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スイスは昔から人権尊重に目覚めていたという先入観は間違いである。スイスも奴隷制度のおかげで、たんまり儲けていたのだ。これまで、スイスと奴隷制度の関係について焦点を当てるという試みはなかったが、その詳細を明かす本が出版された。
スイスの意外な面を明かしたのはザンクトガレン州の高校の教師で俳優でもある、ハンス・フェスラー氏。著作『白黒への旅(Reise nach Schwarz-Weiss)』で、奴隷制度にかかわるスイスの全容を明かしている。
ハイチのアレスティッド政権下、2001〜 2004年まで外務相を勤めたジョセフ・フィリップ・アントニオ氏（66歳）が同書に寄せた文には、次のようなことが書かれてある。「スイスの商人、銀行家、移民、軍人たちが、18世紀にはすでに世界中を旅していたという歴史から考えてみても、スイス人が奴隷売買や奴隷の雇用にかかわっていないはずはないと分かるはず」。アントニオ氏の先祖は、アフリカからハイチに送られてきた奴隷だった。
「ザンクトガレンの兵士たち」に疑問
それは2003年、ザンクトガレン州の200周年を祝うため上演された『ルーヴェルトゥルは1803年に死ぬ』というコメディが発端だった。
著者のフェスラー氏はこのコメディに出演した。コメディでは、1803年にザンクトガレンの兵士たちが、ハイチで奴隷制度を再び導入するために戦うという場面が出てくる。フェスラー氏は地元出身の家族が18世紀のハイチで、プランタージュを所有し奴隷を使っていたというのが史実だと知り、スイスと奴隷制度について研究してみようと思ったという。
あらゆる面で儲けたスイス
同書によるとスイスから、植民地に創立された企業や奴隷売買への投資が行われ、スイスの保険会社も他国の植民地政策で利益を得た。奴隷により生産された物品の売買をするスイスの商社があり、奴隷が働くプランタージュの所有や経営に携わるスイス人がいた。また、植民地の保安や奴隷の管理を請け負うスイスの企業もあった。ザンクトガレンの兵士のみならず、奴隷制度に携わったスイス人はスイス全土に広がっている。
奴隷制度は、経済的にスイスの近代国家の形成に「貢献」したばかりではない。スイスは奴隷制度を通して文化、教育、国際社会における活動やあらゆるネットワークの確立など、多くの面で利益を得たと同書は断言する。
繊維産業は奴隷の手で
奴隷制度は大西洋諸国全体の経済の奥深くまで浸透し、奴隷なしでは西欧諸国の経済は成り立たないほどにまでなっていった。18世紀にスイスが輸入した綿の量は英国からよりも、西欧諸国の植民地からの方が多かった。こうした綿は、奴隷の手によって摘まれたものだった。スイスではまず繊維産業が栄え、その後の産業発展につながっていく。スイスの産業の発展の陰に、奴隷制度が見え隠れする。
軽くてカラフルなプリントが施されているスイス製のインド更紗は、アフリカの植民地で奴隷として働く人々の血と汗の結晶だったという事実を知ったなら、700年の連邦制の歴史があり、奴隷とは無関係だと思い込んでいるはずのスイス人も大いに驚くに違いない。
マルグリット・ヴィトマー（スイス通信） 佐藤夕美（さとうゆうみ）意訳
キーワード
ハンス・フェスラー
『白黒への旅』
（Reise in Schwarz-Weiss）
36.00フランまたは€ 22.00
ISBN 3-85869-303-0