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スイス人写真家・作家のアンネマリー・シュヴァルツェンバッハは、旅行ルポのパイオニアでもある。移動民族のような人生を送った自分自身を「不治の旅人」と呼んだ。１９９３年の秋、シュヴァルツェンバッハは東方を目指し旅立った。乗り込んだのはトルコやシリア、イラクを渡るオリエンタル急行だ。
３３年１０月、イスタンブール行きのオリエンタル急行には、カメラを携えるシュヴァルツェンバッハの姿があった。東へ向かうのは初めて。トルコで最初に人間にレンズを向けた。その約２カ月後、シリアに向け再び旅路に。車でさまざまな街並みや風景を巡った。そしてレバノンやパレスチナ、イラク、ペルシャ（現イラン）へと旅を続けた。
数カ月に及ぶ冬の旅で、シュヴァルツェンバッハは車で山脈を越えなければならない時もあった。そこでカメラに収めた街の数々は、バグダッドやアレッポなど今でもヨーロッパ人にとっては未知の世界だ。シュヴァルツェンバッハの主な旅先は次の地図に示されている。
１９３４年４月、ペルシャの街ペルセポリスを長い旅の終着点とした。その後３年連続で、三度に渡りオリエントを旅した。最初の旅で得た経験や印象をシュヴァルツェンバッハは日記「Winter in Vorderasien(仮訳：オリエントの冬)」につづっている。
「窓の前には歴史ある黄色のチグリス川が悠々と流れている。向こう岸にはヤシの木が並び、大きな手漕ぎボートがジェネラル・モード橋に向かって水面を渡る。橋の上には兵隊が何人か立っていて、彼らの出す合図が時折何層にも重なって朝の空に鳴り響く。時計の針をまた１時間進めた。ずいぶん東まで来たものだ。砂漠が遠くまで来たという実感を抱かせる」―アンネマリー・シュヴァルツェンバッハ
２０１７年１１月１５日、シュヴァルツェンバッハの没後７５年を記念して、スイス連邦文学資料館が遺品から３千点以上の写真をデジタル化して公開した。彼女の遺品目録外部リンクやWikimedia Commons外部リンクで閲覧できる。
今回の#swisshistorypicsでは、彼女の遺した白黒写真でオリエントの世界を巡る。
（写真：スイス連邦文学資料館）
（独語からの翻訳・ムートゥ朋子）
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