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スイスの自動車といえば、手作りのみ。自動車産業はほとんど存在しないスイス。ジュネーブのモーターショーでも外国の車の紹介が中心だ。しかし、由緒ある自家用車のブランド、シボレ（Chevrolet)は、スイスに縁のある車であることを知る人は少ないだろう。このコンテンツは 2005/03/03 10:15
スイス人のルイ・ジョゼフ・シボレはたびたびフランス人と間違えられて報道されている。彼は、カーレースのドライバーとして活躍し、優秀な自動車設計者でもあった。レーサーとしての活躍を中心に、その人生を追ってみた。
ルイは1878年クリスマスの日にスイスのヌシャテル州のショードフォンに生まれた。父親は時計技師だったが、生活が苦しく1886年に仏ブルゴーニュ地方のボーヌへ移住した。移住したところで簡単に生活が向上するわけもなく、5人の子供たちは早々に学校を辞めて仕事を探すことを強いられた。
シボレの才覚
小さい頃からルイは機械に強く、あらゆる機械の修理をするのが得意だったという。時計技師だった父の才能を譲り受けたのかもしれない。ロブランという自転車店で仕事を見つけたルイは、競輪にも興味を持ち、22歳でパリで開催された6.4Kmレースではじめて優勝した。その後3年間参加した競輪では、33個のメダルを獲得している。
技術者としてのルイは、自転車作りから始めたものの対象が2車輪から4車輪の自動車の設計に移るのも早かった。自動車の設計に興味が湧いたのは、単なる偶然からといわれる。ルイが働く自転車店の前で、アメリカ人が運転する自動車が故障。その自動車をルイが直したことがきっかけだった。
富豪のおかげで米国へ
車に乗っていたアメリカ人は、実はヴァンダービルトという米国でも指折りの富豪で、自動車を直したルイに破格の報酬を払った。しかも、ルイの修理の腕を認め、アメリカに渡ってその才能を活かさないかと誘ったという。このエピソードの真偽は確かではないものの、ルイ･ジョゼフ･シボレは1900年、米大陸に渡り、カナダで運転手として働き始めた。当時、運転手は機械のことに精通していないと就けない仕事だったのである。自動車のメカについては、パリで学んでいた。まとまったお金を貯めるとルイは、ブロックリンへ引越しし、同じスイスのビール／ビエンヌ出身のウィリアム・ヴァルターのガレージで働くようになった。
1905年に結婚し、ニューヨークで開催された自動車レースでも快勝し、ルイにとって公私共に忘れられない年となった。しかもレースでは、平均時速109.7Kmを出し、それまでの記録を52.8秒も縮める新記録を作った。賞品は、時計産業で有名なショードフォン出身のルイにふさわしく、時計だった。時計に刻まれていたスポンサー名はヴァルター･P・クライスラーというのも象徴的である。
フランス人と間違えられる
ルイは米国で徐々に有名になっていく。一部の新聞は彼のレーサーとしてのまっしぐらな運転の仕方が、目を見張るほど速いことから「スピード狂のフランス人」などと報道した。ニューヨークでの快挙後1年で彼自信が設計に携わった8シリンダーの車で、時速191.5Kmを達成し、世界記録を更新した。
カーレースを通してルイはブイック社に近づき、ここでジェネラル･モーターズの創始者であるウィリアム・デュラントと知り合いになった。デュラントはルイの才能を認め、両者は1911年、シボレ・モーターカー・カンパニーを創立し「クラシック･シックス」というモデルを開発した。しかし、2年後に二人は対立。ルイは自分の株を売却し、さらに、自分の名前のシボレを車のブランドとして使用する権利も放棄した。1914年にはフォンテナック社を創立、その後アメリカン･モーターズ･カンパニーに移籍する。
インディアナポリスでのカーレース
ルイはモンロアー社に依頼し、レーシングカーを設計させた。1920年にはルイの弟であるガストンがインディアナポリスのカーレースで運転し、優勝。優秀な技術を持っていたにもかかわらず、フォンテナックは倒産し工場は閉鎖となった。これにもめげずルイは、ボートレースにも手を染め、マイアミのボートレースでも優勝を遂げる。しかし、ボートを金儲けにつなげることはなかった。
1934年、ジェネラル･モーターズは、シボレの名前を付けた車がベストセラーになったことや、自動車産業のパイオニア的存在である彼の価値を認め、彼を雇用したが病気のため1938年には退社せざるを得なかった。
ルイ･ジョセフ・シボレは62歳でこの世を去るが、その亡骸は米インディアナポリスにガストンと並んで埋葬されている。
swissinfo ロバート・ブルック 意訳 佐藤夕美 （さとうゆうみ）
補足情報
ルイ･ジョセフ･シボレ
1878年12月25日生まれ
1911年 シボレ･モーター･カンパニーを創立。現在ジェネラル･モーターズの傘下となっている。
数々のカーレースで優勝。最後のレースは1926年。
キーワード
ショードフォンでは毎年、ルイ･ジョゼフ･シボレを記念するイベントが開かれる。
本年は9月2日から4日までの開催の予定。
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