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スイス各地で14日、男女間の賃金格差是正、職場でのハラスメント根絶などを訴える大規模な女性ストライキが始まった。
ベルン駅では同日午前７時過ぎ、三角巾を頭に巻きエプロンを付けた女性たちが、ほうきや室内用物干し台、おもちゃのベビーカーを片手にラッパを吹いて構内を練り歩いた。
女性閣僚のシモネッタ・ソマルーガ環境・運輸・エネルギー・通信相もベルン駅でのデモ活動に参加した。
ローザンヌでは深夜、女性たちがたき火でブラジャーとネクタイを燃やし、男女同権を訴えた。
チューリヒではクリトリスを模倣した造形物が市内を練り歩いた。
スイス西部フリブールでは、市中心部のジョルジュ・パイソン広場を中心にデモ活動が行われる。主催者は５月、報道陣に対し、広場の名称が男性名のジョルジュであることに触れ「その日は（女性名の）ジョーゼット・パイソン広場に改名され、集会・パーティーの中心地になる」と語った。
他の地域でも集会が行われる。
なぜストライキ？
労働組合ウニア・ベルン支部のシュテファニー・フォン・カナハさんは5月、記者団に対し「女性たちは、変化のために戦う用意ができている」と語った。ストライキに参加する理由は男女間の賃金格差、パートタイム労働者への圧力、家事労働の負担、性的暴力など数多くあるという。
公務員労働組合書記のカセリーン・フリードリさんは、不平等な労働条件がデモ参加の十分な理由になると語った。
フリードリさんは「1981年に男女平等に関する憲法条項が作られ、拘束力はないが男女平等法ができた。それにもかかわらず民間セクターの女性の給与は男性より約20％低く、公共部門では16％低い」と語った。
6月14日はスイスの女性運動史で極めて重要な意味を持つ。1981年のこの日行われた国民投票で、スイスの有権者は男女平等を憲法に盛り込む案にゴーサインを出した。1991年6月14日には、労組組合主導の女性ストライキが起こり、50万人の女性が男女平等の遅れを訴えストをした。
Keystone-SDA/sb