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スイスで最も有名な道化師ディミトリさんが１９日、８０歳で死去した。何十年もの間パントマイムをはじめ、さまざまな曲芸で観客を笑顔にさせてきたディミトリさん。彼は同時に、優れた画家であり、歌手でもあった。
年齢をもろともせず、常にディミトリさんは舞台の上に立って離れ業を披露してきた。大きく横に広がった口の中に卓球のピンポン玉をたくさん詰めて見せては、子どもたちを笑わせた。
ディミトリさんが亡くなったのは１９日夜。ディミトリさんの娘がイタリア語圏スイス公共放送（RSI）に対し明らかにした。
ディミトリさんの本名はディミトリ・ヤーコブ・ミュラー。スイス南部のティチーノ州アスコーナで幼少期を過ごした後、陶工の職業訓練を受ける傍ら演劇と曲芸を学んだ。その後、パリでパントマイムや綱渡りの技を取得し、スイスのサーカス団「クニー」に参加。団員として世界を巡業した。
ディミトリさんは天分豊かな画家そして歌手でもあった。友人のロベルト・マッジーニさんと共にティチーノ州の伝統的な歌を演奏してみせた。また１９７０年に妻と共同でティチーノ州ヴェルシオに劇場を、７５年には演劇学校を設立。７８年には自身のオリジナル作品を演じた。
昨年秋に行われたスイスインフォの取材に対し、ディミトリさんは「今、健康であり、世界で最高の職についている。私は運がいいのだと思う」と言い、毎日３時間の練習と、舞台の数をこなすことを心掛けていると話していた。また死に対する恐怖があることを認めた上で、死ぬこと自体よりも、病気や苦しみなどを想像すると怖くなると説明した。あの世があると信じ、ディミトリさんはこう話した。「死後、身体はうじ虫に食べられてしまうが、私たちは無形で存在し続けると信じている」
（独語からの翻訳＆編集・大野瑠衣子）