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スイス軍は６０年来、厳しく見張られている南北朝鮮間の国境線の監視にあたっている。５人の将校の存在は象徴的なものだが、この小さな部隊にもそれなりの意味があることが最近の衝突を通じて示された。
６０周年を記念して、スイス軍のアンドレ・ブラットマン総裁は今週、板門店（パンムンジョム）を訪問した。ここでは１９５３年から、スイス軍が南北朝鮮の間の国境線を監視している。この年、休戦協定が結ばれ、朝鮮戦争が終わった。だが、平和条約は現在も結ばれないままだ。
スイス政府は１９５３年７月７日、非武装のスイス兵を派遣すると決定した。兵士たちは中立国監視委員会（NNSC）の枠内で活動し、休戦協定の順守を監視する任務を負った。
アジアでのこの任務は、外国におけるスイス軍の活動で最も長いものとなる。そして、国際舞台に出て平和のために貢献するスイス軍の活動もここから始まった。
国際社会の関与
当初、南北朝鮮間に配置されたスイス部隊には１４６人の軍人がいた。今ではわずか５人が、スウェーデンの５人の軍人とともに、非武装地帯の南側の監視にあたっている。非武装地帯とはいうものの、実際のところ、ここは世界の中でも多くの衝突が発生している場所だ。
「我々の役割はとても象徴的なものだ。だが、ここに中立国監視委員会が置かれているおかげで、この問題に国際社会も関わっていることが強調されている。休戦が今でも有効であることを示す明らかなしるしだ」。スイス派遣団長のウルス・ゲルバー師団長は６月、韓国のマスコミに対してそう語った。
今年連邦大統領を務めるウエリ・マウラー国防相も、スイスの存在は象徴的なものだと考えている。「中立的で公平な態度を取る相手としてスイスが尊敬されていることのあかしだ。また、朝鮮半島の紛争安定化にも貢献している」と語る。
同委員会が担う義務はこの数年間でかなり減少した。加えて、北朝鮮は１９９５年からこの監視任務を認めていない。そういう意味では中立性に疑問が残るが、米国を中心とする国連軍司令部軍事休戦委員会（UNCMAC）の活動を監視しているのは、今日ではこの組織だけだ。
つまり、中立国監視委員会の役割は、赤十字国際委員会（ICRC）が武力紛争の中で担っているそれと類似している。中立国監視委員会は中立的な立場で書いた「社外秘」の報告書を米軍当局に渡しており、非常に重宝されているという。
柔軟な中立性
１９５３年７月２７日板門店（パンムンジョム）で署名された休戦協定により、中立国監視委員会が設立された。
和平は結ばれておらず、署名をしたのも両国の政府ではなく軍指導部の代表だった。
署名は朝鮮人民軍、当時の中国人民志願軍、国連が行った。韓国軍は署名していない。そのため韓国軍は、北朝鮮を和平交渉の相手として認めていない。
中立国監視委員会はもともとスイスとスウェーデンの軍人からなり、非武装地帯の南側を管理した。その後、北朝鮮の要望でポーランドと当時のチェコスロバキアが北側を監視することになった。
１９９３年にチェコスロバキアが分離した後、チェコやスロバキアからの軍人の派遣はなくなった。
１９９４年、北朝鮮は中立国監視委員会の承認を撤回し、ポーランドに兵士の撤収を求めた。
それ以後ポーランドは、委員会には在籍しているものの、南北朝鮮の国境の監視は行っていない。インフォボックス終わり
空けられることのない郵便受け
毎週火曜日、委員会は北朝鮮と韓国に送付する報告書を作成する。派遣団長はこの日、兵舎の北側にある扉を開けて、朝鮮人民軍の兵士の方に向かって白い紙を振りかざす。これは最新の報告書だ。そして、それを郵便受けに差し込む。
しかし、この郵便受けは１９９５年から空けられたことがない。「いっぱいになったら自分たちで空にする。そしてまた新しい報告書を入れる。その繰り返しだ」とゲルバー師団長。中国人民志願軍用の郵便受けもあるが、もうずっと使われていない。
新たな接触
この任務の未来はどんなふうだろうか。ゲルバー師団長は６月、「休戦協定に代わる平和条約を両国に結んでもらいたい」と話している。
７月６日、北朝鮮は１７年ぶりに中立国監視委員会と接触した。目的は、経済特区に定められている開城（ケソン）市の将来について、同委員会の管轄範囲内で韓国と話し合いを持つことだ。開城は北朝鮮にあるが、町の工場では韓国企業が生産に携わっている。
そうする間も５人のスイス軍人は、自分たちの任務が必要とされ、望まれる限り、前線の間にとどまり続ける。
（独語からの翻訳 小山千早）, swissinfo.ch