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その絣技術は、西には中央アジア諸国に、東には、ビルマ、タイ、ラオス、カンボジアなどの東南アジア大陸諸国やインドネシア、フィリピンなどの島嶼諸国に、そして遠く、琉球や日本にももたらされました。
インドネシア、カンボジア、日本などの絣には、絵を描くように大きな模様に染めたものと同時に、小さな、近寄って見て、初めて絣とわかる、小さな模様のものもあります。
ところが、中央アジアの、アトラスと呼ばれる絣は、それを仕立てたときに活きるような、大胆に大きな模様でできています。
私が中央アジアの絣の存在を知ったのは、ずっと昔のことでした。雑誌か何かに市場の写真が載っていて、それに、絣らしい、大胆な服を着た女性の姿が写っていたのです。
そのときは、それが絹とは知らず、その絣についてもっと知りたいと思ったものの、ウズベキスタン、カザフスタン、トルキスタンなど中央アジアは遠い存在、アフガニスタンも長い内戦・鎖国時代に入っていて、知ることの糸口さえ、つかむことができませんでした。
二十一世紀になって、日本でも中央アジアの布をときどき目にするようになりました。
そうなると、実際に手に取ってみたいという思いはつのるばかり、五、六年ごしに指をくわえて眺めていた絣、アトラスをとうとう手にしたのは、この冬のことでした。
ウズベキスタンのアトラス、女性用の上着、チャパンです。
化学染料で染めた、二十世紀初頭のものです。十九世紀のものとなると、草木で染めています。
蚕を育てて絹を取り、地機で、約４０センチの幅に織った布を使っています。真ん中に青の模様を挟んで、大きな山形二模様が、一枚の布です。
絣には、経緯（たてよこ）絣、緯糸（よこいと）絣、経糸（たていと）絣がありますが、中央アジアのものは経糸絣です。
|ブログ、イスラム紀行より|
絣は先染め（糸染め）、糸に糸などをくくりつけて、そこに色が入らないようにして、染めてから織ります。
多色を染めるときは、何度も解いたりくくったりして、染め分けます。
チャパンのサイズは、私が着てちょうどいいくらいの大きさ、袖が長くて手を出せないのは、乾燥した気候から肌を守るためですが、装飾のためか、袖をもっと長くしたものもあり、わりと短め（といっても手が出ないくらい）のものもあります。
仕立ては、すべて手縫いですが、一番目立つところにミシンステッチがしてあります。
ミシンが普及し始めたころだったのか、ミシンを使った方がおしゃれだったので、仕立てたものをミシン屋さんに持って行って、襟と裾のあたりだけ、わざわざミシン掛けしてもらったものと思われます。裾周りと同じ刺繍をしている袖口には、ミシンのステッチはありません。
中には薄く綿が入っていますが、とても軽いので真綿のようです。
裏地には、ヨーロッパには市場を伸ばせなかったけれど、中央アジアに市場を伸ばしたという、ロシアの木綿のプリント地が三種類使われています。
全体には大柄なものが、襟から裾周りにかけては斜め縞のものが、
そして、見えない袖口には、花模様の木綿布がつかわれています。
|イスラム紀行より|
アトラスの模様には、それぞれ、意味もあったようです。
そして、普段着もあれば、結婚式など、特別な時に着るものもあったのでしょう。
こんな服を着て、さっそうと行き交う風景が今も残っているのかどうか、観光旅行をしたことのない私ですが、いつか中央アジアに行ってみたいなと思っています。