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人里離れた山あいの村シュクオールに、ユダヤ教の食事規定を守るヨーロッパ最大のホテルがある。ユダヤ人のフリードマン夫妻がこの「シュクオール・パレス」を買い取ってから、特に敬けんなユダヤ教徒が訪れるようになった。
ウンターエンガディン地方の温泉保養施設として150年の歴史を持つシュクオール・パレスは、山あいの細長い谷間、シュクオール村の手前に広がるもみの木とカラマツの林の中に黄色い巨人のように建っている。
ビールの代わりにお茶とケーキ
鉱泉が豊富なイン川を守ろうとする大きな防壁のように、シュクオール・パレスは川に向かって左右に伸びている。120室の客室を有するこのホテルへと続く道では、脇の髪を伸ばしたユダヤ人独特の髪型に、長いひげをたくわえ、黒いマントとキッパー ( 男性用の帽子 ) を着用してまっすぐ前を見据え、黙々と歩く姿が見られる。
3年ほど前にユダヤ人のアブラハム、ジポラ・フリードマン夫妻がこのホテルを買い取ってから、シュクオール・パレスは「ヨーロッパ最大の年中無休のカーシェールホテル ( ユダヤ教の食事規定を守るホテル ) 」をうたい文句とし、特にイスラエルとアメリカからの正統派ユダヤ教徒の観光客が訪れるようになった。
長年、シュクオール・パレスは旅行会社「ロビンソンクラブ ( Robinson Club ) 」の団体客のパーティ会場だったが、今ではビールの樽はからっぽになり、その代わりに紅茶とケーキを出している。壁にマホガニーを使用したレストランでは、ユダヤ教徒の大家族が若いカップルの隣でフランスから輸入された肉のパテを食べている ( スイスではユダヤ教の戒律に従った畜殺が禁止されているため輸入に頼っているのだ ) 。
芸術的に優れた化粧しっくいが施されコンサートホールでは、壁画に描かれたあまりにみだらな服装をした画中の人物は白い布で覆われている。スキージャケットを着た宿泊客がメールをチェックしている姿が見える一方で、後方にあるシナゴーグでは上半身を機械的に上下に動かしている男性たちの姿が見える。また、屋内プールの入り口には男性専用と女性専用のそれぞれの使用時間帯が貼り出され、プールのガラス窓には目隠しシートが貼られている。
宗教的なインフラ
いったい何が、この人里離れた谷にユダヤ人を惹きつけるのだろうか？
「イスラエルではスイスへの旅行はステータスシンボルです」
と言うのは、ホテル経営者の娘ショシャナさん ( 30歳 ) だ。彼女はホテルのフロントで仕事を手伝っている。
イスラエル人にとって、スイスにはハイキングの機会やほかにも見所が多いこと、また、過ごしやすい夏の気候が魅力だという。さらに、宗教上の務めをおろそかにすることなく休暇を過ごすことが可能な環境に目を留め、このシュクオール・パレスにやって来る。ホテルにはシナゴーグが3カ所にあるほか、図書館、儀式用の水浴場ミクワーがある。
宿泊客にとって決定的なことは、ユダヤ教の食事規定を守ったカーシェール料理を食べられることだ。
「サラダやフルーツの缶詰めの食事で休暇を過ごす必要がなく、ユダヤ教徒としてふさわしい食事を取ることができるので、このホテルはうってつけです」
と言うイスラエルからのスキー客は、子ども連れで宿泊している。
キッチンの見張り番
ホテルの厨房 ( ちゅうぼう ) には、宿泊客に出される料理がカーシェールであることをチェックする監視役マシュギーアハがいる。丸めがねを掛けたこの太った男性は、ユダヤ教徒でない調理師に代わって鍋を火に掛けなければならない。また、卵を割って小さな血の塊が入っていないかを確認したり、正しい調理器具が使われているかも見る。厨房内は赤と青のテープを使って「肉専用」と「乳製品専用」に区別され、しゃくし、スプーン、フライパンなども赤と青で色分けされている。
「最初の頃はなかなか大変でした。すぐ間違ったボールを手にとってしまったり」
と言うのは調理師見習いのファビアンさんだ。頭に黒いスカーフを巻いたイスラエル出身の女性のパティシエと一緒に、ユダヤ教の行事「過越祭」で食べるマッツァーというパンをこねている。このパンで祖先のエジプト脱出を祝う。パン、チョコレートのクッキー、ココナッツのマカロンは酸味のある食材に触れてはいけないため、調理台はラップやアルミホイルで覆われている。
批判的な声
シュクオール・パレスのすぐ近くにある村シュクオール ( Scuol ) では、ホテルに来るユダヤ人宿泊客に対し、好意的な意見のほかにも批判的な声が聞かれる。
「ユダヤ人客は村では歓迎されていないようです」
と、タクシーの運転手は言う。
また、バスの運転手は
「わたし自身はユダヤ人客に対して何の反感も持っていませんが、彼らはもうちょっと周囲に合わせるべきでしょう」
と指摘する。黒いマントを着たユダヤ人男性客たちは挨拶をせず、だいたい団体でやって来て、一番良いピクニックエリアを占領した挙句にゴミを散らかしたままにしていくという。また、スキー観光業はユダヤ人客からはほとんど何の利益も得られないという。
「ユダヤ人客がこの地域に経済的な効果をもたらしているとは言えません」
と、土産物店を経営する女性は言う。彼らはホテルに入ったきりスイス人と交流を持つことなく、1つの別の集団を作っているという。
「村には緊張関係がありました」
「反ユダヤ主義的な立場からの発言ではないでしょう」
と、ホテルの経営者でかつてイスラエルの将校だったアブラハム・フリードマン氏は言う。ホテルの一般開放日を利用してシュクオールの人たちにユダヤ文化を紹介する場を設けたフリードマン氏は、次は宿泊客に向けてマナーのチラシを作りたいという。
一方、人口2300人のシュクオールの村長ジョン・ドメニク・パロリーニ氏は
「村には緊張関係がありました」
と話す。しかし、住民はユダヤ人客がシュクオールとあまり関わろうとしないことにだんだんと慣れてしまったという。ほかの人間もそこに暮らしていること、月に来ているわけではないということを、マナーのチラシを通してフリードマン氏が宿泊客に注意を促すことを村長は歓迎する。
ホテルの拡張計画
「わたしがホテルに期待することは、まず稼働率の高さです。また、シュクオール・パラスについて言えば、その歴史的に意味のあるホテルであり続けることも重要です」
とパロリーニ氏は言う。しかし、村の住人たちはホテルの目的が達成されているのか、疑問を持っているようだ。
「わたしたちはまだ、ドイツ、フランス、イギリス、アメリカ、カナダに住む潜在的なユダヤ人宿泊客を獲得するスタート地点に立ったばかりです」
と、ショシャナさんは言う。ホテルの外壁のペンキは剥がれ、数部屋の客室では天井にカビが生えている。それでもフリードマン一家はホテルの拡張を計画している。この地方で有名なスパセンター「バート・シュクオール」でユダヤ人客専用の入浴時間帯の申し入れを拒否されたため、ユダヤ人だけの温泉場を開きたいという。
コリン・ブクサー、シュクオールにて、swissinfo.ch
( 独語からの翻訳 中村友紀 )
スイスのユダヤ人
スイス連邦統計局 ( BFS/OFS ) によると、1万7914人がユダヤ教を信仰しており、これはスイスの人口の0.25%に当たる。
スイス人の約33%がプロテスタント教徒、32%がローマカトリック教徒、4%がイスラム教徒。
スイスに住むユダヤ人のほぼ半数はスイス国外の出自で、79%がスイスのパスポートを取得している。
スイスのパスポートを所持しているユダヤ人の約30%はイスラエルに住んでいる。