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10月10日夜、スイスの仲介により、トルコとアルメニアの外務大臣が両国間の平和的な関係を築く歴史的な協定に調印した。チューリヒで行われた調印式にはヒラリー・クリントン米国務長官、ホスト国としてスイスのミシュリン・カルミ・レ外相が出席した。
トルコのアーメット・ダウトオール外相とアルメニアのエドワード・ナルバディアン外相は、チューリヒ大学で両国間の関係を正常化する二つの協定に署名した。
歴史家委員会の設置
クリントン米国務長官とカルミ・レ外相のほか、調印式にはロシアのセルゲイ・ラブロフ外相、フランスのベルナール・クシュネール外相、欧州連合 ( EU ) 閣僚理事会の議長を務めるスロベニアのサムエル・ツボガール外相、欧州理事会のハビエル・ソラナ事務総長が出席した。
調印式は、両サイドの最終的な合意がなかなか得られず、結局3時間遅れで行われた。一つ目の協定は、1993年に断絶された国交を再び樹立するもの。当時、トルコはアルメニアとの国境を閉鎖し、アルメニアと紛争状態にあったアゼルバイジャンを支援した。この紛争は、アルメニア人が居住している飛び地カラバフ山の統治権をめぐるものだった。
トルコ側はこれまで、アルメニアがこのカラバフ問題で譲歩することを国交回復の根本条件としていたが、今回の協定でこれを放棄すると表明。また、アルメニア側は国境を1921年のカルス条約締結当時に戻すことを断念するとした。
それだけでなく、アルメニアは二つ目の協定により、これまで断固として反対していた歴史家委員会の設置も認めることになった。この委員会は、1915年にトルコがアナトリア地方で150万人のアルメニア人を殺害したというアルメニア側の見方を調査するためのものだ。これに対して、トルコは戦争によって20万人から30万人が犠牲になったという見方をしており、「大量殺戮」という概念を一貫して拒否してきた。
これらの協定はこの後、両国の議会の承認を得なければならない。両国とも議会では与党が多数を占めているが、野党が激しく批判しているため、世論が逆転する恐れもなきにしもあらずだ。
その後の動き
そして実際に翌11日、トルコのタイイップ・エルドアン首相は政党会議で、
「アルメニアがアゼルバイジャンから軍を撤退させない限り、トルコがアルメニアに歩み寄ることはない」
と発言した。この件が解決されれば、トルコの議会や国民は協定にさらに前向きになるとエルドアン首相はみている。
また、アゼルバイジャンの外務省は
「アルメニア軍の撤退により地域の安全が脅かされ、またトルコ政府との関係に影を落とす」
と協定を批判した。
swissinfo.ch、外電