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2023年01月28日くいなちゃん
「パラドックス」について知人と話したところ、パラドックスが生まれました。
わたしの知人に、論理よりは感性で考えるタイプの人がいて、よく「理解はしたけど納得できない」と言っていました。 論理的に理解はできても、感情面が追いつかないことが多々あるとのことです。
そんな知人から、「パラドックスってどういうこと？」と訊かれたので、説明しました(図0-1)。
「ゼノンのパラドックス」を例に挙げると、足の速いアキレスとカメが競争していて、アキレスがカメのところに到達するとカメはその半分の距離を進んでいるとしましょう。 すると、アキレスがまたカメのところに到達するとカメはさらにその半分の距離を進んでいるため、アキレスはカメに永遠に追いつけないというものです。
このゼノンのパラドックスは、「アキレスがカメのところに到達するとカメはその半分の距離を進む」という前提はおかしくなさそうですし、それを繰り返し適用して考察する推論も妥当そうです。 にもかかわらず、「アキレスはカメに追いつけない」という受け入れがたい結論が得られるため、パラドックスと呼ばれています。
以上のことを知人に説明すると、知人は「理解はしたけど納得できない」と言いました。 パラドックスについて理解はできましたが、正しそうな前提や推論からは、当然正しそうな結論が得られそうなので、「受け入れがたい結論」が出てくることが頭では理解していても感情的に納得できないとのことでした。
わたしはこの反応を見て、「パラドックスが生まれたのでは」と思いました。 つまり、パラドックスの説明を聞いて、「そういうものもあるよね」と受け入れられれば何もありませんでしたが、「パラドックスの存在自体が、正しそうな前提や推論であるにもかかわらず、受け入れられない」となると、このパラドックスの存在自体が知人にとってパラドックスだということになります。
いわば、「パラドックスのパラドックス」というわけです。
しかも、おそらくこの「パラドックスのパラドックス」を知人に説明すれば、やはり「理解はしたけど納得できない」となると思います。 つまりこのパラドックスのパラドックスのパラドックス、パラドックスの連鎖は、無限に続くことになるでしょう。