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１８９０年代後半、スイス人写真家のパイオニア、オーギュスト・ヴォーティエ・デュフールはある難題にぶつかった。重い機材を使わずに遠くのものの写真を撮れないものか？ヴォーティエ・デュフールは、度重なる実験を経て、望遠レンズ内蔵のカメラTelephotを開発した。
ヴォーティエ・デュフールは１８６４年、スイス西部ヴォー州グランソンで生まれた。もともとプロの写真家ではなく、たばこ製造所の所長だった。だが、写真愛好家で、天文写真のほか、遠く離れた場所にあるものや山の風景を撮影することに情熱を注いだ。
彼は家族や見知らぬ人を好んで被写体にしたが、ポーズをとらず、日々の日課や趣味にいそしむ自然な姿を写真に収めた。
ヴォーティエ・デュフールは、遠く離れた物体をピンぼけせずにコンパクトなカメラで撮りたいと考えていた。
１８９０年代、ヴォーティエ・デュフールは、ジュネーブ天文台のエミール・シェール副台長の助言を得て、独学で様々な製品作りの実験を行った。
試行錯誤を経て、独自の工夫でTelephotを開発。このカメラは、内部に折りたたむように２枚のミラーを設置し、光路を３倍に伸ばし、さらに深い被写体深度にした。
Telephotは１９０１年３月１４日に特許を取得。ヴォーティエ・デュフールは、写真家フレデリック・ボワソナと共にTelephotを製造、販売したが、現在では販売廃止されている。
（英語からの翻訳・宇田薫）
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このプロペラ機には、現地の熱帯気候にも耐えうる特別なカメラと小型カメラがそれぞれ２台積まれていただけでなく、現像室までもが作り付けられていた。まさに「空飛ぶ暗室」だ。ミッテルホルツァーの撮影隊が描く被写体のイメージははっきりしていた。野生動物、踊る人々、上空からの景色だ。
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