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◆エペソ人への手紙１章４節～６節
1:4 すなわち、神は私たちを世界の基の置かれる前からキリストのうちに選び、御前で聖く、傷のない者にしようとされました。
1:5 神は、ただみこころのままに、私たちをイエス・キリストによってご自分の子にしようと、愛をもってあらかじめ定めておられたのです。
1:6 それは、神がその愛する方によって私たちに与えてくださった恵みの栄光が、ほめたたえられるためです。
◎メッセージのポイント
前回、１章３節から「キリストにある霊的祝福」について学びました。１章４節から６節では、私たち教会に対する父なる神のみこころ（ご計画、目的、願い）ついて語られています。
１．神の選び
①神の一方的な選び
「父なる神は私たちを恵みと愛によって一方的に救いの中に選ばれた」と聖書は教えています。それも、世界が創造される前からです。驚くことに、創造者である父なる神は、私たち人間の救いをご自身の永遠の計画の中に初めから描かれていたと言うのです。
◎神は創造者なるお方であり、私たちは神の作品です
◎私の結婚
「キリストを信じる」ということが、人生の中で最も大きな決断でしたが、その次に大きな決断は「結婚」でした。アメリカに留学当時、日本にいる妻に手紙でプロポーズしたのですが、それは、すべての女性の中からただ一人の女性を選んだということになります。しかし、彼女がそれに「ＹＥＳ」と答えて くれなければ、今、夫婦としてここにいることはなかったでしょう。祈りのうちに、お互いを選んだ結果、夫婦としてともに人生を歩むようになったのです。
◎「選び」は一方的に神に「選ばれる」という面と、「神の選びに答える」という二つの面があります。
②人間の応答
キリストは、何の優れたところもない、まったくふさわしくない、それどころかかつては神に反逆していた私たちを救い、聖め、ご自身の花嫁として迎え 入れようとされているのです。私たちは救い主であるキリストからのプロポーズを受けた時に、婚約生活に入っているのです。それだからこそ、救われた者たち の集まりである「教会」はキリストの花嫁と呼ばれているのです。
◎神は小さな取るに足りない者を選ばれるのです（それはこの世の基準とは違います）
２．神のご計画の目的
①教会をキリストの花嫁としてみ前に立たせること
ご自身の救いの計画の中にしたがって、神が選び、召し出された者たち（教会）をキリストの花嫁としてみ前に立たせることが神の救いのご計画の最終的な目的です。
◎エペソの手紙のもう一つの中心的なメッセージは「教会はキリストの花嫁」
②聖さとは？
「神は私たちを・・・キリストのうちに選び、御前で聖く、傷のない者にしようとされました。」とあります。ここで使われている「聖い」はギリシャ語 のハギオスで、「神のために分けておく」という意味で す。パウロは教会の信徒たちを「聖徒」と呼んでいますが、これもハギオスです。なぜならば、救われた者たちは、もはやこの世に属する者ではなく、神のため に取り分けられた者たちだからです。そういった意味でクリスチャンは天国人であると言うことができます。
◎聖書が花嫁である教会に求めている聖さとは花婿であるキリストのために自分をささげることです。
◎父なる神は、キリストを通して、人間との親密な一対一の関係を求めておられます。
◎罪の自覚
先日、刑期を終えて出所した人々の社会復帰を助けているクリスチャンの方とお話しする機会がありまし た。この方もかつては受刑者だったのですが、興味深いことを語っていました。大きな罪を犯した人の方が、悔い改めた時に、その後の生活にはっきりとした良 い変化がみられると言うのです。おそらく、自分が蒔いた種の刈り取りを通して、自分の罪の深さが分かっているからではないでしょうか。また、自分の犯した 罪の結果、陥ってしまった悲惨な状態から救い出してくださった神の恵みの深さを体験しているからではないでしょうか。一方、罪の自覚の薄い人たちは、悔い 改めたように見えても、同じような罪を繰り返してしまうと言うのです。それは恵みの尊さが分からないからでもあり、自分が神の作品であるこも理解できない からだと思います。
◎聖書に書かれている罪はギリシャ語でハマルティア、「的外れ」という意味の言葉が使われています。弓から放たれた矢が的を外してしまうことを指し ていて、私たちが一般的に思い浮かべる道徳的な罪や、法律的な罪、あるいは宗教的な罪とはずいぶん違います。本来、神のパートナー、愛する対象として創ら れた人間が創造主である神との関係から離れている状態、そのように仕向けてしまう人間の自己中心性をを指して聖書は罪と呼んでいるのです。道徳的な罪は、 その結果として生まれてくるものです。
３．神のみこころ
①神のご意志
神のみこころには、人間の意志を超えた、人間が抵抗することのできない、神のご計画があります。神はご自身が決められた事、約束された事を必ず実行される方であり、また実現することのできるお方です。
◎神のみこころあ二つの面から捉えることができます。第一に神のご意志（ご計画）であり、次にと私たち人間に対する神の願いです。
②神の願い
神は、人間がご自身の呼びかけに従順に応答されることを求めておられます。神は人間の意志を尊重し、自ら進んでご自身との親密な関係の中に招き入れたいと願っておられるからです。なぜならば、教会は人格を持ったキリストの花嫁だからです。
◎聖書の求める聖さとは花婿であるキリストのために自分をささげること
◎父なる神は、私たちがご自身に心を向けることを願っておられるのです。
夫たちよ。キリストが教会を愛し、教会のためにご自身をささげられたように、あ なたがたも、自分の妻を愛しなさい。キリストがそうされたのは、みことばにより、水の洗いをもって、教会をきよめて聖なるものとするためであり、ご自身 で、しみや、しわや、そのようなものの何一つない、聖く傷のないものとなった栄光の教会を、ご自分の前に立たせるためです。（エペソ５：２５～２７）