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１０月３１日は、スイスの女性にとって特別な日。１９７１年のこの日、女性の連邦議会議員が初めて誕生したからだ。
年に４回も国民投票が行われ、国民が直接政治に関わる文化の根付くスイスだが、女性の参政権導入に関しては、欧州諸国で最も遅れていた国の一つだった。
女性の政治参加を求める運動は約１５０年前から行われていたが、実現までに長い年月を要した。１８６８年、チューリヒ州の女性たちが初めて州レベルで女性参政権を求めるイニシアチブ（国民発議）を提案し、その後他の州も追随したが、多くの州がこれに反対し実現しなかった。
導入には国民投票で男性有権者の過半数に賛成してもらわなければならない。だが当時は「参政権を与えれば女性の本分が脅かされる」「女性の居場所は台所。政治に立ち入るべきではない」などという反対が根強かった。１９５９年、女性参政権に関する連邦レベルでの国民投票が初めて行われたが、６７％が反対し、否決された。
それでも女性たちは地道な社会運動を続けた。１９７１年２月７日の国民投票で、連邦レベルでの女性参政権が６６％の賛成でようやく可決。２０歳以上（９１年以降は１８歳）の女性も投票権と被選挙権を手にした。この権利が初めて行使された同年１０月３１日の連邦議会選挙で、上下院合わせて１１人の女性議員が誕生した。実現に至るまでには、今年４月に９９歳で死去したベルン出身のマルテ・ゴステリさんを始めとする女性活動家らのたゆまぬ努力があった。
州レベルで女性の政治参加が最も遅かったのは、アッペンツェル・インナーローデン準州。連邦裁判所が州政府に女性参政権の導入を強制したことで、ようやく１９９０年に認められた。
女性の意見が政治に反映され、投票結果が変わったとみる専門家もいる。政治学者のクロード・ロンシャン氏は、戦闘機購入や男女平等をめぐる国民投票で「女性は１０回に１回の割合で投票結果に決定的な影響を与えてきたといえる」と指摘する。
今年３月には、一人の主婦がスイスで参政権を勝ち取るまでをコミカルに描いた映画「Die göttliche Ordnung（神の秩序）」が国内で公開された。
日本は１９４５年
日本で女性の参政権が認められたのは第二次大戦後の１９４５年。同年１２月１７日、改正衆議院議員選挙法（後に公職選挙法に統合）が公布され、２０歳以上の男女に平等な選挙権が認められた。
それまでは満２５歳の男性しか投票できず、長い女性解放運動を経て女性の政治参加が実現した。１９４６年４月１０日、戦後初の衆院選が行われ、約１３８０万人の女性が初めて投票。女性国会議員３９人が誕生した。同じ年の１１月に交付された日本国憲法に、参政権が明記された。
また、２０１５年に改正公職選挙法が成立し、選挙権年齢が２０歳以上から１８歳以上に引き下げられた。インフォボックス終わり
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