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チュ−リッヒから東京まで、世界中の都会を駆けめぐるマイクロ・スケート・スクーター（スイスではこう呼ぶ）の大流行、仕掛人はスイスにいた？このコンテンツは 2000/05/26 16:08
チュ−リッヒから東京まで、世界中の都会を駆けめぐるマイクロ・スケート・スクーター（スイスではこう呼ぶ）の大流行、仕掛人はスイスにいた？
マイクロ・スケート・スクーターは、値段２７０スイスフラン、重量約２.７kgで傘とほぼ同じサイズに折り畳むことができる。「マイクロ・モバイリティーは将来ますます重要になっていく。人々は、駅から家まで、また職場まで、歩くよりは速く移動したいと思っている。」スクーターを発明し、開発してきたウィム・オウボターさん（３９）は、地元チューリッヒのワークショップで語った。また、スクーターを大規模の工場や病院で使えば、職場内での移動時間を背何時役することができる。
オウボターさんは、物を作ることに子どものような情熱を感じるといい、この情熱と起業家精神がマイクロ・スクーターの成功につながった。昨年台湾のJ.D.コーポレーションと提携、安価で生産が可能になり、大量生産を開始した。中国シェンチェンの工場で、従業員５００人で操業を開始したが、４ヵ月後には設備拡張にともない従業員を３、０００人に増やした。シェンチェン工場では、１ヵ月１００万台のスクーターが製造されている。
チューリッヒやベルンのスクーター愛用者は、スクーターを交通手段として捉えるよりも、そのトレンディーなイメージが好きなのだと言う。「ローラースケートとちがって、スクーターは一々履き替える必要がないからいい。」とベルンの３０才のビジネス・ウーマンは語る。
オウボターさんは、マイクロ・スクーターのイメージづくりに慎重だった。キャンペーンなど広告費をかけず、ブティックや音楽イベントのプロモーターに何百台ものスクーターを無料で配り、ポップ・グループのヨーロッパ・ツァーのステージで使ってもらった。その直後から、スクーターはMTVに登場する。今、オウボターさんは、インターネットを使って米国市場に売り込みをかけるため、米国の会社との提携を計画している。
が、マイクロ・スクーターの成功は、巧妙な計算よりも偶然によるところが大きい。オウボターさんは１０年前、自宅から５００mほどの店まで昼食を買いに行くのに、歩くのも嫌だし、地下から自転車を引っ張り出すのも面倒だと思った時、マイクロ・スクーターを作った。その後、彼は自分の作品を忘れてしまい、引っ越しをするまで思い出しもしなかった。引っ越し作業中、近所の子ども達がガレージの角のスクーターを見つけ、乗り回して遊んでいるのを見て、妻がビジネスチャンスを確信し「あなたがやらなければ、他の誰かが一山当てる。」と言った。
売り出しにあたって、マーケティングよりも大変だったのは、特許の問題だった。世界じゅうで５０以上のマイクロ・スクーターのコピーが出回っており、ほとんどは中国製だ。
オウボターさんは、ニューモデルを開発中だ。取り外し可能な小型エンジンを搭載したキックボードは、その一つ。
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