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スイスはヨーロッパの真ん中に位置していながら、欧州連合 ( EU ) に加盟していない。EU関係では2国間協定が頼りだ。このコンテンツは 2007/10/16 10:20
ヨーロッパ政策に関する国民投票は何度も行われている。しかし、スイス人は相変わらずEU加盟に関心を示さない。
1992年にスイスが提出した加盟申請書は、ブリュッセルにあるEU本部の公文書箱の中で眠っている。この申請は公式には棚上げ、もしくは「凍結」されていることになっている。それもすでに1993年2月5日から。つまり、スイスは当分の間、EUに加盟するつもりはないのだ。
下がる加盟支持率
2005年秋、連邦内閣はEU加盟という案件を「戦略的目標」から「長期的なオプション」へと格下げした。同じ時期、国民の加盟支持率もこれまでの最低を記録している。連邦工科大学 ( ETH ) が1993年から続けている調査では、2006年に「無条件EU加盟」を支持する人は全体のわずか3分の1にしかならなかった。
このようなEU加盟に対する明らかな拒否反応に比べると、現行の2国間交渉は広い支持を得ている。2000年と2005年の2度の国民投票で、スイス国民はスイスとEUの関係を規定する複数の協定を承認した。これらの協定は、欧州共同体法のどの部分をスイスにも適用するかということを定めたものだ。
つまずいたEEA加盟
1992年12月7日、スイス人は国民投票で欧州経済地域 ( EEA ) 加盟をはねつけた。政府は目の前が真っ暗になるような思いを味わい、当時のジャン・パスカル・デュラミュラ経済相はこの日を「ブラックデー」と呼んだ。
4つの内閣政党の中でEEA加盟に反対を表明していたのは、最も規模の小さい中道右派の国民党 ( SVP/UDC ) だけだった。このことからすれば、国民の「ノー」は確かに意外な展開だったのかもしれない。社会民主党 ( SP/PS ) 、キリスト教民主党 ( CVP/PDC ) 、急進民主党 ( FDP/PRD ) の他の3党および各経済団体は、一丸となって欧州経済地域への統合を目指していた。
しばらくしてこの敗北のショックから立ち直ると、連邦大臣と当時の欧州共同体 ( EC ) の代表は、「スイスとECの間で2国間交渉を開始したい」とことあるごとに発言するようになった。
2国間交渉の長い道のり
1994年12月、両方の交渉団が初めて話し合いの場を持った。議題は、研究協力、政府調達、人の移動の自由化、貿易上の技術的障害除去、農産品市場へのアクセス自由化、そして道路および空の交通の自由化の７つで、この交渉はちょうど4年間続いた。
1998年12月、連邦内閣は交渉の結果について「バランスがよく前向き」と発表。これを土台として経済界の競争力は向上し、ヨーロッパで孤立していることから生じる不利益も軽減できるとみなされた。しかしながら、ルクセンブルクで調印が行われた後も、協定はまだ効力を持たなかった。
このような2国間交渉についてもスイス国内では賛成派と反対派に分かれ、国家保守主義者はこれを「裏口加盟」だと非難してレファレンダムを成立させた。スイス ― EU間の協定は国民投票にかけられるべきだとするこの発議を、スイスの有権者は圧倒的多数で支持した。
EUと境界を等しく
第2次二国間協定と呼ばれる次の交渉では、詐欺対策、避難民などの保護、加工農産品、環境、メディア、教育、老後の備え、統計、そしてサービスの9分野について合意に達した。
このときスイス国内でもっとも激しく論議されたのは、境界や難民などに関する規定の統一を図ったシェンゲンとダブリンの各協定への加盟問題だ。
国民党などの右派政党はスイスが主権を失うという理由でこの2協定に反対し、レファレンダムで対抗した。国民党と同じ考え方をしている有権者は45％以上に上っていたが、国民投票を行った結果、「シェンゲン・ダブリン協定」への加盟は承認されることになった。
守りに入ったEU派
しかし、直接民主主義を切り札に用いつつ奮闘したのは「反EU派」だけではなかった。1995年には「EU派」も5つの組織が協同して「ヨーロッパにイエス」と題されたイニシアチブを発議、EUとの加盟交渉の即刻開始を要求した。
同組織はこれより前、EEA加盟を要求するイニシアチブを起こしていたが、1997年にはそれを取り下げた。そして2001年3月、スイス国民はついにEU加盟をめぐって投票することになった。
ところがこのとき、スイスはEUとすでに第1次二国間協定を結んでおり、国民の大多数はヨーロッパとつかず離れずの最適な距離が保たれていると見なしていた。そのため、今すぐに加盟交渉を始めよという要求が投票で承認される見込みはほとんどなく、実際に賛成票はわずか23％にしか至らなかった。
緊密な関係
スイスはEU加盟国ではないが、EUとはとても緊密な関係にある。このことは、スイスの隣接国がすべてEU加盟国であることを見ても明らかだ ( 例外はリヒテンシュタイン公国 ) 。スイスの主要貿易パートナーはEUであり、輸入の約8割はEU諸国から、輸出の方も6割がEU諸国向けとなっている。
2002年以後、「旧EU加盟国」15カ国との間で人の移動の自由が段階的に導入され、2007年6月1日には完全に自由化された。もちろん、スイス人もEU諸国で自由に働くことができる。
EUが拡大されると、それとともに人の移動の自由化を新しいEU諸国にも適用するかどうかという問題が発生した。スイス国民は2006年の投票でこれを支持したが、自由化の拡大はこれまでと同じく段階的に進められている。ただし、最近のEU新加盟国であるブルガリアとルーマニアに対しては、適用がまだ決定されていない。
スイスとEU
スイスは欧州連合 ( EU ) の加盟国ではない。連邦大臣はEU加盟を「長期的なオプション」と考えるようになった。スイスとEUは複数の2国間協定で結ばれている。EUはスイスにとって最も重要な貿易パートナーである。1990年代、ヨーロッパ政策をめぐる議論でスイスの政界は真っ二つに分かれていた。End of insertion
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