Document ID: /fineweb-2-swissfilter-quality_10-filterrobots/filtered/00408.jsonl.gz/13

スイス南部ロカルノのすぐ近くにアスコーナと呼ばれる湖畔のリゾート地がある。かつてはヨーロッパの反主流派知識人や芸術家が集まる楽園として知られたが、今ではその名残も消え、大型バスで観光客が乗り入れるごく普通の観光地となっている。このコンテンツは 2004/05/28 15:07
日本人観光客は少ないが、ドイツ人やドイツ語圏のスイス人がこぞって訪れ、南欧的ムードを楽しむという。
「ここに来る観光客は全く、なっちゃいないよ」と言うのは、アスコーナの湖畔が一望できる「真実の山」という名の丘の上でホテルを経営していたウルスラ・ロエリさん。今年で８２歳になる。「身なりもきちんとしていないし。昔と随分変わったもんさ」と嘆く。
芸術の源
アスコーナは貧しい漁船の村だったが、１９世紀の終わりごろから工業化に邁進する欧州社会を嫌ったヨーロッパの知識人がここを拠点にユートピアを築こうと試みた。彼らは、自然の状態に近い形の生活様式を目指したこの社会を「真実の山」と名づけた。
「真実の山」の話を聞きつけた先駆的な芸術家や知識人、アナーキストらが、ヨーロッパ全土から押し寄せてきた。ただ、彼らは自然に帰ることを信条としたため、髪やひげを長く伸ばしたり、裸になったりとさまざまなことを試みた。それに対して、保守的な村人たちは当初、しかめっ面をしたものだという。
「当時、アスコーナの地元の女性は黒い服を毎日纏わなくてはいけなくてね」とロエリさんは振り返る。「それに地元の人間は信心深くて。だから町で起っていることを好まなかったんだよ」と語る。
地元には印象が悪かったものの、「真実の山」は知識人や芸術家を取り込んでいく魅力を持続させた。当時のアスこーナを訪れた人々は、すでに名を馳せた著名人が多かったという。
『真実の山』を著したマーティン・グリーン米教授は、未来の超監視社会を風刺した英作家ジョージ・オーウェルや、インドを植民地から解放したマハトマ・ガンジーなどの知識人がアスこーナを訪れたことに触れ、こう記す。「彼らの中にアスコーナを源流にした思想のかけらが息づいている」。
夢のなれの果て
反主流派を標榜して芸術の先駆的な場所となったアスコーナも、1950年ごろになると、ひと時の休暇を楽しむ保養地、リタイアした北ヨーロッパ人の老後の居住地に様変わりしていった。
ロエリさんが以前経営していたホテルも今では、国際的な会議を開くセンターに変わった。現在、スイス連邦工科大学が所有している。
一世を風靡した「真実の山」は、ロエリさんが語る話の中で生きている。
ロエリさんが当時住んでいた近所には、自給自足の生活を志してパンを作り、羊を飼っていた人がいた。「彼の作るパンは格別においしくてね。でも羊臭い匂いをいつもプンプンさせていた人だったわ。彼が真実の山の時代に生きた最初のグループで最後の人間だったわ」。
スイス国際放送 デイル・ベヒテル 安達聡子（あだちさとこ）意訳
補足情報
アスコーナ：
南部ティチーノ州ロカルノの近くにある湖畔リゾート地。
JTI基準に準拠