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今から百年前のこと、生家のガストハウス（旅館）にはもう未来がないと、一度は故郷を去った一人の男が、新しいアイデアをもって故郷に戻り、自力で小さな観光名所を作った。今日は、小さな滝への岩回廊を持つ家族経営のガストハウスについて書いてみたいと思う。
ロッフラ峡谷（Rofflaschlucht）は、ヒンターライン河（Hinterrhein）の流れるグラウビュンデン州他のサイトへアンデール（Andeer）の温泉街のすぐ側にある。州都クール（Chur）からイタリアのキアヴェンナ（Chiavenna）へ向かう道ヴィア・スプリューガ他のサイトへ（via Spluga）や、イタリア語圏スイスに続くサン・ベルナルディーノ峠（San Bernardino Pass）へ向かう道の途上にあり、この辺りから傾斜が急になる。1639年以来、美しい青緑の湖水を眺められる場所にロッフラ峡谷ガストハウス他のサイトへ（Gasthaus Rofflaschlucht）が建ち、人びととその家畜の旅疲れを癒してきた。
19世紀の初頭に、中央スイスを横断するゴッタルド鉄道（die Gotthardbahn）が開通すると、この道を通る旅人は激減し、ガストハウスの経営状況は急激に悪くなった。跡継ぎだったクリスティアン・ピッチェン・メェルヒオール（Christian Pitschen Melchior）は、妻子を連れてアメリカへ移住することにした。
アメリカで裕福な移民の召使いとなった彼は、主人の旅に同行してナイアガラの滝に行った。そこで彼は、滝を見るためだけにたくさんの人びとが遠くから訪ねて来るのを目の当りにして、生家の脇にある滝のことを思い出した。この滝は岩に阻まれ音しか聴こえなかったのだが、道を作って近くまで来れるようにすれば、評判となってガストハウスに客を呼びこむことができるのではないかと考えた。
故郷のスイスに戻った彼は、1907年から1914年にかけて、ガストハウスに客のいない冬に裏手の滝に至る岩の回廊をほとんど一人で掘った。8000以上の爆薬を使い、固い岩を掘り進む、根気強く大変な作業だった。
彼の努力は実り、噂を聞いた旅人たちが滝を観にやってくるようになった。ガストハウスにはかつてのように、レストランで食事をする人たちや宿泊客がたくさん訪れるようになった。
そのロッフラ峡谷ガストハウスを、今でも子孫であるメェルヒオール一家が経営している。私たち夫婦は南に向かう時に、気さくな夫婦と話をするのを兼ねて、昼食をとることが多い。レストランの裏手から入場できる滝への岩回廊は、スイスに来たての頃に一度入ったことがあったのだが、2014年で百周年を迎えたというので、久しぶりに入ってみることにした。
僅かな入場料（宿泊客は無料）を払って、レストランから岩回廊への入口を通ると、まず当時の生活や、岩回廊を作るまでの事情や、苦難に満ちたエピソードを図説したミニ博物館がある。
そこから戸外に出て岩回廊を歩き出すと、それが思っていたよりも長くて規模が大きいことに驚かされる。今のようにブルドーザーや岩石破砕車などのなかった時代に、冬のスイスの厳しい寒さの中、ほとんど一人でこの岩回廊を作ったのは驚異だ。
険しくてダイナミックな峡谷は、気の遠くなるような時間をかけてライン河に削られてきた。エメラルドのような美しい水が小さな湖のように貯まっている。晴れた夏の日にこの水を見ると涼しく爽やかだが、天候の悪い時には大水となって襲うこともある。2006年10月には、かなり高台に立っているガストハウスに危険が迫るほどだった。
この時の最高水位が、岩回廊に記録されているのだが、普段は水底を覗くのに足がすくむほどの高さがある場所だ。ガストハウスそのものには大きな被害がなかったことに安堵すると同時に、大きな被害を受けた岩回廊を片付けている写真を見て、自然災害の恐ろしさを感じた。
岩回廊をどんどんくだりながら進んでいくと、やがて轟音のする滝が見えてくる。回廊はその滝の裏側を通り、カーテンのような水の流れを見ることができる。滝に出来るだけ近づく道を作ったのは、ナイアガラ大瀑布の水飛沫に驚き喜ぶ観光客の姿を参考にしたのだろう。困難を乗り越え、一人で岩回廊を作り、ようやく裏側から滝を見たクリスティアン・ピッチェン・メェルヒオールの感慨を想像して、しばしその場で佇んだ。
百年経って、ロッフラ峡谷ガストハウスは、新たな試練に晒されていると主人のメェルヒオールさんは話す。1950年代までは、岩回廊の評判がよく多くの宿泊客に恵まれていたが、1967年に高速道路A13が完成してから、このロッフラ峡谷の脇を通る一般道の交通量は減った。
スイスにしては割安な宿泊料金と大きい駐車場を強みに、かつての旅館業界ではあまり歓迎されていなかった二輪ドライバーたちを積極的に受け入れたり、夏のグリルや名物料理であるピッツァ・レシュティなどレストランのメニューに工夫を凝らし、一昨年は改築をして快適さを追求するなど新たな試みをしているが、スイスフラン高の影響か、ドイツなどからの宿泊客はめっきり減っているという。
「でも、100年前の先祖は、同じような苦境を不屈の精神とアイデアで乗り越えたんですからね」
370年以上続く家業を、なんとかして次世代に残していこうとする一家の想いは強い。私たち夫婦もそんな一家を応援したくて、一年を通して積極的に足を運んでいる。
ソリーヴァ江口葵
プロフィール：ソリーヴァ江口葵
東京都出身。2001年よりグラウビュンデン州ドムレシュク谷のシルス村に在住。夫と二人暮らしで、職業はプログラマー。趣味は旅行と音楽鑑賞。自然が好きで、静かな田舎の村暮らしを楽しんでいます。