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国際赤十字を創設し、スイス人が誇りとする歴史上の人物、アンリ・デュナン（1828〜1910）がこの度、ヒーローとなって初めて映画化された。テレビ映画として製作されたこの作品は3月10日から始まる第4回人権映画フェスティバルの開幕日に初めて特別放映される。
デュナンの映画『アンリ・デュナン 十字に赤を』は『オーメン４』や『ハロウィン５』などのオカルト映画で知られているスイス人のドミニク・オートナン・ジラール氏が監督。製作はスイス、フランス、オーストリアなどのプロダクションが参加する国際的なものとなった。
毎春、ジュネーブで開催される国連人権委員会にかけて、人権問題を扱う映画やドキュメンタリーを上映する映画祭が開かれて4年目だ。今年の第4回人権映画フェスティバルではこの他、チベット問題を扱うカナダ製ドキュメンタリー『我々に残されているもの』、やロシアのテロ事件を扱った『ベスラムの子供たち』（英国製作）、チェチェニア問題を扱う『コカ、チェチェニアの白い鳩』（スイス製作）といった政治色の濃いものばかりだ。
小説的で単純化されたデュナン？
デュナンの映画に戻る。時は1859年の6月。場所は北イタリアのソルフェリーノ。道の両脇にオーストリア軍とフランス軍が撃ち合っている。すると突然、両軍は奇妙な隊列を見る。まず、目にするのは馬車に積み重なるように乗せられた様々な国籍の負傷者たち。この列の先頭には熱のこもった眼差しの青年が白い旗に、負傷者の血で描かれた十字を振りかざしている。
時が止まる。撃ち合いは止むだろうか？軍人達は負傷した兵士達を、赤い十字のシンボルを尊重するだろうか？答えはイエスだ。そして、歴史はこの戦場にさ迷うスイスの若者、アンリ・デュナンの味方となったのだ。
この場面は映画のクライマックスでもあり、この映画の成功と弱点を総括する。一方では小説的（ロマネスク）で感情に訴える反面、歴史的事実を単純に図式化したもので真実の奥行きがないと批判できる。
デュナンの自伝の自由な解釈
「デュナンという人物の明晰でユートピアを夢見る理想家といった面を出したかったのです。実際にはもっと気難しく、もっと陰鬱で複雑な人物だったとしてもね」とオートナン・ジラール監督は語る。
映画はデュナンの人生の自由な解釈と言える。もちろん、その解釈が「自由」な分、長所と短所を備える。例えば、セシルとアンリの短いラブシーンに宝石をめぐる逸話がある。このエピソードはロマンチックだが、俳優達が想像した架空のものだ。その一方、彼のキリスト教への信仰心に関しては全く触れていない。「デュナンの慈悲心をキリスト教の信仰心と結びつけることは映画の普遍的な面を損なうことになると考えました」とオートナン・ジラール監督は説明している。
積極的なヒーロー
映画の中でデュナンの義姉役を演じるスイス人女優、ノエミ・コシェールはデュナンという人物に関して「映画はデュナンの若者時代の話で、孤独で借金に負われる老後の話ではありません。確かに、この映画では積極的なヒーローとして扱われていますが、単純化しているとは思いません。例えば、この人物が女性との関係に問題があるのは感じますし、慈悲に溢れる、苦悩に満ちた人物として描かれています」と分析する。
「赤十字という人道支援団体をを創設したこと自体、素晴らしいことですし、いつも人物の暗面に焦点を当てる必要はないと思います。この映画は世の中に働きかけることが可能で、勇気が報われるということを証明しています。今の時代には必要な肯定的なメッセージではないでしょうか」と語る。
swissinfo、ベルナール・レショー、 屋山明乃（ややまあけの）意訳
補足情報
＜デュナン略歴＞
- 1828年：ジュネーブで生まれる。
- 1853年：アルジェリアへ初めて旅立つ。
- 1859年：北イタリアでソルフェリーノの戦いに遭遇する。
- 1863年：赤十字の創設。
- 1864年：最初のジュネーブ条約（赤十字条約）が調印される。
- 1901年：第1回ノーベル平和賞を受賞する。
- 1910年：スイス、ハイデンで没。
- 赤十字の創立者、アンリ・デュナンを主人公にした映画『アンリ・デュナン 十字に赤を』はスイスの監督、ドミニック・オートナン・ジラールが手がける。
- 人権映画フェスティバル（International Film Festival on Human Rights）は3月10日から18日までジュネーブで開催され、国連人権委員会の開幕に先がけて、世界各国からの人権問題を扱った映画、ドキュメンタリーが上映され、人権問題について議論も行なわれる。
- この映画はスイステレビTSR1でも、3月14日の20時45分に放映される。製作はスイス、フランス、オーストリア合同で制作費はテレビ映画にしては高額の850万フラン（約7億6900万円）にのぼる。