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スイスの国号を持つ、ブラジル北東部バイーア州にある小さな村「ヘルヴェチア」には、奴隷制の名残がある。約２百年前にこのヘルヴェチア村の大農園を経営していたのは、スイス人のヨハン・マルティン・フラッハさんだ。彼の大農園でも、奴隷が労働を強いられていたという歴史が今も残る。
ブラジル皇帝ドン・ペドロ１世の皇后、マリア・レオポルディーネと交流があったフラッハさんが経営していた大農場は、植民地としてレオポルディーネが所有していた土地のなかでも最大の農場に数えられた。
１８５０年にブラジルで奴隷制が廃止された当時、フラッハさんの大農園は国のコーヒー豆の生産量の大部分を担っていた。コーヒー産業が輸出の４割を占めていたブラジルは、世界で最も大きいコーヒー生産国の一つに数えられた。しかし、これも奴隷の労働なしには成し遂げられなかっただろう。１９世紀前半では１５０万人ものアフリカ出身の人々が、ブラジルで奴隷として労働を強いられていた。
今日、ヘルヴェチア村にはドイツ人を祖先とする３家族と、スイス人を祖先とする１家族が暮らしているが、村民の８割以上がアフリカ出身。ヘルヴェチア村では長い間ヨーロッパ文化とアフリカ文化が衝突してきた。奴隷の過去は、今日までヘルヴェチア村に長い影を落としている。
（写真・Dom Smaz他のサイトへ 独語からの翻訳・説田英香）