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フィリピンのホロ島 で93 日間人質になっていた赤十字国際委員会のスイス人アンドレアス・ノッター氏が解放されスイスに無事帰還した。
水道などインフラ設置を目的にホロ島の刑務所を訪れたノッター氏とイタリア人エウジェニオ・ヴァグニ氏、スペイン人メアリー・ラカバ氏の3人は1月15日、イスラム原理主義過激派グループ、アブ・サヤフに誘拐された。ラカバ氏に続いて今回ノッター氏が解放されたが、ヴァグニ氏はまだ人質になったままだ。
希望はいつも打ち砕かれた
「スイスに戻れて本当にうれしい。しかし残ったヴァグニのことを考えると心が痛む。彼はヘルニアのため歩行が困難だった」
とノッター氏はジュネーブの赤十字国際委員会 ( CICR ) の記者会見で、無事帰還を喜ぶと共に、同僚の行方を心配した。
また、ノッター氏はしばらく家族や友人と休暇を取った後、CICR の活動に戻るときっぱりと宣言した。この仕事への情熱はこうした事件があっても変わらないからだという。
誘拐グループの人質取り扱いは全般的に良く、イスラム教の祈りのために毎朝5時半に起床した後、一緒に朝食を食べ、カードで遊んだりといった日常生活を繰り返したという。しかし、
「豪雨やジャングルの動物にも悩まされたが、一番苦しかったのはカード遊びの最中などに突然移動が決まり、蚊帳や寝袋を畳んで歩き出すことだった。解放されるかもしれないという希望がいつもこうして打ち砕かれた」
と話した。
身代金は否定
アブ・サヤフ( Abou Sayyaf ) 側は人質の交換条件として、ホロ島 ( JOLO ) からの政府軍完全撤退を期限つきで要求し、これが受け入れられない場合は3人のうち1人を殺害すると脅迫していた。
この集団の性格に関し、ノッター氏は、
「周りには絶えず10人ぐらいの人間がいて一緒に移動したが、全体で何人なのか分からない。誘拐の理由はホロ島の自由のためだと語っていた」
と述べた。一方CICR 側は彼らを「ホロ島の闘争集団」としか規定していない。
解放をもたらした直接の要因は、
「フィリピン政府や軍の働きが大きかったのか、スイス政府やCICR のお陰なのか、いろいろ考えられるが今のところよく分かっておらず混乱している」
とノッター氏は説明した。
一方フィリピンでの今後の活動に関し、CICR 側スポークスマンは無条件でのヴァグニ氏の解放に全力を注ぐが、その後の活動はミンダナオ島を中心に続けていくと説明した。
またアブ・サヤフ側が身代金を要求したかとの質問には、
「CICR はそのような要求は受けていないし、また払ってもいない」
と否定した。
swissinfo、里信邦子 ( さとのぶ くにこ )
アブ・サヤフ( Abou Sayyaf )
イスラム教分離独立派のモロ・イスラム解放戦線 ( MILF ) が分離した後、1991年に結成されたグループ。
フィリピン政府とアメリカ政府から、国際テロ組織アルカイダと関係が深いと指摘されるが、スイスのテロ集団に関する専門家数人によれば、むしろ「ギャング」に近い存在だという。
2001年からは身代金を目当てに、主に外国人の誘拐を行うグループとして知られており、今日までおよそ30人の外国人が殺害されたという。
もう1つの誘拐事件
マリ北部で国際テロ組織アルカイダによって誘拐されたスイス人カップルを含む6人の人質のうち、スイス人女性1人、ドイツ人女性1人とカナダ人2人が4月22日解放された。
しかし、スイス人とイギリス人の男性2人の行方はまだ分かっていない。
マリはスイスの連邦開発協力局 ( DEZA/DDC ) が活発に開発協力を行っている国の1つ。