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今年はチャールズ・ダーウィン生誕200年、そして『種の起源』出版150周年に当たる。この博物学者が科学にもたらした革命について、ローザンヌ大学生態・進化学部のダニエル・シェリ教授に語ってもらった。
スイスでもダーウィンに関する数多くの催し物が計画されている今年は、この偉大な人物とその功績に関する誤解を解く良い機会でもあると生物学者のシェリ氏は言う。
「滞在中、わたしは海洋動物の行動を観察していた」
と、ダーウィンは5年間に及ぶ世界旅行を記録した『ビーグル航海記』の冒頭に書いている。南米の海岸線を測量することを目的とし、1831年から1836年まで続いたこの旅は、現代科学に大きく寄与することとなった。
ダーウィンはガラパゴス諸島で見つけた化石や甲虫を多数収集し、カボベルデ共和国やパタゴニアの地質調査をしたほか、膨大な数の観測も行った。シェリ氏は、
「自然淘汰説は現代生物学における彼の主導的役割を確立させたが、この説の構築に重大な役割を果たしたのがこの旅だった」
と言う。
swissinfo ： チャールズ・ダーウィンは今年、非常に注目されるでしょう。誤ったイメージを正す機会ですが、一番大切なものは何ですか。
シェリ ： ダーウィンというと、長い白ひげを蓄えた賢明な老人を思い起こしますが、ビーグル号に乗り込んだときダーウィンはまだ22歳でした。革命的なアイデアをやみくもに推し進めていく情熱的な青年動物学者だったのです。
ダーウィニズムを総括する「人間はサルから派生した」という彼の有名な言葉は今でも時々ひょっこり現れますが、ここでは彼の説が完全に誤解されています。彼は人間がサルから派生したなどと言ったことはありません。そうではなく、「ヒト科の種は同類であり、それらすべてが共通の祖先を持っていた時があった」と言っているのです。理解の仕方がまったく違っています。
当時は、人間がどんな動物の種よりも優れていると考えられていました。そのことを理解すべきです。ダーウィンが動物と人間の間の関連を指摘し出したときのショックといえば、それはもう大変なものだったのです。
swissinfo ： ダーウィンが進化論を発表した中で、科学的かつ知的なコンテクストは何ですか。
シェリ ： 当時、科学的および宗教的な思想は創世 ( 神がこの世界を創り、6日間ですべての生き物が生を受けた ) をそのまま無批判で受け入れることがベースとなっていました。ここから、種は変化せず、地球はそれほど古くないという考えが生まれました。
しかし、スウェーデンの博物学者で「現代の分類法の父」といわれるリンネや、進化論者の先駆者の1人、フランスのラマルクのような優れた人々は、すでに現代生物学の基礎を築いていました。
swissinfo ： では、ダーウィンも時代の恩恵を受けていたのですか。
シェリ ： そうです。環境に恵まれていました。多くの動物学者が探検旅行に出かけて、専門家に識別してもらおうとサンプルを収集していた頃です。こうして、アジアやアフリカなどの動植物分類群の関連が次第に分かってきたのです。
しかし、実際ダーウィンを『種の起源』の出版に突き動かしたのはある人物でした。この重要な人物は世間から忘れられがちですが、ダーウィンよりも14歳若いイギリスの動物学者アルフレッド・ラッセル・ウォレスで、彼も独自に同じ結論に至っています。
「進化では何千年、何百万年にわたるランダム変異が生じている」という説明によって、ダーウィンとウォレスは当時まさにセンセーションを巻き起こした説を世に送り出したのです。
swissinfo ： 今日の科学者はダーウィンや彼の説をどのように見ているのですか。
シェリ ： 科学は、前にであれ後ろにであれ、飛躍によって進歩します。ダーウィンの言葉を1語ずつ読み直すと、たとえ彼の基礎的直観力が正しいとしても、わたしたちが今知っていること、たとえばあらゆる生物は遺伝と関連があるということから見れば明らかに時代遅れです。
遺伝子の存在やメンデル ( 1822年オーストリア生まれの「遺伝子の父」。エンドウマメの特性の遺伝を研究した ) も知らぬまま、ダーウィンは動植物界で行った自分の観察を元に考察していました。そして、1つの個体群の中にまったく同一の個体は2つと存在しないことに気づいたのです。小さな違いは環境次第で現れ、しかも生存に極めて重大となりうる。彼はそのような進化が新しい種となると推論したのです。
現在の最新科学技術を用れば、すべてが突然変異や遺伝子組み換え ( 遺伝子材料が遮断され、繁殖期間にほかの遺伝子材料が交わるプロセス ) 、変異と関わりを持っていることや、種が環境に適応することも大部分は正しいことが確認できるようになりました。
swissinfo ： それでは、ダーウィンは最新科学についてどう考えると思いますか。
シェリ ： 彼はきっと技術科学や生物学、そして宇宙に関する知識の進歩に驚くでしょう。しかし、同時にまた落胆するかもしれません。なぜなら、これだけの技術があるのに答えが見つかっていない問いはまだたくさん残っており、説明のつかない事柄もたくさん存在するからです。
swissinfo、聞き手 キャロル・ヴェルティ 小山千早 ( こやま ちはや ) 訳
チャールズ・ダーウィン
チャールズ・ロバート・ダーウィンは1809年2月12日、イギリスの医師の家庭に生まれた。
医学と神学を学んだ後、自然史に転向し、1831年、南米の海岸線調査に出るHMSビーグル号に同乗した。
この探検旅行は5年間近くに及んだ。ダーウィンはほとんどの時間を陸上で過ごし、地質を調査したり、自然史に関する収集を行ってそれらを自宅へ送ったりした。
1859年、新時代を画する書『種の起源 ( On the Origin of Species by Means of Natural Selection, or the Preservation of Favoured Races in the Struggle for Life ) 』を発表した。
1872年、『人間の由来 ( The Descent of Man, and Selection in Relation to Sex )』を発表。この中でダーウィンは人間が動物であることを証明しようとした。
ダーウィンは1882年4月19日に死亡した。国葬が行われ、ウエストミンスター・アビー寺院にあるアイザック・ニュートンの墓の近くに埋葬された。
2008年9月、イングランド国教会は懐疑論者だと自認していたダーウィンに対し、生誕200年は
「あなたを誤解し、また当教会の当初の態度によってほかの人々がまだあなたを誤解していること」
に対して謝罪するちょうど良い機会だという記事を発表した。
進化
人間から野生のヤギ、エーデルワイスに至る生物はすべて遠縁に当たり、遺伝子のランダム突然変異や自然淘汰というプロセスによって、約35億年前に発生した自己複製する単分子から進化してきた。
自然淘汰の中では、特有の環境に最も適する特性を持つ生物が最も生き延びやすく、繁殖しやすい。遺伝の構成単位である遺伝子は、このようにして作られた「生存マシン」を受け継いで、不利な遺伝子よりも多く遺伝子プールを満たしていく。
自然淘汰は種の間ではなく、種の中で発生する。
自然淘汰による進化は生物がいかに単純でありうるかを物語っている。超自然的な設計者も創造者も必要とせず、何百万年の間におのおのの環境に適した設計を持つ複雑な生物に変化してきたのだから。