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ソロトゥルン州オルテンの州立病院までは、オルテン駅やバス停から曲がりくねった道を行かなければならない。過去４年の間に、子供を産んで間もない３人の母親がこの道を歩いて行った。
彼女たちが向かったのは、病院の広い庭の中に少し隠れて設置された小さな扉。それを開けて、生まれて間もない自分の子供をそっと置きに来たのだ。赤ちゃんが置かれたことを病院に知らせるアラームが鳴るまでの３分間に、母親は姿を消す。
この州立病院を含め、イタリア、ドイツ、ベルギー、オーストリアなど欧州では２００カ所（スイスには８カ所）にこのような赤ちゃんポストが設けられている。
赤ちゃんポストは、苦境にある母親によって子供が密かに殺されるのを防ぐため、１１９８年に、ローマ教皇インノケンティウス３世が教会の外に設置するよう呼びかけたルオータと呼ばれる回転扉が原型になっている。現代版はより設備が整っているものの、基本は同じだ。
州立病院のフランツ・シュヴァレー院長は、「多くの場合、赤ちゃんポストは子供の命を救う最後の砦になる。子供を手放す母親の理由が何であれ、命を危険にさらす場所に乳児が置き去りにされるのを防ぐ最後の望みだ」と話す。
育てられない子供を安全な場所に預けることのできるこのシステムは、公立の医療施設に開設されることが多いが、西欧だけで起きている現象ではない。アジア全域、インドでさえも、このシステムは注目を集めており、子殺しや特に胎児が女の子だと分かった際の堕胎を防ぐ手段と受け止められている。
２０１５年には、インドのラージャスターン州で州政府が「Ashra Palna Yojana」 と呼ばれるプログラムを導入。親が匿名で乳児を置くことができるゆりかごを地元の病院など６５カ所に設置した。プログラムの保健局アドバイザー、デヴェンドラ・アグラワルさんはアルジャジーラ（電子版）に対し、「私たちの目的は、生まれて間もなくゴミ箱や草むらに捨てられる子供の命を救うことだ。そのほとんどが女児だ」と語っている。
宗教vsジェンダー公正
驚くのは女性と母親の権利を促進するシンプルな手段だと見なされるはずの赤ちゃんポストが、スイスやその他の欧州諸国で大きな議論の対象となっていることだ。
法的な問題が関わってくるのが一つの理由だ。例えばオランダのアムステルダムでは、２００３年に赤ちゃんポストの設置計画が中止に追い込まれた。子供が自分の出自を知る権利を侵しているのではないかという点で、その合法性をめぐる激しい抗議にあったためだった。
だがスイスでの議論はより根本的だ。スイスでは、性に関する権利や家族計画を支援する中絶擁護派の団体セクシャル・ヘルス・スイス（SHS）が、赤ちゃんポストに激しく反対している。
SHS幹部のクリスティン・セイバー氏は、女性が自宅出産を選んでしまうことで産後の母体の健康が危ぶまれるなど、赤ちゃんポストの問題点を次々に挙げていった。子供を手放すのが本当に母親かどうかが不確かな点も問題視する。母親ではなく暴力的な父親やパートナー、家族が子供を手放しに来る可能性もあるからだ。そして、「数の問題もある。スイスではそれほどニーズがないのになぜ赤ちゃんポストが８カ所もあるのか」と疑問を呈する。
確かに、スイスの赤ちゃんポストの数には少々困惑する。欧州諸国の中でもスイスは１０代の妊娠・中絶の割合が低く、最新のデータによると１５～４４歳の中絶は女性１千人当たり６．８人程度だ。
ここがまさに、イデオロギーの問題の出発点でもある。
スイスの赤ちゃんポストの始まりは、他の欧州諸国のように国の主導や公費でまかなわれるプログラムではなくむしろ民間団体、正確には中絶反対の非営利団体「スイス母と子を助ける会（Swiss Aid for Mother and Child）」（SAMC）の努力の成果だ。
赤ちゃんポスト第１号が０１年に設置されてから１５年間、SAMCは国内の病院に設置された赤ちゃんポストの大半に金銭的支援をしてきた。だがSHSや女性権利団体は、SAMCの支援の真意を強く疑っている。
SHSの弁護士スザンネ・ローナー・バウムガートナー氏は、「１２年に赤ちゃんポストについて各地で大きな議論が巻き起こった。いくつかの病院が開設を決めたが、そのパートナーは全てSAMCだったことが判明した」と話す。
そして、SAMCのここ数年の活動についてはさらに容赦なく批判する。「SAMCは過激な中絶反対組織だというのが私の見方だ。彼らは中絶禁止の法制化を求めるイニシアチブを支援した。強姦されて妊娠しても中絶を認めないなど考え方も極端だ」
一方でスイスの年表を見ると、赤ちゃんポストが増えた背景には政治が深く関わっていることが分かる。
スイスの赤ちゃんポストは、２０１０年まではシュヴィーツ州アインジーデルンに１カ所あるだけだった。だがその後、要望やニーズが増えた様子がないのに１７年までに８カ所に増えた。一体何があったのだろうか？
一つは、２０１１～１２年の中絶反対派による運動が功を奏した点だ。スイスでは０２年に妊娠１２週以内の人工妊娠中絶が合法化された。だが１１年に中絶反対派が中絶費用を基本健康保険の適用外にするよう求めたイニシアチブ（国民発議）を立ち上げ、それに伴う国民投票が１４年に実施された。
ル・クーリエ紙のジャーナリスト、ベニート・ペレ氏は１１年に、「中絶反対過激派が国民投票にこぎつけたのは、ある意味勝利だ。人工妊娠中絶の合法化に７２％の有権者が賛成した９年後に、１０万人もの人が署名してその話を蒸し返すとは誰も想像しなかっただろう。今回予想に反してイニシアチブが成立したことは、警鐘であり呼びかけだととらえるべきだ」と報じた。
このイニシアチブは大差で否決されたものの、多くの女性人権団体がSAMCに対して不満を持ち、赤ちゃんポストが中絶反対運動のシンボルであるという偏見を抱かせてしまったようだ。
怒りや不信感はSAMCの活動の在り方にも広がった。SAMCは赤ちゃんポストに資金を提供するだけでなく、苦境にある母親に金銭的支援やカウンセリングなども行っている。その電話相談サービスは広く知られており、１日５～１０人の妊婦から相談がある。
ドイツの新聞ディー・ツァイトは１４年に調査を行い、SAMCが妊婦に中絶させないよう働きかけていると報道した。潜入取材した記者は、電話相談で女性を非難し罪悪感を持たせ、中絶せずに出産して養子に出すよう仕向けているという記事を出した。
SHSのバウムガートナー氏はさらに率直だ。「ディー・ツァイトの記事を読んで欲しい。SAMCは電話相談で女性を洗脳している」
一方でSAMCを設立したドミニク・ミュグラー会長は、赤ちゃんポストはSAMCにとって出発点に過ぎないという。「私たちの目的は、助けを必要としている母親や家族に手を差し伸べること。その点ははっきりしている。実際には多いが、離婚やアルコール依存症の問題がある家庭を助けるのが本来の目的ではない。子どもが生まれることで母親が苦境に陥ることが支援を受ける重要な条件だ」
ミュグラー会長は、SAMCがスイス政府のできない支援をしていると確信している。「多くの場合国は政治的な条件に縛られている。学生が妊娠しても、国は助けない。学業をあきらめて働けばお金を稼げると言うか、子どもを養うお金がなければ中絶するように言うだけだ。だが私たちだったら、この学生は問題を抱えている、金銭的な支援をして学業を続けられるようにしてあげよう、と考える」
SAMCの２０１６年の運営費は３００万フラン（約３億４千万円）を超える。主な業務は電話相談室や支援センターなどだ。
電話相談には１７人のプロのカウンセラーが対応する。必要であれば、事務局までの電車賃も負担する。「電話やメールだけでも、出来ることはたくさんある。衣服やおむつを送ることもできるし、問題が深刻なケースでは、地元から離れた病院で女性が出産できるように金銭的支援をすることもある」（ミュグラー会長）
ミュグラー会長にとって、SAMCの設立と赤ちゃんポストの設置には二つの出来事が深く関係しているという。
一つ目は全く個人的なものだった。経済学、政治学の学位を取得した後、ミュグラー氏は製薬業界でキャリアをスタートさせた。そのとき妻が妊娠し、医者から子供が障害または先天的異常を持って生まれてくる可能性が高いと告げられた。
「医者からは人工中絶ができると言われたが、その意志はないと伝えた。もし子供が何かしらの健康問題を抱えて生まれてくるとしても、殺すのではなく、その子供に愛情と必要なケアを与えるべきだ。だが、出産後に子供は亡くなった。生まれて１９時間後に私の腕の中で息を引き取った」
ミュグラー氏はこの時期に「人工妊娠中絶をめぐる政治運動について考え始めた」という。助けの必要な子供と女性を救いたいと思ったのは、「自分の子供に起こったことへの自然な反応と、キリスト教の信仰心から」だと話す。
ミュグラー氏や同僚は、SAMCは中絶を選択する女性を「非難したり辱めたり」はしておらず、単に中絶という行為に反対しているだけだ、と素早く言い足した。
二つ目は、赤ちゃんポストの設置に直接つながるものだった。アインジーデルン病院に第１号の赤ちゃんポストが設置される前の２００１年、ミュグラー氏は同院院長と会った。
「会いに行ったとき、病院の経営陣はすでに赤ちゃんポストの設置を決定していた。きっかけは１年前にチューリヒで起こった出来事だった。田舎の湖のほとりに置き去りにされ、寒さと低体温で亡くなっていた新生児が見つかった。地元住民や病院は大変なショックを受け、このようなことが二度と起きないためなら何でもしようと決めた」とミュグラー会長は話す。
SAMCは、スイスにある八つの赤ちゃんポストのうち、各州立病院にある六つの設置費用（約８千～６万フラン）を負担した。
赤ちゃんポストに託された新生児が養子に出されるまでの１２カ月間の養育費を負担することもある。母親が思い直して迎えに来られるようするためだ。
開設当初は、赤ちゃんポストが「母親が自分の子供の責任を放棄する行為を助長する、不必要な宣伝や手法」だという批判と共に、法的な争いがあったとミュグラー会長は話す。
そしてディー・ツァイト紙のような厳しい批判には、激しく応酬する。「あの記事を書いた記者は、オルテンの赤ちゃんポスト開設に反対していた。そのため腹いせにあの記事を書いたのだ。彼女が悲嘆にくれた母親を演じたうえ、私たちのカウンセリングサービスについて嘘を並べ立てたことに大変驚いた」
ミュグラー会長の論理はシンプルだ。「私たちはただ、子供の命を救い、母親が罪悪感を持たないでいいようにしたいだけだ」
取材中に、SAMCのスタッフは団体の名前がSwiss Aid for Mother « and » Childであることを強調した。 「この« and »が重要で、それが私たちのポリシーだ」（ミュグラー会長）
確かにある意味では、SAMCはポリシーに添って活動していると言えるだろう。だがミュグラー会長は、中絶を選択した母親には金銭的支援をしていないことを認めた。支援すれば寄付者が喜ばないという。「資金提供者の多くは女性で、例えば過去に中絶し、その苦悩から逃れられない人たちだったりする。彼女たちは私たちの目的を理解し、支援してくれている」
赤ちゃんポストには法的な問題もある。２０１２年には国連・子どもの権利委員会のマリア・ヘルツォグ委員が、赤ちゃんポストのようなシステムは子供が自分の出自を知る権利を侵害している可能性があると指摘した。「中世の時代さながらに、多くの国で赤ちゃんポストは子殺しを防ぐと主張する人がいるが、その証拠はどこにもない」
この問題はスイスではもっと寛大に受け止められているようだ。オルテンの州立病院のシュヴァレー院長は、子供の命は子供の知る権利に勝ると考えている。「スイスで中絶の是非を問う議論になった場合、私たちは中立の立場をとる。中絶を認めている法に従う。だが、子供が自分の生みの親を知るためには、まず生きなければならない」
赤ちゃんポストの代替策としては、匿名出産がある。母親は病院で出産できるが、正式な出産登録はせず病院が個人情報を記録するだけだ。
SHSなどの団体は、匿名出産は母子双方にとって好条件だと評価する。「女性は出産後に必要な医療ケアを適切に受けられるし、子供は１８歳になれば生みの親を知ることができる」（シュヴァレー院長）
だが匿名出産は、スイスや欧州ではまだ正式ではない。ミュグラー会長は、そのプロセスに「母親の匿名性が完全に守られない場合がある」などの欠点があると主張する。
一方で法律の専門家は、匿名出産の場合は養子縁組の手続きがより複雑になると指摘する。養子縁組に出す手続きが終わるまでには最大１２週間かかるため、母親はその間、子供のそばを離れられず、多くの書類を準備しなければならない。
「匿名出産の本来の目的は、母親に重い負担がかからないようにすること。そうでなければ、一番必要とされている匿名性を守ることはできない。匿名出産を希望していた女性が、子どもを養子縁組に出すための書類を自分の父親が働く役所に取りにいかなければならないケースもあった。女性は、自分の父親に子供の存在を知られたくなかったのに。そのような問題が解決されるまでは、赤ちゃんポストが必要だろう」とミュグラー会長は話した。
（英語からの翻訳・由比かおり）