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中央スイスに位置する風光明媚なルツェルン地方。この地域の観光の目玉であるピラトゥス鉄道は、世界一急勾配なラック式鉄道だ。今年で開通１２５周年。車体の赤が特徴的なこの列車に乗り込み、ピラトゥス鉄道にまつわる数々の伝説と、その革新的なアイデアの歴史をたどった。
中国人の家族がホームに現れたときには、列車のドアはすでに閉まっていた。だが、運転士のシュテファン・ジグリストさんは嫌な顔をすることなく、この乗客を最後尾の車両の座席に案内した。
「こういう雨の日にピラトゥス山にやって来るのは、大抵、外国人観光客だ。スイス人は天気が良くなるまで待っている」。４８歳のジグリストさんはそう言うと、狭い運転席に腰を下ろした。
フィアヴァルトシュテッテ湖（通称ルツェルン湖）のほとりにあるアルプナッハシュタート駅。ルツェルンから数キロほど離れたこの駅から列車は出発し、急勾配な道を果敢に進んでいく。目指すは中央スイスにある壮大でミステリアスな山の一つ、ピラトゥス山の頂上だ。
エドゥアード・ロッハーの奇抜なアイデア
数百年にわたり、ピラトゥス山には亡霊、小人の精、竜がいると考えられてきた。その伝説は今でも子供たちに語りつがれていると、ジグリストさんは言う。「ただし、私たちの竜は悪い奴ではない。旅人が困っているときに、空飛ぶ怪獣が助けてくれたという言い伝えがたくさんある。私たちも、ひょっとしたら遭遇するかもしれない……」
人々が長年この山に近寄れなかった理由は他にもある。ある言い伝えによると、イエス・キリストに磔（はりつけ）の刑を宣告したローマの総督、ポンティウス・ピラトゥスの亡霊が、ピラトゥス山の湖に逃げ込んだ。甚大な気象災害はこの亡霊のせいだと人々が恐れたため、当時のルツェルン政府は１３８７年、入山禁止令を出した。この禁止令が解かれるのは、それから数百年後のことだった。
１９世紀終わり、チューリヒの実業家が掲げたある野望をきっかけに、ピラトゥス山にマスツーリズムへの扉が開かれた。その実業家の名はエドゥアード・ロッハー。彼には、登山鉄道の創成期だった当時では「奇抜」と思われたアイデアがあった。それは、ピラトゥス山頂まで鉄道を敷くことだった。技術者だったロッハーは、真ん中のレールを二つの歯車が水平に噛み合うシステムを考案した。これはいたってシンプルなものだったが、あまりにも独創的で画期的だったため、１８８９年のパリ万博でも展示されるほどだった。
ピラトゥス鉄道のヴェルナー・クラマーさんによると、通常、線路に歯車を使うラック式鉄道では、歯車はレールの上を垂直に動く。しかし「水平に動く歯車を採用している鉄道は、世界でここだけだ。駆動装置と連結器が線路上できちんと機能するよう保証されており、安定性は最高だ。そのため、急な坂を克服できる」。
全長４．６キロ、最大勾配４８％の軌道敷設工事に、約６００人の労働者が携わった。その多くが、ゴッタルド峠区間の鉄道建設に従事したイタリア人だった。工事期間は４００日。１８８９年６月４日、乗客を乗せたピラトゥス鉄道が初運行した。
この鉄道は瞬く間に大人気となった。切符の値段は当時１０フランで、労働者の１週間分の賃金に相当するほど高い値段だったが、焼きたてのパンのように続々と購入されていった。運行開始から６カ月間で、予想の４倍を上回る３万７千人が乗車した。
みんなのための鉄道
どんよりとした天気の今日でさえ、シュテファン・ジグリストさんが運転する列車は満員だ。１００年前と違うのは、このパノラマ風景を堪能できるのは大金持ちだけではなくなったことだ。「中国人に日本人、米国人、インド人、ヨーロッパ人……。世界中のどこからでも観光客がやって来る。ピラトゥス鉄道では乗客の半数が外国人で、もう半数がスイス人だ」。ジグリストさんはそう話すと、後ろを振り返り、乗客の様子をチェックした。
しばらくすると、こう言った。「ここは危険な区間の一つだ」。アルプナッハシュタートから出発した列車は、花畑の間を走った後、針葉樹が生い茂る森へと進入した。５０メートル先には、岩をくりぬいてできた狭いトンネルがある。「乗客が窓から体を出していないか、確認しなければならない」
ぼんやりしていたインド人観光客に注意をした後、木製のハンドルを回して減速。半分の距離までやってきた列車は、かなり平坦に見えるアルプスの牧草地の中を走っていく。「平坦だって？ここの勾配は１９％だ。一見低そうだが、この道を足で歩けば坂だと分かる」。ジグリストさんは楽しげに話した。
上へ下へ、上へ下へ……。１日に６往復するジグリストさんは、この仕事を退屈に感じないのだろうか？「そんなことは全くない！自然や動物を眺めるのだ。天候の変化に驚くこともある。今日の朝、山頂には雪が積もっていたが、下りは雨が降った。そして今は太陽が照っている」。冬、雪崩の危険のため運行中止になると、以前は郵便局員だった彼はスキーのゲレンデで働く。「もちろん、いつもピラトゥス山のゲレンデでだ」
当時のインフラ整備
森林限界を超えると、エドゥアード・ロッハーの「奇抜さ」は徐々に姿を現していく。眼前には、命知らずの登山家さえも鳥肌が立ちそうな灰色の岩肌が広がる。それでも列車は余裕で上へと上っていく。今も昔も、歯車の歯を一つずつ回しながら。
鉄道のインフラの大部分は１２５年前から変わっていない。車両は路線が電化された１９３７年当時のものだと、前出のクラマーさんは説明する。「当初の製造会社はもうなくなっているので、部品の多くは自社工場で製造している」
アルプナッハシュタートを出発しておよそ３０分で山頂駅に着いた。観光客はパノラマ展望室へと向かっていく。ジグリストさんは「ここから竜が見えますよ」と呼びかけ、上を指した。
想像上の生き物は伝説から飛び出て、駅構内の天井に着地していた。他の竜はこの鉄道のロゴマークになっている。「山頂にある二つのホテルのうちのどちらかに泊まると、夜、竜の鳴き声が聞こえるかもしれない」。ジグリストさんは自信たっぷりにそういった後、こう皮肉った。「それはひょっとしたら、単にアルプスカモシカかもしれないがね」
列車のドアを閉め、別れの挨拶をした後、彼は別の列車へと向かっていった。乗客が整然と並んでいる。下りの列車を出発させる時間だ。
数字で見るピラトゥス鉄道
全長 ４．６キロ
最大勾配 ４８％
高低差 １６３５メートル
平均速度 時速９～１２キロ
最大輸送能力 １時間に３４０人
利用客数 ３５万７１６２人（２０１３年）
運営経費 １９０万フラン（約２億１５００万円）インフォボックス終わり
（独語からの翻訳・編集 鹿島田芙美）, swissinfo.ch