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チューリヒのパラーデプラッツ で有名なのは、その周囲に建ち並ぶ金融機関だけではない。そこには高級チョコレートやルクセンブルグリ・マカロンで有名な伝説の菓子製造会社コンフィズリー・シュプルングリー ( Confiserie Sprüngli ) がある。
1836年創業のコンフィズリー・シュプルングリー社は、多国籍企業のリンツ& シュプルングリー社の元祖で、1892年に2社は別れた。今年175周年を祝うコンフィズリー・シュプルングリー社を経営するのはシュプルングリー家の6代目だ。
繊細な味わい
イースター ( 復活祭 ) の時期になるとコンフィズリー・シュプルングリー ( 以下シュプルングリー ) の主要店舗は忙しくなる。ショーウインドーはカラフルなお菓子で彩られ、店内ではシェフの帽子をかぶった職人が卵の形をしたチョコレートに小さなピンクの花を飾り付けている。
店の上階のシュプルングリー・カフェは、ビジネスマンや女性、そして観光客が休憩やランチに立ち寄る有名な待ち合わせ場所だ。
「シュプルングリーはチューリヒの生活で非常に大切な場所。繊細な味わいのルクセンブルグリ・マカロンやトリュフ・チョコレートを誰もが知っている」
とチューリヒ観光局のユリア・ツオック氏は語る。
家族ビジネス
シュプルングリー・カフェの上は、CEO ( 最高経営責任者 ) のトマス・プレノシル氏のオフィスになっている。彼は役員会の会長を務める兄弟のミラン・プレノシル氏とともに1994年から会社の経営を担っている。
チェコ生まれのこの兄弟は、シュプルングリーの5代目で現在95歳のリヒャルト・シュプルングリー氏の甥だ。
「シュプルングリー社は常にシュプルングリー家が経営してきた。わたしたち兄弟もそのプロセスの中に統合されたが、単に受動的にビジネスから収入を得ているのではない。わたしたちはわが社の一部であり、会社の命運のために事業に積極的に取り組んでいる」
とトマス・プレノシル氏は語った。
プレノシル氏は、家業への参加を決定する前は法律を学んでいた。しかし、幼いころから製菓業に関わっていたと言う。
「子どもはみな甘いお菓子やアイスクリームが大好きだ。つまり、タイヤなどを製造する会社よりも ( お菓子を作る会社に ) もっと強い親近感を抱いているかもしれない」
シュプルングリーの歴史は、1836年に菓子職人のダーフィト・シュプルングリーが2万4000ギルダーを投入し、チューリヒの旧市街マルクトガッセに小さな菓子店を開いたことから始まる。
息子のルドルフは、イタリア旅行やアンリ・ネスレなどスイスフランス語圏のチョコレート製造パイオニアからインスピレーションを得てチョコレートの製造を始めた。
パラーデプラッツの賭け
1859年、シュプルングリーはパラーデプラッツ ( Paradeplatz ) に出店した。シュプルングリー家はそこに主要駅が建設されることを期待していたが、実現しなかった。しかし幸運にも、パラーデプラッツは後に高級店が立ち並ぶ一等地となる。
1892年、ルドルフは第一線を退き、2人の息子に事業を引き継がせた。
「優しく柔和で創造的な性格の弟ダーフィト・ロベルトに会社を、そして管理者タイプで強い性格の兄ヨハン・ルドルフに工場を任せることを ルドルフ は決めた」
とプレノシル氏は説明する。
それ以来、兄弟はそれぞれが独立した別会社の経営を行ってきた。工場を引き継いだ兄は、1899年にリンツのチョコレート工場と製法を買収し事業を拡大。そして現在、チョコレートを製造する世界的な大手株式会社リンツ&シュプルングリー社( Lindt & Sprüngli ) へと発展した。
一方、弟が引き継いだシュプルングリーは高級品の製造に特化し、新鮮な原材料のみを厳選して作られたケーキ、クッキーなど焼き菓子と高級チョコレートに力を注いでいる。チョコレートの値段も最高級で1箱最低30フラン ( 約2800円 ) 、そしてイースターのエッグチョコレートは69フランから130フラン ( 6400～1万2000円 ) もする。
スイスには合計19の店舗があり、うち14店舗がチューリヒとその近郊に位置する。年間収益は約1億フラン ( 約92億円 ) 。
ルクセンブルグリ・マカロン
ルクセンブルグリ・マカロンを導入したのは5代目のリヒャルト・シュプルングリー氏だ。クリームをはさんだこのミニマカロンは特に甘い物好きにはこたえられない美味しさだ。1950年代にルクセンブルグから来た菓子職人に触発されて作ったのがこのルクセンブルグリだ。
現在約50種類のルクセンブルグリがあるが、店頭では12～14種類が販売され、定期的に種類を入れ替える。最近ではルクセンブルグリのコピー商品と戦わなければならなかったが、トマス・プレノシル氏は「良い物はコピーされ、悪い者がコピーする」と余裕ある発言をしている。
事業の世界的な拡大は考えていないとプレノシル氏は言う。しかしシュプルングリーはドバイに支店を出し、彼の言うところの「チョコレートのプライベート・バンキング事業」を展開して約2年になる。
シュプルングリーの製品を購入するのは、チューリヒを訪れたことのある高所得者層の人々が多い。プレノシル氏は、世界的な金融危機で打撃を受けたと言うが、現在業績は回復しつつある。
プレノシル兄弟は事業を引き継いで以来、いち早く一連のダークチョコレート製品を導入し、会社のイメージの現代化を試みた。しかし、今も「スイスらしさ」がコンフィズリー・シュプルングリーの基盤だ。
そしてプレノシル氏は将来の目標を「財政的な独立、品質と新鮮さ、評判の維持、そして会社を7代目に引き継ぐこと」と答えた。
イースター ( 復活祭 )
イースターは、四旬節の終わりの金曜日に十字架に架けられ亡くなったキリストが、3日後の日曜日によみがえったことを祝って行われる復活の祭り。キリスト教徒は、復活祭前日まで断食に近い食事を40日間続ける。特に聖なる金曜日には肉食が禁じられている。
聖なる金曜日や復活を祝う日曜日にはミサにでかけたり、多くの宗教的行事が行われるが、子供たちにとってイースターは、ウサギの形のチョコレートを食べたり、卵に色を付けたりと楽しい行事を行う時期。
卵は世界中で普遍的に生命の再生を象徴する。復活祭前日までの40日間の断食中に卵を食べることは禁じられていた。そのため卵は復活祭にテーブルに載る第1の食べ物だった。卵を彩色する習慣は、古く紀元前にエジプトやペルシャで行われていたという。
一方イースターのウサギは、もともと野ウサギが起源で、野ウサギは豊穣、繁殖、再生の象徴。またスカンジナビアやケルトの神話では、「母」なる女神の象徴とされてきた。
このウサギと卵を結びつけたのは、「お菓子を子供たちにあげられない貧しい母親が卵に色をつけ、庭に隠す。それを見つけた子供たちはそれをウサギが産んだ卵だと思う」というドイツの神話だといわれている。
スイスの多くの家庭では、ゆで卵に色を付けたり絵を描いたりした後、復活祭の日曜日に、庭のあちこちにそれらを隠す。そして子供たちは宝探しのように卵を見つけるのを楽しむ。見つけた卵をカチンと2つぶつけ合わせて、どちらが割れるか戦わせるのも楽しみの一つ。
スイスドイツ語圏のザンクトガレン州などでは、ウサギ型のチョコレートと卵型の小さなキャンデー、それに色の付いたゆで卵が小さな籠に入れられて、庭の大きな木のそばなどに隠される。インフォボックス終わり
創立175 周年記念
コンフィズリー・シュプルングリー社の創立175周年記念として特製のケーキや箱詰めプラリーネチョコレート、年代物の箱が発売される。また7月16日から8月20日まで、同社の歴史をテーマに装飾された特別トラムがチューリヒ市内と近郊を走る。インフォボックス終わり
( 英語からの翻訳 笠原浩美 ), swissinfo.ch