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米国人登山家ジョン・ハーリン３世さん（５６）がスイス国境を巡る旅を終了してから早２年。現在はポータルサイトを立ち上げ、世界中の登山家に情報を配信している。サイトの強力な助っ人は、日本人登山家、中村保さん（７９）だ。
スイスで幼少時代を過ごしたハーリンさんは、これまでスイスを中心に世界中の山に登ってきた筋金入りの登山家だ。
父親がアイガー北壁の登頂中に事故死したのが９歳の時。それ以来、父親を奪った山に登ることを目指してきたハーリンさんは、２００５年、父が挑んだ直通ルートでアイガー北壁の登頂を達成。２０１１年は、スイスの国境を自分の足だけで１周するという快挙を達成。旅の模様はスイスインフォを通じて逐次伝えた。
２０１２年に米山岳専門誌「アメリカン・アルパイン・ジャーナル（AAJ）」の編集部を退職。その後、「ジョン・ハーリン・メディア（John Harlin Media）」というポータルサイトを立ち上げた。入手の難しい世界中の山岳雑誌や関連書籍を集め、それらをデジタル化し、多くの登山家に貴重な情報を提供するのが目的だ。自身の登山記録も数多く配信している。
「山岳雑誌のほとんどが会員向けで、会員以外の登山家に向けたものは少ない。しかし、世界中の登山家は他の国の情報を知りたがっている。山の情報を前もって最大限知ることが登山には大事だ」とハーリンさんは言う。
ジョン・ハーリン３世（John Harlin III）略歴
１９５６年生まれの米国人。
スイスのレザン（Leysin）とドイツで幼少時代を過ごす。
父ジョン・ハーリン２世は１９６６年、アイガー北壁の直通ルート挑戦中にロープ切断事故で死亡。父親の死後、家族は米国に帰国。
２００５年、父が挑んでいたルートでアイガー北壁を登頂。その様子はIMAX映画「アルプス（The Alps）」に収められている。
２０１１年、スイスの国境をたどる旅が完結。
米登山専門誌「アメリカン・アルパイン・ジャーナル（AAJ）」編集部を退職後、ポータルサイト「ジョン・ハーリン・メディア（John Harlin Media）」を運営。また、コンサルタント会社を立ち上げ、登山の知識を生かして環境保護活動に取り組んでいる。インフォボックス終わり
未知を既知に
現在提供中の山岳雑誌は、AAJ、南アフリカの山岳雑誌、「ジャパニーズ・アルパイン・ニュース（JAN）」の３誌。JANは日本の山岳雑誌だが、すべて英語で書かれている。
JANをサイトで提供するようになったのは、JANの創設者、中村保さんが積極的に英語で山岳情報を海外に発信してきたことが大きい。
ハーリンさんが中村さんを知ることになったのは、２００２年、AAJの同僚と、チベット東ラサ地方の山脈を登頂しようと計画していたときだった。
東ラサ地方には外国人はほとんど入ったことがなく、未知に溢れていた。どんな山頂があるのかを知る人は誰もおらず、あるのは地図だけ。「これまでで最大の探検になるはずだった。誰も知らないミステリアスなところに入るのだから、我々はとても興奮していた」
出発の直前、１通の郵便がハーリンさんの元に届いた。開けてみると、今まさに入ろうとしている場所の写真とリポートが同封されていた。送り主は中村さんだった。「リポートはとても詳細に書かれており、素晴らしいものだった」とハーリンさんは振り返る。
しかし、うれしい反面、複雑な気持ちもあった。「ミステリアスなところに行くのでかなりワクワクしていたが、すでに彼が踏査していたことが分かり、このミステリアスさが一気に吹き飛んでしまった…」
中村さんからの情報を手に、東ラサ地方の山脈を無事登頂したハーリンさんは、中村さんの写真や地図とともにAAJに記事を掲載。記事はこの雑誌の最大級のものになった。
その後も、中村さんから度々、アジアの山岳地帯、特にチベット地方の記録が送られてきた。「辺境の地で撮った、まだ誰も見たことのないような写真を送ってくれたり、アクセス情報や現地の話を伝えてくれたりした。彼からの情報を手に、現地に向かう登山家は数知れない」と、ハーリンさんは語る。
記録を残す
そんな中村さんは、登山家が情報を発信することは重要だと考える。「地図があっても山がどんな形で周囲はどんな風景なのか、想像できないわけです。うちの家内なんて、どの山も一緒に見えるっていうけれど（笑）」と、中日新聞の取材で話している。
英語でも積極的に外国に向けて情報を発信するのは、世界の登山界から孤立しがちな日本の状況を変えたかったからだ。そのため、英文山岳雑誌JANを２００１年に創刊した。
「登山をすることは自分を表現すること」と言う中村さんは、それを形に残すために、文章を書き、地図を作製し、写真を撮る。「（この記録の）お陰で『登山家』や『探検家』だけでなく、『地図製作者』『写真家』と呼ぶ人もいます」と、スイスインフォの書面インタビューで答える。
未踏の地域に行き、そこでの新しい発見を内外に発信することが、書くことへの一番の動機だという。「（ある探検家が言っていたように）記録を残さなければ、行かなかったことと同じです」
新たな冒険へ
手紙のやりとりを交わすハーリンさんと中村さんは、国際会議などでたまに顔を合わせ、登山の話で盛り上がるという。ハーリンさんは「タム（中村さんの愛称）とは、ある意味『文通友達』になった。あれほど早く返信する人を見たことがない」と話す。
中村さんの執筆活動には今後も期待する一方、自分でも再び大きな冒険に出て、そこでの情報を世界に発信したいと思っている。
「中国の万里の長城を出発してゴビ砂漠を通る５千キロの旅や、米国とメキシコの国境を歩く旅をリポートしてみたい。冒険をしている時が、幸せなんだ」
中村保（なかむら たもつ）略歴
１９３４年生まれ。
一橋大学での学生時代に山岳部に入部。
海外駐在員として勤務する傍ら、ペルーの標高約６千メートルの山を初登頂するなど、先鋭登山を数多くこなす。
現在まで、中国東チベット地域を３４回踏査。
著書には『ヒマラヤの東』『深い浸食の国』『最後の辺境 チベットのアルプス』があり、『最後の辺境 チベットのアルプス』は２０１３年、「第２回梅棹忠夫 山と探検文学賞」を受賞。
日本山岳会名誉会員。インフォボックス終わり
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