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ヨハネ20：30～31、使徒17：1～15「キリストへと導くために」
2020年8月2日（左近深恵子）
先ほど共にお聞きしました使徒言行録の箇所は、パウロの第二伝道旅行と呼ばれる旅の一部です。パウロはかつてユダヤ人として厳格な教育を受け、熱心に神に仕えていると自負する者でありましたが、その熱心さはキリスト教徒に対する迫害へと向かいました。パウロたちの迫害を避けたキリスト者たちは各地に散り、それらの地で新たにキリスト者が生まれていることを知ったパウロたちは、エルサレムの外へと迫害の手を伸ばします。その日もキリスト者を見つけ出し、エルサレムに連行するためにダマスコへと向かっていたパウロに、復活の主がご自身を現わしてくださり、パウロの進むべき道を示されました。「異邦人や王たち、またイスラエルの子らに」主の名を伝えるために、主はパウロを選ばれたと、この出来事において記されています（使徒9：15）。
キリスト者となったパウロは、アジアの地域で福音を宣べ伝えていましたが、主はパウロが計画していた場所ではないところでの伝道を幾度か示されました。それはパウロにとって歩みを妨げられるようなことでありましたが、パウロは主の導きを受け留め、その度に変更を重ね、とうとう海を渡り、マケドニア州に入りました。現代の地理的な区分けで言うと、アジアを出て、初めてヨーロッパへと渡ったのです。
パウロは先ずフィリピの町で伝道を開始しました。安息日にユダヤ人たちが祈りを捧げている場所を捜し、そこにいた人々に語りました。異国の地で異邦人たちに伝道をする使命を神さまから与えられたパウロですが、その活動の大半はユダヤ人伝道から始まっています。ユダヤ人は、旧約聖書が証しする神さまを信じ、それまで神の民の歴史を担ってきた人々です。神さまがイスラエルの民を祝福の源とされることで、他の民にも祝福を与えられ、歴史を貫いて救いのみ業を為してこられたことを知っています。この救いのみ業が、イエス・キリストにおいて成し遂げられたのだと、今や神さまは新しい救いの歴史を推し進めておられるのだと、パウロはユダヤの人々に先ず明らかにしました。これまで救いの歴史を担ってきたユダヤの民を基に、更に異邦人へと福音が伝えられ、ユダヤ人も異邦人も教会において一つの新しいイスラエルの民となってゆくことを望み見ていました。
フィリピの祈りの場でのパウロの伝道を通して、リディアという女性の実業家とその家族たちが洗礼を受けました。リディアはその後、パウロとその一行の伝道の働きを積極的に支えることになります。その街でパウロや同行していたシラスは、一人の奴隷を助けたことによって奴隷の主人たちから逆恨みをされ、捕らえられ、役人に引き渡され、不当な仕方で投獄されてしまいます。しかし獄中で神さまへの賛美の歌を歌い、祈るパウロたちの賛美と祈りに、周りの囚人たちは聞き入り、看守とその家の人々が洗礼を受けるという思いがけない展開も起こります。
牢屋を出たパウロたち一行は、次にテサロニケの町に行きました。その間、アンフィポリスとアポロニアという町を通りますが、それらは経由しただけですので、通る町全てに滞在し、伝道をしたのではないことが分かります。ユダヤ人たちがそれらの町にはいなかったのかもしれません。
テサロニケにはフィリピよりも多くのユダヤ人がいたようで、町にユダヤ人の会堂がありました。パウロは三回の安息日に渡って会堂に行き、聖書を引用して語りました。このことを使徒言行録は「いつものように」と述べます。ユダヤ人のコミュニティーがあり、安息日の礼拝が捧げられていれば、その中に入って行って福音を宣べ伝えるのが、パウロのいつもの伝道であったのです。
会堂でパウロの話を聞いたユダヤ人たちの中のある者たちは、旧約聖書が告げるメシアは、主イエスなのだと信じました。更に大勢の異邦人が、パウロの言葉に耳を傾け、主イエスを救い主と信じました。当時それぞれの町の会堂には、ユダヤ教の教えに惹かれ、その教えに耳を傾け、神さまを崇めていたその街のギリシア人たちが出入りしていたようです。テサロニケの会堂にもそのような人々がおり、パウロの話を聞いて大勢のギリシア人が、この町の有力者の婦人たちも含めてパウロの言葉を喜んで聞き、信じるようになりました。他方、これらの人々がパウロに従うようになったことを不愉快に感じたユダヤ人たちは、広場にたむろしているならず者を何人か抱き込んで暴動を起こし、町を混乱させ、パウロとシラスを人々の前に引き出そうと捜しました。しかしパウロの伝道によって主イエスをキリストと信じるようになった人々の助けによって、パウロとシラスは夜の内に無事に町を抜け出し、べレアという町に行きました。
べレアの町でもテサロニケと同様にパウロはユダヤ人の会堂に入って伝道しました。ここでもギリシア人の上流婦人や男性たちも少なからず信仰に入ったとあります。テサロニケでは異邦人たちの方が多く福音に心を開きましたが、このべレアのユダヤ人たちは、テサロニケのユダヤ人たちよりも素直で、歪んだ誇りに頑なになることなく、大勢の人がパウロの言葉に耳を傾けたようです。ところがパウロがべレアで伝道していると知ったテサロニケのユダヤ人たちが、わざわざ押しかけてきて群衆を扇動し、騒ぎを起こしました。そこでパウロは再び主イエスをキリストと信じるようになった人々の助けによって町を抜け出し、アテネへと向かったのです。
こうしてパウロは、一つの町で暫く伝道しては、そこでの伝道が阻まれるとまた次の町に行って伝道することを繰り返しながら、旅を続けました。どの町でも福音を受け入れ、信仰へと導かれた人々も居れば、そうではない人々もいます。自分の家にパウロたち一行を迎え入れ、その働きを支え、パウロが去った後その地域の教会の要となっていった人々も居れば、自分たちが手に入れられるはずの利益を損ねるとパウロを逆恨みしたり、神の民に属するとの誇りが寧ろ福音を聞くことの妨げとなって、心を閉ざし、パウロの活動を阻止するため、広場のならず者たちやローマ皇帝の権威も利用し、他の町の人々までも巻き込んだ人々もいました。そのような妨害によって、パウロや同行者たち、またパウロの働きを支えていた人々に危害が及ぶことも多々ありました。パウロたちが伝道のために捧げたいと切望していたであろう時間や健康も損なわれました。しかしまた、そのような妨害が、福音の種を蒔くパウロたちを更に遠くへと押し出すことにもなったのでした。
福音に耳を傾ける人もいれば、そうではない人がいる現実を私たちも良く知っています。だからこそ、今日の聖書の箇所が伝える、べレアの町で福音を受け入れた人々に起きたことをしっかりと聞きたいと願います。この人々は、特別に素晴らしい話を聞いたから、受け入れたのでしょうか。パウロが伝えた福音とは、旧約聖書の時代に神さまが預言者たちを通して告げてこられたメシア（救い主）は、主イエスであるということに集約されます。パウロがそれぞれの町に滞在していたのは、数週間、長くて数か月です。その間語れることは限りがあります。主イエスのなさった驚くようなみ業や、語られた言葉、その人となりについて詳細に語れば、一層聴衆を引き付けることができるかもしれませんが、パウロは福音の核心を伝えることに集中します。旧約聖書によって神さまが示してこられた約束は、主イエスの十字架と復活において実現されたことを語り、人々と論じ合ったのです。
神の民であるユダヤの民の指導者から、またその民から見捨てられ、最も近くにいた弟子たちにさえ裏切られ、死刑に処せられた罪人が救い主である、神の民の救い主であり、この私の救い主である、これが福音です。華やかさは無いかもしれません。パウロの語り口に取り立て人々をぐいぐいと惹きつけ、高揚させるようなところも無かったかもしれません。けれどこの福音の核心が無ければ、その他の魅力的なドラマティックな主イエスのみ業も言葉も意味をなさなくなってしまいます。この福音の核心を、べレアの人々は素直に聞いたのです。
「素直に」という日本語は、ともすると批判的な視野を欠いた者が鵜呑みにしているような、否定的な印象を与えるかもしれませんが、「素直に」と訳された言葉には他に「高貴な、身分の高い」といった意味があります。他では社会的な地位の高さを表すものとして用いられますが、この箇所ではテサロニケの人々に比べてより高尚な人々であったと、より心の気高い人々であったと、述べるために用いられていると思われます。歪んだ誇りや頑なさが妨げとなってみ言葉から距離を置き、低い方へ、低い方へと流されてしまう人間の現実の中で、べレアの人々は神さまを仰ぎ、聖書の言葉によって導かれる神さまに対して自分自身を開き、心が高く挙げられました。コロサイの信徒への手紙3章に、こう記されています、「あなたがたは、キリストと共に復活させられたのですから、上にあるものを求めなさい。そこではキリストが神の右の座に着いておられる。上にある者を心に留め、地上のものに心を引かれないようにしなさい」（3：1～2）。私たちの罪の値をご自分の命によって贖うために十字架に上げられ、死者の中から上げられ、天へと挙げられたキリストを仰ぐことによって、気高く素直な心へと高められるのです。
このべレアの人々のことを使徒言行録はまた、「非常に熱心にみ言葉を受け入れ、そのとおりかどうか、毎日、聖書を調べていた」と述べています。パウロの説き証しや説明が真理であるかどうか、自分たち自身でも聖書から聞こうとしたのです。語られるのを待つだけでなく、福音をもっと味わいたいと、日々の生活の中で噛みしめたいと、自分から求めたのです。毎日読みなさいと命じられたから頑張って読んだというのではなく、み言葉に触れる喜びや驚きや新たな発見が、日々み言葉へと促す力となったのではないでしょうか。熱心な探求の積み重ねによって信仰を日々養われた人々は、福音を深みから受け入れることができたのでした。
テモテへの手紙Ⅱは聖書についてこう記します、「この書物は、キリスト・イエスへの信仰を通して救いに導く知恵を」私たちに「与えることができます」（Ⅱテモテ3：15～16）。聖書を学んでそこから自分に役立つものを得るということも、あるでしょう。けれど何よりも聖書は、神さまが私たちのために与えてくださったキリストへと導くものです。主イエスご自身にまみえることができ、傍でその言葉を聞き続けた弟子たちでさえも、復活の主がご自身を現わしてくださったときに、その方がどなたであるのか悟ることができませんでした。その弟子たちに対して主イエスはこう言われています、「私についてモーセの律法と預言者の書と詩編に書いてある事柄は、必ずすべて実現する。これこそ、まだあなたがたと一緒にいたころ、言っておいたことである」（ルカ24：44）。聖書の言葉と神さまの導きが無ければ、彼らでさえ、主イエスに本当に出会うことはできなかったのです。主イエスが救い主であることを告げる聖書の言葉は、私たちを、主の命に生きることへと導きます。感染症の影響下で、肉体の健康と生命が脅かされる不安に押しつぶされそうな思いでいる私たちに、ヨハネ20：31の言葉が響きます。「これらのことが書かれたのは、あなたがたが、イエスは神の子メシアであると信じるためであり、また、信じてイエスの名により命を受けるためである」。私たちは聖書によって、今も生けるキリストに出会い、主の命に生きることへと導かれているのです。