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１）パウル・クレー・センター
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アフリカのギニアビサウ出身の歌手、エネイダ・マータのMindjer Doce Mel (Woman Sweet Honey)を聞きながら、週末は例によってベルンに行ってきました。ギニアのgumbeという古典スタイルと、父親がアンゴラ伝統音楽のミュージシャンだったのでその影響を受けているそうです。ギニアビサウはポルトガル植民地だったので、ポルトガル語ができるのでしょう。今はリスボンを中心に活躍。平等を求めて闘う女性の歌を歌います。英訳では、
Shout Freedom
Shout
Give Caesar what he deserves
Woman, claim your rights
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ベルン郊外の＜肥沃な土地＞にたつパウル・クレー・センターの入り口前には＜不安定な方向指示＞があり、レンゾ・ピアノの独創がゆらゆらゆらめいています。隣のクレーのお墓には「この世で私を捕まえることはできない。なぜなら、私はこの世とあの世を往還しているから」と刻まれていますが、往還しているのは、もちろんクレーの未熟な天使たちです。＜まだ、天使ではない＞＜忘れっぽい天使＞＜鈴の天使＞＜幼稚園の天使＞＜泣いている天使＞＜疑い深い天使＞・・・
２０１１年夏のパウル・クレー・センターでは「クレーとコブラ－－子どもの遊び」展が開かれていました。コブラとは、クレーの影響を受けたデンマークの美術家集団です。アスガー・ヨルン、カレル・アペル、コンスタンツ、コルネイル、ピエール・アリシンスキーなど。クレーの作品における「子ども」というのは、一つは、しばしば子どもっぽいと表現されてきた、例えば一筆書き風の作品。次に、クレーの子ども時代の作品。第３に、クレーが自分の息子フェリックスのためにつくった指人形や、フェリックスを描いたものなど。それぞれ意味は違いますが、クレーの「子ども」についてはパウル・クレー・センター発足時から重要視していたので、センターにはクリアテヴァという美術教室があり、子どもたちにアートの楽しさを教える空間となっています。パウル・クレー・センターは単なる美術館ではなく、美術館、美術スクール、音楽コンサート・ホール、そして研究所を備えた総合アート・センターです。従って、１９４０－５０年代に、クレー作品の「子ども」に着目し、触発されて作品を作り、美術教育を進めたコブラが取り上げられているわけです。クレーの作品とコブラの作品が多数展示されていました。クレーのオリジナルと、それに触発されてつくられたコブラの作品を並べて比較できるようになっています。
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拓郎の「夏休み」を歌いながら、ベルン美術館に行ってみた所、クーノ・アーミエ展が開かれていました。アーミエは、とびっきりの天才画家たちの間に埋もれて、いつも２番目にいる印象がありますが、まとめて見るとやはりおもしおろい。ジャコメティが描いたアーミエとアーミエが描いたジャコメティが並べてありました。また、アーミエは長生きしたのですが、晩年の自画像がなかなかのものです。単純で渋くて、ユニーク。
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２）柴崎信三『絵筆のナショナリズム－－フジタと大観の＜戦争＞』（幻戯書房、２０１１年）
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藤田嗣治と横山大観－－洋画と日本画で日本を代表した２人の軌跡を追いかけながら、「美」はなぜ、どのようにして「政治」に飲み込まれていったのか、戦時意識昂揚の戦争画とは何でっあたのかをていねいに描いています。パリで「エコール・ド・パリの寵児」と絶賛されたフジタが、なぜ日本に戻り、戦争画にのめりこんでいったのか。戦争責任を問われて、日本から逃げ、ニューヨークを経てフランスに移り、さびしい晩年をどうすごしたのか。他方、岡倉天心の「アジアは一つ」を実践し、戦争画の指導者となり、富士山を描き続けた大観。大観はなぜ戦争責任を問われることもなく、戦後も第一人者として君臨できたのか。
「藤田継嗣と横山大観－－戦争を挟んだ”日本”という表象をめぐる二人の画家の入り組んだ物語には、異文化をつなぐ東西の水脈に映した近代の「ねじれ」が投影されている。これに向き合うことは、グローバル化のなかの、”日本”のいまを改めて問うことでもあろう。」これが本文最後。
「二人の「巨匠」の作品が日本の社会にもたらした神話作用を考えるとき、その共鳴装置としての天皇制が果した役割は見落とすことができない。それは「天皇」の名で進められた総力戦体制下の戦争で、翼賛美術が演じた政治的な働きと、それに対する責任の所在といった、直接的かつ機能的なかかわりだけを意味するものではない。」これはあとがきより。
ここ数年、レオナール・フジタ生誕１２０年とか、大観没後５０年とかで、大展覧会が開かれ、見事に戦争画をネグレクトし、フジタや大観をますます祭り上げる試みが続いていたので、本書はグッドタイミング。繰り返し読みたい本です。
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３）石橋克彦編『原発を終わらせる』（岩波新書、２０１１年）
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「脱原発以外に道はない そして、それは可能だ！」。オビのこの文句に集約される１４人の論客の闘いの書です。石橋克彦（地震テクトニクス）、田中三彦（元パアブコック日立原子炉技術者）、後藤政志（元柏崎刈羽・浜岡原発設計技術者）、今中哲二（京都大学原子炉実験所助教）、清水修二（福島大学教授）、山口幸夫（原子力資料情報室）など。７月２０日発行。四部構成で、「福島第一原発事故」（何が起きたのか、いつまで続くのか）、「原発の何が問題か－－科学・技術的側面から」（不完全な技術、先の見えない技術、地震列島）、「社会的側面から」（安全神話、原発依存の地域社会）、「原発をどう終わらせるか」（エネシフ、自治体の自立と再生など）。とてもよくわかるいい本です（といっても、私の能力ではまだ分からないところも多いのですが）。小出さんの新書とともに必読書。
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４）佐藤文隆『量子力学のイデオロギー』（青土社、２０１１年［１９９７年]）
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『量子力学は世界を記述できるか』の出版を気に、増補版がでました。専門書ではなく、一般向けです。三部構成で「量子力学のイデオロギー」「物理学のアリーナ」（プリンキピアの物理学、相互作用の統一理論と宇宙論）「時間空間の生成」（宇宙と時間の生成、時間と空間をつくる）など。科学のイデオロギーに直接言及しているのが特徴です。人間の認識は言うまでもなくすべて人間の身体性に限定され、認識の発展史に規制されています。さらに「観測問題」「観測者・観測機問題」があります。「学」としての科学はイデオロギーを手放すことはできません。主体と客体の関係です。自然そのものではありませんから。ところが、多くの人が勘違いします。人間抜きの科学、イデオロギー抜きの科学がありうると錯覚します。そこから科学の暴走が始まります。科学のための科学、社会的責任抜きの科学、恐ろしく視野の狭い珍奇な科学はあっという間に宗教に転落します。そうならないための予防薬。
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５）チェコ政府報告書
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人種差別撤廃委員会に提出されたチェコ共和国の報告書の審査は、傍聴者は１１人に減りました。報告書担当はクリックリー委員。
チェコの人口は１０５０万。チェコ人９２５万、モラヴィア人３８０万、スロヴァキア人１９３万、ポーランド人５２万、ドイツ人３９万、ウクナイナ人２２万など。
２００９年７月２１日にチェコは国際刑事裁判所規程に加入したことと、２００９年６月に外務省が主催したホロコースト時代の財産に関する会議と、２０１０年１月の欧州ショアー遺産研究所の設立が目に付きます。
２００９年の法律第４０号によって刑法が改正され、人種的動機による犯罪に追加がなされました。
１９６１年法律第１４０号の刑法第１９６条は、２００９年法律によって第３５２条になりました。「住民及び個人に対する暴力」の罪は、人種、民族、国民その他の集団構成員であることに動機を有する犯罪となっています。刑法第１９８条の「国民、民族集団、人種及び信念の中傷」の罪は、改正によって刑法第３５５条「国民、人種、民族その他の人の集団の中傷」の罪となり、犯罪実行方法に、印刷された言葉、フィルム、ラジオ、テレヴィ、公にアクセスできるコンピュータ・ネットワークその他同様の効果を有するもの、が加えられました。集団侮辱罪です。
刑法第２５９条のジェノサイドの罪は、刑法４００条となり、対象に階級その他同様の集団が加えられました。これは国際法上のジェノサイドには含まれていないものです。
刑罰の上限は２０年以下の刑事施設収容に高められました。ジェノサイド実行の公然たる煽動の刑罰も２０年までになりました。
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国民、国籍又は人種に対する攻撃や、人種的憎悪の煽動の犯罪統計
刑法第２６０条（個人の権利や自由を抑圧するための活動の支援や促進）：３５（２００５年）、２９（２００６）、４７（２００７）、４２（２００８）
刑法第２６１条（個人の権利や自由を抑圧するための活動への共感を公に表明すること）：７３（２００５）、７２（２００６）、６３（２００７）、６８（２００８）
刑法第１９８条（国民、民族集団、人種及び信念の中傷）：６３（２００５）、６３（２００６）、２８（２００７）、４１（２００８）
刑法第１９８条ａ人の集団に対する憎悪の煽動、又は権利や自由を制限することの煽動）：１４（２００５）、２３（２００６）、１３（２００７）、１１（２００８）
刑法第１９６条２項（住民及び個人に対する暴力）：２９（２００５）、５９（２００６）、１８（２００７）、２５（２００８）
ただし、統計の出典が不明。認知数か処理数かも不明。
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本文には、２００８年の裁判による有罪言渡し人員は９７人で１９２の人種的犯罪で有罪となっていて、これは年間有罪人員の０．１％とされています。１０００人に１人というのはかなり多いような気もします。
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明日の飛行機で帰国します。ジュネーヴからのグランサコネ通信は今回が最後。続きは日本から。