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星の数が無い「ゼロ星ホテル」が、内装はシンプルだが朝食を部屋まで運ぶなどの特別サービスで、都会を中心に展開しようとしている。
これはもともと核戦争を想定した避難地下壕をホテルとして使うアートプロジェクトだった。6月初旬に1年間のプロジェクトは終了したが、大盛況だったため今後ブランドホテルとして売り出す予定だ。
走り出す前に歩いていた
アートプロジェクト第1号の「ゼロ星ホテル」は、アッペンツェル・アウサーローデン州のトイフェン ( Teufen ) で始まった。プロジェクト終了後、ここは美術館に変身。現在、団体客は解説付きでそのオリジナリティーをじっくりと見学できる。
このコンセプトを作りだしたのは、リクリン家のフランクとパトリック兄弟だ。アーティストの兄弟は、トイフェン市から使っていない地下壕を安いホテルに改造する計画を持ち込まれ、「ゼロ星ホテル」の構想を得た。そして「ゼロ星ホテル。星 ( スター ) はあなただ」とキャッチフレーズを付けた。
ところが、14床のベッド数で一泊10フランから30フラン ( 約800円から2400円 ) のゼロ星ホテルは大好評で、リクリン兄弟にホテル業の専門家ダニエル・シャルボニエール氏を加えた3人は、このホテルをブランドのホテルとして売り出すことにした。
「いわば走り出す前にすでに歩いていたようなものだ。つまり第1号はプロトタイプとして機能した。マーケティングが行った調査によると、過去1年間にこの第1号を利用した客の8割が再利用してくれると答えている。しかし彼らは田舎ではなく、都会を望んでいる」
とシャルボニエール氏は言う。
都会のどこに計画中なのかは、今のところ秘密だが、どうやら都会の一風変わったと所らしい。
個人的な接待
シャルボニエール氏は、過去1年間に利用した客の人数も秘密にしている。ただ、29カ国の7歳から77歳までの年齢で、あらゆる客層だったという。
「多くの客が今まで3つ星か4つ星を利用しており、ハイレベルのサービスを求めているが、最近の金融危機による経済状況で財布の紐を締めなくてはならないと語っていた」
と話す。
窓のない地下壕で、バスルームも共同という環境の中で、明るさをもたらすのは、朝のモーニングサービスにコーヒーやお茶を部屋まで運んでくれる個人的なサービスだ。今後、都会の一風変わった場所というロケーションに加え、この個人的な接待が売り物になるという。
「ユニークな経験を提供できるホテルに成功のチャンスがある」と語るのはスイス政府観光局のウルス・エバーハルト副会長だ。
「このゼロ星ホテルは、お金のかかる観光国というスイスのイメージを変えてくれるかもしれない」
と期待する。さらに今日多くの人が、ハイキング中はユースホステルに泊まり、その後はリラックスするために湖岸のウエルネスホテルに泊まるといったバリエーションのある観光を目指す傾向にあるとも付け加える。
都会の中の特別な場所
宣伝に関しては、ゼロ星ホテルは今まで多くのメディアが取り上げてくれたお陰で、マーケティングに一銭も使う必要がなかった。
「しかし、これからは別の方法、例えば特別な観光ガイドブックに載せる、ないしは人から人へという口コミが最良の方法になるだろう」
とザンクトガレン大学の観光学科の教授クリスチアン・レーサー氏は言う。
だが、このホテルはすでにガイドブック「ロンリープラネット ( Lonely Planet ) 」に1年前から掲載されている。
ベルン大学の観光とレジャー研究所のルカス・ブルナー氏は、ホテルのロケーションが一番のキーポイントだと考える。特に都会に焦点を当てるのは大切で、チューリヒとジュネーブは観光客にとって魅力的な都会だと話す。
さらに、都会の中でもアッペンツェルの地下壕のような特別な場所を探す必要がある。「これは家賃の高いチューリヒなどでは大変だろう」と懸念する。
だが、シャルボニエール氏によれば、すでに数カ所が調査済みだという。ただ、いつオープンできるかは定かではない。しかし、この「都会の中の特別な場所」を使ってのゼロ星ホテルは、スイスだけにとどまらず、スイスの国境を越えて展開する可能性もあるという高い期待を寄せている。
マシュー・アレン、swissinfo.ch
( 英語からの翻訳、里信邦子 )
スイスの宿泊に関する統計
連邦統計局 ( BFS /OFS ) が1934年から2009年にかけて行った宿泊施設に関する統計によると、ホテル数は7756軒から5533軒に減少し、29%減となった。
しかしベッド数そのものは35%増加している。
1泊する人の数は2.5倍増え、1934年の1430万人から2009年は3560万人に増加した。
一方、宿泊日数は減り、1934年は4.2泊だったのに対し、2009年は2.3泊だった。
観光客は、1934年は外国人が43%でスイス人が57%だったのに対し、2009年では逆転し、外国人が57%でスイス人が43%だ。