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トーマス・ベイツ・ブロウ
美術品の熱心なコレクターで販売業者であったトーマス・ベイツ・ブロウ(1853—1941)は、京都府下京区に居を構えていた。養蜂家、植物学者、そしてロンドン・リンネ協会と王立写真協会のメンバーでもあった英国人ブロウは、日本人女性と結婚し、英国で冒険家・探検家を輩出してきた家系の中でも異色の存在であった。彼は生まれ故郷ウェリンで養蜂器具の工場を築いて富と名声を得た。熱心な旅行家であったブロウは世界中の大陸に足を運んだ。イギリスでは、オークションハウスや、ジョリー、ベーレンス、トムキンソン、エドモンズ、ランサムといった当時の著名な日本美術コレクターらによく知られた存在だった。ブロウの死後、彼の浮世絵コレクションは大英博物館に遺贈された。
共通の知人を通してセイロンでブロウに出会ったと思われるアルフレッド・バウアーは、ジュネーヴに居を構えた1907年以降、ブロウの仲介で日本の“骨董品(curios)”を蒐集し始めた。バウアーはブロウから、刀の刃や装飾、根付、印籠、浮世絵、薩摩焼、七宝焼き、小型の象牙彫刻、青銅製品、蒔絵飾り棚の他、玉器や漆器、鼻煙壺といったシノワズリーの品もいくつか手に入れる。商人ブロウはまた博識な助言者でもあり、1919年以降日本・中国美術に関する書物、個人コレクションや競売のカタログをバウアーに提供している。しかし、ブロウの協力で得た美術品は、浮世絵以外、バウアー・コレクションの中に痕跡を残しているものは少ない。美術品を選ぶ目が次第に厳格になっていったバウアーが、その多くを1928年に売却したからである。