったというのは、なんとも不吉な話だ。 それでも、ようやくオープンした自分の店を簡単に諦めるわけにはいかなかった。 お店を閉めたあと、花が枯れる原因について考えながら、枯れた花を捨てていると、Mさんはある発見をした。 枯れずに元気な植物が1つだけあったのだ。 アイビーだった。 常緑の観葉植物で、ツルが伸びる特性を活かして壁面緑化にも利用されることがある。 もともと根をしっかりはる生命力ある植物だけど、 アイビーだけ枯れずに残っている理由がわかれば何か見えるかもしれない。 Mさんは残ったアイビーを自宅に持ち帰って、詳しく調べてみることにした。 翌日は休業日だったので、寝ずに植物図鑑と向き合い、ああでもないこうでもないと頭を捻らせたが、光明は見えなかった。 一体、何が原因なのか。 このまま花が枯れる原因がわからずじまいだとお店をつぶすしかない。 それだけは嫌だった。 発注した花のそれぞれの特徴を調べ、何か法則が見えないかとも考えたが、それもダメだった。 心が折れかけたその時、Mさんはある事実に気がつき、発注書に再度目を通した。 そんな馬鹿な。ありえない・・・。 なんでこんなことが。 ・・・Mさんが恐れていた通りだった。 Mさんはワナワナと震えた。 いったいどうして・・・。 慌てて、自宅で保管していた花をチェックしてみると、一晩で花が枯れ始めていた。 Mさんはスマホで電話をかけた。 眠そうな声でビルのオーナーが応対した。 「どうかしましたか?」 「教えていただきたいんです。前の店の方が亡くなった時、口に花が活けられてたみたいだっておっしゃってたと思いますが、何の花だったか覚えていますか?」 「えぇ?なんでまたそんなことが知りたいんですか?」 怪訝そうなオーナーの声が電話の向こうから聞こえた。 「警察の人がなにか言ってた気がするけど、もう何年も前だからなぁ」 「・・・もしかして、アイビーじゃなかったですか?」 「アイビー?あぁ、そんな名前だったかも。あぁ、思い出した。あのビルの裏の壁にね、生えてるヤツだったですよ」 Mさんはスマホを手に放心した。 繋がった。 もとから自生していたのだ。 Mさんが発注書を見返して気づいた事実。 それはアイビーをMさんが発注などしていなかったことだった。 なぜ発注していないアイビーがお店の商品として並んでいたのか。 なぜアイビー以外の花が枯れていくのか。 なぜ前の店の主人はアイビーを口に入れて栄養失調で亡くなっていたのか。 起きた事象の点と点を繋ぐと、ある仮説がMさんの脳裏に浮かんだ。 けど、そんな非科学的なことがあるだろうか。 それでは、まるで・・・オカルトだ。 その時、Mさんは誰かの視線を感じたような気がして振り向いた。 視界に飛び込んできたのはアイビーの花だった。 アイビーの花々は、まるで人が首を捻ったかのように、すべて等しくMさんの方を向いていた。 ・・・昨夜まで花など一つも咲いていなかったのに。 アイビーは花を咲かせる種類が限られている上に、花を滅多にお目にかかれない。 それが、あんなにもたくさんの花を一晩で咲かせるなんて。 アイビー以外の他の花や植物はすべて萎れて枯れてしまっている。 Mさんは自分が目の当たりにしている光景に目を疑った。 アイビーのツルが他の花や植物を入れた花瓶に伸びていて、ゴクゴクと生き物が喉を鳴らすように蠕動していた。 悲鳴をあげたMさんの口をめがけ、アイビーのツルが針のように伸びて襲いかかった。 走馬灯とともに最後にMさんの頭によぎったのはアイビーの花言葉・・・「不滅」だった。
https://am2ji-shorthorror.com/2020/09/12/%e3%80%90%e6%80%96%e3%81%84%e8%a9%b1%e3%80%91%e8%8a%b1%e5%b1%8b%e6%80%aa%e8%ab%87/
【怖い話】アラーム
警報の亡霊
ジリリリリリ・・・!! けたたましいアラームの音がして、枕元のスマホに手を伸ばす。 まどろんだままアラームを切ろうとするが、一向に鳴りやまない。 おかしいなと思ってふと気がついた。 こんな音のアラームを設定した覚えはない。 ハッと覚醒してスマホを確認すると、時刻は朝4時37分。 まだ陽ものぼっていない。 自分のスマホのアラームじゃないとすれば近隣の部屋の目覚ましだろうか。 でも、隣の部屋の音がこんなにはっきりと聞こえたことなど今までなかったし、アラーム音はすぐ近くから聞こえた気がした。 寝ぼけて夢でも見たのだろうか、なんとも不思議な感覚だった。 ところが、それから数日おきに謎のアラーム音で目を覚ますようになった。 時刻は決まって朝の4時37分。 何度聞いても音のでどころはわからない。 けど、寝ている自分のすぐ近くなのは間違いない。 気味が悪くて、だんだん寝つきが悪くなってきた。 金縛りにあったとか幽霊が枕元に立ったとかではないけど、明日も正体不明の音に起こされるのではないかと思うと、ストレスでしかなかった。 せめて音の出どころがわかれば溜飲も下がるのだけれど。 やがて、アラーム音がストレスになって、眠れなくなってしまった。 起きていれば音の正体がわかるかと思ったけど、何度トライしても、4時37分になってジリリリリというアラーム音が鳴り出し、でどころを探すうちに音は止んでしまった。 すぐ近くなのに、音のでどころがわからない。 まるで音の幽霊のようだった。 ある時、ついに我慢の限界がきて、家を出てビジネスホテルに泊まることにした。 簡単な宿泊準備をして近所の安いホテルに泊まった。 その日は久しぶりに朝までぐっすり眠れた。 朝起きると、知らない番号と実家から朝方に着信がたくさん入っていた。 なんだろうと思って、実家に折り返しかけてみると、母親が涙声で言った。 「無事なの?今朝アパートが火事になったって、不動産管理会社の人から連絡あったのよ!」 「えっ!」 慌ててアパートに帰った僕は、呆然とするしかなかった。 木造アパートはみるかげもなかった。 一部の柱や壁が真っ黒に炭と化して残っているだけで、ほぼ全て燃え尽くされていた。 その時、挨拶したことがあるアパートの住人の姿を見かけた。 向こうも僕に気がついて近寄ってきた。 「まいったよな、全部焼けちまって」 「何時くらいに火事になったんですか」 僕は聞いた。 「朝の4時半とかだったよ」 4時半、、、。 「慌てて逃げて、なんとか助かったけど。キミは外出中だったの?」 「はい・・・」 「運がよかったね。キミの部屋の近くらしいよ、出火場所」 「え・・・?」 「だから、てっきり・・・」 それ以上は続けないでくれたけど、言わんとしていることはわかった。 昨日もしも自分の部屋で寝ていたらと思うと、ゾッと寒気がした。 「出火原因はなんなんですか?」 「さぁ。警察の話じゃ不審火らしいよ」 「放火ってことですか?」 すると、近所の人は頭をガリガリと掻いて困惑して言った。 「まさか同じアパートでまた火事にあうなんて思わなかったよ」 「また?二回目ってことですか?」 「あぁ、3年前にも燃えてるんだよ、このアパート。その時は半焼で済んだんだけどさ、、、」 2回も同じアパートが火事になったという事実に僕は衝撃をうけるしかなかった。 近所の人とわかれた後もしばらく僕はアパート跡地の前に立ち尽くしていた。 さっきから同じことをずっとグルグル考えている。 毎朝4時37分に鳴ったアラーム音。 アレと火事には何か関係があるのだろうか。 あのアラームが鳴らなければ僕はいまごろ家で寝ていて命を落としていたかもしれない。 とすれば、アラーム音は警告してくれていたのだろうか。 でも、なぜ、、、 いくら考えても答えは出なかった。 僕は転居先が決まるまで実家に帰ることになった。 まだ学生の身分だったので助かった。 大学もしばらく休もうかと思っていた。 荷物はすべて燃えてしまったので、身軽だったのがたった唯一の不幸中の幸いだった。 ただ、火災後の諸々の手続きを想像すると辟易とした。 実家の僕の部屋は以前のままだった。 ベッドに横になると、どっと疲労が押し寄せてきて、あっという間に眠りに落ちた。 気がつくと部屋は真っ暗だった。 どれくらい寝ていたのだろう。 時間の感覚がなかった。 スマホを手に取ると、am4:34だった。 もうすぐアラーム音が鳴る時刻。 ジワリと嫌な汗が浮かんだ。 もう何も起きるはずがない。 そう思うのに、胸がドキドキする。 4:36・・・4:37。 問題の時刻になった。 ・・・何も起こらない。 フーッと大きく息を吐く。 あのアパートだけの現象に決まってる。 何を恐れているのかと馬鹿らしくなって笑いがこみ上げてきた。 その時、なんだか奇妙なニオイがした。 こげくさい。 肉が燃えているような嫌なニオイだ。 まさか、、、。 僕は慌てて起き上がろうとして、ハッとした。 ベッドの前に黒い影があった。 こげたニオイはその影から漂ってきていた。 目が暗闇に慣れて影の正体が見えてくる。 それは火傷を負った両足だった。 焼けただれた皮膚がめくれ、赤い肉がはみでている。 その時、僕はハッと悟った。 4:37に鳴っていたのはアラーム音なんかじゃない。 ・・・火災の警報器の音だ! 毎日毎日鳴っていたのは警告のためではなかった。 「3年前にも火事があったんだよ、このアパート」 近所の住人の言葉を急に思い出す。 その火事の犠牲者は? もしかして、3年前の火事も朝の4:37に起きたんじゃないのか。 ズチャ、と音がして、火傷を負った足が僕の方へ一歩近づいてきた。 肉が腐ったニオイがたちこめる。 恐怖で身動きができず、足から目が離せない。 ズチャ、ズチャ、ズチャ。 火傷を負った足が目の前にある。 上を見たら絶対にダメだ!僕は震えながら、目の前の足を注視する。 その時、頭の上から声が降ってきた。 「・・・アツイ・・・アツイヨ」 僕は反射的に声の方を見てしまった。 真っ黒く焼け焦げた顔から血走った両眼が僕を見下ろしていた、、、 次に気がついた時は昼過ぎだった。 夢だったのだろうか、、、 外気は寒いのに、身体が汗だくで熱を持っていた。 まるで火に炙られていたかのような、そんな嫌な熱さだった。 後で調べてみたら、3年前のアパートの火災で犠牲になった人がやはりいた。 おそらく僕が住んでいた同じ部屋なのだろう。 火災の日付けを確認して驚いた。 3年前の火災があった日は、ちょうど今回、アパートが燃えた日とまったく同じ日だった。 命日だったのだ。 いまださまよう魂が、警報器の音とともに4:37に現れていたということなのだろうか。 そう思うと物悲しい気持ちになった。 ただ、ひとつだけ謎が残った。 3年前の出火原因も放火で犯人は捕まっていないらしい。 3年前と今回、いったい誰がアパートに火をつけたのだろうか、、、 幽霊が火をつけるなどということはないと信じたいが、あのアパートがあった場所では今後も何か起きるのではないかという予感がした。
https://am2ji-shorthorror.com/2020/09/12/%e3%80%90%e6%80%96%e3%81%84%e8%a9%b1%e3%80%91%e3%82%a2%e3%83%a9%e3%83%bc%e3%83%a0/
【ショートホラー】陰口のない国
陰口禁止国
「なんびとも、本人のいない場で、陰口を言ってはならない」 突然の「陰口禁止法」の成立に日本中が驚いた。 違反した人は罰金2,000円の過料を支払わねばならず、適用範囲は、現実社会のみならず、オンラインも含まれた。 この法律ができた背景は諸説あり、時の総理大臣が閣僚に陰口を言われているのに激怒して施行を推進したとか、やまぬネットでの誹謗中傷を減らすため国民のモラル向上を目的として施行されたとか、新たな財源確保として他人の悪口が好きな日本人の特性に目をつけたとも言われていた。 事実、この法律が成立した翌年、日本の国家予算は数倍に膨れ上がった。それだけ、違反をして過料を取られた人間が多かったということだ。 「陰口禁止法」の効果には、賛否両論あり、議論は紛糾し続けた。 Kさんは、陰口禁止法の施行から1年も経たずして、すでに数十万円の罰金を払っていた。 口が悪いのは昔から。 三度の飯より悪口が好きなKさんは、陰口禁止法の成立を心から恨んでいた。 (・・・SNSで鬱憤をぶちまけてやろうか) そう心では思うのだが、実行には移さない。 ネットの場合は、本人のアカウントに直接コメントをしたとしても、匿名なので陰口禁止法に引っかかる。 陰口警察ならぬ密告者たちがそこかしこで監視の目を光らせていて、録音やスクショを撮るチャンスをうかがっていた。 面と向かって本人に悪口を言うのは陰口禁止法に違反するわけではないが、悪口を言うこと自体に対し、周りの目が明らかに変わった。 ちょっと軽い悪口を言っただけで、まるで反体制の人間であるかのごとく扱われる。 思ったことがあっても我慢して押し黙るという選択をするしかなかった。 Yさんは陰口禁止法の施行を心から喜んでいた。 陰で人の悪口をいう人間が昔から嫌いだった。 何か思うところがあっても、Yさんは本人に直接伝える。 匿名のネット上で書き込むなどもってのほかだと思っていた。 施行以来、Yさんにとって日本は住みやすい国になった。 ある日、そんな2人を驚かせる法律改正が日本政府により発表された。 陰口の厳罰化。 すぎた陰口で精神的苦痛を与えた場合や、度重なる違反をした場合、禁固刑が処されることになったのだ。 Kさんは、さらなるフラストレーションで毎日イライラしていた。 他人の悪口をいえないのがこれほどのストレスとは思わなかった。 会社でもプライベートでも、いつもヘラヘラとお追従を言わなければならない。 自分に嘘をつきながら生きるのは苦痛でしかたなかった。 Yさんは、SNSのアカウントを開設した。 嫌なコメントが来たり、炎上したりするのが嫌で今まで手を出していなかったけど、陰口禁止法のおかげで悪口が書き込めなくなったのを知り、ためしにやってみることにした。 はじめは何を投稿すればよいかわからず、日々のさりげないことを書き込んでいたけれど、ある日、Yさんは自分が書きたいテーマを見つけた。 陰口禁止法の是非について。 いまだに賛否の声の議論がやまない陰口禁止法だったが、なぜ必要なのか、Yさんは自分なりの言葉で発信をはじめた。 すると、瞬く間にフォロワーが増えていった。 自分の言葉に、考えに賛同してくれる人達がいる。 Yさんは、SNS投稿にのめりこんでいった。 KさんはPCを前に歯噛みする思いだった。 最近、YというアカウントがSNSで陰口禁止法を賛美する投稿をはじめ、支持者を増やしていた。 Kさんからすると、Yの投稿内容はとても感情的かつ扇情的で、反論のコメントを書き込みたくて仕方なかったけれど、それはできなかった。 匿名での書き込みは悪口と見なされれば陰口禁止法の対象になってしまう。 かといって本名で書き込むほどの気概はない。 イライラは募るばかり。 Yの書き込みは日に日に過激になっていく。 『違反者には更なる罰則を!』『陰口を叩く人間の財産を没収せよ』 おそらくYは反対意見が来ず『いいね数』やフォロワー数だけ見て自分が支持されていると勘違いして調子に乗っているのだろうが、反論や皮肉を書き込みたくても、罰則を恐れて書き込めないだけだ。 そんなある日、Kさんは、陰口バーなるものがあるという噂を聞いた。 そのバーの店内では、どれだけ他人の悪口を言ってもよいそうで、陰口禁止法の反対者が立ち上げた店らしい。 さっそく噂を頼りに、Kさんは、お店を探した。 陰口バーは、さびれた商店街の裏路地にあった。 看板も案内もない。 恐る恐る扉を抜けると、悪口の洪水が耳に入ってきた。 客も店員もお店中の人間が他者を罵り嘲笑っていた。 Kさんの耳には、それがまるで甘美なメロディのように響いて聞こえた。 待ち望んだ場所をやっと見つけたと思った。 Yさんの支持者は増え続けた。 フォロワーは数百万人を超え、ひとつ投稿をするだけで数十万の『いいね』がつく。 フォロワーはYさんの活動を応援し、言外の意味まで解釈してくれ、どんな時もYさんを承認してくれる。 自分の言葉には力がある・・・。 SNSは、Yさんの自信になり、まるで神になったかのような万能感を与えた。 自分は正しい、自分が世の中を動かしているという感覚が日々高まっていく。 Yさんは、自分でも気づかないうちに、陰口禁止法支持者のリーダー的存在になっていった。 そんなある日、フォロワーの1人が陰口バーなるものの存在をYさんに教えてくれた。 その店の中では、どんな陰口も悪口も言いたい放題で、陰口禁止法の反対者たちの根城になっているという。 (この素晴らしい法律を理解しない愚民がまだいるのか) Yさんは、自分の正義を否定する存在を許容できなかった。 『こんな蛮行を許していいのですか』『断罪が必要です』『粛清しましょう』 フォロワーからも過激な言葉のコメントが多く届いた。 「みなさん、私に任せてください」 今や陰口禁止法支持の絶対的シンボルとなったYさんの投稿に、フォロワーは歓喜した。 Kさんは連日、陰口バーに入り浸った。 会社の上司や嫌な知り合いの悪口を居合わせた客やマスターに聞いてもらうだけで、最高のストレス発散となった。 他の客が抱えている鬱憤にもKさんは熱心に耳を傾けた。 「どんなバカがこんな法律作ったんだ」「日本ももう終わりだな」 店に来るのは全員が陰口禁止法の反対者だ。 この店に来れば仲間がいる。 それだけで、Kさんは、救われた気持ちになった。 その時、陰口バーに1人の男性が入ってきた。 その男性の顔を見た時、Kさんはハッとした。 「そいつは陰口禁止法支持者のYだ。スパイだぞ!」 店に入ってきたのはYさんだった。 KさんはSNSアカウントの写真でYさんの顔を覚えていた。 店中の陰口禁止法反対者がYさんを取り囲んだ。 「お前みたいなアホのせいで、この国はおかしくなった」 KさんはYさんに唾をはいた。 けれど、Yさんは全く動じず、Kさんを据わった目で睨みつけると、 おもむろに懐から刃渡りの長い包丁を取り出した・・・。 警察は、陰口バーの殺傷事件により5人が死傷したと発表した。 この事件はセンセーショナルに報道で取り上げられ、日本全国各地で陰口禁止法支持者による同様の凶悪事件が続発した。 日本政府は、臨床心理士や犯罪心理学者などの専門家で構成された第三者委員会を設置。承認しかされない環境は歪んだ万能感を生み、陰口を言われたくないという人間心理が犯罪抑止力に一定の効果があるとの見解を発表した。こうして、陰口禁止法は撤廃されることになった。
https://am2ji-shorthorror.com/2020/08/28/%e3%80%90%e3%82%b7%e3%83%a7%e3%83%bc%e3%83%88%e3%83%9b%e3%83%a9%e3%83%bc%e3%80%91%e9%99%b0%e5%8f%a3%e3%81%ae%e3%81%aa%e3%81%84%e5%9b%bd/
【怖い話】同じ部屋
団地の同化
Oさんが便利屋稼業を始めたのは、35歳の時だった。 それまで勤めていたIT関連の仕事を脱サラして、一念発起して起業した。 右へ倣えの組織で働くのが辛くなって、自分らしく働きたいと思ったのだ。 はじめの方こそ売上があがらなかったが、誠実に仕事をこなすうちに徐々に口コミで次の仕事が舞い込むようになった。 Oさんが会社を立ち上げた立地もよかった。 駅から歩いて数分のところに、東京ドーム数個分の広さがある巨大なT団地があり、人が集まっている分、顧客になってくれる人をたくさん見つけることができたのだった。 主な依頼は、家電や水回りなど、簡単な家の中の不具合の修繕だ。 なので、依頼人の部屋の中に入れてもらう機会が自然と多かった。 いろんな人の部屋を見られるのは興味深かったが、覗き見趣味と思われないよう細心の注意を払った。 評判で繋がっているような仕事なので、一度、変な噂が立ってしまえば事業自体が危ういのをOさん自身よくわかっていた。 今日は、T団地に住む20代主婦のWさんという女性から、窓の建てつけが悪いから見て欲しいという依頼が入った。 はじめての依頼人だった。 Wさんは、ストレートの黒髪に細い目をしている純和風の雰囲気の女性だった。 ひと目見て、以前どこかで会ったことがあるような印象をOさんは持ったのだけど、それはきっと日本人によくいる顔だからなのだろうと思った。 言ってしまえば、あまり個性のない顔だった。 もちろん口が裂けてもお客さんにそんな失礼なことは言えない。 部屋にあがり、窓の様子をうかがうと、レールの隙間にプラスチック片が入り込み滑りが悪くなったので、すぐに解決した。 Wさんは大層喜んでくれて、仕事終わりにお茶を入れてくれた。 断るのも悪いので、お茶とお菓子をご馳走になった。 お茶を飲みながら、なんとなく、部屋の様子に視線が向いた。 壁には、今の流行りなのか、K-POP風の女性アイドルユニットのポスターが貼ってあり、ポスターの下に位置する棚には木彫りの像が置いてあった。 鋭い牙が下顎から生えた鬼のような顔をした木像で、エスニックのお土産店で売ってそうな代物だった。と思ったら、その横には盆栽のようなものが置いてあったりと、部屋のインテリアがどこかちぐはぐで、それがかえってOさんの印象に残った。 旦那さんの趣味とWさんの趣味が混ざってこうなったのかなと、その時はさして気にしてなかった。 ところが、それから数日後のことだった。 今度は同じ団地に住むEさんという老齢の一人暮らしのおばあさんから電話で依頼が入った。 腰が痛くて電球交換ができないので代わりにやって欲しいという依頼だった。 Eさんは、ウェーブのかかった銀髪で、くしゃっと顔全体で笑う、快活なおばあさんだった。 用意しておいた交換用電球を持って、照明が切れたという部屋に案内されたOさんは、ギョッと立ち止まった。 デジャブというものをOさんははじめて体験した。 (この部屋、この前のWさんの家の内装と全く同じだ・・・) 壁のK-POP風アイドルのポスター、鬼のような木像、盆栽。配置まで全て一緒だった。 よく見ればカーテンの柄も同じだった。 住んでいる住人が違うが、つい数日前に見たのと細部までまったく同じ部屋が目の前にあった。 部屋の作りが同じなのは同じ団地だからわかるが、 小物や配置まで内装が被るなどという、こんな偶然があるだろうか。 まるで意図的に同じ部屋を作ったようだった。 電球交換はすぐに終わり、Wさん宅と同じようにお茶を出されたが、その日は理由をつけてOさんはすぐに帰ることにした。 まったく同じ部屋を赤の他人の部屋で見るという奇妙なシンクロのせいで気持ちがざわついていた。 団地からオフィスへ、社用のライトバンで帰る道すがら、Oさんはショッピングセンターに立ち寄った。 食料品を扱うスーパーマーケットから日用品を扱うホームセンターまで様々な店舗が集まっていて、仕事道具を買うのによく使っていたのだ。 ホームセンターの売り場を巡っていたOさんは、インテリアコーナーで「あ」と声をあげそうになった。 WさんとEさん宅で目撃した鬼のような木像がインテリアとして売られていたのだ。 このショッピングセンターはT団地からも近いので団地の住人もよく使っている。 2人ともここで買ったのかと合点がいった。 ポスターコーナーにいってみると、K-POP風アイドルユニットのポスターが売り出されていた。 同じように生花コーナーでは盆栽が押し出されていた。 WさんもEさんも、このホームセンターが押し出している商品をたまたま買ったに過ぎなかったのだ。 配置まで同じになるのは奇妙な偶然だったが、からくりはごく単純なことだったのだ。 フッと笑いがこみ上げそうになったOさんだったが、ふいに頭の中に別の疑問が思い浮かんだ。 (なんでこんなモノ買うんだろう・・・売り出す店も店だけど) 特に理解できないのは木像だ。 万人受けするデザインでもないし、子供は怖がりそうだ。 Oさんが知らないだけで、世の中で流行るだけの理由があるのだろうか。 有名人がネットで紹介したとか? 流行っているのは間違いないようだ。 現に、Oさんがホームセンターに滞在している時間だけでも数組の人が木像を買い物カゴに入れていた。 木像を買った人のカゴをチラッと見てみると、例のアイドルのポスターと盆栽も必ずセットで入っている。 WさんとEさんの部屋に飾られていた3点はセットで買うものらしい。 ・・・けど、なぜ? その謎が妙に引っかかって、気がつくと、Oさんはポスターと木像と盆栽の3点を買い物カゴに入れていた。 なんで買おうと思ったのか自分でもよくわからない。 みんなが買うだけの理由があるなら知りたいという気持ちが一番だった気がする。 家に帰ると、Oさんは、ポスターを壁にはり、木像を棚に置き、その横に盆栽を置いてみた。 同じ配置にしてみたら何かわかるかと思ったのだが、何もわからなかった。 むしろ、自分までWさんとEさんと同じ部屋を作ろうとしているかのような行動にハッと気づき、慌てて全て撤去した。 謎は深まるばかりだった。 それから数日して、Eさんから再び電話がかかってきた。 今度は、押入れの中の粗大ゴミの整理を手伝って欲しいという相談だった。 Oさんは早速、T団地のEさん宅に車で向かった。 駐車場に車をとめて建物のほうに歩いていると、団地の入り口で偶然、Wさんと会った。 「この前はどうも」 と挨拶し軽く立ち話をしてから、買い物に行くというWさんとわかれて、団地のさらに奥にあるEさん宅に向けて歩いていると、向こうから歩いてくる女性の姿が見えた。 Oさんは目を疑った。 いまさっきわかれたばかりのWさんだったのだ。 Wさんは間違いなくOさんと反対方向に歩いていった。 だとしたら、今向こうから歩いてくるWさんは誰なのだ。 背筋が一気に寒くなるのを感じ、Oさんはその場から動けなくなった。 すれ違いざま、まじまじと顔を見た。 純和風で無個性な顔立ちは、間違いなくWさんだった。 「・・・どうも」 なにかの間違いがあってはいけないとOさんは律儀に挨拶をした。 しかし、Wさんは、サッと横目でOさんに一瞥を投げるだけで、黙って歩いていってしまった。 もしかして似ているだけで別人だったのか。 個性がないだけに間違えてしまったのかもしれない。 そう思う一方、ついさっき見た人物を間違えるだろうかという思いがした。 まさか、ドッペルゲンガーにでも会ったというのか。 先日の同じ部屋といい、どうもT団地では不可解なことに見舞われる。 Oさんは気持ちの悪さが拭えなかったが、仕事を放棄するわけにもいかず、Eさん宅へ向かった。 「よく来てくれたわね」 Eさんは相変わらずの笑顔で愛想よくOさんを迎え入れてくれた。 先日、電球交換をした部屋をチラッと見ると、先日のままWさん宅と同じ部屋のインテリアから変わってなかった。 いっそ、Eさんに事情を話して、なんでこんな偶然が起きたのか聞いてみようか。 しかし、ギリギリで言葉を飲み込み、Oさんは押入れの片付けに没頭した。 作業は小一時間ほどで終わった。 自治体に粗大ゴミ回収の連絡もいれ、抜かりはない。 作業中はほどよく身体を動かして汗をかいたおかげで、さっきまでの気持ち悪い出来事について考えずに済んでいた。 「ご苦労さま。これよかったら飲んで」 片付けをする背後から声がした。 Eさんが飲み物を運んできてくれたらしい。 「ありがとうございます・・・」 そう言って振り返ったOさんは、驚いて心臓が口から出そうになった。 お茶菓子のお盆を持って立っていたのはEさんではなくWさんだったのだ。 なぜ、ここに? ついさっきまではEさんがいたはずなのに。 服装はさっきまでのEさんと同じだ。 まるで、Eさんの外見がWさんに変わったかのようだった。 「どうしたの、驚いた顔して」 Eさんの服を着たWさんが不思議そうにOさんの顔を覗き込んだ。 自分が幻を見ているのか。 Oさんは混乱した。 同じ部屋に、同じ人、、、 いったいなんなんだ。 「あの、今日はこれで失礼します!」 「お茶飲んでいかないの?」 Wさんが近づいてくると、Oさんは本能的に恐怖を感じて、身を翻した。 「次の仕事がありますから」 そう言って、Oさんは乱暴に残りの仕事道具を片付け、Eさん宅の玄関を逃げるように飛び出した。 ところが、廊下に出た瞬間、 Oさんはさらに衝撃的なものを目撃し、腰を抜かしてしまった。 Eさん宅前の廊下を向こうからWさんが歩いて向かってきていた。 いや、それはWさんではなかった・・・。 Wさんの顔をした別の誰かだ・・・。 Oさんは気がついた。 振り返ると、廊下の反対からもWさんの顔をした人が歩いてきていた。 何が起きているのか状況は理解はできないけど、ここから早く立ち去らないと、、、 Oさんは本能の警告に従って立ちあがろうとして廊下の手すりにすがりついた。 その拍子に、団地の棟の全体が見渡せた。 Wさんは、1人や2どころではなかった・・・。 団地のそこかしこにWさんの顔をした人がいた。 中庭、上層階、下層階、いたるところにWさんがいた。 Oさんは悟った。 部屋が同じなのではない。 この団地では、人がみな同じ人物になっていっているのだ。 だから、『同じ部屋』が次々とでき上がっていき、、、 みんなWさんになっていく、、、 T団地はWさんの団地だった。 「大丈夫?」 Eさん宅の玄関前に、Eさんの服を着たWさんが立っていた。 「大丈夫?」 別の方向からWさんの声がした。 「大丈夫?」 また別の方向から。 気がつけば、Oさんは何人ものWさんに囲まれていた。 恐怖で身がすくんで、一歩も動けなかった。 いくつものWさんの顔がOさんの顔を覗き込んでいる。 「・・・大丈夫?」 Oさんの叫び声は広い団地の中でかき消された・・・。 数十分後、Wさんの顔をした作業着を着た人物が団地を歩いていた。 その人物は、駐車場に向かうと、『便利屋』のロゴが施されたライトバンに乗り込んだ、、、
https://am2ji-shorthorror.com/2020/08/28/%e3%80%90%e6%80%96%e3%81%84%e8%a9%b1%e3%80%91%e5%90%8c%e3%81%98%e9%83%a8%e5%b1%8b/
【怖い話】仮死451
仮死の輪廻
妻と娘が、私の遺体を前にすすり泣く声が聞こえる。 「どうして」「お父さん・・・」 2人の嗚咽を聞くにつれ、申し訳なさが募る。 娘の涙が、私の頬に落ちてきて、たまらず叫び声をあげたくなる。 身動きはできず、私には何もできない。 しかし、実は、私はまだ死んではいない。 いわゆる、仮死状態だった・・・。 ・・・話は数週間前に遡る。 私は、これでも、某アプリゲームを開発する企業のCEOをしている人間だった。 経営は順調で、未来は明るいことを微塵も疑ってなかった。 ところが、だ。 時勢にのってSNSなどに手を出したのが運のつきだったのかもしれない。 粘着質なアンチにつきまとわれ無視をし続けていたのだが、ある日、そのアンチアカウントが私の過去の悪行を暴露すると投稿した。 度重なる不貞で妻子を泣かせていることや、パワハラで社員を自殺に追い込んだことがあるなど、どれも根も葉もないデマだったのだけど、過去の浮気相手や自殺した社員とのLINEのやりとりを本物っぽく作り込みSNSに投稿されてしまい、私の周りの近しい人間以外は本物の暴露だと信じこんでしまった。 それでも、関係者にだけ事情を説明し、当のアカウントに関しては無視を続けていたのだが、ネット記事と週刊誌に槍玉にあげられ、ベンチャー企業のトップが放埒経営と公私混同で好き放題していると面白おかしく書き立てられ、私のSNSアカウントは荒れに荒れ、会社には問い合わせが殺到した。 いくつかのクライアントは、口では同情を示しながら、容赦なく取引を切ってきた。 とても仕事などできず、私は雲隠れするしかなかった。 妻と娘は事情をわかってくれているとはいえ、申し訳なくて仕方がなかった。 妻は近所の人達から口さがない陰口を叩かれ、娘は学校でいじめられた。 人生でこれほど自分が無力だと感じたことはなかった。 ・・・私は酒に逃げた。 馴染みのバーで連日フラフラになるまで酔っ払った。 自宅にはメディアの人間が張りついていたが、この店はまだ知られていない。 私に残されたわずかな聖域だった。 ある日、そのバーで、一人の男性が私に話しかけてきた。 一瞬、例の1件で絡まれたのかと思ったがそうではなかった。 男性は、よく店で私を見かけるので声をかけたという。 私と同じく30代後半で、かなり高級そうなオーダーメイドのスーツを着ている。聞けば医師だという。 男性は、Nと自分の名前を名乗った。 しばらく、とりとめもない世間話をしているうち私たちは意気投合した。 なによりNさんは話がうまかった。 オールジャンルで造詣が深く、私がどんな話を振っても、的確な返事が返ってくる。 リズムよく会話のキャッチボールができる感じがなんとも心地よかった。 気づけば、私は、最近巻き込まれている例の1件をNさんに打ち明けていた。 Nさんは、私見をさしはさむわけでもなく、真摯な態度で私の話を聞いてくれた。 「本当にもう、死にたいくらいですよ」 珍しく私は弱音を吐いた。 すると、Nさんは黙ってお酒を一口飲んで、こう答えた。 「本当に死んでみます?」 「え?」 聞き間違いかと思って、私は聞き返した。 「もし、自分を死んだことにする方法があるとしたら、どうします?・・・この後、お時間があれば、少し付き合っていただけませんか。お見せしたいものがありまして・・・」 Nさんに連れてこられたのは小さな工場だった。 中は荒れていて廃業した工場なのかと思ったが、よく見ると、最新の医療機器や実験機器が揃えられていて、稼働中なのだとわかった。 私は、奥の一室に案内された。 ステンレスの寝台に一人の男性が寝かされていた。 いや、よく見ると、顔は青白くなっていて、すでに生き絶えた死体だとわかった。男性が繋がれた心電図は平行線を描いている。 「これって・・・・」 私が戸惑いの声を上げると、Nさんは手で制して時計を確認した。 「もう少しです。よく見ていてください」 何がもう少しなのかと思っていると、ふいに遺体だと思っていた男性が目を開けた。 私は驚きと恐怖で尻餅をつきそうになった。 男性は上半身を起こすと、首を回したり手首の感触を確かめている。 「おつかれさま」 Nさんが呼びかけると男性は薄く笑った。 心電図まで息を吹き返したようにピッピッピッと音を立て始めた。 「お客様をお待たせしているので後で。いつも通りデータを取っておいてください」 Nさんは男性が繋がれた器具を外しながらそういった。 男性は寝台から降りると向こうの部屋へ歩いていった。 「一体、これは何ですか?あなたは何者なんですか?」 すると、Nさんは不敵な笑みを浮かべて、黄色い液体が入ったアンプルを私に見せてきた。 「ここは私の実験室でして。ある新薬の開発をしているのです」 「・・・何のクスリですか?」 「ヒトを仮死にするクスリ、ですよ」 「仮死・・・じゃあ、さっきの人は本当に死んでいたんですか?」 「ええ。肉体的には死んでいました。つまり、仮死状態です。仮死薬ができたのは実験の偶然の産物だったんですが、この薬には実に面白い特徴がありましてね、肉体は死んでいるのに脳の活動は機能したままなのです。なので、意識ははっきりしていて、周りの声や音は聞こえますし、触れられれば感触もあります」 「そんなことがありえるんですか?肉体は死んでいるのに?」 「普通はありえません。だから、私は思うのです。もしかしたら、この薬の真の効果は、肉体を仮死状態にして人間の魂だけを生かしておくことなのかもしれません」 魂だけを生かす薬。 そんな荒唐無稽な話があるのだろうか。 その気持ちが顔に出ていたのだろう、Nさんは「疑っておられるみたいですね」と言った。 「でも、薬の効果はお約束しますよ。私も自分自身で何度も試していますので。薬の効果はおよそ48時間。薬が切れれば肉体は元通り生き返ります。副作用もいまのところ見つかっていません」 「どうして、私にこれを見せたかったんですか?」 「死んでいなくなりたいというあなたのお気持ちを聞いたからです。この薬は毒物として検出もできないので、周りの人間に疑われることなく、『死ぬ』ことができるわけです」 「・・・」 「もちろん認可もおりてない薬ですし、公に売ることはできませんのでね。あなたのように裕福にも関わらず社会的な死を望む人にお声がけさせていただいているわけです」 「・・・」 「この薬を使えば、簡単に自分の死を偽装して、新しい人生を始められます。お一つ、いかがですか?」 「・・・いくらなんですか?」 すると、Nさんは、ニヤリと悪魔のような笑みを浮かべた。 こうして、私は、仮死薬を使って、『死んだ』。 妻と娘にあらぬ疑いをかけぬよう、2人が外出している時に薬を飲んだ。 おかげで、医師は疑うことなく、突発的な心筋梗塞と診断を下し、私の死亡認定をした。 身体は麻痺したように全く動かないのだが、周りの声や音は聞こえるし、網膜に入る微かな光の加減で近くの人の動きもわかった。 なんとも不思議な感覚だった。 妻と娘が私の遺体を発見し取り乱すさまを私はすべて聞いていた。 そして、今は、私の葬式を終えたところだった。 死んでから葬式までに私の前にはさまざまな関係者が顔を出した。 意外な人が私の死を悼んでくれたいっぽう、会社のCOOを任せていたAが「馬鹿な男だ」と吐き捨てたのは聞き逃さなかった。 死んでみて自分に人を見る目がなかったのを悟るとは皮肉なことだ。 葬儀が終わると私の遺体が入った棺に釘が打たれ、出棺となった。 火葬場に向かうわけだが、当然燃やされるわけにはいかない。 身体が動かないまま、意識がある状態で燃やされるなんて悪夢だ。 火葬場でNさんが私の遺体をピックアップしてくれることになっていた。 火葬場にはNさんの息がかかった人間しかいないらしい。 そのために高いお金を払ったのだ。 仮死薬の効果も、そろそろ切れる頃合いだ。 火葬場に到着すると控え室に運ばれた。 棺の釘が外される音がした。 「気分はどうですか?」 柔らかな声がした。Nさんだ。 私は答えを返そうとこころみた。 口が微かに動いた。 薬が切れ始めている。 やがて、氷が溶けるように、動かなかった手足に熱がこもっていくのを感じた。 目を開き、上半身を起こす。 寝過ぎた後のような気怠さはあったが、特に不調はない。 「ちょうどでしたね。さ、時間がありません。準備を始めましょう」 Nさんがいうと、周りのスタッフが私を棺から引っ張り出してくれた。 床に足をおろすと、まだ足元がふらついた。 Nさんとスタッフはストレッチャーに乗せた遺体を部屋に運び入れた。 私の代わりになる偽装用の遺体だという。 私と年代が近そうな男性だ。 「・・・誰なんですか?」 私は当然の疑問を口にした。 「解剖用の検体です。引き取り手のない犯罪者ですのでお気になさらず。お金さえ出せばいくらでも手に入るんですよ」 Nさんとスタッフは手際よく棺に偽装用の遺体を移すと、控え室から棺を運びだした。 しばらくして、私は、妻と娘が、私のものではない骨を拾うのを遠くから見つめていた。 申し訳なさと情けなさで叫びだしたかった。 2人が暮らしていくのに十分なお金を残しているとはいえ、家族を失ったのだという喪失感に打ちひしがれた。 目と鼻の先に2人はいるのに、とても遠くに感じた。 お骨拾いが終わる頃、Nさんが私のもとにやってきた。 「これであなたは晴れて別人として生まれ変わったわけです。おめでとうございます。新しい身分証ができるまでは一ヶ月ほどかかりますのでお待ちください」 「これでよかったんですよね・・・」 私はつぶやいた。 自分を納得させようとしているような口調になっているのが自分でもわかった。 家族と離れ離れになる選択を正しいと思えない気持ちが心にしこりとなって残っていた。 けど、妻と娘を巻き込んで、これ以上迷惑をかけるわけにはいかない。 これでよかったのだ。 私は自分に言い聞かせるように心の中でつぶやいた。 それからはホテルを転々とする暮らしが始まった。 しばらく余裕で暮らせるくらいの現金はあらかじめレンタル倉庫に預けておいた。 私が死んだことになってからは、ネットでの誹謗中傷や煽る記事は嘘のようにピタッと止んでいた。 匿名で他者を陥れる人間も、それに乗じる連中も所詮こんなものだ。 私の死を悼む気持ちなどカケラも感じることなく、きっと彼らは次の攻撃対象を探してネットの世界を漂うのだろう。 勝手にやっていてくれ、と思った。 新しい人間として生まれ変わり、はじめのうちは、会社や家族の責任から解放され、他人の目に怯えなくてすむことに、肩の荷が降りた気持ちがなかったわけではなかった。 久しぶりにぐっすり眠れたりもした。 だが、数週間もすると、私は昔のことばかり思い出すようになった。考えることといえば妻と娘のことばかり。 夢にも2人が現れ私の手の届かない遠くに2人がいってしまい、汗だくで飛び起きることが何度もあった。 失ったものの大きさに私は苦しみ続けた。 どうしても2人の声が聞きたくて、家に無言電話をかけてしまったこともあった。 「もしもし」という妻の声に返事をすることができず、私はもどかしさで叫びたくなった。 私は生きている、そう伝えたかった。 私は、Nさんに連絡を入れた。 「もとの自分に戻るわけにはいきませんか?」 私は率直に相談した。 Nさんは電話越しに深いため息をもらした。 「それができないことは事前に了承いただいたはずですよね?契約書にサインしていただいたのをお忘れですか?あなたが実は死んでいなかったとわかったら、我々の秘密が暴かれるリスクがあるのです。そんなことを許すわけにはいきません。ご家族にあうことも家に近づくこともしないでください」 有無をいわさぬ口調だった。 しかし、ある日、私はどうしても我慢できず、気づけば妻と娘が住む家に足を向けていた。 会うことは叶わなくても、せめて遠くから一目見たい。その一心だった。 家まであと少しという時に、思わぬことが起きた。 公園で友達と遊ぶ娘の姿を見つけてしまった。 たまらず走り出しそうになるのをおさえ、私は木陰に身を潜め、変わらぬ娘の姿を見守った。 「・・・あなた?」 後ろから声をかけられ私は固まった。 振り返ると、驚きに目を見開いた妻の姿があった。 娘1人で遊ばせるわけないのは考えればわかることだった。 サングラスとマスクで顔は隠していたが、妻が私に気がつかないわけがない。 私は逃げ出そうと足を出しかけ、やめた。 サングラスとマスクを外して顔を見せた。 「やっぱり・・・、でも、どうして・・・」 妻はとまどって何を言えばいいのかわからないようだった。 それもそうだ。 死んだはずの旦那が目の前にいるのだから。 公園には保護者の目がたくさんあった。 「ここじゃまずい。xxホテルの1021号室に今夜来て欲しい」 私は、そう言って、駆け足で去った。 いますぐ振り返って妻と娘を抱きしめたい気持ちを抑えながら。 時計を何度も何度も確認しながら、私はホテルで妻を待った。 本当に来てくれるだろうか。来たらどう釈明しようか。 もしかしたら、死んだフリをしたことに腹を立てて来てくれないのではないかとだんだん不安になってきた。 21時を過ぎて、ドアをノックする音がした。 私は慌ててロックを外しドアを開け、言葉を失った。 立っていたのはNさんだった。 「困りましたね、あれほど家族には会ってはいけないと言ったのに」 Nさんは部屋に入り込み、後ろ手でドアに鍵をかけた。 「見張っていたんですか?」 「私はそれほど暇じゃありませんよ・・・クライアントから連絡がありましてね」 「クライアント?」 Nさんは私の質問には答えずノートパソコンをテーブルにセットした。 「私の本当のクライアントがあなたと話したいとおっしゃっています」 Nさんがキーを押すと、パソコンのオンライン電話の画面に妻の顔があらわれた。 私はわけがわからず絶句した。 「何もわからないって顔ね」 見たことがないほど冷たい目をして妻がいった。 「何度もチャンスならあげたのよ」 そう言って妻は画面越しにスマホを私に見せた。 スマホの画面には、ある女性と私とのLINEのやりとりが表示されていた。 アンチアカウントが私の悪行を暴露するといってSNSに投稿したものの一つだ。 「根も歯もない事実だとあなたは最後までしらばっくれていたけど、私は知っていたのよ」 アンチアカウントの投稿はデマばかりだったけど、一つだけ確かに本物があった。 数年前、少しの間だけ浮気をしていた相手とのやりとりだった。 妻は気づいていないと思っていた。 「あなたの悪行を暴露したのは、ネットのアンチなんかじゃない。この私」 「あのアカウントは君だったのか、、、」 「素直に誤ちを認めて謝ってくれれば許そうと思っていた。けど、あなたは最後までシラを切り続けたばかりか、仮死剤の誘いに乗って自分だけ死んだことにしてラクになろうとした。あなたは最後まで嘘をつきつづけたあげく私達を捨てて逃げたのよ。だから私はあなたを許さない」 「違う、そうじゃない!」 「さよなら」 妻はためらいなくオンライン電話を切った。 唖然とする私の腕をNさんがグイッと引っ張って、いきなり注射を打ち込んだ。 黄色い液体が針を通して私の身体に入るのが見えた。 仮死剤だ。 「この仮死剤には、もう一つ使い道があるんですよ。一度、死んだ人間は、社会的には存在しないも同然。いくら殺したところで殺人の罪に問われることはない。殺したい人間がいる人にとっては、とても都合がいい。完全犯罪ができるというわけです」 すぐに手足が強張ってきて思うように動かせなくなり、私は床に倒れ込んだ。 「・・・なんで」 その後の言葉は続かなかった。もう口が動かない。 「予定ではもっと静かに終わるはずだったのですがね。最後の最後で、捨てた家族に対する余計な情に突き動かさなければ、あなたも苦しまずにすんだでしょうに・・・」 Nさんは、同情するような顔でそう言い残し、部屋を去っていった。 目は開いていたので部屋の様子はわかったが、もう身体のどこも動かせない。 時間だけが過ぎていく。 やがて朝がきて昼が過ぎ、ホテルの従業員が部屋に入ってきて、倒れ込んだ私を見て悲鳴をあげた。 (助けてくれ!) いくら声をあげようとしてももちろん声は出なかった。脈もない私は誰がどう見ても死体にしか見えないだろう。 しばらくして、バタバタと人が入ってきた。 警察の人たちだった。 スーツを着た刑事2人が私の身体を見下ろしながら話している。 「身分証の類は所持していませんでした。フロントで記帳した名前や住所もデタラメです」 「身元不明のホトケさんか」 「でも、なんかつい最近、この顔見たことある気がするんですよね・・・あ、そうだ」 若い刑事がスマホを老齢の刑事に見せる。 「この人、似てません?」 「あぁ、ネットで叩かれてたIT社長か。馬鹿野郎、もう死んでんじゃねえか」 「え、あっ、ほんとですね」 「ったくよ」 老齢の刑事が私の顔を詳細に確かめている。 「毒飲んだわけでもなさそうだな、病死か?」 その時、若い刑事が私の腕を見てハッとする。 「見てください、ここ」 ちょうどNが私の腕に注射を打ったあたりを刑事達は見ている。 「注射痕か。よく見つけた!」 その後、刑事2人は慌ただしく動き、私の身体は遺体袋に入れられた。 真っ暗な遺体袋の中で私はひたすら待った。 時計がないので、薬が切れるまでの時間もわからない。 これからどうなるのだろうという不安で気が狂いそうだった。 その時、動きがあった。 遺体袋のジッパーがようやく開けられ、いきなり強烈なライトの光が目に差し込んだ。 目を閉じることもできないので、眩しさで目が痛かった。 そこは手術室のような場所だった。 私はステンレスの台に寝かされていた。 手術着を着た医師らしき男性が無機質な声で告げた。 「検体番号451。身元不明の変死体の解剖をはじめます」 解剖・・・。 その言葉に、私はかつてない戦慄に襲われた。 嘘だ嘘だ嘘だ!私は生きている!死んでなんかいない!待ってくれ! いくら叫び声をあげても、医師の耳には届きようがない。 医師は容赦ない手つきで、鋭く冷たいメスの刃を私の胸にあて、一気に切り裂いた・・・。
https://am2ji-shorthorror.com/2020/08/16/%e3%80%90%e6%80%96%e3%81%84%e8%a9%b1%e3%80%91%e4%bb%ae%e6%ad%bb451/
伊豆の温泉宿の怖い話
奥伊豆秘湯の視線
これは会社員のSさんが、奥伊豆の温泉宿で体験した怖い話です。 その温泉宿は、伊豆の山深い場所にありました。 宿までの道は車一台分の細道しかなく、知る人ぞ知る温泉宿という触れ込みでした。 宿の売りはなんといっても温泉で、すべての客室に源泉掛け流しの半露店風呂がついており、泉質がよいことで有名でした。 Sさんも、そんな噂を聞きつけ、1泊2日の旅行で奥さんと2人でその宿を訪れたのです。 温泉宿は本館と別館の2棟が並ぶように建っていて、秘湯という言葉がぴったりの山深くにありました。 Sさんが泊まる部屋は別館の3階の角部屋でした。 部屋に荷物を置くと、さっそく名物の客室つきの半露天風呂を見にいきました。 お風呂のドアを開けた瞬間、檜の香りがフワッと漂ってきて、客室つきとは思えない広さのお風呂がありました。 Sさんと奥さんは思わず2人して感嘆のため息をもらしました。 夕食までまだ時間があったので、さっそく2人はお風呂に入ることにしました。 まずは奥さんから先に入って、Sさんはテレビを見ながら待っていました。 すると、10分もしないうちにタオルを巻いた奥さんがお風呂から上がってきました。 あまりにも早いのでSさんは驚いて理由を尋ねました。 「なんか見られている気がするの」 「え?」 視線を感じる、というのです。 Sさんは奥さんに連れられてお風呂を見にいきました。 お風呂は外に面してガラス貼りになっているのですが、目隠しとして曇りガラスの柵と植木が配されていて周りからは見えないようになっていました。 Sさんは柵の上から顔を出して、周りを見回してみましたが、隣接する本館の壁と雑木林が見えるだけで、覗いている人の姿はありませんでした。 「誰もいないよ」 「でも、お風呂に入っていると、視線を感じるのよ」 「気のせいだと思うけど、、、じゃあ、交代しよう。男が入っていたらさすがにいなくなるだろ」 そうして、今度はSさんがお風呂に入りました。 湯船につかると、源泉のほのかな香りと檜の香りが混ざり合って、とても心地良い香りがしました。 家のお風呂とは段違いだなとSさんが感じていると、ふいに首筋にチクチクとする感覚がありました。誰かがこっちを見ている、そんな感覚です。 奥さんの言う通りでした。 普段、これほど開放的なお風呂に入ることがないので、そんな錯覚をするんだろうとSさんは考えました。 気にしないようにして湯船につかり続けましたが、どうにも首筋の違和感は消えません。 むしろ、強まっている気がしました。 Sさんは、たまらず湯船から出て腰にタオルを巻き、視線がどこから向けられているのか探ろうとしました。 そして、見つけたのです。 隣接する本館の最上階の隅の方に、1つだけ小さな窓がありました。 視線の出所はあの窓だと気づきました。 Sさんはじっとよく目を凝らして窓をみてみました。 すると、ふいに窓の向こうに男性の顔があらわれました。 中年の男性で、目を見開き、まっすぐSさんが入っている温泉を見下ろしています。 やはり覗かれていたんだ、、、 ゾワゾワとした気持ち悪さを感じました。 Sさんは慌ててお風呂から出て、部屋の内線電話を取りました。 電話がフロントにつながるやいなや、Sさんは本館の最上階からお風呂を覗いている男がいることをまくしたてました。 フロントの担当の人は、「申し訳ありません!すぐに確認いたします」と言って一度電話を切りました。 受話器を置くと、キョトンとした表情で奥さんがSさんを見ていたので、本当に覗かれていたのだと説明しました。 「やっぱり」と憤慨した奥さんと2人でお風呂に戻りましたが、本館の最上階から覗いていた男性は顔をあらわしませんでした。 しばらくして、宿の人が平身低頭して部屋に来ました。 どこから覗かれていたか教えて欲しいというので、本館、最上階の端にある小窓を指差すと、宿の人はギョッとしたように固まりました。 「・・・あの部屋から?間違いございませんか」 「ええ。中年の男のひとでした。間違いありません」 「ですが、あの部屋から覗くのは難しいので、もしかしたらお客様の見間違いということはございませんでしょうか」 「はぁ?」 Sさんは、自分の目を疑われたのが信じられなくて、腹を立てて宿の人に詰め寄りました。 「たしかに見たんだ!お客を信じないのか?」 「・・・ですが、お客様、あの窓から覗くのは無理なんでございます。あの部屋は倉庫でして、実際に見ていただければ覗くのは無理だとご理解いただけるかと・・・」 腹の虫がおさまらないSさんと奥さんは宿の人の案内で本館最上階に実際に行ってみることにしました。 本館最上階は、客室がある階とは雰囲気がだいぶ違っていました。 廊下は、ほこりっぽく薄暗い感じがして家具や調度品が雑然と置かれていました。 「最上階は、普段つかってなくて物置きになってるんでございます」 何も聞いていないのに、宿の人が言い繕うように言いました。 問題の倉庫は廊下の一番奥にありました。 ドアを開けるとギィときしんだ音が鳴り、部屋の中から埃が舞ってきて普段使われていないのが一目瞭然でした。 部屋は真っ暗で一見、窓などなさそうだった。 明かりをつけてもらっても、棚がグルッと壁を囲んでいて窓は見えませんでした。 そもそもモノが雑然と置かれていて足の踏み場がほとんどありませんでした。 宿の人が奥の棚を指差し、 「窓はあの棚の奥にございます。いかがですか?覗くのは難しいとおわかりいただけたでしょうか」 Sさんは返す言葉がありませんでした。 自分が見た、あの男は見間違いだというのでしょうか。 目や鼻の顔形まではっきり見えたのに、そんなことがあるでしょうか。 Sさんと奥さんは一通り倉庫内を見た後、「わかりました。大丈夫です」と踵を返しました。 その瞬間、背中にゾワゾワとした感覚が走りました。 ヒトの視線・・・。 ジッと誰かに見られている。明らかにそう感じました。 しかし、倉庫内に人がいるはずがないのは、つい先程自分自身の目で確かています。 そこにいるはずがない人物に見られている、、、 その事実にSさんは戦慄を覚え、人目もはばからず叫び出しそうになるのを必死にこらえて、倉庫を飛び出しました。 倉庫を出ると、奥さんがSさんに目配せして小声で言いました。 「いたよね?」 奥さんもSさんと同じ視線を感じていたらしいのです。 「うん、いた・・・」 Sさんは同意しました。 あの倉庫には、この世のものではないモノが巣食っている。Sさん夫婦はそう確信したのでした。 その後、宿の人の提案で部屋を替えてもらうことになりました。 部屋が替わると、もう視線は感じなかったそうです。 そんな恐怖体験を除けば、温泉もご飯も最高で、いい旅行だったとSさんは思いました。 この話には後日談があります。 Sさんは数年後、旧友の誘いで同じ温泉宿を訪れることになったのですが、 久しぶりに訪れると、宿は様変わりしていて、別館が本館となり、新たに別の新館が建てられていました。 以前の本館があった場所は、建屋がなくなり庭園になっていたそうです。 昔の滞在を思い返しながら、Sさんが庭園を散策していると、人目がつきづらい目立たない場所にまだ新しい石碑があるのに気がつきました。 石碑には、『慰霊碑』と彫り込まれていたと言います。 他には何の記述もなく、何の慰霊なのかはわからなかったそうです。 慰霊碑を見て、本館があった場所で、かつて何かがあったのだとSさんは思いました。 数年前、この宿で感じた視線の主だったのかもしれません。 本館の建屋が庭園に作りかえられてしまったのは、ここ数年で、良からぬ出来事が起きたからではないか、確証はありませんでしたが、Sさんはそんな気がして、当事者にならずによかったと身震いしたといいます。
https://am2ji-shorthorror.com/2020/08/12/%e4%bc%8a%e8%b1%86%e3%81%ae%e6%b8%a9%e6%b3%89%e5%ae%bf%e3%81%ae%e6%80%96%e3%81%84%e8%a9%b1/
城ヶ崎海岸門脇吊橋の怖い話
城ヶ崎海岸の幽霊吊橋
静岡県伊東市にある城ヶ崎海岸には、断崖絶壁を結ぶ吊り橋がある。 「門脇吊橋」という名前で、長さ48m、高さ23mのスリル満点の吊橋は景勝地として有名だ。 城ヶ崎海岸には、「半四郎落とし」という転落死した漁師の言い伝えが残っており、昔から事故や自殺のスポットとしても知られている。 これは、そんな城ヶ崎海岸の門脇吊橋でOさんが体験した恐い話だ。 Oさんは、旦那さんと6歳になる息子さんの3人暮らし。 旦那さんと息子さんの夏休みを利用して伊豆に2泊3日の旅行に来ていた。 城ヶ崎海岸に立ち寄ったのはたまたまだった。 1泊目の熱海から海岸線を下るうち、運転を交替して助手席に座っていた旦那さんが吊橋を偶然見かけて、立ち寄ってみることにしたのだ。 駐車場に車を停めて降りると、強い海風が吹きつけてOさんは被っていた帽子を飛ばされそうになった。 駐車場にはそこそこ車が停まっており、同じく吊橋を見に来た観光客の姿が思ったよりもあった。 吊橋に向かって遊歩道を3人で進んでいくと、ふいに視界が開けて吊橋があらわれた。 まさに断崖絶壁にかかる吊橋だった。 高さは23mというが上からの景色はもっと高く見えた。 波が岩場に打ちつけるザザーンという音がずいぶん遠くに聞こえる。 想像していたよりしっかりとした造りの吊橋だったが、高所恐怖症のOさんは足がすくんでしまいなかなか進めなかった。 旦那さんと息子さんは、2人とも絶叫系アトラクションが好きなので、高いところも平気でずんずん進んでいく。 「待ってよ」 へっぴり腰で、前を行く2人に呼びかけるが、旦那さんと息子さんは先へ先へといってしまった。 Oさんは手すりにつかまりながら、なんとか4分の3ほどを渡り切った。 すると、吊橋を渡った先で手を振る旦那さんと息子さんの姿が見えた。 Oさんは、2人を見て、安心するどころか、吊橋の高さよりも身が竦む恐怖を覚えた。 2人は、断崖絶壁の岩場すれすれの場所に立っていたのだ。 にこやかに手を振っているが、足元はひとたび足をすべせれば海に落ちるギリギリのフチだった。 いくら高いところが得意でも、危なすぎる。 Oさんは吊橋の恐怖を一瞬忘れ、慌てて橋の残りを小走りに進んだ。 「2人ともそんなところに立っていたら危ないわよ!」 家族に万が一のことがあったらいけない。 その一心で、Oさんは吊橋を超えると、2人が立っている断崖絶壁の岩場の先端を目指して足を進めた。 「早く2人とも戻って!」 足をすべらせれば怪我ではすまない岩場を進んでいった時、息子さんの声がした。 「ママ、なにやってるの?」 奇妙なことにその声は背後から聞こえた。 えっ、と振り返ると遊歩道から旦那さんと息子さんがOさんを見つめていた。 一瞬前には、前方の絶壁に立っていたはずの2人がどうして? 不思議に思って、岩場の方に視線を戻すと、断崖ぎりぎりに立つ旦那さんと息子さんの姿は煙のように消えていた。 人間消失マジックでも見せられているみたいだった。 けど、見間違いなどではない。 確かに岩場に立つ2人を見ていたはずなのに・・・。 吊橋の恐怖で幻を見たのだろうか。 「どうしたんだ?そんなに怖かったのか」 旦那さんの笑顔が近くにあった。 いつもの顔だ。 「怖かったわよ。2人ともずんずんいっちゃうから」 Oさんは、頬を膨らませて、精一杯いじけてみせた。 けど、内心は、さきほどの幻のせいで穏やかではなかった。 帰り道の吊橋は、不思議なことにそれほど怖くなかった。 怖さに慣れたのかもしれない。 駐車場に戻ると、車に乗り込み、今夜の宿がある下田方面に向かった・・・。 Oさんは、運転しながら、落ち着かない気分だった。 城ヶ崎海岸に行ってから、どうにも違和感があった。 とても大事なものを忘れているような、、、そんな感覚だった。 ・・・目が覚めるとOさんは、病院のベッドの上だった。 全身がズキズキ痛む。 心配そうにのぞき込む旦那さんと息子さんの顔があった。 わけがわからなかった。 城ヶ崎海岸を出発した後、車が自損事故を起こしたのだという。 幸い誰も巻き込むことなく、車のフロント部が壊れただけで済んだ。 旦那さんと息子さんはかすり傷一つなくすんだようだ。 Oさんだけ全身擦り傷と打ち身だらけで2人に何もなかったのは不思議といえば不思議だったが、よかったと安心した。 しばらくして、警察の人が事情聴取に病室を訪れた。 事故についてあれこれ聞かれたが、Oさんは事故について何一つ覚えていなかった。 「実はよく覚えていなくて、主人と息子の方が事故の状況をわかってると思いますので、2人から聞いていただけますか?」 すると、警察の人は怪訝そうな顔つきになった。 「けど、乗っていたのは奥さん1人だけですよね? 奥さんに思い出していただかないと・・・」 Oさんは唖然とするしかなかった。 警察の人が嘘を言ってるとは思えなかった。 横にいた旦那さんと息子さんも困惑した表情でOさんを見ている。 おかしなことを言っているのはOさんの方だというのが表情から一目瞭然だった。 だとすると、崖で見た2人と同じく、そこにいもしない旦那さんと息子さんと一緒に車に乗っていて事故を起こしたということなのか、、、 身の毛がよだつような恐怖心が身体を這い上がってきた。 城ヶ崎海岸は事故や自殺が多いらしい。 無念のうちに死んでいった魂にOさんは引かれてしまったのかもしれない。
https://am2ji-shorthorror.com/2020/07/28/%e5%9f%8e%e3%83%b6%e5%b4%8e%e6%b5%b7%e5%b2%b8%e9%96%80%e8%84%87%e5%90%8a%e6%a9%8b%e3%81%ae%e6%80%96%e3%81%84%e8%a9%b1/
【怖い話】ヒッチハイク
峠のヒッチハイカー
Rさんは、大学4年生の夏休みを使って、自転車で東京から長野の実家まで帰ることにした。 就職を控えた最後の夏休みで何か思い出深いことができないかとアイディアを色々考えた結果、自転車旅にチャレンジしようと思い立ったのだ。 都内の1人暮らしのアパートを出発して下道を使って山梨方面を目指した。 クロスバイクで風を切って走るのはとても気持ちよく、Rさんは自転車旅にしてよかったと思った。 途中、お店に立ち寄ったり、思い出に写真を撮ったりしながら走ったが、出発したその日のうちに山梨県に入ることができた。 クロスバイクを買うのにお金を使ってしまったので、Rさんは人目を忍べる場所で野宿をするつもりだった。 スマホで銭湯を調べて汗を流すと、明かりが少ない方に向かってクロスバイクを走らせた。 道はだんだんと登りになって、峠道に入った。 しばらく、つづら折りの道を上がっていくと、小さな休憩所があった。 車数台の駐車スペースと、トイレ、自動販売機があるだけのほんとうに小さな休憩所だった。 車通りも少ないし、今は休憩所に車もとまっていない。 Rさんは、その休憩所を今日の寝床にしようと決めた。 自転車を適当に止めて、山裾を振り返ると、街の明かりが宝石のようにキラキラと光っていた。 なかなかの絶景でロケーションもいい。 いい場所を見つけたとRさんは思った。 一脚だけあるベンチに寝袋を敷いて夜景を眺めながら眠りについた。 一日中自転車を漕いでいたからだろう、あっという間に意識は遠のいていった。 チチチチという鳥のさえずりで目が覚めた。 目に朝日が痛い。 大あくびをする。まだ眠い。それに身体の節々が痛い。 今日一日走れば、長野県まで一気にいってしまうかもしれないな、、、 そんなことを考えながら、眠い目をこすって起き上がり、Rさんは言葉を失った。 クロスバイクがない・・・。 それにバックも。 ・・・嘘だろ。血の気が一気に引いた。 財布もスマホも全部バックの中だ。 警察にも連絡できないし、助けを求めようがない。 足となるクロスバイクまで奪われたら、ここからどうやって移動すればいいのか。 なんだかんだかなりの距離、峠道を登ってきていた。 最寄りの公衆電話までどれくらいあるのか。 いや、そんなことより財布だ。 キャッシュカードを早く止めないと。 色んな考えが頭を次から次へとよぎりパニックを起こしそうだった。 落ち着け、とにかく冷静にならないと。 Rさんは、頬を両手でぴしゃっと張り、我に返った。 公衆電話か警察までどうやっていこう。 Rさんはあれこれ考えて、休憩所の前で腕をピンと伸ばし親指を立てた。 休憩所の前を通りかかる車に乗せてもらおうと思ったのだ。 ヒッチハイクなんてやったことなかったし、かなり勇気がいったが、必要に迫られたRさんはがむしゃらだった。 ところが、あまり車が通らない上に、やはりなかなかとまってくれない。 通り過ぎざまうさんくさそうな視線を投げられたり、嘲笑されることがほとんどだった。 2時間ほど粘り、歩いて峠道をおりた方が早かったかもしれないと後悔し始めた頃、一台のライトバンがRさんの前で停車してくれた。 30代くらいの作業着姿の男性が運転席から顔を出した。 無精髭が伸びていて、髪はボサボサ。 3ヶ月くらい切ってなさそうだ。 目の下には2、3日寝ていなさそうなくらいの濃いクマができていた。 ちょっと不安を感じる見た目だった。 後部座席に初老の男性と、Rさんより年下に見える金髪の少女が乗っていた。 家族なのだろうか。 どうもへんとこな組み合わせだ。 ただ、人を選べる立場にないのはRさんも重々承知だった。 とまってくれただけでも仏のような人たちだ。 「あの、自転車と、財布とスマホが入ったバックを盗まれてしまって、よかったら公衆電話か警察署まで乗せてもらえませんか」 すると、運転席の男性はしばらく考え、首をクイッと助手席の方に振った。 乗れ、の意味だとRさんは解釈した。 まさに天の助けだ。 Rさんは、助手席に回り込みドアを開けて乗り込んだ。 すると、運転席の男性と後部座席の少女がちょっとした言い合いになっていた。 「ちょっと、ほんとに乗せる気?」 身を乗り出す少女に、運転席の男性は覇気のない返事で答えた。 「連れは多い方がいいだろ」 「けど・・・」 少女は知りもしないRさんを乗せたくないらしい。 「・・・あの、おりた方がいいですかね?」 Rさんは恐る恐る聞いてみた。 「いいよ。どうせ席は空いてるから」 運転席の男性はけだるそうに答え、ライトバンを発進させた。 Rさんを乗せたライトバンが峠道をのぼっていく。 車内は会話が全くなく、Rさんは居心地の悪さを感じた。 運転席の男性も後部座席の2人もRさんに話しかけようという気がそもそもなさそうだった。 ちらちらと後部座席の2人をうかがってみる。 初老の男性も、金髪の少女も互いに目線すら合わせず、窓の外を見ている。 なんとなくだが、家族ではなさそうに見えた。 顔も全然似ていない。 どういう人達なんだろう、、、 気になったが、せっかく乗せてもらったのに、詮索するような真似ははばかられた。 「飲んでいいよ」 急に話しかけられてRさんはキョトンとした。 運転席の男性が前を向いたままボソリと言ったので、はじめ自分に向けられた発言なのかどうか判断に困った。 「そこのコーヒー」 見ると、運転席と助手席の間のドリンクホルダーにコンビニのマークが入った紙のカップがささっていた。 Rさんは、少し迷ったが、朝から何も飲んでいないのに加え、トラブルに見舞われた緊張から、泥水でも飲みたいほど喉がカラカラだった。 「ありがとうございます」 お礼をいって、コーヒーを飲む。 冷えて苦味しか感じなかったが、胃に染み入るおいしさだった。 窓を流れる風景に目をやる。 山の稜線が遠くに見えた。 自転車旅なんてやっぱり無謀だったのかな、、、 ふつふつと後悔の念が湧き上がる。 と、助手席のシートに座って揺られるうち、抗いがたい眠気が訪れた。 朝から張り詰めていた緊の糸が切れたようだ。 Rさんは、まぶたを閉じた、、、 ・・・目が覚めた。 意識がまだ朦朧としていて、視界が狭い。 身体が鉛のように重い。 ライトバンは動いていない。 止まっているようだ。 なんだか、とても暑いし息苦しい。 クーラーを切ってしまったのか。 首をひねって車内を見回す。 運転席の男性が窓に頭をもたせかけて眠っているのが見えた。 こんな昼間から仮眠・・・? それにしてもなんでこんなに車内が暑いんだ、、、 息ができない、苦しい。 後部座席を見ると、後ろの2人も目を閉じて眠っているようだ。 暑い、すごく苦しい、、、 その時、Rさんは、暑さの原因に気づいた。 後部座席の下で、練炭が赤々と燃えていた。 この3人は・・・。 3人の目的に気づいたRさんは、慌てて、ドアを開けようとしたが、 目張りをされているのか、ドアはなかなか開かない。 足で何度も蹴りつけて、ようやくドアが開いた。 ころげるように外に出て、大きく息を吸う。 急に空気を吸ったせいか、むせて咳き込んだ。 3人は集団自殺をするつもりだったのだ。 たまたま乗り合わせたRさんも巻き添えにして、、、 『連れは多い方がいいだろ』 運転手の男性の言葉を思い出し背筋に寒気が走った。 連れは・・・道連れの意味だ。 「おい!」 突然の怒鳴り声にRさんはビクッとなった。 運転席の男性が目を覚まし、車外のRさんを睨みつけていた。 「待てよ・・・自分だけ逃げるのかよ・・・」 Rさんは、恐怖で立ち上がれず、後ろに這いずっていった。 男性はシートベルトを外し、助手席から外に出ようとしている。 Rさんは、悲鳴をあげて、足をもつれさせながら走った。 そこは舗装されてない道で、あたりは雑木林に囲まれていた。 Rさんは、雑木林の薮の中をがむしゃらに進んだ。 後ろは振り返らなかった。 「おいっ!」「待てよっ!」「戻ってこいよっ!」 男性の怒鳴り声がしばらく聞こえたが、やがて遠く聞こえなくなった。 走り続け、舗装されたアスファルトの道路に出た時には、日が暮れていた。 通りかかった車に助けを求めRさんは警察に保護された。 「君のいっているライトバンは見つからなかったよ」 所轄署の一室で警察の人にそう告げられ、Rさんはキョトンとなった。 車がなかったのだとしたら、自殺を諦めてあの場から去ったのだろうか。 巻き込まれたのには怒りしか感じないが、そうであって欲しいと願った。 車に乗せてもらっただけとはいえ、死んでいたら後味が悪い。 ・・・でも、と、ふとRさんは思った。 彼らは本当に"生きた"人間だったのだろうか。 本当は、集団自殺者の浮かばれない霊と遭遇して、あの世に連れていかれそうになっていたのかもしれない、、、 そんな突飛な考えが頭をよぎり、Rさんはゾッとした。 「あそこらへん、昔から多いんだよな、そういう事件が・・・キミ、連れていかれなくてよかったね」 警察の人が苦虫を噛み潰したように言った。 不幸中の幸いか、Rさんの自転車とバックはその所轄署で発見された。 別件で逮捕された窃盗犯が所持していたらしい。 無事に荷物を取り戻したRさんは、その後、旅を続けることにしたという。 その道中、Rさんは、さらに恐ろしい目にあうことになるのだが、それはまた別の機会にお話しよう・・・。
https://am2ji-shorthorror.com/2020/07/06/%e3%80%90%e6%80%96%e3%81%84%e8%a9%b1%e3%80%91%e3%83%92%e3%83%83%e3%83%81%e3%83%8f%e3%82%a4%e3%82%af/
【怖い話】風邪をひかない男
風邪を恐れる男
Tさんが働く会社には、『絶対風邪をひかない男』と呼ばれるEさんという社員がいた。 Eさんは独身で、15年の勤務で一度も体調不良になったことがないという伝説の持ち主だった。 Eさんの身体が人一倍丈夫だとかではない。 タネを明かせば単純な話で、Eさんが徹底的に予防しているからなのだ。 それだけ聞けば、自己管理がしっかりできている人に思えるが、Eさんの場合はちょっと違う。 もはや偏執的ともいえるほどの健康へのこだわりを持っていた。 ルーティンを破り体調にさわるのが嫌だという理由で会社の飲み会には一切来ないし、お酒は飲めても家ですら一滴も飲まないらしい。 健康にいいというお茶を常に飲んでいて、お昼はサラダと大豆製品のみ。複数のサプリを常用して栄養が偏らないよう調整している。 適度に運動はするが、身体を壊すような無茶は決してしない。 マスクは欠かさず、会議があるたび手洗いうがいをしてスーツにアルコール除菌を吹きかける。 なぜそこまで健康にこだわるのかと聞くと、Eさんは「風邪をひきたくないから」と答えたという。 それ以来、風邪をひかない男という、半ば侮蔑的なあだ名がEさんにつけられたのだった。 社内で少しでも風邪をひいている人がいたら、露骨に嫌な顔をし、「人にうつすまえに早く帰るべきだ」と上も下も男も女も関係なく痛罵する。 会社でのEさんは、ちょっと変わっていて、過ぎた健康志向の持ち主と見られていて、彼を好ましく思ってない同僚も多かった。 どちらかというと自堕落なTさんも、Eさんのことは苦手だった。 しかし、ある時、Eさんが思っていたのとは全く違う人だということをTさんは知ることになる。 ある年のこと。 Tさんは、Eさんと2人で名古屋に1泊2日の出張に行くことになった。 自分のルールが多いEさんとの出張は行く前から気づまりだった。 話している分にはごく普通の人なのだが、新幹線の座席を除菌しだりして健康へのこだわりを見せつけられると少し辟易とした。 無事、客先での仕事を終え、その日泊まるホテルに向かう道すがら、Tさんはどうせ無駄だと思いながらも、Eさんを飲み屋に誘ってみた。 すると、Eさんは、少し迷っているように飲み屋が並ぶ通りの入り口で立ち止まった。 すぐに断るのが常だったので、迷うこと自体が意外だった。 しかも、お腹をすかせた子供のように、飲み屋の軒先でビールを飲むサラリーマンをうらやましそうに見ている。 「私はやっぱりよしておくよ」 結局、Eさんは誘いを断った。 「ほんとはEさんも飲みたいんじゃないですか?いっぱいだけどうですか?」 いつもと違うEさんの反応が面白くて、Tさんも粘ってみた。 すると、Eさんは眉間に皺を寄せ苦しそうに声を漏らした。 「ダメなんだ。風邪をひいたりしたら、、、恐ろしい目にあうから」 Eさんはそう言って、飲み屋街を振り切るように、ホテルに向かう道に戻った。 Tさんは、Eさんが言った最後のセリフが気になって、飲み屋には向かわず、Eさんの後を追うことにした。 「風邪をひいたら、恐ろしい目にあうってどういうことですか?」 「・・・人が聞いて愉快な話じゃないよ」 「余計に気になるなぁ、教えてくださいよ」 TさんはEさんと並んで歩きながら食い下がった。 無害そうな顔をしているTさんは昔から人の打ち明け話を引き出すのがうまかった。 それは、Eさんでも例外ではなかったらしい。 何度か粘るうち、Eさんは会社の誰も知らない過去の話をTさんに打ち明けてれた。 「大学の時、1年ほど付き合ってた彼女がいたんだけど、私が健康にこだわるのはその彼女が原因なんだ。 彼女は年上で看護師としてすでに社会に出て働いていた。 そんなある時、私はひどい風邪をひいてダウンしてしまって、一人暮らしのアパートで寝込んでいた。 薬を飲んでもなかなか咳も熱も治らなくて、そしたら彼女が仕事の忙しい合間をぬってお見舞いに来てくれた。 実家から離れて1人暮らしだったから看病してもらえるのはとても嬉しかったし、ありがたかったよ。 胃に優しいものを食べさせてもらったり、頭にのせたタオルをかえてくれたり、汗を拭いてくれたり、それは親身になって看病してもらってさ。 本当に幸せだったよ・・・はじめはね」 話している間にホテルに到着し、結局、EさんとTさんは、ホテルのバーに入った。 Eさんは最後までルーティンを破るのを躊躇していたが、一杯だけビールを注文した。 Eさんがお酒を飲むのは大学生以来という。 実に15年ぶりとのことだ。 Eさんはおいしそうにゴクゴクと喉を鳴らしてビールを飲んだ。 「けど、いくら安静にして薬を飲んでも風邪はしつこくて治らなかった。 ずっと熱っぽくて、だるくて仕方なくて、日中はほとんど寝ていた。 ふと目を覚ますと、嗅いだことがない強烈なにおいをかいだんだ。 台所で鍋で何かを煮ている彼女の後ろ姿が見えた。 においはその鍋からだった。 何を作っているのか聞くと、『身体にいいもの』と彼女は答えた。 しばらくすると、彼女が鍋の中身をお皿によそって持ってきた。 ドロドロした白色の液体で、見た目はお粥や甘酒みたいだった。 けど、その液体から、かいだことがない強烈なニオイがして鼻がもげそうだった。 『何が入ってるの?』 もう一度聞いてみても、彼女は、 『滋養にいいもの』 とボカすだけだった。 せっかく作ってもらったし、ニオイはひどいけど飲んだら味は悪くないことを期待して、一口分、スプーンですくって口に含んでみた。 味はもっと最悪だった。 なんとも形容しようがないけど、腐った魚を煮込んだものを数日間さらに放置したみたいな味だった。 吐き気がこみ上げてきたけど、彼女の手前、がんばって飲み込んだ。 胃の中で、動物が暴れているみたいな胸焼けがすぐにした。 毒でも飲んだのかなと真剣に思ったよ。 それでも彼女のことが好きだったから、『おいしかったよ。ありがとう』と感想をいった。 でも、さすがにもう一口飲んだら胃の中のものを吐き出す自信があったから、お皿を置いて、『まだ食欲が戻らなくて』と弁解した。 『だめよ、全部飲まないと。全部飲まないとこれはきかないの』 彼女の言葉に私は愕然とした。 薬だとしても、およそ食べ物とは思えない味をした正体不明の料理だ。 一皿分も食べたら、治るどころか死んでしまうと真剣に思った。 『なにが入ってるの、これ』 せめて正体を知りたいと思い聞いてみても、 『秘密。健康にとてもいいものだよ』 と言われるだけで、いくら食い下がっても教えてもらなかった。 『ごめん、今は食欲なくて・・・』 私が断ると、彼女はお皿を自分でもってスプーンで液体をすくい私の口元に運んだ。 ニコニコと笑っているが、有無を言わせない顔つきだった。 はたから見れば、体調を崩した恋人に料理を食べさせる献身的な姿にうつっただろう。 けど、その時の私には、とてもじゃないけど、そんな理想の恋人には見えなかった。 私は彼女への好意と、このゲテモノ料理を食べることを天秤にかけ、迷いに迷って何とかふた口目を口に入れた。 口の中から猛烈な腐臭が鼻を突き抜けた。 すぐに吐き気を催した。 トイレで戻そうと思って起き上がると、彼女に肩をおさえつけられた。 『ダメよ。吐いたら薬の意味がないわ』 私が弱ってたからなのかわからないけど、肩を押さえる彼女の力があまりに強くて、びくともしなかった。 結局、気合でなんとか液体を飲み下した。 もうこれでいいだろうと彼女の方を見ると、すでに3口目がスプーンの上で待ち構えていた。 『もう無理だよ、本当に』 『なにいってるの?これ全部食べないとダメよ』 私は、その後、1皿分まるごと、正体不明の液体を飲まされた。 全て飲み終わる頃には、嫌な脂汗が顔から滝のように流れてて、胃の中はダイナマイトが爆発したみたいに燃えていた。 最後の一口を飲み終えると、私はそのまま意識を失った」 そこまで言うと、Eさんは喉をしめらせるためビールを含んだ。 「なんだったんですか、その白い液体は?」 Tさんが尋ねるとEさんは苦々しそうに吐き捨てた。 「・・・今だにわからない。気になって私も調べてみたんだけど、該当するような食材は見当たらなかった・・・でも、あ、話の続きなんだけど、結局、次の日になると体調は回復してたんだ。 あのマズくて気味の悪い液体に、本当に効果があったのかと驚いたよ。 彼女は仕事があるから帰っていた。 テーブルの上に彼女のメモが残っていた。 『起きたら残さず食べてね』 なんのことかと思って冷蔵庫を開けると、鍋が入っていた。 蓋を開ける手が震えた。 わかるだろ? まさかと思ったけど、恐れていた通りだった。 鍋いっぱいに、あの白い液体がなみなみ入っていたんだ。 私は迷わず流しに全部捨てたよ。 見るのも嫌だった。 すると、タイミングよく彼女から電話がかかってきた。 『ちゃんと食べた?』 『・・・あ、うん、もちろん』 『嘘。捨てたでしょう?』 なんでわかるんだろうと怖くなった。 『まさか、ちゃんと飲んだよ』 『嘘つかないで。私にはわかるの。今日も仕事が終わったら行くから。今度はちゃんと飲んでね』 彼女はまたあの不気味な液体を作る気に違いないと思った。 『もう体調がいいんだ。だから今日はもういいよ』 『ダメよ。まだ万全じゃないでしょう?』 私は電話を切ると、すぐにアパートを出て友達の家に向かった。 夜、彼女から何度も電話があったけど、反応せずに着信拒否にした。 もうとてもじゃないけど、彼女と付き合っていこうなんて思えなかった。 正直、まともとは思えなかったし、一刻も早く別れたかった。 だから、彼女から逃げるようにアパートを引き払って、新しい部屋に移った。 でも、それで終わらなかった。 だいぶたって、もう彼女のことを忘れかけていた頃、またちょっと体調を崩したんだ。 大学の授業を早退して、早めに家に帰って、郵便受けを開けると宛名のない小包が入っていた。 なんだろうと思って部屋に戻って小包を開けて、私は絶句した。 中には瓶が入っていた。 中身は、彼女が作っていたあの白い液体だった。 『はやくよくなってね』とメモが添えられていた。 筆跡は間違いなく彼女のものだった・・・」 「え?ストーカーってことですか?」 「まぁ、そうなるのかな。その後、どんなに引っ越して部屋を変えても、体調が悪くなるたび彼女から例の液体が送られてきた。けど、体調を崩さない限りあの液体が送られてこないことがわかった。だから、私はなにがなんでも風邪をひかないよう体調管理をしているんだ。これが理由だよ」 Tさんは、言葉に詰まった。 「なんか怪談みたいですね。なんで引っ越し先の住所わかるんですかね、、、」 「時折思うんだ。彼女は、本当に、私達と同じこの世の人なのかなって。彼女の正体が妖怪だとしても、私は全く驚かないね」 気づくとだいぶ遅い時間になっていた。 TさんとEさんは会計をすませ、それぞれの部屋に向かった。 翌朝、朝食を食べるためレストランに降りたTさんは、先にきていたEさんと同じテーブルに座った。 Eさんはあまり顔色がよくない。 「昨日、ルーティンを破ってアルコールを摂取したのがよくなかったみたいだ」とEさんは言った。 Eさんが、ふいに咳きこんだ。 「大丈夫ですか?」 Tさんが気遣うとEさんは「あぁ、大丈夫」と答えた。 しかし、次の瞬間、TさんとEさんは2人とも固まった。 いつのまにか、テーブルの上にコップが一つ増えていた。 そのコップには、Tさんが嗅いだことがない強烈なにおいを放つ、白いドロドロとした液体が入っていた・・・。
https://am2ji-shorthorror.com/2020/06/28/%e3%80%90%e6%80%96%e3%81%84%e8%a9%b1%e3%80%91%e9%a2%a8%e9%82%aa%e3%82%92%e3%81%b2%e3%81%8b%e3%81%aa%e3%81%84%e7%94%b7/
【怖い話】異世界トイレ
異界の扉
小学校5年生のNくんはランドセルを家に置くといつもの公園に向かった。 Nくんの自宅から歩いて15分のところにある公園はブランコや鉄棒などの遊具の他に、学校のグラウンドくらいの広場があってサッカーや野球をするのにちょうどよかったので、地元の小学校の生徒達が、放課後の遊び場としてよく使っていた。 Nくんが公園に到着すると、同級生の男の子達が広場ではなく公衆トイレの前に集まっていた。 なんだろうと思いながらみんなに合流すると、クラスメイトのFくんが男子トイレの中に入っていくところだった。 「なにやってるの?」 近くにいた友達の1人に声をかけると、 「Fが、『開かずのトイレ』の中を見るって」 と返事があった。 その公園には、公衆トイレが備えつけられているのだけど、男子トイレの一番奥の個室は板で打ちつけられて「使用禁止」の張り紙がずっとつけられていた。 『開かずのトイレ』は地元の子供なら誰もが知っている怪談だ。 ノックすると誰もいないのに返事があると言われていて、個室の中を覗くと呪われるという噂だった。 なので、この男子トイレを本来の目的のために使う子供はほとんどおらず、たまにこうやって思い出したように肝試しで盛り上がる。 みんなが見守る中、Fくんがトイレの奥に進んでいく。 あまり使われていないからだろうか、トイレの中はいつも薄暗くて気温も外より寒いという話だった。 Fくんが一番奥の個室に近づくにつれ、野次馬の子供達の緊張は高まっていった。 Fくんは、開かずの個室の前にたどり着くと、一度、Nくん達の方を振り返ってから、ジャンプして個室のドアの上につかまりグイッと身体を持ち上げて個室の中に顔を突っ込んで覗き見た。 「なんもない!普通のトイレ!」 Fくんの声がした。 すると、Fくんは何を思ったのか、ふいにドアの上に足をかけてよじ上り個室の向こうにおりていった。 Nくんの周りの同級生から歓声があがった。 Nくんも固唾を飲んで見守った。 今まで中を覗いた子は何人かいたけど、個室の中まで入った子は1人もいなかった。 Fくんは、この地域の子供達の中で最も度胸があることを証明したのだ。 ところが、個室の中に入ってからFくんの声が聞こえなくなった。 それどころか身動きするような音も聞こえない。 「F、どうだ?」 焦れた1人が声をかけた。 それでもFくんの返事はない。 様子がおかしい。 何人かの子が連れ立って、トイレの中に入って確かめにいった。 そのうちのひとりがドア枠につかまって、個室の中を覗いた。 「Fがいない!誰もいない!」 Fくんが密室の個室から消えてしまった。 子供達は恐ろしくなってクモの子を散らすように逃げていった。 個室を覗いた子がトイレから戻ってくるとNくんは聞いてみた。 「ほんとにいないの?」 「うん・・・」 真っ青な顔をしていて、嘘を言っているようには見えなかった。 トイレに確認にいったメンバーを中心に、しばらく公園でFくんを待っていたけど、暗くなってもFくんがトイレから戻ってくることはなかった。 Fくんは本当に『開かずのトイレ』で消えてしまったのだ。 しばらくして、Fくんのお父さんとお母さんがやってきて、子供達は家に帰らされた。帰る間際、Nくんは、パトカーが駆けつけてくるのを目撃した。 その日、Nくんはなかなか眠ることができず、おかしな夢を見た。 何もない真っ暗な空間にFくんがいて、Fくんは必死で出口を探すのだけど、どこまでいってもただ黒い空間が続いているだけ。 そんな夢だった。 次の日は土曜日で学校は休みだった。 昨日あの後、どうなったのか確かめに行きたかったけど、恐ろしい事実を知りたくない気持ちもあってNくんは葛藤した。 でも、結局、Nくんは、勇気を出して公園に向かうことにした。 公園に到着すると、サッカーをしている子が何人かいた。 昨日のことが嘘のように日常を取り戻している。 その時、Nくんは目を疑った。 サッカーをしている子供の中に、Fくんの姿があったのだ。 Nくんは、Fくんに駆け寄った。 「大丈夫だったの?」 「大丈夫って、何が」 「だって昨日・・・」 そこまで言って、Nくんは言葉を切った。 きっとあの後、Fくんはどこかに隠れているのを発見されたのだろう。 大人も巻き込んで大騒ぎになり、恥ずかしい思いをしたに違いない。 触れない方がいいかなと思った。 Nくんもサッカーに加わり、ボールを追いかけ回した。 夕暮れになって、三々五々、子供達が帰り始めると、Nくんもそろそろ帰ろうと思った。 けど、みんなが帰り支度を始める中、Fくんだけがサッカーボールを蹴り続けていた。 「Fくん、まだ帰らないの?」 「うん、もうちょっと続ける」 いつもはFくんもみんなと一緒に帰るのに、その日は違った。 Nくんは一度途中まで帰りかけたけど、やっぱりFくんのことが気になって公園に引き返した。 Fくんは、夕闇の公園でまだサッカーボールを蹴っていた。 声をかけようとした時、驚くべきことが起きた。 Fくんはおもむろにサッカーボールを手で掴むと、一直線に男子トイレの中に入っていった。 昨日の今日でどうして『開かずのトイレ』がある男子トイレに入るつもりになったのか、Fくんが何を考えているのかわからず、気になったNくんはFくんの後についてトイレに足を向けた。 入口からソッと奥をうかがう。 そして、Nくんは、信じられない光景を目撃してしまった。 Fくんが、『開かずのトイレ』の個室によじ上り、中に入っていったのだ。 しばらく待ったが、一向にFくんが出てくる気配はない。 Nくんは恐ろしくなって、その場を逃げ出した。 その晩も、Nくんは、夢を見た。 Fくんが真っ暗な空間から出られなくなっている夢だ。 夢の中でFくんは何かを必死に叫んでいるけど声は聞こえなかった。 翌日の日曜日も、Fくんは公園に現れた。 みんなと鬼ごっこをするFくんはいつもと変わらずに見えた。 けど、Nくんは、Fくんが怖くて仕方なかった。 ・・・本当にアレはFくんなのだろうか。 あの日、『開かずのトイレ』に入ったFくんは異世界に迷い込んでしまい、そのかわりに異世界からもう1人のFくんが帰ってきたのではないか。 Nくんには、そんな気がしてならなかった。 妄想に違いないとはわかっているけど、夢の暗示のこともある。 夢に出てきた、真っ暗な世界に閉じ込められたFくん。 あれは、異世界に迷い込んで助けを求めている本物のFくんなのではないか。 鬼ごっこが終わり、隠れんぼが始まった。 鬼が数を数え始めている。 Nくんは慌てて隠れ場所を探したけど、本心では家に帰りたくて仕方なかった。 すると、向こうの木の陰からFくんが手招きしているのが見えた。 行ってはいけない、行きたくない。 そう思うのに、足はFくんの方に向かっていた。 「Nくん、誰にも見つからない場所、教えてあげようか」 NくんはコクリとうなずきFくんの後についていく。 Fくんは公園に植えられた樹木の間をスルスルと縫って歩いていき辿り着いた先は男子トイレだった。 そこで、Nくんはハッと我に返った。 Fくんがトイレの中から手招きする。 行ったらダメだ、行ったらダメだ。 そう思うのに、『開かずのトイレ』の中がどうなっているのか見たいという強烈な誘惑がNくんを惑わす。 行ったらダメだ、行ったらもう戻ってこられない。 Nくんは足を踏ん張って必死に誘惑に抵抗した。 その時、Fくんの表情がサッと変わった。 「やっぱり・・・キミは気づいたみたいだね」 そう言ったFくんの顔が歪んだように見えた。 目が釣り上がり、口が裂けるんじゃないかというくらい横に大きく開いて不気味に笑っている。 Nくんは叫び声をあげて逃げた。 隠れていた子供達が姿を現し、不思議そうに見つめていたが、なりふりかまわず家まで走った。 それきりNくんは、自分の部屋に引きこもり出ようとしなかった。 どんなにお父さんお母さんに心配されても学校にもいかなかった。 Fくんは変わらず夢の中に現れた。 真っ黒い空間で何かを叫んでいるが声は一向に聞こえない。 数週間ほどすると夢に変化が現れた。 Fくんとは別の男の子も夢に現れるようになったのだ。 公園でよく遊んでいた同級生だった。 数日すると、また別の子が夢に現れた。 3人とも真っ暗な空間で何か叫んでいるが内容は聞き取れない。 日が経つにつれ、夢に現れる子が1人また1人と増えて、やがて、ひとクラス分くらいの人数になった。 みんな異世界に連れていかれてしまったんだ、、、 Nくんはそう確信した。 なぜNくんが異世界の様子を夢に見るのかはわからないけど、間違いないと思った。 ある日、クラスメイトがNくんをお見舞いにやってきた。 けど、お見舞いに訪れたのはFくんをはじめ夢に出てくる子ばかりだった。 Nくんは、どんなに呼びかけられても部屋を一歩も出ず、より頑なに引きこもるようになった。 担任の先生が心配してNくんの自宅にやってきた。 けど、その夜には担任の先生も夢の中に現れた。 ・・・やがて数年の月日が経った。 Nくんは相変わらず真っ暗な空間の夢を見続けていた。 夢の中に現れる人の数は、今では、数千人を超えている。 Nくんは、千人を超えたあたりで、だいぶ前に数えるのをやめた。 最近は夢を見ても何も感じなくなってきた。 むしろ、異世界に連れこまれるのに怯えながら部屋にこもっている生活より、夢に見る異世界の方がよほど居心地がいいのではないかとさえ思えてきた。 どんなに家に帰りたくて心細くてもみんながいる。 また以前のようにみんなと一緒に遊びたい。 一人は嫌だ。 Nくんの心は限界に達していた。 そして、とうとうNくんは、ある日の真夜中に、自分の部屋を出て、 その足で、公園の男子トイレに向かったのだった・・・。
https://am2ji-shorthorror.com/2020/06/25/%e3%80%90%e6%80%96%e3%81%84%e8%a9%b1%e3%80%91%e7%95%b0%e4%b8%96%e7%95%8c%e3%83%88%e3%82%a4%e3%83%ac/
貴船神社の怖い話
貴船神社の藁人形伝説
京都市左京区にある貴船神社は、水神を祀る神社として知られていて、清流の貴船川沿いに伸びる参道は涼しい山の空気に包まれていて訪れる人々の心を洗い清める。 また縁結びのパワースポットとしても有名で、京都有数の観光スポットとなっている。 しかし、貴船神社には、丑の刻参り発祥の地という、もう一つの顔がある。 丑の刻参りとは、いわずと知れた呪術の一種で、丑の刻(午前1時から午前3時ごろ)に神社の御神木に憎い相手に見立てた藁人形を釘で打ち込んで呪いをかける昔ながらの呪法だ。 貴船神社は午後8時に門がしまるのに、いまでも新たな藁人形が神社の敷地から発見されるというから恐ろしい。 これは、そんな貴船神社で、W田さんが体験した怖い話だ・・・。 W田さんは30代で、旦那さんと小学1年生の息子さんの3人家族。 旦那さんの夏休みに合わせて、家族で京都旅行に訪れた。 W田さんも旦那さんも何度目かの京都で、2人ともまだ行ったことがなかった貴船神社に行ってみようという話になった。 鞍馬線「貴船口」で電車を降りると、神社まで緩やかな山道が続いている。 歩くと駅から神社まで30分ほどかかるが清涼な山の空気を吸いながらの散策は楽しかった。 息子さんも、ちょっとしたハイキング気分ではしゃいでいた。 貴船神社の本殿に参拝を終えて参道を下っていた時、ふいに息子さんが駆け寄ってきた。 「ママこれ見て」 そう言って、息子さんは手に握ったものを見せてきた。 W田さんは思わず絶句した。 息子さんが手に持っていたのは、藁人形だった。 しかも胸に五寸釘が刺さっている。 「こんなものどこで見つけてきたの!?」 問いただすと、 「あっちの木にくっついてたんだよ」 と息子さんは向こうの杉の木を指差した。 「こんなもの拾ったらダメよ!」 W田さんは、息子さんから藁人形を奪い取ると、近くの藪に投げ捨てた。 W田さんの激しい口調に息子さんはシュンとなってしまい旅行の楽しい雰囲気が台無しになってしまったけど、旦那さんがアイスを買ってあげると、息子さんはすっかり元気を取り戻し、W田さんも気持ちを切り替えて観光を続けた。 一体あの藁人形はなんだったのだろうという気持ちの悪さは残ったが、頭の中からしめだすようにつとめた。 ホテルに帰って夕食を食べ終えると、クタクタに疲れていたのか旦那さんと息子さんはお風呂も入らずに眠ってしまった。 W田さんは、窓辺の椅子に座り、京都の街の夜景を眺めながら、1人お酒を飲んで時間を潰していた。 その時だった。 「うーん、うーん」と唸るような声が聞こえた。 ベッドで旦那さんの横に眠る息子さんが苦しそうにうなされていた。 悪い夢でも見ているのだろうかと心配して寝顔を見にいくと、W田さんは息子さんが眠るベッドの下から何かがはみ出しているのに気がついた。 屈んで、それを拾い上げると、「いや!」と思わず声が出た。 それは藁人形だった。 貴船神社で確かに捨てたはずなのに、どうしてここにあるのだろうか。 息子さんが隠れて拾ってきたのか、いや、そんな素振りもなかったし、時間もなかったはずだ。 だとしたら、、、勝手に藁人形がついてきた? W田さんは、自分の想像に寒気を覚えたが、勇気を出して、藁人形の端を持ってつまみあげ、ビニール袋に入れて固く縛ってゴミ箱に捨てた。 それから、あおるようにお酒を飲んだ。 気がつくと朝になっていた。 椅子に座ったまま眠ってしまったらしい。 旦那さんと息子さんを起こすとシャワーを浴びた。 髪を乾かしている時、ふとゴミ箱が目に留まった。 昨夜の出来事を思い出し、ゴミ箱の中のビニール袋を検めると、奇妙なことに袋がペタッとして薄くなっている。 急いで結び目をほどくと、藁人形は消えていた。 あれは、夢だったのだろうか・・・。 その時、突然、お風呂場の方から息子さんの泣き声が聞こえた。 旦那さんと一緒にシャワーに入っていたはずだった。 慌てて駆けつけると、お風呂場の床に座り込んで泣いている息子さんを旦那さんが介抱していた。 「どうしたの?」 「いきなり熱湯が吹き出したらしいんだ」 見ると、息子さんの肩のあたりが赤くなっていた。 幸い息子さんは火傷もしておらず氷で冷やして痛みはひいたようだった。 ただ、W田さんは心穏やかではなかった。 あの藁人形のせいではないのか。 そんな気がしてならない。 旦那さんに相談してみたけど、寝ぼけたんだろと笑われただけだった。 藁人形のせいで、その日は全く気が乗らず、観光も楽しめなかった。 息子さんの希望で京都タワーにいったが、京都の街全体が薄暗く陰鬱に見えて仕方がなかった。 それに朝からずっと誰かに視られているような気がしてならなかった。 京都タワーの観光を終えると、お昼を食べるお店を探して、街を散策した。 「ここ、いいんじゃないか」 旦那さんが、ある小料理屋さんの前で足を止めた。 お店の前に置かれたメニューをW田さんが眺めていると、「ママ、危ないよ!」と息子さんの声がした。 ハッと右手を見ると、若い人が運転するマウンテンバイクが猛スピードでW田さんの方に突っ込んできていた。 間一髪、お店の方に避けて、マウンテンバイクはそのまま走り去っていった。 息子さんが声をかけていなかったら、接触事故を起こしていたに違いない。 W田さんは、身が凍る思いがした。 お店に入ると、W田さんは、気持ちを落ち着けようと思い、旦那さんと息子さんにメニューを選んでもらっておいて、お手洗いに立った。 女性用の個室に入って、フッと息をついた時、ただならぬ気配を感じ、視線を上げた。 思わず叫び声をあげそうになった。 個室の内側のドアに藁人形が五寸釘で打ちつけられていたのだ。 慌てて席に引き返し、旦那さんに事情を話して女子トイレを確認してもらうと、藁人形は忽然と消えていた。 「大丈夫か?今日、ずっと変だぞ」 旦那さんはまるでW田さんがノイローゼになったかのように扱った。 けど、決して見間違えなどではなかったし、貴船神社で拾った藁人形が原因だとW田さんは確信していた。 あの藁人形を粗末に扱ったせいで、呪いをかけた人の念がW田さんに向かっているのではないか。 そう考えたW田さんは、息子さんを旦那さんに見てもらって、別行動を取ることにした。 もちろん渋い顔をされたけど、体調が悪いと誤魔化して旦那さんを納得させた。 W田さんは、2人と別れると、急いで貴船神社に向かった。 投げ捨てた藁人形を回収して、神社の人に供養してもらうつもりだった。 観光客の隙間を縫って参道をのぼっていった。 藁人形を捨てた場所まで来ると、周りの目も気にせず、藪の中に入っていった。 しばらく藪をかき分けて探すと、昨日捨てた藁人形を見つけた。 藁人形を手に掴んで参道を本殿に向かって駆け上った。 境内で神社の関係者らしき人を見つけ駆け寄ろうとした時、手の中の藁人形が意思を持って抵抗するかのように別の方角に強くW田さんを引っ張った。 W田さんをどこかへ連れていこうとするかのようだった。 藁人形が引っ張る先には絵馬の奉納場所があった。 そういえば、昨日参拝した時、旦那さんが絵馬を書いていたのを思い出した。 W田さんは、藁人形に引っ張られるように絵馬の奉納場所に近づいていった。 そして、導かれるまま、一枚の絵馬を手に取った。 裏返してみる。 それは、まぎれもなく旦那さんの字で願い事が書かれて絵馬だった。 「◯◯と□□と離れられますように」 ◯◯と□□にはW田さんと息子さんの名前が書かれていた。 頭を石で殴りつけられたような衝撃だった。 呪っていたのは藁人形ではなく旦那さんだったのだ。 あんな男・・・。 W田さんの心の中で、旦那さんへの憎しみと怒りがムクムクと膨らんだ。 あんな男、死んでしまえばいいんだ・・・。 W田さんは、絵馬をむしり取ると、フラフラと杉木立の中に入っていき、近くにあった石を拾い、藁人形を木の幹に打ちつけ出した。 トーン! あんな男死んでしまえばいい・・・。 トーン! 死ね! トーン! 死ね! ピリリリリ・・・! 携帯電話の着信音でW田さんはハッと我に返った。 電話は息子さんからだった。 「ママ!パパが、パパが・・・」 それは、旦那さんが突然倒れたという知らせだった。 杉の木に打ち付けられた藁人形を見て、W田さんは茫然となった。 手に握り込んでいた絵馬には何も書かれていなかった。 なぜこんなことをしてしまったのか。 W田さんは、取り返しのつかない間違いを犯してしまった気がした。 その時、何の表情もあるはずがない藁人形がなぜか笑っているようにW田さんには見えた。 病院に駆けつけると、旦那さんは緊急手術の真っ最中だった。 病院の先生の話では、急性心筋梗塞だという。 手術中、W田さんはずっと旦那さんの無事を祈り続けた。 お願いします、どうか主人を助けてください、お願いします。 熱心に心の中で祈りを唱え続けた。 何時間もの手術の末、旦那さんは一命を取りとめた。 旦那さんは、嘘のようにみるみる回復していった。 病院の先生も旦那さんの回復力に驚いていた。 W田さんは、旦那さんが元気になると、ずっと気になっていた質問を聞いてみた。 「あなた、貴船神社で絵馬を書いてたわよね。なんて書いたの?」 「それはもちろん、家族3人、幸せに暮らせますようにって」 旦那さんはやはりあんな絵馬を書いてはいなかったのだ。 その答えを聞いてW田さんは心から安心した。 W田さん一家は今ではすっかり日常を取り戻し家族3人で幸せに暮らしている。 けれど、貴船神社で体験したあの出来事を思い出すと、W田さんは今でも恐ろしい気持ちになるという。 W田さんは、貴船神社で丑の刻参りをした女達の念に取り憑かれ、旦那さんに呪いをかけるよう仕向けられたのかもしれない・・・。
https://am2ji-shorthorror.com/2020/06/21/%e8%b2%b4%e8%88%b9%e7%a5%9e%e7%a4%be%e3%81%ae%e6%80%96%e3%81%84%e8%a9%b1/
【怖い話】あなたのおうちはどこですか?
追いかける女
これは、会社の飲み会の帰りに起きた出来事です。 自宅の最寄り駅についたのは、ちょうど日付が変わる頃でした。 田舎の駅なので、ほとんどひとけのない駅舎の通路を歩いていると、壁際に女性が立っているのが見えました。 家族の迎えか何かだろうかと思って、女性の前を通り過ぎようとした時です。 「あなたのおうちはどこですか?」 唐突に女性に声をかけられ、びっくりしました。 耳を疑って振り返ると、女性がこちらを向いていました。 よく見ると、長い髪に顔が隠れていてなんとなく気味が悪い女性でした。 通路は照明で明るいのに、なぜかその女性の周りだけ陰っていて暗い感じがしました。 関わったらいけない。 心の警告に従い、私は女性の言葉を無視して、駅を出ました。 自宅までは、閑静な住宅地を歩いて15分ほどです。 この時間になると、ほとんど人と会うことはありません。 ところどころに街灯はあるものの、ときおり犬の遠吠えが聞こえるくらいしか音もなく、自分の足音だけが妙に響いて聞こえます。 何度か角を曲がった時のことでした。 前方の街灯の下に人のシルエットがありました。 女性のようでした。 こんな遅い時間に何をしてるんだろう。 さっきのこともあるので、あまり近寄らないようにして、足早に通り過ぎようとすると、 「あなたのおうちはどこですか?」 とシルエットの方から声が聞こえました。 ゾワッと全身の毛が逆立つような寒気を覚えました。 駅で会ったさっきの女でした。 どうやって先回りしたのかわかりませんが、確かに同じ声でした。 私は振り返ることができず、走り出しました。 家まであと5分くらいの距離です。 しばらく走ると、だんだんと息が切れてきて、私は立ち止まりました。 振り返ると、女の姿は見えませんでした。 暗い路地が続いているだけです。 ・・・よかった。 そう思って、下を向き、ホッと息をついた時でした。 「あなたのおうちはどこですか?」 頭の上あたりから声が聞こえて、私は凍りつきました。 目を開くと、目の前に女の足が見えました。 またさっきの女だ。 恐怖で足が震えました。 なんなんだ、この女・・・。 おかしい、おかしい、おかしい。 パニックになりかけていました。 「あなたのおうちはどこですか?」 女の声は、脳を直接、揺らすように頭に響きました。 これ以上、この声を聞いていたらおかしくなりそうでした。 それに、このまま家に向かったら、この女は家族が待つ家にまでついてくるのではないか。 恐怖とパニックから、誰が住んでるか知りもしないご近所の一軒家を指差して、私は咄嗟に言いました。 「ここだよ!この家!」 すると、女はその家の方に視線を向け、ニィッと笑いました。 女の注意が私から逸れた隙に、女の脇を抜け、逃げました。 途中、何度か振り返りましたが、女は私が指差した家をじっと見続けていて、私からは興味が薄れたようでした。 自宅に駆け込み玄関の中に逃げ込んだ後も、しばらく心臓の高鳴りが収まりませんでした。 女がつけてきているんじゃないかと気が気でなく、何度も窓から表の様子を確かめましたが、女の姿を目撃することはありませんでした。 あの女は一体なんだったのだろう。 気味の悪いモヤモヤは残りましたが、その後、女の影を感じることもなく、日常が戻ってきました。 ところが、それから数週間経った日曜のことです。 子供と近所を散歩していると、引っ越しのトラックが見えました。 トラックが停まっていた家は、先日、私が女に「ここだよ!」と指を差した家でした。 「あなたのおうちはどこですか?」 女の声を思い出し、ブルッと身体が震えました。 単なる偶然だろうと思うのですが、この家であの後、何かがあったのではないか、そんな気がどうしてもしてしまいました。 ちょうど、家人と思しき老夫婦が家から出てきました。 2人とも陰鬱な表情で俯き、疲れ切っていて、とてもじゃありませんが幸せな引っ越しには見えませんでした。 やはり何かあったのではないか。 そう思った時、老夫婦の背後の家の中から、あの女が夫婦の背中を覗いているのが見えました。 私は叫びそうになるのを必死でこらえ、子供の手を引いてその場を逃げ出しました。 その後、老夫婦がどうなったかは知りませんが、申し訳ないことをした気持ちで今もいっぱいです。 それにしても、あの女は何者だったのでしょうか、、、
https://am2ji-shorthorror.com/2020/06/20/%e3%80%90%e6%80%96%e3%81%84%e8%a9%b1%e3%80%91%e3%81%82%e3%81%aa%e3%81%9f%e3%81%ae%e3%81%8a%e3%81%86%e3%81%a1%e3%81%af%e3%81%a9%e3%81%93%e3%81%a7%e3%81%99%e3%81%8b%ef%bc%9f/
【怖い話】不幸を愛する女
不幸を愛する画家
A子ちゃんは昔から変わった子だった。 私はA子ちゃんと家が近所で同級生。 いわゆる幼馴染みだった。 友達というほど親しくもなく、知り合いというほど遠くもなく、たまに一緒に遊んだりする程度の、そんな関係だった。 中学2年の時のことだ。 私達が通う公立中学には、学校中から恐れられている女子のグループがあった。 全員暴走族に入っているという噂で、恐喝や暴力が日常茶飯事。 先生もお手上げ状態で、よほどのことがない限り、関わらないようにしていた。 その女子グループのリーダーというのが、冗談みたいな話だが、プロレスラーのような体格でゴリラのような顔をした女の先輩で、陰でジャイアンというあだ名で呼ばれていた。 ある日、A子ちゃんは、そのジャイアン先輩と廊下ですれ違いざま、「ゴリラそっくり」とつぶやいた。 当然、激昂した先輩は、A子ちゃんに殴る蹴るの暴行を加えた。 先生が止めに入るまで暴力は続き、ぐったり倒れたA子ちゃんの顔はパンパンに腫れて血だらけだった。 「A子ちゃん。大丈夫!?」 偶然、居合わせた私が駆け寄ると、A子ちゃんは口角を上げて嬉しそうにニヤッと笑みを浮かべた。 嘘なんかじゃなく、こんな酷い目にあって、A子ちゃんは恍惚とした表情を浮かべていたのだ。 A子ちゃんは、肋骨を数本折る重傷で、入院をよぎなくされた。 私がお見舞いに訪れると、ベッド脇の棚の上に一枚の油絵があった。 A子ちゃんが描いたものだ。 病室から見た景色を描いた風景画だった。 「見て。また、すごくよく描けたよ」 A子ちゃんは嬉しそうに私に絵を見せてきた。 A子ちゃんの夢は画家になることだった。 幼稚園に上がった頃には、画用紙にクレヨンで絵を描きながら、すでにそんなことを言っていた気がする。 A子ちゃんは、一度、絵を描き始めると、周りの声が聞こえなくなるほど没頭する。 寝食を忘れて絵を描き続けるので、心配したA子ちゃんのお母さんは画材一式を捨てようとしたくらいだ。 小学校に上がると、A子ちゃんの絵に対する情熱は薄れるどころかさらに膨れ上がり、その頃から、口癖のように言い始めた。 「芸術家は、不幸じゃないといい作品が作れないのよ」 今思えば、A子ちゃんがそんなことを言い始めたのは、耳を自ら切り落とし最期には拳銃自殺をした画家の巨匠ゴッホの生涯を本で読んだあたりからだった気がする。 思うに、虐げられた悔しさや怒りをエネルギーに変えて作品を生むということと、不幸だからいい作品が描けるということが、A子ちゃんの中ではごっちゃになってしまったのだろう。 A子ちゃんは、小学校高学年になると、わざわざ橋の欄干にあがって片足歩きしてみたり、怒ると怖いと有名な先生に石を投げつけてみたり、自ら危険に飛び込むような真似を進んでし始めた。 そうして、怪我をしたり怒られたりして、溜まった鬱屈を絵に叩き込んだのだ。 実際、A子ちゃんは子供離れした鬼気迫るタッチの絵を描き上げ、いくつものコンクールで受賞を果たした。 それがさらにA子ちゃんの奇行に拍車をかけた。 自らを不幸な境遇に陥れ、絵に昇華する。 A子ちゃんは、不幸な目に遭うたび、本当に嬉しそうな顔で言った。 「これでまた絵が描ける」 高校進学とともにA子ちゃんとは学校が離れ離れになったが、たまに家の近所で見かけると、身体はいつも生傷がたえなかった。 「また絵を見に来てね」 そう言われたが、私は一度も約束を守らなかった。 A子ちゃんと関わり続けたら、狂気の世界へ連れていかれてしまうような気がしたのだ。 A子ちゃんが家出をしたという話を母から聞いたのは高校3年の春だった。 あまりタチの良くない男に引っかかって、その男と一緒に駆け落ち同然で姿をくらませたのだという。 母はA子ちゃんの身を案じていたが、私にはわかっていた。 全て絵を描くために違いないと。 悪い男の元に自ら飛び込み、不遇の中で創作を続けるつもりなのだ。 不幸な目に遭いながら恍惚とした表情を浮かべるA子ちゃんの姿が目に浮かび、私は身震いをした。 高校を卒業すると、私は東京の大学に進学した。 目標や夢があったわけではない。 周りのみんなが進学するからただそれに倣っただけだ。 サークルやバイトに明け暮れ、それなりに忙しかったが、心はいつも虚しかった。 そういう時、なぜか必ず、A子ちゃんのことを思い出した。 絵画だけに情熱を注ぎ、例え身を滅ぼそうと迷うことなく突き進めるあのエネルギーが、少し眩しかったのかもしれない。 無為のうちに大学生活の貴重な時間はあっという間に過ぎていき、3年になって就職活動に明け暮れるようになると、余計にそんなむなしい考えに取り憑かれるようになった。 驚くべき再会があったのは、就職面接を終えて帰った雨の日のことだった。 重く垂れ込めた雨雲のせいで日中にも関わらず辺りが暗かったのを覚えている。 大粒の雨の中、傘を差してアパートまでの帰り道を歩いていると、向こうから傘も差さずに裸足で歩いてくる女性の姿があった。 髪はずぶ濡れで顔と首に張りつき、着ている物も薄いワンピースだけ。 ギョッとして目を疑った。 一瞬お化けを見たのかと思ったくらい、その女性は異様だった。 足が凍ったように動かなくなり、こちらに向かってくる女性から視線を外せなくなった。 それが、A子ちゃんだと気づいたのは、まさに私の横を通り過ぎる時だった。 「・・・A子ちゃん?」 私が声をかけると、A子ちゃんは私の方を向いて微笑みを浮かべ、膝から崩れ落ちた。 息が荒く、すごい熱だった。 私は、A子ちゃんに肩を貸し、私の自宅アパートまで連れていった。 濡れた服を着替えさせた後、布団にくるめて解熱剤を飲ませた。 薬が効いてくると、容体はだいぶ安定したように見えた。 A子ちゃんの見た目は変わっていなかったけど、髪はまるで手入れされていないし肌荒れもひどく、年齢以上に老けてみえた。 一体、どういう生活を送っているのだろうか。 聞くと、昨夜から一晩中、雨に打たれていたらしい。 「まだ絵を描いてるの?」 私が尋ねるとA子ちゃんは目を輝かせていった。 「もちろん」 その日の夜、A子ちゃんの体調が回復すると、私達はお互いの空白期間を埋めるように話をした。 といっても私にはたいした話などないので、ものの数十分で終わってしまった。 一方のA子ちゃんの話は予想通りの壮絶なものだった。 高校時代に知り合った男と駆け落ち同然で東京に出たが、男は、案の定、ろくでなしだった。 働きもせず一日中家でゴロゴロしており、お金がなくなると、A子ちゃんに夜の店で働くことを強要した。 あえて断ると、タバコの火を身体に押し付けられ、暴力を振るわれた。 A子ちゃんは、年齢をいつわりキャバクラで働き始めたが、店のNO.1の上客にわざと近づいて、そこでもイジメられるようになった。 家では奴隷のように扱われ、店ではモノのように軽んじられる生活の中、A子ちゃんは創作活動を続けた。 「いっぱい、いい絵が描けたんだよ」 A子ちゃんは、無邪気な子供のように笑って話した。 そんな生活を数年続けたが、男が新しい女を見つけて状況が変わった。 A子ちゃんは、荷物も取らせてもらえず、家を追い出された。 それ自体はA子ちゃんからしたら、さらに不幸に追い込まれる喜ばしいことなのだが、今まで描いた絵や画材まで荷物と一緒に取られてしまったので困っているという。 行くあてもなく街をさまよっていたら、偶然、私と再会したというわけだ。 「いかなくちゃ」 話を終えると、A子ちゃんは、布団から抜けて立ち上がった。 「行くってどこに?」 まだふらつく足取りでキッチンに行くと、A子ちゃんは包丁を手に取った。 「これ借りるね」 「ちょっと!何考えてるの」 「あいつを殺して、捨てられる前に絵を取り戻さないと。それに、クズ男を殺して刑務所に入るなんて、そんな不幸なことないでしょ?」 A子ちゃんは、そう言って、クツクツと笑った。 狂っている・・・。 そう思ったけど、黙って行かせるわけにはいかなかった。 このまま行かせてしまっては、A子ちゃんのお母さんにも申し訳が立たない。 「ダメだよ。絵は私が取り戻してあげるから、A子ちゃんはここにいて」 必死でなんとか説得して、その男のもとには私が交渉に行くことになった。 男は、想像通りの人物だった。 澱んだ暗い目つきをしていて、小動物のように落ち着きがない。 けど、A子ちゃんの親類だと名乗ると、あっさりと絵を引き渡してくれた。 「もう、あんな女と関わりたくない」 怯えたように言い捨てたのが印象的だった。 聞くつもりはなかったが、彼もまたこの数年間、A子ちゃんの恐ろしさを味わっていたのかもしれないと思った。 絵を取り返すと、A子ちゃんはとてもご機嫌になった。 私は、A子ちゃんのお母さんに連絡を取ってもらうため、母に連絡を入れた。 ところが、しばらく待って、A子ちゃんのお母さんから返ってきた返事に絶句した。 『A子のことは放っておくつもりですので、A子からの連絡は不要です』 さすがに母も私も困惑した。 A子ちゃんのお母さんは、A子ちゃんを見捨てるつもりなのだろう。 「あんた、しばらく一緒にいて面倒みてあげなさいよ。幼馴染みでしょう?」 母の身勝手な提案に腹が立ってしょうがなかった。 けど、追い出すわけにもいかず、なし崩し的に私はA子ちゃんと私の部屋で暮らすことになった。 しばらくは、A子ちゃんの精神状態も落ち着いていてよかった。 同居人がいるこんな暮らしも悪くないかなと思いかけたりもした。 けど、やはり、A子ちゃんは昔と変わらずA子ちゃんだった。 日に日に「新しい絵が描けないの」と言って、落ち着きをなくし情緒不安定になり始めた。 どうも私との生活ではストレスが少な過ぎて、創作が進まないらしい。 私は私で就活がうまくいっておらず、そんなA子ちゃんの面倒を見るのが余計に辛かった。 どうしてA子ちゃんの世話を私が押しつけられなければならないのか、全く納得いかなかった。 いつ爆発してもおかしくない不穏な空気が私とA子ちゃんの間に漂い始めた。 そんなある日のことだった。 その日は、比較的、A子ちゃんのメンタルが落ち着いていたので2人で公園に絵を描きにいった。 はじめは筆が進んでいたもののA子ちゃんは途中で投げ出してどこかに行ってしまった。 私はこの先、A子ちゃんを抱えてどうすればいいのか途方に暮れていた。 「この絵はあなたが描いたものですか?」 突然声をかけられびっくりした。 髭を生やした銀髪のおじさんがA子ちゃんの描きかけの絵を熱心に眺めていた。 「いえ、それは・・・」 「完成したら、是非見せてください」 そう言って銀髪の男性は名刺を差し出して、去っていった。 名前と連絡先があるだけのシンプルな名刺だった。 スマホで名前を調べてみると、現代画家の有名な人だとわかった。 その瞬間、私の中に、天啓が降ってきた。 全ての問題を解決するアイディア。 そうだ、きっとこの方法なら、、、 「今日は、個展の打ち合わせで遅くなるから」 メイクをしながら鏡の奥に写った扉の向こうに私は呼び掛けた。 返事はない。 私はイライラして立ち上がり、扉を開け放った。 「ちょっと聞いてるの?」 薄暗い部屋の中、チャリチャリと鎖を引きずる金属音がする。 「起きてるなら返事しなさいよ」 足を鎖で繋がれたA子ちゃんが、のっそりと上半身を起こした。 「まだ半分もできていないじゃない。個展まで時間がないんだから、今日中に仕上げるのよ」 私はA子ちゃんの髪を鷲掴みにして、乱暴にキャンパスの前の椅子に座らせた。 A子ちゃんは、骨と皮のように痩せ細った腕をロボットのように機械的に動かして筆を取り、黙って作業を再開した。 「今日中に仕上げれなかったら、またご飯抜きだから。あ、そうだ。また、絵が売れたのよ。今度は軽井沢あたりに別荘でも買おうかと思ってるの。全部、A子のおかげ。ねえ、どんな気分?富も名声も奪われて、幼馴染みに監禁されながら絵を描かされ続けるのは」 私が言い捨てると、A子ちゃんは筆を激しく動かしながら、恍惚とした表情で微笑みを浮かべた・・・。
https://am2ji-shorthorror.com/2020/06/15/%e3%80%90%e6%80%96%e3%81%84%e8%a9%b1%e3%80%91%e4%b8%8d%e5%b9%b8%e3%82%92%e6%84%9b%e3%81%99%e3%82%8b%e5%a5%b3/