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スイスのジュネーブに本部がある世界保健機関（WHO）が２０１３年に発表した「世界保健統計」によると、平均寿命が第１位の国は日本、スイス、サンマリノの３カ国が並びその年齢は８３歳でした。今日はヴォー州レザン（Leysin、標高1263ｍ）にお住まいの９０歳代の４人の方の暮らしぶりを紹介します。
２０１４年３月３日に９０歳の誕生日を祝ったフレーダ・ヘフティさん（Frieda Hefti）は、２０１３年に創業５０周年を迎えたレザンのスポーツ店、ヘフティ・スポーツ（Hefti Sports）の創設者であり、レザンの町の発展のために貢献した人です。
フレーダさんは第２次世界大戦中の１９４４年、２０歳の時にグラールス州ルジンゲンからヴォー州モントルーに仕事のためにやって来ました。当時のスイスは、灯火管制が行われていたため、暗い夜が続いていたそうです。第２次大戦終結後に、モントルーの夜の街に明かりが戻った時のその美しさは、今でも忘れられないと言います。
朝は７時に起床、昼寝はせずに夜は１０時に就寝するというフレーダさん。家族は近所に住んでいますが、シャレーで一人暮らしをしています。７時半に朝食を取って、そのあとは住まいの掃除、そして、スポーツ店で仕事をする息子さんやお孫さんたちのために昼食を準備します。午後はお菓子を焼いたり、庭仕事を楽しんだりして過ごします。また、フレーダさんにとって故郷の新聞を読み、ニュースを見たりすることも大切な日課です。
フレーダさん一家がレザンへ引っ越したのは１９５７年のことでした。当時のレザンは結核のサナトリウムとして栄えた時代が終わり、ハイキングやスキーのリゾート地としての開発が始まった時期でした。タイミングの良さもあってフレーダさんの事業は拡張しますが、そこにはいつも母親を支える長男のアンドレさん（André)の姿がありました。園芸とお料理が趣味のフレーダさんの長生きの秘訣は「一生懸命に働いて、夏はスイスアルプスを見渡す自宅のバルコニーで身体を労わること」です。そして「家族との絆」は、フレーダさんが人生で最も大切にしていることなのです。
ヴォー州シャトー・デー出身のフレデリック・ルノワールさん（Frédéric Lenoir）は、１９２４年（大正１３年）生まれで、今年２０１４年１０月２９日に９０歳の誕生日を家族と祝いました。３０年間スイスの公務員として勤務した後、フレデリックさんは５１歳で退職して、スイス国内やヨーロッパ諸国を訪問する巡回牧師となったのでした。
レザンで一人暮らしをしているフレデリックさんの日課は、７時半に起床、身支度をしてから朝の聖書の勉強で始まります。朝食後は部屋の整頓をして、天気の良い日には散歩に出かけます。昼食後の仮眠は欠かせません。午後は聖書の勉強や読書、家族や友人に宛てて書簡を書きながら過ごします。ニュースは夕食前にラジオ放送で聴くことにしています。そして、夜１０時には床に就きます。普段の食事はお隣に住む四女のマリーローズ(Marie-Rose)さんと一緒です。マリーローズさんは「私がしばらく留守にする時は、父は故郷にあるお気に入りの老人ホームに滞在するのよ。私の息子一家もこの施設の近くに住んでいるので、私も安心して出かけられるわ」と言います。
「主はわたしの光、わたしの救い、わたしは誰を恐れよう。主はわたしの命の砦、わたしは誰の前におののくことがあろう。」この旧約聖書の詩編第２７篇１節はフレデリックさんの大好きな聖句です。フレデリックさんの長生きの秘訣は、キリストと共に生きること、そして両親から学んだことを大切に忘れないことです。
日本について「美しい庭園のある国ですね。でも、広島、長崎の原爆投下によって多くの人の命が奪われたことを覚えています」と言うフレデリックさんは、９０歳の今、神によって導かれた人生に感謝して、家族の愛を大切にしながら暮らしています。
レザンを居住地としているスイス人男性の中で一番の長寿者は、ベルン州ヴァルト出身で１９１９年（大正８年）１１月３０日に生まれたエルネスト・ブラッターさん（Ernest Blatter）です。エルネストさんは、先日健やかに９５歳の誕生日を祝ったばかりです。
両親の勧めで菓子職人となったエルネストさんは、健康上の理由で兵役を免除されて、ドイツ語圏スイスで仕事をしていました。結核にかかり、３０歳の時にフランス語圏レザンのサナトリウムに治療のために来たのでした。菓子職人としては、もう働くことができなくなったエルネストさんは、病気が完治したあとも故郷には帰らず、６５歳で定年退職するまでレザンの機械工として働きました。定年後は画家として、油絵やクレヨン画を描き続けて８０歳で展覧会も開きました。今も続けている家庭菜園についてエルネストさんは「絵画と菜園、この２つは私の人生で与えられた最高の仕事です」と語ります。
アパートで一人暮らしをするエルネストさんを、お嬢さんのマリアンヌさん（Marianne）が昼食時に訪れます。その理由はエルネストさんがマリアンヌさんのために昼食を準備するからです。私が訪問した日の献立は、ラザニアとサラダで全てがエルネストさんの手作り料理でした。
エルネストさんは、アパートの掃除は月２回してもらいますが、入浴、洗濯や買い物などは一切自分でしています。「長生きの秘訣は」と聞くと、「そういう家系なのでしょう。僕の人生は色々なことがあったけれども、結婚、子供たちの誕生と、どれも大切なことだった。今も全てを感謝しながら毎日生きているんだよ」との返事が返ってきました。
アメリカとスイスの国籍を持つシグリット・オットさん（Sigrid Ott）は、１９１６年（大正５年）９月１３日生まれで、今秋９８歳の誕生日を迎えました。シグリットさんはレザン・アメリカン・スクール（Leysin American School in Switzerland）の創立者です。
「国際的視野での教育」に情熱を注いだシグリットさんがレザンに到着したのは１９５８年。レザンはリゾート地への変遷期でした。米国軍人であったご主人から仕事を任されたシグリットさんは、その３年後の１９６１年、レザン・アメリカン・スクールを開校したのでした。シグリットさんは、「創立５０周年を迎えた２０１１年の式典に、第１期生が４人も来てくれた時の嬉しさは言葉にならなかったわ」と語ります。
現在、シグリットさんはレザンで息子夫妻のスティーヴンさんとドリスさん（Steven and Doris）の住む建物の中で、個人のユニットになっている「自宅」で一人暮らしをしています。朝は７時半に起床、夜は９時半には就寝します。朝食は「自宅」で、昼食はいつも学校のカフェテリアです。カフェテリアでの昼食は、学生や教職員との会話が弾みます。午後は音楽鑑賞や読書、散歩のほか、訪問客とお茶を共にしたりして過ごすシグリットさん。夕食もスティーヴンさんとドリスさんと一緒にその日の出来事や世界情勢を語り合いながら、という１日中刺激に満ちた暮らしぶりです。
シグリットさんは長生きの秘訣を「家系がそうなのよ。１００歳の姉がいるのよ。でも、人生は節度を守ることや、運命に逆らわずに前向きな見方をすることが重要だと思うの。文化の異なる人々との交流は私にとって本当に大切なこと」と語ります。シグリットさんは、学校運営も世代が交代して行くなか、家族がこれからもずっと若者の教育に従事していくことを願っています。
この記事を書くにあたり、ご本人そしてご家族の皆様に大変なご協力をいただきましたことを感謝いたします。最後になりましたが、私のブログ投稿は今回が最後になりました。読者の皆様、そしてたくさんの方々に支えられて記事を書くことができましたことは大変幸せなことでした。ありがとうございました。
小西なづな
プロフィール：小西なづな
１９９６年よりイギリス人、アイリス・ブレザー（Iris Blaser）師のもとで絵付けを学ぶ。個展を目標に作品創りに励んでいる。レザンで偶然販売した肉まん・野菜まんが好評で、機会ある毎にマルシェに出店。収益の多くはネパールやインド、カシミア地方の恵まれない環境にある子供たちのために寄付している。家族は夫、１女１男。スイス滞在１６年。