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ただの鉄道が、それもゆっくりとしか走れない単線の私鉄が、ユネスコ世界遺産に認定されているということに、世界一の技術と機能性を誇る日本の鉄道に慣れている読者の皆さんは驚かれるかもしれない。その私鉄とは、私の住むグラウビュンデン州を走るレーティッシュ鉄道である。今日は、鉄道は移動の手段、速ければよりいいと思っている人にも、鉄道のもう一つの魅力を教えてくれる、この驚異の鉄道をご紹介したい。
レーティッシュ鉄道（Rhätische Bahn / Ferrovia retica / Viafier retica）は、スイスでもこの地域だけに住んでいた先住民族ラエティアにちなんだ名前を持つ、グラウビュンデン州を中心に走る私鉄である。社名が三か国語（ドイツ語・イタリア語・ロマンシュ語）になっていることからもわかるように、三つの言語圏を繋いでいる。2000年の歴史を持つ州都クール（Chur）、世界経済フォーラム（WEF）で有名なダヴォス（Davos）、世界中の富豪が集まるリゾートのサン・モリッツ（St.Moritz）、イタリアのティラーノ（Tirano）などをはじめとして、グラウビュンデン州の主要市町村と、景観の美しい自然地帯を走るスイス最大の私鉄である。
チューリヒからサン・モリッツ間には、直通列車は存在しない。国鉄のスイス連邦鉄道（SBB/CFF）はクールが終点で、その先に行くためには必ずクールで乗り換えることになる。レーティッシュ鉄道が、スイス連邦鉄道が採用している1.435mの標準軌ではなく、1m幅の線路を採用しているからである。このメートル軌を採用し、しかも単線であるのは、それだけ鉄道の敷設の難しい険しい山岳地帯を走っているからだ。
レーティッシュ鉄道の中でも、観光客に最も有名で魅力的なのは、クール＝サン・モリッツ間のアルブラ線とサン・モリッツ＝ティラノ間のベルニナ線である。日本人の観光客がよく利用する氷河急行（Glacier Express）は、マッターホルンで有名なツェルマット（Zermatt）からサン・モリッツまでを三つの私鉄の区間を直通運転しているのだが、このうちの１区間がアルブラ線なのである。
アルブラ線のハイライトは、今から100年前の技術の粋を集めて作られた鉄道そのもの。標高およそ600mのクールから1800m近いサン・モリッツまでを閉ざされた険しい山の中、鉄道を建設するということがどれほどの大事業だったのか、車窓を眺めているだけで実感できる。クールからライン河に沿って走る列車が山岳地帯に入って行くと最初のハイライトが現われる。フィリズール（Filisur）駅を出てすぐに通るラントヴァッサー橋（Landwasserviadukt）である。この橋を通る時には列車がカーブするので、長さ136m、高さ65mのアーチ橋を通る車両を写真に撮ることが出来る。その高さの上を通っている列車に乗るたびに、よくこんな橋を造ったなあと驚いている。
それから、アルブラ山地を蛇行しながら列車は登っていく。車窓から眺めていると、トンネルから出る度に一度見たことのあるような光景が幾度も見えてくる。これは、一度で登るには標高差がありすぎるので、いくつものトンネルを通りながらぐるぐると蛇行しているためだ。同じ村が少しずつ小さくなり、標高が上がっていることがわかる。そして、長いトンネルを越えると、突然そこはエンガディン地方になっている。アルプスを越えたのだ。それはドイツ語圏からロマンシュ語圏に移ってきたということでもある。
もし、時間があるならば、サン・モリッツ＝ティラーノ間のベルニナ線にも、ぜひ乗っていただきたい。クール＝ティラーノ間をベルニナ急行（Bernina Express）という名でパノラマ車両のある直通列車が走っている。ベルニナ線の魅力は、氷河急行では実は見ることのできない氷河をはじめとする雄大なアルプスの山の景色だ。
モルテラッチ氷河を見ながら列車がどんどん登って行くと、夏でも雪を頂く標高4000mの峰々が壮観なベルニナアルプスが広がっているのを座席に座ったままで見ることができる。ヨーロッパで最高地点（2253m）にある鉄道駅オスピツィオ・ベルニナ（Ospizio Bernina）の近くのビアンコ湖の真ん中には堰堤に区切られていて色の違う水がある。これはこの氷河湖の分水界で北の方からはイン川、ドナウ川となって黒海へ流れ、南はポー川となってアドリア海へそそぐのだ。
ここから列車は下りになり、カーブを繰り返しながら美しい森林を通って風光明媚なイタリア語圏の街、ポスキアーヴォ（Poschiavo）へと向かう。イタリア的な明るさとスイスの静かさを兼ね備えた美しいレ・プレーゼ湖を眺めているとすぐに360度のループで有名なブルージオ（Brusio）。長い列車に乗っていれば他の車両が自分の乗っている車両の上または下を通るのを見ることができる。そして、国境を越えるとそこはもうイタリアだ。
たったの数時間でこれだけの標高差を走り抜け、技術の粋を集めた鉄道敷設に驚嘆し、何万年も氷河に覆われた山とヤシの木の繁る南国を堪能し、そして、三か国語の全く違う言語圏と文化圏を通り抜ける。その間、車窓には常に写真を撮りたくなる美しい光景が続く。景観を壊す奇妙な建築や、興ざめな看板など、見苦しい光景がほとんど見られない。列車に乗っているだけで、ずっとスイスの自然や街並の美しさを堪能できるエンターテーメントになっているのだ。
スイスの鉄道のチケットは、残念ながらかなり高額である。しかし、日本から来た友人にどこへ行って何を観たらいいかと訊かれれば、私はいつもベルニナ急行での旅を薦める。夏でも冬でも、この列車による旅はスイスについての強い印象を残し、よき思い出となることは間違いないからだ。
ソリーヴァ江口葵
プロフィール：ソリーヴァ江口葵
東京都出身。2001年よりグラウビュンデン州ドムレシュク谷のシルス村に在住。夫と二人暮らしで、職業はプログラマー。趣味は旅行と音楽鑑賞。自然が好きで、静かな田舎の村暮らしを楽しんでいます。インフォボックス終わり