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チューリヒ国立博物館で、モントルー・ジャズ・フェスティバルの開催５０周年を記念した展覧会が始まった。「モントルー―１９６７年以降のジャズ」と題し、祭典の創始者、クロード・ノブズ氏（１９３６～２０１３年）に焦点を当てた。色鮮やかな展示品や映像、音楽が、人情味あふれるジャズの祭典のあゆみを伝えている。
クロード・ノブズ氏によるアットホームなジャズの祭典が、レマン湖のほとりで初めて開催されたのは１９６７年。当時モントルーの観光局で会計係として働いていたノブズ氏が開催に向けてまず行ったこと―それは著名人や前途有望な演奏家に会うことと、レマン湖のほとりにある人口１万５千人の小さな町で、のんびりとした休暇をとることだった。この祭典の成功は、ノブズ氏の懐の大きさがカギとなったと言っていい。ノブズ氏は演奏家たちの気まぐれに全て対応し、音楽の幅広いトレンドやスタイルを網羅する大規模な祭典に仕上げた。
モントルーのカジノで行われていたフランク・ザッパのライブ中に、火事が起こったというエピソードをヒントに作曲された、英ロック・バンド、ディープ・パープルのヒット曲「スモーク・オン・ザ・ウオーター」。ノブズ氏はその歌詞の中で「ファンキー・クロード」として登場するが、実際、ノブズ氏は「ファンキー」どころではなかった。フェスティバルでは４００曲以上のLPやCD、１５０枚のライブDVD・ブルーレイディスクが発売され、数千枚の売り上げを記録。音楽家のみならず音楽業界を救った。
アーカイブ全体で１万４千本の磁気テープに記録され、納める書庫は幅６００メートルにも及ぶ。デジタル化に１５０人が従事し、EPFLに１万４５００テラバイトのデジタルデータとして保存された。
キュレーターの選択
これだけ材料が豊富に揃っていることから、チューリヒ国立博物館のトーマス・ボヘット学芸員は５０周年記念展覧会で、音楽よりもクロード・ノブズ氏に対する敬意を表そうと考えた。そのような理由から、祭典の歴史を説明する展示のあと、観覧者はノブズ氏が彼の別荘のうちの一つに構えたホームシアターの模型を目の当たりにする。そしてマーヴィン・ゲイやヴァン・モリソンからカルロス・サンタナ、ZZトップまで１０本のライブ映像が続く。大きなスクリーンの後ろは、ノブズ氏が最も愛した場所、舞台裏だ。ノブズ氏が１３年１月に突如この世を去ったため、未完のまま幕を閉じたドキュメンタリーの一部を観賞できる。
その他の展示スペースはノブズ氏の自宅にあった遺品で溢れている。音楽テープで埋まった本棚、サイン入りギターを飾ったショーケース、オブジェ、自作の料理ノート、ジュークボックスのほか、クイーンのフレディ・マーキュリーから贈られた着物など特別なプレゼントも展示。壁は、ノブズ氏の別荘を模した壁紙で装飾し、音楽が演奏された場所を忠実に再現しようとしている。
ノブズ氏は、ジャズの限界を超えた領域へと祭典を高め上げた。その彼に焦点を当てた展覧会にすることで、博物館はただの展覧会ではなく、音楽が生まれた展覧スペースを作り上げた。しかしつまりそれは、モントルー・ジャズ・フェスティバルが未だ、創始者ノブズ氏の大きさを超えられないでいる証とも言える。
（英語からの翻訳・ムートゥ朋子）