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永世中立国としてスイスは、第2次世界大戦で直接的な戦闘を行ったわけではないが、国防のために多くの兵士が動員された。70年前のスイス兵総動員を記念し9月5日、アールガウ州フル・ロイエンタールで式典が開催された。このコンテンツは 2009/09/07 09:01
式典にはベテラン兵士など1000人が集まり、ウーリ・マウラー国防相が記念演説を行った。
スイスの大戦
「当時のスイス国民は、全力を尽くして耐久生活を強いられながらも国防に当たった。1日たった数フランの給料で徴兵された当時の兵士たちを軽視してはいけない。政府と国民の、スイスの永世中立を侵そうとするすべての力から国を守る断固とした決意は疑うべくもない」
とマウラー国防相は演説した。
1939年9月1日、ナチス・ドイツ軍がポーランドに侵攻。イギリスとフランスがドイツに宣戦布告し、第2次世界大戦が勃発した。スイスはこれに先駆けアンリ・ギサンを将軍に任命した。スイス軍には将軍は常駐せず、緊急事態に応じて議会が任命する。8月31日にはスイスの永世中立の維持の意思を世界に宣言し、9月1日にはスイス兵の総動員令を発した。これにより、1939年から1945年まで、約40万人が国境防衛に就いた。
ギサン将軍の戦略は、平地はドイツに侵攻されても、アルプスにこもった軍が国を守るというものだった。しかしこの戦略は後々、非現実的と指摘された。大戦中、スイスは孤立。特にドイツからの侵攻を恐れ、永世中立国の立場を利用し、ドイツとも取り引きを行ったことも戦後、国内外から批判された。
9月5日の記念式典に対し「軍隊のないスイス ( GSoA ) は
「4万2000頭の兵馬を悼み、戦争で亡くなった5500万人の犠牲者のことはないがしろにしている」
と非難。反対集会を行う予定だったが、実現できなかった。
swissinfo.ch、外電
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