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スイス南部ティチーノ州に位置するレヴェンティーナ谷の上流。海抜１千メートルのこのイタリア語圏の地に、アンブリ、ピオッタと呼ばれる二つの村が並ぶ。この小さな村は、アイスホッケーファンなら誰もが知っている、いわばホッケーの聖地だ。
北からゴッタルド峠を抜けて来ると、進行方向の右側、谷の影になっている方に村が見える。アンブリの家並みでひときわ目立つのが、アーチ型の屋根をした「ピスタ・ラ・バラシア（Pista la Valascia）」。スイスのアイスホッケークラブ、HCアンブリ・ピオッタのホームスタジアムだ。スタジアムは約７千人を収容できる。７千人という数字は、この二つの村の総人口よりも多い。だが、それにはれっきとした理由がある。HCアンブリ・ピオッタのファンはスイス各地、さらには国外にもいるからだ。ファンクラブは国内だけで１７を数え、お隣のイタリアにも三つ。ホームゲームが行われる日、このスタジアム周辺ではイタリア語、フランス語、そして様々なスイスドイツ語の方言が飛び交う。
同じ州のライバル、HCルガーノと当たる日はシャフハウゼンからはるばるやって来たファンも気が気ではない。スタジアムに程近いオステリア（レストラン）に陣取り、ピザ、ワインやビールを片手に試合開始を待つ。その一人、ブルーノさんは１９８２年にファンクラブを共同で立ち上げたと話してくれた。どうしてアンブリ・ピオッタなのか？ブルーノさん本人ですら、答えが分からない。一目ぼれのようなものだったのだろう。そして、真のファンは決して心変わりしない。チームの調子が良いときも悪いときも、変わらず声援を送る。
負け犬だけど人気者
ティチーノ北部の田舎クラブがなぜこんなに人気なのか。それはこのクラブが「リーガ（リーグ）の負け犬」で、その負け犬ぶりを愛する熱狂的な信者がいるからだ。１９年に誕生したクラブは６０年代初めのスイスカップを除いて、一度もリーグを制したことがない。それにもかかわらず、８５年からずっと上位リーグにいる。クラブ自体は何度も財政難に陥り、そのたび寄付に頼ってきた。
レヴェンティーナ谷上流の住民にとって、クラブは重要な経済ファクターだ。村の数少ないレストランやホテルは、毎週ホッケーの試合を見に来るファンが頼みの綱。谷に少なからず不安をもたらしたアルプス縦断トンネルが開通すると、レヴェンティーナ谷の上流はHCアンブリ・ピオッタと運命共同体になった。エジプト人の投資家サミー・サウィリスさんは１２年、クラブの寄付の求めに１００万フランを投じ、後にウーリ州アンデルマットに建てたホテルの宿泊客にも観戦を促した。
地元の宿敵HCルガーノと当たる日は特別で、チケットは必ず売り切れる。これ以上ないほど対照的だからだ。荒々しい北ティチーノと、お高くとまったソットチェネリ（Sottoceneri、ルガーノ地方を指す言葉）。一方は高給をもらってイタリアのスポーツカー、マセラティを乗り回し、また一方はみんなの人気者。HCアンブリ・ピオッタがゴールを決めれば決めるほど、ファンの数は増えていく。戦いの火蓋は切られた。ティチーノ・ダービーを制したのは、やっぱりルガーノ。HCアンブリ・ピオッタは１対４で負けた。
単なるスタジアムじゃない、心のふるさと。ここピスタ・ラ・バラシアは、スイススポーツの聖地だ。
（独語からの翻訳・宇田薫）