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旅行中、空港で荷物が出てこなかったという記憶の方が、昨年のクリスマスにもらったプレゼントの中身より頭に残っているものだ。ベルン大学の進化生態学の研究で、苦い思い出ほど人間の進化に役立っていることが分かった。
人口増加の背景と良い経験と苦い経験を比較し人に与える影響を調べたところ、いやな体験を思い出すことや、人に助けられた人より助けを拒否された人は、進化の面では有利だという。
思いやりは命取り
この研究結果はこのほど「王室協会会報 ( Proceedings of the Royal Society ) 」に発表された。研究を主導したダニエル・ランキン氏は、寛大で思いやりがある生体は長い世代交代の中で淘汰 ( とうた ) されていく。一方、苦い経験を思い出すことに敏感な人ほど、生き延び、繁殖する傾向にあると言う。とはいえ
「道徳的なことを言いたいわけではない。複雑な世界を非常に単純化したコンピューターで作られたモデルでの論理だ」
ランキン氏はまた、彼の報告が人々がお互いに助け合うことをやめたりエゴイズムに走ったりすることを助長するものではないと釘を刺す。
この研究に携わった進化生態学の研究者たちは、生体は代償がないと分かっているにもかかわらず、なぜ共同作業をしたり協力し合ったりするのかという問題を、人助けをする人ほどほかの人から助けられるという考え方はどうやって出来上がったのかということを調べることで解明しようとした。そのため、生体がどのように融和していくかを擬似化できる生物進化のアルゴリズムを作った。そして、良い経験をすぐ思い出すようにプログラムされたグループと、悪い経験をすぐ思い出すようにプログラムされた2つのグループを作った。
ビジネスマンや経済学者と同じように進化生態学の研究者も世の中をコストと利益で見る。利益は進化生態学の場合は、生き延びることであったり繁殖することであったりする。ランキン氏はコンピューターを使い「数学的生体」に上記の2つのグループを混ぜ合わせ、25回の融和をさせてみた。その中から、1番少ないコストで最も利益を上げたサンプルを取り上げ、次の実験にも使い、負けたサンプルは取り除いた。このプロセスを2500回して結果を集計した。
その結果は「評判の悪い生体、つまりほかから助けを受けない生体は強く、評判が良い生体は淘汰される。最良の策は思いやりを持たないこと」
だとランキン氏は言う。
経済的効果
研究結果が、道徳上なんらかの影響があってはならないとランキン氏は強調するが、経済界にとっては、ある種の影響を与えるものだ。研究中ランキン氏は、米イェール大学の金融学者ウィリアム・バイネッケ氏の研究書を参考にした。バイネッケ氏はインターネットの書籍オンラインショップ「アマゾン ( Amazon.com ) 」や「バーンズ・アンド・ノーベル ( Bernesandnoble.com ) 」の書評を分析し、評価の高い本より評価の低い本ほど、売り上げが多いことを発見した。
「レストランで悪くなったハンバーガーを食べたときの方が、おいしかったときより人間の心は動かされる。こういった意味では、大半の人間は頑固だ。苦々しい経験をした後で『あのレストランにはもう決して行かないぞ』とか『あの航空会社は絶対に使わない』などと思うが、進化のためにはこうした怒りを抱く必要がある」
とランキン氏は説明する。とはいえ、この理論は政治には適用されないとも言う。
「不興を買った政治家が、立候補したりしている。集団的記憶は忘れられやすい」
swissinfo、ティム・ネヴィル 佐藤夕美 ( さとう ゆうみ ) 訳
ゲームの理論
ランキン氏が使った実験モデルは、大部分がゲームの論理を基本としている。複雑な数学式で、戦略上の決定を下す際に使われる。例えば、Aさんは通勤に電車を使うか車を使うかの2つの選択肢がある。町の人全員が車で通勤すると渋滞が起こるのでAさんは電車を使う。逆に町の人全員が電車で通勤すると、渋滞にはならないため、Aさんは車で通勤すれば早く職場に着くことができる。
同じような理論で進化生態学では、人の行動を分析する。つまり、周囲の環境によって生体の行動は左右されるという考えだ。環境は気候といったものだけではなく、ほかの生体の行動も含む。こうしたゲーム論理を使いランキン氏は、生きる可能性と繁殖の可能性の平均値を見出そうとしている。ランキン氏の説明によると、例えば誰かを助けようと自分で決めたとして、誰もその人の行動を知らず、その人にとって見返りもないというのであれば、助けないのが最良であるという論理が成り立つという。
「一方で、誰かに見られていて自分の名声にかかわるとか、ほかの人全員がすることに自分の行動が左右されるとなれば、協力したほうがよいという判断が働く」