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旧ユーゴ国際戦犯法廷のカーラ・デル＝ポンテ主任検察官は、ユーゴとの二年越しの交渉の末、遂に先週スロボダン・ミロシェビッチ前大統領の身柄引き渡しに成功した。元ボスニア・セルビア人主導者のラドヴァン・カラジッチ氏と側近のムラディッチ将軍らの戦犯法廷への引き渡しも狙うデル＝ポンテ主任検察官だが、母国スイスでの評価は複雑だ。 。このコンテンツは 2001/07/02 10:43
デル＝ポンテ主任検察官は、１９９４年から９９年まで連邦検事を務めた。当時、彼女を「組織犯罪と資金洗浄と戦う恐れを知らない戦士」と評する人があったが、「制御不能ミサイル」と評する向きもあった。彼女に批判的な勢力は、デル＝ポンテ主任検察官の高圧的な態度を非難し、彼女が担当した事件で結果が成功だったと評価されるものがほとんどないことを指摘する。
デル＝ポンテ主任検察官は、９年間在籍したティチーノ州司法当局で麻薬取引とマネー・ロンダリング組織撲滅で主導的役割を果たしたことから有名になった。イタリア・シチリアのマフィア掃討を指揮したジョバンニ・ファルコーネ判事と共同でマフィア裁判を担当していた８９年には、マフィアの暗殺を生き延びた。が、９４年に連邦検事に任命された頃から、デル＝ポンテのキャリアは陰りはじめる。彼女が担当したアルゼンチンの武装グループ・メンバー、元スイス軍大佐、スイス人ジャーナリストらに対するテロ容疑の裁判では、全員が無罪となった。また、ロシアとスイスにまたがる組織犯罪の捜査を指揮した際、前露大統領の兄弟が関わるマネーロンダリングの件でメキシコにある資産を凍結しようとしたが失敗した。
５２才でハーグの国際戦犯法廷主任検察官に任命された時も、デル＝ポンテ主任検察官の給料の出所をめぐって論争が起きた。国連で働くスイス人の給料をなぜスイス政府が支払う必要があるのかとの声が上がったが、連邦政府は反対を退け２００３年にデル＝ポンテの４年の任期が終るまで１００万スイスフランを支払うことに合意した。
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