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スイス時計産業界の愛国主義者ニコラス・G・ハイエック氏が6月28日、心不全のためビール/ビエンヌで執務中に死去した。82歳だった。
ハイエック氏は「スウォッチグループ ( Swatch Group ) 」の創業者で、最後まで同グループの取締役会長を務めていた。
スイスを救った移民
スウォッチグループの28日の発表によると、ハイエック氏は
「愛するスウォッチグループで執務中に突然死亡した。スイスの高い付加価値を持つ優れた時計コンツェルンを実現させ、スイスの指針となる企業家と見なされていた」
スウォッチを創案したハイエック氏は、スイス時計産業界の救済者と評される。1980年代、スイスの時計産業は日本の安価な大量生産品に押され、存続の危機に立たされていた。スウォッチグループは1983年、ハイエック氏が中心となってほかの時計会社との合併により創立された。ハイエック氏は2年後に経営を引き継いだ。
その後、スウォッチグループの売り上げは約18億フラン ( 約1500億円 ) から継続的に伸び続け、2008年には57億フラン ( 約4700億円 ) に達した。2003年、ハイエック氏はコンツェルンの経営権を息子のニック・ハイエック氏に譲ったが、その後も取締役会長として業務に携わっていた。
いつも葉巻をくゆらせ、手首に何本も腕時計をつけていたハイエック氏は、スイスのマスコミを常ににぎわせた。1990年代は、スイス国立銀行 ( スイス中銀 ) の通貨政策を繰り返し厳しく批判した。昨年秋には、スイスの大手銀行が発端となって国民経済が崩壊する危険性が大き過ぎるという理由で、銀行の規模縮小を求めた。
ハイエック氏は時産業以外でもビジョニストとして注目された。「スウォッチモービル ( Swatchmobils ) 」という環境にやさしい小型車コンセプトを数年間にわたって追い続けたが結実せず、結局このアイデアの中で現在も残っているのは超小型車「スマート ( Smart ) 」のみとなった。だが、ハイエック氏はあきらめることなく、2007年にはエネルギーコンツェルン「グループE ( Groupe E ) 」とともに新しいプロジェクトを発表し、再生可能エネルギーに取り組むジョイントベンチャーを創設した。また、2008年には「パウル・シェラー研究所 ( Paul Scherrer Institut ) 」とともに燃料電池自動車の開発に向けたジョイントベンチャーを開始した。
ハイエック氏は1928年ベイルート生まれ。1940年にフランスへ、9年後にスイス人の夫人との結婚でスイスへ移住し、1950年以降さまざまな会社の経営に携わってきた。
swissinfo.ch、外電
ニコラス・ハイエック ( Nicolas Hayek ) 氏
1928年レバノンに生まれたニコラス・ハイエック氏の名前は、1980年代にスイス時計産業界を崩壊から救ったことで一躍有名になった。
スウォッチグループの創業者、取締役会長。
20年前、自動車産業の顧問をしていた頃、ソーラーカー「スピリット・オブ・ビール ( Spirit of Biel ) 」を作った。
のち、もともとハイブリットエンジンを搭載するはずだった超小型車「スマート ( Smart ) 」の設計を行った。ハイブリットを断念せざるを得なくなり、スマートの発売前にプロジェクトから身を引いた。
ハイエックグループの会長も務めていた。