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「黒いマリア像」が安置されることで有名なアインジーデルン修道院は、スイスで最も訪問者の多い教会の一つだ。美しく着飾られたこの黒いマリア像（英語ではブラックマドンナと呼ばれる）は実は、ポップスターのマドンナも顔負けするほどの豪華な衣装の持ち主だ。（SRF/swissinfo.ch）
この黒いマリア像は今から約２００年前、スイス東部のアインジーデルンにあるバロック式修道院の礼拝堂に置かれた。以来、世界中の巡礼者を魅了し続けている。
多彩な衣装は世界中の人々の寄付によるものだ。黒いマリア像に願いをかなえてもらったお礼に衣装を寄付する信者もいる。
今回「Madonna’s Fashion（マドンナの衣装）」と題名する本が出版された。著者はベネディクト修道会のゲロルド・ツェノーニ修道士だ。彼はきらびやかな刺繍が施された３０種類ものワードローブの中から衣装を選び出し、約２週間ごとに黒いマリア像の衣装を替える。
アインジーデルン修道院は千年以上の歴史を持つ。作者不明だったマリア像は１７９８年にフランス軍によって破壊されたが、１８１７年に復元された。そのマリア像はやがて、乳香や油、ロウソクなどを燃やしたときに出る教会のほこりやススが原因で黒く変色し「黒いマリア像」と呼ばれるようになったという。
毎年、世界中から約１００万人もの巡礼者がベネディクト修道院を訪れている。
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１９１４年１２月２５日、第１次世界大戦が始まって初めてのクリスマス。国境を守るスイス兵の士気は低かった。兵士たちは平和と、特に家族の愛情を求めていた。
欧州諸国は戦争の真っただ中にあった。スイスは中立を保っていたが、外国軍に侵攻され、他の国へ行くための通路として使われるのではないかと恐れていた。そのため、砦（とりで）や道路の建設、そしてドイツ、オーストリア、フランス、イタリアとの国境の警備が必要だった。
「１９１４年８月に戦争が始まり、数千人の兵士と馬が動員された。あまり組織だった動員ではなかった。政府も少し不意を突かれていたからだ」と、バーゼル民族文化博物館で２０１５年１月１１日まで開催中の「Sad Christmas（悲しいクリスマス）」展のキュレーター、ドミニク・ヴンデルリンさんは話す。これは主にスイスと近隣国の第１次世界大戦に焦点を当てた展覧会だ。
「そのせいでスイスの兵士はすぐに影響を受けた。冬が近づくにつれて、彼らの士気はひどく低下した」
兵士はしばしば劣悪な環境で生活することを余儀なくされた。事実、ドイツ占領下のアルザス地方と国境を接するジュラ山脈の村々に到着した兵士たちは、泥をのけたり害虫を駆除したりしてからでなければ寝泊まりできなかったという。
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