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１月２７日は国連の「ホロコースト犠牲者を想起する国際デー」だ。第二次世界大戦中、６００万人に上るユダヤ人がホロコーストの犠牲になった。(Julie Hunt, swissinfo.ch/SRF)
スイスインフォは、ナチスドイツの迫害から逃れようとするユダヤ人に対し、当時のスイス政府が取った政策を振り返った。
大戦後、スイスの銀行は守秘義務を理由に、ホロコースト犠牲者が所有する休眠口座の詳細を公開することに応じなかった。これを機に連邦政府は、ユダヤ人に対する戦時中の政策を検証するため、専門家による独立した調査委員会を発足。この独立専門委員会を率いたのが、歴史家のジャン・フランソワ・ベルジエ氏だった。１９９６年に始動した委員会は調査を完了するまで５年の歳月を要した。
委員会は、スイス政府が当時、数千人に上るユダヤ人難民の入国を国境で拒否したことにより「ナチス政権の目的達成を手助けした」と結論付けた。またユダヤ人を追い返すことで死に近い状態に追いやったとも言及した。大戦中、約３０万人がナチス政権下の国々から逃れるため国境を越え、うち約３万人がユダヤ人だった。しかし、約２万４５００人はその後強制送還された。その大半がユダヤ人だった。
「人種上の理由で」
委員会はまた、スイス政府が難民に対してこのような政策を取ったのは、ナチスが力を広める欧州の真ん中でスイスが孤立していたためとする定説について、これは当てはまらないと指摘。１９４２年、スイス政府は難民に対し、確実に「人種的な理由だけで」国境を閉じたとした。
スイス政府はこの調査結果を受け入れ、９５年と９９年の二度にわたり、ユダヤ人に公式に謝罪した。
９８年、スイス銀行大手のUBSとクレディ・スイスは、１９９５年にニューヨークで起こった訴訟を巡り、ユダヤ人の国際組織「世界ユダヤ人会議（WJC）」との間で和解に至った。訴訟は休眠口座の資産などを巡るもので、銀行側がホロコーストの犠牲者と相続人に対し１２億５千万ドルの支払いに応じるという内容だった。
このうち８億ドルは、大戦後にスイス国内の銀行口座に財産が残っていた人々への返還資金に充てられた。また４億２５００万ドルは、ホロコーストの生存者、スイスの国境で入国を拒否された難民、さらにはスイス国内で拘束され、強制労働を強いられた人たちに分配されることになった。
（英語からの翻訳・宇田薫）