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2023.4.23.
イザヤ65:17-19、Ⅱコリント5:1-5
「永遠の住みかへ」（浅原一泰）
見よ、私は新しい天と新しい地を創造する。先にあったことが思い出されることはなく、心に上ることもない。しかし、私が創造するものを代々とこしえに楽しみ、喜べ。私はエルサレムを創造して喜びとし、その民を楽しみとする。私はエルサレムを喜びとし、私の民を楽しみとする。そこに再び、泣き声や叫び声が聞かれることはない。
私たちの地上の住まいである幕屋は壊れても、神から与えられる建物があることを、私たちは知っています。人の手で造られたものではない天にある永遠の住まいです。私たちは、天から与えられる住みかを上に着たいと切に望みながら、この地上の幕屋にあって呻いています。それを着たなら、裸ではないことになります。この幕屋に住む私たちは重荷を負って呻いています。それは、この幕屋を脱ぎたいからではなく、死ぬべきものが命に呑み込まれてしまうために、天からの住まいを上に着たいからです。私たちをこのことに適う者としてくださったのは、神です。神は、その保証として霊を与えてくださったのです。
マーガレット・コルベル、という女性を御存じだろうか。８０年程前、太平洋戦争で負傷して捕虜となった日本兵たちが収容されるアメリカ・ユタ州の日本人捕虜収容所で彼女は働いていた。アメリカ人の彼女にとって日本は紛れもなく敵国であったし、収容されていた兵士たちはアメリカ兵たちに砲撃を繰り返して何人もの命を奪ってもいただろう。しかしマーガレットは負傷した日本兵たちのために、実に献身的に、昼夜を惜しんで彼らの世話をしたと言う。
ただ、それまでマーガレットは心の底から日本を憎み、日本人の兵士たちを恨む人間であったという。それには理由があった。彼女の両親はアメリカから日本の関東学院に遣わされ聖書を教える宣教師をしていたが、次第にアメリカとの関係が悪化し太平洋戦争が勃発するまで、両親は戦争を回避しようと訴え続けたが、開戦後は二人は止む無く日本を離れフィリピンに遣わされる。ところがそのフィリピンも日本軍に占領され、「日本兵はフィリピンの子供を残酷に殺害している」という噂が流れ、両親は日本軍の司令官クラスの者に「今、すぐ止めて欲しい。幼子に罪はない」と訴えた。しかし日本軍はこの二人をカメラを持っている、という理由だけでスパイ容疑で捕え、処刑してしまう。首を切り落とされる直前、両親は日本兵に頼んで聖書を読む時間を与えてもらい、二人でこう祈ったと言う。
「父よ、彼らをお赦し下さい。自分が何をしているのか、分からずにいるのです。」
両親が処刑されたことをアメリカで知ったマーガレットは日本への激しい憎しみを募らせる。しかし後に二人の最後の祈りのことを聞かされ、父も母も日本を赦し、日本のために命が尽きるまで祈った意味の重さがひしひしと伝わり、遂にはマーガレットも日本への憎しみを乗り越える努力をしなければと決意し、そうしてあの捕虜収容所で働く道を選んだ。
事実だけを説明することは出来る。しかしそこに至るまでのマーガレットの、また彼女の両親の思いを、呻きをはかり知ることは無理だと思う。この人たちはどうしてそんなことが出来たのか。正直、私には出来ない。自分を蔑み、見下してくる相手を赦すことなど、ましてやその相手のために神の祝福を祈ることなど到底できない。表面的にそのように装ったとしてもそれは本当の祈りにはならないし、真剣に祈ることなど私には出来ない。むしろ、変わる前のマーガレットのように相手を憎み、恨んでしまうと思う。ただ、そのようにしか考えられない自分の心の狭さを思い知らされ、苦しみ続けている。お前はそれでもクリスチャンか。よくもそれで自分を牧師などと言えるな。もう一人の自分がそう囁いている。
ただ、もしかしたらこれが、私にとっての「呻き」なのでは、と思わされている。薬を飲めば治ると分かっている痛み苦しみならば呻きにはならない。答えが分からず、出口も見えず、なぜ自分が苦しまなければならないのか、その理由もわからないまま苦しみ続けなければならない状態。「呻き」とはそういうものなのではないだろうか。シリア・トルコの大地震で被害を受け、家を失った人々の苦しみも理由などなく出口も見えない。一年を超えるロシア侵攻に脅かされ続けて来たウクライナの弱く小さな市民の方々の苦しみも同じだろう。スーダンの内戦で命の危機に曝されている人々の苦しみもそうかもしれない。その人たちは理由なしに終わりなき、希望なき、果てしなき苦しみを背負わされ続けている。私などの「呻き」とは比べ物にならないほど重く苦しい「呻き」だと思う。しかし重い呻きに比べれば軽い呻きなど大したことはない、と切り捨てるのは少し違うように思う。重かろうが軽かろうが、どんなに小さな呻きであっても「呻いている」自分から眼を背けずに、潔く認めることから見えて来るものがある。聖書はそう告げているのではないだろうか。
先ほど、イエス・キリストの僕パウロがコリントの教会に宛てて書き記した手紙の一節を読んでいただいた。皆さんはインド洋と地中海を舟で行き来することを可能にしたスエズ運河をご存知と思う。また太平洋とカリブ海、更には大西洋を船で行き来することを可能にしたパナマ運河もご存知であろう。この手紙が書かれた頃のコリントの町は、スエズ運河やパナマ運河に似た役割を果たしていた。地図を見るとアテネのあるギリシャ本土から南に進むにつれて東はエーゲ海、西はイオニア海に挟まれて陸地が急激に狭くなり、その南に広がるペロポンネソス半島にかろうじて繋がっている。その最も陸地が細くなっているところにコリントは位置していた。東のエーゲ側の岸辺から西のイオニア海側の岸辺までの距離はわずか五キロ。歩いても一時間はかからない。既に紀元前五世紀頃、その五キロの陸地に舗装された道路が敷かれ、荷物を積んだ船を容易に引き摺って通すことが出来た。つまり二千五百年前のコリントは運河のように地中海の東と西とをつなぎ、多くの商人や旅人が往来する交通の要衝であった。しかし様々な国から富と情報が集まる町の常としてモラルは著しく低下し、快楽を追い求め自堕落な生活をする者達が多数発生したという。
パウロがコリントの町にある教会に向けて書いた手紙は二つであるが、実際彼はもっと頻繁に手紙を書き送っていた。それらがまとめられて今の二つの手紙になったと考えられている。それは、頻繁に手紙を書かざるを得ない理由がこの教会にあった、ということだ。パウロはかつてこの町で信仰の核心としてイエス・キリストの十字架と復活の出来事を宣べ伝え、多くの者たちを回心させた。しかし人の心は変わり易い。パウロが町を去るや否や、信者達は違う教えに飛びつき、パウロを非難する者まで現れた。違う教えとは、キリストによって救われ罪赦されたのだから、あなたがたは何をしようが自由であると。だから自分の力を信じてやりたいように生きよと吹き込まれた。そこで知恵ある者は己が力を誇った。富あるキリスト者は、富こそ自分が義とされている証しだと言って自分を正当化した。一方、知恵も力も富もない者は見下された。バブルの頃がそうであったように、快楽に溺れることでしか自分を主張できないような空気が町中に漂い、教会においてもそれが現実となり始めていた。そこでパウロは断腸の思いを持って頻繁に手紙を書き送ったわけである。
「私たちは、天から与えられる住みかを上に着たいと切に望みながら、この地上の幕屋にあって呻いています」。「この幕屋に住む私たちは重荷を負って呻いています」。先ほどの聖書の中にそう記されていた。第一の手紙には、「十字架の言葉は、滅びゆく者には愚かなものであるが、私たち救われる者には神の力です」(1:15)という有名な言葉も残されている。パウロは自分の知恵を誇らない。自分を非難する者たちに向かって自己正当化するわけでもない。むしろそれとは正反対のことを言っている。幕屋とは、かつて神が荒れ野放浪の四十年を過ごした出エジプトの民に、神を忘れさせない為に建てさせたテントであるが、それをパウロは「私たちの地上の住まい」と言い表した。ということは、幕屋とは我々の地上の生涯のことであろう。肉の命のことであろう。快楽に溺れることを追い求め、浮かれ騒いでいる者たちに対して、地上で生きている限りわたしたちは重荷を負って呻いている存在だ、とパウロは正直に認めている。コロナに揺さぶられた三年間、人類は弱さを思い知らされた。その一方でウクライナ、スーダン、ミャンマー、アフガニスタン、香港では、一部の力を握る者たちによって罪もない人々が翻弄され、悲しみに打ちひしがれている。きれいごとは通じない。結局最後にものを言うのは力だ、とキリスト者も心の奥底でそう思っている。知恵や富や権力を持つ者が最後は勝つのだと。しかしキリスト者は、重荷を負ってうめき苦しんでいる存在であることを思い知らされている筈だ、とパウロは訴えた。そして、違う教えに飛びついていた信徒たちにパウロは続けてこう語った。「わたしたちの地上の住みかである幕屋が滅びても、神によって建物が備えられていることを、わたしたちは知っています」と。それは「人の手で造られたものではない天にある永遠の住みかです」と。私たちがどんなに呻き苦しんでも、たとえ肉の命が滅んで地上の生涯の幕を閉じる日が来たとしても（コルベル宣教師）その先には、神によって建物が備えられている、それは人の手で作り出すことなんか出来ない、永遠の住みかであることを私達キリスト者は知っているのです、と。キリストを信じたからと言って弱く貧しい罪人であることに変わりはない。不安になり、道に迷い、人を恨んだり憎んだりしては後悔することしきりである。しかしパウロは言う。我々が地上の生涯において、不安に苛まれ、後悔を繰返し、心傷ついて涙を流し続ける日々であったとしても、それでも生き抜かなければならないのは、この永遠の住みかが天から私達に示されているからなのです、と。永遠なる神と共に生きる、永遠なる住まいが示されているからなのです、と。その幻を既に預言者イザヤも伝えていた。「見よ、私は新しい天と新しい地を創造する。先にあったことが思い出されることはなく、心に上ることもない。しかし、私が創造するものを代々とこしえに楽しみ、喜べ。私はエルサレムを創造して喜びとし、その民を楽しみとする。私はエルサレムを喜びとし、私の民を楽しみとする。そこに再び、泣き声や叫び声が聞かれることはない。」ただ、まだ誰もそこに達することが出来ていない。だからこそ「わたしたちは、天から与えられる住みかを上に着たいと切に願って、この地上の幕屋にあって苦しみもだえています」、とパウロは言い切った。
二千年前のコリント教会だけではない。今現在も人々は、既にその永遠の住みかを身につけているかのように振舞い、己の勝利を勝ち誇り、自らの弱さ脆さから眼を背け、自分に呻き苦しみがないかのような演技をしながら生きているように思う。演じきれた者は成功者として認められ、失敗した者は見下される。しかし福音は、人間の思惑や演技とは無関係である。それは、神を知らなかった罪人を神へと振り向かせる神の力であり、弱く脆いこの身をも信仰へと招き入れてくださったキリストによってのみ「天から」、神が与えて下さるものであろう。神はキリストを十字架の死からよみがえらせた。それを通して神は永遠の命を示しておられるのである。地上の住みかである幕屋が滅んでも、つまり地上の生涯が幕を降ろしても、神によって備えられた建物があることを、キリストを通して示しておられるのである。誰が自分からそのことを信じられよう。しかしキリスト者とは、神によって霊によってそのことを信じさせられた人間であろう。その時キリスト者一人一人において、皆さんにおいても、キリストを通して「死ぬはずのものが」永遠の命に「飲み込まれ」ている、それが確かに始まっている、聖書はそう告げているのである。
キリスト者は、先におられるキリストへと続く一筋の道を、キリストに助けられ、キリストに背中を押され、疲れ蹲ったときにはキリストに背負われて、その道を前へと進む命とされている。地上の幕屋、地上の住みかなる肉の命も自分の手で脱ぎ捨てることができるわけではない。自分の思いで不安や思い煩いから、呻き苦しみから逃げ出せるわけでもない。しかしそれでも、いつ如何なる時も、キリストが一人一人の手を握って導いておられる。かつて以前に務めていた教会で、永眠者記念礼拝においてこのように語ったことがある。肉の命が死の眠りに就こうとするその瞬間、お一人お一人は既に、死ぬはずのものが命に飲み込まれたあのキリストに出会っていた。それまで重荷を負って呻いて来た地上の生涯とは違って、復活のキリストに抱きかかえられて死ぬはずのものが永遠の命に飲み込まれている、そのことに気づかされて、お一人お一人はこの世から旅立っていかれたに違いない。地上の幕屋で呻き苦しんできたのも、すべてはこの日を迎えさせるための神の御心であったのだと。そのことに気づかされ、お一人お一人は安らかに旅立っていかれた。お一人お一人の死に立ち会うことでそのように私の目が開かれたと申し上げた。
初めにご紹介したマーガレットのご両親も呻き苦しみの連続であっただろう。しかしフィリピンで日本兵に処刑される直前、二人はどこを望み見ていたであろうか。この世ではなく、日本兵でもなく、神の国を、神の国だけを仰ぎ見る者とされていたのではないだろうか。だからこそ日本を赦し、日本の為に心から祈れたのではないか。彼らの死がそのようにキリストの命に呑み込まれる神の奇跡が起こったからこそ、娘マーガレットも変えられていったのではなかったか。
同じく神は皆さんを、貧しさ極まりない私をも、今この時も、死で終わる命ではなく真の命へと呑み込もうとしている。地上の幕屋ではなく永遠の住みかであり、天のエルサレムを神は我々に仰ぎ望ませようとしている。そこへと至らせるために神は我々に信仰を与え、教会へとつながらせている。教会での信仰生活も会堂建築も、ゴールではなく永遠の住みかへのプロセスである。困難や愛する者との別れが訪れようとそれも、真の神の民とされるため、永遠の再会を果たすためのプロセスである。そのことを心に留め、永遠の住みかに向けての新たなる信仰の歩みを果たして参りたいと願う。