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Monday, November 18, 2013
「日本第２の哲学者」と言うが
会田正人『田辺元とハイデガー――封印された哲学』（ＰＨＰ新書）――かつて西田幾多郎とともに京都大学哲学科の看板となり、三木清、戸坂潤、久松真一、西谷啓治、高坂正顕、高山岩男、鈴木成高等々の弟子を輩出した「日本第２の哲学者」、田辺。日本の侵略戦争に加担する思想宣伝を重ねたがゆえに、戦後は「封印」されてきた田辺。同じく加担したはずの西田は戦後ももてはやされたが。その田辺が近年徐々に復権しつつある。岩波文庫にも何冊か登場しているという。著者も長年、田辺研究をしてきたので本書に至った。著者は明治大学教授で、『吉本隆明と柄谷行人』『レヴィナスを読む』『幸福の文法』などの著書がある。著者はもちろん単に田辺を復権させようとしているのではない。逆に、単なる無視や封印によっては田辺を乗り越えられないので、田辺哲学を正面から問い直し、田辺の「種の論理」と格闘を試みる。「種の論理」は、「ジャン＝ポール・サルトルの『存在と無』と『弁証法的理性批判』を合わせたような規模の理論」であり、「レヴィナスが『全体性と無限』で語った主題のほとんどすべて」を論じたのだという。その「種の論理」が、「出陣する学徒たちに決死と散華を説き、国民総動員を哲学的に裏付け、戦争遂行を懺悔し、戦後日本の進むべき道を示した」と見る著者は、「種の論理」の「懐胎」、「成立」、「変容」を追いかけ、戦争責任との関係で、ついに「懺悔」に至る田辺を追跡する。「種の論理」が必然的に崩壊に至る過程も提示している。フッサールやハイデガーに学び、それを批判しつつ、また師である西田をも批判しつつ、いかにして田辺の思想が形成されたのかは、なかなかおもしろい。また、著者は、田辺が戦場に赴いた学徒からの「殺せない」との手紙を受けて、「殺せ」と書いたことや心境なども提示し、田辺の眼中には「殺される者」「差別される者」「侵略される側」がまったくないことを指摘する。それはもともと「種の論理」が、日本には日本人だけがいる、というレベルの発想に立っており、朝鮮半島出身者を排除して成立していたことにも明らかであるとして批判している。その通りだ。この点を見れば、「思想的に他者を排除した」ことの問題性もよく見えるが、そもそも事実認識として、日本国には日本人しかいないという認識が極めて幼稚であり、おふざけのレベルであることも分かるはずだ。ここまでふざけきった思想を「思想」とは呼ばない。「哲学」と呼んではいけない。しかし、著者はあくまでも思想として、哲学として語る。田辺を思想家、哲学者と呼ばないと、著者自身の思想と哲学の行き先が不安になるのだろう。真に問うべきは、西田や田辺程度の思想・哲学しか生み出せなかったこの国の知的風土とはいったい何であるのかだろう。