Document ID: /fineweb-2-swissfilter-quality_10-filterrobots/filtered/00510.jsonl.gz/65

私は、ローザンヌで１９４３年に生まれた。５人兄弟の末っ子。５人とも施設に預けられた。シングルマザーは当時「失敗した女性」とみなされ、強制的に子どもは施設に送られた。
生後２カ月で乳児院に入れられ、２歳から修道院のシスターのもとに預けられた。仕事とお祈りが毎日の義務。たたかれ続けた。おねしょをした時は、自分で大きなシーツを洗わされた。
１３歳の時、１人のシスターに、私は生理中なのに無理やり陰部を拭いてやると言われ、驚いて母親のもとへ逃げた。しかし母は、フランス外人部隊に雇われている男性と結婚しており、その男性がアルコールを飲んでは私をたたいた。
１５歳で再び放り出された。長女である姉が助けてくれたが、結局義務教育は終わることができなかった。しかし少しずついろいろな仕事をするうち、ある人に紹介され銀行で勤めることができた。２０００年までそこで働いた。
子どもが２人できたが、夫は暴力をふるう人で離婚した。息子には私の過去を話したが、娘には話していない。実は娘は事故で障害がある。もしかしたらそのせいで、州の関係当局が娘の１４歳になる息子を彼女から引き離すのではないかと考えると、とても怖い。それは、まるで私の人生の繰り返しで、「繰り返される輪」は決して断ち切れないかのようだ。私を支えてくれたこと？それは「怒り」だ。
（仏語からの翻訳・里信邦子）, swissinfo.ch