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１９１７年のロシア革命から１００年目の今年、革命前後にロシアで起きた二つの芸術表現とそれが現代に受け継がれている様子を、壮大な規模で見せる二つの展覧会がベルンで開催されている。「革命は死んだ。革命に長い生命を」を共通タイトルに、一つはロシア・アヴァンギャルドの幾何学的抽象表現の誕生とその展開、もう一つは社会主義リアリズムの具象表現を対照的に見せる。
ロシア・アヴァンギャルドとその展開を見せるのは、パウル・クレー・センターで開催中の「マレーヴィチからジャッドまで他のサイトへ」という副題の展覧会だ。これほどまでにテーマに沿った作品を多数揃え、一堂に幾何学的抽象表現の展開を見せてくれる展覧会は珍しい。
会場でまず目に飛び込んでくるのがカジミール・マレーヴィチの作品「シュプレマティスト・コンポジション」だ。白地に黒の四角形と長方形がキリッと収まり、長方形の下には赤の細長い形が、まるで宇宙空間に響く音楽に合わせリズミカルに踊っているように並ぶ。
この作品の前で何か不思議な感覚に襲われるのは、これら幾何学的要素が宙に浮いているように、「地球に繋がれていないように」感じるからだろう。同じような幾何学的要素に対象を分解する、ピカソなどによるキュビズムの形がキャンバスの下方にしっかりと繋がれているのとは対照的だ。
精神性をアートで表現
キュビズムや未来派のスタイルを一気に通り抜けたマレーヴィチは、革命前の１９１５年、ペトログラードで最後の未来派の展覧会と称して「０、１０展」を開催。そこで「シュプレマティズム（suprematism）」を提唱した。これはラテン語で「至上性」を意味するsupremusからきた言葉だ。
「一度は影響を受けたキュビズムを離れ、マレーヴィチは崇高で純粋な精神性をアートで表現するシュプレマティズムを始めた」と同展を企画したミヒャエル・バウムガルトナーさんは言う。
では、この純粋な精神性とは何だったのか？との問いに、「よくわからないのだ。ただ『０、１０展』の中でシュプレマティズムの代表作『黒の四角形』は、ロシアの家庭でイコンが飾られる場所、つまり当時の展覧会場の二つの壁が合わさる場所にひっそりと展示された。黒の四角形はイコンなのかもしれない」との答えが返ってきた。
いずれにせよ、四角形、円形といった形が黒、赤などの単色で覆われ、それらが宙に浮いたような幾何学的抽象表現は、マレーヴィチによって生み出されたことは確かであり、さらにキュビズムから派生した様々な抽象表現の中でも、１９１５年という早い時期に起こったという点で、まさに革命的であり衝撃的だ。ただ、一体マレーヴィチの中で何が起こったのか？という問いは永遠に残る。
１９１５年から現代絵画への影響
バウムガルトナーさんによれば、シュプレマティズムと裏表の関係で、１９１５年からロシア構成主義も始まったという。これは技術とアートを結びつける運動でシュプレマティズムに似ているが、もっと構成的で建築に結びつく。この運動の代表的芸術家、ウラジミール・タトリンが構想した、鉄とガラスの高さ３００メートルの塔の模型はあまりにも有名で、この模型の写真パネルも同展の入り口に展示された。
こうしてシュプレマティズムとロシア構成主義（両者を合わせてロシア・アヴァンギャルドともいう）は、その後ドイツの総合的造形学校バウハウスやオランダのデ・スティルの芸術運動などに大きな影響を与えた。
中でもバウハウスで教鞭を執ったワシリー・カンディンスキーが、１９１８年にロシアへ戻った際にシュプレマティズムの影響を受けたことを、今回展示されている『溶けるピンク』の中で提示している。ここではピンクの円形や三角形が宙に浮いているように見え、その他のカンディンスキーの作品における「宇宙性」も、実はシュプレマティズムから来たのだと展示の流れから納得できる。
その後、ロシア・アヴァンギャルドが、６０年代と７０年代にブリンキー・パレルモやダニエル・ビュレン、ドナルド・ジャッドなど、現代のアーティストに受け継がれていく様子が多くの作品例によって丁寧に提示されている。
もう一つの社会主義リアリズム展
一方、ベルン美術館で同時開催されている「デイネカからバルタナまで」という副題の展覧会は、スターリンの台頭でロシア・アヴァンギャルドが否定された後の社会主義リアリズムと、それを様々に受け継いだ現代絵画や映画などを展示する、ある意味でソ連の共産主義が何であったかをアートで解き明かそうとする壮大な試みだ。
共産党は１９３２年に国の芸術に関与し始め、社会主義リアリズムを「革命的ロマンチズム」と定義した。「革命的ロマンチズムとは、共産主義の精神において労働者の教育という任務に結びついた、革命の発展過程での『現実』を描写することにあった」と、同展覧会の企画者カトリン・ビューラーさんはカタログに書く。つまり、共産主義のイデオロギーとそれが目指すユートピアを描くことが任務だった。
こうした中で成功した画家の一人がアレクサンドル・デイネカだ。例えば１９３３年作の「レース」の中で彼は、ソ連内の様々な民族が平等に、一丸となって走るという姿に、共産主義の理想とするイデオロギーを具現しようとしている。
だが、デイネカなどが活躍した初期の社会主義リアリズム後の展示では、ソ連崩壊後に「共産主義の見直し」を表現する社会主義リアリズムや旧東ドイツでベルリンの壁崩壊後にこのリアリズムがどう受け継がれたのかを見せようとする。
例えば１９７０年生まれの東ドイツの画家ノルベルト・ビスキーは、２００２年作「笑う国」の中で、一見楽しげな三人の少年の姿の中に、共産主義への皮肉を込める。解説者はこう書く。「左の二人の少年は何のために棒を砂に突き刺しているのか？まるで無意味な行為に見える。しかし、これはスターリンが土曜日にボランティアで働くことを若者に奨励していたスボートニクを表現しているのだ」
このように同展覧会の後半の現代作品は、ソ連の体制に対する象徴・アイロニー・批判に満ちたものだが、解説なしには作品の意味しているものがほとんど分からない。それは、社会主義リアリズム自体がもともとイデオロギーを表現する手段であるが故に、現代作家の作品にも絶えず様々な「メッセージ」が込められるからだ。
またもう一つの理由は、シュプレマティズムから発する幾何学的抽象表現の展開が、色のエネルギーや形のバランスの美しさに基礎を置く抽象性故に、いわば「すぐに分かる。感じる」のとは対照に、この社会主義リアリズムの展開が具象表現であるが故に観客に絶えず「読み取り」を強要するからでもあろう。