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スイス唯一のイタリア語州ティチーノは近接するイタリア負ｻの影響が色濃く、とてもスイスには思えないようなスイスの中のイタリアだ。
アルプス山脈の南側に位置するティチーノ州は、スイスの中でも取り分け異端な総ﾝだ。住民はイタリア語を話し、建物の建築様式は北イタリア風（いわゆるスイス風の木のシャレーは姿を消す）、通りに並ぶヤシの木はまるで地中海沿岸のよう。道行く人々もイタリア風の外見で、ライフスタイルもベルン人とは程遠くミラノ人に近い。が、もしティチーノ人に心はどちらに帰属するかと訊ねたら、ほとんどの人はスイスと即答する。
「ティチーノ人は見かけよりも、また人々が思うよりもずっとずっとスイス人だ。」とティチーノ経済研究所のリッコ・マッギ・ディレクターは言う。アルプスとイタリアに挟まれているティチーノだが、その負ｻ、政治、価値観は南に隣接するイタリアよりも、アルプスを越えた北に向いているという。「ティチーノ人にはラテンの血が流れていない。イタリア人のようにダイナミックでオープンになりたいと思っているが、実際にはアルプス人で、そのためイタリアとはある種の愛憎関係にある。」とマッギ氏。
社会学者で経済学者のクリスチャン・マラッジ氏はティチーノ人の自己アイデンティティー障害について認めた上で、長年にわたるスイス（アルプスの北側）とイタリア双方への経済的依曹ﾆ、貧困への恐怖を克服しなければならないと言う。すなわち、ティチーノの経済的自立をぜひとも実現させなかればならないと言う。「我々は、何が我々にとって良いのか考えもしないうちにグローバリゼーションの複雑な局面に突入した。我々は金融やカジノなどの形で資本を取り込む事に夢中になり、搾取できるものは何でも搾取した。」マラッジ氏は、この富の追求がある種の社会的・経済的「分裂症」をもたらし、ティチーノのスイスの他の地方とイタリアとの関係をさらに複雑なものにしたと見る。この経済的自立を目指した動向の影響の１つとして、多くのティチーノ州民は自己アイデンティティーをラテン人であることに求めながら、国境の南側のイタリア人とは区別するという傾向が出て来た。そして、若い世代にティチーノ独自のスイス・イタリア語を尊重する動きが出て来ているという。
２０世紀前半、ティチーノ州ではイタリア語が経済的繁栄への鍵であると見なされ、家庭では子供のイタリア語教育が熱心に行われた。ところが、「第２次大戦後、スイス・イタリア語は低級で不利だと見なされるようになった。」とティチーノ・方言研究センターのフランコ・ルル・ディレクターは言う。それが近年、自己アイデンティティーの必要性とティチーノ歴史研究ブームなどのため方言研究の需用が高まっているという。同センターのバーバラ・ルナリさんは、方言人気の背景にはグローバリゼーションがあると次のように語った「人々はグローバリゼーションを恐れている。方言を使うことで、人々は共同体の一員だという感覚を抱くことができるのではないか。」。ルナリさんは、スイス・イタリア語は「ティチーノ人がスイス人であると感ｂ驍ﾆ同時に、このスイスの小さな一地域に帰属するという意識を確認するために重要なのだ。」と言った。
ティチーノ観光局のフログリア局長は、「ティチーノ人は、イタリア負ｻとスイス負ｻを同時に持ちスイスの重要なパートであることに誇りを持っている。」と両負ｻを合わせ持つティチーノならではの価値を誇らし気に語った。