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絵本「ウルスリのすず（Schellen-Ursli）」で大きなカウベルを身につけて喜ぶウルスリ少年の絵を見たことがあるだろうか。3月1日の子供たちの行進は、現在のエンガディン地方でも伝統に則って行われている。今日は、この祭り、チャランダマルツ（Chalandamarz）についてご紹介しよう。
現在のグラウビュンデン州（Kanton Graubünden）は、ラエティア（Raetia）というローマ帝国の属州だった。当時のローマのカレンダーでは、新年の始まりは3月1日。春の始まりが、一年の始まりでもあった。
この日には、伝統的に男の子たちが、カウベルを身につけて歌いながら、冬の邪悪な精霊を追い払い春の訪れを祝う風習がある。青い上着に、赤い帽子と赤いスカーフを身につけてカウベルを鳴らす子供たちの姿は、微笑ましいニュースとして毎年報道される。
エンガディン地方は、グラウビュンデン州の東端にある山岳地帯だ。アルプス山脈に囲まれた美しい森林と湖が風光明媚な地域で、伝統的な建築の家々が並ぶ小さい村が散在している。人びとはロマンシュ語を話し、独自の文化風習を伝えている。チャランダマルツはその一つである。
スイスに移住して14年、なかなかこの興味深い祭りを見に行く機会がなかったのだが、今年は3月1日が日曜日だったので泊まりがけで見学に行くことにした。
実際に観に行くことにするまで、この祭りは特定の村でしか行われていないのだと思っていた。例えば「ウルスリのすず」に出てくるグアルダ他のサイトへ（Guarda）。とても小さい村だが、チャランダマルツで有名なので、2月になってから宿泊場所が確保できるか心配だった。だが、よく訊くとこの祭りは、エンガディン地方のほとんどの村で見ることができることがわかった。例えば、サン・モリッツ他のサイトへ（St. Moritz）でも、見学が可能だ。
ただ、村によって開催時間やどんな形で行進するかが異なるので、見学したい場合は事前にそれぞれの村のウェブサイトで確認した方が無難だ。
行きつけの郵便局にエンガディン地方出身の人がいたので、「あまり大きな街ではなく、伝統的で、絵になる写真が撮れそうなのはどこ？」と訊いたところ、「一番のおすすめはツォーツ他のサイトへ（Zuoz）よ」と言われた。小さいが、とても美しいエンガディン独特の家並みの残る村で、素朴な昔ながらのチャランダマルツを観ることができるというのだ。
おすすめに従い、2月28日にツォーツのチャランダマルツを見学し、またその近くにあるツェルネッツ他のサイトへ（Zernez）に宿泊して、3月1日にそちらのチャランダマルツも観ることにした。今年は、例年と違い3月1日が日曜日だったので、前日の2月28日にチャランダマルツを開催する村も多く、かけ持ちでいくつかの村の祭りを見る事のできる滅多にないチャンスだったのだ。
結果的にこの二つの同じようで異なるチャランダマルツを観ることができたのは幸運だった。
ツォーツのチャランダマルツは伝統に忠実で、男の子だけが参加できる。また、カウベルを身につけて丸一日の行進をこなせないような小さな子供たちは、正式には行列には加われない。もちろん、親たちと一緒にしばらく行列の後ろを歩くことは許されている。女の子たちは、青い上着と赤い帽子の伝統的な服装はさせてもらえないし、午後に隣村マドゥライン（Madulain）へ行く時も男の子たちのように馬車に乗せてはもらえない。
その代わりなのかどうかはわからないけれど、3月1日の学校での舞踏会では、おしゃれをして男の子たちにエスコートされてダンスを踊っていた。男の子たちに大切に扱われて踊っている様子はとても嬉しそうで、こういう場があるから「二十一世紀なのに男女平等じゃないのはおかしい」という声もでないのかなと思った。
一方、もっと人口が多くて、大きい村であるツェルネッツのチャランダマルツは、女の子も参加可能だ。それにカウベルをつけているのはある程度大きい男の子たちだけだった。おそらく日本でいう中学生にあたる年齢の男の子たちがリーダーを務め、小学生と幼稚園くらいの子供たちがそれに従う。
どちらの行進でも共通していたのは、子供たちはカウベルを鳴らしながら行進し、広場や役場、大きなレストランなどで止まると、そこで「チャランダマルツの歌」を歌うことだ。歌い終わった後は激しくベルを鳴らす。
カフェで出会った村の人が話してくれたところによると、昔は一週間もかけて全ての家を回り、歌っていたそうだ。今は、さすがに一週間も学校を休ませて行進させるわけにはいかないので、主要スポットだけを一日かけて回るのだという。
実をいうと、私の住む村にも似たような習慣がある。ここはドイツ語圏だが、地名などから以前はロマンシュ語圏だったことがわかる。3月1日ではなく大晦日の早朝から、やはりカウベルを鳴らして各家庭を回り、歌で新年の幸福を祈る習慣だ。ロマンシュ語圏からドイツ語圏に変わり、新年も3月1日から元旦へと変化したが、子供たちの間では伝統が生き続けているのだなと思った。
エンガディン地方のチャランダマルツには、新年のお祝いであると同時に、「意地の悪い冬の精霊を追い出して春を待つ」という意味がある。子供たちのカウベルや歌の他に、鞭を振るうパフォーマンスが公開されるが、これには冬の精霊を追い払う力があると信じられているそうだ。
「カトリックの人たちは、謝肉祭（カーニバル）のどんちゃん騒ぎで冬への憂さ晴らしをするだろう。チャランダマルツはプロテスタントの村々での、冬を早く終わらせて春の訪れを願う大切な祭りなんだ」。この地方出身の同僚が、そんな風に説明してくれた。
チャランダマルツを見学して、とても印象に残ったことがある。どちらの村の行進でも、中心となって動いていたのが中学生の男の子たちだったことだ。私の育った東京の中学校では、ひとクラスに50人、学年には8クラス400人もの生徒がいて、他の学年の生徒たちと親しくつきあうことは稀だった。スイスの学校、とくにグラウビュンデン州の田舎の学校では、50人というのはひとクラスではなく学校全体の生徒数であることも珍しくない。学年は違っても、全ての生徒の名前と顔が一致しているのが普通だ。
チャランダマルツの行進では、大きい子が率先して小さい子供たちの面倒を見ていた。行列に遅れてしまっている子がいないか、カウベルのベルトがうまく嵌められないで困っている子がいないか、合唱にみんなが揃っているかなどを、見学している大人たちではなく、青い上着を着た男の子たちがよく観察して、きめ細やかに対応していたのだ。
そうした大きい男の子たちは、立派なカウベルをつけて、前方を行進し、馬車の道行きでは前方の馬車の御者席に座る。小さい子供たちは、そんな先輩の姿を見ながら毎年行進に参加する。そして、彼らが大きくなった時に、やはりかつての上級生と同じことを誇りを持ってするようになるのだろう。
もちろん、村役場や教師、保護者ら、大人が裏方にとしてサポートしているのだが、それでも祭りはこうやって子供たち主体の長い伝統として受け継がれてきたのだなと、しみじみ思った。昔から脈々と受け継がれてきた伝統の祭りが終わった今、冬の寒さの厳しいエンガディン地方にも春の兆しが見え始めている。
ソリーヴァ江口葵
プロフィール：ソリーヴァ江口葵
東京都出身。2001年よりグラウビュンデン州ドムレシュク谷のシルス村に在住。夫と二人暮らしで、職業はプログラマー。趣味は旅行と音楽鑑賞。自然が好きで、静かな田舎の村暮らしを楽しんでいます。