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ルカ23：13～33「十字架にかけた人」（使徒信条）
2020年10月4日（左近深恵子）
主イエスのご生涯はその初めから大きな困難の中にありました。占星術の学者たちから「ユダヤ人の王がお生まれになった」と聞いた王ヘロデは、不安を募らせた挙句、生まれたその子がどの子なのか分からないからと、その時期に生まれた、ベツレヘムとその周辺一帯にいた男の子を一人残らず殺させたことをマタイによる福音書は伝えています。生まれたその時から、真の王が自分たちの世界の中に到来することへの激しい拒絶と、自己中心的な貪欲さに主イエスはさらされ、生涯を通してその身に人の拒絶や攻撃を浴び、痛みと苦しみを抱え続けました。苦しみは、過ぎ越しの祭りの時に極まり、処刑による死によって人生は閉じられました。最後の日々の苦しみは、先ずご自分の弟子であるユダによって、その後ご自分が属するユダヤの民の指導者たちやユダヤの群衆によって、総督ピラトによって、領主ヘロデによって、次々ともたらされました。主イエスはこの苦しみの道を、自ら進んでゆかれました。ガリラヤで福音を宣べ伝えておられた主は、そのままガリラヤの地域で福音を宣べ伝え続け、従う弟子の数を増やし、一人でも多くの人に、一日でも長く福音を語ることもできました。そのようなご生涯を送ることを主イエスに期待した弟子たちもいました。けれど主イエスは時が来るとエルサレムへと進む方向を定められ、踏み出されました。人々がどれほど用意周到に主イエスを処刑する計画を立てても、人の思惑だけで主イエスを殺すことはできなかったでしょう。それが神のご意志であり、その神のご意志を御子が受け入れられたから、主は十字架による死を死んでくださったのです。
私たちは主イエスが死の後、三日目に復活されたことを知っています。そこでつい、死の後に起こる復活を思いながら、十字架の出来事を聞きがちです。死んでしまうけれど、復活される、そう考えることで、復活の分、死の苦しみを差し引いてしまうかもしれません。けれど私たちと同じように肉体を持つ人間として生きられた主は、何も差し引かれない、苦しみが極まった死で、その生涯を閉じられました。肉体を持つどのような人間にも訪れる死を死んでくださっただけでありません。人の弱さや自己中心的な闇が他者に負わせる全ての傷を引き受け、その弱さや闇が神さまの御心と御業に対して抗う抵抗の全てを引き受け、そして、それらに対する神さまの裁きをすべて引き受ける死を、死んでくださったのでした。
この死は、ポンティオ・ピラトという、実在するこの世の権力者の命令によって、実行が決定されました。ユダヤの民は当時ローマ帝国に支配されていました。ローマ帝国の頂点に君臨するローマ皇帝の権威を代表し、ユダヤの民を支配していたピラトは、主イエスが生涯を過ごされた世界で最も高い地位にいた人間でした。総督は、その地域でなされる裁判においても、最も高い地位にいる裁き人でした。主イエスはピラトだけでなく、ユダヤの民の指導者たちで組織する最高法院でも、ローマ帝国の権威の下領主として民の上に君臨していたヘロデの下でも尋問され、裁きを受けられました、総督ピラトは、それらの組織や立場よりも大きな権力を持っていました。主イエスが死刑になることを求めたユダヤの指導者たちと人々は、ピラトに主イエスを引き渡しました。主イエスに対する裁きの責任を引き受けたくないヘロデも、ピラトに主イエスを引き渡しました。ユダヤの指導者としての立場を守りたい者たち、神の民に属する信仰者としての立場を守りたい者たち、領主としての立場を守りたい者、総督としての立場を守りたい者、それぞれの者が自分を自分が求める仕方で守ろうとし、そのためには主イエスの言葉や人々に及ぼす影響力が不都合なものに思え、しかし主イエスの存在を消し去ることにおいて責任を負うことから何とか逃げようとしました。
主イエスを死へと追いやった人々の中で、本当に主イエスが死に値する罪を犯したとは思っていた者がいたのでしょうか。ユダヤの民や指導者たちは、神のご意志を語り、神のご支配の到来を語り、受け入れて、悔い改めるように語ってこられた主イエスが、神を冒涜していると、どこまで思っていたのでしょうか。信仰上の理由で主イエスを裁けば、その責任を問われる、主イエスを慕う者たちが反発をする。だから指導者と民はローマ帝国の権威の下で裁かせようとし、そのために政治的な理由で訴えました。ヘロデもピラトもユダヤの指導者や民の思惑を知っています。彼らは罰すべき政治的な罪を主イエスに見出すことはできません。そうかといってこのまま放置すれば、騒ぎは大きくなるばかりです。無実であるにも関わらずこの者を裁き、世から葬り去ることで自分の立場を守りたい、この場を治めたいと願う人々の思惑が絡み合い、最後に最高の権力を委ねられている裁判官ピラトが処刑を認めました。積極的にその流れに加わっていった人々、消極的に、間接的に加わった人々、黙認する形で流れを後押しした人々、名も無き群衆の独りとして流れの一部となっていった人々、これらの人々の関わりが、ピラトの死刑判決の背後にあります。一人一人の不義が結びつき、重なり合って主イエスを十字架にかけたことが、ポンティオ・ピラトというこの世の裁き主の人名に代表されていると言えるでしょう。
私たちはこの人々の中に、自分の姿を見出します。神のご支配を告げ、真理を告げるみ言葉と御業に馴染まない自分自身の中にあるものを守ろうと、神さまに背を向け、自分が責任を負うことから逃れることばかり求めてしまう、どこかでそれが歪んだ在り方であることに気づきながら、神さまの真理が追いやられていく流れに抗えず、神さまではなく世の力を最大の裁き主にしてしまう人々の中に、いたことが無い人はいないでしょう。
死刑判決の後、十字架にかけられるために主イエスは「されこうべ」という名前の、他の福音書ではゴルゴタと呼ばれる場所まで引かれていきます。その後を群衆が付いていきます。群衆の多くは、「イエスではなくバラバを釈放せよ、イエスを十字架につけろ」と叫び続けた者たちであったでしょう。自分たちの要求が通り、処刑されることになったイエスの最後を見届けようとついてきたのでしょう。
また主イエスについて行く人々の中には、主がかけられる十字架を背負うキレネ人のシモンという人がいます。シモンは命じられて、十字架を背負って歩くことになりました。処刑に使う十字架を他の誰かに担わせることは、ローマの法で許可されていたようです。一晩中裁きの場をたらい回しにされ、幾度も鞭打たれ、体力を消耗していた主イエスには、重い十字架を負う体力は残っていなかったのかもしれません。シモンは、背負いたくない罪人の十字架を背負わされたと思っていたかもしれません。しかし主イエスは既に、人々の不義が引き起こした苦しみと人々の不義の重みを担っておられます。主イエスは、シモンの不義の重みも担っておられたのです。
主イエスの後をついて行く人々の中には、嘆き悲しむ婦人たちもいます。この婦人たちの方を振り向いて主は、「わたしのために泣くな。むしろ、自分と自分の子どもたちのために泣け」と言われました。無実であるにも関わらず裁かれ、死刑によって罰せられるために、刑場に引かれていく死に瀕している者のために涙を流しているこの人々に、主イエスは本当に嘆き悲しむべきなのは、あなたがたなのだ、あなたがたの子どもたちなのだと言われます。聖書で子が与えられることは、神さまの祝福とされています。しかし子どもが与えられない方が幸いだとみなされるような、大きな苦しみが来ることを主は示されます。それは神さまの怒りによって裁きがくだされる日です。不義を抱えてしまい、不義によって誰かを傷つけ、神さまが祝福してくださったように生きることから離れてしまう、そのような全ての者の上に神さまの裁きが下ることを、主イエスは旧約聖書のホセア書（10：8）を引用しながら告げられます。ご自分の悲惨さを嘆き悲しんでいる人々に、あなたがたの罪によってあなたがたが抱えている悲惨さと、それに対する神さまの怒りがどれほど深刻なものであるのか、そのことへと目を向けるようにと、そのことをこそ嘆き悲しむようにと、その悲惨さから全ての人を救い出すために命を捧げようとしておられる救い主が、振り向いて、呼びかけてくださっているのです。
わたしたちには誰かを不憫に思って泣く涙があります。誰かが陥っている苦境を嘆き悲しんで流す涙があります。けれど、自分自身の罪を思い、自分の罪が誰かに負わせた傷や、壊した関係を思って涙することは、難しいものです。そのような自分を正面から受け入れたくない思いが、先ず私たちを阻みます。そして自分が負うべき責任を負えない、払うべき罪の値を払えない、負わせた傷を完全に癒すことができない、関係を壊したことを無かったことにもできない、だから涙を流すことすらできないのが、人の実態のように思います。けれどこの自分の罪の重みを担って前を歩まれる主が、振り返って、自分と自分の子どもたちのために泣けと言ってくださいます。自分の罪によって苦しまれ、この罪の裁きを代わりに担ってくださる方が言ってくださるのだから、私たちはこの方のみ前で心から罪人である自分を見つめ、この方のみ前に嘆き哀しみをすべて注ぎ出しながら、後に従うことができるのです。
福音書はどれも、主の死が十字架においてであったことを強調します。パウロは神さまの救いのみ業を主に「十字架」という言葉で言い表します。教会はその歴史の初期から使徒信条などの信仰告白によって、主が十字架につけられたことを大切に告白してきました。様々な死に方がある中、主イエスが十字架の死を死んでくださったことを、重んじてきました。十字架はローマ帝国の処刑法の中でとりわけ激しい苦痛をもたらし、激しい不快感を引き起こす、最大の屈辱を意味する死に方でした。十字架刑はほとんど下層民に対して行われたとも言われています。このような死を死んでいった者が救い主であると宣べ伝えることは、ユダヤの民にとっては躓かせることであり、異邦人には愚かなことでした。そのような死に方をする者は救い主から程遠いと、せめて十字架から降りて自分を救う力があることを示してみせろと、十字架上の主イエスを人々は罵りました。十字架で死んだ主イエスを神の子、救い主と告白していることを理由に、キリスト者たちが迫害されていたことも、パウロは伝えています（ガラテヤ6：12）。けれどパウロがまた述べているように、神の愚かさは人よりも賢い（Ⅰコリント1：25）のです。
ガラテヤの信徒への手紙でパウロは、旧約聖書の申命記（申命記21：22～23）で、「『木にかけられる者は皆呪われている』と、つまり十字架につけられたものは呪われるべきであると述べられていることを受けて、「キリストは、わたしたちのために呪いとなって、私たちを律法の呪いから贖い出してくださ」ったと述べています（ガラテヤ3：13）。呪いとは、オカルト的な意味での呪いではありません。私たちの願うような日々を送ることができず、望まないことが次々起こる、これは呪われているのではないか、そのように考える呪いではありません。呪いとは、神さまの怒りの下にあるということです。神さま罪に対する怒りと裁きの象徴である十字架で、主イエスは、本来私たちの上に降るべき怒りの裁きを受けてくださいました。裁かれるべき私たちが、神さまに赦されている者とされました。御子が私たちのために苦しまれ、地上の裁き主であるピラトの権力によって死刑に処せられる、この救いの道筋を、神さまが定めてくださいました。御子はこの道を自由の内に選び取られ、私たちを受けるべき怒りの裁きから解き放ってくださいました。パウロは、十字架につけられたキリストこそ、神さまの力であると、神さまの知恵であると述べています（Ⅰコリント1：24、1：17）。
誰をも呪わず、神さまの呪いを引き受けて十字架で死んでゆく主イエスを見つめていたローマの百人隊長は、「本当に、この人は神の子だった」（マルコ15：36～39）と言いました。主イエスと一緒に十字架にかけられた犯罪人たちの内の一人は、この世の裁きである十字架上で、罪を真に裁く神さまを畏れるようになり、「イエスよ、あなたのみ国においでになるときには、わたしを思い出してください」と、神のみ子イエスによる救いに望みを抱くようになりました。この人々は、十字架で神さまが遣わされた救い主、神のみ子に出会いました。十字架は、私たちがどのような者であっても、どのような人生をこれまで歩んできた者であっても、確かに神さまのみ業を知り、救い主を知ることができるところです。この救いの出来事を受け止め、十字架によって救われている感謝を共に信仰告白によって告白し、祈り合い、喜びも悲しみも共に分かち合いながら、共に神さまのご支配の下で生きていくことを願います。