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「海を二つに分けよ」出エジプト14：19～25、Ⅰコリント10：1～4
2022年8月14日（左近深恵子）
ヤコブの息子ヨセフがエジプトで宰相であった時代にエジプトに移住したイスラエルの民でしたが、ヨセフの貢献を知らないファラオや人々の時代になると、イスラエルの民は奴隷とされてしまいました。過酷を極める労働を強制され、生まれて来る男児の殺害まで命じられました。人として生きる自由を奪われ、主なる神に仕え、礼拝する自由も奪われた長い年月の末、圧迫する力の下から助けを求めて挙げた叫び声を神さまは受け止められ、アブラハムと結ばれた契約を守り続けるために、大きなみ業をもって介入することを決断された神さまは、モーセを召し出され、ファラオとの交渉に遣わされました。「お前たちを決して去らせはしない」と突っぱねるファラオに、神さまは10の災いを通して、ご自分こそが神であることを示し続けられました。民を去らせまいと抗い続けたファラオですが、とうとう最後の初子の災いが起こり、我が子の命も失ってようやく、イスラエルの民がエジプトを去り、主なる神に仕える事に同意します。出エジプトとは、ファラオの監視の目をかいくぐっての脱出ではなく、「さあ、出て行くがよい」「でていきなさい」とファラオから告げられて、エジプトを出発したものだったのです。
奴隷の地を後にし、神さまが約束されたカナンの地を目指す旅が始まりました。海沿いの道を行くのが最短距離でカナンに向かえるルートです。しかし神さまは民を荒れ野の道へと迂回させます。海沿いの道を行けば、その地域に暮らすペリシテの民と戦うことになり、民がエジプトに帰ろうとするかもしれないと考えられた神さまは、民の不安定なこころをご存知でした。ペリシテ人との闘いと、エジプトでの奴隷生活、どちらがまだましかと天秤にかけ、奴隷となることの方を選んでしまうだろうと。今日の箇所にあるように、ペリシテ人との闘いを避けても、イスラエルの民はやはりエジプトに戻るという考えに強く惹かれることになります。一度ならず、この先何度もその考えに引きずられてゆきます。しかし神さまが遠回りの道へと導かれたことによって、民は、出発後時を経ずしてペリシテ人との闘いに直面し、その考えに引きずられてゆく事態から、荒れ野を進み、そして民を奴隷としてきた力そのものと向き合うことへと、移されました。民が今、エジプトを後にすることができているのは、神さまがイスラエルの民を「エジプトの地、奴隷の家から導き出す」と決断され、10の災いの中でイスラエルの民を守られ、初子の災いにおいてイスラエルの家を過ぎ越してくださったからであります。神さまが導いてくださった葦の海に至る道は、奴隷の家から導き出してくださった神さまのみこころと、より向き合うことが求められる道となるのです。
民は、この神さまのみ心を受け留めていたでしょうか。モーセがファラオと交渉を重ね、その度に災いが起こっては取り除かれることが繰り返される間、民は全てをモーセに任せていました。長い交渉の末、とうとう悲願の出エジプトが実現した、そう思った矢先、期待していた近道ではない、迂回路へと導かれたことでしょう。幼い子どもから高齢の者まで、様々な人々から成る民にとって、荒れ野は苦労も危険も多いところです。しかしその旅には、先立って導いてくださる神さまが共にいてくださることが繰り返し述べられます。昼は雲の柱をもって導き、夜は火の柱をもって彼らを照らされる神さまに導かれて、意気揚々と進んだとあります。そして葦の海の近くにまで来ると、海辺に面した地に宿営しました。
一方、エジプトのファラオとその家臣たちは、民がエジプトを出発したことについての報告を受けます。その一つの報告によって彼らの心は一変します。初子の災いにおいて我が子を失い、頑なさをくだかれ、イスラエルの民を去らせなければ自分たちが滅びてしまうと恐れ、「出て行きなさい」と去る事を許可したファラオでしたが、ファラオたちが受けたのは、「ファラオの許可を受けて出て行った」という報告ではなく、イスラエルの民が「逃亡した」というものでした。途端にファラオや家臣の、この出来事に対する見え方が変わります。賃金を払う必要の無い労働力が逃亡してしまったと、去らせたことを大いに悔います。ファラオはイスラエルの民が近道ではなく、荒れ野の方へと進んでいることを知り、イスラエルの民は道に迷ったのだと思い込みます。これが神さまのご計画であることも知らず、奴隷たちを取り返すチャンスだと、一旦は諦めた奴隷たちを追跡するためエジプトの全勢力を動員します。他者を自分たちの思い通りに支配し、他者から全てを奪い取ろうとする貪欲さに駆られると、砕かれたはずの頑なさが再びこころ覆い、残虐な行動へと駆り立てます。イスラエルの民を水際へと追い詰めたのは、このような、人間の中に何度でも湧き起こり、我が子を失ってもなお人がそれにとらえられてしまうほど執拗な、頑なさと言えるのではないでしょうか。
海辺で宿営していたイスラエルの民は、迫りくる軍勢の音に不安を掻き立てられたことでしょう。やがてその全貌が現れ、恐怖に陥った民は主に叫びます。彼らが何を叫んだのかは記されていません。そして民はモーセに詰め寄ります。「我々を連れ出したのは、エジプトに墓がないからですか。荒れ野で死なせるためですか」、「一体、何をするためにエジプトから導き出したのですか」、「私たちをエジプトから導き出すとは、一体何ということをしてくれたのですか」と。彼らはエジプトから導き出してくださった神さまのみ心が見えなくなっています。そして「我々はエジプトで、『放っておいてください。自分たちはエジプト人に仕える方がましです。荒れ野で死ぬよりエジプト人に仕える方がましです』と言ったではありませんか」とモーセに言います。民がエジプトでモーセにそのようなことを言ったという記述は聖書の中に無いのです。民はこの危機的状況の責任を全てモーセに押し付けて、詰ります。モーセに立て続けにぶつける民の言葉の中に、「エジプト」という言葉が4回、「エジプト人」という言葉が1回出てきます。神さまを示す言葉が何も無いのと対照的です。民のこころはエジプトのことでいっぱい、いっぱいであり、そしてエジプトの持つ力へと傾いています。ここまでご自身がファラオの力を圧倒するお方であることを示し、導いてこられた神さまに助けを求める言葉はなく、奴隷の地から導き出してくださったみ業を否定します。まるでエジプトで神さまの為さったことを何も見てこなかったかのように、「エジプト人に仕える方がまし」だと言い切り、神さまがそのためにエジプトから救い出してくださった、神さまに仕える生き方を、自ら放棄しようとします。ペリシテ人と対決する道に進まなくても、民は奴隷の地に引き返す方がましだという思いに呑み込まれつつあります。神さまを礼拝し、礼拝の度に神さまの祝福に満たされる道を神さまに求めることよりも、人として生きる自由を奪われても、過酷な労働で虐待されても、どのようなものか既に知っている生活に戻ることの方に傾きます。まだ交渉の余地がありそうに思えるファラオの支配の下に戻ることをやむ無しとしてしまう思いにひきずられています。葦の海の水際で民を追いつめ、呑み込もうとしたのは、ファラオとその民の貪欲なかたくなさです。しかしまた、イスラエルの民自身の、神さまよりも目に見える力に、神さまよりもある程度渡り合えそうな力に仕える方に、生き延びる道があるとしてしまうこころもまた、民を追いつめ、呑み込もうとしたと言えるのではないでしょうか。
この民にモーセは、「恐れてはならない」、「落ち着いて、主がこれから為さる救いを見なさい」、「静かにしていなさい」と語り掛けます。自分の内に湧き起こる恐怖と怒りに混乱し、誰かを責め立て、まだましなように見える力に縋りつこうとする民に向かって、沈黙し、主を仰ぐことを促します。モーセの言葉は、「主の成し遂げられることを仰ぎ見よう」と呼び掛ける詩編46編の言葉と重なります。詩編は、人を取り巻く状況が、まるで地が姿を変え、山々が揺らぎ、海の中に移るようなものであっても、海の水が騒ぎ、湧きかえり、その高ぶる様に山々が震えるようなものであっても、全てを支配しておられる万軍の主がその中におられる、私たちと共におられ、助けをお与えになる、神さまこそが私たちの避け所であり、砦であると述べます。この詩編の11節、「力を捨てよ、知れ。わたしは神。国々にあがめられ、この地であがめられる」を、聖書協会共同訳は「静まれ、私こそが神であると知れ。国々にあがめられ、全地において崇められる」と訳しています。不安、恐れ、焦り、怒りに力み、かたくなさを増す私たちの力を捨て、沈黙し、心を鎮め、神さまを仰ぎ、この地において、全地においても崇められる神さまへとこころを向けることが、人に求められています。
神さまは、自由を奪われたままファラオに仕えようとしていた民に、神さまに仕える方へと、方向を定めるように呼び掛けられます。人の目には絶望的な状況です。しかし、民のために闘われる神さまが切り開かれる道へと心を向け、全身を向け、再出発するように呼び掛けられます。それまでイスラエルの民に先立って導いてこられた神さまのみ使いと雲の柱が、民の後ろに回り、背後に迫っていたエジプトの軍勢との間に入ります。時は既に夜。雲の柱は夜の暗さよりも深い闇でもって軍勢の視界を遮ったのでしょうか。一晩中、軍勢は民に近づくことができませんでした。
モーセが神さまに告げられた通りに海に向かって手を差し伸べると、主なる神は激しい東風をもって海を押し返され、乾いた地が現われました。東風は夜通し海を押し返し続けました。イスラエルの民が、乾いた道へと踏み出し、一歩一歩前進し続けたのは、ただ神さまへの信頼に依ります。自分たちの外側から迫り来る危機、また内側から膨れ上がる危機、それら自分たちの力を超えた危機に直面し、ただ神さまだけが全てを委ねることのできるお方であると知り、前進することができたのです。
ファラオの軍勢もまた、海の水を押し返す神さまのお力を目の当たりにしますが、それがイスラエルの民を救うためのお力であることを受け入れようとしません。奴隷を取り戻そうと後を追って海の中の道へと侵入した軍勢は、神さまが戻された水に呑み込まれました。こうして主は、イスラエルを救い出されたのです。
イスラエルの民を「奴隷の家」から救い出された主の過越しのみ業は、イスラエルの民を子羊の血によって贖われ、罪を裁く死の力から救い出し、新たに命を与えられたみ業でありました。そしてこの葦の海のみ業は、神さまが新たに与えてくださった命において、奴隷の家ではなく、神さまが切り開いてくださる道を生きていくことへと促されたみ業でありました。生きることが絶望的に見える危機的状況の中で命を守られ、道を与え、この先進む世界を与えてくださるこのみ業は、天地創造のみ業と重なるところが多くあります。創世記の冒頭を思い起こしますと、混沌とした闇と深淵が覆う状況が描かれていました。深淵の面を神さまの霊が動いておられます。神さまは創造の三日目に、その水を一つ所に集め、留め、現れた乾いた所を地と呼ばれ、水が留められた所を海と呼ばれました。このことによって神さまが命と存在をお与えになる生き物たちが、生きてゆくことのできる場所が備えられ、その後、植物や魚、鳥、地を這う動物、そして最後に人間をお造りになりました。この創造のみ業と、暗い海の水を、神さまが送られる東からの風が押し返し、海の中に乾いた道が現われ、民のために自由に至る道を通してくださった葦の海のみ業が重なります。葦の海のみ業で「風」と訳された言葉は、「霊」あるいは「息」とも訳されている言葉です。天地創造で深淵の面を動いておられた神さまの「霊」と同じです。風や霊や息を見ることはできませんが、神さまが危機的な世界の中へと放たれた力であり、混沌を押し返し、人が生きていく場を備えます。天地創造のみ業が葦の海において繰り返されていると言えます。
私たちにとって危機的な状況は多々あります。この口から出てくるのは、とめどなく沸き起こる不安と怒りを吐き出す言葉だけ、という時もあるでしょう。しかし人にとって最も危機的な事態とは、どなたが主であるのか分からなくなることです。沈黙し、静まり、み言葉に耳を傾け、主が為してこられたことに目を向けて主を知ることが、混沌とした状況の只中を進む私たちの歩みです。パウロはⅠコリント10：1～2で、「次のことは是非知っておいて欲しい」と呼びかけ、葦の海の出来事と洗礼を重ね合わせて言いました。「私たちの先祖は皆、雲の下におり、皆、海を通り抜け、皆、雲の中、海の中で、モーセに属するものとなる洗礼を授けられ」。イスラエルの民が水を通り抜けて救い出され、人として本当に生きることができる自由へと導かれたことを思い起こし、私たちは洗礼の水を通り抜けて、救い出され、罪の奴隷としてではなく、神さまに従う自由に生きる者となったのだと。イスラエルの民はこの出来事によって主を知り、ファラオに依存する道を断ち切り、水を潜り抜けて前へと進み、やがてシナイの山でモーセを通して神さまから契約を与えられ、神の民として歩む者となります。キリスト者は、主イエスこそ主であると、自分の救い主であると知り、父なる神、子なる神、聖霊なる神の名において洗礼を受け、神の民として生きる者となります。私たちを救い出し、新しい命に生きる道へと導き入れるために、ご自身の命を捧げてくださったキリストの十字架と、神さまの赦しへの信頼が、混沌とした力をすぐそこにひしひしと感じるような時の、また神さまに仕える道の狭さに足どりがおぼつかなくなりそうな時の、私たちの力です。神さまが示してくださる方向を見定め、神さまの導きに委ねて一歩一歩前進する私たちの土台です。