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昭和9年8月それまでの「横山町一丁目、同二丁目の北大部、三丁目の西大部、通塩町の南大部」をあわせて横山町とし、昭和46年4月、住居表示実施により日本橋横山町になった。
甲州街道の本町通り両側に開けた町で一〜三丁目があった。
慶長年間（1596年〜1614年）に西本願寺があったが、明暦三年（1657年）の大火ののち西本願寺は築地に移り、跡地に町屋が開かれ、主要街道筋にあったため、商店街として急速に発展していった。
町名の由来は御家人横山某の知行地であったことによると言われる。
横山町町会のお神輿は、初宮入です。
参考：
江都天下祭研究会神田倶楽部
「明神様の氏子とお神輿」
武蔵野書院 2001年4月1日初版