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スイスの国民的歌手マニ・マッター 没後50年も衰えない存在感
スイスで最も愛されている音楽家の1人、マニ・マッターは50年前の1972年11月にこの世を去った。なぜマッターは今も重要な存在なのか？そして、その国民的歌手としての地位を分析する価値があるのはなぜか？
- Deutsch Was uns Mani Matter (immer noch) über die Schweiz erzählen kann
- Português Mani Matter ainda diz muito sobre a Suíça, 50 anos após sua morte
- Français Ce que Mani Matter peut (encore) nous dire sur la Suisse
- عربي هذا ما يستطيعُ أَنْ يرويَهُ لنا "ماني ماتّر" عنِ سويسرا حتّى الآن
- Pусский Что Мани Маттер сегодня может рассказать нам о Швейцарии?
- English What chansonnier Mani Matter can (still) tell us about Switzerland (原文)
ベルギー人のシャンソン歌手ジャック・ブレルが、ベルギーの連邦議会のあるパレ・ド・ラ・ナシオンへのテロ攻撃阻止について歌い、そのような暴力的な混乱が国のために必要だと分かる日が来るかもしれないという結論に達するところを想像してみてほしい。たとえベルギーの政治の複雑さを考慮に入れたとしても、ありそうにないことに思われる。
さて今度は、ブレルと似たメロウなスタイルのスイス人シャンソン歌手について同じことを想像してみてほしい。スイスの連邦議員たちが、自分達が守ると公言している民主主義的な価値観に反いたならば、ベルンの連邦議会議事堂はいとも簡単に破壊されるだろうとその歌手が歌うところを。
あまりに突拍子もない想像だと思われるかもしれない。なにしろ、スイスは法の支配に敬意を払うことで知られているし、政治家の発言も控えめなことで有名だからだ。しかし、スイスドイツ語を話す人にとっては苦もなく想像できる。
それは、そのスイス人歌手がハンス・ペーター・「マニ」・マッターで、連邦議会議事堂の運命と「数袋のダイナマイト」を天秤（てんびん）にかけた「Dynamit」（ダイナマイト）という歌があるからだ。そして、マッターの他の多くの歌と同じくこの歌も、スイスドイツ語圏の小学校では音楽の授業で教えられている。
短い生涯、没後も衰えぬ人気
1972年11月24日に自動車事故により36歳で世を去って以来、マニ・マッターはスイスドイツ語圏のポップカルチャーにおける最も「満場一致の有名人」の1人となっている。ほとんど誰も異論を唱えず、イデオロギー傾向にかかわらずほぼどんな人からも受け入れられている、万人から愛される人物ということだ。
「ダイナマイト」のような破壊的な歌を歌っていながらこれほど人気があるというのは、事情をよく知らない人にとっては不思議で例外的なことだと思われるかもしれない。実際、常識では理解しがたいところはある。マッターは歌詞に政治を持ち込むことを全くためらわなかったからだ。
最大のヒット曲「I han es Zündhölzli azündt」（私はマッチを擦った）は、じゅうたんに落ちた燃えるマッチがエスカレートして人類滅亡へつながるかもしれないと歌いながら、核兵器によるハルマゲドンへの現代人の恐怖を示唆している。「Hemmige」（気おくれ）は、権力者が破滅的な戦争を始めるのを阻止するのは人間の不器用さだという希望を語る歌だ。
「Är isch von Amt ufbotte gsy」（彼は役所に呼び出された）と「Ballade von Nationalrat Hugo Sanders」（連邦議員ヒューゴ・サンデルスのバラード）はそれぞれ、スイスの官僚主義と何もしない政治を批判している。おそらくマッターの最高傑作である「Dene wos guet geit」（うまくやっている人々）は、経済的不平等に対する、拍子抜けするほど単純な批判である。
しかし、愛すべき過去の人物、1960年代の白黒映像の中でコミカルな歌を歌っている口ひげのおじさんとしてマッターを知りながら育った人々にとって、マッター評が茶目っ気のある反体制派から政治色を抜かれた国民の宝に変わったのは全く自然なことに映る。学校のカリキュラムや数本のドキュメンタリー映画、無数のトリビュートアルバムなどによって宣伝された没後のマッターの「神話」は、はるか昔に権力に対して生意気に（だが基本的には無害なやり方で）真実を語り、今はその早すぎる死によって、戦後スイスというノスタルジックな過去の中に安全に封じ込められているアーティストのそれだ。
実際マッターは、脅威を与えないスイス版カウンターカルチャーのプロテストシンガーとなったのだ。
方言のヒーロー
確かにマッターの音楽はそのような解釈に合う。快い耳触りで知られるベルン方言で歌われるマッターの歌は、ジャック・ブレルやジョルジュ・ブラッサンスのような歌手に代表される現代風シャンソンの大衆的ジャンルに深く根ざしている。
しかし、フランス語で歌うこうした吟遊詩人たちが国境を超えて名声を獲得したのに対し、マッターの音楽の文化的・言語的特異性は、それが常にスイスドイツ語圏という狭い地域内でのみ花開く運命にあるということを意味した。
実のところ今日まで、翻訳不可能なことも多いベルン方言はマッターの最も顕著な特徴であり続けている。罵り言葉にささげる歌「E Löl, e blöde Siech, e Glünggi un e Sürmu」（間抜け、ばか、あほ、泣き虫）の中にこういった方言が永久に保存されている。
マッターの歌詞は主に人を面白がらせるためのもので、絵を描いてみたが失敗に終わったことや（「Chue am Waldrand / 森の外れの牛」）、ならず者の目覚まし時計（「Dr Wecker / 目覚まし時計」）、合わせ鏡の間に座っていることに気づいた時に覚えた「形而学的な恐怖」（「Bim Coiffeur / 床屋にて」）といったささやかな物語を語っている。
マッターの歌は、不条理な教訓物語や、優しく皮肉な社会風刺、あるいはその両方としての機能を持つものが多い（どの程度わかりやすい形であるかは歌によるが）。例えば、「Chue am Waldrand」は先入観にとらわれることの危険を歌ったものだ。それにもかかわらず、キャッチーなギターのメロディーと子供っぽい韻を踏んだ対句によって、幅広い人々に受け入れられている。メッセージ性のあるマニ・マッターの歌は、典型的な1960年代のプロテストソングよりも、寝る前に子供に読み聞かせるおとぎ話にある意味で似ている。
この印象をさらに強めているのが、いつまでもいろあせないマッターの舞台上での人格だ。1973年のライブアルバム「Ir Ysebahn（電車で）」など現存するマッターのライブ録音から伺えるのは、自分の作品についてちっとも気取らず、理想主義的なシンガーソングライターのイメージとは一線を画する、口調が柔らかくウィットに富んだ自虐的な人物だ。マッターが法学の博士号を持ち、ベルン大学で教べんを取り、ベルン市所属の弁護士として働いていたことに加えて、職業に関する謙虚な姿勢も、中産階級の人々の間でマッターの人気を確立するのに一役買ったことは確かだ。
時代と社会規範の変化
しかしスイスの世論を見ていると、没後50年の今、安全で和やかな文化的アイコンとして広く受け入れられていたマッターの地位が、かつてほど強固でなくなってきている兆しがある。それをはっきりと浮き彫りにしたのは、連邦議会爆破についてのあの歌「ダイナマイト」だった。
2021年の冬、スイスの新型コロナウイルス対策に対する抗議運動が盛り上がっていた頃、この国のお偉方に対するマッターの遠回しな警告が、反政府集会での演説や、連邦内務省保健庁（BAG/OFSP）への脅迫などの中に登場したためだ。
マッターの歌がこのような場で使われたことには根拠がなかったかもしれないが、それがもたらした影響は否定できなかった。まるで「ダイナマイト」とマッター自身が、手を触れてはいけないガラスケースの中から引っ張り出され、象徴としての聖なる性質をはぎ取られ、政治の分極化などの状況を抱える現代スイスに乱暴に再び放り込まれたようだった。
このような事情があれば、マッターの作品がその後、「ウォークネス」（訳注：社会的不正義などの問題に自覚的であるべきだとする考え）」やいわゆる「キャンセルカルチャー」（訳注：著名人の不適切な言動を批判し、謝罪を要求する風潮）」について現在スイスで交わされている議論にかかわったとしても、それほど驚くには当たらないだろう。事実、ドイツの学者ニコラス・フォン・パッサヴァントさんは最近、マッター作品の政治性を考察する本を出版した。
マッターの再評価
結局のところ、マッターの歌の中に、「Ds Heidi」（ハイジ）や「D Psyche vo dr Frou」（女性の心理）など、1960年代によく見られた無頓着な男女差別的態度を支持するものがあることは事実だ。また「Dr Eskimo」（エスキモー）はイヌイットの生活に対する平凡な固定観念を列挙しているし、「Dr Sidi Abdel Assar vo El Hama」（エル・ハマのシディ・アブドゥル・アッサー）は希望する女性を「妻にするための金が払えない」甲斐性のないアラブ人男性の歌だ。
いずれも西洋の芸術における「外国」文化の陳腐な描写の典型例だ（もっとも「Sidi」の場合、マッターは歌の前に、このテーマについて自分の視点が限られていることを強調してはいるが）。
マッターの残した作品のこのような側面を批判的に問い直すことは絶対不可欠だ。特に、没後のマッターはすっかり教育課程の一部となっているためだ。しかし、スイスの政治情勢も国際的な流れに従い、「問題のある」行動や過去の人物にどのように向き合うかについて両極化と論争が巻き起こっているため、果たしてこの問い直しが建設的な議論となるかは疑わしい。
最近、文化の盗用やチューリヒの奴隷貿易の記念碑が世間の批判を受けたことを踏まえれば、マッターに対してこの種の調査が行われた場合、「政治的正しさによる検閲」だと警告する熱を帯びた見出しがメディアをにぎわせたとしても驚きではない。
実際のところ、そうなるのが50年にわたるマッター神話の論理的帰結に近いように思われる。マッターを確固たる国の宝とみなしつつ育ってきた国民は、マッターとその作品に対してより微妙な見方をするのをためらうからだ。
マッターの死後、多くの追悼作品が発表された。その1つが、スイスの5人組インディーポップバンド「ザ・ビアンカ・ストーリー」がYelloで有名なディーター・メイヤーとのコラボレーションで制作した「Does Mani Matter ?」（マニは重要か？）だ。
編集：Mark Livingston、翻訳：西田英恵
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