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熾烈な市場競争社会を生き残っていくには、強硬な手段で競争相手やパートナーに対応した方がよいのだろうか?
競争なのだから、相手を負かし、場合によっては相手を無理やり取り込んででも自分が勝ち続けなければならない、好戦的な態度は当然だろう ― そう考えがちですが、それは実は正しくないのかもしれないということを示したのは、ゲーム理論とよばれる考え方でした。例えばその代表的な一人、ロバート･アクセルロッドが実施したシミュレーションでは、いわゆる「囚人のジレンマ」ゲームで好戦的ではない戦略が優位に立ったのでした。
囚人のジレンマとは、一緒に犯罪を犯したと思われる2人の囚人それぞれに、2人とも黙秘なら2人とも懲役2年、1人だけが黙秘で他方が自白なら黙秘した者は懲役15年で自白した者は減刑（例えば1年）、2人とも自白なら両者懲役5年等と伝え、黙秘か自白を選ばせるものです。もう一方の囚人の行動が黙秘、自白のどちらの場合でも自分は黙秘するより自白した方が自分の刑が軽くて済むので、自白を選ぶ方がよい戦略のように見えますが、相手もそのように考えると結局2人とも自白となり、裏切りの代償として両者とも黙秘の場合より3年間余計に刑に服さなければならなくなります。かといって、相手がそこまで考えて黙秘を続けるかはわかりません。そこがジレンマなのです。
ゲームでは、一方だけ裏切った場合には裏切った方に高得点、例えば5点、裏切られた方は0点、両者裏切りの場合は両者1点ずつ、両者協調の場合は両者3点ずつなどとします。このようなゲームでは、1回きりの対戦なら相手がどのような行動であっても裏切った方が高得点を得るわけですが、さまざまな戦略の相手と繰り返し行う場合を想定したシュミレーションで総得点の高かったのは、決して自分からは相手を裏切らない戦略であったそうです。
シュミレーションでは点数の配分やゲーム回数等が人為的に決められているなどさまざまな制約もあり、協調戦略の優位性が現実社会でも妥当であるかはそれほどはっきりとはわかりませんが、スイスの労働環境を見ていると、協調が長期的には利益をもたらすのがよくわかります。
経営者側は、労働者のよき理解者であり、彼らの支払う労働の対価が労働者の生活を支えているという自覚を持ち、それが行動で示せる間･部分は、十分にそれを行動で示します。しかし、すべては友愛の精神かというとそうではなく、むしろそれは最終的には経営の成功を導き出す戦略としてでしょう。そこで高得点を挙げることこそが彼らのゲームの目標なのです。ただ、この高得点は、彼らだけに恩恵を与えるものではない場合もあります。
労働者側も、勤める企業と経済全体の成長無しに自分の雇用と生活が守られることはないと知っており、どこかで何かを我慢しなければならないと心得ています。我慢というと、労働者ばかりが虐げられているように聞こえますが、そうではなく、何を優先してそれが得られるなら何をあきらめねばならないかという人間の生活に普通にある取捨選択をしているということです。その範囲で協調できる間･部分は十分にそれを行動で示します。そういう戦略を通して長期的な目で見て最終的に高得点を上げるのが彼らのゲームなのです。
「競争」、「ゲーム」というと殺伐としたイメージですし、「協調」も最終的な勝ち負けを左右する戦略というと見返りを期待した下心のようで、人類愛的な動機よりは次元が低いように感じられますが、こういったゲーム理論が進化生物学などで動物の生態･行動を理解するのに大きく役立っているところを見ると、これは利己的･利他的といった枠を超えた、生物の共同生活の基本的な戦略、行動様式なのかもしれません。
なぜ、スイスの人々がこの戦略が優れていることに気づき、実践するようになったのか、それは、もしかするとアクセルロッドのシュミレーション結果が閉鎖的な社会で（のみ）通用するものだという指摘に関連しているのかもしれません。しかし、山に閉ざされた小さな社会というスイスのイメージは大きく変わっています。解放的な社会でも協調戦略が有効であることをぜひ見せてもらいたいものです。
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