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２０年前の１９９８年５月４日、バチカンのスイス衛兵団長に任命されたばかりのアロイス・エスターマンさん（４３）が何者かに殺害され、市内の自宅アパートで遺体となって見つかった。現場にはエスターマンさんの妻、別の衛兵の遺体もあった。なぜこのような殺人事件が起こったのか、真相は今も謎のままだ。
バチカンの捜査機関は当時、現場で死亡していた衛兵セドリック・トルネー容疑者（２３）がエスターマンさん夫婦を銃で殺害、その後自殺したと発表。トルネー容疑者が、軍人勲章をもらえなかったことに腹を立てて犯行に及んだと説明した。
ところがフランス人弁護士リュック・ブロッソレ氏とジャック・ヴェルジェ氏が２００２年、自著「Assassinati in Vaticano（仮訳：バチカン殺人事件）」でこの説に異議を唱えた。４年間、事件の真相を追ってきたというブロッソレ氏はスイスインフォの取材に対し、トルネー容疑者も実は被害者で、事件現場は第三者によって偽装された可能性があると指摘する。
ブロッソレ氏はインタビューの中で、３人を殺害した真犯人は不明としながらも、バチカン側が事件の真相を隠匿したと主張。バチカン側は司法解剖の結果、トルネー容疑者は床にひざまずいた姿勢で自殺したと発表したが、その後スイス・ローザンヌで非公式に行われた同容疑者の司法解剖ではそれと食い違う結果が出たほか、事件現場にあった遺書の筆跡が同容疑者のものではなかったという。トルネー容疑者の母親はバチカン側に証拠資料の公開を何度も申し出たがいずれも拒否されたといい、バチカンの権力闘争にトルネー容疑者らが巻き込まれたことが原因ではないかと訴えているという。
このほかにも、エスターマンさんが旧東ドイツ秘密警察の諜報員で、バチカン市国がポーランドの反共産主義組織に軍事物資を横流ししていたという情報をエスターマンさんがつかんだため、３人ともバチカンの暗殺者に殺されたという説や、法王の身辺警護に当たっていたエスターマンさんがバチカンの権力闘争に巻き込まれたという説、さらにはトルネー容疑者とエスターマンさんが同性愛関係にあり、関係がこじれたためにトルネー容疑者が殺害したーという憶測まで浮上した。
真相が解明されないまま、事件後は前任のロランド・ブッフさんがエスターマンさんの代わりを務めた。数カ月後、ピウス・セグミューラーさんが後任のスイス衛兵団長に選ばれ、４年間の務めを果たした。２０１５年以後はクリストフ・グラフさんが務めている。
（英語からの翻訳・編集 宇田薫）
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