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2014年3月12日水曜日
セミョーノフのマトリョーシカ
誰しも同じかもしれませんが、長い間、私にとってのマトリョーシカのイメージはこれでした。
セミョーノフ地方でつくられたマトリョーシカです。
この中では一番大きい娘ですが、台座がついていません。
ロシア（当時はソヴィエト連邦）でつくられたマトリョーシカには決まりごとがあり、一番目には台座がついています。
台座がついた一番目の娘は何らかの理由で失われ、これは二番目の娘ではないかと思われます。
セミョーノフのマトリョーシカは、同じようでいて、年代によって少しずつ違います。
国家計画によって工場をつくり、生産量を増やしたことで単調なものになり、ペレストロイカで好きにつくれるようになり、顔の表情がこれまでと違ってきたりしました。
また、お土産物として生産量が増えると、入れ子の数も減りました。
このマトリョーシカは、『マトリョーシカ ノート３』（道上克、２０１３年）を参考にすると、大きい娘たちが手に持っているのが八重の薔薇ですから、１９７０年代につくられたものでしょうか。
この特徴のある顔は、いまは面白いと感じますが、以前は不気味としか思えませんでした。
デパートで催されていた「海外物産展」などで目にしたのか、あるいは１９７５年につくば市で開催された「つくば科学博覧会」で見たのか、黄色いプラトークのマトリョーシカは一度ならず見たことがありますが、当時はマトリョーシカにはまったく関心が持てませんでした。
てかてか光った無機的な同じ顔、どれも同じ意匠に、素朴さが嗅ぎ取れなかったからだと思います。
渦巻き模様も、以前は心惹かれるものではありませんでした。
これも今見ると、なかなか面白いものです。
失われていると言えば、一番小さい娘がその前の娘と比べると、極端に小さくなっています。
間にもう一人いたのではないでしょうか？
となると、今は十人ですが、もともとは十二人だったものでしょう。
セミョーノフは、セルギエフ・パサードと並んで、今でもマトリョーシカの一大産地です。
今では新しいデザインのマトリョーシカもつくられていますが、伝統的なマトリョーシカもつくられているようです。
前列の新しいマトリョーシカ、お顔はすっかり「いまどき」に変わっていますが、手に持ったバラの花は健在です。
特徴の一つである渦巻き模様を比べてみると、今のも昔のものとよく似ています。
渦巻き模様は、もともとは布を巻いたものをスタンプとして押していたようですが、今はどうなのでしょう？
今の渦巻き模様に比べると、昔の渦巻き模様の方が、色むらやスタンプの癖があるような気がします。
『ロシアのマトリョーシカ』（スヴェトラーナ・ゴロジャーニナ、２０１３年）によると、なんと１９６１年には、セミョーノフのマトリョーシカは年間で７７０，０００個もつくられたそうですから、いまでも世界中のお茶の間を飾っているのでしょうか？