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このコンテンツは 2009/07/31 15:25
スイスは毎年8月1日、その建国を祝うが、100年あまり前に制定されたこの日付には信憑 ( ぴょう ) 性がないという疑いが持たれている、と歴史学者ジョルジュ・アンドレ氏は語る。
1291年8月1日、ウーリ、シュヴィーツ、ウンターヴァルデンの代表者がリュトリの丘に集まり、ヘルベチア ( スイス ) 連邦の出発点となる同盟を結んだ。この同盟の条約文書はシュヴィーツ市にあるシュヴィーツ連邦古文書博物館 ( Musée des chartes fédérales de Schwyz )に厳重に保管されているのだが、ここ数年来の科学者らの研究は、この「事実」を鵜呑 ( うの ) みにしてはならない、との一石を投じている。「誰でも分かるスイスの歴史」 ( L'histoire de la Suisse pour les nuls ) の著者である歴史学者のジョルジュ・アンドレ氏に話を聞いた。
swissinfo.ch ： 1291年8月1日に、実際のところ何が起こったのでしょうか。
アンドレ ： おそらく、何も起こりませんでした。というのは、1291年のこの条約には、日付が書かれていないのです。ラテン語の原文には、「initio augusto」とあり、これは「8月初め」のことで、「8月1日」ではないのです。しかし、何月何日かを決めなければなりませんでした。それで1891年の連邦参議会により、8月1日であると制定されたのです。
swissinfo.ch ： 1891年になぜ政府はこのような決定を下したのでしょうか。
アンドレ ： スイスは建国記念日が制定されていない国家の1つだったからです。建国記念日の制定に当たって、何か根拠となるものが必要でした。当時の歴史学者が意見を求められ、紛失した同盟憲章の原典を差し替え刷新した、現存する条約文書をその根拠とするように勧めたのです。
このようなことから、スイスはこの同盟を祝うことになりました。1891年8月1日、全ての教会の鐘が鳴り響き、堆 ( うずたか ) く積み上げられた薪に一斉に火がつけられました。それ以降、毎年8月1日を建国記念日として祝うことになりました。
swissinfo.ch ： 条文に話を戻すと、日付だけが不明瞭というわけではないようですが。
アンドレ ： 確かにこの文書にはほかにも問題があります。まず、署名がなく、誰の名前も明記されてはいません。場所も書かれてはいません。したがって、1291年8月1日にリュトリの丘で同盟が結ばれたという定説には、異論の余地があります。
名前が明記されていないので、14世紀にはすでに歴史学者たちの研究が始まり、ある人物の名前が挙げられました。現在ではこれらの研究を分析した結果、13世紀末に森林深くに発祥した3州の、エリート政治家たちの名前を挙げることができます。
伝統的に、歴史の教科書では、ヴァルター・フュルスト、アルノルド・フォン・メルヒタル、ヴェルナー・シュタウファッハーの3人が同盟を結んだのであろうと記載されています。しかしこれはあくまでも仮説であり、実際のところは、3という数字自体がキリスト教の三位一体を暗示しており、権力の象徴を表していると考えられています。
swissinfo.ch ： それでも、1291年の同盟がスイスの原型であるとする根拠はあるのでしょうか？
アンドレ ： 歴史学者の一致した見解は、この条約文は現代の憲法とは全く違っている、ということです。おそらく、当時の慣習として行われていた中世の決まりごとを、各地から寄せ集め、貼り合わせたものなのでしょう。
この条約の内容には、驚くものがあります。公法、刑法、民法、国際法、不正の禁止、相互援助などが盛り込まれています。しかし特に目を引くのは、司法の自治権について書かれた個所です。森深くに発祥したこの3州は、この条約文で外部からの独立を声高く謳っているのです。
もう1つ注目すべきことは、この条約文には一貫性がないことです。例えば、人民のことを「彼ら」と呼んでいるかと思えば、法王が自らと自らの国民のことを含めて話すときのように「われわれ」と呼びかけていたりもします。さらに、綴り方の書き間違いがあり、慎重に書かれたものとは思われません。
歴史学者の中には、これらの事柄はこの条文が急いで仕上げられたことを示している、との説があります。研究者たちは、この条文が、外部からの圧力を避けるために、緊急かつ極秘のうちに書かれたのだと考えています。条約文にある「連邦」と訳される言葉は原文のラテン語では「共謀」です。これらの事実から、これが謀反の条約であったと考えられるというのです。
swissinfo.ch ： 最近では、この条約そのものの信憑性までも問題視されているのでしょうか。
アンドレ ： 1年前、チューリヒの中世学者ロジャー・サブロニエ氏が、現存する古文書を炭素14で分析しました。その結果、1291年の同盟条約は、当時に作成されたものではないことが判明しました。
しかし、それはこの条約文が偽物だということではありませんし、なによりもまずサブロニエ氏自身が偽物だと主張しているわけではありません。ただ、この分析が証明したのは、古文書博物館に展示されている条約文は、50年、いや100年ほど後に、何らかの理由により書き直されたものだ、という事実です。例えば、湿気による原典の羊皮紙の傷み、火事、またはねずみによる被害などがその理由として挙げられます。
オリビエ・ポシャー、swissinfo.ch
( 仏語からの翻訳 魵澤利美 )
ジョルジュ・アンドレ
1939年ローザンヌ生まれ。
フランスでの二部門にわたるバカロレア ( ラテン語・ギリシャ語部門 と哲学部門) 合格後、フリブール大学にて歴史学の博士号取得。研究テーマは、「フリブールにおける革命時のフランス人難民」。
その後、ベルン大学にて選挙史学の助手として勤務。1970年末より、教育学会と連邦政府の行政官を兼務する。
スイスとフランスの2国間の関係について、多大な著書がある。2004年、フランス政府より学術功労勲章オフィシエを受勲される。
アンドレ氏は、1980年に出版された歴史学会の重要文献「新しいスイスとスイス人の歴史」の著者の1人でもある。
2007年には、大衆向けの著書「誰でも分かるスイスの歴史」を出版し、2万部の売上げがあった。
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