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アウグスト・リンツ元国連高等難民弁務官がベルンで死亡した。９５才だった。このコンテンツは 2000/04/18 21:37
アウグスト・リンツ元国連高等難民弁務官がベルンで死亡した。９５才だった。
アウグスト・リンツ元国連高等難民弁務官は、１９２０年代、ジャーナリストとしてキャリアを始め、アジア、アフリカ、中東、英国で活躍、１９３１年にはスイス新聞のため満州事変を取材した。第２次大戦中はナチ政権とのいかなる妥協も許さないスイス軍士官グループの創立メンバーとなった。大戦後、赤十字国際委員会と共同でナチの犠牲者の救援活動にあたった。１９４５年ー４６年ベルリンの赤十字国際委員会特使を務め、その後、新設された国際連合のスイス・オブザーバーとなった。
リンツ氏は、初期の国連高等難民弁務官事務所で高等難民弁務官となり、今日に続く組織の確立に尽力した。大戦後もまだ欧州じゅうの難民キャンプで生活していた難民達への援助活動は、１９５１年に設立された国連高等難民弁務官事務所の主要な仕事の一つだった。
１９６０年国連高等難民弁務官の任期終了後は外交官となり、１９６０年から６２年の駐米大使をはじめ、旧ソ連、インド大使を務めた。が、難民援助への貢献は続いた。１９６８年から６９年のビアフラ戦争ではナイジェリアの赤十字国際委員会のオペレーションを率いた。１９７０年に退職してからも活動を続け、１９８０年代にはスイスの難民収容施設法改正のためのロビー・グループを支援した。
リンツ氏は死の直前まで執筆活動を続けた。最後の著作は２年前に出版された ﾓSardinesl gegen Wodkaﾓ、冷戦中の外交の分析だった。
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