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宇宙誕生の謎を解明するために建設された「大型ハドロン衝突型加速器 ( LHC ) 」内を陽子ビームが初めて1周した瞬間、セルンの科学者たちは歓喜の声を上げた。ニュースは9月10日直ちに世界中を駆け巡った。しかし9日後、大量のヘリウム漏れによる事故が発生した。
修理の見通しが立った12月5日、セルンは正式なコミュニケを出し、2009年6月末に再稼動させると発表した。加速器に取り付けられた大型実験装置の一つ「アトラス 」の、日本人スタッフを率いてきた近藤敬比古 ( たかひこ ) 教授に事故の原因と今後の見通しを聞いた。
ケーブル結線部の発熱
「入射したのとリングを一周した2つの陽子ビームの丸いスポットが、加速器の完璧な性能を伝えて、モニター画面に光った瞬間の感動は忘れない。あの時の周囲の熱狂も、もう死ぬまで見ないし経験しないと思った。それだけに成功後すぐの事故はショックだった」
と近藤氏は開口一番に言った。
9月10日、世界数千人の研究者が15年の歳月をかけ緻密に仕上げた加速器内を、陽子ビームは区切られたセクターを順に進み、次のセクターに進む前には、軌道修正プログラムが稼動して微妙な修正を加え、一つ一つ「確かめながら」前進した。そうした膨大な努力の結果が1つの事故で中断された。
「セルン ( 欧州合同素粒子原子核研究機構・CERN ) 」は、15年前「大型ハドロン衝突型加速器 ( Large Hadron Collider / LHC )」の建設プロジェクトをスタートさせた。これは、ほぼ山手線の長さ27キロメートルのリング状トンネル内で、光とほぼ同じ速度に加速した陽子ビーム同士を正面衝突させ、宇宙誕生の瞬間、すなわちビッグバン直後を人工的に作り出すのが目的だ。
ビッグバン直後とは質量のない素粒子が飛び交うような世界だが、やがて物の重さ ( 質量 ) の起源となるヒッグス粒子が出現すると理論的には言われている。LHCが稼動すると、このヒッグズ粒子や目には見えない暗黒物質 ( ダークマター、光が無い物質 ) と呼ばれる新粒子などが発見されると期待されている。
LHCのリング内には、長さ15メートルのマグネットが約1200台取り付けられている。マグネットとは超伝導磁石のことだ。光と同じ速さの高エネルギーで陽子ビームを飛ばすには、その軌道を曲げてやるために高い磁場が必要だ。この高い磁場を生み出すには高圧の電流コイルが必要だが、そうすると抵抗をゼロにしない限り発熱してしまう。抵抗をゼロにするために、液体ヘリウムでマイナス271度まで冷却した、このゼロ抵抗の磁石が超伝導磁石だ。
実は、これらのマグネットを繋ぐ、電流コイルのケーブル結線部の繋ぎ方がたった1カ所うまく行なわれていなかった。約8000ある結線部中のたった1つが原因だったというわけだ。陽子ビームが加速され、高エネルギーになった際、問題の部分で抵抗値が増加し、発熱して溶けたため穴が開き、冷却用の液体ヘリウムが流れ出した。しかも液体ヘリウムが気化する際の膨張の圧力がほかのマグネットを押し、マグネット間の接続がずれてしまった。
現在その圧力で変形したと思われる600メートルのリング部分から、53台のマグネットを地上に取り出す作業を行っているという。
不幸中の幸い
LHCのリングは8つのポイントに区切られた8つのセクターから成る。事故が発生したのは3、4ポイント間の、セクター34と呼ばれる部分だ。近藤氏によれば、このセクターを除く7つのセクターでは、約5TeV ( 5 兆電子ボルト ) までビームを加速した実験を稼動開始前に行なっていた。ところが、このセクター34だけは4 TeVまでしか加速していなかった。
「結果論だが、もしこの魔のセクター34で5TeVまでのパワーテストをしていたら、事故は成功前に起こっていたことになり、稼動開始の時期が半年延び、セルンは政治的にも大変な窮地に陥っていたことになる」
と、成功後の事故を返って幸いだったと近藤氏は考えているという。
現在地下から取り出しつつある53台のマグネットを冷却して一つ一つ機能の確認実験をし、再び地下に戻して繋ぎ、さらに冷却するのに来年6月までかかる。
「発熱の個所をすぐ発見できる温度モニターを前より多く設置したり、液体ヘリウムが流れ出る安全弁を設置するなど、事故防止策が初期の段階でできるようになったことは、むしろ不幸中の幸い。それに6月までやることは沢山ある。加速器に取り付けられた大型実験装置の各スタッフはこの時期を使ってプログラムを充実させている」
と近藤氏は言う。
しかし、今後LHCの稼動が本格的に始まると、例えば陽子ビーム同士による衝突が蓄積していくエネルギーは膨大で、大きな空母船を動かす位の力を蓄えるようになるという。従って、実験には慎重を期していくことが非常に大切だと近藤氏は付け加えた。
swissinfo、里信邦子 ( さとのぶ くにこ )
近藤敬比古 ( たかひこ ) 氏略歴
1944年、新潟県生まれ。
1973年、東京大学理学部理学博士号取得後、アメリカのペンシルバニア大学でポストドクター研究。
1975年、フェルミ加速器研究所で研究。
1981年、日本に帰国し、筑波市高エネルギー加速器研究所助教授。
1988年、同研究所教授。途中でアメリカのSSC計画に参加。
1994～2008年、LHCに取り付けられている、データー収集解析の大型実験装置の一つ「アトラス ( Atlas ) 」の日本チーム100人をもう1人のリーダーと共同で率いる。
2008年3月、筑波市高エネルギー加速器研究所助教授を退官。現在セルンで、今後2年間の研究に携わる。
大型ハドロン衝突型加速器 ( Large Hadron Collider / LHC )
約55億フラン( 約5500億円 ) をかけて「セルン ( 欧州合同素粒子原子核研究機構・CERN ) 」に建設された世界最強の加速器。1994年に建設が認められ、以後15年間かけて作られた。
宇宙誕生の瞬間に近い状況を再現するため、陽子ビームを、地下約100メートルから150メートルに埋められた全長27キロメートルのリング内をほぼ光速で1周させ、反対方向から入射した陽子ビームと4カ所で、正面衝突させる。
この4カ所には、「アトラス ( Atlas ) 」、「シーエムエス ( CMS ) 」、「アリス( Alice ) 」、「エルエイチシービー ( LHCb ) 」の大型実験装置が設置されている。
日本の研究者が参加するアトラスは高さ25メートル、奥行き44メートルある大型実験装置。
本格的な陽子ビーム衝突実験は2009年に行われ結果は2、3年後に出ると考えられていたが、今回の事故で全体に延期される。修理費は3000万～4000万フラン ( 約40億～50億円 ) かかると見られている。