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ベルン名物の玉ねぎ市（Zibelemarit ツィベレマリト。zibele＝玉ねぎ、marit＝マーケット）が２６日夜明けと共に始まり、全国および近隣諸国から大勢の観光客が訪れた。このコンテンツは 2001/11/27 08:19
玉ねぎ市の由来は、１５世紀初頭に遡る。伝承によると、１４０５年５月１４日、ベルンの町が全焼した大火災が発生、その復旧作業を隣の姉妹都市フリブール（建設者が共にツェーリンゲン家ベルヒトルド公爵）の住民達が手伝った事から、毎年１１月の第４月曜日にはフリブールの農家はベルンで玉ねぎ市を開き農産物を売っても良いという権利を得たのがはじまりだ。再建後のベルン（旧市街）は以前にも増して美しい町並みになり、現在ユネスコ世界文化遺産に登録されている。
玉ねぎ市は公式には午前７時から午後７時までだが、実際には早朝４時から始まる。連邦議事堂前広場には、写真のように繋げた玉ねぎやニンニク、野菜、食べ物、玉ねぎ市の日限定販売の「玉ねぎパイ（Zibelechueche）」やホットワインの屋台が軒を列ねる。町のパン屋も、この日はほとんどの店が玉ねぎパイ一辺倒になってしまう。
ところで、ベルン警察によると、今年の玉ねぎ市の観光客動員数は、国内外ともに激減したという。さらに、今年の玉ねぎ市にならんだ玉ねぎは約５４トンだが、こちらも１９９９年の７０トン、昨年の６０トンとじり貧になっている。玉ねぎの出荷量が減ったのは、近年「玉ねぎ市」とはいうものの多様化が進み、工芸品などの出店が増えたからだという。
さらに、玉ねぎ市の由来そのものが間違っているという、ベルン人には衝撃の論争が持ち上がっている。歴史家のルドルフ・ラムセイヤー氏によると、玉ねぎ市の起源は１８５０年頃フリブール州Mont Vullyの農民達が聖（サン）マルタン祭の日にベルンに作物を売りに来たのがはじまりだという。この説の支持者らは、１８６０年代まではベルンの玉ねぎ市に関する記述が無いことを根拠に上げている。
玉ねぎ市が終わると、寒くて暗いベルンの冬が来る。雪の日も多くなる。
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