Document ID: /fineweb-2-swissfilter-quality_10-filterrobots/filtered/00512.jsonl.gz/14

たとえ推理小説を読まない人であっても、アーサー・コナン・ドイルが世に送り出した名探偵シャーロック・ホームズの名は知っている。そして、シャーロック・ホームズのゆかりの地と言ったら、もちろん英国、とくにロンドンだろう。けれど、スイスにも世界中のシャーロッキアンが認めるゆかりの土地がある。『シャーロック・ホームズ最後の事件』（The Final Problem）で宿敵モリアーティ教授と戦って瀧壺に落ちたライヘンバッハの滝（Reichenbachfall）だ。この滝のある町がベルン州のマイリンゲン（Meiringen）である。
この町はメレンゲの発祥地としても有名だが、やはり、世界中かのシャーロック・ホームズ巡礼者たちを迎えるにふさわしい佇まいになっている。ホームズとワトソン医師が泊った「イングリッシャー・ホフ」のモデルとなったパークホテル・ドゥ・ソヴァージュに隣接する町の中心広場には、シャーロック・ホームズの銅像とシャーロック・ホームズ記念館が建ち、通りの名前も英国風のものが多い。標識もシャーロッキアンたちがホームズとモリアーティ教授の通った場所を追えるように設置されている。
私は、2012年9月15日に、この街に行った。折しも英国のシャーロック・ホームズ協会（Sherlock Holmes Society of London）の主宰するシャーロック・ホームズ巡礼の旅で協会員たちがマイリンゲンに滞在していた。この旅行は、全員がヴィクトリア朝の扮装をして、ホームズにゆかりのスイスの土地を一週間で周りながら、『シャーロック・ホームズ最後の事件』の主要場面を演劇形式で再現していくという大変興味深いもの。私事で恐縮だが、イギリス在住の叔母が協会員で参加していたので、飛び入りだが旅程のクライマックスである死闘場面をライヘンバッハの滝で演じる皆さんに同行させてもらうことになったのである。
コナン・ドイルが描いた1891年から変わっていないと思われる美しいホテルの広間に、ヴィクトリア朝の扮装をした70人ものメンバーが集っている様は壮観だった。日本からも、二人の参加者がいらしていた。会員たちは、それぞれホームズの小説に出てくる登場人物たちの役を演じるのだが、お二人はホームズが体得していた日本起源の架空の武術「バリツ」のアシスタントを演じられた。生粋のホームズファンで、なんとこの旅は初参加ではないという。特にホームズファンでもなかった私ですらすっかり魅了されてしまったぐらいだから、ファンの方が幾度でもこの旅に参加したいと思うのは無理もないと思う。
ホームズやモリアーティ教授ほか主要な役を演じるのは、協会の重鎮であり、さらに英国の上流社会に属する方々なのだが、飛び入りで取材を頼んだ私に嫌な顔一つせずに、気さくに英国人らしいユーモアを交えて、質問に答えてくださった。
ボヘミア王に扮した協会長マリオット氏が語ったところによると、シャーロック・ホームズ協会が『シャーロック・ホームズ最後の事件』の巡礼で最初にスイスに来たのは1968年で、今回は7回目になる。今回の参加メンバーは英国からだけでなく、スイス、アメリカ、カナダ、ドイツ、そして日本など世界中からだ。シャーロック・ホームズ巡礼はスイスだけでなく、ハンガリーに行ったり、英国国内のたとえばケンブリッジなどを訪れたりするのだが、国外に行く時は旅行の間中、ヴィクトリア朝の扮装をすることになっているのだそうだ。会員たちに最も人気のある巡礼先はスイスで、滞在最終日には必ずライヘンバッハの滝で決闘を演じるのだという。
ライヘンバッハの滝へは町の外れにある、ライヘンバッハ滝ケーブル鉄道（Reichenbachfall-Bahn）に乗るか、車でツヴィルギ（Zwirgi）まで行き遊歩道を降りることで到達できる。轟々と音を立てて250メートルの落差で落ちる滝は壮観な眺めで、ここから落ちて命が助かるとはとても思えない。コナン・ドイルは『シャーロック・ホームズ最後の事件』を書いたときは、本気でホームズを亡き者にしようとしていたというが納得のできる舞台である。
瀧の側の展望台からは、ベルナーオバーランド（Berner Oberland）の山々に抱かれたマイリンゲンの町を一望する事が出来る。17世紀の終わりにコナン・ドイルもまた、同じような景色を見たのだろうか。
ソリーヴァ江口葵
プロフィール：ソリーヴァ江口葵
東京都出身。2001年よりグラウビュンデン州ドムレシュク谷のシルス村に在住。夫と二人暮らしで、職業はプログラマー。趣味は旅行と音楽鑑賞。自然が好きで、静かな田舎の村暮らしを楽しんでいます。インフォボックス終わり