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恵みの御座 Published on 2013年11月3日 ◆へブル書４章１４節～１６節 4:14 さて、私たちのためには、もろもろの天を通られた偉大な大祭司である神の子イエスがおられるのですから、私たちの信仰の告白を堅く保とうではありませんか。 4:15 私たちの大祭司は、私たちの弱さに同情できない方ではありません。罪は犯されませんでしたが、すべての点で、私たちと同じように、試みに会われたのです。 4:16 ですから、私たちは、あわれみを受け、また恵みをいただいて、おりにかなった助けを受けるために、大胆に恵みの御座に近づこうではありませんか。 Ⅰ．偉大な大祭司である神の子イエス イエス様は、私たちと神さまとの間に立たれるただ一人の仲介者です。 １．イエス様は私たちの仲介者であり弁護者 イエス様は私たちと神さまとの間に立って、私たちのためにとりなして（弁護して）くださる方です。 ２．イエス様は私たちの弱さを理解してくださる方 『同情する』(15節)は、ギリシャ語では『共に苦し む』と言うことばが使われています。「同じ目に遭う」、「同じ気持ちを体験する」という意味が含まれています。私たち人間は、人の痛みや苦しみを１００％ 共感することはできません。しかし、私たちの救いのために、私たち全ての罪を負って十字架での死を経験されたイエス様だけは、あなたと私の弱さ、痛みを理 解し、ともに苦しんでくださるお方です。でも、それだけではありません・・・ Ⅱ．信仰の告白を保つ 神に選ばれた人々を訴えるのはだれですか。神が義と認めてくださるのです。罪に定めよう とするのはだれですか。死んでくださった方、いや、よみがえられた方であるキリスト・イエスが、神の右の座に着き、私たちのためにとりなしていてくださる のです。私たちをキリストの愛から引き離すのはだれですか。患難ですか、苦しみですか、迫害ですか、飢えですか、裸ですか、危険ですか、剣ですか。 * * * しかし、私たちは、私たちを愛してくださった方によって、これらすべてのことの中にあっても、圧倒的な勝利者となるのです。（ローマ ８：３３～３５、３７） 私たちはイエス様のとりなしによって、たとえ試練の中にあっても、危険にさらされても、どんなことの中にあっても、「圧倒的な勝利者となる」 と聖書は宣言しています。そして、このキリストの愛から私たちを引き離すことはだれにもできないと語っています。 Ⅲ．大胆に恵みの御座に近づく 『大胆に』の原文には、『話す自由がある』という意味があります。つまり、なんでも遠慮なく、正直に、直接、大胆に神さまに訴えてよいということです。「聖書に書いてある約束を実行してください」と神さまに強く求めることができるのです。 「ですから、私たちは、あわれみを受け、また恵みをいただいて、おりにかなった助けを受けるために、大胆に恵みの御座に近づこうではありません か。」この聖書のことばは、「神のもとに行き、心を開いて、正直に、大胆に、確信を持って、なんでもあなたの必要なことをお願いしなさい。そうすれば、神 さまは、恵みと憐れみを持って、あなたの必要な時に助けてくださいます。」と言い換えることができます。神さまのいらっしゃるところは、「裁きの御座」で はなく、「恵みの御座」なのです。