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２０１６年、無条件のベーシック・インカム導入を求める国民投票をスイスで実現させ、世界的にも注目されたイニシアチブ（国民発議）の共同発議者として、また映画「Grundeinkommen – ein Kulturimpuls（仮訳：ベーシック・インカム～文化の刺激）」の原作者兼監督として、私は昨年と今年、招待を受け日本に数週間滞在した。沖縄から北海道・札幌まで多くの場所で講演し、対話し、ベーシック・インカムの概念を広めることが出来た。
生涯にわたり毎月、無条件で現金を支給
ベーシック・インカムとは何か？人が生活していくためには収入が必要だ。これは疑いの余地がない。最低限の生活を保障する収入は無条件で全員に与えられるべきだ。全ての人に生涯にわたり毎月、無条件で収入を支給し、使い道はもらった人が自由に決める。ベーシック・インカムによって最低限の生活が保障され、人がつつましく、なおかつ尊厳を持って生きることが出来る。
この記事は、スイスインフォの直接民主制に関する特設ページ#DearDemocracy他のサイトへの一部です。ここでは著者が独自の見解を述べますが、スイスインフォの見解を表しているわけではありません。またこの記事はエノ・シュミット氏がスイスインフォに独自に書き下ろしたものです。インフォボックス終わり
これは経済における市民の権利だ。社会福祉でも、何かに対する還付でもない。
これは未来の能力主義社会の基盤になる。古い仕事はロボットに取って代わられ、人はより自由になり、職探しや起業に柔軟になり、会社でもより自発的に責任感を持って振舞うようになる。仕事は必ずしも賃金が発生する作業ではなくなるが、働く意欲のある人はもちろん、働き続けて良い。ただ仕事のあるなしにかかわらず、全員が収入を享受する。仕事と収入は別物になる。
最低限の生活が無条件のベーシック・インカムで保障されれば、その他の収入は「生活を維持する」義務から解放される。賃金は官民の両セクターでベーシック・インカムの水準まで下がり、社会保障は減少する。税金や社会保障負担金は減り、労働コストが下がる。市場経済の競争の中で、商品やサービスの価格も下がる。消費者物価は下落する。
モノの価格が下がっても、そこにベーシック・インカムの財源となる税金が課される。このため、（税金分を含む）モノの価格は現行の水準に戻ることになる。
ベーシック・インカムは、今日の収入に含まれており、資金も確保されている。ただし無条件ではない。これが無条件になったとしても、コストは増えない。その代わりに享受できるものは多い。無条件のベーシック・インカムは、人により多くのお金をもたらすのではない。だがいかなる人も最低限の生活を保障できる。仕事も人の数だけある。
女性の方が理解示す
日本で、この考えに理解を示したのは女性の方が多かった。沖縄県のある女性は「自分の尊厳が取り戻せる」と語った。東京で出会ったシングルマザーの女性は「ベーシック・インカムがあれば家族を養える」と語った。
日本でも、人生につまずいた人ー離婚や大きな損失、病気などを経験した人たちの方が、ベーシック・インカムに理解を示した。人生がうまくいっている人は無条件のベーシック・インカムを必要としないし、人生につまずいた人がそういうお金をもらうことを良しとしない。人気のない低賃金の仕事を誰がやるというだろうか？なり手がいないなら賃金を上げなければならない。ベーシック・インカムがあれば自由な労働市場が出来る。みんなが「ノー」といえる市場は自由だ。自由の中から生まれた「イエス」は、必要に迫られての肯定よりもっと重要な意味を持つ。
無料の教育政策？
井手氏の案は尊重するが、そこには新しいアイデアも、時代の変化に対する答えもない。彼の案は、他人のために何が良いかを決める行政機関の施策を思い出させる。当局は自分たちが良いと思うものしか提供しない。彼らは自身の権力を手中に収めたままにし、国民が本当に欲しいものを自由に決めさせない。
過去に行われたベーシック・インカムの試験プロジェクトが示すのは、人は何をどうすべきかコントロールされると弱くなるということ。「君は愚かで何が最善なのかを分かっていない」と言われ続けるからだ。現金だけが人を自由にする。そして無条件であることが唯一、その人に力を与える。それは最も効果的であると、試験プロジェクトが示している。
井手氏が提案するような無料の施策も財源が必要だ。それは税金であり、住民の財布から支払うということだ。
ベーシック・インカムへの懸念は日本も他国と同じだった。怠け者になって破産しないか？仕事を続ける人とそうでない人の間に不平等が生じないか？財源はどうするのか？私たちの職業倫理は、働かずに収入を得ることは許されていないーというような点だ。
魅力に感じるポイントも、どの国も一緒だ。自由が増えれば自分の可能性を広げられる。他人を人として尊重する。収入がなかろうが、仕事を一時的に離れようが、トラウマや子育て、芸術活動など自分のために時間を使おうが、社会から疎外されない。本当に必要なことに時間を使える。他の学校制度やより良い環境、人間経済に目を向けるチャンスでもある。
日本訪問は非常に良かった。足りないと感じたのは、立ち止まって一人になる時間だ。熟考の時間だ。そして変化に必要な時間だ。
日本の神話が天皇を天照大神の子孫だと言うように、将来は自己責任、創造力、内に秘めた可能性を自らの意志で伸ばすことが、日本に明るい光をもたらすだろう。それを可能にするのは無条件のベーシック・インカムであり、実現には相互の信頼と愛が必要だ。
問題は、日本の政治が国民を雇用市場にとどめておきたいということ。たとえそれが人工的に作られたものだとしても、それによって人が独自のアイデアを思いついたり、自分で物事を決断したりしないように、また収入は労働によってもたらされるという古いドグマ（教義）を維持し続けるように、だ。だとすればこれは日本の麻痺であり、将来を否定するものだ。国民にも多大な苦しみを与えるだろう。人間の仕事は金では買えない。人間を買うことは出来ないからだ。人間だけが、機械が作ったものを買うのだ。
経済は崩壊するだろうか？そんなことはあり得ない。経済はよりダイナミックになる。人は怠けるか？過去の試験プロジェクトは逆の結果を示している。アルコール消費、病欠、家庭内暴力、犯罪は減り、教育が豊かになり、経済活動への取り組みや平等、より良い意思決定が促進される。汚職も減る。
沖縄が先駆者に
ベーシック・インカムを阻むのは実現可能性ではなく、慣習の力、そして他の権力だ。
日本が世界に先駆けて無条件のベーシック・インカムを導入するとは考えにくいが、この国でいち早く取り入れるとすれば、それは沖縄県だろう。ベーシック・インカムの考え方が島の伝統の中に息づき、地元のアイデンティティと結びついている。これは日本の他の地域には見られない。多くの県民にとって米国人の存在は癒えない傷のようなものだ。両者がうまく共存し、地元経済がアメリカ人に依存していたとしても、だ。ここに地理的な要素が加わる。私が沖縄に滞在後、日本で最も積極的にベーシック・インカムを推進するグループが出来た。壊れたもの、新しいものを受け入れる癒えない傷―。沖縄にはベーシック・インカムを実現する環境がそろっている。
エノ・シュミット
ドイツ出身、アーティスト。スイス・バーゼル在住。スイスで無条件のベーシック・インカム導入を求めるイニシアチブ（国民発議）を共同提起し、２０１６年に国民投票を実現させた（結果は否決）。その後、ベーシック・インカム導入を呼びかけるため世界を回る。
シュミット氏の公式ウェブサイトはこちら他のサイトへ
（独語からの翻訳・宇田薫）