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ローザンヌで１７～２１日行われたモーリス・ベジャール振り付けのバレエ公演「第九交響曲」では、集団のエネルギーが全開。公演後に観客約５千人が総立ちで拍手し、それに応えたバレエ団、合唱団、管弦楽団の全員が観客に拍手を返し、一体となった感動の渦が会場の建物さえ動かさんばかりだった。それは、ベジャールが伝えようとした「人類はみな兄弟」というメッセージを具現したような一瞬だった。踊り手から見た「第九」の魅力を、モーリス・ベジャール・バレエ団のプリンシパル、キャサリン・ティエルヘルムさんに聞いた。
有名なバレエ振付家モーリス・ベジャールは１９６０年代初め、キューバの首都ハバナにいた。フィデル・カストロ率いる革命軍が勝利を収めた後の、自由と喜びがあふれる街でベジャールは黒人ダンサーたちの踊りに出会い、衝撃を受けたという。黒人も白人も、誰もがダンスという共通言語で一体となり、集団の踊りで世界的な「友愛」を祈るような作品を、しかも音楽・ダンス・劇の要素が総合されながら、音楽に踊りが寄り添う「踊りのコンサート」を創作したいと思った。
その後、ベルギーに戻ったベジャールは、「振り付けの構想はすべてある。ないのは音楽だけだ」と友人たちに話したところ、１人が「ベートーベンの第九は？」と冗談で言った。だが、冗談から駒が出た。「第九」にのめり込んだベジャールは、難解なこの曲を細部まで分析し記憶し、四つの楽章を四つのテーマに分け、振りを付けていく。第１楽章は土と理想に到達するための戦い。第２楽章は火とダンスの喜び。第３楽章は水と愛。第４楽章は空気と自由だ。
１９６４年に完成した「第九」は、９６年のパリ公演を最後に長年忘れられていた。昨年は作品誕生から５０年。ベジャールが大切にしていた東京バレエ団も創立５０年。これを機に「第九」を、東京バレエ団とモーリス・ベジャール・バレエ団（BBL）の共演でよみがえらせたいと考えたのが、ベジャール亡き後を継いだ芸術監督のジル・ロマンさんだ。
「まったく同じものを上演するのではない。振り付けにはなるべく忠実に、しかし若いダンサーの新しいエネルギーと表現力、個性を生かしてよみがえらせたい」。こう構想するロマンさんは、二つのバレエ団、ローザンヌの管弦楽団と合唱団など計２５０人を総動員し、完成に３年の月日をかけた。第１回公演は、昨年１１月東京で行われている。
ローザンヌでは、第１楽章を東京バレエ団が踊った。土を象徴するような黄土色のコスチュームのダンサーたちは、植物を成長させる大地や理想に向けての戦いの姿を集団で表現。第２と第３楽章は、BBLの主役とグループのダンサーが火と喜びを、水と愛を、繊細に濃密に表現。第４楽章は、二つのバレエ団８０人が一緒に、喜びを、友愛を、集団のエネルギーで表した。キャサリン・ティエルヘルムさんは第２楽章の主役を務めた。
swissinfo.ch ： BBLに入団した動機は、「バレエ団の特別なスタイルが自分に合っているから」ということですが、その特別なスタイルとは何でしょう。
キャサリン・ティエルヘルム ： ベジャール亡き後の入団なので、ジルや昔からの団員から学んでいるが、極度に「シンプル」で人間性あふれる、質の高い振り付けが特徴だと思う。
この「シンプルさ」とは、踊るのが簡単という意味ではなく、必要でないものをすべてそぎとるということ。言い換えれば、クラシックやネオクラシックの動きの装飾的な部分を取り払い、根源的な純粋さに戻るようなものだ。
だが、毎日のトレーニングではクラシックをやっていて、結局クラシックに基礎を置きながらも、シンプルな動きの裏に感情を含みながら踊ることが基本のスタイルになっている。私自身、動きに一つの意味を込めるように踊っているが、こうした「重みのあるシンプルさ」を踊りこなすのは、いつも大きな挑戦だ。
swissinfo.ch : シンプルさとは、ベジャールの振り付けに対してよくいわれる非具象的または抽象的ということと同じですか？
ティエルヘルム : 確かに抽象的とも捉えられる。今回でも、ダンサーが一緒に直線や対角線、円形の線上を動き、それだけでとても抽象的だ。それに加え、非常に難しい動きをシンプルな形に見えるように踊っている。だが、こうした「幾何学的な動き」の裏には、すべて理由と意味がある。
私の役は２人が一日交代で踊るため一日空いた日に観客席で見ていたら、すべての動きを知っている私でも、例えば第３楽章で動きの理由と意味を新しく見いだした。踊れば踊るほどに見えてくるもの、また客観的に眺めることで見えてくるものがあるということは素晴らしいことだ。
swissinfo.ch : 第２楽章では火と喜びを象徴するような真っ赤なコスチュームに身を包み、上品でしかも喜びあふれる踊りを披露されました。何を観客に訴えたいと思って踊っていますか？
ティエルヘルム : 喜びを表現したいと思っている。音楽から受ける喜びのエネルギーと感情を外に向けて放ち、観客に伝えられたらと願っている。
この喜びは、子供っぽいものというより、純粋な自由の喜びだ。それを、ベートーベンもベジャールもこの楽章で表現したかったのだと思う。この純粋な自由の喜びを頭や体のどこかに秘めて踊ると、それが自然に伝わるのでないかと思うし、そうあってほしい。
swissinfo.ch : 第２楽章は自由の喜びにあふれていますが、カップルの相手役の大貫真幹（まさよし）さんと、「愛」も表現されていませんか？
ティエルヘルム : ここでは、男女の愛というより、愛や喜びを、また内部の何かを他の人に与えること。そして、与えることで共有されるということを表現するのがこの楽章の目的だと思う。
まさに、喜びでダンサーと観客が一体となること、われわれはある意味でみな兄弟であることが、この「第九」全体のテーマでもある。
それに、愛の表現のように見えるかもしれないが、パートナーの真幹とは、ちょっとしたゲームをやったり、競争しあったりと、遊んでいる感じの演出が多い。実は、真幹はシカゴ時代からの長年の友達。５年前からこのバレエ団で一緒だし、気心が知れているので、「遊び」も軽やかに、喜びにあふれるように表現できる。
swissinfo.ch : ジル・ロマンさんはダンサーの個性を生かすようにして、「第九」をよみがえらせたいと言っています。
ティエルヘルム : ジルは私に、私自身であるようにと言ってくれる。これは、ダンサーにとって特別なことだ。ほかの違う人物に成りきるように、ある型にはまるようにと言うのではなく。
私と一日交代で踊るもう１人のダンサーとは、性格がかなり違う。しかし、同じ役をそれぞれの個性、異なるエネルギーで演じるようにと言ってくれることは、素晴らしいことだ。信頼されていると感じるし、自信を持って自分を発揮できる。
swissinfo.ch : 東京バレエ団との共演をどう評価しますか？
ティエルヘルム : ベジャールは、日本などさまざまな国の文化や踊りを高く評価し、それを振り付けの中にたくさん取り入れている。東京バレエ団が踊る第１楽章では、そうした日本的な動きがかいま見られる。
彼らが集団で踊るこの第１楽章は素晴らしい。美しい仕事の仕方だ。とてもクリーンで正確。でもその正確さとは、機械のような正確さではなく、１２０％自己投入することからくる正確さであり、内部から湧き上がるもので踊ることからくる正確さだ。それに、集団からあふれ出る「意思」も感じられる。
また、東京での公演では３週間近く東京バレエ団と一緒に仕事をしたが、彼らはとても寛大で、素晴らしい経験になった。
swissinfo.ch : ベジャールはこの「第九」を、ベートーベンの思索の過程に寄り添って振りを付けたと言っていますが、振りに音楽が付くのではなく、音楽に振りが寄り添うという考えに賛成ですか？
ティエルヘルム : 賛成だ。もちろん私はダンサーなので、振り付けをすべて知っていて、振り付けに音楽がついてくるように踊ってしまう。
しかし、客観的に眺めると、振り付けがあまりに音楽にうまくフィットしているため、踊りだけを追っていったら、それが音楽になっていく感じがする。つまり、踊りと音楽はせめぎ合う必要がない。それが素晴らしい。
swissinfo.ch : 「第九」を踊るのは好きですか？
ティエルヘルム : 見るのも踊るのも素晴らしい。作品の長さもちょうどいいし、８０人ものダンサーが一緒に同じ動きで踊るときに生まれるエネルギーには、すごいものがある。特に難しい動きを苦労しながら一緒に踊るときに生まれる一体感が素晴らしい。
もう一つ、集団の踊りの大切さが、「第九」では強調されていると思う。もちろん、私のように２人だけで踊り、スポットライトがあたる場面はある。だが２人の動きも、その周囲のグループの踊りがなければよいものにならない。グループのエネルギーをもらうことで主役の動きが生きてくるからだ。
つまり、大切なのは主役ではなく、グループの動きだという意味で、「第九」は、特別な作品になっている。