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ブリエンツ湖畔の小さな町ブリエンツは、伝統工芸の木彫りの中心地。木彫り工芸専門学校と、弦楽器製造の専門学校がある。ブリエンツから標高２、３５０mのロートホルンまでの登山鉄道（静岡・大井川鉄道の姉妹鉄道）の旅は、SLファンなら見逃せない。このコンテンツは 2001/07/19 08:26
１９世紀、第１次アルペンリゾート・ブームが沸く中、アルプス各地は観光客誘致作戦を練っていた。スイス中部のリギ山（標高１７９７m）に建設された登山鉄道を見たブリエンツの人々は、ブリエンツから観光客を奪ったのはこれだと認識した。そして、湖畔のブリエンツからロートホルン頂上までの遊覧登山鉄道建設を決定した。鉄道建設は１８８９年に着工され、６００人以上のイタリア人労働者がやってきた。当時の報告によると、「岩の上で、砂利を敷いたスロープで、どこもかしこも人が働いていて、ロートホルンの山は上から下まで混雑を極めている。労働者達の食事の用意は並み大抵の事では無いが、それよりも負傷者のための病院のベッドが足りない。」とある。工事は当時としては驚異的なスピードで進み、鉄道は１８９２年に開通した。開通と同時に大好評で、２度の世界大戦中を除き今日までスイス指折りの観光スポットの座を占めている。
現在の登山鉄道は、蒸気機関車8台とディーゼル車数台が交代で運行されている。もちろん、観光客のお目当てはSL車。SLの場合、先頭には車掌車があり、蒸気機関は後ろから列車を押し上げる構造になっている。車掌は運転士の目の役目を果たす他、線路上に牛がいる場合には警笛を鳴らしたり列車から降りて追い払いに行ったりする。さらに、中程のPlanalp駅でエンジンの水を補給するのも車掌の仕事だ。
ブリエンツ登山鉄道では、乗客だけでは飽き足りないSLファンのために１週間のSLワークショップを実施している。参加者は、蒸気機関の技術的な詳細を学んでから、実際に鉄道で蒸気機関士として働く。夕方山から降りて来る参加者達は、皆一様に疲れきっているが誇らし気に顔を輝かせているという。
登山鉄道に乗り森を抜け、放牧地に出ると、リンドウ、アルペンローズなど高山植物の花が咲き乱れている。はるか下方には、紺碧のブリエンツ湖が夏の日射しに煌めいている。終点の駅から頂上まで少し歩くと、３６０度のパノラマが広がる。片側にはアイガー、メンヒ、ユングフラウが聳え、反対側にはピラトス、ティトリスをのぞみ、澄み切った快晴の日には遠くドイツのシュバルツバルト（黒い森）まで見える。
ロートホルンの頂上からは、ハイキング・コースがいくつかあり、麓のブリエンツまで歩いてもどると約５時間のハイキングとなる。ロートホルン登山鉄道の運行は、６月から１０月まで。
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