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５日目の３０日、悪天候に見舞われたアルプス・ウォーク隊は、アイスメール氷河を渡りSchreckhornへ向かうという当初の計画を断念し、吹雪と霧の中をメンヒヨッホまで戻り、登山鉄道でクライネシャイデックへ降りた。このコンテンツは 2001/08/31 11:37
３０日、朝からの悪天候のため、一行は４日目の宿泊地ベルグリを予定より３時間遅れて午前９時に出発した。この日、アルプス・ウォーク隊は、アイスベール氷河の北東を横断しグリンデルワルトに行く予定だった。が、氷河のクレバス、凍結した滝などの危険を避けるため、メンヒヨッホまで後退を余儀無くされた。メンヒヨッホからユングフラウヨッホへもどり、そこから一行は登山列車で５日目の宿泊地クライネシャイデックへ降りた。
スイスと英国の登山家チーム7人で構成する「アルプス・ウォーク」隊は、8月２６日から９月４日までの１０日間、１９世紀の登山用具と服装でアレッチュ氷河からユングフラウ地域を縦断し、当時と現代の環境変化、この地域における観光が果たした役割・及ぼした影響を探る。
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