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スイス人カメラマン、マヌエル・バウアー氏は、チベットの精神的指導者であり世界の多くの人々が尊敬するダライ・ラマ14世を4年間、カメラを通して追ってきた。
ダライ・ラマ14世とカメラマンのふたりが始めて出会ったのは、90年に開催された写真展示会の会場だった。展示会場となったチューリヒ大学にダライ・ラマ14世が訪れたのである。その時、危険を知らせるアラームが鳴り、開会式は中断。場内にいた人たちの中には、非常口から出ようとする人もあったが、非常口には鍵がかかっていて出られなかった。
「その場の緊張は非常に高まっていましたが、わたしはダライ・ラマ14世に向かって『あなたは生き神様なのだから、窓から鳥のように飛び出せるでしょう』と言いました。するとダライ・ラマ14世は、踊りだし、両腕を広げて鳥のまねをし始めたのです」スイス人カメラマンとダライ・ラマ14世との友情が芽生えた瞬間である。バウアー氏はその時、彼のユーモアのセンスと偏見のない人柄に触れたという。政治問題も、ユーモアと彼独自のカリスマ性とその人柄を持って対処する、とバウアー氏は語る。
わたしの命より重要なもの
「これまでしてきた仕事の中で、最もハードルが高い仕事をしたと思う。いつ、どこで、何が起こるかはさっぱり分からないため、どういったカメラや機材を持ってゆけばよいのか、前もって判断することはできません。マラソン走者のようなスタミナが必要でした。この仕事を辞めようかと思ったこともありますが、ダライ・ラマ14世の人生と彼の仕事は、わたしの感情などより大いなる意味を持っていると気づいたのです」
バウアー氏とチベットとの関係が始まったのは90年。当時、広告用写真のカメラマンとして働いていたバウアー氏は、その仕事に限界を感じていた。しかしまもなく、中国政府の支配下にあるチベットの現状をリポートする報道カメラマンとしての仕事を得た。バウアー氏は95年、6歳の少女とその父親がチベットからヒマラヤ山越えをする危険な逃亡の旅に同伴することになった。３週間、食べ物も飲み水もなく、運命に翻弄される旅だったという。「吹雪に遭遇していたら、全員の命はなかったと思います。その時は、自分の命をわたしの命より大きなものに捧げるつもりでいました」とバウアー氏は振り返る。
チューリヒ大学での展覧会のあった次の年に、バウアー氏は４年間の計画でダライ・ラマ14世の日常を撮影することになった。法話のためにアジア、欧州、米国など世界のいたるところを飛び歩き、チベット独立のために戦う日々がノーベル平和賞受賞者でもあるダライ・ラマ14世の日常である。ダライ・ラマ14世との友情が築かれ、カメラマンとして前代未聞の成果が実り、このほど１冊の本となった。
大切なのは慈悲の心
「チベット人が受けてきた残虐で卑怯で醜い行為について、あまりにも多くのことを聞いてしまいました。それで、世界にチベット人やチベットの状況を知ってもらいたいと心に決めたのです」。スイス人カメラマンが山に登ろうとしたのではなく、チベット人の苦悩がカメラマンを山に登らせたのである。
今年になってバウアー氏は、ダライ・ラマ14世の公式カメラマンとして認められ、引き続き仕事をすることになった。「マヌエル・バウアー氏はカメラマンとしてプロというだけではない。とても親しい親友である」ダライ・ラマ14世はこう語っている。一方、バウアー氏は「ダライ・ラマ14世が教えてくれたことで一番重要なことは、慈悲の心とほかの人が苦しんでいることを体をもって感じること」と語る。
バウアー氏には身体障害者の子どもがいる。このためバウアー夫妻は普通の人生を送ることは難しくなった。特に彼がダライ・ラマ14世との仕事を始めてからは、家族に十分な時間が取れなくなり大変だ。「時々、ダライ・ラマ14世は『どうしているかい』とわたしに聞いてくれ、わたしや家族にアドバイスをしてくれます」
チベットの苦悩
中国の支配下にある現在のチベットからは、昔のチベットが消滅してしまいそうだという懸念がバウアー氏にある。「チベット人の若者たちは、ほとんどが中国文化に侵されている。スイスなら、アッペンツェルがスイスの伝統を維持しているように、チベットの文化も生き延びることはできないのか」バウアー氏はそう望んでいる。
swissinfo、マシュー・エイレン 佐藤夕美（さとうゆうみ）意訳
補足情報
- マヌエル・バウアー氏はカメラマンとしてダライ・ラマ14世に４年間密着取材をした。
- ダライ・ラマ14世は８月５日から１２日までチューリヒスタジアムで毎日法話を行う予定。
- 1949年に中国軍がチベットに侵攻。1959年に、ダライ・ラマ14世はインドへ亡命した。