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死刑囚の家族もまた被害者になりうる。あるスイス人フォトジャーナリストがそんな現実を目の当たりにした。
１０月１０日は世界死刑廃止デーだ。ファビアン・ビアシオ氏はアメリカ、テキサス州の「死刑の首都」で２００４年に執行された死刑を思い起こす。
「死刑に関わるルポを書きたかった」。２００４年にテキサスへ渡った動機をビアシオ氏はそう語る。
だが渡米後まもなく、ビアシオ氏はこの地で歓迎されていないことに気がつく。「刑場へも死刑囚棟へも足を踏み入れることはできなかった」。ハンツビル（Huntsville）はテキサスの「行刑首都」だ。この州の死刑はすべてここで執行される。
その後、ある囚人の訪問者リストに名前を連ねることができ、なんとか死刑囚棟の面会室に入り込むことができた。そのときジェームス・コルバーンさんの妹、ティナ・モリスさんと知り合った。「ティナは私の隣に座っていた。兄を訪ねて来ていたんだ。死刑執行日の前日だったが、その執行は延期された」
もう一つの被害者家族
ビアシオ氏は、ティナさんが何か特別な話を聞かせてくれるかもしれないと思った。死刑はもう一つの被害者家族を生み出す。その家族とは加害者の家族だ。「加害者は被害者の家族に大きな苦しみをもたらした。そして今度は、国が加害者の家族に大きな苦しみをもたらす」とビアシオ氏は説明する。
彼はこのルポを「ある死刑執行の日記」と呼ぶ。その中に収められた写真が、兄ジェームスさんの死刑執行１週間前のティナさんの姿を写し出している。「私は写真家であるだけでなく、彼女の随伴者であり運転手でもあった」とビアシオ氏は言う。
その１週間、ティナさんにとって家族の存在は大きかったが、死刑囚棟を最後に訪問したときは、家族の誰１人としてそばに寄せつけないほどティナさんは打ちのめされていた。「家族はあまりにも近すぎた。自分の息子やパートナーに打ちのめされている自分の姿を見られるのが嫌だったんだと思う。だが、私の存在はまた別だった」とビアシオ氏は分析する。
「ティナ、君がまいっている写真、君が泣いている写真も撮るよ」。ビアシオ氏は事前にそう伝えていた。「彼女はそれに同意していた。自分の経験をほかの人に伝えてもらいたかったんだ」
「２回目は死んでいた」
ジェームスさんは統合失調症だった。「ジェームスが殺人を犯したのはその病気のせいもあった。彼はある女性を料理包丁で刺し殺したんだ」。ビアシオ氏はティナさんのその兄ジェームスに２回しか会っていない。
「１度、死刑囚棟で３０秒ほど受話器を持ち、ガラス越しに話をした。本人が面会を求めたのでなければ基本的に話はできないため、とても短い会話しかできなかった。２回目に会ったとき、ジェームスはもう死んでいた」
死刑囚棟での面会は常に防犯ガラスで遮断されている。家族との対面も例外ではない。「実際に体に触れることができるのは死刑が執行された後。最後の抱擁も握手もできない」
委託による致死
アメリカには死刑廃止に関心のある人はほとんどいないとビアシオ氏は言う。オバマ大統領もそうだ。「そうすれば多くの票を失う。死刑反対を表明しているのは小さな人権団体だけだ」
一方、ヨーロッパで死刑を執行しているのはもはやベラルーシ１カ国のみ。アメリカにはなぜヨーロッパのように死刑を排する気運がないのだろう。ビアシオ氏は「宗教的な理由が多くを占めていると思う。目には目を、歯には歯をという旧約聖書の考え方がアメリカ人の精神に深く根ざしている」と推測する。
ビアシオ氏はまた、国が執行する死刑は「委託による致死」だと言う。「最終的に判決を実行に移すのは２人の死刑執行人だ。身元を明かされない２人が、隣の薄暗い部屋でそれぞれ一つのボタンを押す。そのうちの一つが薬物注射のメカニズムを作動させ、死刑囚に薬液を注入する。別のボタンはダミーでそのメカニズムに接続されていない」。つまり、どちらが刑を執行したのかわからない仕組みになっている。
ビアシオ氏は、そもそも社会を機能させるための対策として死刑を認める。「だが、誰もが自己を改善するためのチャンスを与えられるべきだということは往々にして忘れられてしまう」
残る思い出
「あのとき、心理的な苦しみは身体的な痛みをも引き起こしうるということを学んだ。あの一週間のティナほど苦しんでいる人間を見たことがない。それは私にとってもショックだった」
チューリヒ近郊の町ヴィンタートゥール（Winterthur）で写真展を開催した際、ビアシオ氏はティナさんと再会した。ジェームスの死刑執行１年後のことだった。「彼女はギャラリーで写真を、自分の経験を見ていた。それは信じられないくらい強烈な時間だった」
ビアシオ氏は「テキサス州ハンツビルの生と死（Leben und Sterben in Huntsville, Texas）」をインターネット上で見られるスライドショーに作り直した。「ティナはそれを毎日見ている。あの死刑執行は彼女の人生の一部だ。彼女はこのトラウマとともに生きていかなければならない」
計り知れない苦しみ
複数の調査で、加害者の死刑執行後も犠牲者の家族の心理状態はあまり改善されないことが明らかになっている。そのためアメリカでは、殺人の犠牲者の遺族が協会を作り、死刑反対を訴えている。
「国家権力による暴力の独占をこんな残虐なやり方で行えば、社会は野蛮化すると思う」とビアシオ氏は危惧する。
「自分のどこか奥深くで、死刑は間違っていると思っている。２０１０年に死刑再導入についてスイスで論議が起こったときは少し心配だった。何かひどい事件が起こりでもしたら、スイスではきっと過半数が死刑に賛成するに違いないからだ」
ビアシオ氏はテキサスで、死刑が計り知れない苦しみをもたらすのを目の当たりにした。「その責任を持ち、『いや、ここには死刑はいらない』と言える社会の一つひとつの存在をうれしく思う」
死刑
死刑を刑法から削除、あるいは実質的に執行していない国は１３９カ国で全体の７割を占める。（２０１１年３月現在）
死刑を完全廃止した国は９６カ国。
戦犯および軍法違反などの犯罪行為のみに死刑を適用している国は９カ国。
死刑を法的に廃止していないが、実際に行なわなくなった国は３４カ国。
現在も死刑を執行している国は５８カ国。
死刑に処されない国に住んでいる人は世界人口の３分の１。
主な処刑方法
斬首（サウジアラビア）
電気椅子（アメリカ）
絞首（日本、エジプト、イラン、イラク、パキスタン、シンガポールなど）
薬物注射（中国、アメリカ）
銃殺（中国、ベラルーシ、ベトナムなど）
投石（アフガニスタン、イラン）
青少年の死刑
国際人権自由権規約で、未成年への死刑判決は禁止されている。
１９９０年以降、中国、イラン、イエメン、ナイジェリア、コンゴ民主共和国、パキスタン、サウジアラビア、スーダン、アメリカで犯行時未成年だった死刑囚８３人が処刑されている。うち１９人はアメリカ、４７人がイランで処刑された。
２００９年、イランが５人を、サウジアラビアが２人の青少年を処刑。２０１０年はイランでの１人の処刑が明らかになっているのみ。
イエメン、パキスタン、アメリカでは現在、青少年の処刑は非合法。
（出典：アムネスティ・インターナショナル）インフォボックス終わり
（独語からの翻訳、小山千早）, swissinfo.ch