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ベラ・ラシェンコさんの祖父は旧ソ連から亡命してきた。父は当時4歳だったという。エンジニアだった若き父親がベルンで巡り合ったのは由緒ある家系のスイス人。2人が結婚して双子が生まれた。このコンテンツは 2010/06/27 15:25
その双子の一人がラシェンコさん ( 56歳 ) だ。生粋のベルンの家でなければ入会が認められない伝統的な職業組合「ツンフト」 ( Zunft ) の一つ「仕立て屋組合」の会合でこの春、「日本に帰る」と報告した。
語学は伝えるための道具
秘書として専門学校で学んだラシェンコさんだが、17歳のとき「神に出会った」。
「神の御言葉、聖書は真理であり、キリストはわたしの救い主であると確信したんですね。それで、宣教師的なことをしようと漠然と思ったのですが、その時は、どうして良いいか分かりませんでした」
とキリスト教会でしか耳にしない単語を交えて、流ちょうに日本語で語った。
就学終了後、20歳で1年間滞在したアメリカで出会った宣教師の影響を受けたことで、ラシェンコさんの道ははっきりした。スイスに戻り、フランス語圏のサン・レジエール ( St. Légier / ヴォー州 ) の「エマウス神学校 ( Bibleschule im Institut Emmaüs ) 」で神学を学び、海外へ派遣される宣教師になる決心をしたという。
「フランス語圏で学んだことが良かったんです。フランス語のおかげで日本に行けましたから」
日本でのプロテスタントの宣教活動は、語学の授業を通して行われることが多い。ラシェンコさんもドイツ語とフランス語の教師として日本に派遣された。
「教師としての教育は受けていませんが、教えることは好きです」
と語るラシェンコさんは、派遣期間がいったん終了しスイスに戻り、語学教師としての研修を受け、ケンブリッジ大学の最も難しいとされる英語の試験「CPE」にも合格した。
日本語は1981年3月から始まった第1回目の派遣の15カ月間で学んだ。日本語能力試験2級に合格。中級レベルにある。なぜ語学の上達が早いのかという筆者の質問に
「宣教師には、伝えたいことがあるからです。言葉として道具は非常に必要です。言葉が伝わらなければ、私たちが伝えたい大切なメッセージが伝わりません。だから、頑張りました」
と答えた。
縦社会の中で
これまで3回に分けて合計18年間日本で、語学を通して宣教活動を続けてきたラシェンコさん。始めのころは、寒いのに半ズボンでいる小学生や、顔の半分を覆う白いマスクをする日本人に驚いた。電車の中でサンドイッチを食べているところを日本人に写真を撮られ、宣教師仲間から「サンドイッチ娘」というあだ名を頂戴するという経験もした。
年を重ねるにつれ、日本のキリスト教信者とスイス人の違いも分かってきたという。日本のキリスト教信者は、グループに属することを好み、活動には熱心だという。しかし
「日本は縦社会で、牧師の権利が強く神様のようです。牧師への尊敬は当然だと思いますが、表彰台に上がらせ、崇 ( あが ) めているかのようです。呼びかける時も、牧師様ではなく、牧師さんとか先生でいいのではないでしょうか」
と辛口。外国人宣教師のラシェンコさんも日本では常に尊敬されてきた。
「素晴らしいと思うし、とても感謝しています。でも、あまりいつも自分が中心になるのは馴染めません」
昨年、ウランバートルの私立大学の語学教師を経てモンゴルから日本へ立ち寄った際、以前に教えた人たちが集まった。ラシェンコさんの近況報告だけで、生徒たちの話は聞けなかったと残念そうに語る。
日本には1%しかいないといわれるキリスト教信者が持つ日本の習慣との葛藤についても
「日本人の牧師を交え、日本人同士で解決していくのがいいと思います。外人であるわたしが意見しても、受け入れられないと思います」
こうした意味で、日本での活動は宣教師としてチャレンジだというラシェンコさんは、7月のシンガポールでの研修を経て、さいたま市にある教会で宣教活動に携わることになる。
「真夏の8月に日本に着きます。1カ月は札幌の語学学校で日本語をブラッシュアップ。暑い東京を避けて、北海道に行けると分かって『バンザーイ』です」
と茶目っ気を見せながら、嬉しそうに語るラシェンコさん。宣教師仲間だけに偏らず、ほかの日本人とも交流を深めたいと、生活の基盤は一般にも開放されているゲストハウスを絶対の条件として希望したという。
佐藤夕美 ( さとう ゆうみ ) 、ベルンにて、swissinfo.ch
ベラ・ラシェンコさん ( Wera Lachenko ) 略歴
1953年、ベルン生まれ。
サン・レジエール ( St. Légier / ヴォー州 ) の「エマウス神学校 ( Bibleschule im Institut Emmaüs ) 」で神学を学び、1981年3月から8年間、プロテスタント系の「スイス同盟伝道団 ( Schweizerische Allianz Mission Winterthur )」 から日本へ派遣される。以後、3回にわたり合計18年間日本で語学教師をしながら宣教活動を行った。今年夏からは4年間の予定で、「OMFインターナショナル ( 国際福音宣教会 ) 」から派遣され、さいたま市の教会を中心に宣教活動をする。
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