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スイス北西部と国境を接する南アルザス（フランス）を車で走ると、幾度となく「ズンドガウ（Sundgau）という文字が書かれた看板に出会う。ズンドガウとは、ドイツ方言の1つであるアレマン語で、「南の行政区画」を意味し、現在は地方名として親しまれている。この辺りに、俗に「鯉のフライ街道（Routes de la Carpe Frite）」と呼ばれる地域がある。
ヨーロッパの街道といえばドイツの「ロマンティック街道」や「メルヘン街道」など、可愛らしい呼び名が思い浮かぶかも知れないが、この街道が掲げる「鯉」は決して「恋」の誤字変換ではない。しかも観賞用として観光地の庭園などで人々の目を楽しませてくれる鯉ではなく、食用の鯉である。
鯉のフライについては、2013年12月12日付のブログ記事「アジョワ版わらしべ長者」で少しだけ言及した。フランスに隣接する、スイス・ジュラ州アジョワ地方の名物として不動の人気を誇る料理の1つだ。スイスに移住して以来、魚が恋しくてたまらない時に近隣のレストランに鯉のフライを食べに行っている私だが、その起源について考えたことは一度もなかった。
あらためて鯉のフライについて調べてみると、南アルザスの小さな村々の伝説や史実など、非常に興味深い側面が浮き彫りになった。
南アルザスとジュラ地方は、古来より、地理的・歴史的に関わりが深い。そもそもジュラはバーゼル司教公国支配下に於いて、フランスから文化・芸術・宗教などの方面で多大な影響を受けていただけではなく、農民の反乱時にはフランス国王の肝入りで鎮圧軍を差し向けてもらうなど、軍事面でも密接に結びついていた。
フランス大革命後、それまでの親フランス宮廷政治が災いし、司教公国は革命軍によって制圧・解体され、1792年から1815年までフランスに支配されていた。
その後、ジュラはスイスのベルン州に吸収されたが、2度の世界大戦中は、馴染み深い隣人であるはずの南アルザスは、不幸にも、交戦国による国境侵犯が高い地域として脅威の存在となっていた。（注・ジュラ北部はベルン州から独立し、1979年1月1日よりスイス26番目の州となった。一方、ジュラ南部は住民投票の結果、ベルン州にとどまった）
この南アルザスに、リープスドルフ（Liebsdorf）という村がある。第2次世界大戦中、フランスレジスタンス連絡網に於いて重要な位置を占めていた。ナチスドイツの監獄から脱走した、フランスの名将ジロー将軍（Général Giraud）を一時匿っていたという、知る人ぞ知る小さな村であるが、同時に「鯉のフライ街道」に非常に関係があると聞き、興味津々で訪れてみた。
南アルザスで鯉が食用として養殖され始めるのは、中世の時代だと言われている。
カトリックの修道士は、復活祭までの46日間を指す「四旬節」に祈りとともに断食を行う。時代や地方、教派に依って様々な断食のやり方があるが、「1日に1回十分な食事を摂り、あとの2食は少ない量に抑えること」という比較的緩い断食方法であれば、鯉は、日中、厳しい戒律に縛られた生活に明け暮れる修道士達の、貴重なタンパク源となった。
また、リープスドルフには鯉のフライにまつわる、正真正銘の「恋」物語伝説がある。
ズンドガウ地方を当時治めていたフェレット伯（Comte de Ferrette）の息子が、リープスドルフ付近を散策中、輝くばかりに美しい羊飼いの女性を見初めた。なかなか告白できない彼は、その羊飼いが好んで休息をする場所にあった石に、想いを詩にして刻みつけ伝えた。その詩に心動かされた女性は、間もなく、彼の熱烈な求婚を受け入れた。
だが、領主の息子と羊飼いでは身分違いも甚だしいとフェレット伯は激怒。「それならばこの大それた婚姻に値するほどの何か素晴らしい業を成すように」と女性に条件を突き付けた。
女性はその土地で「神秘的な金の魚」と呼ばれ讃えられている鯉を釣り上げ、独自の料理法で揚げると、領主に食べさせた。
その鯉のフライがあまりにも美味だったため、フェレット伯は心動かされ、2人の結婚に許可を与えたという。そればかりか息子夫婦のために、彼らが純愛を成就させた石の上に城を建造し、結婚祝いとした。それが、リーベンシュタイン（Liebenstein）城…その名もズバリ、「恋愛の石」城である。
この言い伝えにより、鯉のフライはこの地方で最もポピュラーな料理となり、国境を越えてスイス、特にジュラ地方に浸透していった。
ちなみにズンドガウには「鯉のフライ街道協会」があり、年に1度、カーパイユ（Carpailles、鯉尽くしという意味合い）という名の祭りを催すというから、筋金入りの鯉料理マニアが多いようである。2015年度カーパイユは3月20日から4月4日まで開催され、12のレストランが参加。フライだけにとどまらず、レストラン独自の創作鯉料理で客をもてなした。
鯉のフライと一口に言っても、地域、レストランそれぞれで切り身の形も風味も違う。以前の記事でもご紹介した、アジョワ地方にある小さな村コルノル（Cornol）のレストラン「リオン・ドール（Lion d’or）」では、鯉の身は薄く下ろされ、南アルザスの伝統に則った衣で味付けされる。そのレストランのシェフ、イヴ・ロンデ（Yves Rondez）さんにお願いし、特別に厨房に入れてもらった。
イヴさんは鯉の切り身を素早く、ロンデ家秘伝の粉にまぶすと、そのまま煮立った油に放り込んだ。そして1分も経たないうちに金網ごと引き上げると、その隣の油の中に投入した。こうして豪快に移し替えること3回。4つあるフライ器具をすべて使い、あっという間に鯉のフライが出来上がった。
衣はサクサクとした歯ごたえ。鯉の身は、臭みはまったくなくまろやかな舌触り。カラッと揚げられているので、食すればするほど病み付きになる味だ。濃厚な味が好みであれば自家製マヨネーズで、ダイエット中の方々はレモンを絞って、熱いうちに召し上がれ。
スイス・フランス国境を越えて広がった、「鯉のフライ街道」。これほどまでに鯉のフライを好む地方は類を見ない。
鯉に限らず、食文化の違いは世界各国に存在し、時にはその意外性に驚くことがある。しかしながら、異質の習慣を訝しげに眺めたり批判したりせず、その発祥を探りつつ大らかなる好奇心と共に食してみれば、知識同様、舌も胃袋も豊かに満たされるのではないだろうか。
レストラン「リオン・ドール」の厨房内にて、寛大にも鯉のフライができあがる様子を見せて下さったシェフのイヴ・ロンデさんに、厚く御礼申し上げます。
Je remercie chaleureusement Monsieur Yves Rondez, propriétaire du restaurant « Lion d’or », qui m’a généreusement montré la préparation de la friture de carpes.
マルキ明子
プロフィール：マルキ明子
大阪生まれ。イギリス語学留学を経て1993年よりスイス・ジュラ州ポラントリュイ市に在住。スイス人の夫と二人の娘の、四人家族。ポラントリュイガイド協会所属。2003年以降、「ラ・ヴィ・アン・ローズ」など、ジュラを舞台にした小説三作を発表し、執筆活動を始める。趣味は読書、音楽鑑賞。