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スイスでは1年を通して様々なスポーツが楽しまれているが、冬のスポーツの代表格は、ご存知の通りスキーやスノーボードである。ところが近年、急速に愛好者が増えているスポーツがある。小さい子供から年長者まで楽しめる、スノーシューでの雪上歩きである。スノーシューは英語のSnowshoesから来た名称だが、フランス語ではラケット・ア・ネージュ（Raquettes à neige）または単にラケットと呼ばれる。今回のブログでは、先日、スノーシューに初挑戦した時のお話をしたい。
夫は若い頃、金管楽器カルテット（四重奏）グループの一員として活躍していたことがある。その時の仲間達とは今でも家族ぐるみで交流があり、年に数回、食事会や山歩きなどのイベントを催している。毎回4家族が一堂に会するのだが、年長の子供達が年々参加しなくなっているため、いずれは夫婦のみ、8名で集まることになるだろう。
今回は、ジュラ州西部、フランスとの国境をなぞるように位置する山地、フランシュ・モンターニュ（Franches-Montagnes）在住の家族が、ウィンタースポーツで楽しむ会を企画してくれた。
私達は夕刻に彼らの家で落ち合うことにして、スノーシュー組はル・ノワールモン（Le Noirmont）村、スキー組はレ・ブルル（Les Breuleux）村へと、2組に分かれて車で移動した。いずれもフランシュ・モンターニュの中にある村で、時計産業が盛んだ。
日本でも古来より「かんじき」という名の雪上歩行器具が用いられていた。私はその「かんじき」を書物の中でしか見たことがなく、移動手段の近代化に伴い消滅したものだとばかり思い込んでいた。
ところが、現代版かんじきがラケットという名でスイスに存在しているのを知り、いつか履いてみたいとかねがね思っていた。
スノーシューはル・ノワールモン村内のスポーツ用品店兼ホテルでもレンタルできる。私達の場合は、夫の父母が快く貸してくれたので、まずは自宅で試しに履いてみた。
スノーシューはほとんどの部分がプラスチック製で、ご覧のように、スノーブーツを直接取り付けられるようになっている。
足のサイズに合わせて留め具が調節できる上、簡単に取り外しができる。見かけの割には軽く、計ってみると両足合わせても500g未満だった。すぐに割れたりしないのだろうかと最初は不安に思ってしまったが、驚くほど丈夫であることが後に証明された。
フランシュ・モンターニュにはいくつかのアルペンスキーゲレンデやクロスカントリースキー用コースがあるが、いずれも1000m前後と比較的高度が低いため、近年は雪不足に泣かされていた。
しかし今年は昨年末の大雪以来、雪の量はかなり良好と楽観視して良い。スノーシュー組が歩いたル・ノワールモン村の平均高度は971mだが、まったく雪がなかった我が家の周囲（ポラントリュイ市 = 平均高度423m）と違い、一面銀世界、そしてどこまでも豊富なパウダースノーに度肝を抜かれた。
一行は、今回の企画者、ロマンさんの案内で、ル・ノワールモン駅前に車を停め、駅の地下道をくぐってスノーシューコースの出発点に出た。
コース上でスノーシューを装着し、早速雪上歩き開始。全くの初心者だった私はおっかなびっくり足を踏み出してみたが、スノーシューを履いた足は深雪の中にわずかに沈むだけで、実に簡単に前進することができた。歩行に合わせてかかとが器具から離れて上がるので、非常に歩きやすい。
また、ストック（スノーシュー専用のものもあるが、スキー用品のストックでも可）は身体の安定と歩行リズムをもたらしてくれるので、必需品である。
灰色の空から小雪がひっきりなしに舞い落ちるが、幸いにも風はほとんど吹いていなかった。土曜の午後でも散歩日和ではないせいか、人はまばらで、しばらく進むとコース上は私達だけになった。行けども行けども美しい新雪続きで、足跡を付けるのがもったいないような気さえしてきた。
ちなみに、ところどころに以下のようなピンク色の足型のパネルがあり、スノーシュー歩行者用の道であることを示してくれる。
平坦な道を歩けたのはほんのすこしの間だけで、後は緩やかな上り坂が続いた。坂が少しずつ急になってきたところで、私は既に休憩がしたくなってきた。それほど距離は歩いていないが、寒さのせいで疲労度が増すのである。
近道を取ったために「ここはスキーのゲレンデですか？」と言いたくなるような急坂を喘ぎながら上り、高度1000m地帯に広がるル・プ・ペキニョ（Le Peu-Péquignot、ノワールモン村に属する集落）に到着した。
スキーで滑り降りるような雪面をスノーシューで上れたことで、少しばかり自信がついた。
私達がココアやハーブティで体を温めた「オーベルジュ・ドゥ・プ・ペ（Auberge du Peu-Pé）」は、1階にレストラン、2階以上が宿泊施設になっている。レストランのおすすめ料理は多種類のレシュティ（Rösti、スイス名物のじゃがいも料理）、牛ヒレ肉のステーキなどの牛肉料理、そしてもちろんチーズフォンデュ。次は食事目当てで来たいと思えるほどスイス名物メニューが豊富に揃っていた。
私達が飲み物で体を温めていると、熟年カップルがレストラン内に入ってきた。通常、スイスの、特に地方のレストランでは日本と違ってランチの時間を過ぎると温かいメニューは提供されない。夕食時間まで閉店してしまう店もあるぐらいだ。
ところがこの店では、このご夫婦に野菜がたっぷり入ったスープを出していた。山の上にあるレストランには、旅人が休憩のため、または冷え切った体を温めるために立ち寄ることが多いため、昼食時間外でも何かしらの温かい食べ物を用意してこのようなサービスが行われているのだという。
厳しい大自然の中で生きる人達の思いやりの心や助け合い精神を垣間見たような気がした。
小休止の後、今度は森を目指して出発した。夏季は牧草地のこの辺り、見渡す限り木以外何もない。ル・プ・ペキニョまではほぼずっと上り坂だったので今度は下りが多いのかと思っていたらまた上り続き。壮大な白銀世界に見入っていると、「これがフランシュ・モンターニュなのさ」とロマンさんは、にっこりした。
案内のパネルがところどころに立っているとはいえ、行けども行けども新雪で真っ白な道。生まれも育ちも結婚生活もフランシュ・モンターニュという生粋の土地っ子ロマンさんがいなければ正直、心細かったと思う。
やがて坂道は平らになり、そこから森の中を下って抜ける道になった。
森の中では私達の話し声とスノーシューの音が聞こえるだけだった。雪がなければかえって滑りやすく歩きづらい急斜面だったと想像する。スノーシューの裏、かかと部分にはアイゼンが付いており、初心者の私にも、上り下りともに安定の歩調をもたらしてくれた。
森を抜け切ってしばらく下って行くと、出発点だったル・ノワールモン村が見えてきた。
視界の中でだんだんと大きくなっていく家々と教会の尖塔を見ながら、雪深い季節の移動手段がほぼ徒歩のみだった時代に思いを馳せた。スキーで素早く移動するのではなく、スノーシューを履いた足で実際に雪山を歩いたことで、かつて人々が夕暮れ前に目的地に無事辿り着けた時の歓喜や安堵が体感できたような気がした。
マルキ明子
プロフィール：マルキ明子
大阪生まれ。イギリス語学留学を経て1993年よりスイス・ジュラ州ポラントリュイ市に在住。スイス人の夫と二人の娘の、四人家族。ポラントリュイガイド協会所属。2003年以降、「ラ・ヴィ・アン・ローズ」など、ジュラを舞台にした小説三作を発表し、執筆活動を始める。趣味は読書、音楽鑑賞。