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チャド共和国出身のジャーナリスト、フランク・コダベ氏は政府の弾圧から逃れ現在スイスに住む。１９６０年の独立以来変わらない、一族支配の政治体制を終わらせるには、メディアでの「表現の自由」が不可欠だ。それをコダベ氏はインターネットを使いスイスから行う。
一言で言えば「市民を弾圧する政府に対する戦いは５０年来続いている。これがチャドだ」とコダベ氏は語気を強める。
だが、１９９０年に独裁者イセヌ・ハブレ大統領を現大統領のイドリス・デビ将軍が倒したとき、そのマニフェスト「自由の保障」は、達成されるとコダベ氏は信じた。そして当時を振り返り、こう話す。「国民全員がデビ大統領の初演説を覚えている。『私は金もお金も約束はできないが自由だけは保障する』と言ったのだ」
フランス植民地であったチャドにとって、この初演説が行われた同じ年に、フランス・アフリカ・サミットの場でミッテラン仏大統領が「アフリカの自由を支持する」と表明したことは大きい。このパリからの支持によって、フランス植民地支配の伝統を受け継いでいた独裁政権は、民主主義国家へと脱皮した。
特にメディアを弾圧
ミッテラン大統領の演説を契機に、西アフリカのサヘル（Sahel）地域の国々には自由の風が吹き始めた。チャドも例外ではなく、首都ヌジャメナでは週刊新聞「ヌジャメナ・エプド（Ndjamena Hebdo）」が誕生した。
当時高校生だったコダベ氏は、首都の有名高校「サクレクール」で学生新聞の編集長を担当、次いで大学でも同じ活動を行う。その後、ヌジャメナ・エプド紙に代わる週刊紙「ル・タン（Le Temps）」の記者として働くことになる。
だが、この記者活動を通して、デビ大統領の当初の約束がいかにごまかしであったかに気づいていく。「デビ政権は特にメディアを弾圧した。多くの記者が殺害されるか、投獄された。政府の利益に反する記事を書こうものなら、直ちに名誉棄損（めいよきそん）で訴えられた」
さらにコダベ氏はこう続ける。「結局、記者たちは飼いならされた羊のようにおとなしくなり、表面的なことしか書かなくなった。また、記者による真相の探究や調査が行われなくなり、メディアの自由は失われていった」
国外へ
命を狙われ何度も投獄されたコダベ氏は、政府に屈服する代わりにNGO「国境なき記者団（Reporters sans frontières/RSF）」の援助により、スイスへの亡命を決意する。
ただし、スイスに到着する前にベルリンの「記者国際養成所」で再びジャーナリズムを学んだ。「記者、農学生、科学技術者など、ベルリンにはアフリカから勉強に来た学生が一つの大きな社会を形成している。ドイツ政府のこうした支援はフランスのものとは違う。フランスはアフリから天然資源を入手しようとするもくろみが感じられる支援を行うが、ドイツのそれはこうした意図がなく、アフリカ諸国が自力で育成が不可能な分野で、実質性のある有効な教育支援を行ってくれる」とコダベ氏は話す。
そもそもコダベ氏は、フランスの開発支援のみならず、フランス軍のチャド駐留も批判している。「現大統領は表面上フランス軍撤退を要求しているが、実は軍が市民を保護するためではなく、政府のために駐留していることを大統領自身はよく承知している」
国民としての教育
現政権が打倒されるのを待ちながら、コダベ氏はスイスから二つのメディアプロジェクトを行い発信している。その一つ「チャド・アンゴラ（Tchado Angora）」は、チャドに関する討論の場であると同時に、この地域で行われているポジティブな経験を紹介するサイト。もう一つの「カルフール・ソレイユ（Carrefour-Soleil）」は、記者自身による捜査や調査を掲載するサイトだ。
ただこうしたインターネットでのメディアには限界がある。なぜならチャド国民の大半は読み書きができないからだ。そこでラジオの「FMリベルテ（FM Liberté）」が、人権、農業、健康分野での情報源として非常に役立っているとコダベ氏は言う。
さらに、「この放送は、一人一人がチャドの国民だという意識を広め、またチャドが一つにまとまるためには、部族、宗教の違いを強調するのではなく、国民としての共通点を教えようとしている」
実は、この部族、宗教の違いこそ、現在に至るまで権力の座に就く人間が利用してきたものだ。「権力を手に入れるには、自分の一族を統合し、同時に国全体を宗教や文化の違いで分断し、その分断を利用することだった。南と北を分断し、イスラム教徒とカトリック教徒を分断するという具合だ」
この危険な分断「ゲーム」がもたらす末路は、まさに今隣国のマリで見ることができる。
ワールドワイドウェブ（World Wide Web/WWW）の分断化
国境なき記者団によれば、ウェブはますます分断化されており、地域によってアクセスできる情報が異なっている。
国境なき記者団は、最近ツイッターが決定した、地域ごとでの検閲システムに反対している。以前は、アクセスが禁止された地域の情報には世界中の利用者がアクセスできなかったのに対し、現在はアクセスできる地域もあればできない地域もあるようになった。
ツイッターの創設者に対し国境なき記者団は、「地域ごとに違う検閲システムだと、表現の自由に対する解釈が地域によって異なることを助長することになる」と批判している。
ミャンマーは２０１０年に、イランが推薦した独自のインターネットシステムを創設した。
その結果、北朝鮮、トルクメニスタン、ウズベキスタン、キューバ、イラン（そしてミャンマー）などの国々では、インターネットへのアクセスが効果的に検閲されるため、狭い地域の情報網にしかアクセスできず、世界のウェブのつながりから取り残されている。End of insertion
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