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競馬界の最重要名馬〜ハイセイコーとは〜
ハイセイコーは日本の競馬史上においても高い人気を得た競走馬です。1970年に誕生したハイセイコーは、運動能力の高さや体の大きさを認められ、大井競馬場の調教師の調教を受けるようになりました。父馬はチャイナロック、母馬はハイユウとなっています。初代の馬主は（株）王優で、2代目の馬主としてホーズマンクラブがハイセイコーを引き継いでいます。
競馬界の最重要名馬〜ハイセイコーの活躍〜
レースデビューは1972年、この時のレースは未出場馬を対象としたものでしたが圧倒の1着を飾り、次いで多くのレースを1着で制しました。地方競馬で活躍していたハイセイコーは1973年に馬主の変更によって中央競馬に移籍し、さらに華やかなレースで活躍することになります。中山競馬場で行われた弥生賞には、ハイセイコーを目当てにたくさんの観客が集まり、予想通りの1着を獲得します。続くスプリングステークスを制した後は皐月賞、NHK杯などに出走し、カネイコマと競って勝利をおさめました。東京優駿、京都新聞杯、菊花賞と次々に大型レースに出走するものの、菊花賞では僅差で2着となっています。
華々しい経歴を飾り、当時の競馬ファンの心を掴んだハイセイコーですが、1974年、5歳時の有馬記念が最後のレースとなりました。引退時の有馬記念まで人気は衰えず、ファン投票でも1位を獲得して引退セレモニーを行いました。1984年には時代を彩った名馬として顕彰馬の指定を受けました。
通算成績は22戦13勝で、地方競馬時代と中央競馬時代、ともに見事な戦歴を残しています。競走成績だけではなく、ハイセイコーを歌った楽曲がヒットチャートに昇るなど、ファンのみならず一般からの知名度も高く、長年愛された続けた名馬となっています。