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第６５回ロカルノ国際映画祭最終日の１１日、「新鋭監督コンペティション部門」の最高賞である金豹賞（グランプリ）を、メキシコのペドロ・ゴンザレス・ルビオ監督の「祈-Inori」が受賞した。これは「なら国際映画祭」で昨年受賞したルビオ監督が、奈良県十津川村（とつかわむら）で自然とそこに住む村人の姿を追ったドキュメンタリー。河瀨直美監督がプロデューサーを務めた「日本の作品」とみなされるものだ。
一方、ロカルノ国際映画祭のメイン「国際コンペティション部門」の最高賞である金豹賞（グランプリ）は、フランスのジャン・クロード・ブリソー監督の「どこにも属さない少女」に授与された。
「今回のロカルノ国際映画祭で、一番心に残った映像は十津川村の一人で生きる、おばあちゃんの朝ご飯のシーン。決して忘れない」と、「新鋭監督コンペティション部門賞（Concorso cineasti del presente）」の審査委員長を務めた、マハメット・サレ・ハルン氏は述べた。
山で摘んだ山菜をおかずにおばあちゃんが朝ご飯を「きょうは食べすぎかな」と言いながら食べる姿こそが、若者が見捨てた村で「自然と調和しながら生きる」という意味をくっきりと浮かび上がらせる。「朝ご飯を食べるのは一日の始まり。それが人生。日々を生き抜く力を見る者に与えてくれるからだ」とハルン氏は言う。
それは、「生きることの本質を見失いそうな多くの（世界中の）都会人の生活に対抗する『最後のとりで』、『最後の希望』のようだ」とも話した。
祈
「祈-Inori」は、山々に深く霧がかかるシーンから始まる。鳥の声が降るように聞こえている。つり橋を遠くから歩いてくるおばあちゃんの姿。トラックがたまに通過する国道のそばで小さな店を営む男性。「昔は子どもの声がそこらじゅうで聞こえた。今は人の気配がなくなった」とぽつりと言う。「村の人々は、病気だったり、子どもが全員家を出て独りで住んでいたり、母親の面倒を見るために村を捨てられなかったりと、皆生きると言うことの苦しみをさまざまな形で抱えていると感じた」とルビオ監督。
この、人が抱える根源的な生きることの苦しみは、自然に囲まれた純粋で（いい意味で）単純な生活のために、かえってはっきりと見えてくる。そしてこの苦しみに対峙（たいじ）するために祈る。「村に入って、祈りが村人の日常にあるということに感動した。死とかあの世といったことが身近にある」
目に見えないものを信じる力
「祈-Inori」では動物や自然も大切な「役者」だ。畑を耕す人の横で大きなあくびをする犬。青い瞳で空を見つめる死体となったシカ。朝を告げる、ニワトリのけたたましい声。動物たちも人間と同じレベルで生きている。この、人間も動物も植物も同じという、そして生きて死ぬということをこれほど温かく見つめた映像は珍しい。
「日本人の動物や植物との共存の姿勢は欧米にはないものだ。また、撮影された動物以外に、鳥にも深く感動した。目に見えないが多くの鳥の声を音声で入れた。それらはいわば空から降ってくる神の声に近いものだった」とルビオ監督は言う。
こうしたルビオ監督の感性を河瀨直美プロデューサーは次のように評している。「言葉が通じない村で撮影するのは大変だったと思う。しかし彼には言葉を超えて感じる力がある。目に見えないものを信じる力もある。それが大きなスケールですべての世界に対し開かせる原動力なのだ」
前出のハルン氏は、ルビオ監督のこの才能をまた違う形で評価し、「彼の自然や村人を見つめる視線が正しい」と言う。それは「日本は世界から遠いため、外国人の監督が撮影した場合、（禅、歌舞伎といった）既成のイメージで日本を見がちだ。ところがこの監督は彼の心で、自然を尊重し自然と共存する日本の精神・哲学を深く理解し、それを我々に見せてくれた」と述べている。
そして「もし自然とともに生きることを（人間が）忘れたら、人間の生活に狂いが生じて機能しなくなる。このメッセージを彼は（大声で）訴えるのではなく、静かに映像で見せている」と最後に付け加えた。
国際コンペティション部門
なお、ロカルノのメイン「国際コンペティション部門（Concorso internationale）」の最高賞である金豹賞（グランプリ）は、フランスのジャン・クロード・ブリソー監督の「どこにも属さない少女」に授与された。
パリに生まれフランス語の教師を２０年間もやった後、映画作りを始めたブリソー監督。今回の話は、ブリソー監督のように長年教師を務め退職し、妻も亡くした孤独な人物が、ある日アパートの前にけがをして倒れていたホームレスの少女の世話をする。そのうちさまざまな不思議なできごとが起こる。
「この作品を見ていると、（映画の中の）アパートに現れる幽霊のように、我々の頭の中に、自分が作った過去のさまざまな映像などがよみがえり、映画と一緒に自分も過去を再び生きる経験をした」と審査委員長。もう一人の審査委員も「映画の魂がある」と高く評価した。
また今年この国際コンペティション部門には、ドキュメンタリーやフィクションなどスタイルの異なる作品がミックスしていた。「どうやって選んだのか？」との記者団からの質問に、審査委員長は「映画とは現実をさまざまなレベルで表現すること。表現ということではどのジャンルも同じで、つまり表現力の強さで選んだ」と答えた。
さらにある審査員は「今年は、ジャンルは違うがある種の共通のテーマが感じられた。それはいろいろな意味で危機の時代を生きる我々の、歴史（過去）に対する確認だった」と答えた。
実際、「祈り」も危機の時代に（日本では東日本大震災による危機か）、自然との調和という先祖から受け継がれた価値に再び光を当てたという意味で、今年の映画祭の流れの中にある作品の一つだったのではないだろうか。
第６５回ロカルノ国際映画祭
スイス、ティチーノ州ロカルノ （Locarno）市で８月１日～１１日まで開催。ヨーロッパで最も古い国際映画祭として、また新人監督やまだ知られていない優れた作品を上映することで有名。
今年は、昨年より多い３００の作品が上映され、アラン・ドロンやシャーロット・ランプリング、オルネラ・ムーティやハリー・ベラフォンテなどの豪華スターも招待された。
世界最大級（２６ｍｘ１４ｍ）のビッグスクリーンがあるピアッツァ・グランデ（Piazza Grande/グランデ広場）は８０００人の観客を収容でき、人気ある作品が上映される。これを「ピアッツァ・グランデ部門」という。今年は１７本の上映。うちスイス人監督の作品が３本含まれた。昨年、松本人志監督の「さや侍」がこの広場で上映された。
コンペ部門として、メインの「国際コンペティション部門（Concorso internationale）」と新鋭監督作品のコンペ「新鋭監督コンペティション部門（Concorso cineasti del presente）」がある。また、学生や新人監督の短・中編を集めた「明日の豹たち部門（Pardi di domani）」もコンペになる。
今年「国際コンペティション部門」には、三宅唱（しょう）監督の「Playback」がノミネートされた。「新鋭監督コンペティション部門」にノミネートされたペドロ・ゴンザレス・ルビオ監督の「祈-Inori」は、この部門で金豹賞を勝ち取った。「明日の豹たち部門」には、米澤（よねざわ）美奈監督の短編「Solo」もノミネートされた。
「明日の豹たち部門」の最高賞の金豹賞は、イギリスのガブリエル・ガウチェット監督の「人間の集団（The mass of men)」に贈られた。これは失業者の苦しみを扱っている。銀豹賞は、ウクライナのミロスラヴ・スラボスピツキ監督の「核廃棄物」に贈られた。
また、新人監督やよく知られた監督の特別作品を上映する「コンペ外部門」もあり、ここに今年、酒井耕（こう）＆濱口竜介（りゅうすけ）監督の「なみのおと」と河瀨直美監督の「塵」がノミネートされた。
河瀨直美監督は、過去と現代の偉大な映画監督や芸術家に敬意を表する「映画史部門（Histoire du cinéma）」に特別招待され、そのドキュメタリー作品４本が上映された。
この部門は今年から新設されたもの。オットー・プレミンジャー監督の作品も多数上映されたが、「このように過去の名監督の作品を修復し、まとめて見てもらう機会にしたい。昨年すでに同様の企画はあったが、今年ゴダール監督の映画からヒントを得て、改めて『映画史』と命名した」と、国際映画祭のアーティスティック・ディレクター、オリヴィエ・ペール氏は述べている。
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