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チューリヒと言えば金融の街。スイス銀行が立ち並ぶこの街の金融の歴史が、実はそんなに長くないと知れば、驚く人もいるだろう。
ざくざくとお金が集まるチューリヒの心臓部。ここのベーレンガッセ博物館で、現在「チューリヒの人々とそのお金」展が開かれ、チューリヒがいかに僻地から金融都市に変容をとげたのか紹介されている。
物語は紀元前100年、ケルト民族が作ったコインの発見から始まる。見つかった場所は、現在の証券取引所地区だったから、面白いものだ。
華麗なる変身
チューリヒが、事実上の無名の町から人もうらやむ活気に満ちたお金持ちの都市となった裏には、次の３つの事実がある。まずはヨーロッパで吹き荒れた宗教改革で、カトリック教会の財産が略奪されたこと。そして貨幣の鋳造が機械化されたこと。最後は、チューリヒ中央駅の前に立つ伝説的な銀行家、アルフレット・エッシャーの存在だ。
国際的なスイスの銀行、クレディスイスをエッシャーが創立したのは1856年。彼は保険大手のスイス・リ社やスイスの学問の最高峰、チューリヒ工科大学創立の立役者でもある。
「チューリヒはいつもヨーロッパの貿易において重要な役割を担ってきました。ヨーロッパ大陸の中心という、地理的に有利な場所にありますからね」と話すのは、チューリヒ貨幣博物館のイェルク・コンツェット館長だ。同博物館も今回の特別展に協力した。
「中世の時代、ドイツとイタリアの間を行き来する商品は、多くの場合、チューリヒの税関を通らなければいけませんでした。けれども、アルフレット・エッシャーやその他の企業家がやってくるまでは、ここはそんなに裕福な都市ではありませんでした」
展示は、来館者がただ一方的に見て歩くだけではなく、歴史的視点やテーマ別に分けながら、チューリヒがどのようにお金持ちの街になっていったかを、来館者参加型のツアーを通して紹介する。また、英語とドイツ語、フランス語の音声ガイドも用意されている。
一番稼いでいたのは銀行家ではなかった
また、昔の人々の思考回路と、今日マスコミをにぎわしている問題を比較しながら展示を行うという試みがなされていることも興味深い。18世紀初頭、チューリヒで最も稼いでいたのは、市役所職員のヤコブ・フォルマーだった。
展示では、フォルマーと今日の大金持ちを比較して、当時と今の常識の違いを鮮やかに見せてくれる。「フォルマーは才能豊かな職人で、彼の仕事に多くの機械器具が必要でした。だから、人々は彼がその器具を買うために沢山のお金を受け取っても当然だと思っていたのです」とコンツェット館長は説明する。「今日、銀行家がお金をもうけすぎていると非難されているのと比べて大きな違いですね」
現在、スイスは欧州の中でも数少ないEU非加盟国だ。ユーロ通貨も頑固に拒否している。だから来館者は、1865年にスイスがフランスやイタリア、ベルギー、ギリシャによる「ラテン通貨連合」に加盟したことに驚くかもしれない。
ラテン通貨連合内でも共通通貨が流通していたが、今日の「ユーロ通貨に疑問を持つ人々」が喜びそうなことに、この共通通貨は1926年に崩壊した。
また、1970年代に展開された、「銀行の秘密主義に対する左翼の政治的キャンペーン」というテーマの展示もある。これは1984年、銀行の財産を市民のための価値ある目的に振り分けるべきだという国民投票につながった（結果は否決）。
チューリヒの小鬼
そしてもちろん、「チューリヒの小鬼」抜きではチューリヒのお金の歴史は語れない。命名したのは、英国元首相、ハロルド・ウィルソンだ。ウィルソンは、1966年に英ポンドの価値が下落したのは、スイスの銀行家たちが国際金融市場で投機的な動きをしたせいだと非難した。
展示では、「通貨に関する30の厚顔無恥の嘘」と命名されたビデオや「お金、それは自由」、「幸せになるためには、お金が絶対必要」など、数々の言葉を読んだ後、来館者は自分の意見を黒板に書くことが出来る。
コンツェット館長は、昔と今ではお金の持っている力は相当違うと言う。「1700年には、お金は実際にかなり強力な武器として人々をコントロールしていました。だからお金持ちは財産を金庫に鍵をかけてしまっていたのです。けれども、現代では、お金はそこまでの力は持っていませんし、人々はお金のある、なしに関わらず、もっと自由に自分の意思に基づいて行動します」
swissinfo、マシュー・アレン 遊佐弘美（ゆさ ひろみ）意訳
補足情報
‐チューリヒ証券市場は、ニューヨーク、ロンドン、パリ、フランクフルト、東京、香港に並ぶ国際金融マーケット。
‐チューリヒにはUBS、クレディスイスというスイス最大の銀行の本店のほか、数え切れないほどのプライベート・バンクがある。
‐チューリヒで最初に通貨を鋳造する権利を得たのは、フラウミュンスター寺院の女子修道院長で、1045年のことだった。
‐チューリヒでは、1555年から1561年まで900万枚の通貨が鋳造された。これらはカトリック教会の財産である金と銀から作られた。
キーワード
この特別展は、チューリヒのベーレンガッセ（Barengasse）博物館で2007年３月４日まで開催されている。
共催は同じくチューリヒにある貨幣博物館。
クレディスイス・グループのジュビリー基金が150周年を記念して、部分的に資金援助している。