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競馬界の最重要名馬〜マルゼンスキーとは〜
マルゼンスキーは時代の悲劇に飲まれてしまった、日本を代表する名馬でありスーパーカーと名付けられたそのままに2着につけた合計着差は61馬身にも及び、完璧な競走成績を残しました。
通算成績は8戦8勝と申し分のない戦歴となっているのですが、これだけの経歴を持っている馬ではありますが目立ったタイトルはありません。
それは当時の競馬のルールに理由があり、外国からの持ち込み馬はクラシックに参戦をすることができないというルールによって、これだけの強さを誇っていたにも関わらずビッグタイトルを獲得することができなかったのです。
マルゼンスキーは母であるシルの馬体を見た調教師の本郷重彦が馬主となる橋本善吉に強くすすめ、ニジンスキーの子を宿していたシルを競り落とすことになりました。
そして、その時に生まれた子がマルゼンスキーとなり競馬界に名を残すことになったのです。
競馬界の最重要名馬〜マルゼンスキーの活躍〜
マルゼンスキーの当初の評価というのは高いものではなく、足が外向していることから競走馬としては使いものにならないと考えられていました。
ところが、マルゼンスキーはその欠点を克服して見事に完璧な成績を収めることになったのです。
活躍をするに連れてクラシックに参戦できないことが、大きな問題となってきました
。
それでもルールは改正されることなく、結局マルゼンスキーは大一番を勝つことなく引退を余儀なくされてしまったのです。
もしも、競合場相手に戦っていたらマルゼンスキーの成績というのはどのようになっていたのか全く予想のつかないものでしたが、それだからこそ多くのファンはそのようなレースを観戦したいと考えていました。その夢は叶いませんでしたが、種牡馬となったマルゼンスキーは現役時代に成し遂げられなかったビッグタイトルをいくつも獲得することになったのです。