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ルカ1：57～66「沈黙から賛美へと」
2020年12月13日（アドヴェントⅢ）左近深恵子
クリスマスの出来事は、み子が人としてお生まれくださった出来事です。しかし、もう一人の子どもの誕生も、聖書は大切に伝えています。後に洗礼者ヨハネと呼ばれる子どもです。ルカによる福音書は、このヨハネの誕生にまつわる出来事から始まっています。洗礼者と呼ばれるように、大人になったヨハネは神である主のものとに立ち帰らせる（1：16）ための、悔い改めの洗礼を、多くの人々に授けることになります。主イエスもこのヨハネを通して洗礼をお受けになってから、福音を宣べ伝えるために進み始められました。ヨハネは主イエスのために大きな働きを為し、主イエスはヨハネのことを、「およそ女から生まれた者の内、ヨハネより偉大な者はいない」と言われます（7：28）。主イエスとヨハネのこの関わりは、誕生の前から始まっていました。ルカによる福音書は、ヨハネの誕生と主イエスの誕生にまつわる出来事を交互に語り進めていきます。二つの出来事が互いに共鳴し、時に重なり合いながら、クリスマスの御業が浮き彫りにされていきます。
祭司ザカリアにヨハネの誕生が予告された時、ザカリアはエルサレムの神殿の最も奥にある至聖所で、香を焚き、祈っていました。至聖所の外の神殿の庭では、大勢の民衆が一緒に祈っていました。ザカリアは、イスラエルの民全てを代表して、祈りを捧げていました。
ザカリアはその時、様々な言葉を重ねて祈りを捧げていたことでしょう。奴隷の地から人々を救い出された神さまの御業を思い起こし、神さまが今も民と共におられ、民を祝福の内に置いておられる方であることを改めて心に刻み、神さまが預言者を通してご自分の民に与えてくださった救いの約束が実現されることを祈り求めました。これまでの神の民がそうであったように、ザカリアも今現在の人々のためだけでなく、この先の世代のために、救いを求めて祈りました。救い主が来られ、ダビデ家が復興し、王権が神さまのみ名によって立てられ、栄光が再びイスラエルにもたらされるように、祈ったのです。しかしザカリアは、悲しみを覚えながら祈っていたのかもしれません。
「神の前に正しい人で、主の掟と定めをすべて守り、非の打ちどころがなかった」と述べられているザカリアです（1：6）。その日の至聖所での特別な務めも、定められた通りなすべきことを行い、祈るべきことを祈ったことでしょう。けれどザカリアは、自分自身を含めて祈ることができていたでしょうか。
ザカリアと妻エリサベトは、子どもを願いながら既に高齢になっていました。高齢の自分が生きている間には、救いのみ業がもたらされないかもしれないという現実があります。そしてその子のために救いを祈り求めることのできる子孫が自分にはいないという現実があります。これまで神の民が祈り求めてきた願いが、自分の血筋においては自分たちの代で絶たれてしまうという現実があります。自分が代表として捧げる祈りに、自分自身を、自分の家族を、重ね切ることができずにいたかもしれません。年月の経過と共に、願いを我がこととして願う力が少しずつ奪われていくように思っていたかもしれません。神さまがヨハネの親とされたのは、そのような願う力を失いつつあったザカリアであったのです。
ザカリアの元に遣わされた天使は、「あなたの願いは聞き入れられた」と告げました。そして子どもの誕生と、その子がその方のために備えを為す救い主の到来を告げました。願いたくても願えなくなっていた子どもの誕生と、民のために願ってはいるけれど自分自身は心の底からそのことを願うことにもがいていた救い主の到来、その両方の願いを神さまは聞き入れてくださいました。クリスマスは、全ての人のために救い主がお生まれになった出来事ですが、その全ての人の中の一人であっても、他者のために未来の希望を語っても、自分自身は希望に生きること、未来を見ることから遠いところにいたザカリアに、最初にその喜びの知らせがもたらされました。主がザカリアにも共におられること、ザカリアとエリサベトを祝福の内に置いておられ、神さまの救いのみ業のために、未来の世代の喜びのために、大きな役割を委ねられることを、告げられたのです。
ザカリアはこのことを受け入れることができず、証拠を求めました。この出来事の後に、主イエスの誕生がマリアに告げられる出来事が語られます。それが常識ではあり得ない妊娠であることは、マリアにとっても同じでありました。しかしマリアはまだ実現していない、証拠も見ていない神さまの言葉を信じました。2人の子どもの誕生の予告が続けて語られることによって、ザカリアとマリアの姿が対比されます。祭司として人々の人生にもたらされる神さまの御業を知る機会に恵まれ、人生経験が長く、聖書や神の民の歴史についての知識が豊かで、人々から高い評価を受けているザカリアの反応と、若いマリアの反応の違いが浮き彫りになります。願っても叶えられない経験を長く経てきたザカリアの悲しみはあまりに深く、み言葉がこの先実現されることを願おうとする思いも遮ってしまったのかもしれません。ザカリアは時が来れば実現する神さまの言葉を信じることができなかったことにより、その時から口が効けなくなりました。
それからザカリアは沈黙の日々を過ごしました。人々のために祈りを捧げることが大切な務めであるのに、祈りの言葉を、口を通して発することができないのですから、困難な日々であったことと思います。ザカリアは、人々のために祈りの言葉発することができなくなっただけでなく、自分の思いを訴えることもできなくなりました。苦しみ、悲しみ、くすぶる思いを、声にすることができません。神さまに対して考えを主張することもできません。苦悩ややりきれなさ、嘆きや悲しみ、訴えたい自分の考えを抱えながら、今は聞くこと、見ることしかできなくなりました。神さまの言葉を聞き直し、神さまが為さってこられたこと、今なしておられることを見つめ直すことへと、神さまは背中を押してくださったのかもしれません。
神さまのみ言葉に耳を傾けていたい、神さまの御業を数えていたいと願いながら、過去や思い煩いに心を塞がれてしまう私たちは、日々の生活の中でなかなかみ言葉を聞くこと、恵みを数えることに集中することができません。毎月1回行っている聖書探訪では、黙想の時間を持ちます。その日の聖書箇所や、そこから思い浮かぶ個所を各自で読み、思いを巡らす時間です。そのような時間を設けて、沈黙しながらみ言葉と向き合ってみると、このような時間が自分にいかに必要であったのか、気づかされます。聖書からいただくことができるものは真に豊かで、本当はもっと長い時間聖書の言葉の中に浸かっていたいとも思いますが、そうもいかないので15分くらいで区切ります。短くてもその黙想の時間を持つと、その個所について他の方が語る感想や意見、その個所についての研究者の解説が、浸み込んできます。発する前に受けるということが、信仰において、日々を生きていくことにおいて、死に向かっていくことにおいても、無くてはならないものであることを実感します。
私たちは、自分の中にある望みや喜び、神さまへの信頼を、大切にしたいと願っています。しかしまた、願いがかなえられていない現実に大きく揺さぶられるところがあります。信仰を日々の歩みの土台としているつもりの私たちの実態を露わにするのは、私たちの言葉ではなく神さまの言葉です。神さまの言葉に本当に向き合うことよりも、自分の言葉を発している方が私たちは楽です。神さまの言葉に自分の内側を照らされることよりも、自分の苦しみ悲しみに自分を支配させてしまいがちです。ザカリアは、口を閉ざされたからこそ、聞くことができる時間、見つめることができる時間を過ごすことができたのかもしれません。
やがて月が満ちて、エリサベトは子どもを出産しました。高齢でありながら子を宿したエリサベトの無事な出産を、近所の人々も親類も大いに喜びました。そして生後8日目になると、その子に割礼を施すために人々が集まってきました。生まれた男の子に8日目に割礼を施すことは、創世記やレビ記で定められているからです。割礼によってその子どもは、両親に属するだけでなく、神の民に属する者であることが公になります。この大事な儀式において、人々はこの子に、父親の名前をとってザカリアという名前を付けようと提案します。親がいるのに命名の主導権を取りたがるほど、この子の誕生は共同体にとって大きな出来事であったのでしょう。高齢のこの祭司の家庭に子どもを与えてくださった神さまは、それほどまでに私たち神の民を祝福しておられる、慈しみを注いでくださっている。だから私たちの伝統に従って名前を付けようと思ったのでしょう。
しかしエリサベトははっきりとその提案を退けます。「いいえ、名はヨハネとしなければなりません」との答えは、強い否定の表現を用いています。集まってくれた人々の思いには感謝しても、この子の人生において最も大きな力を持つのは人々ではないことを、エリサベトは知っています。エリサベトはザカリアから神さまが名前をヨハネと名付けるように命じられたことを知らされていたのでしょう。この子の人生において最も大きな力を持つのは神さまであって、集まってくれた共同体の人々でも、親族でも、親ですらもありません。神さまがお命じになった名前を付けることによって、この子の主は神であると、この子の人生は神さまのお力の下にあるのだと、はっきりと告げます。後にキリストの先駆けとなって荒れ野で主の道を指し示し、領主ヘロデにも怯まずその悪事を明らかにし、そのことによってヘロデに捕らえられ、遂には殺されてしまうヨハネの、炎のように峻烈な人生と重なるような、エリサベトの言葉です。
しかし人々は引き下がりません。そのような伝統に無い命名の仕方は納得がゆかないと、父親に向かって「この子に何と名をつけたいか」と尋ねます。すると口の効けないザカリアは板に「この子の名はヨハネ」と書きます。エリサベトのような強さはありませんが、交渉の余地の無い宣言です。自分たち夫婦は、この子の人生の主は、神さまであるとの確信において一つであると、はっきりと示します。この特別に生まれてきた子に自分の名前がつくことを誇りにするよりも、神さまのみ言葉は時が来れば実現することを、命名によって宣言できることを誇りとしました。人間の思いや力の延長線上にではなく、神さまがそのお力によってもたらしてくださる、新しい救いの時代の幕開けを、この子の命名によって伝えられることが、ザカリアの喜びとなっていました。
子どもの命が母親の胎に宿ってから出産の時を迎えるまでの期間は、親にとってはとても長くて濃い時間です。ヨハネが誕生するまでのその期間を、まるで胎児が栄養を受けながら母の胎で過ごすように、ザカリアも魂の糧を受けとめ続けて過ごし、そしていま、ヨハネと共に、新たな人生を生き始めました。主の言葉に信頼し、子どもの名前をヨハネと書いた途端、ザカリアの口が開き、舌がほどけ、神さまを賛美し始めました。ザカリアの口が開いたのはヨハネが生まれ出た時ではなく、命名の時でありました。生まれるはずが無いと思っていた子どもが生まれたことだけでなく、その子の人生を通して神さまが御業を推し進められることを自分たち夫婦は確信しているのだと、命名によって告白したこの時が、ザカリアの新たな一歩であったのです。
神さまは、願う力が消えかかっていた高齢の夫婦を通して、救いのみ業が実現される新たな時代を始めてくださいました。ザカリアに、主の力は自分たちにも、この子どもに及んでいるのだと、深く受け止めさせてくださいました。エリサベトは、子どもの人生において、最も力を持つのは神さまであることへの信頼を貫きました。ザカリアも、この信頼に立ち返ることができました。そしてこの二人の揺るぎない信仰に接した人々も、「この子には主の力が及んでい」ることを知りました。（1：66）。救い主の到来を知り、主の再臨によって成し遂げられる神さまのお力が、私たちに及んでいることへの信頼に、私たちも歩むことができるのです。