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スイスを体現する新連邦大統領 イグナツィオ・カシス氏はどんな人物？
2022年はイタリア語を母語とするイグナツィオ・カシス外相がスイスの連邦大統領を務める。大統領職に特別な権限はないが、外相とは異なる威信と対人関係が付随する。この両要素を活用し、国内外で意見の一致を図っていきたいと語るカシス氏とはどんな人物なのか。
父ルイジ・カシスさんは農業従事者だった。祖父はイタリア出身の移民で、ティチーノ州の国境の町に腰を落ち着けた。その平凡な出自についてカシス氏は「3人の姉妹にバスルーム1つという環境で育つと、優れた交渉術を学ぶものだ」と語っている。少年の頃はわんぱくだった。12歳の時、柵によじ登って落下した。その際、右手が柵の先端に挟まれて小指を失うことになった。
60歳でスイスの連邦大統領に就任。そんなカシス氏はスイス民兵制の原型と言える。同氏をこの名誉職まで引き上げたのは、この民兵制だ。出世の階段を一気に駆け上り、ついに連邦閣僚入りを果たしたのが2017年。その際には、イタリア語圏出身という出自が役立った。この少数派言語の州からは長い間連邦閣僚が出ていなかったからだ。同氏のオープンで素直な性格もプラスになった。つまり、さまざまな面でスイスを体現している人物なのだ。
厄介極まる案件
しかし、入閣したカシス氏を待ち受けていたのは、スイスで最も厄介な案件だった。外交経験が皆無であるにもかかわらず、ぎくしゃくした欧州連合（EU）との関係を立て直し、二国間枠組み条約交渉に臨まなければならなかった。
これは失敗に終わる。21年、スイス連邦政府は交渉を打ち切った。政府全体としての決断だったが、失望の大部分がカシス氏にのしかかった。国内の外交専門の政治家はカシス氏を批判し、ドイツ語圏のスイス公共放送（SRF）が秋に行った国民アンケート調査でも、7人の閣僚の中で最低の評価を受けた。カシス氏はSRFのインタビューで「私の目標は人気を得ることではなく、良い仕事をすることだ」と話す。「自分の路線を守り、自分の政治を行うことの方が、私にとっては重要だ」。急進民主党（FDP/PDR）所属だけに、政治観はリベラルだ。観測筋は、同氏を同党の中でも右寄りと位置付ける。
医師として内閣へ
EUとの交渉がとん挫した後に連邦大統領の任を負うこの1年は、カシス氏にとって名誉挽回のチャンスだ。任期中はEU案件から解放され、結束を体現する人物として、そして元医師として新型コロナウイルスのパンデミック（世界的大流行）の中で活躍してくれるだろうか？スイスのメディアはそんな期待を寄せる。同氏がチューリヒ大学で医師の資格を取得したのは26歳のとき。その後、ティチーノ州医務官に就任し、公衆衛生専門医の博士号を取得した。同氏は「このような経歴や知識を活かし、スイス政府の決定についてきちんと説明していきたい」とSRFのインタビューで述べている。
政治に関わり出したのは43歳と遅咲きだ。まず人口4600人の村の議会議員として政治経験を積み、その後46歳で国民議会（下院）議員に選出された。「カシス氏は政治家ではなかったが、優れた素質は皆が認めていた」と振り返るのは、急進民主党党首を長年務めたフルヴィオ・ペリ氏だ。当初からカシス氏を支え「インテリで、学習能力に非常に優れている」と評価する。
スイスの連邦大統領は国家元首ではない。国を代表する機能は7人の閣僚から成る内閣全体にあるからだ。連邦大統領は「同輩中の首席」に過ぎず、選出方法と同じく華々しさは全くない。大統領は1年間の輪番制のため選挙戦もない。7人の中で、最後の大統領任期から最も期間の空いた人が（あるいは新任で大統領職を務めたことのない期間が最も長い）選出される。これが不文律だ。
外交官としての第一歩
つまり、カシス氏は閣僚会議の議長役、そして特別な内閣代表義務を担うに過ぎない。新年と8月1日の建国記念日には、内閣を代表してラジオやテレビであいさつを行う。新年の祝賀会では各国大使を出迎える。外国の公式訪問も大統領の役目だ。
これこそカシス氏のよく知る領域でもある。4年前から外相を務め、今では外交畑で自在に動き回っている。だが、初めからそうだったわけではない。国際舞台への第一歩は手探りだった。
カシス氏が外相に就任したのは17年11月。医療を専門とする政治家として、内務省の職務に必要な知識なら全て持っていたが、空いていたポストは外務省だけだった。内政にはほとんど影響をもたらさない省だ。開発援助や外交は長期的な視野で活動する分野であり、前述のペリ氏は「外交政策はスイスでは人気がない。誰も外務省を引き受けたがらない。カシス氏はそれを引き受けた」と擁護する。
だがその後、国連難民救済事業機関（UNRWA）の役割に対する失言や、鉱山・資源大手グレンコアのPRになるようなメッセージをザンビアの鉱山からツイートしたりするなどの不手際が続き、同氏への批判が噴出した。経済的自由主義者のカシス氏はスイスの外政を一種の外交経済政策に作り変えようとして、左派の不満を買うことにもなった。
外交の専門家パウル・ヴィトマー氏は、これまでのカシス氏の外交政策を「経済政策の需要と移民政策の需要とのかみ合わせだ」と総括する。一方、急進民主党と対立する立場の政治家で、外交専門の社会民主党（SP/PS）のファビアン・モリーナ氏が懸念するのは、スイス・ファーストと言われる姿勢だ。同氏はSRFに「カシス氏は外政で人権より経済に重きを置いてきた大臣だ。連邦大統領として国民全体を代表できるかどうか疑問だ」と語っている。
「外政は内政」
スイスの外政では、パンデミックと合わせ、22年も大規模な工事が続く。EUとの関係はかつてないほど混迷した。カシス氏は入閣時から一刻も早いEUとの交渉終結に向けて苦心してきた。18年には交渉責任者を替え、自らも直接対話に臨んだ。国民に対しても、司会進行役として同じ姿勢を取った。要求に耳を貸し、それぞれに異なるスイスとEUの要望の仲介に入った。「外政は内政だ」とも以前に語っている。
しかし、進展は困難だった。スイスでは左派も右派も次の一歩を踏み出そうとせず、欧州委員会とスイス政府も猜疑的な距離を取って観察し合っていた。カシス氏はこの停滞期を利用し、開発援助の力点を置き換えた。南米を格下げし、対外援助では移民削減政策がより重視されるようになった。外交政策には優先順位を置いた。つまり中国と近東だ。またスイスの外交ネットワークを再び拡大した。
だが、カシス氏に対する今日の評価の基は、国の宿命的課題でもあるEU案件だ。ここでは成果があまり得られなかった。だからこそ、大統領を務めるこの1年間では、内政などもっと好ましい分野に目を向けるだろう。「国家の結束を強めたい」と本人も語っているが、これは少数派言語を使う代表者としての宿命でもあるようだ。他の3つの国語も完璧に操る同氏の「目標は、今の難しい状況の中で、意見の相違を豊かさとして経験してもらうことだ。衝突の元としてではなく」だという。
好機となる名誉職
アジェンダにはまた、国際問題の仲介という役割も引き続き掲げられている。国連安全保障理事会入りはほぼ確定しているが、実際に決まるのは6月だ。「ウクライナの改革に関する国際会議」も成功裏に終わらせることができるかもしれない。中国とは引き続き人権に関する対話の機会を探る。そして、スイスのアジェンダの最上位にあるのが多国間主義だ。国際都市ジュネーブ、デジタル外交、国際的な仲介役の委任取得などに尽力していく。
これらの要素はいずれも国内にも明るさをもたらしてくれる。カシス氏にとっては、国民や議会に対する威信を高める好機となるに違いない。
（独語からの翻訳・小山千早 ）
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