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ティチーノ州出身のセレナ・ジャニーニさんが、ニューヨークで開かれたバレエコンクールでボリショイ・バレエ団の目に留まり、モスクワに旅立とうとしている。このコンテンツは 2008/10/22 15:25
かつてのボリショイ・バレエ団のバレリーナたちは、キャリアを継続するため国外に亡命した。しかし今日、反対に世界中から才能あるバレリーナたちがモスクワへと集まって来る。
ダンスにすべてを捧げる日々
「ダンスにすべてを捧げるような日々を今すぐにでも始めたい」
と、ジャニーニさんはモスクワへの旅立ちを待ち望んでいる。
1 年前には、このような出来事が待ち受けているとは夢にも思わなかった。ティチーノ州のダンススクール「グラベサーノ( Gravesano ) 」所属のジャニーニさんは、ニューヨークで開かれたバレエコンクールに参加した。そこで彼女の才能と表現力がボリショイ・バレエ団の目を惹き、すぐにアメリカのコネティカット州で開催された5週間のワークショップに招かれた。
その後、アメリカから帰国するやいなや、今年10月から始まるボリショイ・バレエ団の生徒にと、招待されたのだ。
分厚い契約書
しかし、3年間続くモスクワでの生活は容易ではなさそうだ。ロシア語で書かれた16ページにもわたる契約書には、学習内容と滞在条件が細かく記載されており、かなり厳しい規則に添って練習の日々を送ることになりそうだ。特に、体重が増えたり踊りの技術が落ちてくると、退学も余儀なくされるともいう。
しかし、ほとんど軍隊式のこうした厳しさをジャニーニさんは大変だと思っていない。ティチーノでの中国人の先生が謙虚さと厳格さを娘にすでに教え込んでくれたからだと、母親のパトリチアさんは言う。
「バレエの世界は特別厳しいものだが、私を待ち受けている厳しさに耐える覚悟はできているつもり」
とジャニーニさんが横から付け加える。
モスクワには、ルガーノの高校を休学して行くことになる。
「人生で2度と無いチャンスだから、モスクワに旅立つことを応援してやりたいと思う。娘は正しい方向に人生の舵を切っていると思うので」
と父親のティチアーノさんも娘を信頼して言う。
情熱を分かち合える仲間と
「ボリショイ・バレエ団が招いてくれたお陰で、すべてをバレエだけに捧げる生活がやっと始まる」
ジャニーニさんは、高校の勉強とバレエの両立の大変さから抜け出られることを喜ぶ。また、情熱も、目的も、拘束されることも同じ仲間と過ごせるのがうれしいとも言う。
「アメリカで出合ったロシアのバレリーナたちはモスクワは危険な所だと言ったが、自由時間は日曜日だけだし、そんなに心配はしていない。それに日曜日は休憩にあてるだろうし。ボリショイ・バレエの建物は古くなっていて、寒いモスクワの冬は大変だとも聞いた。でもそんなことは問題ではない。本当にバレエの技術を高め、より高いレベルに進みたいというのが今の望み」
と一刻も早くモスクワに旅立ちたい、ジャニーニさんだ。
swissinfo、ニコル・デラ・ピエトラ 里信邦子 ( さとのぶ くにこ ) 訳
セレナ・ジャニーニさん略歴 ( Serena Giannini )
1990年10月24日、ルガーノに生まれる。ジャニーニ家の2人娘の長女。現在はルガーノ北部のグラベサノ ( Gravesano ) に住む。
3歳でバレエを始める。
ニューヨークで開かれたバレエコンクールでボリショイ・バレエ団の目に留まり、生徒として招待される。
ティチーノ州の高校の第3学年を休学してモスクワに向かうことになる。
ボリショイ・バレエ団でクラシックバレエをしっかり勉強した後、ロンドンのミュージック・ホールの学校に行くことも考えているという。
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