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大江健三郎『小説の方法』(岩波書店、１９７８年)
大学を卒業した直後に出版されたので、すぐに購入して読んだと記憶しているが、夏くらいだったかもしれない。翌年、『同時代ゲーム』が出版され、本書の方法を適用した小説ということになっていたが、そこまで意識して読んだのではなかった。関心があったのは、実作者の「小説方法論」がいかなる理論として提示されているかだ。
当たり前のことだが、小説家の中にもいろんなタイプがいる。じっくりと時間をかけて長編小説を発表し、それ以外にあまり文章を公表しない例もある。長篇、短編、エッセイ、評論、なんでもこなす器用な作家もいる。最近はテレビをはじめとするメディアを泳ぐ能力にたけた作家もいる。
大江が本書を書かなくてはならなかったのは、評論家との闘いの結果であっただろう。若くして颯爽とデビューした大江は、毀誉褒貶の激しい作家でもあった。評論家から持ち上げられるかと思えば、本人にすれば我慢できない悪評にも出会っていた。若者代表としてエッセイを量産し、政治的発言も続けていただけに風当りも強かっただろう。文壇村に属さず、文壇政治に距離を置いていた面もあって、作品評に対する反論を自分で繰り返し続けることにもなっていた。
そうした中、大江は自らの小説の方法を理論的に整理して発表することを迫られたのだろう。理解力のない評論家との闘いであると同時に、自らの作品世界の構築のための基礎作業でもあった。それ以前から様々な文章で小説作法を公表していたが、本書が初期大江の最もまとまった小説方法論である。
異化、想像力、イメージの分節化、全体と個、トリックスター、パロディ、グロテスク・リアリズムといった大江のキーワードがほぼ出そろっている。ロシア・フォルマニズム、バシュラール、トルストイ、トーマス・マン、バルザック、セルバンテス、山口昌男・・・。
一般の読者にはむしろ不思議に思われるだろうが、この時期の大江はパロディにこだわっていた。『ピンチランナー調書』がその最先端だったかもしれないが、大江的世界はパロディに満ちている、はずだった。もっとも、井上ひさしのパロディや、筒井康隆のパロディとはまったく異質に見える大江的パロディである。この点は大江文学を読み直す際の主要テーマにもなるだろう。