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甲殻類の残酷な扱いを禁止する新しい規制法が今月１日、スイスで施行された。この法律により、例えばロブスターを生きたまま熱湯に放り込んでゆでることはできなくなった。すべての生き物にとっての朗報？それとも行き過ぎた規制だろうか？
ジュネーブの国連欧州本部（パレ・デ・ナシオン）近くのレストラン「オマール・ブルー」。テーブルに置かれたロブスター（オマール海老）の色はもちろんブルー。ちなみにオスだ。やわらかい下腹部から精巣が突き出ていて、大きさは１５センチメートルほど。一見小さく見えるはさみは、人間の指を切断するほどの威力を持つ。これは仏・ブルターニュ産の高級品で、ロブスター産業で有名な米ニューイングランドで水揚げされるものより小さく、青みが強く、身が柔らかい。値段も高い。
生きたロブスターだ。だが、もう長くはない。店のオーナーのフランク・ジョランさんはロブスターと同じくブルターニュ出身で、目の前の生き物が間もなくどのような最期を遂げるのかを説明してくれる。まず、先の尖ったステンレス製の細い「杭（くい）」を取り出す。ロブスターの背中にある小さなくぼみを探して、（そう話している時、ジョランさんの手は胸部中心の継ぎ目に向かって青い殻の上を優しく滑っている）、脳の上のあたりに杭を刺し込み、回し、引き抜く。ロブスターの最期だ。
「即死だよ。ありがたいことに」。劇作家サミュエル・ベケットは短編喜劇「ダンテとロブスター」でこう書いた。
だが本当だろうか？ジョランさんは実演してくれなかった。「シーフードの達人」であるこのオーナーは、自分のレストランで提供する料理にかなり感傷的だ。自らロブスターを殺すことは絶対にないと言う。それはシェフの仕事であり、極めて神聖な厨房のプライバシーをリスペクトしているからだ。ロブスターは食べるが、生きて泳いでいるところを見た個体は絶対に口にしないと断言する。話しながら彼の目は今にもうるみそうだ。
スイス政府は、ロブスターにより人道的な最期を保証する規制法を１月に可決し、３月１日に施行された。ジョランさんがこの法律に賛成する一人のレストランオーナーであるのは不思議ではない。現行の動物保護政策の見直しの一環であるこの規制は、ロブスターを熱湯に入れる前に「気絶」させること、そして気絶させる方法として電気ショックか「機械的な脳の破壊」の二通りを定めている。
これに対し、不満の声を上げるレストランも少なくない。だがジョランさんのレストランは先手を打っていた。規制前から常にこの方法を取っているという。それは人道的な理由からだけではなく、看板料理であるロブスターのグリルは事前に縦半分にカットする必要があるためだ。だが他の店は苦労することだろう。規制のもう一つの特徴は、ロブスターを氷漬けではなく自然の生息状態に近い環境で保存しなければならないと定めていることだ。小さなレストランの多くは、これを実現する手段を持たない（ジョランさんのレストランでは客の後ろでロブスターが大きな水槽の中を悠々と泳いでいるが）。
もう一人、フランクさんがいる。こちらはレストランガイド「ゴ・エ・ミヨ」スイス版で２０１７年に「今年のシェフ」賞に選ばれたフランク・ジョヴァニーニさんだ。１月にスイスの公共ラジオ（RTS）で、この規制はとても厄介だと訴えていた。頭部を取って脳を破壊すれば従来の調理やゆで方の質が変わってしまうし、電気ショックはやってみたこともテストしたこともないと言った。もし、いずれの方法でも従来のやり方でゆでたロブスターの味や風味を守ることが不可能ならば、残された道は一つ、あらかじめゆでるか冷凍してストックするしかないだろうと話していた。だがジョヴァニーニさんはそのどちらも試す気はないようだ。
苦痛？それともただの反射？
テーブルの上のロブスターは、その突き出たビーズのような黒い目で周囲を見回している。何が見えるのだろう？痛みを感じることはできるのだろうか？スイス政府はロブスターが感覚を持つという学説を根拠にして、ためらわず規制を成立させた。これは、動物とのさらなる共感的共存を目指す人道的なステップか？それとも行き過ぎた判断だろうか？
実際には賛否両論で、研究結果も分かれている。電気ショックおよびその後の行動を調べた実験では、魚や甲殻類が痛みを感知する可能性を示すという結果も一部だが出ている。一度電気ショックを受けた場所の近くには行かなくなったカニの実験もある。ロブスターが熱湯に入れられた時の反応（ちなみに鍋の中で体を打ち付けて激しく暴れまわる）を見てもまた、仮に痛みを感じなくても、ロブスターは明らかに何か異変を感じ取っているといえるだろう。
だが一方で、こうした反応は甲殻類が痛みを感じている証拠ではなく単なる反射に過ぎないという人もいる。米ニューイングランドの漁業の中心地、メーン大学のロブスター研究所は、ロブスターが単なる「海のゴキブリ」とも呼ばれるだけの根拠があるという。大学のサイトには、「ロブスターの神経系は他の昆虫と同じように非常に単純」であり、「昆虫にも甲殻類にも脳がない。生物が痛みを感じるにはもっと複雑な神経系を持つ必要がある。ロブスターは昆虫と同様に痛みを感知するプロセスを持たないと神経生理学者は言っている」とある。
確かにロブスターは長い間海の害虫とみなされてきた。フランス語では「海のごみ箱」と呼ばれることさえある。今では米国でもロブスターは高価なごちそうになっているが、一昔前は受刑者の食事に大量に出されていたため、人道的な配慮から量を減らさざるを得なかったという話もあるほどだ。ただ、この場合はロブスターではなく、受刑者への人道的な配慮からだったという。
倫理的な食べ方
だが、科学研究やロブスターの体の構造が経済的、現実的に厄介な問題をもたらしているとしても、もしかすると理論上の倫理問題はより簡単に解決できるのかもしれない。チューリヒ大学の哲学者で動物の扱いを専門とするペーター・シェーバーさんは、新しい法律に基本的に賛成している。「痛みを引き起こすことに関する問題」だからだと言う。
哲学者カントの時代から動物の権利に関する哲学を特徴づけてきた、生物の尊厳と生物ヒエラルキーに関する問題では、シェーバーさんはさりげなく議論を避けた。カントは、動物を残虐に扱うものは人間に対しても冷酷にふるまうようになるとして、地上の動物を虐待すべきではないと説いた。たまに肉を食べるというシェーバーさんは、疑わしい科学結果もあるが「苦痛を避ける方法があるのならば、そうするべきだ」と答えた。
これはリベラルな風潮が広がるサインだろうか？動物の権利は少なくともスイスではずいぶん前から議論されており、より多くの種の動物に共感する方向に進んでいるようだが、シェーバーさんは動物の権利の将来に関してもコメントをためらった。純粋な哲学的観点から見ると、「食べるために動物を殺すのを正当化するのは難しい」とシェーバーさんは言う。医療目的ならば議論の余地があるかもしれないが、前よりも簡単にベジタリアンになれるようになった今、食の楽しみだけのために動物を殺すことは、道徳的ジレンマだと言えるだろう。
もちろん、この考え方の変化をどう感じるか、ベジタリアンが増えることを思うかは、それぞれの価値観や嗜好、そして職業にもよるだろう。少なくともゴ・エ・ミヨで受賞したシェフ、ジョヴァニーニさんはあまり楽観的ではなかった。動物福祉を目指す新たな規制に直面して、一歩下がって考えることを訴えた。「衛生管理や食材の産地、日々の食材の受け取りに今でも膨大なペーパーワークが伴っている。（中略）メニューにはアレルギーに関する注意書きも付けなければならない。３０年前はもっと何でもシンプルだった」と話した。
ジョヴァニーニさんは、物事が複雑になってしまい食の楽しみを奪っていると述べ、こうも言った。「私は５０年後のシェフをうらやましいとは思わない」
（英語からの翻訳・由比かおり）