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２０２０年オリンピック・パラリンピックの東京開催が決定してから早や４か月が過ぎました。２０１４年１月６日、東京都はオリンピック・パラリンピック準備局を設置しましたし、今後、日本オリンピック委員会とともにオリンピック２０２０開催に向けての動きが本格化することでしょう。また、来月７日からは第２２回冬季オリンピックがロシアのソチで開催されますので、日本のみならず世界の目がオリンピックへと向きそうです。ヴォー州ローザンヌでは、１９９３年に開設したオリンピック・ミュージアムが約２年にわたる大規模な改修工事を終え、２０１３年１２月２１日から再び開館しています。この新しくなったオリンピック・ミュージアムを訪ねました。
ヴォー州(Vaud)の州都ローザンヌ(Lausanne)はスイス西部に位置するレマン湖畔の町で、スイスでは４番目に大きな都市です。ローザンヌの西のはずれにあるヴィディ地区(Vidy)は紀元前１世紀から４世紀までローマ帝国の支配下、ローマ人がここを陣営地として獲得し「ローゾナ(Lousonna)」と名付けて発展させた地区でした。現在のローザンヌという名前はこのローゾナに由来しています。国際オリンピック委員会(IOC)の本部はローザンヌにあることで知られていますが、正確には、ローザンヌのヴィディにあります。そして、国際オリンピック委員会本部から湖畔沿いに東へ３．３ｋｍ行ったウシー地区(Ouchy)にあるのがオリンピック・ミュージアムです。
小高い丘の上に建つオリンピック・ミュージアムを訪問するには、湖畔のウシー通りからオリンピック公園内を上って行くことになります。足に自信のある方は階段で、公園内にある彫刻や芸術作品をゆっくりと楽しみたい方には、なだらかな遊歩道があります。ミュージアムの南正面入口のテラス右側にはオリンピック聖火が燃えています。その後ろに近代オリンピックの生みの父といわれるピエール・ド・クーベルタン男爵(Pierre de Coubertin、1863-1937)の銅像があり、丁度、クーベルタン男爵がオリンピック聖火を前にしてレマン湖を眺めているよう見えます。
私が初めてオリンピック・ミュージアムを訪ねたのは１０年ほど前のことです。地下１階、地上３階建の館内は、当時とは異なり驚くほど立派になっていました。１階は総合案内所、入場券売り場、キャッシュディスペンサー、ミュージアム・ショップなどがあり、大きな荷物はクロークルームにあるロッカーに預けます。
大きなスクリーンに映し出されたオリンピアのゼウス像に迎えられて、まずは２階の展示会場「オリンピック・ワールド」を見学しました。ここは、約３０００年前の古代オリンピックに纏わるギリシャ時代からの貴重な品々、アテネ大会からロンドン大会に至るまでの近代オリンピックの歴史を振り返ることができる数々のコレクション、クーベルタン男爵の生涯を知ることができる興味深い資料で溢れています。年代順に展示されたオリンピック・トーチは一見の価値があります。東京オリンピック、札幌オリンピック、長野オリンピックに関する展示も多く含まれていました。
「オリンピック・ゲームズ」と題した１階の展示会場はオリンピック競技やオリンピック選手をテーマにしたもので、巨大スクリーンでは、過去の大会の名場面を見ることができます。パラリンピック競技に関する展示は、競技用の車いすやソリ、ファイバーグラス製の義足など、どれも初めて見るものばかりでした。地下１階は選手の体調管理や食事を含めたオリンピック選手村を紹介するとともにドーピングについても触れています。また夏期、冬期オリンピックの大会メダルの貴重なコレクションを見ることができます。
最上階のレストラン「トム・カフェ(TOM CAFÉ)」は、レマン湖を眺めながら食事ができるシンプルで近代的な空間ですが、テーブル数が限られているので食事をする場合には予約をしておくほうが良さそうです。
館内には、オーディオガイドはもちろんのこと、タッチスクリーンも多く設置されていて、見学者は自由に情報にアクセスすることができます。遠足で来ていた小・中学生たちは、タッチスクリーンに釘付けになっていました。タッチスクリーンや巨大スクリーンの導入に、「改修工事の目的はローザンヌにあるオリンピック・ミュージアムを２１世紀に存在する偉大な博物館の仲間入りをさせることである」とする博物館側の意気込みを感じました。新しくなったオリンピック・ミュージアムは、１０年前とは異なり「また訪ねてみたい」という場所になっていました。次回はレマン湖の見えるレストランで食事もしましょう。
ヴィディにある国際オリンピック委員会本部のすぐ近くにボア・ド・ヴォー墓地(Cimetiére
du Bois-de-Vaux)があります。オリンピック・ミュージアムを見学したあと立ち寄りました。スイス人建築家、アルフォンス・ラヴリール(Alphonse Laverriere、1872-1954)の設計によるこの墓地は、１９２２年の着工から完成まで、ほぼ３０年の歳月を費やしただけあり、スイス国内でも最も美しい墓地の一つです。ローザンヌに拠点をおいて活躍したラブリールの建築物の一つにスイス連邦鉄道ローザンヌ駅のファサードがあります。現在では五輪マークに“ローザンヌ、オリンピックの首都”と記されたこのファサードが、ローザンヌがオリンピックの中心地であることを物語っています。そして、この広大で庭園のようなボア・ド・ヴォー墓地内にクーベルタン男爵のお墓があります。
クーベルタン男爵のお墓は、正面入り口からほど遠くない場所にあります。私が訪問した日は、人影もまばらな寒い日でしたが、男爵のお墓は手入れが行き届いていて、きちんと献花してありました。１９３７年ジュネーブで亡くなったクーベルタン男爵の遺体はこの墓地に埋葬されましたが、本人の遺言により心臓はオリンピア遺跡の近くに葬られました。墓石には赤色でオリンピックマーク、そして「五輪と世代のために。ピエール・ド・クーベルタン、オリンピック競技の復興者、１８６３－１９３７」と刻まれています。
ボア・ド・ヴォー墓地のクーベルタン男爵のお墓の近くに世界的に有名な女性のお墓があります。次回はこの話を紹介します。
小西なづな
プロフィール：小西なづな
１９９６年よりイギリス人、アイリス・ブレザー（Iris Blaser）師のもとで絵付けを学ぶ。個展を目標に作品創りに励んでいる。レザンで偶然販売した肉まん・野菜まんが好評で、機会ある毎にマルシェに出店。収益の多くはネパールやインド、カシミア地方の恵まれない環境にある子供たちのために寄付している。家族は夫、１女１男。スイス滞在１６年。インフォボックス終わり