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1983年にザンクトガレン修道院と修道院図書館を含む敷地がユネスコ世界遺産に認定された。1200年以上前からこのベネディクト修道院はヨーロッパの重要な文化の中心地の1つとして名を馳せた。このコンテンツは 2010/05/04 09:01
ザンクトガレン修道院は芸術と1200年以上の歴史の中核をなす。バロック建築の修道院に併設された図書館には膨大な数の貴重な書物や手写本が納められている。
世界遺産に認定されて
中世の壮大な建築であるベネディクト修道院が1983年に初のユネスコ世界遺産都市の1つとして登録されたのは不思議なことではない。
「この修道院を世界遺産として登録する考えはザンクトガレン修道院からではなく、いくつかの国際機関からの推薦があったからです。今日、ユネスコのリストに掲載されることはとても良い印象を受けますが、このユネスコ認定がどうプラスに働くか知りませんでした」
と修道院図書館責任者代理のカール・シュムキ氏は語る。
ザンクトガレンの人々は、過去10年でこのユネスコ認定がいかに価値があるかを感じ取るようになった。当時は世界遺産地区が公共の目を引く存在となり、世界中から多くの観光客を引き寄せるようになった。
修道院あってのザンクトガレン
この修道院なしではこの都市は存在しなかっただろう。少なくともザンクトガレンは、中世の文化と科学知識が集結された場所として有名にならなかっただろう。修道院はザンクトガレンの都市に囲まれるように建ち、今なお旧市街の中心的存在だ。
この修道院は、アイルランド出身の修道士ガルスが612年にこの土地に腰を落ち着け、布教に専念し、数多くの弟子を抱えたことに由来する。そして100年後に、アレマニン司教区の聖オトマーが、彼の僧院の管理を受け継ぎ、720年にスイス初の修道院を建設した。
当時の僧院では、ベネディクト会の規則に基づいて、修道士は毎日読書をした。そして写本を作るための工房も出来上がった。修道士がいた昔の時代、彼らはそこで、芸術としての筆写や装飾、製本の腕を磨いた。当時のザンクトガレンのベネディクト修道士が手がけた写本は、今日の壮大なる修道院図書館に並ぶ。
時の流れと共に、写本を手がける工房の周りには学校と図書館ができた。そこにはヨーロッパ中から優秀な人々が集まり、ザンクトガレンは芸術、文化、科学の研究の場となった。9世紀から10世紀までが全盛期だった。
この修道院は建築様式においてもその名を歴史に残した。11世紀に修道院集合建築の拡張が計画されたが、その当時の設計図は、修道院建築において全ヨーロッパの模範となった。
科学の総本山
修道院集合建築は、今なお当時の建築様式が多様だったことを表している。改築を経た今日の修道院は、18世紀時代のバロック建築様式のものだ。
「このような図書館だったらいつまでも閉じこもっていられます」
とドイツの学者アンドレアス・ヴィルヘルムクラーマー氏は1822年の文献に記している。閲覧室は、柱や立体感のある壁、スタッコ装飾、壁画などがスイスで最も美しいロココ調室内装飾のうちの1つに数えられる。
閲覧室だけで3万册の価値ある書籍が納められ、入り口にはギリシャ語で「知性の薬局」と記されている。数百年もの間、このベネディクト会の規則と知性によって、膨大な科学の集結が可能となった。
世界で重要な20の図書館の１つに数えられるここは、総計16万册の書籍を所有する。写本用の棚には、1000年以上前に描かれた400冊以上の写本が所蔵されている。
革命を経験して
「襲撃や火災、戦争などの災害にもかかわらず、多くの貴重な収集品が今日まで残されたことは信じがたいです」
とシュムキ氏は語る。修道士は、危険が迫るたびに書籍類を何百キロメートルもの道のりを経てオーストリアまで運ばなければならなかった。
最初は、10世紀にハンガリーから凶賊の集団が、全ヨーロッパの修道院にある価値ある品を略奪しにやってきた。1529年の宗教改革の時に市民階級の人々が修道院に殺到した。
最終的に、フランス革命が修道院にも波及し、修道長は1805年に修道院の解散を余儀なくされた。修道院図書館はさらなる存続のために修道会から脱退した。
ザンクトガレンにおける書籍愛好家の伝統のおかげで、修道院図書館は今日の科学技術の改革をも生き抜いた。インターネットが自由に使える現代に、修道院図書館は中世の文章をデジタル化するよう試みている。これによって、この先の未来も、世界中のすべての人々がこの計り知れないほど価値のある文化財を共に分かち合う事ができるのだ。
アーマンド・モンベリ、ザンクトガレンにて、swissinfo.ch
( 翻訳 白崎泰子 )
ザンクトガレン修道院 ( Kloster St. Gallen )
ザンクトガレン修道院はカロリング王朝時代の修道院建築の完璧なる模範。
8世紀から1805年に修道院が閉鎖されるまで、ヨーロッパで最も重要な文化拠点のうちの1つだった。
ザンクトガレン修道院図書館は、スイス最古で最も装飾豊かな図書館のうちの1つ。図書館は、価値ある手稿本や重要な文献、現存する中では最も古い、羊皮紙に描かれた建築設計図を所蔵している。
スイスのユネスコ世界遺産
世界文化遺産：
－ベルン旧市街 ( 1983年認定 )
－ザンクトガレン修道院 ( Stiftsbezirk St. Gallen ) ( 1983年認定 )
－ミュスタイアの聖ヨハネベネディクト会修道院 ( 1983年認定 )
－ベリンツォーナ ( Bellinzona ) の3つの城塞と街を囲む城壁 ( 2000年認定 )
－ラヴォー ( Lavaux ) に広がるブドウ畑 ( 2007年認定 )
－レーティッシュ鉄道 ( die Rhätische Bahn ) のアルブラ線 ( Albula ) とベルニナ線( Bernina ) と周辺の景観 ( 2008年認定 )
－ラ・ショードフォン ( La Chaux-de-Fonds ) 、ル・ロクル ( Le Locle ) ( 2009年認定 )
世界自然遺産：
－ユングフラウ・アレッチ ( Jungfrau-Aletsch ) ( 2001年認定 )
－サン・ジョルジョ山 ( Monte San Giorgio ) ( 2003年認定 )
－グラールス押しかぶせ断層「テクトニック・アレナ・サルドナ ( Arena Sardona ) 」 ( 2008年認定 )
生物圏保護地区：
－生物圏エントレブッフ ( Entlebuch )
－スイス国立公園
世界遺産
国際連合教育科学文化機関。
ユネスコ ( UNESCO ) は、United Nations Educational Scientific and Cultual Organazation の頭文字をとったもの。国際機関であると同時にUNO ( United Nations Organization ) の特別組織である。
本部はパリにあり、193カ国が加盟している。
ユネスコは、教育、科学、文化、コミュニケーション、情報の分野において任務を果たす。
「世界遺産委員会」は、人類の世界遺産を管理する。これは世界文化遺産と世界自然遺産で構成されている。
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