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金正男（キムジョンナム）氏とは８０年代からジュネーブで学友だったというアントニー・サハキアンさんによると、正男氏は政権奪取の野心は持っていなかったが、身の危険を感じていたと話す。その人物像を語るスイス地元紙は、マレーシアでの殺害事件は、中国が支援する正男氏が北朝鮮の指導者となるのを恐れた何者かによって毒殺されたのではないかとの見解も示している。
北朝鮮の金正恩（キムジョンウン）・朝鮮労働党委員長の異母兄、金正男（キムジョンナム）氏（４６歳）がマレーシアの空港で毒殺されたとされる事件を受け、正男氏とはティーンエイジャーの頃から友人だったというアントニー・サハキアンさんが、ジュネーブにいた金正男という人物がどんな人だったのかを複数のメディアに語った。
正男と正恩の兄弟は、２人ともスイスで教育を受けたとされる。異母弟の正恩氏はスイスの独語圏ベルンにある私立のインターナショナルスクールへ通った後、転校して地元の公立学校に数年通ったが、正男氏はスイス西部仏語圏ジュネーブの私立学校インターナショナルスクールへ長年通っていた。ジュネーブの地元紙などによると、正男氏は生前にジュネーブを度々訪問。ここ２年間もジュネーブを頻繁に訪れ、中心街で目撃されていたという。
金正男は政権奪取の野心はないが身の危険を感じていた
ジュネーブの学校で正男氏とクラスメートだったというアントニー・サハキアンさんは、「金正男は権力に興味はなかったが、政治上の立場により、身の安全が脅かされているのは知っていた」と話し、今回の事件を「平壌に蔓延っている偏執病的な雰囲気の中で、王様 を喜ばせようとした誰かがやり過ぎてしまったのではないか。死者という贈り物を指導者に捧げたのかもしれない」との見解を２４日付けのフランス語圏の日刊紙ルタンで述べている。
英紙ガーディアンの２１日付けの記事によると、サハキアンさん４４歳 は、正男氏とは１２、１３歳頃からの友人で、つい数カ月前にも２人は 会ったばかりだったという。サハキアンさんは、金正男氏が「国を支配する野心は持っていなかった。そこで起こっていることを嬉しく思ったり認めたりはしていなかった。政治体制とは一定の距離を保っていた」と説明し、同氏の性格については、「非常に寛大で、素晴らしく、とても親切で、フレンドリーで、陽気な子でした。私たちはやや甘やかされて育ったのだけれど、ごく普通の人だった」と振り返っている。
中国が支援する正男氏が北朝鮮の指導者となるのを恐れて毒殺されたか
スイスのルタン紙では、正男氏を「野心の無い男」と紹介した上で、「金正男とは、北朝鮮の指導者がその座を降りた日のために、中国が確保していたかった人物とみるのが正しいのではないか？」とし、「金正男は、国内であまり知られていなかったものの、彼に忠実な特に軍隊の仲間からは尊敬されていた。北朝鮮政権の創始者である金日成（キムイルソン）の孫の長男である正男により、神聖な相続人として、平壌で権力争いが再び起きる可能性はあった。しかし、金正恩は権力の座に着くや数年のうちに、叔父の張成沢を裁判で処刑したような壮大な粛清を実行しながら、確実に権力を行使する方法を身につけていった」と解説した。
北朝鮮の現在の支配体制にとってもはや脅威とはなっていなかった正男氏の謎の死は、正男氏が中国政府の保護下にあったことで、地政学的な利害関係と相まって様々な憶測を呼んでいる。