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◆コリント人への手紙第一３章１節～１７節
3:1 さて、兄弟たちよ。私は、あなたがたに向かって、御霊に属する人に対するようには話すことができないで、肉に属する人、キリストにある幼子に対するように話しました。
3:2 私はあなたがたには乳を与えて、堅い食物を与えませんでした。あなたがたには、まだ無理だったからです。実は、今でもまだ無理なのです。
3:3 あなたがたは、まだ肉に属しているからです。あなたがたの間にねたみや争いがあることからすれば、あなたがたは肉に属しているのではありませんか。そして、ただの人のように歩んでいるのではありませんか。
3:4 ある人が、「私はパウロにつく。」と言えば、別の人は、「私はアポロに。」と言う。そういうことでは、あなたがたは、ただの人たちではありませんか。
3:5 アポロとは何でしょう。パウロとは何でしょう。あなたがたが信仰にはいるために用いられたしもべであって、主がおのおのに授けられたとおりのことをしたのです。
3:6 私が植えて、アポロが水を注ぎました。しかし、成長させたのは神です。
3:7 それで、たいせつなのは、植える者でも水を注ぐ者でもありません。成長させてくださる神なのです。
3:8 植える者と水を注ぐ者は、一つですが、それぞれ自分自身の働きに従って自分自身の報酬を受けるのです。
3:9 私たちは神の協力者であり、あなたがたは神の畑、神の建物です。
3:10 与えられた神の恵みによって、私は賢い建築家のように、土台を据えました。そして、ほかの人がその上に家を建てています。しかし、どのように建てるかについてはそれぞれが注意しなければなりません。
3:11 というのは、だれも、すでに据えられている土台のほかに、ほかの物を据えることはできないからです。その土台とはイエス・キリストです。
3:12 もし、だれかがこの土台の上に、金、銀、宝石、木、草、わらなどで建てるなら、
3:13 各人の働きは明瞭になります。その日がそれを明らかにするのです。というのは、その日は火とともに現われ、この火がその力で各人の働きの真価をためすからです。
3:14 もしだれかの建てた建物が残れば、その人は報いを受けます。
3:15 もしだれかの建てた建物が焼ければ、その人は損害を受けますが、自分自身は、火の中をくぐるようにして助かります。
3:16 あなたがたは神の神殿であり、神の御霊があなたがたに宿っておられることを知らないのですか。
3:17 もし、だれかが神の神殿をこわすなら、神がその人を滅ぼされます。神の神殿は聖なるものだからです。あなたがたがその神殿です。
◎コリント人への手紙の背景
コリントの教会はパウロによって建てられた教会でしたが、パウロが去った後に霊的高ぶり、性的な不道徳、聖霊の賜物の乱用、誤った教え、分派になど よって、深刻な問題を抱えるようになりました。この混乱したコリントの教会を土台であるキリストに立ち帰らせようとして書かれたのがこの書簡です。霊的な 成長を考える時に避けて通れない問題がここで扱われています。パウロが、この難しい問題とどのように向き合ったか学びましょう。
Ⅰ．三つのカテゴリー
１．ただの人（生まれながらの人）
パウロの言う「ただの人」「生まれながらの人」とは創造主である神との関係を持たない人、神の目から見て罪の中に失われた人のことを指しています。 イエス様は「人は、水と御霊によって生まれなければ、神の国にはいることができません。」（ヨハネ３：５）と語られました。「生まれながらの人」は神を理 解することも、神と交わることもできません。
２．御霊に属する人
「御霊に属する人」とは、御霊によって新たに生まれ、御霊に自分を明け渡して生活し、御霊のご支配のもとで、たとえゆっくりであっても霊的に成長し続けている人です。
３．肉に属する人（キリストにある幼子）
「肉に属する人」と言うのは、イエス様を心に信じ受け入れてはいるのですが、依然として心の王座をイエス様に明け渡していない、自己中心に生きてい る人のことです。イエス様のいのち（尊い血）によって買い取られた身でありながら、自分自身の所有権を主張して生きている人です。しかし、その結果、自分 自身と周囲の人々との関係の中にたくさんの問題を生み出してしまいます。
◇カラスの巣
ある牧師のもとに教会員の男性が助けを求めてやってきました。「先生、困ったことになったんです。助けてください。」牧師は、その問題が何である か、一目見て理解しました。男性は、途方にくれた様子で相変わらず助けを求めています。「先生、私の頭にカラスが巣を作ってしまったんです。おまけに、今 朝、気が付いたら巣の中に卵が三個も産まれているんです～！なんとか助けてください！」牧師はじーっと男の顔をみて、こう言いました。「あなたは、なぜこ んなになるまで放って置いたんですか？」
散歩をしているときにカラスが頭の上を飛ぶことを避けることはできませんよね。それと同様に、私たちは誰であれ、誘惑にさらされます。罪を犯してし まうこともあるでしょう。でも、私たちがその中にずーっと留まって問題を育ててしまったとしたら、誰かの他の人のせいにしたり、悪魔のせいにしたりするこ とはできません。カラスがあなたの生活の中に巣を作るのを放って置いてはいけません。パウロがこの手紙を書き送ったとき、コリントの教会では、収拾がつか ないほど問題が大きくなり、人々は混乱の中に置かれていました。それは、それはさまざまな問題が放置されていた結果です。
Ⅱ．成長させてくださる神
１．成長を阻むもの
この箇所で、パウロはクリスチャンの霊的成長を妨げる最大の障害が「肉」であると指摘しています。「肉」とは端的に言うなら人間の「自己中心な性 質」であると思います。聖書は罪のない人はいないと教えていますので、どんなクリスチャンであっても肉的になることがあると言えでしょう。クリスチャンが 神さまとの関係に対して無関心であったり、神さまの導きよりも人間的な判断を優先して失敗したり、神の御言葉に反抗したりする時に、肉に属する人として振 舞っていることになります。
２．霊的な戦い
クリスチャンにとっての霊的な主戦場は、毎日の生活の中での自分の肉との戦いにあるのではないでしょうか。
◇ゴキブリに占領された町
最近、こんなニュースを目にしました。イタリアのナポリは、その風光明媚な景観から観光都市として知られています。ところが、大きな問題を抱えて悪 戦しているというのです。もともと清掃システムが完備していない町だったのですが、ここに来て経済破綻から、ゴミの処理が停滞してしまったというのです。 町の至るところに生ごみが山積みとなり、通りにはそれが放つ臭気が広がって、とても観光できるような状態ではなくなってしまいました。さらに、困ったこと に生ごみを餌として町中にキングサイズのゴキブリが大量に発生し、住民たちを悩ませています。ゴキブリの死骸をほうきで掃いている姿をあちこちで見かけま す。衛生局は、殺虫剤をまいてなんとかゴキブリの発生を食い止めようとするのですが、焼け石に水。生命力の強いゴキブリはすぐに耐性ができてしまうので、 お手上げ状態だというのです。
さてさて、ナポリの町の解決はどこにあるのでしょう。さらに強い殺虫剤を撒くことでしょうか。それではいたちごっこになってしまいます。問題の根本的な解決は、生ごみを処理することしかありません。
神の子とされたクリスチャンであるならば、全ての罪は完全に赦され贖われています。聖書はキリストの十字架の死によって、私たちの全ての負債は清算されたと教えています。キリストが私たちのために身代わりとなり、罰を受けてくださったからです。しかし、そうであっても、救われている私たちであっても 相変わらず罪を持った存在です。ただ、以前と違うのは、それが赦されているということだけです。クリスチャンは「罪赦された罪人」にしかすぎません。量が多いか少ないかは別として、罪を持った私たちは、毎日、生ごみを出し続けて生きています。
３．勝利の秘訣
聖書は、この霊的な戦いの勝利の秘訣を教えています。それは、私たちの肉（古い性質）を十字架に付けることです。
キリスト・イエスにつく者は、自分の肉を、さまざまの情欲や欲望とともに、十字架につけてしまったのです。もし私たちが御霊によって生きるのなら、御霊に導かれて、進もうではありませんか。 （ガラテヤ５：２４～２５）
「だれでもわたしについて来たいと思うなら、自分を捨て、日々自分の十字架を負い、そしてわたしについて来なさい。自分のいのちを救おうと思う者は、それを失い、わたしのために自分のいのちを失う者は、それを救うのです。 （ルカ９：２３～２４）
Ⅲ．軽いくびき
すべて、疲れた人、重荷を負っている人は、わたしのところに来なさい。わたしがあなたが たを休ませてあげます。わたしは心優しく、へりくだっているから、あなたがたもわたしのくびきを負って、わたしから学びなさい。そうすればたましいに安ら ぎが来ます。わたしのくびきは負いやすく、わたしの荷は軽いからです。 （マタイ１１：２８～３０）
私たちの抱えている問題の重荷を降ろして、イエス様の十字架（くびき）を負いましょう。そこにはイエス様の与えてくださるいやしと休息があるからです。
イエス様、私は自分の抱えている重荷を降ろします。
そして、あなたのくびきを負わせてください
そこには、あなたの与えてくださるいやしと休息があるからです。