Document ID: /fineweb-2-swissfilter-quality_10-filterrobots/filtered/00195.jsonl.gz/7

イザヤ53：1～12、使徒8：「屠り場に引かれる小羊のように」
2023年2月5日（左近深恵子）
私たちの一日の生活は、誰かの働きで支えられています。多くの人の働きがあって、私たちの日常の生活が回って行きます。とりわけ、誰かの役に立ちたいと献身的にその分野で汗を流している人々の働きに、私たちの暮らしや負うところが大きいのだと思います。そのような人々の働きは、表にあまり現れないこともあります。恩恵に与りながら、私たちがその人々の働きをほとんど知らないということも多々あるでしょう。その働きに対して相応しい報酬や正当な周囲の評価が為されていないということも多いでしょう。私たちが、自分は自分一人の力で生きていると勘違いをしてしまっていたとしても、あるいは自分は受けているものへの正当な対価を全て払っていると傲慢にも思ってしまっていて、縁の下の力持ちのような働きに感謝することができていないとしても、私たちが献身的な人々の働きに支えられていることは事実です。勘違いをしたままでいるよりも、傲慢でいるよりも、事実を知り、感謝の思いを抱きながら生活できる方が、喜びのある歩みとなるでしょう。
イスラエルの民は、自分たちが、自分たちだけの力で生きているのではないということを受け止めることへと導かれました。それどころか自分たちが為してきたこととは全く釣り合わない豊かなもの与えられているのだと、知ることへと導かれました。イザヤ書第53章に、イスラエルの民が示されたこの喜びが記されています。
イザヤ書は、66章というとても長い預言書です。預言書の中でも最大のイザヤ書は大きく三つの部分から成り、長い歴史の中でそれぞれの部分がそれぞれの時代の預言者を中心に書かれたと考えられます。今日の箇所が含まれる第40～55章は、紀元前6世紀後半に活動した、第二イザヤと呼ばれる無名の預言者の言葉を中心に書かれています。その頃イスラエルは既に南北に分裂し、北イスラエル王国が滅び、南のユダ王国もバビロニア帝国によって滅ぼされ、民の指導者層の多くが捕囚とされ、バビロニア帝国の首都バビロンに強制的に捕え移されていました。第二イザヤの言葉は、捕囚末期に、捕囚からの解放が近いことを告げ知らせることから始まっています。49章以降は、捕囚から解放された後に書かれたものと思われます。バビロンは、新興のペルシャの王キュロスに敗れ、キュロスはバビロンにいるイスラエルの民に祖国への帰還を許可しました。国も都も神殿も滅ぼされ、領土を失い、捕囚としての時代が約50年続いた民に、第二イザヤは、今や苦役の時は満ちた、解放の時が来たと、祖国の地に帰るようにと呼び掛けます。しかしバビロンで生まれ、孫子の代がほとんどとなっているイスラエルの民の中に、バビロンを後にしたがらない人も多くいました。捕囚の地での生活にすっかり埋没し、心が鈍くなっている人々は、バビロンの地を離れようとせず、帰還の呼びかけに抵抗し、預言者の働きを阻みました。第二イザヤは、49章では「私はいたずらに骨折り うつろに 空しく 力を使い果たした」と言い、50章では「打とうとする者には背中をまかせ ひげを抜こうとする者には頬を任せた。顔を隠さずに、嘲りと唾を受けた」と述べています。今日の箇所の背景にはこのような状況がありました。
今日の箇所の少し前、52：13から見てみますと、神さまが「わたしの僕」と呼ぶもののことを語っておられます。「僕」という呼び方はイザヤ書40章以降、繰り返し登場してきました。それらの箇所で「僕」は、イスラエルの民を指すと思われます。イスラエルは、神さまがこの民を通して世界に対して救いのみ業を為さる神の民であります。つまりイスラエルは、主のご意志に従う主の僕であります。しかし42章以降で登場する「僕」の中には、イスラエルとは別のものを指しているとも考えられるものがあります。やはりこれらの箇所もイスラエルを指しているとする解釈もあれば、第二イザヤ自身だとする解釈もあり、やがて主が油を注ぎ、この世界に遣わし、この世界を癒すことを計画しておられるメシア（救い主）であるとの解釈もあります。聖書が敢えて明確に特定せず、曖昧に語っているものを、私たちがこうだと狭めて断言することは、望ましくないでしょう。大切なのは、聖書に耳を傾けて、恵みをそこからできるだけ受け止めようと願う姿勢でありましょう。先ず52：13の「見よ、わたしの僕は栄える」との神さまの呼び掛けに耳を傾けたいと思います。
神さまは52：13～15で、僕の栄を語られます。高められ、挙げられ、高みの頂点に立つその栄に、諸国の民や為政者たちが驚くと言われます。そしてこの52：13から53章終わりまでのひとまとまりの、結びにあたる部分、53：11ｂ～12で、神さまは再び僕のことを語られます。そこでは、僕が多くの人の罪を負い、死をもって罪を執り成し、神さまが人々を僕のものとされることが告げられています。神さまが初めに語られた僕の栄光が、この終わりのところでどのようなものであるのか告げられます。こうして神さまが最初と最後で僕のことを語られ、その内側では、僕の生涯が語られます。それはおそらくイスラエルの人々と思われる「わたしたち」によって述べられます。僕の生い立ち、人々から価値無き者と見なされ、拒絶され、苦悩の生涯を歩み、捕えられ、裁きを受けて、死んでゆく歩みです。その誕生から死までを語る内側の更に中心となるのが、4～6節です。僕は、「わたしたち」の罪を負ってくれたから苦悩したのだと、「わたしたち」は示されます。神さまのご意志が、思いもよらない仕方で「わたしたち」の間で出来事となったのだと、その意味を知らなかったけれども、神さまの救いがこの僕を通して事実となっていたのだと。僕は神さまからの救いを「わたしたち」にもたらすために生涯も命も捧げてくれたのだと、戸惑いながらも、信仰の告白が静かに、しかしはっきりと、イスラエルの民によって為されるのです。
神さまとイスラエルの民によって告げられていることは、内なる目で見つめなければ見えてこない神さまのみ業です。神さまの罪の無い僕が苦悩の中、死に至るまで人々の罪を負うという、世が見たことも無い仕方で実現してくださったみ業です。自力で生きていると、必用なものは正当な対価を払って得ていると、寧ろ払ったものに対して自分は十分なものを得られていない、そのように思うことの多い私たちの視界にあるのは自分のことばかりです。ふとした時に他の人々の献身的な働きに触れてようやく、周りの人々に支えられている事実が少し見えてくる者であります。イザヤ書53章によって私たちは、私たちにとって最も必要な罪からの解放は、神さまから与えられることを見つめることへと導かれます。自分の存在の最も奥深くで罪に捕らわれ、本来神さまから与えられている自分の在り方に十分に生きることが阻まれてしまう私たちが、僕の苦悩と死によって罪の支配の中から神さまの元へと取り戻される、罪のものではなく神さまのものとされる救いをイスラエルの民と共に受け留めることへと導かれます。神さまのこの思いもよらないみ業を告げる言葉に耳を傾ける者は、世界の隅々にまで神さまのご意志が広がり、大勢の人にこの罪の執り成しが及ぶことを、この言葉に耳を傾ける全ての人と共に望み見ることができるのです。
教会は、主イエスのご生涯とその死を受け止めることにおいて、「苦難の僕」と呼ばれるこの53章を中心とした詩によって深い示唆を与えられてきました。他の者たちの罪のために、罪なき僕が苦しみ、裁かれ、その命を死に至るまで注ぎ出し、死の後も神さまに逆らう者たちと共に埋められるという屈辱の中に置かれた、それはまさに主イエスがその身とその命を捧げて歩み通された道でありました。それはまさに私たちを罪の支配から解き放つために、み子イエス・キリストによって、神さまが為してくださったことでありました。
かつて、神の民であることを誇りにしながらバビロンに滅ぼされ、自由を奪われ分断されたイスラエルの民の悲惨な姿に、諸国の人々は驚きました。また、神さまによって立てられた預言者でありながら、祖国への帰還を人々に呼び掛けても、同胞から退けられ、その働きを阻まれた第二イザヤの悲惨な姿に、人々は驚きました。姿は損なわれ、見るべき面影もなく、人とは見えないほどだと、輝かしい風格も好ましい容姿も無いと言われる主の僕。それは、ガリラヤで活動を始められてからゴルゴタの丘に至るまで、人々の拒絶を受けてこられた主イエスのようであります。人々は主イエスが、自分たちが望む通りのことを語り、望む通りのことをするうちは、その言葉と業を喜んで受け容れますが、自分たちの期待と合致しないと、離れて行きました。他の人々がどう言おうと、自分たちは最後まで従うと、死ぬときは自分たちもあなたと一緒ですとまで主イエスに言ったペトロを始めとする弟子たちも、主イエスが逮捕されるや主を見捨て、主との関係を重ねて否定しました。多くの人が離れて行き、弟子たちにまで見放され、一人になってしまった主イエス。逮捕する者たちが近づいても逃げるでもなく、鞭打たれて、嘲りを浴びせられ、裁判に引き出され、たらいまわしにされ、ゴルゴタの丘に引かれ、服を剥ぎ取られ、十字架に架けられても、“お前は結局、自分をこの危機から救うことができない、情けない終わりだ”、そう嘲笑されても、自分が無罪であると主張するでも、相手を論破しようとするでもない。人々は弟子たちでさえも、この人こそ待ち望んできた救い主だと、この人こそ我らの王だと思えるものを主イエスに見出すことができなくなってしまった、寧ろその姿に人々はおののき、離れて行ったのでした。
主イエスは力が及ばなかったから、このような屈辱の末に殺されたのではありません。神さまが主イエスを救えなかったから、主イエスは死んでしまわれたのではありません。神さまが世に与えてくださった真の羊飼いである主イエスを、この方の羊の群れとなるはずの人々や弟子たちは見捨てて逃げ去りました。しかし主イエスは、弟子たちがこの先ご自分に背くことをご存知の上で、ご自分は復活すると、そしてあなたがたより先にガリラヤに行っていると告げられました。羊である彼らとの結びつきは、あなたがたの背きによっても、私の死によっても、断ち切られないのだと、ガリラヤで彼らを待っていると告げられたのです。独り子主イエスを世に与えてくださった神さまが、み子の苦難と死を、人々を救うみ業とされるからでした。イザヤの時代も、民はそれぞれの方角へと彷徨い出てしまいました。イザヤ書53：6の「わたしたちは羊の群れ 道を誤り、それぞれの方角に向かって行った。そのわたしたちの罪をすべて 主は彼に負わせられた」との言葉、また10節の「主はこの人を打ち砕こうと望まれ、彼は自らを償いの捧げものとした。彼は、子孫が末永く続くのを見る。主の望まれることは 彼によって成し遂げられる」という言葉が、主イエスの受難と死に重く響きます。
53章でイスラエルの民は、初めは、僕の生い立ちと姿の悲惨さを容赦なく挙げ連ねます。麗しさも輝きも、望ましい容姿も無く、人々が憧れるようなものは無い、寧ろ軽蔑し、見捨て、無視した。僕が抱えていた痛みや病は、僕の罪に対して神が下された苦しみなのだと思っていた。多くの人が内心、自分はあんなに苦しむのはご免だと、あんなに神さまから遠い所へ離れ出てしまう者にはなりたくないと思うようなもの、それが僕でありました。しかしイスラエルの民は、自分たちのこれまでと、僕の苦しみを、新たな光の下で受け止めたのです。自分たちは神さまの言葉に耳を傾けず、この道が自分を守る道だとそれぞれ自分勝手な方角に進んでいた。それは道を誤り、彷徨うものだったのだと。この、羊飼いの導きに背を受け、主の羊であることを忘れてしまっていた自分たちを救うために、主なる神は私たちの罪をすべて僕に負わせられたのだと。僕が担った苦しみは、この私たちが負うはずの病であった、この私たちが味わうはずの痛みであったと、イスラエルの民は大きな衝撃を受けました。雷に打たれるような、息が止まるようなこの衝撃が、全てをひっくり返すような転換が、この詩の中心にあります。
イスラエルの民と同じような衝撃を、主イエスの弟子たちも受けました。主イエスにこれ以上従えないと見捨て、その結果主イエスは悲惨な末路を辿ったのだと思っていたが、主は自分たちの罪を償ってくださったのだと、神のみ子が神さまの働きのために苦難を負う僕となってくださったのだと知りました。主イエスの見方が大きく変えられる衝撃は、弟子たちで終わりません。弟子たちの宣べ伝える福音を聞いた人々も、同じような衝撃を味わったでしょう。エルサレム神殿で礼拝を捧げ、帰り道、イザヤ書を朗読していたエチオピアの高官が、使徒フィリポから聖書の説き明かしを受けた出来事を、使徒言行録から聞きました。フィリポは説き明かしを、イザヤ書53章から始めました。そこから更に聖書に証しされている神さまのご意志とみ業を語り、そして、主イエスについて語りました。預言者第二イザヤが語った主の僕の苦難と死による罪の贖いは、主イエスによって成し遂げられたこと、神さまが歴史を通してご自分の羊の群れを導くためにみ業を為してこられたことを語り、その説き明かしに耳を傾ける、この天の恵みに満ちたやり取りを通して、高官は深く気づかされたことでしょう。主イエスは聖書が告げてきた真の羊飼いであり、全ての民の王である神のみ子、この方が全ての民の救い主なのだ。主イエスの痛みと苦しみと死は、敗北ではなく、罪によって悲惨な状態にある人々を救い出し、ご自分の元へと招くために自ら負ってくださった、私たちの罪の重さであったのだと。この自分のためにも、み子は屈辱と死に身を投げ出され、そして神さまはみ子を復活させられ、天へと挙げられたのだと知ることは、衝撃であったでしょう。主イエスによって自分も救われていることを受け止めた高官は、洗礼を受けることをフィリポに願い出て、洗礼を授けられたのです。この高官はこれまで、自分の国の女王から全ての財産の管理を任されるほど、周囲に信頼され、充実した人生を送っていたことでしょう。そしてこの日、洗礼の水から立ち上がった高官は、死からよみがえられたキリストに結ばれ、キリストによって与えられる新しい命に生きる者とされました。新しい人生を与えられたこの人は、「喜びに溢れて」、キリストと共に歩む道へと踏み出したのです。
しばらく病床にあった教会員のSさんが、昨日召されました。Sさんも、神であるキリストによって命を死から救われたことを受け止め、17歳の時に美竹教会で洗礼を受けられました。晩年のお住まいであった施設のお部屋の中に手作りの十字架を置いておられ、その十字架を見つめながら、一人の祈りの時、一人の礼拝の時を持っていると、以前言われていました。死によって断ち切られない命を生き、94年の生涯を歩み通されました。主イエスが自分の救い主であることを知る衝撃をいつ味わうのか、そのために神さまがいつ誰を遣わし、私たちを導いてくださるのか、それぞれに異なる私たちでありますが、バラバラな私たちが皆、真の羊飼いなる主に導かれていることの不思議を思います。私たちに福音を伝えてくれた多くの人の存在を思い起こしつつ、私たちも皆、誰かに福音を伝える務めを主から委ねられ、主がその働きを必ず用いてくださることへの信頼を新たにいたします。