Document ID: /fineweb-2-swissfilter-quality_10-filterrobots/filtered/00175.jsonl.gz/23

湖と屋根付き橋に象徴されるルツェルンは、スイス中部の景勝地として名高い。が、中世の拷問と処刑跡をめぐるこんなガイド・ツァーが。このコンテンツは 2002/04/09 11:28
ルツェルン拷問ツァーは、ある国・地域では現在でも行われている各種の拷問について聞かされた参加者に心理的悪影響を及ぼすとして、アムネスティ・インターナショナルから苦言を呈された。が、ツァーを主催するルツェルン観光局は、中世司法制度や拷問について知る非常に興味深い歴史ツァーだという。
中世のルツェルンでは、犯罪容疑者らは全身を縛り上げられ、旧市街を流れるロイス川に投げ込まれた。そのまま容疑者が溺死したら、悪魔に取り付かれてはいないと見なされキリスト教に則り埋葬された。が、溺死せずに生き延びたら、救い難いと罪人と見なされ火刑に処された。「我々は人々に原理主義や狂信主義がいかに危険で間違っているかを伝えたい。」とガイドらはいう。
ルツェルンの象徴として知られる１４世紀初頭に建設された屋根付き木造橋のカペル橋（一部１９９３年に焼失、再建）の水の塔（ヴァッサートゥルムWasserturm）の内部では、容疑者らがむち打たれロープで窓のない地下牢に釣り下げられていた。刑罰は犯罪によって決まっており、故殺と強盗は斬首、魔女は火刑、窃盗・放火・偽造は絞首刑、謀反は引き回しの上絞首刑、殺人は磔、スリは手や指の切断に処された。カペル橋を渡ったところにある教会広場は、中世司法制度に則り処刑された人々が埋葬された墓地だった。雪を冠った山々をのぞむ湖畔の絶景を楽しみにルツェルンに来る観光客らに、一見美しい旧市街は中世ヨーロッパの残酷物語を語ってくれる。
もう一つの屋根付き橋シュプロイヤー橋（１４０８年建造「粉ひき橋」とも呼ばれる）には、１７世紀カスパル・メークリンガー制作の「死の舞踊」を描いた板絵が飾られている。この板絵は、富裕者も貧者も死と共に歩いていることを描いており、死は貧富の差に関係なく誰にでも同じようにやって来ることを表現している。中世の人々は、死とともに本当の人生が始まると考えていた。
ところで、中世の死刑執行人は解剖学に精通しており、骨折の治療などにおいて医者のコンサルタントをしていたという。執行人は容疑者を拷問した後、場合によっては治療も施していたのだそうだ。
拷問ツァーの締めくくりは、「監獄ホテル」だ。１９９８年まで実際に使用されていた刑務所を購入した現オーナーは、警備の厳重な建物を利用して監房で宿泊できるホテルの開業を思い付いた。ホテル内の廊下には、中世から２０世紀まで犯罪者らの処遇改善の歴史が展示されている。宿泊客らには囚人服が配られ、パンと水が与えられる。
ルツェルン拷問ツァー（Reprieve Tour）は、参加費：ガイド料、水の塔（一般公開されていない）入場料、監獄ホテル見学料込みで２６０スイスフラン、所要時間３時間。
この記事は、旧サイトから新サイトに自動的に転送されました。表示にエラーが生じた場合は、<email-pii>に連絡してください。何卒ご理解とご協力のほどよろしくお願いします