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ヴァレー州には一風変わったハイキング・コースがある。古代の灌漑水路に沿って、「何世紀もの間、人々はどうやって少ない水を使って暮らしたてきたのだろうか」と思いを馳せるのだ。
もちろんこの灌漑水路はもう当初の目的には使われていない。現代の新しい役目は、観光地だ。この古代の灌漑水路は今日も観光客でにぎわっている。最も有名なのはバル・デゥ・バーニュ ( Cal de Bagnes ) 谷のビス・デュ・レブロン ( Bisse du Levron ) 灌漑水路だ。
ハイキングしながら歴史探訪
ちょっと見では、ビス・デュ・レブロンは全く大したことはない。幅はほんの1メートルほどで、ちょろちょろと水が流れているだけだ。
しかし、これは仮の姿だ。何時間かこの灌漑水路に沿って歩いてみれば、この水路の本当の姿や、昔どれだけ重要だったかが次第に明らかになってくる。
灌漑水路を流れる水は、レブロン村から25キロメートル離れた山の川から流れてくる。この水は、500年以上も前から同じ水路をたどって村の畑に恵みを与えてきた。
まずアルプスの牧草地や森を横切り、ベルビエのスキーリゾート地の上を通り、峡谷を通って流れて行き、最後にレブロン村の畑にゴールする。
今では畑の水まきには近代的なスプリンクラーを使っているため、水路がレブロン村の人々にとって必要不可欠のものでなくなってずいぶん時が経った。
富と争いの源泉
しかしガイドのソニア・テシエールさんは「ビス・デュ・レブロンやヴァレー州の他の古代灌漑水路が、しっかりと保存されていることは嬉しいことです。現在、復旧プロジェクトが進んでいるものもありますが、良いことだと思います」と言う。
ビス・デュ・レブロンは、ヴァレー州にある200本近くの古代灌漑水路のうちの1本だ。この約200本の灌漑水路は、総距離にして約750キロメートルをカバーしている。このうち半分がハイキング・コースになっている。
「私たちは祖先がどうやって生活していたかを理解する必要があると思います。そしてこんな灌漑水路は、この地域独特のものですからね」
ソニアさんは続ける。「長い間、ビス・デュ・レブロンは富の源泉であっただけでなく、同時にバル・デゥ・バーニュ谷に点在する村々の争いの種でした」
15世紀半ばに、レブロン村の人々は、修道院長にトルタン氷河から流れ出てくる水を調整する仕事を頼んだ。
時が流れて悩みも変わる
この要請は紆余曲折を経て認められた。これは山の下流に住む住民にとっては晴天のへきれきだった。彼らは村の貴重な水が他にも引かれることに反対していたのだ。
彼らは抗議行動を起こし、この争いが収まるまで10年以上の歳月を費やした。ビス・デュ・レブロンが現在のような姿になったのは1484年だ。
現在では、水路は住民たちの争いの種ではなくなっているが、子供や大人のいたずらの的になっていて、管理する人を困らせているらしい。ハイキングの間に、ビス・デュ・レブロンの現在の管理人である人にたまたま出くわした。
「少年たちが投げ込んだ沢山の石を全て片付けるのは、私の仕事なんですよ。子供どころか、分別がついていてよい年の大人まで同じようなことをするのですから、困ったものです」
ハイキング・コース沿いに立てられた説明書きによると、歴史的に水路の管理人の仕事には、「水路の定期的な検査、修繕、メンテナンス、人々が規則をちゃんと守るよう管理すること」とある。
まさかこんなに水が大切だとは
水路に流れ込んで水流が分割される前に、山から流れ出た水は、草が青々と茂る沼地を曲がりくねって進む。
この沼地は山の斜面に囲まれたオアシスとなっている。斜面を見上げると、そこはケーブルカーの柱を建てるためにえぐられ、泥や土が巨大なベルビエ・スキー場の道に落ちている。
ここに立っていると、スキーにやってくる観光客が、「水が手に入る」ということをいかに簡単に考えているかを実感する。
バル・デゥ・バーニュには毎年何万人もの観光客が訪れる。ほとんどは数日ベルビエに滞在し、水を飲んだり、シャワーを浴びたり、料理したりする。冬にスキーを楽しむ時も、滑るのは実は水で作られた人工的な雪だ。
隠れた秘宝のような貯水池
このような水の豊富な供給が可能なのは、貯水池に頼るところが大きい。大きな需要にもかかわらず、今までに1度も水を枯らしたことがない。危なくなれば、この古代から流れる水路から水を引くのだ。
我々は峰の後ろに身を隠している人口湖にも行ってみることにした。ガイドのソニアさんによると、そこはあまり人が足を踏み入れないような場所で、沼地から3時間ほど歩かなければならない。
ベルビエ村から見上げる山の斜面は、人工的に建設されたものかもしれないが、300平方キロメートルのバル・デゥ・バーニュ谷の半分は、自然によって守られているのだ。
歩き出してすぐに、マーモット( リスの一種 ) のするどい鳴き声が聞こえてきた。ハイキングの間中、旅のお供のように、鳴き声はずっとついてくる。それからイベックス( アルプスの山中の野生ヤギ ) やシャーミ ( カモシカの一種 ) にもあちこちで出くわす。
湖が見えてきた。谷を下っていくと、次第に目の前に広がってきたのは、何ものにも侵されない、神聖な山と湖の美しさだった。
ところが下からあがってくる何人かの人影を見つけて驚いた。こんな所にも人がいるのか。彼らは乾いた石壁を作る仕事をしているらしい。もう現代ではほとんど見られない技術だ。
彼らは「古代の石壁を修復するために雇われた」と言う。山を降りた所にある牛の小屋や羊飼いの山小屋を修理しているらしい。
彼らの説明によると、これらは皆他の多くの古代灌漑水路と同じようにバル・デゥ・バーニュの重要な財産だということだ。
swissinfo、 デイル・ベヒテル (バル・デゥ・バーニュにて ) 遊佐弘美 ( ゆさ ひろみ ) 意訳
キーワード
ヴァレー州は全部で200本近くの古代の灌漑水路を保存している。距離にして約750キロメートルをカバーしている。
この灌漑水路は、フランス語圏ヴァレー州で「ビス」と呼ばれている。ドイツ語圏の地域では「スオネン」と呼ばれる。
バル・デゥ・バーニュには23のコミュニティがあり、この中でアルプス・リゾートのベルビエが最も良く知られている。
この谷は約300平方キロメートル、半分は自然保護地域に指定されている。
バル・デゥ・バーニュのハイキング・コースは良く整備されているが、地元の文化的遺産や植物群、動物群などに詳しいガイドを雇うこともできる。