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シカゴでのあの二晩のことを、今でも鮮明に憶えている。その夜、私は親しい友人と会った。彼女は夫を別れるつもりだと言った。彼もまた私の親しい友人だった。「彼は私の必要に応えてくれないの。」彼女は言った。「彼が良き夫、良き父親になろうとしているのはわかるけど、私はもっと良い人と出会ったの。夫とは別れるわ。」私は彼女の話を聞いてから、結婚生活が直面する様々な困難について語り、彼女の夫のもつたくさんの長所と、彼女が失うであろう良きものを思い起こさせた。彼女は私の言うことすべてに納得したが、すでに心を決めていた。私たち夫婦と最も親しかった夫婦の友情を失ったことを知り、私はその食事を重苦しい心で済ませた。
その次の夜、夫を脳腫瘍で亡くした若い未亡人が主催する会に主席した。彼女は、チャックの三十二回目の誕生日になるはずだったその夜、亡き夫の追悼式を開いたのである。私は、彼の手術後の長い闘病生活で二人がどのような苦しみを経験したかを知っていた。リンは夫の残された医療費を支払い、シングルマザーとして二人の子供を育てるという二重の重荷を担っていた。友人の差し迫った離婚のしらせに動揺したまま、私は悪い予感をもってリンの家に向かった。
その夜、私は不平や後悔を一言も聞かなかった。リンは写真を回して、私たちひとりひとりに夫の思い出を語った。私たちは笑い、そして泣いた。リンはギターを引っ張り出して、夫の大好きだった歌を何曲か歌った。彼女は、二人で過ごした楽しかった日々、夫のつまらないギャグ、夫の描いた漫画、病気が進行しているときも仲良くいっしょに歩いたことについて語った。「いつも彼を恋しく思うでしょう。」彼女は言った。「でも、二人で過ごした素晴らしい数年間を感謝すると思います。私にとってチャックは贈り物でした。」
この二夜に、私は人生に対する全く異なる二つのアプローチを見た。ひとつはないものを憤り、より多くを求めている。もうひとつはいのちを贈り物として、感謝とともに記憶すべきものとして祝福している。私はどのような環境にあっても、後者のような心をもつことができるよう神に祈っている。