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スイスの政党政治は非常に安定している。国家政治を支配しているのは4つの政党で、これらの成立は19世紀までさかのぼる。
スイス国民の約7%はいずれかの政党の党員だ。ドイツに比べると多いが、オーストリアよりはずっと少ない。オーストリアでは5人に1人が何らかの政党に属している。
スイスに初めて政党が生まれたのは19世紀末。まだ若い連邦国家の政界はリベラル派、急進派、民主派が支配しており、1894年、これらの利益団体の緩やかな連合から急進民主党 ( FDP/PRD ) が生まれた。
社会民主党 ( SP/PS ) の全国組織成立はこれより早く、1888年に州レベルの政党が1つにまとまった。だが、社会民主主義の流れの始まりはもっと早く、1843年にジュネーブで創立された「労働者教育のための民主愛国協会」に端を発している。
分離同盟戦争の敗者であるカトリック保守派、つまり急進民主党の古くからのライバルは、20世紀への移行期に1つの政党にまとまった。現在のキリスト教民主党 ( CVP/PDC ) となるまで何度となく改名している。
そして1936年、4つ目の大きな全国政党の農工市民党が設立された。のちの国民党 ( SVP/UDC ) である。
抗議から生まれた政党
20世紀になると、抗議運動の中から小さな政党が無数に生まれた。これらの小さな政党は地域や地区に根を下ろすことはできたが、連邦政策の中ではほとんどがいつの間にか影響力を失い、極左派や極右派は消滅していった。
これを乗り切って連邦レベルでも強力な非組閣政党に発展したのは、特に西スイスを中心に根を下ろしていた自由民主党 ( Liberal ) と緑の党 ( Grüne/Les Verts ) のみだ。両政党からは地域や州の行政機関にも数多くの党員が選出されている。1936年から1999年までは、社会自由主義の無所属同盟党 ( LdU/Adl ) が勢力を伸ばした。
底辺で決定
スイスの政党は地方分権化されており、組織内でも連邦色が強い。重要な決定を下すのは全国組織の政党幹部ではなく、地域や州の支部代表であることからもこのことがみてとれる。
大政党はもともと州組織が集まってできたものであり、これらの支部は現在でも強い自立性を維持している。そのため、同じ案件に関して1つの政党がさまざまな意見を表明することも珍しくない。
政治活動に関しても種々の考え方がある。もっとも顕著なのは国民党だ。この右派政党は一般に、伝統的な農工政党の色を残すベルン州と自由経済を求める保守派のチューリヒ州という両派に分かれていると理解されている。
国民党の躍進
国民議会に比例代表制が導入された1919年から1960年代末までは、連邦レベルの政党勢力は非常に安定しており、4大政党の選挙結果にはほとんど変動が見られなかった。このような安定した状況は新しい政党が台頭してきた1967年になってぐらつき出す。
当時、社会民主党は「新しい社会運動」から発生した左派政党に議席を奪われた。たとえば無所属同盟は1967年、9%を超える最高支持率を記録し、左派と中道派の間に立つ代案政党として確立した。
1990年代に入ると、スイスの政界に再度変化が現れる。連邦内閣を組閣する国民党が野党的な活動に力を入れ始めたのだ。この活動で、国民党の支持率は大幅にアップし、2003年には27%近い支持率を得てスイスでもっとも強力な政党となった。
国民党は長い間、4大政党の中の最小政党だった。だが、このときの記録的な支持率を根拠に党内2人目の連邦大臣選出を要求。連邦議会はこれを正当と見なして、国民党躍進の立役者であるクリストフ・ブロッハー氏を選出した。彼に席を譲らざるを得なくなったのは、支持者が大幅に減少したキリスト教民主党だった。
スイス最大の政党は党員9万人を数える急進民主党で、その次が党員数約8万人の国民党。これに7万4000人のキリスト教民主党と4万人の社会民主党が続く ( 2004年現在 ) 。しかし、党員数は連邦議会や内閣の中の政党勢力とはほぼ無関係だ。
政党
スイスの4大政党のルーツは19世紀までさかのぼる。
スイス最大の政党は急進民主党 ( FDP/PRD ) で、党員は約9万人。
スイスの政党内も連邦制である。
スイス全国では、急進民主党、国民党 ( SVP/UDC ) 、社会民主党 ( SP/PS ) 、キリスト教民主党 ( CVP/PDC ) の4つの政党が圧倒的な勢力を誇っている。