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列王記上8：27～34、ヨハネ2：19～22「献堂の祈り」
2022年10月30日（左近深恵子）
イスラエルの民が人間の王による統治を望み、神さまが最初の王としてサウルを選び立てられた箇所を、少し前の礼拝で聞きました。サウルの次に神さまが王として選び立てられたのはダビデでした。ダビデはサウルの死後、王位につきます。最初は南のユダ族の王となり、その後イスラエル12部族全体の王となります。ダビデは都をエルサレムに定めます。それまでイスラエルの民の間から失われていた神の箱もエルサレムに運び、天幕の中に納めます。契約の箱や掟の箱とも呼ばれるこの箱の中には、モーセが神さまから授かった、十戒が刻まれた二枚の石の板が納められていました。イスラエルの民にとってこの箱は、神さまが共におられること、神さまの臨在を象徴するものでした。神さまがモーセに、ご自分がその蓋の上で臨在し、そこからイスラエルの人々に命じるすべてのことを語ると約束されたからです。ダビデはこの神の箱を大々的に都に運び上げることで、エルサレムは、イスラエルの政治的な中心地であるだけではなく、信仰の中心地であるのだと、神の民イスラエルは神さまが共におられることを国の核としていくのだと、民全体に示したのです。
ダビデは更に、自分は立派な王宮に住むようになったのに神さまは天幕を住まいとしたままだと、神さまの箱を納める神殿を建てようと考えます。けれど神さまは、ダビデの提案を退けられます。立派な神殿など無くても、エジプトから民を救い出した日から今日に至るまで、神さまは民の間に住んでくださり、民を導き、養ってこられました。家族の羊の世話をしていたダビデを羊の群れの後ろから取って、王となさったのも神さまです。神さまのために家を建てようとしたダビデに、神さまこそがダビデのために家を興す方であることを告げられ、ダビデの子孫がイスラエルの王となってゆき、その王国は揺ぎ無いものとなることを約束されます。ダビデが建てようとした神さまのための家も、ダビデの子孫が建てると告げられたのです（サムエル下７：４～16）。
ダビデの次に王となったのは、ダビデの息子の一人、ソロモンでした。王位に着いたソロモンは、数々の陰謀や反乱を退け、王国を揺るぎないものとします。政敵を退け、戦いを行う必要がなくなったソロモンは、周囲の国々との同盟関係を更新し、交易を活発に行い、父王ダビデが統一した王国を更に経済的にも文化的にも発展させます。列王記はソロモンが様々な事業を行い、それによって王国は繁栄を極めたことを伝え、それらの事業と繁栄の中心に、エルサレム神殿の建設があったことを示しています。
神殿建築は、7年の年月を要した大事業であったと言われます。しかし、ソロモン独りの力で為し得たものではありませんでした。建築に従事した大勢の人々がいたことも勿論です。何より、神殿を建築することで神さまへの感謝を形にしたいというダビデの願いがありました。ダビデが神殿のための土地を購入したことを聖書は伝えています（サムエル下24：18～25）。そこは、神さまが祭壇を築くように命じられた場所でした。そこでダビデはエブス人のアラウナという人が所有していたその土地を買い取り、祭壇を築き、捧げものをして主に祈りました。歴代誌は、ダビデがこの場所について、「神なる主の神殿はここにこそあるべきだ」と言い、“息子ソロモンはまだ若く、経験も無いから、この私が息子のために準備をしよう”と言って、ソロモンが神殿を建てる時のために資材を集めたことを伝えています（歴代上22章）。自分の生涯の内にできあがった神殿を見られないとしても、神殿の建築を願い続け、将来の建築に備え続けたダビデの祈りと行動が、ソロモンの偉業へとつながっていきます。それまで異邦人が麦を打っていた場所に神殿が建てられ、その神殿がやがて諸国の民の祈りの家と呼ばれるようになることにも、神さまの深い導きを思わされます。神さまはダビデやソロモンと共におられ、王として様々なことを為す彼らの日々の中で、礼拝へと招き続けてくださったのです。
ソロモンの神殿建築は、列王記上の5～7章に記されています。そして8章で、ソロモンは祈ります。神殿は神さまに捧げるものですので、神殿ができるとそれを神さまに「献堂」すると言います。「神殿を奉献」するとも言います。教会も会堂を建てると「献堂式」の礼拝を行います。このソロモンの祈りの箇所は、献堂式の礼拝で朗読される箇所の一つです。教会堂とはどのようなものであるのか、教会の信仰がこの祈りに表されています。美竹教会もここ数年、新しい会堂のために祈りつつ、話し合いを重ねています。信仰の先達の祈りと備えの行動によって、感染症による厳しい状況の中でもこうして安心して集うことのできる会堂が与えられています。長引くコロナの感染に困難を抱えながらも、神さまがこの地に灯してくださった礼拝の灯をここで灯し続けることができているのは、このような教会堂が与えられているからだと、礼拝の度ごとに感謝を新たにしてきました。だからこそ、これからのために、祈り、備えています。献堂においてソロモンがささげた祈りに、教会堂とは私たちにとってどのような意味があるのか、教会堂の建築はどのような信仰によってなされるのか、大切なことを示されるのです。
神殿の建物が完成し、内部をあらゆる祭具で整えると、ソロモンはイスラエルの全ての人を集めました。民と共に神の箱の前でいけにえを捧げ、神殿の一番奥、「至聖所」と呼ばれるところに神の箱を運び入れました。そしてソロモンはイスラエルの全会衆に、父王ダビデが神殿を建てようと願ってからこれまでのことを語りました。それから祭壇の前に立つと、両手を天に伸ばす祈りの姿勢を取って祈ります。神殿を神さまに捧げ、神さまの祝福を願う祈りは23節から53節まで続きます。54節では、それまで両膝をついていたソロモンが立ち上がったとありますので、祈る内に跪いていたようです。
祈りの中心となるのは、27節の言葉です。「神は果たして地上にお住まいになるでしょうか。天も、天の天もあなたをお納めすることができません。わたしが建てたこの神殿など、なおふさわしくありません」。天地万物をお造りになった神さまは、全てのものを超える方です。混沌とした深淵の面を動かれたように自由の内に働かれる神さまを納めるのに、十分なところなど被造物である天にも地にもありません。まして人間の手による建物は、それがどんなに立派な建材で建て上げられていようとも、その中に神さまを納めておくことはできません。長年の苦労の末ようやく完成した神殿を捧げる、その祈りの中心にあるのは、ここは人が神さまを留め置けるような場所ではない、人間がここが神の住まいだと定めることはできない、神さまはそのような方では無いと言う信仰の言葉であるのです。
ソロモンが神殿を建設したのは、神さまがそこに「わたしの名を留める」と言われたからです。聖書協会共同訳では「そこに私の名を置く」と訳されています。申命記でも、私たちの神、主がその名を置くために選ばれる場所が、礼拝の場所であると言われています（申12：11、20）。十戒において神さまは、最初にご自分がどのような方であるのか明らかにされました。「私は主、あなたの神、あなたをエジプトの国、奴隷の家から導き出した神である」と言われました。神さまが人々に本来与えてくださっている命と存在に生きる自由を、ファラオによって奪われているところから導き出してくださった神さま、その神さまが、夜も昼も御目を注いでくださり、そこに向かって私たちが捧げる祈りを聞き届けてくださる場所が神殿です。民の神となり、民をご自分の民としてくださるとの契約の恵みの中に招いてくださる神さま、その契約が刻まれた石を納める場所が。神殿なのです。
ソロモンは30節で、「どうか、あなたのお住まいである天にいまして耳を傾け、聞き届けて、罪を赦してください」と祈ります。同じような祈りの言葉が、この後幾度も繰り返されます（32節、34節、36節、43節、45節、49～50節）。ソロモンは祈りの中で7つの嘆願を繰り返します。その嘆願のほとんどにおいて、この言葉が祈られます。7つの嘆願とは、隣人との関係における問題、敵との戦いに向かう時、敵に打ち負かされた時、干ばつや飢饉や疫病、作物の不作など、あらゆる災害の時と、何とかして聞き届けていただきたいと願うものです。ソロモンはこれらの切実な願いにおいて、ただ「助けてください」と願うのではありません。人間関係や、周辺国との対立、飢えや病や作物の不作、これらはどれも神さまに対する背きが根源にあることをソロモンは知っています。だから「罪を赦してください」「さばいてください」「立ち返らせてください」と祈ります。自分たちの罪によって生じた問題に直面する時、どうか悔い改めることができますようにと、祈り願います。自分たちが本当に救われるということは、悩みが直ぐに解消されることではないのだと、罪が神さまのみ前で明らかにされ、赦され、神さまから本来与えられている命と存在を回復していただくことが真の救いであると、だから「神さまに立ち返らせてください」と祈るのです。嘆願の中にはイスラエルの民の願いだけでなく、この神殿に来て祈る異国人のための願いもあります。神殿が諸国民の祈りの家であることがここにも明らかです。神殿から離れた所にあって神殿に来ることのできない者の祈りのこともソロモンは願います。祈りの終わりに至るまで、誰もが陥っている罪からの救い、罪がもたらしている悲惨さの中からの救いを求め、この神殿に来ることができない状況にある者たちが、この神殿に向かって捧げる祈りにも耳を傾けくださいと、あらゆる者の赦しを願うのです。
神さまは、ソロモンの祈りを受け留められ、ソロモンがダビデのように無垢な心でただしくご自分の前を歩み、ご自分の言葉が実現することをなによりも祈り求めるなら、神さまがダビデに「イスラエルの王座につく者が断たれることはない」と約束されたように、ソロモンの王座をとこしえに存続させると、しかしもしソロモンやその子孫が神さまに背を向けて離れ去り、神さまの言葉を退け、他の神々に仕えるならば、与えた土地からイスラエルを断ち、神殿を捨て去ると告げられました（9：4～7）。
残念なことにソロモンは次第に、神さまの言葉から離れてしまいます。ソロモンだけでなく、いつの時代にも、神殿の本来の意味を見失い、自分の利益のために神殿の営みを歪め、自分の都合の良いものにしてしまい、そこで捧げられる礼拝も歪めてしまう誘惑に人はさらされています。明日は宗教改革記念日です。宗教改革とは、人間の好みや都合に合わせていく礼拝を、神さまのご意志に従うものへと改革することと言えます。真の罪の赦しは、神さまだけが与えることのできるものであります。心の底から罪の赦しを求め、対の汚れを清めていただくために、畏れをもって祈りと犠牲を捧げ、神さまを共に仰ぐ礼拝の場に、人々の罪が力を持ってしまうことが起こる。主イエスの時代もそうでした。神殿の本来の意味は後退していました。過ぎ越しの祭りを祝うためにあらゆる地域から集まってきた人々で賑わう神殿で、自分の利益や保身を求め、神殿という場所も、そこに礼拝のために来る人々の信仰も利用し、他者の礼拝の妨げとなっている人々の姿を主イエスはご覧になりました。その人々は、自分たちの罪をじっと見つめておられるのが、神のみ子であるとは思ってもいなかったのでしょう。かつてソロモンは神さまに、神殿に、夜も昼も御目を注いでくださいと、耳を傾けてくださいと、神の民を代表して祈ったのに、人々のこころの目は神さまではなく自分の利益という狭い範囲を見つめ、人々の信頼は神さまにではなく自分が手にしているものに向けられていました。この人々を、ダビデの血筋にお生まれになった真の王、イエス・キリストがご覧になっています。主イエスがご覧になっていたのは、いつの時代にも、私たちを含めた誰の中にも幾らでも見出せる人間の実態です。主イエスはこのような人々によって、神殿が「強盗の巣」とされていると激しくお怒りになり、彼らを神殿から追い出しました。それを見た神殿の指導者たちは主イエスに、“何をしたのか分かっているのか、どんなしるしによって、こんなことをして良い理由を示せるのか”と迫ります。すると主イエスは、神殿を「強盗の巣」にしている人々の罪が、神殿の本来の意味を壊しているのだと言われます。神さまが名を留めると告げてくださった祈りの家を滅ぼし、礼拝を台無しにし、主イエスが自分たちの救い主であることを人々は退けています。そして、十字架にまで主イエスを退けることになります。その主イエスが世の罪を取り除く神の子羊としてご自分の血を流してくださり、死者の中から三日後に復活されて、死で終わらない命をもたらしてくださることを、「三日で建て直してみせる」と言われたのです。
死者の中から復活されたキリストこそ、神が建て直された真の神殿です。主が十字架で死んでしまわれた後、主イエスのように弟子である自分たちも捉えられてしまうのではないかと、扉に鍵をかけて閉じこもり、怯えていた弟子たちの只中に立たれ、「あなた方に平和があるように」と呼びかけられた復活の主こそ、ソロモンの祈りが示す本来の意味での神殿であります。キリストはその後天に昇られました。けれど聖霊において共にいてくださいます。そのキリストの現臨を、私たちは礼拝で 語られるみ言葉を聞き、キリストが招いてくださる食卓から聖餐の恵みを味わうことによって、確信することができます。キリストが招いてくださるから、キリストが私たちの只中に共にいてくださるから、これが主に捧げる礼拝となります。キリストが真の神殿となってくださったから、夜も昼もキリストを通して私たちは神さまのまなざしの中にあることを確信し、私たちがキリストのみ名によってささげる祈りも叫びも、神さまに聞き届けられることを確信するのです。