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スイスでは、昔からチーズが作られており、国内で消費され、国外にも輸出されている。大きな穴のあいたエメンタールチーズは、世界的に知られている。高いクオリティと豊富な種類があり、スイス人はたくさんのチーズを食べる。
チーズ
サンドイッチに、軽いおつまみに、昼食や夕食に、冷やして、または、チーズフォンデュやラクレットなどの温かい料理として。スイスでは一人につき年間20kg以上！のたくさんのチーズが食べられている。
スイスはチーズの国である。：2019年、スイスでは、約19万5000トンのチーズが製造された。そのうちの1/3が主にドイツを中心とするヨーロッパ諸国などの国外に輸出されている。最も多く作られているのは、グリュエール、モッツァレラ、エメンタールである。
スイスには、450種類以上のチーズがある。ハードチーズ、ソフトチーズ、フレッシュチーズ、アルプチーズ、農家が作るチーズ、シュレッドチーズなどである。よくスイスチーズと呼ばれる大きな穴の開いたエメンタールチーズは、国外で最も親しまれているスイスチーズである。その他にもグリュエール、スブリンツ、アッペンツェール、ラクレットチーズ、テット・ド・モワンなども高い評価を得ている。
スイスの農家は、その多くの農地が耕作地に適していない地形のために家畜を持っことが伝統であり、チーズを作ることにより、傷みやすいミルクを保存することができた。そのようにしてチーズは、急速に重要な商品となっていった。スイスチーズは、現在も保存剤、着色剤、味付け添加物を避けて天然製造されている。
牛乳とチーズの穴
スイスのチーズは、そのほとんどが牛乳で作られている。スイスの牛は、夏には牧草、冬には干し草を食べている。牛乳は、搾乳後18時間以内にチーズ工場に運ばれ、24時間以内にはチーズに加工される。ヤギや羊のチーズの製造量は、全体の1%以下に過ぎないが、消化が良いことから徐々に需要は増えている。
穴について
古い偏見に反して、ほとんどのスイスチーズには穴があいていない。国外でスイスチーズとされているのは、エメンタールチーズである。穴は、熟成中に菌が炭酸の泡になる過程で牛乳に含まれている干し草の細かい粒子によって生じる。この過程でエメンタールチーズの特別な味も形成される。
アルプチーズと習俗
牛とチーズ作りは、持続的なスイスの風習である。牛たちが夏を過ごす山の牧草地へと向かう時には、各地でセレモニーが開催される。牧上がりと呼ばれるこの行事では、牛が花などで飾られる。
山の夏
牛の放牧は、古くからある習俗である。夏の間、牧人たちがアルプスでそれぞれの酪農家から預かった牛の番をする。牧人は、牧草地で牛を管理し、日に2回搾乳して、搾った乳からチーズを作る。この工程は“ケーゼンkäsen（ケーゼはチーズという意味）”と呼ばれている。9月末に牧人と牛は、麓に戻ってくる。
山の上の仕事はハードで賃金も低い。牧人は、４ヶ月間、日に約14時間働いている。休日や週末の休みは基本的に無い。過酷な労働と低い賃金ながら、一部の都会の人たちが新鮮な空気や混じり気のない山の世界、都会の日常から距離を置くなどの夢を実現できる。
牧人の音楽
多くの人たちがアルプスの生活と結びつけるヨーデルは、とても有名だ。その他、牧人の歌と呼ばれる風習もある。これは、牧人が牛を集める時に歌われる。最も知られているのがグリュエール地方の歌である。この“Ranz des vaches（牛の列）”という歌は、スイスフランス語圏の非公式な国歌とされている。スイスの軍人は、ホームシックになることからこの歌を歌うのを禁止されていたという。
チーズ作り
ミルクを温め、混ぜ、絞り、裏返して、洗って、そして、待つ。チーズ作りは、手の込んだ芸術である。牛が食べる牧草から始まり、テーブルに提供されるまで、それぞれの工程がチーズの味に影響を及ぼす。
スイスチーズは、その大部分が素早い作業手順が求められる高温殺菌されていない牛乳から作られている。牛がアルプスの牧草地で過ごす夏の間、牧人が直接その場で素晴らしいチーズを作っている。
10Lの牛乳から1kgのチーズ
生乳を“ケース・ケッシChäs-Chessi”と呼ばれる大きな銅鍋に入れ、温めながら絶え間なくかき混ぜ、牛の胃袋から採取された酵素を用いて乳酸発酵が行われる。カードというプリン状の塊が出来、それをチーズハープという道具で切り混ぜる。この工程が繰り返されたのち、型に入れられてプレスされ、その後に秘伝の配合で作られた塩水に漬けられる。
熟成の工程
最後に塊は、適した室温と湿度の熟成庫に入れ、定期的に塗布剤を塗ったり、裏表を返したりしながら数週間から数年かけて熟成する。
チーズ製造の歴史
“スイスチーズ”について言及されたものでは、１世紀にローマ人の歴史家、大プリニウスによるものが最初である。：『カセウス・ヘルヴェティクスCaseus Helveticus』＝「ヘルヴェティア（現在のスイスがある場所）のチーズ」と書かれてある。
山小屋のチーズからハードチーズまで
長い時間をかけて、徐々に山小屋でチーズが作られるようになった。これらは、保存が効かないサワーミルクで作られていた。15世紀以降、アルプス北部で牛の胃袋から取った凝乳酵素がハードチーズを作るために用いられるようになった。ハードチーズは長期間の保存がきくため旅人に好まれた。山の峠道にあった宿泊施設を回り、年に何ヶ月も雪の中に閉じ込められる巡礼者たちの宿泊施設が客用にたくさんのチーズを求めた。1800年、ナポレオン率いる4万人の兵士がサンベルナール峠で駐留をした際には、1.5トンのチーズが兵士の食料として使われるなど、チーズは必要不可欠なものとなった。
チーズの輸出とスイスチーズの広まり
チーズの長期保存が可能となり、チーズは、スイスの最も重要な貿易品となった。遅くとも18世紀以降、スイスは、全ヨーロッパ諸国にチーズを輸出している。チーズだけでなく、多くのチーズ職人もスイスを旅立った。19世紀にアメリカに移住した多くのスイスの中には、何人かのチーズ職人がいる。