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8月１日は、スイス建国記念日だ。１２９１年8月１日、中部山岳地帯のウーリ、シュヴィーツ、ウンターヴァルテンの３地域が、無償の相互援助を柱にした「永久同盟」を締結した。この年がスイス建国の年とされ、建国の核になった３州は原初三邦と呼ばれる。
現在のスイス国土に太古住んでいたのは、ケルト系のヘルヴェティー族（Helvetiaの語源）だった。が、B.C.１世紀には、南からローマ帝国の侵略が始まり、B.C.１５年にはカエサルによるアルプス征服が行われ、ローマ帝国の植民地となった。紀元後には、ゲルマン系のブルグント族、アレマン族の支配下におかれ、やがて神聖ローマ帝国の一部となった。
１３世紀初頭、神聖ローマ帝国が弱体化していくと、いくつかの封建王朝、ツェーリンゲン家、サヴォイ家、キーブルク家、ハプスブルグ家等が領土を実際上支配する権力として台頭してくる。が、この頃、チューリッヒ、ベルンなどの都市はドイツの都市同様に自由都市の地位を確保（自治権を獲得）。また、山間部の村もほとんど自主独立の状態にあった。
建国の伝説では、３邦（ラント）の代表が、ハプスブルグ家に任命された代官による支配に対抗、ルツェルン湖付近の「リュトリの野」で、同盟の盟約を結んだといされる。ラントの定義は、完全な自治を享受する自由農民、すなわち帝国自由身分を獲得した農民の住む地域で、渓谷共同体のことだ。「リュトリの誓い」と呼ばれる永久同盟は、実際には１２９１年に「更新」された。初めて締結されたのは、１２４０年頃と思われる。この後、１４世紀は、原初三邦とハプスブルグ家との絶えまない戦いの歴史が始まり、いくつかの都市、ラントが様々な同盟を通して核に加わってくる。
8月１日が最初に建国記念日として祝われたのは１８９１年だが、すぐ忘れられた。１８９８年に連邦議会によって、毎年8月１日を建国記念日にすると正式に制定された。建国記念日は、１９３０年代隣国ドイツでナチが政権を取り、その脅威がスイスにも及ぶ中、「スイス人」としての愛国心と防衛意識を高揚する必要に迫られるとともに、意義深いものになっていく。