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覚せい剤のリゼルギン酸ジエチルアミド。略してLSD。生みの親のスイス人化学者アルベルト・ホフマンは今年で100歳を迎えた。71年までサンド社に勤務した後、現在は97歳の妻とチューリヒ州で元気に生活している。
LSDは今からおよそ60年前、ライムギに寄生する麦角菌などから合成された。
当初向精神剤、循環･呼吸器の刺激剤として投与されたが、覚せい剤としての危険性が判明し、現在は使用禁止となっている。
スイス大手製薬会社サンド（現ノバルティス）で化学者として働いていたアルベルト・ホフマン氏は1943年、LSDの合成に成功した。ホフマン氏は「自分が合成したのではなく、LSDのほうから自分に歩み寄ってきたようなものだ」と常に語ってきた。ホフマン氏のLSDに対する「敬意」の表れである。
幻覚症状
LSDの効果の実験中、ホフマン氏は自分自身の体内にLSDの痕跡を発見した。知らぬ間に吸引していたらしい。ホフマン氏の回顧録『LSD、私の世話のやける子ども（LSD, Mein Sorgenkind）』によると、1943年4月19日には影響を確実に観察するため、意図的に250�_�cのリゼルギン酸ジエチルアミドを摂取し、覚醒状態を経験した。
覚醒状態で自転車で帰宅したホフマン氏は物がゆがんで見えるといった幻覚症状にもかかわらず、無意識の中で実際には猛スピードで自転車を漕ぐなどといった経験をし、これを記録に残した。世界ではじめての覚せい剤によるトリップはこうして「自転車デー」として覚せい剤の歴史に残っている。
実験では、LSDを摂取すると、感情の起伏が他の覚せい剤と比較してより激しく、しかもより少量で覚醒症状になることも観察された。
ホフマン氏はLSDを合成する前の1938年、すでにリゼルギン酸を抽出することに成功し、循環器刺激剤を製造している。
『LSD、私の世話のやける子ども』によるとホフマン氏は、麦角菌、カイソウ（海葱）、インド蛇木のほか、メキシコ産のマジック･マッシュルームなど植物の薬用性の利用方法を研究していた。その研究により子宮収縮作用薬のメテルギン、脳梗塞の後遺症薬のヒデルギン、偏頭痛薬のジヒデルゴットなど現在のノバルティスの代表的な医薬品が生まれたが、その傍らで、サイロシビンやLSDといった麻薬も誕生した。
薬と麻薬の両面
LSDも当初治療薬として使用されていたが、まもなく麻薬として使われるようになり、その評判を落とした。1960年代にはヒッピーの間でサイケデリック・ドラックとして広まり、サンド社は製造を中止。その後禁止された。
「米国でのLSDに対する規制は、他の麻薬より明らかに厳しい。LSDは快楽のための薬ではない。だが、安易に服用すれば、マヤやアステカ文明でシャマーンの啓示に使われたマジック･マッシュルームと同じように、非常に危険」とホフマン氏は語気を強める。
精神病に対する効果が再度指摘され、ホフマン氏をはじめ、米国および欧州の著名な医学者が研究と治療に限ってLSDを認可するよう求める動きも見られる。こうした中、現在、若者の間ではテクノ・パーティーなどでLSDを服用するのが、再び流行している。
swissinfo、 外電 佐藤夕美（さとうゆうみ）意訳
キーワード
＜アルベルト･ホフマン＞
1906年1月11日生まれ。
チューリヒ大学で科学を学ぶ。
1929〜1971年、製薬会社サンドの研究者として勤務
1938年リゼルギン酸を抽出。
1943年LSDの覚醒を経験。
補足情報
- 1月13〜15日にはバーゼルでLSDの国際シンポジウムが開催される。
- 意識に関する研究者、麻薬専門家、薬剤師、芸術家などおよそ80人が参加する予定。