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◆イザヤ書４２章１節～４節
42:1 見よ。わたしのささえるわたしのしもべ、わたしの心の喜ぶわたしが選んだ者。わたしは彼の上にわたしの霊を授け、彼は国々に公義をもたらす。
42:2 彼は叫ばず、声をあげず、ちまたにその声を聞かせない。
42:3 彼はいたんだ葦を折ることもなく、くすぶる燈心を消すこともなく、まことをもって公義をもたらす。
42:4 彼は衰えず、くじけない。ついには、地に公義を打ち立てる。島々も、そのおしえを待ち望む。
◎背景
イザヤ書には「主のしもべの歌」と呼ばれる４つの箇所があります。それぞれが別な角度から主のしもべとし て来られるメシヤを預言しています。前回学んだ５３章の主題は主のしもべであるメシヤの「身代わりの死」 でした。４２章１～４節は主のしもべの「召命」について教えています。
Ⅰ．わたしのしもべ
１．完全な従順
私たちが目をとめるべきただ一人のしもべ、神が選び、聖霊が注がれた方としてメシヤが紹介されています。「わたしの心の喜ぶ者」と神が呼ばれるの は、「わたしのしもべ」メシヤの内に完全な従順を見出されるからです。父なる神の御心に対する完全な従順のゆえに、メシヤは「わたしのしもべ」「神が選ん だ者」「神が喜ぶ者」と呼ばれるのです。
２．主のしもべの召命
主のしもべであるメシヤはこの地上に「公義」をもたらすために召し出されていることが分かります。「公義」とは神のご支配、神の国を指しています。メシヤはその務めを聖霊の力によって成し遂げるとイザヤは預言しています。
３．仕えるために来られた方
メシヤは、王であり、祭司であり、預言者です。しかし、メシヤは「しもべ」の姿をとってこの地上に来られました。人間の目には理解しがたいことですが、贖い（救済）をなしとげるため「しもべ」として私たちのところに来られたのです。
あなたがたの間で人の先に立ちたいと思う者は、あなたがたのしもべになりなさい。
人の子が来たのが、仕えられるためではなく、かえって仕えるためであり、また、多くの人のための、贖いの代価として、自分のいのちを与えるためであるのと同じです。（マタイ２０：２７、２８）
Ⅱ．いたんだ葦、くすぶる燈心
１．神の民の回復
いたんだ葦は、傷を受け失望し落胆している私たちの姿、またくすぶる燈心は、困難の中で弱り衰えてい る私たちの姿を象徴しています。しかし、救い主はそのような私たちであっても恵みと憐みをもって取扱 い、いやし、回復し、立ち上がらせてくださるお方です。
２．みことばの回復
また、いたんだ葦、くすぶる燈心は、神の民によって折られてしまった「神の律法」、ないがしろにされている「神のみことば」を象徴しています。「それを回復するために来てくださるのがメシヤである」というのがイザヤのメッセージです。
◎リバイバルの理解
神の民の回復と、みことばの回復は表裏一体です。神の民が神のみことばに立ち帰り、みことばに生きるようになる時に、リバイバル（霊的復興）が起こるのです。
Ⅲ．公義をもたらす方
１．公義（神の国）をもたらす方
「公義」（口語訳：道、新共同訳：裁き、NKJV:JUSTICE）は「神のご支配」、「神の国」を表しています。
２．公義（神の国）を確立する方
神の国のあるところに公義（神の義）がもたらされます。メシヤによってこの地上にもたらされた神の国は、メシアによって確立（完成）されるのです。神の正義が支配する神の国はメシヤの再臨によって実現します。
３．彼は衰えず、くじけない
キリストは神の国の完成を熱望しておられます。聖霊として私たちの内に住まわれるキリストは、その完成を見るまで、パートナーである私たちを励まし 続け、私たちのために取り成しを続け、私たちを通して力強く働きつづけるお方です。そしてキリストは決して衰えず、くじけることのないお方です。