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スイスに不法滞在し、交通事故に遭ったミルタ・パルマさんの一連の報道で、スイスに不法滞在するエクアドル人の不安定な世界が露見した。このコンテンツは 2009/08/05 15:25
スイスにはおよそ2万人のエクアドル人がいると推定される。彼らの大部分はヴォー州とチューリヒ州に居住し、多くは潜んで暮らし、強制退去させられる恐れから、不法滞在者としての立場を入国後何年も経過した後に、あえて合法化しないことを選択する。
スイス当局の反応
53歳のシングルマザー、パルマさんは2002年からローザンヌで清掃や料理の仕事に従事し、2人の娘を援助するために収入の一部をエクアドルに送金していた。6月26日に彼女はローザンヌ市内で8人の連れと買い物をしていたところをひき逃げされた。
エクアドル人のパルマさんは、病院で骨折した脚と足首の手術を3度行った数日後、回復に向かっていたところへ、州警察から9月15日までにスイスを出国するよう退去命令を受けた。警察が事故の調査をした際に、彼女が不法滞在していることが判明したからだ。
弁護士であるジャン・ミシェル・ドリヴォ氏によると、連邦当局の態度は、
「非常に憤慨させられ、容認し難いものだ。連邦当局の取った行動は非常に冷酷で、既に事故で大怪我をし、精神的ショックを受けている彼女に強制退去の脅迫を与えた」
しかしヴォー州の住民課の責任者、アンリ・ローテン氏は非人道的だという意見を否定する。
「確かに彼女は運が悪かったです。しかし、不法滞在はやはり違法ですから」
とフランス語圏の日刊紙「ル・マタン( Le Matin ) 」で言及している。
パルマさんは例外的な状況で発行される「人道主義に基づく」滞在許可を申請しているがこの申請手続きによって認可されるのはかなり難しい。
より良い生活を求めて
パルマさんはよりよい生活を求めて、2000年に祖国を去った何千人ものエクアドル人のうちの1人だ。エクアドルでは人口1450万人に対し今日、250万人が国外で暮らす。このうち2万人がスイスに居住し、8割から9割は不法にヴォー、チューリヒ、ジュネーブ、バーゼル、ティチーノの各州などに居住していると考えられる。
「ほとんどの人が、エクアドルが2000年に自国通貨を廃止して、ドルのみを法定貨幣とする公式ドル化政策を取ってから、経済と雇用に壊滅的な影響を受け、2001年にスイスに大勢やって来ました」
とアラウカさんは語る。ローザンヌに住むエクアドル人とその友人の会のコーディネーターであるアラウカさんは、11年間スイスに不法滞在した後、2003年に自らの不法移民としての立場を事後的に合法化した。
偽善
フレディ・エンリケスさんとその夫人ベロニカさんは、スイスに9年間暮らしている。2000年に入国する際には何の許可書も必要なかった。電気技師として経験があったフレディさんは、レストランの皿洗いから始め、妻は清掃係として働いた。2人とも滞在許可書がなかったにもかかわらず、公式に彼らの雇用主に登録された。2002年、フレディさんの上司は、この家族のスイス滞在を合法的に認めてもらう手続きをするように奨めたが、ベルン当局に却下された。
この夫婦は連邦当局の態度は偽善的だという。
「私たちは、なんのストレスもなくスイスに住むために許可書がほしいだけなのです。私たちの第2の人生を送る場所はここ、スイスなのです」
とベロニカさんは語った。
ドリヴォ氏は彼らの意見に同意する。
「連邦当局には偽善的な面があると思います。連邦当局は、彼らが清掃やレストランやホテルでの仕事、お年寄りの世話などスイス人がやりたがらない仕事をしていることを知っているのです。彼らには社会保険も失業保険もありません。かなりの数の人たちが「グレーゾーン」つまりは半合法の立場で、雇用者が保険をかけている。いくらかの人は税金を給料から天引きされ、非常に不安定な生活を送り、雇用条件もひどく悪いのです」
エンリケス夫妻は彼らの2人の子ども、ダニエル ( 10歳 ) とローニ ( 5歳 ) の将来を心配している。子どもたちは高校に進学できるほど優秀にもかかわらず、16歳で勉学も止めなければならない。スイスでは通例の見習いとして働くことは不可能だ。そのためには正式な滞在許可書が必要なのだ。
「ダニエルは医者になりたいのです。しかし私は彼の気持ちを変えようと必死です。彼はここスイスで勉学に勤しむのは不可能ですから。しかし、彼がどこか他国で勉強する場合は、私たちは彼の勉学費用を支払うためにここに残ります」
とベロニカさんは語る。
必要な解決策
アラウカ氏は、連邦当局には不法移民に取り組もうとする政治的意志が欠けていると考える。将来的に残された選択は不法移民の事後的な大量合法化だ。
「雇用主や連邦当局にも責任があります。彼らは移民に仕事を与え、援助もしているのですから。彼らは解決策を見つけるべきです」
と彼は語る。
しかし州内務省の責任者であるフィリップ・ラウバ氏は、不法移民の大量合法化に反対し、
「われわれは不法滞在者たちにこういった手段を取ることはできません。彼らは個々に手続きを取るべきです」
と意見を述べる。
政府による制限の多い移民受け入れ政策や、不法移民の大量合法化に対する考えは、近い将来そう簡単には変わらなさそうだ。従って、何千人もの名を明かすことのできないエクアドル人の不法滞在生活は続く。
「簡単なことができない状態のままです。例えば、子どもを学校の旅行に送り出したり、電話の手続きをしたり、良い仕事に就いたり、運転免許証を取得したりすることです。私たちは滞在許可書をチェックされて、次に何が起こるか分からないという恐れのなかで常に暮らしています」
とセシーラ ( 仮名 ) さんはフランス語圏日刊紙「ル・タン ( Le Temps ) 」に語った。
シモン・ブラッドリー、swissinfo.ch
( 英語からの翻訳 白崎 泰子 )
スイスにおける難民保護事情
スイスへの難民受け入れ申請希望者の数は1999年に4万8000人が申請し、ピークに達した。大多数はセルビアやコソボからの難民だ。
2004年には政府が、受け入れを却下された難民に対して福祉給付金を取り止めたため、その数は1万4250人まで減少した。
2006年には1万500人がスイスへ難民受け入れを申請した。そのうち約2割が受け入れられた。スイス人は同年、国民投票で難民受け入れに関して取り締まりを厳しくする法律改定を承認した。パスポートを所持しない人の申請を却下し、受け入れを却下された人のスイス留置期間を2倍にし、2年とした。
政府は、スイスには30万人の不法移民が居住し、そのうち9000人は仕事に従事し、そのほかの違法滞在者は違法行為をしている疑いがあるとの報告を公開し、法律を改正し取り締まりを厳しくした。
新しい法律は国連からの批判を浴びた。スイス連邦裁判所は、2007年、連邦当局は、身元証明のない難民を、48時間以内に強制退去させることができるとした条項は違法であるとの判決を下した。
2007年には1万390人だったスイス亡命希望者の数が、2008年には1万6606人と増加した。連邦移民局によると、スイスは亡命希望者の増加に見合う収容能力がなく、各州は緊急措置を講ずる必要に迫られている。
スイスに少なくとも5年間居住し、スイスの社会に統合していると証明できる亡命希望者は、人道主義に基づく滞在許可書を申請する資格がある。万が一祖国に返還されると厳しい対応が待っている人も多い。
JTI基準に準拠