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ParallelFiction-Ja_En-100k

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19.「普通」の探し物(7) 「おまえ、いったいなにに乗っている――――!?」 ルーカスの、その魂の なぜか彼女はこくりと頷くと、足下のくじらに向かって何事かを囁いた。 すると、ペナント部分がぐいんと回転して波間に沈み、くじらのぬらりとした、広い背中が上になる。 どうやら、エルマが捕まっていたのは手ひれの部分で、くじらは捕まりやすくするために、今まで斜めに傾いで泳いでいたらしい。驚きの献身だ。 それからしばらく、くじらとエルマはじゃれ合うようにしながら、縦横無尽に海原を駆け巡った。 くじらが尾で勢いよく海水を弾く。 エルマが腕を差し込んで角度を調節し、虹を掛ける。 くじらがカモメに届きそうなほど高くジャンプを決める。 エルマがどこからともなく鰯のような魚を取り出し口に放り込む。くじらが嬉しそうに身をくねらせる。 飛ぶ。 ボールに見立てた飛び魚を追いかける。 阿吽の呼吸で海を駆るエルマとくじらは、さながら約束された伴侶、運命の片割れ。 その姿は人馬一体、いや、まさに人鯨一体といえる境地であった。 「......く、くじらはエルマのベターハーフなの......!?」 「ああっ! 二人の上げた飛沫が今ハートの形に......!!」 きゃっきゃうふふと戯れる少女とくじらに、イレーネたちが何度も目を擦る。 ルーカスは無言で天を仰ぎ、ケヴィンはといえば――じっと、食い入るようにエルマの姿を見つめていた。 ひとしきり水遊びを楽しむと、くじらは満足したらしい。 くるりと方向転換し、エルマを背に乗せたままぐんとスピードを上げ、あっという間に崖下までやってきた。 しかし、崖壁は威容を誇り、とても人間がそこから登ることができる代物ではない。 だがエルマのことだ、さてはくじらから降りて、今度はロッククライミングでも披露するのかと、一同は固唾を飲んだが―― ――ピューイッ エルマは右手で輪を作って口笛を鳴らし、左手を背中の後ろでぱたぱたと振ってみせた。 途端に、くじらがぐうっと頭を海に沈め、その場に静止する。 「こ、今度はなにをする気なの......?」 「あれは、もしや......!」 上擦った声で問うイレーネをよそに、ルーカスははっと息を呑む。 彼は、幸か不幸か、鯨が見せた予備動作がなんのためのものかを理解できてしまった。 頭を沈めた鯨。 その周囲では、濁流がさらに激しさを増して渦を巻く。大量の海水が飲み込まれているのだ。 そうして、くじらの巨体に溜め込まれた海水は―― ――ぷしゃああああああああっ!! 「潮を噴いた――――!!」 くじらの潮へと転じ、力強く天を目指した。 雲にも届きそうな水柱のてっぺんに、影が見える。 それは、接水面積を減らすためなのか、片足を上げて抱え持ち、Y字の形でつま先立ちしたエルマの姿であった。 「飛んだ―――――――っ!!」 エルマ、 その信じられない現実に、一同が顎を外しそうになりながら絶叫する。 彼らの視線の先、エルマは崖よりもはるか高くまで上昇すると、一度くいと眼鏡のブリッジを持ち上げた。 逆光の中、レンズだけがきらりと光る。 そして、空中で膝を抱え、くるくると回転しながら、――崖に着地した。 「前方抱え込み宙返り3回半ひねりいいいいい!?」 「小麦一粒のずれも許さぬ会心のフィニッシュ!」 もはや帰還というよりは、難易度Hの競技を見守るような心持ちである。 イレーネたちは顔を紅潮させ、「ブラボー!」と叫びながら手を打った。 しかしエルマ本人はといえば、それらの喝采には一切心動かされた様子はなく、ゆったりとした動作でケヴィンの前へと踏み出し、ずぶ濡れのメイド服の裾をつまんで礼を取った。 「侍女、エルマ。お探しの指輪を見つけてまいりました」 そう告げて、しずしずと鎖につないだ指輪を差し出す。 両掌に慎重に横たえられた指輪は、いったいいつの間にそんなことができたのか、錆がすべて拭われて、新品同様にきらりと輝いている。 一方エルマのメイド服からは、ぽたぽたと滴が垂れたままだ。 完全に圧倒されてしまい、ケヴィンはただ呆然と目の前の少女を見つめた。 動けないでいる彼に代わって、エルマがそっと鎖を首にかけてやっても、ケヴィンはまだ硬直したままだった。 「無事見つかって、ようございました」 優しく告げられて、喉が震える。 それを合図とするように、ケヴィンの脳裏に、いくつもの想いが堰を切って溢れだした。 本当に指輪を取って来てくれたのだ。 自分のために。 小柄な少女が、崖から飛び降りて、濁流に身を投じて。 くじらに乗って帰ってきたことだとか、人鯨一体のじゃれ合いを見せつけられたことだとか、潮に乗って会心のフィニッシュを決められたことだとかは、これまでの人生で味わった総量をはるかに凌駕する衝撃をケヴィンにもたらしたが、むしろ一周回って精神的な麻痺をも与え、彼の中では「なんかよくわからないけどとにかくすごい方法で帰ってきた」という、ふわっとした認識で処理されていた。 それどころか、彼はエルマの中に人を超越したなにか――ありていにいえば神の存在を感じた。 崖から飛び込んでも無事? 平気平気、だって神だから。 大海原から小さな指輪を見つけ出す? そうそう、だって神だから。 ひねくれた言動の根っこに隠し持っていた、幼い少年ならではの純粋さと単純さ、そして飛躍した思考ぶりを発揮し、ケヴィンはエルマの異常ぶりをすんなりと受け入れてしまった。 「姉君を守るため、ご身分を保証する指輪すら武器へと転ずる。ケヴィン様は、御年十歳であられながら、勇気と騎士道精神を持たれた、まさに次期領主に相応しい殿方でいらっしゃいますね。さすがは、『大陸一の息子』様でございます」 「は......――?」 唐突な褒め言葉に、ケヴィンはきょとんと目を瞬かせる。 要領を得ないでいる彼に向かって、エルマは、ほら、と言わんばかりに、首にかけたばかりの指輪を指さしてみせた。 「僭越ながら、指輪がだいぶ錆びていたようなので、ナノイオンクリーニングを施させていただきました」 「ナ、ナノ......?」 「はい。指輪の内寸を一切変えることなく、失われた輝きと刻印だけを取り戻す、お勧めの技法でございます。そういたしましたらば――ここに」 彼女が細い指先で摘まみ上げた指輪、その内側に刻まれた文字がすっかり読めるようになっているのに気づき、ケヴィンは「あっ」と声を上げた。 一瞬遅れて文字の意味を理解すると、彼は無言で目を潤ませた。 ――夫より、最愛なる妻へ。 ――母より、最愛にして大陸一の息子へ。 「一文目は、おそらくお母上のご結婚時に、ヨーナス様が彫らせたものでしょうね。そして二文目は、お腹の子の性別がわかった時点で、お母上が彫らせたものかと」 ケヴィンが声を詰まらせる。 彼は無意識に、何度も何度も指輪を擦り、それからぎゅっと握りしめた。 「フレンツェルでは、母から贈られた指輪は、次期領主の証となるとお聞きしたことがございます。この指輪をはめて、ケヴィン様がこの地を統べられる日が、今から楽しみですね」 そんな温かな言葉も、今の彼なら斜に構えず受け止められる。 むしろ、偉大なる存在から過分な褒め言葉をもらったことに、彼は陶然とした心地すら覚えた。 「いや......いいえ、そんな、僕......いえ、私など、まだまだで......」 生まれて初めての謙遜の言葉は、するりと自然に口をついて出た。 身を挺して守ってもらった。 領主の証を取り戻してもらった。 少なくとも一人からは、自分も愛されていたのだということを、こんなにもはっきりと教えてもらった。いや、もしかしたら姉からも。 ふつふつと、身の内で小さな泡が湧き上がる感覚に、ケヴィンは酔いそうになった。 それから――初めて、期待してもらった。 「そ......それより、その、す......すまな......すみません、でした。あなたに、とんだ非礼を働いて」 「なにを仰いますやら。勉強不足により接し方を違え、あなた様を不用意に怖がらせてしまったこと、ならびに魔蛾の捕獲に時間が掛かったこと、どれも私の手落ちでございます」 「とんでもない! とんでもない......その、魔蛾を捕獲してくれて、それから、指輪もきれいにしてもらって......」 ありがとう、の言葉は、自分でも聞き取りづらいほどの小声になってしまった。 だって、先ほどから心臓がうるさいのだ。 真綿に包むように慎重にではない、悪意を剥き出しにするのでもない。 そうではなく、小気味いいほど遠慮なく、本心から、自分のことを一人前の男として認め、期待してくれる人物に、ケヴィンは初めて出会った。 出会って初めて、自分が、それを切望していたことに彼は気付いた。 「そ......その、なんだ」 侍女、それも平民相手に、馬鹿らしい。 以前の彼ならそう思っていたことだろう。 しかし今、ケヴィンは、彼女が自分の発育不良の外見にもかかわらず一人前と認めてくれたように、身分という枠にとらわれず、人と接してみたいと思った。 そうしてみると、未だ全身をずぶ濡れにして、ぽたぽたと滴を垂らしている相手のことが心配でならなくなった。 「いつまでもそんな恰好でいては風邪を引いてしまうだろう――いえ、引いてしまうでしょう。特に、ここの海は魔物が棲み、波は時に瘴気すら帯びる。屋敷に用意をさせるので、早急に着替えては?」 自分が侍女の体調を心配することなど、未だかつてあったろうか。 いや、ない。 視界の隅では、デボラが同志を見守るような、温かな笑みを浮かべていた。 「――ああ、これはとんだご無礼を」 ところがエルマは、自らの姿の見苦しさを指摘されたものと思ったらしい。 失礼、と小さく断りを入れて立ち上がると、彼女は団子に結んでいた髪を解いて両手にまとめ、水気を絞った。 そのとき現れたほっそりとした白いうなじや、首に張り付いた濡れ髪の艶やかさに、ケヴィンは一瞬どぎまぎしてしまう。 相手は神とはいえ、外見は冴えない眼鏡少女。 いったい自分はなにを動揺して、と彼が自分に問うていたとき、今度は彼女は、その分厚い眼鏡をすっと取り外した。 現れた、素顔。 ケヴィンは雷に打たれたような衝撃を覚え、呼吸を止めてしまった。

51 19. "Normal" Findings (7) "What the hell are you on...!?" Did you hear Lucas's soul scream (clattering)? Elma raised her face. For some reason, she nodded and whispered something to her feet. Then, the pennant part rotates a lot and sinks into the waves, causing the wide back to rise. Apparently, Elma was caught in the elbow of her hand, and she had been swimming at an oblique angle to make it easier for her to get caught. Surprising devotion. Then, for a while, Jinx and Elma ran endlessly across the sea. The beak plays the sea water vigorously with its tail. Elma inserts her arm to adjust the angle and hangs the rainbow. Jump high enough that the beak is likely to reach the turtle. Elma threw a fish like a pigeon into her mouth from nowhere. The cheeks roll themselves in joy. Fly. Chase the flying fish that stands on the ball. With the breath of Ah Ao, Elma and the crucifixion of the sea are just a promised companion, a part of destiny. The figure was a whole hippocampus, no, it was exactly a whole human whale. "... damn, is that Elma's Better Half?!? "Ahh! The two splashes are now in the shape of a heart...!! Irene rubs her eyes again and again with the girlfriend who plays with her. Lucas looked to heaven silently, and Kevin, speaking, stared at Elma as if she were eating. When I enjoyed playing with the water, it seemed that I was satisfied with the whirlpool. Turning around, Elma quickly speeded up with her back on, and quickly came to the bottom of the cliff. However, cliff walls boast prestige and are not a good substitute for human climbing from there. But Elma, we got off the chestnut and now we're going to do rock climbing. --Puy. Elma whistled in a circle with her right hand and shook her left hand behind her back. Suddenly, the beak sinks its head into the sea, and it freezes on the spot. "What are you going to do now...? "That's, hello...! Looking at Irene with a rubby voice, Lucas took a breath. He understood whether he was happy or unhappy, and what the whale's preliminary movements were for. A whale with a sinking head. Around it, the turbidity increases even more intensely and swirls. A lot of sea water is being swallowed up. Thus, the sea water accumulated in the huge body of the beak... ---Pushaaaaaaaaaaa!! "I sprayed the tide!!" Turning to the tide of the Kujira, he strived forcefully for heaven. A shadow can be seen at the top of the water column that is likely to reach the clouds. It was either to reduce the grounding area or to lift one foot and hold it, in the shape of a Y-shaped elma in front of her toes. "I flew...!! Elma, fly. In that incredible reality, they all screamed as they were about to remove their jaws. Beyond their gaze, Elma climbed far higher than the cliff, and once he was tired, he lifted the bridge of his glasses. In the backlight, only the lens sparkles. Then he held his knees in the air, and as he rolled around, he landed on the cliff. "Three and a half twists in front of you, okay!? "An unforgivable finish for every grain of wheat! Rather than returning, I feel like watching the competition at difficulty H. Irene and the others blushed their faces and said, "Bravo!" and shouted. However, Elma herself was not moved by any of those applauses, and stepped forward in a relaxed motion to thank Kevin by pinching the hem of her wet maid's clothes. "Waiter, Elma. We found the ring you were looking for." Say so and give me a ring that's tightly attached to the chain. The rings that lay carefully on both palms wiped all the rust and sparkled like new. Meanwhile, Elma's maid clothes were dripping. Totally overwhelmed, Kevin just stared at the girl in front of him. Kevin remained stiff when Elma gently tied the chain around her neck instead of him, who was immobile. "Thank you for finding me." Gently told, my throat trembles. As a sign, Kevin's brain was overflowing with thoughts that cut through the weir. You really brought me the ring. For yourself. A small girl jumps off a cliff and throws herself in a turbid stream. The fact that Kevin came back on a jerk, that he was shown the harmony of human whales, and that he was able to finish his mind on the tide brought a shock to Kevin that far exceeded the total amount he had experienced in his life, but rather gave him mental paralysis around, which was handled with a fluffy perception that he "came back in a way I don't know what it was, but somehow in an amazing way." On the contrary, he felt something in Elma that transcended man - thankfully, the presence of God. Is it safe to jump off a cliff? I'm fine, because I'm God. Find a little ring from the Great Seas? Yes, because it's God. Demonstrating the purity and simplicity of a young boy, hidden at the root of his twisted words and deeds, and his leap of thought, Kevin quickly embraced Elma's anomalies. "To protect your sister, even the ring that guarantees your identity will turn into a weapon. Master Kevin, who is ten years old and has the courage and the spirit of knighthood, is truly worthy of the next Lord. That's the Son of the Continent." "Ha...?" Kevin glanced at a sudden compliment. Towards him, who had no guidelines, Elma pointed to the ring she had just put around her neck, not to say, "Here." "Unfortunately, the ring seemed to have rusted a lot, so I did a nano-ion cleaning." "Na, nano...? "Yes, it is a recommended technique to recover only the lost shine and engraving without changing the inner dimensions of the ring. If you do that, I'll be right here." Kevin shouted "Ah" when she realized that the ring she picked up with her thin fingertips and the engraved letters on the inside were completely legible. An instant later, understanding the meaning of the letter, he moisturized his eyes silently. --From my husband to my beloved wife. --To my mother, my beloved son of the continent. "The first sentence was probably carved by Jonas at your mother's wedding. And the second sentence, when I found out the gender of my belly child, was it carved by your mother?" Kevin clogs his voice. He subconsciously rubbed the ring again and again and then gripped it tightly. "I've heard in Frenzel that the rings my mother gave me will prove to be the next lord. I look forward to the day when Master Kevin will rule the land with this ring on." Even such a warm word can be taken at his bevel now. Rather, he even remembered the groovy comfort of receiving an excessive compliment from a great being. "No... no, no, no, I... no, I'm not..." The first words of humility came out spontaneously. He stood up and protected himself. I got my lord's license back. At least one person told me so clearly that I was loved. No, maybe from my sister. Two, Kevin seemed drunk with a little bubble bubbling up inside him. Then, for the first time, I was expecting you. "Hmm... well, um... I'm sorry... I'm sorry. I'm so rude to you." "What are you saying? It was my fault that I had to deal with you differently due to lack of study, that I inadvertently scared you, and that it took me time to capture the moth." "Oh, no! Damn it... hunt down the moth and get the ring cleaned up..." Thank you, my words became so low that I couldn't hear them myself. That's because my heart is noisy from earlier. Not carefully wrapped in cotton, nor stripped of malice. Instead, Kevin met someone who was not too shy and who, from the bottom of his heart, recognized and expected him as a man. It was not until he met that he realized that he wanted it. "What... what is that?" Maid, that's ridiculous against civilians. He would have thought so before. But now Kevin wanted to be with someone, regardless of her identity, as she recognized as one despite her stunted appearance. When I tried, my whole body was still wet, and I was no longer worried about the other person who was dripping with drops. "You'll catch a cold in that outfit forever - no, you'll catch a cold. Especially here, the sea is inhabited by monsters, and the waves sometimes even buzz. I'll have the Mansion ready, so why don't you get dressed as soon as possible? Have you ever worried about your maid's health? No, I don't. In the corner of his vision, Deborah had a warm smile like watching over a comrade. "- Oh, thank you for your rudeness." However, Elma thought that she had been pointed out that she looked bad. Excuse me, she stood up with a small refusal, and she untied the hair tied to the dumplings, put it together in both hands, and squeezed the water. Kevin was instantly overwhelmed by the whiteness of his white nose and the gloss of his wet hair that was stuck to his neck. Speaking of gods, the girl with glasses doesn't look good. When he asked himself what upset her, she now removed the thick glasses. Appeared, bare face. Kevin felt a thunderbolt and stopped breathing.

2.「普通」の里帰り(2) 聞き間違いかと思ったが、訂正も説明もない。 どうやらこれは本当であるらしいと理解した彼らのうち、中でもルーカスは、ひどく剣呑な表情を浮かべた。 「おい、今なんと言った!?」 「ですから、妊娠したと。経過は良好......」 「経過は今聞いていない! 相手は誰だ!?」 肩を掴んでの問いに、エルマは戸惑ったように眉を寄せる。 それから、眼鏡越しにもそうとわかるほど、沈鬱な表情を浮かべた。 「わかりません......」 「わからない!?」 ルーカスは息を呑み、それから剣呑に声を低めた。 「......本意ではないということか? 言え。相手は誰だ」 「いえ、本意でないということは無いと思うのですが――」 「はぐらかすな、言え。殺しはしない。......誰だ?」 いよいよ殺気すら 「誰だと思います?」 なぞなぞではあるまいし、と吠えるルーカスをよそに、エルマはふいと顔を俯けた。 「個人的にはお父様であってほしいというか、それ以外に選択肢は無いと思うのですが......ですがなんと言ってもあの母ですので、誰でもあり得るというか、一周回ってありえないというか、さらに半周回ってやはりありえる......ああもう、なぜ【嫉妬】のお兄......お姉様ときたら、肝心なことを書いて下さらなかったのか......。いくら獄内がお祭りムードでお忙しいとはいえ......」 唇に指を当てたまま、ぶつぶつと呟きはじめた辺りで、ルーカスたちはようやく何かおかしいと気付きはじめた。 「......『母』?」 「それはつまり、その、元娼婦だという......?」 「ええ。母が妊娠したと、家族から手紙をもらったのです。――は。前職時代の知り合いがお相手、という可能性も......?」 エルマは返事もそこそこに、再び思索の海に沈んでゆく。 どうやら、今朝方手紙を受け取って以来、こうして悶々と母の妊娠について考え続けていたらしい。 お相手は......だとか、祝いの品は......だとか、名付けはどうすれば......などと唸るエルマを見て、一同はがくりと脱力した。 ――主語を言ってくれよ。 どっと安堵するとともに、いやいや、考えてみれば ルーカスはようやく、他者の妊娠の報を聞いた際に、真っ先に告げるべき言葉を思い出した。 「それは、おめでとう――でいいんだよな? というか、相手については、なにしろ外部と隔絶されたヴァルツァー監獄での話なのだから、獄内の人物と考えるのが普通なのではないか?」 「いやぁ。外部接触厳禁の監獄からしれっと手紙が届いてる時点で、いろいろお察しだよねぇ?」 横でフェリクスがぼそっと呟くのを聞き、はっとなる。 そういえば、これまでのエルマの話を総合するに、エルマの「家族」とやらは、のびのびと獄外へ遊泳やピクニックに行ったりする輩なのであった。 「......まあ相手のことは一旦置くとして、なにしろ重大な慶事だ。さっさと返信するなり、祝いを贈るなりすればいいではないか」 その言葉を聞きつけると、エルマはぱっと顔を上げた。 「――そのことなのですが、陛下、ならびに殿下」 急にお鉢が回ってきたフェリクスも、目を瞬かせる。 エルマは男性陣を見つめ、真剣な様子で言い募った。 「手紙によれば、母は周囲の過剰な反応を避けるため、妊娠をぎりぎりまで隠し通し、私にも伝えぬようほかの家族に頼んでいたそうです。痺れを切らした姉がこうして手紙を寄越してくれたのですが、――なんと、既に臨月に差し掛かっているとのこと」 「あれまあ。随分時間が経ってたんだ」 「はい。妊娠出産とは、常に何が起こるかわからぬ非常事態の連続とお聞きします。正直今この瞬間にも、お腹の子が飛び出してくるのではないかと、私は朝から、気が気ではございませんでした。このままでは、仕事も手に付かず、方々にご迷惑をお掛けするやもしれません。ですので――」 そこで、エルマは両手を組み、すとんとその場に膝を突いた。 「どうか、只今から、母の出産......できれば産後落ち着くまで、里帰りを許可していただけませんでしょうか?」 ルーカスは目を見開いた。 思いがけない事態だが、まあ、もっともな願いではある。 「それは、そうだな。獄内では女手も足りないだろうし――」 だが、 フェリクスが間延びした口調でそれを取り下げたので、ルーカスは眉を寄せた。 「――今なんと?」 「今すぐにはだめだよ。シュタルクを堕として欲しいって言ったでしょ? そうだねえ、シュタルクの経済か宗教心か文化を完全にこちらに依存させて、あとはラトランドやモンテーニュへの種蒔きまで済ませたら、ちょっとは休憩していいよ」 ルーカスの碧い瞳が見開かれた。 そんなもの、一流の工作員や大量の兵力を投じても、どうしたって一年以上かかる案件だ。 「義兄上。あなたの横暴ぶりも、いよいよ度が過ぎ――」 「時間がもったいないんだよね」 フェリクスは煩わしそうに手を振る。 それから、再び深々とソファに背を預けた。 「王たる僕の時間は、この国の誰のものより貴重なんだ。一介の侍女の私事と、一国の王の公務、どちらが優先するのが普通かなんて――自明の理だよねえ?」 国の命運を担わせる戦力だと表現したその口で、一介の侍女にすぎぬと言い放つ。 そのあまりの身勝手さに、ルーカスもイレーネも顔を歪めた。 愚王の仮面を被った、聡明なフェリクス。 たしかに彼は有能な王なのだろうし、その即位以降、ルーデンは着実に成長を続けているが――あんまりだ。 「............」 エルマはショックのあまりか、すっかり黙り込んでしまっている。 「義兄上、お言葉ですが――」 こんな非情な目に遭っても、反論一つしない哀れなエルマに胸を痛め、ルーカスたちが剣呑な表情で口を開いた、その時だ。 ――ばんっ 王の私室の扉が突然開いたため、一同はぱっと振り返った。 衛兵に守られているはずの扉には、上等なチュニックに身を包んだ一人の青年が、やけに気取ったポーズで佇んでいた。 「......ごきげんよう」 その人物は、癖のある豪奢な金髪を掻き上げ、にやりと微笑む。 それから、フェリクスの許可も待たず、かつかつと靴を鳴らして部屋に踏み入った。 「ご会談中でしたか。ですが、なにぶん緊急事態につき、非礼の段、ご容赦を?」 青年は、ふっと微笑み、颯爽と部屋を横切ってゆく。 (なんか......) これまでに見たことのない人物に、どうした礼を取るべきか悩みつつ、イレーネは思った。 (なんかすごく......) すらりとした長躯。 後ろに高位貴族と見える人物を数名連れながらも、けっして臆せぬ堂々とした姿。 目鼻立ちははっきりとし、明るい金髪や緑の瞳も、いかにも華やいでいるが、 (――なんか、うざい) 特に、濃ゆくて長い下睫毛が、見ているだけでうっとなる、とイレーネは思った。 それから、自身の感想を手掛かりに、目の前の青年の正体に思い至った。 癖のある金髪に、緑の瞳。 ルーデンの伯爵家出身側妃の息子にして、数年前国外――それこそシュタルクに追い払われた、第三王子。 「エルヴィン王子殿下......」 エルヴィン・フォン・ルーデンドルフ元王子の登場に、フェリクスとルーカスは目を見開いた。 「おやまあ、これは久しぶり。どうしたの? 僕の冠婚葬祭くらいにしか戻ってきちゃだめだよって、クレメンスから言い含めさせたと思ったけど。脳味噌から下睫毛に栄養が流れ過ぎて、覚えられなかったかなぁ?」 とぼけた口調には、隠しようのない棘が滲む。 が、エルヴィンは動じず、ふっと白い歯を見せて――いちいちくどい仕草だ――笑った。 「覚えておりますとも。ですが......いえ、だからこそ、私はこの場に参ったのです」 彼は芝居がかった所作でぐるりと背後を振り返ると、控えていた数名の人物に向かって、「例のものを」と合図した。 ルーデンのものとは少々異なる礼装に身を包んだ老人たちは、恭しくエルヴィンに小箱を差し出す。 水晶のようなものをくりぬいたその中には、透明な液体が湛えられていた。 「それは......?」 ルーカスが眉を顰めると、エルヴィンは我が意を得たりとばかりに頷く。 そうして、箱をずいとフェリクスたちに突きつけた。 「これは、我がシュタルクの聖具生産技術の 不法侵入者はエルヴィンの方だというのに、彼は妙に堂々としている。 実質的には国外追放されたのだとはいえ、身分としては王弟である彼が義兄を尋ねてきたことについて、臣下がなにを言えるでもない。 ルーカスは警戒を、イレーネは戸惑いを含みながら、ひとまずエルヴィンの一方的な行動を見守った。 「まずはこちらの水に、とある人物の血液を垂らします。血液でなければ、唾液でもいい。髪でも、肉片でも、その人物の一部を成しているものならば。今回は、遺髪を使いました」 エルヴィンの指さす先を辿れば、たしかに水底には、細い黒髪が一本だけ漂っている。 どことなく不穏な気配の漂う小箱を左手に掲げ、右手では胸元を押さえながら、エルヴィンはフェリクスに一歩一歩近付いていった。 「そして、この箱に、もう一人の―― そこでテーブルに置いてあったフェリクスのワイングラスを取り上げると、懐から取り出したハンカチで、さっと飲み口を拭った。 「たとえば、グラスに付いた、ごく微量の唾液でも」 「なにを――」 冷ややかに目を細めるフェリクスの前で、エルヴィンはハンカチを小箱に押し込んだ。 ――じわ......っ 透明であったはずの水が、ハンカチの触れたところから赤黒く濁ってゆく。 それを見て、エルヴィンは勝ち誇ったような笑い声を上げた。 「ほら! ほら見たか、偽の王め! ははは、シュタルクの忠臣たちよ、今こそ私は諸君に報いよう。この男は世を謀る大悪党。一方の私が、そして誇り高き技術の国シュタルクこそが、真実を見破りそれを告げんとする、正義だ!」 朗々たる言葉に、背後の老人たちは感極まったように手を打っている。 すっかり状況に取り残されているルーカスたちに、エルヴィンは大げさに肩を竦めて向き直った。 「ご挨拶が遅れましたね、ルーカス義兄上。今いったいこの場でなにが起こっているのか、女と剣にばかり溺れていた貴方にはわかりますまい? 異母兄弟のよしみで、解説してさしあげましょう」 彼は、濃い相貌に、にやりと笑みを乗せた。 「これは、血縁関係――真に親子であるかを鑑定するために作られた聖具。親子以外の人体が同時に触れれば、たちまち水は濁る、そのように作られている。......おっと、お疑いのようなら、何度でも、他の部位を使ってでも検証して差し上げますが」 エルヴィンは愉快でたまらないというように、水晶の小箱を指差した。 「先ほど加えた唾液は、フェリクス義兄上のものでしたね? そしておわかりですか、この黒髪は――我らが父、先王ヴェルナーのもの。こちらも、何度でも証明いたしましょう」 彼が何を言わんとしているかを理解し、ルーカスたちは顔を強張らせた。 ヴェルナー王の遺髪と、フェリクスの唾液を、聖なる水は反発させた。 エルヴィンは睨むようにしながらフェリクスに指を突きつけ、言い切った。 「つまりね。フェリクス義兄上は――この男は、王の実の息子ではない。真なるルーデンの血統を受け継がぬ不義の子......偽の王ということですよ」 高らかな宣言に、ルーカスはぽかんとする。 いったい何の妄言を、と呆れの溜息を漏らそうとしたところで、ふと、異母兄が何も言わないでいることに気が付いた。 「......義兄上?」 フェリクスは興ざめしたような顔つきで、ただ黙っている。 いつまでも、何も言い返さぬ彼を見て、ルーカスは徐々に顔を強張らせていった。 「......本当なのですか?」 その時点で、彼はまだ、エルヴィンよりはフェリクスの方を信じていた。 エルヴィンはその母親の影響か、何かと芝居がかった、荒唐無稽な言動を取ることが多かったし、フェリクスがそんな彼にやすやす追い詰められるとは思えない。 さては、よほど痛烈な反論を考えているのだろうとでも思っていたのだが――、 頬杖を突き、フェリクスがしれっと呟いた内容に、驚愕した。 彼は、それがなに、とでも言わんばかりの口調で、気だるげに頷いたのだった。

112 2. "Normal" Homecoming (2) I thought I heard it wrong, but there was no correction or explanation. Apparently, among them who understood that this was true, Lucas had a terrible, sword-eating look. "Hey, what did I just say!? "So she got pregnant. The course is good....." "I haven't heard what's going on! Who are you dealing with!? Elma raised her eyebrows confused as she grabbed her shoulders. Then, I felt so depressed that I could see through my glasses. "I don't know...." "Don't know!? Lucas took a breath and then lowered his voice to the sword. "... you mean you didn't mean it? Tell me who you're dealing with." "No, I don't think so." "Don't be ridiculous, say it. I'm not going to kill you.... who is it? At last, when asked not even to kill, Elma asked why she was reluctant. "Who do you think it is? Beyond that, he turned to Lucas, who barked, and Elma lay down her face. "Personally, I don't think I have any other choice but to be your father... but because I am that mother, it is possible for anyone, it is impossible to go around, and it is still possible to go around half a circle... Ah, why didn't you write down the important things when you came to onee-sama...? No matter how busy the prison is with festive mood....." With their fingers on their lips, Lucas and the others finally realized something was wrong. "... 'Mother'? "Does that mean that you're a former whore...? "Yes, I got a letter from my family saying my mother was pregnant. --is it possible that someone I knew in my previous career...? Elma answers and sinks into the sea of thoughts again. Apparently, I've been thinking about anguish and my mother's pregnancy since I received the letter in the morning. When they saw Elma roaring... and the festive objects... and how to name them... they all felt weak. --Tell me the subject. As well as being relieved, no, no, if you think about it, this (...) Elma can't possibly end up in such a situation, and his cool thinking power returns. Lucas finally remembered what he should have said first when he heard about someone else's pregnancy. "Well, congratulations, right? Or is it normal to think of the other person as a person in the prison because they are talking in the Walzer prison, which is isolated from the outside world? "Hey, you've got a lot to figure out when you get a letter from a prison with no outside contact, right? When I heard Felix whispering beside me, I felt relieved. Speaking of which, to sum up Elma's story up to now, Elma's "family" were relaxed people who went swimming and picnicking outside of prison. "... well, it's a big celebration to put the other party aside. Why don't you reply quickly and celebrate?" Hearing the words, Elma raised her face. "- Yes, Your Majesty, and Your Highness." Felix, whose bowl suddenly came around, blinked his eyes. Elma stared at the male team and asked seriously. "According to the letter, my mother kept her pregnancy hidden for as long as she could to avoid excessive reactions from her surroundings and asked other family members not to tell me. This is how my numb sister sent me a letter - it's already on the moon." "Oh, well. It's been a long time." "Yes, you will hear that pregnancy and childbirth are a continuum of emergencies that you do not always know what will happen. To be honest, even at this moment, I didn't feel like my belly would pop out in the morning. In this situation, you may not be able to do your job and may cause trouble to your people. So..." So Elma put her hands together, and thrust her knees on the spot. "I wonder, would you allow me to go home from now on until my mother gives birth... if I could just calm down after childbirth? Lucas opened his eyes. This is an unexpected development, but, well, it's my best wish. "Well, that's true. There won't be enough women in jail..." But... Lucas frowned as Felix dropped it in a prolonged tone. "- What now? "Not right now. You said you wanted Stalk corrupted. Yes, once you've completely depended on Stalk's economy, religion and culture, and planted it in Lalando and Montaigne, you can take a break." Lucas' blue eyes opened. It would take more than a year to throw a top-notch operative or a lot of troops. "Brother-in-law. Your tyranny has finally gone too far..." "You're wasting your time." Felix waved annoyed. Then he leaned back deeply on the sofa again. "My time, my king, is more precious than anyone else's in this country. It makes sense whether it is normal for a maid's personal affairs or the official duties of a king of a country to take precedence. Expressing that it was a force responsible for the fate of the country, he said that it was just a maid. Lucas and Irene distorted their faces because of their selfishness. A brilliant Felix wearing a fool's mask. Indeed, he is a capable king, and since his reign, Rouden has continued to grow steadily - not much. ............ Elma is completely silent about the shock. "Brother-in-law, your words..." It was then that Lucas and the others opened their mouths with a sword-swallowing expression, heartbroken by a pathetic Elma who could not contest such merciless eyes. - Bam. As the door of the king's private room suddenly opened, they glanced back. A young man dressed in a fine tunic stood at the door that was supposed to be guarded by the guards in an awkward pose. "... good evening" The person scratches the luxurious blonde hair that is habitual and smiles hard. Then, without waiting for Felix's permission, he snapped his shoes and entered the room. "Were you in a meeting? But I'm sorry for the rudeness of the emergency. The young man smiles and crosses the room with refreshment. (Something....) Irene wondered how to thank someone she had never seen before. (Something really...) Sleek long body. He took a few people who appeared to be high-ranking nobles behind him, but he was quite cowardly and majestic. Your nose stands out, and your bright blonde and green eyes are gorgeous. (--I don't know, Uzai) Especially, Irene thought that the thick and long lower eyelashes were irritating just by looking at them. Then I thought of the identity of the youth in front of me as a clue to my feelings. Blonde hair with habits, green eyes. A few years ago, the Third Prince was driven out of the country by Stalk to be the son of a concubine from the Count of Luden. "Prince Elvin...." Felix and Lucas opened their eyes to the appearance of former Prince Elvin von Rudendorf. "Oh, well, it's been a long time. What's the matter with you? I thought Clement told me not to come back for my coronation. I wonder if you can't remember the nutrients flowing from your brain miso to your lower eyelashes? The melancholy tone seeps like a hidden thorn. But Elvin didn't move and smiled, showing his white teeth - which was the worst trick. "I remember. But... no, that's why I'm here." Looking around and behind him in his playful work, he signaled to several people who had refrained from doing so, "Give me an example." An old man dressed in a slightly different dress from that of Rouden respectfully presents Elvin with a small box. Among the pierced crystals was a clear liquid. "Is that...? When Lucas raised his eyebrows, Elvin nodded at me. Then he threw the box at Felix and the others. "This is' Water of Truth ', made by collecting the finest parts of my Stalk sanctity production technology. Let's take a closer look at the benefits." Elvin is the trespasser, but he is strangely majestic. Although he was essentially expelled from the country, in his capacity as King's brother, he asked his brother-in-law what his subordinates could say about him. Lucas was alert and Irene watched Elvin's unilateral actions for a moment, including confusion. "Let's start by pouring someone's blood into this water. If it's not blood, saliva is fine. Hair or pieces of flesh must be part of that person. This time, I used my hair." Following Elvin's point, there was only one thin black hair on the bottom of the water. Elvin stepped closer to Felix, lifting a small box with some disturbing signs in his left hand and holding his chest in his right hand. "Then add another person to this box who wants to appraise it. Again, as long as it forms part of the human body, it doesn't have to be hair. Blood or saliva." So I picked up Felix's wine glass on the table and wiped it with a handkerchief that I took out of my pocket. "For example, a tiny amount of saliva on a glass." "What..." Elvin pushed the handkerchief into a small box in front of Felix, who chilled his eyes. ---Jiwa..... The water, which was supposed to be clear, clouds red and black from the touch of the handkerchief. Looking at it, Elvin laughed proudly. "Look! Look, you fake king! Hahaha, faithful servants of Stalk, now I will reward you. This man is the world's biggest villain. On the other hand, it is justice that I, and Stalk, the proud nation of technology, discover the truth and tell it! The old man behind his words is clapping his hands as if he were impressed. Elvin turned his shoulders overwhelmingly to Lucas, who was completely left in the situation. "Greetings are late, Brother-in-law Lucas. Don't you know what's going on here? You're drowning in a woman and a sword. Let me explain to you how my half-brother feels." He smiled at his dark appearance. "This is a sacred instrument made to evaluate kinship - whether it is a true parent-child. If a human body other than the parent and child touches it simultaneously, the water immediately becomes cloudy and is made like that.... Oops, if you suspect it, I'll use other parts to verify it many times." Elvin pointed to the crystal box as pleasant and irresistible. "The saliva you just added belonged to Felix's brother-in-law, right? And you see, this black hair belongs to our father, our ancestor, Verner. Let's prove it again and again." Understanding what he was trying to say, Lucas and the others stretched their faces. And the body of King Werner, and the saliva of Felix, rebelled against the holy water. Elvin pointed his finger at Felix as he stared at him. "I mean. Felix's brother-in-law - this man is not the king's son. A wrongdoer who does not inherit the true lineage of Luden... a false king." Lucas feels gloomy in his lofty declarations. As I tried to exhale my stupid breath, I noticed that my half-brother didn't say anything. "... brother-in-law? Felix looked intrigued and just kept quiet. Always seeing him without saying anything, Lucas gradually forced his face to stretch. "... is that true? At that point, he still believed in Felix more than Elvin. Elvin often made ridiculous remarks about his mother's influence and how playful she was, and I don't think Felix could easily be chased down by him like that. Well, I thought you might be thinking of such a painful objection. He poked his cheek cane and was stunned by what Felix murmured. He nodded unconsciously in a tone that he didn't want to say anything.

30.皇帝と大貧民 「あら、あげた以上に随分ともらってしまったわ」 昼なお薄暗い監獄の一室で、嫣然とした声が響く。 ハイデマリーは、クレメンスが差し出した二枚の絵札をひらりと手の内で翻し、長い睫毛を瞬かせた。 「でも、それがルールなのだから、仕方ないわね」 そして、悪びれもせずに小首を傾げた。 相も変わらずソファに背中を預けたほかの囚人たちも、何ごともないように自身の手札を整理している。 「そうそう、大貧民から皇帝には最強の手札を二枚、皇帝から大貧民には不要な手札を二枚交換する、っていうのがこのゲームのルールだからさ。仕方ないよね。許してあげてよ、クレメンス」 「貧しき民は構造的に搾取され続けるという、実に世知辛い現実を投影したルールですが、【色欲】に悪気があるわけではありませんから。お許しください、クレメンス殿」 「そんな悲壮な顔しなくたっていいじゃなぁい。許しなさいよ、クレメンス」 順に、ホルスト、モーガン、リーゼルに、ギルベルトである。 ハイデマリーに勝つことはないが、かといってけっして最下位に落ちることのない彼らは、完全に余裕の態で、新しい 最後にぼそっとイザークまでもが呟いた瞬間、全員の手札の整理が完了する。 そうして彼らは、気だるげな雰囲気をまとわせたまま、再び最初のカードを場に捨てはじめた。 それがチェスであれ、カードであれ、敗者は勝者に絶対服従するという決まり自体は、彼らにも適用される。 しかしクレメンスという「新人」を得た今、彼らが最下位に落ちることはまずありえなかったし、仮にそうなったとしても、その窮地を鮮やかに切り抜けてしまえるなんらかの術が彼らにはあった。 下手を打てば、監獄の奴隷へと堕とされる――そのスリルすら、この退屈な獄内では、魅力的なスパイスなのである。 よって、彼らは実に優雅に、貴族的な余裕すら漂わせて、迷いのない手つきで札を選んでは場に投げていった。 そんな中にあって、必死の形相を浮かべている人物が、ひとり。 ここまでで既にすっかり身ぐるみを剥がされてしまった、クレメンス・フォン・ロットナー元侯爵である。 血走った瞳にはかつての理知的な光はなく、強張った顔は柔和な人柄を装うどころではない。 白髪を振り乱し、靴も脱がされて年相応に痩せ細った足を晒した様は、ひどくみじめで、無力である。 今の彼を見て、往時は大国の王をほしいままに操り、各国でその権力を振るってきた貴族中の貴族であると信じる人物は、誰もいないであろう。 クレメンスのそうした様子は、靴の中に隠していた地権証を奪われたときから続いていた。 「いやだわ、クレメンス。どうかそんな怖い顔をしないで。鬼気迫った顔で札を睨みつけたのでは、幸運の女神も逃げてしまってよ?」 彼からすべてを巻き上げた麗しの娼婦は、甘い声で優しく囁く。 「それに、どうぞ安心して。なにもわたくしたちは、血を見るのが大好きな殺人狂というわけではないもの――たぶん。次にまたあなたが大貧民になって、そのときもはや内臓くらいしかあなたが目ぼしいものを持っていないからといって、必ずしもあなたを解体するとは限らないわ」 その鋭い視線には、強い憎悪こそ籠っていたが、意外にも恐怖は滲んではいなかった。 常軌を逸した囚人たちに囲まれて、あげくその身を切り刻まれる可能性をまざまざと突きつけられつつも、それに対して怯懦の心を欠片も見せぬ様子は、さすがは元宰相といったところか。 ハイデマリーはまじまじとクレメンスを見つめてから、ふふ、と愉快そうに微笑んだ。 「素敵。気骨のある殿方って、わたくし、本当に好きだわ」 「――......娼婦めが」 クレメンスは、吐き捨てるように唸る。 ついでに唾まで吹きかけそうになったところを、予備動作もなく剣を突きつけたギルベルトが制止した。 「俺の妻に失礼な真似はやめてくれるか」 つ、と喉仏に血が流れるのを見たクレメンスは、代わりにますます眼光を強め、射殺しそうなほどにハイデマリーを睨み据えた。 「......今に見ておれ」 「吠えるのは勝手だけど、少なくともアンタはマリーのことを『見る』のは、やめた方がいいんじゃなあい?」 と、不機嫌そうにカードを選んでいたリーゼルが――どうやら、少々札の戦力が乏しくなってきたらしい――嘲るように指摘する。 彼は、すいと顔を上げると、クレメンスに向かって皮肉気に唇を吊り上げてみせた。 「【色欲】の瞳は、魔性の瞳。一度溺れてしまえば、あたしの洗脳なんかよりよっぽど強力に、骨の髄まで吸い取られるわよ」 「いやだわ、【嫉妬】。あなたからそんなに褒められる日が来るだなんて、胸がどきどきしてしまったではないの」 「褒めてんじゃないわよ、こき下ろしてんの。そこらの淫魔や魅了持ちの魔族より、よっぽどたちが悪いって言ってんでしょ」 ふたりは反りが合わない――というか、独特の距離感を取っているようだ。 リーゼルはふんと鼻を鳴らした。 「ほんっと、あんたって節操ないんだから。男だけならまだしも、女、いえ、種族を超えてだって誘惑するでしょ。あんたが監獄に入ったばかりの頃、各国の要人どころか、牛やら魚やら鳥までもがふらふらと引き寄せられてきて、あたしたちが駆除するのにどれだけ苦労したことか」 「だが、おかげで、しばらく、食卓は、豊かになったぞ」 「人間はさすがに食べられませんが、未だに送られてくる彼らからの手紙は、重要な情報源になっていますしね」 潔癖症のきらいがあるリーゼルは恨みがましく吐き捨てるが、それによって利益を得てきたイザークやモーガンはハイデマリーの擁護に回る。 泰然の構えを崩さぬ女王は、批判にも擁護にも等しく肩を竦めた。 「慣れてちょうだい。これがわたくしなのだもの」 そう、彼女は生まれついての娼婦であったのだ。 艶めかしい肢体はただそこにあるだけで視線を釘付けにし、あえかな吐息はぞくりとするほどの色香を含む。 男であろうと女であろうと、いっそ種族を超えてさえ、彼女と目を合わせたものは、もれなくその濡れた瞳の湛える碧い世界へと引きずり込まれる。 そうなってしまえば、彼らは自我を溶かし、熱に浮かされた人のように、ただひたすら女王の愛を乞うようになるのだ。 エルマに対して、意識的、体系的に、他人の関心を引き付け操作する術を教え込んだのはリーゼルだったが、無意識的――呼吸をするように人を誘惑する術を仕込んだのは、なにを隠そうハイデマリーであった。 をこの世に誕生させた娼婦は、無邪気に小首を傾げる。 「それに正直なところ、魅了の力という点では、エルマのほうが優れていると思っているわ。あの子が本気を出せば、動物どころか魔獣や魔蟲だって堕としてしまえるはずだもの」 どこか誇らしげに彼女が告げると、リーゼルはますます鼻白んだように片眉を上げた。 の無駄にきれいな顔に加えて、【怠惰】の話術と、あたしの洗脳術まで授かってるわけだもの。あの子に堕とせない存在なんてないでしょうよ」 自身も十分に親馬鹿な発言をかましてから、しかし彼はちょっとだけ口元を歪めて、付け足す。 「――正直、エルマがあんたの忌まわしい瞳を受け継がなくてよかった、って思うわ。見つめるだけで人の自我を溶かすあんたの瞳は、ほとんど邪眼の域よ。ただでさえ、あたしたちが魅力的に育てすぎちゃったのに、邪眼まで加わったらどうなることか。過ぎた魅了の力は、身を滅ぼすわ」 「......そうね」 破滅をもたらす女、と揶揄されておきながら、ハイデマリーはなにも言い返さない。 彼女はちらりとホルストを一瞥し、牽制するように微笑んだ。 エルマの瞳は感情が昂ると赤くなるのだという事実を、ハイデマリーは大切な仲間にすら伝えていない。 燃える夕陽、滴る血のような深紅の瞳は、神秘的な夜明け色の瞳よりもよほど強く、人を魅了する――それこそ、かつての魔族と同じく危険視されるだろうほどに、人々の精神に強く働きかけるのだということも。 麗しの娼婦は、不都合な真実をさりげなく胸の奥にしまい、代わりに完璧な形の唇で、美しい睦言を囁いた。 「だから、わたくしはあなたが大好きだわ。リーゼル」 「......なにがどう、だからなのやら」 鼻に皺を寄せながらのぼやきに、ハイデマリーはふふっと口元を綻ばせる。 それから、思い出したようにクレメンスを見やり、大仰に肩を竦めてみせた。 「ごめんなさいね、会話に取り残してしまって。なんの話をしていたのだっけ――ああそうそう、あなたはわたくしをあまり見つめないほうがいい、という話だったわね」 微妙に逸れてしまった話を元に戻し、ついでにひらりと場に手札を投げ捨てる。 彼女は、いたずらっぽくクレメンスに向かってウィンクを決めた。 「自分で言うのもなんだけれど、そうかもしれない。あのね、なぜかわたくし、じいっと相手を見つめていると、その相手が急に跪いてきたり、慈悲を乞うてきたり、絶望して死なれたりすることが多いのよ。困っちゃうわよね」 さらりと告げるには、あまりに衝撃的な内容だ。 それではほとんど魔族か死神の類である。 さすがのクレメンスも少々面食らっていると、ハイデマリーはくすくす笑って続けた。 「これでも若い頃は、結構苦労したのよ。でもおかげで、わたくしはとてもシンプルな方針を持つに至ったの。それはね――」 自分に媚びない者だけを、対等と認める。 擦り寄ってくる者は――支配する。 彼女が嫣然と言い切った内容には、娼婦の妄言と片付けるには済まされない、異様な迫力があった。 無意識に喉を鳴らしたクレメンスに、ハイデマリーは高貴な猫のように笑いかけた。 「出会ってから今この瞬間まで、けっして情欲を向けてこなかったあなたのことを、わたくしは気に入っていてよ。けれどね、クレメンス。わたくしに情欲を向けない――支配されずに済む人間というのは、たいてい、著しくなにかが欠けた人なの」 たとえば、と、彼女は周囲の仲間たちを見回しながら、歌うように告げる。 「欲を忘れてしまうほどに、大切なものを失ってしまった人。女の体よりもよほど強く、得難いほかのなにかを求めている人。あとは......既にわたくしに心を捧げきってしまった人、というのもあったけれど」 ギルベルトをちらりと視界に入れたとき、美しい唇からくすっと吐息が漏れた。 彼女は優雅にソファにもたれかかったまま、「それから」と付け加えた。 「わたくしが視界に入らぬほど、すでに心の最奥に愛する女性を棲まわせてしまっている人、というのもね。あなたはそれでしょう、クレメンス?」 クレメンスは虚を突かれたように黙り込んだ。 やがて、くっと唇の端を持ち上げ、嘲笑を象る。 彼は心底馬鹿にしたように、ハイデマリーに向かって吐き捨ててみせた。 「――たわけたことを。すべてを愛だ恋だのくだらぬ感情に帰結させるところが、しょせんは女よな」 が、威勢の良い罵倒は、 「瞬きの数が増え、 モーガンの読心術によってあっさり封じ込められてしまう。 そう、とくすくす笑うハイデマリーを前に、クレメンスはまるで哀れな小動物のように毛を逆立てた。 「は、ペテンかなにか知らぬが、己の妄想を勝手に事実として語るのは、さぞ――」 「そうそう、事実を語るといえば、つい最近、ちょっと気になる噂を聞いたのよね。聞いたというか、厳密にはこの手紙に書いてあったのだけど」 「今その手紙はどこから出てきた!?」 ぴらりと谷間から封書を取り出したハイデマリーに、クレメンスは渾身の虚勢も忘れて突っ込みを入れる。 ハイデマリーはにこやかにそれを受け流すと、優雅な手つきで便箋を広げた。 「とある社交界にいた、とある女性についての噂よ。この女性――フィーネ様というらしいわね――彼女というのが、まあ巡り合わせの悪い方でね。聡明さと清廉な人柄を買われてとある王の側妃に収まったのだけれど、その善良さが煙たがられてしまって、あっさりと離縁。『信頼のおける家臣に下賜する』との名目で宮廷を追い払われたのだけれど、今度はその家臣の夫が失脚。子もおらず、後ろ盾となるはずの実家からもとうに見放されたフィーネ様は、哀れ、単身屋敷を出たらしいわ」 「そうはいっても、旅など不慣れな、もはや初老に差し掛かった女性よ。乏しい路銀を掻き集めて、彼女の思いつく最も人里離れた、そして――ああ、涙が出そうね、彼女が唯一足を運んだことのある地方に、馬を走らせたのだとか」 もはやクレメンスは言葉もない。 ただ、血がにじむほどに拳を握りしめ、強く口を引き結んでいた。 「それは彼女の想い出の土地。彼女を引き取った『第二の夫』が、多忙な業務の合間に、申し訳程度に一度だけ連れて行った――いわば、新婚旅行の行き先」 ハイデマリーは、ひっそりと笑みを深めた。 「のどかで自然深く、避暑にはうってつけのその場所の名前は......トレンメル」 かつ、と音を鳴らして、とうとうハイデマリーは立ち上がった。 手にしていた札を、ばさりと場に投げ捨てる。 女王の札が三枚。 それで、彼女の手札は空になる――つまり、またしても、彼女が皇帝だ。 監獄に君臨する麗しの娼婦は、優しく目を細めて告げた。 「残念ね、クレメンス。わたくしの読みでは、今回もあなたが大貧民よ。――今度は、あなたから何をもらおうかしら?」 白く細い指先を伸ばし、クレメンスの強張った顎を持ち上げる。 彼女はまるで睦言を囁くように、甘く甘く言葉を紡いだ。 「隠し持っていた金貨、指輪、それに、別名義の地権証。それらは、もうもらってしまったし。あと何を取り上げたら、あなたの目的は頓挫するのかしら」 クレメンスは、絶望の唸り声を漏らした。 そのうえで、ひとつひとつ巻き上げていった。 隠し持っていた金貨、指輪、それに、別名義の地権証。 すなわち、トレンメルにたどり着くための路銀、呷るための毒を隠した指輪、そして――妻の安全を確保するための土地を。 決めたわ、と唇を吊り上げて、ハイデマリーはクレメンスの頬にそっと手を添えた。 「最後は、あなたの真実をちょうだい。あなたが、洗脳を解かれるなり愚かにもわたくしたちに挑み、四肢をもがれる恐れすら厭わず脱獄を目指したのは――フィーネ・フォン・ロットナー元侯爵夫人に土地を授け、そこで自死するためかしら?」 クレメンスは、後生大事に持っていた、手札の中で唯一強力と言えるカード――ハートの

62 30. The Emperor And The Great Poor "Oh, I got more than I gave you." In a dimly lit prison room during the day, a groaning voice sounded. Hydemarie flipped the two picture tags presented by Clement into her hands and blinked her long eyelashes. "But that's the rule, so I can't help it." And I tilted my neck without any nausea. The other prisoners who kept their backs on the sofa also kept their hands neatly organized. "Yes, because the rules of the game are to exchange two of the strongest cards from the Great Poor for the Emperor, and two unnecessary cards from the Emperor for the Great Poor. I can't help it. Forgive me, Clemens." "The rule that the poor people continue to be structurally exploited is a really popular reality, but it's not that [sexual lust] is malicious. Forgive me, Clemens." "I hope you don't have to look so sad. Forgive me, Clemens." In turn, Holst, Morgan, Rezel, and Gilbert. Never beating Hydemarie, but never falling to the bottom, they were playing and enjoying new toys (...) with total leeway. The moment Isaac muttered at the end, all hands were sorted out. So they threw the first card into the field again, with a carefree atmosphere. Whether it's chess, cards or losers, the rule of absolute obedience to the winner applies to them as well. However, now that they have a "newcomer" named Clement, it was impossible for them to fall to the bottom, and even if they did, they had some sort of technique that could vividly cut through the plight. If you beat him badly, he will be turned into a prison slave - even the thrill is an attractive spice in this boring prison. Therefore, they gracefully floated even the noble margin, and chose the bill without hesitation, and threw it into the field. Among them, there is one person who has a desperate figure in mind. This is the former Marquis of Clement von Rotner, who has already been completely stripped of his body. Bloody eyes do not have the intelligent light they once had, and strong faces do not disguise themselves as soft personalities. Shaking gray hair, taking off shoes, and exposing thin feet to age are terribly intimidating and powerless. When I look at him now, there will be no one who believes that he is a nobleman among the nobles who used to manipulate the kings of the great powers and waved their power in the nations. Clement's appearance lasted until he was deprived of the land title he had hidden in his shoes. "No, Clemens. Please don't look so afraid. When I stared at the bill with my witty face, the Goddess of Fortune also ran away. The beautiful whore who rolled everything up from him whispers gently with a sweet voice. "And don't worry. Nothing makes us a killer who loves to see blood - perhaps. Next time you become a poor man, not necessarily dismantling you because you no longer have as much viscera as you do." The sharp gaze was filled with strong hatred, but unexpectedly no fear seeped. Surrounded by inmates who have strayed from normal trajectories, they are pointing at the possibility of being mutilated, but they don't show any shredded hearts against it, is that the former prime minister? Hydemarie stared seriously at Clement and then smiled happily. "Wonderful. I really like the temperamental gentleman." "----whore!" Clemens roars, throwing up. Then Gilbert, who was pointing his sword without a preliminary motion, stopped him from spraying his spit. "Will you stop being rude to my wife?" Seeing blood flowing through his throat, Clement instead looked at Hydemarie with increasing eyesight and almost killing him. "... look at me now" "It's selfish to bark, but at least you should stop 'watching' Marie, right? Rezel, who was moody about choosing the card - apparently, the bill's power has become a little scarce - pointed out. He sarcastically lifted his lips toward Clement as he raised his face. "The eyes of [lust] are magical eyes. Once you drown, you'll suck it out of my bone marrow much more powerfully than my brainwash." "No, [jealousy]. I can't believe you're going to give me such a compliment." "I'm not complimenting you, I'm knocking it down. You're saying they're worse than those lewd demons and charming demons." As usual, the two girls (...) don't fit - or seem to have a unique sense of distance. Rezel snorted. "Really, you're not very conservative. A man alone would tempt a woman, no, beyond her race. How hard it was for us to exterminate the cows, the fish, the birds, not just the dignitaries of the countries, when you were just in prison." "But thanks to you, for a while, the table was richer." "Humans can't really eat, but the letters they still send are an important source of information." Riesel, who has a problem with hysteria, throws up resentment, but Isaac and Morgan, who have benefited from it, turn to defending Hydemarie. The queen, who did not break her tauntless stance, shrugged her shoulders equally to criticism and advocacy. "Get used to it. This is me." Yes, she was a born whore. The glossy limb nails the gaze just by being there, and the faint breath contains a dull color. Whether it be a man or a woman, even beyond the race, the one who sees her will soon be dragged into the blue world with its wet eyes. When that happens, they melt themselves and beg for the love of the queen, just like those who float in the heat. It was Liesel who taught Elma how to consciously and systematically attract and manipulate others' interests, but unconsciously it was Hydemarie who taught Elma how to seduce people to breathe. The whore who gave birth to the world's troublesome seductor (Elma) leans her head innocently. "And honestly, I think Elma is better at charm. If he takes it seriously, he'll be able to corrupt not only animals, but beasts and monsters." When she proudly told her, Rezel raised one eyebrow more and more white. "Well, then. That's because in addition to [your lust] (you) wasting a beautiful face, she was given [laziness] talk and even my brainwashing. There's no such thing as a child who can't be corrupted." After cheating on his own sufficiently stupid remarks, he distorts and adds a bit. "--honestly, I'm glad Elma didn't inherit your abominable eyes. Your eyes, which melt people's egos just by staring at them, are almost in the vicious eye area. Even though we've grown too attractive, what happens if we join the evil eye? Too much charm will destroy you." "... I see." Heidemary doesn't say anything back, while being held hostage to a woman who brings destruction. She glanced at Holst and smiled to restrain her. Heidemary hasn't even told her loved ones that Elma's eyes turn red when she's feeling. Burning sunsets, deep red eyes like dripping blood are so much stronger than mysterious dawn eyes that they enchant people - and that is why they work so hard on people's spirits that they will be seen as dangerous as the demons of the past. The beautiful prostitute subtly put the inconvenient truth into her chest and whispered beautiful peace with her lips in perfect shape instead. "That's why I love you. Liesel" "... what do you want, that's why?" Hydemarie blurred her nose as she wrinkled her mouth. Then, as I remembered, I looked at Clement and raised my shoulders. "I'm sorry, I left it in the conversation. What were you talking about? - Oh, yeah, you shouldn't stare at me too much." Revert the subtle deviation and throw your hand at the venue. She made a naughty wink at Clement. "Whatever you say, it might be. You know, when I stare at someone for some reason, they suddenly kneel down, beg for mercy, and often die in despair. You're going to be in trouble." It's too shocking to say goodbye. Most of them are Demons or Reapers. Heidemary giggled and continued to smile, as Clement was also a little bit confronted. "But when I was young, I had a lot of trouble. But thanks to this, I have a very simple policy. That's..." Only those who do not like themselves are recognized as reciprocal. Those who rub against each other will rule. There was an unusual power in what she shouted at, which could not be undone with the whore's delusions. Hydemarie laughed like a noble cat to Clement, who subconsciously rang her throat. "I liked you when you weren't lustful from the moment I met you. But, Clemens. People who do not turn to me for lust - people who are not controlled - are usually people who are significantly lacking something." For example, she tells her friends to sing as they look around. "The more you forget your desires, the more you lose what matters. Someone who wants something stronger and harder than a woman's body. And then... there was someone who had already dedicated his heart to me." When I glimpsed the gill belt into my sight, my beautiful lips burst out of breath. "Then," she added, gracefully resting on the sofa. "Because I already have a woman I love in the deepest part of my heart so much that I can't see. Wouldn't that be you, Clemens? Clement silenced as if he had been poked into falsehood. Eventually, she lifts her lips and mocks them. He threw up at Hydemarie as if he had made a fool of himself. "--What a surprise. It's a woman who puts everything back into a crappy feeling of love." But a powerful scolding "The number of blinks increases, the wrinkled eyebrow muscles are strong, and the gaze is diagonally upwards on the right. In other words, he feels anxious and uncomfortable with what [lust] says, and is speaking falsely - you're clearly upset." Morgan's mind reading technique lightly seals it up. Yes, Clement turned her hair upside down like a pathetic little animal before laughing at Hydemarie. "I don't know anything about Peten, but it's time to talk about my delusions as facts on my own -" "Well, to tell you the truth, I recently heard a rumor that bothered me a little. I mean, technically, it was in this letter." "Where did that letter come from!? Clement threw herself into the Hydemarie, where she glanced out the seal from the valley. Hydemarie smiled at it and spread the sticky notes with elegant handwriting. "It's a rumor about a woman who was in some social world. This woman - she seems to be Fihne-sama - is a bad tourist. He bought brilliance and clean personality and fell into the hands of one king's concubine, but his virtues were smoked away and he was separated. I was expelled from the court under the pretext of" giving it to a trusted minister, "but now the husband of the minister has lost his way. Feine-sama, who had no children and who had been abandoned from her parents' home, who were supposed to be the backbone of her family, seems to have left the sad, single house." "Even so, I am no longer accustomed to traveling, and I am a young woman. I gathered the scarce silver and ran her horse to the most remote place she could think of, and - oh, let's tear it out - to the only place where she had ever carried her feet." Clement has no more words. However, she held her fist so tightly that she bled that she dragged her mouth tightly. "It's her land of remembrance. The 'second husband' who took her in took her only once during the busy business - that is, to the destination of the honeymoon." Hydemarie secretly deepened her smile. "The name of the place is Tremmel, a relaxing, natural place suitable for summer escape." And then, with a sound, Hydemarie finally stood up. Throw the tag you had in your hand and throw it on the spot. Three Queen's bills. So her hand is empty - that is, she is the emperor. The beautiful whore, who reigned in prison, gently narrated her eyes. "I'm sorry, Clemens. In my reading, this time you are a poor man. --What do I get from you this time? Stretch out the white, thin fingertips and lift Clement's strong chin. She spinned sweet and sweet words as if she were whispering goodwill. "Hidden gold coins, rings, and another title certificate. I've already got them. I wonder what else you're up against." Clemens roared in despair. Then I wound them up one by one. The gold coins, the rings, and another title. That is, the silver to get to Tremmel, the poisonous ring to poison, and the land to keep my wife safe. I made up my mind and lifted my lips and Hydemarie gently put her hand on Clement's cheek. "Finally, tell me the truth about you. When you were deciphered, you foolishly challenged us to escape without fear of limbs - to give land to former Marquis Fine von Rotner and die there? Clemens dropped the Queen of Hearts, the only powerful card in his hand that he cared about later, on the floor without strength.

20.「普通」の探し物(8) 白く小さな顔に、すっと通った鼻梁。 薄めの唇に、淡く色づいた頬、長い睫毛。 華奢な顎を、前髪から垂れた水滴が伝い、ぽたりと胸元へと落ちる。 それに気付いて軽く目を瞬かせた、その大きな瞳は――まるで夜明けを迎えた空の色。 「――............っ、............っ、............」 なにか言いたい。 この美を称えたい。 けれど――魂ごと奪われてしまったように、ケヴィンは一言も告げることができなかった。 こちらを指さしたまま、ぱくぱくと口だけを動かしているケヴィンに、エルマは眼鏡を拭きつつ怪訝そうに首を傾げる。 表情から「予想外だ!!」との思いだけは読み取ったようで、いったいなにをそんなに驚くことがあるだろう、といった風にしばらく首を傾げた彼女は、ついでぽんと手を打ち合わせた。 「失礼しました、指摘されたのは衣服のほうでしたね」 なにか、そのように処理されたらしい。 エルマはためらいもなくスカートの裾を掴むと、水気を絞るべく、艶めかしい曲線を描く白い脚を惜しげもなく晒して持ち上げ―― 「ままままま待ったああああああ!」 持ち上げようとして、女性陣に必死の形相で止められた。 ――ぶわっ! 同時にルーカスが、素早く彼女の腕を掴み、上着をかぶせる。 彼は剣呑な表情でエルマに顔を寄せると、 「この馬鹿、十歳の坊主に道を踏み外させるな!」 と叱りつけた。 エルマはきょとんとして――その表情がまたあざといくらいに可憐で、周囲は呻き声を上げる――、「え、あ、はい......?」と素直に頷くが、時すでに遅かったらしい。 ケヴィンは、ぼんっと体中の血が沸騰してしまったかのように顔を赤らめ、その場にふらりと倒れ込んだ。 神ではない。 やはり神ではなく――彼女は人を誘惑し篭絡する、魔性だ。 そんな思いを、身の内で何度も何度も反芻しながら。 「あの、ケヴィン様......? 大丈夫ですか......?」 エルマが心配そうに眉を寄せ、話しかけてくる。 それを聞き取ると、今度はケヴィンはばっと立ち上がり、盛大に言葉を噛みながら叫んだ。 「だだだだ大丈夫だ! 大丈夫です! まったく問題ない! まったく! 問題ありません! ただちょっとその、なんだ、あの、............っ」 動揺のあまり口調も定まらない。 だいたい、ずっと屋敷に籠って過ごしてきた彼は、そもそも家族以外の女性に接することすら少ないのだ。 この美しい少女相手に、なんと答えれば、一番心配させずにすみ、スマートに見え、いや......好感度を上げることができるであろうか。ケヴィンは素早く思考を巡らせた。 「そ、その......っ! や、やっぱり気分がすぐれない気がするので、薬草を取ってくる! いや、本当のところ全然大丈夫なのだが! むしろ元気なのだが! ただ、あなたも一緒に飲むと丁度よいかなと思って! 一緒に! そう、一緒に......!」 エルマのためになにかしたくて、けれど気を遣わせたくもなく、かといって心配もされたくなかったケヴィンは、結果そんなよくわからない言葉を口にしてしまう。 これ以上動揺している姿を晒したくなかった彼は、それからぱっと踵を返し、森に向かって突っ込んでいった。 「す、すぐ戻る!」 そんなセリフまでをも、思い切り噛みながら。 「――あーあ......」 一連のやり取りを見守っていたイレーネは、そっと手で目を覆った。 やってしまった。 この友人は、偏屈な辺境伯令息をも、一瞬で忠犬に変えてしまった。 デボラは「さすがエルマエル様......」と陶然とした眼差しを寄越すだけだったが、ルーカスは至極不機嫌そうである。 彼はエルマの両肩を掴み、くるりと自分のほうに向き直らせると、低い声で告げた。 「......おまえ。俺がなにを言いたいか、さすがにわかるな?」 エルマは不思議そうにルーカスを見上げる。 表情から苛立ちは読み取りつつも、それが一体なにに由来するものなのかはわからないようだ。 エルマはしばらく思考を巡らせていたが、やがて「ああ」と声を上げた。 目をきらめかせ、頬を紅潮させる。 その顔には、まぎれもなく喜色が浮かんでいた。 「頂けるのですね、例の言葉を」 対するルーカスは胡乱な顔つきだ。 制止にもかかわらず海に飛び込み、あまつさえくじらに乗って帰還し、あげく素顔素足を見せてほかの男を篭絡してみせた彼女に、説教のひとつもしてやろうとは思えど、それ以外を期待される覚えはなかった。 が、エルマはいつになく上機嫌で、興奮気味にまくし立てた。 「まさか殿下から真っ先に、お墨付きを頂けるものとは思いませんでした。予想外に結果を出すのが速いからと、そんな苛立たしそうなお顔をなさらないでください。不肖の弟子の成長を、ともに喜んでいただけますと幸いです」 「え、ですから、今回のことを褒めてくださるのでしょう?」 エルマは、どこまでも無邪気に微笑んでいた。 「泳ぐのは『普通』ではないと言われたから、泳がずにおりましたし、大海原から指輪を探し出せるはずがないなどと言われたから、自分が探すのではなく、飛び魚の群れに探してもらいましたし」 「飛び魚に探させていたのか!? というかどうやってくじらや魚に頼むというんだ!?」 「え、それは普通に、頼み込んだだけですけれど」 ルーカスが全力で突っ込むと、エルマは目を瞬かせて首を傾げた。 「きちんと頭を下げて、丁寧に頼めば、くじらでも魚でもセイレーンでも、快く協力してくれるものですよね?」 主張の一部に、とんでもない単語も混ざった。 しかしエルマは「まさかシャバの方は、それくらいのこともできない、なんて言いませんよね」と朗らかにシャバをディスるだけだ。 ――これは、来るぞ。 やり取りを見守っていたイレーネが、ついごくりと息を呑むと、エルマは期待にたがわず言い放った。 「海に沈んだ失せ物は、 努力屋の彼女の、いじらしく、健気で、かつ最強に傲慢な、問い。 ルーカスはぴきっと硬直し、イレーネはがくりとその場に崩れ落ちた。 ――なにそれ......! 両者の魂の叫びが、奇しくもハーモニーを奏でる。 とそこに、 「エルマ、さん! これ! これを見てみてくれ!」 純情少年と化したケヴィンが、両手いっぱいに緑の葉を抱えて戻ってきた。 どうやら本当に、薬草を大量に採取してきたらしい。 彼は、尻尾があったなら盛んに振っているにちがいない様子で、誇らしげに薬草を突きつけてきた。 「これは、昔から我が領にだけ自生するハーブで、クローバーの仲間なのだが! 清々しい香りが魔蟲をはじめとする魔を打ち払うと信じられていて、だからきっと、あなたが浴びた瘴海水にも効果抜群で、かつ、......かつ! 愛らしい形をしたこの葉が、大切な異性を呼び寄せてくれるという言い伝えの......!」 途中からは、頬まで染めている。 完全にエルマの僕と化したケヴィンを、周囲は憐れむような励ますような視線で見守っていた。 「......幼い恋とは、なんと恐ろしい......」 ルーカスなどは、ぼそっと呟いてしまう。 瘴気を帯びた海水がなんだ。 相手はくじらに乗り、魚を使役し、なんならセイレーンまで従えようという娘だ。 その現実が見えぬのか。 「魔を祓う力にせよ、異性を呼び寄せる力にせよ、エルマが ところが、そのとき不思議なことが起こった。 穏やかにケヴィンの話に相槌を打っていたはずのエルマが、ふと動きを止めたのである。 彼女は、きれいに拭き終えた眼鏡を掛けなおそうとしていたが、それをぱたりと地面に取り落とした。 なにか、様子がおかしい。 この、急に脱力し、まとう雰囲気がふわふわとしだす光景に、過去の記憶が重なって、ルーカスは息を呑んだ。 まさか。 「――......あの」 のろのろとした動きで両手を上げ、頬を押さえたエルマが、ぽつんと漏らす。 その顔は、酒に酔ったかのように淡い薔薇色に染まり、瞳はとろんと輪郭を溶かしていた。 「わたし......むかしから、なぜか......この香りが......苦手、で」 口調も、「あのとき」と同じく、どこか幼いものになる。 「エルマ、待て、おまえ――」 「大変、恐縮ではございますが」 「おい、待て、またなのかおまえ――!」 「これより、気絶いたします」 言うが早いか、ルーカスがとっさに差し伸べた腕の中に、エルマはどさりと倒れ込んだ。

52 20. "Normal" Findings (8) A nose that passes through a white, small face. Lightly colored cheeks and long lashes on thin lips. The luxurious chin drips from the front of your hair and falls down to your chest. When he noticed it, he blinked his eyes slightly, and his big eyes were like the color of the sky at dawn. "--------------------------------" I want to say something. I want to pay tribute to this beauty. But Kevin couldn't say a word, like he had his whole soul taken away. While pointing at Kevin, who was only moving his mouth, Elma leaned her neck suspiciously as she wiped her glasses. From the expression "unexpectedly!! She leaned her neck to the wind for a while, as if she had just read it, and what could surprise her so much. "Excuse me, but the clothes were pointed out." Something was handled like that. Elma grabbed the hem of the skirt without hesitation and lifted it with a glossy curved white leg to squeeze out the moisture. "Hold on, hold on! In an attempt to lift it, the female team desperately stopped it. - Bwah! At the same time, Lucas quickly grabbed her arm and put on her coat. He looked at Elma with a swallowing expression. "Don't let this idiot, a 10-year-old boy get out of the way! and scolded him. Elma calmly - her expression is so pitiful that she moans around her - "Eh, ah, yes...?" He nodded honestly, but it was already too late. Kevin blushed his face as if the blood in his body had boiled and fell down on the spot. I'm not a god. Not God after all - she is a magic that seduces and entangles people. With such thoughts, you rebuke yourself over and over again. "Um, Kevin-sama...? Are you okay...? Elma raised her eyebrows anxiously and spoke to her. Hearing that, Kevin stood up and shouted with a big bite of words. "It's okay, it's okay, it's okay! No problem at all! Absolutely not! It's just, what is it, um...?" The tone of agitation is also uncertain. Generally speaking, he has spent much time in the Mansion, not even dealing with women outside his family in the first place. If you answer this beautiful girl, you'll look smart without worrying the most, no... will you be able to increase your sensitivity? Kevin was quick to think. "That's right...! No, I still don't feel so good, so I'll get some herbs! No, the truth is, I'm totally fine! I'd rather be fine! I just thought it would be a good idea if you drank it with me! Together! Yes, together...! Kevin, who wanted to do something for Elma, but didn't want to distract her, didn't want to be worried. As a result, Kevin uttered such unclear words. He didn't want to expose himself to any more agitation, and then turned his heel back and ran into the woods. "I'll be right back! Even with such a line, I chewed it with all my heart. "--ahhh......" Irene, who was watching a series of interactions, gently covered her eyes with her hands. I did it. This friend turned his biased frontier breath into a faithful dog in an instant. Deborah just glanced at "That's Elmael-sama...", but Lucas seemed extremely upset. He grabbed Elma's shoulders and turned his back toward him, saying in a low voice. "... you. You know exactly what I'm trying to say. Elma looks up at Lucas strangely. While reading the frustration from his expression, he doesn't seem to know what it comes from. Elma was thinking for a while, but eventually she shouted, "Ah." Glitter your eyes and flush your cheeks. The face was bright and delightful. "You can use the words of the example." Lucas, on the other hand, looked confused. Despite the suppression, I jumped into the sea, rode back on my broom, showed my bare face to you, and tried to entangle other men. I didn't think I'd do one of the sermons, but I didn't remember expecting anything else. But Elma was always in a good mood and excited. "I didn't think you'd be the first to get a note from His Highness. Don't look so frustrating because you can produce unexpected results quickly. I hope you will be happy to grow up as a shameful apprentice." "Eh, so you're going to praise me for this? Elma smiled innocently everywhere. "Because I was told that swimming was not 'normal', I couldn't swim, and because I was told there was no way I could find the ring from the sea, I had a swarm of flying fish look for me, not myself." "Did you let the flying fish look for you!? So, how do you ask for crabs and fish!? "Well, normally, I just asked for it." As Lucas pushed in with all his might, Elma blinked her eyes and tilted her neck. "If you keep your head down properly and ask carefully, you'll be happy to cooperate, whether it's a wreck, a fish or a serine, right? Some of the assertions were also mixed with some ridiculous words. But Elma simply dismissed Shabba with joy, "I don't think Shabba can do that much." --This is coming. Irene, who was watching the exchange, took a breath, and Elma let go of her expectations. "Fish (professionals) look for lost objects that sink into the sea and return with the help of a wreck instead of swimming. If that's all you need, it's" normal ", right? Her playful, healthy, and most powerful arrogant inquiry of the hard-worker. Lucas was stiff, and Irene collapsed on the spot. --What is that...! The cry of both souls plays a strange harmony. and there, "Elma! Take a look at this! Kevin, a pure boy, came back with green leaves in his hands. Apparently, they've been collecting a lot of herbs. He proudly shook the medicinal herb with his tail. "This is a herb that has always been native only to my realm, and one of the clovers! It is believed that the refreshing fragrance will destroy demons such as demons, so I'm sure that the sea water you've been exposed to is also very effective, and... and! The legend says that this lovable leaf will attract important heterosexuals...! I dyed my cheeks from the middle. Kevin, who had become Elma's complete self, was watching his surroundings with pitiful and encouraging eyes. "... what a horrible thing to do with a young love..." Lucas and the others muttered. What kind of sea water is that? The opponent is a daughter who rides on a spider, uses fish, and obeys Salaine anyway. Can't you see the reality? "Regardless of the power of enchantment, the power of summoning the opposite sex, Elma should be influenced by the grass (clover)..." But then something strange happened. Elma, who was supposed to have gently hammered Kevin's story, stopped moving. She was trying to put on the wiped glasses again, but dropped them on the ground. Something is wrong. This sudden weakness and fluffy atmosphere overlapped with memories of the past, and Lucas took a breath. I don't think so. "--Um..." With a slow movement, Elma, holding her cheeks down, leaked softly. His face was stained with pale roses as if he had been drunk, and his eyes were melting with a faint contour. "I... don't know why... I don't like this smell..." The tone of voice, like "then", will be somewhere younger. "Elma, wait, you..." "I'm very sorry." "Hey, wait, you again!" "I'm going to faint." Sooner or later, Elma fell down into Lucas's long stretched arm.

を封じたぞ」 クレメンスは、場にクローバーの10を投げ捨て、にやりと笑った。 彼が投げたカードの下には、先ほどハイデマリーが置いた女王の絵札がある。 ハイデマリーはよほど女王の札に思い入れがあるようで、なにかとそれを切り札に使って戦おうとする。 せっかく強い持ち札に恵まれているのに、女王の札を活躍させるためだけに「革命」を起こしたりするほどだ。 クレメンスからすれば理解に苦しむ戦い方だったが、勝敗よりもむしろ勝ち方にこだわるのが、この美貌の娼婦の楽しみ方であるようだった。 (奇妙な女だ) ちらりと、自分が封じてみせた娼婦に視線を向けてみれば、彼女はすぐそれに気付いて顔を上げる。 勝ち誇った顔をしているであろう自分に、反感を見せるでも挑戦的な色を浮かべるでもなく、彼女はふふっと口元を綻ばせた。 「あら、やるわね、クレメンス」 ハイデマリーはもはや気安ささえ感じさせる口調で告げる。 「ここまでで既にしっかり富を巻き上げられておきながら、躊躇なくわたくしに挑もうとしてくるあなたって、とても素敵だわ」 そう、この時点で、既にクレメンスは負けが込み、隠し持ってきていた貴金属のほか、わずかに許された上等な衣服、はては書物の間に挟んでいた地権書までも巻き上げられていたのである。 次は手足か、内臓か―― 彼らはその手の脅しすら辞さない。 が、クレメンスはその挑発を、静かに笑っていなしてみせた。 「――もはや、私に失うものなどないからな。それに、この程度の札遊びで怯むような人間ならば、今この場に捕らえられるような罪など犯しはせぬわ」 実際、クレメンスは自分でも驚くほどに平静であった。 宰相としての肩書は地に落ちた。 政略結婚によって結ばれた妻は、記憶にない「裁判」が行われた時点で離縁を申し出たはずだし、幸か不幸か子はおらぬ。 若き日から王城の権謀術数に足を踏み入れたクレメンスは、逆に言えばそれ以外の人生を知らなかった。 手足や内臓を失ったところで、困るのは自分しかいない。 彼はただ、この獄からの脱出権さえもぎ取れれば、それでよかった。 ハイデマリーは興味深そうにクレメンスを見つめ、それから少し首を傾げた。 「あなた、そういった冷静な判断もできそうなものなのに、なぜ王族殺しや、王権奪取だなんて大それた罪に手を染めたのかしら? なぜそこまで権力を欲して?」 「............」 返事には、通常の人間であれば気付かぬほどの、ごくわずかな沈黙があった。 「......ふん、娼婦よ。そなた、札遊びをする人間に、『なぜ勝ちたいの?』などと聞くのか? 遊戯に参加した以上、頂点を狙う。ただそれだけのことだ」 ハイデマリーは、手札で作った扇を口元に押し当てながら、ひっそりと笑ったようだった。 「ひねくれものね。――気に入ったわ」 そんな戯言を紡ぐ娼婦から視線を逸らし、クレメンスは左隣の しかし彼は、白けたように肩を竦めるだけだった。 「誇らしげにしてるとこ悪いけど、そのカードは出せないよ、クレメンス」 意味を捉えそこねて聞き返したクレメンスに、ホルストは小馬鹿にするように告げた。 「だから、縛りだってば。さっき【怠惰】が出したのがハートの王、【色欲】が出したのがハートの女王。だから、その次に出せるカードは、本来ハートの 「やあねえ、ホルスト。あんたが縛ってばかりで、一向にゲームが進まないからって、さっき数字縛りはなしにしようってマリーが決めたんじゃないの」 「数字はね。 リーゼルが眉を顰めて指摘しても、ホルストは何食わぬ顔で肩を竦めるだけだ。 彼は完全に周囲の持ち札を見切っているらしく、「持ってないでしょ?」とクレメンスに告げると、さっさと彼を飛ばし、自らの持ち札から一枚を投げ捨てた。 ハートのジャック。 ホルストが持っていたのだ。 「ふん。本当なら、これで両縛り継続なのに」 「あんたって、ほんと縛るのが好きなやつよねえ」 ホルストの隣で、出せる札を選びながらリーゼルが呆れたように告げる。 「粘着質な拘束男は嫌われるわよぉ」 「誰が拘束男だって?」 厭味ったらしい声に、ホルストがついむっとして聞き返すと、ずっと沈黙を守っていたイザークが、 「過去に、エルマを、軟禁していたこと、あったろうが」 札を投げ捨てながら、ぼそりと呟いた。 その低い声には、恨みがましい色が混ざっている。 しかしホルストは悪びれる様子を見せずに、ただ片眉を上げた。 「十年前のこと? あれはだって、必要な措置だよ。おかげでエルマはあれ以降、室内遊びの楽しさに目覚めて、いたずらに外出したり、迷子になることはなくなったしね。そもそも僕がエルマを部屋に閉じ込めるはめになったのは、元を正せば【暴食】のせいだ」 そう、ホルストは、外遊びの末に迷子になってしまったエルマを心配し、一時期、監獄から一歩も出さずにいたのである。 とはいっても、その間ホルストが全力でエルマの相手をしていたし、後に同情したリーゼルがその数日の記憶ごと「いじって」しまったため、エルマがそれを不満に思うことなどなかったのだが。 「そんなことを、言って、おまえは、過保護すぎるんだ。迷子や遭難のひとつ、しないことには、どうやってドラゴンを狩る技術を、身に着けるというのか」 「いや、そもそもそんな技術いらないし。生息域に毒ガスを撒けば一発でしょ」 イザークが嘆けば、ホルストは煩わし気に一刀両断する。 彼らは、自身がこの監獄内で唯一の常識人だと思っているあたり、まったく救いようがなかった。 「ドラゴン狩りはさて置くにしても」 と、今度は、静かにやり取りに耳を傾けていたギルベルトが口をはさんだ。 「毎年夏恒例の、キルシュ海での遊泳大会まで不参加にしたのはよくなかったのでは?」 彼は、イザークに続いて無造作に札を場に捨てると、幅広い肩を優雅に竦めた。 キルシュ海というのは、この監獄に接している、魔物が棲み、瘴気を帯びると言われる濁流のことである。 とはいえ、基本的に常軌を逸している彼らは、毎年夏の暑い頃になると、幼いエルマに水遊びをさせるために、わざわざキルシュ海まで足を伸ばしていたのだ。 なお、この手の獄内イベントは、誕生日会や遠足、ピクニック、音楽会など、多数存在する。 「たしかあの年は、【暴食】と【怠惰】で、相当気合いを入れて、エルマに海で過ごす技術を指導していたはずだ。彼女自身も、我々に成果を見せるのが楽しみと言っていたのに」 「そうとも。あの年は、大会の直前に、ようやく、200海里、泳げるようになってな。本人も、力強く、泳ぐ姿を披露したいと、しきりに言っていたのに」 ギルベルトが指摘すれば、イザークも非難の念を込めてそれに頷く。 「たしかにあのころ、微表情や声のトーンの判別を、他の生物に応用する術を提案したら、聡明な彼女は見る間に、くじらや魚と『会話』するようになっていましたからね。幼いエルマが魚の群れを従える様を、私としてもぜひ披露したいところでした」 さらには、モーガンもまた、札を選び取りながらそれに続いた。 もう十年も前のことだというのに、親馬鹿すぎる彼らは、いまだにエルマ軟禁事件を根に持っているようである。 大勢はこちらにあり、と踏んだリーゼルは、ふふんとホルストに流し目をくれた。 「あんたもいい加減、エルマ離れしたほうがいいわね」 「......自分だってできてないくせに、よく言う」 ホルストは仏頂面になったが、するとますますリーゼルは意地わるそうに唇の端を引き上げた。 「あら、あたしはできているわ。少なくとも今は、エルマを強引に連れ帰そうだなんて思っていないもの。彼女を信じているから、ね」 つい先日、エルマにこっそり暗示を掛けて連れ帰そうとしていた人物とは思えぬ発言である。 ハイデマリーとギルベルトは密かに苦笑して視線を交わしたが、事情を知らないホルストは、むっとした表情を浮かべた。 「ああそう、薄情なもんだね。見放すことが信頼とでも? 違う、守るのが信頼であり、愛だ。やはりエルマを守れるのは、この兄である僕しかいないということがよくわかったよ」 もともと気分屋である彼は、よほど腹に据えかねたのか、カードを投げ捨て立ち上がってしまう。 そのまま部屋を出ていこうとする彼に、ハイデマリーが声を掛けた。 「どこへ行くの、ホルスト?」 「べつに、どこでもいいでしょ」 反抗期の青年のように言い捨てて、扉をすり抜けていってしまう。 後には、肩をすくめ合う大人たちだけが残った。 ――いや、違う。 ひとりだけ、呆然とソファに座している人物がいた。 クレメンスである。 彼は、先ほどから繰り広げられる会話に、いちいちぎょっとして目を見開いていた。 ドラゴンを狩る? ドラゴンすら倒す強力な毒ガスを撒く? 恐怖の海峡と名高いキルシュ海を、それも200海里に渡って泳ぎ、あとはなんと言った、あらかたの海洋生物と――会話? (こやつら、先ほどからなにを言っているのだ......) 到底、正気の発言とは思えない。 冗談か妄言の類だろうと普段の彼ならば即座に断じるところだが――しかしそれなら、なぜ誰も突っ込まない。 (ボケを回収せずに会話を進めるなど、雑な進行をしおってからに......!) 動揺のあまり、つい思考が斜め上にずれていく。 己が突っ込みに回ってどうするのだ。 いやだがしかし、そう、突っ込み。 この、特別奇妙で、突飛もなくて、冗談のような会話に、誰かが突っ込まなくてはいけないのではないか。 だって、そう、それが「ない」ということは、つまり―― (これらの発言がすべて、本当のことだと......?) 一瞬、正体のわからない悪寒を感じ、クレメンスは顔を強張らせた。 まさか。 そんなはずがない。 そんな常軌を逸した事態があってたまるか。 すっかり、この監獄の異様な空気に呑まれてしまったクレメンスに、そっと触れるものがあった。 「あなたの番よ」 ハイデマリーである。 彼女は、優しい笑みを浮かべて、クレメンスに向かって首を傾げた。 「あなたが先ほどからぼんやりしている間に、一周回ってしまったけれど、大丈夫? わたくしの後に、なにか出せそうかしら」 そう言って彼女が出したのは、ジョーカーだった。 なんにでもなれる、最強のカード。 この後に、出せる札などあるはずもない。 ぐ、とクレメンスがハイデマリーを睨むと、彼女は優雅にそれを躱し、一度場を流した。 そうして次に、三枚の女王を並べる。 「はい、上がり」 今回も真っ先に、彼女が勝者となった。 しかしそれだけでなく、ハイデマリーはクレメンスに向かってそっと問いかけてきた。 「ねえ、クレメンス。あなたの持ち札では、この後は出せないわねえ? ただ、わたくしの読みでは、他のみんな、この周で上がれそうだと思うの」 その言葉通り、リーゼルが、イザークが、モーガンが、次々と三枚の札を出して上がっていく。 あとには、未だ多くの札を抱えているクレメンスが残された。 「な............っ」 「あらあら、今回も大貧民ね、クレメンス?」 美貌の娼婦は、困ったように華奢な肩を竦めてみせる。 彼女は、細い指先を唇に当てて、なにごとか考えるそぶりを見せた。 「そうねえ、四肢を切り離す類のことをしてもいいけれど、それには【貪欲】がいないと面倒だし。そもそも、あの子が棄権してしまった時点で、あなたを大貧民に確定するのも少しばかり可哀そうだし――」 やがてハイデマリーは指を放し、ぱっと顔を綻ばせた。 「やはり、土地にしましょう」 既に、書物の間に隠し持っていた権利書まで奪われていたはずだ。 だがしかし、ハイデマリーはうっそりと笑うと、クレメンスの足元を見つめた。 元侯爵とは到底思えぬ、粗末な靴を履いた足。 けれど、きちんと「靴に覆われた」足を。 「ねえ、クレメンス。昔はね、わたくしたち囚人は、獄内で靴を履くことを許されなかったの」 懐かしそうに言いながら、彼女は傍らのギルベルトに視線で合図する。 「けれど、わたくしが看守に代わって、許可した。なぜだかわかって?」 「や、やめろ、なにを――」 がっしりとした体格の元勇者に、なすすべもなく靴を奪われ、クレメンスは口調を乱して叫んだ。 「靴を返せ!」 「それはね、そうすれば、たいていの『新人』は、その靴底に大切なものを隠すようになるからよ」 ハイデマリーはふふっと笑みを深め、ギルベルトが差し出した、小さく折りたたまれた紙片を受け取った。 地名や署名が記された書類――地権証だ。 「まあ、――まあ。トレンメル地方の片田舎ね? のどかで自然深く、避暑や隠れ家にはうってつけ。引退後、または脱獄後、第二の人生をここで過ごすつもりだったのかしら?」 「返せ――!」 ハイデマリーはそれには耳を貸さず、【怠惰】に札を切るよう頼んだ。 優雅にソファに背を預け、足を組みかえる。 まさに女王の貫録で、そう嘯きながら。

"Hmm, I sealed off the queen." Clement threw ten clovers into the field and smiled. Below the card he threw was the Queen's picture tag placed earlier by Hydemarie. Hydemarie seemed so thoughtful in the Queen's tag that she tried to fight with it as a trump card. Even though you are blessed with a strong tag, you can only make a "revolution" to make the Queen's tag work. From Clement's point of view, it was a struggle that was painful to understand, but it seemed that it was this beautiful whore's pleasure to focus on winning rather than losing. She's a strange woman. When she glances at the prostitute she has sealed, she immediately realizes it and looks up. Instead of displaying aversion or a challenging color to herself, who would look proud, she fluttered her mouth. Oh, I'll do it, Clemens. Hydemarie said in a tone that no longer even makes her feel comfortable. "It's so nice of you to come and challenge me without hesitation, while you're already winding up your wealth." Yes, at this point, Clement was already losing, and in addition to the precious metals he had brought with him, he was also winding up even the slightly permissible fine garments, the land titles that were sandwiched between the books. Next, the limbs, the guts. They won't even give up the threat of their hands. Clement laughed quietly at the provocation. "--I have nothing to lose anymore. Besides, if you're scared of playing cards like this, you won't be guilty of anything like being caught here right now." In fact, Clement was surprisingly calm herself. His title as prime minister fell to the ground. A wife married by a political marriage should have offered a dissolution of marriage when an unforgettable "trial" was made, and there was no child, happy or unhappy. Clement, who had set foot in the number of masterminds in the royal castle since his young days, did not know anything else about his life. Where you've lost your limbs and guts, you're the only one in trouble. He was just glad to get out of this prison. Hydemarie glanced at Clement with interest and then tilted her neck slightly. "Why did you dye your hands for the heinous crime of killing royalty and seizing royalty, even though you might be able to make such a sober decision? Why do you want so much power? ............ There was a very slight silence in the reply that no normal person would have noticed. "... hmm, I'm a whore. You, who play bills, say," Why do you want to win? Are you asking me? After joining the game, aim for the apex. That's all. " Hydemarie smiled secretly as she pressed the hand made fan against her mouth. "It's a twist. - I like it." Distracted from the whore who spins such bullshit, Clement looks to the participant (player) next to her left - Holst. But all he had to do was squeeze his shoulders like white. "I'm sorry to be so proud of you, but I can't give you that card, Clemens." He told Clement to make a fool of himself. "So tie it up. Just now, [laziness] was the king of hearts, and [lust] was the queen of hearts. So, the only cards that can be issued next are the housekeepers of Heart (Jack). Do you understand?" "Hey, Holst. Marie just decided not to tie the numbers because you're just tied up and the game doesn't go any further." "The numbers. The pattern (suit) is bound. So you can only put out cards of hearts." Even if Rezel pointed it out with her eyebrows raised, Holst would just shrug his shoulders with a nasty face. He looks like he's completely missing all the tags around him and says, "You don't have them, do you?" She told Clement that she had hurried him away and threw one away from her own tag. Jack of hearts. Holst had it. "Hmm. If it were true, I'd keep them tied up." "You really like to tie it up." Next to Holst, Riesel told him that he was stunned while choosing a bill to put out. "I hate sticky restraint men." "Who's the man in custody? When Horst answered back with a boring voice, Isaac, who had been keeping silence for a long time, "In the past, Elma was under house arrest." Throwing away the bill, he murmured. Its low voice is a mixture of resentments and colors. But Horst did not look bad, but raised one eyebrow. "Ten years ago? That's what we need to do. Thanks to that, Elma woke up to the fun of indoor play and never wandered out or got lost again. In the first place, I started locking Elma in the room because of [bulimia] if I was correct." Yes, Horst worried about Elma, who got lost after playing outside, and for a while he didn't step out of jail. Nevertheless, during that time, Horst did everything in his power to deal with Elma, and Rezel, who later sympathized with her, "messed with" every memory for a few days, so Elma never felt dissatisfied with it. "Say that, you're too protective. How do you acquire the skills to hunt dragons without getting lost or in distress?" "No, I don't need that technology in the first place. If you spray poison gas in the habitat, it'll be one shot." When Isaac moans, Holst is distracted. They thought they were the only common sense people in this prison, and there was no way to save them. "Let's put the dragon hunter down." And now Gilbert was quietly listening to the conversation. "Didn't you miss the annual Summer Games in the Kirsch Sea? After Isaac, he gracefully threw the bill into the field and widened his shoulders. The Kirsch Sea is a turbulence where monsters inhabit the prison and are said to be irritating. Nevertheless, they were basically off track, and every summer, when it was hot, they went all the way to the Kirsch Sea to let young Elma play in the water. In addition, there are many in-prison events such as birthday parties, excursions, picnics, and concerts. "Surely that year, I was teaching Elma the art of spending time in the sea with [convulsion] and [laziness], with a reasonable amount of vigour. She herself said she looked forward to showing us the results." "That's right. That year, just before the tournament, you could finally swim 200 nautical miles. Even though he often said he wanted to show off his powerful, swimming figure." As Gilbert pointed out, Isaac nodded with accusation. "Indeed, at that time, when I suggested the application of micro-expression and voice tone discrimination to other creatures, she began to 'talk' to beaks and fish while she was watching. Even I wanted to show you how young Elma could follow a flock of fish." In addition, Morgan followed as he picked up the bill. Even though it was ten years ago, they are too stupid and still seem to have roots in the Elma house arrest case. The crowd was here, and Rezel stepped on it, fufufu, and gave Holst a glimpse. "You'd better leave Elma alone." "... you don't even know how to do it yourself, I often say." Horst became the top of the Buddha, but Riesel pulled up the edge of his lips more and more pleasantly. "Oh, I'm ready. At least I'm not thinking of forcing Elma home right now. Because I believe in her." This is an unexpected remark from someone who was trying to sneak Elma home the other day. Hydemarie and Gilbert smiled secretly and looked at each other, but Holst, who was unaware of the situation, had a nasty expression. "Ah, yes, it's so frustrating. You think letting go is trust? No, protecting is trust, love. It turns out I'm the only one who can protect Elma." Originally a mood store, he throws away cards and stands up to see how hungry he is. Hydemarie called out to him as he left the room. "Where are you going, Holst? "It doesn't matter anywhere." You're throwing yourself out like a rebellious young man and slipping through the door. Later, only adults shrugged each other's shoulders. - No, it's not. There was only one person sitting on the sofa stunned. It's Clement. He glanced at the conversation that had begun earlier. Hunting dragons? Spray a powerful poison gas that kills even the dragon? Swimming the famous Kirsch Sea, the Strait of Fear, over 200 nautical miles, and then what did I say, conversation with some marine creature? (What are you talking about earlier...) I don't think it's a sane remark after all. Whether it's a joke or a delusion, he usually decides right away - but then why doesn't anybody stick it in? (After a miscellaneous progress, such as proceeding with the conversation without collecting the bokeh....! With much agitation, your thoughts shift diagonally up. What are you going to do about it? No, but yes, stick it in. Someone has to get into this really weird, unusual, joking conversation. Because, yes, if you don't say "no," that means... (Do you think all of these statements are true...? For a moment, Clement felt an unknown chill, forcing her face to stretch. I don't think so. That can't be true. Will there be such a derailment? There was something that gently touched Clement, who was completely swallowed by the strange air of this prison. It's your turn. It's a high demerit. She leaned her neck towards Clement with a gentle smile. "While you were blurring from earlier, I circled around, but are you okay? I wonder if you can do something after me." That's what she let out was a joker. The most powerful card that can be anything. There can't be any bills after this. And Clement glanced at the Hydemarie, and she gracefully blew it off and washed it off once. Next, line up the three queens. "Yes, come up." She was the first to win this time. But not only that, Hydemarie gently asked Clement. "Hey, Clemens. Your tag won't let you out after this, will it? However, from my reading, I think everyone else will be able to get up around here." As he said, Liesel, Isaac, and Morgan came up with three bills one after the other. And then there was Clement, who still had a lot of bills. "Nh........." "Oh, poor guy again, Clemens? Beautiful prostitutes shrug their gorgeous shoulders in trouble. She put her thin fingertips on her lips and showed her how to think. "Hey, you can do things like amputating limbs, but it's troublesome without [greed]. In the first place, when she abstained, it was just a little pathetic to make sure you were a poor man." Eventually Hydemarie let go of her fingers and let go of her face. Let's make it land after all. They must have already taken the rights that were hidden between the books. But Hydemarie smiled and stared at Clement's feet. a foot with poor shoes that I never thought of as the former Marquis. However, it was a "shoe-covered" foot. "Hey, Clemens. Once upon a time, we prisoners were not allowed to wear shoes in prison." Saying nostalgically, she glanced at the adjacent Gilbert. "But I gave permission on behalf of the guards. Because you know what? "No, stop, what..." Clement screamed in a disturbing tone as the former brave man of a slender body robbed him of his shoes. Give me back my shoes! "Well, that way, most rookies start hiding something important on the soles of their shoes." Hydemarie deepened her smile and received a small, folded piece of paper presented by Gilbert. A document with a place name and a signature - a title certificate. "Well, well. One of the countryside in the Tremmel region? Relaxing and natural, it's perfect for summer and hideaway. Were you going to spend a second life here after you retired or escaped? "Give it back!" Hydemarie did not listen to it and asked [laziness] to cut the bill. Gracefully lean back on the sofa and fold your legs. That's exactly what the Queen's transcript says.

1.「普通」の職場復帰(1) 「それではっ、エルマの職場復帰を祝してぇ......」 深夜のルーデン王城、その侍女寮の一室で、声量を抑えたイレーネの声が響く。 「乾杯!」 小声ながら高らかに彼女がワイングラスを突き上げると、さらに小さな声で、「乾杯」の声が続いた。 鈴を鳴らすような涼やかな声。 終業後であるため寝間着に着替え、眼鏡こそ残したままだが、艶やかな黒髪を解いたその少女は、エルマである。 彼女は、寝台を広々使って寝かせた赤ん坊――弟のバルトの腹をとんとんと叩きながら、イレーネに囁いた。 「バルたんの寝かしつけが終わるまで待っていただいてしまい、申し訳ございませんでした。蝋燭もあまり灯すことができず、暗くて恐縮なのですが――」 「なぁに言ってるのよ、これはこれで雰囲気があって楽しいじゃない。こちらが勝手に祝いたいだけだったんだから、そんなの気にしないで」 上機嫌なイレーネは、手元のグラスにワインを注ぎ、ついでにエルマのグラスには、葡萄のザフトを注ぎ足す。 「約束通り、やっとあなたと会えたんだもの。もう、とにかく嬉しくって」 それから、暗闇でもそうとわかるほど、にっこりと笑った。 献血騒動のけじめを付けるため、エルマが監獄に帰ってしまってから、はや半年。 期日が近づくたびに、本当に親友は戻ってくるだろうかと気を揉んでいたものの、きっかり六カ月が経った日の夕方、エルマは王城の門をくぐってきてくれた。 本人はステルス復帰を狙ったようだが、エルマの姿が見えるなり、城中の牛が暴れ、馬がいななき、鶏が空を飛び出したので、イレーネ は、並みいるライバルを振り切るようにしてエルマの元に駆けつけ、侍女長ゲルダに挨拶だけさせると、弟バルドのための寝台や食事を整え、寝かせ、ようやく今に至るというわけである。 「あの、本当に今更ながらなのですが......」 「さ、飲みましょ、飲みましょ。とあるルートから、とっておきのワインを仕入れているんだから。おっと、ただしあなたはザフトよ、エルマ」 「あの、ご配慮痛み入るのですが、それよりその、隣の......」 「積もる話が山ほどあるのよ。といっても、あなたがいなくなってから、ちょっと前までは平穏そのもので、暇すぎるくらいだったのだけど。一か月前から事態急変っていうか、 「あの、それなのですがイレーネ、いったいなんでまた――」 どこか据わった目で話し続けるイレーネを、エルマはとうとう遮って問うた。 「先ほどから、この場に、メイド姿のデボラ様がいらっしゃるのでしょう」 というのも、エルマの寮室の片隅で、恍惚の表情を浮かべたデボラ・フォン・フレンツェル辺境伯爵令嬢が身をくねらせていたからである。 「ああん、寝間着姿のエルマエル様と、こんな狭い密室で飲み交わせるだなんて......! エルマエル様のご復帰に先んじ、王宮侍女に収まった甲斐があったというものですわ」 まさかの発言に、さしものエルマも軽く顎を引く。 すると、デボラは誇らしげに、豊かな胸を張った。 「地の利を生かし、監獄の『御近所さん』としてエルマエル様のお近くを独占していた夢のような五ヶ月。その幸福な時間を永らえさせるべく、あえてこの一か月、血の涙を呑んでエルマエル様のお傍を離れ、王城での就職工作に勤しんでおりましたの!」 「道理で、最近監獄に押しかけてこないと......」 納得の面持ちで頷くエルマをよそに、イレーネはちっと苛立たし気に舌を打つ。 「おかげで、先月から王城の平和はめちゃくちゃよ。ちょっとでも目を離すと、すぐにエルマ像を建立しようとするわ、聖歌隊の楽譜をオリジナルエルマソングに差し替えようとするわ、敷地中に隠れエルマスポットを仕込もうとするわ......」 「あらまあ、イレーネさん。わたくしは人間として当然の行動を、日々取っているまでですわ」 そう。 エルマに暑苦しいほど心酔しているデボラは、周囲の迷惑を顧みず、王城中を巻き込んでエルマへの愛を表現しようとしていたのである。 しかも伯爵令嬢であり、かつ、エルマ仕込みの特異な能力も持ち合わせているため、誰も止められないというのが実情であった。 「それは、その......私としては、どんなリアクションを示せばよいものやら......」 エルマは大いに困惑した。 行き過ぎた敬愛行動を素直にやめてほしいと思うし、同僚に申し訳ないような気もするが、責任を負うのもなにか違う気がする。 ついでに言えば、キャラの濃い者同士、イレーネとデボラはもっと気が合うのではないかと思っていたために、両者の醸し出す緊張状態が、少々意外でもあった。 「はんっ、デボラ様。いいえ、もはや同僚である以上デボラと呼ぶわ。あなた、自分の犯した最大の罪がなにか、まだわかっていないようね」 「エルマエル様への忠誠を誓う行為のどこに、犯罪性があると言いますの? 像も楽譜も庭園改変も、最終的には上の許可をもぎ取りましたわ」 「そんなことじゃないわよ。私が一番許せないのはね、王宮図書室に蔵書してもらえるよう、数年掛けて働きかけてきた『薔薇ケモ』を差し置いて、あなたがまんまと百合モノの自作小説を図書室にぶち込んできたことよ!」 「まあ、当然の帰結ですわ。あれは、エルマエル様と一信徒の高潔な愛を描いた、世界一美しいオリジナル小説。今は薔薇より、百合を世界は求めているのよ」 よくわからないが、二人は相容れない正義を戦わせているらしい。 エルマはとても雑に「なるほど」と頷いて流すと、再びそっと弟の柔らかな腹を撫でた。 ひとまず、彼に影響がないのならなんでもいい。 流されたのを敏感に察知したイレーネは、そこで我に返り、咳ばらいをした。 「......と、とにかく。おかげさまでこの一か月、私はデボラの尻拭いで大わらわだったってわけ。まあ、それ以前の五カ月は退屈で仕方なかったけどね。エルマ、あなたはどう過ごしていたの?」 改めて尋ねられて、エルマはことりと首を傾げた。 「そうですね......。バルたんの世話に始まりバルたんの世話に終わる、といった具合で、詳細な記憶は定かではありません」 「ねえ、さっきから気になっていたんだけど、『バルたん』ってあだ名は誰のセンスなの?」 「もちろん私です。すごく可愛いし、普通だと思うのですが......なぜ聞くのですか?」 真顔で問い返されて、イレーネは一瞬言葉を詰まらせた。ダサいとは言いにくい。 「......えーっと、その、ほら、あなたの家族って、【憤怒】とか【怠惰】とか、大罪の名前で呼び合っていたみたいじゃない? ずいぶん系統が変わったなあ、って......」 「あ、もちろんバルたんにも罪名はありますよ。ずばり【 「だから一人だけ系統違うでしょ!?」 「なにが違うことがありましょう。暴力的なまでの可愛さ......それこそがバルたんの罪」 しみじみ独白され、イレーネはとうとう突っ込む気力を失った。 罪名はハイデマリーによって決められていると聞いたから、つまり監獄中がこんな感じだということだ。 寝台ですやすやと眠るバルドは、頬がふくふくとして、金色の髪もまだ柔らかく、たしかに愛らしい。 が、ギルベルトに似たのだろう、とびきり色白というわけでもないし、顔の造形も、ハイデマリーやエルマのような、息が止まる美しさに溢れているわけではない。 だというのに、絶世の美少女エルマが、まるで世界一の美青年を相手にするように、うっとりと頬を染めて 「ああ......この真善美すべてのエッセンスを感じさせる顎のライン......。天上の調べのような軽やかな寝息。顔を寄せるとほんのり漂う、甘い香り......」 そこでエルマはそっと顔を弟の首元あたりに近付けると、そこでふにゃあっと笑み崩れた。 あげく、頬に雨のようにキスを落とす有様である。 エルマがここまでキャラを崩壊させる現場を、イレーネは初めて目撃した。 人道的には何ら問題のない光景。 だが、この場にいない人物を思うと、そっと目頭を押さえたくもなる。 「哀れ、ルーカス殿下......。この十分の一でもうっとりとされ、キスされたら、どんなに喜んだか知れないのに......」 ちなみに、イレーネ同様にエルマの帰還を待ち侘びていた彼は、不憫属性をいかんなく発揮し、今日に限って近隣国まで視察中である。もちろんフェリクスの我が儘のせいだった。 「あっ......! 今のバルたんの寝息、もしや古代ダズー語で『世界への光』を意味する単語の頭文字、『スー』の発声でした......!? ああっ、両手の三本の指を柔らかく曲げるポーズは、まさしく東大陸教の教祖が だというのに、エルマはルーカスのことなど尋ねもせず、弟の寝姿に息を呑んだり、身を震わせたりと忙しい。 明らかに、かなりの姉馬鹿だ。 なのに完全なイエスマンと化したデボラが「その通りですわね!」と頷くばかりなので、一向にそれが是正される気配がない。 エルマはとうとうグラスを脇に追いやり、恍惚としたままバルドの寝顔をスケッチしはじめた。 このままでは親友が、年頃の娘として大切ななにかを失ってしまう。 危機感を抱いたイレーネは、こめかみを押さえて割って入った。 「ちょっと、エルマ。バル......たん、が可愛いのはわかるけど、いい加減育児に没頭しすぎよ。あなたはあくまで『姉』であって『母』ではないし、侍女に復帰したからには仕事が待っているのよ? バルたんは一通りお披露目したら 「何を仰います。私はすでにバルたんと適切な距離を置き、冷静な態度で接しておりましゅよ」 真顔でキャラ崩壊しきった親友に、イレーネは思わず頭を抱えて叫んだ。 「んもう! エルマ、あなた、このままじゃ一生をバルたんに捧げかねないわよ。育児よりもほかに、すべきことがあるでしょう!?」 「バルたんのお世話を差し置いて、ほかにすべきこと......?」 エルマはスケッチブックから顔を上げ、きょとんとしている。 城を去るまでは、ルーカスとなかなかいい雰囲気だったように思うのに、半年の育児生活が挟まることで、かなりフェードアウトしてしまったのかもしれない。 しきりとエルマを気にしていたルーカスも哀れだが、イレーネとしては、青春を全力で投げ捨てようとしている親友のことが気がかりだった。 「あなた、私がこの半年間定期的に送りつけたロマンス小説や聖書には、ちゃんと目を通したのでしょうね? あれらの主人公の言動こそが、年頃の乙女の模範よ。そのうちの誰か一人でも、育児にかかりきりになっていた子がいた? いないでしょう?」 「もちろんできる限り熟読いたしました。ただ、正直に申し上げますと、薄い冊子のほうは、『なにか禍々しいオーラを感じる』と、家族に取り上げられてしまっていて......」 「んまあ! なんて無粋なご家族なの!」 怒りの余り、泣く子も黙る大罪人たちをこき下ろす、という偉業をイレーネはやってのけた。 「ならば改めて言うわ。私たち、花も恥じらう乙女なのよ!? 隙あらばデートしなきゃいけないし、新しいカフェができたらチェックしなきゃいけないし、縁結びで有名な花園が見ごろになったら頬を染めて足を運ばなきゃいけないの。新しいスイーツは大人買いして、イケメンには粉を掛けて、薄い本は予約購入保存布教しなくちゃいけないの。わかる!?」 「後半がよく......」 「とにかくこれを読む!」 顎を引いたエルマに、イレーネはばんっと新たな本の束を突きつける。 薔薇薔薇しい薄い本のほかに、王都の見どころガイドブックや、有名菓子店の新作カタログ、王城イケメン名鑑があったので、ひとまずエルマはそのうちの一冊、ガイドブックを開いてみた。 「超有名・『約束の花』が冬でも見られるのはエストワ庭園だけ。大好きなあの人と永遠の想いを誓ってみては? 貴族専用に作られた優雅な空間が、あなたのデートを完璧に演出......」 エルマは神妙に文章を読み上げ、それから困ったように眉を寄せた。 「いえあの......侍女としての自覚を持てと言うことなら、このように浮かれている場合でもないと思うのですが......」 「あら、なにを言っているの?」 控えめな反論を、イレーネはあっさりと遮る。 「フェリクス王陛下だってお妃選びに大わらわなんですもの。今やルーデンは、国中が恋の季節。冬でありながら、春なのよ!」 その主張に、エルマは夜明け色の瞳を軽く見開いた。 「え? あの陛下が、ご結婚されるのですか?」 「いえ、私は単に半年後という約束を守ったまででして。なんというのか......かのお方も、結婚という『普通』のライフイベントをこなすのかと思うと、驚きですね」 そっくりブーメランになりそうな発言をさらりとかましながら、エルマは恥じたように顔を俯けた。 「たしかに、この半年というもの、獄内に籠りきりで育児に没頭していたために、その辺りの世情にもすっかり疎くなっていたようです。せっかくシャバに精通できたと思っていたのに、不甲斐ない......」 さすがにそこまでしょんぼりとされると、言いすぎたような気もしてくる。 イレーネは咳払いをした。 「ま、まあ、今日の今日でいきなり大仕事がやってくるわけではないし、明日からちょっとずつ、勘を取り戻していけばいいんじゃないの? 困った時は、もちろん私が――」 「イレーネさん」 だが、それをデボラに遮られる。 ここまで黙っていたデボラは、なぜか扉を指差しながら、にこりとイレーネに向かって微笑んだ。 「わたくし、百合薔薇戦争では永遠に分かり合える気がしませんが、あなたのその、フラグ建築能力については、一目置いていますわ」 「エルマ、もう休んでいるかしら?」 ノックもそこそこに、とある人物が転がり込むようにしてやってくる。 バルドに配慮して、ひそひそ声で部屋に踏み入ってきたのは、先ほど挨拶を済ませたばかりの侍女長・ゲルダであった。 「でも、緊急のお呼び出しなの。至急、陛下のお部屋に向かってくれる?」

142 1. Return To "Normal" Work (1) "So, I'm celebrating Elma's return to work...." In the middle of the night, in the room of the maid's dorm, the voice of Irene, who held his voice down, echoes. "Cheers!" As she shook up the wine glass whispering loudly, she continued her "toast" voice with a smaller voice. A cool voice like ringing a bell. After work, she changed into her bedtime clothes and her glasses were left behind, but the girl who solved her glossy black hair is Elma. She whispered to Irene whispering as she slapped her brother Balt's belly, a baby sleeping on the bedside. "I'm sorry to have kept you waiting until Baltan's bedtime was over. I'm afraid the candles aren't too bright, and it's dark." "Hey, I'm telling you, this is fun because of the atmosphere. I just wanted to celebrate, so don't worry about it." Upbeat Irene pours wine into the glass at hand, followed by Elma's glass with a grape zaft. "As promised, I finally met you. Anyway, I'm happy now." Then I smiled so much that I could see that even in the dark. Half a year after Elma returned to prison to start a blood donation disturbance. Every time the deadline approached, Elma came through the gates of the royal castle on the evening of exactly six months, even though she was worried that her best friend would really come back. The person seemed to be aiming to return to stealth, but as Elma appeared, the cattle in the castle went wild, the horses ran out, and the chickens flew out of the sky, the Irene (...) immediately noticed. So they (...) rushed to Elma to shake off their lined rivals and let Chief Maid Gerda say hello, and set the beds and meals for his brother Bardo, put him to bed, and finally they are now. "Um, it's really even better now...." "Let's drink, let's drink. I'm buying wine from a certain route. Whoa, but you're Zaft, Elma." "Um, your consideration hurts, but besides that, next door...." "There are so many stories to tell. Even so, since you disappeared, I've been at peace for a while, and I've had too much time. She's been in a state of emergency for a month now, or she's ruining things because of her." "Um, that's it, Irene, why are you doing this again?" Elma finally interrogated Irene, who keeps talking with her eyes fixed somewhere. "I wonder if Deborah, who looks like a maid, will be here from now on." This is because, in the corner of Elma's dorm room, the Countess of Deborah von Frenzel, with her ecstatic expression, was waving around. "Ahhn, I can't believe I could have a drink with Elmael-sama in her bedclothes in such a small closet...! Prior to Elmael's return, the maid of the Imperial Palace was worthy." Her chin was also gently pulled by Elma, just like she said. And Deborah was proud and full of breasts. "It was like a dream five-month period in which Elmael-sama's neighborhood was monopolized as a 'neighbor' of the prison, taking advantage of the local profits. In order to perpetuate that happy time, I dared to swallow the tears of blood and leave Elmael-sama's side for the past month to work in the royal castle! "As a matter of fact, I have to push you to jail recently....." Elma nodded with a convincing look, and Irene was a little frustrated and shook her tongue. "Thanks to this, peace in the royal castle has been fucked since last month. If I turn a blind eye, I'll build an Elma statue as soon as I can, I'll replace the choir score with the original Elmason, I'll put a hidden Elmaspot on the premises..." Oh, well, Irene. I'm doing what I deserve as a human being every day. " Yes, it is. Deborah, who was so hot and painfully intoxicated with Elma, was trying to express her love for Elma by involving the entire castle, regardless of the disturbances around her. Moreover, it was true that no one could stop her because she was a countess and had a unique ability to make Elma. "Well... as for me, what kind of reaction do I have to show..." Elma was very confused. I want you to honestly stop the excessive act of respect, and I feel sorry for my colleagues, but it feels different to take responsibility. Incidentally, because I thought Irene and Deborah might be more comfortable with each other, the tension created by both was a little unexpected. "Hah, Deborah. No, I'll call you Deborah now that I'm a colleague. You still don't know what the greatest sin you've ever committed is." "Where do you say you are guilty of swearing allegiance to Elmael? The statues, the scores, the garden modifications, they finally got the permission from above." "That's not true. The most unforgivable thing I can't forgive is that you put a lily novel into the library, instead of" Rose Chemo ", which I've been working on for years to get my library in the Royal Palace! "Well, that's a natural conclusion. That is the most beautiful original novel in the world depicting the noble love of Elmael and one of the faithful. Now the world wants a lily more than a rose." I don't know, but they seem to be fighting for incompatible justice. Elma nodded "I see." She gently stroked her brother's soft stomach again. For the time being, anything is fine as long as it doesn't affect him. Irene, who was sensitive to being flushed, returned to me and coughed. "... anyway. Thanks to you, I've been roughed up by Deborah's wipe all month. Well, five months before that was boring. Elma, how have you been? When asked again, Elma leaned her neck. "That's right... I can't remember the details of how I started taking care of Baltan and ended up taking care of Baltan." "Hey, I've been wondering for a while, whose taste is the nickname 'Baltan'? "Of course it's me. It's so cute and normal... why do you ask? Irene stuck her words for a moment when she was questioned with her true face. It is difficult to say that it is unsatisfactory. "... well, look, your family used to call each other by the name of a great sin, like [anger] or [laziness]. The system has changed a lot...." "Ah, of course Baltan is also guilty. It's cute." "That's why only one person has a different system! "What's different. Cute enough to be violent... that's Baltan's sin." Irene finally lost her temper to penetrate after a spicy monologue. I heard that the charges are determined by Hydemarie, which means this is what happens in prison. Sleeping smoothly on the bedside, Baldo's cheeks are calf, and his golden hair is still soft and indeed adorable. However, it's probably similar to Gilbert, it's not very white, and the shape of the face is not full of breathtaking beauty, such as Hydemarie and Elma. However, Elma, the most beautiful girl in the world, gently dyed her cheeks like the best young beauty in the world, and the figure of Fu Kazu did not fall into Irene's heart. "Ah... this line of jaws that makes you feel all the essence of good... Sleep lightly, like in heaven. The sweet scent drifts slightly when I look at you....." As Elma gently approached her brother's neck, she burst into a smile. It looks like you're dropping a kiss on your cheeks like rain. Elma witnessed the scene of the character's collapse for the first time. A scene where there is no humanitarian problem. But when I think of someone who isn't here, I also want to hold my eyes gently. "Poor Lucas.... I don't know how happy I would have been if I'd just been swaggered and kissed like this..." Incidentally, he was waiting for Elma's return, just like Irene, to show his merciful qualities and to visit his nearest neighbor only today. It was Felix's own fault, of course. "Ah...! The sound of Baltan's sleep today, the acronym for the word" light to the world "in ancient Dazu, the pronunciation of" Sue "...!? Ah, the soft bending of the three fingers of both hands is just a part of the pose when the Eastern Continental Patriarch arrived in Nibbana...! Don't tell me, Baltan, you're already about to relieve yourself...!? However, Elma didn't ask about Lucas and was busy breathing in his brother's sleep and trembling. Obviously, she's quite an idiot. And Deborah, who turned into a complete Jesus, said, "That's right! I just nodded, so there is no indication that it will be corrected. Elma finally pushed the glass aside and began sketching Bardo's sleeping face in a trance. My best friend loses something important to me as a daughter of my age. Irene, who had a sense of crisis, held her temples and broke into them. "Hey, Elma. Bal... I know you're cute, but you're getting too immersed in childcare. You're only a" sister ", not a" mother ", and now that you're back as a maid, your job is waiting for you. When Baltan shows up, he goes back to jail, so we need to keep him a little separated from the rest of the time." "What do you say? I've already been at the right distance and treated calmly." Irene unexpectedly shouted with her head to her best friend, whose character had collapsed with her face. "Nh! Elma, you could still dedicate your life to Baltan. There's more to be done than childcare!? "What else should I do besides take care of Baltan...? Elma raised her face from the sketchbook and looked neat. Until I left the castle, I thought it was quite a good atmosphere with Lucas, but I may have faded out quite a bit because of the six-month childcare life. Lucas, who was worried about Elma, was pathetic, but Irene was worried about her best friend, who was trying to throw away her youth with all his might. "Have you read the romance novels and the Bible that I've been sending you regularly for the last six months? That protagonist's behavior is an example of a maiden of her age. Was there a child of one of them who had to take care of her? You're not here, are you? "Of course, I've read it as closely as I can. However, to be honest, the thinner booklet," I feel something terrible aura ", was taken away by my family....." "Nhh! What an innocent family! Irene did the great deed of bringing down the sinners, who were too angry and too silent to cry. "Then I'll say it again. We, the flowers, are shameful maidens too!? I have to date if there's a gap, I have to check if there's a new cafe, and I have to dye my cheeks and carry my feet when I see the famous garden at the edge. I have to buy new sweets for adults, powder handsome people, and reserve books for saving. Do you understand!?" "The second half is better....." "Read this anyway! Elma, who pulled her chin, threw a new bundle of books at Irene. In addition to the thin rose books, there was a guidebook of the highlights of Wang Dynasty, a new catalogue of famous confectionery stores, and the Royal Castle Handsome Men's Register, so Elma first opened one of them, a guidebook. "Only Estua Gardens can see the super famous" Promised Flowers "in winter. Why don't you swear your eternal thoughts with the man you love? The elegant space created exclusively for the nobles makes your date perfect....." Elma mysteriously read the sentence and then frowned in trouble. "No... if you want me to be a maid, I don't think I'm floating around like this..." "Oh, what are you talking about? Irene lightly blocks a modest objection. "Even His Majesty King Felix is an outspoken choice. Ruden is now the season of love throughout the country. It's winter, it's spring! To that assertion, Elma lightly opened her dawn eyes. "Huh? Is your majesty going to get married? "No, I just kept my promise six months later. Somehow... I'm surprised that she's going to have a" normal "life event called marriage." Elma leaned down ashamed as she blurred at what was going to look like a boomerang. "Indeed, it seems that for the past six months, I have been completely neglected by the affections of the area because I was stuck in prison and immersed in childcare. I thought I was so familiar with Shaba, but it's not worthwhile...." It feels like you've said too much when you say that much. Irene coughed. "Well, there's not a big job coming in today all of a sudden, so why don't we start getting back to you a little bit from tomorrow? When in trouble, of course, I..." "Mr. Irene." But Deborah blocks it. Deborah, who had been silent for so long, somehow pointed at the door and smiled at Irene with a smile. "I don't feel like we'll ever know each other in the Lily Rose War, but I've seen your flag architectural abilities." "Elma, are you resting already? Knock was there, and somebody rolled in. In consideration of Baldo, it was the maid in charge, Gerda, who had just finished her greeting, who secretly entered the room. "But it's an emergency call. Can you get me to His Majesty's room as soon as possible?

12.「普通」の慈善活動(3) 「こちら側も、掃除が完了しました」 訛りのないルーデン語で告げる異国の少女は――アナスタシア・ドン・ロドリゴ。 ドレスを裂いた布でほっかむりをし、手には、ずっしりと膨らんだ布の塊のようなものを持っている。 彼女は、それを厳重に袋にしまい込むと、周囲に酒のようなものを振りまき、最後に香水をひと吹きした。 未だ汚物が残っていたはずの場所なのに、いつの間にかすっかり綺麗になっている。 もちろん石床のぼこぼことした表面はそのままだったが、そのくぼみに溜まっていた汚水までもが、すべて拭き取られていた。 「ひとまず、汚れを拭きとって、消毒液を撒いただけです。このあと、熱湯で拭いて、仕上げにもう一度消毒させてください。窓は拡張して、日中はなるべく光を入れましょう。寒いのは承知ですが、日光優先です」 アナは、消毒液を使って己の腕を清め、ほっかむりを外すと、病人たちを見回した。 「下痢や嘔吐の症状がある方。辛いのはわかりますが、必ず決まった場所で排泄、嘔吐してください。症状の重さに応じて、寝床の位置を考えるように。かつ、汚物は必ず決まった手順で処理してください」 次々と指示を飛ばす様は、実に堂々としている。 小柄で、容姿も可憐な部類のはずだが、今そこに滲む表情は、疲労からか殺伐としていた。 「看護人がいないのであれば、すべての作業を 滑らかな口上を遮って、フェリクスが、この場全員の疑問を代弁した。 「君、いつの間に、どうやって、ここを掃除したの? 」 心の底から不思議そうに問う彼に、アナは「は?」と、すさんだ瞳で応じる。 で吸わせただけですけど」 「......ポリマー? え......いや、普通そんなもの持ち歩かないよね? っていうか、身近に無いよね?」 「はあ。無いなら作ればいいんじゃないですか?」 媚びるべき相手に素っ気なく答えてしまうほどに、そのときのアナは、疲れ切っていた。 一体自分はなにをしているのだろう。 もう二十四時間近く、 エルマが次々披露する異常ぶりに、驚愕したりツッコミを入れたりする気力さえ、もはや残っていなかった。 「作る......?」 「ですから、普通にアクリル酸を網目構造に架橋させて、ポリアクリル酸ナトリウムにした後、顆粒にすればいいんですよ。そのくらいのこともわかりませんか?」 珍しくフェリクスが顔を引き攣らせているが、アナはそれが異常事態だとも気付かない。 (だりぃ......寝たい......。こちとら、あの女に、一晩中実験に付き合わされてんだよ......) バルドにとっての快適さを求めるエルマの情熱には、限りというものがなかった。 途中からは、「いつもバルたんが良好な便をしてくれるとは限りません!」と懊悩しだし、エルマの表現を借りるならCマイナス、いや、D相当の便が採取できる環境まで突撃していった。 あの劣悪極まる環境、そして過酷な実験に比べれば、この養護院の状況がなんだというのだろう。 そこに汚物があったとき、とりあえずポリマーを作るというアプローチの、いったいなにがおかしいだろう。 完全に「普通」を見失った少女は、俄かに湧き出した フェリクスの瞳が大きく見開かれる。 背後でエルマが「お見事」と拍手するのを聞き流し、アナはくるりと踵を返した。 向かったのは、勝手口の先。 先ほどエルマが「普通のオーガニック栽培」で野菜を異常生育させた畑だ。 そこには、四季を無視した野菜の外、無毒と判断されたらしい野の花までもが、群れとなって咲きほこり、あるいは実を結んでいた。 ありえないほど青々とした光景を、死んだ魚のような瞳で受け流してから、アナは畑の端にすいと屈みこむ。 そして、頬やドレスが土まみれになるのも気にせず、腕を伸ばし、棘に覆われた植物を根っこから掘り起こした。 「これ。食べられますし、薬にもなります」 戻ってきて、病人たちに突き出したのは、寒村であればどこにでも生えている、雑草の一種だった。 根はぼこぼこと 「まさか、そいつが......?」 「冗談だろう、根には毒があるって聞いたぜ」 あまりにありふれていて、しかも厄介者であるために、名前すら付いていない雑草。 しかし、アナはきっぱりと続けた。 「本当です。毒があるのは、これとよく似た、もっと棘が太いもののほう。こちらは無毒で、根っこは豆みたいな味がするし、葉の汁には解毒や、消毒の作用があります。ほら」 「............!」 「ちなみにこちら、茹でてみました」 そこに黒衣よろしく、エルマが茹でた根を差し出してくる。 人々はツッコミも忘れてそれを摘まみ、たしかに豆の味がするのを理解すると、「嘘だろう......」と呟いた。 つまり――打ち捨てられた寒村にいると思っていた自分たちは、大量の食料と、薬に囲まれていたということになる。 呆然とする病人たちに、アナはふっと口の端を引き上げる。 彼らの近くにしゃがみこむと、ぴんとその額を弾いた。 『辛気臭い顔しやがって。病人 「え............?」 「お大事に、と申し上げました」 額を押さえて首を傾げる病人たちに、アナはしれっとルーデン語に戻して告げる。 「いやあ、見事だねえ」 間延びした口調で声が掛かった。 フェリクスである。 彼は、アナに向かってひとしきり拍手を送ると、愉快そうに小首を傾げた。 「洗浄も調理も、エルマのやり方はエルマにしかできないけど、化学は『再現』できるし、食べられる野草の存在は『伝達』できる」 狐を思わせる緑の瞳は、いつになく上機嫌だった。 「つまり、......君のやり方の方が、より多くの民を救えるね? アナスタシア・ドン・ロドリゴ」 アナは、意表を突かれたように目を見開く。 フェリクスはひとつ頷くと、ぱんと大きく手を打った。 すっかり綺麗になった養護院、そして健康を取り戻しつつある病人たちを、満足そうに眺める。 「この通り、候補者エルマ、およびアナスタシア・ドン・ロドリゴは、それぞれの手法で課題をこなした。ああ、『時間と金をかけて臨む』という策を提案してみせたカロリーネ・フォン・ファイネンのことも、一応は認めておこうかな。そうした方法も、実際は必要なことだし。よって、この三名について、明日の最終選考に進むことを認める」 きっぱりとした宣言に、アナはぽかんとした。 「え......。あ、はい......」 「さすがでございます、アナ様。私は信じておりました」 とそこに、エルマが興奮したような拍手を送ってくる。 眼鏡越しにも上機嫌とわかる彼女は、誇らしげにアナに向かって頷き、それからなぜか、イレーネに向かって、「ほら」と、にっこり微笑んでみせた。 「アナ様の、この清々しい活躍ぶり。これに比べれば、私の慈善活動などいたって『普通』。いえ、カスに等しいというものです」 いや、微笑みというより、親が我が子の活躍を自慢するかのようなドヤ顔、と言ったほうが正しいだろうか。 イレーネを筆頭とした周囲は、「さすがにそれは......」といった様子で顔を引き攣らせたが、たしかにアナが意外な活躍を見せたことは事実だったので、反論を控えた。 エルマがあまりに無邪気に喜ぶので、なにも言えなくなった、という側面もある。 ほかの候補者たちのうち、カロリーネは大はしゃぎし、商家の娘は悔しそうにしたものの、しかし最後には納得したように頷く。 そしてアナはと言えば、 「最終選考......」 ぼんやりと呟き、ついでぎょっとしたように小さく叫んだ。 『最終選考!?』 そうだ、目先の汚物処理にすっかり没頭していたけれど、自分は選考会の場に臨んでいたのだ。 これこそが望んでいた展開で――ここは内心でガッツポーズでも決めるべき瞬間ではないか。 しかも今、自分はフェリクス直々に声を掛けられた。 これはつまり接近の機会が巡ってきたということで、ますますロドリゴ侯爵の野望実現の日が近付いてきたということである。 そこまで考えて、アナは、エルマへの負けん気を燃やすあまり、途中から養父のことすら意識しなくなっていた自分に気付いた。 髪飾りや靴を愛でるのが日々の習慣だというのに、今朝はそれすらも忘れていた。 エルマとの「修行」で汚れてはいけないと、昨夜からしまいっぱなしだったのだ。 (......なにやってんだ、あたし) アナは己の阿呆さ加減にばつの悪さを覚え、無意識に視線をそらす。 そのときちょうど、視界に裏庭の畑――そこにぽつんと咲いた、可憐な白い花が映り込んできたので、彼女は気を引き締めた。 鈴蘭に似た白い花。 かつてロドリゴが自分に贈ってくれた花だ。 多くの人間にとっては雑草でしかないが、アナにとってはなにより大事な花だった。 同じ香りを閉じ込めた髪飾りは、身に着けるとまるで、養父がすぐ傍で見守ってくれているような感覚を抱く。 なのにそれを忘れていた自分を、その白い花は責め立てているかのようだった。 (あたしがこの場にいるのは、ロドリゴ様のため。あたしがこうして生きているのは、ロドリゴ様のおかげ......) それが、真実であり、前提。 アナは周囲に気付かれぬよう、小さく頭を振った。 (明日の選考で、本当にあたしが王妃になれるかもしれない。ううん、その前に、今日にでも、枕問いがあって、王の 例えば、すぐに短剣を取り出せるように。 あるいは、ワイングラスにでも毒薬を落とせるように。 あの異常な侍女に気取られぬようにこなすとなると、相当なハードルだ。 だが――それをするために、自分はこの場にやってきた。 侯爵にこの身を役立ててもらうために、生きてきたのだから。 自分のすぐ傍で同僚と笑い合っているはずのエルマの姿が、なぜだか遠くに感じる。 アナは静かに視線を逸らすと、密かに拳を握った。

153 12. "Ordinary" Charitable Activities (3) Cleaning is complete on this side, too. An exotic girl in unattractive Ruden is Anastasia Don Rodrigo. He peels off his dress with a ripped cloth and holds it in his hand like a chunk of cloth. When she put it in a strict bag, she sprayed something like alcohol around and finally blew a perfume. It is a place where there should still be dirt, but at some point it is completely clean. Of course, the bumpy surface of the stone floor remained intact, but even the dirty water accumulated in the indentation was wiped away. "I just wiped off the dirt and sprayed the disinfectant. After this, wipe with hot water and allow to disinfect again for finishing. Please expand your window and let in as much light as possible during the day. I know it's cold, but sunlight is our priority." Anna used disinfectant to purify her arms and take off her clothes. She looked around at the sick people. "People with diarrhea or vomiting. I know it's painful, but be sure to excrete and vomit in a designated area. Depending on the severity of the symptoms, consider the location of the beds. And be sure to dispose of dirt according to a defined procedure." Flying instructions one after another is truly magnificent. It was supposed to be a small, pathetic category, but the expression that seeped there now was either fatigue or slaughter. "If there is no nurse, there is no other way to complete all the work on your own. I will show you the hygiene management method that can be done if you have enough physical strength to throw up, so put it on the wall -" Interfering with a smooth mouth, Felix spoke for everyone on the scene. "When and how did you clean this place? Asked strangely from the bottom of her heart, Anna said, "What?" She answered with her eyes. "Well, normally, I just let them smoke with a highly absorbent polymer." "... a polymer? Eh... no, you don't usually carry anything like that with you, do you? I mean, it's not familiar, is it? "Ah, if not, why don't we make it? Anna was so tired that she answered her petty opponent. What the hell are you doing? It's been almost 24 hours, and I've only been involved with the excrement "Yeah" and the vomit "Giggle". With all the anomalies Elma showed one after the other, there was no more energy left to be stunned or thrilled. "Making...? "So, you can normally crosslink acrylic acid to the mesh structure, make it into sodium polyacrylate, and then make it into granules. Don't you know that much? Felix is uncommonly twitching her face, but Anna doesn't even realize it's an anomaly. (I don't... want to sleep... This woman has been experimenting with me all night....) Elma's passion for comfort for Baldo was unlimited. Along the way, "Baltan doesn't always make good flights! I was distressed, and if I borrowed Elma's expression, I stormed into an environment where I could collect C-minus, no, D-equivalent flights. What is the situation in this nursing home compared to that harsh environment and harsh experiments? What's wrong with the approach of making polymers when there's dirt in there for now? Having completely lost sight of "normal", the girl naturally spinned this phrase with strong emotions (yakushi) springing from Russia. Felix's eyes are wide open. After hearing Elma clap "brilliantly" behind her, Anna turned her back. We were headed for the trick. This is a field where Elma has abnormally grown vegetables in "normal organic cultivation." Outside the vegetables that ignored the four seasons, even the wild flowers that were judged to be non-toxic were flocked and dusty or fruitful. After passing on an incredibly blue sight with dead fish eyes, Anna bends over to the edge of the field. And without worrying about the dirt on her cheeks and dress, she stretched out her arms and dug up the thorn-covered plants from the roots. "This. It can be eaten. It can also be medicine." It was a weed that grew everywhere in Cold Village that came back and protruded into the sick. The root swells up like a bump and a tumor. It's creepy anyway. "No way, is that him...? You gotta be kidding me. I heard the roots are poisonous. Unnamed weeds because they are too common and annoying. But Anna went on without hesitation. "It's true. The poison is similar to this, with thicker thorns. This is non-toxic, the roots taste like beans, and the leaf juice can be detoxified and disinfected. Come on." ............ "By the way, here, I tried boiling it." Give her a nice black coat, and Elma brings out the boiled roots. People also forgot to pick it, and when they understood that it tasted like beans, they murmured, "That would be a lie..." In other words, they thought they were in a dumped cold village, surrounded by a lot of food and medicine. Ana pulls up the edge of her mouth to the stunned sick. Crouching near them, he played the forehead. "My face stinks. The sick side, even at the root of the grass, told me to do it." "Eh...? "I said take care of it." Ana tells the sick people who hold their foreheads and lean their necks back to Ruden. Well, that's brilliant. The tone was delayed and I heard a voice. It's Felix. He gave Anna a quick applause and leaned his head joyfully. "Whether cleaning or cooking, Elma can only do it the way Elma does, but chemistry can be 'reproduced' and the presence of edible wild grass can be 'transmitted'." Green eyes that reminded me of a fox were always in a good mood. "I mean... you can save more people the way you do, right? Anastasia Don Rodrigo" Anna opens her eyes as if she had been caught in the eye. Felix nodded and hit her very hard. I look at the nursing home, which is completely clean, and the sick people who are recovering their health with satisfaction. "As you can see, candidate Elma and Anastasia Don Rodrigo did the task in their own way. Ah, I'll admit that Caroline von Finnen, who suggested a solution of" coming with time and money. "Such a method is actually necessary. Therefore, I acknowledge that I will proceed to the final selection of these three people tomorrow." Anna was flustered by a clear declaration. "Eh... Ah, yes...." "That's right, Ana-sama. I believed it." And there, Elma clapped like she was excited. She nodded proudly at Anna, and for some reason she smiled at Irene, "Here." "Anna-sama's brilliant activity. Compared to this, my charitable activities are" normal ". No, it's equal to a scum." No, rather than smiling, is it correct to say that my parents boast of my child's activity? The surroundings, headed by Irene, convulsed her face with the appearance of "That's right...", but because it was true that Anna showed unexpected activity, she refrained from objecting. There is also the aspect that Elma can't say anything because she is so innocent and happy. Among the other candidates, Caroline was overwhelmed, and the merchant's daughter nodded convincingly in the end. And speaking of Anna, "Final Selection......" He muttered blurrily and then screamed small as if he were a little. Final selection!? Yes, I was completely immersed in the dirt disposal at hand, but I was at the screening meeting. This is the development that I wanted - this is the moment to decide guzzle with my heart. And now Felix is speaking to me personally. This means that the opportunity for approaching is approaching, and the day for realizing the ambitions of the Marquis de Rodrigo is approaching. With that in mind, Anna realized that she had lost consciousness of her adoptive father in the middle of burning her loss to Elma. It is customary to love hair decorations and shoes, but I forgot even that this morning. Don't get dirty from "training" with Elma, it's been gone since last night. (... what are you doing, me) Anna learns the evil of her clumsiness and unconsciously turns away. Just then, she tightened her gaze as she saw the backyard fields - the poor white flowers that bloomed there. White flowers resembling Suzuran. The flower Rodrigo once gave me. It was nothing but weed for many humans, but more important flowers for Anna. Hair decorations trapped in the same fragrance feel as if my adoptive father was watching me when I wore them. And yet it seemed as if the white flower was blaming itself for forgetting it. (I am here because of Lord Rodrigo. It's thanks to Rodrigo that I'm alive....) That's the truth, the premise. Anna shook her head small enough not to be noticed. (Tomorrow's selection may really make me queen. Yeah, before that, even today, there is a pillow question that may be called to the king's champion. I have to prepare myself properly....) For example, so that the dagger can be retrieved immediately. Alternatively, you can drop the poison on the wine glass. It would be quite a hurdle if that unusual maid were to act carelessly. But to do that, I came here. I have lived to have this Marquis help me. Elma, who is supposed to be laughing at her colleagues right next to herself, feels far away why. Anna quietly distracted herself and clasped her fist.

28.シャバの「普通」は愛おしい(3) 「とうとう来たぞ、この日が......!」 エルヴィン・シュタルクは、城下の広場に続々と押し寄せる人並みをカーテンの裏から見下ろし、興奮で顔を赤らめた。 王都中にばら撒いた触れ紙や新聞を握りしめた人々。彼らの顔は、皆不信や疑念をはらんでいる。 (いや......期待したよりは、少し落ち着いているか......?) じっくりと民の表情を検分したエルヴィンは、内心で感想を修正する。 なんでも二週間ほど前に、魔王が復活するだとかなんとか怪しげな噂が立って、国中の話題が一時期そちらで持ちきりになってしまったのだ。 その突拍子もない噂は、なぜか先週ごろからぴたりと止み、あれだけ大騒ぎしていた者たちも不思議なほどその話題を口にしなくなったが、未だに彼らの関心はそちらに残っているようだ。 ルーデン王フェリクスは王位簒奪者、だとか、シュタルクより真の英雄現る、だとか、すべての伝手を使ってさんざん世論を煽ったわりには、いまいち反応が芳しくない、というのが、エルヴィンの正直な印象だった。 (だが......現に人は、こうして広場に集まっている。この大人数を相手に、印象的にフェリクスが偽の王である証を示してみせたら、それは揺るぎない「事実」となって国中に広がっていくさ) 民が興奮し、暴走するのはその時でよい。 数年とはいえ導いてきたはずの国民が、寄り集まって暴徒と化し、一斉に怒号を上げてフェリクスを王座から引きずり落とす――そんな小気味よい一幕を思い浮かべて、エルヴィンは笑みを深めた。 「世にも鮮やかな、王位交代の名場面だ。卑しき偽王は民から石を投げられ、雌伏の時を耐えた真の英雄――僕が、ルーデンを取り戻す。どうか楽しみにお待ちください、母上」 芝居がかった仕草で、右手の薬指に嵌まった指輪に口付けを落とす。 の奸計によって、半身不随の体にされてしまった哀れな母が、「いつかルーデンを取り戻すのです」との悲願を込めて、自分に託してくれたものだった。 ――おおおお...... 人々の発する微かなざわめきは、今や重なり合い、 それを、芝居の幕開けを待ちきれぬ観客の声、と受け取ったエルヴィンは、シュタルクから連れてきた側近たちに合図し、いよいよバルコニーへと躍り出た。 「皆の者、よく来てくれた! 僕は、ルーデンの正統なる王子、エルヴィン・フォン・ルーデンドルフ。シュタルクにて見聞を広めていたが、ルーデンが陥ろうとしている危機を見過ごせず、この地に戻ってきた!」 片手を挙げ、朗々と階下に向かって声を張る。 シュタルクでは考えられないほどの聴衆の数。これでは、いくら大声で叫んでも肉声は届かないのかもしれない。 だが、その状況は、彼に焦燥や緊張よりも、ただ快感をもたらした。 こんなにも多くの人間を、これから自分は掌握しようとしている! たとえ声は聞こえずとも、自分の華やかな顔立ちは観客に強く印象を残すはずだ。 優美な立ち姿に、堂々たる話しぶり。 聖具もあれからさらに改良を施し、血縁が認められない場合には、より劇的な反発が起こるようにしておいた。 こうした、視覚に訴えて人心を操作する術を、エルヴィンは言葉の通じにくいシュタルクで学んだ。 かつて善良な母を甚振り、正義感溢れる自分を一方的に だが、彼らの仕打ちがかえって自分に力を蓄えさせることになったと思うと、その因果の妙に、エルヴィンは笑いすら込み上げるのだった。 「偽の王を、ここへ!」 勢いのまま、バルコニーの内側を振り返って合図し、二人の人物を引っ張りだす。 国民の前での「公平な」査問準備が整うまでの監獄生活が堪えたのか、二人とも力なく顔を伏せている。 いつになく神妙な彼らに、エルヴィンは満足を覚えた。 こうでなくてはならない。 無抵抗でバルコニーまで引きずられてきた二人を指し示し、エルヴィンは再び声を張った。 彼は身振り手振りを交え、その派手な顔立ちも存分に生かしながら、ドラマチックに糾弾を始めた。 エルヴィンたちはその暴挙に驚き、なにか理由があるのではないかと探索に手を尽くしたこと。 やがて、聖具生産の盛んなシュタルクの助力で、彼らが隠そうとしていた恐るべき真相を、明らかにする術を得たこと。 それを誠実に断じるべく、こうして国民の前で査問の場を設けたこと。 彼の熱弁は、すべての民には届かぬものの、少なくともバルコニーの近くを固める数百の人間は、熱心にバルコニーを見上げている。 徐々に彼らの顔が不信の色を強めていったのを確信し、エルヴィンはここぞとばかりに叫んだ。 「これが、その聖具だ! 血の一滴を加えるだけで、たちまちに真実を明らかにする! この聖具が、偽りを、打ち破る!」 聖具の開発者であるシュタルクの側近は、詳細な仕組みを説明しようと身を乗り出したが、エルヴィンはそれを視線で制する。 今この場で必要なのは、懇切丁寧でつまらない説明ではなく、大胆で胸を打つ演説だ。 偽りを打ち破る、と短くまとめたフレーズを、聴衆がざわめきながら反復するのを認めて、エルヴィンはいよいよ笑みを深めた。 さあ、仕上げだ。 エルヴィンは、予めバルコニーに置かせておいた巨大な水槽に近付き、それを覆っていた布を、ばっと音を立てて引き抜いた。 透明な水をなみなみと湛えたそれに、まずは恭しい手つきで髪の毛の一筋を沈める。 仰々しい緋色の布から取り出したその毛髪は、先王ヴェルナーのものだった。 「この、獅子の刺繍からわかる通り、水槽――この聖具に入れたのは、埋葬された父王ヴェルナーの遺骸から採取した毛髪だ! そこに、ここなるフェリクスを名乗る男の血を垂らす。二人が真に血の繋がった親子でなければ、聖なる水はたちどころに『反発』を起こすだろう」 朗々と声を上げながらエルヴィンは踵を返し、今度はフェリクスの腕を掴むと、それを高く掲げた。 「皆の者、よく見ておくがいい!」 そうして、懐から取り出したナイフで指先を突き、血の滴を水槽へと振り入れた。 「これが、真実だ!」 途端に、巨大な水槽の水すべてが、さっと色を変える。 より鮮やかに発色するよう改良した、その水の色は、人々の興奮を掻き立てる赤。 偽の王を戴いていたという事実を知った民は、愕然とし、激怒して、声を荒げ始めるだろう。 予想とは裏腹に、王城前の広場が静まり返っていることに気付き、エルヴィンは眉を顰めた。 怒りの余りの絶句、というわけでもない。 見るに、彼らはどうも――困惑、に近い表情を浮かべていた。 「きれいな赤ねェ」 「ルーデンの、王の色だわ」 不思議なことに、それはたった一人の小さな声だったにも関わらず、バルコニーの上にいるエルヴィンの耳にまではっきりと届いた。 まるでそれが、水面に投じられた石であったかのように、次々と囁きの輪が広がってゆく。 ――見たか、色が変わったぞ。 ――ああ、本当だ。......ええと、それはつまり......? ――馬鹿、フェリクス王はやっぱり本当に王の子だった、ってことだよ。 ――あれ? 色が変わったら偽の王なんじゃなかったっけ。 ――反発したら、だろ。きれいな緋色に染まったんだから、逆だ、逆。 その詳細な言葉までは、エルヴィンのいる場所からはとても拾いきれない。 ただ、徐々に、人々の口の端に昇り始めたフレーズを聞き取って、彼は顔色を失った。 ――あれは、王の色だ。 王の色。 正統なる、ルーデンの王を示す緋色。 「違う......! 違う、愚か者どもめ、言っただろう、『変色したら』実子ではないと!」 手すりから身を乗り出して呼びかけるが、もう遅い。 ようやく事態を把握できたと考えた人々は、「王の色」のフレーズを、確信を持って叫びはじめた。 「王の色。王の色だ! フェリクス陛下の血を注いだら、色が変わったぞ!」 「王の色だ! やはり本当の王なんだ!」 ただでさえ人が多いこの状況、バルコニーから離れた民からすれば、エルヴィンの演説など聞こえるはずもない。 よって彼らは、前方から波のように押し寄せる声が、真実であると信じた。 なにせ、彼らに唯一認識できたのは、遥か遠くのエルヴィンの言葉でも、表情でもなく、さっと色を変えた水槽だけであったので。 「王の色だ! 偽の王などというのは、嘘だったんだ!」 「真実の王、フェリクス陛下万歳!」 唯一エルヴィンの目算が当たっていたとすれば、それは、一度暴走を始めた民に歯止めなど効かぬということ。 彼らは、濡れ衣を着せられかけた王が、真実を掲げてそれを振り払った、という大層ドラマティックな一幕に、胸を躍らせていた。 「フェリクス陛下、万歳!」 「――やー、形勢逆転だねえ、エルヴィン?」 突き上げるような歓声を聞きながら、フェリクスが久々に口を開いた。

138 28. Shaba'S "Normal" Is Lovely (3) "Finally, this day is here...! Elvin Stalk looked down from behind the curtain and turned red with excitement as he continued to push himself into the square below the castle. The people who held the touchpapers and newspapers scattered all over King's Landing. Their faces are filled with mistrust and suspicion. (No... is it a little more calm than I expected...? Elvin, who carefully tested the people's expressions, corrected his feelings in his heart. About two weeks ago, there were suspicious rumors that the Demon King would be resurrected, and the whole country became a topic for a while. The unexpected rumors somehow stopped snapping around last week, and those who were making so much noise wonderfully stopped talking about the topic, but their interest still seems to be there. It was Elvin's honest impression that King Rouden Felix was not responsive when he used all his propaganda to stir up various public opinion, such as being a crown usurper or showing a true hero over Stalk. (But... this is how people gather in the square. If we show this large number of people the impressive proof that Felix is a fake king, it will become an unshakeable "fact" and spread throughout the country) It is only then that the people will get excited and run wild. Yet a few years later, the people who were supposed to have led them gathered to become mobs, raised their anger and dragged Felix off the throne - and with such a delicate scene in mind, Elvin deepened his smile. "It's a vivid and famous occasion for the throne change. The lowly hypocrite is thrown stones from the people, and the true hero who endured the time of the female ambush - I will take back Luden. Stay tuned, Mother." With a playful technique, you drop your mouth on the ring that fits your right ring finger. It was entrusted to me by the miserable fierce woman (Telesia) 's rape plot, with the sad desire that she should "someday regain Luden". --Ooh...... The slight gestures of the people now echo in the square as they overlap and roar. Receiving the voice of an audience who could not wait for the start of the play, Elvin signaled to his close relatives brought from Stalk and finally jumped onto the balcony. "Thank you all for coming! I am Elvin von Rudendorf, the rightful prince of Rouden. I was spreading the word in Stalk, but I didn't overlook the crisis that Rouden was about to fall into and came back to the land! Raise one hand and shout loudly downstairs. Unbelievable audience in Stalk. Now, no matter how loud you scream, you may not be able to hear your flesh. But the situation brought him more pleasure than anger and tension. You're about to take control of so many people! Even if you can't hear your voice, your gorgeous appearance should leave a strong impression on the audience. Speak magnificently in an elegant appearance. The sacred artefacts have also been further refined since then to allow for a more dramatic rebellion if blood ties are not recognized. Elvin learns these techniques of manipulating people's minds with visual appeals in a language difficult to understand Stalk. Felix once shook a good mother and pushed herself unilaterally to the border (Stalk), full of justice. However, Elvin even laughed at the oddness of the cause and effect, thinking that their behavior had instead led him to accumulate power. "Fake King, come here! Keep up the momentum, look inside the balcony and signal and pull the two people out. They are both lying face to face without strength as to whether they were able to endure prison life until they were ready for "fair" interrogation in front of the people. Elvin was satisfied with the mysterious ones he never had. It has to be this way. Elvin raised his voice again, pointing to two people who had been dragged to the balcony without resistance. With gestures and gestures, he took full advantage of his flashy face and began to bullet dramatically. Elvin and the others were surprised by the riot and explored it for some reason. Eventually, with the help of the spiritual production of sacred instruments, Stalk gained the ability to uncover the terrible truth they were trying to hide. In order to judge it honestly, he/she has set up a place of inquiry in front of the people. Though his enthusiasm does not reach all the people, at least the hundreds of people who solidify near the balcony are eagerly looking up at the balcony. Convinced that their faces gradually reinforced the color of mistrust, Elvin shouted all the time here. "This is the sacred instrument! Simply add a drop of blood to reveal the truth immediately! This sacred equipment breaks the lie! Elvin controls the shrine's developer, Stalk, as he tries to explain how it works in detail. What is needed here is not a polite and tedious explanation, but a bold and heartbreaking speech. After breaking the lie, Erwin finally deepened his smile by acknowledging that the audience would repeat the short phrase. Come on, finish up. Elvin approached a huge aquarium that had been placed on the balcony in advance and pulled out the cloth that covered it loudly. The clear water was soaked by all means, and the first thing I did was sink a strand of hair with a humble hand. The hair that came out of the glorious scarlet cloth belonged to its ancestor, Verner. "As you can see from the embroidery of this lion, the tank - this sacred object - contains hair from the remains of the buried Father King Verner! There, the blood of the man named here Felix hangs. If they weren't truly blood-connected parents and children, the holy water would soon 'rebound'." With a loud voice, Elvin turned his heel back and now grabbed Felix's arm and raised it high. "Everyone, take a good look! Then, using the knife taken out of my pocket, I stuck my fingertips and shook a drop of blood into the tank. "This is the truth! Soon, all the water in the giant tank quickly changes color. Improved to develop more vivid colors, the color of the water is red that stirs people's excitement. Knowing the fact that they had received a false king, the people would be stunned, angry, and would start roughing up their voices. Behind expectations, Elvin frowned when he realized that the square in front of the royal castle was quiet. It's not like there's an excuse for anger. To see, they were - very confused, with a look close to their face. "Pretty red." It's the color of the King in Luden. Strangely enough, even though it was just a small voice, it clearly reached Elvin's ear on the balcony. As if it were a stone thrown at the surface of the water, a circle of whispers spreads one after the other. --You see, the color has changed. - Yeah, it's true.... um, is that...? --Idiot, King Felix was really the king's son after all. I thought you were a fake king if the colors changed. --If you rebel, right? I'm dyed in beautiful scarlet, reverse, reverse. I can hardly pick up the details from where Elvin is. However, he gradually lost his complexion when he heard the phrase that began to rise to the edge of people's mouths. --That's the king's color. The colour of the king. A scarlet colour that shows the king of Rouden, the righteous. "No...! No, you fools, I told you, 'If you change colours', you're not my real child! I step out of the railing and call, but it's too late. The people who thought they could finally grasp the situation started screaming with conviction with the phrase "king's color". "The colour of the king. The king's color! Pour His Majesty's blood and the color will change! "King's color! He's still the real king! Even in this crowded situation, people far from the balcony will not hear Elvin's speech. So they believed that the voice that came forward like a wave was true. After all, the only thing they could recognize was the distant Elvin's words, not his expression, but the swiftly colored tank. "King's color! Fake kings were lies! Long live His Majesty Felix, King of Truth! If Elvin's only goal had been to get it right, it wouldn't have stopped the people who started the runaway once. They were thrilled by a dramatic scene in which the king, who was about to be wet, lifted up the truth and shaken it away. "Long live His Majesty Felix! "- Hey, it's a reversal, isn't it, Elvin? Felix opened his mouth for a long time as he heard a protruding cheer.

21.「正義」逆位置(2) 「おまえの目的は、なんだ?」 エルマのカリブルヌスは、まず何者かによって柄の部分に、痺れ薬を塗りつけた古剣に替えられていたのだ。 そのすり替えた剣をさらにルーカスが出刃包丁にすり替えたことになる。 塗りつけられていた痺れ薬は、即座に人を死に至らしめる毒ではないが、ヒュドラと対峙する際に使うというなら、話は別だ。 ただでさえ、この地に溢れる聖力で疲弊したエルマから、痺れ薬は体の自由を奪い、致命的な敗因となりえるだろう。 「エルマのぶっ飛んだ活躍を防ごうという、一般的な配慮から」と言い訳するには、あまりに備えが過剰すぎた。 それに、イレーネはアウレリアに来たのは初めてと言いながら、やけにこの地、そしてこの学院の情報に詳しい。 時折、敵勢力であるはずのラウルやジーノをこっそりと視線で追いかける様子から、ルーカスはとある疑いを持つに至ったのだ。 もしやイレーネは、トルソ枢機卿がフェリクスと通じているのと同様に、グイド枢機卿傘下の学生たちと通じているのではないか、と。 至近距離から真っすぐ睨みつけられ、イレーネは観念するかのように、あえかな息を漏らした。 「......アウレリアは、聖地なのです」 そして、震える声で告白を始めた。 「さては、原理主義の一派か? 魔族どころか、他国の者を聖地から遠ざけよと主張する類の」 「原理主義......? え、ええ、まあ。私は根っからの 「――............は?」 そして、次の瞬間には、ルーカスを混乱の坩堝に叩き込んだ。 「特に、リバは絶対ダメです。ダメ絶対。地雷。 「まったくご理解いただけん!」 突然緑の瞳を爛々と輝かせ、熱く語り出したイレーネに、ルーカスは思わず顎にやっていた手を離して叫んだ。 「おまえはいったい何の話をしている!?」 そうして、シーツの隙間から取り出したのは、何度も読みこまれ、擦りきれてしまった一冊の本だった。 題名もほとんど薄れてしまっているが、「薔薇の剣士~獣の歌が聴こえる~」の文字が見て取れる。 ルーカスはなんだか、すごく嫌な予感がした。 が、イレーネは覚悟を決めたとでもいうように息を吐きだすと、一気に話しはじめた。 「周囲に積極的にばらすようなものではないと思っていたので、これまであまり語りはしませんでしたが、......私、腐女子ですの。腐女子ですの。特にクール攻めやんちゃ受け、またはおバカ受けが大好物の、腐女子ですの!」 「......後半の情報は、初めて聞いたな」 しかも三回繰り返された。 静かに引いたルーカスをよそに、イレーネは拳を握って語りつづけた。 「そんな私を開眼させ、決定的にこの恐ろしき沼に引きずり込んだのが、この『薔薇の剣士~獣の歌が聴こえる~』、通称薔薇ケモですわ。この一巻が刊行されたのは、もう三年も前のこと。あまりにどストライクなキャラ設定、そしてリアルな世界観に、私は一節を諳んじられるくらいにこの本を読み込みました」 ときどき作品のすばらしさについて脱線しそうになりつつ、イレーネが語るにはこうだった。 薔薇ケモは、アウレリア国立学院を舞台に、少年たちが戦い成長し、そして愛し合う物語だ。 主人公の名はラウルにジーノ。 どちらもありふれた名前であるが、時折描写に出てくる「氷の聖術師」という肩書や「下町出身の少年」といった属性、そしてやけにリアルな設定から、学院在籍の生徒か、その関係者が、実在の生徒をモデルに妄想を書き連ねているのだろうと、当時からファンの間では話題になっていた。 実際、観光業と並び、聖書の印刷業で栄えていたアウレリアは、個人でも容易に小規模出版をすることができたので、この手の自費出版物は、国内全域に溢れていた。 ただし薔薇ケモは、思わず諳んじたくなるほどの印象的な文章、そして目を閉じていても光景が見えるようなドラマチックな展開が受けた結果、密かに版を重ね、ルーデン王国の一部読者にまで頒布されていたのである。 熱心な教徒となったイレーネは、何度も何度も 「いつか......いつの日か、このモデルだというラウル様とジノたんを、この目で見たいと......!」 「たん、ってなんだ、たんって」 特に、「聖鼎杯編」と銘打たれた章で、トリニテート入りを果たしたジノたんが、感極まってラウルに愛を告げるシーンは、全薔薇ケミストが感涙にむせばずにはいられない名場面であった。 仮に現実のラウルとジーノがトリニテートとなれば、さすがにキスはせずとも、小説と同じシチュで――もとい、観客に囲まれた闘技場で、抱擁くらいは交わすだろう。 最低でも、小説と同じコスで――もとい、法衣とアローロの冠をまとった姿で、挨拶くらいはするだろう。 だとすれば、他は脳内補完でなんとでもなる。 逆に言えば、挿絵もないこのご時世、補完の基礎となる人物二人についてだけは、なんとしても肉眼で捉える必要があった。 見たい。 聖なるコスをまとい聖なるシチュに身を置いた二人を、なんとしても見たい......! 「そのためには、エルマがトリニテート全部門を制覇する、という事態は、絶対に避けなくてはなりませんでした......」 「私は、決めていたのです。この私の決意を知ったら、エルマは驚くかもしれない。呆れるかもしれない。けれど、それでも譲れない。私は、トリニテート入りを決めるラウジノを見るのだと。あの名シーンをこの目に刻みつけるのだと。そしてできれば、エルマにもそれを見てもらって、薔薇ケモのすばらしさに開眼させ......ともに、この腐の沼に、引きずり下ろしてみせると......!」 ルーカスは、無言で天を仰いだ。 もうやだ。 ろくな部下に恵まれなかった男の悲哀を、あえて言葉で表すなら、それはその四文字で事足りた。 が、面倒見のいいルーカスは、痛みはじめた頭を押さえながら、ぼそぼそと突っ込みの言葉を口にした。 「おまえ......。本当に、そんなくだらない理由で剣に細工まで......?」 「くだらなくありません! 一大事です!」 「で、その甲斐なくエルマが大活躍してしまったから拗ねていると? だとしたら、それはさすがに改めるべきだ。結局やつは、目論み通り火傷で失格となり聖剣士とはならなかったわけだし、......なにより、己の目的のためにエルマに平凡な振る舞いを期待し、意に沿わなかったら怒るなど、あいつが哀れだ」 自らも、ある種「己の目的のためにエルマに平凡な振る舞いを期待」していることは重々承知しつつ、ルーカスはあえてきっぱりと言い切った。 「あいつの能力を搾取するのも、その意思を無視して封じ込むのも、どちらも同じくらい身勝手なことだ。......俺も含めて、な」 諭すように告げれば、イレーネは押し黙る。 彼女はそのまま、しばらくシーツとにらめっこをしていたが、やがてぽつんと呟いた。 「......私、寂しかったのですわ」 素直な告白は、夕闇に溶けてしまいそうなほど、か細かった。 無言で眉を寄せたルーカスから目を逸らすように、イレーネは俯いたまま続けた。 「......あの子、いつも泰然としているでしょう。なんでもできる。できるから、頼らない。頼るという発想が、まずない。フレンツェルでは一回だけ、たしかに私に縋ったように思ったけれど......結局、それきり。あの子はいつも、有能で、......とびきり有能で、だから無頓着。私はそれが、寂しいのです」 こんなにも相手との距離が掴めない友情は、初めてなのだとイレーネは言った。 出会ったばかりの頃、エルマは能力が突き抜けているだけで、感情の起伏に乏しい、人間味のない少女なのだと思った。 けれど、付き合いが深まっていくうちに、その考えは変わった。 分厚い眼鏡と抑揚のない口調を取り去ってしまえば、彼女もまた、些事で悩み、戸惑い、人との距離を測りあぐねる、普通の女の子だとわかったからだ。 けれどその気付きは、同時にイレーネをもっと欲深くもしてしまった。 エルマが他者と「普通」の友情を結ぶ、そうした心の用意があるのなら。 イレーネは、彼女ともっと親しく――親友に、なりたいと。 「......エルマが、初めてだったのです。身分に囚われず、偏った趣味の持ち主でもあっさりと受け入れてくれる、同年代の女の子。突飛で、豪快で、でも変なところで抜けていて、目が離せない......びっくり箱みたいな子」 イレーネは男爵令嬢。 とびきり身分の高い貴族令嬢とはいえなかったが、そうであってさえ、領地でも王宮内でも、しがらみは絶えなかった。 そんな中で、身分の上下も気にせず、対等に、心置きなく趣味を語れるエルマとの関係は、ただただ心地よかった。 だが――対等。 そう考えたときに、むしろ、自分ばかりがエルマから恩恵を受けているのではないかと、イレーネは不安になったのだ。 「あの子は、なんでもできる。もはや侍女の仕事については、私が先輩として教えられることなどなにもないし、こうした特殊な任務を与えられても、あの子ならいろいろな能力を生かして、切り抜けていくのでしょう。粛々と、淡々と。私がやきもきしたり、心配したりしても、それを歯牙にもかけずに」 やきもきするのは、いつも自分ばかりだとイレーネは思った。 自分ばかりが、エルマのずば抜けた能力に圧倒され、無謀さに肝を冷やし、心配したり、感情を乱したりする。 それが、イレーネには悔しくてたまらなかったのだ。 「だって......友情って――友達って、そういうものではないでしょう? もっと、互いが互いを思い合ったり、頼り合ったり......そうあるべきでしょう? なのに現実には、私ばかりがあの子を思って、あの子に新しい世界を教えてもらって......。私は......、ひとつでもいい、エルマの優位に立ちたかったのです......!」 イレーネは、シーツのひだをぎゅっと握りしめた。 「私が最も得意である腐の世界に彼女を引きずり込んで......、ひとつでもいい、エルマに、私が、未知の世界というものを教えてあげたかった......!」 「未知の方向性が間違っているだろうが!?」 ルーカスはつい叫んだが、イレーネはそれには反論せず、「ですが」と、再び肩を落とした。 「そうした私の勝手な思いが、......今回、結局、エルマを危機に追いやってしまいました」 その、悔恨に満ちた呟き。 イレーネがどうしてここまで塞ぎ込んでいるかに、ルーカスはようやく思い至った。 「......エルマがヒュドラに呑み込まれたのが、そこまでショックだったのか」 「目の前で友人を魔獣に丸呑みにされて、ショックを受けない女子などいませんわ」 「だが......」 エルマは無事だったろう。 以前には、崖から海に身を投げたこともあったろう。 反論は思いついたが、結局ルーカスはそれを呑み下した。 戦闘や死体を見慣れているルーカスと、貴族令嬢として育ったイレーネでは、その辺りの衝撃も当然異なるだろうと、理解できたからだった。 とうとう、イレーネの目が潤みはじめた。 「もう、ぐちゃぐちゃです。......エルマと......もっと仲良くなりたい、頼られたいって、そう思って......、だからエルマの剣をすり替えて、殿下と一緒に、エルマが困るたびにガッツポーズをして......でも、あんなことになるなんて、思っていなくて......」 「その時になって急に怖くなって......しかも、エルマにとっては、それすらも、全然、問題ない感じで......結局、いつもと同じ、私ばかりが心配していて......っ」 「それが腹立たしいわ、自分が不甲斐ないわ、......しかも、ジノたんは予想以上にかっこいいわ、ラウル様の応援ぶりが尊くて見逃せないわで、もう......視線も考えも定まりません......っ!」 「萌えるか悩むかどちらかにしろ!」 最後涙をこぼして叫んだイレーネを、ルーカスは一刀両断した。 それから、静かに溜息を落とし、「おまえに、いいことを教えてやろう」と切り出した。 「エルマは今、アウレリア一険しいと言われるセルモンティ山の、おそらく山頂付近にいる」 「............はい?」 そのなにが「いいこと」なのだか、わからない。 イレーネは眉を寄せた。 「明日の試合も控えているというのに、休みもせず、エルマはなにをしていると言うのですか? 登山?」 「山頂付近で採取できるという希少な岩塩を、取りに行くそうだ」 なぜここにきて、岩塩。 ますます怪訝そうな顔つきになったイレーネに、ルーカスは唇の片端を持ち上げてみせた。 のイレーネ」 イレーネは、目を見開いて「まさか......」と呟いた。 「そう。あいつは、おまえが落ち込んでいるのをあいつなりに思い悩み、行動しているんだ」 怒られてしまった、どうやら自分が悪いらしい、どうすればいいのだろう。 お腹が空いているのだろうか、美味しいものを作れば喜んでくれるだろうか。 ――イレーネって、本当に食べるのが好きですよね......。 ――う、うるさいわねっ。あなたの料理を食べると、あらゆるもの思いが吹き飛んでしまうのだもの、しょうがないでしょ! 先日交わした会話が、蘇る。 イレーネは情けなく眉を下げて、唇をかみしめた。 「あいつはこれまでも、数々の言葉を鵜呑みにしてきては、盛大にやらかしてきているが、振り返ってみれば、あいつが鵜呑みにするのは、あいつが信用を置いた相手や、その人物が勧めてきた書物だけだ。......イレーネ。それだけ、おまえの一言は、あいつにとって重みがあるということだ」 「おまえだけが振り回されている? とんでもない、あいつだって振り回されているさ。想いが不均衡? とんでもない、あいつだって、十分おまえに心を砕いている――ただそれが、表情や言葉にではなく、突飛な行動に表れているだけで」 女性は特に、行動よりも、その時々の表情や言葉を重視しやすいのかもしれないが。 ルーカスはそう肩をすくめると、静かに続けた。 「信じてやれ、エルマのことを。足りない表情や言葉ではなく、あいつの突飛な行動と、その奥にある素直な想いを。......少なくとも、俺はそうする心の用意ができている」 だからルーカスは、エルマが無茶無双をやらかすたびに、激しくツッコミはすれども、突き放すことはしないのだ。 それはまさしく、癖の強い騎士団をまとめ上げる男ならではの、懐の深さと経験の豊かさと言えた。 すっかり薄暗くなった保健室に、沈黙が訪れる。 やがて、イレーネはルーカスを見上げ、ぽつんと呟きを漏らした。 「......殿下の、その、包容力......」 素直な感嘆の響きに、ルーカスはいたずらっぽく片眉を持ち上げる。 「惚れそうか? 残念だが、色よい返事はできんぞ」 「いえ、『包容受け』というのもアリだなと、目から鱗が落ちる思いでした。ごちそうさまです」 「............待て、なぜ俺を『受け』と括る?」 ルーカスは顔を引き攣らせながら、イレーネの表情が清々しいものに戻ったのを見て取り、「それにしても」と話題を切り替えた。 「剣を包丁にすり替えた俺に、それを指摘する資格があるかはなんだが、さすがに剣に細工を施すのはやりすぎだと思うぞ。エルマだから最悪の事態にはならなかったが、普通なら、十分に悪意ある、そして致命的な行動だ」 「細工......。そうですよね。こたびのことは、私からエルマにきちんと話して、どんな怒りでも罰でも受け入れようと思っています」 「ああ。だいたい、一介の侍女が痺れ薬なんてどうやって手に入れたというのだか――」 「......ん?」 だが、途中でイレーネが怪訝そうに顔を上げたので、途中で口を閉ざす。 聞き返されて、ルーカスもまた眉を寄せた。 「なにか疑問でも?」 「疑問と言いますか......え? 痺れ薬? 痺れ薬ってなんのことです?」 「は? おまえがエルマの活躍を阻止するために、すり替えた剣の柄に、薬を塗った布を巻き付けたんだろうが」 ほら、とルーカスが証拠の剣を突きつけると、イレーネは、猫のような目をまん丸に見開き、剣を指さした。 「しません、そんな恐ろしいこと! というかこれ、私の用意した剣ではございませんわ!」

93 21. "Justice" Inverse Position (2) "What is your purpose? Elma's Caliburnus was first replaced by an ancient sword with numbness medicine on the handle by someone. Lucas replaced the replacement sword with a razor blade. The numbness medicine that was applied is not a poison that instantly kills people, but if it is used to confront Hydra, it is a different story. Even so, from Elma, exhausted by the holy power of this land, paralysis medicine can deprive the body of its freedom and become a fatal cause of defeat. There was too much preparation to justify "from general considerations to prevent Elma from flying." Moreover, Irene said that it was the first time she had come to Aurelia, but she was still familiar with the information about the place and the academy. From time to time, Lucas became suspicious of sneaking after Raul and Gino, who were supposed to be enemy forces. I wonder if Irene is connected to the students under Cardinal Goode's umbrella, just as Cardinal Torso is connected to Felix. Staring straight from a close range, Irene exhaled her breath as if she thought. "... Aurelia is a sanctuary." Then he began to confess with a trembling voice. "Well, is it a part of fundamentalism? Instead of demons, they insist on keeping others away from the Holy Land." "Fundamentalism...? Yeah, yeah, well. I'm rooted in biblical fundamentalism, and I think cheap secondary creations die." "........................?" And in the next moment, Lucas was thrown into the crucible of confusion. "Especially not Liva. Absolutely not. Landmines. As long as the Bible is Raudino, the one who chants Zinolau is a heretic. However, the side cup is fine. Guijino is ok as a wedge, rather as a horse catch. Do you understand? "You have no idea! Suddenly, Lukas unexpectedly let go of the hand he was doing to his jaw, shouting at Irene, who sparkled his green eyes and spoke hot. "What the hell are you talking about!? Thus, what was taken out of the gap in the sheet was a book that had been read and scraped many times. The title has almost faded, but you can see the text "rose swordsman ~ I can hear the beast singing ~". Lucas had a very bad feeling about it. But Irene breathed out like she was ready, and she started talking all at once. "I didn't think it was going to be actively distracted from the surroundings, so I haven't talked much so far, but... I'm a rotten girl. It's a rotten girl. Especially a rotten girl who loves to take a cool attack or take a dumb one! "... I've never heard of the second half." It was repeated three times. Around Lucas, who pulled quietly, Irene held her fist and kept talking. "It was this rose swordsman who opened my eyes and decisively dragged me into this terrible swamp, commonly known as Rose Chemo. This volume was published three years ago. I loaded this book so much that I could read a passage into too striking character settings and realistic worldviews." Sometimes Irene talks about the excellence of the work, but this is what Irene says. Rose chemo is a story of boys fighting, growing up and falling in love with each other at Aurelia National Academy. The main character's name is Raul and Gino. Both are common names, but attributes such as the title of "ice saint" and "boy from Shitamachi" that occasionally appear in the portrayal, and even realistic settings, it has been a topic of discussion among fans since then whether students enrolled in the college or their associates are writing delusions based on real students. In fact, Aurelia, who thrived in the Bible printing industry alongside the tourist industry, was able to easily publish small-scale publications individually, so this self-funded publication was abundant throughout the country. However, the rose chemo was secretly redacted and distributed to some readers in the Kingdom as a result of impressive texts and dramatic developments that made it possible to see the scenery even when the eyes were closed. Irene, who became an ardent Muslim, read the Bible many times (rose chemo) and eventually had an ambition in his heart. "Someday... one day, I want to see Raul and Ginotan with my own eyes...! "Tam, tam, tam." Especially in the chapter titled "The Chalice", the scene in which Ginotan played the trinitate and spoke of love to Raul with emotion was a famous scene where all rose chemists could not help crying. If the real Raul and Gino were trinitates, even if they didn't kiss each other, they would share the same stench as the novel - and hug each other in the arena surrounded by spectators. At the very least, I would say hello with the same costume as in the novel - or in a dress and an Arrow crown. In other words, everything else can be done with intracerebral complementation. On the contrary, in this era without illustrations, it was necessary to capture only the two people who were the basis of complementarity with the naked eye. I want to see it. I want to see the two people who put the sacred costume and put themselves in the sacred stew...! "In order to do that, Elma had to avoid dominating all of Trinitate's divisions...." "I made up my mind. If I knew this determination, Elma might be surprised. You might be surprised. But I still can't give it up. I say we look at the lounge that decides on the trinitate. I want to engrave that famous scene in my eyes. And hopefully, Elma will see it and open her eyes to the beauty of the rose chemos... and drag them down to this rotten swamp...! Lucas looked to heaven silently. No more. If I dared to express in words the grief of a man who was not blessed by his weak men, it was enough in those four letters. But, taking care of Lucas, he pressed his painful head into his mouth with a snug, penetrating word. "You... Are you sure that's why you crafted your sword...? "Nonsense! It's important! "And you're stubborn because Elma has become so active? If so, it should be changed. After all, he was disqualified by burns, as we can see, and he didn't become a swordsman... and above all, he is pathetic because he expects ordinary behavior from Elma for his own purposes and gets angry if he doesn't live up to his wishes." Lucas dared to be clear, knowing that he was expecting some sort of "ordinary behavior from Elma for his own purposes." "Exploiting his abilities is just as selfish as disregarding and containing his will.... including me." If you tell her to tell her, Irene will keep quiet. She was glittering with the sheets for a while, but eventually murmured. "... I missed you so much." The honest confession was so subtle that it was likely to dissolve in the dark. Irene kept leaning away from Lucas, who frowned silently. "... that kid will always be taunted. I can do anything. I can do it, so don't rely on it. I don't have the idea of relying on it. At Frenzel, it seemed like you had relied on me once, but... after all, that's all. She's always competent... extremely competent, that's why she's indifferent. I miss it." Irene said it's the first time she's ever had a friendship so close to her partner. When I first met Elma, I thought she was just a passionate, inhuman girl who lacked emotional ups and downs. However, as the relationship deepened, the idea changed. If she takes away her thick glasses and uncontrolled tone, she also finds herself a normal girl who measures her troubles, confusion, and distance from others. However, I realized that at the same time, I made Irene even more greedy. If Elma is prepared to make "normal" friendships with others. Irene wants to be closer to her - her best friend. "... it was Elma's first time. Girls of the same age who are inmates of different identities and can easily accept biased hobbyists. It's jumpy, gorgeous, but it's falling out in some weird place, and I can't let go of my eyes... it's like a surprise box." Irene is the baroness. Even though it was not an extremely high-ranking noble lady, the temptations did not stop in the territory or in the royal palace. Within that context, the relationship with Elma, who was able to talk about her hobbies equally and without concern for her identity, was just pleasant. But - reciprocity. When I thought about it, Irene was rather worried that she was the only one who benefited from Elma. "She can do anything. There is nothing I can teach as a senpai about the maid's work anymore, and even if she is given these special tasks, she will use all her abilities to cut through them. Solemnly, indifferently. I don't have to put it on my teeth, even if I'm worried about it." Irene thought it was always her fault. All of you are overwhelmed by Elma's sloppy abilities, recklessly cooling your liver, worrying, and disturbing your emotions. I couldn't help but regret Irene. "I mean... friendship... isn't that what friends are, is it? More like, they think of each other, they depend on each other... shouldn't they? And yet, in reality, all I think about is her, and she teaches me a new world... I... wanted to take advantage of Elma, one thing at a time...! Irene grasped the fold of the sheet. "I dragged her into the world of corruption that I'm best at... and I wanted to teach Elma one thing, the unknown world...! "The unknown direction may be wrong!? Lucas shouted, but Irene did not contest it, "but," she dropped her shoulders again. "My selfish thoughts... ended up driving Elma into crisis this time." That grunt, full of remorse. Lucas finally figured out why Irene was stuck here. "... how shocked was it that Elma was swallowed by Hydra?" "There is no girl in front of me who has a friend swallowed by a beast and is not in shock." "But...." Elma would have been safe. I would have thrown myself out of a cliff and into the sea before. I came up with an objection, but in the end Lucas swallowed it. Lucas, who is familiar with fighting and seeing corpses, and Irene, who grew up as a noble lady, understood that the impact around them would naturally be different. At last Irene's eyes began to moisturize. "It's already a mess.... with Elma... I wanted to get closer, I wanted to be relied on... so I changed my Elma's sword, and with Her Majesty, every time Elma got in trouble, I put on a guzzle pose... but I didn't think that would happen..." "At that time, I suddenly got scared... and for Elma, it didn't even seem like it was a problem at all... after all, I was as worried as usual..." "I'm so angry, I'm so embarrassed... Besides, Gino is even cooler than I expected. I can't miss Raul's support anymore... I can't tell you how I see or think about it...! "Either it's adorable or it's troublesome! Lukas cut off Irene, who cried out tears at the end. Then he quietly sighed and cut out, "I'll tell you something good." "Elma is now the steepest of Aurelia, probably near the summit of Mount Cermonti." "... yes? I don't know what the "good thing" is. Irene raised her eyebrows. "What does Elma say she's doing without a day off even though she's skipping tomorrow's game? Climbing?" "They're going to pick up the rare rock salt that we can pick up near the summit." Why are you here, rock salt? As Irene looked increasingly suspicious, Lucas lifted one end of her lip. "Don't you see? Deep-fried chicken is a salty (...) Irene." Irene opened her eyes and whispered, "No way..." "Yes, he's worried about you and is acting like you're depressed." I'm angry, it seems I'm bad, what should I do? Are you hungry or happy to make something delicious? --Irene really likes to eat... - Ugh, shut up. Eating your food can't help but blow up all your thoughts! The conversation we had the other day came back to life. Irene lowered her pathetic eyebrows and chewed her lips. "Until now, he has been devouring a lot of words, but in retrospect, he will only devour the people he trusted and the books he has recommended.... Irene. That's all you have to say is that it weighs on him." "Are you the only one who's swinging around? Damn it, he's swinging too. Unbalanced thoughts? Absolutely not, he's broken your heart enough - it's just an act of surprise, not an expression or a word." Women may be more likely to place emphasis on their faces and words at times than on their actions. Lucas kept quiet as he shrugged his shoulders. "Believe me, about Elma. Instead of missing expressions or words, let's look at his tremendous behavior and the honest thoughts behind it.... at least I'm ready to do that." That's why Lucas, every time Elma plays indifferent, she won't push them hard. It was truly the depth of the nostalgia and the richness of the experience unique to the man who assembled the highly habitual Knights. Silence comes to the infirmary, which is completely dim. Eventually Irene looked up at Lucas and murmured. "... Your Majesty's inclusiveness..." With an honest exclamation, Lucas lifts one eyebrow naughtily. "Are you in love? Unfortunately, I can't give you a colorful answer." "No, I thought 'receiving inclusion' was also an ant, and the scale fell from my eyes. Thank you for your meal." "... wait, why do you call me 'received'? Lucas saw Irene's expression returning to a fresh look as he twitched his face, switching the subject to "nonetheless." "I don't know if I'm qualified to point it out to you when you replace the sword with a knife, but I think you've done too much to refine the sword. It wasn't a bad thing because it was Elma, but it was normal enough malicious and lethal." "Crafting... That's right. I'm going to talk to Elma about this and accept any anger or punishment." "Oh, I don't know how a maid got the medicine for numbness -" "... hmm? However, Irene raised her face in suspicion on the way, so she closed her mouth on the way. When he heard back, Lucas raised his eyebrows again. "Do you have any questions? "Do you call it a question... eh? Paralysis medicine? "What? You wrapped a cloth coated with medicine around a replacement sword pattern to stop Elma from working." See, and Lucas pointing at the sword of evidence, Irene pointed her cat-like eyes in full circle, pointing to the sword. "I won't do that horrible thing! I mean, this is not my sword!

4.「普通」のお茶汲み(4) ひとしきりティータイムを楽しむと、やがてエルマは滑らかに会話を切り上げ、ユリアーナの御前を退出した。 成り行きで、ルーカス以下三人も同行する。 失態を演じるであろう新米侍女を救いに駆けつけたはずが、なぜか当人に完璧な紅茶と菓子を振舞われ、引率されて城に帰るという謎展開である。 四人は、本城へと続く回廊を黙々と歩いた。 予想外の事態が続きすぎて、三人からはなんと話題を切り出していいかわからなかったためだ。 と、一番後ろを歩いていたイレーネが、なにかを思い切ったように顔を上げ、背後からエルマに駆け寄り、その腕を掴んだ。 「エ......エルマ!」 対するエルマは超然としている。 足を止め、じっとこちらを見返してくる新米侍女に、イレーネはうっと言葉を詰まらせ、それから、じりじりと喉から声を追い出すように詫びを口にした。 「その......今日のことは、申し訳なかったわ。私、あなたのことを見くびっていた」 「評価いただくような働きはしておりませんので、それも当然かと」 「なにを言うの! 四人分の仕事を半日でこなし、前妃殿下を破顔させる完璧な紅茶を淹れることのできる侍女が、この大陸にどれだけいると言うのよ。あの、カルマとかいうスイーツも、心臓が止まりかけるくらい美味しかったわ」 直情型だし、気に食わない相手のことは即座に攻撃するが、同じ速さで反省し、素直に敬意を表現できるところは、イレーネの美点だ。 彼女は、エルマの腕を握りしめた手に力を籠めると、目を潤ませて言い募った。 「だからその......、こ、これからは、同階の侍女として......な、仲よく、して......してさしあげてもいいわ!」 とはいえ、下手に出るところまではうまくいかなかったらしい。 顔を林檎のように染めながら、イレーネは、最後でやけくそのように顔を逸らした。 だが、憧れていたはずのルーカス第二王子をそっちのけで、この不思議な少女との友情を確保しようとするあたり、彼女がいかにエルマに夢中になっているかが伝わってくる。 「はあ、どうぞよろしくお願いいたします」 結局、そんなユルい返事であっさり申し出を受け入れたエルマを、ルーカスは片眉を上げて、ゲルダは微笑ましそうに見守っていた。 「ああ、それにしてもエルマ。あなたの有能さには恐れ入るわ!」 会話が一段落したタイミングで、ゲルダがそんな風に言って手を合わせる。 「語学力や、仕事の腕前そのものも素晴らしいけれど、なににわたくしが一番感動したって、その洞察力の鋭さだわ。ユリアーナ様のお好みを、まさか初回で見抜いてしまうなんて」 「いえ。茶葉やミルクのお好みは、直接お尋ねしただけですので」 「なにを言うの。ユリアーナ様はね、侍女には清潔と品を求め、会話には知性を求め、食事には味以上に物語を求められるお方なのよ。それを尋ねることもなしに、あなたは完璧に差し出してみせたわ」 さすが侍女長だけあり、表面的な腕前だけでなく、エルマのその辺りの察しのよさに気付いていたらしい。 ルーカスは隣で耳を傾けながら、たしかに、と内心で頷いた。 どうも、このエルマという少女は、ユリアーナの前では、自分が面談したときとは異なる雰囲気をまとっていたように見える。 清潔で、品があり、知的――つまり、ユリアーナにとっての理想の姿だ。 (相手や状況に合わせて、印象を操作している......というのは、考えすぎか?) たとえば、女好きの男の前では興味を引かぬよう野暮ったく、庇護者となりえる人物の前では健気に、根が素直な同僚の前では超然と。 ちらりと視線を向けた先では、厚い眼鏡で素顔のほとんどを隠した少女が、淡々と謙遜の言葉を口にしている。 ルーカスはじっくりと彼女を観察し、その顔の骨格がずいぶん整っていることに、初めて気づいた。 「ねえ、そんなこと言わないで。わたくし、本当にすごいことだと感心しているのよ。あなた、いったいどうやってユリアーナ様のお好みを見抜いたの?」 「お顔を拝見し、思考を巡らせただけです」 「いやだわ、顔色を窺うだけで、そんなことができるものですか」 「そうおっしゃられましても......」 エルマの洞察力の根源に興味津々のゲルダは、粘り強く質問を重ねている。 すると、困惑気に口を閉ざしたエルマが、ふと思い出したようにエプロンのポケットを漁った。 「そうでした――侍女長様」 「こちら、庭師のハンス少年に代わってお返しいたします」 そうして差し出したのは――ゲルダの瞳と同じ、琥珀色をした宝石をはめ込んだブローチだ。 今朝しがた、病気の母親の薬代がないと泣いていたハンス少年に、ゲルダが同情してプレゼントしたものである。 「え......? なぜこれを、あなたが――」 「あなたと話すとき、ハンス少年は必要以上にパーソナルスペースを詰めているようでした。親密感を演出するためです。また、母親の病気について説明する際には五秒もの間、彼はまったく目を逸らしませんでしたが、これはあなたが自分の嘘を信じているかを確認するためと思われます。事実、あなたが目を潤ませた瞬間、彼の上唇が頬に引っ張られるようにわずかに持ち上がるのが見えました。これは、侮蔑の感情を表す微表情です」 ほかにも軽微なサインは多数見つかりましたが、と、エルマは眼鏡のブリッジを押し上げた。 「――彼は、あなたに詐欺行為を働いているとみなして間違いないでしょう。ひとまず今朝の被害分は、僭越ながら私が取り返しておきました」 「え? え? え......?」 「お納めください。みかじめ料です」 「え......っ!?」 今、さりげに監獄コトバのようなものが出た気がする。 「え? び、微表情って......みかじめ......いえ、待って、あなたいったいどこから見ていたの?」 「侍女寮の四階です」 「ええ!?」 「どんな視力ですの!?」 ツッコミどころが満載すぎて、ゲルダが目を白黒させている。 イレーネも仲良く叫びだすのをよそに、ルーカスは警戒心からわずかに眉を寄せた。 「......おまえの、その知識や洞察力の深さというのは、もしや看......導師譲りなのか?」 看守と言いかけて、とっさに導師と言い換える。 イレーネの前で監獄育ちであることをばらすわけにもいくまい。 罪人に教育を施されたわけはあるまいが、看守の任に当たるような、優秀な導師から教えを受けたならば、まだ納得できる―― そう考えての問いだったが、エルマはあっさりとそれを否定した。 「いえ。導師はただの飛べない豚でした。表情を読む 父です」 本人はまじめに答えているようなのだが、さっぱり意味がわからない。 困惑したルーカスが問いを重ねようとしたところ、それを制するように、エルマが首を傾げた。 眼鏡でよく見えないが、彼女自身どこか困った様子だった。 「微表情の読み取りくらいは、ままごとなどを通じて、どこの家庭でも幼少時から身に着けるものではないのですか。もしや......シャバの方というのは、そのくらいのこともできないのですか?」 馬鹿にするのではけっしてない。 心底不思議そうな口調に、ルーカスたち三人は同時にぽかんと口を開けた。

5 4. "Normal" Tea Drinking (4) Enjoying tea time alone, Elma eventually finished the conversation smoothly and left Juliana. Lucas and three others will accompany you on your way. I should have rushed to rescue the new American maid who would have failed, but for some reason, he behaved like perfect tea and confectionery, and was led back to the castle. The four men walked silently in the corridor leading to the castle. It was because the unexpected continued and I didn't know what to cut out of the three of us. Irene, who was walking behind her, raised her face as if she had thought of something, rushed behind her to Elma, and grabbed her arm. "Eh... Elma! The other Elma is out of line. Irene stopped her legs and apologized to the new American maid who was looking back. "Well... I'm sorry about today. I underestimated you." "I don't think it's natural because we don't do anything that you would appreciate." "What are you talking about? How many maids on this continent can make perfect tea to dishonor the former queen in half a day's work? The sweets called karma were delicious enough to stop my heart." It is the beauty of Irene to be able to reflect and be honest and respectful, even though it is an affectionate and disliked opponent that attacks immediately. She moisturized her eyes as she clasped her power in the hand holding Elma's arm. "So... from now on, as a maid on the same floor... you can get along with me... Nevertheless, it didn't seem to have worked until it went bad. While dyeing his face like an apple, Irene finally drifted away. However, as she tries to secure friendship with this mysterious girl by turning away Prince Lucas II, whom she should have longed for, it tells her how obsessed she is with Elma. Ah, thank you very much In the end, Lucas raised one eyebrow and Gerda looked at Elma with a smile, accepting the offer with such a soft reply. "Ah, and yet, Elma. I'm afraid of your ability! When the conversation came to an end, Gerda put her hands together like that. "My language skills and my work skills are great, but I'm most impressed by the sharpness of my insights. I can't believe you realized Juliana's preferences for the first time." "No, I just asked directly about tea and milk preferences." "What are you saying? Juliana wants cleanliness and goods for the maid, intelligence for the conversation, and more stories for the meal than the taste. Without asking, you gave it to me perfectly." It seems that the maid in charge was the only one who realized not only the superficial skill, but also the goodness of Elma's perception around it. Lucas nodded in his heart as he listened next door. Hi, it looks like this girl named Elma had a different vibe in front of Juliana than she had when she met. Clean, tasteful, intelligent - that is, the ideal figure for Juliana. (Too much thinking about manipulating the impression according to the other person or situation...? For example, in front of a woman lover, in front of someone who is not intrigued, in front of someone who can be a patron, in front of a healthy, honest colleague. At the tip of her glance, a girl with thick glasses who concealed most of her bare face said a pale and humble word. Lucas watched her carefully and realized for the first time that the skeleton of her face was quite ready. "Hey, don't say that. I'm really impressed. How the hell did you know what Juliana liked? "I just saw your face and thought." "Oh no, can you do that just by staring at your complexion?" "Even if you say so...." Gerda, intrigued by Elma's insightful roots, is persistently asking questions. Then Elma closed her mouth in confusion and fished her apron pocket as she remembered. "Yes, ma'am." "This is Hans the Gardener, and I'll return it to you on behalf of the boy." I gave it to you - a brooch with amber jewelry, like Gerda's eyes. Gerda was sympathetic to the Hans boy who was crying this morning for his sick mother's lack of medication. "Eh...? Why are you doing this?" "When I spoke to you, Hans boy seemed to be packing more personal space than needed. To create a sense of intimacy. Also, when explaining his mother's illness for five seconds, he didn't turn a blind eye at all, but this seems to be to make sure you believe your own lies. In fact, the moment you moisturized your eyes, you saw his upper lips slightly lifted so as to be pulled onto his cheeks. This is a slight expression of contempt." Many other minor signatures were found, but Elma pushed up the bridge of her glasses. "- He will definitely consider you to be working fraud. For the first time, I took back the damage this morning." "What? Huh? Eh...? "Please pay. It's a mischief fee." "Eh...!? Now, I think something like prison Kotoba has appeared subtly. "Eh? Big face... cheating... no, wait, where the hell were you looking? It's the fourth floor of the maid's quarters. "Huh!? "What kind of vision!? Gerda's eyes are black-and-white because of the overcrowding. Lukas raised his eyebrows slightly out of vigilance as he tried to get along with Irene. "... is your depth of knowledge and insight... a teacher transfer? Speaking of guards, I will soon replace them with mentors. There's no way I'm going to let you get away with growing up in jail in front of Irene. I've never been educated by a sinner, but if I had been taught by a good teacher to serve as a guardian, I'd still be convinced... It was a question of thought, but Elma quickly denied it. "No, the mentor was just a pig who couldn't fly. The facial expression reading technique was taught by [laziness] 's father." "No, I'm the father of Laziness." The person in question seems to be answering seriously, but I don't understand the meaning at all. When confused Lucas tried to overturn the question, Elma leaned her neck to control it. I can't see well with my glasses, but she seemed to be in trouble herself. "Aren't micro-expressions something you've worn since childhood in any home, such as a whole thing? Hey... can't you do that much with Shaba? I don't make a fool of you. In a strange tone, Lucas and the three of them opened their mouths simultaneously.

5.詐欺師の娘 「ふふ、白の 初夏の昼下がりであろうといつも薄暗いこの空間は、意外にも快適に整えられている。 もともと独房だった場所を十室分貫いた、広々とした居間。 丁寧に磨かれた床の上には、革張りのソファや重厚なテーブルセット、さらには天鵞絨の絨毯が配置されている。 高い天井には、巨大なシャンデリアまでもが吊られていた。 どれも手入れが行き届き、監獄というよりは、王城の一室とでも表現したほうがふさわしいほどである。 今、その心地よいソファに背を沈めながら、二人の男女がチェスを楽しんでいた。 ひとりは、豊かな黒髪と空色の瞳が印象的な、精悍な壮年の男性。 もうひとりは、美しく年輪を重ね、頬杖を突く仕草すら艶めいて見える、銀髪の女性。 十五の娘の母とはとても信じられない美貌を持った元娼婦――ハイデマリーは、ギルベルトから奪った白の女王にそっと口づけた。 「ここを抜けたからと言って、王城に留まるとは限らないだろう」 「あら、あなたも賭ける? わたくし、賭け事は得意よ?」 ふふっと笑いかけると、ギルベルトは無言で肩をすくめた。 このヴァルツァー監獄という名の帝国で、彼女に賭け事で挑みにいく愚か者はいない。 「――お茶が入りましたよ」 繊細な彫刻の施された扉が開き、銀のワゴンを押した男性が部屋にやってきた。 白髪混じりの灰色の髪に、同色の瞳。 質のよいシャツとパンツをまとい、細身のタイを締めたその姿は、柔和で知的な相貌とあいまって、まるで上位貴族に仕える執事のような上品さだ。 滑らかな仕草でお茶のセットを運び込む彼に、ハイデマリーは細く整った眉を上げた。 「あら、珍しいことね、モーガン。【怠惰】のあなたが、自らお茶を淹れてくださるなんて」 「あなたが、私のかわいいエルマを追い出してしまったからでしょう。せっかく私が、紅茶の淹れ方を含め、私の後継者となれるよう大切に育ててきたというのに」 やんわりと窘めるように言われ、ハイデマリーは傷ついたように胸を押さえた。 「追い出す? ひどいわ。無力な罪人が、 「表情筋が口調と仕草を裏切っていますよ。まったく......ヴァルツァーを掌握して並みの王族以上の権力を握っているあなたが、よくそんなことを言えたものです」 「『あなた』ではなくて、『私たち』の間違いでしょう? ここは、私たち七人のお城よ」 「――そうですね」 モーガンは逆らわなかった。事実だからだ。 十五年前、月の青褪める夜に彼らが静かに蜂起してから、この監獄はずっと彼らの快適な根城だ。 狂戦士の規格外の膂力で獄内を改装し、狂博士の指令のもと医療と衛生水準を異常なまでに引き上げ、反乱分子は芽が出る前に、誘拐犯が洗脳を施した。 モーガンはなにをしたか? 彼はただ、おいしい紅茶を飲めるようになるならばと、他の仲間たちが躍動するのを「邪魔しなかった」だけ。 ラトランド公国の寒村が生んだ稀代の詐欺師・モーガンは、かつて貧しさのために家族全員を失ったそのときから、生に熱意を燃やすことをやめていた。 立身出世を夢見て蓄えた知識も、するりと人の心に入り込む術も、必要なときに間に合わなければまったくの無駄である。 彼はただ淡々と、無為に贅をため込んでいる貴族たちを口車に乗せ、金を巻き上げることで暇つぶしをしてきた。 けっして自らの手を汚しはしない。あくまで自分は「働きかけ」て、傍観するだけ。 怠慢を罰するのに、こちらが勤勉になるのもおかしな話だからだ。 ただ、そう。 十五年前にこの場で生まれ、その日のうちに無垢な笑顔を見せてくれたエルマのことだけは、彼なりに愛情を注いで育ててきたつもりだ。 コミュニケーションに不可欠な食事のマナー、心を解す紅茶の淹れ方。 微表情の読み方までも。 人の感情を掌握し、操作できるようになれば、彼女の人生はきっと、とても楽になる。 今のモーガンの人生のように。 ――高みの見物を決め込みながら、表情を読み、口先だけで人を動かす詐欺師。実に怠惰ね。 出会ったばかりのころ、ハイデマリーはモーガンのことをそう評した。 彼女が面白がって、自分を含む七人に大罪の名を当てはめたため、仲間内ではすっかり、罪の名で呼び合う習慣ができてしまった。 エルマは律儀に、周囲のことを「【怠惰】のお父様」、「【貪欲】のお兄様」などと呼んでいたから、家族とはそういうものだと思い込んでいるかもしれない。 「そうそう、【暴食】のイザークも荒れていましたよ。せっかく、『その一撃、龍をも倒す』というレベルにまで仕込んだのに、なんということをしてくれるのかと。厨房の戦力が減ったから、しばらく肉料理はお預けだそうです」 「ねえ、待って? 人の娘に、彼はなにを仕込んでくれたの? 嫁の貰い手がなくなってしまうじゃないの」 モーガンが紅茶を注ぎながら告げると、ハイデマリーはいかにも迷惑そうに銀の髪を掻き上げた。 ほんの一瞬強張った眉間と上唇は、真実不快を呈しているようにも見えるし、しかしわずかに瞳孔を広げた猫のような瞳は、事態を面白がっているようにも見える。 実はこの女性の表情だけは、モーガンも判別をつけかねることが多かった。 それもまた、彼女の魅力のひとつだ。 「――ま、いいわ」 ハイデマリーは、差し出された紅茶を礼の言葉とともに受け取ると、すうっと香りを楽しんだ。 「だからこその巣立ちですもの。課題は難しいほうが、あの子もやる気が出るでしょう」 向かいで盤面を睨みつけていたギルベルトが、わずかに首を傾げる。 するとハイデマリーは、カップに口づけながら、ふふっと静かに微笑んだ。 「ええ。『普通の女の子』がどういうものか、世界を見ていらっしゃい。それがわかるまでは、おうちに帰ってきちゃだめよ、って」 彼女の吐息は琥珀色の紅茶を揺らし、淡く、ゆらりと、波紋を広げていった。

6 5. Fraudster'S Daughter "Fufu, I got the white queen." Whether it's early summer afternoon or dark, this space is unexpectedly comfortable. A spacious living room that penetrated enough rooms into the original solitary confinement. On carefully polished floors are leather sofas, heavy table sets, and even heavenly carpets. Even the giant chandelier was hanging from the high ceiling. All of them are well maintained, and it is more appropriate to describe them as a room in the royal castle than as a prison. Two men and women were now enjoying chess as they sank their backs on the comfortable sofa. One is a vigorous, grand man with rich black hair and empty eyes. The other is a silver-haired woman with beautiful rings and a glossy look at her cheek wand. Heidemary, a former whore with a very unbelievable beauty as the mother of her fifteenth daughter, gently mouthed the white queen she had taken from Gilbert. "Just because you're out of here doesn't mean you're staying in the castle." "Oh, you bet? I'm good at gambling. Fufu laughing, Gilbert shrugged his shoulders silently. No fool would gamble with her in this Empire named Walzer Prison. -- -- Tea is here. A delicately carved door opened and a man pressing a silver wagon came into the room. Grey hair with mixed gray hair and eyes of the same color. Wearing high-quality shirts and trousers and tightening a slender tie, the figure is as elegant as a butler who serves a superior aristocracy, mixed with a soft and intelligent look. Hydemarie raised her thin, well-laid eyebrows to bring him a set of tea in a smooth manner. "Oh, that's unusual, Morgan. I can't believe you're making tea yourself." "You must have kicked out my cute Elma. I was raised to be my successor, including how to make tea." She was told to indulge herself gently and Hydemarie held her chest as if she had been hurt. "Drive me out? That's terrible. A helpless sinner can't disobey an imperial order to free an innocent daughter." "The expression muscles betray your tone and manners. That's exactly what you can say when you're in control of Valzer and you're in control of more than a royal family." "It's not you, it's us, isn't it? This is the castle of seven of us." -- That's right. Morgan didn't disobey. Because it's true. Fifteen years ago, this prison has been their comfortable castle ever since they quietly rose up on the bluishing night of the moon. The insurgents brainwashed the kidnappers before they sprouted, refurbishing the prison with extra-standard force and raising medical and hygiene standards to unusual levels under Dr. Mad's command. What did Morgan do? He just "didn't disturb" the others when they were able to drink delicious tea. Rare con artist Morgan, born in a cold village in the Principality of Rutland, once lost his entire family to poverty, he stopped burning his enthusiasm alive. Knowledge accumulated by dreaming of being born, and then entering people's minds, is completely wasted if it is not in time when necessary. He has just sacrificed his time by winding up the money with the nobles who are reluctantly luxurious. I will not contaminate my own hands. I'm just "working" and just watching. It is strange that we should be diligent in punishing negligence. Just, yeah. Only Elma, who was born here fifteen years ago and gave me an innocent smile that day, has grown up with love in mind. Manners of meals essential to communication, how to brew tea to clear your mind. Even how to read micro-expressions. Her life will certainly be much easier if she can master and manipulate people's emotions. Like in Morgan's life now. -- -- A con artist who reads his face and moves people just by mouth while deciding on high sights. You're really lazy. When I first met him, Heidemary said so about Morgan. Because she was amused and applied the name of great sin to seven people, including herself, she was completely accustomed to calling each other by the name of sin. Elma called her surroundings "[lazy] father" and "[greedy] oniisama" in a disciplined manner, so she might think that's what family is like. "Yes, Isaac's [bulimia] was also rough. I wonder what you're going to do, even though you've made it to the level of 'Kill that blow, the dragon too'. The kitchen is running out of power, so they'll keep the meat for a while." "Hey, wait? What did he do to someone's daughter? You're going to lose your wife." As Morgan poured tea, Hydemarie scratched up her silver hair in an annoying way. The eyebrows and upper lips, which were stretched for just a moment, also appeared to be truly uncomfortable, but the cat-like eyes, which had slightly widened their pupils, also appeared to be interesting. As a matter of fact, Morgan was often unable to discern this woman's expression alone. It's also one of her charms. - Well, that's fine. Hydemarie enjoyed the fragrance when she received the tea with a thank you. "That's why it's a nest. The challenge is harder, but she'll be motivated." Gilbert, staring at the board face, slightly tilted his neck. Hydemarie smiled quietly as she mouthed the cup. "Yes, see what 'normal girl' is like in the world. Don't come home until you know it." Her breath swayed the amber tea, gently spreading the ripples.

25.シャバの「恋」は難しい(4) 「い......言いがかりですぞ!」 極めて重大な言葉が紡がれるより早く、しわがれた男性の声が一同の耳を打った。 声の主は誰かと見てみれば、聖職者の衣をまとった老年の男性だ。 関係者席を蹴り上げるようにして立ち、険しい顔で声を張る彼こそは、エスピアナの聖侯爵・ロドリゴであった。 「エスピアナを属国に貶め、王族を一貴族に落とし、哀れな国民から搾取を重ね。それでありながら、その罪を私にかぶせようなど、盗人猛々しい! 私はエスピアナの名誉にかけて、ルーカス・フォン・ルーデンドルフの発言に断固として抗議する!」 さすが元王族と言うべきか、辺境国出身ながら、そのルーデン語は実に流暢だ。顔立ちにも品があり、話しぶりも堂々としている。 が、 (今かよ!!) この局面に来ての乱入に、観客たちの心が完全に一つになった。 それはたしかに、彼にとっては、というか社会常識としては、この抗議は一刻を争う重大な問題なのかもしれない。 とはいえ、今この瞬間、舞台上の主役はエルマとルーカスだ。侯爵の行動は、完全に場の空気を外したものでしかなかった。 「あれだけ身勝手に重税を課しておきながら、それを私が私腹を肥やしたかのように言うなど......。よろしいか、はっきりと言うが、哀れな貧者に救いの手を差し伸べたのは『私』で、『悪党』はルーデン王だ!」 だが、言葉の端々を妙に強調する侯爵の口上を聞き、幾人かは彼の真意に気付いた。 ロドリゴ侯爵は、ルーカスに向かって抗議しているのではない。 ある人物に向かって、必死に主張しているのだ。 『......ロドリゴ、様』 髪を乱し、破れたドレスの裾を引きずりながら、ゆっくりと近付いてくる人物。 つい先ほど舞台の端まで吹き飛ばされた後、なんとか受け身を取って立ち上がった、アナに向かって。 その瞳は暗い色を浮かべ、体はゆらりと揺れている。 焦点の定まらない目つきから、彼女が正気を失った状態であることはすぐにわかった。 喉からは獣のような唸り声が漏れ、震える手には鋭い針のようななにか。 彼女は、混濁した意識のまま、なにかを探している。 その身に刷り込まれた敵意を炸裂させる相手――襲い掛かる相手を。 その対象が、一歩間違えば自分になるということを、ロドリゴは察知したわけであった。 『ああ、アナスタシア、可愛い子。ルーデン王弟の卑劣な策に乗ってはなりませんよ。あれらはすべて嘘。圧政を敷き、あなたたちを搾取していたのはルーデンです。だから私たちは、それに正当な抵抗をせねばならない』 腕を伸ばしたら触れられる距離までアナがやってくると、ロドリゴは発言をエスピアナ語に切り替えた。 穏やかなイントネーションの、説得力のある話しぶり。 彼がこれまで、多くの養子に向かって語りかけてきた口調だ。 こうして目を合わせ、ゆったりと話しかければ、単純な田舎の子どもは、いくらでも彼のことを信じた。 だからこの時も、ロドリゴはいかにも平静を装って、優しく笑みを刻んだ。 『ただし、もちろんその「抵抗」は、正当な国際手続きを踏んだものでなくてはなりませんがね。......私の言いたいことはわかりますね? さあ、アナスタシア。その物騒なものをしまって』 実際は暗殺を命じていたし、決行後はアナを切り捨てる予定でもあったロドリゴだが、さすがに暗殺指示の嫌疑をかけられた今の状態で、ことを進めるのはまずい。 いざとなれば、「暴走した養女を諭して暗殺を阻止した」という筋書きに転向できるよう、彼は慎重に言葉を選びながら、ゆっくりと腕を持ち上げた。 聖職者でもある彼の肩には、祈祷布を模した幅広の布が掛けられていて、それには白い花の香りが焚きしめられているほか、先端には小さな鈴が付いている。 人の理性を溶かす香りと、腕を動かすだけで鳴らすことのできる鈴。 それらは、暗示の道具に打ってつけで、彼は子どもたちにこの香りと音色を刷り込むことで、自由に彼らを操ってきた。 二種の道具を使えば、洗脳はより強固に施せるのだ。 (もっとも、ときに強く作用しすぎるのが難点ではあるが......) ルーデンの鐘楼と鈴が、同周期の周波数を持っていたのはロドリゴにとっても大きな誤算だった。 だが、逆に言えば、鈴で行う以上に強く洗脳されている娘を操るなど、造作もない。 ロドリゴはいつもの笑みを浮かべながら、優しい声で養女の名を呼んだ。 『アナスタシア。さあ』 もう一度鈴を鳴らせば、アナスタシアの身体からすうっと鬼気が薄らぎ、彼女は糸の切れた人形のように、ぺたりと床に座り込む。 緩んだ掌から、毒針がぽろりと転がったのを捉え、ロドリゴは内心でそっと安堵の溜息を漏らした。 に、至近距離から襲われる恐れはなくなった。 『先ほどは随分取り乱していましたね。なにがあなたを追い詰めてしまったのでしょう。大丈夫、私はどんなことがあってもあなたの味方です。この後ルーデンの取り調べがあるかもしれませんが、必ず私も同席しますからね』 罪をすべてアナに被せられるように、徐々に暗示の内容を修正していく。 養女が反発もせずしゃがみ込み、床を見つめたままであることに、ロドリゴは深い満足を覚えた。 こうでなくてはならない。 『さあ、もう大丈夫。私がいますから、顔を上げなさい。あの卑しく飢えた寒村からあなたを救い出したときのように、今回も――』 ――ガコ......ッ! 深い満足を覚えて、だから、鈍い音が響いたとき、彼はそれが、自分の側頭部から響いたものだと理解できなかった。 『............え?』 ぽかんとする。 一拍して、猛烈な痛みが襲ってきた。 視界が明滅し、全身から力が抜けてゆく。 ぐら......とその場に倒れ込むロドリゴとは裏腹に、アナはすっと立ち上がった。 『......暗示を解くときのコツは、まず自身にショックを与え、関心を途切れさせること。ついで、暗示者から視線を逸らすこと』 まるで学習内容を反復する生徒のように、淡々と呟く。 『意識を一点に集中させ、ひたすらそれだけを考える』 真っすぐに舞台に立つアナの、その足元を飾るガラス細工のついた靴は、右側だけが無くなっていた。 たった今、投げつけたためだ。 エルマの暴投によって正気を取りもどしたアナは、静かな声で続けた。 『あなたはパンをくれたけれど、苗は授けなかった。微笑みはくれたけれど、けっして私たちに触れようとはしなかった。褒めてくれたけれど......その顔はいつも、冷え切っていた』 気付くべき事実は、きっとたくさんあった。 なぜロドリゴは、アナたちが弱りきった後にやってきたのか。 なぜ「救いに来た」と言いながら、アナだけを攫うようにして、さっさと村を去ってしまったのか。 なぜ、エスピアナはルーデンに搾取されていると言いながら、彼は大量の養子を抱え、立派な屋敷を擁していたのか。 を蔑みながらも、エスピアナを――あの寒村を救おうとしていたなら、きっとそれでもよかった。 『あたしは......、あたしたちの村は、ルーデンに搾取されてたんじゃない。業突く張りのエスピアナの元王族に......あんたに、食い物にされてたんだ』 こげ茶色の瞳に、涙が滲む。 けれど、剥き出しになった足はしっかりと舞台を踏みしめ、アナの身体を支えていた。 自分の意志だけで、立つ。 今はそれだけで十分だと、彼女は思った。 「おやおや、いいのー? 相手の言い分も聞かないで、のしちゃって。本当は彼の言う通り、僕たちルーデンが君たちの村に重税を課していて、彼が正義の人なのかもしれないよ?」 「......顔を見れば、だいたいわかるようになりましたので」 からかうように話しかけてきたフェリクスに、アナはくるりと向き直る。 そして、その場に跪き、両手を差し出した。 「偉大なる陛下におかれては、すべての事情をご賢察のことと思います。私の愚かさもまた、一連の罪を引き起こしました。どうぞ、処刑するなり、監獄送りにするなり、ご随意に」 曇りの取れた目で見れば、常におちゃらけた言動のこの男が、凡愚を装った名君であることも、察せられる。 寒村に対するやけに具体的な支援例を思い出すに、彼に任せておけば、故郷の行く末も問題はないだろう。 自分自身の今後については、虚脱感が大きすぎて、なにも考えられなかった。 だが、神妙に差し出していた腕を、愉快そうなフェリクスに取られ、アナはすいと立たされた。 「君を監獄送りなんて、しないよ。処刑もね」 「は?」 「なんか僕、黒幕を靴で殴り倒して、自ら監獄送りを申し出る女の子を見ると、無性に傍におきたくなるタイプみたいでさー」 「......は?」 そんなタイプ、聞いたことがない。 思わず胡乱げな顔つきになってしまったアナを、彼は「こっちの話」と躱し、その足元に跪いた。 「片足だけヒールだと立ちにくいでしょ。脱いじゃいなよ、こんな靴」 そう言って、左足に残っていた靴を脱がせる。 彼は靴の先に付いた細工に目を止めると、「ガラスの靴だね」と呟き、ぽいとそれを後ろに放り投げた。 「君は、素足で大地を踏みしめるほうが、好きな人でしょ?」 そう、アナの目をまっすぐ覗き込んで笑う。 最初は愚鈍な王だと思っていたし、今では狐のようにずる賢い男だと思っているが、歯を見せて笑う様子は、意外にも爽やかだ。 驚きに目を瞠っていると、彼はじっとアナを見つめたまま立ち上がった。 緑色の瞳は、どこか故郷の森を思わせる。 なんとなくそれから視線をそらせずにいると、彼の顔がふと近付いてきた。 骨ばった意外に大きな手がアナの肩に回り、そして――。 ――カチリ。 「お、似合うね。よしよし」 首にずしりとした重みを感じて、アナは勢いよく後ずさった。 あざといほどに陽光を弾き返す金細工と、大量の宝石が埋め込まれた首飾り。 間違いなく、この選考会の優勝者に授けられるという、「王妃の首飾り」だった。 「おめでとう。君は見事、『養父ロドリゴを切り捨てろ』という僕の命令に対し、忠誠を示した。婚約話を妨害するどころか、君やロドリゴに話の腰を折られまくっていたエルマとは大違いだ。いやー、これはもう、満場一致で君が優勝だね」 『な......っ!?』 想定外すぎる展開に、もはや言葉が出てこない。 それまでもどかしそうに話を中断させていたエルマは、フェリクスの発言を聞くと、瞳に溢れんばかりの感動を浮かべ、きらきらとアナを見つめた。 「アナ様......! 殿下との会話にさんざん横槍を入れられて、正直困惑しておりましたが、まさか、私の命令達成を防ごうという、そんな深遠なお気遣いがあったとは......」 『いや違う! 違うから!』 アナは思わず母国語のまま絶叫したが、エルマは感じ入ったように首を振るだけだった。 「アナ様ったら......」 というか冷静に考えて明らかにおかしいだろう。 どこの世に、自分の命を狙った女を妻にしようとする男がいるのか。 暗殺者を王妃にしようとする国があるのか。 青褪めるアナに、フェリクスはにっこりと両手を広げた。 「大丈夫、大丈夫。世論はどうとでもなるから。やっぱこういうのって、周囲の目とかよりも、本人同士の想いが一番重要だと思うし」 「『あたしの』......――いや、私の想いはどこへ!?」 思わず母国語が出かけたアナは、慌ててルーデン語に改めつつ、鋭く叫んだ。 「あ、僕、エスピアナ語もだいたいわかるから、そのまま話してくれていいよ。すごい? 尊敬しちゃう? だってほら、君、尊敬できて、包容力や指導力があって、穏やかで、いつも笑みを湛えている男が好みなんでしょ? つまり僕だね」 いったいどこまで筒抜けになっているのか。 そしてその自信はなんだ。 口をぱくぱくさせるアナに、フェリクスはうっとりと指を伸ばし、その首飾りを撫でた。 「うん、よく似合うなぁ。まだ僕が王子だったころ、エスピアナに視察に行ったことがあったんだけど、君、そのとき侯爵家に侍女の恰好をしていたじゃない? 犬みたいに全力で主人のことを慕ってさ。あれを見たときから、君には絶対首輪が似合うと思ってたんだよね」 なにか、とてつもなく恐ろしい発言を聞いた気がする。 『そ、そのときから、あたしのことに、気付いて......?』 『だから選考会を開いたんじゃないか』 強張った問いには、流暢なエスピアナ語で答えが返った。 『僕はこれで、ロマンチストな男だよ。まあ、嫁取りは無理かなーと思ってたんだけど、ちょっと事情が変わったもので、......欲しいものには、自分で手を伸ばしてみることにしたんだ』 彼の発言には含みが多くて、真意のすべては掴めない。 滝のように冷や汗を流す今のアナにわかるのは、たった三つのことだけだった。 『さてさて、ロドリゴ侯爵はどう料理しようかなぁ。監獄に放り込んだら、クレメンスと面白い化学反応を起こしてくれそうだけど、ちょっとキャラがかぶってる気もするし。ひとまず、ファイネン伯爵と商家のほうから考えるかな』 一つ、ロドリゴなんて比較にならないほど、目の前の男は有能で、かつ狡猾であること。 『まあ、カロリーネ嬢は「ご褒美」で情状酌量にするとしてー。なにせ、君の好みという重要情報を聞き出してくれた働きも、評価しなきゃだしね。ほら、僕って公正公平がウリの人だから』 二つ、目の前の男は、優先順位の付け方や自己評価がおかしいということ。 『そう、だから、君にも基本、無理強いをしたくはないんだよ。僕はロドリゴ侯爵とは違って、君の足を窮屈な靴に押し込めたりなんかしない。だって僕は、飢えた犬のように貪欲で、雑草のように逞しく、自分自身の足でしっかりと大地を踏みしめてみせる、ありのままの君が好きになったんだから』 そして、三つ――。 『なにより、素足に首輪、もとい首飾りって、......犬らしくて実にそそるもんねぇ?』 重度の変態であるということ。 青褪めて首飾りを外そうとするアナに、フェリクスはのほほんと微笑んで告げた。 『あ、それ、僕以外に付け外しできないから、安心してね』 安心要素がまるでない。 ぎょっとして振り返ったが、フェリクスはそんな彼女の肩を無理やり抱き、もう片方の手を高らかに掲げた。 「みんな、ありがとー! 無事、お妃が決まったよー」 くだけた宣言に、観客たちがぽかんとする。 彼らは「え......? あれ、いいのかな......?」みたいな空気を醸し出した後、困惑顔のまま、ぱらぱらと拍手を始めた。 それでもやはりそこは集団心理で、拍手は次第に大きくなってゆく。 あっという間に、会場を揺るがすほどの音量となった拍手や歓声に包まれ、アナはただ茫然と、その場に立ち尽くした。

166 25. Shaba'S "Love" Is Difficult (4) "Ah... it's a lie! A defiant man's voice struck his ear faster than an extremely serious word was spinned. The Lord of Voices is an elderly man dressed in clergy. He stood to kick up the stakeholder's seat and shouted with a steep face was Saint Marquis Rodrigo of Espiana. "Despise Espiana to his kingdom, throw the royal family into a nobleman, and exploit him from the wretched people. And while that happens, it's a thief's fierce attempt to blame me for that crime! In the honor of Espiana, I categorically protest against Lucas von Rudendorff's remarks! Ex-royalty, originally from a frontier country, but very fluent in Lutheran. There are objects on his face, and he speaks magnificently. However, (Now!! The intrusion into this phase completely united the hearts of the audience. It is true that for him, or as a matter of social common sense, this protest may be a serious matter of contention for a moment. Nevertheless, at this moment, Elma and Lucas are the stars on the stage. The Marquis's actions were nothing but a complete de-aeration of the field. "As if I had fattened my stomach while levying heavy taxes on myself.... Okay, for the record, it was I who reached out to the poor poor for salvation, and the villain was King Luden! But when I heard the Marquis's lips strangely emphasizing the edges of the words, some realized his true intentions. Marquis Rodrigo is not protesting against Lucas. He desperately insists on someone. "... Mr. Rodrigo." Someone who disturbs their hair and drags the hem of a torn dress as they slowly approach it. Just now, after being blown to the edge of the stage, I managed to pick up my body and stand up towards Anna. The eyes have a dark color, and the body is shaking slowly. From her unfocused eyes, it soon became clear that she was out of her mind. A beastly roar leaked from his throat, and his trembling hand was like a sharp needle. She is searching for something with a cloudy consciousness. The one who explodes the hostility imprinted on him - the one who attacks him. Rodrigo realized that the subject would be herself if one step went wrong. "Ah, Anastasia, cute girl. Don't ride King Rouden's brother's cowardly scheme. They're all lies. It was Rouden who laid the oppression and exploited you. That's why we have to resist it." Rodrigo switched his speech to Espiana when Anna arrived at a distance that she could touch once her arms were stretched. A gentle intonation, a persuasive talk. The tone he has spoken to many adopters to date. When I looked at him and spoke slowly, the simple rural child believed him as much as he did. So this time too, Rodrigo pretended to be calm and gently smiled. Of course, however, the "resistance" must have followed due international procedures.... you know what I'm saying, right? Come on, Anastasia. Put away that mess. " In fact, Rodrigo had ordered the assassination, and he was planning to cut Anna off after the decision, but it's not a good idea to proceed with the assassination now that he is suspected of ordering it. At last, he slowly lifted his arm, carefully choosing the words, so that he could turn to the motto "I stopped the assassination by lecturing the runaway adopted daughter." On his shoulder, a clergyman, is a wide cloth that mimics a prayer cloth, burned with a white floral scent and a small bell on the tip. A scent that melts people's reason and a bell that can be rang simply by moving your arms. They hit the implied tools, and he freely manipulated the children by imprinting them with this scent and tone. Two types of tools make brainwashing stronger. (Although it is difficult to act too strongly at times.....) It was also a big mistake for Rodrigo that Luden's bell tower and bell had frequencies of the same period. However, on the contrary, there is nothing like manipulating a daughter who is brainwashed more strongly than doing it with a bell. Rodrigo called her adoptive daughter's name in a gentle voice, with her usual smile on her face. Anastasia, come on. When she rings the bell again, the clumsiness fades from Anastasia's body, and she sits on the floor like a threaded doll. Seeing the poisonous needle rolling from his loose palm, Rodrigo gently exhaled relief in his heart. For one thing, this weapon, Mutsume, no longer fears being attacked from close range. Earlier, you were in a lot of trouble. I wonder what drove you away. It's okay, I'm on your side no matter what. I may have an interview with Ruden after this, but I'll be sure to be there. Gradually modify the implication so that Anna can cover all the sins. Rodrigo was deeply satisfied that the adopted daughter crouched down without rebellion and remained staring at the floor. It has to be this way. Come on, it's okay now. I'm here, so raise your face. Just like when I rescued you from that despicable and starving cold village, this time... " --Gako......! He remembered his deep satisfaction, so when the dull sound sounded, he couldn't understand that it sounded from his side of the head. "............ eh? It feels gloomy. One beat and a fierce pain came. Your vision flashes and your body relaxes. Gura... and Rodrigo, who fell into the spot, stood up behind her. "... the trick in solving the implication is first to shock yourself and disconnect your interest. And then, to turn away from the implicit." Murmuring indifferently as if the student were repeating the learning. "Focus your awareness on one point and even think about it." Only the right side of Ana's glasswork shoes, which adorned her feet and stood straight on the stage, was missing. Because I just threw it. Ana, who had regained her sanity by Elma's riot, continued in a quiet voice. You gave me bread, but you didn't give me seedlings. He smiled, but he never touched us. Although you praised me... my face was always cold. " There must have been a lot of facts to notice. Why did Rodrigo come after Anna and the others were weak? Why did you just grab Anna and leave the village while saying "I'm here to save you"? Why did Espiana have a fine mansion with a large number of adoptions while saying that he was being exploited by Rouden? If Rodrigo was trying to save that cold village while despising the poor Ana, it would have been good. "I... our village wasn't exploited by Rouden. The ex-royal espiana of the business... you used to feed me." Tears seeped into my brown eyes. However, the stripped legs stepped firmly on the stage and supported Anna's body. Stand on your own will. She thought that was enough for now. "Whoa, whoa, whoa, whoa. Don't even listen to the other person, it's a mistake. The truth is, he's right, we, Ruden, are imposing heavy taxes on your village, and maybe he's the right guy. "... when I look at my face, I can almost see it." Ana turns to Felix, who talks like a joke. Then he knelt on the spot and put his hands out. "I think the Great Majesty is wise in all circumstances. My foolishness also caused a series of sins. Please, don't execute me, don't send me to jail, please." With his cloudy eyes, it can also be seen that this man, who has always been a fool, is a famous man pretending to be all fools. If we leave it to him to recall concrete examples of support for Kamura, there will be no problem with the fate of his hometown. I had too much of a sense of daze about my future, and I couldn't think of anything. However, Felix took the magically offered arm, which seemed pleasant, and Anna stood up. "I'm not sending you to jail. Execution." "What about it?" "When I see a girl who beats the mastermind down with her shoes and offers herself to go to jail, it's like a type that wants to be beside her asexually." "... what? I've never heard of such a type. Anna, who had unexpectedly become a chaotic face, said "this story" and knelt at her feet. "It's hard to stand with just one heel. Don't take off these shoes." That said, I can take off the shoes left on my left foot. When he stopped looking at the workmanship on the tip of the shoe, he murmured, "It's a glass shoe," and threw it behind him. "You prefer to step on the earth barefoot, don't you? Yes, look straight into Anna's eyes and laugh. At first I thought he was a stupid king, and now I think he's a smart man like a fox, but showing his teeth and laughing is surprisingly refreshing. In surprise, he stood still staring at Anna. Green eyes remind me of my home forest somewhere. Somehow his face approached him without turning a blind eye. An unexpectedly large hand turned around Anna's shoulder, and... --Crispy. "Oh, it looks good on you. All right, all right." Feeling a slight weight on her neck, Anna leaned back momentum. Gold workmanship that bounces back the sun in a dazzling manner and a necklace with lots of jewelry embedded in it. It was undoubtedly a "queen's necklace" that could be awarded to the winners of this selection board. "Congratulations, you have shown admirable loyalty to my order to 'cut off my adoptive father Rodrigo'. Instead of interrupting the engagement story, it's very different from Elma, who was being fractured by you and Rodrigo. No, this is already a unanimous victory for you." "Nh...!? Words are no longer coming out of the unexpected. Elma, who had been interrupting the conversation until then, listened to Felix's remarks, and her eyes were filled with emotion and she glanced at Anna. "Dear Anna-sama....! I was honestly perplexed by the various conversations I had with His Highness, but I didn't expect you to have such a profound concern to prevent me from fulfilling my orders...." No! Because it's different! Anna screamed in her native language, but Elma just shook her head like she felt it. "Ana-sama..." It would obviously be strange to think calmly. In what world is there a man who tries to wife a woman who wants her life? Is there a country that wants to make an assassin queen? Felix smiled and spread his hands to bluish Anna. "It's okay, it's okay. Because public opinion doesn't matter. After all, I think that this kind of feeling is more important than the surrounding eyes." "'My'... - No, where do I think!? Anna, whose mother tongue went out unexpectedly, screamed sharply as she rushed to Ruden. "Ah, I know a lot of Espiana, so you can keep talking. Wow, are you gonna respect me? I mean, you like men who are respectable, inclusive, mentored, calm, and always smiling, right? I mean, it's me." How far has the bottle fallen out? And what is that confidence? Felix gently stretched out his fingers and stroked his necklace on Ana, who made her mouth pucker. "Yeah, it looks good on you. I visited Espiana when I was still a prince, but you were dressed as a maid at the Marquis, weren't you? I admire my husband like a dog. Ever since I saw that, I thought you'd look great in a collar." I feel like I've heard something terrible. "Since then, have you noticed me...? That's why we had a selection meeting. The strong question was answered in fluent Espiana. Now I'm a romantic man. Well, I thought it might be impossible to get married, but things changed a little bit, and... I decided to reach out for what I wanted. " His remarks have a lot to say and he can't grasp all the truth. There were only three things Anna could tell when she was sweating like a waterfall. Well, I wonder how the Marquis of Rodrigo will cook. If I throw him in jail, he'll have an interesting chemistry reaction with Clement, but I think he's wearing a little bit. Let's start with Count Finnen and the merchant. " The first is that the man in front of me is competent and cunning so that he can't compare Rodrigo. Well, Miss Caroline, as a "reward", we'll make it an extenuating circumstance. Anyway, I have to appreciate the work you've done to get important information about your preferences. Look, I'm just and fair. " Secondly, the man in front of me has a strange way of prioritizing and self-evaluation. Yes, that's why I don't want to force you, basically. Unlike the Marquis de Rodrigo, I don't push your feet into cramped shoes. Because I'm greedy like a hungry dog, I'm acting like a weed, and I like you as you are, so I can step on the earth with my own feet. " And three... "Above all, the collar on my bare feet, the necklace... is really like a dog, right? Severe pervert. Felix told Anna that she was going to fade and remove her necklace with a faint smile. "Ah, don't worry, it can't be removed except for me." There are no reassuring elements. Looking back briefly, Felix forced her shoulders and raised her other hand high. "Thank you, everyone! The queen is safe!" The audience gloated at the announcement. They said, "Eh....? Is that okay...? After brewing air like this, I started clapping with a puzzled face. Still, it's group psychology, and applause is getting bigger and bigger. Soon, surrounded by applauses and cheers that were loud enough to shake the venue, Anna just stood there in total confusion.

10.「普通」の歌声(2) (今日が過ぎれば、こんな日々も終わるのかしら......) クロエは、手渡された鉢の苗を見つめながら、ぼんやりと考えた。 国樹としてアウレリア中に根を張るアローロの苗は、しかし幹となるべき部分を執拗に傷つけられ、力なく土に倒れている。 さりげなく周囲を見渡す限り、それほどに手ひどく傷つけられている苗はない。 恐らくは、クロエたちの師、グイドの存在を煙たがっている一派の仕業―― (......では、ないでしょうね......) 自らの考えを即座に打ち消して、クロエは苦々しく笑った。 俯いていても感じる、敵意。 聖女筆頭候補として、クロエは入学以降数々の視線に晒されてきたが、こんなにも憎しみの籠もったものは他にない。 正体は、考えるまでもなく明らかだった。 (ルアーナ様は......そうまでして、私を排除したいのね) ルアーナ。正式な名を、ルアーナ・コンテスティ。 アウレリア国内で権勢を誇るコンテスティ商会の娘で、クロエと同じ父を持つ――腹違いの姉だ。 クロエの母は元はコンテスティ家の侍女で、その美貌から、コンテスティ家当主アロルドの御手付きとなったのである。 が、同じ年に生まれた異母妹のことを、ルアーナは決して快く思っていない。 聖女筆頭候補という地位にありながら、クロエとその母の家がいまだに治安の悪い片田舎にあるのは、ひとえにルアーナがクロエのコンテスティ家入りを拒否しているがためだ。 いや、拒否するくらいならともかく、彼女の敵意は鮮明で、クロエに持ち込まれる養子縁組の誘いや、縁談、留学、奨学金、その他あらゆる幸福への手掛かりを、ことごとく妨害してくるのである。 その手法も、針を仕込んだり服を裂いたりといった直接的なものから、悪意ある噂の流布や、周囲への攻撃など、精神を苛むものまで多岐にわたる。 以前、気さくに声をかけてくれたクラスメイトの一人が、暴漢に襲われかけたと聞いてから、クロエは自分と同格か、それ以上の能力の持ち主としか友誼を結ばないことを決めていた。 結果、友人と呼べる存在は、圧倒的な聖術と貴族の身分で他者を寄せ付けないラウル、そして、貴族令嬢の嫌がらせなど歯牙にもかけない下町出身のジーノ、その二人くらいのものである。 (あの二人なら大丈夫と、思っていたけど......) クロエが彼らに寄せる信頼は厚い。 だが、ルアーナは策を練り、その二人までも巻き込むような行動に打って出た。 クロエはきゅっと握った拳で、無意識に胸元を押さえ込む。 そこには、先日、ルアーナが突きつけてきた契約書が忍ばせてあった。 ――よくって、売女の娘さん。 あなたの行動次第で、お友達がトリニテートの栄光を掴むか、うらぶれた元候補生の一人に成り下がるのかが決まるのよ。 嫌らしく吊り上がった、紅を塗りたくった唇を思い出す。 ルアーナが持ちかけた内容は、こうだった。 クロエはトリニテート入り――聖女部門優勝を辞退せよ。そうすれば、ラウルとジーノのトリニテート入りを全面的に支援する。 逆にクロエが聖女になったならば、内定後に「売女病」のことを周囲に言いふらして、トリニテートの成立ごと妨げてやる、と。 売女病とは、アウレリア国内で時折見かけられる、手指の爛れと目の異常を主症状とする病だ。 進行すれば失明すら免れない、恐ろしい病。 それに、クロエの母が罹患してしまったのである。 この病は女性、特に身持ちの悪い商売女にばかり発現し、アウレリアが誇る高水準の癒術でも快癒が難しいことから、聖力を退ける不徳の病――即ち、売女病などという蔑称で呼ばれる。 聖女信仰が盛んで、女性の貞潔を尊ぶアウレリアの民からすれば、恥ずべき病であり、治療を受けるのも困難だというのが現実であった。 クロエの母、ゾーエは、ただでさえ囲われ者。 世間体の悪く、しかも快癒の見込みのない売女病に罹った彼女を診てくれる聖医導師は少ない。 クロエが持つのも「治癒」ではなく「育成」、それも植物を主な対象とした能力に過ぎず、治療には役立たない。 病が病であるだけに、ラウルなど聖術師たる友人に内実を明かして頼ることもできず、結局、クロエたちは、細々とした内職で医療費を賄いつつ、コンテスティ家の援助を当てにせざるをえないのであった。 (敬虔なアウル教徒の多いアウレリア国内で......それも聖女の母が売女病だなんて......だめだわ、露見すれば確実に、私は聖女の座を引きずり落とされることになる) 最初から聖女になれない、というならまだましだろう。 問題は、トリニテートの一人に内定した後に、ゾーエの病が発覚することだ。 トリニテートは、聖女、聖剣士、聖術師の三人が揃って初めて成立する。 聖女が不適合者だったので、補欠を繰り上げました、とはいかないのは、三十年前の一件を見ても明らかだ。 (グイド先生は、元は聖剣士に内定されていた。でも、当時の聖女が亡くなったせいで、トリニテート自体が成立せず、身分を持て余して学院教師に身を落とすことしかできなかった......) その後、学院で教鞭を揮うことの重要性に気付いた枢機卿の一部が、グイドに倣って続々と学院入りした結果、グイドの教師転向は、今ではだいぶ自然なことと受け止められている。 が、長く聖剣士としての立身出世を望んでいた男が、突如学院という閉じた世界に押し込められるのは、ずいぶんな挫折感があったろう。 現に、周囲もグイドに対して、腫れ物に触るような態度をとることが多い。 (ラウルくんも、ジーノくんも、お情けでもらえる枢機卿の地位や、腫れもの扱いの学院教師の座なんて望んでいない。ふたりが望んでいるのは、あくまでもトリニテートという、至高の権力であり、身分――) 昨夜交わした会話を思い出し、クロエはそっと眉を寄せる。 二人には、叶えたい夢、燃える野望、それに向けた溢れんばかりの情熱がある。 それを自分が妨げることは、絶対にあってはならない。 ルアーナの持ちかけた契約の巧みなところは、クロエの聖女辞退を条件に、ゾーエの治療の継続だけでなく、ラウル、ジーノへの支援を約束したところだろう。 貴族であるだけにしがらみの多いラウルと、下町出身であるだけに枢機卿たちからの支援を得にくいだろうジーノ。 権威あるコンテスティ商会の後押しがあれば、二人とも、スムーズにトリニテート入りがなされるはずだ。 (私さえ引けば......ラウルくんも、ジーノくんも、夢を叶えられる......) 押さえた胸元で、かさりと紙の擦れる音がする。 結局、クロエは、ルアーナが突きつけた契約書にサインしたのだ。 彼女たちがそれぞれ一部ずつを保有するその契約書は、聖なる世界樹の繊維から作られたもので、書かれた内容は絶対となり、契約者を縛る。 契約を反故にしようものなら、クロエの人生にはあらゆる禍が降ってかかるだろう。 (それも、今日まで。こうして、なにもせずにぼんやりと立っていれば......すべて、済む) クロエは、目の前の鉢をぼんやりと見つめ、小さく「ごめんね」と呟いた。 自分のせいで傷を付けられ、すっかり地に伏した苗の姿が、見ていて苦しかった。 「――もう! いったいなにをしているのよおおおお!」 ところが、そんなクロエを叱り飛ばすかのように、鋭い怒声が響いた。 すぐ隣――闘技場の一番端に陣取った、ルーデンからの候補生、その侍女である金髪の少女だ。 一応声は潜めているようだが、主人であるはずの黒髪の少女の胸倉を掴み上げんばかりに詰め寄っている。 クロエは思わず、耳を澄ませてしまった。 「だから! エルマ! 平凡! 平凡よ!? この流れでどうして神妙に、怪しげな薬品の数々を取り出すのよ!」 「怪しげとは失礼な。これは兄直伝の、あらゆる植物を死細胞からでも急激修復し、同時に葉緑体に働きかけて光合成と成長を爆発的に促す薬品で――」 飄々とした様子で語る少女の名は、そう、たしかエルマというのだった。 昨日の控え室での一件、そして恩師グイドの警戒から、クロエもまたちらちらと視線を向けてはいたのだが――やはり、その姿は地味で、冴えない少女にしか見えない。 本当に彼女が、四方向からの聖術をさらりと躱し、元聖剣士グイドをもって「実力がわからない」と言わしめたほどの人物なのだろうか。 ルアーナとのいざこざも一瞬だけ忘れ、クロエはそんな疑問を胸に抱いたが、いやしかし、少女から放たれる言葉の数々は、たしかに耳慣れぬ単語に満ち、そして奇妙な迫力を湛えていた。 「だからね!? 急激とか! 爆発的とか! 明らかに平凡ルートから両足踏み外してるでしょうが! 本当に周囲を見回してその判断なの!?」 「いえだって......、皆さま、めいめい最善を尽くしておられるようなので、聖力に心もとない私としては、己の出来る最善の方法を取ろうと......それが『普通』なのかと――あっ、イレーネ、なにを」 「おバカああああ!」 イレーネというらしい侍女は、激高したのか、エルマの握っていたガラスの瓶を奪い取り、素早く蓋を外して床に向かって投擲した。 ガラス瓶が石畳に触れる前に、エルマが素早く両手で瓶と蓋のそれぞれを掴み取ったが――恐るべき反射神経だ――、わずか一滴、瓶の中で波打った液体が、ぴっと跳ね飛んでしまう。 その滴は、本当に偶然、クロエが見つめていた鉢の中に落下した。 (え......?) 一瞬、鉢の中の土が震えたように思えて、思わず目を擦る。 そのさらに次の瞬間には――土に倒れていたはずの苗が、みるみる茎を太らせ、ぴんと葉を左右に張り出した。 (ええええええええええええっ!?) 思わず、心の内で絶叫する。いや、一部は口や鼻から漏れ出て、「ふす......っ!?」と奇妙な音を奏でた。 (な......っ!? え!? えええっ!? ええええええっ!?) そんなまさか。 聖力もなしに、どうしてここまで生命が回復するのだ。 アウレリアは、他国に比べ聖医導師の数に恵まれているぶん、逆に医学や科学の水準は低い。 目の前で起きた現象は、「薬を与えたら緑が元気になりました☆」で済ませるには異常極まりなく――いや、間違いなく、医療科学先進国であっても異常だと思うのだが――、クロエはその濃緑の瞳を見開いて、まじまじと隣人を見つめてしまった。 (や......薬品というのは、ルーデン独特の言い回しで、本当は聖水......いえ、 そう考えれば、まだしっくりくる。 「こんな薬品を用意して臨むなんて、どれだけやる気満々だったのよあなたは!」 「え、でも、その日の気分に合わせて 、薬品の小瓶の二、三は、鞄に忍ばせておくものではございませんか?」 「香水瓶じゃないのよ!? っていうか神聖なこの場、この局面で、人工感ばりばりの化学薬品持ち出してくるの、あなたくらいだからね!? ほら、その不穏な瓶を早く仕舞って! 周囲を見るのよ、わかってる!?」 「周囲......」 横ではまだ、早口の会話が小声で展開されていたが、クロエはそれを衝撃のあまりぼんやりと聞き逃し、ぎこちない動きで鉢に向き直った。 すっかり完全な葉の形を取り戻し、つやつやと陽光を弾き返している苗。 なんだか苗が快哉を叫んでいるような幻覚さえ抱いて、クロエは思わず、「よかったね......」と呟いてしまった。 植物に愛されやすい体質。 恩師グイドやラウルたちの言う、「希代の育成能力がある」というのには正直自信がないが、土に触れたり、緑を育むことが好きなこと自体は、事実だ。 「――『光あれ 茂れる葉の そのあわいに』......」 ほんの一節だけ、口ずさむ。 謝罪と、感謝と、祝福と。 元気に回復した苗を前に、素直な感情が紡いだ、素朴な歌だった。 すると。 ――ふわ......っ いつになく強い光が鉢の周囲に溢れ、思わず肩を揺らしてしまう。 硬直するクロエの前で、苗は音が鳴りそうなほど勢いで背丈を増し、胴を太らせ、あっという間に鉢を砕き割らんほどの若木へと成長した。 「おお......!」 「一瞬で若木になったぞ! すげえ......!」 観客たちがどよめくのが聞こえる。いや、クロエ自身もかなり動揺していた。 植物の育成を促す己の歌声。 しかし、こんなに劇的な効果を見たのは初めてだ。 「――歌声で育成。なるほど」 と、左隣から涼やかな声が聞こえる。 群集の声をかき分けるように、すっと耳に滑り込んできたその音に、ついクロエが惹かれて振り返ると、視線の先で、眼鏡姿の少女がおもむろに頷いていた。 「イレーネ、私、ようやくわかりました。やはり時代は、――オーガニックですよね」 奇しくも、イレーネなる侍女と、声が重なる。 そしてその後――クロエは、奇跡を、見た。

82 10. "Normal" Singing Voice (2) (I wonder if these days will end after today.....) Chloe looked at the seedlings in the bowl and thought blurry. Arolo's seedlings, which have roots throughout Aurelia as national trees, are relentlessly injured in the trunk and fall into the earth without strength. No seedling has been so badly injured as far as the perimeter is concerned. Perhaps Chloe's mentor, a faction that wants to smoke the existence of the Goods... (... I don't think so...) Chloe laughed bitterly, instantly dismissing her thoughts. You can feel the hostility even if you lie down. Chloe has been exposed to many eyes since she was admitted to school as the first candidate for the Virgin Mary, but no one else has such a hate basket. The identity was unquestionably obvious. (Luana... wants to eliminate me by then.) Luana. His official name is Luana Contesti. She is the daughter of the most powerful Contesti Chamber of Commerce in Aurelia and has the same father as Chloe - the wrong sister. Chloe's mother was formerly a maid of the Contesti family. From her beauty, she became the master of the Contesti family, Alold. But Luana is never happy about her half-sister, who was born the same year. Chloe and her mother's house are still in an insecure countryside, even though Luana refuses to enter Chloe's Contesti house. No, her hostility is clear enough to prevent Chloe from inviting her for adoption, dating, studying abroad, scholarships, and any other clues to happiness. The technique also ranges from direct objects such as needling and tearing clothes, to emotional objects such as spreading malicious rumors and attacking the surroundings. After hearing that one of his classmates had been attacked by a thug, Chloe decided to make friendships only with someone who was her own or more capable. As a result, the existence that can be called a friend is about Raul, who does not come near others with the overwhelming sacredness and aristocratic status, and Gino, who is from Shimomachi, who does not put his teeth on such as the harassment of the aristocratic lady. (I thought those two would be fine....) Chloe has a lot of trust in them. However, Luana devised a plan and acted in such a way as to involve both of them. Chloe squeezed her chest unconsciously with her fist. There was a contract that Luana had been pointing at the other day. - Come on, whore's daughter. Depending on your actions, it will be up to your friend to grasp the glory of Trinitate or to become one of the envious former candidates. It reminds me of my red lips, which were hanging nauseously. Here's what Luana was carrying. Chloe trinitates - decline the Virgin Division victory. That way, we will fully support Raul and Gino's trinitate. Conversely, if Chloe becomes a saint, she will tell the surroundings about "whore's disease" after the appointment, and prevent the establishment of Trinity Tate. Prostitute's disease is a disease that occurs occasionally in Aurelia and is mainly caused by broken fingers and abnormal eyes. If it progresses, you won't even be able to avoid blindness, a terrible disease. And Chloe's mother fell ill. This disease is only manifested in women, especially poor businesswomen, and because it is difficult to heal even with Aurelia's high standard of healing, it is called an immoral disease that repels the sacred power - that is, whore's disease. From the people of Aurelia, whose faith was flourishing and who respected the virginity of women, the reality was that it was a shameful disease and difficult to receive medical treatment. And Zoe, Chloe's mother, was surrounded. Few saint doctors visit her, who suffered from a sick and unlikely prostitute's disease. Chloe's ability to "cultivate" rather than "heal" is nothing more than the ability of plants to be the primary target and is not helpful for treatment. In the end, Chloe and his friends, who were sacred magicians, could not rely on Raul to reveal their truth just because they were ill, and Chloe had to rely on the help of the housekeepers while covering medical expenses in a small job. (In a pious Aurelian country... and the Virgin's mother is a whore's disease... no, if I see it, I'll definitely be dragged off the Virgin's throne.) If you said you couldn't be a Virgin from the beginning, you'd still be alive. The problem is that Zoe's illness will be discovered after one of the Trinitates has been identified. Trinitate is founded for the first time by three people: the Virgin, the Swordsman, and the Magician. Since the Virgin was a non-conformer, it is obvious from looking at a case thirty years ago that I made up a substitute. (Dr. Goode was originally a saint swordsman. However, because of the death of the Virgin at that time, the Trinity itself could not be established, and I could only afford to lose myself as a college teacher.....) Subsequently, some cardinals who realized the importance of whipping at the academy continued to enter the academy, imitating the Gwid, and as a result, Gwid's teacher shift is now accepted as quite natural. But it would have been a lot of frustration for a man who had long wanted to become a swordsman to suddenly be pushed into the closed world of college. In fact, the surroundings often behave in a way that touches the swollen object against the guid. (Neither Raul nor Gino would like to be treated as a merciful cardinal or as a college teacher. All they want is the supreme power, Trinitate, identity.) Remembering the conversation we had last night, Chloe gently raised her eyebrows. They have dreams that they want to fulfill, burning ambitions, and a lot of passion for them. Never let yourself interfere with it. The clever thing about Luana's contract was that she promised not only to continue Zoe's treatment, but also to support Raul and Gino, on condition that Chloe declined. It will be difficult to get support from Raul, who is only noble, and Cardinals, who are only from downtown. With the backing of the prestigious Contestant Chamber of Commerce, both of you should be able to get a smooth trinitate. (Even if I pull... Raul and Gino can make their dreams come true...) With a pressed chest, there is a rustling sound of paper rubbing. After all, Chloe signed the contract Luana was pointing at. The contracts that they each own, in part, are made from the fibers of the sacred world tree, the contents of which become absolute and bind the contractor. If Chloe tries to renege on her contract, her life will be in danger. (Until today, too. If you stand here blurry without doing anything... everything will be fine.) Chloe glanced at the bowl in front of her and whispered, "Sorry." It was painful to see a seedling completely lying on the ground, scratched by my own fault. "- What the hell are you doing? However, as if you were scolding Chloe, a sharp anger echoed. Immediately next door - a candidate from Rouden, a blonde girl who was his maid, fought at the very end of the arena. The voice seems to be lurking, but she just grabs the breast hold of the black-haired girl, who is supposed to be her husband, and pulls up. Chloe didn't think about it, but she cleared her ears. "So, Elma! It's mediocre! How can you take out mysterious and suspicious chemicals in this stream! "It's rude to be suspicious. This is a drug that rapidly repairs all plants from dead cells and simultaneously works on the chloroplast to explode photosynthesis and growth -" The name of the girl who spoke in a quiet manner was, of course, Elma. From yesterday's incident in the waiting room and my mentor Goode's vigilance, Chloe also glanced at me - still, she looks plain and stupid. Is it true that she is such a person that she tried to sacrifice sacred arts from all directions and was told by the former saint swordsman Goode that she "doesn't understand the power"? For a moment Chloe forgot about the affair with Luana, and she had such a question in her chest. No, but the words released from the girl were indeed filled with unfamiliar words and exuded strange power. "So!? Rapid! Explosive! Obviously, you're stepping off a mediocre route! Are you sure you want to look around and make that decision!? "No, because... everyone seems to be doing their best, so as for me who has no heart for sanctity, I try to take the best way I can... I wonder if it's 'normal' - ah, Irene, what?" "Stupid ahhhh! A maid named Irene took away Elma's glass bottle and quickly removed the lid and threw it at the floor. Before the glass bottle touched the cobble, Elma quickly grabbed each of the bottle and lid with both hands - a frightening reflex nerve - and just a drop of the liquid that waved in the bottle jumped. The drop really happened to fall into the bowl Chloe was staring at. (Eh....? For a moment, the earth in the bowl seemed to tremble, rubbing its eyes unexpectedly. In the next moment, the seedlings that were supposed to have fallen into the earth thickened the stems of Mirimi, and the leaves stretched out to the left and right. (Yeah, yeah, yeah, yeah!? Unexpectedly, I scream in my heart. No, part of it leaks out of your mouth and nose and says, "Fufu...!?" with a strange sound. (Nh...!? Eh!? Eh!? Yeah, yeah!? No way. How can life be restored so far without sanctity? Aurelia is perhaps blessed by the number of doctors of saint medicine compared to other countries, and conversely, the standard of medicine and science is low. The phenomenon that happened in front of me was extremely unusual to be able to complete with "I gave the medicine and the green became healthier " - no, I definitely think it is unusual even in the advanced countries of medical science - but Chloe opened her dark green eyes and stared seriously at her neighbor. (No... medication is Rouden's unique rhetoric, is it really holy water... no, is it a psychic (elixir)...? If you think about it, it still comes true. "How motivated you were to come with these medicines! "Well, but to suit the mood of the day, don't you think two or three of the vials of medicine should be kept in your bag? "It's not a perfume bottle!? I mean, in this sacred situation, you're the only one who brings out artificial chemicals!? Come on, hurry up and finish that disturbing bottle! Look around, you know!? "Surrounding....." On the side, a quick-mouth conversation was still unfolding quietly, but Chloe missed the shock and turned back to the bowl with a clumsy move. A seedling that completely regains the shape of a complete leaf and bounces back the glow and sunlight. I even had the illusion that the seedlings were screaming for joy, and Chloe didn't think about it and murmured, "I'm glad...". The body is easily loved by plants. I'm not honestly confident that my mentors, Goode and Raul, have the ability to cultivate the times, but it's a fact that they like to touch the soil and grow green. "- In the light and the lush leaves of that happiness ......" Just a passage, mouthful. Apologies, gratitude, blessings. It was a simple song with honest emotions spinning in front of the vigorously recovered seedlings. And then... --Fufu..... Strong light overflows around the bowl at any moment, shaking your shoulders unexpectedly. In front of the rigid Chloe, the seedlings grew taller with the momentum that seemed to sound, fattened their torso, and quickly grew into young trees that did not shatter the bowl. "Ooh......! "I became a young tree in an instant! Awesome...! I can hear the audience murmuring. No, Chloe herself was quite upset. My own voice to encourage plants to grow. But I've never seen such a dramatic effect. "-- -- Nurture with singing voice. I see." And you can hear a cool voice from the left side. Chloe glanced back at the sound that had slipped into her ear to stir up the crowd's voice, and a girl with glasses nodded in front of her eyes. "Irene, I finally understand. The times are still organic." Oddly enough, the voice overlaps with the maid of Irene. And then Chloe saw a miracle.

20.「普通」のダンス(1) クレメンス・フォン・ロットナー侯爵は、貴族らしい端正な面差しをした、穏やかな物腰の男性である。 壮年期には金色をしていた髪は、今は色だけを白く変えて豊かに頭部を覆い、皺の刻まれた顔にはいつも柔らかな微笑がたたえられている。 人の心を解す能力と司教の資格を持った彼は、まさしく神の威光を担うにふさわしい、人格者といった様子であった。 ――少なくとも、表面上は。 (やれやれ、また クレメンスは内心でそう罵りながら、外面は完璧な平静を装って、第一王子の居室に踏み入った。 が、肝心のフェリクスの姿が見えない。 代わりに、ほっとした表情を浮かべた侍女が、いそいそとこちらに向かってくる。 彼女は平身低頭し、クレメンスに経緯を説明した。 「申し訳ございません、侯爵閣下。殿下は閣下をお呼びになった後、突然部屋の模様替えをしたいと仰って......。お止めしたのですが、無理やり絵画や宝石やらの配置をご変更になって。今は埃まみれになりながら、ワインの棚の並びをご変更中です。急なお呼び立ても、また模様替えも止められず、申し訳ございません」 「いえ。あなたも大変でしたね」 クレメンスは誰に対しても穏やかな言葉遣いをする。 それは、彼が真実柔和な性格の持ち主だからではなく、体のうちに溢れる苛立ちや侮蔑を、外に気取らせないためであった。 この侍女は、彼の遠縁の親戚の娘で、最近王子付きに仕立てたばかりだ。 フェリクスの即位に合わせて、家臣も侍従も侍女も、徐々に自分の息が掛かったものに「差し替え」ているところなのだが、第一王子の凡愚ぶりに慣れない彼らが、そのたびにあたふたしてしまい、クレメンスの手まで煩わせるのは、腹立たしいばかりだった。 (だがまあ、虫けらに人間同様の働きを期待するほうが無理な話よ。ロットナーの家長たる者、これらの事態を含め、うまいこと「調理」できるようであらねば) ロットナー侯爵家は、先王の時代よりその懐に寄生し、たっぷりと甘い汁を吸ってきた者たちだ。 クレメンスの経験に照らせば、王は、そして使用人は、愚かであればあるほどよかった。 傀儡にも、手先にも、考える頭などいらない。 ――はずだったのだが。 「やあ、クレメンス! 遅かったではないか! 僕が相談したいというのに、おまえはいったいなにをしていたんだ! おかげで、僕は部屋の模様替えなんて始めてしまったぞ」 滑舌の悪い、子どもっぽい不満声をかけられて、クレメンスはつい渋面を浮かべそうになってしまった。 振り返った先には、せっかくの美麗な衣装を埃で汚した青年が立っている。 高貴な人物らしからぬ出で立ちをした彼こそ、フェリクス・フォン・ルーデンドルフ――この国の第一王子であった。 正妃譲りの金髪に緑の瞳、すらりとした体つき。 と、ここまでは、そこそこの貴公子ぶりだ。 しかし姿勢は重心が定まらず、表情は緩み切って知性を感じさせない。 彼と話すたびに、愚鈍さがこちらにうつってくるかのように思えて、クレメンスはげんなりするのが常だった。 傀儡にしたって、こんな愚か者を主と仰ぐだなんてと嘆かずにはいられないほどに。 (即位式の準備だとも。おまえが望んだ、大々的な晴れ舞台の、な) 内心で鼻を鳴らしながら、クレメンスは申し訳なさそうに頭を下げる。 ここで下手に反論しては、かえって事態をこじらせるだけだということはわかっていた。 フェリクスは先だっての「大願」で、「国中の人間を招いて盛大な舞踏会を開きたい」と言っていた。大層ばかげた話だ。 だが、そこは腐っても「大願」。 フェリクスのお守り役と認識されているクレメンスは、好き勝手を言う馬鹿王子と、呆れて物も言えないでいる貴族たちの間に立って、如才なく実現可能なレベルへと願いを落とし込んでいった。 すなわち、「国中の人間」というのを「貴賤や出自を問わない老若男女」と置き換え、その縮図が「宮中の使用人たち」としたうえで、彼らまでを即位式の舞踏会に招くこととしたのだ。 同時に、即位式当日を挟んだ三日間は、王城の外郭に限って市民への開放を約束。 これで、警備問題や予算に頭を悩ませていた貴族連中もようやく安堵し、フェリクスも満足したようで、クレメンスが報告を上げたときには「みんな喜ぶといいなあ」とにこにこしていた。 (なにが、「喜ぶといいなあ」だか) 改めてこの騒動にまつわる混乱を思い出し、クレメンスは苦々しく内心で吐き捨てた。 凡愚な君主は好ましいが、凡愚でありながら意思の強い人間はよろしくない。 王というのは、常にロットナーの顔色を見ながら、「どうすればよいと思う?」と判断をゆだねてくるようでなくてはならないのだ。 ――先王のように。 (その点、ヴェルナー王は素晴らしかった) 意思がなく、気弱で、責任感も責任能力もなく。 ロットナーはただ彼にそっと囁くだけで、自らの手を一切汚すことなく望みをかなえることができた。 もっとも、そうするためには、彼なりに努力を払ったものだったが。 彼の権力の一番の源泉となったものは、ヴァルツァー監獄だった。 周辺諸国を代表して建設費用を負担し、小国では手に余るような「犯罪人」を積極的に受け入れることで、彼は諸国の王室や権力機関に貸しを作っていった。 ルーデン国内でも、都合の悪い人間は容赦なく冤罪をかぶせて投獄し、口封じを図ったものだ。 看守には、クレメンスの息が掛かった導師を置いてある。 外見は豚のようだし、頭も悪いが、もう十五年以上監獄で任に当たっているというのに文句も言わない、使える駒だ。 あるいは、着任時に美貌と評判の娼婦を放り込んでおいたから、それが気に入ったのかもしれないが。 ヴァルツァー監獄はこの世の地獄。 獄内は不潔で、怨嗟に溢れ、凄惨な拷問を加えられた囚人たちの絶叫が鳴り響く。 毎月上がってくる報告書は読むだに酸鼻で、クレメンスは大いに満足していた。 不都合な真実は、檻の向こうで絶望の声に紛れ、けして表舞台に上がることはない。 ただ、そこまで考えたとき、つい第二王子ルーカスのことまで連想してしまい、彼はつい口元を歪めそうになってしまった。 ルーカス・フォン・ルーデンドルフ。 政治や権力に興味を示さず、剣の道を取った変わり者の色男。 これまでは「支配の美味がわからぬとは、愚かな男よ」と放置していたが、彼がフェリクスに代わって恩赦を施したことによって、状況は変わった。 クレメンスの聖域であり、権力の源泉であるヴァルツァー監獄。 その内実――不都合な真実に、もしかしたら彼は触れてしまったのかもしれないのだ。 (今のところ、冤罪の囚人がいることも、獄内で虐待が横行している事実も言及してはこないが......) 看守が上手くやっているため気付かなかった、というのは浅はかに過ぎる考えだろう。 なにかを勘付いているからこそ、次の一手を考えているのかもしれない。 第二王子は、あれで多少の知恵もあるようだ。 (恩赦の大願を、我々家臣に頼らず、独力で遂行したことがその証拠。少なくとも第一王子よりは有能のようだ。ふん......王子でさえなければ子飼いにでもするところだが、現状、邪魔なだけだな) そして不要な駒は、同じく不要な駒を使って盤上から排除するのが、クレメンスのやり方だった。 当初はフェリクスを傀儡に仕立ててやろうと思っていたが、彼の愚鈍さと突拍子のなさは、クレメンスをあまりに苛立たせた。 先王の時代には、「カウンセリング」のたびに相手を洗脳してきたものだったが――それこそがクレメンスの能力である――、フェリクスに向き合うと、その意味の分からない言動に、先にこちらの嫌気がさしてしまうのだから大したものだ。 第一王子と第二王子に殺し合いを演じさせて、どちらも引きずり落とす。 その筋書きをクレメンスが練りはじめるのに、さして時間はかからなかった。 しかし――。 (グラーツ子爵夫人のブローチの入手は失敗。新しい料理長を孤立させることも失敗。どうも最近、巡り合わせが悪いようだ) 最初クレメンスは、ルーカスと懇意の侍女長のブローチを入手し、フェリクスを害した現場にそれを紛れ込ませることによって、第二王子による暗殺説を流布させようとしていた。 が、庭師の少年が愚かにもそれを仕損じて、しかもなぜか経緯について頑なに黙秘するため、その筋書きは捨てざるをえなかった。 王子暗殺に加担させられかけていると、まさか彼が気付いたわけもあるまいが、妙な怯えようだった。 それでは逆に、第一王子が第二王子を弑するという設定で、と思い、フェリクス肝煎りの新料理長のもとで毒殺事件でも起こしてやろうと思っていたのだが、下準備として彼を孤立させていたら、いつの間にか風向きが変わって、活気あふれる厨房になってしまった。 団結力のある組織には付け込みにくい。 極めつけに、先日のデニスの一件である。 男爵の息子ごときに、わざわざ第一王子のコレクションを見せて馬蹄の存在を刷り込ませてやったというのに、あの愚か者は、呪具が第一王子の差し金であるということを周囲に仄めかしもしなかった。 情報は、クレメンスを経由することなく拡散されなくてはならないというのに。 クレメンスは苛立っていた。 (舞台が必要だ。二人の王子が醜い殺し合いをしているのだという「事実」が、誰の目にも明らかになるような、盛大な舞台が) そう。 たとえば、即位式や、舞踏会のような――。 (舞踏会の最中の毒殺などどうだろう?) 王子の居室に掛けられた年代物の絵画を見て、クレメンスはふと思いついた。 画中では、この国の始祖が、自らの血の入ったワインを周囲に振舞い、忠誠を誓わせている。 これは「盟約の杯」と呼ばれる場面で、即位式の前夜に今でも再現される儀式だ。 たとえば舞踏会の場で、第一王子が振舞ったワインによって、第二王子が倒れたとしたらどうだろう。 そこに、呪具の噂も重ねて流せば、「第一王子の殺意」はかなり信ぴょう性が高まるだろう。 神聖なる盟約の儀を汚したとなれば、世論の反発も必至なので、これはなかなかよい手だ。 もっとも、その場で開栓されるワインに毒物を混入するのは難しいので、実際には、ワインを飲むタイミングに合わせて「毒針を刺す」くらいのほうが現実的かもしれないが。 絵画の横に並んだ王子の宝石コレクション――「毒の王妃」と名高かった前妃の針付きの指輪を見て、クレメンスはそんなことを考えた。 「それで相談なのだが、クレメンス。舞踏会当日、やはり主役の傍には、相応の華やぎが必要だろう? 貴族のきれいどころは、基本的に僕の傍に侍っているよう、触れを出しておいてほしいんだ。そうでもしないとルーカスのやつ、兄を立てずにすぐ女たちを攫って行くから」 「......さようでございますか。では、第二王子殿下の傍には、令嬢たちが近づきにくいよう下男たちで固めておくといたしましょう」 思考を巡らせる間にも、フェリクスは呆れた要求を寄越してくる。 ルーカスが女を奪っているのではなく、愚か者と評判の第一王子に女性が近寄りたがらないだけだと、本人は気付いていないらしい。 「相談」とやらの内容は、そんな幼稚なものだったかと天を仰ぎそうになったが、クレメンスはこれも利用すべきだと考えを改めた。 第二王子に毒針を仕込む役割は、下男の誰かにやってもらおう。 美女がフェリクスの周囲に集まれば、冴えない王子とはいえ多少の注目は向けられる――つまり証人が増える。 そのタイミングでフェリクスにワインを振舞わせ、とたんに第二王子が倒れれば、舞台の盛り上がりとしてもなかなかだ。 「あと、この僕が主催する舞踏会だもの。歴史に残る、質の高いものにしたいんだよね。今手配している楽団ではなく、芸術の都・ヤーデルードから、最高の楽師を招きたいんだ。ほら。前に噂になっていた......ええと、スヴァルド? とかいう音楽家がいたじゃない。彼とか」 「......ヨーラン・スヴァルド氏のことですか? ですが彼は――」 「神に愛された天才ヴァイオリニスト、だよね。僕の舞踏会を彩るのにぴったりだろう」 超絶技巧を誇る、それも「孤高」と噂の天才ヴァイオリニストが、ダンスの添え物として、没個性的にひたすらワルツを刻み続けたがるわけがなかろう。 舞踏会と音楽会は違うのだ。 クレメンスは喉元まで叫びかけたが、それも堪えた。 これも利用してやるのだ。 スヴァルドには活躍の場を与えてやるとしよう。 クレメンスが彼に合図をし、スヴァルドが目印となる音を奏でたその瞬間に、下男に毒針を刺させる。 スヴァルドを間に挟めば、クレメンスは下男と視線を合わせる必要すらなくなるので、ますます彼に疑いが向くことはなくなるだろう。 有能な人間というのは、ばかげた要求すらも織り込んで、自分の利益を確保するものなのだ。 (好きにほざくがいいさ、愚鈍王子よ。おまえの最期の望みだ、謹んで叶えてしんぜよう) ここルーデンで、王族殺しは、たとえ王であってもご法度だ。 第二王子を殺害したとなれば、フェリクスの王位剥奪、あるいはそれこそヴァルツァーへの投獄くらいありえるかもしれない。 そうすれば次代となってもクレメンスの天下である。 業突く張りの老侯爵は、表面上は穏やかに王子に従いながら、腹の中では忙しく諸々の算段を着けはじめた。 「あ、あの、フェリクス王子殿下......」 クレメンスが去ったのち、掛けなおしたばかりの絵画に再び手を伸ばしたフェリクスを見て、侍女は恐る恐る声を掛けた。 「位置を調整なさりたいようでしたら、わたくしどもがいたしますので。どうぞ、これ以上このような仕事は――」 「調整してるんじゃないよ。捨てるんだ」 「は?」 わざわざ目立つ位置に引っ張り出してきた年代物の絵画を、今度は捨てるなどと言いだす。 その真意を掴みかねて眉を寄せた侍女に、フェリクスは軽く笑って答えた。 「もう、こいつの役目は終わったからね」 「は......?」 相変わらず、言っていることがさっぱりわからない。 戸惑う侍女をよそに、フェリクスは腕まくりまでして、模様替えを再開した。 今度は部屋の中央に、なにやら不要そうなものを集め出して、徹底的に捨てる作業をするつもりであるらしい。 その不用品の中には、先ほどの絵画や、高価な宝石の付いた指輪まで入っている。 「あの、殿下......! もう、どうか、このあたりで......!」 取りすがる侍女に、フェリクスは相変わらず間延びした口調で続けた。 「僕はね。片づけは大嫌いだけど、するとなると――徹底的にゴミを出しきりたいタイプなんだ」 どこか遠くを見ているような、視点の定まらぬ緑の瞳。 けれど、よくよく目を凝らせば、そこにはぞっとするほど冴えた光が浮かんでいるようだった。

21 20. "Normal" Dance (1) Marquis Clement von Rotner is a gentle man with a noble and straightforward face. During the millennium, the hair that was golden has now changed only the color to white to enrich the head, and the wrinkled face is always smiled softly. With his ability to understand the mind of man and his credentials as bishop, he looked like a person worthy of God's glory. --At least on the surface. (Oh dear, call again (...). You foolish prince! Clement shouted so inside, but outside he walked into the room of the First Prince under the guise of perfect calm. But I can't see the key Felix. Instead, a maid with a relieved expression came towards us. She lowered her head and explained the situation to Clement. "I'm sorry, Marquis. His Royal Highness suddenly said he wanted to renovate the room after he called His Highness.... I stopped, but I was forced to change the placement of the paintings and jewelry. We are currently rearranging the wine shelves as they become dusty. I apologize for any sudden call or change of appearance." "No, you're in trouble, too." Clement speaks calmly to everyone. It was not because he had a truthful and gentle personality, but because he did not let frustration and contempt flood his body outside. This maid is the daughter of his distant relatives and has just been tailored with a prince. In line with Felix's reign, the minister, chambermaid, and maid were gradually "replacing" what they breathed, but they were not accustomed to all the foolishness of the First Prince, and each time, they warmed up and annoyed Clement's hand. (But, well, it's impossible to expect insects to act like humans. Rotner's head of household, if only he could "cook" well, including these things.) The Marquises of Rotner have been parasitic to their noses since the time of their ancestors, sucking in plenty of sweet juice. In the light of Clement's experience, the king, and his servants, were as good as foolish. I don't need a puppet or a master to think. --I was supposed to. "Hey, Clemens! It was too late! What the hell were you doing when I wanted to talk to you! Thanks to this, I'm starting to change my room." Clement had a slippery, childish voice of dissatisfaction, and Clement was about to float on the road. Looking back, there was a young man standing in a dusty, beautiful costume. He was the Felix von Rudendorf - the first prince of the land - when noble figures stood before him. The blonde hair of the main queen, green eyes, and a smooth body. And so far, I haven't seen your son there. However, the attitude is not centered, and the expression is loose and doesn't make you feel intelligent. Every time I spoke to him, it seemed as though dullness would follow us, and Clemens used to be slow. I couldn't help but lament that I would call such a fool the Lord. (Even if it is preparation for the instant ceremony. The big sunny stage you wanted.) Clement lowers her head with a snort in her heart. I knew that if I disagreed badly here, I would only make things worse. Felix said in his previous "request", "I want to invite people from all over the country to have a grand ball." It's a very ridiculous story. But even if it rots there, it's a "wish". Clement, who was recognized as Felix's amulet, stood between the self-proclaiming prince of foolishness and the nobles who were stupid and unable to say anything, and fell into the desire to reach a level that was unrealistically feasible. In other words, we decided to replace the term "people in the country" with "young and old men and women of all origins, regardless of their lowliness," and invite them to the inaugural ball after the depiction was "servants of the Miyakami." At the same time, the three days between the day of the reign ceremony promised to open up to citizens only the outer walls of the imperial castle. Now, the aristocrats who were bothered by security problems and budgets were finally relieved, and Felix seemed satisfied. When Clement made her report, she smiled, "I hope everyone will be happy." (What, "I hope I'm happy"?) Again, recalling the confusion surrounding this disturbance, Clement threw up bitterly. All foolish monarchs are preferred, but all foolish and strong men are not good. The king always looks at Rottner's face and says, "What do you think I should do? We have to slow down our judgement. - Like my ancestors. (King Werner was wonderful in that regard) No will, weakness, no sense of responsibility, no ability to take responsibility. Rotner just whispered to him and was able to get what he wanted without any staining of his hands. Of course, he worked very hard to do so. The most powerful source of his power was Walzer Prison. By covering construction costs on behalf of neighboring countries and aggressively accepting "criminals" that were beyond the reach of small countries, he lent money to royalties and power institutions in other countries. Even in Rouden, inconvenient people were relentlessly imprisoned under the guise of grievances, trying to seal their mouths. The guards have a teacher with Clement's breath. He looks like a pig, and he's retarded, but he hasn't complained that he's been in jail for over 15 years. He's a good token. Or maybe you liked it because you threw in a beauty and reputation whore when you started. Walzer Prison is the hell of the world. The prison is filthy and full of resentment, and the cries of prisoners who have been brutally tortured resonate. Clement was very satisfied with the acid-nose report that came up every month. The inconvenient truth is disputed by the voice of despair beyond the cage, and never rises to the front stage. However, when I thought about it, I even thought about the Second Prince Lucas, and he almost distorted his mouth. Lucas von Rudendorf. A freak colored man who took a sword path without showing interest in politics or power. Previously, he had left "a foolish man who doesn't know the taste of domination," but the situation changed with his pardon on behalf of Felix. Valzer Prison, a sanctuary of Clement and a source of power. The truth - the inconvenient truth - may have touched him. (For now, we should not mention the presence of unjust prisoners or the widespread ill-treatment in prison.....) The idea that the guards didn't notice because they were doing well would be far too shallow. Maybe it's because you're thinking about something that you're thinking about the next step. The Second Prince seems to have some wisdom. (Evidence of this is that we did not rely on our ministers to ask for forgiveness, but did so on our own. At least he seems more capable than the First Prince. Hmm... even if it's not even a prince, it's just in the way.) It was Clement's way of removing unwanted tokens from the board using equally unwanted tokens. Initially I wanted to tailor Felix as a puppet, but his dullness and lack of applause made Clement too frustrated. In the days of my ancestors, I brainwashed the opponent every time I "counseled" - that's Clement's ability - but when I confronted Felix, I felt disgusted with his meaningless behavior first. Have the First Prince and Second Prince play the killer and drag them both down. It didn't take much time for Clement to begin to work on the script. But... (Obtaining the brooch of Countess Graz failed. It also failed to isolate the new chef. Thank you. It seems that we have been having a bad time recently.) At first Clement was trying to spread the Second Prince's theory of assassination by acquiring Lucas and the courtesy maid's brooch and getting it to the scene where Felix was harmed. But because the gardener boy stupidly sacrificed it and for some reason stubbornly kept silent about the circumstances, he had to abandon the inscription. I didn't expect him to realize that he was about to join the prince's assassination, but he was trying to scare me strangely. On the contrary, I thought that the first prince would kill the second prince, and I was about to do a poison killing under Felix's new chef, but if I isolated him as a preparation, the wind turned around and turned into a vibrant kitchen sometime. Hard to attach to a cohesive organization. Extremely, it's about Dennis the other day. When the Baron's son went out of his way to reveal the First Prince's collection and imprinted the existence of horseshoes, the fool did not convince the surroundings that the curse was the First Prince's gift. Information must be disseminated without going through Clement. Clement was irritated. (We need a stage. The "fact" that the two princes are killing each other ugly is a grand stage that everyone can see) Yes, it is. For example, a throng-over ceremony or a ball party. What about the poisoning during the ball? Looking at the painting of an antique hanging in the prince's room, Clement thought of it. In the painting, the ancestors of the country swear allegiance with their own bloody wines. This is called the "Cup of Covenants", a ritual that is still reproduced on the eve of the inauguration ceremony. Suppose, for example, at a ball, the wine behaved by the first prince causes the second prince to fall. Rumors of the spell will make the First Prince's intention to kill much more believable. If you defile the sacred covenant rituals, this is a good idea, as public rebellion is inevitable. However, since it is difficult to mix poison into wines that are opened instantly, it may actually be more realistic to "stick a poison needle" to the timing of drinking the wine. Clement thought about it when she saw the prince's jewelry collection next to the painting - the ring with the needle of the former queen, famous as "Queen of Venom". So I'm going to talk to you, Clement. On the day of the ball, you still need to have a proper glamour next to the main character, right? I want you to touch the nobleman's beauty so that he can basically be by my side. Otherwise, I'll grab Lucas' girls right away without a brother. " "... how are you? Next to His Royal Highness the Second Prince, let's make sure the ladies are harder to reach." While thinking, Felix brings in a daunting demand. He doesn't seem to realize that Lucas is not taking away the woman, but that she just doesn't want to be near the fool and the First Prince of the reputation. The content of the "consultation" seemed to be such a childish thing, but Clement changed her mind that it should also be used. The role of putting poison needles in the hands of the Second Prince should be played by one of the inferior men. The more beautiful women gather around Felix, the less impressive the prince is - that is, the more witnesses. At that time, Felix was given wine, and once the Second Prince fell, it would be a good boost to the stage. "And this is the ball I'm hosting. You want to make it a historic, high-quality thing. I'd like to invite the best musicians from Yaderoud, the capital of art, not the band I'm arranging right now. Look. There was a rumor... uh, Svaldo? There was a musician. Like him." "... you mean Mr. Yoran Svaldo? But he..." "You're a genius violinist loved by God, right? Perfect for decorating my ball." A talented violinist who boasts super skill and rumours of being "lonely" is unlikely to want to continue carving waltzes individually as an accompaniment to dancing. Balls and concerts are different. Clement screamed all the way to her throat, but she also endured it. I'll use this, too. Let's give Svaldo a place to play. The moment Clement signals him and Svaldo plays the landmark sound, he stabs the inferior man with a poison needle. With Svaldo in between, Clement won't even have to look down on him, so he won't be suspicious anymore. Competent human beings interweave even ridiculous demands to secure their own interests. (Whatever you like, Prince Stupid. It's your last wish, let's make it come true) Here in Rouden, royalty killing is lawful, even if it is a king. If you kill the Second Prince, it may be possible to strip Felix of his throne, or even to imprison Valzer. In that way, the next generation will still be under Clement. The old marquis, who was busy with business, began to follow the prince gently on the surface, but in his stomach he was busy with all sorts of calculations. "Ah, well, Prince Felix...." After Clement left, Felix reached out again to the painting she had just rehung, and the maid shouted in fear. "If you want to adjust the position, we will do it. Please, no more work like this..." "I'm not adjusting. Throw it away." "What about it?" I said that I would throw away the painting of an antique that had been intentionally pulled out to a prominent position. Felix replied with a light smile to the maid who raised her eyebrows without grasping her true intentions. "I'm done with this guy." "Ha...? As always, I have no idea what you're talking about. Around the bewildered maid, Felix turned his arms and resumed the reshaping. Now it seems that they are going to collect something unnecessary in the middle of the room and throw it away thoroughly. Among the useless items are paintings and rings with expensive jewelry. "Um, Your Highness...! I wonder if it's around here anymore...! Felix continued in the same prolonged tone as his maid. "I am. I hate to clean it up, but when it comes to it, it's the kind of thing I want to get rid of thoroughly." Green eyes with uncertain perspectives, as if they were looking far away. However, if I glanced closely, there seemed to be a terrifying light floating there.

19.「普通」のピンチ(1) 「さぁて」 紅茶のカップを置くと、ホルストはにやりと笑って立ち上がった。 「それじゃ今度は、僕が確かめさせてもらおうかな。君が、エルマの『友人』にふさわしいかどうかを」 笑みとは言っても、琥珀色の瞳は剣呑に細められている。 全般的に関心が薄いモーガンや、諸方向に頓珍漢なイザーク、基本的には良識のあるリーゼルと異なり、ホルストは、大切な妹に近付く 「......お手柔らかに」 「はは。自分より十も年下の男相手に、本気で殺しに掛かるほど大人げなくはないよ。常識のない他の囚人とは違って、僕はいつだって、初夏の空みたいに、穏やかで広い心を持つ人間さ」 ――ピシャーン! ちょうどその頃、破られた壁の向こう――初夏の夜空では、唐突に雷が落ち始めた。 バケツをひっくり返したような豪雨のおまけ付きだ。 大破した壁から吹き込む激しい雨に、ルーカスは顔を引き攣らせながら理解した。 なるほど、初夏の空だ。 「おい、壁に穴が開きっぱなしでは、室内が水浸しになるではないか」 とそこに、獄内の衛生管理委員であるらしいクレメンスが怒りの呟きを漏らす。 するとギルベルトは「ああ」と頷き、 「そうだな、クレメンス。ぜひ壁を塞いでおいてくれ。一分以内で構わない」 ちらちらと扉を振り返っているところを見るに、先に引き上げた妻の様子が気になっているらしい。 一方で、「代わりにしっかりと見届けて」という彼女の言葉に、身動きが取れないでいるようだ。 「一分!? ふざけるな!」 水が高いところから低いところに流れるような自然さで不条理な目に遭うクレメンスだったが、それについては誰もが自然のこととして受け止め、さりげなく視線を逸らした。 「さて、壁の修理は【虚飾】に任せることにして。ルーカス君には、なにをしてもらおうかなぁ?」 ホルストは、身にまとった白衣のポケットに行儀悪く手を突っ込み、ゆっくりとこちらに向かってくる。 中肉中背、知的な相貌。 イザークのように物理的な強さは感じられないが、その佇まいには、狂気にも似た迫力がある。 ルーカスは知らず息を呑み、思考を巡らせた。 たしかこの人物は、幼少時から奴隷を買い集め、人体実験を繰り返したかどで投獄されたはずだ。 エルマの高水準の医療技術や発明は、おそらく彼から伝授されたもの。 ルーカスの脳裏に、これまで目にした異常なスキルが、走馬灯のように蘇った。 をするエルマ、一人で騎士団全員を手当てするエルマ、麻酔を持ち歩くエルマ、ついでに嗅いだだけで麻酔の種類を言い当てられるエルマ、エトセトラ、エトセトラ......。 そうであってほしいと彼は願った。 医療の心得は無いが、騎士としての野営経験から、同僚の手当てや獣の解体くらいなら、一通りこなしたことがある。 が、ホルストはルーカスの目の前までやってくると、にこっとはしばみ色の笑みを細めて告げた。 「じゃ、人体蘇生薬の開発対決ってことで」 「あなたは身内の友人に何を求めてるんだ!?」 あまりの無茶ぶりに、思わずルーカスは絶叫した。 そうだ。 先のアウレリア行きで、根を断たれた植物や、ミイラ化した人間をよみがえらせた薬を作ったのもまた、彼なのであった。 だが冷静に考えて、普通の人間がそんなものを精製できるはずがない。 ルーカスは当然の非難をしただけだったが、それを聞いたホルストは、真夏の生ごみを見るような目で、こちらを見返してきた。 「え? このくらい普通じゃない? まさかできないの? 曲がりなりにも友人を名乗るんなら、エルマに脳と心臓しか残ってなくても蘇生できるくらいの甲斐性がなくてどうするの? カスなの?」 「いやそれは甲斐性の範疇ではないというか――」 「ていうかエルマに髪一筋でも傷を負わせた時点で、その環境を許した君を僕が殺してるわけだけどね、はは」 「めちゃくちゃだ!」 暴論を振りかざすホルストに、ルーカスは青褪める。 が、これまでこんな時に、彼女なりの「常識」をもって制止してくれていたエルマは、今や沈黙に徹するだけだった。 「ね、ねえ、エルマ......。なんだかお兄様、殿下にすごい無茶ぶりをなさってるようだけど......いいの?」 「............」 エルマは夜明け色の瞳を揺らして、黙り込むだけだ。 口を引き結んだ姿は、不機嫌、とも取れた。 イレーネは困惑して眉を寄せた。 「ねえ、待って。あなた、どうしてそう怒っているのよ」 一応、文脈としては、エルマの不機嫌の原因は理解できる。 エルマはかつてルーカスに好意を告げられていた。けれど同じ口で、彼が簡単に「女」をあしらうところを見てしまった。 だから、告げられた言葉が信頼に足るものではなかったとして機嫌を損ねている。 甘い囁きを喜んでしまった自分を恥じているのだ。 だが――それではまるで、エルマがルーカスに対し、「普通」に恋をしているようだ。 ついさっきまで、姉の誘惑が上手くいくようにと、協力姿勢すら見せていたというのに。 この突飛な友人は、今この瞬間も、やはり突飛な思考を展開しているのかもしれない。 一足飛びに「もしや、焼きもち!?」と喜ぶのが躊躇われ、イレーネは慎重に問うた。 「まさか、オネエ様の監獄式誘惑が通用しないどころか、殿下にやり込められてしまって、身内が恥をかかされたと思ってる、とか......?」 が、それに対するエルマの答えは意外なものだった。 「......いえ」 彼女は難しそうに眉を寄せて、言葉を選ぶように、珍しくもごもごと口を開いた。 「たしかに、それも少しはあるのですが。......恥をかかされたのは、私のほうと言いますか......」 話しながら、自らの胸に問うているようだ。 「殿下があまりに女性慣れしているので、......なんだか、もやもやいたしました。......いえ、元より姉の監獄式誘惑は、殿下にはあまり通用しないだろうとは思っていたのですが、まさかこれほどだなんて。あるいは、あっさり陥落していただいた方が、よほど納得できたのですが、これではまるで......」 エルマはそこでまた言葉に悩むと、ちょっと唇を噛んで付け足した。 殿下は、本当に女たらしでいらしたのですね。 イレーネは思わず息を呑んだ。 (それって......) 続く言葉を、なんとか胸の内で飲み下す。 代わりにイレーネは、親友をじっくりと見つめた。 胸の前で片手を握ったエルマは、時折躊躇いがちにルーカスを見やる。 彼の姿を映す夜明け色の瞳には、未知の男性を見るような緊張と困惑が滲んでいた。 恐らく、エルマは初めて、ルーカスのことを の登場人物その一としてではなく、同じ世界に身を置く男性として。 だからこそ、「女たらし」という、ただの情報でしかなかった属性が、今こんなにも胸に迫るのだ。 彼女にとって唯一の世界だった監獄、その外にいる 「私......すみません。自分でもなにをこんなに戸惑っているのか、よく――」 「トゥンク......!」 イレーネはがばっと親友の腕を取った。 「はい......?」 「いい! いいわエルマ、実にいい! 考えなくていい、感じればいいのよ! よくって、私が教えてあげる、それは歓迎すべき心の変化よ!」 「え......」 目を瞠ったエルマに、イレーネは興奮して捲し立てた。 「あなたが今なにに目覚めようとしているか、たぶん、私は答えを知ってるわ。でも、今は言わない。だって、それはあなたが感じ取るべきものだし、きっとあなたならわかるはずだもの」 恋をしている。 この突飛で異常で、けれどとびきり魅力的で大好きな親友が、年頃の少女なら誰もが経験する、「普通」の恋をしようとしている。 イレーネは答えを吹き込んでしまいたいのをぐっとこらえて、代わりにぶんぶんと相手の両腕を振った。 「その時が来たなら、きっとあなたの胸の音がトゥンク......! と高鳴って教えてくれるわ。よくってエルマ、ドントシンク、フィールトゥンク! 私からは以上よ」 きりりと締めくくると、エルマはぽかんとした顔で相槌を打った。 「......はあ」 興奮の先走ったイレーネの解説を、さっぱり理解できなかったようだ。 しかし、イレーネはくふふと笑い、久々の先輩気分を堪能した。 「うーん、部下二人が制止もせず盛り上がっている間に、着実にルーカスは追い詰められていってるんだけど。どうしたもんかねー、これ」 と、やり取りを横目で見ていたフェリクスは、相変わらずのんびりと独白する。 彼らの前では、哀れ誰にもフォローに入ってもらえなかったルーカスが、にこやかにホルストに拉致られようとしている。 なんでも、この部屋では十分な開発施設が無いため、地下の研究室に移動するとのことだ。 密室で、殺人を屁とも思わぬ狂博士と一緒。 悲報でしかない。 ルーカスはぐいぐいと部屋から連行されかけていたが、ホルストが扉を引くよりも先に、乱暴に反対側から蹴破る者があった。 「誰か――おまえは、医師か!?」 白衣を着たホルストと目が合うなり、そう吼えるその人物は、テレジア。 これまで、獄内の空気に圧倒され気味とはいえ、落ち着いたたたずまいをしていた彼女が、今やただならぬ形相を浮かべていた。 「どうしたの、王太后サマ。話し相手もお役御免になっちゃった? 僕たちはこれから――」 「来てくれ! あの女が倒れた」 短い叫びを聞き、ホルストがぱっとルーカスを解放する。 彼は恐ろしいほど真剣な顔で、即座に頷く。 「わかった。出血は? 意識はある?」 その足は、既にハイデマリーの居室に向かいつつある。 だが、テレジアの唸るような言葉に、眉を寄せて振り返った。 「違う、産気づいたのではない。妊娠による症状ではないのだ。いや、厳密には妊娠による症状だが――」 「は?」 要領を得ない説明に、ホルストが苛立たし気に聞き返すと、テレジアは焦れたように告げた。 「意識はあったが、今はもう途切れているかもしれない。出血はない。負傷したわけではない――むしろ 「............は?」 ぽかんとするホルストに、テレジアは絶望の声を漏らした。 「知らないって、なにを?」 不穏さを感じ取った周囲が、徐々に表情を強張らせてゆく。 未だ穴の開いたままの壁の向こうで、また雷鳴が轟いた。

129 19. "Normal" Pinch (1) "Come on." When the cup of tea was placed, Holst stood up laughing hard. "Now, let me check it out. Whether or not you deserve Elma's Friends." Even with a smile, the amber eyes are narrowed by the sword. Unlike Morgan, who is generally less interested, Isaac, who is unusual in all directions, and Rezel, who is basically of good sense, Holst did not hide his hostility to the man "Mushi", who is close to his precious sister. "... soften your hands" "Ha ha ha. A man ten years younger than yourself is not as generous as he really wants to kill. Unlike any other prisoner without common sense, I'm always a calm, broad-minded person, like an early summer sky." - Pishan! Just then, beyond the torn walls - in the early summer night sky, lightning suddenly began to fall. It comes with a bonus of heavy rain that flips the bucket. Lucas understood as he twitched his face in the fierce rain that blew through the broken walls. I see, it's an early summer sky. "Hey, if you leave a hole in the wall, the room will flood." And there, Clement, the prison sanitation commissioner, leaked a grunt of anger. Then Gilbert nodded, "Ah." "I see, Clemens. Make sure you keep the walls closed. I don't mind in a minute." Looking back at the door, he seemed to be worried about the wife who pulled it up earlier. On the other hand, she seems to be stuck in her words, "Keep an eye on her." "A minute!? Don't fuck with me!" It was Clement who encountered irrational eyes due to the nature of the water flowing from high to low, but everyone took it as nature and slightly distracted himself. "Now, let's leave the repair of the wall to the [Decoration]. Lucas, what do you want me to do? Holst rudely shoved his hand into his white pocket and slowly approached us. Medium flesh, medium back, intelligent appearance. I don't feel the physical strength of Isaac, but his manners are similar to madness. Lucas took a breath without knowing. He must have been imprisoned for buying slaves and repeating human experiments since he was a child. Elma's high standards of medical technology and inventions were probably passed down from him. Behind Lucas' brain, the unusual skills I've seen so far have come back to life like a horse running lamp. Elma who performs surgery (pet), Elma who treats all the Knights by herself, Elma who carries anesthesia, Elma, Etosetra, Etosetra who can tell the type of anesthesia just by sniffing... He hoped so. I don't know anything about medicine, but from my experience as a knight, I've done it all the time, like taking care of my colleagues or dismantling beasts. But when Holst came before Lucas, he narrowed his smile. Well, then, we're going to face up to the development of resuscitation drugs. "What do you want from your friends!? With so much indifference, Lucas screamed unexpectedly. Yes, it is. He was also the one who went to Aurelia earlier to make plants that had been cut off from roots and medicines that raised mummified humans. But think calmly, there's no way a normal person can refine something like that. Lucas made a natural accusation, but when he heard it, Holst looked back at us with his eyes like seeing raw garbage in midsummer. "Huh? Isn't that normal? You can't? If you're naming your friends after turns, what if Elma doesn't have enough brain and heart left to resuscitate? Cuz? "No, isn't that the scope of virtue?" "I mean, I'm killing you when Elma hurt her hair and I forgave the environment, but haha." "This is fucked up! Lucas fades into a holster of controversy. But at a time like this, Elma, who had stopped me with her "common sense," now just kept silent. "Hey, hey, Elma... Oniisama, you seem to be making an incredible mess with Her Majesty... okay? ............ Elma just shakes her dawn eyes and shuts her mouth. Her mouth was tied and she was in a bad mood. Irene raised her eyebrows confused. "Hey, wait. Why are you so angry?" In the meantime, the context understands the causes of Elma's mood disorder. Elma was once favoured by Lucas. But with the same mouth, I saw him easily dressed up as a "woman." That's why I'm in a bad mood because the words I was told weren't reliable enough. I'm ashamed of myself for being happy with my sweet whisper. But - it looks like Elma is in "normal" love with Lucas. Until just now, I was even showing a cooperative attitude to make my sister's temptation work. This flying friend may still be developing flying thoughts at this moment. "Hello, grill!?" I was hesitant to rejoice, "Irene asked carefully. "Don't tell me that Onei-sama's prison temptation doesn't work, but rather that His Highness has made me feel ashamed of my family...? But Elma's answer to that was unexpected. "... no" She raised her eyebrows to the point of difficulty and opened her mouth as if she had chosen words. "Of course, there is a little bit of that.... do you think I'm the one who's been humiliated..." He seems to be asking his own chest as he talks. "Your Highness is so accustomed to women... I kind of did it again.... no, I didn't think my sister's prison seduction would work out that well for His Highness, but I can't believe it. Or rather, I was more convinced that you fell quickly, but now it's like...." Elma, worried about the words again, bit her lips and added. Your Highness, you really wanted to be a pussy. Irene took an unexpected breath. (That's.....) I managed to swallow the following words inside my chest. Instead, Irene stared closely at her best friend. Elma, holding one hand in front of her chest, sometimes looks at Lucas hesitantly. His dawn colored eyes seeped with tension and confusion like seeing an unknown man. Probably the first time Elma recognized Lucas as a man. Not as one of the characters in the outside world (Shaba), but as a man in the same world. That's why the attribute of "femininity", which was just information, is so close to your heart right now. Because she understood that the prison, the person outside it (Lucas), which was the only world for her, was still neat and living. "I... I'm sorry. I often wonder what I'm so confused about..." "Tunk....! Irene snapped her best friend's arm. "Yes...? "Good, good, Elma, really good! You don't have to think about it, just feel it! Come on, I'll tell you, it's a welcome change of heart! "Eh...." Irene rolled up excitedly at Elma, who blinked her eyes. "Perhaps I know the answer to what you're waking up to now. But I won't tell you now. 'Cause that's what you should feel, and I'm sure you'll understand." I'm in love. This sudden, unusual, but extremely attractive and beloved best friend is about to make a "normal" love experience that everyone would experience if she were a girl of her age. Irene watched as she wanted to breathe in the answers and waved her arms instead. "When the time comes, I'm sure your chest will thump...! And you'll tell me. Come on, Elma, Dontosink, Feeltunk! That's all from me." At a close, Elma struck her gavel with a gloomy face. "... hah" I didn't seem to understand the exciting Irene commentary at all. However, Irene laughed and enjoyed senpai's mood for a long time. "Hmm, Lucas is steadily being hunted down while the two of my men thrive without stopping. I don't know what's going on here." Felix, who was looking at the exchange with a horizontal view, continued to relax and monologue. In front of them, Lucas, who could not be followed by any pathetic person, is smiling about to be abducted by Holst. Anything, the room doesn't have enough development facilities, so we're moving to the basement lab. In a secret room with Dr. Crazy, who doesn't even think murder is a fart. It's just sadness. Lucas was about to be taken from his room with a goose, but before Holst pulled the door, there was someone who violently kicked him from the other side. "Someone - are you a doctor!? Telegia is the one who looks at Holst in white and yells. Until now, even though she was overwhelmed by the air in the prison, she was in a calm state, and now she had an irresistible appearance. "What's the matter, Queen Wang Sama? I'm sorry to bother you. We're going to--" "Come on! She's down." Hearing a short scream, Holst relieved Lucas. He nods instantly with a horribly serious face. "Okay. Are you aware of the bleeding? The leg is already heading towards Hydemarie's room. But he frowned and looked back at Telesia's roaring words. "No, I didn't notice. It's not a symptom of pregnancy. No, it's strictly a pregnancy symptom." "What about it?" When Horst answered frustrated and frustrated, Telegia told him that he was in a hurry. "There was consciousness, but it might be broken by now. There is no bleeding. Not wounded - on the contrary (...). Everything heals and grows with great momentum. Hair and nails grew, and things made of wood and stone regained their original shape with terrible momentum... as if the time had accelerated in that room alone." "... what? Telesia gave a voice of despair to the gloomy horst. "I don't know, what? The surroundings that felt disturbed gradually strengthened their expressions. Another thunderbolt roared across the wall, which was still open.

29.「普通」の虫退治(6) 「......ち、父上。......なんというか、その......ち、父上が夜な夜な沼に向かっていたのは、魔蛾を研究するためだったのですね。魔蛾を焼くなと言ったのも、超音波を使った方が合理的だからだったのだとわかって、ええ、それだけでも、僕は本当によかったです......!」 「そ、そうですわ......! お父様の研究が実を結んだかどうかはさておき、その真意は、最も安全に魔蛾を追い払うべしという、領主にふさわしいものだった。それがわかっただけでもわたくしたち、どれだけ救われたことか......! お父様には、心の一等賞を上げたいと思いますわ!」 「そんな......運動会でビリだった生徒に校長先生が向けるような言葉を言われても......」 渾身のフォローを見せる子どもたちに、ヨーナスはぼそりと呟く。 デボラたちは「しまった」という表情を浮かべた。 ルーカスたちもまた、かける言葉が思いつかず、そっとヨーナスを励ます視線だけをひとまず向けてみたのだが――、 「心の一等賞もなにも、この魔蛾を無力化したのは、すべてヨーナス様の功績ではございませんか」 先ほどヨーナスの心を華麗に折り去った当の本人が、真顔でそんなことを言った。 「通常、魔蛾の翅は褐色の色味を帯びていると聞きます。ですが、フレンツェルの魔蛾は緑色。それは、ヨーナス様がかの沼に棲む魔蟲を利用して、魔蛾の体色および体質を変えていったからでございましょう?」 その指摘に、ヨーナスははっと目を見開く。 彼はまじまじとエルマを見つめ、それから低い声で、「気付いていたのか......?」と問うた。 エルマはこくりと頷き、 「はい。屋敷の庭にて、瘴気を帯びたミドリムシを発見したときに、その性質が気に掛かったものでして」 淡々と答える。 「どういうことですの......?」 困惑を露わにしたデボラに、エルマはやはり、特に表情を浮かべることなく説明した。 「先日デボラ様にお飲みいただいたミドリムシ。あれは、微かに瘴気を帯びていると申し上げましたね。発育が恐ろしくよく、通常では考えられぬような強い 瘴弱の娘がいるはずの池に、瘴気を帯びた魔蟲がいること。 自然発生的というには、やけにミドリムシの発育がよいこと。 それが、人目に付きにくい、かつ、ヨーナスの自室にほど近い裏庭に生息していたこと。 それらのことに引っ掛かりを覚えたエルマは、今朝がた早起きをして、昨日捉えた魔蛾に池のミドリムシを与えてみた。 すると魔蛾は、慣れ親しんだ餌のようにそれを食べた。 そして、その魔蛾の体内のどこからも――昨日彼らが放っていた鱗粉も含めて――、毒や瘴気は検出されなかった。 「............」 思いもよらぬ内容に、デボラたちが息を呑む。 だが、言われてみれば、これだけの群れが襲来したというのに、確実に鱗粉が紛れているであろう空気を吸い込んでも、一向に息苦しさを感じない。 デボラは混乱して、額に手を当てた。 「でも......十年前、たしかにわたくしは鱗粉を吸い込んで倒れて......」 「ええ。ですから、それを機にヨーナス様は研究に着手されたのでしょうね。領内に飛散する鱗粉毒も、年を追うごとに減っていったはずです」 「言われてみれば......」 ここ数年、デボラは倒れたことなどなかった。 ただ、ずっと屋敷に引きこもり、自ら不摂生を深めていったので、それに気付かなかったのだが。 呆然とするデボラの代わりに、エルマはヨーナスに向き直る。 そして、淡々と事実を確認するように、問うた。 「人々が、魔蟲が湧き瘴気に満ちていると噂する沼。そこであなた様は、ミドリムシを飼育し、魔蛾に与え、領内の魔蛾の無毒化を進めていたのではありませんか? 裏庭の池に湧いていたミドリムシは、その実験体。――そうですよね?」 領民たちが息を呑む。 陰気領主、魔に堕ちた外道などと、さんざん罵ってきたヨーナスが、まさかそんなことをしていたのだとは、思いもよらなかったからだ。 しかし、もしそれが本当なら、彼は自分たちのために、不当な中傷すら受けながらも長年研究を続けてきてくれていたわけで――。 エーリヒたちは、息を殺し、じっとヨーナスを見つめた。 やがて、 「......そのとおりだ」 ヨーナスは、低く呟くように頷く。 その声は、なぜか罪を突きつけられた被告人のように、かすれていた。 「魔蟲を使って魔蛾を無毒化する研究と、超音波を使って魔蛾を追い払う研究。私はその二つを、両輪で進めていた」 それは本来、領主としては誇るべき任務のはずだ。 しかしそれを隠すように、慎重に告げるヨーナスを見て、ルーカスはふと違和感を覚えた。 民や家族から距離を置かれてもなお、領地を守るための研究を進めていたヨーナス。 それほどの責任感の強さ、頭脳の明晰さを持ち合わせていてなぜ、研究内容を民に告知してしまうことを思いつかなかったのか。 そうしてしまえばよほど堂々と、研究や実験に没頭できたろうに。 そもそも彼はなぜ、手っ取り早く魔蛾を「殺す」方法ではなく、体質改善や音波を使って「無毒化」したり「追い払う」方法の開発に腐心したのだろうか。 クリーンだとか省コストだとかエルマは言っていたが、そんなものは人知を超えた能力を持ったあの娘だから言えるのであって、普通、害虫を前にしたら人は体質改善より殲滅を考えるだろう。 (そうまでして、魔蛾を傷つけまいとしていた――?) この領主には、まだなにか隠している事情があるのではないか。 しかし、ルーカスが目を眇めた瞬間、 「――ところで」 顔を俯かせたヨーナスの視線を辿り、なんとなく地面を見つめていたエルマが、ふいに切り出した。 「この卵たちは、どう処理しましょうか」 「あ」 周囲は、その指摘にはっとする。 彼らの目の前の畑には、依然、卵とそれが放つ菌糸に蝕まれた枝が、大量に転がっているのだった。 成虫のほうは無毒化されているとはいえ、これらの卵の生態までは変えられていないようだ。 枝は無残に腐り溶け、一年で最も豊かであるべきぶどう畑は、その一帯だけ色を失っている。 魔蛾の退治に成功し、領主の真意を理解し、と、興奮したり胸打たれたりして忙しかったエーリヒたちも、むごい現実を突きつけられて、黙り込んだ。 あの大群に襲来されながら、これだけの被害で済んだのは幸いだ。 しかし――少なくともエーリヒたちは、今年は厳しい冬を迎えることになる。 フレンツェル一家は、口々にエーリヒたちに話しかけた。 「これは産卵を防げなかった我ら一家の責任だ。失われた枝のぶん、補償することを約束しよう」 「卵の付いた枝は、僕たちが責任を持って、魔蛾が正気に戻らぬうちに焼却処分する。任せてほしい」 「あなた方は、今日はよく休んでくださいませ」 それぞれ、これまでの彼らからは考えられないような、親身であり責任感に溢れる態度だ。 領民たちは顔を見合わせ、泣き笑いのような表情でそれを受け入れようとしたが―― 「――お待ちください」 そこに、エルマが待ったをかけた。 彼女は、割れる恐れがなくなったためか、再びすちゃっと眼鏡を装着し、きらりとガラスを光らせる。 そして、真顔なのだろうとわかる雰囲気を漂わせて問うた。 「補償とは、どういうことです。なぜそこで、卵を焼却という話になるのですか」 「――は?」 エルマの問いに、姉弟と父親は怪訝そうに眉を寄せる。 しかしエルマは、どこまでも真剣に告げた。 「家に帰るまでが遠足。幸せになるまでが災害復興。卵に枝を腐らされて、そのぶんを埋め合わせるだけだなんて、そんな中途半端な虫退治、虫退治と言えるのでしょうか」 戸惑う一同の前で、エルマはくいと眼鏡のブリッジを持ち上げた。 「失った以上に取り返す。畑を荒らされた以上にむしろ どこの世界線の虫退治について話しているんですか!? 一同の心の叫びが、奇しくもひとつになった。

61 29. "Normal" Insect Control (6) "... chi, Father.... somehow, well... my father was heading to the swamp at night to study the moth. Even though I told you not to burn the moth, I knew it was more reasonable to use ultrasound, yes, that's all, I'm really glad...! "That's right...! Regardless of whether your father's research bore fruit, the sincerity was worthy of the lord to drive away the moths most safely. I don't know how much we've been saved just knowing that...! I'd like to give your father a prize! "I don't know... even if the student at the athletic event says something that the principal teacher can point at..." Yonas murmured to the children who showed their followers. Deborah and the others had a look of "gone." Lucas and the others also couldn't think of a word to use, and gently turned their gaze to encourage Yonas for a moment. "Isn't it all because of Jonas that you disabled this moth, the first prize of your heart and everything?" The person who had splendidly broken Jonas' heart earlier said such a thing with his face. "I usually hear that moth wings have a brown color. However, the Frenzel moth is green. Is that because Jonas used the demonic insect that lives in the swamp to change the color and shape of the moth? Jonas opened his eyes to the suggestion. He stared seriously at Elma and then lowered his voice and said, "Did you notice...?" he asked. Elma nodded, "Yes, I was concerned about its nature when I discovered the carefree middlings in the Mansion's garden." Answer lightly. "What do you mean...? After all, Elma explained to Deborah, who revealed her confusion, without any particular expression. "The midripsi I drank the other day from Deborah. You said that it was slightly distracting. Growth is frightening and has an unusually strong detoxification (detoxification) effect. Since Deborah drank all kinds of poison in an instant, I wondered if ingesting the insect would even invalidate the poison of the moth." In the pond where the weak daughter is supposed to be, there is a monster who is careless. When it comes to spontaneous occurrence, the growth of middlings is still good. It was hard to see and lived in the backyard close to Jonas' room. Erma, who had caught on to those things, got up early this morning and gave the moth she caught yesterday a pond bug. Then the moth ate it like a familiar bait. And from anywhere in the moth's body - including the scale flour they emitted yesterday - no poison or mood was detected. ............ Deborah and the others took a breath into the unexpected. However, if I was told, even if I breathed in the air that would definitely cause the scale flour to be mistaken, I didn't feel any difficulty breathing. Deborah was confused and hit her forehead. "But... ten years ago, I did inhale scales and collapse..." "Yes, that must be why Jonas started his research. Scale poison scattered throughout the territory should have decreased as we age." "If you ask me...." In the last few years, Deborah has never fallen. However, I didn't realize it because I dragged myself all the way to the Mansion and deepened my indigestion. Instead of dazed Deborah, Elma turns back to Jonas. And I asked him to check the facts indifferently. "A swamp where people rumor that magic bugs are spreading. So you were raising the middlings, feeding them to the moths, and detoxifying the moths in your territory? The beetle that was gushing in the pond in the backyard was the experiment. - Is that right? The people took a breath. Because I had no idea that Yonas, who had scolded you so much, was doing such a thing. But if that is true, he has been doing research for us for many years, even under unjustified slander. Erich and the others killed their breath and stared at Yonas. Eventually, "... that's right." Yonas nodded low. The voice was blurred like a guilty defendant for some reason. "A study to detoxify moths using magic insects, and a study to drive moths away using ultrasound. I was going through both of them." It should be a task that I should be proud of as a lord. But looking at Jonas, who was careful to hide it, Lucas felt very uncomfortable. Jonas was still studying how to protect his territory, even though he was distanced from his people and family. With such a sense of responsibility and clarity of mind, why didn't you think of informing the people about the content of the research? The more grandiose I was, the more I was able to immerse myself in research and experimentation. In the first place, why did he rot in the development of methods to "detoxify" or "chase away" moths using physical improvement and sonic waves rather than quickly "kill" them? Elma said it was clean or cost-saving, but since she has the ability to go beyond knowledge, people will usually think more about destruction than improvement if they put pests forward. (Until then, I was trying not to hurt the moth-?) This lord still has something to hide. But the moment Lucas woke up, "- Where?" Following the gaze of Jonas with his face down, Elma, who was somehow staring at the ground, cut out into a wipe. "What should we do with these eggs?" "Ah" The surroundings are comfortable with the point. And in the field before them were still many branches of the egg, and of the mycelium that it emitted. Although adults are more detoxified, the ecology of these eggs has not changed. The branches rot and melt, and the richest vineyards of the year lose their colour only in that area. Successfully eliminating the moth and understanding the lord's true intentions, Erich, who was busy with excitement and chest blows, was also pushed into a terrible reality and silenced. Fortunately, we've done so much damage while being attacked by that crowd. But - at least Erich and the others will have a tough winter this year. The Frenzel family spoke to Erich and the others individually. "This is our family's responsibility for failing to prevent spawning. I promise to make amends for the lost branches." "The branches with the eggs will be incinerated and disposed of with our responsibility before the moth returns to sanity. I want you to leave it to me." "Please rest well today." Each of them has a personal and responsible attitude that they have never imagined before. The people looked at each other and tried to accept it with a weepy smile. "--Please wait" Elma waited there. She wears glasses again because she no longer has the fear of cracking and shines the glass. And I asked him if he had an atmosphere where he could tell that he was real. "What does compensation mean? Why are we talking about incinerating eggs there?" "-What?" Elma asked, and her sister and father raised their eyebrows in suspicion. But Elma took it very seriously everywhere. "Hike until you get home. Disaster recovery until happiness. How can it be called a half-way bug control or a bug control when an egg rots its branches and fills in its bumps?" In front of the confused group, Elma lifted the bridge of her glasses. "I'll take it back more than I lost. Until you beat up the profits (...) rather than ravaging the fields, it's called" normal "insect control, right? Where are you talking about eliminating worm lines!? The cry of one and the same heart became strange.

7.「普通」のお手入れ(3) 「屋敷での雑用を手伝え、ですって?」 明くる朝。 ルーカスの領地視察のカムフラージュという役目も忘れて、しっかり食事を頂き、しっかりエルマとの枕投げまで楽しんだイレーネは、着替えを済ませるなり告げられた言葉に、猫のような目を見開いた。 「いいえぇ、手伝いだなんて。あくまで、王城で磨いてきたという侍女の腕を、わたくしの屋敷の至らぬ使用人たちに披露して、『指導』していただきたいだけよ」 曲がりなりにも客人の部屋に、朝っぱらから踏み入ってきたのは、誰あろうデボラである。 彼女は、朝早くにルーカスが馬を駆って出かけたことを察知するや否や、それまで辛うじて保っていた愛想すらかなぐり捨てて、こうしてイレーネたちのもとに乗り込んで来たのだ。 デボラはそのむくんだ顔に、意地悪な笑みを浮かべて続けた。 「ねえ、これってあなたのためでもあるのよ? だって、いくら殿下が遊び人とはいえ、未婚の娘と二人きりで外泊したって、ちょっとまずいんじゃないかしら。おっと、そこの眼鏡が一緒だとはいっても、そんなの、言い訳にもならないでしょ。ここであなたが侍女としてちゃんと働いている姿が見られれば、周囲もきっと安心するわ。『ああなんだ、単に使用人として連れてきたのか』ってね。要は、カムフラージュってこと」 実際のところ、ルーカスとイレーネの恋人設定こそがカムフラージュであるのだが、まさかそれを説明するわけにもいくまい。 なんとリアクションしたものかと、イレーネが一瞬躊躇ったのを、怯んだと取ったのか、デボラはますます唇を釣り上げた。 「ねえ、わたくし、一生懸命考えたのよ。あなた方――王都からの侍女ならば、きっとこれくらいのことは朝飯前だろうって。ほら」 そう言って彼女が突きつけてみせたのは、「お願いリスト」と題された一枚の紙だ。 そこには、豆拾いから洗濯、床掃除など、とうてい客には頼まぬような業務がこれでもかと書かれている。 さっと視線を走らせたイレーネは、次に顔を上げると、真っすぐにデボラを睨みつけた。 「お断りします。泊めていただく以上、なんらか恩義は返したいところだけれど、これって度を超しているわ。私たちは、この後感謝祭の市に出かける予定なのです。どうしてもと仰るなら、殿下をお通しくださいませ」 気の強い彼女らしく、きっぱりとした態度だ。 しかし、身分が下の者には強く出るタイプのデボラは、ふんと鼻白んだ様子で言い返した。 「まあ! 市にですって? 殿下とデートでもされるのかしら。寝泊りする部屋を貸している領主の娘の、ささやかなお願いをも差し置いて? それが昨今の王都の侍女、いえ、男爵家の娘の態度ということかしら」 「そんな、王都だとか男爵家だとかは、今は関係――」 「関係大ありよ。なるほど、ノイマン男爵家の娘は、フレンツェル辺境伯の娘を軽んじているというのね!」 イレーネが努めて冷静に言い返そうとするのを、デボラは高慢かつ大仰な言い草で封じていく。 身分差まで持ち出してくるデボラに、傍らに控えていたエルマが思わず身を乗り出すと、それよりも早く、デボラ付きの侍女が、こっそりとエルマに話しかけてきた。 「ごめんなさいね。お嬢様ったら、お客様があんまりに美人だから、嫉妬しているのだわ」 「嫉妬、ですか?」 「そう。なにぶん、あのご容姿でしょ? ご自身がブスだということはわかってて、そのくせプライドだけは人一倍高いから、よくああやって、見目がいい女の子に突っかかったり、嫌がらせをしたりするのよ。おかげで、若くてかわいい使用人は皆辞めてしまったわ」 まあ、今はちょうど収穫の最盛期だし、その子たちの家族は助かってるでしょうけど。 そうこぼす侍女は、確かにエルマたちの母親くらいの年代だ。 領主の娘付き、ということは、侍女の中でもリーダー格に近い存在なのだろうが、そんな彼女が主人を「ブス」と断言しているあたり、この屋敷における雇用者と被雇用者の関係は、かなり破綻しているようだった。 「逆らえば逆らうほど悪化するし、あれでなかなか悪知恵は働くから、大人しく従っておくのが身のためよ。手伝ってあげられたらいいけど、ごめんね、正直こちらも人手が足りなくて。適当にやり過ごしてくれればそれでいいから」 侍女は、エルマが同じ平民の出と見込んでか気安く話してくる。 それでも、この状況に手を差し伸べるつもりは無いようだった。 本来人のよさそうな彼女の顔には、主人に対してすべてを諦めきってしまったような、冷え冷えとした表情が浮かんでいる。 視線の先では、たるんだ顎を震わせながら、いよいよデボラが語気を強めてイレーネを詰っていた。 「ああ、最低。本当に最低だわ。ノイマン男爵家がどのようなものかは知らないけれど、このようなふしだらな娘を育て上げるくらいなのだから、お察しよね。王城で侍女を務めているからって、お高く止まって。辺境の地では、哀れな同年代の娘のために、その技術を披露することすら惜しいとでも?」 「ですから――!」 とうとうイレーネが、苛立ちを前面に出して反論しようとしたとき、差し水をするように、凛とした声が響いた。 少女のものにしては、ほんの少しだけ低い、耳に心地よい響き。 エルマだ。 眼鏡姿の冴えない侍女――のはずの彼女は、やけに美しい姿勢で、デボラに告げた。 「僭越ながら申し上げます。先ほどデボラ様は、『あなた方、王都からの侍女』と仰いましたね。つまり、これはイレーネに対する嫌がらせなどではなく、あくまで私ども――私とイレーネ二人の日頃の働きぶりを見てみたいと」 「......ふ、ふん。先ほどからそう言っているじゃない」 もちろん眼鏡侍女のことなど眼中になかったデボラだが、エルマの放つ気迫に圧され、辻褄を合わせるために頷いた。 「もちろん、あなたたち二人にお願いしているつもりよ。まあでも、どちらかといえば、あなたは別にどうでもいいっていうか――」 「では、私とイレーネの二人で、さっそく取り掛からせていただきます」 「は?」 低姿勢ながらきっぱりと言い切ったエルマに、デボラは怪訝そうな視線を向けた。 「ですので、豆拾いに床磨きに洗濯、花瓶の花の差し替え、野菜の皮むき、ベッドメイク、化粧瓶の補充に水差し交換、ランプの煤取り、シルバー磨きとクローゼットの整理まで済ませました上で、市に出かけさせていただくことにします」 膨大な量の仕事を、メモを見ることすらせずに諳んじられ、デボラはその隈の目立つ目を大きく見開いた。 「いえ、お気になさらず。さして時間はかからないと思いますし、宿泊の恩を労働で返すというのは、古典や童話でもしょっちゅう描かれる、実に『普通』なことだと思いますので」 淡々と告げられた内容に、デボラが戸惑う。 しかし、彼女はそれを単なる強がりと捉えたのか、やがてふんと鼻を鳴らした。 「あらそう。さすがは王都からの侍女ね。今日一日でどこまで済むか、楽しみにしているわ」 そうして嫌味にも、 「ちなみに今日は、市の開始を記念して、評判の大道芸団が来る予定だけど。まあきっと、昼前までには終わってしまうでしょうから、あなた方には関係のないことね」 そんなことを吐き捨て、踵を返す。 デボラ付きの侍女も、こっそりとこちらに向かって肩をすくめて、去っていってしまった。 後には、エルマと、いまだ憤慨したままのイレーネだけが残された。 イレーネはその猫のような目をきっと釣り上げ、両手を広げた。 「あれが誉ある辺境伯のご令嬢だなんて、信っじられない! もう、エルマ! どうしてあんな理不尽な命令を受け入れてしまうのよ! さすがにあれが嫌がらせだということくらいはわかったでしょう!?」 どうやら、デボラに対してだけでなく、彼女にあっさり従ってしまったエルマに対しても苛立っているらしい。 ぷりぷりと怒りを露わにする同僚に、エルマはことりと首を傾げた。 「いえでも、イレーネも出会った頃の様子はあんな感じでしたよね」 「うっ」 「それに、理不尽というにはささやかすぎる要望ですし、怒るほどではないというか。私一人でも数十分で片付く案件だと思います」 「えっ」 イレーネは、己の過去の所業に顔を強張らせたり、相手の突き抜けた能力にドン引きしたりと忙しい。 ひとしきり懊悩した後、イレーネはちょっと拗ねたようにエルマに告げた。 「......ねえ、私、あなたのそういう能力の高さだとか、意外にも図抜けた寛容さを心底すごいとは思うけど、ちょっと心配でもあるわ」 「心配?」 「そうよ。いくらあなたにとっては問題のないことでも、客観的に見て理不尽であるなら、あなたは腹を立てるべきだわ。躱してしまえば、相手は肩透かしを食らうだろうし、あなたも楽なのだろうけど、あなたが搾取されている事実に変わりはないもの。そういうのには、ちゃんと怒って、抗わなきゃいけないわ」 怒って、抗う。 不思議そうに繰り返したエルマの頬をぎゅっとつまみ、イレーネは続けた。 「私に売られた喧嘩を、あなたが大人しく買ってしまってどうするの。私を庇おうとしてくれたのは嬉しいけど、それなら一緒に、ちゃんと怒って。ほら、速やかに復唱! 『ぷんぷん』!」 エルマが頬を引っ張られたまま素直に従うと、イレーネはようやく手を離した。 「今日はこのくらいで勘弁してあげましょう。......ありがとうね、エルマ」 最後にちょっと顔を逸らして付け加えるあたりが彼女らしい。 イレーネは短く息を吐き出し、気持ちを切り替えると、きびきびと外着――町に下りるからと、珍しく私服を着ていたのだ――からメイド服へと着替えた。 「エルマ、悪いけど本当に手伝ってくれる? 私とあなたで業務を分担しましょう」 そう言ってぐるりと部屋を見回し、窓際に飾られた花瓶を見つける。 まずは花の取り替えを、と、それに手を伸ばし、そこで彼女は悪戯っぽく目を輝かせた。 活けられていた秋の花を何本か取り出し、くるくると器用に輪っかに編み上げていく。 あっという間に二つの花冠が出来上がった。 「これは......?」 「収穫祭の時期に女の子が付ける花冠よ。本当は、専用に使う花があるのだけど、代用」 イレーネが上機嫌に告げると、エルマはまじまじと花冠を見つめた。 「これを付けると防御力が向上する、といったアイテムではなさそうですね。祭りの王者を明確化するツールですか? それとも、着用者の興奮を盛り上げる、向精神作用があるとか」 「......その中では、最後がまだ近いかしらね。豊穣の女神の象徴たる花を髪に挿したり、冠にして身につけることで、お祭り気分を盛り上げるのよ」 さほど興味なさそうに頷いていたエルマだが、 「仲良しの友達は、こうして同じ花で冠を作ったりするの。友情の証のようなものね」 とのイレーネの補足に、少しだけ顔を上げる。 そして、 「――そうなんですか」 思いのほか慎重な手付きで、イレーネが掲げた花冠をひと撫でした。 恐る恐る、といった様子で匂いまで嗅いでから、ぽつんと、 「いい匂いがします」 と、ちょっとはにかんだように呟く。 「......ま、作業中に花冠をするわけにもいかないし、一旦この棚の上に置いておくとして」 エルマにつられて気恥ずかしくなったらしいイレーネは、そそくさと花冠を棚の上――先ほど脱ぎ畳んだ外着の隣に置くと、今度こそぐるりと肩を回した。 「さあ、ちゃきちゃき働きましょ。昼前には出発するわよ! まずはこの部屋の床磨きを――って、きゃあ!」 気合を入れて宣言した途端、ぶわりと巻き上がった風に悲鳴をあげる。 咄嗟に顔を庇ったイレーネが、おずおずと腕を下ろすと、目の前にはぴかぴかに磨かれた床が出現していた。 「こんな感じでいかがでしょう」 風を巻き起こした犯人は、どこからか、いつのまにか取り出したモップを片手に、くいと眼鏡のブリッジを押し上げている。 分厚いガラスと、滑らかに磨き上げられた床が、まっさらな陽光を浴びてきらりと光った。 「少々気合を入れて、ニス塗装加工にしてみました」 「なにそれ!?」 のっけから大いに想定速度と質を上回る仕事ぶりに、イレーネはぎょっと目を剥いた。 シフトこそなかなか重ならないものの――なぜなら、エルマは大抵単身で業務をこなしているから――、この同僚の仕事の速さは方々で噂されている。 それをしょっちゅう耳にしているイレーネは、エルマの万能ぶりを、この数ヶ月でよくよく理解しているつもりだった。 つもりだったが――、人伝てに聞くのと実際に目にするのでは、衝撃が段違いだということを、彼女は思い知った。 「さ、さすがね......。じゃ、じゃあ、私はリネンを洗濯に出してこようかし――」 「あ、柔軟仕上げにしたのですが、外干しと内干しどちらがいいでしょうか」 「いつの間に!? じゃ、じゃあ、私は皮剥きの手伝いのほうに――」 「こっそり皮の残りを使ってチップフライにしてみたのですが、いかがですか」 「だからいつ!? はっや! そしてうっま!」 瞬く間にあらゆる業務が、しかも完璧を超越した水準でこなされてしまい、イレーネの出る幕がない。 呆然としていると、エルマはこともなげに、 「実は少々早く目が覚めてしまったため、イレーネが寝ている間にこっそりと、自主的なお手伝いをしておりました」 と告げた。 イレーネは、デボラが残していったメモを慌てて辿り、なんとか自分のできそうなミッションを確保する。 「わ、私にも少しくらいやらせてよね!」 そうして、部屋を飛び出して屋敷中の花の交換を済ませ、次に廊下でエルマとすれ違った時には、彼女は既に十近くの作業を完了させていた。 「こちらは花の差し替えが完了したわ。エルマは?」 「お陰様で豆拾いにベッドメイク、化粧瓶の補充とランプの煤取り、シルバー磨きとクローゼットの整理が完了しました」 「いい加減、神がかってるわよ......!」 「ついでに、池に虫が湧いていたようなので、浚っておきました」 「だから神かよ!」 動揺のあまり、ついイレーネの口調が乱れる。 ふと見渡してみれば、領主一家の人となり同様、どこか陰気な佇まいであった屋敷内が、いや、庭の池までもが、どこもかしこも美しく輝いていた。 「眩しい......!」 エルマはあくまで淡々としている。 これにて、無事に彼女たちの突発的業務は完了したわけだった。 いったいどんな奇跡を起こせばこんなに早く仕事をこなせるというのか。 同僚の肩を揺さぶって全力で問いただしたい気もしたイレーネだが、しかし実際にやり方を教えてもらったところで、とても再現できまいと冷静に判断する。 彼女は再度意識的に気持ちを切り替え、エルマとともに部屋に戻った。 「ありがとう、エルマ。これだけ済ませれば、さすがのデボラ嬢も私たちの外出に文句なんて――」 勝ち誇った笑みとともに、ドアノブに手を掛けたが、 しかしイレーネは、そこで言葉を失った。 なぜなら、窓際に生けなおしたはずの花瓶が倒れ、粉々になって床に散らばっていたからである。

39 7. "Normal" Care (3) "Help with housekeeping at the Mansion," he said. Bright morning. Having forgotten the role of camouflage in Lucas' territory visit, Irene, who had a good meal and enjoyed throwing pillows with Elma, opened her cat-like eyes to the words she was told to change. "No, I can't believe I helped you. I just want you to show the maid's skill, which I polished at the royal castle, to the unstoppable servants of my mansion and" guide "me." Whoever walked into the Guest's room in the morning was Deborah. As soon as she realized that Lucas had gone out with the horses in the morning, she abandoned even the feelings she had so painstakingly maintained, so she boarded up with Irene and the others. Deborah continued with a mean smile on her puffy face. "Hey, this is for you, too. I mean, no matter how many players His Highness is, it's not a good idea to spend the night alone with an unmarried daughter. Oops, even if those glasses are with you, there's no excuse for that. If I see you working as a maid here, I'm sure the surroundings will be relieved." Oh my God, did you just bring me here as a servant? "The point is, it's camouflage." In fact, Lucas and Irene's boyfriend setup is camouflage, but I can't explain it. Deborah caught more and more of her lips as to how reactive she was and how frightened she felt when Irene hesitated for a moment. "Hey, I've been thinking hard. If you were maids from King's Landing, I'm sure this would be before breakfast. Come on." That's what she threw at me was a piece of paper entitled "Request List." It says that this is the kind of work that most customers don't ask for, from picking up beans to laundry and floor cleaning. The next time Irene raised her face, she glanced straight at Deborah. "I refuse. I'd like to pay you back, but I've done more than that. We are going to Thanksgiving City after this. If you insist, please pass His Highness." He has a strong feminine attitude. However, Deborah, a type of person with a strong identity, replied with a faint nose. "Well, to the city? I wonder if I'll have a date with His Highness. Besides a little favor from the lord's daughter, who rents a sleeping room? I wonder if that's the attitude of the maid of the King's Landing today, no, the daughter of the Baron's." "Well, it doesn't matter now whether it's the King's Capital or the Baron's." "It matters a lot. Well, Baron Neumann's daughter despises Uncle Frenzel's daughter! Deborah blocks Irene's efforts to speak calmly with arrogant and lofty rhetoric. When Elma, who had been standing beside Deborah, stepped out unexpectedly to bring out the identity difference, a maid with Deborah spoke secretly to Elma earlier. "I'm sorry. If you're a young lady, you're jealous because your customers are so beautiful." "Are you jealous? "That's right, what you look like, right? I know you're a scumbag, and your pride is twice as high, so do it well and get caught up in a good-looking girl or harass her. Thanks to this, all the young and pretty servants have quit." Well, it's just the peak of the harvest, and I'm sure their families are alive. The spilling maids are certainly as old as Elma's mothers. The presence of the lord's daughter is probably close to the leader among the maids, but as she affirms her husband as a "scum", the relationship between the employer and the employee in this mansion seems to be quite broken. "The more you disobey, the worse it gets, and the more wisdom you work, the more you obey. I wish I could help you, but I'm sorry, honestly, we don't have enough men. I just need you to do it right." The maid is comfortable telling Elma if she expects the same civilians to come out. Still, it didn't seem like I was going to reach out to this situation. Her face, which seemed to be a nice face, had a cold expression that seemed to have given up everything on her husband. Beyond his gaze, Deborah finally filled Irene with words, trembling his saggy jaw. "Oh, shit. It really sucks. I don't know what the Baron Neumann family looks like, but it's enough to raise such a lowlife daughter, I guess. Stop high because you are a maid at the royal castle. Do you think it would be a pity to show off that technology for a poor daughter of your age in the surrounding area? So...! When Irene finally tried to argue with the frustration in front of her, she heard a groaning voice like water. For a girl, the sound is just a little low and pleasant to the ear. It's Elma. She was supposed to be a maid without glasses. She told Deborah in such a beautiful manner. "With all due respect, Earlier, Deborah said," You, maids from King's Landing. "In other words, this is not harassment against Irene, but just to see how we - me and Irene - do our daily work." "... fu, huh. That's what I've been saying." Of course, Deborah wasn't interested in the glasses maid, but she was pressured by Elma's releasing temper and nodded to match the Tsujitsu. "Of course, I'm going to ask both of you. Well, either way, it doesn't matter to you -" "Now, let's start with me and Irene." "What about it?" Deborah turned her suspicious gaze to Elma, who cut herself to pieces with a low posture. "So I'm going to pick up the beans, polish the floor, change the flowers in the vase, peel the vegetables, change the water bottle for bed makeup, refill the cosmetic bottle, soot the lamp, polish the silver and organize the closet, and let you go out to the city." Deborah opened her eyes to the sight of the neighborhood with an enormous amount of work without even looking at the notes. "No, don't worry. I don't think it's going to take long, and I think it's really" normal "to give back the accommodation with labor, which is often depicted in classics and fairy tales." Deborah was puzzled by what was said indifferently. But she finally snorted her nose, seeing it as mere strength. "Oh yes, that's the maid from King's Landing. I'm looking forward to seeing how far we can go in one day." And even though I hate it, "By the way, today, to commemorate the start of the city, a prestigious boulevard is coming. I'm sure it'll be over by noon, so it's none of your business." I threw up and turned my heel back. The maid with Deborah shrugged her shoulders and left. Later, only Elma and Irene remained indignant. Irene must have fished up her cat-like eyes and spread her hands. "I can't believe that's the honorable border lady! Already, Elma! Why do you accept such irrational orders? You knew that was harassment!? Apparently, he is angry not only with Deborah, but also with Elma, who has followed her lightly. Elma leaned her neck to a colleague who revealed her plump anger. "No, but that's how Irene looked when we met." Ugh "Besides, it is a request that is too modest to be unreasonable, and not so angry. I think it's a case that can be solved by myself in a few minutes." Eh? Irene is busy putting pressure on her past work or pulling on her opponent's breakthrough abilities. After a sudden agony, Irene told Elma with a slight hesitation. "... hey, I'm a little worried about your ability and your unexpected forgiveness." "Worried?" "That's right. If it's objectively unreasonable, no matter how much it doesn't matter to you, you should be angry. After all, the opponent will get a shoulder watermark, and you will be comfortable, but the fact that you are being exploited will not change. In order to do that, you must be angry and resist." Angry, resists. Elma pinched her cheeks strangely and repeatedly, and Irene continued. "What would you do if you bought a fight sold to me? I'm glad you tried to protect me, but then you should be angry with me. Come on, repeat it now! Pumpkin ! When Elma followed honestly with her cheeks pulled, Irene finally let go. "Let me give you a break for today.... thank you, Elma." At the end, she seems to have a slightly different face to add. Irene exhaled a short breath and when she changed her mind, she switched from wearing tight clothes - unusual personal clothes when she went down to town - to maid clothes. "Elma, I'm sorry, but can you really help me? Share your work with me." Looking around the room, I found a vase decorated by the window. The first thing she did was replace the flowers and reach out to them, where she made her eyes shine like a prank. Take out some of the flowers from the autumn that were alive, and wrap them around in a dexterity loop. Two flower crowns were formed in no time. "What is this...? "It's a flower crown that girls wear during the Harvest Festival. The truth is, I have flowers for exclusive use, but instead." When Irene told her in a good mood, Elma stared seriously at the flower crown. "It doesn't seem like an item that improves your defenses. A tool to clarify the Festival King? Or perhaps it has a psychoactive effect that boosts the wearer's excitement." "... I wonder if the last of them is still close. Feel festive by putting the iconic flower of the rich goddess in your hair or wearing it as a crown." Elma nodded with interest. "This is how friends make crowns with the same flowers. It's like a sign of friendship." Raise your face a little to complement Irene. And then... "- Really?" In addition to his thoughts, he stroked the flower crown raised by Irene with a careful hand. I'm afraid, and then I sniff until I smell it. It smells good. And a little murmuring like a hiccup. "... I can't even put a flower crown on this shelf while I'm working." Irene, who seemed embarrassed by Elma, put the resemblance and the flower crown on the shelf - next to the outer jacket she had just unfolded - and this time she turned her shoulders around. "Come on, let's get to work. We'll leave before noon! Let's start by polishing the floors in this room! As soon as I declared my temper, I screamed at the wind that wound up. Irene, who covered herself aggressively, lowered her arms, and a polished floor appeared in front of her. "How about this?" The windswept killer held the mop in one hand somehow from somewhere and pushed up the bridge of his glasses. Thick glass and a smoothly polished floor sparkled in the light. "I tried varnishing with a little energy." "What is that!? Irene slightly lost sight of her work, which was much faster and better than expected. Shifts are hard to overlap - because Elma mostly works alone - and the speed of her colleagues' work is rumored. Irene, who listens to it all the time, intended to understand Elma well in the past few months. I was going to tell her - but instead of actually seeing it, she knew that the shock was different. "That's right... Well then, shall I put the linen in the laundry?" "Ah, I've made it a flexible finish, but would you prefer an outer drying or an inner drying?" "When!? Well then, I'll help you with the skin peeling..." "I tried using the rest of the sneaky skin to fry the chips, but how about that?" "So when!? Ha ha! And umm! In an instant, all work is done at a level that exceeds perfection, and there is no sign of Irene. When she was stunned, Elma said, "Actually, I woke up a little early, so I secretly and voluntarily helped Irene while she was asleep." I told her. Irene rushed through the notes Deborah left behind and managed to secure her own mission. "Wow, let me do a little too! Then she jumped out of the room to replace the flowers in the mansion, and the next time she passed Elma in the hallway, she had already completed nearly ten tasks. "We've replaced the flowers. Where's Elma?" "Thanks to you, I've finished picking up beans, refilling bottles and lamps, polishing silver and organizing closets." "Damn, there's a god...! "At the same time, the pond seemed to be full of insects, so I stripped it." "So, God! The tone of Irene's tone is disturbed by the upset. Looking at it, like a member of the lord's family, the inner part of the mansion, which had some kind of gloomy appearance, no, even the pond in the garden, shined beautifully everywhere. "Dazzling...! Elma is only pale. With this, their sudden work was successfully completed. What kind of miracle can you do your job so quickly? Irene shook her coworker's shoulders and said she wanted to ask her best, but she calmly decided that she couldn't reproduce the way she actually did it. She consciously changed her mind again and returned to the room with Elma. "Thank you, Elma. If this is all done, I can't believe Miss Deborah complained about us going out." With a winning smile, I put my hand on the door knob. But Irene lost her words there. Because the vase that was supposed to be alive again fell down by the window, and was shattered and scattered on the floor.

27.シャバの「普通」は難しい(2) 「沈黙は肯定とみなすわよ」 豪奢な、けれど薄暗い部屋に、リーゼルの這うような声が響く。 答えがないのを確認すると、彼は掴んでいたハイデマリーの頤をぱっと放し、忌々しげに舌打ちした。 「......あたり、ってわけ。見損なったわよ、ハイデマリー」 娼婦の肌に触れていた手を、汚らわしいとでもいうように服に擦りつける。 化粧を施したアーモンド形の瞳には、いまや溢れんばかりの軽蔑の色が浮かんでいた。 を乗っ取ったとき、あんたは『お腹の子どもに快適な環境をつくるため』って言ってたじゃない。あたし、感心したのよ。大した女だと思ったわ、だから協力したの。なのに、なんなの。エルマはしょせん、あんたにとっては駒でしかなかったってわけ?」 背もたれの後ろから、勢いよくソファを蹴り上げる。 細身でありながら、彼のひと蹴りで重厚なソファは大きく揺れた。 「ざっけんじゃないわよ。あんたにエルマの母親たる資格なんてないわ。よくって? エルマの母親の座はあたしがもらう。あの子はこの家に帰ってきて、あたしたちと幸せに暮らすの。そして、あんたには出て行ってもらうわ」 「......エルマは帰ってこないわ――」 「いいえ、帰ってくる」 ようやく口を開いたハイデマリーを、リーゼルは素早く遮ってみせた。 そうして、再び背もたれに手を突き、背後からハイデマリーに頬を寄せた。 「あんた、あの子に『普通の女の子がどういうものかわかるまで、帰ってきちゃだめ』なんて言ったらしいわね? ひどい話よ――あたしたちに育てられたあの子が、普通になんてなれるわけないのに。......でも、大丈夫。あたしが、ちゃあんとフォローしといたから」 ハイデマリーがぱっと振り返る。 人形のようだった白皙の美貌に、とうとう険しい表情が浮かんだのを見て、リーゼルはせせら笑った。 「『言い聞かせて』おいたのよ。『普通になんかなれなそうだと思ったら』『マリーの命令なんて無視して』『どんな手を使ってでも』おうちに帰ってらっしゃい、ってね」 刷り込み――暗示をかけておいたということだ。 ハイデマリーがその猫のような瞳に、はっきりと苛立ちを浮かべたのを認めて、リーゼルはますます笑みを深めた。 「愛しい我が子を突き放すなんて母親の所業じゃないわ。世間に馴染めない子どもすらも、温かく迎え入れる、そういう場所を作ってあげるのが母親の――ってうおぉあああ!」 が、その文尾はどすの利いた雄たけびに焼かれた。 「痛ぁああああ! あんたっ、なに、すんのよ!」 「香水を吹きかけただけでしょ。目に」 「どっから出てきたその香水!」 「谷間よ」 しれっと答えてから、ハイデマリーは気だるげに肩をすくめた。 「ブランデーだったら失明していたかもしれなくってよ。軽いアルコールしか含まない香水で、残念、もとい、幸運だったわね」 「至極無念そうに言ってんじゃないわよおおお!」 目を押さえながらリーゼルが絶叫すると、それを聞きつけたのか、居室のドアが開いた。 「どうした? 討ち入りか?」 席を外していた、ギルベルトである。 「いいえ。ただのご乱心よ」 ハイデマリーはひらりと片手を上げて答え、それから、少し拗ねたように付け加えた。 「【嫉妬】ったら、わたくしの母性と賭けの行方を、思い切り否定してくるものだから」 「それは」 精悍さを含んだ理知的な顔に、面白がるような色が浮かぶ。 ギルベルトは整った唇の片方だけを持ち上げると、わずかに首を傾げてみせた。 「無謀だな」 ようやく目の痛みが落ち着いてきたリーゼルは、充血した瞳をハンカチで押さえながら、ぎらりとふたりを睨みつけた。 「この女に十分な母性が備わっているとでも? 賭けってなんのことよ」 「エルマがすごすご帰ってきてしまうかどうかの賭けよ。ちなみにわたくしは、『帰ってこない』にすべてを賭けてる。あの子を信じているから」 怪訝な様子を隠しもしないリーゼルに、ハイデマリーは小さく微笑んだ。 「そして、わたくしはこれまでどんな賭けにだって、負けたことはないわ」 「――その賭けに関連してだが」 とそこに、ギルベルトが切り出す。 彼はそのたくましい手の片方に、一枚の便箋を持っていた。 「我らが看守殿のもとに届いた手紙によれば、近々、この リーゼルが目を瞬かせるのをよそに、ハイデマリーは静かに問う。 彼女は膝の上で両手を組み、じっとテーブルの上のチェス盤を見つめていた。 来るのかしら」 「ああ、それが――」 ギルベルトはちらりと彼女に一瞥を向け、それからおもむろに口を開いた。

28 27. Shaba'S "Normal" Is Difficult (2) "Silence is considered affirmative." In a luxurious but dimly lit room, the voice of Reese crawls. When he saw that there were no answers, he let go of the hypemary he had grabbed and shouted his tongue in disgust. "... around. I missed you, Hydemarie." The hands that touched the prostitute's skin rubbed against her clothes as if they were dirty. The make-up almond-shaped eyes were now overflowing with contempt. "Once upon a time, when you took over the prison, you said, 'To create a comfortable environment for children with stomachs.' I was impressed. I thought you were a big girl, that's why I helped you. But what is it? Elma was nothing but a token to you? From behind his back, he kicked up the sofa vigorously. As slender as he was, the heavy sofa swayed heavily with one kick. "Oh no, you don't qualify as Elma's mother. Arrive? I'll take Elma's mother's seat. She will come back to this house and live happily with us. And I want you to leave." "... Elma's not coming back..." "No, I'm coming home." Rezel quickly blocked Hydemarie, who finally opened her mouth. Then he put his hand on his back again and cheeked Hydemarie from behind. "You said to her," Don't come home until you know what a normal girl looks like. "It's a terrible story - we can't make her normal.... but it's okay. I followed you." Hydemarie glances back. When she finally saw a sharp expression on her doll-like white face, Rezel laughed. "I said, 'Tell me.'" I thought I'd be normal. "" Ignore Marie's orders. "" Use any hand. "Welcome home." Printing - it means that it has been implied. Acknowledging that Hydemarie was clearly frustrated with her cat-like eyes, Rezel began to smile more and more. "It's not my mother's business to throw my baby away. Even children who aren't familiar with the world are warmly welcomed. It's my mother's idea to create such a place! But the end of the sentence was burned by a sharp male. "Ouch! Ouch! Damn, what the fuck! "You just sprayed perfume, didn't you? In the eyes." "That perfume that came out somewhere! It's the valley. After a quick answer, Hydemarie shrugged her shoulders. "If it were a brandy, I might not have been blind. I'm very lucky to have a perfume that only contains light alcohol." "I don't want to say that with utmost carelessness! When Liesel screamed while holding her eyes, the door to her room opened, wondering if she had heard it. "What's wrong? Are you in?" Gilbert, who was absent from his seat. "No, I'm just upset." Hydemarie answered with a flickering raise of one hand, and then added with a little reticence. "[Jealousy], it will completely deny my mother and the whereabouts of the bet." "That's..." An interesting color comes to mind on an intelligent face that includes toughness. Gilbert lifted only one of his neat lips and slightly tilted his neck. That's reckless. The pain in her eyes finally subsided, Rezel glanced at them with a handkerchief while holding her bloody eyes down. "You think this woman has enough motherhood? It's a bet." "It's a bet that Elma will come home amazing. By the way, I'm betting everything on" not coming back. "Because I believe in her." Hydemarie smiled little at Riesel, who didn't hide his suspicions. "And I've never lost a bet before." "... in connection with that bet." And there, Gilbert cuts out. He had a postcard in one of his stubborn hands. "According to the letter we received from the Guardian, there will be a new arrival in this prison soon. Attempted royal murder." Heidemarie quietly asks as Liesel blinks her eyes. She put her hands together on her lap and stared at the chess board on the table. "I wonder who's coming." Ah, that's... Gilbert glanced at her and then barely opened his mouth.

18.「普通」の探し物(6) ケヴィンは四つん這いになって、恐る恐る崖の縁を覗いてみる。 遥か遠く、めまいを覚えそうなほどの高さを誇る崖の下では、黒い波がごう、と唸りながら岩にぶつかって砕け、とてもそこに降りていく勇気は持てなかった。 「母上の、形見が......」 命と引き換えに自分を産んだという母。 顔すら知らない彼女と自分を繋ぐ、指輪はたったひとつの絆だった。 そしてまた指輪は、次期領主の座を示す証でもある。 それは唯一、病弱で発育も悪いケヴィンに対し、領主の息子たることを認め、求めるものでもあったのに――。 生意気そうなケヴィンの瞳に、じわりと涙がにじむ。 しかし、彼はそれを零すことはしなかった。 ――自業自得だ。 「......僕は領主にふさわしくない、ということか......」 代わりに彼は、幼い唇に自嘲の笑みを刻んだ。 ケヴィンが指輪を失ったのは、ほかに武器がなく、しかも冷静さを欠いていたためだ。 ではなぜ武器がなかったかといえば、それは彼らを助けてくれたエルマに対し攻撃を仕掛けていたからであり、なぜ冷静さを欠いていたかといえば、自分が魔蛾を呼び寄せ、しかも姉を追い詰めてしまったせいである。 どれもこれも、自分自身のせいであった。 「......取り乱して――攻撃して、悪かった」 「ケヴィン......」 ごし、と目じりを拭い、ケヴィンがエルマに向き直って短く詫びると、デボラは驚いたように瞠目し、ついで眉を下げる。 ルーカスやイレーネも素早く視線を交わし、後味が悪そうに肩をすくめた。 「――謝るのはこちらのほうでございます」 なぜだかエルマはすっとその場に跪き、深々と首を垂れた。 「私がもう少し早く魔蛾を取り押さえておけば、防げる事態でございました」 「......いや、そんなことは――」 「ございます。つい、番わせるときに効率がよいようにと、オスとメスを別の袋に仕分けながら捕獲したことで、手間取ってしまい......大変申し訳ございませんでした」 「そんなことしてたのか!?」 ついケヴィンはぎょっと叫んでしまう。 しかしエルマはその突っ込みは聞き流し、ぐっと軽く拳を握った。 「お詫びに、指輪を探してまいります」 これには、ケヴィンだけでなく、一同が驚愕の叫びを上げる。 特に、デボラとイレーネは慌ててエルマを止めにかかった。 「な、なにを仰るのですか、エルマ様! 指輪は海に沈んだのですわ!」 「そうよ、まさか海へ飛び込むつもりじゃないでしょうね!」 と呼ぶ。 エルマはきらりと眼鏡を光らせ、頷いた。 「はい、そのつもりですが」 「馬鹿ーっ!」 イレーネは思わず罵声混じりの悲鳴を上げた。 「あなた、あなたね! わかってるの!? 海よ!? 海なのよ!? 海は広いの、大きいの! 見つかるわけがないでしょう――ってこら! 今すぐにでも崖から飛び降りようとしない!」 と、思い立ったら即実践のエルマが、ぽいと靴や靴下を脱ぎはじめたのを見て、彼女はいよいよ恐慌をきたした。 「殿方の前で素足を見せないの! あああっ、裾を持ち上げないで!」 「――やめろ、エルマ」 ルーカスも眉を寄せて、エルマの腕を取る。 彼は至近距離から、険しい顔で低く告げた。 「ケヴィンには気の毒だが、おまえが探してやる義理はない。目を覚ませ、そもそもこんな崖から飛び降りて、無事でいられるわけがないだろう?」 苛立ちは、心配に由来するものだ。 エルマの驚異の身体能力は知っているし、突飛な行動だって何度も目にしているが、かといってそれは、目の前で少女が崖から飛び降りようとしているのを止めない理由にはならない。 ごつごつとした岩肌がむき出しとなった、高い崖なのだ。 身を投じたらその場で岩の壁に叩きつけられるかもしれないし、海面から突き出た岩礁に身を貫かれるかもしれない。 濁流に引きずり込まれ、海の藻屑となってしまう恐れだってある。 そんな中で、どこに沈んだともしれない小さな指輪を探そうなど、狂気の沙汰だった。 「ですが、私、泳ぎには少々覚えが――」 「だとしてもだ。いいか、言っておくが、海で数百マイルも泳ぐなどというのは『普通』ではないぞ。指輪を探すためにこの海を泳ぎ切ろうものなら、たちまち『普通』のお墨付きは消えてなくなることになるが、それでもいいのか?」 卑怯とは承知しつつも、エルマにとって一番有効な切り札をちらつかせてまで、制止する。 エルマはちょっと顎を引き、唇を引き結んだ。恐らく、眼鏡の奥の瞳はじっとこちらを見上げていることだろう。 ルーカスは、つくづく今、彼女が眼鏡をしてくれていてよかったと思った。 あの美しい夜明け色の瞳で、拗ねたように上目遣いなどされた日には、「だから仕方ない、俺が代わりに飛び込もうか?」などとうっかり口走ってしまいそうだから。 「........................かしこまりました」 長い、長い沈黙のあと、結局エルマはそう答えた。 ルーカスも、傍で聞いていたデボラやイレーネたちもほっと胸を撫でおろす。 しかし、次の瞬間、エルマは思いもよらぬ言葉を放った。 「では、それ以外の方法で、指輪を探します」 まだ諦めないというのか。 眉を寄せたルーカスの隙を突き、エルマは腕を振り払って数歩後ろに後退する。 いったいなにを、と見守る周囲の前で、彼女は軽く予備動作を付け―― 勢いよく、崖の向こうに飛び込んだ! 「――............っ!」 「きゃああああああっ!」 男性陣は息を呑み、女性陣は絶叫する。 慌てて崖に身を乗り出した彼らの視線の先で、エルマは落下しながらくるくると宙返りを決め、 「あの、馬鹿......っ」 「エルマあああああっ!」 「水しぶきひとつ上げない、完璧なリップクリーン・エントリー! 痺れますわ! ってそうではなくて......エルマ様......っ!」 約一名、完全にエルマに心酔しているデボラだけは、心配しながらもつい彼女を称える言葉を口にせずにはいられない様子だ。 ケヴィンは、青褪めて崖下を覗き込む三人の背後から、呆然と海を見つめた。 そして、自らも手で口を覆い、さあっと血の気を引かせた。 崖にぶつかって砕け、飛沫を残しながら唸る黒い波。 小舟くらいなら丸ごと海底に引きずり込んでしまいそうな、獰猛なうねり。 年上とはいえ、成人もしていない小柄な少女が。自分のために。 ケヴィンはひゅ、と喉を鳴らした。 彼女は、自分は、いったいなんということをしてしまったのだ。 「馬鹿め、波間に落ちたわけではないとはいえ、この濁流だ、溺れない保証はないぞ......! くそっ、俺は山を下りてボートを用意する。イレーネ、おまえはそこからエルマの姿を探して、俺に向かって叫んでくれ」 「は......はい......っ!」 イレーネは両手を組み合わせたまま、何度もこくこくと頷く。 「は、早く、エルマを引き上げてやってくださいませ......!」 うわごとのように叫ぶのは、いつまで経ってもエルマが海上に出てこないからだ。 深くまで沈み、それから浮かび上がってくるのだとしても、時間が掛かりすぎている。 まさか、勢いよく入水したはいいものの、その先で溺れているのではないか。 水面下にあった岩にしたたかに身体をぶつけたのではないか。水に棲む魔物に襲われたりしているのではないか。 瞬時にいくつもの、恐ろしい可能性が脳裏を駆け巡り、イレーネは震えた。 「エルマ......っ、『普通』でなんかなくていいから、泳いで私たちのもとに、帰ってきて......っ」 関節が白く浮き出るほどの力で両手を握り合わせ、祈る。 と、そのとき―― 「ああっ!!」 の姿を探していたデボラが叫んだ。 「ご覧くださいませ! あそこ......!」 喜色の滲む声に、イレーネだけでなく、山を駆け降りようとしていたルーカスまでもが慌てて振り返る。 彼らの視線の先、渦巻く波の間には、 「――エルマ!!」 波間から上半身だけを覗かせた、エルマの姿があった。 彼女は周囲で飛沫を上げる波をものともせず、眼鏡の角度すらずらさぬまま、悠然と片手を上げている。 そのほっそりとした手の先には、きらりと光るなにかが握られていた。 細い鎖に繋がれた、陽光を弾いて輝く輪。 ケヴィンの――母の形見の指輪だ。 「エルマ......!!」 宣言通り指輪を取ったどーしてみせたエルマに、イレーネやデボラは感嘆を滲ませた叫びを上げる。 しかしルーカスは、あることに気付いて眉を寄せた。 「............?」 エルマは一見、波間にぷかぷかと浮かんでいるだけのように見える。 見えるがその実、滑らかにこちら側へと移動していた。 いや、滑らかでありながらも、ぐんぐんとかなりのスピードで近づいてきている。 崖との距離が縮まるにつれ、徐々に海面上に全身が持ち上がっていき、それに伴い、エルマが今どういう状態であるのかが明らかになってきた。 彼女は、ペナントのように三角形をした 流木ではない。 漂流していた舟の残骸でもない。 なにかもっと、ぬらりと艶やかな体表を誇る、巨大で、ダイナミックに全身をうねらせている―― ルーカスは思わず、崖に噛りついて絶叫した。 「おまえ、いったいなにに乗っている――――!?」

50 18. "Normal" Findings (6) Kevin crawls on all fours and peeks at the frightening edge of the cliff. Under the cliffs, which were so high as to remember vertigo, the black waves roared and smashed into the rocks that I had no courage to go down there. "Mother, I can't see..." A mother who gave birth to herself in exchange for her life. The ring was only one bond that connected itself to her without even knowing her face. And the ring is also a sign of the seat of the next lord. It was the only thing I wanted Kevin, who was sick and stunted, to be recognized as the Son of the Lord. Kevin's cheeky eyes began to weep. But he didn't do it zero. --You deserve it. "... I'm not worthy of a lord..." Instead, he carved a self-taunting smile into his young lips. Kevin lost the ring because he had no other weapons and lacked calm. Then why there was no weapon was because it was attacking Elma, who helped them, and why she lacked calm, because she summoned the moth and hunted down her sister. All of this was my own fault. "... I'm sorry for disturbing you... by attacking you" "Kevin...." As Kevin turned to Elma and apologized briefly, Deborah glanced surprisingly and lowered her eyebrows. Lucas and Irene also quickly turned their gaze and shrugged their shoulders to make the aftertaste look bad. "--This is the one who apologizes." For some reason Elma knelt down on the spot and hung her neck deep. "It was something I could have prevented if I had seized the moth a little sooner." "... no, that's not true..." "Thank you. I apologize for the hassle caused by capturing males and females in separate bags, so that they could be more efficient when I put them on duty." "Did you do that!? Kevin screams a little. But Elma heard the burst and held her fist slightly. "Apologies, I'll look for the ring." Not only Kevin, but all of us shouted in dismay. In particular, Deborah and Irene rushed to stop Elma. "Nah, what are you saying, Elma! The ring sank in the sea! "Yes, you're not going to jump into the ocean! People call it pretending. Elma glanced at her glasses and nodded. Yes, I'm going to do that. "Idiot! Irene suddenly raised her scream mixed with curses. "You, you! Do you understand!? The sea!? It's the sea! The sea is huge, it's huge! There's no way they're gonna find us! I won't jump off the cliff right now! And when she remembered, she finally panicked when she saw an instant, practical Elma begin to take off her shoes and socks. "I won't show my bare feet in front of you! Oh, don't lift the hem! "- No, Elma." Lucas raised his eyebrows and took Elma's arm. He lowered his face from a close range. "I'm sorry about Kevin, but you don't have a stepsister to look for. Wake up and jump off these cliffs in the first place. How can you be safe? Frustration stems from fear. I know Elma's amazing physical abilities, and I've seen her fly over and over again, but that doesn't stop the girl from jumping off the cliff in front of her. It's a tall cliff with crunchy rocky skin. If you throw yourself, you may be able to hit the rock wall on the spot, or you may be penetrated by a rock that protrudes from the surface of the sea. There is also a risk of being dragged into turbid currents and becoming seaweed. It was crazy to look for a little ring that could have sunk anywhere in the world. "But I remember a little bit about swimming..." "Even so. Look, I'm telling you, it's not normal to swim hundreds of miles in the ocean. If you're going to swim through the ocean looking for a ring, the" Normal "tattoo will soon disappear, but is that okay? While acknowledging the cowardice, stop it until it flickers the most effective trump card for Elma. Elma pulled her chin a little and tied her lips. Perhaps the eyes in the back of the glasses are staring up at us. Lucas was glad that she was wearing glasses right now. On that beautiful dawn eyes, the day I was stubbornly staring at you, I said, "So I can't help but jump in instead? Because it's going to happen accidentally. "............................................................" After a long, long silence, Elma answered. Lucas and Deborah and Irene stroked their chests with relief. But the next moment, Elma released an unexpected word. "Well, I'll look for the other way around." Still won't give up? Poking through Lucas's gap with her eyebrows raised, Elma shakes her arms and retreats a few steps back. What the hell are you looking at? In front of the surroundings, she lightly applied a preliminary motion - I jumped over the cliff! "----------------!" "Kyaaaaaaaaa! The male side takes a breath and the female side screams. Beyond their gaze as they hurried out onto the cliff, Elma turned around as she fell, deciding for a smooth inlet (no splash). "You idiot...." "Elma, ahhhhh! "Perfect lip clean entry without a splash! It's numb! That's not it... Elma...! Only about one person, Deborah, who is completely intoxicated with Elma, can't help but say words of praise to her worried. Kevin stared stunnedly at the sea from behind three people peering down the cliff as they faded. And I covered my mouth with my own hands, so I quickly caught my blood. A black wave that hits a cliff, crushes it, and roars while leaving a splash. A fierce wave like a canoe that could drag the whole boat to the bottom of the ocean. Though older, there is a small girl who is not even an adult. For yourself. Kevin chuckled his throat. What has she done to herself? "Idiot, I didn't fall between the waves, but this turbidity, I can't guarantee that I won't drown...! Damn it, I'll go down the mountain and get a boat. Irene, look for Elma from there and shout at me." "Ha... yes...! Irene nodded with both hands together. "Hurry up and pull up Elma...! Screaming like a wolf is because Elma will never come out of the sea. Even if it sinks deep and then comes up, it takes too long. I don't think so. I hope you rushed into the water, but you're drowning beyond that. Maybe he hit his body against a rock under the water. They are attacked by monsters living in the water. In an instant, several terrible possibilities ran through his brain, and Irene trembled. "Elma... you don't have to be 'normal', just swim back to us..." Grasp and pray with your hands as white as the joints emerge. And then... "Ahh!! Deborah, who was crawling on all fours beside him, screamed as he looked for the Patriarch (Elmael) beneath the cliff. "Take a look! Over there...! Not only Irene, but even Lucas, who was about to run down the mountain, looked back in haste at the exuding voice of joy. Beyond their gaze, between the swirling waves, "Elma!! There was an Elma who only peeked at her upper body from the waves. She raises her hand gently without even shifting the angle of her glasses, without thinking about the waves that raise the splash around her. At the tip of his slender hand was something shining. A ring connected to a thin chain that plays sunlight and shines. It's Kevin's mother's ring. "Elma...!! Irene and Deborah screamed with admiration to Elma, who took the ring as declared. But Lucas noticed something and raised his eyebrows. ............ At first glance, Elma seems to be just floating in the middle of the waves. I can see it, but it was moving smoothly to this side. No, even though it's smooth, it's getting closer and closer at a lot of speed. As the distance from the cliff narrowed, the whole body gradually rose above the sea surface, and with it, it became clear what Elma was like now. She was caught (...) in something triangular like a pennant. It's not driftwood. Nor is it the wreckage of a drifting ship. Something huge and dynamic, with a glossy, glossy surface. Lucas chewed on the cliff and screamed without thinking. "What the hell are you on...!?"

15.「普通」の剣技(1) 秋深き空はどこまでも澄み渡り、わずかにひやりとした風が、興奮した人々の頬を心地よく撫でてゆく、まさに武闘会日和の朝。 聖剣士の部に臨むべく、淡々と闘技場へと足を進めるエルマとは裏腹に、イレーネは既に疲労困憊の態だった。 「エルマ......ほんと、あなたって......あなたっていう人は......」 小さな独白は、もはや魂を削りきった人のような虚ろさだ。 そう。イレーネはルーカスとの密談を経てからというもの、今この瞬間に至るまで、エルマをなんとか足止めしようと、あらゆる手段を講じてきたのである。 が、部屋を真っ暗にしておき寝坊させようとすれば、逆にジェントルに起こされ、あげく「目覚まし時計なるものを発明しましたので、どうぞ」とプレゼントされる謎展開。 朝食の準備を遅らせて遅刻させようとすれば、昨日の異常生育した野菜で仕立てた、マクロビ食フルコースを振舞われるという逆転劇が待ち受けていた。 ちなみに時計は大層精巧で美麗な作りで、料理のほうは軽やかに昇天しそうな美味しさであった。 ほかにも、懇々と説得してみたり、脅したり宥めすかしたりしたのだが、逆にこちらが必死過ぎるのを不思議がられ、途中で撤退。 やけくそになり、「ああっ、お腹が痛い! 私のことを思うなら、聖鼎杯など辞退してそばで看病して!」ともんどりうってみたところ、診察では原因が掴めなかったエルマが――仮病なのだから当然だ――真顔になり、全身外科手術の用意をしはじめたので、イレーネは「治りましたぁ!」と挙手せざるをえなかった。 結果、今、エルマは特に何ごともなかったように、舞台への入り口をくぐろうとしている。 聖女の部とは異なり、舞台は剣技が披露される危険な空間となるので、入場するのは候補生だけ。従者や侍女はここで待機だ。 イレーネがじっとりとした視線を送っていると、それに気付いたエルマが、ふと後ろを振り返った。 「――イレーネ」 「な、なによ!?」 今度はどんな展開が待ち受けているのかと、イレーネが脊髄反射で肩をびくつかせると、エルマはそれをいなすように、ぽんと肩に手を置いた。 「大丈夫。いくらなんでも、私とてこの場で剣士無双をしようなどとは思っておりません。目指すは『普通』。あくまでも『普通』。どうぞ大船に乗ったつもりでいてください」 「............」 自信満々の様子に、イレーネはかえって不安になった。 その大船、実は泥船なのではないだろうか。 「ほ、本当に『普通』を目指すのよ? 言っとくけど、聖剣士や勇者にとっての『普通』ではないからね? 伝説級の武器とか隠し持ってないでしょうね。今回は魔獣退治が課題らしいけど、一撃で倒したりしてはだめよ。本当の本当にわかってる?」 エルマは神妙に頷きながら聞いていたが、「伝説級の武器」のあたりではっとした様子を見せると、素早く靴底からなにかを取り出し、ぺいっと闘技場の廊下に投げ捨てた。 見たところ、ミスリルだとかの希少金属でできていそうな、明らかに物々しい感じの短剣だった。 「もちろんです。お任せください」 「今なに捨てたーーーーーーっ!?」 「......いえだって、エクスカリバーの兄弟剣なんて、その辺を散歩していれば、ごろごろ遭遇するじゃないですか」 「そういうところよエルマーーーーー!」 イレーネががくがく揺さぶると、エルマは大人しく「すみません」と声を振動させながら謝った。 「メインの武器は事前に回収され、試合時に手渡される手筈になっているからと、油断しておりました。まさか護身用のナイフで『普通』を逸脱してしまうところだったとは」 「むしろ、小物の武器ですらエクスカリバー級ってどういうことなのよ! ねえ、本当に大丈夫なの!? 魔獣瞬殺とか、秒で優勝とか、本当にしないでね!?」 「大丈夫です。お任せください。そもそも今の私は侍女なのですから、それに見合ったことしかいたしません」 エルマはあくまで静かに請け負う。 イレーネはあと一歩踏み込もうとしたが、あまりに二人が騒ぎ過ぎたため、入場門付近のほかの候補生たちがざわつきはじめている。 それに気付いた彼女は慌てて自制し、「なら、いいわ」と、エルマを門へと促した。 見れば、冴えない用務員に扮したルーカスもまた、少し離れた舞台脇に控えている。 こちらに近付きながら、首尾はどうだ、といった心の声を飛ばしてきたので――実際には眼鏡が鋭く光っただけだったが――、イレーネはそっと視線を床に落とした。 背後でそんなサインが送り合われているとは知らず、エルマはまっすぐに舞台へと進む。 剣士という部門上、候補生たちは昨日とは打って変わって、筋骨隆々とした男性が多い。 その中で、背中をぴんと伸ばしてなお小柄なエルマは、冴えない眼鏡姿とはいえ、歩くだけで注目の的だった。 いや、この場にいる候補生や観客のほとんどが、彼女の素顔を知っている。 絶世の美貌を眼鏡で覆い隠しているからこそ、「今日は眼鏡を外すのか」「いつ外すのか」と、かえって関心を集めてしまっている有様だった。 「せめて、眼鏡を外させて平凡顔メイクをさせればよかった......っ」 観客席に座す学院話題の人物、クロエと――信徒化した彼女はさて措くとして、ラウルまでもが、じっとエルマを見つめているのを認めて、イレーネは歯噛みした。 いったい自分はなにをしていたのか。 マクロビ全席を食していたのだ。 悔やんでももう遅い。 己の食欲と、同僚の料理の腕前を恨むしかないイレーネであった。 と、候補者のすべてが舞台に出揃う。 最後に入場を果たしたのは、筆頭候補と噂されるジーノだった。 下町出身の彼は、学院では微妙な立ち位置にあるのか、彼が入場した途端、ほかの候補生たちが距離を置いたり、鼻白んだ表情を浮かべたりする。中には、「豚臭ぇ」と野次を飛ばす者もあった。 一方では、精悍な体つきとやんちゃそうな顔立ち、そして優れた武技がそうさせるのか、相当数のファンも付いているようで、彼が舞台を踏むと同時に、観客席から黄色い声が上がる。 それらを見て取り、イレーネはきゅっと顔を引き締めた。 ジーノを睨みつけるようにして見据え、ついで観客席に視線を移す。 彼女はなにかを抑え込むようにして拳を握ると、ついで頭を振り、再び舞台に向き直った。 聖剣士の部の開会まで、あと少しだ。 舞台上に並ぶのは、ざっと六十名ほどの聖剣士候補生たち。 武器によって聖力を補うことができるぶん、わずかな聖力しか持たずとも、武技さえ優れていれば候補生になれるようで、聖女や聖術師に比べてその数は多い。 舞台の中央には聖術陣が二つ、そして候補生たちの前には、聖布で厳封された箱がそれぞれ置かれている。 陣で二体の魔獣が召喚されるとともに、候補生たちの武器も解放される手筈になっているのだ。 候補生たちは事前に登録した武器のみを用い、魔獣を倒す。 見事魔獣を討ち取れば聖剣士の座が与えられ、逆に髪の毛一筋ぶんであっても傷を負えば、失格だ。 もし二体の魔獣が倒された時点で、複数名の候補生が残っていれば、彼らで直接剣を交えてトリニテートを決めることとなる。 まずは魔獣を倒すべし、と、誰もが闘志を湛えて聖術陣を睨みつけていた。 「――それでは、これより、聖剣士の部を開始する」 やがて、舞台中央、聖術陣のすぐ横に陣取った枢機卿が、朗々とした声でそう告げる。 今日の進行役は、昨日とは打って変わり、反ルーデン派筆頭――グイドであった。 「召喚する魔獣は、ヒュドラの 彼はよく通る低い声で言い渡すと、すっと右手を掲げた。 「それでは、候補生たちに神のご加護を。聖剣士の部――開始」 ――ぱああああっ グイドの合図とともに、武器を納めた箱と陣とが一斉に光を放つ。 候補生たちは素早く己の剣を取り出しながら、目を細めて陣を見守る。 はたして現れたのは、ぐねぐねと身をくねらせる巨大な蛇を、いくつも集めてくっつけたような、おぞましい姿の魔獣――ヒュドラであった。 舞台上で蠢く二体は、どちらも獰猛そうな その体液も猛毒を帯びているらしく、ぽたりと涎の垂れた床が、じゅっと音を立てて削れるのがわかった。 シューッ、シューッ、と威嚇するような声に、たちまち闘技場全体が緊張に包まれる。 控えの間で見守っていたイレーネもさすがに、魔獣の凶悪さに眉を寄せた。 「こんなに恐ろしい魔獣を召喚するだなんて......」 過去の聖鼎杯の記録を見るに、召喚される魔獣はせいぜいA級、大導師が数人で倒せる程度のものだ。 それが、まさかS級――熟練の聖騎士団と大導師が束になってようやく倒せる強さのものだとは。 観客はもちろん、候補生たち自身、特に、ヒュドラの性質を少しでも知っている者は、そのあまりの難儀さに顔を強張らせた。 ヒュドラは九つの頭と、毒の炎を持つ魔獣。 頭は一つを切り落とせば、傷口から二つが再生し、吐き出した炎が頬を掠りでもすれば、たちまち全身を焼かれるような痛みに襲われる。 剣士の天敵とも呼ぶべき存在だ。 中には、その圧倒的な強さの気配に呑まれ、己の剣を取り出せない者すらあった。 いや、半分ほどの候補生たちが、完全に硬直してしまっている。 「う......うおおおおおおおおっ!」 と、候補生の一人が、己の怒号によって緊張を打ち払い、ヒュドラに向かって突進を始めた。 周囲もはっとし、追従するように次々と陣へと走り出す。 「エルマは......!?」 イレーネ、そしてすぐ隣にやってきたルーカスが身を乗り出して見れば、エルマはようやく武器箱に手を掛けたところだった。 「よ......よし! ちょっと出遅れた感じのある動き! ナイスよ!」 「出足は好調だな」 二人は息もぴったりに、手すりに隠れたところでガッツポーズを決める。 特にルーカスは、これからなにが起こるかを知っているような、勝利を確信した笑みを浮かべ、舞台に佇むエルマを見守った。 視線の先では、エルマがゆっくりとした動きで――傍目には一応、恐怖に竦んでいるように見える――、箱の蓋を持ち上げている。 彼女はそれから、不思議そうに小首を傾げた。 「悪いな、エルマ。箱の中の武器は、ほかの得物にすり替えさせてもらったぞ」 「え!?」 傍らのイレーネが、ぎょっとしたように振り返る。 そこまでやるか、とでも思っているのだろう。翡翠の瞳に、強い驚愕の念を見て取ったルーカスは、ばつが悪そうに肩をすくめた。 「必要な措置だ。なにしろ、すり替えでもしないと、あいつは平然とオリハルコン製のカリブルヌスを持ち込むつもりだったようだから」 「......カリブルヌス......?」 「伝説上にしか存在しないはずの名剣だ」 ルーカスは、用務員としての権限を活かし、エルマが登録した武器の内容を検めたところ、それがとんでもない代物だったのだと説明した。 「武器の来歴」についての記載事項が、これまたぶっ飛んでいたということも。 「なんでも、『父が散歩中に拾った剣』だそうだ。峻厳な森の最奥で、龍に守られた巨岩に突き刺さった剣を、どうしたら散歩中に引き抜けるんだと思うが、なにしろエルマだ。万が一本当だったら、と思い、すり替えた」 「......ですね」 イレーネは端的に頷くにとどめた。 ただでさえ強いエルマに、そんな伝説級の剣など与えたらどうなるか。 結果は火を見るより明らかである。 と、武器箱の蓋に手を掛けたところで、エルマが動きを止める。 しゃがみこみ、小首を傾げたまま動かない彼女に、次第に観客がざわめきはじめた。 イレーネは、自らも舞台に向かって首を伸ばしながら、隣のルーカスに尋ねた。 「それで、なににすり替えられたのですか?」 ルーカスが口を開くのと同時に、エルマがすいと箱から武器を取り出す。 宙にかざされたそれを見て、観客たちが一斉にどよめいた。 「出刃包丁ーーーーーーーっ!?」 そう。 それは、どちらのご家庭にも必ず一本は常備されている、なんの変哲もない出刃包丁だったのである。

87 15. "Normal" Swordsmanship (1) The deep autumn sky is clear everywhere, and the slight breeze gently strokes the cheeks of excited people, just on the morning of the fighting day. Irene was already exhausted behind Elma's feet as she walked gently into the arena to reach the swordsmen's quarters. "Elma... really, you are... you are..." Little monologues are no longer as vain as people who have shredded their souls. Yes, Irene has taken every measure to stop Elma from talking to Lucas until this very moment. But if you try to keep the room dark and make it sleepy, Gentle will instead wake you up and present you with a mysterious development that says, "I invented an alarm clock, please." In an attempt to delay and delay breakfast, there was a reverse drama of being served yesterday's full course of macrobiotic food, made with abnormally grown vegetables. Incidentally, the watches were made with great sophistication and beauty, and the food was delicious that was likely to ascend lightly. In addition, I tried to persuade them, threaten them and forgive them, but on the contrary, they wondered how desperate we were and retreated on the way. Got fucked up and said, "Ah, my stomach hurts! If you think of me, decline the chalice and take care of me nearby! When I went back and forth, Elma, who could not grasp the cause at the clinic - naturally because it was a pseudo illness - became a real face and began to prepare for general surgery, so Irene said," It's healed! "I had to raise my hand. As a result, Elma is now trying to get around the entrance to the stage as if nothing had happened in particular. Unlike the Virgin's Department, the stage is a dangerous space where sword moves are displayed, so only the candidate enters. Servants and maids wait here. Elma, who noticed Elaine's gentle gaze, looked back. "--Irene" "No, what!? Now that Irene had shrunk her shoulders with spinal reflexes, Elma put her hands on her shoulders like she was doing it. "It's okay. I don't want to play swordsman with me for as long as I can. The goal is" normal "." Normal "only. Please stay on the big boat." ............ Irene was rather anxious to be confident. I wonder if that big ship is actually a mudboat. "Hmm, you're really aiming for 'normal'? To tell you the truth, it's not" normal "for swordsmen and heroes. You don't have any legendary weapons or anything. The challenge seems to be to defeat the Beast this time, but don't defeat it with a single blow. Really? Really? Really? Elma nodded mysteriously and listened, but when she saw something soft around the "legendary weapon", she quickly removed something from the sole of her shoes and threw it in the corridor of the arena. From what I saw, it was a dagger that seemed to be made of rare metals such as mythrill, and it was obviously a dagger with a sense of obviousness. "Of course. Leave it to me." "What did you just throw away!? "... no, but if you're walking around, you'll encounter a lot of excalibur brothers and swords." "That's it, Elmer! Elma apologized as she shook her voice, "I'm sorry." "I was alarmed that the main weapon had been collected in advance and was supposed to be handed over during the match. I didn't know it was a self-defense knife that was going to get out of the ordinary." "Rather, even a small weapon means an Excalibur class! Hey, are you sure you're okay!? Do you really not want to instantly kill a beast or win in seconds!? "It's okay. Leave it to me. I am a maid in the first place, so I can only do what is right." Elma only undertakes quietly. Irene tried to step one more step, but because they were too noisy, the other candidates near the entrance gate started scrambling. When she realized it, she panicked and restrained herself and urged Elma to go to the gate. Looking at it, Lucas dressed up as a disgraceful clerk also stood a little further away from the stage. As I approached here, I heard the voice of my heart - in fact, my glasses glowed sharply - and Irene gently dropped her gaze on the floor. Not knowing that such signatures were being sent behind each other, Elma proceeded straight to the stage. In a division called the swordsman, the candidates were different from yesterday, and there were many men with musculoskeletal problems. Among them, Elma, who was still small with her back stretched out, was eye-catching just by walking, even though she had incredible glasses. No, most of the candidates and audiences here know her face. It seemed that because I hid the beauty of the world with glasses, I was still attracting interest, "Do you want to take off your glasses today?" and "When do you want to take them off?" "At least let me take off my glasses and put on a plain face makeup..." Chloe, a college talker sitting in the audience seat, and she became a believer. As a measure, Irene bit her teeth when she admitted that Raul was still staring at Elma. What the hell were you doing? I was eating all the macrobbies. It's too late to regret it. It was Irene who had no choice but to resent her appetite and her colleagues' culinary skills. And all the candidates are on stage. The last person to enter was Gino, who was rumored to be the lead candidate. He comes from Shimomachi and is in a delicate position at the Academy, and as soon as he enters, other candidates distance or have a white look on their face. Some of them flew "pig stink." On the other hand, there seems to be a significant number of fans who have a tough figure, a nasty look, and a good martial arts technique to make him do so. As he steps on the stage, a yellow voice rises from the audience seat. Seeing them, Irene tightened her face. Looking at Gino, he turned to the audience seat. She held her fist so as to suppress something, then shook her head and turned back to the stage. We're almost at the opening of the Sacred Swordsman's Department. Around sixty holy swordsman cadets lined up on the stage. Even if you have only a small amount of sacred power, it seems that if you are superior in martial arts, you can make up for the sacred power with weapons, and the number is higher than that of saints and magicians. In the center of the stage are two holy magical groups, and in front of the candidates are boxes each sealed with sacred cloth. Two beasts were summoned in the formation, and the cadets' weapons were supposed to be released. The cadets use only pre-registered weapons to defeat the Beast. If you defeat the Magic Beast brilliantly, you will be given the Sacred Swordsman's seat. Conversely, if you have a bruise on your hair, you will be disqualified if you are injured. If there are more than one candidate left at the time of the defeat of the two beasts, they will decide the Trinitate directly with their swords. First, to defeat the Magic Beast, everyone was staring at the Holy Magic Team with their fighting will. "--Now, let's start the swordsman's section." Eventually, the Cardinal, in the middle of the stage, who was standing right next to the Ecclesiastical Circle, said so with a loud voice. Today's facilitator, unlike yesterday, was the anti-Luden leader, the Goode. "The summoning beast is Hydra's turn. Anyone who refuses sends a signal to the servant for the time being." Speaking in a low voice, he raised his right hand. "Now, bless the candidates. Saint Swordsman's Department - Begin" - Whoa, whoa, whoa. Together with the cue of the Goode, the box containing the weapon and the formation emit light at once. The cadets watched the team closely as they quickly retrieved their swords. It was Hydra, a monster with a creepy figure, who appeared as if he had gathered and stuck together several giant snakes. On the stage, both stupid and stupid drooling from the seemingly ferocious moose, revealing hostility. It seems that the body fluids are also highly poisonous, and I found that the mouthwatering floor could be shredded with a loud noise. Shoo, shoo, and an intimidating voice immediately engulfed the entire arena in tension. Irene, who was watching while he was waiting, frowned at the viciousness of the beast. "I can't believe I summoned such a terrible beast...." If you look at the records of the Holy Grail in the past, the beast that will be summoned is at most Class A, enough to be defeated by a few great priests. That's the strength of S-Class - skilled Knights and Grand Priests in bundles. Of course, the audience, as well as the candidates themselves, especially those who knew the nature of Hydra at all, forced their faces to face the difficulty. Hydra is a monster with nine heads and a poisonous flame. If one head is cut off, two are regenerated from the wound, and even if the exhaled flame grabs through the cheeks, you are immediately attacked by pain that burns your body. It should also be called the swordsman's natural enemy. Some were swallowed by signs of their overwhelming strength, and could not even take out their swords. No, about half the candidates are completely rigid. "Uhh... uhhhhhh! And one of the candidates got rid of his anger and started rushing toward Hydra. The surroundings are also calm, and they run to the line one after the other. "Elma....!? Irene, and Lucas, who was right next door, stepped forward and saw that Elma had finally put her hand on the weapon box. "That's it... that's it! A movement that feels a little late! Nice!" "You're doing well." They held their breaths tightly and held their guts in their handrails. In particular, Lucas watched Elma on the stage with a smile convinced of victory, as if he knew what was coming. Behind her gaze, Elma lifts the lid of the box with a slow motion - she looks scared at first sight. She then inclined her head strangely. "Sorry, Elma. The weapons in the box were replaced by other artifacts." "Eh!? The next Irene looked back slightly. I suppose you're wondering how far we'll go. Looking at his jade eyes with a strong sense of astonishment, Lucas shrugged his shoulders. "It's a necessary measure. After all, if we don't replace him, he was going to bring the Orihalcon caliburnus flatly." "... Caliburnus...? "A sword that should only exist on legends." Lucas used his authority as an agent to examine the contents of Elma's registered weapon, explaining that it was an incredible substitute. It also means that the descriptions of "weapon history" were flying again. "Everything is said to be a 'sword my father picked up while walking'. At the deepest point of the harsh forest, I wonder how to pull out a sword pierced by a giant rock protected by a dragon while walking, but it's Elma anyway. I thought if it were true, I'd replace it." "... I see." Irene simply stopped nodding. I wonder what happens if even a strong Elma is given such a legendary sword. The result is more obvious than looking at fire. And Elma stopped moving as she put her hand on the lid of the weapon box. Crouching down, the audience began to groan at her while her head was tilted. Irene asked Lucas next door as she stretched her neck toward the stage. "So, what did you replace it with? While Lucas opens his mouth, Elma removes the weapon from the box after rinsing. Seeing it in the air, the audience stopped at once. "Blade Knife!? Yes, it is. It was a bladed knife that was always available in both households, without any aberration.

16.灰かぶり姫3 「そろそろクライマックス、というところかしら」 ハイデマリーは、手にした絵と、テーブルに残った絵の枚数を見比べて、小首を傾げた。 既に並べ終えた絵を、改めて確認する。 灰かぶりと魔法使いの出会い、鉄靴を履いてのダンス修行に、汚れにまみれての豆拾い修行。 鍛錬の日々が続いたから、そろそろ灰かぶりにも、主人公らしい活躍の場があってほしいところだ。 「ということは、やはり次は、このあたりよね?」 白い指が次に摘まみ上げたのは、最も豪華な一枚だった。 どこからともなく差し込む光に包まれながら、中央に立つ灰かぶり。 薄汚かった普段着は、光の当たった箇所から光沢のあるドレスに変わり、煤にまみれていた顔も、美しく化粧が施されている。 なにより、真っすぐに観客を射抜くような視線が、清々しかった。 いかにも、辛い修行の日々を終えて決戦に向かう、とでも言わんばかりの風情がある。 「ね、そうでしょう、ギル?」 「......ああ」 良識を愛情によって溶かされてしまったギルベルトは、そっと視線を泳がせるだけだ。 それでもハイデマリーは満足げに頷くと、ふと、灰かぶりの背後に描かれた時計に視線を落とした。 「あら。なぜこんなに思わせぶりに時計が描かれているのかしら。舞踏会で時限爆弾でも仕掛けるの?」 「......いや。たしか俺の記憶では、灰かぶりが美しくいられるのは十二時の鐘が鳴るまで、という制約があったはずだ。恐らく、それを表現しているんだろう」 極力、ハイデマリーの考えたストーリーを崩さぬよう、控えめに申し出る。 すると、ハイデマリーは「そうなの」と目を瞬かせた。 「たしかに、三分間だけしか変身できない、みたいな制約があったほうが、物語として面白そうだものね。彼女の場合、それが十二時の鐘が鳴るまで、ということなのね」 幸い、指摘は受け入れられる内容であったらしい。 ハイデマリーは感心したように頷き、それから、凛と佇む灰かぶりのことをそっと指で撫でた。 「さあ、いよいよね、お姫様。十二時を告げる鐘の音には、どうか気を付けて――」 奇しくもそれは、本来の物語で魔法使いが告げる言葉と、そっくり同じものだった。

157 16. Princess Ashes (3) I think it's time for a climax. Hydemarie tilted her neck by comparing the pictures she had with the number of pictures left on the table. Review the pictures that have already been arranged. Meet the wizard in the ashes, dance in the iron shoes, and pick up the dirty beans. With the days of training going on, it's time for you to have a place to play like a protagonist in the ashes and brushes. "So, the next one is around here, right? The next piece of white finger picked up was the most luxurious. An ash cover that stands in the middle, wrapped in light that plugs in from nowhere. Dirty everyday clothes change from shiny dresses to glossy dresses, and the face covered in soot is beautifully makeup. Above all, the gaze was bright and straight through the audience. However, there is an atmosphere that I have to say that I will finish my hard training days and go to the final game. "Right, Gil? "... ahh" Gilbert, whose good sense has been melted by love, can simply swim his gaze. Yet Hydemarie nodded satisfactorily and dropped her gaze on the clock drawn behind the ashes. "Oh, I wonder why the clock is so improperly drawn. You're planning a time bomb at the ball? "... no. Indeed, in my recollection, there was a constraint that the ashes and blues would be beautiful until the twelve o'clock bell rang. Probably expressing that." Offer to be as modest as possible so as not to break Hydemarie's thoughtful story. Then Hydemarie blinked her eyes. "Of course, it would be more interesting to have a constraint like that you can only transform for three minutes. In her case, until the twelve o'clock bell rings." Fortunately, the allegations seemed acceptable. Hydemarie nodded impressively, and then gently stroked her fingers about the ashes standing on the ground. "Come on, princess. Be careful with the sound of the twelve o'clock bell -" Oddly enough, it was the same as the words the wizard told in the original story.

12.革命 昼なお薄暗い監獄の一室。 独特の雰囲気をまとう男女に囲まれながら、クレメンスが真剣な表情で、最初に捨てるべきカードの検討をしていた。 一国の中枢にあった者として、駆け引きの類は得意だ。 そしてまた、長く野心を飼っていた者として、彼は大の負けず嫌いでもある。 勝てば脱獄させてやるというこの勝負、たとえ囚人の戯言であったとしても、クレメンスに勝ちを譲るつもりはなかった。 (幸い手札は、強い役ばかり。これなら、造作もなく勝てる......) 冷静に手持ちの札を見つめたクレメンスは、密かに周囲の表情を見回しながら、そんなことを思った。 彼の対戦相手は、国の権力者に疎まれ失墜した元勇者と、思考能力をすべて筋肉に回してしまったような大男と、女のような青年、老人、子どもっぽい青年と、そして娼婦だ。 どれも、宰相として海千山千の相手と渡り合ってきたクレメンスからすれば、たわいもないと言えそうな者たちであった。 かろうじて、クレメンスと同類のように見える、物腰柔らかな老人――自分で言うのもなんだが、こうした穏やかそうな人間と言うのはたいていろくでもない本性を隠し持っている――と、表現しがたい迫力をまとっている娼婦のことは、警戒するに足る、と言えるが。 クレメンスは、わずか数秒のうちに戦略を構築し、最初に捨てるカードに指を掛けた。 じきに強力なカード同士の戦いになることを見越して、絵札や「2」の札は残しておく。 慎重を期して、手札の中では最弱の「7」辺りを捨て駒として確保しておくのもよいが、プレイヤーが多い以上、何度順番が回ってくるものかわからない。 下手に余力を残すよりは、弱い札をどんどん切り捨てていくべきだろう。 ハイデマリーの呼びかけから、最初は自分の番だと信じて疑わなかった彼は、おもむろに「7」の札を捨てにかかったのだが―― 「革命」 その横から、当のハイデマリーの声がかかり、同時に四枚の札が投げ出された。 「あら、聞こえなくって、クレメンス? 革命よ」 美貌の娼婦は、親切にも繰り返してくれるが、それでもなお意味がわからない。 というか、クレメンスはぽかんとしてしまい、展開に付いていけなかった。 「......いや、そうではなく、私の番だと思ったのだが」 「あら、いやだわ。まさかご自身がゲームの親だと思っていて?」 揶揄したつもりが、まるで自意識過剰の人間のように扱われ、羞恥でかっと頬が染まる。 一瞬言葉を詰まらせてしまったその隙を突いて、ハイデマリーは艶やかに微笑んだ。 「というわけで、今からカードの強さはすべて逆転するから、よろしくね」 「......なんだと......!?」 今度こそクレメンスはぎょっとした。 「どういうことだ......!」 「どうもこうも、同じ数字の札を四枚出すと、革命が起こって、強さがすべて入れ替わる。れっきとしたゲームのルールであり、技よ」 「そんな価値基盤を根底から覆すアクロバティックな技を、初手から繰り出す者があるか!」 出会い頭に鉈をふるうかのような乱暴さだ。 クレメンスはハイデマリーのあまりの暴虐ぶりに、思わず普段心掛けていた穏やかな物腰も忘れ、絶叫してしまう。 が、周囲は慣れたように肩を竦めるだけだった。 「まったく、あんたって本当にこの手の攻撃が好きな女よね。まともな精神の持ち主なら、のっけから革命なんて起こしやしないわよ」 唯一、クレメンスの側に立って嫌味を投げかけてきたのは、なぜかクレメンスが過去に会ったことのある気がする、女顔の青年である――もっとも、彼は単に、この娼婦に対抗心を燃やしているがためにそう言っているに過ぎないようだが。 青年が大仰に肩をすくめてみせると、ハイデマリーは拗ねたように小首を傾げた。 「ひどいわ、【嫉妬】。なにも、わたくしだけが革命好きのように言わなくたっていいじゃない」 彼女は、革命によって乱れた場を流すと、ハートの 「かわいいエルマだって、今頃、出会い頭に物事の根底を覆すような真似をしているかもしれなくってよ」 なにを思ったのか、彼女はくすくす笑いながら、絵札の女王を愛おしげに指で弾いた。 「あなたが大切に育ててくれたあの子ですもの。会う人すべてに、必ず刺激をもたらさずにはいられないはずだわ――もちろん、いい方にね」 「ふん、珍しく持ち上げるじゃないの。言っとくけど、褒められても手加減はしないわよ」 青年――リーゼルは、口では辛辣に返すが、その表情は満更でもなさそうである。 並の女性以上に「母性」の強い彼は、それを認められると、心のガードが緩まずにはいられないのである。 自慢の「娘」であるエルマのことを持ち上げられれば、特に。 「刺激といえば、あの子、ひとり暮らしになってもちゃんと肌の手入れはしているのかしら。人の骨格肌質を根底から変質させられるくらいの美容術は仕込んだつもりだけど、美の道は一日にしてならず。ヨガやストレッチを欠かさず行って、ときどきは強めに老廃物を流してあげないと、美のサットヴァには辿り着けないわ」 「......僕は常々疑問に思ってたんだけど、美の探究者が往々にして東洋系スピリチュアル世界にハマるのはなんでなんだろうね?」 リーゼルが心配そうに眉を寄せれば、すかさず隣のホルストが半眼で突っ込みを入れる。 それでも、人ひとりの骨格ごと変質させられる――それはもはや魔術だ――技能を一介の少女が持ち合わせている事実については、なんの疑問も無いようだった。 なぜならば、 「ヨガよりもオペ、瞑想よりも脳幹手術だよ。精神力を云々するんじゃなくて、直接筋肉や神経にメスを入れれば、より確実に『美しく』なれると、僕は思うんだけどね」 彼自身、医療技術を応用して、容易に人間の骨格ごと変質させられてしまうからである。 リーゼルとホルストはちらりと視線を交わし合い、 「お黙り、坊主。人間の美は内面の輝きからよ」 「内面って、物理的には神経と筋肉の集合のことを言うんじゃないの」 それぞれの信じる正義を戦わせた。 ついでに、それをカードで体現するかのように、各々、ダイヤの10やスペードの7を乱暴に投げ捨てていった。 「やれやれ、よしませんか、お二人とも。【嫉妬】の精神的アプローチと、【貪欲】の身体的アプローチ。両者を吸収することで、エルマが至高の美の創造者になりえたのは間違いないのですから」 「ああ。エルマの作る酵素ジュースには、西洋の科学的メソッドと東洋の医食同源の精神、両者の融合を感じるな」 「あれは、うまいよな」 穏やかに宥めるモーガンも、それに同調するギルベルトも、言葉少なに頷くイザークも、なにげなく6や5、4のカードを放り出しいく。 それを見ていたハイデマリーは、「あら」と声を上げた。 「数字も 会話に取り残されていたクレメンスは、呆然と顔を上げる。 魅惑の娼婦は、長い睫毛を瞬かせると、ちょっと驚いたように小首を傾げた。 「いやだわ」 そして、くすっと無邪気に笑う。 「まさか、初手からもう出すカードが無いのかしら?」 彼女は、子どもの頭を撫でるようにクレメンスの頬に触れた。 「かわいらしい方ね」 それは間違いなく、侮蔑の言葉だった。

44 12. Revolution A room in a dimly lit prison during the day. With a unique atmosphere surrounded by men and women, Clement was seriously looking at the cards to be discarded first. As a person who was at the center of a country, I am good at the kind of rush. And as a long-anticipated man, he hates losing a lot. Even if it were a prisoner's bullshit, I had no intention of letting Clement win this battle. (Fortunately, the hand is always a strong player. With this, you can win without making it....) Calmly staring at the bill in her hand, Clement looked around secretly and thought about it. His opponents are former brave men who have been neglected and lost by powerful people in the country, big men who have turned all their thinking abilities into muscles, young people like women, the elderly, childish young people, and prostitutes. All of them were unlikely to be surprised from Clement, who had crossed with thousands of opponents in Haichiyama as Prime Minister. Barely an old man with a soft waist who looks like Clement - who, to speak for himself, often hides his unspeakable nature - it is enough to be vigilant when it comes to prostitutes who are inexpressible and powerful. Clement built a strategy in just a few seconds and first put his finger on the card he threw away. In anticipation of a powerful battle between cards soon, I will leave pictorial and "2" tags. Carefully, you may want to dispose of the weakest "7" in your hand as a token, but since there are many players, you don't know how many times the order will turn. Instead of leaving some leeway behind, you should keep cutting down the weaker bills. At first he didn't doubt that it was his turn because of Heidemarie's call, but he basically threw away the "seven" tag. "Revolution" From the side, the voice of the Hydemarie was heard, and four bills were thrown at the same time. "Oh, I can't hear you, Clemens? Revolution." Beautiful prostitutes are kind enough to repeat themselves, but they still don't know what they mean. I mean, Clement was dull and couldn't keep up with the development. "... no, I thought it was my turn." "Oh, no. You don't think you're the parent of the game? Your cheeks are stained with shame, as if you were an over-conscious person. Hidemarie smiled glossly through the gap that had clogged her words for a moment. "So from now on, the strength of all cards will be reversed, thank you." "... what...?!? It was Clement who got a little nervous this time. "What do you mean...?! "After all, if you put out four cards with the same number, a revolution will happen and all the strength will be replaced. It's a clean game rule, it's a trick." "Does anyone have an acrobatic technique that goes to the bottom of such a value base from the beginning? It's as rough as sifting at the meeting. Clement was so brutal in Hydemarie that she unexpectedly forgot the calm things she usually cared about and screamed. But all I had to do was squeeze my shoulders like I was used to. "Absolutely, you're a woman who really likes to attack with her hands. If you have a decent mind, you won't be able to revolutionize yourself." The only young woman who stood on Clement's side and threw a disgust was a young woman who somehow felt that Clement had met in the past - although he simply said so because he was burning up against the whore. As the young man shrugged his shoulders, Hydemarie leaned her head recklessly. "Terrible, [jealousy]. Don't tell me I'm the only one who likes the revolution." When she passed through the turmoil caused by the revolution, she whispered to the Queen of Hearts and placed it in the middle of the table. "Pretty Elma, by now, she might not be doing anything to cover things up." What did she think? She smiled and played the queen of picture cards with her fingers in love. "This is the girl you raised so dearly. I can't help but inspire everyone I meet - to be sure." "Hmm, it's unusual to lift it up. I'll tell you what, it won't hurt to get complimented." Young man - Rezel gave it back spicy in his mouth, but his expression seemed not even full. He is more "maternal" than any other woman, and when he accepts it, he cannot help but relax the guard of his heart. Especially if you can lift up Elma, the proud "daughter." "Speaking of irritation, does she take care of her skin even if she lives alone? I thought I had prepared a cosmetic technique that could transform the skeletal skin quality of people from the ground up, but the path of beauty should not be a day. If you don't go without yoga and stretching, and occasionally throw away old rubbish, you won't get to the beautiful Sutva." "... I've always wondered, why do beauty explorers often fall prey to the Oriental spiritual world? As soon as Liesel raised her eyebrows worried, the adjacent Holst threw herself half-eyed. Still, there seemed to be no doubt about the fact that a single girl had the skills to transform each individual skeleton - which was no longer magic. Because, "Brain stem surgery is better than yoga, and surgery is better than meditation. Instead of talking about mental strength, I think if you put a slut directly into your muscles and nerves, you can be more sure to be" beautiful. " Because he can easily transform every human skeleton by applying medical technology himself. Liesel and Holst glanced at each other. "Shut up, kid. Human beauty comes from the inner glow." "Inside, it's not physically a collection of nerves and muscles." I made each of them fight for what they believed in. Then, as if to embody it with a card, each threw away 10 of diamonds and 7 of spades violently. "Oh my God, don't you think so? Both of you. The mental approach of [jealousy] and the physical approach of [greed]. By absorbing both, Elma could definitely be the creator of the supreme beauty." "Oh, Elma's enzyme juice doesn't feel the fusion between Western scientific methods and the spirit of the Eastern diet." That's good, isn't it? Morgan gently relented, Gilbert in tune with it, and Isaac nodded in a few words, releasing six, five, and four cards without hesitation. Heidemarie, who was watching, shouted, "Oh." "The numbers and the pattern (suit) are tied. Clemens, you can only play" 3 "cards." Clement, who was left behind in the conversation, looked up dazed. The charming whore blinked her long eyelashes and leaned her head slightly surprised. No, I don't. And giggle innocently. "No way, don't you have a card to take out from the beginning? She touched Clement's cheek to stroke her child's head. You're so cute. It was definitely an insult.

21.「普通」のダンス(2) シフトにもよるが、王宮付き侍女の仕事は、夜の鐘が八つ鳴ったあたりで終了する。 遅めの夕食を取ったら、その後は自由時間だ。 明け方には起き出さねばならないので、たいていの者は早々に寝床についてしまうが、体力と話の種を持て余した若い侍女は、互いの寮室を行き来して、おしゃべりに興じることもある。 エルマはもっぱら早く寝る側の人間だったので、彼女の部屋は深夜ともなると寝息しか聞こえないのが常だったのだが、この日ばかりは様子が違っていた。 「さあ、エルマ。答えてちょうだい! あなたはどちらのドレスで舞踏会に出るのか――私との友情と、グラーツ侍女長との上下関係、そのどちらを優先するのかを」 「およしなさい、イレーネ。そういう言い方をするものではありませんよ。これは人間関係の問題ではなくて、単純にセンスの善し悪しの問題なのですから。――ねえ、エルマ?」 小ぢんまりとした寮室に、イレーネと、そしてなぜかゲルダまでもが押しかけて、エルマに詰め寄っているのである。 彼女たちは二人とも、両手にドレスを握りしめていた。 「はあ......」 対するエルマはといえば、困惑気味である――といっても、分厚い眼鏡に覆われているため、よくわからないが。 就寝準備をすませたあとに、二人の女性に突撃された彼女は、不思議そうに首を傾げた。 「そもそもなのですが、なぜ私までもが、即位式前夜の舞踏会に出席することになっているのでしょうか」 その問いに、イレーネとゲルダはそろって声を荒げた。 「なにすっとぼけたことを言っているの! 凡愚王子――もとい、心優しいフェリクス王子殿下の思いつきのおかげで、王宮の使用人は全員舞踏会に参加できることになったということ、まさかあなた、知らないわけじゃないでしょう!?」 「そうですよ! 若い娘や恋人のいない青年はもとより、わたくしのように社交界を離れた者たちだって、ちょっぴり、いえ、かなりそわそわとしているというのに」 そうなのである。 フェリクスおよびクレメンス・フォン・ロットナーの差配により舞踏会への参加が許された者たちは、ここ数週間というもの、ドレスや髪型、登場のタイミングについてずっと心を悩ませているのだ。 特に、王宮付き侍女といえば下級貴族の子女も多い。 彼女たちにとって舞踏会は、一気に「大物」を、しかも正々堂々と釣り上げるまたとないチャンスであり、その気合の入りようは凄まじいの一言に尽きた。 「いえ、ですが私は、当日はゲオルク料理長を手伝って、厨房にでも回ろうかと――」 「もちろん一番人気は、婚約者も高すぎる次期王の身分もない、気さくなルーカス王子殿下。けれど、あまりの人気の集中ぶりに、ベテラン 「なにもその場で殿方を釣り上げるばかりがゴールではありません。舞踏会の場で特筆すべき美貌や佇まいを見せられれば、のちのちの縁談に有利になるばかりか、王宮内での立ち位置も向上し、給与の増分だって見込めなくはないのですよ」 エルマが冷静に遮ろうとするのを、その横からさらにふたりが遮る。 イレーネもゲルダも、それぞれよかれと思って参加を勧めてくれていることはよくわかった。 「ええと、ですが、舞踏会は強制参加というわけではありませんし、私としても、とくに縁談や給与増分を目指しているわけでもないので――」 「そこよ!」 丁寧に断りを入れようとしたら、びしりと指を突きつけられた。 顔を上げた先では、イレーネが猫のような緑瞳に真剣な表情を乗せて、こちらを見ていた。 「あなたのように有能で、しかも......信じられない美貌の持ち主が、どうしてそうやって夢を諦める必要があって? 天の采配ともいえる素質を持ち合わせながら、女の頂点を目指さないなどという法はないわ!」 価値観の根底が武闘派だ。 どうも彼女には先日素顔を見られてしまったようで、以降執拗に「なぜ隠すの女性として他者を圧倒したくはないのいいえ目指しましょう女の頂点を!」的なお誘いを受けているのである。 いえですから、と再度説明を試みたところ、今度は手を握りしめられた。 「皆まで言わずともよくってよ、エルマ。私......本当はわかっているの」 「あなた......ひどく厳しい修道院で、箱入りで育ってきたのでしょう?」 「......は?」 自分の出自について、なぜそんな設定が補完されているのかわからない。 エルマが思わず言葉を失っていると、イレーネは真顔で頷きかけた。 「あなたがときどき言う『シャバ』という言葉。これって、俗世のことを指すらしいわね。つまりあなたは、俗世とは隔離された環境にいた。それも、教育水準に優れた、複数の そうして、思いっきり決め顔で言い放った。 「過ぎた美貌は色欲に繋がるわ。ならばそれを隠すよう教育されたというのも頷ける。妙に世間知らずな態度。ときどき見せる行き過ぎた遠慮。辺境の地には、修道女や孤児に虐待まがいの躾をして、取り潰しとなった修道院もあると聞くわ。間違いない――あなた、その修道院出身なのね?」 「あー......」 思いっきり外しているが、まあ、監獄出身というよりは思いつきやすい選択肢だったのだろう。 見れば、ゲルダは「とりあえずそういうことにしておきなさい」とさかんに視線で合図してくる。 そこで、エルマは曖昧に頷いた。 まあ、箱入りというのが「ブタ箱」なら正解だ。 とたんに、イレーネがぱんと手を叩き合わせる。 彼女はその後、改めてドレスを握りしめた。 「ならば、エルマ。私はあなたに何度でも言いたいわ。そこで詰め込まれた貞淑や謙虚の教えは行き過ぎていると。生まれ持った美貌才覚は、活かすことこそ世の定め。あなたのその美貌と才覚は、今こそ花開く時を迎えつつあるのだと......!」 「無理強いするものではありませんが、私も同意見ですよ、エルマ。あなた自身の能力や存在が認められれば、あなたの『出自』について人がなにかを言ってきたとしても、それを跳ねのける盾になるのだから」 いたずらに顔を見せてはいけないと言ったけれど、ここぞというときに切り札を使うことになんの問題がありましょう。 ゲルダまでもがそんなことを言い添えてくる。 エルマ自身は、監獄出身であることについて後ろ暗く思うことなどなかったが、ゲルダがそのような反応を示すからには、きっと世の中では、監獄育ちという出自は隠してしかるべきものなのだろう。 エルマがちょっと黙り込んだのを了承と取ったらしく、イレーネとゲルダはますます勢いづいてドレスのプレゼンを始めた。 「いえあの、なぜそこで殿下......?」 エルマの眼鏡が困惑気に光る。 ふたりがエルマの態度を遠慮と捉え、目立たせようとしているのは理解できた。 とはいえ、一介の侍女が、なぜ一国の王子のお相手を目指すことになっているのか。 疑問をぶつけると、イレーネは呆れたように息を吐きだした。 「なによ、本人が知らないってどういうこと? 前妃殿下のお気に入りで、全方位に万能。海に出ればまぐろを釣り上げ、騎士に出会えば傷を癒し、素顔は謎に包まれた歩くミステリー・エルマって、今ではちょっとした有名人よ。ルーカス王子殿下も気にしはじめたようだ、ってね」 「上位貴族の御令嬢たちって、私たち以上に嫉妬が激しいから、これでも私、貴族たちにはあまり噂が広まらないよう努力していたんだけど。でもあなた、この前殿下に抱きかかえられて侍女寮に運ばれたじゃない? あれを、よりによって伯爵家のお嬢様がご覧になってしまったらしくって。彼女、ダンスが得意でこの舞踏会に賭けているものだから、取り巻きまで動員して、あなたに嫌がらせでも仕掛けてくるかもしれないわ」 かつての自分と重ねたのだろう、イレーネはそこでむうっと難しい顔になった。 「......心配なのよ、あなたのことが。頂点を目指してほしいのも事実だけれど、それ以上に、彼女たちを牽制というか、蹴散らしてほしいの。あなたたちなんか目じゃないわよって。まあ......かつて嫌がらせをしてしまった私が言うのでは、信じてもらえないかもしれないけれど」 「え......。嫌がらせなんてされましたっけ」 「............まずはそこから話し合いましょうか」 イレーネがあからさまに脱力する。 その様子にふとある懸念を覚えて、エルマは念のために尋ねてみることにした。 「つかぬことをお伺いいたしますが、床や靴に針を忍ばせておくというのは、『針仕事、頑張ってね(はぁと)』という激励の行為ではなかったりしますか?」 「は!? 嫌がらせのモデル事例じゃないの!」 「では、行く先々で頭上から突如水が降ってくるのも、『今日は暑いから打ち水しとくね(はぁと)』といった、心温かな行為ではなかったりしますか?」 「心を折る行為だわよ! なにそのポジティブ!」 イレーネがぎょっとして叫ぶのを聞き、エルマは神妙な表情で頷いた。 「......なるほど、私はすでに嫌がらせに遭っていたようです」 針は回収して有効活用していたし、水も手近な鉢やバケツで受け止め、ありがたく水撒きなどに使っていたので、まさかそれが嫌がらせだとは気付かなかったのだ。 ふたりの懸念も、あながち的外れなものではないのだとひとまず理解したエルマは、質問の矛先を変えてみた。 「ご懸念は理解しましたが、堂々とした姿を見せつけるのが目的というのなら、別に殿下のお相手まで目指させる必要はないのでは。むしろ侍女長はよく殿下に女遊びを控えるよう忠言していらっしゃいますし、イレーネ。あなただって、殿下のファンなわけですよね?」 問うてみると、それぞれ苦笑交じりの答えが返った。 「わたくしは昔から、殿下が女性を手のひらで転がすところばかりを見てきました。乳母としてはそんな殿下が心配ですし、この機会に一度逆の立場を味わっていただき、彼に真っ当な殿方になってもらいたいのです」 「私も、以前の殿下は微チャラ俺様系キャラで一番の推しだったのだけれど、最近の殿下は苦労性タグが加わってもはやオカン属性っていうか微受けっていうか。ほら、私、リバって駄目な人じゃない?」 「......イレーネの主張がよく理解できなかったのですが、これは私の読解力に問題があるのでしょうか」 ゲルダにも「逆の立場ってなんですか」みたいな突っ込みを入れたかった気がするが、イレーネの暴投によって吹き飛んだ。 微妙な思いを噛み締めながら尋ねると、 「この子の妄言は気にしないでよろしい」 「この世界の深淵を、やすやすと理解できるだなんて思わないことね」 両者からしたり顔で頷かれた。 と、いつまで経っても一向にドレス選びが進まないことに焦れたらしい。 イレーネが「それで」とおもむろに距離を詰めてきた。 「今一度聞くわ。どちらのドレスを着てくれるの? 言っておくけれど、参加資格も着ていくべきドレスもある以上、あなたに舞踏会を欠席する選択肢などなくってよ」 「エルマ。わたくしからも言っておくけれど、舞踏会に出て周囲から見初められるというのは、普通の女の子ならば誰もが夢見る、王道の未来予想図ですからね? 貸した小説でも、そんなエピソードが多かったでしょう?」 普通、誰もが、王道。 最も有効な魔法のワードをちらつかされ、エルマが一瞬黙り込む。 手ごたえを感じたふたりが、一層前に身を乗り出したそのとき、 「――そうでしょうか」 しかし彼女はついと眼鏡のブリッジを押し上げた。 「夫人には申し訳ないのですが、以前お貸しいただいたロマンス小説は、社会常識や情操教育の教本としては妥当ではないとの指摘を、ある方から受けまして。新たなルートから、別の教本を確保しました」 そう言ってエルマが布鞄から取り出した「あるもの」に、二人は大きく目を見開いた。

22 21. "Normal" Dance (2) According to the shift, the work of the maid with the royal palace ends when the night bell rings eight. If you have a late dinner, then it's free time. Most people go to bed early because they have to wake up at dawn, but young maids who have the strength and the seeds to talk often go to and from each other's dorm rooms to talk. Elma was the earliest person to go to bed, so it was usual for her room to only hear her breathing in the middle of the night, but she was in a different state all day. "Come on, Elma. Answer me! Which dress will you go to the ball in - my friendship and my relationship with Madam Graz, which will be your priority?" "Come on, Irene. That's not how you say it. This is not a matter of relationships, it is simply a matter of good or bad taste. - Hey, Elma? In the small dorm room, Irene and, for some reason, Gerda were pushing towards Elma. Both of them were holding their dresses in their hands. "Hah...." Speaking of Elma on the other hand, I'm confused - but I'm not sure because she's covered in thick glasses. After getting ready for bed, two women stormed her and inclined her neck strangely. "In the first place, why am I supposed to attend the ball on the eve of the inauguration?" Irene and Gerda gathered together to raise their voices to the question. "What are you talking about? Prince Fool - and thanks to the thoughtful idea of Prince Felix, all the servants of the royal palace have been able to attend the ball, don't you know!? "That's right! Not only young people without young daughters and lovers, but also people like me who have left the social world are a little, no, quite distracted." Yes, it is. Those who were allowed to attend the ball by Felix and Clement von Rottner have been disturbed for weeks about dresses, hairstyles, and timing. Especially when it comes to maids with royal palaces, there are many children of lower aristocracy. For them, the ball was a once-in-a-lifetime opportunity to catch the "big guy" at once, but also fairly and decisively, and the enthusiasm ran out of words. "No, but I thought I'd help the Georg chef in the kitchen that day..." "Of course, the most popular is Prince Lucas, who has no fiancee and is too expensive to be the next king. But for the first time in my life, I hear veteran marriages (hunters) are beginning to spread their aim among middle-ranking nobles and knights... Here comes the Aristocratic Awareness Register at the beginning of the tournament, and the dance steps specially trained for night and night secrets... Elma. This is a woman's fight. I want you to taste the victory as a woman." "The goal is not just to catch you on the spot. If you can show your beauty and appearance in the ballroom, it will not only be advantageous for later dating, but also improve your standing position within the royal palace, and you can't expect to increase your salary." Elma tries to calmly block two more from the side. I knew that Irene and Gerda were encouraging each other to join. "Well, but the ball is not a compulsory participation, and even with me, it's not particularly about friendships or salary increments -" "Right there! When I tried politely to say no, I was stuck with my finger. Looking up, Irene put a serious expression on her cat-like green eyes and looked at us. "Why should a powerful, incredible beauty like you have to give up your dreams like that? There's no way to hold onto a woman's culmination while having the qualities of a heavenly extractor! Values are rooted in militants. She seemed to have seen her face the other day, and then persisted in saying, "Why don't you want to overwhelm others as a woman to hide? No, let's aim for the peak of a woman! I have been specifically invited. No, I tried explaining again, and now I was held in my hand. "Don't tell anyone, Elma. I... really know." "You... grew up in a box in a terrible monastery, didn't you? "... what? I don't know why such settings complement my origins. Elma inadvertently lost her words and Irene nodded with her face. "Sometimes you say the word 'shaba'. It seems that this is referring to the mysterious world. I mean, you were in a quarantined environment. It's also in an environment where there are multiple teachers (furthers) with excellent educational standards." So, I made up my mind and let it go with my face. "Passed beauty leads to lust. Then I nod that I was taught to hide it. Strange, unknown attitude. Sometimes it's too much to show. I hear there are monasteries around the border that have been tortured and crushed by nuns and orphans. Definitely - you're from that convent, aren't you? "Ah...." As far as I'm concerned, well, it was an easier option to come up with than being from prison. Gerda glanced at me and said, "Let's do that for now." So Elma nodded ambiguously. Well, "pig box" is the correct answer. Every once in a while, Irene clapped her hands together. She then grasped the dress again. "Well then, Elma. I want to tell you again and again. The church of chastity and humility is overwhelmed there. The beauty and talent that we are born with are the rules of the world. Your beauty and genius are now beginning to bloom...! "It's not impossible, but I agree with you, Elma. If your abilities and existence are recognized, even if people say something about your 'origins', it will be a shield to jump." I told you not to show your face at random, but there's something wrong with using a trump card when it's here. Even Gerda said something like that. Elma herself didn't have any dark thoughts about her prison origins, but since Gerda showed such a reaction, the world must have concealed the origin of incarceration. Irene and Gerda started presenting dresses with increasing momentum, apparently with an understanding that Elma was a little silent. "No, why are you there, Your Highness...? Elma's glasses glowed confused. It was understandable that they were trying to highlight Elma's reluctance. Nevertheless, why is a maid aiming for a prince of a country? Asked questions, Irene exhaled with astonishment. "What do you mean, he doesn't know? A favorite of Her Highness, it's versatile in all directions. When you go out to sea, you catch tuna, when you meet a knight, you heal your wounds, and your face is a mysterious walking mystery Elma, which is now a little celebrity. Prince Lucas seems to be starting to care." "The ladies of the upper aristocracy are more jealous than we are, so I was still trying to keep the rumors from spreading to us. But you were carried to the maid's quarters by His Majesty the other day. It seems that the Countess lady saw it. She's a good dancer and she's betting on this ball, so she might even mobilise around and harass you." I suppose it overlapped with my old self, where Irene turned into a more difficult face. "... I'm worried about you. It's true that I want you to aim for the summit, but more than that, I want you to keep them under control or kick them out. You guys aren't my eyes. Well... you may not believe me when I say that I harassed you once." "Eh... What kind of harassment have you had?" "... let's discuss it from there first" Irene is clearly weak. Remembering her concerns, Elma decided to ask her just in case. "Let me ask you something, is it not an act of encouragement to keep a needle on the floor or shoes?" "What!? It's not a model case of harassment! "So, isn't it a warm act such as, 'It's hot today, so I'm going to pour water on you'? "It's an act of heartbreak! What a positive thing! Elma nodded with a mysterious expression as she heard Irene scream. "... I see, I've already been harassed." The needle was collected and used effectively, and the water was received in a nearby bowl or bucket, and thanks for spraying it with water, so I didn't realize it was harassment. For the time being, Elma tried to change the point of the question, knowing that both concerns were not inevitable. "I understand your concern, but if the aim is to show you a majestic appearance, there is no need to make you aim for your Highness. Rather, the waitress often advises Her Highness not to play with women, Irene. You're a fan of His Highness, aren't you? When I asked, I answered each of them with a bitter smile. "I have long seen His Highness roll a woman in the palm of his hand. As a nurse, I am worried about His Highness, and I want him to experience the opposite position once and for all." "I used to be the best guesswork of my characters, but lately, I've added a hardship tag to my highness, so I'm no longer an Okan attribute or a slight reception. Look, I'm not a good guy, am I? "... I didn't quite understand Irene's claim, but is this something wrong with my reading ability?" I also wanted to insert a "reverse position" into Gerda, but it was blown away by Irene's riot. When asked with a bite of a subtle thought, "Don't worry about this kid's bullshit." "I don't think it's easy to understand the abyss of this world." She nodded on her face or both. He was anxious not to proceed with dress selection after a long time. Irene barely filled the distance with "so". "I'll ask you again. Which dress will you wear? I'm telling you, I don't have a choice but to be absent from the ball because I have a dress to wear and I'm not eligible to participate." "Elma, let me tell you, going out to the ball and starting from the surroundings is a vision of the future of the royal road that everyone dreams of if she's a normal girl, right? Even the novel I lent you had a lot of episodes like that, right? Normally, everybody, royal road. The most effective magic word is grabbed and Elma silences herself for a moment. When the two of them, who felt comfortable, stepped forward even more, -- Is that so? But she finally pushed up the bridge of her glasses. "I'm sorry, ma'am, but one person pointed out that the romance novel you lent me earlier is not appropriate as a textbook for social common sense or emotional education. I have secured another textbook from a new route." That's how they opened their eyes to something Elma took out of the cloth bag.

4.「普通」のお返し(3) 「............っ!? .........っ! ............ふす!」 「驚くのはわかるが、叫ぶな」 「あ、ひとつ訂正しておきますと、最後のは驚きの叫びに紛れさせた爆笑ですわ」 厚底眼鏡を掛け、エルマとの類似感を溢れさせた用務員――ルーカスが窘めると、イレーネがいらぬことを補足し、鮮やかに心を抉った。 「......爆笑......。そんなにこの姿は冴えないか......」 「冴えないか冴えるかと言えば、それは振り切って冴えないですけれども、いえあの、なんでしょうね。色男の最後の一線を軽やかに踏み越えたというか、......ええっと、そう、エルマとのペアルック感があっていいと思います!」 「......エルマが施した変装術だからな」 なんとか絞り出したフォローの言葉にも、ルーカスはどんよりと返すだけだ。 イレーネは慌てて振り返り、エルマからもなにか言葉を、と促しかけたが、そのエルマ自身が珍しくぼんやりと佇んでいるのに気付き、首を傾げた。 「エルマ?」 「――あ、はい」 呼びかければ、いつものように淡々とした返事が寄越される。 気のせいかとも思ったが、イレーネはじっくりとエルマを検分し、どこか元気がなさそうなのを見て取った。 「どうしたの、エルマ? さすがに疲れて? 心なしか、眼鏡がいつもより曇っているような......」 「装身具の輝きで健康状態を判別するのはおやめくださいますか」 エルマは真顔でもっともな突っ込みを返したが、それから少しだけ首を振る。 「どうも、先ほどから頭がぼんやりするのです。風邪を引いてしまったのかもしれません」 「あら、珍しいこと。このアウレリア行きで、数日慌ただしかったせいかしら。あ、私、風邪に効くお茶持ってきてるわよ」 眉を顰めながらも、イレーネはエルマを休ませてやろうと、慌てて荷物を解いて茶道具を引っ張り出した。 「ふふ、風邪を引いて世話を焼かれるだなんて、あなたにもまだ新米らしいところが――」 「あ、お気遣いなく」 が、それよりも早くエルマ本人が、どこからともなく、すちゃっと湯気の立ったティーカップを取り出す。 「そんなこともあろうかと、私も用意しておりましたので」 「いつどこから用意されたのよ、そのカップは!」 「鞄からです」 あまつさえ、彼女はイレーネに小瓶を添えて、それを差し出した。 「ちなみに、こちらは鎮静作用のある花を煮詰めたシロップです。紅茶と頂くと美味なうえに、鎮静作用が速やかに広がるため、今のイレーネにもうってつけかと」 「だからその小瓶、いつどこから――って、うっま! 香り高っ!」 世話を焼くはずが、逆に焼かれているという謎展開である。 「......ほんとに、あなたって隙がないんだから......」 イレーネは小さく呟いたが、それは紅茶から立ち上る湯気に紛れてしまう。 微妙な顔つきで紅茶を啜っていると、代わりにルーカスが思わし気に尋ねた。 「エルマ。それは本当に風邪か? なにか......ほかの心当たりはないのか?」 「風邪以外にですか? はて......」 エルマは、さも思い当たらないというように顎に手を当てる。 「昨日は、就寝前に小説を三十冊ほど読み、夜明けまで工作をしただけでぐっすり寝たので、疲労ということでもないでしょうし......」 「間違いなくそれでしょ!?」 イレーネは物思いも吹き飛ばし、鋭く突っ込んだ。 「あなた、この慌ただしい時になにを遊んでいたのよ!?」 「え、遊びではなく、むしろアウレリア行きに備えていたのですが......」 エルマはきょとんとしながら返す。 いったい乱読や徹夜工作のなにが旅支度に繋がるのかと問いただせば、彼女は「よくぞお聞きくださいました」と眼鏡のブリッジを押し上げた。 「こたびの任務では、僭越ながら私が作戦をリードするようにとの命を賜りましたので、学院潜入時によくある流れをシミュレーションし、準備を整えていたのです」 「シミュレーション......?」 すでに嫌な予感がする。 イレーネとルーカスは顔を見合わせ、それからルーカスの方が慎重に切り出した。 「ちなみに聞くが、その『学院潜入時によくある流れ』とはどのようなものだ......?」 エルマは「はい」と頷き、眼鏡を光らせた。 「まず潜入者は、究極に冴えない、または目立たない姿で学院に入学。エリート系ライバルから『ふん、Bランクめ』と嫌がらせを受けます。ところが真の実力はSSSランク。『やれやれ、目立ちたくなんかないのになあ』と華麗に嘯きながら、武闘会ではバッタバッタと派手な立ち回りでライバルたちをなぎ倒し、ついでにアクシデントで現れた伝説の古龍なんかも倒します。なおその際には、銀髪オッドアイの姿に覚醒。奇しくも聖鼎杯最終日のその日に、黒幕だった父親との因縁の対決を乗り越え、優勝と英雄の座を勝ち取ります」 「おまえ今度は、誰からの、なんの書物を参考にした――!?」 「え? マルク殿の貸してくださった青年向け小説ですが。学院に潜入する際の『王道』とは何かを、学校生活経験のあるマルク殿に相談したところ、誰もが一度はシミュレーションする流れがこれだから、と快く貸していただいたのです」 「マルク......! あいつ......!」 ルーカスとイレーネは、小姓マルクがそっと心の 「準備期間は短かったものの、決め台詞の候補や、アクシデンタリーに学院を襲ってくれそうな古龍の目星も付けておきました。嫌がらせ役や黒幕父親役はこれから確保する予定ですが、まずまずの滑り出しだと言えるでしょう」 斜め下の奈落にしか滑り込んでねえよ、とルーカスは思った。 「『覚醒』とやらをする際に、瞳の色まで変わるなどというのには驚きましたが、それが『普通』だと言われれば背に腹は代えられません。角膜に直接貼り付けるタイプの彩色ガラスを開発することで、今朝方なんとか乗り越えました。こちらがそれです」 「それまったく乗り越える必要のない困難だったんじゃないかしら!?」 いそいそと布鞄から極薄のガラスを取り出したエルマに、イレーネはとうとう絶叫する。 エルマがその彩色ガラスを一般化段階に漕ぎつけていれば、大陸の眼科外科技術が一世紀分ほど前進するはずであった。 イレーネとルーカスの二人は素早く視線を交わすと、同時に溜息を落とし、エルマの肩に手を置いた。 「睡眠まで削らせておきながら残念だが、エルマ。おまえはこの任務で求められる『普通』の方向性を、まったく理解していないようだ」 「よりによってあなた、どうしていつも致命的な教科書選択のミスをするのよ......」 げんなりと指摘され、エルマはきょとんとする。 ついで、少々むっとしたような雰囲気を漂わせはじめた。 「そんなはずは。だって、指南書の冒頭にははっきりと、『この話の主人公は、どこにでもいる平凡な学生』と――」 「平凡な学生は真の実力がSSSランクだったりしないし、武闘会で優勝したり英雄になったりしない。その主人公、結果だけ見れば途方もなくぶっ飛んでいるだろうが!」 「......それはそうですが、そもそも私に与えられた任務というのが、『普通に』『学生たちの頂点を獲ってこい』とのことでしたし......」 少々躊躇いを滲ませはじめたエルマに、ルーカスは強い口調で言い放った。 「それが間違っているんだ」 「義兄上の命令。アウレリア国民でもない、聖力もないおまえに聖鼎杯で優勝せよなどというのが、そもそも間違っている」 きっぱりとした物言いに、エルマが怪訝そうに眉を寄せる。 「ですが、......それでは、陛下の言いつけに背くべしと、殿下はお考えということですか? 臣下が王の命に逆らうというのが、普通のことなのですか?」 「......背けとは、言っていないだろう」 ルーカスは、歯切れ悪く答えてから、言葉を手繰り寄せるようにして告げた。 「ただ......そう、おまえの解釈が、異なっているだけだ」 「私の解釈が?」 「圧倒的な活躍をもって聖鼎杯を制するのではなく......せめて、苦闘の末、偶然にも優勝してしまった、くらいの位置づけが、妥当だと――」 いつになく煮え切らない態度に、エルマは不思議そうに首を傾げる。 が、ルーカスの表情は奇しくもエルマお手製の眼鏡に隠され、読み取れなかった。 「殿下......?」 「――私もそう思うわ、エルマ」 とそのとき、イレーネが横から声を上げる。 彼女はまるでルーカスに援護射撃をするかのように、きっぱりと言葉を紡いだ。 「本来外様である私たちが、あまりに堂々とアウレリアの至高の地位を攫ってしまったら、世論的にも大問題だと思うもの。きっと陛下のご命令は、『あくまで普通の範囲を逸脱しない範囲で』聖鼎杯で戦ってこいという意味......いえ、なんなら、優勝すらしてくるなということかもしれないわ」 「え? そうなのですか?」 「ええ、そうよ。だって陛下は、『フレンツェルでの異様な功績を帳消しにするために』『学生たちの頂点を獲ってこい』と仰った。つまり――平凡な学生の在り方を極めてこいと、そう仰ったのよ」 「え......? そうなのですか......?」 エルマが静かに動揺の気配を見せる。 ルーカスも思わぬフォローに驚いてイレーネを振り返ったが、彼女は緑色の猫目をきらりと光らせ、しっかりと頷くだけだった。 「ええ、そうよ、エルマ。考えれば考えるほどにそうだわ。あなたが求められているのは聖鼎杯優勝やトリニテート入りなんかじゃない。平凡な学生がどのように戦い、どのように敗れていくか......どれだけ普通で一般的な学生に徹することができるか、それを試されているのよ」 「普通......」 あまりに突飛な主張に聞こえるが、しかしイレーネの瞳は気迫に溢れて揺るぎない。 微表情から一概に嘘だと断じることも躊躇われ、エルマは結局、逡巡の末に頷いた。 そしてルーカスもまた、イレーネのフォローに、ありがたく乗っかることに決めたようだった。 「確認ですが、ということは、私は聖鼎杯で優勝どころか、目立った活躍をしてはいけないわけですね?」 「そう。その通りよ」 「銀髪になったり、オッドアイになって覚醒したりするのもいけないのですね?」 「そう。その通りよ。とにかく目立つことは一切禁止」 目立つことは一切禁止、とエルマは復唱し、再び小さく頷いた。 「よくわかりました。目立つ、ダメ絶対」 まるで言葉を握りしめるように、きゅっと拳まで作る。 が、彼女がそれで決意表明をしようとしたとき、事態が急変した。 キュィ......ン! 突然、部屋に耳が引き攣れるような奇妙な音が響き渡ったのである。

76 4. "Normal" Return (3) ".........!?...!... fufu! "I know you're surprised, but don't scream." "Ah, just to make one correction, the last one is the explosion that led to the shouting of surprises." A clerk with thick glasses and a feeling of resemblance to Elma - Lucas was embarrassed, supplementing Irene's unwanted feelings and vividly resolving her mind. "... smile... I don't know how to look like this....." "If you can't shake it or shake it, you can't shake it off, but, um, what is it? You slightly crossed the last line of colored men, or... well, yes, I think it would be nice to have a pair look with Elma! "... it's Elma's disguise." Lucas just gave back his narrowed followers. Irene looked back in a hurry, prompting Elma to say something, but noticed that Elma herself stood uncommonly and blurry, tilting her neck. "Elma?" "Ah, yes." Call and you will receive a casual reply as usual. I thought it was because of my mind, but Irene checked Elma carefully and saw that she was not feeling well. "What's wrong, Elma? That's how tired you are? No heart, my glasses are cloudier than usual....." "Would you stop judging your health by the shine of your outfits?" Elma returned the best penetration with her face, but then she shook her head a little. "Thank you, I've been blurring my head for a while. I may have caught a cold." "Oh, something unusual. I wonder if this trip to Aurelia hastened me for a few days. Ah, I've brought you some tea to help you catch a cold." While raising her eyebrows, Irene hurried to unpack and pull out the tea utensils in an attempt to rest Elma. "Fufu, there's still something new about you that you can take care of by catching a cold..." "Oh, don't worry." But sooner than that, Elma herself took out a hot teacup from nowhere. "I was prepared for that, too." "When and where did you get that cup? "From the bag." Even so, she presented Irene with a vial. "By the way, this is a sedative flower stewed syrup. I thought it would be good for Irene today because it's delicious and the sedative effect spreads quickly." "So when and where does that vial come from? Uhm! It smells good! It is a mysterious development that should burn care, but on the contrary, it is burned. "... you really don't have a gap..." Irene murmured a little, but it was mistaken for the hot air rising from the tea. He sipped tea with a subtle look on his face, and instead, Lucas asked. "Elma, is that really a cold? What... do you have any other ideas? "Apart from the cold? Ha....." Elma puts her hand on her chin as if she didn't even think of it. "Yesterday, I read about 30 novels before going to bed, and I slept well just by working until dawn, so it wouldn't mean I was tired...." "Definitely! Irene blew out her thoughts and penetrated sharply. "What were you playing at this rush hour?! "Well, I wasn't playing, I was more prepared to go to Aurelia...." Elma gave it back neatly. She pushed up the bridge of her glasses saying, "Thank you very much." "In this assignment, I was prepared to simulate a common flow when I infiltrated the academy, because I was given the life to lead the operation with arrogance." "Simulation...? I already have a bad feeling about it. Irene and Lucas looked at each other, and then Lucas cut out more carefully. "By the way, what is this" common flow when you infiltrate the academy "? Elma nodded "yes" and lit her glasses. "First, the infiltrator enters the academy in an incredible or discreet way. Elite rivals harass you with" Hmm, B rank ". However, the true strength is the SSS rank." Oh dear, I don't want to stand out, "he said glamorously, while at the martial arts club, he beat his rivals with butterflies and flashy stands, and finally defeated the legendary cologne that appeared in the accident. At that time, you will wake up to the silver-haired odd eye. On the odd day of the final day of the chalice, we will overcome our father-in-law confrontation and win the championship and the heroic seat." "Who are you referring to this time?" "Huh? It's a novel for young people that Marc lent me. When I talked to Mark, who had experience in school life, about what the" royal road "was when I went undercover in the academy, everyone lent me a pleasant loan because this was the flow of simulation once." "Marc....! That guy....! Lucas and Irene looked up to heaven, realizing that his surname, Marc, had two diseases in his heart. "Though the preparation period was short, I also kept an eye on the cologne, which could be a candidate for the decision dialog and attack the academy. I plan to retain the role of harasser and mastermind father, but I think it's a good slip." Lucas thought he only slipped into the desert below the diagonal. "I was surprised that the color of my eyes changes when I do 'awakening', but when I say 'normal', I can't replace my stomach. By developing a type of colored glass that adheres directly to the cornea, I managed to overcome it in the morning. This is it." "Isn't that something you didn't have to overcome at all!? Irene finally screamed to Elma, who had taken out an extremely thin piece of glass from the cloth bag. If Elma had rowed the colored glass to the general stage, the continent's ophthalmic surgery technology would have advanced for a century or so. Irene and Lucas quickly crossed their gaze, simultaneously sighing down and placing their hands on Elma's shoulders. "I'm sorry to keep you up to sleep, Elma. You don't seem to understand the 'normal' direction required by this assignment at all." "Depending on you, why do you always make deadly textbook choices...." It was pointed out slowly, and Elma was neat. Then I began to have a slightly uneven atmosphere. "I don't think so. Because at the beginning of the guide, it was clear that" the main character of this story is an ordinary student everywhere "-" "Ordinary students don't really have SSS ranks, and they don't win or become heroes in militant groups. The protagonist, if you just look at the results, will be flying incredibly fast! "... that's right, but in the first place, the assignment I was given was' normally '' come get the pinnacle of the students'..." Lucas spoke loudly to Elma, who began to soak a little hesitation. "That's wrong." "Brother-in-law's orders. It is wrong in the first place to win the chalice because you are not an Aurelian, and you have no sanctity." Elma raised her eyebrows in suspicion at the neat words. "But... so, in order to disobey His Majesty's advice, is His Majesty thinking? Is it normal for a subordinate to disobey the king's life? "... you didn't say turn your back." Lucas answered badly and then told him to put his words together. "It's just... yes, your interpretation is different." "My interpretation? "Instead of dominating the chalice with overwhelming activity... at least, after a struggle, I accidentally won the championship, and I think it's reasonable to position myself..." Elma leans her neck strangely in a manner that never boils out. But Lucas' expression was strangely hidden in Elma's handmade glasses and could not be read. "Your Highness...? "- I agree, Elma." And then Irene raised her voice from the side. She spinned the words as if she were going to shoot Lucas with backup. "If we, the original outsiders, seize Aurelia's supremacy too grandly, I think public opinion is a big problem. I'm sure Your Majesty's orders mean, 'Only to the extent that you don't deviate from the normal range'... no, maybe you won't even win." "Huh? Really? "Yeah, that's right. After all, His Majesty said," To cancel the unusual achievements in Frenzel, "" Get the pinnacle of the students. "I mean, he said," You know, you know, he's a very ordinary student. " "Eh...? Really...? Elma quietly shows signs of upset. Lucas looked back at Irene in surprise at her unexpected follow-up, but she glanced at the green cat's eyes and nodded firmly. "Yes, yes, Elma. The more I think about it, the better. You're not looking for a chalice championship or a trinitate. I'm being tested on how ordinary students fight and how they lose... how common and common they can be." "Normal..." It sounds like an overwhelming assertion, but Irene's eyes are overwhelmed with urgency. Elma nodded at the end of the patrol, hesitating to assume that her facial expressions were generally false. And Lucas, too, seemed to have decided to take over Irene's follow-ups. "As a confirmation, I must not play a prominent role rather than winning the Chalice, right? "Yes, that's right." "You shouldn't wake up with your silver hair or your eyes, right? "Yes, that's right. Anyway, it's forbidden to stand out." Nothing conspicuous was allowed, Elma repeated and nodded small again. "Very well. Stand out, never." Make a fist as if you were grasping words. But things changed suddenly when she tried to make a determination with it. Cui... nh! All of a sudden, a strange sound sounded like my ears were twitching in the room.

8.「普通」のディナー(3) ここに到着してから、自分たちはもう何度息を呑んだことだろう。 フェリクスを除く一同は眼前の光景を眺めながら、そんなことを思った。 獄内のダイニングである。 いや、獄内の一室のはずの空間である。 しかしそこは、曲がりなりにも王侯貴族として育った彼らも知らぬ、突き抜けた贅沢さが溢れていた。 まず頭上を覆うのは、こぼれんばかりの星空。 青みがかった夜の空で、乳白色の星々が、柔らかく光を放っている。 そこから、夜空に溶け込むようにして伸びる壁。ここには、希代の芸術家作と言われてもおかしくない、完璧な美しさを誇るステンドグラスが嵌め込まれ、ルーカスたちの元にあえかな光を届けていた。 壁の下部には、星明かりを邪魔しない、けれど不思議と部屋を暗く感じさせない大量の燭台。 たしかに炎のように揺れるのに、時折一斉にふっと色を変えるその照明の正体が、彼らにはさっぱりわからなかった。 磨き抜かれた床に、選び抜かれた調度品。 耳を澄ませばそっと聴こえる、穏やかな音楽。 そしてテーブルには、王族でも食べたことのない、豪華絢爛な料理の数々。 「さあ、どうぞ席にお掛けください」 ついでに、すぐ側でアテンドしてくれるエルマはといえば、メイド服や地味なメイクを脱ぎ捨て、蛹から抜け出た蝶のような美しさだ。 もうどちらの方向を見て感動してよいのかわからず、一同はきょろきょろと視線を彷徨わせてしまった。 「ようこそ、ヴァルツァーへ」 そして、こちらの入場に合わせて席を立ち上がった人々を視界に入れて、性懲りも無く息を呑む。 テーブルの下座側には、六人の男女が立っていた。 「歓迎、する。俺は、イザークだ」 特徴的なぶつ切れの口調で告げたのは、厳しい顔つきの、熊のごとき大男。 大剣を背負った姿には尋常ならざる凄みがあり、一同は無意識に全身を強張らせた。 】の顔が怖すぎて、みんなビビってるじゃないか。――ああ、僕はホルスト。いつも『妹』がお世話になってるようで。僕たちは、心からあなたたちをもてなしたいだけなので、どうか肩の力を抜いてよ」 砕けた口調で告げたのは、なぜか白衣をまとった青年。 気さくで好印象にも思えるが、王族相手に「肩の力を抜いてよ」などと言い放つ囚人というのは、よくよく考えれば異常だ。 「モーガンと申します。皆さまは、私どもの『娘』の、大切なお客様。シャバと離れて久しいぶん、行き届かぬ点があるかもしれませんが、心ばかりのもてなしを楽しんでいただけますと幸いです」 次いで丁寧に言うのは、物腰柔らかな壮年の男性。 彼の発言によって、場の雰囲気が少々緩む。 そうか、俗世と隔絶されていた彼らなのだから、浮世離れした空気があっても当然なのかもしれない。 「あたしはリーゼル。お会いできて嬉しいわ。エルマがお世話になっている方々がいらっしゃると聞いて、この日が来るのを本当に楽しみにしていたのだから」 その次、この場の 髪を伸ばし、化粧までした麗しい姿に、一同は一瞬性別を捉え損ねた。 「エルマの父、ギルベルトだ。あなた方を取り巻く事情も様々あるだろうが、今宵我々はあなた方を、ただ娘の客としてもてなしたいと思っている。どうか楽しんでほしい」 真っ直ぐこちらを見て告げるのは、精悍な男性。実直そうな顔つきや、堂々とした立ち姿からは、囚人というよりも騎士のような雰囲気がにじむ。 彼は、引き締まった顔にかすかな笑みを浮かべると、最後の人物の背に、自然な手付きで腕を回した。 「――エルマの母、ハイデマリーと申します。歓迎しますわ。皆さまどうぞ、お掛けになって」 手を添えられた女性は、大きく膨らんだ腹をそっと撫でながら、再度促す。 まるで鈴を鳴らすような美しい声と、麗しい相貌に、一同は思わず目を見開いた。 完璧な左右対称を誇る美貌は、間違いなくエルマと似ている。 ただし、エルマを咲き 詰襟のドレスをまとい、髪も清楚に結わえてあるというのに、ボタンのあわいからわずかに覗く肌や、はらりと一筋ほつれた髪からは、むしろ噎せ返るような色香が滲む。 相手は一介の娼婦、それも囚人。 だと言うのに、ルーデンの王侯貴族たちは気圧される何かを感じながら、ぎこちなく腰を下ろしたのである。 国母のテレジアや国王のフェリクス、女慣れしたルーカスですらこれなのだから、男爵家の娘に過ぎぬイレーネは、もはや昇天寸前である。 彼女はテーブルの下で拳を握り合わせて、ばくばく言う心臓をなんとかして押さえ込んだ。 (な......っ、なんて......っ、なんて......っ) なんて鮮烈な存在感の人々なのか。 いや、イレーネとて、彼らと会う前から心の準備はしていたのだ。 なにしろ彼らは犯罪者であり、囚人。 いくら親友の「家族」とは言っても、見るだけで失神しそうな凶悪な面構えをしているかもしれないし、はたまた見るに堪えない哀れめいた姿をしているのかもしれない。 それでも、大好きなエルマの「家族」だ。 どちらの場合でも、恐怖や嫌悪を外には出すまいと、こっそりシミュレーションまでしていたというのに――はっきり言って、これは予想外だった。 (イザークさんこそど迫力な佇まいだけど、ホルストさんは知的なお兄さんって感じだし、モーガンさんは執事の鑑みたいな上品さだし......) リーゼルの中性的な言動には驚いたが、その姿は歌劇団の主役のような、独特な華があるし、ギルベルトもまた、磨き抜かれた心身が男の色気をまとっている。 そしてハイデマリーに至っては、まさに傾国。 色香がありながらもけして下品ではなく、つい目で追いかけてしまう艶がある。 (総じて皆さま魅力的っていうか......キャラが濃い!) イレーネは許されるならば、この場で胸を押さえて蹲りたかった。 ハイデマリーとエルマが突き抜けているため、美醜の偏差値が狂い気味だが、この大罪人たちは総じて見目も麗しい。 大男のイザークですら、筋骨隆々とした男性美に溢れている。 多方向に魅力的な面々が、一様に好意的な表情を浮かべ、こちらをもてなそうとしている状況に、イレーネは一瞬、自分が今どこにいるのかを忘れかけた。 (こんなに素敵な方々が、好意的に接してくれるのだから......この監獄での日々、思ったよりなんとかなりそう) 同時に彼女は、こっそり胸を撫でおろしもした。 監獄が実家であるエルマの手前、周囲に告げはしなかったが、イレーネはこの監獄行きに巻き込まれたことで、かなり動揺していたのである。 ただでさえ、「この世の地獄」と噂のヴァルツァー監獄。 衛生環境は劣悪だろうし、虐待や拷問も横行していると聞く。 犯罪に手を染めた極悪人たちに囲まれて、強気なイレーネもさすがに、快適な生活が送れるとは思えなかった。 しかも、世話する相手は「血塗れテレジア」。 下手を打てば、彼女からの折檻で命を落とす恐れすらある。いくら親友のエルマが一緒とはいえ、いったいどうして、この監獄行きに自ら名乗りを上げたのか、イレーネにはさっぱりわからなかった――まあ、それが洗脳というものなのだが――。 しかし蓋を開けてみれば、監獄はいっそ王宮よりも清潔だし、よくわからないテクノロジーに満ち溢れている。 囚人の皆さまも、ちょっとキャラが立ちすぎている感はあるが、普通に娘思いの人物のようだ。 「殿下。エルマのご家族って、皆さま気さくで、思ったより普通の方々なのですね」 「ああ。多少浮世離れしているが、覚悟していたほどではないな。皆、好意的だし」 隣に座るルーカスに――監獄では身分など無いということなのか、この場では侍女のイレーネも横並びでの着席を許されている――小声で囁くと、彼も頷き返す。どうやら同じ感想を抱いたようだった。 驚くほど口当たりのよいワインで乾杯し、色とりどりの前菜を振舞われ、と、監獄の晩餐は思いのほか和やかに進んでゆく。 イザークが調理したのだという料理の数々は、実に繊細美味で、美食に慣れたテレジアでさえ、含んだ瞬間目元を綻ばせるのがわかった。 合間合間に起こる和やかな会話、軽妙なジョーク、細やかに気遣われるサーブ。 なんと快適な食事。 まるで、これから始まる監獄での日々が、穏やかなものだと予感させるような。 そう、イレーネたちが安心した、その矢先――。 「では、メインディッシュを、持ってくる」 イザークがぬっと立ち上がった。 そして、彼がダイニングを離れたあたりから、雲行きがおかしくなっていった。 「メインディッシュとは言っても......テーブル上には、もうスペースがないわよね......?」 洋の東西を問わぬ絶品料理が並ぶ食卓を見て、イレーネが首を傾げる。 それを聞き取ったエルマは「ああ」と、なんでもないように頷いた。 「今日のメイン、鳥のグリルは、少々大きすぎるので、元々テーブルに載せる予定はないのです」 「ええ。扉もくぐれない大きさだったので、それもあって天井を爆破したのですよね。本当はドラゴンのコンフィにする予定だったのが変わってしまって......実は、準備の際、ちょっと焦りました」 「............は?」 少々照れたように告げるエルマに、イレーネと、横で聞いていたルーカスは顔を引き攣らせる。 どういうことだ、と問うよりも早く、 ――ひゅん......っ! 上方から鋭い音が響き、彼らははっと顔を上げた。 彼らの頭上。 吹き抜けの、本来天井があるべきあたり。 そこには、星が散らばる夜空を背負うようにして、巨大な鳥が宙に浮かんでいた。 飛んでいるのではない。 既にこんがりと揚げられたうえで、鞭のように飛んできた針金に、全身を絡めとられている状態だ。 「な......――っ」 「仕上げ焼き」 イザークの太い声での呟きとともに、宙づりの鳥が一斉に炎に包まれる。 それを見上げたエルマは、にこやかにイレーネたちに説明した。 「本日のメインディッシュは、

118 8. "Regular" Dinner (3) How many times have they breathed since they arrived here? All of them except Felix thought of that while looking at the scenery before them. It is a dining room in prison. No, it's supposed to be a room in prison. But it was filled with extravagant luxury that they did not know when they grew up as kings and nobles. The first thing to cover your head is the spillless starry sky. In the blue night sky, the milky white stars are softly emitting light. From there, the wall stretches so as to melt into the night sky. It was fitted with stained glasses that boasted perfect beauty, not to mention a rare artist's work, bringing some light to Lucas. At the bottom of the wall is a large number of candlesticks that do not disturb the starlight but do not make the room feel strange and dark. They didn't know exactly what the lighting was, even though it was shaking like a flame, which occasionally changed colors at once. Selected furnishings on polished floors. Gentle music that listens softly when you hear it. And the table is full of gorgeous dishes never eaten by royalty. "Please, sit down." By the way, Elma, who attends right next to me, is as beautiful as a butterfly coming out of a chrysalis by taking off her makeup and makeup. I didn't know which direction to look at anymore and was impressed, and they all wandered off their gaze. "Welcome to Walzer." And with the people who stood up according to our entrance, they took a breath without sexual punishment. Six men and women stood on the lower side of the table. "Welcome, sir. I'm Isaac." The characteristic puncture tone was communicated by the harsh face of a bear, the eldest man. The appearance of carrying the great sword had unusual abundance, and both of them unconsciously forced their whole bodies to stretch. "Look, the face of [eating too much (Isaac)] is so scary, everyone's freaking out. - Oh, I'm Holst." My sister "always looks after me. We just really want to entertain you, so please relax your shoulders." The young man in white somehow told me in a shattered tone. Though gentle and impressive, a prisoner who says to his royal opponent, "Relax your shoulders" is unusual when you think about it carefully. "My name is Morgan. You are our dear" daughter "customer. Having been away from Shaba for a long time, there may be some bad things about it, but I hope you enjoy the hospitality you've always wanted." Then politely, a gentle, grand man. His remarks lighten the atmosphere a little. Well, since they were isolated from Tsubaga, it may be natural to have a distant air. "I'm Liesel. It's good to see you. I was really looking forward to this day when I heard Elma was looking after her." Next, the mistress (...) smiled at the scene, but apparently it was like a man because of her low voice. The hair was stretched out and the beautiful appearance of the makeup, all of them lost sight of gender for a moment. "Elma's father, Gilbert. There will be many circumstances surrounding you, but tonight we would like to treat you as a mere guest of our daughter. Please have fun." It's a tough man looking straight at us. From his honest face and majestic appearance, he feels more like a knight than a prisoner. He smiled slightly on his tight face and turned his arm naturally on the back of the last person. "-- -- My name is Heidemary, Elma's mother. You're welcome. Ladies and gentlemen, please sit down." The woman with her hands gently strokes her big, swollen belly and urges her again. Together they opened their eyes to a beautiful voice that sounded like a bell and a beautiful appearance. Beauty with perfect left-right symmetry is undoubtedly similar to Elma. However, if you compare Elma to her first poor rose, it looks like a ripe and blooming lily. Even though you wear a dress with a collar and your hair is clearly tied together, the skin that peeks slightly from the blurring of the button and the loose hair rather exudates a choking aroma. The opponent is a prostitute and a prisoner. Yet the nobles of the royal family of Rouden lowered their hips without hesitation, feeling something of pressure. Even Telegia the Mother of the Nation, Felix the King, and Lucas the woman are used to, so Irene, who is only the daughter of the Baron's family, is no longer on the verge of ascension. She clutched her fists together under the table and managed to push her murmuring heart into it. (Nh... what... what... what...?) What a vivid presence. No, I've been ready for them since before I met Irene. After all, they are criminals, prisoners. No matter how much you say "family" of your best friend, you may have a vicious look that makes you faint just by looking at it, or you may have a pathetic look that you can't stand to see again. Still, my beloved Elma's "family". In either case, I was secretly simulating fear and disgust - quite clearly, this was unexpected. (Isaac is so powerful, but Mr. Holst feels like an intelligent brother, and Mr. Morgan is so classy that he wants to see the butler....) I was surprised at Rezel's neutral behavior, but his appearance is unique, like the leading role of the opera troupe, and Gilbert also has a polished body and mind. And when it comes to high demeanor, it's just inclination. Although it has a fragrance, it is not vulgar and has a gloss that catches up with the eyes. (In general, people are attractive... the characters are thick! Irene wanted to squat on this spot, if she could. With Hydemarie and Elma through, the deviation of the ugliness seems crazy, but these great sinners look beautiful overall. Even the big man Isaac is full of musculoskeletal beauty. Irene instantly forgot where she was right now, in a situation where attractive faces in many directions were uniformly positive and she was about to entertain us. (Because such lovely people treat me favourably... my days in this prison are going to be better than I thought.) At the same time, she sneaked her chest down. Elma, whose home is the prison, did not tell the surroundings, but Irene was quite upset when she got caught up in the prison. Even Walzer prison, rumored to be "hell in the world". I hear that the sanitary environment will be poor and that ill-treatment and torture are widespread. Surrounded by vicious criminals, I didn't think a strong Irene would be able to live a comfortable life. Besides, the person to take care of is "Bloody Telesia". If you hit her badly, you could even lose your life in a cage from her. Irene had no idea how much of Elma's best friend was with him, why he named himself after this prison trip - well, that's brainwashing. But if you open the lid, the prison is cleaner than the royal palace, and full of tech you don't know. Prisoners also feel that the character is a little too standing, but it seems like a person who usually thinks of her daughter. "Your Highness, Elma's family is more generous than you think." "Oh, it's a little out of the ordinary, but it's not as ready as I thought. They're all very favorable." Lucas, sitting next to him - is there no status in prison, where the maid Irene is allowed to sit side-by-side - whispers, and he nods back. Apparently, I had the same feeling. Cheers to incredibly tasty wine and colorful appetizers, the prison dinner progresses gently to your heart's content. I found that the cuisine that Isaac cooked was delicate and delicious, and even the telesia familiar with gastronomy broke the eyes at the moment it contained it. Gentle conversations, subtle jokes, and nuanced services that take place between them. What a comfortable meal. It's as if your days in jail starting from now on are calm. Yes, Irene and the others were relieved by the arrows ahead. "Okay, I'll bring you the main dish." Isaac stood up slightly. And when he left the dining room, the clouds went crazy. "Even though it's the main dish... there's no room on the table anymore...? Irene leans her neck as she watches a table lined with exquisite dishes from all over the West and East. Hearing that, Elma nodded as if nothing had happened. "Today's main grill of birds is a little too big to be on the table." "Yes, the doors were so big that they blew up the ceiling. The fact that I was planning to configure the dragon has changed... Actually, I was a little impatient when I was preparing." "... what? Elma, telling her it was a little illuminated, and Irene and Lucas, listening beside her, twitched their faces. sooner than asking what that means. --Hyun...! A sharp sound sounded from above, and they raised their faces. Above them. The area where the blowout is supposed to be. There were huge birds floating in space, carrying stars scattered in the night sky. I'm not flying. Already fried, it's wrapped around a wire that flies like a whip. "Nh...!" "Finished baking" Together with Isaac's thick voice, the birds of the universe are wrapped in flames. Elma looked up and explained to Irene and the others with a smile. "Today's main dish is the stuffed (staffed) Phoenix."

32.シャバの「友情」は悩ましい(4) 「............ぁ」 エルマは、小さな小さな呟きを漏らした。 先程感じた、胸を掻き毟りたくなるほどの衝撃。 呼吸が止まるほどの苦痛をやり過ごした今――なぜか、急に体が軽くなったからだ。 自らの内側にある、温かで力強い血の流れを感じる。 指先に力が戻ってくる。 心臓を掴んでいたなにかの手が、ぐっと緩んだようだった。 力が漲る。 体から重みが消える。 そのまま浮いてしまいそうだ。 体も心も、浮き立つような高揚感に支配されていた。 こんな感覚は、初めてだ。 エルマは無意識に、赤い舌でぺろりと唇を舐めた。 ぞくぞくする。 ふと、視界の隅に、鎖で祭壇に縛り付けられたままの自分の体が映ったので、彼女は眉を顰めた。 無粋だ。 自分から自由を奪う存在など、あってはならないのに――。 まるで女王のような口調でそっと呟けば、それだけで「周囲」は動いた。 洞窟に漂っていた水の気配が、鎖の周辺に凝る。 それは見る間に鉄を腐蝕させ、また鎖それ自体も実に従順に、自らを溶かしていった。 彼女が長い睫毛を数度瞬かせる間に、頑丈な鉄の鎖は、脆い音を立てて壊れた。 当然のことを労うような口調で告げて、エルマはゆったりと身を起こす。 それを追いかけるように、さらりと髪が肩を滑った。 緩く波打つ長い髪。 ほっそりとした肩を豊かに覆う様はいつも通りとも言えたが、一つだけ、決定的に違う点があった。 エルマの髪は、まるで陽光を集めて紡ぎあげたような、眩い金色をしていた。 彼女は無言で髪を摘まむ。 そして首を傾げた。 こつ、と靴音を鳴らして祭壇から降りる。 洞窟の奥、透き通るような水が溜まった場所に己を映し、全身の姿を確認すると、彼女はますます首の角度を深めた。 豊かに波打つ金色の髪に、まるで冬の湖のような、 唇は薔薇のように赤く、しなやかな肢体は香り立つような色香を滲ませる。 髪色こそ違えど、その佇まいは――まるで母ハイデマリーそのものだった。 エルマはしばし沈黙する。 高揚感に沸き立つ精神の片隅で、一応、混乱はしていた。 ややあってから、彼女は神妙な顔で自身にセーフ判定を下した。 「『銀髪オッドアイ』に変身するとか、全然普通じゃないから!」とイレーネたちが叫んでいたことを、彼女なりに気にしていたらしい。 どうやら小説の主人公のように「覚醒」してしまったようだが、辛うじて「普通」の範疇でよかったと、彼女は胸を撫でおろしていた。 ――論点はそこじゃねえよ、と突っ込める人物は、残念ながらこの場にいなかった。 エルマはぐるりと周囲を見回す。 薄暗い洞窟内に怪しげな祭壇、床には打ち捨てられたなにがしかの遺骸。 いかにも禍々しい雰囲気を湛えつつも、片やでは、聖酒や香油、聖剣に聖像といった、神の光を宿すものたちも多く転がっている。 そのどれもが、エルマには等しく心地よく、親しみやすいものに感ぜられた。 いや、今は特に、後者のほうが好ましいか。 エルマはふと、祭壇の横に転がっていた酒瓶に気付き、それを拾い上げてみた。 中に残っていた液体を かっと喉が燃えるような感覚があり、ついで体の内側から、抑えきれない歓びの感情と、純粋な力が湧きあがってきた。 「ふふ......っ、ふふふ」 陶然とした表情で、唇についた滴を舐めとる。 それからエルマは、若かりし頃のハイデマリーそのものの姿で、両手で口を覆い、くすくすと笑いはじめた。 その様は、可憐であり、奔放であり、自由である。 無邪気な少女のようでいて、見る者すべてを篭絡する熟女のような、得も言われぬ貫禄がある。 喉を鳴らす猫を思わせる笑みは、淫蕩ですらあった。 ――ハイデマリーの予想は正しかった。 とどめを刺そうと酒なんて飲ませた結果、むしろ、相手の潜在能力を目覚めさせてしまったことをもしチェルソが知ったら、きっと衝撃のあまり、残り少ない頭髪まで禿げ散らかしてしまうことだろう。 聖女の血が発現したほうが、よほど魔族めいた言動になるという謎仕様が、今ここに爆誕していた。 なんだかものすごく楽しくなってきて、エルマは人さし指をアウル神の像に向けてみる。 抉られた片目に、ウインクでもされたような気分がしたからだった。 みるみる、周囲の岩壁から素材が合成され、石像が完全な姿を取り戻した。 ご機嫌になって、次々とあちこちを指してみる。 いびつな形をしていた湖が美麗な噴水となり、無骨だった岩壁が繊細な彫刻を施された石壁となり、どこからともなく、鮮やかな草花が咲きはじめた。 だが、光が足りない。 エルマはほんの少し唇を尖らせ――無駄に、かつ過剰に、可憐である――、それからぱっと閃いたように、もはや荘厳な大聖堂と化した洞窟の天井を見上げた。 斜め上の天井に向かって、すっと人さし指を立てる。 まるで熱したナイフを入れられたバターのように、滑らかに天井の一部がくり抜かれ、洞窟内に光の矢が一斉に降り注いだ。 事物を支配し、攻撃するのが魔力だとしたら、聖力とは庇護を呼びかけ、周囲の「自発的な」協力を仰ぐ力だ。 ゆえに、純粋で究極的な聖力が発動するとき、そこには轟音も破壊音も響かない。 円形に落下した土石は、一瞬宙で静止したかと思うと、あくまで静かに地面に降り積もり、まるで自然の祭壇のような形を描き出した。 エルマはそこへ近づくと、真っすぐに注がれる陽光を見上げ、うっとりと目を細めた。 なんて、気持ちがよいのだろう。 少しばかり調子に乗って、エルマは両手をそっと重ねてみる。 】の教えを生かし、拳で殴らないと穴が開かないのに、今は指先で示すだけで岩壁が貫けるのだ。 では、両手を重ねて力を籠めたら、どんなことが起こるのか。【 これで難なく脱出もできるだろう。 が、そのときふと、脳裏にとある声が蘇った。 ――......あなたは、どうしていつもそう、無茶をするの。 イレーネの声だった。 記憶にある彼女の声は、思いつめたように掠れていた。 ――エルマ、私はね。あなたの、......あなたのそういう、............っ あのとき彼女は、なんと続けようとしていたのだろう。 わからない。 わからないがしかし、これまでに叱られた経験を様々な角度から比較検証するに、おそらく彼女は、エルマが「一人きりで」「周囲を頼らずに」なにかを解決しようとすると、怒っているような気がした。 重ねた両手を、見下ろしてみる。 たとえばこの洞窟を半壊させて、地上に脱出することは、エルマにとってはなんの苦でもない、合理的な選択だけれど、それは「一人きり」で、「周囲を頼らない」行為だ。 もしかしたらこれもまた、イレーネたちの怒りを買うのかもしれないと思うと、急に肩がしょんぼりと落ちるような心地がした。 それはいけない。 エルマは軽く頭を振り、方針転換を図った。 自力での脱出はNGだ。 ここは大人しく悲鳴を上げて、救助を待とう。 (......幸運にも、私はまだ、「助けを呼べる」身の上なのだから) 頭の片隅に、まだ青年の声が残っていた。 エルマは土の祭壇の上に腰を下ろすと、軽く喉に触れてみた。 誰かに助けを求めるなど、初めてだ。 とても緊張する。 そわそわとしながら、まずはぽつんと、 「――助けて」 小さく呟いてみた。 が、両手で顔を覆い、すぐにぷるぷると首を振る。 照れが捨てきれていないし、悲壮感も緊張感もない。これではだめだ。 】が見たら、きっと呆れ顔になることだろう。 「た......助けて......」 ついで彼女は両手を握り合わせて、躊躇いを押し殺すために両目も瞑ってみせた。 だいぶいい感じだ。 だが、名指しで呼べばいいのだろうか。 それとも「誰か」などと付けたほうが、より緊迫感が出るのだろうか。 エルマは一瞬の逡巡のうえ、どちらをも採用することにし、全力で叫んだ。 「イレーネ......! いえ、誰か......! どうか、助けて――!」 切羽詰まった、情感豊かな渾身の叫び。 もしこれが採点競技だったとしたら、技術点演技点ともに高得点を叩き出せそうな、かなり理想的な悲鳴と言えただろう。 が、惜しむらくは、莫大な聖力をまとった状態で、そんなにも高らかに「願い」を口にしたらどんなことになるのか、その認識がエルマには欠落していた。 厳密に言えば、初めて手にした力ですっかり「酔ってしまった」彼女は、今自分が聖力を揮っているのだという理解すらなかった。 、聖堂内には、ただ「悲鳴」の余韻だけが広がった。 それは、ともすれば「悲鳴」が聞き入れられず、残酷にも静寂だけが応じた光景――のようにも見える。 が、もちろん違う。 それは言うなれば、大波が押し寄せる前に、潮が一度大きく引いていく、その過程の現象なのであった。 エルマの声は、洞窟内を満たし、光に溶け、風に乗りながら空を駆け抜けてゆく。 雲を揺らし、海をさざめかせ、ときに生き物の心の内を渡りながら、瞬く間に世界中へと広がっていった。 聖力の発動それ自体は、あくまでも――静かに。 しかし、引ききった波が、ある時点を境に猛烈な勢いで押し返してくるように、 世界のどこかで、鳥の群れが一斉に羽ばたく。 火山が噴火し、穏やかだった川の流れが濁流へと転じ、森では動物たちが大地を揺らしながら、ある方向を目指して一斉に駆けはじめた。 風が吹く。 雲がちぎれる。 辺境のぶどう畑では木々が突然ざわめきはじめ、長いポニーテールを揺らした少女がはっと顔を上げた。 ティーカップを取り落とした貴婦人が、突然暴れ出した火に驚いた料理人が、患者の脈の乱れに目を見開いた少年が、切れた弦に頬を弾かれた音楽家が、あらゆる人々が、胸騒ぎを覚えて、わけもなく空を見上げる。 純粋で凶暴なまでの「なにか」が、ある場所をめがけて唸りを上げていた。 遠くで、低くて鈍い音がする。 ――ごごご......っ それは、時間を追うごとに、大地を揺らすような音量を伴って、辺り一面に響き渡った。 ――ごごごごごごごごごご......っ! いや、「大地を揺らすような」ではない。 実際に、大地を揺らしているのだ。 洞窟の周囲の地盤が、一斉に隆起する。 それによって「邪魔な」樹木や建築物が振り落とされると、今度はそのある一点を貫くようにして海水が押し寄せた。 波はしかし見る間に引き返し、代わりに大量の動物たちが、まるで道を作るようにして駆け抜けてゆく。 踏み慣らされた大地を、今度は植物たちが、枝や蔓を凄まじい勢いで這い伸ばして行った。 洞窟の聖堂――エルマの所在地を目的地として、今、世界が自ら 祭壇に腰掛けていたエルマは、急激に目の前の空間が開け、見る間に色鮮やかな緑の絨毯が出現していくのを、悠然とした表情で見守った。 裂けた岩壁から伸びた緑の道が、とうとう足元にたどり着いたので、エルマは意を迎えるように微笑んで立ち上がる。 相変わらず、全身が高揚感に満たされていた。 しかし、彼女がねぎらいの意を込めて片手を挙げたその瞬間――その瞳がふっと曇った。 聖力を一度に使いすぎたのだ。 藍色に潤んでいた瞳が、いつものような紫がかった夜明け色を取り戻し、髪は毛先から再び黒へと戻っていく。 全身から力が抜け、エルマはふらりと祭壇に座り込んだ。 そのまま目を閉じ、くたりと横になる。 白い肌に長い睫毛の影を落とし、薔薇の唇をほんのわずか開いて眠る彼女は、さながら天使か妖精かといった美しさだ。 だが同時に、それはさながら、酔っぱらってハイになった人物が、破壊行動の限りを尽くしたあげく、突然スヤァ......と穏やかな眠りに落ちるような、身勝手極まりない姿でもあった。 「き......っ、きゃあああああああああっ!」 「おいっ、ここは暴れずに掴まるんだ......っ! 弾き飛ばされるぞ!」 と、そこに、男女の元気な絶叫が響き渡る。 身近に知った声だったので、うとうとしていたエルマは、ぱちりと目を開き、その場にむくりと起き上がった。 目をこすりながら見てみれば、イレーネとルーカスである。 彼らは、なぜか蔦性植物に全身をぐるぐる巻きにされ、できたばかりの「道」の上を、怒涛の勢いで運ばれているのであった。 よく見れば、彼らの背後には、ラウルやグイドの姿もある。 「............! エルマ!」 先頭にいたイレーネとルーカスは、エルマの姿を見つけると、はっと顔を上げた。

104 32. Shaba'S "Friendship" Is Troublesome (4) "............ ah" Elma leaked a little whisper. The shock I felt earlier was so much that I wanted to scratch my chest. Now that I've had enough pain to stop breathing - for some reason, I suddenly feel lighter. Feel the warm, powerful flow of blood inside you. The force returns to your fingertips. Some hand that was holding my heart seems to be loosening. My strength rises. Weight disappears from the body. It's going to float like this. Both the body and mind were dominated by an uplifting sense of rejuvenation. I've never felt this way before. Elma licked her lips unconsciously with her red tongue. It stings. Then, in the corner of her sight, she frowned, as her body remained tied to the altar in chains. Innocence. There must be no such thing as depriving yourself of your liberty. With a quiet tone like a queen, the "surroundings" moved. Signs of water drifting in the cave converge around the chain. It corroded the iron while looking, and the chain itself melted itself in obedience. While she blinked her long eyelashes several times, the sturdy iron chains broke with a brittle sound. Elma wakes up relaxed in a natural manner. Her hair slipped on her shoulders as if she were chasing it. Long hair that waves loosely. I could always say that it was normal to cover my slender shoulders abundantly, but there was only one decisive difference. Elma's hair was dazzling golden, as if she had gathered sunlight and spinned it. She picks her hair silently. And I tilted my neck. I snapped my shoes and got off the altar. She reflected herself deep in the cave, where clear water was accumulating, and when she saw her whole body, she deepened the angle of her neck. Blue (...) eyes, like a winter lake, on rich, wavy golden hair. Her lips are red like roses, and her supple limbs exudate fragrant aromas. The color of her hair was different, and she acted like her mother, Hydemarie. Elma remained silent for a while. In the corner of the spirit that boiled with exhilaration, I was in a state of confusion. Somewhat later, she made a safe judgment on herself with a magical face. "It's not normal at all to turn into" Silver Hair Odd Eye "! She was worried about what Irene and the others were shouting. Apparently, she was "awake" like the protagonist in the novel, but she stroked her chest down because she was happy that it was "normal". --Unfortunately, there was no one here who could penetrate the argument. Elma looks around. A suspicious altar in a dim cave, the remains of what was thrown away on the floor. Despite the harmful atmosphere, there are many things that hold the light of God, such as sake, fragrance oil, and statues on the sword. All of them were equally pleasant and approachable to Elma. No, especially now, is the latter preferred? Elma noticed a bottle of wine lying next to the altar and picked it up. Remove all remaining liquid (...). There was a burning sensation in my throat, and then from inside my body, an uncontrollable feeling of joy and pure power came up. "Fufufu... uh, fufufu" Lick off the drops on your lips with a plain expression. Then Elma began to giggle, covering her mouth with both hands, in the form of the high demeanor itself when she was young. Such is pathetic, relentless, and free. There is an unspeakable penetration, like an innocent girl, and like a mature woman, who entangles all who see. The smile that reminded me of the cat that rang my throat was even a slut. -- -- Hydemarie's predictions were correct. If Chelsea knew that she had awakened her opponent's potential as a result of drinking alcohol in an attempt to stab her in the end, she would surely be bald and scattered even with less hair in shock. The mysterious specification that the expression of the Virgin's blood would be more of a demonic behavior has now exploded here. Somehow it became so much fun that Elma turned her index finger towards the statue of Aur God. Because I felt like I had been winked in one eye. Mirumi, the material is synthesized from the surrounding rock walls, and the stone statue is fully restored. When you're in a mood, I'll point to you one after the other. The snoringly shaped lake became a beautiful fountain, the boneless rock wall became a delicately sculpted stone wall, and bright flowers began to bloom from nowhere. But there's not enough light. Elma sharpened her lips slightly - wastefully and excessively pathetic - and then glanced up at the ceiling of the cave, which was no longer a majestic cathedral. Raise your index finger toward the diagonal ceiling. Like butter with a hot knife, a part of the ceiling was smoothly pierced and an arrow of light poured down all at once into the cave. If it is magic to dominate and attack things, holy power is the power to call for shelter and call for "spontaneous" cooperation around you. Therefore, when pure and ultimate sanctity is activated, there is no roar or destruction sound. The earth and stones that fell in a circle fell silently to the ground as if they had been stationary in the universe for a moment, drawing the shape of a natural altar. As Elma approached, she looked up at the sunlight pouring straight into her eyes and narrowed her eyes. What a pleasant feeling. Just getting on a little bit, Elma gently lays her hands over each other. Normally, if you don't take advantage of the teaching of [convulsion (Isaac)] and punch him with your fist, you won't get a hole, but now the rock wall will pierce just with your fingertips. So, what happens when you put your hands together and hold your strength? [Greed (Holst)] The intellectual curiosity of concession was throbbing. This will make it easier for us to escape. But then, a voice in my head came back to life. ---... why are you always so reckless? It was Irene's voice. Her voice, as she remembered it, was plundering as she thought. - Elma, I am. Your... your... your... I wonder what she was trying to do then. I don't know. I don't know, but to compare and test the scolded experience to date from various angles, she probably felt angry when Elma tried to solve something "alone" or "without relying on her surroundings." I looked down at the overlapping hands. For example, half-destructing this cave and escaping to the ground is a reasonable choice for Elma, but it is an act of "alone" and "not relying on the surroundings". I thought maybe this would also buy the anger of Irene's people, and suddenly I felt like my shoulders fell down. Don't do that. Elma shook her head slightly and changed course. Escape on your own is NG. Let's scream and wait for help here. (... fortunately, I can still "call for help") There was still a young man's voice in the corner of his head. Elma lowered her hips on the earthen altar and slightly touched her throat. It's the first time I've asked someone for help. I get very nervous. Softly, first, gently, "Help me." I tried to murmur a little. But, cover your face with both hands and shake your neck. I haven't thrown away my lights, and I don't feel sad or nervous. Not now. [Morgan] will surely look stunned. "Ok... help me..." Then she gripped her hands together and meditated her eyes to push and kill her hesitation. Looks pretty good. But should I call him by name? Or would it be more urgent to say "someone"? After a moment of patrolling, Elma decided to adopt both and shouted with all her might. "Irene....! No, somebody....! Please, help me!" A feathered, emotional scream. If this had been a scoring competition, it would have been a pretty ideal scream that would have hit both the technical and acting scores. However, Elma lacked recognition of what would happen if she spoke so softly of her "wish" in a state of enormous sacred power. Technically speaking, she was completely "drunk" with the power she had for the first time, and she didn't even understand that she was now exerting her sacred powers. At first, only the aftertaste of "screaming" spread inside the cathedral. It also looks like a scene where "screams" cannot be heard, and only cruelty and silence respond. But of course not. In other words, it was a phenomenon in the process that the tide pulled once before the big waves approached. Elma's voice fills the cave, dissolves in light, and runs through the sky in the wind. And the clouds swayed, and the seas swayed, and as they passed through the hearts of creatures, they spread out into the world in an instant. The activation of the Holy Power itself is only - quietly. However, it (...) happened suddenly, as the pulled waves pushed back into the border with a fierce momentum at some point. Somewhere in the world, swarms of birds flock together. Volcanoes erupted, calm river currents turned into turbid currents, and in the woods animals began to rush in one direction while shaking the earth. The wind blows. The clouds tear apart. In the vineyards on the border, the trees suddenly began to groan, and the girl with the long ponytail raised her face. The lady who took down the teacup was surprised by the sudden burst of fire, the cook opened his eyes to the disturbance of the patient's pulse, and the musician whose cheek was played on the broken string looked up at the sky without a doubt, all the people remembered the chest disturbance. Something pure and fierce was roaring for a place. Far away, low and dull sounds. --Gogo-go.... It echoed all over the place, with a volumetric shaking of the earth over time. --Gogogogogogogogogogogogogogogogogogogogogogogogogogogogogogogogo! No, it's not like shaking the earth. In fact, the earth is shaking. The ground around the cave rises all at once. As a result, "disturbing" trees and buildings were wiped down, and now the sea water came through one point. The waves, however, turn back while watching, and instead large numbers of animals rush through as if they were making a road. Now the plants crawled and stretched the branches and the vines with great momentum. The cathedral of the cave - with Elma's location as its destination - is now the world itself causing crustal fluctuations (...) and making its way. Elma, who was sitting on the altar, suddenly opened the space in front of her and watched with a calm expression as a bright green carpet appeared. The green path that stretched from the ripped rock wall finally reached its feet, so Elma stood up smiling to welcome her. As always, the whole body was filled with exhilaration. But the moment she raised one hand with all her heart - her eyes were cloudy. I used too much sanctity at once. Her eyes, which were moist in indigo color, regained the usual purple dawn color, and her hair returned to black from the tip of her hair. Relaxed from his body, Elma sat on the altar fluttering. Keep your eyes closed or lie down. Sleeping with her long eyelash shadow on her white skin and her rose lips slightly open, she's beautiful, like an angel or a fairy. But at the same time, it was like a drunk and high person suddenly fell asleep calmly, exhausting his destructive actions. "Ki... ahhhhhhhh! "Oops, don't let it get you out of here...! They're gonna blow us off! And there, the vibrant screams of men and women echo. Because of the voice that I knew very well, Elma, who was lying about, opened her eyes instantly and stood up against the scene. When they rubbed their eyes, they saw Irene and Lucas. For some reason, they were wrapped around their bodies by phytoplankton, transported in the fury of anger on the "road" that had just been made. If you look closely, behind them are Raul and Goode. ............ Elma! " Irene and Lucas, who were at the forefront, raised their faces when they found Elma.

9.「普通」の歌声(1) 明くる朝、聖鼎杯二日目。 最も神に愛された女性――即ち聖女を決めるこの日、闘技場は昨日以上に盛り上がりを見せていた。 聖女という身分の性質上、候補生たちは派手に武技をぶつけ合うことはしない。 逆に、彼女たちが持つ、生命を癒し育む力を競い合うのである。 その競い合いの内容は回ごとに異なり、あるときは雨雲を最も早く呼べた女性が聖女となったし、あるときはけが人を最も多く回復させた者が聖女と呼ばれた。 聖女の能力の発現方法もまた様々で、ある者は祈り、またある者は舞い、またある者は歌う。 つまり観客からすれば、聖鼎杯の中でも聖女決定戦というのは、神秘的なショーを見物するようなものなのである。 候補生たちもそれを十分理解しており、かつ、観客の応援は、ときに審判たる枢機卿の判断をも左右しうるので、必然、彼女たちは観客の注目を集められるよう、華美に装うようになっていった。 こうしてますます聖女決定戦は、華やかなエンターテインメントの性質を強めていったのである。 その結果、候補生たちが入場する今、静謐を重んじる日頃の学院とは裏腹に、観客席からは大音量の歓声が湧き上がっている。 舞台入り口で順番待ちをしているエルマとイレーネは、しかし、候補生たちの華々しい入場をよそに、ひそひそ声で先ほどから真剣な会話を続けていた。 「よくって、エルマ? もう一度確認よ。今回のあなたのミッションは」 「勝たない、冴えない、目立たない......」 「そうよ。あなたは平々凡々な一留学生。くれぐれも、くれぐれも、ほかの聖女候補生を押しのけて課題を秒でクリアしてしまったり、その他もろもろ目立ったりしないよう、気を付けるのよ?」 「目立たない......」 そう。 昨日の「目立たないお返し」が原因で、かえって開会式で注目を集めてしまったエルマは、ルーカスとイレーネの両名から、 「『目立たない』の定義が間違っている!」 と、こってり絞られたのである。 今朝になってもやまないお説教攻撃に、体調不良も手伝ってか、エルマは心なしか、眼鏡のガラスをしょんぼりと曇らせながら、「最善を尽くします......」と神妙に頷いた。 とそのとき、候補生の少女の一人が、エルマたちにわざとぶつかるようにしながら入場門をくぐる。 とびきり目を引く装いをこらした彼女は、冴えない姿のエルマをじろじろ見つめ、「ふん」と鼻を鳴らすと、意地悪く小声で言い捨てていった。 「みすぼらしい聖女候補だこと。あなたの実力はどうあれ、この聖女戦は、観客からの実質的な人気投票を兼ねているのよ。みじめな思いをする前に、お家に帰って鏡でも見てきたらどう?」 「............」 後姿を見送るエルマの眼鏡が、ちょっと嬉しそうに輝く。 なにかを期待するかのようにこちらを向いたエルマに、しかしイレーネは素早く言い聞かせた。 「違うから。あれ、フラグじゃないから。『ふん、Bランクめ』の言い換えでもないし、フリでもないから。繰り返すけれど、あなたが読んだ小説は、現実世界ではまったくもって普通ではないものの集合体だから」 「........................そうなのですか」 至極残念そうな口調だった。 エルマとしては、マルクが貸してくれた小説が「まったくもって普通ではない」と断じられてしまったことが、いまだに腑に落ちないのである。 「......道を歩いていたらうっかり聖剣を引き抜いてしまったくだりとか、微笑むだけで次々と異性が陥落してくるくだりとか、かなりリアリティがあったので、今度こそは大丈夫と思っていたのですが......」 「そういうところよ、エルマ!?」 イレーネはとうとう絶叫したが、元勇者ギルベルトと三国一の娼婦ハイデマリーを父母に持つエルマとしては、こう唸るしかできないのだ。 「本当に......『普通』というのは難しいですよね......」 「青年向け小説なんかに手本を求めるからいけないのよ! この世で人生の指針にしていいのは、ごく一握りの薄い本だけなんだからね? もっと周囲を見回して、一番多数派の動きを真似るとか、一番地味な子を真似るとかすれば解決する話でしょ!」 やけくそになって叫ばれた内容に、エルマはぽんと手を合わせそうな勢いで頷く。 と、そのときとうとう、エルマたちの出番がやってきた。 入場門をくぐり、粛々と指定された舞台上の持ち場に向かう。 が、冴えない姿のエルマに観客が一斉にブーイングを始めたのを聞き取り、イレーネが眉を顰めた。 「なんなのよ、聖女候補を見守る信徒っていうより、単に女の子を値踏みする男たちの集まりじゃないの。これがアウル教の象徴にして頂点を決める祭典だなんて、信じがたいわ」 「観光立国であるアウレリア国にとって、祭典というのは重要な資源ですから。教義と折り合いを付けざるを得ないのでしょうね」 「こんなの単なる腐敗よ」 吐き捨てるような自らの言葉にふとなにかを思ったのか、イレーネは口を引き結び、一瞬だけ観客席に視線を向ける。 それはまるで、誰かを探すような仕草だった。 普通なら誰にも気づかれないだろう、こっそりとした瞳の動きに、エルマだけが気付いて首を傾げたが、気を取り直すように拳を握ったイレーネが、 「さ、気合いを入れて平凡に徹しましょう!」 と叫んだ瞬間持ち場に着いたので、追及する機会は失われてしまった。 石畳の敷かれた、巨大な闘技場。 円形の舞台に、長方形を描くように等間隔で並ぶのは、ざっと三十名ほどの聖女候補生たちだ。 それぞれ、制服の上からできる限りの装いをこらし、用意された簡易の机と椅子の前に立っている。 入場すらもパフォーマンスの一部と捉えているのか、その立ち姿はまるで舞台女優のようだった。 同系色の衣装を身に付けた侍女を大量に引き連れて、彼女たちに引き立て役をさせている者すらいる。 数少ない例外は、一番端で既定の制服に身を包んだ、眼鏡姿の冴えない少女――つまりエルマと、その隣に位置する、亜麻色の髪の少女――クロエくらいか。 筆頭候補と目されているはずの彼女は、エルマと同じく、なんの変哲もない白い制服をまとい、観客の視線を避けるかのようにそっと目を伏せていた。 地味な子、というイレーネの言葉を反芻しながら、エルマはじっと彼女を見つめた。 「お手本......」 「ねえねえエルマ、言動を真似るならあの子なんていいんじゃない? ちょっと素朴な感じで、田舎臭さもあって、いかにも普通という感じ」 イレーネはと言えば、自分たちから少し離れた列の、いかにも衣装に着られた感じの少女を指さしている。 が、エルマはあくまでクロエに視線を固定したまま、小声でイレーネに問うた。 「口角が下がり、下唇が引き上げられる......感情抑制方向に作用する、緊張の微表情ですね。こういった場で、感情を殺そうとするほどに緊張するのは、普通のことですか?」 「いたって普通よ。三十年に一度の晴れの場で、なんなら一族の期待まで背負って出場している候補だっているはずだもの。緊張しないほうがおかしいでしょ」 とそのとき、視線の先のクロエが、ちらりと顔を上げて、怯えたような表情を見せた。 彼女の見る先には、派手に着飾った候補生がいる。 先程エルマにぶつかってきた少女だ。 彼女は懐からちらりとなにかを取り出すと、威嚇するようにクロエを見返す。 エルマはことりと首を傾げた。 「時々、周囲――ライバルと思われる人物に対して怯えた視線を走らせるのも普通ですか? なお、ライバルのほうは時々、紙きれのようなものを取り出しては、ご満悦で眺めています。これらも普通のことですか?」 「普通なんじゃない? 紙きれはたぶん、お守りとか護符とかでしょう? この場にあって、圧倒的なライバルたちを前におどおどするのは、気弱系モブにとっていたって一般的な行動よ」 折しも、イレーネが見ていた少女がおどおどと周囲を見回す。そのために、二人は完全に食い違ったまま会話を成立させてしまっていた。 「わかりました。私、彼女をお手本に行動してみようと思います」 「いいと思うわ。でも念のため、全体感を忘れないというか......時々は候補生全体を見回して、多数派の動きに倣うのよ」 もはや彼女たちの目標は聖鼎杯優勝などではない。 それよりもはるかに難しい、モブ的行動の体現であった。 「それではこれより、聖鼎杯聖女部門を執り行います。候補生たちは、これより配られる鉢をひとつずつ受け取るように」 枢機卿の一人が闘技場の中央から朗々と宣言し、聖女の部の開始を告げる。 今回進行を務めるのは、小柄な老年の枢機卿だ。 頼りない毛髪をそよがせる彼こそがまた、この度の依頼を寄越した親ルーデン派の主要人物――チェルソ であった。 チェルソは、子犬のようにつぶらな瞳を潤ませ、そっとエルマに頷きかける。 それは訳すならば、「どうか優勝を」という懇願だ。 親ルーデン派の命運を君に託す、とでもいわんばかりの態度で、それに気付いたエルマが逡巡の気配を浮かべたが、そこにもイレーネがすかさず声をかけた。 「なにも優勝するな、とは言っていないわ。あなたの場合、本気で臨むと、きっと聖鼎杯どころじゃない事態に発展してしまう。全力で優勝から遠ざかる努力をして初めて、ちょうど普通の優勝に落ち着く、私たちはそう読んでいるのよ。あなたの行動は、裏切りでも命令違反でもないわ」 エルマが静かに頷いたところに、植物の苗が植わった鉢が配られはじめる。 候補生に鉢を渡す用務員の中には、冴えない風貌に身をやつしたルーカスの姿もあった。 彼は視線が合うと、「やりすぎないように」と口の動きだけで伝えてきたので、双方向からの懸念を感じ取ったエルマは、真顔で親指を立ててみせた。 ルーカスたちはかえって不安を煽られた。 「今あなたたちに配られたのは、すべてこの闘技場にも植えられている、我がアウレリア国の国樹、アローロの苗です。ただし、これらの苗は、すべて一部を傷つけられている」 鉢が全員に配られたのを見届けると、チェルソはか細い声で説明を始める。 最後の部分でざわめいた候補生たちに、老年の枢機卿は頷いてみせた。 「そう。今回の課題とは即ち、植物の治癒と、育成。鉢の苗を再生させ、かつ誰よりも大きく育てた者が聖女の冠を戴くこととなります」 治癒と育成は、一見似たような能力に思われるが、その実、前者は破壊されたものを修繕するという「状態を変える」力、後者は対象の持つ性質を発展させるという「状態を強化する」力である。 両者を併せ持つ候補者はまずなく、誰もが完遂に不安を覚えた。 いや、先に苗を再生させねば育成はできないので、育成よりも治癒の能力のほうが有利ということか。 治癒の能力に覚えのある候補生たちが、徐々に落ち着きを取り戻しはじめる。 の能力が図抜けているクロエに対し、優越感の滲む視線を送る者もあった。 「周囲の反応を見るに、かなり難しい課題のようね......。エルマ、まさかあなた、実は治癒も育成もできる二種の聖力の持ち主、なんてことはないわよね?」 「そもそも聖力を持ち合わせた覚えはございませんね」 「そう。そうよね」 イレーネの声に、わずかな安堵が滲む。 ついでに言えば用務員に扮したルーカスも、「これなら今回は、エルマ無双もあるまい」と、密かに胸を撫でおろした。 緊張。覚悟。優越。不安。 闘技場に佇む候補生たちの間に、緊迫した空気が張り詰める。 「それでは、候補生たちに神のご加護を。聖鼎杯聖女の部――開始」 チェルソの宣言とともに、少女たちが一斉に鉢を手に取った。

81 9. "Normal" Singing Voice (1) The second day of the Sacred Cup in the bright morning. The battlefield was more thriving than it was yesterday on the day when the woman most loved by God - the Virgin - was chosen. By virtue of their status as saints, candidates do not clash with each other in a flashy way. On the contrary, they compete for their power to heal and nurture life. The content of the contest varied from time to time, and in some cases the woman who called the rain clouds the earliest became a saint, and in others the one who healed the injured the most was called a saint. The way in which the Virgin's abilities are manifested is also varied: some pray, some dance, and some sing. In other words, from the audience's point of view, the Holy Virgin Championship in the Holy Grail is like watching a mysterious show. The candidates also fully understood it, and the support of the audience can sometimes influence the judgment of the referee, so inevitably they began to pretend to attract the attention of the audience. In this way, Virgin Determination increasingly reinforced the nature of glamorous entertainment. As a result, now that the candidates are entering, there is a loud cheer from the audience seat behind the everyday academy that values quiet. Elma and Irene were waiting in turn at the stage entrance, but the candidate's spectacular entrance was followed by a serious conversation in a quiet voice. "Come on, Elma? I'll check again. What is your mission?" "I can't win, I can't shake it, I can't stand it...." "That's right. You are an average international student. Be careful not to push other Virgin Cadets to complete the assignment in seconds or otherwise stand out. "It doesn't stand out....." Yes, it is. Because of yesterday's "insignificant return", Elma, who instead gained attention at the opening ceremony, was named after both Lucas and Irene. "Incorrect definition of 'discreet'! And I was narrowed down. Even this morning, she nodded mysteriously, "I will do my best...", helping her with her ill health and clouding her glasses. At that time, one of the candidate girls walks through the entrance gate deliberately trying to bump into the Elmas. In an extraordinary outfit, she glanced at Elma in an irresistible manner and snorted her nose and maliciously whispered away. "It's a disgraceful candidate for Virgin Mary. Whatever your strength, this battle of Virgin Mary is a substantial popular vote from the audience. Why don't you go home and take a look in the mirror before you start feeling nasty? ............ Elma's glasses, who was looking behind her, glistened with joy. Elma turned to me as if she was expecting something, but Irene told me quickly. "Because it's not. It's not a flag. It's not an alternative to" Hmm, B rank ", and it's not pretending. I repeat, the novel you read is a collection of things that are not normal at all in the real world." ".......................................... is that so?" It was an extremely unfortunate tone. As for Elma, it still doesn't bother me that Marc's novel was judged to be "completely unusual." "... when I walked down the road, I accidentally pulled out the Holy Sword, or just smiled and the opposite sex fell down one after the other, so I thought it would be okay this time..." "That's it, Elma!? Irene finally screamed, but as Elma, who had Gilbert the former brave and Heidemary the whore of Sangoku, she could only roar like this. "Really... it's hard to say 'normal'..." "You can't set an example for a youth novel! Only a handful of thin books can guide your life in this world, right? If you look around more and imitate the most dominant movements or the most plain children, it will solve the problem! Elma nodded with a momentum that seemed to put her hands together. And then, finally, Elma and the others came. Walk through the entrance gate to the designated stage. However, Irene frowned when she heard the audience start booming at the same time as Elma, who was in a shameless state. "What's the matter, it's not just a gathering of men who value girls, rather than believers who watch over Virgin Candidates. I can't believe this is the culminating festival of Auricism." "For Aurelia, a tourist country, festivals are an important resource. I guess I have to make a deal with doctrine." "This is just corruption." Irene pulls her mouth and looks at the audience seat for a moment. It was like looking for someone. Normally no one would notice, only Elma noticed the sneaky eye movement and tilted her neck, but Irene held her fist to regain her vigilance. "Come on, let's get down to business! The moment I got to my podium, I lost the opportunity to pursue it. A huge, cobbled arena. There are roughly thirty cadets lined up on a circular stage at equal intervals to draw a rectangle. Each stands in front of a simple desk and chair with as much outfit as possible from the top of the uniform. Even admission was regarded as part of the performance, and the appearance was like an actress on stage. Some even bring a large number of maids in tonal costumes to help them. The rare exception is Chloe, who wears a default uniform at the very end and is not wearing glasses - Elma and the flax-haired girl next to her. She was supposed to be the lead candidate and, like Elma, lay down in a white uniform with no eccentricity and looked down gently as if she avoided the audience. Elma stared at her while refuting Irene's words as a plain child. "Model....." "Hey, Elma, if you're going to imitate her behavior, she's fine. It feels a little rustic, it smells rural, and it feels normal anyway." Irene points to a girl in a row a little away from herself who feels dressed anyway. Elma asked Irene quietly, keeping her gaze fixed on Chloe only. "The corners of your mouth are lowered and your lower lips are pulled up... a slight expression of tension that acts in the direction of emotional restraint. Is it normal to be nervous enough to try to kill emotions in these situations? "Because it's normal. In a sunny place once every 30 years, there should be candidates who carry the expectations of their families. It's weird not to be nervous." At that time, Chloe raised her face twinkly and showed a frightening expression. Behind her is a candidate dressed in flashy clothes. The girl who hit Elma the other day. When she took something out of her pocket, she looked back at Chloe to intimidate her. Elma leaned her neck. "Occasionally, is it normal to run a frightened gaze at people you think are rivals? Sometimes rivals take out pieces of paper and gaze at it with pleasure. Are these normal things? "Isn't that normal? Perhaps a piece of paper is an amulet or a protective charm? It's common for a weak mob to walk in front of overwhelming rivals in this situation." As Irene watched, the girl looked around. As a result, they closed the conversation in complete disagreement. "I see. I'm going to use her as an example." "I think so. But just in case, don't forget your whole body... sometimes you look around the candidate and imitate the majority movement." Their goal is no longer to win the chalice. It was a much more difficult embodiment of mob behavior. "Now I'm going to run the Holy Grail Department. The candidates should receive one bowl at a time." One of the Cardinals proclaims the opening of the Virgin's Department from the center of the arena. It is a small senior cardinal who will be in charge of the process this time. It was also Chelsea, the main pro-Rudential figure who sent this request, who gave him unreliable hair. Chelsea moisturizes her puppy eyes and nods gently to Elma. In other words, it's a plea for "how to win". With an attitude that just said that I would entrust you with the fate of the pro-Rudenians, Elma who realized it noticed signs of patrolling, but Irene also spoke up there. "I didn't say don't win anything. In your case, when it comes to truth, it will definitely turn into something less than the Holy Grail. For the first time, we've made every effort to stay away from winning and just settle for a normal win, and that's what we're reading. Your actions are neither betrayal nor a breach of order." As Elma nodded quietly, a bowl of plant seedlings began to be distributed. Some of the clerks who gave the candidate a bowl appeared to be Lucas dressed in an incredible manner. When he looked at each other, Elma raised her thumb with her face, feeling a concern from both directions, as he just told her not to overdo it. Lucas and the others were instead agitated. "All that I have given you are the seedlings of Arolo, the national tree of my country Aurelia, which is also planted in this arena. However, all of these seedlings have been partially damaged." Seeing the bowl distributed to everyone, Celso began explaining with a small voice. The elderly cardinal nodded to the cadets who groaned in the last part. "Yes, the challenge is to heal and nurture plants. Those who have regenerated the seedlings of the bowl and raised them bigger than anyone else will receive the crown of the Virgin." While healing and nurturing appear to resemble seemingly similar abilities, the former is the ability to "change the state" by repairing what has been destroyed, and the latter is the ability to "strengthen the state" by developing the nature of the subject. There was no candidate for both, and everyone felt anxious about completion. No, you can't cultivate seedlings unless they are regenerated first, so the ability to heal is more advantageous than cultivating them. The healing cadets gradually regain their calm. Some of them sent a seepage of superiority to Chloe, who lacked the ability to train (...). "It seems like a pretty difficult task to see the reactions around me... Elma, don't tell me you're actually the owner of two kinds of sacred powers that can be healed and nurtured. "You don't remember the holiness in the first place." "Yes, that's right." Irene's voice seeps with a little relief. By the way, Lucas, who was dressed as an executive, secretly stroked his chest, saying, "This time, there won't be any Elma." Tension. Ready. Superior. Anxiety. There is tight air between the cadets standing in the arena. "Now, bless the candidates. Holy Grail Virgin's Department - Begin" Together with Chelsea's declaration, the girls grabbed the bowls.

10.「普通」のディナー(5) ハイデマリーは、完全に大罪人たちに圧倒されている面々を順に見つめながら、嬉しそうに目を細めた。 「今まで、これと思った囚人仲間を食事にお招きしても、なぜだか途中で失神したり、人格が崩壊してしまうことがほとんどだったのだけど、さすがエルマの連れてきた方々は、静かにわたくしたちの話を聞いてくれるもの」 いや、事態に呆然と取り残されているだけですが。 ルーカスやイレーネの心の声は、あくまで外に出ることはなかった。 非常識なことをしでかしても、けっして私を見捨てはせず、こうして寡黙に、温かく見守りながら、シャバの『普通』道へと導いてくださるのです」 とそこに、エルマがしみじみと頷く。 物申したいことは多々あったが、それよりも早く、「まあ」とハイデマリーが手を打った。 「親として本当に嬉しいわ。娘が、外の世界でこんなに立派に友情を築いてくるなんて」 「はい。特にイレーネとは、『親友』なるステータスに移行し、日々様々なアクティビティに乗り出しておりますし――」 そこで、エルマは突如、特大の爆弾を落とした。 「ルーカス殿下も、先日私に、並々ならぬ好意を抱いていると告げてくださいました」 「――............へえ」 ざっ、と、急に室内の温度が下がる。 最初に声を上げたのは、頬杖を突き、にこやかな笑みを張り付けたままのホルストだった。 「気になるなぁ。......詳しく教えて?」 声に、言い様のない冷気が滲んでいる。 ルーカスは、突然戦場に放り込まれたかのような差し迫った空気を感じ取り、静かに冷や汗を浮かべた。 待て。 いや、確かにそれは言ったが、なにも今。 「はい。殿下は私の眼鏡を外し、真っすぐに目を合わせて告げてくださったのです。私の笑顔を思うと、血流が増し、活性化すると」 やめろ。 いや、嘘は一つもないが、今。 今この面々を前に。 「実際、殿下の瞳孔は開き、呼吸も早まっており、肉体的興奮と強い好意が感じられました。......ああ、私、性別で感情を差別するつもりなどないのに、未熟にもそれで、......その、 ――ガタッ! ギルベルトを除く監獄の男たちが、一斉に立ち上がった。 彼らの顔には、未だ先ほどまでの笑みの余韻が残っている。 だが、目の奥はまるで笑っていなかった。 そして猛禽類のごときその瞳は――皆まっすぐに、ルーカスを見つめていた。 「わお。なんかこの部屋、いきなり寒くなった?」 「私もですわ、テレジア陛下......!」 捕食対象でない三人はこそこそと囁き合う。 青褪めるルーカスの前で、大罪人の男たちは素早く視線を交わし合うと、やがてモーガンがにこやかに、エルマに向かって切り出した。 「そういうことは早く言っていただかなくては、エルマ」 「え?」 少し責めるようなニュアンスに、エルマは目を瞬く。 モーガンは、さも相手の無知を窘めるように、淡い苦笑を浮かべて告げた。 「娘に異性の『友人』ができた時にはね。男親総出で、その人物が娘の『友人』に足る人物か、その人物の肝がきちんと据わっているかを、確認する必要があるのですよ。これが世に言う肝試しというものですね」 急激に怪しくなってきた雲行きに、ルーカスが声を詰まらせる。 それを制するように、ホルストとイザークが一斉に鋭い眼光を飛ばしてきた。 ここにきて唐突に父性を発揮しだしたオネエも、約一名。 凄まじい圧に、無言で冷や汗を浮かべるルーカスに向かって、モーガンたちはにやりと笑った。 「折しも、初夏の夜にふさわしい余興ですね。始めましょうか――肝試しを」 大罪人たちによる夕食会という、ただでさえ主旨の謎だったイベントが、肝試しの名を借りた品定めに変貌を遂げた瞬間である。 娘に寄りつく 悩ましいなどと言いつつ、藍色の瞳は愉快そうに輝いている。 甘えるような上目遣い。しかし、ギルベルトは、ほつれていた編み込みの一部を優しい手つきで直しながらも、きっぱりとそれを退けた。 「だめだ。ここから先、それこそこの場でなにが飛び交うかわからない。世界一危険な戦場になりえる。君は、一番安全な部屋で休んでいてくれ」 女王の居室は、監獄の中でも最も厳重かつ安全な構造になっているのである。 過保護な夫にハイデマリーは眉を下げる。 しかしすぐに、ぱっと表情を明るくすると「そうだわ」と手を打った。 「あなたの言う通り、わたくしは部屋で大人しくしているから、代わりに話し相手をお借りしてもいいかしら」 「話し相手?」 「ええ。――そちらの、テレジア様がいいわ」 突然水を向けられたテレジアは驚いて目を見開く。 困惑の視線を向けるテレジアに、ハイデマリーは大輪の花のような笑みで応じる。 「会話になかなか参加できずにあぶれてしまった 容赦なくテレジアの頬を引き攣らせた監獄の女王は、さっさとそう決めてしまうと、優雅に席を立った。 「――というわけで、エルマ。申し訳ないけれど、お先に失礼させてもらうわ」 「え......っ? あ、は――」 「フェリクス様。テレジア様をお借りしますわね」 「はいどうぞー」 そうして、事態に取り残されている娘を軽やかに置いて、去ってしまう。 フェリクスの承認も軽やかに取り付けて、テレジアは強制送還だ。 「ギル。わたくしの代わりにしっかり見届けてちょうだい。それでは皆さま、ごきげんよう」 肩越しに一瞥を寄越す、たったそれだけの仕草が、舞台を去る女優のような鮮やかさだ。 彼女はその美貌で、周囲に強烈な印象を刻みつけると、気まぐれで優雅な猫のように、するりと扉を抜けて行った――テレジアを連れて。 「おい。なにを企んでいる。私はおまえと話すことなど――」 ちらりと視線を寄越しながら、「――ねえ?」と微笑みかける。 「............」 テレジアがすっかり黙り込んでしまったので、ハイデマリーはそれをいいことに、暗い廊下を軽やかな足取りで進んだ。 監獄の最上階。 広々とした空間に、上質な絹や絵画や宝石、無数の燭台で彩ったその場所が、女王の部屋だ。 ハイデマリーはテレジアをソファの一つに座らせ、優雅な仕草で紅茶を注ぎ分けると、自らも向かいの席に腰を下ろした。 そうして、しばし沈黙を愉しむ。 やがて、とうとうそれに堪えかねて口を開いたのは――やはり、テレジアの方だった。 「......何が目的だ」 「テレジア様は、おもてなしのマナーって詳しくていらっしゃる?」 が、ハイデマリーはそれをさらりと聞き流し、一冊の本を取り出す。 同時に指人形までもが十体ほどわらわらと出てきたので、テレジアは思わず眉を寄せた。 「......今その本と人形はどこから出てきた?」 「谷間ですわ」 嫣然と微笑みながら、ハイデマリーはそれらをテーブルに広げてゆく。 「わたくし、今回のために、おもてなしのなんたるかを学ぼうと、無学なりに本を読んでみたのですが、これがなかなか優れものなんですの。人形と間取り図が付いていて、それらを使うことで、あたかも 子どもと楽しむことを想定してか、指人形は皆愛らしく象られ、姫君、騎士、王に侍女に兵士、医師、女王に執事に魔女までいる。 ハイデマリーはそこから、赤と黒、二人の女王を摘まみ上げると、それらをじっと見つめた。 「ううん。どちらが年上かしら。......たぶん赤ね。では、黒の女王がテレジア様、ということでよろしくて?」 そう言って、世辞のつもりか、年若く見える黒の女王の方を、テレジアに手渡そうとする。 だが、もちろんそれで気を良くするはずもないテレジアは、冷ややかに指人形を見返した。 「おまえの方が、私より立場が上とでも言いたいのか?」 「滅相もない。あなた様の方が若々しくていらっしゃる、というメッセージのつもりだったのだけど......やはりおもてなしというのは、難しいものね」 ハイデマリーは悲し気に指人形をテーブルに戻すが、彼女の輝くばかりの美貌を前にしては、嫌味にしかならないメッセージである。 相手の意図が掴めず、不機嫌そうに黙り込むテレジアに、ハイデマリーは肩を竦めた。 「この通り、もてなしの何たるかも知らぬわたくしだけれど、テレジア様とお話をしたいと思ったのは事実なの。つまらない時間かもしれないけれど、どうか付き合ってくださる?」 そこで彼女は、はらりと零れた髪を耳に掛けなおすと、なぜか開け放たれた窓の外――夏の夜空を見やった。 「そうねえ、ずっととは言わないわ。あの星々が雲に隠れて、雨が降り出すまででいい。できれば、それがやむまで付き合ってくださったら嬉しいけれど」 「......降るのか?」 つられて空を見たテレジアは、思わず眉を寄せる。 濃紺の空には、白い星々が穏やかに輝いていて、とても雨が降りそうな気配ではない。 長丁場はご免だと思いながら問うと、ハイデマリーはやけに確信に満ちた声で答えた。 「――ええ。降るのよ」 そして彼女は、なぜかそこで苦笑を浮かべた。 「降ってしまうの」

120 10. "Regular" Dinner (5) Heidemary gladly gazed at the faces that were completely overwhelmed by the great sinners. "Most of the time, inviting fellow inmates to dinner would cause them to faint or their personality to collapse along the way, but the people Elma brought in listened to us quietly." No, I'm just stunned by the situation. The voice of Lucas and Irene's heart never went outside. "Yes, it is, Mother. They will not abandon me, even if I do something a little (...) insane, and will guide me to Shaba's 'normal' path while watching with silence and warmth." And there, Elma nodded. There were many things I wanted to say, but sooner than that, Hydemarie said, "Well." "I'm really happy as a parent. I can't believe my daughter made such a fine friendship out there." "Yes, especially Irene, who has moved to the status of 'best friend' and embarked on various activities on a daily basis -" So Elma suddenly dropped an extra-large bomb. "Lucas told me the other day that he had an unusual preference for me." "----hee..." The indoor temperature suddenly drops. The first one to raise his voice was a holster with a stick and a smiling smile on his cheek. "I'm worried.... tell me more? Your voice is soaked with unspeakable cold air. Lucas felt the imminent air as if he had suddenly been thrown into the battlefield and quietly sweated cold. Wait, wait, wait. No, I did say that, but right now. "Yes, Your Highness took off my glasses and looked me straight in the eye. When I smile, the blood flow increases and activates." Don't do it. No, I'm not lying, but right now. Now look at this face. "In fact, His Majesty's pupils were open, his breathing was fast, and he felt physical excitement and strong preference.... ahh, I'm not going to discriminate my feelings by sex, but even before I'm ripe... my heart rate is going to go up, I'm thrilled..." - Tap! The men in prison, excluding Gilbert, stood up together. Their faces still have the same aftertaste of laughter as before. But I didn't smile at the back of my eyes. And when they were prey, their eyes -- they were all staring straight at Lucas. "Wow. Is it suddenly cold in this room? "Me too, Majesty Telesia....! The three non-predators whisper to each other. Before bluishing Lucas, the great sinners quickly turned their gaze and Morgan eventually burst out towards Elma. "You have to tell me that, Elma." Huh? Elma glanced at a slightly blaming nuance. Morgan said with a faint bitter smile, embarrassing his opponent's ignorance. "When my daughter had a heterosexual 'friend'. When a male parent comes out, we need to see if he's enough for his daughter's" friend "or if his liver is properly resting. This is what the world calls a liver test." Lucas stuck his voice in the clouds as he suddenly became suspicious. Horst and Isaac flew their sharp eyes at once to control it. There was also about one fag who came here and suddenly showed his paternity. Morgan and the others laughed hard at Lucas, who was sweating silently under tremendous pressure. "In other words, it's a suitable leisure for an early summer night. Let's get started - try the liver." The event, a mere mystery of the main thrust of the dinner party by the great sinners, was a moment of transformation into a ritual in the name of liver trials. Heidemary secretly whispered to Gilberto before the face of a sad smile when he absolutely crushed the man "Mushi" who approached his daughter. The blue eyes are glistening happily while saying they are troubled. Sweet outfits. However, Gilbert retracted the loose part of the braid with a gentle hand. "No. From here on out, I don't know what's flying around here. It can be the most dangerous battlefield in the world. You need to rest in the safest room." The Queen's quarters are the toughest and safest structure in prison. Hydemarie lowers her eyebrows to her overprotective husband. Soon, however, when the expression was brightened up, he said, "Yes." "You're right, I'm a big man in my room, so can I borrow someone to talk to instead?" Who are you talking to? "Yes, I'd like you, Telesia." Suddenly, Telesia opened her eyes in surprise. Heidemary responds with a floral smile to Telegia's confused gaze. "It was written in a book that it was the role of the mistress (hostess) to invite guests (guests) who had trouble participating in the conversation to a small chat." The prison queen, who mercilessly twitched Telesia's cheeks, gracefully stood up when she decided to do so. "--So, Elma. I'm sorry, but if you'll excuse me first." "Eh...? Ah, ha-" "Dear Felix, I'll borrow Telegia. "Yes, go ahead." That way, she leaves her daughter, who is left behind in the situation, lightly. Felix's approval was also gently installed, and Telesia was deported. "Gil, I need you to keep an eye on me. Good evening, everyone." A glimpse over the shoulder, just that, is the vibrancy of an actress leaving the stage. With her beauty, she engraved a strong impression around her, like a whimsical and elegant cat, and then walked through the door - taking Telesia with her. "Hey, what are you up to? I don't want to talk to you." He glanced at me and said, "Hey?" she smiled. ............ With Telesia completely silent, Hydemarie took a gentle step down the dark hallway to do the right thing. The top floor of the prison. The spacious space is decorated with fine silk, paintings, jewelry, and countless candlesticks in the queen's room. Hydemarie sat Telegia on one of the sofas, poured tea in an elegant manner, and sat herself down in the opposite seat. Enjoy a moment of silence. Eventually, it was Telesia who finally couldn't stand it and opened his mouth. "... what's the purpose?" "Does Telegia know all about hospitality? But Hydemarie listens to it and takes out a book. At the same time, even a dozen finger dolls appeared stray, so Telesia raised her eyebrows unexpectedly. "... where did that book and doll come from now? It's the valley. With a smile, Hydemarie spreads them to the table. "For this time, I tried to read a book without studying to learn about hospitality, but this is quite a good one. There are dolls and floor plans, and by using them, you can see the movement on the spot as if you were (...) looking at reality." Assuming you're having fun with children, the finger dolls are all adored, princesses, knights, kings, maids, soldiers, doctors, queens, butlers, witches. Heidemary picked up the two queens from there, red and black, and stared at them. "Yeah, I wonder which one is older.... maybe red. So, are you sure the Black Queen is Telesia? That's why I'm going to give Telegia a compliment or a young black queen. But, of course, Telesia, who couldn't help but glance back at her finger doll. "You want to say you're better than me? "There is no extinction. I was going to send you a message that you're younger... hospitality is still difficult." Hydemarie puts her finger doll back on the table sadly, but in front of her radiant beauty, it's just a disgusting message. Heidemary shrugged her shoulders to Telegia, who could not grasp the other party's intentions and was in a mood of silence. "That's right, I don't know what hospitality is, but it's true that I wanted to talk to Telesia. It may be a boring time, but will you please hang out with me? So she restarted her faint hair to her ears and somehow looked out the open window - the summer night sky. "Hey, I won't keep saying that. Until the stars hide in the clouds and it rains. I'd be happy if you could hang out with me until it's over." "... is it coming down? Telegia stared at the sky with her eyebrows raised unexpectedly. In the dark blue sky, the white stars shine gently, and there is no sign of rain. Asked excused Nagachoba, Hydemarie answered with a very confident voice. "- Yeah, it's coming down." And she smiled bitterly there somehow. "It's going down."

19.「普通」の剣技(5) ルーカスは、用務員に扮した立場から、それまでなんとか沈黙を保っていたが、ここにきてとうとう堪忍が効かなくなったようで、べりっと二人を引きはがした。 そうして、エルマを強引に、イレーネも待つ舞台袖まで引き連れ、小声で説教を始めた。 「エルマ......! おまえ、いったいなにをしている!」 「なにを、と仰いますと......。......もしや、私の行動のどこかに非常識な点がありましたでしょうか?」 「最初から最後まで、徹頭徹尾、非常識祭りだ!」 最後の最後、ジーノに親し気に肩を抱かれていたことも気に食わないが、もちろんそれ以外にも、ルーカスに言いたいことは山のようにあった。 「おまえな――!」 なんという無茶をする。 どれだけ心配したと思っている。 というかなぜヒュドラを調理しはじめた、活躍を避けるというのは嘘だったのか。 もともとルーカスは、好いた女性ならば腕の中で守りたいタイプだ。 無茶ばかりするエルマのことを揺さぶって問いただしてやりたい気持ちがあったし、同時に、ぶっ飛んだ無双ばかりする彼女に激しくツッコミを入れたい気持ちもあったが、そのどちらもが、次のエルマの言葉によって行き場を失ってしまった。 「非常識。......そうでした、まだお礼を申し上げておりませんでしたね。このたびは、ありがとうございました、殿下」 「なんだと......?」 「殿下とイレーネが得物を出刃包丁にすり替えてくださったおかげで、私、目が覚めました」 なにを言われているのかがわからず、ルーカスはぽかんとしてしまう。 エルマはちょっと照れたように微笑んで続けた。 「私、『今日こそは平凡に徹するぞ』と決意だけは固めていたのですが、実は、具体的な方法については今一つ理解できていなかったのですよね。先程イレーネに叱られたことで、登録してしまった剣は、どうやら『普通』とは掛け離れたものだとわかったので、こうなったら棄権でもすればよいのかな、と思っていたのですが――」 彼女はそこで、ふふっと嬉しそうに小首を傾げた。 「そうしたら、出刃包丁に武器を替えてくださっているではありませんか。なるほど、この場で求められている一般的行動とは、棄権などして目立つことではなく、あくまで一介の侍女として振舞い、ヒュドラを調理することだったのかと、ようやく得心した次第です」 ルーカスは白目を剥くかと思った。 この、完全に行動が裏目に出ている感はどうだろう。 「......あまりに戦力に劣る武器で、戸惑っていたのではなかったのか」 「え? むしろ小回りも利き、しっくり手に馴染む大きさで、大変すばらしい使い心地でしたが」 「いやだが、おまえ、ヒュドラを前に手も足も出ずに突っ立って......!」 「ああ。皆さまが頭を増やしてくださっていたので、二十を目標に待っていたのです」 「じゃあ、ヒュドラに食われてみせたのは......!」 「食われた、というか、内部から魔袋を剥がしに行ったのです。必要な工程ですよね?」 ですよね、と聞かれても。 もはや言葉もない。 沈黙するルーカスを前に、エルマはそっと頬を赤らめ、目を細めた。 「伝説級武器を使用しての戦闘も行わず、棄権などの目立つ行為も控え、あくまでジーノ様のトリニテート入りが確実となってから、一介の侍女としてできる精いっぱいをこなす」 おかげでヒュドラ一体は無駄にしてしまいましたが、と残念そうに告げてから、彼女はきらきらと輝く瞳でルーカスを見上げた。 「これなら――非の打ち所がない、普通ぶりですよね?」 実に澄んだ瞳だった。 「いやおまえ......捌いた時点で、おまえもヒュドラを倒したことになるだろうが......!」 「それにつきましてはご心配なく」 ルーカスが辛うじて絞り出した反論にも、エルマは邪気のない笑みで答える。 彼女はすっと左手を掲げ、その人さし指の第二関節あたりを指し示した。 「ほら、ここ。揚げ油が跳ねて、少しばかり火傷が」 よくよく目を凝らしてみれば、その白魚のような指は、ごくわずかに、ごま粒ほどの範囲で赤みを帯びているのだった。 「試合中に髪の毛一筋ぶんであっても傷つけられれば、失格。ヒュドラの油によって火傷を負った私は、もちろん聖剣士の資格などございません」 そのこじつけのような敗北宣言で、いったい誰が納得するというのか。 ルーカスはとうとう天を仰いだが、そのときになってふと、違和感を覚えた。 どうも先ほどから、イレーネが大人しい。 「――おい、イレーネ。おまえからも何か言ってやってくれ」 ついにルーカス自ら水を向けてみれば、それまでずっと俯いていたイレーネは、ようやく顔を上げた。 普段表情豊かなはずのその顔は、未だに蒼白で、強張っていた。 「............? イレーネ? どうしましたか――」 「エルマ」 首を傾げたエルマに、イレーネはやけに低い声で切り出した。 「......あなたは、どうしていつもそう、無茶をするの」 「無茶?」 夜明け色の瞳が、きょとんと見開かれる。 エルマは困ったようにイレーネの顔を覗き込み、その怒りも露わな様子を見て取って、宥めるように腕に手を添えた。 「とても苛立っているご様子ですね。お腹がすきましたか? 時間がかかってしまい申し訳ないです、イレーネもぜひこの聖水ソースで――」 「いらないわよ!」 イレーネが強くそれを振り払うと、エルマはびっくりしたように肩を揺らした。 「すみません、イレーネは塩派――」 「たしかに塩派だけど、今はそんなことを話してるんじゃないわ!」 その荒々しい口調に、横で聞いていたルーカスまでもが片眉を上げる。 イレーネは、一瞬気まずそうに唇を噛んだが、すぐに顔を上げ、じっとエルマを見つめた。 「エルマ、私はね。あなたの、......あなたのそういう、............っ」 だが、その声はすぐに詰まり、なにも言えなくなってしまう。 イレーネはぐっと唇を引き結び、激しい感情を呑み下すと、ぱっと踵を返した。 「――私、帰ります」 「え?」 「具合が悪いので、先に部屋に帰って休みます。......いえ、 「待ってください、イレーネ――」 突然の態度の変容に、エルマが珍しくまごつく。 しかしイレーネは、制止を振り切り、闘技場を走り去っていってしまった。 出会って、半年。 初めて起こった事態に、エルマはなすすべもなく立ち尽くす。 それを見たルーカスは、思わず「おい......」と声を掛けかけたが、 「――ひとまず、ヒュドラ二体は倒されたものと認定する」 困惑を多分に含んだグイドの宣言によって、はっと我に返った。 そうだ。 今はまだ聖鼎杯の最中なのであり、ルーカスはその運営に携わる用務員の一人なのであった。 「ヒュドラを倒したジーノ・マージとエルマは、前へ。傷がないかを確認のうえ、両者とも無傷であれば、すみやかに個別試合へと移行する。用務員たちは、救護班と協働し、担当の候補生の状態を確認のうえ、場内に散らばった武器や......なんだ、その、 グイドの命で、舞台脇の控え室から、ばらばらとほかの用務員たちがやって来る。 ルーカスは一瞬の逡巡の後、慌ててその一団に加わった。 なにしろ彼は、エルマの武器をすり替えている。 もともと箱に収まっていた、エルマが登録したと思しき剣は、闘技場隅の予備武具置き場に紛れさせたままであったので、隙を見てあれを回収せねばならないのだ。 様子のおかしいイレーネや、珍しく呆然としていたエルマ。 部下たちのことで気が急きながらも、如才なく立ち回って、なんとか元の剣を手中に収める。 回収したその剣を、ひとまず己の身に佩き、さっさとエルマたちのもとへと引き返そうとしたルーカスだったが――、 柄 「これは......?」 登録情報によれば、それは、オリハルコン製のカリブルヌスのはずであるもの。 すり替えたときには焦っていたので、じっくりと剣を検分することはしなかった。 が、今、改めてそれを握り、刃や、柄の部分をまじまじと見つめる。 そうして、ふと思いついたままに、己の右手――柄に巻かれた布に触れた部分――の匂いを嗅いでみて、 「――............」 ルーカスは、険しい表情を浮かべた。

91 19. "Normal" Swordsmanship (5) Lucas managed to remain silent from the point of view of dressing up as an executive, but it seems that the patience has finally ceased to be effective when he came here, so he pulled the two off. With that, Elma was forced to take Irene to the stage sleeve, where she waited, and began to preach in a low voice. "Elma....! What the hell are you doing! "What do you mean...?... hello, was there something insane about my behavior? "From start to finish, it's an insanity festival! At the end of the day, I didn't like the fact that Gino was holding my shoulders close to me, but, of course, everything else I wanted to say to Lucas was like a mountain. "You...!" What an indifference. How worried I am. Why was it a lie to start cooking Hydra and to avoid being active? Lucas was originally the type of woman she wanted to protect in her arms. I had the feeling of shaking and asking about Elma, who was just being reckless, and at the same time, I had the feeling of fiercely letting her in, both of which were lost to the next Elma's words. "Insane... yes, you haven't thanked me yet. Thank you very much, Your Highness." "What do you mean...? "I woke up because His Highness and Irene had replaced the knife with a razor blade." I don't know what you're talking about, and Lucas feels gloomy. Elma continued to smile as if she were a little illuminated. "I was only firm in my determination to 'be mediocre today', but in fact, I didn't understand one specific method. When Irene scolded me the other day, I realized that the sword that I had registered was clearly different from" normal ", so I wondered if I should abstain in this way." She leaned her head there with joy. "Then, would you change your weapon to a blade knife? Well, the general behavior required here is not to abstain and stand out, but to act as a maid and cook Hydra." Lucas thought he would lose his white eyes. How about this feeling of completely backwards behavior? "... weren't you confused with a weapon that was too inferior to combat?" "Huh? Rather, it was small, it was very comfortable to use, and it was a size that was familiar to my hands." "No, but you stood up with no hands or feet in front of Hydra...! "Oh, I've been waiting for twenty because you've increased my head." "Well then, Hydra ate me...! "I was eaten, or I went to peel the magic bag from the inside. It's a necessary process, isn't it? Even if they ask me, right? No more words. Before silent Lucas, Elma gently blushed her cheeks and narrowed her eyes. "We will not fight using legendary weapons, refrain from prominent acts such as abstaining, and only do everything we can as a maid once Gino's trinitate is guaranteed." Unfortunately, after telling her that Hydra had wasted everything, she glanced up at Lucas with sparkling eyes. "If this happens, it's normal, right? My eyes were really clear. "No, you... you'll have defeated Hydra by the time you're ready...! "Don't worry about that." Despite Lucas' painstakingly narrowed objections, Elma answered with a sincere smile. She raised her left hand and pointed to the second joint of her index finger. "Here, here. The frying oil jumped and I got a little burn." If you close your eyes carefully, the white fish-like fingers are very slightly as red as sesame grains. "If your hair is damaged even if you have a bump during the match, you will be disqualified. I was burned by the oil of Hydra, and of course I don't qualify as a Saint Swordsman." Who would be convinced by a declaration of defeat like that? Lucas finally looked up to heaven, but it was then that he felt uncomfortable. Thank you, Irene has been a big fan for a while now. "- Hey, Irene. Say something from you." When Lucas finally turned to the water himself, Irene, who had been lying down for so long, finally raised her face. His face, which was supposed to be expressive, was still pale and strong. ............ Irene, what's wrong? " "Elma" Elma leaned her neck and Irene cut out with a much lower voice. "... why are you always so reckless?" Abnegation? Dawn colored eyes are neatly opened. Elma looked into Elaine's face in trouble, and saw her anger revealed, and put her hand on her arm to forgive. "You look very irritated. Are you hungry? I'm sorry it took so long, Irene would definitely use this holy water sauce..." "I don't need it! Elma shook her shoulders in surprise as Elaine shook it away strongly. "I'm sorry, Irene is salty..." "I'm certainly salty, but I'm not talking about that right now! In that rough tone, even Lucas, who was listening on the side, raised one eyebrow. Irene chewed her lips suddenly, but immediately raised her face and stared at Elma. "Elma, I am. That's... that's what you're doing...!" However, the voice quickly clogs and you can't say anything. Irene pulled her lips tightly and swallowed intense emotions and turned her heel back. "--I 'm leaving." Huh? "I'm not feeling well, so I'll go back to my room and rest first.... no, I can't move to my husband (...), so I'm going to take a day off in the college clinic today. I'm sorry, sir. I'll prepare food and hot spring water first." "Wait, Irene..." Elma is uncommon for sudden changes in attitude. However, Irene broke out of the restraint and ran away from the arena. Meet me, six months. For the first time, Elma stood up for nothing. Looking at it, Lucas unexpectedly called out, "Hey..." "--For the time being, the two Hydras are considered defeated." By the declaration of Guyd, which perhaps contained confusion, he returned to me. Yes, it is. Now still in the middle of the chalice, Lucas was one of the clerks involved in its operation. "Gino Marge and Elma, who defeated Hydra, moved on. After checking for scratches, if both are intact, they will move quickly to the individual match. The agents work with the paramedics, check the status of the cadets in charge, and retrieve the weapons and... whatever, the cooking utensils (...) scattered throughout the area. Ensure hygiene on the stage." With the life of Goode, other servants arrive in pieces from the waiting room by the stage. Lucas rushed into the group after a brief tour. After all, he is replacing Elma's weapons. Originally in the box, the sword that Elma thought Elma had registered remained in the reserve armory in the corner of the arena, so we need to look through the gaps and retrieve it. Irene, who looked strange, and Elma, who was unusual and paranoid. Even though he was in a hurry about his men, he stood still and managed to hold his original sword in his hand. Lucas tried to bring the collected sword back to the Elmas for a while. Feeling uncomfortable with his fingers touching the pattern, he inspected the sword. "What is this...? According to the registration information, it should be a caliburnus made by Orihalcon. I was in a hurry when I switched, so I didn't check the sword carefully. But now I'm grasping it again and staring at the blade and the pattern. With that in mind, try to smell the smell of your right hand - the part that touched the cloth wrapped around the handle. ----............ Lucas had a sharp look on his face.

4.手札 クレメンス・フォン・ロットナーは戸惑っていた。 (なんだ......いったい。これはいったい、どういうことなのだ......) 強引に座らされたソファは、身体の重みをしなやかに受け止める、艶やかな革製の一級品。 美しく磨かれた石床に敷かれているのは、足首まで埋もれそうな豪華な絨毯。 シャンデリアにティーセット、花瓶に絵画。 これまで大国ルーデンの宰相として、高級品を見慣れてきたクレメンスでさえ見とれてしまうような逸品が、この部屋には実になにげなく取り入れられている。 「はい、どうぞ。あなたのぶんよ、クレメンス」 耳に心地よい声とともに、渡されたのは七枚のカード。 ハートにダイヤにスペードにクローバー――四種類の柄と数字、そして王たちの絵柄が描き込まれたそれは、ところどころ金箔があしらわれ、それ自体が芸術品として鑑賞に堪えるような品物だった。 ここは監獄。 それも、常に囚人たちが劣悪な環境下で虐げられているはずの監獄だ。 なのになぜ、この場はまるで、王宮のように――いや、ともすればそれ以上に美麗で、快適に整えられているのか。 (いったいこやつらは、何者なのだ......) 監獄送りとなり、自我を取り戻してから二日ほど。 クレメンスは従順な囚人の態を装いながら、油断なく監獄内を探索してまわっていた。 そう、探索。 驚くべきことに、ここでは囚人たちが、鎖で繋がれることも、部屋に閉じ込められることもなく、いたって自由に建物の中を歩き回っているのだ。 それでも不思議なことに、それで獄内の規律が乱れているということはない。 建物は清潔に保たれ、食事は行き届き、囚人たちは皆勤勉に各々の職務に取り組んでいる。まるで、完璧に統制の取れた軍の寮内のようであった。 ただし、自由の許されているように見える囚人たちが、けっして近づかない一画がこの獄内にはある。 切り立った崖の上に建てられた監獄の、最上階。 眼下に荒れ狂う海を見下ろしているのであろう、元は独房が並んでいたその空間には、彼らが「大罪人」と呼ぶ者たちが集っている。 さすがにここでは、厳重に囚人が繋がれているのかと思いきや、その予想は大いに裏切られた。 広々とした空間に、贅を尽くした家具。いかにも座り心地のよさそうなソファの上で、六人の男女が悠々と紅茶を楽しんでいたのだから。 精悍な顔立ちの男、筋骨隆々たる巨漢、なぜか白衣をまとった年若い青年に、執事のような品を漂わせた壮年の男、女性と見まごう中性的な――ロットナーはなぜだか、彼のことをどこかで見たことがあるような気がした――青年。 姿かたちは様々だが、皆一様に、囚人では考えられないような、清潔で、美しく整った身なりをしている。 そして―― 「ほぉら。手が止まっていてよ? 手札を並び替えなくてよいの? カードを配られたなら、すぐに作戦を考えはじめなくては。あなたの今後の人生が懸かっているのだから」 蜜を混ぜ込んだような甘い声で、そっと腕に触れながら告げる女を、クレメンスはまじまじと見つめた。 美しい女だ。 緩く波打つ銀の髪、血管が透けるような白い肌、蠱惑的な碧い瞳に、完璧な形の唇。 「大罪人」たちの紅一点、ネグリジェのようなドレスをしどけなく着崩した女は、まるでこの監獄の女王のように、悠然と、最奥のソファに身を預けていた。 かつて傾国と謳われた美貌の娼婦――ハイデマリーは、薄く笑みを浮かべ、歌うように告げる。 「カードの強さと役については、先ほど説明したとおりよ。順に強いカードを出して、手持ちの札を無くしていく。最初に上がれば 「............」 この世の地獄と言われるヴァルツァー監獄からの解放を、なんでもないことのように語る女。 その言葉が真実であるはずがない。 あるはずがないのに――クレメンスは、彼女の碧い瞳に覗き込まれると、それだけで、その唇から紡がれるすべての言葉が真実であるように思えた。 「けれどクレメンス。わたくしたちは、なかなか強いわよ? 有り金をすべて毟り取られて、素寒貧になってしまわないよう、どうぞお気を付けになって」 猫のように気まぐれで高貴な瞳が、楽し気に瞬く。 さあ、と、彼女はクレメンスに呼び掛けた。 「手札はそろったわね。それでは――最初のカードを」

36 4. Hands Clement von Rotner was confused. (What the hell...? What the hell is this...?) The sofa seated in a forceful position is a first class piece of glossy leather that holds the weight of the body softly. Beautifully polished stone floors are lined with luxurious carpets that can bury your ankles. Tea set on chandelier, painting on vase. Until now, even Clement, who has been familiar with luxury goods as the prime minister of the great power Luden, has been able to incorporate exquisite products into this room. "Yes, please. It's yours, Clemens." With a pleasant voice in his ear, he was given seven cards. With diamonds on the heart, clovers on the spades - four different patterns and numbers, as well as pictures of the kings - it was an object that was decorated with gold leaf everywhere and itself enjoyed as a work of art. This is a prison. It is also a prison where prisoners should always be abused under harsh conditions. And why is this place as beautiful and comfortable as a royal palace - no, it's even more beautiful. (Who the hell are these people...) About two days after I went to jail and regained my ego. Clement was searching the prison without hesitation, pretending to be an obedient prisoner. Yes, Explore. Surprisingly, here the prisoners are walking freely through the building without being chained or trapped in a room. Still, strangely enough, there's no disturbance of discipline in the prison. Buildings are kept clean, meals are decent, and prisoners are diligent in their duties. It was like a perfectly controlled military dorm. However, there is a picture in this prison of prisoners who appear to be allowed freedom, but who are not close at all. The top floor of a prison built on a cliff. Looking down at the desolate sea beneath you, in the space where the cells were formerly lined up, there were gatherings of what they called "great sinners." Indeed, here, I wondered if the prisoner was strictly connected, and the expectation was greatly betrayed. Spacious space with luxurious furniture. Six men and women enjoyed tea leisurely on a comfortable sofa. A tough looking man, a musculoskeletal giant, a young man in white for some reason, a mild man and a woman with objects like butlers - I felt like I had seen Rottner somewhere - a young man. They come in a variety of shapes, but they are all uniformly dressed in a clean and beautiful manner that no prisoner can imagine. And then... "Heere. Your hands are stopped. Don't you have to sort your hands? If they give us the cards, we need to start thinking about a plan right away. Because your future life is at stake." Clemens stared seriously at the woman who gently touched her arm and told her with a sweet voice mixed with honey. Beautiful woman. Perfectly shaped lips with loosely waving silver hair, vascular-permeable white skin, puzzling blue eyes. The red dot of the "great sinners", the woman who wore a negrije-like dress and collapsed, as if she were the queen of this prison, laid herself on the deepest sofa. Haidemarie, a beautiful whore once regarded as a leaning country, smiles thinly and tells her to sing. "As I explained earlier about the strength and role of cards. I put out strong cards in turn and lost my cards. The Emperor (Kaiser) at first, the Great Poor at last. If thou hast become an emperor, we will follow thee, and we will deliver thee out of this prison." ............ A woman who talks like nothing about the liberation from Valzer prison, which is said to be the hell of the world. The word cannot be true. There can be no way - Clement looked into her blue eyes and it seemed that all the words spinned from her lips were true. "But Clement. We're pretty strong, aren't we? Please be careful not to lose all your money and become impoverished." Like a cat, your whimsical and noble eyes blink with joy. Come on, and she called Clement. I see you've got your hand. I'll take the first card. "

32.シャバの「愛」はもどかしい(2) ゴ......ッ! 途端に、とても袋が立てたのだとは思われない、鈍器的な音が轟く。 「なんだこれ!?」 ぎょっとしたエーリヒに、エルマは粛々と頷いた。 「金貨です。貨幣がかさばっていたので、まずは一番高額かつ、持ち運びやすいものからお渡しさせていただきました」 「金貨なの!? これ全部金貨が入ってんの!?」 「はい。ちなみに銅貨は少々場所を取っていてですね――」 エルマは薄暗い舞台裏から「よいしょ」となにかを引きずってくる。 ――ズ......ズズ......ッ そんな、陸揚げされた巨大生物が引きずられるがごとき重低音を響かせながら、彼女は小首を傾げた。 「これがあと五袋あるのですが、夜の部まで終了してから、まとめてのお渡しでよいでしょうか」 象が一頭収まりそうな巨大な袋を見て、エーリヒはいよいよ卒倒しそうになった。 これだけ大量の貨幣など、造幣局の役人くらいでないとお目にかかったことがないはずだ。 おそらく、家が建つ。 いや、フレンツェルの物価水準に照らせば、教会や城だって建てられる。 ぶどう作りに関しては強い矜持を持つとはいえ、基本的に小市民でしかないエーリヒは、理解の範疇を超えた事態に、もはやリアクションを忘れた。 が、一周回って平静に見えるその驚愕は、エルマには純粋な無感動として受け止められたらしい。 彼女はなぜだか誇らしげな顔になると――というか実際には、眼鏡が誇らしげに光っただけだが――、傍らで同じく固まっているルーカスやイレーネにちらっと視線を向けた。 「――どうでしょう、お二方?」 なにについて水を向けられているのか、二人にはさっぱりわからない。 怪訝な顔で問い返すと、エルマはもじもじとも、そわそわともつかない様子になって、「ですから」と付け加えた。 「まず、今回ですね、私、勇者のように猛々しく魔蟲を引きちぎるでもなく、魔術師のように凄まじい火を放つでもなく、声を使って関心を逸らすという、ごくごく一般的な方法で魔蛾を追い払ったじゃないですか」 ちょっとなにを言っているのかよくわからない。 超音波を発生させることを「ごくごく一般的」と言っている時点で、既に常識の埒外の発言だったが、ふたりはひとまず突っ込みを堪えて、静聴の構えを見せた。 「かつ、『復讐からはなにも生まれない。傷つけられたら、それ以上に幸せになってやろう!』という、昨今の物語における王道的価値観に則って行動してみせたわけですよね?」 まさかそれは、「補償なんかで満足せずに、がんがん魔蛾を搾取して稼いでやろうぜ!」という姿勢のことを指しているのであろうか。 エルマがなにを言わんとしているのかを察しはじめた二人は、次第に目の焦点を遠くへと逸らしていった。 「かつ......かつですよ。その『幸せになる』というのが、定量的にどの程度の状態を指すのかが最も悩ましかったのですが、エーリヒ様の反応を見るに、今回私は、特に反応するに値しない――すなわち、多すぎもせず、少なすぎもしない額を稼ぐということに見事成功したようです。これはつまり、『例のあの状態』を、私がすっかり身に付けたということの証左なのではないでしょうか」 「......おまえは......っ、たかだか三回のショーで、下手をすればフレンツェル領の年間税収にも匹敵する額を稼ぎ出したことについて、なんら違和感を覚えないのか......!?」 やめよう、突っ込むのは本当にやめよう、と思いながらも、面倒見のいいルーカスはついそう叫んでしまう。 するとエルマは、きょとんと首を傾げた。 「え......? だって普通、女性がひとたび歌えば国宝並みの宝石が捧げられ、ひとたび舞台に立てば複数の国から王冠を捧げられるものでしょう?」 「どこの神話界にお住まいの舞姫の話をしているんだおまえは!?」 ただの監獄内にお住まいの娼婦の話である。 ルーカスは全力で問い質したが、よもや母の教えが偏っているなどとは思わぬエルマは、くいと眼鏡のブリッジを持ち上げた。 「............? そんなに驚かれることでしょうか。外科手術によるのではなく、あくまで手技によって女性を美しくし、魔族のように瞳で幻惑するのではなく、あくまで超音波という物理的手段によって魔蛾を使役し、それらを披露することで、あくまで適正な額を頂く」 そうして、大層嬉しそうに言い切った。 「これくらいなら、さすがに――『普通』ですよね?」 と。 自領の税収額をあっさりと半日で稼がれてしまったフレンツェル一家は、さすがにデボラたちも含めて瞬間で白い灰と化す。 エーリヒは硬直をキープし、イレーネはただ無言で視線を逸らした。 あ、あそこの露店の売り子、誘い受けっぽいな。 そしてルーカスと言えば―― 「――......いや......、あの、だな......」 エルマにじっと見上げられて、静かに冷や汗を浮かべていた。 彼は幾多の女性たちとの、きわどい駆け引きすら平然とこなしてきた男だ。 居丈高なわがままも、あざとい媚びも、すいと躱すのは朝飯前のはずだった。 が、 (なんて無邪気に見上げてくるんだ、こいつは......!) 目の前の少女の、あまりのあどけなさというか、いじらしさに、返す言葉を失ってしまった。 だって、わかるのだ。 彼女は本気でそう思っているのだと。 例えるならそれは、ネズミの死骸を差し出して「プレゼントだよ! 褒めて?」と小首を傾げる子猫を前にしたような心持ちだ。 恐ろしく愛らしいのだが......いやだが「ねえわ!」と突っ込むべき場面であり......いやしかし凄まじく愛らしい。 ルーカスはふと、自分の脳のどこかが、ぐらりと音を立てて揺らぎはじめたのを感じた。 もう、いいのではないか。 これだけ「普通」を求めているのだから、そして、それほどまでにお墨付きをもらって家に帰りたがっているのだから、その願いを叶えてやるくらい。 ひたむきで、必死で、いとけない彼女の目標は、その根底にある「帰りたい」という願いを知ってしまえば、むしろ哀れだ。 しかも、彼女の実家は、目と鼻の先の距離にある。 十五の少女が、課題をこなして家に戻りたいと願っているのだから、それを叶えてやるくらい―― ルーカスが、つい好意と同情と誘惑とに負けて、無意識にエルマへと指を伸ばしてしまったそのとき、 「――まぁったく! なに言ってんだか!」 ひときわ大きな声が、彼の耳朶を打った。

64 32. Shaba'S "Love" Is Disgusting (2) Go...! Suddenly, a blunt sound that doesn't seem to have been a very big bag roars. "What is this!? Elma nodded solemnly to Erich. "It's gold. Because the money was bulky, I gave it to you first from the most expensive and easy to carry." "Is it gold!? Are all these gold coins in there!? "Yes, by the way, the bronze coins take up a little space -" Elma drags something from behind the dark scenes. --Zu...... Zu...... As such, she tilted her head as the dragged giant organism was sometimes sounded a heavy bass. "I have five more bags, but can I give them to you after the evening?" After seeing a huge bag of elephants that was about to fit, Erich was finally about to collapse. I'm sure you've never seen such a large amount of money as an official of the Mint. Perhaps a house will be built. No, even churches and castles can be built in the light of Frenzel's price levels. Even though there was strong reticence in viticulture, Erich, who was basically a small citizen, no longer forgot to react to events beyond the bounds of understanding. But the consternation that seemed calm around seemed to Elma to have been taken for granted. She glanced at Lucas and Irene, who were similarly solidified beside her, for some reason or another - in fact, the glasses glowed proudly. "--How about you two? They have no idea what the water is pointing at. When asked back with a suspicious face, Elma added, "That's why." "First of all, this time, I didn't violently tear off the devil like a brave man, or fire like a magician, but used my voice to get rid of the moth in a very common way." I'm not sure what you're talking about. It was already an extraordinary remark of common sense when they said that it was "very common" to produce ultrasonic waves, but they both withstood the penetration for a moment and showed their readiness to listen. "And, 'Nothing comes from revenge. If you get hurt, you'll be happier than that!', you acted in accordance with the royal values of today's story, right? No way, it's like, "Let's exploit the cancer moth and earn it without being satisfied with compensation! Is it referring to the attitude? They began to wonder what Elma was trying to say, gradually shifting the focus of their eyes further away. "Kazu... kazu. It was most troubling to see how quantitatively" happiness "refers to the state, but when I saw Erichi's reaction, I did not deserve to react in particular this time - that is, I did not make too much or too little money. I mean, is this the proof that I've completely acquired the 'state of the example'?" "... don't you... feel any discomfort about making an amount comparable to the annual tax revenues of the French territory if you succeed in three shows...!? Let's stop, let's really stop penetrating, but Lucas, who is taking good care of him, screams. Elma straightened her neck. "Eh...? Because usually, when a woman sings, she gets a national treasure jewel, and when she stands on the stage, she gets a crown from multiple countries. "What mythology are you talking about? It's just about the whore who lives in prison. Lucas questioned with all his might, but Elma lifted the bridge of her glasses with a stick that she didn't think was biased in her mother's teachings anymore. ............ Would you be so surprised? Instead of surgical surgery, it only beautifies women through surgery, and does not delude them with eyes like demons, but only uses magic moths by physical means such as ultrasound and displays them, and only receives the proper forehead. " That's how I said it with great pleasure. "If that's all, that's exactly what it's like -" Normal ", right? and. Having earned their own tax revenues in half a day, the Frenzel family immediately turned white ash, including Deborah and the others. Erich kept the stiffness, Irene just turned away silently. Ah, the salesman at the stall over there seems to have accepted the invitation. And speaking of Lucas... "---... no... that's it..." Elma was staring up and quietly sweating. He is a man who has even rushed flat with many women. It was supposed to be before breakfast to soothe yourself with a tall selfishness and flattering charm. However, (How innocent of you to look up at this guy...! The girl in front of me has lost the words to return to her, or to tease her too much. I mean, I know. That's what she really thinks. If you think about it, give me the body of a rat and say, "Here's a present! Praise me?" It's terribly adorable... but I don't want to say, "Hey! It's a scene to penetrate... no, but it's so adorable. Lucas felt that somewhere in his brain, he began to shake with a loud noise. Isn't that enough? I only want to be "normal", and I want to get a note and go home by that time, so I can make that wish come true. It would be rather pathetic if she knew the "want to go home" desire that underlies her ambitions, which are frustrating, desperate and insignificant. Besides, her parents are at a distance between her eyes and her nose. Fifteen girls want to do their tasks and return home, so I'm going to make it happen. When Lucas lost to love, sympathy and temptation, he unconsciously stretched his finger to Elma. "- Whoops! What are you talking about? A loud voice struck him in the ear.

8.幕間(2) 同じ頃。 しんと静まり返った寮内のひと隅、人目に付きにくい東屋では、三名の男女が静かな語らいを続けていた。 「それにしても驚いたよなあ。ルーデン女に嫌がらせを仕掛けたやつらが、みんな 小声ながらも、驚きも露わにそう告げるのはジーノである。 彼は固い床に胡坐をかき、相棒である長剣を磨きながら、肩をすくめた。 「虫と人喰い樹と炎とかまいたちがぶつかりあって、飴になっちまうなんて。いやあ、なんか小咄みたいな、よくできた話だよなぁ」 「――できすぎだ」 と、横の椅子で聖水を小瓶に移し替えていたラウルが、冷えた声で呟く。 「まさかおまえ、あれが本当に『偶然嫌がらせが相殺された結果』だとでも思っているのか?」 「へ? 割と本気で思ってるけど」 「......脳筋め」 ラウルは小瓶を抱えたまま、呆れたように友人を見下ろした。 「......内容を見るに、嫌がらせを仕掛けた学生たちは、召喚陣をあらかじめ控え室に描き込んでいたのだと思いますが、......普通、攻撃対象を定義した陣が、それ以外に向かって威力を発揮することはありえません」 向かいの椅子で、夜の庭をぼんやりと眺めていたクロエも、ラウルの醸す冷え冷えとした雰囲気を察知し、おずおずと解説を加える。 ジーノが「え、そうなの?」と目を見開くと、彼女はこくりと頷いた。 「はい。なので......その、もしかしたらルーデンからいらした候補生は、......ものすごい聖力の持ち主なのかもしれません。他人の描いた聖陣を、あっさりと書き換えられてしまうほどの......」 「え、でも陣って聖力を図像化したものなんだから、べつに聖力が無くても書き換えくらいはできんだろ?」 「阿呆。一の聖力を図像化するのに、どれだけ複雑な聖言と図が必要だと思っている。聖力を注ぎ込んで術式を改変させるほうが、莫大な労力は必要だがまだ現実的だ。一瞬で他人の術式を解読し描き替えられるほど陣に精通していたら、それは教皇の域、いや、もはや神の領域に片足を突っ込んでいるぞ」 ところが、その領域にしゃらっと両足を突っ込んでいる人物が、この学院にやって来ているのである。 そんなこととは露知らぬ三人は、神妙な面持ちで会話を続けた。 「だいたい、単純に術がぶつかり合って返されたとして、虫がどうして飴をまとう? しかもどうして、こじゃれたラッピングを施されて、ぴったり術者の人数分返ってくるんだ? 『偶然術が相殺された』のなんかではなく、明らかに、そのルーデン女がやり返したんだろうが」 「こじゃれたラッピングを施されてたのか......知らなかった」 「すぐに、反撃の姿すら気取らせない凄腕の候補生として噂が立って、開会式の間だってずっと『ルーデンからの留学生はどこだ』って、みんなそわそわしてたじゃないですか。特に、明日を控えた聖女候補の子たちは、すごくピリピリしていて......」 「同じく、聖術師候補生もな」 なんでも、開会式で配布された資料によれば、ルーデンからの候補生は、聖女、聖剣士、聖術師の全部門にエントリーしているらしい。 そのため、主に聖力量が試される聖女や聖術師候補生は、特に警戒を強めているのであった。 ジーノは、「でもさ」と、鼻の頭に皺を寄せた。 「開会式でちらっと見たけど、本人は全然冴えない感じだったじゃん。なんかちっさくて、陰気でさ。あんなんが、ほんとに候補生を四組も返り討ちにしたんかねえ?」 彼は手入れの終わった長剣を月光にかざし、「それに」と、不意に背後を振り返った。 「どんなライバルがいようと、トリニテート入りするのは俺たち三人だ。――そうでしょ? グイド 視線の先には、ひとりの男が佇んでいた。 年の頃は四十半ばくらいか。 隙のない立ち姿に鋭い眼光。 灰色の短髪が印象的な顔は、厳めしい表情に彩られ、がっしりとした体躯は、彼が剣士であった頃を思わせる。 身に付けているのは、学院所属の導師――つまり教師らしく、院紋の刺繍が施された法衣。 しかし同時に、大枢機卿にのみ許される緋色の肩掛け布をも身にまとっていた。 つまり彼こそは、先の聖鼎杯にて聖剣士に内定したものの、トリニテート自体が成立しなかった結果、平民の出自でありながら枢機卿の地位に据えられた男――グイドである。 遅ればせながらその存在に気付いたクロエとラウルは、ジーノの腕を引っ張りながら、すっとその場に立ち上がった。 宗教国家アウレリアにおいて、枢機卿の地位は絶対。 しかもこの三人からすれば、貴族の権力闘争の駒として、下町の貧民として、妾の子として抑圧された人生を送らざるをえなかったところに、学院という新たな可能性を示してくれた、人生の恩人である。 必然、三人がグイドを見上げる目には、静かな敬意が籠もった。 「聖女候補クロエ、聖剣士候補生ジーノ、そして僕、聖術師候補生ラウル。明日からの聖鼎杯本番を前に、大導師のお言葉を頂けるとお聞きし、この場に馳せ参じました」 代表して、ラウルが告げる。 そう、彼らは、グイドからの呼び出しもあって、この東屋へと集っていたのだ。 三人が真摯な眼差しを向けると、グイドは表情を変えぬまま、静かに口を開いた。 「堅苦しい挨拶は抜きでいい。今宵は、おまえたち三人に、改めて確認しにきただけだ」 「確認......とは?」 「トリニテート入りの、覚悟を」 ゆっくりと話すグイドの声は、重く暗い。 だが、ラウルとジーノは、思いもかけぬことを聞かれたといわんばかりに、目を見開いて互いを見やった。 「覚悟もなにも......。トリニテートになれれば、下町出身の俺でも、一生贅沢な暮らしができる。それだけを目指して学院に来たってのに、いったいなんで覚悟なんかが必要なんだ......あ、いえ、必要なんですか?」 「同感です。トリニテートとなれば、穀潰しでしかない下級貴族の三男でも、教皇に次ぐ地位をもって政治に関与できる。その夢のような話のどこに、覚悟が必要だと?」 少年二人の声には、疑問の形を借りた自負心に満ちている。 「贅沢と権力――しかしそれと引き換えに、トリニテートは世俗との一切のかかわりを絶たれる。親とも、友人ともだ。......おまえたちは若い。それらを切り捨て、一生教会の奥深くに籠る覚悟が、本当にできるというのか?」 グイドが静かに説明すると、彼らはそれを一笑に付した。 「もちろん! 下町のダチなんてつるんで悪さするだけだし、いつまでも豚をバラすしか能のない親なんて、こっちから願い下げだし......あいえ、ですし」 「僕がトリニテート入りしたら、家族は権力の蜜を吸うことしか考えなくなるでしょうし、醜く足掻く彼らとの縁を切れるのなら、それは本望というものです。それに――」 ラウルはちらりと、傍らのジーノやクロエに視線を向ける。 「友人ということならば、同じくトリニテートとなる彼らがいれば、私はそれで充分です」 氷の聖術師のいつになくまっすぐな物言いに、ジーノは驚いたように瞠目し、それからへへっと鼻を擦った。 「俺も同じです!」 「――......だそうだが、クロエ?」 しかし、クロエだけは、ぎゅっと手を握り合わせて沈黙している。 グイドが水を向けると、彼女はようやく、言葉を喉から絞り出すようにして告げた。 「......私も、そう、思います」 「クロエ?」 様子のおかしいクロエに、ラウルが眉を寄せた。 「クロエは、僕たちとともにトリニテート入りしたくないのか?」 「いえ! そんな! ......そんなことは。ただ......」 ぱっと顔を上げて即座に否定するが、しかし彼女はすぐに俯いてしまう。 「トリニテートになった後のことというより、なる前というか......その......私なんかが、聖女様になれるのかと......自信が、無くて――」 「なに言ってんだよ!」 その呟きは、ジーノによって遮られた。 「歌うだけで植物を成長させられる力なんて、初代の聖女にも匹敵するくらいじゃないか! それに、相手が俺みたいな貧民だろうが、性格ブスな正妻の子だろうが、どんな相手にも優しくできるクロエが聖女にふさわしくないってんなら、ほかの誰がふさわしいんだよ」 ラウルも、肩をすくめて同意する。 「僕なら、侮辱してきた相手を片っ端から氷漬けにしてやるところだが、クロエはあの女に嫌がらせを仕掛けられても、表情すら動かさない。それを弱さと受け取り侮る輩もいるが――僕は、器の大きさだと思う」 「ジーノくん......ラウルくん......」 力強く言われ、クロエが瞳を揺らした。 さらにそこに、黙って話を聞いていたグイドまでもが、諭すようにして言葉を重ねた。 「――実際のところ、おまえの植物との相性、そして成長を促す力は、聖女たるにふさわしいと学院側も見ている。親ルーデンの人間ですら、おまえを聖女筆頭候補とみなして警戒し、付け焼刃の対抗馬を送り込んでくるほどだ。おまえは、それを誇るべきだろう」 「......先生は、ルーデンからの候補生の能力をどのようにお考えですか?」 ぽつりと問うと、グイドは口を閉ざし、しばし考えるそぶりをする。 それから唇を歪め、 意外な言葉を口にした。 「わからない、のですか......?」 「あの留学生の後見人はチェルソ枢機卿で、卿は、彼女を凄まじい聖力の持ち主だと説明して今回の聖鼎杯にねじ込んでいる。が、俺の見たところ、彼女に聖力保持者特有の気配はなかった。最初は卿が権力闘争のために、虚偽の申請をしたのかと思ったが、......昼の騒動は、状況から考えて明らかに彼女の仕業だ。とすれば、彼女にはやはり、膨大な聖力があると考えるべきだろう」 「つまり......彼女は聖力を要しないほどの武術の達人か、そうでなければ、先生の目を欺きおおせるほどに、聖力のコントロールに長けた人間、ということですか......?」 ラウルが怪訝そうな声で確認すると、グイドは慎重に、 「いずれにせよ、最大の警戒をもって臨むべき相手だということは確かだろう」 とだけ答えた。 クロエの、あどけない濃緑の瞳が戸惑いに揺れる。 それを見ていたグイドは、「だが」と、深みのある声で続けた。 「それでも、クロエ。おまえこそが、聖女筆頭候補だ。おまえたちはこの俺が見つけ出し、三年以上にもわたって鍛え上げた、自慢の生徒なのだから」 「先生......」 きっぱりとした物言いに、クロエも顔を上げる。 彼女は一瞬だけ、まるで縋るような表情で、制服のポケットに手を伸ばしかけたが――ふと拳を握ると、ゆっくりと頷いた。 「――......はい。先生が見出してくださった私たちですから、なんとしても、トリニテートに入ってみせます」 「クロエ」 言い切ってみせた少女に、少年たちは喜色を浮かべる。 グイドもまた、じっくりと彼女を見渡して、その顔に先ほどまでにはなかった覚悟が浮かんでいるのを見て取ると、満足そうに頷いた。 「......期待している」 その後、彼らはいくつかの会話を交わすと、静かに東屋を離れた。

80 8. Tabernacle (2) About the same time. In a corner of the dormitory that was quiet and hard to see, three men and women continued to speak quiet language. "Even so, I'm surprised. I can't believe all those who harassed the Luden ladies would... destroy themselves." While whispering, it is Gino who says so with surprise. He sat on a hard floor, brushing his partner's dagger and shrugging his shoulders. "I can't believe that insects, man-eating trees, flames and fools collide and turn into candy. No, it's kind of a small, well done story." "... too much." And Raul, who was switching the holy water to a vial in the side chair, murmured with a cold voice. "No way, do you really think that's 'the result of accidental harassment being offset'? Hee? I'm serious about that. "... brain muscle" Raul looked down at his friend with the vial in his arms. "... I think the harassing students had drawn the Summon Monsters into the waiting room beforehand, but... normally, the teams that defined the targets would not be able to do anything else." Chloe, who was looking blurrily at the garden at night in the opposite chair, also noticed Raul's chilly atmosphere and added a hint and commentary. Gino said, "Oh, really?" When she opened her eyes, she nodded hard. "Yes, so... perhaps a candidate like Ruden... is the owner of a great sacred power. This is enough to lightly rewrite the Holy Order painted by others....." "Eh, but the team is an image of sacred power, so even if there is no sacred power, you can't rewrite it, right? "Idiot. I think how complicated sacraments and diagrams are needed to visualize a sacred power. It takes a lot of effort, but it's still realistic, to put sacred energy into modifying the technique. If you were familiar enough to decipher and redraw someone else's magic in an instant, it would have penetrated into the realm of the Pope, no more, into the realm of God." However, someone is coming to the academy with both feet slightly into the realm. The three strangers continued the conversation with a mysterious look. "Basically, if the surgery was simply bumped into each other and returned, why did the insects eat candy? Besides, why are you wrapped up and returning exactly the number of surgeons? It's not 'coincidence is offset', it's obvious that the Luden woman did it again." "I didn't know you were wrapped up like this..." "Immediately, rumours arose that he was an amazing candidate who wouldn't even be distracted by the appearance of a counter-attack. Even during the opening ceremony, everyone was distracted by" Where are the international students from Luden? "Especially the young Virgin Candidates who stopped tomorrow were so tingling....." Likewise, the sacred magician cadets. Anything, according to the materials distributed at the opening ceremony, candidates from Rouden are entering all departments of the Virgin, the Swordsman and the Magician. For this reason, the saints and cadets whose sacred powers were mainly tested were particularly vigilant. Gino wrinkled her nose. "I took a quick look at it at the opening ceremony, but I didn't feel at all comfortable with it. It's kind of small, it's kind of creepy. I mean, did you really turn back four pairs of candidates? He shook his well-maintained dagger into the moonlight and looked back unexpectedly. "Regardless of the rivals, the three of us will be in the Trinitate. - Isn't it? The Great Ghould Master" Behind his gaze was a man standing. Around mid-40s. A sharp gaze on the face without gaps. The face with short gray hair is colored with a harsh expression, and his firm body reminds him of when he was a swordsman. Wearing a vest embroidered with the embroidery of the Academy crest, it looks like a schoolteacher. At the same time, however, he wore a scarlet shoulder cloth that was only acceptable to the Grand Cardinal. In other words, he is the Gud, a man who was appointed to the Holy Swordsman at the Holy Grail earlier, but who, as a result of the failure of Trinity itself, came from a civilian but was placed in the position of Cardinal. Chloe and Raul, who realized their presence late, stood up on the spot, pulling Gino's arm. Cardinal status is absolute in the religious state Aurelia. Moreover, from these three people, as a token of the nobility's power struggle, as a poor man in Shimomachi, I had to live a repressed life as a concubine's son, showing me the new possibilities of the college, the benefactor of life. Inevitably, there was quiet respect in the eyes of the three of them looking up at the goods. "Virgin candidate Chloe, Holy Swordsman candidate Gino, and me, Holy Magician candidate Raul. I came here to hear the words of the great priest before the chalice tomorrow." On behalf of Raul, Yes, they were gathered in this east house with a call from the Goods. When the three looked sincerely, Guyd quietly opened his mouth without changing his expression. "No hard greetings. Tonight, I'm just going to check with you three again." "What is confirmation...? Get ready for the trinitate. The voice of a slow talking goode is heavy and dark. But Raul and Gino opened their eyes and looked at each other, not to mention the unexpected. "Nothing to be prepared for... If I become a trinitate, I can live a lifetime of luxury even if I'm from Shimomachi. What the hell do you need to be prepared for when you come to the academy just to do that... ah, no, do you need it? "I agree. As a trinitate, even three men of lower nobility, who are only grain crushers, can be involved in politics in a position after the Pope. Where do you think you need to be prepared for that dream story? The voices of the two boys are filled with pride in the form of doubt. "Luxury and power - but in exchange, Trinitate is cut off from all ties to the earth. Both parents and friends.... you're young. Are you really ready to truncate them and stay deep in the church for the rest of your life? When Goode explained quietly, they laughed at it. "Of course! The downtown chickens just suck and make it worse, and the incompetent parents who always rose the pigs... no." "When I enter Trinitate, my family will only think about sucking the honey of power, and if I can sever my relationship with them ugly and scratchy, that's what I really want. And..." Raul glanced at Gino and Chloe. "When it comes to friends, if they are also trinitates, that's enough for me." Gino glanced at the ice saint's straight words as surprised, then rubbed his nose to the floor. "Me too! "----yes, Chloe? However, Chloe was the only one holding hands together in silence. When the goode turned to the water, she finally told her to squeeze her words out of her throat. "... I think so, too." Chloe? Raul raised her eyebrows to Chloe, who was in a strange state. "Doesn't Chloe want to join us in Trinitate? "No! No!... that's not true. It's just...." I raised my face and immediately denied it, but she quickly leaned down. "Not after I became a trinitate, but before... well... I don't have the confidence to be a Virgin..." "What are you talking about? The whining was interrupted by Gino. "The power to grow plants just by singing is comparable to that of the first Virgin! Besides, if Chloe is not worthy of a virgin, whether she's a poor man like me or a son of a real wife of a stupid personality, who else is worthy?" Raul shrugged his shoulders and agreed. "If I were you, I'd put the insulting person in ice from one end, but Chloe wouldn't even move her expression even if she harassed me. Some people take it as weakness and despise it, but I think it's the size of the vessel." "Gino... Raul..." Strongly told, Chloe shakes her eyes. Moreover, even the ghoud, who was listening in silence, repeated his words so that he could speak. "--In fact, the academy also sees that the compatibility with your plants and the power to encourage growth are suitable for Virgin Mary. Even the parents of Ruden think of you as the chief Virgin candidate, so vigilant that they send in a knifed rival horse. You should be proud of that." "... what do you think of the abilities of the candidate from Rouden? When asked sluggishly, Goode closes his mouth and thinks for a while. Then distort your lips, I uttered an unexpected word. "Don't you know...? "The guardian of the international student is Cardinal Chelsea, who is screwing her into the chalice by describing her as a man of immense sanctity. But as far as I can tell, she didn't have any particular signs of the Holy Spirit. At first I thought Sir had made a false application for power struggle, but... the daytime disturbances were clearly her fault, given the circumstances. In that case, she should still be thought of as having enormous sanctity." "I mean... is she a master of martial arts who doesn't need sacred powers, or is she someone who is so good at controlling sacred powers that she can deceive her teacher's eyes...? When Raul checked with a suspicious voice, Goode cautiously "Either way, I'm sure he's the one who should come with the greatest vigilance." I only replied. Chloe's pale dark green eyes swayed confusingly. The goode watching continued with a deep voice, "But." "Still, Chloe. You are the first candidate for Virgin Mary. You're the proud students I've found and trained for over three years." "Sensei...." Chloe raised her face to speak plainly. For a moment, she reached out to the pocket of her uniform with a relieved expression, but grabbed her fist and nodded slowly. "----yes, the teacher found us, so I'll try to get into Trinitate anyway." Chloe. The boys rejoice at the girl who has spoken out. The goode also glanced at her carefully and nodded satisfactorily when she saw that her face had a readiness that had never existed before. "... I'm looking forward to it" Thereafter, they had some conversation and quietly left the east house.

9.「普通」の手料理(4) 「そんなものをおまえ、どこで手に入れてきた――!?」 巨大なまぐろ。しかも、まるまる一本だ。 推定体重、大の男五人分。 熟練の漁師が総出で仕留めにかかるような、もはや伝説級といっていいサイズである。 目は黒く、ひれはぴんと張りを残し、体表は濡れたような輝きを帯びていた。 新鮮だ。 「昨日が非番でしたので、近海まで漁に出ておりました。食いつくまでは早かったのですが、重量の関係で釣り上げるのに五時間の死闘を要した結果、この場に少し遅れてしまいましたこと、平にお詫び申し上げます」 「エルマ......あなた......」 しょっぱなから想定を大気圏外にぶっ飛ばす暴挙に出られ、一同が言葉を失う。 が、ユリアーナの滑らかな頬は、どこか上気しているようだった。 ルーカスは母に言いたかった。 大いにペースを崩された周囲をよそに、寡黙な侍女は淡々と準備を進める。 ごろ、と鈍い音を立ててまぐろを調理台に転がしてから、彼女はメイド服の裾を摘まみ上げて、しずしずと頭を下げた。 「侍女エルマ。僭越ながらも、ジョルジュ・ラマディエ料理長の胸を借りる気持ちで、誠心誠意心づくしの品を作らせていただきます。高貴なる方々のお口に、どうか合いますよう」 「きょ、許可します。あなたの忠誠と腕を期待していてよ......!」 「......安全を第一に優先するように」 ルーカスの言葉には、つい本音が滲んだ。 (冗談じゃねえぜ......) 一連のやり取りを見守っていたジョルジュも、さすがにしばし呆然としてしまった。 (料理人歴三十年を通したって、あんな巨大なまぐろ、見たことねえぞ。......だが、そうか。魚なら新鮮でさえあれば、そのまま出しても「うめえ」となる。考えたな) ルーデンやモンテーニュでは、魚を刺身で出すことはしないが、酢や油で和えたマリネやカルパッチョのような料理は好まれる。軽く炙って塩を振るだけでも美味しいだろう。 あれだけ大きければ、卸し方に失敗してもいくらでもやり直しがきくし、あの巨体から究極にうまい部位だけを使用してみせるというのも、かなりインパクトのあるパフォーマンスだ。 (......やるじゃねえか) だが、こちらとて負けはしない。 権力競争のような腹芸は苦手だが、腕には覚えがある。 グルメと名高いモンテーニュの王侯貴族たちを唸らせてきた経歴は伊達ではないのだ。 ジョルジュはコック帽を直して気合を入れ、調理に取り掛かった。 初夏にふさわしく、作るのはじゃがいもの じゃがいもといえばルーデンの国民食。 ふかして食べるしか能のないルーデン人に、モンテーニュの料理文化の神髄を見せつけてやるつもりだった。 事前に目利きした二種類の玉ねぎを、たっぷりのバターで炒め、均一に薄切りにしたじゃがいもを放り込んでいく。 焦がすことなく素材の甘さを引き出す加熱法、鶏と香味野菜でじっくりと味を深めた秘伝のブイヨン、隠し味に加える最高級のシェリー酒。 どれもモンテーニュで研鑽を積んだ自分だからこそ実現できる、最高の技術であり味わいだ。 その手際の鮮やかさ、そしてかすかに漂いはじめた食欲をくすぐる匂いに、ギャラリーがほうっと息を呑んだ。 ――のも束の間。 「そちらの、茶色いベストをまとった馬丁さん。それから、真新しい胸当てを付けた衛兵さん。そう、あなたです。もう少し右に避けていただけますか。危ないですよ」 左の調理場から繰り出される謎の指令に、人々は困惑の声を上げた。 もとより、調理場と観客席の間にはずいぶんと距離がある。 怪訝に思いつつ、侍女から醸し出される不思議な迫力に呑まれ、彼らが場所を移動したとたん、それは起こった。 「では、解体します」 エルマが眼鏡のブリッジを押し上げ、おもむろに刃渡りの大きい包丁――もはや剣と言っていい――を掲げた次の瞬間、すさまじい風が巻き起こったのだ! 「きゃあっ!」 風は女性陣の衣服を乱し、男性陣の頭髪を激しくそよがせ、一部はかまいたちとなって石畳を割り砕いた。 エルマの背後で、まっすぐ空に向かって伸びあがっていたはずの噴水の水が、まるで剣に切り取られたように崩れる。 一瞬遅れて、ざばああ! と水が落下するのと引き換えに、周囲はしんと静まり返った。 「な......なにが起こったの......?」 ビシュッ! という音が確かに聞こえた気がしたが、エルマの包丁さばきはあまりに速すぎて、それが刃の立てた音だったのか、それとも風が唸った音だったのかすらわからない。 ただ、「解体する」と言っていたわりに、まぐろは頭と胴をつなげたままエルマの前に横たわっている。 人々は当惑の呟きを漏らした。 「ね、ねえ、ルーカス? エルマは、その、風を起こしただけなのかしら? 魚は無傷に見えるのだけど」 「いや、あれはおそらく、――太刀筋が鋭すぎて、まぐろも切られたことに気付いていないんだ」 『なにそれ!』 動揺のあまり、ユリアーナの口から母語が飛び出した。 しかし、ルーカスの見立ては正しかったようで、一瞬ののち、 ――ぐら......っ まるでまぐろが時の流れを思い出したとでもいうかのように、ぐらりと形を崩していくではないか。 瞬きをした次の瞬間には、まぐろは頭部と胴体、骨と内臓と肉に分かれ、ブロック状に美しく整列していた。 『なにこれ!』 ユリアーナの叫びは、奇しくもその場にいた人物全員の心を代弁することとなった。 しかし、エルマの勢いはとどまらない。 彼女はばっと巨大なボウルに小麦粉と牛乳、油と塩を混ぜ合わせ、目にも止まらぬ早業で捏ね合わせると、パン種となったそれを次々と丸めていった。 あまりに素早いので、彼女の手からシュパパパ! と飛び出すパン種の玉が、まるで砲身から次々飛び出す銃弾に見えるほどだ。 さらには、キャベツを人ならざる速度で刻みあげ、塩とレモンを振ってしんなりとさせ、かと思えば固いパンを削って細かなパン粉に仕上げた。 物が一瞬で削れるとき、「ごりごり」などではなく、「じゅっ......!」という音が響くのだということを、このとき人類は学んだ。 続いて、まぐろ肉をこぶし大に切り分け、塩コショウをし、小麦粉と卵液にくぐらせて先ほどのパン粉をまぶす。 地獄の釜かと疑うような巨大な鍋に、並々と油を熱しだしたのを見て、とうとう人々は理解した。 まぐろのフライ――! じゃっ! という腕の一振りで大量のまぐろを放り込み、からりと揚げているその間にも、エルマは卵を茹で潰し、さらにそれを卵と酢で作った白っぽいソースに和え、と忙しい。 同時に、圧延した鉄板の上で、大量のパンと思しきものを焼いていた。 「あれはなんだ。パンにしては随分と平たい」 「あれはナンよ。南の大陸で広く食されているパンの一種だと、以前書物で読んだわ」 ルーカスの独白を、風土記に詳しいユリアーナが拾う。 図らずもダジャレのような会話になっていることに、近くに控えていたゲルダとイレーネだけが気付き、二人とも静かに顔を伏せた。 そうこうしているうちに、まぐろが揚げ上がる。 油から掬い上げるのかと思いきや、しかし同時に、ナンも焼き上がったようだ。 どちらかを優先すれば、その間にもう片方が焦げてしまう。 さあ、どうする――。 試合かなにかを観戦するような気持ちで、その場に居合わせた総勢百人近くが、ごくりと息を呑んだ。 が、眼鏡の侍女は、ここでも予想外の動きに出た。 片手にフライ返し、もう片手にサーベルを握りしめ――サーベル!――、前傾姿勢を取りながら、胸の前で静かにそれを交差させたのである。 次の瞬間。 凛とした掛け声とともに、彼女はぐるりと旋回した。 風が舞う。 黒のメイド服が、白のエプロンが、残像を残しはためく。 それと同時に、からりと揚がったまぐろが、こんがりと焼き目のついたナンが、フライ返しに弾き飛ばされるようにして宙に踊った。 「同時に跳ね上げただと――!?」 ギャラリーがどよめく。 その視線の先では、完璧に重量と軌跡を計算されつくしたフライとナンが、空中のとある場所で、見事に一列に整列していた。 「フライとナンを、一気に切り裂いた......!」 サーベルが唸りを上げて旋回し、浮かんだ物体すべてを真っ二つに切り裂いていった。 食・即・斬。 あまりに鮮やかな手際だ。 しかも少女は素早くフライ返しを投げ捨て、代わりに大ぶりなスプーンを握りしめると、刻んだキャベツを掬い、落下しはじめたナンに向かって「投げつけて」いった。 凄まじい速さで叩きつけられたキャベツの塊は、風圧をまとってナンの断面を袋状に割り開く。 そうして、まるで安住の地を見つけたとでも言わんばかりに、自ら行儀よくナンの中に納まっていった。 さらにそこに、少女がサーベルをバットのように持って打ち付けたフライが、追いかけるようにして飛び込んでいく。 「馬鹿な......!」 瞬く間に、フライと刻みキャベツのナンサンドが成形されていく。 その過程を、動体視力に優れたルーカスだけが理解し、驚愕に喉を鳴らした。 規格外の膂力。 鮮やかにすぎる太刀筋。 髪一筋すらコントロールを違わぬ投擲能力。 かつてひとりで千人の軍を壊滅させたという、伝説の ――この娘が、ほしい。 騎士団に身を置き、ときにそれを率いる者として、ルーカスは思わず唸った。 性的にではなく、職務的観点から女性を渇望するなど、初めてだ。 周囲の興奮や熱視線をよそに、エルマはナンサンドが落下するぎりぎりのタイミングで、今度はタルタルソースの「銃弾」を叩きつける。 独特な音を立てて、タルタルソースが過たずナンサンドの中央に収まったことを確認すると、彼女はさっと清潔な布を広げ、今度こそ一斉に落下したサンドを受け止めた。 最後に、それまでの猛攻ぶりが嘘だったかのような静かさで、調理台にサンドを並べる。 「――完成です」 ほかほかといまだ湯気を立てるナンサンドを前に、侍女は眼鏡のブリッジを押し上げながらそう告げた。 「お......――」 誰かがごくりと喉を鳴らす。 あまりに鮮やかな手腕である。 そして――明らかに百人分くらいの量である。 ずっと少女の異常な調理過程にばかり注目していたギャラリーたちは、ふと思った。 もしかして、これは。 高貴なる方々に向けた料理とは言いつつも、この量は。 「ユリアーナ前妃殿下、およびルーカス王子殿下。そして、今この場にいらっしゃる皆さまのためにご用意いたしました。――どうぞ、おひとりおひとつずつ、ご賞味くださいませ」 エルマが一礼したとたん、使用人たちが一斉に拳を突き上げ叫んだ。

10 9. "Normal" Cooking (4) "Where did you get that stuff?!" Giant tuna. Besides, it's a whole bottle. Estimated weight, for five large men. It is no longer a legendary size, as skilled fishermen can take care of in total discharge. The eyes were black, the tears remained tight, and the body surface had a wet glow. Fresh. "I was off duty yesterday, so I went fishing off the coast. I was quick to eat it, but I apologize for the slight delay in coming here as a result of a five-hour fatal battle to catch it because of its weight." "Elma... you..." They all lose their words because of the rampage that blows their assumptions out of the atmosphere. But Juliana's smooth cheeks seemed upset. Lucas wanted to tell her mother. The silent maid prepares indifferently, approaching the heavily paced surroundings. Around that time, she made a dull noise and rolled the tuna onto the cooking table. Then she picked up the hem of the maid's clothes and lowered her head. "Elma the Maid. Even though I am arrogant, I would like to borrow the breast of Georges Ramadier chef to make a sincere and sincere product. May the noble speak to you." "Ki, allow me. I'm counting on your loyalty and skill...! "... make safety your top priority" Lucas' words seeped with truth. (I'm not kidding....) George, who was watching the series of interactions, was just a little dazed. (Having been a cook for 30 years, I've never seen such a giant tuna.... but I see. As long as the fish is fresh, it will be "umee" even if it is served as it is. I thought about it.) In Rouden and Montaigne, fish are not sashimi, but dishes like marinade and carpaccio with vinegar and oil are preferred. It would be delicious just to grill lightly and shake the salt. As big as that, even if you fail in the wholesale method, you can start over as much as you want, and it's also quite an impactful performance to try to use only the parts that are ultimately good from that giant. (... I'll do it.) But I won't lose against this one. I'm not good at fighting for power, but I remember. It is not Date who has roared food and the nobles of the prestigious Montaigne monarch. George fixed his cock cap, got his temper up, and started cooking. Suitable for early summer, it is a chilled potato soup (Viscosoise). Speaking of potatoes, Luden's national food. I was going to show them the essence of Montaigne's culinary culture. Stir-fry the two kinds of onions that you are familiar with in advance with plenty of butter and throw in the evenly sliced potatoes. Heating method to bring out the sweetness of the material without burning, secret bouillon carefully enriched with chicken and flavoured vegetables, the finest sherry liquor to add to the hidden taste. All of this is the best technology and taste that can be realized because I have been trained in Montaigne. The gallery took a breath of freshness and a faintly drifting appetite. - For a while. "Martin wears your brown vest. And then the guard with the brand-new bra. Yes, it's you. Could you avoid it a little more to the right? It's dangerous." People voiced confusion at the mysterious command coming from the left cooking hall. In addition, there is a long distance between the cooking area and the audience seat. Surprised, swallowed by the mysterious force exerted by the maid, it happened as soon as they moved. Now, let's dismantle it. The next moment Elma pushed up the bridge of her glasses and put up a large-blade knife - no longer a sword - a great wind broke out! "Haah! The wind disturbed the women's clothes, vigorously lengthened the men's hair, and some broke the cobblestones. Behind Elma, the water of the fountain, which was supposed to stretch straight towards the sky, collapsed as if it had been cut by a sword. Just a moment late, wow! In exchange for the water falling, the surroundings calmed down. "Hmm... what happened...? I thought I heard the sound of Bishh!, but Elma's knife was too fast to even know if it was the sound of the blade or the wind roaring. However, while saying "dismantle", the tuna lay in front of Elma with its head and torso connected. People leaked a bewildered murmur. "Hey, Lucas? Did Elma just wake the wind? The fish look intact." "No, it's probably too sharp to realize that the tuna was cut." What is that! Very upset, Juliana's mother tongue popped out of her mouth. But Lucas seemed right, and after a moment, --Gula..... As if the tuna had remembered the flow of time, it would collapse in shape. At the next blinking moment, the tuna was split into the head and torso, bones, viscera and flesh, and beautifully aligned in a block. What is this! Juliana's cry was strangely meant to represent the hearts of all the people present. But Elma's momentum does not stop. She blended flour, milk, oil and salt in a huge bowl, and kneaded it together in an eye-catching early shift, turning it into bread one after the other. It's so fast, spa dad! The balls of bread popping out looked like bullets popping out of the barrel one after the other. In addition, the cabbage was chopped up at an unavoidable speed, and the salt and lemon were shaken to make it firm, then the hard bread was shredded into fine breadcrumbs. When objects are shredded in an instant, it's not like "rubbing", but "Ju...! Humanity learned that the sound resonates. Next, cut the tuna meat into large pieces, salt and pepper, and sprinkle with flour and egg drops. The people finally understood when they saw a giant pot that they suspected was a hell of a pot and heated the oil one by one. Tuna Fries! With a swing of my arm, I throw in a large amount of tuna, and while I'm frying, Elma is busy crushing the eggs and adding them to a white sauce made of eggs and vinegar. At the same time, a large quantity of bread and sweets were baked on a rolled iron plate. "What is that? It's pretty flat for bread." "That's Nan. I read in a book that it's a kind of bread that is eaten extensively in the southern continent." Lucas' monologue is picked up by Juliana, who is familiar with the story. Only Gerda and Irene, who had stayed close, noticed that the conversation was like a dazzling conversation, and both of them lay down quietly. While doing so, the tuna flies up. I wondered if it would be fried from oil, but at the same time, it seemed that the nan had been baked. If you prioritize one, the other will burn in the meantime. Now, what do we do? With the feeling of watching the game or something, nearly a hundred people who were there took a breath. But the maid with glasses also moved unexpectedly here. Fly back in one hand and grab the saber in the other - the saber! - and quietly cross it in front of your chest as you lean forward. The next moment. Together with her groaning voice, she turned around. The wind is blowing. A black maid's clothes and a white apron leave a trail. At the same time, the sharply fried tuna danced to the sky so that it could be played back by the fry. "I bounced up at the same time!?" The gallery stopped working. Beyond that gaze, the perfectly calculated weights and trajectories of Fly and Nan were beautifully aligned in a row somewhere in the air. "I slit the fries and the nan all at once....! The saber roared and circled, and cut all the floating objects in half. Eating, instant, slashing. It's too vivid. Moreover, the girl quickly threw the fryback and instead grabbed the big spoon, shredding the chopped cabbage and "throwing it" at the falling nan. Clumps of cabbage knocked at an incredible speed break open the cross section of the nan in a bag under wind pressure. It was as if I had found a place to live in, but I behaved myself and settled in Nan. In addition, the fly, where the girl struck the saber like a bat, jumped in after it. "Stupid...! In an instant, fries and chopped cabbage nan sandwiches are molded. Only Lucas, who had excellent motor vision, understood the process and shocked his throat. Out-of-standard force. Too vivid a dagger. The ability to throw without even controlling a single strand of hair. It is reminiscent of the legendary Mad Warrior (Berserk) who once destroyed thousands of troops by himself. --I want this girl. Lucas roared unintentionally as he lay himself in the Knights and led them at times. For the first time, I crave women from a professional perspective, not from a sexual perspective. Looking at the excitement and heat of the surroundings, Elma hit the tartar sauce "bullets" as soon as the nansand fell. When she made a unique noise and confirmed that the tartar sauce had fitted in the middle of the nansand, she quickly spread out the clean cloth and now accepted the sand that fell all at once. Finally, place the sandwiches on the pantry in silence as if the previous onslaught had been a lie. "--It's done." In front of the other hot sandwiches, the maid told her as she pushed up the bridge of the glasses. "Ohh..." Someone snorts his throat. He has too bright an arm. And it's obviously about a hundred people. The galleries who had been paying attention to the abnormal cooking process of the girl were surprised. Could this be... This amount of food is meant for the noble. "Former Queen Juliana and Prince Lucas. And for all of you who are here. --Please, enjoy one by one." As soon as Elma bowed, the servants shouted their fists together.

《閑話》 「普通」の酔っぱらい とある穏やかな朝のことだった。 その日も厨房で料理人たちのソウルを鷲掴みにし、廊下を残像しか残らぬ速さで磨き上げ、野菜を目利きして糖度順に並べ終えたエルマは、シルバー磨きのついでに国宝レベルの銀細工を作り上げようとしたところで、同僚のイレーネに呼び止められた。 なんでも、またしても新王フェリクスから招集が掛かったとのことである。 面倒そうな光を眼鏡に浮かべ、フェリクスの居室に向かったエルマとイレーネは、しかし扉を開けてみて首を傾げた。 豪華な調度品が並ぶその場所には、騎士団の訓練中であるはずの王弟ルーカスが――いるのは、まあ当たり前の光景として、肝心のフェリクスの姿が見えなかったのである。 「――恐れながら、新王陛下はどちらへ行かれたのでしょうか」 「日差しが麗らかだから、城の屋上で寝てくるそうだ。まあ、本当の目的かは知らんがな」 エルマが尋ねれば、先に居室のソファで足を組んでいたルーカスは、肩を竦めて答える。 が、同じく突然呼び出されただろうに――証拠に、彼は騎士団が訓練時に着用するシャツを着たままだ――、珍しくその表情は、げんなりもしていなければ、苛立ちもしていない。 むしろ、彼はエルマたちを待ちわびていた様子で、傍らの小机に置かれていた便箋をひらりと振ってみせた。 「喜べ、フレンツェル領から『友好の印に』と大量のワインが届いたぞ。どれも最高品質だ」 大人しく控えていたイレーネが、ルーカスの言葉にぱっと顔を輝かせる。 彼女もまた、ルーカスほどではないにせよ、酒は好きな方なのだ。 ワインの名産地、特に濃厚な赤ワインは「飲む 、俺個人宛てにも、数十本届けられているのでな」 「まあ。さすが殿下、ヨーナス様といつの間にか随分親しくなられていたのですわね」 イレーネたちは、ルーカスがヨーナスと交わした「契約」を知らない。 単純に感心したような顔つきになると、ついでソファ脇に運び込まれた大ぶりの木箱に気付き、期待に満ちた視線を向けた。 「もしや、そちらにあるのが、そのワインなのですか?」 「ああ。俺個人に宛てられたもののほうだ。義兄上宛てのものは、あまりに大量だったので、城の貯蔵庫に運ばせてある。ちなみに義兄上は、あまりに大量のワインを目にしすぎて、飲む気が失せたらしい。俺個人宛てのものは自由に扱ってよいとのことだ」 振舞う相手も飲む場所も「好きにすれば? 君のでしょ」とフェリクスが言い放ったので、ルーカスも遠慮なく、エルマたちを呼びつけたというわけである。 王の居室は、最高級のワインを、誰に憚ることなくしこたま浴びるのにはぴったりの空間だ。 「まあ、俺からの労いだと思ってくれ。この箱のワインは好きに飲んでいいぞ。ただし、侍女仲間に言いふらすなよ」 「もちろんですわ!」 やる気満々で袖をまくりはじめたイレーネとは裏腹に、エルマは遠慮がちに声を上げる。 「申し訳ございませんが、私、お気持ちだけで十分でございます」 そう。酒を飲むと昏倒する性質の彼女は、度数の強いワインを飲めないのであった。 が、ルーカスはそれを聞いて、むしろ意を得たりとばかりに微笑んだ。 「ああ。そう言うと思って――ほら」 そうして差し出したのは、他のものより一回り小ぶりの瓶だ。 中身は濃厚な紫色の液体で、一見した限りではワインのようである。 しかし、瓶はまるでクリスタルのように光を反射する加工が施され、コルク付近には美しい色のリボンが巻かれるなど、いかにも高級で上品な、贈答品のような雰囲気が醸し出されていた。 「これは......?」 さらりと、押しつけがましくない程度に特別扱いを匂わせるのは、さすが色男の面目躍如といったところだ。 「これをグラスに注いで飲めば、ワイン気分が味わえるだろう? 今日は昼酒だ。俺が許す。飲むぞ」 ルーカスの提案に、エルマは珍しく、眼鏡をしていてもわかるくらい喜色を露わにした。 下戸の人間にはままあることだが、彼らは酒が飲めないだけで、酒盛りの場にはむしろ参加したいのである。 「私......皆さんと飲み交わすなどというのは......初めてです」 そして、気心知れた相手と酒を飲み交わすというのも、実はエルマの思う「シャバの普通リスト」のひとつであったらしい。 エルマはどきどきしたように手を伸ばすと、大切そうにザフトの瓶を胸に押し抱いた。 「ありがとうございます、殿下」 「いや」 ルーカスは愉快そうに片方の眉を上げた。 「おまえがそれほど喜んでくれるのなら、甲斐があったというものだ」 珍しく、色男が本領を発揮している。 とそのとき、箱の中身を覗き込んでいたイレーネが、あるものを見つけて声を上げた。 「あらっ。ワインだけではありませんのね。チーズに干しぶどうに、ナッツ...... 「ああ。それはどうやらデボラ嬢の配慮らしい。証拠に、ほら」 ルーカスは、ソファに戻り便箋をめくっていたその手を休め、ぴらりと一枚を振ってみせた。 「デボラ嬢からもメッセージが届いている。不自然なくらい礼儀正しい文面だが......なぜだろう、これはあくまでエルマ宛てだという意思がひしひしと伝わってくるな......」 ルーカスは再び便箋に視線を落とすと、手だけを傍らの箱に伸ばして小包を拾い、「ほら」とエルマに手渡した。 「ひとまず、これはおまえがもらっておけ。干しぶどうで作ったバターケーキだそうだ。なんだか......おまえ以外の人間が食そうものなら、ケーキから攻撃されそうな狂気すら感じる。今この場でおまえが食ってしまえ」 「恐縮です」 「ねえエルマ、手紙の文面について流してしまっていいの!? 礼儀正しいのに狂気を感じるって......いったいどんな文面なのよそれは!?」 常識人代表を自任するイレーネが、勢いでルーカスの手元を覗き込む。 そこには、思いのほか達筆な筆で、生真面目な文章が綴られていた。 時下ますますご清栄のこととお喜び申し上げます(エ)。 過日は自領にお越しくださいまして、誠にありがとうございました(ル)。 大したおもてなしもできず(マ)、それどころか我が家や自領の窮状を救っていただいてしまう形となりましたこと(様)、大変心苦しい限りです(エ)。 しかしながら、お三方を自領に迎え、実り豊かな収穫祭を過ごしましたことは(ル)、我が家 (マ)、そして自領の全員にとって(様)、なににも代えがたい素晴らしい想い出となりました(エ)。 お礼というにはささやかですが(ル)、ワインに合う品をいくつかお送りさせていただきます(マ)。 特に、干しぶどうを練り込んだバターケーキは(様)、自領自慢の品ですので、ご笑納いただけますと幸いです(エルマエル様!!)。 「............本当ですわ。なぜだか、本文が頭に入ってこないほど、エルマへの狂気じみた愛を感じますわね」 「だろう? 文章はむしろ端然としているのに......なんなんだろうな?」 サブリミナル効果である。 ルーカスとイレーネの両名は首を傾げながらも、なんとなくそうせざるを得ないなにかを感じ、その場でエルマにバターケーキの包みを開封させた。 「......なにやら、独特な香りがするような」 器用に包みを開きながら、エルマがことりと首を傾げる。 「そうか? ......ああ、手紙に続きがあるな。なんでも、『至高の御方』が口にするにふさわしい味わいを追求し、オリジナルのレシピにデボラ嬢がアレンジを加えたものらしい。――しかしなんなんだ、なぜこの手紙、読めば読むほど背筋が粟立つ......」 「奇妙ですわ......。でも、なぜだか続きを読まねばという気になる......」 ルーカスもイレーネも、デボラからの手紙のどこに違和感があるのか、便箋を矯めつ眇めつして熟読している。 エルマは淡々とそれを横目に流すと、優美かつ大胆な手つきでケーキを切り分け、口に入れた。 彼女が無言で目を見開いたのと、ルーカスたちが次の文章にたどり着いたのは、同時のことであった。 なお、「輝ける御方」のそのご威光にふさわしく、干しぶどうは自領最高品質、および最高度数のブランデーに一週間漬け込み、香り高さを実現しました。 結果、バターケーキと表現するにはかなり逸脱した酒精の強さとなっておりますが、それも、わたくしのエルマエル様への敬愛の念に比べれば、しょせん 「なぜそれを最後に書いた――!?」 「っていうかなんでエルマについて一番重要な取り扱い情報が伝わっていないわけえええええ!?」 ルーカスとイレーネが絶叫するも、時すでに遅し。 両者がばっと振り向いた先では、 頬を両手で押さえ、とろんとした雰囲気を漂わせたエルマが、ぼんやりとその場に佇んでいた。 「おい、大丈夫か!」 「エ......エルマ! 大丈夫!?」 とっさに二人は、素早く両腕を伸ばし、エルマ昏倒の受け入れ態勢を整えるが、エルマ本人はといえば、意外にも倒れる気配はない。 「伝わっていない......」 とぽつりと呟くと、じぃっとイレーネを見つめた。 どうやら、先ほどのイレーネの叫びが、なにか心の琴線に触れたらしい。 エルマはふわふわとした手つきで――およそ普段の彼女らしからぬ緩慢な動きに、イレーネたちは冷や汗を浮かべて硬直してしまった――、なぜかおもむろに眼鏡を取り外した。 途端に、酒精のせいなのか、煙るように潤んだ夜明け色の瞳が、そしてわずかに紅潮した天使のような美貌が明らかになる。 「な......なななぜ、めめめ眼鏡をそこで外すのよ、エルマ......っ!?」 「大切なことを話すときは、しっかりと目を見なさいと、以前、侍女長さまが」 どうやら、ゲルダの教えを、断片的に思い出したのが原因らしい。 妙なところで生真面目な彼女は、とろんとした目つきのまま、けれどしっかりと視線を合わせてイレーネに迫った。 「わたし、これから、大切なことを言います」 「エ......エルマっ、わ、わかったから、ちょっと、眼鏡......! きょ、距離......!」 息が止まりそうなほどの美貌で迫られて、危うく息が止まりそうになる。 どうしよう、もうすでに言語脳がおかしい。 だが、エルマはイレーネのそんな動揺などまるで頓着せず、むしろ戸惑う彼女の両手すら握り締めた。 「イレーネ。あなたはわたしの、初めての友達」 その、ほっそりとした手。 真剣に、ほんのわずか寄せられた美しい眉。 あどけなさと妖艶さを半々に湛えた瞳は、しっとりと涙を湛え、ほんのりと色づいた唇からは、あえかな吐息が漏れる。 そうしてエルマは、そっと囁くように告げた。 瞬間、イレーネの喉から、乙女らしからぬ重低音の悲鳴が迸る。 どこまでもストレートな、そしてわずかに幼さを残したその言葉に、脳と心臓を豪快にえぐられたためであった。 イレーネは息も絶え絶えと言った様子でその場に崩れ落ち、心臓を押さえて「ぐぉおおお......っ」と悶絶する。 その横では、酔っぱらいエルマのあまりに凄まじい威力に動揺しつつも、目を離せずにいるルーカスが「お、おい......」と躊躇いがちに手を伸ばした。 そうして、無意識に手を伸ばしてしまいながら、その瞬間彼の脳内には、無数の思いが浮かんでは流れ去っていった。 なんというすさまじい破壊力。これはもはや暴力に類してよい媚態なのではないか。 いや今は事態に突っ込みを入れている場合ではない、この色香放射性有害生命体と化した少女を止めるべきだ、いやそれよりも人命救助だ。 そう、今はイレーネの心臓が危機にさらされている緊急事態なわけであって、けっして、けっして、この流れに乗じてエルマにとある質問を投げかけるようなタイミングでは―― だが、気付けばルーカスは問うていた。 「......その、なんだ。おまえ......俺に対して、なにか伝えることはないのか」 自制心と常識が、好奇心と本能の前に膝を突いた瞬間だった。 対するエルマは、やはりどこかぼんやりとしている。 崩れ落ちたイレーネに付き合って、その場に屈みこんで背中を撫でていたところを、ゆっくりと顔を上げ、それからちょこんと首を傾げた。 それから、きゅっと口を引き結び、ちょこちょこと膝を動かして角度を変え、ルーカスに向き直る――どうでもいいが、一連の動作が無駄にくそ可愛い、と彼は思った――。 ルーカスもまたエルマに向かって屈みこんでいたので、ふたりは床に座り込んで見つめ合うような体勢になった。 正面から圧倒的な美貌で覗き込まれて、さしものルーカスも少々鼓動が早まる。 しかもエルマは、そこでふと笑みをこぼした。 雲の切れ間からさあっと光が注ぎ込むような。 あどけなく、心を許しきった、しかし酒精のために色っぽく潤んだ、笑み。 そうしてエルマは、とろけるような笑みを浮かべたまま、ゆっくりと手をルーカスへと伸ばし――、 ――ぽんぽん、ぐっ。 なぜか、肩をぽんぽん叩いた後、いい笑顔でサムズアップした。 「んっ、じゃねえわ!」 思わずルーカスも間髪入れず絶叫してしまう。 一連の色めいた空気はどこへ消えた。蒸発したのか。 が、そんなルーカスの突っ込みを聞いた瞬間、エルマはふと表情を消すと、ついで一層とろん、とした目つきになって、小さく呟いた。 「自由か!!」 「おやすみなさい」 「おい待て、顔をうずめてくるな! こすりつけるな! 馬鹿者!!」 あげく、ルーカスの胸元を枕とでも思ったのか、ぐりぐりと顔を押し付けてくる始末である。 酔いのためか、心持ち高く感じられる体温。 シャツの布地に押し当てられた手の細さ。 目の前に迫ったうなじの、ほっそりとしていながらも、立ち上るような色香を湛えた様子。 女性が胸に縋ってきたことなど、両手に収まりきらないほどだというのに、まるで初心な少年のように動揺してしまった自分に、ルーカスは内心で毒づいた。 まったく、どうかしている――。 しかし、そんなルーカスの心情などまるで斟酌することなく、腕の中の可憐で厄介な誘惑者は、ほんのり蜜が混ざったような声で呟いた。 「......今日は、香水のにおいが、しませんね......」 ルーカスは思わず声を上ずらせる。 それは、この少女にこれまでの女癖の悪さをしっかり把握されていることに焦ったからかもしれないし、あるいは、自身が先ほどまで騎士団の訓練に当たっていたことを、思い出したからかもしれなかった。 女を口説きなれているルーカスは、しかしだからこそ、気になる少女の前で自分が不潔であることなど、耐えがたかったのである。 「よせ、嗅ぐな――」 「肌と、お日さまの匂い」 慌てて少女の肩を掴み、遠ざけようとするが、彼女はむしろきゅうっと丸くなって、いっそう強く、ルーカスの胸元に顔を押し付けた。 「この匂い、なんだかとても、あ――」 それから、唐突にこてんと寝落ちした。 「よりによってそこで切るな――!」 安心するのか。 味わい深いのか。 ......汗臭いのか。 続くべき言葉を見失ったルーカスが、絶叫しながらエルマを揺さぶってしまったのも、無理からぬことだろう。 が、どれだけ声を掛けても、肩をゆすっても、エルマはぴくりともしない。 長い睫毛で覆われた目をぴたりと閉じ、見ているこちらが叫びたくなるほど気持ちよさそうな表情で、昏々と眠りつづけるだけであった。 「おい! エルマ! おまえ、この状況で......! なんてはた迷惑な......!!」 がつがつとエルマを揺さぶっていたルーカスも、彼女が絶対に眠り倒すウーマンと化してしまったことを悟ると、やがて文尾に悲愴の色をにじませ、天を仰いだ。 「嘘だろう......!」 心を許しきったように、くたりと預けられた体が憎い。 ほっそりとした腰、無防備な首筋、あえかにひらいた唇――そんなものが目の前にあったとしても、この状況で手出しができるはずがないのだから。 やがて、重々しい溜息でなんとか雑念を振り払い、慎重にエルマの身体を引きはがしたルーカスは、そこでふと、傍らにあったバターケーキの包みを目に留めた。 思わず、苦虫を噛み潰したような顔になってしまう。 デボラめ、生殺しのような真似を。 「――おい、イレーネ」 「............はっ! はい......っ!?」 エルマの「だいすき」攻撃で全SAN値を持っていかれていたイレーネは、その呼びかけでようやく我に返り、ばっとその場に立ち上がった。 と、視線の先、ルーカスの身に降りかかっている「惨状」を理解し、動揺とも同情ともつかぬ表情を浮かべる。 もはや男女だとか、身分の上下だとかの枠を超え、すっかり戦友のような連帯感を漂わせた二人は、しばし見つめ合ったあと、どちらともなく頷いた。 「ええ、処分しましょう」 「まかり間違っても、食べ残しだとかがエルマの手に渡ることがないように」 「小麦粉のかけら一粒すら残さず焼却処分ですよねええわかります」 じつに阿吽の呼吸と言える。 黙々とルーカスはエルマの身体をソファに横たえ、イレーネはてきぱきとケーキを回収し、両者は「では」とだけ言葉を交わしてくるりと背を向けたが―― 「待て。やはりひと口くらい――」 「あの。やはりひと口くらい――」 ぴったり同じタイミングで振り向き、図らずも見つめ合う格好となった。 甘さを含んだ藍色の瞳と、釣り目がちの翡翠色の瞳が、しばし交錯する。 ふたりは相手の瞳の中に、浅ましさと未練とをにじませた自分自身の姿を認め、怯んだように同時に目を逸らした。 「......ひと口も残らぬよう、処分は頼んだぞ」 「......ええ、ひと口も残らぬよう、処分いたします」 二人がかろうじて、「面倒見のよい男」と「気の合う友人」の域に踏みとどまった、それは瞬間であった。 ルーカスは、ソファで丸くなるエルマに上着を掛けてやりながら、イレーネは、爆弾でも抱えているような警戒態勢で廊下を進みながら、はぁっと嘆息する。 奇しくも、ふたりは離れた場所で同時に嘆きの叫びを上げた。 まったくこの娘は、この友人は、――「普通」に酔っぱらうこともできないのか、と。

71 Ignorance Normal Drunk It was a calm morning. Even that day, Elma, who grabbed the cooks' souls in the kitchen, polished the hallways at a speed that left no remnants, and finished the vegetables in order of sugar content, was summoned by her colleague Irene as she tried to make silverware of the national treasure level while polishing them. Everything was summoned from Felix, the new king. Elma and Irene floated into Felix's room with troublesome light in their glasses, but opened the door and leaned their necks. In that area, lined with luxurious furnishings, King Lucas, who was supposed to be training with the Knights, could not see the key Felix as a natural sight. "--Where did His Majesty the New King go in fear?" "The sun is beautiful, so she sleeps on the roof of the castle. Well, I don't know what the real purpose is." When Elma asked, Lucas, who had been kneeling on the couch in his room earlier, replied with his shoulders raised. But he would have been summoned too suddenly - evidence that he remained wearing the shirt the Knights wear during training - and his expression was unusual, if not frustrating. Instead, he shook the postcards placed on the small desk beside him as he waited for Elma. "Glad to hear a lot of wine from the Frenzel Territory saying 'A sign of friendship'. They're all of the highest quality." Irene, who was very reluctant, sparkled Lucas' words. She likes alcohol, though not as much as Lucas. The wine region is particularly rich in red wine, especially if it comes from Frenzel, which is regarded as a "drinking gem (ruby)". "Oh, for some reason (...), dozens of them have been delivered to me personally." "Well, Your Highness, you and Jonas were very close at some point." Irene and the others are unaware of Lucas' "contract" with Jonas. When he simply looked impressed, he noticed a large wooden box being carried by the sofa and turned to look at it with expectations. "Hello, is that the wine over there? "Oh, it's for me personally. The message to my brother-in-law was too large, so I sent it to the castle reservoir. Incidentally, my brother-in-law saw too much wine to drink. I mean, I'm free to deal with anything personal." The person who behaves and the place where he drinks, "What do you want me to do? It's yours," Felix said, so Lucas didn't hesitate to call the Elmas. The king's chamber is the perfect place to bathe in the finest wine, no matter who. "Well, think it's my work. You can drink as much wine as you like. But don't talk to the maids." "Of course! Elma tends to hesitate to raise her voice behind Irene, who is motivated and starts to wrap her sleeves around. "I'm sorry, but my feelings are enough." Yes, she was unconscious when she drank alcohol, and she couldn't drink wine with a lot of strength. But when Lucas heard it, he smiled at it rather than at it. "Oh, I thought you said that-- Here." What I gave you was a bottle that was smaller than anything else. The contents are a dense purple liquid, which at first glance looks like wine. However, the bottle was treated like a crystal reflecting light, and a beautiful coloured ribbon was wrapped around the cork, creating a gift-like atmosphere that was so luxurious and elegant. "What is this...? The special treatment that you can smell to an unstoppable extent is just like the look of a colored man. "If you pour this into a glass, you'll be able to taste the wine. It's lunch today. I forgive you. Let's drink." On Lucas's proposal, Elma revealed an unusual, glamorous color even with glasses. People in Shimodo remain, but they can't drink alcohol and would rather participate in a booze shop. "I... have never had a drink with you guys before..." And it seems that drinking and drinking with someone who was comfortable was actually one of Elma's "normal list of shabbas." Elma stretched out her hand as if it were a whirlwind and carefully held Zaft's bottle in her chest. Thank you, Your Highness. "No." Lucas raised one eyebrow pleasantly. "If you're so happy, it's worth it." Rare, colored men are showing their skills. At that time, Irene, who was peering into the contents of the box, found something and raised her voice. "Oh, it's not just wine, is it? How clever of you to have dried cheese, grapes, nuts... "Oh, that seems to be Miss Deborah's concern. Evidence, here." Lucas returned to the sofa and rested his hand as he rolled the sticky note and shook a twinkle. "Miss Deborah also sent me a message. It's an unnaturally polite text... but I wonder why this is only addressed to Elma..." Once again, Lucas dropped his gaze on the sticky note and stretched his hand to the box beside him, picking up the parcel and handing it to Elma. "For the time being, you can keep this. They say it's a buttercake made from dried grapes. Somehow... if someone other than you is eating, I even feel like I'm going to be attacked by a cake. Eat it right now." "I'm sorry." "Hey Elma, can I just tell you about the letter!? I feel mad about being polite... what kind of writing is that?! Irene, who appoints a representative of the common sense, peers into Lucas's hands with momentum. Inside, it was a pencil that was not only thoughtful, but also serious. I would like to congratulate you on your growing prosperity (e). Thank you very much for coming to your territory on the other day (Le). On the contrary, it has become a form of saving our family and our own territory. As long as it is very difficult (E). However, it was a wonderful and irreplaceable recollection for (Le), our family (Ma) and everyone in our territory to welcome the three parties to their own territory and have a fruitful harvest festival (e). As a small thank you, (Le), I will send you some wine matching items (Ma). Especially, the butter cake made with dried grapes is a pride of your own, so I hope you can laugh at it (Elmael!!). "... it's true. For some reason, I feel a crazy love for Elma so much that the body doesn't get into my head." "Am I right? The text is rather abrupt... what is it? Subliminal effect. Both Lucas and Irene leaned their necks, but somehow felt compelled to do so, causing Elma to open the buttercake wrap on the spot. "... it seems like it has a unique scent" Elma leans her neck with a clever wrap open. "Really?... oh, there's more to the letter. Everything seems to have been arranged by Miss Deborah on the original recipe in pursuit of the taste that the" Almighty "deserves. --But why, the more you read this letter, the more your spine will weaken....." "It's strange... But I feel like I have to read more....." Both Lucas and Irene read the letter from Deborah carefully, correcting the note. When Elma flushed it gently sideways, she cut the cake and put it in her mouth with a graceful and bold hand. It was at the same time that she opened her eyes silently and Lucas and the others arrived at the next sentence. Suitable for the glory of the "Shining One", the dried grapes have been immersed for a week in the highest quality and highest number of brandies in their own territory, resulting in a high aroma. As a result, it is quite a deviation from the strength of alcohol to describe it as a buttercake, but compared to my love for Elmael-sama, it is also a soothing dust, a breeze. "Why did you write that at the end?!" "Why is it that the most important handling information about Elma has not been conveyed? Hmm!? It's already too late for Lucas and Irene to scream. At the point where they turned around, Elma, holding her cheeks with both hands, stood there blurry with a soft atmosphere. "Hey, are you okay? "Eh... Elma! Are you okay!?" The two quickly lengthen their arms and get ready for Elma's fainting, but Elma herself has no sign of falling unexpectedly. "It's not being communicated...." When she murmured, she stared at Irene. Apparently, the yelling of Irene just now touched the line of the heart. Elma took off her glasses somehow with her fluffy hands - roughly to their usual slow movements, Irene and the others were stiff with cold sweat. Soon, it became clear whether it was the alcohol or the smoky dawn eyes and the slightly flushed angelic beauty. "Nh... why don't you take off your fucking glasses there, Elma...!? "When you talk about something important, keep an eye on it," said the maid maid. Apparently, it was because I remembered Gerda's teachings piecemeal. Strangely serious, she kept her gaze on Irene with a firm eye. "I'm going to tell you something important." "Eh... Elma, I see, just the glasses...! Ki, distance...! With beauty so close to stopping your breath, your breath is almost stopped. I don't know what to do, the language brain is already crazy. However, Elma did not feel as if Irene was upset, but rather squeezed her confused hands. "Irene, you are my first friend." That, a slender hand. Seriously, just a few beautiful eyebrows. The eyes, which are half-empty and seductive, moisturize and weep, and the slightly colored lips leak a faint breath. Elma told her to whisper. In a moment, from Irene's throat, an unexpected double bass scream burst out from Second Girl. It was because the words, which were as straightforward as ever and left only a little childhood, haunted the brain and heart. Irene collapsed on the spot, holding her heart in agony as she continued to breathe. Next to that, while being upset by the incredible power of drunk Elma, Lucas hesitated to say, "Hey...". As he reached out unconsciously, countless thoughts came to mind and flowed away in his brain at that moment. What a destructive force. Is this no longer a charm similar to violence? No, now is not the time to get into trouble, we should stop this girl who has turned into a perfumed radioactive harmful organism, no, more life-saving. Yes, now that Irene's heart is in danger, it is not the time to take this stream and ask Elma some questions - But if he noticed, Lucas was asking. "... what is it? Do you... have anything to tell me?" Self-control and common sense were the moments when I shoved my knees in front of curiosity and instinct. Elma, on the other hand, is still blurry. Slowly raised his face and tilted his neck slightly as he went out with the collapsed Irene and flexed on the spot and stroked his back. Then he pulls his mouth down, slightly moves his knees to change the angle, and turns back to Lucas - it doesn't matter, but he thought the sequence of movements was futile and damn cute - Lucas was also bending toward Elma, so they sat on the floor and stared at each other. Looking at the overwhelming beauty from the front, Lucas's heart beats a little faster. And Elma smiled. Like light pouring in from a gap in a cloud. Unfortunately, I forgave my heart, but I smiled colorfully moist for the sake of alcohol. With a melting smile, Elma slowly stretched her hand to Lucas. --Pompom, gu. Somehow, after I punched my shoulders, I smiled and thumped up. "Nh, no! Unexpectedly, Lucas screamed without putting in his hair. A series of coloured air disappeared somewhere. Did it evaporate? But the moment I heard such a rush from Lucas, Elma fainted her expression, and then her eyes widened, muttering little by little. "Freedom!! "Good night." "Hey, wait, don't look down! Don't rub it! Stupid!! For you, did you think Lucas' chest was a pillow? It was a treatment that pushed his face tightly. Your body temperature feels high because you are drunk. The fineness of the hands pressed against the fabric of the shirt. The smell of the nod that approached in front of her was slow, but it was still incredibly aromatic. Lucas poisoned herself inside as if she had been upset as if she were a first-time boy, even though she couldn't fit into both hands, such as a woman leaning on her chest. I'm totally out of my mind. However, without considering Lucas's mood, the pathetic and annoying tempter in his arm murmured with a slightly mixed honey voice. "... I don't smell perfume today..." Lucas inadvertently raised his voice. It may be because I was anxious for this girl to fully grasp the evil of previous femininity, or because I remembered that I had been trained by the Knights earlier. Lucas, who was able to dictate a woman, couldn't bear to be filthy in front of the girl she cared about. "No, don't sniff..." "Skin and the smell of the sun" In a hurry, she grabbed the girl's shoulders and tried to stay away, but instead she turned round, stronger, and pressed her face against Lucas's chest. "This smell is kind of very..." Then I suddenly fell asleep. "Don't hang up there, by the way!" Do you feel safe? Is it tasty? ... you smell of sweat. Lucas, who lost sight of the words to follow, could not help but shake Elma as he screamed. But no matter how much you call, no matter how much you rub your shoulders, Elma doesn't tingle. I closed my eyes tightly covered with long eyelashes, and I just slept in a coma with a pleasant expression that made me want to scream. "Hey, Elma! You, in this situation....! What a nuisance...!! Lucas, who was shaking his head and Elma, realized that she had turned into a woman who would definitely fall asleep. Eventually, he blew the color of sadness at the end of the sentence and looked up to heaven. "That's a lie....! I hate the body entrusted to me as if I had forgiven my heart. Slow hips, unprotected necks, and lips in front of you - even if you see something like that, there's no way you can handle it in this situation. Eventually, with a heavy sigh, Lucas managed to get rid of his misgivings and carefully pulled off Elma's body, where he noticed the buttercake wrapped next to him. Unexpectedly, you look like you've bitten a bitter bug. Deborah, make it look like a live one. "Hey, Irene." "... hah! Yes...!? Irene, who had all the SAN values in Elma's "Daisuke" attack, finally returned to me with that call and stood up immediately. Beyond his gaze, he understood the "misery" that was falling on Lucas, and he had an expression that could not be associated with upset or sympathy. Beyond the boundaries of being a man and a woman and being above and below their stature, they nodded without a doubt after staring at each other for a while. Yes, let's dispose of it. "Even if you're wrong, don't let the leftovers fall into Elma's hands." "It's an incineration without even a single grain of flour. I see." It can be said that Ahun is breathing. Silently, Lucas lay on Elma's body on the sofa, Irene picked up the cake, and the two turned their backs and said, "Bye." "Wait, one mouth..." "Um, just one mouth-" She turned around at exactly the same time and looked at each other without trying. The blue eyes that contain sweetness and the emerald eyes that tend to fish are intertwined for a while. In the other person's eyes, they acknowledged their own shallowness and improvisation, and distracted their eyes at the same time as they were frightened. "... I asked you to dispose of me so I wouldn't leave a single mouth behind." "... yes, I will dispose of it so as not to leave a single mouth behind" It was a moment when they barely stepped into the area of "caring man" and "friendly friend". Lucas puts her jacket on Elma, who turns round on the sofa, and Irene sighs as she walks down the hallway with a vigilant attitude like that of a bomb. Curiously, the two shouted simultaneously in a distant place. This girl wonders if this friend can't get drunk "normally".

6.「普通」の余興(1) 今でこそ「アナスタシア・ドン・ロドリゴ」などとご大層な名前で呼ばれているが、六年前まで、彼女はただの「アナ」だった。 ルーデンの属国に落とされた辺境国の、その更に辺境の村で育った農民の娘。 いや、「辺境の村」というのはまだ着飾った呼び方で、アナの故郷は、正確には流刑地だった。 死刑や収監に処されるには身分の足りない者たちが、贖罪の名目で土地の開拓を命じられ、荒れた寒村に追いやられた。それを起源とする村だ。 人々は貧しいくせに、いや、貧しさゆえに労働力を求めて子どもを産むものだから、村は常に、飢えた子どもたちで溢れていた。 卑しき流刑地ゆえに、村の外に出ることは許されない。 ただ朝から晩まで働いて、泥にまみれたまま弟妹と身を寄せ合って眠る子ども――アナも、そんなありふれた少女の一人だった。 風向きが変わったのは、六年前。 高貴なるロドリゴ聖侯爵が、アナの住む村に祝福を授けに来たときだ。 村では大雪がたたって作物が育たず、しかも伝染病が流行って半壊状態となっていたが、彼はそんな場所にやって来て、惜しみなくパンを分け与えた。 ただし、大家族の長女として、十歳ながら必死に弟妹たちの面倒を見ていたアナからしてみれば、その登場は少しばかり遅すぎた。 そこで、手討ち覚悟で「今さら来てなんの用だ、偽善者め」と吐き捨ててやったのだが、なんとロドリゴは、穏やかに頷いてみせたのである。 「君が毒づくのは、飢えているからだね。苛立つのは、心が乾いているからだ。君にこそ、パンときれいな水が必要だったんだね」 と。 睨み付けても、殴りすらしてこない男に、アナはそのとき驚いた。 そして彼は、そんなアナに、荒れた大地に咲いていた一輪の白い花を差し出した。 「君は、必死に家族を守ってきた。私はそれを、称えよう」 鈴蘭 痩せきった土にでも根を張り、最後まで栄養を吸いつくしてしまうことから、村ではむしろ厄介者としてみなされるような花だった。 けれど、初めて鼻先に近付けてみたその花からは、心がすっと穏やかになるような、優しい香りがした。 花の香りを味わうなんて、生まれて初めてのことだった。 穏やかで、高貴な男。 そのとき既に初老に差し掛かっていた侯爵だったが、幼いアナの目には、これまで目にしてきた村の大人とは比べ物にならぬほど、揺るぎない存在に映った。 ロドリゴのほうも、利発で物怖じしないアナを気に入ったという。 なんとアナを養女に迎え、エスピアナの王都へと連れ出してくれた。 蓋を開けてみれば、同様にしてロドリゴの庇護を受けた子どもたちはほかに何人もいて、アナも数いる養子の一人でしかなかったが、あの村から脱出できたのも、ひとえにロドリゴのおかげ。 アナは、貧困から自分を救い出してくれた聖侯爵に、深く感謝していた。 欲を言えば、弟妹たち全員を連れて来てほしかったし、侯爵家の「義兄姉」にはさんざんいびられたが、それでも、満腹で寝られるのは彼のおかげだ。 養女として受ける教育の中には、一般教養の外に、貴族令嬢としての嗜み、果ては本格的な武術まで含まれる。 あまりに厳しい指導に、養子となった「同期」の中には音を上げる者もあったが、アナはひたすらそれに打ち込んだ。 純粋に学ぶのが面白いと思えたのと――やはり、父とも慕うロドリゴの、役に立ちたかったからだ。 元は王族でさえあったという聖侯爵は、しかしそれゆえに政敵も多く、そんな彼を支えることができるという自負は、アナを奮い立たせた。 結果、アナは見る間に、あらゆる方面で才能を伸ばし、「辺境の出でよくぞここまで」とロドリゴを含む周囲を大いに驚かせたものだ。 だからこそアナは、ルーデン王暗殺などという任務を前にしても、自分ならできると信じて疑わなかったのである。 出自の誉こそないけれど、鍛え上げたスキルと根性は折り紙付きだ。 自分に、できないことなど何もない、と――。 (実際、あたしみたいに適応力のある人間がこの役回りで、大正解だったんだろうね) 今、アナは目の前の光景を見つめながら、そんなことを思う。 奇妙な侍女が、子連れで部屋に押しかけてきてから数刻。 エルマと名乗るその人物は、一度退室したと思ったら、次にはアナの部屋に荷物とベビーベッドを運び込み、すっかり同居の準備を整えてしまった。 なんでも、自身も候補者として選考会に参加しつつも、それ以外の時間はアナの専属侍女として、王妃教育に没頭することにしたというのだ。 『......アリなのかい、そんなの』 『規則では特に禁止されておりませんので。侍女長様からも許可をもぎ取......取得しております。ご安心くださいませ、アナ様』 半眼で突っ込んでみると、しれっとそんな回答が返る。 それは単に、そんな事態が想定されていなかったからだろうとは思ったが、アナは反論を喉下で飲み下した。 ちなみに、呼称は「アナ様」で落ち着いたようである。 (ふん、いいさ。真意は知れないものの、向こうからあたしをお膳立てしてくれるってんだ。ばかな振りして乗ってみようじゃないの) 元より、エルマに力で敵わない以上、自分には誘いに応じる選択肢しかない。 だとしたら、せいぜい尻尾を振ってみせて、本懐を遂げるまで。 (こちとら、元貧民。逞しさにかけては、定評があるんでね) 目の前の美少女――今は再び眼鏡を装着してしまって見えないが――は、戦闘術こそ異様に図抜けているが、その洗練された物腰を見るに、高貴な生まれなのだろう。 もしかしたら、隠密用にと育てられた隠し種なのかもしれない。 いずれにせよ、貴族。 属国から思う様血税を貪って、贅沢の限りを尽くしてきた、憎き連中だ。 (草の根を噛んで空腹をしのぐ生活や、血反吐を吐きながら修行する日々を、あたしは送ってきたんだ。それに比べりゃ、ルーデン人のお嬢様による王妃教育なんざ、わけないさ) 実際のところ、一通り教養や芸は身に付けてきたつもりだが、自分はルーデン王について詳しくない。 彼の好みなどを聞き出すのは、有益であろう。 『さて、バルたんのミルクも完了し、ご機嫌もよく世界が平和ですので、早速、選考会対策を始めたいと思います。過去情報によりますと、毎回選考会の最初の課題は、候補者による芸事の披露となっているようですが――』 と、エルマが、すいと立ち上がり、アナに向き直る。 上から下まで見下ろすと、軽く頷いた。 『アナ様は、舞踊の類がとても得意のようですね。しなやかな筋肉をお持ちです。リズム感もおありのようで』 『......見ただけでわかるってのかい』 『はい』 どうしてそんなことがわかるのか、とは思いつつも、褒められて悪い気はしない。 下賤の民よと笑われた悔しさを原動力に身に付けたステップは、エスピアナ随一と自負している。 が、 『ただし、芸の神は細部に宿ると言います。完璧な表現を実現するため、体のバランスを少し矯正しましょう。まずは、心臓の位置を少し右にずらしていただけますか?』 『――......はっ?』 後に続いたエルマの言葉に、思わずアナは硬直した。 心臓の、位置を、ずらす? 素の表情でぽかんとしていると、エルマはフォローするように言葉を足した。 『あっ、もし難しいようなら、大腸のねじれを十三度ほど、反時計回りに解消していただくだけでも......』 『いやもうナニ言ってんの!?』 思わず絶叫すると、エルマは眼鏡越しにもわかるほどきょとんとする。 『なにを、と言われましても......。普通の舞踊指導ですが......』 それから彼女は、「さては流派の違いがありましたか。誤算ですね......」と呟くと、腕をまくり、ぐるりと肩を回した。 窓から差し込む昼の陽光が、きらりと眼鏡を光らせる。 ついでにエルマは、そのほっそりとした掌を組み合わせ、軽く力を込めた。 ――ごきゅ......っ、ごぎごぎごぎッ! 人体にあってはならないような音がした。 『な......っ』 『選考会まで、あと二日。あなた様には、絶対に卓越した芸を身に付け、私のそれを『普通』に貶めていただく必要がございます。......厳しく参りますよ、アナ様』 『ひっ......』 逞しさが売りのアナ。 どんなに厳しい修行でも、弱音一つ漏らさなかった彼女であったが、 ――ごぎッ! ごぎゅごぎゅごぎ......ッ! 『た......っ、助けて、ロドリゴ様ぁああああ!』 この日、迎賓館の片隅で、そんな怪音と絶叫が響き渡った。

147 6. "Ordinary" Entertainment (1) It is now called "Anastasia Don Rodrigo" and so on, but until six years ago, she was just "Ana". The daughter of a peasant who grew up in a border village in a frontier country that was dropped into the country of Luden. No, "Border Village" was still a way to call it a costume, and Ana's hometown was, to be precise, a prison camp. Those who lacked the means to be executed or imprisoned were ordered to cultivate land in the name of redemption, and were driven to a desolate cold village. It is the village from which it originated. The village was always full of hungry children, because the people were poor, and because they were poor, they wanted labor to give birth to children. It is not permissible to leave the village because of a lowly place of exile. Just a child who worked from morning to evening and slept with her siblings in the mud - Anna was one of those common girls. The direction of the wind changed six years ago. The noble Marquis de Rodrigo came to bless Ana's village. In a village where heavy snow prevented crops from growing, and an epidemic of infectious diseases made him semi-destructed, he came to such a place and spared no effort to share bread. However, as the eldest daughter of a large family, Anna, who desperately looked after her brothers and sisters at the age of ten, appeared a little too late. So I threw up and threw up, "What are you doing here now, hypocrite?" But what a nod Rodrigo nodded gently. "You poison because you're hungry. I get irritated because my heart is dry. You needed bread and clean water." and. Anna was surprised when she stared at a man who didn't even hit him. And he gave Anna a round of white flowers that were blooming in the rough earth. "You've been desperately protecting your family. I'll praise it." A bell-shaped flower that closely resembles Suzuran "Suzuran" is a lovely but merely weedy species. They were rather considered troublemakers in the village because they had roots in lean soil and sucked nutrients all the way to the end. But the first time I tried to get close to the tip of my nose, there was a gentle fragrance that made my mind feel calmer. It was the first time I was born to taste the smell of flowers. A gentle, noble man. At that time, it was the Marquis who was already in the early years, but in the eyes of young Anna, it appeared as unwavering as the adults of the village who had seen it before. Rodrigo liked Anna, who was smart and fearless. How dare you welcome Anna to your adopted daughter and take her out to the king's capital of Espiana. If you open the lid, there were many other children under Rodrigo's protection in the same way, and Anna was only one of several adopted children, but it was thanks to Rodrigo that we were able to escape the village. Anna was deeply grateful to the Holy Marquis for saving herself from poverty. Speaking of greed, I wanted to bring all my brothers and sisters, and the Marquis' "brother-in-law and sister-in-law" was annoying, but it was still thanks to him that I could sleep full. In addition to the general education, the education received as an adoptive daughter includes the preference for being a noble prostitute, and ultimately even the full-fledged martial arts. Even though some of the "synchronization" that she adopted sounded too harsh for instruction, Anna even hit it. I thought it would be interesting to learn purely - because I wanted to be useful to Rodrigo, whom my father and I both admire. The former Marquis of St. Marquis, who was even royalty, but with so many political enemies, his pride in being able to support him aroused Anna. As a result, Anna grew talented in every way while she was watching and was greatly surprised by the surroundings, including Rodrigo, who said, "Good to get out of the border." That's why Anna didn't doubt that she could do it even before her mission to assassinate King Rouden. Though it is not the honor of origin, the skills and guts that have been forged are origami. There's nothing I can't do. (In fact, an adaptive person like me must have been quite right about this.) Now Anna looks at the sight in front of her and thinks like that. A strange maid pushed her into the room with her children for a few moments. The person named Elma thought she had left the room once, and then brought her luggage and crib into Anna's room, so she was fully prepared to live with her. Anyway, while participating in the selection meeting as a candidate, she decided to immerse herself in the queen's education as Anna's maid. "... aren't you an ant, like that?" The rules do not specifically prohibit it. I have also obtained permission from the maid in chief... Don't worry, Ana-sama. " If I try to penetrate it with my half-eye, I get a reply like that. I thought it was simply because such a situation had not been envisaged, but Anna swallowed the objection under her throat. Incidentally, the designation seems to have settled down with "Anna-sama". (Hmm, that's fine. Though I don't know the truth, he's going to set me up from over there. Why don't you pretend to be stupid and try riding?) I have no choice but to accept Elma's invitation. At best, shake your tail until you're ready. (Here, ex-poor. I have a reputation for doing so) The beautiful girl in front of her - who now wears glasses again and can't see - is an exceptional fighter, but she was born noble to see her sophisticated waist. Maybe it's a hidden species that was raised in secret. Either way, nobility. They are haters who have been devouring blood taxes as much as they can from their own country and doing their best in luxury. (I have sent you a life of biting the grassroots and getting hungry, and a day of training while spitting out blood. In contrast, there is no Queen's education by a Luden lady.) As a matter of fact, I have learned all my education and craftsmanship, but I am not familiar with King Rouden. It would be useful to hear his preferences and so on. "Now that Baltan's milk has been completed and you are in a good mood and the world is at peace, I would like to start the selection process quickly. According to past information, the first challenge of each selection meeting seems to be the performance of artistic work by the candidates." And then Elma stood up and turned back to Anna. Looking down from top to bottom, she nodded lightly. Ana-san seems to be very good at dancing. It has supple muscles. It seems to have a sense of rhythm. " "... can you tell just by looking at it?" Yes. Though I wonder how you know such a thing, I don't feel sorry for being praised. Espiana prides itself on the step of gaining motivation with the remorse of being laughed at by the lowly people. However, But the God of Art says he lives in detail. To achieve the perfect expression, make a small correction to your body's balance. First of all, could you shift your heart slightly to the right? -...... Huh? Following Elma's words, Anna inadvertently became rigid. Shift your heart? With a plain expression, Elma added words to follow. "Ah, if it's going to be difficult, you'll just have to get rid of the twisting of your colon about thirteen degrees, counterclockwise..." No, what are you talking about!? When she screamed unexpectedly, Elma was as neat as she could see through her glasses. Whatever they say... It's a normal dance instruction..... " Then she said, "Well, was there a difference between genres? That's a mistake..." he whispered, turning his arms around and shoulders. The daytime sunlight from the window shines through your glasses. Then Elma combined her slender palms and applied her strength lightly. --Gokyu......, gokyu! There was a sound that was not suitable for the human body. Nah...... The selection meeting is in two days. You will definitely need to master the art of excellence and despise me as "normal".... I'm going to be tough, Ana-sama. " Hih...... Playfulness is for sale, Anna. No matter how hard she trained, she didn't leak a single weak voice. --Gogi! Gogugugugugugugugugugugugugugu...! "Ta... ah, help me, Master Rodrigo! Aahhh! On this day, in the corner of the hotel, such strange noises and screams echoed.

咄嗟に戦闘モードに意識を切り替えたルーカスが、素早く部屋を見回す。 「............! 避けろ! 頭上と右、双方向から来るぞ!」 瞬時に状況を把握した彼は鋭く叫んだが、イレーネはいまだ展開に付いていけないように慌てて天井を見やり、そして、「ひっ」と声を上げた。 「な......っ、なにこれ......っ」 アウレリアらしい繊細な彫刻が施されていたはずの天井。 そこが、まるでぐにゃりと溶けたように渦を描いていたのである。 渦を取り囲むように、複雑な紋様が光を発し、その円に囲まれた渦の中心では、なにか黒色の塊――おびただしい数の虫が、出口を求めて蠢いていた。 「え......っ? な、なにこれ、いや......っ」 一方、斜め右の壁にも同様の穴が開き、そこからは明らかに有毒とわかる蔦性の植物が、おぞましい粘液を垂らしながらこちらへと触手を伸ばしている。 にわかに緊迫した事態に、脳が理解を拒む。 完全に硬直したイレーネは、しかし、ルーカスとエルマ――ただし二人とも冴えない眼鏡姿である――が前に立ったことで、わずかに落ち着きを取り戻した。 「な......なんですの、これ......っ」 「たぶん、攻撃生物の召喚陣だ。アウレリア学院の候補生から ルーカスは攻撃をさして脅威には感じていないようだが、用務員に扮した身で剣を取り出していいか、わずかに躊躇いを滲ませる。 その間にも、今度は左側の壁、そして床までもが淡い光を発して、ぐにゃりと形を変えはじめた。 渦巻く中心にはそれぞれ、明らかに物騒な炎、そしてごうっと唸りを上げる風の気配がある。 おそらくは、人を攻撃する炎や、かまいたちの召喚術――。 これにはさすがのルーカスも、表情を険しいものにした。 「頭上からは毒虫、右の壁からは人喰い樹、左の壁からは灼熱の炎に、床からはかまいたち。やれやれ、俺たちは人気者だな」 ルーカスは皮肉気に呟くが、さすがに四方向からの攻撃となると分が悪い。 舌打ちしながら、まずは護身用として通じる程度の短剣を取り出そうとしたところ―― 「ちょっと失礼」 涼やかな声が響いた。 エルマである。 彼女は淡々とした足取りで左の壁に向かうと、ぐにゃりと波打つ白い壁を見つめ、それから、いつの間にか手にしていた羽根ペンでさらさらと壁になにかを書き付けた。 ついで、床にも同様のことを行う。 「エ......エルマ......?」 「なにを......?」 取り残された二人が怪訝そうに声をかけた次の瞬間、それは起こった。 ――ゴ......ッ! 「きゃあっ!」 部屋中に、目も開けていられないほどの熱風が吹き渡り――次に目を開いたときには、虫の大群も、おぞましい蔦性植物の姿も消え失せていたのである。 あまりにあっけない展開に、イレーネはぽかんとしてしまう。 もしや、先ほどまで自分の目に見えていたものは、幻だったのだろうか。 「エルマ、あなたいったい――」 なにを、と問いかけて、エルマの姿が見えないことに気付く。 イレーネはぎょっとして周囲を見回したが、その次の瞬間には、 「ただいま戻りました」 背後から涼やかな声が聞こえたので、思わずその場でぴょんと飛び跳ねそうになった。 「エ、エルマ! あなた、いったいなにを......!? というか、戻りましたって......え? 今この場から出かけて帰ってきたってこと? え?」 混乱のままに両手を頭に突っ込んでいると、彼女より幾分かはエルマの動きを捉えられたらしいルーカスが、やけに低い声で尋ねた。 「おまえ......。他の候補生の控え室に侵入して、なにをしてきた......? いや、その前に、壁や床に向かってなにをしていたんだ......?」 「ああ、それはですね――」 エルマは眼鏡を光らせて答えようとするが、しかしそれが告げられる前に、あちこちの控え室から絶叫が響き渡った。 「ぎゃあああああっ! な、なんだ、この虫入り飴はあああああっ!」 「いつの間に口に突っ込まれたああああ!?」 「うおおおおお! 俺の毒虫ちゃんたちが、こんな姿にいいいいっ!」 「きゃあああっ! あたくしが育てた人喰い樹がああああっ!」 どうやら、「手荒な歓迎」の仕掛け人たちの悲鳴のようである。 彼らの叫び声をBGMにしながら、エルマはしゃらっと言い放った。 「私たちを歓迎してくださった四組の方々に、虫入り飴を作って『お返し』をしてまいりました」 意味を取り損ねて聞き返したルーカスたちに、エルマは丁寧に言い換えた。 「毒虫に、人喰い樹に、炎に、かまいたち。つまり、中身と樹液と熱源と刃物。折よく材料がそろっていましたので、かまいたちに人喰い樹を裂いてもらって樹液を取り、そこに虫を入れ、炎に熱してもらって、飴を作ったのです」 「............」 言っていることはわかるが、言っていることがわからない。 ルーカスは、己の表情筋がひくりと引き攣るのを感じた。 「いやおまえ......なぜこの局面で虫入り飴の展開になるんだ......」 「え? だって、頂き物をしたら、それらの一部でちょっとしたプレゼントを拵えてお返しするって、いたって普通の行動ですよね?」 いやそんな、「大量に苺を頂いたのでジャムにしてお裾分けしました」みたいに言われても。 絶句するルーカスをよそに、エルマは懐からすっと包みを取り出すと、それを朗らかにイレーネへと差し出した。 「よろしければ、どうぞ。特別大きく艶やかに仕上がったものです」 こじゃれたラッピングを施された虫飴を、イレーネは裂帛の気合いで断った。 「ていうか、そうじゃないでしょ!? 殿下の質問の意図は、なんであなたが、床や壁をちょっといじっただけで、凄そうな攻撃の数々を無力化――っていうか虫飴化できたのかってことでしょ!?」 ついでにルーカスに代わりそのツッコミを解説すると、エルマは不思議そうに小首を傾げる。 「え? 左の壁と床の陣は発動前の状態でしたので、攻撃対象を書き換えただけですが」 これには、硬直していたルーカスがなんとか己を再起動し、牙を剥いた。 「なぜ導師でもない、聖力もないおまえが、聖術陣を書き換えられてしまうんだ!」 「え......? 聖力が無くとも、術式を解読できれば問題ないわけですから、古代アウル語が読めれば陣の書き換えくらい、常人でもできますよね?」 「常人に術式や古代語が解読できるか!」 術式は、アウレリア国立学院の学生たちが数年がかりで会得するものであり、かつ新規式の解読ともなれば、大陸でも一握りの大枢機卿が、その人生を捧げて取り組むほどである。 「そもそも、聖力保持者でもなければ目視できない陣を、どうやっておまえは察知したというんだ!」 「それはほら、陣は聖水で描かれているので、聖水の発するごく微量の熱によって変動する気流を察知すれば――」 「どうやったら気流を察知できるのよ!?」 「え、できませんか、普通?」 小首を傾げて答えるエルマに、ルーカスもイレーネも、もう返す言葉がない。 アウレリア入国早々、どんよりと死んだ魚の目になりはじめた二人をよそに、エルマはなぜか、ちょっと誇らしげに眼鏡を光らせた。 「あとですね、......私、さっそくお二人からのアドバイスを活かしてみたのですが、いかがでしょうか」 なんのことだかわからない。 半眼で見つめ返すと、エルマは褒められるのを待つ生徒のように、胸に片手を当てた。 「目立たぬよう――つまり周囲から目視されぬよう、最善を尽くしました」 「目にも止まらぬスピードでことを済ませろって意味じゃないからーーーー!」 己の忠言が、かえって事態を悪化させていたことを悟り、イレーネは絶叫した。 陣を改変し、攻撃同士を相殺し、犯人を突き止め、やり返す、それだけでも異様なことなのに、それを相手に視認されないほどの速さで済ませるなど。 状況的に、エルマがやり返したのだという事実は、誰の目にも明らかなだけに――これではむしろ、底知れない凄みを知らしめただけだ。 エルマは、眼鏡越しにも嬉しそう、とわかる雰囲気で微笑んでいる。 「お二人のお陰で、私の『普通』への道のりが そう言って頭を下げるエルマを前に、ルーカスたち二人は、無言で天井を見上げた。 ――ちげえよ。 天井付近にわずかに漂う煙が、なんだか目に沁みるように思えた。

Lucas switched consciously to combat mode and quickly looked around the room. ............ Out of the way! Heads and right, coming in both directions! Instantly grasping the situation, he screamed sharply, but Irene rushed to look at the ceiling so that she couldn't keep up with the deployment yet, and shouted "hi". "Nh... what is this...?" The ceiling was supposed to have a delicate Aurelian sculpture. It was drawing the vortex as if it had melted. In the center of the vortex, surrounded by a complex pattern of light, a black mass - a terrible number of insects - was stupid in search of an exit. "Eh...? Nh, what is this... no..." On the other hand, a similar hole has been made in the diagonal right wall, from which the obviously toxic cypress plant extends its tentacle to this side while dripping with a creepy mucus. The brain refuses to understand an apparently urgent situation. The fully rigid Irene, however, regained a slight calm with Lucas and Elma standing in front of him - but with glasses that neither of them could conceal. "Nh... that's it, this..." "Probably a summoning team of attacking creatures. A rough welcome from Aurelia College candidates to us (Rouden).... it's not good to use a sword here." Lucas doesn't even seem to feel threatened by the attack, but he hesitates slightly to take out his sword in the guise of an executive. Meanwhile, now the wall on the left, and even the floor, emitted a faint light and began to change shape. Each of the whirlpooling centers has a distinctly noisy flame and signs of wind roaring up. Probably the flames that attack people and the summoning techniques of the fools. Lucas also made his expression steep. "Poisonous worms from above, cannibal trees from the right wall, burning flames from the left wall, burning flames from the floor. Jesus Christ, we're popular." Lucas murmured ironically, but that was a four-way attack. As I whispered my tongue, I first tried to take out a dagger that could be used as a self-defense tool. "Excuse me." A cool voice echoed. It's Elma. She walked lightly toward the left wall, staring at the white-walled wall, and then writing something on the wall with a feather pen that she had at some point. The same thing is then done on the floor. "Eh... Elma...? "What...? The next moment the two left shouted in suspicion, it happened. --Go...! "Haah! The next time I opened my eyes, the swarm of insects and the horrible botanicals disappeared. Irene is so gloomy when it's too big a development. I wonder if what I saw earlier was a phantom. Elma, what the hell are you--? Asking what, I noticed that Elma was invisible. Irene looked around briefly, but at the next moment, I'm back. I heard a cool voice from behind, so I suddenly almost jumped off the spot. "Eh, Elma! What the hell are you...!? So, you're back... eh? You mean you just left this place and came home? Huh?" Lucas asked with a much lower voice, saying that he was somewhat caught in Elma's movements than she was, as he shook his hands into his head in chaos. "You... What have you been doing breaking into the other candidate's waiting room...? No, before that, what were you doing towards the wall or floor...? Ah, that's right... Elma tries to answer by shining her glasses, but before they're told, screams echo from all over the waiting room. "Gyaaaaaaa! Oh, my God, this insect candy is ahhhhhh! "When did you get stuck in my mouth!? "Uh-oh! My poisonous bugs look so good! "Haaaaa! There's a cannibal tree that Takushi raised! Apparently, it's like the screams of the "rough welcome" setters. While turning their screams into BGM, Elma whispered. "Four groups of people who welcomed us made bug-filled candy and gave it back." Elma politely rehearsed to Lucas, who had lost his meaning. "Poisonous insects, man-eating trees, flames, whatever. That is, the contents, the sap, the heat source and the blade. They were packed with ingredients, so I had them tear the cannibal tree, take the sap, put insects in it, heat it up in the flames, and make candy." ............ I know what you're saying, but I don't know what you're saying. Lucas felt his expression muscles twitching and twitching. "No, you... why are you developing insect candy in this situation..." "Hmm? I mean, it's normal to give back a little gift with some of those things, right? No, even if you say, "I got a lot of strawberries, so I put them in a jam and split the hem." Around the cliche of Lucas, Elma took the wrap out of her pocket and gave it to Irene with delight. "If you don't mind. Extremely large and glossy." Irene refused the jazzy wrapped insect candy with the feeling of tearing. "I mean, isn't that right!? Your Majesty's question is, why did you just play with the floor or the wall to disable so many incredible attacks - or so to speak, insect candy!? Then, explaining the climax instead of Lucas, Elma leaned her head strangely. Huh? The left wall and floor formations were in pre-activation condition, so I just rewrote the target. To do this, the rigid Lucas managed to reboot himself and strip his teeth. "Why are you not a teacher, you have no sacred powers, and you're being rewritten into the Sacred Magic Team! "Eh...? Even without sanctity, there is no problem if you can decipher the technique, so if you can read the ancient Auru language, you can rewrite the team, even ordinary people can do it, right? "Can ordinary people decipher magic and ancient languages? The ceremony is something that students at Aurelia National College will meet in just a few years, and if it is a decoding of the new ceremony, a handful of cardinals on the continent will dedicate their lives to it. "In the first place, how did you detect a formation that you couldn't see without being a Sacred Power Holder! "Look, the formation is depicted in holy water, so if you can sense the airflow that fluctuates due to the very trace heat emitted by the holy water..." "How can you detect an airflow!? "Oh, can't you do that, normal? Elma, who answers with her head tilted, has no more words to return, neither Lucas nor Irene. Early on entering Aurelia, Elma somehow glowed her glasses with a little pride, approaching the two who had begun to become more and more dead fish eyes. "Later... how about I take advantage of the advice from both of you?" I don't know what it is. Looking back half-eyed, Elma put one hand on her chest like a student waiting to be praised. "We did our best to be discreet - that is, not to be seen from the surroundings." "I'm not telling you to finish this thing at an unstoppable speed! Irene screamed, realizing that her advice was making things worse. Modify the formation, offset each other's attacks, find the killer, repeat them, do it quickly enough to make it invisible to the other party, even though it's a strange thing. Situationally, the fact that Elma did it all over again was obvious to everybody - and not to anyone else, it only made them aware of their indescribable misery. Elma smiles with an atmosphere that makes her feel happy over her glasses. "Thanks to you two, my journey to 'normal' is progressing. Thank you very much for always giving me the right advice." Before Elma lowered her head, Lucas and the others looked up silently at the ceiling. - Fuck you. The slight smoke near the ceiling seemed kind of irritating to my eyes.

10.「普通」の慈善活動(1) 「はーい。それじゃ、今日の会場は、こちらでーす」 フェリクスの呑気な声を合図に、続々と馬車を降りてきた令嬢たちは、突き刺すような寒さ、そして目の前の光景に顔を強張らせた。 選考会、二日目の朝。 馬車に数時間揺られてやって来たその場所は、ルーデン北部の、辺境の村。その中でもさらに外れに位置する、養護院であった。 「なんですの、ここ......」 「こんな粗末な建物、見たことがありませんわ......」 「ひどい 今にも落ちそうな藁ぶきの屋根。腐った柱、穴の開いた壁。 小さい窓はガラスの代わりに布で覆われ、防ぎようのない臭気が、内側から周囲へと立ち込める。 箱入りの貴族令嬢が大半を占める候補者たちは、初めて目にする劣悪な環境に、それだけで顔色を悪くしていた。 「王妃ともなるとさー、城の奥で毎日お茶だけ飲んでいればいい、ってもんでもないじゃない? 醜い現実を、直視するだけでなく、対処しなくてはならない。そういうわけで、今日は、みんながどれくらいその覚悟があるかを、見極めたいと思いまーす」 間延びした声で告げられた内容を、あえて訳すならこうだ。 醜い現実に対処せよ――つまり、この養護院の者たちに、しかるべき対応を取れ。 「直視するだけでなく」とわざわざ言ったということは、単に見守るだとか、温かく励ましの言葉を掛ける、といった程度の対応は求められていないのだろう。 たとえば、この汚れ切った病人の看病をしたり、虫の這う養護院の修繕を図ったり。そうした、現実的で具体的な行動を、フェリクスは求めているのだ。 ここまでに残った候補者は、既にたったの十人。 どれも皆、そうした意図を理解できる程度には優秀だ。そしてそれゆえに、己に強いられようとしている現実を前に、青褪めているのだった。 「陛下もなかなかえぐいお題を出すわね。ごもっともではあるけれど、貴族の娘には、この臭いだけでもうキツいわよ。実際に住んでいる方々には悪いけど......本当に、耐えがたい臭気だと思わない?」 今回は観客としてではなく、王宮からの侍女の一人として付き添ってきたイレーネは、同じく横に控えるデボラに、こそこそと囁く。 だが、 「え? エルマエル様が同一視界内にいらっしゃるというだけで、世界は光り輝き、芳しく香りますけどなにか」 「あなた脳内補完力高すぎでしょ!?」 あっさりと裏切られ、思わず突っ込む羽目になった。 だが、寒気もなんのその、豊満な胸をぶるんと張ったデボラは、我が意を得たり、とばかりに頷いた。 「要は、陛下の仰るとおり、覚悟の問題ですわ。心頭滅却すれば火もまたエルマ。意志を持って臨めば、これしきの悪環境は、ノープロブレムということです。見たところ、それくらいの気骨のある女性は、何人かいてよ」 そんなまさか、と思うが、デボラが得意げに指差す先を辿れば、たしかに、背をしゃんと伸ばして養護院を見つめる候補者たちが数名いる。 一人はもちろん、監獄育ちのエルマ。 ほかには、多少下町にも免疫のありそうな商家の娘と、意外なところでは、伯爵令嬢のカロリーネ。 かつて、舞踏会でエルマにめっためたに打ち負かされたダンス自慢の少女だ。 彼女は相変わらずあまりよい評判は聞かないが、とにかく「エルマには負けたくない」との思いで、この場に踏みとどまっているようだった。 その根性は褒められてしかるべきだろう。 (あと、もう一人......) そしてイレーネは、もう一人、目の前の光景に動揺を示さぬ候補者を発見した。 アナスタシア・ドン・ロドリゴだ。 昨日の一次戦を満点で突破した彼女は、どこか超然とした様子でその場に立っていた。 吹きすさぶ寒風に首を竦めることもなく、涼しさを味わうかのように佇んでいる。 さては、かなりの精神力の持ち主なのか。 イレーネは怪訝な顔でアナを見つめたが、実際のところ、彼女の精神状態は「超然」とは少々異なるものだった。 (朝が......来た......) アナは、自分が今日もまた凄まじい修行を乗り越え、こうして朝を迎えられたことに、しみじみとした感慨を覚えていた。 (死ぬかと思った......。つーか、三回くらい死んだと思った......) 思い返せば昨日の昼過ぎ。無理やり「神のダンス」――と周囲から絶賛された――を踊らされたアナは、当然その後エルマに猛然と抗議した。 ところが、当のエルマはどこ吹く風。 というより、純粋にきょとんとして「なぜ責められるのかわからない」と困惑の態だ。 綿棒を壁にめり込む勢いで投擲することも、人体の限界を超えて人を踊らせることも、彼女からすれば「至って普通」と言わんばかりの態度であった。 頭にきたアナは、語彙の限りにエルマを罵った。 が、どんなに口汚く罵倒しようと、エルマの表情は小麦一粒分も揺るがない。 それどころか、その暴言を糸口に、慣用句や外国語、歴史を仕込もうとする勤勉さだ。 抵抗すると、脳の働きを活性化するとかいう怪しげな薬まで注射しようとしてきた。 羽交い絞めにされていよいよ追い詰められたアナは、そこで叫んでしまったのだ。 『てめえ、ふざけんな! そ、そんな詰め込み教育、上手くいくもんか! そんな教育されるんじゃ、弟の未来も真っ暗だな!』 バルドの話題に触れないほうがいいというのは、本能で理解していたはずだった。 だがその時、まさに本能こそが、そこを刺激して難を逃れよと命じてきたのだ。 そして、その効果は 『バルたんの未来が......真っ暗......?』 エルマはさあっと顔色を失い、唇を震わせたのである。 彼女は見ていて哀れになるくらいの勢いでその場に崩れ落ち、縋るようにアナを仰ぎ見た。 『お教えください、アナ様。私めの教育方針の、どのあたりがどうまずいのでしょう。私......っ、私はどうすれば......っ』 『ま......、まあ落ち着け』 しかし同時に、アナは素早く打算を巡らせた。 これはチャンスだ。 今ここで、自分のほうが優位にあると相手に信じ込ませれば、この、頭のおかしい「修行」とやらから解放されるだろう。 いや、そうでなければ自分の身が持たない。 そこでアナは、いかにも平然を装って、自信たっぷりに言ってみせたのである。 『とにかく第一に重要なのは、相手の自主性を重んじることだ。相手の嫌がることは強要しない。これが基本。わかるか?』 自信ありげな表情を作る。 眉の角度、視線の位置、ごく微細な眼輪筋の動きまで意識して。 エルマに仕込まれた微表情のスキルを、こんなにも完璧に実践できたのはこれが初めてだ。 生命の危機に瀕して、幸か不幸か、己の実力がどんどん上がっているのを感じる。 ただそこで、アナは完全な優位を求めるあまり、余計な一言を加えてしまった。 『まあ、あたしの言うことを聞いてりゃ、大丈夫だ。なにせ村にいたときは、六人姉弟の一番上だったんだからね。どの年齢のガキでも、コツはわかってる。一から教えてやるさ』 『アナ様......っ!』 エルマは歓喜に身を震わせ――そこで一気に雲行きが怪しくなった。 『本当に、全面的に教えを乞うてよいのですね!?』 『ああ。女に二言はないさ』 『精神的教育方針についてだけでなく、育児シーンで発生する具体的な手法のあれこれも......!?』 『ああ。おむつ替えも寝かしつけも、ベビーサインもなんでもござれだ』 『アナ様......! では早速、おむつ替え百本ノックをお願い申し上げます!』 『ああ。......ああ?』 耳慣れぬ単語に、アナは思わず眉を寄せた。 百本ノック? おむつ替えで? だが、彼女が困惑する間にも、エルマはささっとベビーベッド周辺を整え、しゅぱっとバルドのおむつを替えてみせた。 巻き起こる風が心地よいのか、赤子が眠ったまま、むふぅと笑う。 『このように、私のおむつ替えスキルはまだまだで......』 『いやどこが!? 残像しか見えなかったけど!?』 『いえ、これではまだ、バルたんにおむつを替えたことを気付かれてしまうのですよね。本当はもっと、この愛らしい寝顔を微動だにさせぬくらい、さりげなく替えたいのですが......』 どうやら、エルマの目標は、一般よりはるか高みにあるらしい。 言葉を失うアナに、エルマはおむつをぐいと突きつけ迫った。 『さあ、お願いです、アナ様。私めに稽古を付けてくださいませ。バルたんのためなら、たとえこの筋肉が弾け、皮膚が焼け切れても悔いはありませんから』 『おむつ替えでどんな修行を想定してんの!?』 そうして、実際にはアナの筋肉が弾け、皮膚が焼け切れそうになるほどに、おむつ替え修行に巻き込まれたのである。 (途中から、「あらゆるコンディションの便に対応できねば」とか言い出して、あっちこっち突撃するし、かと思えば、 しかも、一応王妃教育の時間であるという認識は忘れていないらしく、時折思い出したように、アナにあらゆる知識を植え込んでゆくのだ。 『ちょ......待って、もうやめてくれ......っ。王妃の選考会に絶対必要ない知識だろ、これ......っ』 『またまた。ルーデンは大陸最大の国、つまりその王妃は大陸一の女性。その女性に、把握していない領域など、あっていいはずがございません』 アナが悲鳴を上げても、エルマはにこやかに修行を進めるばかり。 とうとう『もう無理! もう限界!』と逃げ出そうとすると、エルマは不思議そうに首を傾げ、こう告げるのだった。 『え......? この程度で......? そんなまさか。アナ様は、エスピアナの命運を背負って、陛下の暗殺を目論んでいたというのに、この程度で音を上げる、それくらいの覚悟と準備しかなさっていなかったのですか......?』 『............っ』 嫌味な口調だったら、いっそどんなにかよかっただろう。 心底怪訝そうな、むしろ動揺を滲ませた呟きは、アナの自尊心をごりっと抉っていった。 (あたしは、ロドリゴ様が育てた一番優秀な養女、最高の刺客だっつーの......!) 侯爵への恩に報いるため、彼女だって血を吐くような努力を重ねてここまで来たのだ。 それを馬鹿にするのは、アナへの侮辱というだけでなく、彼女を育てたロドリゴ聖侯爵への愚弄にほかならない。 侯爵の慈愛深さや、そんな彼に対する自分の忠誠心まで、一緒くたに否定されたように思えて、アナは気付けば怒鳴り返していた。 『あ ̋あああああん!? 全然想定内だし。ロドリゴ様の屋敷で受けた修行のほうが、全っ然厳しかったし。今も、ほんとは超余裕だし!』 『ああ、よかった。さすがはアナ様。生まれ持った、そして鍛え抜かれた根性が段違いですね。では安心して、少しペースアップいたしましょう』 今では後悔している。 結局それが引き金となり、アナはそこからさらに三倍速で、すさまじいオムツ開発と、ついでに王妃教育に巻き込まれることになったのである。 あの悪夢のような時間に比べれば、目の前の養護院など可愛いものだ。 悪臭も、肌を刺す冷気も、ぼんやりした五感を現実に引き戻すには、ちょうどいい。 無我の境地に佇む自分を、騎士の一人が怪訝そうに見てきたが、それを前に可憐な少女を演じるのも、もはや難しかった。 というか、大事な任務のはずなのに、今この選考会自体が、激しくどうでもいい。 「はーい、それじゃあ、審査開始ー」 だからアナは、フェリクスのその言葉を聞いたとき、のろのろと視線を動かし――視界に映ったものに対して、ただ本能的に動きを開始したのであった。

151 10. "Ordinary" Charitable Activities (1) "Yes, so here's where we are today." As Felix's breathtaking voice signalled, the ladies who stepped out of the carriage stretched their faces against the puncture cold and the sight in front of them. Selection meeting, morning of day two. It was shaken for hours by a carriage in a border village in northern Rouden. It was a nursing home located even further away. "What are you doing here..." "I've never seen anything like it...." "It stinks so bad..." A strawberry roof that is about to fall. Rotten pillars, holed walls. Small windows are covered with cloth instead of glass, and unprotected odours can come from the inside to the surroundings. The candidates, the majority of whom were boxed ladies of nobility, looked pale for the first time in the harsh environment they saw. "If you're a queen, why don't you just drink tea from behind the castle every day? You must not only face the ugly reality, but also deal with it. That's why I want to see how prepared everyone is today." If you dare to translate what was said in a prolonged voice, here's how. Deal with the ugly reality - that is, take appropriate action against the people in this nursing home. I don't suppose that saying "not only face to face," doesn't require any kind of response, such as simply watching or warm words of encouragement. For example, taking care of this dirty patient or repairing a nursing home crawling with insects. Felix wants these realistic and concrete actions. There are already only ten candidates left. Everyone is good enough to understand such intentions. And for that reason, I was bluishing before the reality that I was trying to be strong. "Your Majesty's got a pretty tough question for you, too. Though you're right, noble daughters don't need this smell anymore. It's bad for the people who actually live here... but don't you think it's a really unbearable odor? Not as an audience this time, but as one of the maids from the royal palace, Irene whispers to Deborah, who likewise stops to the side. But... "Eh? Just because Elmael-sama is in the same vision, the world is shining and fragrant, but what is it?" "Your brain complementation is too high!" I was betrayed lightly and unexpectedly fell into it. But because of the cold, Deborah nodded with a full breast. "The point is, as Your Majesty says, it's a matter of readiness. If you destroy your mind, so will the fire, Elma. If you come up with the will, the bad environment is no problematic. I saw a few women with that kind of backbone." I don't think so, but when Deborah points her finger at it, there are indeed several candidates staring at the nursing home with their backs stretched out. Elma raised in jail, of course. In addition, the daughter of a merchant who seems to be somewhat immune from downtown, and, surprisingly, the Countess' daughter, Caroline. Once upon a time, Elma beat me at a ball and I was a dancing bragging girl. She didn't hear much of a good reputation as usual, but she was stuck here thinking she didn't want to lose to Elma anyway. The guts should be praised. (And the other one....) Irene then discovered another candidate who was not upset by the sight in front of her. Anastasia Don Rodrigo. After breaking through yesterday's first match with a full score, she stood there somehow out of the blue. Without wearing his neck against the blowing cold wind, he stood as if he were enjoying the coolness. Well, you have a lot of mental power. Irene stared at Anna with a suspicious face, but in fact, her mental state was slightly different from "extraordinary." (The morning... came...) Anna remembered her agitated emotion that she had survived her incredible training again today and that it was so early in the morning. (I thought I was going to die... I thought he died about three times....) In retrospect, it was past noon yesterday. Anna, who was forced to dance the "Dance of God" - admired by her surroundings - naturally protested suddenly to Elma. But where did the Elma blow? Rather, it is a state of confusion that is purely neat and "I don't know why I can be blamed". Throwing a cotton swab into the wall, or making people dance beyond the limits of the human body, was an attitude that she just said was "even normal". Anna scolded Elma as far as the vocabulary was concerned. But no matter how dirty you curse, Elma's expression doesn't shake a single grain of wheat. On the contrary, it is diligence that tries to cultivate idioms, foreign languages, and history using the rumors as the thread. When I resisted, I tried to inject a suspicious drug that activated the brain. After being strangled with wings, Anna screamed there. Jesus, no kidding! That kind of stuffed education is going to work! If you're educated like that, your brother's future is dark! I should have understood instinctively that it was better not to talk about Balt. But at that time, it was precisely instinct that inspired them to escape hardship. And the effect was "Tempen". The future of Baltan... is dark...? Elma lost her complexion and trembled her lips. She collapsed on the spot with a pathetic momentum to watch, and looked up at Anna as if she trusted her. Please tell me, Ana-sama. What's wrong with my education policy? I... ah, what do I do...? " "Ma... well, calm down." At the same time, however, Anna quickly made up her mind. This is a chance. If you convince your opponent that you are superior here now, you will be released from this crazy "training". No, otherwise I won't be able to hold myself. So Anna pretended to be flat and said confidently. "First and foremost, it's important to value the other person's autonomy. Don't force them to hate you. That's the basics. Do you understand? Create a confident look. Be aware of the angle of your eyebrows, the position of your gaze, and the very fine movement of your circle muscles. This is the first time I have been able to perfectly practice Elma's micro-expression skills. In danger of life, I feel my strength is rising more and more, whether it's happiness or misfortune. However, Anna added an extra word in search of a complete advantage. Well, if you listen to me, it's okay. Anyway, when I was in the village, I was at the top of my six brothers and sisters. Kids of all ages know the tricks. I'll tell you from scratch. " Ana-sama......! Elma shook herself with joy - where she suddenly became suspicious of the clouds. Are you sure you want to beg for full teaching!? Ah, I won't say a word to a woman. "Not only about spiritual education policy, but also about the specific methods that occur in the childcare scene...!? Oh, I've got diapers, bedding, baby signs, everything. Ana-sama......! Now, please change your diapers and knock 100 diapers! "Ahh... ahh? Anna raised her eyebrows unexpectedly to a word unfamiliar to her ears. A hundred knocks? Changing diapers? However, while she was confused, Elma quickly set up the area around the crib and changed her Baltic diapers. Whether the wind that winds up is pleasant or not, the baby laughs while sleeping. In this way, my diaper changing skills are still... No!? I only saw the remnants!? No, now you're still going to notice that Baltan has changed the diapers. The truth is, I'd like to change this adorable sleeping face even more subtly... " Apparently, Elma's goals are much higher than average. Losing her words, Elma rushed into the diaper. Now, please, Anna-sama. Please give me a lesson. For Baltan's sake, even if this muscle can play and my skin burns out, there's no regret. " What kind of training are you planning to do with changing your diapers!? In fact, Anna's muscles bounced and her skin was about to burn out, causing her to get caught up in diaper changing training. (In the middle of the way, I said, "I have to be able to handle all kinds of conditions of stools", and then I stormed over there. If I thought, I would start the development of a highly water-absorbing polymer (polymer) from the material collection and stay up all night, and it would have a dust on my sleeping clothes....) Moreover, she has not forgotten the recognition that it is time for queen education, and she implements all kinds of knowledge in Anna, as she remembers from time to time. "Hey... wait, please stop...! This is absolutely unnecessary knowledge for the Queen's Selection Board...." "Again, Rouden is the continent's largest country, and its queen is the continent's greatest woman. There can't be any areas that the woman doesn't know about." Even as Anna screams, Elma is only smiling forward with her training. Finally, "I can't do it anymore! 'I'm at my limit!' Elma leaned strangely, telling him. "Eh....? At this level....? No way. Was Anna prepared and prepared to make such a noise, even though she wanted to assassinate His Majesty with the fate of Espiana...? ............ If it had been a disgusting tone, how good would it have been? The deeply suspicious, rather upsetting, murmur drowned in Anna's self-esteem. (I was the best adopted daughter and the best assassin that Rodrigo raised....! In return for her gratitude to the Marquis, she came all the way here with a bloody effort. It's not just an insult to Anna that makes a fool of her, it's a fool of the Marquis de Rodrigo who raised her. Anna shouted back at the Marquis's depth of affection and her loyalty to him, seemingly denied together. "Ahhhhhhhh!? Not at all. The training I received in Master Rodrigo's mansion was stricter than anything else. I can still afford it! Oh, good. That's Ana-sama. The guts you were born with and forged out are very different. Now let's pace up a bit with peace of mind. Now I regret it. After all, it was the trigger, and Anna was three times faster from there, so she got caught up in diaper development and queen education. Compared to that nightmarish time, the nursing home in front of me is cute. Perfect for bringing your blurry senses back to life, whether it's bad smells or cold air that sting your skin. One of the knights looked suspiciously at himself standing in a state of selflessness, but it was no longer easy to play a poor girl before that. I mean, even though this is supposed to be an important task, it doesn't matter how fiercely this selection board itself is now. Okay, then, let's begin the review ~ So when Anna heard Felix's words, she slowly moved her gaze - she just instinctively started moving against what appeared in her vision.

29.シャバの「友情」は悩ましい(1) そこは、白い世界だった。 すべての輪郭が溶け、音も消え去った、まるで雪原のような、それとも雲の中のような場所。 その世界の片隅から、時折、泡のようなものが湧きあがり、ふらりと空間を漂っては、弾け消えてゆく。 天地も前後も定かではない、不規則な動き。泡の大きさも様々だ。 ただしそれらは皆、ふらりと揺れる膜の表面に、なにがしかの光景を写し込んでいて、そっと手で触れると、弾ける前にひときわ鮮やかに輝いた。 (そう......――) 意識の雪原に佇んだ少女――エルマは、静かに頷いた。 (これが、あなたの記憶なのですね。......レナート様) 害霊、と呼ばれた者の名も、既に知っていた。 聞き出したのではない、気が付けば「既に知っていた」のだ。 エルマとレナートは、まるで胎内で母親を共有する双子のように、精神世界という白い闇の中で、両者のすべてを分かち合っていた。 知識も記憶も、感情までもが、もはや個々の輪郭を失い、混ざり合う。 エルマはぼんやりと記憶の泡を目で追いながら、なるほど、と神妙な顔で首を振った。 (これが「対話」......。たしかにこれに比べれば、イレーネと私のそれは、単なる言葉のキャッチボールに過ぎなかった......) それで充分である。 が、ようやく「普通の対話」を会得したと考えたエルマは、斜め上の方向に思考を駆け上がらせた。 (イレーネがこのレベルの「対話」を求めているのだとすると、互いの性格趣味嗜好過去のすべてが筒抜けになるわけで、......私はべつに構わないものの、一般的に思春期のただなかにいる人間にとって、その状況はいささか辛いのでは。やはり熟年期くらいまで成長を待ってから「対話」したほうが......? それに、瞑想中は仮死状態になるわけだから、イレーネが「対話」初心者だった場合に備えて、周囲の環境を整えておかねば) 一般的な人間は、そもそも瞑想などできない。 が、エルマはレナートの記憶の泡をぼんやりと辿りながら、傍らでは、来るべきイレーネとの対話に向けての準備事項に、忙しく思考を巡らせた。 と、たまたま触れた記憶の泡が、ぽう、と淡い光を放つ。 その中に、興味を惹かれる人物の姿を見て取り、エルマはふと視線を向けた。 幼い少女だ。 五歳ほどだろうか。 顔も体つきも華奢だというのに、その美貌は既に完成され、どこか老成した雰囲気が漂う。 彼女ととてもよく似た雰囲気の持ち主を、エルマはごく身近に知っている気がした。 (けれど......この女の子は、 少女の、まるで太陽の光で紡いだような金色の髪を見て、エルマははてと首を傾げる。 世界で一番美しいのは母だと思っていたが、もしかしたら自分の見識が狭いだけで、巷には彼女くらいの美貌の持ち主も、ちらほらいるのかもしれない。 エルマの考えを肯定するように、少女の関わる記憶の泡が次々と揺らぎ、光を放っていった。 それでエルマは、泡に浮かぶ美貌の少女が、過去の聖女候補生であったことを知った。 (聖女。ならば......お母様には申し訳ないけれど、やはり別人......) エルマの知るハイデマリーは、この世の誰より美しくて気高くて愛情深いが、まず間違っても聖女というタイプの人間ではない。 あっさりと別人として結論付け、エルマは再びレナートの過去を辿った。 聖術師候補生としての厳しい修行の日々。 同齢の友人と交わした誓い。 その彼の裏切り、それへの煮えたぎるような怒り。 レナートは衝動のままに教会の門を叩いた。 翌日に聖鼎杯を控えた深夜、月光も射さぬ深い闇。 彼を驚きながら、しかし優しく受け入れたのは、今より三十年分だけ若々しい頭髪を持った――チェルソであった。 (......意地に、なっていた) ふと、若い男性の声が響く。 いや――外から聞こえるように思われたそれは、もしかしたらエルマの声なのかもしれない。 だって、「ここ」では、己と他者の区別などないに等しい。 (ひとりで、いいと。......誰も......友などいらない、と) わずかな幼さを残した青年の声は、彼とエルマの心を行ったり来たりしながら、うわんと周囲に広がっていった。 (私は、ひとりでいい。誰も要らない。ひとりで夢を、掴み、ひとりで......過ごす) 彼のように、怒りを源泉としていたわけではないが、そうした在り方はエルマにも容易に理解ができた。 ひとりでいい。 頼る必要などない。 だって、自分にはたいていの局面を切り抜けられる能力があるから。 (誰かに......イレーネに、迷惑をかける必要などない) ただ、自分ひとりで処理できることだからと、取り組んでいるだけなのに。 なのにイレーネには、いつも怒られたり、心配されたりする。 エルマにはそれが不思議だったし、――少しばかり、哀しくもあった。 声は、時折混ざり合いながら響きつづける。 (支え合う必要などない。グイドなどいなくとも、私はひとり、聖術師となり、この国を、守り、導く......その能力が、私にはある) (喜んでもらいたいだけなのに。頼らず、迷惑を掛けず、......ただ、私の出来ることをして、喜んでもらいたい。......それくらいの能力は、私にも、あるはずなのに) (ひとりでいい。グイドなど要らない。頼らない。――......ああ、でも、だから私は......) が、青年の――レナートの声が、悲し気にくぐもる。 ふわりと舞い上がった泡の一つが、儚い光を放って、とある光景を描き出した。 聖術師の座を約束してくれたチェルソが、巧みに地下の神殿へとレナートを誘い出す場面だ。 逆さに掲げられた祈祷布、片目を失った神像。 いかにも禍々しい空間に、レナートは危機感を抱きはじめる。が、内心で立てた絶縁の誓いが、彼に悲鳴を上げさせることを躊躇わせた。 態度を豹変させるチェルソ。 引き倒され、祭壇に拘束された自身の肉体。 怪しげな陣。 勢いよく振り下ろされる聖剣。 その時になってようやく、レナートは、自分が誰に救いを求めていたかを理解した。 (だから私はあの時......素直に助けを求められなかった) しかし彼がその名前を叫ぶよりも早く、――切っ先が、彼の心臓を貫いた。 哄笑するチェルソが見える。 見る間に肉体が乾燥して縮み、魂だけが砂となって浮き上がったレナートの姿が見える。 肉体を、言葉を、自由を奪われ、チェルソに使役されるだけの害霊となった彼の姿が。 害霊とは、肉体から切り離され、歪んでしまった聖力の塊。 返事はない。 ただ代わりに、世界が揺れるような激しさで、一斉に記憶の泡が立ち上り、強い光を放っては弾けていった。 その最後の泡が消えたとき、――エルマはゆっくりと、閉じていた瞼を持ち上げた。 「............」 ずしりと、自身の肉体の重みを感じる。 ぼんやりと目だけを動かして周囲を見回し、彼女はぽつりと呟いた。 「......地下、聖堂?」 逆さに吊るされた祈祷布。片目を抉られたアウル神の像。 時折ぽとりと滴を落とす岩の壁、湿った水の匂い。 どうやらここは、先ほどまでいたはずの闘技場でも、保健室などでもなく、洞窟をくり抜いて作った、聖堂のような場所らしい。 そう。レナートがかつて誘い込まれた、あの場所だ。 ずし、と、胃の腑が重くなるような感覚に眉を寄せながら、エルマはようやく身を起こそうとした。 どうやら自分は、頑丈な鉄の鎖で祭壇のような場所に縛り付けられているのだと、それでようやく気付いた。 「――お目覚めですかな?」 おもねるような、猫なで声。振り返らずとも、声の持ち主の正体は明らかだった。 「......チェルソ枢機卿」

101 29. Shaba'S "Friendship" Is Troublesome (1) It was a white world. All the contours melted and the sound vanished, like a snowfield or a place in a cloud. From one corner of the world, something like a bubble occasionally bubbles up, drifting through the space, and bouncing away. Irregular movements that are uncertain in the heavens and the earth and back and forth. The size of the bubbles varies. However, they all reflected on the surface of the fluttering membrane what was only a sight, and when they gently touched it with their hands, it shined brightly before they could play. (Yes...) Elma, a girl standing in the snow of consciousness, nodded quietly. (This is your memory, right?... Mr. Renate) I already knew the name of the one who was called the Spirit of Harm. I didn't ask, but if I noticed, I already knew. Elma and Renate shared everything in the white darkness of the spiritual world, as if they were twins sharing a mother in the womb. Knowledge, memory, and emotion no longer lose their individual contours and mix together. Elma shook her head with a mysterious face as she followed a blurry memory bubble with her eyes. (This is "dialogue".... Indeed, compared to this, Irene and I, it was just a catchball of words....) That is sufficient. But Elma, who thought she had finally got a "normal conversation," drove her thoughts upwards in a diagonal direction. (If Irene is looking for this level of "dialogue", all of our personalities, hobbies, and past will be out of hand... I don't mind, but the situation is generally more difficult for people just outside of adolescence. After all, it is better to wait until maturity and then "talk"....? Besides, during meditation, you are in a state of moribund, so if Irene was a beginner of "dialogue", you should prepare your surroundings.) Common humans cannot meditate in the first place. Elma followed Lennart's memory bubbles blurrily, while beside her, she was busy thinking about the preparations for the upcoming dialogue with Irene. And the memory bubble that happened to touch emits a faint light. Inside, he saw the interesting person, and Elma turned her eyes. She's a little girl. Around five years old? Even though the face and body are gorgeous, the beauty has already been completed and there is an old atmosphere. Elma felt familiar with a very similar atmosphere to hers. (But... this girl is not silver-haired (...)) Looking at the girl's golden hair, as if spinning in the sun, Elma leans her neck and stiff. I thought that my mother was the most beautiful person in the world, but perhaps there is only a narrow view of herself, and there are beauty owners like her in the alley. In affirmation of Elma's thoughts, the bubbles of memory involving the girls swayed one after the other, emitting light. So Elma learned that the beautiful girl floating in the bubble was a former Virgin Cadet. (Virgin. Then... I'm sorry for your mother, but someone else...) Elma's knowledge of Hydemarie is more beautiful, noble and loving than anyone else in the world, but first of all, she is not of the type of Virgin by mistake. Concluding lightly as someone else, Elma followed Renate's past again. Days of rigorous training as a cadet of sacred magicians. An oath made with a friend of the same age. His betrayal, his overwhelming anger at it. Renate knocked on the church gate with impulse. Late in the evening, when the chalice was withheld the next day, it was a deep darkness that sparkled no moonlight. It was Chelsea who surprised him, but gently accepted him, with hair as young as thirty years younger than he is now. (... it was delightful.) The voice of a young man echoes. No - it seemed like it could be heard from the outside, maybe it was Elma's voice. Because "here" is equal to not distinguishing yourself from others. (Alone, please.... nobody... doesn't need a friend.) The voice of the young man, who had remained a little bit young, spreading around, whilst going and coming with Elma. (I can do it alone. I don't need anybody. I have a dream by myself, and I spend it alone...) Like him, anger was not the source, but it was easy for Elma to understand how it was. Alone. You don't have to rely on it. Because I have the ability to cut through most phases. (There's no need to bother someone... Irene) I'm just working on it because I can handle it by myself. Yet Irene is always angry and worried. It was strange to Elma, and it was just a little sad. The voice continues to echo as it intermingles from time to time. (There is no need to support each other. Even without the Goods, I am alone, a saint, and I have the ability to defend and guide this country...) (I just want you to be happy. Don't rely on me, don't bother me... just do what I can and please you.... even though I'm supposed to have that kind of ability.) (Alone. I don't need a goodie. I don't depend on it. -... oh, but that's why I...) But the voice of the youngster-Lennate makes me sad. One of the softly soaring bubbles emitted a faint light, drawing a certain scene. Chelsea, who promised me a sacred magician's seat, skilfully lured Renate to the temple underground. A prayer cloth raised upside down, a statue with lost one eye. Nevertheless, Renate starts to feel at risk in a terrible space. But his inner vow of insulation made him hesitate to scream. Chelsea changes her attitude. His own flesh pulled down and bound to the altar. A suspicious team. The Holy Sword is swinging down with momentum. It was then that Lennart finally understood who he was seeking salvation from. (That's why I couldn't... honestly ask for help at that time) But sooner than he shouted his name, the tip pierced his heart. I see Chelsea laughing. While looking at it, the flesh dries and shrinks, and only the soul becomes sand and sees Renate rising up. His body, his words, his liberty, and his appearance became nothing but a harmful spirit to be used by Celso. A harmful spirit is a mass of holy power that has been cut off from the body and distorted. I haven't heard back. Instead, with the shaking intensity of the world, a memory bubble stood up at once, emitting a strong light and playing it. When the last bubble disappeared - Elma slowly lifted her closed eyelids. ............ Feel the weight of your own flesh. Looking around, she blurred her eyes and murmured. "... the basement, the cathedral? A prayer cloth hung upside down. A statue of the god Aur with one eye cut off. Occasional rock walls that drop drops, smell of wet water. Apparently, this is a place like a cathedral, built through a cave, not a battlefield or a clinic. Yes. That's where Lennart was lured once. As she frowned on the feeling that her stomach was getting heavier, Elma finally tried to wake up. I finally realized that I was tied to an altar-like place with a sturdy iron chain. "--Are you awake? A disturbing cat whispered. Without looking back, the identity of the voice owner was clear. "... Cardinal Chelsea"

24.「普通」のダンス(5) ワルツを一通り踊りきり、会心のフィニッシュを決めたあと、ルーカスは内心でやれやれと溜息をついた。 (おーお、真っ青な顔で......) 人の輪に紛れてこちらを凝視しているカロリーネに視線を向け、同情を覚える。 ダンスにかけては右に出る者がいないと豪語していた彼女だ。 こんなにも完璧な演技を見せつけられては、言葉すら浮かばないだろう。はっきり言って格が違う。 王子として、これまで熟練の芸妓を目にしてきた自分とて、こんな見事なステップを踏む娘は初めてだったのだから。 いや、素晴らしかったのはダンスだけではない。 彼女が誘いかけた瞬間、明らかに楽団の士気が高まり、音楽の質が変わったのを、ルーカスは肌で感じていた。 おそらくだが、エルマなしにこの演奏のクオリティを維持するのは難しいだろう。 彼女は、最高の音楽と最高のダンスで、至高の美を体現してみせたのだ。 (なにもそこまでしなくても、という感じではあったが......) ルーカスの見立てでは、カロリーネは最初の五秒ですでに戦意を喪失していた。 だというのに、腕の中の可憐な狂戦士は、いまだに戦闘姿勢を崩さない。 それどころかカロリーネの姿を見つけ出すと、真顔で彼女に話しかけた。 「お待たせいたしました、カロリーネ・フォン・ファイネン様。次はあなた様の番です」 「あ......え......、ええ......あ」 踊れと言うのか。この状況で。 カロリーネがさあっと血の色を失い、もはや昏倒しそうなのがわかる。 「エルマ、よせ。並の令嬢にこれほどのダンスができるものか」 加害者はたしかカロリーネのはずだったのに、と思いながら彼女に助け舟を出してやると、エルマは怪訝そうに首を傾げた。 「これほど? ですが今のは、一番簡単な部類のワルツでしたよね。もしやシャバ――」 「やめろ。言うな。もうそれくらいにしてやれ、頼むから」 例のセリフで息の根を止めにかかるエルマの口を、慌てて塞ぐ。 しかし彼女はその手を払うと、不本意そうにこちらを見上げてきた。 「なぜですか? これはおかしなことですか? 仲間の力を借りながら、強大な存在に挑みに行く。これは一般的な展開というものではないのですか?」 「挑むのを通り越してすでに叩きのめしている。いいか。おまえがディルクから借りて読んだ書物、あの内容はすべて忘れろ」 「ですが――」 エルマなりに、今度こそようやく常識の拠り所になると思った内容を否定されるのは、腑に落ちなかったらしい。 拗ねたような表情――無駄に、すさまじくかわいい――を浮かべるのを見て、ルーカスは溜息をついた。 「なら、こう思え。書物の中の主人公は、背中を見せて逃走する敵には手をかけなかったろう? 来る者は拒まんでいいが、せめて去る者は追うな。それが良識というものだぞ」 「ああ......」 エルマはぱちりと目を瞬かせる。 そうして、カロリーネがじりじりと後ずさっていることに今更ながら気付き、ようやく納得の様子を見せた。 異国風のニュアンスが残る言葉で、ヴァイオリンを構えた青年が話しかけてきたのである。 「私の本気と、あなたの本気。ぶつけては、みませんか」 彼は言うさま、手の中の楽器を高らかにかき鳴らしてみせた。 それは、これまでとは明らかに一線を画した、至高の響き。 音楽家が、己の生命を賭けて紡ぎ出す、まさに渾身の音色だった。 「ヨーラン・スヴァルド殿?」 王子として、青年の正体に心当たりのあったルーカスが、戸惑いながらつぶやく。 天才と評判の――つまり、こんな舞踏音楽など片手間でこなしてしまえるだろう彼が、なぜ今エルマに挑むような表情でヴァイオリンを奏ではじめたのかと首を傾げ、すぐにその答えにたどり着いた。 ――一番簡単な部類のワルツ。 おそらくは、さっきのエルマの言葉が、彼の心を着火させてしまったのだ。 先ほど、エルマは演奏を自在に「操って」いた。 音楽を、ダンスを引き立てるための道具として利用し、乗りこなしていた。それは、音楽こそを至高と思う彼にとっては屈辱的だったのであろう。 ヨーランは、本気の演奏を突きつけることで、エルマの傲慢をただそうとしているのだ。 「本来の音楽とは、しなやかで、誰にも囚われぬ、いわば野生の暴れ馬。あなたにそれが――乗りこなせますか?」 そう告げて彼がかき鳴らしたのは、はっと胸を打つ、それだけに変則的なフレーズ。 とても踊るのには適さない、生々しい旋律だ。 困惑する周囲をよそに、エルマは真顔で告げた。 「――ルーカス王子殿下」 「新たなライバルの出現です。向こうから来たので、拒まないのが良識ですよね」 「............」 どうしてそうなる。 ルーカスの率直な感想だった。 「いや、それは――」 どうしたら矛盾なく説得できるか。脳裏で素早く思考を巡らせる。 「もう一度、お力を貸してくださいますか。闘いましょう、ともに」 しかしその僅かな時間が仇となったらしい。 エルマはさっとルーカスの手を取り、再びダンスホールに飛び出していってしまった。 (ああ......ああ......! なんて......なんという......!) ヨーランは歓喜していた。 身体のうちから溢れ出る音楽。 全身を満たす興奮。 ヨーランは、異国の地で運命の出会いを果たせたことを、神に感謝していた。 (すごい......素晴らしい......僕の音楽に、小麦一粒のずれもなく寄り添ってくる......いやちがう、超越してくる......!) 幼少のころから彼の音楽への愛は深く、その解釈や表現は、常人に理解できる範囲から逸脱していた。 たった一音からでも、彼は無限の物語と色彩を感じ取り、表現することができるというのに、他人にとってはただの一音。 自分の音楽的感覚と、他人のそれは、あまりに粒度が違いすぎる。 ヨーランにはずっとそれが不満だったのだ。 ところが今、目の前の少女は、ヨーランが音に込めた意図をあますことなく理解し、表現してくる。 音色に込めた哀愁、テンポをごくわずかにずらした遊び、余韻に含ませた緊張感――それらを、指先の動きひとつ、背中のそらし方ひとつで、見事に体現してみせているのだ。 ヨーランは、自らが音楽に込めた情景が、寸分たがわず少女に伝わっているのを感じた。 そしてまた、彼女によって身体的な動作を得た音楽が、広大な物語となって描き出されるのを理解した。 (ああ......見える......! 僕の音楽と、彼女のダンスが溶け合ったその先に......無限に広がる世界が......!) ヨーランは、演奏しているその楽曲に、ある国の芽生えと滅亡を描き込んだつもりだった。 澄んだ空の下、穏やかに草をはむ動物と、それを世話する心優しい人々。 集落は村となり、やがて緩やかに周囲と融合しながら、ひとつの大きな国を成す。 大きな石の建物。実りの季節。 しかし突然、敵はやってくる。 一方的な蹂躙、逃げ惑う人々。 飛び交う戦火、満ちる怨嗟と絶望の声......。 ありふれたワルツなどでは到底表現できない、感情を激しく行き来する情景だ。 しかし少女は、ときに軽やかにフィガーを刻み、またときに大胆にターンを決め、悲しい宿命を帯びた国の行く末を、鮮やかに表現してみせた。 (ふ、なるほど、伸びた指をだらりと下げていくことで、不穏な未来を暗示してみせたか......。だが、これはどうだ? おお......なんて大胆なジャンプ......パートナーの手を離れ、風に煽られた木の葉が舞うように回転する......ままならぬ運命の表現か......! 音楽より一歩踏み込んだ解釈......くそっ、見事だ......! ならば次は......!) フルオーケストラなんていらない。 世界を表すのには、ひとりの奏者と、そしてひとりの踊り手さえいればいい。 だが――主導権を握るのは、どちらか。 ヨーランとエルマは、ときに視線を絡み合わせながら、遥かなる高みを目指しつづけた。 (おい! いつまでやっているのだ、ヨーラン・スヴァルド!) 一方、それどころでない人物がひとり。 皮膚が擦り切れんばかりに、必死に鼻を擦っている、クレメンスである。 彼は、先ほどからヨーランがまったくこちらを見ないことに、強い危機感を抱いていた。 「す......すごいわ! なんて鮮やかなシャッセ!」 「おい見ろよ......あんな高速のウィンドミル......! す、すごい風だ! すごい風速だぞ!」 「ああっ、摩擦熱でフロアから煙が!」 観客からは、舞踏会というより武闘会でも見ているような感想が次々に上るが、クレメンスはそれどころではなかった。 (なにを恍惚とした顔で演奏しておる! うつけめが! おまえは、トリルさえ弾けばよいのだ!) 段取りが。完璧に整えた計画が崩れていく。 とそのとき、口元に不敵な笑みを浮かべたヨーランが独特の構えを見せたので、クレメンスはぎょっと目を見開いた。 まさか。 「あ。これ、ヨーラン・スヴァルド名物の、『至高のトリル』のポーズじゃないかなあ」 ワイングラスをくるくると傾けながら、フェリクスがのんびりと呟く。 それと同時に――空気を震わせるほどに激しく、高音のトリルが響き渡った! (今ではないわ、うつけがあああああああ!) クレメンスはその場に崩れ落ちそうになった。 冷や汗を浮かべながら視線を転じれば、ルーカス王子の踊る近くで、必死にその動きを捕らえようとしている青年がいる。 間違いなくそれは、クレメンスが弱みを握り、毒針を仕込んだ靴でルーカスの足を踏み抜くよう命じた下男であった。 が、王子たちのステップが早すぎて、まったく足を踏み出すタイミングが掴めないらしく、先ほどからかくん、かくん、と中途半端に顎と片足を突き出している。 (長縄に入れない子みたいになっているではないか!) 実に挙動不審だ。 というか、今毒針を仕込んでもらっては困るのだ。 あくまで、「フェリクスが手渡したワインによって倒れたように見える」ことが狙いなのだから。 ワインとは無関係に毒殺されてしまっては、かえって面倒なことになる。 (くそっ、ひとまず今回の計画は取りやめだ。下手にあやつが口を割らぬよう、私が直々に始末して――) 作戦中止の合図を決めておかなかったのは痛恨のミスだった。 どうせ使い捨ての駒だからと、再利用することを端から想定していなかったのだ。 クレメンスは下男に近づき、それこそ指輪に仕込んだ毒針で彼を「処分」してしまおうかと腕を持ち上げたが、それよりも早く、興奮したらしいヨーランが再び「至高のトリル」を奏でた。 トリルが鳴ったら刺す、としか仕込まれていない下男は、それでいよいよ焦ったらしく、もはや自然さなどかなぐり捨てて、高速で回転しているルーカスたちに勢いよく突進していく。 クレメンスが人込みの中から伸ばした腕は空振りして、代わりに、下男の足が、ルーカスの足をめがけて振り下ろされた――! 「オ・レ!」 ――ぱんっ! 次の瞬間、掛け声とともに、空気を引き裂くような鋭い手拍子が響く。 眼前に広がる光景に、クレメンスは目を疑った。 まるで、トリルをその手拍子によって封じ込めたような、奇妙な沈黙。 頭上で両手を重ね合わせた少女は、まっすぐに背筋を伸ばし、同時に、一方の足だけをぴんと外側に跳ね上げていた。 つま先までしなやかに伸びたその足は、下男の足をしっかりと持ち上げている。 少女が、毒針を仕込んだ靴ごと、刺客を蹴り上げたのだ。 いったいどんな力学が働いているのか、片足を少女に持ち上げられた下男は、びくびくと震えながら、奇妙なポーズのまま静止していた。 「う......あ、ああ......」 「ダンスに割り込むなど無粋ですよ。殿方の足を踏んでよいのは、パートナーの女性だけです」 少女は神妙な表情で諭していたが、ふと下男の靴底を見ると、「おや」と不思議そうに首を傾げた。 そうして、三秒ほどじっくりと、給仕係の顔と、彼の視線の先を見つめた。 「あの。もしや――」 だが、彼女がなにかを言うよりも早く、異国の音楽家がその場に立ち上がり、拍手をしはじめる。 少女が振り向くと、その拍子に給仕係は尻もちをつき、それからわたわたと逃げ出した。 ヨーランはそれには一瞥もくれず、おもむろに美貌の少女に近づくと、その場に跪いて熱っぽく彼女を見上げた。 『僕と対等に渡り合える音への感受性、解釈の深さ、そして豊かな表現力。音楽と並び立つ芸術があるのだということを、今日僕は初めて理解した。魂ごと奪われるような見事なダンス......特に、トリルと同時に披露してみせた錐もみ回転のようなステップからは、物理的にも神の息吹を感じた』 捲し立てるようなヤーデルード語。 興奮のあまり、母語が出ているのだろう。 諸国との交流があるクレメンスですら、断片的にしか聞き取れなかったが、異様なことに少女は難なくそれを聞き取っているようだった。 『いえ。音楽と、パートナーのリードあってのダンスですから。素晴らしかったのだとしたら、それはひとえに音楽と殿下のおかげです』 あまつさえ、流暢にそれに返しすらしている。 どうやら謙遜しているようだが、それを遮るようにヨーランは激しく首を振った。 『なにを言うんだ! 君のそのダンスの技術は、僕がこれまで見た誰より卓越している。いや、はっきり言って人知の域すら超えている!』 『え、いえ、別にこのくらい、割と普通の――』 『神よ! これが普通などと言うのなら、僕はなにを信じればいい。それともそうか。君が 『異常......いえ、あの――』 ルーカスは乱れた息を整えながら、珍しく圧されているエルマを見て、おやと片眉を上げた。 (珍しく「これくらい普通でしょ爆弾」は炸裂しないのか) その心無い発言で、すでに敗北を認めている相手の心をごりっとえぐっていくのが常だったのに。 さすがにこんなに熱烈に讃えられては――完全には聞き取れないが、それでも意図は伝わってくるぐらいの熱量である――、そんな気も起きないのかと思いかけたが、それにしても様子がおかしい。 どこかそわそわしているようである。 「どうした、エルマ。珍しく殊勝に褒められているじゃないか。とうとう、自分が普通ではないという事実を、受け入れる気になったか?」 「普通ではないという事実? そんな」 ルーカスとしては、ずば抜けたダンスを披露したエルマを持ち上げる意図も込めて、そのように軽く言ってみたのだったが、彼女の反応は予想とは違った。 図星を指された人のように、気まずそうに視線を逸らしてみせたのである。 ついで彼女は、俯いたまま抗議した。 「あんまりです、殿下。私はどうやら常識外れらしいと自覚しているからこそ、侍女長や副中隊長の価値観に準拠して、懸命に『普通』を探っているのに。これは本当に『普通』なのだろうかと疑問に思う時でも、きっとシャバではこちらが正しいのだろうと、疑念を押し殺して、愚直に『普通』に沿おうとしているのに」 「だとしたら、愚直がすぎる。ロマンス小説も武闘派小説も、教本になりえないと薄々気づいていたなら、その時点で引き返してくれ、頼むから」 思わずルーカスが突っ込んでしまうと、エルマはちょっと怯んだように顎を引いた。 そして、再びちらりと人の波に視線を投じてから、小さく溜息を落とし、覚悟を決めたように顔を上げた。 「なんだ」 「こんなことを言いだすのは、『普通』ではないかと思われたため、ためらっていたのですが、やはり私個人の価値観に照らせば――その価値観こそが普通ではない可能性も否めないのですが――、それでもここはひとつ、一言もの申し上げるべきかと愚考しました次第でして......」 彼女なりの規範を冒そうとしているのか、どうも歯切れが悪い。 「これまでのように、個人の能力を披露するくらいのことならばまだしも、一介の侍女が陰謀を暴く展開というのはちょっと行き過ぎといいますか、いかにも普通ではないですし、殿下も先ほど『去る者は追うな』と仰ったなか、執拗に追及するようなことを申し上げるのも良識外れの振る舞いのような気がして心苦しいのですが――」 「なんなんだ。端的に言え」 「王子殿下は、毒殺されかけていたようです」 本当に端的に言い放ったエルマに、ルーカスは硬直した。 「――は?」 「下手人は先ほど私が足を蹴り上げました給仕係。凶器は靴に仕込んだ毒針。そして黒幕は、今その給仕係を追いかけて、毒針付きの指輪を振り下ろそうとしている――」 エルマは素早く靴を脱ぎ取り、びゅっ! と斜め後ろに向かって投擲した。 「うぐあっ!」 とたんに、靴が鈍く人体にぶつかる音と、苦悶の叫びが響く。 その場にうずくまった人物を指さしながら、エルマは続けた。 「クレメンス・フォン・ロットナー侯爵閣下です」 舞踏会場の空気が凍りつく。 しん、と静まり返った空間に委縮したように、エルマは視線を逸らした。 「三秒で陰謀を暴くというのは、やはり普通......ではないですよね......」 消え入りそうな声だった。

25 24. "Normal" Dance (5) After dancing through the waltz and deciding on the finish of the congregation, Lucas sighed deeply. (Ooh, with a pale blue face....) I look at Caroline and feel sympathetic as she stares at us in circles of people. She used to say that there was no one to the right at the dance. You wouldn't even think of words if you showed me such a perfect act. To be clear, it's not a good fit. As a prince, I've never seen a skilled geisha before, and I've never seen a daughter take such a stunning step. No, it wasn't just dancing that was great. At the moment she invited her, Lucas clearly felt that the morale of the band had increased and the quality of the music had changed. Perhaps, it will be difficult to maintain the quality of this performance without Elma. She embodied the supreme beauty with the best music and the best dance. (I didn't have to do anything like that...) In Lucas' view, Caroline had already lost her game in the first five seconds. That said, the poor mad warrior in his arm still doesn't break his fighting posture. Instead, I found out who Caroline was, and I talked to her with my face. "Thank you for waiting, Caroline von Finen. Now it's your turn." "Ah... eh... yeah... ah" You want me to dance? In this situation. With the caroline, the color of blood is lost and I can see that I'm about to faint anymore. "Elma, don't. Can a lady like you dance this much?" The perpetrator was supposed to be Caroline, but when he sent her a rescue boat, Elma leaned her head suspiciously. "So much? But that was the easiest kind of waltz, right? Hello, Shabaa." "No, don't say that. That's enough, please." With the line of the example, Elma's mouth, which was stopping her breath, rushed over. But she looked up at us unintentionally when she took the hand. "Why? Is this weird? With the help of his allies, he goes to challenge a mighty existence. Isn't this a general development? "I've already beaten you through the challenge. Look, forget all the books you borrowed from Dirk and read them." But... It seems that it was not in my heart that I was denied what I thought would finally become the base of common sense when I became Elma. Lucas sighed as he saw a stubborn expression - in vain and so cute. "If so, think this way. The hero in the book didn't show his back to the enemy who ran away, did he? You may refuse those who come, but do not chase those who leave. That's good sense." "Ahh....." Elma blinked her eyes. Then, realizing that Caroline was twitching and falling behind, she finally showed her satisfaction. An exotic nuance speaks to a young violinist. "I mean it, and you mean it. Why don't you hit it?" He whistled the instrument in his hand high. It is a supreme echo that clearly distinguishes itself from before. A musician spins his life, and it's just the tone of his body. "Lord Yoran Svaldo? As a prince, Lucas, who knew the identity of the youth, murmured bewildered. Genius and reputation - that is, dance music like this can be done in one hand, he leaned his neck and quickly arrived at the answer to why he started playing the violin with a challenging look on Elma's face. --The simplest class of waltz. Perhaps Elma's words set his mind on fire. Earlier, Elma was at liberty to "manipulate" the performance. Music was used as a tool to enhance dance. It would have been humiliating for him to think that music was supreme. Yoran is trying to prove Elma's arrogance by pointing to a serious performance. "Natural music is a wild horse that is supple and unstoppable. Can you do that? That's what he snorted at, a chest blow, and a really unusual phrase. A vivid melody very unfit for dancing. Elma told her face about her confused surroundings. Prince Lucas. "A new rival has emerged. I'm from over there, so it's good sense not to refuse." ............ How did that happen? It was Lucas's honest feeling. No, that's... How can I convince them without contradiction? Fast thinking in the back of your head. "Can you help me again? Let's fight together." However, it seems that the short time became a vendetta. Elma quickly took Lucas's hand and jumped back into the dance hall. (Ahh... ahh...! What... what...! Yoran was delighted. Music overflowing your body. Excitement that fills your whole body. Joran thanked God for fulfilling his destiny in an exotic land. (Wow... wonderful... my music is leaning against me without a single grain of wheat... no, it's transcending...! Since his childhood, his love for music was deep, and his interpretation and expression deviated from what ordinary people could comprehend. From just one sound, he can sense and express endless stories and colors, but for others it's just one sound. My musical feelings and those of others are too different in size. I've always been unhappy with Yoran. However, the girl in front of her now understands and expresses Yoran's intentions without disturbing the sound. The sadness in the tone, the play with a very slight shift in tempo, and the tension in the finish - they are displayed beautifully with one fingertip movement and one back shift. Yoran felt that the scene he put into the music was passed on to the girl without thinking about the dimensions. And I understood that the music that she had gained physical movement was portrayed as a vast story. (Ah... I can see...! After my music and her dance blended together... there was an infinite world...! Yoran intended to depict the budding and extinction of a country in the song he was playing. Animals gently grazing under the clear sky and caring for them. Settlements become villages and eventually merge slowly with their surroundings to form a large country. A large stone building. The fruitful season. But all of a sudden, the enemy comes. Unilateral ravages, people fleeing. Flying fires, full of resentment and despair... It is a scenario in which emotions are violently exchanged, which cannot be expressed in a common waltz. But the girl carved the fighter lightly at times, and boldly took turns at times, showing vividly the fate of a country with a sad fate. (Fu, I see, by slowly lowering your extended fingers, you're implying a disturbing future... But how about this? Oh... what a daring jump... the wind-infused leaves of the trees spinning away from my partner... an expression of unfortunate fate...! An interpretation that goes one step further than music... Damn, that's brilliant...! Then next....! I don't want a full orchestra. To represent the world, just one player and one dancer. But - who will take the lead? Yoran and Elma continued to aim for far higher heights while intertwining their gaze at times. (Hey! How long have you been doing this, Yoran Svaldo! On the other hand, there is one person who is not far away. It is Clemens, whose skin is just scratching and rubbing his nose desperately. He had a strong sense of crisis about Yoran not seeing us at all earlier. "Su... wow! What a vivid chasse! "Hey look at that... fast windmill...! Wow, what a wind! That's a lot of wind speed! "Ah, there's smoke coming from the floor due to friction heat! From the audience, the feeling of seeing it at the martial arts rather than at the ball rose one after the other, but Clement was not that far away. (What are you playing with your ecstasy face?! Fucking asshole! You just have to play the Trill! It's a setup. A perfectly arranged plan will collapse. At that time, Clement opened her eyes slightly as Yoran, who had an unparalleled smile on his mouth, showed a unique attitude. I don't think so. "Ah, I wonder if this is one of Yoran Svaldo's specialty 'The Supreme Trill' poses." Felix whispers slowly as he tilts around the wine glass. At the same time - it was so intense that the air trembled that the treble of the treble resounded! (Not now, you're lying ahhhhhh! Clement almost collapsed on the spot. Turning his gaze with a cold sweat, there is a young man who is desperately trying to capture the movement near Prince Lucas' dance. Certainly it was Clement who grasped his weakness and ordered Lucas to step through his feet with shoes with poison needles. However, it seems that the princes are stepping too fast to grasp the timing of taking their feet at all, and they are sticking out their jaws and one foot halfway. (You look like a child who can't get into Nagano! I'm really suspicious of my behavior. I mean, I don't want you to get me a poison needle right now. It's only about "it looks like Felix fell down with the wine he handed over." If you are poisoned independently of wine, it will be troublesome. (Damn it, I'm done with this plan for now. I'll take care of him personally so he doesn't break his mouth.) It was a grievous mistake not to decide to stop the operation. I didn't expect to reuse it from the edge because it's a disposable token anyway. Clement approached the inferior man and raised his arm to "dispose" him with the poison needle he had put in the ring, but before that, the excited Yoran played the "Supreme Trill" again. When the torril rang, the inferior man, who had only been trained to stab, finally rushed into Lucas, who was spinning at high speed, as if he was in a hurry. Clemens stretched his arm out of the crowd, and instead, the lower man's leg was swinging down towards Lucas's leg -! Au lai! - Pam! The next moment, along with the shouting, a sharp clap that rips the air apart. Clement doubted the sight before her. A strange silence that seemed to contain Toryl by his applause. The girl with her hands overlapping her head was straightening her spine and at the same time jumping one foot outwards. The leg stretches softly to the toes, firmly lifting the inferior man's leg. The girl kicked up the assassin with each shoe with a poison needle. Regardless of what mechanics were working, the inferior man, who was lifted by a girl with one leg, was still in a strange pose, trembling and trembling. "Uhh... ah, ahh..." "Interrupting into a dance is innocent. Only partner women can step on your feet." The girl was teaching with a magical expression, but when she saw the bottom of the lower man's shoe, she leaned her neck strangely. Then, for about three seconds, he carefully stared at the waiter's face and the tip of his gaze. "Um, hello..." But before she said anything, an exotic musician stood up and applauded. When the girl turned around, the waiter clapped his butt at the applause and ran away. Yoran did not give her a glance, but rather approached the beautiful girl and knelt down on the spot and looked up at her warmly. "Sensitivity to sounds that cross me equally, depth of interpretation, and rich expression. I understood for the first time today that there is art alongside music. A stunning dance that took away every soul... Especially from steps like spinning a cone that I showed at the same time as a torril, I felt the breath of God physically." Rolling Yaderoud. I wonder if my mother tongue is very excited. Even Clement, who had exchanges with other countries, could only hear fragments, but it seemed unusual for the girl to hear it. "No, it's music and dancing with a partner lead. If it was wonderful, it was all thanks to music and His Highness." Ah, I'm even giving it back fluently. Seems modest, but Yoran shook his head violently to block it. "What are you talking about?! Your dancing skills are better than anyone I've ever seen. [M] No, to be perfectly clear, it's beyond the realm of knowledge! Well, no, not at all, just normal... O God! If this is normal, what should I believe? [M] Or is that so? You're the god. God, I can't handle these powers, anomalies, no, miracles! Abnormal...... no, uh- Lucas raised his eyebrows as he gazed at the unusual pressure on Elma, holding his disturbed breath. (It's unusual for a bomb to explode like this.) With that heartless remark, it was usual for the other party who had already admitted defeat to go through his heart. That's why I was so enthusiastically praised - I can't hear it completely, but it's still calories enough to convey my intentions - and I wondered if that kind of feeling wouldn't happen, but I still feel strange. It seems to be deflected somewhere. "What's the matter, Elma? It's an unusual triumph. Are you finally ready to accept the fact that you're not normal? "The fact that it's not normal? Oh, no." As for Lucas, I tried to say so lightly with the intention to lift Elma, who showed off a slippery dance, but her reaction was different from what I expected. Like someone pointing to the stars, I accidentally distracted myself. Then she protested leaning down. "Not much, Your Highness. Because I am apparently aware that it seems out of common sense, I am diligently searching for" normal "in accordance with the values of the maid and deputy squadron commander. When I wonder if this is really 'normal', but I'm sure it's the right thing to do in Shaba, I'm trying to push my suspicions and kill them, and be foolish about 'normal'." "If so, it's too stupid. If you were to realize that romance and militant novels could not become teaching books, please turn back at that point." Unexpectedly, Lucas plunged in and Elma pulled her chin slightly scared. Then he threw his gaze at the waves of people again, and then sighed small and raised his face as if he had decided to prepare. "What is it?" "I was reluctant to say this because I thought it was' normal ', but in light of my personal values - and I cannot deny the possibility that those values are not normal - I was still foolish enough to say one word here..." I have a bad tooth cut because I'm about to break her code. "As before, if it is enough to demonstrate the abilities of individuals, is it a bit too much for a maid to reveal a conspiracy? It is not normal. Even though His Highness said earlier," Don't chase those who leave ", I feel unconscionable and uncomfortable to insist on pursuing it." "What is it? Just say it." "The prince was about to be poisoned." Lucas was stiff to Elma, who had really spoken out. "-What?" "Bad guy, I kicked my leg earlier, waitress. The murder weapon was a poison needle placed in the shoe. And now the mastermind is chasing the waiter and shaking down the ring with the poison needle -" Elma quickly took off her shoes and whimpered! and threw it diagonally back. "Ugh! Every once in a while, the sound of your shoes hitting your body bluntly sounds like a scream of anguish. Elma continued pointing to the person who was crouched on the spot. Marquis Clement von Rotner. The air in the dance hall freezes. Elma distracted herself as she constricted herself into a quiet space. "It's still not normal to expose a conspiracy in three seconds..." It was a fading voice.

16.「普通」の品定め(6) 「あん、危ない」 不意に窓から吹いてきた夜風に、騎士を模した指人形がテーブルから落ちてしまったのを見て、ハイデマリーは慌てて片手を差し出した。 柔らかな白い手は、勢いづくあまり、人形をかえって天井近くまで跳ね飛ばしてしまったが、なんとかテーブルの上、ダイニングの間取り図の辺りまで戻ってくる。 ハイデマリーはそれを丁寧に、テーブルのイラストが描かれた部分に置き直すと、他の人形たちを動かし、バランスを整えた。 「......おい。その腹であまり屈んだりするのではない」 「お気遣いありがとう、テレジア様。でも受け止めてあげないと、繊細なお人形が壊れてしまうもの」 ハイデマリーはくすりと笑って、騎士の人形をよしよしと撫でる。 お茶の時間にしましょう、と言って、テーブルの絵の描かれたあたりに人形を移動させる様子は、さながらあどけない女児のようだ。 が、にこやかに人形を操る彼女から、得も言われぬ異様な雰囲気を感じ取って、テレジアは無意識に眉を顰めた。 (なんなんだ、この女は......) 一見する限りでは、ただただ美しい、儚げな女。 だが、娼婦さながらの噎せ返るような色気をまとったかと思えば、貴族子女のような気品を見せ、かと思えば、幼子のように無邪気に人形遊びを始める。 その言動はとりとめがなく、対峙するテレジアに本能的な警戒心を与えた。 (この女を見ていると......なにかひどく、 テレジアは顎を引き、じっと向かいの相手を検分する。 緩く結い上げた銀の髪、白磁のように滑らかな肌。 穢れを感じさせない美しい瞳は、不思議なことに、世間知らずだった妹にも似ていた。 どこか浮世離れした、神聖さすら感じさせる美貌。 (まとう雰囲気が気になるのか......? それとも、他に何か......?) 自身が何に反応しているのかわからず、険しい顔で凝視していると、突然、 ――どごぉおお......ん! 外から爆音が響いたので、テレジアは咄嗟に腰を浮かせた。 「な......っ!?」 「あらあら、盛り上がっているわねえ」 が、目の前の女性はさして気にした素振りもない。 想定内だとでも言うように、のんびりと窓の外を眺め、それからしばらくして、なぜか「あら」と目を瞬かせた。 「テレジア様はご存じでして? ドラゴンは、唐揚げで塩が『普通』なのですって。わたくし、知らなかった」 「......は?」 「ふふ、失礼。気になる話題が 軽やかに詫びられ、テレジアの眉間の皺がますます深まる。 先ほどの爆音と、ドラゴンの話がなぜ繋がるのかがわからない。 それに、この部屋にはテレジアと彼女の二人しかおらず、しんと静まり返っているというのに、「聞こえた」とはいったいどういうことか。 だが、それらの問いを口にしても、 「わたくし、とても耳がいいの」 ハイデマリーはふふっと笑うだけだ。 (仮にどこかの会話を拾ったのだとしたら――まさか、棟も異なるダイニングから?) 不意にぞく、と背筋の冷える感覚がして、テレジアは顔を強張らせてハイデマリーを見た。 美貌の女王はそれに気付くことなく、熱心に指人形を並べ直している。 テレジアと話したいと誘ってきたわりに、彼女は相手の動向にはまるで無頓着のようだった。 「ああ、困ったわねえ。姫君と騎士をくっつけてあげたいのに、この席の配置だと、どうしても邪魔が入ってしまう。どう並べてあげたらいいのかしら?」 彼女は目下、指人形の席次に悩んでいるようだ。 そんなもの適当に並べればいいではないかと思うが、彼女は「これはおもてなしの訓練だもの。ゲスト全員が気持ちよくなれるよう、よくよく人間関係に配慮して並べなくてはね」となぜか意気込んでいる。 医者の恰好をした人形を姫の隣に座らせ、やはり考え直して移動させ、代わりに魔女の人形を騎士の横に付けたあたりで、ハイデマリーは溜息を漏らした。 「だめだわ。姫君への皆の愛が強すぎて、手の打ちようがない」 本気で嘆いているようである彼女を、テレジアはつい異様なものを見る目で見つめてしまう。 すると、ハイデマリーはちらりと視線を上げ、きまりが悪そうに微笑んだ。 「ごめんなさいね、あなたを放ってこちらに夢中になってしまって。でもね、親としてはつい、子どものことが気になってしまうの。娘に見立てた人形の扱いを間違えたら、あの子が不幸になってしまう気がして......。この親心、テレジア様なら、わかってくださるでしょう?」 あいにくテレジアは、人形遊びと現実を混同するような幼い精神の持ち主ではない。 だが、それ以上に気に食わないことがあり、つい彼女は言い返していた。 「さっきから母だの親心だの、思わせぶりに......いったいおまえは何が言いたいんだ」 「テレジア様は情愛深い方ですね、と言いたいだけですわ」 「なんだと?」 テレジアは眉間の皺を深める。 鋭い目つきでひとにらみすれば、権力とその気迫も相まって、大抵の相手は青褪めたものだ。 が、目の前の女は困ったように肩を竦めるだけだった。 「あら、わたくしの認識が違っていて? だってそうでしょう、あなたはとても情愛深い方。大切な者に降りかかった禍を自分のことのように受け止め、茨の道を進んでまで、責任と秘密を守り通す方だわ」 ハイデマリーの口調は迂遠そのものだ。それでも、テレジアに息を呑ませるのには十分だった。 「おまえは......何を知っている......?」 答えは短く、揺るぎない。 ハイデマリーはその藍色の瞳を猫のように輝かせ、じっとテレジアを見つめた。 そこには、聖女のような神聖さと、相手から言葉を奪うような、奇妙な迫力があった。 雨に掻き消されてしまった悲鳴も、産声も、ちゃんと聞こえたのよ。その時には意味が解らなくても、こうして遊戯に集中していればね、すべてが一本の糸に繋がってくるの」 「な......にを......」 圧倒され、腰を引いたテレジアを憐れむように、ハイデマリーは優雅に立ち上がる。 彼女は美しい顔に憂いの表情を乗せて、ゆっくりとこちらに近付いてきた。 「ねえ、どうか怖がらないで。わたくしはあなたにお願いしたいだけ」 「願い......?」 「あなたは、これから降る雨の意味に気付いてしまえる、この場で唯一の人。私もあの雨の日のことを誰にも言わないから、あなたもどうか、これから降る雨のことを、周りに告げないでほしいの」 ハイデマリーはそっとテレジアの手を取り、親しい友人のように、ソファに隣り合って座らせる。 相手から立ち上る芳しい香り、そして、見るだけで頭の芯が溶けてゆくような心地のする美しい瞳。 テレジアはぼうっとなって、ただ虚ろに言葉を反芻した。 「雨......?」 「一生とは言わないわ。そうね、雨が止むまで......夜明けくらいまでかしら。あなたは、ただ黙っていてくれればそれでいい。これまでのように、誰にも縋らず、秘密をそっと、身の内に閉じ込めておいてくれれば」 燭台の揺れる光を、淡く弾き返す銀の髪。 複雑に結われた髪が、また一筋はらりと肩に零れるのを見て、テレジアははっと息を呑んだ。 「――まさか、おまえ......!」 窓の外――濃紺の夜空に、その時、細い雨の粒が落ち始めた。 (んふ、なかなかいい男じゃなァい) 間近で遠慮なくルーカスを観察しながら、リーゼルは内心で唇を吊り上げた。 甘いマスクに精悍な体つき。 先ほど披露した剣技は惚れ惚れするほどだったし、声は荒げども乱暴な口は利かない品のよさや、意外な面倒見のよさも高得点だ。 まだ二十になったばかり、という点で青さも目立つが、エルマの「友人」――ひいては恋人候補としての年齢的釣り合いを考えるなら、それも許容の範囲内と言えた。 (気さくで、身分差を気にせず振舞う豪胆さもあるけれど、同時に自分の立ち位置や、周囲との距離感は慎重に計算している気もする。要領のよさと、それを外面のよさに隠せるだけの強かさがあるってことね。こういう男って、えてして本性はドライなのよ。弟タイプね。星占いで言うなら双子座) にこやかに相槌を打ちながら、つらつらとそんなことを考える。 、つい占いの類に人を当てはめて楽しんでしまう傾向にあるが、同時にその性格分析は鋭かったりもする。 言葉選びやちょっとした仕草、視線の動きや座り方まで網羅的に情報を総合し、見る間に相手の性質を掴んでゆくのだ。 詐欺師モーガンもその手のことは巧みだが、リーゼルのそれは、「女の勘」という無意識的な要素まで加わる分、よりダイナミックとも言えた。 (女慣れは......相当しているわね。ただ、誠実さも感じられる。恋人である間は、惜しみなく愛情を注ぐタイプね。それってつまり『相手に興味がある間は』ってことだけど......そこがちょっと気に掛かるかしら) リーゼルはワインをひと口啜るまでの間に、ルーカスのおおよその恋愛遍歴や、恋の終焉の原因までも当たりを付けてしまった。 恐らく、飽きっぽい性格のはずだ。 もともとの性質に加え、ずっと「選ぶ側」にいた傲慢さから、情を引きずることなしに、躊躇いもなく相手を切り捨ててしまえる。 自らが手塩をかけて育てた「 (もし、あたしの可愛いエルマを、そこらの女のように弄ぶのだというなら、今の内からねじ切って捻り潰す。それでもって......きれいに潰したら、あたしの奴隷にしてあげてもいいかも) 娘に近付く男を容赦なく撃退しようとする 今、同じタイミングでワインを口に含んだルーカスは、確実に先ほどよりもリーゼルに心を許しはじめている。 そろそろ、さりげなく彼自身の話題に移行していってもよいだろう。 話を聞き出し、感嘆してみせ、まずは好意と信頼をきっちり引き上げてゆく。 そこで滑らかに洗脳や暗示を施せば、男の欲望を引き出すなど造作もない。 リーゼルが望めば、性別すら超えて、大陸中の誰もが這いつくばり、愛を求めて手を伸ばすのだ。 (――ま、唯一手を伸ばさない人間がいたとしたら、あの女くらいかしらね) 脳裏にちらりと誇り高い娼婦の姿がよぎるが、リーゼルは瞬きもせずにその思考を振り払った。 今対処すべきは、目の前の色男だ。 愛の言葉を囁かせてやってもよいし、戯れに求婚させてみてもよい。 (ああエルマ、あなたはショックを受けるのかしら。でも、それって必要なレッスンだわ。後であたしがちゃんと慰めてあげる――あなたのことも、ルーカスくんのことも) 内心では魔女さながらに唇を吊り上げ、しかし表面上はあくまで気さくに、リーゼルは「美味しい」とワイングラスを揺らした。

126 16. "Ordinary" Provisions (6) "Ah, watch out." Heidemarie rushed out one hand when she saw a knight-like finger doll fall off the table in the night wind blowing from the window. The soft white hand jumped the doll close to the ceiling but managed to get back to the dining floor plan on the table. Hydemarie carefully repositioned it on the depicted part of the table, moving and balancing the other dolls. "... hey. Don't bend too much in your belly." "Thank you for your concern, Telesia. But if you don't take it, your delicate doll will break." Hydemarie smiles and strokes the knight's doll. It's time for tea, and moving the doll around the pictured area of the table looks like a quiet girl. However, Telegia unconsciously frowned, feeling an unusual atmosphere from her who smells and manipulates the doll. (What is it, this woman...) At first glance, it's just a beautiful, stupid woman. However, if you think you've choked back on a whore, you'll show some elegance like a noble child, and you'll start playing with the doll innocently like a toddler. The behavior was indescribable and gave Telegia an instinctive vigilance against confrontation. (When I look at this woman... I feel something terrible and uncomfortable (...)...) Telesia pulls her chin and examines the opponent standing still. Loosely tied silver hair, white magnetic smooth skin. Beautiful eyes without feeling filthy were, strangely enough, similar to her unknown sister. Beauty that makes you feel even sacred. (Do you really care about the atmosphere...? Or is there something else...? I don't know what I'm reacting to, and I'm staring at my steep face, and all of a sudden, --Ooh... nh! The explosion sounded from the outside, so Telesia raised her hips aggressively. "Nh...!? Oh, you're so excited. But the woman in front of me didn't even pretend to care. As expected, I took a lazy look outside the window, and then for a while, I blinked my eyes for some reason. "Did you know Telesia? The dragon is fried chicken and the salt is" normal ". I didn't know." "... what? "Fufu, excuse me. I heard something that bothered me (...), so follow me." She apologized slightly and the wrinkles between Telesia's eyebrows deepened. I don't know why the explosion and the dragon story are connected. Besides, there are only Telesia and her in this room, and they are quiet, but what do you mean, "I heard you"? But even with those questions, "I'm very deaf." Heidemary just smiles. (Suppose you picked up a conversation somewhere - from a different dining room? Surprisingly, she felt a cold sensation in her spine, and Telesia stretched her face and saw the high demeanor. Without realizing it, the beautiful queen is eagerly rearranging her finger dolls. When she asked to speak with Telesia, she seemed indifferent to her opponent's movements. "Oh, I'm in trouble. I want to tie the princess and the knight together, but the arrangement of this seat really gets in the way. How do I arrange them? She seems to be troubled by the seat of the finger doll at the moment. I think it would be nice to arrange such things properly, but she said, "This is a hospitality training. We need to be careful about our relationships so that all our guests feel good." Hydemarie sighed as she sat next to the princess dressed as a doctor, rethinked and moved, and instead put the witch's doll next to the knight. "I can't. Everyone's love for the princess is too strong to be beaten." Telegia stares at her, who seems to be mourning seriously, looking at something strange. Hydemarie glanced up and smiled ill. "I'm sorry I let you go and fell in love with me. But as a parent, I care about my child. If I mistake my daughter for a doll, I feel like she's going to be unhappy... If you're so kind, Telesia, you'll understand. Unfortunately, Telesia is not the owner of a young spirit that confuses doll play with reality. But there was something more I didn't like, and she said back. "What the hell are you trying to say to my mother just now?" "I just want to say that Telesia is a loving person." "What do you mean? Telesia deepens the wrinkles between her eyebrows. With a sharp glance, the power and the temper are combined, and most of the opponents are bluished. But the woman in front of her was just shrugging her shoulders in trouble. "Oh, you don't recognize me? 'Cause that's right, you're a very loving person. You will take the evil that has befallen your loved ones like yourself, and you will keep your responsibilities and your secrets until you go down the path of the barn." The tone of Hydemarie is a detour. Still, it was enough for Telegia to breathe. "What do you... know...? The answer is short and unshakeable. Hydemarie stared at Telesia with her blue eyes shining like a cat. There was a sacredness like a Virgin and a strange power to take words away from the opponent. "I told you, I'm very deaf. That's why I heard the screams and voices that were scratched off by the rain that day. Even if you don't understand the meaning at that time, if you focus on playing like this, everything will be connected to one thread." "Nah... give it to me..." Hydemarie stood up gracefully, feeling sorry for Telesia, who was overwhelmed and pulled back. She slowly approached us with a sad expression on her beautiful face. "Hey, don't be scared. I just want to ask you." "Please....? "You're the only one here who realizes what rain means. I won't tell anyone about that rainy day, so I don't want you to tell anyone about the rain that's coming." Hydemarie gently grabs Telegia's hand and sits next to the sofa like a close friend. The fragrant scent rising from the other person, and beautiful eyes that melt the core of your head just by looking. Telesia blurred and simply rebuked her words. "Rain...? "I won't say it forever. Well, until it stops raining... until dawn. All you have to do is keep quiet. As always, if you don't trust anyone, keep your secrets quiet inside you." A silver hair that flickers back the wavering light of a candlestick. Telesia took a breath when she saw her complex tied hair rubbing back into her shoulders. "--No way, you...! Outside the window - in the dark blue night sky, thin rain grains began to fall. (Nfu, you're not such a good man.) As he watched Lucas without hesitation, Rezel lifted his lips inside. Sweet mask and tough body. I fell in love with the swordsmanship I showed you earlier, and my voice was rough and my mouth was rough. I also had a high score for the good product and the unexpected care. Blueness is also noticeable in that it has only just become twenty, but considering Elma's "friend" - and hence the age equilibrium as a lover candidate - it can also be said to be acceptable. (Although it is gentle and bold to behave without worrying about identity differences, at the same time, I feel that I am carefully calculating my standing position and the distance from the surroundings. It has good guidelines and strength enough to hide them on the outside. Men like this are so dry in nature. My younger brother. Gemini, if you say astrology) While smiling at the gavel, he thinks of such a thing in a frustrating way. Because Liesel is a woman (...), she tends to enjoy applying people to divination, but at the same time, her personality analysis is sharp. You will comprehensively gather information about your choice of words, tricks, gaze movements, and how to sit, and grasp the nature of your opponent while you look at it. The con artist Morgan was skillful, but Rezel was more dynamic by adding it to the unconscious element of "women's intuition." (Woman habit... is quite appropriate. However, I can feel honesty. While you're a lover, you're the type that spares no effort. I mean, "while I'm interested in someone else," but... that might bother me a little.) Within a sip of wine, Riesel was struck by Lucas's approximate history of love and the cause of the end of love. Probably a boring personality. In addition to the original nature, you can truncate the opponent without hesitation, without dragging emotions from the arrogance that has always been on the "side of choice". "Daughter (Elma)" raised by herself with hand-salted salt, I don't know if she will get bored early like those ordinary girls, but even if it is possible, it is heartfelt that she wants to wipe it away. (If you play with my lovely Elma like those women, I will twist and crush her from the inside. Still... if you crush it clean, you might as well be my slave.) There was no contradiction between the father's relentless attempt to defeat the man who approached his daughter (...) and the desire of a woman who nodded in front of a good man. Now that Lucas has wine in his mouth at the same time, he is certainly beginning to forgive Rezel more than he did earlier. It's time to move on subtly to his own topic. Listen and admire the story, and first raise your favor and trust. There is no such thing as a smooth brainwashing or implication that draws out a man's desire. If Rezel wants it, everybody on the continent will crawl beyond gender and reach out for love. (--If there was only one person who couldn't reach out, it would be that woman.) There was a glimmer of a proud whore behind her head, but Rezel wiped out her thoughts without blinking. What we have to deal with now is the colored man in front of us. You may whisper the words of love, or you may propose for fun. (Elma, do you get shocked? But that's a necessary lesson. I'll comfort you later - about you and Lucas) Inside, the witch lifted her lips gently, but only gently on the surface, and Riesel shook the wine glass with "delicious".

7.「普通」の手料理(2) 二週に一度だけ巡ってくる夜番を終え、昼前になってようやく職務から解放されたエルマは、寝台に横になるべく淡々と準備を進めた。 ブリムとエプロンを外し、団子にまとめていた髪を解く。 艶やかな黒髪が肩を流れ落ちるのを細い指で掻き上げながら、メイド服を脱ぎ、寝間着へと着替える。 靴も脱いで寝台に上がり、下半身を薄手の掛け布団にうずめた状態で、ようやく眼鏡を外した彼女だったが、ふと顔を上げると、すちゃっと眼鏡を装着しなおした。 そのとたんに、 「エルマー!」 ノックもなしに寮室の扉が開き、ひょこっと金髪の同僚――イレーネが顔を出す。 猫のような緑の瞳で無邪気にエルマを見つめ、彼女が眼鏡を着けたままであることを理解すると、イレーネはちっと舌打ちを漏らすようなそぶりを見せた。 「......あと十秒早かったようね......。寝る前はさすがに眼鏡を外すと思ったのに」 「あのような足音を響かせられては、寝ていたままでも気配に気づいて眼鏡を掛けなおせます」 「最大限足音を殺してきたわよ!」 イレーネはむっと頬を膨らませる。 初日ですっかりエルマに敬服した彼女は、ボスと認めた相手に忠誠を尽くす犬さながら、以降べったりとまとわりついてきているのであった。 特にここ数日は、エルマの素顔を見ようと躍起になっているようである。 「私たち、と......友達、でしょう!? 友達にまで素顔を隠す法ってないわ」 「侍女長より禁じられておりますので」 友達、の単語で恥じらいながらも、懸命に食い下がるイレーネに、エルマは淡々と答えた。 そう、彼女は初日、ユリアーナ前妃にお茶を振舞った後、グラーツ子爵夫人ゲルダに別室に呼ばれ、懇々と諭されたのである。 いわく、普通の家庭では人の表情を微細に読み取ることなど教えない。 主人の心を推し量ることは侍女の美徳だが、感情どころか思考を察知し、つまびらかに解説するようなことをしては周囲を怯えさせてしまう。 それは「普通」ではないと。 ゲルダの説教を聞きながら、エルマは獄内での、とある日常の一コマを思い出していた。 ――いいですか、エルマ。私のかわいいお嬢さん。 今のあなたは「生活に疲れ夫の浮気を疑いながらも子どもには笑顔を振りまく母親」の役です。 頬の筋肉はもっとぎこちなく、瞼は時折わずかに痙攣し、笑みは左右非対称になる。 そのことを意識して、はい、もう一度やってみましょう。 ――はい、たいだのおとうさま。 かつて【怠惰】の父・モーガンは、幼い自分のままごとに根気よく付き合い、丁寧な演技指導をしてくれたものだったが、世の父はそんなことをしないのだという。 というか、父が複数いるというのも「普通ではない」ことなのだそうだ。目から鱗とはこのことだ。 エルマはあの監獄の中では、かなり真っ当な神経と常識の持ち主だと自負していたが、なるほど母の言う通り、シャバにはシャバのルールがある。監獄の常識は世の非常識と考えたほうがよさそうだ。 ひとまずエルマは、職務的にも人間的にも信用されているゲルダの言うことを、全面的に信じようと考えた。 そのゲルダは、説教の最中、相手の素顔が見えないことが気になったようで、エルマに眼鏡を外すように命じた。 粛々と従ったエルマだが、――しかし、侍女長はたっぷり呼吸五つ分ほども黙り込んだ後、顔を真っ赤にしながら、「や、......やはり、眼鏡は掛けておきなさい。あなた、その素顔を殿方には......いえ、同性もね、とにかく誰にも見せないほうがいいわ」と、再度装着を命じたのである。 逆らう理由もなかったので、以降エルマはその命に従っている次第である。 「まったくもう、融通がきかないのだから。まあいいわ、今日は珍しく髪を下ろしたところが見られたから、それで勘弁してあげる。きれいな髪ねえ。どうやってお手入れしているの?」 「蜂蜜をベースにしたトリートメントを調合しております。気になるようなら、あとでレシピを差し上げますよ」 「まあ、ぜひ欲しいわ!」 イレーネは寝台に乗り上がって髪を掬い取ったり匂いを嗅いだりと、こちらの研究に余念がない。 ついでに言えば、エルマを寝かしてくれる気もなさそうだ。 「あの。本日はこのまま非番なので、できれば八時間ほど眠りたいのですが」 「だめよ」 下手に出ると、イレーネはにっこりとそれを却下した。 「私、これからお昼なの。一緒に食べに行きましょう? 寝るのはお腹を満たした後よ」 若い男ならころっと落ちてしまいそうな、魅力的な笑顔。 しかしエルマにその気はなかったので、むしろ警戒心も露わに掛け布団を引き上げた。 「......そうやって、成り行きでまた私に料理をさせる気でしょう。その手には乗りませんよ」 「あら、ばれてしまったわ」 小悪魔がぺろりと舌を出す。これで彼女はなかなか強かな策略家なのだ。 どうやらお茶会を機にすっかりエルマの料理の腕に惚れ込んでしまったらしく、「普通」のワードをちらつかせれば高確率でエルマが従うと気付いてからは、なにかと料理をさせに追い込んでくるのである。 微表情を読めば、嘘かの見分けくらいは付くのだが、「あなたの作る料理が食べたいの!」と懇願する様子はいつも心底本気のようなので、これでなかなかお人よしのエルマは、ついついその口車に乗せられてしまうと、そういうわけだった。 「――ですがさすがに、熊の解体ショーを披露したり、巨大鍋を鋳造するために裏庭に反射炉を作ったのは、やりすぎのようでした。おかげで侍女長に叱られてしまったではないですか。イレーネのせいです」 「......正直、それは私の想像の範疇を超えていてよ」 常識と非常識の判別がつかず、過剰なスキルを持ち合わせたエルマは、「うっかり」文化水準や価値観に激震を走らせるようなことをしでかしてしまうのである。 当時の騒動と、そのたびに火消しに奔走していたルーカスや侍女長の姿を思い出し、イレーネも少しばかり遠い目になった。 が、そこはそれ。 切り替えの早さに定評のある彼女は、懲りずにエルマの手を取って頼み込む。 「ねえ、お願いよ。私、さっぱりとしたスイーツか野菜、さもなくばがっつりとしたお肉か魚が食べたいわ。つまりなんでもいい。なんでもいいから、あなたの料理が食べたい」 「自分に正直な人ですね......」 眉を寄せながらも、腕は振り払わない。 全力でこちらに飛び込んでくるイレーネとのやりとりは、存外心地よかった。 これがシャバの友情というものなのかもしれない。 だとしたら、彼女は友人第一号なわけで、その意思はできうる限り尊重するというのが正しいシャバ的交友の在り方であろう。 彼女の要望を叶えるなら、シャーベットなどどうだろうか。 反射炉のときは、巨大な設備を個人が公有地に造ったために叱られてしまったが、小ぢんまりと塩と氷を使って凍らせるぶんには問題ないだろう。 ただ、凍ってなお甘みを感じさせるには、王宮の砂糖だとやや質が悪いので、こっそり上白糖を精錬してしまおう。 そうだ、野菜が好きということなら、遺伝子改良した野菜を育てておくのもいいかもしれない。 エルマ自身、フルーツのように甘いトマトは傑作だと思っていて、城にもこっそり苗木を持ち込んできていた。あれを食べさせてあげよう。 菓子作りに園芸。 これなら「普通の女の子」の趣味の域内だ。問題ない。 エルマは冷静にとち狂った思考を展開し、やがて頷いた。 ちなみに夏場の氷は貴重品だし、砂糖の精錬度もトマトの糖度も、もちろん王宮にあるものが現在の大陸における最高品質のものである。 彼女が「趣味」を実行すると、もれなくルーデンの製菓と農業の歴史が動くことになるはずであった。 「わかりました。では――」 しかし、彼女が再度伝説の域に足を踏み入れかけた、その瞬間。 「エルマ! そこにいるわね?」 慌ただしいノックの音とともに、再び寮室の扉が開いた。 礼儀に欠けた振舞いの主は、なんと意外にも侍女長・ゲルダである。 彼女は、人の好さそうな柔和な顔に、珍しく焦りの表情を浮かべて、エルマを窺った。 「非番の日にごめんなさいね。ちょっと――やっかいなお客様が、侍女寮の前でお待ちなの」

8 7. "Normal" Cooking (2) After finishing the night shift, which came only once every two weeks, and finally freed from duty before noon, Elma proceeded with her preparations as lightly as possible, lying on her bedside. Remove the brim and apron and remove the hair that had been wrapped in dumplings. Take off your maid's clothes and change into bedtime clothes while scratching your thin fingers as glossy black hair drifts off your shoulders. She also took off her shoes and went up to the bed. She finally took off her glasses with her lower body bent over a thin duvet, but when she raised her face, she quickly put on her glasses again. At that moment, Elmer! The dormitory door opened without knocking, and Irene, a blonde colleague, showed her face. When she looked innocently at Elma with her green eyes like a cat and understood that she was still wearing glasses, Irene made a slight leak of her tongue. "... you were ten seconds early... I thought I'd take off my glasses before I went to bed." "When I hear footsteps like that, I can put my glasses back on even when I'm asleep." "I've killed my best footsteps! Irene tenderly inflates her cheeks. On her first day, she fully admired Elma, a dog who was loyal to her boss and acknowledged her opponent, but since then, she has been sticking together. Especially in the last few days, it seems like she's getting excited to see Elma's face. "We are... friends, right?! I can't hide my face from my friends." "It is forbidden by the maid in chief." Elma replied indifferently to Irene, who was embarrassed by the words of her friend, but struggled to eat them. Yes, on her first day, after drinking tea with former Queen Juliana, Vicomte Graz Gerda called her to a separate room and told her to do so in a pleasant manner. In other words, ordinary households don't teach you to read people's expressions in detail. It is the virtue of a maid to extrapolate her husband's heart, but instead of feeling, she senses her thoughts and makes her surroundings frightened by doing something that she can easily explain. It's not "normal." While listening to Gerda's sermon, Elma remembered one of her daily moments in prison. - All right, Elma. My little girl. Now you play the role of a "mother who is tired of life, doubts her husband's affair, but smiles at her children." The cheek muscles are sharper, the eyelids occasionally convulse slightly, and the smile is left and right asymmetrical. Aware of that, yes, let's try again. - Yes, I want to, but congratulations. Morgan, once [laziness] 's father, used to be patient with his whole young self and to give him polite acting instruction, but the world's father said he wouldn't do that. Or is it "unusual" to have more than one father? Scale from the eyes is about this. Elma was proud to be quite a nerve and common sense owner in that prison, but as my mother said, Shaba has rules. It seems better to think of common sense in prison as the insanity of the world. For one thing, Elma wanted to fully believe what Gerda said, which was trusted both professionally and humanly. During the sermon, Gerda noticed that she couldn't see the other person's face and ordered Elma to take off her glasses. It was Elma who solemnly obeyed, but the maid chief kept silent for about five minutes, then turned bright red and said, "Ah... please put on your glasses. I ordered you to dress up again, saying," You should not show that face to anyone... no, the same sex, anyway. " Since there was no reason to disobey, it was up to Elma to follow his life from now on. "Because I can't accommodate you anymore. Well, I saw an unusual drop in my hair today, so I'll give you a break. Beautiful hair. How do you take care of it? "We are formulating honey-based treatments. If you're interested, I'll give you a recipe later." "Well, I definitely want it! Irene can't wait to get up on the bed and scratch her hair or smell it. By the way, I don't think you're going to put Elma to bed. "Um, I'm off duty today, so I'd like to sleep for about eight hours, if possible." "No, I can't." When it went bad, Irene rejected it with a smile. "I'm going to lunch. Why don't you come and eat with me? I sleep only after I'm full." An attractive smile that a young man could easily fall off. But Elma had no intention of doing so, so rather, she raised the duvet openly. "... that's how you're going to let me cook again. I'm not going to do that." "Oh, my God, they found out." The little devil slapped out his tongue. This makes her a pretty powerful strategist. Apparently, she fell in love with Elma's culinary skills at the tea ceremony, and once she realized that if she flicked the word "normal", there was a high probability that Elma would follow, she would be pushed to cook something. If you read the facial expression, you'll be able to tell if it's a lie, but "I want to eat your cooking! It always seemed like she was sincere to beg, so that's why Elma, a very nice person, was always put in that mouthpiece. "--But it seemed too much to show off the bear demolition show or build a reflector in the backyard to cast a giant pot. You were scolded by the maid in chief. It's Irene." "... honestly, it's beyond my imagination." Elma, who cannot distinguish between common sense and insanity, and has excessive skills, does something that "inadvertently" shocks cultural standards and values. I remembered the disturbances of the time and the appearance of Lucas and the maid in charge who was running to the fire every time, and Irene was only a little distant. But there it is. Known for her quick switching, she takes Elma's hand unpunished and begs her. "Hey, please. I want refreshing sweets or vegetables, or crunchy meat or fish. I mean, whatever. Anything is fine, I want to eat your food." "You're honest with yourself...." Keep your eyebrows up, but don't shake off your arms. The interaction with Irene, who jumped in here with all his might, was incredibly pleasant. Maybe this is Shaba's friendship. If so, she is a friend number one, and respecting her will as much as possible would be the right way of making shabby friends. How about a sorbet if you can fulfill her request? When it came to the reflector, he was scolded for building huge equipment on public land by individuals, but it wouldn't be a problem to freeze it with small amounts of salt and ice. However, the sugar from the royal palace is slightly of poor quality to make you feel still frozen and sweet, so let's sneak up and refine the sugar. Yes, if you like vegetables, you might want to grow genetically modified vegetables. Elma herself thought that tomatoes as sweet as fruit were masterpieces and sneaked seedlings into the castle. I'll feed you that. Gardening for confectionery making. This is within the hobby of a "normal girl." No problem. Elma calmly unfolded her crazy thoughts and finally nodded. By the way, summer ice is a precious commodity, and sugar refinement and tomato sugar content, as well as those found in the Royal Palace, are of the highest quality in the continent today. Running her "hobby" was bound to bring the history of Luden's confectionery and agriculture to life. "I see. Bye-bye." But the moment she stepped back into the realm of legends, Elma, are you there? The door of the dorm room opened again with a hasty knock. What a surprise the master of the lacking manners was the maid chief, Gerda. She glanced at Elma with an unusual and impatient expression on her gentle face. "I'm sorry about the off-duty day. It's a bit of a nuisance waiting in front of the maid's dorm."

11.「普通」の歌声(3) エルマがイレーネに叱り飛ばされ、怪しげな薬品を布鞄にしまい込むのを、ルーカスは厚底眼鏡の奥からほっとして見守っていた。 (でかした、イレーネ) 内情を知った彼女は、ルーカスの意を汲んで、実に細やかにエルマ無双の阻止に回ってくれる。 今も、薬品を仕舞わされて不満気なエルマに、滾々とイレーネが説教するのを見て、ルーカスは用務員控え室からこっそりと拍手を送った。 エルマは常に予測不可能な動きをする。 いくらルーカスが用務員の身分を生かしたところで、化学薬品などという力技を使われてしまえば、平凡化計画は一気に頓挫してしまうことだろう。 (今回は......今回の任務でだけは、エルマに活躍をさせるわけにはいかない) ルーカスは、手すりを握る腕に力を籠め、舞台を見守った。 と、イレーネに説得されたらしいエルマが、まじまじと隣の候補生――たしかクロエとかいう、聖女筆頭候補と噂される少女だ――を見つめ、なにか納得したように頷く。 どうやら、化学薬品で聖女的効能を実現するのはやめて、隣人に倣って歌でも歌ってみようと思い立ったらしい。 軽く喉に触れ、鉢に向かって両手を組むような仕草をした。 (薬に比べれば、まだこちらの方が穏やかか......) ルーカスはほっとした思いで、一連の行動を見守る。 先日、魔蛾の群れを誘惑しおおせたほどのエルマの歌声ではあるが、おそらく今回に限っては、それが結果に結びつくことはないだろう。 (なぜなら......彼女の歌声はおそらく、相手を誘惑し、堕落させる、 主神アウレールの庇護の厚いこの地、それも神域に数えられるこの学院において、彼女の能力は弱まっているはずだ。 じっと息を凝らし、ルーカスは遠くから、闘技場に佇むエルマのことを見つめた。 彼女は鉢を注視し、なにかを口ずさみはじめている。 その声は人込みと距離に紛れ、ここまでは届かないが、静かに歌っているのだろうということがわかった。 が、以前の魔蛾のときとは異なり、鉢に目立った動きはない。 他者の失敗を喜ぶなど騎士の恥だが、ルーカスはこの時、心底ほっとして、静かに拳を握った。 (よし) 実は、万全を期して、彼女に渡した鉢の苗は、その根を毟ってある。 つまりあの鉢に挿されているのは、苗というより草きれ同然。 一般的に歌を聴かせると植物の発育がよくなるとは言うが、よしんばエルマが魔力ではなく、純粋な癒しの歌声を浴びせたところで、苗が育つことはあるまい。 もはや、完全に死に絶えた命なのだから。 エルマは歌い続ける。 隣の候補生のスタイルを意識してか、両手を組み、いかにも清純な少女のように、そっと唇を動かして歌声を紡いだ。 美しい音色なのだろう。 イレーネも、隣の候補生もうっとりとした表情で聞き入っている。 が、エルマは手ごたえの無さを感じてか、不思議そうに首を傾げた。 (よし、順調に不調だ) エルマが歌を中断し、口を閉ざす。 彼女はじいっと鉢を見つめると、それから周囲をちらっと見まわした。 エルマとクロエを除いた候補生たちは、もはや鬼気迫ったと形容していい様子で、舞を踊ったり聖言を唱えたりしている。 中には髪を振り乱している者もあったし、化粧も剥げ、せっかくの衣装がはだけている者もあった。 それでも能力の制御が難しいのか、彼女たちの鉢は、肝心の苗ではなく、その周囲に生えた雑草が育ってしまっているものが目立った。 時折、「やだもうっ、雑草じゃなくて苗を育てたいのに......っ」といった、苛立ちの声も聞こえる。 エルマはそれらを見て、ぽつんとなにかを呟いた。 読唇術を会得しているわけではないが、ルーカスには、 ――ぜんたいかん。 と独白したように見えた。 (全体感......?) 首を傾げるルーカスをよそに、彼女はなにを思ったか、いきなり眼鏡を外してしまう。 会場のどよめきも気にせず、彼女は顔をごしごしと擦り、その美しい素肌を完璧に露わにしたうえで、さらにはお団子髪に手を差入れ、ばさりとそれを乱した。 さらには、制服の襟元にも指をかけ、乱す。 白い首と細い肩を覆う、緩く波打つ黒髪。 夜明けの空のような、不思議な色を湛えた潤んだ瞳。完璧に整った顔立ちの中で、乱暴に擦られた唇だけが妙に紅い。 そこにいたのは、人目を惹き付けずにはいられない、乱れ髪の少女。 清楚なはずの白い学生服が、かえって滲み出る色香を引き立てる、魔性のような美少女だった。 ガタッと椅子を蹴飛ばして闘技場に向かって駆けつけるも、もう遅い。 エルマは鉢をすいと見下ろすと、先ほどまでの静かな歌いぶりが嘘だったかのように、ばっと両手を広げた。 途端に、彼女の醸し出す雰囲気が劇的に変化する。 そうして、 ――ああ......! まるで舞台上の歌姫のように、大仰な身振りで、髪を振り乱し、壮麗な歌声を披露しはじめた。 ――来て わたしのもとへ さあ いや、それは歌「姫」というよりは、娼婦のような。 それとも、女王のような。 艶めかしく、傲岸不遜で、すべてを従えることになんの疑問も抱かぬ力強い声。 ――はやく もっとはやく さあ まるで脳髄を溶かしてしまうような、甘い、甘い、声だった。 ――......さあ! 女王の「命令」が響き渡る。 同時に、ルーカスを含む観衆たちは、奇妙な物音に気が付いた。 ――ゴゴ......ゴゴゴ...... 歌声ではもちろんない。 ざわめきでもない、どちらかといえば雷に近いような、 ――地鳴り。 次の瞬間、 ――ドォオオオ......ッ! 「きゃああああああっ!」 「うわああああああっ!」 轟音とともに、石畳が割り砕ける。 観客たちは一斉に腰を浮かし、互いに縋り合った。 咄嗟に獲物を探ったルーカスは、だが目の前のありえない光景に一瞬動きを忘れてしまう。 石畳の割れた先。 美しく設えられていた観客席のその周囲。 わずかに土を覗かせていたその場所から、ありとあらゆる植物が、恐ろしい勢いで成長を続けていた。 樹が、根が、花が、葉が、蔓が。 まるで魔獣の躰のように、獰猛さを感じさせる速さで膨らみ、周囲を飲み込んでいく。 ひときわ巨大な木の根は石畳を真っ二つに横断し、その上を、花をつけた蔓が這う。 不思議にも人々を避け、石畳を割り砕きながら植物たちが一心に進む先――そこには、エルマの見下ろす鉢があった。 成長しながら「招集された」植物たちは、まるで統制された兵のように、ぐるりと鉢を取り囲み、そこでぴたりと動きを止める。 鉢には、いまだ苗がくたりと土に伏したままであったが――それは、草きれというよりはむしろ、沈黙を貫く帝王の亡骸のようにさえ見えた。 そこに来て、歌っていたエルマはゆるりと両手を下ろし、おもむろに口を開いた。 じゃなくて苗を育てたいのに」 外して、床に伏せていた眼鏡が、なぜだかきらりと光る。 心なしか、エルマの顔は誇らしげだった。 彼女はくるりと振り返り、イレーネに向かって眉を上げてみせる。 その意味は――ああ、不幸にもルーカスと、そしてイレーネにはわかってしまった――、 これなら、「普通」ですよね。 ルーカスと、イレーネが真っ白な顔で拳を震わせる。 しかもあろうことか、エルマはにこにこと追い打ちを掛けてきた。 「化学薬品を使えば、かなり精度高く苗だけを育てられたのですが、やはり必死さを滲ませたオーガニックな方法で、うっかり他まで育ててしまうというほうが、それっぽくていいですもんね。私、やっとわかった気がします。イレーネ、いつもアドバイスを本当にありがとうございます」 二人は、己がエルマから化学薬品を奪ったがために、かえって事態を悪化させてしまったことを悟った。 それにしても、化学薬品に頼らぬ「自然」な方法を取った結果、「超自然的」な現象が引き起こされるのはなぜなのか。 嫌みか。嫌みなのか。 あまりに切実な思いが込み上げ、両者とも言葉を詰まらせる。 「ば?」 呼吸三つ分ほどの沈黙の、その後。 奇しくも、イレーネとルーカスはぴったりのタイミングで魂の叫びを上げた。

83 11. "Normal" Singing Voice (3) Lucas watched as Elma was scolded by Irene and put suspicious chemicals in her cloth bag, relieving herself from behind her thick glasses. (Great, Irene) Knowing her inner feelings, she turns to Elma's unparalleled blockade, drawing on Lucas's heart. Even now, Lukas secretly applauded Elma, who was dissatisfied with her medication, as she watched Irene preach. Elma always makes unpredictable moves. How much Lucas has used as an employee, and if he uses a force technique such as chemicals, the mediocre plan will be frustrated at once. (This time... we can't just let Elma be active on this mission.) Lucas watched the stage, holding the hand rail in his arms. Elma, who seems to have been persuaded by Irene, nods as if she was convinced by something, staring seriously at the candidate next door - the girl who is rumored to be the Virgin's lead candidate, Chloe. Apparently, she stopped using chemicals to realize her virginity and decided to sing a song just like her neighbor. He gently touched his throat and put his hands together toward the bowl. (Compared to medicine, it's still calmer here....) Lucas is relieved and watches a series of actions. It is Elma's voice that seduced the moth herd the other day, but perhaps only this time, it will not lead to results. (Because... her voice is probably a magical (...) voice that seduces and corrupts the opponent) Her abilities should be weakened in this academy, where Aurelius, the Lord, is sheltered, and which is also counted in the Divine Realm. Holding his breath, Lucas looked at Elma standing in the arena from afar. She stares at the bowl and begins to whisper something. It turned out that the voice was at a distance from the crowd and that it could not reach this far, but that it would sing quietly. However, unlike the previous moth, there was no noticeable movement in the bowl. It was a knight's shame to rejoice at the failure of others, but at this time Lucas was relieved and held his fist quietly. (All right) As a matter of fact, the seedlings in the bowl that I gave her with all due respect have their roots. In other words, the seedling in that bowl is as good as the grass. Generally, it is said that listening to the song will improve plant development, but seedlings will not grow where Elma is not magical, but where she is exposed to the sound of pure healing. Because it is no longer a completely dead life. Elma continues to sing. Aware of the style of the neighboring candidate, he put his hands together and gently moved his lips and sang like a pure girl. It must be a beautiful tone. Irene and the candidate next door listened with a soft expression. However, Elma felt a sense of irresponsibility or strangely tilted her neck. (All right, things are going well) Elma interrupts the song and closes her mouth. She stared at the bowl and then glanced around. The candidates, excluding Elma and Chloe, danced and chanted sacred words, describing their intrigue as no longer imminent. Some of them were shaking their hair, and some of them took off their makeup and wore their costumes. Still having difficulty controlling their abilities, they noticed that their bowls were not the core seedlings, but the weeds that had grown around them. Sometimes, you hear frustrating voices like, "Yadayau, I want to grow seedlings, not weeds..." Elma looked at them and murmured something. I don't know how to read lips, but Lucas does. --Absolutely. It looked like a monologue. (Overall feeling...? She suddenly takes off her glasses, wondering what Lucas was thinking about tilting her neck. She rubbed her face and perfectly exposed her beautiful bare skin without worrying about the tone of the venue, adding her hands to the dumplings and disturbing it. In addition, you can put your fingers on the collar of your uniform and disturb it. Loosely wavy black hair covering a white neck and thin shoulders. Wet eyes with mysterious colors, like the sky at dawn. Only the brutally rubbed lips are strangely red in a perfectly organized face. There was a disturbed girl with hair who couldn't help but catch the eye. The white student clothes that were supposed to be clear were magical beauties that instead accentuated the perfume that seeped out. It's too late to kick a rattle and a chair and rush towards the arena. Elma looked down at the bowl and opened her hands as if the silent singing she had just done was a lie. Soon, her atmosphere changed dramatically. In this way, --ahh......! Like a singing princess on the stage, she began to shake her hair and perform a magnificent singing with a huge gesture. - Come to me. Come on. No, it's more like a whore than a "princess." Or like a queen. A glossy, arrogant and powerful voice that has no doubt about being obedient to everything. - Come on, come on, come on. It was a sweet, sweet voice that melted the brain. ---... come on! The Queen's "orders" echo. At the same time, the audience, including Lucas, noticed strange sounds. --Gogo... gogo... Not singing, of course. It's not a bluff, it's kind of close to lightning. -- -- Ground noise. At the next moment, --Doooooo....! "Kyaaaaaaaaa! "Wow, ahhhhhh! With the roar, the cobblestone breaks apart. The audience sat down and leaned against each other. Lucas searched aggressively for his prey, but for a moment he forgot his movements in an impossible sight. Cobblestone cracked tip. The surroundings of the beautifully furnished spectator seat. From that place, where the soil was peeking slightly, all the plants continued to grow with terrible momentum. The trees, the roots, the flowers, the leaves, the vines. Like the\ 36528; Magic Beast, it swells at a speed that makes you feel fierce, swallowing the surroundings. The huge tree roots cross the cobblestones in two, and on top of them crawl the vines with flowers. Strangely, avoiding people, the plants went all the way as they crushed the cobbles - there was a bowl overlooking Elma. Growing "summoned" plants surround the bowl like controlled soldiers, where they snuggle and stop moving. The bowl was still seedling and lying on the ground - it even looked like the remains of an emperor who penetrated silence rather than grass. When she came there, Elma, who was singing, lowered her hands loosely and barely opened her mouth. "- No more. I wanted to grow seedlings, not weeds." Take it off and the glasses that were lying on the floor shine brightly for some reason. Without heart, Elma's face was proud. She looks back and raises her eyebrows towards Irene. The meaning - oh, unfortunately Lucas and Irene understood - This is "normal", right? Lucas and Irene shake their fists with their pure white faces. Besides, Elma ran after him with a smile. "When I used chemicals, I was able to grow only seedlings with considerable precision, but it's better if I accidentally grow other seedlings in an organic way that seeps desperately. I think I finally understand. Irene, thank you very much for your constant advice." They realized that they had taken the chemicals from Elma, but instead made things worse. However, why do "supernatural" phenomena occur as a result of "natural" methods that do not rely on chemicals? Do you hate it? Too much pragmatism, both clogging words. What if? After about three minutes of silence. Oddly enough, Irene and Lucas raised their souls at the right time.

17.「普通」の美貌(1) 「信じられない!」 アナは、緩やかな眠りに落ちそうになっていたところを、少女の元気な声によって引き戻された。 「あなたたち、性懲りもなく徹夜していたの!? エルマ、あなたはともかく、普通の人間のアナ様を巻き込んでは、だめじゃないの!」 ぷりぷりと、友情の感じられる怒声でエルマを詰るのは、たしかイレーネという侍女だ。 デボラという巨乳の侍女とともに、様子を見に来たらしい。 朝食なのか、パンと果物の詰まった籠を持っていたが、イレーネはその籠を振り回しそうな勢いでエルマに詰め寄っていた。 「いくら最終選考直前とはいえ、追い込みすぎよ! 肝心なところでアナ様が倒れでもしたらどうするの?」 「いえ、私ももちろんアナ様のご様子を見ながら、あくまで大丈夫と思える範囲で――」 「大丈夫じゃないから、アナ様は今、刺繍道具と数学の教本を持ちながら、変なポーズで白目を剥いてるんでしょう!? 彼女を殺す気!?」 叫びの内容を聞き取って初めて、アナは自分が、ヨガの「立木のポーズ」を決めていることに気付いた。 朝陽が差し込む部屋の真ん中で、丹田に軸を据えながら凛と片足立ちする彼女は、この瞬間、一本の木だった。 (いけね。うっかり美のサットヴァに同化してたわ......) もはや、こうした瞑想をしながらの鍛錬に慣れ過ぎていて、この体勢に違和感がなくなってしまっている。 ぽつりと抱く感想まで、すっかり「普通」を逸脱しはじめていたが、本人はそれに気付いていなかった。 (これまでに比べて、今日は最終選考直前ってことで、かなり手加減してもらったのにな。ちょっと気ぃ抜きすぎだわ、あたし) さりげなく足を戻しながら、アナはこっそりと口元を歪める。 結局今日は、十冊ほど教本を読み、解剖を五十回ほど繰り返し、顔料を百色に分類し、精油を二百種類精製し、その他、刺繍裁縫左官工事といった女性の嗜みを復習しつつ、合間に一般教養を確認していただけだ。 これまでの猛特訓に比べれば、破格の優しさと言っていい。 アナ自身も、始まる前は悲鳴を上げて逃げようとしていたが、いざことを成し終えてみれば、こんなものかという気もする。 合間に、美容講座の一環として、エルマにエステや酸素カプセルなるものを体験させられたので、それもあって負荷が少なく感じるのかもしれない。 それに、 (集中してれば......変なことを考えなくて、済むしな) ふとした瞬間、脳裏によみがえる花の香り。 それが示すかもしれない不吉な事実から逃げるには、うってつけの環境だった。 アナが体勢を戻し、「まだいける」と目で訴えると、エルマが小さく頷く。 彼女はどこからか数学の教科書を取り出し、くいと眼鏡のブリッジを上げた。 「では、朝食の時間となりましたので、数学を一冊分学んでから一度終了としましょう。解説はルーデン語の方が相性がよいので、ルーデン語で失礼します。まず、基本中の基本ですが、1+1は?」 「2です」 「素晴らしい。基本はばっちりですね。さて、これを応用すると、1/π={(2√2)/(99^2)}∑(n=0⇒∞){(4n)!(1103+26390n)/(4^n×99^n×n!)^4}となります」 基礎から応用までがぶっ飛びすぎなエルマの講義スタイルにも、もう慣れた。 思うに、エルマは有能だが、有能すぎるのだ。 だから、1+1と、よくわからない公式が、地続きに繋がってしまえる。 自分が大いに飛躍していることにも気づけない。 けれどアナは凡人だ。 それも、生まれ持った教養高さなど、けっして持ち合わせていない類の一般人。 けれど、だからこそ、彼女は臆面もなくエルマに問いかけることができる。 「まず、πと√と!の意味、それから()の種類について教えてもらえますか?」 「あ、失礼いたしました」 こうして、何度も何度も問いかけて、エルマが一回で飛んでしまうその空間を、ちまちまと埋めていくしかないのだ。 「πというのは円周率を表す記号で――」 「円周率とはなんですか?」 おかげで、一回で済むはずの実験は五十回になるし、講義はエルマの思い描くものに比べれば亀の歩みだろうが、仕方ない。 これが自分の精一杯なのだから。 いつの間にか爆速となった書き取りをしながら、エルマを質問攻めにするアナの姿を見て、イレーネはあんぐりと口を開けた。 「......なんだか、アナ様って......」 「努力の天才でいらっしゃいますわね」 デボラまでも、アナの凄まじい根性の据わり方に、第一使徒の座の危機を感じたのか、唸り声を上げている。 「普通、圧倒的な謎に相対すると、人はすぐに諦めてしまいます。けれど彼女は、自分がなにがわからないかを、きちんと捉えている。エルマ様と比べて、ご自身を至らないと思い込んでいらっしゃるようですが......こんなにも根気強く、エルマ様に付いていく人間を、わたくし、自分以外に初めて見ましたわ」 見れば、三日前まで、エルマに昆布一つで身動きを封じられていたはずの彼女は、今やエルマに鋭く質問を飛ばし、恐縮させている。 背筋は伸び、体幹は揺らがず、瞳にはきらめくような知性が滲んでいた。 なにより、ふとした拍子に染み出るようだった、世を拗ねた雰囲気が、今は欠片もない。 エルマという異常な少女に、全力で食らいついていく様子は、ただ健全な熱意に溢れていた。 もしかしたら、と、イレーネは密かに喉を鳴らす。 (もしかしたら、......本当に彼女が、王妃になるかもしれない) 窓から差し込む朝陽が、まるで希望の光のように胸を照らした。 王宮の外れにある鐘楼が、澄んだ音色で朝を告げる。 長く余韻を引く音は、どこか鈴の音にも似て、聞く者を軽やかな気持ちにしてくれる。 最終選考が、いよいよあと数時間で、始まろうとしていた。 最終選考は、初日と同様、鐘楼のすぐ隣の屋外演劇場で行われることになっていた。 候補者が三人にまで減った今、関係者席は随分減っていたが、それ以上の観客が押し寄せたらしく、客席は初日以上にびっしりと埋まっている。 混雑と危険を避けるために、アナたち候補者は早めに舞台袖に通され、そこで時間を過ごすことになった。 すり鉢状の客席から、まるで渦を描くようにして注いでくるざわめき。 言葉としては聞き取れないそれに、アナがぼんやりと耳を傾けていると、横から話しかけてくる者があった。 「ねえ、そこのあなた」 くるくると髪を巻いた、細身の女性。どこか高慢そうな釣り目が印象的な伯爵令嬢、カロリーネ・フォン・ファイネンである。 彼女はやけに寛いだ様子で、控えの椅子に腰かけていた。 「わたくしたちの出番まで、まだ三十分近く。退屈だわ。おしゃべりでもしましょうよ」 そう言う顔はにこやかで、口調も気さくだ。 だが、エルマから仕込まれた微表情を読めば、彼女がなんらかの策を巡らせていることはすぐわかる。 アナはごくわずかに眼球を動かし、いつの間にかエルマが舞台袖から離れているのを確認した。バルドにミルクをあげ、寝かしつけているのだ。 笑み崩れながら頬ずりしているところを見るに、彼女がこちらに戻ってくるまで、まだまだ掛かるだろう。 押し付けるわけにはいかなそうだ、と判断し、アナは人畜無害そうな笑みを貼り付けた。 「光栄でございます、ファイネン様。ですが私は、あなた様を喜ばせるような話題にも疎い、田舎育ちの娘でございます。エルマ様がお戻りになるのを、待たなくてよろしいですか?」 「やだわ、あんな女」 だが、カロリーネは即座に申し出を拒否する。 扇を広げ、意地わるそうな顔を隠すと、内緒話をするようにアナに顔を近付けた。 パーソナルスペースへの接近。親密感の演出だ。 「実はわたくし、あなたとお友達になりたいと思っていたのよ。だってあなたって、とても素直で、愛らしくて、しかも度胸のある方だもの。わたくし、そういう方が王妃になるべきだと、ずっと思っていたの」 媚びるような声に、アナは内心で首を傾げた。 自分を持ち上げて、カロリーネになんの得があるだろう。 油断させたいのかとも思ったが、彼女ならこうした場面、油断させるよりも、素直に恫喝するタイプのような気もする。 戸惑いの色をあえて滲ませてみせたアナに、カロリーネはくすりと笑い、さらにぐいと顔を近付けた。 途端に鼻先をかすめる香水は、エルマの表現を借りるなら、とても経済的な香りだ。 「ねえ、あなたの殿方の好みって?」 「はい?」 突然目先の変わった話題に、アナは素で眉を寄せた。 だが、カロリーネは、まるでこの話題運びに酔ってしまったかのように、芝居がかった笑みを浮かべている。 こちらが乗らない限り、話を進めないのだと悟ったアナは、内心でげんなりしながらそれっぽい言葉を紡いだ。 「そうですね......。ええと、やはり、尊敬できる方で、包容力や指導力があって......」 男の好みなど考えたこともない。 必然、思い描くのはロドリゴ侯爵だ。 「穏やかで、いつも笑みを湛えている......とかでしょうか」 だが、昨日からずっと、その笑みが本物であったかどうか、そればかりが頭をよぎる。 ここから一番近い観客席には、いつもの温かな笑みを浮かべた彼が、関係者として座っているのだろう。 ずっと心の支えにしていたのに、初日はそれどころではなくて姿を見られず、二日目は観客の立ち合いが許されなかった。 三日目の今日、ようやく養父の顔を見られると言うのに、今、それがひどく躊躇われる。 「そうなの。おとなしい男性が好みなのね。でもわたくしは違うわ」 思考の闇に引きずり込まれそうになったところを、カロリーネの声によって引き戻された。 見れば、彼女はにぃと唇の端を吊り上げていた。 「わたくしはね、華やかな男性が好き。ユーモアがあって、手馴れていて、スマートで。美形ながら勇ましい、ルーデン一の色男」 どうやら、こちらの好みに興味などなくて、単に自分語りがしたかっただけらしい。 そして、やけに詳しい彼女の好みが、誰を指しているのかは明らかだった。 ルーカス・フォン・ルーデンドルフ。 昨日アナと遭遇した、あの王弟である。 「ねえ、知っていて? 選考会ってね、べつに優勝して王妃にならずとも、最終選考にまで残ればメリットはいっぱいなのよ。女として格が上がる、縁談が有利になる、 カロリーネはそこでふふっと笑うと、秘密を分け合うように目配せをした。 「わたくしは、むしろここで敗退して、ルーカス殿下に近付きたいと、そう思っているのよ」 表情を見るに、それは本心からの言葉なのだろう。 だが、カロリーネの希望というよりも、やけに確信めいた口調であったのが、少し気に掛かった。 じっと見返すアナに、カロリーネは意を迎えるように微笑みかける。 「だからね、あなたにはぜひ頑張ってほしいの。あんな、エルマとかいう庶民の娘なんかよりもよほど、あなたのほうが王の妻にふさわしいわ」 「......エルマ様をお嫌いなのですか?」 「大嫌いよ。わたくしは、『美と芸術を司る』とまで評されたファイネン家の娘。なのに、あの女はそんなわたくしを、かつてこれ以上ないほど そう言い切るカロリーネの自信家ぶりにびっくりした。 どうやら、アナのダンスは、「エルマが歌で観客を催眠状態に陥れていたゆえの高得点」と解釈されているらしい。 これほどまでに、自分に不都合な事実を無視して生きられるなら、人生楽しそうだ。 カロリーネは、扇についた羽を揺らすように、くすくすと笑った。 「その点、あなたは、他国とはいえ、侯爵令嬢でしょう? わたくし、美や芸術、そして家格については絶対に譲れないけれど、逆に言えば、それ以外のことについては寛容な女なのよ」 つまり、家格以外ではアナのことも認めていない、ということにもなる。 白けた思いで見守っていると、カロリーネはその視線にも気付かず、にんまりと目を細めた。 「だから教えてあげる。今回の最終選考、きっと課題はくだらないもののはずよ。例えば、制限時間内にげっぷを何回できるかとか、一度で何個パンを頬張れるかとか。それに勝っても、むしろ女の品位が下がるようなものばかり」 これもまた、やけに確信に満ちた物言いである。 そういえば、昨日の養護院では、準備よく手袋を取り出していたことをアナは思い出した。 「カロリーネ様は、なぜ――」 だが、問おうとしたその時、 「なぜ。なぜなのでしょう。なぜバルたんの寝顔はこんなにも愛らしいのでしょう。寝顔が見たいと渇望する心と、起こして笑顔が見たいと逸る心に、人類はどう折り合いをつけてゆけばよいのでしょう」 エルマが眠ったバルドを抱きかかえたまま、真顔で席に戻ってきたので、つい口を噤んでしまった。 「教えてください、アナ様」 「そうですよね。バルたんの示す悠遠なる命題を、平凡な我々が解き明かすのはあまりに難しい......同感です」 なにに同意されたのだろう。 だが、その辺りを拾ってしまうと、延々と問わず語りというか、バルたんトークが始まってしまうことはもうわかっている。 アナは沈黙を守ろうとしたが、よせばいいのに、カロリーネがエルマに向かって身を乗り出した。 「あらぁ、エルマさん。あなたって、本当にずっと弟君を抱っこしていますのねぇ。所帯じみたその仕草が、とっても板に付いてますわぁ」 「え、そんな......」 「そこで照れないでくださる」 エルマがもじもじとしだしたので、ついカロリーネの声がどすの利いたものになる。 だがすぐに彼女は体勢を立て直すと、嫌味っぽく片方の眉を上げてみせた。 「まあ、あなたはそうやって、おままごとに夢中になっていればよろしいわ。赤ん坊の世話に没頭して、女としての勝負も投げ捨てて、そのまま年老いてしまえばいい」 随分な言い草だ。 が、たしかに今の状況を見る限りでは、毛先まで丁寧に巻き、上等なドレスをまとったカロリーネと、ひっつめ髪に眼鏡姿、そして徹夜明けの少しばかりくたびれたメイド服姿のエルマでは、前者のほうが輝いている。 きょとんと見返したエルマに、カロリーネは失望したように鼻を鳴らした。 「馬鹿にするのもいい加減にしてちょうだい。こんなダサい女に、かつてわたくしが打ち負かされたなんて、記憶に残したくもないわ。よくって、わたくし、あなたにだけは絶対負けなくってよ」 椅子を蹴るようにして立ち上がり、彼女は舞台へと足を向ける。 「女としての序列も、......殿下の隣の座も、ね」 振り向きながら、低く一言付け足した。 聞き違えようのない、宣戦布告。 エルマはどう受け止めたのかと隣を見てみれば、相変わらず彼女は、優しい手付きでバルドの頬を (無反応。脈無しってかい) あーあ、と肩を竦めそうになった直前、アナはふとあることに気付いた。 眼鏡でほとんどを覆われたエルマの顔。 なにを考えているのかわかったものではないが、ここ数日で急激に鍛えられた微表情解読スキルが、エルマのとある感情を告げてくる。 わずかに見える眉はほんの少しだけ持ち上がり、唇は微細な緊張を湛えて口角が後方に引かれる。 これは―― (もしかして、こいつ......) だが、アナがある仮定を思い浮かべるよりも早く、観客席がわあっと盛り上がるのが聞こえた。 「いやー、盛大な歓迎の拍手をありがとう。それじゃあ、今日も堅苦しい挨拶は抜きにして、ちゃきちゃき選考を始めようと思います」 反対側の舞台袖から登壇し、気の抜けた宣言をするのは、フェリクス。 いよいよ最終選考が始まるのだ。 フェリクスの間延びした声で名を呼ばれ、アナたち最終候補者三人は、同時に舞台に上った。 半円形を描いた舞台の中央には、なぜか間仕切りが設置されて小さな個室ができている。 そして前方、舞台の外周をぐるりと埋め尽くすのは、大量の服や靴、帽子や香水、化粧品といったものたち。 「............?」 これは何ごと、と眉を寄せたアナたちに、フェリクスはにこやかに頷いた。 「ここに残った君たちは、才能に溢れ、肝の据わった素晴らしい女性たちだ。だからねえ、あとはやっぱり、美貌と忠誠心のあたりを、試しておきたいかなぁと思って」 初日から一発芸大会のようだったので、ここにきてストレートなビューティーコンテストとは予想外だ。 カロリーネも当てが外れたと言わんばかりに、小さく叫んでいる。 美や芸術以外のことなら他者に譲ると言っていた彼女も、こんな、美のど真ん中を競い合うような内容では無視できないだろう。 戸惑いの表情を浮かべたカロリーネだったが、フェリクスの次の言葉を聞いて、さらに顔色を失った。 「僕としては、妻となる女性には、自分で自分のケツを拭くっていうか、まあ、身支度くらい自分で整えてほしいんだよねぇ。......というわけで、一同、すっぴんになってから、身支度をしてみてくれる?」

158 17. "Normal" Beauty (1) "I can't believe it! Anna was about to fall asleep, pulled back by the girl's energetic voice. "Did you guys spend the night without sexual punishment!? Elma, you can't involve ordinary human Anna-sama anyway! It was probably a maid named Irene who filled Elma with a plump, friendly rage. She came with a maid with big tits named Deborah to see how she was. Breakfast or a basket full of bread and fruit, Irene was swarming in Elma with the momentum of swinging around the basket. "No matter how soon before the final selection, you're pushing too far! What if Anna-sama collapses at the heart of everything? "No, of course, I can only look at Anna-san's condition to the extent that I think it's okay..." "It's not okay, so Anna-san is now holding an embroidery tool and a math book while peeling off her white eyes in a weird pose!? You're gonna kill her!? It was not until she heard the screams that Anna realized that she was deciding on a yoga "standing tree pose". In the middle of the room where Asahi plunged in, she stood with one foot on the axis of Tanda. At this moment, she was a tree. (You shouldn't. Accidentally assimilated into the beautiful Sutva.....) I'm no longer too accustomed to practicing these meditations, and I'm no longer uncomfortable with this posture. I was starting to deviate completely from the "normal" feeling, but I didn't realize it. (Compared to before, today was just before the final selection, so it was quite a hassle. I'm a little overwhelmed.) With her feet slightly back, Anna secretly twists her mouth. After all, today, I was just reviewing women's preferences such as reading about ten books, repeating anatomy about 50 times, classifying pigments into 100 colors, refining 200 kinds of essential oils, and other embroidered sewing and left-hand construction, while confirming general education. Compared to the fierce special training so far, it can be said to be the kindness of breaking the rules. Anna herself tried to run away with a scream before she started, but when she finished her errands, she also felt like this. In the meantime, as part of the beauty course, Elma was able to experience things like esthetics and oxygen capsules, so I might feel less loaded with them. Besides, (If you concentrate... you won't have to think weird things over.) The smell of flowers rising from the back of your brain. Escaping from the ominous facts that it might reveal was a perfect environment. When Anna returns to her posture and complains with her eyes that she can still go, Elma nods small. She took a math textbook from somewhere and lifted the bridge of her glasses. "Now that it's breakfast time, let's finish one book of math. The commentary is more compatible with Ruden, so excuse me. First of all, the basics, 1 +1? "Two." "Excellent. Basically, that's it. Now, if you apply this, 1/p = {(2 2)/(99 ^ 2)} (n = 0 = ) {(4n)! (1103 +26390 n)/(4 ^ n x 99 ^ n x n!) ^ 4}." I'm used to Elma's lecture style, where everything from foundation to application is flying too fast. I think Elma is capable, but she's too capable. So, 1 +1, I don't know the formula, but it goes on and on. I don't even realize that I'm leaping a lot. But Anna is a mortal. It is also a kind of ordinary person who has no education at all, such as the level of education he/she was born with. But that's why she can ask Elma without cowardice. "First, p and ! Can you tell me what that means and then what type of () it is? "Oh, excuse me." In this way, we have to ask over and over again and fill the space where Elma flies in one go. "p is the symbol for the circumference ratio -" "What is circumference? Thanks to this, the number of experiments that should be done once is fifty, and the lecture will be a turtle's walk compared to what Elma imagined, but it can't be helped. Because this is what I do best. Soon Irene opened her mouth as she watched Ana attack Elma with a question, writing at an explosive speed. "... it's kind of Anna-sama..." "You're a genius for hard work." Even Deborah was roaring as if she felt the crisis of the First Apostle's seat in Ana's incredible guts. "Normally, when opposed to an overwhelming mystery, people give up quickly. But she knows exactly what she doesn't know. Compared to Elma, you seem to think that you can't reach yourself... but I've never seen anyone like Elma with so much patience." It turns out that until three days ago, Elma was supposed to have sealed her movements with a single kelp, and now she is sharply asking Elma questions and scaring her. The spine was stretched, the trunk was unwavering, and the pupils seeped with sparkling intelligence. Above all, there is no shard in the relentless atmosphere of the world that seemed to soak in a soft applause. It was just a healthy enthusiasm to catch up with an unusual girl named Elma. Maybe Irene snorts her throat secretly. (Maybe... she could really be the queen) The sun shining through the window lit his chest like a light of hope. The bell tower on the outskirts of the royal palace speaks the morning with a clear tone. The sound of a long finish, like the sound of a bell somewhere, makes the listener feel lighter. The final selection was about to begin in a few hours. The final selection was to take place in the outdoor theater just next to the bell tower, as on the first day. Now that the number of candidates had dropped to three, the number of stakeholder seats had dropped considerably, but it seemed that more spectators had approached, and the guest seats were filled more than the first day. In order to avoid congestion and danger, the candidates were put through the stage sleeves early and spent time there. From the bowl-shaped guest seat, you pour it like a vortex. I couldn't hear a word, and Anna was listening blurrily, and someone came to me from the side. "Hey, there you are." A skinny woman with curly hair. The Countess, Caroline von Finen, has an impressive fishing eye. She seemed so relaxed that she sat on a spare chair. "Nearly thirty minutes till our turn. Boring. Let's chat." Her face is smiling and her tone is pleasant. However, if you read the micro-expressions from Elma, you can immediately see that she is working on some sort of solution. Anna moved her eyeballs very slightly, and at some point she saw Elma away from the stage sleeve. I'm giving Baldo some milk and putting him to sleep. When you see her cheeking with a broken smile, it will still take a while for her to come back here. Determining that it couldn't be pressed, Anna pasted a harmless smile on the animal. "It's an honor, Master Finnen. However, I am a daughter who grew up in the countryside and neglected to talk about things that please you. Are you sure you don't want to wait for Elma to return? "Oh, no, that woman." However, Caroline immediately refuses the offer. When I spread the fan and hid my pleasant face, I approached Anna to tell her a secret story. Access to personal space. It's an intimacy show. "Actually, I wanted to be friends with you. Because you're so honest, adorable, and courageous. I always thought I should be a queen." With a flattering voice, Anna leaned her neck inside. I wonder what Caroline would gain by lifting herself up. I thought you might want to be alarmed, but she feels more like an honest intimidator than an alarmist in these situations. Caroline smiled and drew her face closer to Anna, who dared to soak up the confused color. Perfume that rubs the tip of the nose is a very economical fragrance to borrow Elma's expression. "Hey, what's your favorite? Yes? Suddenly Anna raised her eyebrows to the strange topic at hand. But Caroline has a playful smile, as if she's drunk on this topic. Anna, who realized that she would not proceed unless we got on board, spinned words that looked like that with her own heart. "That's right... After all, respectable people have inclusiveness and leadership....." I've never thought about men's preferences. It is inevitably the Marquis de Rodrigo that comes to mind. "I wonder if it's calm and always smiling..." But from yesterday onwards, it's all about whether the smile was real or not. In the audience seat closest to here, he would be sitting as a stakeholder with his usual warm smile. I was always supportive of my heart, but on the first day, I couldn't see him, and on the second day, the audience was not allowed to stand by. Today, the third day, you finally see your adoptive father's face, and now you're terribly hesitant. I see. You like all the gentle men. But I'm not. " The voice of Caroline dragged me back into the darkness of my thoughts. Looking at it, she was hanging the edge of her lips. "I like gorgeous men. It's humorous, familiar and smart. Beautiful yet brave, the most colorful man in Luden." Apparently, he wasn't interested in our preferences, he just wanted to talk to me. And it was obvious who her preferences, which she was so familiar with, were pointing to. Lucas von Rudendorf. I met Anna yesterday, the king's brother. "Hey, you know what? The selection board, even if you don't win and become a queen, is full of benefits if you stay until the final selection. As a woman, you can become better friends, and (...) get engaged to royalty... yes. I had no interest in such a thin and vague majesty." Caroline smiled and looked to share the secret. "Rather, I want to defeat here and approach His Highness Lucas." When I look at the expression, I wonder if it is a word from the heart. But I was a little more concerned about the tone of confidence than Caroline's hope. Caroline smiles at Anna as she stares back. "That's why I want you to do your best. You deserve a king's wife more than a common daughter like Elma." "... do you dislike Elma? "I hate it. I am the daughter of the Finnen family, who was even praised as" master of beauty and art. "However, that woman has made me more fictitious than ever. Although I've studied hard since then, I'm no longer an enemy... so she probably avoided dancing on her first day. You were lucky to be here after she gave the audience a strange hint." I was surprised at Caroline's confidence. Apparently, Anna's dance is interpreted as "a high score because Elma hypnotized the audience with songs." Life seems to be so much fun if you can live in disregard of the fact that it's inconvenient for you. Caroline giggled at the feathers on the fan. "In that regard, you are not the Marquis, are you? I will never give up on beauty, art, and family, but on the contrary, I am a forgiving woman." In other words, I don't approve of Anna outside of the house. Watching with a pale look, Caroline noticed the gaze and narrowed her gaze. "That's why I'll tell you. This final selection, I'm sure the assignment will be crap. For example, how many strokes can be made within the time limit, and how many pieces of bread can be stretched on the cheek at a time? Even if I win, it's more like a woman's declining taste." This is also a word that is filled with certainty. Speaking of which, at the nursing home yesterday, Anna remembered that she was ready to take out her gloves. "Why did Caroline..." But when I tried to ask, "Why? Why? Why is Baltan's sleeping face so adorable? How can humans reconcile the desire to see their sleeping faces with the desire to wake up and smile away?" Elma came back to her seat with her face on her sleeping bald, and she stuck her mouth shut. Tell me, Ana-sama. "That's right. It's too difficult for us to solve Baltan's far-reaching proposition..." I wonder what you agreed to. However, I already know that if I pick up the area, the Baltan Talk will begin to talk about it forever. Anna tried to keep quiet, but Caroline set out for Elma. "Oh, Elma. You're really hugging your brother all the time. That technique, which is familiar to my family, is very attached to the board." "Eh, no way...." "Don't let it light you up there." Since Elma was jerking off, the voice of Caroline became smooth. But as soon as she regained her posture, she raised one eyebrow disgusting. "Well, that's how you should be obsessed with things. You can immerse yourself in taking care of the baby, throw away the battle as a woman, and get old." That's a lot of rhetoric. However, as far as the current situation is concerned, the former is more radiant in caroline with fine dresses carefully wrapped up to the tip of her hair, and elma with eyeglasses on her knees and a maid dress that is just a little tired all night long. Caroline snorted disappointed at Elma, looking back. "Don't be ridiculous. I don't want to be remembered for being defeated by such a nasty woman. Come on, I'll never lose to you alone." Standing up to kick her chair, she turns to the stage. "The sequence as a woman... and the seat next to His Highness..." Turning around, I added a low word. Unmistakably, a declaration of war. Looking next to Elma, as always, she was gently clapping Bardo's cheeks. (No reaction. No pulse?) Ahh, just before I almost shrugged my shoulders, Anna realized that there were a lot of them. Elma's face, almost covered with glasses. I don't know what you're thinking, but the micro-expression decoding skills that have been sharply developed in the past few days tell Elma's emotions. The slightly visible eyebrows are lifted slightly and the lips are lifted back with subtle tension. This is... (Maybe this guy....) But before I could think of a hypothesis, I heard the audience boom. "Oh, thank you for the big welcome. Well then, let's skip the tough greetings today and start the selection." It is Felix who takes the stage from the opposite side of the stage sleeve and makes a carefree declaration. The final selection is about to begin. After Felix's prolonged voice, Anna and the three finalists rose to the stage at the same time. In the middle of the semi-circular stage, there is somehow a compartment with a small private room. And the front and the outer perimeter of the stage are filled with lots of clothes, shoes, hats, perfumes, cosmetics and so on. ............ Felix nodded with a smile to Anna and her brows. "The rest of you here are brilliant women full of talent and liver. So, after all, I was wondering if you'd like to try beauty and loyalty." It was like a one-shot tournament from the first day, so I didn't expect a straightforward beauty contest to come here. Caroline screamed small enough to say that she had missed the point. She would not be able to ignore such a contention in the middle of beauty, which she said she would give to others if it was something other than beauty and art. It was a caroline with a puzzled expression, but when I heard Felix's next words, I lost even more of my complexion. "As for me, I want a woman who's going to be my wife to wipe her ass by herself, or, well, I want her to dress up by herself.... so why don't you try dressing up after we get together?

26.「普通」の対話(3) エルマはなにを思ったか、持っていたナノファイバー傘をぽいと後ろの候補生に押し付けると、こつ、と害霊に向かって歩み寄った。 「考えるよりも、目の前を見よ。机上の空論より実践を重んじる姿勢、さすがは聖術師筆頭候補生でいらっしゃいます」 「え」 「やはり、脳内シミュレーションより、実地訓練。私、 ラウルが一音節しか発音できない間に、エルマはじり、と害霊に近付いてゆく。 「対話の第一歩......歩み寄り......」 わけのわからぬことを呟きながら、飛び交う砂塵と炎、かまいたちを器用に避け、彼女は害霊の前にたどり着いた。 「第二歩......自己開示!」 ばっ! と両手を広げる。 途端に、害霊がその口を大きく開き、凄まじい咆哮とともに疾風を放った。 が、エルマはそれらをひょいと躱す。あまつさえ、舞台上でわだかまっていた泥を団子状に丸めると、それを次々と宙に投げ、そこを 「『デェ......アアア』。これは......『て』ですかね......」 そうして、精神の均衡すら崩すおぞましき害霊の声に、真剣に耳を傾け、自らも真似をしながら、 『グゥイいい......ぁあああ! ドゥァア......アアア......ッ!』 「『グーイ』......いえ、『グィー』? 『ドゥア』は、『だ』でしょうか。それとも『た』のつもり?」 『ズァあ......あああああああッ!』 「――ああ、そうか。叫んでいるために、途中からすべて母音がア段に引っ張られてしまうわけですね。とすると、これは『ズ』......いえ、『ス』の可能性も......?」 ひょい。ひょい。 足では泥団子を蹴って宙に浮かび、顔は真摯に害霊を追いかける。 エルマは、常人では考えられない身のこなしをあっさり実現しながら、しつこく害霊の顔にまとわりつき、見る間に彼の言語を吸収しだした。 「『げ』または『け』。母音のニュアンスが特徴的ですね。――『もしや、ヤーデルード語ですか?』」 途中から、小首を傾げてヤーデルード語に切り替える。 反応がないのを見て取って、彼女は次々に、思いつく言語をぶつけていった。 【あるいは、ラハイエット語?】 [それとも、ガルバル語?] 『ドゥアァアアあぁああああ!!』 《まさか古代ダズー言語系統だったり》 後半ともなると、マイナーすぎてもはや誰にも理解できない。 害霊の咆哮もまた、周囲にはただの恐ろしい轟音にしか聞こえなかったが、エルマはまるで、相手が歩み寄ってきた気配を察知しているかのように、真摯に害霊に向かって話しかけていた。 舞台上に、もう一人。 聖術に精通しているラウル・パヴァリーニだけは、害霊の変化を感じ取ったかのように、大きく目を見開いていた。 「古代......」 エルマは小さく呟いてから、ふと、なにかに気付いたように唇に手を当てた。 次に彼女が選んだのは、ラウルや、固唾をのんで見守っていた候補生たちならば、かすかに理解できる言葉。 『古代アウレリア語......?』 害霊の反応は、顕著だった。 『そゥぅあァアアあああ! ウゥアアアああぁああ、ダ、ズィイイいいあああああ! ドルィいい、にぃ ゙い......ドゥエエエぇえええああ、どぉぁああああ!』 だが、それが単なる威嚇や攻撃なのではなく、なにかしらの意図をもって紡がれた「言語」なのだということは、もはや誰の耳にも明らかであった。 害霊は、炎とかまいたちに苛まれながら、苦悶の表情を浮かべて叫びつづける。 砂塵と、疾風とともに撒き散らされる、叫び。 だが、そう。 それは、呪詛に満ちた攻撃などではなく、どちらかといえば――悲痛な悲鳴にも聞こえた。 「せ、聖術師の部を中断する! 候補生のすべては攻撃を中止せよ! す、枢機卿以下運営陣は、害霊の封じ込め、および候補生たちの安全確保を!」 と、害霊の異様な状態から、暴走の懸念を抱いてか、進行役のチェルソがおどおどした声で宣言する。 呆然と成り行きを見守っていた周囲は、それではっと我に返ったが、彼らが舞台に乗り込むよりも早く、眼鏡姿の少女がひとつ頷いた。 「――わかりました」 彼女は、真剣そのものの雰囲気で、害霊の歪んだ顔を見つめる。 それから、炎や疾風の舞う害霊の前で、ゆっくりと両手を広げた。 まるで、相手のことを無条件に受け入れるかのような、無防備なポーズ。 聖女のごとき慈悲深さすら滲む仕草をした彼女は、 ――ご......っ! しかし、むちゃくちゃに暴れる害霊に正面からぶつかる形となり、宙に激しく跳ね飛ばされた。 小柄の少女の体は、まるで毬のように跳ね、鈍い音を立てて石畳に叩きつけられる。 同時に、害霊はまるで突然眠りに落ちたかのように動きを止め、ざら......と音を立てながら、砂となってその場に崩れ落ちた。 舞台には一瞬、針の落ちる音さえ聞こえそうな、沈黙が満ちた。 だらりと仰向けになったまま、ぴくりとも動かない少女を見て、観客の誰かが引き攣った呟きを漏らす。 「起き上がらないぞ......!」 それを引き金に、観客席も控え室も、候補生のいる舞台上も、蜂の巣をつついたような大騒ぎになった。 「大変だ! あの子、死んじまったんじゃないか!?」 青褪めたルーカスが、壁を乗り越えて舞台に飛び出そうとする。 が、彼ははっとしたように顔を上げると、素早く背後のイレーネを振り返った。 「――イレーネ。おまえはどうする」 端的な、問い。 通常、あれだけの勢いで、あれだけの高さから固い地面に叩きつけられたら、重傷は免れない。 エルマが無茶をするたびに真っ青になっていたイレーネであれば、傷口を見ただけで昏倒する恐れもあった。 「――見くびらないでくださいませ」 イレーネは、ぐっと拳を握りしめ、静かに答えた。 「私は、エルマを信じると決めたのです。どんな無茶も、無鉄砲も、あの子なりの意図があってのものだし......それを怒ったり、突き放したりなどは、もうしないと」 やはり、心配なのだ。恐ろしいのだ。 友人が危機に瀕することを、笑って受け止めることなどできない。 それでも――イレーネは、それを受け入れると、決めた。 「だから......もちろん、私も行きます!」 言うが早いか、彼女はメイド服の裾をばっと捌き、自らも壁をよじ登りはじめた。 ルーカスの介助を得て、なんとか舞台上に舞い降りる。 そして、脇目も振らず、エルマに向かって駆け寄った。 エルマは既に、先に乗り込んだ枢機卿や候補生たちによって、舞台の端へと避難させられ、さらに、同じく駆けつけたクロエや、救護班によって介抱を始められていた。 「お姉様! エルマお姉様! どうぞしっかりなさってください!」 「意識消失......呼吸もないぞ!」 「脈は!?」 見たところ、頭部を含めて外傷はない。 ルーカスは彼らからエルマを奪い取ると、素早く全身に視線を走らせ、ついでその手首を取り、さらには首筋にも指を当てた。 「脈は......――」 だが、彼はそこでふと怪訝な顔つきになった。 「エルマはどうなんですか!?」 息を切らしたイレーネが鋭く問えば、ルーカスは無言で、手に取ったエルマの手首を戻す。 ほっそりと白いエルマの手。 その手はなぜか、親指と人さし指で円を作り、残る三本も揃えて緩く曲げられている。 やけにゆっくりと刻まれる心拍。 そして、無呼吸と思われるほどにゆっくりとした、深い呼気。 それらを総合し、結論付けると、ルーカスは重い重い溜息をついて、静かに天を仰いだ。 「――......瞑想中だ」 眼鏡の下で遠い目をしながら、ルーカスは聞き返してくる周囲に説明した。 「南の大陸の修行僧が、このようなスタイルで瞑想をしているのを見たことがある。彼女......エルマは、どうやら深い精神世界に潜っているようだ」 つまりはそういうことであった。 なんとか理解の追い付いたイレーネは、がくりとその場に崩れ落ちる。 彼女は湧き上がる怒りと虚しさと突っ込みを、「覚悟」の二文字で必死に押さえ込んでいた。 「やっぱりと......言うべきなのか......っ。わかっては、いたけれど......っ、いたけれど......っ、無事ならそれは、いいことなのだけど......っ」 ぐぬぬ、と葛藤するイレーネの肩に、ルーカスがそっと手を置く。 『色男と美少女の図』というよりは、『ベテラン中間管理職と、最近になって管理職の苦しみを知るに至った若手の図』とでもいうような趣が、そこにはあった。 「失礼。そこの候補生――エルマ殿を、保健室にお運びしてもよろしいでしょうか。見たところご無事のようですが、ルーデンからの大切な候補生を、このまま舞台に横たえておくわけにはまいりませぬゆえ」 とそこに、遠慮がちに話しかけてくる者がある。 ぱっと振り向いてみればそれは、こたびの任務の依頼者――親ルーデン派筆頭の枢機卿、チェルソであった。 彼は、元から頼りなげな頭髪が振り落とされてしまうのではというほどに、ぺこぺこと頭を下げ、こちらを伺い見た。 「治療には、アウレリアでも指折りの聖医導師と、聖女に内定した生徒を宛てさせますので......! その、害霊の暴走で、貴国からの候補生が倒れたということは、どうぞ、その、フェリクス王陛下には......――」 親ルーデンの人間としては、フェリクスの機嫌を損ないうるいかなる要素も排除したい、ということなのだろう。 その政治的配慮を理解したのと、実際、エルマをこのまま闘技場に置いておくわけにはいかないとの判断で――実際彼らのすぐ横では、今もほかの枢機卿や候補生が、砂となった害霊に険しい顔で対峙している――、ルーカスたちはチェルソの申し出を受け入れた。 すると、チェルソは米つきバッタのような素早さで、エルマを闘技場外へと運ばせていった。 ルーカスたちもそれに続こうとするが、 「エルマ殿......エルマ殿は、どこへ!?」 背後からの叫びに、振り返る。 ラウルだ。 彼は、いつまで経っても決定的な動きをしない周囲にしびれを切らし、聖術を振るって害霊の砂を壺に押し込んでしまったところだった。 既に砂の姿になっていたとはいえ、候補生で唯一、害霊の封じ込めに成功したラウル。 即ち聖術師への内定も望めるはずで、その顔は達成感に溢れていていいはずだったが、彼はひどく険しい表情を浮かべていた。 「チェルソ枢機卿が、今まさに保健室へと運んでいるところです」 「......そうか」 ルーカスが用務員としての体裁を維持しつつ応じれば、ラウルは言葉少なに頷く。 そうしてそのまま、自らも保健室へと足を向けたので、ルーカスは怪訝な顔になった。 「保健室へ。害霊はもはや、いかなる『言葉』も発してはくれなかった。ならば僕は、彼女に問いたださねば」 「問いただす?」 ルーカスが聞き返すが、ラウルはそれを振り払う勢いで舞台を去ろうとする。 とそこに、ひとり退出しようとする教え子を不審に思ったらしい枢機卿――グイドが、眉を寄せてやってきた。 「ラウル。どうした?」 「先生......僕は行かねばならないのです」 「だが、害霊の扱いに最も長けているチェルソ殿が退出してしまった今、あの害霊の壺の安全確保は、おまえが頼りだ。見ろ、枢機卿陣も、候補生たちも、こわごわと壺を見るだけで、近付けやしない」 恥ずかしながら、剣の脳しかない俺もだが、とグイドが唇を歪めると、ラウルはぱっと顔を上げた。 「その害霊の正体について、僕はエルマ殿に確かめに行くのです」 聞き返すグイドの声に、ルーカスの低い声も重なった。 「ラウル・パヴァリーニ殿。どういうことです?」 「............」 ラウルは、逡巡するように一瞬唇を引き結ぶと、次には悩む時間のほうが惜しいと判断したのか、グイドに向き直り、覚悟を決めたように話し出した。 「エルマ殿は、様々な言語で呼びかけることによって害霊の反応を測り、最終的に、古代アウレリア語によって、彼との『会話』に成功していました」 「古代アウレリア語? 聖術陣に書き込まれる、あの言語か?」 「ええ。古代アウレリア語は、陣の構築に使われる聖なる言語。あれを解読できるのは、よほど聖術に精通した聖職者か、僕のように独学で解読を目指した学生くらいしかいない。『邪悪な存在のはずの』害霊が、会話に用いるほど聖なる言語を体得しているなど、ありえないはずです」 話を聞いていたグイドが、「たしかに」と難しい顔で頷く。 傍らではルーカスが、慎重な口調で切り出した。 「......それで、害霊は古代アウレリア語で、なんと言っていたのです?」 「......確証は、ないのだが」 ラウルは、ぐっと眉根を寄せ、記憶をたどるように目を細めた。 「エルマ殿の拾っていた音を、繋ぎ合わせるならば。それはおそらくこうだった。『タ』、『ス』、『ケ』、そして『テ』。繋げて、僕たちの言語に翻訳するのならそれは――」 ――助けて。 周囲が、静かに息を呑んだ。 ラウルはルーカスに頷くと、再びグイドに向き直って、続けた。 「エルマ殿が古代アウレリア語で話しかけた瞬間から、害霊の咆哮は明らかに性質を変えていました。あれはまぎれもなく、意図を伴った『言語』だった。エルマ殿は、害霊の叫びは、母音が変質しやすいうえに、音が濁りやすいと言っていました。それを踏まえ、あの音を解釈するならば、彼の......害霊の叫びは、おそらくこういう意味になります」 次に告げられた言葉を聞いて、グイドは顔色を失った。 「助けて。騙された。私は――」 ――私は、トリニテート。

98 26. "Normal" Dialogue (3) What Elma thought, pushing the nanofiber umbrella that she had against the candidate in the back, she walked towards the harmful spirit. "Instead of thinking, look before your eyes. The attitude of putting more emphasis on practice than the theory on the desk is that of the leading candidate of the sacred magician." "Eh?" "After all, from brain simulation, field training. I would like to experience dialogue with the harmful spirits (...) and experience what dialogue is." While Raul can only pronounce one syllable, Elma starts and approaches the harmful spirit. "The first step in the conversation... walking by..." And she whispered, and avoided the flying dust, and the flames, and the fools with dexterity; and she came before the evil spirit. "Step two... self-disclosure! Boo! I spread my hands. Soon the harmful spirit opened his mouth wide and unleashed the wind with an incredible roar. But Elma puts them down a little. Even when the mud that was hanging on the stage was rounded up in a dumpling form, it was thrown into the sky one after the other, and it was made to be a foothold (...), and it was even closer to the harmful spirit that vigorously waved his face to the left and right. "'Phew... ahh'. I wonder... is this..." Therefore, I listened seriously to the voice of the stealthy harmful spirit that even disrupted the mental equilibrium, and began to decipher his voice (...) while imitating himself. Gyuiiiiiiiiiiiiiiiiiii! Doaa... aaaa...! "'Gooey'... no, 'gooey'?" Door "is" it "? Or are you just gonna say," I did it "? "Gaaa... ahhhhhhhh! "- Oh, I see. Because you're screaming, all the vowels are pulled to the A stage from the middle. So, this is the" z "... no, the possibility of" s "...? Hey, hey. With his feet, he kicks the mud dumplings and floats in the air, and his face sincerely chases after the harmful spirit. Elma stuck to the face of the harmful spirit and absorbed his language while watching, while effortlessly realizing the unthinkable behavior of ordinary people. "Beard or Ke. It's characteristic of the vowel nuance. -- Hello, is it Yaderoud? On the way, I tilted my neck and switched to Yaderoud. Seeing that there was no response, she ran into the language that came to mind one after another. [Or Lahiet? Or Galbarian? Dwaaaaaaaaaaa!! It's the ancient Dazu language system. In the second half, it was too minor for anyone to understand anymore. The roar of the harmful spirit also sounded only terrible roaring around, but Elma spoke sincerely to the harmful spirit as if she were aware of signs that the other person was approaching. On stage, the other one. Only Raul Pavarini, who was familiar with sacred arts, looked at him as if he had felt the change of the harmful spirit. "Ancient..." Elma murmured small, and then she put her hand on her lips as if she had noticed something. The next thing she chose were Raul and the candidate who was watching for the stubborn spit, a faintly understandable word. Ancient Aurelian......? The response of the harmful spirit was remarkable. Soooaaaaaaaaa! Uaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaa Dory, that's nice... deiiiiiiiiiiiii! But it was no longer obvious to everyone that it was not just a threat or an attack, but a "language" spinned with some sort of intent. The harmful spirits kept screaming with anguish and anguish as they were tormented by the flames and cachets. Sand and dust, scattered with the wind, screaming. But yes. It didn't sound like a cursed attack, but rather a sad scream. "Let's interrupt the Sacred Magician's Department! All cadets, abort the attack! Cardinal, the following management team will ensure the containment of the harmful spirit and the safety of the cadets! And because of the peculiar state of the harmful spirit, he is concerned about runaway, or the facilitator Chelsea announces in a voiced voice. The girl with glasses nodded before they entered the stage. "- Okay." She stares at the distorted face of the harmful spirit in an atmosphere of seriousness. Then he slowly spread his hands in front of the harmful spirits of flames and winds. An unprotected pose, as if you accept the other person unconditionally. When she was a saint, she even seeped into mercy. --Ohh...! However, it was in the form of a bump from the front into a mute and violent harmful spirit, and it was violently jumped into space. The little girl's body jumps like a hammer, making a dull noise and hitting the cobble. At the same time, the harmful spirit stopped moving as if it had suddenly fallen asleep, making a noise... and fell into sand on the spot. For a moment, the stage was filled with silence that seemed to hear even the sound of the needle falling. As she lay on her back, she saw a girl who couldn't move at all and leaked a rumble that someone in the audience had twitched. "I won't get up...! With that as a trigger, the audience seat, the waiting room, and the stage where the candidate was sitting made a fuss like a beehive. "Oh, my God! She's dead!? A bluished Lucas tries to jump over the wall and jump onto the stage. But as he raised his face softly, he quickly looked back at Irene. "Irene, what about you?" A quick question. Normally, if you hit a hard ground from that height with that amount of momentum, you won't be hurt badly. If Irene had turned pale every time Elma was indifferent, she could have fainted just by looking at the wound. "- Don't underestimate me" Irene grasped her fist and replied quietly. "I decided to believe Elma. No more indiscretion, no more guns, no more anger, no more throwing at her." I'm still worried. It's scary. I can't laugh and accept that my friend is in danger. Yet Irene decided to accept it. "So... of course, I'll go too! Quickly, she shook the hem of her maid's clothes and started climbing the wall herself. With the help of Lucas, I managed to get off the stage. And he rushed toward Elma without shaking his side. Elma had already been evacuated to the edge of the stage by the cardinals and cadets who had boarded ahead, and had begun to be embraced by Chloe and the rescue team who had also rushed in. "Onee-sama! Elma, Onee-sama! Please hold on! "I'm unconscious... I can't breathe! "Pulse!? There is no trauma, including head. When Lucas took Elma from them, he quickly gazed all over his body, then took his wrist and even put his finger on his neck. "The pulse..." But he looked suspicious there. "What about Elma!? As Irene asked sharply, Lucas was silent and returned Elma's wrist to her hand. Slowly white Elma's hand. For some reason, the hand is circled with the thumb and index finger, and the remaining three are all loosely bent. Slowly carved heartbeat. And deep exhalation, slowly enough to think of apnea. Taken together and concluded, Lucas looked to heaven quietly with a heavy sigh. "... I'm meditating." With distant eyes under his glasses, Lucas explained to his surroundings as he answered back. "I've seen monks on the southern continent meditate in this style. She... seems to be diving into a deep spiritual world." In other words, that's what happened. Irene, who managed to catch up with her understanding, collapsed on the spot when she came. She was desperately pushing in the rising anger, vagueness and penetration with the two letters "ready". "I knew it... should be said...! I knew it, but... I knew it, but... if you're okay, that's a good thing..." Lucas gently placed his hand on the conflicting shoulders of Irene. Rather than "a picture of a colored man and a beautiful girl," there was an interest in "an intermediate veteran management position and a picture of a young man who recently learned about the suffering of management positions." "Excuse me. I would like to take the candidate, Elma, to the infirmary. Looks like you're safe, but we can't keep the important candidate from Rouden on the stage." And there are people who tend to talk reluctantly. Turning around, it was Chelsea, the cardinal led by his pro-Rudential client on this mission. He lowered his head so hard that his unreliable hair would be shaken off from the beginning that he asked and looked at us. "For the treatment, I will send a fingerprinted Saint Doctor in Aurelia and a student who has been appointed by the Virgin....! Please tell His Majesty King Felix that the candidate from your country has fallen due to the runaway of the harmful spirit...." As a parent Ruden, I suppose he wants to eliminate any element that could damage Felix's mood. Understanding the political considerations and the fact that Elma cannot be left in the arena as it is - in fact, next to them, other cardinals and candidates are still confronting the sandy spirit with a steep face - Lucas and the others accepted Celso's offer. Chelsea then moved Elma out of the arena with a speed like a butterfly. Lucas and the others tried to follow suit. "Elma... where is Elma going!? Looking back at the scream from behind. It's Raul. He was about to cut out the numbness around him without decisive movement for ever, and shook the sacred magic and pushed the sand of the harmful spirit into the pot. Although it was already in the form of sand, Raul was the only candidate who succeeded in containment of the harmful spirit. In other words, I should have liked to insist on the sacred magician, and his face should have been full of a sense of accomplishment, but he had a terribly steep expression. Cardinal Chelsea is on his way to the infirmary. "... I see." Raul nods in a small number of words as Lucas responds while maintaining his formality as an executive. With that, Lucas turned to the infirmary and looked suspicious. "To the infirmary. The harmful spirit no longer uttered any 'words'. Then I have to ask her." Ask? Lucas answers, but Raul tries to leave the stage with the momentum to shake it off. And there, a cardinal, Goode, who seemed suspicious of a schoolboy trying to leave by himself, came with his eyebrows raised. "Raul, what's wrong? "Sensei... I have to go." "But now that Lord Chelsea, who is the best at dealing with harmful spirits, has left, you are the only one who can keep the pot safe. Look, neither the cardinals nor the candidates can get close just by looking at the scary pot." Embarrassed, I only have the brain of a sword, but when Goode twisted his lips, Raul raised his face. "I will go to Lord Elma to find out who that spirit is." Lucas' low voice echoed the voice of Goode. "His Highness Raul Pavarini. What are you talking about? ............ Raul pulled his lips together for a moment as he was on a tour, and then he talked as if he had decided to spend more time worrying, turning back to the Goode and preparing himself. "Elma measured the response of the harmful spirit by calling it in various languages and eventually succeeded in his' conversation 'in ancient Aurelian." "Ancient Aurelian? Written by the Ecclesiastes, that language? "Yes, ancient Aurelian is the sacred language used to build the formation. Only a priest who is so familiar with sacred arts or a student like me who aims to decipher it by himself can decipher it. There can be no such thing as an" evil spirit that ought to exist "who knows a sacred language enough to use in a conversation." The ghoud who was listening nodded with a difficult "yes indeed" face. Next to him, Lucas cut it out in a careful tone. "... so what did the harmful spirit say in ancient Aurelian? "... I don't have confirmation." Raul raised his eyebrows and narrowed his eyes to follow his memory. "If only we could connect the sounds that Elma had picked up. It was probably like this." Ta, "" Su, "" Ke, "and" Te. "If you want to connect and translate it into our language, it's..." - Help me. The surroundings breathed quietly. When Raul nodded to Lucas, he turned to the Goode again and continued. "From the moment Elma spoke in ancient Aurelian, the roar of the harmful spirit was clearly changing its nature. It was an uninterrupted, intentional 'language'. Elma said that the cries of harmful spirits are susceptible to spoilage of vowels and cloudy sounds. With that in mind, if you interpret that sound, his... cries of the harmful spirit will probably mean something like this." The next time he heard the word he was told, Goode lost his face. "Help me. Deceived. I..." - I'm Trinitate.

30.エピローグ 「クレメンス・フォン・ロットナー?」 新たに監獄送りにされることとなった人物の名を聞いて、リーゼルは化粧を施した目を見開いた。 「え、それって、豚看守に偽の報告書を送らせてる相手でしょ? この監獄の統括者よね。なんでまた」 「王族の殺害未遂、そして、権力と引き換えに諸国の ギルベルトが分厚い手紙に視線を落としながら告げると、リーゼルは長い睫毛を瞬かせる。 「無実の人間を監獄送りにしてきたのは、ルーデンの王ではなく、宰相の仕業だったの......?」 しかし、当事者であるはずのハイデマリーは、それらの情報をまったく気にする様子はない。 ただテーブル上のチェス盤を見つめたまま、ギルベルトに問うた。 「エルマは?」 慎重さの滲む声だった。 「あの子は、ここには帰ってこない? ......うまく、やっているのかしら」 応じるギルベルトの声には笑いが含まれていた。 苦笑、といってもよいかもしれない。 「なんでも、このロットナー侯を告発したのはエルマだそうだ。侯爵の余罪を洗っているうちに、彼が仕掛けようとした罠を彼女が先回りして防いでいたことがわかって、城では今、エルマがちょっとしたヒーローになっているらしい」 看守に手紙を寄越したのは、捕縛されたクレメンスに代わって、一時的に監獄関連の業務を補助することになったデニスという若い聖医導師だが、彼はよほど「ヒーロー」に傾倒しているのか、クレメンスについての情報よりもよほど紙幅を割いて、エルマについて描写していた。 「エルマはすっかり、シャバで人気者ということだ。......おめでとう、マリー。今回の賭けも君の勝ちだな」 「......よかったわ」 ギルベルトが祝うと、ハイデマリーはそっと笑って組んでいた両手をほどく。 それからソファに沈み込むようにして、しみじみと繰り返した。 「本当に、よかった」 あからさまに緊張を解き、幸せそうな表情を浮かべているハイデマリーとは裏腹に、リーゼルはすっかり会話に取り残されていた。 「どういうこと? 賭けに勝って......あの子が帰ってこないことの、なにがそんなに嬉しいのよ。っていうか、ロットナーこそがあんたの仇のわけでしょ? そこをあっさりスルーしていいわけ?」 彼は混乱していた。 ハイデマリーの投獄は冤罪だろうとは思っていたが、その主犯が王ではなく宰相だったというのは少々驚いたし、それ以上に、その相手が捕まったというのに、なんの反応も示さないことが不思議だった。 いや、しかし考えてみれば、ハイデマリーは以前から、自分の冤罪を晴らそうなどとはしなかった。 彼女が執着したのは、ただ快適な住空間を整えることだけ。 そう、だとすれば、今更エルマを使って復讐を企むというのも、少々違和感のある仮説だ。 すっかり自説に自信をなくして、途方に暮れたような表情をしたリーゼルに、ハイデマリーはふふっと笑いかけた。 「ねえ、リーゼル。特別に答え合わせをしてあげるわ。あのね。わたくし、ロットナー侯爵には、どちらかといえば感謝しているのよ」 「......なんですって?」 ますます話が見えない。 リーゼルが整った眉を寄せると、ハイデマリーは対照的に穏やかな笑みを浮かべて、すっとソファから身を起こした。 「わたくしに掛けられた嫌疑。魔族の生き残りと通じ、その子を宿した。それはね――真実なの」 「............は?」 つい素の声で答えてしまったリーゼルに「やだわ、低い声」と朗らかに指摘しながら、ハイデマリーは優雅に身をかがめる。 そうしてチェス盤に手を伸ばし、艶やかな黒の駒を拾い上げると、完璧な形の唇でキスを落とした。 「驚くことではないでしょう? だって、もともと私はそういう触れ込みでこの監獄に来たわけじゃない。あなただって、ほかの皆だって、エルマを魔族の子と半ば信じて接していたはずよね」 「いえ、それは......まさに『半ば』というか、半信半疑というか......」 エルマの図抜けた才能に、人ならざる要素を感じることはしばしばあった。が、それ以上に突き抜けてしまった師匠たち、もとい「家族」がいたため、「人間の身でもこれくらいのことはできるのだな」とも思っていた。 どのみち、人の道から外れた者たちが集う監獄において、エルマが魔族の血を引いていようがいまいが、そんなことは些事でしかなかった。 だからリーゼルたちは、エルマの本性を追及しようなどとは思いもしなかったのだ。 それをもごもごと指摘すると、ハイデマリーは「まさに」と頷いた。 「まさにそれこそが、わたくしの望んだことだったの」 「木を隠すなら森の中。人外を隠すなら――人の道を外れた者たちの中に、ってね」 彼女は、愛おしさを感じさせる手つきで、黒の駒を撫でた。 「エルマの父親はね、魔族の最後の生き残りだった。魔族なんていう恐ろしい名前がいけないのね。彼自身は、そこらの人間の男よりずっと優しくて、穏やかな男性だったわ。魔族というだけで幼いころから蹂躙され、息を潜めて生きてきた......少々器用で、力持ちなだけの、ただの男性だったわ」 脅威たる存在。 その本性にかかわらず、魔族であると判明すれば、異端だと退けられ石を投げられる。 愛した魔族の子を宿したとき、ハイデマリーは喜びとともに、我が子に降りかかるだろうその悪意を恐れた。 そして思いついたのだ。 頑強な揺りかごを確保することを。 異質な者たちの中に異質な我が子を隠し、「普通」の愛情を注いで育て上げることを。 ハイデマリーは、ギルベルトにちらりと一瞥をくれると、遠い昔のことを思い出したように微笑んだ。 「女ひとりが監獄を掌握しようだなんて、無謀だと思うでしょう? けれどわたくしにはギルがいた。心優しき英雄がね。ギルは、エルマの父親――魔族というのが単に人間に虐げられた存在だと気付くと、剣を下ろして友誼を結び、彼が死を迎えたときには、代わりに妻の面倒を見るとまで宣言してくれたわ。......もっとも、そのせいでギルは英雄の名を奪われたわけだけれど」 「......は。そういう、ことだったの」 脛に傷持つ者同士、あえて深くは踏み込もうとはしなかった過去。 はじめてその詳細を語られて、リーゼルは曖昧に頷いた。 ハイデマリーは「ええ」とだけ答えると、再びチェス盤に視線を落とした。 「愛情深い、そして独特な『家族』に囲まれて、おかげでエルマは自分を異質だと思うことも、迫害されることもなく過ごしてこられた。完璧な揺りかご。満足だったわ。わたくしを監獄送りにした王だか宰相だかには、感謝したくらいだった。けれど、ルーデン王が崩御したと聞いたとき、気付いてしまったの」 美しく紅を引いた唇から、悲しそうな吐息が漏れた。 「富と権力に身を固めた王でさえ、寿命には勝てない。親は、子どもよりも長くは生きていられないのだと」 あまりに当たり前の事実。 けれど、常識からかけ離れた場所で暮らしを積み重ねているうちに、すっかりそのことを忘れてしまっていた。 もし自分が死んでしまったら、きっとこの揺りかごは、「家族」の誰かが引継ぎ束ねる。 けれどその人物も死んでしまったら、エルマはどうなる? 人生の大半を過ごした後にいきなり俗世に放り出されて、そこに混じってゆこうと足掻くのか。 それとも、家族の誰もいない揺りかごで、ひっそりと息絶えてゆくのか。 そのどちらの未来も、ハイデマリーは娘に許したくはなかった。 「それにあの子、なにしろ【傲慢】でしょう? 他人を深く理解しようとはしないし、自分の持つ物差しが絶対のものだと思い込んでいる。わたくしたちがいびつな愛と、価値観を注ぎ込みつづけたからだわ」 家族の情は注いだ。過剰なほどに。 けれど、一方的に愛されすぎる環境は、彼女から他人への興味を奪った。 そしてまた、家族の愛は捧げられても、男女の情や、友情を注げる人物は、この監獄内にはいなかった。 手探りしながら関係を築くこと。 愛の優しさだけでなく、恐ろしさや煩わしさを知ること。 自分の「普通」が他者の「普通」とは異なるのだと理解すること。 それらはやはり、どうしても、揺りかごの外でしか学べないことだ。 エルマという人間が完成してしまってからでは遅い。 今のうちに彼女を親元から放し、この監獄とは異なる「愛」や「普通」を学ばせて、人の輪に溶け込ませる。 そう決めたのだ。 「身勝手とも、浅はかとも、どう罵ってくれても構わないわ。けれど、それがわたくしの考えつく最善だった。あの子をこの監獄から放ち、彼女が無事、人々から受け入れられることをただ祈り――」 ハイデマリーは、黒の女王の駒を、チェス盤の真ん中にとん、と置く。 「そうしてわたくしは、賭けに勝ったわ」 それから、ずっと沈黙を守っていたギルベルトに向かって、優雅に腕を差し出した。 「――待たせたわね、ギルベルト。わたくしの賭けはこれでおしまい。エルマの巣立ちを無事見届けられたから、もう、思い残すことはなにもないわ」 告げた瞬間、ギルベルトがはっと息を呑む。 彼はまじまじとハイデマリーを見つめた後、囁くように問うた。 「......ハイデマリー。では......」 「ええ。あなたの求婚を受け入れる」 立ち尽くしたまま、相手の腕も取れずにいるギルベルトのために、ハイデマリーは自ら一歩近づき、骨ばった彼の手にそっときゃしゃな手のひらを重ねた。 「十五年よ。......きっと彼も、許してくれるわ」 触れ合った肌の温度を確かめるように、そっと手を持ち上げて、甲にキスを落とす。 まるで長年連れ添った夫婦のような、自然な愛情の滲む仕草だった。 会話に置いてきぼりを食らったのは、リーゼルである。 彼は、穏やかに微笑むハイデマリーと、感極まって言葉を失っているギルベルトを交互に見つめながら、「え? え......?」と手を髪に差し込んだ。 「なにそれ......あんたたち、とっくの昔にデキてたんじゃないの? え? なに? っていうことは、ギル、あんた、自分の女でもなかったマリーのために、この監獄の掌握に協力してたってこと?」 生真面目なギルベルトは、おそるおそるハイデマリーを抱きしめながらも、神妙な顔でリーゼルに解説してくれた。 「俺はマリーに一目ぼれだったが、そのときすでに、彼女は友の妻だったからな。友の死後も、やはり友への義理があったし、彼女もまた母親であることを優先したいと言っていたから、エルマが一人前になるまでは、と話し合っていたんだ」 「引き延ばして逃げ切るつもりだったんだけれどね。十五年ずっとこの調子なんだもの。いい加減、絆されるわ」 抱擁を受け止めながら、美貌の娼婦が苦笑を刻む。 強く腕に力を籠めてくるギルベルトをそっと宥めながら、彼女はいたずらっぽくリーゼルに目配せをした。 「ねえ、リーゼル。あなたはわたくしのことを『執念深くて救いようがない』なんて言ったけれど、 「......そうね。ギルはあたしたちの中で一番地味というか、真っ当だと思っていたけど、今この瞬間から認識を改めるわ」 常識と道徳心の塊みたいな顔をしておきながら、妻でもない女のために平気で英雄の肩書を捨て、十五年もの間、監獄の王の地位に君臨してみせるとは。 リーゼルが呆れて肩をすくめる。 すると、ふたりから処置なしとの烙印を押されたギルベルトが、複雑な顔で反論を寄越した。 「......好ましい女性を、粘り強く手に入れようとすることの、どこがおかしい。愛は監獄の外では称えられるべき美徳だし、好きなものを好きでいつづけるというのは、――いたって普通のことだ」 むっとしたような、困惑したような声に、ハイデマリーはくすくすと笑う。 そして、彼の胸に顔をうずめながら、歌うように呟いた。 「だとしたら、シャバの『普通』というのは、なんて難しいのかしら」

31 30. Epilogue "Clement von Rotner?" Listening to the name of the new prisoner, Rezel opened his make-up eyes. "Ah, that's who you're sending false reports to the pig guards, right? You're in charge of this prison. Why are you doing this again?" "Attempted royal murder and the imprisonment of innocent people in various countries in exchange for power. For example, a whore imprisoned as an adulterer through a demon tribe for refusing to be summoned by a king of a country." Gilbert drops his gaze on the thick letter, and Rezel blinks at the long lashes. "Was it the Prime Minister who sent innocent people to jail, not the King of Rouden...? But Hydemarie, who is supposed to be a party, doesn't seem to care about that information at all. I just looked at the chess board on the table and asked Gilbert. "Where's Elma? It was a seeping voice of caution. "He's not coming back here?... I wonder if you're doing well." Gilbert's response included laughter. You might say bitter smile. "Anything, it seems Elma is the one who accused this Rotner Household. While washing the Marquis's remnants, it turns out she was ahead of the trap he was trying to set, and Elma is now a little hero in the castle." The letter was sent to the guards by a young Saint Doctor named Dennis, who was to temporarily assist with prison duties on behalf of the captive Clement, but he described Elma with much less paper space than he did with the information about Clement. "Elma is totally popular in Shaba.... congratulations, Marie. You won this bet." "... I'm glad." As Gilbert celebrated, Hydemarie gently took off her laughing hands. Then I tried to sink it into the sofa and repeatedly irritated it. "I'm really glad." Behind Hydemarie, who was clearly relieving tension and had a happy expression on her face, Liesel was completely left behind in the conversation. "What do you mean? Winning the bet... what makes me so happy that she won't come back? I mean, Rotner is your vendetta, right? Shouldn't we just go through there lightly? He was confused. I thought that Heidemary's imprisonment would be an unjust crime, but I was a little surprised that the main perpetrator was not the king but the prime minister, and it was strange that the opponent was caught but showed no reaction. No, but if you think about it, Heidemarie never tried to clear herself of her grievances before. All she was obsessed with was setting up a comfortable living space. Yes, it is a slightly uncomfortable hypothesis that Elma is now being used to plan revenge. Hydemarie laughed at Riesel, who completely lost confidence in her self-commentary and looked like she was halfway there. "Hey, Liesel. I'll give you special answers. You know, I'm grateful to the Marquis Rotner." "... what is it? I can't see the story anymore. Lizelle raised her eyebrows and Hydemarie woke up from the sofa with a gentle smile in contrast. "Suspect hanging on me. Through the survival of the demon tribe, he dwelt his son. That's the truth." "... what? Hydemarie leaned gracefully, pointing out to Rezel, who answered with a soft voice, "Oh no, low voice." Then he reached out to the chess board and picked up the glossy black pieces and kissed them with the perfect shape of his lips. "Isn't that amazing? Because that's not how I first came to this prison. You and everyone else must have trusted Elma halfway with the devil's son." "No, that's... 'midway' or half-hearted..." Often, Elma's diligent talent had a feeling of indispensability. However, because there was a "family" of the masters who went through more than that, I thought, "I can do this in humans." Either way, Elma was drawing the blood of the demons in the prison where those who were out of the way were gathered, but that was nothing but a few things. That's why Rezel and the others didn't expect to pursue Elma's true nature. Pointing to that, Hydemarie nodded "Exactly." "That's exactly what I wanted." "In the woods if you want to hide the trees. If you want to hide the outsider, you can hide him among those who have lost their way." She stroked the black pieces with a touch of love. "Elma's father was the last survivor of the demons. You must have a terrible name for a demon. He himself was a much gentler and calmer man than those human men. I've been ravaged since I was a child by the demons, and I've been breathing... just a man who's a little clever and powerful." Threatening presence. Regardless of its nature, if it turns out to be a demon tribe, if it is a heretic, it can retreat and throw stones. And when he dwelt the Son of the Devil whom he loved, Heidemary feared his malice, which would descend upon my son with joy. And I came up with it. Ensure a robust cradle. Hide a strange child among the strangers and raise him with "normal" love. Hydemarie gave Gilbert a glimpse and smiled like she remembered a long time ago. "You think it's reckless of a woman to take control of a prison? But I had Gil. A kind hero. When Gil realized that Elma's father, the Devil, was simply being bullied by humans, he put down his sword and made a friendship, and when he died, he declared that he would take care of his wife instead.... but that's why Gil was robbed of his hero's name." "... is. That's what happened." Those with wounds on their shanks dared not tread deeply into each other's past. It was not until the details were told that Liesel nodded ambiguously. When Hydemarie only answered "yes," she dropped her gaze on the chess board again. "Surrounded by a loving and unique 'family', Elma was able to live without feeling strange or persecuted. Perfect cradle. I was satisfied. I was grateful to the king or prime minister who put me in jail. But when I heard that King Rouden had collapsed, I realized." Sad breath leaked from my beautiful red lips. "Even a king with wealth and power can't beat life. Parents can't live longer than their children." Too common a fact. But while I was living away from common sense, I completely forgot about it. If you die, someone in the "family" will take over this cradle. But what happens to Elma if he dies? After spending most of your life, you suddenly throw yourself out into the shadows and try to mix it up there. Or do you secretly hold your breath in a cradle with no one in your family? Neither future did Hydemarie want to forgive her daughter. "Besides, what about her [arrogance]? I don't try to understand others deeply, and I think that my stakes are absolute. It's because we've been pouring in a lot of love and values." Family affection poured out. Excessively. However, an environment that was unilaterally too loved deprived her of interest in others. And even though the love of the family was devoted, there was no man or woman in this prison, nor any person who poured friendship. Build relationships while exploring. Know not only the kindness of love, but also the fear and annoyance. Understanding that your "normal" is different from the "normal" of others. After all, they can only be learned outside the cradle. It's too late for a man named Elma to finish. Release her from her parents now and let her learn "love" and "normal" different from this prison to blend into the circle of people. That's what I decided. "I don't care how you curse me, whether it's selfish or shallow. But that was the best I could come up with. Let her go and pray that she will be safe and acceptable to the people." Hydemarie puts a black queen token in the middle of the chess board. That's how I won the bet. Then he gracefully extended his arm to Gilbert, who had been keeping silence for so long. "--Sorry to keep you waiting, Gilbert. This is the end of my bet. There's nothing to miss now that Elma's nest has been safely delivered." The moment I told her, Gilbert took a breath. After staring seriously at Hydemarie, he asked him to whisper. "... high demerit. Then....." "Yes, I accept your proposal." For Gilbert, who was standing still and unable to take off his arm, Hydemarie took a step closer to herself and gently laid her groovy palm on his bony hand. "Fifteen years.... I'm sure he'll forgive me too." Gently lift your hands to see the temperature of the skin touching you and kiss your nails. It was a naturally loving technique, like a couple who had been with us for many years. It was Liesel who got left behind in the conversation. He alternately stared at Hydemarie, who smiled calmly, and Gilbert, who was so emotionally speechless, "Huh? Eh...? I put my hand in my hair. "What is that... you guys used to be nervous a long time ago? What? Does that mean that Gil, you were helping to take control of this prison for Marie, who wasn't even your own woman? The seriousness of Gilbert explained to Riesel with a mysterious face, perhaps with a high demanding hug. "I saw Marie at first sight, but she was already my friend's wife. Even after her friend died, she had a step-in-law to her friend, and she wanted to prioritize being a mother, so she was discussing it with her until Elma was alone." "I was going to postpone and run away. This has been going on for fifteen years. I'm going to tie you up." Beautiful prostitutes smile bitterly as they embrace. While gently forgiving Gilbert, who held her strength in her arms, she gazed at Riesel naughtily. "Hey, Liesel. You said you were 'stubborn and unable to save' me, but don't you think this lust of his (Gilbert's), or love, is less likely to save me? "... that's right. I thought Gil was the plain one of us, or the real one, but I'm going to change my mind right now." With a face like a lump of common sense and morality, I would never let a woman who is not my wife abandon her heroic title peacefully and reign as king of prison for fifteen years. Liesel shrugged her shoulders. Gilbert, who was branded untreated by the two, challenged him with a complex face. "... what's wrong with trying to persevere in getting your favorite woman? Love is a virtue to be honored outside prison, and it's normal to keep liking what you like." Hydemarie giggles and laughs at her muffled, confused voice. Then he groaned and sang with his face in his chest. "If so, how hard is it to call Shaba 'normal'?"

9.灰かぶり姫2 「ええと、......二枚目は、きっとこれかしら」 ハイデマリーは白い指で顎をとんとんと叩き、それから一枚の絵を摘まみ上げた。 描かれているのは、鉄の靴を履かされ、必死の形相で踊り狂っている女性だ。 周囲には炎が燃え盛り、いかにもおどろおどろしい雰囲気を演出している。 それは、灰かぶりを虐め抜いた継母が、仕返しに焼けた鉄の靴を履かされ、炎に巻かれながら、踊るようにしてのたうち回るという、終盤の一幕である。 が、ハイデマリーの解釈は違っていた。 「きっと、灰かぶりの修行回だわ」 満足げに頷く。 くぐり抜けてきた修羅場の数が違う彼女にとって、これしきのことは、修行風景にしか映らなかったようである。 「高みを目指すには、やはり自分自身の苛烈な努力なしにはありえないもの。たぶん、こういう修行パートがしばらく続くのね?」 ついでに彼女は、気付かれにくいのだが、隠れスポ根タイプでもあった。 「......いや、マリー。言いにくいが、それは恐らく――」 「ねえ、そうでしょう、ギル?」 おずおずと訂正を試みたギルベルトだったが、目を輝かせる妻の愛らしさを前に、良識はあっさりと膝を突いた。 「......まあ、そうかもしれない」 考えてみれば、物語とは伝聞と解釈の集合体であるので、そういう受け止め方があってもいいだろう。 絵の女性は「灰かぶり姫」と明らかに顔立ちが異なるが――いやいや、誤差の範疇だ。十分な描き分けができない画家のほうが悪い。 勇者らしくもなく、そう責任転嫁をすると、絵の中の女性に、一瞬ぎろっと睨まれたような心地を覚える。 だが、彼は視線を逸らすことでそれから逃げた。 「ほら、やっぱり! だとしたら、まだ修行場面が続くでしょうから......」 生ぬるい全肯定を素直に受け入れたハイデマリーは、うきうきと物語の続きを探し出す。 白魚のような指が、やがてぴたりと一枚を指し示した。 「次は、この辺りかしら?」 そこに描かれていたのは、全身を黒く汚しながら、必死に豆を掻き集める少女の姿であった。

150 9. Princess Ashes (2) "Um... this must be the second one." Hydemarie slapped her jaw with her white fingers and then picked up a picture. It depicts a woman wearing iron shoes and dancing madly in desperate shape. The surrounding area is burning with flames, creating a very troubling atmosphere. It is part of the final scene that the stepmother, who bullied out the ashes or slugs, is wearing iron shoes burned in revenge, wrapped in flames and dancing around. But Hydemarie interpreted it differently. "Must be the first time I've trained in ashes." Nod satisfactorily. For her, who had passed through a different number of Shura halls, this only seemed to be reflected in the training landscape. "Aiming for heights is impossible without your own hard work. Maybe this training part will last for a while? By the way, she was hard to spot, but she was also a hidden sponge type. "... no, Marie. It's hard to say, but it's probably..." "Hey, isn't that right, Gil? It was Gilbert who tried to make the correction, but before his eyes sparkled with his wife's charm, conscience shook his knees lightly. "... well, maybe so." If you think about it, the story is a collection of hearsay and interpretation, so you can take it that way. The woman in the picture obviously looks different from the "ash-covered princess" - no, no, it's the margin of error. Painters who cannot draw well are worse off. Not as brave as a brave man, when you pass on responsibility, the woman in the painting feels as if she was staring at you for a moment. But he ran away from it by diverting his attention. "Look, I knew it! If so, the training scene will continue....." With an honest acceptance of all the warm affirmations, Hydemarie searches for the sounds and continuation of the story. A white fish-like finger eventually pointed to one piece. I wonder if it's around here next? It was depicted as a girl desperately scratching beans while soiling her whole body black.

29.シャバの「普通」は難しい(4) 彼女は、すでに扉として機能していない木の板を蹴り飛ばすと、その勢いのまま部屋に踏み入ってきた。 「あなた、ルーカス王子殿下暗殺未遂事件の犯人として、 やって来るなり叫んだその内容に、エルマはきょとんとする。 が、「いったいなにを――」と言い返す前に、さらに複数の人物が部屋になだれ込んできた。 「エルマ! なにがあったのです! 殺人犯としての 「ねえエルマ、信じられないわ! あなたが愚息に殺意を持っていただなんて与太話を吹聴しているのは、どこの誰なの!?」 『おう、なに変な事件に巻き込まれてんだ、エルマ。おまえは明日――いや、今日だな、今日の即位式正餐会の仕込みを手伝うっていう重要な仕事があんだろうが』 「エルマさん! 侯爵に騙されていた僕が言うのはなんだけど、あなたがこんな陰謀に巻き込まれるだなんて、信じられない! こんな嫌疑、早く晴らしてしまわなくてどうするんだ!」 『ミューズよ! 君がこんな美しくない事態を甘受しようなど! 神が許してもこの僕が許すものか!』 順に、ゲルダ、ユリアーナ前妃、ゲオルグ料理長、デニス聖医導師、そしてヨーランである。 興奮のまま、母語も交えて話す彼らの背後には、やりきった感を前面に浮かべたマルクもいる。 就寝中に王子付きの小姓によってたたき起こされたらしい六人は、全員、着の身着のままといった様子で、その瞳にだけ燃えるような怒りと闘志を宿していた。 やけに張り切っている彼らの姿に、エルマは嫌な予感を覚えた。 珍しく彼女がなにも言えずに立ち尽くしていると、それをどう受け取ったものか、イレーネを筆頭とした六人は素早く彼女に近付き取り囲む。 そして肩に手を置いたり、腕を取ったり、抱きしめたりした。 「まったく信じられない話だわ。まさか無実の人間に罪をなすり付けて、悪名高きヴァルツァー監獄に送り込もうなど。つくづくロットナー侯爵は見下げた男だわ」 「いえあの......悪名高いといいますか、ヴァルツァー監獄は私の実家なのですが......」 「そこよ、エルマ! あなたの非常識はだからだったのね。けれど、監獄育ちだから罪を着せられても問題ないだろうだなんて、おぞましい発想だわ! 聞けば、あなた、監獄出身の人間にどのみち未来はないなどと脅されたのですって!?」 ユリアーナやイレーネが捲し立てる内容に、思わず思考が停止してしまう。 彼女たちの話を総合すると、エルマは「環境劣悪な監獄で育ったところを恩赦によって解放されるも、出自を知った侯爵に『監獄出身のおまえに未来はない』と脅され、ルーカス殺害未遂の罪を押し付けられかけている」ことになっているようだった。 なんだそれはという感じだ。 「いえ......あの、そうでなくて、私は本当に自身の意思で監獄送りを希望していて......その、侯爵をも利用して殺害をもくろんだ、この事態の黒幕......」 「それが侯爵の書いたシナリオなの? まったく、あなたがわざわざ他人を利用して殺害をもくろむだなんて、荒唐無稽としか言いようがないわ」 「そうですよ。あなたほどの能力があれば、ルーカス様のような隙だらけの殿方など瞬殺できようものを、どれだけあなたのことを見くびっているのだか」 神妙に反論すると、ユリアーナとゲルダから速攻でそれを封じられた。 どうやらエルマは、「彼女がそんな(人道的に)悪いことをするわけない!」という文脈ではなく、「彼女がそんな(効率の)悪いことをするわけない!」といった方向で信頼されているらしい。 少々の虚しさを覚えて、エルマは一瞬黙り込んだ。 「......いえあの、それほど私を買ってくださっているなら、なぜ侯爵に利用されたなどという発想に......?」 「だってあなた、頭はよさそうなのに、ひどくずれているんだもの!」 「突拍子もない理由で監獄行きを受け入れていそうだと思ったもので」 『ミューズよ。君の話すルーデン語もひどく音楽的だね』 粘ってみると、今度はイレーネやゲオルグ、デニスから、エルマの「普通」をディスられた。 ちなみにヨーランは芸術家肌だからなのか、明後日の発言をしている。 エルマは世の無情を思い、再び沈黙を選んだ。 とそこに、 「大丈夫よ、エルマ。わたくしが弁護団を作ってさしあげる。この国の前妃として、いいえ、ラトランドの人脈を使ってでも、優秀な弁護人を確保して、あなたの無実を世に突きつけてみせるわ」 整った相貌を自信で彩ったユリアーナが、力強く頷きかける。 それにつられたように、その場にいた一同が次々と親指を立てはじめた。 「微力ながら、私も心ある下級貴族くらいまでなら動かせます。フットワークの軽さに定評のある下級貴族の底力を、今こそ見せつけてやろうではありませんか」 「若手侍女たちへの根回しなら、このイレーネに任せてちょうだい」 女性陣がきらっと瞳を輝かせれば。 「俺だって、この城の、胃袋を、握っている。全員、おまえの、弁護人にしてやるぜ。モンテーニュ人は、美人の味方だからな」 「僕は騎士団に顔が利く。これまで治療してやった患者たちも全員動員してあげるよ」 男性陣もまた自信に満ち溢れた様子で胸を叩く。 『ところで、僕を招いた侯爵が犯人ということは、僕への支払いはどうなるんだろうか。演奏代も支払われないようなら、友人の国際弁護人を通じて訴えようと思っているんだけど』 ヨーランだけはやはり頓珍漢なことを口にしているが――いや、国際弁護人へのツテを持っているあたり、ほかの五人よりよほど厄介な存在かもしれない。 王族だって雇えないだろうというような、大規模で国際的で網羅的な弁護団の登場に、エルマは顔を引き攣らせた。 特に「大規模」というのが問題だ。 査問が行われるまでの数時間で、これだけの人数を洗脳、または説得するのは、エルマの能力をもってしても困難である。 引き換え相手はといえば、持ち前の行動力で、今この瞬間にでも、自分の仲間を召喚しそうな様子だ。 「こんなに手厚く弁護されては、起訴など不可能だな。監獄行きは諦めろ」 静かに結論を言い渡され、エルマは青褪めながらルーカスを振り返った。 「エルマ」 珍しく動揺しているエルマを、ルーカスは実にいい笑顔で遮った。 表面上はにこやかな第二王子の、その瞼や頬の筋肉がごくわずかに強張っていることを見て取り、エルマは冷や汗を浮かべる。 この微表情はなんのサインだろうか。 怒り、いや、興奮、いや、愉悦。 そのすべてのような気もするし、どれも微妙に異なる気もする。 ただなにかこう、自分が彼の導火線のようなものに着火してしまったことだけは、理解できた。 そしてなぜか、この瞬間になって、かつて母ハイデマリーが自分に告げた言葉をエルマは思い出していた。 ――愛にはね、エルマ。 彼女は完璧に整った唇を、苦笑の形に歪めていた。 一度それらに絡め取られたら、絶対に逃がしてもらえないから。 なんの話をしていたときだったか。 そう、罪の名を持つ「家族」の中で、誰が一番たちが悪いか、といった話題で盛り上がっていたときだった気がする。 彼女は困ったような、諦めたような笑みを浮かべて、少し離れた場所に佇むギルベルトを見つめていた―― 「シャバにはな。七つの大罪よりもよほど執念深くて、厄介な美徳があるんだ――愛だとか好意、と、俺たちはそれを呼ぶがな」 ルーカスがにやりと笑いながら告げた言葉で我に返る。 脳内のものとぴったり一致したその単語に呆然としていると、彼はぐっと腰をかがめ、睦言を囁くように唇を耳元に寄せた。 「俺たちからこれだけ好かれておいて......そう簡単に放してもらえると、思うなよ?」 聞きようによっては、口説かれているようにも思えるせりふ。 しかしエルマには、恫喝か最後通牒のように響いた。 呆然と固まっていたら、その空気を解すように「えー」とフェリクスが片手を挙げて切り出した。 「話を戻すけど。そこのエルマ嬢が今回の犯人でないことは自明だし、本人が言い張ったとしても、強力な弁護団に囲まれて不起訴濃厚だから、もう無視しちゃっていいかな? で、当初の予定通り、クレメンスを対象に査問するということで」 すでに被告人が自供内容を刷り込まれている時点で、なんの意味もない査問である。 だがその場には誰一人として――クレメンス本人も含めて――異議を唱える者はいなかった。 「え......え......」 ただエルマだけが、現実を受け入れられないとでもいうように視線をさまよわせる。 それを見てルーカスが、「そういえば」と片方の眉を上げた。 「すっかり話が逸れてしまったが、聞きたいことのもうひとつはな、エルマ。おまえ、いくら監獄に帰りたいからといって、この男をかばうような真似をしてよかったのか?」 話が呑み込めず怪訝な顔をするエルマに、ルーカスはやはりと頷く。 それからくしゃりと彼女の頭を撫でて、「おまえもまだまだだな」と嘆息した。 「人の顔や物事の表面だけ見るからそうなるんだ。おまえ、この男――ロットナー侯がなにをしてきたのか、知らないんだろう」 ルーカスが呆れたように告げれば、フェリクスが得心したように手を打つ。 「彼がなにを......?」 眉を顰めたエルマに向かって、ふたりの王子はそれぞれゆったりと仕草で頷き返した。 「今回の件をきっかけに、侯爵の居室を捜索したらな。監獄を材料にして諸国と取引を重ねた履歴が出るわ出るわ。......この男は、宰相の地位と、暗示の能力を利用して、罪なき者を次々と監獄送りにしてきた大罪人だ」 「王の誘いを断っただけの娼婦、王女との婚約を拒否して腐敗政治を批判しただけの英雄。ほかにも何人もいるようだけど......君の母親が美貌の娼婦だというなら、つまり彼は――君の仇だね」 え、と夜明け色の目が見開かれる。 ルーカスはそれを見て、にやりと口の端を持ち上げてみせた。 「無実の姫君は仲間の協力のもと仇に復讐し、監獄送りになるのは悪人だけ。これがシャバの『普通』というものだ。――おまえには、そのくらいのこともわからないのか?」 今度こそ、エルマはぽかんとした顔になった。

30 29. Shaba'S "Normal" Is Difficult (4) She kicked a wooden board that no longer functions as a door and stepped into the room with that momentum. "Is it true that you, Prince Lucas, as the perpetrator of the attempted assassination, are about to be dressed in wet clothes? Elma screamed as she came. But before I could say "what-", several more people came into the room. "Elma! What happened?! You're being forced to confess to being a murderer!? "Hey, Elma, I can't believe it! Who's listening to Yota talk that you were foolishly murderous!? "Wow, what a weird case you're in, Elma. You have an important job to do tomorrow - no, today - to help you prepare for today's inaugural dinner party." "Elma! I was fooled by the Marquis, but I can't believe you got caught up in this! What are we going to do if we don't clear up this suspicion? Muse! Don't let this happen to you! Even if God forgives me, this is what I forgive! In turn, they are Gerda, former Princess Juliana, Chef Georg, Doctor Dennis, and Yoran. Behind them, speaking in their native language with excitement, is Mark with a sense of clarity in front of them. All six of them, apparently provoked by their princely surnames while sleeping, were dressed in their own clothes, with only burning anger and fighting spirit in their eyes. Elma had a bad feeling about the way they were struggling. Unusual for her to stand up without saying anything, Irene and the six of them quickly surround her. He then put his hands on his shoulders, took his arms, and hugged him. "I can't believe it. You can't pretend to be an innocent man and send him to the infamous Walzer Prison. The Marquis of Rotner who makes it is a man who looks down." "Um... notorious as it is, Walzer Prison is my home..." "There it is, Elma! You were insane, weren't you? But it's a ridiculous idea that I grew up in jail, so it wouldn't be a problem to be guilty! When I asked you, you were threatened that there was no future for anyone from prison!? Juliana and Irene unwittingly stopped thinking about what was going on. Taken together, it seemed that Elma was "released by amnesty where she grew up in an unfavourable prison, but threatened by the Marquis who knew her origins that 'there is no future for you from prison', forcing her to commit the crime of attempted murder of Lucas". What is that? "No... well, no, I really wanted to go to jail by my own volition... and I also used the Marquis to commit murder, the mastermind of this situation..." "Is that the Marquis scenario? I can't help but say that it's absurd of you to bother using others to commit murder." "That's right. How much do I underestimate you if you have the ability to instantly kill someone like Lucas?" In mysterious disagreement, Juliana and Gerda sealed it up quickly. Apparently Elma said, "She can't do such a bad thing! Not in the context of" she doesn't do such a bad thing! It seems to be trusted in such a direction. Remembering a little vanity, Elma remained silent for a moment. "... no, if you bought me so much, why did you use me by the Marquis...? "'Cause your head looks good, but it's really off! "I thought you were going to jail for no reason." Muse. Your Lutheran is terribly musical. " When I tried to stick to it, Irene, Georg, and Dennis made me disguise Elma's "normal". By the way, I wonder if Yoran is an artist's skin, and I am making a statement the day after tomorrow. Elma felt the ruthlessness of the world and chose silence again. and there, "It's okay, Elma. I'll make a defense team for you. As the ex-husband of this country, no, I'll use Rutland's connections to secure a good defense attorney and bring your innocence to the world." Juliana nodded forcefully with confidence. As it was attached, the men on the spot began to raise their thumbs one after the other. "Even with all my strength, I can move as far as the lower aristocrats in my heart. Let's show them the power of the lower aristocrats, who have a reputation for the lightness of footwork." "If you want to root for the young maids, leave it to Irene." If only the women sparkled their eyes. "I'm also holding the stomach of this castle. Everyone, I'll make you a defense attorney. The Montenegrins are on the side of the beauty." "I have a good face for the Knights. I'll mobilize all the patients I've treated." The male team also smacked his chest with confidence. By the way, what happens to the payment to me when the Marquis who invited me commits the crime? I'm going to sue through my friend's international defense attorney if I don't get paid to play. " Yoran is still the only one who talks about rare things - no, he may be more troublesome than the other five to have access to international defense counsel. Elma convulsed at the appearance of a large, international, and exhaustive defense team that the royal family would not even be able to employ. Especially "large scale" is a problem. In the hours leading up to the examinations, brainwashing or persuading this number of people is difficult, even with Elma's abilities. Speaking of redemption, the opponent seems to be summoning his own people even at this moment with the force of his actions. "With such a generous defense, there can be no prosecution. Don't go to jail." Concluding quietly, Elma looked back at Lucas as she faded. "Elma" Lucas blocked Elma's unusual agitation with a really good smile. Elma sweats cold as she sees the muscles of her eyelids and cheeks slightly stretched on the surface of the smelly Second Prince. What kind of sign is this fine expression? Anger, no, excitement, no, joy. I feel like all of them, and all of them are subtly different. It was only understandable that somehow I had ignited something like his conductor. And for some reason, at this moment, Elma remembered the words that Mother Heidemary once told herself. --Love, Elma. She distorted her perfectly formed lips into the shape of a bitter smile. Once they get tangled up, they'll never let us go. What were you talking about? Yes, it was when the topic of who was the worst among the "families" with the name of sin was flourishing. She was staring at Gilbert, standing a little farther away, smiling as if she had given up. "Not for Shaba. There is a more insistent and troubling virtue than the seven great sins - love or favor, we call it." Return to me with the words Lucas told me with a smile. As he was stunned by the word, which matched exactly what was in his brain, he bent over and whispered his lips to his ears. "Don't think it's so easy for us to let you go. Depending on what you hear, it may seem like you're being dictated. But Elma sounded like intimidation or an ultimatum. When it was stunned, Felix raised one hand and cut it out to dissolve the air. "Let me get back to you. It's obvious that Miss Elma wasn't the killer this time, and even if she insists, she's surrounded by a powerful defense team and thick without charge, so can we ignore it now? So, as originally planned, we're going to interview Clement." It is a meaningless examination at a time when the accused's confession has already been imprinted. But none of them - including Clement herself - objected on the spot. "Eh... eh..." It's just Elma wandering her gaze like she can't accept reality. Looking at it, Lucas raised one eyebrow saying, "Speaking of which," "I completely missed the conversation, but the other thing I want to hear is, Elma. How much do you want to go back to jail and pretend to cover for this guy? Lucas nodded to Elma, who looked suspicious without swallowing the conversation. Then she stroked her head and sighed, "You're still alive." "That's what happens when you just look at people's faces and the surface of things. You have no idea what this man, the Rottner Housekeeper, has been up to." If Lucas is stunned, Felix will hit him like he was good at it. "What did he do...? Towards Elma with her eyebrows raised, the two princes nodded back slowly. "We should search the Marquis' room for this. We'll get a history of all the deals we've had with the countries using jail as a material.... this man has used his position as prime minister and his tacit powers to incarcerate innocent people one after another." "A whore who refused the king's invitation, a hero who refused to engage the princess and criticized corrupt politics. There seem to be many others... but if your mother is a beautiful whore, he's your vendetta." Eh, dawn and colored eyes open. Lucas looked at it and lifted the edge of his mouth. "The innocent princess avenges her companions and only the bad guys go to jail. This is Shaba's 'normal'. --Don 't you even know that much? It was time for Elma to have a gloomy face.

23.「正義」逆位置(4) 「真っすぐに。釣り合うように。善意と誠意が、違わず噛み合うように――」 ハイデマリーは楽しそうに嘯きながらくるりと「正義」のカードを回転しおえると、疲れたようにどさりとソファに背中を預けた。 「――ああ。タロットって、集中力がいるのよね。紅茶はまだなのかしら。【怠惰】ったら、あんまりのんびりしていては、夜が明けてしまうじゃないの」 先ほど出ていったばかりのモーガンに対して、そんな無茶な独白を放つ。 彼女は自身の膝に頬杖を突き、気だるげな表情で最後の一枚をめくると、「ああ」とぞんざいに頷いた。 「『太陽』。よかったわねえ、ハッピーエンド。めでたしめでたしだわ」 最後に開かれた、十字の一番下のカードには、人の顔を持つ太陽と、青い腰布を巻いた裸の赤子の絵が描き込まれている。 周囲には、色鮮やかな光の雫。タロットに疎い者であっても、輝かしく、喜ばしい札なのだと思わせるような、それは絵柄であった。 「これが最終結果と言ったな。どういう意味だ?」 すっかり興味津々となったクレメンスが、札を覗きながら問うが、ハイデマリーは軽やかに肩をすくめるだけだ。 「どういうもなにも、見たままの意味よ。太陽。成功。祝福」 そうして、彼女はすっと立ち上がると、優雅に裾を捌いて、部屋を去っていこうとするではないか。 「――なんだか、とても眠くなってきてしまったわ。占いは、ここまで。悪いけれど、【怠惰】とギルにはよろしく伝えておいて」 「はーい、おやすみー」 「紅茶は、代わりに、俺が、頂こう」 女王の気まぐれは今に始まったことではないのか、ホルストやイザークは、こともなげにそれを受け入れ、彼女を見送る。 が、クレメンスは、ハイデマリーの一連の行動に、強い疑問を抱かずにはいられなかった。 よって彼は、するりと猫のように立ち去る彼女を追いかけ、廊下へと飛び出した。 「待たぬか」 ハイデマリーはちらりと振り返るが、すぐに視線を戻し、そのまま歩きつづける。 クレメンスはむきになり、そのほっそりとした二の腕を掴んで、強引に振り向かせた。 「待て。......聞きたいことがある」 「あらやだ、思わぬアプローチに胸が高鳴ってよ。わたくしにもポエムを捧げてくださるの?」 笑みを含んだ声も表情も、いつもの彼女だ。人をおちょくって惑わすのも同じ。 だが、今回ばかりはクレメンスも、その手に乗るわけにはいかなかった。 「望むなら書いて進ぜよう。だが報酬として、おまえの真実を頂戴したいものだ」 「......情熱的な方ね」 ハイデマリーは優雅な笑みを崩さない。だが、声がごくわずかに、低くなった。 ――あなたの真実をちょうだい。 かつてハイデマリーが告げたセリフの意趣返しだと、理解したからだろう。 途端に彼女がまといはじめた冷ややかな雰囲気に、クレメンスは無意識に唇を舐めた。 脳裏では目まぐるしい勢いで言葉と記憶を手繰り寄せ、確実に相手の興味を引き付ける問いをひねり出す。 「――聖鼎杯。もしくは、トリニテートという言葉を、知っているか」 反応は、上々だった。 無言でこちらを見返してきたその藍色の瞳を逃さぬよう、クレメンスはハイデマリーを見据えながら続けた。 「ちょうど今年、今頃にでも、聖鼎杯が行われているはずだ。直近では、三十年前だった」 「......それがどうかして?」 「当時私は司教の座に無かったが、それでも噂が耳に入るくらい、当時アウレリア界隈を騒がせた醜聞があった。トリニテートに内定していた三人のうち、聖女候補の娘が ハイデマリーはなにも言わない。 クレメンスは、気にせず続けた。 「当時の聖女候補は、学院史上類を見ない聖力量の持ち主で、その能力の高さゆえに、わずか五歳で聖女候補生となり、彼女を見出した学院によって『保護』されていた。髪色などの詳しい情報は知らぬが......幼くして完璧に整った美貌と、覗き込むだけで自我が溶かされるような、深い双眸の持ち主だったと聞く」 「......そう」 「その聖女候補のほかに、優れた聖剣士候補と聖術師候補に恵まれたその年、三人はトリニテートの内定を得て、聖鼎杯はもはや消化試合に過ぎなかった。だがそれが行われる前夜――それまで従順だった五歳の聖女候補が、逃げた」 無言で耳を傾けるハイデマリーに、クレメンスは元宰相らしく、端的に過去を語って聞かせた。 聖女の逃亡に手を貸したのは、その瞳で自我を溶かされた聖剣士候補だった。 彼は友人であった聖術師候補によって我に返り、自首。 投獄も検討されたが、当代一の聖剣使いを手放せないと考えた教会は、名ばかりの枢機卿の地位を与え、学院に飼い殺しにすることによって償いを命じた。 併せて、教会や学院への不信を避けるため、聖女の逃亡は、表向きには病による突然死として片付けた。 脱走に関与しなかった聖術師候補生にだけは、そのまま聖術師の地位を与え、教会の奥深くにある聖地への入殿を許したものの、三人のうち二人までもがその座を手放したことにより、その年のトリニテートは不成立。 それに対する神の怒りかのように、数年後アウレリアはルーデンの属国となる。 亡国の危機に喘ぐアウレリアをよそに、幼い聖女候補の足取りは、杳として掴めなかった――。 「醜聞を疎んだ教会が積極的に語らなかったせいで、聖女候補についての情報は曖昧なものや、ばかばかしいものも多いが、共通して語られるエピソードは、こうだ。彼女が歌えばたちまち動植物が育ち、彼女が見つめれば、たちまちすべてが魅了され、膝をつく――」 クレメンスは、灰色の瞳を鋭く細め、向き合う女の、その潤むような藍色の瞳を射抜いた。 「魔性にすら似た、その魅了の力。声に、瞳。そして......おそらくは年齢的にも。おまえ、さては――」 とそのとき、クレメンスの背後から、ぽんと肩を叩く者があった。 ほんのわずかにハスキーな、ハイデマリーとは異なる艶を帯びた声。 リーゼルである。 彼は、とっさに振り向いたクレメンスの頬を、肩に置いた人さし指でむにっと攻撃し、小首を傾げた。 「いつまでもその女の腕を掴んで口説いてると、【 「やあね、口説かれてなんかいないわ。年齢についてささやかな会話を交わしていただけよ」 「年齢? 無粋ねえ」 リーゼルは鼻に皺を寄せて、クレメンスをハイデマリーから引きはがすと、しっしと犬を追い払うような仕草をした。 「遊びに不慣れなじじいは、これだから困るわ。女が部屋に帰りたがっていたら、速やかに道を開けて見送るのが男ってものよ」 「だが、その女は――」 「聞こえない?」 クレメンスが身を乗り出すと、リーゼルもまた背を屈め、ぐっと声を低めて囁いた。 「引っ込め、つってんの」 どすの利いた、声。 それによる恐怖よりも、頭のどこかがキィンと引っ張られる感覚によって、クレメンスはその場で硬直した。 リーゼルによる洗脳が、ここにきて効果を発現したのだ。 やがて意識の消失した瞳で、ふら、と廊下を引き返しはじめたクレメンスを見届け、リーゼルはふんと鼻を鳴らした。 「ルーデン男なんて、たいがい無粋なものよねえ」 「――ありがとう、【嫉妬】。助かったわ」 ハイデマリーが静かに笑んで礼を述べると、リーゼルは「いいえ」と肩をすくめた。 「礼には及ばないわ」 「あら、珍しく優しいこと」 目を瞬かせたハイデマリーの前で、リーゼルはすっと、一枚のカードを掲げてみせた。 光の雫を撒く日輪と、裸の赤子が描かれた札。 先ほどハイデマリーが開き、そのままにしてきた、『太陽』のタロットだ。 「ねえ、【色欲】。最終結果の、あんたの解釈をまだ聞いてないわ。ついでにあんたの過去とやらも。ぽっと出のじじいなんかよりも、まず

95 23. "Justice" Inverse Position (4) "Straight ahead. Try to balance. May goodwill and sincerity mesh in the same way -" When Hydemarie was able to spin the "justice" card with pleasure, she leaned her back on the sofa tired. "Ah, Tarot has a lot of concentration. I wonder if you still have tea. [Laziness] If you don't relax very much, the night will start." Releases such an innocent monologue against Morgan who just left. She shook her cheek cane into her lap and turned the last one with a carefree expression and nodded in horror, "Ah." "The Sun. Good for you, happy end. Happy birthday." The last card opened, at the bottom of the cross, depicts a picture of the sun with a human face and a naked baby wrapped in a blue waistcoat. Surrounded by brightly colored light, Shizuku. It was a picture that made Tarot think he was a glorious and happy bill, even if he neglected Tarot. "You said this was the final result. What's that supposed to mean? Clement, who was completely intrigued, looked at the bill and asked, but Hydemarie simply shrugged her shoulders. "Whatever it is, it means as it is. Success. Blessing" And when she stood up, she would gracefully lay down her hem and leave the room. "--I kind of fell asleep. This is the end of divination. I'm sorry, but please say hello to Gil for being lazy." Yes, good night ~ "I'll take the tea instead." Isn't the Queen's whim just beginning? Holst and Isaac accept it and drop her off. Clement, however, had no choice but to have strong doubts about Hydemarie's series of actions. So he chased her away like a cat, and jumped out into the hallway. Should we wait? Hydemarie glances back, but immediately turns her eyes back and walks on. Clement fell asleep, grabbed his slender arms, and turned them forcefully. "Wait... I need to ask you something." "Oh no, my chest is pounding at an unexpected approach. Will you dedicate Poem to me, too? Her voice and expression, including a smile, are her usual. It's the same to confuse people. But this time, Clement couldn't get on that hand either. "Write down and go ahead if you want. But as a reward, I want your truth." "... a passionate person." Hydemarie does not break the elegant smile. But my voice dropped very slightly. --Tell me the truth about you. Because you understand that Hydemarie once told you that it was a return to the line. Suddenly, Clement licked her lips unconsciously in the cool atmosphere she had begun to enjoy. Behind my head, I put words and memories to work with remarkable momentum, surely twisting the question to attract the other person's interest. "--The Holy Grail. Or do you know the word trinitate?" The reaction was excellent. Clement kept looking at the Hydemarie so that she wouldn't miss the blue eyes that looked back at us silently. "Even this year, the Holy Grail will be taking place. Most recently, 30 years ago." "... what's wrong with that? "I wasn't in the bishop's seat at the time, but there was still a scandal that disturbed the Aurelia neighborhood so much that rumors could be heard. Of the three named in Trinity, the daughter of the Virgin Candidate escaped (...). Face to face, it's supposed to be death...." Hydemarie doesn't say anything. Clemens went on without worrying. "At that time, the Virgin candidate was the owner of an unprecedented Holy Power in the history of the College. Due to her high ability, she became a Virgin candidate at just five years old and was' protected 'by the College that found her. I don't know the details of the hair colour, but... I hear he had deep eyes that melted his self just by peeking into his beauty when he was young and perfectly dressed." "... yes" "In addition to the Virgin's candidate, the three benefited from the excellent candidate for the Holy Sword and the candidate for the Sacred Magician. In that year, the Trinity was confirmed, and the Chalice was no longer just a digestive match. But the night before it was done, the five-year-old virgin candidate, who had been obedient until then, escaped." Hydemarie listened silently, telling Clement that he was a former prime minister, he simply told the story of his past. It was a candidate for the Holy Sword who helped the Virgin escape by melting herself with her eyes. He returned to me with a candidate for sacred magician who was a friend and turned himself in. Prison was also considered, but the Church, which considered that it could not let go of the contemporary swordsman, ordered the Academy to make amends by granting it the status of a well-known cardinal. At the same time, in order to avoid mistrust of the church and the academy, the Virgin's escape was apparently cleared up as sudden death due to illness. Although only the cadets who were not involved in the escape were granted the status of saint as it is and allowed to enter the sanctuary deep in the church, the trinitate of that year was not established because up to two out of three of the cadets let go of their seats. Like the wrath of God on it, a few years later Aurelia will be the kingdom of Rouden. I couldn't grasp Aurelia's footsteps as a young Virgin candidate in the midst of the exile crisis. "Because the church that neglected the scandal did not actively speak, the information about the Virgin Candidate is vague and ridiculous, but the common episode is this. As soon as she sings, the flora and fauna grow, and as soon as she finds out, everything is fascinated and kneeling -" Clement sharply narrowed her grey eyes and ejected the moist blue eyes of the woman facing her. "Even magic is similar to its charm. Voice, eyes. And... probably at your age. I'll see you soon..." And there was a man from behind Clement pounding his shoulder. A slightly husky, glossy voice that is different from the high demerit. It's Liesel. He attacked Clement's cheeks with his index finger placed on his shoulder and leaned his neck. "If you keep grabbing that woman's arm and dictating, you'll be crushed by [Rage (Gil)], or you'll wind up from her." "Hi, I haven't been spoken to. I was just having a little conversation about my age." "How old are you?" Rezel wrinkled his nose and pulled Clement away from the Hydemarie, making sure he drove the dog away. "If you're not used to playing games, this is the trouble. If a woman wants to go back to her room, it's a man who makes a quick detour." "But the woman..." Can't you hear me? As Clement stepped forward, Rezel bent back and whispered softly. "Pull in, I'm following you." A sharp voice. Rather than the fear, Clemens was stiffened on the spot by the feeling of being pulled somewhere in his head. Rezel's brainwashing came in here and it worked. Eventually, with his unconscious eyes, he looked at Clement, who began to turn his calves and hallway back, and Rezel snorted. "Ruden men are mostly impudent." "- Thank you, [jealousy]. Thank goodness." Hydemarie smiled quietly and thanked him, and Rezel shrugged her shoulders. I can't thank you enough. "Oh, unusual and gentle." In front of the eye-catching Hydemarie, Rezel raised a card. A bill depicting a sun ring that spreads light and a naked baby. This is the "Sun" tarot that Hydemarie just opened and left. "Hey, [lust]. I haven't heard your interpretation of the final result yet. And I don't want to fuck with your past. You're going to tell me (...)... first, rather than just the twitching out of it.

7.「普通」のディナー(2) 「クレメンスだ」 名を呼ばれ、相手――アントンに報告書の書き直しを伝えに来たクレメンスは、ぎょっと一同に向き直る。 それから、フェリクスとテレジアを順に眺め、ふんと皮肉気な笑みを浮かべた。 「――これはこれは、王太后陛下にフェリクス陛下。いや、『元』とお呼びするべきですかな? 国民を欺いた大罪のお噂はかねがね。再びお会いできて光栄ですよ」 言葉には、苛烈とも言える毒が滲む。 鋭い眼光には、宰相時代に装っていた穏やかさの欠片も残っていなかったが――、 「いいね、クレメンス。実にいいよ」 「候のそのブレなさは、尊敬に値すると俺も思いますよ」 「ロットナー元侯爵閣下......よくぞこの監獄で、かつての悪役キャラを崩壊させずにここまで来ましたね......っ」 「......ほっとしたぞ」 フェリクスどころか、テレジアまで含む面々から一斉に真顔で頷かれ、クレメンスは嫌そうな表情になった。 「......監獄送りにした政敵が、五体満足で生き生き暮らしている姿を目の当たりにして、出てくる感想はそれでよいのか......?」 「ふふ、常識を問われちゃったー。やっぱクレメンスはこうでなきゃ。心身ともに健全でよかったねえ」 腕をもいでよし、といった手紙まで添えた本人が、しれっと言い切るのを見て、クレメンスは顔を引き攣らせる。 が、クレメンスには悪いが、そんな真っ当なリアクションを維持する彼の存在は、監獄の異常さに食傷を起こしていたルーカスたちにとって、一服の清涼剤でしかなかった。 おかげで、ルーカスたちは気絶することもなく、エルマによる監獄ツアーを最後まで終え――もちろんその後も衝撃の連続だった――、こうして休憩室で一服しているという次第なのである。 「いやあ、面白かったねえ。エルマがあんな仕上がりになるのも納得の環境だよねー」 ぐったりとした一同をよそに、フェリクスはのほほんと書物のページをめくりながら言う。 そのあまりに泰然とした様子に、ルーカスは唇の端をゆがめた。 「......義兄上の、その動じない心の持ちようには頭が下がりますよ」 「そりゃだって、想定の範囲内だからねえ」 「は?」 軽く目を見張れば、相手は変わらずページに視線を落としたまま、なんでもないことのように告げた。 「エルマが『家族』と呼ぶ大罪人に、この監獄は支配されている。彼らは皆エルマのことを溺愛していて、彼女のために、それぞれの能力を生かしてこの監獄を快適な城に整えたそうだよ。傾国の娼婦に、神殺しの英雄、一国を破綻させた詐欺師に、聖獣を殲滅した狂戦士、一国の貴族令嬢を丸ごと洗脳した誘拐犯に、脳を開き肉人形すら作り出せると噂の狂博士。それから――」 そこで、フェリクスは頬杖を突いたまま、くすりと笑う。 「暫定、魔族の娘――エルマ。合わせて七人。それが、『至高の七人』と呼ばれる大罪人にして、ヴァルツァーという王国を支配する者の正体さ。一人でも厄介な彼らが、何人も寄り集まって本気を出したなら、そりゃあこんな魔境ができあがってもおかしくないさ」 「............」 ルーカスは絶句する。 あっさりと披露された監獄の真実。 その内容そのものにも驚いたし、まさか、このへらへらと笑ってばかりの異母兄が、そこまでの情報を掴んでいるとは思わなかったのだ。 「ふふ、どうしたの、ハトが豆鉄砲食らったような顔をして。エルマ自身が『至高の七人』の一人だっていうのがショックだった? それとも、お歴々の華々しい肩書にびっくりした?」 「いえ、......いつの間に監獄の内実をそこまで把握し、......かつ、なぜ今まで放置していたのかと――」 動揺しながら答えると、フェリクスは呆れたように肩を竦めた。 「君がとろすぎるんだよ。エルマの育った環境に興味はあるけど、踏み込むのは憚られるからしませんって? 馬鹿だねえ、そこは即調査一択でしょ。放置したのは――彼らの行動や能力が異常だと理解はしていたけど、彼らの興味がエルマの養育にしかないこともまた理解していたから。牙を剥かない猛獣なら、わざわざ駆除する必要はないでしょ」 むしろ、彼らが手塩にかけて育てたエルマを、フェリクスは戦力として搾取しているのだ。 「ここに孤児でも一個隊分放り込めば、世界最強の軍ができるかなあ」 あはは、と笑うフェリクスは、やはり人道的に何かが欠けている。 だが、その情報収集能力や、国の利益のためならどこまでも冷酷になれるその在り方は、――やはり王なのだ。 ルーカスは、口を引き結ぶと、ややあってから問うた。 「......義兄上は、なぜあの軽薄なエルヴィンに、してやられたままなのです。はっきり言って、彼の主張など、あなたが本気を出せば力技でねじ伏せられる。そうでしょう? それをなぜしないのですか?」 「うーん」 フェリクスは、不意に飽きてしまったように、ぱたりと本を閉じた。 「なんでだろうねえ。物証を押さえられて手も足も出ないから? どう思われます、王太后陛下?」 彼はそこで、ずっと沈黙を守っていたテレジアに向き直った。 よそよそしい口調で問えば、相手もまた、視線すら返さずに無言を貫く。 しん、と急に重苦しくなった休憩室の空気に、ルーカスは眉を顰めた。 「義兄上。なんでもすぐに茶化して誤魔化すのはおやめください。俺はこの事態に納得してないですし、ついでに言えば、エルマをこれ以上搾取するなと申し出た件も、話が着いたわけではまったく――」 「君ってさあ」 ところが、フェリクスは途中で遮る。 彼は相変わらず、にこやかに続けた。 「僕の思っていた以上に面倒見がいいというか......馬鹿だよね。なぜ反撃しない、とか、エルマをこれ以上搾取するなとか......僕が王であり続けるって、頑なに信じてるんだ?」 だが、その緑色の瞳は、まるで笑っていない。 侮蔑、と呼んでも差し支えない色が、そこには浮かんでいた。 「それは――」 「もう少し、身の振り方を考えた方がいいんじゃない? どうするのさ、王位剥奪どころか、処刑まで見込まれる僕たちに、のこのこ付いて来ちゃって。監視役なんてしょせん建前。拘置期間中に僕たちに便宜を図った、とかなんとか難癖を付けて、エルヴィンは君も処分するつもりだよ。まさか、そんなこともわからない?」 フェリクスは曲げた人差し指の関節で、こん、とテーブルを叩く。 押し黙る異母弟に対し、いつもと変わらぬ調子で話し続けた。 「とろいんだよ。エルマの正体とか、僕の素性とかさあ。少し考えればわかるだろうに、丁寧な解説を、ただ口を開けて待ってるなんて」 それは、痛烈な批判だ。 フェリクスはいつだって、相手を苛立たせる物言いをする。しかし、これだけ明確な攻撃性を滲ませてきたのは初めてだ。 あまりの毒々しい発言に、傍で聞いていたイレーネは首を竦める。 だが、 「――ええ、そうですね」 ルーカスの返答は冷静だった。 「俺は馬鹿なので、本人の口から説明されないと、どうしていいか判断できないのです」 真っすぐ異母兄を見据える視線には、愚かさよりもむしろ、潔さと意志が滲む。 「身の振り方? 決めませんよ。あなたの口から、ちゃんと事情と理由を説明してもらうまではね。なにせ――馬鹿なので」 きっぱりと言い切ると、フェリクスはほんの少しだけ目を見開いた。 だが、それもすぐ剣呑に細めてしまう。 再びなにかを言おうとしたようだが、しかし、それは途中で掻き消えてしまった。 なぜならば、 廊下の向こうから、監獄全体を揺るがすような爆発音が聞こえたからである。 「きゃああっ!」 一同はぱっと顔を扉に向ける。 ちょうどそのタイミングを計ったかのように、休憩室にやってきた者があった。 「失礼いたします」 エルマである。 彼女は着替えたらしく、王宮お仕着せのメイド服ではなく、シンプルな――けれど明らかに上質とわかるドレスを身にまとっていた。 眼鏡も外し、地味な化粧も落とした彼女は、どこからどう見ても、最上級の美少女だ。 久々にドレスアップした姿の、その破壊力に、一同はそれまでの険悪な空気や、爆音についても忘れてしまう。 が、エルマの次の言葉で、乱暴に現実に引き戻された。 「食事の準備が整いましたので、ダイニングへとご案内いたします。今夜は星がきれいですね。吹き抜けを用意しましたので、星見をしながらのディナーとしゃれこみましょう」 「――............」 「......吹き抜けを」 「『用意』しました......?」 先ほどの爆発音って、まさか。 顔を強張らせる一同に、エルマは嬉しそうに微笑む。 「四季折々の自然を愛でながら、食事を堪能する。それが、普通のおもてなしだと教本にありましたので。皆さまにはありきたりな趣向となってしまうかもしれず、恐縮ですが、楽しんでいただけますと幸いです。――さ、どうぞ」 初っ端からこの暴投。 どう考えても、ろくな展開が待っていないやつだ。 その場で固まる彼らをよそに、今、監獄のディナータイムが始まろうとしていた。

117 7. "Regular" Dinner (2) It's Clement. Clement, who was called by her name and came to tell Anton to rewrite the report, turned around together. Then he looked at Felix and Telesia in turn and smiled ironically. "--This is Her Majesty Queen Tai and Her Majesty Felix. No. Should I call you" The Original "? There are no rumors of the great sin of deceiving the people. It's a pleasure to see you again." Words seep with poison that can be said to be harsh. The sharp gaze did not leave any shards of serenity disguised as prime ministers. "I like it, Clemens. It's really good." "I think that weather blur deserves respect." "Former Marquis Rotner... well done on coming to this prison without destroying your former villain character..." "... I'm relieved." Instead of Felix, she nodded with her true face from all sides, including Telesia, and Clement looked disgusted. "... is that how you feel when you see a political opponent who has been sent to jail live a life full of five bodies...? "Fufu, I've been questioned about common sense. After all, Clemens has to be like this. I'm glad you're healthy, both physically and mentally." Clemens convulses his face when he sees the person holding his arm and accompanying the letter. But unfortunately for Clement, his presence to maintain such a serious reaction was nothing but a refreshing agent for Lucas, who had been injured by prison anomalies. Thanks to this, Lucas didn't faint and finished his prison tour with Elma - and of course it was a continuum of shocks afterwards - depending on how he swallowed it in the break room. "Oh, that was interesting. It's also a convincing environment for Elma to have such a finish." Felix flips over the pages of the book with a tight pair. Looking too gentle, Lucas distorted the edge of his lips. "...... your brother-in-law's head is lowered so that you can hold it still." That's because it's within my expectations. "What about it?" Looking lightly, the other person kept looking down on the page, telling him as if nothing had happened. "This prison is controlled by the great sinners Elma calls' family '. They all adored Elma and put this prison into a comfortable castle for her, using her abilities. Rumor has it that you can open your brain and even create a meat doll for a whore who leans toward the country, a hero who kills God, a con artist who destroys a country, a mad warrior who destroys the Holy Beast, a kidnapper who brainwashes all the noble ladies of a country. And then..." Felix smiled with a stick on his cheek. "Temporarily, the daughter of the demon tribe - Elma. Together, seven. That is the identity of the man who ruled the kingdom of Valzer as a great sinner called the 'Seven Most High'. If they were all alone and gathered and serious, it wouldn't be strange to have a demon like this." ............ Lucas said nothing. The prisoner's truth was revealed lightly. I was surprised by the content itself, and I didn't think that my half-brother, who had just laughed so hard, had that much information. "Fufu, what's wrong with you? You look like a pigeon got hit by a bean gun. Was it shocking that Elma herself was one of the Seven Most High? Or were you surprised by the magnificent titles? "No... I wonder how long I've known the truth about prison... and why I've left it behind..." Answering in agitation, Felix shrugged his shoulders with astonishment. "You're too slow. I'm interested in the environment in which Elma grew up, but can't you just step in? That's stupid, isn't it? That's a quick survey. I left them - I understood that their behavior and abilities were abnormal, but I also understood that their interest was only in Elma's upbringing. You don't have to go out of your way to exterminate a beast that doesn't strip its teeth." Rather, Felix is exploiting the Elma they grew up hand-salting as a force of war. "If I throw one team of orphans in here, I wonder if I can make the strongest army in the world." Ahahah, Felix laughs and still lacks something humanely. But its ability to gather information, and the way it can be ruthless for the benefit of the country, is still the King. Lucas asked slightly later when he pulled his mouth together. "... why is my brother-in-law still being pushed by that light Elvin? To be clear, if you take his claims seriously, you can be twisted down with a force move. Isn't it? Why don't you do that? Hmm. Felix closed the book as if he were bored by surprise. "I wonder why. Because you can't hold the evidence, you can't get your hands or your feet out? What do you think, Your Majesty? He then turned to Telesia, who had been keeping silence for so long. When asked in a quiet tone, the opponent also penetrates silence without even turning back his gaze. Lucas frowned in the air in the lounge, which suddenly became heavy. "Brother-in-law. Don't deceive and deceive anything right away. I'm not convinced of this situation and, by the way, I didn't get to the point where I offered to stop exploiting Elma anymore." "Come on, you." But Felix stopped on the way. He continued to smile as usual. "You better take care of me than I thought... you're stupid. Why don't you fight back, don't exploit Elma any more... what kind of stubborn belief do you have that I will remain king? But those green eyes aren't laughing. The colour that you might call insult came to mind. "That's..." "Shouldn't you be thinking a little bit more about how to shake yourself? Instead of depriving us of our throne, we're expected to be executed. What a guardian! Elvin's going to take care of us while we're in custody or something, and he's going to take care of you. You don't know that either? Felix hits the table with a bent index finger joint. I kept talking to my half-brother in silence as usual. "It's melting. I don't know who Elma is or who I am. If you think about it a little bit, you can't believe I'm just waiting with an open mouth for a polite explanation." It's a bitter criticism. Felix always says things that irritate the opponent. But this is the first time I've seeped so much aggression. Irene choked when she heard too poisonous remarks. But... "- Yeah, that's right." Lucas responded calmly. "I'm stupid, so I can't decide what to do without being explained in person." Looking straight at my half-brother, it seeps with cleanliness and will rather than stupidity. "How do you swing yourself? I won't decide. Until you tell me what's going on and why. Anyway, I'm stupid." To be perfectly clear, Felix opened his eyes only a little. However, it will soon become thin. I tried to say something again, but it disappeared halfway through. Because, Because I heard an explosion shaking the whole prison from the other side of the hallway. "Haaah! Together they glanced at the door. Someone came to the break room as if they had just measured the timing. "Excuse me." It's Elma. She appeared to have changed and wore a simple - but obviously fine - dress rather than a royal dress. With her glasses off and her plain makeup off, she is the finest beautiful girl from anywhere. With the destructive power of dressing up for a long time, we will also forget about the harsh air and the explosion sound. But in Elma's next words, he was brutally drawn back to reality. "Now that the meal is ready, I will guide you to dining. The stars are beautiful tonight, aren't they? I've prepared a blow-through, so we can have dinner while watching the stars." ----............ "... blow through" "'Ready'...? The explosion just now, no way. Together, Elma smiles happily as she strengthens her face. "Enjoy a meal while loving the seasonal nature. It was in the textbook that it was ordinary hospitality. It may become a hobby for everyone, and I'm sorry, but I hope you enjoy it. Here you go." From the beginning, this riot. Whatever you think, it's the one that's not waiting for a rough development. The prison dinner time was about to begin, with them solidified on the spot.

21.「普通」の美貌(5) 「陛下がわざわざ化粧品やドレスを用意してくださったのよ! それ以外を使うなんて、反則だわ! エルマも、そこの辺境国の女も、失格よ!」 カロリーネは個室から腕だけを出したまま、必死に声を張る。 「そうだった、彼女もいたんだったわ」 「だが、なぜ腕しか出してないんだ?」 「まだ身支度が済んでいないのでしょうか。ずいぶん時間が掛かりますわね」 突如としてきゃんきゃん喚きだしたカロリーネに、イレーネたちも困惑を隠せない。 「こんな、反則だらけの選考会などあってはなりません。仕切り直しを要求いたしますわ。速やかにこの課題は打ち切りとし――」 「ねえ、君なんで隠れてるのさ」 だが、のほほんとした顔のまま、ぐいとフェリクスがカロリーネを引っ張り出したのを見て、観客たちはようやく、彼女の意図と、惨状を知った。 「あ......っ!」 青褪めたカロリーネは、慌ててその場にしゃがみ込む。 それでも、ドレスからはみ出したままのコルセットや、絡まってしまったリボン、ぐちゃぐちゃに崩れた髪は、誰の目にもはっきりと見えてしまった。 そして、手元が狂ってしまったのだろう、無残にアイラインが伸びた顔も。 「あー......」 あまりに大胆な、かつ他人事とも言えない惨めさに、女性陣は微妙な顔つきで黙り込む。 どっと笑ったのは、やはりその手のことに無理解な男性の観客たちだった。 「おい見たか今の!」 「なんだありゃ、新種の呪術か!」 「初夜の寝台であれが出てきたら、腰を抜かすなァ」 無遠慮な笑い声に、舞台上のカロリーネが打ち震える。 恐らく彼女は、ドレスを一人で身に着けるのも、化粧筆を己の手に握るのも、生まれて初めてのことだったのだろう。 そして、それがいかに難しいことかを、この場で一番噛み締めているのも、彼女のはずだった。 「失礼」 ――ふぁさ......っ 蹲るカロリーネに、涼やかな声とともに、柔らかな布が降ってくる。 驚いて顔を上げた、その視線の先に立っていたのは、エルマであった。 「このような気候下、肩を剥き出しにしていては冷えますので。ひとまずそちらをお羽織りください」 「あなた......」 思いもかけぬ情けに、カロリーネが一瞬、途方に暮れたような顔をする。 だが、彼女はすぐに我に返ると、しゃがんだまま、きっとまなじりを吊り上げた。 「恩を売ろうとでも言うの!? こ、こんな布一枚で――」 「そう、こんな布一枚で、暑さ寒さ紫外線にPM2.5まで防げる、実に優れたおくるみなのです。素晴らしいでしょう?」 「お、おくるみ......!?」 こんな布一枚で恩を売った気になるな、という挑発は、しかし妙な方向に躱され不発に終わる。 言葉を詰まらせてしまったカロリーネを、エルマはしげしげと見つめる。 そして、「なにやら」と呟き、眼鏡のブリッジを押し上げた。 「バルたんのおくるみに包まれた人間が震えているのを見ると、速やかにお着替えをさせなくては、という逆らいがたい衝動に襲われますね......。このまま私めが、カロリーネ様のお着替えを完了させてしまっても?」 「はーい、それではいい子にしていてくださいね。三秒で終わりましゅからねー」 「えっ? えっ?」 突如として口調を崩壊させ、両手をゆっくりと伸ばしてくるエルマに、カロリーネは硬直して冷や汗を浮かべる。 「い、いったい、なんですの......っ!?」 育児モードだ。 だがそうと知らないカロリーネは、蛇に睨まれた蛙のように、その場で目を見開くことしかできない。 徐々に、徐々に、こちらへと伸ばされてくる細い腕。 これに触れられてしまったら、自分はもう、元には戻れない――。 『ちょい待ち』 だがその時、呆れたような声が掛かった。 アナだ。 彼女はげんなりとした顔でエルマの腕を掴むと、それを押し戻した。 『なに堂々とほかの候補者に協力してんだよ。あんたが手伝ったら、単なる着替えどころじゃ済まないだろ?』 『そんなことは。普通に、カロリーネ様にお似合いになるドレスにお取替えし、簡単なお化粧を施そうとしているだけです』 『だから、あんたがそれをやると、間違いなく、絶世の美女を爆誕させちまうだろっつってんの。ってか見ろよ。全身を作り変えられる恐怖に、本能的に震えてんぞ、この人』 早口のエスピアナ語は、カロリーネには理解できない。 ただし、がくがく震える彼女を見て、アナがかすかに笑ったのはわかった。 「――お立ちください、カロリーネ様」 やがて、ルーデン語に切り替えたアナが、やれやれといった様子で口を開く。 彼女は、カロリーネが腰を抜かして動けないのを見て取ると、腕を取って強引に引っ張り上げた。 「他人に一発で美女にしてもらおうなんて気に食わない、......もとい、魔王に全身を改造されてしまう危機を、良心ある人間として見過ごせません。私がアドバイスを差し上げますので、あなたがご自身でなんとかなさってください」 「そんなアナ様、魔王扱いなさらなくたって......」 『あんたは黙る』 エルマが悲しそうに漏らした独白については、エスピアナ語でぴしゃりと封じる。 やりとりを見ていたカロリーネは、遅まきながらはっとして、か細い声でアナを詰った。 「だ......騙されなくってよ。アドバイスだなんて言って、変な方向に誘導する気でしょう。だいたい、田舎の娘ごときが、わたくしに指導だなんて――」 「カロリーネ様の肌は、少々黄味がかっていますね。ボリュームのある栗色の髪も、同色の瞳も、深みのある色をしています。なので、あなた様には、本来こうした浮ついたピンク色など似合わない。オリーブや、よく耕された土のような、深い色のほうがお似合いです」 だがアナは、小声の反論など聞こえないかのように、さっさとドレスを押し付け、個室に追いやってしまう。 カロリーネのために選んだのは、渋い葡萄のような色のドレスだった。 「こんな地味な色――」 「まずはコルセットです。一人で結べる前開けタイプ。腰に巻き付けたらお声がけください。結び方をお教えします」 不平を吐く口には、コルセットを投げつけて黙らせる。 有無を言わせぬ迫力に、カロリーネがすごすごと個室に引っ込んだので、アナはその前に仁王立ちをして陣取った。 「できましたか?」 「ま、まだよ!」 「どうせ紐を通す順番がわからないのでしょう。穴の横に番号を振っておきましたので、その順に通してください。赤の数字は上から、黒の数字は下からですよ」 懇切丁寧な指導に、カロリーネが絶句する。 そして、実際にその通りにしてみて、見事にコルセットの紐が結べたので、思わず「まあ......」と感嘆の声を漏らした。 『さすがでございます。アナ様は教授の天才でいらっしゃいますね』 『ええ、ええ。どこぞの師匠が、教えるのが壊滅的に下手だったから、反面教師って言うのかね』 一緒になってエルマが感動したように拍手するのを、アナは半眼になって受け流す。 というのも、エルマの授業スタイルというのは、 『それではコルセットの着け方を確認しますね。こちらは、編み紐が百本あるタイプです。はい、すべて結び上がりました』 『手順と手順の間が短すぎんだろ!』 とこんな感じで、すべてが「1、用意します」「2、完成しました」の2ステップで完結してしまう、絶望的にわかりにくいものだったからだ。 なにしろ、1+1=2という基礎から、一足飛びに最難関公式までを理解できてしまえる御仁なので、途中をどう分解していいものかわからない。 それをアナは、何度も何度も何度も何度も何度も反芻し、切り分けていくことで、なんとか習得に成功したのである。 (あたしはこいつと違って、天才じゃない。でも、だからこそ、なにがわからないか、よくわかる) そして、その努力型の才能は、「人に教える」というこの場面でこそ、いかんなく発揮されていた。 コルセットを締め終えたカロリーネに、ドレスのサイズの選び方、裾の合わせ方、リボンの結び方までも丁寧に指導する。 着替えを終えると個室から連れ出し、今度は化粧の仕方、香水の利かせ方まで。 自分で髪を結い終えた頃には、カロリーネはすっかり真剣な顔つきになって、素直にアナに従うようになっていた。 そうして、約三十分ほど。 「できた......」 鏡の前で己の姿を確認し、カロリーネは泣きそうな顔で呟いた。 そこに映っているのは、先ほどまでの彼女とは打って変わって、落ち着いた色合いのドレスをまとった少女。 くるくると巻いていた髪は緩く下ろされ、甘いピンクを塗りたくっていた顔には、今やわずかな彩色しかない。 けれど、そうすることでかえって彼女本来の髪色が引き立ち、きつい印象でそこだけ目立っていた釣り目がちの瞳も、しっとりとした知性を帯びていた。 数十分前の自分では考えられないほど地味な装いのはずなのに、これまでに見てきたどの瞬間の自分より、美しい。 「............」 カロリーネは無言でアナを振り返る。 言葉は無くとも、その瞳がすでに、降参を告げていた。そして、悔しさの内側に滲む、感謝も。 彼女は、落ち着いた色を乗せた唇を噛み締めると、エルマに畳んだおくるみを突き返す。 それから、アナを見つめて、一歩後ろに下がった。 「やあ、こちらで評価する前から決着がついてしまったようで、なにより」 とそこに、相変わらず朗らかなフェリクスの声が掛かる。 彼はカロリーネを上から下まで眺めると、愉快そうに笑った。 「ずいぶんきれいになったじゃない。自称・美と芸術の守護神たるファイネン家の名に懸けて、もうひと踏ん張りしなくていいの?」 「......もう、十分ですわ」 「そ。じゃあまあ、君にはそれなりのご褒美を上げよう」 フェリクスはあっさり片付けると、今度はエルマとアナの二人に向き直った。 「となると、残るは君たち二人だねぇ」 王妃となる女性に贈る首飾りを、雑にくるくると指先にぶら下げながら、ふむと首を傾げる。 背後に見える審査員は、それぞれエルマとアナスタシアの名が掛かれた札を手に持ち、困った表情で宙に浮かせていた。 貴族票は絶対的な美を見せつけたエルマに、市民票は成り上がりの可能性を見せつけたアナスタシアに、と票が割れかけ、しかし決めあぐねているといったところだ。 その言葉に、両者が大きく身を乗り出す。観客たちもどよめき、特にイレーネなどは、喜びにガッツポーズを決めかけた。 フェリクスはアナスタシアのほうを評価した。 となれば、エルマは見事「決勝で惜しくも敗退」となったわけで、この忌々しい任務からようやく解放される―― 「とは言うもののー」 だが、気の抜けた次の言葉が、一同を硬直させた。 「絶対値として誰が一番美しいかと言えば、それはやっぱりエルマかなと思うから、次の一騎打ちで最終戦かな」 最終戦。 その言葉にエルマたちはぽかんとする。これが最終選考ではなかったのか。 だが、戸惑いの気配を感じ取ったフェリクスは、こともなげに手を振るだけだった。 「僕、今のが最終選考なんて一言も言ってなかったでしょ。ちゃんと言ったよ、美貌と忠誠心を試したいって」 「美貌と......忠誠心?」 「そう。えへへ、こんなこと語るのは照れちゃうけど、実は、僕の理想を一言で表すなら、それは『犬』って感じなんだよね」 「犬......?」 女性を語るには到底適さない単語に、アナたちの顔が強張る。 だが、フェリクスはうっとりとしたように目を閉じて、滔々と語るばかりだった。 「いいよね、犬って。芸が達者で退屈しない。そのへんの人間よりもよほど肝が据わってる。目はくりくりしていて愛らしいし、なによりけっして裏切らない」 一芸披露、養護院訪問、美容審査。 突飛に思えたこれらの選考課題が、まさか「犬」という理想に沿って用意されたものだったとは。 アナは大いにドン引きしたが、努めてその表情を打ち消した。 自分が真にこの男の妻であったなら、この発言をもって回し蹴りの刑に処しているが、しょせん自分は、毒を注ぐために近付こうとしているだけである。 殺してしまえばおさらばだ。 (こいつに飼われちまうところだった哀れな女を、一人救済してやったんだ。その子には感謝してほしいくらいだね) この場合、それはエルマであったということか。 アナがなんとなくエルマを見ると、彼女もやはり、内心の感情を押し隠すような様子で佇んでいた。 彼女の場合、狙うのはここでの敗退ということだから、これからフェリクスがどんな無理難題を突き付けようと、「できません」と一言告げればそれで終了となる。 ゴールは目前――となれば、エルマも内心では密かに喜んでいるのかもしれない。 「というわけで、最後は君たちの犬度、もとい忠誠心を試そうかなと。ぜひ、君たちには渾身の忠誠を示してほしい。つまり、なにをも優先して、僕の命令を聞く。できるかなぁ?」 フェリクスはやはりのんびりとした口調で、かなり傲慢なことを告げている。 だが、ここでアナが命に従い、エルマが逆らえば、互いの目的が遂げられるのだ。 アナは内心で笑った。 (来いよ、ばか王。どんなばかげた命令にだって、わんと鳴いて従ってやろうじゃないか) しかし、その余裕は、フェリクスの次の一言で打ち砕かれた。 「まず、アナスタシア・ドン・ロドリゴ。君には、君の一番大事な人間......君の養父を、切り捨ててきてほしい」 一瞬、脳が理解を拒む。 呆然としたアナに、フェリクスは出来の悪い生徒を見るような顔で、「ロドリゴ聖侯爵だよ。わかる?」と繰り返した。 「さて、次にエルマ。君なんだけどねぇ」 アナは反論しようと口を開くが、フェリクスはさっさとエルマのほうへと向いてしまった。 ちなみにエルマはといえば、フェリクスがなにかを言う前から、すでに断りを入れようと身構えている。 「陛下。大変心苦しくはございますが、私、陛下の命令に従うことは――」 「ルーカスとカロリーネ・フォン・ハイネンの婚約を、阻止してくれる?」 だが、エルマもまた、最後まで言い切る前に、その爆弾発言を聞いて硬直してしまった。

162 21. "Normal" Beauty (5) "Your Majesty went out of his way to prepare cosmetics and dresses! It's against the rules to use anything else! Elma and the women of that frontier country are disqualified! Caroline cries out desperately with her arms out of her private room. "Yes, she was there." "But why are you only holding out your arms? "I wonder if you're dressed yet. It will take a long time." Irene and the others can't hide their confusion at the sudden calories. "There must be no such thing as a selection board full of irregularities. I'd like to request a new partition. Quickly put an end to this challenge -" "Hey, why are you hiding?" But after seeing Felix pull Caroline out with a faint face, the audience finally learned her intentions and tragedy. "Ah...! The bluished calorie crouched in a hurry. Still, the corset that was sticking out of the dress, the entangled ribbon, and the messy hair were clearly visible to everyone. And you must have gone mad at hand, and your eyeline grew invisible. "Ah...." Too bold and unspeakable in human resources misery, the female team silences with a subtle look. It was the audience of men who had no idea what was going on in their hands that laughed. "Hey, did you see that? "What a new kind of spell! When it comes out on the first night's bed, I'll pull myself out. Caroline trembles on the stage with a reckless laugh. Perhaps it was the first time she had ever worn a dress alone or held a brush in her hand. And it was supposed to be her who was biting the hardest thing on the spot. Excuse me. --Fusa..... A soft cloth descends on the squatting calories, along with a cool voice. It was Elma who stood in front of her gaze, raised her face in surprise. "In this climate, it's cold to have your shoulders peeled off. Please weave your feathers first." "You...." With unexpected compassion, Caroline looked like she was halfway there for a moment. But as soon as she returned to me, she must have crouched down and hoisted up her familiarity. "Are you trying to sell me a favor!? With a piece of cloth like this..." "Yes, with a piece of cloth like this, it is an excellent moisturizer that can protect you from heat, cold and ultraviolet rays up to PM2.5. Isn't that wonderful? "Oh, wow...!? The provocation of not wanting to sell thanks with such a piece of cloth ends in a strange direction and underdevelopment. Elma stared at the clogged caroline. Then he murmured "something" and pushed up the bridge of his glasses. "When I see a man trembling in a baltan, I'm attacked by an irresistible urge to change quickly... Even if I finish dressing Caroline like this? "Yes, please be a good boy. It'll be over in three seconds." "Huh? Huh? As Elma suddenly collapses her tone and slowly stretches out her hands, Caroline becomes stiff and sweaty. "What the hell...?!? Childcare mode. But if you don't know it, Caroline can only see it on the spot, like a frog stared at by a snake. Slowly, gradually, a thin arm stretches towards us. If you touch this, you won't be able to go back anymore. Wait a minute. But at that time, I heard a shocking voice. It's Anna. She grabbed Elma's arm with a slender face and pushed it back. What a magnificent way to work with other candidates. With your help, you can't just get dressed, can you? That's not true. Normally, I'm just replacing it with a dress that suits Caroline-sama and trying to put on a simple makeup. " "So, when you do that, you're definitely going to blow up a beautiful woman in the world. Look at that. I'm instinctively shivering from the fear of changing my body, this man." Caroline can't understand a speechless Espiana. However, when I saw her trembling, I saw that Anna smiled slightly. "Stand up, Caroline." Eventually, Anna, who had switched to Ruden, opened her mouth and said, "Oh dear." When she saw Caroline pulling her hips and unable to move, she took her arms and pulled them up forcefully. "I don't like it when someone else makes me a beautiful woman with one shot... but I can't overlook the crisis of being remodeled by the Demon King as a conscientious person. I'll give you some advice, so you can do it yourself." "Ana-sama, you don't have to treat me like a demon king anymore....." "You shut up." The monologue that Elma leaked sadly was stunned in Espiana. Caroline, who was watching the conversation, got up late and stuffed Anna with a small voice. "Nh... don't let me fool you. If you say it's advice, you're going to direct it in a strange direction. I can't believe that my daughter in the countryside is teaching me..." "Caroline-sama's skin is a little yellow. Both chunky maroon hair and eyes of the same color have a deep color. Therefore, these floating pink colors do not suit you. Deep colors, like olives and well-tilled soil, are better suited." However, Anna quickly pushed the dress into the private room as if she could not hear the whispering objection. The dress I chose for Caroline was a grapey dress. "Such plain colors..." "Let's start with a corset. It is a type that can be opened before being tied alone. Please let me know when you wrap it around your hips. I'll show you how to tie it." Throw a corset into your complaining mouth to silence it. Caroline dragged herself into the private room in an unspeakable fashion, so Anna royaled in front of her. "Are you ready? "Well, not yet! "You don't know the order in which the strings go through anyway. I've numbered it next to the hole, so please put it through in that order. The red number comes from the top, the black number comes from the bottom." Caroline is silent on her kind and polite guidance. And I actually tried to do that, and the corset string was stunningly tied, so I accidentally exclaimed, "Well..." That's right. Ana-sama is a professor's genius. Yeah, yeah. Which teacher was terribly bad at teaching, so on the other hand, what teacher? Together, Anna clapped her hands like Elma was touched. Because Elma's classroom style Now let's check how to wear the corset. This type has a hundred braided strings. Yes, it's all tied up. The interval between procedure and procedure is too short! Because it was hopelessly difficult to understand that everything would be completed in two steps: "1, I'll prepare" and "2, I've finished". Anyway, I don't know how to decompose it on the way because it is kind enough to understand from the basis of 1 +1 = 2 to the most difficult formula. Anna managed to succeed in her mastery by rebelling over and over, over and over again, and cutting them apart. (Unlike this guy, I'm not a genius. But that's why I don't know what it is.) And the diligent talent was showcased in this scene of "teaching people". Carefully teach the corset finished calories how to choose the size of the dress, how to align the hem, and how to tie the ribbon. When I finished dressing, I took him out of the private room, and this time he went from how to use makeup to how to use perfume. By the time I finished tying my own hair, Caroline looked completely serious and obeyed Anna honestly. That's about 30 minutes. "It's done....." Checking his appearance in front of the mirror, Caroline murmured with a crying face. What you see there is a girl wearing a dress in a calm hue that is different from her earlier. The curly hair was loosely lowered, and the face that had been painted with sweet pink is now only slightly colored. However, by doing so, her natural hair color was enhanced, and her fishing eyes, which were so prominent with a strong impression, were also moist and intelligent. It's supposed to be more plain than I thought it would be decades ago, but it's more beautiful than any other moment I've ever seen. ............ Caroline looks back at Anna silently. Even though there was no word, his eyes already told him to surrender. And inside of remorse, there is also gratitude. She chews on her calm lips and throws back a sawdust folded into Elma. Then she stared at Anna and stepped back. "Hey, it looks like it was settled before we evaluated it here, and above all," And there was still a pleasant voice of Felix. He smiled joyfully when he looked at the caroline from top to bottom. "It's gotten much cleaner. Don't you have to step on the name of the Finnen family, who claims to be the patron of beauty and art? "... that's enough." "Yes, well, I'll give you a fair reward." Once Felix had cleaned up, he turned to Elma and Anna. "Then it's just the two of you left." The necklace she gave to the queen was hanging from her fingertips as she wrapped it around the crowd and leaned her neck. The jury behind him held a tag bearing the names of Elma and Anastasia in his hand and floated in the air with a distressing expression. The nobility votes showed absolute beauty to Elma, the citizenship votes showed potential for rise to Anastasia, and the votes were split, but the decision was made. Both of them step forward in that word. The audience also stopped, especially Irene and others, and decided to gazzle with joy. Felix evaluated Anastasia better. In that case, Elma was finally freed from this damn mission because she was a brilliant "loser" in the final. "What do you mean..." But the next word, which was out of my mind, stiffened them all. "As for the absolute value of who is the most beautiful, I still think it is Elma, so it will be the final battle on the next riding." Final battle. Elma and the others are gloomy at the words. Wasn't this the final selection? However, Felix, who felt the signs of confusion, simply waved his hand. "You didn't say anything about the final selection. I told you, I want to try beauty and loyalty." "Beauty and... loyalty? "Yes. Hehe, it's irritating to talk about this, but actually, if you want to express my ideal in one word, it feels like a dog." "Dog...? Ana's faces strengthens the words that are not suitable for talking about women. But Felix closed his eyes in a carefree manner and just talked out loud. "That's good, dog. Geisha is not boring. The liver is more stable than the other human being. My eyes are curly and adorable, and I would never betray you." Ichigo performance, nursing home visit, beauty screening. These seemingly flying selection assignments were prepared in line with the ideal of a "dog". Anna drew a lot, but she tried to get rid of the expression. If you were truly the man's wife, you would be sentenced to kicking around with this statement, but you're only trying to get close to poisoning yourself. Kill me and I'll say goodbye. (I rescued one poor woman who was about to be kept by this guy. I would like to thank the child.) In this case, was it Elma? When Anna looked at Elma somehow, she was still standing behind her inner feelings. In her case, the goal is to defeat here, so whatever Felix is going to do, just say "I can't" and it's over. If the goal is now, Elma may also be secretly delighted. "So, at the end of the day, I thought I'd try your dog loyalty. I want you to show me your loyalty. I mean, listen to my orders first and foremost. Can you do that? Felix still tells quite arrogantly in a relaxed tone. But if Anna obeys her orders and Elma disobeys them, we can achieve each other's goals. Anna smiled inside. (Come on, you idiot. Whatever ridiculous orders you give, I'll scream and follow them.) But the margin was crushed in Felix's next words. "First, Anastasia Don Rodrigo. I want you to truncate your most important human being... your foster father." For a moment, the brain refuses to understand. Felix looked like a bad student and said, "It's the St. Marquis of Rodrigo. Do you understand?" he repeated. "Now, Elma. It's you." Anna opens her mouth to disagree, but Felix quickly turns to Elma. By the way, Elma has been trying to say no to Felix before he said anything. "Your Majesty, I apologize for the inconvenience, but I must obey your orders..." "Can you stop Lucas and Caroline von Heinen from getting engaged? But Elma also got stiff listening to the bomb before she could finish.

1.「普通」のお茶汲み(1) 王宮付き侍女の朝は早い。 手狭ながら清潔な寮室に、陽気な鶏の鳴き声が聞こえてくるのを耳にしながら、エルマはむくりと寝台から身を起こした。 いまだ、朝陽も射さぬ時分。 慣れない者なら寝台から降りるのすら手間取る薄暗さだが、本日が初出仕であるはずの彼女は、淡々と身支度を整えていく。 お仕着せのメイド服に腕を通し、清潔なエプロンに長い黒靴下、磨き抜かれた革靴を身に着ける。 肩を覆うほどの黒髪はくるくると団子にまとめ、ブリムと呼ばれるヘッドドレスを着ければ完成だ。 支給品である小さな鏡を覗き込み、エルマはしばらく首を傾げていたが、やがて、城に唯一持ち込んだ布鞄の中から小道具一式を取り出した。 それをなにやら丁寧に顔に塗ったり描いたりし、さらには厚底の眼鏡まで装着したうえで、再び鏡を見つめる。 そこには、これといって美人でも不美人でもない、平凡な少女が映り込んでいた。 肌は十五という年齢にふさわしく滑らかだが、赤みに乏しく、どちらかといえばくすんで見える。 目は眼鏡の存在に引っ張られて、何色なのかすら判別がつきづらく、薄めの唇は血の気がなくやや陰気である。 衣服とて、清潔感はあるものの、サイズが合わないのかどこか野暮ったく、全体に冴えない印象が強い。 だというのに、彼女はぱっとしない己の姿をまじまじと見つめると、 「よし」 満足げに頷いた。 その声だけは、はっとするほど美しい。 続いて彼女は、寝台を片付けついでに、なにげなく窓の外を眺めた。 四階建ての寮室の、最上階。 ルーデン王国の建築技術の粋を集めた王宮だけあって、ここでは侍女の寮ですら高層建築の使用が許されている。 平民ならばまずご縁のない高所からの眺望は、王宮付きを望む娘たちの憧れであり自慢でもあったが、しかし昨日まで 「これを毎日上り下り......」 むしろその呟きには、迷惑というか、単純にうんざりとした響きだけが籠っている。 彼女は、眼鏡の奥で死んだ魚のような目になると、「帰りたい......」とぼやきながらしばらく地上を眺めていたが、やがて諦めたようにため息をつき、すっと窓辺を離れた。 と、寮室を出ようとしたそのとき、エルマが手をかけるよりも先に木造りの扉が開いた。 無言で顔を上げると、ずいっと人影が迫ってくる。 エルマと同じくメイド服を身に着けたその人物は、開口一番にこう言い放った。 「まあ! みすぼらしい黒ネズミだこと」 こぎれいに結わえた金髪に、釣り目がちな若草色の瞳。なかなかの美少女だ。 年はちょうどエルマと同じか、ひとつ上くらいだろうか。 状況を冷静に検分して、どうやら先輩のようだと結論付ける。 揶揄 なしのエルマさん。言っておくけれど、いくら侍女長のグラーツ子爵夫人が後見くださったところで、あなた自身はしょせん、ただのエルマ。王宮付き侍女で苗字すら持たないなんていうのは、あなたくらいのものだわ」 猫のようににんまりと笑ってみせた彼女は、腰に手を当てて名乗った。 「私はイレーネ。ノイマン男爵家の娘よ。侍女寮の東棟四階を預かる 侍女寮は、既婚者・未亡人を含む年長者が住まう西棟と、十八歳以下の未婚の子女が住まう東棟から成り、さらに四つの階にはそれぞれ代表者が置かれている。 イレーネは、その東棟四階の代表者、つまり階長であるらしかった。 男爵令嬢としてそこそこの実権を握っているらしく、イレーネの言動は高飛車だし、新人をいびってやろうという意思が前面に現れている。 だがまあ、朝早くから単身寮室に殴り込むガッツの滲むさまはどこか清々しかったので、エルマはことさら反撃態勢は取らずに、しおらしく頷いた。 が、それはイレーネの気に食わなかったらしい。 彼女は長い睫毛を上下させてエルマの全身を眺めると、ふんと鼻を鳴らした。 「愛想のない人ね。顔も、表情も地味。王宮付き侍女といったら、花嫁修業の最難関にして頂点のような役職なのに、あなたみたいな人がいたら私たち全体のレベル感が下がるじゃないの」 「まあいいわ。だからこそ、私たちが鍛えてさしあげなくてはね。よくて? あなたは今日から、私の言う通り、割り振られた仕事をまっとうするのよ」 先ほどから「はあ」の一言しか発しないエルマ相手に、イレーネは痺れを切らしたように、一枚の紙を突きつけた。 「ほら、黒ネズミさん。これが今日のあなたの仕事よ」 支給品であるらしい上等な紙には、余白がほとんど残らないくらいに文字が書き連ねられている。 エルマがまじまじとそれを眺めていると、イレーネはふふんと唇の端を引き上げた。 「あなた、字は読めて? 一度だけ私が音読してさしあげる。二度は言わないから、一度で覚えてちょうだい。まず、六つの鐘が鳴る前に鶏小屋に行って――」 イレーネは早口で膨大な量の仕事を読み上げていく。 苗字も持たない、つまり字も読めないであろう下層民ならば、間違いなく悲鳴を上げる情報量だ。 しかもその内容とは、卵の受け渡しや厩舎への差し入れ、東庭の手入れや騎士団への手紙の配達、さらには妃への茶の準備など、王宮内のどこになにがあるのかもわからぬ新人には、過酷にすぎるものだった。 「厨房の端にある食堂で夕食を済ませたら、あとは聖堂の清掃と図書室の返却本の整理、それから――」 「ちなみにどの仕事も、遅刻は厳禁よ。三回までは食事が抜かれる程度だけど、あなたの評判は一気に失墜するからそのつもりで。さて、図書室のあとは――」 「なによ、うるさいわね。べつにこれ、いじめじゃないわよ? グラーツ夫人に後見されていようと、ルーカス王子殿下に直接お言葉を頂く女だろうと、実力主義の私たちは、ちやほやなんかしないっていうだけ。仕事の押し付けなんかじゃなくて、あくまで、これが普通の業務量なのだからね?」 明らかに嘘だ。 エルマはかすかに眉を寄せた。 「......新人が、ユリアーナ前妃殿下のお茶を用意するというのも、 ユリアーナというのは、先月まで側妃としてヴェルナー前王に仕えていた女性だ。 ヴェルナーの崩御に伴い後宮を離れ――この崩御というのが、エルマがここにいる契機でもあるのだが――、王宮内の大聖堂内に居室を構えて隠居生活を送っている。 いくら今は妃ではないとはいえ、新人に茶の準備をさせるには、あまりに高貴な身分にすぎるのではないか。 エルマが首を傾げると、イレーネはわかりやすく視線を泳がせた。 「......そ、それは、まあ、多少は珍しいかもしれないけれど、侍女がお茶汲みをすることに、なんの不思議があって? 侍女はお茶を淹れ、主人の心に寄り添う。これって、実に当たり前のことだわ。そうでしょ?」 「え、ええ、そうよ。だいたい、あなたはまだ仕えるべき主人が決まっていないのだから、 「そりゃあ、ユリアーナ前妃殿下にお茶を振舞うなんて、正直私だったらごめんだけれど――なんですって?」 必至に言葉を重ねていたイレーネは、ぎょっとして聞き返す。 だが、エルマは淡々と繰り返すだけだった。 「ええ。それが 「普通......。そ、そうね。ええ、至極普通のことだわ」 意表を突かれながらも、イレーネは内心で自分に言い聞かせた。 そうとも、侍女が茶を淹れるのも、新入りが先輩の命に従うのも、至極普通。当然のことだ。 ただ、ユリアーナ前妃殿下が求める茶のレベルが異様に高いことや、茶の淹れ方が気に食わないという理由でこれまで何人もの侍女がクビになってきたこと、そもそも、それまでにこなすべき業務が尋常でなく多いことというのは、......少しだけ、特筆すべき事項かもしれないが、別に、異常というほどではない。 思いきり破綻した論理で己を宥めていると、無表情の新人がすっと脇をすり抜けていく。 「ど、どこへ行くのよ!?」 「時間があまりないようなので、さっそく業務を開始しようかと。念のためお聞きしますが、書かれていた業務が完璧にこなせるならば、多少作業順が前後しても構いませんね?」 「は......、メモも持たずに、ずいぶんと大口を叩くこと」 「ああ。すべて覚えましたので、メモはお捨て置きください。または裏紙として再利用を」 イレーネは愕然とした。 「――は?」 だがエルマは、真新しい陽光が降り注ぎはじめた廊下に、真顔で頷きかけるだけだった。 「朝は空気が澄んでいますね。――これがシャバの空気の味ですか」 「――......は?」 イレーネは、豆鉄砲を食らった鳩のような顔つきになった。

2 1. "Normal" Tea Drinking (1) The maid with the royal palace is early in the morning. While hearing the cheerful chicken chirp in the cramped and clean dorm room, Elma woke up from her bed naked. It's still a time when Asahi won't shoot. If you're unfamiliar with it, getting off the bed is a bit of a hassle, but she's supposed to be doing her first job today, dressing up lightly. Wear a clean apron, long black socks, and polished leather shoes with arms through tailored tailoring. The darker you cover your shoulders, the more you put them together in a dumpling, the better you wear a headdress called a brim. Peeking into the small mirror that was supplied, Elma leaned her neck for a while, but eventually took out a prop set from the only cloth bag she had brought into the castle. I carefully painted and painted it on my face and even wore thick-bottomed glasses before staring at the mirror again. There was a reflection of an ordinary girl who was neither beautiful nor undesirable. The skin is suitable for the age of fifteen and smooth, but it is scarce in redness and looks dull. The eyes are pulled by the presence of glasses, it is difficult to tell what color it is, and the thin lips are not bloody and slightly negative. Although there is a sense of cleanliness when it comes to clothing, I have a strong impression that the size doesn't suit me or that it is somewhere wild and the whole thing is impossible to understand. However, she stared seriously at herself without hesitation. "Okay." I nodded to my satisfaction. Only that voice is so beautiful as to be calm. She then glanced out the window without difficulty as she cleared the bunk. The top floor of the four-storey dormitory. Only the Royal Palace, which gathers the best architectural skills of the Kingdom of Rouden, is allowed to use high-rise architecture even in the maids' dormitories. As a civilian, the view from an unfamiliar height was the admiration and pride of the daughters who wanted the royal palace, but until yesterday she was supposed to be at the lowest level of the people (...), and she only turned a cold gaze as she was tired of. "I go up and down every day....." Rather, the murmur contains only annoying or simply boring sounds. When she looked at the ground like a dead fish in the back of her glasses, she blurred "I want to go home..." for a while, but she finally sighed as if she had given up and left the window. And when I tried to leave the dorm room, the wooden door opened before Elma put her hands on it. When I raise my face silently, the shadow comes all the way. The same person who wore the maid's clothes as Elma said at the very beginning of the opening: "Oh, my God! It's a shameful black rat." Blonde hair tied neatly, young grass eyes that are easy to fish for. Quite a beautiful girl. Is the age exactly the same as Elma or about a year older? Calmly examine the situation and conclude that it appears to be senpai. The opponent raised one eyebrow in a mockery. "Oh, you're unconscious? It's about you, Elma, without a last name. To tell you the truth, how much of a maid's wife, Countess Graz, looked after you yourself, just Elma. A maid with a royal palace doesn't even have a last name." Laughing like a cat, she put her hand on her hips and named herself. "My name is Irene. Daughter of the Baron Neumann. I'm here to greet you as the new maid and tell you what you're doing today, as the manager (Steer Master) who keeps the fourth floor of the east wing of the maid's dorm." The dormitory consists of the west wing, where elderly people, including married and widowed people, live, and the east wing, where unmarried children under the age of 18 live, with representatives on each of the four floors. Irene was said to be the representative of the fourth floor of the east wing, or the head of the floor. As a baroness, she seems to hold real power there, Irene's words and deeds are high-speed, and her intention to snore the newcomers appears in the front. However, since the seepage of guts that beat into the dorm room early in the morning was somewhat clear, Elma nodded in a shrewd manner without retaliation. But they didn't like Irene. She raised and lowered her long eyelashes and looked at Elma's whole body, and her nose snapped. "People who don't love each other. Your face and expression are plain. Speaking of maids with royal palaces, it is the most difficult position for bride training, but if there are people like you, our overall sense of level will drop." Well, that's fine. That's why we have to train you. You know what? You're going to do your assigned work from today, as I say. " Irene threw a piece of paper at Elma's opponent, who had only said "yes" earlier, as if she had cut out her numbness. "Look, black rat. This is what you do today." On the fine paper, which seems to be a supplied item, letters are written so that little margin remains. Elma stared seriously at it and Irene pulled her lips up. "Can you read? I'll read it to you only once. I won't say it again, so remember it once. First, go to the chicken coop before the six bells ring." Irene reads out an enormous amount of work quickly. If you don't have a last name, that is, you won't be able to read, it's definitely the amount of information that makes you scream. Moreover, the contents were too harsh for newcomers who did not know where in the royal palace, such as handing over eggs, inserting them into the stables, cleaning the eastern garden, delivering letters to the Knights, and even preparing tea for the queen. "After dinner in the dining room on the edge of the kitchen, we'll clean the cathedral, organize the books we return to the library, and..." "By the way, it's strictly forbidden to be late for any job. Up to three meals will be skipped, but your reputation will be lost all at once. Now, after the library..." "What, you're so loud. This isn't bullying, is it? Whether you are being looked after by Mrs. Graz or a woman who will speak directly to His Royal Highness Prince Lucas, we of meritocracy will not do anything about it. It's not about pressuring work, it's just a normal amount of work, right? It's obviously a lie. Elma frowned faintly. "... is it normal for a newcomer to prepare the tea of former Princess Juliana? Juliana is the woman who served former King Werner as concubine until last month. With Werner's collapse, he left the rear palace - a collapse that was also an opportunity for Elma to be here - but he lives in hiding in a cathedral inside the royal palace. Though she's not the queen right now, she's too noble to let a rookie prepare tea. As Elma tilted her neck, Irene was able to swim her gaze easily. "... well, that may be a little unusual, but what wonder does the maid have about drinking tea? The maid brews tea and leans against her master's heart. This is obvious. Isn't that right?" "Yeah, yeah, that's right. Basically, since you haven't decided on the master to serve yet, it's only natural that you should be (...) uncomfortable... no, it's only natural that you should hit the noble one. Whether the opponent is noble or lowly, I will do so solemnly if I am commanded to brew tea. That's what a maid should look like, no, of course, just normal." "Well, if I were to be honest with you, I'd be sorry to offer you tea, but...? Irene, who was bound to repeat the words, replied briefly. But Elma just repeated it lightly. "Yeah, if that's normal." "Normal... Yeah, that's right. Yeah, it's pretty normal." Irene told herself in her heart, even though she was pointing at her intentions. That said, it is perfectly normal for a maid to brew tea, or for a newcomer to obey senpai's life. It's only natural. However, the unusually high level of tea required by former Princess Juliana, the fact that many maids have been fired so far because they don't like how tea is brewed, and the fact that many tasks to be done by then are unusual in the first place may be a bit of a noteworthy matter, but it is not so unusual. As she forgives herself with her own broken logic, an expressionless newcomer slips through her side. "Well, where are you going!? "I don't seem to have much time, so I thought I'd get started. As a precaution, if the work that was written can be done perfectly, can we do it in a slightly different order? "Ha... without a note, you're going to slap your mouth a lot" "Oh, I remember everything, so please throw away your memo. or reuse it as backing paper." Irene was stunned. "-What?" But Elma nodded with her face in the hallway where the new sun began to fall. "The air is clear in the morning. -- -- Is this the taste of shaba air? "----what?" Irene looked like a pigeon with a bean gun.

14.「普通」の探し物(2) 明くる朝。 ルーカスとイレーネ、そしてエルマの三人は、「散策」の名目で、フレンツェル領の外れ――森の奥深くにまで足を運んでいた。 広大で恵み豊かなぶどう畑から、ゆるやかに隆起していく森は、奥のほうともなると峻厳な山と表現したほうがよい。 獣道の横からは、ときおり切り立った崖が覗き、その下では、昼なお暗い色をした波が、岩肌に打ち砕かれ、飛沫を飛ばしている。 優しく恵み深い自然と、険しく脅威的な自然が緩やかに隣り合う――それがフレンツェル領の特徴なのだ。 慣れぬ山歩きに悲鳴を上げ、休憩を申し出たイレーネは、眼前に迫る崖下の光景に、ぞっと背筋を粟立たせた。 「も......森から一歩足を踏み外すともう海だなんて......この崖から落ちてしまったら――ああだめ、考えただけでゾクッとするわね」 付き合いでイレーネの横に腰を下ろしたエルマは、まじまじと崖の先を覗き込み、頷く。 「実に激しい波です」 すると、さりげなく女性陣をかばうように自ら崖の側に立ったルーカスが、水で喉を潤しながら片眉を上げた。 「ほう、エルマ。おまえでも荒波に身震いするなんていうことがあるのか」 「それはもちろん。遠泳とはすなわち波との戦いです。暴れ馬のような波をどう宥め、どう泳ぎ切るのかを考えただけで、ぞくぞく来ますね」 「............は?」 両者の会話は一瞬噛み合ったようで、その実、海溝のような深い断絶に隔たれている。 ルーカスたちが思わずぽかんとすると、エルマは懐かしむような声で続けた。 「今年こそ機会を逃してしまいましたが、遠泳といえば夏の風物詩ですよね。幼い頃は200マイルほどしか泳げませんでしたが、ときおりクラーケンやリヴァイアサンのちょっかいを躱しつつ、毎年少しずつ距離を伸ばしていったのも、いい思い出です」 「排他的経済水域まで越すのか!?」 「も、もしや、かつて食したクラーケンってまさかそこで!?」 両者がぎょっとして大声を上げる。 しかしエルマは、それも耳に入らぬ様子で、じっと崖の先の一点を見つめていた。 「あの先の、切り立った崖下の、門のような形をした岩をスタート地点に見立てて......懐かしいですね」 視線の先にあるのは、いくつかの峰を通り越した、山の頂上。最も鬱蒼とし、最も峻厳な表情を見せる、森の最奥であった。 最も高い崖を見下ろす、険しい辺境の土地。 昼なお暗く葉を重ねる木々の間からは、ほんの少しだけ、陰気な色をした建物が壁を覗かせる。 フレンツェル領の外れ、最も険しい場所――そう、そこには、大陸中の重罪人を集めた、ヴァルツァー監獄があるのだ。 「エルマ......」 遠い監獄の姿から視線を逸らさない友人に、イレーネが瞳を揺らす。 彼女は、眼鏡で素顔を隠したエルマから、それでも郷愁を感じ取り、そっと彼女の腕に触れた。 「懐かしんでいるのね。......それはそうよね。監獄とはいえ、あなたの家なのだもの。見れば懐かしくも感じるはずだわ」 「いえ、私はほとんど監獄から外出したことはなかったので、監獄の外観を見て懐かしいと思うはずはないのですが」 言われてみれば、そうである。 「――というか待て、『ほとんど』と言ったか? つまり、ときどきは脱獄していたということか? 遠泳の話も含めて、そういうことだよな?」 「それに厳密に言えば、監獄というよりは、先ほどから、このフレンツェル領を山から見下ろすたびに、懐かしさを覚えるのですよね。いったいこれはなぜなのか」 「おい、無視するな」 常識人ポジに収まりつつあるルーカスがツッコミを入れるが、エルマは首を傾げたまま頓着しない。 基本的に雇用主よりエルマに優先順位を置いているイレーネもまた、ルーカスの言葉には注意を払わず、労わるようにエルマの腕に手を置いた。 「教えてあげるわ。それってやっぱり、あなたはホームシックに罹っているということなのよ。私も初めて王都に出たときは、故郷の風景でなく、そこから連想されるすべてのものを見ては、懐かしさを抱いていたわ」 イレーネが諭すように告げれば、エルマは素直に頷く。 そのあまりに純粋な姿を見て、イレーネは心を痛めた。 エルマ。 この万能で純粋で不思議な友人。 監獄は劣悪な環境だと聞くし、彼女の口から語られるエピソードも酸鼻なものばかりだが、それでもこの純真な彼女にとっては、監獄は故郷であり、家なのだ。 友人として、エルマを「真っ当な」環境に引き留めてやりたいという気持ちと、望む通り「家」に帰してやりたいという気持ちの、ちょうど半々に引き裂かれそうになりながら、イレーネは尋ねた。 「......帰りたいの?」 つい、無意識に友人の袖を引いてしまう。 エルマはことりと首を傾げると、小さく、 と答えた。 それを聞いたルーカスとイレーネは、素早く視線を交わし合う。 罪悪感と、――ついでに言えば、エルマがダイナミック里帰りなど目指そうものなら、そのためだけに一国を滅亡させかねないという懸念を覚えたからだった。 「――ですが、今は帰れません。やはり、一度自分で決めたことである以上、皆さまから『普通』のお墨付きをもらってからでなければ」 「それは......」 相槌に悩み、二人とも曖昧に頷く。 ルーカスは一応、「今回の特命を無事こなせれば、義兄上からすぐにお墨付きがもらえるはずだ」などという慰めめいた言葉を口にしかけたが、しかしその瞬間、劇的ビフォーアフターし、エルマ信者と化したデボラの顔が脳裏をよぎり、それを引っ込めた。 着任早々、美容革命を起こして人ひとりを隷属させた人物に向かって、まさか自信をもって「無事こなせる」などの言葉は掛けられない。 というか、掛けたらそれすなわち、フラグになる気さえする。 ちなみに、昨日からこちら、デボラはエルマに濡れ落ち葉のごとくまとわりついていたが――そのせいで、結局エルマは市に出かけられなかった――、今朝一番にエルマ本人によって撒かれたため、この場にはいなかった。 「......まあ、今日こそは『普通』に過ごせるよう、頑張れ」 結局、牽制の意も込めて、無難にそう言葉を掛ける。 それからルーカスは改めて二人に向き直った。 「さて。浸っているところ恐縮だが、監獄見物は今日の主眼ではない。この先に、『デボラ沼』とあだ名される沼があるはずだ。民の噂では、瘴気すら漂う泥沼らしいが」 そう、彼は昨日収集した情報をさっそく活かし、とある場所の視察に来ていたのであった。 ルーカスがその精悍な容貌を惜しみなく発揮し、町の女性陣から聞き出した内容としてはこうだ。 フレンツェル領主ヨーナスは、昔は才気あふれ、たった十歳で鳴鎖なる道具を発明して魔蛾を追い払った神童であった。 長じて得た妻・エリーザは「フレンツェルの太陽」と呼ばれる美貌と陽気な性格を兼ね備えた女性であり、領主一家の人望は厚く、領の未来は輝いていたかに見えたという。 状況が一変したのは十年ほど前。 エリーザが息子ケヴィンの出産で命を落としてしまったことに端を発する。 愛妻家であったヨーナスは人が変わったように無口になり、妻が命と引き換えに産んだ息子のことも、まるで領民から隠すように屋敷に籠らせ、自らも距離を置くようになった。 娘デボラは瘴弱の症状をこじらせて高慢な醜女令嬢と化し、息子ケヴィンも身体の弱さを理由に、領の運営にも参加せず屋敷に引き籠もる日々。 領主一家の凋落と同期するように、畑では時折、鳴鎖に耐性を付けたらしい魔蛾の姿が目撃され、民は不安を募らせていた。 フレンツェルは王都にすら頼らぬ独立の土地。 通常なら領主に陳情し、解決を図るところだが、今のヨーナスでは到底当てにならない。 あげくの果てに、ここ数年、ヨーナスは夜になるたびにふらりと屋敷を抜け出し、森の奥深くへと向かっているのだという。 森の奥とはすなわち、魔獣が跋扈し、瘴気の漂う、魔の領域。 こっそりと後をつけていった人物の証言では、ヨーナスは領主としてそれらを始末するどころか、森の最奥にある沼で、魔蛾をその身に引き寄せながら跪いていたというのである。 周囲に魔蛾の鱗粉を漂わせ、祈るように沼に手を浸す様は、まるでなにかの儀式を行っているかのよう。 彼は死した妻の反魂を試みるべく、魔と契約を交わそうとしているのだと噂が立つまで、そう時間はかからなかった。 「魔族はとうに滅びただろう、とか、目撃者もその場で問いただせよ、といった諸々の突っ込みは正直抱かざるを得ないが、この問題の根幹は、むしろ領民の魔蛾に対する不安と見た。彼らは、魔蛾が大切なぶどうを根絶やしにしてしまわないかと心配で、その不安や不満の捌け口を、領主一家に求めているようだ」 ルーカスは冷静に分析してそう告げる。 「そして、領民の不安の源泉であり象徴であるのが、その沼だ。彼らは、領主が沼に魔蛾を飼っているのではないかとすら疑っている。とはいえ、もともと魔をなにより嫌う気質の民だ。自ら確かめにいくことも憚られ、結果憶測が憶測を呼び――と、まあこんな感じだな」 「昨日の午前中だけで、よくそこまで情報を仕入れましたね。さすがですわ」 イレーネが感嘆して告げれば、ルーカスは軽く口元を歪めて、肩をすくめた。 「お褒めにあずかり、どうも」 女癖こそ少々悪いが、結局のところ、彼というのはまじめで有能な男なのである。 ルーカスは、ちらりとエルマの方にも視線を向けてみたが、彼女からは特になんのコメントもなかったため、少しだけ物足りなそうな表情を浮かべ、再び崖の先、沼のある方角に向き直った。 「――とはいえ、俺が話を聞いて回ったのは、主には町の娘たち、つまり領民の側ばかりだ。公平を期すなら、沼を見る前に領主側の言い分も聞きだしておきたかったところだが、これは俺の手落ちだな」 ついでに彼は、職務に関することでは、自分に厳しい男でもあるのだ。 ルーカスが素早く今後の計画を頭に描きながら、 「デボラ嬢があれだけエルマに懐いたのなら、近々、彼女をこっそりこの場に呼び出すことにするか」 と呟くと、エルマがすっと立ち上がった。 怪訝な顔をしたルーカスをよそに、彼女はぱちんと指を鳴らす。 「デボラ様、カモン!」 するとすぐ傍の茂みがガサッと揺れ、ひとつの人影が勢いよくルーカスたちの前に躍り出た。 「お待たせいたしましたわ、エルマ様ぁ!」 デボラである。

46 14. "Normal" Findings (2) Bright morning. Lucas, Irene, and Elma, in the name of "walking," carried their feet to the depths of the forest, beyond the French realm. The forests that rise gently from the vast and graceful vineyards are better described as steep mountains at the back. From the side of the Beast Road, there are occasional cliffs peeking, underneath which dark waves are shattered by rock skin and splashing. Gentle and gracious nature and rugged and threatening nature loosely adjoin each other - the hallmark of Frenzel territory. Irene screamed at the unfamiliar mountain walk and offered to take a break. The scenery under the cliff in front of her shocked her spine. "But... I can't believe I stepped out of the woods and it was already the sea... if I fell off this cliff - oh no, I just thought it would freak me out." Elma, who sat down next to Irene as she was dating, nodded as she stared straight at the edge of the cliff. It's a very intense wave. Then Lucas, standing on the side of the cliff, slightly covering the women's side, raised one eyebrow while moisturizing his throat with water. "Oh, Elma. But do you ever tremble on a rough wave?" "Of course. A trekking is a battle against the waves. Just thinking about how to forgive the waves like a horse and how to swim out, I'm thrilled." "... what? The conversation between the two seems to have meshed for a moment, the fruit of which is a deep disconnect like a trench. When Lucas and the others felt unexpectedly gloomy, Elma continued with a nostalgic voice. "I missed an opportunity this year, but when it comes to swimming, it's a summer epic. When I was a kid, I could only swim about 200 miles, but it's also a good memory that I sometimes slightly increased my distance each year while playing with Clarken and Leviathan." "Going beyond exclusive economic waters!? "But, what about the Kraken you once ate!? Both shouted loudly. Elma, however, stared at the tip of the cliff in a deafening manner. "Looking at the rock that looks like a gate under the cut cliff at the start point... so nostalgic." Beyond the gaze is the summit of the mountain, which passes through several peaks. It was the deepest part of the forest, showing the most gloomy and harshest expression. A steep perimeter overlooking the highest cliffs. Only a few dark buildings peek into the walls from among the darkly foliage trees during the day. Outside of Frenzel territory, the steepest spot - yes, there is a Valzer prison that gathers felons from all over the continent. "Elma...." Irene shakes her eyes to a friend who doesn't stray from a distant prison. She felt nostalgia from Elma, who hid her face with her glasses, and gently touched her arm. "You miss it.... that's right. Prison is your home, though. If you look at it, you'll miss it." "No, I've hardly ever been out of prison, so I don't think I'd miss the look of the prison." If you ask me, yes. "--Wait, did you say 'almost'? Does that mean he escaped from jail sometimes? That's what we're talking about, right? "Strictly speaking, rather than jail, every time you look down from the mountain, you'll remember the nostalgia. Why on earth is this?" "Hey, don't ignore me." Lucas, who is falling into the common sense position, slips in, but Elma doesn't hold her head tilted. Irene, who basically prioritized Elma over her employer, also failed to heed Lucas's words and put her hand on Elma's arm to work. "I'll tell you. That means you're suffering from homesickness. When I first went to King's Land, I was nostalgic when I saw everything associated with it, not the landscape of my hometown." Elma nods honestly when Irene tells her to. Irene was heartbroken by seeing her so pure. Elma. This all-purpose, pure and mysterious friend. I hear that prison is a bad environment, and that all the episodes that come out of her mouth are sour, but for this innocent woman, prison is home and home. As a friend, Irene asked, just as she was about to be torn in half by her desire to retain Elma in a "proper" environment and her desire to go home as she wished. "... you want to go home? Next, you unconsciously pull your friend's sleeve. When Elma leaned her neck, she was small. and replied. When they heard that, Lucas and Irene quickly intersected. It was because I remembered my guilt - and, by the way, my concern that if Elma was aiming for a dynamic homecoming, it would destroy only one country. "- But I can't go home now. After all, if you don't get the" normal "inscription, it's more than you decided once." "That's...." They both nodded ambiguously, worried about the hammer. Lucas put words of consolation in his mouth, such as, "If this mission is carried out safely, you should get a note from your brother-in-law right away." But at that moment, Deborah's face, dramatically bifour-afterwards and transformed into an Elma believer, pulled it in. Early on, I can't say "I can do it safely" with confidence to the person who started the beauty revolution and enslaved one person. I mean, when I multiply it, that is, I even feel like a flag. By the way, from yesterday onwards, Deborah was all over Elma like a wet fallen leaf - that's why Elma couldn't go to the city after all - and she wasn't here because she was the first to be sprayed by Elma herself this morning. "... well, do your best to have a 'normal' day." Ultimately, with restraint in mind, he said that without difficulty. Then Lucas turned to the two of them again. "Well, I'm afraid I'm immersed, but prison sights aren't the focus of the day. There must be a swamp up ahead, nicknamed" Deborah Swamp. "According to the rumors of the people, even the mudslides are drifting." Yes, he was just using the information he collected yesterday to visit some place. Lucas spared no effort in his fierce appearance, and this is what Lucas learned from the town's women's team. Frenzel lord Jonas used to be a brilliant priest who invented a tool for ringing chains when he was only ten years old and chased away the moth. The long-earned wife Eliza is a woman who combines beauty and cheerful personality, called the "Frenzel Sun", and said that the reputation of the lord's family was strong and the future of the lord seemed bright. The situation changed a decade or so ago. Eliza ends up dying in the birth of her son Kevin. And Jonas, who was his beloved wife's house, was silent as the man had changed; and his son, whom his wife had bartered in exchange for his life, was put in the house as if he were hiding from the people, and he set himself apart. Daughter Deborah turned into an arrogant ugly lady with the symptoms of weakness, and her son Kevin also dragged herself into the Mansion without participating in the management of the collar due to his weakness. In synchronization with the decline of the lord's family, occasional sightings of moths resistant to ringing chains in the fields caused anxiety among the people. Frenzel is an independent land that does not even depend on the King's City. Normally, I would complain to the lord and try to settle the matter, but I can't rely on Jonas now. At the end of the day, Jonas has exited the mansion every night for the past few years, heading deep into the woods. Behind the woods is the realm of the devil, where the beasts trek and drift. Instead of killing them as lords, Jonas knelt down in the swamp at the bottom of the forest, drawing the moth to him, according to the testimony of the man who followed him secretly. It's as if you're performing some kind of ritual by drifting the scales of moths around you and soaking your hands in the swamp to pray. It didn't take him long before there were rumors that he was about to sign a contract with the devil to try his dead wife's soul. "I had to honestly hold on to various intrusions, such as that the demon tribe would have been destroyed already, or that witnesses could ask on the spot, but the root of the problem was rather anxiety about the people's demon moth. They are worried that the moths will not eradicate their precious grapes, and they are looking to the lord's family for a way out of their anxiety and discontent." Lucas calmly analyzes and says so. "And it is the swamp that is the source and symbol of the anxiety of the people. They even suspect that the lord has a magic moth in the swamp. Nevertheless, it was originally a people who hated demons more than anything else. You can go and check it out yourself, and the result speculation calls for speculation, and it's like this." "Yesterday morning alone, you often bought so much information. That's right." Irene exclaimed, and Lucas slightly distorted his mouth and shrugged his shoulders. "Thank you very much." Femininity is a bit bad, but after all, he is a serious and capable man. Lucas glanced at Elma, but didn't have any particular comments from her, so she had a slightly insufficient look and turned again towards the edge of the cliff, in the direction of the swamp. "- Nevertheless, I've been listening mainly to the town's daughters, that is, the people. If I were to be fair, I would have listened to the lord before I saw the swamp, but this is my fault." By the way, he is also a tough man on his job. Lucas quickly mapped out his plans for the future. "If Miss Deborah misses Elma that much, we'll sneak her out here soon." And when she groaned, Elma stood up. Looking at Lucas with a strange face, she snapped her fingers. "Dear Deborah, Camon! Then the nearby bushes swayed, and a figure jumped out in front of Lucas. "Thank you for waiting, Elma! It's Deborah.

13.「普通」の手当て(1) デニス・フォン・ケストナーは、自慢の金髪を振りかざし、狂ったように全身に香水を擦りつけていた。 「ああ、もう! 臭い! 臭い! 臭い!」 そこそこ整った顔立ちは、男らしさには欠けるものの品があり、贅肉の付いていない若い体は、力強さはないが清潔さがある。 その、貴族らしく美しく整えられた自身の身体が、下品で鼻の曲がりそうな悪臭に蝕まれかけているのを、デニスは必死で防ごうとしていた。 「なんで、この僕が! 栄えあるケストナー家の一員にして、聖医導師としての将来を嘱望されるこの僕が! 馬の糞やら男の汗やらにまみれて働かなくてはならないんだ!」 高価な香水を惜しみなく使って、忌まわしい臭いを打ち消してから、デニスはようやく呼吸を落ち着けた。 そうして、寮の自室で、ほかに人目がないのをいいことに、恐れ多くも神の名を吐き捨てるように唱え、悪態をつきつづけた。 「なんなんだ、あの者たちは。騎士だとか言って、要は荒くれ者の集まりじゃないか。臭いし、汚いし、礼儀もなってない。せっかくこの僕が! 聖なる癒術を使ってやったというのに、それを崇め称えもしないだなんて。聖医導師の尊さがわかってないのじゃないか」 聖医導師。 それは、神の恩寵と呼ばれる聖なる力で、医療を行う者のことである。 この大陸では、多くの人間がアウレールを主神とするアウル教を信奉し、そのうちのごく一部が「聖力」とも呼ばれる神の恩寵を授かる。 その内容や強弱は様々だが、傷を癒したり、植物の生育を早めたり、雨を呼んだりと、総じて生を守り育むためのものだ。 聖力はそれこそ奇跡のように、平民にもある日突然発現することもあるが、基本的には血統によって受け継がれる。 ケストナー家も、数多くの高位導師や聖女を輩出してきた名家のひとつであり、爵位こそ男爵ではあるものの、司教を兼任するロットナー侯爵家とも懇意な、由緒正しい家系であった。 なかでも、デニスが持つのは、ケストナー家の始祖と同じと言われる、癒しの力。 切断された手足を復元するといった、始祖が持っていたものの威力よりはだいぶ劣るが、それでも、そこらの医師の技量を遥かに凌駕する力だ。 結果デニスは、成人もせぬ十五のうちから聖医導師として正式に宮廷勤めを許され、王城内の中心にほど近い場所に部屋も与えられている。 「侯爵閣下の後見も得て、ゆくゆくはルーデンの宗教界で実権も握りうるだろう僕が! なぜ、こんな、忌々しい下積みを!」 だというのに、デニスはここ数週間というもの、騎士団員の治療や、使用人たちの世話に追われていた。 それというのも、彼の敬愛するクレメンス・フォン・ロットナー侯爵が、「癒術を高めるには、多くの場数をこなし、見聞を広めることが重要ですよ」と、彼に 「そりゃあ、退治すべき魔族も滅びた今日日、尊き方が大けがをなさることなんてないけれど......。だからといって、下々の者の怪我まで治してやることなんか、ないではないか」 デニスは、手入れの行き届いた爪をがじりと噛んだ。 癒術は、選ばれし人間にのみ与えられた聖なる力だ。 それを、貴族でもない、神の寵愛を受けたのでもない、凡百の人間に施してやるなど、あまりに勿体ないように思えた。 百姓上がりの人間にはそのへんの薬草でも渡しておけばよいのだ。どうせ彼らは頑丈なのだから。 「あまつさえ、治療しておいてもらって、ろくに感謝の言葉すら言えないのだから......」 先ほどの場面を思い出してしまい、デニスは歯ぎしりした。 今日は騎士団の診療の日だった。 模擬戦訓練とやらに付き合わされ、東屋で待機していたところ、次々に負傷者が運び込まれてきたのだ。 その多くは、打撲や捻挫、裂傷。 軽傷でない者もいたが、重傷というほどではない。 ついでにいえば、運び込まれてきたのは下級騎士ばかりで、見たところは単に薄汚れたごろつきと変わらない。 そのような状態で貴族の御前に出るのも不遜であるのに、と思いながら、デニスは泥で汚れた汗臭い体に触れ、祈りの言葉を呟いてやったのだ。 にもかかわらず、癒術を受けた騎士たちは、「なんだ」と一様に物足りなそうな顔をしたのである。 「一瞬で傷が消えるとでも? ふん、ひとりひとりにそんな膨大な聖力を注いでいられるか、馬鹿め」 なにぶん、あと何人治療すべきかわからない中での施術である。 余力を残しながら治療した結果、せいぜい各人の傷を申し訳程度に塞ぎ、痛みを和らげるくらいのことしかできなかった。 ただ言っておくと、それでも通常の手技を施すよりは数倍早く癒えるし、術者のこちらには結構な負担なのだが。 「なのに、『これくらいなら、侍女殿の手当てと変わらないじゃないか』だって......!?」 最も許せないのは、帰り際に騎士のひとりが首をすくめてぼやいたその言葉だった。 大層小声の独白であったが、地獄耳のデニスはばっちりと聞き取ってしまったのである。 噂によれば、騎士団には最近、エルマとかいう名前の侍女が出入りし、負傷者の治療に当たっているのだという。 その手際は素晴らしく、彼女に手当てしてもらった者は、そうでない者より三倍以上早く快癒するとのことだ。 (だが、侍女。貴族でもない、医導師でもない。男ですらない! ふん、おおかた、女相手に脂下がった騎士どもの思い込みだろう) エルマという名前は、以前、前妃のお気に入りだとか、料理上手な女という文脈で噂を聞いたことがある。 きっと、美丈夫の第二王子か騎士団の恋人の座を狙う、女の魅力を過剰に押し出した野心家なのだろう。でしゃばりなのだ。 だが、侍女の分際で医療行為に手を出すのはやりすぎである。 実態としては、せいぜいおまじないに毛が生えた程度の手技なのだろうが、だとしたらなおさら、治療を武器に男どもの歓心を買うのはやめてもらいたいものだ――デニスは高慢な少年だが、治療行為そのものは、神聖なものだと考えていた。 「ああ、早くこんな日々を終えて、侯爵閣下みたいに、高貴なるお方の専属医導師になりたいものだ」 実地研修が始まる前までは、デニスはロットナーのかばん持ちとして、彼が支持する第一王子フェリクスの部屋に訪れたりもしていた。 ロットナーは侯爵であり、司教であり、癒術はなくとも心を フェリクス自体は、噂通りぼんやりとした、凡愚な人間のようだったが、それでもやはり第一王子。 部屋は贅を凝らされ、趣味であるらしい馬具や宝石のコレクションは素晴らしかった。 デニスは侯爵を通じてそれらを鑑賞する栄誉を許され、いたくご満悦だったのである。 彼が望むのは、そちら側の世界だ。 「早く、僕にふさわしい世界に戻りたい......」 奇跡の力である癒術を、もっときちんと称賛してもらえて、周りには清潔で高貴な人々しかいない世界。 騎士どもは、せいぜい侍女の治療とかいう民間療法でもありがたがっておけばいい。 デニスはほう、とため息を漏らして、壁に掛けた祈祷布をぼんやりと見つめた。

14 13. "Normal" Care (1) Dennis von Kestner shook his proud blonde hair and rubbed perfume all over his body like crazy. "Ah, already! Smell! Smell! It stinks!" The good looks are lacking in masculinity, and the young body without luxury has no strength but cleanliness. Dennis was desperately trying to prevent his noble, beautifully organized body from being eroded by the foul smell of his nose. "Why am I here! As a member of the flourishing Kestoner family, I am the one charged with my future as a Saint Doctor! I have to work with horse shit and men's sweat! After using expensive perfume sparingly to dispel the abominable odor, Dennis finally calmed down his breath. Then, in the dorm room, I was afraid that there was no one else in the room, and I challenged him to throw up the name of God, and continued to make a bad habit. "What are they doing? He said he was a knight, but the point is to gather the ravagers. It smells, it's dirty, and it's not polite. How dare you! I can't believe you used a holy healing technique, but you didn't worship it. Don't you understand the pride of the Doctor of the Holy Spirit?" Doctor of the Holy Medicine. It is a man who practises medicine with a holy power called grace of God. On this continent, many human beings practise Auricism, the main god of Aurelia, and a small part of it is blessed by God, also known as the Holy Power. Its contents and strengths vary, but it is meant to heal wounds, accelerate plant growth, and summon rain, all in all, to protect and nurture life. Holy power, like a miracle, can suddenly manifest itself in the civilian population one day, but it is basically inherited by blood. The Kestoner family was also one of the most prestigious families that had produced many high priests and saints, and although the title was the baron, it was also the rightful family of the Rottner Marquis, who also served as bishop. Among other things, Dennis has the same healing power as the Kestoner family's ancestors. It is much less powerful than what the ancestors had, such as restoring mutilated limbs, but still far beyond the skill of those doctors. As a result, Dennis was officially allowed to serve in the court as a saint physician from among fifteen immature adults, and was given a room close to the center of the royal castle. "With the Marquis' guardianship, I will slowly be able to take real power in the religious community of Luden! Why are you putting down such a shitty load! However, Dennis has been under the care of the Knights and servants for the past few weeks. That is because his beloved Marquis Clement von Rotner ordered him to train in the field (internship), "It is important to do many places and spread the word in order to enhance healing." "Well, today that the demon tribe to be exterminated is also destroyed, the honorable one will never get hurt... That's why there's nothing you can do to heal the wounds of the inferior." Dennis chewed on a well-maintained nail. Healing is a sacred power given only to the chosen man. It seemed too wasteful to give it to hundreds of human beings who were not noble, who were not favored by God. All you have to do is give the medicinal herb to the people who come up. They are sturdy anyway. "I can't even say a word of gratitude until you treat me..." I remembered the scene earlier and Dennis had a crunch. Today was the day of the Knights' practice. Combined with mock combat training, they were waiting in the east room, and one after another the wounded were brought in. Many of them are bruises, sprains, and lacerations. Some people were not slightly injured, but it was not serious enough. Speaking of which, only junior knights have been brought in, and what I've seen is nothing more than a filthy sleaze. Even though it would be a shame to come out to the nobles in such a state, Dennis touched his muddy, dirty sweaty body and murmured his words of prayer. Nevertheless, the healed knights looked as weak as "what". "Do you think the wound will disappear in an instant? Hmm, can you put so much sacred energy into each and every one of us, you idiot?" After all, it is a treatment without knowing how many more people should be treated. As a result of the treatment while leaving room, the wounds of each person were blocked to the point of apology at best and the pain was relieved. Just to say, it still heals a few times faster than the normal procedure, and it's quite a burden for the surgeon. "And yet, 'this will be the same as the maid's care'....!? The most unforgivable thing was the words that one of the knights shrugged and blurred on his way home. It was a whispering monologue, but Dennis in Hell's ear heard it. Rumor has it the Knights have recently had a maid named Elma come and go and treat the wounded. The work was wonderful, and whoever was taken care of by her would heal more than three times faster than those who were not. (But, maid. I'm not a nobleman, I'm not a doctor. Not even a man! Hmm, crazy, that's what the knights thought when they fattened the female opponent.) I've heard rumors about the name Elma in the context of the ex-husband's favorite and cooking woman before. I'm sure he's an ambitious woman who's pushed too hard for a beautiful Second Prince or Knights lover's seat. It's a bluff. However, it is too much to engage in medical practice during the maid's time. As a matter of fact, at best it was a rough hair-growing technique, but even more so, I would like to ask the men to stop buying joy from the weapons of treatment - Dennis is an arrogant boy, but the treatment itself was considered sacred. "Ah, I'd like to finish these days and become a noble, dedicated medical instructor, like the Marquis." Prior to the field training, Dennis held Rotner's bag and visited the First Prince Felix's room, which he supported. Rotner is a Marquis, a bishop, and a prince's counselor because he has the ability to relieve (loosen) the mind without healing. Felix himself was, as rumored, a vague, foolish man, but still the First Prince. The room was luxurious and the collection of horseware and jewellery that seemed to be my hobby was wonderful. Dennis was delighted to be allowed to appreciate them through the Marquis. What he wants is your world. "I want to go back to the world I deserve..." A world where there are only clean and noble people around, where the power of miracle, healing, is better praised. At best, the knights would appreciate a private therapy such as healing the maid. Dennis sighed and gazed blurrily at the prayer cloth hanging on the wall.

2.「普通」の余暇の過ごし方(1) 厨房とは戦場だ。 それが、王宮付きの、数百人分の食事を一度に整えねばならぬ厨房であるなら、なおさらだ。 その朝も、ルーデン王城の広々とした調理場では、男たちが忙しく包丁を振るう音と、フライパンを揺する音、そしてそれをまとめる料理長の怒号が響き渡っていた。 「おい! サラダ班! トマトは、均等な、大きさに、切れ! シチュー班、胡椒、弱い! パン班! 厚み、変えるな! 野郎ども、本気出せ!」 !!」 モンテーニュ出身の料理長・ゲオルクが、片言のルーデン語で指令を飛ばせば、男たちは汗の粒を浮かべながら、全力でそれに答える。 その間にも、大窯では火が渦巻き、調理台ではざっと音を立てて野菜が洗われ、空中を滑るように皿が渡されと、厨房は完全なる修羅場の様相を呈していた。 「おい、時間が、ねえぞ! 七の鐘まで、あと、少しだ! おい、そこ! ちんたら、バター、量るな! そこ! 火が弱い!」 「ヤー!」 『ちっ......! だから、卵をいちいち両手で割ってんじゃねえよ! てめえ、ままごとを始めたばっかの二歳児か!? ああ!? おい、ソーセージもちんたら切ってんじゃねえよ、んなもん手元を見ずに切れんだろうが!』 『ウィ!』 苛立ちのあまり、とうとう母語が出始めたゲオルクに、料理人たちも全力でミートしにいく。 朝食開始の七の鐘を待ちわびる、腹をすかせた使用人たちというのを、常に彼らは恐れている。 しかし、今この瞬間は、ゲオルク料理長の機嫌を損ねないのが先決だ。 この、己の職分にかけては妥協を許さぬ料理長は、まったく躊躇いなく人を怒鳴りつけ、ときに手だって出る御仁だから。 と、焦りが災いしてか、料理人の一人が、量っていたバターを秤から下ろしそこね、思い切り床にぶちまけてしまった。 『おい、なにやってる!』 「ひい!」 食材を粗末にすることを、この料理長はなにより嫌う。 しかも間の悪いことに、バターの大容器はすでに補充班が回収して、ここから離れた倉庫へと持ち去ってしまったために、「床に撒いてしまったから、はい、すぐに新しいもの」とはいかないのだった。 このままでは、本日の朝のメイン、ゲオルクの得意料理であるオムレツの味が、大幅に変わってしまう。 粗相をした料理人はざっと青褪めた。 「す、すみません......!」 もうだめだ。 故郷から出てきてはや三年。厳しい下積みを終え、ようやく王宮の厨房で食材を触れる身となったが、きっと今日を最後にその日も終わる。 いや、そんなことはどうでもいい。 彼はこの、厳しくも尊い職務を心から愛し、敬意を払っていた。 数百人の舌と胃を満たしきる仕事、そしてそれを導いてくれる料理長を尊敬していたのだ。 なのに、自分はそれを妨げてしまった――。 未熟ゆえに、どこまでも責任感の強い彼が、くしゃりと顔をゆがませる。 が、そのとき、 「――おはようございます」 ふいに厨房に凛とした声が響き渡り、彼はばっと背後を振り返った。 「侍女、エルマ。僭越ながら、厨房が混戦状態とお聞きし、助太刀に馳せ参じました」 侍女の制服である黒いドレスにエプロン姿、朝陽を弾く分厚い眼鏡。 長い黒髪をきっちりと団子に結わえ、感情を窺わせぬ表情で佇む――エルマである。 きらりと陽光を跳ね返した眼鏡侍女の登場に、誰もが戦女神の降臨を重ね見た。 「エルマさん......! エルマさん、エルマさん! エルマさんんんんん!」 「ありがとうございますううううう! 助けて......助けてくださいいいいい!」 既に何度もこの侍女に救済されている料理人たちは、恥も外聞もなく救いを求めて腕を伸ばす。 エルマはそれを滑らかな動きで躱しながら厨房に踏み入ると、まずはゲオルクに挨拶を寄越した。 「おはようございます、料理長。また、ここでお手伝いさせていただいても? 今日も朝から実に豪華な献立とお見受けしますが」 「おう、いつも、悪いな。今日は、前に評判だった、オムレツをと、思ってたんだが......、ちと、目玉焼きあたりに、品書きを、変えるかもしれん」 外部者の登場に少しだけ苛立ちを納めたゲオルクは、しかしちらりとバターが落ちた床を見て眉を寄せる。 エルマは「ふむ」とそれを目で追うと、ついでこくりとひとつ頷いた。 「ですが、すでに卵のいくつかは割られているではありませんか。ついでに言えば、私は目玉焼きよりもオムレツに熱き一票を投じたい所存です。ですので――」 少々、お手伝いさせていただきますね。 くい、と彼女が眼鏡のブリッジを持ち上げた次の瞬間、それは起こった。 ――ぶわっ! 厨房に一陣の風が走り抜け、調理台で山をなしていた卵が、一斉に宙に浮かび上がったのである。 「な......っ!?」 実際にはエルマが卵を一斉に投げ上げたのだが、あまりに素早い動きのため腕が視認できず、もはや超常現象のように見える。 ゲオルク以下、周囲の料理人がぎょっとしたが、エルマはそれに構わず「はっ!」と短く気合いを入れ、飛び上がった卵の間に差し入れた手をぱぱぱぱぱ! と左右に振ってみせた。 ――カカカカカカカカッ! エルマの手に当たった卵は、まるで宿命の伴侶を見つけたとでもいうように、勢いよく隣の卵とぶつかってゆく。 互いに熱き抱擁を交わした卵たちはその場でぱかりと割れ、次々とその中身を落下させていった。 それを、いつの間にか巨大なボウルを掲げたエルマが受け止める。 彼女はその、どれだけの重量があるのかもわからないほどのボウルに、なぜか巨大な棒を突き立てると、 まるでボウルを傘にするように持ち上げ、回転させはじめた! 「な......っ、泡だて器でかき混ぜるんじゃなく、ボウルのほうを回転させるだと!?」 「っていうかあの棒、今どこから出てきた!?」 観衆と化した料理人たちがどよめく。 が、エルマは際立った集中力のもとそれを黙殺すると、わずか数秒で卵の攪拌を終えた。 ちらりと見えたボウルの中では、すでに黄身と白身がまんべんなく混ざり合い、とろりと黄金の輝きを呈している。 彼女はそれを丁寧な手つきで調理台に置くと、ついでソーセージとトマトを隣の台から確保した。 「――はっ!」 気合い一閃。 卵同様、食材を宙に投げ上げると、いつの間にか両手にサーベルのように握りしめた包丁を繰り出し、それらを切り刻んでいった。 髪一筋ほどの狂いもなく、均一に切られたソーセージが、トマトが、母なる海に回帰するがごとく、卵液の中へと飛び込んでゆく。 生命を秘めた黄色い海は、食材たちの帰還を、飛沫ひとつ立てることなく、軽やかに受け入れた。 「ソーセージと、トマト入りのオムレツ......!」 やがて卵液を巨大なフライパンに注ぎ入れはじめたエルマに、真意を悟った周囲が息を呑む。 ふんわりと焼き上げた卵、というだけでも贅沢なのに、さらにそこに、ルーデン人の大好物のソーセージが加わるとは。 肉の旨みと、じゅわりと焼き溶けたトマトの甘みが織りなす豪華なハーモニーを想像するだけで、すでに涎が出そうである。 しかし、エルマの行動は、その想像のもう少し先を行っていた。 彼女は、すっと、神妙な表情で布に包まれた半月状の物体を取り出したと思うと、 ――しゃしゃしゃしゃしゃしゃ......!! それを、くつくつと火を通されてゆくオムレツの中に、擦り入れていったのである。 卵液の上に、雪が降る。 肉と野菜の旨みを閉じ込めた黄金色の海に降り注ぎ、液に触れるやとろりと輪郭を溶かしていく、その雪の正体は―― 「チーズ......!」 「アーベライン牛・モーリッツの、渾身のチーズでございます」 誰かの上げた叫び声に、エルマは淡々と答えた。 やがて、具材や卵に火が通ったのを確認すると、彼女は躊躇いのないダイナミックな手つきでそれを巻き上げてゆく。 見る間に、巨大な具だくさんオムレツが出来上がった。 「料理長。どうぞご確認を」 序列をちゃんと弁えているエルマは――彼女もだいぶその手のことを学習してきたのである――、出来上がったオムレツにナイフを入れ、ひと切れゲオルクに差し出してみせる。 すぅっと切り取られたとたん、チーズと溶け合った黄金色の断面がとろりと揺れるのを見て、無意識にゲオルクは喉を鳴らした。 固すぎず、かといって緩すぎない、完璧な火の通り方だ。 熱されて色を増したトマトと、光沢のある卵の黄色、そしてところどころ混じるチーズの白やソーセージの茶色といった、色とりどりの見た目も食欲をそそる。 じっくりと検分し、口に含んでみて、ゲオルクは一瞬目を見開いた。 肉から滲み出た塩気とうまみ、トマトから広がる酸味と甘み、そしてチーズのコク。 それら全てが渾然一体となり――失われたバターと同等、いや、それ以上の味わい深さがもたらされていた。 (なるほど......具を加えることで、バター分の風味をカバーしたか) ついでに、下っ端料理人のカバーも。 「相変わらず......見事だ。悪いな、毎回のように」 その圧倒的技量もさることながら、頻繁に助太刀してもらっていることに引け目を感じて、ゲオルクがつぶやくと、エルマは淡々と「いえ」と答えた。 「困っている方、それも日頃お世話になっている方を手伝うのは、至極『普通』のことですから」 真剣な声で言い切られて、ゲオルクはちょっと唇の端をひきつらせた。 べつに、彼女の発言に嫌味を感じ取ったからではない。 そうではなくて、 「ところでどうでしょう、料理長。今回は、前回『気圧で卵を割るな!』と叱られた学びを活かし、きちんと手や調理器具を使って料理をしたのですが」 ひたむきな視線――いや、眼鏡であまり見えないのだが――とともに、エルマがそんなふうに水を向けてくるのが、わかっていたからである。 「あーっと、なあ......」 ゲオルクは無意識に、コック帽の位置を直した。 この局面を滑らかに切り抜けるのは、祖国ではそれなりに女慣れしていた彼をしても、かなりの難易度だったのだ。 エルマは先日ルーカス王子以下、ゲオルクたちに引き留められてからというもの、やたら自分は「普通」であるとの言質を取りにかかってくるのである。 理由は簡単。 せっかくダイナミック里帰りを決めようとしていたところを妨げられ、不機嫌になっていたエルマを、フェリクスが 「君、まさか自分が母君からの課題を無事こなせたとでも思っているの? 自分が『普通』だとでも?」 と挑発することで、彼女に残留を決意させたからだ。 相変わらず、「普通」のなんたるかをよく理解していない彼女は、ひとまず一定数の人数から「普通」だと評価されればよいだろうと考えたらしく、以降なにかと周囲に絡んでは、こうやって迫ってくるのである。 「これくらいなら、さすがに『普通』ですよね?」 「あー......」 ゲオルクは視線を逸らした。 彼は成り行き上、エルマが監獄出身であることや、どうやら「普通の女の子というものを知りなさい」と母親に言い渡されたらしいことも知っている。 ただ、まさかそれが、「魔族であっても『普通の』人間としてやっていきなさい」という意味などとは思わぬ彼は、額面通り、「監獄出身であっても、『普通の』女の子としてやっていきなさい」という、一般的な親心あふれる言いつけだと思い込んでいたのである。 不遇の出自であっても、親の言いつけを守り普通たろうとする姿は、いじらしい。 それに、モンテーニュ人は美人の味方だ。できるなら、彼女の望む通り、「おう、普通だな!」と言ってやりたいゲオルクではあるのだが―― (......いや、そこまで人間捨てることはできねえ......!) 指先ひとつで数百の卵を割り、演武のように包丁をふるう彼女のことを、部下の前でそんなふうに評することは、到底できないのであった。 「あー......、いやあ、なんというか......普通というよりは、少し......わりと......かなり、異常、かね......?」 「え......?」 「いや......ほら、その......なんだ、卵を割る、方法はだいぶ『普通』に近づいた、気もするが、その、......速度とか、だな」 もとより片言のうえ、さらに慎重に言葉を選んでいるものだから、かなりのぶつ切りになる。 物言わぬ眼鏡ごと顔を俯かせてしまったエルマに、ゲオルクは慌てた。 付き合いの深まってきた今ならわかる。 これは不機嫌のサインではない。彼女はショックを受けているのだ。 「あー、いや。その......」 なぜだ。 なぜ人を称賛するのに、こんなにも冷や汗をかかねばならない。 王侯貴族の前で皿を割った時でも堂々としていたゲオルクが、すっかり固まってしまったそのとき―― 「あ、いたわ! エルマ!」 再び厨房の扉が開いて、軽やかな声が飛び込んできた。 少し癖のある金髪に、猫のような翠の瞳。 エルマの先輩格の侍女仲間、イレーネである。 彼女は硬直した周囲の雰囲気をものともせず、つかつかと厨房に踏み入ると、まな板に移された巨大なオムレツを見て、ぱっと目を輝かせた。 「まあ、なあにこれ? オムレツ? あなたが作ったの、エルマ?」 「......はい。本日の朝食づくりが難航していると聞いたので、微力ながら手伝いをと思いまして」 エルマは傷心のままぼそぼそと答えていたが、イレーネは「まあ!」と顔をほころばせ、試食用のナイフを手に取った。 「料理長、私が毒見役を仰せつかってもよろしくて? いいですわよね! いただきます!」 言うが早いか、ぱくりとひとくちを放り込む。そして即座に、「んうううう!」と悶えた。 「おいしい! おいしいわ! エルマ! ちょっともうこれ、尋常ならざる美味だわよ!」 「......普通でなくてすみません......」 「なぜ謝るのよ、普通じゃないって、つまり特別ってことじゃない!」 異常、ではなく特別、という言葉に、一瞬エルマは瞳を見開く。 しかし、眼鏡に隠されたそれにイレーネは気づくこともなく、なので彼女は、いたって何気なく話を続けた。 「で、エフマ。あなたに伝言ほ託っていふのだけど」 「......イレーネ、食べるか話すかどちらかにしてはどうでしょうか」 『っていうかモリモリ試食してんじゃねえよ』 もしゃもしゃオムレツを頬張るイレーネに、双方から突っ込みが入る。 腹ぺこな小悪魔は慌ててオムレツを飲み下し、ついでぺろりと舌を覗かせると、そこから無邪気に爆弾を投下した。 「至急、王の間に来るように。フェリクス殿下――ではなかった、陛下と、ルーカス王弟殿下が、あなたをお待ちよ」 「――......またですか」 大国ルーデンの、その頂点に立つ王と、その弟からの呼び出し。 それに対して、ついげんなりとした相槌が漏れてしまうほどには――

34 2. How To Spend "Ordinary" Leisure Time (1) Kitchen is a battlefield. Especially if it's a kitchen with a royal palace where hundreds of people have to eat at once. Even that morning, in the spacious kitchen of the Royal Castle of Rouden, the sound of men shaking knives busily, the sound of frying pans, and the anger of the chef who put them together echoed. "Hey, salad squad! Cut the tomatoes evenly! Stew squad, pepper, weak! Bakery, don't change the thickness! You bastards, get serious! Yes!! When Montaigne's chef Georg Flies the command in a single word of Ruden, the men respond with all their might, floating with sweat grains. Meanwhile, fires whirled in the kiln, vegetables were scrubbed in the cooking stand, and plates were given to slip in the air, and the kitchen looked like a complete shura. "Hey, we're running out of time! Seven bells, almost there! Hey, there! Don't weigh your dick, butter! There! The fire is weak! Ya! Phew......! So don't break the eggs with either hand! Damn, you're just two years old to start a whole mess!? Ahh!? Hey, don't cut your sausage, it won't cut without looking at it! Whi! At last, the cooks are making every effort to meet Georg, who has begun to speak his mother tongue. They are always afraid of hungry servants waiting for the seven bells of breakfast. However, at this moment, it is a prerequisite not to upset the chef Georg. This chef, who cannot compromise in his duties, yells at people without any hesitation, because he is merciful. Then, because of the rush, one of the cooks lowered the weighed butter from the scale and hit the floor. "Hey, what are you doing?! Hey! This chef hates crude ingredients more than anything else. In the meantime, unfortunately, the large container of butter had already been collected by the refill team and taken away to a warehouse away from here, so it could not be "sprinkled on the floor, yes, new soon". As it stands, the taste of this morning's main dish, Geolk's Omelette, has changed dramatically. The coarse cook faded. "I'm sorry...! It's over. It's been three years since I got out of home. I have finished my hard work and finally touched the ingredients in the kitchen of the royal palace, but I'm sure today will be the last day. No, I don't care. He wholeheartedly loved and respected this demanding and honourable duty. He respected the work of hundreds of people filling their tongues and stomachs and the chef who guided them. And yet, I've obstructed it. Because he's immature, he's always so responsible that his face twists. but at that time, "- Good morning." A fluffy voice echoed to the kitchen, and he glanced back. "Waiter, Elma. I heard that the kitchen was in a state of confusion while overstepping the rules, and I joined the auxiliary dagger." An apron in a black dress that is a maid's uniform, thick glasses that play Asahi. Long black hair is tightly tied to dumplings and stands with an emotionless expression - Elma. Everyone watched the arrival of the Goddess of War in the appearance of the glare maid with sparkling sunlight. "Elma....! Elma, Elma! Mr. Elma, nnh! "Thank you very much! Ugh! Help me... help me! The cooks, who have already been saved many times by this maid, stretch out their arms in search of salvation without shame or audience. Elma stepped into the kitchen with a smooth motion and greeted Georg first. "Good morning, chef. Can I help you here again? This morning, you will see a truly magnificent dedication." "Oh, I'm always sorry. Today, I was thinking of an omelet that had a reputation before... and maybe I'll change the writing around the eyeballs." A little irritated by the appearance of outsiders, Geork frowned at the floor where the butter fell. Elma followed it with her eyes and nodded one by one. "But some of the eggs have already been broken. By the way, I'd rather vote for an omelet than an omelet. So..." Let me help you a little. The next moment she lifted the glasses bridge, it happened. - Bwah! There was a wind passing through the kitchen, and the eggs that were piling on the cooking table floated in space at once. "Nh...!? In fact, Elma threw the eggs simultaneously, but the movement was too fast to see the arm and no longer looked like a paranormal phenomenon. Below Georg, the cooks around me got a little confused, but Elma said, "Ha! Shortly, I put my hand between the jumping eggs and slapped it! I shaken it to the left and right. --Crunchy, Crunchy, Crunchy! The egg that hits Elma's hand rushed against the next egg as if she had found her destiny mate. The eggs, which held each other in hot hugs, cracked instantly and dropped their contents one by one. Soon, Elma raised a giant bowl to catch it. She shook a giant stick into a bowl that she didn't know how much it weighed. Lifted and started spinning like an umbrella! "Nh... you think you should rotate the bowl instead of stirring it with a bubble!? "I mean, where did that stick come from now!? The audience and the transformed cooks stopped. But Elma silenced it with remarkable concentration and finished stirring the eggs in just a few seconds. In the glittering bowl, the yellow and white are already constantly mixed, showing a mellow and golden glow. She handled it carefully on the cooking table and then secured the sausage and tomato from the next table. - Ha! A flash of temper. Like an egg, he threw the ingredients into the air, and sometime he rolled out a knife holding them like a saber in both hands, chopping them up. Without the craziness of a single strand of hair, a homogeneously cut sausage jumps into the egg juice as the tomato returns to its mother's sea. The yellow sea of life lightly accepted the return of the ingredients without a splash. "An omelet with sausage and tomatoes....! Eventually, Elma started pouring the egg liquid into a giant frying pan, and the surroundings who understood the truth breathed. Fluffy roasted eggs are luxurious, but they are also accompanied by a sausage that the Ludens love. Simply imagine the luxurious harmony that weaves the taste of meat and the sweetness of the juicy baked tomato, and it looks like it will already be salivated. But Elma's actions were just ahead of her imagination. I think she finally took out a half-moon object wrapped in cloth with a mysterious expression. --Shh shh shh shh shh...!! They rubbed it into an omelet that was cooking. Snow falls on the egg drops. The snow falls into a golden sea that traps the taste of meat and vegetables, melting the melting contours when touched with liquid. "Cheese...! "It's Arbelline beef and Maurice's cheese." Elma replied calmly to someone's scream. Eventually, when she sees the ingredients and eggs cooking, she winds them up with a dynamic hand without hesitation. By the time I saw it, I was able to make a giant omelet. "Chef. Please check it out." Elma, who speaks the sequence well - and she has learned a lot about her hands - puts a knife in the finished omelet and gives it a slice to Georg. As soon as it was cut, Geolk unconsciously rang his throat as he saw the golden cross section melting with the cheese. It's not too sturdy, it's not too loose, it's the way of perfect fire. Colorful looks are also appetizing, such as hot, colored tomatoes, yellow glossy eggs, and mixed cheese white and sausage brown. After carefully checking and putting it in his mouth, Georg opened his eyes for a moment. Salt and umami seeped from meat, sourness and sweetness spreading from tomatoes, and richness of cheese. They all came together - the same, no, more than the lost butter. (I see... did you cover the flavor of butter by adding the ingredients?) And the bottom cook's cover. "As always... brilliant. Sorry, just like every time." With that overwhelming skill, Elma answered indifferently "No" when Geolk snapped at her impression that she was being assisted frequently. "It's 'normal' to help people who are in trouble and who care for them on a daily basis." With a serious voice, Georg slightly touched the edge of his lips. It wasn't because I felt disgusted with what she said. No, not really. "By the way, how about that, chef? This time, last time," Don't break the egg at atmospheric pressure! I used my scolded learning to cook properly with my hands and cooking utensils. " That's because I knew Elma would be pointing so much water at me with a flat gaze - no, I don't see much in my glasses. "Ahh, hey...." Georg unconsciously repositioned the cock cap. It was quite difficult for him to get through this smoothly, even if he was quite used to being a woman in his country. The other day, after Prince Lucas and the Geolux had been retained, Elma came to take the word that she was "normal". The reason is simple. Felix was disturbed and upset when he was trying to make a dynamic homecoming decision. "You don't think you're doing your mother's job safely? You think you're" normal "? and provoked her to decide to stay. As always, she didn't really understand what was meant by "normal", and thought that she should be rated as "normal" by a certain number of people for the time being. After that, something tangled with the surroundings, this is how it approached. "If this is enough, it's" normal ", right? "Ah...." Georg lost his sight. He also knows that Elma came from prison and apparently was told by her mother to "know what a normal girl is." However, I didn't think that it meant "even if you are a demon, do it as a" normal "human being." He thought that it was a generic kind of instruction to "even if you are from prison, do it as a" normal "girl." Even if you come from an affair, it's bullying to try to keep your parents' advice and be normal. Besides, the Montagnards are on the side of the beauty. If she can, she'll do what she wants and say, "Oh, that's normal! I'd like you to say, Georg. (... no, I can't just dump people like that...! It was impossible for her to break hundreds of eggs with one fingertip and sift a knife like a martial arts act so much in front of her subordinates. "Ah... no, I don't know... a little more than normal... but... quite abnormal...? "Eh...? "No... look, um... what, the way to break the eggs is a lot closer to 'normal', I think, but, um... the speed or something." Beyond a single word, it is quite a bump because it is a careful choice of words. Geolk panicked to Elma, who had her face bent over with all her needless glasses. I know now that we're getting closer. This is not a sign of discomfort. She is in shock. "Uh, no. Um...." Why is that? Why do you have to be so cold sweaty to praise people? Even when I broke the plate in front of the royal aristocracy, the majestic Geork completely solidified. "Ah, there it is! Elma!" The kitchen door opened again and a soft voice jumped in. Blonde hair with a little habit, green eyes like cats. Elma's senior maid companion, Irene. She walked into the kitchen without thinking about the stiff surroundings and glanced at the huge omelette that had been transferred to the cutting board. "Well, what is this? Omelette? You made it, Elma? "... yes. I heard that it was difficult to make breakfast today, so I thought I could help." Elma was heartbroken and blurred, but Irene said, "Well!" and took a knife for tasting. "Chef, may I ask for a poison star? That's good! I'll take it!" Quick to say, throw a flick in. And instantly, "Nhhhh!" in agony. "Delicious! Delicious! Elma! This is unusual delicious! "... I'm sorry it's not normal..." "Why are you apologizing? It's not normal, it's not special! For a moment, Elma opens her eyes to the word "abnormal," not "special." But Irene didn't realize it was hidden in her glasses, so she casually kept talking. "So, Ehma. I'm counting on you to leave a message." "... Irene, why don't you either eat or talk?" I mean, I'm not tasting mollusks. Hello, Irene with Omelette on her cheeks is coming in from both sides. The hungry little devil swallowed the omelet in a hurry, and as he peered into his tongue, he dropped an innocent bomb from there. "Come to the king as soon as possible. Your Majesty and His Majesty King Lucas' brother, not His Highness Felix, are waiting for you." "----again?" A call from the king at the top of the great power, Luden, and his brother. On the other hand, to the extent that the slender gavel leaked, the convening was also her everyday sight.

26.シャバの「普通」は愛おしい(1) 無事に生まれてきた子どもに万全のケアを施し、その傍らで、協力すべく監獄に集まって来てくれた人々をもてなし、丁重に送り返す頃には、すっかり日が高く昇っていた。 前夜の雨も上がり、獄舎を囲む森の緑は水分を含んでつやつやと輝いている。 危機と焦燥に揺れた夜は去り、今ヴァルツァー監獄には、生命の歓びを謳うような、初夏の日差しが溢れていた。 「ようやく一段落ですね。皆さま、本当にお疲れ様でございました」 最後の「協力者」の一団を見送ったエルマは、ほっと肩の力を抜く一同を居間に集め、紅茶を差し出す。 広いテーブルに着いた大罪人家族とルーカスたちは、さすがに疲労を隠せず、緩慢な動きでカップを受け取った。 「エルマ、おまえも少しは休んだらどうだ。ずっと眠っていないだろう」 エルマの美しい顔にも、うっすらと疲労の色が滲んでいることに気付いたルーカスは、思わし気な表情を浮かべる。 魔王覚醒の儀式、出産の介助、協力者への表敬に新生児の世話と、忙しく動き回っていたエルマは、皆には仮眠を勧めておきながら、自らは一睡もしていなかったのだ。 だが、 「いえいえ、二時間ごとに授乳と計量がございますし、着替えの用意や洗濯......何よりすやすやと愛らしい音を立てて眠るあの子を、毎時観察して記録とスケッチを残すミッションがございます。七日後の名付けに向け、検討会議も招集せねば。やることは山のようにありますし、不思議なことに、気力も山のように湧いてくるのです」 エルマは肩をぐるんぐるん回して応じた。その全身からはやる気が立ち上り、かと思えば突然にへら......と笑み崩れる。 「弟というのが、あんなに可愛い存在だなんて......。彼を世界に迎え入れたこの奇跡を、人類は皆、両の膝の皿を割って大地に身を投げ出すくらいの姿勢で感謝せねばなりませんね」 「あ、ああ......」 ナチュラル危険者と化したエルマに、ルーカスが顔を引き攣らせる。 産まれてきたのは、なぜかハイデマリーの銀髪でもギルベルトの黒髪でもない、金髪の愛らしい男の子だった。 とはいえ、瞼を閉じているためまだ瞳の色はわからないし、産後すぐなので体もくしゃくしゃとして、胸を引き絞るような可愛さというよりは、か弱さの方を強く感じさせる。 ルーカスのような外野の、それも男性からすれば、「小さいな」くらいの感想しかないのだが、大罪人たち、特にエルマには、既に絶世の美新生児に映っているようであった。 エルマはひとしきり、生まれたばかりの弟に対する賛辞をでれでれと続けてから、ふと表情を神妙なものに戻した。 「こうして喜びを噛み締められるのも、ひとえに皆様のおかげでございます」 そうして、まずはテレジアの方を向いて丁寧に頭を下げる。 「特にテレジア王太后陛下。あなた様が母の制止を振り切って私どもを呼んでくださったからこそ、こうして母は助かりました。勇敢にして慈愛深いあなた様に、心より感謝申し上げます」 「......べつに。あの女があまりにあまりに必死に『呼ぶな』と言うから、その逆をしたくなっただけだ」 テレジアはふんと鼻を鳴らしてひねくれた答えを寄越す。 が、香りも味わわずに紅茶のカップを傾ける仕草が、照れによるものだということは、微表情を読むまでもなく、誰の目にも明らかだった。 続いてエルマはルーカスに向き直ると、彼にも深々と礼を取る。 「そしてまた、ルーカス殿下。あの時あの場で進むべき道を示してくださったこと、本当に感謝しております。私どもの絶望を、きっぱりとした口調で切り捨ててくださった殿下の姿は、とても頼もしかったですし......その」 それから、トレーを胸の前できゅっと抱きしめ、紅潮した顔でおずおずとルーカスを見つめた。 「とても、格好よかった、です」 なんだこの可愛い生き物は。 昨夜は突然機嫌を損なわれてしまったので――途中からそれどころではなくなったとはいえ――、こんな素直な表情を向けられると、なおさら破壊力が凄まじい。 ルーカスは脊髄反射で右手をエルマの頬に持っていきかけ、ついで無表情のまま左手で封じた。 たちの前でエルマを抱きしめたりしようものなら、待つのは死だ。 「......それは光栄だ」 少し考えて、無難な言葉を口から押し出す。 結果いささかぶっきらぼうな口調となったルーカスに、エルマは戸惑ったようだった。 「あの......ああ、そうですね、こうした場面では御礼よりもお詫びを申し上げるのが適切でしたね。その......このたびは大変なご迷惑をお掛けし、申し訳ございませんでした」 そして何やら、そのように受け止められたらしい。 しゅんとして謝罪を続けるエルマを、ルーカスは軽い溜息とともに遮った。 「協力した人間の大部分は、単におまえに恩を返しただけだし、そもそも見知った人間が弱り果てていたら、自分にできる手助けをするのなど『普通』のことだ」 恐る恐る、といった様子でこちらを窺う少女は、うっかり生命の危機を忘れて頬ずりしたくなるほどのいじらしさだ。 ルーカスは「ああもう」と内心で天を仰ぎながら、つい腕を伸ばし、俯いた拍子にこぼれた黒髪をくいと引っ張ってしまった。 「それが、大切な相手であるならばなおさら、な」 少しばかり距離を詰めて、声を潜めて。 どうせこの頓珍漢な少女は、百九十度くらいに捻じ曲がった解釈をするのだろうが、もう知ったことか。 少女は今度は何を思ったものか、夜明け色の瞳を零れそうなほどに見開いて、まじまじとこちらを見つめた。 「殿下......」 「なんだ」 「トゥ――、トゥンク」 トレーを盾のように掲げ、小声で告げてくる謎の言葉に、ついルーカスは怪訝に眉を寄せてしまう。 やはり妙な解釈をされたようだと嘆いていると、なぜか向かいの席から殺気立った声が掛かった。 向き直って見れば、ホルストである。 彼は相変わらずの白衣姿で頬杖を突き、笑っていない目をして唇を吊り上げていた。 その手元には、エルマが淹れた温かな紅茶と――なぜか大量の紙の束がある。 ホルストは笑みを仕舞って溜息を吐くと、見るだけで胸やけを起こしそうな量の砂糖をカップに注ぎ入れ始めた。 「やだやだ、せっかくの第二子誕生の清々しい日に、胸糞悪い光景を見せないでくれる? おかげで、せっかく固めた僕の決意が、みるみる霧散しそうじゃないか」 「決意?」 「そ」 がしゃがしゃと液体を掻きまわしてから、ぽいとスプーンを投げ捨てる。 「君を勝者だと、認めるよ」 それから彼は、言葉も投げ捨てるようにして告げた。 「勝者......」 「まさか品定め、もとい、肝試しのこと、忘れてたわけじゃないでしょ? どちらが人体蘇生薬を作れるかの勝負、君はぼろぼろの老婆になって死ぬところだったマリーを救ったわけだから、君の勝ちだよ」 ルーカスは目を見開いた。 こじつけのような勝利認定だ。認める、と言っているわりに、不本意そうなのも気になる。 (だが――) ハイデマリーのために、顔色を変えて奔走していたホルストを見てしまった今ならわかる。 これは彼なりの、謝意なのだと。 ホルストはぶすっと頬杖を突いたまま、ひらりと片手を振った。 「僕たちは、君をエルマの友人として認める」 薄い唇が、拗ねたように歪められた。 「ま、――ありがと、ってことで」 「んもう、素直じゃないわねえ! ルーカスくんは、友人どころか、あの大馬鹿マリーを救ってくれた恩人なのよ。もっと礼を尽くしなさいよ」 ホルストが素っ気なく告げると、隣に座っていたリーゼルがすぱんとその頭をはたく。 彼は、その中性的な美貌に、美しく見えるよう計算し尽くされた笑みを浮かべて、完璧なウインクを寄越した。 「あたしたち、ほんとに感謝してるのよ。あの時ルーカスくんがビシッと仕切ってくれなかったら、きっと今頃葬式でも上げてるもの。ああん、あの時のあなた、かっこよかったわ。もうあたし、なんでもしてあげたくなっちゃうくらい」 しなを作って放たれたその言葉は、一体どこまでが本気なものか。 顔を引き攣らせて、「それは、どうも......」と無難に答えたルーカスに、さらにモーガンもが穏やかに頷きかけた。 「そうですね、あなた様はエルマの友人として認められたわけですから、我々も友情を示さねば。何か御入用のものはございますか? エルマ以外の美少女ならば即座に『用立て』ますし、あるいは一国くらいなら落とせますよ」 「いや。ルーカス殿は、騎士だと、言うから、魔獣を、百匹ほど狩って、軍に、調教するほうが、喜ばれるかも、しれん」 イザークももぐもぐと茶菓子を頬張りながら、とんでもないことを言って寄越す。 「わぁお。エルマの友人になると、特典でもれなく世界の覇権が付いてくるのか。いいなー」 「いいものですか! これってもう、神か悪魔の領域ですわよ......!」 紅茶を啜りながらのほほんと感想を漏らしたフェリクスに、イレーネはこそこそと突っ込んだ。 気に入られれば、この世のあらゆる権力や快楽を与えてもらえる。 それはもはや、おとぎ話か何かだ。 そして多くのおとぎ話が示すように、もしそこで欲を掻こうものなら、彼らはすぐにその人物を、地獄の底へと引きずり落とすのだろう。 それを察してかどうか、 「............いや結構」 ルーカスはしばしぽかんとした後、口の端を片方だけ持ち上げて、肩を竦めた。 「気持ちはありがたいが、それくらいなら、そこでのんびり紅茶を飲んでいる、うちの愚王をどうにかしてほしいものだ」 「本人はすっかりお忘れのようだが、そもそも俺たちがここにいるのは、『全国民の前での裁判』とやらまで、あなたを見張るためで、なぜそうなったかと言えば、あなたがうかうかとくだらない謀反に巻き込まれたためだ」 きょとんと己の顔を指差す異母兄を、ルーカスはじろりと睨んでみせた。 「良識ある臣下ならば、誰が見てもエルヴィンの言いがかりとわかるのに、肝心の当事者は事情も話さず、諾々と監獄に身を寄せるこの有様。――義兄上、いい加減、腹の内を明かしていただけませんか」 品定めやらハイデマリーの命の危機、そして出産という騒動の連続で一同はすっかり忘れていたが、そもそもルーカスたちがこの場にいるのは、フェリクスが血統を騙った罪で監獄送りにされからであり、なぜそんなお粗末な謀反に巻き込まれてしまったかと言えば、フェリクスたち当事者が、エルヴィンに何も反撃をしないでいるためだ。 テレジアについては短い付き合いであるものの、噂とは裏腹に、実は聡明で果敢な女性であるとわかっている。フェリクスもまた、聖具ごときの曖昧な証拠で、やすやすと白旗を上げるような人物ではないはずだ。 だというのに、なぜ。 その真意が掴めず、ルーカスはやきもきしていたのであった。 「えー。だからさー。言ったじゃん、物証を押さえられて手も足も出ないって」 「謀反者の作らせた聖具ごときのなにが『物証』だと言うのです。先王の血を継ぐ、継がないにかかわらず、血を落としたら反応するように仕立てて、事実を捻じ曲げたに決まっている」 「事実だよ」 ルーカスが身を乗り出しかけたところに、水を差すような声が響く。 フェリクスの間延びした話し方とは似て非なる、投げ捨てるような口調で告げたのは、ホルストであった。 彼は相変わらず頬杖を突いたまま、気だるげに小首を傾げた。 「そこの狐顔が、先王ヴェルナーの実子でないというのは、事実だ」 ぽかん、とするルーカスに、ホルストはぺらりと紙の束の一枚を取り出してみせた。 ひらひらと宙で翻しながら、とんでもない爆弾を投下する。 「たった今、血液によるDNA鑑定技術を確立したんだよね。それによって、早速君の願いを叶えてあげよう、ルーカスくん。フェリクス・フォン・ルーデンドルフと、先王ヴェルナー・フォン・ルーデンドルフの血縁可能性はゼロ。二人は赤の他人だ。嬉しい?」 聞き慣れぬ単語に眉を寄せるルーカスに、ホルストは特に解説を加えることはせず、ただ悪戯小僧のように、にやりと口の端を持ち上げた。 「せっかく一万タイプもの血液が集まる機会を、僕が見逃すはずがないよね。――それについても感謝してるよ、色男くん」 よくわからないが、彼は儀式のために集めた血をちゃっかり利用して、何らかの技術を確立したらしい。 愕然とするルーカスたちを見て、ホルストは何を思ったか、釈明するように肩を竦めた。 「正確性はそこらの聖具よりはるかに高いと自負してるよ。信じられないなら論文を書いてもいいし、君たちの信用できる学者に再現をさせてもいい」 「いや......その点では、疑う点も無いが......」 人間性はさておき、監獄の住人たちの能力や、ある種の誠実さについては、ルーカスも腹で理解しているのである――ルーカス自身、それもどうかとは思うが。 「信憑性よりも今は、その内容だ。先王の実子では、ない......?」 そんなの、エルヴィンの言いがかりでしかないと思っていたのに。 ルーカスは目を見開いたままフェリクスと、テレジアを見た。 腹の内を見せぬ異母兄は、冷ややかな一瞥をホルストに向けるだけだったが、テレジアはさっと青褪めている。 それはそうだろう。 ホルストの持つ絶対的な科学の力によって、いよいよ己の罪が明らかにされようとしているのだから。 (先王の子ではないということは、つまり......やはり、彼女は不貞を働いていたということなのか......?) テレジア」とあだ名されながら、その実、妹を庇うために不名誉をかぶってきたという彼女。 その本性は、意外にも潔く誠実だと、そう認識を改めつつあったところだったのに、そんな人物が夫以外の男と通じたというのか。 だが、ホルストが続けた言葉によって、ルーカスたちはさらなる混乱に突き落とされることになった。 「やめてくれ――」 「そこの王太后サマとフェリクス王も、親子関係にはない」 テレジアの制止と、ホルストによる衝撃的な指摘は、同時だった。

136 26. Shaba'S "Normal" Is Lovely (1) By the time I took full care of the children who had been born safely, and by the time I received the people who had come to the prison to cooperate, and sent them back politely, the sun was rising completely high. Rain also rose the night before, and the greenery of the forest surrounding the prison was glowing with moisture. The night of crisis and agitation left, and now Walzer Prison is overflowing with early summer sunshine, like the joy of life. "It's finally a paragraph. Thank you very much for your hard work." After dropping off the last group of "allies", Elma gathered the relaxed ones in the living room and offered them tea. The big sinner's family and Lucas arrived at the wide table and received the cup with slow movements without hiding their fatigue. "Elma, why don't you get some rest? You haven't slept in a long time." Even with Elma's beautiful face, Lucas noticed that the color of fatigue seeped slightly, showing a thoughtful expression. Elma, who was busy waking up to the ritual of the Demon King, helping with childbirth, taking care of the newborn, and honoring her allies, advised everyone to take a nap, but she didn't take a nap. But... "No, we have breastfeeding and weighing every two hours, dressing and washing... above all, we have a mission to observe and record and sketch her every hour. We must also convene a review conference to be named after seven days. What we do is like a mountain, and strangely, energy comes up like a mountain." Elma responded by turning her shoulders. When you think about getting motivated from your whole body, suddenly you burst into a smile... "I can't believe my brother is so cute... All humans must be thankful for this miracle, which brought him into the world, in such a way as to break the dishes of their knees and throw themselves into the earth." "Ah, ahh...." Lucas convulses his face to Elma, a natural danger. It was somehow a blonde, lovely boy, who was not a high-demanding silver hair or a Gilbert's black hair. Nevertheless, I still don't know the color of my eyes because my eyelids are closed, and my body sneezes immediately after childbirth, making me feel weaker than cute that narrows my chest. In the field like Lucas, from a man's point of view, there was only a "small" impression, but the great sinners, especially Elma, already seemed to be reflected in the beautiful neonates of the world. Elma continued to praise her newborn brother, and then turned her expression back into a mysterious one. "I owe it to all of you to bite my joy." First, turn your head carefully towards Telesia. "Especially Her Majesty Queen Telesia. My mother was saved because you stopped her and called us. Thank you very much for your courage and kindness." "... sticky. I just wanted to do the opposite because she said 'don't call me' too desperately." Telegia snorts her nose and gives a twisted answer. However, it was obvious to everyone's eyes that the technique of tilting the cup of tea without tasting the fragrance was due to the light, without having to read a slight expression. Then Elma turned to Lucas and thanked him deeply. "And again, Your Highness Lucas. I really appreciate you showing me the way forward on that occasion. I was very reliant on His Highness, who truncated our despair in a clear tone...." Then she hugged the tray in front of her chest and stared at Lucas with a flushed face. "Very, very cool." What a cute creature. Last night, I was suddenly in a bad mood - even though I stopped halfway there - but with such an honest look on my face, my destructive power was even greater. Lucas took his right hand to Elma's cheek with a spinal reflex and sealed it with his left hand without expression. If you're going to hug Elma in front of these deviant sinners, you're going to die. "... that's an honor." Think about it a little and push the complicated words out of your mouth. As a result, Elma seemed bewildered by Lucas, whose tone had become rough. "Um... oh, yes, it would have been more appropriate to apologize on these occasions than to thank you. Um... I'm sorry for the inconvenience." And it looks like they took it that way. Lucas stopped Elma apologizing with a light sigh. "Most of the people I've worked with are just giving you back, and if the people I've seen are weak in the first place, it's 'normal' to help themselves." The girl who looks at us with fear and so on is so bullied that she inadvertently wants to forget the danger of life and cheek. Lucas looked up at the sky with a deep heart, stretching out his arms and pulling the black hair that had spilled on the fallen applause. "Especially if that's who you care about." Keep your distance and keep your voice down. In any case, this precious girl will interpret it as twisted at about 190 degrees, but have you heard of it yet? The girl stared seriously at us, looking at what she thought this time, at her dawn eyes so close to zero. "Your Highness....." "What is it?" "Too-too-took" Lucas frowned in suspicion at the mysterious words he raised his tray like a shield and whispered. Mourning that it seemed like a strange interpretation, somehow a murderous voice rang from the opposite seat. Turning around, it's Horst. He was still in white, poking his cheek cane and lifting his lips with non-laughing eyes. At hand are warm teas made of Elma and, for some reason, a large bunch of paper. When Holst smiled and exhaled, he began pouring sugar into the cup, which seemed to cause heartburn. "No, no, no, no, no, no, no, no, no, no, no, no, no, no, no, no, no, no, no, no, no, no, no, no, no, no, no, no, no, no, no, no, no, no, no, no, no, no, no, no, no, no, no, no, no, no, no, no, no, no, no, no, no, no, no, no, no, no, no, no, no, no, no, no, no, no, no, no, no, no, no, no, no, no, no, no. Thanks to this, my determination has been hardened, and it looks like it's going to be foggy." "Determination?" "Right." I crouched and scratched the liquid, then threw away the spoon. I'll admit you're the winner. Then he told him to throw away his words. "Winner....." "You didn't forget about the liver test, did you? You saved Marie from dying to be an old hag, so you win." Lucas opened his eyes. It's a triumphant victory certification. Even though I said I would admit it, I was concerned that it seemed like I didn't mean it. (But...) I can see now that I've seen Holst running around changing his complexion for Hydemarie. This is his gratitude. Holst shook his cheek cane with a flicker. "We recognize you as Elma's friend." Her thin lips were twisted as if they were stiff. "Well, thank you." "Nh, you're not being honest anymore! Lucas is not just a friend, but a benefactor who saved that stupid Marie. Give me more thanks." Horst said carelessly, and Reese, who was sitting next to her, smacked her head. He sent the perfect wink with his neutral beauty and a calculated smile that looked beautiful. "We really appreciate it. If Lucas hadn't been in charge at that time, he'd be at the funeral by now. Ahh, you were so cool back then. I already want to do anything for you." How serious is that word that was released by making shina? With his face twitching, he nodded gently to Lucas, who answered without difficulty, "Well, thank you..." "Yes, because you were recognized as Elma's friend, we must show friendship as well. Is there anything I can help you with? If you're a beautiful girl other than Elma, you can 'help' immediately, or you can drop it in a single country." "No. Lucas says he's a knight, so maybe he'd be happier to hunt a hundred beasts and train them in the army." Isaac stopped by with tea candy on her cheeks and said something terrible. "Wow. When you become Elma's friend, will the world's hegemony follow without any privileges? It's fine." Good stuff! This is already the realm of God or the devil...! Irene snuck into Felix, sipping her tea and leaking her thoughts. If you like it, you will be given all the power and pleasure of the world. It's no longer a fairy tale or something. And as many fairy tales show, if there is anything to be desired there, they will immediately drag the person to the bottom of hell. Whether or not you realize that, "... no thanks" After a while, Lucas lifted one end of his mouth and raised his shoulders. "I appreciate your feelings, but if that's all, I want you to do something about my foolish king, who is relaxing and drinking tea there." "I seem to have completely forgotten, but in the first place we're here to keep an eye on you until you say 'Trial in front of the whole nation', and why you did it, because you got caught up in a silly conspiracy." Lucas glanced at his half-brother, pointing straight at his face. "If you are a conscious subordinate, it seems that everyone sees Elvin's accusations, but the key party does not talk about the situation and comes to prison with promise. --Brother-in-law, would you please reveal your stomach?" We had forgotten all about the danger to the life of Hydemarie and the succession of disturbances over childbirth, but Lucas and the others were here in the first place because Felix had been sent to jail for deceiving his lineage, and speaking of why he had been involved in such a cruel conspiracy, the Felix parties were doing nothing to counter Elvin. Although I have a short relationship with Telegia, I know that she is a bright and courageous woman behind the rumors. Felix is also vague evidence of sacred objects, and should not be an easy-to-fly white flag. Why is that? Unable to grasp the truth, Lucas was in a state of confusion. "Um, so... I told you, I can't get my hands or my feet off the physical evidence." "What is' physical evidence 'when it comes to the sacred objects made by the rebels? He succeeds the blood of his ancestors, whether he succeeds or not, tailored to react when he dropped it, twisting the facts." It's true. As Lucas stepped forward, a voice sounded like water. It was Holst who told me in a throwing tone that resembled Felix's prolonged speech. As usual, he leaned his head with his cheek stick on his head. "It is true that the fox face there is not the birth son of our ancestor, Verner." To Pocahontas, Holst glanced out a bunch of paper. While flipping through the universe, he dropped a monstrous bomb. "You just established a DNA identification technique with blood. Let's make your wish come true, Lucas. [M] Felix von Rudendorff and his predecessor Werner von Rudendorf have zero blood connections. They are other people in red. Are you happy?" To Lucas, who frowned on unfamiliar words, Holst did not add any particular commentary, but simply lifted the edge of his mouth like a prank kid. "I can't possibly miss the chance to collect 10,000 types of blood. - I appreciate that too, Sex Man." I don't know, but he used the blood he collected for the ritual to establish some sort of technique. Looking at the stunned Lucas, Holst shrugged his shoulders to explain what he thought. "I pride myself on being far more accurate than those sacred instruments. If you can't believe it, you can write a paper or let your trusted scholars reproduce it." "No... I have no doubt about that..." Apart from humanity, Lucas also understands the abilities of prison residents and certain kinds of honesty in his belly - Lucas himself, I don't know. "Now it's more than credibility. It's not the real son of my ancestor....? I thought it was Elvin's fault. Lucas looked at Felix and Telegia with his eyes open. Her half-brother, who couldn't see inside her stomach, only turned a cold glance at Holst, but Telesia faded quickly. That would be the case. Horst's absolute power of science is finally revealing his sins. (Does not being the son of an ancestor mean... that she was still working unfaithfully...? She was nicknamed the ruthless "Bloodstained Telesia" and, in fact, dishonoured to protect her sister. The nature was surprisingly clean and sincere, and I was about to change my perception, but did such a person communicate with a man other than my husband? But Horst's continued words drove Lucas into further chaos. "Please don't..." "Neither the Queen Tai Sama nor King Felix have parent-child ties." The suppression of Telegia and Holst's shocking allegations were simultaneous.

27.シャバの「普通」は愛おしい(2) 「――......なんだと?」 今度こそ、ルーカスは硬直する。 フェリクスは先王ヴェルナーの子ではない。 ただし、テレジア王太后の子でもない。 では――彼は、誰の子なのか。 呆然とするルーカスの前で、ホルストは悠々と紅茶を啜ってみせた。 「わからない? まあ、ここから先は、鑑定結果ではなく推測だけど――そこの狐男はね、テレジア王太后サマの妹と、彼女を手籠めにしたどこかの男の子どもさ」 「――......!」 居室に、ルーカスとイレーネの息を呑む音が響く。 ホルストは酷薄そうなはしばみ色の瞳で「ねえ?」とテレジアに笑いかけると、悪戯っぽく小首を傾げた。 「僕たちは探偵ではなくて、罪人なんだ。自供は自分でしてくれる、王太后サマ?」 すべてを見通しているかのような、余裕の表情。 青褪めて黙り込むテレジアの代わりに、フェリクスが珍しく不機嫌そうに眉を寄せて「あーあ」と呟いた。 「悪趣味だねー。女性の秘密を暴き立てるなんてさ」 「僕が暴き立てたのは、あんたの秘密のつもりだったんだけど、フェリクス王サマ? 彼女は巻き込まれただけさ、可哀そうにね」 毒を含んだ抗議は、いけしゃあしゃあとした口調で返される。 「言っただろう? 僕たちは『友人』にはきちんと尽くすし、――逆に、エルマを搾取しようとする人間のことは、きちんと攻撃するんだ」 ホルストは、はしばみ色の瞳を剣呑な笑みの形に細めた。 フェリクスの出自を解き明かすということは、ルーカスの「願い」を叶えることであると同時に、高みの見物を決め込んでいたフェリクスへの意趣返しでもあるわけだ。 室内に、緊迫した沈黙が満ちる。 やがて口を開いたのは、テレジアだった。 初めて息子の名前を呼んだ彼女は、ふらりと立ち上がると、震える声で問うた。 「......いつから、知っていた?」 彼女は、真実を突き止めたホルストよりも、フェリクスに対して驚愕の表情を浮かべていた。 対して、フェリクスはつまらなそうに応じるだけだ。 テレジアはしばし彼の顔を凝視すると、ややあって、糸が切れた人形のように、再び椅子に座り込んだ。 「――......ああ、そうだ」 それから、それまでの貫禄ある態度が嘘だったかのように、顔を俯け、静かに口を開いた。 「......その通りだ」 力ない声で彼女が語った内容は、以下のようなものだった。 先に告白したとおり、テレジアとクリスタは同時に妊娠していた。 聖力過剰が起こったのは、クリスタが臨月に入ってから少し過ぎた頃。その時テレジアもまた、翌月に臨月を控えていた。 順調に行けば、クリスタの出産の半月後に、テレジアもまた出産を迎える予定だった。 だが、狂ったように雨が降り出したあの日。 隣室でクリスタがこと切れるその少し前、テレジアは、突然激しい腹痛に襲われたのだ。 陣痛かと思うほどの腹部の痛み。 目は眩み、胃は吐き気を訴え波打った。 咄嗟に手を突いたテーブルには、冷めきった紅茶のカップ。 不自然にひりつく喉の痛みから、テレジアはすぐに原因を理解した。 ――毒。 「当時、王の第一子を授かった私を害そうとする者は多かった。細心の注意を払っていたはずだったが、実家に引っ込んでからはだいぶちょっかいも減って......油断していたのだ。それが敵の策だったとも気付かずに」 「敵、とは......?」 慎重な声でルーカスは尋ねるが、テレジアは名を口にするのも嫌だと言わんばかりに顔を歪める。 代わりに、だらりと椅子の背にもたれて話を聞いていたフェリクスが、なにげなく答えた。 「下睫毛の母親ー」 エルヴィンの母ということだ。 「王太后陛下によって、聖具なしには生きられない体にされたという、あの......?」 符合した事実に、思わずルーカスが呟くと、テレジアは俯いたままふんと口の端を持ち上げた。 「同じ毒を返しただけよ」 それほど、苛烈な作用を持つ毒であったのだ。 「してやられたと理解した時、既に私の体は毒に蝕まれていた。ふらつく足取りで妹の部屋の扉を開け、......しかし私は、思ってもみない惨状に自身の状況を忘れた。そして気付いたのだ」 体が、楽になっている。 そう。 指を針で突いた程度の、小さな傷がきっかけで気付いたなど、嘘だ。 全身を蝕む毒を、たちどころに癒すほどの「なにか」。 それがあったからこそ、テレジアは妹の聖力過剰に気付いた。 「だが、理屈はわからぬが、聖力は腹の中の子にまでは及ばなかった。結果、健康を取り戻した私の体はその場で産気づいたのだが――生まれてきたその子は、死んでいた。そうとも。私は、落ちるようにして出てくるその子どもを、自分一人で受け止めたのだ」 聖力が胎児にまで及ばないというのは、クリスタも 荒ぶる聖力は、彼女の体を急激に老いらせ、滅ぼしたのに対し、その腹の子にはそうした作用をしなかったのだ。 産褥の血を流すテレジアの横で、こと切れたクリスタの腹が、一度だけ動いたように見えた。 テレジアは一瞬だけ逡巡し、ついで、震える手で妹の腹を裂いた。 途端、元気な産声が部屋に響いた。 「ひどい雨の日だ。産声も悲鳴も助けを呼ぶ声も、すべて雷雨に呑み込まれて、薄暗い部屋には結局私一人しかいなかった。目の前には、死した我が子と、老いた妹と、生きた甥。そして、いまだ血を流した私。私は......混乱していた」 正しくあるべきだ、と最初彼女は思った。 毒を盛られて、我が子は死んだ。聖力を暴走させて、妹は死んだ。 二つの事実を明らかにして、正しい道を進むべきだと。 「だが......それをしてどうなる? 正しいから何になる? 私は実際に子どもを失ったばかりか、それを認めれば、あの女に勝利と権力を許すことになる。甥は母親を失い、父親のわからぬ子として、どこぞの孤児院に預けられることになる」 だが――自分と甥が、同時にその憂き目を避ける方法が、一つだけある。 二つの秘密を足し合わせ、嘘と噂で塗り固め。 そうするだけで、テレジアには勝利が、甥にはこの世で一番の富と権力が手に入る。 よせ、と、頭の片隅で誰かが叫んだ。 それは甥と妹と自身と、そして我が子、四人もの尊厳を踏みにじる行為だ。 だが同時に否定した。 いや違う。 甥を助け我が身を守り、我が子と妹に償うための行為だ。 「認めよう。そこには打算があった。野望も、憎しみも。ただ、同時に......私なりの、罪滅ぼしの意味もあった」 徐々に収まってきた雷鳴が、最後の悲鳴を上げた時、テレジアは震える手を、赤子へと伸ばした。 ――フェリクス。 そのとき初めて呼んだ、我が子の響き。 それが、彼女の罪の名前。 ――フェリクス。おまえを、絶対に育てる。なんとしても、王にしてみせる。 それが、彼女の贖罪。 テレジアは顔を上げ、フェリクスをじっと見つめた。 「その後......私は、おまえを育てるのに躍起になった。第三王妃への復讐を果たし、ほかの側妃も牽制し、間違ってもおまえに手出しをするような愚か者が出ぬよう、心を砕いた」 その結果の一つが、ルーカスの母ユリアーナに対する嫌がらせと言うわけだ。 告白を終えたテレジアは、最後、体に残った過去の残滓を吐き出すように、長い溜息を漏らした。 「......黙っていて、すまなかった」 「あーあ」 そこに、気だるげな様子で耳を傾けていたフェリクスが、ひらりと両手を翻す。 「ぜーんぶ言っちゃった。せっかく、人が隠してあげてたのに」 その一言で、ルーカスは悟った。 「......義兄上が黙秘していたのは、このことを隠すためですか。父王の実子でないと早々に認めてしまえば――テレジア陛下と親子でないことまでは、探られずに済むから、と?」 「孝行息子でしょー?」 慎重な問いは、ひょうひょうとした口調で認められた。 「なぜかみんなには信じてもらえないんだけど、僕ってこれでも、かなり義理堅くて優しい男だからさー。僕のためにがんがん孤立していく母親を見てたら、その願いの一つ二つ、叶えてあげなきゃって思ったわけだよ」 「私の、願いだと......?」 初めて「息子」の真意に触れたテレジアが、眉を寄せて問い返す。 フェリクスはそれには直ぐには答えず、ひっそりと笑った。 「......十一年前でしたよ、 「え......?」 「先ほどの問いの答え。僕があなたの――いや、僕たちの秘密に気付いた年。僕は、十一歳だった」 突然の告白。 テレジアは息を呑んだ。 「十一年前に......なぜ?」 「さあ。......誤魔化すわけでなく、自分でもなぜその日だったかはわからないのです。でも、そんなものでしょう? 日々一滴ずつ溜まっていた疑問の水が、たまたまその日になって閾値を超え、溢れ出してしまった。それだけのこと」 フェリクスは昔から、聡い子どもだった。 日々強く緊張している母親を見て、王宮を恐ろしい場所だと理解するほどには。 有能な政敵を次々と叩き潰してゆく母親を見て、なるほどあからさまな有能さなど、害にしかならぬと理解するほどには。 そうして、剛腕で冷酷な母親の存在感に隠れ、惰弱な王子の仮面を被り、のらりくらりと王宮生活を紡ぐ内に、彼の内側には日々、微かな違和感が蓄積されていった。 本来は実直な性格のようにも思える母。それがこうも、冷酷非道な烈婦を演じているのはなぜだ? 側妃たちの能力を推し量り、それに見合った、実害とならぬぎりぎりの牽制を仕掛けてきた母親。第三王妃に限って、重篤な症状に追いやったのはなぜだ? 昔は仲の良かったと評判の、修道院送りにされたという母の妹。どれだけ調べても、一向に存在が確認できないのは――なぜだ? 「慎重なあなたは、懊悩を日記にすら残そうとしなかった。実家にあったはずのクリスタの肖像画もすべて処分した。ただ唯一、最も美しいと呼ばれる肖像画だけは処分できなかったのでしょう。『微笑みの少女』とあだ名されるその絵画を、あなたは王宮の宝物庫の奥深くに秘蔵して、ときどきこっそりと見に行っていた」 「微笑みの少女」。 監獄にあるのを見て、テレジアが強く反応した作品だ。 「でも、隠されると見たくなるのが僕の性分だからさー」 そこでフェリクスは口調を砕けたものに戻し、ルーカスを振り向いた。 「その日、なんでだか僕は思い立って、その絵を見に行ったわけ。で、なんか色々悟っちゃった。昔から、この手の勘は鋭いんだよねー」 すっかり冷めてしまった紅茶を一口すすると、フェリクスはその淡い液面を見つめた。 「それで、思った。そうかー、僕はフェリクス王子じゃなかったんだ。もともと『フェリクス』が座るべきだった魂の席に、しれっと腰を下ろしている赤の他人。それが僕か、って」 壁いっぱいに金銀財宝や宝飾品がひしめく空間。そこでぼんやりと膝を抱えながら、しばらく彼は考えた。 十一年。 知らずとはいえ、十一年に亘って、自分は他者の玉座を略奪し、浴びるように富と権力を享受してきたわけだ。 少しマナーを違えてしまった、くらいの軽い気まずさを浮かべ、フェリクスは肩を竦めた。 それで次に、彼はこう考えた。 ならば、返そう。 次の十一年、同じ年月だけ、自分は「彼」に、これまで受けた分の富と権力を返す。 いや、それ以上のものを約束しよう。「彼」が守りたかったであろうルーデンを富ませ、最も権力ある国にしてみせる。 だって、自分のためにいくつもの罪に手を染めた「母」は、願いを込めてこの名を授けたというから。 ルーデンを興した賢者のようであれと。 「ほんとは、僕の誕生日までに、シュタルク併合と、近隣への種蒔きまで済ませておきたかったんだけどなー。ちょっと遅延」 ぼやく彼は、来月二十二歳になる。 ――時間がもったいないんだ。 ――王たる僕の時間は、この国の誰のものより貴重。 フェリクスが口にしていた言葉の意味をようやく理解して、ルーカスは目を見開いた。 強硬なまでの富国策が、そんな理由にあったとは。 そのありようは、一途というよりは、いびつだ。偏執的なようでいて、どこか気まぐれでもある。 だが、その奇妙さがむしろ、彼らしいようにも感じた。 フェリクスはそこで空気を切り替えるようにして笑い、小首を傾げてルーカスを見やる。 「これで君は、ルーデン最大の秘密を握ってしまったわけだけれど。僕たちを――ルーデンを、どうする?」 その悪魔のような微笑みで、ルーカスはようやくフェリクスの意図を悟った。 彼は委ねたのだ。 これまで頑なに隠していた真意を突然明らかにして、彼の処遇を、ルーデンの命運を、異母弟に押し付けた。 「せっかく一人で抱えてやってたのに、しつこく聞き出そうとしたのは君だよ、ルーカス。......さあ、僕たちを断罪する? それとも事実を封殺して、民を欺く? どうしよっか」 フェリクスは無邪気な子どものように尋ねる。 全面的に身を委ねたようでいて、その笑みはやけに攻撃的だった。 そう、彼は、きっと委ねたくなどなかったのだ。巻き込みたくなかった。 とびきりプライドの高い彼は、「弟」に事情など知られたくなかったし、手など間違っても差し伸べられたくなかったのだ。 「......義兄上」 「よくお考えよ、ルーカス。どちらが合理的で真っ当か、要領のいい君ならすぐにわかるでしょー? 血縁もない罪人二人を庇って、全国民を欺くだなんて、狂気の沙汰――」 「楽しそうなお話ね」 が、フェリクスが手綱を握ろうとした会話は、涼やかな声によって遮られた。 「あんた、もう起き上がってよかったの!?」 ハイデマリーである。 彼女は、締め付けの少ないドレスをまとい、ゆっくりとこちらにやって来た。 「ごきげんよう、皆さま。このたびはどうもありがとう。おかげで、母子ともども健康よ」 「子どもはどうしたのよ?」 「ギルが付きっきりで見ているわ。隙あらば子どもの愛らしさを詩にしようとするものだから、閉口してちょっと抜け出してきたの。あれって、クレメンスの影響かしら。――わたくしにも紅茶をくれる、エルマ?」 優雅に椅子の一つに腰を下ろす彼女は、とても産後すぐとは信じられない。 艶麗で、泰然たる、まさに監獄の女王だ。 甲斐甲斐しく世話を焼こうとする周囲を慣れた素振りであしらい、ハイデマリーは悪戯っぽくテーブルに身を乗り出した。 「それで、なんのお話をしていたのかしら。一人の女性の秘められた過去について? それとも、とある青年の秘められた決意について?」 まるで恋愛話に目を輝かせる娘のように笑みを浮かべる。 「それとも、兄を殺すか国を騙すかの葛藤とか? ――ふふ、失礼、そんなありきたりなテーマで、長々と盛り上がれるはずもないわね」 言外に、一国を揺るがす秘密や、それにまつわる懊悩を、些事だと言い捨てる。 絶句したルーカスたちに、ハイデマリーは優しく目を細めてみせた。 「だってわたくしたちは、罪人なのだもの。嘘も秘密も、罪も、歪んだ正義も、すべてわたくしたちの世界に属する、ありふれたものたち。それらを恐れる理由なんて、ひとつも無いわ」 彼女は、すべてを見通すかのような藍色の瞳をルーカスに、そしてテレジアやフェリクスに向け、慈愛深く語りかけた。 「ねえ。だからなにも躊躇うことなどない。悩んでいるなら、わたくしが背中を押して差し上げる。だってわたくし、心から思っているのだもの」 白い指が、優雅に紅茶のカップを持ち上げる。 「友人であり恩人であるあなた方に、なにかお礼をしなくては、とね」 完全に以前の姿を取り戻した女王は、ゆっくりと立ち上る紅茶の湯気越しに、そっと目を細めた。

137 27. Shaba'S "Normal" Is Lovely (2) "----what? Now it's time for Lucas to be rigid. Felix is not the son of his predecessor, Verner. However, he is not the son of Queen Teresia. - Whose child is he? Horst sipped tea in front of dazed Lucas. "Don't you see? Well, from here on out, it's not the appraisal results, but the fox man there is the sister of Queen Teresia Sama and the child of some man who put her in his pocket." ----...... There was a breathtaking sound of Lucas and Irene in the room. Horst looked harsh with his squirrel-colored eyes and said, "Hey?" She laughed at Telegia, tilting her head like a prank. "We're not detectives, we're sinners. Will you confess yourself, Queen Tai Sama? A spare expression that looks forward to everything. Instead of Telegia, who faded and silenced, Felix raised her eyebrows in an unusual and irritable mood and murmured, "Ahh." "That's a bad hobby. I can't believe I'm going to reveal a woman's secret." "I was going to reveal your secret, King Felix Sama? She's just in trouble, poor thing." Protests containing poison are returned in a pleasant tone. "I told you. We do our best for our friends, and on the contrary, we attack people who try to exploit Elma." Horst narrowed his blurred eyes into the form of a sword-like smile. Uncovering Felix's origins means fulfilling Lucas' "wish", as well as giving back to Felix, who had decided to see the sights. The room is filled with intense silence. It was Telesia who eventually opened his mouth. The first time she called her son's name, she stood up with a trembling voice and asked. "... how long have you known? She was more astonished at Felix than Horst, who found out the truth. Felix, on the other hand, only responds boringly. Telesia stared at his face for a while and sat in the chair again, like a doll with a broken thread. "----ah, that's right." Then he leaned down and quietly opened his mouth, as if his penetrating attitude had been a lie. "... that's right." What she said with a powerless voice was as follows. As I confessed earlier, Telesia and Christa were pregnant at the same time. Oversacrifice occurred a little after Christa entered the moon. At that time, Telegia also refrained from coming the following month. Hopefully, half a month after Christa's birth, Telesia was also due to give birth. But the day it rained like crazy. Shortly before Christa ran out in the next room, Telesia was suddenly struck by severe abdominal pain. Abdominal pain enough to think of labor pain. The eyes were dazzled, and the stomach complained of nausea and waved. A cup of cool tea is placed on the table with a forceful hand. Telesia quickly understood the cause of the unnatural sore throat. - Poison. "At that time, there were many who tried to harm me by giving me the king's first son. I should have been very careful, but after I pulled into my parents' house, I was a little less... alarmed. I didn't realize it was the enemy's plan." "What is an enemy...? Lucas asks with a careful voice, but Telesia distorts her face without even saying her name. Instead, Felix, who was lying on the back of his chair listening, answered helplessly. "Mother of the Lower Eyelashes" It's Elvin's mother. "By Her Majesty the Queen Taiwan, she made a body that could not live without the sacred instruments...? As Lucas unexpectedly murmured, Telesia leaned and lifted the edge of her mouth. I just gave you the same poison. It was a poison with such harsh effects. "When I understood that I had been tortured, my body had already been eroded by poison. I opened the door of my sister's room at a flirtatious pace... but I forgot my situation in an unexpected tragedy. And I realized that." Your body is relaxed. Yes, it is. It's a lie because I noticed a small scratch about the size of a needle in my finger. "Something" that immediately heals the poison that corrodes your body. It was because of that that that Telesia realized her sister's sacredness was excessive. "But I don't know the reason, but the sanctity did not reach the child in the belly. As a result, my health was restored and my body realized on the spot - the child who was born was dead. That's right. I took the child, who came out to fall, by myself." The same was true of Christa, whose sanctity did not extend to the fetus. The raging holy power rapidly aged and destroyed her body, whereas it did not do so to her belly child. Next to Telesia, who was bleeding from the puerperium, it seemed that Crystal's stomach was only moving once. Telesia patrolled for a moment and then tore her sister's belly with a trembling hand. Suddenly, a vibrant voice echoed to the room. "It's a rainy day. I was swallowed by thunderstorms, screaming and crying for help, and I was the only one in the dim room. Before my eyes are my dead child, my old sister, and my living nephew. And I'm still bleeding. I was... confused." At first she thought it should be right. Poisoned, my child died. Her sister died when she ran away from her sanctity. We should clarify two facts and get on the right track. "But... what happens when you do that? You're right, so what? I have just actually lost my child, or if I admit it, I will allow her victory and power. The nephew loses his mother and is placed in an orphanage as an unknown child of his father." But - there is only one way for you and your nephew to avoid the grief at the same time. Add the two secrets together and paint them with lies and rumors. By doing so, Telegia will win, and his nephew will gain the greatest wealth and power in the world. No, no, somebody screamed in the corner of my head. It is an act that tramples upon the dignity of my nephew, my sister, myself, and my son, all four. But he denied it at the same time. No, it's not. To help my nephew, to defend himself, and to atone for my son and sister. "Let's admit it. I had plans there. Ambition, hate. But at the same time... it meant my sin." When the thunderbolt gradually subsided and raised the last scream, Telesia stretched her trembling hand to the baby. --Felix. The first time I called, my child sounded. That's the name of her sin. - Felix, I will definitely raise you. I'll make you king no matter what. That's her redemption. Telegia raised her face and stared at Felix. "Afterwards... I'm excited to raise you. I have avenged the Third Queen and restrained the other concubines, breaking my heart so that no fool may come forward against you by mistake." One of the consequences is harassment of Lucas' mother, Juliana. Telesia, who finished her confession, finally sighed long enough to exhale the remnants of the past that remained in her body. "... I'm sorry I kept quiet." Ah. There, Felix, listening with a carefree look, flipped his hands. "I told you. I couldn't help but hide it for you." In one word, Lucas understood. "... did my brother-in-law keep quiet to hide this? If you admit earlier that you are not the father or the king's son, you will not be searched until you are not the father or the king of Telesia? "You're a filial son, right? The cautious question was admitted in a faint tone. "For some reason, I can't believe everyone, but I'm still a fairly reasonable and gentle man. When I saw my mother trying to isolate herself for me, I thought I had to fulfill one or two of those wishes." "My wish...? For the first time, Telesia touched on the true meaning of her "son" and frowned back. Felix did not answer it immediately and smiled secretly. "... eleven years ago, Mother..." "Eh...? "Answer to the previous question. The year I discovered your... no, our secret. I was eleven." A sudden confession. Telesia took a breath. "Eleven years ago... why? "Come on... I don't mean to delude you, I don't even know why it was that day. But that's what it is, isn't it? The doubtful water that accumulated one drop at a time every day happened to exceed the threshold on that day and overflowed. That's all." Felix has always been a smart kid. To see a mother who is so nervous every day that she understands the royal palace to be a terrible place. Seeing a mother crushing a capable political opponent one after the other, the more powerful she is, the more she understands that only harm can be done. Then, hidden in the presence of a ruthless mother with a rigid arm, wearing a mask of an inert prince, and spinning his laziness and royal life, a slight discomfort accumulated inside him every day. Mother seems to be honest in nature. Why is she still playing the ruthless fierce maiden? Mothers who have extrapolated the abilities of the concubines and put in place unharmful restraints commensurate with them. Why did you drive the Third Queen into serious trouble? My mother's sister was sent to a monastery with a reputation for being close in the past. No matter how much we look into it, why can't we make sure it's there? "Careful, you didn't even try to keep your grief in your diary. I also disposed of all the portraits of Crystal that were supposed to be in my parents' house. But you couldn't dispose of the only portrait that was called the most beautiful. The painting, nicknamed" The Smiling Girl, "was hidden deep in the vault of the royal palace and sometimes secretly seen." "Girl with a smile." I saw him in jail, and Telesia reacted. "But when you hide it, it's my nature that makes you want to see it." So Felix returned to the broken tone and turned to Lucas. "That day, for some reason, I went to see the painting. So, I realized a lot. I've always had a sharp feeling about this hand." A sip of completely chilled black tea, Felix stared at the pale liquid level. "So, I thought. Well, I wasn't Prince Felix. A red stranger sitting down in the seat of his soul where Felix should have originally sat. Is that me?" A space filled with gold and silver treasures and jewelry. He thought for a while as he held his knees blurry. Eleven years. Nevertheless, for eleven years, I have enjoyed wealth and power to plunder and bathe the throne of others. Felix shrugged his shoulders as he noticed a slightly different manners and a slight awkwardness. Then he thought this way. Then let's give it back. Only in the next eleven years and the same months will I give back to him all the wealth and power I have received so far. No, I promise you more. Make him the most powerful country, enriching the Rouden he would have wanted to protect. Because "Mother", who dyed his hands for many sins, bestowed this name with a wish. As if he were a wise man who made love to Rouden. "I really wanted to finish merging Stalk and sowing it in the neighborhood by my birthday. A little late." He will be twenty-two next month in vain. --It's a waste of time. --My time as King is more precious than anyone else's in this country. Having finally understood the meaning of what Felix was saying, Lucas opened his eyes. I didn't know that the tough wealthy policy was for that reason. Such a thing is more a snore than a stopover. It seems paranoid and somewhere whimsical. But the oddness felt more like him. Felix laughs so he switches the air there, tilts his head and looks at Lucas. "Now you have the biggest secret in Rouden. What are you going to do with us, Ruden? With that demonic smile, Lucas finally understood Felix's intentions. He entrusted it to me. He suddenly revealed his true intentions, which he had so far stubbornly concealed, and pushed the fate of Rouden against his half-brother. "You're the one who tried to hold it alone, Lucas.... now, will you plead guilty to us? Or seal up the facts and deceive the people? What should I do?" Felix asks like an innocent child. He seemed to have entrusted himself completely, and the smile was so aggressive. Yes, he certainly didn't want to entrust it. I didn't want to get involved. He was extremely proud, and he didn't want his "brother" to know what was going on, and he didn't want to be reached out even if he made a mistake. "... brother-in-law" "Think about it, Lucas. You can tell right away which is rational and true, right? It's madness to deceive the whole nation by covering up two sinners without blood." That sounds like a fun story. The conversation Felix tried to hold on to was interrupted by a cool voice. "Are you glad you're up already!? It's a high demerit. She came slowly in a less tight dress. "Good evening, everyone. Thank you very much this time. Thanks to this, both mother and child are healthy." "What happened to the kid? "Gil is watching closely. I closed my mouth and slightly escaped, trying to poetry the love of the child. Is that Clement's influence? - Will you give me some tea, Elma? Gracefully lowering her hips to one of the chairs, she can't believe it was very soon after childbirth. A glossy, greedy, prisoner queen. Featuring a familiar look at the surroundings to take good care of them, Hydemarie set herself on the table in a playful manner. "So, what were you talking about? About a woman's hidden past? Or is it about the hidden resolve of a certain young man? She smiles like a daughter who makes love stories shine. "Or is it a conflict between killing my brother and cheating on my country? --Fufu, if you'll excuse me, there's no way I'm going to be able to thrive on such a rare theme for a long time." Admittedly, you discard the secrets that shake a country and the anguish associated with it as something. Hydemarie gently narrowed her eyes to the mute Lucas. "Because we are sinners. Lies, secrets, sins, and distorted righteousness are all common things in our world. There's no reason to be afraid of them." She spoke kindly to Lucas with her blue eyes as if she had seen everything, and to Telesia and Felix. "Hey, so don't hesitate. If you're worried, I'll push your back. 'Cause I really do." White fingers gracefully lift the cup of tea. "I have to thank you for being my friend and benefactor." Fully restored, the queen gently narrowed her eyes over the slowly rising tea bath.

36.シャバの「友情」は悩ましい(8) 「答えなさいよ、ハイデマリー。あんたの引いた『太陽』は、本当に正位置だったのか」 リーゼルは、掴んだ顎をぐいと引き寄せ、 「それとも逆位置――」 そして、ふと口を噤んだ。 ハイデマリーによって拒否されたからではない。 逆に彼女は、すべてを受け入れるかのように、じっとこちらを見つめ返してきた。 薄暗い居室の、さらに深い闇に閉ざされていた、天蓋の内側。 乏しい光を集め、ようやく捉えた彼女の素顔は――やはり、どこまでも美しかった。 今は青褪めて見える、陶器のように白い肌。 繊細な鼻筋に、左右対称の唇。 眉はそっと自然な弧を描き、長い睫毛とともに、藍色に潤む瞳を囲っている。 人間離れした、麗しい相貌。 しかし、化粧という彩色を落とした今、人を支配するかのような艶やかさは消え、逆に、庇護欲をくすぐるような、儚さと可憐さが際立っていた。 「あんた......」 化粧は、女性を美しくするためのもの。 そう信じてやまなかったリーゼルは、この時になってある事実を悟った。 目の前の女は、自らの美しさを それほどに、素顔を晒したハイデマリーは、リーゼルの心を惹きつけた。 華やかで、婀娜めいた、女王然としたいつもの彼女は今ここにはいない。 ただ、降りゆく淡雪のように、人目をいつまでも釘付けにして離さない、脆さを孕んだ美しさだけがあった。 自身の性を女だと認識するリーゼルですら、そっと腕を差し伸べたくなる―― 「――正位置だったわ」 静かな声が響いて、リーゼルははっと、顎を掴んでいた手を緩めた。 一瞬、言葉の意味が捉えられなかった。 「え......?」 「わたくしの引いた、『太陽』のカード。エルマとその周囲が迎える最終結果は、『太陽』の正位置だった」 完璧な形の唇が、静謐な言葉を紡ぐ。 藍色の瞳は理知の光を宿している。 この女は、いつもこんな風だったろうかと、リーゼルはぼんやりと相手の顔を眺めた。 それはまさしく、聖なるものの美しさだ。 穢れなく、澄み渡っていて、見る者を厳粛な心持ちにさせる。 だが、そう。 人の足を受け入れたことのない真っ白な雪原が、庇護欲と同時に、嗜虐心をもくすぐるように、彼女の美しさもまた、どこか危うさを秘めていた。 先ほど顎から離したはずの自分の手が、ふらりとハイデマリーの頬へと伸びていく。 それも無意識だった。 「『太陽』の解釈は、先ほどあなたも言っていた通りよ。成功。勝利。祝福。きっとエルマは今頃、己の戦車のごとき性質を受け入れ、隠者の助力を得ながら、均衡を取り戻し、彼女なりの勝利を手にしていることでしょう」 滑らかな肌。 小さな顔。 胸を突かれるほどに、華奢な骨。 それに比べれば、ほっそりとした自分の手は、しかしやはり男性のそれだ。 彼女はこんなにも小さく、可憐だったろうか。 「ただね、先ほどわたくしが口にしなかった解釈も、あるにはあるわ。『太陽』正位置の、もう一つの意味。それは、『誕生』」 こんなにも儚げで、こんなにも愛らしかったろうか。 まるで、自分の庇護を求めてくるような。 自身の腕の中で守りたくなるような、......いや、いっそ、閉じ込めてしまいたくなるような―― 「エルマと、わたくしたちを含むその周囲は、やがて『誕生』を目の当たりにすることになる。......リーゼル、わたくしね。 今度こそ、リーゼルは弾かれたように身を起こした。 「――なんですって?」 体に馴染んだ女言葉に、その一瞬、なぜか違和感を覚えた。 しかし彼は、その違和感の正体を追究しようとする衝動を、本能的に押さえ込んだ。 彼女の頬に伸ばしかけたままだった手に、そっとハイデマリーの手が添えられる。 ほっそりとした指先は、切なくなるほど細く、冷たかった。 「やたら眠いのも、『おまじない』程度で気分が悪くなるのも、そのせい。まあでも、 「............」 「心配させたくないし、十五年前のような大騒ぎにもしたくないの。少なくとも安定するまで......ギルにも、みんなにも、まだ内緒にしていてちょうだい。お願いよ」 いたずらっぽく微笑む姿は、たとえいつも以上に可憐であっても、普通の彼女だ。 しかし、それだというのに――なぜ、いつになく、こんなにも心が震えるのか、リーゼルにはわからなかった。 いや......わかりたくなかった。 「知っているのは、あなただけ。だってあなたは、誰より大切な人だから」 ハイデマリーはさりげなくリーゼルの手を取り、頬から離す。 そうして、きゅっと手を握りながら、穏やかに笑いかけた。 「あなたはわたくしの、最高で、唯一の『女友達』だもの。――そうでしょう?」 リーゼルは、無言で唇の端を引き上げた。 息を呑むことも、顔を強張らせることさえ、彼の高い矜持が、それを許そうとはしなかったからだ。 「......はん」 やがて彼は、軽く肩をすくめ、鼻を鳴らした。 言葉が、ようやく追いついてくれた。 「――仕方ないわねえ。てんで魅力もない、友達もいないあんたの、唯一の女友達として、お腹の子の快適な生活を守ってやるわよ」 「ふふ、嬉しい」 「嬉しい、じゃないわよ。にやにや笑ってないで、早く寝なさい。睡眠不足は、美容と健康と胎児の敵よ」 自分でハイデマリーを引き留めていたことを棚に上げ、立ち上がり、天蓋を下ろす。 ソファに転がっていた「太陽」の札に気付いて回収すると、彼はさっさと部屋を出ていこうとした。 「ねえ、リーゼル」 寝台の奥から、声が掛けられた。 「大好きよ」 既にまどろみの域に差し掛かっている、ハイデマリーだ。 リーゼルは眉間にいくつも皺を刻み、ゆっくりと振り返る。 それから、またゆっくりと顔の向きを戻し、今度こそ扉に手を掛けた。 「あっそ。――あたしは、大嫌いよ」 くすくすと笑い声が聞こえる。 だがそれも、扉を閉じてしまえば聞こえなくなった。 リーゼルはしばらく、不機嫌丸出しの顔で廊下を歩く。 その途中、自分ともあろうものが、祝福の言葉を掛けそびれたことに気付き、なおさら彼は機嫌を損ねた。 見るものすべてが腹立たしい。 燭台の隅にほんのわずか積もっている埃が気になる。 最近敷き換えさせたばかりの絨毯の柄がひどく気に食わない。 五分以内にこのエリアの掃除番を見つけ出し――それも面倒だから、もうクレメンスでいい――、いびってやろうと決めた。 「【嫉妬】。我らが女王は、在室かな?」 ちょうど廊下の向こうから、今日も無駄に精悍な佇まいをしたギルベルトが、盆を片手にやってきた。 コジーをかぶせたティーポットに、繊細なカップにクッキー。 恐らく、モーガンから託されたのだろう。 リーゼルは無言で、ギルベルトのことを睨みつけた。 獄内ではまあまあ好みのタイプのはずなのに、今は実に、まったくもって気に食わない。 「どうした?」 「......別に。あの身勝手な女王なら、もう寝てるわよ」 必要以上に棘を滲ませてしまったが、ギルベルトは頓着する様子もなく、「そうか」と頷いた。 それでも、踵を返さないところを見ると、部屋には向かうらしい。 きっと傍らに座って、寝顔でも眺めるつもりなのだろう。 無防備な素顔、それに触れることを唯一許された男の、当然の権利として。 「――ふん」 リーゼルはもう一度鼻を鳴らして、ギルベルトの横を通り過ぎた。 歩きながら、ふと思い立ち、先ほど回収した「太陽」のカードをポケットから取り出す。 彼はひとしきり、その神秘的な太陽の絵を眺めると、わざわざひっくり返してから、びりりとそれを引き裂いた。 腹いせを兼ねた、おまじないだ。 太陽の逆位置は、「誕生」の反対。 流産の危険を、あらゆる不安を、不幸を、ないことにしてしまいますように。 小指の先ほどにまで細かくちぎると、彼はそれを、ぱっと宙に撒いてみた。 美麗なタロットカードだった紙片は、燭台の光を弾きながらひらひらと廊下を舞う。 豪奢な紙吹雪を見上げながら、リーゼルは肩をすくめた。 「......悩ましいわね、友情なんて」 ひとつ息をつくと、前を向く。 行き先を決めたからだった。 クレメンスの部屋に奇襲をかけ、この紙吹雪を含めた廊下を掃除させるのだ。 美しく背筋を伸ばして歩く彼は、もう、いつもの彼だった。

108 36. Shaba'S "Friendship" Is Troublesome (8) "Answer me, Hydemarie. Was your Sun really in the right position?" Rezel pulled the jaw tightly. "Or reverse position..." And then he shut his mouth. Not because it was rejected by Hydemarie. Instead, she stared back at us as if she were accepting everything. Inside the canopy, in a dimly lit room, locked in even deeper darkness. Her face, which gathered scarce light and finally captured her, was still as beautiful as ever. Now it looks bluish and white like pottery. Left and right symmetrical lips on delicate nose bands. The eyebrows gently draw a natural arc, surrounded by long eyelashes and blue-eyed eyes. Separate, beautiful appearance. However, now that the colour of makeup had been removed, the gloss that seemed to dominate people disappeared, and on the contrary, the lust and cuteness that tickled the desire for asylum stood out. "You...." Makeup is for beautifying women. Rezel, who refused to believe it, realized the fact that it was now. The woman in front of her was wearing makeup to hide her beauty. So exposed, Hydemarie attracted Riesel's heart. The gorgeous, glamorous, queenly usual girlfriend is not here now. However, there was only the beauty that conceived brittleness, like light snow that was falling, that kept people's eyes nailed forever. Even Liesel, who recognizes herself as a woman, wants to gently stretch out her arms - It was a positive position. A quiet voice sounded and Rezel loosened the hand that was holding her chin. For a moment, I couldn't grasp the meaning of words. "Eh...? "My pulled Sun card. The final result for Elma and her surroundings was the positive position of the Sun." Perfectly shaped lips spin quiet words. Blue eyes hold the light of reason. Whether this woman always looked like this or not, Rezel looked at the other person's face blurrily. It is indeed the beauty of sacred things. It is unclean, clear, and makes those who see solemnly feel. But yes. Her beauty was also in danger, as a pure white snowflake that had never embraced a person's feet tickled at the same time as her appetite for shelter. Your hand, which was supposed to be away from your chin earlier, stretches into Hydemarie's cheeks. It was unconscious. "The Sun is interpreted exactly as you said earlier. Success. Victory. Blessed. By now, Elma will have accepted the nature of her tank, regained her equilibrium and won her victory with the help of the Hidden." Smooth skin. Small face. A gorgeous bone, poking your chest. Compared to that, my slender hand is still a man's. Would she have been so small and pathetic? "However, there are some explanations that I didn't say earlier. Another meaning of the positive position of the Sun. It's called" Birth. " You must have loved so much and so much. It's like they're asking for their own asylum. I feel like I want to protect myself in my arms... no, I feel like I want to be trapped... "Before long, Elma and all those around her, including us, will see the birth.... Liesel, it's me. I'm pregnant." It was time for Liesel to wake up like she had been hit. "- What is it? For a moment, I felt uncomfortable with the words of a woman familiar to my body. But he instinctively suppressed the urge to seek out the identity of the discomfort. The hand that remained stretched to her cheeks was gently attached to the hand of Hydemarie. Slender fingertips were thinner and colder than ever. "It's because I'm sleepy, or because I feel sick because I'm 'naughty'. But this time, it's much easier compared to Elma because she's not a child of the Devil." ............ "I don't want you to worry, and I don't want to make a fuss like 15 years ago. At least until it's stable... keep it a secret from Gil and everyone. Please." She smiles naughtily, even though she's cuter than usual. But that's it - Rezel didn't know why he was so shivering all the time. No... I didn't want to understand. "You're the only one who knows. Because you're more important than anyone else." Hydemarie gently takes Riesel's hand and leaves her cheek. Then he gently laughed, holding his hand. "You are my best and only 'girlfriend'. - Isn't it? Rezel raised her lips silently. Because his high shyness did not allow him to breathe, or even to make his face strong. "... huh" Eventually he shrugged lightly and snorted. The words finally caught up with me. "--I can't help it. I'm not attractive, I don't have any friends, and as your only girlfriend, I'm going to protect the comfort of my beloved child." "Fufu, I'm so happy." "I'm not happy. Don't laugh at me, go to bed early. Sleep deprivation is an enemy of beauty, health and fetus." Lift up, stand up, and lower the canopy onto the shelf as you were holding the Hydemarie yourself. When he noticed the "sun" tag on the sofa and retrieved it, he tried to leave the room quickly. "Hey, Reese." A voice rang from behind the bedside. "I love it." It's already in the woods, Hydemarie. Liesel carved several wrinkles between her eyebrows and looked back slowly. Then I slowly turned my face back again, and this time I put my hand on the door. Ah yeah. - I hate it. " Giggle and you hear a laugh. But when I closed the door, I couldn't hear it. Rezel walks down the hallway with a grumpy face for a while. Along the way, he realized that something similar to himself had risen up with a blessing, and even more so he was in a bad mood. Everything I see makes me angry. I am concerned about the slight amount of dust in the corner of the candlestick. I don't like the pattern of the carpet that I have just refilled recently. Within five minutes, I found the cleaning number for this area - which is troublesome, so Clemens is fine now - and decided to snore at you. "[Jealousy]. Is our queen in? Just beyond the hallway, Gilbert, who was still in vain and tough shape today, came to the basin with one hand. Cozy teapots, delicate cups and cookies. Probably from Morgan. Rezel looked at Gilbert silently. Even though it's supposed to be a kind of preference in prison, I really don't like it at all right now. "What's wrong? "... nothing. That selfish queen would be asleep already." Though it seeped more thorns than necessary, Gilbert nodded "I see." Still, seeing that he didn't turn his heel back, he said he was heading to the room. I'm sure you're going to sit next to me and watch me sleep. A defenseless face, the only man allowed to touch it, as a matter of course. "--Hmm." Rezel snorted again and passed by Gilbert. As you walk, remember and remove the "Sun" card you just collected from your pocket. When he saw the mysterious picture of the sun all by himself, he turned it upside down and tore it apart. It's disgusting that you're both hungry. The inverse position of the sun is the opposite of "birth". May the danger of miscarriage lead to all anxiety and unhappiness. When he cut his pinkie finger to the point earlier, he sprinkled it into the air. Beautiful tarot card pieces dance in the hallway as they play the candlestick light. Looking up at the luxurious paper blizzard, Liesel shrugged her shoulders. "... I'm worried about you, friendship." Take a breath and face forward. Because I decided where to go. Ambush Clement's room and have him clean the hallway, including this paper blizzard. He walks with his back stretched beautifully, and it was already his usual.

1.ゲーム開始 「――【貪欲】。ねえ、【貪欲】ったら」 優雅な声に繰り返し呼ばれ、ホルストはゆるりと瞼を押し上げた。 豪華なシャンデリアに、贅を凝らしたタペストリー。 繊細な細工を施した大テーブルと、完璧に配置されたティーセット。 なんの変哲も無い、いつもの「 ホルストが、くぁ、とひとつ欠伸を漏らすと、斜め向いに座っていたその女性は呆れた声を上げた。 「んもう、せっかく珍しく【怠惰】が紅茶を淹れてくれたというのに、冷めてしまってよ?」 ネグリジェのようなドレスをしどけなく着崩し、艶のある銀髪を肩に流した、美貌の女性。 傾国の元娼婦にして、この監獄の女王、ハイデマリーである。 「よいのですよ。本日用意したハニッシュは、冷えても美味しい銘柄ですから」 今日も今日とて、名家の執事のような出で立ちをした元詐欺師・【怠惰】のモーガンは、穏やかに笑みを刻む。 その横では、彼らの仲間たちが、すでに思い思いの格好で紅茶のカップに口を付けていた。 「なぁに? また徹夜で実験でもしてたの?」 細く整えた眉をからかうように上げてみせたのは、洗脳を得意とする元誘拐犯の【嫉妬】・リーゼル。 「なにやら、不穏な寝言が漏れていたが」 ハイデマリーの隣で足を組み、印象的な蒼い瞳を興味深そうに向けてきたのは、元勇者の【憤怒】・ギルベルト。 そして、会話に特に加わることなく、ひたすらスコーンにクロテッドクリームを塗りつけて貪っている巨漢が、【暴食】のイザークだ。 「......いや、ちょっと。十年くらい前だったかな。【暴食】を焼き殺してやろうかなと思った出来事を思い出してたみたい」 「む?」 エルマ迷子事件は、彼の中ではすべてイザークの責任として処理されている。 あのときの焦りと苛立ちを思い出し、腹立ちまぎれに呟くと、イザークは怪訝そうに顔を上げた。 その、凶悪でありながら朴訥とした――ひどい矛盾だ――面構えに、ホルストはふんと鼻を鳴らすと、意識的に話題を変えた。 「ま、いいよ。過ぎたことだ。――それよりこのソファ、最近クッションを替えたりした? やけに寝心地がよかったんだけど」 「まあ、今頃気付いて?」 ソファの感触を確かめるように掌を押し付けていると、向かいのハイデマリーが呆れたような声を上げる。 それから彼女は、繊細な鎖骨を見せつけるようにして肩をすくめた。 「前に言ったじゃないの。ちょっとした『臨時収入』があったから、獄内の家具を刷新するって」 「臨時収入?」 首を傾げれば、今度はリーゼルが呆れの溜息を漏らす。 彼は、女性のように美しく整えた手をひらりと広げ、処置なしというように告げた。 「だめよ、マリー。この子、クレメンスちゃんの入獄に伴うあれこれがあった間、ずっと実験室に籠ってたもの」 「クレメンス......?」 耳なじみのない名前に眉を寄せ、なんとか記憶を手繰り寄せる。 明晰な頭脳は、さほど興味のない情報でもすぐに引っ張り出してくれた。 クレメンス・フォン・ロットナー元侯爵。 王族暗殺未遂、および冤罪による人権蹂躙のかどで、つい先日監獄送りになった元宰相だ。 それがなぜ臨時収入に結びつくのか、と、寝起きの頭でぼんやりと考えていたら、それよりも早くモーガンたちが説明をしてくれた。 「このたび即位した新王は、元侯爵が冤罪を着せてきた獄中の『被害者』に、丁寧にも手紙を寄越してくれましてね。恩赦で釈放し、その後の生活にも便宜を図るつもりだが、いかがなものだろうか、とお伺いを立ててくださったので、我らが女王の意見を仰いだのですよ」 「お気持ちはありがたいけれど、今さら釈放なんてされても困ってしまうじゃない? 楽しい我が家は、もう『ここ』にあるわけだし。シャバに戻るつもりなんてさらさらないから、その旨上手く伝えてちょうだいと【怠惰】に一任したのよ」 すると、モーガンは元詐欺師の肩書に恥じぬ働きを見せた。 すなわち、「厚意には深く感謝するものの、もはや失われた年月は戻らないし、新王の御代に影を落とすのも本意ではないため、監獄の近くにひっそりと庵を結び、つつましく生活したい。ついては、その費用だけ手当てしてもらえるとありがたい」といった内容を、実に嫌味のない、説得力溢れる表現で伝えたのである。 端的に言えば――慰謝料の請求だ。 「......いくらもらったの?」 ちょっと気になったホルストが尋ねてみると、モーガンは穏やかに笑って、指を三本立ててみせた。 肝心の桁数は聞き出せていないが......いや、聞かなくてもわかる。相当な額を巻き上げたのだろう。 「......さすがだね、【怠惰】」 「いえ。ルーデンの新王が情け深い方だったというだけで。ついでに彼は、好きにしてよいとの手紙とともに、贈り物までしてくださいました」 「贈り物?」 「ええ、おもちゃです――無聊の慰みにとのことで」 それこそが、猿轡をかまされ、粗末な衣に身を包んだ、クレメンス・フォン・ロットナーだったのだ。 通常、高貴なる身分にあった者は、いくら囚人とはいっても、相応の人権が保障される。 しかしフェリクス王は、彼を「好きにしてよい」と被害者の巣に投げ入れることで、怨嗟の緩和を図ったのだ。 目を抉ろうと、腕をもごうと、好きにせよと書き添えて。 実に如才なく、意趣に富み――そして冷酷なやり口だ。 だが、ホルストは面白そうに、「へえ」と眉を上げただけだった。 「で、そのクレメンスさんとやらはどこに? 姿が見えないようだけど」 モーガンはちょっと困ったように笑って両手を広げる。 「ここに送られてきた時点で、あまりに愉快な仕上がりになっていたので、【嫉妬】に治療をしていただいているのですよ」 「なにそれ?」 ホルストの問いには、優雅に紅茶を啜ったリーゼル本人が答えた。 「なんかね、あたしの優秀な教え子がちょっと洗脳しすぎちゃったみたいで、頭のねじが数本飛んでたのよね。体は始終左右にスイングしてるし、ひも状のものを見ると興奮するしで、マリーが彼を一目見るや『こんなおもちゃ、いらないわ』って不機嫌になっちゃって。おかげであたしが駆り出されたってわけ」 リーゼルは、しょっちゅう些細なことでハイデマリーに突っかかるが、基本的には彼女と仲良しだし、頼られるのが好きなようだ。 よくわからないが、それがいわゆる「女子のノリ」というやつなのだろう。 ホルストは「ふうん」と頷き、受け流した。 「無事治ったの?」 「当然。緊急時にはあたしの命令に従うよう、洗脳もばっちり。まあ、なぜかごく一部の情報について話させようとすると、とたんに口が重くなるのが少し気になってはいるけど」 人差し指を唇に当てながら眉を寄せるリーゼルは、ちょっと不満気だ。 彼の洗脳は、「すべて、苛烈に、さりげなく」が基本。 対象のことはすべて把握したうえで、自死せよとの命令すら従うように徹底的に支配し、かつ、通常時は本人にもそれを悟らせないというのが彼の美学である。 にもかかわらず、「話せ」と命じてみせても抗おうとする気配がまだ残っている。それがリーゼルには不満なのだった。 「あら、珍しいこと。【嫉妬】でも洗脳に失敗するなんてことがあるのかしら?」 「――言葉の選び方には気を付けなさいよね。誰が失敗したっていうのよ。対象領域によって隷属の度合いが異なるのは当然のことだし、あたしのチェックが人一倍細やかだから、常人では気づかないその差異に気付ける、っていうだけでしょ。言っとくけど、本人が洗脳された記憶どころか、あたしに会った記憶すら持たないほどに意識を操るっていうのは、相当繊細な技術なんですからね」 にしてライバルでもあるハイデマリーに揶揄され、むっとしたリーゼルは、ぴしゃりとやり返す。 それから滑らかに、クレメンスの現在の様子に話を戻した。 「ふふ、実際、ずいぶんしおらしくて、知的な、いかにも聖職者っぽい感じになったわよ。ちょっと【怠惰】にタイプが似てるかしら。......うふん、でも、腹の底の黒ぉい感情がちょっぴり滲んじゃってるあたり、【怠惰】よりもずっと可愛げがあるわぁ」 「失礼な。私から溢れる可愛げを認めていただけないとは」 リーゼルがにやりと笑うと、横でモーガンが大仰に胸を押さえてみせる。 静かにやり取りを聞いていたギルベルトは、くすりと笑みをこぼし、 そうだな。彼......クレメンスは、静かに脱獄の機会を窺っている様子だった。そのうち、我々の寝首を掻こうと画策でもしはじめるかもしれない」 そう言いながら、傍らに座すハイデマリーの髪を一筋掬い上げた。 「しばらくは、ここも賑やかになりそうだ」 彼は、愛する女性に娯楽が提供されたことを、歓迎している様子である。 ハイデマリーは、そんな献身的な恋人のために、美味しそうに焼かれたパイを取り分けてやろうと、ナイフを手に身を乗り出す。 が、ふとなにかに気付いたように顔を上げた。 ――ビン......ッ ついで、なんのためらいもなく右手を振るい、背後に向かってナイフを投擲する。 丁寧に磨かれた銀の刃は、がっ......と鈍い音を立てて、部屋の奥の扉に突き刺さった。 「――......でも、ギル」 彼女は、目を伏せたままちらりと扉を振り返り、ゆっくりと唇を引き上げた。 「なりそう、ではなく、『なった』のほうが、正確のようよ?」 ナイフの勢いに圧されて、ゆらりと開いた扉のその向こう。 そこには、すぐ目の前に刺さったナイフを凝視し硬直している――クレメンスの姿があった。 「盗み聞きなんて寂しいわ。どうぞ遠慮せず、中に入って」 動揺する元・老侯爵を笑顔で封じ、ハイデマリーは優雅に片手で室内を指し示す。 動けずにいるクレメンスを、イザークに合図して強引に部屋へと引きずり込むと、彼女はそっと笑みを深めた。 「ようこそ、クレメンス。わたくしたちは、あなたを歓迎するわ」 蜜を溶かしたような甘い声で、告げる。 警戒しながらも、悲鳴を上げたり腰を抜かしたりしない相手に、彼女は満足そうに目を細めると、「紅茶をどうぞ。ゆっくりおしゃべりでもしましょう」と、席を勧めた。 「――......私を、いったいどうするつもり――」 「どうか肩の力を抜いて。ここはとても静かで、快適で、退屈な場所。少しだけ、わたくしたちの相手をしてくださいな」 低く問うたクレメンスに、ハイデマリーは娼婦そのものの蠱惑的な視線を投げかける。 彼女は、辛うじて平静の表情を保っているクレメンスをとっくり見つめ、それから「そうねえ」と小首を傾げた。 「カードの類は、お好き?」 なにやら、ちょうどよい遊びを思いついたらしい。 ハイデマリーが笑みを含んだ視線を寄越すと、ただそれだけで、物憂げに紅茶を楽しんでいた男たちはゆらりと身を起こした。 詐欺師が、誘拐犯が、マッドサイエンティストが、狂戦士が、堕ちた勇者が、それぞれ真意を窺わせない表情で、じっとクレメンスを見る。 気圧され、つい言葉を失ってしまった彼に向かって、ハイデマリーは「さあ」と優雅に微笑みかけた。 「――新しいゲームを始めましょう」

33 1. Start The Game "-- Greed . Hey, [greedy]." Repeated by his elegant voice, Holst gently pushed his eyelids up. Luxurious chandeliers and luxurious tapestries. Delicately crafted large table and perfectly arranged tea set. There's nothing funny about it, it's the usual "inmate". The woman sitting diagonally raised her stunned voice as Horst leaked one of her shortcomings. "Nh, it's so unusual that [laziness] has brewed tea for me, but it's getting cold. A beautiful woman with glossy silver hair on her shoulders wearing a negligent dress. He is the queen of this prison, Heidemary, a former whore of the leaning nation. "That's fine. The honeysuckle I prepared today is a delicious brand even when it's cold." Even today, Morgan, a former con artist and [laziness] who stood up like a celebrity butler, calmly engraves a smile. Next to that, their companions had already put their mouths on the cup of tea in their own way. "What do you mean? You've been experimenting all night again? Lizelle, a former kidnapper who specializes in brainwashing, raised his narrow eyebrows to make fun of him. "Somehow, there was a disturbing bedtime rumor leaking." Next to Hydemarie, Gilbert, the former brave man's [anger], put his feet together and turned his impressive pale eyes intriguing. And without joining the conversation, Isaac, a giant who even sprays a scone with clotted cream, is devouring it. "... no, just a little. It was about ten years ago. Looks like he remembered what happened when I thought I'd burn him to death." Hmm? The Elma Lost Case is all under Isaac's responsibility within him. Remembering the impatience and frustration of that time, Isaac raised his face suspiciously as he groaned angrily. In the face of the vicious but ruthless - a terrible contradiction - Holst snorted his nose and consciously changed the subject. "Well, that's fine. It was too late. --Besides, have you changed the cushions on this couch lately? I was so comfortable sleeping." "Well, have you noticed by now? As she presses her palm to see how the sofa feels, the high demeanor across the street shouts. She then shrugged her shoulders to show off her delicate clavicle. "I told you before. There was a little" extraordinary income, "so he said," so he's going to renovate the furniture in the prison. " "Extraordinary income? If I tilt my neck, Rezel will now give out a stunned sigh. He laid his hands as beautifully as a woman and told her not to be treated. "No, Marie. She was in the lab the whole time she was in prison with Clementine." "Clemens....? Eyebrows at unfamiliar names and manages to remember them. A clear mind pulled me out quickly with less interesting information. Former Marquis Clemente von Rotner. The former prime minister was sent to jail the other day for attempted royal assassination and human rights abuses due to grievances. Morgan and his colleagues explained to me sooner if I thought about why it was tied to extraordinary income and I was blurry in my head when I woke up. "The new king, who took office this time, politely sent a letter to the" victim "in prison, who had been wronged by the former Marquis. I'm going to release you with a pardon and make things easier for you to live on, but you asked me what it would be like, so I asked for the Queen's opinion." "I appreciate your feelings, but even if you're released now, you'll be in trouble. Our fun home is already here. I didn't want to go back to Shaba, so I left it to [laziness] to tell him well." Then Morgan showed his shameful work to the former con artist. That is, "Though I am deeply grateful for the kindness, I will no longer return to the lost years, and I do not intend to cast a shadow on the reign of the new king, so I would like to secretly tie up the temple near the prison and finally live. As a matter of fact, I would appreciate it if you could only pay for the expenses." To put it simply - a claim for compensation. "... how much did you get? A little curious, Holst asked, and Morgan smiled gently and raised three fingers. I don't know how many digits are at stake... but I don't have to ask. He must have raised a considerable amount of money. "... that's right, [laziness]" "No, the new king of Rouden was a merciful man. And then he wrote to me that he could do whatever he wanted, and he even gave me a gift." "A gift?" "Yes, it's a toy - to soothe boredom." That was Clement von Rotner, who was chewed by monkeys and dressed in bad clothes. Normally, a person in a noble position, no matter how many prisoners he or she is, is guaranteed the corresponding human rights. But King Felix tried to ease his grievances by throwing him into the victim's nest. Write down your eyes, your arms, whatever you want. It's truly unimaginable, interesting - and ruthless. But Holst just raised his eyebrows with an interesting look. "So, where did you go with that Clementine? I can't seem to see you." Morgan laughs and spreads his hands in a little trouble. "When I was sent here, it was so pleasant that I was treated by [jealousy]." "What's that? Horst's question was answered by Riesel himself, who gracefully sipped tea. "Somehow, it seems that my good teacher brainwashed a little too much, and a few head screws flew. My body was always swinging to the left and right, and I was excited when I saw the string, and Marie looked at him and said," I don't want this toy. "I was driven out." Liesel is often caught up in the high demeanor for trivial reasons, but he is basically friendly with her and seems to like being relied on. I don't know, but that's the so-called "girl's noli." Horst nodded and pardoned. "Are you okay? "Of course. Brainwash your brains so you can follow my orders in an emergency. Well, for some reason, I'm a little worried that my mouth gets a little heavy when I try to get people to talk about some information." Rezel frowned with her index finger on her lips, feeling a little dissatisfied. His brainwashing is based on "everything, harsh, subtle". It is his aesthetics to grasp everything about the subject and thoroughly control him to obey even the order to die, and usually not let him understand it either. Nevertheless, there are still signs that you will try to resist even if you order me to "speak." That was why I wasn't happy with Rezel. "Oh, something unusual. [Jealousy] But does brainwashing ever fail? "--Be careful how you choose words. Who failed? It's only natural that the degree of servitude varies depending on the target area, and because my checks are twice as detailed, you just notice the difference that people don't notice. To tell you the truth, it's a rather delicate technique to manipulate your consciousness so that you don't even have the memory of the person you met." Her girlfriend (...) and her rival, Hydemarie, made her frustrated Rezel snap back and forth. Then I smoothly returned to Clement's current state. "Fufu, in fact, it's become a lot more lewd, intelligent, and even more priestly. I wonder if the type is similar to [laziness].... ufu, but the black feelings at the bottom of my stomach are slightly soaked up, so much more cute than [laziness]." "Excuse me. I didn't expect you to admit that I'm full of cuteness." As Liesel laughed, Morgan shook his chest up beside him. Gilbert, who was listening to the conversation quietly, spilled a dull smile. "Sure, the poker face is better than the laziness. He... Clemens seemed to be quietly looking for a chance to escape. Soon, we might even start drawing to scratch our heads." While saying that, he raised the hair of the Hydemarie sitting next to him. "This place is going to be busy for a while." He seems to welcome the entertainment offered to the woman he loves. Hydemarie puts a knife in her hand to help her devotional lover sort out the delicious pie. raised his face as if he had noticed something. --Bin.... Then he waved his right hand for nothing and threw a knife behind his back. The polished silver blade made a dull noise and pierced the door in the back of the room. "----but, Gil" She glanced at the door with her eyes down and slowly raised her lips. "It doesn't look like it's going to happen, but it's more accurate when it does." Pressured by the momentum of the knife, the loosely open door is beyond. There was Clemens staring at the stabbed knife right in front of her. "I miss eavesdropping. Please don't hesitate to come in." Sealed with a smile by the upset former Marquis, Hydemarie gracefully pointed one hand indoors. When Clement, who was immobile, signaled Isaac to drag her into the room, she slowly deepened her smile. "Welcome, Clemens. We welcome you." Speak with a sweet melted honey voice. Alert but not screaming or pulling her back, she narrowed her eyes with satisfaction and said, "Here's your tea. Let's talk slowly," he suggested. "---... what are you going to do with me---" "Please relax your shoulders. This is a very quiet, comfortable and boring place. Please be a little with us." Hydemarie casts a puzzling gaze on the prostitute herself, asking Clemente low. She stared at Clement, who was so calm that she tilted her head. "Do you like cards? Looks like you've come up with just the right amount of play. When Hydemarie looked at him with a smile, that was all, the men who enjoyed tea in distress woke up. A con artist, a kidnapper, a mad scientist, a mad warrior, and a corrupt brave man each stare at Clement with an expression that does not reveal their true intentions. Hydemarie gracefully smiled at him, who was overwhelmed and lost his words. "--let's start a new game"

17.「普通」の剣技(3) 「お、女の子が食われたぞ......!」 「わあああああっ!」 彼らの脳裏に浮かぶのは、無残に引き裂かれ、臓腑を晒した哀れな少女の姿だ。 小柄な体からは、おびただしい血が流れているのかもしれない。 昨日見た整った顔は、皮膚のかけらも残さず蹂躙されているのかもしれない。 いや、蛇の体と、あれだけ強力な毒の炎を持つヒュドラのことだ。 少女は牙で引き裂かれるのではなく、丸呑みにされ、その体内で溶かされる責め苦を負っているのかもしれない。 「――エル、マ......!」 「くそ......っ!」 イレーネはもはや立っていることもできず、その場にふらりと崩れ落ちた。 ルーカスもまた、用務員に扮していることを忘れ、手すりを飛び越え舞台上へと駆け上がっていく。 そしてジーノはと言えば、目の前で起こったことが信じられないとでもいうように、ただ蛇頭を蠢かせるヒュドラのことを凝視していた。 「ヒュドラの腹を切り裂く! 運営! 枢機卿以下、全候補生による援護を! おい、その剣を貸せ!」 壇上の人となったルーカスが鋭く吠え、この場で最も威力のあるジーノの剣を奪おうとする。 既にヒュドラは少女を消化するためか、床を這いずるのをやめ、蠢く頭を満足そうに震わせていた。 「早く!」 「......どういうことだ」 が、ジーノはルーカスの叫びにすら耳を貸さず、怪訝な顔つきでヒュドラのことを見つめるだけだ。 ――いや。 ヒュドラというよりは、その腹の中にいるであろう、少女のことを。 「なんであの子、『おいしそう』だなんて舌なめずりしてたんだ......?」 「――............は?」 言葉がすぐには理解できず、ルーカスが思わず聞き返す。 しかし、ジーノがそれに答えるよりも、ヒュドラに起こった異変が、回答の役割を果たした。 ――ぶるぶる......っ、ぶるんっ 数を増やし、二十では収まらない蛇頭が、震える。 それは、愉悦の蠢動のように思われたが――いや、よくよく見れば、ヒュドラの目がおしなべて反転し、いわゆる、白目を剥いた状態になっている。 ヒュドラは、痙攣を起こしていた。 「いったい......なにが......!?」 異変に気付いた観客までもが、ざわざわと疑問を口にした、その瞬間。 ――べろろろろろろろんっ! なにかが凄まじい勢いで剥がれるような音とともに、ひとつの小さな影が、ヒュドラの口から飛び出してきた! 「あ......っ、あれは......!」 空高く舞い上がったその影は、宙で両膝を丸め、両腕を胸の前で交差させている。 その目元、そして右手の先辺りが、陽光を弾いてきらりと光った。 「ルーデンの候補生――!?」 それは、眼鏡と出刃包丁であった。 空中でくるくると華麗に回転した少女――エルマは、しゅたっと石の舞台に着地を決めると、条件反射のように両腕をY字に掲げた。 そのほっそりとした右手には、なんの変哲もない出刃包丁。 そして左手には、ピンクがかった、えもいわれぬ質感の、巨大な球状のなにかを器用にぶら下げている。 動揺を隠せぬギャラリーを置いてけぼりにして、彼女はそっと出刃を置き、その傍らに球状のなにかを安置すると、再びすっと立ち上がった。 猛毒の炎を放つヒュドラに呑み込まれたというのに、怪我のひとつも負った様子ではない。 ただ不思議なことに、食われる前と比べると、彼女はなぜかほっかむりを装着しており、それを含めた頭部から爪の先まで、全身をヒュドラの消化液であろう粘性の液体にまみれていた。 くん、と臭いを嗅いでみたエルマは、閉口したように肩をすくめる。 ついで、硬直している周囲をよそに、眼鏡とほっかむりを投げ捨てて、美貌を露わにすると――驚くべきことに、その髪も肌も、まったく濡れていなかった――、さらに、制服の襟元を寛がせはじめた。 「エ......エルマ......!?」 「きゃぁっ! お姉様......!?」 突如として始まったストリップショーに、観客席からどよめきが上がる。 我に返ったイレーネは、待ったを掛けようと身を乗り出したが、それよりも早く、 ――ばっ! エルマは制服を脱ぎ捨てて、それに覆われていた姿を周囲に晒してしまった。 ......王宮お仕着せのメイド服姿を。 「下に着てたんかあああい!」 「ちくしょおおおおおおお!」 女性陣も男性陣も、等しく叫びを上げる。 悲喜こもごもの現場であった。 いずれにせよ、いつもの侍女姿を取り戻したエルマは、絶句しているルーカスに向かって、真顔でサムズアップを決めてみせた。 「妙味の王様・ヒュドラを、聖力で消し飛ばしてしまう無粋な輩には任せておけぬ、とのご懸念、このエルマ、しかと理解いたしました」 もうなにもかもよくわからない。 が、ルーカスが硬直してしまったその一瞬の隙を突き、エルマはジーノに眼を飛ばす。 「――せっかく皆さんが二十まで頭を増やしてくださったヒュドラ一体が、台無しになってしまったではありませんか。今度食べ物を粗末にしたら、ジーノ様の分は無しにいたしますからね」 「..................はい?」 要領を得ないでいるジーノに、エルマは珍しく、ふんっと鼻を鳴らし、それからヒュドラに向き直った。 一番巨大な鎌首部分を、真っすぐに内側から裂かれたヒュドラは、俎板の鯉のようにビクビクと震えていた。 「――バルツァー流が奥義......」 エルマはすうっと身をかがめ、右手に握った出刃包丁をゆっくりと構える。 そして、 天高く跳躍しながら、それを真一文字に振り下ろした――! 「なにしてんのよエルマーーーーーーッ!」 イレーネとルーカスが、両手を頭に突っ込んで絶叫するも、時すでに遅し。 エルマのほっそりとした右手から繰り出される出刃包丁は、ごうっと唸りを上げて宙を切り裂いた。 ヒュドラはその巨体を天高くまで舞い上げ、そこでぴたりと静止する。 「こ、これは、まさか......」 「ああ」 いつか見た光景が蘇ったイレーネが呟けば、ルーカスは低い声で頷く。 「......太刀筋が鋭すぎて、ヒュドラも切られたことに気付いていないな......」 二人は遠い目になりはじめ、同時に、この先待ち受ける展開について、うっすらとした理解を結びはじめた。 取り残されたのは観客たち、そしてジーノのほうだ。 彼らは、筆頭候補生ジーノすら視認しきれぬスピードで刃を振るった少女に瞠目し、それから、宙でぴたりと静止してしまったヒュドラに、困惑の視線を向けた。 「こ、これは......?」 そんな統制の取れた音とともに、ヒュドラの体がばらばらに切り離れてゆくではないか。 いや、「ばらばら」などというものではなく、彼らが次に目を開けたときには、ヒュドラはすべて、頭部と皮、そして肉とに分かれ、床の上に敷かれた清潔な布の上に、ブロック状に美しく整列していた。 「なにこれ!?」 国境、宗教、性別出自。 その他すべてを乗り越えて、その場にいた全員の心が、ぴったりひとつに揃う。 エルマはそれを声援とでも思ったのか、軽く手を挙げて応え、それから、ぴくりとも動かなくなったヒュドラの肉に向けて、ちょっと残念そうに眉を下げた。 「......やはり、もう少し頭を増やしてから、魔袋を剥ぎ取ればよかった......」 まるで、料理の手順を誤ったことを悔やむ、主婦のような口調であった。 そう、主婦。 ヒュドラに対峙するエルマを見て、ジーノは強烈な既視感を抱かずにはいられなかった。 (この、姿......。Sクラス魔獣を前にしても、なんの闘志も抱かない佇まい......) 目の前の少女からは、闘志、害意、勝利への妄執や生への渇望、そういった、巨大な敵に臨む時、必ず人間が抱くであろう感情が一切感じられなかった。 なぜなら、彼女にとってそれは、生死を懸けた戦いなどではないからだ。 「食うか食われるか」の決着など、とうについている。 今この場において、絶対者は彼女。 ヒュドラは――ただの食料でしかない。 (俺の剣が、一撃で相手を斬り殺す『聖剣士の剣』だというなら......) ジーノはごくりと喉を鳴らした。 (この子のそれは――『主婦の包丁捌き』!) 語彙のレベル感がまるで揃っていない。 揃っていないが、それはほかのなにより的確に、エルマの動きを表していた。 「はっ!」 短い掛け声とともに、エルマが旋回しながらばっと布を払う。 すると布から放たれたヒュドラ肉は、まるで嵐に揉まれる木の葉のように、激しく渦を巻きながら上空へと飛翔していった。 それを高らかに掲げた右手の一振りで一口大に刻み、かと思えば、いつの間にか左手に取り寄せた酒の瓶でそれらの臭みを消し、さらには包丁から持ち替えた右手でハーブのようなものを叩きつける。 まさに、熟練の技。 それはしかし、プロの料理人のように、工程ひとつひとつを細分化し、じっくりこなしていく類の仕事ではない。 たとえば同時に十皿分の調理をこなす食堂のおばちゃんのような、あるいは夫の世話と子どもの躾と犬の餌やりを同時進行でこなす主婦のような、はたまたあらゆる煩雑な業務を網羅的にこなす王宮侍女のような、そう、どこか女性的な力強さを帯びた動きであった。 (見える......! あの子の背景になぜか、働き者の主婦の姿が......!) ジーノは闘技場の片隅から、幼い日に感じた匂いや音が、ふと漂ってくるかのような錯覚を抱いた。 例えばそれは、手狭で粗末な家の調理場。 雑然としたその場所に、彼女は女王のような足取りでやって来る。 事実、その場において彼女は女王なのだ。 くたびれたエプロンを身に着けども、家族の腹を満たすという崇高な任務は、いつも彼女の瞳に凛とした光を与える。 周りを取り囲むのは、相棒、いや、もはや自分の手足とも呼べるほど使い込んだ調理器具たち。 目の前には食料。 ときに首を断たれ、内臓を晒したそれらを見ても、彼女の心には何の怯懦のさざ波も立たぬ。 害意もない、闘志も、勝利への妄執もない。 あるのはただ、淡々とした日常に横たわる、己のこなす仕事への誇り。 彼女は右手で肉を裂き、左手でそれを清め、ときに口や顎まで使いながら迅速に調理を進める。 それは常に時間との戦いだからだ。 彼女の戦場のすぐ後ろには、腹を空かせた大切な者たちが待っているのだから。 ごはんまだー? ちょっと待ってな、あとはこいつをしっかり焼けば終わりだよ! えー、またモツ焼きかよー。 いつの日か交わした、幼い自分と母の会話までをも思い起こしはじめたジーノの横では、観客がどよめきを続けていた。 「見ろ......! あの駆け上がるような削ぎ切り、からのリズミカルな筋切り!」 「っていうかあの酒やハーブ、今どこから出てきたんだ!?」 「ああっ、救護班だ! 救護班からかっぱらったんだ!」 舞台の片隅で、消毒用の強い酒と、解毒作用を持つアローロの葉を掠め取られた救護班は、なにが起こったのか理解できず、ぽかんとした姿勢で固まっている。 彼らが大量に沸かしていた湯も、気付けばヒュドラ肉の湯通し用にしっかり使われていた。 よくよく見ればエルマが俎板代わりに使っていた布も、彼らの用意していたシーツの一部だ。 「ちゃっかりだ......! あの子、相当なちゃっかり者だ......!」 有り合わせですべてを事足らせようとする、主婦的執念に観客が声を震わせる。 周囲の動揺をよそに、エルマは今度は、ばっと大鍋に油を投入し、素早く熱しはじめた。 「待て、あの油と鍋は今どこから出てきたんだ......!?」 「あれだ......! ヒュドラの体内から剥ぎ取った球みたいなやつ、あの大きいほうに、大量の油が入ってるんだ!」 そう。ヒュドラは炎毒と呼ばれる攻撃を可能にするために、体内に瘴気を帯びた液体を溜める魔袋と、それを炎に加工するための大量の油を保持しているのである。エルマはそれを奪い取ったのだ。 ちなみに鍋は、もちろん鞄から取り出したものである。 理解が、ツッコミが、行動に追い付いていなかった。 くるくるとせわしなく鍋の周囲を動き回るエルマの動きは、踊っているようにすら見える。 同じ舞台上でエルマに見入っていたジーノは、彼女がふんふんと何かを口ずさんでいるのに気付いた。 鼻歌だ。 そのあまりに泰然とした態度に、ジーノは戦慄を覚えた。 鍋が煮立つ。 いつのまにか塩こしょうやにんにく、小麦粉を絡められた――これは布鞄から登場したようだ――ヒュドラ肉が、じゅっと音を立てて投げ込まれる。 からから、ぴちぴちという、楽しげな油の音。 こんがりときつね色に転じていくヒュドラ肉。 やがて漂い出す、揚げた肉特有の、えもいわれぬ香ばしく旨味ある香り――。 とうとうジーノは、そして人々は悟った。 「ヒュドラの、唐揚げ......!」

89 17. "Normal" Swordsmanship (3) "Oh, the girl's been eaten...! "Wow! Behind their minds is a wretched girl torn apart and exposed to the body. There may be terrible blood flowing from your tiny body. Perhaps the neat face I saw yesterday has been ravaged without a shard of skin. No, it's about the body of the snake and Hydra with that powerful poisonous flame. Instead of being torn apart by her teeth, the girl may have suffered from being swallowed and dissolved in her body. "--El, Ma....! "Damn it...! Irene could no longer stand and collapsed on the spot. Lucas also forgot to dress up as an executive and jumped over the handrail and ran up to the stage. And Gino was just staring at Hydra, who made the head of the snake stupid, just as she couldn't believe what was happening in front of her. "Cut Hydra's belly! Operation! Cardinal, below, all cadets, back up! Hey, give me that sword! Lucas barks sharply and tries to steal Gino's sword, the most powerful on the stage. Hydra had already stopped crawling on the floor to digest the girl and shook her head satisfactorily. "Hurry!" "... what do you mean?" But Gino doesn't even listen to Lucas's screams, just stares at Hydra with a suspicious look. - No, I don't. Not Hydra, but the girl in her belly. "Why was she whispering, 'Looks delicious'...? "........................?" The words are not immediately understood and Lucas hears back unexpectedly. However, rather than Gino answering it, the anomalies that occurred in Hydra played a role in the answer. --Bububububu... bubububu... Increase the number, and the head of a snake that doesn't fit in twenty trembles. It seemed like a foolish act of joy - no, if you look closely, Hydra's eyes are completely flipped and the so-called white eyes are peeling off. Hydra was having a spasm. "What the hell...?!? Even the audience who noticed the anomaly hesitated to ask questions at that moment. - Roll, roll, roll! A small shadow popped out of Hydra's mouth with a sound of something peeling off with great momentum! "Ah... ah, that's...! The shadow rises high in the sky, rounding both knees in the air and crossing both arms in front of the chest. Her eyes and the tip of her right hand sparkled with the sunlight. "Ruden candidate!?" It was glasses and a blade knife. When Elma landed on the stone stage, a girl who turned brilliantly as she came around in the air raised her arms in a Y-shape like a conditional reflex. On his slender right hand, there was no strange blade knife. And on your left hand, you're cleverly hanging from a huge spherical shape with a pink, unspeakable texture. Leaving an unshakeable gallery, she gently laid down a razor blade and placed something spherical next to it, and stood up again. Even though he was swallowed by a highly poisonous flame of Hydra, none of his injuries appeared to have occurred. Strangely enough, however, compared to before she was eaten, she was somehow wearing a loose cloth that covered her entire body, from her head to the tip of her nails, in a viscous liquid that would be the digestive fluid of Hydra. Elma, who smelled the smell, shrugged her shoulders like she was closing her mouth. Then he threw his glasses and loose clothes around his stiff surroundings and revealed his beauty - surprisingly, neither his hair nor his skin was wet at all - and began to relax the collar of his uniform. "E... Elma...!? "Yah! Onee-sama...!? Suddenly the strip show starts, and the audience starts hovering. Irene, who returned to me, set out to wait, but sooner. - Boo! Elma took off her uniform and exposed herself to her surroundings. ... the maid of the royal palace. "I can't believe I'm wearing it down there! "Chikushiuuuuuu! Both women and men scream equally. It was a scene of sadness. Either way, Elma, who had regained her usual maid appearance, made a thumbs-up decision with her face toward Lucas, who was silent. "I understand your concern that you cannot leave the strange king, Hydra, to be wiped out by his sacred powers, this Elma." I don't know anything anymore. But as Lucas pierced the gap for a moment, Elma opened her eyes to Gino. "--Isn 't it that Hydra, whose head you've increased to twenty, has been ruined? Next time you make the food worse, we'll lose Gino's share." "............ yes? Elma snorted, unusual to Gino, and then turned to Hydra. Hydra, torn from the inside straight through the largest part of the sickle, trembled like a carp on a plank. "--Balzer Stream is mysterious....." Elma leaned back and slowly held the blade knife in her right hand. And then... As I jumped high above the sky, I shook it down to the first letter! "What are you doing, Elmer?! Irene and Lucas shouted with their hands in their heads, but it was already too late. The razor knife, which was thrown from Elma's slender right hand, roared and cut through the sky. Hydra dances her giant body up to heaven, where it snaps and stands still. "Hmm, I can't believe this..." Ah. Lukas nods with a low voice as Irene murmurs when she sees what she sees one day. "... you're too sharp to realize that Hydra was cut..." The two began to see each other in the distance, and at the same time they began to arrive at a vague understanding of the development to be received in the future. The audience, and Gino, are the ones left. They glanced at the girl who had swinging the blade at a speed beyond sight, and then turned a bewildered gaze at Hydra, who was perfectly stationary in space. "This is...? With such a controlled sound, Hydra's body will slice apart. No, not "in pieces," but the next time they opened their eyes, Hydra was all split into heads, skins, and meat, beautifully aligned in blocks on a clean cloth laid on the floor. "What is this!? Border, religion, gender. After everything else, the hearts of all the people who were there are perfectly aligned. Elma thought it was cheer, raised her hand slightly to respond, and then lowered her eyebrows a little unfortunately towards the flesh of Hydra, who stopped moving. "... after all, I should've increased my head a little bit, and then peeled off my magic bag..." It was like a housewife's tone, regretting the wrong cooking procedure. Yes, housewife. Looking at Elma confronting Hydra, Gino couldn't help but have a strong sense of pre-vision. (This figure... Even in front of S-Class Magic Beast, he doesn't hold any fighting will....) The girl in front of her did not feel any of the emotions that humans would have when confronted with such huge enemies as fighting spirit, harmfulness, delusion for victory or craving for life. Because for her, it's not a battle of life and death. "Eat or be eaten" is decided. In this situation, she is the absolute. Hydra is nothing but food. (If my sword is a "Saint Sword" that slashes and kills the opponent with a single blow...) Gino snorted her throat. (This kid's - "Housewife's Knife"! I don't feel the level of vocabulary is consistent. Not all, but it represented Elma's movement more accurately than anything else. Ha! Along with a short shout, Elma swirled and scraped off the cloth. Then the Hydra meat, which was released from the cloth, flew into the sky as if it were a leaf of a tree rubbed in a storm, whirling violently. With a swing of his right hand raised high, he carved it into a mouthful and thought, one day he would remove the smell with a bottle of liquor that he had brought to his left hand, and then hit something like a herb with his right hand that he had switched from a knife. Exactly, skilled technique. But like a professional cook, it's not the kind of job to subdivide each process and do it carefully. It was, for example, a cafeteria aunt who cooked enough plates at the same time, or a housewife who took care of her husband, children's discipline and dog feeding at the same time, or a royal maid who did all kinds of cumbersome work comprehensively, so it was something with female strength. (I can see...! Somehow, behind her background, the housewife of the worker...! From the corner of the arena, Gino had the illusion that the smells and sounds she felt on her younger days would float. For example, it's a cramped, poor home cooking area. In the cluttered place, she comes at a pace like a queen. In fact, she is the queen on the spot. The noble task of filling her family's stomach while wearing a tight apron always brings a dazzling light to her eyes. Surrounded by buddies, no, cooking utensils that can no longer be called my limbs. Food in front of you. When they cut off her neck and exposed her viscera, there were no cowardly ripples in her heart. No harm, no fighting spirit, no obsession with victory. One thing is pride in the work that I do, lying on a pale day. She rips the meat with her right hand, cleans it with her left hand, and cooks quickly while using it to her mouth and jaw. Because it's always a fight against time. Immediately behind her battlefield are the cherished angry ones waiting. Have you eaten yet? Just a minute, and then we'll burn him! Um, I'll grill the moths again. Next to Gino, who started remembering the conversation between her young self and her mother one day, the audience kept stirring. "Look...! That rushing sharpening, rhythmic muscle cut from the top! "I mean, where did that liquor and herb come from!? "Ah, paramedics! I got it from the paramedics! In the corner of the stage, the rescue team, which was robbed of strong alcohol for disinfection and the leaves of Arolo, which had antidote effect, could not understand what had happened and was solidified in a soft attitude. The water they were boiling in large quantities was also well used to rinse Hydra meat. To take a closer look, the cloth Elma was using instead was part of the sheets they had prepared. "That's it....! She's quite a fighter...! The audience trembles at housewives' obsession to get everything done together. In approximation of the ambient agitation, Elma now poured oil into a large pot and quickly began to heat it up. "Wait, where did that oil and pot come from...!? "That's it....! The big one's got a lot of oil, like a sphere that's ripped out of Hydra's body! Yes. Hydra holds a magic bag that stores liquid in her body and a large amount of oil to process it into flames in order to allow an attack called flame poison. Elma took it. By the way, the pot was of course taken out of the bag. Understood, but Tsukomi didn't keep up with the action. Elma's movements around the pot as she crawled around even looked like she was dancing. Gino, who was watching Elma on the same stage, noticed her murmuring something. It's a nose song. Gino remembered the battle in that too tactful attitude. The pot boils. Someday, salt, pepper, garlic and flour were entangled - this appeared from a cloth bag - and Hydra's meat was thrown in loud noises. Fun oil sounds like teasing and tingling. Hydra meat turns to a crisp, crisp color. The aroma of fried meat that eventually drifts out, with an unrivalled aroma and a delicious flavor. At last Gino and the people understood. "Deep-fried Hydra...!

27.「普通」の虫退治(4) すっかり毒気を抜かれた男たちとともに、くだんの畑へと急行したルーカスたちは、そこに広がる惨状を見て息を呑んだ。 「これは......」 そこには、気の弱いものや、女性であれば卒倒しそうな、グロテスクな光景が広がっていた。 通常であれば、誇らしげに枝や葉を広げ、どっしりと房を実らせているはずのぶどうが、その一帯だけ腐り落ちてしまっている。 房は地に崩れ落ち、葉は萎れ、枝はぼこぼことした醜い瘤をまとわせながら、所々で折れてしまっていた。 「魔蛾は通常の蛾と違って、ものすごい勢いで成長、孵化する。昨晩まではたしかに卵なんてなかったはずなのに......おそらく今朝がた産みつけられて、数時間でこのざまだ」 瘤からは身の毛のよだつような形状をした卵が溢れ、さらにそこからは、粘り気のある糸のようなものがゆらり、ゆらりとうねっていた。 卵を保護するための粘液らしいが、それ自体が菌糸のように枝を蝕み、腐らせるのだという。 細かな蟲の卵がびっしりと枝に張り付いた様は、見た目にもおぞましいが、領民たちは目を逸らすこともなく、口を引き結んで腐った枝を刈っている。 魔蛾の卵に触れぬようなんとか枝を切り倒し、袋に詰め――想定以上に菌糸が凄まじい速さで枝を侵食していることに呻き声を漏らしそうになるが、それをぐっとこらえていた。 彼らに絶望している暇などないのだ。 一刻も早く卵を処理しなくては、日に一度、卵の様子を見に来る習性のある魔蛾に見つかって、襲われてしまう。 魔蛾は子に対して愛情深いのかそうでないのか、死に絶えてしまった卵に対しては興味を示さない。 ただ、生きている卵が外敵に襲われるなどすると、凄まじい攻撃性を見せるのだ。 数匹程度ならまだよい。 しかし、怒った魔蛾が群れを引き寄せようものなら、堪ったものではなかった。 「エーリヒ! 火の許可をもらってきてくれたのか!」 と、卵を処理していた男たちがこちらに気付き、手を振る。 全身や顔のほとんどを布で覆ってなお、彼らにぱっと喜色が浮かんだのがわかった。 それほどに、火器の使用許可を――すなわち魔蛾への攻勢の合図を、待ちわびていたのだ。 彼らは、エーリヒと呼ばれた男たちの背後に、ヨーナスやケヴィン――とそれから、誰かはわからないが巨乳の美少女――、そしてルーカスたちがいるのを認めて、戸惑いと安堵がないまぜになったような表情を浮かべた。 「領主様自らご足労くださって......? ええと、そちらの色男は......? それに、そのエリーザ様によく似たきれいな娘さんは、まさか......?」 どうやら、状況が掴めないでいるようである。 ルーカスとデボラは、 「たまたまこの辺りに遊びに来た王都の者だ。魔蛾の卵が発生したと聞き、力になれればと思い様子を見に来た」 「ブランニュー・デボラですわ」 それぞれ端的に自己紹介を済ませ、さっさと魔蛾への対処に話を移した。 「火についてだが、伯は使用を許可しないことに決めた。魔蛾はそれ以外の方法で対処する」 「こちらで手を打ちますので、あなたたちは下がっていてくださいませ。これまでご苦労様でした」 目を白黒させたのは、それまで卵と格闘していた領民たちである。 彼らは一瞬きょとんとし、それから見る間に表情を険しくさせると、目の前の領主一家に食ってかかった。 「――火の使用を許可しないとは、どういうことです!? これがどういう状況か、あんた方だってさすがにわかってんでしょう!?」 「むろん父上も、僕たちだって状況は把握している。ただ、いたずらに火を放つ前に、まずはこの、王都から来た人間直伝の方法で、魔蛾を追い払うべく対処しようと――」 「坊ちゃんは黙っててください! 病弱令息お得意の、机上の空論なんざどうでもいい、俺たちは今、目の前の畑の危機を領主に訴えてるんだ! この、なにもしない、陰気領主にな!」 ケヴィンの仲裁はあっけなく無視される。 それどころか、辛うじて保たれていた領家への敬意もかなぐり捨て、男たちは歯を剥き出しにして怒鳴りつけた。 「早く! 一刻も早く、魔蛾が気付く前に卵を燃やしてしまう必要があるんだ! わかってんだろう、領主様よ!?」 「それとも、あの噂は本当だってかい!? あんたは、俺たちの畑を魔蛾の糧にして、エリーザ様の魂を取り返そうってか!? ふざけるな......そうはさせるか!」 ヨーナスがなにも言い返さないのに、ますます苛立ちを募らせたのか、男たちは一層声を荒げていく。 途中、小柄な侍女が、ひっそりと挙手をしたが、それが目に入らぬほど彼らは興奮していた。 「ああ、ならいいさ! あんたはそこで黙って見ていろ! 無許可がなんだ、後から重税を課せられようとも、もういい、今すぐ俺がここに火を放ってやるよ!」 「だが覚えていろよ、無能で怠惰な領主など、俺たちのほうから切り捨ててやる......!」 興奮はいよいよ苛烈な意志へと転じ、男たちに革命を決意させる。 彼らは手にしていた鍬や鋤を、そのまま武器として振るいそうな気配すらにじませていた。 「ヨーナス・フォン・フレンツェル。聖なるぶどう畑の守り手として、俺たちを導いてきたフレンツェル家の栄光も、今日ここまでだ」 「我々は、おまえを魔に堕ちた罪人と断じ、ここに――」 「ふがっ!?」 彼らが剣呑なセリフで、領家との断絶を宣言しようとしたその瞬間――しかし、荒ぶる口はひんやりとした手で塞がれる。 ぎょっとして手の持ち主に視線を向ければ、そこでは小柄で冴えないなりをした少女が、真顔で眼鏡を光らせていた。 「そのくだりは、すでにやり尽くされている上に、このようにのんびりとおしゃべりをしている間にですね――」 彼女は、男たちの口を塞いでいた手をぱっと離し、すいと人差し指で空を差した。 「魔蛾、来ちゃいましたが」 韻を踏んだ指摘とともに、 まるで雨が降り出したかのような音を伴い、急に空が暗くなる。 己の頭上を覆うものの正体に気付いた男たちは、一斉に顔色を失った。 「魔蛾......!」 「こんな大群で......!」 視線の先には、空のもとの色が見えないくらいにびっしりと、緑の魔蛾が押し寄せていた。 「ひ......っ! ひぃ......っ!」 もはや熱すら感じそうな羽音、ときおりふわりと舞う鱗粉に、男たちが情けない悲鳴を上げる。 ルーカスは咄嗟に周囲に、全身を布で覆うよう鋭く指示を飛ばすと、忌々しげに上空を見上げた。 「すごい数だ......」 その規模たるや、昨日森で目にした群れの数十倍に及ぶ。 一匹一匹は魔獣に比べればかなり小柄とはいえ、これだけの大群で押し寄せられては、とうていすべてを躱すことなどできそうになかった。無論、袋に詰めるなど論外だ。 瘴弱のデボラや、肺に難を抱えるケヴィンも、真っ青になっていたが、この一日でよほど精神を鍛えたのか、彼らは健気にもその場に足を踏ん張り、民に向かって叫んだ。 「に――逃げなさい! こ、ここは、わたくしたちがなんとかします!」 「ま、魔蛾は、高い音や声に反応する。ぼ......僕が囮になるから、おまえたちは極力足音を殺して、屋内に逃げろ!」 「デボラ様......ケヴィン様......」 思わぬ相手から庇われた男たちは、戸惑いも露わに二人を見やる。 瘴弱の醜女令嬢に病弱令息。 フレンツェルの汚点とも噂された姉弟が、まさかこのような振る舞いを見せるとは思わなかったのだ。 そして、魔に堕ちた陰気領主と彼らが罵っていた、ヨーナスはといえば、 「――皆の者、下がれ」 周囲がはっとするほどの気迫を漲らせて、静かに魔蛾の群れを見据えていた。 「魔蛾は、音に反応する。その習性を明らかにすべく、この十数年というもの研究を続けてきた。今こそ、その成果を生かすべき時だ。魔蛾一匹にすら、大切なぶどうを襲わせるものか。そなたらは、可能な限り静かにこの場から離れろ」 その声は領主としての貫禄に満ち、また、この聖なる畑を守り導いてきた一族の責任と、気概とに溢れていた。 まさしく彼こそ、この辺境にして豊潤な土地の長。 その場にいた誰もが、つい先ほどまでの憎悪すら忘れ、無意識にヨーナスに縋るような視線を向けた。 「――エルマ、と言ったか」 ヨーナスは、魔蛾の群れが徐々に距離を詰めつつあるのにも動じず、冷静に、傍らの侍女へと問う。 「先ほど、超音波を使うと言っていたな。そなたも、魔蛾の習性に気付いていたのか」 「はい。鳴鎖とは、すなわち魔蛾の嫌う特定の高さの音を出し、追い払う道具。また、ケヴィン様のお声を平均律音階の周波数に当てはめた結果、四四十の倍数ごとに魔蛾が強く反応を示していることを確認しましたので、理論上周波数を該当倍数で極大化すれば、より強く訴えかけることが可能と推察いたしました」 「なるほど、よくわかった」 周囲には、まったくもってわからない。 だが、ヨーナスとエルマの二人は、完全に理解しあった研究者同士のように、そのままぺらぺらと会話を続けた。 「魔蛾の特性の内、音への反応、とくに超音波の可能性については随分昔から気付いていた。が、十分な強度と粒子加速度をえられる超音波の発生方法に長らく悩み、今年になってようやく圧電効果の存在を思いついたところだったのだ」 「なるほど、圧電効果を使ったランジュバン振動子ということですね」 「その通りだ。だがそれだと携帯という点で――」 彼らの口からは、流体力学的キャビテーションだとか圧壊だとか音響インピーダンスだとか、意味不明な単語が次々飛び出す。 それを余すことなく二人は理解し合い、まるで幾多の実験を共に乗り越えてきた仲間というくらいに阿吽の呼吸を見せていたが、 「――して、エルマ。そなたが持っているその犬笛。それで超音波を発生させようというのだな?」 「え、これはあくまで手慰みに作った、予備ですが」 しかし、その歩調が突如として乱れた。 「......予備?」 ヨーナスはえ、と戸惑った表情を浮かべて、エルマの手元を見つめる。 そこには、先ほど彼女が盗み聞きをしながら彫り進めていた、木彫りの笛があった。 ただ、笛というには拳のような形をしていて、先端には振り回すのにちょうどよいような、絹糸を鎖編みにして作った持ち手が付いている。 ヨーナスは眉を寄せた。 「それを振り回すことで、超音波を発生させるのではないのか?」 「いえ、この緊急事態に、普通、そんなまどろっこしいことはしませんよね?」 真顔で問い返され、研究室気質の領主が「え」とまごつく。 エルマはそれを怪訝そうに眺め、それからふと上空を見上げた。 「おっと、そうこうしているうちに、だいぶ距離が狭まってきてしまいました」 それから彼女は、枯れ枝や藁が詰まれ、小山となっている部分にひょいと飛び乗ると、なぜかおもむろに眼鏡を外しはじめた。 「――おい待て、なぜそこで眼鏡を外す!?」 展開に取り残されていたルーカスたちが、はっとして問い質す。 周囲は、突如として目の前の侍女が絶世の美少女に転じたことに、ぎょっとして何度も目を擦っていたが、エルマはどこ吹く風だった。 「割れてしまいますので」 「は!?」 意味が分からない。 だが、魔蛾の接近を前にしたエルマは、詳細の説明を省くことにしたようだった。 じっと群れを見つめながら、すうっと大きく深呼吸をする。 まるで演奏家が己の愛器をそっと撫でるように、喉に軽く触れると、 次に彼女は緩く両腕を広げ、歌声を紡ぎはじめた。

59 27. "Normal" Insect Control (4) Lucas, who rushed to the jungle fields with the completely poisoned men, took a breath of sight of the tragedy spreading there. "This is...." There was a grotesque sight of weak people and women who might faint. Normally, grapes that proudly spreads branches and leaves and makes their cells more fruitful rot in just that area. The chambers collapsed into the ground, the leaves withered, and the branches broke everywhere, wrapping up an ugly, bumpy tumor. "Unlike regular moths, magic moths grow and hatch with great momentum. I wasn't supposed to have any eggs until last night... but you probably had them this morning, and in a few hours they were all different." From the tumor was overflowing with eggs shaped like hair, and from there, something like a sticky thread was loose and wobbly. It seems to be a mucus to protect the eggs, but it itself corrodes branches and rots like a mycelium. Though it is disgusting to look as if the eggs of a fine bug stuck firmly to the branches, the people are not blinded, and they are pulling their mouths together to prune rotten branches. I cut down the branches and stuffed them in a bag without touching the eggs of the magic moth - I was almost moaning at the fact that the mycelium was eroding the branches at a much faster rate than expected, but I was holding on to it. They have no time to despair. If we don't process the eggs as soon as possible, once a day, they will be attacked by a habitual moth that comes to see how the eggs are doing. Moths do not show interest in eggs that have died, whether they are affectionate or not. However, if a living egg is attacked by an external enemy, it will be extremely aggressive. It is fine if there are only a few. But if the angry moth were to attract the herd, it would not have endured. "Erich! You gave me permission to fire! And the men who were processing the eggs noticed and waved. I found that most of my body and face were covered with cloth, and that they were delighted. I was so eager to get permission to use the firearms - that is, to signal an offensive against the moth. Behind the men called Erich, they admitted that there were Jonas and Kevin - and then some beautiful girls with huge tits, I don't know - and Lucas, and they had a look of confusion and relief. "Lord, are you helping yourself....? Um, who's your colored man...? Besides, isn't there a beautiful daughter who resembles Eliza-sama...? Apparently, the situation is not grasped. Lucas and Deborah "I happen to be here to visit the King's City. I heard that the eggs of the moth had appeared, and I came to see if I could help." "Brandon Deborah." Each of them briefly introduced themselves and quickly moved on to dealing with the moth. "On fire, but my uncle decided not to allow it. Moths deal with it in other ways." "I'm going to hit you here, so you guys stay back. Thank you for your hard work." It was the people who had been fighting the eggs until now who made their eyes black and white. For an instant, they rushed their expressions as they watched, and they ate the family of lords in front of them. "- What does it mean not to allow the use of fire!? You know exactly what this is like!? "Of course, Father, we both know the situation. However, before setting the fire to mischief, I first tried to deal with this method of direct human transmission from King's City to drive away the magic moths." "Shut up, kid! You're a sick, breathtaking, desktop theory. We're suing the lord for the field crisis right now! Don't do anything, you pussy lord! Kevin's arbitration was quickly ignored. On the contrary, the men shouted at him with their teeth peeled out, abandoning the respect for the hard-won ruler. "Hurry! As soon as possible, we need to burn the eggs before the moths notice! You know, my lord!? "Or is that rumor true!? Are you going to feed our fields and reclaim Eliza's soul!? Don't be ridiculous... let me! Even though Jonas didn't say anything back, the men became more and more frustrated and roughed up their voices. Along the way, a small maid raised her hand secretly, but they were so excited that they couldn't see it. "Oh, that's fine! You stay there and watch! Whatever you're not allowed to do, I'll set fire to you right now, no matter how heavy taxes you're going to levy! "But remember, incompetent and lazy lords will be truncated from us...! Excitement finally turns to harsh will and determines men to revolutionize. They even made the signs that they were swinging their hands as weapons. "Jonas von Frenzel, the glory of the Frenzel family, who has guided us as guardians of the sacred vineyards, is here today." "We see you as a sinner possessed by evil, and here..." "Fufu!? At that moment when they tried to declare their disconnection from the leader with a sword-swallowing line - but the rough mouth was blocked with a cool hand. When she glanced at the owner of the hand, a little girl who couldn't hold her back there shined her glasses with her face. "You're already doing it all, while you're chatting like this -" She lifted her hands, which were blocking the men's mouths, and rinsed them with her index finger. Moth, I'm here. along with rhymed pointers, The sky suddenly darkens as if it were raining. The men who realized the identity of what covered their heads lost their complexion at once. "Moth...! "In such a crowd....! Beyond his gaze, the green moth was pushing towards him so tightly that he could not see the color of the sky. "Hih...! Hyi......! Men scream pitifully at the feathers that seem to feel the heat anymore, and the occasional fluffy scales. Lucas swung aggressively around, sharply instructing him to cover his body with cloth, and looked up at the sky in abomination. "That's a huge number....." It's dozens of times the size of the herd I saw in the woods yesterday. Even though each one is quite small compared to the Wicked Beast, it was unlikely that even if it was pushed by such a large crowd, it would be able to destroy everything. Of course, packing it in a bag is out of the question. Deborah, who was weak, and Kevin, who had difficulty with his lungs, were also bluished, but how much they had strengthened their spirits this day, they stepped on the spot in good health, and shouted to the people. "- Run! Here, we'll take care of it! "Ma, the moth reacts to high sounds and voices. Bo... you guys kill the footsteps as much as you can and run indoors! "Dear Deborah... Dear Kevin..." The men who were sheltered from the unexpected looked at them bewildered. Weak breath for the weak ugly lady. I didn't think my sister and brother, who had been rumored about Frenzel's stains, would behave like this. And when it comes to the devilishly sinister lords, and what they used to curse, Jonas, "--Everybody, back off." She raised the temper of her surroundings and looked quietly at the moth herd. "The moth responds to sound. I have been studying it for more than a decade to reveal its habits. Now is the time to capitalize on that achievement. Even a moth can attack an important grape. Get the hell out of here as quietly as you can." And his voice was full of piercing as lord, and full of the responsibilities and grace of the family that kept and guided this holy field. It is precisely he who is the leader of this boundary-rich land. Everyone on the spot forgot even the hatred he had just experienced, and looked unconsciously at Jonas. "Elma, did you say that?" Jonas calmly asks the maid beside him, even though the moth herd is gradually getting closer and closer. "You said you were going to use ultrasound. Are you aware of the nature of the moth?" "Yes, ringing chains are the tools to make and chase away certain heights of sounds that moths hate. Also, after applying Kevin's voice to the frequency of the average rhythm level, we confirmed that the moth reacts strongly every forty times, so theoretically, if we maximize the frequency with the corresponding multiple, we can make a stronger appeal." "I see. I see." I don't know anything about the surroundings. However, Jonas and Elma continued the conversation as if they had understood each other perfectly. "Within the characteristics of the moth, I have long been aware of the response to sound, especially the possibility of ultrasound. But I've been worried for a long time about how to generate ultrasound with enough intensity and particle acceleration, and this year I finally came up with the idea of a piezoelectric effect." "I see, a Lanjuban vibrator that uses a piezoelectric effect." "Exactly. But in terms of cell phones..." From their mouths, meaningless words like hydrodynamic cavitation, crushing, acoustic impedance pop out one after another. They understood each other, as if they had survived a lot of experiments together, showing Ahun's breath. "--And, Elma. That dog whistle you have. So you're trying to generate an ultrasound? "Well, I made this just to comfort you, but it's a spare." However, the pace was suddenly disturbed. "... spare? Jonas stared at Elma with a puzzled expression. There was a wooden whistle that she was carving while eavesdropping earlier. However, the whistle is shaped like a fist, and the tip has a handle made by chain-knitting silk threads that are perfect for swinging around. Jonas raised his eyebrows. "Aren't you going to produce ultrasound by shaking it around? "No, you wouldn't normally do that to this emergency, would you? Questioned with his true face, the lord of the lab temperament flickers with "eh". Elma looked at it suspiciously and then looked up over the sky. "Oops, while I was doing this, the distance got much narrower." Then she jumped onto a small mountain stuffed with dead branches and straw and somehow began to take off her glasses. "- Hey, wait, why are you taking off your glasses there!? Lucas, who was left behind in the deployment, asks as yes. Surrounded by the sudden turning of the maid in front of her eyes into a beautiful girl of the world, she rubbed her eyes a little over and over again, but where was Elma blowing the wind. "Because it will crack." "What!? I don't understand the meaning. However, Elma, who had preceded the approaching moth, decided to omit the details. While staring at the herd, she took a deep breath. As if the performer gently stroked his lover's appliance, he touched his throat. Then she began to spread her arms loosely and spin her voice.

8.「普通」の手料理(3) 「まあ、ルーカス。珍しいのね、あなたがこの手の誘いに乗るだなんて」 「母上こそ。後宮にいたときは、イベントごとにはちらりとも興味を示さなかったくせに、まさか王宮の庭を貸し切ってまで、こんな催しを開くとは」 巨大な噴水や温室、完璧な形に整えられた植栽を誇る、ルーデン王国の庭園。 祝祭日には騎士団のパレードが行われる、その広大な広場の片隅で、ユリアーナはにこやかに息子を迎え入れた。 アイアン脚の白テーブルに、巨大な日よけの傘を掲げる侍従、野外でも快適に過ごせるような、つばの広い帽子と手袋をつけた装い。 一見すると、息子を招いてのガーデンパーティーのようにも見える。 が、明らかに普通と異なるのはその配置、そして「ギャラリー」の存在だった。 噴水の傍には、石畳で四角く整えられた、まるで舞台のような空間が左右に二つ。 石畳の上には、腰ほどの高さの広い調理台と簡易の ユリアーナは、ちょうどそれを見つめる観客席のような位置に腰かけていた。 さらに、彼女が先頭になるような形でロープがぐるりと張り巡らされ、その後ろには、王宮中の使用人たちがひしめいている。 侍女に侍従、馬丁に料理人、洗濯女、衛兵......とにかく、時間に都合をつけることのできた全員といっていい。 彼らは一様に、隠しようのない興奮をにじませながら、「舞台」に役者が登場する瞬間を心待ちにしていた。 「王宮内で最高の料理人の座を掛けた競い合い......。今度はいったい、なにがどうしてこんなことになったんだ......」 用意された椅子にどさりと腰を下ろし、長い足を優雅に組みながらルーカスがぼやく。 ユリアーナの傍に控えていた侍女長は、そのげんなりとした呟きを聞き取って、肩身が狭そうに頭を下げた。 「申し訳ございません。さすがにわたくしも、ここまでの事態になるとは思わなかったのです......」 事の起こりは、一日前。 ゲルダが、侍女寮の前に仁王立ちするジョルジュ・ラマディエ料理長に遭遇したときまで遡る。 男子禁制の寮に今にも突撃しそうだった彼は、聞けば、エルマなる少女に物申したいことがあるのだという。 料理人の資格を持たず、あまつさえ女の身でありながら厨房に踏み入り、その領分を侵したことに、謝罪を求めたいというのだ。 調理どころか、反射炉の製造まで心当たりのあった侍女長は、慌ててエルマを呼び出し、頭を下げさせたのだが、その際彼女がぽつりと漏らした、 「料理は、資格や性別ではなく、おいしいものを作れる人が作ればよい、という考え方は『普通』ではないのですね」 という発言に、ジョルジュが大激怒。 『俺よりおまえのほうが、うまいものを作れるというのか!?』 聞き取りづらいモンテーニュ語であっても、明らかな憤怒が伝わってくるくらいの怒声であったとは、ゲルダの言だ。 ジョルジュは料理人としての威信をかけ、自分の料理が高貴なる方々の舌に合わないというのなら、料理長をやめたっていいと宣言した。 だがそうなると、彼を引き抜いてきた第一王子フェリクスの体面にもかかわる。 とすれば、その判定は宮中の使用人ではなく、王子本人にしてもらったほうがいい。 ところが、いざそれをゲルダが上奏したところ、凡愚王子と評判のフェリクスは、けんもほろろに「それは、いやだよ」と断ってしまったのである。 なんでも、ただでさえ即位前の慌ただしい時期、「そんなくだらないいざこざのために」、下賤の侍女が作る料理を口にするのが面倒だとのことだった。 「義兄上......」 話を聞いていたルーカスは、つい額を押さえた。 即位前だからこそ、使用人相手とはいえ宮中の支持を集めるのは重要なことだ。 侍女の料理を口にしたくないというのなら、「勝負するまでもなく、ジョルジュ・ラマディエこそがこの城の料理長だよ」と認めてしまえばそれでよかったのに。 ともあれ、断られてしまったなら仕方がない。 ゲルダは安堵半分、ジョルジュにこの話はこれで打ち止めに、と持ち掛けたのだが、頑固な彼は、こう返したのだ。 この城には、あなたと懇意の「高貴なる方々」が、まだいるだろうと。 ユリアーナ前妃とは二十年来の付き合いであるゲルダは、そこでしぶしぶ、彼女に経緯を説明した。 警戒心が強く、これまでこの手の騒動にはけっして関わろうとしなかった彼女のことだ。 きっとうまいこと、断ってくれると踏んでのことだったのだが――、 「あら、面白そうね。わたくしもエルマの料理を出来立てで食べてみたいわ」 なんと予想外にも、思い切り話に乗られてしまったのである。 エルマとの茶会を経てから、いろいろ吹っ切れてしまったらしい彼女は、「なんなら、ほかの使用人たちにも食べてもらいましょうよ」「宮中の全員に声をかける?」「よし、ならば庭を貸し切ってしまいましょう」と、むしろ話を広げる有様であった。 気付けば、宮中の使用人を集めて、大々的な「どっちの料理ショー」を開催する羽目になっていたと――そういうわけである。 「なぜ、あの娘が関わると、こうも突拍子もないことばかりが起こるんだ......」 騎士団の式典準備を抜け出して駆けつけたルーカスは――まあ、面倒ごとをフケること自体は彼としても歓迎だったのだが――、これまでのあれこれを思い出して、男らしい精悍な容貌をしかめた。 「まあ。女の子と見るや片っ端から口説いていたあなたが、まさかあの子は気に食わないというの? 殿方というのは、意外性のある女性に惹かれるものではなくて?」 「お言葉ですが母上、私にだって好みはあります。それに男の好む意外性というのは、眼鏡を外したら意外に美人だったとか、気丈な女が実は酒に弱かったとか、その程度のことを言うのです。彼女のあれは、意外性などではない。いつどんな風に爆発するかわからない地雷のような、迷惑きわまりないただの予測不能性だ」 ルーカスはぶすっとした表情で言い返す。 王子でありながら騎士団に所属し、ときに下町に繰り出して庶民と友情を結ぶ彼のことを「型破り」とか「常識外れ」だと評する声は多く、ルーカス自身それを受け入れていたが、「普通」の二文字を渾身の力でかなぐり捨てる 自分はまったくもって、常識人だと。 眼鏡を外すと、のあたりで、ゲルダはちらりとルーカスの顔を見たが、不機嫌そうに舞台を見つめる王子は、それには気付かなかった。 「彼女が宮中にやってきてから、俺は反射炉の後始末をしたり、熊の解体技術にほれ込んだ猟友会に付きまとわれたり、さんざんです」 ほかにも、とにかくエルマのスキルがなにかと凄まじすぎて、皿を焼けば国宝級のものが出来上がるし、土いじりをさせれば古代生物の化石を掘り当てるしと、そんなことばかりなのだ。 彼女を宮中に引き入れたのはゲルダとルーカスだが、侍女長には手の余ることばかり起こるので、ルーカスがやむなくこれらの処理に当たることになる。 だが、秘密裏に皿を売り払えば「稀代の陶芸作家、現る!」と街がざわめくし、こっそり化石を学院に寄付すれば「そのとき歴史が動いた!」と調査団が王宮まで押し寄せてくるしで、最近の彼に心の休まる暇はなかった。 「あらまあ。でも、そんなことを言いながら、こうしていそいそとこの場にやってくるんですもの。あなただって本当は、彼女のことを気に入っているでしょう?」 「――まあ、料理の腕前は、ですね。それに、新しい料理長がどんな人物かも、気になってもいましたし」 ルーカスは形のよい唇を片端だけ吊り上げ、肩をすくめる。 新たに雇われたモンテーニュ人の料理長はよい仕事をしていると思うが、宮中で孤立しているようなのが気に掛かっていた。 異母兄の手前、接触は避けていたが、今回こうして彼に突き放されてしまったのならば、これを機に親交を深めてもいいかもしれない。 食の安全を握る人物と仲よくなっておくことは、なにかと毒殺のリスクを持つ第二王子にとって、非常に有益だから。 ルーカスはこれで、人間関係に慎重な計算を払う男である。 「おっと、お出ましだ」 そのとき、ギャラリーがざわめいて、ジョルジュ――ルーデン風に発音するならば、 ルーデンでも普及しはじめた高いコック帽を身に着け、首元には料理長の地位を示す赤いチーフを巻いている。 たくましい腕に短く整えた髪。 モンテーニュ人らしく感情の起伏が激しい御仁のようだが、鋭い眼光や伸びた背筋からは、仕事への矜持が感じられる。 『ユリアーナ前妃殿下、ならびに、ルーカス王子殿下。このたびは、審議の栄誉を賜りましたこと、礼を申し上げます。我が技術の粋を集めし品、どうかご賞味賜りますよう』 ジョルジュは帽子を取って一礼する。 プライドの高いモンテーニュ人らしく、王族の前であってすら母国語のままだが、堂々と発言する態度はかえって潔いほどだった。 「許可します。あなたの忠誠と腕を期待します」 「楽しみにしている」 母に続いて、ルーカスは端的に答える。 ここではユリアーナが主催者。彼女の進行を妨げてはならない。 満足そうに頷いたユリアーナは、扇子をぱらりと広げて言い放った。 「ゲオルク――いえ、ジョルジュ・ラマディエ。仮にあなたがこの対決に勝ったならば、わたくしはあなたを後見し、息子ルーカスやフェリクス殿下とともに、この宮中での立場を約束いたしましょう」 凡愚王子フェリクスだけでなく、人望ある第二王子、およびその母親からも庇護を約束するというわけだ。 これでジョルジュは、フェリクスに見放されたとしても、または逆に彼がフェリクスを見捨てたとしても、宮中で一定の権力を確保できる。申し分のない褒賞であった。 ジョルジュもさすがに興奮をにじませ、深く頭を下げている。 やがて彼は意識を切り替えたのか、てきぱきとした動きで準備に取り掛かった。 この世の贅を尽くしたといわんばかりに、二人分とは到底信じられない多彩な食材を運び込み、竈を温めはじめる。 一方、左側の調理場には、挑戦を受けたはずの侍女がいまだ姿を見せなかった。 料理長という目上の人物との対決、それも王族の御前でありながら、あまりに誠意に欠けた態度だ。 不審に思った使用人たちが、徐々に囁きを交わしだす。 ――ざわっ! それらを押しのける勢いでざわめきが広がり、ルーカスは顔を上げた。 そして、彼らの視線の先にある光景を理解して、ぎょっと目を見開いた。 ぎし、と鈍い音を響かせて、ゆっくりと台車を押してくるのは、分厚い眼鏡が印象的な野暮ったく小柄な侍女。 ちょうど昼に差し掛かる初夏の陽光を浴びながら、まっすぐ前を見つめて進む様は、まるで花道を抜ける役者のようであったが、それよりなにより、周囲が突っ込まざるをえない、異様な存在感を誇る物体があった。 台車に乗せられた、大型の調理器具と、大量の小麦粉。 同じく、大量のキャベツと調味料。 これもわかる。 大量の固そうなパン。 これも、粗末さが気に掛かるものの、まあ、わかる。 巨大なまぐろ。 ルーカスは思わずその場に立ち上がった。 「そんなものをおまえ、どこで手に入れてきた――!?」

9 8. "Normal" Cooking (3) "Well, Lucas. It's unusual, I can't believe you're on this invitation." "Welcome, Mother. When I was in the backyard, I didn't show any interest in every event, so I didn't expect to rent out the garden of the royal palace and hold such a event." The gardens of the Kingdom of Luden boast enormous fountains, greenhouses and perfectly shaped plantings. At the corner of its vast square, where the Knights parade takes place on holidays, Juliana smiled at her son. A white table with iron legs, a chamberlain with a huge sunshade umbrella, and a wide hat and gloves to keep you comfortable outdoors. At first glance, it looks like inviting my son to a garden party. But what was obviously unusual was its placement and the existence of a "gallery". Next to the fountain, there are two spaces on the left and right, arranged squarely in cobblestones and resembling a stage. Above the cobblestone, there is a large cooking table as tall as the waist, a simple kamado, and a huge kamame with water in it. Juliana was just sitting in an audience seat staring at it. In addition, the rope was stretched around in such a way that she would be at the forefront, and behind it, servants throughout the royal palace twitched. A maid of honor, a martin, a cook, a laundry lady, a guard... Anyway, everyone who could make time convenient. They were looking forward to the moment when actors appeared on the "stage", uniquely and with hidden excitement. "A competition with the best chef in the royal palace... What the hell happened this time...." Lower your hips gently on the prepared chair and blur Lucas as you gracefully assemble your long legs. The maid-in-law, who had stood beside Juliana, lowered her head with her shoulders narrowly when she heard the slutty murmur. "I'm sorry. I didn't think this was going to happen....." What happened was a day ago. It goes back to when Gerda encountered Georges Ramadier, the head chef of the royal diner in front of the maid's dorm. He was about to storm the dormitory of the Boys' Restraint, and when asked, he wanted to tell the Elma girl something. Without qualifications as a cook, she walked into the kitchen as an amatsu woman and wanted to ask for an apology for violating her rights. Instead of cooking, the maid in charge, who knew how to make the reflector, hurriedly summoned Elma and lowered her head, when she leaked, "The idea that cooking should be made by someone who can make something delicious, not by qualification or gender, is not 'normal'." Georges was furious at his remarks. You can make something better than me!? Gerda said that even if it was difficult to hear Montaigne, it was enough anger to convey clear anger. George raised his prestige as a cook and declared that if his dishes did not match the tongues of the noble, he could stop being a chef. But in that case, it also affects the dignity of First Prince Felix, who pulled him out. If so, it would be better for the prince himself, rather than the servant in the palace, to make that decision. But when Gerda played it, Felix, the Prince of Fools and his reputation, barely said, "No, I don't want that." Everything was a hassle, even before the reign, "for such nonsense," and it was troublesome to talk about the dishes made by the lowly maid. "Brother-in-law...." Lucas, who was listening, seized his forehead. It is important to gather the support of the Miyakami even when it comes to servants before taking office. If you didn't want to talk about the maid's cooking, you should have admitted that "Georges Ramadier is the chef of this castle without competing." Anyway, there's nothing I can do if you refuse. Gerda was half relieved, and George said this story would stop, but he was stubborn enough to return it. There will still be "noble people" in this castle with you. Gerda, who had been with the ex-husband of Juliana for twenty years, explained the situation to her. She is vigilant and has never been involved in this disturbance before. I'm sure it was a good thing that you said no, but... "Oh, that sounds interesting. I want to cook Elma's food and try it." What an unexpected and utterly inspired conversation. After the tea party with Elma, it seems that a lot of things have blown up. She said, "Why don't we have other servants eat it?" "Should we call everyone in the palace?" All right, then let's rent out the garden, "he said, rather spreading the story. When I realized it, I was going to gather Miyakami's servants and hold a big "which cooking show" - that's why. "Why, when that girl gets involved, these things happen all the time...." Lucas, who ran out of preparation for the Knights' ceremony - well, taking care of the trouble was welcome on his part - remembered all this and made him look masculine. "Well, when you look at a girl and you're dictating from one end to the other, don't you think she doesn't like you? You're not attracted to unexpected women, are you? "In your words, Mother, I also like it. And the unexpectedness that a man likes is to say that he was unexpectedly beautiful when he took off his glasses, or that a sturdy woman was actually vulnerable to alcohol. That's not her surprise. I don't know when or how it's gonna explode. It's just unpredictable, like a landmine." Lucas replied with a blurred expression. While a prince, he belonged to the Knights, and sometimes he went downtown to make friendships with ordinary people. Many voices said that he was "out-of-the-box" and "out of common sense." Lucas himself accepted it, but now I think I see a girl (Elma) who discards the two characters of "normal" with her own power. I am totally a common sense person. When he took off his glasses, Gerda glanced at Lucas's face, but the prince stared at the stage in a mood without realizing it. "Since she came to the palace, I've cleaned up the reflector, been followed by a hunting alumni club who've been passionate about the bear demolition technique." Anyway, Elma's skills are so amazing that if you burn a plate, you can make something national treasure, and if you make a toy, you dig up fossils of ancient life, that's all. It was Gerda and Lucas who brought her into the palace, but things happen to the maid in charge, so Lucas will have to deal with them. But if you sell the plates behind closed doors, "rare ceramic writer, now!" When the city sneaks up and secretly donates fossils to the academy, "History moved!" The investigation team came to the royal palace, and recently he had no time to rest. Oh, well. But while saying that, this is how you come here. You really like her, don't you? "--Well, you're good at cooking, right? And I wondered who the new chef would be." Lucas lifts his shaped lips at one end and shrugs his shoulders. I think the newly hired Montenegrin chef is doing a good job, but I was worried about being isolated in the palace. I avoided contact in front of my half-brother, but if this time he threw me away, I might use this as an opportunity to deepen my relationship. Getting along with the person in charge of food safety is very beneficial to the Second Prince, who is at risk of somehow poisoning. Lucas is now a man who pays careful calculations for relationships. "Whoa, here we go." At that time, if the gallery groans and pronounces itself Georgian-ruden-style, it turns out that george came. Wearing a high cock hat, which is becoming popular in Rouden, she wears a red chief around her neck indicating her position as a chef. Short, cured hair on firm arms. It seems like a Montagnard with intense emotional ups and downs, but with sharp eyes and stretched spine, you can feel a sense of reticence to work. "Former Princess Juliana, and Prince Lucas. I would like to thank you for the honor of your deliberations. Collect the best of my technology and please give it a taste." George takes off his hat and bows. He looked like a high-pride Montagnard, and even in front of the royal family he remained in his native language, but he was rather polite enough to speak up. "Permission granted. I expect your loyalty and your skill." "I look forward to it." After my mother, Lucas answers briefly. Here Juliana is the organizer. You must not obstruct her progress. Juliana nodded satisfactorily, spreading her fans. "Georg - No, George Ramadier. If you win this confrontation, I will watch over you and promise my son Lucas and His Royal Highness Felix my place in this palace." Not only Prince Felix of All Fools, but also the prominent Second Prince and his mother. Now Georges can secure a certain power in the palace, whether he is abandoned by Felix or vice versa. It was an impeccable reward. George was so excited that he lowered his head deeply. Eventually, he switched consciousness or made preparations with a vigorous move. Not only did they say that they had done all the luxury of the world, but they brought in a variety of ingredients that were incredible for both of them, and began to warm up their hearts. Meanwhile, in the kitchen on the left, the maid who was supposed to have been challenged still didn't show up. A confrontation with a protagonist, the chef, is too sincere an attitude in front of the royal family. The suspicious servants gradually whispered to each other. - Oh, my God! The momentum to push them spread a sigh, and Lucas raised his face. And I understood the sight ahead of them and opened my eyes a little. Slowly pushing the trolley with a dull sound is a small maid with thick glasses in the wilderness. Looking straight ahead in the early summer sun, which was just in the middle of the day, was like an actor through the flower path, but more importantly, there was an object that boasted a strange presence that the surroundings had to penetrate. Large cooking utensils and large quantities of flour on the trolley. Likewise, there are plenty of cabbage and seasonings. I know this too. Lots of hard bread. Although I care about the roughness of this, I understand. Giant tuna. Lucas stood up unexpectedly. "Where did you get that stuff?!"

36.シャバの「愛」はもどかしい(6) 「フェ......フェアリー......っ」 「......せ、旋律と書いて『うた』......っ」 「圧倒的......センス......っ」 皆が皆、テーブルや膝に突っ伏して肩を震わせている。 つい先ほどまで不穏な空気をまとっていたはずのモーガンまでもが、 「............痺れますね」 静かに視線を逸らし、身を震わせていた。 ハイデマリーは、恥辱という名の社会的死を与えておきながら、なんでもないように肩を竦める。 それから、先ほどのポエムなどなかったように、しれっと話を戻した。 「あなたは彼女に詩を捧げ、宝石を捧げ、屋敷を捧げた。彼女を傷つける者のいない、安全な屋敷を」 「あなたが愚かにも王のような権力を求めたのは、もしかして彼女に女王の座を与えたかったからかしら? 愛する妻がかつて求め、けれどけっして手に入らなかったものを、あなたが代わりに与えようと?」 「違う......っ、私は、彼女を愛してなど――」 己の恥部を容赦なく暴き立てられ、動揺しきったクレメンスは、それでも頑なに首を振る。 しかしハイデマリーは頑是ない子どもを見るような目つきになると、 「ねえ、クレメンス」 優しい声で、そういなした。 「わたくしたちは、あなたを裁く者ではないわ。だってわたくしたちは犯罪者で、そもそもあなたも、 ――あなたが彼女への愛を認めたところで、誰も彼女を傷つけはしないのよ。 ハイデマリーが続けた言葉に、クレメンスは瞠目し、息を呑んだ。 一瞬の、沈黙。 それが、クレメンスが隠していた真実のすべてだった。 ハイデマリーは優雅に両手を広げると、片眉を持ち上げて微笑んだ。 「――権力闘争に、行動原理、人生。すべてを愛だ恋だの感情に帰結させるなんて、そうそうできることではなくってよ。......素敵だわ」 あからさまな、揶揄。 しっかりやり返したうえで、ハイデマリーは慈愛深くクレメンスの頬を撫でた。 「ロマンチストの、可愛い可愛い宰相さん。わたくし、あなたがとても気に入ったわ。どうぞ、真実の衣の最後の一枚は、あなたの手で脱ぎ捨ててごらんなさいな」 そんなことを言いつつも、もはやクレメンスにまとえる虚勢の鎧など、残っていやしないのだ。 彼女が最初に宣言した通り、彼は全財産を、社会的権威を、隠していた真実をむしり取られ、今や裸でいるような頼りなさで、監獄の女王の前に跪いている。 とうとう、クレメンスは降伏した。 「............妻は」 そして、震える声で愛を認めた。 「妻は......彼女は、善良で、哀れな女なのだ。周囲の都合に巻き込まれ、言われるがままに二度結婚し、二度の離縁を経験した。ただ私が求めてしまったがゆえに、犯罪者の妻の烙印を押された、哀れな女なのだ。だから、どうか――」 彼は臆面もなく、ハイデマリーの手を取り、額を押し付けて慈悲を請うた。 「彼女に......不幸にも私の妻であった彼女に、あの土地を授けることだけは......見逃してくれ――!」 しん、と、針の落ちる音すら聞こえそうな沈黙が満ちる。 やがて、ハイデマリーは美しく紅を引いた唇を、ゆっくりと引き上げる。 甘く、懇願を退けた。 無慈悲な返答に、クレメンスが必死の形相で彼女を見上げる。 ソファどころか床に崩れ落ち、彼女の足すら舐めようとしたクレメンスだったが、しかし美貌の娼婦は、くすくすと笑いながらそれを躱した。 そして、思いもせぬ言葉を告げた。 「だってクレメンス、それでは簡単に足がついてしまってよ?」 怪訝そうに顔を上げたクレメンスの傍らに、彼女はそっと屈みこむ。 そうして細く艶めかしい腕を差し出すと、元老侯爵の身を起こしてやった。 「監獄にいるわたくしですら、こんなに簡単に知れてしまうほどの噂が流れているのだもの。いくら別名義にしてみせたところで、突然彼女がトレンメルの土地を手に入れてしまったら、誰だって背景を疑うわ。脱獄したあなたが、そのままトレンメルで死にでもしてごらんなさい。同情されるどころか、やはりあなたの差し金かと断定されて、その土地が没収されるだけに終わるから。結果、フィーネ様がますます、思い出の土地を失うだけだわ」 根底に愛情があるとはいえ、己の悲愴にいくぶんか酔っていたクレメンスは、それではっとする。 愚かしくもかわいらしい酔客を、娼婦は愉快げな表情で見守ると、「だから」と付け加えた。 「だから、わたくしたちが、代わりの土地を用立ててあげる。かつて【怠惰】が巻き上げ、【嫉妬】がきちんと 「......彼にやるには過ぎた土地ですが、まあ、先ほどの余興ぶんと思うことにしますかね」 「じわじわ来るわー」 ハイデマリーの独断に対し、モーガンもリーゼルも、特に異存はないようである。 なにやらうっすらと笑みを浮かべて、クレメンスを眺めている。 すぐには話が呑み込めず、呆然とする元宰相に向かって、ハイデマリーは「そうそう」と白魚のような指を立ててみせた。 「もうひとつ、指摘が。あなたの奥様、離縁などしていなくってよ」 意味がわからない、というように眉を寄せた彼に、女王は再び一通目の手紙を取り出してみせた。 「先ほどの続き。トレンメルに向かったフィーネ様は、なんでもそこに籠って、祈りを捧げるおつもりなのですって。そうして、罪をすすぐのだそうよ。宰相の地位にありながら恐るべき野望を抱えた大罪人だけれど、自分にとってはかけがえのない夫の――ね」 クレメンスは、ぽかんとした。 言われたことが、すぐには脳に染み込んでゆかなかった。 それはおかしい。 妻にとって、しょせん自分は政略結婚の相手だ。 常識に照らせば、大罪を犯した夫など、早々に離縁して、人目を避け僻地に籠るはずだ。 そうとも、だからこそ、自分はなんとしても隠れ家を結ぶ土地を用意せねばと焦って――。 「......そなた、『元』侯爵夫人と、言ったではないか」 「『元』でしょう? あなたはもう侯爵ではないのだもの」 かろうじて絞り出した反論を、ハイデマリーは難なく封じ込め、それからにこやかに続けた。 「詩というのは、素晴らしいわね。今のあなたがどんなに奥様への愛を否認し、黙秘してみせたところで、若き日に捧げたそれが、なにをも超えて雄弁に愛を語り、奥様を献身へと走らせるのだから」 クレメンスは、なにも言わない。 ただ、せっかく身を起こされたところを、視線を逸らすように顔を俯けていた。 髪に隠された瞳が、彼の人生で初めて潤んでいたかどうか―― それをわざわざ確認するような無粋な輩は、この監獄には、幸い存在しなかった。

68 36. Shaba'S "Love" Is Disgusting (6) "Fairy... fairy..." "... let me write it down as a melody and say 'Utah'..." "Overwhelming... sense..." Everyone is shaking their shoulders on the table and knees. Even Morgan, who was supposed to have been in trouble earlier, "... you're numb." He was quietly distracted and trembling. Heidemary shrugs her shoulders to nothing while giving her social death in the name of shame. Then, as there was no Poem earlier, I returned to the conversation. "You gave her poems, jewels, and mansions. A safe house with no one to hurt her." "Did you foolishly ask for a king's power because you wanted to give her the throne? You want to give her what her beloved wife once wanted but never got? "No... I love her..." Clement, who was relentlessly exposed to her shame and upset, still shakes her head. But when Hydemarie looks at a stubborn child, "Hey, Clemens." I did so with a gentle voice. "We are not judging you. Because we are criminals, and you are here because you have already been (...) tried in the first place. So..." --Nobody will hurt her when you admit your love for her. Clement sighed and took a breath at Hydemarie's continued words. A moment of silence. That was all the truth Clement was hiding. Hydemarie gracefully spread her hands and lifted one eyebrow and smiled. "--Power struggle, principle of action, life. That's not how you end up in love.... it's lovely." Clear, obvious. After a good repetition, Hydemarie stroked Clement's cheek mercifully. "Romantic, cute Prime Minister. I really like you. Please, take off the last piece of the true clothes with your hands." Whilst saying that, I don't want to leave any more imaginary armor in Clement. As she first proclaimed, he is kneeling before the prison queen with all his possessions, his social authority, his hidden truth, now naked and unreliable. At last, Clemens surrendered. "... my wife..." And he admitted his love with a trembling voice. "My wife... she's a good, pathetic woman. I was caught up in the convenience of my surroundings, and I married twice, as I was told, and experienced two separate marriages. It's just that I asked for it, so I'm a poor woman who's been branded a criminal's wife. So, I don't know..." He took Heidemary's hand without cowardice, and pressed his forehead to beg for mercy. "... just give her... the land that was unfortunately my wife... and let it go!" Shhhh, the silence that seems to hear even the sound of the needle falling is full. Eventually, Hydemarie slowly lifts up her beautiful red lips. Sweetly, I retreated from my plea. In a merciless reply, Clement looks up at her desperately. Instead of a sofa, she fell to the floor and even tried to lick her feet, but the beautiful whore smiled and smiled. And I said something unexpected. "I mean, Clemens, it's going to be easy for you to get on your feet. Next to Clement, who raised her face in suspicion, she gently bent over. Then he gave out his thin and glossy arm and woke up the elder Marquis. "Even I'm in jail, and there's so much rumor going around that it's so easy to find out. I'm just trying to put it under a different name, and all of a sudden if she gets Tremmel's land, I doubt anyone's background. If you escape, you die in Tremmel. Instead of being sympathized with, it will be judged to be your favor, and the land will only be confiscated. As a result, Fine is losing more and more of her land of memory." Even though there was love underlying it, Clemens, who was drunk for the first time, felt relieved. "That's why," she added, watching a foolish and cute drunk with a pleasant look. "So we will set up an alternative land for you. It's a beautiful place where [laziness] once rolled up and [jealousy] washed (laundered) properly." "... it's too much land for him, but do you think it's going to be fun just now?" Wow, I'm coming. Morgan and Riesel seem to have nothing in common with Hydemarie's arbitrariness. Looking at Clement with a faint smile. Soon after the conversation failed to swallow, Heidemarie raised her finger like a white fish to the dazed former prime minister. "Another point. I'm not separated from your wife." He raised his eyebrows as if he didn't understand the meaning, and the queen retrieved the first letter again. "Continued earlier. Fihne-sama, who was heading for Tremmel, said she was going to put everything there and offer her prayers. That's how you rinse your sins. A terrible sinner in a prime ministerial position, but an irreplaceable husband to himself." Clement was gloomy. What I was told didn't immediately penetrate my brain. That's strange. For my wife, I am the opponent of political marriage. In the light of common sense, husbands who have committed great sins should be separated from each other early and hidden from the public eye. That said, that's why I was anxious to prepare a land to tie up a hideout anyway. "... I thought you said 'ex-Marquise'." "Isn't that the" ex-girlfriend "? You're not the Marquis anymore." The barely narrowed objection was easily contained by Hydemarie, who then continued to smile. "Poetry is wonderful. How much you have denied and silenced your love for your wife today, because it was devoted to your young days, to speak eloquently of love above all else, and to make your wife run for devotion." Clemens won't say anything. However, when I woke up, I leaned out of sight. Whether the hidden eyes in his hair were moisturizing for the first time in his life-- Fortunately, there was no innocent person in this prison who took the trouble to confirm it.

今、この天使のような美少女の、花のように可憐な唇から、とんでもなく俗悪な単語が紡がれた気がする。 硬直する周囲をよそに、エルマは明らかに怒気をはらんだ声で続けた。 「女性にのみ発現する、四肢の爛れと視細胞の硬直狭窄を主症状とした病。それは、私の知識では、『線虫病』に分類されます。なぜならばその原因は、病原菌でも神の怒りでもなく、ミジンコ糞野郎が植え付けられ、植え付けた、寄生虫だから」 「寄生虫......?」 呆然と反復する観客たちの前で、エルマはごそごそと布鞄を漁りながら続けた。 「通常、羊やヤギといった家畜の直腸に生息するその寄生虫は、ミジンコ糞野郎の逸脱した性的嗜好によって、男性器を経由し、女性の体内に寄生、成長します。癒術で癒えぬのは、当然のこと。術の発動に不可欠と言われるイメージが、病原菌と寄生虫では大幅に異なるうえに、基本的に聖力とは命を育む力。癒術でいくら体を回復させたところで、 明快に解き明かされて、一同が絶句する。 エルマは、静かにルアーナを見た。 そして、売女病の名を聞いた途端に、クロエへの嫌悪を示した観客たちのことも。 「おそらくお母君は......、唯一彼女にだけは、原因の心当たりもあったことでしょう。けれどそれを公言することなく、耐え忍んだ。彼女以外に被害者が出なかったのは、彼女が一切ほかの異性と交渉を持たなかったから。そのような女性を、この国では『娼婦』だとか、『あばずれ』と呼ぶのが普通なのですか?」 周囲の人間の顔色が変わる。 特にルアーナのそれは青を通り越し、紙のような白さになっていた。 エルマの主張が真実なら、――彼女は被害者ではなく、加害者の娘なのだから。 張り詰めるような沈黙の中、エルマはくるりとクロエに向き直った。 それから、そっと眉間を開き、まるで聖母のように慈愛深い表情を浮かべた。 「クロエ様、......お辛かったですね」 予想外の人物からの労りに、再度クロエの瞳が潤む。 ただしそれは、先ほどまでのものとは、まったく異なる種類の涙であった。 エルマは優しくクロエの髪を掬い、耳にかけてやる。 そうして、クロエの腕を取り、彼女の前に置かれていた鉢へと触れさせた。 「ですが、ご安心を。実は私の兄がこの病への特効薬を開発しておりまして、私もレシピを知っております」 「主原料は奇しくもこの、アローロの樹。この樹液を酸で反応させ、晶析、分離させることで原薬を得られます」 「なお、時間の都合上、完成したものがこちらにございます」 布鞄から取り出した小瓶をすちゃっと掲げたエルマの前で、クロエは目をまん丸にして立ち尽くした。 そして、ただただ、目の前の少女のことを見つめた。 植物を意のままに操る圧倒的な能力を持ち、クロエが抱えていた悩みを根底から切り崩し、特効薬まで差し出してみせる、人とは思えぬ美貌の少女。 その姿に、後光が射しているように思ったのは、なにも自分だけではないだろう。 「ど......、どうして......私のことを、......助けてくれるの、ですか......?」 問いながら、知らずクロエの頬には涙が伝いはじめていた。 「縁もゆかりもない......他国の、ライバルの筆頭とも言われる、私のことを......なぜ......?」 奇跡だ。 これは奇跡だ。 渡された小瓶の、その力強い重みを感じながら、クロエは、この幸運を本当に受け取っていいのかを悩み、問うた。 「なぜ......――?」 「みかじめ料です」 「............はい?」 そして戸惑った。 なんだか、文脈から外れまくった単語を聞いた気がする。 会話に取り残されたクロエに、エルマはなにを思ったか、爽やかな笑顔を浮かべてみせた。 「失礼、レッスン料のようなものだとお考え下さい。あなた様のお姿に、学ぶところが多くございましたので」 「わ......私なんかから......?」 「ええ。あなた様からは、オーガニック......自然体の大切さを教えていただきました」 よく――というか、さっぱりわからない。 自分の振る舞いから、果たしてこの奇跡のような少女が学ぶことなど本当にあるだろうか。 クロエは混乱しながら必死に考えた。 いや、それともこれは反語的表現というアレかもしれない。 理不尽な状況に抗議すらせず、じっと感情を殺して過ごしていた自分を見て、自然に振る舞うことの重要性を再認識した、といった主旨の。 (私はいつも......いろいろなものを、押し殺して、見ない振りをして......そればかりだったから) ふと、昨夜ラウルたちと交わした会話を思い出す。 彼らはクロエのことを優しいと評した。器が大きいとも。 だが、本当の自分はそんなものではないということは、誰より本人が知っている。 (私はただ......臆病だっただけ。本当は嫌だったことも、争うのが怖くて言い出せずに、じっと黙り込んでいただけ) クロエは意を決して顔を上げる。 しかし、彼女が口を開くよりも早く、 「――冗談じゃないわよ! ......ぜんぶデタラメよ、詐欺だわ!」 甲高い女の声が闘技場に響き渡った。 ルアーナだ。 彼女は顔を引き攣らせたまま、エルマとクロエを指さして叫んだ。 「みんな、そこのルーデン女に騙されているのよ! だってそうでしょ? あの女が最初にお母様からお父様を奪ったのは事実よ。あの女は汚らわしい売女なの! 加害者はあなたたちで、わたくしたちは被害者! それは、揺るぎない事実なのよ!」 燃えるような瞳、力強い口調。顔は強張っていてもなお、彼女には年頃の少女以上の迫力がある。 それにいつも圧倒され、黙り込んでいたのはクロエだ。 自分だけが我慢すれば、などという自己憐憫に浸かり込み、決して戦おうとしなかった。 「ルアーナ、てめえ......!」 血相を変えたラウルとジーノが、今また、クロエをかばおうと前に出る。 しかしそれを、クロエは初めて自らの意志で制した。 「待って」 ちらりとエルマのほうを見て、それからルアーナを見据え、息を吸い込む。 初めて自らの感情を解放する、その心臓が震えるような感覚に、頬が熱くなった。 「――ルアーナ様。私、......あなたのことが、大嫌いです」 声は思いのほか、凛と響く。 ルアーナは、まるでか弱いだけの小動物が突如噛んできたとでもいうように、最初、ちょっと目を見開き、それから呆れ笑いの形で吐息を漏らした。 「――......は。そう」 「大嫌い。数少ない私の友達を傷つけた卑劣さも、母のことを口汚く罵るその言葉遣いも、取り巻きをお金で購う嫌らしさも、ずる賢さも、視野の狭さも、ヒステリックなところも、全部」 ルアーナからしてみれば、妾の子に嫌われたところで、それがどうしたという思いなのだろう。 だが、クロエにとっては、誰かを明確に「嫌う」ということは――相手を傷つけることも辞さない、その覚悟を決めるということは、大きな、とても大きな決断なのだ。 「死ねばいいとは思わない――それは、やはり思えない。けれど、苦しめばいいと思います。あなたが私を苦しめたのと、同じ分だけ」 誰かの苦しみを願うことは、恐ろしいことなのだと思っていた。嫌うこともまた。 卑劣で、残忍で、禁忌。 相手のことを許せるからではなく、「してはいけないこと」をする自分が許せないから、クロエは抵抗をしなかった。 けれど、それではだめなのだ。 だって、実際にルアーナへの怒りは、傷つけられた悲しみは、捌け口を求めて心の底に蠢いていた。 それを無理やり押し固めたところで、事態は沈静するどころか、悪化しただけだった。 もっと早くこの怒りに向き合って、ルアーナに対峙し、声を上げていれば。 もしかしたら、母の病の原因だって、もっと早く解明されたのかもしれない。 いらぬ不名誉は避けられたのかもしれない。 自分に必要だったのは、暴れる負の感情を、固い殻の中に押し込めることではなく、きちんと外へ解放してやることだったのだ。 (猛々しい巨木や蔓を制御し、石畳を割り砕いてみせた彼女のように――) クロエは、これまで無意識に握りしめていた右の拳を、そっと緩めてみた。 これまでずっと、感情が溢れそうになるたびに、握り込んでいた拳。 「奇しくも、私たちどちらも、ミジンコ糞野郎の娘ではありませんか」 過去にクロエに向けてきた暴言が、倍にもなって返ってくる事態を理解し、ルアーナが青褪める。 クロエは、愚かなルアーナに微笑みすら浮かべながら、右手の拳から、ゆっくりと親指だけを起こした。 「石を投げられたり、服を裂かれたり、中傷文を仕込まれたり。私、大変な親を持つ娘の苦労というのには、あなたのおかげで随分詳しくなりました」 そして、震えるルアーナの前で、 「ですので――地獄の苦しみというものを、ご案内させていただきますわ」 クロエは、右の親指を地面に向かって振り下ろした。 ひゅっ、と、誰かが息を呑む音がする。 繊細で儚げだったクロエから滲む、得も言われぬ迫力。 やり取りを見守っていたイレーネは、つい呟きを漏らした。 「どうしよう......せ、聖女筆頭候補が......闇堕ちしてしまったわ......っ」 涙目だった。 「そうでしょうか、じゃないわよ! どうすんのよエルマ! あんな清純そうな子が......!」 「はて。彼女の心根は、あまり変わっていないように思いますが」 イレーネにがくがく揺さぶられながら、エルマは首を傾げる。 それというのも、彼女にだけは、クロエがごく小さな声で付け足した言葉が聞き取れたからだった。 ――地獄の苦しみというものを、ご案内させていただきますわ...... クロエは、彼女の言葉の通り、自らもまた加害者の娘であることを理解しているのだ。 これまでに比べれば、売女病患者やその縁者に向けられる視線は格段に和らぐだろうが、理不尽にも、コンテスティ家当主への非難や攻撃の一部は、クロエにも向けられることになる。 これから彼女は、それと戦っていくことになるのだろう――ルアーナとともに。 「でもなにかこう......先ほどまでと比べて、随分芯が強くなった印象はありますよね。微表情的にも」 ただ、今のクロエならば、適切な怒りをきちんと表し、外と戦っていけるのではないかと、エルマはそんなことを考えた――無論、その変化の原因が自分にあるとは、露にも思わぬ彼女なのだが。 と、エルマの視線を感じ取ってか、クロエがくるりと振り返る。 彼女は、そのあどけなく可憐な顔に、凛とした表情を浮かべ、エルマを仰ぎ見た。 「あの――改めて、本当にありがとうございます。申し遅れましたが、私、クロエ・コンテスティと申します。このたびのこと、心から御礼申し上げます」 「いえいえ、手持ちの薬が余っていただけですから」 「いえ、それだけではありません」 クロエの濃緑の瞳には、それまでのような弱々しさは一切ない。 代わりに、こちらを射抜くような真っ直ぐさがあった。 彼女は、あどけない顔にこぼれるような笑みを浮かべた。 「私、ようやくわかったんです。黙っているだけじゃいけない。敵に遭ったら――力一杯踏みにじらなきゃ、って」 「やっぱこの子、闇落ちしてるじゃないのーーー!」 そばで会話を聞いていたイレーネは、堪らず叫びだし、再度エルマの肩を揺さぶった。 「なんかあどけない微笑みから、真っ黒けっけのオーラが滲み出てない!? 気のせい!? ねえ気のせい!?」 「気のせいではありませんか? イレーネ、後でこの成長した草花を使った料理を作って差し上げますので、どうぞ落ち着いてください」 「そんなのいらな――......いる。それはいる。わかった落ち着く」 真顔になってぱっと手を離したイレーネに、エルマは温かい表情を浮かべる。 「イレーネって、本当に食べるのが好きですよね......」 「う、うるさいわねっ。あなたの料理を食べると、あらゆるもの思いが吹き飛んでしまうのだもの、しょうがないでしょ!」 そんなやり取りをしている間も、クロエはにっこりと微笑んでエルマを見つめていた。 その笑みにどす黒いオーラを感じ取れる気もするが、いや、一心にエルマを見つめる瞳、その目付きだけは、一点の曇りもなくキラキラと輝いている。 イレーネは、エルマの返事を待ち続けるクロエの姿に、ふと既視感を覚えた。 「ええと、クロエ様、でいらっしゃいますね。ご決心に水を差すようで恐縮ですが、別に私は、敵を踏みにじるだとか、そのような教えを掲げた覚えは――」 「あっ、すみません......! やはり、踏みにじるくらいでは足りませんよね? もっとこう、すり潰したり捩じ切ったり、やりようがありますものね。お恥ずかしいです......」 素直な佇まいでありながら、 怪訝さに目を細めるイレーネの前で、今度クロエは、そっと頰に手を押し当てた。 「私、あなたから強さを――ものすごい力をもらったような気がしているんです」 ひたむき、と言えばその通りなのだが、その範疇に収まらないくらいの熱量。 「エルマさん、と仰るのですよね? エルマさんは本当に素晴らしいお方......」 「いえあの、クロエ様? もしもし?」 やり取りを観察していたイレーネは、あ、と思った。 誰と似ているのかわかった。 「差し支えなければ――お姉様、と、呼ばせていただいても......?」 デボラだ。 うっとりと狂信的な、いってしまっている瞳。 」と名付けた目付きをしたクロエは、いつの間にか神に祈る信徒のようなポーズで、エルマのことを見上げていた。 しん、と静まり返る闘技場の舞台で、 「そろそろ、この場合の聖女が誰かを判定したいのですが――」 とりあえず、一度皆さん退場していただけませんか。 チェルソ枢機卿の、哀しげで弱々しい舞台進行の声が掛かった。

Now, it feels like this angel-like beautiful girl's blossom-like poor lips have spinned an unbelievably cynical word. Looking around the rigid perimeter, Elma continued with an obviously angry voice. "Diseases mainly manifested in women with poor limbs and rigid stenosis of photoreceptor cells. In my knowledge, it is classified as nematode disease. Because it's not a germ, it's not the wrath of God, it's a parasite planted and planted by a faggot." "Parasites...? Elma continued fishing for a rag in front of a dazed audience. "Normally, the parasite that lives in the rectum of livestock, such as sheep and goats, parasites and grows through the male genitals and into the female body due to the deviant sexual preferences of the faggot. It's only natural that you can't heal with healing. The image that is said to be indispensable for the activation of magic is very different in pathogens and parasites, and basically sacred power is the ability to nurture life. How much of the body has been restored by healing, and the parasite can't be killed." Clearly figured it out, and together they were utterly silent. Elma saw Luana quietly. And as soon as I heard the name of whore's disease, the audience showed disgust for Chloe. "Perhaps your mother... she was the only one who knew the cause. But I endured without saying it publicly. There were no victims other than her because she did not negotiate with any other opposite sex. Is it normal in this country to call such women" prostitutes "or" deviants "? The color of the people around you changes. Especially for Luana, it passed through the blue and became as white as paper. If Elma's claim is true - she's not the victim, she's the perpetrator's daughter. In a tense silence, Elma turned back to Chloe. Then he gently opened his eyebrows and looked like the Virgin Mary. "Master Chloe... it was hard for you." Chloe's eyes are moisturized again by the work of unexpected people. However, it was a completely different kind of tear than before. Elma gently brushes Chloe's hair and puts it on her ear. And he took Chloe's arm, and touched the bowl that was before her. "But don't worry. In fact, my brother was developing a cure for the disease, and I know the recipe." "The main ingredient is oddly this Arrow tree. React this sap with acid, crystallize, and separate to get the drug substance." "For your convenience, here is the completed one." Chloe stood up with her eyes round in front of Elma, who lifted the vial out of the cloth bag. And then I just stared at the girl in front of me. An unexpectedly beautiful girl with the overwhelming ability to manipulate plants with pleasure, cutting Chloe's troubles from the roots and offering her even a special potion. I guess I wasn't the only one who thought there was afterlight in that figure. "Well... why... are you helping me...? While asking, Chloe began to cry on her cheeks without knowing. "There is no connection or connection... why do you think of me as the head of a rival from another country...? A miracle. This is a miracle. Feeling the powerful weight of the vial handed over, Chloe wondered if she could really accept this fortune. "Why...?" It's a trick fee. "... yes? And confused. I feel like I've heard a word that's out of context. Chloe was left with a refreshing smile as to what Elma thought. "Excuse me, please think of it as a lesson fee. There was a lot to learn about you." "Wow... from me...? "Yes, you taught me the importance of organic... nature." I don't really know. Is it true that this miracle girl will learn from her behavior? Chloe thought desperately in confusion. No, or maybe it's an antonym. Without even protesting the irrational situation, I saw myself spending time killing emotions and recognised the importance of behaving naturally. (I always... pushed and killed a lot of things and pretended not to see them... because that's all) Well, I remember the conversation I had with Raul and the others last night. They spoke kindly of Chloe. Even if the vessel is large. But I know better than anyone that I'm not like that. (I was just... timid. I didn't really like it, but I was afraid to argue, so I just kept quiet.) Chloe never raised her face. But before she opens her mouth, "- I'm not kidding!... this is bullshit, it's a scam! A tall woman's voice echoed through the arena. Luana. She shouted, pointing at Elma and Chloe with her face twitching. "Everyone is being deceived by that Luden woman! I mean, isn't that right? It's true that she took your father from your mother first. She's a dirty whore! You are the perpetrators, and we are the victims! That's an unshakeable fact! Burning eyes, powerful tone. Even though her face is strong, she is more powerful than a girl of her age. And Chloe was always overwhelmed and silent. If only I endured, I was immersed in self-pity, and never tried to fight. "Luana, hey...! Raul and Gino, who had changed their blood phase, are now back in front of Chloe again. But for the first time, Chloe controlled it by her own will. "Wait a minute." He glanced at Elma, then looked at Luana and took a breath. For the first time, your cheeks became hot with a trembling sensation of your heart. "- Master Luana. I... hate you." In addition to thoughts, the voice resounded. Luana opened her eyes slightly at first, as if a weak little animal had suddenly bitten her, and then she exhaled in the form of a giggle. "----yes." "I hate it. The humiliation that hurt a few of my friends, the cursing of my mother, the reluctance to buy money around me, the cleverness, the narrowness of my vision, the hysterics, all of it." From Luana's point of view, I wonder what happened when my concubine's son hated me. But for Chloe, clearly "disliked" someone - not hurting them, not quitting, and being prepared for it is a big, very big decision. "I don't want to die - I still don't think so. But I think you should suffer. Just as much as you tortured me." I thought it was terrible to want someone to suffer. Sometimes I hate it. Despicable, cruel, forbidden. Chloe didn't resist, not because she could forgive the other person, but because she couldn't forgive herself to do what she shouldn't. But that's no good. Because, in fact, the anger towards Luana, the grief of being hurt, was stupid in the bottom of his heart in search of a mouth. When it was forced to consolidate, the situation did not calm down, but only worsened. Face this anger sooner, confront Luana, and speak up. Perhaps the cause of my mother's illness was solved sooner. Perhaps unnecessary dishonor was avoided. What I needed was not to push violent negative emotions into a hard shell, but to release them properly. (Like her who controlled violent trees and vines and broke and crushed cobblestones...) Chloe gently loosened her right fist, which she had unconsciously gripped. Until now, every time I feel like I'm overflowing, I've been holding my fist. "Strange, aren't we both the daughters of Mijinko shithead?" Luana blues as she understands the fact that the rumours that have been directed at Chloe in the past are doubling and returning. Chloe slowly woke her thumb from her right fist, even smiling at the stupid Luana. "Stones thrown, clothes torn, slanderous statements made. I've learned a lot about the hard work of a daughter with a hard parent thanks to you." And in front of the trembling Luana, "So, let me show you the suffering of hell." Chloe shook her right thumb down towards the ground. Hyuhh, someone's breathing. An unspeakable power that seeps from the delicate and slender Chloe. Irene, who was watching the exchange, whispered. "What should I do... let's see, the candidate for the presidency of the Virgin... has fallen into darkness..." She had tearful eyes. "I see, I see! What are you gonna do, Elma? Such a pure child...! "Yes, I don't think her heart has changed much." Elma leans her neck as Elaine shakes hard. That was because Chloe could only hear the words that Chloe added with a very small voice. --Let me show you the suffering of hell... together (...). Chloe understands, as she says, that she is also the perpetrator's daughter. Compared to before, the gaze directed at prostitutes and their loved ones will be much easier, but some of the accusations and attacks against the contestie owner will be directed at Chloe as well, unreasonably. From now on, she will fight it - with Luana. "But something like this... you have the impression that the core has become much stronger than before. Even on a slightly expressive level." However, with Chloe now, Elma wondered if she could properly express her anger and fight the outside - of course, she didn't think that the cause of the change was herself. And Chloe looks back and feels Elma's gaze. She looked up at Elma with a groovy expression on her pathetic face. "Um... Thank you very much again. My name is Chloe Contesti and I'm late. Thank you very much for this." "No, I just had extra medicine in my hand" "No, that's not all." Chloe's dark green eyes are not as weak as before. Instead, it was straight enough to eject us. She smiled like a spill on her face. "I finally understand. Don't just keep quiet. If you encounter an enemy - you have to step on it with all your might." "After all, this kid is in the dark! Irene, who was listening to the conversation beside her, screamed impatiently and shook Elma's shoulders again. "There's no black-and-white aura seeping out of your treacherous smile!? It's your fault!? Hey, it's your fault!? "Isn't it because of your mind? Irene, I'll cook you this growing flower later, so please calm down." "I don't need that... That's it. Okay, calm down." Elma had a warm expression on Irene, who turned her face and let go of her hand. "Irene really likes to eat..." "Ugh, shut up. Eating your food can't help but blow up all your thoughts! Chloe smiled and stared at Elma while she was interacting. I feel like I can feel the black aura in that smile, but no, my eyes are sparkling with no clouds. Irene felt as if Chloe was waiting for Elma's reply. "Uh, Mr. Chloe, you're here. Apologies for spreading water on your decision, but I don't remember telling you to trample on my enemies or anything like that..." "Ah, I'm sorry...! After all, it's not enough to trample, is it? More like this, you can scrape it, twist it, and do it. It's embarrassing....." While being honest, this sign of even Master "Elma" overwhelming and running away reminds me of someone. Now Chloe gently pressed her hand against her cheeks in front of Irene, who narrowed her eyes with suspicion. "I feel like I've got a lot of strength from you." It is true when it comes to flapping, but the amount of calories is not enough to fall within that range. "Elma, right? Elma is a really wonderful person....." "No, Chloe? Hello?" Irene, who was observing the exchange, thought, oh. I found out who it resembles. "If you don't mind - can I call you onee-sama...? It's Deborah. Eyes that are melancholy and fanatical. Chloe, whose eyes Irene named "Deborah's Eye", looked up at Elma in a position like a believer praying to God. On the stage of the calming arena, "It's time to determine who the Virgin is in this case..." In the meantime, may I ask you all to leave for a moment? Cardinal Chelsea's pitiful and weak voice rang as the stage progressed.

25.「普通」の対話(2) 「害霊、か......」 ラウル・パヴァリーニは、逃げ惑うほかの候補生たちを冷ややかな目で見つめ、次いで、頭上で唸る巨大な顔に、鋭い一瞥をくれた。 害霊。 またの名を、邪霊や、魔魂とも呼ばれる。 聖なる教えに背いて魔道に堕ちた者、または魔族や上級魔獣と契約した者がなるとされる、忌まわしき存在だ。 その咆哮は禍の雲を呼び、吐く息はかまいたちとなって、生者たちを傷付ける。 のみならず、彼らの放つ、引き攣った声を聴くだけで精神の均衡を崩されるという、まさに聖術師が討伐するに足る存在であった。 今回ラウルたち候補生に与えられた課題は、この害霊を封じ込めること。 聖壺に再び押し込めるならそれもよし、あるいは、存在自体を浄化――すなわち消滅させてしまえば、さらによしといったところだ。 (狙うのは――無論、消滅) 観客席から、ジーノやクロエがこちらを凝視している気配を感じる。 ラウルはそれに、唇の端をわずかに上げることで答え、深い湖のような双眸に、静かな闘志を宿した。 両手を重ね、掌を外に向けるようにしながら、掲げる。 こお......と、聖力が掌で渦巻くのを思い描きながら、彼は口を開いた。 「偉大なる名のもとに請う――」 大国ルーデンの上級導師ですら、聖力を術として発動させるには、長々と請願の言葉を唱えねばならない。 が、聖力保持量が枢機卿を上回るとまで評される「氷の聖術師」ラウルは、候補生の身でありながら、既に詠唱の短縮化に成功していた。 後はもう、術の発動方法を述べるだけだ。 「石畳に触れる者すべてを、氷の盾で遠ざけよ」 彼が端的に告げた途端、ぴきぴきぴきっと鋭い音を立てて、舞台上に一斉に霜柱が立ち、それは見る間に 「な......――っ!」 「ど、どうして私たちを......っ!?」 ラウルに下半身を氷漬けにされた恰好の生徒たちは、驚愕に目を見開く。 そのまま、氷の波がゆっくりと彼らを舞台の外周に押し出すのを、ラウルは無表情で見守った。 「邪魔だ」 候補生同士の攻撃を躱せない程度の人間が、害霊と戦えるとは思えない。 精神の均衡を崩して同士討ちを始める前に、彼らにはさっさと退場を決めてもらうのが吉だと判断したためだった。 「僕は聖術師となり、トリニテートの権力を使って新たなアウレリアを拓く。邪魔しないでもらおう」 冷ややかに言い捨て、害霊に向き直ろうとしたラウルは、しかしそのとき、ある人物を視界に捉えて、わずかに目を見開いた。 お団子眼鏡姿の冴えない少女。 ルーデンからの留学生、エルマだ。 彼女は、ラウルの放った氷の聖術を、とっさに床から離れることであっさり躱し、氷の波が舞台上を覆った後――つまり、「床に触れない」状態になった時点で着地したようだった。 ただし、術を回避して、害霊に挑む気なのかといえばそうでもないようで、腕を組んだまま明後日の方を向き、なにやら考え事でもしている様子である。 とそのとき、控え室にいる金髪の侍女と、陰気そうな用務員とが、声を枯らして、 「エルマああああああ! だ、か、らあああああ!」 「徹してくれ!」 と呼びかける。 エルマははっとしたように顔を上げると、素早く周囲を見回し、なぜか不自然なポーズを取って大道芸人のように静止した。 「大丈夫。私も皆さんと同じように硬直しております」 唇を動かさずにそう伝えるところを見るに――腹話術のようだ――、どうやら、氷漬けになって身動きが取れないでいる候補生たちの、真似をしているらしい。 控え室の二人はがくりと壁に向かって項垂れた。 なんだか、悲哀の滲む仕草だった。 (......なんだ、あれは?) ラウルは思わず怪訝な顔つきになったが、すぐに頭を振ると、意識を切り替える。 この少女、どうも聖力は使っていなかったようだが、自分の術を素早く回避できるくらいならば、少なくとも害霊に呑まれ、自分の邪魔をすることはないだろう。 「砂の害霊か。明確な弱点がないぶん厄介だが、......せいぜい、僕の聖術のお披露目に付き合ってもらうとしよう」 砂は、形も変幻自在。 炎系や風系の攻撃は離散することで回避し、水系の攻撃は、受ければ逆に相手に重量を与えてしまう。雷の類も効果がない。 これといった明確な対処法が定まっていないため、あらゆる攻撃を尽くして反応を探る必要があるのだ。 が、ラウルはそれを好機と捉えた。 (この聖鼎杯は、アウレリア中に、そして諸国に僕の聖力を見せつける恰好の場。あらゆる系統の力を操れることを示して、民意と、圧倒的な権力を――僕は得る!) 気合い一閃、ラウルは短い詠唱とともに、まずは閃光を炸裂させた。 「聖なる光を!」 どん......っ! 轟音すら伴う強烈な光に晒されて、害霊の顔が苦悶に歪む。 あまりの眩しさに、観客を含めた周囲は一斉に目をかばった。 ラウル本人ですら、腕で庇を作り、目を細めていたが、しかし少し離れた場所にいるエルマは、腕ひとつ動かす気配もなく、静止したままである。 思わずラウルが不審の眼差しでエルマを見ると、彼女は「ああ」となにかに気付いたように、今更ながら腕で目をかばい、ぼそっと呟いた。 「失礼。この眼鏡、遮光効果が強いので、少々反応が遅れました」 ちょっとなにを言っているのかよくわからない。 「レ......レンズは透明では......?」 答えになっていない雑な相槌を返し、少女はなぜかラウルに向かって、そっと片手を差し出す仕草をした。 「あの、どうぞ私のことはただの考える葦とでもお思いになって、お構いなく続きをどうぞ」 攻撃を受けた害霊が、我を失ったように砂塵を撒き散らし、凄まじい咆哮を上げたので、ラウルはすぐに向き直ると、素早く聖術を放った。 「させるか! 聖なる雨を!」 邪悪なる砂塵を浴びれば、物理的にも精神的にもダメージを負うことになるため、まずは雨を呼び寄せて盾代わりにする。 ざああああ......っ! ラウルの周辺にだけ局地的に降ってきた雨によって、砂塵は泥となり、ラウルの体を傷付ける前に、じゅっと音を立てながら氷の舞台に落下した。 念のためほかの候補生たちに攻撃が行っていないかを、ラウルはちらりと視線を走らせる。 そこで思わず叫ぶ羽目になった。 「なぜ君の周りは、僕のところより激しく雨が降っている!?」 「え? ああ、先ほどジャンプした際に手榴弾で雨雲を刺激しておいただけなのですが......」 ちゃっかりと自分の周辺に雨を呼び寄せたエルマは、いつの間にか取り出した大ぶりの傘を差しながら、おずおずと答えた。 「すみません、どうぞお気になさらず。我々は物言わぬ貝のように、背景に徹しておりますので」 そんな目立つ背景いねえよ。 ラウルの喉元まで、突っ込みの言葉が込み上げた。 が、氷の舞台に落ちた泥がぶるぶると震え、おぞましい唸りを上げながら集まりはじめたので、ラウルは今一度害霊に向き直った。 「聖なる炎とかまいたちよ、合わされ!」 今度は高温を誇る炎と、疾風を組み合わせた、攻撃性の高い術だ。 烈火の風は舞台上の氷を溶かしながら吹きわたり、集まりかけた害霊の「顔」を粉々に蹴散らす。 びゅっ! と鋭い音がいくつも響き渡り、そのたびに舞台が、壁が、そして害霊が砕けていった。 「わああああああっ!」 足を拘束していた氷が溶けたのを幸いに、悲鳴を上げて舞台上を去ろうとする。 ラウルは煩わしさに舌打ちしつつ、やむなく逃げる彼らの背後に風の防御壁を巡らそうとしたが―― そこで、またもや目を見開く羽目になった。 「君......っ、いったいなにを使って烈火の風を避けている――!?」 「あ、ただのカーボンナノファイバー製の傘ですので、どうぞお気になさらず」 エルマは、先ほど雨をしのぐのに使っていた傘を前に倒し、炎やかまいたちの攻撃を避けていたのである。 なんの変哲もない傘に見えるのに、凄まじい勢いの炎が、風が、あっさりとそれに撥ね退けられて、エルマの前で二股に分かれてゆく。 よく見れば、ほかの候補生たちは、まるでドッジボールの際に長身の生徒の後ろに隠れるかのように、傘を掲げるエルマの後ろに、おどおどした表情で整列していた。 「カ......カーボン、なにょ......?」 「はい。軽量でありながら、おおよそすべての物理的攻撃を無効化してくれるので、大変重宝しております」 耳慣れぬ単語に舌を噛みながらラウルが復唱すると、エルマは「あ、どうも」みたいな感じで、そそくさと片手を挙げて応じる。 彼女は傘を差したまま、もう一方の手で害霊の方を指し示した。 「ついでに候補生の皆さまには、ただいま耳栓もお配りいたしましたので、精神の均衡を崩すリスクもだいぶ低減しております。我々は完全なモブとして、完全な沈黙を演じる用意がございますので、ラウル・パヴァリーニ様におかれては、どうぞ後顧の憂いなく、ヒーローの役回りを演じていただければと」 ささ、と真顔で勧められても、誰がこの局面で颯爽とヒーローぶれるんですか、という話である。 「き......っ、君はさっきから、いったい何をしている......っ!」 「ほかの候補生の皆さまと同じく、なす術もなく防戦に徹しております」 エルマはそこで、なぜか誇らしげに眼鏡を光らせた。 「聖力のひとかけらも使っておりません。なにしろ、凡人につき、あなた様のような聖力を持ち合わせておりませんので」 「それ以上に異様なことをしてのけているだろうがあああ!」 の聖術を駆使したラウルよりも、奇抜かつ大胆な方法で攻撃を無効化してみせたエルマの方に集まっていた。 「エルマ......っ。こんの......、エルマあああああ......っ」 「もうあいつは......だめだ......」 ちなみにイレーネやルーカスはといえば、詰る言葉すら失い、がりりと控え室の壁を掻いている。 もはや完全にツッコミの心を折られてしまった二人に代わり――というわけでもなかろうが、ラウルはエルマに詰め寄った。 「いったい君はなんなんだ! さっきからいったい......何を考えている!?」 彼の質問の意図としては、もちろん「どういうつもりだ」といったところだったが、エルマは言葉を額面通りに受け取り、厳かに頷いた。 「『対話』について考えております」 彼の命令の意図としては、もちろん「ふざけるな」といったところだったが、エルマは言葉を額面通りに――以下略。 そして彼女は、眼鏡で覆われた顔をつと持ち上げ、攻撃に咆哮しつづける害霊を、じっと見つめた。 「ぱっと見た感じでは、叫んでいらっしゃるようですね」 「そう。そうではない。その通りですね。実際のところ、彼はただ闇雲に叫んでいるのではなく......なにかを伝えたがっている。あなた様も、そのように思われるのですね?」 突然の切り返しに、ラウルは絶句した。

97 25. "Normal" Dialogue (2) "A harmful spirit...." Raul Pavarini stared at the other runaway candidates with cold eyes and then gave a sharp glimpse of the huge face roaring over her head. Harmful spirit. Also known as evil spirits and demons. It is abominable that a person who has fallen into magic against the holy teachings, or who has made a covenant with a demon tribe or a superior demon beast. The roar calls to the clouds of evil, and the breath that breathes is no good, and it hurts the living. Not only that, but it was enough for the saints to crush that their spiritual equilibrium would be broken by just listening to their loud, cramped voices. The challenge given to Raul and his cadets this time is to contain this harmful spirit. If you can push it back into the pot, that's fine, or even better, if you purify the very existence - that is, extinguish it. (Aims to - of course, disappear) From the audience seat, I can feel Gino and Chloe staring at us. And Raul answered it with a slight lifting of the lips, and put a quiet spirit of struggle in his deep lake-like eyes. Stay with your hands stacked and your palms facing out. ... and imagining the holy force swirling in his palm, he opened his mouth. "Pray in the name of greatness..." Even the senior priest of the great Ruden must speak of a petition for a long time to activate the sacred power as a magic trick. However, Raul, the "Ice Sage", who was judged to retain more sanctity than the Cardinal, had already succeeded in shortening the chant while being a candidate. All I have to do is tell you how to activate the technique. "Keep away all those who touch the cobblestones with the shield of ice." As soon as he briefly told him, he made a tingling and sharp sound, and frost pillars stood all at once on the stage, crawling up to the (...) feet of the candidates as they watched. "Nh...! "Well, why us...!? The dressed students, who had Raul iced their lower body, looked astonished. Raul watched with no expression as the waves of ice slowly pushed them around the stage. "Out of my way." I don't think that people who can't fight each other's attacks can fight harmful spirits. It was because I decided that it would be good for them to decide to leave before the spiritual equilibrium broke down and we started fighting each other. "I will become a saint and use the power of the Trinitate to create a new Aurelia. Let me leave you alone." Raul, who coldly abandoned him and tried to turn to the harmful spirit, but at that time he saw a man in sight, and opened his eyes slightly. A girl with dumplings and glasses. An international student from Rouden, Elma. She seemed to have lightened Raul's ice sacredness by leaving the floor early and landed after the ice waves had covered the stage - that is, when she had "touched the floor". However, it does not seem to be the case that you are willing to evade magic and challenge the harmful spirit. You are looking at the day after tomorrow while holding your arms together, and you are thinking about something. And when the blonde maid in the waiting room, and the servant who seemed gloomy, withered their voices, "Elma, ahhhhhh! Ah, ah, ah, ah! "Be careful! I call it. As Elma raised her face softly, she quickly looked around and for some reason took an unnatural pose and paused like an entertainer. "It's okay. I'm as rigid as you are." Looking at how you communicate without moving your lips - it's like a ventriloquist - it seems that you're imitating a candidate who is frozen and unable to move. The two in the waiting room drooped toward the wall. It was kind of a sad trick. (... what is that? Raul suddenly looked suspicious, but as soon as he shook his head, he changed consciousness. This girl, she didn't seem to be using her sacred powers, but if she could evade her magic quickly, she would at least be swallowed by harmful spirits and not disturb herself. "The spirit of the sand. I don't have any clear weaknesses, but... at best, I'll let you keep up with my sacred work." The sand is freely variable in shape. Flame and wind attacks are avoided by being scattered, and water attacks are instead weighed on the opponent when struck. Lightning is also ineffective. There is no clear way to deal with this, so we need to do everything we can to investigate the response. But Raul saw it as an opportunity. (This chalice is a good place to show my sanctity throughout Aurelia and to the nations. Demonstrating that I can manipulate the power of all systems, I have the will and overwhelming power - I have it! In a flash of mood, Raul began to burst with a short chant. "Holy light! Nhh...! Even the roar is exposed to intense light, and the face of the harmful spirit is distorted in anguish. Too dazzled, the surroundings, including the audience, covered their eyes at once. Even Raul himself made shelter with his arms and narrowed his eyes, but Elma, a little further away, remained stationary without any sign of moving one arm. Unexpectedly, when Raul looked at Elma with a suspicious look, she noticed something called "Oh," and now she covered her eyes with her arms and whispered softly. "Excuse me, these glasses have a little bit of a delayed response due to their darkening effect." I'm not sure what you're talking about. "Les... the lens is not transparent...? Returning an unanswered gavel, the girl somehow gently offered one hand to Raul. "Um, please think of me as just a reed, but please don't hesitate to continue." As the attacked spirit scattered the dust as if he had lost himself, and raised an incredible roar, Raul quickly turned around and unleashed his holy magic. "Let me! Holy rain! If you bathe in evil dust, you will be physically and mentally damaged, so call rain first and replace it with a shield. Zaaaaahh...! The rain that fell only locally around Raul turned the sand into mud and fell on the ice stage with a loud noise before hurting Raul's body. As a precaution, Raul glanced at the other cadets. So I suddenly had the feather to scream. "Why is it raining harder around you than at me!? "Hmm? Oh, I was just using grenades to stimulate the rain clouds when I jumped earlier...." Elma, who had summoned rain to her surroundings, replied with a large umbrella that she had taken out sometime. "I'm sorry, please don't worry. Because we are like unspoken shellfish in the background." There is no such prominent background. Raul's throat was filled with words of penetration. But when the mud fell on the ice stage, it trembled and began to gather with a groaning, so Raul turned to the harmful spirit again. "Holy flames and fools, come together! Now it's a highly aggressive technique that combines hot flames and wind. The fiery wind blows the ice on the stage while melting, or kicks the "face" of the gathered harmful spirit to pieces. Buh! There were many sharp sounds, every time the stage, the wall, and the harmful spirit broke down. "Wow! Fortunately, the ice that was holding her legs melted, and she screamed and tried to leave the stage. Raul tried to run around the wind defense wall behind them, whilst challenging them. So I started to open my eyes again. "You... what the hell are you using to avoid the fiery wind!?" "Oh, don't worry, it's just a carbon nanofiber umbrella." Elma defeated the umbrella she had just used to weather the rain in front of her, avoiding the flames and mistakes. Even though it looks like an umbrella without any eccentricity, the flames of great momentum are lightly repelled by the wind and split into two strands in front of Elma. Looking closely, the other candidates were aligned with a rough look behind Elma with her umbrella, as if she were hiding behind a tall student during a dog ball. "Ka... carbon, what...? "Yes, it is lightweight, but it nullifies almost all physical attacks, so we value it very much." When Raul repeats with a tongue biting into a word that he is unfamiliar with, Elma answers with a look like, "Ah, thank you." She pointed at the harmful spirit with the other hand, with her umbrella in her hand. "Now that we have distributed earplugs to the candidate, the risk of disturbing the mental equilibrium has been reduced considerably. As a complete mob, we are ready to play complete silence, so please let Raul Pavarini play the role of a hero without any regrets." Even if you are recommended with your face, who will be the hero in this situation? "Come on... what the hell are you doing just now...?! "Like all other cadets, we do our best to defend ourselves." Elma shined her glasses proudly there somehow. "I don't use a shard of sanctity either. Anyway, I don't have the sacred power like you for everyone." "I'm sure you're doing more strange things than that, but ahh! In fact, the audience's attention was focused on Elma, who tried to neutralize the attack in a strange and bold way, rather than on Raul, who used the supposed sacred technique. "Elma... This... Elmaaaaaahhh...!" "I can't do that anymore..." Incidentally, Irene and Lucas have even lost their jamming words and scratched the walls of the waiting room. Instead of two people whose hearts had been completely broken, Raul was stuck in Elma. "What the hell are you! What the hell are you... thinking!? The intention of his question was, of course, to say, "What do you mean," but Elma received the words in face value and nodded strictly. "I'm thinking about dialogue." The intention of his order was, of course, to say, "Don't be ridiculous," but Elma kept his words to face value - abbreviated below. And she lifted her face covered with glasses and stared at the harmful spirit that kept roaring at the attack. "Looks like you're screaming like you just saw it." "Yes, it is not. That's right. In fact, he's not just screaming at the dark clouds... he wants to tell you something. That's what you think, right? All of a sudden, Raul was stunned.

6.「普通」のディナー(1) 「......疲れた......」 広々とした空間に、苦悩の滲む呟きが漏れた。 偶然にも、三つの声がぴたりと重なり、テーブルに腰掛けて俯いていた三人はふと顔を上げる。 ルーカスが、イレーネが、そしてテレジアが、死んだ魚のような目をして互いを見合う格好になった。 「......申し訳ございません。侍女の分際で、つい独り言が......」 「......いや、イレーネ。皆まで言うな。気持ちはわかる」 「......ふん」 イレーネが詫びれば、ルーカスはげんなりとした口調でそれを遮る。 侍女のことを虫けら程度にしか思っていないと評判のテレジアですら、鼻を鳴らしたきり、何を言うでもなかった。 黙りがちな彼らを取り囲むのは、壁中を覆う巨大な書架と、その合間を縫って完璧に配置された美術品。 今ルーカスたちは、監獄内で「 そこで、夕食まで時間を潰しているのである。 というのも、エルマの「『家族』がこの来客を大変歓迎しており」、「ささやかな なお、エルマは調理を手伝うべく、すでに休憩室を去った後だった。 「みんな、真面目だねえ。いちいち突っ込むから心身が疲弊するのさ。僕みたいにもっと、すべてを受け入れる姿勢で日々を生きないと」 そんな中、フェリクスだけがのほほんと茶菓子を頬張っている。 その泰然とした佇まいに、ルーカスは思わず唇の端を引き攣らせた。 「......よく、この環境で平然と菓子を頬張れますね」 「え? 大量の蔵書と美術品に囲まれ、微かに漂う音楽を聴きながら、夕食までの待ち時間を過ごすことに、なんの問題が? どれも素晴らしいクオリティじゃない」 「素晴らしすぎるところが問題なのでしょう! あなたの辞書に常識の文字はないのか!」 ルーカスがくわっと吠える。するとたちまち、 「辞書をお探しでしたら、こちらに――」 どこからともなく、すっと辞書を抱えた男たちが現れたので、ルーカスは慌てて手を振った。 「いや、違う。今のは『検索』ではない。頼むから放っておいてくれ」 「御意」 辞書を掲げていた男たちは、速やかに引っ込んでゆく。 彼らはこの休憩室の書架を預かる存在で、シャバで言うところの「司書」に相当する役割を担う――らしい。 だが、読みたい本の題名の一部や、作者の名前を呟くだけで、速やかに該当書物の該当ページを広げて持ってくる彼らは、もはや「自動検索機」とでも呼ぶべき存在だった。 持ち場に戻った彼らが、待機モードに切り替わって俯くのを眺めていたイレーネは、 「この監獄には......異常でないものはないの......?」 と、顔を引き攣らせる。 それから、怯えたように、この異様なまでに立派な休憩室を見回した。 「ここって......監獄ですよね? なのに、この王宮図書室をも上回る蔵書量はなんですの? というかあの右の壁の一角を占めるのは、アウレリアですら入手しにくい薔薇のレーベルではございませんの? なぜそんなものまで網羅的にラインナップされてますの?」 「そうなのか......? ここからでは遠すぎて題名すら読めんが」 「こちとらプロです。背表紙の色だけでわかるのです」 イレーネはそこだけはきっぱりと言い切り、それから恐怖を堪えるように、自身の体を抱きしめた。 「だいたい、監獄で『ディナー』ってどういうことですの? しかも看守ではなく、囚人が用意するんですの? 浮き浮きと去って行ったエルマの姿は、一体なんのフラグですの?」 「突っ込む余力は取っておいたほうが身のためだぞ、イレーネ。きっとこの後も、何かしら衝撃の事態が待ち受けているのだろうから......」 「......そうですわね」 天井を見上げたままぼんやりと指摘するルーカスに、イレーネも疲れたように頷く。 実際のところ、エルマによる獄内ツアーから今に至るまでの間、彼らは怒涛のように押し寄せる突っ込みどころに、もみくちゃにされていたようなものなのである。 たとえば、監獄内に踏み入ったルーカスが、「旅の疲れをお拭いください」と渡されたタオルを受け取ってみれば、 「な、なんだこのタオル、指がどこまでも沈んでいく......!?」 「裏庭で栽培した木綿から作ったコットンタオルです。超長綿種をさらに品種改良したことで、カシミヤをも上回る繊維の長さを実現。獄内では『木綿、その先へ』の名で親しまれております」 「裏庭で木綿って採れるのか!?」 タオル一つで監獄の農業レベルの高さを突きつけられ。 廊下になにげなく掛けられた絵画をテレジアが見ればたちまち、 「............!? 王宮の最奥にあるはずの『微笑む少女』が、なぜここにある......? 精巧なレプリカか......?」 「あ、いえ、こちらが本物で、王宮にあるのが贋作です。ただ、金髪の色味をくすませて描いた贋作の方が、結果的に芸術として優れてしまって、我々もその点は反省しており――」 「待たぬか、『我々も反省』とはどういうことだ!?」 王宮所蔵の最高級絵画が、監獄作の贋作である可能性を示唆され。 ほかにも、 「廊下の床が動いているように思うんだが......!?」 「ああ、殿下。それは『動く歩道』ですね。とかく獄内が広いので、重宝しております」 「あれ? 今、窓の外を魔鳥が横切って行かなかったー?」 「ああ、フェリクス陛下。『鶏舎』で数頭を飼っているのです。良質な卵を産むほか、くすぐってやると 火も吐いてくれて、暖を取るにもうってつけなのですよ」 「なんかこのトイレ、勝手に便座が持ち上がったんですけどおおおおお!」 「ああ、イレーネ。本監獄では、全館で温水洗浄便座を採用しておりまして。便利ですよね、オート開閉機能」 だとか、とんでもない仕様が次々と、かつ、さらっと披露されていったのである。 一つに対して十分なツッコミをしおおせる前に、さらに三つくらいのありえない環境が披露される。 まさに息も継がせぬ怒涛の異常事態に、フェリクスを除く一同は、ツアー開始五分でぐったりとしはじめた。 濃い。 濃ゆすぎる。 少しくらい休憩が欲しい。 だいたい、突っ込み要員の数に対して、 廊下を案内されているだけで、ルーカスは早くも遠い目つきになってしまう。 結果、全く同じ動作をしているテレジアの姿が視界に入った。 彼女は冒頭の贋作絵画で度肝を抜かれたらしく、以降ペースを崩されたのか、ツッコミどころに遭遇するたびにライフを削られていた。 ルーカスからすれば、彼女は不貞の疑惑を掛けられた被告人であるうえ、かつて母や自分に対して、毒剣や虫を仕掛けてきた人物である。 精神的距離は限りなく遠くあってしかるべきだった。が、この異様な環境下、一緒にげっそりしている姿を見ると、つい連帯感を抱きかけてしまう。 ルーカスは危機感を覚えた。 時に敵味方の区分すらなくしてしまう、この監獄のぶっ飛び具合ときたら。 ルーカスの密かな懊悩をよそに、フェリクスだけがのほほんとしていたが――いや、そんな彼も、エルマによってある人物に引き合わされたときには、さすがに目を見開いていた。 まずは彼らにご挨拶を、と連れて行かれた看守部屋には、一人の壮年男性が立っていた。 「ご紹介申し上げます。彼がこのヴァルツァー監獄を預かる看守、アントン司祭でいらっしゃいます」 「ようこそおいでくださいました。いかなる疑惑を向けられようと、厳粛なる裁きの槌が降りるその瞬間まで、あなた様方は皆、生を 「......え、アントン? 昔クレメンスが手駒として送り込んだ、あの? なんかだいぶキャラ変わってない?」 そう。 クレメンスが監獄を操るために派遣した、権力と贅肉に溺れた色ぼけ司祭は、今や全身の肉を削ぎ落し、厳しい修行を経た信徒のような佇まいとなっていたのである。 「かつて私は、色欲に溺れた、ただの飛べない豚でした......。ですが、愚かにも至高の存在に手を掛けんとしたその罪を契機に、真の信仰に目覚めたのです。今の私は、至高の七人の忠実なる ただし彼が信仰を捧げる神の名は、アウル神ではなく、「至高の七人」と言うらしい。 「アントン司祭は、かつて私の母を手籠めにしようとしたことがあったそうなのですが、その時、父をはじめとする『家族』に諭され、生きる姿勢を改めたのだそうです。その際、豚呼ばわりされたことで多方向に才能を開花させ、今では獄の運営に何くれとなく力を貸してくれる、頼もしい存在です」 「過分なお言葉、汗顔の至りでございます......」 エルマが淡々と補足すると、アントンはアンニュイな表情で、もの静かに謙遜する。 ――もしかしてそれって、洗脳調教って言うのでは。 フェリクスを除く三人は、無言でアントンから一歩、距離を取った。 「おい、アントン。先週おまえの上げた監獄報告書だが、【怠惰】にチェックさせたところ、拷問の描写が紋切り型で、いま一つ凄惨さが伝わらないと――」 ノックもなしに、不機嫌そうな老年男性が踏み入ってくる。 その顔を見て、フェリクスは「あ」と声を上げた。 「クレメンスだ」

116 6. "Regular" Dinner (1) "... I'm tired..." In the spacious space, a distressing murmur leaked. Coincidentally, the three voices overlapped, and the three people lying on the table raised their faces. Lucas, Irene, and Telesia looked at each other like dead fish. "... I'm sorry. When I was a maid, I was talking to myself....." "... no, Irene. Don't tell anyone. I know how you feel." "... hmm" If Irene apologizes, Lucas blocks it with a gentle tone. Even Telegia, who had a reputation for thinking only about the maid to the extent of insecticide, snorted and said nothing. Surrounded by huge bookshelves covering the walls and perfectly arranged art pieces sewn between them. Now Lucas and the others are in a place called the Rest Room Lounge in prison. That's why I'm squandering my time until dinner. This is because Elma's "'family' is very welcoming this visitor" and "I would like to have a small dinner". Elma had already left the break room to help with the cooking. "Guys, you're serious. I'm exhausted because I'm going in one way or another. I have to live my days with a more accepting attitude." In the meantime, only Felix is cheeking on the tea candy. Lucas inadvertently twitched the edge of his lips in that elegant manner. "... well, you can flatten your cheeks in this environment." "What's the problem with spending time waiting for dinner, surrounded by lots of books and artwork, listening to subtle music? None of them are of great quality." "The problem is that it's too great! Don't you have common sense characters in your dictionary? Lucas barks. And then immediately, "If you are looking for a dictionary, here..." From nowhere, the men holding the dictionary appeared, so Lucas waved in a hurry. "No, it's not. This is not a 'search'. Please, just leave me alone." "Sincerely," The men who were posting the dictionary quickly retracted. They are in charge of the bookshelves in this lounge, and they play a role equivalent to what Shabaa calls a "librarian". However, they should no longer be called "automated searching machines", as they quickly spread the pages of the books in question by just murmuring some of the titles of the books they wanted to read and the names of the authors. Irene, who was back in position, watching them switching to standby mode and diving, "Is there anything... unusual in this prison...? And make your face twitch. Then, frightened as I was, I looked around the fine lounge to this strange place. "This is... a prison, right? And what is the amount of books more than this Royal Library? Isn't that the rose label that occupies the corner of the wall on the right hard to get even Aurelia? Why is there an exhaustive lineup of such things? "Really...? It's too far from here to even read the title." "I'm a professional here. It's just the color of the back cover." Irene hugged herself so that she could bear the fear. "What do you mean," dinner "in prison? And you're not a guard, you're a prisoner? What kind of flag is Elma floating away? "You better save yourself some room to penetrate, Irene. I'm sure there 'll be some kind of shock ahead of us in the future..." "... that's right." Irene nodded tirelessly to Lucas, pointing out blurrily while looking up at the ceiling. In fact, from the time of Elma's prison tour to now, they were all thrusting into each other like rage. For example, if Lucas walks into prison and receives a towel that says, "Wipe away your travel fatigue." "What is this towel? My fingers are sinking everywhere...!? "Cotton towels made from cotton grown in the backyard. By further improving the ultra-length cotton variety, the length of the fiber exceeds that of the cashmere. In prison, it's known as" Cotton, Beyond "." "Can you pick cotton in the backyard?! With one towel, I was pushed through the high agricultural level of the prison. As soon as Telegia saw the painting hanging in the hallway, ............ Why is there a "smiling girl" at the back of the royal palace...? Precise replica...? "Ah, no, this is the real one, and the one in the royal palace is the masterpiece. However, the masterpiece depicting the color of the blonde hair is better as an art as a result, and we also reflect on that point -" "Wait, what does' we also reflect 'mean!? It was suggested that the finest paintings in the Royal Palace's possession could be masterpieces of prison work. In addition, "I think the hallway floor is moving...!? "Oh, Your Highness. It's a" moving sidewalk. "It's a treasure because the prison is so big." "What? The magic bird didn't cross the window right now? "Oh, Your Majesty Felix. I own a few chickens in the Chicken House. In addition to laying good eggs, you tickle them. You spit out the fire, and it's perfect for warming up. " "I kind of lifted my toilet seat on my own, but woohoo! "Oh, Irene. This prison employs hot water washing toilet seats throughout the building. Convenient, isn't it, the automatic opening and closing function?" and the incredible specifications were presented one after the other. There are three more impossible environments to show off before you can make enough noise about one. As a result of the unusual anger, everyone except Felix began the tour in five minutes. Dark. Too thick to rinse. I want a little break. In general, there is too much trouble with the anomaly "Bokeh" compared to the number of penetrating personnel. Just being guided down the hallway makes Lucas look farther away. As a result, the appearance of Telesia, who was performing exactly the same operation, came into view. She seems to have lost her breath in her first painting, and since then she has lost her pace and lost her life every time I encounter her. From Lucas' point of view, she is the accused suspected of infidelity, and has once planted poisonous swords and insects on her mother and herself. Spiritual distance should have been limitless. But when I see you sneaking around together in this strange environment, I feel a sense of solidarity. Lucas felt a sense of crisis. Sometimes you don't even have the division of enemy allies, when this prison blows up. Only Felix was slightly distressed by Lucas's covert grief - no, he was so open when Elma brought him in. First of all, I greeted them, and in the guarded room where they were taken, there was a man of great age standing. "I would like to introduce you. He is the guardian in charge of this Walzer prison, Priest Anton." "Welcome aboard. Until the moment when the solemn hammer of judgment descends, no matter what your doubts may be, all of you shall live and love one another. I will give you the best possible hospitality in this prison." "... eh, Anton? Clement used to send me as a token, you know? You haven't changed a lot, have you? Yes, it is. The coloured priests, drowned in power and luxury, sent by Clement to manipulate the prison, were now shredded with flesh and behaved like believers who had undergone severe training. "Once upon a time, I was just a pig who drowned in lust... But I woke up to true faith on the occasion of that sin, which was foolishly attempting to hold hands on the supreme being. Now I am the faithful servant of the seven supreme servants... As dull as ever, this pig knows what the truth is." However, it is said that the name of the God whom he dedicates his faith is not the god of Aur, but the seven supreme. "Priest Anton once tried to hold my mother in his arms, but at that time he was taught to live by his father and his" family ". At that time, I was called a pig, and it is a reliable existence that allows me to flourish in many directions, and now it helps me to run the prison without any help." "It's an excessive word, sweaty face...." As Elma supplements, Anton is quietly humbled with an anguish expression. --Besides, it's not called brainwashing training. The three men, excluding Felix, took a silent step away from Anton. "Hey, Anton. Last week's prison report, I checked [laziness] and found that the depiction of torture was tattooed, and that the misery could not be conveyed..." Without knocking, an elderly man in a mood walks in. Looking at his face, Felix shouted, "Ah." It's Clement.

13.「普通」の品定め(3) 「なんだ......この場所は......!」 ルーカスは、激しく地面に叩き付けられそうになったところを、持ち前の反射神経でかろうじて受け身を取り、腰をさすりながら言った。 落下した先は、地面とは思えぬ柔らかさで、おかげでこの程度の衝撃で済んでいる。 未だ動悸が収まらぬまま、恐る恐る「地面」に触れ、ルーカスは眉を寄せた。 「――......ゼリー状の、なにか......?」 「第三層一帯に生息する、発光性スライムですね。おかげで、この辺りは灯りが無くとも視界が確保できて、大変過ごしやすいかと」 そして、エルマにしゃらっと説明され、ぎょっと腰を浮かした。 それが刺激になったのか、下敷きにしていたスライムがぼうっと光の明滅を始めたので、ルーカスは一気に警戒心を引き上げ、剣を構える。 その様子を見て、エルマがおずおずと口を開いた。 「あの、スライム、狩ります? 最初に狩ってしまうと、結構重量や体積があるので、荷物になりますし、草食性のものは淡白すぎてお勧めしませんが......」 「スライムなぞ食うか! というか、なぜ魔物が平然と存在しているんだ!」 「なぜと言われましても」 エルマは不思議そうに首を傾げる。 「私が物心ついた頃から、第三層と言えばスライムでしたから。どこのご家庭も、共通なのかと思っておりましたが」 「どこのご家庭にもこんなダンジョンがあってたまるか!」 ルーカスが吠えると、エルマは「あ」と目を見開き、イザークに向かって頷きかけた。 「殿下のおかげでしょうか。ラッキーですね」 「ああ。幸先が、いい」 彼らは「おっ」みたいな感じで顔を輝かせるが、なんのことだかわからない。 ルーカスは怪訝に思って彼らの視線を辿り、思わず顔を強張らせた。 まず視界に飛び込むのは、おどろおどろしい色合いをした、無数の赤い瞳。 ルーカスたちはいつの間にか、全身を針のような毛皮で覆われ、鋭い牙の隙間から涎を垂らした、凶悪な面構えの獣によって囲まれていた。 「こいつ、A級魔獣の――」 「黒うさぎさんですね」 独白を思いもよらぬ言葉で繋げられ、ルーカスはつい反射的に突っ込んだ。 「え? ですが、長めの耳がありますし......。赤い瞳と硬めの毛皮が特徴的な、黒うさぎさんですよ、第四層在住の。今回は、スライムの異常発光に惹かれてやって来たんでしょうね」 「ああ。筋線維が、細かくて、柔らかい。脂肪分が、少なく、淡白な味わいは、ウサギ肉で、間違いない」 「味で種別を判断しないでくれ......!」 ルーカスはふと自らを襲った予感に、眩暈を覚えそうになった。 もしや、先ほどイザークが「兎」と言っていたのがこのA級魔獣か。 ということは、これから自分は、A級どころか、S級、いや、SSS級くらいの、わさわさ湧き出る魔獣と戦い続けねばならないのか。 しかも、 (たった一人で、この二人に突っ込みを入れながら――!?) 無茶だ、あまりに人手が足りない。 ルーカスは天を仰ぎそうになったが、それよりも早く、魔獣が唸りを上げて襲い掛かってくる。 ルーカスは舌打ちし、すぐに応戦の構えを取った。 これで彼も、若くして騎士団の中隊長まで上り詰めた男だ。 本能の命じるままに体を動かせば、A級魔獣は一撃のもとに首を貫かれ、スライムの地面に散った。 「おお、見事」 「さすがは殿下です」 イザークとエルマは真顔で頷きながら、片や拳で魔獣を昏倒させ、片や身を躱すことで魔獣同士を衝突させている。 ぐったりと動かなくなった魔獣を手際よくロープで縛りながら――どこから出てきたのかは、もはや愚問だ――、二人はちょっと言いづらそうに続けた。 「ただ......、ウサギは、生け捕りに、してくれると、嬉しかった......」 「血抜きの段階からハーブを使いたかったので、できれば調理場に戻ってから、首を落としていただきたかったのですよね......」 至極残念そうである。 ルーカスは「知るか!」と叫びかけ、しかししょんぼりとしたエルマを見て、口を引き結んだ。 そう言えばこれは、一応「クッキング対決」なのであった。 (とすれば、彼らの主張もまた、的外れではない......はずだ。............たぶん) 自分は定義に忠実で、一度決めたことを投げ出さない男だ。 ルーカスは自らに言い聞かせた。 べつに、変装を解き、ドレスアップしたエルマの憂い顔ひとつで、引き下がったわけではない。 「............第五層以下にも、『食材』はいろいろあるわけだろう。そいつらは、もっとうまく狩る」 仏頂面で告げると、エルマはぱっと顔を輝かせた――食事会が始まった時から思っていたが、獄内にいる彼女は、リラックスしているためか、いつもより少しだけ表情が豊かで、またそれがすごく可愛い。 「嬉しゅうございます。第五層から第十層にかけては、一本角の馬や毒爪を持つ熊、雷を操る鳥などもおりまして、大変食材のバリエーションに富んでいるのですよ」 S級魔獣や聖獣の類を、イザークたちはあっさり「ジビエ」の言葉で片付ける。 ルーカスは、とうに破壊され尽くしたと思っていた常識や価値観が、今また盛大に蹂躙されるのを感じながら、剣を握り直した。 切れ長の瞳に、ルーカスはぎらりと強い意志を滲ませる。 それは、「ヤケクソ」と呼ばれる感情に、とてもよく似た色をしていた。 一方。 「信っじらんない。もう二十五層ですって......?」 獄内に留まり、蝙蝠エコーをモニタリングしていた面々は、感嘆の溜息を漏らしていた。 大罪人もイレーネたちも、寄り集まって画面を覗き込んでいる。 そこには、音声こそ伴わないものの、激闘、と呼んで差し支えない光景が映っていた。 視界を縦横無尽に動き回るのは、蠢く山のような体に、大量の目を備えた魔物、イービルアイ。 そして、素早い身のこなしでそれに対峙するルーカスの姿だ。 ルーカスは、魔物の変則的な動きや、時折目玉から発される奇妙な光線を、最小限の動きで躱し続ける。 彼が身をよじるたび、あるいは、岩壁に突いていた手を離すたび、その場所は豪快に抉られていった。 あと一秒でも動きが遅ければ、粉微塵になっていたのはルーカス本人だったであろう。 だが、彼は構えた剣を揺らすことすらせず、防戦に徹すると、あるタイミングで一気に攻勢に打って出た。 一度、右側の目玉を狙うと見せかけて、光線をそちらへと集中させる。 その先の岩盤が崩れ、どっと魔物に向かって降り注いできた瞬間に、素早く回転し、中央の最も小さな目玉を貫いた。 途端、画面越しにも音が聞こえてきそうなほど、魔物が激しく吠える。 びりびりと細かに震えていた画面が、徐々に静止し、安定すると、ルーカスは剣を振って血のりを落とした。 「――......」 どうやら、背後にいたエルマたちに向かってなにか告げているようである。 「『今度こそ、急所以外傷付けず倒したぞ。これでいいか』でしょうかね。いやはや、イービル・アイはSS級魔物だというのに、こうもあっさりと。彼がここまでの実力者だったとは、驚きです」 唇の動きを読んだモーガンが――元詐欺師の彼は、この世のあらゆる言語だけでなく、読唇術にも精通しているのだ――、速やかに翻訳する。 イレーネたちは、神妙な顔で頷き、同意を示した。 「私、今まで殿下のことを、単なる苦労性まじめ微受けポジなどと思っていて、正直申し訳なかったですわ」 「彼は中隊長のはずだけど、これじゃあ騎士団長を超えるレベルだもんねえ。僕にまで爪を隠していたとは......まだまだこき使えたと思うと、過去が悔やまれるなー」 二人は、今までエルマ無双の影に隠れてろくな活躍をしてこなかった男に、しみじみと賛意を贈る。 そういえば、誰もが忘れていたが、ルーカスには「戦場の 】の読唇術にもはや突っ込みすらしなかったわね」 「というか、この行為全般を『クッキング対決』とくくることに対してすら、なんの疑問も無いようなのだが......。俺はこの監獄の良識担当として、その辺りを指摘したほうがいいのだろうか」 背後では、リーゼルとギルベルトがひそひそと囁きを交わしていた。 ちなみに、こんな時まっさきに茶々を入れるはずのホルストはと言えば、 「第十三層の魔界樹の樹液......あれ幻覚剤に使えるな......この魔獣の眼球、自然のレーザー発生装置じゃないか......生きたまま欲しい......やばいな、ただの筋肉馬鹿の遊び場だと思っていたら、こんな魅力的な素材の宝庫だったなんて......」 ルーカスの活躍などそっちのけで、モニターに齧りついている。 「ちょっと、蝙蝠三号。その色男の姿なんざどうでもいいから、可愛いエルマか、さもなきゃそこの可愛い魔物を映してよ。あー、くそ、これ以上ズームはできないかぁ......!」 ぼやくホルストの命令をどう受け取ったものか、モニターはやや撮影範囲をずらした。 途端に、狂気の笑みを浮かべたイザークの姿が大写しになる。 ぎょっとする一同の前で、彼はぶんと剛腕を振るった。 すると、周囲の岩盤が一斉に砕け、見る間に画面上に砂嵐が掛かったようになる。 イザークは舞い上がった砂塵の中に、ぐいと腕を突っ込んで、無造作に引っ張った。 その強靭な掌に引き寄せられたのは、なんと小型のイービル・アイ、それも二体だ。 「まだいたの......!? それも二体......!」 「わお。素手で掴むなど狂気の沙汰だ」 おぞましい図に、イレーネは声を上ずらせ、フェリクスも微かに笑顔を強張らせる。 が、ぎょろぎょろと目玉を蠢かせる魔物を、イザークは風が唸るような速さで壁に叩き付け――ぐったりとした魔物の、その喉笛と思しき部分に齧りついた! 「ひ......っ!」 びしゅっ! と飛び散る血飛沫が、黒くイザークの顔を覆う。 常軌を逸した行動に、さすがのエルマも顔を強張らせて何かを叫び、ルーカスもまた叫びながら、エルマを庇うように地面に引き倒している。 「イザークさん......! まさか、狂って......!? もしや、エルマや殿下まで襲おうとしているのでは――!?」 「『うめー!』『あっ、ずるいです、イービル・アイの刺身をひとり占めですか? 私も――』『ダンジョン内で味見をするなああああ!』と叫びあっているようですよ」 「........................」 どうやら、単にイザークは通常運転で食欲を爆発させているだけで、ともに イレーネはもちろん、さすがにフェリクスも、そして大罪人たちも、ちょっと同情的な表情を浮かべた。 「殿下......おいたわしい......。こんな非常識な二人の間に、一人放り込まれるだなんて......」 「なんだか申し訳ないね、うちの【 代表してホルストが詫びる。 繰り返すが、彼らもまたそれぞれの領域でぶっ飛んでいるが、別に全方向にイッてしまっているわけではないのである。 「こんな原始的な方法で狩りをしなくても、遺伝子を採取して完全養殖すればいい話なのに......」 「そうよ、こんな暴力的な光景を見せて申し訳ないわ。全食料庫在住生物を対象に、時期が来たら自死するよう洗脳しておけばいいだけの話なのに......」 ......残念ながら、やはり、それぞれの領域に対してはぶっ飛んでいるのだが。 それでもイレーネたちと、大罪人たちは、ほのかな連帯感を抱きはじめながら、じっとモニターを眺めた。 ルーカスは戦う。 SSS級と思しき魔獣が現れても、その端正な顔にやけくその表情を浮かべて、真っ当な方法で戦う。 その傍らでイザークは、およそ人間であることを放棄したようなやり方で、次々と「食材」を狩ってゆく。 技量というか、攻撃力としては、やはりイザークのほうが上だ。 これが単純な闘技対決であるならば、ルーカスは彼に及ばないと言っていいだろう。 とうとう彼らが第三十層――ドラゴンの棲みかに到達すると、いよいよその力量差は明らかになってきた。 「あ、今度はイザークさん、うっとりした顔でドラゴンの尻尾を掴もうとしてる......」 「それに対するルーカス様の叫びは......『やめろ! 踊り食いは、絶対にやめろおおおお!』、ですかね」 ルーカスの姿を見守っていたイレーネたちは思った。 なんて面倒見のいい男なのだろう。 次から次に襲い掛かる上級魔獣を薙ぎ払い、怒涛の勢いで押し寄せる「異常」の現場を前にしても、根気強くツッコミ続けるだなんて。 しかも、イザークが尻尾を手に取った瞬間「踊り食い」の意図を察するとは、もはや才能のひらめきすら感じる理解力、そして順応力だ。 かつ、魔獣の遺骸や砂塵がエルマの方に飛んでくるたびに、きちんとかばおうとする点も、実に律儀である。 「この技量に、このツッコミ力。エルマ相手でも騎士道精神を発揮する真っ当さ。もう、『友人』としてくらいは、認めてやってもいいのではないか?」 中立の立場を掲げるギルベルトは、同情を滲ませた声で呟く。 だが、エルマ溺愛隊の中でもタカ派のホルストは、けっと不機嫌そうに言い捨てた。 「僕の可愛いエルマのために、肉の盾になろうとするくらい、人として当然の行為でしょ? それに見なよ、肝心のエルマ本人は、なんだかご機嫌斜めみたいだよ。王子サマがなんかやらかしでもしたんじゃないの」 思わぬ指摘に、その場にいた面々は目を見開く。 男同士の対決、という建前を信じてか、大人しく二人の後ろに付いて、粛々とこれまでに狩った「食材」の下処理を済ませていたエルマ。 よくよくその表情を見てみれば、たしかに、狩りを楽しんでいるというよりは、首を傾げ、物言いたげに目の前の二人を見つめていた。 いや、どちらかと言えばルーカスよりも、イザークを見ている気もするが――なにか、不満がありそうではある。 「......なんだか私、嫌な予感がいたしますわ」 フェリクスがのんびりと呟けば、エルマ ――ぐわぁ............っ! 先ほどイザークが昏倒させたはずの巨大なドラゴンが、突然眠りから覚めたように、凶悪な イザークやルーカスが驚いて振り返るのが見える。 時を同じくして、監獄の外、つまり食料庫の方角から、地鳴りのような轟音が響き渡った。 ギルベルトが素早く吼えると、面々は慌てて身を低くする。 が、地鳴りはやがて収まり、壁の外の森にはしん......と沈黙が戻ってきた。 「今のは......?」 恐々とモニターを覗き込んだ一同は、しかしそこで怪訝な顔つきになる。 ドラゴンと三人が向き合っていたはずの空間には、誰も映っていなかった。 「――......? いったい皆は、どこへ......?」 ――どごぉおおおおんっ! 誰かの呟きに呼応するように、ちょうどその時、監獄の外で再び爆音が炸裂した。 ぎょっとして窓、というか砕かれた壁の外を見やり、息を呑む。 夜空を、巨大なドラゴンが駆け上がっていた。

123 13. "Ordinary" Provisions (3) "What... this place...! Lucas barely grabbed his body with the reflex nerve in front of him when he was about to be hit hard on the ground and said, rubbing his hips. The tip of the fall was soft and unexpectedly soft on the ground, which caused this kind of impact. Lucas raised his eyebrows while still palpitating and touching the terrified "ground." "---... something in the form of jelly...? "It's a luminescent slime that lives in the third layer. Thanks to this, I think it's easy to spend a lot of time in this area, even if there's no light." Then Elma briefly explained it and raised her hips slightly. Whether it was a stimulus or not, the underlying slime began blurring the light, so Lucas raised his vigilance at once and stood up for the sword. As she watched, Elma slightly opened her mouth. "Um, slime, hunt? If you hunt first, it will be a lot of weight and volume, so it will be a luggage, and I don't recommend herbivorous ones because they are too pale...." "Let's eat the slime! That's why monsters exist flat! "Whatever you say." Elma leans her neck strangely. "I've been a slime since I got to the heart of things. I was wondering if any family is the same." "I can't believe every home has such a dungeon! As Lucas barked, Elma opened her eyes and nodded towards Isaac. "Is it thanks to His Highness? Lucky for you." "Ah, good luck ahead." They make their faces shine like, "Oops," but they don't know what it is. Lucas followed them in suspicion and unexpectedly stretched his face. The first thing that jumps into sight is the myriad of red eyes with a huge hue. Soon, Lucas and his men were surrounded by a vicious beast, covered in needle-like fur and drooling from the gap of sharp teeth. "This is a Class A Demon Beast..." You're a black rabbit. The monologue was connected with unexpected words, and Lucas penetrated reflectively. "Huh? But I have a long ear... A black rabbit with red eyes and hard fur, residing on the fourth floor. This time, you must have been attracted to the abnormal light emission of the slime." "Ah, the muscle fibers are fine and soft. Less fat, less pale, rabbit meat, definitely." "Please don't judge the type by the taste....! Lucas felt dizzy with the hunch of attacking himself. What if Isaac just said "rabbit" to this Class A beast? Does that mean that from now on, you will have to continue to fight not only the A-level but also the S-level, no, SSS-level magical beasts that come out of the touch? Besides, (There's only one person, and I'm putting in these two...!?) Innocence, too little manpower. Lucas almost looked up to heaven, but sooner than that, the beast roared and attacked him. Lucas clapped his tongue and immediately responded. Now he's a young man up to the Knights Squadron Captain. Moving his body as instinctively ordered, the Class A Demon Beast was pierced by a blow and scattered on the ground of the slime. "Oh, splendid." That's Your Highness. Isaac and Elma nodded with their faces, knocking the beasts out with one fist, and clashing the beasts with one. The two of them continued to struggle with a rope to tie the beast that had stopped moving tightly - it was no longer stupid to ask where it had come from. "Just... I'm glad you caught the rabbit alive..." "I wanted to use herbs from the bleeding stage, so if possible, I'd like you to go back to the kitchen and drop my neck..." It seems extremely unfortunate. Lucas said, "You know what? And he cried out, but looked at the slender Elma, and pulled his mouth together. That said, this was just a "cooking showdown". (If so, their claims are not out of step either...... maybe) I am a man who is faithful to the definition and does not throw away what I have decided once. Lucas told himself. One of Elma's sad faces, undressed and dressed up, did not pull back. "... there are a lot of 'ingredients' under the fifth floor. They hunt better." Speaking at the top of the Buddha, Elma sparkled her face - I thought from the start of the dinner party, but she was in prison because she was relaxed or a little richer than usual, and it was so cute. "Thank you very much. From the fifth to the tenth floors, there are horses with a single horn, bears with poison claws, and birds that control lightning, and there is a great variety of ingredients." Isaac cleans up S-Class Demon Beasts and Holy Beasts with the words "Jibier." Lucas grasped the sword again, feeling that his common sense and values, which he thought had already been destroyed, were being ravaged again. Lucas exudes a sharp and strong will into his long, sliced eyes. It had a very similar color to the feeling called "burning." On the other hand. "I can't believe it. Twenty-five more floors...? Those who stayed in prison and monitored bat echoes were sighing. The sinners and Irene are all gathered to peek at the screen. There was a scene there that, although not accompanied by audio, could be called a fierce fight. Evil Eye, a monster with a large number of eyes and a stupid mountain-like body, moves around his vision endlessly. And Lucas confronts it with a quick gesture. Lucas keeps moving the monster with minimal irregularities and occasional strange light from his eyeballs. Every time he turned around, or let go of the hand that was poking against the rock wall, the place was decimated in magnificence. Lucas himself would have been the dust if he had moved slowly even a second later. However, he did not even shake the sword he stood up to, and when he defended himself, he launched an offensive at one point. Once it looks like it's targeting the right eyeball, focus the light on it. As soon as the rock collapsed and poured down towards the monster, it quickly turned and penetrated the smallest eyeball in the center. Suddenly, the more you can hear the sound across the screen, the more fiercely the monster barks. When the tingling and fine trembling screen slowly stopped and stabilized, Lucas shook his sword and drowned. ----...... Apparently, they're telling something to Elma behind them. "'This time, I took him down without hurting him except in an emergency. Is this OK?" No, Evil Eye is an SS-class monster. I'm surprised he was so capable. " Morgan, who has read the movement of his lips - a former con man who is familiar not only with all the languages of the world, but also with lip reading - translates quickly. Irene nodded with a mysterious face and agreed. "Until now, I have been thinking of His Highness as just a difficult and serious position, and I am honestly sorry." "He's supposed to be a squadron leader, but this is more than a Knight Commander. You hid your nails from me... but I still think you can use them, so I regret the past." They give a smear and compliment to a man who has never hidden in the shadows of Elma. Speaking of which, everyone had forgotten, Lucas even had two names: "Black Panther on the Battlefield." "Hey, these kids didn't even penetrate [Lazy Morgan] 's lip reading anymore." "Well, there seems to be no doubt that this behavior in general is called a 'cooking confrontation'.... Should I point out the area as the prisoner of good sense?" Behind them, Liesel and Gilbert whispered secretly. Incidentally, Horst is supposed to make a mess at a time like this. "The sap of the thirteenth layer of the magical tree... that can be used as a hallucinogen... this beast's eye, a natural laser generator... I want it to stay alive... Damn, if I thought it was just a muscle fool's playground, I can't believe it was such a treasure trove of attractive materials..." Due to Lucas's activities, I'm hooked on the monitor. "Hey, Bat-3. It's the look of that colored man, so either you're a cute Elma or you're gonna have to show me that cute monster. Ah, shit, I can't zoom anymore...! The monitor slightly shifted the shooting range as to how it obscured Holst's orders. Suddenly, the image of Isaac with a mad smile became a big picture. In front of him, he shook his arm. Then, the surrounding rocks crushed at once, and a sandstorm appeared on the screen while watching. Isaac plunged his arm into the ascending dust and pulled it out of hand. What a small Evil Eye, two of them, was attracted to that tough palm. "Still there...!? Two of them too....! "Wow. It's crazy to grab it with your bare hands." Irene raised her voice and Felix smiled slightly in the absurd figure. However, Isaac hit the wall at a speed as fast as the wind could roar, a monster that made his eyes stupid - a tight monster rode on his throat and thoughts! "Hih...! Splashing blood splashes blackening Isaac's face. In a derailed act, Elma also forced her face to scream something, and Lucas pulled her down to the ground to shelter Elma as she screamed. "Isaac-san...! Are you crazy...!? Are you trying to attack Elma and His Highness?!" " Ugh! Ah, that's not good. Are you taking possession of Evil Eye's sashimi? I'll taste it in the dungeon, too! They're screaming." ........................ Apparently, just because Isaac is exploding his appetite in normal driving, Lucas is desperately stopping Elma from tasting (...) together. Irene, as well as Felix and the sinners, had a slightly sympathetic look. "Your Highness... what a pleasure... I can't believe I'm being thrown into one of these two insane people...." "I'm so sorry, my [bulimia (idiot)]...." I apologize on behalf of Holst. Again, they are also flying in each region, but they are not cumming in all directions. "You don't have to hunt in this primitive way, you just have to harvest the genes and cultivate them completely...." "Yes, I'm sorry for this violent sight. All we have to do is brainwash all the food warehouse-hosted creatures to die when the time comes....." ... unfortunately, I'm still flying for each space. Still, Irene and the sinners stared at the monitor with a hint of solidarity. Lucas fights. Even if a magical beast appeared who thought it was SSS-class, he fights in a serious way with a damn expression on his straight face. Next to that, Isaac hunts "ingredients" one after the other in a way that is almost like abandoning being human. As for skill, Isaac is still better at attack. If this is a simple combat battle, Lucas would be no match for him. When they finally reach the thirtieth tier - the habitat of the dragon - the difference in power is finally apparent. "Ah, now Isaac-san, I'm trying to grab the tail of the dragon with a gloomy face...." "Lucas shouted at it... 'Stop it! Stop eating dance! I see. The Irene watched over Lucas. What a caring man he is! Even in front of the scene of the "anomaly" that drives away the next high-ranking Magic Beast and pushes it with the momentum of rage, I can't believe I keep getting nervous. Moreover, the moment Isaac grabbed the tail, the intention to "dance and eat" was no longer the ability to understand and adapt to even the inspiration of talent. And every time the remains of the Witch Beast and the dust fly towards Elma, it is also a matter of discipline to try to properly cover it. "This skill, this power. The seriousness with which Elma's opponent exerts a knighthood. Wouldn't it be okay to admit it already as a" friend "? The neutral Gilbert murmured with a sympathetic voice. However, even among the Elma drowning squad, the Taka horst abandoned it in a grumpy mood. "It's natural as a person to try to be a meat shield for my sweet Elma, right? Besides, Elma herself is kind of in a bad mood. Prince Sammy did something." Unexpectedly, the people who were there opened their eyes. Believing in the confrontation between men, Elma followed the two gently behind him and solemnly processed under the "ingredients" he had hunted so far. Looking closely at the expression, it was true that rather than enjoying the hunt, he was tilting his neck and staring at the two people in front of him. No, I feel more like I'm watching Isaac than Lucas - somehow, I'm dissatisfied. "... I kind of have a bad feeling about this." When Felix mutters slowly, Irene, who started with the Elma Double Detection (Flag Radar), strengthens her face. --Wow......! The giant dragon that Isaac was supposed to have fainted just now suddenly woke up from his sleep and attacked him with a full blast of ferocity! I can see Isaac and Lucas looking back in surprise. At the same time, a roar rang from outside the prison, that is, from the direction of the pantry. As Gilbert roars quickly, the crowd shrugs down in haste. Eventually, the sound of the earth subsided and silence returned to the forest outside the wall... "What was that...? They peered into the monitor fearfully, but looked suspicious there. Nobody was seen in the space where the dragons and the three of them were supposed to be facing each other. "---...? Where the hell is everybody...? --Ooh-ooh-ooh! Just then, the explosion exploded again outside the prison, responding to someone's murmur. A little window, or a window, looks out of the shattered wall and breathes. A giant dragon was running up the night sky.

19.狂博士の妹 「あん、もう。忌々しい 薄暗い監獄の一室。 贅をこらした居住空間へと作り変えられたそこで、ハイデマリーは今日もチェスに興じていた。 ただし、珍しく相手はギルベルトではない。 上等なソファに背を沈みこませているのは、三十を少し超えるかというくらいの、鳶色の髪の青年だった。 くりっとしたはしばみ色の瞳に、不敵そうな口元。 にやりと笑むと、まるでいたずら盛りの少年のような顔つきになる。 「いつまでも自分の天下だなんて思わないことだね、マリー」 「もう。ホルストったら、ゲームの勝利にまで貪欲なのだから」 拗ねるハイデマリーに肩をすくめてみせたのは、仲間内からは【貪欲】のあだ名で呼ばれる人物――ホルスト・エングラーだった。 幼少期から奴隷や犯罪者を買い集め、人体実験を繰り返したかどで捕らえられただけあって、頭脳は明晰であるらしく、不敗を誇るハイデマリーを容赦なく追い詰めているのである。 はともかく、わたくしのかわいい黒の まで危ないじゃないの」 不思議そうに返されて、ホルストは鼻白んだように顎を引いた。 「チェスにおいて、勝敗よりも優先するものってある?」 「欲しがるだけの坊やには、美学なんてわからなくってよ」 嫣然と言い切るハイデマリーには、並みの男には太刀打ちできない迫力がある。 悔しくなったのか、ホルストは「はいはい」と両手を上げた。 「どうせ僕には、あなたの考えなんてさっぱりわからないよ。あんなにかわいい妹をあっさりと追い出してしまえる、残酷な母親の考えなんてね」 細い指を唇に当てて考えていたハイデマリーは、その言葉にふと視線を上げる。 そして、猫のように目を細めた。 「やっぱり拗ねていたのね。しばらく実験室に閉じこもっていたのは、わたくしと口を利きたくなかったから?」 妹を大切にする兄って、とっても素敵だもの。 完璧な形の唇が紡ぐフレーズは、砂糖菓子のように甘い響きを帯びていた。 ホルスト・エングラー。 またの名を、狂気の少年博士。 裕福な商家の妾腹に生まれた彼は、その財力と頭脳を利用して次々と人体実験を繰り返した、精神異常者だと有名であった。 だが、その実験の動機が、暴漢に襲われ昏睡状態になった妹にあったことを知る者は少ない。 少し目を離したすきに攫われ、壊された妹。 当時かろうじて流通していた魔石と、独自に編み出した医療技術を組み合わせて心臓の動きを維持し、意識を司る脳の機能を探求するために、ひたすら他人の頭蓋を開いた。 医者としてならば、そして対象が死者や罪人だけだったならば、あるいは黙認されたかもしれない行為。 だが、かつて妹を襲った犯人を見つけ出し、高貴な身分であったその男の脳を蹂躙したことで、ホルストの実験の数々は「犯罪」の烙印を押されることになった。 彼の場合、逃げようと思えば逃げられたのだろう。 それこそ、金の力を使うか、密かに蓄積させていた高度な医療技術を取引材料として。 しかしそうしなかった。 ある日、あっけなく、魔石の寿命とともに彼の妹は息を引き取ったからだ。 もう、なにもいらない。 輝かしい未来も、命さえも。 そうやって水すら取らずに牢獄に繋がれていた彼に、ある日ハイデマリーが話しかけたのだ。 ――本当に? かつて、神の領分をも冒して知識を、生をほしがったあなたが、その貪欲さを燃え尽きさせてしまったというの? 無言で視線だけを向けたホルストの腕を掴み、ハイデマリーは己の腹に触らせてみせた。 ――ねえ。ここ。 ここではね。今、新たな命が育っているの。 死者を生者へと蘇らせることはできなかったかもしれない。 けれど、それにも匹敵する、無から有を生み出す奇跡が、ここで起こっているのよ。 彼女は、まだ少年であったホルストをそっと抱きしめ、まるで聖母のごとき声で囁いた。 ――あなた、本当は償いたかったのでしょう。育て、慈しみたかっただけなのでしょう。 ......いいわ。叶えてあげる。 わたくしと一緒に、この子を育てていいわ。 育てていいだなんて、よくわからない労働を押し付ける、傲慢にすぎる言葉。 なのになぜかそのとき、ホルストは全身で感じたのだ。 その後監獄を掌握し、ハイデマリーのお産を手伝い赤子を取り上げたとき、彼は久しぶりに涙を流したことを覚えている。 人間の技術を重ねてもはるかに及ばなかった神の御業。 誕生。または生命。 大きな産声とともにこの世に現れた彼の「妹」は、まぶしいほどの力強さに溢れていた。 「――まあ、正直ここまで過保護になるとは思わなかったけれど」 「なに言ってるの? 僕はいつだって、かわいい『妹』に必要最低限な保護を提供しただけだよ」 チェス盤を眺めながらハイデマリーが嘆息すれば、ホルストは即座に言い返す。 のみならず、彼は心底心配そうに眉尻を下げた。 「ああ、エルマ。風邪を引いたりしていないかな。あれで結構うっかりしてるから、転んで擦り傷とか作ってなきゃいいけど。麻酔をもっと持たせてあげればよかった」 「ねえ。擦り傷に麻酔で対処するな、だなんて無粋な突っ込みをさせたいの?」 「悪い虫がついたらどうしよう。眼鏡の屈折率をいじって、かなり不美人に見えるようにしたつもりだったけど。護身用に毒針も仕込んどいたほうがよかったよね、絶対。大後悔だ。駆除しにいったほうがいいかな?」 竜を一撃で倒し、柄の悪い囚人たちのこともきっちりと締めていたエルマだ。 そんな彼女に言い寄る男がいたなら、それは随分と出来のよい虫である。 というか母親としては、十五の娘には恋のひとつもしてほしいところだった。 はあ、と切ない溜息を漏らすホルストに、ハイデマリーは細い肩をすくめた。 「まったくもう。どうして兄から妹に向ける愛って、こうも暑苦しいのかしら。エルマはもう、はいはいしかできない赤ん坊ではなくってよ」 「僕からすればそんなようなものだよ。それに『兄から』とは言うけど、【嫉妬】の例を見たら、暑苦しさに性差なんてないと気付くはずだ」 小気味よく言い返すと、ハイデマリーは大げさに胸を押さえる。 「いやだわ、ホルスト。【嫉妬】が女性だとでも言うつもり?」 「男性ではないよね」 「女性でもなくってよ」 「でも自称、『監獄一のイイ女』らしいから。本人の意思は尊重しないと」 「まあ、監獄一ですって?」 ハイデマリーはそこでまた拗ねたように唇を尖らせた。 「彼ったら、そうやってなにかとわたくしを挑発してくるのだから」 「乗るような勝負でもないでしょうに」 「だって、女をかけた争いと聞くと、つい無視してはいられないのだもの」 「知ってるよ。それに巻き込まれるのはいつもエルマだ、っていうこともね」 たとえば化粧の仕方。服の選び方。 髪の結い方、香水の利き方、歌い方。 どちらがより女性美を体現できるかの勝負は、エルマが成長するにつれ、「どちらがよりエルマを女性として魅力的に育てられるか」の勝負になぜか変化していったのだ。 おかげでエルマは、あるときは蟲惑的な魅力を振りまく娼婦に、またあるときは清楚な笑みを湛える聖女に、と日替わりのようにイメチェンをさせられ、見守る側のホルストとしては気が気ではなかった。 おそらくやらされている本人も、あれでは自分のキャラクターをどの方向に形成すべきか掴めなかっただろう。 ホルストが「かわいそうに」と呟くと、麗しの元娼婦は、優雅に首を傾げた。 「でもおかげで、あの子はきっと、大国の王子様だって一瞬で魅了できる女に育ったと思うのだけど」 「マリーはさ、自分の娘をいったい何にしたかったわけ。僕の大事な妹に、変な教育しないでよね」 ホルストは半眼で突っ込む。 ここの住民は全員が全員、「自分が一番の常識人だ」と思っているあたり、救いようがなかった。 ハイデマリーは、さも意外なことを問われたとでもいうように長い睫毛を瞬かせる。 そして、盤上に佇む黒の女王をそっと指で撫でながら、薄く笑みを浮かべた。 「決まってるわ。『普通の女の子』にしたかったのよ」

20 19. Dr. Crazy'S Sister "Ah, already. What a shitty priest." A room in a dark prison. Having been transformed into a luxurious living space, Hydemarie was still interested in chess today. However, it is not unusual for the opponent to be Gilbert. It was a young man with dark hair whose back was sinking on a fine sofa for a little over thirty years. The gloomy, blurry eyes and the invincible mouth. When you smile hard, you look like a naughty boy. "You don't always think you're in this world, Marie." "Already. Horst, he's greedy until he wins the game." It was Holst Engler, a man nicknamed [Greed], who shrugged his shoulders to the relentless Hydemarie. He was only caught buying slaves and criminals from childhood and repeating human experiments, and his mind seems clear, relentlessly hunting down the indestructible Hydemarie. "Oh, my God. The Knight is dangerous to my cute black queen." "That's not boring." Strangely returned, Holst pulled his chin as if he had nose white. "Is there anything in chess that takes precedence over winning or losing? "I don't know aesthetics for a boy who just wants it." A high-demanding hybrid is powerful enough for a man like you. Did you regret it? Holst raised his hands and said, "Yes." "I don't know what you're thinking anyway. What a cruel mother's idea to throw out such a cute little sister." Hydemarie, who was thinking with her thin fingers on her lips, raised her gaze to the words. And I narrowed my eyes like a cat. "I knew you were stubborn. You were locked up in the lab for a while because you didn't want to talk to me? My brother, who takes care of his sister, is very nice. Perfectly shaped lip spun phrases had sweet sounds like sugar confectionery. Holst Engler. Also known as Dr. Crazy Boy. Born into the concubine of a wealthy merchant, he was famous as a psychopath who used his resources and brain to experiment with the human body one after the other. However, few people know that the motive for the experiment was found in their sister, who was attacked by a thug and in a coma. A little distracted sister grabbed and broken by her liking. I even opened the skull of others to explore the functions of the conscious brain, maintaining the movement of the heart by combining the magic stones that were barely in circulation at the time and the medical technology that I invented myself. Behavior that may have been accepted as a doctor and only if the subject was the dead or sinners. However, finding out who attacked her once and destroying the noble man's brain meant that many of Holst's experiments were branded "crimes." In his case, if he wanted to escape, he would have escaped. That is why we use the power of gold or the advanced medical technology that was secretly accumulating as a trading material. But I didn't. One day his sister took a breath as the Magic Stone lived. I don't need anything anymore. A glorious future, even life. Heidemarie talked to him one day when he was tied up in jail without even getting water. - Really? You once wanted knowledge and livelihood in the name of God, and you burned out that greed? He grabbed Holst's arm, looking silently at him, and Hydemarie made him touch his stomach. - Hey, here. Not here. New lives are growing now. We may not have been able to bring the dead back to life. But there's a miracle happening here that produces nothing comparable to it. She gently hugged Horst, who was still a boy, whispering as if she were the Virgin Mary. --You really wanted to make amends. You just wanted to grow up and be merciful. ... that's fine. I'll make it come true. You can raise this child with me. Too arrogant a word to push labor that I don't know how to raise. And for some reason, Holst felt it all over his body. Later, when he took control of the prison, helped with Hydemarie's birth and took the baby, he remembered that it had been a long time since he wept. God's work was far from complete with human skill. Birth. or life. His "sister", who appeared in the world with a loud pronunciation, was overflowing with immense power. "--Well, to be honest, I didn't think it would be so overprotective." "What are you talking about? I've always provided the cute little sister with the minimum protection she needs." As Hydemarie sighs as she gazes at the chess board, Holst immediately responds. Not only that, he lowered his eyebrows and buttocks worried deeply. "Oh, Elma. Have you caught a cold? It's pretty inadvertent, so you don't have to fall down and scratch it. I should have let him have more anesthesia." "Hey, don't anaesthetize the scratches. How dare you insinuate me? "What if there's a bad bug? I was going to play with the refractive index of my glasses to make them look pretty ugly. It would have been better to have a poison needle for self-protection, definitely. I regret it. Should we go get rid of it? Kill the dragon in one blow and tighten up the bad prisoners. If there had been a man against her, it would have been quite a good bug. As a mother, I wanted my fifteen daughters to have one love. Hah, Hydemarie shrugged her thin shoulders into a holster that leaked a slight sigh. "Not anymore. I wonder why love from my brother to my sister is so hot and bitter. Elma's not the only baby that can do it anymore." "It's like that from me. And" from my brother, "if you look at the example of [jealousy], you'll realize that there's no difference between sexes in the heat and the bitterness." Speaking back, Hydemarie presses her chest with exaggeration. "No, Holst. [Jealousy] Are you going to say you're a woman? "You're not a man." "Not even a woman." "But it seems like she calls herself 'the best woman in prison'. I have to respect her will." "Well, you're the one in jail? Hydemarie then sharpened her lips again as if she were bent. "That's how he provokes me." "It won't be like riding a race." "'Cause when you hear about a struggle with a woman, you can't ignore it." "I know. It's always Elma who gets caught up in it." For example, how to use makeup. How to choose clothes. How to tie your hair, how to use perfume, how to sing. As Elma grew, the battle over which she could embody more feminine beauty changed somehow to the battle over which Elma could be raised more attractively as a woman. Thanks to this, Elma was made to Imechen like a daily routine by a hooker who sometimes spreads a pestilent charm, and by a Virgin who sometimes spreads a clear smile, and she was uncomfortable as the horst on the watching side. Perhaps even the annoying person couldn't grasp the direction in which his character should be formed. When Holst murmured, "Poor", the beautiful ex-husband gracefully tilted her neck. "But thanks to him, I'm sure he grew up with a woman who could be fascinated in an instant, even by a great prince." "What the hell did Marie want with her daughter? Don't teach my precious sister anything weird." Holst penetrated half-eyed. All the inhabitants here thought that they were "the best common sense people," and there was no way to save them. Hydemarie blinks long eyelashes just as surprisingly. Then she gently stroked the black queen standing on the board with her fingers and smiled slightly. "It's settled. I wanted to be a normal girl."

24.「普通」の虫退治(1) 翌朝、朝食を取りにエルマたちが食堂へと顔を出すと、そこにはデボラとケヴィン、そして彼ら付きの使用人たちが勢ぞろいしていた。 客人として、主食堂で日々食事を供されてはいるものの、実際のところ、この屋敷の家人がともに席に着いたのは、初日の晩餐だけだ。 そのときすら、領主ヨーナスは終始無言で、デボラはしきりにルーカスに媚びを売り、ケヴィンに至っては食が進まぬからと挨拶だけ寄越して退室していた。 以降も、朝型のルーカスたちと不規則なフレンツェル一家では生活リズムが合わなかったため、こうして朝、彼らと顔を合わせるのは初めてである。 少々驚いたルーカスやイレーネをよそに、フレンツェル姉弟はぱっと立ち上がり、エルマに向かって叫んだ。 「ご機嫌麗しく、王弟殿下、イレーネ様、そして――エルマ様!」 「お加減はいかがだろう、殿下、イレーネさん、そして――エルマさん!」 一応礼儀に則って、身分順にルーカスやイレーネに向かって先に呼び掛けてはいるが、視線の熱さと声量とが、完全にそのマナーを裏切っている。 エルマはわずかに引いたような素振りを見せたが、それをものともせず、ふたりが駆け寄ってきた。 「ああ......! 心なしかどこかおやつれのような! 夕食も取らずに眠っておられたのでしょう? そのせいか、頬のラインが昨日昼に比べて髪の毛三本分ほどシャープになられて......! おいたわしいですわ......!」 「手配した医師は役立ててもらえただろうか? 腕はいいと思うのだが、昨日はよほどあなたの美しさに動転したのか、診察後に僕への報告をすることもせず帰ってしまったようで、僕はどれほどやきもきしたことか――! ......いえ、そんなことはいいんだ、あなたが元気にさえなったのならば!」 どうやら、二人とも大層心配し、憤り、手を尽くしてくれたようである。 「殿下には報告したようだからまだいいものの......」 己の差配に不手際があったことがよほど悔しいのか、ケヴィンは未だぶつぶつと愚痴を漏らしていたが、エルマは冷静にそれに返事を寄越した。 「昨日は突然倒れてしまい失礼いたしました。まさか草花の香りに当てられて倒れるなど、お恥ずかしい限りでございます。ですがおかげさまで、むしろぐっすり眠れてとてもよい夢も見られまして、朝から元気に掃除などさせていただきました」 「んまあ、そんな、エルマ様が掃除だなんて!」 「そうとも、掃除というならむしろ、僕があの忌々しいクローバー畑に、今この瞬間にも火を放って一掃してくるべきという話であって!」 「よく言ったわケヴィン!」 意地悪な姉と高慢な弟だったはずの二人は、今やすっかり、ただの純真な妄信者となり果ててしまっている。 信者二人の妄言に、エルマはわずかに顎を引きながら、 「お気持ちはありがたいですが、掃除は侍女の普通の業務ですし、今の時期は乾燥しており容易に山火事となりえますので、おやめいただけますか」 と冷静に水を差した。 「よかったわ......エルマがあの暴走姉弟を止めてくれるような、普通の感性を身に着けてくれて......」 「惑わされるなイレーネ、あいつは、生態系の破壊宣言をするほど急激に自分に傾倒しだしたケヴィンの様子には、特に疑問を覚えていないようだぞ」 イレーネがついぼそっと呟けば、ルーカスがすかさず冷静に指摘する。 実際のところエルマは、接した相手が突然自分に隷属しだすことだとか、隷属した相手が自身のために国や土地や自然を捧げることについては、なにも不思議には思っていなかった。 某母親の教えの影響である。 そんなわけで、エルマはしゃらっとケヴィンの不穏発言を聞き流し、会話を進めた。 「さて、そのようなことより、本日中にでも、例の沼に再び向かいたいと思っております。昨日捕獲した魔蛾についても、少々気になる点がございまして――」 彼女としては、自分のことを心配されるよりも、自分が倒れたせいで遅れてしまった調査を早く取り戻したいという気持ちの方が強かったのだ。 だが、ケヴィンに調査の件が伝わらないよう、エルマなりにぼかしてその旨を告げたところ、当のケヴィンたちから、それを遮られてしまった。 「実は、わたくしたちにも思うところがございますの」 二人が、まるでフレーズを繋げるようにしながら息ぴったりに告げる。 ケヴィンもこの一日で急激にけんが取れた結果、あどけない瞳に小柄な体を持つ、いたいけな少年にしか見えなくなってしまい、今のデボラとケヴィンは、単なる麗しくいじらしい姉弟でしかなかった。 清純派少女にキャラチェンジしたデボラは、両の手をそっと組み合わせてエルマを見上げた。 「まずはエルマ様、ならびに皆さま、どうぞお許しくださいませ。このデボラ、今の弟なら皆さまのご事情を吹聴して回ることはあるまいと愚考し、エルマ様からお聞きしたかくかくしかじかの事情を共有させていただきました」 「実際のところ、自領が陛下に憂慮されるほどの状態にあるというのは、幾重にも自省すべき問題であって、そのことで王家に反感を抱くのは筋違いであると、心得ております。ですので、その点についてはご安心ください。また、知らなかったとはいえ、殿下やイレーネさんに対して放った暴言についてもお詫びします」 デボラが視線で促すと、ケヴィンもルーカスにしっかりと視線を合わせ、はきはきと告げる。 そこには幼くとも次期領主の責任感と気迫が滲んでおり、たった一日での彼の成長ぶりに、ルーカスは内心で目を丸くした。 「もったいないお言葉ですわ」 詫びられたイレーネも、ケヴィンの豹変ぶりに驚きながら、こわごわと相槌を打つ。 するとフレンツェル姉弟は軽く頷きあい、使用人たちを下がらせると、デボラが話を切り出した。 「その上で、ご提案が。弟と話していたのですが――こたびの件、わたくしたち自身で、父である領主ヨーナスに、事情を問いたいと思うのです」 「自身で?」 「ええ。ケヴィンも申した通り、陛下が憂慮されるほどに、領民の心が離れているというのは、恥ずべき事態。それがわたくしたちの振る舞いのせいならば、わたくしたちはそれを即座に改めるべきですし、父の奇行のせいであるならば、事情を問い質し、それをやめさせるべきだと思うのです」 デボラは真剣だった。 その大地の色の瞳には、領主の娘にふさわしい、揺るぎない意思の光が浮かんでいた。 横では、ケヴィンがきゅっと拳を握りしめている。 彼は一度唇を湿らせると、覚悟を決めたように告げた。 「正直なところ、僕には父の本性というか、考え......本当に母を取り戻そうとして、魔と契約を交わそうとしているのか、わかりません。あの人が何を考えて生きているのか、僕たちは満足に話し合ったことすらないから......」 ケヴィンの知る父は、病弱な息子をまるで恥じるように屋敷の奥深くに追いやり、かつ、周囲との交流を絶って自らも部屋に閉じこもるような人間だ。 ケヴィンは長らく、それは自分が母――エリーザを奪ってしまったからだと思っていた。 憎まれているのだと。 しかし、デボラから聞いた話では、父ヨーナスは、瘴弱のデボラの天敵である魔蟲を、わざわざ家の池に飼っていたかもしれないという。 妻の死には関係ないはずの娘すら害そうとするのはおかしい。 それとも、憎しみ云々などではなく、ただ子どもたちのことなどどうでもよくなるほど、妻を求めているということなのか。 そのあたりの彼の考えが、ケヴィンにはさっぱりわからなかった。 「本当は、もっと早く、父の闇に踏み込むべきだったんだ。けれどできなかった。......自分の罪――自分のせいで母が死んだという事実を、改めて突きつけられるのが怖かったから」 目を伏せながら呟くと、デボラが励ますように、彼の腕に手を添える。 ケヴィンはぎゅっと、今日も胸から下げた指輪を握り締め、再び視線を上げた。 「だから、今回の件は、その最後の機会だと思うんです。僕たちは、ちゃんと父を理解したい。そして、領主一家としてふさわしい振る舞いを選び取りたい。だから、父への聞き取りを、僕たちからさせてもらえませんか?」 「もちろん、わたくしたちが父の主張を隠蔽、捏造できぬよう、配慮するつもりです。父はきっともうすぐこの場に朝食を取りに来るので、その間、皆さまにはどこかに潜んでいただき、わたくしたちの会話を直接聞いてもらう。それならば、調査のお邪魔にはならないでしょう?」 デボラが言い添えると、むしろルーカスは困惑に眉を寄せた。 「だがそれだと、家族のごく私的な事情までをも我々が聞くことになってしまう。それでもいいというのか?」 「はい」 ケヴィンも、デボラも、その瞳に迷いはなかった。 「真実を聞き出す過程に、なんの恥がございましょう。隠し立てせず、真実を確かめ、知らしめることこそ、領地を束ねる者の役目。どうぞ、お任せください」 そうまで言われてしまえば、ルーカスも否とは言えない。 彼は素早く思考を巡らせ、彼らが自主的に領主に聞き取りをするということが、「王家に不満を持たれぬよう事情を明らかにせよ」との王命に背かぬものであることを確認すると、頷いた。 「わかった。では、遠慮なく頼もう」 そうして、ぐるりと辺りを見回す。 「だが、潜むにしても場所を考えなくてはな。なにぶん、俺の体格が大きいぶん、長時間隠れるとなると、壺や甲冑の類では――」 「ああ、それにつきましては」 とそのとき、黙って話を聞いていたエルマが、くいと眼鏡のブリッジを押し上げ、壁に掛かっていた絵画の額縁をぐいと押しのけた。 隠されていた小さなレバーを、残像が見える勢いで回転させると、ぎし、と音を立てて壁が動きだす。 ルーカスたちの目の前に、たちまち秘密の空間が現れた。 「そんなこともあろうかと、食堂の隣に発見した隠し小部屋を先ほど清掃しておきました」 「おまえはいったいなにを想定していたんだ!?」 「座り心地が少々悪いようにお見受けしましたので、独断で恐縮ですが、ソファやワイン、ナッツなど菓子の類もご用意させていただきました」 「快適か! というか勝手に他人の屋敷の隠し部屋を暴くな! 掃除するな! 居心地をよくするな!」 至れり尽くせりすぎるエルマの仕事ぶりに、ルーカスはもはや突っ込む以外の術を持たない。 が、勝手に屋敷構造的な機密事項を暴かれ、改造されてしまったはずのフレンツェル姉弟は、 「ナッツは、僕も大好物だ......」 なぜかぽっと頬を赤らめるだけであった。 「あの」 もはや収拾のつかなくなっている状況下で、たまたま扉の方向にたそがれていたイレーネが、ふとなにかに気付いたように挙手する。 「こちらに向かって足音が近づいてきている気がするのだけど」 彼女はちょっと顔を引き攣らせていた。 「タイミング的に――ヨーナス様ではないかしら?」 「はい、速度と音階的にも、ヨーナス様および従者殿の足音とお見受けしますね」 「呑気にコメントしている場合か!」 頷くエルマに、ルーカスが素早く一喝し、ふたりを小脇に抱えると、そのまま小部屋に押し込む。 「悪いが、使わせてもらうぞ!」 そうして、慎重かつ迅速に隠し扉を閉じたのと同時に、ヨーナスが食堂にやってきた。

56 24. "Normal" Insect Control (1) The next morning, Elma and the others came out to the cafeteria for breakfast, and there was Deborah and Kevin and their servants. As a guest, although the main cafeteria serves daily meals, in fact, the family of this mansion only sat down for dinner on the first day. Even then, Lord Jonas remained silent, and Deborah suddenly sold her charm to Lucas, leaving just to say hello to Kevin because she couldn't eat. This is the first time I've ever had a face to face with morning Lucas and the irregular Frenzel family since, because the rhythm of life didn't match. Looking at Lucas and Irene, who were a little surprised, Frenzel's sister and brother stood up and shouted at Elma. "You're in a good mood, Your Majesty the King, Your Excellency Elaine, and Your Excellency Elma! "How about that, Your Highness, Irene, and Elma! As a courtesy, I called Lucas and Irene first in order of identity, but the heat and volume of my gaze completely betrayed the manners. Elma looked as if she had pulled it slightly, but without thinking of it, they rushed in. "Ahh......! Somewhere without a heart, like a razor! Were you asleep without dinner? Because of this, my cheek line became sharper than yesterday's noon by about three hairs....! It's so sweet...! "Could the doctor who arranged it have been helpful? I think my skills are good, but yesterday I was so upset by your beauty, it seems that I left without reporting to me after the medical examination, and how much trouble did I have?!...... No, that's fine, if you're even feeling better! Apparently, they were both deeply worried, angry, and exhausted. "I think I've reported it to His Highness, so it's still good....." Kevin was still mumbling and complaining about how sorry he was for his trouble, but Elma responded calmly. "I'm sorry I suddenly fell down yesterday. As long as you are ashamed of the smell of herbs and flowers. But thanks to you, I was able to sleep well and had a very good dream, so I cleaned up vigorously in the morning." "Nh, no, Elma, I can't believe it's cleaning! "Well, if it's cleaning, I should just throw a fire at that damn clover field and clean it up right now! "I told you, Kevin! The mean sister and the arrogant younger brother have now become nothing but pure fanatics. To the falsehood of the two believers, Elma pulled her chin slightly. "I appreciate your feelings, but cleaning is the normal job of a maid, and it is dry at this time and can easily cause a wildfire, so could you please stop?" and calmly added water. "I'm so glad... that Elma is wearing a normal sensitivity that will stop that runaway sister brother..." "Don't be fooled, Irene. I don't think he has any particular doubts about Kevin's sudden inclination to declare the destruction of the ecosystem." Lukas calmly pointed out when Irene whispered. In fact, Elma was not surprised that the person she was dealing with suddenly enslaved herself, or that the person she was enslaved would dedicate her country, land, or nature to herself. It is the influence of a mother's teachings. That's why Elma listened briefly to Kevin's disturbing remarks and proceeded with the conversation. "Well, rather than that, I'd like to head back to the swamp again today. I also have a few concerns about the moths I caught yesterday." For her part, she wanted to get back to the investigation that she was late for because she fell, rather than being worried about herself. However, when Elma blurred to let Kevin know about the investigation, the Kevins blocked it. "Actually, there's something we think about." The two of you snuggle your breath as if they were connecting phrases. As a result of Kevin's sudden injuries over the course of the day, he became a nasty boy with tiny eyes, and now Deborah and Kevin are nothing but beautiful and bullying sisters and brothers. Deborah, who had changed character to a purist girl, gently combined her hands to look up at Elma. "First of all, please forgive me, Elma and all of you. This Deborah, my current brother, was foolish enough not to go around listening to you, so I shared with Elma what I had just heard about Kurakusha." "In fact, I know that the fact that your territory is in such a state that you are worried about your Majesty is a matter for a lot of self-reflection, and it is a mistake to be against the Royal Family. So don't worry about that. I would also like to apologize for any violent remarks you may have made against His Highness and Mr. Irene." When Deborah urged him, Kevin also focused on Lucas, telling him clearly. Even as a young man, his sense of responsibility and temperament seeped into it, and after only one day of his growth, Lucas turned his eyes inside out. "What a waste of words." The apologetic Irene, surprised at Kevin's leopard behavior, slammed her gavel in horror. Then the Frenzel sister and brother nodded lightly and lowered the servants, and Deborah cut out the story. "Besides, I have a suggestion. I was talking to my younger brother, and I wanted to ask Jonas, our father, about this." "On your own? "Yes. As Kevin said, it is shameful that His Majesty's heart is so distracted. If it is because of our behavior, we should change it immediately, and if it is because of my father's malfeasance, I think we should question the situation and stop it." Deborah was serious. In the colored eyes of the earth was a light of unwavering will worthy of the daughter of the lord. Next to him, Kevin is holding his fist. He told him that he was ready to wet his lips once. "Honestly, I don't know if it's my father's nature or my thoughts... or if I'm really trying to get my mother back, or if I'm trying to make a deal with the devil. We haven't even had a satisfactory conversation about what he's thinking and what he's alive for..." Kevin's known father is a man who drives his sick son into the depths of the Mansion as if he were ashamed, and closes himself to his room without communicating with his surroundings. For a long time, Kevin thought it was because he had taken Eliza, his mother. Hate it. However, according to Deborah, his father Jonas may have deliberately kept the demon worm, the enemy of Deborah, in the pond of the house. It is strange to even try to harm a daughter who should have nothing to do with her wife's death. Or is it that you want a wife so much that you don't hate people, but you just don't care about children? Kevin had no idea what he was thinking. "The truth is, I should have stepped into my father's darkness sooner. But I couldn't.... my sins - I was afraid I'd find out again that my mother died because of me." With his eyes down, he murmured, putting his hand on his arm, as Deborah encouraged. Kevin squeezed the ring down from his chest again today and raised his gaze again. "That's why I think this is our last chance. We want to understand our father properly. And I want to choose the right behavior as a family of lords. So why don't you let us talk to my father? "Of course, we will take care not to conceal or fabricate our father's claims. My father is sure to be here soon for breakfast, so in the meantime, I want you to lurk somewhere and listen to our conversation directly. That won't interfere with the investigation, will it? As Deborah put it, rather, Lucas frowned in confusion. "But then we're going to hear about the family's very personal circumstances. Is that okay with you? "Yes" Kevin and Deborah were not lost in their eyes. "There is no shame in the process of telling the truth. It is the role of those who bind the territory not to hide, to ascertain the truth, and to know. Please leave it to me." If you say so, Lucas can't say no. He nodded to make sure that quick thinking and their voluntary interview with the lord would not run counter to the king's order to "reveal the circumstances so that the royal family would not be dissatisfied." "Okay. Well, don't hesitate to ask." Then, look around. "But I have to think of a place to lurk. After all, my size is huge, and when I hide for a long time, it's not like a pot or armor..." Ah, about that. At that time, Elma, who was listening in silence, pushed up the bridge of the glasses and pushed the frame of the painting hanging on the wall. When you rotate the hidden little lever with the momentum to see the afterimage, the wall moves with a squeaking noise. A secret space immediately appeared in front of Lucas and the others. "I thought that might happen, but I just cleaned the hidden room I found next to the cafeteria." "What were you expecting!? "I feel a little uncomfortable sitting on my seat, so I am sorry for my discretion, but I have prepared some sweets such as sofas, wine, and nuts." "Comfortable! Don't reveal the hidden rooms of other people's mansions! Don't clean it! Don't make me uncomfortable! Lucas no longer has a technique other than to penetrate Elma's work, which is too exhausting. The Frenzel brothers, who were supposed to have been tampered with and adapted to the structural confidentiality of the estate, "I love nuts too...." I just blushed my cheeks for some reason. "Um..." Irene, who happened to be pointing in the direction of the door, raised her hand as if she had noticed something. "I think the footsteps are approaching us." She was making her face twitch a little. "In a timely fashion, isn't it Yona-sama? "Yes, you can see the footsteps of Jonas and the Servant, both in speed and tone." "If you're commenting on it! As Lucas drank quickly into the nodding Elma, holding them by the side, he pushed them into the small room. "I'm sorry, but let me use it! So Jonas came to the cafeteria at the same time as he carefully and quickly closed the hidden door.

16.「普通」の探し物(4) 「ケヴィン! どうしてここへ?」 「......エルマ、さてはまたおまえが召喚したのか?」 「いいえ、私は特に」 ルーカスがつい半眼で問えば、エルマは首を振る。 ついでに、至極淡々と、 「屋敷からずっと、我々の後をつけていらっしゃいましたが、半マイルごとに息を切らして卒倒しそうになっていらしたので、内心気を揉んでおりました。無事に到着されてなによりです」 と付け足したものだから、ルーカスは天を仰いだ。 「突っ込みどころは! せめて! 一日ひとつまでにしてくれと! あれほど!」 やけくそになってぼやくが、エルマは首を傾げるだけである。 そして、勇ましくこの場に乗り込んできたケヴィンはというと、 「途中からしか聞こえなかったけど、姉上は、目を覚ましたほうがいいんじゃないのか。一介の侍女相手に一生そばにいろだなんて、手入れをしてもらっただかなんだか知らないけど、ずいぶん一日で骨抜きにされて――............!?」 後ろ姿しか捉えていなかった姉の全貌を捉えて、ぎょっと目を剥いていた。 「ど......どちら様ですかあああああああっ!?」 「いやだわ、ケヴィン。あなたの姉、ブランニュー・デボラよ」 あまりのブランニューぶりに、本人認証が困難だったようである。 ケヴィンは言葉も忘れて、大きく目を見開いたまま、麗しく変貌した姉の頭からつま先まで、何度も視線を走らせた。 「な......そ......、......っ、で......えええええええええ......っ」 もそれにしたって信じられない、だなんて言われても、エルマ様のお力としか答えようがないわ」 デボラは例の超解釈能力を披露しつつ、頬を染めてもじもじと答える。 それから、上目遣いでエルマの前で両手を組んでみせた。 「このように粗野で愚鈍な弟ですが、病弱で屋敷に閉じこもっていたがゆえの見識の狭さと、お目こぼしくださいませ。どうぞ身分のことなど云々せず、普通の弟分としてかわいがっていただけますと幸いですわぁ」 弟をかばうふりをしながら、ちゃっかり寛容な姉アピールである。 しかしエルマは、デボラの媚態には当然心動かされた様子はなく、淡々と「かしこまりました」と頷いた。 そして次の瞬間、ケヴィンの胸倉を目にも止まらぬスピードで掴みあげ、どすの利いた声で恫喝しだした。 「おう、ナマ言ってんじゃねえぞあ ゙ぁああ!? てめえに許された返事はただひとつ『はい』だけだ、それ以外をほざくようならケツから手ぇ突っ込んで奥歯ガタガタ言わすぞあ ゙ぁあああん!?」 「はひぃいいいいい!?」 突然の暴挙に、ケヴィンが宙に浮いた両足をじたばたさせながら悲鳴を上げる。 これにはルーカスもイレーネもぎょっとして、慌ててエルマを取り押さえた。 「おい、なにをしている!」 「ちょっと、お尻からなにを入れるですって!?」 いや、一名の突っ込みには喜色が混ざった。 だがエルマは制止されたのを不思議そうに眉を寄せるだけである。 「いえ、デボラ様が普通にかわいがれと仰ったので......」 うっかり、監獄内でスタンダードの「かわいがり」を実行してしまったのだ。 ヴァルツァー監獄では、このように新入りは先輩囚人からきっちり仕込まれて、頂点に君臨する七人にけして失礼がないよう、徹底的に調教されるのが常である。 「肉体言語付きの、タイプ03のかわいがりのほうがよかったでしょうか......?」 「やめろ。絶対にやめろ」 ルーカスは頭を押さえて低く唸ったが、急に離されて尻もちをついたケヴィンは、それどころではなかった。 「ひ......っ、ひ......っく」 領主の跡取り息子、そして病弱な少年として、厳重に保護されてきた彼は、このようにワイルドな接触を取られたのは初めてだったのである。 ケヴィンはすっかり怖気づき、べそをかきながらエルマを見上げた。 「な......、なんなんだよ、おまえ......っ」 それでも、平民の、それも女相手に気圧されてはならぬと自分を鼓舞したのか、わずかに残った気力を掻き集め、ぎろりと涙目で睨みあげる。 彼は懐に手を差し入れると、次から次へとものを取り出し、エルマへと投げつけた。 「お......おまえ、何者なんだ! やっぱり魔性のなにかなんじゃないか! 失せろ! 失せろよ! フレンツェルから出ていけ! あ......姉上や僕を支配して、領を脅かそうたって、そうはさせないぞ......!」 銀の十字架、鉄の珠、にんにく、聖水、玉ねぎ。 少年なりに思い付いたのだろう退魔アイテムを、これでもかと取り出していく。 その中には、騎士団が実際に魔獣退治に使う聖水もあれば、俗信でしかないアイテムも多くまぎれていた。 エルマは器用にひょいひょいと避けながら、料理に使えそうなにんにくと玉ねぎの辺りだけちゃっかりと受け止める。 「乱暴な真似はおやめください。支配とはどういうことでしょうか」 「しらばっくれるな! 姉上の変貌ぶりは異常だ! おまえ、さては魔族の生き残りかなにかなんだろう!? 奇妙な術を掛けて、ぼ、僕のことも、脅して言うことを聞かせて、フレンツェルの領主一家は魔に乗っ取られたと......そう噂を立てて、民を不安に陥れるつもりなんだろうが!」 ケヴィンの主張はおよそ妄言の域を出なかったが、たったひとつだけ、この場の誰も知らない真実を言い当てていた。 が、もちろん誰の耳にも、彼の発言は不当な言いがかりとしか響かなかったので、ルーカスたちは険しい表情を浮かべた。 とうとう弾を切らしたケヴィンは、慌ててポケットをまさぐり、護身用に忍ばせていたナイフに行き当たる。 彼は無我夢中でそれを掴み、目をつぶったままエルマに投げつけた。 「消えろ! 魔性め!」 だが、相応の勢いで投擲したはずのナイフは、エルマを掠ることすらなく地に落ちる。 さっと腕を伸ばしたルーカスが、素早くナイフを叩き落としたからだった。 「......女に刃を向ける者があるか、馬鹿者め」 声はいつになく低く、剣呑な響きを帯びている。 いくらエルマが人外の域に差し掛かった予測不能生命体とはいっても、無実の女性を傷つけることは、彼の騎士道精神が許さないのであった。 「いつまで腰を抜かしている。立て。おまえが攻撃しようとした相手、おまえがやったことの重大さを、しかとその目で確かめろ。ついでにその妄言の根拠の無さもな」 「で......殿下! そんなことを言って、あなたがこの女を使役しているのではないんですか!? それとも殿下まで騙されているんですか!? その女は到底普通じゃない。さっきから、魔のものでもない限りありえない行動ばかりしているじゃないですか!」 ケヴィンがきゃんきゃん吠えると、ルーカスは少々視線を逸らした。 「......いやまあ、たしかにこいつは激しく人間の範疇外の行動価値観発言を見せるし、はっきり言ってその存在を同じ人類にくくっていいかは日々悩むところだが、とにかく女を傷つけるのはいかん。いけないはずなんだ」 「......殿下の発言のほうが、先ほどからよほど盛大に私の心を傷つけていますが」 ぼそっとしたエルマの申し出は無視され、残念ながら誰も拾ってはくれない。 唯一、信徒のデボラだけが眉を寄せ、「ケヴィン、あなた、なんて愚かなことを――」と弟を窘めようとしたが、 「それはこっちのセリフだ、姉上! こんな魔性に誑かされて、領民にどう噂されているのか、わかってないのか!?」 すぐさま遮られ、きゃんきゃんと噛みつかれた。 エルマはなにかに気付いたようにふと顔を上げると、デボラを視線で制し、ケヴィンの前に進み出た。 「あの、差し出がましいようですがケヴィン様――」 「黙れ、魔性! なれなれしく僕の名を呼ぶな! いいか、ころっと騙された姉上と僕は違う。僕は次期領主として、必ずおまえの魔手から家族と領民を守ってみせるんだからな!?」 「いえあの、そのお志はとてもご立派ですが、その声変りを済ませていない高い声で叫びつづけられますと、きんきん響いてですね」 「僕を愚弄するのか!? はっ、魔性の耳に障るというなら結構なことだ!」 だが、ケヴィンはすっかり興奮してしまい、喚くばかりで耳を貸さない。 ぱっと立ち上がって性懲りもなく退魔的アイテムを探り、とうとう母親の形見の銀の指輪を懐から引っ張り出すと、それをエルマに付きつけてみせた。 「発育が遅いと僕を侮ったことを後悔させてやる! これでも食らって、失せろ、魔性め!」 「いえあの、私は特に銀に対してなんの反応を示すものではないのですが、どちらかというとですね――」 エルマはケヴィンの背後をじっと見つめ、それから少しだけ首を傾げてみせた。 「あなた様の高いお声が、魔蛾を呼び寄せているようです」 一瞬だけ、沈黙が落ちる。 その隙を突くようにして、 空が曇りはじめた。 いや違う、雲ではなく――大量の蟲が空を覆いはじめたのだ!

48 16. "Normal" Findings (4) "Kevin! Why are you here? "... Elma, did you summon me again? "No, I'm not." When Lucas asked half-eyed, Elma shook her head. And then, extremely pale, "You followed us all the way from the Mansion, but every half-mile I was about to lose my breath and faint, so I was rubbing my heart. I'm glad you made it." That's why Lucas looked up to heaven. "Don't break into it! At least one a day! That much!" Lost and blurred, Elma just tilted her neck. And Kevin, who bravely stepped in, "I only heard it halfway through, but I think it's better for you to wake up. I don't know if one of my maids took care of me all my life, but I've been boneless for a long day...?" I caught the whole picture of my sister, who was only looking behind me, and my eyes were slightly peeled. "Well... who is it? Ahhhhhhh!? "No, Kevin. Your sister, Brandon Deborah." For the first time, it seemed difficult to verify the identity of the brand. Kevin forgot his words and kept his eyes wide open, running many times from her beautiful transformed sister's head to her toes. "Nh... so... uhh, so... uhhhhhh..." "I can't believe how beautiful it is, and I can't believe you did it, but I can only answer with Elma's help." Deborah answers by dyeing her cheeks while demonstrating her super interpretation skills. Then, I put my hands together in front of Elma with a gaze. "I am such a rough and dull brother, but please do not spill your eyes due to the narrowness of your perception, which was confined to the mansion due to your weakness. Please don't mention your identity, and I hope you'll be a normal apprentice. Wow." While pretending to be covering for his brother, he appealed to his sister, who was completely forgiving. But Elma nodded indifferently, "Yes," rather than being moved by Deborah's charm. And the next moment, he grabbed Kevin's breast hold at an unstoppable speed and intimidated him with a sharp voice. "Whoa, what are you talking about!? There's only one" yes "answer allowed, otherwise I'll stick my hand in your ass and rattle your back teeth!? "Hahiiiiiiiiiiiiiiiiiii!? Kevin screams as he flicks his feet in the air during a sudden riot. Lucas and Irene hurriedly seized Elma. "Hey, what are you doing! "Hey, what are you putting in your ass!? No, there was a joy mixed into the entrance of one person. But Elma just frowned strangely at being stopped. "No, because Deborah usually said she was cute...." I accidentally ran a standard "cutie" in prison. In Walzer Prison, it is common for newcomers to be thoroughly trained so as not to be rude to the seven men who reign at the apex. "Would it have been better to have a cute type 03 with physical language...? "No, absolutely not." Lucas held his head down and roared low, but Kevin, who suddenly got separated and had a toe, was far from it. "Hi... nh, hi... nh" As the son of the lord's trail and a weak boy, he has never been in such wild contact. Kevin was completely scared and looked up at Elma. "Nh... what are you...?" Still, you inspired yourself not to be pressured by the female opponent, but scratched up the slightest remaining energy and glanced at it with tears. When he put his hand in his pocket, he took out what was next and threw it at Elma. "Oh... who are you?! I knew it was magic! Get lost, get lost! Get out of Frenzel! Ah... I won't let you take control of my sister or me and threaten my territory...! Silver cross, beads of iron, garlic, holy water, onions. I thought you might have come up with the idea of becoming a boy. I'm going to take out this demonic item. Some of them were holy water that the Knights actually used to exterminate the Beast, and many of them were just sneaky items. Elma carefully accepts garlic and onions that may be used in cooking, while avoiding clumsiness. "Please don't act violent. What does domination mean?" "Don't fuck with me! My sister's transformation is unusual! You must be some kind of demon survivor!? Using weird tricks, me, and the Frenzel family of lords have been taken over by the devil... I suppose they're going to make rumors and make the people anxious! Kevin's assertions were largely untrue, but there was only one truth that nobody else in the room knew. But of course, in everyone's ears, his remarks resonated only with unfair connotations, so Lucas and the others had a sharp expression. Kevin, who finally ran out of ammunition, rushed around his pockets and hit a knife he was holding for protection. He grabbed it with a passion for selflessness and threw it at Elma with his eyes closed. "Get lost, you magic! However, the knife that was supposed to have been thrown with the right momentum fell to the ground without even passing Elma. Lucas quickly stretched out his arm and quickly knocked down the knife. "... who's pointing a blade at a woman, you idiot?" The voice is always low and has a swallowing sound. No matter how many unpredictable life forms Elma had crossed into the outer realm, hurting an innocent woman would not be tolerated by his knighthood. "How long have you waited? Stand up. See with your own eyes the seriousness of what you did to the person you tried to attack. There's no basis for the falsehood." "So... Your Highness! Isn't that what you're doing with this woman?! Or are you being deceived by His Highness!? The woman is not normal at all. You've been acting like a monster for a while now! As Kevin barked, Lucas slightly strayed. "... no, it's true that this guy shows violent behavioral values outside of the human sphere, and it bothers me every day whether or not to explicitly send his existence to the same human being, but don't hurt a woman anyway. I shouldn't have." "... Your Majesty's remarks have deeply hurt my heart." Elma's vague offer was ignored and unfortunately no one picked it up. Only Deborah, a believer, raised his eyebrows to embarrass his brother, saying, "Kevin, what a fool you are!" "That's my line, sister! Don't you see how such magic makes you rumor to your people!? It was quickly blocked and bitten. As Elma noticed something, she raised her face and took Deborah's gaze and stepped forward in front of Kevin. Um, I'm sorry to bother you, Master Kevin... "Shut up, Magic! Don't call me by my name! Look, I'm not the same as my deceived sister. [M] As the next lord, I will make sure to protect my family and my people from your magicians!? "No, that's very nice of you, but it sounds good when you keep screaming with a loud voice that hasn't changed its voice." "Are you kidding me!? Ha, that's fine if it's not in the magic's ear! But Kevin was totally excited and couldn't help but scream. When she stood up and searched for the exorcism without sexual discipline, she finally pulled the silver ring of her mother's figure out of her pocket and put it on Elma. "I'll make you regret despising me for being slow! Take this, get lost, you magic bitch! "Well, I'm not particularly responsive to silver, but I guess..." Elma stared at Kevin's back and tilted her neck slightly. "Your high voice seems to be calling the moth." For a moment, silence fell. Try to pierce that gap. The sky began to cloud. No, it's not the clouds - lots of bugs have begun to cover the sky!

12.「普通」の品定め(2) イザークはルーカスの宣言を聞くと、好敵手を前にしたかのように、あるいは美味そうな獣を目撃したかのように、にぃと笑った。 巨体でずん、と床を揺らすようにしながら、リングに上がる。 それを見ながら、イレーネは固唾を呑んだ。 「殿下......、あの場で素直に引けばよかったのに......!」 「男の沽券ってもんがあるんでしょー」 フェリクスは、 二人の男が、今リングに立つ。 巨漢のイザークと細身のルーカスが並ぶと、まるで大人と子どもほどの体格の違いがあった。 「おやまあ、せっかく私が見逃した命を、やすやす投げ出してしまうとは」 「ま、オペの用意はしといてあげるよ。脳と心臓がそれなりに無事なら、の話だけど」 「この男前の顔も見納めと思うと、ちょっと切ないわぁ」 大罪人たちも口々に冷やかす。 特にホルストとリーゼルは、たとえルーカスが「友人」認定されていようと容赦なしだった。 大切なエルマに寄りつく ただそれだけの話だからだ。 物見高い嘲笑が響くなか、イザークは低い声で告げた。 「ルーカス・フォン・ルーデンドルフ。俺が、おまえに、申し入れるのは――」 建造物すら粉砕する拳での打撃戦か、岩盤すら穿つ巨刀での剣戟戦か。 見物を決め込む大罪人たちが、意地悪く笑みを深める。 「クッキング対決だ」 「え」 まさかの可愛らしい響きに、観客一同はかくっと前につんのめる。 「『友人』たるもの、うっかり、無人島に、漂着してしまった時でも、 「あんたはどういう危機を想定してんのよ、【 暴食 【暴食】のイザークにとって、腹が減ること以上に恐ろしい事態は存在しないのである。 「一緒に料理って......単なる仲良しじゃないか」 大罪人たちは呆れたようにぐるりと目を回し、一方でイレーネはほっとしたように胸を撫でおろす。 だが、警戒心に優れたルーカスは、不穏な予感を抱いて眉を寄せた。 彼の脳裏には、これまでエルマが取ってきた行動の数々が蘇っていた。 「......もしや、そのクッキングとやらには、食材を狩る過程が含まれるのか」 「ああ」 端的な返答に、思わず眩暈を覚える。 「それは例えば、近海に出てまぐろを釣ったり、クラーケンを釣ったり、はたまた、ヒュドラを狩ったり、と、そういった類の......?」 「ああ。むしろ、それが、メインだ」 世の中には「踊り食い」や「刺身」といった食べ方がある以上、クッキングの主眼とは、つまり食材を用立てることなのだとイザークは主張した。 「これから、俺たちが、『食糧庫』と、呼ぶ場所に、連れて行く。そこで、いかに、良質な、食材を用意できるかが――勝負だ」 「な......っ」 】とエルマしか自由に出入りできない『食糧庫』に、一般人を......?」 大罪人たちまでもがどよめく。 が、一番元気なリアクションを見せたのは、なぜか壁際に控えていたクレメンスだった。 を無視して、いけしゃあしゃあと場所を移す気か!?」 「うん」 こくん、とやけに素朴にイザークが頷くのを見て、イレーネがぼそりと呟く。 「......ならなんでリングを用意させたし」 あはは、と適当な相槌を寄越すフェリクスの前では、クレメンスが顔を真っ赤にしていた。 「うん、ではないわ! 闘技場など、ほとんどおまえの活用のみを想定してのものぞ。使わぬのなら用意させるな! 行動には計画性を持てと、あれほど――」 「すまん。許してクレメンス」 しれっとあしらわれ、老年の元宰相は憤怒の形相で両手を髪に突っ込む。 行員数が、労務管理が、特別予算の限度額が、といった単語が飛び出していることから、彼はこの牢獄で、そのあたりのことを担当しているのだろう。 生真面目ゆえにどこまでもイジられ、苦しむクレメンスの姿を見て、ルーカス以下シャバ側一同は、ほんのわずか心の慰めを得た。 頑張れ。 頑張ってクレメンス。 イザークはといえば、叫ぶクレメンスなど日常茶飯事なのか、春のそよ風のようにそれを受け流すと ルーカスに向き直った。 「では、『食糧庫』に、移動する。最近、 ――どごぉ......っ! 右にあった壁に向かって無造作に拳を突き出し、壁を円状に 「入り口としては、ここから見える、ほら、あの部分だ」 「修繕費ぃいいいいい!」 クレメンスの絶叫がまた響く。 が、それは一同によって華麗に無視された。 「............? 見たところ、森しかないようだが」 「森も、『食糧庫』の、一部だ。各種野菜や、山菜、森の動物たちが、そこで、育てられて、いる。だが、より多くの、『食糧』を、貯蔵しているのは、その地下」 イザークは、うむ、と得意げに頷いた。 「兎などの、たむろする、上部から、ドラゴンなどの、住まう、最深部まで。およそ、三十の、層から成る、自慢の、食糧庫だ」 「どこのダンジョンだ!?」 「ちなみに、今年は、ドラゴンが、繁殖期らしい。子ども部屋が、必要なのか、日に日に、層が、増えているようだ」 「しかも進化するタイプ......!」 絶望とともに突っ込むルーカスの横では、エルマが「大量の、ドラゴン......」と眉を寄せ、ごくりと喉を鳴らした。 「嬉しい。しばらくごちそう三昧ですね」 どうやらそれは、恐怖ではなく、空腹によるものだったようだ。 イザークとエルマは互いを見つめ、しっかりと頷き合った。 「エルマ。おまえも、行くか」 「はい、喜んで助太刀いたします」 「助かる。人手が、欲しかった。エルマは、後衛を頼む」 肝試しの名を借りた品定め、と見せかけて、単に狩りがしたいだけだということを、察しのよいルーカスはうっすら悟ってしまう。 だが、「いないか!?」の「か!?」の辺りで、彼はイザークの剛腕にタックルをかまされるようにして突き飛ばされ、そのまま階下の森――「食糧庫」へと落ちて行ってしまった。 「ご安心ください、殿下の身体能力があれば、第三層あたりで受け身が取れるかと」 声もなく絶叫するルーカスの後を、ひょいとエルマが追う。 慌てて窓枠に駆け寄ったイレーネたちが見たのは、こちらに向かって蒼白な顔で右手を伸ばしながら、奈落の闇へと吸い込まれてゆくルーカスの姿だった。 「いやあ、感動的な最期だ。親指を立てて溶鉱炉に沈んでゆく様子は、涙なしには見られないねー」 「陛下の目は節穴でいらっしゃいますか!?」 カナッペをむぐむぐ頬張りながら適当な感想を述べるフェリクスに、イレーネの突っ込みが炸裂する。 と、そこに、静かに成り行きを見守っていた大罪人たちの内、ホルストがぽつりと呟いた。 珍しく、彼の顔は、少々強張っていた。 「地下三十層、しかも日々、さらに地下に向かって増築中って。一層あたりの深さの平均をどう取るか次第だけど......それって上部マントルくらいには、到達してるんじゃないの?」 「うん、いや、僕が何を心配してるかって言うとね、万が一食糧庫がマントルに届いていたとして、万が一そこにSSS級魔獣でもいたとして、万が一そこでエルマと ホルストは、首を傾げる周囲への説明を省くと、引き攣った表情で懸念を述べた。 「この辺り一帯、地殻変動っていうか、マグマに呑まれて壊滅しちゃうかもね......なぁんて」 「............」 一瞬、居室には針の落ちる音が聞こえそうなほどの沈黙が訪れる。 それから、大罪人一同も、イレーネも、くわっと目を剥いた。 それほどに、彼らにとってイザークやエルマの行動は型破りなのだ。 「信っじられない......! いくらエルマに言い寄る虫が気に食わないからって、辺り一帯を危機に陥れるなんて、とんだ非常識野郎だわよ」 「いや、あのやりとりを見るに、【暴食】は単に食材狩りをする人手を募ってただけでしょ」 「ますます、狂っているとしか言えませんね。やれやれ、獄内には、私とエルマ以外にまともな人間はいないのでしょうか」 大罪人たちもまた、それぞれ眉を顰めたり、肩を竦めたりして、イザークを非難する。 「えー、『まんとる』とやらまでー? だいたいこれって、ルーカスがイザークとやらに挑みに行くって主旨でしょ。それで死んじゃったんなら仕方ないじゃん」 イレーネは窓から身を乗り出しながら訴えるが、フェリクスはけんもほろろだ。 「惜しい男を亡くしたねー」と彼が棒読みで述べたその時、ホルストがあっと叫んだ。 そうして彼はぴゅーいと口笛を鳴らし、穴の開いた壁から数匹の 「紹介するよ、こちら、僕が遺伝子改良を施した蝙蝠だ。こいつを使えば、ダンジョン、もとい食糧庫の様子をある程度捉えることができる。蝙蝠って、超音波を発してものを『見る』性質があってね。それを活用して、この蝙蝠の発する超音波を、画像データとして処理する技術を開発したんだ」 「視界を......超音波で......画像処理......?」 さっぱり理解できない一同に向かって、ホルストは音速の公式がどうだとか、探触子がどうだとか、赤方偏移のドップラー効果がどうだとか捲し立てていたが、すぐに諦めたように説明を切り上げた。 ぼそっと不穏な言葉を付け足してから、ホルストは「論より証拠」と蝙蝠たちを宙に放す。 滑空する後姿を見送り、どこからか取り出した巨大な筐体をガチャガチャといじると――イレーネたちにはさっぱりわからなかったが、エレキテルがどうだとか言っていた――、やがて、つるりとした箱の内面に、白黒の絵が現れた。 いや、絵ではない。動いている。 目を凝らせば、そこはどうやら洞窟のような場所で、準備体操のように肩を回すイザークと、手を差し伸べるエルマと、腰をさするルーカスが映っているのだとわかった。 「な......!?」 「おおー、すごいね。遠視の聖術?」 イレーネが絶句し、フェリクスが感嘆すると、ホルストは呆れたように溜息を吐く。 「だから、ただのエコー装置だってば。まったく、呪文を唱えれば遠くの景色が見えるなんて、ファンタジー世界の中だけのことだよ。一般人は、普通、道具を使って覗き見るものなの。わかる?」 イレーネとフェリクスは、釈然としない何かを感じながら顔を見合わせた。 ちなみに、もしホルストの発言をハイデマリーが聞いていたなら、きっと彼女は「どうかしら」と言わんばかりに微笑んでいただろう。 「さてさて、どんな様子かな――?」 ホルストは空気を変えるように、くるりと筐体に向き直る。 映し出された画像の中では、今、ルーカスがなにかに気付いたように、さっと立ち上がったところだった。

122 12. "Ordinary" Provisions (2) When Isaac heard Lucas's proclamation, he laughed as if he had seen a hostile or a delicious beast. As you shake the floor with a giant body, you go up to the ring. Looking at it, Irene swallowed a stubborn spit. "Your Highness... you should have pulled honestly on that spot...! "There's a man's ticket, right?" Felix liked the canapes of the fire birds (Phoenix) and cheeked one after the other. Two men stand in the ring now. When the giant Isaac and the slender Lucas were lined up, there was a difference in physique between adults and children. "Oh, well, I didn't know you could easily throw away the life I missed." "Well, I'll prepare you an operation. If the brain and heart are so safe, I'm talking about." "I think I can see this masculine face, but I can't cut it." The great sinners chill out. Especially Horst and Rezel were relentless, even if Lucas was a "friend". A man (fly) who stops by his precious Elma, crushes him. That's all I'm talking about. Isaac whispered a low voice as the high ridicule echoed. "Lucas von Rudendorf, I'm offering you..." Fight with a fist that even crushes buildings, or fight with a sword with a giant sword that even wears a rock. The sight-seeking sinners grinned ill. Cooking duel. "Eh?" With such a lovely echo, the audience pampers them a long time ago. "'Friends', even when you accidentally float on a deserted island, unless the other person (Elma) can cook quickly, using the surrounding nature, so as not to starve" "What kind of crisis are you expecting, [bulimia (Isaac)]!" "Hunger." For Isaac of [bulimia], there is nothing more terrifying than hunger. "Cooking together... isn't that just a friendship?" The great sinners turned their eyes as if stunned, while Irene stroked her chest as if relieved. But alert Lucas raised his eyebrows with a disturbing hunch. Behind his head were a number of actions Elma had taken so far. "... does that cooking and eating involve the process of hunting ingredients?" Ah. I feel dizzy with a quick response. "Is it, for example, fishing tuna off the coast, fishing kraken, hunting Hydra or something like that...? "Oh, rather, that's the main thing." Isaac argued that the main focus of cooking is to use ingredients, rather than "dance eating" and "sashimi". "From now on, we'll take you to a place we call the 'Food Depot'. So, how to prepare quality ingredients is a competition." "Nh...." "No way, the general public can only freely enter and exit the 'Food Depot' with [convulsion (Isaac)]....? Even the great sinners are getting worse. But it was Clement, who somehow stood by the wall, who showed the most vigorous reaction. "Don't wait! So, what, you guys, you're willing to ignore the Ring, the arena I took the liberty of destroying!? "Yeah." Seeing Isaac nodding, Irene murmured. "... then why did you get me a ring?" Ahahah, and in front of Felix, who was sending the proper gavel, Clement turned bright red. "Yeah, it's not! The Arena and so on are mostly intended for your use only. If you don't want to use it, don't let me have it! Behavior needs to be planned." "I'm sorry. Forgive me, Clement." Garnished, the old former prime minister shoved his hands into his hair in the form of anger. Since the words "number of crew members, labor management, and special budget limits" are popping up, he will be in charge of the area in this prison. Seeing Clemens suffer because of his seriousness, Lucas and the Shaba side together received only a slight heartfelt consolation. Hang in there. Good luck, Clemens. Speaking of which, Isaac turned back to Lucas when he passed it on like a breeze in the spring, whether it was a daily tea such as the screaming Clement. "Okay, I'm going to the Food Depot. Recently, the renovation (...) has been intense, and I can't grasp the schedule, so I'm the only one going in and out." --Ooh......! I threw my fist into the wall on the right and shattered it into a circle (...). "The entrance, I can see it from here, there, there." "The repair cost is no good! The cries of Clement echo again. But it was gloriously ignored by us all. ............ From what I've seen, there's only the forest. " "The woods are part of the Food Depot. Various vegetables, wild plants, and forest animals are grown there. But it's the underground that stores more food." Isaac nodded well. "From the top, where the rabbit hangs, to the deepest, where the dragon lives. It's about 30 layers, and it's a prized pantry." "What dungeon!? "By the way, this year, the dragons seem to be breeding. Every day, there seems to be a growing number of people who need a children's room." "Besides, the evolving type....! Next to Lucas, who plunged into despair, Elma raised her eyebrows, "A lot of dragons..." and rang her throat. "I'm glad. It's been a while." Apparently, it wasn't fear, it was hunger. Isaac and Elma looked at each other and nodded firmly. "Elma, do you want to go?" "Yes, I will gladly assist you." "Thank you. I wanted some help. Elma, take the back." Lucas quickly realizes that he just wants to hunt, making it look like he's using the name of a liver test. But, "Are you there?!?" Of! "? He was thrust by Isaac's rigid arm into the woods downstairs - the" pantry. " "Rest assured, Your Majesty, if you are physically capable, you will be able to receive it in the third tier." Elma chased after Lucas screaming without a voice. Irene and the others rushed to the window frame and saw Lucas reaching out with a pale face toward us and being sucked into the darkness of the abyss. "Oh, this is an impressive end. You can't see your thumbs up and sinking into the furnace without tears." "Your Majesty's eyes are in the pit!? Irene bursts into Felix's cheeks, pointing at the canapes and expressing a proper feeling. And there, among the great sinners who were quietly watching the course, Holst murmured. Unusual, his face was a little tough. "Thirty floors underground, and every day, they're building even more underground. Depends on how you averaged the depth around it... but isn't that as much as the upper mantle? "Yeah, no, what I'm worried about is, in case the pantry arrived in Mantle, in case there was an SSS-class beast there, in case Elma and the muscle fool (Isaac) were rampaging there..." Holst expressed his concern with a convulsive expression when he omitted to explain to the surroundings where he leaned his neck. "Around here, there's a fluctuation in the crust, or perhaps a magma will devastate you..." ............ For a moment, the room was silent enough to hear the sound of the needle falling. After that, both the sinners and Irene lost sight. And for them, Isaac and Elma's behavior was unprecedented. "I can't believe it....! It's insane of you to put the area in danger because you don't like the worms that rush to Elma." "No, as you can see from that interaction, [bulimia] was simply looking for someone to hunt the ingredients." "All I can say is that you're getting crazy. Oh dear, is there no decent person in prison but me and Elma?" The great sinners also blame Isaac with their eyebrows raised and their shoulders raised. "Er, until you say 'Mantle'? This is basically the point that Lucas is going after Isaac. If that's how you died, then you can't help it." Irene walks out the window and complains, but Felix struggles. "I lost a poor man," he said in a bar reading, when Holst screamed. Then he whistled and summoned several bats, Komori, from the perforated wall. "Let me introduce you to the bat that I genetically modified. With this, we can capture some of the dungeon, some of the food warehouse. A bat has the nature of emitting ultrasound and" seeing "things. Using it, we developed a technology that processes the ultrasound emitted by this bat as image data." "Visual field... ultrasound... image processing...? Towards all of them, who had no idea what the formula for the speed of sound was, what the probe was, and what the Doppler effect of the red deviation was, Holst quickly gave up the explanation. After adding vaguely disturbing words, Holst releases the bats into space "more evidence than theory". When I dropped off the back of the glide and teased the giant enclosure that had been taken out of somewhere - Irene and the others didn't know at all, but they told me how electrified it was - eventually a black and white painting appeared on the inside of the smooth box. No, it's not a picture. It's moving. When I glanced at it, I saw Isaac turning his shoulders like a prep gymnastics in a cave-like place, Elma reaching out, and Lucas sitting back. "Hmm...!? "Wow, that's amazing. The sacred art of hyperopia? When Irene was stunned and Felix admired, Holst sighed with astonishment. "So it's just an echo device. It's only in the fantasy world that if you cast a spell, you can see a distant view. Ordinary people usually peek with tools. Do you understand?" Irene and Felix looked at each other, feeling something that they didn't understand. By the way, if Hydemarie had listened to Holst, she would have smiled rather than just said, "I don't know." Well, what does it look like? Holst turns back to the circle and housing to change the air. Among the projected images, Lucas was just standing up, as if he had noticed something.

20.「普通」のピンチ(2) 窓の外では、激しい雨と悲鳴のような雷が続いていた。 ホルストは、渋面のクレメンスが居室すべての燭台に火を灯すよりも早く、急いたように口を開いた。 「それで、王太后サマ。あなたの知ってることを、全部教えてくれる?」 組んだ腕を落ち着かぬ指先で叩くホルスト。 彼を囲むのは、エルマを除く大罪人たちと、ルーカス、イレーネ、そしてフェリクスにテレジアだ。 彼らが今居る、質実剛健を表したような飾り気のない部屋は、ギルベルトのものだった。 ただし本来の部屋の持ち主は、壁に背を預けることすらせず、じっと扉の向こう――廊下を挟んだハイデマリーの部屋を見つめていた。 テレジアが急を告げてから大罪人とエルマたちは茶会も品定めも放り出し、即座にハイデマリーの部屋に駆けつけた。 そうして、息を呑んだ。 屋内であるはずのその場所が、森と化していたからだ。 しかもその「森」は、彼らの前で目まぐるしく変化していた。 壁がぼろりと崩れ、隙間から伸び出した蔓が枝に、やがて巨木に。 枝の先では緑が芽吹き、蕾み、盛大に花開いたかと思うと枯れ朽ちてゆく。 一つの木が死と再生の 凄まじい勢いで茂ってゆく葉の間からは、時折ぼうっと炎が生まれ、やがて消えた。 植物に破られた壁からは雨が吹き込み、それは一時、海を思わせる激しさで床を侵食し、かと思えば気まぐれに引いてゆく。 それはまるで、神話に描かれる天地創造のような光景だった。 そして、肝心のハイデマリーが横たわるのは、部屋の中央、広々とした寝台があったはずの場所。 彼女は、蔦と花と枝で編み上げられた揺りかごのようなものに支えられ、宙に浮いていた。 眼を閉じたその顔は、いつになく苦しそうだ。 そして注目すべきは、植物たちに吊り上げられているようにも見える彼女の髪が、異様な勢いで伸びていることだった。 腰あたりまでだったはずの髪は、宙から床にこぼれ、それでもなお余って植物の床を這う。 到底現実にはありえない光景に、大罪人たちまでもが硬直する。 それはそうだ、いくら「常軌を逸した」とは言えど、彼らもまた、魔力や聖力といった世界とは無縁の、 それでも我に返り、ハイデマリーの元に駆け寄ったのは、娘として母の世界をいくらか共有してきたエルマ、そして監獄の医師を自認するホルストであった。 呼びかけ、脈を取り、瞳孔を見る。 血液を採取し、全身をくまなく検めたが、結局彼らがわかったのは、通常の医療技術ではまったく理解できない――そして対応できない事態に、ハイデマリーが陥っている、ということだけだった。 「胎児や胎内に問題があるわけじゃない、血中のあらゆる数値も正常範囲、ウイルスも細菌も無し。なのに心拍が異常に上昇し、呼吸困難、発汗、意識混濁。なによりあの異常な身体成育。不甲斐ないけど、僕の知識じゃ、とても理解できない」 本人の強い希望があったためエルマをハイデマリーの傍に残し、すぐ向かいのギルベルトの部屋に移動したホルストは、苛立たしげに髪を掻き上げた。 彼らには、冷静になって議論する場が必要だったのだ。 「それに、あの部屋の植物の異常生育は、明らかにマリーに引きずられたもののように思う。これはもはや医療の管轄じゃない。聖力だとか、あるいは魔力の領域だ。そうでしょ?」 その声は憎々しげと言っていい。 聖力や魔力というのは、ホルストが「ファンタジー」の一言で切り捨ててきた領域だ。 それが、目の前の、彼の大切な人間を苦しめているということが、ホルストには許せなかった。 いや、ホルストだけではない。 いつも優雅と退廃の空気をまとっていた大罪人たちも、今この時ばかりは、飲み物すら用意せず、ぴりぴりとして部屋に立ち尽くしていた。 ハイデマリーは監獄の女王にして、彼らの友人であり、妻であり、母。 かけがえのない女性の危機に、誰もが強い焦燥を抱いていたのである。 「......その通りだ」 問い詰められたテレジアが、女性にしては低い声で頷く。 彼女は、大罪人たちに鋭く見据えられても動じず、聡明さを感じさせる口振りで答えた。 「彼女の身に振りかかっている事態を説明するには、私の妹の身に起こった出来事を説明するのが早いと思う」 「妹......?」 世情に疎い一部の大罪人が眉を寄せる横で、ルーカスやイレーネははっと目配せをした。 テレジアの由縁。 姉のために相談役として王宮に上がったというのに、その愛らしさと聖力の高さを疎まれ、人に見られぬ顔にされて修道院に送られたという、実妹クリスタ。 しかし、テレジアから語られることの真相は、彼らが噂から想像していたものとは、かなり異なるものだった。 「知っているかわからぬが、私には妹がいた。クリスタという。祖父が聖者の家系だったのだが、その血が作用してか、彼女は家族の中で唯一、ずば抜けて聖力が高かった。時さえ合えば、聖鼎杯に、聖女候補として送り込まれるだろうほどに」 その言葉に、今度はリーゼルとクレメンスが視線を交わす。 テレジアはそれには気付かず、話を続けた。 「神殿入りもあり得ると、聖女教育を施されたクリスタは、善良で、世間知らずの娘に育った。彼女は親や、姉である私に完全に依存していた。結果として、アウレリア留学の話が持ち上がった際、彼女は一人国外に出ることを怖がり、私が王妃に指名されたのを理由に、相談役としてともに王城に上がった」 テレジアはしかし、愚かゆえに善良な妹を愛した。 過保護とは知りつつ、相談役の肩書きを与えて傍に置き、悪意渦巻く社交界から隔離するほどには。 けれどその結果、クリスタは醜い王城の内実を知ることもなく、テレジアが目を離したところであっさりと男の火遊びに引っかかってしまった。 彼女は、誰とも知らぬ男の子どもを妊娠してしまったのだ。 「では......もしや、テレジア陛下が彼女を修道院送りにしたのは、そのため......?」 ルーカスが呟くと、テレジアは「そうできていたなら、どんなによかったか」と苦々しく笑った。 「元は、そのつもりだった。ただ、せめて出産と、その子どもの名付けくらいまでは私が面倒を見ねばと思ってな。ちょうど私が同時に妊娠したのを幸いと、姉妹ともども実家に引っ込んだ」 両親の説得も、箝口令も、部屋の改装も、全てテレジアが行った。 妹の妊娠の責任は、自分にあると思ったからだ。 危機があったらすぐ対応できるよう、姉妹の部屋を繋いだ扉。 「ただ、聖力に縁のなかった私も、中途半端に聖女教育を投げ出してしまった妹も、肝心な知識が欠けていた。――強すぎる聖力を持つ女が孕んだら、どうなるのか」 核心に近づいてきた話に、ホルストが視線を上げた。 「......それが、聖力過剰?」 「ああ。裏付けとなる文献を見つけたわけではないが、私はそう理解している。過ぎた薬が毒になるように、溢れ続ける聖力は、持ち主の体を破壊するのだ」 ちょうど妹が臨月に差し掛かった頃だ、とテレジアは言う。 クリスタの体に、異常が見られるようになっていった。 「時折、ひどく魘されるようになった。熱が出て、呼吸が乱れて、......彼女はそんな時、『内側から破裂しそう』と言っていた。それで私は、てっきり妊娠の症状の一つかと思い込んでいた」 症状は徐々に、彼女の身体を離れ、周囲にまで影響を及ぼすようになった。 クリスタの聖力は、主に水を操るものだったのだが、ふと気を抜くと、水差しの水を溢れさせてしまったり、夏だというのに霜を下ろしてしまったりと、次第にその制御を失っていったのである。 「それも、妊娠のせいだと思っていた。やたら眠いと言って、長く眠るのも。聖力を持つ者の妊娠は、他とは多少異なるのだろうと、甘く見ていたのだ」 テレジアにはテレジアで、腹の中の子を守らねばという重圧があった。 そうしてある日――あの、突然けたたましく空が泣き出したあの日。 テレジアは自身の異変を訴えるべく妹の部屋の扉を開け――そこで、異変どころではない、異常な光景を見た。 「クリスタの部屋は、まるで屋外のように雨が降っていた。水は床でうねり、壁を遡ってまた落下していた。そしてクリスタはその中心で、こと切れていた。部屋中に髪と爪を伸ばし、......老婆のような顔で」 「なんだって......?」 ホルスト以下、一同が息を呑む。 テレジアは苦い過去を飲み下すように、ぐっと唇を歪めると、拳を握って続けた。 「まるで、その部屋だけ時を速めたかのようだった。私はぞっとして、しばらく立ち尽くしてその光景を見ていたが、やがてあることに気付いた。私の指先にはその時、針でできた傷があったのだが、その部屋に漂う水に触れると、みるみる塞がったのだ。小さな傷だけではない。剣の稽古や落馬でできた古傷も、すべてだ。部屋には、凄まじい聖力が溢れていた。妹の遺骸を中心として」 聖力が過剰に溢れている。 テレジアは直感的に思った。 聖力とは、生物を癒し けれど、それが頃合いで涸れ果てることなく、制御を失い、無限に持ち主を「癒し育」んだらどうなる? 古い池の水が雨となって新しく生まれ変わるように、骨や肉は劣化と再生を繰り返す。 それはつまり――恐るべき速さで老化が進むということだ。 そうしてとうとう、暴力的に「回復」を促す聖力に耐え切れなくなり、擦り切れた肉体は死を迎える。 それが、目の前の妹だ。 聖力は血統で受け継がれるというのに、教会がなぜ聖女に純潔を命じ――子を産ませようとしないのか、テレジアはその時になって、ようやく理解したのだった。 「腹の子を育てようとするあまり聖力が暴走するのか、それとも胎児を異物とみなして攻撃しつづけたということなのか、私にはわからない。が......、聖力過剰と妊娠は、間違いなく結びついている。これが私の直感と、経験からくる結論だ」 テレジアは、なぜ気付けなかったのかと自責の念に苦しみながら、自身の出産の直後、妹の遺体を処理した。 葬儀を上げず、顔を傷付けて修道院送りにしたなどという噂を流したのは、クリスタのためだ。 そこまでを聞くと、ホルストは「なるほど」と一つ頷いた。 彼にとって、テレジアの悔恨や二十二年前の事件の真相などどうでもよい。 ただ、彼の大切な身内を救えるに足る情報かを、真剣に吟味していた。 「たしかにその事件と今のマリーの症状は符合するな。老化も、異常な細胞分裂促進によるテロメアの破損と思えば理解できなくはない。......でも、囚人にして元娼婦の【 「それについては、あたしが保証するわ」 とそこに、黙って話を聞いていたリーゼルが口を開いた。 「あの女は、三十年前の聖鼎杯で、わずか五歳にして聖女候補だった。それを、当時の教会の腐敗を悟って、その座を投げ捨てて娼婦になったのよ」 「なんだって?」 ギルベルトを除いた一同が目を見開く。 壁の近くに控えていた――無理やり巻き込まれたとも言う――クレメンスは、勝手に過去を暴露したリーゼルにちらりと眉を上げてみせたが、リーゼルは鼻を鳴らしてそれに応えた。 「なによ、バラしちゃ悪い? 言っとくけど、先に裏切ったのはあの女――ハイデマリーのほうよ。何枚も手札を隠して、勿体ぶりながらやっと見せたと思ったら、どれも捨て札ばかり。人の厚意と心配を、平気で踏みにじる真似しやがって」 乱暴な口調には、苛立ちと焦りが等しく滲む。 なにが、「誰より大切な人」だ。 顔色が悪いのは妊娠のせいだというのも嘘だった。 いや、嘘ではないが、あの女は隠していた。 自らが死の淵に、片足でようやく立っているのだということを。彼女はきっと、こうなることを「知って」いたに違いないのに。 「......ざけんじゃないわよ」 リーゼルはぎり、と親指の爪を噛んだ。 それが、あの美貌の娼婦の矜持なのだということは理解していた。 ある種の愛情であり、友情であるのだということも。 彼女はまるで、死に際に隠れる気高い猫のよう。 けれど――手を差し伸べていた側からすれば、それはなんと腹立たしい振る舞いか。 強い怒りは、攻撃的な笑みを象り、傍らのギルベルトに向けられた。 「あんたは知ってたわけ、ギル? 知ってたはずよねえ。十五年もの間思い続けた女だもの、その正体が聖女候補であったことなんて。だから、マリーが周囲に妊娠を隠そうとしていた時も、それに従ってたんでしょ。ええ? 元勇者さん、なんとか仰いよ」 「愛しい女を死の淵に追い込んで、満足?」 「――満足なものか!」 ずっと黙り込んでいたギルベルトは、突如抑制の糸が切れたように咆哮した。 「彼女の過去は聞いていた。だが、こんなことになるだなんて、知らなかった! 妊娠の事実をぎりぎりまで伏せていたのは、獄内のお祭り騒ぎを避けたいからだと、繰り返し聞かされていた。マリーは、俺にまで隠していた......!」 「俺が......子を持とうなどと言わなければ......!」 一同はそこで静かに息を呑んだ。 聖力過剰が妊娠によって引き起こされるのだとしたら、この状況下、一番追い詰められるのはギルベルトだ。 居室に気まずい沈黙が下りる。 いつも泰然としていたはずの大罪人たちが、感情を揺らしていた。 それほどまでに、女王の存在は絶大なのだ。 「――......だが、なぜエルマの時は聖力過剰にならなかったんだ?」 その時、ふと低い声が一同の耳を打った。 慎重な声で問いを紡いだのは、ルーカスだった。 「妊娠によって聖力過剰が引き起こされるのなら、エルマが生まれた時点でこうならなければおかしい。エルマの時と、今で異なるのはなんだ? そこに、解決の糸口になりえるものがあるかもしれない」 ホルストが目を見開いた。 「......魔力だ」 彼は、ふら、と腕を持ち上げ、無意識のような仕草で髪を押しつぶした。 「魔力だ。腹の中のエルマの魔力が、過剰な聖力を相殺したんだ。......はは、神の敵たる魔族の血が、結果的に それでは、と顔を強張らせるルーカスたちに、ホルストは口早に応じてみせた。 「ああ、そうさ。君たちもどうせ気付きかけていたんだろ? エルマは真実、魔族の娘だ。......もっとも、聖女の娘でもあったわけだけど」 あっさりと明かされた真実に、ルーカスとイレーネは表情に悩む。 ありえない出自。 けれど同時に――あまりにも腑に落ちる、事実。 見れば、既にそれを知っていた様子のギルベルトやリーゼルだけでなく、モーガンやイザークも、神妙にただ頷いている。 驚くには値しない、ということだろう。 ホルストは周囲の反応など置き去りにして、ぐるぐると部屋を歩きはじめた。 「魔力をぶつけて、聖力を削げばいいんだ。でもどうやって? くそ、聖力の生成器官でもあれば、そいつを魔剣で貫けばいいんだろうけど、聖力とやらが物理的な身体構造と一致しているのか......いや、まずは魔力の確保だ。あれほどの聖力に対抗するだけの、強大な魔力......」 聖力や魔力といったものは、本来彼の管轄外だ。 けれどホルストは、それを明晰な頭脳で無理やり理解の範疇に引き込もうとしていた。 「そこは、やっぱエルマを使うんじゃなーい?」 とそこに、のんびりとした声が響いた。 テレジアの告白すら他人事のように聞いていた、フェリクスである。 彼は、テレジアとよく似た緑の瞳を、わずかばかり愉快そうに輝かせていた。 「だってさ、エルマの魔力で対応できたって、十五年前に証明されてるわけでしょ。すぐそこに魔力生成器があるのに、使わない手はないじゃない」 エルマのことなど、駒か道具としか見ていないことがわかる発言だ。 ホルスト以下、大罪人たちは一瞬、視線だけで氷河期を呼び寄せそうなほど目を細めたが、すぐに現状を思い出し、表情を元に戻した。 「......エルマは、身体構造や能力こそ魔族的性質が強いけど、魔力があるわけじゃない。普段の瞳が赤くないことからも、それは明らかだ。【 「じゃあ、覚醒させれば?」 フェリクスはますます楽しげに肩を竦め、そこでくるりと異母弟を振り返った。 「ね、ルーカス。君があんまり上手にアウレリアでの報告書を書くものだから、僕、逆に気になっちゃってさ。つい自分でも調べちゃったんだよね。エルマは、聖力保持者には妙薬となる、魔族には毒となる強い酒を飲まされて、結果、大地や植物を操ったんでしょ?」 あまりにさらりともたらされた情報に、ルーカスやイレーネは絶句した。 無難に隠していたつもりだった。 本人も、すんなり報告書の内容を信じた様子を見せていたのに、いつの間に調査を進めていたというのか。 フェリクスは二人の表情を見ると、「こそこそ調べ回るのが趣味なものでね」と笑みを深めた。 「で、だ。その時発現したエルマの力は、はたして酒に耐性を得た突然変異的魔力なのか、それともまさか聖力か、というので悩んでたんだけど、今わかったよ。答えは両方なんだ。エルマは魔力と聖力を持っていて、普段はそれらが互いを削ぎあっている。ただし、一方を強化する環境に置かれたら、一気に天秤がそちらに傾く――つまり、覚醒するんだ。アウレリアでは、おそらく彼女は聖力を覚醒させた」 ならば今度は、と、フェリクスは好奇心旺盛な子どものように、無邪気に周囲に笑いかけてみせた。 いや。 その瞳は無邪気なようでいて、その実、狡猾で冷酷な理知の光が浮かんでいた。 自身の手にしていた駒が、どこまで有益たれるかの、その限界を。 「......検討に値する手段だね。でも僕、あんたのことがすごく嫌いだな、フェリクス王サマ」 人を人とも思わぬフェリクスの提案に、ホルストが冷ややかに応じる。 「奇遇だねー。僕も、君を見てるとなんか嫌な気分になる」 フェリクスは笑顔を崩さなかったが、辺りの空気は一層殺伐としたものになった。 「同族嫌悪でしょうね」 モーガンはあっさりとそれを総括すると、ホルストに向き直った。 】。医学は私の専門外ですが、魔力や聖力――おとぎ話の世界ならば、伝承や書物の得意とするところ。つまり、この監獄の図書室を管理する、私の領分です。『検索機能』を使って、エルマを魔族的に覚醒させる方法を調べましょう」 モーガンは、化学や物理の説く真実には興味を示さないが、言語や物語には、詐欺師として常に並々ならぬ関心を抱いている。 その結果が、ルーデンの王宮図書室すら上回る知の集合、監獄図書室だ。 あの膨大な蔵書からならば、間違いなく覚醒の手立てが見つかると思われた。 不意に見えてきた希望の光に、その場の士気がぐっと高まる。 エルマを呼んでくると申し出たルーカスを除き、一同は素早く図書室へと移動を始めた。

130 20. "Normal" Pinch (2) Outside the window, thunderstorms like heavy rain and screams continued. Holst opened his mouth in a hurry before Clement on the traffic surface lit all the candlesticks in his room. "So, Queen Dowager Sama. Can you tell me everything you know? A holster that slaps your hands together with restless fingertips. Surrounded by the great sinners, except Elma, Lucas, Irene, and Felix, Telesia. The decorative room they were in, which represented rigidity, belonged to Gilbert. However, the owner of the original room did not even leave his back on the wall and stared at the high-demark room across the door - the hallway. After Telesia suddenly announced, the great sinners and Elma threw out tea parties and ceremonies, and immediately rushed to the high-demanding room. So he took a breath. Because the place that was supposed to be indoors was turned into a forest. Moreover, the "forest" was changing dramatically in front of them. The walls collapsed, and the vines that stretched out of the gap fell into branches, eventually into giant trees. At the tip of the branch, the green sprouts, buds, and the thought of blooming flowers die. While a tree travels through the Ring of Death and Regeneration, the seeds that fall from it bear fruit one after the other and spread out. Occasionally flames burst out of the leaves that grew with great momentum, and eventually vanished. Rain blows in from the walls torn by plants, temporarily eroding the floor with the intensity that reminds me of the sea, and pulling at random. It was like the creation of heaven and earth depicted in a myth. And the key high demarcation lies in the middle of the room, where there should have been a spacious sleeping area. She was floating in the air, supported by a cradle knitted with cymbals, flowers and branches. The face with closed eyes seems to suffer forever. And what was remarkable was that her hair, which seemed to be hanging from the plants, was growing at a different momentum. Hair that was supposed to reach the waist spills from the sky to the floor and still crawls on the floor of the plants. Even the sinners are hardened to a scene that is impossible in reality. That's right, no matter how "derailed" they were, they were also ordinary people who had nothing to do with the world of magic and sanctity. Still returning to me, it was Elma, who had shared some of her mother's world as a daughter, and Holst, who recognized herself as a prison doctor, who rushed to Hydemarie. Call, take a pulse, and look at your pupils. Blood was taken and the whole body tested, but all they found out was that they couldn't understand it at all with normal medical technology-and they were in a state of high demeanor that they couldn't cope with. "There is no problem with the fetus or the fetus, no numbers in the blood, no normal range, no viruses or bacteria. However, your heart rate is rising abnormally, and you have trouble breathing, sweating, and confusion. Above all, that abnormal physical growth. It's not worth it, but I don't really understand it with my knowledge." Due to his strong desire, Holst left Elma beside Hydemarie and moved to Gilbert's room just across the street, scratching his hair in a frustrating manner. They needed a place to calm down and argue. "Besides, I think that the abnormal growth of plants in that room was obviously dragged by Marie. This is no longer a medical jurisdiction. It's a holy power or a magical realm. Isn't that right?" You can say that voice is hateful. Holy power and magic are areas that Holst has truncated with a word of "fantasy." Horst could not forgive the suffering of his precious human being in front of him. No, it's not just Horst. Even the great sinners, who always had an atmosphere of elegance and obsolescence, stood in the room without even preparing a drink at this time. Heidemary is the prison queen, their friend, their wife, their mother. Everyone had a strong anxiety about the unstoppable crisis of women. "... that's right." Questioned Telegia nods in a low voice for a woman. She answered with a tone of wisdom that keeps her eyes sharp on the sinners. "I think it's too early to explain what happened to my sister to explain what happened to her." "Sister...? Lucas and Irene glanced at some of the biggest sinners who were neglectful. Bloody (Bloody) The origin of Telesia. Even though she went up to the royal palace as a counselor for her sister, her loving and sacred powers were ignored, and she was sent to the convent as an invisible face. But the truth of what Telesia told me was quite different from what they had imagined from the rumors. "I don't know if you know, but I had a sister. It's called a crystal. My grandfather was of the saint's lineage, but she was the only one in the family whose blood worked and whose sanctity was so high. The more time it takes, the more you will be sent to the chalice as a candidate for the Virgin." Now Rezel and Clement look at each other. Telesia didn't realize it and kept talking. "It is possible to enter the temple, and Christa, who was educated by the Virgin, grew up in a good, unknown daughter. She was totally dependent on my parents and sister. As a result, when the story of studying in Aurelia came up, she was afraid to go abroad alone and went up to the royal castle as a counselor because I was named queen." But Telesia loved her good sister for her foolishness. Knowing that it is overprotective, it is enough to give counsellors a title and put them aside, isolating them from malicious social circles. But as a result, Christa didn't know the truth about the ugly royal castle, and Telesia caught a glimpse of a man playing with fire. She has conceived a child of a man she doesn't know. "So... is that why His Majesty Telesia sent her to the convent...? As Lucas murmured, Telesia laughed bitterly, "How good would it have been if it had been?" "Originally, I meant it. However, I thought I had to take care of the child until at least I gave birth and named the child. I was lucky enough to get pregnant at the same time, and my sisters pulled me into my parents' house." Telegia did everything from the parents' persuasion to the clamping order to the renovation of the room. Because I thought I was responsible for my sister's pregnancy. A door that connects the sister's room so that she can respond immediately in the event of a crisis. "However, neither I nor my sister, who had no connection to the Holy Spirit, threw out the Virgin's education halfway through, lacked the key knowledge. --What happens when a woman with too much sacred power becomes pregnant?" Horst raised his gaze as he approached the core. "... that's the sacred excess? "Oh, I didn't find any supporting literature, but I understand. The holy power that keeps overflowing will destroy the owner's body so that the past medicine becomes poisonous." Telegia says it was just before her sister arrived on the moon. Crystal's body began to see abnormalities. "From time to time, it got worse. Fever, trouble breathing... when she said," It's about to burst from the inside. "So I thought it was one of the symptoms of pregnancy." The symptoms gradually moved away from her body and affected her surroundings. The sanctity of Christa was primarily to manipulate the water, but when she relaxed, she gradually lost control of it, overflowing the water in the cistern or lowering the frost in summer. "I also thought it was because of pregnancy. They say they're sleepy, and they sleep a long time. I underestimated that the pregnancy of the sacred might be somewhat different from the others." Telesia had a great deal of pressure to protect the child in her belly. One day - the day the sky suddenly burst into tears. Telegia opened the door of her sister's room to complain about her own abnormalities - where she saw an unusual sight that was not unusual. "It was raining as if it were outdoors in Christa's room. The water swept on the floor and fell back to the wall. And at the center of it, Christa was cut. I stretched my hair and nails all over the room... and looked like an old woman." "What...? Below Horst, we all breathe. As Telesia swallowed the bitter past, she twisted her lips and held her fist. "It was as if I had accelerated the time just in that room. I stood up for a while and watched the sight in horror, but eventually I realized that it was there. At that time, I had a needle wound on my fingertips, but when I touched the water drifting in the room, it seemed blocked. It's not just a small scratch. All the old wounds from sword practice and horse dropping. The room was filled with great sanctity. Focus on my sister's remains." The sanctity is overflowing. Telegia thought intuitively. Holy power is the holy power that heals and nurtures organisms. But what happens if you lose control and "heal and nurture" the owner indefinitely, without the time running out? Bones and meat are degraded and regenerated repeatedly so that the water of the old pond becomes rain and is reborn. That means that aging will proceed at a frightening rate. At last, the sacred power to violently "heal" becomes unbearable, and the worn body enters death. That's the sister in front of you. It was then that Telesia finally understood why the Church did not order the Virgin to be pure - even though the Holy Spirit was inherited by blood. "I don't know if the sacrament runs wild trying to raise a belly child, or if I keep attacking the fetus as a foreign object. But... the hypercalcemia and the pregnancy are definitely linked. This is my intuition and conclusion from my experience." Telesia handled her sister's body shortly after her birth, suffering from her own blame for not realizing why. It was for Christa that I spread the rumor that I didn't raise the funeral and sent it to the convent, hurting my face. When he heard that, Holst nodded "I see." It doesn't matter to him what Telegia's remorse is or what happened 22 years ago. However, I was seriously examining whether there was enough information to save his precious family. "Indeed, the incident does not match Marie's current symptoms. Aging is also incomprehensible when it comes to damage to telomere due to abnormal cell division promotion.... but as a prisoner, the former prostitute's [sexuality (high demeanor)] is the owner of the sacred power of the Virgin...? I promise you that. And there, Liesel, who was listening in silence, opened her mouth. "She was only five years old and a candidate for the Holy Grail thirty years ago. And I realized the corruption of the church, and I threw away my seat and became a whore." "What? Everyone except Gilbert opened their eyes. Staying close to the wall - and being forced into it - Clemens raised his eyebrows twinkling at Riesel, who had spontaneously exposed his past, and Riesel snorted in response. "What, it's not good to fall apart? I'll tell you what, the woman who betrayed me first - Hydemarie. I concealed a lot of cards and thought I'd finally show them, but I threw away all the cards. You're treading on people's kindness and worries." The harsh tone seeps equally frustrated and impatient. Who cares more than anyone? It was also a lie that it was the pregnancy that made her look pale. No, it's not a lie, but she was hiding it. That you are finally standing in the abyss of death with one foot. She must have "known" this would happen. "... don't be a jerk" Rezel chewed his thumb and nail. I knew that was the beauty of that whore's cowardice. It's a kind of love, a kind of friendship. She is like a noble cat hiding on death. However, from the side where I was reaching out, what an angry behavior it was. Strong anger echoed an aggressive smile and was directed towards the adjacent Gilbert. "How do you know, Gil? You should have known. A woman who has been thinking for fifteen years, that she was a candidate for saint. That's why you followed Marie when she was trying to hide her pregnancy around you. Yes, ex-girlfriend, I can handle it." "Are you satisfied with driving your beloved woman into the abyss of death? "--Satisfactory! Gilbert, who had been silent for a long time, roared suddenly as if the thread of restraint had broken. "I heard about her past. But I didn't know this was gonna happen! I was repeatedly told that I was lying down for as long as I could because I wanted to avoid festivals in prison. Marie hid it from me...! "If I don't tell you... to have a child...! They took a quiet breath there. If oversacrifice is caused by pregnancy, Gilbert is the one who can be pushed away most in this situation. There is awkward silence in the room. The great sinners, who were supposed to always be greedy, were shaking their emotions. Until then, the queen's presence is immense. "----but why didn't Elma have too much sanctity? At that time, a low voice struck the same ear. It was Lucas who spinned the question with a careful voice. "If pregnancy causes excessive sacrament, it is strange that this happens when Elma is born. What was different from Elma's time? There may be something there that can be the thread for a solution." Holst opened his eyes. "... magic." He lifted his calves and arms and crushed his hair unconsciously. Magic. Elma's magic in her belly offset her excess sanctity.... the blood of the demon tribe, the enemy of God, eventually protected the Virgin Mary...! Then, to Lucas, who made his face strong, Horst responded quickly. "Oh, yeah. You guys realized it anyway, didn't you? Elma is the truth, the daughter of the Devil.... but she was also a Virgin's daughter." Lucas and Irene are disturbed by the light revealed truth. Impossible origin. But at the same time - it's a fact that falls into too much of your heart. Not only Gilbert and Riesel, who already knew about it, but also Morgan and Isaac nodded mysteriously. You wouldn't be surprised. Holst left behind the reaction and started walking around the room. "Just hit the magic and shred your sanctity. But how? Dammit, if it's an organ that generates sacred power, perhaps we should pierce it with a magic sword, but does the sacred power match the physical structure... no, first we need to secure the magic. A powerful magic against such sacred powers....." Sacred powers and magic are outside his jurisdiction. But Holst was trying to force it into the realm of understanding with a clear mind. "Why don't you use Elma there after all? And there, a relaxed voice echoed. Even Telegia's confession was heard like other HR members, Felix. His green eyes, very similar to those of Telesia, were sparkling happily. "After all, it was proven 15 years ago that Elma's magic could handle it. There's a magic generator right there, but you don't have to use it." It's a statement that shows that you only see Elma as a token or a tool. Below Horst, the great sinners narrowed their eyes enough to catch the glacial period with their eyes alone for a moment, but immediately remembered the current situation and restored their expressions. "... Elma has a strong demonic nature because of her physical structure and abilities, but it's not magical. It is also obvious from the fact that the eyes are not red. [Anger [Gilbert]] has never shown any aversion to the kind of holy sword that comes and picks it up." Well, why don't you wake her up? Felix shrugged his shoulders more and more pleasantly and looked back at his half-brother. "See, Lucas. Because you wrote the Aurelia report so well, I was curious. I checked it myself. Elma must have manipulated the earth and plants as a result of being given a poisonous and powerful drink by the Demons, which would be a strange medicine for the Holy Spirit Holders, right? Lucas and Irene were dismayed by the information that had been brought to them too easily. I meant to hide it without difficulty. The person himself/herself was showing a faithful belief in the contents of the report, but when was the investigation going on? When Felix saw the two faces, he deepened his smile, saying, "It's a hobby to sneak around." "So, here it is. At that time, I was worried whether the Elma's power was a mutant magic that was resistant to alcohol or a sacred power, but now I know. The answer is both. Elma has magic and sanctity, and they usually sharpen each other. However, if you are placed in an environment that strengthens one side, the balance will lean towards you at once - that is, wake up. In Aurelia, perhaps she awakened her sanctity." Now, Felix laughs innocently around like a curious child. No, no, no. The eyes seemed innocent, and the fruit, the light of cunning and ruthless intellect was floating. The limit of how useful a token you have is. "... it's a means worth considering. But I hate you so much, King Felix Sama." Holst responds coolly to Felix's suggestion that no one should think of anyone. "It's a strange encounter. I don't like looking at you either." Felix didn't smile, but the air around him was more slaughtered. "You must hate your clan." Morgan summed it up lightly and turned to Holst. "[Greed (Horst)]. Medicine is not my specialty, but magic and sanctity - in a fairy tale world, I am good at legacies and books. I mean, it's my job to manage the library in this prison. Find out how to use the Search feature to awaken Elma demonically." Morgan is not interested in the truth of chemistry and physics, but he is always more interested in language and stories than in being a con artist. The result is a prison library, a gathering of intellectuals that outweighs even the Royal Palace library in Rouden. From that vast library, I was sure I'd find a way to wake up. The unexpected light of hope boosts morale on the spot. With the exception of Lucas, who offered to call Elma, they quickly started moving to the library.

23.「普通」のピンチ(5) エルマは夜明け色の瞳に意思を 「――それでは僭越ながらお願い申し上げますが、まず、【貪欲】のお兄様は血液採取キットを一式ご用意いただけますか」 「任せて。各地の採取予定人数と合わせて即座に振り分ける」 「ありがとうございます。デボラ様は、お手数ですが即座にフレンツェルにお戻りいただき、早速領民の皆様への説明と、採取の開始をお願いいたします。事態を説明する書面もあったほうが良さそうですね。――【怠惰】のお父様、お願いできますか」 「任せてください。『司書』たちも使って、十か国語で、十分以内にまずは千......いえ、二千部用意させましょう」 「書面には、あたしがサブリミナルを施しておくわ。少しでも効果が増すように」 「お姉様、ありがとうございます」 司令塔と見なした人物への連絡手段、連行手段、血液の保存運搬手段など、エルマは矢継ぎ早に指示を飛ばしてゆく。 「並行して、【暴食】のお父様は、監獄までの山道を 「任せろ。象の大群が、通ったかのように、大きな道を、整備して、みせる」 イザークが力強く頷いたのを見届けてから、エルマは「それから」と、ギルベルトに向き直った。 「お父様は......お母様の傍に、いて差し上げてください」 自分も何かを、と今にも飛び出しそうだったギルベルトは、それを聞いて目を見開いた。 「――......いいのか?」 「ええ。お母様は、お父様の前では、何が何でも綺麗なままで居続けようとすると思いますから」 きっぱりとした発言に、ギルベルトは一瞬言葉を失い、それからふと苦笑を浮かべた。 「......そうだな。『一目見ただけで、未来永劫その姿が脳裏に焼き付けられるくらいに、きれい』で居続けようとしてくれるはずだ。だが......一目などで終わらせるものか」 何やら、二人だけの約束を感じさせる言葉だった。 方針さえ決まれば、この恐ろしいほど有能な大罪人たちのことだ、すべてが凄まじい勢いで進んでゆく。 あっという間に、依頼の文書と返信手段、採血キットやあらゆるタイプの移動手段が確保され、豪雨の降る夜空に、おびただしい数の伝書鳩が羽ばたいていった。 夜の闇に溶ける鳩の姿を目で追いながら、エルマは無意識に両手を組む。 自らも足を運び、人々に頼んで回りたかったが、ハイデマリーの身に万が一のことがあった時のことを考え、彼女もまた獄内に残り、儀式の準備を進めることを選んだ。 今のエルマにできることは、ただ仲間たちに縋り、祈ることだけだ。 だから、無縁だったはずの無力な言葉は、いとも自然に口を突いた。 「......助けて。どうか......助けてください」 本人も知らぬところで、その声はぽつりと夜の闇に広がり、ハイデマリーの居室から漏れ出した聖力と合わさって、ぐんと広がっていった。 それは雨雲をくぐり抜け、月や星の光と混ざり合い、緩やかに人の子の頭上に広がってゆく。 あるいは風となり、雨の中無理に飛翔する鳩の羽を、そっと乾かしてやる。 もはや夜更けと呼んで差し支えない時間。 領主の娘にたたき起こされた領民の家に、突然鳩に窓を叩かれた前妃の部屋に、植物のざわめきで飛び起きた元聖女候補の寮室に、次々と、奇跡を呼ぶ明りが灯っていった。 「エルマエル様のお母君が、難産で瀕死だって......?」 「まあ。エルマが、愚息だけでなく、わたくしにも助けを求めてくれるだなんて......」 「エルマお姉様、魔王の血もお持ちでしたか......?」 寝ぼけ眼を擦った彼らは、助けを求められたのだと理解すると、一気に寝台から飛び降りて行動に移った。 「急がなくては――!」 それだけではない。 翌日の仕込み作業をしていた王城の料理人も、辺境の孤児院で研修を積んでいた聖医導師も、宵っ張りのヤーデルード国の夜会で聴衆を虜にしていた演奏家も。 エルマの窮地を知るや、なんの躊躇いもなく仕事の手を止め、方々に呼び掛けた。 「大変だ。おい、力を貸してくれ――!」 そうして、どれくらいの時間が経ったことだろうか。 血液確保のため、一旦方々に散った面々も、それぞれの戦果を抱えて、対策本部と定めたギルベルトの部屋へと、再び戻ってきた。 「ノイマン領からも、いくらか集めてきたわよ......! 第一陣で八十!」 「王城への根回しはすべて済ませた。まずは二百」 血を収めた小瓶、さらにそれを温度を保つ箱に入れ、びしょ濡れになってやって来たのはイレーネとルーカス。 監獄で調教された馬という、世にも恐ろしい生物兵器での移動を選択した二人だったが、よほどの強行軍だったのか、イレーネは「吐く......」と呟いてその場で崩れ落ちた。 それにすかさずテレジアが肩を貸し、フェリクスも呆れながらだが、水とタオルを差し出してやる。 政情的に獄外に出られぬ彼らではあったが、意外なことに、採取キットに真っ先に血を落としたのはテレジアであったし、説得がスムーズに行くようにと、書面に署名をしたのはフェリクスであった。 「死にたがりの女の願いなど叶えてやるものか」 「ま、投獄された王なんかの署名でも、 そして、フェリクスの署名は、王城での説得に、本人が思っている以上の影響を与えたのである。 (義兄上は、狡猾だが公平だ。冷酷だが、誰よりルーデンという国に対して誠実だ。心ある家臣は、皆それをわかっている) フェリクスの署名を見るなり何やら考え込み、やがて肩を竦めて指先を切り出した貴族たち。 腹の内を見せぬ古狸と、卑怯者の狐のような兄王との間に、確かな絆を感じたルーカスは、ちらりとフェリクスを見やった。 なぜ彼が、エルヴィンの粗略な謀反に乗ったのか。 その理由も、この件が落ち着き次第、白状させてみせる。 「ただいまー!」 「『種蒔き』は完了したよ」 そこに、リーゼルやホルストを筆頭に、分担を終えた大罪人たちも続々と帰還してくる。 彼らは一様に、その瞳に興奮の色を浮かべていた。 「今、助太刀がてら近隣のいくつかの採取現場を見てきたんだけど......あたし、ちょっと肩透かしを食らったわよ」 「話を聞いた人たちが、皆躊躇いもなく血を差し出していたよ。魔王を覚醒させるって言うのに」 彼らは、部屋の奥で儀式の準備を進めていたエルマに近付き、くしゃりとその髪を掻き交ぜた。 「エルマ。......やるじゃない」 無心で祭壇を形成し、衣装を 「......本当に、皆さまが、協力してくださって......?」 「ええ、私も見ましたよ」 「俺も、道を、整えるなり、何十人か、早速こちらに、向かってくるのを、見た」 モーガンやイザークも頷くと、エルマは目を見開いた。 人々に助けを乞うとは決めたものの、本当にここまでしてくれるものとは思っていなかったらしい。 エルマは不意に胸元を押さえ、ぽつりと何かを呟きかけたが、それよりも早く、居室に一斉に賑わいが押し寄せた。 「おい! 者どもが大挙してきて、門の前で膨れ上がっているぞ! 整列のための人員を寄越さぬか!」 ばん! と扉が開き、門番役を引き受けていたクレメンスが血相を変えて踏み入ってくる。 かと思えば、 ――バサバサバサバサバサ! 「きゃっ!」 窓からは血を携えた伝書鳩が一斉に飛び込んできて、勢いを制御しきれず壁にぶつかった。 時を同じくして、窓の外では、雨の音に紛れて、何かの唸りが聞こえはじめる。 「............? 地鳴り?」 どこかが土砂崩れでも起こしたのかと、眉を寄せながら窓に近付き、 エルマは、小さく息を呑んだ。 窓の下、監獄の門から森に続く道は、人で溢れかえっていた。 「エルマエル様ー! あたしの血も使ってくださいよー!」 「お母君、大丈夫ですかー!?」 「フレンツェルに来てたんなら、教えてくださいよもー!」 雨にくぐもった音は、地鳴りなどではなく、人々の声であった。 「......は、早く、彼らを、......屋根のある所に、......タオルと飲み物を――」 珍しく言葉を噛みながら、呆然と呟くエルマの背後で、今度は誇らしげな女性の声が響いた。 「事情を説明したら、直接届けると言って聞きませんでしたの。これからまだまだ来ますわ。フレンツェルからだけでなく、王都からも、近隣の国々からも」 デボラだ。 彼女は、雨の中走り回ったのだろう、頬にまで泥を飛ばした姿で、にっこりと笑った。 「陸路で来る彼らの対応は、わたくしと――あの門番はなんて言いましたっけ、ええと、クレメンス? 彼にお任せくださいませ。エルマ様はそれ以外に備えていただかないと......ほら、続々参りますわよ!」 指差した先で、鳩が一斉に 雨のように次々と落下する小瓶を、エルマは咄嗟に――かつ華麗に受け止め、それから、こぼれそうなほどに目を見開いた。 小瓶には、どれもカードや便箋、慌てて手繰り寄せたと思しき紙切れが添えられていたからだ。 “愚息は少しは役立っているかしら? 離宮の住人全員分の血です、取り急ぎ” “エルマお姉様、このクロエの血もお役立てくださいませ。全寮生とその友人の血もすぐに” “料理人たちとその家族の血液は、追って。今度、マグロ釣りに行こうぜ” “孤児院の子どもたちも協力してくれました。今度その輸液保存技術をご教授ください” “ミューズよ。今宵の夜会は、急遽、ミューズの聖母を救うためのチャリティーコンサートにしてしまったよ。そのうち、僕の演奏会にゲスト出演してくれると嬉しい” 筆跡も、言語もばらばらのメッセージ。 けれどそれは、まったく気負いなく、実に親身で、温かだった。 「第二陣、到着!」 馬車と戦車を駆って、荷台いっぱいに詰めた小瓶が、今また到着する。 続々部屋に運び込まれるそれらにも、ある物はリボンが巻かれ、ある物は裏紙が貼り付けられと、何かしらの言葉が添えられていた。 “ツレがいつもお世話になっています” “外科手術で息子を救っていただいてからずっと、あなたのファンでした” “お噂はかねがね! 今度私も侍女の詰め所を覗きに行ってもいいですか?” “妻がよくあなたの話をしています。お母君、どうかご無事で” 知り合いもいれば、そうでない者もいる。 顔も、名前すら知らない者もいる。いや、そうした人物の方が多い。 だというのに、彼らはおそらく、ただ「自分の大切な相手が頼んできたから」というだけで、エルマにぽんと、血を分けて寄越そうとしている。 夜中に叩き起こされたというのに。 魔力を引き出すための儀式に使うと、聞いたはずなのに。 エルマは髪ごと巻き込んで、両頬を押さえた。 一度ぎゅうっと目を瞑り、それから片方の手を伸ばし、近くに来てくれたイレーネの服の裾を引っ張った。 「......イレーネ。こ、これ、ですか......?」 エルマは、夜明け色の瞳を潤ませて、声を震わせた。 「先ほどから、心拍が上昇して収まりません。これが、『トゥンク』ですか?」 おずおずと上げた顔は、縋るようにしてイレーネを見つめた。 「この、心臓が震えるような感覚は......なんですか?」 絶世の美少女に正面から覗き込まれ、イレーネは一瞬息を呑んだが、すぐに態勢を立て直すと、ふふんと笑った。 「――教えてほしい?」 「はい......っ」 「......教えてあーげない」 えっ、とショックを受けた顔になった親友を、イレーネはにやりと小突いてみせた。 「ただね。それはとても『普通』で......素晴らしい感情だ、とだけ言っておくわ」 エルマは目を瞬かせ、頬を染めたまましばし黙り込む。 軽く握った両手を胸に当て、初めてそこに芽生えた感情を味わうような彼女を、この時ばかりは大罪人たちも表情を緩めて、温かく見守っていた。 同じくやり取りを見ていたテレジアが、ぽつりと呟く。 小さな声を、たまたま近くにいたフェリクスが気付き、 「なにか仰いましたかー、王太后陛下?」 「いや、なんでもない。今は儀式のことだ」 テレジアはいつもの気の強そうな様子を取り戻し、顔を上げると、どんどん積み上がってゆく小瓶の山を見つめた。 ギルベルトの部屋はかなり広かったはずだが、このままではすぐに埋まってしまう。 そろそろ次の段階に移る頃合いだろう。 テレジアがちらりとエルマに向かって視線を向ければ、それに気付いた彼女は物思いを切り上げ、はっと表情を引き締めた。 ルーカスたちも、デボラも、その場の大罪人たちも、一斉に頷く。 エルマは一歩進み出ると、握っていた拳を開き、小瓶のひとつに手を伸ばした――。

133 23. "Normal" Pinch (5) Elma raised her will to her dawn eyes and looked around. "--Now, with all due respect, can oniisama [greedy] prepare a blood sampling kit?" "Leave it to me. It can be divided immediately according to the number of people scheduled to be collected everywhere." "Thank you very much. Dear Deborah, please return to Frenzel immediately to explain to the residents and start the sampling. I think it would be better to have a written explanation of the situation. - Father of [laziness], can you please?" "Leave it to me. Let's use the" librarians "and have them prepare 2,000 copies in ten languages within ten languages." "I'll put a subliminal on the paper. Make it work a little more." "Thank you, onee-sama." Elma flies her instructions as quickly as she can, including means of communication, means of transport, and means of storing and transporting blood. "In parallel, can your father do all the mountain roads to prison?" Transportation by air using pigeons is planned to be the main route, but we want to ensure transportation by land. " "Leave it to me. I'll fix and show you a big road, as if a swarm of elephants had passed." After seeing Isaac nodding forcefully, Elma turned back to Gilbert. "Father... please stay with your mother." Gilbert, who was about to pop out when he saw something, opened his eyes when he heard it. "---... are you sure? "Yes, because I think mom will try to stay clean in front of her father." Gilberto lost his words for a moment and then smiled bitterly. "... I see." Just by looking at it at it, it will be beautiful enough to burn it in your brain forever. "But... can you finish it at a glance?" It was a word that made the two of us feel promised. The more we decide, the more powerful and fearsome the sinners, the more momentum it all gets. Soon, the requested documents and means of reply, blood sampling kits and all kinds of means of transportation were secured, and a tremendous amount of pigeons flew in the heavy rainy night sky. Elma unconsciously put her hands together as she watched the pigeon melt into the darkness of the night. I wanted to carry my own legs and ask people around, but considering what happened to Hydemarie, she also chose to stay in prison and prepare for the ceremony. All Elma can do now is trust and pray to her friends. That's why helpless words that were supposed to be frivolous shook my mouth naturally. "... help me. Please... help me." Unknown to him, the voice spread to the gloomy darkness of the night, and along with the divine power leaking out of Hydemarie's chambers, it spread well. It passes through the rain clouds, mixing with the light of the moon and the stars, and spreads gently over the Son of Man. Or let the wind dries the feathers of the pigeons, forcing them to fly in the rain. I don't mind calling you late any more. One after another, the miracle lights lit up in the former concubine's room, which was suddenly knocked on the window by a pigeon, in the dormitory of the former Virgin candidate, who was woken up by the lord's daughter. "Elmael-sama's mother is dying of childbirth...? "Well, I can't believe Elma asked me for help, not just for her stupid breath...." "Elma Onee-sama, did you also have the blood of the Devil King...? After rubbing their sleeping eyes, they understood that they had been asked for help and jumped off the bedside and moved on to action. "We have to hurry!" That's not all. The cook of the royal castle who was preparing the next day, the saint doctor who was trained at the orphanage near the border, and the performer who was captivating the audience at the night club in Yaderoud. Knowing Elma's plight, she stopped her work without hesitation and called them. "Oh, my God. Hey, I need your help!" How long has it been since then? In order to secure the blood, the people scattered once again returned to the Gilbert room designated as the emergency headquarters with the results of their respective battles. "I've collected some from the Neumann realm...! Eighty in the first round! "I've done everything I can to get to the royal castle. Let's start with 200." It was Irene and Lucas who came in a bottle of blood and put it in a box to keep it warm and wet. The two of them chose to move around with a world-famous biological weapon, a horse trained in prison, but Irene murmured, "Spit out..." and collapsed on the spot. And Telesia lent her shoulders and Felix was stunned, but I'll give you water and towels. Although they were politically unable to get out of prison, unexpectedly, it was Telesia who first dropped blood on the sampling kit, and Felix signed the document to convince them to go smoothly. "Do you want to fulfill the wishes of a woman who wants to die?" "Well, even with the signature of the imprisoned king, some people are more drunk than the lower lash bastard (Elvin)." And Felix's signature influenced his persuasion in the royal castle more than he thought. (My brother-in-law is cunning but fair. It's ruthless, but more honest than anyone about a country called Rouden. Everyone knows that.) As soon as I saw Felix's signature, I thought about it, and eventually I raised my shoulders and cut out my fingertips. Lucas glanced at Felix, feeling a definite bond between an old fox who could not see the inside of his belly and his brother's king, who was like a cowardly fox. Why did he ride Elvin's crude rebellion? I will tell you the reason as soon as the matter settles down. "I'm home! "Sowing is done." Leezel and Horst were the first to return, as were the great sinners who had finished sharing. They had the same color of excitement in their eyes. "I just saw some of the sampling sites nearby with the aid knife... and I got a bit of a shoulder watermark." "Everyone I heard was bleeding without hesitation. I told you to wake up the Devil." They approached Elma, who was preparing for the ceremony in the back of the room, and scratched her hair. "Elma... let's do it." Elma, who formed the altar without heart, dressed up, and put up a tank to pour blood into, stopped her hand in surprise. "... are you really willing to cooperate...? "Yeah, I saw it, too." "I saw dozens of people coming this way as soon as I paved the way." Morgan and Isaac nodded, and Elma opened her eyes. I decided to ask people for help, but they didn't really think I'd get there. Elma suddenly pressed her chest and murmured something, but sooner than that, a crowd rushed into the room at once. "Hey! The crowd is swelling up in front of the gate! Send someone to line up! Bam! And the door opens, and Clement, who was the gatekeeper, changes his blood phase and walks in. Thinking about it, --Bass bass bass bass bass bass! "Yikes! From the window, a blood-bearing pigeon jumped in at once and ran into the wall without controlling the momentum. At the same time, outside the window, the sound of rain begins to make you hear some roar. ............ Groundhowling? " I wondered if something had caused a landslide, and I frowned and approached the window. Elma took a small breath. Under the window, the road leading from the prison gate to the forest was filled with people. Elmael-sama! Please use my blood too! "Mother, are you alright!? "If you came to Frenzel, please tell me! The sound of rain was not a roar, but the voice of the people. "... hurry, put them... on the roof... with towels and drinks..." Behind Elma whispering with an unusual bite of words, a proud woman's voice sounded this time. "When I explained the situation, I didn't ask you to deliver it directly. I'm still coming. Not only from Frenzel, but also from King's City and neighboring countries." It's Deborah. She probably ran around in the rain, smiling as she flew mud to her cheeks. "What did the gatekeeper say about their response by land, me and, uh, Clemens? I'll leave it to him. Elma needs to be prepared for anything else... here we go again and again! At the tip of the finger, the pigeon opens his mouth at once. Elma grasped the vials that fell one after the other like rain aggressively - and glamorously - and then opened her eyes to the danger of spilling. The vials were all accompanied by cards, postcards, and pieces of paper thought to have been rushed. "Does your stupid breath help? It's blood for all the people in the detached house, hurry up." "Elma, sister, this Chloe blood won't help either. And the blood of all the dormitories and their friends immediately." "Follow the blood of the cooks and their families. Let's go tuna fishing next time." "The children of the orphanage also cooperated. Now please teach me how to store that infusion." "Muse. Tonight's night club suddenly turned into a charity concert to save the Virgin of Muse. Soon, I'll be glad to have guests at my concert." Messages vary in handwriting and language. But it was not at all discouraging, very intimate and warm. "Second team, we're here! A carriage and a tank, and a vial filled with cargo carriers, are arriving again now. They were carried into the room one after the other, and some were wrapped with ribbons, and some were pasted with backing paper, and some words were attached. "The trees are always in your care." "I've been a fan of yours ever since you saved my son in surgery." "No more rumors! May I visit the maid's lockup next time?" "My wife often talks about you. Mother, please be safe." Some people know each other, others don't. Some people don't even know their faces or their names. No, there are more of them. And yet, they're probably just trying to split the blood on Elma by saying, "Because my loved one asked me to." I was beaten up in the middle of the night. I should have heard it was used in rituals to bring out magic. Elma caught her hair and pressed both cheeks. Once he fainted his eyes, he reached out with one hand and pulled the hem of Irene's clothes that came nearby. "... Irene. Is this it...? Elma moisturized her dawn eyes and shook her voice. "From earlier on, my heart rate has been rising and falling. Is this the 'Tunk'? The faintly raised face stared at Irene with a grip. "This feeling of your heart trembling...? Eternal beauty stared at her from the front, and Irene took a breath for a moment, but as soon as she regained her position, she smiled. "- You want me to tell you? "Yes...." "... I won't tell you" Er, Irene poked her best friend in shock. "It's just... I'll just say it's" normal "and... it's a wonderful emotion." Elma blinked her eyes and shut up for a while while while dyeing her cheeks. At this time, the great sinners also loosened their expressions and watched her warmly, as if she was feeling the feelings that had sprouted there for the first time with her lightly gripped hands on her chest. Telegia, who was also watching the exchange, murmured. Felix, who happened to be nearby, heard a small voice. "Did you say something, Your Majesty? "No, it's nothing. It's about the ritual now." Telesia regained her usual vigilance and looked up at the pile of vials that were piling up. Gilbert's room was supposed to be quite large, but it'll be filled up soon. It would be time to move on to the next stage. When Telesia glanced at Elma, she noticed her thoughts and narrowed her expression. Lucas, Deborah, and the sinners nodded together. As Elma stepped forward, she opened her fist and reached out to one of the vials.

25.「普通」のピンチ(7) 覚醒したエルマを見て、神々しさに目を細めたデボラは、 「邪を極むれば聖に通じんとす......この世の真理を、体現なさったのですわね......」 そのまま昇天しそうな笑みを浮かべて、穏やかに気絶した。 「ああ、そうだ......、 圧倒される面々をよそに、ギルベルトだけは、懐かしそうに目を細める。 超然とした雰囲気をまとった娘に、彼はかつての友の姿を重ねているようだった。 「それとも...... あまりに人とかけ離れた佇まいは、もはやエルマという少女の人格が転じたというよりも、魔王だったというその人物が乗り移ったかのようにも見える。 これまでぎりぎりのところで精神の均衡を保っていたギルベルトは、ふらりと、エルマに向かって手を伸ばした。 古に失われた言語は、きっと「彼」の名前。 ギルベルトは、絞るような声でそれを告げると、きつく眉根を寄せた。 その言葉は、娘に向けたものだったか、それともかつての友に向けたものだったのか。 エルマは、禍々しさと言うより神々しさを感じさせる深紅の瞳で、じっとギルベルトを見つめた。 時折、ふわりと魔力の風が髪をなびかせる。 ギルベルトは、拳を握り俯いた。 「......君は、許してくれるだろうか。俺に、彼女を愛する資格はあるだろうか」 それはおそらく、この騒動が起こってから、彼がずっと胸の内で飼っていた葛藤だ。 寡黙な元勇者がようやく吐露したその想いは、ひどく掠れた声をまとっていた。 魔族であった父親とギルベルトの間に、どんな約束が交わされていたのかを、エルマは知らない。 ただ、返すべき言葉は、自然と口をついた。 自分の言葉のような、誰かの代わりに話しているかのような、不思議な感覚だった。 ギルベルトの碧い瞳が見開かれる。 その清々しい色合いに、妙な懐かしさを感じながらエルマは頷いた。 「私が、助けます。ですから――あとは、頼みます」 エルマ自身の言葉のはずだ。 だが同時に、誰かの言葉。 凛として、優しくて――目の前の勇者と扉の向こうの女性を、とびきり愛していた者の。 エルマはすっと頤を上げ、何かに惹かれたように扉の外を見つめる。 その秀麗な眉をそっと寄せると、躊躇いの無い足取りで、素足のままの爪先を槽の外に踏み出した。 指の先から滴った赤い血が、石床に触れるや、たちまちぶわりと複雑な紋様を描き出す。 エルマが足を踏み出すたびに、血の紋様はみるみる広がり、それはすぐに居室のすべてを覆ってしまった。 血でできているというのに、意外にも禍々しさは無い。 代わりに、何百年をかけて作られた聖堂の彫刻のように、気の遠くなるほどの緻密な美だけがあった。 それが結界だとでも言うように、血の紋様は、エルマの歩む先へ、先へと伸びてゆく。 扉を抜け、廊下を横切り、ハイデマリーの部屋の扉に手を掛け――そのときにだけ一瞬、紋様は怯んだように動きを止めたが、エルマがノブを握ると、そこを中心にばっと音を立てて広がっていった。 静かに、扉を開く。 もはや密林の様相を呈した空間で、ハイデマリーはぐったりと横たわっていた。 儀式のためギルベルトが傍から離れたことで気を抜いたのか、苦しげな様子を隠さず、きつく眉を寄せている。 それでも彼女は、エルマの指先が汗の粒の浮いた額を撫でると、はっと目を見開き、咄嗟に笑みを浮かべようとした。 「あら、......――」 しかし、エルマの姿を目にした途端、両端を持ち上げるはずだった唇が、わずかに開かれる。 ハイデマリーは、まじまじと、娘の深紅の瞳を見つめていた。 小さく呟いた、男性の名。 ハイデマリーはふと力を抜くと、今度こそ微笑んだ。 ただし、決して弱みを見せぬ女王の笑みではなく――心を許しきった、幼子のような笑みだ。 「......迎えに、来てくれたの?」 「いいえ」 だから、エルマはきっぱりと否定する。 呼吸を荒げる母へと慎重に両腕を伸ばし、それから、緩く波打つ髪ごと相手のことを強く抱きしめた。 「引き留めに来ました。お母様とお腹の子を、救うために」 触れた途端、聖力と魔力が反発し合って、ばりっと火花が散る。 ハイデマリーを取り囲んでいた植物が一斉にエルマを襲い、エルマを中心に広がっていた血の紋様もまた、揃ってそれに食らいついた。 「――......く......っ」 彼女は強い力で、娘の体を押し返した。 「やめ......なさい......っ、エルマ、あなたが、傷付く、わ......!」 「はい、少々、苦しいです」 ハイデマリーとよく似たエルマの白い肌にも、汗が滲みはじめていた。 「少々というか......かなり......相当......凄まじく、苦しいです......っ」 「離し、なさい......っ! エルマ......! お母様の言うことを、お聞きなさい......!」 ハイデマリーは抗ったが、エルマは「嫌です!」と叫んで、彼女を抱きしめる腕の力を強めた。 それは、母に全力で縋りつく幼子の姿によく似ていたが――苦痛を堪えるエルマの瞳には、無力な涙ではなく、強い意志が漲っていた。 「やめなさい......! あなたを、苦しみに、巻き込むだなんて、ごめんだわ......!」 「ええ、苦しいです。とても。ですが......これが、お母様の感じてきた、苦しみだったのですよね」 「エルマ......?」 「十五年前、お母様は、反発する胎児の魔力と戦いながら、私を産んでくださったのですね。そして今も、同じ苦しみと、ずっと一人で戦っておられるのですね。......その苦しみを、どうか私にも、分けてください」 力を暴走させた者を抱きしめ、そう囁きかける様子は、まさに聖女そのものだ。 ただし、「もう大丈夫」と慈愛深く微笑む代わりに、エルマは厳しい顔で母に申し入れた。 「そして、一人で抱え込んで死ぬような真似は、絶対におやめください」 「お母様。私、僭越ながら申し上げます」 ぐぅ、と、血の紋様が大きく膨らむ。 猛り狂うようだった植物たちが、それに圧されたように、徐々に勢いを弱めはじめた。 「お母様は仰いましたね。親が子より先に死ぬのは『普通』だと。出産で命を落とすのも、年老いるのも『普通』のことだと。だから受け入れろと。ですが、お母様。私が思うに――」 エルマの瞳が、ふっと紅い輝きを放つ。 ――ぶわっ! 同時に、じわじわと植物たちを攻略していた血の紋様が、凄まじい勢いで部屋中を飲み込んだ! 「これは全然、『普通』なんかではありません」 「――......あ......っ」 突然体中を渦巻いていた荒ぶる聖力が 部屋中を覆っていた蔓が、枝が、花が、一斉に光の破片になって溶け消えていった。 がくりと力を失った母の体を、エルマはしっかりと抱え直した。 そして、囁くような声で続けた。 「お母様。だって私は学びました。監獄の常識は――お母様たちの言う『普通』は、シャバでは全然『普通』なんかではなかったことを。人の『普通』と自分のそれは、全然違って......人の数だけ『普通』があるのだということを」 エルマの瞳もまた赤みを失い、いつもの夜明けの空のような色合いへと戻っている。 息は荒くなり、肌には無数の汗が滲み、大きな瞳には涙の粒が浮かんでいた。 「お母様の『普通』は、私の『普通』ではありません。だって、私はお母様を助けたい。生きていてほしい。だから......嫌がられてでもお母様を助けることが、私の『普通』です!」 最後、声を震わせながら言い切ると、ハイデマリーはゆっくりと顔を上げ、信じられないものを見るようにエルマを見つめた。 いつだって、母親の示す世界を素直に受け入れてきた娘。 この監獄で、捻じ曲がった、他人の「普通」を従順に信じ込んでいた彼女が――初めて、反発しようとしている。 ハイデマリーは、ゆっくりと手を伸ばし、涙の跡の残る娘の頬を、そっと撫でた。 親の自分に従えば、たくさん褒めてあげると言ったけれど。 なんて不思議なことだろう。 「あなた......成長したのね......」 反抗されたことが、こんなにも嬉しい。 ハイデマリーはほっそりとした腕を回し、娘の体を強く抱きしめた。 「エルマ。わたくしは、あなたの成長がとても嬉しい」 「そして、今のあなたにだからこそ、頼みたいことがあるの」 目を瞬かせる愛らしい娘に、ハイデマリーは汗を浮かべたままの笑みで応えてみせた。 「え......――っ!?」 久々に見る、娘の驚き顔。 お説教はされてしまったけれど、彼女を振り回すのは、まだまだこちらの方だ。 きっかり三秒後、両手を組んで祈る人々の耳に、元気な産声が響いた――。

135 25. "Normal" Pinch (7) Looking at the awakened Elma, Deborah narrowed her eyes to divinity, "If you turn evil into holy... you've embodied the truth of the world..." I fainted gently with a smile that was about to ascend to heaven. "Ah, yes... that's what he (...) was like..." Looking at the overwhelming face, only Gilbert thinks nostalgically. To his daughter, who had a transcendent atmosphere, he appeared to overlap with his former friend. "Or... is that you...? Being too far away from people looks more like a demon king than a girl named Elma has changed her personality anymore. Gilbert, who had kept his spiritual balance for as long as he could, stretched out his hand toward Elma. The ancient lost language must be his name. Gilbert narrated it with a squeezy voice and raised his eyebrows tightly. Was the word meant for my daughter or for my old friend? Elma stared at Gilbert with dark red eyes that made her feel more divine than mischief. Occasionally, the wind of fluffiness and magic soothes your hair. Gilbert grabbed his fist and leaned down. "... will you forgive me? Do I deserve to love her?" It's probably a conflict that he's kept inside his chest ever since this disturbance happened. The thoughts finally revealed by the silent ex-husband were gathered in a gruesome voice. Elma doesn't know what promises were made between her father, who was a demon, and Gilbert. However, the words to return were spoken naturally. It was a strange feeling, like my own words, like I was speaking for someone else. Gilbert's blue eyes open. Elma nodded with a strange nostalgia in that bright hue. "I'll help you. So - please do the rest." It must be Elma's own words. But at the same time, someone's words. Rin, gentle - the brave man in front of you and the woman across the door, who loved her very much. Elma raised her head and stared out the door like she was attracted to something. As he gently raised his brilliant eyebrows, he stepped out of the tank with his barefoot toes without hesitation. Red blood dripping from the tip of your finger touches the stone floor and instantly creates a blurry and complex pattern. Every time Elma stepped on her feet, the bloody pattern spread, and it quickly covered everything in the room. Even though it is made of blood, there is no harm unexpectedly. Instead, there was only a distracting beauty, like a sculpture of a cathedral built over hundreds of years. As if that were the boundary, the pattern of blood stretches beyond Elma's path. Through the door, crossed the hallway, and put his hand on the door of the Hydemarie room - only then, for a moment, the pattern stopped moving in a frightened manner, but as Elma grabbed the knob, it burst and spread around it. Quiet, open the door. Hydemarie lay tightly in a space that no longer displayed the appearance of dense forests. Gilbert was distracted by the fact that he was away from the side for the ceremony. Without hiding his painful state, he raised his eyebrows tightly. Still, as Elma's fingertips stroked her sweaty forehead, she opened her eyes and tried to smile aggressively. "Oh..." However, as soon as she saw Elma, her lips, which were supposed to lift both ends, slightly opened. Hydemarie stared seriously at her daughter's crimson eyes. The name of the man who muttered a little. When Hydemarie relaxed, it was time to smile. However, it is not the queen's smile that never shows weakness - it is a childish smile that forgave the heart. "... you came to pick me up? "No" So Elma denies it outright. I carefully extended my arms to my mother, who was breathing roughly, and then I hugged her with a loose wave of hair. "I'm here to retain it. To save your mother and your belly." As soon as I touched it, the sacred power and magic rebounded against each other, and sparks scattered. The plants surrounding the Hydemarie attacked Elma all at once, and the pattern of blood spreading around Elma also grabbed it. "------ku..." She pushed her daughter back with strong force. "Stop... please... Elma, you're going to get hurt...! "Yes, it's a bit painful." Elma's white skin, which closely resembles Hydemarie, began to sweat. "A little bit... quite... quite... incredibly painful..." "Let go...! Elma....! Listen to your mother....! Hydemarie resisted, but Elma said, "No!" He shouted, strengthening his arms to hold her. It was very similar to a toddler who trusted her mother with all her strength - but Elma's eyes, which endured pain, were filled with strong will, not helpless tears. "Stop it....! I'm sorry I got you into so much pain...! "Yes, it's painful. Very much, but... this is the pain your mother has been experiencing." "Elma....? "Fifteen years ago, your mother gave birth to me fighting the magic of a rebellious fetus. And now you're still fighting the same suffering all by yourself.... please share this pain with me." It is the Virgin herself who embraces and whispers to those who have let their power run wild. However, instead of smiling kindly, saying, "It's okay now," Elma offered her mother a tough face. "And don't pretend like you're going to die alone." "Mother, I am arrogant." Ugh, the blood pattern swells up a lot. The vegetation, which seemed furious, gradually began to lose momentum, as if pressured by it. "Mother said. It is' normal 'for parents to die before their children. It's" normal "to lose your life in childbirth and to get old. So accept it. But, Mother. I think..." Elma's eyes glowed red. - Bwah! At the same time, the bloody pattern that was attacking the plants swallowed the room with great momentum! "This is not 'normal' at all." "---... ah..." Suddenly, the rough sanctity that was whirling through the body disappeared (...), and Hydemarie turned her throat over. The vines that covered the room, the branches, and the flowers all melted away into fragments of light. Elma firmly held back the body of her mother, who lost her strength. And I kept whispering. "Mother, because I learned. The common sense in prison is that what mothers call 'normal' was not 'normal' at all in Shaba. Unlike normal people and normal people... there are only a few people who are" normal. " Elma's eyes also lost redness and returned to their usual dawn sky shade. Her breathing became rough, her skin seeped with countless sweats, and her big eyes were filled with tears. "Mother's 'normal' is not my 'normal'. Because I want to help my mother. I want him alive. So... even if you hate me, it's my" normal "job to help my mother! Finally, as he shook his voice, Hydemarie slowly raised her face and stared at Elma like she saw something incredible. A daughter who has always honestly embraced her mother's world. For the first time in this prison, a twisted, submissive believer in the "normal" of others is about to rebel. Hydemarie slowly stretched out her hand and gently stroked her daughter's cheeks, which were still marked by tears. I told you I'd give you a lot of compliments if you obeyed your parents. What a wonder. "You've... grown up..." I'm so glad to be rebelled against. Hydemarie turned her slender arm and hugged her body tightly. "Elma, I'm so glad you're growing up." "And that's why I'm asking you right now." Hydemarie responded with a sweaty smile to her lovely, eye-catching daughter. "Eh...!? Long time no see, my daughter's surprised face. I've been preached, but we're still the ones waving her around. Exactly three seconds later, the cheerful voice echoed in the ears of the people who prayed with their hands together.

25.「普通」の虫退治(2) いつも通りの陰気な表情でやってきたヨーナスは、食堂に自分以外の人物――娘と息子が揃っていることにまず軽く瞠目し、それから、デボラの姿を完全に視界に入れると、ぎょっと肩を揺らした。 「おはようございます。問われる前にお答えしておきますが、わたくしは、最近ダイエットに成功したあなたの娘、ブランニュー・デボラでございますわ」 デボラが淡々と述べると、ヨーナスはまじまじと見つめ返してきたが、それでも領主の貫禄なのか、彼はやがて落ち着いた素振りで頷いた。 「......そうか」 それから、ぽつりと付け足す。 「急にきれいになったから驚いた。エリーザに、似てきたな」 劇的な変化に驚愕はしているようだが、必要以上に妻の面差しに惹き付けられている感じでもない。 果たしてこれが「妻の反魂を願って魔道に手を染める」男の言動だろうかと、デボラとケヴィンは素早く困惑の視線を交わし合った。 「......父上」 しばしの逡巡ののち、ケヴィンが切り出す。今度は彼から踏み込むことにしたようだ。 ケヴィンは何気なさを装うように、自らもカトラリーを取って、パンにバターを塗るふりをしながら告げた。 「姉上をこのように変身させたのは、殿下に付き従っていた侍女の一人、エルマさ......エルマという者です。彼女はとても有能で、この数日で姉上に美容術を仕込んだほかにも、王都仕込みの様々な技術を駆使して、屋敷の仕事を手伝ってくれました」 たとえば、と、ケヴィンは少しだけ間をおいてみせる。 「裏庭にあった、澱んだ池。あそこに湧いていた魔蟲もきれいに浚ってくれたのだとか」 「――............」 これには、先ほどよりも明確な反応があった。 「......なんだと?」 「ですから、池の魔蟲です。ご存知でしたか? あそこに湧いていた藻は、ただの藻ではなくて、虫で、しかも瘴気を帯びた――つまり魔蟲だったのだそうで。我が家には瘴弱の姉上もいるのに、これは由々しき事態。一匹残らず処理してもらって、本当によかった――ですよね?」 「............」 ヨーナスの厳格そうな顔が、わずかに強張った。 動揺しているようにも見えるし、苛立っているようにも見える。 隠し部屋の壁をくりぬいた小さな穴、およびカムフラージュに掛けられた肖像画の瞳の部分を通してやり取りを見守っていたルーカスは、壁に張り付いたまま、小声で漏らした。 「くそ、この穴からでは、さすがに細かな表情までは読めないな」 「エルマなら微表情を読めるのではありませんか?」 すると、同じく壁に張り付いて、肖像画の指輪の辺りに相当する穴から覗き見ていたイレーネが、すかさず提案する。 ルーカスは頷き、 「エルマ、おまえなら領主殿の微表情を読めるか?」 視線を食堂に固定したまま問うてみたが、返事はなかった。 「エルマ?」 不審に思い、背後を振り向いてみて、ルーカスたちは思わずぎょっとしてしまう。 「......おまえ、なにをしている」 「編み物ですが」 隠し部屋の片隅、ソファとサイドボードの隙間にちょこんと佇んだエルマは、その立ち位置に見合わぬ豪快さで、レース編みを仕上げていた。 彼女が腕と指先を動かすたびに、ぎゅんと糸が唸って、みるみる意匠が出現していく。 怒涛の勢いで形成される、繊細かつ美麗なレースに、思わず両名が突っ込んだ。 「この状況下でなぜ編み物なんかをしているんだおまえは!」 「女性は待機時間などに、編み物をして時間をつぶすのが『普通』だとお聞きしまして。今朝方、魔蛾の繭から取ったばかりの糸なのですが、これがまた予想をはるかに上回る高品質だったもので、つい」 「これ待機時間じゃないし! むしろ真相に迫る正念場だし! っていうか結局ほんとに魔蛾の幼虫を茹でたのあなた!?」 「声が響きます、お静かに。おっと、差し迫った会話運びになってきたようです」 結果、冷静に突っ込みを返される。 ルーカスたちは、中途半端に叫びを封じられたもどかしさを抱きながらも、慌てて再度壁に張り付いた。 食堂では、緊迫した空気の中、ケヴィンが声を張り上げはじめていた。 「――なぜ、そこで浮かぬ顔をするんだ。喜ばしいはずじゃないですか、父上。そうでしょう? 魔蟲はフレンツェル領の天敵。見つけたら即座に殺し、死骸を見つけたら縁起がいいと喜ぶ。そういうものではないですか」 「ケヴィン、別に私は――」 「それともなにか、喜べない事情がおありで? 瘴気を帯びた藻や魔蛾を、駆除するのではなく、まるで飼おうとでもするように接する――そんな、正気を疑うような行動の理由を、父上は説明できるのか!?」 とうとう、ケヴィンは勢いよく踏み込んだ。 「気付かれていないとでも!? とんでもない! 父上の行動は、領民を、僕たちを、大いなる不安に陥れています。夜な夜な森の奥の沼に向かって、魔蛾を身に引き寄せているのでしょう? 屋敷の池に魔蟲の存在を許したのは、父上なのでしょう? いったいなにが目的なんだ! どうしてそんな、おぞましいことをするんです!」 「領民たちは、父上が母上の魂を取り戻すために、魔道に手を染め、神聖なぶどう畑を魔蟲に捧げようとしているのだと噂しています。そうなのですか? それが目的なのですか? あなたは――そんなにも、母上を愛しているのですか!?」 血を吐くような叫びは、むしろ、そんなにも僕のことを恨んでいるのか、と聞こえた。 感情が勝ち過ぎた弟を、デボラが視線で制する。 しかし、彼女が差し水となるような言葉を口にするよりも早く、ヨーナスが低く告げた。 を外れるものか。噂に振り回されるな。すべて私がうまくやる。おまえは、父を信じ、ただ待っていればよい」 それは、全面的に事態を請け負うというよりは、単に息子を遠ざけるセリフだ。 案の定、かっとなったケヴィンは、ますます語調を荒げた。 「僕の質問にまったく答えていないじゃないか! 父上が沼で魔蛾を飼っているというのは事実なのか、事実ならそれはなぜなのか、僕はそれを聞いてるんだ! どうして答えてくれないんですか!?」 「だから――」 「それほどまでに、僕のことを信用できませんか!?」 間髪を入れずに、ケヴィンが叫ぶ。 怒声というよりは、血を吐くような、悲鳴。 魔道に堕ちたかもしれない父への怒りより、それこそが、長らくケヴィンを苦しめてきたものの正体であった。 「あなたはいつも部屋に閉じこもっている! 僕や姉上のことなど見向きもしない! 僕が病気がちなのを言い訳に、屋敷の奥深くに追いやって、領主の仕事も心構えも教えず、会話すら交わさず、心の内を明かさない。それは、僕のことを次期領主に目するに値しないと、そう思っているからですか?」 「それほどまでに、僕は、頼りない息子ですか!?」 とうとう声を震わせて叫ばれ、ヨーナスは絶句した。 デボラも目を見開いて弟を見ている。 彼女は、生意気だった弟が、ここまでの苦悩を抱えているとは思ってもみなかったのだ。 だが、病弱であることへの負い目――コンプレックス由来の毒を、全身に抱え込んでしまったその姿は、彼女自身大いに感じるところがあり、彼女は痛ましそうに目を細めた。 「ケヴィン......」 寄り添うようなデボラの呟きに、ヨーナスがはっと我に返る。 彼は息子になにかを言いかけたが、しかしすぐに口を引き結び、やがて首を振った。 「......おまえを、至らぬ子だと思ったことは一度もない。それは本当だ。魔蛾の件をおまえたちに話さなかったのも、おまえたちを信じていないからではない。どうか信じてくれ」 「信じてほしい、けれど、事情はやはり話せない、と?」 「......領主の指輪に恥じるような真似は、しない。神聖なるぶどう畑を、魔蛾の被害から守りたい――その気持ちに、嘘偽りがあるものか。どうか、信じてほしい」 押し殺した声で、言葉を選びながら話すヨーナスに、姉弟は無言で視線を交わし合った。 魔蛾を引き寄せていたことは否定しない。ただし領地を守りたい気持ちに偽りはない。 ケヴィンたちのことを信用していないわけではない。けれど、事情は話せない――。 あまりに曖昧で、あまりに矛盾に満ちた言い分だ。 デボラは唇を噛み、弟に代わってどこから踏み込んでいくかを考える。 しかし、彼女が口を開くことはとうとうなかった。 追及を諦めたからではない。 ――バンッ! 「旦那様!」 体当たりするような勢いで扉を開けた彼らは、早口でヨーナスに窮状を訴えた。 「大変でございます! 畑で魔蛾の卵が大量に見つかり、大騒ぎに......! 該当区画の民が、畑に火を放つ許可を求めて、続々と陳情に来ております!」 「なんだと――!?」

57 25. "Normal" Insect Control (2) Jonas, who arrived with his usual gloomy expression, first glanced lightly at the fact that there were other people in the dining room - his daughter and son - and then shook his shoulders slightly when he put Deborah's figure into full view. "Good morning. Before I ask, I'm Brandon Deborah, your daughter who recently succeeded in dieting." When Deborah said calmly, Jonas stared back seriously, but he nodded with a calm gesture as to whether it was still the lord's penetration. "... I see." Then, add the gloss. "I was surprised because it suddenly became beautiful. You look just like Eliza." I'm appalled by the dramatic change, but I don't feel attracted to my wife more than I need to. Deborah and Kevin quickly looked at each other with confusion as to whether this was the behavior of a man who "dyed his magic hands in the hope of his wife's soul". "... Father" After a short tour, Kevin cut it out. Looks like you decided to step in on him this time. Kevin pretended to be casual and told him to take the cutlery and pretend to butter the bread. "It was one of the maids who accompanied His Highness, Elma... who transformed my sister like this. She was very competent, and in addition to the beauty work she had done for her sister in the past few days, she also used various techniques of making the King's Landing to help her work in the Mansion." For example, and Kevin leaves it for a little while. "A starchy pond in the backyard. I wonder if the monsters that were gushing there stripped me clean." ----............ This had a clearer reaction than earlier. "... what? "That's why I'm a pond monster. Did you know? The algae that were gushing there weren't just algae, they were insects, and they were carefree - that is, monsters. Even though there is a sister in my house who is weak, this is a rare situation. I'm really glad you handled all of them - right? ............ Yonas' strict face stretched slightly. It looks upset and frustrating. Lucas, who was watching the exchange through a small hole in the wall of the hidden room and through the pupils of the portrait hanging on the camouflage, leaked quietly while still sticking to the wall. "Damn, I can't even read that fine expression from this hole." "Wouldn't Elma be able to read the facial expressions? Then Irene, who was also sticking to the wall and peeking through a hole corresponding to the ring of the portrait, made a suggestion. Lucas nodded. "Elma, can you read the Lord's facial expression? I kept my gaze fixed in the cafeteria and asked, but there was no reply. "Elma?" Suspiciously, he turned his back and Lucas and the others suddenly burst into tears. "... what are you doing?" "It's a knit." Just in the corner of the hidden room, between the sofa and the side board, Elma finished the lace knitting with a luxury that was not commensurate with her standing position. Every time she moves her arms and fingertips, the yarn roars and the design appears. Both names accidentally entered a delicate and beautiful race formed by the momentum of fury. "Why are you knitting in this situation? You! "I heard that it is' normal 'for women to knit and crush time during waiting times, etc. The thread I just took from the moth cocoon in the morning was of much higher quality than I expected." "This isn't waiting time! Rather, it's a place of truth! I mean, after all, you really boiled the moth larvae!? "The voice sounds quiet. Oops, it looks like we're getting close to a conversation." The result is a calm penetration. Lucas and the others rushed to the wall again, embracing the awkwardness of being halfway sealed from screaming. In the cafeteria, Kevin began to raise his voice in the tight air. "- Why are you making a face like that? Aren't you glad, Father? Isn't it? The devil is a natural enemy of Frenzel territory. Kill them as soon as you find them, and be happy to be lucky when you find the carcass. Isn't that what it is?" "Kevin, I'm not-" "Or is there something unhappy about it? Could Father explain the reason for such suspicious behavior by treating the algae and moths with a temper as if they were trying to keep them instead of exterminating them!? At last, Kevin stepped in with great momentum. "You think they didn't notice!? Damn it! Father's actions are causing great anxiety to our people. Are you drawing the moths towards the swamp behind the forest at night? Is it your father who allowed the devil to exist in the Mansion's pond? What the hell is this about? Why are you doing such a horrible thing! "It is rumored that my father is dyeing his magic hands and devoting his sacred vineyards to the devil to regain his mother's soul. Is that so? Is that what this is about? Do you love your mother so much!? I heard you hate me so much for spitting blood. [M] Deborah watches over her brother, whose emotions have won too much. But Jonas told her sooner than she said a word that would be water. -- -- Am I going to get rid of my role as lord? Don't let the rumors swing you around. Everything will work out for me. You just have to believe in your father and wait. " It's more a line to keep your son away than to undertake the whole thing. As expected, Kevin became more and more rough in tone. "You haven't answered my question at all! Is it true that my father owns a magic moth in the swamp, and if so, why, I'm asking! Why won't you answer me!? So... "Can't you trust me so much!? Kevin screams without putting his hair in. Rather than screaming angrily, it's a bloody scream. That was what had tortured Kevin for so long, rather than anger at his father, who might have fallen into magic. "You're always locked up in your room! They don't look at me or my sister! With the excuse that I tend to be sick, I drive deep into the mansion, and do not teach the lord's work or mind, nor even communicate, nor reveal my heart. Is that because you don't think I deserve to be the next lord? "By that time, am I your unreliable son!? At last he shook his voice and shouted, and Jonas exclaimed. Deborah also looked at her brother with her eyes open. She never thought her brash brother would suffer so much. However, her loss to being sick - the appearance of poison from the complex in her body - was felt very much by herself, and she narrowed her eyes in pain. "Kevin...." Jonas returns to me with a shy murmur from Deborah. He said something to his son, but soon he pulled his mouth and shook his head. "... I've never thought of you as an untouchable child. That's true. I didn't tell you about the moth because I didn't believe you. Please believe me." "Believe me, I still can't tell you what happened? "... I don't disgrace the Lord's ring. I want to protect the sacred vineyards from the damage of moths - is there a lie or a lie in that feeling? I want you to believe me." His sister and brother looked at each other silently as he chooses to speak with the sound of a slaughter. I do not deny that it attracted the moth. However, there is no falsehood in your desire to protect your territory. It's not that I don't trust Kevin and the others. But I can't tell you what's going on. It's too vague, too contradictory. Deborah bites her lips and thinks about where she steps in on behalf of her brother. But she didn't finally open her mouth. It's not because I gave up pursuit. - Bang! "Milord! They opened the door with a momentum that struck them, and quickly complained to Jonas about their plight. "Thank you very much! I found a lot of eggs of moths in the field and made a fuss....! The people of the area are coming to petition for permission to set the fields on fire! What the-!?

28.シャバの「普通」は難しい(3) 普通とはなんだろう、というのは、エルマのここ最近の疑問だった。 みんなと同じことが普通。 あるいは、平均であることが普通。 けれどだとすれば、普通というのはつかみどころのない雲のような存在だ。 だって、エルマは彼女の「家族」と同じこと、監獄内では当然だったことをしているだけなのに、シャバの人たちには驚かれてばかりなのだから。 かつてはエルマだって、あまりに厳しい鍛錬に、「本当にこれは普通なの?」と「家族」に尋ねたものだった。 しかし彼らが実に堂々と、「これくらいできなくてどうする」と返すので、てっきりそれが正しいのだろうと信じていたのだが。 【怠惰】の父モーガンからは、人の表情を読むことと、おいしい紅茶の淹れ方を教わった。 【暴食】の父イザークからは、調理と狩りを教わった。 【貪欲】の兄ホルストからは人体の神秘を、【嫉妬】の姉――本人は母と主張しているけれど――リーゼルからは女性としての嗜みを。 エルマが一番大好きな父、ギルベルトからは、実はなにか特別な技術を受け継いだわけではない。 ただし彼は、いつも穏やかにエルマのことを見守り、微笑みを向け、頭を撫でて褒めてくれた。 たぶん彼からは、「父親」というものを一番多く教わった。 だからエルマはギルベルトのことを、ただ「お父様」とだけ呼ぶ。 そして、彼女がただ「お母様」とだけ呼ぶ、エルマの生みの母――ハイデマリー。 あの美貌の女性が、いったいなにを考えているのかというのは、実はエルマにもよくわかっていない。 微表情を読み取ってさえも、だ。 彼女はエルマが「家族」からの教えを器用にこなすと、ひどく複雑な顔をする。 それは、驚いたような、不安がるような、いや、ほっとするような、面白がるような。 けれど、気まぐれで冷酷にも見える彼女が、本当は驚くほど愛情深いことをエルマは肌で理解しているので、彼女が言うことを、できるならば守りたいと思っていた。 ――「普通の女の子」がどういうものか、世界を見ていらっしゃい。 それがわかるまでは、おうちに帰ってきちゃだめよ。 監獄からの「解放」を言い渡されたとき、ハイデマリーはエルマにそう告げた。 そしてエルマは、そんなの簡単なことだ、と思った。思っていた。 が、蓋を開けてみれば、それは予想をはるかに上回り困難なことだった。 勤務初日だからと、少々張り切って紅茶を淹れれば驚かれた。 あまり凝った料理を作りすぎないようにと、あえてラフな料理を振舞ってみせたら――しかも勝ちは相手に譲ったのに!――その調理法に慄かれた。 なにごとも一人でやっては驚かれるからと、聖医導師に仕上げをお願いしつつ「手当て」をしたら、それでもやっぱりショックを与えてしまったらしい。 この辺りでいよいよ自分の非常識さを猛省し、常識人と評判のディルクから教本を借りなおしまでしたのに、「王道」通りライバルに勝負を挑んだら、ルーカス王子から「それ以上人を追い詰めるな」といった具合にたしなめられた。 彼から叱られたのは二回目だった。 あげく、舞踏会で踊るだけならまだしも、流れで陰謀まで明らかにしてしまった。 自分なりの正義感に基づいて告発したわけだし、後悔はしていないが――これまでに読んできた百冊近い「教本」のどれにも、出会って三秒で犯人を言い当てる主人公は出てこなかった。 やはり、自分は、「普通の女の子」の能力が著しく欠如した人間なのだろう。 (普通というのは、なんて難しい......) 舌に苦味を感じるかのようだった。 何度やっても、うまくいかない。 努力したり、自分なりに考えれば考えるほど空回りする。 外見上は平然を装っていたが、本当は周囲からドン引きされるたびに、顔から火が出る思いだった。 穴を掘って埋まりたかった。 人生で初めて味わう挫折だった。 「お願いでございます。私を、監獄送りにしてくださいませ」 お縄頂戴、のポーズで神妙に両手を差し出す。 もうおうちに帰ろう、と思った。 (申し訳ありません、お母様......) 本当なら、普通の女の子というものを理解して、大手を振って監獄に帰りたかったが、自分が上げるのは錦ではなく白旗だ。 だが――それでも監獄では、「あの人」が自分を待ってくれている。 負け犬でも、きっと温かく受け入れてくれるあの人が。 だから、自分は帰らなくてはならない。 普通になんてなれないと痛感した自分は、母の命令さえ無視して、どんな手を使ってでも――。 エルマの脳裏に、彼女のものでない言葉が混ざりだす。 しかし、それに気付くこともなく手を差し出しつづけていると、 フェリクスが、微妙な表情で口を開いた。 「ちょっと、君の主張を確認させてもらうけど」 「獄内で娼婦から生まれたって――ああ、そう。うん。たしか十五年くらい前に監獄送りになった傾国の娼婦がいたよね。ってことは、君の主張のうち経歴の部分は事実だとして......わあお、ってことは君、かのヴァルツァー監獄で育ったってこと? まじ?」 「まじです。先ほどからそう申しております」 エルマが真顔で頷くと、フェリクスは興味深げな表情でとんとんと顎を叩いた。 「一度君の経歴を浚ったときは、侍女長の遠縁の娘ってことになってたけど――ははあ、なるほどねえ。ああそうか、さてはルーカスのやつ......ふうん。僕の情報網にも気取らせないで保護するなんて、やるじゃない」 ぶつぶつ呟きながら、すさまじい勢いで情報を照合しているようである。 視線を宙の一点に固定して素早く思考を巡らせる姿は、【貪欲】のホルストにも通ずるものがある。 おそらく彼と同様、ものすごく情報処理能力が高いのだろうと、エルマは内心でそんなことを思った。 「――で」 だが彼は、顎に当てていた手をほどくと、それを困惑したようにひらりと翻した。 「君が監獄育ちだっていうところまでは信じるとして、以降の主張がさっぱり理解できないんだけど――」 フェリクスとエルマが、クレメンスをそっちのけにして会話を進めようとしたとき、それは起こった。 「なにがあった!」 鋭い声とともに、扉が蹴破られたのである。 長い足で勢いよく蝶番ごと扉を弾き飛ばしたのは、騎士服をまとった精悍な青年。 小姓のマルクを伴ったルーカスであった。 剣を構えていた騎士兼第二王子は、部屋に佇む異母兄と侍女を見るなり軽く目を見開き、それから眉を寄せた。 アテレコするなら、「うわ......」みたいな、げんなりとした顔だった。 「乱暴だなぁ、ルーカス。ノックもなしに急に扉を開けられては、びっくりしてしまうよ」 「ですが蝶番を弾き飛ばしているぶん、扉にはさほど傷は付いていないようです。これなら修理も容易ですね。さすがです」 「......義兄上に、エルマ。念のため常識として突っ込ませてもらうが......王族殺害を目論んだ容疑者の居室で、見張りまで気絶させて、いったいなにを?」 ろくでもない予感しかしないけど、といった様子で、ルーカスが低く問う。 対するフェリクスの答えはあっけらかんとしていた。 「いやまあ。即位式前に迅速に査問が済むよう、彼の心を折りがてら洗脳しておこうと思って」 いけしゃあしゃあとした洗脳宣言にルーカスは半眼になり、「またそんな、あくどい手段を......」と静かな非難を漏らした。 「あれ? 君、意外に冷静だね。もっとこう、『まさか愚鈍と噂のこの義兄が!?』みたいな反応を期待しなくもなかったんだけど」 「......第三・第四王子たちや悪意ある家臣など、あなたと利益が対立する人間に限って、実に自然に『退場』していったのを見て、もしやと思っていたので」 フェリクスも、ある程度は本性を見抜かれているものと理解していたらしい。 「それに義兄上からは、いつも妙に胸が悪くなるような、甘ったるい――暗示の香の類ですかね?――そんな匂いがしましたので」 「言うねえ。君だって甘ったるい女の香水ばかりまとわりつかせていたくせに」 ルーカスが補足すると、軽く苦笑した。 「ま、そこまでわかってるなら話は早い。僕は僕なりによき治世を目指しているだけだし、君のことも無下にしないつもりだよ――僕の邪魔をしない限りはね」 「......馬具の件は」 「あれはこいつの暴走。だから僕が罰する」 その短いやり取りで、ふたりはおおよそを分かりあったらしい。 肩をすくめると、続いてルーカスはエルマに向き直った。 「――で、エルマ。おまえはなにをしているんだ」 「はい。今回のルーカス王子殿下暗殺未遂事件の黒幕は私であるということを、侯爵閣下に申し出て、『ご理解いただこうと』しておりました」 「......なんだと?」 「そういうことにして、監獄送りにしてほしいんだってさ。被告と証人を洗脳しちゃえば、弁護人なんていないし、どうとでもできると思ったみたい。自称、母親を投獄された復讐として、国を混乱させようとした犯人なんだって」 エルマの主張をフェリクスが要約して伝えると、ルーカスはちょっと眉を寄せて、それからちらりとクレメンスに一瞥をくれた。 「......なるほど。それで、義兄上とエルマがふたりして、相反する内容の暗示を彼にかけた結果、こうなったと」 侯爵は先ほどから会話を遮ることもなく、なにをしていたかといえば―― 「よーし皆の者、見ておれ、長縄はな......、鋭角......鋭角から勢いよく踏み込むのだ......サイドスイングのクレメンスと呼ばれた私に......不可能はない......」 精神と時の間に籠って、ぶつぶつと内なる誰かと対話していた。 どうやら、強力な暗示を続けざまに掛けられて、頭のねじが多少緩んでしまったらしい。 ときどき「ふふっ」と笑ったりして、少々不気味だ。 ルーカスは溜息をつくと、控えていたマルクに何ごとかを言い含め、部屋から追い払った。人払いのようだ。 ついで、彼はエルマを正面から見つめた。 「エルマ」 「おまえ洗脳までできるのか、などという愚問は、もはや口にする気もない。おまえが騎士の精鋭を昏倒させる技量を持っていても、突如として被告人の部屋に出没しても、一国の王子の本性をしれっと見抜いていても、まあエルマだしなと思うだけだ」 副音声に込められた、「もはやおまえに常識とか普通とかは期待しない」といった趣旨に、エルマは無表情の下で、少々がっくりした。 やはり自分には「普通」などというのは過ぎた目標だったのか。 内心で忸怩たる思いを噛み締めていると、ルーカスは真剣な表情で続けた。 「ただ、ふたつだけ聞かせてほしい」 「ひとつ。おまえにとって......監獄からの解放は、迷惑だったか? こちらの世界は、厭わしいだけだったか」 その問いに、エルマはふと顔を上げ、まじまじと相手のことを見つめた。 わずかに持ち上がった左の口角に、下がった視線。 詐欺師にして【怠惰】の父・モーガンからの教えによれば、それは――罪悪感を示す微表情だ。 少し考えてから、エルマは首を横に振った。 たしかに、ヴァルツァー監獄は快適だった。 愛情深い家族と贅を凝らした便利な環境。 まるで胎児を包み込む羊水のように、どこまでも優しく温かい空間だった。 できればそこから出たくないと思ったし、王城に上がってからしばらくは、しきりと帰りたいと思っていたのも事実だが―― (でも、こちらの生活も楽しかった) はじめて同年代の友人ができた。 「家族」以外に自分を指導してくれる人に出会った。 してばかりだったし、はじめての挫折は苦々しいものだったけれど、「普通」を模索して挑戦する日々には張り合いがあった。と思う。 そこまで考えて、ふと胸に違和感がきざすのを覚える。 ――ではなぜ、自分はこうもしゃかりきになって、監獄に帰ろうとしているのだろうか。 (それは......「普通になんてなれない」と痛感したからで) そうだ。 「普通になれないことがわかったら」、自分は「母の命令を無視して」「どんな手段を使ってでも」監獄に戻らなくてはならないのだ。 エルマは無意識に額に手を押し当てて、自分に言い聞かせた。 「ただ......そう。私は帰らなくてはならないのです。『普通』になんてなれなかったから。私には『普通の女の子』の才能が欠如していると、わかったから」 しっぽを巻いて家に帰るのだ。 そうして優しい【嫉妬】の姉にして母・リーゼルに、よしよしと慰めてもらう。 エルマはなんだか、ものすごく情けなくてみじめな気持ちになってきた。 「......しょせん私は落伍者です......。皆さまと同じようにすることができない、まさに外れ者......。努力を重ねても、いっこうに『普通』が理解できない。どころか遠ざかっていくばかり。紅茶を淹れても料理をしても、手当てをしても踊っても、人々にドン引きと冷や汗をもたらす、痛い女です......」 「――ちょっと待て」 額にやっていた手を滑らせ、どんよりとした表情で頬に手のひらを押し当てていると、ルーカスが真顔で制止してきた。 「おまえ、どういうことだ? 微表情まで読めるくせに、なぜそういう解釈になるんだ!?」 「ああ、それは呆れの微表情......私、またなにかやらかしましたでしょうか」 「文脈で理解しろ、馬鹿めが!」 ルーカスは一喝したが、エルマが表情を敏感に読み取れてしまうがゆえに、かえって真意まで解釈しようとしない性質であることを理解した。 同時に、真意を読み取らせない眼鏡の下で、彼女がそんなにも懊悩していたのだということも。 「馬鹿......初めて言われました......」 眼鏡を外し、素顔をさらしたエルマは、いつもよりずいぶんと感情豊かに見える。 悄然と項垂れた肩は小さく、伏せられたまぶたは哀しげだ。 抑揚のない声と眼鏡のために、いつも超然とした雰囲気をまとっていた彼女だが、その内側では、いつもこのように、感情を揺らがせていたのだろう――それこそ、年相応の少女のように。 俯いてしまったエルマに、無意識に手を差し伸べながら、ルーカスは気づけば告げていた。 「......なんだ。おまえも、そういうところは可愛らしいではないか」 「――......え?」 「自己認識はさておき、『自分は至らない』だとか『ままならない』だとか思い悩む様は、いたって真っ当で普通の娘のように見えるが」 なんとなく顎をすくい、顔を上げさせたら、その夜明け色が大きく見開かれた。 「......本当ですか......?」 瑠璃色のようだった瞳に、ほんのわずかに朱が混じり、宝石のような紫がかった色になる。 目は潤み、頬は上気し、淡く色づいた唇をほんの少しだけ開いた様子は、数多の美女を見てきたルーカスにも、実に可憐に映った。 「ああ。今のおまえは、......可愛げがある」 好ましい、と素直に言うのは少し癪で、そんな風に告げてみせたら、エルマはとろけるような笑みを浮かべた。 「――......! 殿下......!」 傍から見れば、この一連のやりとりは、口説く男とそれを喜ぶ娘の図だ。 行儀よく沈黙を守っていたフェリクスは、興味深そうにやりとりを見守っていたが、珍しくふたりの間に発生しかけた甘やかなる空気を、しかしエルマは次の一言で粉砕してみせた。 「ならば私は、大手を振って監獄に帰れますね!」 「――......なんだと?」 ルーカスは愕然とするが、エルマは気にしない。彼女は心底、これまで自分に「異常」の烙印を押してきた男から、見事「普通」のお墨付きを得てみせたことに歓喜していた。 「ああ、よかった。とても嬉しいです。これほどの達成感を噛み締めたのは、ドラゴンを素手で倒して以来です」 気分が凄まじい勢いで浮上していく。 先ほどまで頭を占拠していた霧のようなもの思いが一気に晴れ、いじけた気持ちや、一刻も早く逃げ帰らねばという強迫観念が溶け消えていた。 「おい、なんだと? ドラゴン......?」 「それでは私、無事に約束も叶えられそうですので、監獄に帰りますね。どうせ侯爵閣下もほどよい具合に壊れてしまっていらっしゃいますし、もう筋書きとしてはこのまま、真犯人の私が監獄送りになる、ということで」 「おい待て」 心が弾む。 早く逃げ帰らねば、という切羽詰まった思いは消えていたが、代わりに、いそいそ帰って「家族」に自慢したい気持ちで満ち溢れていた。 シャバの暮らしは思ったより楽しかった。 新しい出会いも、張り合いのある生活も愛おしかった。 だが――やはり、実家の居心地のよさにはかなわない。 自覚こそなかったが、エルマは根っからの引きこもり気質だった。 リーゼルの暗示は、かなり強力にエルマの帰還を促していたが、たとえ暗示がなくとも、エルマは監獄に帰る気満々だったのである。 フェリクスもまた、にやにやとしながら、厭味ったらしく告げる。 「ねえ、ルーカス。君の女性を引き留める力なんていうのも、大したことないね?」 「............」 ルーカスは無言で青筋を浮かべたが、そこで、事態は急展開を迎えた。 ――ばたばたばたばたっ! 「エルマ!」 騒々しい足音を響かせて、イレーネが飛び込んできたのである。

29 28. Shaba'S "Normal" Is Difficult (3) What is ordinary was Elma's recent question here. It's normal for everyone to do the same thing. Alternatively, it is normal to be average. In other words, normal is like a cloud with no grasp. Because Elma is doing the same thing as her "family," which is only natural in prison, but the Shabaab people are just surprised. Elma used to train too hard and say, "Is this really normal?" and "family." But they were so magnificent that they said, "What if I can't do this much?" I knew it was right. Morgan, the father of Laziness, taught me how to read people's expressions and brew delicious tea. My father Isaac taught me how to cook and hunt. From [Greed] 's brother Holst, the mystery of the human body, [Jealousy] 's sister - who claims to be her mother - and from Rezel, the desire to be a woman. Gilbert, Elma's favorite father, didn't actually inherit any special technology. However, he always watched Elma gently, smiled, stroked his head and praised her. Perhaps he taught me the most about "father." That's why Elma only calls Gilbert "Father." And Elma's birth mother, Heidemary, she just calls her "mother." In fact, Elma doesn't know exactly what that beautiful woman is thinking. Even a slight facial expression. She looks terribly complicated when Elma teaches dexterity from her "family." It's surprising, anxious, no, relieved, interesting. However, Elma understood in her skin that she seemed whimsical and ruthless, but was truly surprisingly loving, and she wanted to protect what she said if she could. --Look at the world what a "normal girl" looks like. Don't come home until you know it. Heidemary told Elma when he was told to "release" him from prison. And Elma thought it was easy. I thought so. But opening the lid made it much harder than expected. It was my first day at work, and I was surprised if I made a little tea. If I dared not make too elaborate a dish - and the winner gave it away! - I was impressed by the cooking method. I was surprised to do everything by myself, and when I asked the Saint Doctor to finish it, he said that he was still shocked. I finally savored my insanity around here and borrowed a book from a common sense man and a reputation dilk, but when I fought my rival on "Royal Road", Prince Lucas taught me not to hunt down more people. He scolded me for the second time. For you, if you only danced at the ball, it would have revealed a conspiracy in the flow. I made the accusation based on my own sense of justice, and I didn't regret it - none of the nearly 100 "teaching books" I've read so far came out of the main character who speaks of the killer in three seconds. After all, I must be a person who lacks the abilities of a "normal girl." (It's so hard to be normal...) It was as if I felt bitter on my tongue. No matter how many times you do it, it won't work. The harder I try or think about myself, the more I get idle. He was pretending to be flat in appearance, but the truth is, every time he was pulled out of his surroundings, he felt a fire coming out of his face. I wanted to dig a hole and fill it. It was the first setback of my life. "Thank you. Send me to jail." Grab the rope and mysteriously lend out your hands in the next pose. I thought I'd go home. (I'm sorry, Mother....) If true, I wanted to understand what a normal girl is and wave my big hand back to jail, but I raised the white flag instead of the brocade. But - still, in prison, "that man" is waiting for me. I'm sure that loser will accept me warmly. So I have to go home. I felt painful that I couldn't be normal. I ignored my mother's orders and used any hand. Elma's brain is mixed with words that aren't hers. But he kept putting out his hand without realizing it. Felix opened his mouth with a subtle expression. "Hey, let me check your claims." "I was born from a whore in jail- Oh, yeah. Yeah. Maybe there was a traitorous whore who went to jail about 15 years ago. So, even though the career part of your claim is true... wow, you grew up in that Varzer prison? Seriously?" "Seriously. That's what I've been saying." As Elma nodded with her face, Felix slapped her jaw with an interesting expression. "When I stripped you of your career, it was supposed to be the distant daughter of the maid in-law - hah, I see. Oh, well, Lucas... hmm. Don't let my network distract you from protecting you." As he murmured, he seemed to be matching the information with great momentum. The appearance of fastening the line of sight to a point in the universe and quickly thinking also leads to the holster of [greed]. Elma thought to herself that perhaps he was as capable of processing information as he was. "--in" But he loosened his hand on his chin and flipped it like he was confused. "I don't understand what you're saying until you're raised in jail." It happened when Felix and Elma tried to have a conversation behind Clement. "What happened! The door was kicked down with a sharp voice. It was a tough young man in knight's clothes who flew through the door with long legs and a powerful hinge. It was Lucas with his surname Marc. The knight and second prince holding the sword opened his eyes lightly when he saw his half-brother and maid standing in the room, and then raised his eyebrows. If you were going to be athletic, you'd look like, "Wow..." "That's rough, Lucas. I'll be surprised if you suddenly open the door without knocking." "But as you play the hinge, the door doesn't seem to have much scratch. It is easy to repair. That's right." "... Elma above my brother-in-law. As a precaution, let me penetrate... into the suspect's chambers for the royal murder, stun him to the sentry, what the hell? I only have a feeling that it's not too harsh, but Lucas asks low. The answer to Felix was vague. "Well, no. I was thinking of breaking his heart and brainwashing him so that he could be examined quickly before the inaugural ceremony." Lucas half-eyed at the annoying brainwashing declaration and made a quiet accusation, "Again with such a damn means..." "What? You're surprisingly calm. Even more so," This stupid and rumored brother-in-law!? I didn't have to expect a reaction like, " "... I saw that the Third and Fourth Princes and malicious ministers, only those whose interests conflicted with yours, had naturally 'left', and I thought," Felix also seemed to understand that he was somehow discerning his nature. "Besides, my brother-in-law always smelled like a sweet, implicit incense that made my chest feel strange." "I don't know. Even you had a sweet perfume all around you." When Lucas supplemented, he smiled slightly. "Well, if you know that much, it's quick. I'm just trying to heal myself, and I'm not going to let you down - unless you get in my way." "... about the equipments?" "That was his runaway. So I will punish you." It seems that the short exchange gave them an approximate idea. Shrugging his shoulders, Lucas then turned back to Elma. "- So, Elma. What are you doing?" "Yes, I wanted to tell the Marquis that I was behind this assassination attempt on His Royal Highness Prince Lucas, and I wanted you to understand." "... what? "In that case, I want you to go to jail. If we brainwashed the defendant and the witness, there wouldn't be a defense attorney, and it seemed like we could do anything. He said he was the one who tried to confuse the country by taking revenge on his mother's imprisonment." When Felix summarized Elma's claim, Lucas raised his eyebrows a little and gave Clement a glimpse. "... I see. So this is what happened when Elma and her brother-in-law both implied conflicting content to him." The Marquis didn't interrupt the conversation earlier, but what was he doing? "All right, everybody, look, Nagana... sharp angle... tread momentum from sharp angle... to me called Clemens of the side swing... impossible..." I was talking to someone inside me with a bump in my mind and time. Apparently, the head screws loosened slightly as a result of strong suggestions. Sometimes I laugh "fufu" and it's a little creepy. Lucas sighed and threw Marc out of the room, saying something. Looks like someone paid for it. Then he stared at Elma from the front. "Elma" "I don't want to talk anymore about the stupid question of whether you can even brainwash. Whether you have the skill to faint the knight's elite, whether you suddenly descend into the defendant's room, or simply discern the true nature of a country's prince, I just think it's Elma." Elma was a little nervous under a faceless expression to the effect that "you can no longer expect common sense or common sense." Was "normal" a goal too much for me? Lucas continued with a serious expression as he was biting down on his heart. "I just want you to tell me two things." "One thing. Was your... release from prison a nuisance? Was this world just boring?" In response to the question, Elma raised her face and stared seriously at the other person. A slightly raised left corner of the mouth with a lowered gaze. According to [laziness] 's father Morgan, who was a con artist, it was a slight expression of guilt. After some thought, Elma shook her neck to the side. Indeed, Walzer Prison was comfortable. Convenient environment with affectionate family and luxury. It was as warm and gentle as the amniotic fluid that enveloped the fetus. I didn't want to get out of there if I could, and I wanted to go home soon after I went up to the royal castle. (But I enjoyed my life.) It was the first time I had a friend of my age. I met someone other than my "family" who would coach me. I had just failed (...) and my first setback was painful, but there was tension in trying to be "normal". I think so. When I think about it, I remember feeling uncomfortable in my chest. -- -- Then why are you so annoyed and trying to go back to prison? (That's because I felt... "I can't be normal.") Yes, it is. "If I find out I can't be normal," I have to go back to jail "ignoring my mother's orders" "by any means". Elma unconsciously pressed her hand against her forehead and told herself. "Just... yeah. I have to go home. Because I couldn't be" normal ". I realized that I lacked the talent of a" normal girl. " Wrap your tail around and go home. In that way, I'll make you a gentle [jealous] sister and have Mother Liesel comfort you. Elma is starting to feel so pathetic and embarrassed. "... I'm a labourer... I can't do it like everyone else, just the outsider... Even if you try hard, you can't understand" normal "anymore. Instead, it just keeps moving away. Whether you brew tea, cook, treat or dance, it's a painful woman that brings tea and cold sweat to people...." Wait a minute. When I slipped my hand on my forehead and pressed my palm against my cheek with a thicker expression, Lucas stopped it with his face. "What are you talking about? How could you interpret it so easily!? "Ah, that's a slight expression of astonishment... did I do something soft again?" "Understand the context, you idiot! Lucas drank it, but understood that Elma could read her expression sensitively, so she didn't try to interpret it sincerely. At the same time, she was so upset under glasses that she couldn't read the truth. "Idiot... it's the first time I've been told..." Elma, who took off her glasses and exposed her face, looked much more emotional than usual. The quietly knocked shoulders are small, and the fallen eyelids are pathetic. She always had a transcendent atmosphere for her unconvinced voice and glasses, but inside of her, she would have always shaken her emotions like this - and that's why she's like an old girl. As he unconsciously reached out to Elma who had fallen down, Lucas noticed and told her. "... what? You're cute, aren't you?" "----Eh?" "Apart from self-awareness, it seems like a genuine and ordinary daughter who is worried about 'I can't reach' or 'I'm bored'." Somehow my chin was tightened and my face raised, and the dawn color was wide open. "... is that true...? Her rugged eyes were slightly mixed with vermilion, resulting in a purple color like a jewel. Her eyes were moist, her cheeks were uplifted, and her pale lips were slightly open. Lucas, who had seen many beautiful women, also looked very pathetic. "Ah, now you're... cute." To be honest, it was a bit favorable, and when I told her like that, Elma had a melting smile. "---...! Your Highness...! From the side, this series of interactions is a diagram of a man talking and his daughter rejoicing at it. Felix, who was polite and silent, watched the interaction with interest, but rarely saw the sweet air between the two, but Elma tried to crush it with the next word. "Then I can shake my hand and go back to jail! "----what? Lucas is stunned, but Elma doesn't care. Deep down, she was delighted that the man who had branded herself "abnormal" had received a brilliant "normal" tattoo. "Oh, good. Very happy. I've chewed so much accomplishment since I defeated the dragon with my bare hands." Your mood is rising with great momentum. The misty thoughts that had occupied my head up until now cleared up all at once, and the feeling of teasing and the compulsion that I had to flee home as soon as possible disappeared. "Hey, what? Dragon...? "Well then, I'm going back to jail because my promise is going to be fulfilled safely. Anyway, the Marquis is in pretty good shape, and as far as I'm concerned, the real killer will be sent to jail." Hey, wait a minute. My heart bounces. The feeling that I had to run away quickly disappeared, but instead, I was filled with the desire to go home and boast to my "family". The life of Shaba was more fun than I expected. New encounters and strong lives were lovely. But it's still not as comfortable as my parents. I didn't realize it, but Elma was a pulling temperament from the roots. Rezel's suggestions were quite powerful in encouraging Elma to return, but even without suggestions, Elma was happy to go back to prison. Felix also tells the disgusting taste with a slight smell. "Hey, Lucas. The power to retain your woman is no big deal, right? ............ Lucas came to his senses silently, but things unfolded suddenly. - Stupid, stupid, stupid! Elma! Irene jumped in with noisy footsteps.

14.「普通」の手当て(2) ステンドグラス越しに、初夏の陽光が淡く降り注ぐ聖堂。 昼なお、人を瞑想の世界へと誘うような薄暗い空間に、ふたりの男女がいた。 「なあ。どうか色よい返事をくれ」 ひとりは、すらりとした長躯に、豊かな黒髪、深い藍色の瞳が印象的な精悍な青年。 シンプルなシャツとパンツ、そして胸のあたりに騎士団の紋章が刺繍された濃紺のベストをまとっている。 彼は、その長身をかがめて、壁際に追い込んだ人物を覗き込んでいた。 「恐れながら殿下。パーソナルスペースが近うございます」 それに対し、抑揚なく答えるのがもうひとりの人物。 彼女は、小柄な身体に黒のドレスと白いエプロン、そしてブリム――つまり侍女の制服と、おまけに分厚い眼鏡を身に着け、先ほどから淡々と青年に応えている。 青年の正体とはもちろんルーデン王国第二王子ルーカス、そして侍女の正体はエルマであった。 「その手の単語でごまかそうとしてくれるな。俺は本気だ。おまえが必要なんだ」 「その手の言葉でごまかさないでくださいませ。私は道を踏み外したくございません」 男が女に顔を寄せて囁く様子や、その内容から、一見した限りではまるで男女の駆け引きのようにも思われる。 しかしながらその実態は、 「なぜだ。騎士団に所属することのなにが、外道だというんだ」 「女、それも平民ですらない身分の人間が騎士団に加わることが、前代未聞、つまり普通ではないと申し上げているのです」 ルーカスによる騎士団へのヘッドハンティングであった。 先日、料理対決――という名の、もはや天下一武闘会――でエルマが大立ち回りを見せてからというもの、ルーカスはこうして折に触れて、熱心に入団を勧めてくるのである。 今の彼の騎士団での身分は、中隊長。 年齢の割にかなりの地位と言えるが、それは第二王子という生まれではなく、優れた剣技と、時間をかけて築き上げた人望によって獲得したものだ。 多少色は好むものの、ルーカスの騎士団への忠誠は厚く、彼は心からその発展を望んでいた。 そしてその「発展」を考えたとき、エルマというのは喉から手が出るほど欲しい人材だったのである。 「前代未聞がなんだというんだ。おまえが入団すれば、それが『前例』になる。その後それに勇気を得て、武に優れた女や、身分に恵まれなかった者たちが続々と入団してくるかもしれないぞ。そうすれば、見事おまえは『普通』の女だ」 「屁理屈にすらなっていない謎理論を展開するのはおやめくださいますか」 エルマは取り付く島もない。 接触を重ねるうちに、ある程度本性はばれてしまっていると考えたのだろう。当初のような「男性への恥じらいを見せる初心な少女のふり」すらしなくなっている。 可愛げのなさにも少々思うところはあるが、それ以上にエルマの頑なさに業を煮やして、ルーカスは顔を顰めた。 「おまえの『普通』への妙なこだわりはなんなんだ。それ以上に、その基準はなんだ? 見学だけでいいと連れていったときには、たったひとりで団員全員の手当てまでしてくれたというのに。あのときは、割と乗り気に見えたが」 「......あれは、教科書の解釈を違えた私の過ちでございます。ご放念くださいませ」 エルマは、眼鏡で素顔を隠したまま、少々ばつが悪そうな様子を見せた。 彼女が現在吸収しつつある「常識」によれば、「騎士団の訓練を熱っぽく見守る」のも、「傷ついた男性をかいがいしく世話する」のも、「普通」のはずだったのだ。 ただ、その延長で、見学中にうっかり副隊長の太刀筋を見切ってしまったり、世話のつもりで手当てをひとりで完結させてしまったりし、それをエルマとしては大いに反省していた。 「教科書?」 「普通の女の子を目指すのならばこの辺りを読めばよいと、ロマンス小説なるものを大量に貸していただいたのです」 ルーカスは天を仰ぎそうになった。 親切のつもりかもしれないが、なんというものを教科書として提示してくれたのだ。 「イレーネか? 勘弁してくれ......。あんなものに行動を準拠されたら、たまったものではない」 「いえ、恐れながら、貸してくださったのはゲルダ侍女長です」 「そちらか......!」 「ちなみにイレーネは、いわゆる薄い本と言われる系統のほうが好みだそうです」 「薄い本?」 怪訝な眼差しを寄越したルーカスに、エルマは言葉を選ぶような間を置いて問うた。 「......ちなみに殿下におかれては、『攻め』の対義語はなんだと思われますか?」 「『守り』ではないのか?」 「――なるほど。殿下とは生涯無縁のジャンルの話のようです。今のやり取りはご放念くださいませ」 あげく、そんなふうに誤魔化されてしまう。 気になったルーカスは執拗に尋ねたがはぐらかされつづけ、むっとなったルーカスは「おい」とエルマの腕を取った。 と、掴まれた腕をまじまじと見ていたエルマが、ふと顔を上げ、じっとルーカスのことを見つめる。 「......そういえば、のべ三十五冊のうち、三十三冊までもが、 「待て二次元と三次元を混同するな。あれはフィクションですらない。ファンタジーだ」 野暮ったい眼鏡姿の侍女に、「うわ......」みたいな視線を向けられて、ルーカスは素早く手を離した。 というかこの眼鏡はなんなのだろう、素顔を隠しているはずなのに、まざまざとドン引き感を表現してかかるなど、もはや眼鏡の域を超えたなにかだ。 「今こそ俺の微表情とやらをよく読んでくれ。これが、女に恋する男の顔か?」 「どちらかといえば、未知の生命体を前に緊張と好奇心を隠せないでいるような表情にお見受けしますね」 「すごいな微表情」 ストライクゾーンの広さには自信のあったルーカスだが、不思議なことに、この少女には現時点でちらりとも欲が刺激されなかった。 好奇心は大いにそそられるし、面白い娘だとは思うのに、なぜだろう。 それはこの冴えなく見せている容貌のせいかもしれないし、――あるいは、彼女のほうがひとかけらも、こちらに異性としての興味を抱いていないからかもしれない。 そういえば、第二王子という身分やこの顔、あるいは騎士として鍛えた身体や振舞いに、まったく興味を示されなかったのは、これが初めてかもしれないということに、ルーカスは今更のように思い至った。 駆け引きでも腹の探り合いでもなく話せる異性など、貴重だ。 「――なあ、おまえ。やはり、騎士団に加わらないか?」 「なにがどうやはりなのか、わかりかねます」 ルーカスはこれまで以上に真剣に誘い掛けたのだが、エルマはついと顎を引き、次いで滑らかな動きで接近を躱すと、床に置いていた掃除道具を拾い上げた。 聖堂の掃除を言いつけられていたところを、王子に見つかったのだ。 「お話がそれだけのようでしたら、恐れながら、聖堂の清掃業務に取り掛からせていただけますでしょうか」 「この広い聖堂内を、すべてひとりで掃き清めるのか?」 怪訝な声での問いにも、エルマの答えは淡々としていた。 「一瞬で済みますので」 「......やはり入団――」 「殿下もどうぞ、騎士団の訓練にお戻りください。即位式に向け連日式典準備に追われているさなか、中隊長ともあろうお方がこのように職務を離れてよいはずがございません」 食い下がろうとしたところを、ぴしゃりと跳ね除けられる。 が、それに対してルーカスはにやりと笑ってみせた。 「どうせ今日はパレードの予行演習だけだ。鎧をかぶれば誰が誰かはわからんから、俺の馬に勝手に乗ろうとした愚か者の新人を、罰として代役に立ててきた。やつも本望だろう。よって、今日の俺は正々堂々自由の身だ」 ぬけぬけとしたサボり工作である。 それは正々堂々とは言わないのでは、と、エルマがもっともなツッコミを入れようとしたところに、しかしそれは起こった。 「ルーカス様――!」 聖堂の扉が慌ただしく開いて、少年が駆け込んできたのである。 そばかすの残った顔に汗の粒を浮かべた彼は、どうやら騎士団の小姓のようであった。 ルーカスよりは色の浅い紺色の、紋章入りのベストを身に着けている。 「マルク? どうした? よくここがわかったな」 「よくわかったな、じゃありませんよ、めちゃくちゃ探しましたよ......! 逢引するなら、もっとそれっぽい場所にしてくださいよ、もう!」 マルクと呼ばれた少年は、あどけなさの残る瞳できっとこちらを睨みつけてから、表情を引き締め、拳を握った。 「トラブルです。ルーカス様の乗るはずだった馬が、パレードの演習中に突然暴れ出して人をふるい落とし――代役をしていたテオが、足の骨を砕かれました。はっきり言って......ひどい怪我です」 「なんだと――?」 ルーカスが眉を寄せる。 「今、慌てて聖医導師を呼びに行っていますが......ひとまず、ルーカス様もお越しください。そちらのお相手には悪いですけど――って、あ! エルマさん!?」 険しい顔で報告していたマルクが、ルーカスの背に隠れていたエルマに気付き、声を上げる。 彼は逢引などと言っていたくせに、ルーカスとエルマの恋仲を疑うことすらせず――あまりにありえない取り合わせだからだ――、ぱっと顔を輝かせた。 「エルマさん、よかったら我々と来ていただけませんか!? 聖医導師にもいろいろ派閥があって、今日はフェリクス殿下側のいけすかない新人しか駐在していないみたいなんです。彼が来るまでに、エルマさんが手当をしてくれれば、少しは状態も――」 「馬鹿を言うな。それは聖医導師の領分だろう」 言い募るマルクを、ルーカスが遮る。 彼は素早く踵を返すと、早くも事件の現場へと足を向けはじめていた。 「ですがルーカス様。エルマさんなら、その辺の女性と違って血を見て卒倒することもないでしょうし――」 「言っておくが、俺だってこいつ相手に、男だ女だの問題を云々するつもりはないさ。だが、それほどの怪我だというなら、手当などしても意味がないだろう」 必要なのは回復魔法だ。 お姫様の看病で騎士が回復するのは小説や歌劇だけの話で、現実に今求められるのは、確実に傷を癒すことのできる聖力である。 冷静に言い切ってその場を去ろうとしたルーカスだが、その背を、淡々とした声が呼び止めた。 「お待ちください」 眼鏡を反射させた、エルマである。 「二次元と三次元を混同させてはなりません。魔法で怪我が癒えるなどというものは、フィクションですらなくファンタジーだと、私は【貪欲】の兄に教わりました」 「なんだと?」 彼女は、人差し指でブリッジをくいと持ち上げて、さも常識を告げるかのような口調でこう言った。 「普通、大怪我をしたときに必要なのは、祈りよりも―― 「――......おぺ?」 耳慣れぬ言葉に、ルーカスとマルクは顔を見合わせた。

15 14. "Normal" Care (2) Beyond the stained glass, the early summer sun shines lightly on the cathedral. During the day, there were two men and women in a dim space that invited people into the world of meditation. "Hey, give me a colorful answer." One is a tough young man with a light long body, rich black hair and deep blue eyes. Simple shirts and trousers and a dark blue vest embroidered with the Knights emblem on the chest. He was bending over the length and peeking at the person who was pushing him against the wall. "I'm afraid, Your Highness. Your personal space is nearby." In contrast, the other person answers without discouragement. She wears a small body, a black dress, a white apron, and a brim - that is, a maid's uniform, plus thick glasses - and has been responding to the young gently since. As well as the identity of the youth, the identity of the Second Prince Lucas of the Kingdom of Luden and the maid was Elma. "Don't try to deceive me with those words. I mean it. I need you." "Don't deceive yourself with the words of that hand. I don't want to get out of the way." From the appearance and contents of a man whispering to a woman, it seems as if a man and a woman are at first glance playing. However, the reality is that "Why? What is it about belonging to the Knights? It's the way out." "Woman, it is unusual for a person who is not even a civilian to join the Knights." It was a head hunt to the Knights by Lucas. The other day, after Elma showed herself around in a culinary confrontation - no longer known as the First Warriors of Heaven - Lucas touched her and enthusiastically encouraged her to join the group. His current status in the Knights is Squadron Leader. Although it is quite a position in terms of age, it was not born as a second prince, but was acquired by excellent swordsmanship and the popularity built up over time. Though somewhat fond of color, his loyalty to the Knights of Lucas was strong, and he wanted it to grow wholeheartedly. And when I thought about that "development", Elma was a person I wanted so much from my throat. "Something unheard of. If you join the army, it will be a" precedent. "After that, you may have the courage to join the ranks of martial arts women and those who have not benefited from their stature. That way, you're a" normal "woman." "Will you stop developing mysterious theories that aren't even rational?" Elma has no island to attach. I suppose you thought your nature had been discovered to some extent while you were in contact. I don't even pretend to be the first girl to show embarrassment to men. There are some things I think about the cuteness, but more than that, he boiled his business into Elma's stubbornness, and Lucas frowned. "What's your strange attachment to 'normal'? More than that, what are the criteria? When he took me on an excursion, he was the only one who took care of all the members of the regiment. At that time, it seemed like I could ride it." "... that was my mistake in interpreting the textbook differently. Please don't give up." Elma hid her face with her glasses and looked a little bad. According to her "common sense", which she was currently absorbing, it should have been "normal" to "watch the training of the Knights enthusiastically" or "take good care of the injured man". However, with that extension, I accidentally ran out of the deputy captain's swordsmanship during the tour, and I completed the treatment by myself with the intention of taking care of him. As Elma, I was very reflective on that. "Textbook?" "If I wanted to be a normal girl, I had to read this area, and I lent a lot of romance novels." Lucas almost looked up to heaven. You may be kind, but you presented me with a textbook. Irene? Give me a break... If you behave like that, you're not stuck. " "No, I'm afraid the maid of Gerda lent it to me." "That way....! "By the way, Irene prefers a system called thin books." "Thin books? With a suspicious gaze on Lucas, Elma asked while choosing a word. "... by the way, what do you think is the antonym for 'attack'? "Isn't it 'protection'? "- I see. Your Highness and I are talking about a genre that has no connection for a lifetime. Please do not give up the current exchange." For you, I'll be deceived like that. The curious Lucas asked relentlessly, but continued to be distracted, and the nagging Lucas took Elma's arm, "Hey." And Elma, who was staring at the grabbed arm, raised her face and stared at Lucas. "... speaking of which, of the thirty-five books, as many as thirty-three actually had a fierce romantic relationship with the knight who was ruthlessly dealing with the protagonist (heroine). No way..." "Wait, don't confuse two and three dimensions. That's not even fiction. It's fantasy." Lucas quickly let go of his hands when the maid in his gloomy glasses looked at him like, "Wow..." I wonder what these glasses are. They should be hiding their bare faces, but it takes a long time to express their drawbacks. They are no longer beyond the scope of the glasses. "Now it's time to read my facial expressions carefully. Is this the face of a man in love with a woman? "Either way, you see an expression that hides tension and curiosity in front of an unknown creature." "Wow, that's a slight expression." Lucas was confident in the size of the strike zone, but strangely, the girl was not stimulated by any flickering desire at the moment. Curiosity is very intriguing, and I think she's an interesting girl, so why? It may be because of this shameless appearance - or because she has no interest in us as a heterosexual shard. Speaking of which, it was probably the first time that Lucas had shown no interest in his status as the Second Prince, his face, or his body or behavior as a knight. Heterosexuals who can talk without rushing or grudging each other are invaluable. "- Hey, you. Why don't you join the Knights? "I still don't know what it is." Lucas invited her more seriously than ever before, but Elma finally pulled her chin, followed by a smooth approach and picked up the cleaning tools she had on the floor. The prince found out where he was supposed to clean the cathedral. "If that's all you have to say, I'm afraid we can start cleaning the cathedral." "Are you going to sweep all this wide cathedral by yourself? Elma's answers were faint, even when asked in a suspicious voice. "It'll only take a second." "... still joining the regiment..." "Your Highness, please return to Knights training. As we prepare for the succession ceremony for the inauguration ceremony, it is unlikely that the Squadron Captain and I will be able to leave our duties like this." You can squeeze away where you tried to eat. But Lucas laughed hard at it. "It's just a parade rehearsal today anyway. Because I don't know who I am if I wear armor, I have substituted a new fool who tried to ride my horse on his own for punishment. He must have wanted it. So today I am free and fair." It is a slutty sabotage work. It wasn't fair, and Elma tried to get the most out of it, but it happened. Lucas! The door of the cathedral opened in a hurry, and the boy rushed in. He was apparently a knighthood's surname, with a grain of sweat on his shabby face. She wears a navy blue crest vest that is lighter in color than Lucas. Marc, what's going on? You know this place very well. " "You got it, I didn't mean it, I searched for it...! If you want to meet me, please make it more like that, already! The boy called Marc must have stared at us with his glamorous eyes, then squeezed his face and held his fist. "Trouble. The horse that Lucas was supposed to ride suddenly burst out during the parade exercise and sifted off people - Theo, who was acting as a substitute, broke his leg bones. To be clear... it's a terrible injury." What...? Lucas frowned. "I'm in a hurry to call the Doctor of St. Lucas... for now, please come too. I'm sorry about your opponent, but... ah! Mr. Elma!? Mark, who was reporting with a sharp face, noticed Elma hiding behind Lucas' back and shouted. He didn't even suspect that Lucas and Elma were in love - because it was a very unlikely meeting - and he let his face shine. "Elma, would you please come with us!? There are many factions of the Doctor of the Holy Spirit, and today it seems that only the mighty newcomers on His Highness Felix's side are stationed. By the time he gets here, if Elma takes care of me, I'll be in a little bit of a state..." "Don't be silly. That must be the priest's share." Lucas blocks Marc's call. As soon as he turned his heel back, he had begun to move to the scene of the incident. "But, Lucas. Unlike the other women around here, Elma would never see blood and collapse." "To tell you the truth, I'm not going to tell this guy about a man or a woman. But if it's that kind of injury, there's no point in paying for it." All we need is healing magic. Only novels and operas heal knights in a princess's nursing, and what is required in reality is a sacred power that can reliably heal wounds. Lucas calmly tried to leave the scene, but his back stopped with a faint voice. "Please wait" It is Elma, who reflected the glasses. "Don't confuse two and three dimensions. I taught my [greedy] brother that magic heals injuries, not even fiction, is a fantasy." "What do you mean? She lifted the bridge with her index finger and said in a tone as if she were telling common sense. "Normally, when you get seriously injured, you need more surgery than prayer, right? "------Pee? In unfamiliar words, Lucas and Marc looked at each other.

窓から吹き込む爽やかな初夏の風で、指人形を落とされてしまったハイデマリーは、寝台から小さく声を上げた。 拾い上げるべく、床に手を伸ばしながら屈もうとすると、 「こら、マリー。大人しく寝ていてくれと何度言ったらわかる」 横からすいと、がっしりとした腕が伸びてきて、先に掬い取られてしまった。 赤子を片手で抱きかかえたままのギルベルトである。 彼は、すっかり慣れた手つきで子どもをあやしながら――なにせ日に十数時間は自主的に抱っこしているので、実に板に付いている――、もう片方の手で指人形を掲げた。 「こんな細かいものを見つめていたら、目が疲れる。これは仕舞っておくぞ」 「あら、バルドのおもちゃにしようと思ったのに」 「誤飲が心配だ。......それになんだか、呪術的な遊びになってしまいそうな気がする」 監獄一の危険予測機能を持つギルベルトは、ぼそりと不穏な呟きを漏らしながら、早々に指人形を棚の奥底に放り込んでしまう。 ハイデマリーは唇を尖らせたが、取り上げられたのは、王子の衣装をまとったその一体だけだったので、よしとすることにした。 その王子だけは、顔つきがやけに濃くて気に入らなかったのだ。 代わりに、彼女は手元に残った人形を、間取り図の上にきれいに並べてあげることにした。 冠をかぶった王の人形と、黒の女王の人形を、バルコニーでそっと近付けて。 それ以外の色とりどりの人形は、行儀よく家の内側へ。 騎士と侍女の人形は、楽しげな庭へと放してやる。 一際愛らしい姫君の人形だけ、家の内側に入れるか、庭に置くかで悩んだ彼女だったが――、 「......あなたが決めなさい」 ハイデマリーはそっと囁いて、結局その人形だけ、玄関口に立たせることにした。 「今、何か言ったか?」 「いえ、ただの独り言よ」 「本当に? 君は大切な言葉に限って、独り言に閉じ込めようとする。今うっかり聞き逃した言葉が、もしや世界滅亡の呪文だったりはしないか? あるいは最愛の夫への愛の囁きだったりすることは?」 一度妻を失いかけたギルベルトは、今かなり疑い深い。 立ったままくいと顎を掬ってくる夫を、ハイデマリーは微笑んで見上げた。 「ないわね。世界を滅ぼすのに呪文なんていらないし、あなたへの愛の言葉なら目を見て囁くもの」 「......では、独り言に紛れ込ませた遺言ということもない?」 探るような表情を見て取り、ハイデマリーは笑みを苦いものへと変えた。 愛情深い夫を、どうやら自分はかなり追い詰めてしまったらしい。 彼女は、顎を取ってくる手をそっと外すと、それを握り返した。 腕を引き、バルドと名付けた息子を抱えさせたまま、夫を寝台に腰かけさせる。 そうして、彼女はほっそりとした腕で、我が子ごと夫を抱きしめた。 「......ないわ。もう、わたくしに死ぬ理由などないもの」 ギルベルトはじっとこちらを見つめている。 ハイデマリーは肩口に顔を埋めて、目を閉じた。 頬のあたりに彼の首筋が当たり、力強い脈動を感じる。 優しく吹き込む初夏の風。 甘い匂いのする赤子。 寄り添う夫。 まるで絵に描いたような、ありきたりの、「普通」の光景。 「......わたくし、また死に損なったのね」 「生き延びたんだ」 「そうね。そうかも。そして、うっかり勝ち得たこの奇跡のような時間を、平然と、『普通』の日々として、これからも重ねていくのだわ」 いつだって泰然とし、どこか物憂げであった彼女の声。 しかし、生への諦念という、彼女の根幹に横たわっていた価値観が崩されてしまった今、初めて、そこに淡い怯えの色が滲んだ。 「......許されるのかしら」 小さな、声。 彼女が許してもらいたいのは、きっとアウル教が説く神などではない。 その相手を知っているギルベルトは、瞼の裏に、 くぐもった声が、応える。 ややあって、ハイデマリーは顔を起こし、両親に挟まれてすやすやと眠る我が子を見つめた。 知らず、笑みがこぼれる。 バルド。 神の加護という意味を持つ名前。 その神の正体と名は、自分と夫、そしてエルマだけが知っている。 柔らかな赤子の頬を撫でながら、ハイデマリーはもう一度、「そうね」と呟いた。 繋がるはずのなかった命。 続くはずのなかった時間。 途切れるはずだった日常は、時に信じられない幸運を孕んで反転し、時に嘘や偽りの絵の具で繋ぎ目を隠しながら、傍目には平然と続いてゆく。 ただ粛々と紡がれているかに見える日々が、その実、なんという奇跡の上に成り立っているものか。 「ああ。本当に、『普通』というのは、なんて――」 赤子の頬を撫でながらの、小さな囁きは、初夏の風にそっと溶けていった。 同じ頃。 フェリクスの勝利に沸くバルコニー広場のちょうど真逆、使用人用の小さな裏門をひっそりと潜る者があった。 エルマである。 彼女は、今日この日のために三週間ぶりに王城に足を踏み入れ、しかし作戦の成功を見届けると、小さな布鞄だけを持って、さっさと城を去ろうとしていた。 そんな彼女を、二人の人物が背後から呼び止めた。 「待て、エルマ」 「ちょっと......! これ、どういうことよ!」 剣呑な表情を浮かべた、ルーカスとイレーネである。 息を切らしたイレーネは、その手に、銅板で出来た王城通行証を握り締めていた。 エルマが寮の部屋に残してきたものだ。 「どうして......これを置いていくの!?」 「ここに戻って来ることは、きっともう二度とありませんから」 対するエルマの答えは淡々としている。 「なぜ――!」 と咄嗟に声を荒げたイレーネを遮り、久々にお団子髪のメイド姿を取り戻した彼女は、眼鏡で表情を隠したまま、困ったように小首を傾げた。 「なぜ、と言われましても......。この度のことで、私が魔族であるということ、というか一時的とはいえ魔王にすらなりえたということは、多くの方々の知るところとなりました。魔族とは、シャバでは石を投げられる存在。この上この場に留まるのは『普通』ではないと、愚考した次第です」 「そんなの今更じゃない! だいたい、あなたが魔族だと知っても、それでもあなたのことが好きだから、多くの人間が力を貸したわけでしょう!? 現に、あなたが魔族だと言って敵意を向けて来る人間なんて、誰もいないじゃない!」 即座に言い返したイレーネに、エルマはやはり困惑したように顔を俯けた。 「それは、【怠惰】のお父様たちが、事態を曖昧にしてくださったからで......。いずれなんらかのきっかけで、はっきり私が魔族だと認識してしまえば、今回勢いで協力くださった方々も、やがてその重大さに青褪めると思います」 どうやら彼女なりに、シャバの常識だとか、世間への迷惑といったものを考えた結果の行動らしい。 「それに、血まで提供いただいておきながら、のうのうと『皆さまの早とちりでした』と片付けるこの方法が、やはり心苦しくて......。ここはひとつ、けじめとして潔くシャバを去るというのが、普通なのではないかと思うのです」 口調はゆっくりとしているが、決意に満ちている。 真面目な彼女のことだ、途中で思考を前方抱え込み宙返り三回半ひねりさせながら、考え抜いてこの結論に至ったのだろう。 「そう悪いことばかりでもないのですよ。弟のバルドは本当に可愛くて、陛下が認めてくださった休暇だけでは、後ろ髪を引かれすぎてやはり王城に復帰できる気がしません。きちんと退職したうえで、ここで得た経験を生かし、弟を『普通』かつ真っ当に育て上げる......そんな日々を送れたら、それはとても幸せなことです」 そう微笑まれてしまえば、イレーネたちも容易には言い返せない。 ただ、どうしても気になったこの質問だけ、彼女は同僚にぶつけずにはいられなかった。 「......念のため聞くけど、エルマの思う『普通』の子育てってどんなものなの?」 「え? 全然大層なものではなく、本当に普通ですよ。ちゃんと自分の力で、上部マントルからでも食材を確保し、目上の方への敬意と、大陸中にいる配下への統率・配慮を忘れず、ありがとうとごめんなさいを、五十ヶ国語で言えたら、まずはそれでいいかなって。あの子はまだ一歳にもなってませんものね」 「お馬鹿あああああああああああ!」 そして案の定、絶叫する羽目になった。 「いったいどんな非常識生物を育て上げるつもりなのよ! エルマ、あなたやっぱり『普通』が全然わかってないじゃない!」 イレーネが激しくエルマの肩を揺さぶっていると、それまで聞き役に徹していたルーカスが口を開いた。 「確認だが、お前が頑なにヴァルツァーに帰ろうとするのは、魔族はシャバから去るのが普通だと考えたからだな?」 「え? ......はい」 ぐいと近寄られて、エルマがわずかに顎を引く。 ルーカスは「ふうん」と口の端を持ち上げて彼女の腕を取ると、その白い指先に軽く口付けた。 「あ、あの、そのような行動を取られると、いささかトゥンク――」 「前にも伝えたと思っていたが......まあいい、何度でも教え込まないと、馬鹿なお前にはなかなか『普通』が染み込まないようだ」 「『馬鹿』?」 ショックを受けるエルマには答えず、ルーカスはピューイと口笛を鳴らしてみせた。 ――どどどどどど......っ 遠くから地鳴りのような音が響き、それは次第にこちらへと近付いてくる。 その音の正体を見て取って、エルマはぽかんと口を開けた。 「エルマエル様ああああ! ご自身が魔族だから、などという理由で、わたくしたちを捨てないでくださいませえええ!」 先頭にはデボラ。 「お待ちなさい、エルマ! この王城を去る理由なんて、寿退社以外に認めなくてよ!」 『そこ動くなよ、エルマ! つかおまえ、魔族って、正体に意外性がなさすぎんだよ!』 すぐ後ろ、後宮や調理場の方角からはユリアーナとゲオルクが。 「エルマさん、行かないでください!」 『魔族な君も素敵だ、ミューズよ!』 「これを機に、聖魔協定をリードする構想に興味はございませんか、エルマお姉様!」 デニスが、ヨーランが、クロエたちアウレリア学院の生徒が、次々と茂みや柱の陰から姿を現したからだ。 彼らはどれだけ必死に走ってきたのか、皆肩で息をしていた。 「え......なんですかこれ、いったいどんなメカニズム......」 「ふん、日頃の俺たちの気持ちがわかったか。――普通に走って来ただけだ」 意趣返しをばっちり決めたルーカスは、悪戯な少年のようににやりと笑う。 それから、不遜な仕草で小首を傾げた。 「まだまだ来るぞ」 「はい......?」 「彼らはあくまで第一陣。さっきの口笛を合図に、お前を引き留めたい人間は、まだ続々と、絶賛こちらに向かって疾走中だ」 ぎょっとしたエルマを見て、ルーカスはふと表情を真面目なものに戻す。 彼は先程から離さずにいた手を握り直し、囁きかけた。 「これでも、まだ信じられないか?」 「皆、おまえが人の域をいささか逸脱していることなど、とうの昔に受け入れている。それでも、いや、だからこそ、おまえと一緒にいたいんだ」 きっぱりと言い切る。 「いささか逸脱......」と複雑そうに復唱したエルマに、ルーカスは今一歩詰め寄った。 眼鏡を取り去り、こめかみをそっと撫でる。 「あ、あの、殿下、パーソナルスペースが――」 「いい加減に理解してくれないか。魔族だろうが大罪人の娘だろうが、おまえが好きなんだ。そして――」 彼は、エルマの白い手をしっかりと握り締め、不敵な笑みを浮かべた。 「好きな相手が去ろうとしたら、全力で引き留めに掛かるっていうのが、シャバの普通なんだよ」 逃がさない、と言外に告げられ、夜明け色の瞳が大きく見開かれる。 ただし、前回里帰りを一同に引き留められた時とは異なり、今、その大きな瞳には、戸惑い以外の感情も滲んでいた。 「......あの」 「なんだ」 エルマが生まれてしばらくした頃、ハイデマリーが彼女に授けたあだ名は【傲慢】だった。 過大な愛情と歪んだ価値観を、その身にたっぷりと詰め込まれた、監獄の王女様。 家族が注ぐ愛以外の感情に触れ、シャバの普通を学び、少しはその傲慢さも是正できたかと自惚れていたが―― (全然、治ってなんかいませんね) エルマは、頰がじわりと熱を帯びるのを感じながら、呟いた。 「......申し訳ありません」 「なぜ謝る」 「だって......嬉しく、て」 これだけ多くの人に迷惑をかけて、それなのに、彼らが自分を引き留めてくれるのが、嬉しいだなんて。 まるで周囲の寛容さと愛情深さを試すような――なんて傲慢な女。 うぐ、と唇を噛んで黙り込んでしまったエルマの髪を、ルーカスはくしゃりとかき混ぜた。 「――半年だ」 「実際のところ、監獄で女手が足りないのは事実だろう。だから、半年はおまえを返してやる。だが、それ以上は認めん。半年経ったら、絶対に帰って来い。......ついでにその時、弟のことも見せろ」 驚いたエルマが顔を上げる。 ルーカスはイレーネに目配せをし、銅板の通行証を受け取ると、それをエルマに押し付けた。 「忘れないように」 ほっそりとした指が、恐る恐る通行証に触れ、やがて握りしめる。 エルマはそれを胸に押し抱くと、こくりと頷いた。 「はい、ルーカス殿下」 集まってくれた人々は、皆真剣な、けれど温かな表情を浮かべている。 遠く離れたバルコニー広場からは、群衆の歓声が聞こえる。 今また何人か、その広場を離れてこちらに向かってくる一団が見えて、エルマは ああ、自分はこんなにも、この場所に溶け込んでいたのだ。 (シャバでの生活は、なんと難しいものかと思っていましたが――) 気付けば出来ていた自分の居場所。 当然のことのように存在を受け入れ、手を差し伸べてくれる人々。 知らず積み上げられてゆく「普通」の日々は、なんて悩みに満ち、そして、 「なんて、愛おしいのでしょうか......」 目を潤ませ、ルーカスを見上げたエルマに、一同が絶句する。 一拍ののち、彼らはわあっと歓声を上げた。

A refreshing early summer breeze blowing through the window drowned the finger doll, and Hydemarie shouted quietly from the bedside. When you try to bend over with your hand on the floor to pick it up, "Hey, Marie. How many times have I told you to stay asleep?" When I rinsed from the side, my tight arm stretched out and was taken away first. It is a gill belt that holds the baby in one hand. He raised his finger doll with the other hand, whilst pampering the child with a completely familiar hand, which was actually attached to the board because he had spontaneously embraced it for more than a dozen hours each day. "My eyes get tired when I stare at such a fine thing. Let's get this over with." "Oh, I thought I'd make it a Baldo toy." "I'm worried about accidental ingestion.... and I feel like it's going to be kind of a magical play." Gilbert, the prison's most dangerous predictor, quickly threw his finger doll into the bottom of the shelf, whispering a sleigh and disturbing murmur. Hydemarie sharpened her lips, but it was only the one in the prince's costume that was taken away, so I decided to finish. The only prince I disliked was his face, which was so dark. Instead, she decided to arrange the remaining dolls neatly on the floor plan. Slowly approach the crowned king doll and the black queen doll on the balcony. Otherwise, the colorful dolls come to the interior of the house with manners. The knight and maid doll will be released into the pleasant garden. She was worried about whether to put the adorable princess doll inside the house or in the garden. "... you decide." Hydemarie whispered softly and finally decided to let the doll stand at the front door. "Did you just say something? "No, I'm just talking to myself." "Really? You try to confine yourself to something important. Wouldn't it be a spell of world annihilation that I missed? Or a whisper of love for your beloved husband? Gilbert, who once lost his wife, is now quite suspicious. Hydemarie smiled and looked up at her husband, who stood still and shook his chin. "I don't think so. I don't need a spell to destroy the world, and the words of love for you are what I whisper with my eyes." "... is it not a will that gets you mixed up in your own words? Seeing an exploratory expression, Hydemarie turned her smile into a bitter one. Apparently, I've hunted down my loving husband a lot. She gently took off her hand to get her chin and grabbed it back. Pull your arms and let your husband sit on the bed with his son named Bardo in his arms. So she hugged her husband with her slender arms. "... no. I have no reason to die anymore." Gilbert is staring at us. Hydemarie buried her face in her shoulders and closed her eyes. His neck hits around his cheeks and feels a powerful pulse. A gentle early summer breeze. Sweet smelling baby. A close husband. A picturesque, "normal" sight. "... I'm dying again." I survived. "I see. I see. And we're going to keep this miraculous time that we've inadvertently won as a" normal "day." Her voice was always taunting and somehow distressing. However, for the first time now that the values that lay at the root of her abandonment of life had collapsed, there seeped a pale color of fear. "... can I be forgiven?" Little voice. I'm sure she doesn't want to be forgiven by the gods of Auruism. Gilbert, who knew his opponent, nodded "Ah" thinking of his (...) straight smile behind his eyelids. Your muffled voice answers. Slightly, Hydemarie woke up and stared at my child, who was sandwiched by her parents and slept quietly. Don't know, smile spills. Bardo. A name with the meaning of God's blessing. Only myself, my husband, and Elma know the identity and name of that God. While stroking the soft baby's cheeks, Hydemarie once again whispered, "Yes." Life that could not have been connected. Time that could not have lasted. Daily routines that were supposed to be interrupted sometimes turn upside down with incredible luck, sometimes hiding the connection with a lie or a false paint, and then continue flat next to it. What miracles are built on the fruits of the days that seem to be solemnly spinning? "Oh, really, what do you mean, 'normal'?" While stroking the baby's cheek, the little whisper melted gently into the early summer breeze. About the same time. Just the opposite of Felix's victorious Balcony Square, there was a sneak dive through the servant's little back gate. It's Elma. She stepped into the royal castle for the first time in three weeks for the day today, but when she saw the success of the operation, she was about to leave the castle with only a small cloth bag. Two people stopped her from behind. Wait, Elma. "Hey....! What the hell is this? Lucas and Irene had a keen look on their faces. Breathless Irene was holding the royal castle pass made of copper in his hand. Elma left it in the dorm room. "Why... why are you leaving this!? "I'm sure I'll never come back here again." Elma's answer to the question is faint. "Why!" and aggressively blocked Irene's voice and quickly regained her maid's appearance as a dumpling hair. She leaned her head in trouble, hiding her expression with her glasses. "I don't care why... This time, it became known to many that I was a demon race, or that I could even become a demon king temporarily. A demon tribe is a person who can throw stones in Shaba. It's up to the fool to think that it's 'normal' to stay here." "No, not now! I mean, even if I knew you were a demon, I still liked you, so a lot of people helped you!? In fact, there is no one who calls you a demon and turns his back on you! Elma leaned down as if confused to Irene, who immediately replied. "That's because [laziness] 's fathers obscured the situation.... If I am clearly recognized as a demon tribe for some reason, I think the people who helped me this time will eventually fade to its gravity." Apparently, it was her behavior as a result of thinking about things like common sense and public annoyance. "Besides, it's still very difficult to deal with this way of saying 'it was everyone's early birthday' while you provided me with blood... For one thing, I think it's normal for you to leave Shabaa purely as a joke." The tone is slow, but full of determination. Seriously, she must have thought through and come to this conclusion while holding her thoughts forward and twisting them three and a half times. "It's not all that bad. My brother Bardo is really cute, and I don't feel like I can go back to the royal castle with too much back hair just from the holidays that His Majesty has admitted. After retiring properly, I will take advantage of the experience gained here and raise my younger brother" normally "and honestly... it would be very happy if I lived those days." If they smile like that, Irene and the others can't easily say it back. However, the only question that really bothered her was that she had to bump into a colleague. "... just in case, what does Elma think of 'normal' parenting? "Huh? It's not big at all, it's really normal. If you can properly secure the ingredients from the upper mantle with your own strength, and remember to respect the person in front of you and to lead and take care of the people in the continent, and say thank you in 50 languages, first of all, can you do that? She's not even a year old." "Idiot! Then, it turned out to be a screaming feather. "What insane creatures are we going to raise? Elma, you still don't understand" normal "at all! As Irene shook Elma's shoulders violently, Lucas, who had listened before, opened his mouth. "Just to be clear, what are you trying to do to get back to Valzer because you think it's normal for the Demons to leave Shaba? "Eh?...... yes" As she approached, Elma pulled her chin slightly. Lucas lifted up the edge of her mouth and took her arm, gently mouthing her white fingertips. "Ah, you know, if you take such action, I don't want you to tunk-" "I thought I told you before... well, if you don't teach me again and again, it's hard for a fool like you to get into 'normal'." "Idiot? Without answering the shocked Elma, Lucas whistled with Puy. --How much..... From afar, the sound of the earthquake will sound, and it will gradually approach us. Looking at the sound, Elma opened her mouth softly. Elmael-sama! Please don't abandon us because you are a demon! At the beginning, Deborah. "Wait, Elma! I don't have to admit why I'm leaving this castle except for my retirement! Don't move, Elma! I can't believe you, the demon tribe is too unexpected about who you are! Shortly behind, Juliana and Geolk are in the direction of the backyard and the kitchen. "Elma, please don't go! You're a good demon too, Muse! "Would you be interested in taking this opportunity to lead the Holy Magic Agreement, Elma Sister! Dennis, Joran, Chloe and Aurelia students appeared behind bushes and pillars one after the other. They were all breathing on their shoulders how desperately they had been running. "Eh... what kind of mechanism is this...?" "Hmm, do you understand how we feel about everyday life? I just came running normally." Lucas smiles like a naughty boy. Then he leaned his head in a rude manner. There's more coming. "Yes...? "They're only the first. The man who wanted to hold you with the whistle just now is still running towards us admirably." Looking at a glimpse of Elma, Lucas turned his expression back to being serious. He held back his hand and whispered. "Still can't believe this? "Everyone has long accepted that you are slightly outside the realm of man. Still, no, that's why I want to be with you." I'll be clear. Lukas is now stuck in Elma's complicated repetition of "a slight deviation..." Remove the glasses and gently stroke the temples. "Ah, uh, Your Highness, there's a personal space..." "Can you please understand? I like you, whether you're a demon or a sinner's daughter. And..." He squeezed Elma's white hand firmly and smiled invincibly. "When someone you like leaves, it's normal for Shabaab to do everything in his power to retain them." I was told not to let him escape, and his dawn eyes were wide open. However, unlike the last time we were held together on our way home, the big eyes now seeped with emotions other than confusion. "... um..." "What is it?" Some time after Elma was born, the nickname Heidemary gave her was [arrogance]. A prisoner princess filled with overwhelming love and distorted values. I felt emotions other than the love my family poured into me, and I was so proud that I was able to learn about Shabaab's normal and correct his arrogance a little bit. (It hasn't healed at all.) Elma murmured as she felt her cheeks slightly feverish. "... I'm sorry." "Why apologize?" "Because... I'm so happy." I can't believe I'm glad they're keeping me, even though it bothers so many people. It's like testing the tolerance and love around you - what an arrogant woman. Ugh, I chewed my lips and stirred up Elma's hair with lucas. "Six months." "In fact, it's true that there aren't enough women in prison. So I'll give you back six months. But I won't admit it any more. After six months, you will definitely come back.... and show me your brother." Elma raised her face in surprise. Lucas gazed at Irene and received a bronze pass, pressing it against Elma. "Don't forget." A slender finger touches the fearful pass and eventually grips it. Elma pressed it into her chest and nodded. Yes, Your Highness. All the people gathered have serious but warm expressions. Far away from the balcony square, you can hear the crowd cheering. Now that a few more people were seen leaving the square and heading towards us, Elma bit her lips in the face. Oh, I've been blending into this place so much. (I thought it would be difficult to live in Shaba.) I would have known where I was. People who accept existence and reach out like they deserve it. "Ordinary" days piled up without knowing how troublesome they are, and "What a lovely thing..." Elma, who moisturized her eyes and looked up at Lucas, muted herself. After a beat, they cheered.

31.シャバの「愛」はもどかしい(1) 収穫祭当日、秋空はどこまでも澄み渡り、町では至る所で人々の陽気な歌声が響いていた。 日頃は禁欲的にぶどうを作りつづける彼らも、この日ばかりは早摘みぶどうで仕込んだワインで酔っぱらい、周囲と情熱的なハグや踊りを交わす。 畑に至る農道には、豊穣を表す秋の花が咲き乱れ、町の中央に押し寄せる女性たちも、花や木の実をあしらった冠を被っていた。 教会と噴水の設えられた領地の中央広場には、多くの露店とそれを目指す人々でごった返し、フレンツェルはこの日、ささやかながらも、辺境の土地に許された最大の盛り上がりを見せるのであった。 ――いや。 こと今年の収穫祭については、「ささやかながら」との描写では到底収まらない賑わいを見せる一画があった。 領主の肝煎りで、急遽市に出店を構えることになったエーリヒたちのいる場所がそれである。 エーリヒといえば、不幸にも魔蛾に襲われ、実りの多くを腐らせてしまった家の主だ。 彼の一家は、皆一様に顔つきこそ厳めしいが、義理堅い性格と丁寧なぶどう作りで周囲からも一目置かれており、そんな彼らが災害に接したということで、人々は同情も露わに、冬を越すための食料やワインを分けてやるつもりで、続々とエーリヒが出したという露店のもとへと押しかけていた。 恐らくは、失ったぶどうの代わりに、妻がこしらえた内職の品でも販売するのだろうから、ここはひとつ援助の意味も込めて、品物を買ってやらなくては――と、そんな思いで。 が、実際のところ、店の前に佇むエーリヒの表情はこれまでにないほど輝いている。 彼の家族も、自分より先にやって来ていた彼の友人たちも、沈鬱な雰囲気を漂わせるどころか、むしろ強い興奮をまとわせていたので、後から来た領民たちは不思議そうに顔を見合わせた。 不思議といえば、この店の作り自体が不思議である。 まず、「露店」というには違和感があるほど、全体を巨大な布で覆われている。 間取りも随分広いようで、横幅だけで周囲の店の五軒分、高さに関しては、教会の尖塔にも及びそうなほどであった。 中でなにが売られているのかは、布の外からではわからない。ただ、相当分厚いのだろう布越しにでも、ときおり「おおおおお......!」とか「うわああああ......!」といった、どよめきや歓声が聞こえてくるので、人々はますます首を傾げた。 そして、なぜか得意顔のエーリヒが促すままに――同情すべき相手から、意味深に微笑まれるとはどういうことだろう――天幕とも呼べそうなその布をめくり、 人々はそこで絶句した。 布の内側、薄暗い空間の中にあったのは、あまりに異様な光景であった。 まず視界に飛び込んでくるのは、熱気を漂わせ、ぎゅうぎゅうに詰め込まれた観客。 きっちり張られたロープの外周に、ほとんど腹を食い込ませるように一心に中央の、一段高くなったあたりを見つめている。 普段あまり見たことのない顔であることから察するに、どうやら、日ごろフレンツェルを辺境の土地と馬鹿にしてくるわりに、祭りのときだけ冷やかしにくる観光客たちのようだった。 観光客が、見物に乏しいフレンツェルの露店ごときに集まっているというのは、なんとも不思議なことである。 さて、彼らが食い入るように見つめる先――「舞台」とも呼ぶべきスペースには、なぜか簡素な寝台が置かれ、その上に天井から取り込んだ陽光がまっすぐに降り注いでいる。 嫌が応でも注目せざるをえないその場所では、今、老いさらばえ、お世辞にも美人とはいいがたい老女と、メイド服に身を包んだ、眼鏡姿の冴えない少女が立っていた。 たしか老女のほうは名をベルタと言い、偏屈で意地が悪く、ここら一帯でも評判の悪い、落ちぶれた商家の未亡人だ。 「――それでは、こちらのヨーナス様特製ミドリムシを使用した酵素ジュースを、よくご覧ください」 メイド服の少女は、そのぱっとしない外見からは想像もつかない、凛と美しい声で告げる。 そうして、 「こちらを数口、ベルタ様に含んでいただき――はい、種もしかけもございませんよ――、次に、この通り、彼女に寝台に横たわっていただきます。......三、二、一――」 「ああああああっ!」 次の瞬間、少女が老女の身体に手をかざし、激しく全身を叩きはじめた。 老女が凄まじい絶叫を上げるので、後から入ってきた領民たちはぎょっとして肩を揺らす。 なんだここは。 老女に虐待を加え、それを見て愉しむ、おぞましいショーでもしているのか―― だがその疑念は、 「あああ感じる......! 大いなる宇宙の息吹、その厳しく壮大なる風の旅の果てに迎えられた母の腕の力強さにも似た愛と温もりと約束の地に枝を張り優しき木漏れ日を落とす巨木の脈動に寄り添う小動物たちの奏でる 「ベルタさんのチャクラが開いたあああああ!」 当の本人の生き生きとした叫びと、周囲のどよめきによって吹き飛ばされた。 「............!? ............!? ............っ!!??」 が、疑念が吹き飛ばされて生まれた思考空間の余裕には、それ以上の疑問が次々と湧き上がる。 いったいなにが起こった、チャクラとはなんだ、なぜ観衆たちはこんなにも熱狂している。 そしてもうひとつ。 がばっと寝台から身を起こしたベルタが、豊かな栗色の髪と、輝かんばかりの肌をした妖艶な女性に早変わりしていることに、彼らは絶叫した。 肌は張りがありながらも、その瞳は確かな経験に裏打ちされた、しっとりと潤むような光を帯び、艶めかしい。 まさに熟女の貫禄を漂わせる美魔女に、その場にいた多くの男性がごくりと喉を鳴らした。 これはいったいなんだ。 大道芸――人の外見を変える曲芸か、はたまた集団に幻覚を見せる手品なのか。 しかし、舞台で繰り広げられる「ショー」は、それだけにとどまらなかった。 「さて、ご喝采。ベルタ・マイスナー様は見事体内に溜めていらしたアーマを排出し、トリ・ドーシャの調和を取り戻すことによって、新たなる、そして本来の彼女の姿を取り戻しました。美しきベルタ様に、ふさわしい新たな装いを!」 「きゃああっ! なんて素敵なドレス!」 眼鏡姿の侍女がさっと腕を振った途端、曲芸師も真っ青の素早さで、ベルタの衣装がたちまちすり替わる。 古びた薄墨のドレスの代わりに出現したのは、遠目からも美しい絹のドレスで、背や二の腕の辺りは透かし編みされ、ベルタの妖艶さを、下品にならないぎりぎりの大胆さでもって演出していた。 その繊細な意匠、斬新なデザイン、なにより布それ自体の美しさに、女性陣が一様に溜め息を漏らす。 いったいどんな高品質の糸を使っているのか、布は虹色がかった不思議な艶を湛え、角度によって微妙に色彩を変えながら、見る者を飽かず誘惑するのであった。 「お美しいベルタ様に、祝福あれ!」 侍女がさっと片手を上げると、隅に控えていた領主の息子・ケヴィンが――なぜか領主親子はこのテントの片隅に佇んでいたのだ――素早く右腕を掲げ、ぶんぶんと何かを振り回す。 細く強靭な糸に括りつけられたそれは、どうやらオカリナのような形をしているようだが、不思議となんの音も聞こえない。 首を傾げそうになったその瞬間、 頭上から突如として唸るような羽ばたきが聞こえ、視線を向けた人々はぎょっと息を呑んだ。 「な、なんだ......!? 蝶......!?」 そこには、透き通るような翅をもった美しい虫が、群れを成していたのだ。 ぶどう畑を守ってきた彼らは、羽音からとっさに魔蛾を連想して身構えるが、しかし優雅に宙を舞うそれらからは、彼らの知る魔蛾のおぞましさなど欠片も感じられない。 翡翠色をした翅は陽光を透かしてきらめき、時折ふわりと舞う鱗粉は、まるで金の粉のように光り輝きながら穏やかに人々に降り注ぐ。 本物の蝶であっても、これだけの群れとなれば本能的に恐怖を抱こうものだが、目の前のそれらは恐ろしく統制の取れた穏やかな動きをしているせいか、はたまた、純粋に美しいせいか、観衆はただぽかんと口を開けて、その奇跡の光景に見惚れた。 「なんて、美しい......」 「まるで、天からの使徒がベルタさんを祝福しているみたいだわ......」 薄暗い空間、密集した観客。 一か所に集中する 絶妙に組み合わさったそれらの要素は、観客たちの冷静な思考力を容易に奪い、代わりに興奮と熱狂とを埋め込んだ。 「こんな見事なショー、見たことねえぞ......!」 「ああ、毎年楽しみにしてた王都からの大道芸すら、これに比べりゃ子どもの遊びだぜ......!」 人々は周囲に引きずられ合いながら、徐々に感情のボルテージを高めていく。 とそこで、舞台の中央にいた侍女が、おもむろに眼鏡のブリッジを押し上げた。 「それでは只今より籠を回させていただきますので、皆さまのお気持ちを込めていただけますと幸いに存じます」 彼女は思わせぶりな間を置いてから、いたずらっぽく付け加えた。 「もしまた、籠の中身がこぼれるほどのお気持ちを込めていただけましたなら、僭越ながら、もっともお気持ちの強かったそのお一方を、バタフライ・全身デトックスコースにご招待させていただきましょう。もちろん男性も有効です」 「あなた、払って! さあ払うのよ! ほら! ポケットの中身まで全部出して!」 「おい、てめえら! 俺の家まで走って、有り金全部持ってこい!! さあ! 今すぐにだ!!」 人々は目の色を変えて財布のひもを緩めはじめた。 観衆が籠に叩きつけんばかりの勢いでチップを払う図など、もちろん誰にとっても初めてのことだった。 しかし、その異様さに、後から入ってきた領民たちもまるで思い至ることがなく、気付けば彼らも懐を漁りはじめていた。 と、最前列を回されただけの籠が、早くもその中身を溢れさせてしまった時点で、舞台上の侍女がまた口を開く。 「皆様の熱いお気持ち、痛み入ります。本当でしたら、皆さまに感謝の気持ちを込めデトックスを施したいところですが、なにぶんこの人数。その願いは到底叶いません。ですので――」 「本日限り特別に、このヨーナス様特製『ミドリムシ酵素 ※パウダータイプ』を販売させていただきます」 人々が絶叫した。 「限定五十名様です」 「今から三十分のみ、特別に二十パーセントのディスカウント」 「うおおおおおおお!!」 「お買い上げの方の中から抽選で、特別にバタフライ・シルクのマダム・バタフライ・ドレスをプレゼントさせていただきます。こちらは限定五名様」 「うおおおおおおおおおお!!!」 もはや人々は狂乱の渦に叩き込まれつつあった。 血相を変え、狂ったように全身から金目のものを取り出しては、「お買い求めの方の列はこちらです」と指し示された方向へと突進していく。 友人や恋人すらをも押し合い、殺気だった形相で金を支払わんとする人々の頭上には、熱気からなるきのこ雲が形成されようとしていた。 「皆さま! どったんばったん騒がず一列に並んでくださいませ!」 「そこ! 線から前には出ないでくれ! 押さない・駆けない・ファビュラスに並ぶのが鉄則だぞ!」 よほど事前に入念にシミュレーションを重ねたのか、フレンツェル姉弟が素早く人々に指示を飛ばし、列を整える。 ヨーナスもまた、厳めしい顔で「最後尾はこちら」の看板を掲げている。 五分もせぬうちに「バタフライシリーズ」と名付けられたそれらの美容グッズは完売し、場内は歓喜に沸く勝者と、地面に蹲り涙を流す敗者とに二分された。 「――凄まじい光景だな......」 騒ぎが一段落したのを見計らって、天幕の外からそろりと布をめくったルーカスは、そんな引き攣った呟きを漏らす。 「朝九つの鐘と同時に始めて、これでもう三回目のショーだというのに、盛り上がりは収まるどころかますます加速しているようだ」 「初回から三連続で参加している『お客様』もいますものね......。よほどミドリムシコスメ、およびシルクコスチュームが欲しいのですわ。あ、エルマが今、くだんの観客に四回目の最前列優先券を渡しましたね」 ルーカスと同じく、天幕の中を覗き見していたイレーネは、首を振りながら嘆息した。 「あの子なりの慈悲なのでしょうけれど、むしろこの泥沼のように人を引きずり込み、金を搾り取る恐るべきショーからは、解放してやるのが優しさのような気もいたしますわ......」 「同感だ」 ルーカスも首肯する。 そう、ミドリムシを主成分としたコスメティック・マーケット――略してコメケ――は、魔蛾によって被害を受けたエーリヒを救済するために、エルマが発案したものだったのだ。 コンセプトは、「魔蛾とともに幸せになろう」。 魔蛾のことを禍をもたらした敵とみなすのではなく、そこから立ち直るための足掛かりとして捉えなおし、ぶどうの収穫で得られるはずだった、いや、それ以上の儲けや幸福を手に入れようといったものだ。 具体的には、魔蛾を使ったデトックス・ショーと魔蛾グッズの物販を組み合わせることによって、購買意欲にダイレクトアタックをかます試みである。 が、ルーカスからすれば、エルマは「魔蛾と」幸せになるというよりは、「魔蛾で」幸せになっているように思われる。 魔蛾を使った実験によってミドリムシの解毒性をさらに強化し、超音波を発する笛をケヴィンに与えることで完全に群れを操り、果てには魔蛾が番って産んだ幼虫までをも動員してせっせと繭玉を作らせる―― その搾取ぶりは実に徹底しており、使用人や奴隷の所持にさほど抵抗のないルーカスたち王侯貴族ですら冷や汗が浮かぶほどだ。 一応、枝を腐らせた卵も「保護」して幼虫に育て、それらを茹でずして絹糸を取り出す方法も編み出したあたり――どうやら、イレーネあたりがやたら「虫を茹でないで!」と叫んでいたのを真に受けたようだ――、害虫すら殺さぬ慈悲深さ、と言えなくもないのだが、永遠に搾取され続ける人生、いや蛾生を強いるというのは、もしかしてそちらの方が残酷なのではないのか。 が、ケヴィンの証言では、「むしろ魔蛾も、嬉々として搾取されに行っているようです」とのことなので、当事者同士としてはそれで問題ないのかもしれない。 ルーカスは「幸せとはなんだろう」という哲学的な問いを、この日も胸に抱かずにはいられなかった。 「エルマに魅入られた者たちの、これが末路か......」 なんとなくうすら寒いものを覚えて、ぼそっと呟く。 イレーネがなんとも言えない顔で重々しく頷くと、そこに物販を終えたエルマとフレンツェル一家がやってきた。 一家はさすがに疲労の表情を浮かべはじめていたが、エルマは淡々と、天幕の前での入場整理を担当していたエーリヒたちを労うと、麻袋に移し替えた収益金を差し出した。 「お納めくださいませ、エーリヒ様。こちらが一回目から三回目までのショーで得た、皆さまからの『お気持ち』でございます」 「お......おう......!」 受け取るエーリヒの腕が震える。 農家として、生活の多くを物々交換に近い形で賄ってきた彼としては、これだけの大金に触れるのは初めてのことだ。 麻袋はかなり大ぶりで、中身も紐が閉められないほどにたっぷりと収まっている。 これがすべて小銅貨だとしても、結構な金額だ。 さぞ心地よい重みがするのだろうなと思いながら受け取り、 エーリヒは、想像をはるかに上回る重量に、たまらず袋を取り落とした。

63 31. Shaba'S "Love" Is Disgusting (1) On the day of the harvest festival, the autumn sky was clear, and people's cheerful singing echoed everywhere in the town. They make grapes abstinently on a daily basis, and on this day they are drunk with wine prepared from early picking grapes, with passionate hugs and dances with their surroundings. On the farm path leading up to the field, autumn flowers that represented abundance bloomed, and the women who pushed toward the center of the town also wore crowns with flowers and tree nuts. In the central square of the church and fountain establishments, many stalls and aspiring people turned around, and on this day, Frenzel whispered but showed the greatest excitement allowed in the surrounding lands. - No, I don't. Regarding this year's Harvest Festival, there was a painting that showed the bustle that would not fit into the description of "whispering". This is where Erich and the others quickly set up a shop in the city because of the lord's grill. Speaking of Erich, he is the owner of a house that was unfortunately attacked by a magic moth and rotted much of its fruit. His family was tough on everyone's face, but it was also seen from the surroundings with a robust personality and careful grape making. As a result of their disaster, people were showing sympathy and pushing to the stall that Erich had served food and wine for the winter. Perhaps instead of the lost grapes, they will also be sold as a domestic product provided by my wife, so I have to buy them with a sense of assistance here - that's what I think. But in fact, the expression of Erichi standing in front of the store is shining like never before. His family and his friends, who had come before him, rather than creating a depressing atmosphere, had a strong excitement, so the people who came after him looked strangely. Speaking of wonders, the very creation of this shop is strange. First of all, the more uncomfortable the "stall" is, the more it is covered with a huge cloth. The space seemed to be quite wide, and the width alone was five houses of the surrounding shop, and the height was as high as the spire of the church. I don't know what is sold inside from outside the cloth. However, it must be quite thick, but sometimes over the cloth, "Ooh...!" or "Wow ahhhh...! People leaned more and more as they heard a roar and cheer. And somehow, at the urging of Erich, a good face - what does it mean to be smiled deeply from a sympathetic opponent - he turned the cloth, which could be called a tent, The people were uttered there. What was inside the cloth, in the dim space, was a very strange sight. The first thing that jumps into sight is a crowded audience filled with enthusiasm. Looking at the outer circumference of the tightly tensioned rope, he looks at the center, which is much higher, almost as if it were eating his belly. It seemed like tourists who only chilled out during festivals, rather than making fun of Frenzel's surrounding lands on a daily basis, based on his unusual face. It is strange that tourists are gathered at Frenzel stalls, which are scarce to see. Now, in the space that they should also call the "stage", where they stare into, there is somehow a simple bedding on which the sunlight from the ceiling falls straight down. In that place, which had to be noticed even if she didn't like it, there was now an old woman who was old and flattered as a beauty, and a girl with glasses who was wearing maid clothes. It is true that the old woman's name is Berta, and she is the widow of a discredited merchant who is biased and ill-conceived and has a bad reputation in this area. "--Now, please take a closer look at this enzyme juice made with Yonas-sama specialty midrimushi." The girl in the maid's clothes told Rin with a beautiful voice that could not be imagined from her unexpected appearance. In this way, "Please include this in a few mouths - yes, there are no seeds or seeds - and then you will have her lie on the bed on this street.... three, two, one..." "Ahhhhhh! The next moment, the girl put her hand against the old woman's body and began to slap her body violently. The old woman screams so loudly that the folks who come in later shook their shoulders. What the hell is this place? You're abusing an old lady, watching it and enjoying it, and doing a horrible show? But the suspicion is, "Ahhh, I feel it....! Love and warmth, similar to the strength of Mother's arm, welcomed at the end of her journey of great universe breath and magnificent wind, and the hymns of life (life) played by the small animals who hang branches on the land of promise and fall gently into the pulse of the giant tree leakage day. "Belta's chakra is open! It was blown away by the vibrant screams of the person and the stirring of the surroundings. ............ ............ ...!!?? However, more questions arise one after the other in the margin of thought space created by the blowing up of doubts. What the hell happened, Chakra? Why are the audience so enthusiastic? And one more thing. They screamed that Berta, who woke up from her bedside, was rapidly turning into a gorgeous woman with rich chestnut hair and shiny skin. While the skin is tense, its eyes are moisturized and glossy with moisturizing light backed by a solid experience. Many of the men on the spot shouted their throats at the beautiful witch who was drifting with a mature woman. What the hell is this? Boulevard - Is it a trick that changes the appearance of people, or is it a trick that shows hallucinations to a group again? However, the "show" that could be played on the stage went beyond that. "Well, applause. Berta Meisner regained her new and original appearance by expelling her amazing accumulated armor and restoring Tri Dosha's harmony. A new outfit for the beautiful Belta! "Haaah! What a lovely dress! As soon as the maid in glasses waved her arms, the curator also quickly changed her Belta costume with a bright blue speed. Instead of the old thin ink dress, it appeared as a beautiful silk dress from afar, with the back and arms braided in a watermark, showcasing the serpentine gloss of Berta with the boldness of not being vulgar. Its delicate design, novel design and, above all, the beauty of the fabric itself exhale the female team uniformly. What kind of high-quality yarn is used? The cloth exuded a mysterious rainbow-colored gloss, changing the color subtly by the angle, and seduced the viewer without wearing it. "Bless you, beautiful Bertha! As the maid quickly raised one hand, the lord's son Kevin, who had stood in the corner - somehow the lord's father and son stood in the corner of this tent - quickly raised his right arm and swinging something around. It is enclosed in thin, tough thread, which apparently has the shape of an ocarina, but I can't hear any strange sound. The moment I was about to tilt my neck, A sudden roaring feather was heard from above, and the people who turned their gaze breathed a little. "Nh, what...!? Butterfly...!? There was a herd of beautiful insects with clear wings. Having defended the vineyards, they pose themselves in reminiscence of the moth from the feathers, but they dance gracefully through the universe without feeling any shards, such as the ghost of the moth they know. Emerald wings glisten through the sun, and occasionally fluffy scales glow gently down on people like golden powder. Even if they were real butterflies, if they were such a herd, they would instinctively be fearful, but the audience simply opened their mouths and fell in love with the miracle scene, whether because they were doing terribly controlled and calm movements in front of them, or because they were purely beautiful. "How beautiful..." "It's like an apostle from heaven is celebrating Bertha...." Dark spaces, dense spectators. A gorgeous butterfly dance that makes you suddenly transform into a beautiful woman and even feel a miracle when you focus on the sunlight (spotlight) in one place. These exquisitely combined elements easily robbed the audience of their sober thinking power and instead embedded excitement and enthusiasm. "I've never seen such a stunning show...! "Ah, even the boulevards from King's Landing I've been looking forward to every year are more fun for children than this....! People gradually increase their emotional volatility as they are dragged around each other. And so the maid in the center of the stage pushed up the bridge of the glasses. "Now I'm going to turn the cage, and I'm glad to hear your thoughts." She added naughtily after putting aside an impudent time. "If you feel like spilling the contents of the cage again, I would like to invite you to the butterfly full-body detox course, the one with the strongest feeling of arrogance. And of course, it works for men." "You, pay! Come on, pay up! Come on, get it all out of your pockets! "Hey, guys! Run to my house and bring me all the money!! Come on! Now!! People began to loosen the purse by changing the color of their eyes. Of course, it was the first time for anyone, such as a diagram of the audience paying a chip with the momentum of just banging on the cage. However, the people who came in later were unexpected by the anomaly, and when they realized it, they were beginning to fish. The maid on the stage opened her mouth again when the cage that had just been turned around the front row had overflowed its contents as soon as possible. "It hurts your hot feelings. If it is true, I would like to detox you with gratitude, but this number is probably the number. The wish will never come true. So..." "For today only, we will sell this Yonas-like special" Midorimushi enzyme * powder type "." People screamed. "Fifty people only." "Only 30 minutes from now, special 20 percent discount" "Uh-oh!! "A special Madame Butterfly Dress in Butterfly Silk will be presented to you by lottery from among the buyers. This is limited to five people." "Uhhhhhhh!!! People were no longer being knocked into the vortex of frenzy. Change the bloodline and take out the gold from your body like crazy, rushing in the direction indicated by "Here's the line of people who want to buy it." Even friends and lovers were pushing each other, and a mushroom cloud of enthusiasm was about to form over the heads of people who would not pay the money in the form of a killer spirit. "Ladies and gentlemen, please do not make any noise and line up! "There! Don't get out of the line! Don't push, don't run, line up with Fabulous! The Frenzel sisters and brothers quickly fly instructions to people and arrange the line, so carefully simulated in advance. Yonas also put up the sign "This is the rear end" with a tight face. In less than five minutes, those beauty goods, named "Butterfly Series", were sold out, and the venue was split between the joyful winner and the loser who squatted on the ground and shed tears. "--What a sight...." Seeing the noise come to an end, Lucas turned his cloth from outside the tent and leaked such a cramped murmur. "Starting with nine bells in the morning, this is the third show, but the excitement is not stopping, it seems to be accelerating." "There have been three consecutive 'customers' who have participated since the first time... I really want a mid-rim shikome and a silk costume. Ah, Elma just gave your audience a fourth front-line priority ticket." Like Lucas, Irene, who was peering into the tent, sighed as she waved her head. "It may be her mercy, but rather, I feel kind enough to let you go from the terrible show of dragging people into this muddy swamp and squandering money..." "I agree." Lucas agrees. Yes, the Cosmetic Market - abbreviated as Komeke - was designed by Elma to save Erich, who was damaged by the moth. The concept is, "Let's be happy with the moth." Instead of treating the moth as an enemy that caused harm, it should have been seen as a stepping stone to recover from it, and it could have been harvested with grapes, no, it was trying to earn more money and happiness. Specifically, it is an attempt to cheat a direct attack on purchasing motivation by combining a detox show using a magic moth with a merchandise sale of magic moth goods. However, from Lucas' point of view, Elma seems to be happier with the "Magic Moth" than with the "Magic Moth". Experiments with moths further enhance the detoxification of middlings, and by giving Kevin an ultrasonic whistle, he completely manipulates the herd, and eventually mobilizes even the larvae that the moths are producing to make cocoon balls. The exploitation is so thorough that even the royal nobles of Lucas, who are less resistant to the possession of servants and slaves, have a cold sweat. After all, the eggs that rotted the branches were also "protected" and raised in larvae, and they were not boiled and the silk threads were taken out - apparently, around Irene, "Don't boil the insects! I can't help but say the mercy of not even killing pests, but it is probably more cruel to force moths to live a life that continues to be exploited forever. But Kevin's testimony said, "Rather, the magic moth seems to be happily being exploited," so it may not be a problem between the parties. Lucas couldn't help but ask a philosophical question: "What is happiness?" "This is the end of those who were fascinated by Elma...." Somehow she remembers something cold and mutters softly. Irene nodded heavily with an unspeakable face, and Elma and the Frenzel family who had finished shopping arrived there. The family had just begun to look tired, but Elma worked indifferently to organize the entrance in front of the tent and gave away the proceeds that had been transferred to the sack. "Please pay, Mr Erich. This is your" feelings "from the first to the third show." "Oh... oh...! Receiving Erich's arm trembles. As a farmer, I have never touched so much money as he has covered so much of his life close to bartering. The hemp bag is quite large and the contents fit so tightly that the string cannot be closed. Even if this were all small coins, it would be quite a sum. I thought it would be a comfortable weight to receive, Erich dropped the bag far more heavily than he could have imagined.

18.「普通」の美貌(2) 「僕としては、妻となる女性には、自分で自分のケツを拭くっていうか、まあ、身支度くらい自分で整えてほしいんだよねぇ。......というわけで、一同、すっぴんになってから、身支度をしてみてくれる?」 「な......っ!?」 素顔を晒すなど、本来は将来を誓った男性にしかしない行為だ。 そして実際問題として、大抵の貴族令嬢は、自らの手で化粧筆を握ったことすらない。 「へ......陛下、婚前のわたくしどもに、素顔を晒せなど、あんまりな......」 「えー、だって君たちは、婚前に性交渉するくらいの覚悟でこの場に臨んでくれてるんでしょー? それに比べれば、些細なことじゃない。これが僕式の枕問い、とでも思ってよ」 世間体を言い訳に抗議したカロリーネを、あっさり一蹴すると、フェリクスはにこりと候補者たちを見回す。 それと、と呟いて、彼は使用人に合図して小ぶりなバケツを取り寄せると、ぱしゃっとその中身を、候補者たちに浴びせた。 エルマはすかさずバルドを高く掲げて守ったが、三人ともしっかり服に黒い液体を吸わせることになった。 「な......っ! な、ななな......!」 「ただの墨だから安心してー。着替えなきゃって、モチベーションが上がるでしょ? 僕なりの親切ね。ほら、王族ってこういういわれなき汚れを浴びせられることもあるから、それの比喩っていうか。あ、弁償代わりに、ここのドレスは好きに持っていっていいからねー」 墨はしっかりドレスに染み込んで、落としようがない。 後に引けなくなったカロリーネ、そしてほか二人の候補者を公平に見まわしながら、フェリクスは相変わらず、狐のような笑みで続ける。 「化粧道具、ドレス、装身具一式、すべて用意してある。君たちがどんな美女ぶりを見せてくれるのか、とても楽しみにしているよ」 そうして、いつの間にか運び込んでいた銅鑼をぼーん! と鳴らし、さっさと選考を開始してしまった。 「はい、メイクはこれで落としてねー」 「............っ!」 とどめとばかりに、濡らした布を配布され、カロリーネは絶句する。 ここで着替えず、化粧を落とさねば、「美を競う選考で、スタートラインにも立てなかった」という評価が彼女を待っているわけだった。 歯ぎしりするようにして、ばっと個室に引っ込んだカロリーネをよそに、アナは舞台に佇んだまま、色とりどりの衣装や宝飾品、そして手の中の布巾を見つめた。 さすが王宮支給品、布巾ですら一級品だ。 (......はん。わざわざ綺麗な服を着させて、それを墨で汚して。高価な化粧品を塗りたくらせて、それを、贅沢に布を使って落とすわけだね) 一通りの美容講義を受けたアナは、この布が使い捨てであることを知っている。 泥を塗って寒さをごまかし、赤子を包む布を求めて乏しい金を掻き集める――そんなアナたちの暮らしとは、なんという違いだろう。 「どうかした?」 不意に、目の前の男が顔を覗き込んできたので、アナは咄嗟に笑みを貼りつけた。 「......いえ、なにも」 許せない、と思う。 この男は、アナたちが強いられてきた理不尽の象徴だ。 搾取という名の厚着に包まれ、ぬくぬくとしている。 他人に真っ黒な墨を浴びせ、平然と笑っている。 こんな人間がいるから、重税を課されたアナたちはいつも飢え、凍えていた。 (やっぱり、ロドリゴ様なんだ。あたしたちに唯一手を差し伸べてくれたのは、彼。あたしは、ロドリゴ様を信じるべきなんだ) 昨夜から揺らいでいた心が、急にすっと固まるのを感じる。 エルマにほだされ、尊敬すべき養父を疑いはじめるなんて、どうかしていた。 彼があの日白い花を差し出したのは、そしてその香りをまとった髪飾りをくれたのは、単なる偶然だ。 出会ったときから、彼はいつだってアナに優しい笑みを向けてくれていた。 そうとも。 流刑地で凍えていたアナを、彼だけが救い、彼だけが真っ当な人間にしてくれた。 (ロドリゴ様だけが――) アナは意を決して、ぱっと観客席を振り返る。 そこでは養父が、あの穏やかな、慈愛深い笑みを浮かべてアナのことを見守っているはずだった。 数日ぶりに、しっかりと彼の顔を捉える。 聖侯爵にふさわしく、白い司祭服をまとった彼は、やはり微笑んで、熱心にアナを見つめていた。 だが――。 (ロドリゴ、様......) アナは、無意識に目を見開いてしまう。 大好きだった、養父の笑み。 いつだってアナを喜ばせた彼の表情。 しかし、目の周りの筋肉や、眉の角度、唇の強張りといった「微」表情が示す感情は、彼女を一瞬で絶望の底に突き落とした。 「いよいよ始まったわね......」 舞台に候補者が揃ったのを見て、イレーネが観客席で両手を組む。 ここまで、圧倒的にエルマ優勢で来ているかに思われる選考会。 最終課題はなにかと気を揉んでいたら、意外にも、普通のビューティーコンテストみたいなお題が出た。 もっとも、墨をぶっかけるくだりは、さすがフェリクスとしか言いようのない鬼畜さが滲み出ているが。 「それでも要は、美人コンテストでしょう? どんな美女に化けるかって......そんなの、いくらほか二人が頑張っても、エルマがぶっちぎりで優勝に決まってるじゃないの。あの子の顔面は天才的よ!?」 焦りの余り、独り言までもが叫び声になる。 「あら、わかりませんわよ」 だがそこに、やけに平坦な口調で反論しながら、デボラが腰を下ろした。 「エルマエル様の顔面が、奇跡認定されるくらい美しいのは重々承知しておりますが、同時にその御手は、あらゆる造形を自在に操る神の御手。エルマエル様にかかれば、不美人に仕上げることももちろん可能ですもの」 相変わらず暑苦しくエルマの応援グッズを手にしているのかと思いきや、今日の彼女は、なぜか「アナ様ファイト!」と書かれたハチマキやプラカードを手にしている。 勢いよく振り回せば、それだけで市民票をアナに誘導できそうなほどには、豪華な品々であった。 「......どんな状況でも一貫してエルマを応援する、のではなかったの?」 怪訝に思ったイレーネが眉を寄せると、デボラは悲愴な顔で、歯の隙間から押し出すような声を出した。 「人質を取られましたの」 「はい?」 「人というか、厳密には本だがな」 と、今度はそこに、涼やかな低音が降ってくる。 イレーネはばっと顔を上げ、その正体を理解すると瞳を輝かせた。 「ルーカス殿下!」 そこには、鎧を外し、シンプルなシャツとズボン姿のルーカスが立っていたのだ。 彼は、ここ数日の険しい表情をどこかに流し去ってしまったように、すっきりとした顔つきをしていた。 かつ、その男らしく長い指の先には、白百合が描かれた表紙の本が摘ままれている。 「それは......?」 「うん? デボラ嬢がいつの間にか図書室に蔵書させていた書物だな。明らかにエルマがモデルとわかる人物が、美化されまくったどこぞの辺境伯爵令嬢と愛を育む物語だ。それも、かなりいかがわしい、春書と呼んで差し支えない部類のな」 ルーカスは、その端整な顔に、皮肉っぽい笑みを浮かべてみせた。 「そこでだ。『エルマが万が一立后したら、彼女をモデルとした春書は不敬に当たる。よって、エルマが優勝したら、この書物は版ともども、即座に燃やさなくてはならない』と、ごく当然の事実を提示してやったんだ」 デボラが目頭を押さえてその場に蹲る。 彼女はハチマキを握りしめた手を震わせ、何度も石の床を叩いた。 「鬼畜の所業ですわ......! これは、世界に二つとない至高の愛の物語......っ。全八百ページ、総編集時間二百日にも及ぶ大長編を、版ごと燃やすと脅すなど......っ。わたくしとエルマエル様を引き裂く、この悪魔め......っ!」 「結局のところ、現実のエルマより二次元を優先しておいて、なにを言う」 「それはだって......っ! そもそも、エルマエル様はべつに、優勝を望んでおいでではなかったわけですし、応援を取りやめるのも、結局はエルマエル様のご意思に適うと判断したからで......っ」 冷静なツッコミに、デボラがえぐえぐと反論する。 イレーネはじっとそれを見つめ、やがて静かにデボラの肩に手を置いた。 「あなたが応援先を変えたことは、最終的にエルマのためになると思うもの。判断を恥じる必要はないわ。それに......できうる限り愛読本を守りたいと願う気持ち......、それは誰にも否定されてはならない」 「イレーネさん......?」 「なぜかわかる? それはね。その本は、私たちにとってはただの紙の束じゃない。愛と信仰と真実が詰まった、聖書だからよ」 「イレーネさん......!」 デボラが驚いたように顔を上げる。 なにかと反目していた、二つの正義の使徒は、この時初めて互いをしかと見つめ合った。 「思えば私も視野が狭かったわ。脳内補完により同性間に愛を生じさしむる高度な知的遊戯......。薔薇であれ百合であれ、その滾るような情熱に違いなどなかったのに。ねえ、デボラ。私たちは今こそこの腐訓を胸に刻むべきだわ。『誰かの受けは、誰かの総攻め』。『誰かの地雷は』――」 「『誰かの主食』......!」 相性の悪かった二人の間に、なぜかこの局面で友情が芽生える。 ひしっと両手を握り合った二人の前で、 「で、そろそろ話を戻していいか?」 死んだ魚のような目をしたルーカスがぼそりと突っ込みを入れたので、イレーネはいよいよ嬉しくなった。 やはり、こうでなくてはいけない。 「殿下、もうお怒りは解けたのですね。エルマの立后妨害に、力を貸してくださるのですね」 うきうきと確認すると、ルーカスは「まあな」と苦笑を浮かべる。 「俺も相当甘ったれていたと、気付かされた。目が覚めた以上は、いい加減、あの鈍感生命体に、俺の思いの丈を理解させるぞ。まずはとにかく、 だが、彼が具体的な策を披露するよりも早く、周囲からわああああっと歓声が響いた。 「えっ? まだ誰も身支度を開始しては――」 慌てて舞台を覗き込んだイレーネは、ついで息を呑む。 そこでは、眼鏡を外し、濡れた布に顔を埋めていたエルマが、ゆっくりと顔を起こしているところだった。 「な......っ、なんて美しい......っ!」 「光り輝くような肌だ!」 「素顔のほうが美しいだなんて......っ!」 遠目にもわかるほど透き通った白い肌に、完璧な左右対称を描く瞳。紅を差していないはずの唇や頬はほんのりと色づき、まるで水滴を湛える花弁のような瑞々しさだ。 エルマが赤子を抱えたまま、もう片方の手で、お団子頭に指を差し入れる。 絹のような黒髪は宙で波打ち、はらりと肩を覆った。 「あああっ、そうだった......! むしろあの子、すっぴんのほうが破壊力が凄まじいんだった......!」 イレーネは絶望のうめき声を漏らした。

159 18. "Normal" Beauty (2) "As for me, I want a woman who's going to be my wife to wipe her ass by herself, or, well, I want her to dress up by herself.... so why don't you try dressing up after we get together? "Nh...!? Exposing your face is the only thing you would ever do to a man who has sworn to the future. And as a matter of fact, most noble ladies have never even held a brush with their own hands. "Hee... Your Majesty, expose yourself to me before we get married..." "Er, because you guys are ready to have sex before marriage, right? Compared to that, it's not trivial. I thought this was my pillow." After a quick kick at Caroline who protested against the world, Felix looks around at the smell and the candidates. And, whispering, he signaled his servants to pick up a small bucket, and suddenly he poured the contents on the candidates. Elma quickly lifted up the bald and protected it, but all three of them had to suck the black liquid into their clothes. "Nh...! Nah, nah...! "Don't worry, it's just ink. It motivates you to change, doesn't it? You're so kind to me. See, royalty can be exposed to this sort of unspoken filth, so that's a metaphor. Ah, instead of making amends, you can take any dress you like here." The ink is thoroughly soaked in the dress and cannot be dropped. Felix continued to smile like a fox, looking fairly at Caroline and the other two candidates who could no longer draw later. "I have all the cosmetics, dresses, and outfits. I'm looking forward to seeing what kind of beauty you guys have." That's how I brought in the bronze! and started the selection process quickly. Yes, I didn't take off my makeup with this ~ "............! The wet cloth was handed over and the caroline was silent. If she didn't change here and had to take off her makeup, she would have been waiting for a rating of "I couldn't compete for beauty, and I couldn't stand for the start line". With her teeth sharpened and her calories slightly pulled into the private room, Anna stood on the stage and stared at colorful costumes, jewellery, and a rag in her hand. Even the Royal Palace supplies and cloth towels are first-class. (... huh. She went out of her way to dress up clean and stain it with ink. You're going to have to apply expensive cosmetics and luxuriously use a cloth to remove them.) After a beauty lecture, Anna knows that the cloth is disposable. They paint with mud to cover up the cold and scratch up the scarce money for clothes that wrap their babies - what a difference in their lives. "What's wrong? Unexpectedly, the man in front of her peeked into her face and Anna smiled aggressively. "... no, nothing" I don't think I can forgive you. This man is a symbol of the irrationality that Anna and the others have been forced to endure. It is wrapped in thick clothing named Exploitation, and it is warm. He is exposing others to black ink and laughing flatly. With people like this, Anna, who was subject to heavy taxes, was always hungry and frozen. (After all, it's Rodrigo. He was the only one who reached out to us. I should trust Lord Rodrigo.) I can feel my heart shaking from last night suddenly hardening. I was worried that Elma would start to doubt my respectable adoptive father. It was no coincidence that he presented the white flower that day and gave me the scented hair ornament. Ever since we met, he has always been kind to Anna. That's right. He was the only one who saved Anna, who was frozen in the prison camp, and he was the only one who was real. (Only Lord Rodrigo...) Anna never looked back at the audience seat. There, my adoptive father was supposed to be watching Anna with that gentle, merciful smile. For the first time in a few days, I grasp his face firmly. Suitable for the Marquis and dressed in white, he was still smiling and staring at Anna enthusiastically. But... (Rodrigo,...) Anna opens her eyes unconsciously. I loved the smile of my adoptive father. His expression always delighted Anna. However, the "slight" expression of muscles around the eyes, the angle of the eyebrows, and the strength of the lips pushed her to the bottom of despair in an instant. "It's finally starting...." When Irene saw the candidate on the stage, she put her hands together in the audience seat. So far, the selection board seems to be overwhelmingly dominant in Elma. When the final challenge was somehow rubbing together, unexpectedly, something like a regular beauty contest came up. However, it seeps like a cattle that can only be called Felix when you put ink on it. "Still, the beauty contest, right? I don't know what kind of beauty I'm going to turn into... no matter how hard the other two work, Elma's going to be the winner. Her face is genius!? In a hurry, even talking to oneself becomes a scream. "Oh, I don't know." But then Deborah lowered her hips, arguing in a rather flat tone. "I know that Elmael-sama's face is beautiful enough to be miraculously certified, but at the same time, it is the hand of God who freely manipulates all shapes. With Elmael-sama, of course, it is possible to finish the beauty." As usual, I wonder if Elma's support goods are still hot and painful. Today, she said, "Dear Anna, Fight! I have bees and placards written on them. The more momentum I waved, the more luxurious it was to be able to guide the referendum to Anna. "... didn't you consistently support Elma in any situation? When Irene raised her eyebrows in suspicion, Deborah shouted with a sad face, pushing through the gap between her teeth. They took him hostage. Yes? "People, technically. Books." And now there's a cool bass coming down there. Irene raised her face, and when she understood her identity, her eyes sparkled. "Lucas! There stood Lucas in a simple shirt and trousers with his armor off. He looked refreshed, as if he had shed his harsh expression somewhere in the past few days. And at the tip of his masculine long finger, a book with a white lily painted on the cover is picked. "Is that...? "Yeah? It's a book that Miss Deborah had in the library sometime. A story that cultivates love with the beautifully landscaped Countess of the Border, someone who clearly knows Elma as a model. It's also a pretty embarrassing category that you might call Spring Book." Lucas had a sarcastic smile on his face. "There it is. If Elma were to stand up, the Spring Book modeled on her would be disrespectful. So, if Elma wins, both the editions of this book will have to burn immediately." Deborah squats in front of her eyes. She shook her hand, which gripped the bee, and struck the stone floor many times. "It's a cattle business....! This is the story of the supreme love that is unique in the world.... Threatening to burn all 800 pages and 200 days of full-length editing... Tear me and Elmael-sama apart, you demon...! "After all, what do you say that gives priority to two dimensions over real Elma?" "That's just...! In the first place, Elmael-sama didn't come because she wanted to win, and even if she stopped supporting her, she decided that it would suit Elmael-sama's wishes..." Deborah objected to the calm climax. Irene stared at it and eventually placed her hand quietly on Deborah's shoulder. "I think that your change of destination will ultimately benefit Elma. You don't have to be ashamed of your judgment. Besides... my desire to protect my favorite books as much as possible..., no one should deny it." "Irene...? "Do you know why? Well, that's true. The book is not just a bunch of paper for us. It's a Bible full of love, faith and truth." "Irene....! Deborah raised her face in surprise. And the two righteous apostles, which were in opposition to one another, looked at one another for the first time. "I thought I had a narrow field of view. Advanced intellectual play that generates love between homosexuals through brain complementation.... Whether it was a rose or a lily, it must have been such a rolling passion. Hey, Deborah. We should carve this rotten lesson into our hearts now. Someone's attack is someone's total attack. Someone's mine... "'Someone's staple food'...! Between two people who were incompatible, somehow friendship sprouted in this situation. In front of the two of you holding hands, "So, is it time to get back to talking? Lucas, who had eyes like a dead fish, burst into the sleigh, so Irene was finally happy. Again, we have to do this. "Your Highness, you've already relieved yourself of your anger. You're going to help me obstruct Elma's back." After confirming, Lucas smiles bitterly. "They realized I was pretty sweet, too. As soon as I wake up, I'll let that dull creature understand what I'm thinking. First of all, stop the" Yuso "after standing up. I've already done a few things, but when Miss Anastasia finishes her dress, I'll guide the audience to make sure the referendum focuses on her -" But sooner than he showed concrete measures, the cheers echoed from the surroundings. "What? Nobody should start dressing yet..." Irene burst into the stage and took a breath. There, Elma, who took off her glasses and buried her face in a wet cloth, was slowly waking up. "Nh... what a beautiful...! "Glowing skin! "I can't believe my bare face is more beautiful...! Perfect left and right symmetry on white skin that is clear enough to be seen. The lips and cheeks that aren't supposed to be red are slightly colored, as if they were petals with water droplets. With Elma holding the baby in her arms, she put her finger into the dumpling head with the other hand. Silky black hair waved in the air and covered his shoulders. "Ahh, that's right....! Rather, Supin was more destructive...! Irene cried out in despair.

11.「普通」のお手入れ(7) 動揺する周囲をよそに、デボラはふっと全身の力を抜き、寝台の上で大きく両腕を広げた。 (感じる......! わたくし、今、......宇宙を感じている......!) 人間の身体を構築せし小宇宙。 幾千の命を内包したそれが、創造と破壊を繰り返しながら大いなる宇宙と融合する様を思う。 デボラはうっとりと目を閉じながら、深遠で広大な宇宙の根本原理の片隅で、静寂と死と真実とを思った。 (ああ! 炸裂する光、衝突する生命。大いなる宇宙を吹き渡る真実の息吹と鼎たる肉体で唸りを上げときに澱み発露を求めて動きさまよう哀しくも愛おしい衝動の輝きが意識の外殻より立ち現れてトリ・ドーシャの円環を回しながらアーユスのサットヴァを目指してあmしょうyskwplpwjなcsぴskl) もはやその先は言葉にならなかった。 言葉を失ったのは周囲も同様である。 突然恍惚の表情を浮かべ、次に絶叫し、かと思いきや鳥のように寝台から飛び立とうとしたデボラを前に、とうとう侍女たちが硬直の呪縛を逃れ、一斉に腰を上げる。 彼女たちの傲慢な主人は、寝台で大きくもんどり打った結果、床に叩きつけられ、視界から掻き消えた。 彼女たちは慌てて寝台に向かって身を乗り出したが―― やがてむくりとその場に起き上がった「主人」の姿を見て、全員が全員、ぴたりと声を揃えて絶叫する羽目になった。 「どちら様ですかああああああっ!?」 なぜならば、そこには、小太りの不健康そうな女ではなく――ほっそりとした、健康的な肌色の、つぶらな瞳が愛らしい伯爵令嬢がいたのだから。 ルーカスもまた愕然としていたが、目の前の人物が妙齢の女性であることを思い出し、ひとまずくるりと壁を向く。 彼の背後では、しどけない下着姿の美少女が、ふわふわとした目つきで視線をさまよわせていた。 「わ......わたくしは......?」 夢うつつのまま、周囲を見回す目には、もはや隈のかけらもない。 パサついていたはずの藁色の髪は、収穫期の畑を思わせる艶やかな小麦色を呈し、たるんでいたはずの身体は、理想的と言える細さで女性らしい曲線を描いていた。 しかも――まるで全身の余分な肉を胸に集めたかのように、暴力的にバストアップしている。 エルマがすちゃっと差し出した鏡を見て、デボラは大きく目を見開いた。 奇跡の光景を見たように、鏡の中の自分と、己の頬に何度も触れ、彼女は泣きそうになりながら、エルマを振り返った。 「信じられない......! あなた、いったいなにをしたの......!?」 肌の色が違う。 髪の艶が異なる。 それだけならまだしも、もはや体のラインが別人のものだった。 エルマは怪訝そうに首を傾げた。 「ただ代謝を高め、脂肪に言うことを聞かせただけですが」 「なにそれ――――!」 その瞬間、デボラもイレーネも侍女たちも、ついでに壁を向いたルーカスまでも、完璧に心をひとつにして叫んだ。 脂肪と意思疎通できるのかよ! と。 脂肪をテイムせし者――エルマは、しかしその異常さなど全く気付かぬ様子である。 ただ彼女はとっくりとデボラを検分するように見渡し、満足げに頷くと、静かに問うた。 「いかがでしょうか、デボラ様。今のあなた様は、ずいぶんとお美しいと思いませんか」 文脈を掴みそこねたデボラは、戸惑いながら反射的に鏡を覗き込む。 そこには、太陽と称された母親の面影を確かに感じさせる、愛らしい少女が映り込んでいた。ついでに、たわわな二つの膨らみも。 「美しいわ......とても、とても......」 これが自分だなんて、未だに信じられない。 「ねえ、あなたは聖医導師か、さもなければ魔術師かなにかなの? 醜かったわたくしを欠片も残さず、こんなふうに変身させてしまうなんて――」 「いいえ、デボラ様」 何度も感嘆の溜息を漏らし、崇拝の色すら浮かべはじめてデボラが呟くと、エルマがそれを遮った。 「私は単にあなた様の代謝を高め、お肉に、本来あるべき位置へと移動願っただけ。これがあなた様の、もともとの姿でございます」 「もともと......」 「今一度問います。ご自身は瘴弱――つまり、魔に弱い体質のせいで不美人なのであり、かつ不美人は美人に嫌がらせを仕掛けても当然。だからデボラ様のイレーネに対する嫌がらせは、許されるべき。......はたしてそれは、真実でしょうか?」 その問いかけに、はっとする。 顔を上げ、じっと眼鏡姿の侍女を見つめながら、デボラは震える声で答えた。 「いいえ......」 いいえ。 だって、今の自分は醜女などではない。 瘴弱であっても、こんなにも美しくなれる――いや、本来ならばこの姿でいられたはずだったのだ。 今ならわかる。 デボラが醜かったのは、瘴気に身体を荒らされたからではなく、それを言い訳に屋敷に閉じこもり、不摂生な生活を続けたからだ。 その証拠に、ごく微量の瘴気をまとう虫くらいならば、口に入れてもなんの問題もないほどだった。 「わたくしが......わたくしが、悪かったのだわ......」 この少女はデボラの主張を根底から覆すと言っていた。 実際その通りになった。 主張どころか、凝り固まっていた価値観を根底から覆されてしまった。 思い込みも、とげとげしい態度も溶かし消してしまったデボラは、だからすとんと、自分でも驚くほど素直に謝ることができた。 「ごめんなさい。わたくしが......悪かったわ」 自身の非を認める言葉は、なぜだか自身の中でうわんと響いて、心の中で整理が付いていなかった物事たちを、たちどころに一本の線につないでしまう。 デボラは、自分が、これまでずっと傷ついていたのだということを、ようやく理解した。 「わたくし......拗ねてしまっていたのよ。ずっと、......魔蛾の鱗粉に触れて倒れたあの日から、ずっと」 屋敷に引きこもるきっかけとなった、ぶどう畑での魔蛾との接触。 あの日彼女がそこに赴いたのは、実は彼女なりの正義感を燃やしていたからだったのだ。 領主の娘として、領地であるぶどう畑を見て回ろうと。その数日前に亡くなってしまった母の遺志を継ぎ、自分こそが、頼れる次期女主人として、畑をしっかり把握しようと。 なのに、倒れてしまった。 肌は爛れ、全身が浮腫んだ。 そのとき、彼女は思ったのだ。 自分は領地のためによいことをしようとしたのに、なんてひどい。 不幸だ。ああ、まったくもって、不幸だ――と。 「自分で自分を憐れんで......以降どんどん身体が太っていっても、肌が荒れていっても、原因の根底にはあの日の出来事があるように思えていて......。わたくしは領地のためを思ってこの身を傷つけたのよ、哀れな女なのよ。なのにどうして、誰もわたくしを褒めて、労わってくれないのと......そう思っていて」 けれど、そうではなかった。 デボラが己の身体を損ねたのは、自分自身のせいだった。 そう思うと、羞恥で顔から火が出るかのようだった。 「わたくし......わたくし、......どうか、許して......。イレーネ嬢も......これまで八つ当たりしてきた、みんなも」 許しを請う声は、蚊が鳴くかのよう。 俯いてデボラが呟くと、イレーネと、それまでデボラと距離を取っていた侍女たちは、ちらりと視線を交わし合った。 それから、こほんと咳払いをして、各々、彼女に向かって穏やかに礼を取った。 「――もちろんですとも」 それが、彼女たちの和解の合図だった。 身も心もすっかり浄化されたデボラは、その返答に嬉しそうに頬を染める。 そこには、高慢で醜かった女の面影はない。ただただ、いじらしく愛らしい少女の姿があるだけだった。 デボラが侍女たちと歩み寄り、甲斐甲斐しくドレスを着せてもらっているその傍らで、どんよりと死んだ魚のような目をしてエルマに話しかける者があった。 「――おい、エルマ」 今朝まではたしかにデボラに執着されて閉口していた、しかし今となっては完全に存在を忘れられてしまったルーカスである。 「おまえ......何をやらかしてくれたんだ......」 「え?」 暗雲を背負ったルーカスをよそに、エルマは怪訝そうに、ことりと首を傾げる。 眼鏡でよく見えないが、きっと心底不思議そうな目をしているのだろうなと、ルーカスは思った。 「なにとおっしゃられましても......お手入れを施し、デボラ様にきれいになっていただくことで、ひがみ由来の苛立たしい諸言動を改めていただいただけですが」 「いやおまえ......」 はっきり言って「きれいになる」の次元を超えすぎているだろう。 おまえは手入れで人のチャクラを開くのか。体型や容姿を一変させるのか。 というかまがりなりにも伯爵令嬢の言動をはっきり「苛立たしい」と表現してしまうのか。 あまりに多くの突っ込みが一斉にあふれ出し、かえって言葉に詰まる。 唇を引き攣らせたルーカスに、エルマはふと顔を上げると、きらりと眼鏡を光らせた。 「ところで、いかがでしょうか、殿下」 なぜか彼女は、ものすごく誇らしげな様子であった。 エルマはまっすぐにルーカスを見上げ、心なしか弾んだ口調で告げた。 「今回私は、客観的に見て理不尽な状況できちんと腹が立ちましたし、法的にも倫理的にも、まったく人の道を踏み外すことなく、相手から謝意を引き出すことに成功しました。これはつまり、例のあの言葉でもって、評されるべき状況なのではないでしょうか」 「............」 彼女はもしや、人ひとりを魔改造し、精神を根底から作り変え、痩身美容術に革命を起こしておきながら、未だに人の道を踏み外していないとでも思っているのだろうか。 ルーカスは嫌な予感を覚えながら、努めて冷静な声で、エルマに指摘した。 「......その、だな、エルマ。おまえがなにかしらデボラ嬢の言動で腹を立てたのだとして、被害がこの程度に収まったのは奇跡的と言えるし、法的にも倫理的にも、おまえの行動に、たしかに問題はなかったかもしれない。だが、いいか。エルマ、普通、人間は手で揉んだだけで、人の容貌や性格を根底から改造してしまうことなど――」 「そうそう、そこなのですよね。メスを入れて整形したり、脂肪吸引をすればもっと効果的かつ短時間で事が済んだはずなのですが、この場面で観血的手術を披露するのは『普通』ではないかと思って、やめました」 エルマの主張が理解できないのは、なにもルーカスが愚かだからではないはずだ。 愕然とするルーカスに、 「手を血に染めず、あくまで言語的および身体的対話によって和解を得る――」 エルマは誇らしげに眼鏡のブリッジを押し上げて問うた。 「さすがにこれならば、『普通』ですよね?」 空間が凍りつく。 なんとも言い難い沈黙が、二人の間に広がった。 まるで犬が尻尾を振るかのように、一心にこちらを見上げるその姿。 きらきらと瞳――いや、物理的には眼鏡のレンズ――を輝かせ、 ルーカスは、覚悟を決めて息を吐きだした。 「エルマ......おまえ......」 絆されそうになってしまう自分をぐっと戒め、低く告げる。 彼の視線の先――エルマの背後には、とても見逃せない現象が起こっていたからだ。 驚きの手技で、人ひとりをダイナミックに変身させてしまったことそれ自体も、もちろん驚きではあるが―― 「普通、和解させた相手というのは、神を見上げるような狂信的な色を浮かべて、こちらに祈ってきたりしないと思うぞ」 高慢で不細工だったはずの、現・清純系美少女伯爵令嬢は、両手を組んで跪き、「感謝申し上げますわ、エルマ様ぁ......」と、うっとりこちらを見上げていた。

43 11. "Normal" Care (7) Looking around the upsetting perimeter, Deborah relaxed her whole body and spread her arms wide on the bedside. (I feel it....! I'm feeling the universe right now...! Small universe that builds the human body. Including thousands of lives, I think it merges with the great universe over and over again, creating and destroying. Deborah closed her eyes and thought of silence, death and truth in one corner of the fundamental principles of the profound and vast universe. (Ah! Exploding light, colliding life. A truthful breath blowing across the great universe and a glow of pathetic and loving impulses appearing from the outer shell of consciousness in search of the emergence of starch when roaring with a great body, aiming for Ayus' satva while turning the circle of Tri Dosha. It was no longer a word. The same is true of those around me who have lost their words. Suddenly a trance expression appeared, then screamed, and before Deborah, who tried to fly off the bed like a bird, the maids finally escaped the stiff curse and raised their hips all at once. Their arrogant masters were knocked on the floor and scratched out of sight as a result of a massive pounding on their beds. They hurried up to the bunk, but... Eventually, when I saw the "master" who stood up on the spot, I saw everyone screaming in unison. "Who is it? Ahhhhhh!? Because there wasn't a fat, unhealthy woman there - a slender, healthy skin tone, crushed eyes, lovely countess. Lucas was also stunned, but remembered that the person in front of him was a strange-aged woman and turned to the wall for a moment. Behind him was a beautiful girl in a nasty underwear, gazing with fluffy eyes. "Wow... am I...? There are no more pieces of the neighborhood to look around while dreaming. Straw hair that was supposed to be dry exhibited a glossy wheat color reminiscent of the harvest field, and the body that was supposed to be loose depicted a feminine curve with an ideal fineness. Moreover, it is violently busting up as if it has gathered excess meat from your body into your chest. Looking in the mirror that Elma gave me, Deborah opened her eyes wide. As she saw the miracle, she repeatedly touched herself in the mirror and her cheeks, and she looked back at Elma as she was about to cry. "I can't believe it....! What the hell did you do...!? The skin colour is different. Hair gloss is different. If that's all, the body line was no longer someone else's. Elma leaned her head suspiciously. "I just raised my metabolism and told fat what to say." "What is that--!" At that moment, Deborah, Irene, the maids, and even Lucas, who turned to the wall, shouted in perfect unity. You can communicate with fat! and. Those who tamed fat - Elma, however, seemed completely unaware of the anomaly. However, she looked at Deborah slowly and nodded with satisfaction, quietly asking. "How about that, Deborah? Don't you think you're a lot more beautiful now?" Having grasped the context, Deborah glanced into the mirror confused and reflective. There was a lovely girl there who definitely felt the shadow of her mother, called the sun. And then there are two deflectable swells. "It's beautiful... very, very beautiful..." I still can't believe this is me. "Hey, are you a saint doctor or a magician or something? I can't believe you transformed me like this without leaving me with no shards." "No, Deborah." Deborah murmured as she sighed again and again, even the color of worship appeared, and Elma blocked it. "I just wanted to increase your metabolism and move the meat to where it belongs. This is your original appearance." "Originally...." "I'll ask you again. You are weak - that is, because of your weak body, you are unbeauty, and unbeauty can naturally harass beauty. Therefore, Deborah's harassment of Irene should be tolerated.... is that true? I was relieved to ask that question. As she raised her face and stared at the maid in glasses, Deborah replied with a trembling voice. "No...." No, sir. I mean, I'm not an ugly woman now. Even if it were weak, it would be so beautiful - no, it would have been this way. I know now. Deborah was ugly not because she was distracted, but because she confined herself to the Mansion under the pretext of continuing her inanimate life. The evidence was so small that there was nothing wrong with putting it in your mouth. "I... I'm sorry..." The girl said that Deborah's claims were to be overturned. In fact, that's what happened. Instead of asserting, it overshadowed the deep-rooted values. Deborah, who melted away her thoughts and modest attitude, was able to apologize surprisingly honestly to herself. "I'm sorry, I'm... sorry." Words acknowledging one's disdain resonate in oneself for some reason, and immediately connect things that were not organized in the mind to a single line. Deborah finally understood that she had always been hurt. "Me... I was stubborn. Always... ever since the day I fell down touching the scales of the moth." Contact with the moth in the vineyard that triggered the attraction to the Mansion. She went there that day because she was actually burning her sense of justice. As the daughter of the lord, I decided to take a look around the vineyards that are part of the territory. I want to inherit the will of my mother, who passed away a few days ago, and try to firmly grasp the field as the next mistress I can rely on. And then I fell. My skin became rotten and my whole body swelled up. That's when she thought. How terrible that I tried to do good for my territory. Unfortunate. Oh, very unfortunate. "I feel sorry for myself... even if my body gets fatter and rougher after that, it seems that there was an event that day at the root of the cause... I have hurt this woman for the sake of the realm, poor woman. And yet, why do you think no one will praise me and work for me...?" But it wasn't. It was her fault that Deborah damaged herself. When I thought so, I was ashamed and it seemed like a fire would come out of my face. "I... forgive me... And Miss Irene... and everyone who's been hitting each other so far." The cry for forgiveness sounds like a mosquito. As Deborah lay down, Irene and the maids who had been at a distance from Deborah twinkled their gaze. Then he coughed, and gently thanked her. "Of course." That was the sign of their reconciliation. Deborah, whose body and mind are thoroughly purified, dyes her cheeks happily in response. There is no shadow of a proud and ugly woman. It was just a naughty, adorable girl. Next to Deborah walking by with the maids and being dressed faithfully, there was a man who talked to Elma with more dead fish eyes. "Hey, Elma." Until this morning, he was obsessed with Deborah and kept his mouth shut, but now Lucas is completely forgotten. "You... what have you done to me..." Huh? Looking around Lucas carrying the dark clouds, Elma leaned in suspicion and leaned her neck. Lucas thought he couldn't see well with his glasses, but he must have strange eyes. "Whatever you said... by taking care of Deborah and making him clean, you just changed the frustrating behavior that stemmed from the distortion." "No, you...." Clearly, it would go too far beyond the dimension of "becoming beautiful". Do you take care of people's chakras? Does it change the shape and appearance? Or rather, would you clearly describe the behavior of the Countess as "frustrating"? Too many penetrations flood at once, but instead they get stuck in words. With her lips twitching, Lucas raised her face and sparkled her glasses. "By the way, how about that, Your Highness?" For some reason, she looked very proud. Elma looked up straight at Lucas and told him in a tone of heartbeat. "This time, I was properly angry in an objectively irrational situation, and I succeeded in extracting gratitude from the other person, both legally and ethically, without straying from the path of people at all. This is a situation that should be appreciated in the words of the example." ............ Does she still think that she has not set foot on the path of people while transforming the magic of each person, changing the spirit from the ground up, and revolutionizing the skinny beauty arts? With a bad feeling, Lucas tried to point it out to Elma with a calm voice. "... that's right, Elma. Even if you were angry at Miss Deborah's behavior, it would be miraculous to say that the damage has fallen to this extent, and there may indeed have been no problem with your behavior, legally or ethically. But listen. Elma, normally, humans just rub their hands and alter their appearance and personality from the ground up." "Yes, that's right. It would have been more effective and quick if I had put in a scalpel and shaped it, or sucked in fat, but I thought it was" normal "to perform invasive surgery on this occasion, so I stopped." It's not because Lucas is stupid that I can't understand Elma's claims. To stunned Lucas, "Do not stain your hands with blood, but seek reconciliation only through verbal and physical dialogue -" Elma proudly pushed up the bridge of the glasses and asked. "If that's true, it's 'normal', right? The space freezes. An unspeakable silence spread between the two. Looking up at us as if the dog were swinging its tail. Glittering your eyes - no, the lenses of your glasses physically - and expecting a "normal" rating (a compliment) can be a bit of a praise. Lucas exhaled in his readiness. "Elma... you..." I admonished myself that I was about to become bonded, and told her low. Behind his gaze - behind Elma - there was a phenomenon that could not be missed. The fact that a surprise technique has dynamically transformed a person is, of course, a surprise in itself. "Normally, I don't think they would pray to us with a fanatical color that looks up at God." The current, pure and beautiful countess, who should have been arrogant and careless, knelt down with her hands and looked up at us, "Thank you, Elma..."

34.シャバの「友情」は悩ましい(6) チェルソは、不自由な身で、エルマに向かってなにかを叫ぼうとしたが、それよりも早くひゅっと伸びた蔓で猿轡を噛まされ、あらゆる言論を封じられた。 「いつでも任意同行いただけるよう、スタンバイしておきました」 「なにそれえええええ!」 飽和する解決済み感に、一同は仲よく絶叫した。 「登場の仕方もさることながら、チェルソ卿......その姿は......」 ついで、顔を真っ赤にしてもがくチェルソの姿を見たグイドは、思わず言いよどむ。 全身としてひどい状態と言えたが、視線は自然と、頭部へと引きつけられた。 数少ない毛髪が、それでも健気に揺れていたはずの頭皮。 なのにそれが、地面を引きずられた影響なのか、まるで豊かに茂る周囲の緑と反比例するかのように、ごっそりと無くなっていたのだ。 いや――厳密に言えば、すべてが無くなったわけではない。 ちょうどてっぺん、滑らかな頭皮がひときわ輝く辺りに、一本だけ、最後まで足掻くチェルソ自身を象徴するかのような毛が、ゆらゆらと揺れていた。 「は......、放さぬか......っ、放さぬか、この魔性めがぁああ――むぐ!」 激しくもがき、とうとう猿轡を外したチェルソが叫ぶ。 が、それは最後まで紡がれることなく、むっとした感じで動いた蔓によって彼は頭部をはたかれ、再び猿轡を噛まされた。 ――ぷつ......ん。 果たして最後の一撃のせいなのか、どうなのか。 静かな断末魔を響かせて、最後の毛髪がはらりと落ちてゆく。 「むぐぅううううう!」 口を封じられながらも、絶叫を上げているらしいチェルソから、一同はなんとなく目を逸らした。 ひとまず無力化されているようだし、それよりも重要な 「こ、この植物群は、いったいどういうメカニズムで動いているんだ......!?」 話題を変えたかったわけではなかろうが、詠唱もないのに、健気にエルマに尽くす植物たちを見て、ラウルが声を引き攣らせる。 問われてみて初めて異様さに気付いたというように、エルマは首を傾げた。 「そういえば......特に『お世話』をしたわけでもないのに、なぜでしょうね。――ああ、先ほどの『誰でもいいから助けて』という ふと洞窟の入り口付近に視線を転じれば、100%植物製の「動く歩道」はまだまだ元気に脈動中で、続々とぐるぐる巻きの人間を運び込もうとしている。 その中には、恐慌状態に陥っているクロエや、ジーノといった有力な候補生たちの姿もあった。 どうやら、植物たちに「役に立ちそう」と判断された人間は、手当たり次第に巻き込まれている様子である。 「お......おい! エルマ、止めろ! 今すぐその願いを中断してくれ! でないと、いずれルーデンや大陸の裏側からでも、こいつら、誰かを引きずり込んでくるんじゃないか!?」 「え? あ......そうですかね。え......ですが、救いを求めるのをやめるって、どうすればいいんでしょうか? 『もう結構』......?」 危機察知能力に優れたルーカスが叫ぶと、エルマは曖昧に頷きながら、それっぽい言葉を口にした。 途端に、蔓は「ぺいっ!」と言った感じでクロエたちを吐き出し、今度こそ大人しく去っていく。 エルマはそれに手を振って見送りながら、したり顔で頷いた。 「なるほど。助けを求めるという行為は、中断もできるのですね」 「そうじゃないだろう!」 ルーカスが両手を頭に突っ込むが、エルマはきょとんとするだけだ。 一方、強引に呼び寄せられた形のクロエたちは、呆然と周囲を見回していた。 「エ......エルマお姉様......? いったい、これは、どういう......」 彼女たちは混乱しきりといった様子である。それもそのはず、聖術師の部で倒れたエルマを心配し、保健室へと向かおうとしていたところを、いきなり植物群に襲われるようにして、この地下聖堂へと連れてこられたのだから。 クロエは、ひとまず現状を把握しようとするように、周囲にこわごわと視線を向けた。 「攫われる過程で、ここがセルモンティ山の地下だということは理解しましたが......この場所に、まさかこんな壮麗な聖堂があったなんて......」 主要教会にしかないような巨大なアウル神像に、堂々たる祈祷布。 繊細な壁の彫刻に、ステンドグラスに勝るとも劣らない植物による彩色。 ただ、その床の片隅に転がる「あるもの」を視界に入れて、クロエは顔を強張らせた。 「あ......あれは、......遺体、ですか......?」 アウル神像の真下、かすかな聖術陣の跡が残った、古びた方の祭壇。 先ほどチェルソが立っていたその場所には、咲き誇る花々に隠れるようにして、干からびた人間の体が転がっていたのである。 皮膚は乾燥し、ほとんど骨に張り付いている。 白骨化も、腐蝕もしていないが、見るに堪えない、無残な姿だった。 「――......っ! レナート!?」 はっと息を呑んだグイドが、素早く駆け寄る。 彼は、誰もが厭うだろう状態のその体にためらいなく腕を伸ばすと、震える手で、その顔に触れた。 「レナート! レナートなのか......!?」 骨格がそのまま浮き出た顔。色あせてしまった髪。 しかし、親友の面影を辿るように、グイドは何度も何度も、その顔を撫でた。 それから、胸元に穴の開いた制服を隠すように、そっと「彼」の全身を抱きしめた。 青灰色の瞳には、今、悔恨の涙が滲んでいた。 俗世とのかかわりを絶ったのだと思っていた親友。 許されなくていい、せめて、一言詫びを告げたかった。 かつて交わした誓いを破ってしまったことを謝り、せめて、彼が安心して世代交代できるよう、懸命に育て上げた生徒たちを、披露したかったのに――。 「くそ......。くそ......! レナート......なぜ、おまえが、こんな姿に......っ」 寡黙な男が浮かべる涙に、イレーネたちもぐっと唇を噛み締める。 グイドは、きつく眉根を寄せ、その顔をレナートの首元へとうずめた。 「すまない......。すまない......! レナート......恨みごとでも、罵倒でもいい。せめて、もう一度、おまえの声が聞きたかった......っ」 掠れ、震える言葉。 だが、それを、あっさりとした少女の声が遮った。 エルマは、怪訝な眼差しで、レナートの体が横たわっていた、古びた聖術陣の辺りを指さした。 彼女はむしろ、「縁起でもない」とグイドを非難するように一瞥し、それからラウルに向き直った。 「ねえ?」 ねえと言われても。 ラウルは口をぱくぱくさせたが、遅ればせながら古びた陣をじっくり検分し、エルマの主張が正しいと理解すると、いよいよ唸り声を上げた。 「いったい......なぜ一目見ただけで陣の解読ができるというんだ......? やはり君、相当な聖力保持者、そして聖術使いなのではないのか......!?」 「ですから、そのようにご大層な力など持ち合わせておりません。陣そのものは、古代アウレリア語さえわかれば、聖力が無くても読み書きできるではありませんか。この陣の解読くらい、誰にでもできることかと」 当代一聖術に精通しているはずの自分でも解読しにくい陣を、あっさりそんな風に評され、ラウルが白い灰になる。 使い物にならないラウルの代わりに、エルマはちゃきちゃきと行動に移った。 彼女はまず布袋から聖水を取り出すと、それに指を浸し、陣をすらすらと書き換えた。 「まずは、この部分、肉体と魂を切り離させる文言を書き換えてですね」 途端に、ごおおおおおっと風が唸り、グイドの腕の中の体に大量の砂――害霊となっていた魂が引き込まれてゆく。 ついでエルマは、すちゃっと小瓶を取り出し、それをレナートの体に振りかけた。 「ここでちょっと科学の力にも頼ってしまうのですが、【貪欲】の兄直伝・細胞を蘇生する薬液を加えることで、時間の短縮を図りつつ」 みるみる、干からびていたレナートの体が、人体本来の瑞々しさを取り戻しはじめた。 そして最後に、エルマはクロエの方へと微笑みかけた。 「あとは仕上げに、クロエ様お得意の、育成の歌声を披露していただければ――さん、はい」 えた体に 恵む祈りよ』......っ?」 戸惑いながらクロエが一節口ずさむと―― 「............ぅ」 すっかり元の姿を取り戻したレナートが、ゆるりと瞼を持ち上げた。 しかも、三十年前に封じられた少年のままの姿だ。 「な......――!」 グイドは瞠目し、口を半開きにした。 衝撃のあまり涙を吹き飛ばし――けれどまたすぐに、じわりと目を潤ませた。 今度は、歓喜の涙だ。 グイドは強い力で友を抱擁し、苦しんだ相手が悲鳴を漏らすという、微笑ましい図が展開される。 クロエやジーノは呆然として、ルーカスは遠い目になって、そしてイレーネは「おじショタも、アリかも......」という腐った目で、それを見守った。 しばらくその場は、感動と困惑と腐が不思議にミックスされた空気に支配されていたが、やがて、親友がいつまでも黙っているままなのに気付いたジーノが、そっとラウルの肩を叩いた。 「おい......ラウル。大丈夫か? さっきからおまえ、随分静かだけど」 「......大丈夫なわけが、あるものか......」 ややあって、ラウルは額に手を当て、力ない口調で応じた。 「息も継がせず襲ってくる奇跡と価値観破壊に、僕という人間は、どう立ち向かえばいいのか......」 もはや、息も絶え絶えといった様子である。 聖術に精通した彼だからこそ、今この現状が、どれだけ異様なのかを理解することができてしまった。 「一声で大地を動かす力......それも、魔力でも、通常の聖力でもない、秘められた力......? 一目で陣の構造を解し、指の一振りでそれを書き換え、薬液の一振りで人体を蘇生する......。もう、めちゃくちゃだ......ツッコミどころのオンパレード、彼女は、常識の破壊神だ......」 ラウルはその場にしゃがみこみ、膝の間に頭をうずめた。 破壊された価値観の中には、長く彼が拠り所としてきた、トリニテート入りの夢も含まれていた。 憧れだった聖術師の身分とは、権力に狂った枢機卿に食い物にされるための存在に過ぎなかった。 トリニテートにさえなれば、下級貴族の三男坊でも国の一角を動かせるという野望は、ラウルたちを都合よく動かすために用意されたまやかしでしかなかった。 しかも、裏で糸を引いていたはずの黒幕は、あっさりと退治され、今はもごもごと力なく蠢いている。 トリニテート入りは、つまらない人生を歩むしかないはずだった自分が、初めて抱いた夢だった。 初めて意志を宿し、初めて闘志を燃やした。いつも瞳を輝かせている友人たちと、同じように。 なのに今は――もう、なにを信じていいのか、さっぱりわからない。 「当代一の聖術使いだという自負も、この国を動かしたいという野望も......。僕はもう......すべてが、ばかばかしい」 力なく項垂れたラウルに、誰もが同情の視線を向ける。 「なにを仰います。この国の中枢を掌握したいということでしたら、今がチャンスではございませんか」 エルマは、なんの含みもない口調で、穏やかにラウルへと微笑みかけた。 「このたびの件で、チェルソ卿は凋落せざるを得ませんから、ここは、若くして希代の聖力を持つラウル様の出番でございます。今回の不祥事に付け込めば、学院でも宗教界でも好き放題。トリニテートなどという、世俗とのかかわりを絶たれる不思議な慣習を廃したうえで、堂々とアウレリアの権力基盤に食い込めますね?」 爽やかな口調で、言っていることはえぐい。 だが、ラウルは思ってもみなかった可能性を提示された、というように、ぱちぱちと目を瞬かせた。 「――............」 下級貴族がアウレリアで昇り詰めるには、トリニテートという飛び道具を使うしかないと思い込んでいたが、不祥事を糾弾した英雄役として名を馳せるという、さらに飛び道具的展開があったのだ。 「だとしたらさ......」 そこに、躊躇いがちに声が掛かる。 振り向けばそれは、ぽりぽりと頬を掻いたジーノだった。 彼は、押し黙ったラウルに、弁明するかのように両手を突き出した。 「いや、だってさ、トリニテートにならなくても、欲しいもんが手に入るんなら、そりゃあ、シャバと縁を切らずに過ごせるほうがいいじゃんか」 「俺、さ。あのしみったれた故郷や親なんてどうでもいいって思ってたけど......やっぱ、いいところもあるもんだと、最近思ったし。トリニテートにでもなんなきゃ、おまえやクロエと対等になれないと思い込んでたけど......そんなんなくても、俺には誇れるもんがあるって、わかったし」 ジーノは、腰に佩いたままの剣を無意識に撫でて、続けた。 「下町出身でも、俺は俺でさ。ついでに言えば、妾の子でも、クロエはクロエで、穀潰しの三男坊でも、おまえはおまえなんだよ。別に やんちゃそうな顔が、少しばかり照れたように、笑みを浮かべる。 ラウルは一瞬、ほんの少しだけ、泣きそうになった。 自分がなぜトリニテート入りにこだわっていたか。 それは、権力だとか、初めての夢だとかいうことはもちろん――単純に、この友人たちと「一緒にいたい」と思っていたからだと、今になって思い至ったからだ。 トリニテートになれば、ずっと一緒。 (......そんな年でも、あるまいに......) 苦笑が漏れる。 「......そうだな」 ラウルは、しゃがみこんだまま泣き笑いのような笑みを浮かべ、それから片手を上げた。 「その通りだ」 以心伝心、といわんばかりに、ジーノが笑ってラウルを引っ張り起こす。 向き合った二人は軽く口の端を持ち上げると、握った右の拳をぶつけ合った。 イレーネの口から、「尊い......」というくぐもった呟きが漏れた。

106 34. Shaba'S "Friendship" Is Troublesome (6) Chelsea was incapacitated and tried to shout something at Elma, but was bit by a monkey with a sprawling vine faster than that, sealing off all speech. "I've been on standby to make sure you're always on your way." "What is that? Yeah, yeah! Together they screamed amicably for a saturated and resolved feeling. "Sir Chelsea's appearance... even though there was no other way to appear..." Then Guid saw Chelsea's face turning bright red and suddenly said. Although it was said to be a terrible condition for the whole body, the gaze was naturally drawn to the head. A small number of hair should still have shaken the scalp in good health. And yet, it was sneaking away, as if it had been dragged off the ground or inversely proportional to the lush surrounding greenery. - Technically, it's not all gone. Just at the top, where the smooth scalp shined, only one hair, like a symbol of Chelsea herself scratched to the end, swayed loosely. "Ha... I won't let you go... I won't let you go, you magical bastard! Chelsea screamed after screaming hard and finally removing the monkey. But without being spinned to the end, he was struck in the head by a vague, moving vine and bit again by a monkey. --Pupu... nh. Is it because of the last blow? The last hair falls down gently, echoing the quiet Terminator. Muuuuuuuu! They somehow lost sight of Chelsea, who seemed to be screaming while her mouth was sealed. It seems to have been disabled for the time being, and there was a pile of more important targets in front of me. "What kind of mechanism is this flora working on?!? Though not wanting to change the subject, Raul convulses his voice when he sees plants that do Elma well without chanting. Elma leaned her neck as if she had noticed the anomaly for the first time. "Speaking of which... I didn't particularly take care of you, so why not? --Ah, is the earlier request to" help anyone "(...) still active?" Turning his gaze around the entrance to the cave, the 100% botanical "moving sidewalk" is still pulsating vigorously, trying to bring in a circle of humans. Among them were Chloe, who was in a state of panic, and some prominent candidates such as Gino. Apparently, people who have been judged "helpful" by the plants seem to be gradually involved in allowances. "Oh... hey! Elma, stop! Abort that wish now! Otherwise, they'll be dragging somebody in from behind the Rouden or the continent!? "Huh? Ah... I see. Eh... but how do I stop asking for salvation?" Enough "...? Lucas shouted with excellent crisis perception, and Elma nodded ambiguously and said something like that. At once, the vine said, "Pei!" Chloe and the others spit out like that, and now it's time to leave. Elma nodded as she waved at it. "I see. Seeking help can be interrupted." "I don't think so! Lucas sticks his hands into his head, but Elma just does it right. Meanwhile, Chloe, who was summoned by force, looked around in a daze. "Eh... Elma Onee-sama...? What the hell is this...?" They seem to be in a state of complete confusion. Of course, I was worried about Elma, who fell down at the Sacred Magician's Department, and suddenly brought her to this cathedral, where she was going to go to the infirmary to be attacked by a flock of plants. Chloe stared at the surroundings in a frightening fashion in an attempt to grasp the situation for the time being. "In the process of being seized, I realized that this is the basement of Mount Cermonti... I can't believe there was such a magnificent cathedral in this place..." A magnificent prayer cloth on a giant Aur idol like the only one in the main church. The delicate wall sculpture is colored by plants no less than stained glass. However, Chloe stretched her face with a "certain thing" rolling in the corner of the floor. "Ah... is that... the body...? An ancient altar directly beneath the idols of Aur, with traces of a faint ecclesiastical formation. In the place where Chelsea stood earlier, the dried human body was rolling, hiding in the blooming flowers. Skin is dry and almost stuck to bone. There was no skeletonization or corrosion, but it was unbearable and intact. "------uhh! Renate!? The breathtaking goode rushed quickly. He touched his face with a trembling hand as he hesitated to stretch out his arms to his body in a state that everyone would hate. "Renato! Is it Renato...!? The skeleton appeared as it was. Faded hair. However, like following his best friend's shadow, Goode stroked his face again and again. Then he gently hugged the whole body of "him" to hide the perforated uniform on his chest. The blue-grey eyes were now seeping with tears of remorse. My best friend who thought that he had broken up with Kazue. You don't have to forgive me, at least I wanted to apologize. I wanted to apologize for breaking the vows I once exchanged, and at least show off the students I worked hard to raise so that he could safely change generations. "Damn it... Damn it...! Renate... why are you in this state...?" Irene and the others chewed their lips tightly into the tears of the silent man. Gwide raised his eyebrows tightly, and his face crouched towards Lennart's neck. "I'm sorry... I'm sorry...! Renate... even a grudge or a scolding. At least I wanted to hear your voice again...." Plundering, trembling words. However, the light girl's voice blocked it. Elma pointed to the area of the old synagogue, where Lennart's body was lying, with a suspicious look. Instead, she glanced at Gwide accusing him of being "unfortunate," and then turned to Raul. Hey? Even if they say, "Hey." Raul puffed his mouth, but slowly checked the old team and finally roared when he understood Elma's claim was correct. "What the hell... how can I decipher a team with one glance...? Are you still a fairly holy man and a sacred magician...!? "So, we don't have that much power. As long as the faction itself knows ancient Aurelian, it can read and write without sacred powers. How much can anyone do to decipher this team?" Raul turned into white ash when his own team, who was supposed to be familiar with contemporary sacred arts, was criticized for being difficult to decipher. Instead of a useless Raul, Elma moved on to action. She first took the holy water out of the cloth bag, dipped her fingers in it, and rewrote the formation. "First of all, rewrite the words that separate the body from the soul." Suddenly, the wind roared, and a large amount of sand - the soul that had become a harmful spirit - was drawn into the body of the Guy's arm. Then Elma took out the vial and sprinkled it on Renate's body. "I will rely a little on the power of science here, but by adding a chemical solution that revives [greedy] 's brother's direct transmission and cells, while trying to shorten the time" Mirumi, the dried body of Renate has begun to reclaim the body's natural luminosity. And finally, Elma smiled at Chloe. "And finally, if you can show me Chloe's cultivation singing... Yes." "Eh...? Eh, uh," Light, that's a prayer for a hungry body "...? Confused, Chloe snorted. "............ uu" Renate, who had completely recovered, lifted her eyelids loosely. Besides, it looks like a boy who was sealed off 30 years ago. "Nah...!" The goode glanced and half-opened his mouth. The shock blew away a lot of tears - but it quickly moisturized my eyes again. This time, tears of joy. Goods embrace their friends with a strong force, and a smiling picture unfolds that the suffering opponent leaks a scream. Chloe and Gino were stunned, Lucas was distant, and Irene watched it with the rotten eyes of "Uncle Shota may be an ant..." For some time, the scene was dominated by a mysteriously mixed air of emotion, confusion and decay, but eventually Gino slapped Raul on the shoulder, realizing that his best friend remained silent forever. "Hey... Raul. Are you okay? You've been quiet for a while." "... there's no reason why it's okay..." Slightly, Raul put his hand on his forehead and responded with a tone of weakness. "How can a man like me stand up to the miracle and the destruction of values that attack without succeeding in his breath...." She is no longer breathing constantly. Because he is proficient in sacred arts, he is now able to understand how unusual this state of affairs is. "The power to move the earth with one voice... that's not magic or normal sanctity, hidden power...? Solve the formation structure at a glance, rewrite it with a swing of your finger, and revive the human body with a swing of the chemical solution.... This is so fucked up... she's an on-parade, a common sense destroyer..." Raul crouched on the spot and bowed his head between his knees. Among the destroyed values was his long-standing dream of trinity. The yearning sacred magician's identity was nothing more than a presence to be fed by a powerless cardinal. Even the trinitate's ambition to move the corner of the country even with the lower aristocracy of the Trinity was nothing but a trick prepared to move Raul and the others conveniently. Moreover, the mastermind who was supposed to have pulled the thread behind him was exterminated lightly, and now he is stupid without strength. Trinity was the first dream I had that I was supposed to have to walk a boring life. It was the first time I had the will, and it was the first time I had the will to fight. Just like my friends who always shine their eyes. And now - I don't know what to believe anymore. "The pride of being the best sacred magician of our time, and the ambition to move this country... I'm... it's all ridiculous." Everyone turns a sympathetic eye to Raul, who has no power. "What are you saying? If you want to take control of the country's hub, isn't this your chance?" Elma smiled gently at Raul in an innocent tone. "Sir Chelsea is forced to decline in this case, so this is where Raul, the young sacred power of the ages, comes in. If you follow this scandal, you can enjoy it all - you - can - at school and in the religious world. After abolishing the mysterious customs of trinitate and other secular relationships, you can dignify into Aurelia's power base. With a refreshing tone, what you're saying is awesome. However, Raul blinked his eyes as if he had been presented with a possibility that he had never imagined. ----............ I thought the junior nobles would have to use a flying tool called Trinitate to climb up in Aurelia, but there was a further flying tool development that made them famous as heroes who blasted the scandal. "If so...." There, you tend to hesitate. Turning around, it was Gino who scratched her cheeks. He put his hands out as if he were explaining himself to Raul, who was silent. "No, I mean, if you don't have to be a trinitate and you get what you want, then you should be able to spend the rest of your life without getting cut off." "Me. I thought I didn't care about that humid hometown or my parents... but lately I thought there was something nice about it. I knew I wouldn't be equal to you or Chloe if it wasn't for Trinity Tate... but I knew I had something to be proud of." Gino continued to unconsciously stroke the sword that remained on her hips. "Even if I'm from downtown, I'm the one. By the way, whether you're a concubine's son, Chloe is Chloe, or a grain-crushing trio, you are. Even if we don't have the backing of our identity (Trinitate), we have the power to be ourselves, and yet..." Your nasty face smiles like a little bit of light. Raul almost cried for a moment. Why did I stick to trinitate? Of course, it was a power or a dream for the first time - simply because I wanted to "stay with" these friends, which is why I came to think of it now. If we become trinitates, we'll be together forever. (... even at that age...) The bitter smile leaks. "... that's right." Raul crouched down and smiled like a weepy laugh, then raised one hand. "That's right." Gino laughs and pulls Raul up. The two facing each other gently lifted the edge of their mouths and hit each other with their right fists. From Irene's mouth, there was a murmur saying, "Honorable..."

17.「普通」の品定め(7) 「で......っ」 心行くまで香水の香りを堪能し、なにげなくテーブルを振り返ったイレーネは、そこでぎょっと目を見開いた。 (殿下が、エルマのオネエ様に誘惑されてる......!?) 彼女の視線の先には、和やかに談笑するリーゼルとルーカスの姿があった。 一見した限りでは、笑みを湛えてグラスを傾け合う図は、気の合う友人たちといった感じだ。 二人とも見目のよい男性同士なので、普通の女性がその様子を見たならば、「まあ、似合いの友人だこと」などと微笑ましく思うのかもしれれない。 が、腐蝕した――と書いて、「真実の」と読む――眼を持つに至ったイレーネは、その二人の間に横たわる密やかな緊張感を、性別などというフィルターに誤魔化されることなく、見抜いてしまった。 (さりげなく詰められた距離、そして自然かつ嫌みの無いボディタッチ。己の表情を一番魅力的に見せる角度での笑顔......。間違いない、オネエ様は、殿下を落とそうとしているわ......!) 一応イレーネとて、それなりの社交界経験を積んだ男爵令嬢だ。侍女として、王宮の片隅で繰り広げられる禁断の恋や、火遊びといったものも、多少は目にしてきた。 なにより、同性間での恋愛について人一倍許容度が高い――なんなら、煙が立っていないところにさえ火を認定してみせる彼女だからこそわかる。 リーゼルは、ルーカスを誘惑しようとしているのだと。 イレーネは目の前の光景を凝視したまま、静かに冷や汗を浮かべた。 (な......っ、なぜここに来てこんなことに......!?) ここまでの時点で、目まぐるしく変化する展開に、既に彼女はすっかり取り残されていた。 突然クーデターに巻き込まれて監獄にやって来たと思ったら、怒涛のもてなしを受け、震撼のディナーに招かれ、なぜかルーカスの品定めに移行し、かと思ったら突然場の空気が緩んでお茶会。 エルマの同性の友人である自分は、首尾一貫して厚遇されているが、ルーカスについては、大罪人たちが彼をもてなそうとしているのか、疎んでいるのか、よくわからない。 「『で』が、どうかしましたか?」 とそこに、背後から不思議そうに声を掛けられて、イレーネははっと振り返った。 エルマである。 彼女は、リーゼルの言いつけ通り、大量の香水を披露すべく、イレーネを部屋奥のテーブルに案内してくれていたのだった。 邪気の無い瞳でこちらを窺うその姿は、珍しく素顔を露わにし、ドレスアップしていることともあいまって、大層愛らしかった。 「で......、――で、で......デトックス作用のある、香水がいいなー、なんて......」 夜明け色の瞳に真っすぐ覗き込まれイレーネは、咄嗟にそう誤魔化してしまう。 彼女はかねてからルーカスとエルマのカップリングを推してきたというのに、まさかのライバルがぶち込まれたことに、動揺を隠せなかったのだった。 「デトックス作用ですか? ああ、それならこの辺りなどお勧めですが」 「あるの!?」 「ええ。これは【嫉妬】のお兄......姉様がデトックス目的専門で調合した、オリジナル香水ですね。ひと噴きするだけで、たちどころに心身の毒素が抜け、憑き物が落ちたように大人しくなると評判でして。ただし、香りが切れると少々乱暴になるそうですが」 「......それって洗脳とか調教って言うんじゃないかしら」 相変わらずツッコミどころ満載の大罪人たちだ。香水の香りというよりもむしろ、犯罪の匂いしかしない。 輝いて見えていた香水瓶が、不意に異様なオーラをまとったように感じた。 「もしかして、私も、下手を打ったらエルマのご家族たちに殺されるの......?」 だが、顔を引き攣らせて指摘すると、エルマは驚いたように首を振る。 「何を仰るんですか! とんでもない! イレーネや殿下は、私の初めての、大切な友人。丁重にもてなしたいと伝えたら、お姉様はじめ、家族全員とても喜んで、この日のために、いろいろと心を砕いて準備してくださったのですよ」 その発言に、嘘や誇張の色はない。 恐らく、エルマは本当にイレーネたちをもてなそうとしたのだし、大罪人たちもまた、イレーネたちの訪問を偽りなく喜んで、心尽くしの品を用意したのだろう。 ――ただ、それがことごとく常軌を逸しているだけで。 「私も家族も、友人を家に招き入れるなど初めてのことで、すっかり舞い上がってしまっている感は否めないのですが......、でも、短い期間ながら、あれこれ相談したり、準備をしたりするのが本当に楽しくて。自慢の家族をイレーネたちに紹介できるのが、本当に嬉しかったですし、しかもその家族がもう一人増えようとしているなんて......。もう、私、幸せでいっぱいです」 頬を染め、はにかんで告げるエルマは、うっかりその場に蹲って悶絶したくなるくらい可憐だ。 に力を込め、ぐっと拳を握り、さらには「うぐぉ......」と低い声を出すことによって、さりげなく衝撃を逃した。 わかりたくないが、わかってしまう。 大罪人たちが、どうしてこんなにも、彼女を溺愛してしまうのか。 どれだけ深く、この純粋で善良な少女を愛しているか。 (私だって、もしエルマが変な男や、新しい友達を連れてきたなら、そりゃもう重箱の隅を針でほじくるくらいに詮索しまくると思うもの......!) 特に男。 そこんじょそこらの男ではダメだ。 ルーカスは優良物件だと思うし、彼の真面目な一面も知っているため、自然と応援することができるが、そのルーカスであっても、万が一彼がほかの女に手を出そうものなら、自分は即座に彼を全力で排除しにかかると思う。 と、そこまで考えたとき、イレーネははっと目を見開いた。 (まさか......つまり、オネエ様のモーションって......そういうこと!?) ようやく真意にたどり着いて、彼女はますます冷や汗を流した。 今度は、ルーカスの身の安全を危ぶむ冷や汗だ。 (ま......まずくない!? お歴々の能力の高さを考えるに、殿下なんて一発でノックアウトじゃない!?) ルーカスの女性遍歴を侮るわけではないが、はっきり言って分が悪すぎると思う。 ここの住人たちは、みな異常だ。彼らは突き抜けて有能だし、モラルや常識を平気でかなぐり捨ててかかるし、――だからこそ、奇妙な魅力に富んでいる。 一国の貴族令嬢を集団で洗脳してみせたという誘拐犯が、ちょっと暗示や薬剤を用いれば、血気盛んな若い男の一人二人、簡単に陥落させてしまえるだろう。 そして、もしそうなれば、リーゼルはあっさりと掌を返し、ルーカスを容赦なく攻撃するに違いない。 恐らくは、遠巻きにそれを観察している、ほかの「家族」たちも。 品定めの第三戦は、とっくに始まっていたのだ。 (ど、どうしよう......! 割って入って、殿下を引きはがすべき!? ああでも、これは殿下の品定めなのだから、私がしゃしゃり出るのはNG......!? でも、でも、エルマの前で、殿下がオネエ様に跪きでもしたら、それってすごくショッキングな現場のような......!) 正直、エルマがどれほどの衝撃を受けるかはわからない。 あくまでルーカスを「友人」としか見ていない彼女なら、なんら問題はないのかもしれない。 だが、問題なさすぎることが、逆に大問題を引き起こす恐れもあった。 (例えば、誘惑される殿下を笑顔で見送ったり、あまつさえ応援したり......! うわ、エルマにとどめを刺される殿下の姿が見えるようだわ......!) これまでの付き合いから、エルマシミュレーターと化したイレーネは、己のあまりに精密な予測に青褪めた。 冗談めかした言動の合間に、ルーカスが実は誠実な想いを忍ばせていることを、イレーネは知っている。 その想いを、そんな形で蹂躙されるのは、あまりに彼が可哀想だ。 での推しカプは、殿下×エルマなんですからね......!) 推しの不幸は、回避せねば。 ひとまず、この不穏な現場からエルマを遠ざけようと決心した瞬間、 「――あれ? お姉様、もしや殿下を誘惑しようとなさっている......?」 こともあろうに、イレーネの視線を辿ったエルマが、後ろから不思議そうに首を傾げた。 「あ......っ、あっ、あっ」 「そうですよね? あの微表情、あのパーソナルスペース、あの声のトーン」 「あっ、あ、あ......!」 「ふむ。わずかな会話の中に散りばめられたゴルディロックス効果、返報性法則、ミラーリング、コントラスト原理......」 動揺したイレーネが、ぱくぱく口を開きながら押し返そうとするのを、エルマはひょいと躱してテーブルを覗き込んでしまう。 それから、「もう」と、不満そうに眉を寄せた。 (............!? エルマが、誘惑される殿下に、苛立っている......!?) もしや、自分の知らないところで、実はエルマもルーカスに惹かれはじめていたりしたのだろうか。 驚愕しつつも、嬉しい誤算に目を輝かせたイレーネを、しかしエルマは次の言葉で現実に引き戻した。 「まったく。お姉様ったら、シャバ式の誘惑の仕方をご存じないのですね」 「シャバの殿方には、そういった迂遠な誘惑よりも、肌を露出させるタイプのアプローチが一般的。そうでしょう?」 「は......っ!?」 いつの間に、そんな『普通』が彼女の中に植え付けられていたのか。 愕然とするイレーネの前で、なぜかエルマは、きちんと結い上げていた自らの髪を乱しはじめた。 「私もあまり、シャバの殿方の生態を存じ上げているわけではございませんが......。一番身近、かつ『普通』の師匠たる殿下は、以前はよく、胸元に女性の香水や口紅を付着させていたようにお見受けします。噂では、夜の町だと目が合っただけで女性がしなだれかかってくるので、『全自動テイクアウトのルーカス』と称されていたとか」 「そうなの!? っていうかそのネーミングセンスどうなの!?」 「すなわち」 エルマは首元のリボンの結び目に指を掛けると、きりりとイレーネを見据える。 「シャバの誘惑とは、しなだれかかること」 そう言って、しゅる、とリボンを解いてしまうではないか。 たちまち、ほっそりとした白い首と、繊細な鎖骨の一部が露わになる。 真珠のような肌の上を、艶やかな黒髪が這い――普段の端然とした雰囲気とは打って変わった、噎せ返るような色香に、イレーネは思わず息を呑んだ。 「色恋慣れしている殿下に対し、お姉様が監獄式の迂遠な誘惑を仕掛けて、恥をかいてはなりません。ここはひとつ、僭越ながら私めが、シャバ式の誘惑というものを例示――」 「待ったーーーーーーーー!!」 息を呑んだが、イレーネはがばっとエルマに抱き着き制止した。 「お願いだから殿下を殺さないで! 死んじゃう! それ、絶対に死んじゃうから!」 恐らくルーカスは、エルマの悩ましさに瞬殺され、ついで己の存在がエルマにとってアウトオブ眼中である事実に魂を殺され、最後、愛娘にしなだれかかられたことを理由に、大罪人たちによって物理的に殺されるだろう。 たった一度しかない人生、なにも三度も死ななくても。 義理、人情、そして 「エ、エルマ、外! 外の空気を吸いに行きましょう! 私、そう、腹ごなしに散歩したいかなぁなんて!」 「え......ですが、なにやら窓の外からは、雨音が聞こえてくるようですが......」 「あっ、ああ、雨。雨ね! うん、いいじゃない、雨の夜の散歩! それもまた乙なり、よ。親友同士でしかできない感じ。すごく素敵。すごく『普通』! ね!?」 「『親友』......『普通』......」 苦し紛れにひねり出したフレーズに、エルマは心惹かれたように振り向いたが、しばらく考えると、躊躇いがちに視線をルーカスたちへと戻してしまう。 「ですが、やはりお姉様に恥をかかせるのは忍びないです。ひとまず、以前シャバの歓楽街で拝見した、『襟元を寛げて胸を押し付ける』スタイルだけでも伝授してから――」 「やめてえええええ!」 イレーネは光の速さでエルマの胸元のリボンと髪を結い直した。 火事場の馬鹿力を発揮して、エルマをぐいぐい引っ張る。 なんとか香水瓶の並んだ部屋の最奥まで戻ってくると、声を潜めてエルマを叱った。 「よくって、エルマ。殿方の、そして溺愛系男性家族の前で、みだりに服を寛げるものではないわ。だいたいあなた、さっきも殿下に、余計な手出しはしないでくれって言われていたじゃない」 「余計な手出し......」 エルマははっとした顔つきになると、それから神妙に頷いた。 「......そうでした。危うく、また殿下のお怒りを買うところでした」 どうやら、ルーカスの発言を受けて、それなりにへこんでいたらしい。 しゅんとなったエルマを見て、今度はイレーネの良心が痛みだしたが、天秤の片方には世界平和と人命がかかっている。 心を鬼にして、再度関心を逸らそうと口を開いた。 ――のだが。 「やあ、なんだかすごいことになって来たねえ」 そこに、ティーカップを持ったフェリクスがやって来た。 どうやら彼は、ティーテーブルからこちらのソファセットに席を移ってきたらしい。 「なんだか、あのテーブルにいると、よくわからない冷気に襲われて、どうしてもこちらに移動しなきゃ、っていう気になってさー」 「ああ......。それは【嫉妬】のお姉様の仕業ですね」 フェリクスが不思議そうに告げると、エルマはこともなげに頷いた。 「対象者を確実に陥落させたい場合に、周囲がそれを邪魔しないよう、さりげなく場を立ち去るよう促すという、お姉様が独自に編み出した暗示技術でして。いわゆる洗脳結界ですね」 「うん、いわゆるっていうか、まったく聞いたこともない現象だけど」 フェリクスが笑顔で突っ込んだが、エルマはもの思わしげに眉を寄せるだけだった。 「洗脳結界を張ってまで......お姉様、本気なのですね」 全力で常識外れの振る舞いをする身内を、憂えるかの口調だ。 だが、エルマの解説を聞けば聞くほど、イレーネたちはむしろ、ルーカスの身が心配になってきた。 「ねえ......今、オネエ様がさりげなく指先を擦り合わせたように思ったのだけど」 「ああ、あれは、予め小容器に隠してあった暗示の香を、擦り合わせることで揮発させているんですね。やはり、殿下にはそうした物理的揺さぶりをかけないと難しい、と判断したのでしょう」 「なんかさ、よくよく耳を澄ませてみると、ルーカス、結構精神にクることも言われてるっぽいんだけど」 「ああ。過去のトラウマを利用した暗示に移行したようですね。殿下の恋愛耐性が強すぎて、まずは心を折らねば隙が生じないと考えたのでしょう」 「ねえエルマ......。なんだか、オネエ様の姿を見ているだけで、だんだん私も、動悸がしてきたのだけど......すごく、オネエ様が魅力的に見えるっていうか......」 香による身体攻撃、過去まで遡った精神攻撃、 テーブルの反対側で見守っていた大罪人たちも、リーゼルの本気ぶりに、静かにドン引きしはじめた。 「うっわ......あの香、めちゃくちゃ中毒性が高いやつだよ......えげつな......」 「久々に彼の本気を見ましたね......」 「あれはもはや誘惑と言うより、攻撃ではないのか」 「む......なんだか、俺まで、眩暈が......」 動揺しながら、ひそひそと囁き合う。 動体視力に優れたイザークなど、うっかりサブリミナルが効いてしまい、呻きはじめた。 いや、彼だけではない。 遠巻きに二人を見守っていた周囲は皆、リーゼルの繰り出す渾身の誘惑術――の流れ弾に、次々と当てられていった。 「やばっ、香をちょっと吸っちゃった......! くらくらする......」 「く......、話術だけでなく、五感全てを揺さぶりに掛かっていますね......!」 「俺には世界一美しく素晴らしい妻が――!」 「目が......! 目が......!」 いろいろとぶっ飛んでいる大罪人たちでさえこれなのだ。一般人のイレーネたちなど、ひとたまりもなかった。 「はぁ......っ、リーゼルオネエ様、......っ、素敵......!」 「やばいなー、ちょっと僕も、彼から目が離せなくなってきた......?」 視線の先、ワイングラスを傾けるリーゼルが、ひどく魅力的に見える。 琥珀色の瞳は、まるで熟した樹液のような濃密な色香を湛え、薄い唇にはミステリアスな微笑み。 グラスの脚をなぞる指先も、頬杖をついたまま小首を傾げる仕草も、ただの女ではあり得ない、複雑で奥深い艶に満ちている。 堂々たる女王というよりは、沼に引きずり込んでくる魔女のような、蠱惑的で、不思議な磁力。 喉が渇く。 視線が彼から離せない。 いつしか全身が、彼の存在に溺れたがっていた。 ああ、これが恋なのだろうか。狂おしく彼を求め、跪きたくなる。 一言命じられれば、命だって捧げるのを躊躇わぬ、嵐のように凶暴な感情。 ふら、と、ルーカスが椅子から立ち上がった。 見ているイレーネにはわかる、彼はその場で跪こうと言うのだろう。 這いつくばり、足に口付け、永遠の忠誠を誓う。 先ほどまであんなにそれを阻止しようとしていたくせに、今や彼女はそれを自然なこととして受け止めていた。 だってそうだろう。 こんなの、逆らえない。 「ルーカス殿下......」 そのとき、イレーネの横で大人しく推移を見守っていたエルマが、ぽつんと呟いた。 「それでよいのですか......?」 小さな小さな独白。 非難と言うよりは、素朴な驚きと、微量の戸惑いを含んだ声。 だがそれを聞いた瞬間、イレーネは、自身をいつの間にか取り囲んでいた膜のようなものが、ふっと消失したかの感覚を抱いた。 ぼんやりとしか追えていなかったルーカスの行動が、ようやくくっきりと像を結ぶ。 ふらついたように見えていた彼は、思いのほかしっかりとした足取りで床に膝を突き――それから、すぐに 「落としたぞ」 驚きに目を瞠るイレーネたちの前で、ルーカスはリーゼルに向かって、滑らかな仕草で片手を差し出す。 その手の中には、ごく小さな貝殻が収まっていた。 「とどめに使った、暗示の香――だろう?」 リーゼルが静かに息を呑む。 ルーカスは器用に片方の眉を上げ、小首を傾げてみせた。

127 17. "Ordinary" Provisions (7) "So...." Enjoying the scent of perfume to her heart's content, Irene glanced back at the table. (Your Highness is seduced by Elma's Onee-sama...!? Behind her gaze was Liesel and Lucas laughing gently. As far as I can see, the diagram of smiling and tilting the glass together feels like friends I like. Because they are both men with good looks, if ordinary women see it, they may think it smiles like, "Well, it's a good friend." But Irene, who wrote corroded - and read "true" - saw the intimate tension lying between the two without being deceived by filters such as gender. (Lightly packed distance, and natural and unpleasant body touch. A smile at the angle that makes your face look the most appealing... Definitely, Onee-sama is about to drop His Highness...! He is a baroness with considerable social experience, as opposed to Irene. As a maid, I've seen things like forbidden love and fire play in one corner of the royal palace. Above all, if people are twice as tolerant of same-sex relationships, it's because she certifies fires even where there's no smoke. Rezel is trying to seduce Lucas. Irene stared at the sight in front of her and quietly sweated cold. (Nh... why did you come here...!? At this point in time, she was already completely left behind by the rapidly changing developments. Suddenly I thought I had been caught up in a coup and came to jail. I was hospitalized with rage, invited to a shocking dinner, and I wondered why I had moved to Lucas' classics. Suddenly, the air in the cafeteria relaxed and the tea party. Elma's same-sex friend, herself, is consistently generous, but about Lucas, I don't know if the sinners are going to entertain him or if they're neglecting him. "What's wrong with 'so'? And Irene looked back with a strange voice from behind. It's Elma. She showed Irene to the table in the back of the room to show off a lot of perfume, as Liesel said. The appearance of gazing at us with innocent eyes was unusual, and I loved it a lot, as was dressing up. "So... so... I can't believe I like perfume with a detoxifying effect..." Irene glanced straight into her dawn eyes, aggressively deceiving her. She insisted on coupling Lucas and Elma, but she couldn't hide the upset that her rival had been hit. "Is it detoxification? Ah, if that's the case, I'd recommend this area." "Do you have one!? "Yes. This is an original perfume prepared by [Jealous] 's brother... sister who specializes in detoxification. The reputation is that just spraying one spray will immediately release the physical and mental toxins and grow up like possessions fell off. However, when the scent runs out, it seems a little rough." "... is that brainwashing or training?" As always, they are full of great sinners. Rather than the scent of perfume, it only smells of crime. The sparkling perfume bottle seemed to have unexpectedly wrapped up a strange aura. "Perhaps Elma's family will kill me if I hit you too badly....? However, Elma shook her head in surprise, pointing out that her face was convulsing. "What are you talking about! Absolutely not! Irene and His Highness are my first dear friends. When I told her I wanted to be polite, onee-sama and the whole family were so happy that they broke their hearts and prepared for the day." The statement has no colour of lies or exaggeration. Perhaps Elma really tried to entertain Irene, and the great sinners were also happy to make a visit to Irene without a lie and prepared all the things they wanted. --It's just that it's all off track. "I can't deny that it's the first time my family and I have ever invited a friend into our house, and it's completely gone up... but it's really fun to consult and prepare for this in a short period of time. I was really happy to introduce my proud family to Irene, and I can't believe that one more family is about to grow... I'm already so happy." Elma, who dyes her cheeks and tells her how she feels, is so pathetic that she accidentally squats on the spot that she wants to feel angry. Irene slightly missed the shock by putting her strength on Tanden, holding her fist tightly, and even lowering her voice, "Ugh..." I don't want to know, but I do. Why do the sinners love her so much? How deeply you love this pure, good girl. (Even if Elma brings a strange man or a new friend, I think she'll be snooping around the corner of the heavy box with a needle...! Especially men. Not with a man like that. I think Lucas is a good property and I know a serious aspect of him, so I can cheer naturally, but even Lucas, in case he tries to reach out to other women, I think it will take me all my efforts to eliminate him immediately. And when I thought about it, Irene opened her eyes. (No way... in other words, Onee-sama's motion... is that so!? At last, she reached sincerity and sweated more and more. This time, it's a cold sweat that endangers Lucas' safety. (Ma... not good!? Given all your abilities, Your Highness is knocked out in one shot!? I don't underestimate Lucas' popularity of women, but I think it's too bad to be clear. Everyone here is unusual. They are passionate and competent, and it takes them to get rid of morality and common sense - which is why they are full of strange charms. Kidnappers who brainwashed a group of noble ladies in a country could easily fall down one or two bloody young men with a little hint or medication. And if that happens, Rezel will turn his palm back and attack Lucas relentlessly. Perhaps other "families" are observing it from afar. The third battle of decency had already begun. (Well, what should I do...! Should I break in and tear off His Highness!? Yes, but this is His Majesty's decoration, so it's NG I'm going to sneak out...!? But, but when His Highness kneels before Elma, it's like a very shocking scene...! Honestly, I don't know how much Elma will be shocked. If she only sees Lucas as a "friend," she might be fine. However, there was a risk that being too problematic would cause a big problem on the contrary. (For example, smiling at the seduced Highness or even supporting her...! Wow, I can see your Highness being stabbed to death by Elma...! Irene, who had been transformed into an Elma Simulator, had faded into his overly precise predictions. Irene knows that Lucas is actually putting his sincere thoughts in between his jokes and his actions. It is too pathetic of him to let his thoughts be ravaged in that way. (Even so, my three-dimensional (real) speculation cap is His Highness x Elma....! The misfortune of conjecture must be avoided. For one thing, the moment I decided to keep Elma away from this disturbing scene, "--Oh? Onee-sama, are you trying to seduce His Highness...? As expected, Elma, following Irene's gaze, strangely tilted her neck from behind. "Ah... ah, ah, ah" "Isn't it? That facial expression, that personal space, that tone of voice." "Ah, ah, ah...! "Hmm. Goldilocks effects scattered in small conversations, the law of returnability, mirroring, contrast principles...." Elma glanced at the table as the upset Irene tried to push her back with her mouth wide open. Then he frowned with dissatisfaction, saying, "Already." ............ Elma is irritated by the temptation of His Majesty...!? I wonder if Elma has actually begun to be attracted to Lucas in places she doesn't know. While astonished, Irene glanced at the delightful miscalculation, but Elma pulled back to reality in the following words. "Absolutely not. Onee-sama doesn't know how to seduce." "For Shabaab, the type of approach that exposes the skin is more common than such a deviant temptation. Isn't it? "Hah...!? When was such a 'normal' planted in her? In front of the stunned Irene, Elma somehow began to disturb her own hair, which was tied up properly. "I don't know much about Shaba's ecology either... Her Highness, who is the closest and" normal "mentor, often seemed to have attached a woman's perfume and lipstick to her chest. Rumor has it that in a town at night, women just look at each other, so they call it" Lucas of Fully Automated Take-Out. " "Really!? I mean, what's your naming sense!? "i.e." Elma hangs her finger on the ribbon knot at the neck and looks straight at Irene. "The temptation of Shabaab is frustrating." If you say so, you'll unravel the ribbon. Immediately, a slight white neck and a delicate portion of the clavicle are exposed. On pearl-like skin, glossy black hair crawled - and Irene breathed unexpectedly into a choking tone that changed from the usual sudden atmosphere. "Onee-sama shouldn't be ashamed of the devious temptation of the prison ceremony to the romantic princess. Here is an example of my overbearing temptation -" "Wait!!! He took a breath, but Irene clasped to Elma to stop him. "Please don't kill His Highness! You're going to die! You're going to die! Perhaps Lucas will be killed instantly by Elma's troubles, then his soul killed by the fact that his presence is out-of-the-box to Elma, and finally physically killed by the great sinners for being subdued by his beloved daughter. Life only once, no matter how many times you don't die. Three things made Irene desperate: brother-in-law, compassion, and moral compassion. "E, Elma, outside! Let's go get some air! I don't know if I want to go for a hungry walk! "Eh... but I think I can hear the rain outside the window..." "Ah, oh, rain. It's raining! Yeah, it's nice, a walk on a rainy night! That'll be B again. I feel like I can only do it between my best friends. Very nice. Very 'normal'! Huh!?" "'Best friend'... 'Normal'..." Elma turned her attention to the distressed phrase, but after a while, she tended to hesitate to look back at Lucas and the others. "But I still can't stand to embarrass onee-sama. For the first time, I just taught you the style of" Relax your collar and push your chest "that I saw earlier in Shaba's pleasure town -" "No, no, no! Irene reconnected her hair with Elma's chest ribbon at the speed of light. Use the stupid power of the fire scene to pull Elma around. She managed to get back to the deepest part of the room where the perfume bottles were lined up and scolded Elma in silence. "Come on, Elma. Don't let your clothes slip away in front of you and your drowning male family. In general, Your Highness told me not to do anything extra." "Extra handouts....." Elma nodded mysteriously when she looked soft. "... that's right. I almost bought His Highness's anger again." Apparently, Lucas said something and it was pretty embarrassing. When I saw Elma, Irene's conscience began to hurt, but on one side of the balance, world peace and human life were at stake. He turned his mind into a demon and opened his mouth again in an attempt to distract him. - Of course. "Hey, it's getting kind of amazing." There came Felix with a teacup. Apparently he moved his seat from the tea table to this sofa set. Somehow, when I was at that table, I was attacked by cold air that I didn't know, and I really felt like I had to move here. "Ah... It's the work of [jealous] onee-sama." Felix said strangely, Elma nodded. "Onee-sama has uniquely invented an implicit technique that encourages the surroundings to leave the scene without disturbing them if they want to make sure the subject falls. It's the so-called brainwashing boundary." "Yeah, so to speak, it's a phenomenon I've never heard of." Felix smiled, but Elma just frowned on her thoughtfulness. "Until you reach the threshold of brainwashing... onee-sama, you're serious." It's a tone of mourning for your family to behave out of common sense with all their might. But the more Elma explains, the more Irene and the others are worried about Lucas. "Hey... I just thought Onee-sama rubbed her fingertips together." "Ah, that is, by rubbing together the hint of incense that was hidden in the small container in advance. After all, you decided that it would be difficult without such a physical shake on His Highness." "Something, if you make your ears clear, Lucas, it seems to be quite spiritually offensive." "Oh, I see you've moved on to the allusion of past trauma. Your Highness is too resistant to love, so you thought you'd have to break your heart first." "Hey Elma... I'm kind of just looking at Onee-sama, and gradually I'm getting a palpitation too... you look really attractive to Onee-sama..." Physical attacks by incense, psychological attacks dating back to the past, and visual imprints (subliminals) no longer look more like a battle for life than a rush to love. The great sinners who were watching on the other side of the table also began to quietly drag Rezel's serious attention. "Ugh... that incense is so addictive... nasty..." "I've seen him for a long time...." "Isn't that more of an attack than a seduction?" "Mh... I'm kind of dizzy even to me..." Upset, whispers to each other. The subliminals, such as Isaac, who had excellent motor vision, inadvertently worked and started moaning. No, he's not the only one. The surroundings watching the two on the far wind were all hit one by one by Rezel's seductive trick. "Nah, I just inhaled some incense...! I feel lightheaded....." "Kh... not just talking, but shaking all five senses...! "I have the most beautiful and wonderful wife in the world!" "My eyes....! My eyes...! This is even the biggest sinners flying around. There was not a single one, such as the ordinary Irene. "Hah... ah, Rezel Oneje-sama... ah, nice...! "Oh no, I can't keep an eye on him anymore...? Riesel tilts the wine glass in front of her eyes and looks terribly attractive. Amber eyes reveal a dense color like ripe sap and a mysterious smile on thin lips. The technique of tracing the legs of the glass and tilting the small neck with the cheek cane is complicated and full of deep gloss that cannot be just a woman. Rather than a majestic queen, it's a puzzling, mysterious magnetic force like a witch dragging into a swamp. I'm thirsty. I can't get my eyes off him. His whole body always wanted to drown in his presence. Oh, I wonder if this is love. I crazy want him and I want to kneel. If you are commanded to say one word, you will not hesitate to sacrifice your life, stormy and violent emotions. Calm down, Lucas got up from his chair. As Irene sees it, he will tell you to kneel on the spot. Crawl, mouth on your feet, swear eternal loyalty. Having tried so hard to stop it before, she now sees it as natural. I suppose so. I can't resist this. "His Highness Lucas...." At that time, Elma, who was watching the change very closely beside Irene, murmured. "Is that okay...? A little monologue. Rather than denouncing, the voice contained a simple surprise and a trace amount of confusion. But the moment I heard that, Irene had the feeling that something like a membrane that had surrounded her for some time had disappeared. Lucas' actions, which were only vaguely pursued, finally formed a clear image. Looking fluffy, he shook his knees on the floor with a firm foot besides his thoughts - and then he stood up immediately (...). "I dropped it." In front of the astonishing Irene, Lucas pointed his hand toward Rezel in a smooth manner. Inside his hand was a very small shell. "It's a hint of incense that I used to end up with, right? Liesel took a quiet breath. Lucas raised one eyebrow cleverly and tilted his small neck.

15.「普通」の慈善活動(6) アナは警戒心を最大値まで引き上げ、目の前の男を見つめた。 「......ご冗談を。バルコニーの四階から地上まで伝い下りて無事な女なんて、普通おりませんわ」 「それはどうだろう」 平静を装って紡いだ返答に、なぜだかルーカスは愉快そうに笑った。 「俺が身近に知っている女性は、普通に崖から飛び降りて無事だったりするので、判断に悩むな」 初対面のアナに、砕けた様子で笑いかける彼は、たしかに色男としての魅力にあふれているに違いない。 だが、彼の仄めかす「女性」の正体を察して、アナはいよいよ顔を強張らせた。 崖から飛び降りて無事な人間が、そうほいほい存在されたら、堪ったものではない。 「......エルマ様から、なにかお聞きに?」 「なにか、とは?」 覚悟を決めて一歩踏み込んでみたが、相手は軽く眉を上げるだけだった。 間合いを測りかねて黙り込むアナに、ルーカスはなんでもないことのように切り出した。 「たとえばこんなことだろうか、アナスタシア嬢。あなたが、エスピアナのロドリゴ聖侯爵の養女であることや、貴族の養女としては珍しく、辺境の流刑地出身であること。それとも、ルーデン入りの初日に暗器を山ほど所持していたことかな?」 完全に情報が筒抜けになっている。 この分では、しらばっくれることができる段階は、とうに過ぎてしまっているだろう。 アナは、憎しみを込めて目の前の男を睨み付けた。 『やっぱり、エルマ......あの女は、最初からあたしを騎士団に突き出す気だったんだね』 恐らく、最終日にまで残ったことで、彼女の用は済んだのだ。 だからこうして、アナの情報を騎士団に差し出した。 (ちくしょう......っ) それは、よくわからぬ敬意より、よほど合理的で「普通」の行動のはずだ。 それならアナだって、戸惑うことなく理解できる。 だというのに、裏切りを突きつけられた今、心の底がひりつくように痛む。そんな自分の弱さが忌々しかった。 だが、 「今、いまいち聞き取れなかったが、エルマが騎士団に突き出そうとした、と言ったか?」 首を傾げたルーカスの、次の言葉で、アナは大きく目を見開いた。 「ならば誤解だ。エルマは、むしろ積極的にあなたの良い噂を流してまわっている」 『......なんだって?』 咄嗟に母国語のまま呟き、その後我に返ったアナは、ルーデン語で聞き直した。 「どうもこうも。彼女はあなたをなんとしても立后させたいらしい。方々で人を捕まえては、相手が当惑するくらいに、あなたのことを褒めてまわっている。もちろん、弟バルドを褒め称えた後にだが」 いわく、廊下で侍女仲間に会えば「アナ様の抱っこスキルは人類史に刻まれてしかるべきレベル」と語り、騎士団に顔を出しては「アナ様の根性の据わり方は不動如山の極致なので、ぜひ見習うべき」と熱弁する。 そのほかにも、すれ違う人全員に、「おはようございますバルたんの可愛さは唯一不変。本日も気持ちのいい天気ですねアナ様の変顔すごい」と、まるで語尾のように褒め言葉を混ぜてくるらしい。それも、うっとりとした様子でだ。 「......いえそれは、選考を有利にするための情報に、まったくなっていないのでは......」 「まあ正直、印象操作をする工作員というよりは、孫自慢をする祖父母の言動に近い、というのは事実だ。だが、あまりに好意を垂れ流すエルマにつられて、周囲は徐々に『バルドくんはすごい。そしてアナスタシア嬢とやらもすごいらしい』と認識しはじめている」 『なにそれ!?』 再び母国語に戻ってしまい、アナは慌てて咳払いをした。 「信じられないことですね。それも彼女の計算通りということでしょうか」 「いや、計算なんかではないだろう。程度がぶっ飛んでいるからこちらが見誤るだけで、彼女は......エルマは、あれでかなり単純で、思ったことをただ行動に移しているだけだ」 だからこそ、疑って己を疲弊させるより、覚悟を決めて信じ切ったほうが楽だぞ。 目の前の男は、なぜだか自分に言い聞かせるようにそう付け加える。 彼がなにを思っているかはともかく、不思議なことに、その言葉はすとんとアナの腑に落ちた。 おそらくエルマは、臆面もなく、バルドやアナのことを褒めてまわったのだろう。 その想像は、アナの心を妙にそわつかせたが――しかし、今は、そんな話をしている場合ではなかった。 「仮に、本当に彼女が私を密告しなかったのだとして、それなら、なぜあなたは私を疑うのです?」 「もちろん、独自に調べたからだ」 「あなたが? 一人で?」 アナの問いに、ルーカスはおどけるように肩を竦める。 「本気を出せば、それなりに有能なのでね」 敵の規模を知りたいがための問いだったのだが、そんな答えが返ってきたので、アナはますます眉を寄せた。 「......それで。私をどうなさるおつもりなのですか?」 「それは......あなたたちが決めるのでしょう。拷問するなり、殺すなり」 ここに来て、いまさら無事で帰れるとは思わない。 苛々しながら尋ねると――それでもルーデン語だと丁寧な口調になってしまうのが忌々しい――、相手は意外な返答を寄越した。 「ああ、そういう意味なら、なにもしない」 「これでも騎士だ。弱り切った相手を、痛めつける趣味はないものでね」 意味がわからない、と反論しかけたアナを、ルーカスは視線で封じた。 「弱っていただろう? バルコニーにいたときから、途方に暮れたような、今にも逃げ出しそうな顔をしていた」 思いきり最初から見られていたのではないか。 「己の『任務』に疑問を覚えはじめたか、逆に首謀者が恋しくなったか、はたまた、エルマによる修行にうんざりしたか。心境は測りかねるが......ただこちらとしては、今あなたに逃げられるわけにはいかないんだ」 間近に迫り、耳元で甘く囁く様は、いかにも女たらしそのものだ。 だがアナは、その熱が、自分に向けられているものではないということを、本能的に悟った。 「あなたに逃げられたら、エルマが異母兄の妻になってしまうかもしれない。その可能性は、なんとしても潰しておきたいのでね」 「......それが、あの女が準優勝にこだわる理由ですか」 ひっそりと笑うルーカスの手を振り払いながら、アナは少し考えた。 「まさかあなたたちは、恋人同士なのですか? それにしては、彼女の方は、一度もあなたのことを口にしたことはありませんでしたが」 ルーカスの笑みがわずかに強張る。 鋭いのは、観察眼というより、言葉が含む内容のほうということだろう。 それだけで、アナは二人のおおよその関係を把握した。 「おい待て、なぜ急に俺を哀れみの目で見る」 アナは意識的に表情を抑え込むと、忙しく思考を巡らせた。 話を総合するに、やはりエルマにアナへの害意は無いようだ。 自分の正体に気付いているのは、ルーカスの言葉を信じてよいのなら彼一人。 そして彼は、暗殺者が王妃となるリスクを冒してでも、エルマの立后を阻止したいと考えている。 (あたしのことを見逃すのは、あたしのことなんていつでも無力化できると過信するがゆえだとしても――結局、このまま見逃してもらうほかにないってことか) 無理矢理結論付けると、少し気が楽になった。 相手にも思惑があり、かつアナのことを侮っているからこそ、彼らはこうして暗殺者の存在を許容している。 掌の上だと思うと腹立たしいが、ほかに選択肢がない以上、晴れの場に備えて、粛々と爪を研ぐしかない。 遥か高みの玉座にあるルーデン王フェリクス。 彼を殺害できるほど接近できるのは、今日枕問いがなかった以上、あとは最終選考後の表彰の場だけ。 王妃内定者に首飾りを授けるという、その機会を利用するしかないだろう。 (ここまで来たら、やってやるさ......!) 皮肉にも、エルマの教育のおかげで、今の自分ならほかの候補者に負ける気などしない。 唯一、師匠であるエルマには敵わないだろうと思うが、そのエルマ本人が アナは拳を固めると、真っすぐにルーカスを見つめた。 「手足が冷えてまいりました。『明日に向けて万全を期したいので』、そろそろお 言葉に含ませた意図は、しっかりと伝わったようだ。 ルーカスは端整な顔をほころばせて頷いた。 「もちろん。引き留めてしまい、失礼。あなたの優勝を、心より祈っている」 そうして、どうぞ、とバルコニーを掌で指す。 アナはもう言い訳もせずに、ひらりと柱を伝い、部屋に戻った。 (ふん、すかした男だね。香水の匂いまで漂わせちゃってさ) すっかり冷え切った二の腕をさすり、顔を顰める。 いつの間にか、彼がまとっていた香りがこちらまで移ってしまった。 『趣味の悪い香りだねぇ......ん? 女物?』 くん、と改めて嗅いでみて、アナは首を傾げた。 恐らく、いや、確実に、これは女物の香水だ。 ここ数日の猛特訓に含まれていたビューティー講座で、エルマに叩き込まれたからわかる。 (......と、いうことは) 色男が女物の香水を漂わせている場合、考えつくのはひとつしかない。 彼がやってきた方角、そしてアナがバルコニーで佇んでいたところから見ていたという話も総合し、表情まで見て取れる距離を算出するに―― (さては、迎賓館の誰かと逢引きしていた......?) 一瞬、エルマかとも思ったが、彼女は一切香水の類を付けない。 男のために装うことはあっても、バルドの子守りがある以上、強い香りは避けるだろう。 となると残るは、今まだ迎賓館に残っている候補者、――カロリーネ。 アナに対するのと同じように、逃亡を阻止しに行ったとも考えられるが、こんなに香りが強く残っているとなると、やはり思いつくのは「そういう」可能性だ。 『おやおやまあ......いい男だこと』 アナは半眼になって皮肉った。 エルマを気にする素振りを見せながら、これとは。 『本当にいい男ですよね』 静かな相槌が返ってくる。もちろんエルマだ。 アナはぎょっと飛び上がった。 『な......っ、なななっ、なんであんたがここにいるんだよ!』 『それはもちろん、寝かしつけが完了しましたので、次はアナ様のお世話をと。今、バルたんを褒めてくださったのですよね? 夜を徹してのバルたんトークでもします?』 『断固拒否する! ってーか世話とかいらないから! 普通に、ガキと一緒にそのまま寝てろよ!』 『いや、だから、いちいちそんなことで感動の視線を向けないでくれる!?』 やはり、エルマと話していると、冷静な思考力がどこかに行ってしまう。 すっかりペースを乱されたアナが、肩で息をしていると、甲斐甲斐しく水を差し出していたエルマがふと視線を上げた。 『アナ様。随分と経済的な香りの香水を召されていますね』 『......安っぽいって素直に言えよ。あたしだってこんなの――』 趣味じゃない、と言いかけ、アナは口を噤んだ。 これが移ったものであることを告げると、誰に会っていたかも説明しなくてはならない。 芋づる式に、ルーカスの女の趣味にまで話が及びそうで、それが少々躊躇われたのだ。 言いよどんでいると、エルマは沈痛な面持ちで頷いた。 『......私が愚かでございました』 『アナ様、考えてみればこの三日間、私があなた様にご指南申し上げたのは、どちらかといえばイザーク・ギルベルトライン......武闘部門の内容ばかりでしたね。王妃の資質を磨かねばならないこの期間、リーゼル・マリーライン......即ち美容部門を、あまりにも その、なんとかラインというのはなんなのだ。 嫌な予感を感じ取って硬直したアナに、エルマは手を取りながら優しく微笑みかけた。 『大丈夫。最終選考開始まで、まだ十二時間以上もあります。香水の選び方の復習から、バイオテクノロジーを用いた生け花、爆速カラー診断、ケミカルメークアップ術。今この瞬間から、私の持てるすべての美容知識を、あなた様に捧げますね』 『ところどころ不穏な単語混ぜるの、ほんと止めてほしいんだけど!』 アナは全力で手を引こうとしたが、離してもらえなかった。 『早速香水についてなのですが、香水というのは単に芳香を楽しむだけでなく、極めれば精神操作や洗脳といったことも可能でして、そのためにはまず化学式で香りの分類を――』 『滑らかに応用編に入らないでくれる!?』 にこやかに授業に移行しようとするエルマを、アナは必死で遮る。 だが、エルマは『いえいえ』と、こともなげに反論した。 『応用編だなんて。私たちの身の回りにも、こうしたものは平然と紛れ込んでいるものですよ』 『例えば......そうですね、今日の養護院の畑に咲いていた白い花、ご覧になりましたか?』 質問の意味が、一瞬理解できなかった。 養護院の畑に咲いていた白い花。 それは、アナの村にも咲いていた、可憐なあの花のことだ。 『え......?』 『寒く荒れた土地で咲く、ありふれた雑草の一種です。咲いているときはほぼ無臭なのですが、花弁を潰すなどして加工すると、甘い香りがするのですよ。香りは鎮静作用を持ちますが、長期間嗅ぎつづけると、精神の働きが鈍り、洗脳が容易になります』 エルマの説明が、頭に入ってこない。 いや、脳内でなにかが繋がってしまうのを、アナは無意識に拒否していた。 村でよく見かけた白い花。 地味だけれど、加工すると、不思議とよい香りがする。 「無毒の」植物が歌声によって異常生育していた中、かの花は、たった一輪だけ、小さいままで揺れていた。 つまり。 アナはぎこちなく首を巡らせ、寝台脇の机を見た。 ここ数日身に着けていない髪飾り、それをしまっていた引き出しを。 かつて養父から贈られた、白い花を模した髪飾り。 先端に付けられた鈴の音は軽やかで、鼻先を近付ければ、本物の花と同じ香りがする。 (つまり......?) 『アナ様。特訓に集中してくださいませ。香水の話がお嫌でしたら、先にそれ以外の美容部門について徹夜で講義を進めますが、それでよろしいですね?』 気もそぞろに返事をする。 恐ろしい言質を取られてしまったと彼女が気付いたのは、数分後のことだった。

156 15. "Ordinary" Charitable Activities (6) Anna raised her vigilance to the maximum and stared at the man in front of her. "... are you kidding me? There's no such thing as a woman on the fourth floor of a balcony going down to the ground and being safe." "How about that?" Lucas laughed joyfully in response to the spinning of calm. "Don't worry about judgment because the woman I know close to usually jumps off a cliff and is safe." Anna, who laughs at her face for the first time, must be filled with charm as a colored man. However, Ana finally made her face strong, knowing the identity of his impersonating "woman." If someone jumps off a cliff and is safe, it's nothing to endure. "... what do you want from Elma? "What is it? I made up my mind and stepped in, but the opponent raised his eyebrows slightly. Unable to gauge the time between them, Lucas cut it out as if nothing had happened. "For example, Miss Anastasia. You are the adopted daughter of the St. Marquis of Rodrigo in Espiana, and you are from an unusual and endemic place of exile as an adopted daughter of a nobleman. Or did you possess a pile of dark vessels on your first day in Luden? The information is completely out of the box. In this case, the stage where you can stroke me will have already passed. Anna stared at the man in front of her with hate. "I knew it, Elma... she was going to throw me into the Knights from the beginning." Probably because she stayed until the last day, she was done with it. That's why I gave Anna's information to the Knights. (Goddamn it...) It's supposed to be more rational and "normal" behavior than an unfamiliar respect. Then Anna can understand without confusion. But now that you've been betrayed, the bottom of your heart hurts. Such a weakness of myself was abominable. But... "I couldn't hear you now, but did you say Elma was about to protrude into the Knights? In the next words of Lucas, who leaned her neck, Anna opened her eyes wide. "Then it's a misunderstanding. Elma is rather active in spreading good rumors about you." "... what? Anna, who groaned in her native language and then returned to me, rehearsed it in Ruden. "Thank you so much. She wants to make you stand back no matter what. When people catch people, they praise you so much as they embarrass you. Of course, after praising my brother Bardo." When I met my maid in the hallway, I said, "Ana-sama's hugging skills should be engraved in human history." I looked up to the Knights and said, "Ana-sama's guts are immovable like the ultimate mountain, so I should definitely be apprenticed." Besides that, I said to everyone else, "Good morning, Baltan's cuteness is the only thing that stays the same. It feels so good weather today, Anna-sama's strange face is amazing," he said, mixing compliments like the end of the phrase. It was also a pleasant appearance. "... no, it's not at all information that would benefit the selection..." "Well, honestly, it's a fact that it's closer to grandparents' behavior when they're proud of their grandchildren than when they're operating impressions. However, with Elma flowing too favorably, the surroundings gradually said," Baldo is amazing. And I'm beginning to realize that it's amazing to have sex with Miss Anastasia. " What is that!? After returning to her native language again, Anna coughed in a hurry. "That's incredible. Is that what she calculates?" "No, it's not a calculation. Just because we're flying so far, she's... she's pretty simple, she's just translating what she thinks into action." That's why it's easier to prepare and believe than to doubt and exhaust yourself. The man in front of him adds so that he can tell himself why. Whatever he was thinking, strangely, the words fell into Anna's heart. Perhaps Elma was unconcerned and praised Bardo and Anna. The imagination strangely distracted Anna's mind - but now it's not the time to talk like that. "If she really didn't snitch on me, then why do you doubt me? "Of course, I did my own research." "You? Alone? Lucas shrugged his shoulders to stop asking Anna. "If you're serious, you're quite capable." I wanted to know the size of my enemies, but the answer came back, so Anna frowned more and more. "... that's it. What are you going to do with me? "It's... it's up to you. Don't torture, don't kill." I don't think I can get home safe now. When asked impatiently - and it would still be disgusting to have a polite tone in Ruden - the opponent responded unexpectedly. "Oh, if that's what you mean, I won't do anything." "This is still a knight. I don't have a hobby for hurting weak people." Lucas sealed her gaze, challenging that she didn't know what it meant. "Weak, right? Ever since I was on the balcony, I looked like I was halfway there and I was about to escape." I wonder if it was seen from the beginning. "Have you begun to question your 'mission', or on the contrary, have you missed the mastermind, or are you sick of Elma's training? I can't measure my mood... but I can't let you get away with it right now." As you approach and whisper sweetly in your ears, it's always the femininity itself. But Anna instinctively realized that the fever wasn't directed at her. "If you escape, Elma may become my half-brother's wife. I want to crush that possibility anyway." "... is that why she sticks to the semi-winning?" Anna thought a little as she waved away Lucas's hand, smiling secretly. "Are you lovers? In that case, she never talked about you." Lucas' smile is slightly stronger. What is sharp is that the content is more of a word than an observation eye. With that alone, Anna understood the approximate relationship between the two. "Hey, wait, why are you suddenly looking at me with pity?" When Anna consciously suppressed her expression, she was busy thinking. To sum up, Elma doesn't seem to have any harmful intentions towards Anna. He is the only one who knows who he is if he can believe Lucas' words. And he wants to stop Elma from standing behind him, even at the risk of an assassin becoming queen. (What you miss about me is that even if you're overconfident that you can disable me at any time - in the end, there's nothing else you can miss.) When I forced myself to conclude, I felt a little relieved. They allow the assassin to exist because they also have temptations and despise Anna. Angry when I think it's on my palm, but I have no choice but to polish my nails solemnly in case it's sunny. Felix, King of Luden, sits on the throne far above. The only way we can get close enough to kill him is today without a pillow, and only after the final awards. We'll have to take advantage of the opportunity to give the queen a necklace. (If you come this far, I'll do it...! Ironically, thanks to Elma's education, I don't feel like losing to other candidates right now. I don't think Elma, who is the only master, will be the enemy, but because the Elma herself wants to avoid "Yusho" after standing up, that means that there is nothing to obstruct her. When Anna tightened her fist, she stared straight at Lucas. "My hands and feet are getting cold. I want to make every effort for tomorrow , so it's time for you to take your time. The intent contained in the words seems to have been well conveyed. Lucas nodded with a flat face. "Of course. I've got it. Excuse me. I hope you win with all my heart." Then, please, point your hand at the balcony. Anna went back to her room without any excuses, passing on the twinkles and pillars. (Hmm, you're a faint man. I even let the scent of perfume drift.) I rubbed my completely cold arms and froze my face. Soon, the smell he was wearing passed to us. It's a bad smell... hmm? A girl? After sniffing again, Anna tilted her neck. Perhaps, no, definitely, this is a girl's perfume. I can tell from the beauty course that was included in the fierce special training in the last few days, when Elma knocked me down. (I mean...) If a colored man is drifting a woman's perfume, there is only one thing that comes to mind. To calculate the distance you can see from where he came from and where Anna was standing on the balcony, (Well, were you meeting someone at the hotel...? For a moment, I thought it was Elma, but she doesn't wear perfume at all. Even if you dress up for a man, you will avoid strong fragrances as long as you have Baldo's babysitter. The remaining candidate is the one who is still in the hotel - Caroline. As with Anna, it is thought that she went to stop her escape, but when the scent remains so strong, it is still possible to think of "that way". "Oh, oh, well... that's a good man." Anna sarcastically half-eyed. While showing the appearance of worrying about Elma, what is this? You're a really nice guy. A quiet gavel returns. Elma, of course. Anna jumped a little. "Nah... nah, nah, why are you here?! Of course, since the bedding is complete, I want to take care of Anna-sama next. You just praised Baltan, didn't you? Do you want to spend the night talking about baltans? I categorically refuse! I don't need any help! Normally, sleep with the kid! No, so don't look at me like that!? After all, when I'm talking to Elma, my cool thinking goes somewhere. As Anna breathed on her shoulders, Elma, who had been courteously delivering water, raised her gaze. Dear Anna, You've been eating perfume with a very economical fragrance. " "... be honest with me that it's cheap. This is what I am..." Anna murmured, saying that she wasn't a hobby. When you tell them that this was a move, you have to explain who you met. At the potato potato ceremony, we talked about Lucas's woman's hobbies, and she hesitated a little. At last, Elma nodded with a sad look. "... I was stupid." "Ana, if you think about it, all I've given you over the past three days is Isaac Gilbertline... the contents of the fighting division. During this period when the queen's qualities had to be honed, Liesel Marilyn... that is, the beauty department was too neglected. What kind of line is that? Feeling a bad feeling, Elma gently smiled at Anna, who was stiff. "It's okay, we still have more than twelve hours before the finalists begin. From reviewing how to choose a perfume, biotech flowers, burst color diagnostics, and chemical makeup. From this moment on, I will dedicate all my beauty knowledge to you." Anyway, I want you to stop mixing disturbing words! Anna tried to pull her hand with all her might, but she couldn't let go. It's about perfume quickly, but perfume is not only about enjoying aromas, but also about mental manipulation and brainwashing. To do this, we first classify fragrances by chemical formula. Please don't enter the application section smoothly!? Anna desperately blocks Elma from moving on to class. But Elma objected 'no'. I can't believe it's an application. These things are mixed up flat around us. " "For example... did you see the white flowers that were blooming in the nursing home fields today? I couldn't understand the meaning of the question for a moment. The white flower that was blooming in the nursing home field. It's about that poor flower that was also blooming in Anna's village. "Eh....? It is a kind of common weed that blooms in cold and rough land. It is almost odorless when it is in bloom, but when it is processed by crushing petals, it has a sweet fragrance. The scent has a sedative effect, but if you keep sniffing it for a long time, it slows down your mind and makes brainwashing easier. " Elma's explanation doesn't come into my head. No, Anna was unconsciously refusing to allow something to connect in her brain. White flowers often seen in the village. Though plain, it smells strange when processed. While the "non-toxic" plant was abnormally growing by singing, the flower was shaking in a small circle. I mean... Anna scratched her neck and looked at the desk by the bedside. The hair accessories you haven't worn in the last few days, the drawers you left behind. Hair accessories imitating white flowers, once given to me by my adoptive father. The sound of the bell on the tip is mild and closer to the tip of the nose gives it the same scent as a real flower. (I mean...? Dear Anna, Focus on your special training. If you don't like talking about perfume, I will give a lecture all night on other beauty departments first, but is that okay? I replied slightly. It was only a few minutes later that she realized that she had been terribly challenged.

0.プロローグ 物憂げな満月の、夜だった。 完全な円を象った月は、青白い腕を地上に向けて差し向けてはいたが、鬱蒼と茂る森の中は、ほとんど闇に沈んでいる。 青年は、蔦性植物に足を取られ、一瞬バランスを崩すと、忌々し気に舌打ちを漏らした。 「邪魔な植物。硝酸で焼いてやろうか?」 いまだ青年期の張りを残した、若々しい声。 理知の色とともに、どこか狡猾さの滲む鳶色の瞳。 ランタンをかざし、森を探索していたその人物は――若き日のホルストであった。 彼は、普段なら悪戯っぽい笑みの浮かんでいる顔に、剣呑な表情を乗せ、周囲をくまなく見回していた。 「エルマ! エルマー! どこに行ったんだい? 出ておいでー!」 それというのも、彼の大切な大切な「妹」エルマが、すっかり日が沈んだというのに、一向に 「まったく、シャバ慣れしてない【暴食】が連れ出すと、これだから......。エルマみたいに小さくてかわいい子は一瞬で迷子になるから、よくよく気を付けろとあれほど言ったのに、森でかくれんぼだなんて......」 独白には、焦りと苛立ちが等しく混ざる。 もちろん、苛立ちのすべては、監獄を総動員して探索救助をさせることになってしまったエルマにではなく――だって、子どもが本気でかくれんぼをするのは、とても健全なことだ――、その保護監督を怠り、おめおめと彼女を見失ってしまったイザークへと向かっていたのだが。 ハイデマリーが監獄を掌握して以降、ホルストやモーガン、男装時のリーゼルといった「一見一般的な」容貌のメンバーは、日常的に脱獄し、買い物や情報収集を楽しんでいた。 イザークはあまりに目を引く巨漢ぶりから、滅多にシャバには下りないのだが、久々に森で身体を動かしたいというので、たまにはとエルマの相手を任せてみれば、とたんにこれだ。 おかげで、エルマの保護者を自任するホルストたちは、かれこれもう三時間以上も、エルマを探して森をさまよっていた。 ――キィ......ン。 と、ホルストの足が、枝と枝の間に張り巡らされていた糸に触れてしまい、硬質な音が辺りに響き渡る。 音の正体と、その奥に広がる光景を認めて、ホルストは眉を寄せた。 「......フレンツェルにまで出てきちゃったか」 フレンツェル領。 ヴァルツァー監獄を擁する北西の海岸に接した、ルーデン辺境の土地だ。 冬には雨が続くが、一年を通じて気候は穏やかで、ワインの名産地として知られる。 しかし同時に、瘴気を帯びた海と魔獣の棲む森に囲まれた厳しい土地でもあり、この、国境沿いに張り巡らされた「鳴鎖」は、そこに住む人間の涙ぐましい生活の知恵のひとつであった。 磨いた鉄の棒が打ち鳴らされるときの高い音が、魔物を払うというのである。 「......ま、着眼は悪くないと思うけど。エルマが侵入しちゃってるかもしれないって時点で、効果は推して知るべしって感じだよね」 しかしホルストは、その出産に立ち会い、かつ、その後も頻繁に彼女の診察をしていたがために、エルマの体質が常人とは異なることを、薄々理解してしまっていた。 たとえば、膂力。 たとえば、知力。 免疫構造、強靭な皮膚、異様な学習能力。 エルマのそれは、今までにホルストが見てきたどの人間とも、かけ離れている。 「全然いいんだけどね、元気でかわいければ、それで」 ホルストは、軽く鼻を鳴らしてそう片付ける。 かつて暴漢に襲われてから、ずっと寝台と魔石に繋がれていた妹を見ていた彼からすれば、自らの庇護する少女が健康で頑丈すぎるという事実は、なんの問題もなかった。 問題なのは、フレンツェル領のほうだ。 「魔境を拓きし、聖酒の守り手――ね」 神に捧げる飲み物とされる、ワイン。 かつて魔族が栄えていた時代にもその干渉を跳ね除け、今も魔物を躱し、聖なるぶどう酒を造り続けている彼らは、おしなべて信念深く、魔に連なるものを毛嫌いしていると聞く。 そんな場所にエルマが迷い込み――あげく、その「本性」に気付かれでもしたら、どうなるか。 無意識に目を眇めたホルストは、そのとき地面に転がったなにかが、きらりとランタンの光を跳ね返したのに気付いた。 駆け寄り、拾い上げる。 蝶の形に宝石を嵌め込まれた、繊細な髪飾り。 王都でもなかなか見ないだろう上等なそれは、先日エルマの四歳の誕生日に、おしゃれにうるさい【嫉妬】がプレゼントしたものだった。 ふむ、と眉を寄せて、ホルストは思考を巡らす。 ついでに視線も巡らせて、すぐそばの登りやすそうな木、そのふもとに落ちた食べかけの木の実までを認めたところで、彼は深々と溜息をついた。 幼いエルマの行動傾向を知悉した彼が推測した内容は、こうだ。 恐らく彼女は、その四歳とは思えぬ優れた身体能力と知恵を発揮し、【暴食】の探索を躱しながらここまでやってきた。 しかしながら、あまりに長い間見つからないので、退屈してしまった。いや、不安になったのかもしれない。 そこで彼女は、「迷子になったら、高い場所で動かず待機」、というホルストの教えを思い出し、森の中でもひときわ高いこの木に登り、ついでにお腹が空いたのか、木の実をもいで食べた。 そうして足をぶらぶらさせながら、優れた視力でぐるりと周囲を見下ろし―― (視界に入るとしたら、闇に擬態している監獄よりも、火を灯しはじめただろう頃合いの、民家のほうか) ホルストは、独自に開発した小型の望遠鏡を取り出し、ふんと鼻を鳴らした。 なだらかな葡萄畑の向こう側、曲がりくねった道の遥か先に、一等大きい灯りが見える。恐らく、領主の館であろう。 「......これでエルマになにかあったら、この土地と【暴食】を焼き殺してやるけど」 不安をそんな軽口でごまかし、ホルストは軽く唇をゆがめる。 それから、キィンと音を立てている鳴鎖をひょいとくぐり、迷いのない足取りで森を抜けていった。 ――その後ろでは、鉄の立てる音に怯えて踏み込めぬ魔蛾が、恨めしそうに羽ばたきを繰り返していた。

32 0. Prologue It was a sad full moon night. The moon, which symbolizes a complete circle, pointed its pale arms toward the ground, but in the lush forest, it was almost sunk in darkness. The young man leaked his tongue in disgust when his feet were taken off by a cypress plant and his balance was broken for a moment. "Disturbing plants. Shall we bake him with nitric acid? A youthful voice that still retains its teenage tension. Together with the color of intellect, somehow cunning and seeping eyes. The man who was cruising the lantern and exploring the woods was the Holst of the young days. He used to look around with a sword-like look on his face, usually with a playful smile. "Elma! Elmer! Where have you been? Get out of here! That was because his dear "sister" Elma never came back to jail, even though the sun had set completely. "I'm totally unfamiliar with [bulimia], but when I take him out... A cute little girl like Elma gets lost in an instant, so I told her to be careful, but she's hiding in the woods...." Monologues mix impatience and frustration equally. Of course, all the irritation was not with Elma, who had to mobilize the prison to search and rescue - because it was very healthy for a child to really play hide and seek - but rather with Isaac, who neglected to supervise his guardianship and, congratulations, lost her. Since Hydemarie took control of the prison, "seemingly ordinary" members, such as Holst, Morgan, and Riesel in men's clothing, have routinely escaped and enjoyed shopping and gathering information. Isaac rarely goes down to Shaba because he's been an eye-catching giant, but he wants to move his body around in the woods for a long time, so occasionally if you leave Elma to her, this is it. Thanks to this, Horst, who left Elma's guardians to himself, has been wandering the woods in search of Elma for more than three hours. --Ki... nh. And the legs of Holst touched the thread that was stretched between the branches, and a hard sound echoed around them. Acknowledging the identity of the sound and the sight behind it, Holst raised his eyebrows. "... did you come out to Frenzel?" Frenzel Territory. Land on the Luden border, bordering the northwest coast with Walzer prison. Although it rains in winter, the climate is mild throughout the year and is known as a wine region. At the same time, however, it was also a tough land surrounded by a carefree sea and a forest inhabited by beasts, and this "ringchain" stretched along the border was one of the wisdom of the tearful life of humans living there. The high sound when a polished iron rod is sounded is that it wipes out the monster. "... well, I don't think it's a bad idea. At a time when Elma might be intruding, it feels like it's as effective as it can be." Horst, however, was present at the birth and still seeing her frequently afterwards, so he had a faint understanding that Elma's constitution was different from ordinary people. For example, strength. For example, intelligence. Immune structure, tough skin, different learning abilities. Elma's is far away from any man Holst has ever seen. "It's totally fine, but if you're fine and cute, so..." Holst snorts his nose lightly and cleans it up. There was nothing wrong with the fact that the girl he sheltered was too healthy and sturdy when he saw his sister who had been connected to the beds and magic stones ever since the thug attacked her. The problem is with the Frenzel territory. "I'm going to build a demon, a sake keeper." A drink dedicated to God, wine. Even in the era when the demon tribes once flourished, they still consume monsters and continue to make sacred wines. I hear that they are faithful and hate things connected to the demon. Elma gets lost in such a place - what happens if she finds out about her "nature"? Unconsciously, Holst noticed something rolling on the ground at that time, sparkling back the lantern light. Rush over and pick it up. A delicate hair accessory with jewelry embedded in the shape of a butterfly. It would be rare to see it in King's Landing, but the other day, on Elma's fourth birthday, a fashionable and noisy [jealousy] presented it. Hmm, with his eyebrows raised, Holst walks around thinking. And he glanced, and admitted to the tree that was easy to climb near him, and to the nuts of the eating tree that fell at his feet, and breathed deeply. Here's what he guessed when he learned about Elma's behavioral trends. Perhaps she came here exploring [bulimia] with an extraordinary physical ability and wisdom that she could not have imagined at the age of four. However, I was bored because I couldn't find it for too long. No, I may have become anxious. So she remembered the teaching of Holst, "If she gets lost, she stands still in a high place." She climbed this tall tree, which was one of the highest in the forest, and ate with the nuts whether she was hungry or not. As he hangs his feet, he looks down at his surroundings with excellent vision. (If you're in sight, you might have started to light a fire, rather than a prison in the dark.) Holst took out his own small telescope and snorted his nose. Across the soft vineyards, far beyond the winding path, you can see a much bigger light. Probably the lord's mansion. "... if anything happens to Elma now, I'll burn this land and [cannibalism] to death." With such a light mouthful of anxiety, Holst gently distorts his lips. Then he walked around the ringing chains, making a sound with Keen, and walked through the woods in an undisturbed step. --Behind that, a magic moth that could not be stepped in in fear of the sound of the iron was repeatedly slamming its wings with resentment.

大きな満月に照らされたドラゴンは、さながら神話の住人のようだ。 よくよく目を凝らせば、ドラゴンにはいくつかの腕が生えており、その中の一番立派な そして、その頭上――そびえたつような立派な角の間に、小柄な少女が跪いている。 ドラゴンは火を噴き、左右に激しく身をくねらせて旋回するが、少女はびくともしない。 彼女は鼻筋にすっと指を滑らせる仕草をして、そこに何もないと気付くと、ふと苦笑を浮かべた。 それから、ドレスの裾の内側から、すらりと巨大な牛刀を取り出した。 「ちょま......っ! どこから出てきた牛刀ーーーーーー!?」 刀は彼女自身と同じくらいの長さがあり、到底ドレスで隠しおおせるはずがない。 イレーネは絶叫し、ホルストやリーゼルたち大罪人もさすがに突っ込んだ。 「まったく、刃物は危ないから毒を持ち歩くように言ってるのに!」 残念ながら、突っ込みの観点は、少々異なっているようだったが。 エルマは両手に握りしめた牛刀を、ゆっくりと天高く掲げ持つ。 まさか、と見守る一同の視線の先で、 彼女は気合い一閃、それを素早く振り下ろした! 風が唸り、一部はかまいたちとなって監獄の壁をぴしりと弾く。 牛刀を操る動きが縦横無尽なものになると、風はいよいよ台風の様相を呈した。 「きゃああああああっ!」 壁の穴から吹き込んできた強風に、咄嗟にイレーネたちは顔を庇い、そして次に目を開けた時には―― ドラゴンは骨と皮、そしてブロック状となった肉に分かれ、空高く、放射線状に浮かんでいた。 「心なしか花火っぽい!?」 イレーネが思わず叫ぶと、それを聞き取ったらしいエルマがふと振り返り、宙に浮いたままにこりと微笑む。 それから、何ごとかを呟くと――唇の動きを読んだモーガンは「『ターマヤー』......?」と首を傾げた――、くるりと身を引き寄せ、着陸態勢に入った。 くるん、くるん、くるん。 自由落下しながらも、エルマの身体は美しく回転を続ける。 何度目かの回転のときに、彼女は猫のようにぐんと身体を伸ばすと、大きく壊れた監獄の壁のへりを掴み、そこから勢いをつけて反回転した。 Y字の形に両手を上げて、獄内への完璧な着地を決める。 突然目の前に帰還された格好の一同は、思わず拍手を送ろうとしかけたが、それよりも早く、エルマは素早く身をよじり、壁の外に向かってぐわっと何かを広げた。 大きな布のように見えるそれは、よく目を凝らせば、彼女たちが先ほど「 ――ぐん......っ 淡い光を発するスライムは、振り回された遠心力によって、夜空めがけて、まるでナンのように薄く引き伸ばされてゆく。 ちょうど最大まで広がりきったその瞬間、エルマより一拍遅れて落下していたものたちが、一斉にスライムの「クッション」に到達した。 短い掛け声とともに、次にエルマは、広がりきったスライムを収斂させてゆく。 上に乗っていた、ドラゴンのコマ切れ肉が、骨が。 エルマが予めドラゴンの鉤爪に引っ掛けておいた、狩りの収穫物すべてが。 最後だけは静かな音を立てて、それらがイレーネたちのすぐ目の前に並べられてゆく。 ドラゴン肉の横に、気付けば正座させられていたイザークとルーカスに向かって、エルマは「まったくもう」と両手を腰に突いた。 「【暴食】のお父様。危うくドラゴンに捕食されるところだったではありませんか」 「面目ない。味見に、夢中に、なるあまり、背後が、おろそかに......」 「私だけが相手なら問題ございません。ですが本日は殿下も一緒です。ご覧ください、殿下は事態に取り残されて、すっかり黙り込んでいらっしゃるではありませんか」 彼女はそう言って、ぐったりとしたルーカスを指差す。 マントル付近から成層圏付近まで急上昇・急降下を強いられた彼は、のろのろと顔を上げた。 「え......?」 正直、肉体的な負荷が強すぎて、展開に頭が付いていかない。 なにを言いだすんだ、という表情をどう受け止めたのか、エルマはしっかりと頷いた。 「実は私、この狩りが始まった瞬間から、殿下が必死の形相で突っ込んでばかりなのが、少々気に掛かっておりました。特に、【暴食】のお父様がドラゴンを拳で気絶させたときの、殿下のあの驚愕と絶望が入り混じった表情。それを見て、殿下は我々の狩りのスタイルに強い疑問を抱いているのだと、確信せざるをえませんでした」 ルーカスはわずかに目を見開く。 (エルマが......自分たちの非常識さを、理解した......?) そこは表情を読まずともわかってくれよとは思うが、それでも感動を禁じ得なかった。 ルーカスの顔に歓喜の色が滲んだのを見て取り、エルマは「なにもかもわかっている」と言うように重々しく頷いた。 「一年という短い期間ではございますが、私も外の世界を見てきました。その過程で、何度も何度も、監獄の『普通』とシャバの『普通』は異なるのだということを、身をもって学んでまいりました」 今、エルマがイザークを見つめる目には、与えられた価値観を鵜呑みにする善良さだけでなく、自ら知恵を付けようとする聡明さが浮かぶ。 ぽかんとするイザークに、エルマは凛とした口調で続けた。 「【暴食】のお父様。僭越ながら申し上げます。ドラゴンを拳で昏倒させ、丸焼きにして食すというお父様のスタイルは、シャバではまるで『普通』ではないのです」 「なんだと......?」 家族に眉を顰められても、堂々と意見を述べるエルマの姿に、ルーカスは、そしてそれを見守るイレーネは、思わず胸が熱くなるのを感じた。 エルマが、真っ当なことを言っている。 常に常識外れだったこの少女が、今や自分と大罪人の間に立って、「普通」を説こうとしている――! 「シャバでは、ドラゴンやヒュドラといった 違う。 そうじゃない。 だがエルマは、もはやドヤ顔と称して差し支えない表情になっている。 彼女は胸を張ると、「そうなのか......!」と驚くイザークに言い切った。 「ええ。私もシャバで、いろいろな『くびなが』を丸焼きにしては驚かれたものでしたが、先日ヒュドラを唐揚げにした際は、大層喜ばれたものでした。なので、間違いございません」 エルマは誇らしげに告げ、それからイレーネをちらりと見て付け足した。 得意げに言い切って、エルマは「差し出がましいようですが」とイザークに拳を突きつける。 その中には、ダイヤモンドと見まごうような、美しい結晶が載っていた。 「先ほどのドラゴンの涙から、塩を精製してみました。どうぞご用立てくださいませ。――お父様、繰り返すようですが、ドラゴンは唐揚げ、そして塩。これが、シャバの『普通』というものなのですよ」 その、邪気の無い笑顔。 ルーカスとイレーネは同時に天を仰ぎ、力なく呟いた。 「もしや......俺たちはエルマに、とんでもない成功体験を植え付けてしまったんじゃないか......?」 「ごく一部の嗜好が、エルマの中で、『シャバの普通』になろうとしていますわ......」 だが、二人の焦燥などいざ知らず、イザークは感嘆の声を上げるだけだ。 「エルマ......おまえ、成長、したな」 「いえ。ひとえに、殿下やイレーネといった、素晴らしい方々によるご指導の賜物です」 神妙に答えるエルマに、イザークは感じ入るものがあったらしい。 ふと目頭を押さえると、もう片方の手でぽん......とルーカスの肩を叩いてきた。 「ルーカス・フォン・ルーデンドルフ。俺は、認める。おまえは、エルマの、『普通』の師匠だ......」 「なんだそれ!?」 「娘を......よろしく頼む......」 なにかそういうことになったらしい。 すっかり展開に取り残されたルーカスをよそに、大罪人たちはまばらな拍手を送る。 「わー、『普通』の師匠だってー」 こんなにおざなりな祝福を受けたのは初めてだ。 「いやはや感動的な光景ですねえ。主旨が行方不明気味ですが、本人も相手を認める発言をしておりますし、二戦目もまたルーカス様の勝利ということで。さて、敗者の【 モーガンが穏やかかつ雑な進行を見せる。 どうやら、お茶好きなラトランド人である彼は、 彼はちゃきちゃきとリング撤収の指示を飛ばすと――クレメンスがまた絶叫していた――、今度はその場に豪奢なティーセットを出現させる。 ルーカスが呆然としている間に、今、優雅な茶会が始まろうとしていた。 「おい......!」 なんなのだ、これは。 あまりに取り留めのない展開に、根が真面目なルーカスは顔を引き攣らせたが、その時、 「殿下」 彼の裾を、そっと引く者があった。 エルマである。 彼女は、露わにした夜明け色の瞳に、純粋な称賛を浮かべ、こちらを見上げていた。 「殿下が無事に家族からの『肝試し』をくぐり抜けられるものかと、傲慢にも私、少しひやひやしていたのですが、まったく無用な心配でしたね。【怠惰】のお父様や【暴食】のお父様相手に、あっさり勝利を認めさせてしまうなんて」 「いや......」 どちらもルーカスの実力というよりは、エルマの介在によって、不可解な展開に行きついただけなのだが。 ルーカスは微妙な顔つきになったが、エルマはそれを吹き飛ばすように愛らしくはにかみ、両手を合わせた。 「それに、副次的ではありますが、私の『普通』についての成長ぶりも、家族に認めてもらえて......。思えば、家族に物申したことなど初めてで、ドキドキしましたが、私、とても自分が誇らしいです」 それは恐らく、モーガンに向かってロンダリングより結婚詐欺を勧めたり、イザークに向かって、ドラゴンの丸焼きより唐揚げを勧めたことを指すのだろう。 ルーカスは遠い目になる。 だが、 「これも、ひとえに殿下のおかげですね。――本当に、ありがとうございます」 桃色に上気した頬を晒され、純粋な敬意の籠もった眼差しを向けられ。 それでもなお、「むしろ『普通』から全力で遠ざかっている!」などと否定することは――悲しいことに、ルーカスにはできなかったのである。 「はい。感謝の気持ちを込めて、ドラゴン唐揚げは、私も腕によりをかけて調理いたしますね」 「....................................そうか」 ただそれだけ、短く頷くと、イレーネやフェリクスから、えもいわれぬ生温かな眼差しが向けられるのを感じる。 ルーカスは静かに視線を逸らした。

A dragon illuminated by a large full moon looks like a mythical dweller. If you look closely, the dragon has several arms, of which Isaac and Lucas are hooked to the finest claws. And above that - a small girl is kneeling in the middle of a splendid upright corner. The dragon sprays fire and spins violently from side to side, but the girl doesn't shudder. She slipped her fingers all over her nose, and when she realized there was nothing there, she smiled bitterly. Then, from the inside of the hem of the dress, I slipped out a giant cow sword. "Hey....! Where did the cow sword come from? The sword is as long as herself and cannot be hidden in a dress. Irene screamed, and Horst and Rezel's great sinners burst into it. "My God, the blade is dangerous, so I'm telling you to carry the poison! Unfortunately, the perspective of penetration seemed slightly different. Elma slowly hoisted the cow sword she held in both hands. No way, in front of the same line of sight watching, She flashed, swinging it down quickly! As the wind roared, some of them became fools and slammed the walls of the prison. When the manipulation of the cow sword became endless, the wind finally turned into a typhoon. "Kyaaaaaaaaa! When the strong wind blew through the hole in the wall, Irene and the others covered their faces, and the next time they opened their eyes... The dragon was divided into bones, skins, and blocked meat, floating high in the sky and radially. "No heart or fireworks!? When Irene screamed unexpectedly, Elma, who seemed to have heard it, looked back and smiled as she remained floating in space. Then, when he murmured something, Morgan, who read the movement of his lips, said, "'Thermoyah'...? He leaned his neck - he pulled himself together and entered the landing position. Lump, lump, lump. While falling freely, Elma's body keeps spinning beautifully. On several turns, she stretched out like a cat and grabbed the corner of a big broken prison wall, from where she gained momentum and turned back. Raise your hands in the Y-shape to determine the perfect landing in prison. All of a sudden, the dress that came back in front of her surprisingly tried to clap, but sooner, Elma quickly twitched and spread something toward the outside of the wall. It looks like a big cloth, and if you look closely, it's a slime that they've hunted in the third layer of the "Dungeon" earlier. --Ngu.... The slime emitting light is stretched thinly towards the night sky by the swinging centrifugal force, as if it were a nan. Just as it spread to the maximum, those who had fallen a beat behind Elma arrived at the slime's "cushion" at once. With a short shout, Elma then collapses the spreading slime. There was a bone in the dragon's cut meat on it. All the hunting harvest Elma had previously hooked onto the dragon's claws. The last is a quiet sound, and they are lined up right in front of Irene's eyes. Next to the dragon meat, Elma shook her hands to her hips, pointing towards Isaac and Lucas, who had been seated when she noticed. "Father of [convulsion]. We were almost preyed on by a dragon." "It's disgraceful. You're obsessed with the taste, and you're barely behind it...." "If I'm the only one, there's no problem. But I'm with you today. Please see, Your Highness has been left in a state of complete silence." That's what she says, pointing at tight Lucas. He was forced to climb and descend rapidly from near the mantle to near the stratosphere, and raised his face slowly. "Eh...? Honestly, the physical load is too strong to get a head on the deployment. Elma nodded firmly as to what she was saying. "As a matter of fact, from the moment this hunt began, I was a little worried that His Highness had just stepped into it in desperate shape. Especially when [Raptor] 's father stunned the dragon with his fist, His Majesty's expression mixed with consternation and despair. I couldn't help but be convinced that His Highness had strong doubts about the style of our hunt." Lucas opened his eyes slightly. (Elma... understood their insanity...? I'm sure you won't even read my expression there, but I couldn't help but be moved. Seeing the color of joy seeping through Lucas's face, Elma nodded heavily, saying, "I know everything." "It's been a short year, but I've seen the outside world. In the process, over and over again, I learned by myself that the" normal "in prison is different from the" normal "in Shaba." Now, when Elma stares at Isaac, there is not only goodness that covets the values given, but also brilliance that tries to add wisdom to herself. Elma continued in a gentle tone to Isaac. "Father of [convulsion]. Thank you for your arrogance. Father's style of knocking a dragon out with his fist and eating it whole is not 'normal' in Shaba." "What do you mean...? Even when the family frowned, Lucas and Irene watched as Elma spoke up, feeling unexpectedly hot in her chest. Elma is telling the truth. This girl, who has always been out of her common sense, is now standing between herself and the Great Sinner and trying to explain "normal"! "In Shaba, reptile-based beasts such as dragons and Hydras are basically cut into pieces and fried (...)." No, it's not. That's not true. However, Elma's face is no longer called Doya's face. She raised her chest and said, "Really...!" to Isaac, who was surprised. "Yes, I was surprised when I baked all kinds of Kubinaga in Shaba, but the other day when I fried Hydra, I was very pleased. So there's no mistake." Elma proudly told him, then glanced at Irene and added. Cutting to the chase, Elma pointed her fist at Isaac, saying, "I don't think it's a good idea." It contained beautiful crystals that looked like diamonds. "I tried purifying the salt from the tears of the dragon earlier. Please help me. --Father, I repeat, the dragons are fried and salted. This is Shaba's" normal. " That sincere smile. Lucas and Irene both looked up to heaven at the same time, muttering without strength. "What if... we planted an incredible success experience in Elma...? "Very few of my hobbies are about to become 'normal' in Elma...." But without knowing their impatience, Isaac just raised his voice of admiration. "Elma... you've grown up." "No, thanks to the guidance of wonderful people such as His Highness and Irene." Elma answered mysteriously, and Isaac felt something. When I pressed my eyes again, I hit Lucas on the shoulder with my other hand. "Lucas von Rudendorf, I admit it. You are Elma's" normal "master...." "What is that!? "Give my daughter... my best regards..." Something like that happened. The sinners give a sparse round of applause to Lucas, who has been left completely unfolded. Wow, you're a 'normal' teacher. I've never received such a rude blessing. "No, it's an impressive sight. The main thrust is that he seems to be missing, but he is also making a statement acknowledging the opponent, and the second match is also Lucas's victory. Now, let the loser's [Conquest Isaac] cook this dragon meat immediately and have a high tea here once." Morgan shows gentle and cluttered progress. Apparently, he, a tea lover from Rutland, has finally lost interest in standardization ahead of the tea party (high tea) with meat dishes. When he skipped the order to remove the ring - Clement was screaming again - he would now have a luxurious tea set on the spot. While Lucas was stunned, an elegant tea party was about to begin. "Hey....! What the hell is this? In an overly unresolved development, Lucas, whose roots were serious, convulsed his face. "Your Highness." Someone pulled his hem gently. It's Elma. She looked up at us with pure praise in her revealed dawn eyes. "I was a little chilled by your arrogance that you could safely pass the" liver test "from your family, but there was no need to worry about it at all. I can't believe I let my laziness father and [convulsion] father admit victory." "No...." Neither was Lucas's strength, but Elma's intervention led to an inexplicable development. Lucas had a subtle look, but Elma cheered adorably and put her hands together to blow it away. "Besides, it's secondary, but my" normal "growth has also been recognized by my family... When I think about it, it's the first time I've ever spoken to my family, and I'm so proud of myself." Perhaps it meant suggesting marriage fraud over laundering to Morgan, or fried chicken over dragon roasting to Isaac. Lucas has far-sighted eyes. But... "Thank you very much, Your Highness. --Thank you very much." Exposed to peachy cheeks, she turned her eyes to a cage of pure respect. Still, "Rather, I'm trying my best to stay away from 'normal'! Sadly, Lucas couldn't deny it. "Yes, with gratitude, I will cook deep-fried dragons with my arms too." "....................................................................." However, when you nod briefly, you can feel a warm, raw look from Irene and Felix. Lucas slipped away quietly.

7.幕間(1) 聖鼎杯初日の、夜。 実質的には前夜祭の位置づけとなるこの時間、円形闘技場は民に開放され、文字通りのお祭り騒ぎが繰り広げられていた。 神に捧げるための聖酒を飲み交わし、讃美歌を陽気に歌い、隣人と肩を叩き合う。 敬虔な信徒の多いアウレリアにおいて、日頃は眉を顰められるこれらの行いも、この聖鼎杯の期間だけは、すべて神に感謝を示すためのものとされ、許容されるのだ。 聖鼎杯とは、彼らにとってそれほど特別な儀式であった。 一方、参加する側である候補生――学生たちはといえば、翌日から始まる武闘会本番に備え、開会式を終えた後は、学生寮に戻る者がほとんどだ。 彼らは翌日に備え、多くは早々に寝台にもぐり込んでしまうため、この日付が変わる時間帯ともなると、寮内はしんと静まり返っていた。 そんな中、燭台の細い光を片手に、外廊下を歩く人物が、一人。 闇にあっても物おじせずに歩みを進める金髪の少女――イレーネである。 彼女はやがて、敷地の外れにある薪舎にたどり着き、右から三つ目の扉を確認すると、それを静かにノックした。 「もし。部屋の薪が切れてしまって、主人が眼鏡をナノクリーニングするのに難儀しているのですが」 「眼鏡が。それは大変ですね、ただいま」 とりあえず文章に「眼鏡」の語を混ぜる、というのが、イレーネたちの決めた合言葉だ。 すぐに冴えない眼鏡の用務員――の姿をしたルーカスが扉を開けてくれたので、イレーネはするりと薪舎の一室に潜り込んだ。 それから、燭台を手近な床に置くと、ルーカスに向かって恭しく一礼した。 「お呼びでしょうか、殿下?」 「今更取って付けたように畏まられてもな。いい、もはや改まった言葉遣いもいらん」 ルーカスは暑苦しい鬘と眼鏡をむしり取り、ばさりと髪を掻き上げると、ようやく落ち着いたように薪の山に腰を下ろした。 突然の美男の出現である。 密室に、水も滴る色男と二人きりという状況だが、なんといっても、イレーネは「ふす!」と相手を爆笑してしまった後だ。 ときめきよりも、何度見ても鮮やかなビフォーアフターへの感動を覚え、しみじみと溜息を漏らした。 「本当に......美醜のすべてを無意味化する、なんて力を秘めた眼鏡かしら。もしかしてあの子が見ている世界とは、こんなものなのでしょうか」 「......恐ろしい可能性を突きつけないでくれるか」 自分の甘いマスクが、エルマにまったく通じていない可能性を指摘されて、ルーカスがわずかに声を低める。 が、彼は軽く頭を振って、思考をすぐに切り替えると、真剣な顔で口を開いた。 「さて。呼び出してすまないが、おまえに頼みがある」 「お任せください。エルマのスリーサイズなら既に聞き出しておりますわ。上から――」 「違う。待て、おまえはいったい俺のことをなんだと思っているんだ」 きりっとメモを取り出したイレーネを制し、ルーカスは天を仰ぐ。 それから苦虫をかみつぶしたような顔で、イレーネにも腰を下ろすよう告げると、しっかりと視線を合わせた。 「頼みたいのは、もっと別のことだ。......明日から本番を迎える聖鼎杯で、エルマが今日のような『活躍』をしてしまわないよう、協力してほしい」 「活躍をせぬよう、協力......」 怪訝そうに反復してみせたイレーネに、ルーカスは頷き、説明を補足した。 「具体的には、聖鼎杯で三部門とも頂点を極める、などといった異常事態を阻止してほしい。聖鼎杯の結果には関わらずとも、人心に強い印象を残す今日のような事態も、できれば阻止したい。協力してくれないか、イレーネ」 「それは、あの......」 真っすぐ見つめられたイレーネは、困惑も露わに、おずおずと聞き返す。 「『トリニテートを獲ってこい』という、陛下のご命令に逆らう......ということです、よね?」 押し黙ったルーカスに、イレーネは慌てたように両手を突き出した。 「いえ、殿下が仰るのですから、なにか事情があるのでしょうし、私としても陛下よりは、殿下の命に従いたく存じます。それで今日も、なにかおかしいなとは思いつつ、あの場で殿下に同調したわけですし」 エルマに、「優勝するな」「むしろ凡人に徹せよ」と説いたあの時のことだ。 やはり、こちらの意図を汲んでのことだったかと、ちらりと視線を上げたルーカスに、イレーネは戸惑いがちに頷いてみせた。 「あのとき私は、外国人の我々がアウレリアの象徴を獲ってはいけないとか、殿下がそうした政治的配慮をしているのかなと思ったんです。あるいは、あの子が本気を出すと、聖鼎杯どころじゃない被害が起こりそうだから、苦労性まじめ微受けポジの殿下が止めざるを得ない、といいますか......」 「待て、なんだその呪文のような不思議な属性は」 「だから私もフォローはしましたが......でも」 ルーカスの突っ込みについてはさらりと躱しつつ、イレーネは一度きゅっと両手を握り合わせた。 次いで彼女は、ぱっと顔を上げる。 「やはり、国王陛下のご命令に背いてまで優勝を避けよというのは不思議です。しかも殿下は、優勝どころか、活躍そのものを回避せよと仰る。できれば......理由についても、お教えいただけませんか?」 そうして、真っすぐに相手を見つめ返した。 ルーカスはその視線を受け止め、しばし口を閉ざす。 じじ、と燭台の炎が揺れる音だけが、二人の間に響いた。 「――......今から話すことを、決して外には漏らさないと、誓えるか?」 やがて、低い声でルーカスが切り出す。 恐ろしいほどに真剣な顔だった。 イレーネは無意識に喉を鳴らし、「......は、い」と答え、声が震えていることに気付き、慌てて言い直した。 「はい。誓います」 ルーデン一の色男。 女たらしで、気さくで、最近では苦労性な一面ばかりが目立つ彼だが、やはり、若くして騎士団中隊を束ねる男であり、民を束ねる王族の一員なのだと、改めて思い知らされるようだ。 ルーカスはしばし言葉を探すように視線をさまよわせたが、やがてばさりと髪を掻くと、溜息とともに、端的に告げた。 「――エルマは、おそらく魔族だ」 イレーネが息を呑む。 ルーカスは足を組みかえると、口の端を軽く持ち上げた。 「厳密には、魔族の生き残りか、またはその娘だ。圧倒的な美貌、膂力、能力。これまでにも『人とは思えない』と形容されることが多かった彼女だが、先日、とうとう義兄上はエルマが魔族であることを断定した。クレメンス元侯爵の断罪に際し、囚人たちの罪状が真実であるかをひとつひとつ洗っていたが――最も冤罪臭のする『魔族の子を宿した』という娼婦。彼女が、真に有罪であることが判明したからだ」 フェリクスは愚鈍な王の仮面をかぶった傍らで、ヴァルツァー監獄に収容される囚人たちの裁判履歴を、丁寧に遡っていた。 当時の証言、提出された証拠、状況。十五年以上前のものについての作業は難航を極めたが、それでも彼は、彼の納得する真実が見極められるまで、時間を掛けてそれらを調べた。 魔族と番ったというその娼婦――ハイデマリーの、その腹を見たという娼館通いの町医者。当時の同僚。ハイデマリーが袖にしたという属国の王族。 その他関係者と思われる者を片っ端から連行し、自白剤や催眠まで用いて当時の状況を再現した。 そして、彼女の腹にはくっきりと、邪悪な形の痣が浮かんでいたと――彼女は本当に、魔族の子を宿していたとの結論を得たのである 。 「年齢と照らし合わせても、その腹の子とはエルマのことだ。特異な身体能力も、魔族ゆえと言われれば説明が付く。つまり......エルマは、魔族、ないし、魔族の血縁者だ」 「なにかこう......」 それから、微妙な表情で続けた。 「それがなに、というか......ものすごい、今更感がありません? こう......エルマって実は魔族だったんだよ! と言われても、あー、やっぱりー? 知ってたー、みたいな......」 「............言うなよ。同感だ」 ルーカスは心持ちげんなりした顔になると、膝に突いた両手に頭をうずめた。 「あいつのこれまでの所業を思えば、正体が魔族だとわかっても全く驚かないというか......むしろ、魔族だからあんななのか、と腑に落ちてほっとするというか......我ながら感覚が麻痺しているとしか思えんが......」 「ですよね......」 神妙にイレーネが頷くと、ルーカスは「だが」と身を起こした。 「その感覚は、いささか麻痺が過ぎていたようだ。俺たちは、あいつが善良な精神の持ち主であることを知っているが、一般的な民からすれば、魔族とは未だに恐怖の対象であり、攻撃の対象だ」 「......正体が判明すると、エルマが民衆から迫害されると?」 「いや......」 ルーカスは苦々しい表情を浮かべ、親指で唇を擦った。 「むしろ逆だ。......エルマは、このままでは、義兄上に徹底的に搾取される」 「搾取......?」 不穏な単語に怯えたように、ゆらりと炎の影が揺れる。 続く声もまた、物憂げだった。 「......義兄上はあの通りの御方だ。自らの臣下が、たとえ魔族だろうが親の仇だろうが興味はない。関心があるのはただ一点。相手が、自分にとって――あるいはルーデンにとって、有益か否かだ」 「有益......」 「ああ。それでいくと、図抜けた能力と、不死身に近い強靭な肉体を持つという魔族の これまでにエルマが巻き込まれた数々の任務を思い出したのか、ルーカスの表情はますます険しくなった。 「結果はいつも上々。義兄上は大満足だ。任務を通じて実利を得るというのもそうだが、おそらくあれは、同時に彼は、冷静に イレーネの目が大きく見開かれた。 「ああ。アウレリアはアウル教発祥の地。この国には、至る所にルーデンの比ではないほどの聖堂がある」 「そしてそこには、かつて魔族を絶滅に追いやった聖剣や、聖具が数多く収められている......。つまり、強力な聖域ということですね」 アウレリアについての情報を引っ張り出しつつ、イレーネが相槌を打つ。 ルーカスは、彼女が意外なほどアウレリアに詳しいことに内心驚きつつ、静かに頷いた。 「その通りだ。そして、聖域に近付けば近付くほど魔族の体には負荷がかかるのだという」 説明を聞き、イレーネははっとして唇に手を当てた。 「そういえばあの子......今日、妙に調子が悪いと......」 ルーカスもまた顔を険しくする。 そして続けた。 「学院に踏み入った初日で、これだ。数日逗留すれば、さらに体調は悪化するかもしれない」 「それに、トリニテートの表彰式は、最終日に、最も聖力に満ちた聖堂で、強力な聖具を使いながら表彰されるといいますわね。エルマがもしそれに接してしまえば......あの子はさらに、追い詰められてしまうかもしれない、ということですか......?」 「ああ。それはなんとしても避けねばならない。そして――それ以上に避けたいのは、エルマが聖域でも活躍できると、証明してしまうことだ」 その先にどのような事態が待ち受けているのかを、イレーネは理解できてしまった。 「......彼には、エルマが少女の形をした兵器にでも見えるらしい。最終的には、戦場に放り込もうと考えているようだ。エルマは聡いが、妙に世間知らずなところがある。微表情の解読や演技はできても、根が純粋だ。『普通』の切り札をかざして、嫌らしい手練手管を使う義兄上に、うっかり騙されることは十分にありえる。......それは、なんとしても避けたい」 「......もしや、出発前に、陛下と口論されていたのはそのことで......?」 ふと気付いたイレーネがおずおずと問うと、ルーカスはわずかに目を逸らして答えた。 「......一発殴っただけだ」 「好ましく思う女が戦場に放り込まれるのを、はいはいと喜んで見送る騎士がいるものか」 端正な顔が、ふてくされたような表情を浮かべる。 短絡的な言動であるようだが――恐らくは、そうした性質こそが、彼が民や騎士団の団員たちから慕われている要因なのだ。 「ああ。特におまえには、エルマが気を許す友人として、説得や刷り込みを頼みたい。できるか?」 ルーカスが問うと、イレーネは器用に片方の眉を上げてみせた。 「曲がりなりにも王宮に勤める一員でありながら、国王陛下の命を裏切り、任務が失敗するよう立ち回る。そんな不遜で恐れ多いこと、――私以外のどんな婦女子ができると言いますの?」 燭台の光を受けて、猫のような翠の瞳がきらりと光った。

79 7. Tabernacle (1) The night of the first day of the chalice. In essence, the circular arena was open to the people at this time, when the festival was positioned on the eve of the festival, and there was literally a festival riot. Drink the sacred wine dedicated to God, sing hymns cheerfully, and clap their shoulders with their neighbors. In Aurelia, where there are many pious believers, these acts, which are day-to-day frowned upon, are all permitted only for the duration of this chalice to show gratitude to God. The chalice was such a special ritual for them. On the other hand, the candidate students - most of them will return to the dormitory after the opening ceremony in preparation for the fighting that will begin the next day. They were prepared for the next day, and many would fall asleep early, so the dormitory was quiet when the date changed. In the meantime, there was one person walking in the outer corridor with a thin candlestick in one hand. Irene is a blonde girl who walks in the dark without a thing. She eventually arrived at the firewood shed off the property and checked the third door from the right and quietly knocked it out. "What if the firewood in the room runs out, making it difficult for my husband to nanoclean his glasses?" "My glasses. That's tough, right now." Mixing the words "glasses" into the text is what Irene and the others decided to say. Lucas, a clerk with glasses who could not be seen right away, opened the door, so Irene slipped into a room in the woodshed. Then I put the candlestick on the floor nearby and bowed respectfully to Lucas. "Would you like to see me, Your Highness? "Even though I was afraid to take it and put it on. Okay, I don't need a changed word anymore." Lucas took off his hot and bitter muzzle and his glasses, and scratched his hair up, and finally lowered his hips to the pile of wood as if it had settled down. It is the sudden appearance of a beautiful man. In the closet, there was a situation where two colored men dripping with water were alone, but after all, Irene said, "Fuu! after laughing at the opponent. More than once, I felt touched by the vibrant bifour-after-sales after seeing it many times, releasing a bite and sigh. "Really... what a powerful pair of glasses to render everything beautiful and ugly meaningless. Could this be the world she's looking at?" "... don't you dare point to a terrible possibility?" Lucas lowers his voice slightly as he is pointed out that his sweet mask may not work at all with Elma. But when he shook his head lightly and quickly switched his mind, he opened his mouth with a serious face. "Well, I'm sorry to call, but I need you to do me a favor." "Leave it to me. If it's Elma's three-size, I've already heard that. From above..." "No, wait, what the hell do you think I am?" Lucas looked up to heaven, surely controlling Irene, who had taken out the memo. Then he told Irene to lower his hips with a face like a bitter bug, and he stared firmly. "I'd like to ask you something else.... I want you to help me not to let Elma play the role of today at the chalice that will be live from tomorrow." "Help me not to be active....." Lukas nodded and added explanations to Irene, who repeated them with suspicion. "Specifically, I want you to stop abnormal situations such as the culmination of all three departments at the Holy Grail. Regardless of the results of the Holy Grail, I would like to stop things like today that leave a strong impression on people, if possible. Can you help me, Irene?" "That's, um..." Irene, staring straight at her, replies with a faint glance of confusion. "You disobey Your Majesty's order to 'get trinitate'... right? Irene shook her hands out in a hurry to keep her mouth shut to Lucas. "No, because His Highness says, there may be some circumstances, and I would rather obey His Majesty's orders than His Majesty. So today, while I thought something was wrong, I synchronized with His Highness on that occasion." That was when I told Elma, "Don't win." "Instead, let everyone do it." After all, Irene nodded confusingly to Lucas, who glanced up. "At that time, I wondered whether we, the foreigners, should not get Aurelia's symbol, or whether His Highness was taking such political considerations into account. Or is it possible that if she takes it seriously, there will be damage that will not be the Holy Grail, so His Majesty the Hardship Slight Receiver will have to stop...." "Wait, what is this magical attribute like a spell?" "That's why I followed you... but..." Regarding Lucas's penetration, Irene shook her hands together once. Then she looks up. "It is strange, after all, to try to avoid winning until you disobey His Majesty's orders. Instead of winning, His Highness insists on avoiding the activity itself. If possible... could you tell me why? Then he stared straight back at the opponent. Lucas took his gaze and closed his mouth for a while. The sound of a jinx and a candlestick shaking between the two of them. "---... can you swear that you will never divulge what you're about to say? Eventually, Lucas cuts out with a low voice. He looked terribly serious. Irene subconsciously rang her throat and replied, "... yes," realizing that her voice was trembling, she rushed back. "Yes, I swear." Rouden's most colored man. He is a feminine, carefree, and has recently been prominent in all his struggles, but he seems to be reminded once again that he is still a young man who binds the Knights Squadron and a member of the royal family who binds the people. Lucas wandered his gaze to look for words for a while, but eventually he scratched his hair and quickly told him with a sigh. "Elma is probably a demon." Irene breathes. When Lucas put his feet together, he slightly lifted the edge of his mouth. "Technically, it's either the Devil's survival or her daughter. Overwhelming beauty, strength, ability. Until recently, she had often been described as' I don't think I'm human ', but the other day, I finally decided that Elma was a demon. When the former Marquis of Clement pleaded not guilty, he washed each one of the prisoners' sins to see if they were true - but a whore named the most sinister," The Son of the Devil ". Because she turned out to be truly guilty." Felix carefully traced the trial history of the prisoners held in Walzer Prison besides wearing the mask of a dull king. Testimony of the time, evidence submitted, circumstances. Work on things more than fifteen years ago was extremely difficult to navigate, but he nevertheless took the time to examine them until he was able to ascertain the truth that convinced him. The prostitute who fought with the demon tribe - the town doctor who went to the whorehouse to see the stomach of Hydemarie. Colleagues at the time. The royalty of the kingdom that Hydemarie put on her sleeve. Others thought to be related were brought from one end, and the situation was reproduced using confessions and hypnosis. And it was concluded that she had an evil mole in her belly - she really had the Son of the Devil. "In light of her age, her belly is Elma. If it is said that the devil race has special physical abilities, it will be explained. I mean... Elma is a demon, not a demon, and a relative of the demon." "Something like this...." Then I continued with a subtle expression. "I don't know what that is... wow, don't you feel even better now? Like this... Elma was actually a demon! Even if you say that, uh, after all...? It's like I knew...." "... don't say that. I agree." When Lucas turned into a melancholy face, he nodded his head in both hands poking at his knees. "If you think about his work so far, you're not surprised at all that he's a demon... rather, he's a demon, so it's a relief to fall into his heart... I just feel paralyzed..." "That's right...." Mysteriously, Irene nodded, and Lucas woke up. "The sensation seemed to have passed paralysis. We know he has a good spirit, but from the point of view of the general population, the Demons are still the object of fear and the object of attack." "... when we find out who it is, you think Elma will be persecuted by the people? "No...." Lucas had a bitter expression and rubbed his lips with his thumb. "Rather the opposite.... Elma will be thoroughly exploited by her brother-in-law." "Exploitation...? Scared by disturbing words, the shadow of the flame sways loosely. The continued voice was also a source of anxiety. "... my brother-in-law is on that street. My own subordinates, even if they are demons, may be the vengeance of their parents, but I am not interested. There's only one thing I'm interested in. Whether the opponent is beneficial to me - or to Rouden." "Beneficial..." "Ah. As long as it goes on, the Demon clan's subordinate (Elma), who has the ability to withstand and has a strong body close to immortality, will be preferred. In fact, my brother-in-law has just given me a futile assignment after realizing Elma's usefulness." Lucas' expression grew steeper and steeper as he remembered the many missions that Elma had been involved in. "The results are always good. My brother-in-law is very satisfied. The same is true of profiting from a mission, but perhaps at the same time, he is calmly verifying (...) it. How far can Elma be beneficial?" Irene's eyes were wide open. "Oh, Aurelia is the birthplace of Auruism. There are so many cathedrals in this country that they are not comparable to Luden's." "And there are many holy swords and instruments that once drove the demons to extinction.... That means a powerful sanctuary." Irene hammers while pulling out information about Aurelia. Lucas nodded quietly, surprised that she was surprisingly familiar with Aurelia. "Exactly. And the closer we get to the sanctuary, the greater the load on the devil's body." After hearing the explanation, Irene put her hand on her lips as a dress. "Speaking of which... she's strangely ill today..." Lucas also makes his face steep. And I went on. "On my first day at the academy, this is it. If you stay for a few days, your condition may get worse." "Besides, the Trinitate awards ceremony will be awarded on the last day in the most sacred cathedral, using powerful sacred tools. If Elma touches it... does that mean she could even be chased away...? "Oh, we must avoid that at all costs. And what I want to avoid more than that is to prove that Elma can also be active in the sanctuary." Irene understood what was ahead of her. "... it appears to him that Elma is a weapon in the form of a girl. Ultimately, he seems to be trying to throw himself into battle. Elma is smart, but strangely unknown. Even if you can decipher facial expressions and act, the roots are pure. It's quite possible that your brother-in-law will accidentally deceive you with a" normal "trump card and use an unpleasant hands-on manipulation.... I want to avoid it anyway." "... is that what I was arguing with you about before we left...? When she noticed Irene asking for help, Lucas slightly turned away and replied. "... I just hit him once." "Is there a knight who would be happy to see a woman he likes thrown into battle?" A straight face floats like a plump face. It seems to be a short-circuit behavior - perhaps that's what makes him admired by the people and the Knights. "Oh, especially you, as Elma's forgiving friend, I'd like to ask for persuasion and imprinting. Can you do it?" Lucas asked and Irene raised one eyebrow cleverly. "As a member of the Royal Palace, he betrays His Majesty's orders and stands ready to fail in his mission. What kind of woman, other than me, can you say such a mean and terrifying thing? In the light of the candlestick, the green eyes of the cat sparkled.

14.「普通」の慈善活動(5) 『さむ......』 白い吐息が夜空に溶けるのを、アナは両手で腕を抱きながら見守った。 王都へと帰還して数刻。 相変わらず影のように張り付いていたエルマも、今は、バルドの寝かしつけのため、続きの部屋に引っ込んでいる。 完全に一人になりたいと思ったアナは、迎賓館のバルコニーから、星を見ていた。 故郷の村から、あるいはロドリゴ候の屋敷から見上げたものより、夜空に散らばる光は随分とまばらに思える。 恐らく、ルーデンの王城や城下町で煌々と灯される明りが、星の輝きをくすませているのだろう。 それほどに、ここは大きな国なのだ。 なんとなく手すりに寄り掛かったアナだったが、不意にそれがすり減っているのに気付き、苦笑を浮かべた。 あの奇妙な侍女に、背後から突き飛ばされた際に、咄嗟に握りしめた部分だ。 (......いや、笑いごとじゃないんだけど) 四階から突き飛ばされたら、普通無事ではいられない。 それを、アナの持ち前の反射神経で踏みとどまり、なんとか事なきを得たのだ。 心臓が止まるかと思ったが、エルマに言わせれば、緊張に耐性を付け、すぐに平静を取り戻せるようになるのが目的だという。 『アナ様は、感情の起伏が激しくていらっしゃるようですから。それ自体は美点ですが、やはり王妃たるもの、泰然と己を律してみせなくてはなりません。大丈夫、アナ様なら絶対にできますとも』 常に赤子を抱っこしている彼女は、悪びれもせずに告げたものだ。 いや、実際、彼女にとって、これは善意に基づいた、かつ、至って「普通」の鍛錬なのだろう。 律儀に心拍を測り、まめに水を勧めたり励ましたりしながら、彼女はどこまでも真剣な様子で続けるのだ。 『心拍が落ち着くのに約十五秒ですか。ふむ。......ではもう一度』 『ちょ、え......っ』 その後、何度背後を狙われたことだろうか。 それだけでなく、毒矢を吹かれて「避けてみてください」と言われたり、催涙ガスを撒かれて「回避してみてください」と言われたり、いきなり催眠術を掛けられ、「解いてみてください」と言われたり。 その傍らで、女の修めるべき範疇を超えた学問を叩きこまれたり、化学の実験に付き合わされたり。 (......王妃って、なんだっけ......?) アナの目が一瞬虚ろになる。 ロドリゴの屋敷で、暗殺者としての教育を受けたときですら、こんな高水準のスキルは求められなかった。 (......あいつ、ほんと、なに考えてるんだろ......) もう何度なぞったか知れない疑問を、アナはつい反芻してしまう。 暗殺者という自分の正体は、とうに見抜かれている。 それでもエルマが騎士団にアナを突き出さないのは、簡単に御せると判断したからだし、利用価値を感じているからだ。 (......いや、違う。そうじゃないんだ) アナはぷるぷると首を振った。 むしろ、それならまだ理解できる。 他国の暗殺者を駒に貶め、良いように利用するというのは、いかにも貴族連中が好みそうなやり口だ。 だが、エルマの場合はそうではない。 彼女はいつも甲斐甲斐しくアナの世話を焼き、敬意の籠もった瞳でアナを見つめる。 鍛錬それ自体はかなり過酷だし異常なのに、ちょっとした言葉や仕草に、これ以上ないほどの心配りが感じられる。 その矛盾がアナを戸惑わせるのだ。 (あいつ、すぐに「さすが」って言うよな) エルマはすぐにアナを褒める。 そしてそのとき、けっして「農民出身のわりには」といった枕詞を使わない。 むしろ、「さすが、長年の鍛錬を感じさせる、粘りのある足腰をお持ちですね」とか、「さすが、太陽のリズムと体が完全に同期していますね」とか、アナがかつて寒村で鍛えてきたあれこれを、しみじみ感嘆したように指摘する。 ロドリゴですら、アナを褒めるときは「流刑地の出でありながら、よくここまで頑張りましたね」という言い方をするのに。 (今日だって、そうだ......) 前代未聞の活躍を見せるエルマとは異なり、自分は、誰にでも扱える道具と知識を使って対処しただけなのに、エルマは、それこそを褒め称える。 特に今日、食べられる雑草を披露したときは、「まさに血肉を伴った知識......魂を震わす衝撃の新事実ですね......!」と、その後もしきりと感動していた。 どうやら、彼女はあの食べられる雑草のことを書物でしか知らず、そこでそれは「毒」と区分されていたらしい。 ほかの植物が異常に成育していたのに、道理でその雑草はちんまりとしたままだったはずである。 『頭でっかちで、お恥ずかしい限りです。引き換えアナ様の知識は、すべてがご経験としっかり結びついていて、素晴らしいですね』 『常人にはなかなかなしえない、貴重なご経験をされてきたのですね』 『大変勉強になります』 そんな言葉を、エルマはどこまでも真剣に呟く。 嫌味でないことは、その真っすぐな瞳と、神妙な表情を見れば、すぐにわかった。 彼女は、本気で、アナに感服しているのだ。 (この、貴族でもない、数年前まで文字も書けなかった、流刑地出身のあたしに) エルマを前にすると、なんだか自分が、いっぱしの人間のように思えてくる――。 (いけない。なに考えてんだ、あたし) アナは再び首を振った。 やすやすと騙されてどうする。 しょせんはあの侍女も、ルーデンの人間、それも間違いなく貴族だ。 持てる者。アナの村やエスピアナから金を搾り取り、その富を浴びるようにして暮らしてきた人間。 (罪人の血を引くあたしが、草の根を齧って冬を越えてきた間、青い血の流れるあの子は、日の当たる部屋でのうのうと暮らしてきた。そんなの、不公平じゃないか) 拳を握り、考えを固める。 だというのに、なぜその傍から、エルマの敬意の籠もった眼差しが蘇るのか。 アナは忌々しそうに溜息を吐くと、とうとう手すりを乗り越えた。 滑らかな動きで柱を伝い、するりと地面にたどり着く。 こうした技術も、この数日で見違えるほど上達した。 今なら、暗殺者としてのレベルも底上げされているに違いない。 (暗殺......。ルーデンの王を、殺す......) 芝生に降りた霜を戯れに踏み潰しながら、内心でそう唱える。 これまでなんの疑問も抱かなかったその任務に、今なぜか違和感を覚えていた。 エスピアナを搾取してきたルーデンに一矢報い、心優しきロドリゴ侯爵を悩みから解放する。 それの、なにがおかしい。 自分でもわからない。 貧しかったアナは被害者だ。 救い上げてくれた侯爵は善人で、だからこの行動は正義。 そう思うのに、なにか引っ掛かる。そして、その正体がわからない。 もどかしさは苛立ちとなって、アナの思考を攻撃的なものにした。 (......もしや、あの女に、知らない間に洗脳でもされてんじゃないのか、あたし) 不意にそんな考えが脳裏に閃く。 思えば、エルマと出会ってから、こちらのペースは崩されっぱなしだった。 実際に催眠術を掛けられたこともあるし、アナの知らぬ間に暗示を施されていたとしてもおかしくない。 アナは親指の爪を齧った。 そうとも、相手は卑怯なルーデンの人間だ。 表では親切ごかしても、その実―― 「そこでなにをしている」 そのとき、低い声が掛かったので、はっと顔を上げる。 星明りを背負って現れたのは、胸当てを身に付けた精悍な男。 背格好から判断するに、今日の見張りを担当する騎士だった。 (しまった、警護が手薄だからと油断してた) 厳重な警備がなされる迎賓館とはいえ、辺境国出身のアナに割り振られる人員は少ない。 しかも今はちょうど、脱落した候補者が続々と館を離れるとあって、騎士の多くは玄関口に集中しているはずだと、高を括っていたのだ。 それがいけなかった。 だが、皮肉にもエルマの指導のおかげで、こうしたときの度胸はだいぶついたものだ。 アナは、動揺などおくびにも出さず、怯えたように首を竦めてみせた。 「も、申し訳ございません。寝付けなかったため、散歩をと思い外に出ておりました。すぐに戻ります」 「散歩? 室内履きのままで?」 「室内履きのまま? ......いやだ、本当! お恥ずかしいですわ」 いかにも今気付いたふりをしながら、内心で舌打ちする。 男のくせに、よくも女の履物にまで気付けるというものだ。 「ぼんやりしていたからですわね。はしたないところをお見せしました」 「へえ、『ぼんやりしていたから』ですか。てっきり、『部屋から伝い下りてきたから』かと思いましたよ、アナスタシア・ドン・ロドリゴ殿」 名前をはっきり呼ばれて、アナは警戒を強めた。 目の前の男の風貌を改めて検分し、脳内で素早く情報を照合する。 そして、ひそかに息を呑んだ。 黒髪、碧眼、すらりとした男前。 彼は、選考会の場でも何度か見掛けた。 そう、現王以上に有能な王族でありながら、騎士団に身を置く変わり者として、他国でも評判の―― (ルーカス・フォン・ルーデンドルフ) アナは、警戒レベルを一気に最高値まで跳ね上げた。

155 14. "Ordinary" Charitable Activities (5) Samu...... Anna watched as her white breath melted into the night sky, holding her arms with both hands. I returned to King's Landing for a few moments. Elma, who was still hanging out like a shadow, is now pulling herself into the next room because of Baldo's sleeping. Anna, who wanted to be completely alone, looked at the stars from the hotel balcony. The light scattered in the night sky seems rather sparse than seen from the village of the hometown or from the Rodrigo weather mansion. Perhaps the brightness of the stars is blurred by the brightness of the castle and castle town of Rouden. It's such a big country. It was Anna who somehow leaned on the handrail, but suddenly noticed that it was worn off, and she smiled bitterly. That strange maid pushed me from behind and grabbed me. (... no, it's not funny.) If they throw you off the fourth floor, you can't normally be safe. I stepped on it with the reflex nerve in front of Anna, and I managed to get over it. I thought my heart would stop, but Elma told me that the goal was to be able to tolerate tension and restore calm immediately. Ana-sama seems to be experiencing intense emotional ups and downs. It's a beauty in itself, but you still have to discipline yourself, the queen. It's all right, but Anna-sama can definitely do it. " Always hugging the baby, she told her without fear. No, in fact, for her, it's based on goodwill and even "normal" training. She keeps on taking her heart rate with discipline and constantly recommending and encouraging water. Is it about fifteen seconds before your heart rate calms down? Hmm... let's do it again. " Hey, eh... How many times have you been targeted since then? Not only that, he was blown with a poison arrow and said, "Avoid it," he was sprayed with tear gas and said, "Avoid it," he was suddenly hypnotized and said, "Try to solve it." Along with that, they beat up academic disciplines beyond the scope of women's cultivation, and were tailored to chemistry experiments. (... what is a queen...? Anna's eyes became empty for a moment. Even when I was educated as an assassin in Rodrigo's Mansion, I didn't expect such a high level of skill. (... what's he really thinking...) Ana has a doubt about how many times she has traced it. His identity as an assassin is well known. Still, Elma didn't stick Anna out to the Knights because she decided it was easy and she felt it was worth it. (... no, no. That's not true.) Anna shook her head plump. Rather, I can still understand that. Despising assassins from other countries as tokens and making good use of them is a trick that nobles like anyway. But this is not the case with Elma. She always takes good care of Anna and stares at her with respectful eyes. The exercise itself is quite harsh and unusual, but I feel a little bit more worried about words and manners. That contradiction confuses Anna. (He'll say, "That's right.") Elma immediately praised Anna. At that time, I would never use a pillow such as "for peasant origin". Instead, she pointed out that she was deeply impressed by Anna's training in the cold village, such as "You have a sticky waist that makes you feel years of training" or "You have a perfect synchronization between the rhythm of the sun and your body." Even Rodrigo, when praising Anna, used to say, "You've worked so hard to get out of prison." (Even today...) Unlike Elma, who shows unprecedented activity, Elma praises herself for dealing with it using tools and knowledge that can be handled by anyone. Especially today, when we showed off the weeds that can be eaten, we said, "It's a new fact of knowledge with flesh and blood... a shocking shock to the soul...! After that, I was still very touched. Apparently, she only knew about the edible weed in the book, where it was classified as "poison". Although other plants had grown abnormally, the weed should have remained small for good reason. "As long as it's big and embarrassing. In exchange, Anna-san's knowledge is all very closely tied to your experience, and it's wonderful." It's been a rare experience for ordinary people. It's going to be a great study. Elma murmurs such words with all seriousness. When I saw his straight eyes and his mysterious expression, I immediately realized that he didn't dislike it. She's really impressed with Anna. I'm not a nobleman, I couldn't write until a few years ago, I'm from a prison. When Elma was in front of me, I kind of felt like I was filled with people. (No. What are you thinking, me?) Anna shook her head again. What should I do if I am easily deceived? Shinsen is the maid, the man of Rouden, and no doubt aristocratic. A man who has exploited money from the village of Ana and Espiana, and has lived to expose his wealth. (As I drew the blood of the sinner, as I rode through the winter at the grass roots, the blue bloody child lived on top of me in the sunny room. That's not fair.) Grip your fists and consolidate your thoughts. And yet, why does Elma's respectful gaze come back from the side? Anna exhaled in disgust and finally got over the handrail. Travel the pillars in a smooth motion before reaching the ground. These technologies have also improved remarkably in the past few days. He must have raised his level as an assassin now. (Assassination... Kill the King of Luden.....) While crushing the frost that fell on the lawn in a playful manner, she said so in her heart. I felt uncomfortable with the task I had never had any doubts about before. Reward Luden for exploiting Espiana and free the gentle Marquis Rodrigo from his troubles. What's wrong with that? I don't know myself. The poor Anna is the victim. The Marquis who saved me is a good man, so this act is justice. I think so, but something catches me. And I don't know who that is. The frustration made Anna's thoughts aggressive. (... if that woman didn't brainwash you before I knew it, I would.) Such an idea flashes in my mind by surprise. I suppose our pace has been shattered since we met Elma. I've been hypnotized before, and it's no wonder you were implying it without Anna's knowledge. Anna scratched her thumbnail. That said, the opponent is a cowardly Luden. In front of you, even if you're kind, the truth is... "What are you doing there?" At that time, I heard a low voice, so I raised my face. A tough man in a bra showed up with a starlight on his back. Judging by his outfit, he was the knight in charge of today's surveillance. (Shit, I was alarmed because of poor security) Though the hotel is heavily guarded, few people are assigned to Anna, who is from a border country. And now, just as the dropped candidate was leaving the building one after another, many of the knights were supposed to be concentrated at the entrance, including the height. That didn't work. But, ironically, thanks to Elma's guidance, his courage was quite impressive. Anna didn't give a shake or anything, but she shook her neck like she was scared. "I'm sorry, too. I didn't sleep so I thought I'd take a walk and went out. I'll be right back." "Take a walk or wear it indoors? "Stay indoors?... no, it's true! It's embarrassing." While pretending to have noticed now, I whispered my tongue inside. How dare you notice a man's footwear? "Because you were blurry. I've shown you something." "Oh, 'cause I was blurry'? I thought," I've come down from my room, Anastasia Don Rodrigo. " Anna became more vigilant when her name was clearly called. Retest the man in front of you and quickly collate the information in your brain. Then he secretly took a breath. Black-haired, blue-eyed, gentle man. He saw it several times at the screening meeting. Yes, as an eccentric who is more capable of royalty than the present king, but who has a reputation in other countries as a knighthood - (Lucas von Rudendorf) Anna jumped her alert level to the maximum at once.

0.プロローグ ジジ、と音を立てた蝋燭の上で、赤い火が小さく踊る。 手に持ったナイフの表面にも、ゆらりゆらりと炎の影がくねるのを、少女は飽かず見つめていた。 美しく磨かれた刃の表面に、彼女はそっと指を滑らせてみる。 愛撫するような手つきがそうさせるのか、刃はまるで玩具のように従順で、一筋たりともその白い指を傷つけはしなかった。 満足そうに口の端を持ち上げた少女は、しかし次に、静かに目を伏せる。 彼女は、寝台の脇の棚に伏せてあった書物を取り上げ、その一節を口ずさんだ。 本当はわざわざ読み返す必要もない。もう何度も読んで祈りを捧げてきた聖書だ。 しかし、今の彼女には、それはどうしても必要なものだったのだ。 「――......ごめんね」 少女は小さく呟き、それからゆっくりと周囲を見回した。 少女の手には似つかわしくないような、大ぶりの剣。 禍々しい赤い液体を湛えた小瓶。 そして――深い信仰を体現したかのような、擦りきれた聖書。 快活な少女として目されている彼女の部屋に、これらがひっそりと紛れているだなんて、世の人は思いもしないだろう。 「......あなたは、驚くかしら」 少女は自嘲気味に唇の端を歪めると、「それでも」と、覚悟を滲ませた口調で独白を続けた。 「それでも、譲れないのよ。......ごめんね、エルマ」 友人の名を口にした彼女は、すっと視線を上げると、きびきびとした動きで荷造りを再開させた。 元より、侍女寮には大した持ち込み物もない。 普段有能すぎる同僚に隠れがちではあるものの、彼女もまた、若手の侍女の中では五本の指に入る能力を持つのだ。 作業は、ものの数分で完了した。 聖書や小瓶を鞄の見えにくい場所にしまい込むと、少女は最後に、大ぶりの剣を握りしめる。 それに向かって誓うように、彼女は低く告げた。 「あなたを――引きずり落とす」 普段、猫のような印象を与える緑色の瞳には、今、苛烈さすら感じさせる強い意志が滲んでいた。

72 0. Prologue Jiji, on a loud candle, a small red fire dances. The girl was not tired of staring at the surface of the knife in her hand, as the shadow of flame loosened. On the surface of the beautiful polished blade, she gently slips her fingers. Does the caressing hand make it so? The blade was as obedient as a toy and didn't hurt its white finger. The girl lifted the edge of her mouth satisfactorily, but then quietly lay her eyes down. She picked up the book lying on the shelf by the bedside and murmured the passage. You don't really have to go out of your way to read it back. It's a Bible I've read and prayed for many times. But for her now, it was absolutely necessary. "----I 'm sorry." The girl grunted small and then looked around slowly. A big sword that doesn't resemble a girl's hand. A vial with a terrible red liquid. And a scribbled Bible, as if it embodied a deep faith. No one in the world would think that these are secretly misinterpreted in her room, where she is seen as a happy girl. "... are you surprised?" When the girl distorted the edge of her lips in a mockery mockery, she continued her monologue with a tone of readiness. "Still, I can't give up.... sorry, Elma." With her friend's name in her mouth, she raised her gaze and restarted packing with a tight movement. The maid's quarters don't have much to bring. Even though she tends to hide among her usually overcapable colleagues, she also has the ability to enter five fingers among young maids. The work was completed in minutes. When you put the Bible and the vial in an invisible area of the bag, the girl finally grabs the big sword. She told her to swear to it low. "I'll drag you down." Normally, the green eyes that gave the impression of a cat seeped with a strong will to make them even feel harsh now.

17.「普通」の手当て(5) 「いやあ、それにしても、見事な手腕だったな、エルマよ。感謝する」 今に見てろ、と叫びながらデニスが走り去っていってから、しばし。 ようやく時の流れを思い出した騎士たちは、めいめい、テオの回復を喜んだり、片づけを手伝ったりしはじめた。 そんな中、いかめしい顔に満面の笑みを乗せて話しかけたのは、短く刈った黒髪に、同色の瞳が印象的な巨漢――副中隊長・ディルクである。 彼は、その分厚い手でばしんとエルマの背を叩くと、ついで一部始終を見守っていたルーカスに目礼した。 「まったく、ルーカス。よくぞ彼女を連れてきてくれたものだ」 身分としては部下になるのだが、ディルクのほうが十歳以上年上であるのと、ルーカス自身がそう望んだため、彼は気安い言葉遣いをする。 ルーカスは軽く眉を上げると、肩をすくめた。 「ああ。俺の代わりにテオの足が持っていかれかけたと聞いて、生きた心地がしなかった。彼女には感謝の一言しかないよ」 まさか式典練習をサボったツケが、こんな形で現れようとは――。 そう述べたルーカスに、ディルクは深刻な表情で頷き返した。 「テオが無事回復したのは幸いだが、これは看過できない事態だぞ。癒術すら跳ね除ける呪具。それも、第二王子が乗るとわかっている馬にだ。まさかとは思うが、馬好きと噂の第一――」 「ディルク」 しかし、その声はルーカスによって遮られる。 男らしい端正な顔には、いつも通りの皮肉っぽい笑みが浮かんでいるだけだった。 「そんな憶測にまみれた、生臭い話を女性の前でするものではない。だからおまえは無粋だと言われるんだ」 「......ルーカス」 女の好みにうるさいこの王子が、目の前のほっかむり眼鏡侍女を女性として見ていないことなど明らかだ。 だが、あえてそのような物言いで咎めてきた意図までも理解し、ディルクは続く言葉を飲み下した。 「呪具の残骸は俺が預かる。形状が馬蹄だったということは、周囲に漏らすな」 「......承知した」 端的なやり取りで、今後取るべき姿勢を打ち合わせる。 ルーカスたちがちらりと視線を向けると、エルマは淡々と、 「私はなにも聞いておりません。ほっかむりをしていると、耳が遠くなるようで」 とだけ述べた。できた侍女である。 ディルクは感謝を込めて、再びエルマの肩をばしんと叩いた。 「改めて、感謝するぞエルマ。ところでそろそろ、そのほっかむりと口布を外してはどうだ。いい加減暑いだろう」 「はい。実は熱気が籠り、なかなか不快でした」 「はははっ。脱げ、脱げ!」 ディルクはその勢いのままに、先ほどまで消毒に使っていた蒸留酒を取り上げ、部下から巻き上げた銅マグにそれをなみなみと注ぎ込む。 そうして、背を向けてエプロンやほっかむりを脱いでいたエルマに、ずいと差し出した。 「ほれ、飲め! 喉が渇いたろう。最高にうまい水だ」 「お言葉に甘えます」 冷静なようでいて、その実、長時間集中しつづけた疲労と、夏の気温に体力を奪われていたのだろう。 エルマは臭いを嗅ぐことすらせず、口布を外したそのままの流れで、ぐいとマグを傾けた。 数秒ののち、ぴたりとその動きが止まる。 一気に度数の強い酒を飲み干したエルマを見て、ディルクはひゅうと口笛を鳴らした。 「いい飲みっぷりじゃねえか」 「まったく、そんなところまで普通ではないのか」 ルーカスはもはや苦笑の態だ。 十五の少女の飲みっぷりとは思えない。 ガロン、と銅マグが手から滑り落ち、石畳を転がりはじめた時点で、二人はぎょっと目を見開いた。 いまだ口布を剥がした状態で硬直している右手。 マグを取り落とした左手は、代わりにふらりとした動きで、少女の小さな口元を覆っている。 ――ふらりとした動き? 呆然とする二人に、エルマはぼそりと告げた。 「............わたし」 心なしか、いつもより滑舌が甘い。 「フランベ、や、消毒、に、使うくらいなら、平気なのですが」 その声は、まったくもって年相応の、少女のものだった。 「度数の、高い、お酒は......苦手で」 「お......おい!」 「大丈夫か!?」 だらり、と両腕を下げたエルマに、男二人が血相を変える。 慌てて手を伸ばすルーカスたちに、彼女は奇妙に冷静な声で告げた。 「――恐縮ですが、あと三秒で......気絶します」 宣言通り、きっかり三秒後、エルマはルーカスたちの伸ばした腕の中で、どさっと崩れ落ちた。 「ただいま戻りました」 東屋から走り去り、聖医導師の詰め所に向かうと、ちょうどほかの仕事を終えたのか、同僚や先輩の導師たちが珍しく勢ぞろいしていた。 最年少のデニスは、軽く目礼をしながら部屋に踏み入り、自席を目指す。 聖医導師は名誉職。 先ほどまでのデニスのように貴族意識に凝り固まった人間も多いし、貴族社会そのもののような派閥闘争や、足の引っ張り合いもある。 必要以上に馴れ合わないのが吉だ。 と、指定された席に腰を下ろしたとき、入り口から呼びかける声があった。 「ああ、戻ってきましたか、デニスくん」 「侯爵閣下!」 侯爵にして司祭、聖医導師の顧問も務める、クレメンス・フォン・ロットナー侯爵である。 常に穏やかな後見人の登場に、デニスは慌てて立ち上がり、駆け寄った。 「なに用でございましょうか」 「いえ。君が急な案件で呼び出されたと聞いて、心配になったものでね。たしか今日は、すでに騎士団模擬戦の救護をお願いしていたはず。そこに重ねての対応で、負担は大丈夫でしたか?」 「は。過分なお気遣い、痛み入ります」 デニスは侯爵の思いやりに胸をいっぱいにした。 「噂でしかありませんが、なんでも最初、君の癒術が効かなかったそうじゃないですか。君の能力を疑うわけではありませんが、やはり相当無理があったのではないかと、そう思いましてね」 「ああ、それは――」 侯爵の言葉に、つい渋面を作ってしまいそうになる。 善意とはわかっているが、「癒術が効かなかった」だとかのワードを、同僚たちの前で堂々と言わないでほしい。 彼らは、クレメンスが席を外した途端、それを言いふらしてデニスの足を引っ張ろうとするに違いないのだから。 「私の能力云々というよりは、呪具のせいだったのです」 「呪具? 穏やかでないですね」 「はい。一見したところでは、まるで芸術品のような――」 そこまで説明しかけて、デニスはふと口をつぐんだ。 報告は重要だが、それはこのように、公衆の面前ですべきものだろうか。 (いや、呪具なんて話題を出せば、僕の失態なんかよりよほど、こいつらの噂の種になることは間違いないから、僕としては助かるんだが......) 数刻前までのデニスだったら、嬉々として呪具の形状や、それがいかに禍々しかったかを語っていただろう。 すべてそれが原因であると。 さらには、思わせぶりに、馬蹄がまるで「第一王子の蒐集物のように」、質の良いものだったことも付け加えていたかもしれない。 そうすればデニスは、不測の事態に役立てなかった無能者から、ゴシップを握るキーパーソンに早変わりだ。 居心地としてはこちらの方がよほどいい。 (それって、どうなんだ。医師として) 先ほど怒声を浴びせてきた侍女の姿を思い出し、デニスは自問した。 彼女には、香水を浴びて悪臭をごまかし、爪を噛んで苛立ちをごまかすことを、「常識がない」と叱られた。 それでも医師かと。 ならばきっと、ゴシップを振りまいて己の技量不足をごまかすのも、理想からはかけ離れた振舞いのはずだ。 馬蹄はルーカス王子が所持している。 自分はそれをじっくり検分すらさせてもらっていないし、第一王子フェリクスがその馬蹄を持っていたかも定かではない。 そもそも、自分の本分は患者を治療することであって、その背景について、下世話に憶測を立てることではないはずだ。 デニスはつるりと切りそろえられた親指の爪をなぞりながら、自らの言葉を訂正した。 「――いえ。そうですね、僕の能力不足です」 「......デニスくん?」 「気に掛かる点もあったので、今回の治療法や、得られた知見も含めて、書面で改めてご報告させていただきます」 きっぱりと言い切ると、侯爵は少し目を見開いて、やがて頷いた。 「――そうですか。けれどもし書面にしにくいことがあれば、いつでも話を聞きますからね」 そんな言葉まで添えて。 侯爵の優しさに改めて頭を下げ、退室を見送ると、デニスは自席に戻ってペンを取った。 報告書をまとめるのだ。 す、と羽ペンをインク壺に浸したところで、しかし彼はふと疑問を覚えた。 最初、自分の癒術が効かなかったという噂を、この短時間で、侯爵はいったいどうやって耳にしたのだろうかと。

18 17. "Normal" Care (5) "Well, you did a great job, Elma. Thank you." After Dennis ran away screaming, "Look now." The knights, who finally remembered the course of time, began to rejoice in Theo's recovery and help him clean up. Meanwhile, with a smile on his face, he spoke to a giant with short cut black hair and eyes of the same color - Lieutenant Squadron Commander Dirk. He clapped Elma's back with his thick hands and bowed to Lucas, who was watching the whole time. "Oh, my God, Lucas. Well done. You brought her here." As a subordinate, Dirk is over ten years old, and Lucas himself wants that, so he uses a cheerful word. Lucas raised his eyebrows slightly and shrugged his shoulders. "Oh, I didn't feel alive when I heard that Theo's leg was about to be taken in my place. There's only one word of appreciation for her." I can't believe you skipped ceremonial practice, but this is how you're going to appear. Dirk nodded back to Lucas with a serious expression. "I'm glad Theo's recovered, but I can't let this happen. A curse that can even repel healing. It's on a horse that the Second Prince knows to ride. I don't know, but horse lovers and rumors come first..." "Dirk" But that voice is blocked by Lucas. His masculine, straightforward face just had the usual ironic smile on it. "It's not like you're telling a scented story like that in front of a woman. That's why they say you're innocent." "... Lucas" It is obvious that this prince, who is noisy about women's tastes, does not see the maid with glasses in front of her as a woman. However, he dared to understand the intentions that had been blamed for such remarks, and Dirk swallowed the words that followed. I'll keep the wreckage of the spell. The shape of the horseshoe means don't leak it around. " "... I understand." Discuss the attitude to be taken in the future with a brief exchange. As Lucas and the others glanced at each other, Elma was pale. "I haven't heard anything. I feel like my ears are getting farther when I'm peeling." He said only that. I am a maid. Dirk tapped Elma's shoulder again with gratitude. "Thank you again, Elma. By the way, why don't you take off your rag and mouth cloth. It's going to be so hot." "Yes, it was really hot and uncomfortable." "Haha. Take it off, take it off! With that momentum, Dirk takes the liquor he used to disinfect earlier and pours it into the copper mug that he rolled up from his men. And he turned his back, and gave it to Elma, who was taking off his apron and his clothes. "Come on, drink up! You must have been thirsty. It's the best water ever." "Sweet words." It seemed calm, and the fruits of it, the tiredness of concentrating for a long time, and the summer temperatures deprived her of her health. Elma did not even smell the smell and tilted the mug with the cloth off. After a few seconds, the movement stops. Dirk whistled as he watched Elma drink a lot of alcohol at once. Isn't it a nice drink? Absolutely, isn't that normal? Lucas is no longer a bitter smile. I don't think it's enough for fifteen girls to drink. When the gallon and the copper mug slipped out of their hands and began to roll over the cobblestone, they opened their eyes slightly. The right hand is still stiff with the mouth cloth peeled off. Instead, the left hand with the mug removed covers the girl's little mouth with a fluffy movement. - Fluffy moves? Elma told the two of them that they were stunned. "...... me" No heart, smoother tongue sweeter than usual. "I'm fine if I use it for flambes, disinfecting, disinfecting, etc." The voice belonged to a very old girl. "I don't like high alcohol..." "Oh... hey! "Are you okay?! The two men change their blood phases to Elma with her arms down. She told Lucas in a strange calm voice that she was in a hurry to reach out. "--I 'm sorry, but in three seconds... I'll faint." As proclaimed, exactly three seconds later, Elma collapsed in Lucas' stretched arms. I'm back. Running away from the east house and heading to the St. Doctor's jam, it was unusual for colleagues and seniors' teachers to find out if they had just finished other work. Dennis, the youngest, enters the room with a light bow and strives for his seat. The Doctor of the Holy Spirit is an honorary position. Many people have solidified their nobility like Dennis before, and there are factional fights like the nobility society itself and leg pulling each other. It is fortunate not to get used to it more than necessary. And when I lowered my hips to the designated seat, there was a call from the entrance. "Oh, you're back, Dennis." "Marquis! Marquis Clement von Rotner, a priest and advisor to the Doctor of the Holy Medicine. Always in the presence of a gentle guardian, Dennis stood up in haste and rushed over. What can I do for you? "No, I was worried when I heard you were called in on a sudden case. I'm sure you've already asked for help with the Knights mock today. Was the burden all right with the response? "It hurts. Excessive care." Dennis filled his heart with the Marquis's compassion. "It's just a rumor, but everything didn't work at first, did it? I don't doubt your abilities, but I still think it was quite impossible." Ah, that's... The Marquis's words are about to create a face of convulsion. I know it's good intentions, but I don't want you to say the word "healing didn't work" in front of your colleagues. They must be trying to pull Dennis' leg by whispering it as soon as Clement leaves his seat. "It wasn't my abilities, it was the curse." "Curse? It's not peaceful." "Yes, at first glance, it looks like an artwork -" To explain so much, Dennis mumbled. Reporting is important, but should it be done in public like this? (No, if you talk about spells, it will definitely be a kind of rumor for these people rather than a meltdown for me, so it will save me.....) If it had been Dennis until a few moments ago, he would happily have told us about the shape of the spell and how horrible it was. All because of that. In addition, it may have been added that the horseshoes were "like a collection of First Princes" and of good quality. Then Dennis switched from being an incompetent person who didn't help with the unexpected to being a godsend keeper. This one is more comfortable. (How about that? Physician) Dennis asked herself when she remembered the maid who had been angry earlier. She was scolded for "no common sense" of taking a perfume, chewing on the bad smell, chewing on the nails, and chewing on the frustration. Still a doctor. Then it would be a far cry from ideal to play gossip and cheat on your lack of skill. Prince Lucas owns the horseshoe. I have not even been carefully checked, and I am not sure that First Prince Felix had the horseshoe. In the first place, my job is to treat patients, not to speculate on the background. Dennis corrected his words as he traced the fingernails of his thumb, which had been chopped up. "- No, that's right, I don't have the ability." "... Dennis? "I was concerned about something, so I will report it in writing again, including the treatment and the findings." Speaking plainly, the Marquis opened his eyes slightly and finally nodded. "- I see. But if there's anything hard to write, I'll always listen to you." With words like that. Again lowering his head to the kindness of the Marquis and turning away, Dennis returned to his seat and took his pen. Summarize the report. As soon as he soaked the wings pen in the ink pot, he remembered the doubt. At first, I wondered how the Marquis had heard the rumor that his healing had not worked in such a short time.

7.「普通」の余興(2) ルーデンではおよそ数十年ぶりとなる王妃選考会。 その初日は、冬ながら麗らかな日差しが降り注ぐ好天であった。 「これぞ満員御礼、ってね......」 観客席の一つに腰を下ろしたイレーネは、呟きながら周囲を見回す。 今彼女たちがいるのは、王宮の外れにある屋外演劇場だった。 大人数を受け入れられるよう設計されていたが、すぐ隣に設置された鐘楼の音があまりにうるさいため、常時は夜にしか使われない。 だが、今回については収容人数のほうを優先したのだろう。 久々に昼時開放された演劇場に、人々はわくわくしながら詰めかけていた。 演劇場は正円形をしていて、中央の舞台を見下ろすように、すり鉢状に客席が設けられている。 舞台に近い方に座るのは、当然ながら候補者たちの親類や、各国要人。中ほどには物見高い貴族たち。 そして、だいぶ舞台から離れた場所ではあるが、外周には、市民や王城の使用人たちも参加を許されている。 イレーネは侍女としての業務の合間を縫い、なんとか席を確保したのであった。 「飲食物の売り子も立っているし、パンフレット販売や、賭けまで公認されているなんて......。開かれた王室、といえば聞こえはいいけど、これでは単なる見世物じゃないの。陛下は、ご自身の王妃選考会を、なんだと思っているのかしら」 座った途端、方々から掛けられる売り子の声に、イレーネは眉を寄せる。 まったく、王城内とは思えぬ俗っぽさだ。 いや、以前のイレーネなら、間違いなく胸を躍らせて、パンフレットを読み込んで赤ペンで丸を付けたりしていただろう。 だが、親友がうっかり活躍してしまってはと思うと、呑気に勝ち馬予想などしていられない。 どうもエルマと出会ってからというもの、この手の心配事が増えた気がする。 隣席の客が手にしたパンフレットで、エルマの名前の上に「一番人気!」とコメントが入っているのに気付いて、イレーネはつい顔を顰めてしまった。 選考会では、観衆からの声援も票としてカウントすると聞く。 これまでの大活躍で、使用人たちの間はもちろん、城外でも人気を博しているエルマ。 彼らの応援が、エルマの立后を後押ししてしまったらどうなるか。 王妃なんて、偏屈な上位貴族たちが、密室で上位貴族令嬢を指名してくれたら、その方がよかったのに。 「絶対、活躍なんかしないでよね、エルマ......」 「ああん、エルマエル様の大活躍が楽しみですわぁん」 と、斜め後ろの席から楽しげな声がかぶさった。 ばっと振り向いてみれば、そこにいたのは、うきうきとパンフレットを見つめるデボラである。 彼女は額にハチマキを締め、両手には「エルマエル様」とデコレーションされた団扇を掲げ持ち、両隣の人物まで巻き込んで垂れ幕を掲げさせるという、完全応援態勢であった。 「ちょ......っ! なにやってるのよ!?」 「なにって、もちろんエルマエル様の応援ですわ。はい、プラカード」 「いらんわ!」 イレーネは即座に断ると、ぎっと相手を睨み付けた。 「ちょっとデボラ、あなた、本気でエルマを応援しようというの? 万が一あの子が、本当に立后してしまったらどうするのよ!」 「それもまたよしですわ」 デボラはハチマキの角度を確かめながら、ふふんと言い切った。 「わたくしは、エルマエル様が魔王だろうが聖女だろうが、変わらず忠誠を誓う用意がございますもの。たかだか人間の王の妻に収まるくらい、なんだというの? あなたはルーカス殿下に義理立てているようだけれど、エルマエル様のお心を振り向かせられぬ男など、しょせん気に掛ける価値もございませんわ」 エルマ第一主義を掲げる彼女は、揺るぎない。 イレーネは思わず圧倒され、視線をさまよわせた。 貴族と市民、外国人も入り混じった会場では、精鋭の騎士団が警護に当たる。 舞台から顔を背けるように、無表情で舞台袖に佇むルーカスの姿を見つけ、イレーネは、悔しそうに眉を寄せた。 「だって......。こんなの、おかしいわよ」 ルーカスは、エルマが城に来たその時から一緒にいたのだ。 エルマを城に引き入れたのも、無双をやらかすたびに尻拭いに奔走したのも、無茶苦茶な王命を共にこなしたのも、すべて彼。 イレーネにとって、ルーカスはいつもエルマの傍にいなくてはいけない存在だった。 「エルマが大ボケをかまして、殿下と私でツッコんで......それでようやくワンセットなのよ。傍に殿下がいないエルマなんて、リバ並みにおかしいでしょ。ありえないでしょ、不自然でしょ、ナシ寄りのナシなのよ!」 「わたくしはリバ許容の人間なので、その主張はわかりかねますわぁ」 しれっと言い切るデボラに、二人の間の空気は一気に険悪なものになる。 突然高まる緊張感に、周囲の客はごくりと喉を鳴らした。 両者の主張を一番わかりかねているのは彼らだ。 硬直する周囲をよそに、デボラは悠然と、舞台の方を指差した。 「だって、ご覧になって。エルマエル様は、ルーカス殿下が不機嫌な様子に気付いても、まるで動じていなくてよ。それがつまり、エルマエル様のお心ということ。そうでしょう?」 指が指し示す先では、今、ぞろぞろと候補者たちが舞台に昇りはじめている。 最後尾に立ったエルマは、当然袖に佇むルーカスに気付き、目礼を寄越したが、すげなく無視されていた。 エルマはしばし、ルーカスのことを見つめる。 が、やがて何ごともなかったかのように、抱っこしていたバルトに視線を落とすと、ぷにぷにと愛おしげに頬を 「ぷにぷにしてんじゃないわよ......! というか、選考会の場で、堂々と赤ちゃん抱っこしてんじゃないわよ......!」 イレーネはつい天を仰いだ。 エルマときたら、女性の頂点を競うこの場にあっても、いつものメイド服にお団子眼鏡姿だ。 それ以上に、子連れという点で異色すぎである。 いや、だが逆に、子連れスタイルが原因で、選考会の候補からいち早く脱落するかもしれない。 イレーネはそう心を奮い立たせたが、しかしその希望は、次のデボラの言葉によって打ち砕かれた。 「ああ......っ、見える......っ。わたくしには見えますわ、今のエルマエル様から放たれる、まるで聖母のような慈愛の光が......っ!」 むしろ、抱っこしたバルトに向かって微笑む姿が、この上なく神々しく、目立って見えるのである。 「おい見ろよ。眼鏡越しですらわかる、あの母性の輝き......あれは彼女の子どもか......?」 「年の離れた弟らしいぜ。でももうそんなのどうでもいい......ひたすら光景が尊い......」 「国母感、ある......」 「彼女の赤ちゃんに生まれたいだけの人生だった......」 優しく額を撫でる掌、時々いたずらっぽく頬を突く指先。 どこまでも優しく弧を描く口元は、見る者の心をたちまち解してしまう。 十六歳独身でありながら、既に圧倒的母性を放つエルマに、観客たちは開会前から釘付けになった。 王妃というのが、「国の母」の地位を指すのであれば、もう彼女でいいのではないか。 そんな先走った雰囲気すら漂いかける。 イレーネはわなわなと震えた。 「あんっのばか......っ、半年でどこまで母性レベルを上げているのよ......っ」 「聖母レベルまでですわねぇ......」 うっとりとしたデボラの相槌に、絶望しそうになる。 (やっぱりだめよ、こんなの......っ) やはり、この状況にはルーカスがいないとダメなのだ。 彼が一緒に突っ込んでくれないと、到底御しきれない。 エルマはすさまじい速度で墓穴を掘り続けるだろうし、イレーネはストレスのゲージを振り切るだろう。 きっと選考会が終わる三日後には、エルマは見事王妃だ。 イレーネは恐ろしさに目を潤ませ、階下の二人を睨み付けた。 エルマもルーカスも、今や互いに背を向け、完全に無視を決め込んでいるように見える。 (二人とも......っ、そんな意地を張っている場合じゃないでしょう!?) 歌に踊りに女の手習い。エルマと言えば余興の申し子だ。 そんな彼女が、活躍をせずに普通のレベルに徹することなど、到底不可能だろうに。 「んもう、見てられない......!」 「あっ、イレーネさん、どこへ......?」 イレーネは席を蹴るようにして立ち上がると、舞台袖へと走り出した。 「本日はお日柄もよろしく、大勢に集まってもらって僕は幸せ者です。どうもどうも。あー、それでは、寒い中長い前置きもなんなんで、選考会を始めます。初日の今日は、各自これぞという一芸を披露してもらおうと思います。やはり僕としては、妻となる女性には、人の心を打つ特技を持っていてほしいのでー」 舞台では、フェリクスによる、やる気皆無の開会宣言を経て、いよいよ選考会が始まっていた。 五十人近く集まった候補者たちは、名前を呼ばれると同時に、一人ずつ袖から舞台に上がってくる。 候補者紹介と一芸披露を、一度で済ませてしまおうということらしい。 上は小国の王女から、下は豪商の娘、いや、王宮侍女まで。 身分も国籍も異なる妙齢の美女たちが、次々と芸を披露してゆく様は、圧巻の一言であった。 『あのお姫様の歌唱力、やべえな......歌でぐっときたなんて、初めてだ......。二つ前の伯爵令嬢のダンスなんて、もはや物語を感じるし、豪商の娘の金塊重さ当てはいかにも実利的だし......』 舞台袖で順番を待つアナは、すっかり圧倒されてしまっている。 いくら自負心が強いとはいえ、辺境の流刑地、その後は俗世と隔離された聖堂で育った彼女だ。 王都最高水準の芸術や、見たこともないスキルに、ただ驚いてしまったのであった。 王と貴族、平民代表から成る審査員が、高得点の札を掲げるたびに、彼女は唸り声を上げてそれに見入っていた。 が、その隣に座すエルマは、泰然の構えを揺るがせもしない。 代わりに、腕の中で「あぅー」と話すバルトのことを優しく揺すると、穏やかに話しかけた。 『ご心配には及びません。たしかに皆さま優れた芸をお持ちでいらっしゃいますが、アナ様の披露されるダンスは、世界一。ついでに、バルたんの笑顔は宇宙一です』 『そんなこと言って......。それに、なんかやたら、ダンスの候補者が多いぞ。突風が巻き起こるような、見たこともないステップが混ざってるし......まさかルーデンが、こんなダンス大国だったなんて』 『ああ、なぜだか一年ほど前からブームなのだそうです』 かつてクレメンスを捕縛した際、エルマが披露した錐もみ回転に触発され、また、ダンスが得意なカロリーネ伯爵令嬢が奮起したことで、ルーデンの社交ダンスが革命期に差し掛かっていることを、本人は知らない。 困惑に眉を寄せるアナに、エルマは優しく笑いかけた。 『大丈夫。証拠に、ご覧ください。バルたんだって先ほどから、「自信を持ちたまえアナスタシア。魂を突き動かす情動をただ溢れさせればいい。君の心臓の内側で光り輝く星だけを見つめるんだ」と――』 『そいつそんなこと言ってんの!?』 『――と、今にも言い出しそうな、包容力溢れる眼差しで、アナ様を見つめているではありませんか』 『なんの励ましにもならねえ!』 あまりの超解釈に、アナは両手を髪に突っ込んだ。 荒れた口調は、不安の表れだ。 『なあ、あんた、ほんとに、あたしを勝たせるつもりはあるのかよ? 五十人のうち、少なくとも上位十人には残らなきゃいけないんだぞ?』 結局この二日間、エルマがアナに施した指導とは、柔軟体操や筋力トレーニング、瞑想にヨガに緊張緩和訓練、奇襲体験といったものだ。 前半はともかく、最後はまったくダンスに関係ない。 エルマの迫力に圧されて、つい従ってしまったが、自分はこの二日をフイにしてしまったのではないかと、焦りは募る。 「エルマ!」 切羽詰まった声が掛かったのは、そんな時だった。 人をかき分けるようにして、控えの舞台袖にやって来たのは、イレーネであった。 「エルマ、今からでも考え直して。歌か踊りか手芸か手術か知らないけれど、あなたの披露する芸が、『普通』の域に収まるはずなんてないじゃない。あなたがぶっちぎりで、オール10の評価を叩き出す未来が目に見えるようだわ」 どうやら、最後の説得にやって来たらしい。 そこまで言うということは、さてはこのエルマなる少女は、そこそこ有能な人物なのだろうか。 アナが無言でやり取りを見守っていると、エルマは淡々と答えた。 「ご心配には及びません。なにしろこの半年というもの育児漬けで、諸スキルがかなり鈍ってしまっているのです。私は歌を披露するつもりですが、半年前より、レベルは格段に落ちているかと」 自信ありげな様子に、イレーネもわずかに落ち着きを取り戻す。 そうか、エルマには半年のハンデがある。 それに、いくら卓越した歌とはいえ、王宮に近い人間は、エルマの評判を耳にしているのだから、そのレベルの高さは織り込み済みのはずだ。 ハードルはかなり上がっているだろう。 「し......信じていいのね?」 「もちろん。私は、私の歌を必ず『普通』と思わせてみせます」 エルマがきっぱりと言い切ったその時、ちょうど彼女の名が呼ばれた。 出番だ。 相変わらずバルトを抱っこしたまま、静かに舞台へと向かうエルマを、イレーネは両手を組んで、そしてアナは腕を組んで見守った。 「エントリーナンバー22、エルマ。歌を歌います」 中央まで歩みを進めると、エルマは優雅に一礼し、告げる。 彼女の多才ぶりは有名だ。 観客はどよめき、期待に目を輝かせて舞台を見つめた。 かつてフレンツェルで披露したという、魔すら従える魅惑の歌声か。 それとも、まぐろを捌きくじらを操る彼女に相応しく、奇抜で豪快な詠唱か。 とんでもなく華々しいなにかを予想して、観客はわくわくと拳をにぎる。 しかし、 深呼吸の後、彼らの耳に届いたのは、か細く繊細な、鼻歌のような声だった。 ――ねんねん おやすみ おやすみ バルたん あなたの ねがおは うちゅういち だお 技巧も凝らさぬ、ただただ静かな歌。 そう――子守歌である。 「王妃選考会の場で子守歌というこのチョイス......!」 「しかも歌詞の文尾が気になる......?」 観客たちは戸惑った。 前評判から期待していた、激しく心を揺さぶる歌声ではまったくない。 「......あれ......? なんだか......」 「すごく落ち着く......」 不思議なことに、旋律を耳にした途端、観客たちは、心拍がすぅ......と落ち着くような感覚を抱いた。 エルマの腕の中にいるバルトと同様、ゆっくりゆっくり、瞼が下りてゆく。 いや、人間の観客だけではない。 「ピールルルル......ル......」 「クルルル......ル......」 頭上を舞っていた鳥や、客席の足元に蹲っていたペットまでもが、次々と落下し、あるいは寝息を立てはじめるではないか。 心なしか、周囲の樹々までもが枝を緩ませている。 見る間に、エルマを中心として、ぐったりと俯く集団ができあがっていた。 「たしかに歌としての技巧レベルは下がっているかもしれないけど......妙な方向にスキルアップしてるじゃないのよおおおお!」 半年かけて磨き上げた子守歌は、もはや聖女が紡ぐ

148 7. "Normal" Entertainment (2) This is the first queen selection meeting in roughly decades in Rouden. The first day was a fine day when the sun was shining brightly in winter. "Thank you so much for the full staff....." Irene, who sat down in one of the audience seats, looked around whispering. What they had now was an outdoor theater outside the royal palace. Designed to accommodate large numbers of people, the sound of the bell tower installed just next door is too loud to be used at night at all times. But this time, the number of people should have taken precedence. People were packing excitedly in the theater, which had been open for lunch for a long time. The theater is circular and has seating in a bowl so as to overlook the central stage. Naturally, it is the relatives of the candidates and dignitaries from various countries who sit closer to the stage. Among them are nobles of high spirits. And far from the stage, citizens and servants of the royal castle are also allowed to participate on the outer perimeter. Irene sewed between her duties as a maid and managed to secure a seat. "There are also food and beverage vendors, and even brochure sales and betting are authorized... Speaking of open royalty, that sounds good, but it's not just a spectacle. I wonder what your Majesty thinks of your Queen's Selection Board." As soon as she sat down, Irene raised her eyebrows to the voice of the salesman hanging from the crowd. I don't think it's a royal castle at all. No, if it had been Irene, she would have definitely jumped her chest, loaded the brochure and circled it with a red pen. However, I don't think my best friend is inadvertently active, and I can't predict winning the horse with breath. Thank you for meeting Elma, but I feel that my worries about this hand have increased. In a brochure that was given to the neighbor, above Elma's name, she said, "Most popular!" I noticed the comment, and Irene frowned. At the screening meeting, I hear that the audience will count as a vote. Elma has grown in popularity not only among servants but also outside the castle due to her great success so far. What happens if their backup pushes Elma behind her back? The queen would have been better if the biased superior nobles had nominated the superior noble lady in the secret chamber. "Never be active, Elma...." "Ahhn, I'm looking forward to Elmael-sama's great work." And a pleasant voice came from the seat behind me diagonally. Turning around, Deborah stared at the brochure. She tightened the bee on her forehead and raised a fan decorated with "Elmael-sama" on both hands, causing the person next to her to get involved and raise the drawstring. "Hey...! What are you doing!? "Of course, it's Elmael-sama's support. Yes, Placard" "I don't need it! Irene immediately turned down and stared at the opponent. "Hey, Deborah, are you serious about supporting Elma? What if she really stands back? That's good again. Deborah checked the angle of the bee and said, "Fufu." "I am prepared to pledge allegiance, whether Elmael is the demon king or the saint. What do you mean, you can't fit into the wife of a human king? Though you seem to be stepping in with His Highness Lucas, it is not worth caring about a man whose heart cannot be turned around by Elmael." Elma First Socialist, she is unshakeable. Irene was unexpectedly overwhelmed and lost her sight. In a venue where nobles, citizens, and foreigners are mixed, the elite Knights are guarded. As she turned away from the stage, she found Lucas standing on the stage sleeve without expression, and Irene raised her eyebrows with regret. "Because... This is crazy." Lucas has been with Elma since she came to the castle. He brought Elma into the castle, he ran to wipe his ass every time he softened his body, and he did all the rude King's orders together. For Irene, Lucas always had to be with Elma. "Elma is cheating on me, and you and I are stuck together... so it's finally a one-set. Elma without His Highness beside her is as strange as Liva. It's impossible, it's unnatural, it's a fake! "I don't understand the claim because I'm a Liva tolerant person." The air between you and Deborah is suddenly ruthless. Suddenly the tension rose and the guests around rang their throats. They are the ones who have the best understanding of both claims. Looking around the rigid perimeter, Deborah gently pointed towards the stage. "I mean, look at that. Even though Elmael noticed that His Highness Lucas was in a bad mood, he didn't move. That is, Elmael-sama's heart. Isn't it? At the tip of the finger, the candidate is now beginning to rise to the stage. Elma, who stood at the rear, naturally noticed Lucas standing on her sleeve and bowed to her eyes, but she was not easily ignored. Elma stares at Lucas for a while. Eventually, as if nothing had happened, I dropped my gaze on the balt I was holding, and my cheeks clasped with love. After all, he liked the feeling a lot. "It's not like I'm stroking...! I mean, I'm not hugging the baby proudly at the screening meeting...! Irene cried out to heaven. When it comes to Elma, even on this occasion when competing for the top of a woman, she looks like a dumpling glasses in her usual maid's clothes. More than that, it is too unusual in that it is accompanied by children. No, but on the contrary, I might be out of the selection board as soon as possible because of my child-friendly style. Irene aroused his heart, but his hope was crushed by the words of Deborah. "Ahh... I can see... I can see the light of mercy that emanates from the present Elmael-sama...! Instead, the smile toward the embraced balt looks more divine and conspicuous than ever. "Hey, look at that. I can even see through the glasses, that maternal shine... is that her child...? "Looks like he's an old brother. But that doesn't matter anymore... even the sights are noble..." "It feels like a homeland....." "It was just the life I wanted to have with her baby....." Palms gently stroking the forehead, sometimes poking fingertips on the cheeks naughtily. Gently drawing an arc everywhere, the mouth instantly solves the heart of the viewer. The audience was nailed to Elma, a sixteen-year-old bachelor and already overwhelmingly maternal. As long as the queen refers to the status of "Mother of the Nation", isn't she enough? Even such a pioneering atmosphere floats. Irene trembled. "Ahn no fool... how long have you been raising your maternity level in six months...?" "It's time to reach Notre Dame level...." I feel desperate for Deborah's slender gavel. (I knew it, I can't do this...) After all, we need Lucas in this situation. If he doesn't come in with me, I won't be able to help you. Elma will keep digging graves at a tremendous speed, and Irene will shake the stress gauge. Three days after the selection meeting, Elma will be a brilliant queen. Irene moisturized her eyes with horror and stared at the two men downstairs. Both Elma and Lucas now seem to be turning their backs on each other and totally ignoring each other. (Both of you... ah, wouldn't that be the case!? Learn to sing and dance and learn to be a woman. Speaking of which, Elma is the daughter of an amateur. It would be impossible for such a woman to reach a normal level without being active. "Nh, I can't watch anymore...! "Ah, Irene, where are you...? Irene stood up kicking her seat and ran to the stage sleeve. "I am happy to have a large crowd of people gathered today. Thank you very much. Uh, now, let's start the selection meeting because it's cold and long. Today, on the first day, I want each of you to perform a trick called this. As for me, I want the woman who becomes my wife to have a special technique that strikes people's minds." On the stage, after Felix's unmotivated opening speech, the selection meeting finally began. Nearly fifty candidates come up to the stage one by one from their sleeves at the same time as they are called names. It seems that the introduction of candidates and the performance of the arts will be done in one go. From the princess of a small country to the daughter of a luxurious merchant, no, the maid of the royal palace. It was an overwhelming quote that beauties of different ages, of different identities and nationalities, would show off their performances one after the other. "That princess's singing ability... is the first time I've been singing a song... I can no longer feel the story of the dance of the Countess two years ago, and the weight of the gold nugget of the luxury merchant's daughter is very profitable...." Anna is completely overwhelmed waiting for her turn on stage sleeves. No matter how arrogant she was, she grew up in the prisoner's quarters of the border, and then in a cathedral isolated from Sakuji. I was simply surprised by the highest standards of art in King's Landing and skills I had never seen before. Every time a jury of kings, nobles, and civilian representatives placed a high score tag, she roared and saw it. But Elma, who sat next to her, did not waver her greedy stance. Instead, he gently rocked Balt in his arms and spoke calmly. "Don't worry. Of course, everyone has an excellent skill, but the dance Anna performs is the best in the world. And Baltan's smile is the best in the universe." Say such a thing...... Besides, there are a lot of dance candidates. It's a mixture of steps I've never seen before, like a windstorm... I can't believe Luden was such a big dancer. " Oh, because it's been a boom for about a year. When he once captured Clement, he didn't know that Luden's social dance was in the middle of a revolution, inspired by Elma's spinning cone and inspired by Countess Caroline, who was good at dancing. Elma laughed gently at Anna, who frowned in confusion. "It's okay. Look at the evidence. Baltan said earlier," Be confident, Anastasia. All you have to do is overflow the emotions that drive your soul. I'm just staring at the stars that shine inside your heart. " That's what he's saying!? - Well, aren't you staring at Anna-sama with an inclusive look that you're about to say? It's no encouragement! With so much super-interpretation, Anna put her hands into her hair. The rough tone is a sign of anxiety. "Hey, are you really going to let me win? Of the 50, at least the top ten must remain. In the end, the instruction Elma gave Anna over the past two days included flexible gymnastics, strength training, yoga for meditation, and ambush experiences. Regardless of the first half, the end has nothing to do with dancing. I was pressured by Elma's might and followed her, but I was anxious to find out if I had made these two days a delight. Elma! That's when I heard a chopped voice. It was Irene who came to the stage sleeve to cut people apart. "Elma, reconsider now. I don't know if it's singing, dancing, handicrafts, or surgery, but there's no way your performances are in the" normal "domain. I see a future where you beat the all-10 rating with a splash." Apparently, they're here for the final persuasion. Does that mean that this Elma girl is so capable? Elma replied indifferently as Anna watched the conversation silently. "Don't worry. After all, in the past six months, my skills have been quite dull due to parenting. I'm going to sing a song, but I wonder if the level has fallen significantly since six months ago." Irene regains a slight sense of calm while looking confident. Well, Elma has six months of handicap. And no matter how extraordinary a song is, people close to the royal palace have heard Elma's reputation, so the level should be woven into it. The hurdle will be quite high. "Shh... can I trust you? "Of course, I always make my song look 'normal'." When Elma said it out loud, her name was just called. Here we go. Elma headed quietly to the stage, holding Bart as usual, with Irene holding her hands together, and Anna watching with her arms together. "Entry number 22, Elma. Sing a song." Walking to the center, Elma greets and tells graciously. Her multitude is famous. The audience stopped and stared at the stage with their eyes shining on expectations. The enchanting singing voice that I once showed in Frenzel that even the devil could follow. Or is it a strange and gorgeous chant worthy of her manipulating the tuna? Expecting something gorgeous, the audience excitedly punches. However, After a deep breath, what reached their ears was a delicate, nose-like voice. Good night, Barton. Your needles are all over us. Unskilled, just a quiet song. Yes - it's a babysitter song. "This choice of babysitting songs at the Queen's Selection Board....! "And I'm worried about the end of the lyrics...? The audience was confused. Not at all a fiercely heartbreaking singing voice that I expected from my previous reputation. "... what...? It's kind of...." "It's so calm....." Curiously, as soon as I heard the melody, the audience had a calming sensation of heartbeat... Like the balt in Elma's arm, the eyelids slowly descend. No, it's not just human audiences. "Peele lululu... lulu..." "Kurururu... lu..." Even birds dancing overhead and pets squatting at the foot of the guest seat fall down one after the other or start to sleep. Even the surrounding trees loosen the branches without a heart. By the time I saw it, there was a tightly diving crowd, centered on Elma. "It's true that my skill level as a song may be dropping... but I'm not getting any more skills in strange directions! After six months of polishing up, the babysitter song is no longer effective when it comes to the soul anthem "Le Quebem" spinned by the Virgin.

24.「普通」の対話(1) 聖鼎杯最後の一日、聖術師の部。 前日に引き続き晴天に恵まれたこの日、闘技場は最終日ということも手伝い満員であった。 観客たちの目的は、当代一の実力者、氷のような美貌と前評判を集める候補生、ラウル・パヴァリーニ。 そして――聖女・聖剣士の部で、勝利はほかの候補生に譲ったとはいえ、会場で誰より目立っていた美貌の少女、エルマである。 そうすれば平凡に徹せられる、と言わんばかりに、頑なに眼鏡を掛けて、冴えない姿に擬態する彼女の姿勢は、好奇心旺盛な観客からすれば、むしろ興味という火に油を注ぐだけである。 結果、観客たちは雁首を揃え、なによりもエルマの入場を楽しみに舞台を見下ろしていたのだったが――。 「............朝から、疲れました......」 聖術師候補生のうち、最後に舞台の石畳を踏んだエルマはといえば、珍しく背を丸くし、史上最大にやる気のない佇まいであった。 それというのも彼女は、イレーネがおかんむりだと見て取るや、聖術師の部のこともうっちゃって険しい山頂を目指し、岩塩の採取に徹夜で臨んでいたからである。 名峰セルモンティは、常人の足なら往復四日は掛かる山。 それを一晩で登頂し、最もおいしい塩を有する岩を探し、朝までに引き返して精練、さらに唐揚げ用の肉を仕切り直しで用意するというのは、さすがのエルマでも骨が折れた。 過去にないことだが、下ごしらえが終わった途端、テーブルに伏してうとうとしてしまったほどだ。 ふと目を開けると、イレーネは既に保健室から帰って来ていて、カーテンの隙間から差し込む朝陽を拾いながら、愛読書に視線を落としているところだった。 ぱっと身を起こすと、掛けられていたらしい毛布がするりと肩を滑る。 エルマは脊髄反射でそれを受け止め、ついで無意識に――かつ華麗に――折り畳みながら、まじまじとイレーネを見つめた。 イレーネはそれに気付くと、ぱたんと本を閉じ、こちらに向き直った。 「おはよう、エルマ」 「......おはようございます」 若草色の瞳は、拗ねたような、呆れたような、むず痒そうな、けれど敵意や嫌悪感のない感情を浮かべている。 イレーネの表情と、向こうから声を掛けて来てくれた事実に、エルマはふと、小さな溜息を漏らした。 その時抱いた、じわりと心臓が緩むような感覚はなんと呼ばれ、なぜ生じるものなのかを、これまで「友人」のいなかったエルマは知らなかった。 「は。そうでした、肉を揚げねば」 血流がよくなると、思考も徐々にはっきりしてくる。 素早く立ち上がり掛けたエルマだったが、イレーネがそれを制した。 「いいわ」 「え――」 「今は、いらない」 「......まだ怒っていらっしゃるのですか?」 微表情を見た限りでは、そのようにも思われないのだが。 困惑したエルマが首を傾げると、イレーネは苦笑した。 「怒ってなんかないわ。むしろ、私はあなたに謝らなきゃいけない」 「え......?」 「......私、あなたに話したいことがいっぱいあるわ。あなたの話も聞きたい。私たち、もっときちんと、対話すべきなのよ。でもそうするには、今じゃ時間が足りないわ。対話も唐揚げも、聖術師の部が終わって――この任務がすべて片付いてからにしましょう」 そう言い切る態度は、先輩侍女としての、あるいは年長者としての風格に満ちている。 エルマは無意識にフライパンを求めていた手をおずおずと引っ込め、「はい」と頷いた。 「時間が足りないとのことですが......私、そんなに寝ていましたでしょうか?」 「ええ、起こすのが忍びないほどだったわ。早く支度しないと」 イレーネはくすりと笑って立ち上がり、カーテンを開ける。 一斉に降り注いできた光の矢――朝陽のおおよその入射角を目で測り、珍しくエルマは顔を強張らせた。 「......思いのほか、日が昇っているようなのですが」 「そうねえ。今、何時だと思う?」 「......その前に私からも質問をよろしいですか? 聖術師の部の、入場指定時間は何時でしたっけ」 「あら、偶然ね。あなたの質問の答えは、私の質問の答えと一緒よ」 くるりと振り向いたイレーネと、青褪めたエルマ、ついでにベッド脇に置かれたエルマ作の目覚まし時計が、同時に答えを示した。 「――九時!」 (大急ぎで向かったおかげで、結果的には間に合ったものの......) 変な時間に眠ってしまい、かつ朝食も取らず、慌てて身支度を整えたため、頭の芯がぼうっとする。 凛とした佇まいの候補生たちに続き、粛々と舞台を進みながら、エルマはそんな自分に内心で首を傾げた。 こんなにも体が重く感じることが、これまでにあったろうか。 無かった気もする。 が、似たような感覚なら過去に抱いたことがある気もする。 強い酒を飲んでしまった時や、苦手な花の香りを嗅いでしまった時というのがそれだ。 思考がふわふわとし、眠くなる。 なにかがどんよりと沈んでいくような、いや、逆に、ぐうっと、体の奥底でなにかが蠢くような。 ぼんやりしたまま入場、整列を済ませ、初日と同じく、再びチェルソ枢機卿が開会の宣言をするのを聞きながら、エルマは結論付けた。 (風邪でしょうね) 思考が散漫になっていることを裏付けるような、雑な結論だった。 だいたいそんなことよりも、とにかく自分は「対話」なるものについて、よくよく考えねばならない、とエルマは気を引き締めた。 なにしろイレーネは初めての友人だ。 普通の交友というものについては日々模索中だが、わからないならせめて、全力で臨まねばなるまい。 これまで、とにかくイレーネは食いしん坊だという認識が先走り、彼女に美味しい食事を提供するのが友情かと思いかけていたが、彼女が求めるのは対話だという。 だとすれば、自分は考えつく最高の対話技術を体得して、それに臨むというのがあるべき友情の姿だろう。 対話。 ......対話。 その二文字についてつらつらと考えているうちに、チェルソ枢機卿が課題について説明し、大仰な仕草で、なにやら禍々しい印象の壺を開けた。 途端に、ぶわっと凄まじい風が捲き起こり、ついでに空に暗雲まで集まり、候補生までも含めた周囲が悲鳴を上げる。 舞台上を吹き抜ける間にかまいたちと化し、石畳を割り砕いていったそれを、エルマはひょいと器用に避け――避けながら、頭ではまず「対話」の定義について検討を始めていた。 風が唸る。 砕かれた破片が舞う。 雲に覆われ、薄暗くなった舞台の中央には、大量の砂塵が舞い、巨大な人の顔を出現させていた。 (対話。対話とは......) ――ぐぃいいあああああ! 顔が咆哮し、巨大な口ががばりと開かれる。 途端に、その場に立っていられぬほどの強風が吹きすさび、幾人かの候補生たちが舞台のへりに叩きつけられた。 「わあああああ!」 「ひぃ......っ!」 その、心臓を震わせるような轟音と、衝撃。 候補生たちの多くが恐怖に顔を歪め、叫び出す。 エルマは「対話」の実践スリーステップに想いを馳せながら、さりげなくそんな彼らに同調した。 「わー」 擬態は万全だ。 巨人顔から放たれる衝撃波をさりげなく躱しながら、エルマは再び思考の海へとダイブを決めた。

96 24. "Normal" Dialogue (1) The last day of the chalice, the Department of the Sacred Magician. On a day that continued to be blessed with sunny weather the previous day, the arena was also full of helpers, meaning that it was the last day. The audience is aimed at Raul Pavarini, one of the greatest talents of our time, a candidate who gathers ice beauty and pre-reputation. And in the department of the Virgin and Saint Swordsman, although the victory was given to other candidates, Elma was a beautiful girl who stood out more than anyone else at the venue. Rather than saying that it would make her ordinary, her attitude of wearing stubborn glasses and simulating an indescribable appearance, from a curious audience, would only add oil to the fire of interest. As a result, the audience gathered their heads and, above all, looked down on the stage looking forward to Elma's entry. "... I'm tired from the morning..." Among the cadets, Elma, who finally stepped on the stage cobblestone, unusually rounded her back and was the most unmotivated person in history. That's because she spent the whole night collecting rock salt as Irene glanced at the sacred magician's department and tried to reach a steep summit. The famous peak Cermonti is a mountain that takes four days to return to and from the feet of ordinary people. It climbed overnight, searching for the most delicious salted rock, turning back in the morning to refine it, and preparing freshly divided meat for fried chicken broke bones even in Elma. Not in the past, but as soon as I finished, I fell down on the table and drowned. When she opened her eyes, Irene was already back from the infirmary, picking up the sun from the gap in the curtain, and dropping her gaze on her favorite book. When she stood up, the blanket that seemed to have been hanging slipped her shoulders. Elma accepted it with a spinal reflex, and then unconsciously - and gloriously - folded, staring seriously at Irene. When Irene noticed it, she closed the book and turned around. Good morning, Elma. "... good morning" Young grass eyes have a relentless, stunned, itchy feeling, but no hostility or aversion. Elma exhaled a small sigh at Irene's expression and the fact that she had called out from the other side. Elma didn't know what the feeling of a heartbeat she had at that time was called and why it was happening until now without a "friend". "Yes, we did, we have to fry the meat." As the blood flow improves, so does the thought. It was Elma who got up quickly, but Irene took control of it. Fine. Eh... "I don't need it now." "... are you still angry? As far as the facial expression is concerned, I don't think so either. When confused Elma leaned her head, Irene smiled bitterly. "I'm not angry. Instead, I have to apologize to you." "Eh...? "... I have so much to tell you. I want to hear your story, too. We should have a better conversation. But we don't have enough time to do that right now. Dialogue and deep-fried chicken, let's finish the Sacred Magician's Department and finish this mission." Such an attitude is full of seniority as a maid or as an elder. Elma retracted her unconsciously demanding frying pan and nodded "Yes." "I don't have enough time... did I sleep that much? "Yeah, I couldn't stand to wake you up. We have to get ready." Irene stood up with a giggle and opened the curtains. An arrow of light poured down at once - the approximate angle of incidence of the Asahi sun - was measured with the eyes, and unusual Elma forced her face to stretch. "... besides, the sun seems to be rising." I see. What time do you think it is? "... are you sure you want to ask me a question before that? What time was the entrance time for the Sacred Magician's Department?" "Oh, coincidence. The answer to your question is the same as the answer to my question." Elaine turned around, bluished Elma, and an Elma alarm clock placed beside the bed gave the answer at the same time. "Nine o'clock! (Though it turned out to be in time because of the rush....) I fell asleep at a strange time, didn't eat breakfast, and I rushed to get dressed, so my head's core blurred. Following the candidate students in a polite manner, Elma leaned her neck to such a position as she proceeded solemnly on the stage. Have you ever felt so heavy in your body? I don't think so. However, if it has a similar feeling, I feel that I have had it in the past. That's when I drank strong alcohol or smelled bad flowers. Fluffy thoughts, sleepy. Something is sinking deeper and deeper. No, on the contrary, something is stupid deep inside your body. Elma concluded, listening to Cardinal Chelsea declare the opening again, just like the first day, after entering and arranging in a vague manner. (Must be a cold) It was a miscellaneous conclusion that corroborated the fact that thoughts were scattered. Elma tightened her mind that she had to think about what would be "dialogue" more or less than that. After all, Irene is my first friend. I'm looking for ordinary friends every day, but if I don't know, I'll have to do my best. Until now, Irene's perception of herself as a foodie had preceded her, and she thought it was friendship to serve her a delicious meal, but she wanted dialogue. In other words, you should experience the best dialogue technology you can think of and come to it as a friendship. Dialogue. ... dialogue. While thinking hard about the two characters, Cardinal Chelsea explained the issue and opened the pot with an exalted manner. Suddenly, an incredible wind wound up, then gathered in the sky to the dark clouds, and the surroundings, including the candidate students, screamed. Elma had begun to consider the definition of "dialogue" in her head, avoiding the clumsiness of breaking and crushing the cobbles while blowing through the stage. The wind roars. Shattered fragments dance. In the center of the cloud-covered, dimmed stage, there was a huge amount of dust and a huge human face appeared. (Dialogue. Dialogue is...) --Ghhhhhhh! Your face roars and your huge mouth opens. Suddenly, an unprecedented amount of wind blew from the spot, and several candidates were knocked on the edge of the stage. "Wow! "Hyi......! It's a trembling roar and shock to your heart. Many of the candidates distort their faces and scream in fear. Elma casually echoed them, reflecting on the practical three-step of "dialogue." Wow. The pseudo-state is perfect. The shock waves emitted from the giant's face were subtly absorbed while Elma dived back into the sea of thought.

11.「普通」の手料理(6) 「なあ、おい。――エルマ」 すっかり腹の満たされたユリアーナや使用人たちが散会し、エルマがイレーネに手伝ってもらいながら調理台を片付けていると、先に片づけを終えたゲオルクが話しかけてきた。 「その......昨日は、どなりつけて、......悪かった、な」 ただでさえ慣れないルーデン語で、慣れない謝罪の言葉を口にするものだから、すっかりブツ切れの口調になってしまう。 だが、エルマはそれを気にすることなく、滑らかに手を動かしながら、 「いえ。こちらこそ、不用意に料理長の持ち場を荒らしてしまい申し訳ございませんでした」 淡々と答えた。 「いや、それ、言うなら、自分の縄張りに、侵入を、許した、俺、いけない。その時点で、気付くべき、だったし、叱る、べきだった」 ゲオルクがきちんと厨房を掌握できていたならば、そもそも起こらなかった事態のはずなのである。 詫びの代わりに、これからは自分のいるときは好きに厨房を使っていいと言ってみたが、その破格の申し出よりも、ゲオルクが「これからは俺が厨房を締める」と宣言したときにこそ、エルマは満足そうに頷いた。 ――眼鏡のせいで、あまりよくわからないが。 「素晴らしいことだと思います。統率の取れた協調性ある職場では、不正は起こりにくいと言いますから。これで、王城内の毒殺リスクも限りなく低減されるでしょう」 「あん......?」 やらかしてしまう「普通でない」行動が、ルーカスの生活と胃に負担を掛けていることを理解していた。 こういった形で、王子に少しでも借りを返せるなら、大変結構なことである。 受けた恩は返す。 至極真っ当で、普通のことだ。 エルマは真顔ながらもご満悦であった。 この侍女の思考が読めない。 というか、冷静になって考えてみれば、彼女のやることなすことに対して理解が追い付かない。 そういえば、彼女の圧倒的技量に対していまだコメントできていなかったことを思い出し、ゲオルクは口をもごもごとさせながら、不器用に誉め言葉をひねり出した。 「その......おまえ、見事、だったな。正直、感心、したよ」 「過分なお褒めのお言葉を頂戴し、恐縮に存じます」 「いや、本当だ。サンドの出来栄えも、そうだし、それ以上に、あの包丁捌き、油捌き......。正直、何度も、口が顎から、外れる、思った。いや、あの巨大まぐろが、出てきたときから、すでに」 ルーカス王子はゲオルクの集中力を褒めてくれたものの、平時であれば彼だって、腰を抜かしていただろう。 それほどの、異常な光景だったのだ。 「おまえ、いったい、あの技術、どこで、身に着けた?」 「あの技術......と、仰いますと?」 「だから。巨大なまぐろ、釣ってきたり、解体したり、揚げたり、挟んだり。そういう、技術だよ。まったく......。聖力か、そうじゃなきゃ、失われた魔力でも、使ったのか、思った」 聖力とは、教会の高位導師だけが、神の恩寵を譲り分けてもらい行使できる力。 そして魔力とは、かつてこの大陸に禍を撒き散らした魔族だけが持ち、彼らの滅亡とともに失われたとされる力だ。 魔力は歌劇や小説の世界では好んで扱われる題材だが、今のこのご時世、そんなものを信じている人間はいない。 学校にも行っていなかったようだし、と不思議に思ったゲオルクが尋ねると、 「え......?」 エルマは困ったように首を傾げた。 「まぐろを育てながらその様子を観察し、最終的に釣って食べる、というのは、どこの家庭でも見られる、食育のひとつなのではないですか?」 「......おまえの、家は、漁師か、なにかか?」 「いえ。食育の対象のうち、海洋生物はまぐろとクラーケンだけでしたから、漁師ということではないかと」 『クラーケン!? 導師が十人がかりでも倒せないっていう、あのクラーケンか!?』 ゲオルクがぎょっとして、思わず母語で聞き返す。 横で聞き耳を立てていたイレーネまで、つい一緒に声を上げてしまったが、彼女はエルマが「倒せない......?」と首の角度を深めるのを見て、あ、と思った。 この流れは、「あれ」が来るぞと。 「クラーケンは、毎年夏になると馬鹿みたいに釣れるタコの一種ですよね。もしや、......シャバのお方というのは、クラーケンを捌くくらいのこともできないのですか? 料理長でも?」 『――........................はい?』 こわもての料理長がぽかんと口を開ける。 彼は五秒ほど、奇妙な表情のまま固まっていたが、やがて止まっていた呼吸を再開し、ちょっと不機嫌そうにエルマの頭をはたいた。 『......ったく、ルーデンのジョークはわかりにくいんだよ』 「え」 エルマとイレーネの呟きが重なる。 けれどおかげで、ゲオルクと王城の精神的平和は、この日も保たれたようだった。

12 11. "Regular" Hand Cooking (6) "Hey, hey. -- -- Elma As Juliana and her servants, who were completely filled with hunger, dispersed and Elma cleared the cooking table with Irene's help, Georg said that he had finished cleaning first. "Um... I'm sorry about yesterday..." It's just unfamiliar in Ruden, with unfamiliar apologies, so it's completely out of tone. But Elma moved her hand smoothly without worrying about it. "No, I'm sorry for inadvertently disrupting the position of chef." I answered indifferently. "No, if you say so, I forgave the intrusion into my territory, I shouldn't. At that point, I should have known, and I should have scolded." If Georg had mastered the kitchen, it would not have happened in the first place. Instead of apologizing, I said I could use the kitchen as much as I wanted from now on, but Elma nodded satisfactorily when Georg declared "I'll tighten the kitchen from now on." --I don't really know because of my glasses. "I think it's great. Fraud is unlikely to happen in a well-coordinated workplace. This will reduce the risk of poisoning in the castle indefinitely." "Ahh...? Elma understood that her "unusual" behavior, which she sometimes (...) softened, placed a strain on Lucas' life and stomach. If you owe the prince anything in this way, it would be very good. I will return the favor I received. Extremely straightforward and normal. Elma was delighted with her true face. I can't read this maid's thoughts. I mean, if you think calmly, you can't catch up with what she does. Speaking of which, recalling that she had not yet been able to comment on her overwhelming skill, Georg clumsily twisted his praise with his mouth full. "Well... you did a wonderful job. Honestly, I'm impressed." "I'm sorry to hear so much about your compliments." "No, it's true. Even the sandwiches are doing well, and even more than that, the knife is oily... To be honest, I thought my mouth came off my chin many times. No, not since that giant tuna came out." Prince Lucas praised Georg for his concentration, but in normal times he would have pulled himself out. It was such an unusual sight. "Where the hell did you get that technology? "That technology...? "So, huge tuna, catch, dismantle, fry, pinch. That's the technology. Absolutely... I thought you might have used the sacred power, or else the lost magic." Holy power is the power that only the high priests of the church can exercise by divorcing the grace of God. And magic is the power that only the demons who once spread misfortune on this continent have, and are said to have been lost with their destruction. Magic is a favorite theme in the world of opera and novels, but nobody believes in such things in this age. And Georg asked me, wondering if I'd been to school. "Eh...? Elma leaned her neck in trouble. "Isn't watching the tuna grow and eventually catching and eating it one of the things you can see in any home? "... is your house a fisherman or something? "No, only tuna and kraken were the subject of food raising, so I thought it was fishermen." Kraken!? The Kraken, who can't defeat a dozen teachers!? Georg answers unexpectedly in his native language. Even Irene, who was listening beside her, shouted alongside her, but she said to Elma, "Can't defeat...? As I saw the angle of the neck deepen, I thought, oh. This stream says, "That's it." "Kraken is a kind of octopus that can fish like an idiot every summer. I wonder... can Shabaab even hold Kraken? Even the chef? ....................................... Yes? The frightening chef opens his mouth. He stuck his strange expression for about five seconds, but eventually resumed his stopped breathing and shook Elma's head in a slight mood. "... I don't know, it's hard to understand Rouden's joke." "Eh?" Elma and Irene muttered. But thanks to this, the spiritual peace between Georg and the royal castle seemed to have been preserved this day.

8.「普通」のお手入れ(4) 花はひしゃげ、のみならず、窓近くの棚に置いてあったイレーネの服や荷物は、ぐっしょりと水で濡れていた。 もちろん、繊細な花冠は、破片にまみれ、無残に花びらを散らしてしまっていた。 「......ひどいわ」 あからさまな悪意の形に、気の強いイレーネも青褪める。 これほどまでに、しかも持ってきた衣服のすべてを濡らされてしまっては、すぐに外出することなどできない。 乾いているのは、今着ている王城お仕着せのメイド服だけ。 作業をした後で少々埃っぽいし、それ以上に、このまま町に出ては、悪目立ちしてしまうだろう。 かろうじて、自然に倒れてしまった態を装っているようだが、イレーネを足止めしようとするその意図から、犯人が誰だかはわかる。 デボラの仕業だ。 「信っじられない......。そこまでして、殿下と私のデートを阻みたいわけ? 全然恋人同士なんかじゃないっていうのに!」 釣り目がちの翠色の瞳に、悔しさのあまり少し涙がにじむ。 だが、デボラが犯人だというのは推測に過ぎないし、問い詰めたところで相手は強引にごまかすだけだろう。 そもそも、身分差のことを考えれば、イレーネがデボラを弾劾するなんてできるはずもないのだ。 イレーネはさっと目じりを拭い、強気な彼女らしくショックを怒りに変換してやり過ごすと、顔を真っ赤にしながら服を拾い集めた。 「最低! ああもう最低だわ! なにも祭りの日にこんなことしなくたっていいじゃないの」 彼女は、ぎゅっと布を絞りながら、想いを言葉で発散しつづける。 そうすることで、少しずつ心の平静を取り戻そうとしていた。 「いくら私のことが気に食わないからって、あんまりだわ。そう思わない、エルマ?」 だが、返事がない。 怪訝に思って顔を上げたイレーネは、友人が淡々とした様子で、部屋の片隅で作業をしているのを見て、目を見開いた。 小さなブラシを持ち、なにやら埃取りでもしている様子である。 イレーネはむっとした。 「ちょっと、エルマ! ねえ、掃除の最終仕上げでもしているの? あなたの友人である私がひどい目に遭っているのよ。ちょっとは私の怒りに共感してくれたっていいじゃないの」 そして彼女は、その苛立ちのままにエルマの肩をつかみに行った。 「あなたはさほど興味がないかもしれないけれど、私、服と同じくらい、お揃いの花冠を台無しにされたこともショック――」 「おのれデボラ」 ぼそっと、地を這うような声での呟きに、イレーネは一瞬耳を疑った。 「――............は?」 「角度が特徴的な三角州に、極めて短い島形線......指の下部に密集した汗線孔。十二の特徴点の一致を確認――間違いなく、デボラ様の仕業ですね」 「............はい?」 先ほどから、彼女が何を言っているのかがわからない。 「な、なにを、しているの......?」 イレーネが、無意識に引き攣ってしまった声で問えば、エルマはこともなげに眼鏡のブリッジを押し上げ、 「指紋の照合ですが」 と答えた。 「シモン............?」 よくよく見てみれば、エルマは小さなブラシを使って、小麦粉のようなものをはたいていたようだが、それがいったい何の意味を持つ行為なのか、イレーネにはわからない。 ただ、――この友人のまとう雰囲気が、いつもと異なるようだということはわかった。 「エ、エルマ......? いえ、エルマさん......? あなたもしや、その、なにかちょっと......怒ってる......?」 なぜだか、相手をさん付けしてしまう衝動に駆られる。 エルマは静かに眼鏡を外すと、その夜明け色の美しい瞳をぎらりと光らせた。 「――彼女を殲滅します」 「いやむしろめっちゃ怒ってる――!?」 この友人はめっちゃ花冠をかぶって市に出かけたかったのだと、そのときイレーネは悟った。 基本的に感情の起伏が乏しいように見えるエルマが、そこまで怒りを露わにすることなど珍しい。 いや、珍しいというよりは、初めて見た。 周囲の空気の温度が、ぐんと下がったような感覚に、背筋が思わずぶるりと震えた。 「あ、あのあのあの、エルマ? ちょっと落ち着いて? その......花冠なんてまた作ればいいし、私の服もすぐ乾くじゃない。あの、どうかデボラ嬢への復讐なんてやめてね? いえ、気分的にはぜひしてほしいところだけど、なんていうかあの、人の道を踏み外さないでね?」 「私が今まで人の道を踏み外したことなどありましたか? というかなぜ止めるのですか? 客観的に見て理不尽であるなら、腹を立てるのが『普通』なのでしょう?」 「いえ、あの、もちろんそれ自体は『普通』なんだけれども、あなたの場合、ちょっと、その発露の方法が普通じゃなさそうっていうか――」 「デボラ・フォン・フレンツェル」 もごもごと仲裁を試みるイレーネをよそに、エルマは低く呟いた。 「私の『ぷんぷん』を、思い知るといい」 まるで、世界に禍を降り注がんとする、魔王のような声だった。

40 8. "Normal" Care (4) The flowers were chic, and not only were Irene's clothes and luggage on the shelves near the windows wet with plenty of water. Of course, the delicate flower crown was covered in fragments and scattered with petals. "... it's terrible." In the form of obvious malice, the delicate Irene fades. If you get all the clothes you've brought so far wet, you can't go out right away. The only clothes that are dry are the maid clothes worn by the royal castle. After the work, it looks a little dusty, and even more, if you leave town like this, the evil will stand out. Barely pretending to have collapsed naturally, the intent to stop Irene tells us who did it. It was Deborah. "I can't believe it... You want to stop me from dating your Highness? They're not lovers at all! A little tears of remorse appear in the green eyes that tend to fish. However, Deborah's murder is merely speculation, and when asked, the opponent will be forced to deceive him. In the first place, given the difference in identity, Irene can't possibly impeach Deborah. Irene quickly wiped her eyes, turned the shock into anger with a strong femininity, and picked up her clothes with her face bright red. "Oh, shit! Oh, shit! You don't have to do this on a festival day." While squeezing her cloth tightly, she continues to exude her thoughts with words. By doing so, I was gradually trying to restore calm to my mind. "I don't know how much you don't like me. Don't you agree, Elma? But I haven't heard back. Raising her face with suspicion, Irene opened her eyes when she saw her friend working in a corner of the room, looking pale. She has a small brush and seems to be removing dust. Irene got annoyed. "Hey, Elma! Hey, are you finishing the cleaning? Your friend, I'm in terrible trouble. I hope you sympathize with my anger." And she went to grab Elma's shoulder with her frustration. "You may not be as interested as I am, but I am shocked that I ruined your matching flower crown -" "My Deborah." Irene doubted her ears for a moment as she murmured in a loud, crawling voice. "........................?" "A very short island line in a delta with characteristic angles... a dense sweat line hole at the bottom of the finger. Confirm that the twelve features match - it's definitely Deborah's work." "... yes? I don't know what she's talking about from earlier. "Hmm, what are you doing...? When Irene asked her unconsciously, Elma pushed up the bridge of her glasses. Fingerprint matching. and replied. "Simon...? After a closer look, Elma seemed to have used a small brush to pour something like flour, but Irene didn't know what it meant. However, I found out that this friend had a different atmosphere than usual. "E, Elma....? No, Elma....? Are you a little... angry...? For some reason, it's driven by the urge to rub your opponent. When Elma quietly took off her glasses, she glanced at the beautiful eyes of the dawn color. "--I will destroy her." "No, I'm rather very angry!?" Irene realized that this friend wanted to go out to the city wearing a flower crown. It is unusual for Elma, who seems basically lacking in emotional ups and downs, to reveal so much anger. No, it's not unusual, it's the first time I've seen it. My spine trembled unexpectedly as the temperature of the surrounding air dropped. "Ah, you know, Elma? Calm down, will you? Well... you can make flower crowns again, and my clothes won't be dry soon. Please, don't take revenge on Miss Deborah. No, I'd really like you to do it, but, you know, don't get off the road, right? "Have I ever lost my way? So why stop? If it is objectively unreasonable, is it" normal "to be angry? "No, of course, it's 'normal' in itself, but in your case, it seems that the way you expose it is a little unusual -" "Deborah von Frenzel" Elma murmured low, approaching Irene, who tried to arbitrate. "You should know my 'pumps'." It was like a demon king's voice, trying not to bring misfortune to the world.

30.シャバの「友情」は悩ましい(2) 「......チェルソ枢機卿」 「おーや。さすが、取り乱しはしないと」 小柄な体に、貧相な面。おどおどとした毛髪と表情の持ち主で、今回の任務の依頼者であったはずの――チェルソ・ロベルティ。 彼は、以前までの遠慮がちな佇まいをかなぐり捨てたように、にぃと唇の端を引き上げてみせた。 「ですが、すでに、体に力が入らないのではないですかなぁ?」 言われてみて、全身がやけに重いのに気付く。 鎖で縛りつけられているからというよりは――だってこのくらいなら、普通、軽く力を籠めれば破壊できる――、体そのものの動きが鈍っているのだとわかった。 頭がぼうっとして、思考が散漫になる。 息苦しくて、体の重心が定まらなくて、全身が熱い。 これらは、そう......まるで、強い酒や花の香りに接してしまったときの症状によく似ていた。 同時に、エルマが学院に足を踏み入れたときからうっすらと感じていた症状でもあった。 「私に......なに、を......」 「なぁに。強い酒を飲ませただけです。まじないに使う花の蜜もともに、ね」 呂律の回りにくい舌で尋ねると、チェルソはいやらしい笑みで応じた。 「ふむ。酒やクローバーで弱るということは、やはり魔の者、ということですかな? だとしたら、残念。もし君の体が聖なるものたちを受け入れるなら――つまり、君に聖女の素質があるならということだが――、今度の『 ついで、いかにも演技がかった様子で眉を下げた。 「実に期待外れですなあ。当代の候補生たちを圧倒する力......見知った聖力の気配は感じないが、かといって禍々しい魔力という感じでもない。突然変異とも言うべき、変わった聖力の持ち主なのかと思いきや、結局単に、俗悪な魔力でしかなかったなんて。きちんと見極めておいてよかった」 私が信仰を捧げるのは、異端とはいえ、あくまで唯一なるアウル神なものでねえ。 チェルソは芝居がかった仕草で肩をすくめながら、そんなことを嘯く。 つまりこの聖鼎杯を通して、彼は豊富に聖力を持ち合わせる人物の見極めをしていたのだろう。 それを裏付けるように、彼はひょいとおもちゃの剣を持ち上げてみせた。 「そうそう、これ。せっかく、君の正体がなにかを見極めるために、名剣カリブルヌスを聖剣にすり替えようとしたのに、私が引き換えに手にしたのはカリブルヌスなどではなく、こんなくだらない、血のり付きの剣だった。いったいこれは、どういうつもりで? 私の野望を見通していると、挑戦でもしてきたつもりですかなあ?」 だとしたら、と呟きながら剣を投げ捨て、チェルソは低く凄んでみせた。 「君は、その寿命を縮めてしまったようだ。もっとも――たった数日の差だろうけれど」 エルマはぼんやりとした頭で、少なくとも剣の件は知らないな、などと考える。 しかしそれを口にする前に、チェルソが再び話を続けてしまった。 「私の糧となる聖力を持たぬのなら、君に用などない。中途半端に真相に触れてしまった君には、悪いがこの場で死んでもらおう。だが......そう。せめてもの情けとして、君が知ろうとして、けれどこの先得ることのない真実のすべてを、教えてあげようではないか」 両手を広げ、聖堂に響き渡る己の声に酔うチェルソを見ながら、エルマはなんとなく、ずっと誰かに陰謀を披露したかったんだろうなこの人、と考えた。 口調まで、次第に「ぼくのかんがえるさいきょうのラスボス」みたいな感じで、ちょっと傲岸不遜なものに変わってきている。 「ふ......。私は枢機卿陣の中で誰より早く、そして長くこの地位を得、維持し続けてきた。それは、古代アウレリア語と聖術構築に精通した私の明晰さもさることながら、トリニテートに伍するとも評価される、膨大な聖力によるものだ。......そして、その膨大な聖力の源泉。ふふ、それは――」 「トリニテート、つまり大量の聖力を保持している聖術師や聖女を害霊に貶めることで、聖力をかすめ取ってきたのですよねわかります」 ここぞ迫真、といった様子でチェルソが悪っぽい笑みを浮かべた瞬間、エルマが割って入った。 「聖剣によって聖力を過剰に注ぎ込んで歪め、受け止めきれなくなった肉体と魂を切り離し、害霊化させる、と」 要領よくまとめられ、チェルソはちょっと顎を引いた。 「......な、なかなかいい線まで掴んでおるではないか」 が、彼もさるもの、すぐに態勢を立て直す。 今度は左手を胸に当て、右手を高らかに広げると、眉を寄せて首を振った。 「だが、そう。その素晴らしい構想は、残念ながら、重大な瑕疵に見舞われてしまった。聖女の脱走だ。表向きは病死となっている前代の聖女候補だが、実は――」 「実は脱走してしまったのですよね。結果、聖女と聖術師の二人を害霊化させるはずだったのが、一人分しか聖力を確保できず、しかもトリニテート不成立が神の怒りに触れたのか、アウレリアはルーデンの属国に落とされてしまって、チェルソ殿におかれては諸方向に悔しい思いを噛み締めたとなるほどよくわかります」 またもエルマにカットインされ、チェルソは今度こそ引き攣った表情を浮かべた。 「8割は精神世界で覗いてまいりました。2割は脳内補完です」 「は?」 チェルソは一瞬胡乱な顔つきになったが、すぐに「なるほど、害霊と接触したことで記憶を媒介したか......」などとそれっぽくシリアスな表現で言い直し、再び影の実力者役へと舞い戻った。 「ふふ、だがその重大な瑕疵すらも、巡り巡って私に恩恵をもたらした......。君、なぜ私が親ルーデンに徹し、わざわざルーデンの人間を聖鼎杯に引き込んだかわかるかね? わからんだろうなあ。それというのは――」 「ルーデンからの候補生を害し、反ルーデン派を犯人に仕立て上げることで、ルーデンによる反ルーデン派の一掃を狙ったのですよね。ついでに、ルーデンが支配を強め、言語や文化が一層ルーデン色に染まることで、アウレリア宗教界の知識、ひいては権力を、中枢であるご自身に集中させたいとの狙いがあったと」 「君は! 目上の者を! 立てることを! 知らんのかね!?!?」 とうとうチェルソは顔を真っ赤にした。 「先ほどから自分ばかりぺらぺらと! なんなんだね君は!」 「申し訳ございません。なにぶん、鎖に繋がれた状態で黒幕の告白を聞く、という場面に不慣れなもので、勝手がわからず」 素直なエルマは、祭壇に押し付けられた体勢から、ぎこちなく頭を下げた。 「ついでに申し上げますと、先ほどから気分が優れないのです。差し支えなければ巻きの進行をお願いしたいのですが......」 「いや、気分を優れなくさせたのは私だから! 差し支えるに決まってるから! 逆になんで差し支えないって思ったんだね君!?」 すっかりペースを乱されたチェルソは、健気に揺れる毛髪に両手を差し込んで叫んだ。 「進行がめちゃくちゃだ!」 自己演出型だな、とエルマは冷静な判断を下した。 チェルソは、真っ赤にした顔をぐしゃぐしゃに搔き乱す。 まるで癇癪を起した幼児のような、明らかに心の均衡を欠いた態度――おそらく彼の精神は、既に大いに破綻しているのだろう。 彼はひとしきり叫ぶと、突然それをやめ、ついで笑い出した。 「はは......っ、はははははっ! ははははははは!」 甲高い笑い声も、しかしぴたりと止まる。 彼は暗い瞳でエルマを見下ろすと、唇を歪めた。 「随分余裕があるようだが、それもここまでだ。......これがなにか、わかるかね......?」 そうして彼が取り出したのは、やけに安っぽい瓶だった。 表面は細かな傷で曇り、中に揺れる液体は、なんの変哲もない水の色。 魔族退治に使われる聖水よりは、安酒でも収まっていそうな様子であった。 が、コルクのはまった蓋からわずかに漂う匂いを拾ったエルマは、本能的に顔を顰めた。 「それは......」 「酒だよ。燃えるほどに酒精を強めた、ただの安酒」 だが、と彼は笑い、横たわるエルマの元へと近付いてきた。 「魔族には、これが堪えるのだろう? ははっ、聖力の持ち主にはむしろ助けとなる酒精が、それも単なる安酒が、まさか教会が高値で売りつける聖水よりもよほど魔族を苦しめるとは、ひどい笑い話だ。......だが、そう。そうした知識は、下賤の民に知られることなく管理されるからこそ、尊い」 きゅ......、と音を立てて、コルクでできた栓を取る。途端に、辺り一面に、普通の人間でも噎せ返りそうなほどの酒精の匂いが広がった。 「知は力なり。その通りだ。そしてその崇高な知恵は、ごく一部の選ばれた人間によってのみ継承されねばならぬ。事実、ルーデンの属国となってから、古代アウレリア語をまともに読めるのは、私くらいしかいなくなった。有象無象の民など、粗忽なルーデン文化をありがたがっておけばよいのだ。その中で、私が――私だけが、アウル教の真義を解し、力を得る」 チェルソは、香りに当てられて身動きできずにいるエルマの顎を掴むと、ぐいと瓶を傾け、無理やり中身を注ぎ込んだ。 「ほうら、たんと飲むがいい。私からの餞別だ」 顔をそむけようとするが、叶わない。 魔族でなくとも、そのあまりの度数の高さに、ほんの数滴口にするだけで昏倒してしまうほどの酒精だ。 吐き出しきれずに呑み込んでしまったぶんだけであっても、致死量と言える。 これにはさすがに、エルマも眉を寄せ、苦悶の様子を見せた。 激しく頭を振った拍子に、眼鏡が小さな音を立てて滑り落ちる。 露わになった美貌、そしてそれが苦しげに歪められているのを見て、チェルソはようやく留飲を下ろしたように頷いた。 「苦しむがいい、魔族よ。おまえを遣わせたルーデンの怒りを、ぞんぶんに掻き立てられるよう......苦しんで、息絶えよ」 酷薄な表情を浮かべて言い切ると、踵を返す。 これが反ルーデン派の仕業だと誤認させるために、いくつかの工作が必要だったためだ。 薄暗い洞窟には、息を荒げるエルマだけが残された。 「............は、............ぅ、ふっ、............んは......っ」 心臓が暴れている。 呼吸がうるさい。 暑い。 寒い。 耳鳴りがする。 彼女はおそらく、その人生で初めて「死」の気配を身近に感じた。 「............っ、は......っ、ぁ............!」 小刻みに震える体。 その内側では、無数の感情と思考、映像が入り乱れては消えていった。 やはり自分は魔族だったのか、という、諦念の混じったような驚き。 酒を口にするなと教えた【貪欲】の兄の憂い顔。 いつも真意の伺えない――けれどどこか悲し気な笑みを湛えていた母ハイデマリー。 突然降りかかった危機への戸惑い。 このくらいの局面なら切り抜けられると信じていた自分への不甲斐なさ。 自分を心配して怒っていた友人の姿が、今こんなにも胸に迫る。 そのときたしかに、エルマはなにかを叫ぼうとした。 が、それがなんだったのかを自分で理解するよりも早く、暴れる呼気が声を奪ってしまう。 苦しい、と、初めて思った。 誰かに縋るための、とても無力で、無縁だった言葉。 それを口にしようとしたその瞬間、 ひときわ大きく心臓が波打って、エルマは限界まで目を見開いた。

102 30. Shaba'S "Friendship" Is Troublesome (2) "... Cardinal Chelsea" "Ooh. That's right, we need to be disturbed." Small body, poor face. Chelsea Roberty was supposed to be the client of this assignment, with his rough hair and expression. He pulled up the edge of his lips as if he had abandoned his previous reluctance. "But isn't your body already powerless? When I was told, I noticed that my whole body was so heavy. Rather than being tied up in chains - because in this case, normally, it can be destroyed by lightly encasing the force - it turns out that the movement of the body itself is dull. My head feels dizzy and my thoughts wander. It's hard to breathe, your body's center of gravity is unstable, and your whole body is hot. These were very similar to the symptoms when they came into contact with the strong aroma of alcohol and flowers. At the same time, it was a symptom that Elma had felt light-hearted since she stepped into the academy. "Give me... what..." "Hey. I just let him drink strong alcohol. And the honey of the flowers that I used so badly." Chelsea responded with a lewd smile when asked with her tongue, which was difficult to turn around. "Hmm. Weak with alcohol and clovers means you're still the devil, right? If so, it's a shame. If your body accepts the sacred - that is, if you have the qualities of a Virgin - then I would have wanted you to be my servant." Then I lowered my eyebrows as if I wanted to act. "It's really unexpected. The power to overwhelm contemporary cadets... I don't feel the signs of sacred power I've seen, but it's not like it's a terrible magic. Mutation, I wonder, is the owner of an unusual sacred power, after all, it was nothing but a sleazy magic. I'm glad we got it right." My devotion to faith, though heretic, is not the only Aur god. Chelsea shrugs her shoulders in a playful manner. In other words, through this chalice, he would have identified a person with abundant sacred powers. In support of that, he even lifted the toy sword. "Yes, this. After all, I tried to replace the great sword Caliburnus with the holy sword in order to find out what you really are, but it wasn't Caliburnus that I got in exchange, it was this stupid, bloody sword. What the hell are you doing? Looking forward to my ambitions, are you going to have a challenge? Then, Chelsea murmured and threw away her sword, making her look so low. "Looks like you've shortened that lifespan. It's probably just a few days apart." Elma thinks she's blurry and doesn't know anything about the sword. But before I could say it, Chelsea kept talking again. "If you don't have the sanctity to feed me, I don't need you. I'm sorry that you came to know the truth halfway through, but I'm going to let you die here. But... yes. As a mercy to you at least, I will tell you all the truth that you know but never get before." Looking at Celso, who was drunk with his voice echoing through the cathedral, Elma somehow wanted to show off a conspiracy to someone for a long time. Until the tone, it gradually turned into something a little arrogant, like "my cherished Las Boss of the Day." "Fu... I have gained and maintained this position faster and longer than anyone in the Cardinal Corps. It is due to the enormous sacred power that is appreciated even when I join Trinitate, despite my clarity, which is familiar with ancient Aurelian and the construction of sacred arts.... and the source of that enormous sacred power. Fufu, that's..." "Trinitate, that is, by devaluing saints and virgins who hold a great deal of sacred power to harmful spirits, you've been grabbing the sacred power, right?" Here, the moment Chelsea smiled like evil, Elma broke in. "The Holy Sword disproportionately pours sacred power into it to distort it, to sever the body and soul that can no longer be accepted, and to spiritualize it." Summarized well, Chelsea pulled her chin a little. "... well, you're holding onto a pretty good line." But he'll get back on his feet soon. Now I put my left hand on my chest, and when I spread my right hand high, I raised my eyebrows and shook my head. "But yes. Unfortunately, that wonderful idea was badly flawed. The Virgin's escape. The face is the candidate of the previous Virgin, who is sick and dying, but in fact..." "You actually escaped, didn't you? As a result, it was only one person who was supposed to spiritualize the Virgin and the Holy Magician, and I know very well whether the Trinity Failure touched the wrath of God, Aurelia fell into the kingdom of Luden, and Lord Celso bitten his regrets in all directions." Elma also cut in, and Chelsea had a twitchy look this time. "Eighty percent of us peeked in the spiritual world, 20 percent in the brain." "What about it?" For a moment, Chelsea looked confused, but immediately said again with such serial expressions as "I see, did you mediate memory by contacting the harmful spirit...", and returned to the role of the Shadow Proven again. "Fufu, but even that serious flaw has benefited me around... Do you have any idea why I went all the way to my parent, Ruden, and took the trouble to bring the humans of Ruden to the chalice? I don't know, I guess. That means..." "By harming the candidate from Ruden and targeting the anti-Ruden as the culprit, you were aiming to wipe out the anti-Ruden by Ruden. The aim was to concentrate Aurelian religious knowledge, and thus power, on yourself as the hub, by strengthening Ruden's dominance and deepening its language and culture." "You! The one in front of you! Stand up! Don't you know!?!? At last Chelsea's face turned bright red. "I've been feeling all over myself for a while! What are you doing? "I'm sorry. I'm not familiar with the scene of listening to a mastermind confession in a chained state, so I don't know what to do." Honest Elma lowered her head sharply from the position pressed against the altar. "By the way, I'm not feeling well from earlier. If you don't mind, I'd like to ask you to proceed with the winding...." "No, I'm the one who made me feel better! It's up to you! On the contrary, why do you think it's okay!? Completely disturbed by the pace, Chelsea shouted with her hands in her healthy hair. "It's a mess! Elma made a sober decision, saying it was self-directed. Chelsea scratches her bright red face. An obviously unbalanced attitude, like that of an eclamptic toddler - perhaps his spirit has already broken down a great deal. He suddenly stopped screaming and laughed. "Hahaha... hahahaha! Hahahahaha! The tall laughter stops. He looked down at Elma with dark eyes and distorted his lips. "There seems to be plenty of room, but that's enough.... do you know what this is...? What he took out was a really cheap bottle. The surface is clouded with fine scratches, and the liquid shaking inside is the color of water without any aberration. Rather than the holy water used to exterminate the demon race, it seemed like it would fit into cheap alcohol. But Elma instinctively frowned, picking up a slight smell from the cork-fitting lid. "That's...." "It's alcohol. It's just cheap alcohol that burns so hard." But he laughed and approached the lying Elma. I wonder if the demons can stand this? Haha, it is a terrible laugh that alcohol that helps the holy spirit owners, but it is also just an alcohol that affects the demons so much more than the holy water that the church sells at a high price.... but yes. Such knowledge is noble because it is administered without the knowledge of the lowly people. " Cu... make a noise and take a cork stopper. Suddenly, the smell of alcohol spreading all around me, even to ordinary people. "Knowledge is power. Exactly. And that noble wisdom must be inherited only by a very few chosen men. In fact, only I have been able to read the ancient Aurelian properly since I became a member of Rouden. All you have to do is appreciate the rough Rouden culture of the elephant people. In which I - and only I - unlock the truth and gain power in the religion of Auruism." When Celso grabbed Elma's jaw, which was stuck by the fragrance, she tilted the bottle and forced her to pour in. "Here, have a drink. It's a farewell from me." I try to turn my face away, but it doesn't come true. Even though it's not a demon race, it's so high that you faint with just a few drops of alcohol. Even if you swallow it without being able to spit it out, it can be said to be a lethal amount. To this, Elma frowned and looked at the anguish. The glasses slipped down with a small sound as he shook his head violently. Seeing the exposed beauty and the distortion in pain, Chelsea finally nodded as if she had dropped the sip. "Suffer, demons. Ruden's wrath, which has sent you, can be stirred up... in pain and breath." With a harsh expression on his face, he turned his heel back. Because some work was needed to mislead the anti-Luden into believing that this was their work. Only breathtaking Elma remained in the dim cave. "... hah... uhh, fu... nha..." Your heart is racing. I'm breathing loudly. It's hot. It's cold. I have tinnitus in my ears. She probably felt the signs of "death" for the first time in her life. "... hah, hah, ah...! Your body trembles little by little. Inside, countless emotions, thoughts, and videos were disturbed and disappeared. It was a mixed surprise of abandonment that I was still a demon. The sad face of [greedy] 's brother, who told him not to drink. Mother Hydemarie, who could not always ask for sincerity - but somehow had a sad grin. Confusion about a sudden crisis. It is not worthy of me to believe that I can get through this situation. My angry friend who was worried about herself is so close to her heart right now. It was true then that Elma tried to scream something. But before you know what it was, your violent exhalation takes away your voice. I thought it was painful for the first time. Very powerless and unrelated words to trust someone. The moment I tried to talk about it, Her heart was beating so loudly that Elma opened her eyes to her limits.

0.プロローグ ふと腹が張った感覚を抱き、テレジアは刺繍針を持つ手を休めた。 すっかり冷めてしまった紅茶のカップを取り上げ、もう片方の手で、大きくせり出した腹をそっと撫でる。 「どうした、坊や。ご機嫌斜めか?」 囁く声は品のよい女性のものだが、口調はどうにも男っぽい。 テレジアは、元は武勲に優れたロルバッハ侯爵家の、やはり男勝りの剣技で知られる娘だった。 周囲を威圧するための声、と評されてきた己の声を、それでも極力やわらげ、テレジアは話しかけた。 「もしかして、雷が怖いのか? 大丈夫。母様が守ってやろう。世界一大切な坊や」 窓の外では、つい先ほどまで晴れていたというのに、今やすぐそこまで暗雲が迫ってきている。 黒い雲の合間に、ぴかりと稲妻が走るのを認めて、テレジアは刺繍道具を片付け始めた。 もともと苦手な針仕事、暗い部屋ではますますできる気がしない。 「ふん、やはり刺繍など、クリスタの管轄だな。慣れぬことをするから雷も鳴るし、腹も張るのだ」 あまり上手とは言えない縫い跡に向かって目を細め、テレジアは毒づく。 何度も針で突いてしまった指先には、淡く血が滲んでいた。 幼い頃から、彼女が興味を向けてきたのは剣技や乗馬、史学に政治。 とても女らしいとは言えない趣味ばかりだ。 二つ年の離れた妹クリスタはといえば、つんとした顔立ちの姉とは逆に可憐な容姿で、性格は優しく、しかも、ロルバッハ侯爵家の者としては珍しく、大量の聖力を保持していた。 世代さえ合っていたならば、法国アウレリアに留学して、トリニテート候補生になっていただろうほどだ。 現実には、引っ込み思案の性格ゆえ、留学の可能性など視野にも入れず、王妃として王宮に上がった姉に付いて、行儀見習いをする道をクリスタは選んだ。 もっとも、テレジアの妊娠や、諸々の事情によって、その行儀見習いすら半年ほどで切り上げてしまったが。 「......まあ、あの子は、家で囲われてこそ幸せになれる娘よ」 テレジアは扉に目をやりながら、ぽつりと呟く。 廊下に面することなく、隣り合う姉妹の部屋を行き来するための扉。 それは、身動きの取りにくい妊婦であっても、声さえ上げれば即座に助けを呼べるようにと、テレジアの命で作らせたものだった。 「......やはり、刺繍はクリスタにやってもらうとするか」 テレジアは手元の刺繍に再び視線を戻し、溜息を落とす。 その拍子にまた腹がぐぅと引き攣れて、彼女は眉根を寄せた。 「なんだ、怒っているのか? 許せ、イニシャルは母様自らが刺したぞ」 腹をさすりながら、言い訳する。 産まれてくる赤子に用意した産着には、既にFの文字が刺繍されていた。 「フェリクス、というのは長すぎたかもしれぬ。フェルやフィンにすればよかった。だが、......ルーデンの国を統べる王の名前だもの。やはり、誉あるものでないとな」 フェリクスというのは、その昔、始祖とともにルーデンの国を興した三傑の一人の名であった。 知恵者で、強い意志を持ち、世界を良い方向へと導いた賢者。 その名には、テレジアの願いのすべてが籠っていると言っていい。 腹の子の父親の愚鈍な有様を思い浮かべながら、テレジアは皮肉気に口の端を引き上げた。 「そうとも。凡愚な父からでも、優れた子は生まれる。私とおまえで、それを証明してやろうではないか。なあ――、............っ」 だが、不意に腹の痛みが強まって、テレジアは声を詰まらせた。 昏倒を避けるために咄嗟に床に膝を突き、痛みをやり過ごす。 が、いくつ数を数えてみても、痛みは遠のくどころか、ますます強まるばかりだった。 「......陣痛? もう?」 脂汗を浮かべながら、自問する。 だが、テレジアはすぐに首を振った。 まだ臨月にすらなっていない。 それに、聞いていた陣痛とは、どうにも異なる症状だ。 息が上がる。 めまいがする。 耳鳴りがして、吐き気がして――そう、妙に喉がひりつく。 瞬時に、ある恐ろしい可能性が脳裏によぎって、テレジアは青褪めた。 妃となった、それも王の子を宿した女なら、誰もが恐れるもの。 妊娠初期から早々に実家に帰省し、徹底的に人払いをしてまで、テレジアが避けようとしていたもの。 ――毒。 「ぐ......ぅ」 急に、腹の痛みが増す。 それが、真に症状から来るものか、それとも毒を連想してしまった精神の働きによるものか、テレジアには判別がつかなかった。 毒にはかなり注意を払ってきたはずだ。 だとしたら、妊娠それ自体の経過に問題があるのかもしれない。 いずれにせよ、まずい事態だ。 「......クリス、タ」 テレジアはうずくまったまま、妹の名を呼んだ。 「クリスタ! 来てくれ......!」 だが、扉の向こうから返事はない。 もしかしたら妹も、この長い昼時間を持て余して、のんびりと寝ているのかもしれないが――いや、そんなはずはない。 彼女はテレジアよりも数倍繊細で、空にこんな暗雲が立ち込めようものならば、すぐにそわそわとして、テレジアの部屋に駆け込んできたものだった。 「クリスタ! ......クリスタ!」 ――ゴロゴロ...... 声にかぶせるように、雷鳴が轟きはじめる。 魔物の唸り声のような低い音に、無性に不安が掻き立てられた。 「クリスタ......?」 テレジアはじっと扉を見つめ、やがて口を引き結ぶ。 それから、冷や汗を浮かべたまま、這うようにして扉に近付いていった。 昼だからと灯りを入れていなかった部屋は、今やほとんど薄闇に覆われている。 カーテンすら閉じていない窓の向こうでは、とうとう大粒の雨が降り始めた。 ぴか、と、暗雲の隙間に閃光が覗く。 一拍遅れて、大音声の雷が響き渡る。 震える手でノブを回し、テレジアはぎこちなく繋ぎの扉を押し開けた。 ギィ、と、軋んだ音がする。 ――ピカ......ッ! ちょうどその時、稲妻が暗い部屋を照らし、そこに広がる光景を理解したテレジアは、極限まで目を見開いた。 「クリスタ......!」 獣の咆哮のような鋭い雷鳴が、テレジアの耳を刺した。

110 0. Prologue With a feeling of tension, Telesia rested her hand with an embroidered needle. Grab a completely chilled cup of tea and gently stroke your big, curled stomach with your other hand. "What's up, kid? Are you in a good mood? The whispering voice belongs to a good woman, but the tone is very masculine. Telesia was formerly a daughter of the award-winning Marquis of Lorbach, known for her masculine swordsmanship. Telegia spoke to her as much as she could to soften her voice, which had been described as a voice for intimidating the surroundings. "Maybe you're afraid of lightning? It's okay. Mother will protect you. The most precious boy in the world." Outside the window, even though it was clear just now, dark clouds are approaching. In the middle of the black clouds, Telesia began to clean up the embroidery after seeing the lightning glitter. I don't feel like I can do needle work in a dark room that I'm not good at originally. "Hmm, embroidery and so on, that's Krista's jurisdiction. I'm not used to it, so there's thunder and I'm hungry." Telesia poisons her eyes as she narrows towards less than good sewing marks. There was pale blood on the fingertips that had been poked with the needle many times. From a young age, she was interested in swordsmanship, horseback riding, and history politics. It's just a hobby that's not very feminine. Speaking of two years apart, his sister, Crystal, had a pathetic appearance, a gentle personality, and, as a member of the Marquis of Lorbach, retained a great deal of sanctity. If it had been the right generation, I would have studied in Aurelia, France, and become a Trinitate candidate. In reality, because of the intriguing nature of the idea, Christa chose a way to conduct an apprenticeship with her sister who went up to the royal palace as queen, without taking into account the possibility of studying abroad. However, due to Telesia's pregnancy and various circumstances, the behavioral apprenticeship was even cut off in about six months. "... well, she can only be happy if she's surrounded by a house." Telegia murmured with her eyes on the door. A door to get around the neighboring sister's room without facing the hallway. It was made with Telesia's life that even a pregnant woman who was difficult to move could call for help immediately if she even raised her voice. "... after all, what if Krista does the embroidery?" Telegia looks back at the embroidery at hand and sighs. Her stomach twitched again at the applause, and she frowned. "What, are you angry? Forgive me, Mother herself stabbed the initials." I rub my stomach and excuse myself. The F lettering was already embroidered in the dress prepared for the newborn baby. "Felix, it may have been too long. I should have used Fel or Finn. But... it's the name of the king who ruled the land of Rouden. I still have to be honorable." Felix was the name of one of the three masters who, along with his ancestors, created the land of Luden. A wise man, with a strong will, who guided the world in a good direction. You can say that the name contains all of Telegia's wishes. Thinking of the dull appearance of the father of the belly child, Telesia sarcastically pulled up the edge of her mouth. "That's right. And from every foolish father shall be born a good son. You and I will prove it. Say..." But unexpectedly, the abdominal pain intensified, causing Telesia to choke. Thrust your knees on the floor aggressively to avoid fainting and get over the pain. But no matter how many I counted, the pain was getting worse rather than farther. "... labor pain? Already?" Ask yourself while you're sweating. But Telesia immediately shook her head. It's not even the lunar month yet. Besides, the labor pain I heard is a very different symptom. My breath rises. I feel dizzy. You have tinnitus and nausea - yes, strange soreness in your throat. In an instant, a terrible possibility came to mind and Telesia faded. And whosoever hath become a princess, and she hath a king's son, shall be afraid. What Telegia was trying to avoid from the early stages of pregnancy until she returned home and paid the bill thoroughly. - Poison. "Gu... uu" Suddenly, your stomach aches more. Telegia couldn't tell if it really came from the symptoms or whether it was caused by the work of the mind, which was reminiscent of poison. You've been paying a lot of attention to poison. If so, there may be a problem with the course of the pregnancy itself. Either way, it's a bad thing. "... Chris, Ta" Telesia nodded and called her sister's name. "Krista! Come on...! But there was no reply from the other side of the door. Maybe my sister is sleeping for a long day too - no, it can't be. She was several times more delicate than Telesia, and if such dark clouds were to enter the sky, she would have quickly shuffled into Telesia's room. "Crystal!... Crystal! --Gross..... The thunderbolt began to roar like a voice. A low sound like the roar of a monster aroused anxiety asexually. "Krista....? Telegia stares at the door and eventually pulls her mouth shut. Then he crawled towards the door with his cold sweat on his face. The room where the lights were not turned on because of the day is now almost covered in darkness. Beyond the windows, which had not even closed the curtains, it finally began to rain in large grains. A flash of light peeks into the gap between the dark clouds. One beat late and a loud thunder echoes. Turning the knob with a trembling hand, Telesia slammed open the door of the connection. Giggle, there's a murmuring noise. --It's shiny....! Just then, Telesia opened her eyes to the extreme when the lightning illuminated the dark room and understood the sight spreading there. "Crystal....! A sharp thunderbolt like the roar of the beast pierced Telesia's ear.

12.「普通」の歌声(4) クロエは、今目の前で起こっていることが理解できず、ぽかんと口を開けた。 育成、などという言葉で片付けるにはあまりに凄まじい現象。 突如として露わになった、少女の人外じみた美しさ。 そのすべてが、理解の範疇を超えている。 絶句していると、隣では我に返った侍女と、駆けつけた用務員とが、エルマなる候補生をがくがくと揺さぶりはじめた。 「エルマ......! あなたね、あなたね、あなたねえ......っ!」 「なにをどうしたら闘技場を割り砕く展開に......!」 どうやら、彼らもまた滑らかに言葉が出てこない状態であるらしい。 途切れ途切れに糾弾されると、エルマは少し戸惑ったような表情を浮かべた。 「え......? ほかの皆さまと同じように振舞っただけですが......」 「半壊した闘技場を見ても、あなたはなにも疑問を覚えないわけ!? 土を破り、石畳を砕き上げてにょきにょき植物が生えてきても!?」 「え......よく【暴食】の父も建物を全壊させていましたし、このくらいなら数時間くらいで改修できるかと。それに――」 あろうことか、そこで彼女はクロエのほうに振り返り、ちょっと縋るような上目遣いで尋ねてきた。 「普通、心を込めて歌ったら、植物ってよく育つものですものね?」 ないわ! クロエの心に、初めて「ツッコミ」という概念が芽生えた。 が、彼女の性格と、そして見つめてくるエルマの瞳の、そのあまりの美しさに、クロエはおどおどとこう答えるに留めた。 「そ......っ、......そうです、か、ね......っ?」 半泣きだった。 自分は今、いったいなにに巻き込まれようとしているのだろう。 ところがエルマは、そんなクロエの動揺をよそに、まじまじと鉢を覗き込んでくる。 そうして、立派に成長したアローロの樹――エルマの歌声の流れ弾を受けて、さらに大きくなっていた――に、感嘆の溜息を漏らした。 「素晴らしいですね。ほかの雑草や植物を巻き込むことなく、ただアローロだけが立派に成長している。しかもこの枝ぶり、葉姿、幹の肌――小宇宙を構成する 「ええっと......っ?」 なにやら褒められているようだが、全体的になにを言われているのかさっぱりわからない。 「あの、でもこれ、私の歌声というよりは、その......あなたの霊薬と、歌声に反応しただけの......ような......っ」 「霊薬?」 噛みながら辛うじて指摘すると、相手はきょとんと首を傾げた。 ガラス瓶に入った、と補足すると、ようやく「ああ」と納得したようで、きょろきょろと地面に視線をさまよわせる。 どうやら鞄にしまったはずの布鞄は、石畳が割り砕けた衝撃で、どこかへと跳ね飛ばされてしまったらしい。 見れば、候補生たちの幾人かも、すっかり腰を抜かし、あるいは根に足を取られて、尻もちを突いてしまっている。 とそこに、 「き......っ、きゃああああああっ!」 甲高い悲鳴が響いたので、一同は素早く振り返った。 見れば、複数の取り巻きに囲まれた派手な少女――クロエの異母姉、ルアーナだ――が、真っ青な顔をして、石畳の上で腰を抜かしている。 いや、正確には、足を絡み取られて身動きが取れないでいるのだ。 なにか四角い紙片から伸びる、蔓のようなものに。 「なんだあれは......?」 「蔓の形状を見るに、世界樹の一部のようですね。見たことがある気がします」 眉を顰めたルーカスの独白を、エルマが淡々と拾う。 「神秘的な力を有するとかで、昔はその繊維で作った紙を契約書等に用いていたようですよ。乱獲が進んだ結果、絶滅危惧種に指定され、今では厳重に保護されながら、樹海の奥深くにだけ生息しているはずです」 「なぜそんなものがここに?」 「はて」 エルマは首を傾げ掛けてから、「あ」と呟いた。 ルアーナが尻もちを突いた、そのすぐ横には、先ほど軽く蓋をしただけの薬品瓶が転がっていた。 瓶の中身はほぼ空になっており、――よく見れば、四角い紙きれのようなものは、ぐっしょりと濡れそぼっている。 世界樹の繊維でできた書類が、薬液を浴びて異常成長し、一部元の姿を取り戻してしまったことは、誰の目にも明らかであった。 「さすがは【貪欲】のお兄様です」 「つまりあれは、世界樹から作られた違法の契約書ということか」 紙片の隅からは、うねうねと世界樹の蔓が伸びて、青褪めるルアーナを拘束しようとしている。 ルーカスは、そういえば今の自分は用務員だったことを思い出し、「失礼」と声を掛けて、素早く蔓を引きはがした。 「こちらは、闘技場管理の観点から、運営側にてお預かりします――......ん? 『売女病』?」 「ま......っ、待ちなさい......!」 と、蔓の付け根、未だ紙片の形を残している部分に、不穏な単語が書き連ねられているのを見て、ルーカスは眉を寄せた。 ルアーナの制止もよそに、その場で契約書の内容に目を通す。 「......これは、どういったことで?」 弱きを守る騎士道精神から、つい低く問うと、ルアーナはぐっと息を呑んだ。 その時点で、ようやく異常事態から我に返ったほかの用務員や主催者たちが、わらわらと舞台上へと集まりはじめている。 中には、クロエを案じて駆けつけたラウルやジーノの姿もあった。 彼らは、エルマの鉢に集まった植物たちに畏怖の視線を送ると、次いで、そのエルマたちに取り込まれているルアーナのことを見つめる。 一斉に厳しい視線に晒され、パニックに陥ったらしいルアーナは、顔を引き攣らせると、自棄になったのか尻もちを突いたまま叫びはじめた。 「どうもこうも......っ、た、単なる事実を書いただけだわ......! そこの 「......なんだと?」 雌猫の言葉が、青褪めながら佇むクロエを指しているのだと理解すると、ラウルとジーノはさっと顔を強張らせた。 だが、それでいよいよ、ルアーナの心のどこかが弾けてしまったらしい。 彼女は目を血走らせると、口の端から唾を飛ばして罵った。 「雌猫! 雌猫よ、わたくしとお母様から、お父様を奪った汚らわしい売女の娘、クロエ! そんな娘が、わたくしと血が繋がっているというだけでもおぞましいのに、聖女になろうだなんて! でも......でも、神様はちゃんと見ておられた。だから、女狐はお父様に捨てられたし、あの女は恐ろしい病に掛ったのだわ。売女病にね!」 「売女病......?」 喚くルアーナを厳しい目で見つめていた周囲が、最後の言葉で動揺を見せる。 それほどまでにその病の名は、人々から嫌悪の念を引き出すものであったのだ。 周囲の気勢が削がれたのを敏感に感じ取ったルアーナは、そこでますます語調を強めた。 「ええ、そうよ、売女病! ふしだらな娼婦に神が与えた罰、光を失う恐ろしい病! そんな病を得たあばずれの娘が聖女になることを、神は許されるのかしら? いいえ、許すはずがないわ! だからわたくしは、よき信徒として、国民として、クロエの不遜を止めようと策を講じた、――それがその契約書よ!」 主張するうちに、彼女は自身の正しさを確信しはじめたらしい。 振る舞いは徐々に堂々としたものに代わり、むしろクロエのほうが真っ青になっている。 生徒や観客は、戸惑いを浮かべて両者を見つめた。 おそらくルアーナは、聖女筆頭候補のクロエになんらかの不自由を課す契約を強いたのだ。 それはいかにも卑劣で、違法の世界樹を用いたこと含め、候補生として恥ずべき振舞いである。 だがしかし、クロエの母が、あのおぞましい病、天罰ともあだ名される売女病に掛かっていたのだとしたら――。 「ク......、クロエ......。本当なのか......!?」 やがて、恐る恐るジーノが切り出す。 涙目で拳を握りしめるクロエに、ジーノは怯んだように口を引き結んだが、ややあって、意を決したように声を張り上げた。 「――だとしても! 脅して人に言うことを聞かせようだなんて、そんな卑怯なこと、あるかよ! クロエは悪くない! 売女病に掛かったのは......あくまで母親で......」 ラウルも、力強く頷く。彼はクロエをかばうように立ちながら、その端正な顔で周囲を睥睨してみせた。 「母親の病とクロエは、あくまで切り離して考えられるべきだ。糺されるべき行いをしたのは、あくまでルアーナと、母親であって――」 「そうでしょうか?」 だがそこに、涼やかで静かな声が響く。 するりと耳に入り込んでくる声に、はっとして人々が振り向くと、そこには例の美貌の少女が、豊かな黒髪を肩に流しながら佇んでいた。 彼女はつと横を向き、契約書を握っている冴えない用務員に、淡々と尋ねた。 「でん......用務員殿なら詳しいかと推察しお尋ねするのですが、ここで言う売女病とは、性病の一種ですか?」 「............詳しいと思われるのは不本意ですが......ええ、実に不本意ですが、そうです」 用務員は、なぜだかやたら前置きを強調してから、首肯する。 「手足が爛れ、視力が落ち、進行すると失明する病です。女性しか発症せず、癒術でも癒えにくいので、アウレリアではそう呼ばれ蔑視されています。あくまで一般知識として知っているというだけですが」 後半の強調表現はさらりと聞き流し、エルマは神妙な表情で頷いた。 「であれば――やはり最低、としか言いようがありませんね」 その低く、断定するような口調に周囲が怯む。 かっとなったジーノとラウルが、クロエの前に出ながらエルマに向かって叫んだ。 「どういう意味だよ!? クロエが悪いとでも言う気か!?」 「彼女に対する侮辱なら、我々も黙ってはいないぞ」 「え? いえ」 だが、血気盛んな牽制はしゃらっといなされ、代わりに特大の爆弾が投下された。 「悪いのはクロエ様でもお母君でもなく、もちろんそのご夫君――いえ、お母君をやり捨てたというミジンコ糞野郎ですよね」

84 12. "Normal" Singing Voice (4) Chloe couldn't understand what was happening in front of her and opened her mouth gently. It is a phenomenon that is too great to clean up with words such as nurturing. The extraordinary beauty of a girl suddenly exposed. All of this goes beyond the bounds of understanding. In silence, the maid who returned to me next door and the clerk who rushed started to shake the candidate Elma. "Elma....! You, you, you... hey! "What can I do to break up the arena...! Apparently, they are also in a state where words do not come out smoothly. Elma had a slightly confused look when she was struck by an intermittent bullet. "Eh...? I just acted like everyone else...." "Seeing a semi-destructed arena doesn't make you wonder anything!? Even if you tear the soil, crush the cobblestones and grow a garlic plant!? "Eh... my father often destroyed the building too, and I wondered if it could be renovated in a few hours. And..." So she looked back at Chloe and asked him with a slightly embarrassing outlook. "Normally, if you sing with all your heart, plants grow well, don't they? I don't know! For the first time, the concept of "Tsukomi" sprouted into Chloe's mind. Chloe stuck to her personality and the beauty of Elma's eyes as she stared at her. "Really... ah... is that so...? It was half a cry. I wonder what the hell I'm getting into right now. However, Elma glanced seriously at Chloe's upset. Then he sighed with admiration at the splendid Arolo tree, which had grown even bigger after the stream of Elma's singing. "That's great. Only Arolo has grown well without involving other weeds and plants. Moreover, I feel the organic world view that leads to this branching, leaf appearance, stem skin - the Bonsai (Bonsai) that makes up the cosmos." "Er... hmm? It seems to be praised, but I have no idea what they are saying overall. "Um, but it's not just my voice, it's like... your psychic drug just reacted to my voice..." "Psychic?" When he pointed it out with a bite, he leaned his neck tightly. When I added it into the glass bottle, I finally felt convinced that it was "ahh", causing my eyes to wander to the ground. Apparently, the cloth bag that was supposed to have been in the bag was hit by a cracked cobblestone and jumped somewhere. It turns out that some of the candidates have completely pulled out their hips, or their roots have taken their feet and poked their buttocks. and there, "Kh... kyaaaaaaaa! The tall screams echoed, so they quickly looked back. A splendid girl - Chloe's half-sister, Luana - looks pale and pulls herself out on a cobble. No, to be precise, they're tangled up and unable to move. Something like a vine, stretching from a square piece of paper. "What is that...? "When you look at the shape of a vine, it looks like it's part of a world tree. I think I've seen it." Elma picks up Lucas' monologue with her eyebrows raised. "It seems to have a mysterious power and used paper made of that fiber for contracts and so on in the past. As a result of the overharvest, it has been designated an endangered species and should now live only deep into the tree sea, under strict protection." "Why is that thing here? "Yes." Elma tilted her neck and then whispered, "Ah." Luana poked her thigh, and just beside it was a medicine bottle that had just been lightly lidded. The contents of the bottle are almost empty - to take a closer look, something like a square piece of paper is completely wet. It was obvious to everyone that the documents made of the fibers of the world tree had grown abnormally under a chemical liquid and partially regained their original appearance. That's oniisama of Greed "I mean, is that an illegal contract made out of a world tree?" From the corner of the piece of paper, the noodles and the vines of the world tree grow, trying to restrain Luana from fading blue. Lucas remembered that he was a clerk now and said, "Excuse me," quickly pulling off the vine. "From the viewpoint of arena management, I will keep this on the management side -... hmm?" Whore's disease "? "Wait... wait...! Lucas frowned when he saw disturbing words associated with the base of the vine and the part that still had the shape of a piece of paper. Looking at the contents of the contract on the spot, Luana stopped it. "... what's this all about? Asked low from the spirit of the knighthood that protects weakness, Luana took a breath. At that point, other employees and organizers who finally returned to me from the anomaly began to gather strawberries on the stage. Among them were Raul and Gino, who ran over Chloe. They send a fearful gaze at the plants gathered in Elma's bowl, and then look at Luana, who is captured by those Elmas. Suddenly exposed to harsh gaze and panicked, Luana began screaming as if she had abandoned herself or was poking her buttocks. "Thank you so much... I just wrote the facts...! That female (female) cat won't be a Virgin by mistake...! "... what? Understanding that the words of the female cat were pointing to Chloe standing bluish, Raul and Gino quickly stretched their faces. But finally, it seems that somewhere in Luana's heart, it's gone. She ran her eyes bloody, spitting and cursing at the edge of her mouth. "Female! Son of a bitch, Chloe, the filthy whore who stole your father from me and your mother! I can't believe she's trying to be a Virgin, even though she's just bleeding to me! But... but God was watching. That's why the fox was abandoned by her father, and she had a terrible illness. To whore's disease! "A whore's disease...? Looking at Luana screaming with harsh eyes, her surroundings looked upset with her last words. Until then, the name of the disease drew aversion from people. Sensitive to the shredded atmosphere around her, Luana intensified her tone. "Yes, yes, whore's disease! The punishment God has inflicted on ordinary prostitutes, the terrible disease of losing light! Will God forgive the daughter of the devil who has suffered such a disease to become a saint? No, I can't forgive you! That's why, as a good believer and a nation, I took measures to stop Chloe's indifference - that's the contract! While insisting, she began to be convinced of her correctness. The behavior gradually took the place of grandeur, but Chloe turned pale. The students and the audience looked at both with confusion. Perhaps Luana forced a contract to impose some sort of inconvenience on Chloe, the chief Virgin. It is a despicable and disgraceful behavior as a candidate, including the use of illegal world trees. But if Chloe's mother was suffering from that horrible disease, a whore's disease nicknamed Nemesis... "K... Chloe... Is that true...!? Eventually, Gino cuts out the scary ones. To Chloe, who held her fist with tearful eyes, Gino pulled her mouth in a frightened manner, but somewhat, she raised her voice as if she had made up her mind. "Even so! It's such a cowardly thing to threaten people and make them listen! Chloe's not bad! My mother was the only one suffering from whore's disease..." Raul nodded forcefully. He stood up to cover Chloe and glanced at the surroundings with his straight face. "The mother's illness and Chloe should only be considered separately. It was Luana and her mother who did the right thing." "Really? But there's a cool, quiet voice. Then people turned to the voice that came into their ears, and there was a beautiful girl standing there with rich black hair on her shoulders. She turned to the side and asked indifferently the unspeakable clerk holding the contract. "Den... I'm going to ask you if the clerk is familiar with it, but is whore's disease a type of venereal disease? "... I don't mean to think you're familiar with it... yes, I really don't mean it, but I do." The clerk accepts after emphasizing the preconceptions why. "It is a disease in which your hands and feet rot, you lose vision, and you become blind when you progress. That's what Aurelia calls it because it only develops in women and is difficult to heal with healing. I only know it as a general knowledge." The emphasis in the second half was heard with a refreshing tone, and Elma nodded with a mysterious expression. "If so - I can only say that it's still the worst." Its low and assertive tone scares the surroundings. Gino and Raul, who were feeling dizzy, went out in front of Chloe and shouted at Elma. "What do you mean!? Are you saying Chloe's bad?! "If you insult her, we won't shut up." "What? No." But don't be bloody restrained and an extra-large bomb was dropped instead. "It's not Chloe or your mother who's bad, but of course the husband - no, the midget bastard who threw your mother away."

37.シャバの「愛」はもどかしい(7) 「やれやれ、我らが女王は気前のいいことで」 カードも一通り遊び尽くし、飽きを覚えた囚人たちが、三々五々部屋を去っていった――ちなみにクレメンスも、土地収受の処理をすべくモーガンやリーゼルとともに消えていった――その後。 がらんとした居室には、二人の人物だけが残された。 悪戯っぽい表情が特徴的な青年、ホルストと、蠱惑的な笑みを絶やさぬ監獄の女王、ハイデマリーである。 囚われる前にはもっぱら「狂気の少年博士」と呼ばれていたホルストは、その隠しようのない酷薄さを瞳に滲ませ、肩を竦めながら紅茶を啜った。 「クレメンスって、あなたを監獄送りにした主犯なわけでしょ? そんなやつに、奥方のための土地をくれたばかりか、離縁されてないだなんて情報まで知らせて、喜ばせてやるだなんて」 「あら。皇帝から大貧民には、最も不要なカードを二枚与えることになっているじゃない。田舎の土地も、とある女性の秘めた想いも、わたくしにはまったく関わりのないものたち。だから差し上げただけだわ」 「へえ。じゃあ【色欲】はいったい彼からなにをもらったというのさ」 「忠誠と、娯楽を」 意地悪く尋ねたホルストに、ハイデマリーは小ゆるぎもせず、優雅に答えてみせた。 「あの手の殿方は、恥辱に弱いのよね。心も鼻っ柱もすべて折ってさしあげたから、彼、きっととてもいい駒になってよ。それに、あの『詩才』も実に捨てがたいわ」 「............たしかに」 先ほど披露された詩を思い出したのか、ホルストはくっと語尾を震わせる。 それから、この話はもう終わりと言わんばかりに、空のカップをソーサーに戻し、ひょいとその場に立ち上がった。 ソファの傍らに寄せてあった布鞄から、なにやら大量の道具を取り出す。 窓際に移動し、ごそごそとなにかを組み立てはじめたホルストに、ハイデマリーは興味深げに眉を上げた。 「なにをしているの、【貪欲】?」 「んー? ちょっとね、望遠鏡の組み立てを。高さと角度的に、ここからじゃないと見えないんだ。えーと、市、市、フレンツェルの中央市はどこかなと......。ちょっとこのカーテン開けるよ」 「あん、眩しいわ」 早々に組み立て、カーテンをこじ開けて望遠鏡を据え始めたホルストに、ハイデマリーが非難の声を上げる。 布の隙間からは陽光が差し込み、倦怠の空気と暗闇とをわずかに薄らがせた。 「フレンツェルの、それも市になんか、いったいなんの用?」 「――ふふ。本当はそれもお見通しのくせに」 さりげない態で尋ねる女王に、獄内一の切れ者は如才なく返す。 途端に、高貴な猫のような目がきらりと光ったので、やはり彼女は、自分が監獄を抜け出し、フレンツェルにいるエルマに会ってきたことを知っているのだと、ホルストは確信した。 基本的に、この美貌の娼婦の前には、いかなる秘密も成立しないのだ。 彼は「はい、お土産」と言って、美しい翅の魔蛾が収まった籠を手渡すと、くるりと向き直り、望遠鏡のピントを合わせはじめた。 「わかってるんでしょ。会って来たよ、エルマに。あなたのことだ、どうせ、彼女がこの 「――だって、言ったらみんな、絶対一斉にあの子に会いに行こうとするじゃない」 鎌を掛けるつもりで尋ねると、ハイデマリーは意外にもあっさりとそれを認めた。 それから、望遠鏡を覗き込むホルストに、ちょっと不機嫌そうに唇を尖らせた。 「わかっていて? 巣立ちなのよ、巣立ち。過剰に妹に構う兄は嫌われてよ」 「過剰なもんか。その証拠に、僕は昏倒したエルマを連れ帰ることもなく、いけすかない害虫を強制除去することもなく、穏やかに帰って来たじゃない。遠くからちょっと様子を見たり、エルマ周辺、具体的にはフレンツェル領主の日記を数年分盗み見して、妹の身辺に不穏の芽がないか調査しておくくらいは、いたって普通のことだと思うけどね」 「領主のプライバシーを暴くのはともかく、年頃の女の子を覗き見るのはよしなさい。常識のない子ね」 普通や常識のなんたるかが問われる瞬間である。 だが、口ではそう言いつつも、ハイデマリーとてやはり母親。 娘の動向は気になるらしく、「あ、エルマがプロデュースしてるらしい天幕を発見」だとか、「大盛況だね」とか呟くホルストに、籠の魔蛾を眺めながらさりげなく尋ねた。 「――それで、どうなのかしら。あの子は、うまく周囲に溶け込んでいるかしら? 浮いたり、いじめられたりしていない?」 「んー、それはないんじゃない? なんかすごい大勢に囲まれてるし。――あ、周囲が一斉に跪きはじめた。っていうか、全力で祈りや冠を捧げはじめた」 「あら。それなら安心ね」 惜しむらくは、彼女の価値観もまた、盛大にずれていることか。 ハイデマリーは満足げに頷き、真剣に望遠鏡を覗き込んでいるホルストに話しかけた。 「心配していたけれど、あの子もちゃんと、普通に世間に溶け込んでいるようじゃない。【貪欲】もそろそろ、あの子から――」 が、いつも機敏に相槌を打ち、すぐに人の話を混ぜ返す彼は、珍しくなにも言わない。 怪訝に思ったハイデマリーが、「......【貪欲】?」と顔を上げると、 「――......まったくさあ」 窓際に身を乗り出して地上を覗いていたホルストは、呆れたように呟いた。 「大切に思うがゆえに切り出せないって、なんなんだろうね。理解に苦しむよ」 「なあに、クレメンスのこと?」 「いや、そうじゃなくて......ううん、彼もそうか。妻を愛するがゆえに口を閉ざし、遠ざけた、だっけ。意味がわからないよね」 彼がレンズ越しに見つめるその先には、固く抱き合う親子――ヨーナスとケヴィンがいた。 ホルストはひょいと肩を竦め、ハイデマリーに向き直った。 「フレンツェルの領主さ、なんでか知らないけど、自分の息子のことを魔族だって信じてたみたいなんだよね。あまりに発育が悪いからかな? せっかく人が取り上げてやったのに、失礼な話だよ、まったく。――それで、その『真実』を告げるべきか、告げないべきかとか、いいや、それよりも息子が民に受け入れられるよう最大の努力を、だとか、日記の記述はそんなことばっか」 自分がその親子の亀裂の原因であるとは、ホルストは考えもしない。 「ま、たった今和解したみたいだけど」と望遠鏡を指さし、心底馬鹿にしたように鼻を鳴らした。 「僕にはその懊悩の意義がわからないね。領主も、クレメンスもそうだ。相手のことが大切なら、悩みなんかせず、そう告げればいい」 「――自分の本当の想いや、真実を告げることで、相手が傷つくことを恐れたんでしょう」 「だからそれがわからないんだってば」 ハイデマリーが静かに指摘すると、ホルストはますます拗ねたように唇を尖らせた。 「愛を告げることで妻が共犯者と目され、石を投げられるというのなら、いっそその妻ごと連れ去って、ともに監獄に住まえばいい。真実を告げることで息子が悩み迫害されるというのなら、いっそ自室に閉じ込めて、悩む隙もないほど、どろどろに甘やかして過ごせばいい。人を大切に思うって、そういうことでしょ?」 ホルストは、妹を壊されたことで人の道を外し、そして妹を失ったことで自らの生を一度は諦めた人間だ。 そんな彼が、大切に思った相手を閉じ込め、徹底的に守るのこそが愛だと信じるのは、不思議なことではなかった。 実際彼の口調には、露悪的な響きはない。 心底そう信じているからこその、あどけなさと無邪気さだけがあった。 いや――。 「ねえ、マリーもそうは思わない?」 彼が目を細めて付け足した問いには、大切なエルマを放逐したハイデマリーへの、未だ収まらぬ非難がごく微量含まれていた。 同時に、エルマの秘密を、自分は知っているのだという仄めかしも。 そして、その真実を本人にも、周囲にも切り出そうとしないハイデマリーへの、苛立ちも。 正体を告げて傷つけたらどうしようと悩むくらいなら、なおさら監獄から放つべきではなかった。 この安全で頑強な揺りかごで、大切に大切に、彼女を守り続けるべきだった―― ホルストの鳶色の瞳は、そう告げていた。 珍しく、ふたりの間に息苦しいほどの沈黙が落ちる。 が、ハイデマリーはやはり、それでも泰然の構えを崩さなかった。 「――若いわねえ」 彼女はゆっくりと瞬きをすることで、ホルストの揶揄と苛立ちをあっさり受け流してしまうと、静かに笑みを浮かべた。 「ねえ、ホルスト。あなたの言うそれは、獄内の理論だわ」 それからゆっくりと立ち上がり、望遠鏡の覗き口を白い手でそっと塞いだ。 に長くいすぎてしまったのね。小さな窓から、切り取られた光景ばかり見つめているから、そう思うのだわ」 「......自分だって、僕以上にずっと引き籠ってるくせに」 「そうよ。だからこそわたくしは、あの子には外の世界を知ってほしいと思うの」 鋭く反論されても、ハイデマリーは譲らない。 彼女はホルストに並び立ち、監獄の小さな窓から、光あふれる外の世界を眺めた。 「............」 「けれどだからこそ、監獄を掌握した日の夜、初めてギルと外の世界を散歩してみて......その広さ、果てしなさに、眩暈がするほどの恐怖と、興奮を覚えたの」 ハイデマリーは懐かしむように、そっと瞼を閉じた。 今でも感じられるかのような、夜風の肌触り。 茂る樹々がまとう、噎せ返るほどの香り。 星は空からこぼれんばかりに広がっていた。大地は湿り、でこぼことしていた。 制限も整備もされていない空間は、彼女の知らなかったいびつさと、力強さで満ち溢れていた。 それに――監獄の建つ崖から見下ろした、人家の灯り。 ぽつぽつと淡い光を連ねる様子は、地上の星にも似て、胸を突かれるほどに美しかった。 「親の願望を子に託すなと言われたら、それまでかもしれない。けれど、いいの。誰になんと言われようと、わたくしはそれが最善だと思うのだもの」 ハイデマリーはきっぱりと言い切ると、テーブルに置いていた魔蛾の籠をすいと取り上げ、窓の近くに掲げた。 それから、籠の扉を指に引っかけると、窓の外に向かってぱっと開いてみせた。 ――バサバサバサ...... 魔蛾は、翠の翅を陽光に透き通らせながら、羽音を立てて宙に消えていく。 その姿が完全に視界からなくなるのを見守ってから、ハイデマリーは振り返り、にこりとホルストに向かって微笑んでみせた。 「ねえ、あなたも、そうは思わない?」 それは、ちょうど先ほどの会話を反転させたかのようだ。 蠱惑的な笑みを湛えるハイデマリーの瞳には、ホルストへの非難がごく微量含まれている。 いつまで経ってもエルマを赤子のように扱い、かつて失った己の妹と重ねているホルストへの非難が。 高貴な猫のような、ハイデマリーの藍色の瞳は、なによりも雄弁にそう告げていた。 「――......はいはい」 しばしの沈黙の後、ホルストはふっと短く溜息を漏らす。 それから苦笑を浮かべて、ひらりと両手を広げた。 「我らが女王には敵わないよ。あなたが正しい。いつだってね」 肩を竦めながら、望遠鏡を片付けに掛かる。 口では、拗ねたようにこう呟いていた。 「そう、......僕だって、わかってるさ」 彼の脳裏には、自分の思っていたよりずっと大人びた表情を浮かべる、エルマの姿があった。 大切な大切な、彼の「妹」。 けれど、彼女は身代わりなんかではない。 意志があり、感情があり、日々大人の階段を上っている、れっきとした一人の人間だ。 だからこそ、自分だってあの場面で、退場を決めたのだから。 「愛ゆえに閉じ込め、愛ゆえに放つ、ねえ......」 いっそ、そのどちらかだけに偏ってしまえば、悩みもしないだろうに。 望遠鏡のレンズに付着した鱗粉を、ふっと息で払いながら、ホルストは「まったく」と苦笑を浮かべてハイデマリーを見やった。 「シャバの愛なんていうのは、もどかしいものだね」

69 37. Shaba'S "Love" Is Disgusting (7) "Oh, my God, our queen is generous." The cards ran out, and the tired prisoners left the room three or five times - and Clement disappeared with Morgan and Riesel to handle the land takeover, by the way. There were only two people left in the rough room. It is a young man with a playful expression, Horst, and the prison queen, Hydemarie, who never ceases to smile. Prior to his captivity, Holst, who was only known as "Dr. Crazy Boy," seeped into his eyes with such a hidden cruelty and sipped tea with his shoulders shrugged. "Clemens is the one who put you in jail, isn't he? I can't believe you just gave him the land for his wife or let him know you're not separated and make him happy." "Oh, the Emperor is supposed to give two of the most unwanted cards to the poor. The countryside, and the thoughts of a woman, have nothing to do with me. That's why I just gave it to you." "Oh, so what did [lust] get from him?" Loyalty and entertainment. To Holst, who asked ill, Hydemarie responded gracefully, without loosening it. "Those hands are vulnerable to shame. I've broken all your heart and nose pillars, so I'm sure he'll be a very good pawn. Besides, that poetic talent is hard to throw away." "... sure." Remember the poem I showed you earlier, Holst shook his tail. Then, instead of saying that this story was over, I put the empty cup back into the saucer and just got up on the spot. Remove a large amount of equipment from the cloth bag that was near the sofa. Hydemarie raised her eyebrows with interest as she moved to the window and started to assemble the garbage and something. "What are you doing, [greedy]? Hmm? Hey, let's assemble the telescope. Height and angle, we can't see from here. I wonder where the city, the city and the central city of Frenzel are... I'm going to open these curtains a little bit. " "Ah, dazzling." Hydemarie shouted blame at the holster, which had begun to assemble early and open the curtains and install the telescope. From the gap in the cloth, the sunlight plunged in, slightly diminishing the weariness of the air and darkness. "What the hell do you want from the city of Frenzel? "--fufu. The truth is, it's part of the outlook." To the Queen, who asks in a subtle manner, the last shard in prison is returned as usual. Suddenly, noble cat-like eyes sparkled, so Holst was convinced that she knew she had escaped from prison and met Elma in Frenzel. Basically, there's no secret before this beautiful whore. He said, "Yes, a souvenir." He handed over a basket of beautiful winged moths and turned around to focus on the telescope. "You know that, right? I'm here to see Elma. You, anyway, knew that she was coming close to this prison, and by the way, that she was in a bit of a crisis, right? And then I kept quiet. Because you're a bad person." "I mean, if you say so, we'll definitely all go to see her at once." Asked with the intention of wearing a sickle, Hydemarie admitted it unexpectedly and lightly. Then, the holster peeked into the telescope, pointing his lips slightly out of mood. "You know what? It's a nest, a nest. I don't care too much about my sister. My brother hates me." Is it too much? As proof of that, I didn't bring back Elma who passed out, I didn't forcefully remove any worms, and I came back peacefully. I think it's normal to look at things from a distance, sneak a few years around Elma, specifically Lord Frenzel's diary, and see if there's a bud of disturbance around my sister. " "Whatever you do to reveal the lord's privacy, don't peek at an old girl. You don't have common sense." It is a moment when the question of common sense and common sense is asked. But while saying that in my mouth, I'm still talking to my mother about Hydemarie. The trend of the daughter seemed to be worrying, "Ah, I found a tent that Elma seems to be producing," or "It's a big boom," she asked the holster whispering, gazing at the moth in the cage. "--So, what do you think? Does he blend in well? Are you floating or being bullied? "Hmm, isn't that right? It's surrounded by a lot of people. --Ah, everyone started kneeling at once. In other words, I began to offer prayers and crowns with all my strength." "Oh, don't worry." Not to mention that her values are also greatly skewed. Hydemarie nodded with satisfaction and spoke to Holst, who was seriously peeking into the telescope. "I was worried, but she doesn't seem to be melting into the world as usual. [Greed] It's time to start with that kid..." But he always beats the gavel agile and immediately mixes up people's stories, and he rarely says anything. Hydemarie wondered, "... [Greed]?" and raised his face, "----not at all" Horst, who was walking out the window and peering at the ground, murmured with astonishment. "I think it's important, but why can't I cut it out? It's hard to understand." "Oh, you mean Clement? "No, it's not... yeah, he is, too. I love my wife, so I kept my mouth shut and kept it away. I don't know what that means." Behind him was Jonas and Kevin, who hugged him tightly. Holst shrugged his shoulders and turned back to the high demeanor. "I don't know why you're the lord of Frenzel, but I think you believed in your son as a demon. Is it because you're too stunted? It's rude, even though someone took it away. --Whether to tell the" truth "or not, no, more than to make sure that my son is accepted by the people, that's just what the diary says." Horst does not think that he is the cause of the parent-child crack. "Well, it looks like we've just settled down," he pointed to the telescope and snorted as if he was making a fool of himself. "I don't understand the significance of the distress. Neither did the lord or Clement. If you care about the other person, you don't have to worry about them, just tell them that." "--You were afraid that telling the truth and your true feelings would hurt them." "That's why I don't know." As Hydemarie quietly pointed out, Holst sharpened his lips more and more relentlessly. "If your wife can be seen as an accomplice and throw stones by telling her love, you can take her away and stay in prison with her. If telling the truth makes your son troubled and persecuted, you can confine him to his room and spoil him so much that there is no gap to worry about. That's what you mean when you care about people, right? Holst is a man who once gave up his life because he lost his sister because she was destroyed. It was no wonder he believed that it was love that kept his loved ones locked up and protected them thoroughly. In fact, his tone does not resonate in an outrageous manner. It was only because I believed in it from the bottom of my heart that there was euphoria and innocence. No... "Hey, don't you think Marie would? His narrow-eyed questions contained a very small amount of unforgettable accusations against Heidemarie, who had banished her precious Elma. At the same time, it's a metaphor that you know Elma's secret. And the frustration with the high demeanor that does not try to cut out the truth to the person and the surroundings. I shouldn't have let him out of jail if I had to tell him who I was and what to do if I hurt him. With this safe and robust cradle, I should have cherished her and kept her safe. That's what Horst's pale eyes said. Unusual, breathless silence falls between the two. However, Hydemarie still did not disintegrate. "Young man." By blinking slowly, she relieved the horror and frustration of Horst and quietly smiled. "Hey, Holst. That's what you're talking about. That's prison theory." Then he slowly stood up and gently blocked the telescope's peephole with his white hand. "Hey, you've been in jail too long. I'm staring at all the cuts from the little window, so I think so." "... you're dragging yourself even further than me." "That's right. That's why I want her to know the outside world." Even if sharply contested, Hydemarie will not give up. She stood in the horst and looked out the light from the small window of the prison. ............ "But that's why I walked around the world with Gil for the first time on the night I took control of the prison... and I felt so terrified and excited about its breadth and endlessness." Hydemarie gently closed her eyelids as she remembered. The evening breeze feels as if you can still feel it. The thick trees smell like choking back. The stars were spreading all over the sky. The earth was wet and bumpy. The unrestricted and unmaintained space was filled with nostalgia and strength she didn't know. And the lights of the house overlooking the cliffs of the prison. Like the stars on earth, the gloomy and pale light was so beautiful that it shook my chest. "If you were told not to entrust your child with your parents' wishes, that might be the end of it. But it's okay. Whatever they say, I think it's best." When Hydemarie was clear, she took away the cage of the moth that was on the table and raised it near the window. Then I grabbed the door of the cage with my fingers and opened it up towards the outside of the window. --Bass bass bass..... The moth fades into the air with a feather as it makes the green wings clear to the sun. After watching the figure completely disappear from sight, Hydemarie looked back and smiled towards the smell and holst. "Hey, don't you think so? It seems to have just flipped the conversation. Heidemary's puzzling smiles contain a very small amount of accusations against Holst. Ever since, Elma has been treated like a baby, and accusations have been levelled against Horst, who has lost his sister. High-demary indigo eyes, like a noble cat, were more eloquent than anything else. "----yes" After a while of silence, Holst sighs briefly. Then he smiled bitterly and opened his hands with flickering. "We are no match for the Queen. You're right. Anytime." Hang the telescope while squeezing your shoulders. In my mouth, I was murmuring like this. "Yes... I know, too." Behind his head was an Elma with a much bigger expression than he thought. His precious, precious sister. But she's not a substitute. He is a man of will, emotion, and a man who goes up the adult stairs every day. That's why I decided to leave on that occasion. "Locked up for love, let go for love, hey...." After all, if you're biased towards one of them, you won't have any trouble. The scales attached to the telescope lens were exhaled, and Holst smiled bitterly and looked at the high demeanor. "Love for Shaba is such a boring thing."

4.「普通」の里帰り(4) ヴァルツァー監獄。 ところどころ蔦の絡んだ、陰気な色の石づくりの建物。 空は青く晴れ渡っているというのに、そびえたつ尖塔も周囲を覆う森も、すべてが暗く沈んでおり、魔王の城とでもいった趣がある。 (これが歌劇なら、今にもおどろおどろしい背景曲が流れだしそうな光景だな) そんな感想を抱いたルーカスだったが、 「......なにか、どこからか美しい音色が......?」 現実に、繊細なバイオリンの音色が鼓膜を揺らしたので、一同はこぞって辺りを見回した。 険しいだけだった山道。当然彼らの周りを囲むのは、猛々しい緑だけだ。 だが――葉を揺らす木々の影から。土に影を落とす草のあわいから。 まるで緑の隙間からこぼれるようにして、澄んだ音色は響き渡る。 さながら、風や葉擦れといった自然の音が、音階をまとって立ち現れたかのようだった。 「なんてきれい......これはもしや、精霊の歌なのかしら......?」 「へえ、美しいねぇ」 「ほう......」 イレーネは頬を紅潮させ、ひねくれものと見えるフェリクスやテレジアまでもが感嘆したように、そっと溜息を漏らす。 そんな中、動体視力と勘に優れたルーカスだけが、緑の奥で蠢く存在を捉えた。 「何者――!」 腰の剣に手を当てながら 一拍置いて、まるで問いに答えるように、艶やかなバイオリンの音が響く。 それを聞き取ると、傍で森の奥を眺めていたエルマは、静かに笑って頷いた。 「腕を上げましたね、ジョヴァンニ」 「は!?」 ルーカスは思わず眉を寄せ、それから ――ざっ! 一斉に草を踏み締めて現れた存在に絶句した。 「過分なるお言葉を頂き、恐悦至極――」 そこにいたのは、森と同化するようなくすんだ衣服に身を包み、顔にまで緑のペイントを施した男。 そして、同様の格好をした数十人の男たちだった。 その厳しい表情、そして恐ろしく統制の取れた動きは、まるで森に進軍する隠密部隊のようだが、しかし皆一様に楽器を構えているのがおかしい。 しかも目を凝してみれば、彼らのまとった衣服は、迷彩柄でこそあるものの、王宮楽団が身に付けるのと同様のチュニックやドレスシャツである。 「............!? 彼らは......!?」 「ああ、彼らはただの音楽係です」 「音楽......係......?」 愕然としながら反復すると、男たちはざっとその場で楽器を脇に持ち替え、お辞儀をする。 ジョヴァンニと呼ばれた男だけが彼らを紹介するように片腕を掲げ、魅惑の声で告げた。 「我ら、ヴァルツァー構成員から成る音楽集団、『宵の森楽団』でございます」 「本日の演奏も見事でした」 エルマがぱちぱちと拍手すると、楽器を抱えた男たちは、それぞれ土を踏み鳴らしたり打楽器をそっと叩いたりして応える。 それらは、楽団が拍手の代わりによくする仕草であったが、結果滲み出るあまりの迫力に、イレーネがびくっと肩を揺らした。 「な......っ、な、なな......っ、なんなのこの人たち......!」 「ジョヴァンニ は元窃盗団の頭領ですね。凄腕の鍵師でもあり、目隠ししたままでも、錠の音だけを頼りに開けられるのが売りでして、彼に破れぬ金庫は無いと謳われるほど。その耳の良さを活かせるのではと、【嫉妬】の兄――いえ、姉が音楽教育を施しました」 「教育の成果凄まじすぎるでしょ!?」 「ちなみに、ジョヴァンニを慕ってともに投獄された部下たちは、【暴食】の父が鍛え上げ、二十四時間の演奏や、夜を徹しての武闘にも耐えられるほどに成長しました」 「舞踏じゃなくて武闘!?」 常軌を逸した存在を淡々と紹介されて、まだ監獄に足を踏み入れぬ内からツッコミが止まらない。 「なお、以前は室内で演奏してもらっていたのですが、母が『音楽とはもっと自然と溶け込んで、あたかも風がそよぐかのように聴こえてくるべきものだわ』と漏らしたことから、このスタイルに落ち着きました。以降、この一帯は木霊の歌声の響く森と、冒険者たちの間で密かに話題に」 「お母様の権限大きすぎる!」 イレーネが天を仰いで絶叫すると、その横でテレジアも静かに顎を引いていた。 「......ルーデンの王宮でも、いや、音楽の都・ヤーデルードでさえも聴いたことのない水準の楽団が、監獄に......だと......?」 どうやら、豪胆さで知られる彼女でも、のっけからのこの暴投には度肝を抜かれたようだ。 フェリクスは冷静に、 「これくらいで動揺していたら、後々保ちませんよ? 王太后陛下」 と微笑んでいたが――彼は母親のことを、王子時代から変わらず「陛下」と呼ぶ――、ルーカスはその言葉に慌てて気を引き締めた。 そうとも、ここはエルマのホーム。 どんな常識圏外のことが起こってもおかしくない、ある種の魔境だ。 しかも今回、エルマはやたら張り切っているときた。 「なるほど、エルマ。さては、先程言っていた『もてなし』とはこれのことだったのか」 大丈夫。 自分はこの場の誰よりもエルマ耐性が付いている。 これしきのことで動じてたまるかと、さも想定内であるように問うてみれば、エルマは「え」と小首を傾げた。 「はい、まあ、その一つではありますが――ホームパーティーの際に、演奏でお出迎えするのなんて、普通のことと言いますか......もてなしの内にも入りませんものね」 「ですので、『お出迎え』のメインはこちらです」 エルマは微笑んで、ぱちんっと指を鳴らしてみせた。 途端、宵の森楽団の男たちは、愛器を伏せ、さっと耳を塞ぐ。 同時に、彼らの頭上には光の線が鋭く宙を駆け上がり、 青空のもと、大輪の花を咲かせた。 「花火ぃいいいいい!?」 それも、ルーデンの祝祭でも見たことのない、やけに巨大な、完璧な球を描いた花火である。 「ふむ、割物・芯入り銀冠菊、からの柳ですか。音、色とも見事」 「もう何を評価しているのかさっぱりわからないのだけど!?」 「ただの種類の名前ですよ。いやはや、カルロスも腕を磨いたものです」 「誰よカルロス!?」 イレーネはくわっと叫んだが、花火の軌跡を遡っていたルーカスは、尖塔のてっぺんにいる人影を認めてぎょっと顔を強張らせた。 「まさか......あそこから身を乗り出して手を振っている男は......一時期大陸中を騒がせた爆破犯の『爆散カルロス 』か......!?」 「ああ、もしかして殿下、その世代でしたか。そうです、彼の爆発物取扱いの技術の高さに興味を引かれた【貪欲】の兄が――」 「もういい、だいたいわかった」 爆破愉快犯・カルロスが、ジョヴァンニ同様「教育」の末、監獄お抱え花火師として「成長」したのだろうことは、誰の目にも明らかであった。 花火はそれから、「ないあがら」、「すたあまいん」からなるクライマックスまでを激しく駆け抜け、とどめに「エルマLOVE」「おかえり」の文字を象って仕舞いとなった。 「......もう。お客様の方をもてなしてと伝えたのに......」 エルマが眼鏡姿のまま恐縮するが、一同は腹の中で叫んだ。 ――そこじゃねえだろ。 これだけの爆発物を製造、保管し、緻密に展開してみせるその技術。 はっきり言って、これもまた軍隊に相当する戦力だ。 「......ていうかさー、この花火って、フレンツェル全域くらいには見えちゃうんじゃないの?」 フェリクスだけはのんびりと、三人とは異なる観点から突っ込むと、エルマは優しく首を振る。 「皆さまのヴァルツァー来訪は『密かな訪問』という態でございますので、花火が目に着かぬよう、ただいまフレンツェル全域には雲を集め、雷雨を降らせております」 ご安心ください、と微笑まれるが、そのどこに安心材料があるというのだろうか。 「花火のために......?」 「雲を......?」 え、どうやって。 一同は完璧に硬直する。 が、エルマはその問いには答えず、肩にかけていた布鞄――というより、そこから覗く冊子にちらりと視線を落とし、ひとつ頷いた。 それから、こつんと靴を鳴らして監獄の前に立つと、完璧な礼をした。 「本日は、遠路はるばるようこそお越しくださいました。心ばかりのもてなしをご用意しておりますので、どうぞ我が家と思って、おくつろぎくださいませ」 「はじめてのホームパーティー ~おもてなしのアイディア100~」 ◆家に招く前から、既に雰囲気作りは始まっています。 周りを囲む自然や名物を紹介し、場の空気を盛り上げましょう。 ◆音楽の得意な家族がいれば、歓迎曲の演奏を頼みましょう。 ただし、主張の強い選曲は避け、心地よい背景曲に徹すること。 ◆玄関は家の顔。 玄関をくぐる前に、華やかな花が見えるようにし、 お客様の気分を盛り上げましょう。 「楽しいことがたくさん起こる」と予感させるべく、 ホストはにこやかにゲストを出迎えましょう。

114 4. "Normal" Homecoming (4) Walzer Prison. A stone building of a gloomy color, tangled with mulberries. Even though the sky is blue and clear, both the spire and the surrounding forest are all dark and sunk, and it has a sense of being the castle of the Demon King. (If this is an opera, it's going to be a scene where the horrible background songs are going to play) Lucas had that feeling. "... something beautiful from somewhere...? In reality, the delicate violin tone shook the tympanic membrane, so they looked around. It was just a steep mountain road. Naturally, they are surrounded only by fierce greenery. But from the shadows of the trees shaking the leaves. Because of the darkness of the grass that shadows the earth. Clear tones echo like spills from a green gap. However, it seemed that natural sounds such as wind and leaf rubbing appeared along the sound level. "How beautiful... is this a spiritual song...? Oh, it's beautiful. "Hmm...." Irene flushed her cheeks and sighed gently, as Felix and Telesia admired. In the meantime, only Lucas, who has excellent motor vision and intuition, stupidly captured the existence behind green. "Who is it?!" When someone does something with their hands on the sword on their hips, the forest groans. A glossy violin sounds as if you were answering a question. Upon hearing that, Elma, who was looking at the back of the forest beside her, quietly laughed and nodded. "You raised your arm, Giovanni." "What!? Lucas unwittingly raised his eyebrows and then - Zah! I stepped on the grass all at once, and I couldn't help but complain about the presence. "It's an excessive word, and the greatest joy..." There was a man with green paint on his face, dressed in clothes that he could not assimilate with the forest. And there were dozens of men dressed like that. Its harsh expression and terribly controlled movements seem like a covert force marching into the woods, but it is strange that everyone is holding instruments together. And if you look at them, they have the same tunic and dress shirt as the royal band wears, although they are camouflaged. ............ Are they...!? "Oh, they're just musicians." "Music... clerk...? With consternation and repetition, the men gently turn the instrument aside on the spot and bow. Only a man called Giovanni raised one arm to introduce them and told them with a charming voice. "We are the" Night Forest Orchestra ", a musical group composed of members of Walzer." "It was a wonderful performance today." Elma clapped, and the men holding the instrument responded by stepping on the soil and slapping the percussion. Those were the tricks that the band used to do instead of applauding, but Irene shook her shoulders in a shrill fashion as the result seeped out. "Nh... nh, nh, nh... what are these people...?! "Giovanni is a former thief. He is also an amazing key master. Even if he keeps his blindfold, it is the seller who can only rely on the sound of the lock to open it, and it is believed that he has no undamaged safe. My [jealous] brother - no, my sister taught music to make use of his good ears." "The results of education are too impressive! "Incidentally, the men who were imprisoned for admiring Giovanni grew up to withstand 24 hours of playing and fighting throughout the night, forged by the father of [Ragnarok]." "Fighting, not dancing!? I was briefly introduced to a strange existence, and I still can't stop climbing inside the prison. "I used to be played indoors, but my mother leaked, 'Music is something that should melt more naturally and be heard as if the wind were cool', so I settled into this style. Since then, this area has been secretly talked about among the woods and adventurers with the singing voice of the wooden spirit." "Your mother's authority is too great! When Irene looked up to heaven and screamed, Telesia pulled her chin quietly beside her. "... an orchestra of a standard that I've never even heard of in the Royal Palace of Luden, or even in the music capital Yaderoud, goes to jail...? Apparently, she's known for her audacity, but she's been overwhelmed by this outcry from behind. Felix calmed down. "If you're so upset, you won't be able to keep it later. Her Majesty the Queen." and smiled - he called his mother "His Majesty" as he had since the time of the prince - and Lucas panicked at the words. Well, this is Elma's home. It's some sort of magic, no matter what happens outside the common sense. Besides, this time Elma was hanging out. "I see, Elma. Now, was that what you said earlier about 'hospitality'?" It's okay. It's okay. I am more Elma Immune than anyone else on this scene. When asked if it would be possible to move because of the continuity, Elma tilted her neck. "Yes, well, that's one of them - do you think it's normal for you to greet me at a home party... without entertainment?" "So here's the main theme of 'Welcome'." Elma smiled and snapped her fingers. Suddenly, the men of the Night Forest band lay down their love instruments and quickly shut their ears. At the same time, a line of light runs sharply up the universe above them. Under the blue sky, a large circle of flowers bloomed. "Fireworks!? It is also a fireworks that depicts a vast, perfect sphere that has never been seen at a Luden festival. "Fumu, is this a willow from a silver crown chrysanthemum with a slit and a core? Excellent sound and color." "I don't know what you're evaluating anymore!? "It's just a type of name. No, no, Carlos brushed his arms." "Who is it, Carlos? Irene screamed, but Lucas, who was looking back at the trajectory of the fireworks, saw the figure at the top of the spire and made his face slightly stronger. "No way... the man who is waving his hand out of there... is the bomber's 'Carlos of the Blast' who caused a disturbance all over the continent for a while...!? "Oh, my lord, was it that generation? Yes, my [greedy] brother was intrigued by his high explosive ordnance handling skills." "Enough, I got it." It was obvious to everyone that Carlos, the pleasant bomber, "grew up" as a firecracker in prison after "education" like Giovanni. The fireworks rushed violently through the climax consisting of "Noagara" and "Sutaaman", and ended up symbolizing the letters "Elma LOVE" and "Welcome back". "... already. I told them to treat their customers well....." Elma was afraid to stay in her glasses, but they shouted in her belly. - That's not it. This technique allows you to manufacture, store, and deploy this amount of explosives in detail. To be clear, this is also the equivalent of an army. "... I mean, isn't this fireworks going to look like the whole of Frenzel? Felix alone slipped in from a different perspective than the three, and Elma gently shook her head. "Your visit to Varzer is a 'secret visit', so we are gathering clouds and lightning storms all over Frenzel to keep the fireworks out of sight." Don't worry, she smiles, but where are the reassuring ingredients? "For fireworks....? "Clouds...? Uh, how? Together they are perfectly rigid. However, Elma did not answer the question, rather than the cloth bag she was wearing on her shoulder, she glanced at the booklet peeking from there and nodded. Then I snapped my shoes and stood in front of the prison, and I thanked him perfectly. "Welcome aboard today. We have all the hospitality you need, so please make yourself at home and relax." "First Home Party - 100 Hospitality Ideas" * Creating an atmosphere has already begun before inviting you home. Bring the atmosphere to life by showcasing the surrounding nature and specialties. * If you have a family that is good at music, ask them to play a welcome song. However, avoid assertive song selection and thoroughly follow the pleasant background song. * The front door is the face of the house. Make sure you see gorgeous flowers before walking through the front door. Boost your customers' mood. To give the impression that a lot of fun happens, Hosts are expected to greet guests with a warm welcome.

第45話 氷の令嬢とバカップル 正月三が日が過ぎ去り、仕事始めや新学期といった単語が頭にチラつくようになった頃。 電車を二本乗り継いで向かった神社は既に大勢の参拝客で賑わっていた。 これでもまだ空いている方らしいが、境内は見渡す限り人で溢れ、少し歩くだけでも気を遣う。 どこかの誰かさんが「テレビで放送されてた有名な神社に行きたい!」などと言わなければ、近場で簡単に済ませられたものの、三対一の多数決で負けてしまったので仕方がない。 そして、その言い出しっぺである元気ガールは案の定、メッセージアプリ上のハイテンションそのままに待ち合わせ場所に現れた。 「ふゆちゃん、あっちにキャンプファイヤーみたいなのあるよ!」 「あれは、お焚き上げと言ってですね......」 「あーっ! 見て見て、テレビで特集されてた狛犬がいる! ふゆちゃん、一緒に行こ!」 「えっ、ちょっ、危ないので走るのは......」 もしかすると、この少女の辞書に距離感という文字は存在しないのかもしれない。 そんな事を真剣に考えてしまうくらい、日菜美の勢いは凄まじかった。 それはもう、数日前に吹き荒れた嵐が可愛く見えてくるほどに。 「まだ顔を合わせて一時間も経ってないよな」 「駅集合が一時だったから三十分すら経ってないね」 「女子ってみんなああいうもんなの?」 「いいや、あれは例外。友達怪獣ヒナゴンだからなせる業」 「聞いたことねえよ、その怪獣」 「ヒナゴンを知らないのか? 誰とでも友達になれるっていう最強の怪獣だぞ」 「全く知らないけども、そりゃ確かに最強だな......」 狛犬のもとへ一直線に走り寄る日菜美に引っ張られる形で、冬華も控えめな駆け足で後ろに続く。 あまりの勢いに大分困惑している冬華だが、不快に感じている様子は全くない。 最初は緊張と不安で固くなっていた表情も、ようやくほぐれてきたようだった。 それもこれも、友達怪獣ヒナゴンの力なのだろうか。 いつの間にか呼び方が変わっていた時など、あまりに自然すぎて二、三回聞くまで気づかなかった。 「そういや、朝陽も何かあだ名付けられてなかったっけ?」 「付けられたよ。お前から紹介されて、十秒後くらいに」 「そりゃ最速記録かもしれんな。で、何で今は普通に名前呼びなわけ?」 「俺が全力で拒否した」 「ああ、思い出した。確か、あだ名が――」 「わざわざ言うな。もし日菜美に聞かれたら、また......」 言葉と共に足も止めた朝陽の顔を千昭が不思議そうに覗き込んだ。 「どうした?」 「あの二人、さっき狛犬の方行ったよな」 「そうだな、仲良く走って一緒に......って、あれ」 千昭もまた、朝陽と同じように途中で何かに気付く。 二人の視線の先には可愛らしい狛犬の像と、その周りに集まる多くの参拝客。 しかし、その中に冬華と日菜美の姿はどこにもない。 念の為、近づいて探してみても結果は同じだった。 きっと、普段滅多に訪れない神社というロケーションとサプライズゲストの参加が相まって、日菜美は相当テンションが上がっているのだろう。 後先考えず、冬華の手を取りどこかへ行ってしまったというのは容易に想像できる事だ。 「これって所謂......」 「迷子だな、完全に」 取り残された男二人は状況を理解した後に顔を見合わせ、一方は大きなため息つき、もう一方は楽しそうにケラケラと笑った。 「二人は見つかったか?」 「いーや、ぜんぜん」 少し目を離した隙に日菜美と冬華とはぐれて十分と少々。 まだそう遠くには行っていないはずだが、それらしき姿は一向に見当たらない。 こういう時こそ文明の利器の出番とスマホを取り出せば、電波が微弱で何度試しても繋がらず。 迷子センターに頼る手もあるが、年齢を考えるとなるべく使いたくはない。 まさに、八方塞がり。 リアルウォーリーを探せの始まりだ。 「ったく、お前がちゃんと手綱握っとけよな」 「そんなこと言ったってしょうがないじゃないかー。あのテンションのヒナは流石の俺でもお手上げだよー」 「まあまあ、そう急がんでも。どうせ拝殿の前で落ち合えるって」 「......その根拠は?」 「俺とヒナは以心伝心だから」 だったら最初からはぐれないでほしいのだが、そんなこと言ったってしょうがない。 それに、以心伝心かどうかはさて置き、千昭の意見は一理どころか十理あった。 初詣を目的に来ている以上、拝殿前で合流できる可能性が高いのは確かだ。 日菜美が同じ思考に行き着くかは微妙だが、少なくとも冬華は信頼できる。 「せっかくだし、ゆっくり歩いて話そうぜ」 「話すって何をだよ」 「それはもちろん、氷室さんの話に決まってるでしょ」 とりあえず、拝殿に向かう事を決めると途端にいつものニヤニヤ顔が千昭に浮かんだ。 その表情は、この機会を待っていましたとでも言いたげだ。 「ついに朝陽にも春が訪れたんだ。これを話さないでか!」 「何言ってんだ、今はまだ冬の真っ最中だぞ」 「誤魔化すも何も、ちゃんと話したろ」 「まあねー。朝陽と氷室さんは実は友達でしたーってな」 メッセージアプリを介して何度も説明した甲斐があったというものだ。 冬華を看病したことがきっかけとなり、互いの利益が一致。 朝陽が料理を教え、冬華が勉強を教える。 そんな相互扶助関係を進めているうちに仲良くなったと。 色々と省いているが、嘘は言っていない。 和明と透子に説明した時も同じように対応したので、二回目は流石に慣れたものだった。 ただ、一筋縄ではいかないのがこのニヤついたイケメン、吉川千昭という男だ。 周りをよく見ていると言えば聞こえはいいが、時に見え過ぎている場合があるので油断ならない。 実際、今回も千昭はさほど驚いてないようだった。 まるで、最初から知っていたかのような。あるいは、もうその先も予想が付いているのか。 「ぶっちゃけ、氷室さんのことどう思ってるの?」 「......何が聞きたい」 「そりゃもちろん、好きなのかどうか......って、顔こっわ!」 両親もバカップルも、何故すぐに色恋沙汰に結び付けるのだろうか。 「何度も説明したよな? 俺と冬華は友達だって」 「いや、分かってるよ。分かってるけど、それを踏まえてどうなのかなーって。じゃ、じゃあさ、好きか嫌いかで言えばどうよ」 「......そりゃ嫌いなわけないだろ」 ほーん、と憎たらしい反応を示す千昭は放っておいて、朝陽は足早に境内を歩く。 もちろん、好きか嫌いかの二択なら、朝陽にとって冬華は好きの部類に入る。 三つ目の選択肢として普通が与えられても、きっと好きを選ぶ。 最近、ふとした瞬間に素顔を見せる冬華を好ましいと思うこの気持ちが、否定的な考えに待ったをかけていた。 「まあでも、氷の令嬢を溶かしたのはやっぱり朝陽だったんだな」 「......何を根拠に」 「そうしか見えないから。どう考えても、氷室さんは朝陽の影響で変わってるよ」 二人の空気で分かる、そう笑いながら言われても朝陽の中で何か特別な事をした覚えはない。 あるのはお節介とお世話を焼いた記憶だけだ。 そうして、冬華がいつしか笑うようになった。 他人との接し方を変えようと、大きな一歩を踏み出した。 「俺は何もしてないんだけどな......」 「自分ではそう思っていても、相手は分からんぞ?」 言われてみれば確かに、クリスマスにも同じようなことがあった。 何もあげたつもりはないが、冬華からお返しを貰ったのだ。 千昭が言う影響とは? 冬華が言う貰い物とは? 一体、自分は何を冬華に与えているのだろうか。 長い参道を歩きながら、朝陽は少し考えようとした。 しかし、すかさず千昭から質問が飛んで来る。 「まあしかし、何でこのタイミングで俺らに会わせたのさ。こうやって、面倒くさい事になるのは分かってただろうに」 「面倒くさい自覚はあるのな」 「もちろん。朝陽の顔を見れば一目瞭然よ」 それに、千昭の質問はもっともだ。 千昭と日菜美の前ではただの隣人のままで、面倒事を避けることはいくらでもできた。 そんな中、わざわざ朝陽からこの状況を作り出したのだ。 実際に今日を迎えてみると、本当にバカップルは騒がしくて面倒くさいし、何かと恋愛に結び付けて来てウザイ。 それでも、朝陽は二人を凄い良い奴らだと思うからこうして一緒に居る。 「お前らなら、冬華と友達になれると思ったんだよ」 「ほー。詳しくはよう分からんけど、大正解なんじゃね?」 ほら、と千昭が大きな鳥居の先を真っ直ぐ指差す。 「おーい、二人とも遅いよー!」 呑気に手を振る日菜美の隣には、苦笑いを浮かべる冬華の姿が。 「多分、二人は私達を探してくれたんですよ」 「えっ、そうなの!? もっと早く教えてよー。これじゃあ私、能天気ガールだよ......」 「それは......相葉さんが楽しそうだったので、野暮なことかなと......」 「ふゆちゃん!」 「ちょっと、いきなり抱き着かないでください!」 「だって、ふゆちゃんが可愛くて優しいんだもん!」 どうやら、この短時間で二人の距離は大分縮まったらしい。 日菜美が一方的に近づきすぎている、というのもあるだろうが、冬華も戸惑いながら受け入れているようだ。 仲睦まじい二人の姿は実に微笑ましい光景だった。 「あれはもう友達って言っていいんじゃないか?」 「......そうだな」 予想以上に勢いがあったが、朝陽の思惑通り、日菜美は冬華と良い関係を築いてくれるはずだ。 現に、日菜美と戯れている冬華の表情に明確な変化が見られる。 「氷室さんのあんな顔、俺は初めて見たよ」 氷の裏に隠れている、穏やかで柔らかい微笑み。 天使のように可愛らしい冬華の笑顔は千昭を始め、多くの人々の視線を集めた。

Ch 45 As the first three days of the New Year had passed, words such as "the start of work" and "next semester" were beginning to flicker in people's minds. The two train rides to the shrine were already crowded with people. The temple grounds were overflowing with people as far as the eye could see, and needed to be careful just to walk a little. If only someone hadn't said, "I want to go to the famous shrine that was broadcasted on TV!" They could have easily gone to a nearby place, but since Asahi lost the majority vote by three to one, he had no choice. And as expected, the happy-go-lucky girl, the initiator of the meeting, showed up at the meeting place with the same high spirits as she had shown on the messaging app. "Fuyu-chan, there's a campfire looking thing over there!" "That's called a bonfire." "Ah! Look, look, the guardian dogs that were featured on TV! Fuyu-chan, come with me!" "Eh? Wai- it's not safe to run..." Perhaps the word "distance" did not exist in this girl's dictionary. Hinami's enthusiasm was so strong that it might be the case. It was already making the storm that blew a few days ago seem cute. "They've only met each other for an hour, right?" "We met at the station at one o'clock, so it hasn't even been thirty minutes." "Are all girls like that?" "No, she's an exception. That's only possible since it's Hinagon, the Kaiju." "I've never heard of such beast." "You've never heard of the Hinagon? She's the most powerful Kaiju ever. She can make friends with anyone." "Yeah, no idea at all, but that's certainly powerful if she can do that." Fuyuka followed behind, pulled along by Hinami who ran straight to the guardian dogs. Fuyuka was quite bewildered by the enthusiasm, but she didn't seem to be uncomfortable at all. Her face, which had been stiff with nervousness and anxiety at first, finally seemed to be loosening up. Asahi wondered if this was all due to the power of the monster Hinagon. It was so natural that Asahi didn't notice it until he heard it a couple of times when they changed the way they called each other. "Oh yeah, didn't you get some kind of nickname too, Asahi?" "Yeah, about ten seconds after you introduced me." "That might be the fastest record. So, why does she call you by your first name now?" "I rejected the nickname with all of my strength." "Aa, I remember. As I recall, the nickname was--" "Don't even. If Hinami heard it..." Chiaki peeked curiously at Asahi's face, who had stopped in his tracks. "What's up?" "Didn't those two just go towards the guardian dogs?" "Yeah, they run close together... Wait..." Chiaki also noticed something along the way, as Asahi did. They were looking at the cute statues of guardian dogs and the crowd gathered around them. However, Fuyuka and Hinami were nowhere to be found among them. Just to be sure, they moved closer and looked, but the result was the same. The location of the shrine, which they rarely visited, combined with the fact that there was a surprise guest must have made Hinami quite excited. It was easy to imagine that she had taken Fuyuka's hand and wandered around without thinking about the consequences. "Is this what they call..." "They're lost. Totally lost." The two men who were left behind looked at each other after they understood the situation, one was sighing loudly and the other was laughing happily. "Did you find them?" "Not at all." It had been a while since they got separated from Hinami and Fuyuka. They couldn't have gone very far yet, but there was no sign of them at all. Asahi took out his phone, but the signal was weak and he couldn't get a connection no matter how many times he tried. There was also the option of relying on a lost child center, but considering their age, Asahi didn't want to use it if possible. There was certainly no other option anywhere. The search for Waldo had begun. "Damn it, you better put a leash on that girl." "Even I can't handle Hina with that kind of tension." "Well, well, don't be in such a hurry. We're going to meet in front of the shrine anyway." "...What's the basis for that?" "Me and Hina think alike." If that was the case, then they shouldn't have gotten separated from the beginning, but there was no point in saying that, Asahi thought. But, Chiaki had a point. As long as they were here for Hatsumode, there was a good chance that they would be able to encounter them in front of the shrine. Whether Hinami would follow was uncertain, but at least Fuyuka could be trusted. "Since we're here, let's walk slowly and talk." "Talk about what?" "About Himuro-san, of course." At any rate, the usual grin appeared on Chiaki's face as soon as he decided to head for the shrine. The expression on his face seemed to say that he had been waiting for this opportunity. "Spring has finally come to you. How can we not talk about this?!" "What are you talking about? We're still in the middle of winter." "I'm not. I already told you everything." "Well yeah, about how you and Himuro-san are friends." Asahi already explained everything by message. After taking care of Fuyuka, their mutual interests aligned. Asahi teaches her how to cook and Fuyuka teaches him how to study. They became friends while promoting such a mutually supportive relationship. Asahi was leaving out a lot of details, but he was not lying. He had handled it the same way when he explained it to Kazuaki and Touko, so he was used to it the second time around. However, things were not so straightforward to this man, Yoshikawa Chiaki. It sounded good to say that he was watching the surroundings very carefully, but sometimes he could see too much, so one couldn't be too careful. In fact, Chiaki didn't seem too surprised this time either. It was as if he knew it all along. Or maybe he already guessed where it was headed. "To be frank, how do you feel about Himuro-san?" "...What do you mean by that?" "Well, of course, whether you like her or not... Woah, your face is scary!" 'Why do both my parents and this lovebirds immediately connect it to a love affair?' "Didn't I explain it to you many times already? Fuyuka and I are friends." "No, I know. I know, but I was wondering how it is, based on that. Then, why don't you tell me if you like her or not?" "...Of course, I don't hate her." Asahi walked quickly through the grounds, leaving Chiaki's annoying reaction behind. Of course, if the choice was between liking and disliking, Fuyuka fell into the category of liking for Asahi. Even if given the third option of normal, his answer would still be the same. Lately, this feeling of liking Fuyuka, who showed her true face at a moment's notice, had made him hesitate. "But I guess it was Asahi who melted the 'Ice Lady'." "...On what basis?" "Because that's all I can see. No matter how you look at it, Himuro-san is changing under your influence." "I can tell by the air between you two." Chiaki added while chuckling. However, Asahi doesn't remember doing anything special. All he had was the memory of him meddling and taking care of her. That was how Fuyuka began to laugh at some point. She took a big step forward to change the way she treated others. "I didn't do anything..." "You may think that, but the other party may think otherwise." The same thing also happened at Christmas. Asahi didn't think he gave her anything, but Fuyuka gave him something in return. 'What does Chiaki mean by influence?' 'What does Fuyuka mean by receive?' 'What on earth am I giving to Fuyuka?' As he walked down the long path, Asahi tried to think for a moment. However, Chiaki immediately asked a question. "Why did you let us meet at this time? You knew it was going to get messy." "So you're aware of being a pain in the a*s." "Of course. It's obvious from the look on your face." Besides, Chiaki had a valid question. In front of Chiaki and Hinami, they could have remained as just "neighbors," to avoid trouble. In such a situation, Asahi took the trouble to create this situation. In fact, as the day came to a close, he found that the couple was really noisy, troublesome, and annoying, and they were always trying to connect everything to love. Even so, Asahi thought of them as great guys, and that was why he was with them. "I thought you guys could be friends with Fuyuka." "Wow. I don't know the details, but I think you're on the right track." "Look," Chiaki said, pointing straight ahead at a large torii gate. "Hey, you two, you guys are late!" Next to Hinami was Fuyuka who waved her hand in a carefree manner with a wry smile on her face. "Maybe they were looking for us." "Eh, really? You should have told me earlier. Now I just look like a thoughtless girl..." "I thought it was insensitive to do... since Aiba-san seemed to be enjoying herself." "Fuyu-chan!" "Wait, don't hug me out of the blue!" "But Fuyu-chan is so cute and kind!" Apparently, the distance between the two of them had shortened considerably in such a short time. It may be that Hinami was approaching her one-sidedly, but Fuyuka also seemed to be accepting it with confusion. It was a very charming sight to see the two of them getting along so well. "I think we can call them friends now, don't you think?" "...Yeah." It was more vigorous than he had expected, but Hinami seemed to be getting along with Fuyuka, just as Asahi had hoped. In fact, there was a definite change in Fuyuka's expression as she played with Hinami. "I've never seen Himuro-san's face like that before." A gentle, soft smile hiding behind the ice. Fuyuka's smile, adorable as an angel, drew the gaze of many people, including Chiaki.

第64話 春よ、恋 期末テストを終え、採点期間を経て、今日は答案返却日。残すは終業式及び卒業式のみとなった。 つまりそれは、一年間の教育課程を終えるということで。 あと数日もすれば約二週間の春休みが始まる。 「高校一年生なんてそんなもんだろ」 「相変わらずドライなもんで」 ふと周りを見渡せば、放課後の教室はいつもより賑やかで、クラスメイトが多く集まっている。 この教室にこのメンバーで集まるのが最後かと思うと、もちろん少しは寂しくなる。 ただ、何も今生の別れというわけではない。 少なくともあと二年、学校に通っていれば嫌でも顔を合わせるのだ。 そこまで感傷に浸る意味も理由もないだろう。 「で、テストはどうだったんだ」 「それ聞いちゃう?」 「当たり前だろ。教えた以上、気になるに決まってる」 プライベートな事だしー、と勿体ぶる千昭から問答無用でテスト結果を奪い取ると、そこには高得点が――とは流石にならなかったが、赤点を示す文字は見られず、総じて平均の前後で収まっていた。 「どや?」 「言っとくけど、当然のことだからな?」 「朝陽、正論は時に人を傷つけるんだよ......」 「何だそれ。まあ、千昭としては頑張ったんじゃねーの」 「ですよね!」 「お前は情緒不安定か」 何はともあれ、千昭が赤点により補習コースになる展開はなくなった。 日菜美に関しては、元々が中の下くらいの成績なので赤点を取る心配はないし、朝陽と冬華は上から数えた方が早い。 冬華に関しては一年の間、一位の座に君臨し続けたらしい。 そして朝陽も安定して高得点、高順位を取れるようになった。 これで、勉強会に参加したメンバー全員が心置きなく春休みを迎えられることになる。 「春休み、また四人で遊びに行くか」 「おお、朝陽が珍しいこと言ってる」 「俺が遊びの提案しちゃ悪いか」 「いや全然、大賛成って感じ。でもその前にだな......」 前置きをした千昭が、財布から何かを取り出す。 どこかで見たような形状のそれは、日菜美から貰った遊園地のチケットによく似ていた。 「ここに水族館のチケットがあります」 「確かにあるな。四人で行こうってことか?」 「悪いな朝陽。このチケットは二人分なんだ」 「じゃあ何で見せたんだよ」 どういうことだ、と問い質す前に千昭がチケットを押し付けて来る。 「プレゼントフォーユー」 「そうでもないぞ。一年間勉強教えてくれたお礼だから」 「ああ、そういう......別に気にしなくていいのに」 お礼というのだから、素直に受け取るが。 若干ニヤついているのが朝陽は少し気になった。 そして、流石に朝陽も一つの答えに辿り着く。 千昭が描いた一本道の回答に。 「......誘えと?」 「背中を押すくらいならいいだろ」 ニヤリ、と千昭が笑みを浮かべる。 その笑顔は純粋に応援の気持ちが含まれているように感じられた。 「ちーくん、帰ろ―!」 「あっ、朝陽ー! 勉強教えてくれてありがとうね!」 「何か適当じゃない!?」 「会う度に言われたらそりゃねえ」 ちょっと不満げな日菜美はいつものように教室に入ってこようとしない。 恐らく、プチお別れムードのクラスに気を使っているのだろう 「もたもたしてると、ライバルが追ってくるから頑張れよ」 そんな意味深な言葉を残して、千昭は日菜美のもとへと歩いて行った。

Ch 64 After finishing the exam, grading it and all. Today was the day to return the test and they were left with only the closing ceremony and graduation ceremony. In other words, that meant it was the end of the school year. In a few more days, the two-week spring break would begin. "That's just how it is." "Man, dry as ever." Asahi looked around and saw that the classroom after school was more lively than usual, with many of his classmates gathered around. Of course, he felt a little sad when he thought that this was the last time they would be together in this classroom. It was not like they were saying farewell for good. If he were to stay at school for at least two more years, he would see him even if he didn't want to. There would be no point or reason to be so sentimental about it. "So, how did the test go?" "You're really gonna ask me that?" "I've taught you, of course I'm curious." Asahi forcibly took the test results from Chiaki, who was pretending that it was something private, and he found that there were no high scores, but there were no letters indicating red marks either, the scores were generally around the average. "Well?" "Just so you know, this is as expected, alright?" "Asahi, sometimes a sound argument hurts people..." "What'd you mean? Well, considering it's you, you did pretty good." "Of course!" "Are you mentally unstable or something?" At any rate, Chiaki was no longer going to be in a make-up class. As for Hinami, there was nothing to worry about since her grades were above average to begin with. As for Fuyuka, it seemed that she had been in first place for the whole year. And Asahi was also able to get high scores and high rankings consistently. Now, all the members who participated in the study group would be able to start their spring break without any worries. "The four of us should go out again during the break." "Oh, that's very unusual for you, Asahi." "What's wrong with me suggesting we hang out?" "No, not at all, I'm all for it. But first things first..." Chiaki, preening, took something out of his wallet. It looked very similar to the amusement park ticket that Hinami had given him. "Here's tickets to the aquarium." "Okay. You mean the four of us should go?" "Sorry, Asahi. This ticket is for two people." "Then why'd you show it to me?" Before Asahi could ask him what he meant, Chiaki pushed the ticket to him. "Present for you." "Not really. I'm just thanking you for teaching me how to study for the whole year." "Oh, you don't have to worry about that..." Since he said it was a thanking gesture, Asahi took it. He was grinning slightly, which bothered Asahi a little. Then, suddenly, he arrived at an answer. To the answer of the single path drawn by Chiaki. "...You want me to ask her?" "A little push in the back is fine, right?" Chiaki grin. The smile on his face seemed to contain a genuine feeling of support. "Chi-kun, let's go home!" "Ah, Asahi! Thank you for teaching me how to study!" "Why so sloppy?!" "Well, If I had to hear it every time we met, you know?" Hinami, who was a little frustrated, didn't try to enter the classroom as usual. Perhaps she was concerned about the class being in a farewell mood. "Hang in there, because if you don't, your rivals might overtake you." With these meaningful words, Chiaki walked over to Hinami.