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キリスト教で罪へと導く要因「七つの大罪」のうち、例えば強欲 や嫉妬は、現代では資本主義経済の推進源と見なされ、昔のように悪徳だとは決めつけられない。色欲にしても同様だ。こうした大罪の認識の変遷を考えさせてくれる展覧会が開催されている。
この「悪徳と快楽、デューラーからナウマンへと続く七つの大罪展」は、七つの大罪を扱った11世紀から現代までの美術作品400点をベルン美術館とパウル・クレー・センターで展示している。
大罪の変遷
七つの大罪には、傲慢 ( ごうまん )、嫉妬 ( 羨望 ) 、怒り、強欲 ( 金銭欲 ) 、怠惰、暴食、色欲がある。これら七つのうち、「ベルン美術館 ( Kunstmuseum Bern ) 」が傲慢、嫉妬、怒り、強欲と七つの大罪の概要を展示。「パウル・クレー・センター ( Zentrum Paul Klee )」 が残りの怠惰、暴食、色欲を扱っている。
ベルン美術館では、初めに七つの大罪すべてを描いた中世の版画や絵画が展示されている。ところがそのすぐ横に、1950年代のアメリカ社会での七つの場面を描いたマルタン・ミュールの2008年の作品もある。50年代のオフイスで働く2人の気取った女性を描き、タイトルに「嫉妬 」と名付け、こうしたキリスト教での罪がこの時代にも確実に存在することを示す。
また一方、七つの大罪に囚われた場合に人間の表情はどうなるのかを、七つの顔の彫刻で示したエヴァ・エプリの現代の作品もある。マグナス・プレッセンは、顔の表情をわざと外し首から腰までだけの7種類の体の「表情」を写真にしている。例えばあばら骨が浮き出て胃のあたりが引っ込んだ体の写真には「怒り」のタイトルが付けられている。
中世の大罪の表現では、これを犯すと地獄に落ちるといった道徳的規範中にとどまるのに対し、現代の作品では、罪が人間にもたらす心理的、身体的インパクトのレベルにまで掘り下げているように見える。こうした変遷をベルン美術館のキュレーター、クローディンヌ・メッツゲー氏は
「七つの大罪は中世から続く美術のテーマ。人間の性向の基本をなすため現代美術でもテーマとして扱われるが、その認識の仕方や解釈が現代では異なり、そのため表現も違い、また使われる素材もさまざまだ」
と話す。
傲慢
その後に続く展示室では、傲慢、嫉妬 、憤怒、強欲 がテーマごとに展示されている。例えば「傲慢」の展示場では、リンゴを食べてエデンの園を追放されたアダムとイヴの16世紀の版画があるかと思えば、マルティン・パールの2007~2008年の作品で、滑稽なまでに着飾ったアラブ首長国連邦の裕福な女性たちの写真もある。
また次の部屋には、鍛え上げた筋肉隆々のボディビルダーが自分にうっとりとしながら延々とただポジションを変え続ける映像が流れている。
「傲慢ほど時代によって多様な概念に変遷していったものはない」とメッツゲー氏は言う。もともとキリスト教の世界では、アダムとイヴのように神に逆らう傲慢性は最も許しがたい罪とされた。これが傲慢の基本概念だが、現代では例えばアラブ首長国連邦の女性たちに見られる虚栄、ボディビルダーの自己愛なども「傲慢」の概念に仲間入りしていく。
さらに、ナイジェリア出身のヴィンカ・ショニバーレによる作品で、豪華な館で何人もの白人の召使に傅 ( かしづ ) かれならが日々を送る黒人男性の写真もある。これは、こうした生活を虚栄として皮肉りながら、同時に人種差別さえも人間の傲慢の一つだと訴えているのだという。
「結局、こうした中世の大罪の概念が現代では変遷していることを眺めてもらうのも、今回の展覧会の目的の一つ」
とメッツゲー氏は続ける。
強欲は悪徳ではない
一方強欲では、17世紀、18世紀ではまだ、その当時のオランダ絵画の作品「お金を貯め込んだ富豪者のもとに死に神が訪れる」などに見られるように、あくまで道徳的な戒めが中心。ところが現代では、アンドレアス・グルスキーの写真作品「クゥエートの株式市場」が示すように「資本主義では金銭欲は必ずしも悪徳ではない」というメッセージがある。
メッツゲー氏によればこうした強欲や嫉妬、あるいは暴食の欲望は、現代の消費社会においては資本主義経済の推進源と見なされ、決して悪い側面ばかりではない。
大罪の両義性
一方、怠惰、暴食、色欲を展示するパウル・クレー・センターでは、まずインカ・ショニバーレ の性行為をする男女の人形「足を上にあげた女性」が出迎える。色欲は実際、美術の一大テーマで作品はふんだんにある。
16世紀のまだ穏やかな色欲表現の絵画から、ポルノまがいの現代の実験映画まで、ありとあらゆる解放された性の表現が並ぶ。中には有名な作家の作品も散りばめられ、グスタフ・クリムトの裸の女性のデッサン、パウル・クレーのコミカルな作品、またアメリカの現代美術家ブルース・ナウマンのネオンチューブで形取られた人物が自慰行為をするものなどもある。
こうした性行為の表現を十分見せられた後、性的欲望には過去も現代もないと納得できるが、芸術的表現においては、過去のものには単純な喜びのようなものが感じられるのに対し、現代のものには何か虚無感が漂う。これはほとんど罪悪感に繋がり、自由な性の解放をむしろ批判しているように感じられる。
例えばテレー・ロジャーズのハイパーリアリズム風の作品「スタンディング・ウオッチ」では、下着をわずかにつけただけの若い男女が10人ほどサロンで倦怠感を漂わせ「群れている」。
こうした2重の側面性は、「暴食」の罪でも同じで、オランダの17世紀の絵画では、仲間と飲んだり食べたりする行為が楽しそうに描かれ、対する現代の作品では批判的な表現が多い。
これを展覧会のコミュニケが書くように「多くの大罪が悪徳性と同時に人間の根源的な楽しさに基づく健康的な欲望という両義性を持つ」と取るか、「19世紀、20世紀に消え去ったと思われた七つの大罪は、実は現代でも社会が機能していくための大切な規範として生きている」と取るかはまったくの自由だ。
こうして人間の根源を見つめ直し、同時に現代の消費生活などさまざまなことに考えを巡らせながら作品を眺める、美術鑑賞というよりむしろ社会的、倫理的側面の強い展覧会は2011年2月まで開催されている。
悪徳と快楽、デューラーからナウマンへと続く七つの大罪展 ( Lust und Laster, Die 7 Todsünden von Dürer bis Nauman )
「ベルン美術館 ( Kunstmuseum Bern ) 」と「パウル・クレーセンター ( Zentrum Paul Klee ) 」で、2010年10月15日から2011年2月20日まで開催。
15世紀ドイツの代表的画家アルブレト・デューラーが活躍した時代以前の11世紀から、アメリカの現代美術家ブルース・ナウマンを代表とする現代の作家まで、約400点を展示。
グスタフ・クリムト、パウル・クレーなど、有名な作家の作品も多数含まれる。
展示は、七つの大罪のそれぞれの罪の下に、過去、現代の作品が年代を無視してアトランダムに展示されている。
七つの大罪の認識、解釈の変遷を美術作品を通して眺め、さまざまな思考を促す展覧会。
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