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かつて天才少女と呼ばれ、４大大会通算２５勝という輝かしい業績を挙げた女子テニスの元世界女王マルチナ・ヒンギス（３７）が、３度目の引退を表明し、その現役生活に終止符を打った。スイスインフォは２００３年、一度目の引退をしたヒンギスにインタビューをしていた。
ヒンギスは２００３年、足首の負傷で１度目の引退を表明後、スイスインフォのインタビューに応じ、当時４大大会を初制覇した１歳年下のロジャー・フェデラー（３６）への思いや家族、子供について語っていた。
ヒンギスは今年１０月２６日、シンガポールで行われたWTAファイナル開催中に、自身のフェイスブックでこの大会を最後に現役引退すると発表。ダブルス準決勝で敗れ、これがラストマッチとなった。ヒンギスはこの試合の前に行われた引退会見で「今は休養する時間が必要。けれど私はテニスからこれっきり立ち去るわけではない。コーチの経験もある。母のテニススクールを手伝うなど、これからも私の人生の一部であり続ける」と語った。
スイスの無料紙ブリックによると、フェデラーは１０月末、バーゼルで行われた室内テニス大会「スイス・インドア・バーゼル」開催中に報道陣の取材に答え「マルチナはいつも私に進むべき道を示してくれた人物の一人。彼女のような素晴らしい人物がスイスにいたことはラッキーだった」とはなむけの言葉を贈った。２人は２００１年のホップマンカップのダブルスでペアを組み優勝したこともある。
ヒンギスはチェコスロバキア（現スロバキア）のコシツェで生まれ、８歳でスイスに移住した。
母親の指導で２歳からテニスを始め、早くから才能を開花させた。１４歳でプロ転向。１９９６年、１５歳９カ月でウィンブルドン選手権のダブルスを史上最年少で優勝すると、１６歳３カ月で全豪オープンの女子シングルスを制し、同大会でも史上最年少チャンピオンになった。同年３月、最年少の１６歳６カ月で世界ランク１位に上りつめ、その年は全豪オープンに続きウィンブルドン、全米オープンを制して４大大会の３冠を達成した。日本でも飲料のコマーシャルやテレビのバラエティ番組に出演するなど、人気者になった。
だが、ヒンギスは足首の負傷に悩まされ、２００３年に２２歳で引退。２年後に現役復帰したが、２００７年のウィンブルドン選手権中、薬物検査でコカインの陽性反応が出た。ヒンギス本人は使用を否定したが、モチベーションが下がったなどとして再び引退した。２０１３年にテニス界へ再び舞い戻り、今度はダブルスで活躍。ダブルス、混合ダブルスで４大大会のタイトルを１０度手にした。２０１６年のリオデジャネイロ五輪ではダブルスで銀メダルを獲得した。
ヒンギスは２０１３年、国際テニス殿堂入りを果たしている。