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１８日にスイス・ベルンの病院で死去したコフィ・アナン元国連事務総長は、スイスと強いつながりを持っていた。
ガーナ出身のアナン氏はジュネーブを「第二の故郷」と呼んでいた。１９６１～６２年にジュネーブ国際開発高等研究所で学び、世界保健機関（WHO）で国連キャリアを歩み始めた。弁護士でスウェーデン出身の妻・ナーネさんと知り合ったのもジュネーブだ。
事務総長を２期務めた後の２００６年からジュネーブで暮らした。その１年後、ジュネーブにコフィ･アナン財団を立ち上げた。
短い闘病生活の後、スイスの首都ベルンの病院で妻や子供たちに付き添われ息を引き取った。８０歳だった。
スイスのアラン・ベルセ連邦大統領は自身のツイッターでアナン氏の家族にお悔やみを述べた。アナン氏は先見の明があるスイスの偉大なる友人と称え、「今日、国際都市ジュネーブはその最も熱烈な促進者を失った」と追悼した。
ジュネーブ州のピエール・モデ州知事はアナン氏を「スイスそしてジュネーブの偉大なる友人」と呼んだ。
ジュネーブにある国連欧州本部のマイケル・モラー事務局長は、アナン氏の容態が急に悪化したことに驚きを隠さなかった。アナン氏の死は「世界にとって極めて大きな損失だ」と述べた。