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トマス・モアが著書「ユートピア」で無条件のベーシックインカムの思想を世に出してからちょうど半世紀後。スイスで、世界で初めてこの案の是非を問う国民投票が行われた。
（編集部注：原文の記事（英語）は２０１６年５月１０日に配信されたもので、本文中の肩書き、情報は当時のままです。記事のリードは変更しました）
「ユートピア」は１５１６年にラテン語で出版。無条件のベーシックインカムは泥棒を減らす方法として紹介された。１０年後、モアの友人であるフアン・ルイス・ビベスがこの案を元に、詳細な提案を練り上げた。１５２６年、ビベスがベルギーの都市ブリュージュの市長に宛てたメモがきっかけで、イープル（同じくベルギーの都市）のフラマン人コミュニティでこのアイデアが初めて実践された。
スイスにあるザンクト・ガレン大学の経済史学者フロリアン・シュイ他のサイトへ氏は、無条件のベーシックインカムは「貧しい人々を救うためのもの」と説き、この思想の起源は中世の終わりから特に重要とされてきたと語る。その当時から、議論の針路は変遷してきた。
シュイ氏はスイスインフォに対し「このベーシックインカムを巡る議論の多くは、人々が受け取る金額をどう変えるかということではなく、ブランドイメージをどう変えていくかという内容に重きがおかれている。例えばそれを福祉ではなく、基本的人権ととらえてもらう、というように」と語る。
モアの時代から、この思想はジョン・F・ケネディ米元大統領の言葉を思い起こさせるような形で進化を遂げてきた。ケネディ元大統領はかつてこのような名言を残している。「人は死に、国は興亡するかもしれない。しかし思想は生き続ける」
今日、無条件のベーシックインカムを支持する人たちは、国民全員にいくらかのお金を定期的に支給するという概念が、かのビクトル・ユーゴーが提唱した「世界中の軍隊に勝るものがある。それは時にかなって生まれた思想だ」という高みまで到達して欲しいと願っている。
ベルギーのベーシックインカム・ヨーロッパネットワーク（BIEN）によると、ベーシックインカムの基本的な考え方は、働かなくても暮らしていける基本的な収入を政府が国民に支給するということだ。他の収入をどれだけ得ているかにも左右されない。
支持者は、無条件のベーシックインカムが貧困を緩和し、雇用を増やす最も確実かつ公平な方法だと主張する。しかし、実現に向けては様々な選択肢と障壁がある。例えば財源をどうするか、社会保障や社会福祉など政府の他の支援策とどう相殺するかといった点だ。
思想は時を超えて
１６、１７世紀、サラマンカ学派の著名な学者たちが無条件のベーシックインカムについて議論した。彼らは貧困からの救済、またラテンアメリカにおけるスペインの植民地拡大がもたらした影響などの問題に取り組んでいた人たちだった。英国では１５７６年、エリザベス一世の統治下で作られた「救貧法」が人々に仕事を提供したが、定職にはつながらなかった。
フランスの知識層の関心が個人の生存権に集まる中、モンテスキューが１７４８年に「法の精神」を発表。モンテスキューはこの中で、国は「国民全員に対し、安全な衣食住と健康を損なわない生活様式を保障する義務を負う」とうたった。
１７９０年代、自然権思想で知られる英国の作家トマス・ペインとトーマス・スペンスは、ベーシックインカムの思想を支持した。ペインが重きを置いたのは、高齢者と小さな子供を持つ親たちを支援すること。フランスのニコラ・ド・コンドルセもまた、貧困と不平等を削減する社会保障の一つの形態としてベーシックインカムを支持した。
彼らの考え方は欧州の福祉・社会保障システムの発展に深くかかわっている。その一つの例が、１８７１～９０年、ドイツの初代首相ビスマルクが導入した年金や健康保険だ。しかしこのときは「ベーシックインカム」ではなく「社会福祉」と名付けられた。
現代ではどうか
１９７０年代に入ると、様々な無条件のベーシックインカムが北米に根を下ろし始める。
・１９７４～７９年、カナダのマニトバ州ドーフィンで、各世帯に現金を支給する実験が行われた。その結果、教育が改善し、子供を出産したばかりの母親と１０代の若者たちの労働時間が減り、労災事故も減った。
・米アラスカ州では１９７６年、産出される石油やガスからの収入を積み立てて投資する恒久的な基金を設立。半年以上居住実績がある全ての住民に対し、基金から毎年、配当という形で支給するというものだった。
その他の最近の事例
・ドイツの支援団体が２００８～０９年、ナミビアの村で現金を支給するプロジェクトに資金援助した。その結果学校に行く子供が増え、犯罪が減少した。資金援助は２０１２年初めごろまで続いた。
・フィンランド政府は２０１７年１月からベーシックインカムの実験を始める。
・オランダのユトレヒト、ティルブルフなどの都市も同様の実験を実施、または検討を進めている。
・英スコットランド国民党は現在の福祉制度の代替策としてベーシックインカムを支持。スコットランド独立後、福祉制度を構築する際にこのアイデアを検討する考えを示した。
・イタリアの北部の都市リボルノでは5月、試験的に６カ月間、ベーシックインカムを導入することを決めた。国レベルでは政党「五つ星運動」が２０１３年、同案を提案。２０１５年２月から上院の委員会で議論が行われている。
・スイスのローザンヌ市議会は先月、市政府に対し、無条件のベーシックインカムを試験的に実施するよう求めた。
スイスの国民投票
スイスではこのほど無条件のベーシックインカム導入を求めるイニシアチブ（国民発議）が出され、国民投票が行われる。ただこのイニシアチブは、具体的な支給金額を明確にしていない。
しかしイニシアチブの発起人は、この国に合法的に居住する国民が、所有する資産や雇用にかかわらず、月に約２千５００フラン、子供は一人６２５フランを受け取る案を提示している。
発起人らは3月、チューリヒ中央駅で大金を投じた宣伝活動を展開。朝のラッシュアワーを行きかう通勤客に１０フラン紙幣を配った。経済的な理由にとらわれずに人生を送れることを知ってほしかったという。
シュイ氏は、この議論は貧困層に対する「根本的に異なる二つの考え方」を反映していると指摘する。貧しい人が困っているのは自己責任なのか？それとも、人々に労働時間が行き渡らないのは経済システムのせいなのかー。
エデンの園でアダムが禁断の果実を食べてからというもの、人はずっと労働の苦しみを強いられてきたー。モアの「ユートピア」にはそんな宗教的観念が出てくる。そして産業革命以後、人々は労働時間が減少しても生産量が維持される、あるいは増えるという考え方に慣れてきた。
そして今、労働時間の減少にどう対応すべきかが問われている。
シュイ氏は「戦後モデルに戻っているのだと思う。つまり資本主義の黄金時代と呼ばれるもの、そして非常に強い成長率と高福祉・高負担への懐古だ」と話す。「トマス・モアや宗教というより、戦後へのノスタルジアのようなものだと思う」
（英語からの翻訳・宇田薫）
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