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スイス人道援助団（SKH/CSA）からレバノンに派遣されたルーカス・ベックさん（４４）は、ベッカー高原でスイスが指揮する水道施設のプロジェクトに取り組んでいる。レバノンの水事情、危険区域、そしてレバノン流のコミュニケーションとは？スイスインフォの記者が現地へ向かい、ベックさんの日々を追った。
ベックさんの車はスピードを上げ、前を走る２台を追い抜かす。騒音、砂ぼこり、けたたましいクラクションの中、猛スピードで走る車。ドアノブにしがみつき、すぐ横で轟音をたてて走るトラックを見ないように努める記者に、「レバノン流の交通スタイルにようこそ！」とベックさんは余裕だ。今、我々はベイルートとベッカー高原の首都ザーレを結ぶレバノンの国道をひた走っている。この道はベックさんの通勤路だ。
連邦工科大学卒のエンジニアであるベックさん他のサイトへがレバノンに来てから、既に２年が過ぎた。水道施設とコンフリクトマネジメント（利害の衝突・対立を組織の成長や問題解決につなげる取り組み）が専門で、他にも南スーダン、ルワンダ、ハイチに派遣された経験がある。「こういった国と比べたら、ここは平穏な方ですよ」。ベックさんは連邦外務省開発協力局（DEZA/DDC）他のサイトへの開発協力事業部のプロジェクトを指揮する。レバノンのエネルギー省が管轄する「ベッカー水道設立機関（BWE）他のサイトへ」と提携しプロジェクトを進めている。
水の需要・供給の管理や飲料水の品質管理、下水処理の分野で、スイスは現地の当局をサポートしている。プロジェクト他のサイトへの期間は３年、予算は４００万フラン（約４億３７９０万円）。レバノン国内では他にも１２件のプロジェクトが並行して行われている。劣悪なインフラや、この区域に暮らす大量のシリア難民がプロジェクトの大きなハードルになっているという。
ベックさんは毎日ベッカー高原に向かう。高原はレバノン東部に広がり、豊かな土壌ではワイン用のブドウや野菜、また違法に大麻も栽培されている。最後に行われた国勢調査は１９３２年にさかのぼるため、現在の人口約５０万人は推定値でしかない。この地域はイスラム教シーア派武装組織「ヒズボラ」の本拠地がある。市民軍として政党や社会福祉を司るヒズボラへの国民の支持は絶大だ。
この谷もレバノン全体と同じように、劣悪なインフラに苦しんでいる。ベイルートのしゃれた一角でも、発電機がなければ毎日停電するに違いない。トイレには必ず、使ったトイレットペーパーを捨てるゴミ箱が置いてある。紙を流すとトイレが詰まってしまうからだ。
だが、カーラウンに暮らすシリア難民は、全く別の問題を抱えている。レバノンは国連難民条約に署名していないため、難民は社会的なステータスを何も持たない。そのため、多くの人々が「非合法のテント居住地区（ITS）」と呼ばれる狭い非公認のキャンプ生活を強いられている。
この国にはレバノン人４００万人に対し、長年滞在のパレスチナ難民５０万人とシリア難民が１５０万人他のサイトへ暮らしていると推定される。その多くは２０１１年にシリア内戦が勃発するまでここで農業に従事していた人たちだ。ITS居住地区には基本的なインフラや医療設備が欠如し、NGOやその他支援プロジェクトは、必要最低限の援助だけで精一杯だ。
公の地位がないシリア難民
カーラウンに向かう途中、我々は大雨に見舞われた。「長靴を持ってくるべきだったな」とつぶやくベックさん。「今日の天気はおかしい。いつもなら５月の頭はもっと暑いはずなんだが」
「私たちは比較的恵まれている方です」と話すモハメッドさんは、数十個のテントが長屋のように立ち並ぶ難民キャンプに暮らす。妻のザイナブさんが「ここに来てからもう５年半経ちます」と付け加える。
シリアを逃れてきたこの４人家族には２部屋が与えられた。毎月一人当たり２０ドル（約２２００円）支給される。自分たちはラッキーだったとモハメッドさんは言う。「自治体や現地のレバノン人とのトラブルも殆どありません。お互いに干渉しないように努めているからです」。
だがこれは当たり前のことではない。シリア人は政治的に活発である上、つい十数年前まで駐屯先のレバノンにもシリア国防軍を結成していたため、シリア難民に対する反感は高まりつつあった。
「子供がここで学校に通えること、そして水があることが一番重要です」とモハメッドさん。実際に、台所の水道からはきちんと水が流れ、その奥にはトイレも取り付けられていた。
「ここの水は、国の水道から合法的に引いています。自治体は大抵大目に見てくれますが、数日間水を止められることも時々あります。私営で供給される水もありますが高額で、費用はNGOの負担になります」とベックさんは説明する。確かに国の水道から飲料水を引く方がはるかに安価だろう。
ベッカー水道設立機関は資金不足に悩んでいる。現地で国に税金を納めている人はほとんどいない。「国民には金銭的な余裕がありません。国家機関を信用していない人も沢山います。ここでは物事がうまく機能しないのが当たり前なので、お金を出す意義を見出せないのです」（ベックさん）
援助チームのサポートで、難民キャンプの水道にメーターが設置された。毎週１回検針が行われる。「わずかな改良ですが、これによって水の使用量が分かり、今後の作業のベースになります」と事務的に言うベックさん。ベックさんの目的は、国の懐に入らないお金がどれくらいあるのか調べることだ。
ベックさんは「救世主症候群」（人に必要とされることで自分は認められていると感じる傾向を持つ人）ではない。また、彼を見れば、事務所よりも現場で作業をしている方が好きなことが分かる。「私にとって地元の人やスタッフとの触れ合いはとても重要です。NGOにも、たまにベイルートのオフィスから出て来て、少し現場に顔を出したかと思ったら、すぐまたオフィスに戻ってしまうスタッフもたくさんいますから」（ベックさん）
「この国は問題が山積みです。しかし客人に対するもてなしの心には全く問題がありません」
ベックさんはレバノンで技術者として活躍している。だが彼には外交的な役割もあるようだ。ベックさんが暮らすベイルートの団地では、あちこちで「やあ！」「元気かい？」と知り合いに声を掛けられる。友人にはレバノン人も多く、出向者には珍しいタイプだ。
「この国は問題が山積みです。しかし客人に対するもてなしの心には全く問題がありません」と言う。無骨な感じがするベックさんは、大きな声でよく笑う。しかしレバノンのコミュニケーションで大切なことを一つ学んだという。それは、あまり率直過ぎてはいけないということだ。
政治的な駆け引きと鶏肉料理
ここでの交渉のやり方は、ちょっとしたダンスのようだった。西バールベック地区の自治体連合の代表、ナサール氏とのミーティングを例に取ろう。ナサール氏のオフィスには甘いお茶が用意され、３０分ほど打ち合わせをすると鶏肉料理が出された。もう食事は済ませたからと丁重に断っても、ナサール氏は笑って「これがバールベック式のやり方なのですよ」と聞き入れない。
この日のベックさんと部下のダリーン・サリーバさんの目的は、ナサール氏に新しいプロジェクトを了承してもらうことだ。プロジェクトの趣旨は、自然保護と観光事業を結び付け、地域間の対話を強化することだが、政治的に不安定なバールベックの周辺区域では、そういった歩み寄りが一筋縄ではいかないと予想される。
グリーン、イエロー、レッド―危険区域も色々
ベッカーでは、権力構造が村によって全く異なる。宗派主義の政治体制は、同族経営の上に成り立っている。レバノンのマフィアだと言う人もいれば、彼らのバックアップなしにはここでの生活は難しいと言う人もいる。
「スイス人の率直なところが好きです」引用終了
誰が誰の仲間で、どの村では何が重要で、同盟関係はどうなっているのか、避けるべき話題は何なのかなど、サリーバさんは全て熟知している。ザーレ育ちのサリーバさんは、ベッカーのことなら何でも知っているのだ。
以前は社会福祉士としてイラク難民と服役中の受刑者を担当していたが、１年半前からはスイスのチームの元で働き、言語を含むコミュニケーションのサポートをしている。スイス人の上司はどうですか？との質問に、サリーバさんは少し考えてから「スイス人の率直で駆け引きのないところが好きです。相手の考えが分かるのが良いですね」と答えた。
バールベックからアンジャルを経由してシャムシンに向かう車の中で、２０代半ばのサリーバさんは、記者にベッカーの政治の要点をかいつまんで教えてくれた。レバノンは安全レベルがグリーン、イエロー、レッドという三つのゾーンに区分けされている。グリーンゾーンのベイルートは一部の区域を除いて安全とされる。イエローゾーンは注意が必要で、レッドゾーンに足を踏み入れる外国人はほとんどいない。この地域での旅行は避けるよう警告されている。
ベックさんのチームがある特定の地域を通過しなくてはならない場合、安全上の理由から、ベイルートのスイス大使館にショートメッセージサービス（SMS）で滞在地を知らせる仕組みになっている。
やがて我々はアルメニアの影響が色濃いアンジャルの隣村、シャムシンに到着した。青々とした緑に囲まれた景色、泉、そしてここにはBWEの揚水施設がある。施設に入ると、ベックさんが中を案内してくれた。「ここでは水をポンプでくみ上げ、塩素消毒して飲料水にします」
ベッカー高原にある上水・下水処理の施設の据え付け工事を行ったのは、ベックさんが率いるチームではない。５人で構成される彼のチームの主な任務は、現地スタッフを育て、対話の促進し、協同で点検作業を進め、現地の専門家の力になることだ。その任務を果たすため、ベックさんは排水の水質基準を調べるためにザーレに小さな実験室も作った。
プロジェクトの期間終了後は？
ベックさんの仕事は長期戦だ。ベックさんも「根気がいる」と認める。「この国のシステムを完全に変えることは不可能です。たとえ小規模でも、出来ることから変えていくしかないのです」。プロジェクトの予算４００万フランも、３年間のプロジェクトとしてはむしろ少ない方だ。
だが、プロジェクト終了後は誰もメンテできない高額な施設を世界のどこかに建てるよりは、こういったアプローチの方が良いとベックさんは考える。「現地にあるものを利用して援助活動をするのが私のモットーです」
「この国のシステムを完全に変えることは不可能です」引用終了
ベックさんの目標は、持続性のある体制を構築することだ。「開発協力とはそういうものだと思っています。これは対立や衝突を避けることにも繋がります」。来年の春には派遣期間が終了する。その後は？との問いに、少し考えてから「分かりません。ここでの生活は気に入っていますが、世界には他にも興味深い場所やプロジェクトが沢山ありますから」と言うと、レバノン流に「まあ、そのうち分かりますよ」とはぐらかした。
取材地域の安全上の理由から、記者には常にスイスの提携事務所のチームが同行した。また、ベイルートのスイス大使館より、正式に安全上の状況説明を受けた。渡航費は全てスイスインフォが出資した。インフォボックス終わり
写真・グラフィック・映像：Helen James、Kai Reusser、Julie Hunt
（独語からの翻訳・シュミット一恵）, swissinfo.ch